夜明け前に (さいぜりあ)
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風の強い日

 

 

 

 ──────爆風が吹き荒れていた。

 

 風が吹いているのはとある崖・・・・・・というよりはその崖近くの森で、もっと正確に言うなら戦場で、更に言うと死屍累々が積み重なる地獄である。

 焼け焦げた岩肌や、人肉の燃える臭い。そこかしこを焼く炎。惨状とは成る程、こういうことか。

 

「・・・・・・がっは、っあ゛、」

 

 そんな中、忍が一人倒れていた。七歳くらいの、幼い忍である。

 忍は火の粉の舞う地面に長いことうつ伏せに倒れていた。しかし灼熱に数度炙られた頃に意識を取り戻し、途端肺に潜り込んできた熱風にえづく。

 

 

(しく、じった─────!)

 

 喉を火で舐められているようだ。ざらつく痛みの後に、苦味が舌の根まで這い上がってくる。せり上がってくるものをそのまま嘔吐して、反動で身体を反らすように大きく喘いだ。

 酸欠か、はたまた血が足りないのか。点滅する視界の中、必死で気絶する前の記憶を探る。

 何が起こった、いったい何が。何のせいで、こんな事態に陥っている?

 

(爆発が、起こった。頭上から起爆札の束が降ってきたんだ。でもあの札の量で、地形が変わるほどの大爆発は起こせないはず。)

 

 そうゲリラ戦の最中、青空を背に飛ぶクナイを目にタカを括った。火薬が仕込まれていれば、油でも塗っておけば、起爆札の威力は何倍にもはね上がるというのに。

 戦場は基本何が起こるのか分からない。自分が想定した以上のことが起こることが当たり前で、あり得ないということは何もない。

 なのに油断した。馬鹿だ。救いようのない阿保だ。だから今くたばりかけている。

 

(でも生きているのは何でだ、俺は爆発の中心部にいた。体が四散していてもおかしくはない。)

「あ、いっっぎ」

 

 状況を確認しようと無理にもがいた少年は、激痛に呻いた。背中にかえしのついた銛を幾本も突き刺されているようだ。熱せられた地面に縫い止められ、歯を食い縛り渾身の力を出しても動けない。

「うそ、だろ・・・・・・?」

 身をねじり、どうにかこうにか背後を振り返った少年は、目を見開いた。

 大岩だ。爆風で飛んできた大岩に、胸から下を潰されている。

 

「くっそ、くっそ・・・・・・・・・!」

 

 岩陰にいたから直に衝撃を受けず、助かったのだろう。だが逆を言えば、即死を免れてしまった代わりにゆっくりした苦しい死を手にいれてしまった。

 ひくつく喉笛が凝り固まったように気道を塞ぐ。

 刀は背中に背負っていた。クナイは腰のポーチだ。捕虜にされそうになった場合の自害用装備は襟につけていたが、腕がうまく言うことを聞かない。

(ここで死ぬ・・・・・・・・?)

 一人で、ただ岩に殺される?

 敵を屠ることもなく、一族の役にもたてず、たった一人で?

 

「・・・・・・・・・ぃ、ゃだっ!!」

(嫌だ、嫌だ!まだ死にたくない。父上、兄者!)

 

 ずる、と伸ばした手で岩を引っ掻いた。固い地に爪をたてて、必死に体を引っ張る。

 

 指先が火傷した。爪は剥がれた。いつしか、血さえも溢れてきた。

 それでも少年は手を伸ばした。死にたくない、その一心だった。死に際の剥き出しの本能のまま、泣きじゃくりながら、忍の誇りなど投げ捨てて。

 

 しかし、大岩はびくともしなかった。

 

(助けて、誰でもいい。誰か、)

 父と、それから兄弟たち。幼い頃に死んでしまった母親のことが脳裏を駆け巡る。走馬灯だった。

 

「じに・・・・・・・・・たく、な゛っぃ、」

 

 血塗れの手を幻覚に向かって伸ばす。優しく微笑んだような気配がして、母が少年の手にそっと己の物を重ねて────

 

