春夏秋冬廻の事件簿(仮) (てんぷら25)
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今日もいい日になりそう♪

初投稿ですよろしくお願いします。


私の名前は春夏秋冬 廻(ひととせ めぐる)

 

今年大学を卒業したばかりのピカピカの新社会人……だったのも過去のこと。

就職に失敗した私が卒業前に滑り込んだ会社は絵に描いたようなブラック企業だった。

まさか入社式をした次の日から山奥に連れて行かれて新入社員教育が始まるとは思わなかったね。

三日目で退職したのは英断だったとしか言えないかな。

(その会社はもう潰れたし)

 

そんなこんなで無職になった私はしばらく家でゴロゴロしながら漫画やアニメやゲームに勤しんでいたけどある問題が出てきた。

それがお金だ。

 

そう、何をするにもお金が足りない。

昔貯めていたお金があるけど家賃を含めた生活費には足りていなかった。

(ソシャゲに課金したのも痛かった)

 

お金を稼ぐには働く必要がある。

しかし私は新卒でヤバい会社に当たったこともあり労働意欲が恐ろしく低下してしまっていた。

お金は欲しいが働きたくない。

もしくは楽な仕事で大金を手にいれたい。

難しい問題だが、それをどうにかする方法が私にはあった。

 

なぜなら私には他の人とは違う特別な才能があったから。

それが「窃盗(スリ)の才能」

 

生まれた頃から持っている私だけの特別な才能。

物心つく頃には使うことを控えるようになっていた才能。

それを遺憾無く発揮することにした。

 

私は人の集まる場所でスリを繰り返した。

勿論人にバレるなんてヘマはすることはなく、順調にお金を手に入れた。

 

最低賃金なんて時給1000円を少し超えるくらいなのと比べると、

人の集まる場所でスリをすれば1時間で10万円以上稼ぐのは簡単だった。

そうなると一週間に一時間程度の稼動で充分に稼ぐことが出来る。

時間対効果は抜群で余った時間を趣味に使うことが出来るのだからなんと素晴らしいことか!

 

まぁ、最近はキャッシュレス決済を行う人が増えていることもあり、

現金を持ち歩く人が多い場所を何ヵ所かローテーションする必要もあるが許容範囲だろう。

 

本当ならいけない事だと分かっているけど生きるために必要な事だし仕方ないよね。

そもそもスリをしなくちゃいけなくなったのは元はと言えば入社した会社のせい。

つまり私は悪くないのだ。

(何ヶ月も続けているけど)

 

 

 

 

そろそろ前回稼いだ分も少なくなってきたことだし、今日は一仕事することとしよう。

とりあえず、ソシャゲの周回したら喫茶店でゆっくりしながら時間を潰そうかな。

そのあとは夕方の人混みを狙ってスリでもしよう。うん、そうしよう。

 

天気もよくて良い気分。

今日もいい日になりそう♪

 

 

 

ん、家に誰か来たみたい。

Am@zonで頼んでた荷物……じゃない。

二人組?誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「警察です。春夏秋冬廻さんですね。少しお話を聞きたいので署までご同行願えますか」

 

詰んだわコレ。

 

 

 

 



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証拠出してくださいよ!

 

いやー、実際あせったね。

私みたいな善良な一般人は家に警察が来たらホイホイついて行っちゃうのは仕方がないとして、よくよく話を聞いてみれば確固たる証拠がないときたものだ。

まぁ、私がスリをしていたことなんて確かめようのないことなのだから。

 

そもそも私はただのスリじゃない。

ターゲットに接触なんてしなければ、財布を盗むこともない。

離れた位置から財布の中身の紙幣だけをピンポイントで盗んでいる。

そう、たとえ警察が主張するように被害者が発生した場所の監視カメラに私の姿が複数回確認されていても、被害者と数メートルの距離がある以上私を容疑者とするのは無理があるのだ。

私を映していた監視カメラこそがそれを証明してくれる。

 

とは言っても、現場にいた私を怪しいと思っている以上簡単には諦めてくれない。

だから私は監視カメラの映像を盾にゴネる作戦を取ることにした。

 

「だから、やってないって言ってるじゃないですか!カメラ見たらわかりますよね?お金なくなったって言ってる人と私はなれてますよね?盗めるわけないじゃないですか。そもそもお金がなくなったって本当のことですか?ただの勘違いじゃないんですか?自分の所持金額なんて正確に覚えてる人ってどのくらいいるんですかね?たまたま現場にいた私に話聞きたいのは分かりますけど、もっと別にすることありますよね?」

 

証拠が出てくることなんてありえないし、人の記憶は風化していくものだ。

警察だっていつまでも勾留していられるわけじゃないだろう。

時間は私の味方だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

相手の追求を知らぬ存ぜぬで交わし続けていたが、部屋の前に女性が二人やってきた。

交代要員のようだが少し気になる事がある。

今まで取調べをしていた警察官が所持していなかった拳銃を持っている。

ついでに一人めちゃくちゃでかいな。

身長190あるだろ。

……物騒過ぎるし部屋に入る前に拳銃どっかに置いてきてもらえませんかね?

 

 

そんな想いも通じることなく二人が部屋に入ってきた。

 

「取調べを交代する。下がってくれ」

 

二人のうちロングボブの方が言った。

多分上司がロングボブで後ろに控えているでかい方が部下だろう。

デカ女はあからさまに敵意剥き出しなのに対してロブの方はやけに落ち着いているように見える。

 

うーん、なんか嫌な流れな気がする。

このタイミングで交代するってことは私を追求するための『何か』を持っている可能性がある。

ここは何を言ってきても下手な反応をしないように気を引き締めよう。

 

ロブの方が表情を変えず口を開いた。

 

「まずは自己紹介といこう。私は椿葵(つばき あおい)。そこにいるのが私の部下の両國(りょうごく)ラヴだ。」

 

両國ラヴって言った?

名前すごいなオイ。

本名なの?親が力士だったりするの?

