転生架空馬の夢の記録(夢日記) (よみびとしらず)
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はじめに
転生架空馬の夢の全記録の概要欄


2021年ウマ娘に嵌り、ネット上の転生架空馬主人公のお話に嵌り、読み耽っていくうちにオリジナルの様な転生架空馬のお話を夢に見るようになりました。
折角なので記録を取りtwitterに置いていたところ、夢のお話を見たいと言う意見を聞き憶えてる範囲、アウトプット出来る範囲でお話を掛けたら良いかなと思いました。


改訂

2022/07/18 14回目の架空馬夢を見たので架空馬を一頭追加しました。
2022/07/23 15回目の架空馬夢を見たので架空馬を一頭追加しました。


・1回目 馬名:不明 血統:不明 年代不明

 

 生まれて直ぐに立ち上がる事が出来ずに殺処分

 

・2回目 馬名:不明 血統:不明 年代不明

 

 生まれて立ち上がるも母馬に異物扱いされ、蹴られて踏まれて死亡

 

・3回目 馬名:不明 血統:不明 年代不明

 

 初めての放牧中に転倒して怪我をして死亡

 

・4回目 馬名:不明 血統:不明 年代不明

 

 放牧中に同年代の仔馬が居たので話しかけようとしたらその子の母馬に蹴られて踏まれて死亡

 

・5回目 馬名:不明 血統:不明 年代不明

 

 放牧中に同期の群れに馴染めず虐められて怪我をして死亡

 

・6回目 馬名:不明 血統:不明 年代不明

 

 育成牧場へ行くものの、調教内容が理解できず、競走馬になれないため、未出走→殺処分

 

・7回目 馬名:トップグローリー 青毛 血統:父サンデーサイレンス、母不明(英単語っぽい名前) 年代:2002~2005

 

 栗東・八百長政厩舎(架空)所属。白い部分が全く無い青毛未勝利馬で気が弱く、人間やトレセンの他の馬達から虐めを受ける。

 お向かいの木原厩舎にやって来た1歳年下の白毛の競走馬「サンジェニュイン号」の圧倒的美貌に脳を焼かれ、彼に恋するが叶わず。

 サンジェニュイン号が皐月賞に出走した同日、トレセンより遠く離れた競馬場(小倉?)でレース中に事故死

 

・8回目 馬名:ドリームキャプチャ 黒鹿毛 血統:不明(父系・母系どちらかにエルコンドルパサー) 年代:202X?

 

 栗東・海老名厩舎所属。エルコンドルパサーに瓜二つの姿を持つ。エルコンの生まれ変わりだと言われ、大層に可愛がられる

 コントレイル号以来の無敗の三冠馬と国内全レース無敗の記録を打ち立てフォア賞優勝を経て凱旋門賞に出走するも

 ゴール20m手前で両前脚粉砕骨折により転倒、後続馬に轢かれ騎手・馬とも死亡する

 

・9回目 馬名:不明 血統:不明 年代2016~2017?

 放牧中に横になって熟睡していたところ熊に襲われ生きながら捕食され出血多量で死亡

 メロディーレーンと同期で同牧場生まれ。

 この牧場は放牧地に凶暴な野生動物が出没し、育成馬が襲われることが多発していたが本馬はそれに気が付かなかった模様

 

・10回目 馬名:ブラックダイヤモンド 血統:父ブラックタイド、母:シュガーハート 年代:202X?

 

 キタサンブラックと同血統の歳の離れた弟分。ウマ娘ヲタク新人馬主に1億円で落札されるも走らず見捨てられる。

 屠殺業者のトラックに載せられる直前で暴れ美浦トレセンを脱走し、

 生まれ故郷の北海道を目指すも福島県の山中で力尽き息絶える。

 

・11回目 馬名:ファイズリース 牝 黒鹿毛 血統:不明(ディープインパクトさんと種付け相性が良い血統らしい) 年代:2002~2006

 

 ディープインパクトと同期で別厩舎にもかかわらず頻繁に調教の相手をする厩舎公認の仲で史上初の無敗三冠牝馬。史上初の同年無敗三冠馬同士の戦いとなった有馬記念後のウイニングランで告白して相思相愛の恋仲になる。

 2006年の凱旋門賞出走時に体調を崩し苦しんでるディープに自厩舎で大事なレース前に馬主から貰ってる"トクベツなごはん"を分け与えた事がきっかけで禁止薬物が検出され2頭ともに失格になる。

 帰国後の再検査で禁止薬物常用の疑いで国内レースの勝ち鞍をすべて剥奪され絶望する中、馬主が証拠隠滅とディープ陣営へ冤罪を掛けようとしてることを知り、担当厩務員とともに阻止して告発するため立ち上がるものの馬主に見つかり激しい銃撃を受ける。

 銃弾に倒れ瀕死の状態で口とお尻にダイナマイト詰められて、ガス漏れ爆発火災事故に見せかけて厩舎ごと爆殺される。

 

・12回目 馬名:チョコエクレール 牡 黒鹿毛 血統:不明(トニービンとステイゴールドの血が入っているらしい) 年代:2021or2022?

 

 美浦の御手洗厩舎(架空)所属の1勝クラスの競走馬。濃いこげ茶色の馬体と馬名から「チョコ」と呼ばれる。

 ある日、ファンレターと一緒に贈られ馬房に飾っていたチョコエクレール号の擬人化イラスト(ウマ娘のナリタトップロードそっくりのキャラ)を見詰めていると突然光に包まれて意識を失い、その後目を覚ますとなんとイラストの女の子の姿になっていた。

 どうやらイラストに込められた不思議な力によって、真夜中の間だけウマ娘の姿に変身できるようになっていた。

 ウマ娘の姿に戸惑いつつも、真夜中のトレセンを散策したり、抜け出してコンビニ行ったりと馬とは違う自由な身体を楽しみつつ過ごしていた。

 そんなある日、いつものようにウマ娘に変身して馬房を抜け出して散策に出かけようとしたところ、テキに見つかってしまう。最近厩舎に不審者が出没すると聞き、張り込みをしていたのだった。

 咄嗟に逃げようとするも取り押さえられてしまう。もう駄目かと思った瞬間、「千代子……?お前、千代子なのか?」目を開けるとそこには驚き狼狽えるテキの顔があった。

 彼、いや彼女の顔がテキの今は亡き一人娘「御手洗千代子」と瓜二つだったのだった――。

 

 転生架空馬の夢で初めてBADENDを迎えなかった夢。正式にはBADENDは存在するが其処に辿り着く前に現実の目覚まし時計によって目が覚めた感じ。

 

・13回目 馬名:ビオフレグランス 牝馬 青鹿毛 血統:不明 年代不明(2007?~2012年?)※史実と乖離がかなりある。

 

 栗東の香風厩舎(架空)所属。2~3歳の頃は勝てず燻ぶっていた善戦馬だったが古馬に入り頭角を現す。

 圧倒的な美貌を持ち、彼女の周りの牡馬は皆軒並み掛かり馬っ気を出してしまう事から「魔性の牝馬」「競走馬のサキュバス」と呼ばれ、トレセンでは常に複数頭の牡馬を侍らせていた事から「馬サーの姫」とも呼ばれていた。

 牝馬からは嫌われており、特に同期で栗東牝馬組のボスだったカレンチャンとは険悪の仲で、トレセン内で出会うと一触即発状態になる為、鉢合わせにならないよう両厩舎で緻密に連絡を取りスケジュール調整に苦労していた。

 この時代は栗東には牝馬を束ねるカレンチャンと牝馬にもかかわらず牡馬組と一部牝馬組を束ねるビオフレグランスの二頭のボスが君臨し、競走馬達は二つの派閥陣営に分かれお互いに睨み合っていたため、トレセン内の空気は非常に張りつめていて人馬共にピリピリしていた。

 「発情期の牝馬が出すフェロモンを自分の意思で自由に意図的に発生・散布出来る。フェロモンは牡馬だけではなく牝馬にも効果がある」と言う転生チートスキルを持ち、レースではそのスキルをフル活用してライバル達を蹴落とし古馬G1戦線を荒らしていく。

 ただ、彼女自身の競争能力は高くなくチートスキルに頼り切っりだったため、優勝したレースの勝ち時計は軒並みワースト記録を付けている。

 201X年、二度目の天皇賞春では多数のライバル馬がパドックや返し馬やゲート入りで暴走脱落し、残った馬達もレース中に軒並み掛かり逸走や不自然な失速をし、大混乱の中悠々とゴール板を駆け抜け歴代ワーストの勝ち時計4分と言う記録を作り物議を醸す(通称:ビオフレグランス号事件)

 事態を重く見たJRAはビオフレグランス号の馬体の精密検査を求め、所属厩舎の承諾を得たのち、栃木県のJRA競走馬研究所へ移送する事を決定する。

 しかし、移送途中に東名高速道路日本坂トンネル内で多重衝突事故に巻き込まれ車両火災によって死亡する。馬運車に同乗していた管理調教師・担当厩務員・主戦騎手・馬主も亡くなったため真相は解明されないままになってしまった。

 

・14回目 馬名:ニシノニコット 牡馬 黒鹿毛 血統:父カイザーフェルゼン・母ヒメカミアゼリア 年代不明(2018?~?)

 

 美浦の笑福厩舎(架空)所属。父親似のうるさい牡馬。パドックで人間に囲まれたりカメラのレンズ向けると喜んで馬っ気出したり歯をむき出しして笑うような表情を浮かべる。

 夏の暑さに弱く当歳馬~2歳デビュー前の頃には夏場に何度も体調を崩したり、熱中症になりかける。そのためデビューは2歳最後の12月だった。

 夏に弱い当馬の体質を考え夏競馬は避ける予定だったがレースのローテーションの都合で夏どうしても走らないといけなくなり7月(もしくは8月)の新潟競馬場のレースに出走する。当然、暑さでやられヘロヘロになりタイムアウト寸前の殿負けした後倒れそうになる当馬を助けるため、厩務員さんが大急ぎで競走馬用の大型シャワー場へ連れて行きシャワーを浴びせる。その結果、シャワーを浴びた当馬は非常に喜びレース前よりも元気になり、激しく飛び跳ね何度もシャワーを浴びようとする。

 これ以来、競馬場に設置された競走馬向けの大型シャワーが大好きになり、シャワーを浴びたくて夏競馬を頑張る。一年で夏競馬が一番成績が良くなるようになる。走った後は大型シャワーに何度も入り、最後はシャワーの中で歯をむき出しにして笑いながら寝っ転がってシャワーを堪能する。

 オーナーの西野さんが大好きで姿を見つけると尻尾を振り歯をむき出しにして笑いながら駆け寄って来る。オーナーに抱き着きと言う名のタックルを食わらせ顔を何度も擦り付け、あげくオーナーの顔をしつこく舐め回すようになる(通称:ベロちゃん2世)。オーナーの事が大好きすぎて日本ダービーで最後の直線で先頭を取るもオーナーの姿を見つけて喜び近づくため大きく斜行してしまい降格処分を受ける。

 騎手に鞭を入れられると笑い顔を作る為掲示板サイトで「マゾ馬」と揶揄される。ただし本人(本馬)は鞭で叩かれるのが嬉しいわけでもマゾでもなく叩かれた痛みで笑い顔みたいな表情が出来てしまうだけらしい。

 勝ち鞍はOP戦を3勝(レース名不明)G1~G3戦に何度か出場するものの掲示板には入れず2桁順位で終わる。

 7歳で引退後、種牡馬にはならず生まれ故郷の西野牧場へ繋養される。2年後、牧場を襲った季節外れの猛暑による熱中症で9歳で亡くなる。

 

・15回目 馬名:パタパタママ 牝馬 青鹿毛 血統:不明(両親はメジロ冠名が付いていた) 年代:不明

 

 美浦の■■■厩舎(架空厩舎、厩舎名は忘失)所属。元メジロ牧場の生産牧場■■■生まれ、両親は共にメジロの冠名を持つ馬である意味生粋のメジロ血統の馬でウマ娘ファン(メジロ家推し)の新人馬主に引き取られる。

 煩い馬で落ち着きがなく忙しなく動き回っている様子と、「煩いけど見た目はとても綺麗だし、見つめ続けてると何だかどこか母性を感じて甘えたくなる。バブみを感じてオギャリそう(オーナー談)」から「パタパタママ」と名付けられる。2歳7月の新馬戦を目前に控えた6月下旬に難病に罹り高熱を出して数日間生死の境を彷徨う。

 「どんなことをしても必ず助けて欲しい」とオーナーが大金をはたいて米国から取り寄せた治療薬によって一命をとりとめるも、薬の副作用により仔が産めない馬体になってしまう。また常に動き回り落ち着きがなかった性格が真逆のじっとして物静かな落ち着いた性格になる。(あまりにも馬の性格が変わり過ぎて別の似た馬とすり替えられたとかこの馬は実は死んでもう一度生まれ変わったなどと言われる)

 3歳1月に未勝利戦でデビューし1勝するもののレースに勝てない日々が続く。オーナーは「事故怪我なく無事に完走して、ついでに出走手当が貰えればそれで十分」と言い現役続投する。

 4歳の頃から、周りに馬がよく集まる事・どんなに気性が荒い癖馬も彼女が横にくると大人しくなる、近くにいるだけで馬も人も癒される、何かマイナスイオンが出てる、など良い評判が出て厩舎のマスコット兼リードホース的な立場になる。

 また彼女と調教で併せ馬するとどんな馬も素直に調教を受けレース結果が良くなったとか、一緒に馬運車に乗せると輸送が苦手の馬でも克服してパフォーマンスが落ちないと評判になり調教や遠征の帯同馬として厩舎内外で引っ張りだこになる。

 あるレースで返し馬中に放馬して暴れる馬を追いかけて捕まえ大人しくさせた事がJRAの関係者の目に留まった事がきっかけで現役引退後、東京競馬場の誘導馬となる。

 誘導馬になってからも人や馬から大人気で、誘導馬として出走馬のサポートに徹し、放馬が発生しても彼女が駆け付けるとすぐ止まり他の馬も落ち着くため大変評判になる。またゲート拒否する馬の宥めるのも上手く誘導馬では異例のゲート入りの補助も務める。彼女が本馬場入場係をするレースでは放馬やゲート拒否など事故が殆ど起きないために「本馬場入場誘導馬に「パタパタママ」の名前があるかないか」で馬券購入を判断する勝負師も居た。彼女の評判は他の競馬場でも有名になり、他競馬場から一時移籍や貸し出しのを声が多数来る。やがてJRAの特例で「G1レースで問題起こしそうな出走馬が居る場合のみパタパタママ号を誘導馬として指名できる。ただし東京競馬場の都合が優先される」が出される。ただし、2歳新馬戦では彼女の周りに新馬が集まり中々返し馬に入らない、傍から動かず離れたがらない新馬が続出するなどトラブルもあった。

 9歳の時、とあるレースで放馬した馬を捕まえ宥めようとしたところ後ろ脚で蹴られ大けがを負ってしまう。治療と休養のため生まれ故郷の牧場■■■へ移動する。怪我が完治して東京競馬場へ戻る為に牧場を出立する日の朝、ロシア軍による北海道へ軍事侵攻が始まり陸路・空路・海路すべての交通が遮断され東京へ帰れなくなりそのまま牧場へ滞在する事となる。毎日のように空を飛び交う軍用機やミサイルや海側からの艦砲射撃の轟音が響き渡る中、彼女を中心に馬の輪が出来き、彼女の必死の宥めのおかげで放馬等の事故が起きなかった。「牧場■■■にパタパタママ号が居る。彼女の元へ行けば安心だ」と噂を聞きつけ牧場のある洞爺湖町よりもより東部・海に近い場所にあり先にロシア軍の攻撃を受けた日高町や浦河町などの戦災を受けた牧場からの生き残りの人馬が避難してきて集まり大所帯となる。

 やがて南進してきたロシア軍により攻撃を受け牧場は占拠されてしまう。建物や金品設備類などは略奪放火破壊され、男性スタッフは即射殺、女性スタッフは性暴力を受けた後射殺されるなど牧場敷地内は地獄絵図となる。さらに競馬の無い国であるロシア人にとって気性の荒く従順でない食べる肉の部分が少ない日本の競走馬に価値なんてなく、ロシア兵たちのストレス発散の余興に射撃の的として次々と処分されて行く。

 従順で大人しい主人公はロシア兵に殺されずに済んだが銃や刃物を突き付けると怯えて降伏する様子を見せたため、「コイツ頭が良さそう、人間の女みたいだ」と馬姦趣味の兵士によって凌辱される。

 大人の牡馬や牝馬がほぼ殺され尽くし仔馬たちがターゲットになり始めている事を察知した主人公は隙を見て逃げ出し、生き残った5頭の仔馬たちと牧場脱出を図るもロシア兵に見つかり銃撃を受ける。

 仔馬たちを庇い、自分の身体を盾にして逃げ続けるも100発を超える銃弾を浴びて力尽き動けなくなってしまう。最後はロシア軍のT-64戦車の主砲を撃ち込まれ仔馬ともども爆散して死亡する。

 



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架空馬の夢物語本編 ~case.12 チョコエクレール~
chapter.1 「変身!!」


 12番目に夢で見た転生架空馬さんのお話です。

 現実世界の目覚まし時計による強制終了のため夢の途中で目が覚めてしまい、その結果初めてBADENDを迎えることなく終わった夢です。

 twitterにこの夢のお話を投稿したところ、この子のお話を読んでみたいと言う反応を頂き、寝起きで書いた夢日記メモが比較的詳細に書かれていたこともあり、夢で見た範囲で小説化してみようと思いました。


・改訂

2022/06/08 前書きと後書き(簡単な登場人物紹介)を追加しました。
2022/06/15 お話が前後編で収まらない事が判明したのでサブタイトルの表記を変更。
2022/07/13 サブタイトルの表記を変更。


 私は走る。背に人を乗せ、土の上をひた走る。

 私は走る。ただひたすらに走り続ける。熱く眩しい太陽の光を浴び、前を走る馬の蹴り上げた砂を全身に受けながら。

 

「――!――!!」

 

 背中の人間が何かを叫び、私の首を押しながら鞭を揮う。痛みが走り、弱り始めた気持ちをもう一度奮い立たせる。

 前を走る馬。彼彼女を追い抜き先頭に立たなければいけない。もう後は無い、最後の直線だ。

 

 一頭抜いた。でもまだもう一頭が目の前に居る。もうゴール板が見えてるのに、近いのに遠い、後ろ姿。

 

 もっと速く!!もっと速く!!

 

 悲鳴を上げる四本脚を必死に動かして滲む視界を捉えて駆けて行く。

 

 少しずつ縮まる距離、前の馬が横の馬になる。まだ駄目だ、追い抜かないと――。

 

 横の馬の荒い息、散る汗と涎を感じながら私は板を通り抜けた。

 

 背の上の人間の手が緩む、どうやら終わったみたい、私は力を抜き、ゆっくりと少しずつスピードを落としてゆく。

 どうだったのだろうか、今回もダメだったのだろうか。不安に押しつぶされそうになり、恐る恐る人間の方に視線を巡らせる。

 視界の隅に写る彼は、笑っていた。砂と汗でドロドロになった顔を綻ばせて私の首をポンポンと叩いてくれる。

 

 ―よくやった。おめでとう。

 

 そう褒めてくれてる感じがした。私は勝ったんだ、良かった――。

 

 

 

 馬運車と呼ばれるガタゴトと揺れる狭い場所に乗せられて私はおうちに帰ってきた。

 降ろされて、いつもお世話をしてくれる人間に牽かれて歩く。この人も笑顔を浮かべていて、私はレースに勝ったんだなと改めて感じる事が出来た。

 

『ただいまもどりましたー!!』

 

『おかえりー』

 

『おかえり』

 

 私が厩舎と呼ばれる住処に入り挨拶をする。すると馬房と呼ばれるお部屋からそれぞれ二頭の馬が顔を出す。

 

『チョコ、どうだった?ちゃんと先頭でゴールできたか??』

 

 心配そうに顔を出す小柄の馬はコタロウ。私と同い年の馬だ。

 

『うん、先頭は取れなかったけど勝てたみたい。人間達が笑顔で喜んでたし、走った後に並んで"クチドリシャシン"していたから大丈夫だよ!!』

 

『良かったぁぁぁ……、ボスが「勝てないとチョコが遠くへ連れていかれて二度と会えなくなる」って脅すから心配したんだよぉ~~』

 

 ふにゃふにゃと力が抜けるように座り込んでしまったコタロウに鼻先を近づけて『心配かけてごめんね。私は大丈夫だよ』と声をかける。

 

『先頭は取れないが勝利―、ハナ差か。それでも勝ちは勝ちだ。おめでとうチョコ』

 

『ありがとうボス!私、ボスのおかげでやっと勝てたよ!』

 

 人間に連れられて私の部屋――馬房に入った後、顔を出したら横の馬房から首を伸ばして話しかけてくる大柄の馬はボスことブルドックヘッド。私達の厩舎で一番偉い馬で色んな事を知っててさらに人間の言葉が分かる凄い馬だ。

 

『ああ、だがまだ油断できない。次のレースも勝つか、最低でも掲示板に乗らないと難しい。俺達は走り続けるしか無いんだ』

 

『うん、私頑張って走り続けるよ!』

 

 ボスは満足そうに頷いた。この馬は私達の世界の事や人間達の事をとても良く知っていて私は尊敬している。

 

『おっと、人間が来たようだな』

 

 ボスが首を自分の馬房へと引っ込める。すると通路の向こうから人間が歩いてきた。テキ――調教師と呼ばれてる、私達がレースに勝つために色々教えてくれてくれる偉い人だ。

 

「国崎、お疲れさん。チョコの様子はどうだ?」

 

「お疲れ様です、テキ。チョコの奴はもう大丈夫ですよ。レース後かなり疲れを見せていたので念の為2日休ませてから帰りましたから」

 

「そうか、それは良かった。まだ疲れが少し残ってるかもしれないから当面は軽い運動を中心に行う。オーナーも焦らなくてよいと言っているし、次は秋後半だな」

 

「ええ、そうですね」

 

「ひと先ずは未勝利脱出おめでとうだな。頑張ったなチョコ」

 

 テキが優しい笑顔で私の首筋を撫でてくれる。本当にレースに勝てて良かった……。

 

「ところでテキ、その手に持ってるのは何なんです?」

 

 国崎さんが腕を伸ばして何かを指さすので私も思わずそちらに視線を移す。テキの手には白くて四角い何かが握られていた。

 

「これか?ああ、チョコ、お前にファンレターが届いているぞ!」

 

 そう言ってテキは手に持った白くて四角い何かを私に見せる。何だろう?

 

『それはお前宛に来たファンレターだな』

 

 いつの間にか馬房から顔を出していたボスが答える。ファンレターってなぁに?

 

『お前を応援してくれる人間が感謝の気持ちを手紙と言う物に書いて送るものなんだ。これを貰えるのはとても良い事なんだ』

 

 ボスがそう教えてくれる。私を応援してくれる人が居るなんて…なんだか身体がぽかぽかしてくる。

 

「じゃあ読むぞ。『拝啓、チョコエクレール号様、御手洗厩舎の皆様へ。チョコエクレール号、3歳未勝利戦優勝おめでとうございます。私はチョコエクレール号の大ファンです。去年夏の新馬戦のパドックで貴方を見て一目惚れしてしまいました。なかなか勝てず苦しい戦いが続く日々の中、厳しい調教を頑張り熟してひたむきにレースへ参加して最後の瞬間まで決して諦める事無く全力で走り続ける貴方に勇気をたくさん貰いました。これからも応援しますので次のレースも頑張ってください。まだまだ暑い日が続きますがお体に気を付けて怪我や病気にならずお過ごしください。』……だそうだ」

 

 テキがファンレターを読み上げて、人間の言葉が分からない私のためにボスが横から言葉の意味を教えてくれる。

 

『チョコ、良かったな。お前をこんなにも応援してくれる人が居るなんて』

 

『うん、凄く嬉しいよ』

 

 人間から貰う言葉にこんなにも心が動かされるなんて知らなかった。

 

「うん?まだ続きがあったな。ええっと『追伸、チョコエクレール号の擬人化イラストを描いて同封して贈ります。良かったら本人に見せてあげてください』…だと。ああ、何か色紙のようなモノが入ってるな」

 

「ファンレターにしては随分大きな封筒だなと思っていたのですが色紙が入っていたんですね。――これは、人間?マンガのキャラクターですか?」

 

「なんだこりゃ?」

 

テキと国崎さんが色紙と呼ばれる四角て固そうな紙を覗き込み首を捻っている。何があるんだろうか?とても気になる。

 

「うん?ああ、チョコ、これが気になるのか?」

 

 私が首を伸ばしてるのに気づいたテキが色紙を見せてくれる。そこにはこげ茶色の短い髪の女の子が描かれていた。

 

 

 ――ドグンッ

 

 

 何だろう、目が離せない。

 

「マンガのキャラクターに馬の耳と尻尾を付け足して描いているのか?【ウマ娘 チョコエクレール】?」

 

「ウマ娘?ああ、テキそれ今若いモンらの間でブームになってる奴で有名な競走馬を人間の女の子にして走らせるゲームですよ」

 

「そう言えば何回かテレビのCMで見たな、シンボリルドルフやナリタブライアンが出てる奴だろう」

 

「ええ、そうです。でもあれはG1何度も取ったり伝説になってる引退した有名馬が出る物でまだ現役でこれといった勝ち鞍の無い無名のうちのチョコが出るものではないのですが……」

 

「そもそも何故女なんだ。うちのチョコは牡馬だろう?」

 

「そのウマ娘と言うゲーム牡馬も牝馬も全部まとめて女の子のキャラクターにするそうです。意味が分かりません」

 

「本当だな、アニメオタクは何考えてるのが理解できないな」

 

 何やらテキと国崎さんがブツブツと言い続けてるけど、私はそのイラストから目が離せずにいた。

 

「とりあえず手紙読んで妙な絵も見せたし、もう要らないだろう。国崎、これを片付けておいてくれ」

 

 テキが色紙をどこかへ持っていこうとして――、私は咄嗟にその色紙を持ったテキの腕に噛みついてしまった。

 

「痛てぇ!いててて!!!――ッ、こら!チョコ!どうした?やめろっ!離せ!!!」

 

 ダメ!お願い!ソレを捨てないで!!どこかへ持って行かないで!!!

 私は必死になってテキの腕を噛み引っ張る。

 

「コラッどうしたチョコ!離すんだ!!」

 

 国崎さんが私からテキの腕を離そうとする。私は首を振って精一杯抵抗した。

 

「チョコがこんなに激しい前搔きするなんて初めてだ……」

 

「わかった!わかった!頼むから離してくれチョコッ!!!」

 

『チョコ!もういい!もう大丈夫だから、テキの腕を離すんだ!』

 

 ボスに言われて私はハッと冷静になる。何をしてしまったんだろうか。

 

「っっ!痛てぇ……。わかった、わかった。この色紙は捨てないから。おい国崎、事務所にある要らない額縁持ってきてくれ。で、これの色紙を入れてチョコの馬房に飾ってやってくれ」

 

「わかりました」

 

 国崎さんが何処かへ走っていき、やがて何かを持って戻ってきてくれた。

 

「ほら、これで良いだろうチョコ」

 

 テキが色紙を入れて馬房の中に飾ってくれた。すごく嬉しい、ありがとうテキ。

 私がヒィンヒィンと前搔きしながら鳴くとテキは困り顔を浮かべつつ頭を撫でて立ち去って行った。

 

 

 

 

 厩舎の明かりが消えて夜の帳に包まれる頃、私はあれからずっと色紙から描かれた女の子から目を離せずにいた。

 何だろう……心の中、身体の奥から何か形容しがたいモヤモヤとした物が浮かんでくる

 

 ――ドクンッ

 

 何だか身体が熱い、少し視界がぼやけてきた気がする。それなのに色紙の女の子の絵ははっきりと暗闇に浮かんで見える。

 

 ――ドクンッ、ドクンッ

 

 あ、あれ?変だな?体が熱い、眩暈がする。ぼんやり馬房が明るい?私が光ってるの???