 

「────いいよ。」

 

 

 助けてあげる。と、母ではない声がした。

 小さな手がしっかり少年の物と繋がれる。大人より小さいという意味で、大きさは少年とそう変わらない手のひらだった。手裏剣ダコがあって煤に汚れた、武骨な忍の手だ。

 霞んできた視界の中、母の幻と被る姿に少年は瞬きをする。この人はいったい誰だろうか。聞いたことのあるような、ないような声音だった。シルエットから一瞬女の子かと思ったが、違うかもしれない。

 

「・・・・・・ちょっと濡れるかも。川の水、巻物に入るだけありったけいれたから。」

 

 耳元で密やかにそう言われ、少年は微かに頷いた。それを同意と受け取ったのか、続いてシュルリと紐がほどける音がする。

 激しい水音とともに、飛沫が僅かに体にかかった。焼けついた皮膚を癒すように水滴が流れていく。 

「うあやば、」

 そして、ピシッと音がした。続いて亀裂が入る音と、目の前に小石がパラパラ降ってくる。

 

 と、しっかりと声の主に両腕を捕まれた少年は、痛みに呻く間もなく跳躍していた。「危な、」着地した地面で「怖い・・・二度とやらない・・・」寝かせられながら岩崩のような音が響くのにぼんやり耳を傾ける。

 背中に触れる岩が冷たく、ひんやりと心地良かった。

 

「・・・・・・ここ、近くの崖。まだ燃えてないし、マシかと思って。」

「ぃ、ぅ・・・・・・」

「・・・・・・水?あるよ、飲める?」

 

 礼を言おうとしたのだが、勘違いしたらしい声の主がごそごそと懐を探り出す。

 訂正するのはいったん諦め、代わりに目を凝らして恩人の顔を見つめた。肩口まで伸ばした癖のない黒髪。あまり血色の良くない顔。涼やかな目元、それに───

 

「水・・・・・・ゆっくり飲んで、舐めるみたいに。」

 

 ────真っ赤な目に浮かぶ、勾玉が三つ。

 

(うちは─────!?)

 

 口元に竹筒を傾け、甲斐甲斐しく世話を焼くうちは一族の子どもに、少年は目を見開いた。

 うちはは少年と敵対する忍衆だ。長年しのぎを削りあい、殺しあってきた仇敵でもある。

(何で俺を助ける?同胞と間違えているのか、それとも捕虜にする気か?)

 しかし己は見ての通り子ども、更に死に体ときた。助けるメリットなんて何も思いつかない。

「・・・・・・飲めた?気絶したの?」

 身を強張らせながら、少年は固く目を閉じた。感覚が冴えてきたせいで、痛みも増していた。もう指一本動かすこともできない。印を組むことも何もできないだろう。

「死んでしまったの・・・・・・?」

 だから、うちはが心細げな声で助けられなくてごめんねと呟いた時、少年はこれっぽっちもその言葉を信じていなかった。

 冷酷無慈悲のうちはの忍の言葉など、いったいどうして信じれようか。

 

 

「兄ちゃん!無事!?」

「・・・・・・!ミメイ、良かった。生きてる・・・・・・。」

 

 気配が増えた。軽い足音と、幼い声が聞こえる。会話から察するに弟か。

 

「大きい音がしたから、こっちに誰かいるんじゃないかって思って。兄ちゃんこそ、生きてて良かった・・・!爆発の時オレを庇って、気がついたらいなくなってたから、てっきり」

「俺は平気・・・擦り傷くらいだから。ミメイ、血が出てる。」

「ちょっとおでこ切っただけだもん、平気だよ・・・・・・ねぇ、ソイツひょっとして千手?」

 

 新しく増えた甲高い声がぴたりと己の姓を言い当てるのを、少年は諦念とともに聞いていた。もう、駄目だ。

 

「・・・・・・うん、多分。」

「死んでるの?それとも生きてる?なら殺さなきゃ!」

 