 

「あんたの親って力士なの?」

 

「黙れ犯罪者!」

 

やば、口から出てた。

めちゃくちゃ怒ってる。顔真っ赤じゃん。

でも出会って早々に犯罪者扱いはどうなんですかね。

どんな教育受けてきたら初対面の人間を犯罪者扱いできるのか気になりますよ。

親の顔が見たいものだね。二重の意味で。

 

「まぁ、ラヴは少し落ち着け。怒ってばかりじゃ話が進まない。

 ……それで、君の名前は春夏秋冬廻でよかったかな?」

 

「あ、はいそうです」

 

インパクトが凄すぎて気が抜けてしまった。

これ狙ってやってたらかなり策士だろこの人。

気を引き締めないと。

 

「挨拶も済んだことだし事件の話をしたいところだが、君は何も知らないということでよかったね?」

 

「そうですね。何度も言っているように無実です。何も知りません。疑いがあるのは耳にタコができるほど聞きました。でも証拠がないんですよね。もういい加減疲れてきました。証拠出して下さいよ!」

まぁ、出るはずもないが。

 

心の中でほくそ笑みながら相手の出方を待っていると椿が話し始めた。

 

「なるほど、では少し切り口を変えよう」

「君は魔法や超能力といった不思議な力がこの世に実在すると思うかな?」

「もしそんな力があるのなら、一切の物理的な証拠を残さずに離れた場所から財布の中身だけを盗み出すことも可能だ」

「君はどう思う?」

 

……嘘でしょ。

椿は何を知っているんだ。

いや落ち着け、相手の言っている通り物理的な証拠がない以上その追求は空想と変わらない。

今まで通りシラを切るだけだ。

 

「馬鹿げた空想ですね。確かにそんな力が実在すれば可能でしょう。でもそんなことを考え始めたらキリがないでしょう?そもそもそんな不思議な力を確かめようもない」

 

 

「君のいう通りだ。確かめようがない。科学で解明できない事が起こったとき警察は無力だ」

「そして、それを悪用する相手が現れた時取り締まる方法がないんだ」

「だから実力行使といこう」

 

椿は目の前の机に座りそう言ったはずだった。

しかし次の瞬間には私の横でこめかみに拳銃を突き付けていた。

 

「は?今、どうやって……、え?」

 

高速で移動したわけじゃないだろう。

特に服も乱れてなければ空気が動いた様子もない。

それこそコマ落ちでもしたような変化だ。

 

銃を突き付けながら口を開いた。

 

「君は特別な力を持っているようだが、その力を他人も持っていると考えたことはなかったかな?」

「その力を悪用しなければ長生きできただろうに」

「さようなら、春夏秋冬廻」

 

「ちょっと待」

 

こちらの静止を聞かずに引き金を引くのを感じ取り、咄嗟に銃弾を抜き取ってしまった。

 

「うん、弾がなくなっている。君が盗んだな?」

 

カチカチと引き金を引いていた椿が話しかけてきた。

 

「頭おかしいでしょっ!え、警察ってこんな簡単に発砲しようとするの!?ドン引きですけど!」

 

「弾がないし怪我もしなかっただろうに」

 

()ったんだよ!弾入ってたから!」

 

すると満足そうに椿が口を開いた。

 

「やはり君にもあるらしいな。不思議な力とやらが」

 

「いかれてる……!」

 

私に「窃盗の才能」なかったらどうしてるつもりだったんだよ!

 

「(そのまま撃たれればよかったものを)」

 

ボソッと言っても聞こえてるんだよ!

ラヴは黙っておけよ!

 

「それじゃあ、お互いのことが少しわかったところで改めてお話ししようか」

 

 

 

 

 



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次があったらもっと上手くやろう

 

 

「私たちは君をスカウトするつもりだ」

 

椿の話した内容がよくわからず聞き返した。

 

「スカウト?スリのことを聞きにきたのではなく?」

 

その疑問に対して椿が説明を始めた。

少し長かったので要約すると「科学的に証明できない事件を捜査するための人手が足りない。能力者は数が少ないから牢屋に入れておくより捜査を手伝わせたい」と言うことだ。

 

数が少ないと言うのは理解できる。

実際今日まで見たことがなかったし。

しかし「科学的に証明できない事件」って何をさせられるのかいまいち不透明だ。

 

でも、この状況でのスカウトって断ることできないよね。

どうなるか分からないし。

 

私が考え込んでいると椿が選択肢を提示してきた。

 

「君には二つの選択肢がある」

「一つは我々に協力すること。これはおすすめだ。今まで君が犯してきた罪をチャラにしよう。まずは窃盗、これは被害届の分を合計して10万円だが余罪も多そうだ」

「あとは現金輸送車内部のトランクから100万円がなくなった事件もあった、これも君だろ。この事件の少し後に君が散財してるのを確認している。ああ、後アレもあったな。君が以前勤めていた会社の人間が駅や道路などの人の多い場所で急に全裸になった事件、これも君じゃないのか?まぁ、問題の多い会社だったらしいからこれがきっかけで会社が潰れていたな」

「これらの罪を全て無かったことにしよう。元々証明のしようがない事件だ。我々に協力するのであれば悪いようにはしない」

 

「そしてもう一つは死んで罪を償うこと。残念ながら能力者を封じる方法は現状確認されていない。証拠をでっち上げて牢屋に入れることも出来るが、君の能力を鑑みるに牢屋に入れておくのも危険性が高そうだ。そもそも君という証拠を残しておくのも不都合が多い。もう殺すしかないね。監視するのもタダじゃない。殺してしまうのが一番楽だ」

 

「さぁ、どっちがいいかな?」

 

 

 

 

 

現金輸送車のヤツも前の会社の奴ら辱めたのもバレてるじゃん。

あ〜〜、馬鹿なことした。

もっと上手くやれただろ私!

ガチャの限定SSRが出なくて焦ってたからって現金輸送車はやりすぎだって!

勢いで100万円奪ったけどあんなにいらなかったね、絶対。

確か余ったお金で寿司食べにいったわ!

あとは服剥ぎ取ったやつ。

後悔はしてないけど流石に目立ち過ぎたねあれは。

もっと人目考えてやるべきだったね。

 

よし反省終わり。過ぎたことは仕方ない。切り替えよう。

次があったらもっと上手くやろう。

 

頭の中で手短に反省会をしたところで返事を考えよう。

まぁ、考えてところで実質選択肢は一つしかないわけだけど。

 

ため息をはいて答えた。

 

「まぁ捜査の協力についてはわかりました」

「でも、ちょっと人と違う事ができるだけですよ?」

 

多少の謙遜を入れながら様子を見ることにする。

すると椿が自信ありげに答えた。

 

「そんなことはないよ。私が見たところかなり適性がある。心配する必要はないとも」

 

……椿が何を考えているのかまるで分からない。

どこを見て判断したんだ?

確かに私は顔も良ければ頭の回転も早いし運動もできるまさに完璧と言っても過言ではない超人ではあるけども。

 

椿と話していると両國が口を開いた。

 

「椿さん、彼女に務まるとは思えません」

「能力があっても訓練を受けたことのない素人です。足手纏いにしかならないかと。何より彼女にはこの仕事に最も重要な正義感がありません」

「考え直しましょう」

 

正義感って(笑)

そんな不確かなもの考えたところでどうしようもないだろうに……

こいつ頭おかしいんじゃないの?