 

 ――ドクンッドクンッドクンッ

 

 私の身体を光の粒子が包み込んでいく。顔が熱くなり耳が聞こえなくなっていく、周りは真っ暗で、でも色紙の女の子ははっきり見えて、絵が光を帯びている??

 

 ――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクッ!ドクッ!ドクッ!

 

 怖い、助けて、ボス、コタロウ、テキ、国崎さん、声が出ない、息が出来ない、視界が、世界が傾き回る

 

 ――ドクッ!ドクッ!ドクッ!ドクドクドクドク――!!!!!

 

 視界が大きく揺れて、目の前に寝藁が広がって――、私の意識はそこで消えた。

 

 

 

 

 

 『チョコ!おいチョコどうした!何があった!?

 

 遠くで誰かが呼んでる声がする。ゆっくりと視界が開けて行く。

 

 『チョコ!しっかりしろチョコ!!大丈夫か?頼む!返事をしてくれ!!

 

 目の前に広がるのは寝藁の色、鼻をくすぐる感じがする。私倒れてたの??

 

 『チョコ!大丈夫か!?頼む!返事をしてくれ!!クソっ!厩務員!厩務員はどこか!!

 

 ゆっくりと起き上がろうとして、視線の高さに違和感を抱いた。起き上がったはずなのにどうしてこんなに視線が低いのだろうか?

 

 『チョコ!チョコ!!返事してくれ!何があった!!!無事なのか!!』

 

 ボスが呼んでる。すごく心配してる。返事しなきゃ……

 

 「ボス、私は大丈夫だよ。ちょっと眩暈がして倒れただけで怪我とかはして――、えっ?」

 

 声が変だ。高さも声を出すところも変だ。まるで――。

 

 『!?お前は誰だ!!人間が何故チョコの馬房に居る!?』

 

 ボス、何を言ってるの?と言いかけて下がった視線、その視界に写る前脚は――、まるで人間の様に白く、短く、蹄が5本に分かれていた。

 

 「ひぃぃっ!?脚が!!私の前脚がっっ!!」

 

 恐怖のあまり私は再び倒れ込む、身体が見える。まるで人間みたいに布に包まれた細くて小さな身体が、前脚よりも長くて少し太い後ろ脚が、毛の生えていない白い肌のむき出しの脚が――。

 

 「やだぁ!やだぁぁあ!助けて!助けてぇぇぇ!」

 

 必死に四本の脚を動かして這うように馬房から出る。低い姿勢のおかげで入口からは簡単に出れた。

 

 『おい!貴様!誰だ!何故チョコの馬房に居る!チョコに何をした!』

 

 見上げれば遥か頭上にボスが居た。耳を絞り、見た事の無い形相を浮かべてる。こんなに怒ってるボスは初めて見た。

 

 「ボス!私だよ!チョコだよ!!信じてよ!!!」

 

 『おい!人間のガキ!てめぇ!チョコに何しやがった!!』

 

 コタロウが顔を出して私に威嚇する。コタロウも耳を絞り目を血走らせて吠える。

 

 「コタロウ!私だよ!チョコだよ!!信じてよ!!」

 

 『黙れ人間!!メスガキがピーピー甲高い声で鳴くな!踏み潰してやるぞ!!!』

 

 コタロウに私の言葉が通じない。どうして、どうして。

 ボスが怖い、コタロウが怖い。助けて――、助けて――。

 

 『ボス!コタロウ!お願い!!信じて!!私はチョコだよ!!!』

 

 『……!?』

 

 『!?』

 

 二人の嘶きがピタリと止まる。それにさっきの私の声、もしかして――。

 

 『ね、ねぇ、二人とも私の声わかるの?』

 

 『ああ、分かる。その声確かにチョコだ』

 

 『人間のガキがウマの言葉話せるわけない。姿は変だがその声は確かにチョコだ』

 

 よ、よかった。私は力が抜けてそのままへたり込んでしまう。通路の地べたがヒンヤリとして気持ち良い。

 どうやら、今の私は人間の言葉と馬の言葉両方喋れるみたいで、ボスやコタロウと話したいと強く意識すると馬語に切り替えれるようだ。

 

『良かったぁぁぁ、信じて貰えて。ねぇボスこれは一体何。私はどうなっちゃうの?』

 

『いや、俺も分からない。馬が人間に変身するなんて聞いた事無いからな』

 

 そんな、ボスにも知らない事があるなんて。私これからどうなるんだろうか?

 

『ところで、なぁチョコ。お前いつまで()()姿()()なんだ?』

 

 コタロウが不思議そうに聞いてくる。姿勢?何の事だろう?

 

『お前、今人間の姿なんだろう?()()()()()()()()()()()()()()()()。人間の格好でその姿勢は辛くないのか?』

 

 そう言われてみれば後脚を途中で折って四本脚で居るのは確かに辛い。かと言って後脚を伸ばすと前のめりになってさらに歩きにくいし息するのもつらくなる。

 

『確かにそうだな。チョコ、試しに二本足で立ってみろ』

 

『立ってみろって言われても……』

 

 ボスにやってみろと言われても、二本脚で立つなんて考えたことも無かった。

 

『不安か?ちょっと見本見せるから待っていろ。――ッセイヤッ!!』

 

 ボスがそう言うと馬房の前で向きを変えひと際嘶くと前脚を振り上げて馬房の壁に当てて2本脚で立ち上がる。前脚を上げたボスとてもカッコいい――!

 

『ゼェゼェ、馬と人間では違うかもしれないがイメージ的にはこんな感じだ』

 

『うん、わかった。私やってみるよ』

 

『じゃあやってみろ。両腕――前脚を上げたらここの閂に付けるんだ』

 

 ボスの言われた通りに身体の向きを変えて、ボスの馬房の入り口の棒に向かって両前脚を振り上げる

 

『うん。じゃあ行くよ!セイヤッ!』

 

 両前脚が棒に付くとその勢いのまま後ろ脚を伸ばすと自然と二本足で立ち上がる事が出来た。普段の馬の時と同じくらい視界が高い。

 

『おおお、チョコが立った!』

 

 コタロウが驚きの声を上げる。二本脚で立つのってなんだか不思議な気分。

 

『さすが人間の身体だな』

 

『う、うん。でもなんだかフラフラしてちょっと――キャアッ!?』

 

『チョコっ!!』

 

 前脚を閂から離した瞬間、後ろに倒れそうになる。とっさにボスが私の前脚を咥えて引っ張り上げてくれたおかげで倒れずにすんだ。

 

『ボ、ボス。ありがとう』

 

『気にするな。人間は俺達馬と違って簡単に二本足で立てるが細長い体のせいでバランスが悪く転びやすくなることがある。慣れるまでは気を付けろ。手摺を握るんだ』

 

『握るって?』

 

『お前のその前脚、人間では腕と言うがその先に手があり先端には5本の指がある。これを自在に動かして物を掴んだりする。慣れればとても便利だ。俺達馬が出来ない事を何でもできるようになる』

 

 ボスに言われた通りに指を動かしてみる。なんだか蹄が5本に増えてそれぞれ自由に動くのはなんだか気味が悪い。

 

 

 

 

 

 んしょ、んしょ、んしょ。

 

 ボスに言われて私は二本足で歩く練習をしてる。最初の頃はフラフラしていた足取りもしばらくすると普段歩く時の様に真っ直ぐ歩けるようになっていた。

 

『歩行はもう問題ないようだな』

 

『うん。前脚を使わずに歩くなんてなんだか不思議』

 

 ボスが満足そうに頷いてる。

 

『じゃあ頼みがある。チョコ、俺の馬房の閂を外してくれないか。外に出たいんだ』

 

『ええっ!?それって大丈夫なの?』

 

『構わないさ。ここから逃げ出すわけでは無いからな』

 

『……うん、わかった。じゃあするね』

 

 ボスに言われた通りに私は閂を掴んで横に引っ張る。するとあっけなく閂は外れて入口が開きボスが出てきた。私達の馬房ってこんなに簡単に開いてしまうんだ。

 

『ふう、やっと出れた。チョコ、付いて来てくれ。行きたいところがあるんだ』

 

 ボスが私の横に来てそうつぶやく。どこへ行くんだろうか。

 

『ねぇ!ねぇ!俺のこと忘れてない!?頼むよ~俺も出してくれよ~』

 

 後ろでコタロウが騒ぐ。どうしようかとボスを見ると。

 

『駄目だ。お前は何処かへ逃げ出すつもりだろ?開けるわけにはいかない』

 

『ええー!!そんなー!!ボス!!お願い!!ここから出して!!俺も連れて行って!!勝手にどこにも行かないから!!!チョコッ!お前からも頼むよ~~』

 

 馬房の壁を叩きながらコタロウがごねる。

 

『わかった、わかった。お前も出してやるから煩くするな騒ぐな。チョコすまない、コタロウのとこも開けてやってくれ』

 

『うん、わかったよ』

 

 私が閂を開けるとコタロウが嬉しそうに飛び出してきた。

 

『イヤッホォォオオオオオ!!!俺は自由だぁ!!!もう人間達になんぞに縛られないぞ!!』

 

『コタロウ――。』

 

『ひぃぃ!?ごめんなさい、冗談です……』

 

 後ろ脚を蹴り上げたり、前脚を振り上げたりして跳ね回るコタロウをボスが一喝する。ボスに睨まれ小さい馬体のコタロウがさらに小さくなってしまった。そのまま私の横に大人しく並んだ。

 

『よろしい。では()()()()()()といこうか』

 

 

 

 ボス、私、コタロウと並んで厩舎の中を歩いていくと何かの部屋に着いた。物がたくさん置いてあっていい匂いもする。

 

『ここは俺達のエサを置いてる場所だ。チョコ、悪いがそこの袋を持ってきて、この容器に中身を入れて欲しい』

 

 ボスに言われて私はエサの袋を運んで来る。ボスの指示通りに手を使って運び、袋の口を開けて容器へと中身を移していく。

 

『もう手の扱いは完璧ようだな。飲み込みと憶えが早い、さすがチョコだ』

 

『えへへ~、ありがとうボス!ボスの教え方が上手いからだよ。人間の前脚、手ってすごいね!何でもできるよ』

 

『チョコぉ~~、俺にもくれよ!あっ出来れば人参が良いなぁ』

 

 ボスのを見てコタロウも催促してくる。人参はどこにあるんだろう?

 

『人参ならそこの冷蔵庫の中だろう。チョコ、目の前の銀色の扉を手を使って開けるんだ。中にニンジンがあるはず』

 

 ボスに言われて、すぐ目の前にある銀色の扉を手を使って開けてゆく。中は明かりが灯りヒンヤリしてて気持ちいい。人参が置いてあったので何本か取ってコタロウの容器へと入れていく。

 二人のを見てたら私も何だかお腹がすいてきたので同じようにエサを容器に入れて行く、ニンジンも用意して――、本当はリンゴが欲しかったけど冷蔵庫の中には置いてなかった。

 

『では食事としよう。いただきます』

 

『『いただきます』』

 

 二頭がエサを食べ始めるのを見て私も食べようと顔を入れて――

 

『あ、あれれ??顔が入らない……んんっぐぐぐぐぐぐっ、届かないっ!?』

 

『チョコ、お前何やってるんだよ』

 

 コタロウのあきれた声が聞こえてくる。人間の顔、丸くて横に広くて首が短いから容器の中のエサが食べれない。

 

『チョコ、人間は俺達と違って直接口では食べない様になっているんだ。本来は食器と言う道具を使うんだが……今日は手を使って食べなさい。両手でエサを掬って口元に近づけて食べるんだ』

 

 私はボスに言われて両手を使ってエサを取っていく。ボスの説明通りに手を動かすと、エサがこんもりと両手に乗り口元に近づいて行く。これなら食べやすい!

 

『いただきま~す。……んぐっ、んぐっっ!?ぶぶっ!ぶえっ!ぶえっ!…ゲホッ!ゲホッ!』

 

 口にエサを入れた瞬間、私は盛大にむせてしまった。エサが、普段食べなれているはずのエサがまるで砂のようで味も苦くて口の中に張り付き食べれない。

 

『ううう、エサが食べられない、砂食べてるみたい……』

 

『ふむ……。チョコ、どうやら今のお前は人間の味覚になっているようだ。だから俺達と同じエサを食べる事が出来ない。ここには置いてない人間用のエサが必要だ』

 

 ボスが残酷な宣言をしてくる。私、どうやってエサ食べればいいんだろうか。

 

『あ!人参なら食えるんじゃねーの?人間も人参食うだろ確か』

 

 コタロウがそう言い、時々厩舎にお手伝いで来てくれる人間の男の人が、人間のエサの時間の後に厩舎にやって来ては「人参いらないよ」って言って小さい人参の欠片をよく私達に分けてくれていたのを思い出した。

 

『そうだな、人参なら食べれるかもしれん。チョコ、試しに食べて見ろ。両手で人参を持って口に近づけてそのまま齧ってみるんだ』

 

 ボスに言われて人参を両手で持ったまま口に近づけて食べる。ガブッ………ガリッ……

 

『ううう、固くて食べられない、顎や歯が痛いよ……』

 

 人参ってこんなに硬かったけ?何度も必死に齧りつくけど少し欠片がとれたくらいで挫折してしまった。

 

『嚙む力も人間相当なのか……仕方ない、少し汚いが許せ』

 

 そう言うとボスは私のエサ箱にニンジンを何本か入れると前脚を入れて踏み潰していく。

 

『これなら食べられれるだろう?』

 

 グチャグチャに潰れた人参を渡され、手で掬って口元へ運ぶ。シャクッ……シャクッ……。まだ少し硬いけど小さな塊ならかみ砕くことが出来た。

 

『美味しい……。ボスありがとう、これなら食べられるよ』

 

『良かった。ただ毎回潰すわけにはいかない。本来なら包丁と言う道具が使うのだがとても危険な物だからさすがにまだお前には教えれない。次は人間用のエサを探そう』

 

 ボスがそんな事を呟いてる。人間用のエサはどこにあるんだろうか?不便だなぁ……。

 そんなことを考えつつ、三頭一緒に楽しく夜のお食事を楽しんだのであった。

 

 

 

 

 

 

『チョコ、これからどうするんだ?』

 

 お夜食会が終わって片づけをして馬房に戻った後、隣から首を伸ばしたボスに問われる。

 

『ボス、私どうなっちゃうの?』

 

 私はまだ人間の姿のままだ。いつまでこの姿なんだろうか?馬の姿には戻れるのだろうか?

 

『人間達が起きてくる前に姿が戻れるようになれば良いのだが…』

 

『別に人間のままで良いんじゃねえの?人間になれば鞭で叩かれて走らされなくて済むし、手が使えるから便利だし』

 

 考え込むボスに、呑気な事を言うコタロウ。馬の姿に戻れないのは辛いけど、厳しいレースに出なくて済むのなら良いのかな?

 

『いやそれは不味い。このまま馬の姿に戻れないで人間に見つかってみろ。馬のチョコエクレールが消え、代わりに見知らない人間の女が馬房の中に居る。大騒ぎのどころではないぞ』

 

『そうなの?』

 

『ああ、だがそれだけで済まない。問題はお前の姿だ』

 

『私の姿?』

 

『今のお前の姿は人間であって人間ではない。人間には馬の耳と尻尾が無いからな。人間に近い未知の存在。そんな存在が居たら、ただでは済まない最悪の事態がまっている』

 

『さ、最悪の事態……??』

 

『お前は人間達に連れ去られて何処か遠くの施設へ行く。そこで身体をバラバラにされ、隅から隅まで調べられるだろう。――生きてここへ戻ってくる事はもう無い』

 

『――!!!』

 

 そんな、そんな、折角頑張って生きて来たのに――、ここまでやって来れたのに――。

 

『そんな!!チョコの奴必死に頑張って来たのに!もう二度と離れ離れにならない様に来たのに!!そんな事ってありかよ!!クソッ人間どもめ!!!チョコ!!早く元の姿に戻るんだ!急げ!!急げ!!』

 

 コタロウが必死に叫びながら私に急かしてくる。

 

『チョコ、落ち着け、あわてるな。人間の姿に変身した時のことをよく思い出すんだ。何をした?何が起きた?覚えているならそれをもう一度やってみるんだ。恐らく同じ方法で戻れるはずだ』

 

『う、うん……』

 

 私は馬房に飾られた絵を見つめる。この絵を見つめてたら変身したんだ。

 

 ――お願い!私を元の馬の姿に戻して!!!

 

 強く何度も祈り続ける。でも、でも、何も起きない。目が離せなる事も、あの身体が熱く脈打つ感じも、纏う光の粒子も――、何も、何も起きない!

 

『チョコ!!チョコッッ!!!まだか!まだ戻れないのか!!!』

 

『騒ぐなコタロウ!……チョコ、落ち着け、落ち着いて続けるんだ』

 

『で、でもボス、何も起きないよ!何も起きないの!』

 

『焦るな!まだ諦めるな、必ず戻れるはずだ!だから――』

 

 そう言いかけたボスの言葉が止まる。厩舎に一斉に明かりが灯ったからだ。人間達が来たんだ!!!

 

『しまった!時間が来たのか!?』

 

『チョコぉ!!まだかよぉ!まだ馬にもどれないのかよぉ!!』

 

 ボスが焦りの声を上げ、コタロウが悲鳴のような叫びを上げる

 

「ん?何だ何だ?妙に騒がしいな?」

 

 足音と人間の話し声が聞こえてくる。テキたちがやってきたんだ。

 私は絵を見つめ必死に祈る。でも何も起きない!

 

『ボスぅ!どうしよう!!私まだ戻れないよぉ!!』

 

『チョコ!落ち着け!まだ諦めるな!!コタロウ!騒いで暴れるぞ!!時間を稼げ!!人間達をチョコの馬房へ近づけさせるな!!』

 

『わかった!!!おい!!!人間ども!!!近づくな!!!チョコのところへ行くなぁぁ!!!!』

 

『テキ!!!頼む!!!まだチョコのところには行かないでくれ!!!』

 

 ボス達が暴れて大きく嘶く。振動と埃が舞い、壁を蹴る音が響き渡る。

 

「くそっ!何が起きてるんだ!!コタロウ!!ブルドック!!どうしたんだ!!!落ち着け!暴れるな!!!」

 

「どー、どー、どー、二頭とも落ち着け!」

 

 テキたちの声がはっきり聞こえてくる。外では騒ぎを聞きつけたのか他の厩舎の人間達が近づいてくる音もし始めた。でも私の身体はまだ戻らない。

 

「……?テキ、チョコの馬房が変です。妙に静かなんです。ちょっと見てきます!コタロウとブルドック頼みます」

 

「ああ、確かにさっきからチョコだけ反応がないな。そっちはお前に任せた!……よぉーし、よぉーし、二頭とも落ち着くんだ!!」

 

『まずい!チョコ!!国崎がそっちに行った!!まだ戻れないのか!!』

 

 国崎さんの足音が近づいてくる、まだ、まだ私の身体は戻らない。

 お願い!!早く!早く私を元の身体に戻してっ!!

 

 

 

 ――ドクンッ

 

 来た!!

 

 ――ドクンッ、ドクンッ

 

 この感覚、この鼓動――、身体が熱い。

 

 ――ドクンッドクンッドクンッ

 

 目を開ければ、身体がうっすらと光を帯び始めていた 

 

 ――ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクッ!ドクッ!ドクッ!

 

 お願い!間に合って!!

 

 ――ドクッ!ドクッ!ドクッ!ドクドクドクドク――!!!!!

 

 国崎さんの足音と気配が目の前に来たのと私の身体と意識が光にのみこまれていくのが果たしてどちらが早かったのだろうか――。

 

 

 

 

 

「チョコ!がんばれ!死ぬんじゃないぞ!がんばれ!がんばれ!」

 

 誰かが呼んでる。身体を揺すってくれてる。

 

「チョコ!チョコ!生きるんだ!!生きるんだ!!」

 

 ゆっくりと目を開ける、目の前に人の姿が見える

 

「おお!目を開いたぞ!!もう少しだ!!がんばれ!がんばれ!」

 

 国崎さんだ。私の担当厩務員――、私は――。

 

 意識が戻る、鮮明に目の前の景色が見える。記憶が、昨日晩の記憶が蘇る!そうだ!私は人間の姿になっていたんだ!!見つかったら終わりだ!!

 

ヒヒィィンーーーブルルルッ!!!(嫌ぁ!見ないでぇ!!!)

 

 恐怖のあまり思わず立ち上がる。高い視線、寝藁が纏わりつく四本の脚の感覚――。

 

ヒィイン……?(あ、あれ……?)

 

 鳴き声が、身体の感覚が懐かしい。私、馬に戻れたんだ!!!

 

「チョコ?大丈夫なのか?」

 

 国崎さんが心配そうに私を見つめる。大丈夫だよ、そう伝えたくて彼の顔に頬を摺り寄せる。

 

「おおっ、よかった……本当に良かった……まったく、心配したんだぞこの野郎ぅ……」

 

 私の鬣を首筋を優しく撫でてくれる国崎さんの涙声を聞きながら私はホッとしたのだった。

 

 

 

 

 




登場人馬の簡単な紹介

・チョコエクレール(愛称:チョコ)

 このお話の主人公。御手洗厩舎所属の3歳1勝クラス牡馬。
 全身真っ黒の黒鹿毛だが鼻先と口周り(下あご)は明るい鹿毛色をしていて横から見るとエクレアみたいな模様に見える事から「チョコエクレール」と名付けられた。
 ある日、ファンから贈られた擬人化イラストがきっかけでウマ娘に変身する能力を手に入れてしまう。
 実は前世人間の転生馬だが前世の記憶を失っている。

・チョコエクレール(ウマ娘)

 競走馬チョコエクレール号が変身した姿。ウマ娘のナリタトップロードさん瓜二つのそっくりな声と容姿と勝負服を身に纏っている。トプロさんとの違いは髪の毛の色と勝負服の配色、耳飾りのデザインが違うのみ。
 ちなみに容姿はウマ娘だが本家原作のウマ娘とは違い、超人的な身体能力は持っていない。純粋にウマ耳と尻尾の生えた普通の10代の美少女である。

・ブルドックヘッド(愛称:ボス)

 御手洗厩舎所属の10歳2勝クラス牡馬。主人公達の先輩で厩舎のボス格の馬。
 この世界の事や人間達の事や競馬に関して豊富な知識があり主人公たち若駒にアドバイスや相談に乗ってくれるためとても慕われている。何故か人間の話す言葉を理解できている。主人公達の間で一番大柄な馬体の馬さん

・コタロウ

 御手洗厩舎所属3歳1勝クラス牡馬。主人公とは同じ生産牧場出身で幼馴染。主人公の事をとても気に掛けている。適正距離が1200m以下(推奨1000m以下)と言うガチガチの短距離馬。育成牧場時代、ゲート訓練拒否してイヤイヤしてる姿が散歩拒否してる柴犬そっくりだったため、オーナーの飼い犬と同じ名前を付けられた。
 主人公達の中で一番小柄な馬体の馬さん

・御手洗調教師(愛称:テキ)

 御手洗厩舎の調教師。50代後半男性。主人公達を管理している。寡黙だが物腰の柔らかい性格で馬を労りじっくり時間をかけて調教する主義の人。
 主人公宛に来たファンレターをわざわざ読み聞かせ、イラストを見せて飾った事が物語を大きく動かすきっかけとなる。
 既婚者で妻と一人娘が居たらどちらも亡くしており、現在は厩舎事務所の2階で一人暮らしをしている。

・国崎厩務員(愛称:国崎、国崎さん)

 御手洗厩舎所属の厩務員。60代男性。主人公達の管理厩務員をしている。調教資格も持っている持ち乗り厩務員でもあるため、主人公達の調教も担当してる。寡黙で職人気質だが根はやさしい人。


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chapter.2 「深夜のお茶会」

一話にまとまらなかったため分割しました。ワクチン副作用による謎執筆ブーストが切れてしまったため、執筆速度大幅ダウンと前編と作風が変わっている可能性があります。

改訂

2022/07/13 サブタイトルを変更


 美浦トレセン競走馬診療所。

 

 規則正しく一定のリズムを打つ機械の音を聞きながら私は診察を受けた。

 獣医さんが何度も難しい顔をしては首を捻り、機械や検査の道具と睨めっこしているのを眺めながら「今日は随分お注射されたなぁ」とぼんやりと考え事をしていた。

 

 

 

 

「御手洗先生、チョコエクレール号ですが、検査の結果特に異常はどこにもありませんでした。すべて正常値です」

 

「そ、そうでしたか……」

 

「よ、よかった……」

 

 緊張しきっていたテキと国崎さんの表情が緩み、二人から安堵のため息が漏れる。()()()()()()()()()()一安心した。

 

「ただ、僅かですが疲れがまだ残っているように見受けられます。念の為もう2、3日は調教はぜずに軽い運動のみでビタミン剤と水分を多めに与えて小まめに様子を観察していてください。何かありましたら直ぐに連絡を」

 

「「ありがとうございました」」

 

 テキ達がお礼を述べ、()()()()()()()()()()()()会釈をして帰路についた。

 

 

 

 

 

 診療所を出ると既に周りは暗くなり始めており、厩舎に帰ると私よりも検査と診察が終わったボスとコタロウが帰っていた。

 

『あ!チョコ!!お帰り~!!』

 

『おかえり、チョコ』

 

『ふたりとも、ただいま』

 

 ふたりの馬房の前を通り過ぎる時に見えた、ふたりの脚に巻かれた分厚い包帯が目に入る。胸が締め付けられるような思いになった。

 

『チョコ!チョコ!大丈夫だった?人間達に何か変な事されなかった?バラバラにされそうにならなかった??』

 

 国崎さんに曳かれ馬房に入った後、通路側へ顔を出すとコタロウが首を伸ばして聞いてくる。

 

『うん。大丈夫だったよ。念の為に細かい検査受けたから時間がかかったの。どこも悪くなかったから心配ないからね』

 

『よ、良かったぁぁぁぁぁ~~……』

 

 気が抜けたようにズルズルと首が下がり入口の閂にもたれ掛かるコタロウ。それも見た国崎さんが慌ててコタロウに駆け寄っていた。

 

「コ、コタロウ!?どうした!?大丈夫か!?脚痛むのか!?」

 

『うわっ!?何だよもうっ!!びっくりするじゃないかぁ!!』

 

 コタロウと国崎さんがやいのやいのと騒いでるのをバックに、私はボスに話しかけた。

 

『ボス、今朝はありがとう。それからごめんなさい……。私のせいでボスとコタロウが……』

 

 ボスとコタロウは私が馬に戻る為の時間を稼ぐために馬房内で暴れて騒いだため、脚を痛めてしまった。幸い骨折まではならずに済んだものの打撲と蹄に少しヒビが入ってしまい、特にコタロウは症状が重くて、年内に走る予定だったレースをすべて出走取消とすることになってしまった。

 

『気にするな。あれはチョコのせいじゃない。』

 

『でも……』

 

『チョコ――』

 

 ボスが私の目を強い力でじっと見つめる。

 

『お前がもし馬に戻れなかった時、その時起こる事、起こる結果を考えれば、このくらい大したこと無い。お前は大切な家族・兄弟だ。その家族兄弟を失う最悪の結果になってから後悔はしたくないんだ』

 

『ボス……』

 

『そーだよ!!俺もチョコが居なくなるなんて嫌だから頑張ったんだよ。だからへーキ!!あっ、ボスから聞いたんだけど俺しばらく人間乗せて叩かれながら走らなくって良いんだって!!!"タンキホーボク"って奴に行けるらしいし、ゲートや馬房に閉じ込められずにのんびりできるから嬉しいんだ!!』

 

『ああ、コタロウ、言い忘れていたが、短期放牧行くのはお前だけな。俺とチョコはここに残る』

 

『えええーーーー!!何で!?ボスとチョコも来るんじゃないの!?俺ひとりなの!?ヤダーーー!!ヤダーー!!』

 

「おいおい、コタロウ暴れるな!!…いてっ!いてっ!噛むな!服引っ張るなっ!!」

 

 賑やかな厩舎内に思わず笑いがこみ上げる。とても癒される……。ふと、ボスが私を見つめていることに気づく。

 

『ボス?どうかしたの?』

 

『チョコ、一つ聞きたいことがある。――お前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

『うん……』

 

 私は頷く。実は今朝、馬の姿に戻ってから、私の身体には一つ変化が起きていた。

 それは人間の喋る声が鳴き声では無くて言葉として、ちゃんと会話として私の耳に入り脳が理解している事だった。 

 それはとても驚きで最初はまだ馬に戻れてなくて人間の姿のままなのかと自分の身体を何度も確かめたりした。

 次にもしかして自分が人間の言葉が喋れるようになったのか?自分の鳴き声が人間に言葉として、声として伝えられられるのかと思い、何度も国崎さんやテキに話しかけて見たものの、鳴き声としか認識されず会話は出来なかった。

 

『他に何か変わったことは無いのか?』

 

『うん、他には何も変わってないと思う』

 

 馬房に飾られた絵をもう一度見つめてみる。昨晩のように身体が光ったり熱くなったりと変身の前触れのような事は起きなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし、大丈夫だな。じゃあおやすみチョコ」

 

 私の身体を丹念に撫でてくれた国崎さんが最後に首筋と鼻先を撫でて、立ち去っていく。厩舎の照明が落とされ、暗闇に包まれる。

 暗闇にぼんやり見えるあの絵をもう一度見つめる。でも何も起きなくて、昨日のあれは何だったんだろうかと思っていると――。

 

『チョコ!チョコ!まだ起きてる?……もう寝ちゃった?』

 

『まだ起きてるよ。どうしたのコタロウ?』

 

 コタロウの呼ぶ声が聞こえたので通路側から首を出すとコタロウがこちらに首を向けていた。

 

『ねぇ、チョコ。()()()()()()()()()()

 

『え?』

 

 コタロウにそんな事を言われて私は一瞬固まってしまう。変身ってあの事だよね?