 跳ねるような明るい声音で「兄ちゃんオレやっていい?」という残忍なセリフが発せられる。

 驚くようなことではなかった。

 忍をしていれば、多少タガが外れた人間に出会うこともある。少年を何の思惑か救ったうちはの兄弟が、たまたまそんな輩であっただけだ。

 

「・・・・・・死んでるよ。行こう、ミメイ。」

「兄ちゃんが倒したの?すごい!せっかくだから首持って帰ろうよ。父様褒めてくれるかも!」

「・・・・・・大丈夫。早く部隊に合流しよう。マダラ兄さんが死ぬほど心配してる。」

「えーー!好きな物買って貰えるかもよ?お菓子とかー新しい忍刀とかー。」

 

 兄ちゃんお古じゃん。と言う声に、いらない、と思ったより固い声でうちはは答える。

 

「・・・・・・今のでいい。兄さんの形見だし。あとお菓子って、ミメイが欲しいだけだろ。」

「じゃあじゃあ本は?兄ちゃん欲しがってたやつ!」

「いいよ、給金貯めて買うから・・・・・・。」

「・・・・・・ヤゲン兄ちゃん、つまんなーい。」

 

 ほら帰るよと言ったうちはに従い、渋々と言った様子で子どもが石を蹴った。それに嘆息を落とした気配がして、続いて地を蹴る音が続く。

 

(・・・・・・どういうつもりだ?)

 そのまま去っていく彼らに、生き延びた事実に、少年は驚愕した。

 うちはの少年。伸ばした手を掴んで、救ってくれた少年。どうして彼は己を助けた?ただの気まぐれだろうか?

 その後文字通り屍のように横たわりながら、少年はひたすら思考を巡らしていた。それらしい答えは出せなかったし、もし自分がうちはの立場だったら、岩の下敷きになった敵など確実に仕留めるだろうとすら思った。

 

(うちはヤゲン─────。)

 

 その名を脳髄に刻みこみ、少年は意識を混濁の中に落とした。

 彼のことは何も分からない。ただ、怨敵へ借りるには大きすぎる借りができたことは分かった。

 

(どうしようもないくらい、甘いやつ。)

 

 それに、笑えるくらい忍に向いていないということも、はっきりと。



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うちはヤゲン

 

 

 死ぬ直前の記憶はない。けれど、家路についていた時だったことは確かだ。

 

 トラックに跳ねられて、ヤゲンでなかった頃のヤゲンは死んだ。お約束通り、横断歩道に飛び出した見ず知らずの子どもを庇って死んだ。

 

 英雄的な人格者だったことは誓ってない。

 

 でも従姉妹夫婦が近所に住んでいて、子守りなんかもさせてもらっていて、それで赤の他人があの子に見えてしまった。

 だからあの子が生きていれば良い、などという聖人のようなことは言いたくない。勿論子どもが死ぬよりは良かったと思うが、それでも矢張ヤゲンは死にたくなかった。

 平和な世界で、ぬくぬくと人生を全うしたかった。

 

 転生し、うちはヤゲンになってから幾年過ぎても、ことあるごとにそう思ってしまう。

 

 

 

 

夜明け前に

 

 

 

 

 

 転生した異世界は、ざっくりジャンル分けすると和風ファンタジーだった。

 

 文化レベルは大体中世くらいか。

 インフラはお察しだし、生活様式も前世とは全く異なる。着るものも洋服ではなく着物のような装束で、履き物は草履だった。(不思議なことに足袋を履いている人はいなかった。)

 要は前世でいう戦国時代に近い世界観だ。ただしヤゲンの転生先でしのぎを削りあっているのは武士や侍ではなく、大名に雇われた“忍”だった。

 

 和風ファンタジーの、“ファンタジー”の部分を占めているのはこの忍たちだ。

 