そもそも私の生きる道筋が協力者になることしかないのだから口を挟まないでほしい。

いや、どうにかすればここから逃げ出すことも出来るだろうけど、おそらく今後一生まともな社会生活を送れなくなることを考えるとそれはないかな。

 

「いや、彼女を協力者にするのは決定事項だ。異論は認めない」

「初めての仕事にふさわしそうなのがいくつかある。ラヴと春夏秋冬君が二人でやってみるといい」

 

「それは、いえ……了解しました」

 

不服そうだが上司の命令には従うらしい。

ふぅ、椿が方向転換をしなくて助かった。

ここで椿が「やっぱさっきの話無しで。殺すわ」とか言い出したらなりふり構っていられなかった。

 

両國と話していた椿がこちらを向き直した。

 

「こちらの話も纏まった。それじゃあ、仕事と能力の話をするためにもひとまず外に出よう。我々の拠点に移動する」

 

「警察ならここが拠点じゃないんですか?」

 

「私たちは少し立場が特殊でね。詳しくは後だ。さぁ行こう」

 

拘束を解かれて部屋から出ることになった。

おっと、その前に渡しておかないといけない物があった。

返しておきます、と言って椿に先ほど奪った銃弾を渡した。

 

「あぁ、盗まれたままだったな。その能力もあとで詳しく聞こう」

 

そのまま椿が先導し両國の視線を背中に受けながら移動することになった。

 

 

 

 



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私って繊細なので

 

椿たちの拠点は警察署から車で20分ほどの場所にある寂れたビルだった。

幸いビルの内部は外観ほど汚れていなかった。

 

先導されて入ったビルの一室はどうやら事務所のようだった。

部屋に入った椿が声をかけてきた。

 

「好きに座ってくれ。何か飲みたいものはあるかな?」

 

「あー、なら水かお茶で」

 

口の中ベタつく飲み物嫌いなんだよね。

 

「そうか、ラヴのミネラルウォーターがあったな。使うわせてもらうよ」

 

「いえ、自分が入れますので座っていてください。椿さんはコーヒーで良かったですね」

 

椿が礼を言って席についた。

 

「ずいぶん仲がいいですけど、あなた達のお仲間って他にいないんですか?」

 

「あと二人いるがそれで全員だ」

 

「4人ですか少ないですね。もしかして左遷部署か何かですかここ」

 

「以前はもっと大所帯だったさ。何度か増員したが最近ではラヴしか残らなかった」

 

「その理由って聞いても構いませんよね」

 

「構わないが先に能力の話をしよう」

 

そのタイミングで両國が飲み物を入れて戻ってきた。

どうやら飲み物に一服盛られていることはなさそうだ。

 

両國が席につくと椿が話し始めた。

 

「それじゃあ、まずは私の能力から話そうか」

「私の能力は時間停止。取調室で一瞬で君に銃を突きつけたのも能力によるものだ」

 

ラスボスみたいな能力持ってるじゃん。

瞬間移動か何かだと思っていたけどかなりやばいな。

いや瞬間移動でも大概だけど。

 

「ちなみに、どれくらい持続できるんですか?」

 

「具体的に調べたことはないが……今までで最長は二日くらいかな。時間が止まっているから体感でだけどね」

 

「……」

 

声が出なかった。

チートかよ。

そんなのレギュレーション違反でしょ。

時間停止能力は最長で九秒くらいにしとかないとダメだよ。

 

「質問がないなら次に行こう」

 

そういうと両國に目くばせした。

 

「では次は私が。私は体を炎状のエネルギー体に変える事ができる」

 

こっちは悪魔の実かな?

 

「炎状のエネルギー体っていうのは?」

 

その疑問に対して両國は手のひらを突き出してきた。

 

「こういう事だ」

 

そういうと手のひらが炎に包まれた。

いや手の実体がなくなって手のひらを模した炎に変わっている。

でもこれは炎そのものになっているのでは?と思っていると両國が言葉を続けた。

 

「これは炎のようだが正確には炎ではないらしい」

「水をかけても消えることがなければ、燃えているように見えて酸素を使ってもいない。ただ熱はあるし紙でも触れば簡単に火がつく」

「だから炎状のエネルギー体ということになっている」

「今後正確なことがわかるかもしれないが今はこんなところだ」

 

「なら炎になってる時って痛みとかあるんですか?」

 

他意はないが念のために聞いておこう。

 

「いや、その間の痛みはない」

 

なるほど、物理無効になるってことね。

こっちも大概だな。

いや、何かする予定はないけど念のためね。

なぜか敵視されてるし。

 

「それで、お前の能力は?」

 

「お前じゃなくて、春夏秋冬廻ね。とりあえず仲間(仮)になったことだし少しは仲良くしましょうか」

 

敵意を示されても受け流して距離を詰めてあげる私って優しすぎるな。

 

「……春夏秋冬、お前の能力はなんだ」

 

「はいはい、私の能力ね」

 

うーん、どこまで話すべきか悩みどころかな。

仲間になる以上ある程度は素直に話す必要があるだろう。

でも能力の詳細を全ては話すのはリスクがある。

全部説明するとそれを前提に仕事を振られる可能性がある。

協力はするけど極力楽したいし伝える情報は制限しておこう。

 

「私は相手の持ち物を盗む事ができます。それが能力です」

 

「能力の範囲は?」

 

「私を中心におおよそ半径三メートル。その中にあるものは大体盗めます」

 

「春夏秋冬君は盗む対象をどの様にして特定している。さっきも拳銃の中にある弾を盗んだろう。目視というわけじゃなさそうだ」

 

まぁ、そこは突っ込まれるか。それは別に構わないけど。

ただ……

 

「説明が難しいなぁ。なんというか、能力が届く三メートル内にある『手で触れることができるもの』はわかるんですよね」

「あなた達も何か触れたらざらざらしてるとかスベスベしてるとかわかりますよね。私の場合、その触覚が手から離れた位置にもあるって感じですかね」

「箱の中身を見ないで入ってるものを当てるゲームがありますよね。その要領で何があるかわかります」

 

「春夏秋冬、お前は確かスリの時一万円を狙って盗んでいただろ。それをどうやって区別していた」

 

「千円札と一万円札だと描かれてる模様も違うじゃないですか。手触りが違うんですよね」

 

「手触りって」

 

「私って繊細なので」

 

何か言いたそうだが事実なのだから仕様がない。

 

「ふむ、面白い能力だ。ところでその能力は生き物には作用するのか?」

 

それも聞いておきたいか。

 

「いいえ、生き物には作用しません。生物を盗むことはできませんし、漫画のキャラみたく人間の心臓を抜き出したりもできませんよ。ああ、あとは液体なんかの掴めないものは盗むことはできません。触れることはできますけど」

 

ここまで話したらもう充分でしょ。

あまり話を広げられたらボロが出るかもしれないから話題を変えよう。

 

「今はいない残りの二人はどういった能力で?」

 

椿が疑問に答えた。

 

「一人は能力者ではない。情報収集を行なっている。基本的にはメールや電話でのやりとりが中心で、かなりの人嫌いだから会うことはしばらくないだろう。機会があれば改めて紹介する」

「もう一人は記憶を操作する能力だ。基本的に目撃者などの後処理が中心になる。次の仕事の現場で顔を合わせることになるだろう。その時はラヴ、紹介してやれ」

 

記憶操作ってかなり危険では?

