生徒会長スペシャルウィークちゃん! (天宮雛葵)
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覚醒の毎日王冠
Barブロンズ・開店記念(1)


 カラン、と控えめに鳴ったドアベルが来客を告げる。ロック用の氷を仕上げていたナイスネイチャが視線を上げた。

 

「あれま、スペちゃんお早いお着きで」

「こんにちは、ネイチャちゃん。それから開店おめでとう、はいこれ」

「いやー、気を遣わせて悪いねぇ」

 

 差し出された花束を受け取った彼女は恥ずかしそうに頬を掻く。小さなビルの地下、カウンターが数席と緑色のソファ席が三対あるだけの店を見回して、スペシャルウィークは微笑んだ。

 

「ネイチャちゃんらしいね。もっと大きい店を構えるのかなって思ってた」

「ネイチャさんは身の程をわきまえておりますので、なんちゃって」

「だから店の名前も、ってこと?」

「アタシだってわかってもらいやすくていいでしょ、Barブロンズ」

 

 ナイスネイチャはそう言いつつ、テキパキと花束を生けるための花瓶を取り出し、きれいな包みを開いて移し替えていく。

 

「ブロンズコレクターよりも誇れる称号、ネイチャちゃんは結構持ってると思うよ?」

「いやー、有馬記念3年連続3着には知名度でそうそう敵わないって。一度くらいはあの舞台で勝ちたかったな、なんて気持ちも未だにあるけどさ」

「その言葉、走り始めたころのネイチャちゃんに聞かせてあげたいね」

「『いやいや、アタシに有馬記念優勝なんてキラキラは眩しすぎて目が潰れますよ』……ってとこかな、感想は」

 

 お互いに笑い合ってから、スペシャルウィークはゆっくりと店内を見て回る。

 

 カウンターの背後には様々な酒瓶が並び──洋酒が多く、お酒に疎い彼女でも聞いたことのある『高そうなお酒』の銘柄が多かった──カウンターの脇にはビアホールで見るような本格的なビールサーバーがそびえている。ジョッキやカクテルグラス専用の冷蔵庫も、相当のお金が掛かっているのは間違いなさそうだった。

 

「あれ、そういえば服装はいつものネイチャちゃんカラーじゃないんだ」

「あー、ソファとかも緑にしてるから服まであんな感じじゃうるさいじゃん? というわけで、シンプルにモノトーンでまとめてみたんだけど……やっぱり違和感ある?」

 

 そう言ってカウンターのなかでくるりと回って見せる店主。クリスマスカラーの耳飾りはそのままだが、服装は大きく変わっていた。白いワイシャツの襟は、襟先を鳥の翼のように前に小さく折り返したウィングカラーのフォーマルなもの。黒い蝶ネクタイはストレートエンドでスマートに、背中の部分が大きく空いた黒いカマーベストと、細身のスラックス。見た目は男性バーテンダーそのものだ。……穿いているのが、尻尾用のホールが空いた特注製のズボンであること以外は。

 

「ううん。格好良くていい感じ」

「よかった。スペちゃんのお墨付きなら問題なさそうだね」

「私の評価を基準にしていいの?」

「こういうお店には行きなれてるでしょ? 特に最近は。卒業後ぐっと服装も大人になったもんね、スペちゃんは」

「あはは……まぁ、それが私に求められてることだからね」

 

 そう言いながら微笑んでみせるスペシャルウィーク。藍色の華やかなジャケットの胸元にはURAの記章が光っている。すっかりビジネスの顔を自らのものにした彼女を見て、ナイスネイチャは少し寂しそうな顔をした。

 

「大丈夫? スペちゃんは無理してない?」

「もちろん。大変なことも色々あるけど、これからはその分ここで羽を伸ばさせてもらうつもりだよ。それにしても、まだオープン前なのにお呼ばれしちゃってよかったの?」

「いやいや、プレオープンでお客さんの評判も見ておきたいからさ。だから後で感想がっつり聞かせてちょうだい? 先週ちょこっと商店街でお世話になった人たちも呼んだんだけどさ、『うまい!』しか言わないんだもん」

 

 彼女の言い草に、スペシャルウィークは思わず笑いで咳き込みそうになってしまった。

 

「でも、商店街の人たちって本業の人もいるんだよね? 褒められたんだから、素直に受け取ったほうが良いんじゃないかな?」

「思い出補正コミコミだけどねぇ。でも料理の修行もしっかりしたし、自家製のおつまみとかはけっこう自信あんのよ」

 

 それにさ、とナイスネイチャが笑顔を見せる。

 

「上手いこといけば、名だたる重賞ウマ娘たちが集う店、みたいな感じになるかもしれないし。きっかけはなんでもいいから、いろんな人がうちの味を好きになってくれればなって」

「……そっか」

「それにこの店、アルコールだとビールは胸張って勧められるしね。なにせアイルランド公室御用達だから」

 

 胸を張ってポンポンと叩いてみせたのは、カウンターから生えるビールサーバーの注ぎ口。

 

「あ、やっぱりファイン殿下の?」

「そうでーす。元チームメイトの()()()だからって、いい取引先教えてもらっちゃった。ここの黒ビールはアイルランドからの直輸入だよ? 一杯目は奢るからさ、飲んでいってよ」

「はーい、でもお金はちゃんと払うよ。賄賂その他諸々はいただけないので」

「はいはい、お仕事モードになってるよ。スペシャルウィーク常務理事さん?」

「もー、ネイチャちゃんまでからかわないでよ」

 

 そう文句を言いつつ、スペシャルウィークはカウンター席の真ん中にちょこんと腰掛ける。すぐに紙製のコースターが置かれる。金色のタップからキンキンに冷えた黒ビールが注がれ、小さめのジョッキが差し出された。

 

「あい、お待ち。学園常務理事さんにはサービスしちゃうよ」

 

 小皿を冷蔵庫から取り出される。スペシャルウィークの前に置かれたのは、チーズと生ハムを合わせたおつまみだ。ひとつひとつに楊枝が刺してあり、食べやすくなっている。

 

「これって……」

「カマンベールチーズの生ハム巻き。マーマレードと黒胡椒でどうぞ。黒ビールには合うよ」

「へー、さすが本格的……」

「気軽につまめておしゃれでしょ? 家でもかんたんに作れるから盗んでって」

 

 そう言いつつ、常温のカップに水を注ぐ。

 

「ネイチャちゃんは飲まないの?」

「いや、今からみんな来るのに店主が酔っ払ってどうするのさ」

 

 若干の呆れ顔を見せながら、ナイスネイチャはカップを掲げた。

 

「それじゃ、スペちゃんのトレセン学園常務理事就任を祝って」

「Barブロンズの開店を祝って」

 

 チンとガラスのぶつかる音がする。黒ビールのふわりと広がる香りに、スペシャルウィークは驚いたような表情を見せた。

 

「ビスケットみたいな香り……?」

「モルトの香りが強いからねー、料理にも合わせやすいんだよ。もうちょっと甘口で華やかな感じのもあるから、後でそれも飲んでみるといいかもね」

「さすがアイルランド大公国の公室御用達……」

 

 スペシャルウィークの感嘆を聞いてけらけらと笑うナイスネイチャ。

 

「ファインちゃんがここにいたら、『今度みんなで蔵元訪問ツアーやろうよ! 私が案内するから!』なんて言い出しそうだねぇ」

「第二公女殿下にさせていいことなのかな、その案内役って」

「アタシは詳しくないけど、間違いなくダメだってことだけはわかるよ。でも……」

 

 その先は曖昧な笑顔でごまかすに留めたが、彼女の言わんとせんことはスペシャルウィークにもしっかり伝わった。あのおてんば公女さまならやりかねない。むしろ絶対やるに決まっている。

 

「しっかし、時の流れは残酷なもんだよねー。チームメンバーも70期生徒会の面々も、それぞれあっちこっち散り散りになっちゃったし」

「そうかな? セイちゃんやベルノさんはだいたい毎日会ってるし、アルダンさんも向こうから結構来てくれるよ?」

「え、そうなの? 二人はともかく、アルダンさんはメジロ家の当主代理でしょ? そんなにフットワーク軽いイメージはないんだけど」

「むしろ当主代理だから軽いんじゃないかなぁ? メジロにとって、トレセン学園との繋がりは大事にしなきゃいけないものだろうし……あ、そうだ。メジロで思い出したけど、マックイーンちゃんからは何か聞いてる? この前はまだ来れるか分からないって言ってたよね」

「マックイーンなら『万難を排し、這ってでも必ずお伺いしますわ!』だってさ。だから甘いものも多めに用意してるよ」

 

 語りながらナイスネイチャは冷蔵庫を指さす。なにやらお菓子の類も仕入れているらしい。

 

「あとは……デジタルちゃんはいつも通り?」

「そそ。まぁ『世界中のウマ娘ちゃんのためなら砂漠だろうがジャングルだろうがどんとこいですっ!』って飛び出しちゃったからねぇ。先週LANEが返ってきたんだけどね……」

 

 彼女はポケットからスマートフォンを取り出し、スペシャルウィークに向けて差し出した。

 

「『ごめん、同窓会にはいけません。今、東ティモールにいます。この国を支える平和を作っています。……本当は、あのころが恋しいけれど、でも今はもう少しだけ、知らないふりをします。私の作る平和も、きっといつか誰かの青春を守るから』……うわー、懐かしいネタ拾ってくるね……」

「ほんとにね、いつのCMよ」

 

 アグネスデジタルの近況は全くもって分からないが、とにかく上手くやっているらしい。

 

「あんなに色々あったのに大丈夫かなぁ、デジタルちゃん……」

「ま、あのトレーナーさん仕込みだからそうそうひどいことにはならないと思うよ?」

 

 ナイスネイチャの口から飛び出した『あのトレーナーさん』というワードに、スペシャルウィークは苦い顔を見せる。

 

「そんな嫌ってあげなさんなって。うちのトレーナーさんは堅物だったし、スペちゃんと反りが合わないのはわかってるけどさ」

「べ、別に嫌ってるわけじゃないよ? 良い人なのは知ってるし……未だにちょっと、やりにくい人ではあるけど」

「そんな感想になるあたり、スペちゃんもだいぶ色んな人に毒されたよねぇ。それこそそっちのトレーナーさんとか」

「さすがに不本意だよ」

「そういう言い回しがもう毒されてるんだってば」

 

 軽く言い返しつつ、ナイスネイチャはテキパキと来客の用意を進める。彼女の手元にあるのは小型の包丁、アイスピック、そして氷の山だ。ブロック状に切り出された氷が桶のような容器の中にいくつも並んでいる。表面を削るようにして、きれいな四角柱やロック氷を量産していく店主に、スペシャルウィークは素直な感嘆の溜息を漏らした。

 

「削った後のザラメ氷でかき氷するとおいしそう……」

「あははー。粗すぎてお客さんに出せるようなもんじゃないですよー」

 

 そう言いながら、削った後の氷の()()を容赦なく捨てるナイスネイチャ。もったいなーい、と目だけで訴えるスペシャルウィークに、彼女は肩をすくめてみせる。

 

「アタシは実際、()()()()()()()()()()スペちゃんしかほぼ知らないんだよね。そうじゃないスペちゃんってなると、それこそご飯絡みのときに顔を出す年相応なところくらいでさ。ルドルフさんとか、フジさんとかと話すとさ、『元々はもっと違う子だったんだよ』って言われるんだけどね。今の完璧スペちゃんしか知らないせいか、あんまりしっくりきてないんだ」

「二人ともそんなこと言ってたの?」

「うん。開店準備をし始めたころというか、お母さんのところで修行してたころにフラッと来たことがあってね。『スペシャルウィークをよろしく』って言って、二人して一杯だけ引っかけて帰ってった」

「あの人たちはほんと……」

 

 頭を抱えるスペシャルウィーク。

 

「らしいよね、本当に。そつがなくて、求められていることを完全にこなして……フジさんはいつだって気配りができて頼れる先輩だったし、ルドルフさんだって『絶対』って言葉がよく似合う。……同じようなことを、スペちゃんにも思ってたんだろうな、アタシ」

「ネイチャちゃん……」

 

 包丁片手に氷を量産しながらナイスネイチャは続ける。

 

「スペちゃんはルドルフさんに目をかけられてたし、かと思えば今度はフジさんみたいにキラキラ輝いたりしててすごいなーとしか、あのころのアタシは思ってなかった。でもさ、店始めるって決めて、嫌でも自分が先頭に立たなくちゃいけないってなって、初めてわかったんだけどさ。やっぱり、スペちゃんってみんなを引っ張るのはすごく上手かったんだと思っちゃったわけですよ」

 

 へらっと笑った彼女がスペシャルウィークの方を見る。

 

「なんだかんだ言って、あのときスペちゃんが生徒会長になってくれてよかったわ。最近改めてそう思ったよ」

 

 そこまで語り終えてから、ナイスネイチャは片目をつむって謝った。

 

「ごめんね、店のマスターが愚痴っちゃった」

「ううん、それだけ信頼してもらえた証拠だから。嬉しいよ」

 

 そう言ってスペシャルウィークは一気に黒ビールをあおった。

 

「ん、おいしい」

「よかった。日本総大将のお墨付きだね」

「折角だし、サインでもしておいた方がいいかな?」

「あ、じゃああとで色紙渡すからお願いしてもいい?」

「もちろん、開店祝いってことで」

 

 空になったジョッキを眺めて、彼女は少しだけ困惑を浮かべながら呟く。

 

「それにしても、そっか……『元々はもっと違う子だったんだよ』かぁ……」

「そんなに変わった自覚はあるの?」

 

 ナイスネイチャから手を伸ばされたので、ジョッキを渡す。すぐにまた冷えたビールが出てきた。今度のものは鮮やかな小麦色で、先ほどの黒ビールとは違う銘柄らしい。

 

「うーん、どうだろうね。セイちゃんには『ほんと、図太くなったよねぇ』とか『悪辣になった』とか、色々言われたけど……どうしてそこで目をそらすのかな、ネイチャちゃん」

「そういうところだよスペちゃん」

 

 スペシャルウィークのじとっとした目線に気づかなかったふりをして、作った氷を冷凍庫にしまい込む。

 

「でも、知りたいなぁ。スペちゃんがなんで会長になろうとしたのか、どんな子だったのか」

「ネイチャちゃんに話したこと、なかったっけ?」

「んーん、ないよ」

 

 それを聞いて、スペシャルウィークはどこか困ったように笑う。

 

「あんまり言いふらさないでね?」

「客商売は信頼が勝負ですから。……それに、話したいからこそ早く来たんじゃないの? 二時間後だよ、集合時間」

「……ネイチャちゃんも(したた)かだよね」

「スペちゃんには負けるけどね」

 

 ことり、と彼女の前に皿がもう一枚差し出される。丁寧に盛り付けられた鰯のオイルサーディンと、割り箸が一膳乗っていた。

 

「なら、これは情報代ってことでいいのかな」

 

 そう言って箸を割るスペシャルウィークに、ナイスネイチャはにやりと笑った。

 

「折角だから全部聞かせてよね。最初からさ」

「いいけど、本当に最初からってなると……声を掛けられたのは札幌記念……ううん、私の始まりはホープフルステークスかな。結構長い話になると思うよ」

「これは大長編の予感がひしひしと。それじゃあよろしくね、スペ()()





 本作は『トレセン学園の禁止リスト』著者のドクタークレフ先生にも設定・執筆面でご協力いただいております。この場を借りて、改めてお礼申し上げます!



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スペシャルウィークは疑わない

 年末快晴、中山レース場。今日のメインレースはGI、ホープフルステークスだ。

 

 ゴール板まであと3ハロンに至り、スペシャルウィークは未だ先頭に立っていなかった。自らの前を走るのは二人のウマ娘。

 

 先頭を駆けるセイウンスカイが第4コーナーに入りつつある。後続はとうに突き離し、二番手の位置にいるキングヘイローとの差はおそらく7バ身か8バ身。それに追随し、2バ身ほど間が開いたところにスペシャルウィークは陣取っていた。

 

 セイウンスカイとの差はおよそ10バ身、25mほど。それをあと3ハロン、600mで差し切らなければならない。しかし中山レース場の最終直線はたった300m、しかもその途中には100m走るうちに高低差2mを登らされる急坂。基本的にまだ身体能力が仕上がりきっていないジュニア級のウマ娘には困難なオーダーと言える。

 

 だが、スペシャルウィークは決して慌てていなかった。まだまだ体力に余裕は残っている。そういう走りをするように、とトレーナーに言われていたからだ。

 

『メイクデビュー、そして札幌ジュニアステークス、どちらも先行策を採りました。今のところ、貴女をライバル視する誰もが貴女のことを先行ウマ娘だと……下手をすると逃げウマ娘だとすら考えていることでしょう。ゆえに、今回は差しを選択します』

 

 スペシャルウィークよりも小柄な、女性というより少女という形容の方が似合うトレーナーの言葉がリフレインする。

 

『残り3ハロンまでは()()()です。先頭から10バ身以上離されずに走ることさえ守れるならば、他に何をしようが構いません。中団を維持しつつ少し後ろ目に構えられれば素晴らしいですが……レース展開次第では上手くいかないこともあるでしょう。そのときは私がトレーニングで教えてきた内容よりも貴女自身の勝負勘を信じなさい。そちらの方がよほど信頼できます』

 

 じりじりと距離を詰めていく。前を走るキングヘイローは内ラチぎりぎりを攻めているが、スペシャルウィークはその一歩外側を駆けていた。すぐ前のウマ娘が垂れてくる可能性を鑑みて、そういう走り方をするようにと指導されていたのだ。

 

『3ハロンを切っても、コーナーでは無理をしないように。無論コーナーで差を付けられるならばそれに越したことはないですが、今回はあくまで最終直線で差し切る意識を強く持ちましょう。中山でそれを可能としたならば、どのレース場でも最終直線で差し切れます』

 

 トレーナーの言葉を忠実に守ろう、とスペシャルウィークはレース前に決めていた。トレーナーが『最終直線で差し切る意識を持て』と言ったのだから、それはつまり最終直線だけで余裕を持って捲れるということだとスペシャルウィークは受け止めていた。

 

 だが、今の彼女の中には妙な感覚があった。競り合いということ自体をしなかった、する機会のなかった前走や前々走では知りようもなかった、予想できなかった感覚。

 

 ────苦しくない。

 

 他のウマ娘を相手に競り合って前に出ようとするという行為は、もっと厳しくて苦しいものだと思っていた。そう教わってきたし、レースの映像を見てもきっとそうなのだろうと理解していた。

 

 なのに、どうにもあっさりと前へと踏み出せる気がしてならない。

 

「……無理をしない、なら」

 

 その思考が自らの口から言葉として出たことに、彼女自身も驚きを隠せなかった。そんな余裕が今の自分にあるなんて。仮にもGIレースの、仮にも最終盤で。けれども、そうすることができたという事実こそがなによりの証明だ。

 

 息を大きく吸って、スペシャルウィークは決意を固めた。

 

 ターフを強く蹴りこむ。追い抜くためにさらに外側にズレつつ、速度を上げる。1秒、2秒、3秒……数えているうちに、眼前に見えていた深緑色の勝負服が視界の右側に消えていく。それがキングヘイローに追いつき、そして追い越したということの証左だと気付くまで、スペシャルウィークはさらに数秒を要した。

 

 ────追い抜いた? たったこれだけで? 

 

 その困惑が抜けきる間もなく、今度は白色の勝負服が見えてくる。もうラストスパートに入っているはずのセイウンスカイ。コーナーで出せる最高速度に乗っていることは疑いようもない。

 

 だというのに、どんどん彼女の背中が大きくなってくる。残り2ハロン、400mを示すハロン棒の横を通り過ぎた。あと5秒するかしないかでコーナーは終わりだ。……5秒あれば。そんな思考が頭に浮かぶ。

 

 そうだ。5秒あれば、目の前を走るウマ娘を抜き去るには、あまりにも充分すぎる。

 

 スペシャルウィークはさらに加速。二段階目のスパート。もう外への膨らみを気にすることもない。最短距離など譲って構わない。荒れた芝を避け、理想のルートを選択する。

 

 最終直線への接続点が間近に迫る。ゴール板まで300mと少し。ちらりと内ラチ側を確認すると、必死な顔でゴールを目指すセイウンスカイの横顔が見えた。少なくとも余裕があるようには見えない。そして横顔が見えたということは、つまり横並びになっているということで。

 

 コーナーの300mで10バ身を詰めた。トレーナーの、そしてスペシャルウィークの事前想定では直線の300mで詰めるはずだった差をすでに埋めた。感慨のひとつも生まれないほどにあっさりとそれは達成された。しかし彼女は現状にまだ納得していなかったし、妥協する気もなかった。

 

 トレーナーがスペシャルウィークに求めたのは『中山の最終直線で10バ身差を差し切って勝利すること』だ。それが今の彼女には可能だと、今日そのように勝利することが彼女の今後に繋がるのだと、トレーナーはそう考えたに違いない。その思慮と期待を裏切ることはできない。

 

 ────ここから10バ身差をつけてゴールしたら、似たようなものかな。

 

 今しがた走っているウマ娘が聞けば、間違いなく激昂するか絶句するかの二択であろう目標がスペシャルウィークの脳裏に浮かんだ。

 

 彼女は純粋で、良くも悪くも疑うということを知らないウマ娘である。そしてその純粋さこそ、あらゆる競走ウマ娘に対して鋭く突き刺さる彼女の武器にして本質だった。

 

 最終直線、セーブする理由も消えた。三回目の加速は正真正銘のラストスパート。彼女が発揮しうる理論上の最高速度に近づいていく。きっと後続も死に物狂いで追走してきているはずだ。全力を出さなければ、差を広げるどころか逆に追いつかれるかもしれない。

 

 最後のハロン棒が視界から消える。そしてスペシャルウィークの前方に待ち受けるは、中山レース場名物の急坂である。脚力(パワー)の足りないウマ娘を絶望させ、持久力(スタミナ)の足りないウマ娘の心を折る、ゴール前最後の障壁。

 

『飛びなさい、スペ。登り坂は飛ぶように走ることです。貴女にそれ以上の助言が必要だと私は考えていませんし、貴女自身も坂道を苦にしたことはないでしょう?』

 

 姿勢を少し起こす。フォームは大きく崩すことなく、けれども可能な限り前へ()()ために、ふわりとした着地をイメージとして描きながら急坂に突っ込む。

 

『でもトレーナーさん、飛ぶような走り方をしたら……着地するときに脚の負担が大きくなりませんか?』

『なりますね。ですが、脚の負担の分散は貴女が常日頃から無意識にやっていることです。でなければその脚力でターフを蹴り、その速度で走り続けるのは不可能ですよ。私が求めるのはその延長線上に過ぎません』

 

 右脚で着地。平地よりも少しだけ重心を後ろ側に。衝撃を地面へ均等に逃がし、今度は飛翔に備えて重心を前に。つま先を軸にして、身体を普段よりも若干上方向に跳ねさせるようなステップ。100mの急坂を抜けるまで、トップスピードを維持しながら狂いなく左右交互にそれを繰り返す。

 

 言うは易く行うは難しとは、まさしくこのときのためにある言葉に違いない。重心の調整や衝撃の分散はミスすればタイムロス必至、場合によっては怪我にも繋がりうる。飛ぶ瞬間にしても、跳ねないと普段の走りと何も変わらないものになってしまうし、跳ねすぎるとやはりタイムロスなうえ最悪着地時にバランスを崩して転倒しかねない。

 

 そんな手間をかけて得られるものは、まず1秒にも満たないだろう時計の短縮。ハイリスクローリターンにも限度というものがある。

 

 ここまでおよそ1800mを走り続けてきた身体、足りない酸素を欲し続ける脳。その双方をこんなことで酷使するくらいなら、速度が落ちても普通に急坂を走り抜けた方がよっぽどマシだ。真っ当に走ろうとする者はそう結論付ける。

 

 しかしスペシャルウィークは真っ当に走るウマ娘ではなかったし、彼女がそうなった原因の一端を担う彼女のトレーナーも、また言わずもがなであった。

 

 思考せずとも直感で身体が動く。そこに割くリソースはいらないし、彼女は自らの直感を疑うことはない。これまでずっとそれに委ねて上手くいったのだから、失敗などありえない。失敗しないのならば、そこに躊躇いや恐れを抱く理由もない。

 

 未だ浅い経験と突き抜けすぎた実力、そして天性の勝負勘が合わさって生まれた、傲慢極まる成功理論。それが今のスペシャルウィークにとっての真理だった。

 

 ひたすら飛ぶように走り続ける。振り返る余裕はなかったが、後方の足音は遠のきつつあるように感じられた。100と黒文字で示された内柵が見えて、すぐに消え去る。

 

 ────ここ! 

 

 残り70m、急坂がついに終わる。その予感を感じ取って、普段通りの走りに切り替える。がっしりと地面を踏みしめて、勢い任せに芝を蹴る、シンプルな動作の繰り返し。先程までとは打って変わって、特別なことは何もしていない。

 

 だからこそ、彼女の走りに誰も追いつけない事実が重くなる。

 

 重さは枷になり、毒になる。その事実を彼女自身は知り得ない。前へ、前へ、ゴールに向けて、一歩先にある栄光に向けて、遥か先にあるはずの夢に向けて。

 

 スペシャルウィークはその輝きを目の当たりにした。

 

『……圧倒的な幕切れだ! スペシャルウィークが凄まじい差し足で全てを置き去りにして圧勝! 今年のジュニア王者はスペシャルウィーク、文句なしの勝利です!』

 

 興奮した実況を皮切りに、観客たちの歓声が現実として一気に押し寄せてくる。

 

 自分がゴール板を駆け抜けたのだと気付いたときには、彼女は余計に100mほどコースを走ってしまっていた。後ろを振り返ると、ずいぶん遠くから呆然とした顔でこちらを見ているセイウンスカイやキングヘイローの様子が見えた。どうやら、相当な差でゴールしたことは確からしい。

 

 勝負服に袖を通して得た、初めてのGIレース勝利。スペシャルウィークにとって、その体験は思っていたよりもずっと淡白なものだった。もちろん嬉しくないわけではないのだが、どう表現するべきか。

 

「こんな感じ、なんだ」

 

 皐月賞や菊花賞ならもっと心躍るのだろうか。日本ダービーなら全力の先に飛び込まないと勝利を掴めないのだろうか。天皇賞なら、ジャパンカップなら、有馬記念なら? 

