おりじ☆すとらいくっ!〜私、絶対天敵になります〜 (飛彩星あっき)
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 夢を見ていた。

 

 この光景は忘れもしない、小三の夏休み。

 生まれて初めて、家出をした日のことだ。

 

 あの頃はちょうど両親の離婚間際で、家の中は怒号と何かが割れる音で満ち溢れていた。

 両親の八つ当たりと巻き添えで、いつも全身には痣が絶えなかった。

 

 居場所がなかったのは、家だけじゃなかった。

 

 あまり笑わない、生傷だらけのチビ。

 そんな私を気味悪がって、クラスメイトはみんな避けるようになってしまっていて。

 誰も助けてくれないし、誰にも助けてと言えなかった。

 

 心も身体も痛くて惨めで。

 こんなところにいたくない、ここじゃない別の場所に行きたい。

 

 枕を濡らしながら、夜が来る度願い続けて。

 

 そしてこの日。

 とうとう我慢の限界になって、実際に家出したんだ。

 

 でも、悲しいかな。子供一人で行ける距離なんて、経済的にも肉体的にもたかが知れていて。

 隣の市まで行くことすら叶わなくって。

 

 結局、地元のはずれにある浜辺まで逃げ出すのが精一杯だった。

 

 砂の熱を尻に感じながら、寄せては返す波を見続けること数時間。

 そういえば昨日から、なんにも食べていなかったことを思い出して。

 

「おなかすいた……」

 

 自分の腹から発せられた間抜けな音に、声がかき消されていった後。溜息を吐いた。

 お金もないし、帰ったところであの親が用意しているのは、どうせ罵声と拳だけなのは分かりきってるしで――こんな時までしっかり腹が減る、自分の身体が憎たらしかった。

 

 けど、ほんの少ししたら。なんか怒りも失せてきて。

 次に襲ってきたのは、不安だった。

 

 これからどうなるのだろう。このままここで飢え死にするのか、帰って殴られて死ぬのかな。

 どんな形でもいいけど、苦しい死に方は嫌だな――なんて子供心に思っていた。

 そんな時だったんだ。

 

 レジ袋の擦れる音とセットで、あなたの声が聞こえてきたのは。

 

莉瑠(リル)? どしたの、こんなとこで」

 

 すぐに、誰が話しかけてきたのかは分かった。

 

 なにせあの頃、親からさえも「アレ」とか「お前」呼ばわりされていて――名前で呼んでくれたのは、あなただけだったから。

 

「鏡さん……」

 

 小学生になってからずっと同じクラスだった黒髪の子――鏡ナギ。

 

 友達もたくさんいて、家族の仲も良好。おまけにスポーツ万能で頭もいい。

 私が一生かかっても手に入らないものを全部持ってる、明るくて可愛い(うらやましくてしかたない)子の癖に。 

 

 どういうわけか、私を放っておいてくれない子だった。

 

「なんでこんなとこに」

「ここ、近道なんだぁ」

「……お使い帰りでしょ、早く帰らないと心配するでしょ」

 

 もともと愛想なんてよくなかったけど、そこに意識的に上乗せして。私に構うなと言ったはずなのに。

 頭がいいから、確かに通じると思ったはずなのに。

 

「莉瑠ってば……もう、相変わらずぶすっとしてるなー」

 

 こんだけ憎まれ口を叩いた私に「仕方ない奴だな」なんて顔をして笑って、すぐさまお構いなしに隣に座ってきて。

 

 隣に置いた袋に手を突っ込んで、何やらガサゴソとやり始めた。

 

「別にこれは生まれつき――って、何やって」

「んー? お使いのご褒美。ここで食べよって思って」

 

 「景色いいしね」なんて言いながらパッケージを破くナギに、家で食えよもう、とも思ったけど。どうにも調子が狂ってしまっていた。

 

 あの頃はいつもそうだった。

 

 誰とも相手したくなかったのに、休み時間のたびに私のとこにやってきて。

 その度に追い払ってたのに、気づけばいつの間にか向こうの流れにのせられて。

 

 勝手にしろよもうって、私が根負けする。

 その繰り返しだった。

 

 どうせ今回も同じだと思って、気が済むまで無視してやろうって思ったのに。身体だけはバカがつくくらいには正直で。

 

 ばっちりナギに聞かれる程度には、大きな音を鳴らしたものだから。

 

「どったの莉瑠、お腹減ってるの?」

「…………うるさい」

「うるさいのは莉瑠のお腹だよぉ」

 

 デリカシーがない発言だなって今でも思うけど、でもあの時の音が相当やばかったのも事実で。

 

 その音を聞いたナギは私に、チョコクッキーを一枚差し出してきた。

 

「あげよっか?」

「い、いらないっ!」

 

 恥ずかしさと、まるで餌付けされてるみたいに感じた屈辱で。

 俯いて必死に首を横に振ってたけど、しつこい腹の音とナギの勧め。

 

「もー、隣でぐぅぐぅ鳴ってたら食べづらいんだよぉ」

 

 そしてナギが言ってきたその言葉に、ついに根負けして。

 向こうが困ってるんだから仕方ない、なんて自分に言い訳して受け取って。

 お菓子なんていつぶりだろう――なんて思いながら、口の中に甘さが広がった時。

 

 心の中が完全にぐっちゃぐちゃになって、慌てて目を逸らそうとしたんだけど。

 

 もう、遅くて。

 

 ボロボロと大粒の涙が出てきて、大声を上げて泣いてしまった。

 

「え、ちょ……大丈夫!?」

 

 突然感情を爆発させたものだから、最初はナギも動揺していたけど――すぐに頭を撫でてきてくれて。

 そんなことされたのも初めてだったから、余計に泣き声は大きくなってしまって。

 

「どしたの莉瑠、言ってごらんよ」

 

 ちょっと泣き止んだ頃、手を握ってきて。隙だらけの状態の私に、そんなことを言ってきたものだから。

 

「――あのね」

 

 嗚咽交じりだったから、途切れ途切れだったし。

 頭もよくないし、メンタル滅茶苦茶だったから、説明もうまくなかったのに。

 それでもナギは、私の言う事を根気強く聞いてくれて。

 

 全部吐き出した時にはもう、すっかり周囲は夕焼け色に染まっていた。

 

「そっか、大変だったね」

 

 そう口にしてからナギは、少しの間空を見上げて何かを考えていたようだけど。やがて意を決したように立ち上がると。

 

「じゃあ、私がなんとかしてあげる! だから行こっ!」

 

 ニカっと笑いながら、私の手を乱暴に掴んで。

 

 手を引かれるようにして、私たちは夕暮れの砂浜を走り出す。

 

「い、行くってどこへ……」

「莉瑠が本当に、笑顔になれる場所!」

 

 戸惑う私に向けてきた返答は、あまりにも抽象的過ぎて理解できなかったし。

 当時の私はそもそも、誰かと一緒にいるっていうことすら経験不足だったせいもあって。

 ただ引っ張られるまま、疑問をもうひとつぶつけるのが精いっぱいだった。

 

「どうやって……そんな!? なんで!?」

 

 親からどうせお前なんかを誰も助けてくれないと言われていたのを思い出して。なんでこの子は私を助けてくれるのか分からなくって。

 ついさっき、子供の力の限界を、思い知ったこともあって。

 

「ムリだよ、どうせ……」

 

 ナギの手を振り払いながら、そう否定してしまった。

 本当、あの時の私ってばうじうじしてたよなって自分でも思う。

 

 けど、ナギは止まらなかった。

 

「うーん……それは考えてなかったわ」

 

 ちょっと困ったような笑みを浮かべて目を瞑ってから、ナギは諦めないと言わんばかりに、また手を差し出してきて。

 

「でも――そうなっても、私は一緒にいてあげるよ!」

 

 こんな私に、満面の笑みで手を差し出してくれたあの光景。

 

 それこそが八坂莉瑠が生まれた瞬間で。

 生きる意味全部が分かった瞬間で。

 

 そして何より。

 

 生まれて初めて、誰かに恋をした瞬間でもあって――。

 

 

 意識が現実に引き戻された時、最初に見えてきたのは満月の浮かぶ夜空。

 つづけざまに潮風のにおいと波の音がして、そして。

 

「――っつー! いったいなぁ、もう!」

 

 背中を中心に激しい痛みが全身に走っていって、ようやくどうしてこうなったかを思い出していく。

 眠れなくて、夜の散歩と洒落込んで――思い出の海を見に行った結果がこれだよ、まったく。

 

「あーもう、こんな事なら、家でおとなしくしておくべきだったよ!」

 