 まずこの世界の忍者、忍ばない。

 いやもうびっくりするぐらい忍ばない。忍者の知識なんて某落第忍者くらいだが、確実に忍者じゃなくてNINJAだと判断できるくらい派手派手だ。

 派手派手に爆発するペラペラの紙投げたり────更に忍術と称して口から水出したり、口から火出したり、口から突風出したり、口から泥出したりする。口以外からも雷とか骨とか出すし、あと目が変身したりだとか(語彙力)する。わけがわからない。

 

 そんなビックリ人間の万国展覧会に(しかも忍者の子として)転生してしまったヤゲンは宇宙を背負った。因みに我が家は目が変身するタイプの忍者である。そこはかとなくオサレだがしかし同時に十代の少年少女が患いがちの不治の病を感じた。

 

 魔法みたいなものなのか、いやなんか違う気がする・・・としょっぱい顔をすること数年。三つになった年(早い)に忍者の修行を開始することになったヤゲンは、こっちの世界の生き物は体内に精神エネルギーと身体エネルギーがあり、それを練り合わせることによってチャクラなるエネルギーが云々、印を組むことによって忍術に変換してかんぬん・・・・・・という講義を受け沈痛な顔になった。一ミリも理解できない。チャクラなにそれ美味しいの?

 

 なにせ前世ではなかったモンである。同い年くらいの子どもたちは生まれた時から息を吸うように知覚し理解していたソレが、ヤゲンにはさっぱりだった。寧ろ不快だった。

 例えるならば目が覚めたら腕が三本になっていたかのような、そんな嫌悪感。当然上手く扱える筈もない。手裏剣などの王道忍者グッズは使えるようになってもそっちはてんで駄目である。

 弟や近所の子どもたちがチャクラの使い方を覚え、重力に逆らって天井に立ったり、水面を走ったり、そんなことができるようになってもヤゲンは指南役に付きっきりで面倒をみられていた。

 

 これに困ったのが、今生のヤゲンの父親である。

 

 忍は人種や国家の代わりに“一族”という概念で人が区分されており、その団結力というか仲間意識は相当強い。(ついでに体育会系なため上下関係も厳しい。)

 そんな集団の内の一つ。ヤゲンが属する“うちは”一族を統率する父────うちはタジマにはヤゲン以外にも四人子がおり、みんな優秀な忍だった。中でも長男は子どもながら大人顔負けの武功を立てる天才である。

 

『できるようになるまで、家の中に入るな。』

 

 しかしそんな天才をはじめとした上三人と末っ子はともかく、四番目だけ謎に落ちこぼれ。

 遅咲きなのやもしれんと己に言い聞かせ、気を揉むこと一年。ウンともスンとも言わねぇ蕾に業を煮やした父は、よりにもよって寒空の下庭先にヤゲンを放り出した。

 雪がチラつくような真冬である。因みにもう寝る支度をしてる頃合いだっため寝間着だった。死ぬかと思ったがしかし、父がこんな暴挙に出たのにも理由がある。

 

 大名の代理戦争を主な生業としている忍は、常に殺した殺されたの人手不足。子どもでも立派な働き手として戦場に出されるし、なんなら初陣は六歳までには済ませるのが普通だった(だから早い)。

 当時四歳だったヤゲンのタイムリミットは二年を切っていたわけで、そりゃ焦るのも無理はない。寧ろ今まで気を長くして待っていてくれたのが奇跡だ。凍死を覚悟したので二度とやって欲しくないが。

 尚件の長兄は心配してその場に留まってくれたが、その他戦で不在の三男以外の兄弟たちはさっさと寝所に行って寝やがった。男兄弟そういうところある。

 

 結局ヤゲンがチャクラコントロールをマスターしたのは、日本庭園を彷彿とさせる中庭で、氷の張った池に裸足で入ってはボチャンと落ちて、ひいこら言いながら這い上がる・・・・・・というのを繰り返すこと一夜。

 そろそろ死人のような顔色になり、なんなら毛先が凍りつきはじめ、兄が泣きそうな顔になりだした頃のことだった。

 

『タジマ様っ!ご子息様が・・・・・・!』

 