 

 そこまで考えてからスペシャルウィークは我に返った。そんなことをじっくり考えるような時間の余裕は、少なくとも今の彼女にはない。

 

 緩やかに速度を落としてから、くるりと反転してウイナーズサークルへ向かう。レースに勝利したウマ娘はそこで記者からの勝利インタビューを受けるのが通例になっており、自らのトレーナーとも大抵そのタイミングで合流することになる、のだが。

 

「あー……そっか、今日は」

 

 レース前、トレーナーに掛けられた言葉を思い出す。

 

『スペももう少しマスコミに慣れていくべきでしょう。記者会見はともかくとして、勝利インタビューは貴女だけで受けなさい。私は控室で待っていますよ』

 

 ……初めてのGIレースで緊張していたので半ば聞き流していたが、今になって考えてみると中々にひどい言い草である。まずもって勝利しないとインタビューを受けることもないだろうに、そんなことは前提だと言わんばかりだ。それとも、そのような物言いこそがトレーナーなりのスペシャルウィークに対するエールだったのだろうか。

 

 そんなことをぼんやりと思いながら、彼女はウイナーズサークルにやっと到着する。それを確認するや否や、テレビカメラとスタッフたちが一気に押し寄せた。

 

「プリティーダービーチャンネルです! スペシャルウィークさん、初のGI勝利おめでとうございます! まずは今のお気持ちを!」

 

 インタビュアーにマイクを向けられても、スペシャルウィークは慌てなかった。

 

 以前トレーナーに言われた通り、まずは一拍置いて気持ちを落ち着かせる。表情は気にしすぎず、見られているという意識さえあればいい。口調は普段通り。予想していない質問が飛んできたら感じたことを率直に答え、答えるかどうか一瞬でも迷った質問はごまかして終わらせる。

 

 教わったインタビュー対応の注意点を頭の中で復習しつつ、彼女は口を開いた。

 

「ありがとうございます! 今日このレースを勝てたことで、また一歩夢に近づけたと思います。故郷のお母ちゃん、スカウトしてくれたトレーナーさん、そして応援してくれた皆さんに勝利という形でひとつ恩返しができて本当に良かったです!」

 

 お手本のような優等生の回答。紛れもなく彼女にとっての本心ではあるが、当然ながらこれは準備していた回答だ。

 

「今日の勝因をひとつ挙げるならば何でしょうか?」

「予定通りにレースを進められたことだと思います。スタートからずっと最終直線で差し切るつもりの走りをして、それが上手くいったので」

「作戦通りに勝利できた、ということでしょうか?」

「はい、満点のレースだったと思います!」

 

 元々、スペシャルウィークは記者会見やインタビューでの受け答えがとにかく苦手なタイプだった。気の利いたことを言わなければならないという意識ばかり前に出て、自然な回答とは何なのかが分からなくなってしまうのだ。しかし苦手だからといって、それらを避けるわけにはいかないのが競走ウマ娘というものである。マイクを前にした彼女は、いつも四苦八苦しながら辛うじて言葉を捻り出しているような状態だった。

 

 そんな彼女の不器用さを見かねたトレーナーがわざわざ何日もかけて──そのために普段のトレーニングを取りやめることまでして──方法論を実践と共に叩き込み、結果として重賞ウマ娘として恥ずかしくない程度にはスペシャルウィークもマスコミ相手の受け答えができるようになっていた。あらかじめ用意しておいた定型文で、という形ではあるが。

 

「今後目標にされるレースなどはすでに決まっていますか?」

「日本ダービーです。そのためにまずは皐月賞……皐月賞のトライアルレースへ出走できるように、トレーナーさんと一緒に調整していくつもりです」

 

 そこで彼女は一旦言葉を切って、視線をインタビュアーからカメラの方に移した。こうした方がただ喋り続けるよりも印象に残る、とトレーナーが語っていたのをしっかりと覚えていたからだ。

 

「私の夢は『日本一のウマ娘』です! 本気で日本一を名乗るなら、日本ダービーは避けて通れませんから!」

 

 堂々とそう宣言したスペシャルウィークの表情は、これ以上ないくらいに真剣で、気合の入った笑みだった。



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スペシャルウィークは止まらない

 日本一のウマ娘になるというスペシャルウィークの大言壮語は、その言葉を聞いたほぼ全員に文字通りの夢物語として捉えられていた。しかしそれがどうやら夢で終わるものではないらしいということに周囲が気付き始めたのは、季節が流れて春になってからのことだった。

 

 セイウンスカイと二度目の激突となった弥生賞を制し、続いてキングヘイローも再び加わったクラシック戦線第一の関門たる皐月賞をあっさりと快勝。あっという間にスペシャルウィークはクラシックの一冠を手にし、また同時に日本ダービーへの出走も確実としたのである。

 

 どちらのレースも危なげない勝ちっぷりで、これならば日本ダービーすら鮮やかに勝ってしまうのではないかと誰もに感じさせるほどの強さを、彼女は方々に見せつけていた。

 

 ダービーの本命はスペシャルウィークで決まりだ。そんな空気が醸成されつつあった。

 

「トレーナーさんと相談して、次はNHKマイルカップに出走することにしました」

 

 だからこそ、記者会見で彼女が放った言葉に報道陣は騒然とした。

 

「それは……クラシック戦線から外れて、マイルへ舵を切るということでしょうか?」

「いえ、NHKマイルの次は日本ダービーを走ります。『日本一のウマ娘』が、私の夢なので!」

 

 つまりそれは、皐月賞・NHKマイルカップ・日本ダービーの3レースをそれぞれ中二週で走り通すという宣言。前例すらほぼなし、全てを勝利した例は皆無。NHKマイルと日本ダービーだけのローテで見ても、前例となったウマ娘たちは大半が怪我で早期引退している。

 

 当然ながらスペシャルウィークと彼女のトレーナーには内外から批判が殺到した。自らを過信しすぎだ、担当ウマ娘のレース生命を潰す行為だ、皐月賞勝ちで浮かれている。至極真っ当な物言いであった。さらにクラシック・マイル路線を走るウマ娘やそのトレーナーたちからも『調子に乗ったスペシャルウィーク陣営の宣戦布告』として受け取られた。

 

 しかし渦中のウマ娘は決して常識で計れるような存在ではないということに、やはり誰もが気付いていなかった。

 

 5月中旬、黄金世代の並み居るマイル強者が集ったNHKマイルカップ。だが蓋を開けてみれば、1着を飾ったのは()()()()スペシャルウィーク。タイムは1分32秒3、レースレコードを叩き出しての勝利であった。

 

 渦巻く批判の嵐と厳しい下バ評の山をまとめて粉砕しながら、彼女はNHKマイルカップという大舞台で1着の栄誉を勝ち取った。勝ち取ってしまったのである。

 

 事ここに至ると、日本ダービーに対する世間の注目は否応なしに高まっていく。誰が勝つかではなく、彼女が勝つか負けるかという一点のみがレースの焦点とされるようになっていく。

 

 勝たせてなるものか。

 

 雨に濡れたセイウンスカイが、泥に塗れたキングヘイローが、そして日本ダービーの出走権を得た全てのウマ娘が、打倒スペシャルウィークという目標に燃えていた。彼女のみがダービーではないし、彼女のみがトゥインクル・シリーズではない。これ以上、スペシャルウィークに冠を渡すわけにはいかない。

 

 誰もがそんな想いを抱えながら迎えた5月最終週、日本ダービー。当然ながらスペシャルウィークは熾烈なまでのマークを一身に受けることになったが、もちろんそうなることを彼女のトレーナーは予見していた。というよりも、トレーナーはそうなる前提でトレーニングメニューを組み、ひとつの秘策を準備していた。

 

 レース開始と同時にスペシャルウィークはバ群から抜け出し、前方に躍り出た。綺麗なスタートダッシュが決まった形だ。そしてそのまま緩やかに……下がらない。むしろ逃げウマ娘たちを引き離して、さらに加速していく。

 

『こ、これは……スペシャルウィーク、下がりません! 先頭変わらずスペシャルウィークのまま、掛かってしまったか!?』

 

 半ば悲鳴じみた実況の声。観客席からは本物の悲鳴すら聞こえてくる。

 

 そうしてひとり抜け出した彼女にまず食らいついてきたのは、当然彼女に最も近かったセイウンスカイ……ではなく、意外にも他の逃げや先行を選択したウマ娘たちだった。スペシャルウィークを先頭にした団子状態になり、塊となってハイペースで駆けていく。

 

 ────引っ掛かった。

 

『い、一体何が起こっているのでしょうか!? スペシャルウィークを追い立てるようにウマ娘たちが迫りくる……いや、追いつけない! スペシャルウィークの影を誰も踏めずにいます!』

 

 レースはようやく中盤に入るか入らないかという頃合いだったが、この時点でほとんどの逃げウマ娘と先行ウマ娘は勝ちの目を失っていた。ただでさえ滅茶苦茶なペースで逃げを打つスペシャルウィークにかき乱され、本来無視しておけばいいはずの彼女になんとか食らいつこうとして、終盤でスパートをかけるための体力を既に失っていたのだ。

 

 そう、本来ならば無視すればいいだけだ。今までやったこともない逃げを破滅的なハイペースで行うウマ娘など、相手をするだけ無駄なのは目に見えている。自分のペースで冷静にレースをこなし、中盤以降にそのウマ娘が失速したところを軽く抜き去ってやればいい。

 

 しかし今の彼女らが走っているのは日本ダービーで、先頭に立っているのはスペシャルウィークだ。その事実が、このレースから冷静さという概念を失わせた。

 

 皐月とNHKマイルを勝ち、既にして変則二冠と呼ばれ始めたスペシャルウィーク。彼女にダービーを獲らせれば、それすなわち無敗の変則三冠。その勢いのまま菊花を勝たれたら? その先にある名立たるGIレースを勝たれたらどうなる? 

 

 そこまで都合良くはいかない、とは決して言えない。ミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアンの三冠達成は記録にも記憶にも新しいのだ。自らの瞳で新たな三冠ウマ娘を見る機会はないなどと何故言えようか。ましてやスペシャルウィークは現時点ですら彼女らを超え、NHKマイルカップを制しているのに。

 

 自らの代わりに優勝レイを受け、トロフィーを掲げるスペシャルウィークの姿を無意識に思い浮かべてしまう。レースはまだ始まったばかりなのに、少し先の未来にいる『無敗変則三冠スペシャルウィーク』の姿を、あるいはもっと先の未来にいる『無敗クラシック三冠スペシャルウィーク』の姿を幻視してしまう。普段は後方にいる彼女が一心不乱に先頭を走る、その様子が……勝利を確信したように前へと躍り出た彼女の背中が、そんな幻と重なってしまったのだ。

 

 先頭集団からスペシャルウィークが抜け出ていく。いや、正確には彼女以外の全員が速度を落としていた。事前の想定から遠くかけ離れた体力消費を序盤から強いられた結果だ。ラストスパートで巻き返すようなスタミナも最早残っていない。

 

 そんな元先頭集団から入れ替わるようにして、キングヘイローを始めとする後方に控えていた差しウマ娘たちが……誰もやってこない。団子状態のままで壁のようになった逃げと先行のウマ娘たちに前を阻まれ、思うように前へ出れないのだ。かといって彼女たちを避けようとすれば、外に膨らみすぎて先頭に辿りつけなくなる。付け加えるとそれ以前の問題として、先頭集団同様に掛かってしまったため、スタミナが既に消え失せていたウマ娘も何人かいた。

 

 スペシャルウィークと彼女のトレーナーは、自らがレースを作るために逃げを選択したのではない。各々の想定するあらゆるレース展開を破壊し、ダービーの勝利を確実とするために逃げを選択したのだ。

 

『誰も来ない、誰ひとりとして来ない! スペシャルウィーク逃げる逃げる!』

 

 いよいよ終盤、最早誰の目にも勝負は決まったものと思われた。

 

『いや、集団からひとり抜け出した!? あれはっ……』

 

 ターフを駆けるウマ娘たちの中にあって、ただひとり。逃げウマ娘故に、勝利のための手練手管を探り続けた策士故に、スペシャルウィーク相手にこの半年で三度も苦汁を飲まされた故に。

 

『セイウンスカイだ、セイウンスカイが迫る! スペシャルウィークに詰め寄っていく!』

 

 セイウンスカイだけは、スペシャルウィークの仕掛けたド派手な揺さぶりの真意を見破っていた。感情に任せて前に出たい気持ちを必死に抑え、しかしいざとなればスペシャルウィークを狙える位置を確保しながら、ずっと集団の中に潜み続けていたのだ。

 

『苦しいか、スペシャルウィーク苦しいか! しかしセイウンスカイも間に合うか!?』

 

 残り2ハロン、目測で5バ身差前後。スペシャルウィークにとってはあまりに短く、しかしセイウンスカイにとってはあまりに長い差だ。

 

 これまでずっと抑えていたとはいえ、無茶なペースに呑み込まれていたセイウンスカイの身体はすでに限界だった。フォームは乱れ始め、視界が歪む。それでも、ここで止まればスペシャルウィークにダービーウマ娘の称号をみすみす明け渡すことになる。それだけはどうしても、自分のプライドが許さなかった。

 

 一方のスペシャルウィークも、無尽蔵にすら思われたそのスタミナは実のところ既に尽きていた。慣れない先頭位置、競り合いを拒否する無茶な加速、内外問わず荒れた芝、雲間から照る太陽、それら全てが彼女の体力を執拗に奪っていった。しかし逃げの提案を呑んだのは彼女自身であり、なにより母との約束を、日本一のウマ娘になるという約束を違えるわけにはいかない。

 

『ついに並んだ、二人が並んだッ! スペシャルウィークとセイウンスカイ、ダービーの栄光は、女神の微笑みはどちらに!』

 

 ────譲れない、譲らない! 

 ────このレースだけは、絶対に! 

 

 声にならない二人の叫びが重なり、影も残さないような速さで二人の姿が重なった。

 

『両者同時にゴールイン、後続を置き去りにしたままゴール板を駆け抜けました! これは写真判定でしょうか!?』

 

 目の前で繰り広げられた熱戦に観客席は色めき立ち、歓声奇声の嵐が東京レース場にこだましていた。そしてそれらとは対照的に、関係者用のスペースでは冷静な表情が幾らか見え隠れしていた。今しがた目の前で行われたレースの奇妙さ、異常さを遅れて理解しつつあるようだった。

 

「……お疲れ、スペちゃん」

「……うん。セイちゃんも」

 

 二人揃ってふらふらとターフに倒れ込みながら、顔も合わせないままに話し続ける。

 

「これだけは今のうちに言いたいんだけどさ、スペちゃんにしてはだいぶ悪辣じゃない?」

「トレーナーさんの入れ知恵だよ」

「それを実現するあたり、スペちゃんも中々のものだと思いますけどねえ」

「そうかな? ……確かにそうかも。うん、そうだね」

「そこであっさり認めちゃうのはスペちゃんらしいや。あぁ、それからもうひとつ」

 

 普段と何も変わらない口調で、セイウンスカイは努めて明るさを意識しながら口を開いた。

 

「……おめでとう。ダービーウマ娘はスペシャルウィークだ、ってね」

「……セイウンスカイは、間違いなく一番の強敵だったよ。ありがとう」

 

 掲示板に確定の二文字は浮かび上がっていないが、二人はどちらも理解していた。1着はスペシャルウィーク。それに続き、ほんのわずかな差での2着にセイウンスカイ。彼女らのダービーはこうして幕を閉じた。

 

 


 

 

 かくしてスペシャルウィークは日本ダービーを制し、クラシック三冠に王手をかけた。そして同時に、トゥインクル・シリーズのファンからは『変則三冠ウマ娘』として認識されるようにもなった。ただ一人の王者を強烈に印象付けつつ、春のクラシック戦線はようやく終わりを告げる。

 

 激闘の続いた春に比べて、夏の時間は静かに過ぎていった。かと言って何も動きがなかったわけではない。競走・賞金の両面からスーパーGIIと称される札幌記念に彼女は出走し、有力なウマ娘の少なかったこれに危なげなく勝利。昨年以来の札幌レース場で故郷に錦を飾っていた。

 

 そもそもクラシック戦線に限らず、トゥインクル・シリーズにとって夏という季節は基本的に準備期間である。トレセン学園もURAもなんとか夏季レースを盛り上げようと試行錯誤しているが、そう簡単にはいかないのが現状であった。

 

「故に、生徒会としても助かった。勝利の祝福と共に礼を述べたい」

 

 札幌レース場、スペシャルウィークの控室。ウイニングライブも無事に終えて帰り支度を整えた彼女とトレーナーの前に突然現れて、シンボリルドルフはそう言った。

 

「いいえ、ミス・シンボリルドルフ。私はスペのコンディションを整えるのに札幌記念が最適と判断したまでですし、彼女も出走するならこのレースがいいと選択したのみです。祝福は彼女が受け取りますが、その謝礼は結構ですとも」

 

 トレーナーは淀みなくそう返したが、一方スペシャルウィークは困惑を全く隠せていなかった。

 

「え、ええと……?」

「ミスはこう仰っているんですよ、スペ。『無敗変則三冠のネームバリューを持つウマ娘が、こうして夏のGIIに出走してくれて感謝している。おかげでトゥインクル・シリーズは盛り上がりを維持したまま秋に突入する』とね」

 

 つらつらと述べながら、トレーナーはシンボリルドルフの方をちらりと見た。彼女が感謝と呆れの混じったすこぶる微妙な顔で自分を見ていることを確認してから、トレーナーは微笑んだ。その微笑みを見て、シンボリルドルフの表情はますます微妙なものに変化した。

 

 このトレーナーはこうして微笑んでいるだけならば深窓の令嬢と捉えられるかもしれない容姿をしている割に、口を開くとそれはもう可愛げの欠片もないのである。

 

 先日のダービーが終わってからのインタビューで、スペシャルウィークを逃げさせた理由を記者に問われて『ダービーの晴れ舞台で逃げるスペシャルウィークを見たいと考えました。なので作戦を考えて逃げを成立させました』などと宣ったのは記憶に新しい。文字通り手段を目的にする本末転倒ぶりであり、しかもそれで本当に勝っているのでますます手に負えない。やられた方にとってはたまったものではないだろう。

 

 目の前に佇むトレーナーに言いたいことは二言三言では収まらない程度にあったが、シンボリルドルフは一先ず棚上げすることにした。今日この場所に来た理由はあくまでスペシャルウィークであって、トレーナーではない。

 

「一刻千金、レースとライブの直後に時間を取らせすぎるのも良くない。手短に済ませよう。早速本題に入ろうか」

「は、はいっ! ……え?」

 

 反射的に返答してから、スペシャルウィークの脳内に疑問が浮かんだ。ついさっき二人が交わした言葉は本題ではなかったのだろうか? だとしたら今からの本題とは一体? 

 

「スペシャルウィーク、君は将来の生徒会長となるべきだと私は見ている。君たちが首を縦に振るのならば、トレセン学園生徒会執行部は君を真摯にサポートすると約束する。どうだろう、承けてはもらえないだろうか?」

 

 シンボリルドルフはそれだけ言って口を閉じ、腕を組んだ。控室に無音の時間が訪れる。

 

 数瞬の後、スペシャルウィークの絶叫が札幌レース場を丸ごと揺らさんばかりに響き渡った。



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スペシャルウィークは落ち着けない

 二時間後。スペシャルウィークとトレーナーは札幌某所のビジネスホテルへやってきていた。

 

 今回の札幌遠征は二泊三日の余裕を持ったスケジュールで最初から行動しており、レース当日の札幌泊は規定事項だった。ただし、チェックインの時刻は当初の予定よりいくらか後ろへずれ込むこととなった。原因はもちろん言うまでもなく、シンボリルドルフが言い放った一言である。

 

『君は将来の生徒会長となるべきだと私は見ている』

 

 正直なところ、スペシャルウィークはこの数時間の出来事が夢か何かなのではないかと未だに疑っていた。自分は今現実そっくりの夢を見ていて、目を覚ましたら本当の札幌記念が始まるのではないか……当然そんなわけがないと自分の理性が告げていたが、それでもそう思わずにはいられなかった。

 

 自分が生徒会長? トレセン学園の生徒会長に? 

 

 なれるなれない、ありえるありえないの段階ですらない。少したりとも、一秒だってそんなことを考えたことはなかった。ましてやその提案をしてきたのは現生徒会長、あらゆるウマ娘の憧れにして模範のような存在、あのシンボリルドルフなのだ! 

 

 あの衝撃的な一言の後に、彼女はこう続けた。

 

『詳しい話はトレセン学園に帰ってからになるだろうし、今すぐにというわけではない。恐らくは一年以上先の話になるだろう。一先ず今は、そういう選択肢があるということを頭の中に入れておいてほしい。念のために言っておくと、私は真剣だよ』

 

 思考はろくに回らなかったが、それでもスペシャルウィークはどうにか質問を形にすることができた。

 

『ど、どうして……どうして、私に? もっと他にすごい方が、私よりも向いている方が……』

()()()。断言するが、いない。君より生徒会長に向いている生徒はいないよ。今トレセン学園に在籍しているどのような生徒も、君よりは生徒会長に向いていない』

 

 ここでシンボリルドルフは一度言葉を切り、トレーナーの方を向いた。トレーナーは無言で頷いて、続きを促した。

 

『足りないんだ、傲慢さが』

『……傲慢さ?』

 

 シンボリルドルフの言葉に文字通りのオウム返しをするスペシャルウィーク。しかし彼女のことを責めはできまい。

 

『そうだ、傲慢さだ。重賞に勝つウマ娘は、特にGI勝利を当然のようにこなすウマ娘は、多かれ少なかれ傲慢さというものを必ず秘めている』

 

 瞳を閉じながらシンボリルドルフは語り続ける。何かを思い出すかのような顔つきだった。

 

『名前を挙げるなら……そうだな、三冠を成し遂げ、怪物と呼ばれ、強敵に飢えていたブライアンは良い例だ。オグリも言うことなしだろう。クラシック登録の期限をとうに過ぎているにもかかわらず、会長(わたし)の力でダービーに出してくれと正面から言いにくるような、駿足長坂たる様は評価に値する。そして私もそうだ。そんな彼女らをターフで叩き潰したのだからな。もっとも、二人には潰し返されもしたのだが』

『じゃ、じゃあ……』

『だが足りない。……いや、この言い方は良くないかもしれないな。これではまるで、君のことを傲慢さの塊だと言っているようだ』

 

 すまなかった、と彼女は軽く頭を下げた。

 

『君の性格は伝え聞いている。君の夢は既に誰もがよく知るところだ。北海道の田舎から日本一のウマ娘を目指してトレセン学園にやってきた純朴で素直な編入生の名前は、今やトゥインクル・シリーズに興味のない者にすら知れ渡りつつある。ありていに言えば、君は他人の上に立つ存在としてとても受けがいい。それでいて他人から文句が出ないほどに強い。そして君自身、他人からの評価に、自らが置かれた現状にまだ満足していない』

 

 ぴくり、とスペシャルウィークの耳が動いた。シンボリルドルフはそれを決して見逃さなかったし、トレーナーは見ずともスペシャルウィークの心中を理解していた。

 

『満足していない、ことは……菊花賞とか、ジャパンカップとか、確かにそういう舞台で勝ちたいと思ったことは……あります、けど』

 

 尻すぼみになっていく声。対するシンボリルドルフは、毅然とした表情でスペシャルウィークを見下ろした。

 

『少し違うな。菊花賞を軽く掻っ攫って、無敗のクラシック三冠ウマ娘と呼ばれたくはないか』

『それは……』

『天皇賞で、ジャパンカップで、有馬記念で、名だたるウマ娘たちを軒並み薙ぎ倒して1着を掴みたくはないか』

『それは──』

『クラシック三冠シンボリルドルフとGIの大舞台に立ち、これ以上ないほどの大差で前世代の皇帝を打ち倒したくはないかッ!』

『それはッ!』

 

 叫んでから、スペシャルウィークははっとした。シンボリルドルフを相手に叫んだ自分に初めて気付いたのだ。そして同時に彼女の言葉を否定できず、むしろそのまま受け止めてすらいる自分の思考にも、スペシャルウィークは初めて気付いていた。

 

『それでいい、それでいいんだスペシャルウィーク。大半のウマ娘は人前だから行儀良く見せているだけで、レースを勝ちに行くというのはそういうことなんだ。しかし本当に行儀が良いだけで、レースを勝つことへの自覚がないのはよろしくない。他者にとっても、君自身にとってもだ。ましてや君は、全てのウマ娘の上に立つ資格を充分に持ち合わせる、稀代の名ウマ娘ときている』

 

 シンボリルドルフは反論を待ったが、彼女は口を開こうとしなかった。先程までとは打って変わって、スペシャルウィークは闘志に満ちた顔で目の前に立つ生徒会長を、皇帝をただ見上げていた。

 

『良い顔をしている。そうだ、私は君のそういうところを買ったんだ。遥々札幌まで来た甲斐があるというものだ』

 

 満足そうに笑うシンボリルドルフ。そこに声を掛けたのは、ここまでの成り行きをずっと隣で見ていただけのトレーナーだった。

 

『本当によろしかったのですか。今しがた、ミスは眠らせておいた方が良かったかもしれない猛獣を無理やり叩き起こしましたよ』

『なに、構わないとも。百駿多幸……学園の未来のため、ひいては全てのウマ娘のためだ。それに私がやらなかったとすれば、近いうちに貴女がやっていたのではないかな。陽室(ひむろ)トレーナー』

『それは……ええ、まあその通りですね』

 

 トレーナー──陽室(ひむろ)琥珀(こはく)は、全く悪びれる様子もなくそう答えた。

 

『それに、スペのトレーナーとしては歓迎すべきことですから。私がスペに求めるのは、かの優駿クリフジやトキノミノルのように走ってほしいという一点のみですので。その過程であらゆるウマ娘を撫で切っていくさまを私は見たいのですよ』

『なるほど、私も楽しみにしていよう。それではまた学園で。生徒会執行部はいつでも君を歓迎するよ、スペシャルウィーク』

 

 そう言葉を残して、シンボリルドルフは颯爽と控室を去っていった。ドアがぱたりと閉まり、二人だけが部屋に残される。

 

『さて、私達もお暇しましょうか。お望みの夕食とふかふかのベッドが貴女を待っていますよ、スペ』

 

 陽室がそう呼びかけるが、スペシャルウィークは何も言葉を返さない。燃え盛っていた闘志はすでに霧散しているようだったが、それでも何か思うところがあったのだろう。

 

『……ミス・スペシャルウィーク!』

『うひゃっ!? え、はいっ、スペシャルウィークです!』

『よろしい。スペ、お暇しますよ。荷物を纏めてください』

 

 陽室の言葉に、スペシャルウィークは赤面しながら慌てて荷物を鞄に押し込み始めた。

 

 それから二人はレース場を去り、スペシャルウィークの希望で札幌名物のラーメン屋にてどんぶりをいくつか重ね、そのまま予約していたビジネスホテルにチェックインして、シャワーと湯舟で改めて疲れを癒した後にベッドへ転がり込み、ようやく今に至る。

 

「スペ、眠気が来ているようなら電気は消しますが」

「あっ、いいえ。ちょっとぼーっとしちゃってただけで……」

 

 隣のベッドから声を掛けてくる陽室に答える。

 

「ふむ、なるほど。ミス・シンボリルドルフの言葉が気になっていましたか?」

「……はい。なんだか、あまりにも現実味がなくて」

「でしょうね。私とていつかはそうなるかもしれないと思っていましたが、まさか菊花賞よりも先とは。ミスはそれほどにスペを買っていた、ということなのでしょう」

 

 澄ました顔でそんなことを言う陽室に、スペシャルウィークは半分呆れてすらいた。

 

「……トレーナーさんが私をスカウトしたときのこと、覚えてますか?」

「ええ、もちろん。選抜レースより先にわざわざ貴女を選んだのですからね。誘い文句は一言一句違えず覚えていますとも」

「忘れたって言ったら怒りますよ。『貴女の殊更傲慢なところに惚れました。日本一のウマ娘、貴女なら決して夢物語などではありません』……でしたよね」

 