 立ち上がりながら、星明りの照らす海岸線を眺める。

 今や思い出の中とは違い、砂浜はひどく汚れてしまっている。

 数ヶ月前に終戦した人類初の次元戦争、その爪痕が色濃く残っていたからだ。

 海上で撃墜された異世界の機械。その残骸が至るところに漂着していて、まるで埋立地のよう。

 

「ほんっと、最悪」

 

 言いつつ、軽く体をチェック。とりあえず大きな怪我をしてない事だけは不幸中の幸いだった。

 大会前々日に骨折だなんてそれこそ、洒落になんかなりゃしないよ。

 

「……クッソ痛いけど!」

 

 なんて言いながら立ち上がった後、夜の海を眺めて思うことはひとつ。明日ここを発ち、陸上全国大会に出ること。

 

 それは、今や離れ離れになった彼女との再会を意味していて。

 

「ナギ……」

 

 私にとっては、最初で最高の友達で。

 あのクソみたいな親から救ってくれた命の恩人で。

 陸上のライバルで。

 

 そして――。

 

「……なんだこれ?」

 

 思いを馳せていたら、いきなり。足元に何かがぶつかる感覚がする。

 つまみ上げたそれは、ビー玉大の球。すぐ近くには、コンテナらしき残骸が転がっている。

 

 あそこから転がってきたんだろうか、なんて推測をしていた時。

 

 爪が表面に食い込んでいって、何かが表面に刻印されていることに気付いた。

 

「Orizis Core ALBA STЯIKER……なんて読むんだろ? これ……」

 

 スマホで照らして確認してみたが、分からないということしか分からなかった。

 

 困ったことに私は東大とか受けちゃうタイプじゃない。むしろ授業イコール睡眠時間の部活娘だ。

 かろうじてRが一文字鏡文字じゃね? って程度しか分からない。

 

 ん……鏡、鏡……鏡って――。

 

「このタイミングで、かぁ」

 

ナギのことを思っていた時に鏡文字だよ、出来過ぎてない?

 なんて思うと、少しおかしくなって。自然と笑みがこぼれてしまってから。

 

「待っててよナギ。絶対優勝して――!」

 

 あの日の私とは別人。

 そういえるほど明るく言い放って、兵器の残骸が流れ着く砂浜を後にする。

 

「絶対、ぜったい優勝して――!」

 

 だけど、まさか。

 

 球を拾ったことがきっかけで、あんなことになるだなんて。

 

 まだこの時は、思ってもみなかったんだ……。



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オリジス・エンカウンター

 全国大会当日。

 先に着替え終えた私は、控室のすぐ外でチームメイトを待っていた。

 

 

「なんなんだろ、これ」

 

 ふと、ポケットから取り出したのは昨日の球。

 気づいたらポケットに入れてしまっていて、そのまま大会の会場まで持ってきてしまったのだ。

 

 ひんやりとした手触りと、サイズにしてはずっしりとした重量感はメカのパーツっぽさを感じられるし、実際あんなところに落ちていたのだからそうなのだろう。

 だけど……こんなもの。

 いったいどこに使うんだろうか?

 

「この英語もなんだって話だし。えっと、おーあーる……ぜっと……」

「んにゃ? どったの」

「うひゃあっ!?」

 

 唐突に背後から聞こえた声に、つい球を取りこぼしそうになってしまうが……すんでのところでキャッチ。ついでにそのままポケットへ。

 

 まったく、この子ときたら……。

 

「にゃはは、驚きすぎ」

 

 桃色の髪を揺らしながらケラケラ笑う、小柄な少女――(アズサ)

 

 絶対天敵との(こないだの)戦争終結後しばらくして、私の通う烙銀高校にやってきた留学生。

 

 ――なんだけど、これがまぁーいろいろとトンデモない奴で。

 

「そんなことより、早く約束通りIS学園生んとこ連れてってよ!」

 

「まーた、そればっか。敵のメカでしょ?」

「細かいことは気にするにゃっ♪」

 

 なんとこの子。

 自分たちを散々苦しめたはずの飛行パワードスーツにお熱なのだ。

 

 ISオタクを拗らせて、わざわざ次元を超えて留学してくる程度には。

 

「IS学園に通えばよかったのに」

「それは流石に無理だったって何度言えば……」

 

 嘆息混じりの言葉で、うちを留学先に選んだ理由を思い出す。

 

 烙銀もIS学園も陸上が全国常連。

 だから大会で向こうの生徒と接触を図り、コネを作るためとかいう。

 

「不純な奴め」

「それ相応に頑張ったんだから、文句は言わないでほしいにゃあ」

 

 まぁ、確かに。

 うち強豪校だから大会出るのも大変だし、私と一緒に最後まで毎日居残って練習してたし。

 

 それに、まぁ――。

 

「私も、人のことは言えないか」

「なにが……っと、アレかな?」

 

 梓が前方を指差す先にいたのは――月並みな表現だけど、美少女の集団だった。

 

 ユニフォーム姿が大半だが、ちらほら私服姿の子も見える。応援に来た子達だろうか。

 

「莉瑠、久しぶりっ♪」

 

 ユニフォーム組の一人。

 

 黒髪ロングの子が私に気づき、ぱあっと明るい笑みを浮かべて駆け寄ってくるが――この子こそ。

 あの日から何年も時間が経って、今やしっかりと美少女に成長した私の幼馴染で。

 

 私がずっと――。

 

「う、うん。久しぶり……わひゃあっ!?」

「ほれほれー、私がいなくて寂しかったろー?」

「いや、みんな見て!?」

 

 いきなり抱きつかれて、髪をわしゃわしゃと撫でられて。

 口では抵抗してみたものの、満更ではないというか――顔がめちゃくちゃ熱いというか。

 

「な、ナギそろそろ……!?」

「むー、つまんないなー莉瑠は」

 

 むくれ面で離す姿だけ見たら、本当に倍率一万倍を突破したんだろうかとちょっと疑いたくなる。

 ついでに、もう少し好きにさせてあげてもよかったと後悔もする。

 実際、私も寂しかったし。

 

 だけど、ナギに言わなきゃいけないことがあるんだから。

 お互い普段は離れ離れになって中々機会もなくなったうえ、開会式までもう時間もないんだ。

 

 だから、今日こそ――。

 

「あ、あのナギ……」

 

 心臓がバクバクいう中、意を決して口を開いた途端。

 

「ねえ見てよ莉瑠!」

 

 狙い澄ましたかのようにナギが遮ってきて、手を見せてくる。

 

「え、指輪? なにこれ、いくらしたの?」

「むー、専用機だよっ!? 待機形態!」

 

 残念ながらナギの言葉は、多分凄いということ以外わからない。

 ただ――着けてる場所が場所なだけに。

 これから言おうとしていた言葉が言葉なだけに。

 

 なんか、複雑な気分ではあった。

 

「分かりやすく言えば、これで私も超勝ち組だってわけなんだよ。ま、莉瑠には分かんないかもねー、アホだし」

「あ、あほ言うなし……」

「いーや、莉瑠はISの希少性から分かってないから。今何個コアあるかも言えないでしょ?」

 

 うんうん頷きまくっている梓に、確か700くらいでしょと頭の中で考え――ってそうじゃない!

 

 ああもう、こんな時にややこしいのが口挟んできたなぁ。最初っから隣にいたけども!

 

「ところで莉瑠、そっちの子は――」

「はじめまして、梓・スプリガンです! 好きなものはIS! 留学動機もIS! 三度の飯よりISが好きで好きで好きで――」

「うー、わかったから! もうっ!」

「にゃはは、ごめん。つい舞いあがっちゃって」

 

 その後はもう、あっさりと馴染んでナギどころか周囲の子達とも談笑している姿を見ながら。

 猫みたいな子だよなぁ本当に、笑い方といい。なんて思ってしまう。

 うちの高校でも、転入直後から友達たくさん作ってたし。

 

 私なんかと、違って。

 

「集合時間だから、ごめんそろそろ」

「う、うん」

「んじゃ、また後でね! 莉瑠!」

 

 一人悶々としていると、最後にまた頭を撫でてくれてから。

 手を振って、先を歩くチームメイトの列へとナギは加わっていった。

 

 ほんっと、いつも向こうにペースを握られるよなぁ私。友達になってからずっとそう。

 でも、だからこそ。

 私、あなたに――。

 

「多分あれ嘘じゃないかなー、多分専用機持ちじゃないよ」

 

 感慨に浸りながら。

 見えなくなるまで手を振っていた私を現実に引き戻したのは、急に真面目な顔をした梓の辛辣な言葉だった。

 

 IS好き好き人間の言うこととはいえ、ちょっとそれにはムッとする。ナギが頑張って成果出したかもしれないでしょ。

 

 難易度知らないけど。

 

「陸上部はみんなつけてて、応援に来たであろう私服の子は着けてなかったからさ」

 

 ま、学園の看板背負ってるやつは狙われるかもって判断だろう。

 続けて付け足す梓の言葉に納得はしつつ、少しだけ落胆していた時だった。

 

「と・こ・ろ・でぇ……あのナギって子の事、もしかして好き(ラブ)なのかにゃあ?」

「んな、なななななななっ!」

 

 いきなりニヤニヤしながら煽られて、全く覚悟していなかったから。

 すっとんきょうな声が通路に反響して、周囲にジロジロと見られてしまう。はっずかしい……。

 

「隠さなくていいのに」

 

 にゃはは、と楽しそうに笑う梓は全部お見通しと言わんばかりだったし。それにこの子相手なら良いと思って。

 少しだけ間を置いてから、告げる。

 

「ナギとはその、あれ……小1から知り合って……」

「なるほど、幼馴染と」

「んで、小3の時に友達なって、中学の時から……」

「もちっと前にはもう、じゃないかにゃあ?」

 

 あぁもう、時期までこんなあっさりと――だったらもう開き直る!