 戦場から帰ってきた忍たちの内一人が、小さな布包みを持って庭に転がり込んできた。今世ではすっかり慣れきった血の臭いに、付き添っていてくれた兄が真っ青になる。

 ヤゲンはパッと駆け出して布包みに手をかけた。兄が止めようとしていたが、ヤゲンはそれよりも早く血でニカワのように張り付いた布を剥がしていた。

 

『・・・・・・兄さん。』

 

 兄がそこにいて、ヤゲンは当惑した。特徴のある大きな襟の装束を着た兄が、半分の大きさになってそこにいた。

 父がやって来たり、兄弟が起き出してきたりする中、ヤゲンは長いこと兄を抱き締めていた。

 兄は前世の従姉妹の子どもよりは年上だ。でもまだ小学校にも上がらない年だった。前世ならば親元でたっぷり甘やかされている頃である。

 

『ヤゲン、兄を離しなさい。それからもう修行はいいから湯殿に・・・・・・!?』

 

 泣きながら話す忍と何事か話したあと、ヤゲンの肩に手をかけた父が不自然に言葉を切った。

 

 ぼんやりと見上げた先で父が、というか兄弟たちも他の人もみんな焔の塊に見えたヤゲンは、キョトンとして瞬きをした。

 ─────周りの光景もみんな赤く見えて、なんだか赤シート越しに世界をみているみたいだ。

 うちはの誇りであるらしい写輪眼を開眼したヤゲンの感想は、そんな間抜けなものだった。

 

 チャクラを目視できるようになったヤゲンは、瞬く間に忍術を修得した。

 というかチャクラという概念が理解できていなかっただけなので、人がどうやってチャクラを使っているのかが見れればなんてことはない。一年かかっても出来なかった水面歩行も火遁も翌日にはすんなりできたので、父は笑ったら良いのか泣いたら良いのか分からんという顔をした。息子が一人死んでいるので存分に号泣して欲しい。

 

 ただ火遁の術を使う時に肺の辺りに熱風が渦巻くような、そういうチャクラの使用感にはいつまで経っても慣れなかった。正直慣れたらヤゲンもビックリ人間の仲間入りする気がしたので、一生慣れないでおきたい。

 

 そうやって修行を積んだヤゲンは、通例通り六歳で初陣を迎えた。

 敵を殺して死ねよとて、六つになるまで育てられたのである。覚悟はしていた。しかし平和な人生の記憶が色濃く残るヤゲンの見積りは、想定より遥かに甘かった。

 

 初めて殺したのは中年の男で、クナイで首をかき切った。血が袖の中にまで入ってきて、洗っても洗っても爪の隙間にこびりついていた。次に殺したのは若い女、その次は中学生くらいの少年。

 

 躊躇したら死ぬのが戦場だ。迷わず武器を振るった。だがその間も前世培った道徳と倫理が絶えず責めたててくる。

 やがて戦場に出た日は眠れなくなった。時折疲労に負けて意識が落ちる時もあったが、決まって悪夢を見る。足元にぐんにゃりとした死体があって、虚ろな眼窩で恨みがましそうにヤゲンを見ている夢だ。翌朝は刃物を持つ手が震え、食事は大体嘔吐した。

 

 それでも呵責は自己完結できるからまだいい。辛かったのは、一緒に修行した子どもたちが徐々に数を減らしていったことである。

 ドベだとヤゲンを笑い者にした子も、一緒に釣りに行った子も、また一緒に遊ぼうと指切りをした子も、写輪眼を見せてとねだってきた子も。気がついたら戦死していた。死体は帰って来ない方が普通だった。

 

 そんなことが続いていくうち、いつしかヤゲンは周りの子と遊ばなくなった。

 遊びに行く代わりに書庫に籠り、ひたすら活字を追う。手近にある書物は兵法や指南書、変わり種でも医学書などの固いものだったが、読書は前世から好きだったので苦ではなかった。

 心を鈍くさせて現実をやり過ごすうちは、現実に絶望することも前世を恋しいと思うこともない。叶わぬ望みを抱くことの、どうしようもないやるせなさに押し潰させることもなかった。