 自分で口に出しておきながら、スペシャルウィークは改めてもう一度呆れ果てた。こんな誘い文句で自分のことを勧誘してきた陽室にも、そんな陽室の手を取ってしまった自分にも。

 

()()()無敗三冠から、とも言いましたね。凱旋門賞()()()なら手が届きそうだ、とも。私はあのときから今までずっと本気でそう言っていますよ。そして貴女は順調に私の言葉を証明しつつあります」

「……私が傲慢だ、ってこともトレーナーさんは本気で言ってるんですか?」

 

 シンボリルドルフからその言葉を聞いたとき、スペシャルウィークの脳裏に浮かんだのは困惑ではなく驚愕だった。あのシンボリルドルフが、自分のトレーナーと同じ言葉で自分のことを評価したのだから。スペシャルウィークが知る限り最高の手腕と最悪の性格を併せ持つ、掴みどころのないこのトレーナーとだ。

 

「スペ、私が冗談でものを言ったことがありましたか? ああいえ、ないことはないでしょうがそれはそれとして、貴女が真摯に問いかけてきたときは────」

「琥珀さん」

 

 スペシャルウィークに下の名前で呼ばれて、陽室は口から流れ出る言葉を一旦そこで堰き止めた。手元のタブレットから視線を上げると、真剣な面持ちの教え子がじっとこちらを見つめていた。

 

「ふむ。ミス・シンボリルドルフからの言葉では不充分ですか」

「はい」

「具体的には?」

「琥珀さんの言葉を聞きたいんです。私は、傲慢ですか」

「そうですね。とても傲慢です」

 

 あまりにもあっさりと、陽室はそう言った。

 

「ここからは貴女の質問から外れますが、私はそうある貴女が好きですし、これからも貴女にそうあってほしいと願っていますし、しかし貴女がそうでなくなったとしても最後まで貴女の面倒を見ます。ええ、堅く約束しますよ」

「……あの、そういう言葉って、普通は異性の人に言うものなんじゃないですか……?」

「貴女も中々言うようになったではありませんか、スペ。しかし致命的な見落としをしていますね。このような性格の私に友人が、ましてや友人の発展形たる恋仲のような相手が作れると大真面目にお思いで?」

「それは……まあ、その、はい、頑張ればきっと……! たぶん……おそらく……」

「さすがに泣きますよ、スペ。しかしそこで折れるあたりはまだまだですね。今のシーンでは『無理だと思います』と言い切る方が当然ながら威厳は出ますよ。生徒会長の話を承けるのならばこれから意識していくべきです」

「……生徒会長、私にできると思いますか?」

 

 スペシャルウィークの言葉に陽室は首を傾げた。何を言っているんだお前は、と言わんばかりの顔もセットだ。

 

「何故できないと言うのです? それこそミス・シンボリルドルフからの言葉だけで充分ではないですか」

「でも、私には……会長さんみたいに人の前に立って胸を張って、それこそ威厳のある感じで喋るのは無理のような気がして」

 

 そんな彼女の言葉に、今度は陽室が呆れ果てた表情を見せた。

 

「あのですねえ、スペ。人に忘れたら怒ると言っておきながら、貴女は私の仕事というものを忘れているのではないですか」

「え? 琥珀さんはもちろん『トレーナー』が仕事で……」

「ええ、その通りです。『URA平地競走上級指導員』、通称するところの中央資格(セントラル)トレーナーが私の仕事であることは確かに相違ありません」

 

 ですが、と陽室は続ける。

 

「私の本業は()()()トレーナーです。発声、歌唱、ダンス、演技……メインはあくまでそれらの指導であることを、スペは本気でお忘れではないですか?」

 

 そう、陽室は元々ウイニングライブを始めとする、競走ウマ娘の『アイドル的』な部分を支える指導員であった。それが何の巡り合わせか、世代最強とも囁かれるスペシャルウィーク専属のレーストレーナーとなっているのである。

 

「威厳があるように見せる演技自体は、事前の練習を惜しみさえしなければさして難しいことではありません。以前、貴女にマスコミ対応のさわりを叩き込んだことがありましたね? 要するにあれの発展形でしかありませんよ。もっとも、毅然とした態度を維持しなければならない具体的な時間に天地の差があるので、付け焼刃でどうにかなる範疇からは離れるでしょうね。長期的なレッスンが必要になると考えるべきです」

「レッスンってことは、琥珀さんが教えてくれるんですか?」

「貴女がそう望むならば。演技指導こそ私の本領に他なりませんし、貴女が努力するならば私も努力を惜しむことはしません。貴女が生徒会長を目指すのならば、そして自分自身の性格を生徒会長へ至るにあたっての障害と見なすのならば、それを乗り越える試みに手を貸す程度のことはできますよ」

「……いいんですか?」

「逆に何が悪いと? ……そう、こういった物言いですね。余裕を見せつつ有無を言わせない、自分の意見を通すための言葉遣いです」

 

 スペシャルウィークは腕を組んで考えこんだ。

 

 確かにこの人は、目の前にいるこのトレーナーは、ライブの指導には全く手を抜かない人だ。まるで本物のアイドルかのように軽く数曲のセットリストを──それもウマ娘向けに作られた動きの激しい曲を──完璧に演じてみせて、『では今の流れを通しでやってみましょうか』などと宣うのである。そして練習中に歌やダンスのミスを目敏く見つけては、付きっきりで丁寧に指導してくれるのだ。

 

 なお、レースの指導に関しては良く言えば放任主義、悪く言えばすこぶる雑である。けれども情報収集は怠らないし、なんだかんだと結局本番のレースで勝てているので、これで正しいのだろうと彼女は考えている。ともかく、陽室はやると言ったらやるし、やらないことをやるとは言わない人間なのだ。

 

 スペシャルウィークは目を閉じて、また開き、陽室の方に向き直った。

 

「やります。私、生徒会長になってみせます」

「分かりました。私が選んだ貴女です、そして貴女が選んだ私です。その道、私が責任を持って切り拓きましょう。貴女はそのまま突き進めばよろしい」

 

 その日、トレセン学園の未来が大きく動いたことを知る者はごくわずかであった。



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スペシャルウィークは迷わない

 翌日。スペシャルウィークと陽室は飛行機で羽田まで、そしてトレセン学園まで戻ってきていた。時刻は昼下がり。夏休みということもあって生徒たちがあちらこちらを歩いており、トレーニングに励む様子もいくらか見える。

 

「ではスぺ、健闘を祈ります。私はいつも通りレッスンルームで待っていますよ」

「はい。いってきます」

「いってらっしゃい」

 

 ひらひらと手を振りながら陽室は去っていった。

 

「……蹄鉄は熱いうちに打て、だもん。やらなくちゃ」

 

 スペシャルウィークの目的地はひとつ、他でもない生徒会室である。面会のアポも朝のうちにしっかり取っており、抜かりはない。

 

 昨日、札幌でシンボリルドルフは『詳しい話はトレセン学園に帰ってからになる』と言っていた。おそらくここでスペシャルウィークが何も行動を起こさなかったとしても、シンボリルドルフは近いうちに生徒会室へ彼女を呼ぶのだろう。しかし、それはあまり良いことではないだろうと直観的に理解していた。

 

 模範となって立つ、道を示すことこそ生徒会長の役割。受け身のままでいてはいけない。これまでの自分に甘えていてはいけない。自分の覚悟を示すためにも、自分から動くことが大事なのだ。

 

「よーし、頑張らなきゃ!」

「ふぅン。何を頑張るというんだい」

 

 後ろから突然かかった声に、スペシャルウィークはびくりとしながら振り向いた。

 

「やあやあスペシャルウィーク、こうして話すのは初めてになるのかな」

「……アグネスタキオンさん」

 

 彼女の目の前に、白衣を身に包んだアグネスタキオンが立っていた。

 

 アグネスタキオンというウマ娘について、スペシャルウィークが知ることはそう多くない。かのゴールドシップと並びうる学園随一のトラブルメーカーであること。頭脳明晰にもかかわらずここしばらくはろくに授業にも出ず、留年すら噂され始めたということ。もちろん、そんな彼女をトレセン学園が放り出さないことにも理由がある。彼女の綽名は『幻の三冠ウマ娘』なのだ。

 

 今のところ、スペシャルウィークの変則三冠という戦績に伍するウマ娘は過去に存在しなかったと言ってよい。しかし唯一、アグネスタキオンだけはその例外に値するかもしれないウマ娘だった。

 

 メイクデビュー阪神、1着。

 ホープフルステークス、1着。

 弥生賞、1着。

 皐月賞、1着。

 NHKマイルカップ、1着。

 

 以上がトゥインクル・シリーズにおけるアグネスタキオンの全競走成績である。結論から言うと、彼女はNHKマイルカップの後に足の故障が発覚し、競走ウマ娘としての彼女の命運は完全に断たれた。

 

 当時アグネスタキオンを担当していたトレーナーは、彼女にドリームトロフィー・シリーズへ名義だけでも移籍することを勧めた。どのみち出走は不可能だが、それでもドリームトロフィーに在籍することはそれだけで名誉だ。URAとて無敗のままに皐月とNHKマイルを勝ったことを評価しないわけがない、とトレーナーは彼女を諭した。

 

 しかし彼女はそれを蹴った。学園からはサポート科──スタッフ研修生とも呼ばれる、競走ウマ娘たちを支える裏方を育成する場所だ──への移籍を提示されたが、それもやはり蹴った。

 

 結局アグネスタキオンは元いたトレーナーとチームの元を去り、引退した競走ウマ娘としてトレセン学園に在籍し続けている。そして定期的に実験と称する何かで大騒動を巻き起こしている。それが目の前の先輩について、スペシャルウィークが知るおおよそ全ての情報だった。

 

「なに、そんなに警戒することはないとも。折角君を見かけたのだから、先達としてひとつアドバイスをしようと思ってね」

「アドバイス……ですか?」

「そうだ。変則二冠の先達として、変則三冠たる君に大事なことを教えようじゃないか」

 

 若干大げさなポーズと共に、アグネスタキオンはスペシャルウィークの右足を見つめながら言った。

 

「蹄鉄を替えた方が良い。少なくとも、君が今レースで使っている蹄鉄は到底君向きとは言えまいよ」

 

 予想していたよりもずっと常識的で穏当な言葉がアグネスタキオンから飛び出してきて、スペシャルウィークは逆に呆気に取られてしまった。

 

「君のレースを拝見させてもらったよ。映像だったのが残念だったがね。いやはや、実に興味深い。君の走りを目にすれば『素晴らしい走りだった。これ以上ない走りだ』と皆が君に言うだろう。だが、そんなはずはないだろう? 今の君をただ礼讃(らいさん)している者たちは、もっと根源的、低次元の域から見誤っていると私は考えている。クラシック級であるとか、本格化がどうこうであるとか、そのような次元の問題ですらない。君の実力はあの程度()()()()

「は、はあ……ありがとうございます」

「無論、今の君が弱いわけではないだろう。しかし実力を発揮しきれているかと言えば断じて否だ。君のトレーナーがそれに気付いているのかいないのかは判断のしようがないが、私としては……あうっ!?」

「……何してるんですか、後輩相手に」

 

 アグネスタキオンの背後から、彼女の頭がぺちっと叩かれた。

 

 スペシャルウィークが視線を動かすと、そこにいたのは長い黒髪に金色の瞳が光るウマ娘──マンハッタンカフェだ。

 

「あの、この人の言うことはあまり真に受けないでください。ろくなことにならないです」

「カフェ、そんな物言いはあんまりじゃあないかぁ! 私はただ後輩のことを思ってだね……あうっ! やめたまえ、やめたまえよカフェー!」

「私も応援しています、スペシャルウィークさん。どうかお気を付けて」

「待ってくれカフェ、まだ話は……ああっ引き摺らないでくれ! 私は普通に歩けることを君も知っているだろうっ? カフェ、カフェ~!」

 

 抵抗空しく、白衣をむんずと掴んだマンハッタンカフェに引っ張られていくアグネスタキオン。そして一人取り残されるスペシャルウィーク。

 

「……よーし、頑張らなきゃ!」

 

 一連の流れはとりあえず見なかったことにしよう、と彼女は決めた。

 

 


 

 

「失礼します。スペシャルウィークです」

「入れ」

 

 生徒会副会長、エアグルーヴの声が部屋の中から聞こえてくる。そのままスペシャルウィークが生徒会室の扉を開くと、まず彼女の視界に入ったのは、意外なことにもうひとりの副会長であるナリタブライアンの姿だった。

 

「来たか、スペシャルウィーク」

 

 まじまじとこちらを見つめてくるナリタブライアンに一瞬困惑したが、すぐにその理由には思い至った。よくよく考えてみれば、いくら皇帝シンボリルドルフと言えど次期生徒会長を文字通り会長の一存で決められはしないだろう。副会長に話のひとつふたつは通していておかしくない。

 

「はい、来ました」

「先に言っておくが、私はお前が生徒会長に向いているか向いていないかはまだ判断できんと考えている。情報が不足しているからな」

 

 ナリタブライアンはきっぱりと言った。

 

「なので聞く。お前は今年の有馬記念に出るか」

「……トレーナーさんと相談することになると思います。でも、出たいです」

「そうか、ならいい。お前のトレーナーはお前が出たいと言えば出走させるだろう。今更グランプリの投票数を気にする必要もない。()()()()()()()()()からな」

「副会長が次期生徒会長の素質をターフだけで判断しようとするな、痴れ者が」

 

 横からエアグルーヴの鋭い声が飛んだ。怒りと同時に呆れの感情を相当量含んでいるのは明白だった。

 

「何か問題か?」

「問題以外の何物でもないだろう……ああ、すまないなスペシャルウィーク。会長はまだいらっしゃっていない。しばらくここで待っていてもらえるか」

「わかりました! お気遣いありがとうございます」

 

 そう言いながら空いているソファに座るスペシャルウィークのことを、エアグルーヴは目で追い続けていた。……以前とは明らかに違う。それが彼女の感じた印象だった。

 

 表面的には確かに変わっていないようにも見える。だが、クラシック戦線が始まる前のタイミングであれば生徒会室に入るときは緊張していただろうし、ナリタブライアンに突然あのように詰められて冷静に受け答えすることもできまい。感謝の意を述べたとしても流暢に『お気遣いありがとうございます』とは口から出てこないし、生徒会室でシンボリルドルフを待つというシチュエーションでここまでリラックスした状態を保ちもしないだろう。

 

 尊敬する生徒会長の言とはいえ正直なところ半信半疑であったが、確かにこれならばあるいは次代の会長足り得るかもしれない。

 

 そこまでエアグルーヴが考えたところで、生徒会室の扉が再び開いた。

 

「おっと、もう来ていたか。待たせてしまったかな」

「いえ、大丈夫です! 昨日は札幌まで来てくださってありがとうございました」

「君がこうして生徒会室に来てくれているのだから、私が札幌に向かったのも正解だったということだよ」

 

 そんな調子でスペシャルウィークと言葉を交わしながら、生徒会室の主たるシンボリルドルフは鞄をテーブルに置き、そしてスペシャルウィークから向かって正面のソファに腰掛けた。

 

「さて、スペシャルウィーク。君の決意を問う前に、改めて昨日聞いた三つの問いにここで答えてもらいたい。今日この場所に来ることを選択したからには、君は答えを持ち合わせているに違いないと信じている」

 

 三つの問い。スペシャルウィークにはこれから生徒会長が何を問うのかすぐに思い浮かんだ。

 

 一方でナリタブライアンとエアグルーヴは何のことかよく分かっていない様子だった。そして同時に、一体生徒会長が何を問うというのか、その興味を隠しきれていない。シンボリルドルフが口を開くのを、二人してじっと見守っている。

 

「沈黙は是と受け取るよ。……菊花賞を軽く掻っ攫って、無敗のクラシック三冠ウマ娘と呼ばれたくはないか」

「はい、ぜひとも」

 

 エアグルーヴが露骨に表情を変えた。

 

「天皇賞で、ジャパンカップで、有馬記念で、名だたるウマ娘たちを軒並み薙ぎ倒して1着を掴みたくはないか」

「はい、そのつもりです」

 

 ナリタブライアンが獰猛な笑みを深めた。

 

「クラシック三冠シンボリルドルフとGIの大舞台に立ち、これ以上ないほどの大差で前世代の皇帝を打ち倒したくはないかッ!」

「上等ですッ!」

 

 シンボリルドルフがテーブルを叩いて叫び、スペシャルウィークが立ち上がって吠え────

 

「待て待て待て待て!」

 

 そこにエアグルーヴが慌てて割り込んだ。

 

「会長っ! 一体何を吹き込んでるんですか!? スペシャルウィークも乗せられるんじゃないっ!」

「はっはっは。もちろん理由があってこの問いかけをしている。エアグルーヴ、少し話を聞いてはくれないか」

 

 渋々ながらも黙り込むエアグルーヴ。それに「ありがとう」と口にしてから、シンボリルドルフは前を向いた。

 

「よく言ってくれた、スペシャルウィーク。ならば改めて君の決意を問おう……と、続けたいところではあるのだが。一回座ってくれ、私にはその前に話すべきことがまだある」

 

 そう言いながら、シンボリルドルフは鞄の中からバインダーを取り出した。それを見たエアグルーヴが再び止めにかかる。

 

「会長、それは」

「いいんだエアグルーヴ、中身はまだ見せない。……スペシャルウィーク、これは生徒会における会議の議事録だが、その中でも様々な理由から一般生徒への閲覧が許されていないものだ」

 

 ソファに戻ったスペシャルウィークが無言で頷くのを見て、シンボリルドルフは続ける。

 

「残念なことに、表に出せない話し合いというのは少なからず存在している。ときには私たち生徒会執行部の全員を不快にさせるような案件もあったし、正面から意見がぶつかって紛糾した会議もあった。そしてそれらは全て必要なものだ」

 

 彼女はバインダーを手に立ち上がり、振り返って本棚の方に歩いていく。

 

「ここの棚は鍵付きだ。議事録を含め、外に忘れてきた日には責任問題になるような書類がおおよそ全てこの中に収まっている」

 

 いつの間にか小さな鍵を手に握っていた彼女は、そのまま本棚に付いていた錠前を開け、バインダーを棚の中に収めた。

 

「トレセン学園生徒会、特に中央校生徒会執行部は、実のところ隠し事が多い。生徒会長ともなれば尚更だ。……秘密を守れるか、とは問わない。それは当然のものとして求められる資質に過ぎないからだ」

 

 錠前によって再び閉ざされる本棚。間違いなく開かないことを確認してから、彼女は鍵を懐に入れた。

 

「故に問いたい、スペシャルウィーク。重圧に耐える覚悟はあるか。生徒からの期待、教職員からの信頼、外部からの視線を一身に受け、その責任の重さを自覚しながら笑ってみせる気はあるか」

「……今の私には、まだその覚悟はありません」

 

 スペシャルウィークは一旦そこで言葉を切ってから、シンボリルドルフの瞳を見た。

 

 試されている。トレーナーが、陽室が教えてくれた通りに。ならば、予習したときと同じように自分の気持ちを返せばいい。

 

「なので、今から学びます。会長さん……ルドルフさんの姿を見て学んで、責任と一緒に笑えるようになります!」

「ふっ……あっははは! これから学ぶ、私から学ぶときたか!」

 

 シンボリルドルフが真剣な表情を崩し、手を叩いて笑った。

 

「合格だ、スペシャルウィーク! 昨日の今日でどうなることかと思ったが、君はこの一日で随分先に進んだようだね」

「ありがとうございます。でも、トレーナーさん頼りの一夜漬けです。私はあんまり変われてないと思います」

「それでもだよ。例え他人頼りでも、例え一夜漬けでも、私に面と向かって『上等だ』と啖呵を切れるならそれは本物に違いない。私の目もまだ捨てたものではないな」

 

 スペシャルウィークに向かって片手を差し出すシンボリルドルフ。スペシャルウィークも今度こそちゃんと立ち上がり、その握手に応じた。

 

「無論、いずれ行われる会長選挙の結果次第ではあるが……次代の生徒会長、君に任せようと思う。勇往邁進してくれたまえ」

「はい、頑張ります!」



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スペシャルウィークは壊さない

「それで、一先ず今日は帰りなさいと諭されて私の元に戻ってきたと。上出来ではないですか、スペ。思っていたよりもよくやりましたね」

 

 トレセン学園、ライブレッスンスタジオA棟。文字通りの用途に使用されるこの建物は、教室数個分の広さを持つ大きな屋内練習施設である。

 

 一面板張りの床、そしてやはり一面が鏡となっている壁。音響設備も学園内では随一の規模を誇るこの部屋が陽室の仕事場であり、そして実質的にトレーナーとしての仕事場であるかのようにも扱われていた。

 

 そしてそのレッスンルームの床にだらしなく転がっているのは、つい先程まで生徒会室でシンボリルドルフと渡り合っていたスペシャルウィークだ。

 

「すごく疲れましたぁ……」

「意識的な演技の経験に乏しい状態で、長時間ミスが出来ない一発撮りを強いられていたようなものです。これで疲れなかったなどと言われた日には俳優への道を勧めますね」

「もっと褒めてくれてもいいと思うんです」

「頑張りましたね、スペ」

 

 スペシャルウィークは床に転がったまま陽室の方を向いた。驚きの表情と共にである。

 

「どうしたのですか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていますよ」

「え、だってトレーナーさんの素直な誉め言葉なんて聞いたことなかったので」

「怒りますよ、スぺ」

「ご、ごめんなさい~……」

「よろしい」

 

 事実、陽室の言葉遣いは総じて迂遠(うえん)であり、スペシャルウィークからすればよくもまあ咄嗟にそこまで遠回りな言葉が口を突いて出てくるものだという感想しか持てない。

 

「とはいえ、本当によくやりました。ミス・シンボリルドルフの挑発に対して吠えられる者は、トレセン学園広しと言えども間違いなく多くはありませんよ。無論、ミスは貴女が吠えることを期待して挑発という形でお膳立てをしたのでしょうが」

「でも、あれは元々考えてなかったのに、気付いたら口から出てて」

「それです、それですよスペ。『気付いたら口から出ていた』を常日頃からこなせるようになれば、それは最早演技ではなく素顔です。私がこれからの貴女にそれを求めるように、ミスも貴女が生徒たちの前でそうあれる存在になることを期待しているのでしょうね」

 

 つい先程シンボリルドルフが言っていた、『責任の重さを自覚しながら笑ってみせる気はあるか』という問いがスペシャルウィークの頭をよぎった。あれはきっと、求められたときに笑うのではなく、求められていなくても笑っていなければならないということだ。演技はバレるかもしれないが、素顔になってしまえばその心配はない。スペシャルウィークはそう理解した。

 

「頑張ってみます。期待に応えたいですから」

「大変結構、これからは可能な限り人前で喋るときに余裕のある話し方を心がけるようにしましょう。貴女と同室のミス・サイレンススズカを始め、友人相手には貴女の性格は既に筒抜けでしょうが、それでも練習と考えてこなすべきです」

「や、やっぱり今日一日で終わりじゃないんですね……」

「当然です。貴女が三つ目の冠を持ち帰った暁には、余裕だけでなく威厳も意識していくようにすべきですね。周囲はそれを三冠達成ゆえの変化だと考えるでしょうから、そういった意味でも良いタイミングです」

 

 そう、スペシャルウィークがやらなければならないことは決して生徒会長を目指すための努力だけではない。周囲の人間は揃って彼女がクラシック三冠を達成する前提で話を進めているが、まずは肝心の菊花賞に勝たないと話にならないのだ。勝利した先に待つウイニングライブのレッスンも陽室によってしっかり今後の予定に組み込まれているが、こちらもやはりスペシャルウィークの勝利が前提だ。

 

 ここまで期待されているからには、万全の状態でレースに臨みたい。となると、彼女の頭にはひとつの懸念が浮かんだ。

 

「あの、私の勝負服って普段はどこに置いてあるんですか?」

「勝負服ですか? 普段は学園の専用倉庫で保管されていますが、貴女か私が望めば手続きの上で持ち出すことは可能ですよ」

「シューズだけ持ち出したいんですけど、できますか?」

「ええ、それ自体は全く問題ないでしょうが……シューズだけを? 何か気になることがありましたか?」

「いえ、その……生徒会室に行く前、アグネスタキオンさんに話しかけられたんです」

 

 陽室が目を細める。

 

「ミス・アグネスタキオンですか」

「はい。それで、『君のレースを見た。良いレースだったが、今の蹄鉄は君に合っていないから変えるべきだ』って言われて……」

「ふむ……ミスにしてはどうにも常識的に過ぎる忠告ですね。逆に不気味ですらあります」

 

 仮にも教員が生徒に対してしていい物言いではないが、残念ながら、かのマッドサイエンティストにはそう言われても仕方ない程度には前科があった。彼女の持ってくる得体の知れない薬品を何も疑わずに飲むべきでないことは今や学園中の常識である。

 

「他には何か言っていたのですか?」

「『今の君が弱いわけではないが、実力は発揮しきれていない』って言ってました。そこでマンハッタンカフェさんが来て、そのままアグネスタキオンさんを引きずっていってしまったので、それ以上は聞けませんでしたけど……」

「なるほど、情景が目に浮かぶようです。しかし、実力を発揮しきれていないとミス・アグネスタキオンが仰ったと……スペにその自覚は? 些細なことでも構いませんが」

「ありませんでした。思い返してみても、そう感じたことは一回もなくて」

「蹄鉄が合わない、もしくはシューズが合わないと感じたことは?」

 

 スペシャルウィークは首を横に振った。蹄鉄も練習用シューズも陽室と一緒に購入したものであるし、勝負服のシューズに至ってはGIレースに出走するたびに採寸が入って逐一調整されるのだ。

 

「……これは正直なところ伝えるべきか悩んでいたのですが、ミス・アグネスタキオンに指摘されたまま貴女が疑問を抱え続けるよりはマシでしょう。ミスの言葉に私は思い当たることがあります」

「じゃあ、もしかして今の私は……アグネスタキオンさんの言う通り、ちゃんと実力を発揮できてないんですか?」

 

 彼女の問いに陽室は曖昧な表情を見せた。

 

「その認識で一応間違ってはいません。そして同時に、この問題は中々改善し難いうえ、改善すると本末転倒になる可能性を秘めてもいます」

 

 溜息をひとつ挟んで陽室は続ける。

 

「スペ、貴女は右回りと左回りのどちらが得意ですか。主観ではなくタイムで考えてください」

「えぇと、タイムだと左回りの方が少し速く走れるはずで……」

「その通りです。同条件で比較すると、貴女はいかなる距離でも左回りの方が若干良いタイムを出しています。そしてこの差が生まれる原因は、実のところすこぶるシンプルです」

 

 そう言って、陽室はスペシャルウィークの右足を指差した。そういえば、アグネスタキオンも同じように右足を見ながら蹄鉄の話をしていたことを今になって思い出す。

 

「貴女は右足の脚力が強すぎるのです」

「……え、それだけですか?」

「それだけです。ですがこれは由々しき問題ですよ、なにせ強いだけならともかく強すぎるのですから」

 