 

「本当は友達なったのと好きになったのがイコールですっ!!」

 

 顔に熱が溜まっていく感覚がする中、視界の先の梓は満足げに何度もウンウンと首を縦に振っていた。

 くっそぅ、あれ完璧面白がってるでしょ……。

 

「なーるほど。いやぁ、一途で結構。青春ですにゃあ!」

「う、うっさい……」

 

 ただまぁ、口とは裏腹に。

 この子のこういうところは嫌いじゃない――むしろ好きだとも思っている自分がいたりもする。

 

「だったら早く告りなよ。相当レベル高いしあの子。もたもたしてると誰かに取られちゃうぞ?」

「わ、わかってるよ! そんなこと!」

 

 でも、女の子同士だし。ナギに引かれないかちょっぴり怖いし。失敗したらもう、友達でもいられないかもだし。

 

 もしあの子に拒絶されたら――もう友達でもいられない。そばにいてくれないかも。

 なんて、思ってしまって。

 

 今まで踏ん切りがつかなかったのも事実で。

 

「だから今回、優勝したら話があるって言おうとしてて……」

告白遠慮系女子(ラノベヒロイン)かにゃあ!?」

 

 かなりの大声で突っ込まれてしまってから、しばらくの沈黙。

 それから溜め息ひとつつき、梓は私に向き直った。

 

「あのにゃあ、好きならさっさと言わないと人生の浪費。早く言えばそれだけ早く、あの子とデート出来るんだよ?」

「で、でもタイミングが――」

「ばーか。ここから先、もっと悪くなるかもしれないでしょ? 例えば向こうが本当に専用機持ちになったら、会える時間だって限られるし」

 

 言われてみれば、確かにその通りだ。

 

 考えてみれば中学時代も、言うタイミング考えて考えて。でもアクシデントやナギに話す内容に関して先を越されて――。

 

 結果、離れ離れになって今に至ったんだもんなぁ。

 ああもう、こういうとこだけはあの日から変わってない気がする!

 

 もういい――だったら!

 

「よし、じゃあ次会った時に言おう!」

「ま、それが一番だにゃあ♪」

 

 嬉しそうに肩をぽんぽん叩きながら、ガンバレと応援してくれる梓を見て。

 この子が言うと説得力あるなぁ、なんて思ってしまう。

 なにせ。

 

絶対天敵(ぜったいてんてき)なのにIS好き公言してるしねぇ」

「何をいきなり!? あと絶対天敵(そのまま)読みするなぁ!? 私は誇り高いイマージュ・オリジス次元の人間なんだからね!?」

「あー、そんな読みだったっけか」

 

 誇り……敵の武器にラブコール送ってるのに? なんて考えてた時。

 何かが繋がったような気がした直後に、その正体に思い当たる。

 

 確かあの球に書いてあった文字。

 その、最初の部分は。

 

Orizis(オリジス)?」

 

 まさかと思い、梓に球を見せようとした瞬間だった。

 突然の爆発音と共に、スタジアム全体が大きく揺れたのは――。

 

 

 IS学園のISが迎撃に出たとアナウンスがあったにもかかわらず。

 地下シェルターの中は、恐怖と混乱が充満していた。

 

 白騎士事件以降は公共施設に設置が義務付けられていたとはいえ、実際使ったことがある人なんてほとんどいない。

 こんな非日常の塊みたいな場所に閉じ込められれば、無理もなかった。

 

「なんでこんな!?」

 

 遠くから聞こえてきた叫びは、この場にいた全員の代弁にも思えた。

 ――いや、ただ一人を除いて。

 

「ふぅ、やっと繋がった」

 

 ここに着くなり高速で端末を弄り続けていた梓が言うや、空中に映像が投影されていく。

 監視カメラでもハッキングしていたのか、映し出されたのは外の様子。早速交戦状態になっているらしく、銃声や金属音が耳をつんざく。

 

 ほんの少しすると、ナギ達が戦っている相手が映し出されたが――。

 

「これって……あんたンとこの!?」

 

 そこにいたのは、カマキリめいた小型機械。

 数ヶ月前まで、テレビで見ない日はなかった異次元の兵器であった。

 

「よく見て」

 

 首を振る梓に促されるまま再確認すると、確かにどこか違和感を覚える。前見た時はもっとこう……。

 

「なんか、歪なような?」

「残骸からレストアしたんだろうね。足りないパーツは通常(じまえ)ので、強引に補って」

 

 自分達なら、絶対にこんな使い方はしないと付け足す梓の声の直後。でかでかと機体側面に描かれたマークが映し出されていく。

 

 ハロウィンのカボチャと、その下で交差するライフル銃の紋章。

 間違いない、このマークは反女尊男卑団体の……!

 

「魔怖帝……!」

 

 アホな私でも知ってるほどの集団で、その実態はただのテロリスト。

 男女平等のために動いてた団体に爆破テロを起こすほどに、見境のない最低の集団。

 

 そんな奴らと、ナギが戦っている――最悪の未来を連想し。でも何もできない自分に歯噛みしてしまう。

 

「仮にISがいたとしてもヒヨッ子とお守り程度。なんとかなるって考えて踏み切った感じかなー」

「何を呑気なこと……!」

「だってそりゃあ……ま、見てれば分かるから」

 

 焦りと怒りに突き動かされ、反論しようとしたその時。画面の向こうで爆発音がする。

 見れば、教師の指揮のもと。次々と絶対天敵がスクラップに変えられている真っ最中だった。

 

「あれ、ザコい?」

「というより、下級なんてこんなもんなんだよ」

 

 奇襲や数の暴力でもない限りIS相手だと、弾を消耗させるのが精々と梓は続けていく。

 あらかた対等に戦えるメカが出てきたと舞い上がり、碌に調べないで投入してきたんだろうにゃあ、とも。

 

 余裕だとわかり、気持ちにも焦りがなくなってか。

 

 シェルターの中はいつの間にか、まるでスポーツ観戦でもしているかのような雰囲気になっていた。

 ナギの近くにいた応援組が最前列を陣取って、画面に向かって声援を送っている姿なんてまさしくそれだろう。

 

「いっけーナギ!」

「やっちゃってよ、そんなガラクタなんか!」

 

 声援の中、画面は順調に敵をスクラップにしてくナギたちの姿が映し出されていて。

 このままいけば、鎮圧も時間の問題だろうと梓も口にしていて。

 

 私も、胸をなで下ろしたい――はずなのに。

 理屈は、画面に映る状況と合っている。そのはずなのに。

 

 何故か、不安を拭えないままだった――そんな時だった。

 

 たった一撃で形成逆転が起きる瞬間が、起きたのは。

 

 突如として鉄拳が文字通り飛んできて、壁を貫き。指揮をしていた教員のISへと直撃する。

 そんな映像が、画面に大きく映し出されていた。

 

 あまりの光景に、スタジアム内も私たちも呆気にとられる中。

 拳の持ち主は、姿を現した。

 

 水を滴らせているのは、近くの海中に潜んでいたからか。

 我が物顔でスタジアム内を闊歩する、ゴリラめいた大型の二足歩行マシン。

 

 そいつが戻ってきた拳を再接続する光景が、モニタには堂々と映っていた。

 

 教員はスタジアム外にまで勢いよく飛ばされ、姿が消えていった。生死は不明だけれど――少なくとも、もう戦えないのは素人目に見ても明らかだった。

 

 指揮官を失い、大パニックに陥る戦場。

 その空気は、地下のシェルター内にも伝わっていってしまった。

 

「お、おいコレって」

「あのゴリラ……ノクターン級はパーソナライズされた量産ISとも引けを取らない性能……たとえ、中古品(キズモノ)でも」

 

 続く梓の、最寄りの軍基地からISをマッハで飛ばしても、多分という言葉。

 

 それが聞こえて、何も考えられなくなる。

 

 ナギのクラスメイト達は絶句したり泣き叫んだり……反応こそ様々だったが、皆一様に取り乱す中。

 

「このままじゃ……ナギが――――!」

 

 その中の一人が叫んだ言葉と、ふいにぶり返してきた、さっき抱き着かれたときのナギの温もり。

 それらが私を、放心状態から引き戻させていった。

 

「な、何か!? 戦える機体とかないの!?」

 

 梓だって絶対天敵でしょ!? 一体くらいロッカーの中に小型化して隠してるとか言ってよ!?