 

「すでに操られてたりしないですよね」

 

「問題ない。少々怠惰な癖はあるが善人だよ」

 

嘘はついてないっぽいし信じるしかないか。

 

というより話聞いてたら気になることが出てきた。

 

「情報収集と後処理ってことは現場で動くのは二人ってこと?少なすぎでしょ」

 

「今日から三人になった。いやぁ、助かるよ」

 

「増やしましょうよ。あ、前は人多かったんですよね。また増やしましょう」

 

首を振って椿が答えた。

 

「残念だが組織のしがらみ的にも引っ張ってくるのは無理だな。説明していなかったが、我々の所属は怪事件捜査係となっている。表に出ることはないから知らないだろうが。あぁ、怪事件とは科学的捜査で解決不能と判断された事件のことだ。例えば、家の中で急に同居人が行方不明になったとか、不審死が多発する土地の捜査とかな」

「そして事件の捜査中、過去に何人もの仲間が死んだ。春夏秋冬君が起こした事件のように人為的なものであれば、ある程度事件を起こすに足る理由の推測もできるし危険をあらかじめ予測できる。しかし超自然的な現象だと推測はほぼ無駄になるし予測も無意味になりがちだ」

「その結果、人員の増加はまず不可能となった。増やした側から死んでいくからな」

 

「じゃあ、あなた達二人が生きてるのって」

 

「そう、私は何かあれば時間を止めて安全圏まで撤退できる。そしてラヴは炎になれば外界の影響をほぼ受ける事がない。生存能力は群を抜いている」

 

なんだこいつら。

私ってあなた達と違ってベースは一般人なんですよね。

やったことはチャラにしてこの話はなかった事にしてほしいかな。

 

「あ、もしかして私も後方で情報収集とかでした?焦ったなーもう」

 

「さっき現場が三人になるって話しただろ。春夏秋冬、お前も現場だよ」

 

「いや無理でしょ。私ただの素人ですよ!?能力だって生存に特化してないですし」

 

それに対して両國が同意した。

 

「その通りだ。椿さん、本人もそう言っていますしやっぱり無理ですよ」

 

いいよ両國!もっと言ってやって!

 

「そもそも何をしでかすかわかりません。犯罪者に背中を預けるのも不安です。椿さん思い直してください。始末しましょう」

 

やっぱり黙っててもらえる?

 

「いや、春夏秋冬君のポテンシャルはなかなかのものだよ」

 

「それにラヴとは相性も良さそうだ」

 

目か頭のどっちか悪いんじゃないの?

そして私の評価がやけに高い。え、昔会ったことあったっけ?

顔の造形も肌の質感も覚えがないし多分初対面のはずだけど。

 

「相性?いえ、椿さんがそういうなら……」

 

両國は納得するまで早すぎじゃない?上司に忖度しないでもっと噛みついてもいいんだよ。

 

「本気で現場行かせる気ですか」

 

「もちろん。その方が向いてそうだ。それに危険手当もかなりつけるよ」

 

そういう話が聞きたかった。ちょっと詳しく話しましょうか。

 

 

 

 



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もちろんです♡

 

「まぁね、命懸けの仕事とは聞いてなかったわけですからね。それなりに貰えないと納得はできないわけですよ」

 

「お前最初に話した働くか死ぬかって条件忘れてないか?」

 

そんなこと知らん。

『金の介在しない仕事は絶対に無責任なものになる』って偉い人も言ってた。

だから沢山ください。

 

「これを渡しておこう」

 

椿はそういうと引き出しからカードを出して渡してきた。

 

「そのカードから支払いをすればいい。特に上限は決めてないが好きに使っていい」

 

もしかしてブラックカードってやつですかこれ!?

 

「え、これいいんですか!?」

 

「ああ、元からそこまで散財するタイプでもないだろう」

 

まぁ、よく使うのってゲームに課金するくらいだしそこまで使わないか。

それにしてもなんって太っ腹。

 

 

 

「椿さん、予算にも限度があります。こんなことしたら上からなんと言われるか」

 

「予算を出さなきゃ仕事辞めるって言えばいい。代わりなんていないんだから二つ返事で頷いてくれるさ。実際にこのビルもそうやって手に入れたからね」

 

「……初めて聞いたんですけど」

 

「対して重要でもないからな。それに春夏秋冬君が隠れて金を集めようとしたらどれだけ被害が出るかも分からない。なら予め満足する分与えてしまえばいい」

 

 

 

「春夏秋冬君もそれがあれば満足だろう」

 

「もちろんです♡」

 

元々スリで一生生きていくなんて難しいと思っていたし、まさかこのタイミングで一発逆転の機会がやってくるなんて思ってもいなかった。

日頃の行いの良さを神様が見ていたということかもしれない。

まぁ、命懸けの仕事ってのも気になるけど私だったらなんとかなるんじゃないのかな。

私って運もいいし。

何か起こっても最終的にいい方に転がるようになってるんだよね。

 

「ただ一つ条件を加えたい。住む場所を変えてほしいんだ。このビルの最上階が空いているからその部屋に移動してくれ。1LDKだから君が今住んでる部屋より広いし使い勝手もいいだろう」

 

広くなるのはいいけどそこまでするのは面倒くさいなぁ。

 

「どうしても?」

 

「その方が安心する人も多いということだ。監視の目もついていると説明もできる」

 

「信用ないですね」

 

呆れたようにいうと両國が口を挟んだ。

 

「信用する要素ないだろう」

 

「まぁ、いい部屋に住めるなら構いませんけど」

 

「引越し業者を手配しよう。即日で頼むよ。ラヴ、付き添ってやれ」

 

そうして両國と一緒に家へ戻って引っ越しの準備をする事になった。

 

 

 

「ちょっと食事していきません?お腹減ったんで寿司とか食べに行きたいんですけど。特別に奢ってあげてもいいですよ」

 

「お前図々しすぎるぞ。食べるにしても先に業者に連絡してからだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お疲れ様です』

『ええ、スカウトする事にしました』

『性格に難はありますが能力は確かですよ』

『スカウトせずに処分しようとした時は被害が大きすぎました』

『九回逃走を許してそのうち五回殺されました。三回は相討ちでしたが……』

『短時間にここまでやり直したのは久しぶりです』

『仕事でどれだけ役立つかは未知数ですが仲間にした方がいいでしょう』

『少なくとも人間相手ならかなりやりますよ』

『能力を全て話すつもりはなさそうでしたが、もっと仲を深めればいずれ話してくれるでしょう』

『しばらくは両國ラブと組ませる事にしました。相性も悪くなさそうです』

『両國は決めたら早いタイプですが、彼女は決めるのも早いタイプです。良くも悪くも何かあれば真っ先に動いてくれるでしょう』

『そうですね。両國は堅すぎるところがありますから、彼女と組ませたら多少は柔軟性が身につくかもしれません』

『あとは彼女の方も両國の正義感に触発でもされてくれれば儲け物でしょう。難しいかもしれませんが』

 

『はい、取調官と署員の記憶はうまく調整しておきます』

『このあと獅子倉(ししくら)と合流するのでその時に』

『顔合わせはまだです。獅子倉とは次の現場が無事に終われば顔を合わせる事になります』

(くれ)とはしばらく後になるかと』

 