 右足の脚力が左足に比べて強いと、何故左回りの方がより良いタイムになるのか。

 

 ウマ娘が全速力でコーナーを曲がろうとするとき、強烈な遠心力によって身体がどんどん外へ押し出されていく。当然遠回りはシンプルなタイムロスであるし、場合によっては斜行による降着処分や衝突事故の危険すらある。一方で速度を緩めれば遠心力は小さくなるが、やはりスピードが落ちるぶんタイムロスになってしまう。

 

 そうなると、可能な限りの速度と適切なコースを保ちながらコーナーを曲がるために、身体の重心を内ラチ側に傾けなければならない。また同時に、身体が外に押し出されるのを留めるために足裏で踏ん張り、外ラチ方向に対して地面を蹴り込む必要もある。シューズに着用する蹄鉄の大きな役割のひとつは、コーナーでの遠心力によって身体ごと横滑りしてしまうのを防ぐことにあると言える。

 

 ここで左回り、つまり反時計回りでコースを走るときについて見てみると、外ラチ側にあたるのは身体の右側であり、右足だ。右足の力が強ければ当然踏ん張りやすいし、蹴り込みも楽だし、一歩の移動距離も稼ぎやすい。結果として、コーナーで差がついてタイムが良くなるという理屈だ。

 

 そして逆に右回り、時計回りのコースを走るときは、左足の脚力を強く発揮できるほうがコーナーで速く走れることになる。理想を言えば両足の脚力が同等かつ水準以上の強さで、右回りでも左回りでもコーナーで適切に力加減を調整しながら走行することが出来れば素晴らしいということになるが、現実にはそう簡単に実現できるものではない。

 

 だが、スペシャルウィークの場合は少し話が違った。そう、右足の脚力が()()()()のだ。

 

「貴女がトレセン学園に来る前……つまり貴女のお母様がご実家で課していたという厳しいトレーニングに貴女が日々励んでいたころの話ですが、それらのトレーニングで力一杯に身体を使う必要に駆られた際、右足で踏ん張っていたことの方が圧倒的に多かったのではないですか?」

「……確かに、そうだった気がします」

「やはりそうでしたか。当然ですが、この事実について貴女や貴女のお母様を責めることはできません。設備も経験もない中でこなせることを最大限にこなし、その結果として今の貴女が結実したのですから、むしろ賞賛されてしかるべきです。しかし同時に、貴女が生まれてからの十数年間で培われた無意識的な脚力の偏りは、私が貴女のトレーニングを管理した一年半弱の歳月をもってしても矯正しきれていません」

 

 右か左か、どちらかの脚力が弱いならばそれを強くしてやればいい。だが既に両足の脚力自体は充分すぎる状態に達していて、そのうえで右足だけが異様に強くなってしまっている彼女の矯正は率直に言って困難であった。

 

 左足を重点的に鍛えるためのメニューは当然組んだし、ずっと続けさせている。しかし彼女の左足は現状でも理想的な脚力であり、これ以上無茶に鍛えると悪影響を及ぼしかねないのだ。そういう意味では、右足の脚力がこの段階に至るまで故障を経験したことがないというのがむしろ異常であると言える。

 

「なので、ミス・アグネスタキオンが言うところの『実力を発揮できていない』というのは正しい意見ではあります。しかし貴女が右足の力をフルに発揮すると、まずフォームが歪んで綺麗な走りができなくなるでしょう。次いで貴女の右足自体がその脚力に耐え切れず故障する可能性が極めて高いです。そういう意味では『そもそも発揮可能な実力ではない』という方が正確でしょうね」

「こ、故障ってことは、つまり……」

「まあ、おおよそ貴女の想像しているようなことになると考えて間違いないでしょう。一般的には自身の脚力に耐えられない足に対して『繊細な』や『硝子の』といった形容詞を付しますが、貴女の場合にそれらの言葉が適切かは微妙なところです」

 

 陽室の言葉に青ざめていくスペシャルウィーク。しかし、そうなることを予期していた陽室は宥めるように言葉を続けていく。

 

「ですが、幸いなことにそのような惨事が待つ可能性はまず皆無だと私は考えています。そうでなければ気付いた時点で貴女に伝えていますよ」

「でも、全力を出したら私の右足は」

「運が悪ければ壊れるかもしれません。ですがスペ、考えてもみてください。その『全力』は本当に起こり得るものですか? 左足に比べて右足だけを極端に酷使するような状況が、レース中に発生するものでしょうか? 単純にトレーニングやレースをしているだけならば、右回りも左回りも関係なく、貴女の足への負担というものは故障の臨界点に全く届かないのですよ」

 

 大外を強引に回って全員を置き去りにした皐月賞。先行策で誰も追ってこれなかったNHKマイルカップ。レースメイキングもスタミナ配分も投げ捨てて逃げ去った日本ダービー。それらのいずれでもスペシャルウィークは限界など知らないような走りを見せたし、レース後に足の不調が出てくるようなこともなかったのだ。

 

「ですので、貴女の右足は貴女自身が意図的に壊そうとでもしなければ壊れません。そして仮にそうしようとしても、本当に故障するかは怪しい……というより、まず不可能と考えてよいでしょう。身体のリミッターというものは当人の意志に関係なく働くものですからね。つまり、貴女が余計な心配をする必要はないということです」

 

 陽室にそう言われても、スペシャルウィークの表情は若干の沈みを見せたままだった。

 

「そうは言っても、という顔ですね? ……ウマ娘ではない私には、貴女の感情を理解できると無責任に述べることはできません。ですが同情はできますし、だからこそ私は貴女にこの事実をこれまで伝えませんでした。どれだけ心配するなと言っても、可能性がほんの少しでもあるかもしれないとなれば恐れを抱くのは当然のことです」

 

 陽室は部屋の隅に鎮座するデスクから立ち上がった。そのままスペシャルウィークの方に歩み寄っていく。

 

「ですので、そんなスペに良いことを思い出させて差し上げましょう。ミス・アグネスタキオンは貴女に何をしろと言いましたか?」

「それは……蹄鉄の交換、ですか?」

「その通りです。正確には交換ではなく変更を意図して発言したのでしょうがね。すなわち、ミス・アグネスタキオンは今の蹄鉄では足への負担が大きいと見て、貴女にアドバイスをしたわけです。どのようにしてミスがそれを見抜いたのかは定かではありませんが……少なくともそのアドバイスに関しては、充分信用に値すると私は考えます」

 

 アグネスタキオンは足の故障によって引退の憂き目に遭ったウマ娘である。さらに言えば、そんな彼女の後輩たるスペシャルウィークも似たような戦歴を辿っている最中なのだから、助言のひとつくらいするのもおかしい話ではないだろう。不可解な点が無いわけではないが、今の陽室はそう受け止めることにした。

 

「というわけで、蹄鉄を買いに行きますよ。気分転換にもなるでしょうしね」

「えっ、今からですか!?」

「ええ、今からですとも。でなければ気分転換にならないでしょう? 私は勝負服の持ち出し申請を行っておきますので、先に出発しておいてください。以前蹄鉄を購入したのと同じ店で合流する、ということで」

 

 まさしく有無を言わさず、陽室はそのままレッスンルームから出ていく。後には未だ事態の展開についていけないままのスペシャルウィークがひとり残されるだけだった。



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スペシャルウィークは及ばない

「うぅ……」

 

 ベルノライトは緊張していた。どのくらい緊張しているかといえば、ここ数年を思い返しても間違いなくトップクラスだと断言できる程度には緊張していた。

 

 彼女が中央のトレセン学園に来たのはもう三年と半年も前のことだ。その間には本当に色々なことがあったし、極度の緊張を強いられたことも決して一度や二度ではない。

 

 カサマツから転入して間もないころ、かの皇帝シンボリルドルフに『中央を無礼(なめ)るなよ』と生徒会室で凄まれた経験がある。……もっともこれは同様に転入したオグリキャップに向けられた発言であって、ベルノライトはあくまで同席していただけだったのだが。それでも彼女が緊張し、恐怖した事実に変わりはない。

 

 あるいは直近で言えば、去年の有馬記念。オグリキャップのトゥインクル・シリーズにおけるラストランにして、ベルノライトもサポーターとして所属していたチームシリウスが解散する直前の最終戦でもあった大一番。興奮と緊張が混ざり合ってハイになりつつも、親友にして最も尊敬するウマ娘であるオグリキャップを一心不乱に応援したことを今でも鮮明に思い出せる。

 

 トゥインクル・シリーズへの挑戦を終えて、オグリキャップはドリームトロフィーへの移籍ではなく地元への帰還を選択した。一方でベルノライトは中央トレセンに残り、サポート科を卒業してURAのスタッフを目指すと決めたのだ。親友と道を分かつのは寂しいものだが、それでも彼女は自分でその道を選んだのである。

 

 それにオグリキャップへのサポートという最大にして最重要の仕事がなくなり、所属チームも解散された今、以前までのように気を揉むような出来事に遭遇する頻度は間違いなく減る。もしかしたら、そんな機会自体がもうないかもしれない。残りの数年はこれまでよりずっと気楽な学園生活が自分を待っているのだ。

 

 ……つい昨日までは、きっとそうに違いないと確信していたのに。

 

「ベルノライトさん、どうしたんですか?」

「う、ううん、なんでもない……なんでもないです……」

 

 どうして自分が、常勝無敗の変則三冠ウマ娘に蹄鉄の選び方を最初から教える羽目になっているのだろうか。いや、それはこの際いいとしても、どうしてあのスペシャルウィークが無垢な瞳で自分のことを頼ってくるのだろうか。

 

 心の中で嘆きつつも、その理由をベルノライトはちゃんと理解していた。それもこれも全部、自分自身の余計な好奇心と、後先考えずに下した判断のせいなのだ。

 

 発端は少し前まで遡る。

 

 トレセン学園は夏休み期間の真っ最中。本来であればチームで合宿を行ったり、あるいは秋に向けて自主トレをしたりと、やることには事欠かない季節だ。しかしサポート科かつチーム無所属のベルノライトにとっては、宿題さえ終わってしまえば後は正しく長期休暇である。

 

 もちろん宿題以外の自主学習も欠かしはしないが、たまには息抜きも必要だ。そう考えて彼女が今日やってきた場所こそ、ウマ娘向けスポーツ用品専門店『light-sports』原宿店であった。

 

 中央トレセンのある府中から原宿まではたったの数十分。言うまでもなくお洒落な店には事欠かないうえ、一番重要な目的地であるlight-sportsは比喩抜きにベルノライトの実家である。なにせ、本店であるlight-sports笠松店の経営者夫妻の一人娘こそが彼女なのだ。そのような家庭に生まれたからこそ彼女はレースを志し、そして競走ウマ娘たちのサポートを志したと言っても過言ではない。

 

 自らが履くわけではないけれど、新作のシューズをあれこれ眺めてみるだけで楽しくなれる。自らが使うわけではないけれど、数ある蹄鉄を見比べて重さがどうだの材質がどうだのと考えてみるだけで気持ちが上向く。ベルノライトにとってスポーツ用品店とはそういう場所だった。

 

 商品を冷やかすだけ冷やかして何も買わずに帰るのは申し訳ないので、チームに所属していたころは店に来るたび消耗品を買い込んだりしたものだが、今となっては買っても使ってくれるチームメイトがいない。その事実に少し寂しさを感じながらも、店内に入ってまず蹄鉄コーナーに足を運んだベルノライトの眼に入ったものは────

 

「うーん……こっちが丈夫なのかなあ……でも練習用だし流石に……やっぱりレース用かなあ……?」

 

 聞き覚えのある声。見覚えのある髪型と後ろ姿。直接話したことはないが、それでも流石に分かる。スペシャルウィークだ。

 

 変則三冠を成し遂げ、あと二月もすれば無敗三冠ウマ娘と呼ばれるに違いないと噂される、現クラシックの最強ウマ娘。そのスペシャルウィークが、大量に陳列された蹄鉄の前で何やら悩んでいるではないか。そんな光景を目の当たりにしたベルノライトは、ほぼ迷うことなく即座に回れ右して蹄鉄コーナーからの離脱を選択した。

 

 念のために述べておくと、ベルノライトは別にスペシャルウィークのことを嫌ったりしているわけではない。しかし自らのことをトレセン学園に通うごく普通の生徒であると認識しているベルノライトにとって、クラシック三冠目前だの中央無敗だのといった伝説を現在進行形で打ち立てている彼女は殿上人のようなものであった。

 

 打ち立てた伝説の話をするならばベルノライトの親友たるオグリキャップも相当なものではあるのだが、伝説になる前の人となりに詳しいかどうかで天地の差がある。オグリキャップの性格や素顔をベルノライトはよく知っているが、一方でスペシャルウィークについては何も知らない。

 

 顔見知りですらないのにスペシャルウィークの蹄鉄選びを邪魔するべきではないだろうし、彼女が蹄鉄を選んでいる横に割って入ってまで商品を冷やかす度胸をベルノライトは持ち合わせていなかった。

 

 それに、今日見に来たのは何も蹄鉄だけではない。シューズだって新作がたくさん出ているし、トレーニングウェアも秋に向けて新しいものが出始める頃合いだ。そちらで時間を潰して、蹄鉄は後でゆっくり見ればいい。そう考えて他の売り場へと足を運んだベルノライトの判断は、別段問題のあるものではなかった。

 

 そんな彼女に何か誤算があったとすれば、一時間かけてじっくり店内を見て回ってから再び蹄鉄コーナーにやってきたとき、まだそこにスペシャルウィークがいたことである。

 

「うーん、もういっそ全部買って試した方が……」

 

 ベルノライトの聞き間違いでなければ、スペシャルウィークが何やら恐ろしいことを呟いているのも耳に届いてくる。本気でこの店にある蹄鉄を全種類買うようなことをした日には、一体何万円が財布から飛んでいくことになるのだろうか。その総額は想像もしたくない。

 

 ……彼女が何を悩んでいるのかは分からないが、ちゃんと話を聞ければ、もしかしたら彼女の悩みを解決することができるかもしれない。これでもベルノライトは蹄鉄に関しては一家言あるのだ。オグリキャップを始めとする元チームメンバーに合う適切な蹄鉄を都度選び、勧めていたのは他でもないベルノライトなのである。

 

 お節介かもしれないと重々理解しつつも、多大なる親切心とほんの少しの好奇心を抑えきれず、ベルノライトはスペシャルウィークに声をかけた。

 

「あの、蹄鉄のことでお悩みですか?」

 

 ベルノライトの声にスペシャルウィークは振り返る。誰だろう、という疑問の表情だ。

 

「えっと、私はトレセン学園の生徒で、サポート科所属のベルノライト────」

「あっ、ベルノライトさん! 初めまして、スペシャルウィークです!」

 

 名前を聞いて彼女の顔が綻んだ。まるでベルノライトのことを前から知っていたような反応に、むしろベルノライトの方が困惑してしまう。

 

「え?」

「ごめんなさい、すぐに思い出せなくて。私のトレーナーさんがベルノライトさんのことをすごく褒めてたんです。サポート能力がとても高い、叶うなら是非チームに来てほしい、って」

「えっ、いや、そんなことは、私は自分のできることをやってただけで……」

 

 本人はそう謙遜するが、実のところベルノライトは今年に入ってから、つまりチームシリウスが解散してから、様々なチームによる熱烈なスカウトを受けていた。そのどれもがチームシリウスを陰で支えた彼女の能力を買ったものであり、かのチームリギルを始めとする有名チームも彼女の獲得に乗り出していたあたり、彼女がトレーナーたちからどれほど重要視されているかを伺うことができる。

 

 しかし、彼女はどのチームからのスカウトも断ってしまった。理由はいくつかあったが、中でも一番大きなウェイトを占めていたのは彼女自身の認識にあった。

 

 サポートといっても、自分がやれることをやっただけ。実際に走って勝利を掴んだのは自分ではない。はっきり言って、自分が持て囃される理由がわからない。数多のスカウトを受けながら、彼女がぼんやりと考えていたことだ。

 

 故に自分が褒められるたび、妙なこそばゆさと後ろめたさをベルノライトは毎回のように感じていた。そして今この瞬間もそれは例外ではなかった。

 

「そ、それよりもですね。スペシャルウィークさん、ずっと蹄鉄コーナーの前で悩んでましたよね?」

 

 ベルノライトはかなり強引に話題の転換を図ったが、スペシャルウィークがそれを気にする素振りはなかった。むしろベルノライトの質問によって、自分が蹄鉄コーナーを長時間占領していたことに今更ながら気付いたようだった。

 

「あっ、もしかしてお邪魔でしたか? ずっとここで悩んじゃって……」

「いえ、そんなことは! そうじゃなくて、蹄鉄のことならもしかしたら少しはお力になれるかもしれないと思って」

 

 そう言いながら、ベルノライトはこの時点ですでにスペシャルウィークの悩みにおおよその目星を付けていた。

 

 彼女が今手にしている蹄鉄は、『トリプルクラウン』シリーズと『クイーンズプレート』シリーズのレース用ハイクラスモデルだ。どちらも脚力と体力を兼ね備えたウマ娘向けで、平均的な蹄鉄と比べると重め。その代わり、蹄鉄に求められる全ての機能を高水準に兼ね備えたモデルになっている。

 

 蹄鉄コーナーの前でずっと悩んでいるのだから、スペシャルウィークはこれから自分が使う蹄鉄を選んでいるに違いない。その上でそれらを手に取り比べているのなら、彼女が求めている蹄鉄の方向性はズバリ、今後のGIレース……目下は菊花賞、そして将来的には有馬記念や天皇賞といった中長距離レース向きであり、なおかつ軽量性よりは高摩擦性を重視した蹄鉄だろうか。

 

「なので、スペシャルウィークさんに向いているのはクイーンズプレートの方かなって思います。トリプルクラウンはクイーンズプレートに比べるとやっぱり少しだけ軽くて、加速力が大事なレース向きではあるんですけど、長丁場だとその強みが生かされるタイミングが相対的に少ないです、から……」

 

 ひとしきり話し終えたタイミングで、ベルノライトの声量がどんどん落ちていく。

 

 やってしまった。蹄鉄の話になると自分はいつもこうだ。聞かれてもいない知識を矢継ぎ早に喋り倒して、相手を困惑させていることに気付くのはいつだって自分が満足した後なのだ。

 

 オグリキャップなどは自分のことを信頼してくれていたし、どれだけ喋っても黙って聞いていてくれるのでついついそれに甘えてしまっていたが、今目の前にいる相手もそうだという保証はどこにもないというのに。

 

 慌てて謝罪しようとベルノライトが顔を上げると、スペシャルウィークがまじまじとこちらを見つめてきていた。()()()()()()()()

 

「ベルノライトさん、すごいですねっ!」

「え、えっと……?」

 

 予想外の反応にたじろぐベルノライト。

 

「私も私のトレーナーさんも、蹄鉄のことは全然詳しくなくて……とりあえずクイーンズプレートシリーズを使ってただけなんです。だから、蹄鉄のことをそこまでちゃんと知ってるなんてすごいなって」

 

 たじろぎから復帰する余裕もなく、スペシャルウィークの発言でベルノライトはふらつきそうになった。

 

「『とりあえず』で……クイーンズプレートのハイクラスモデルを……? まさか、それでここまでのクラシック戦線を……?」

 

 まだカサマツにいたころ、まともなシューズすら用意していなかったオグリキャップに対して、ベルノライトはトリプルクラウンやクイーンズプレートの蹄鉄を勧めたことがある。

 

 だがそれはオグリキャップの類稀なる素質を眼前で見ていたからこそ、蹄鉄専門家としてのベルノライトが勧めて問題ないと判断したのだ。これらの蹄鉄は間違ってもとりあえずだとかなんとなくだとかで選んでいいものではない。先に述べた通り、ウマ娘の方がまともな脚力と体力を兼ね備えていないとその真価を発揮できないからである。

 

 というより、どんな蹄鉄もとりあえずやなんとなくで選んではいけない。そんなことをしたら勝てるレースも勝てなくなるに決まっている。自分に合った蹄鉄、レースに合った蹄鉄を都度選択するのが蹄鉄選びの基本なのだ。

 

 スペシャルウィークに蹄鉄の知識が無く、彼女のトレーナーにも蹄鉄の知識が無かった。その発言が事実だったとして、普通ならばスポーツショップの店員に相談するなり、蹄鉄をオーダーメイドで作ってくれる専門店に行くなりすればアドバイスのひとつやふたつ……と、そこまで考えたところで、ベルノライトの脳内に恐ろしい予想が浮かんだ。

 

「ちょ、ちょっと待ってください。スペシャルウィークさんの蹄鉄は誰が選んだんですか? 個別の調整は? レースごとのフィッティングはどうしてたんですか?」

「私が良さそうだなと思って選んだものをずっと使ってます。調整は特にしてないです。フィッティング……というか、シューズには自分で着けました。金槌を使って……」

 

 今度こそベルノライトは本当にふらついた。どうやら自分の目の前にいるクラシック最強ウマ娘は、蹄鉄のことを全くもって考えずここまでのレースを戦い、そしてずっと勝ってきてしまったらしい。今までレース中の落鉄が無かったのが不思議なくらいだ。

 

 スペシャルウィークが駆け寄り、ベルノライトをなんとか支えにかかる。

 

「ベルノライトさん!? 大丈夫ですか!?」

「大丈夫です……ちょっとショッキングなことを知っただけなので……」

「それは全然大丈夫じゃないですよ!?」

「そのショッキングなことを教えてくれたのはスペシャルウィークさんなんですよ!?」

 

 反射的にツッコミ返すベルノライト。

 

「わかりました、よーくわかりました! もう遠慮なんてなしですっ、私が蹄鉄について一から十まで教えます! 今から!」

 

 自分の目の前にいる相手がクラシック最強だの変則三冠だのといった()()は、今の彼女には最早何も関係なかった。そこにいるのはただひたすら蹄鉄について無知なウマ娘であり、蹄鉄のもたらす力を正しく実感したことがないであろうウマ娘だった。

 

 ベルノライト自身、一体何が自分をそこまで突き動かそうとしているのかは分からなかった。ひとつ明らかなのは、スペシャルウィークをこのまま蹄鉄について無知なままにはしておけない、という固い意志だけであった。

 

「えっ、いいんですか? ありがたいですけど、ベルノライトさんにもご予定が……」

「たった今全部なくなりました。こっちの方が優先ですっ!」

 

 かくしてベルノライトの休日計画は全て吹き飛び、代わりにスペシャルウィークを相手に突発的な蹄鉄講座を行う流れとなった。

 

 蹄鉄の基本的な役割。形状、重量、材質による違い。個々人に合わせた調整の必要性。詳しく語ろうと思えばそれこそ何時間でも語れるが、ベルノライトは可能な限り初心者向けで簡潔な解説をイメージしつつ、勢いのままに喋り続ける。それ自体は何も問題なかった。

 

 しかし10分、20分と時が流れていくにつれ、ベルノライトはだんだんと冷静さを取り戻していった。自分が誰に啖呵を切ったのか、誰を相手に蹄鉄のことを教えているのか、そしてその行為が意味するところへの理解がようやく追いついてきたのである。

 

「ベルノライトさん、どうしたんですか?」

 

 先程までの威勢の良さがどこかへ行ってしまったベルノライトのことを心配するスペシャルウィーク。しかしその原因が自分自身だということには全く気付いていない。

 

「う、ううん、なんでもない……なんでもないです……」

 

 どうやらスペシャルウィークは蹄鉄について話す自分のことを好意的に受け入れてくれているらしい、ということはベルノライトにも分かった。というか、自分のことを見てくるスペシャルウィークのきらきらとした瞳が演技の産物だったなら、ベルノライトは人間不信に陥る自信すらあった。だからこそ、その無条件にすら思える信頼が余計に怖かった。

 

 スペシャルウィークというウマ娘は、蹄鉄の力にほぼ頼ることなく──少なくともその力を適切には発揮できない状態で──未だに無敗を誇っている。ここで突然蹄鉄を変更するようアドバイスして、彼女が慣れない蹄鉄を使ったことによって次のレースで実力を発揮できなかったらどうする? その責任を取るのは誰だ? 蹄鉄を選んだ者に責任の一片も存在しないと言えるだろうか? 

 

 それを背負う覚悟を、ベルノライトは今のところ持ち合わせていなかった。しかし今更「じゃあ私はこのあたりで」などと言って逃げ出せるはずもなく、ずるずると会話を続けた結果として今に至る。

 

 自分勝手で無責任なのは重々承知で、誰かこの会話を断ち切ってはくれないだろうか。この際本当に誰でも構わないから、部外者が首を突っ込むなと自分のことを叱ってくれはしないだろうか。ベルノライトは内心そんなことを考え始めていた。

 

 そんなベルノライトの願いは届いた。ただし、彼女が全く予想だにしない相手にだったが。

 

「スペ、お待たせしました。ミス・駿川を捕まえるのにかなり手間取りまして。おかげで持ち出しの許可を頂くにも随分と時間を使いました」

 

 横からかかる声にスペシャルウィークとベルノライトが振り返る。

 

「そしてどうも、ミス・ベルノライト。はじめまして、ということになりますね?」

「……は、はじめまして、陽室トレーナー」

 

 これまで話したことは一度もない。それでもスペシャルウィークのことを知っていたように、ベルノライトはその女性のことを少しだけ知っていた。

 

「おや、私のことをご存知でしたか。自己紹介の手間が省けますね、良いことです」

 

 陽室はそう言いながら、ベルノライトに無感動な視線を向けてみせた。



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スペシャルウィークは退かせない

 スペシャルウィークとベルノライトが蹄鉄コーナーの前で一緒に蹄鉄を選んでいる経緯について、陽室はなんら問いただそうとはしなかった。

 

「お噂はかねがね聞き及んでいますよ、ミス。スペの蹄鉄選びに付き合ってくださっていたようで、お手数をおかけしましたね」

「いえっ、大したことは何も! むしろ他人の蹄鉄に口出しなんてしてしまって、無責任なことを……」

「ふむ? しかしスペ、貴女はミスの助言を拒まなかったのでしょう?」

 

 陽室の問いに頷くスペシャルウィーク。

 

「ベルノライトさんに色々教えてもらって、蹄鉄は適当に選んじゃダメなんだって初めて知りました。すごく助かってます!」

「とのことです。当の本人がそう言っているのですから、何も気にすることはありません」

 

 それに、と陽室は続ける。

 

「チーム外からの助言を受け入れたのならば、結果がどうあろうとその責は当人とそのトレーナーにあります。助言を聞き入れる、という選択をしたのですからね。無責任も何も、最初からミスがその責任を背負う必要はないのですよ」

 

 ベルノライトは困惑した。まるで自分の思考を読まれているような的確さだったし、そんなにあっさりと重い責任を背負ってしまえることも、彼女からすると不思議としか言えなかった。しかし陽室の口調は当然と言わんばかりで、スペシャルウィークもそれに異議を唱えようとはしなかった。

 

「さて、スペ。貴女のご希望通りにシューズをお持ちしましたよ。ついでと言ってはなんですが、練習用のものも比較のために持ってきました」

「ありがとうございます、トレーナーさん」

 

 二人の達観ぶりをベルノライトが飲み込みきれていない間にも会話はどんどん進んでいく。陽室は傍らに抱えていた紙袋からふたつの箱を取り出した。

 

「ミス、もしもお時間が許すのならば、今しばらくスペと私にお付き合い願えますか。素人二人があれこれ考えた結論よりも、貴女の知識が優る可能性は高そうですので」

「……わかりました。私でいいなら」

 

 ベルノライトは既に悟っていた。このパターンは、もう逃げられない。

 

 陽室の言葉は一応質問の形を取っている。いるが、それは『当然のことを念のため確認しておくけれど』のニュアンスでしかない。そしてやはり、この状況で否と言えるほどベルノライトは図太い性格をしていなかった。

 

「ありがとうございます。ミスに説明しておきますと、スペがレース中に常用している蹄鉄がそも彼女向きではないという可能性をとある方に指摘されましてね。ならば現物と新品を見比べてみるのが早いだろうという結論に至ったわけです」

 

 そう言いながら、陽室は無造作に片方の箱を開ける。

 

「こちらが練習用のシューズですね。……蹄鉄に限らず、シューズも買い替え時かもしれません」

「でも、これって日本ダービーの後に買いましたよね?」

「だとすればもう三ヵ月です。ランニングを抑え気味にしていたとはいえ、充分に役目は果たした頃合いですよ」

 

 二人の会話を聞きながら、ベルノライトは陽室とスペシャルウィークの考え方をぼんやりと理解しつつあった。

 

 スペシャルウィークはおそらく蹄鉄に限らず、トレーニングのために必要な物品に関して相当無知なことが伺える。ベルノライトにとって身近な例で言えば、それこそオグリキャップと同じタイプなのだろう。一方で陽室はトレーナーとして必要な最低限の知識はあるが、スペシャルウィークの蹄鉄選びに口出しをしていないあたり、それは本当に最低限なのではないだろうか。

 

 もしかすると陽室の言った『素人二人』とは謙遜の類などではなく、ここにいる中でシューズや蹄鉄に一番詳しいのは、まぎれもない自分なのか? 