 完全に支離滅裂、アホ丸出しなことを言っている自覚はあった。

 でも、今はそう叫ぶしかなくって。

 

「こっちに来るのに、そんな兵器なんて持ってこれるわけないでしょ!!」

 

 首を横に振って。私の手を振り払いながら、叫び返した梓の言葉に。再び、頭が真っ白になっていく。

 

「量子生体移植(インプラント)タイプなら、話は別かもしれないけど……アレのコアなんてまだ……」 

 

 その直前に、聞き取れた発言の中にあった単語――コア。

 

 それを聴いた直後、気づけば梓に再び掴みかかっていた。

 

「コアって何!?」

「今それはどうでも」

「よくない!」

「それに話したところで――」

「いいから!!」

 

 私が手を離すと数度梓はむせ込み、それから続ける。

 

「IS側のデータをフィードバックした最新式で量子展開が可能なタイプだよ。だけどまだ解析不十分で試作段階。小型のコアを身体に入れて適合させないとダメで――」

 

 

 言葉の途中で、それを遮るように。

 私がポケットから取り出した例の球を見た途端、梓の目が驚きで見開かれる。

 

「どこでそれを――」

 

 懇切丁寧に答えてもいいのかもしれないけど……何となく分かる。今答えたらタイミングを逃すと。

 もしかしたらこのまま奪われて、梓がやってくれるのかもしれないけどさ。

 

「それじゃ、意味ないんだよ」

 

 つい声に出してしまったが、それが私の本心だ。今はもう、あの日みたいなうじうじ莉瑠じゃあいられてない。いてたまるか。

 

 それにさ。

 やりたいことはなんでもささっとやる。

 

 ――でしょ? 梓。

 

「ごめん」

 

 この後の私を案じてくれたのか、制止しようとしてくれた梓に謝ってから。

 私は大口を開けて、勢いよく球を丸ごと呑み込んでいく。

 埋め込み方は分かんなかったけど、イチかバチかだ。

 これでダメなら生身で突撃してやる。

 

 なんて思っていた――瞬間。

 

 ドクン、と。強く心臓が跳ねて。身体が痙攣する。

 

 全身が、熱い。

 つうっと、鼻から血が垂れ出ている感覚もする。

 

「莉瑠、その肌――」

 

 呆然と見てくる、梓とIS学園生たち。

 

 何が起きてたのか分からず、右手を視界に入れると、どういうわけか、肌が浅黒いけど。

 

「ん、ああ……まぁ、気にしないで」

 

 我ながら適当な受け答えだと思うが、今は肌色の豹変(さまつごと)に構っているヒマなんてなかった。

 

 頭の中には、現在進行形で膨大極まりない情報が流れ込んでいたのだから。普段頭使ってなくてよかった、使ってたら入らなかったよ……なんて、思うくらいにはすごい量だ。

 

 基本制御起動とか操縦法から、対IS戦闘術に至るまで。

 

 それらすべてが植え付けられた瞬間、ひときわ大きな衝撃が外からして。

 大きな揺れとともに、天井の照明が消えた直後。

 

 額に怪しげな紋章が灯ったと思ったら消え、一瞬の間だけ闇を照らし出していった。

 

「……インストールは完了ってとこ?」

「行ってくる、もうここも危ないし」

 

 それに、ナギはもっと。

 続く言葉は胸の内だけで発しつつ、出口へ向かって歩き出すが。

 

「待って」

 

 呼び止められたと同時、追ってきた梓が何かを手渡してくる。

 今は時間がないんだけど……。

 

「今の莉瑠に経験と策はないでしょ?」

 

 渡されたのは梓のサブ端末。

 

 自分のはロッカーの中だし、言われた通り無策だったしで……ニヤリと笑う彼女の手から受け取り、すぐさまメイン端末へと通話状態にしておく。

 

「ありがとう」

「いいから行って……三番出口の方に向かうのが、おそらく一番近い」

 

 二回目の礼の言葉は背を向けながら、端末に向けて言って。

 

 扉を出てから、思う。

 

 まさかナギに恩返しできる場面が、こんな形で来るなんて、と。

 まったく、いい友達に恵まれ続けてるよ、私は……と。

 

 それから一度だけ、目を瞑ってから決意を固めていく。

 

「行くよ――」

 

 勢いよく見開きながら、身体に宿った相棒へと声をかけていく。

 本来の命名測から外れた絶対天敵(イマージュ・オリジス)。その名も――。

 

「『灰燼(バスタード)』級ッ!」

 

 

 せめて自分だけは、冷静でいようと決意して。

 

 狂乱に支配されそうになる意識を必死に繋ぎ止めながら、ナギは戦場を駆け巡っていた。

 

 出来るだけノクターン級の攻撃を回避しつつ、残存していた下級絶対天敵を撃退して回る。

 既に味方の大半はパニック状態で、ろくな回避行動さえ出来てない者までいる始末だった。

 

 おまけに意識はノクターン級に向いているせいで、雑魚からの機銃は面白いように装甲に当たり、カンカンと音を立てていく。

 

「足を止めないで! せめて、せめて小さいのだけでも!」

 

 仲間への通信は、半分自分に言い聞かせたようなものだった。

 

 今の自分達に状況を打開する切り札はない。

 さりとて、このままではさらなる脱落者が出るのも時間の問題。

 

 ならば、今できることを最大限にやって耐え凌ぐのが最善。

 

 一年からレギュラーなだけあり、ナギのそれは冷静な判断であった。

 

「ほぅ……貴様はやるようだな」

 

 自らの行動が裏目に出たと知ったのは、ノクターンの鋭い眼光(ツインアイ)に射抜かれ。

 

 外部スピーカーの声とともに尻尾が動き、先端に仕込まれた銃口を向けられた時だった。

 

 背筋を嫌な汗が伝って、体が今にも震えを訴えてくる。

 

 だけど、それに囚われてしまっては終わりだと思って、ナギは数瞬で決意を固めていく。

 

 今出来ること。

 それはこいつの注意を自分が引きつけ、時間稼ぎに徹すること!

 

「私がこいつの相手するから!」

 

 短くオープンチャネルで伝えると、倒したばかりの下級絶対天敵から刀を引っこ抜くのさえも諦めて。

 

 ブースター全開。一目散にナギは逃げ回りはじめる。

 実弾ライフルで迎撃を試み、倒された残骸を遮蔽物に。そして敵の攻撃の合間に、それを踏みつけ跳躍。

 

 ありとあらゆる手を用い、ほんの一秒でも長く。

 尻尾の機銃や増設された銃座(ターレット)、さらに生き残った機械昆虫の攻撃に晒されながらも。

 ナギの打鉄は、縦横無尽にスタジアムを駆け巡っていく。

 

 しかし、徐々にシールドエネルギーは被弾と共に減衰していき。

 ついには。

 

「万策尽きたな」

 

 壁際に追い込まれ、まともに砲撃を浴びせられてシールドが尽きて打鉄から煙が上がり。

 活動限界を迎えたナギを、機械仕掛けの巨人は嘲っていく。

 

「では、狩らせて貰おうか、貴様のISを! 小娘、お前ごと!」

 

 興奮した男の声を、ナギはまともに聞いてはいなかった。どうせ大したことは言ってないだろうと。

 

 ただ、鉄拳が飛んでくる光景に目は瞑ってやらない。

 怯えた獲物になんてなってやらないと、最後の意地を振り絞る。

 

「ごめんね、莉瑠」

 

 こんな時に思い出したのは、ついさっき再開したばかりの幼馴染。

 

 出会った頃はいつも自信なさげで。ぶすっとしていて。

 友達になってからも、ずっと自分の後ろばかりついてきた少女。

 高校生になって、自分と別々の学校に通っても明るいみたいで安心したけれど。

 

 でも、もし。

 

 自分がいなくなったら、またあの頃に逆戻りなのかな――なんて思ったら、蓋をしていた気持ちが溢れ出してきて。

 視界がどんどんと、滲んでいく。

 

 嫌だ、まだ、こんなところで――終わりたくない。

 

 終われない。

 

「死にたくないっ!」

 