 

 早い話、ヤゲンは逃避したのである。

 

 

 

 

「兄ちゃーん!見てみておめめ!」

「・・・・・・・・・ウン、おめめだね。」

 

 だから兄弟たちにおきましては本当気にしないでいいから屋外に連れ出したりとかしなくていいから本当。

 

「えっとねぇ、これが瞼でしょー。これが視神経でしょー・・・・・・あ、今日のやつねぇ、水晶体が綺麗に取れたんだよ!兄ちゃんいる?」

「・・・・・・大丈夫だよ・・・・・・ビー玉みたいな綺麗な水晶体だね。お前のにしていいよ・・・・・・。」

 

 血塗れの手のひらに乗っかった透明なソレを見せびらかす、血色のよい唇に上気した頬が愛らしい弟に、ヤゲンは振り絞るような声を出す。モザイクが必要な光景だった。そろそろ血の臭いが辛い。

 

「コルァ、ミメイ!散らかすなっつったろ!誰が掃除すると思ってるんだよ。」

 

 絶命したイノシシと、その他諸々で真っ赤に染まる川原を指差し次兄のイズナが目尻を吊り上げた。それにやっべみたいな顔をしたミメイがスタコラ逃げ出す。

 

「逃げんな内臓もぐちゃぐちゃにしてお前!誰が捕ってきたと思ってるんだよ!」

「きゃー!きゃー!」

「きゃーじゃない!服も汚しやがって自分じゃ洗わない癖に!」

 

 返り血まみれの弟の帯をなんなく捕まえたイズナが、ノー躊躇で川に投げ入れた。ドッボーンと良い音がして、続いて水面からきゃらきゃら笑うミメイが顔を出す。

 

「やったなー。えいっ!食らえ水遁ー!」

「うわばか、」

 

 水弾の術ー!と弟が叫んだのと同時に水柱が上がり、兄の姿が水に飲み込まれた。

 ヤゲンの方にも飛沫が飛んできたので、慌てて焚き火を庇う。せっかく川辺に良い感じに作ったのに消されたら困る。

 

「・・・・・・火遁 火龍弾の術!」

「わーーー!燃える!きゃー!」

「オイ、山火事は起こすなよ。」

「・・・・・・もっとちゃんと止めてよ・・・。」

 

 濡れ鼠になり、ポタポタ髪から水を垂らし俯いていた兄貴が、口元をひくつかせたと思ったら。

 次の瞬間上がったドでかい火柱と、楽しそうに笑いながら逃げ回るミメイに、釣ったばかりの魚を釣り針から外した長兄が「言って止まったらアイツらじゃねぇよ。」苦笑した。

 

「・・・・・・マダラ兄さんが言えば、言うこと聞くよ。」

「どーだか。それに今日くらいは多目に見てやろーぜ。四人でこうして遊ぶのも久々だろ?」

 

 優しく笑う兄貴に、ヤゲンはため息をつく。この兄は弟に対してべらぼうに甘い。叱ることもあるが、いつだって最後はしょうがねぇなあと許してしまうのだ。

 

「お前はあっち行かなくていいのか?」

「・・・・・・いい・・・あの二人に混ざるの大変・・・・・・。」

「そっか、じゃあ兄さんと一緒に夕飯作ろうな。」

 

 クナイで器用に腸を取り、手頃な枝に刺した川魚を焚き火の周りに刺したマダラに、ヤゲンはこっくり頷いた。

 

 家の裏手にある、小高い山に来ている。

 そこまで深くない魚が泳ぐ川と、少し踏み込めばイノシシなども生息する、前世ではなかなかお目にかかれないような豊かな森だ。そんな森でヤゲンは焚き火を囲み、山菜を摘み、飯の支度を────つまりはキャンプをしていた。

 

『ヤゲン、出かけるぞ!』

『ぞー!』

 

(気使わせちゃったなあ。)