 

 ますます間違ったアドバイスができなくなった。ひっそりと冷や汗をかいているベルノライトの気持ちを知ってか知らずか、陽室は箱の中のシューズをひっくり返してみせた。

 

「……え、なんですかこれ」

 

 靴裏の蹄鉄を見たベルノライトの第一声は冷え切っていた。一瞬前までの緊張は何処かへ吹き飛んでしまっていた。

 

「え、これ……えぇ? ちょっと待ってください、スペシャルウィークさんは練習用蹄鉄もクイーンズプレートなんですよね?」

「はい、レース用と違うシリーズを使うより良いかなと思って……ベルノライトさん?」

「これも? ただくっついてるだけでほぼ無意味なこのペラペラの金属板も、元はクイーンズプレートのトレーニングモデルだったんですか?」

「い、一応は……」

 

 ベルノライトは頭を抱えた。率直に言って、意味が分からない。

 

 蹄鉄は消耗品であり、磨り減るものだ。特に練習用蹄鉄は、レース用に比べて軽さを犠牲にした代わりに耐久性を高めたものが一般的である。それでも練習で走る距離はレースの比ではないため、レース用を1セット準備するのに対して、練習用は摩耗を見越してそれこそ5セット10セットをまとめ買いするというのも珍しい話ではない。

 

 本来は目減りしてきたタイミングで都度交換するのが蹄鉄の正しい使い方であって、磨り減って厚さ2ミリあるかどうかの板になるまで使い込むのは言うまでもなく間違っている。

 

 しかもクイーンズプレートシリーズに関して言えば、強度を高める目的で鉄頭部──つま先の部分に別途硬鋼が使われているのだ。つまりスペシャルウィークは、普段のトレーニングだけで蹄鉄を硬鋼ごとほぼ全部削り切ってしまったということになる。

 

「この蹄鉄、どのくらい使ったんですか?」

「ええと、シューズを替えてから一回着け直したので……一ヵ月半くらいだと思います」

 

 一カ月半。確かに1セットの練習用蹄鉄を使う期間としては若干長いが、普通に蹄鉄を使っていれば擦り切れるまではいかないだろう。

 

「……なるほど。だいたいわかりました。これでアスファルトの上を結構走ってますよね?」

「え? どうしてそれを……」

「普通の蹄鉄はアスファルトやコンクリートの上を走るようにはできてないんですっ! 専用の保護カバーをつけるか舗装路用に履き替えてください! クイーンズプレートがあまりにもったいないです! それから蹄鉄の脇の印まですり減ったらスリップするので問答無用で打ち替えです! 使用()()なんですそこが! その5倍もすり減らすなんてオグリちゃんですらやったことないですよ!?」

 

 あまりの剣幕に飛び上がるスペシャルウィーク。

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 全くもう、とぷりぷりしながらベルノライトが視線を机の上に戻す。

 

「それで、もうひとつの箱の方には……」

「勝負服のシューズですね。開けましょうか」

 

 陽室がやはり無造作に箱を開けると、スペシャルウィーク専用に誂えられた派手なシューズが姿を見せた。ベルノライトが心の準備をする余裕もなく、今度はスペシャルウィーク自身の手によってひっくり返され、蹄鉄があらわになる。

 

「やっぱり、こっちは練習用と違ってあんまり削れてないですね」

「『削れてないですね』じゃないんですよスペシャルウィークさん。削れてる状態で走るべきじゃないんですよ本来は。というかこっちだって思い切り削れてるじゃないですか! 本当に芝でしか走ってないんですか!? なんでこんなヤスリみたいに削れるんですか蹄鉄が!」

 

 ツッコミが止まらないベルノライト。しかも恐ろしいことに、こちらのシューズはただ単に削れているのではなかった。

 

 つま先の方が深く削れていて、一方で蹄鉄の端にあたる部分はそこまで削れていない。シューズを水平に持つと、蹄鉄の接地面が斜面状になっていることがわかる。つまり、レース中のスペシャルウィークは常に相当な前傾姿勢を維持しながら凄まじい脚力で地面を蹴っているのだ。

 

 前傾姿勢かつ凄まじい脚力、ある意味ではオグリキャップとの共通項といえる。しかし彼女のそれが身体全体の柔軟性によって結果的に成し遂げられるのに対して、スペシャルウィークは単純な脚力によるものなのではないか。ならば、結論は既に出ている。

 

「……シューズ、見せてくださってありがとうございます。それで……はっきり言わせてもらいますけど、スペシャルウィークさんに合う蹄鉄はここにはありません。というか、たぶん日本全国どこを探しても売ってないです」

 

 硬直するスペシャルウィーク。そんな気はしていた、という顔を見せる陽室。

 

「え、ええと……売ってない、っていうのは……」

「クイーンズプレートの鉄頭部をレースだけで三割削るような人にピッタリの蹄鉄なんて、そもそもどこも作ってません。需要が無さすぎるんです。帯広まで行けば()()()()ウマ娘向けの蹄鉄を売ってるお店があるかもしれませんけど、そっちは強度が問題なくても重すぎるうえに形状も全然違って、スピードを求める中央のレースには合わないと思います。なので、専門店に行くにしろ帯広に行くにしろ、オーダーメイド以外の手段はないと思った方がいいです」

 

 通常のスポーツ用品店とは違い、蹄鉄のみを取り扱う専門店であればオーダーメイドや細かい調整も請け負ってくれる。そのぶん既製品の蹄鉄に比べて値段は跳ね上がるが、中央の重賞を勝てるウマ娘ならばその賞金から問題なく捻出できる価格帯であるし、なにより経験を積み重ねた信頼できる店員のアドバイスも受けられる。GIウマ娘ともなれば専門店を使わないことの方が珍しいはずなのだが、ベルノライトは今更それを口に出すことはしなかった。

 

 スペシャルウィークの場合はオーダーメイドの中でも相当難しい注文をすることになるだろう。であれば当然その蹄鉄にかかる費用も通常のオーダーメイドに比べて膨れ上がることになるが、仮にも彼女はダービーウマ娘なのだから、その程度の出費はやはり問題ないはずだ。

 

「信頼できる蹄鉄専門店は予約待ちになっていることが多いですけど……でも、菊花賞まであと二ヵ月ありますし、それなら今から飛び入り予約してもなんとか間に合うと思います」

 

 ベルノライトの発言に、スペシャルウィークと陽室は顔を見合わせた。

 

「なんとか、ですか」

「はい、実際に蹄鉄が出来上がるのに二ヵ月丸々はかからないと思いますけど、スペシャルウィークさんが新しい蹄鉄に慣れるための時間も必要ですよね? そうなると、今から注文してかなりギリギリになるかもです」

「なるほど……まずいですね。であれば、間に合わないかもしれません」

 

 え、とベルノライトから声が漏れる。それを見て、陽室がそのまま言葉を続けていく。

 

「ミス、これはどのみち近く知れ渡ることとなるので明かしますが……スペの次戦は菊花賞ではありません」

「……もしかして、トライアルに出走されるんですか?」

 

 恐る恐る問いかける。

 

 菊花賞に挑戦する前段階として、菊花賞の優先出走権を得られるトライアルレースであるGIIのセントライト記念や神戸新聞杯に出走する、というのは何も珍しい話ではない。皐月賞や日本ダービーを獲ったウマ娘が、夏の成長を確認するために菊花賞のライバルたちが集いうるレースに出走することも当然ある。

 

 ゆえに、そういった『叩き』での出走ならまだ納得できなくもない。しかし、スペシャルウィークがつい昨日の札幌記念で勝利を飾っているということをベルノライトは知っている。札幌記念に出ておいて、コンディション調整のためだけにもう一戦というのもいまいちピンと来ない。

 

 ベルノライトはすでに嫌な予感がしていたが、無情にもその答え合わせはすぐにやってきた。

 

「トライアルならば、スペが今までの蹄鉄を使おうが問題なかったでしょうが……」

「ベルノライトさん、私が次に走るのは毎日王冠なんです」

「…………なんでですか?」

 

 驚きよりも疑問の方が優った。出走の意図が全く読めない。

 

 毎日王冠。札幌記念同様にスーパーGIIと称されるレースだが、その中でももっぱら筆頭格のような扱いを受けている。ファンからもたびたび「実質GI」「昇格していい」などと言われることが多い、秋のGI戦線を占うにあたって重要なレースのひとつである。

 

 しかしその競走自体は1800m、区分的にはマイルレースだ。3000mで施行される菊花賞の前哨戦として適切でないことは火を見るより明らかである。さらにセントライト記念や神戸新聞杯と毎日王冠の決定的な違いとして、毎日王冠にはシニア級のウマ娘が出走可能であるということが挙げられる。

 

 そもそも毎日王冠自体が秋の天皇賞を見据えた前哨戦の側面を持っていることからして、シニア級が出走できなければおかしな話ではある。しかしそれは、すなわちトゥインクル・シリーズに所属するトップクラスのマイルウマ娘たちが軒並み毎日王冠に出走登録してきても当然、という意味であって。

 

 同じようにシニアウマ娘が出走するレースにしても、オールカマーや京都大賞典ならばまだ納得できないわけではない──それでも今後スペシャルウィークが走るであろうレースのことを考えれば、疲労面を鑑みればあまり賢明とは言えないローテーションだ──が、菊花賞を勝てば無敗三冠というこのタイミングでよりにもよって毎日王冠を走る理由など、ベルノライトにはひとつも浮かばなかった。

 

 そしてその推察は、論理的には確かに正しかった。

 

「マイルを走る方たちと、マイルの距離で戦いたいんです。……特に、スズカさんと」

 

 もしかして冗談か何かかな、という淡い期待をベルノライトは一瞬だけ抱いた。しかしスペシャルウィークの表情は真剣そのもので、陽室がその言を訂正する様子もない。

 

「本気、なんですか?」

「はい」

「ミスがそう疑うのも仕方のないことでしょう。私とてスペから『毎日王冠に出たい』と言われたときには自らの耳を疑いましたし、次いでスペの思考を疑いました」

 

 陽室の言葉に頬を膨らませて抗議の意を示すスペシャルウィーク。しかしそれを意に介さず、陽室は言葉を続ける。

 

「ミス・サイレンススズカはスペにとって一種の目標、あるいは憧れと表現しても構いませんが、ともかくそういう対象でしてね。しかしここを逃すと、次に()()()()()()()()()()で彼女とスペが共に走れる可能性のあるレースは早くて来年の3月、遅ければ6月まで待つことになります。スペは今年のマイルチャンピオンシップに出走できませんからね。そういうことならば、毎日王冠への出走も検討の価値がありました」

 

 言外に『今年はジャパンカップに出る』と匂わせたことにベルノライトは一応気付いていたが、正直に言ってそれどころではなかった。

 

 スペシャルウィークは、陽室琥珀は、そもそも毎日王冠への出走をリスクだと認識していない。無敗の称号が揺らぐとは露ほども思っていない。何故ならスペシャルウィークはこれまで勝ってきたし、これからも勝つからだ。彼女らはそう信じているのだ。

 

「レースに絶対はありません。ミス・サイレンススズカがなんらかのトラブルで急に走れなくなるという可能性も決してゼロではない。だからこそ、憧れのウマ娘と今一緒に走りたいんだと真正面からスペに言われては、私も否とは言い難かったのですよ」

「でも、トレーナーさんも結構ノリノリですよね?」

「当然です。それこそミス・ベルノライトのように、スペは菊花賞に行くものと誰もが思っていますからね。毎日王冠への出走登録で驚愕する関係者の顔を見るのが楽しみです」

「……あの」

 

 ベルノライトの遠慮がちな声に、スペシャルウィークも陽室も振り向いた。今から自分が言うことがとんでもなく失礼であることは承知の上で、それでもベルノライトは問わずにはいられなかった。

 

「『レースに絶対はない』なら……スペシャルウィークさんにも絶対はないんじゃないかなって、そう思うんですけど……」

 

 数秒間の、しかしベルノライトにとっては長すぎる静寂。彼女がそれに耐えられなくなってきたタイミングで、陽室はやっと口を開いた。

 

「なるほど。確かにミスの言うことは正しいですね」

 

 陽室の冷静な声にベルノライトはむしろ驚いた。ここまで担当ウマ娘の勝利を信じ切っているのなら、そこに水を差されれば気分を害するなり怒り出すなりしてもおかしくないと考えていたからだ。

 

 しかし陽室はじっとベルノライトのことを見つめてから、なんでもないことのように続ける。

 

「では、私からも問いましょう。貴女は、ミス・オグリキャップに絶対を見た経験をお持ちでないのですか?」

「…………」

 

 ベルノライトは言葉を返せなかった。

 

 オグリキャップというウマ娘は、決して勝利だけを積み重ねてきたわけではない。苦い敗北だって幾度も味わってきたということを、間近でサポートしてきたベルノライトは誰よりも知っている。全てが終わった今になって振り返るなら、オグリキャップに『絶対』の二文字は似合わない。

 

 だが、それでも。彼女の走りに魅せられてから、『オグリちゃんより強いウマ娘なんていないんじゃ』などと考えたことは、一度ならずあった。純粋にそう感じたこともあれば、いくらかの願いが混ざっていたこともあったが、確かにベルノライトもそんな経験をしていたのだ。

 

 ────そうだ。この人は信じているんじゃない。メイクデビューから今までずっと、それを……絶対を見てきているんだ。それしか見てきていないんだ。

 

「ミスの言う通り、たとえスペであろうともレースに絶対はありません。ですがスペを支える私は未だそれを観測していませんし、スペ自身もそれは同じなのですよ」

「あの、そう言われると私がとんでもない自信家みたいになっちゃうんですけど……」

「事実でしょう、スペ?」

「……毎日王冠も、勿論勝つつもりで走りはしますけど」

「そういうところですよ」

 

 陽室とスペシャルウィークのそんな会話も、ベルノライトの頭にはろくに届いていなかった。

 

 羨ましい。私だって間近で見てみたい。そんな気持ちがふつふつと湧いてくる。

 

 親友と共に地元へ帰らず、中央のサポート科に居残ることを選んだのは何故か。URAのスタッフを目指す? トレーナーを目指す? いいや、それは手段でしかない。

 

 オグリキャップのような輝きを、キラキラを、もう一度レース場で見たいから。そのキラキラの一端を、自分の手で支えてみたいから。あのきらめきを後押ししたくて、そのために中央に残ったんじゃないか。

 

 チームシリウスの解散後、様々なチームからのスカウトを受け、そして断った。そのどれもがサポーターとしてのベルノライトを特別扱いしてくれていた。それ自体はとても嬉しくて、けれどもピンと来なかった。ついさっき、スペシャルウィーク経由で陽室からの評価を聞いたときも決して例外ではなかった。

 

 ベルノライトが欲していたのは自らへの評価ではない。心の底から応援したくなるような、圧倒的なきらめきを見せてくれるウマ娘をサポートすることこそ、彼女の望みだったのだ。

 

 だからこそ……このチャンス、逃してなるものか。

 

「陽室トレーナー、スペシャルウィークさん、ご提案があります」

「ふむ、聞きましょうか」

 

 陽室はいつも通りの調子でそう答えたが、ベルノライトの様子が先程までとは違うことに気付いていた。瞳に迷いの色がない。

 

「私、蹄鉄を作れるんです。オグリちゃんの蹄鉄も私が削り出して作りました。スペシャルウィークさんの蹄鉄も作ってみせます。一ヵ月、お時間を頂けませんか」

「よろしい、貴女の提案に乗りましょう。()()()、詳細を聞かせてください」

 

 陽室の返答に、ベルノライトは今日初めて満面の笑顔を見せた。



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スペシャルウィークは負けられない

 10月10日、日曜日。東京レース場は快晴、バ場状態も文句なしの良。

 

 本日のメインレースは11R、GII毎日王冠。秋の天皇賞、あるいはマイルチャンピオンシップに挑みうる精鋭が集う重賞レースだ。しかも今年のメンバーは、精鋭という言葉だけで収められるものではない。

 

 安田記念でこれまでにない大逃げを見せ、観客を熱狂の渦に叩き込んだ『異次元の逃亡者』サイレンススズカ。シニア初年にして海外に飛び出し、ジャック・ル・マロワ賞を引っ提げて堂々帰国した『マイル最強』タイキシャトル。昨年のオークスと秋華賞を勝利で飾り、ティアラ二冠の栄誉と共に天皇賞を目指す『女帝』エアグルーヴ。

 

 さらにジュニア級以降では目立つレースの勝利こそ逃しているものの、マイル路線で地道に重賞での勝ちを重ねてきたクラシック級ウマ娘、エルコンドルパサーとグラスワンダー。

 

 そしてそんな魔境に登録期限ギリギリで飛び入り参加した、現クラシック最強ウマ娘『変則三冠』スペシャルウィーク。NHKマイルカップ以来のマイル参戦に全陣営が困惑した。

 

 そう、困惑である。

 

「まさかスペシャルウィーク陣営が菊花賞の叩きに毎日王冠を選ぶとは誰も思ってなかった。当然俺もだ。もし予想できた奴がいるとしたら、そいつはエスパーだな」

 

 ウイナーズサークルにほど近い関係者専用エリアで、棒付きの飴玉を舐めながら男が言った。

 

「どうでしょうね。貴方は案外予想していたのではないですか、ミスター・沖野」

「冗談はよせ。お前さんの思考を読めるほどイカれてる自覚はないぞ、俺には」

 

 陽室の質問にそう返す男──沖野は、その軽い口調の割にはかなり真剣に不服そうな表情を作っていた。

 

「ミス・サイレンススズカに自由な大逃げ戦術を許すほど狂っている自覚もどうやらおありではないようで」

「スペシャルウィークに日本ダービーで逃げさせる奴ほどイカれてはないさ」

「おや、これは手厳しいご返答を頂いてしまいましたね」

 

 沖野はサイレンススズカ擁する『チームスピカ』のチーフトレーナーである。

 

 トレセン学園でチームスピカといえば、例外なく実力派揃いの──また同時に、やたらと変人揃いの──強豪チームとして認識されている。サイレンススズカはもちろんのこと、学園一の大問題児にして今年の宝塚記念を掻っ攫ったゴールドシップなどは様々な意味でその名を轟かせている。

 

 さらに最近にはスピカ所属のウマ娘たちが揃ってメイクデビューを勝利で飾り、トゥインクル・シリーズのスタートラインに立ったという。GIウマ娘を二人抱えたうえでそんな芸当を実現させている沖野は、間違いなくベテランの名トレーナーであった。

 

『7枠13番スペシャルウィーク、2番人気となりました』

『NHKマイルカップ覇者にしてクラシック最強ウマ娘との呼び声高い彼女ですが、外枠の不利を覆すことができるのか注目したいですね』

 

 東京の芝1800mはスタート直後に2コーナーが待ち構えており、外枠を引いたウマ娘が不利を背負うものとされる。内枠と中枠のどちらが有利かについては意見がばらつくものの、16人立てという大人数となった今年の毎日王冠では、どのみちスペシャルウィークが不利なことに変わりはない。……と、大半の人間は考えている。

 

「案外不利というわけでもないんだよなあ、これが」

 

 頭を掻きながら沖野が呟いた。それとほぼ同じタイミングで、関係者席と一般席を隔てる仕切りの向こう側から声が聞こえてくる。

 

「今日の毎日王冠は第4回東京開催初週のAコース。内ラチに最も近い、いわばレース場本来のコースで走ることになる」

「どうした急に」

 

 突如解説を始めたメガネの男性に、パーカーの男性が冷静なツッコミを入れた。

 

「一口に東京の芝1800と言っても、芝を保護するために本来よりも外を走ることになるコースでは確かに外枠不利の内枠有利だが、Aコースではむしろ内枠不利、中枠有利のデータが出ている。毎日王冠だけを見るならまた話は変わってくるかもしれないが、それでもスペシャルウィークは言われているほどに不利を背負いはしないんじゃないか」

「なるほど。札幌ジュニアステークスやNHKマイルカップで、スペシャルウィークがこの距離を走れることは分かっている。なら、彼女が勝利を掴んでも何もおかしいことはない……」

 

 彼らが口にした言葉は的確だった。メガネの男性はなおも続ける。

 

「だが開催初週ということは、長らく保護された芝が良好な状態で残っているということ。つまり内枠のウマ娘が陣取りやすい内ラチ側の芝もまだ痛んでいない、だとすれば外枠を割り振られたスペシャルウィークにとっては苦しい戦いになるかもしれない。先行するバ群か差し位置のバ群か、どちらにせよ簡単に内に入らせてはくれないだろう」

「無敗クラシック三冠が達成間近な現状、観客の人気が集まるようにウマ娘たちのマークも彼女に集まる、か。ここで勝てるかどうかが正念場ってことだな」

 

 互いに頷きあう二人。しかしまとまりかけた会話に待ったをかける声が響く。

 

「スペシャルウィークさんは負けないもんっ!」

 

 声の主は、彼らの隣でターフを覗きこんでいた黒いショートヘアの幼いウマ娘だ。その横には彼女と同年代であろう、亜麻色のロングヘアが特徴的なウマ娘もいる。

 

「ご、ごめん!」

 

 ふくれっ面の少女に謝罪する男性二人。

 

「もう、キタちゃんったら」

「でもダイヤちゃんも思うでしょ? スペシャルウィークさんが勝つって」

「うん、きっとね」

 

 そう言いながら期待に満ちた瞳でレース開始を待つ少女たちを見て、メガネの男性もパーカーの男性も微笑ましいものを見守るように笑みを浮かばせた。

 

 その様子を眺めつつ、陽室が口を開く。

 

「よく理解している観客も、無邪気な観客も、形は違えどウマ娘の力になることでしょう。……それはそれとして、綺麗な芝を誰にも邪魔されず走ることのできるミス・サイレンススズカが1枠1番となったのは、まさしく悪夢とでも表現すべきなのでしょうが」

「こればかりは運否天賦ってな。お前さんには悪いが、スペシャルウィークの無敗記録はここでストップだ」

 

 序盤中盤は逃げウマ娘との競り合いすら許さないリードを確保し、それでいて終盤には差すという理想的かつ圧倒的な大逃げ。そこに最内・快晴・良バ場の良条件、さらには一見するだけで明らかな好調ぶりも相まって、サイレンススズカは人気投票でも記者予想でも1番人気・最本命から全くブレていない。

 

「確かにミスは強敵です。実力と幸運と人気の全てを兼ね備えていることに間違いはありません。ですが、今回もスペが勝ちますよ」

「流石に強気だな」

「トレーナーが担当ウマ娘の勝利を信じない理由がありますか?」

「ごもっともだ。でもお前さんが自信満々のときは、そんな()()()な理由以外にも何か隠してると相場が決まってる。……今回の秘策はベルノライトか?」

 

 沖野の口からその名前が出て、陽室はようやく彼の方を向いた。

 

「やはり話題には挙がりますか」

「そりゃお前さん、いくら伏せようとしたところで限度はあるだろ。スペシャルウィークと陽室琥珀のことをベルノライトがサポートし始めたらしい、なんて話は一ヵ月前からどのチームでも公然の秘密だったろうさ」

「なるほど、それこそごもっともです」

「ま、これでようやく『チームテンペル』の名前がお前さんとスペシャルウィークだけのものじゃなくなったってわけだな」

 

 沖野がスピカを率いているように、陽室も書類上ではテンペルという名称のチームを率いていることになっている。だが沖野が言う通り、結成から今に至るまでチームテンペルの所属名簿に載っている名前はスペシャルウィークのみ。いわゆる専属トレーナーにありがちな、事実上の個人チームでしかなかった。

 

「で、だ。スペシャルウィークの蹄鉄についてベルノライトが助言したからには、無敗街道に最早死角なしってか?」

 

 笑いながらそう問いかける沖野に、陽室はこれ見よがしな溜息を吐いた。

 

「対戦相手に余計な情報を漏らすとお思いで?」

「そもそも余計なことを話す気が無いなら最初から世間話に応じないだろ。お前さんはそういう人間だ」

「これまた手厳しい。ではミスターのご要望通り、お答えいたしましょう」

 

 陽室は左手の指を三本立てた。

 

「ミスター・沖野、貴方には三点の思い違いがあります」

「聞かせてもらおうか」

「まず一点目、チームテンペルの名簿にベルノの名前はまだありません」

 

 沖野は首を傾げた。

 

「チームに入ってないって言うのか? ベルノライトは連日スペシャルウィークについてるって話だったし、なんなら俺も一度は見たぞ。そもそもお前さんが愛称で呼んでるあたり……」

「彼女との契約、というよりは約束事でしてね。スペの毎日王冠における走りがベルノの琴線に触れたのならば、そのとき初めて正式にチーム加入の手続きを行うということになっています」

「琴線ねえ。まさか具体的な条件を詰めてないわけじゃないだろ?」

 

 沖野の問いに陽室は微笑みを作った。

 

 沖野は知っている。こういうときに陽室琥珀が微笑むと、本当にろくなことがない。スペシャルウィークがNHKマイルに出走するという表明をしたときも、記者陣にダービーでスペシャルウィークを逃げさせた理由を問われたときも、登録期限スレスレになってこの毎日王冠に滑り込んできたときも、およそ例外なくこんな笑い方をしていた。

 