 叶わぬ望みと知りつつも、思いの丈を叫んだ――瞬間だった。

 土埃を舞い上げながら強烈な破壊の音が周囲一帯に響き渡り、ナギの声をかき消していく。

 

 その願いを叶えるとでも言わんばかりに。

 

「絶対天敵……!?」

 

 砂塵を巻き上げ、地面から這い出てきたのは「銀」の巨体。

 鋼鉄の脚で大地を割りながら踏みしめ。叩きつけられた尻尾はナギのすぐ真横の客席を破壊して。

 全身各部から、眩くも鋭い赤の残光を迸らせるそれは。

 

 ナギのすぐ目の前で、放たれたノクターンの拳を受け止め。それを両腕で力強く握り。

 

 そして――返すと言わんばかりに。

 巨腕を鈍器にして、もともとの持ち主へと叩きつけていく。

 

「――ッ!」

 

 衝突と同時。

 ISの音響補正すら貫通するほどの大音響が辺り一帯に轟き、わずか一撃でノクターンを撃破。

 スクラップと化した巨体が地面に倒れ伏し、再び爆音が支配する中。

 

 「銀」が振り返り、相貌でナギを見つめていく。

 

「ドラゴン型……?」

 

 それは、見たことも聞いたこともない機体だった。

 赤く光る棘の生えた、銀色の竜型絶対天敵。襲撃者と敵対しているということ以外、機体も所属も何も分からない。

 

 どうして地下から現れたのか。

 何故、このタイミングまで沈黙していたのか。

 どうして襲撃者と敵対しているのか。

 そして――誰が、操縦しているのか。

 

 何も分からなかったが――その光景を見て、ナギは呆然と呟いた。

 後から思い返しても、どうしてそう、分かったのかは不明なのに。

 

「――莉瑠、なの?」

 

 




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絶天の血盟

 ハッチが開く機械音を目覚ましにして、ゆっくりと瞼を開けていく。

 

「んぁ」

「目ぇ覚めたかにゃあ、寝ぼすけさん?」

 

 コクピットに足を踏み入れてくる梓の背景は、なんだかやけに暗い。

 側面のモニターに表示された時計で確認すると、ギリギリ日を跨ぐか跨がないかという時間だった。

 

「ま、寝てたんなら展開しっぱなしでよかったのかも。風邪ひいても困るし……なんて。にゃはは」

 

 隙を見て回収したのか、梓が投げ渡してきた荷物。それを受け取りつつ、意識を失う前のことを思い返していく。

 

 ノクターンを倒して、生き残りのザコを全滅させた直後、がなり立てるレーダーが軍の輸送機の接近を告げだした。

 流石にもう一戦交える体力も技術もなかったから、梓の指示通りに一目散に逃げだして。

 

 絶対天敵戦争の戦地跡である、この廃墟エリアまでたどり着き。

 半壊した教会跡を見つけて隠れたところまでは覚えているけれど……それ以降は、さっぱりだった。 

 

「あの後、どうなった?」

 

 逃げるのに精いっぱいで、ぶっちゃけ他の事考える余裕がなかったし。

 

「すぐ、軍のIS部隊がやってきて鎮圧完了。終わってみれば結局、死者は出なかったよ――あのノクターンのクソバカは死んでおけばよかったのに」

「そっか、あの吹き飛ばされてた先生も無事だったんだ」

 

 馬鹿正直かつ、ちょっと過激な梓の感想につられて。

 

「あったり前だにゃあ! 搭乗者保護機能の凄さ、これで莉瑠のアホにも少しは分かったでしょ!?」

「う、うん……まぁ」

 

 私も、思ったままの感想を口にしたのが拙かった。

 これ完全に梓のIS好き好きスイッチ入れちゃったと気づいたのは、彼女がものすごい勢いでまくし立て初めてからだった。

 

 あっちゃー……こうなると長いんだよなぁ。

 前なんて昼休み中延々と、非固定なんとかがだの絶対なんとかだのと理解不能の単語をマシンガンのように連射したりしてたし。

 

「しっかし第二世代(量産機)でこれなら第三世代機なんてもっと……何なら第四世代(あかつばき)……そういえば、ルクーセンブルクにも第四世代が確認されたって話も……いやぁ、あれだね! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 まぁでも、以前と同じように接してくれるってのは、なんというか、凄く――。

 

「今、なんて? 強制送還とか……聞こえたけど」

 

 感慨に耽っていた私の意識は、ふいに梓が紡いだ不穏極まりない単語で現実へと引き戻されていく。なんでこの子が責任をおっ被されなきゃいけないの?

 疑問と憤りに支配されていく私を、梓は優しい顔で眺めてから……ふっと笑って。

 

 

「ま、絶対天敵人間を逃がす手伝いをしたんだもの。それくらいは甘んじて受け入れるとするにゃあ」

「そんな、私なんかを逃がしただけで」

 

 所詮この力は八坂莉瑠のものじゃない、機体側のもの。訓練だってなんか受けたわけでもない。

 球さえ呑み込めば別に誰だってできることなわけなんだし……。

 

「あのにゃあ」

 

 ただでさえイレギュラーだらけなのに……まぁ莉瑠に言っても仕方ないかも、アホだし。

 なんてさりげなくディスられた気もしたけれど、梓はしっかりと教えてくれた。

 

 絶対天敵はISと互角ないしそれ以上に戦えるうえに、男でも女でも使える。

 おまけに生体移植タイプは本来、適性のある人間を対象に専用の手術で埋め込むもの。吞み込んだだけで適合できるなんて普通じゃない。

 

 現代の国防はISで十中八九決まっている時代の真っ只中に、こんなものを手に入れた人間が現れた。

 

「絶対天敵次元は惑星単一国家だから憶測も入ってるけど。もう、ここまで言えばわかるでしょ?」

「ごめん、えっと……一言で言って」

 

 うっわ、物凄い呆れ顔で見てきてる……溜め息もすごいし。

 でもまぁ、こういう時もしっかり答えてくれるのが梓。ちゃんとアホが分からなかったとき用の答えも用意してくれていた。

 

「今の莉瑠の価値、女版織斑一夏」

 

 流石に私でも分かるレベルの超絶ビッグネームを出されたら、あまりの事態の大きさに気圧されそうになってしまって。

 ついでに今年の冬頃、さんざんテレビで取り上げられた際の話とかも思い出してしまった。

 

 確か男性操縦者の謎を突き止めるためにDNA検査がどうとか、研究所送りだとかIS委員会の本部に監禁されるとかなんとか――待って、あの時言われてた中には……。

 

「解剖されて、ホルマリンに入れられる!?」

 

 それは考えうる限り最悪のケースだったし否定してほしかったんだけど、梓は驚きで目を見開いていて。

 

「ホルマリンは知ってたのか……」

「いや突っ込むとこそこ!?」

「化学は私が教えなくても赤点回避できそうだし、いやぁ負担が減って何よりにゃあ」

 

 今話すことかよぉ!? なんて思いながらも。負担言うなら今、私の手助けしているほうがはるかに大きいのに……なんて感じたら、ますます事の深刻さが私にも分かって。

 

「悪い事ばっかりじゃないって思ってるから、平気」

 

 そんな事態に巻き込んだことを、まず謝ろうと口を開く直前。まるで見透かされたように、梓は笑いながら先回りしてきたものだから……なにも、言えなくって。

 

「このまま逃げ続けたらISを相手取ることになるし……そうしたら、特等席でIS学園の専用機とかも見られるかもだし。結果オーライだにゃ」

 

 にゃはは、と笑いながら言い放たれた言葉。それは何一つ納得できない代物だったけれど。

 

「それに……友達助けられなかったら、そっちのが後悔する」

 

 なんて殺し文句を突きつけられたら、もう。謝ったら許されない気もしてきて。

 

「ありがとう……本当に、感謝してもしきれない」

「いいっていいって! 気にしないで!」

 

 私の気持ちを知ってか知らずか。

 梓はいつも通りの明るい声で言ってから、下の方へと手招きしていく。すると装甲を足場にして上っているんだろう。カンカンという音が聞こえてきたかと思うと。

 

「誰か、他にもきているの?」

「んー、一言で言うと……スペシャルゲスト?」

「莉瑠、大丈夫?」

 

 要領を得ない梓の言葉に、頭の中に疑問符が浮かんでくる中。開きっぱのコクピットハッチの向こうに見えてきたのは――私が、命がけでも守りたかった人で。

 

「え、ナギ……なんでここに?」

 

 無事なことを、この目で確認できたのは正直……舞い上がっちゃいたいレベルで嬉しい。

 でも反面、わざわざ危険を冒してまで私なんかに会いに来てくれたのか……とも思ってしまって。

 

 固まってしまった私は、これだけ口にするのが精いっぱいだった。

 