 

『コタロウ、お前、今朝の事もう忘れたのか?』

 

 ボスが呆れたように呟く。

 

『忘れてないよ!……でも今日一日じっとしててものすごく暇だったし、これからしばらくはこんな感じが続くんでしょ?ううう……外出たいよぉ……。だからチョコが変身してくれたらまだ外出れるし楽しいかなって』

 

『お前なぁ……』

 

『うううう…、ねぇチョコお願い!また変身して!で一緒に外出ようよ!人間達の事は大丈夫。また俺達が何とかするからさぁ!!』

 

 そんな事言われても、また変身できるとは限らないし、もし今度戻れずに人間達に見つかったら――、ボスやコタロウに何かあったら――。

 

『チョコ、お前はどうしたい?』

 

 ボスが私に問いかけて来る。

 

『………………』

 

 ――実は私自身はもう一度変身してみたいと思う気持ちがあった。あの馬から人間に変化する時の感覚、人間体の時の感触、その事に少し楽しさを感じてる自分が居る事に気づいたからだ。

 

『出来るならもう一度あの姿になってみたい。――でも良いの?またボス達に迷惑いっぱいかけてしまうかもしれないよ?』

 

『大丈夫だよ!俺達が何とかするよ!!』

 

『まぁ、何とかなるだろう』

 

 私が答えるとボス達はそう返事してくれる。そこまで言ってくれるなら――。

 

『うん、わかったよ。じゃあもう一回変身してみるね』

 

『やったーー!!』

 

コタロウのはしゃぐ声を聞きながら私は飾られた絵を見つめ、もう一度祈る。昼間もさっきも何も起こらなかったけど――、

 

 ――ドグンッ

 

 ……来た。

 

 ――ドクンッ、ドクンッ

 

 何かが流れ込み、身体が熱くなり奥底から湧き上がってくる感覚。目を開ければ馬体が光を纏い始めていた。

 

 ――ドグンッ!

 

 ひと際強く衝撃が来る。一瞬意識が飛び、思わず倒れそうになる。景色が傾き、床が近づいて――。

 

 

 

 ――()()()()()()()()()()

 

「えっ――?」

 

 目の前に見える二本の白く細い腕、寝藁を掴み握る蹄とは違う手指の感覚と感触。

 

「私!また人間になった!変身できたんだ!」

 

『えっ!?』

 

『その声……まさか』

 

 私は通路側の入り口に駆け寄り、そのまま閂を潜り抜けて通路へ出る。

 

『コタロウ!ボス!私、変身できたよ!』

 

 その場でクルリと回る。馬の時では出来ない動きだ。

 

『やったーー!じゃあ早く開けてよ!!』

 

『全く……、今日もお夜食タイムだな』

 

 

 今日もボス、私、コタロウと並んで厩舎の中を歩く。確かこの辺が私達のゴハンを置いてある場所……。

 しかし、ボスはその場所をそのまま素通りして歩みを進める。

 

『アレ?ボスここじゃないの?』

 

 私が疑問を口にする前にコタロウが尋ねた。

 

『今日は先に人間の、チョコの食べれる物を探そう』

 

 

 

 

 

 

 

 暫く進み通路の突き当りまで来た。目の前には「休憩所」と書かれた扉がある。

 ふと見るとボスがあちらこちらを何かを探すように嗅ぎまわっている。

 

『…………チョコすまない、その木箱を持ち上げてどかしてくれないか?』

 

 ボスに言われて通路のわきに置いてあった木箱を持ち上げてみる。するとそこには白い小さな容器が置いてあり、中には何か固いものが入ってあった。

 

『それはこの扉を開けるために必要な"鍵"と言うモノだ。手に持ってこの"ドアノブ"にある"鍵穴"に入れて回すんだ』

 

 ボスに言われて"カギ"と呼ばれる物を手に取る。ヒンヤリして冷たいそれには鈴が付いていてチリンチリンと音を立てていた。"鍵穴"と呼ばれるところに差し込んで回すとカチリッと音がした。

 

『あ!何か音がしたよ!』

 

『開いたな、チョコ今度はそのドアノブを回してくれ』

 

 今度は鍵を入れた部分、"ドアノブ"と呼ばれる部分をゆっくりと回すと扉が開いた。奥には部屋のようなものが見える。

 

『ねぇねぇボス、ここは何の部屋?』

 

『ここは人間達が少しの間休むところだ』

 

『休むところ?こんな狭くて物がいっぱいあって、寝藁の無い固い所で人間は寝てるの?』

 

『いや、人間が寝るところはまだ他にあるんだ』

 

 ボスとコタロウの話し声を聞きつつ、私はゆっくりと足を入れて部屋の中へ入る。狭そうに見えたが人間の身体だと特に不便なく過ごせそうだ。

 

『チョコ、その白い扉を開けてみてくれ』

 

『うん』

 

 ボスに言われて目の前の白い扉を開けてみる、中には明かりがともりヒンヤリした空気が流れて来る。昨日ボスが言っていた"レイゾウコ"と同じもののようだ。

 中には色々な物が入っている。

 

『ボス!中に何か入っているよ』

 

『多分ジュースとかだろう。何本か取り出して見せてくれ』

 

 私はとりあえず何本か取り出してボスに見せて行く。

 

『それはリンゴジュースだな。それはオレンジジュース、……それはコーヒーか、それは戻しておきなさい』

 

 ボスに見せて良い物は置き、駄目と言われたものは戻す。コーヒーと"オチャ"はどうして駄目なのだろうか。

 

『次は食べ物だな、となりの棚を開けてみてくれ』

 

 白い"レイゾウコ"の隣にある木でできた棚を開けてみる、すると何やら白い紙に包まれた箱が二つ置いてあった。なんだかどちらも甘い香りがする。

 

『ボス、これはなあに?』

 

『これか、これは煎餅とクッキーだな。人間が食べるオヤツだ』

 

『オヤツってあのエサに時間以外に貰える奴?』

 

 ボスが答えてコタロウが不思議そうに眺める。

 

『他に何かありそうか?』

 

『うーんっと……何だかよく分からない物ならあるけど、この箱以外には食べ物らしいものはないよ』

 

 私がそう答えるとボスは少し考えるそぶりをして

 

『チョコ、すまない。どうやらここにはちゃんとしたゴハンになるものは無いようだ。オヤツになってしまうが構わないか?』

 

『うん、良いよ』

 

 ボスもコタロウも私のためにずっと食べるのを我慢してくれてる。わたしのわがままにふたりをいつまでも付き合わせるのは何だか悪い気がした。

 

『たとえオヤツでも馬の時には食べられない人間の時にしか食べられない物なら十分嬉しいよ。さあ行こう』

 

 箱とジュースの容器を持ってわたしたちはまたあの部屋に行くことにした。

 

 

 

『では召し上がろう。頂きます』

 

「『いただきまーす』」

 

 三頭一緒に夜のお食事会。ボスには飼料と呼ばれるご飯を、コタロウには人参を、私にはクッキーとおせんべいとジュース。

 それぞれ並べて三者三様の音を立てて頂いていく。シャクシャク…、ボリボリ…、パリパリモグモグ…。

 

『チョコ、美味しいか?』

 

 ボスが聞いてくる。

 

『うん、このクッキーとおせんべい、初めて食べたけどとても美味しいね。ただちょっと口が乾いて、んっぐぐぐぐ……』

 

『チョコ落ち着け。飲み物と一緒に食べるんだ』

 

 ボスがジュースの容器を咥えて渡してくれる。ボスが教えてくれたやり方で蓋を開けて、手に持ち、口へ持ってきて中身をゆっくりと流し込んでいく。

 普段と違い自分の顔を容器に近づけるのではなくて、手に持った容器の方を自分の口に近づけて飲む。人間の水の飲み方は独特だ。

 

『くんくん……これはリンゴの匂いかな?変だよね、水なのにリンゴの味と匂いがするなんて』

 

『うん』

 

 このジュースと言う水。普通の水みたいなのに色が付いていて、いろんな色いろんな味があるのだ。

 

『すべての果物と大体の野菜はジュースになっているな。リンゴ…バナナ…ニンジン』

 

『ニンジンッ!?』

 

 コタロウが目を輝かせてこちらを見て来る。

 

『ニンジン!!ニンジンの水…ジュースがあるのっ!?!?』

 

『あ、ああ……あるぞ、チョコの横に置いてる…』

 

『チョコ!!チョコ!!ニンジン!!ニンジンのジュース頂戴っ!!!』

 

 ボスが勢いに押されてたじろくくらい私の視界いっぱいにコタロウが顔を思いつきり寄せて来る。床を激しく前搔きをし、鼻息はレース直後みたいに荒い。

 

『チョコ……、お前の横に置いてる"佐藤園 無添加ニンジンジュース100%"をコタロウに飲ませてやってくれ……』

 

『う、うん……』

 

 ボスに言われて私はニンジンジュースの容器を手に取る。蓋を開けて、口をコタロウの方へ向けると勢いよくコタロウが齧り付いた。

 

 ――ゴキュッ、ゴキュッ、ボコッ!ベコッ!バキッ!

 

『恐ろしい勢いの飲みっぷりだな……』

 

 容器の中のオレンジ色の液体が恐ろしい速さて消えて行き、容器が派手な音をたてて潰れて行く様子をボスと一緒に眺めていた。

 

『……ングッ!プパーッ!!おいしかったぁあああ!!!とっっても甘くて味が濃くて!!少しドロッとしてたけどお水みたいで良かったぁ!!!ねぇ!チョコ!もう一個ちょうだい!!』

 

 空になった容器を放り投げて満足そうなコタロウが次を催促してくる。周りに置いてある容器を見てみるが"ニンジンジュース"と書かれたものもオレンジ色の液体が入った容器も見当たらなかった。

 

『ごめんねコタロウ。もう無いの。さっきので終りみたいなんだ』

 

『えええーーーー!!!……そんなぁぁ』

 

 さっきのハイテンションから一気に落ち込んでしまったのかトボトボの自分の容器に前に戻り座り、しょぼくれながら容器に残ったニンジンを齧るコタロウ。『味が薄いよ……あっでも食べ応えはあるから普通のニンジンも悪くはないのかなぁ…』と声が聞こえてた。

 

 

 

『んぐ…チョコの食べてるソレ、不思議な匂いがするね』

 

 コタロウが私が食べているクッキーを見つめている。同じ見た目でも何種類か味の違いがあるみたい。

 

『ねぇ、チョコ。一個ちょうだい~』

 

『いいよ』

 

 私がクッキーをコタロウの鼻先に近づけると

 

『だめだ、チョコ、そのクッキーはコタロウには食べさせてはいけない』

 

 ボスが真顔で厳しい事を言った。

 

『ええええーー!!どうして!?』

 

 コタロウが非難の声を上げる。

 

『人間の食べ物には、俺たち競走馬には食べれない物、食べてはいけない物がある。最悪は毒があって身体を壊したり、命を落とすこともあるんだ』

 

『ひぇええええ!!そうなの?チョ、チョコは食べてても大丈夫なの??』

 

 青ざめた表情になり慌てるコタロウ。私も少し不安になる。

 

『ボス、私これ食べても大丈夫なの??』

 

『ああ、今の人間に変身してる時は大丈夫だろう。馬の時はダメだからな』

 

 そうなんだ。良かった……あと馬の時は気を付けよう、うっかり食べたら大変だ。

 

『人間は俺達馬や他の動物たちが食べられない物をたくさん食べる事が出来る存在なんだ』

 

『へぇーそうなんだ。人間になれるチョコが羨ましいなぁ~』

 

 ボスの説明にコタロウが私の方を見ながら呟く。そう言えばどうして私だけなんだろうか?

 

『ねぇ、どうして私だけ変身できたのかな?』

 

 私がふと呟く。

 

『?』

 

 ボス達がこちらを不思議そうに見つめる。

 

『本当に人間の姿に変身できるのは私だけなのかな?もしかしたら、コタロウやボスも変身できるのかも。あの絵を見つめて祈ったら――』

 

 

 

 

 

 

 夜のお食事会を終えたわたしたちは馬房に戻ってきた。

 私は自分の馬房に飾ってあった絵を外してボスとコタロウの前に持って来てみた。

 

『これか……』

 

『これがチョコの絵なの?』

 

『うん、この絵を見つめて強く祈ると私はこの姿に変身できるの』

 

 ボス達が絵を覗き込んでいる。

 

『どうかな……何か来そう?』

 

『うーん………』

 

 ボスが真剣に見つめかなり悩んでいるみたい。

 

『何も起きないよ。ねぇ、祈るってどうするの?』

 

『うーんっと、この絵を見つめながらとか、あとは目を瞑ってとても力を込めながら"お願いします変身させてください"っていう感じかなぁ?』

 

 コタロウが聞いてくるので普段私が変身する時の事を思い出しながら答える。

 

『力を込めて……強く言う……。フンッンンンンッッッッーー!!お願いします!!!俺も!!チョコみたいに!!人間にじでぐだざいぃぃぃぃぃぃい!!!

 

 コタロウが充血した目を見開き馬体を震わせて鼻息を盛大に噴きだしながら力む。彼の後ろからボトッ!ボトッ!ボトトトッ!と音がするので覗いてみると盛大にボロが出ていていた。

 

『もういい、やめろやめろ!コタロウ、ボロが盛大に漏れ出てるぞ……』

 

『へあぇっ!?……ハァハァハァ…本当だ……うわっ……やっちゃった……。ねぇ、チョコ?俺どこか変わった?変身できそう…??』

 

 馬体に白い泡だった汗を浮かべて、息も絶え絶えに聞いてくるコタロウ。

 

『コタロウ、ごめんね。全然変化ないよ……』

 

 私が申し訳なさそうに答えると「そ、そんなぁぁぁ…」と力なく項垂れるコタロウ。思いっきり力んだ後に一気に脱力した影響なのか、ジョジョジョ……と後ろ脚の間から足元に向かい黄色い水溜りがが広がっていく。

 

『どうやらこの絵自体には何も効果も力もないようだ。何も感じないしどこからどう見てもただの普通の紙に普通の人間が普通の道具を使って書いた普通の絵だな。』

 

 絵に鼻を近づけて念入りに睨むように調べていたボスが顔を上げてそう答える。そんなはずはない、確かに私が変身する時、この絵が光を帯びていた気がするのに……。

 

『おそらく変身する力の源は、チョコお前自身だ』

 

『わたし……自身……?』

 

『ああ、そうだ。恐らくこのイラストは変身発動のトリガー、ただの切欠にしか過ぎない。変身自体はお前自身の力でしているはず』

 

 ボスが私の目を見つめる。

 

『チョコ……もう一度思い出せ……、本当に何も知らないのか?本当に心当たりもないのか?』

 

 私の変身するきっかけ……力の源……なんだろう……何かあるんだろうか……あのイラスト以外心当たりが……

 

 

 

 

『え!?チョ、チョコ!?』

 

『チョコ!お前身体が……!!』

 

 目をつむり深く考え事していると突然ボス達の慌てた事が聞こえたので目を開けると身体が光の粒子を纏い淡く輝き始めていた。

 

 ――ドグンッ

 

 身体に響く音。一見変身した時と同じようで何か違う。まるで力が抜けるような――、力が抜ける――?

 

『あ、あ、……変身が解ける……』

 

 そうだ、昨日テキ達に見つかってボス達が騒いでくれてて必死に元の姿に戻ろうとしてて、身体が光り始めて……その時の感覚だ…。ヒトからウマへ帰る――!!

 

『コタロウ急げ!馬房に戻るぞ!!!チョコ!!間に合うか!?悪い!閂を閉めてくれ!!』

 

『あわわわ…急げ急げ!!』

 

 コタロウ達が急いで馬房に戻っていく。私はふたりの馬房の入り口の閂を閉めようと足を踏み出して――

 

 ――ドクンッ

 

 足がふらつく、うまくバランスが取れない。纏う光がだんだんと強くなっていく。

 

 ――ドクンッ、ドクンッ

 

 閂を掴む、どんどん手指の感覚が無くなっていく。5本の指が固まって一つになる感覚――

 

『チョコ――!!頑張れぇ――!!』

 

 コタロウの馬房の閂閉めた。次はボスのだ。

 

『チョコあと少しだ!!俺も手伝う!!』

 

 ボスが咥えて息を合わせて閂を閉じる。もう指の感覚は無くなり始め、身体を纏う光は一層強さを増していく、光の粒子がタンポポの綿毛の舞い上がる。ヒトの形がもう維持できない――

 

『チョコ!チョコ!』

 

『チョコ!頑張れ!あと少しだ!!』

 

 ヨタッヨタッと()()()を踏みしめ、()()()()が下がり始めるのを懸命に押し止める。あとは私の馬房、閉めたままの閂の下、潜るだけ――

 

 

『間に合ってぇぇーーー!!!』

 

 最後の力を振り絞り、後ろ脚で床を蹴る。滑るように低く飛ぶように閂の下を潜り抜ける。

 

 タァーーーーンッ!!!

 

 私の前脚の蹄の蹄鉄が、寝藁ごと馬房の床材をを大きく叩く音がするのと厩舎の明かりが灯るのはほぼ同時だった――。

 

 

 

 

 

 

 

「なんだ、今の大きな音は……うわっ!?何だ!?………何で通路にボロがしてあるんだ」

 

 厩務員の国崎さんの声が聞こえる。少し慌てた様子で私達の馬房を見て回る足音。その足音は近づいてきて私の馬房まで来た。

 

「チョコは……、チョコも異常なしか……。んっ?何だ……なんでこの額縁が落ちてんだ?」

 

 国崎さんが私の馬房の中へ入って来る。そう言えばボス達に見せるために私の絵の額縁を外してそのままにしていたんだ。

 

「さっきの大きな音はこの額縁が落ちた音なのか?取り付けが悪かったのか?……ああ、チョコ。怖がらせて驚かせてすまなかったな?心配するな、大丈夫だ」

 

 寝藁の上に落ちていた額縁を拾い上げて飾り直してくれる国崎さん。終わると大丈夫、大丈夫と言いながら私の首筋を撫でてくれた。

 

 ――国崎さん、心配かけてごめんなさい。

 

 そう伝わる様に私は小さく「ヒイン」と鳴くのであった。

 

 



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chapter.3 「真夜中の散歩」

お待たせしました第三話です。

チョコちゃん達、初めての外出編第一歩です。



・改訂

2022/06/20 前話より続けて読むと物語の冒頭が変に繋がって違和感を感じるので時間経過が分かる様に文章を追加。違和感は消えず応急処置的対応になる。
2022/07/13 サブタイトル変更


――美浦トレセン 御手洗厩舎 22:00

 

 

「それじゃあ、チョコ、ブルドック、コタロウ、おやすみ」

 

 国崎さんが私達を順番に優しく撫でてくれて、そのまま立ち去っていく。暫くして厩舎の明かりが落ちて暗闇に包まれた。

 

 

 

 

『…………もう居なくなったみたいだよ』

 

『よし、じゃあチョコ、始めてくれ』

 

『うん、じゃあ行くよ』

 

 コタロウが国崎さんが完全に立ち去ったのを確認して、ボスが合図してくる。私は馬房に掲げられた絵、――ウマ娘チョコエクレール(もう一人のわたし)の絵を見つめ、目を閉じそっと祈る。

 

 ゆっくりと息を吸う。力が流れ込み、目を閉じているから見えないけど身体が光を纏う感覚を感じる。

 

 今度はゆっくりと息を吐いていく。手足の感触が変わっていく、身体が変わっていく。

 

 最後の一息が()()()()()のを確認して、私はゆっくり立ち上がる。

 

 目を開く、視界の高さ、地についた二本の足、5本の指がある細い腕、見慣れない――見慣れた姿と景色。変身完了だ。

 

『ボス!コタロウ!変身できたよ!!』

 

『わぁ!もう出来たの!?』

 

『おおよそ7~8秒か、記録更新だな』

 

『えへへ、やったよ』

 

 馬房の出て厩舎の通路でクルリと華麗にターンを決めてボスに教えてもらった人差し指と中指を伸ばして"ブイサイン"をしてみる。

 

 

 

 

 

 二回目の変身を遂げた日の朝、私はボスから一つの提案を受けた。

 

『チョコ、お前が良ければこれから毎晩変身してみてくれないか?』

 

『毎晩?』

 

『ああ、そうだ。その能力は偶然の出来事でも何でもなく恐らく本物だ。お前は人間の姿になる事が出来る能力がある。なら繰り返し練習する事で変身する時間を短くしたり、変身時に意識を失ったりせずに済むようになる。あとはいくつか調べてみたいこともある』

 

『調べたいこと?』

 

『どういう条件で変身と変身解除できるのか?変身した姿をどのくらい時間保てるのか?変身中はどんな事が出来るのか?――他にもあるが大まかにはこんな事だ』

 

 ボスのいう事は一理ある。この能力の事について知らない事が多い。何も分からないまま、不安だらけの中、過ごすよりはマシだ。せっかく身に着けたこの能力、自分の物にして何かの役に立てたい。私はそう思うようになっていた。

 最初の頃は変身に時間がかかり、ドクンッと身体が脈打ち、暑くなったり眩暈がしたりしていたのも徐々に納まり、今では10秒以内に楽に変身できるようになった。

 

 この数日間、変身してボス達と一緒に試してみて分かった事がある。

 

 

・変身できるのは人間の居ない真夜中だけ。

 

・一度変身するとしばらくは戻れない。

 

・変身中は人間と同じ身体構造になり味覚が変わり、人間が食べれる物だけ食べられる。

 

・ウマ耳と尻尾は本物で偽物ではない。動かす事が出来て神経がちゃんと繋がっている。

 

・朝、人間達が起きてくる時間になると自動的に変身解除される。

 

 

『まぁ、大体こんなところだな』

 

 三頭で恒例のお夜食会。ボスは干し草、コタロウはニンジン、私は休憩室に置いてあったアンパンを食べている。ボス曰く、このパンと言う食べ物は人間の主食で馬は食べてはいけないものだそうだ。中身は餡子と言うとても甘くてベチャっとしたものが入っている。

 

『チョコの変身って出来る事と出来ない事があるんだねぇ~』

 

 ボスが説明してコタロウが呟く。この何日間で私はこの能力についてだいぶん把握出来たみたいで、そうなると心に余裕が生まれてくる。以前は変身後には元の姿へいつ戻れるのか不安だったが、今はそんな不安は無くなり、この姿になる事を楽しめるようになっていた。

 

『そう言えばボス、今日は食べる量が少ないけどどうしたの?』

 

 私は疑問に思ったことを口にする。お夜食会の前にボスから今日は食べる量は少なめにと言われていたからだ。

 

『ああ、今日は外へ――、厩舎の外へ出てみよう。軽く深夜の運動と行こうじゃないか』

 

『えっ!?外出るの!?本当にっ!?やったーー!!!』

 

 コタロウが嬉しそうに飛び跳ねてエサの容器を派手にひっくり返してる様子を私は驚きながら眺めていた。

 

 

 

 

 

 ボスに教えられながらふたりに頭絡とハミを付けて行く。普段は馬具を付けられる側なのでこれもとても新鮮だ。

 

『一度説明しただけなのにこんなにすんなり覚えてくれるとは、本当に賢くて憶えが早いなチョコは』

 

『チョコが着けてくれると全然痛くないし苦しくないね!』

 

『ふたりともありがとう』

 

 ボス達に褒められて頬が思わずにやけてしまう。引き綱持ったし、さあ行こう。…としてボスに綱を引っ張られてしまう。

 

『あわわっ!?ボス、どうしたの?』

 

『チョコ、その姿で外へ出るのはマズイ。これを着なさい』

 

 ボスはそう言うと壁に掛けてあった服を咥えて私に差し出す。それはテキや国崎さんが私達のお世話や調教している時に着ている服と帽子だった。

 

『この時間帯に馬が外に出てるのが見つかるだけでも十分問題になるが、それを曳いてるお前の姿を見られるのが一番マズイ。厩舎の人間のジャケットを着て耳と尻尾を隠して普通の人間のように見せないと駄目だ』

 

『確かにチョコの姿目立つよね』

 

 そうか、すっかり忘れていたが私は馬の耳と尻尾を持ち他のトレセンの人間が着てないような服を着ている。確かにこれはマズイ。私はボスに言われた通りに服を着て行く。

 

『ううっ…何だか動きにくい……それに少し暑いよ』

 

 いつも着ているこの不思議なデザインの服の上から厩舎の作業服を着ると、とても厚みが出ると言うかゴワゴワするのが気になる。ズボンの中に入れた尻尾が足に絡みついて気持ち悪い。

 

『今日は我慢するしかないな。何とか違う薄い服が着れたら良いのだが……』

 

『チョコはその変な服脱げないんだよね』

 

『ううっ……』

 

 以前、変身した後、ボスに『そのドレス衣装脱ぐことできないのか?』と聞かれたことがある。どうやったら脱げるのだろうかと試行錯誤したのだけど、自分の服どころか普通の人間の服すら着たことが無かった私は着る方法も脱ぐ方法もわからず、ボスに尋ねても『人間の女の服は触ったことが無いから分からない』と言われ、やけくそでコタロウが服の裾を咥えて引っ張ったりしたが、余計に身体が締め付けられたりするだけで事態の解決には至らなかった。

 

『まぁ、そこは仕方がない。今は我慢だ』

 

 ボスに言われて身体に違和感を感じつつも二人の綱を持ち歩く。厩舎のドアを開けて外へ出ると……。

 

『うわぁ……綺麗だね』

 

『ああ、綺麗だな』

 

 空には満天の星空が無数に浮かびキラキラとしている。大きく深呼吸すれば夏の夜の匂いに秋の良くの気配を感じる。その満天の星空の天井の下をボスと私とコタロウのさんにんで歩く。パカパカ、てくてく、パカパカ、二頭と一人の足音が静かな厩舎の表に響いていた。

 

『ねぇ、お向かいの厩舎誰も居ないね』

 

『あ、本当だ』

 

 コタロウに聞かれて私はようやく気付いた。外に出てから普段よりも静かな事に。よく見るとお向かいの厩舎が完全に真っ暗になっていた。近づいて窓越しに中を覗いてみると、見える範囲の馬房はすべて寝藁が無くなっていて、通路にはバケツなどが散乱していた。

 

『向田厩舎なら先日解散したんだ。後の引き継ぐ人間も居なかったらしい』

 

 ボスがそんなことを教えてくれる。お向かいさん――向田厩舎さんはウチとは違ってウマが10頭以上いる大所帯でとても賑やかだった。厩舎の窓から外へ顔を出してると私の事を牝馬と勘違いした向田厩舎さんの牡馬達によくラブコールや賑やかしを受けたこともあった。それがまるで嘘のように静まり返ってる。

 

『ここにいた競走馬(みんな)どこへ行っちゃたんだろうね』

 

 疑問に思いボスの顔をふと見ると、ボスは何か辛そうな悲しそうな表情を浮かべていた。

 

『……ボス?』

 

『ああ、すまない。何でもないんだ。……そうだな、皆どこか別の厩舎で元気にやってると思うぞ』

 

『……そっか。それなら良かった』

 

 私はそうやって安堵する。

 

『ねぇーボス。うちは大丈夫だよね?』

 

 コタロウが聞いてくる。向田厩舎はうちよりも人数多くて皆強い馬ばかりだったのに厩舎が無くなってしまった。なら…遥かに少なくて……はっきり言って弱いうちはどうなってしまうのだろうか……少し不安になる。

 

『さぁな。まぁ、気にしたって仕方ない。決めるのは人間達だ。俺達に出来るのは頑張って一つでも多くのレースを走って優勝――、それが無理なら少しでも上の順位を獲って賞金を稼がないといけない事だな』

 

『うへぇ……結局そうなるのぉ……。うーん……御手洗厩舎(おうち)が消えるのは嫌だけど……レースもあんまり走りたくないぁ……』

 

 コタロウがしんどそうに耳を伏せて私に頭を寄せて来る。そんなコタロウを撫でながら私は言う。

 

『大丈夫だよ。みんなで頑張れば絶対に大丈夫。御手洗厩舎(おうち)は無くなったりしないよ。私ももっと頑張るからっ!』

 

 やっと優勝できて何かがつかめたかもしれない、そんな感じがどこかする。この変身能力とその力の影響で人間の言葉と文字が読めるようになったのもプラスになる。漠然とだけどそんな気がした。

 

『ううっ、チョコは良い子だねぇ~偉いよぉ~~』

 

 コタロウが私に甘えて来る。コタロウの首筋を撫でてポンポン叩きながら『一緒に頑張ろう』と声をかけていく。

 

 

 

 

 

 ――ふっ、ふっ、ハァッ、ハァッ、………。

 

 身体が熱い、息が上がる。汗がいっぱい出て髪の毛が顔に張り付く。あれ?おかしいなぁ…何だか足もフラフラする。

 

『チョコッ?大丈夫?チョコの身体とても熱いよ?』

 

 コタロウが心配してくる。

 

『人間は馬よりも歩幅が小さく走るスピードはもちろん歩くスピードも遅いからな。俺達がゆっくり歩いていても人間によっては結構ハードな運動になる。今日はこの辺で帰ろう』

 

 ボスがそんなことを言ってくる。でもまだ厩舎の周りしか歩いてないよ?