 この新人トレーナーはいつどこであろうとも『自分のやりたいことをやる』のが第一の行動原理なのだ。それでいて結果は出すうえ責任も取るので本当にろくでもない、というのが彼女を知る者の一致した見解であった。

 

「ミス・オグリキャップと同格のスター性を持つと、スペがターフの上で証明したならば」

 

 そして今回も、陽室の発言は沖野の予想を軽く飛び越えていった。

 

「……随分お前さんに不利じゃないか? その条件をよりにもよってベルノライトに叩きつけたのかよ」

「ベルノをチームに引き込むならば必要な条件だと思いませんか?」

 

 陽室の言葉に考え込む沖野。確かに一理もないような話ではない。事実、これまでどのようなチームの勧誘も受けなかったベルノライトがチームテンペルの勧誘には乗ったという紛れもない現実がここにあるのだから。

 

 だが一方で伝え聞く彼女の性格と実際に一度会ったときの印象からすると、そういった挑発じみた類の提案に乗るようなタイプではないように思われた。歯の間に何かが挟まったような違和感が拭えない。

 

『各ウマ娘、まもなくゲートインとなります』

『この面子での対決は二度と見られないかもしれません。1秒たりとも目が離せませんね』

 

 ウィナーズサークルから遥か遠く、2コーナー前のポケットに配置されたゲートにウマ娘たちが集まりつつある。

 

「二点目。折角ベルノの協力を得られたというのに、()()()スペの蹄鉄に関して助言してもらうだけなど、それこそ宝の持ち腐れではありませんか」

「……何が言いたいんだ?」

「ベルノには、『スペが今日の毎日王冠を7枠13番で走るための蹄鉄』をわざわざ作っていただいたのですよ」

「お前さん正気か!?」

 

 間髪入れずに沖野が叫んだ。陽室が発した言葉の意味を理解できてしまったからだ。

 

 レースに出走するウマ娘の枠番が決定されるのは基本的にレース前日の午前10時だ。一部の重賞レースでは前々日になることもあるが、どちらにせよ本番までの猶予時間はそう長くない。

 

 しかも実際には不正防止などを目的に、レースで実際に利用される体操服やシューズ──GIであれば勝負服──は事前にURAの検査を受ける必要がある。つまり、枠番が発表されてから実際に蹄鉄を調整する時間は基本的に数時間もないということだ。

 

 それが技術的に不可能なわけではない。完成品にどこまでの精度を求めるかにもよるが、調整自体に何時間もかかりはしないだろう。

 

 だが、トゥインクル・シリーズでは利用可能な蹄鉄にもしっかりと規定が存在する。既製品でない蹄鉄を利用する場合は事前の申請と許可が必須になるし、万が一検査で不合格になれば最悪の場合レースへの出走自体が不可能になるのだ。

 

 一点ものの専用蹄鉄を直前に調整する最大のリスクがこれだ。二十年三十年と年月を遡って、蹄鉄専門のプロフェッショナルであるURAお抱えの装蹄師がまだ現役だった頃であればいざ知らず、機械による大量生産品を店頭で買うのが基本となった今では、そんなリスクを背負ってまで直前に蹄鉄を調整するということはほぼほぼ行われていない。

 

「いくらなんでも生徒にそれをやらせるのはマズいだろ。今回は通ったから良かっただろうが、万が一落ちてたらその責任は……」

「無論、ベルノの責任になりますね。ですが仕事に責任を持たないプロはいませんよ。それに、彼女はミスターが心配しているような初歩的な失敗をすることはありません」

「……お前さんは、ベルノライトの技術にそこまで信用を置いてるのか?」

 

 陽室は双眼鏡でゲートの方角を覗き見ながら言葉を返す。

 

「ミス・オグリキャップの実績である程度は証明されていますし、なによりこれはビジネスです。信用できない相手とはそもそも取引しません」

「ビジネス? どうしてそこでそんな……」

 

 そんなワードが出てくるんだ、と最後まで口にすることはできなかった。先程と同じく、沖野は陽室の発した言葉の意味に気付いてしまったのだ。

 

「お前さん、まさか」

「流石にお気付きですか。……スペがこのレースで得る全賞金の10%。それがベルノの取り分ですよ」

 

 毎日王冠の1着賞金は6700万円。奨励金や出走手当まで含めれば、勝利したウマ娘が手にする額は7000万円を超える。陽室の言を信じるならば、スペシャルウィークが1着となった暁にはベルノライトの手元に700万円が転がり込むことになる。

 

 手間賃、あるいはアルバイトの範疇を遥かに超えているのは言うまでもない。なるほど確かに、本気で成立させたならばそれは間違いなく陽室琥珀とベルノライトによるビジネスだ。

 

「互いに真摯である、つまり信用できる前提ですが、明確な報酬は仕事の質を担保してくれます。元々の分配はウマ娘7割、トレーナー2割、学園1割ですからね。私の取り分を半分に分けてしまえば、その片方をベルノに渡すだけで済むという寸法です」

「……やっぱりお前さんはイカれてるよ。そんなやり方、普通は思いつきもしねぇわ」

「サブトレーナーとの賞金分配手順と何も違わないでしょう? ただ、今回はその対象がサポート科の生徒であったというだけです」

「その違いが致命的だって言ってるんだ」

 

 陽室に対しては呆れ交じりにそう言っておきつつも、沖野は内心深く感心していた。より正確に言うならば、『やられた』という感情が彼の頭には渦巻いていた。

 

「では納得していただけたようですので、最後に三点目を……おや」

 

 陽室が口を閉じる。発走委員の赤旗が掲げられたのだ。ほぼ間を置かず、重賞競走のファンファーレがレース場に鳴り響く。

 

「やはり良いものですね、この瞬間は」

「これに関してはお前さんに同意だ。……それで、俺が見落としてた最後のひとつってのはなんなんだ?」

 

 ファンファーレが終わり大きな拍手が巻き起こる中、沖野が問う。

 

「いえ、実のところ勿体ぶるようなものでもありませんよ。ミスターも分かっていて指摘しなかっただけだろうと私は思っています。……まさか、我々の秘策がベルノの存在だけだとお考えなわけではないでしょう?」

 

 陽室の言葉とほぼ同時、ウマ娘たちが全員ゲートに収まった。

 

『小細工無用の真っ向勝負。府中千八毎日王冠、スタートです!』



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スペシャルウィークは動じない

『さあサイレンススズカずーっと上がっていく、期待に応えてサイレンススズカ早くも先頭!』

 

 実況の言葉通り、サイレンススズカが競り合うこともなく先頭に立った。そこまでは当然ながら全員の想定内だ。沖野は他のウマ娘たちに視線を移した。

 

 他の有力なウマ娘を探す。サイレンススズカの後ろ、逃げと先行のウマ娘が集まっているところにタイキシャトル。エルコンドルパサーもここだ。次のバ群、差しウマ娘たちの先頭にエアグルーヴ。何人か挟んでグラスワンダー。

 

 ……スペシャルウィークはどこだ? 

 

 残るバ群は後方、追込を選んだであろうウマ娘たちの集団しかない。順番に見ていくと、確かに彼女はそこにいた。文字通りの最後尾、一番後ろだ。

 

 出遅れたのか? いや、沖野が見ていた限りそのようなことはなかった。そもそもスペシャルウィークはゲートを苦にしないタイプだったはずだ。

 

 つまり、意図的にその位置を選んだのか? 先行有利とされる東京芝1800で、それこそ先行策に向いているはずの彼女が? 

 

「……スペは素晴らしい才能を持っていますが、問題を抱えていないわけではありません」

 

 誰に問われるでもなく、未だ隣に立ったままの陽室がそう言った。

 

『乾いた西日を浴びて、秋の府中のターフ開幕週。早くも7バ身8バ身と差をつけて、サイレンススズカが当然行きます。問題はペースです。それに食い下がるネレイドランデブーとジュエルアズライト、激しく二番手を争います。さらに少し離れてエルコンドルパサーとタイキシャトルが横並びです』

 

 レース場にいる者のほとんどはスペシャルウィークの不可思議な位置にまだ気付いていない。真逆の最前、先頭のサイレンススズカにほぼすべての視線が注がれているからだ。

 

「スペの問題は、精神面と身体面の調子がリンクしすぎること。すなわちメンタルが上向けば上向くほど彼女は凄まじい能力を発揮しますし、その逆も然りです」

「メンタルが弱い……って訳じゃないだろ?」

「むしろ強い方ですね。だからこそ、レース直前に潰れてしまうと如何ともしがたい。そういうタイプだと私は見ました。彼女に黒星が付く可能性があるとすれば、最も現実的なのはメンタルの不調に他なりません」

 

 陽室が語り続ける間にもレースは刻一刻と進んでいく。

 

『続きますカルンウェナン、その内やや掛かり気味かアクアリバー。外からエアグルーヴが並んでくる、イノセントグリモアがその後ろに付けた。3、4バ身開いてサルサステップ、ぴったり後ろにイッツコーリングとグラスワンダーです』

 

「私はトレーナーとして紛うことなき新米です。最低限の知識だけは詰め込みましたが、経験では他者に及ぶべくもありません。ですが、メンタルに関する問題ならば話は変わります」

「……そういやお前さん、前職は芸能関連だったか」

「ええ、だからこそ当初はライブトレーナーとしてトレセンに来たわけですからね」

 

 元々芸能関連の仕事に就いていたのなら、プレッシャーに負けないメンタルを育む方法や、そもそもメンタルを悪い方向に持っていかないための方法に詳しくても不思議ではない。なるほど確かに筋は通っている。

 

 だが、本当にそれだけか? 

 

 そんなわけはない、と沖野の直感は告げていた。陽室琥珀の性格はよく知っているし、スペシャルウィークの能力は目の当たりにしてきたし、なにより沖野がトレーナーとして積んできた経験そのものが、そんなものだけで済むわけがないと言っていた。

 

 その直感を証明する機会はすぐに訪れた。

 

『ここでコンフュージョンとイレジスティブル、さらにベーサルシュートが後方から一気に加速、しかし3コーナー迫って追い抜き叶わず。そして2バ身離れてスペシャルウィークが最後尾という格好です』

 

「妙だな」

 

 コンフュージョン、イレジスティブル、ベーサルシュート。揃って追込を得意とするウマ娘だが、いずれも終盤で一気に捲る走り方をするタイプではなかったか? まだ距離的に半分も走っていないこのタイミングで、何故3人揃って無理な加速をする必要がある? 

 

 一方で、その3人の後ろにいるスペシャルウィークも加速態勢に入りつつある。いや、そもそも彼女がこんな場所にいること自体がおかしいので、加速して前に出ようというのは自然な行動のはずだが……と、そこまで考えたところで沖野は気付いた。

 

 グラスワンダーが加速している。いや、彼女だけではない。その前のイッツコーリングもサルサステップもイノセントグリモアも、何故か揃って前に行こうとしている。

 

 これは加速というよりも……全員揃って、掛かっているのではないか? 

 

「始まりましたね。さて、どこまで通用するやら」

 

 陽室の不穏な呟き声。

 

 スペシャルウィークが追込ウマ娘たちを外から追い抜いていく。先程まで必死に前に行こうとしていたはずの彼女達は既にそのスピードを失っていた。それどころか、レースを勝とうという気概すら失ったかのように、ふらふらと下がっていくではないか。

 

「一体何を仕掛けたんだ?」

 

 沖野が問いかける。今起こっていることは、誰かがそうなるよう仕向けたものであるのは明白だった。

 

 スペシャルウィークがあらゆるウマ娘を掛からせた日本ダービーは未だ記憶に新しい。だがあれは理外の逃げあってこそ、そしてダービーというレースだからこそ成立したものに他ならない。この毎日王冠では、彼女がただ走るだけで他のウマ娘が掛かることなど有り得ないはずなのだ。

 

 その疑問に対する陽室の返答はシンプルだった。

 

「自己暗示、あるいは自己催眠です」

「……自己催眠?」

 

 胡散臭いワードが出てきた、と言わんばかりに眉を顰める沖野。

 

「重要なのですよ、演劇やアイドルといった分野では……『自分は役者ではなく登場人物そのものだ』『自分こそが理想のトップアイドルだ』などと自ら本気で思い込むことに成功すると、面白いことにこれが素晴らしい結果をもたらすのです。無論、あらゆる役者やアイドルがそうだとは申しませんが」

 

『先頭変わらずサイレンススズカ、3コーナーのカーブに入ってここまでは安定した展開です。果たして後続は追いつけるか、ここで二番手エルコンドルパサーに変わる、さらにグラスワンダーも競り合ってきた』

 

 サイレンススズカのリードは揺るがない。序盤に稼いだ7バ身の差はまだ生きている。しかし彼女の後方は、沖野が目を離した10秒そこらで滅茶苦茶になっていた。

 

 いつの間にか二番手をエルコンドルパサーとグラスワンダーが奪い合っている。彼女達の後ろに逃げウマ娘がいるあたり、二人して完全に掛かってしまっていると言っていい。

 

 その少し後ろに目を向けると、最早先行ウマ娘と差しウマ娘の区別が付かなくなっていた。綺麗に分かれていたはずのバ群がひとつの塊に変化しているのだ。差しウマ娘たちが先行ウマ娘たちのバ群に入り乱れて突っ込んでいき、中には先行勢を追い越してしまった者の姿すら見える。

 

 そんな中でも比較的冷静に見えるのは、バ群の先頭に立つタイキシャトルと、早めにバ群から離れて迂回することを選択したエアグルーヴの二人しかいない。

 

 そして、彼女達の後方。10人近いウマ娘たちが焦りに駆り立てられているのを眼前に、スペシャルウィークが凄まじい速度で大外を駆けている。距離的には大幅なロスだが……あの混沌としたバ群をまとめて追い抜かせるなら、話は別だ。

 

「ふむ、クラシック相手ならこれで充分ですか。ですが本物に()てられた経験のあるウマ娘には不足と。やはり付け焼き刃では限度がありますね」

「……お前さんは、スペシャルウィークに自己暗示させたのか? 自分こそが最強だ、と」

 

 沖野の言葉を聞いて、陽室はくすりと笑った。

 

「それこそまさか。それは我々にとって前提ですから」

 

『ここでタイキシャトルとエアグルーヴも前を目指す、先頭のサイレンススズカを追って団子になったまま大欅の向こう側を過ぎていきます』

 

 双眼鏡から、そして大欅の方角から視線を離して陽室は続ける。

 

「スペは他のウマ娘がいない環境で育ちました。長らく競走相手が存在しなかった彼女は、燃え盛る闘志を自身の外側に発するという行為への理解が疎かったのです」

 

『さぁ、どうだ! どうだ! サイレンススズカに詰め寄ってきたのは外、外、スペシャル……スペシャルウィーク!?』

 

 実況の声に、沖野は弾かれるようにして4コーナーに目を向ける。

 

 スペシャルウィークがそこにいた。

 

 ラストスパートに入ってスピードを増したはずのサイレンススズカに追いすがる影。この一瞬で10人以上のウマ娘をごぼう抜きにして、大外からスペシャルウィークが二番手につけている。

 

『息を潜めていたスペシャルウィーク、600通過は1分9秒! 後方離されてエルコンドルパサー、グラスワンダー、しかしこれはすごい差だぞ!?』

 

「彼女の抱く闘志の一片だけでもプレッシャーとして放つことが叶えば、何が起こるだろう……そう考えるのは極めて自然でしょう?」

「……その結果がこれかよ」

「そのようですね。もっとも、あまり効かない相手もいるようですが」

 

 例えばタイキシャトルのような、気迫を受けることに慣れているウマ娘ならば。

 

 例えばエアグルーヴのような、むしろプレッシャーを放つ側のウマ娘ならば。

 

 そして……例えばサイレンススズカのような、レース中は何事も気に留めないウマ娘ならば。

 

『さあ最終直線、サイレンスとスペシャルの真っ向勝負だ!』

 

 東京レース場、500mを超える最終直線。ウマ娘たちのスタミナをこれでもかと奪いにかかる上り坂。その戦いの舞台に上がることを許されたのは、たったの二人。

 

『サイレンススズカ4バ身先を行く、スペシャルウィークその外を猛追! 坂を登ってサイレンスまだ逃げる!』

 

 その光景を見て陽室は確信を深めた。やはりサイレンススズカは常軌を逸している。

 

 前半で逃げ、後半で差せばどんなレースでも勝利できる……そんな楽観的かつ実現不可能な走りを可能にするウマ娘。強くて当然だ。人気で当然だ。

 

 だからこそ今日彼女に勝利したならば、スペシャルウィークの行く手を明確に阻む者はいなくなる。陽室はそう考えていた。

 

『二人を追って久々タイキシャトル、エアグルーヴもまた顔を見せる、しかし離されていく、これはどちらも届かないか!』

 

 後方を置き去りにして、サイレンススズカとスペシャルウィークが非常識的な速度でゴールに迫る。それはつまり、ウイナーズサークル目前にまで二人が迫りつつあるということでもある。

 

 もう双眼鏡を使う必要もない。執拗な追撃をものともせず、未だにトップスピードで走り続けるサイレンススズカの真剣な表情が沖野と陽室の眼にしっかりと映った。そしてその外側、未だに彼女を追い続けるスペシャルウィークの無感情な顔も見える。

 

 ……無感情? この局面で? 

 

 見間違えたかと一瞬困惑したが、沖野の眼は間違いなく正しかった。苦しむでもなく、笑うでもなく、ただ真顔で走るスペシャルウィーク。

 

「さて、今ですよ」

 

 陽室が隣でそう呟いた次の瞬間、沖野は聞こえるはずのない声を確かに聞いた。

 

 ────そこは私の場所だ、()()()()()()()()

 

 サイレンススズカが瞳を見開く。動揺が彼女の速度を鈍らせる。

 

 しかし、沖野が確認できたのはそこまでだった。

 

『サイレンススズカここまでか、スペシャルウィークが間を詰めて、あっという間に──』

 

 実況の声が驚愕に染まる。

 

『並ばない、並ばないッ! あっという間にかわした! スペシャルウィークがあっという間にかわして先頭に立った!』

 

 スペシャルウィークが一歩前に出る。そのまま二歩、三歩と差を増やす。

 

 対するサイレンススズカも食らいつくが、届かない。彼女にスパートするための体力はもう残っていない。ひとたびスピードを失えば、もはや先頭の景色を見ることは叶わない。

 

『スペシャルウィークだ、スペシャルウィークだ! 伝説はまだまだ終わらない!』

 

 誰の目にも明らかな、疑いようのない勝利。

 

『今ゴールイン! GII毎日王冠、勝者はスペシャルウィーク! クラシック最強の実力を見せつけましたスペシャルウィーク、まさしく常勝無敗の流星、底が見えないウマ娘です!』

 

「大変結構。今後の課題も増えましたが、スペにとって重要な勝利になったことでしょう」

「……待ってくれ、陽室」

 

 すたすたと足取り軽く去ろうとした陽室を、沖野はなんとか呼び止めた。

 

「なんでしょうか、ミスター」

「お前さん、どこまで仕込んだ。スペシャルウィークにどこまで……」

「『ゲートに入れば始まる。ゴールを駆け抜ければ解ける。その間だけは、貴女が信じる理想のウマ娘になれる』。そう教えただけですよ」

 

 沖野の問いにそう答えて、陽室は今度こそ去っていった。

 

「……あれが、理想のウマ娘か?」

 

 その言葉に答えるものはもういない。

 

 純粋な敵意のみで構成されたスペシャルウィークの声。あれが陽室の求める、そしてスペシャルウィークの信じる理想のウマ娘だとは思えなかったし、思いたくなかった。

 

 しかし沖野が顔を上げれば、電光掲示板の光が目に入る。赤々と浮かぶ『レコード』の四文字。その真下には『1.40.3』という常軌を逸したタイムが記録されていた。

 

 東京レース場の芝1800mで1分40秒3を叩き出すウマ娘が、理想のウマ娘でなければ何だというのか。東京レース場の上がり3ハロンで31秒5を叩き出すウマ娘が、理想でないのならば。

 

 あの化物を、スペシャルウィークを、これから何と呼べばいいんだ?



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スペシャルウィークは微睡まない


 前話にて多数の感想を頂戴しました。個々に返信させていただきましたが、この場で改めてお礼申し上げます。ありがとうございました!

 昨夜には共著ともども「感想一気に増えて良かったな」「みんなが読んでくれてるって事実が可視化されてホッとした」などと二人して喜んでおりました。これからも会長スペちゃんをよろしくお願いします!



「それでは、スペの毎日王冠勝利と、ベルノのテンペル正式加入を祝して」

「かんぱーい!」

 

 夜。トレセン学園にほど近いマンションの一室──他ならぬ、陽室の自宅である──において、『チームテンペル』として初めての祝勝会が催されていた。

 

「改めておめでとう、スペちゃん!」

「ありがとうございます、ベルノさん! ベルノさんの蹄鉄、すっごく走りやすくて……あの蹄鉄じゃなかったら、コーナーで一気に追い抜かすのは難しかったと思います!」

「そ、そうかな?」

「そうです! ベルノさんがいなかったら、きっとスズカさんを直線で捕まえるのも無理でしたよ!」

 

 ジュースの入ったコップを持ったまま、ベルノライト相手に力説するスペシャルウィーク。さらに、テーブルを挟んで向かい側に座る陽室も会話に加わってくる。

 

「私も同意です。我々は蹄鉄の力を思い知った……というより、今までが無知すぎたのですが。今日の勝利はスペの勝利であると同時に、ベルノの勝利でもありますよ」

「え、えへへ……ありがとうございます」

「そして貴女には正当な報酬を手にする権利もあります」

「……あれ、やっぱり本気なんですか?」

「当然でしょう。むしろ学園を介して契約書まで作ったのですから、破れるわけがありません」

 

 ベルノライトの言う『あれ』とは、もちろん蹄鉄作製を含めた彼女の献身的なサポートに対する報酬のことである。

 

「賞金7000万円のうち、700万円は学園の運営資金に。そして4900万円はスペに、700万円は私に、700万円はベルノに。おおよそ妥当なところですね」

「いやいや、やっぱり貰いすぎですって! トレーナーさんとおんなじ額って考えるとちょっと過剰ですよ私の分が!」

「……ベルノさんのおかげで勝てたようなところもありますし、やっぱり私が貰う分からも出した方がいいんじゃ」

「スペちゃんもますます話をややこしくしないで!」

「そうは言いますがね、ベルノ。この一カ月半で貴女がテンペルのためにやったことを挙げてみてください」

 

 陽室の言葉に、ベルノライトは自分の仕事を指折り数えていく。

 

「ええと、まずスペちゃんの蹄鉄作り、フィッティング、調整。それから東京レース場のレースデータを分析して、まとめたものをトレーナーさんに渡して、あとは有力なウマ娘の偵察をして、こっちも情報をまとめて渡して、あとはスペちゃんのトレーニングをサポートして……それくらいですよね?」

「えっ、ベルノさんそんなに働いてたんですか!?」

 

 多すぎる仕事量に驚愕するスペシャルウィーク。しかしベルノライトは何に驚いているのかわからないという顔のまま答える。

 

「はい。それがサポーターの仕事なので」

「……トレーナーさんより働いてるんじゃないですか?」

「怒りますよ、スペ」

 

 スペシャルウィークのあまりにもあんまりな疑問に口を挟む陽室。

 

「とはいえこのまま全てをベルノ任せにしていると、そのうち本当に仕事量で追い抜かれそうなのも事実ではあります。少なくともレース面のサポートでは追い抜かれました」

「やっぱりトレーナーさんより働いてるんじゃないですか!」

「私はライブのプロフェッショナルであって、レースのプロフェッショナルではありませんからね。レースサポートではベルノに及ぶべくもありません。セントラルライセンスの筆記試験通過もギリギリ、正直なところを言えば暗記の賜物です。その分を他の場所で補ったために、こうして中央のトレーナーを生業にできているわけですが」

 

 陽室はそう言いながらベルノライトの方を向いた。

 

「ベルノ、セントラルライセンスの試験を受ける気はありませんか? 正式にサブトレーナーとなれば学園からも給料が出ますよ」

「そ、それはまた追々ということで……それよりも! それよりもです!」

 

 言葉を濁して話題転換にかかるベルノライト。しかし今回はいつぞやとは違い、話題転換する正当な理由が彼女にはあった。

 

「スペちゃん、その……本当になんともないの? どこか痛かったりとかしない?」

「はい、大丈夫ですっ! 大きな怪我をしたことがないのが取り柄なので!」

 

 ベルノライトの心配事。それはスペシャルウィークの身体についてだった。

 

「安心しなさい、ベルノ。わざわざ専門医にも診てもらったではないですか」

「でも、芝1800mのワールドレコードを3秒も更新したんですよ? しかも上がり3ハロンが31秒5って……脚に負担がないほうがおかしいです。現にサイレンススズカさんは……」

 

 そこまで言葉にして、ベルノライトは自らの手でぱっと口を塞いだ。スペシャルウィークの表情が少し沈んだことに気付いたからだ。

 

「幸い、ミス・サイレンススズカの炎症はすぐに完治するとの見立てでした。秋の天皇賞は()()()()()()()()()そうですが、代わりにマイルチャンピオンシップを見据えるとミスター・沖野も仰っていましたから、そう心配することはありませんよ」

 

 ベルノライトに対してというよりは、スペシャルウィークに対して語り掛けるように陽室がそう言った。

 

「とはいえベルノの心配も理解はします。率直に言って、スペが今日樹立した記録は尋常ではありません。タイムを見た観客も盛り上がるというよりは信じられない様子でしたからね。そのスペとラスト200までまともに競っているあたり、やはりミスは侮れない存在です」

 

 東京レース場におけるこれまでの上がり3ハロン最速は32秒ジャスト。URA全体で見ても、新潟レース場の直線1000mという好条件のレースで31秒6や31秒7というタイムが数えられる程度に記録されているのみ。スペシャルウィークの上がり3ハロン31秒5というレコードは、文句なしにURAの歴代最速記録なのだ。

 

「ミス・サイレンススズカの上がり3ハロン32秒5という記録すら、東京レース場では五指に入りうる記録なのですよ。例えば昨年のダービー、ミス・エイシンフラッシュが叩き出した末脚が32秒7です。そして今年のダービーにおけるスペの上がりは……」

「35秒3、ですよね」

「その通りです、スペ。そしてそれがGIウマ娘の標準でもあります。今日の毎日王冠における31秒5という記録の異次元具合が、これだけでもよく理解できることでしょう。当然距離やコースに左右されますが、33秒台で『速い』、32秒台で『凄まじい』、31秒台ともなれば『異様』というものですよ」

 

 陽室にそこまで言われても、そしてベルノライトにどれだけ心配されても、スペシャルウィークはそれらがどれだけの偉業なのかをいまひとつイメージできなかった。それを察してか、陽室はこう付け加えた。

 

「文句なしの日本一です」

「日本一、ですか?」

「もしかすれば世界一かもしれませんがね。東京レース場の上がり3ハロン31秒5という記録を破るウマ娘が今後出てくるとしても、向こう数十年は貴女の名前が記録と記憶の双方に残り続けることでしょう。おめでとう、スペ」

「……はいっ! ありがとうございます!」

 