 先日の、あの大爆発が起こった戦場から帰還したあと。

 普段よりも精神的に疲弊していたのを悟られたのだろう。わりと強引に書庫から連れ出され、裏山に連行された昼下がりを思い出しながら、ヤゲンは葉物を千切った。水を張り、キノコを入れた鍋に放り込む。フツフツいいだしたら冷やご飯と味噌をとき混ぜれば、あとは一煮たちさせるだけた。

 

「・・・・・・雑炊できた。」

「ん、アイツら呼ぶか?」

「・・・・・・まだいい。薬草とかの処理、しときたいし。」

「いいって、俺がやるよ。」

「・・・・・・兄さんばっか、仕事してる。俺もやりたい。」

「いーんだよ、俺は兄さんだから。」

 

 物言いたげに見つめたが、困ったような顔を返されたヤゲンは渋々引き下がった。山菜と一緒に摘んできたソレを、マダラが慣れた手つきで束ねていくのを眺める。

 

 ・・・・・・要はこのキャンプは、引きこもりがちのヤゲンを心配した兄弟たちの好意だった。果報者だと思う。本当にありがたい。

 ありがたいことなのだが同時に開催されるうちはミメイ氏による『ドキッ!丸ごとグロ指定!モザイクだらけの解体ショー』だけはいただけない。尚、ドキドキしているのはうちはイズナ氏に生け捕りにされたイノシシの心臓である。つまり活け作り。弟に拷問の才能がありすぎて怖い。

 

「おーい、出来たぞー。そろそろ上がってこい!」

 

 結局手持ちぶさたが落ちつかなったヤゲンは、イノシシのバラバラ死体の一部を処理する作業をはじめた。油紙にぴっちり包み、それから家から盛ってきた篭の底に丁寧に入れる。

 これは息子たちが釣竿やら鍋やらを手に出かけるのを、楽しんでおいでと快く送り出してくれた父への土産だ。家にある味噌甕の中に漬け込めば、良い酒の肴になる。

 

「兄ちゃんさぶい・・・・・・。」

「・・・・・・日が暮れてから川に入るから。」

「オレのせいじゃないもん。イズナ兄ちゃんのせいだもん。」

「自業自得だろ。」

「早くこっち来て火あたれよ。服乾かしてやるから。」

 

 しおしおとした顔で鼻を啜るミメイと素っ気なく服を脱ぎ捨て絞るイズナに、甲斐甲斐しくマダラが世話を焼く。それを横目に椀に雑炊を掬ったり、焼き魚をとりわけたりしながら、ヤゲンはやっぱり寂しいなと思った。

 本当ならここにはもう一人いる筈だった。兄弟の中で一番喧しくて、一番場を引っ掻き回す奴はもういない。

 

「明後日はまた戦か・・・・・・ミメイは第四部隊だっけか?」

「うん!ヒカクと一緒なんだぁ。」

「友達と一緒だからって任務中に遊ぶなよ・・・・・・具体的に言うと、解剖したり解体したりするなよ。」

「しないよー。いーっぱい首取ってね、父様に褒めてもらうんだもん。」

 

 ね、と弟に言われたヤゲンは曖昧に頷く。

 

 良い兄弟たちだ。こんな兄弟を持てて果報者だと思う。例え彼らが人を殺して生き、人に殺されて死ぬかもしれない生き物でも、ヤゲンは家族を愛していた。こうやって団欒している時など、特にそう感じる。

 

 

 けれどそれと同時にヤゲンは無性に、どうしようもなく。息苦しいほど前世の世界に帰りたくなるのだ。





※ここの世界戦のうちは五人兄弟は、マダラを長男に

長男 マダラ
次男 イズナ
三男 (故人なため名前はなし)
四男 ヤゲン(主人公&転生者)
五男 ミメイ(捏造の塊なのでほぼオリキャラ)

という感じになっています。五男は一話で死ぬはずでしたが主人公に庇われしれっと救済されており、主人公は主人公で勝手に生還している感じです。三男は普通に死ぬタイミングで死にました。


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