『それではまた連絡します。では』

 

 



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初歩的なことだよ

 

少し時間がかかったがその日の内に引っ越しを終えることができた。

椿は用事があるとかで既に去っていたので両國と二人で荷解きする事になった。

ずっと無言なのも気まずいだろうから荷解きの片手間に話を振ってあげることにした。

 

「で、両國さんは相撲好きなんですか?」

 

「二度と名前のことをいじるな」

 

よし、楽しく話せなかったな。

少し怒らせてしまったようだ。

 

「めんご」

 

「チッ」

 

素直に謝ってあげたのにどうやらお気に召さなかったようだ。

でも舌打ちは下品だと思うんだけどそこのところどうなのよ。

 

「不本意かもしれませんけどコンビ組む以上仲良くしときましょうよ」

 

「こう言うのってお互いの歩み寄りが大切だと思いますよ」

 

そうすると両國はため息を吐きながら答えた。

 

「命令があった以上それには従うが、納得しているわけじゃない」

「今回は特例で不問にされたとは言え、春夏秋冬は罪を犯している。信用できない」

 

「信用できないって本人に言いますか」

 

まぁ構わないけど。

私も相手をどこまで信用するべきか図りかねているところがあるし。

ただ、両國に後ろから撃たれるようなことはなさそうだ。

お前呼びだったのにちゃんと名前呼びになっているあたり、かなり律儀な性格らしい。

上司に従順なところや身長も相まって大型犬みたいだ。

 

でもこのままだと仕事に支障をきたさないとも言えない。

だからこの心を開いていない大型犬にもう少し歩み寄ってあげよう。

 

「なら恋バナでもして仲を深めます?」

 

「……春夏秋冬と話すようなことは特にないが」

 

「そうですか?好みの女性のタイプでも話したらいいじゃないですか」

 

「両國さんって女性が好きですよね」

 

予想外の一言だったのか目を見開いてこちらを見ている。

 

「な、な、なにを言っているんだ」

 

吃りすぎでしょ。

 

「いや見てたらわかりますって」

「移動中も女性に目をやることが多かったですし」

「あ、食事の時にいたゆるふわ系の娘とか可愛かったですね。めちゃくちゃ目で追っててちょっと引きました(笑)」

 

からかいまじりに言ってやると強く否定してきた。

 

「追ってないが!?」

「そもそも女性を見ていたというのが勘違いだ!」

「あれは……そうだ、街中に指名手配犯がいないか確認していただけだ!」

 

無理があるでしょ。

 

「嘘つくにしても、もう少しまともな嘘つきましょうよ」

 

呆れながら言うと言い訳を繰り広げてきた。

 

「嘘じゃない!」

「それに、目で追っているだけで女性が好きというのは飛躍しすぎだ!」

 

あくまでしらを切るつもりらしいので決定的な証拠を示してあげよう。

 

「財布の中にレズ風俗の紹介状入ってますよ」

 

「……なんのことだかさっぱりだが、それはチラシを鞄にしまったときにでもたまたま財布に紛れ込んでそのままになっていただけだろう」

「いや、そもそもなんで財布の中にあることがわかる!盗んだのか!?」

 

「能力の範囲内ならどこに何があって何が書いてるかも大体わかるんですって」

 

めちゃくちゃ否定してくるな、こいつ。

そんなに恥ずかしがるようなことかな。

まあ、そこまでいうなら証明してやろうかな。

 

「両國さん、あなたはかなり几帳面な人だ」

「スーツはシワがないしシャツもアイロンをキッチリかけていて靴もよく磨かれている」

「髪の手入れも怠っていないし、肌の質感からスキンケアもしっかり行なっている」

「筋肉の密度からしてトレーニングも日常的に、それも決まったルーチンで行なっている」

「鞄の中の資料も付箋を貼ってまとめている」

「財布の中の紙幣は向きが揃えられているしカードも種類ごとに入れる場所が決まっている」

「そして持っているレシートは今日の日付の入ったものが二枚だけ」

「時間からすると朝にコンビニでミネラルウォーターを買った時のものと、さっき食事をした時のもの」

「水筒を持ち歩かないところを見ると毎日コンビニかどこかで飲み物を購入するでしょうに、前日までのレシートが入っていない」

「つまりほぼ毎日財布の確認をしている」

「性格的に家計簿でもつけているんですかね」

「つまり財布の中に偶然入ったものをそのままにしているというのはあなたの性格上考えられない」

「ついでに言うと紹介状の歪みと皮脂のつき方から電話番号に触れないようにしながら何度も確認しているのがわかります」

「一度電話をすれば携帯に履歴が残るので何度も見る必要はないでしょうね」

「と言うことは、興味があって何度も確認しているけど実際に利用したことはないってことですね」

 

「……!」

 

どうやら私の名推理に言葉が出ないらしい。

 

「初歩的なことだよ、ワトソン君」

 

「いや、免許証確認したけどタメだったんだ。ならタメ口でいいでしょ」

 

そうして黙ったままの()()に近づき胸に指を突き付けながら言った。

 

「これからよろしく、むっつりなラヴちゃん」

 

 

 



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だって私たちはパートナーなんだから

 

 

仕事の現場に向かう車の中、私は流れる景色を眺めながら思考を巡らせていた。

『ライブのチケットをどうやって手に入れよう』と。

抽選の結果、残念ながら落選していたのが先日のこと。

一瞬だけライブの当日にチケットを盗んでやろうかと思ったが流石に良心が咎めた。

好きなアーティストのライブで揉め事を起こしたくなかったのだ。

私こそファンの鏡と言っても過言ではないだろう。

 

でもどうしてもチケットを手に入れたい。

これ警察のコネとか使って手に入れられないかな。

捜査に必要とか言えばどうにか融通してもらえる可能性も……

その場合、交渉するとしたら椿さんだろう。

あの人は何考えているかまるでわからないし、初対面で拳銃ぶっ放してくるようなイカれた人ではあるけども仕事はできそうだ。

逆にこういう時にラヴちゃんが役に立つイメージがまるで湧かない。

真面目なのはわかるけど交渉とか苦手そうだ。

とりあえず後で椿さんに聞いておこう。

 

「そろそろ現場に着くぞ」

 

「はーい」

 

ラヴちゃんが声をかけてきたので返事をして運転席の方に目をやった。

 

「捜査資料に目は通したな?」

 

「一通りは」

 

出発前に受け取った資料はその場で目を通していた。

まぁ正確には目を通した訳ではなく、能力で紙面の文字を認識しただけだが大した違いはない。

重要なのは内容を理解しているということなのだ。

 

「でも、ひき逃げと怪事件って結びつかないよね」

 

 

 

 

そう、今回任せられた事件はひき逃げ事件の捜査だった。

 