 無邪気に喜ぶスペシャルウィーク、そんな彼女に笑いかける陽室。そんな二人を間近で眺めるベルノライトも、当然嬉しい気分に……とはいかなかった。

 

「喜んでるところ申し訳ないですけど、私の心配事はまだあるんですよっ」

「はて、何かありましたか?」

「トレーナーさんがスペちゃんにやらせてた自己暗示です!」

「ああ」

 

 納得したように陽室が手を叩いた。

 

「それこそ安心してください。スペに悪影響が残るようなやり方は教えていませんよ。万が一レースが終わったにもかかわらず暗示が解けなかったときの手段に関しても、私の方で別途用意してありますからね」

「……悪影響はないって本当ですか? レース中はずっとスペちゃんの様子を見てましたけど、仕掛けるときも追い抜いた後も最後の直線も、いつ見ても真顔で……その、ちょっと怖かったです」

 

 隣に座るスペシャルウィークに配慮してそう表現したが、観客席でレースを見ていたベルノライトが実際に感じたのは『ちょっと怖い』どころではなかった。

 

 レースは体力と精神力を削るものだ。そして同時にウマ娘の感情が真正面からぶつかる舞台でもある。どれだけ普段が無表情のように見えるウマ娘でも、レースで全力を出せばその疲労と闘志の全てを隠し通すようなことはできないはずなのだ。さらに言えば、これまでのスペシャルウィークはむしろ感情豊かな方だったという事実もある。

 

 しかし今日の彼女は感情を全く表に出さないまま走り抜けてみせた。率直に言って不気味だったし、ただ観戦していただけでもそう感じたのだから、彼女とレースを走ったウマ娘が抱いた恐怖は想像したくもない。

 

「そもそも、私が行ったのはスペが暗示に入るための下地作りと指針の提示のみですよ。結局のところ、暗示というものは本人がその暗示を信じることができなければ意味がありません。細かい部分まで他人が押し付けるより、スペが自分で考えた方が効き目も良いだろうと思いましてね」

 

 そう言いながらスペシャルウィークの方に視線を向ける陽室。まずは貴女から説明しなさいという無言の意志を読み取って、スペシャルウィークは口を開いた。

 

「えっと……走ってる皆にプレッシャーを感じてもらうより、何も感じてもらわない方が私にとって簡単なのかなって思ったんです」

「……どういうこと?」

 

 ベルノライトが聞き返す。無論、これで伝わるとはスペシャルウィークも思っていなかった。

 

「私もちゃんと全部考えてたわけじゃないんですけど……トレーナーさんに『貴女が信じる理想のウマ娘』を目標にするのがいいって言われて、じゃあ理想のウマ娘ってなんなんだろうってことから始めないといけないなって。そうしたら最初に思いついたのはスズカさんでした。私が最初に憧れて、今でも一番憧れているので」

 

 スペシャルウィークの憧れがサイレンススズカだという話は以前にも聞いたことがあった。ベルノライトが頷くのを見て、スペシャルウィークは話を続ける。

 

「でも、スズカさんの大逃げは私には真似できません。だから『スズカさんみたいに誰にも邪魔されない走りをしたい』ってことは忘れずに、他にも参考になる方がいるはずだと思って、いろんな方のいろんなレースの映像を見たんです」

「そして補足すると、そのころに私からスペに課題をひとつ提示しました。『レース中に他者へプレッシャーを与え、掛からせる』ことについてですね」

 

 言うまでもないことだが、スペシャルウィークは心優しい性格である。彼女の性格は間違いなく美徳である一方で、レースの世界においてはその優しさが邪魔をすることもあると陽室は判断した。

 

「私からの課題を受けて、スペの『理想のウマ娘』像は若干の変化を見せたはずです。具体的には、ミス・シンボリルドルフのようなレース中の圧力、ミス・ナリタブライアンのようなプレッシャーの発露……そういった、今のスペに不足していたものを理想に組み込めるようになったのではないですか」

「はい、トレーナーさんの言う通りです。……それで、シンボリルドルフさん以外にもいろんな方のレースを見て、気付いたんです。一言にプレッシャーと言ってもそれぞれ違いがあって、参考にするにはどれかを選ばないといけなくて。でもただ真似をするだけだと、それは理想じゃなくなるのかなって」

 

 スペシャルウィークの言わんとするところはベルノライトにも理解できた。優秀な他者の真似をしようとして、結局のところ劣化コピーになってしまう……よくあることだ。

 

「それで悩んでいたら、ダービーのことをふと思い出したんです」

「ダービーって……スペちゃんのダービー?」

「はい。そのダービーです」

 

 もちろんベルノライトも今年の日本ダービーのことはしっかりと記憶に残っている。というより、ただでさえダービーなのだから忘れがたいところを、あんな異質なレースを見せられた日には忘れるわけがない。

 

「あのとき先頭を走ってて、みんなが焦ってるのが手に取るようにわかってたんです。あれが『周りを掛からせる』感覚なんだってことをずっと覚えていて。……けれどあのとき、セイちゃんだけは掛からなかったんです。最終直線で競り合うまで私の後ろにいるセイちゃんが何を考えているのかわからなくて、でも慌ててないことだけがわかって、それがすごく怖かったなって」

 

 スペシャルウィークはそれまで、レースを通して自分の後ろをセイウンスカイが走り続けるという状況を一度も体験したことがなかった。体験して初めて、『理解できないことへの恐怖』を実感したのだ。

 

「それで気付いたんです。予想できない走りをしたり、プレッシャーをぶつけたりして『掛からせる』よりも、自分が考えていることを隠して『掛かってもらう』方が楽なんじゃないかって。その上で、それで掛かってくれない相手にはプレッシャーをぶつけて掛からせる。これがトレーナーさんの課題に対する理想だと、私は考えました」

「な、なるほど……」

「スペから一通り聞かせてもらったときには私も感心しましたよ。ここまで明確にビジョンが定まっているのであれば、暗示自体は容易でしたからね」

 

 そもそも陽室が自己暗示という手段を持ち出してきたのは、それがスペシャルウィークの抱えるメンタル的な問題を解決する方法として効果的である以上に、彼女が暗示されるのに向いた性格をしていたからだ。

 

 自己肯定感が高く純粋無垢で、他人を疑うよりも信じることの方が好きで、演技という自分と他人を欺くための行為を学んでいる最中で、暗示で引き出すための潜在能力を備えている。ここまでの好条件が揃うのは間違いなく稀だ。

 

 そして今日、暗示によって自らを『理想のウマ娘』だと信じ切った状態でスペシャルウィークが臨んだレースにおいて、今現在の彼女では不可能な演技力で無感情を装い、しかし同時に秘めたままだった闘志を外側に向け、レースを支配することが可能だと立証した。スペシャルウィークの自己暗示の効力は、陽室の予想を遥かに超えていたのだ。

 

「率直に言って、ここまでスペが暗示によって強化されるものとは想定していませんでした。当初の予定では、憧れのウマ娘を自己投影することでメンタルの好調を保つ程度の効力があれば御の字だと考えていましたからね」

「え、そうだったんですか!?」

「そうですとも。その点、貴女は私の想像を超えて『理想のウマ娘』とは何か、にしっかりと向き合いました。今日の主たる勝因は貴女の努力とベルノの献身のふたつだと言えるでしょうね」

「……あれ、ちょっと待ってください」

 

 ベルノライトが口を挟む。あまり気付きたくない事実に気付いてしまった、という顔だ。

 

「もしかして、スペちゃんが今日のレースで最後方から追い込んだのって……()()()()じゃないですよね? まさか重賞レースで、毎日王冠でそんなことしてませんよね? ね?」

「おや、気付きましたかベルノ。それも理由のひとつですよ」

 

 スペシャルウィークの想像した理想のウマ娘の戦術が通用するか否かの試金石として、重賞レースに出走する。一見すると真っ当なように見えなくはない……いや、見えない。全く見えない。

 

 勝ったから良かったようなものであって、二週間後に無敗クラシック三冠が懸かった菊花賞を控えているのに、シニア級のウマ娘たちが待ち構えている毎日王冠に突っ込んでいくだけでも本来正気の沙汰ではないのだ。ましてやその毎日王冠でやったことが新戦術の試験運転、それも成功するかわからないような前例のないものをぶっつけ本番でだ。

 

 常軌を逸している。それを思いついて実行するウマ娘も、そんな教え子の勝利を疑わず背中を押すトレーナーも。

 

「……チーム加入、もうちょっと考えるべきだったかなぁ」

 

 本当に小さな声だったが、隣のスペシャルウィークにはしっかりとその呟きが聞こえていた。

 

「えっ、ダメですよベルノさん! もうベルノさんはテンペルの仲間ですっ!」

「もう少し落ち着きなさい、スペ。……ああ、ベルノ。もちろん私も今更貴女を逃がす気はさらさらありませんので、そのつもりでいてください」

「あっ、いえ、ええと……はい、頑張ります」

 

 苦笑いを浮かべながらそう返すベルノライト。

 

 決してこのチームが嫌いなわけではない。ただ、こうして会話の輪に入るようになってから幾度となくスペシャルウィークと陽室の常識外れな思考に驚かされ続けて、自分がいかに普通のウマ娘なのかを実感させられているような気持ちになってくるのだ。けれどもその常識外れに惹かれて加入を決めたのも事実で、難儀なものだと思わざるをえない。

 

 普通が特別に混ざるには並大抵の努力では足りないということなのだろうと、ベルノライトは一人で勝手に納得していた。実際には、他者から見れば彼女も充分すぎるほどに特別の枠に入る存在なのだが。

 

 ……笑顔の裏に隠していたが、彼女にはまだ言っていない心配事がもうひとつだけあった。

 

 彼女はそれを言葉にするかどうか迷ったが、結局口を噤むことを選んだ。この平和で柔らかい空気にこれ以上水を差したくなかったし、なによりそれは主観的なものでしかなかった。けれども、心の片隅で考えずにはいられない。

 

 今日のスペシャルウィークは強かった。もしかすると、彼女が走ってきたレースの中で一番強い勝ち方をしたのかもしれない。それ自体に異論はない。そしてその勝ち方にはスター性があった。最後方からサイレンススズカを差し切る走りにスター性がないのならば、どんな走りにもそんなものは存在しないだろう。なにより、あの上がり3ハロンは文句なしに速かった。時計がそれを客観的に物語っている。

 

 だというのに、ベルノライトの中にはもやもやした何かが渦巻いていた。圧倒的な支配力と揺るがない勝利を得たのと引き換えに、スペシャルウィークが何か大事なものを失ったように思えてならなかった。

 

 例えば……そう、流星のようなきらめきを。



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【4回東京】クラシック期ウマ娘について語るスレ Part1995【毎日王冠】

502:レース場の名無しさん ID:1jx3GqSYM

というわけで毎日王冠がスペシャルウィークの勝利に終わったわけですが

 

503:レース場の名無しさん ID:88OaX7qMr

終わったわけですがじゃないが

  

504:レース場の名無しさん ID:Vsg8t2R/r

辞めだ辞め辞め辞め辞めだ!!!トゥインクルシリーズは辞め!!二度とやんない!!!卒業!!!!もう懲り懲り!!!スペシャルウィークおめでとう!!!サイレンススズカもお疲れさまでした!!!!もう少し逃げてよ!!!今までありがとうトレセン学園!!!さよならURA!!!許さん!!絶対に許さんからな文科省!!!!

 

505:レース場の名無しさん ID:JisIma/zr

>>504 またダダこねてる……

 

506:レース場の名無しさん ID:fywDBx09h

>>504 お前いつもトゥインクルシリーズやめてるな

 

507:レース場の名無しさん ID:/rLQPr536

>>504 風物詩定期

 

508:レース場の名無しさん ID:tPwcMZhOH

>>504 なんならローカルシリーズスレで三日前に見た

 

509:レース場の名無しさん ID:dKqRC0VY1

>>504 IP非表示でも勢いだけで特定できるのすき

 

510:レース場の名無しさん ID:TpWbFaP43

いくらスペシャルでもシニア交じりの毎日王冠で勝てるわけないとか言ってた奴wwwwww

俺だよちくしょう

 

511:レース場の名無しさん ID:3kb5hZUwW

>>510 俺乙

 

512:レース場の名無しさん ID:1Ch52WEux

>>510 同志よ

 

513:レース場の名無しさん ID:nv3QllAYH

まあでも今回は盛大に予想外した組多いでしょ

多いと言え

 

514:レース場の名無しさん ID:lphBcUuvM

まさかスペシャルウィークがここまでバケモンだとは……

 

515:レース場の名無しさん ID:ShcKmDrBx

いやあんなん誰も勝てんやろ。あのスズカが捕まっとるんやぞ

 

516:レース場の名無しさん ID:J+Los9ChG

>>515 スズカのとこ行く前に大欅で11人抜きしてるんだよなあ

マジで化物でしょスペシャルウィーク

 

517:レース場の名無しさん ID:+OWFhyN9R

>>516 11人の壁って相当厚いはずなんだがなぁ

 

518:レース場の名無しさん ID:jpZHOes95

現地観戦S席だけど気持ち悪いくらい鮮やかだった

 

519:レース場の名無しさん ID:3HIWr3yG7

S席マジ? よく取れたな

 

520:レース場の名無しさん ID:O6YxXKvJ4

>>518 気持ち悪いくらい鮮やかってなんだよ矛盾塊か?

 

521:レース場の名無しさん ID:fFN7JtmH5

まあ言いたいことは分からんでもない

 

522:レース場の名無しさん ID:jpZHOes95

>>520 スペシャルウィークが外から追い抜こうとすると抜かされかけた方が明らかに掛かってた

でもすぐ失速して垂れてきて、スペシャルはそれをさっとかわして前に出るのよ

それを人数分繰り返してあっという間にサイレンススズカの後方よ

 

523:レース場の名無しさん ID:/++FWSw3l

えぇ……

 

524:レース場の名無しさん ID:OVmzoI/tK

気持ち悪いくらい鮮やかじゃん

 

525:レース場の名無しさん ID:7jlmA4ZMy

タイキシャトルとかエアグルーヴすら若干動揺してるように見えたぞ

むしろ600m追いかけられてまだ競ってたサイレンススズカが異常

 

526:レース場の名無しさん ID:RXYOpGotz

結果論やが、東京で上がり3F31.5出すウマ娘に勝てる奴なんかおるわけなかったんや

 

527:レース場の名無しさん ID:shWFRJUKl

それはそう

 

528:レース場の名無しさん ID:CZkzjJJ9+

それはそうだけど、そもそもスペシャルって末脚評価されるタイプじゃなかったろ

予測しろって方が無理だ

 

529:レース場の名無しさん ID:EdCLets02

そうか? 最終直線で捲る印象強いんだが

 

530:レース場の名無しさん ID:+5k9NNAOC

捲りはするけどどっちかといえばロングスパートじゃねえの

 

531:レース場の名無しさん ID:+ISE/lOGQ

誤解されがちだけどスペシャルウィークは切れ味タイプじゃないよ

レース見比べると分かる

 

532:レース場の名無しさん ID:/HP7PGOCO

はいスペシャルウィークの上がり3F一覧

 

メイクデビュー(阪神1600):34.8

札幌ジュニアS(札幌1800):35.7

ホープフルS(中山2000):34.4

弥生賞(中山2000):35.4

皐月賞(中山2000):33.9

NHKマイルC(東京1600):34.2

東京優駿(東京2400):35.3

札幌記念(札幌2000):36.4

毎日王冠(東京1800):31.5

 

533:レース場の名無しさん ID:r/vnDtD2F

>>532 有能

こう見るとやっぱり毎日王冠がおかしいんだろこれ

 

534:レース場の名無しさん ID:H5xl6R+wK

>>532 最後の一行がシンプルに気持ち悪い

 

535:レース場の名無しさん ID:jJFTkORPG

>>532 スズカを追い越す走りをしたらこの時計になった感

 

536:レース場の名無しさん ID:rnvsTAG1P

>>532 これで距離適性が2000以上は嘘でしょ

 

537:レース場の名無しさん ID:gtIMX+HmV

マイルは得意ではない(NHKマイルカップ覇者)

 

538:レース場の名無しさん ID:CCzwg2Znk

でも普通に府中とか中山で34秒前後出てるじゃん。普通ならそこそこ末脚あるって評価されるぞこれなら

 

539:レース場の名無しさん ID:jLccyU8GN

先行するわ差すわ逃げるわでレース展開が毎度違いすぎるから末脚にまで目が向かない説

 

540:レース場の名無しさん ID:4zBRj3KpW

>>539 今回追い込んでたからいよいよ脚質自在説濃厚なんだよなあ

 

541:レース場の名無しさん ID:LSvRck1nn

この成績で自在だとしたらもう世界のバグ

勝つために生まれてきたウマ娘としか言いようがない

 

542:レース場の名無しさん ID:bG1P8+1Fn

1600から3000までどこ走っても勝ちつつ、逃げから追込までどう走っても勝つ

三女神は二物を与えるどころかあらゆる全てをスペシャルに明け渡したのでは?

 

543:レース場の名無しさん ID:dQhzz9l5h

トキノちゃん以来だよそんなん

 

544:レース場の名無しさん ID:RtCbmF9C1

単純にスピードもパワーもダンチすぎて何やっても勝つあたりは本当にトキノを思い出す

 

545:レース場の名無しさん ID:oseRtKZSG

春のクソローテで麻痺してたけど今から中一週で菊花賞なんだよなあ

やっぱりクソローテじゃないか

 

546:レース場の名無しさん ID:AG0V2FwBr

皐月NHKダービー全出走はこれからスペシャルローテって言われるんでしょ

 

547:レース場の名無しさん ID:+vZVQ74oZ

>>546 こんなローテ許すトレーナー金輪際おらんやろ

 

548:レース場の名無しさん ID:sHng5xq5w

>>546 そりゃスペシャルですわ

 

549:レース場の名無しさん ID:nQjqBnkYB

なんでこれで身体ぶっ壊してないんだ

 

550:レース場の名無しさん ID:KIvXkmCz9

根本的に恐ろしく丈夫なんだろうな

というかそれ以外の理由が見つからん

 

551:レース場の名無しさん ID:1UZbaWX7K

実際スペシャルってコーナー上手くないじゃん?

完全に力技で曲がってるし、そんな無茶が効く超合金ボディ持ってたらそりゃローテもそうなる

 

552:レース場の名無しさん ID:FUBctoDW3

マジでスペシャル

 

553:レース場の名無しさん ID:OLX2PeBe5

このローテで全部勝たせてるあたりトレーナーも優秀ではある

なおURA公式の情報で確認できる限りは新人の模様

 

554:レース場の名無しさん ID:Psna5VI1I

噂の理事長より小さくてデカいトレーナーか

 

555:レース場の名無しさん ID:qLFcNPYah

>>554 なにそれ

 

556:レース場の名無しさん ID:Psna5VI1I

>>554 理事長より(体格が)小さくて(態度が)デカいトレーナー

 

557:レース場の名無しさん ID:qLFcNPYah

>>556 芝

 

558:レース場の名無しさん ID:oCTi4zb+h

理事長も別に謙虚なタイプじゃないのがもう芝なんよ

 

559:レース場の名無しさん ID:Tx9WNlQGF

優秀なのかは知らんがインタビューだと口がよく回るよな

 

560:レース場の名無しさん ID:B81c3xaw0

スペシャルウィークのトレーナーって朝月咲だっけ

 

561:レース場の名無しさん ID:PsuYvC+6K

>>560 誰それ

 

562:レース場の名無しさん ID:nKi/nZmqr

>>561 だいぶ前に映画とか出てた子役だぞ

なんか人気作にちょこちょこ出演してたらしい

 

563:レース場の名無しさん ID:zhOp4oppd

>>561 お前SCiP - アノマリー対策室見てないの? 見ろ 迷子放送の回だけでも見ろ

 

564:レース場の名無しさん ID:PZgqPMtfe

>>561 カードセレクター☆ミズキのヒロイン役をご存知でない!?

 

565:レース場の名無しさん ID:6j65cmn6Q

>>563 >>564 名義違うがほぼ間違いないって話は出てたな

それはそれとして流石にスレ違いだからスペシャルウィークスレ行け

 

566:レース場の名無しさん ID:avE8ddv0t

スペスレ誘導は人の心がないぞ

 

567:レース場の名無しさん ID:0WyEa98f4

スペシャルウィークスレとかいう信者とアンチが入り乱れる魔境

 

568:レース場の名無しさん ID:o5f+oWGzf

このスレが実質スペシャルスレになってる時点でお察し

 

569:レース場の名無しさん ID:SNi2sI3yz

>>567 三冠ウマ娘の本スレが魔境になるのはもう風物詩でしょ

どうせスペシャルも三冠だし

 

570:レース場の名無しさん ID:Oy8n/LNig

>>569 セイウンスカイの三冠阻止ワンチャンあるだろ!

 

571:レース場の名無しさん ID:8qEglI6Ot

>>569 まだセイちゃんがいるでしょうが!

 

572:レース場の名無しさん ID:Njr/yl9yD

セイウンなあ……それこそスペシャルいなけりゃ三冠だったろうに

 

573:レース場の名無しさん ID:eKTgwUD22

ゆーてウンスは本領長距離なんやろ?

スタミナ勝負ならスペシャル相手でも本当にワンチャンあるかもしれん

 

574:レース場の名無しさん ID:kvb/Ss1u3

>>573 でもスペシャルの適性2000m以上なんでしょ あの言い方で3000m走れないとは思えんわ

 

575:レース場の名無しさん ID:yV6CiZ6RI

セイウンスカイは間違いなく強いけどスペシャルウィークがもっと強いのが悪い

 

576:レース場の名無しさん ID:6j/pv+4QP

セイウンは菊花負けて二着でも準三冠ウマ娘を名乗れるぞ

 

577:レース場の名無しさん ID:3iV9TGSWm

普通なら皮肉でしかないんだが、スペシャルウィークと同じ年で準三冠は実際下手なGI勝ちよりよっぽど価値ありそうなのがなぁ

 

578:レース場の名無しさん ID:B3KXMOjHC

実際それなのよ。まだ重賞で勝ってないけど、ウンスが強いのは間違いないのよ。まだ重賞で勝ってないけど。

 

579:レース場の名無しさん ID:hoUnGeexu

それにしても、スカイきゅんがスぺシャルを回避したらほぼ1着確約並に強いのに毎度スぺシャルとぶつけるのはなんなんだろうね。

 

580:レース場の名無しさん ID:yB+dYKSxu

去年のホープフルで負けてからの因縁なんだろうけど、それ以上にもうスペシャルの出るレースから逃げられんてここまで来ちゃうと

 

581:レース場の名無しさん ID:WBEbZYfbU

出るか検討するって言ってた京都大賞典も結局音沙汰なしだったもんな

 

582:レース場の名無しさん ID:5b/ncA/TA

トレーナーもちゃんと説得しないとだめだよ

あんな才能ある子が無冠でいいわけない

 

583:レース場の名無しさん ID:ytWfCjwsg

でもさ、スぺシャルがいないから重賞取れましたはそれはそれで残酷なのよな……

 

584:レース場の名無しさん ID:idFR1+3va

実力の証明って意味ならスペシャル相手にずっと2着の時点で証明はされてるからな

 

585:レース場の名無しさん ID:o9uZYkpF7

ウンスはよくやってるのよ、マジでよくやってる。全部スぺシャルが強すぎるのが本当に、本当に……

 

586:レース場の名無しさん ID:+4HK5afiK

恨むぜ三女神……

 

587:レース場の名無しさん ID:80x6/uY+d

今年のクラシック級は冗談抜きで名ウマ娘しかいないからな

 

588:レース場の名無しさん ID:WM+sX4s67

スペシャルが蹂躙してるクラシックに隠れがちだけどティアラも相当熱いぞ

なんならレース自体の熱さで言えばティアラの方が上

 

589:レース場の名無しさん ID:OViWg0S2Z

来週の秋華は最本命誰よ

 

590:レース場の名無しさん ID:PRU5yBsCZ

>>589 ドーベルでしょ、オークス獲ってんだし本命は揺るがん

 

591:レース場の名無しさん ID:ENuMJAshX

>>589 ハッピーミーク

オークスは明らかスタミナ切れだったけど桜花賞の勝ち方見ると適性1600~2000だと思う

 

592:レース場の名無しさん ID:EQoJUo+zf

>>589 ファインモーション これまで惜しいところで届かなかったが今回絶好調だし

 

593:レース場の名無しさん ID:g4E0KGmtV

バラバラで草

 

594:レース場の名無しさん ID:8BiKcLqtv

ティアラも過去最高クラスで逸材揃いなのよ

チームリギルがタイキ加入を皮切りに一気にマイル路線で戦力強化したけどさ、今季のリギルのマイル戦線はマジでヤバい

 

595:レース場の名無しさん ID:30gU6aKJb

殿下もミークもリギルだしな

 

596:レース場の名無しさん ID:8CJSVzfpv

とはいえ、リギルですら殿下を持て余してる感じはあるよな……

 

597:レース場の名無しさん ID:0lhbEWpL9

リギルの東条トレ自体がマイル向けの指導が若干不得手なんだと思うよ

 

598:レース場の名無しさん ID:zbFWFej51

若干不得手(エアグル、タイキ、グラス、エルコン)

 

599:レース場の名無しさん ID:1khr66ygO

殿下のバックグラウンドを考えるとチーフトレーナーの直接指導にするしかないけど、上手いこと噛みあってない感じ

 

600:レース場の名無しさん ID:jmJf7YJ5g

勧誘したのがあの桐生院家のご令嬢で、その人がサブトレしてるリギルが結局獲得したんだっけ?

 

601:レース場の名無しさん ID:uIet6Fpbx

>>600 そそ。まだ殿下走ってない段階で適正見いだしてチームに引き込んだヤベぇ奴。

さすが名家の血と英才教育といったところなんだろうね。実際マイラーとして最強クラスになりそうだし殿下

 

602:レース場の名無しさん ID:EQoJUo+zf

でもファイン殿下はおそらく中距離が主戦場な子だよ?

 

603:レース場の名無しさん ID:W/QAVrNgE

>>602 そこはシニアに入ってから期待だろうなぁ

 

604:レース場の名無しさん ID:ojMCr8/VS

実際リギルは中距離以上がルドルフ・ブライアン・ヒシアマ・フジでしょ? それだけ詰まってて「じゃあ中距離」なんて気軽に言えないのは理解できなくもない。大公家のご令嬢に下手に土つけられないだろうしさ……

 

605:レース場の名無しさん ID:pE1iziRPd

その点ミークはクラシックに入った途端に一気に伸びたよな

 

606:レース場の名無しさん ID:8NuIFVEkQ

ミー子の場合、指導を引き継いだ桐生院が一気に伸ばした感じだし、勢いという意味でもすごいからワンチャンどころか対抗くらいにはなる。

 

607:レース場の名無しさん ID:gaUh2yNo1

ま た 桐 生 院 家 か

 

608:レース場の名無しさん ID:n5Blz2wYo

普通にあと1年かそこらでリギル卒業してチーム立ち上げるんだろうなぁ桐生院。ミークの実績あれば生徒も集められるだろうし

 

609:レース場の名無しさん ID:jlX2TIskF

となると、ティアラは本命どぼめじろう先生vs.実質桐生院家のリギル厨パ戦線か……

 

610:レース場の名無しさん ID:/KrN227b/

>>609 厨パ戦線やめぇやw

 

611:レース場の名無しさん ID:YzGJuU/Vr

まぁ実際名前挙がってないところまで含めて誰が勝ってもおかしくはないんだよな

スペシャルかセイウンの二択になってる菊花とは真逆

 

612:レース場の名無しさん ID:njIYVJjPH

とはいえ、普通にクラシックも大波乱なんですけどね……

 

613:レース場の名無しさん ID:OxJC9WsRL

まあスペシャルが菊花勝ってJC有馬ルートじゃないのかねこのまま行けば

 

614:レース場の名無しさん ID:EQoJUo+zf

あのトレならエリ女突っ込んでもおかしくはないが……

 

615:レース場の名無しさん ID:KcMIVjIz2

JCかマイルCSかはわからんが、エリ女はさすがにスキップじゃない? 今のスペシャルにはあんましうまみないし

 

616:レース場の名無しさん ID:EQoJUo+zf

うまみがなくても、味見感覚で獲ってきそうで怖いんよ。でもエリ女でファイン殿下とスペシャルのスペシャル大激突は見てみたくない?