 

『無理をするな。いくら変身に慣れていてもその身体ではまた本格的な運動をしてないだろう。馬と一緒だ、最初からハードな運動はしない方が良い』

 

『ボス……コタロウ……ごめんね』

 

『良いよ!!こうやって外出れただけでも嬉しかったよ!チョコと一緒に歩けただけも十分楽しかったし!』

 

『続きはまた明日すればいい。今日は帰ろう』

 

『ふたりとも……ありがとう』

 

 こうしてわたしたちは初めてのお外の深夜の散歩を楽しみ厩舎へ帰ることにした。

 

 

 

 厩舎へ着いて、作業着と帽子を脱ぎ、ボス達の馬具を外して馬房に入れる。ボスを馬房に入れようとしたらボスが何かを咥えて私に寄せてきた。

 

『チョコ、自分の馬房に戻ったらすぐこれを飲むんだ』

 

 ボスから渡されたのは"スポーツドリンク"と言われる薄白い液体のジュースだ。

 

『ボスありがとう。でもこれすごく甘しょっぱくて飲みにくかったから、今はたぶん飲めないよ』

 

 以前、冷蔵庫に入ってるジュースでこれを見つけて飲んだ時、甘さと塩辛さ――しょっぱさの二つを同時に感じて、しかも飲みにくくて目を白黒させた事があった。それ以来"スポーツドリンク"は無意識で避けていた。

 

『いや、大丈夫だ。むしろこういう場面で飲むように作られている。人間の作った人間用の不思議な飲み物だ』

 

 大丈夫だから、そうボスに念を押されて受け取り、ボスを馬房に入れ閂を閉じた後、自分の馬房に戻る。容器の蓋を開け、恐る恐る飲んでみると――、

 

『えっ!?ええっ!?何これ……凄く飲みやすくて…少し甘くて美味しい……!?』

 

 びっくりした。口に入れた瞬間、スゥーッと体の中に沁み込んでいく感覚。あののどに引っ掛かる強い甘しょっぱい感覚は無くて程よく甘いし、よくよく後味を感じると微かに塩味を感じるがこれがまた違和感なくとてもちょうど良い具合だ。

 

 ――クピッ、クピッ、クピッ、コクンッ、コクンッ。

 

 私の喉が動いて自分でも信じられないくらいのペースで飲んで行く。なのに喉にも引っ掛からずにお腹に溜まる感じも無い、まるで口の中で沁み込んで消えて行ってるようだ。気が付けば容器は空になっていた。

 

『ボ、ボス……これ、このスポーツドリンクってすごい!!』

 

『そうだろう?俺も最近知って驚いた。便利な物が出来たんだなと。俺達みたいに岩塩と水を交互に舐めたり飲んだりするよりも早く解消できる』

 

 そうなんだ。夏場暑い時期、ヘロヘロになったら馬房に国崎さんが岩塩を置いてくれてそれをちびちび舐めてお水を飲んだりしていたけど、人間はその代わりにこんなものを飲むんだ。

 

『それは人間用に作られていて、馬の俺達じゃ恐らく飲めないか、飲んでもあまり効果はないらしい。人間専用の飲み物なんだ。チョコ、今のお前には水と岩塩よりもこのスポーツドリンクを飲んだ方が効果があると思う。馬の時は水と岩塩の方が良いと思うが』

 

 ボスはそう言って私に教えてくれる。全然知らなかった……。ボスはやっぱりすごいや!

 

『ああ、そうそう。念の為、お前の馬房の入り口にもう一本予備のスポーツドリンクを――、お前早いな』

 

 ボスが言い終わる前に私の身体は動いていた。馬房の入り口、閂の下から顔を出せば、私の馬房の前にはもう一本スポーツドリンクの容器が置いてあった。すぐ手に取り蓋を開けると一気に流し込む

 

 

 ――んっぐっ、んっぐっ、ゴクッ、ゴクッ、ゴキュッ、ゴキュッ……。

 

 

『チョコ、凄い飲みっぷりだね』

 

『ああ、そうだな……』

 

 ボスとコタロウの呆れた声が聞こえてくるがお構いなしに飲み続ける。どんどん体に吸い込まれて行くスポーツドリンク。胃に入ってるはずなのに、まるで喉から身体全体へ染み渡り直接広がってような心地よい感覚――。

 やがて二本目の飲み切るころ、身体に沁み込んでいたスポーツドリンクが喉を通り胃に溜まり始めてる感覚が出てきていた。飲み終えるといつの間にか身体の熱さも上がっていた息も髪の毛が張り付くほどの汗も引いていた。

 

『ぷはぁ……ボス美味しかったよ!お陰で身体の熱さも取れたよっ!』

 

『そうか、それは良かった。次からは予め準備しておこう』

 

 うん、そうだね!…と私は言おうとして言えなかった。どっと一気に疲れと眠気が押し寄せてきたからである。

 

『ごめん、ボス……コタロウ……私…もう眠い』

 

『わかった。今日は散策付き合ってくれてありがとう。もうそのまま寝なさい、朝には変身も自然に解除されているだろうし。』

 

『チョコ!おやすみ!今日は楽しかったよ』

 

『うん……ふたりとも……おやすみ』

 

 私はそう言うと人の身体のまま馬房の寝藁の上に寝そべる。寝藁のくすぐったさを感じながらゆっくりと静かに睡魔に身を委ねて行ったのであった。

 




どんどんお話が伸びていきます。本来ならこのお話でトレセンの敷地外へ出る予定だったのですがトレセンどころか厩舎の外の庭先まででした。


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chapter.4 「トレセン散策」

4話目です。

・チョコちゃん騎手デビュー!?

・コタロウ嫉妬する

・ボス、旧友に再会する


……以上の三本立ててお送りします。


あとこのお話で初めて実在する人馬が登場します。性格が違うとか解釈違いだとかあるかもしれませんが生暖かく見守ってくだされば幸いです。(解釈違い等の苦情につきましては活動報告で受付いたします。)


改訂

2022/07/13 サブタイトル変更



――美浦トレセン御手洗厩舎 22:00

 

 

 

 目を閉じて祈る。光の粒子に包まれた馬体が変わっていく。両脚は両腕と両足に、馬体は身体に。四本脚から二足歩行へ、立ち上がりながら目を開ける。

 

『変身完了!』

 

 身体を纏っていた粒子の残りが完全に消えるのを確認して高らかに宣言する。もうすっかりこの儀式には慣れ、自分のモノにできたと思う。

 

『うーん……やはり大体7~8秒は掛かってるな』

 

『ええっ!? そ、そんなぁ……』

 

 隣の馬房から聞こえるボスの声に私は力なくへたり込んでしまう。人間が使っている"トケイ"と言う時間を見る道具をボスの馬房の前に置いてもらっていて私が変身し終わるまでの時間を毎回計ってもらっている。

 この変身能力をより完璧に自分のモノにするため変身時間短縮を狙っているのだ。目標は時間掛からず一瞬で変身できるようになる事。そうすればもしもの時にすぐに変身したり逆に変身解除できるようになり、変身中の無防備状態を回避できるからだ。

 しかし、ここ数日間はどんなに頑張っても5秒の壁を超える事が出来ずにいる。頑張っても7~8秒は必ずかかる感じだ。

 

『チョコ、あまり無理するな。これ以上の時間短縮は望めないし、危険だ』

 

『ううっ……でも……』

 

『良いか、馬が人間になると言うのは本来ではありえないことなんだ。動物の身体が人間の身体になる、身体の小さな細胞レベルで変化、いや作り変えられているるんだ。むしろたった7~8秒で何も危険を冒す事無く変身できること自体奇跡に近いんだ。これ以上無理すれば命の危険すら危ぶまれる』

 

 ボスにちょっと怖い事を言われてしまう。確かに変身時に焦っていると何か違和感や不安感を感じ、身体の中で溢れる力が暴れる痛みのような感覚がある。もしも、変身中に事故が起きたら……そう思うと体が震えてしまう。

 

『わかったよボス。変身時間の無理な短縮はもうやらないよ』

 

『ああ、その方が良い』

 

『そうだよ!今でも十分速いからね!チョコの部屋がピカーッて光ったら次の瞬間には人間の女の子が出てくるんだから!』

 

 コタロウにもそう言われて私は納得する事にした。

 

 

 

 

 すっかりお馴染みになった光景、毎日の日課。

 私が変身してボスとコタロウを馬房から連れ出し厩舎の外を歩く。以前やっていた深夜のお夜食タイムは今はほとんどしてない。ボス曰く、馬は食後に運動はしない方が良いそうなので。コタロウもお夜食タイムよりは外で歩く方が楽しいと言っていた。

 ただ、人間体に変身してる時の私はお出かけ前に少し食べている。人間は空腹で運動するのは身体に悪いらしくて少しだけ水分と食べ物をとる方が良いそうだ。休憩室の冷蔵庫や戸棚にあるお菓子を食べてお水を飲んで、準備をする。

 厩舎の作業服を着て、帽子を被り、ボス達に馬具を着けていく。

 

『チョコ、今日は鞍を着けてくれないか?』

 

『えっ?鞍?』

 

 ボスからそんな提案を受けた。

 

『鞍って私達に人間が乗る為に着けるものだよね?』

 

『ああ、そうだ。チョコ、きょうは俺の上に乗ってみないか?折角人間の身体になってるんだ。馬に騎乗する経験をするのも悪くはないぞ』

 

 確かに、馬に乗ると言うのは人間の姿の時にしか出来ない事だ。

 

『良いの?私、鞍装着したことないよ』

 

『チョコなら大丈夫だ。俺が教えるから。』

 

『うん、じゃあ鞍を着けてみるね』

 

 

 ボスに教えてもらった通りに鞍を着けていく。お腹に回して締め付ける帯を着けている時に力加減が難しくて、少し緩めに着けようとしたらボスに『もっと強く締めるんだ。これではチョコが落ちてしまう』と言われてしまいおっかなびっくりしつつ強めに締めた。

 締める時にボスの馬体がビクンッとなって少し驚いてしまったけど『気にするな大丈夫だ』と言ってくれた。

 ボスに教えてもらいながらなんとか鞍を着け終わる事が出来た。頭絡を合わせると私達が普段着ける馬具全部付けた事になる。

 

『……ボス、出来たよ。どうだったかな?』

 

『チョコ……、お前、人間だったら厩務員の才能があるな。一度しか教えて無いのに馬具装着上手いし問題が無かった。初めてでここまで上手い奴は見た事ない』

 

『えっ!?……ほ、ほんとう?……えへへっ、嬉しいな』

 

 ボスに褒めても貰って私は舞い上がってしまった。それにしても馬具を着けるなんて今までしたこと無かったのにどうしてこんなにすんなり出来たのだろうか?付けている最中、何か以前にもこんな事をしたような記憶があるのだけど、あれはいつ、どこで、誰と誰に――。

 上手く思い出せない。ボスの教え方が上手いのと普段馬の時に国崎さんやテキに着けて貰っている時に神経を研ぎ澄ませて集中していたのでそれで憶えてたのだろうか?

 ふと、視線を感じたので振り返るとコタロウがこちらを見つめていた。

 

『……?どうしたのコタロウ?』

 

『……あ、あのね、チョコ……。お、俺にも……鞍、着けて……欲しいな……』

 

 珍しく歯切れ悪い口調で恐る恐る聞いてくるコタロウ。私はコタロウが自分から馬具を着けて欲しいと言ってきたのに驚いた。

 コタロウは昔から馬具を着けられるのが大嫌いで、育成牧場に居た頃は馬具を着けようとするたびに暴れててスタッフさんがたいそう手を焼いていたのを覚えている。

 私が横について「大丈夫、怖くないよ、怖くないよ」と寄り添い話しかけながら何とか着けて貰える感じだった。

 競走馬デビューして御手洗厩舎に来てからも馬具を嫌がる癖は少しあって良く国崎さんを困らせていたっけ。

 そんな馬具嫌いで特に鞍を載せられるのが何よりも嫌いだったコタロウが――。

 

『良いの?コタロウ鞍着けられるの嫌だよね?』

 

『うん……でもチョコが着けてくれるなら多分大丈夫。ねぇ、お願い。俺にも鞍着けてくれよっ、頼むよ……チョコ。……ボスばかりずるいよ

 

 コタロウがそう訴えて来る。最後は顔を下に向けて語尾が尻すぼみになって上手く聞き取れなかったけど、コタロウなりに精一杯の頼み事なんだと感じた。

 

『ボス……どうしようか?』

 

『……本人がそう望むなら着けてやれ。――コタロウ、お前が自分からつけて欲しいと頼んだんだ、嫌がったり暴れたりするなよ。…………もしも暴れてチョコに怪我させてみろ。ただじゃ済まさないからな、覚悟しておけよ

 

『ううっ、わ、わかってるよぅ……』

 

 ボスがコタロウに近づいて何か耳打ちする。コタロウはビクッと身体を小さく震わせながら答える。何だろう、ちょっと緊張感が出てきた気がする。

 

『……という事だ。チョコ、コタロウの方もよろしく頼む』

 

『う、うん……』

 

 ふたりの間に流れる張りつめた空気に押されながらもコタロウの方にも鞍を着けていく。一つ一つ装着動作をするたびに必死に何かに耐えているコタロウの身体がビクッビクッと震えて心配してしまったけど、何とか装着できた。

 

『……出来たよ。コタロウ……どうかな??』

 

『うん……チョコが着けてくれるなら嫌じゃないよ。ボスの言う通り上手いよ』

 

『よかった……』

 

 ほっ、と安堵のため息が出た。

 

『準備は出来たか、出発するぞ』

 

 ボスが声をかけて来たので私達は厩舎を出る事にした。

 

 

 

 厩舎の周りをボスとコタロウを曳いて歩く。いつもの足音に鞍の揺れる音が加わってほんの少しだけど賑やかな感じになっている。

 

『そろそろ良いか。さぁチョコ、俺に乗ってみるんだ』

 

 ボスが立ち止まりそう言ってくる。改めてボスの方を見るとその大きさに慄いてしまう。鞍が私の頭の上近くにある。

 

『チョコ、まずは鐙を引っ張っておろして左足を載せるんだ。そして左手で手綱と俺の鬣を掴め』

 

『ええっ!?ボスの鬣を掴むの!?良いの……?』

 

『ああ、大丈夫だ。ただ、全体重は掛けないでくれ、さすがに千切れて痛いからな』

 

『う、うん……』

 

 左手で手綱とボスの鬣を掴むとボスの身体から熱さと鼓動が感じられてドキドキする。左足を精一杯上げて鐙に掛ける……ううっ、後ろに転びそう……。

 

『チョコ大丈夫?俺が支えてあげるね!』

 

『あ、ありがとう、コタロウ』

 

 後ろからコタロウが私の背中とお尻を頭で支えてくれる。何とかひっくり返らずにすみそうだ。

 

『右手で鞍の前方部分を掴め。そして右足を一気に蹴り上げて上るんだ。コタロウ!チョコにタイミング合わせて持ち上げて支えてやれ』

 

『わかったよぅ!!』

 

 私を支えるコタロウの頭と首に力が入るのが分かる。

 

『チョコ、上るときには合図をくれ。コタロウが支えてくてる』

 

『うん!――じゃあ!ボス、コタロウ!!行くよ!!!セイッ!!!』

『良いよ!――、そぉれっ!!』

 

 右足を思いっきり蹴ってジャンプする。それに合わせてコタロウが私を持ち上げてくれる。身体が、視線が、一気にボスの背の上に乗る。

 

『よし、無事乗れたな!』

 

『やったー!!大成功だーー!!』

 

 ボスとコタロウの声が下から聞こえてくる。前を向けば……見た事のない高くて広い視界が広がる――、これが――、鞍上――。

 

『すごい……すごい……、凄いよボス……』

 

『どうだ、乗ってみて良かっただろう』

 

『うん、こんな世界があったなんて……』

 

 これが私達の上に乗っている人間が見れる景色――。

 

『では、動くとしよう。チョコ、右足も鐙に掛けて手綱を両手でしっかり握るんだ』

 

『う、うん。』

 

 言われた通りに右足を轡に掛けて左手に持っていた手綱を両手に持ち替える。姿勢が真っ直ぐ向いたところで、ボスがゆっくりと歩き始めてくれる。ボスの後ろ頭が動き、耳と鬣がなびくのが見える。カッポ、カッポ、と蹄の音がいつもよりも遠く聞こえ高く広い景色がゆっくりと流れていく。それにしても――。

 

『結構、揺れるんだね。わっ、わわわ…』

 

 ボスの身体がゆったりと波打つように揺れ、身体が前後にゆっくりと揺さぶられる。慎重にゆっくりと歩いてるのにこんなに揺れるなんて知らなかった。これで普通に歩いたら、それこそレースの時みたいに走ったら一体どれほど揺れるんだろうか――、想像しただけで震えてしまう。

 

『怖くて緊張してるのか?チョコ?』

 

 少し視線を下げるとボスが私の方へ視線を向けていた。

 

『えっ、わ、わかるの?』

 

『ああ、分かるさ。チョコの気持ち、鼓動が手綱と鞍を通じて伝わって来るんだ』

 

 ボスがそんなことを言ってくる。確かに良く意識してみれば私も感じる事が出来る。両手に握った手綱から、跨った鞍から、両足の間にあるボスの横腹から、ボスの感情、気持ちが伝わってくる――、そんな気がした。

 

『馬の――、俺の動きに合わせてお前も身体を動かすんだ。大丈夫、お前ならできる。()()()()なら、()()()()()()()()()()()()()できる』

 

 ボスがそう言ってくる。ボスの声が前方にあるボスの頭、正確には口の部分からではなく、足元から――、熱と鼓動を介して伝わってくる。

 私は深呼吸して意識を集中させる。馬の時の自分の動き、身体の動かし方を思い浮かべそれをボスの動きに合わせ自分の身体を動かす。

 

『いい……いいぞチョコ、上手く合わさられている。これなら速歩や駈足も行けるぞ』

 

 ボスが少し興奮気味に伝えて来る。私も何だか乗っていて楽しい……。

 

『ねぇ、ボス。ちょっと遠出してみてもいい?』

 

『ああ、構わないぞ!』

 

 

 

 ボスとコタロウと深夜のトレセンを散策する。ヒトもウマも居ない静かな夜空の下にふたりの蹄の音が聞こえる。

 ゆらり、ゆらり、と揺れるボスの背中が心地よくて、上を見上げれば星空が広がる。私はそんな夜空に手を伸ばす、今なら星を手で掴めそうだ。

 

『……うん?』

 

『ボス、どうしたの?』

 

 ボスが立ち止まったので私は尋ねる。

 

『チョコ、少し寄り道して良いか。会いたい奴が居るんだ』

 

『えっ?……うん、良いけど』

 

 ボスが向きを変えて、ある厩舎の一角へ入っていく。ここはどこだろう?

 私達が入って来たのにその厩舎の馬達が気づき、ざわつき始める。

 

『なんだなんだ…?』

『なんだこいつら……』

『何でヨソ者がこの時間に来てるんだ……?』

 

 そんな声と警戒する視線が四方から突き刺さる。

 

『ボ、ボス…ちょっと、これまずいよぉ~』

 

 隣のコタロウが不安そうにボスに寄って来る。

 

『ああ、すまない。すぐ終わらせるから……』

 

 そう言うとボスはある馬房の窓に近づいて行き、そっと声をかける

 

『オジュウ、オジュウ、起きてるか?俺だ、ブルドックヘッドだ』

 

ボスが呼びかけると、中からひとりの鹿毛色の額から鼻先にかけて一筋の流星を持つ馬が顔を出してきた。

 

『何だ?何か用か?……お前こんな時間に外出歩いて良いのか?』

 

 とても鋭く厳しい視線を持つその(ヒト)は私に気づいたのかこちらに顔を向ける。

 その瞬間、とてつもない重圧と威圧感を私は全身で受ける。この(ヒト)、只者じゃない!かなり強い私達の上位の存在だ!!

 

『何だぁテメェ?………おいブル、お前んとこのニンゲンは夜中に馬を連れ出すバカ者なのか?』

 

『まぁそんなにイラつくなって。――チョコ、こいつはオジュウチョウサン、俺の同期で古い友人だ。彼に()()()()()()()()()()()()

 

『うん……。えっと、初めまして、オジュウチョウサンさん。私はチョコエクレールと言います。ボス……ブルドックヘッド先輩と同じ厩舎に所属する三歳馬です。以後お見知りおきください』

 

『なっ……!?』

 

 帽子を取って頭を下げて挨拶をする。相手が息を吞み動揺するのが感じられた。

 

『オジュウ、驚いただろう?』

 

『ブル、何だこいつは?ニンゲンのくせに何故俺達と喋れるんだ?……いや、ニンゲンなのにヒトの匂いがしねぇし、俺らと似た耳を生やしてるし……何者なんだテメェはよぉ……』

 

『ひぃいっ……』

 

 再び強烈な重圧と威圧感を受けて私は身を縮こめる。

 

『おいおい、だから威圧するなって。こいつはチョコエクレール。俺の厩舎の新入りで正真正銘の競走馬、俺達と同族だ。訳あって真夜中の間だけ人間に変身できるんだ。』

 

『ほぅ……で、そのニンゲンに変身とやらをするお気に入りを俺に見せびらかしに来たのか?』

 

『違うって……。今日初めて厩舎の敷地外に出てな、たまたまここを通りかかっただけだ。確かお前が帰って来てるとテキが話してたのを思い出して顔を見に来ただけだ。あとは、コイツ――チョコエクレールは昼間は普通に馬の姿をしてる、もし調教馬場で会う事があったら仲良くしてやって欲しいんだ』

 

『ふん、手土産も何もなくか』

 

『それは悪かったって、今度また改めて来るからその時な。で、足の方はもう良いのか』

 

『ああ、まぁ何とかな。ニンゲンどもはまたレースに出させるつもりらしい』

 

『そうなのか。まぁお前は強いからな、走れるうちにしっかり走って稼ぐしかないな』

 

『うるさい、お前こそいい加減早く障害レースへ転向しろよ(こっちへ来いよ)

 

『またその話か。何度も言っただろう、俺に障害レースはとてもじゃないが無理だ。勝てないし完走すら危うい。せいぜい最後尾で障害超えられずに転倒して予後不良(あの世行き)するのがオチだ。お前とのマッチレースなんて夢のまた夢だ』

 

『嘘つくな!お前はまだ本気を出してない!本当のお前なら……きっと――』

 

「何だ!?何かいるのか?誰だ!そこに居るのは!?」

 

 厩舎に明かりが一斉に灯る。オジュウチョウサンさんの厩舎の人に見つかってしまったんだ!