資料によると発端は二ヶ月前、とある県境の峠でひき逃げ事件が起こった。

被害者はサイクリングに来ていた一人の男性。

被害者は即死で目撃者もいないが、遺体の状態からバイクでのひき逃げということだった。

 

しかし数日経っても犯人が捕まることはなかった。

それどころか同じ場所で二人目の犠牲者が発生した。

警察は捜査を進めるも犯人は見つからず、さらに三人目の犠牲者も発生。

全てバイクでのひき逃げということだった。

 

その段階で峠とそこに通じる道を全面通行止めにし捜査を進めていたが、次の犠牲者が発生してしまった。

犠牲者は捜査中だった警察官の六人。

監視カメラは設置していたが原因不明の故障により撮影は失敗。

 

その結果、一般警察の捜査は中止が決定し、怪事件捜査係へと引き継ぎが決定したというわけだ。

 

 

 

 

「どっかのお偉いさんかそのボンボンがひき逃げして警察が隠蔽したってことにしとかない?」

 

今日真夏日だし。

 

「できる訳ないだろ、馬鹿か」

 

こんな炎天下の中で捜査する方が馬鹿だと思うけど。

せめて別日にしようよ。

 

「やる気が出ないんだよね〜」

 

「だせ、これ以上被害が出るのを放ってはおけない」

 

「へー、かっこい〜」

「女の子にそういうところ見せたらイチコロじゃないの?」

 

「……軽口に付き合うつもりはない」

 

こめかみがぴくついている。

どうやら気に障ったらしい。

 

 

先日、私はラヴちゃんの秘密を暴いた。

まぁ正直隠せてなかったんじゃないかと疑っているけど。

かなりわかりやすかったし、椿さんあたりは気づいていてもおかしくなさそうだった。

でもラヴちゃんは隠せているつもりになっていたらしい。

コンビを組むにあたって上下関係は必要だと思っていたけどちょうどいいタイミングでマウントを取ることができた。

 

 

「あーそういうこと言うんだ」

「別にいいけど私の口が滑らないといいね」

 

「その時はお前を殺して私も死ぬ」

 

そこまでするんだ。

目が据わってますよあなた。

 

「まぁ冗談だって」

「ラヴちゃんがあんまり可愛いから揶揄ってるだけだよ」

 

「どこが。揶揄うな」

 

「そう?風俗に行くか悩んでるのって十分可愛いけど」

 

「だからそれを言うな!」

「ただの気の迷いだ!」

 

「何回迷ってるんですかね(笑)」

「危険な仕事だし悔いのないようにしといたほうがいいんじゃないの?」

 

「……そうだとしても、愛のない性交渉というのは倫理的に」

 

愛って……

前も正義とか言ってたし絶滅危惧種かな?

それにしても面白い。

倫理観を重要視しながらもそれとは真逆にある欲望も捨てきれないでいる。

少し背中を押してみたらどっちに転ぶのだろう。

 

「じゃあ、彼女を作るしかないわけだ」

 

「……」

 

「なら一仕事終わったらラヴちゃんの恋人探し手伝ってあげようか?」

 

面白そうだし。

 

「何が目的だ」

 

「目的なんてそんな。疑うような目で見ないでよ」

「一人で悩んでるラヴちゃんに気づいちゃった以上放っておけないってだけ」

「だって私たちはパートナーなんだから(暇つぶしになりそうなエンタメを提供してもらわないとね)」

 

爽やかな笑顔で言ってやった。

 

「怪しすぎる」

 

「信じてよ。トラストミー」

 

「そもそも当てにならない」

 

「そう言わずに。経験豊富(嘘)な春夏秋冬さんが協力してあげるから安心していいよ」

 

楽しみもできたことだしささっと終わらせて帰りたいな。

 

 



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そういうところだぞ

 

 

事件が起こった現場を確認するため、エアコンの効いた車内から出るとムワッとした熱気が体を包み込んだ。

いくら心構えをしていたからといって暑さはやわらがない。

 

「あ〜あっつい」

 

私って基本インドア派なんだよね。

暑い日と寒い日と雨の日と雪の日と風の強い日は外に出たくない。

日傘くらい持って来ればよかった。

 

「早く確認して車に戻ろ」

「じゃないと、干からびそう」

 

「ならすぐに済ませよう」

 

そういって早足で駐車場の端に向かっていくラヴちゃんの後を追った。

背が高いからストライドも広くて追いつくのが大変だ。

そういうところだぞ。わかってんのかな?

 

辿り着いたのは駐車場の端にある自動販売機側、資料にあった通りここが被害者の死んでいた場所だろう。

 

「ここで被害者が亡くなった」

「おそらく休憩のためによったんだろう」

 

それはわかるよ。

自動販売機のところに来る理由なんて休憩しかないよ。

 

「それで?最初に事件が起こったのが二ヶ月前でしょ」

「その後二人殺されて、警察が殺されたのが一週間前だっけ」

 

「そうだ。だが二人はこの自動販売機側で殺されて、七人は駐車場から離れた場所で殺されていた」

「現場の状況から、バイクから逃げようとして背後から轢き殺されたんだろう」

「この駐車場、そして自動販売機が事件の中心になっているのはほぼ確実だ」

 

「一度バイクが出てくると轢き殺すまで執拗に追ってくるってわけね」

 

どこを確認しても至って普通の駐車場に自動販売機だ。

特に変わったところはなさそう。

 

「ただ無差別に襲うということはなさそうだ」

「遺体の搬送や現場検証の際にバイクに襲われたという記録はない」

 

「ならここで何か特別なことをするとバイクが召喚されるのかな?」

 

「その可能性は高いな」

 

ここでできることと言えば、それこそ飲み物の購入くらいだろう。

でも買うと死ぬかもしれないなら慎重にしないといけない。

いっそ自動販売機を撤去したらもう事件も起こらないんじゃないかな。

 

「というわけで自動販売機を撤去してこの事件は終了にしよっか」

 

「それで終わる保証もないだろ。これ以上被害者を出さないためにも、事件が起こる元凶をできる限り正確に把握する必要がある」

 

「で、どうやって正確に把握すると?」

 

「こうすればいい」と言いながらラヴちゃんが財布を取り出し自動販売機に近づいていく。

咄嗟に腕を掴んでそれ以上近づくのを止めた。

 

「いや危険だって話今してたよね!?」

 

「だからそれを私たちで確かめる」

 

この子何言ってんの?

 

「春夏秋冬の話した通り、ここで飲み物を購入するとバイクが出現する可能性がある。だがそれも今のところ推測でしかない。直接誰かが確認するしかないんだ」

「それが分かってから原因を撤去なり破壊なりすればいい」

 

馬鹿の作戦!

 

「いやもうちょっとスマートな方法で解決できないわけ?」

 

その作戦私まで危険だし。

 

「今までどうやって捜査してたのよ」

 

「同じだ。まずは事件の渦中に入る」

 

……そうかそういえばそうだった。

こいつらほぼ不死身みたいな奴らだった。

時間停止にダメージ無効(仮)だからね。

何が起こるかわからない現場に単身で突っ込むなんて無茶苦茶なことしても生きて情報持って帰れるのか。

でも今回私も一緒ってことを理解してないのかな?