「お礼したいんだって。にゃあナギ?」

「うん。だから、梓に無理言って、いっしょにね?」

「無茶するなぁ」

 

 もう名前呼びになるほどあっさり仲良くなれるとことか、思い立ったら即断即決なところとか。

 ほんっと、そういうとこは子供の頃からなんにも変わってない。

 こんなになっても、私のことを放っておいてはくれないみたいだし。

 

 でも、今回は――今回ばっかりは。

 

「さぁーて、と。邪魔者は退散するとしますかにゃあ」

 

 一つ伸びをしてから梓は立ち上がると、私へと身を乗り出して。

 

「泣かせるにゃよ?」

 

 その声音は、からかい半分マジ半分。

 それだけ耳打ちしてから、梓はそそくさと機外へと出て行ってしまった。しばらくは私とナギも沈黙が続き、カンカンという装甲を蹴る音だけが遠く響くだけだった。

 

 多分、私と梓の話が外まで聞こえてきていたんだろう。その間も、ナギはずっと、こっちを心配げに見つめてきていた。

 

 そうさせたのは私なのに――そんな顔、見たくないのにって思ってしまう。

 何か声をかけたいのに……残念ながら、気の利いた言葉一つ頭に浮かんでこなくって。

 

 ほんっと、自分のアホさがイヤになる。

 

「あのね、莉瑠」

「どしたのさ」

 

 だけど、せめて。

 少しでも気負わせないようにと、何事もまるでまるで起きてなかったかのように応じる。

 その程度しか、今の私にできることはなかった。

 

「ありがとう、助けてくれて」

「これくらい別に、当たり前。今までさんざんナギに助けられてたし」

「でも、こんな事になって……それに、肌だって」

「あぁいいよねこれ、あざも目立たなくなったし。将来の白髪も気にしなくて良くなったし……なんちゃって」

 

 本心からの言葉に空元気の笑顔をチューニング。さらに微妙な出来の自虐ネタまでトッピングしたんだけど。

 どうやら、ダメだったみたいだ。ナギの顔、よけいに悲しそうな色を帯びちゃってる。

 

 本当は私だって、大丈夫だよと言いきりたい。そう言ってあげたい。

 

 でも……現在進行形で手伝ってくれている梓や、こうしてリスキーなのに来てくれたナギにも悪いけど――国や軍隊が相手なんだ。

 

 最後まで逃げ続けるなんて、私なんかじゃきっと――。

 

「気にしないでよ。あなたのおかげで私……今日まで、生きてこられたんだから」

 

 だから言えることなんて、精々これくらいが限界だったし。実際あの日、ナギが助けてくれなければきっと享年9歳だっただろうし……。

 

「長生き、できたしね!」

 

 だからそんな、泣くの我慢してる顔なんてしないでよ。

 あなたは何も持ってなかった私に、たくさん綺麗なものをくれた人。

 

 私に、命をくれた人なんだから。

 

「それにさ、ほら! IS学園にもたくさん友達いるみたいだし」

 

 大丈夫とは言えないけど、大事なあなたがそんな顔をするのだけは耐えられなくて。下手なの承知の上で。

 

「あの時、ほらノクターン来た時! みんなナギの事心配してたよ? みんないい子達じゃん!?」

 

 ナギの頭を撫でながら、なんとか慰めてみようと試みる。

 

「それにほら、地元にだって……響とかさ、優奈とかいるじゃん!? 夏休みくらい、こっちに帰ってこいよ……なんてぼやいてたよ?」

 

 きっと、ううん。絶対あなたは一人じゃないんだよ。

 辛い時や悲しい時、あの日の私と違って助けてくれる人はたくさんいるんだもの。

 

 だからさ――あぁもう、ここから先の言葉を口にするのが怖いなぁ。

 だって本当は、こんなこと言いたくないんだもの。

 告白よりも勇気、いる気がする。

 

 ――でも、言わなきゃ。

 

「だからさ、ナギが私なんかを気にする必要ないんだって!」

「莉瑠……」

 

 時間をかけたらきっと、途中で私が泣く。そしたらナギに迷惑だろうしと、お熱モードの梓並のマシンガントークで誤魔化していたのに。

 

「私一人いなくたってさ、ナギは全然一人じゃないんだし! あの日の私とは違ってさ、だから――」

「バカッ!」

 

 勢い任せの言葉はだけども、ナギの怒鳴り声でせき止められていく。

 

 ――やってしまった。

 

 後悔先に立たずなんて良く言ったものだ、なんて。ふたたびなんか静かになったコクピットの中で思う。

 

 今にも泣きそうな――いや、ちょっと涙出てるなぁ。

 そんな顔、似合わないし見たくないのに。

 

 私が、泣かせた。

 

「……ごめん」

 

 半ば条件反射的に謝ったのは、それしか言えなかったのもあるけれど、続く言葉も良いアイデアもなかったからというのがあって。

 

「あの、さ。昨日、じゃなかった。もう一昨日の夜なんだけど」

 

 このままじゃ埒が開かないと思って、沈黙を破ると私はナギへと経緯を話していった。

 

 倍率一万倍勝ち残った(IS学園に受かる)くらいだし、なにより。

 あの日みたく、ここから抜け出す手段をナギなら、きっと。

 なんて、思ってしまって。

 

「……ってわけ」

 

 それとワンチャン、喋ってる間になにか思いつかないかと期待してはいたけれど、そっちは無理だったな。最初から望み薄だったとはいえ。

 まぁ、アホすぎるアイデアでまた泣かせるよりは……いくらか、マシかもだけどさ。

 

「拾ったところ、行ってみる……とか。あの時の砂浜だよね?」

 

 沈黙の中。堂々巡りする思考を断ち切ったのは、そんなナギの提案だった。

 

 アレを拾ってからもう二日。何日前からアレが漂着していたかも分からない。

 さらに言えば、結構な頻度で軍の廃品回収がやってきて定期的に掃除もされている。

 

 着いた時には、残ってるものなんて何もないかもしれない。

 

 けど――止まったら。あの日みたいなうじうじ莉瑠に、今なったら。

 きっと、いや、間違いなくナギを泣かせる。

 

「……なるほど、うん。当面の方針は決まりだね」

 

 だからさ。

 少しでも可能性があるなら、見つけたのなら。それを信じて突き進んでいく。罠があるなら罠ごと叩き潰してやるって心構えでgo! だ。

 

 どうせ頭なんて良くないんだから、それで私はいい。

 

「ふふ、いつもの莉瑠で安心した」

「そ、そうかなあ」

 

 微笑んでくれるナギを見て、あらためて思う。

 その笑顔のためならば……私、どこまでも頑張れるんだよって。

 今はそれで――いや、違うな。

 

 ずっと八坂莉瑠(わたし)はそうだったし、それでいい。

 他人からしたらくだらない行動理由かもしれないよ? でも、私にはこれしかないし、これがいいんだ。

 

 さて……目的地ははっきりと決めたんだ。

 あとは。

 

 深呼吸して、気持ちを落ち着かせて。

 

「あの、ナギ……」

 

 向こうの立場も事情も何も考えてないけど、それでも……っていうワガママは。

 

「そっか、じゃあ気をつけてね」

「……うん、梓と一緒に頑張る」

 

 やっぱり、言えないよ。そこまで巻き込むわけにはいかないし。

 

 手を振りながら、背を向けコクピットから出ようとしていた、ナギに視線を向けていって。

 

「またね、ナ……わぷっ!?」

「なーんて、言うと思ったかぁ!!」

 

 と、思ってたのに。

 急に振り返ってきたナギは私の手を取って。

 

「ばーかっ、私も莉瑠と同行するに決まってるじゃん!」

「え、あ、えっと……いい、の?」

「もちろんっ!」

「……そっか、ありがとう」

 

 先、越されちゃってんな……色んな意味で。

 ほんっと……昔からこういうところはあなたに敵わないなぁ、私。

 

 でも、いつかは私。

 

「追いついて、みせるから」

「えー、何? 陸上の話?」

「あ、いやえっとですね――」

「んふふー、莉瑠ってばいちども私に勝てたことないもんねえ」

「勝つ、勝つからまったくもうっ!」

 

 私の叫びの直後、センサーがけたたましいアラートを鳴り響かせていって。

 

「まずい、敵襲! 昼間のテロ屋の仲間が性懲りもなくやって来た!」

 

 梓からの通信が入ってきて。

 

「ごめんナギ、いくよっ!」

「え、ちょ莉瑠!?」

 

 コクピットのハッチを閉じていって。

 第二ラウンドが、幕を開けていったのであった……。




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オリジス・ブーティー

 ナギを乗せたままでいいのか、とは思ったけど……時間もないうえ、これから戦場になるんだ。

 