 

『マズイ、コタロウ!逃げるぞ!!チョコ!しっかり捕まってろ!!オジュウまたな!!次会うまでにくたばるなよっ!!』

 

『ま、まて!ブルッ!!』

 

 オジュウチョウサンさんが何か言いたそうにしていたが小型ライトを持った人間達が厩舎から続々と出てきたので私達はその前に厩舎の敷地から一目散に駆け出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『フーッ…フーッ…』

『ぜぇ……ぜぇ……ぜぇ……』

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

 

 何とか御手洗厩舎まで戻って来れた私達は息も絶え絶えになっていた。あの後、人間達が「放馬!放馬!」と騒いで、私達はトレセン内を駆け回りながら必死に包囲網を潜り抜けてここまでたどり着いたのである。

 道中、落ちない様に必死に手綱と鞍にしがみ付いてボスの走りについて来ていた。カーブでは曲がり切れないコタロウを受け止めるためにボスが外側に回りコタロウのタックルを受けながら何とか曲がる事が出来ていた。

 

『ボス……コタロウ……大丈夫?』

 

 私とふたりの息が落ち着いたところで、ふたりに聞いてみる。

 

『ああ、俺は大丈夫だ。ふたりともすまんかったな』

 

『俺こそごめん。曲がり切れなくてボスに何回もぶつかっちゃった。チョコもごめんね』

 

『気にしないで。私は大丈夫だよ』

 

『良かった……』

 

 私は二人を曳いてそれぞれの馬房に入れる。水桶を用意してふたりに飲んでもらいながら馬具を外していった。

 

 

 

 

『なぁ、チョコ。お前、モンキー乗りなんていつ憶えたんだ?』

 

『えっ?モンキー乗り……??』

 

 二人の馬具を外して私が脱いだ作業服と帽子と一緒に片づけた後、コタロウとボスの身体をタオルで拭いてるとボスがそんな事を聞いてきた。

 

『騎手がレースで俺達に乗ってる時にする姿勢だ。鐙の上に立って腰を浮かして背を丸めて膝でバランスを取りながら前傾姿勢で騎乗するスタイルだ。俺が駈足に入ったら、チョコ、お前は自然とその姿勢に移行したんだぞ』

 

 ボスがそんな事を言ってくるが私には全く記憶がない。ひたすら手綱を握りボスの首筋、なびく鬣を見つめながら必死に落ちない様に耐えていただけだと思ったけど。

 

『へぇーあれってモンキー乗りって言うんだ。俺斜め後ろから見てたけど、チョコカッコよかったよ!!まるで人間のホンモノの騎手みたいだったよ!!』

 

 コタロウがそう言ってくる。ふたりがそう言うならきっとそうなのだろう。でもどうしてそんなことできるようになったのだろうか。全く心当たりがない。

 

『モンキー乗りはそう簡単には出来ない。素人が見様見真似でしても形ばかりで実際走ればすぐにボロが出る。しかし、チョコ、お前の騎乗はかなりレベルが高いものだった。重心取り、荷重移動、まるで慣れたプロに近い物だった』

 

 ボスが真剣に私を褒めてくれている。でも少し怖い気がするのは何故だろう。

 

『本当に何も覚えてないのか?チョコ、お前は何者なんだ?』

 

ボスの鋭い目線が私を貫く。私を――、私の心の奥を斬り開くように――。

 

『わ、私は――、』

 

 何か答えなきゃ……そう焦る私の身体が光を帯び纏い始める。時間が来たみたいだ。

 

『時間か。チョコ、よく考えてみてくれ。お前の秘密の何かヒントになるかもしれん』

 

『う、うん。わかったよボス』

 

 私の身体を纏う光が一層強くなったので私も自分の馬房に入る。開けていた閂を閉めて寝藁の上に座り、両手を――もうすぐ両前脚になるモノを自分の身体の前、寝藁の上について俯いたような姿勢を取る。この姿勢だとその体勢のまま馬の姿に戻れて楽だからだ。

 

 視界が眩い光に包まれる瞬間、ふと心の中で呟く。

 

 

『私は誰?』



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chapter.5 「Beer!Beer!Beer!」

5話目です。

・ボス、壊れる。

・チョコちゃんコタロウと深夜デート?

…の2本立てになります。


改訂

2022/07/13 サブタイトル変更


――美浦トレセン 御手洗厩舎 22:00過ぎ

 

 

『チョ、チョコ!?』

きゃあっ!?……ボス?どうしたの?』

うわっ!?……びっくりしたなー。ボスいきなり大きな声出さないでよぉー』

 

『…す、すまない』

 

 今日も私は変身してボス達と厩舎の外へ出かける事になり、出発前に私が少し食べておかないといけないという事で休憩室にお邪魔していた。

 戸棚の中にあったのは『柿の種』と言うピリッと辛い小さくて細い煎餅みたいなものとピーナッツと言う豆が入っているお菓子だ。

 次に飲み物を取ろうとして冷蔵庫を開けると何やら見慣れない缶容器がたくさん入っていて、これは何と言うジュースなのだろうか?とボスに聞こうとしたら前述のような反応が返ってきたのであった。

 

『ボ、ボス……これは…』

 

『ビ、ビール!?ビール!!ビールじゃないかぁああああ!!!』

 

 ボスが興奮して雄叫びを上げる。確かに缶には"麒麟堂プレミアムモルトビール"と書かれていた。金色のなんだか高級そうなデザインをしている。

 

『ボ、ボス……、このジュースがビールって言うの?』

 

『ジュースじゃないっ!!酒だ!お・さ・け!!!あああああ、こうしてまたビールと再会できるとはおもわなかったぞぉぉぉ!!!』

『きゃっ!?……ごめんなさいボス』

 

『ボスどうしたんだよぉ!』

 

 ボスのあまりの剣幕に押されてしまう。横ではコタロウがオロオロしていた。

 

『チョコ!!頼む!!ビールをっ!!ビールを俺に飲ませてくれぇぇぇぇ!!!!』

 

『ボスッ!ちょっと落ち着きなよっ!!チョコが困ってるだろうっ!!!』

 

 ボスが嘶きながら両前脚で激しく前搔きをしてる。コタロウが必死に抑えようとしているけど小柄のコタロウが大柄のボスに敵うわけなく振り回されていた。

 

『ボ、ボス…落ち着いて……。このビール、ボスにあげるから』

 

『ああああ、チョコ!早く!早く飲ませてくれぇぇぇ!!!』

 

 ビールの缶をブルルッ、ブルルッと大きな鼻息が聞こえているボスの眼前まで持っていく。蓋を開けるとカシュッ!と 小気味の良い音がして中から泡が出てきた。

 

『わっ!はわわ…!ボス、中身が泡がいっぱい出てきたよ!と、止まらないよぉ!?』

 

『チョ、チョコ!!そのまま俺の口に入れろっ!!早くっ!!!』

 

『う、うん。わかったよボスっ』

 

 私は泡が溢れ始めた缶をボスの口へと突っ込む。するとボスは凄い勢いで飲み始めた。ゴキュッゴギュッとボスの喉が鳴る音が深夜の休憩室に大きく響いていた。

 

『うめぇ!うめぇよぉぉおおおお!!!ああ!ビールッ!!!久しぶりのビールッ!!!もう二度と飲めないと諦めていたが!!またこうして飲める日が来るとは思わなかったぞぉぉぉぉ!!!』

 

目から大粒の涙を流し歓喜の咆哮を上げながらビールを飲んで行くボス。なんだかボスがいつもよりも幼く見えてしまう。やがてあっという間に飲み干してしまったボスは缶を放り投げると私に迫ってきた。

 

『チョコ!まだっ、まだあるんだろうビール!!頼む、飲ませてくれっ!!!』

 

『う、うん、良いよ……』

 

 ボスに催促されて冷蔵にあるビールの缶を次々と開けてはボスの口に入れていく。ボスがあっという間に飲み干して次を催促し私が慌てて次の缶を開ける。そんな忙しい動作がしばらく続いていた。

 

『うめぇ!うめぇ!!ビールうめぇ!!!ビールだけでも美味いのに、人間の女にお酌までしても貰えるなんて!!!前世ぶりだっ!!――ああっ、チョコ!!酌するの上手いな!!!もっと!もっとだ!もっとくれぇぇぇ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ボ、ボス……起きて……起きてよぉ』

 

『ボス!こんなところで寝るなよぉ』

 

 厩舎の通路に倒れて大きないびきを掻く大柄の馬――ボスを私とコタロウが一生懸命に引っ張ろうとしていた。

 

 あのあと、冷蔵庫の中のビールをすべて飲み干したボスは冷蔵庫の横に置いてあった段ボールと言う茶色の箱に入っていたビールを目ざとく見つけそれも全部飲み干してしまった。

 大量の空き缶に埋もれるように横倒しになったボス。何とか馬房まで連れて帰りたいけど小柄のコタロウと人間体の私では酔い潰れたボスの馬体はビクともしなかった。

 

『はぁっ、はぁっ、……どうしよう』

 

『……もう放っておこうよ』

 

『コタロウ……?』

 

『いいじゃん。俺達の事ほっ散らかしてさ、自分だけ散々楽しんでそのあとバタンって倒れて寝てるんだもん。もうこのまま放っておこうよ』

 

 コタロウがそうぶっきらぼうに呟く。

 

『でも……』

 

『俺はチョコと毎晩出かけるのを楽しみにしてるんだ。チョコだって折角変身してくれたのにこのままで良いの?』

 

『うーん……でも』

 

『ボスなら大丈夫だよ。きっと人間達が起きてくるまでに起きるって』

 

『そうかな……?』

 

『大丈夫だって!それよりも早く馬具着けて出かけようよ!時間なくなるよ?』

 

『う、うん……』

 

 なんだかいつもより剣吞なコタロウの雰囲気に押されてしまい、私は出かける準備に入ることになった。

 

 

 

 

 

『チョコ……鞍着けないの?』

 

 私が作業服を着てコタロウに頭絡を着けて出発しようとしたらコタロウが話しかけてきた。

 

『コタロウ、鞍着けるの嫌じゃないの?』

 

『昨日着けてたじゃん。今日は着けてくれないの?』

 

『昨日はボスが着けてて、コタロウもそれを真似して着けてただけじゃないの?』

 

『俺、チョコに鞍着けて欲しい。それでチョコに乗って欲しいだ』

 

 コタロウがそんな事を言ってくるので私は驚いた。コタロウは馬具もそうだけど人を乗せるのも凄く嫌がってて育成牧場では何人ものスタッフさんを振り落としていた。

 競走馬デビューしてからも何人もの騎手さんがコタロウに乗ろうとして振り落とされたり、そもそも鞍に跨らせてもらえなかったりで大変苦労したとテキ達がぼやいていたとボスが言っていた。

 そのせいかコタロウの背に乗ると言う選択肢すら思い浮かばなかったのだ。

 

『良いの……?コタロウ、人に乗られるの嫌じゃないの?』

 

『チョコなら良いよ。ううん、チョコに乗って欲しい。お願いだチョコ、俺に乗ってくれ」

 

 とても真剣な目で見つめて来るコタロウ。初めて見るそんな彼の強い瞳にドキッとしてしまう。

 

『ねぇ……頼むよ。俺に乗ってくれよチョコ。…………それとも嫌?俺なんか乗りたくない?大きくてカッコいいボスの背の方が良いの?』

 

 寂しそうに眼を逸らしてしょげるコタロウに私は慌てて首を横に振る。

 

『ううん!!そんな事ないよ!!ボスが良くてコタロウが駄目なんてないよ!!』

 

『じゃあ鞍着けて乗ってよ』

 

 私はコタロウに鞍を着けて乗ることになった。

 

 

 

 厩舎前で引き運動してウォーミングアップをしてコタロウの横に立つ。

 ボスよりは低いけどコタロウの背も改めてみると大きくて高い。

 

『チョコ、これ使いなよ。これに乗れば一人で乗れるよ』

 

 コタロウが厩舎の外に置いてあった踏み台を咥えて持ってきたのでそれに乗る。すると足をそれほど高く上げなくても鐙に足を掛ける事が出来た。

 左手で手綱とコタロウの鬣を握るとコタロウの馬体がビクッと少し跳ねた。

 

『コ、コタロウ……大丈夫?』

 

『ご、ごめん……俺は大丈夫だから続けて。………チョコが乗るんだ、落ち着け俺。乗るのはチョコだ、落ち着け俺……

 

『う、うん……』

 

 コタロウが何かブツブツ呟きながらジッと耐えてくれてるので私は素早く乗ることにした。

 

『う、うわっ!?』

 

『きゃっ!?……コタロウごめん。驚かせた?』

 

 私が乗った瞬間、コタロウの背が一瞬飛び跳ねて馬体がよろけてしまう。なんとかバランスを取って踏ん張り転倒や落馬はしないように耐える事が出来た。

 

『だ、大丈夫!……俺こそごめん。チョコ、怪我とかしなかった?』

 

『私は大丈夫だよ』

 

『ありがとう……。じゃあ歩くよ』

 

 そう言うとコタロウが歩き出した。

 

 

 

 

 深夜のトレセンをコタロウに乗って歩く。ボスと違ってコタロウから見る視界は少し低いけど、それでも人間や馬の視線よりは高く見晴らしも良い。

 コタロウはボスよりも馬体が小さくて細いからか足でしっかりと胴体を挟み込む事が出来て安定感がます。コタロウは『チョコ、くすぐったいよぉ』と照れ笑いしていた。

 ボスよりも揺れが大きいけど軽快で少し早いペースで進んでいくコタロウ。馬によって歩く癖とか結構違うんだなぁと私は感じながら揺られていた。

 

 

 

 

 

 

『チョコ、俺行ってみたところがあるんだ。そこへ行ってもいい?』

 

『良いよ。コタロウもお友達にでも会いに行くの?』

 

『違うよ~』

 

 そんなやり取りをしながら向かった先はトレセンの調教馬場だった。

 

『ここなの?』

 

『うん、そうだよ。俺チョコに乗ってもらってここを走ってみたいんだ。チョコとならきっと楽しく走れるよ』

 

『でも、門が閉まってるよ?』

 

『ううっ……』

 

 コタロウから降りて入口の門を確認してみる。入口の門は閉められてて鍵もしっかりかかっていた。

 

『うーん……やっぱり鍵がかかってて開かないよ。どうするコタロウ?』

 

『ねぇチョコ。今は人間の姿なんだからどうにかして開けられないの?』

 

『さすがに、鍵が無いと無理だよ……』

 

『そ、そんなぁ……』

 

 コタロウが悲しそうにしょげてしまっている。厩舎から結構な距離を歩いて来たんだ。このまま帰るのもかわいそうな気がする。

 

 

 ――どうにか鍵が開かないかな、開けて欲しいな……

 

 

『チョ、チョコ!?』

 

『えっ!?えええっ!?』

 

 私の身体が淡く光る。一瞬、このタイミングで変身解除するの?と思ったけど何かが違う。そして――。

 

 

 ――ガチャンッ!!

 

 

 私の身体を纏う光が消えたと思うと、大きな音と共に門の鍵が外れて私の手のひらに落ちる。そして目の前で重たい金属音を響かせながら門がゆっくりと独りでに開いて行った。

 

『えっ……門が開いた!?』

 

『やったーっ!!!さすがチョコだ!!!ほら早く行こうよっ!!』

 

『ま、まって、コタロウ……!!』

 

 今にも駆けだしそうになるコタロウに慌てて跨って私達は調教馬場へ繋がる地下道へ降りて行った。

 

 

 私達が地下馬道に入るとまるで導かれるように進む方向に勝手に明かりが灯っていく。煌々と明かりが灯る誰も居ない静かな地下馬道をコタロウと歩いて行く。

 

『チョコ!ここが一番近いし、ここへ行こうよ!』

 

 地下馬道へ潜って最初に現れた地上へ上がる坂道を見つけて興奮気味にコタロウが言う。地下馬道はまだ先の方まで明かりが灯っているけど……。

 

『良いから!時間ないし早く走ろうよっ!!』

 

『うわっ!?まっ、まってコタロウッ……』

 

 コタロウに引っ張られるように私達は"Dコース 2000m"と書かれた出入り口へと上って行った。

 

 

 

『うわーっ、広ーいっ!!』

 

 誰も居ない静かな深夜の馬場が目の前に広がっていた。月明かりと空に浮かぶ沢山の星々のきらめきがうっすらとダートコースを照らしている。

 

『俺!もう我慢できない!行くよチョコ!!』

 

『ちょっ、ちょっと待ってコタロウ……きゃあああっ』

 

『うぉおぉおおおおおおおーーー!!』

 

 馬場に入るとコタロウが急発進して駆け出していく。怖ろしい勢いでどんどんスピードを上げていく。ボスや私の走りとは全然違うっ!!

 コタロウの動き、コタロウの呼吸に合わせようとしてもうまく合わせる事が出来なくて身体が悲鳴を上げそうになる。

 

『くぅぅっ…!!』

 

 コタロウとは走るレースの種類が違うみたいでデビュー以来一緒に走る事は無かったから知らなかったけどこんな凄い加速するなんてっ!!

 小さな身体から暴力的な加速を生み出し、身体が暴れるようにくねり何度も振り落とされそうになりながら必死にしがみ付く!!

 

『すごいっ!!すごいよチョコ!!チョコが乗ると全然重たくない!!!それだけじゃないっ!!!力がっ!力が湧いてくるよっ!!!あはははっ!!どこまでも走っていけそうだよっ!!!』

 

 興奮気味に叫ぶコタロウ。私はそれに答える事が出来ずにただただしがみ付く事しかできないでいた。

 

 

 

 

『フーッ!!つ、疲れたぁー!!!』

 

「ハァッ……ハァッ……ハァッ……」

 

 調教馬場を一周してバテてしまい、コタロウとダートコースの上に寝転がって空を見上げる。心地よい秋風混じりの風が頬を撫でる。目の前いっぱいに空に浮かぶ星の海がきれいだ。

 

『チョコ、ありがとう。俺とても楽しかったよっ!!』

 

『ハァッ…ハァッ…ハァッ……それは良かったよ。コタロウごめんね、うまく乗れなくて……』

 

『ううん、そんな事ないよ!チョコが乗ってくれたおかげで、俺初めてこのコース一周できたんだ!!』

 

『ハァッ…ハァッ……そ、そうなの?』

 

『うん!いつもはここよりも小さい所を走ってるんだ。でも今日はチョコのおかげでいっぱい走れたよ!!力も沸いて足も全然痛くならないし、チョコの力すごいよっ!!』

 

 コタロウがそうやって褒めてくれる。私はコタロウに必死にしがみ付いてただけで何もしてない気がするけど、コタロウの力に慣れていたなら嬉しい。

 

『ありがとう。大好きだよチョコ』

 

 コタロウが私の顔に頬を何度も摺り寄せて来る。汗ばんたコタロウの頬から熱い体温が伝わって来て心があったまる。私もコタロウの顔の動きに合わせて顔を寄せていく。馬の時によくやっているグルーミングと言うモノだ。

 

『うふふ……くすぐったいよコタロウ』

 

『そっちこそくすぐったいよチョコ。…………ねぇ、こうやってふたりきりで過ごすの久しぶりだよね』

 

『うん……そうだね』

 

 最後にコタロウと――、コタロウとふたりっきりで過ごしたのはいつの事だったのだろうか。御手洗厩舎に来てからはいつもボスを入れて三頭(さんにん)で過ごしていたし、最近は調教などはボスと一緒にすることが多くて出走レースも調教メニューも違うコタロウとは別行動で少し距離が出来ていた気がする。その前の育成牧場時代も大勢の同期と囲まれて過ごしていたし。

 となるとその前の生まれ育った牧場時代だろうか……。もうずいぶん昔に感じられる。あの頃の記憶はもうすでに霞んでぼやけかけていて、私のお母さんもコタロウのお母さんも、お世話してくれてた牧場の人間達も顔が思い出せないでいる。

 

『このままずっとチョコとふたりっきりで居られたらいいのになぁ……』

 

 コタロウがそんな事を呟く。

 

『ねぇ、チョコ。俺と一緒にここから出てどこか遠くへ逃げてそこで暮らそうよ。もう無理矢理走らされたり、鞭で叩かれたりしなくて済むよ。』

 

 仰向けに寝転がっている私を上から覗き込むコタロウ。その真剣な瞳の奥に暗い炎が灯っているように見えた。

 

『逃げようよチョコ。俺とずっと一緒に居てくれ』

 

『……だめ。それは出来ないよコタロウ』

 

『なんでっ!?』

 

『私達は競走馬、人間達と一緒に暮らし人間を乗せてレースを走り続けないといけない存在なの。人間無しでは生きていけないの』

 

 ボスが以前言っていた。私達サラブレッドは人間の力無しでは生きてはいけない。自分たちだけで生きる野生の馬はとっくの昔に絶滅していて、私達が今生きていられるのは人間に管理飼育されているからだと。

 

『だから、逃げるなんて言わないで。頑張って走ろう?頑張って走り続けていれば、きっといつかゆっくり過ごせる日が来るから。その時一緒に暮らそう?』

 

『……本当?本当に頑張って走り続けていたら、ゆっくりできる日が来るの?チョコとふたりっきりで過ごせる日が来るの?』

 

『……うん。頑張ってレースいっぱい走っていっぱい賞金稼いだら"シュボバ"とか"コウロウバ"になれるの。そうしたら一日のんびり牧場で暮らせるんだって』

 

 以前ボスがそんな事を言っていた気がする。レースや調教をすることなく一日牧場でのんびり過ごせる時期が来るそうだ。

 

『そうなんだ……。わかったよ、俺もう少し頑張ってみるよ』

 

 コタロウがそう答える。彼の表情は柔らかくなり、いつの間にか暗い炎が宿る瞳はいつもの瞳に戻っていた。どうやら一安心できそうだ。

 

『うん、頑張ろう!……じゃあそろそろ帰ろうかコタロウ』

 

『うん、わかったよ』

 

 私は起き上がると服についた砂を払いコタロウに跨る。そしてゆっくりと調教馬場を後にしたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厩舎に戻るといつの間にかボスが自分の馬房の中に戻っていた。

 

『あれ!?ボス起きてたの?』

 

 寝藁の上に寝そべっているボスに近づいて声をかけてみるけど反応がない。顔を近づけるといびきが聞こえている。どうやら起きて自力で馬房に戻った後もう一度眠りについたようだ。

 

『ねっ!大丈夫だったでしょ?』

 

 コタロウがそう言ってくる。とりあえず最悪の事態は避けれたようだ。ボスの馬房に閂を掛けてコタロウを馬房に入れて馬具を取り外していく。

 

『ねぇ、チョコ』

 

『なあにコタロウ?』

 

 タオルでコタロウの身体をしっかり拭き終わったあと、馬房から立ち去ろうとしたらコタロウが話しかけてきた。視線を向けるとコタロウが真剣な眼差しでこちらを見つめている。

 

『俺、チョコの事好きだから』

 

『??わ、私もコタロウの事好きだよ』

 

『ちがう』

 

 馬房の入り口にかけた閂を挟んで私を見つめて来るコタロウ。その視線に酷く濁ったように見える瞳に私は何故か少し恐怖感を感じてしまった。

 

『…………』

 

『…………』

 

 二人でしばらく見つめ合った後、不意にコタロウが視線を逸らす。そのまま体の向きを掛けてお尻をこちらに向けてそっぽを向いてしまった。

 

『……ごめん、何でもないよ。そろそろチョコも自分の馬房へ戻ったら?もうそろそろ時間じゃないの?』

 

『う、うん……』

 

 何だか居たたまれなくなってしまい、私も自分の馬房に戻る。閂を掛けたところで身体が光の粒子を纏い始めた。

 馬に戻る為の姿勢を取って目を閉じる。夜明けが、人間達が起きる時間がやってくる。

 

 

 

 

 

 

 

(つづく)

 

 

 

 

『何でチョコは牡馬(おとこ)なんだ。……チョコが牝馬(おんな)なら俺のモノに、俺だけのモノにできるのに』

 



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chapter.6 「調教馬場」

おまたせしました。第6話目です。
第1話以来の朝スタート、そして物語初の全編日中のウマ娘ではない競走馬モードのチョコエクレールのお話となります。(筆者の文章力が低いので違いがわからないかもしれませんが)楽しめて頂けたら幸いです。新キャラが出ます。

あと馬の下ネタ表現があります。ご注意ください!


改訂

2022/07/11 前書きに注意書きと書き忘れてた後書きのキャラ紹介を追加
2022/07/13 サブタイトル変更


――美浦トレセン 御手洗厩舎 AM4:00

 

 私の身体を包み込んでいた光の粒子が消える。ゆっくりと目を開けて馬体(からだ)を確認する。黒鹿毛の前脚に蹄を確認して今日もちゃんと馬の姿に戻れたことに安堵する。

 すると厩舎に明かりが灯り、二人の人間の足音が聞こえてくる。テキと国崎さんだ。

 

「おはよう。コタロウ、ブルドッグ、チョコ」

 

 テキが私達に声をかけてくれる。私はそれに「ヒィン」と鳴いて答える。

 

「テキ、コタロウとブルドッグの様子が――」

 

「ああ、ちょっと見てみる」

 

 国崎さんに呼ばれてテキがボス達の馬房の方へ行くので気になった私は首を伸ばして様子を伺った。

 

「ブルドッグは体調を崩してるようで、コタロウは脚の筋肉が妙に疲労して張っているんです」

 

「確かに様子がおかしいな……国崎、今日はこの二頭の調教と運動は中止だ。俺は診療所へ連絡してくる」

 

 そう言うとテキは走って行った。

 

「一体、どうしてこんな事に……?何が起きたんだ……?」

 

 不安と焦りの表情を浮かべている国崎さんを見ると罪悪感が浮かんで来る。

 ボスとコタロウが不調なのは昨日深夜、私がふたりを連れ出したからだ。

 ボスは私が見つけてしまったビールを飲み過ぎて"フツカヨイ"と言う病気になっている。ボスが言うには『病気じゃない、すぐ治る』と言っていたけど、顔色が悪く苦しそうなボスを見てると、とてもそうには見えない……。コタロウは私が調教馬場で全力で走らせてしまい体力を使い切ってしまったからだ。よく考えれば激しい運動の後のクールダウンと呼ばれるゆっくり目の運動と帰ってからいつも国崎さんが私達にしてくれてる脚や馬体のマッサージを私はコタロウにしてあげてなかった。早く厩舎に戻りたい一心でコタロウの脚のケアを疎かにしてしまったのだ。

 

『ごめんなさい。ボス、コタロウ……そして国崎さん』

 

『チョコは悪くないよぉっ!』

 

『そうだ。お前が気に病むことは無いんだ。それよりも昨日は本当にすまなかった……嬉しくてつい羽目を外してしまった……ふたりにはみっともない姿を情けない所を見せて迷惑いっぱいかけてしまった……本当にすまない……すまない……』

 

「ブ、ブルドッグ!?どうした!?どこか痛むのか!?苦しいのか!?……大丈夫だ!すぐにテキが獣医さん連れてきてくれるからな!」

 

 ボスが悲しそうに呟きヒィンヒィンと鳴くと、心配した国崎さんがボスに寄り添って馬体を撫でながら必死に声をかけてくれてる。重苦しい空気が厩舎を包み込み始めていた。

 

 

「おはようございます!すみません!遅れましたっ!!」

 

 その時、大きめな声とともに頭を下げながら一人の男の人間が厩舎へやって来る。

 

「浦木来たのか」

 

「国崎さん、おはようございます!遅れですみませんでした!…………何かあったんですか?」

 

「実はブルドッグとコタロウが朝から調子を崩していてな、今テキが診療所に連絡とっているところなんだ」

 

「そうだったんですか」

 

 国崎さんと話してるこの男の人は浦木巧(うらき こう)さん。私達のレースで背中に乗ってくれる騎手さんだ。ボスが言うには本当は私達の厩舎の人だけど訳あって普段はよその厩舎に居てレースの時以外は時々来て調教を手伝ってくれる人だ。よくお昼過ぎに人間用に細く小さく切られたニンジンを持ってきてくれる人でもある。何でも浦木さんはニンジンが嫌いらしい。人間用のニンジンは柔らかくて食べやすくて色んな味付けがしてあって美味しくて、せっかく人間は私達馬と違って食べれないものが殆ど無い何でも食べれる便利な生き物なのに勿体ないなと私は思った。

 

「おおっ、浦木来てくれたのか、おはようさん」

 

「テキ、おはようございます!遅れてすみませんでした」

 

 テキが小走りで帰ってきた。浦木さんに気づくと声をかけている。

 

「ああ、それは良い。それよりも国崎、診療所と連絡が取れた。すぐ獣医が来るそうだ。その後動かせそうなら二頭を診療所に連れて行くぞ」

 

「はい」

 

「浦木、すまんな。トラブルが発生してな、今日はチョコエクレール号のみの調教となる。俺と国崎はブルドッグとコタロウの面倒見ないといけないからお前一人で調教行って来てくれ。これが今日の調教メニューだ。調教スタンドの職員にはこちらから連絡を入れてある。頼むぞ」

 

「はい!わかりました!」

 

 テキからメモ用紙を受け取りそう言うと浦木さんは私の方へやって来た。

 

「おはようチョコ。なんか大変なことになってるけど今日も頑張ろうな!」

 

ヒィン!(はい!)

 

浦木さんが手早く私に馬具を装着していく。こうして見てみるとテキと国崎さんと浦木さんでは馬具の付け方や力加減が違う事に気づく。浦木さんはスピード重視で少し力が強いのかな?コタロウは嫌がっていたっけ?