 

「あのさぁ、確かに私は容姿端麗・頭脳明晰・運動神経抜群の三拍子揃ったパーフェクトな人間だけどさ」

「あんたらと違って普通に死んじゃうんだって」

 

「ならどうする」

 

どうしよっか。

でも自動販売機を使用するのは最終手段にしておきたい。

早く帰りたいのはそうだけど、リスクの高い方法は極力取りたくない。

だって痛いのも苦しいのも危険なのも嫌だから。

他に何かわかることはないかな。

 

「被害者の共通点はここにいたってことだけ?」

 

「ああ、調べられる限りそれ以外のこれといった共通点はない。性別も年齢も交友関係も」

 

少し考えて見たけど何もわからない。

バイクと自動販売機の関係も不明だし、そもそもなんで二ヶ月前に事件が起こったのかも不明。

自動販売機はそれ以前からあったし利用もされていたはずだ。

轢き殺す理由もわからないし頭おかしくなりそう。

 

「大丈夫なら、始めよう」

 

結局いい案が思いつかないのでラヴちゃんが自動販売機で飲み物を購入するのを止められなかった。

一応何かあった時に逃げられるようにその場で足のストレッチをしておく。

バイク相手に逃げ切れるかは不明だけど能力をフル活用すればどうにかなるかもしれない。

ストレッチをしていると水を二つ購入したラヴちゃんが近づいてくる。

一つを私に渡してきたので受け取っておく。

 

「今のところは何も起こらないな」

 

「まぁ、被害者が一応逃げられるなら買った直後ってわけじゃないかもね」

 

会話しながらペットボトルを見るけど特に変わったところはなさそうだ。

ただ暑いとはいえ、そこで買った飲み物に口つけたくはならない。

 

そこで数分待っていると快晴だった空に突如として雲がかかり始めた。

そして突風が吹いたかと思うと、次の瞬間には五メートルほど先にバイクが現れた。

 

「出てきたぞ春夏秋冬」

「あれは……人間か?」

 

違う。あれは人間じゃない。

バイクにおかしなところはないけど上にいるのは異常だ。

姿は間違いなく人間なのに空気に触れているように感触が薄い。

 

つまり

 

「ゴーストライダーってところかな」

 

 

 



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任せておこう

 

 

突如として現れたゴーストライダーから距離を取るために、ゆっくりとラヴちゃんの後ろに下がった。

触れられないとなると私にできることはあまりない。

バイクは実体があるから簡単に壊せそうだけど、下手に刺激すると何が起こるかわからないし面倒だからここはラヴちゃんに任せておこう。

 

「バイクから降りて地面に伏せなさい」

「それ以上近づいたら敵対の意志があると判断します」

 

そういうとシャツの袖を捲って腕を炎に変え、戦闘準備を整えた。

背後にいる私の方まで熱気を感じるからさらに距離を取る。

それに対してゴーストライダーは特に気にする素振りを見せずにエンジンふかし始めた。

会話が通じるタイプなら九人も殺していないだろうからこのまま激突しそうだ。

 

「……ダメか」

 

加速して迫ってくるゴーストライダーに腕を突き出し接触。

直後、炎が膨れ上がるとゴーストライダーの姿は跡形もなく消え去っていた。

 

 

 

え?

もう終わった?

私の知覚範囲内には何も残っていないことから一瞬で燃やし尽くしたのだろう。

それにしても詐欺にあったかのようだ。

生存能力が高いって話だったはずなのに、戦闘能力も飛び抜けている。

それこそ下手したら一人で軍隊くらい殲滅できそうだ。

……おもちゃにするときはラインを超えないように気をつけよう。

 

「でもやりすぎじゃない?」

「バイクの破片くらい残しておいたら色々調べられたかもしれないのに」

 

一応、車体のナンバーは覚えているけど実物が残っていた方がいいだろう。

 

「違う。バイクを一瞬で消し去るほど火力を上げていない」

「あいつ燃やした瞬間消えたぞ!」

「注意しろ!」

 

近くにいないことはわかっているので辺りを見回す。

すると十数メートルほど離れた位置にゴーストライダーが出現していた。

しかもどう見ても私の方を狙って加速してきている。

ちょろちょろ狙いを変えるなよこいつ!

 

「春夏秋冬!」

 

それに気づいたラヴちゃんが私を呼ぶけど遅すぎる。

ラヴちゃんの側に逃げるよりも接触するのが早そうなので腹を決めて迎え撃つことにする。

ぶつかったら死にそうだから相手のコントロールを奪った上で回避するのが良さそうだ。

 

 

バイクが迫ってくる。

 

十メートル

七メートル

五メートル

 

……いま!

そのタイミングでバイクからハンドルとペダルを奪い横っ飛びに回避した。

 

バイクの制御を失ったゴーストライダーはつんのめりながらガードレールにぶつかりそのまま峠の下に消えていった。

 

まぁ、速いけど動きは単調だったしこんなものかな。

 

「案外動けるな」

 

運動神経抜群だってさっき話したばっかりだったでしょうが。

鶏かな?

 

「バイクの部品も奪ったし、下に落ちてったから何もできないでしょ」

 

「部品を置いたらもう一度自動販売機を確認して一度撤収しよう。部品を調べてもらう」

 

車に部品を置きに行こうとすると異変が起こった。

手に持っていた部品が透けてきたのだ。

どんどんと感触も薄くなり溶けて消えていった。

 

「ちょっとこれ」

 

「ああ、まだ続きそうだ」

 

見回すと離れた位置に何も変わらない様子のバイクにまたがったゴーストライダーがいる。

何回続くのよこれ。

もう元凶っぽいのをどうにかした方が早そうだ。

 

「自動販売機どうにかするからよろしく!」

 

「どうするつもりだ!」

 

ラヴちゃんの声には応えず、自動販売機からいくつかの基盤と電源コードを奪い取った。

一応電子機器なら回路と電源とったら止まるでしょ。

 

狙い通り自動販売機は動きを止めた。

しかしもう一方に変化はなかったようだ。

 

「くそ!キリがない!」

「車に戻るぞ!」

 

燃えていたゴーストライダーがすぐにまた現れるのを確認できた。

ラヴちゃんと一緒に車に近づくがそこであることに気付いてしまった。

 

「ちょっと待った車壊れてるって!」

 

「何!?」

 

車の回路がショートしているのがわかった。

支給されたスマホもゴーストライダーが登場したタイミングで壊れていたが、離れた車まで壊れているとは思ってもいなかった。

 

「これどうしたらいいのよ」

 

「わからないがいつまでも付き合ってられないな」

 

「それは同感」

 

無限湧きだとしたら流石にジリ貧になってしまう。

向こうはどうだかわからないがこっちは疲労していく。

それに今は雲がかかっているといっても今日は真夏日だ。

いつまでもここにいられない。

 

「駐車場……いや峠から一度退こう」

「経験上、特定の場所と条件にこだわる相手がどこまでも追ってくるとは考えづらい」

 

「退くってどこまで」

 

「確かここにくる途中に小さな商店があったはずだ」

「そこまで行けば距離もあるしおそらく安全だろう」

「そこで電話を貸してもらい撤収、立て直そう」

 

「それってここからどのくらいあった?」

 

途中の寂れた商店でしょ?