 ここのが安全だと、そう自分に言い聞かせて機体を動かしていく。

 向かう先は体育倉庫。ついさっき、梓から入ってきていた。

 

『グラウンドの方向から出て! プレゼントがあるからにゃあ!!』

 

 という、メッセージのためだ。

 操縦桿を握り、まるで手足の延長のように淀みなく。私は灰塵級の鉄脚を動かしていく。

 

「よく、動かせるね……2回目でしょ?」

「思考操縦システムが主だからね」

 

 現在、背中から伸びたインプラント式ケーブルが操縦席の背もたれに接続されている。

 

 これを介してコントロールされている部分が大半なので、操縦桿とペダルはほぼ補助に過ぎない。

 

 ほんっと、こういう形式でラッキーだったよ……知識があっても、フルマニュアルなら動かせそうにないし。

 

『どうだにゃあ!! 見て!!』

 

 物思いに耽っていたら、梓の大声が私を現実へと引き戻す。

 頭部カメラアイを向けると、そこにあったのは……。

 

「ノクターンの、腕? それと……尻尾?」

『莉瑠が寝てる間に改造しといた。尻尾は手持ちの銃にしといたよ。近くに廃工場あって助かったにゃあ』

 

 見れば、あちこちに工具が散らばっている。突貫工事で、そこまでしてくれた事は感謝しかない。

 

『腕は飛ばせるから、いよいよってタイミングでぜひ使ってみて』

 

 新規武装(ロケットパンチ)を右腕に接続、量子格納。続けて、尻尾銃を携える。

 もう片腕で梓を拾い上げ、そのままコクピットへ案内していった。

 

「……ナギはIS、出さないの?」

「ダメージレベルBだし、まだ使えない」

 

 コクピットハッチを閉じる前に確認がてら訊いてみたが――正直、何が何やらだった。

 

 あくまで持っている知識は絶対天敵のものだけで、私は相変わらずISに関してはそこいらの小学生レベルの知識しかないのだ。

 

「あー、分かりやすく言うと修理中」

「なるほど、理解したわ」

 

 梓が補足説明をしてようやく理解できたけど……こいつ、今私をアホだと思ったな? 

 

 この戦いが終わったら覚えてろよ? 実際アホだけど。

 

 それにしても、ナギの機体は使えないのか……。

 

 あくまで緊急避難の手段の有無を確認しただけだったけど、これは。

 

「……負けられないね」

「何当たり前のこと……」

「負けてたまるかっ!」

 

 頭に疑問符を浮かべる梓をそっちのけにして、操縦桿の上部にあった赤色のトリガーを押した直後。

 

 左掌のビームバルカンと右手に装備したノクターンの尻尾銃が火を噴き、脚を止めて撃っていた雑魚共を次々と撃破。

 

 火球が輝き、夜闇を照らしていく。

 

「何匹束になっても……!」

 

 絶対天敵人間となった、今なら分かる。

 下級機種ごとき、今の私からしたら害虫だと。

 

「うぉりゃあああっ!」

「ちょっと莉瑠、無駄弾多くない!?」

「もっと良く照準を……!」

 

 二人が何かを口にしているのは分かったが、今は戦闘の真っ最中。

 

 正直、構う余裕はない。

 

「どうだっ! 私だってやれば……!」

 

 やたらとすばしっこい蜂型だけは当てるのに苦戦したけど、たった今倒したので全部。

 これで、雑魚は全滅させた。

 

 ライフゲージを見てみたら、まだ8割ちかくもある。

 

「これなら――!」

 

 多少余裕をもって、この後の敵とも……と、そこまで考えた。

 

 その直後だった。

 

 ズガン、という木を薙ぎ倒す音とともに、背後の山から一体の巨大メカが現れたのは。

 

「……っ!」

「大丈夫」

 

 まだ1日経ってないし、トラウマになってるんだろう。

 巨体を見て怯えるナギを片手で抱き寄せながら、私は目の前の敵へと意地と怒りを含めた視線。

 

 それを、目の前の敵――絶対天敵ノクターン級へと向けていく。

 

「来たね、ソシャゲのボスみたいに」

 

 現れたそいつは、等級こそ昼間のと同じではある。

 

 だけど……あのタイプは。

 

「突撃前衛型、おまけに完品と来てる……厄介だにゃあ」

 

 梓の言葉の通り、巨大な槍で武装したアイツは近接戦を主眼として開発された機体だ。オールレンジ型の私ので、態々相手の距離で挑んでやる義理もない。

 

 だから、ここは――!

 

「飛ぶ! どこかに掴まってて、しっかり!」

「え、ちょっと何!? うわっ!?」

 

 ウィング展開、フォトン推進システムを駆動。空から飛び道具でっ!!

 

「アイツも撃つ!」

「だろうねっ!」

 

 もちろん、相手も嬲られっぱなしの子供じゃないのだから。それは当たり前の事だ。

 

 得物のランスの先端は砲口となっていて、破壊の光線がしきりに放たれている。

 

「だけどっ!」

 

 飛び道具はこっちが、手数も威力も上なんだ!

 そう続け様に、心の中で絶叫しながらスイッチを押した――けど。

 

 虚しく、カチカチッという音が鳴るだけで……。

 

「……どしたの、莉瑠?」

「た、弾が……もう」

 

 トリガーを引いても何も起こらない様は、さながら玩具の銃で……。

 

 一気に血の気が引くのが、自分でもわかるほどだった。

 

「配分ミスとはなぁっ!」

「近接、するならさらに上!」

 

 叫びながら突撃してくる敵。

 その声に重ねてきた梓からの指摘の通り、翼を広げて。すぐさま天高く舞い上がっていった。

 

 近接戦は特化型の向こうのが上だが、飛行能力は持たない。スラスターの推力で無理やり滑空しているだけだ。

 

 空戦は私が、近接は向こうで……空ならトントン。

 

 だったら!

 

「引き摺り下ろす!」

「地に足なんてッ!」

 

 つけてたまるかっ!

 

 そう思いながら、素早くネイルクローで貫手を放つ。

 

「甘……なんとっ!?」

「片腕、貰うっ!」

 

 右を狙ったが、素早く腰部のジョイントを捻られたため、命中したのは反対側。

 しかも対価と言わんばかりに、こっちは片翼をもがれてしまう。

 

 推進システムの釣り合いが取れなくなり、機体が墜落していくこっちと。滑空に限界も来ていた向こう。

 

 両者とも、戦いの舞台を地上へと移していく。

 

「着陸体勢! なら早で!!」

「分かってる!」

 

 梓の言葉に短く叫び返しながら。生き残った推進力、その全てを距離を取るのに回していく。

 

 落下しながら、遮蔽物の多い場所を探してみたが……あぁもう、見つからない!?

 

「あそこ!」

「ありがとっ、ナギ!」

 

 ナギの指さした場所は西南西にある村の残骸で、多少背の高い建物がある。

 とはいえ屈めばなんとか、という高さなんだけれど……ないよりはマシだ、と着地した。

 

 その直後だった。

 

「無傷で奪還は無理だったか……しかしこれで勝ったも同然よ」

 

 こちらに槍の切っ先を向け、開口部からレーザーを放った敵が口にした言葉。

 

()()()

 

 その中に含まれていた二文字に、私の意識は釘付けになってしまった。

 

 じゃあこの機体、元は奴らの……!?

 

「――る、莉瑠!」

「どうしたの!?」

 

 急に梓の声が聞こえてきたかと思うと、やけに深刻そうな顔でこちらに叫んでいるのが見えた。

 

「どうした、じゃにゃい!」

「どうすんの、ここから!?」

 

 ナギも後を追うような形で、問うてきたけれど……確かに二人の言う通りだ。

 それに、ここで負ければ真相も何もあったもんじゃない。

 

 だけど飛び道具もなし、片腕はお釈迦。回復まで逃げ回るなんてムリだ。

 

「だったら……」

 

 チラリ、と武装が表示されたコンソールへと視線を移してから。

 

「……こうにゃったら、ぶっつけ本番」

「最後に残った武器は……」

「あの、巨大な腕」

 

 梓、ナギ、私が同時に口を開く。

 三者三葉言葉は違えど、指示しているものは同じ。

 

「あれなら、確かに一撃でいける……」

 

 それに、ノクターンの腕部装甲はそれなりに硬く、槍で突き刺す事が出来る程ノロマじゃあないし。

 撃ち落される心配もほぼしなくて大丈夫だ、近づくよりは安全だろう。

 

 だけど、敵の妨害と回避を掻い潜って当てなきゃだが……できるか、私に?