 

「チョコ大丈夫か?チョコは大人しくて賢くて我慢強いから少しキツめにしてるけど……大丈夫そうだな、…………よし完成だ!」

 

 馬具を全部付けて、浦木さんに曳かれて私は馬房から出る。

 

『ボス、コタロウ。行ってきます』

 

『ああ、いってこい』

 

『いってらっしゃい~』

 

 ふたりに見送られて私は厩舎を出た。

 

 

 

 厩舎の前でグルグルと引き運動した後に、浦木さんが私に乗る為に準備を始めたので、私は首を横に向けてそれを見ることにした。これから夜に変身してボスやコタロウ達に乗る機会があるから、負担にならない様に上手な乗り降りを覚えたかった。こういうのはプロである人間の騎手さんの動きを参考にするのが確実だ。

 

「…………?」

 

 浦木さんと目が合う。彼はきょとんとして私の方を見つめた後、乗る為の踏み台から降りて私に近づき、優しく首筋を何度も撫でてくれた。

 

「チョコ、大丈夫、大丈夫。ちょっと背中に乗るだけだから……なっ?」

 

 どうやら浦木さんは私が何かをされるのではないかと警戒してると思っているようだった。『違うんです。私は浦木さんの騎乗の仕方を見てボス達に乗るときの参考にしたいんです。だから気にせず乗ってください』そう言いたかったけど今の私は競走馬だ。夜の人間体とは違ってヒトの言葉を発する事が出来ない。

 このままではいつまで経っても浦木さんが乗ってくれないので私は仕方がなく正面を向くことにした。代わりに目を瞑り神経を集中して浦木さんが私に触れる感触と手足の動作の音と気配で覚えることにした。

 浦木さんが私の横に立ち踏み台に乗り鐙に足を乗せ左手を手綱と鬣を掴み鞍を持って乗る。その一挙手一投足の音や感触や感覚とタイミングをしっかりと頭に叩き込む。

 

「よし、行こう」

 

 手綱から伝わる合図で私はゆっくりと厩舎の敷地から出た。

 

 

 浦木さんを乗せて私は厩舎の敷地の外をぐるりと回る。2週ほどしたら再び合図、そのまま厩舎が並ぶ通りの馬道を歩いて行く。

 私の蹄の音が響き、背中には浦木さんがゆらゆらと揺れている感触が鞍を通じて伝わってくる。

 夜中、変身してボス達に乗るようになり、鞍上の人間の視点が分かる様になってから私は考えが少し変わった。今までは背の上の人間はどちらかと言うとレース中は命令を出すけどそれ以外では背に乗る荷物・重石のイメージしかなかったので特に気にせず適当に歩いていた。

 でも今は鞍上の人間の動きが気になり少し理解できるようになったのだ。浦木さんが私の動きに合わせてくれるように私も浦木さんの動きに合わせて体の動きや脚使いを少し意識して動かす。ほんの少しの違いだけど、いつもより歩いてて気持ち良い感じがする。

 浦木さんもそれに気づいたのか、「今日のチョコは調子良さそうだ」と嬉しそうに呟いて私を撫でてくれる。とても気持ちが良い。

 

「あ、そう言えば調教メニュー確認しておくか。……ええっと、"角馬場で軽い運動、次にDコースを一周、単走。馬なりでチョコの様子が良ければ直線やや強めで"かぁ……」

 

 浦木さんがメモ帳を広げながらメニューを読み上げる呟きをしっかり拾いつつ調教メニューを頭に入れる。人間の文字と言葉を理解できるようになってから嬉しい事の一つに自分が今日どんな調教を受けるのか知ることが出来る事だ。以前は今日はどこへ連れて行かれるのだろうか?何をされるのだろうか分からなくて不安しかなかったけど、予め調教メニューを頭に入れておけば心の準備が出来て慌てたり不安になったりせずに済むからだ。

 

 

 

 厩舎が並ぶ馬道を歩いてるとあちこちの厩舎から同じようにヒトを乗せた競走馬(なかま)達が出てきて、私の周りも徐々に賑やかになって来る。鞍上の浦木さんが合流する他の厩舎の人間達に挨拶をしてる。私も鞍下の馬達に挨拶をする。

 

「おはようございます」

「おはよう」

「おはようございます」

「おう、浦木おはようさん」

 

『おはよう』

『おはよう』

『おはよう』

『おはようチョコ。久しぶりだね』

 

 そんな挨拶を交わしつつ私達は進んで行った。

 

 

『うわぁ…!』

 

 調教馬場前の広場に出るとそこには開門待ちの競走馬(なかま)とその上に乗る人間達ででごった返していて、とても賑やかで壮観な光景が広がっている。

 レースから帰って来てからはずっと厩舎の周りでの引き運動ばかりで調教馬場に出るようになっても軽めの調教のみで遅い時間に行っていたのもあってこの大勢の人馬の光景に遭遇するのは本当に久しぶりだ。

 あちこちにいくつも輪乗りの塊が出来ていてその間と所狭しと移動する馬達の群れを避けながら私は進んで行く。

 

 丁度入れそうな輪乗りのグループを見つけ合流しようとした時だった。突然周りの馬や人達がざわめき出した。

 

「なんだ?何の騒ぎなんだ?」

 

 浦木さんが騒がしい方を向くので私も向きを変えると、向こうの方から水色のメンコを付けた一頭の馬が背に乗っていた騎手を振り落としながら走って来るのが見えた。

 

「放馬ぁーーー!!放馬ぁぁーーー!!!」

 

 誰かの大きな声が響いて周りに馬達が半ばパニックになりながら散り散りに避けていく。

 

「マズイ、チョコ!避けるんだ!!早くっ!!動くんだっ!!」

 

 浦木さんが必死に身体を揺らし手綱を引っ張って私に合図を送るけど、私は動かず、駆け寄って来る馬を見つめていた。何故かその馬に見覚えがある気がしたからだ。

 その馬は私目掛けて駆けよって来ると手前に減速してやがて目の前で止まった。水色のメンコから覗く見覚えのある毛色と流星、鋭い目つきから放たれる圧の強い強者独特のプレッシャー。もしかして――?

 

『オジュウチョウサンさんですか?』

 

『ふん、やはりお前か。あの時のブルに乗っていた人間に変身する(ヤツ)は』

 

『はい、そうです。おはようございます』

 

 私がペコリと頭を下げて挨拶するとオジュウチョウサンさんはフンと鼻息を一度大きく鳴らして顔を近づける。スンスンと鼻を鳴らしながら先ずはおでこと鼻先を軽くタッチする。次にお互いに首筋に顔と鼻を近づけて匂いを嗅ぐ。私達馬同士の初対面の挨拶の作法だ。

 

「オジュウぅ!オジュウゥ!!ゼェッ…ゼェッ…ゼェッ……、う、浦木……すまん……怪我とかは無いか?」

 

「岩神さん!?大丈夫ですか?……俺とチョコ……チョコエクレール号なら無事です」

 

「ゼェッ…ゼェッ……、そ、そうか。それは良かった。お、俺なら大丈夫だ、オジュウチョウサンがいきなり暴れて、何とか落ち着かせようとしたけど駄目だった。でも怪我は無いから心配するな。受け身はちゃんと取れたから」

 

 作業着を泥だらけにして浦木さんと話してるのはオジュウチョウサンさんの騎手さんなのかな?

 オジュウチョウサンさんは首筋の挨拶まで終わると今度は私の身体の横、そして後ろのお尻の方に回りながら鼻をスンスン鳴らして匂いを確認してる。

 

『……………』

 

『……………』

 

 オジュウチョウサンさんが何故か私のお尻の周りを念入りに嗅いでチェックしている。鼻息がお尻に当たってとてもくすぐったくてムズムズする。後ろに回られて密着されると馬の本能でつい後ろ脚で蹴りを入れてしまいそうになり体を震わせながら必死に耐える。

 

「チョコ、大丈夫だ……大丈夫だ……大丈夫だから……」

 

 そんな震えを恐怖感と緊張で震えてると思っているのか浦木さんが優しく声をかけてくれながら私の鬣や首筋を撫でてくれる。違うんだけどなぁと思いつつも撫でてくれる事で揺れる気持ちが落ち着くのでとてもありがたい……。オジュウチョウサンさんの斜め後ろでは石神さんが不安そうに見守ってくれている。

 

 お尻を念入りにチェックされた後、そのまま反対側に回り最後に横側の匂いをチェックし終わったのか、オジュウチョウサンさんが再び私の正面に戻ってきた。

 

『フン、良い顔と馬体とケツと甘い匂いさせやがって。それであいつ(ブルドッグヘッド)を散々誘惑し誑かして骨抜きにしてきたのか、この牝馬(メス)がっ――』

 

――むっ

 

 オジュウチョウサンさんが何やら盛大な誤解をしている事に気づいた。これは早く訂正せねば……。

 

『あの……オジュウチョウサンさん、何か勘違いしてませんか?私は牡馬(おとこ)です!牝馬(おんな)じゃないですよ!』

 

 遥か格上のオジュウチョウサンさん相手には言うのは少し気が引けてしまうが、この問題だけは譲れないので勇気を振り絞ってはっきりと否定する。

 

『あ"ぁん?牡馬だとぉ……? …………フフッ、フハッ、ハハッ、ハハハハハッ!!何、冗談言ってやがる。お前みたいなキュートでラブリーでチャーミングで牡馬を狂わせる濃厚な甘い匂いを纏う繁殖牝馬崩れ(阿婆擦れ)みたいな奴が牡馬なわけないだろう?』

 

――ブチッ、カチンッ!

 

 我慢の限界超えました。美浦トレセンに来てから何度も何度も嫌になるくらい遭遇した光景と押し問答。あまりやりたくないし、ボスからいつも止めろと言われてるけど、こういう場合の一番簡単ですぐに片付く解決方法――、チョコエクレール、実行します――。

 意識を集中させて体の血流を、熱を、後ろ脚の間のある一点に集中させて、血と熱が限界まで溜まったら、言葉と共に一気に解放させる――!!!

 

『わたしはっっ!!牡馬(おとこ)だっっ!!牝馬(おんな)でもっっ!!繁殖牝馬崩れ(阿婆擦れ)でもっっ!!ない!!これをよく見ろっっ!!!!』

 

 

――ボロンッ!!

 

 ひと際盛大に嘶きながら後ろ脚から"馬っ気"を出す。後ろ脚の間から5本目の脚が、どす赤黒く太く長く大きな"脚"が湯気を纏い姿を見せて垂れ下がる。これ、結構重い……。

 

『………………』

『………………』

『………………』

「………………」

「………………」

 

 辺りは不気味なくらい、シンと静まり返っていて、ドクンッドクンッと自分の身体の中と現れた"5本目の脚"が強く大きく脈打つ音だけが響いてるような錯覚に陥る。

 周りを見れば人も馬も後ずさりして私達から距離を取るようにして囲んでいる。みんなの目線が低い、下を向いて一点に集中してる。私の"脚"に視線が釘付けになっている。

 

『デカイ……』

『デケェ…』

『負けた……』

『あんなの入らないよぉ……』

 

 周囲から聞こえる困惑と恐れおののく馬達の声が聞こえてくる。牝馬と間違われあらぬ誤解を受けた時には"コレ"をするとみんな納得してくれる。ただ人間達が何かヒソヒソ呟いていて何やら失ってはいけない尊厳のような物を無くしているような気がするが気にしてる暇はない。

 

『……マジかよ』

 

 オジュウチョウサンさんが私の"アレ"を見つめたまま固まって居る。表情がどことなく引き攣っているようにも見えた。

 私はオジュウチョウサンさんを鋭く見つめたまま一歩前に出る。ブルンッと"5本目の脚"が揺れる。オジュウチョウサンさんが一歩下がる。私が"股間のアレ"を揺らしさらに一歩進む、オジュウチョウサンさんがさらに一歩後ずさりする

 

『オジュウチョウサンさん!これで信じて頂けましたか?』

 

『あ、ああ――』

 

 オジュウチョウサンが何か言いかけた瞬間、片方から人間の腕が伸び頭絡に綱が一本繋がる。反対側にもいつの間にか引き綱が追加されていた。

 

「シン!今だっ!綱をひけぇっ!!」

 

「沼永さん!?……はいっ!」

 

『ぐぬっ!?し、しまったぁ!クソがっ!!』

 

 騎手の岩神さんともう一人人間――おそらくオジュウチョウサンさんの厩務員さんらしき人が綱を引っ張ってオジュウチョウサンさんが見る見る引きずられて下がっていく。

 

『チョコエクレールゥッ!!!お前の顔と匂い!!確かに覚えたからなっ!!!』

 

 そんなセリフを吐きながらオジュウチョウサンさんはあっという間に向こうの方へと引っ張られて行ったのであった。

 

「ふぅ~……危なかったな。それにしてもお前また馬っ気だしたのか?最近は無かったから落ち着いたんだとおもっていたんだけどなぁ~」

 

 鞍上で浦木さんがそんな事をぼやいてる。私にも譲れない信条があるんです!大きく深呼吸を繰り返して、生えていた"5本目の脚"を引っ込めると、気を取り直して私が調教馬場へと続く門に向かい歩き始める。すると進行方向に居る馬達が慌てて後ろに下がり始め、眼前には左右に分かれた馬達によって道が作られ私達はその真ん中を堂々と歩いて行くのであった。

 

 

 門のすぐ前に来ると、まだ鍵はかかったままだった。

 昨日、コタロウとここへ来たとき確かこの門の鍵に触れて祈ると開いたんだよね?

 私は門にぶら下がった鍵の本体部分――錠前と言うらしい――に鼻先を当てて祈る。――どうか昨晩の様に開きますように。

 

 しかし、いくら待っても何も起きなかった。私が真夜中に人に変身している時にしかできないんだろうか。錠前を咥えようとしたら「こらこら、咥えるんじゃない」と浦木さんに手綱を引っ張られてしまい錠前を放してしまう。すると職員さんが走って来て鍵を開けてくれた。

 

「開門ー!」

 

 ゆっくりと門が開かれ、私達を先頭に競走馬の集団が調教馬場へと足を進めて行った。

 

 

 

 

(つづく)






☆今回のお話で新規に出た人馬や用語まとめ☆


・浦木巧(うらき こう)

 美浦トレセン御手洗厩舎所属(書類上)の2年目19歳の若手騎手さん。
 チョコエクレール・ブルドッグヘッド・コタロウの主戦騎手を務めている。本来は御手洗厩舎所属なのだが、諸般の事情で現在は美浦の別厩舎「鳥屯(とりとん)厩舎)に所属し普段はそちらで活動している。レースの時以外は時々調教を手伝いに来るくらいである。
 大の競走馬オタクで最近はウマ娘にハマっているらしい。人参が大の苦手で食堂などで「人参要らないよ」と注文するが逆に人参山盛りにされるそうで、その度に御手洗厩舎に来てはチョコたちのエサ箱へ人参を入れている。


・岩神深一(いわがみ しんいち)

 オジュウチョウサンの主戦騎手。2015年の"運命の出会い"からオジュウチョウサンの主戦騎手を務め数々の障害レース記録を打ち立て「オジュウなくして岩神なし、岩神なくしてオジュウなし」と言われるようになった。
 チョコエクレールを見つけ興奮するオジュウチョウサンをなだめようとするが振り落とされてしまう。


・沼永厩務員

 オジュウチョウサンの担当厩務員さん。オジュウチョウサンが放馬したと聞いて一目散で駆け付けて来た。岩神騎手の事を「シン」オジュウチョウサンの事を「オジュウ」「オー君」と呼んでいる。

※参考
https://www.youtube.com/watch?v=oZciDMFw118
https://www.youtube.com/watch?v=LFAAClB6tPU

※オジュウチョウサンの主戦騎手さんと厩務員さんは夢の中では実在する人名で登場してましたが、そのまま掲載するとハーメルンの規約違反になる為、仮名とさせていただきました。ご了承ください。

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【馬っ気モード】

 チョコエクレールが怒ったときにする威嚇行為。
 トレセンに来たばかりの頃、その馬体や顔、物腰の低い性格から頻繁に牝馬と間違われ同期や年上の牡馬に絡まれる事が多く「牝馬(おんな)」と揶揄されていた。
 彼はそれがとても嫌で何度も否定するが信じて貰えず、弄りが増々エスカレートしていく。ついに我慢できず怒りで吠えたところ、まさかの馬っ気を出してしまう。
 すると、彼の馬っ気を見た牡馬達が恐れ慄いて逃げ出しその後二度と揶揄われなくなった。
 これ以来、彼は「牝馬(おんな)」と揶揄されるたびに馬っ気を出して牡馬を追い払うようになったがそれを見た人間達が「便所(※御手洗厩舎の蔑称)の黒鹿毛の新馬は牡に興奮して発情してる」「♂チョコエクレール♂」などと揶揄されるようになり、変な評判が付くようになってテキ達が心配してるのをチョコエクレールは気づいていない。
 ちなみに他の馬と違って馬っ気出しても怒りを鎮め気持ちと頭を切り替えるとすぐに引っ込むため、レースに支障が出たことは無い。


【牝馬と揶揄されることに忌避感を抱くチョコエクレール】

 普段から温厚で多少の事では滅多に怒らない彼だが「牝馬(おんな)」と揶揄われたときだけは酷く感情的になる。「グズやノロマ、役立たずと言われるのは我慢できるけど「牝馬(おんな)」扱いされるのだけは絶対に嫌だ。これだけは許せないし我慢できない」と言う。彼にとって牝馬扱いしそう呼ぶのは最大の地雷であり禁句である。それはきっと前世が■■■で■■■に■■■されて■■■■■■■■■■■■■だからである。


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chapter.7 「コンビニ」

大変遅くなりましたが第7話です。チョコエクレール、遂にトレセンの敷地外へ出ます。

今回は1万6千文字を超える長編となってます。本当は2つに区切りたかったのですが上手く区切り分ける場所が見つからなかったのでそのまま一つのお話で上げております。

非常に読み辛い文章の上文字数が多い酷い仕様になっていますが読んでいただけたら幸いです。


――美浦トレセン 御手洗厩舎 AM8:00

 

 調教を終えてクールダウンしてから私は厩舎へと戻ってきた。調教馬場では浦木さんを乗せてとても気持ちよく走れた。人間に変身できるようになって夜にボスやコタロウの背に乗ってみて騎手さんの動きや仕草が判る様になって騎手さんの動きに積極的に私から合わせれるようになったからだ。浦木さんはとても驚いていて「チョコ、何か大きく成長したな」と言ってとても褒めてくれた。きっと明日の調教も、そして次のレースも前よりもずっと良い走りができるんだろうなと私は自信を深めていた。

 

「お帰り、浦木、チョコお疲れさん」

 

「ただいまもどりました!」

 

『国崎さん、もどりました~』

 

 厩舎では国崎さんがお出迎えしてくれて、私の背から浦木さんが降りて手綱を国崎さんに預ける。

 

「戻ってきたのは国崎さんだけなんですか?ブルドッグヘッドとコタロウはどうしたんですか?」

 

「ブルドッグヘッドとコタロウなら先程診療所へ連れて行った。今はテキが傍について見てくれている。俺も居たが、「そろそろチョコが戻ってくるころだからお前だけでも厩舎に居てくれ。あとは俺に任せろ」とテキに言われてな、一足先に戻って来たんだ」

 

「そうだったのですか」

 

「ああ、そうだ。ブルドッグヘッドとコタロウなら心配いらない。大事には至らないそうだ」

 

「それは良かった」

 

 国崎さんからそう聞いて私は安堵する。良かった…ボス達無事なんだ……。横では私の様に安堵の表情を浮かべていた浦木さんが「あっ!」と何か思い出したような表情を浮かべて――。

 

「それよりもっ!!国崎さん!!チョコエクレールどうしちゃったんですか!?」

 

「何かあったのか?」

 

「何かあったのか?って大ありですよっ!チョコの奴、動きが驚くほど変わってるんですよ!まるでブルドッグヘッドとコタロウの動きの良い部分だけ引き継いだみたいで!コタロウみたいなスタートダッシュからの加速の鋭い立ち上がり、コーナーへのロスの少ない進入角と安定した曲がり方はブルドッグヘッドのようで――まるでチョコエクレールに乗っているはずなのにブルドッグヘッドとコタロウにも同時に跨ってるような、それでいて二頭の悪い部分が出て無くてそこにチョコエクレールらしさが来てて――。何よりも俺の手綱や合図に瞬時に理解して反応……いやまるで俺の考えを先に読んで理解して合図の瞬間に即実行してくれて――本当に文字通り人馬一体になった感じだったんですよ!!」

 

「そ、そんなになのか?」

 

 (わたしたち)みたいに鼻息荒くして興奮気味に捲し立てるように語る浦木さんに国崎さんがやや引き気味になっている。

 

「ええ!次のレース、今のチョコなら1勝クラスなんて言わずにOP戦に出しても十分通用すると思いますよ!テキやオーナーにも伝えてください!!」

 

「お、おおう……。わかった……テキが帰ってきたら一応伝える」

 

「本当、絶対ですからね!」

 

「あっ!居た!ちょっと浦木騎手!」

 

 その時、厩舎外の馬道から一人の人間の女性が顔を覗かせる。見覚えのない顔と着てる作業服に描かれている"TORITON STABLE"の文字。浦木さんが普段いる別の厩舎の人かな?

 

「あれっ?仁奈じゃないか!どうしたんだ?」

 

「どうしたんだ?じゃないでしょ!?アナタ、8時からゼフィランサス号の調教なの忘れていたでしょう?焔先生、カンカンに怒っていたわよ!」

 

 怒り心頭の仁奈さんと言う厩務員さんの後では赤いラインの入った耳の部分が黄色の青色のメンコを被った小柄な白毛の馬が顔を覗かせている。彼(彼女?)が浦木さんの次の調教馬さんなのかな?

 

「うわあぁぁ…しまったぁぁぁぁ!」

 

「お前、鳥屯先生のところでも迷惑かけているのか」

 

 真っ青に青ざめる浦木さんとそれを呆れるように見つめる国崎さん。

 

「国崎さん、すみません!俺もう行きますっ!!……チョコっ!お前と出る次のレース楽しみにしてるからなっ!!」

 

 国崎さんに頭を下げて、私の鼻筋を撫でてくれると浦木さんは大慌てで仁奈さんのところへ駆け寄り、馬に乗ると会釈して立ち去って行った。

 

「……ったく、本当に賑やかな奴だな。さぁ、チョコ洗い場へ行こう。浦木の話ならかなり走り込んだんだろう。しっかり洗ってやるからな」

 

「ヒィン!」

 

 国崎さんに声を掛けれて手綱を曳かれて洗い場に向かおうと私は向きをぐるりと変えると――。

 

――ビュュュウッ!!

 

 突然、突風が吹きつけて来たので思わず目を瞑る。そして目を開けると、私の視界いっぱいに広がった何か白い物が私の顔に覆いかぶさるように張り付いてきた。

 

『きゃぁああああ!!!!』

 

「チョ、チョコッ!!」

 

 何かが顔に張り付いて前が見えない!!!息がっ、息が出来ないっ!!! 

 私は必死になって振り払おうとするけど顔に張り付いた何かは取れないどころか益々顔に、鼻に吸い付いてくる。

 

『前が見えないっ!!息がっ息が!!助けてっ!!助けてっ!!』

 

 我を忘れて無我夢中で首を上下左右に振り回す。苦しいっ!苦しいっ!!助けてっ!!

 

「うわぁああああ!!やめろっ!!やめろっチョコっ!!!」

 

 引き綱伝いに首に感じる重み。国崎さんが振り回されているのを思い出して私は冷静さを取り戻す。

 

「チョ、チョコ!そうだ!そのままじっとして!!今取ってやるからな!!」

 

 息苦しさに意識が朦朧としながらも必死に国崎さんが触りやすいように首を下げる。

 

「そうだ!そのままだっ!今取ってやるからな。――っ取れたっ!」

 

 バリッと音がして一気に視界が回復して、新鮮な空気が鼻から大量に入って来る。

 

「ヒィン!ヒィィィン!!ブルルッ……ブルルッ……」

 

 沢山の空気を取り入れて徐々にぼやけていた視界が戻って来る。目の前には作業着を泥だらけにして疲れ果てた表情を浮かべてる国崎さんが居た。私が振り回してあちらこちらにぶつけてしまったのだろうか。

 

『国崎さん、暴れてごめんなさい……』

 

「チョコ、大丈夫だ。もう大丈夫だからな…」

 

 私が顔を寄せると国崎さんは何度も何度も顔と首筋を、私の呼吸が落ち着くまで撫でてくれていた。

 

 

 

「――また組合の奴らの嫌がらせか……。ゴミ何ぞ投げ込みやがって」

 

 そう言いながら地面に落ちている物を拾って歩く国崎さん。洗い場の前にはさっき、私の顔に覆いかぶさった四角くて白い紙と同じ物が何枚も散乱していた。白いビニール袋も何個か落ちてて、破れて袋からはみ出た中身にはペットボトルや何かの空容器がたくさん入っていた。

 また少し風が吹いて地面に落ちていた紙が動く。一瞬ビクッと驚くものの、私はそのうちの一枚をとっさに前脚で押さえる。風に吹かれて裏返る白い紙。真っ白だと思っていた紙の反対側にはとても綺麗な印刷がしてあり何か大きな文字が書いてあったからだ。

 

 

あなたの街のコンビニ!! セブンマート 美浦王屋店 本日リニューアルOPEN!!

 

 

 そう目立つような独特の印象の文字に、見た事無い平べったい建物。カラフルな装飾が施されたその建物の周りに集う人間のイラスト。

 

『コンビニ……?何だろう?もしかして食べ物がたくさん置いてるのかな?』

 

 私がとても気になったのは建物の絵の下に描かれた沢山の種類の食べ物だった。知ってる食べ物、知らない――、だけど恐らく食べ物だろう思しきものがたくさん書かれていて絵の横には「20円引き」「30円引き」と書かれてた。

 

「コラッチョコ。足をどけなさい!」

 

『あっ――!』

 

 国崎さんに前脚を持ち上げられて見ている途中の紙を取られてしまった。『返してっ!』と紙を取り返そうとしたけど、国崎さんの酷く歪んだ怒りと悲しみと悔しさの表情を浮かべる顔を見ると何故か出来なくて――。国崎さんはそのまま、他の拾った紙や袋を乱暴にゴミ箱へ入れると私を曳いて洗い場へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――PM22:00

 

 

 

 

 

 人間に変身し終えた私は一目散にゴミ箱に駆け寄った。蓋を開けて中を漁る。

 

『ねぇ、チョコ。どうしたの?』

 

『チョコ、一体どうしたんだ?』

 

 私の後から、心配そうな声を上げるボスとコタロウに反応せずに私はゴミ箱を漁り続ける。少しして目的の物が見つかった。

 昼間、私の顔に張り付き、国崎さんがゴミ箱へ捨てたあの綺麗な印刷された紙。ぐちゃぐちゃになった塊の中から綺麗な物を見つけるとそれを持って私はボス達の元へ駆け寄った。

 

『ねぇ!ボス!コンビニってなあに?』

 

 私はボスに紙を見せる。ボスは暫く眺めた後、

 

『コンビニとは人間の食べ物を売っているお店だ。24時間お店が開いていつでも好きな時に買う事が出来るらしい』

 

 ボスがそう教えてくれる。うん?出来る"らしい"……?