私の記憶だと五キロくらいあったと思うんだけど。

 

「五キロほどのはずだ」

 

「……炎天下にバイクで追われながら走る距離じゃないでしょ」

 

「ならバイクは私がどうにかする」

「春夏秋冬は走る方に集中しろ」

 

ここで言い合っていても仕方ない。

もういくしかなさそうだ。

 

……五キロか。

最近運動してなかったことを差し引いて、全力で走れば十五分くらいになるかな。

この暑さの中で走るには結構きついけど仕方なさそうだ。

 

行きがけに停止した自走販売機からスポーツドリンクを奪って走り出した。

 

 



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間違ってないんじゃない

 

 

汗でダラダラになりながら寂れた商店に一人で駆け込んだ。

少し心配もあったがエアコンが付いているようで何よりだ。

 

「あら、お客さんかしら」

 

店に入ると店主らしきおばさんが声をかけてきた。

返事をする前に息を整える。

 

「いえ、少し用事があってこの辺りにきていただけで」

「少し休憩させてもらっても?」

 

「ええ、大したものはないけどゆっくりして行って」

 

愛想の良さそうな笑顔を浮かべておばさんはそう言い、さらに店の奥から椅子を持ってきてそこに座るように言った。

 

「ああ、ご親切にどーも」

 

「これもよかったら飲んで」

 

そう言うと飲み物を渡してきた。

……今お金持ってないんだよね。

仕方ないからポケットからお金を出すふりをしながらレジから盗むか。

 

「ああ、お金を」

 

「いいのよ、暑かったでしょ」

「最近はお客さんも少ないし暇だったの」

「期限が切れる前に飲んじゃって」

 

ならいいか。

素直にもらっておくことにしよう。

連れがくるまで待たせてもらうことを伝えて一息つくことにした。

 

 

 

 

 

 

 

数分後、汗を流しながらラヴちゃんがたどり着いた。

 

「……っ、ふう、なんだかんだ言って、ずいぶん、速かったな」

 

「そう?こんなものでしょ」

 

「……フォームも綺麗だったし、陸上でもやってたのか?」

 

「特には。速く走ろうとしたら同じような格好になるものなんじゃないの」

 

峠から走り始めた直後、ラヴちゃんはゴーストライダーを牽制するために炎を巻き上げていたが、私は言いつけ通り走ることに集中して全力でその場を去った。

初動が早かったこともあるが、そもそも私の方が健脚だったらしくそのまま離れてしまったのだ。

途中でゴーストライダーの標的が私に切り替わったこともあったが、能力をうまく使って見事逃げ切ることに成功したのだった。

まぁ、商店に来る前にゴーストライダーの追走は無くなっていたが、室内で涼みたかったのでラヴちゃんを置いてきてしまった。

 

「お連れさんがきたのかしら」

 

話し声に気付いたおばさんが店の奥からやってきた。

手に持った飲み物をタダで渡そうとするも断られている。

 

「お気持ちはありがたいのですが、代金は払います」

 

「もらっちゃえばいいのに」

 

「ダメだ。ん?もしかしてもらったのか?」

 

「くれるって言うし、財布は車の中だったから」

 

「まったく……すみません、連れの分も払います」

 

タダでくれるって言うなら貰っちゃえばいいのに。お堅いんだから。

支払いを終えるとおばさんが口を開いた。

 

「わざわざよかったのに。とっても真面目な方ね」

「お仕事って言ってたけどこんな場所でどうしたの?」

「お連れさんも美人だからモデルの撮影か何かかしら?」

 

そう思っちゃうよね。綺麗だから。

わかるわかる。

 

「いえ、私たちは警察官です。ひき逃げ事件の捜査中でして」

「少しトラブルで、差し支えなければ電話を貸していただきたいのですが」

 

「まあ、大変。電話ね。取ってくるから待ってて」

 

おばさんはそう言うと店の奥に引き上げて行った。

すると、ラヴちゃんが私の方を見ながら小言を言い始めた。

 

「春夏秋冬、貰い物はしないように。正式には警察官でないとはいえ、賄賂を疑われかねない」

「それと、今回は聞き込みの予定はなかったから何も言わなかったが、今度からはもっとフォーマルな服装……スーツで来るように」

「流石にデニムとTシャツはラフすぎる」

 

「善処しまーす」

 

いやスーツとか持ってないんだけどね。

仕事辞めた日にゴミで出したから。

それに堅苦しい服は嫌いなんだよね。

夏場はクールビズってことでどうにかならないかな。

 

 

しばらくするとおばさんが店の奥から携帯を持って戻ってきた。

 

「お待たせしてごめんね。この歳になるとどこに何を置いたかすぐに忘れちゃって」

 

「いえそんな、ありがとうございます」

 

ラヴちゃんが電話をするために離れようとするが、おばさんが引き止めた。

 

「ちょっと聞きたいんだけど、ひき逃げのことって何かわかったのかしら」

「この辺りのことだし、私気になっちゃって」

 

「すみませんが、調査中でして。詳しくは話せません」

 

「そう……」

「なら仕方ないわね」

「私本当に怖くって」

「だって同じ場所で四人も轢き逃げされるなんて」

「何か呪われてるんじゃないかと思っちゃって」

 

 

……?

四人?

その言葉を聞いてラヴちゃんと目を合わせる。

ひき逃げの被害者は全員で九人。

そしてニュースで発表されているのは一般人の被害者三人だけだ。

警察官六人の被害は発表されていない。

事件の特殊性故、どこまで詳細を公表するかまだ決定していないことから現状知っている人間はほぼいないのだ。

四という数字は一体どこからきたのか。

 

「失礼ですが、四人というのは?被害者は三人では?」

 

「三人?ああ、それって最近亡くなった方でしょ」

「昔、まったく同じ場所でひき逃げがあったのよ」

「新聞で小さく記事になってたけど、その犯人も捕まったって聞いてないわ」

 

「それは何年くらい前のことでしょうか?」

 

「えーと、たしか……二十年くらい前だったかしら」

「時期は、春から夏くらい?涼しくなり始める前だったのは覚えてるわ」

 

嘘をついているようにも感じないし、本当のことかも。

しかし、捜査資料で確認したが、ここで大きな事故が起こった記録はなかったはずだ。

それこそ軽微な衝突程度で、死亡事故の記載はされていなかった。

 

「(案外、最初に言ってた隠蔽もあながち間違ってないんじゃない、これ)」

 

「(ああ、ただの偶然とは思いづらい。確認した方が良さそうだ)」

 

 



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