 

「いや、やるしかないっ!」

 

 頬を叩き喝を入れ、照準ウィンドウを展開。

 遮蔽物とモニター越しに敵とにらめっこ。これを外したら、いよいよ特攻しかない。

 

 でも、そんな破れかぶれにふたりを巻き込むわけにはいかないけど……この状態で下ろせるわけもない。

 

 そういう意味でも、やっぱり外す事なんて絶対に避けなきゃいけない。

 

「少し近づいてから……いや、もうそれを選べるほどのライフは……いや、でも……」

 

 他人の命を預かっているから、どうしたって。

 柄にもなく頭を使ってしまって、ギリギリと痛み始めた時。

 

「……莉瑠」

「何!? 今私は人生最大レベルの――」

 

 大事な想い人の言葉にさえ荒げる程、余裕がなくて。

 賭けを、と言う言葉を続けようとした時。

 

 操縦桿を握る手の上にナギの手が重なる。

 

「私、実銃授業で撃ったことあるから」

「……そっか」

「これでも結構成績、良いんだからね?」

 

 気の利いた返しをしたかったけど、何も思いつかなかったし、そんな時間もなくて。

 

 それに、ここから先は集中したかったから、黙ってモニタに映る照準装置とにらめっこしていた。

 

「こっち、こう……ほら、もっと右」

 

 ナギの手が私の手越しに、操縦桿を動かしていく。

 

絶対天敵(あいて)のサイズを考慮に入れてない、もちっと右かにゃ」

 梓も手伝ってくれている、これは絶対に負けられない……外せない!

 

 今はやるべき事、ただひとつに集中する。

 

 それだけだッ!

 

「莉瑠っ!」

「今だぁっ!」

「う、お、りゃあああああああっ!」

 

 照準サイトが赤く染まり、瞬間、ふたりの声がして。

 度胸を上乗せして大地を蹴飛ばし、残る推進力。その全てを使って距離を縮めていく。

 

「んなっ、ノクターンの……!?」

 

 突撃しての鉄拳発射は、意図せずブラフと化す効果を生んだようで。

 

 拳は、避けもしなかった近接型ノクターン級の胴体に深々とヒット。

 遠目でも分かる程、その形状をひしゃげさせていった。

 

「……っはぁ、勝った……」

 

 息も絶え絶え。

 放心状態の身体を包み込んだのは、暖かな感触で……それが、私を現実へと引き戻していった。

 

「やったね!! やるじゃん、莉瑠!」

「な、ななななななナギ!? 何抱きついて……」

 

 顔に血が上っていく感覚と、まだすこし浮ついている感覚。

 

 そして緊張と興奮の中、なんとか口を開き、言葉を紡ぎ出したんだけども……。

 

「えー、良いじゃん減るもんじゃ……」

「減ってるんです!」

 

 私の理性とかが!

 

 だなんて、流石にこの状態じゃ――ううん、アホ莉瑠でも言えるわけがないっていうか。

 

 ああでも嬉しくってたまんないなぁ……というか!!

 

「あー、あー。お二人さん?」

「あーもうっ!? って、どうしたの、梓」

「乳繰り合うのも結構ですけどにゃあ」

「ち、乳繰り!?」

 

 さらに顔が真っ赤になったような、そんな感覚がする中。

 

 梓が指し示したのは機体側面のレーダー表記で、そこにあったのは……。

 

「これって……軍のIS操縦者輸送ヘリ?」

 

 ナギの指摘に間違いはない。

 表示されていたのはジガバチ一七式。軍で広く使われる打鉄用キャリアだ。

 

 その型番も形状も、飛行速度まで私の頭の中にはインストールされているのだから――でもさぁ!

 

「流石にもう一戦は無理ぃ!」

 

 しかも、相手はISでしょ!? 

 確かに対IS戦闘術もラーニング済みだけどさ、実際戦う気には今はなれないし!?

 

「だね、逃げよ逃げよ!」

「あ、ちょっと待った」

 

 機体を量子格納すべく収納コマンドを入力しようとした途端、梓が手を前へと出して制止してくる。

 

「何!? こんなデカブツで逃げたら目立――」

「アイツの武器はとってこう、あとパイロットの捕獲」

 

 言われてみて、気づく。

 

 この機体、どうやら未完成状態だったみたいで。本来の得物もないから武器、足りてなかったし!

 それに情報、もっと足りてないし!!

 

「だね!」

「ナイスアイデア!」

 

 遠く聞こえるヘリの音をBGMにしながら。

 私たちは残骸漁りに精を出すべく、撃破したばかりの敵機に近づくのだった。

 

「ほら莉瑠、そこのシールドも取ってこうよ!!」

 

 ぐい、と体を乗り出しながら指示してくるナギ。

 やっぱり体が当たってしまっていて、それでつい。

 

「……ほんと、距離近いよね」

 

 なんて、呟いてしまった。

 

「なんか言った?」

「なーんでもなーい!」

 

 下手なごまかしをしながら、私はまた残骸あさりへと精を出していった。

 

 大事な人の温もりを、鉄の揺り籠の中で感じながら……。

 

 

 

 

「はぁーっ! つっかれたー!」

 

 海浜公園のベンチの上、私たちは並んで朝食を食べていた。

 必死で逃げてたから一睡もできてないのに、どういうわけか全く眠くない……まぁ、いいことかもしれないけどさ。

 

 それにしても……。

 

「私、物凄い運気消費しまくってる気がする……」

 

 まるでロボアニメの主人公のようにメカを手に入れて、偶然適合しちゃって、テロリスト相手に大立ち回りを演じるなんてモロそれじゃあないか。ロボアニメ好き垂涎ってヤツだろう。

 

 お台場のガンダム像の前あたりで自慢してやろうか? ラッキーガールだぜって。

 

「でもなぁ……」

 

 パンを齧りながら。

 

 しかし、どうせならもう一回分くらい運を消費してでも、と思っちゃいつつ。

 私は男に尋問した時のことを思い出す。

 

「はぁぁ……あんな中身のない言葉じゃなぁ……なんだよ上官は知ってるって」

 

 そら、上官は知ってるだろうよ! しかも本拠地もはぐらかされたし!

 

「なんだよ深淵の底って!?」

 

 どこだよ、お前らの本拠地はアトランティスなのか!?

 

 あぁもう、武器は得られたけれど情報はなーんにもだよッ!!

 

「くそあほ!」

「にゃはは、アホ莉瑠にアホ呼ばわりされてる!」

「まだ怒りが納まらないんだ……」

「あそこまでしたのににゃあ」

 

 イライラしながらパンを齧り、お茶で流し込む。

 

 尋問の後、適当な道に捨てて来てやった時のことを思い出しながら。

 

『俺はテロリストで情報なんも持ってないアホ野郎です。警察署までタクシーよろしく!!』

 

 と、わざわざ英語で書いてやったり……確か。うろ覚えだけど。

 

 ナギに教わりながら書いたから英語に関しては間違ってはいないはず……多分。

 

 今頃、誰かが連れてったらいいんだけども――。

 

「まぁ、あいつの話はこれくらいにしてさ」

 

 なんて私の思考を打ち切ったのは、ニヤニヤした顔でナギの言葉だった。

 

「莉瑠さあ、言うことあるよね私に?」

「うえぇっ!?」

 

 な、何なんだいきなり!? まさかLOVEな感情がバレた?

 

 いや、あれは隠しきれているから違うだろうけれど……。

 

「こ・く・れ♪」

 

 ひたすら壊れたレコードのように耳元で囁く猫娘は無視して考えたけど、思いつくのなんて。

 

「あ、えっと……さっき、コンビニでおごってくれてありがとう?」

「違う!」

「英語教えてくれてせんきゅー?」

「もちょっと前!」

 

 これより前となると、残骸拾った時?

 

 いや、あの時は大してイベントもなかったし……。

 

 もしかして戦、闘、中……あああああっ!

 

「気づいた?」

 

 ニヨニヨするナギから、真っ赤になった顔をそらしながら。

 

 超絶テンパった顔をどうしようかと、グルグル回る頭で何とかしようとするけど……ダメだ、無理だよ!

 

 だってあれ、共同作業じゃん、あれ!?

 いやなんか冷静に考えると恥ずかしいなぁっ!?

 

 そりゃお礼は言いたいよ? 

 

 でも、なんだ……こう、なんか別のこと考えて沈着冷静な八坂莉瑠になってからやりたいわけで。

 

「もうちょっと待って……十数秒でいいから」

 

 考えろ、なんとかしてでも考えろ別の事! 急速クールダウンのためにさ!!

 

 あの時……あの時……。

 

 そういやナギが撃ったことあるとかなんとかで……あぁっ!

 

「え、えっと……」

「うん?」

「な、ナギ……銃刀法違反では?」

「おばかっ!」

「まじでアホだにゃあ」

 

 すぱこーん、という音と呆れた声と。

 

 梓のスマホが鳴ったのは、同時だった……。



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