 

『ボスはコンビニ行ったことないの?』

 

『ああ、俺も実は詳しく知らないんだ。俺の生きていた時代にはそもそもコンビニなんて無かったしな24時間開いてていつでも買い物ができる便利な食料品店らしいのは人間達の会話で知った。』

 

『24時間いつでも――?それって真夜中でも人間のエサが買えるの?それがあれば人間に変身した時のチョコのエサが手に入るんだ!!良かったね!チョコ!人間のゴハン食べれるよ!』

 

『うん、そうだね』

 

 厩舎の敷地外へ出るようになってトレセン内を散策している時、トレセン内の人間達がゴハンが食べれる場所、"食堂"や"売店"と呼ばれる場所へ行ってみた事があるが、真っ暗で鍵も締まってて中を覗いても食べ物らしいものは見つからなかった。なので人間に変身してからはまだパンやお菓子のみで人間が食べるゴハン――、ボスが言うにはお米やお肉やお魚や野菜などを使った色んな種類の豪華な食事、私達みたいにバケツ一個じゃなくて何個も容器が出て来る豪勢な食事はまだ食べたことが無かったのだった。

 

『ねぇ、ボス。私、このコンビニってお店行ってみたい。どうやったら行けるの?教えて?』

 

 私はボスにお願いしてみる。ボスですら行ったことも見た事もないお店。24時間いつでも開いていて真夜中でもニンゲンの食べ物がたくさん置いてるお店。このチラシと言う物に描かれた沢山の食べ物と楽しそうにする人間達。その風景に私はとても憧れたのであった。

 

『駄目だ。コンビニへは行かない方が良い』

 

『ええっ!?』

 

 ボスが反対したのは意外だった。ボスなら賛成してくれそうな気がするのに。

 

『ボス、どうしてダメなの?』

 

『このコンビニと言う店に行くにはこのトレセン自体から出ないといけない。トレセンの敷地から出るには中央ゲートを通り抜けないといけない。だが、そこは真夜中でも人間達が何人も居て監視の目が常にある。いくら厩舎の作業着を着た人間状態のチョコでも不審者として見つかり捕まってしまう。そしてもしも無事に監視の目を潜り抜けてトレセン敷地外へ出てもそこは危険が多く潜む真夜中の人間達の世界だ。何が起こるか分からない。そもそもこのコンビニは美浦トレセンから離れすぎている。中央ゲートを突破してそれからトレセンの外を大きく回ってゲートとは正反対の方角へ端から端まで歩きさらにそこからまた長い距離を歩くことになる。とてもじゃないが人間のチョコのスピードと体力では時間内に戻ってこれないし、下手したら途中で体力が尽きて動けなくなる可能性もある。そうしたら時間切れで変身解除で一巻の終わりだ。あまりにもリスクが大きすぎる』

 

『ええっ!?そんなに危険なの?』

 

 ボスの説明を聞いて絶句するコタロウと私。

 

『でも、ボス、この地図だとトレセンからそんなに離れてない様に見えるよ?』

 

私がチラシの右下に描かれた地図と呼ばれるコンビニの位置や行き方を書かれたものを指さす。地図には右上に美浦トレセンが描かれていて、そこから人間の指2本分くらい離れた位置にコンビニが描かれていたからだ。

 

『その地図はあくまで大まかな位置を記した簡単な物だ。実際の距離はもっと離れてるんだ。当てにしてはいけない』

 

『そんなぁ……』

 

『そうだよ。チョコ。俺やっぱりチョコを行かせれない。チョコに何かあったら嫌だ!』

 

『そうだ。コタロウの言う通りだ』

 

 ボスとコタロウが反対する。確かにそうだけど、でもどうしても私、このコンビニってお店行ってみたい。

 

『とにかく、今日はこの話は無しだ、終わりだ』

 

 そう言って話を話を切り上げようとしたボスに私は話しかける。

 

『待ってボス!このコンビニ、ボスの大好きなビールたくさん置いてるよ?』

 

『なっ……!?』

 

 私はチラシの一部を指さす。"お酒コーナーも充実!!ビール・清酒・焼酎・ウィスキー・ブランデー、その他各種日本酒・洋酒etc…酒店に負けない豊富な品揃え!!"と言う文字と共に数えきれないくらいのお酒の容器が並んだ小さな写真が載っていた。

 チラリとボスの顔を伺う。ボスは目を潤ませていて、『さけ……さけ……さけ……』と言葉が漏れ震える口からは涎がポタポタと落ちていた。

 

『ボス……私コンビニ行きたい。ビールたくさん買ってきてあげるから。それでも……だめ、かな?』

 

 上目遣いでボスを見つめると

 

『チョコ。お前なら無事行けるはずだ。大丈夫だ、俺が最大限手助けしよう!』

 

 目を輝かせてボスがそう言ってくれた。

 

『ちょ!ちょっとっ!ちょっと!ボスぅー!!何考えてるのさ!?!?』

 

 コタロウが非難の声を上げる。そんなコタロウに私はゆっくりとチラシを持って近づく。

 

『コタロウ……?』

 

『な、何だよチョコぉ!?俺は絶対に反対だからな!!ボスと違って俺は自分の欲のために大切なチョコを危ない目になんか絶対に遭わせな――』

 

『コタロウ、このコンビニ。コタロウの大好きなニンジンがあるよ?』

 

『なっ……!?』

 

 私が指さしたチラシの部分、野菜が沢山書かれていて正面には大きくニンジンが描かれている。『生鮮野菜コーナーも充実!!地元農家の美味しい採れたて新鮮野菜、毎日入荷中!』と文字の読めないコタロウの為に書いてある文章を読み上げる事も忘れない。

 

ニンジンお、ニンジン俺は……ニンジン

 

 ボスと違って何とか誘惑に耐えてるコタロウ。そんなコタロウが何だか愛おしくて、私は最後の一押しに出た。

 先程ゴミ箱を漁ってて見つけた空容器をコタロウに見せる。それを見たコタロウがビクッと震えた。

 

『コタロウ……。これコタロウが大好きなニンジンジュースだよね?これ、このコンビニでしか売ってない物らしいの。このコンビニに行けばコタロウの大好きなニンジンジュース、お腹いっぱいになるまで飲めるよ……?』

 

 以前、休憩室の冷蔵庫で見つけたニンジンジュース、それまで何本か飲んだコタロウが一番おいしいと気に入っていた商品だ。ラベルには大きく"セブンマートプレミアム"と書いてあり、裏側には"この商品は佐藤園とセブンマートが共同開発したセブンマート限定販売商品です"と書かれている。勿論その事を読み上げ伝える事も忘れない。

 

『ねぇ、コタロウ。だめ、かな……?』

 

 上目遣いでコタロウを見つめると……。

 

『うん!ボスも大丈夫だって言ってるし、チョコならきっとコンビニへ無事行けるよ!!俺応援してるからさっ!!ニンジンニンジンニンジンニンジン

 

 目を潤ませてボスに負けないくらい口から涎を垂らして答えるコタロウ。こうしてふたりの賛成を得る事が出来のであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『コンビニへ行くためにトレセンの敷地内から出る方法だが、中央ゲートを通らない抜け道が実はある』

 

 ボスとコタロウと並んでトレセンの敷地を歩く。今回は馬具を着けることはせず私はふたりの間を歩く。乗らずに歩くのは本当に久しぶりだ。

 

『抜け道って?』

 

『チョコ、お前達が牧場に居た頃、放牧地を囲うに柵がしてあっただろう。実はこのトレセンも周囲をぐるりと柵で囲ってあるんだ。牧場の牧柵と違って鋼鉄製で遥かに背が高く頑丈なんだが、実は一部壊れて穴が開いてる場所があるんだ』

 

『えっ!そうなの!?』

 

 知らなかった。トレセンの周囲に牧場と同じ柵があって、一部壊れてて抜け出せる場所があったなんて……。そう言えば育成牧場に居た頃、壊れた柵から脱走して逃げた馬が居た気がする。コタロウも一緒に逃げ出して大騒ぎになったのを覚えていた。

 

『ああ、お前たちは知らないはずだ。そこはトレセンの敷地の本当に端の部分で柵の前には木々が生い茂り見えないし。そもそもその辺りには厩舎や調教関連施設とか何もなくて俺達競走馬が近づくことはまず無いからな』

 

『へぇー、じゃあどうしてボスはその事知ってるの?』

 

 コタロウがボスに質問する。

 

『今からずっと昔、俺が今のお前たち位の歳の頃の話だ。その時、俺はオジュウ――この間会った馬が居ただろう?アイツと同じ厩舎に居てな、ある時厩舎の馬が暴れて脱走したんだ。で、俺とオジュウはソイツを追いかけて――と言えば聞こえが良いが実際はどさくさに紛れて俺達も脱走したんだ。――で、そいつが放馬して走り抜けて、最後は敷地の端っこの藪に突っ込んで動けなくなっていてな。後から追いついた俺達がソイツに話しかけたら何か喚いてるから、何が見えるんだと同じように藪に首を突っ込んだらな、見えたんだ――、大きな鋼鉄製の柵、その一部が壊れてそこから見える外の綺麗な世界がな――』

 

『………………』 

 

『………………』

 

『ソイツは泣き喚きながらよ、"帰りたい、帰りたい、こんな地獄みたいな場所から帰りたい。ここから出てあの山の向こうにある出身生産牧場(生まれ育ったお家)へ帰りたい"ってな。俺とオジュウはソイツに"なら帰ろうぜ、あと少しだっ、このまま手伝ってやるぜ"と藪を一緒に引っ掻き回したんだが、そこで人間どもに追い付かれてしまって三頭仲良く縄掛けられて終了。その後しばらくしてソイツは何処かへ運ばれて行った。多分家には帰れななかったようだ』

 

『………………』 

 

『………………』

 

『あーっすまん、つい懐かしい思い出話をしたんだか重かったな。暗い空気にして悪かった』

 

ボスが申し訳なさそうに話す。

 

『ううん、気にしないで。私は大丈夫だよ。』

 

『ごめんボス、俺が余計な事言ったからさ、気にしないで』

 

 私達がそう言うとお話は終わりだ頭を切り替えようと言わんばかりにボスは大きく首をブルブル震わせる。

 

『さて、思い出話をしていたら目的地に着いたようだ。俺の記憶が確かならこの辺りのはずだ』

 

 ボスに言われて辺りを見渡す、トレセンの敷地の本当に端っこの部分、周りには厩舎や調教施設のような建物も無くて小さな倉庫となにやらよく分からない物が置いてある。馬はもちろん人間の気配すらなくてなんだか場の空気がいつものトレセンと違う不思議なちょっと居心地の悪い感じすらする場所だ。

 

『チョコ、悪いが目の前の藪に入ってくれ。足元に十分気をつけてな』

 

『うん……』

 

 目の前の不気味な藪の中に恐る恐る足を踏み入れて行く。まるで通さないと言わんばかりに木々や草が生い茂り、葉っぱや枝が顔や手足に当たり絡みつく。蜘蛛の巣や虫さんが顔につき時には口や鼻に入りそうになってむせる、ペッペッペッと吐きながら私は藪の中を突き進んでいく。

 暫く進んでいると突然急に目の前が開けて、身体に絡みつく草木から解放された私は力を入れたままの勢いで飛び出し固い棒みたいなものが並んだ何かに頭を思いっきりぶつけてしまった。

 

「ぎゃぁっ!?」

 

『チョ、チョコ!どうしたの!?』

 

『チョコ!?どうした!?何かあったのか!?』

 

 ボス達の心配と慌てふためく声が聞こえる。私は打ちつけたおでこを抑えて『大丈夫!大丈夫だからっ!!』と二人を安心させようと答える。やがて痛みが引き、衝撃でぼやけていた視界がクリアになると――、目の前には鋼鉄製の白い柵、そしてその間から広がる世界――。

 

『ボス!柵があったよ!ボスの言っていた鋼鉄製の大きな柵、その間から外の世界が見えるの!!』

 

 私は興奮気味に伝える。

 

『そうか!チョコ、その柵壊れている部分は無いか?よく見てくれ!』

 

『う、うん。わかった』

 

 私は目の前の柵の棒を掴み揺さぶっていく。でもどれも外れてないし、外れる様子は無い。

 

『ボスッ!駄目、全然びくともしないよっ!』

 

『チョコ、左右に動いて場所を変えてみてくれ。もしかしたら位置がずれてるだけで少し離れたところにあるかもしてない』

 

『うん!』

 

私は目の前の柵にそって横に歩き始める。すると目の前の柵の棒が消え外の世界がはっきり見えるようになった。

 

『あっ……!』

 

 1,2歩下がりよく見るとその部分は柵の棒が数本外れてていた。これがボスが言っていた柵が壊れて出来た穴なのかな?

 

『どうした、チョコ?』

 

『ボス!穴、ボスが言ってた柵が壊れて出来た穴があったよ!』

 

『そうか!まだ残っていたんだな!チョコ、その穴から通り抜けれそうか?』

 

 ボスに言われて私はその穴に身体を押し付けるが幅が足りないのか通り抜けれそうにない。

 

『ボ、ボス、穴が狭くて通り抜けれないよっ!身体がっ!頭がっ!胸が引っ掛かるよぉ!』

 

『むむっ、俺達が見た穴はかなり大きかったのだが、あれからもう7~8年は経つし直されたのか?それともそもそも場所自体が違うのか……?』

 

 ボスの戸惑う声が聞こえる。折角ここまで来たのに無理なのかなと諦めかけた、その時だった。

 

『…………?』

 

よく見るとその穴の左右の棒は真っ赤になっててなんだがボロボロになってい事に気づいた。私は恐る恐るその赤茶けたボロボロの棒に触れる。ザラザラチクチクした感触に耐えながら力を籠めるとボキッと小さな音がして簡単にに外れてしまった。

 

『これって…もしかして……?』

 

 同じ要領で左右の赤茶けたボロボロの棒を力を籠めて外すとやがて人間が一人横歩きで出れそうなくらいに穴が広がった。

 

『ボス!穴広がったよ!私、外に出れる!!』

 

『そうか!じゃあチョコ、行ってこい!』

 

『チョコ!気を付けて!何かあったらすぐ戻るんだよっ!』

 

『うん!ボス!コタロウ!私行ってくるね!』

 

 

 

 

私は柵の穴を潜り抜ける。

 

 

片足が柵の向こうへ――。

 

 

頭が――、身体が――、残りのもう片方の足が――。

 

 

柵の向こう、その先に広がる世界へ――!!!

 

 

 

 

コツンッと私の靴が、固い地面を叩く音がする。

 

ゆっくりと顔を起こし正面を見据える。

 

目の前に広がる世界、人間の――、人間達だけの世界――。

 

私は後ろを振り返る――。

 

後ろに見える鋼鉄製の大きな柵と生い茂った真っ暗な藪、あの向こうに私の居た世界が――トレセンが、競走馬(わたし)達の閉ざされた広くて小さな世界――。

 

その世界を背に私は一歩ずつ歩き始める。大きく深呼吸して空気を吸う。同じ空で繋がっているはずなのに空気の匂いも重さも色も違う、人間の世界――。

 

私はその空気を斬る様に前へと歩みを進めて行った。

 

 

 

真夜中の暗い夜道を私は歩く。手にはコンビニまでの道筋が描かれた地図。ボスが教えてくれた道順を書いてある正確な物だ。

 

"柵を越えたらまずは右を向き、トレセンの柵沿いに歩く事"

 

その指示に従い右手にトレセンの柵を見ながらそれに沿って私は道を歩き続ける。

 

"暫く歩くとT字路に出る。『T』の形をして真っ直ぐには進めない。左に曲がる事"

 

しばらく歩くとボスの指示通り、大きな道に出る。真っ直ぐには進めず目の前を横切る大き目な道を現れる。私はそこを左に曲がる。

 

"あとはその道をそのまままっすぐ歩く事。道が終わる手前の右手にコンビニがある。道中、自動車が通るので道の端に寄り気を付けて歩く事。帽子を深く被り決して人間の若い女だと悟られない事。不安なら人間や自動車の姿や気配がしたら道路わきの茂みに隠れやり過ごす事。"

 

 ゴクリっと緊張する。何故だか分からないけど「人間の若い女だと悟られない事」と言う文言が私の心に刺さりざわめきを起こす。不安と緊張感が高まり身体が少し震える。とにかく女とバレてはいけない――。私の中で何かがそう強く訴えかけてきて私は帽子を深く被り直すと神経を研ぎ澄ませる。帽子の中のウマ耳が鋭くとがり帽子を持ち上げようとする。その窮屈さに顔をしかめつつ私は道を歩き始めた。

 

 

 

「わあっ……」

 

 暫く道を進んでいると沢山の建物が道路の左右に建っている場所に差し掛かった。これが人間達が住んでいる厩舎――、家と呼ばれる建物らしい。私達の住んでいる厩舎と違って一軒一軒それぞれ大きさも高さも形も色も全く違う。そんな新鮮さに驚きを感じる。真っ暗な家、明かりが灯っている家、明かりが灯り人間達の楽しそうな会話が聞こえる家、そんな色とりどりの家々に視線と意識をもっていかれそうになり、そのたびに地図に描かれた注意事項を思い出して気を引き締めて私は歩く。

 

 歩いてる道中に食べ物屋さんらしき建物もあった。ステーキ屋さん、お寿司屋さん、ケーキが食べれるお菓子屋さん――。だたどこも真っ暗で人の気配がしないのでトレセン内の食堂や売店と同じく夜中はやっていないようだった。少し寂しい思いをしつつ私は歩みを進めた。

 

 

 

 

 

 

 

 どれくらい歩いただろうか。随分長い時間歩いた気がした。後ろを振り返れば、トレセンはすっかり闇夜に溶け込んで見えなくなっていた、そんな距離と時間。歩き続けた道が突き当りで再び前に進めずさらに大きな道が横切るT字路。その手前、右側がとても眩しく光っている事に気が付いた。

 私は思わず走って駆け寄る。目の前には固い地面に覆われた広い敷地に建つ煌々と光り輝く平べったい建物があった。作業着のポケットからチラシを取り出し見比べる。チラシと同じ建物が目の前に確かにあった。

 

 

「これが……コンビニ……!?」

 

 透明なガラスで覆われた部分に近寄る。ガラス越しに覗くと建物の中は外よりももっと明るくて、たくさんの食べ物が入ってる容器や袋が棚いっぱいに並べてあり、さらにその状態の棚が室内に何個も並べて置いてあった。いや、棚だけでは無くて壁も一面扉の付いた棚や光り輝く明かり付きの棚があって隙間の無い位食べ物が敷き詰めて並べてあった。冷蔵庫らしきものもあり、私達の厩舎の休憩所やエサ置き場の冷蔵庫よりもはるかに大きい、生まれてから一度も見た事無い大きさでもちろんこの中もジュースが隙間なく詰め込まれていた。

 

「こんなに食べ物が置いてあるなんて……信じられないっ!!!」

 

 コンビニに来たら食べ物が何個置いてあるか数えてみよう――、そう呑気な事を考えていたけど、まさかこんなに食べ物が置いてあるとは想像もしなかった。これではまるで私達が走る競馬場の芝コースに芝が何本生えてるか1本ずつ数えようとするのと同じだ。

 あまりの食べ物と飲み物の多さに眩暈を感じつつも私は気を奮い起こす。まだ本当の目的は済ませてない。中に入って食べ物を手に入れなくては――。私はそう意気込むと入り口を探そうとして。

 

「コンビニってどこから入るんだろう?」

 

 よく建物を見るとドアがない。建物の横にはあったけどどうやら鍵がかかっていて開かなかった。再びお店の正面に戻り、ガラスで覆われた部分を眺めていると―。

 

ピンポン♪ピンポン♪

 

「きゃあっ!?」

 

 突然甲高い音が聞こえて目の前のガラスが勝手に動いてしまい、思わず飛びのいてしまった。開いたガラス部分を眺める。ここから室内が良く見えててなんだか厩舎の入り口に似た感じがするけど、もしかしてここから入るのかな?

 私は恐る恐ると足を踏み入れて行った。

 

 

「いらっしゃいませ」

 

「ひゃ!ひゃいっ!?」

 

 建物の中に入ったとたん、人間に声を掛けられて思わず変な悲鳴のような物が出てしまう。恐る恐る声の方向を向けば店にある細長い台の向こう側に人間の男の人が立っていてこちらを見つめていた。

 思わず逃げようとして、ボスが「お店にはレジと言う食べ物を買うための細長い台があってそこに立っている人間はお店の人だから安心しなさい」言っていたのを思い出す。この人は安全だ。

 そう思い、軽く頭を下げて会釈をすると私はお店の中、店内を見て回ることにした。

 

 

 

 

「うわぁっ……すごい…」

 

 コンビニの店内は私にとって未知の世界だった。見た事もない食べ物や飲み物があって、知ってる食べ物や飲み物も見た事無い別の種類があって、形、色、大きさ、そのすべてが新鮮で一つ手に取り眺めては棚に戻しを繰り返しながら、私は店内を堪能した。

 さらにコンビニには食べ物だけでは無くて色んなもの――、ボスが言うには日用品と呼ばれる食べ物飲み物以外で人間が必要な物が置いてあって、さらに新聞や本までも置いてあった。いくつかの新聞には私達競走馬の事が書かれていて、オジュウチョウサンさんが大きく写った新聞もあった。

 

「すごい……コンビニ……すごい!!」

 

 あまりにも世界が違い過ぎてその物量に圧倒されて私の頭はぐちゃぐちゃなり、興奮でもう「すごい」しか言葉が出てこなかった。ありとあらゆるものが新鮮でいつまでも此処に居たいとすら感じるようになっていた。

 

『~~~♪セブンマートが午前3時をお知らせします』

 

 天井から聞こえてくる軽快な音楽と共に商品の紹介や何かの宣伝をしていた人間の声が変わり時刻を伝える音に浮かれきっていた私は目を覚ます。ふと壁の時計をみるといつの間にか午前3時を迎えていた。身体の底が一気に冷えて現実に引き戻される。

 

――まずい!!もうトレセンへ戻らないと!!

 

 最近だと大体午前4時過ぎくらいに私は変身が解けてしまう。トレセンからコンビニまで結構な距離と時間があったはず。急いで買い物をしてトレセンに戻らなければ!!!

 私は本来の目的を思い出して買い物を始める。ボスに頼まれたビール、コタロウが楽しみしてくれてるニンジンとニンジンジュース、私が飲みたかったリンゴジュース、以前から気になり食べて見たいと思っていた(わたし)達が食べられない種類の野菜と肉とパンで出来ている「ハンバーガー」、コンビニにある膨大な食べ物飲み物の中から選んだほんの少しの物だけなのに私の腕からはみ出て落ちそうになる。それだけコンビニに置いてある食べ物飲み物の数と量の凄さを感じつつそれらを取ると両腕に抱えてレジ台と呼ばれる場所に持って行った。

 

レジ台の上に持ってきた商品を置く。ボスの話ではここに置けばあとは店員さんがやってくれるそうなのでそれを待つことにした。そっと店員さんの顔を覗く。男の店員さんは短い白髪交じりのおじさんでどことなくテキに似ている雰囲気の人だった。テキと同じくらいの年齢の人なのかな?

テキの顔を思い浮かべるとつい顔がにやけてしまう。そんな姿を店員のおじさんに見られそうになり、私はもう一度帽子を深く被り直して俯く。

 

「ハンバーガーは温めますか?」

 

「は、はひぇ!?……あ、あたためる??」

 

 突然、店員さんに話しかけれてびっくりしてしまう。あたためる?何をするんだろうか?

 

「このハンバーガーを電子レンジで温めますか?それともこのまま持って帰りますか?」

 

 店員さんがそう尋ねて来る。ハンバーガーを温めるの?デンシレンジって何??見上げると店員さんは手を止めて私の反応を見てるようだ。

 

「……このままでお願いします」

 

 私はそう答えた。食べ物を温めるのには時間がかかるはずだ。以前休憩室にあったお湯で温めるうどん。なかなかできなくてボス達とのんびり出来上がりを待っていたのを思い出す。今はそんな時間とてもじゃないが無い、そもそもハンバーガーって温める食べ物かもどうかわからないし……。

 

「わかりました」

 

 そう言うと店員さんは再び作業に戻った。

 

――ポンッ♪

 

『年齢確認をお願いします』

 

「…………」

 

 作業していた店員さんの手が止まる。どうしたのかな?

 

『年齢確認をお願いします』

 

「…………」

 

 レジ台横の白い機会が何かを喋るのを聞きながら私は店員さんが作業を再開するのを待ちづづけていた。

 

「年齢確認をお願いします」

 

「へっ!?ねんれい……かくにん……??」

 

 また、突然店員さんに話しかけられて私は飛び上がりそうになった。ねんれい……かくにん……?ネンレイカクニンって何だろう?

 

「ええ、お嬢さんの年齢ですよ。お酒は20歳にならないと買えないのは知ってますよね」

 

「…………」

 

 知らない。そんなの知らないよ……。お酒は20歳にならないと飲んでは駄目なのは私も知っている。ボスから教えてもらったしビールの容器や箱にもそう書いてある。でも20歳にならないと買う事が出来ないなんて知らない、ボスはそんな事言ってなかったし、どこにもそんな説明書いてない!!

 私が混乱してると小さなため息が聞こえた、目の前の店員さんが吐き出したため息だった。

 

「すみませんがビールはお売りできませんね」

 

「だめぇ…!」

 

 そう言って私が台に置いたビールを片付けようとする店員さん。私は思わず叫び、咄嗟にその腕をつかんでしまう。ビールをビールだけは持って帰らないと!!!

 

「お願いします。ボスが飲みたいって、ビール飲みたいって言うんです。お願いします売ってください、お願いします……」

 

 私は店員さんの腕を強くつかんだまま震える声で懇願する。このまま帰ったらボスが、ボスが悲しんでしまう。そもそもコンビニへ行くのをボスは反対していた。それを私はビールを買って帰ると言う条件で無理やり変えさせたのだ。ボスに無理を言って心配と迷惑かけて、それでビールは無しなんてあまりにも酷過ぎる。ボスへの裏切りだ。

 

「失礼ですが、年齢は?」

 

 頭上から降って聞こえてくる、優しい声。

 

「ぐすっ……ねんれい……ですか?」

 

溢れる涙で目の前が滲みながら私は顔を上げる。目の前には店員のおじさんの少し困った表情が見えた。その少し困った表情を浮かべる優しそうで暖かそうな顔にどこかおとうさんテキにも似た表情を感じた。

 

「ええ、そうです。20歳以上ならあなたはビールを買う事が出来ます。私はあなたにビールを売る事が出来ます。お嬢さん、失礼ですが年齢は…」

 

「3歳……です」

 

 とっさに正直に年齢を答えてしまう。店員さんは派手にずっこけていた。気のせいかスゴーッと凄い音がした気がする。

 ああっそうじゃなかった。私が答えたのは馬の年齢だ。ボスが言うのは人間と(わたし)は年齢の数え方も進み方も違うはず、馬の年齢を人間に当てはめると…確か……。

 

「3歳!?……ああ23歳の事ですよね」

 

 ずっこけていた店員さんが起き上がりそう答えてくれる。

 

「!……はい!にじゅ…さんさい……23歳です!」

 

 私は何度も頷いて答える。私の歳、人間の年齢に直すと23歳なんだ!知らなかった!!!何度もその数字を言葉に出し口を噛みしめ確認する。

 

「では年齢確認ボタン押してください」

 

 店員さんが指をさす。レジ台横の白い機械の平べったい部分に「私は20歳以上です。【確認】」と書かれており、わたしは【確認】と書かれたところを指で触る。

 

――ポンッ♪

 

『年齢確認が完了しました』

 

 白い機械がそう告げると、止まっていた店員さんが作業を再開させる。良かった……本当に良かった。私は息を吐き張りつめていた気を緩めることにした。

 

「お会計■■■■円になります」

 

 気が付くと作業は全部済んでいて店員さんは私が何かするのを待っているようだった。まだ何かあるのだろうか?

 

「あのお会計を、商品の代金を頂きたいのですが…」

 

 店員さんが何か怪しむように私に聞いてくる。一瞬何かわからなかったけどすぐに思い出した。そうだコンビニで食べ物買ったらお金を支払わないといけない事だ。いつもは休憩室やエサ置き場から勝手に持ってきてるけど外の世界ではそれは犯罪になる、悪いことだとボスが言っていた。

 もちろん私はお金を持ってきている。厩舎を出る時、事務所のテキの机から"財布"と呼ばれるお金を入れる黒い入れ物を持ってきていた。ボスがこれを持って行ってコンビニで店員に出せばよいと言っていたのを思い出し大急ぎで作業着のポケットから財布を出すと頭を下げながら両手で店員さんに差し出した。

 

「………………」

 

「………………」

 

 暫く沈黙の空気と時間が続く。いつまでも店員さんが財布を受け取らないので不思議に思い顔を上げると、店員さんは驚きと困惑と不思議な物を見たような複雑な表情を浮かべてそのまま固まっていた

 

「あの……商品のお金……財布……」

 

 訳が分からず私も混乱気味で尋ねる。すると固まって居た店員さんがハッと気づいたようで暫く何か考えるそぶりをしてそのまま私が差し出した財布を押し戻した。どうして受け取らないのだろうか?

 

「お金を支払う時は自分で財布からお金を出してください。財布ごと他人に渡すのはあまり感心しませんよ」

 

「そ、そうなのですか!」

 

 優しい表情を浮かべてそう教えてくれる店員さん。そんな事知らなかった……。

 

「す、すみません。えっと…じゃぁ……お金……あれ…?」

 

 お金を出そうとして私はそこで気づく。私、お金の種類全然分からない。財布には紙のお金と丸い金属のお金があって数字が書いてあるけど、どうやって出せばいいんだろう。何を選んで出せばいいんだろう……。こんな事ならボスにお金の扱い方教えてもえばよかった……。

 私が財布をもったままオロオロしてると、店員さんの腕が伸びてきて私の持っていた財布を掴み、持っていく。

 

「今回だけ特別ですよ。それからお金の扱い方を知らないのですね。良ければ説明しますよ?」

 

 優しそうに答える店員さん。その温かい優しさに私は思わずうなずいた。

 

「っ、はい!教えてください!お願いします!!」

 

 店員さんが私に丁寧に説明してくれる。お札の種類、渡し方、お釣りの受け取り方に財布の仕舞い方、私はその説明を食い入るように聞いていた。

 

 

「――、これで以上です。どうですか?お金の扱い方、お店での買い物の仕方、ご理解できましたか?」

 

「はいっ!!本当にありがとうございました!!」

 

 あの後、私は店員さんに沢山の事を教えてもらった。お金の扱い方だけではなくお店での買い物の仕方まで丁寧に教えて貰えた。

 店員さん――このお店のオーナーさんでお店で一番偉い店長さんだと言うこの人。本当にテキに似ていてとても優しい良い人だ。

 店長さんは私達の厩舎のテキみたいなポジションでコンビニも私達の厩舎に似てるところがあるんだなと私は感じていた。

 

「ではお疲れ様です。そしてお買い上げありがとうございました。またのお越しをお待ちしておりますね」

 

「はい!来ます!!このお店!!とても良いです。テンチョーさんも私大好きです!!また来ます必ず来ます!!!ありがとうございました!ありがとうございました!!」

 

 嬉しくて、ありがたくて何度も何度もお礼の言葉と共にお辞儀をして、私はコンビニを後にするのであった。

 

 

 

 

 

「どうしよう、時間がもうないよ……」

 

 コンビニを出て私は酷く震えていた。お店を出る時、時計は午前3時45分を指していた。今から戻っていたらもう間に合わない。変身が解けてしまう。

 このままだと私は――。最悪の予想する事態が浮かび、思わず私は頭を振る。いや、まだだ、まだ諦めたらだめだ。

 

「一か八か全力で走ってみよう……」

 

 そうだ、私は競走馬だ。競争馬なら全力で走るのみ。例え今は人間の姿でも、馬よりも遥かに遅い2足歩行の生き物でも――。

 

「やれるだけのことはしよう」

 

 どうせだめなら最後まで足搔いてみよう。私は道路に立つと目を閉じて祈る。私は馬だ…ウマ娘だ。コンビニからトレセンまで1200m、短距離レースだ。1分20秒もあれば終わるっ!!

 

 私はイメージする、ファンファーレが鳴りゲートに入り待機する自分の姿を――。何度も深呼吸を繰り返して――。

 

――ガシャンッ!!!

 

 ゲートが開く音が聞こえて――、聞こえた気がして、私は力強く足を蹴って前へと踏み出した。

 

――えっ!?

 

 信じられなかった。

 目の前の景色が流れていく。

 そのスピード、その速さ、まるでいつもの、普段の競走馬の時のようだ。

 もしかして馬に戻ったの?そう思うがうっすらを光を帯び纏う身体は今の私は人間の、ウマ娘の姿のままだ。

 光の粒子を纏う身体、変身解除の時とは違う力が溢れて出てくる感じで私は競走馬の様に頭を低く前に伸ばす前傾姿勢を取り、競走馬そのもののスピードで道路を駆け抜けていた。

 

 やがてあっという間にトレセンの、私が抜け出した柵の穴がある場所が見えて来たので私は減速する。中々速度が落ちなくて柵にぶつかる寸前で何とか止まる事が出来た。

 柵の穴を潜り藪を掻き分けてトレセン内に出ると再び私は前傾姿勢を取り駆ける。身体が光を帯び、人間離れしたスピードでトレセン内を駆け抜けて行った。

 

 

 

『あっ!チョコだっ!!ボス!チョコが帰って来たよ!!』

 

『ああ、本当だ!チョコが無事に帰って来たぞ!』

 

 私が厩舎までたどり着くと、ボスとコタロウがずっと外で待っていてくれたみたいで温かく出迎えてくれた。

 

『ボス!コタロウ!!心配かけてごめんね!!いっぱい待たせちゃってごめんね!!』

 

 私はふたりに抱き着くとせいいっぱい謝った。

 

『気にしないで!!チョコは大冒険してきたんだから!無事帰って来てくれただけでも嬉しいよ!』

 

『そうだ!チョコ、お前がトレセンを出て遥か遠いコンビニまで行って来たんだ。何事もなく無事に帰ってきてよかった』

 

 ふたりにそう言われて私はとても助かる。

 

『ねぇ!ふたりとも約束通り、お土産買ってきたよ!』

 

 私はコンビニで貰った白い袋を掲げて見せる。

 

『わぁーいやったぁー!!』

 

『おおぅ、ビールだっ!酒だっ!』

 

 大喜びするふたりに渡そうとして、大事なことを思い出す。

 

『あっ!ボスっ!今何時!?』

 

『今か……今は3時55分か。もう時間がないな。すまないチョコ。すぐ戻る準備をしてくれ。戦利品を楽しむのはまた今度だな』

 

『うん、わかったよ。ボスもコタロウもごめんね』

 

『うううっ…でも仕方ないよね。うん、食べるのはまだ今晩にでもするよっ!』

 

 

 

 こうして大冒険は幕を下ろし、私達の片づけをして馬房に戻りその時を待つ。コンビニで買った食べ物は袋ごと休憩室の冷蔵庫へ。テキの財布は事務所までは持って帰れなかったので一緒に休憩室の机の上に置いておいた。

 ボスが言うのはここなら国崎さんが見つけてテキに渡すからこの方が安全だと、言う。

 

 

 テキに勝手に財布持ち出したこと。中のお金を使った事、財布を返さずに休憩室に置く事を詫びながら私は、光に包まれ馬へと戻るのであった……。

 

 

 

 

 

 

(つづく)



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chapter.8「はじめてのおるすばん」

大変遅くなりました。第8話になります。

・チョコちゃんひとりでお留守番。
・チョコちゃんウマ娘アプリのガチャを回す。


執筆が行き詰りかけてて時間掛かった割にはクオリティと文章が迷走気味ですみません。プロットは目の前にあるのに細かい文章やシーンとシーンの繋ぎの部分が文章としてがアウトプット出来なくなって来てます。
それでも楽しんでいただけたら……読んで頂けるだけでも大変うれしいと感じます。


――美浦トレセン 御手洗厩舎 AM8:00

 

『嫌だっ!!嫌だっ!!俺は絶対行かないぞっ!!!』

 

 コタロウが駄々をこねて馬運車に乗せようとする国崎さん達の手を焼いている。国崎さんだけでは手に負えないとテキと馬運車の運転手さんも手伝っているがコタロウは四脚を突っ張ってビクとも動こうとしない。

 

「くそぉ、コタロウの奴完全に固まってやがるなぁ」

 

 国崎さんがコタロウを一生懸命引っ張っている。

 

「浦木ぃ!すまん!チョコを連れて来てくれ!コイツの横にチョコが入れば多少大人しくなるんだ!」

 

 テキが浦木さんを呼んで私を連れて来るように促してくる。ここまで意固地になったコタロウを宥めて説得させるのが私の役目みたいだ。

 

「あっはいっ!……ほらチョコ行くぞ」

 

『はい、浦木さん』

 

 浦木さんに曳かれてコタロウの横まで私は来る。

 

『コタロウ……?』

 

『チョコっ!!なぁ!お前も来いよ!!頼むよう!!お前が来ないなら俺は絶対に行かないからな!!』

 

 コタロウがそうごねる。

 今日から2週間コタロウとボスは厩舎を離れて短期放牧へ出る事になった。最初はコタロウ一人だけだったのだが、ひとりだけだとコタロウが寂しがると言うのことで、以前の夜中にお酒の飲んで体調不良になったボスも療養と休養を兼ねて一緒に行くことになり、私ひとり留守番になる事になった。コタロウはそれが大変不満らしく、『なんでチョコだけ置いて行くんだよ!チョコを連れて行かないんだったら俺も行かない!』と駄々をこね始めて今日にいたったわけである。

 

『私は厩舎でお留守番なの。コタロウもボスも身体調子悪いところがあるってテキ達がいっていたけど私にはそういうところないから、だから行けないの』

 

『嫌だっ!!ヤダヤダヤダヤダ嫌ぁだぁっ!!なんでチョコと離れ離れにならないといけないんだよ!!!俺の横にチョコが居ないなんて絶対やだっ!!!』

 

 私とコタロウは今まで離れ離れになった事は殆ど無かった。生まれてからずっと一緒だった。最初の牧場に居た時も、次の育成牧場に居た時も、育成牧場を卒業する時も一足先に馴致を終えた私はコタロウが終わるまで待ってから一緒に卒業した。厩舎に来てからもいつも一緒で馬房はコタロウが甘えるからとさすがに一つ離し間にボスが入ってくれたけどそれでもほぼ一緒に過ごしていた。新馬戦もその後の未勝利戦に出走するため色んな競馬場へ移動した時もコタロウといつも一緒だった。

 コタロウと離れ離れになったのはこの間の未勝利戦が最初だった。あの時もコタロウは凄く泣き喚いたっけ。その時は今とは逆で私が馬運車に乗りコタロウはお留守番だったのでここまでは面倒にはならなかった。私の名を呼び続けるコタロウを振り切って馬運車に乗りそのまま立ち去ったのだから。今回はその逆なのでとても苦労している。なのである意味初めての一時の別れになるんだろうなと感じた。

 

『大丈夫、もう二度と会えないわけじゃないんだから。二週間良い子にしてれば帰れるんだよ。そしたらまた私とずっと一緒なんだよ?』

 

『うううっ……』

 

『もうコタロウも大人(三歳馬)なんだから。私なら大丈夫、居なくなったりなんか絶対しないよ。二週間後コタロウ達が元気に帰って来るのを厩舎の外でお出迎えして待ってるから。――だから、ね?』

 

 コタロウの頭絡を食み、頬を寄せて馬体をくっつける。そうやってコタロウが落ち着くのをゆっくり待つ。昔、生まれ育った小さな牧場に居た頃からやっている方法だ。こうして居ると昔を思い出して何だか懐かしさを感じる。最初は首を振り抵抗していたコタロウも徐々に大人しくなっていた。

 彼の馬体から伝わる熱と鼓動―、それが少し落ち着いてくるのを見計らって頭絡を咥えたままゆっくりと馬運車へと導いていく。まだ少し抵抗を見せるコタロウに「ね、行こう……?」と優しく囁きかけて歩みを促す。

 馬運車のスペースにコタロウが入りきると国崎さんと運転手さんが素早く仕切りを閉め、馬運車の中に先に入っていたテキがコタロウの頭絡をロープと繋ぐ。『あっ……』とコタロウが声を上げるがもう遅い。

 

『静かにしろコタロウ』

 

 暴れそうになるコタロウを一足先に馬運車に乗り込んでいたボスが睨みつける。コタロウはしょぼくれたように項垂れたしまった。

 

『ボス、コタロウをよろしくね』

 

『ああ、わかった任せろ。――それよりもチョコ、お前が心配だ』

 

『私?』

 

『そうだ。お前をひとりにして残していくからな』

 

 ボスが心配そうに私を見つめている。

 

『私は大丈夫だよ。だから心配しないで。この前のレースもひとりで過ごせたし、暇になったら人間に変身して――』

 

『それが駄目なんだチョコ!』

 

 ボスが強い口調で叫ぶ、私は思わず首をすくめてしまった。

 

『いいかチョコ、俺達が戻るまで人間に変身するのは止めろ。……いや止めろとは言わないが出来るだけするな。変身しても外へは出ずに厩舎内か出ても厩舎の敷地内だけにしろ。遠出、ましてやコンビニへ遊びにまた行くなんてもってのほかだ!』

 

『そんな……』

 

 ボス達が居ない間、退屈なら人間に変身してあちこちお出かけしてみようとおもっていたのだが、ボスに反対されてしまう。

 

『チョコ、お前のその変身能力にはまだ判らない事が多い、多すぎる。この間のコンビニ帰りで力が暴走して帰厩後に倒れるような事がまたあるかもしれない。その時俺達が傍にいないとお前を助け護ることが出来ない。だから頼む、出来るだけ変身しないでくれ』

 

 ボスが真剣な目をして私に訴えかけてくる。あの日、初めてコンビニへ行った日、変身解除時間までに厩舎に帰るために私は本気で競走馬の時と同じくらいのペースで走った。その動きと力は凄まじかったらしく厩舎に辿り着いていた時、私が身に纏っていた作業着はボロボロに破れて無くなっており、衣類の破片が普段身に纏っているドレス衣装に引っ掛かってる程度だった。帽子もなくなり、ウマ耳が丸見えで右耳についている耳飾りのリボンが風に揺れていた。その後馬房に戻った私は馬の姿に戻れたものの力を使った反動で倒れてしまい高熱を出して2日ほど寝込んでしまった。さらに寝込んでいた2日間は人間に変身できなくなってしまい、変身能力を失ってしまったのかと焦ってしまった。

 

『わかったよボス。ボス達が居ない間は人間には変身しない様にするよ』

 

『それで良い。寂しいかもしれんが2週間耐えてくれ』

 

『うん……』

 

「ほら、もう降りるぞチョコ」

 

 浦木さんに促されて私は馬運車から降りる。後ろの入り口が閉まり、馬運車がゆっくりと動き出す。コタロウが私の名前を呼ぶ嘶き(こえ)を響かせながら厩舎が並ぶ通りを馬運車は走り去っていった。

 

 

 

 

 

 私は浦木さんに曳かれ厩舎に戻り馬房に入る。閂を閉めて私の頭と首筋を撫でてくれる浦木さん。ボス達と別れて少ししんどくなっていた心が落ち着くようで私は頭を浦木さんに寄せて――、作業着のポケットが少し膨らんでいることに気づいた。何か固い物が入ってるみたい、鼻でそのポケットの膨らみを軽く押してみると、

 

『サイバーゲイムス!ウマ娘!プリティーダービー!!!!!』

 

 

「ブヒッィヒィン!?」

 

 突然人間の女の子の大きな声が響き渡り、レース前に聞こえるファンファーレと呼ばれる甲高い賑やかな音似た音楽が鳴り出す。突然のことに驚き軽くパニックになった私は思わず立ち上がって馬房の壁に首と背中を打ちつけてしまった。

 

「おいっ浦木ィ!!バカ!お前何やってんだっ!!!」

 

 国崎さんの怒号が聞こえ、浦木さんが慌ててポケットに手を突っ込み何かを取り出した。薄い板状のものに何かカラフルな模様が動いているように見える。確か人間がここには居ない遠くにいる別の人間とお話が出来る道具、デンワ、ケータイ、スマホと言う機械だっけ。

 

「ううっすみません!!!…おかしいな、音量ミュートにしてアプリも切ってたはずなんだけど――ああっ!!」

 

「ブヒィン!?」

 

 取り出した薄い板、スマホを慌てて触っていた浦木さん、すると手から滑り落ちそうになり、咄嗟に手を動かしたら、スマホが跳ねて浦木さんの手を離れ私の馬房の中へ飛んで入ってきた。びっくりした私が飛び跳ね避けるとスマホは寝藁の上を何度か跳ねて私の前脚の横に転がってきた。

 

『おはよ!ほら、朝トレ行くわよ!さっさと支度しなさい!』

 

「ヒィン?」

 

 薄い板から女の子の声がする。覗き込むとツルツルしたガラス板の中に女の子が居た。髪の大きい気の強そうな女の子、よく見ると人間に変身した私みたいに人間の身体にウマ耳と尻尾がある女の子だった。もしかして私みたいに人間に変身できる競走馬さんなのかな?

 

『なに寝ぼけてんの?シャキっとしなさい!アタシのトレーナーなんだから!』

 

 ウマ耳の女の子が私を見つめて話しかけてくれる。この機械は遠くいる人間とお話出来る機械だからこの娘が私の話し相手なのかな?話しかけられているのに無視するのは駄目だから答えなきゃ……ええっとどうも普通の人間の声で喋っているように聞こえるけど私の言葉通じるよね?

 

『こんにちは。私、チョコエクレールって言います。初めまして!』

 

『アタシは1番のウマ娘になる。アンタも1番のトレーナーになってしっかりついてきなさい!』

 

『そうなのですか!私はあなたと同じ人間に変身できる競走馬なんですけど、トレーナーってなんですか?』

 

『このティアラ、似合ってるでしょ?トレセン学園に合格したお祝いでママにもらったのよ!』

 

『ティアラって何ですか?ママってお母さんの事ですか?』

 

『エアグルーヴ先輩ってちょっとおっかないけど…あの隙のなさは憧れるわ。』

 

『私にもボス、ブルドッグヘッド先輩って(ヒト)が居るんです。とてもカッコいい憧れの先輩なんですよ』

 

『タキオンさんって優しいわよね。美味しい茶葉も分けてくれるし。お役立ちグッズもくれるし。』

 

『……………』

 

 話がかみ合わない。私が話しかけても、返事が来なくてどんどん別のお話をしてくる女の子。私に気づいてないのかな?でも確かに瞳は私を見てて――、やはり馬の状態だと言葉が通じないのかな?夜になって人間に変身したら私の言葉通じるのかな?人間の機械は難しくてよくわからないよ。

 

「チョコ……、頼むからじっとしててくれよ――、うわぁっ!?」

 

 馬房に入ってきた浦木さんがスマホを取ろうとする。私この娘と会話中なんですけど……、近づいて来た浦木さんを頭で押し返すと浦木さんが後ろに仰け反ってたたらを踏む。スマホの位置を変えようと前脚でスマホを軽く蹴って馬房の奥へ持っていこうとしたら画面が変わった。

 

『あれ?』

 

 流れる音楽が変わり私に話しかけてくれた女の子が居なくなり、今度は別の女の子が現れる。次に現れた女の子は喋らない代わりに小さな画面の中いっぱいに動き回っている。大きなウマ耳と長い黒髪で顔が半分隠れた女の子、小さめのウマ耳と赤みががった髪色の身体に包帯を巻きつけた女の子が居て"ピックアップ プリティダービーガチャ"と書かれていた。どうやら画面に触れると変わるみたい、さっきの娘はどこに居るんだろうか?

 私が鼻先でガラス板に触れると"ピチョン"と音がして画面の中に四角い表示物が現れる。

 

ガチャ確認 ジュエルを1500個使用してピックアップ プリティータービーガチャを10回行います

 

 画面に現れた四角い表示物にはそう書いてあり、その下に小さな文字で何かがいっぱい描いてあった。よく見ると表示物の下に大きなボタンが二つあり、うち一つは緑色で塗られていて協調されていた。確かコンビニでビールを買った時にテンチョーさんに押しなさいと言われたモノによく似ていた。

 私は人間だと23歳でビール買える年齢らしいので緑で塗られたボタンを押してみる。もう一度"ピチョン"と音がして画面が変わり音楽が止まり静かになる。

 

『……?』

 

 暫く無音状態が続いた後、突然盛大な音楽が鳴り響き出しびっくりして飛び跳ねそうになる。小さな画面の中では猫を乗せた帽子を被った小柄の少女が「激熱ッ!」と書かれたモノを持ち、走りながらドアを開ける。すると見慣れた競馬場とその競馬場にある芝のコースの風景が広がりその先には私達がレースで入るゲートによく似たものが映っていた。

 

『ポピィン!ポピィン!カンッ!カンッ!ポピィン!ポピィン!ポピィン!ポピィン!カンッ!カンッ!』

 

 並んだゲートのドアが一つずつ順番に色が変わって行く。虹色 虹色 金色 金色 虹色 虹色 虹色 虹色 金色 金色、とてもカラフルで綺麗だなと私は感じた。

 ゲートの上の赤いランプが灯ると虹色に輝くゲートが開き人影が飛び足してきた。

 

『噛んだら痛いから…噛みつくのは、勝利にだけ!』

 

 少し気の弱そうな声がして先程の画面に居た黒髪の女の子が出て来る。名前は[Make up Vampire!]ライスシャワーさんと言うらしい。

 

『怖がらなくても大丈夫ですよ。あなたのマミーですから~♪』

 

 次の虹色のゲートから飛び出したのは優しそうな声をしたウマ耳の女の子は身体を白い包帯で覆われている。この子もさっきの画面に居た娘さんで、名前は[シフォンリボンマミー]スーパークリークさんと言うそうだ。どうやら緑のボタンを押すと女の子が出てくる仕組みになっているようだ。

 

「嘘だろ……」

 

 いつの間にか横に来ていた浦木さんが驚いた表情を浮かべていた。私、もしかして何かしてしまったのだろうか?

 震えながらスマホを拾い上げ、画面を触っていく浦木さん、虹色のゲートが開くたびに人の声がして色んな形や色をした衣装を身に纏った女の子たちが出てくる。

 

「は、はははは……、一発でピックアップ全抜きに未所持☆3カード4枚……。そもそも虹ゲートって6つも出て来るのか……、こんな事ってあるのかよ……。ありがとうございます!!チョコエクレール、いやチョコエクレール大明神様っ!!

 

 乾いた笑いを浮かべていたと思ったら、突然目の前で土下座をする浦木さん。

 

「浦木……お前何やってるんだ」

 

 顔を上げれば呆れた表情を浮かべた国崎さんと事態が呑み込めず困惑してるテキの姿があった。

 

「く、国崎さん!!チョコが!俺のスマホを触って!ガチャを回したら虹がいっぱい出て!!」

 

「何訳の分からないこと言ってるんだ。いい年してゲームなんぞに現を抜かして、そんなのだから何時までもヒヨッコ騎手呼ばわりされるんだろうが」

 

「浦木、お前、それがウマ娘とか言うゲームなのか?そのゲームに詳しいのか?」

 

 国崎さんが浦木さんを叱りつけていると後ろからテキが覗き込んで尋ねている。

 

「テキ!?テキもウマ娘に興味あるのですか!?良いですよ!ウマ娘のアプリの入れ方とか攻略方法など何でも聞いてください!!」

 

「あー、悪いがゲームには興味無くてな。それよりも浦木、そのウマ娘と言うゲームにうちのチョコが出てるのか?」

 

 子供の様に目を輝かせてテキに迫る浦木さん。その勢いに押されつつテキが質問をする。

 

「えっ!?」

 

『ええっ!?』

 

 思わず、浦木さんと声がダブってしまう。私は人の言葉ではなくて鳴き声だけど。

 私?私がこのゲームの中に居るの??後ろから浦木さんの手にあるスマホを覗いてみる、画面には10人のウマ娘さんの顔が映っていたけど、私はその中には居なかった。

 

「いやいや、さすがにチョコエクレールのウマ娘化は無いですよ。まだデビューして2年目の現役ですし、成績も未勝利戦1勝のみですから」

 

「おい!うちのチョコをバカにしてるのか!?」

 

「痛っいてててててっ!!違います!誤解ですよ国崎さんっ!!」

 

 国崎さんに耳を抓られて痛がる浦木さんをよそに私は考え込む。もしかしてこのスマホのゲーム?と言うのが私が人間――ウマ娘に変身できることに何か関係あるのだろうか?

 

「そうか、チョコはこのゲームに出てないのか……」

 

 テキが少し寂しそうにそうつぶやく。テキ、私が出てたらこのゲームをしていたのかな?

 

「でもいきなりどうしたんです?チョコとウマ娘に何か関係があるんですか?」

 

「いや、実はな、この間の未勝利戦後にチョコ宛にファンレターが来てな。その中にチョコをウマ娘にした絵があったんだ。だからうちのチョコがそのゲームに出てるのか気になってたんだ」

 

 そう言ってテキが馬房に飾られた私の絵を指さす。浦木さんが私の馬房に入り、その絵をまじまじと見つめてる。何かわかるのかな?

 

「……これは"オリジナルウマ娘"ですね」

 

「お、オリジナルウマ娘ぇ?」

 

「何だそれは……」

 

 絵を見て浦木さんがそう呟くとテキと国崎さんが不思議そうに尋ねる。

 

「ウマ娘のファンがゲームに実装されてない競走馬を自分でウマ娘にして描いてるイラストなんです。キャラの顔や身体や勝負服のデザインを元の競走馬を参考に独自に考案して書いてるんですよ」

 

「これがそうなのか……?」

 

「素人のオタクが描いてるとは信じられないな。どう見てもプロの漫画家が描いてるみたいじゃないか」

 

 飾られた私の絵を見て感嘆を漏らすテキと国崎さん。私も思わず見つめる。確かにこの私の絵はとても丁寧に書かれている。コンビニで置いてあった本に書かれた人間の女の子の絵よりも線がいっぱい描かれてて綺麗だなと思った。

 

「オタクにはプロ顔負けの腕を持ったアマチュアの絵描きさんが大勢いるんです。中には本当にプロになる人も居て。――ああ、この絵師さん知っていますよ。この人、ウマ娘の絵を描くファンの中でもトップクラスの人ですよ。一部ではウマ娘のゲームのメーカーの人よりも上手いと言われてる超有名な人なんです」

 

 浦木さんが絵の隅を指さしてそう語る。よく見れば何か人の名前のような物が小さく書き込まれている。よく見えないがこの人が私のファンでお手紙とイラストをくれた人なんだ。

 

「良かったなチョコ。お前すごい人にファンになって貰って応援して貰えてるんだそ」

 

 そう言いながら浦木さんが私を撫でてくれる。

 浦木さんに撫でて貰いながら目を瞑り思い出せば頭の中であの日、私に贈られた温かい言葉、励ましの言葉が蘇って来る――。私、そんなすごい人にファンになって貰い応援していただけてるんだ。そう思うととても元気が湧いてくるような気がしてきた。

 

 

(つづく)

 




☆後書き[このお話に出て来たネタの解説]☆

・ウマ娘ガチャで鬼引きするチョコエクレール。

 チョコエクレールの転生馬チート能力の残滓の影響でガチャの☆3排出率が大幅に上昇しています。彼が回すと最低☆3が2枚以上でてピックアップ全抜き、ピックアップカード入手済みの場合は未所持の☆3が出るようになってます。運が良いと10連全部虹ゲートになる事もあったりします。(羨ましい)
 ただし、欲張って何度もしつこく回したり意地汚い下心が溢れると爆死するようになってます。


・チョコエクレールのオリジナルウマ娘のイラストを描いた絵師さん

 この世界のウマ娘の二次創作界隈で有名な絵師さん。普段から多くのオリジナルウマ娘のイラストをフルカラーで描いて発表しており、勝負服やキャラクターのデザイン力とイラストのクオリティの高さから「野生の公式」「公式はこの絵師さんを雇うべき」と言われている。ウマ娘絵師界隈では事実上トップクラスの人。
 ウマ娘のチョコさんのキャラデザがナリタトップロードさんと瓜二つのは全くの偶然(この絵師さんが描いたのはトプロさんが公表される前)なのですが、これがのちに大炎上へ発展してしまう事になります。
 ちなみにモデルになった絵師さんは実在しません。完全に筆者の空想架空人物です。


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