 

617:レース場の名無しさん ID:BgCfJguhh

スペシャルが多い

 

618:レース場の名無しさん ID:x2V9ELalv

アイルランド大公国から宣戦布告されそうで芝

 

619:レース場の名無しさん ID:qfwyFqQgT

ファインモーション第二公女殿下はなぁ……家が家だけに触れづらい

 

620:レース場の名無しさん ID:S2BCZ9sNc

ロイヤルファミリーだからな……下手するとイングランド王室も絡むからな

 

621:レース場の名無しさん ID:USqyOLFRI

アイルランドでブルマブームが巻き起こってるって眉唾情報出てるけどそういう……

 

622:レース場の名無しさん ID:+YHKsSsef

ブルマだと早い殿下……?

 

623:レース場の名無しさん ID:kAT6enyXa

>>622 やめろやめろ! 殿下は勝負服だと勝てないとかいうのやめろ! マジでアイルランド国防陸軍が飛んでくるぞ!

 

624:レース場の名無しさん ID:XffSd9jjs

飛んできたらそれはもう空軍なんよ。

 

625:レース場の名無しさん ID:aR2+iVwkF

まぁその殿下と最速で激突するとしたらエリ女か有馬なわけですが。実際どうなるかね

 

626:レース場の名無しさん ID:z3/VyncLB

今のスペシャルウィーク勢いに乗ってるからなあ

どう見ても絶好調だし

 

627:レース場の名無しさん ID:HB39/U/Kx

絶好調じゃないスぺちゃんが来たら起こしてくれ。

 

628:レース場の名無しさん ID:/zGVUh/0L

>>627 安らかに眠れ

 

629:レース場の名無しさん ID:C0k53PPin

>>627 R.I.P.

 

630:レース場の名無しさん ID:wa10GvPBB

>>627

 

631:レース場の名無しさん ID:DysesgnRl

>>630 また罪のないイッチが死んでる……

 

632:レース場の名無しさん ID:3h6WtERDa

>>626 >>627 でも本質情報なんだよな

 

633:レース場の名無しさん ID:LGE7tGoFl

スペシャルがいつでも絶好調というか、あれが普通で安定しちゃってるのが本当に怖い

 

634:レース場の名無しさん ID:NRe2L6gGs

スペシャルの走りっていつ見てもフラットだもんなー。面白くない。

 

635:レース場の名無しさん ID:ubodPBrTz

面白くなくても安定して勝てれば最強

ド安定は正義

 

636:レース場の名無しさん ID:glSwgaRS+

強いウマ娘は面白くない理論、ことスペシャルウィークに関しては通用せんだろ

 

637:レース場の名無しさん ID:7TsGqXDbM

どういう勝ち方をするか見るなら面白い

誰が勝つか見るなら面白くない

 

638:レース場の名無しさん ID:pCchGOpNs

>>637 これ

 

639:レース場の名無しさん ID:7riDEaKdL

しかしスペシャルウィークがアホみたいに強いのは誰が見ても分かるけどさ

結局勝ってないウンスがスペのライバルみたいに扱われる風潮ってどこから来てんの?

 

640:レース場の名無しさん ID:MSN0E07KQ

>>639 ダービー見てこい

 

641:レース場の名無しさん ID:YZ0abEmi6

>>639 東京優駿って知ってる?

 

642:レース場の名無しさん ID:jWELoAsmm

>>639 ダービーハナ差定期

 

643:レース場の名無しさん ID:tNoNvop7v

>>639 重賞で4戦して2着4回(全部1着スペシャル)なんだからそらもうライバルでしょ

 

644:レース場の名無しさん ID:xGrCZTJUO

>>639 そもそもスペとまともに戦えてるクラシックウマ娘がウンス以外いない

三冠獲るようなウマ娘のクラシック期にはありがちなパターン

 

645:レース場の名無しさん ID:+BE7gb5sx

年始のころはキングも合わせて三強って言われてたんだがなあ

 

646:レース場の名無しさん ID:yyy6fAdPn

キングヘイローは明らかにクラシックディスタンス向いてなかったからな

それでも菊花賞回避しないらしいが

 

647:レース場の名無しさん ID:lwgW/MEWB

>>646 案外マイル以下向きだったりしてな

 

648:レース場の名無しさん ID:I/4m/EHNf

>>647 それは実際そう。なんとしてもクラシックをという意地で走ってるのかもね

 

649:レース場の名無しさん ID:4ur4TYqKn

キングは短距離でも光りそうな瞬発力してるから本格的に短距離~マイル路線に切り替えてもいいかもしれんよ

 

650:レース場の名無しさん ID:0n9KM6MNd

スペを倒してほしい欲はあるし、中距離メインがスペ以外だれも居なくなるのがすげぇ残念だけど、しゃあないよなぁ……

 

651:レース場の名無しさん ID:g4Q9ZDRl/

>>649 なお同期だけでもマイル強者のエルコンとグラスが待ち構えている模様

 

652:レース場の名無しさん ID:MibUNJNtG

……地獄?

 

653:レース場の名無しさん ID:LRymvAvvS

黄金世代はマジでなんでこんなに集まっちゃったんだろうな

 

654:レース場の名無しさん ID:sufapv/IO

スペシャルとウンスが話題を毎度かっさらっていくせいで残り3人がほんと不憫

今ジュニアの子達とか絶望の只中だろうしさぁ……

 

655:レース場の名無しさん ID:BgGeWNaAX

今ジュニアだとクラシック戦線までに戦果あげとかないとこの先絶望か

マジでスペシャルウィークが強すぎる

 

656:レース場の名無しさん ID:VcJJZeGm/

エルコンやグラスのレベルですら影薄くなるの頭おかしいんよほんと

 

657:レース場の名無しさん ID:hiCqzcpp1

しかしそれこそその二人がクラシック戦線来てりゃ勢力図変わったろうにな

 

658:レース場の名無しさん ID:d6clKWhZ/

>>657 どのみち変わらんやろ

今日の毎日王冠でますます確信したわ

 

659:レース場の名無しさん ID:nRPyNv6f+

ここ数年はトゥインクル史上屈指の黄金時代だけどスペシャルは飛び抜けすぎてる

 

660:レース場の名無しさん ID:l0p+ltbG6

シービー、ルドルフ、オグリ、ブライアン、スズカ、スペシャル

これ6年に詰め込んでいい集団じゃねえだろ

 

661:レース場の名無しさん ID:v2Zn64DRL

>>660 天皇賞春秋連覇のタマモとクリークも入れろ

 

662:レース場の名無しさん ID:sZTV3ueOD

>>660 アグネスタキオンがいないので片手落ち、やり直し

 

663:レース場の名無しさん ID:+dkZNR27G

>>660 砂のハヤブサさんが見当たりませんね……

 

664:レース場の名無しさん ID:lDCXwTJVL

>>660 そのうちゴルシが来るぞ

 

665:レース場の名無しさん ID:PsJ+vx4k2

そもそも4年で三冠3人出てる時点でバグ

二週間後には6年で4人になるのでもっとバグ

 

666:レース場の名無しさん ID:PMQLey5uc

実際スペシャルウィークを止めるとしたら誰よ

菊花でセイウンスカイが止められるかどうかは散々議論してるけど

 

667:レース場の名無しさん ID:Ns2ePM6FQ

1800mでスズカが止められなかったからなあ

 

668:レース場の名無しさん ID:OKO1V5gOV

>>666 本命ナリタブライアン対抗シンボリルドルフでしょ

むしろその二人以外に止めようがない

 

669:レース場の名無しさん ID:hzcHrd3XE

流石にルドルフもシニア4期目だし厳しいんじゃないか

2年前だったら今のスペシャルにも勝つと思うが

 

670:レース場の名無しさん ID:7NHPaaQwH

ルドルフはドリームトロフィー移籍してないのが不思議なレベル

 

671:レース場の名無しさん ID:Twh24PNA8

シービーが引退してなかったら三冠4人のレース見れたのかもなあ

 

672:レース場の名無しさん ID:hwOxYf27j

でもブライアンも去年は怪我以来散々だったから怪しいでしょ

今年も春天でブライトに負けて2着だし

 

673:レース場の名無しさん ID:2LoZ6GXVL

>>672 散々だった去年からGIでまともに戦えるレベルまで戻ったんだからむしろ有望だぞ

仮にも三冠ウマ娘をナメすぎ

 

674:レース場の名無しさん ID:LxKQ0NBwn

ブライアン、一瞬で消えた高松宮記念出走検討とかいう情報はなんだったんだろうな

 

675:レース場の名無しさん ID:394BbgReI

極東スポーツの飛ばし記事定期

 

676:レース場の名無しさん ID:lfKLCKkbE

まあ出ても間違いなくまともな結果にならなかったろうし出なくて正解

ナリタブライアンの不安材料は結局宝塚も見送って長期調整中ってことだが

 

677:レース場の名無しさん ID:qqXON8m37

いずれにせよ決戦は有馬だろうな、ルドルフが次走明言してるし

 

678:レース場の名無しさん ID:Sh7ZXsBXT

でも、それでもフクキタルを信じているんだ……!

 

679:レース場の名無しさん ID:7LxjH1G+r

フクキタルは調子にさえ乗らなければ強いからな!

調 子 に さ え 乗 ら な け れ ば !

 

680:レース場の名無しさん ID:UuU9TquNq

フクちゃんなら冷静にレースを進められる! 俺はわかるんだ!

 

681:レース場の名無しさん ID:t2qSFrmd4

次のフクは冷静にレースを進めるよ! 冷静じゃなかったら木の下に埋めてもらっても構わないよ!

 

682:レース場の名無しさん ID:e5marnMuz

オチが見える見える……

 

683:レース場の名無しさん ID:hoBhRkZXz

おみくじ頼りで勝負を決めないフクキタルが来たら起こしてくれ。

 

684:レース場の名無しさん ID:rf6g3ChNP

>>683

 

685:レース場の名無しさん ID:jQQkf51aw

>>684 さ っ き も 見 た

 

686:レース場の名無しさん ID:JYy+bGtTM

>>684 またまた罪のないイッチが死んで……ない!?

 

687:レース場の名無しさん ID:ONdUNTC8H

>>684 番号合わせてるだろいい加減にしろ

 

688:レース場の名無しさん ID:gTCss3VLK

実際去年のJCで鬼の様に強かったもんなフク

そこから先は調子のって惨敗続きだったけど、ポテンシャルだけはメタクソに高いもんな

 

689:レース場の名無しさん ID:XZiTqVJKC

ウマ娘に求められるのはポテンシャルだから問題ない定期

 

690:レース場の名無しさん ID:Dk75AIDAd

なんだかんだでフクキタルは愛されてるのよね。

 

691:レース場の名無しさん ID:R1PgbTpTa

おみくじ感覚だけどフクはそろそろ笑って欲しいのよね。いや、負けたときのキンキン声を聞くのも乙なんだけどさ。それでも応援チケ買うんだけどさ……

 

692:レース場の名無しさん ID:Fk99RHia8

もうそろそろいい加減勝ってくれフク! マチカネフクキテナイにするぞ!

 

693:レース場の名無しさん ID:qBK/oNjFE

通報した。

 

694:レース場の名無しさん ID:aHDYL9qMt

もはやシニア板になってきてるけどさ、長距離でブライトぶつけるのはどうよ?

 

695:レース場の名無しさん ID:j0D++Whw8

春天ならワンチャン。有馬だとブライトには短すぎてエンジンかかる前に終わる。

 

696:レース場の名無しさん ID:O3nVTfKiL

多分ブライトはネコ派

 

697:レース場の名無しさん ID:qBK/oNjFE

通報した。

 

698:レース場の名無しさん ID:uax+KKI0p

恐ろしい追い込みはあるけど、そこまでが遠いよブライト

 

699:レース場の名無しさん ID:5ydbhAa08

どぼめじろう先生が出てきて大分盛り返してきた部分もあるけど、メジロもこの先なかなかしんどいかもな……。ほぼ間違いなく来年入学するであろうマックイーンお嬢様に期待かな。そこでダメなら多分メジロも斜陽

 

700:レース場の名無しさん ID:QvpOsZ6jM

メジロ讃歌が歌えなくなるのはしんどいので是非とも勝ってほしいところだが、有馬でスペシャル迎撃は無理かもな

 

701:レース場の名無しさん ID:/78+52zFN

となれば、皇帝と怪物しかいないのか。

 

702:レース場の名無しさん ID:2hvshzG2d

スペシャルウィークがシニア相手の長距離でどこまでいけるか勝負や

 

703:レース場の名無しさん ID:QN06hcVCz

実際シニアの壁は厚いだろうし、さすがに無理だよね……?

 

704:レース場の名無しさん ID:QqAnOXLJY

いくらスペシャルでもシニア交じりの有馬記念で勝てるわけないとか言ってた奴wwwwww

 

705:レース場の名無しさん ID:VGWzCQjot

>>704 やめろ

 

706:レース場の名無しさん ID:Fhv12NulG

>>704 マジでそうなりそうだからやめろ!!!

 

707:レース場の名無しさん ID:AQnh9yYDz

>>704 またスカイ君がスヤァしちゃうでしょ!! やめてよ!!

 





//NEXT CHAPTER ==>
第2章『証明の有馬記念』

「────君は本当にスペシャルウィークを知っているのかい?」



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証明の有馬記念
Barブロンズ・開店記念(2)


「いやー、初々しいのに傲慢で悪辣だわスペ会長」

「なんでその反応になるの?」

 

 鰯のオイルサーディンをつまみながらスペシャルウィークが不満そうに口にすると、ナイスネイチャは「たははー」とごまかすように笑った。

 

「だってさ、GI勝ってまず出てくる感想が『こんな感じなんだ』なのがもうほとんどの競走ウマ娘に共感されないし、『生徒会長にならないか』って言われて次の日には『なります』って堂々宣言できちゃうのもおかしいし、挙句そこに『ならば威厳を付けましょう』とか言い出す陽室トレーナーだよ? よくもまあこの二人が悪魔合体したもんだ」

「ネイチャちゃん酔ってる?」

「残念ながら一滴もアルコールを入れておりませーん。完全に素面(シラフ)でーす」

 

 そう笑いながら、サラダをきれいに盛り付けていくナイスネイチャ。今晩のプレオープンは通常出すおつまみよりもかなり豪勢だ。料理も決まっていて、そのなかの一品らしい。

 

「まぁ、戦績としては全盛期だったからね」

「ずっと全盛期だったじゃん、メイクデビューから引退レースまで」

 

 今度はスペシャルウィークがごまかすように笑う番だった。すでに3杯目となる黒ビールを胃に流し込みながら、思い出すように語り続ける。

 

「未来がどうなるか分からなかったのも、それはそれで楽しかったんだ。でも……きっと、私が一番天狗になってた時期でもあったんだと思うよ、今になって振り返るとね」

「そりゃ天狗にもなるでしょうよ。変則三冠獲って次に目指すは無敗のクラシック三冠、同期最強の座はもう揺るがない、そんな波に乗ってたタイミングだもんね。そのときのアタシなんて、本格化が始まったっぽい感覚はあるのにトレーナーがついてなくて焦ってた時期だったもん。キラキラでうらやましかった」

「あー、そっか。ネイチャちゃんのデビュー戦って……私の……」

「2年後。マックイーンとかテイオーと同世代。スペ会長がシニア1年目のタイミングだからね、適正距離がバッチリ被ってたからつくづく感謝したよ。ま、それでもしんどかったんだけど」

「あはは……」

 

 その言い草にスペシャルウィークも苦笑いだ。

 

「そういう意味ではエルさんやグラスさん、それからファインちゃん、ミークちゃんあたりの同期マイラーが一番しんどかったんじゃない? 適正距離外でぶん殴られた訳だし」

「あー……一度桐生院トレーナーに謝っておいた方が良いかな」

「今更じゃない? 本当にやるなら、謝らないでいい人探した方が早いんじゃないかなー?」

「悪辣! やっぱりネイチャちゃんも相当悪辣だよ!」

「ははは、なんのことやら」

 

 ナイスネイチャが笑ったタイミングでカラカラン、とドアベルが鳴った。

 

「あ、セイちゃん。ずいぶん早いね」

「はーい、セイちゃんですよー。というよりスペちゃんこそ早くない?」

「おいっすー。スカイ副会長が二番手で到着って珍しいこともあるもんですねー」

 

 入ってきたのはいつも通りのオーバーオールを着たセイウンスカイだ。二人の言い草に露骨に頬を膨らませる彼女。

 

「二人ともひどくない? そんな鳩が豆食ってポーみたいな顔して」

「それどんな顔?」

「まって、ごめん、ツボった……!」

 

 ナイスネイチャがカウンターの影に消える。赤い耳カバーの先端がかろうじて見え隠れするあたり、本当にツボって立っていられなくなったらしい。

 

「ポーって豆食ってポーって……!」

「ネイチャのツボが浅いのは相変わらずだねぇ。というわけで腹筋にダメージ入ってるところ悪いんだけど、はいこれ。お土産ー」

 

 セイウンスカイは肩に提げていた重たそうなクーラーボックスをカウンターに置く。笑っていたせいか顔が赤くなっているナイスネイチャがクーラーボックスを開けた。

 

「おぉ、真鯛ですな」

「大物だね。セイちゃんが釣ってきたの?」

「もっちろん。ということで、差し上げるので捌いて?」

「うーん、良い昆布はあるんだけど、時間的に昆布〆は間に合わないか……なら半分は素直に刺身で、残り半分でカルパッチョですかねぇ。あらの方はご飯と炊いて鯛飯にするかな。それでいい?」

 

 店主が顎をさすりながらそう言うと、途端に目をキラキラさせる客二人。

 

「わーい! ネイチャちゃんの和食ー!」

「鯛飯鯛飯ー!」

「バーだからあんまり和食を売りにする気はないんだけどなぁ……。二人とも食欲は本当に学生時代から変わらないよねー。そのうち太り気味になるぞー」

 

 からかうようにそう言うとすぐに反論が返ってきた。

 

「セイちゃんまだ乙女だもん!」

「す、スペちゃんもまだ乙女だもん!」

「はいはい、ほんとお二人は仲いいんだから」

 

 刺身包丁どこに仕舞ったっけな……とつぶやきつつ、ナイスネイチャが裏手に消える。残された二人が顔を見合わせて笑った。

 

「朝からいなかったの、これを釣りに行ってたからだったんだね」

「やっぱりネイチャのお店のオープンに手ぶらだとかっこ悪いからさー」

「てっきり新作のネタでも考えに行ったのかなって思ってたよ」

「もちろんそれもある」

 

 セイウンスカイはカウンター席に腰を落ち着けながら、隣に座るスペシャルウィークの言葉を肯定した。

 

「で、いいのが浮かんだし、大物もきたし、今日はいい日だったわけでして、これから実質的な同窓会だしさ」

「いつぶりだろうね、みんな集まるの」

 

 そう懐かしそうに言う彼女に、くすりと笑って頬杖をつくセイウンスカイ。

 

「『みんな』って言っても、きっとデジタルは来れないんでしょ?」

「ネイチャちゃんに来たメールだと、今は東ティモールだって」

「うっへぇ、暑そう」

「そうなの? 私はどこなのかピンと来てないんだけど」

「赤道直下だよ、そこ」

 

 全く、ウマ娘ちゃんが絡むとどこまでも突っ走るんだから……とぼやくセイウンスカイは苦笑いだ。

 

「でも、デジタルらしいね。セイちゃんも懐かしくなってしまいますよー」

「うん。……勢いあまってまずいことになるところまで含めて、本当にそうだね。覚えてる? あのリーニュ・ドロワット」

「あー……うん」

「お、懐かしい話をしてるねぇ」

 

 包丁を持って戻ってきたナイスネイチャが笑う。

 

「あ、そだそだ。スカイ副会長は何飲みます?」

「じゃあ、ビールで」

「だーめ、セイちゃん中ジョッキで即撃沈するんだから。まだノンアルにしないとみんな来たときには酔い潰れて顔も上げられないよ。ネイチャちゃん、深めのお皿にミルクでも注いで置いといて」

「私はネコじゃなーいー!」

「ひはい、ひはいよふぇいひゃん」

 

 顔を引き延ばされながら抗議するスペシャルウィークを見て、ナイスネイチャはけたけたと笑う。

 

「じゃあ、ジンジャーエールはどう? スパイスいれて辛口な感じだから料理にも合わせやすいよ。うちの母さん直伝で結構自信あるし、よければ飲んでって」

「あ、じゃあそれで」

「あいよー」

 

 氷が小気味よくガラスコップに当たる音が聞こえてきて、ようやくスペシャルウィークは解放された。

 

「もう、ひどいよセイちゃん……」

「そういうからかい方をする方が悪いんですー」

「だってセイちゃんは普段からネコだし……」

「さっきは横だったし、こんどは縦に伸ばしてみようか。顔のサイズもその方がバランス取れるよね」

「申し訳ありませんでした」

「よろしい」

 

 先ほどからずっと笑い上戸になっているナイスネイチャがタンブラーを差し出す。レモンの皮やミントが散った様子が目にも鮮やかだ。

 

「なんか本物のバーテンダーみたい」

「なんせ本物のバーだからね。これからもBarブロンズを御贔屓に」

 

 そう笑いながらぱちんと指を鳴らしてみせる。

 

「こんなサービスのいいお店ならセイちゃん通っちゃうなぁ」

「お、いつでもおいでー。なんならスペちゃんと喧嘩したら逃げといで―」

「じゃあ夜中にセイちゃんがいなくなったらここに来ればいいね」

 

 それじゃ意味ないじゃん、とぼやくセイウンスカイの抗議を聞き流しつつ、スペシャルウィークがビールグラスをコンと机で鳴らした。

 

「同じのでいい?」

「うん。……それにしても、さ」

 

 セイウンスカイの方に視線を向けて、すぐに外す。どこを見つめるでもなく、ぼんやりとした瞳のままでスペシャルウィークは言葉を続ける。

 

「私とセイちゃんが、今こうやって隣に座って喋れてるのって……なんだか不思議だよね」

「かなり今更な話だねぇ。在学中からずっと一緒みたいなものだし、そもそも私を副会長に指名したのはスペちゃんでしょ?」

「指名をセイちゃんが断らなかったところまで含めて、だよ。こんな機会じゃないともう聞けないだろうし、せっかくだから聞かせてほしいんだけど」

 

 差し出されたビールを受け取りつつ、スペシャルウィークはなんでもないことのように聞いた。

 

「セイちゃん、嫌いだった? 私のこと」

 

 カウンターの向こうで鯛を捌こうとしていたナイスネイチャの笑顔が凍り付く。

 

「……それを真正面から聞いてくる貴女のことは嫌いだよ、スペシャルウィーク」

「そうやって私の望み通りに嫌いだって言ってくれる貴女が好きだよ、セイウンスカイ」

 

 ジンジャーエールの嵩が減っていく。4杯目の黒ビールが消えていく。

 

「……あのさ、お二人さん。これは心の底からの忠告というか、お願いでもあるんだけどさ」

 

 呆れ顔を全く隠さずにナイスネイチャが言った。

 

「頼むから、大事な場面だとしてももうちょっと穏当な会話の仕方を学んでくれない? アタシ、今も若干生きた心地がしてないんだけど」

 

 その発言に二人は顔を見合わせる。

 

「今の会話、何か良くなかったかな?」

「いや、そんなことないと思うけどねぇ」

「もしかしたら知らないかもしれないから言っておくと、伝えたい感情と意図を短文に無理やり詰め込んで、相手がそれを読み取ってくれるのを確信しながら会話するのって、一般的な会話からはだいぶかけ離れてるんだよね。アタシだからまだいいけど、大半の人は誤解するよ」

 

 一応確認だけどさ、とナイスネイチャは続ける。

 

「スペ会長は『もし昔に嫌っていたことがあったとしても今更気に病まないでね』ってスカイ副会長に伝えたい。一方でスカイ副会長は『ありがとう、そういうところまでひっくるめて好きだよ』ってスペ会長に伝えたい。要するに、お互い盛大に惚気てるだけ。……合ってるよね?」

「惚気てるとかひどーい。でも伝えたいことはそれで正解だよ、ネイチャちゃん」

「ただの事実確認だし、別に惚気てはないんだけどねぇ。しかもちゃんとネイチャにも伝わってるじゃん」

「アタシは生徒会で二人の会話を散々浴びる訓練をしてたからわかるだけだってば。あと今のはどこに出しても恥ずかしい惚気だからね、ほんと」

「なら、ネイチャちゃんは琥珀さんたちにも説教しなきゃだよ?」

 

 スペシャルウィークはそう言って頬を膨らませる。

 

「あー……それはそうかも」

「やたらとハイコンテクストなやりとり多いよねぇ、お二人のトレーナーさんは」

 

 にしし、と笑いながらセイウンスカイは突っ込んだ。

 

「わかった。機会あったら説教しとく」

 

 ナイスネイチャはシンプルに話題を畳み、軌道修正を図る。

 

「で、なんだっけ。……そうだ、リーニュ・ドロワットだ。スペ会長、ドロワでは二年連続でアクシデント起こしてたんでしょ? アタシは二回目の方しか知らないけどさ」

 

 その言葉にスペシャルウィークは苦笑を浮かべた。

 

「あはは……一回目は巻き込まれのはずなんだけどね。それにそのころの話をするなら、私は有馬記念の前にあったことの方をよく覚えてるかなぁ」

「そなの?」

「ちょうどそのタイミングで、ブライアンさんから色々と忠告を受けたことがあって……」

「へー? ブライアンさん、スペちゃんの提案に大笑いして『面白そうじゃないか』とか『上等だ』とか言ってるイメージしかないんだけど」

 

 セイウンスカイの言い草に堪えきれず、スペシャルウィークが噴き出す。手際よくお手拭きと替えのビールが出てくる。

 

「ごめんねネイチャちゃん……セイちゃん、それブライアンさんに言ったら多分怒られるよ?」

「にゃははー。本人いないし、多分今日は来ないでしょ?」

 

 そうとぼけられて、スペシャルウィークは困ったように笑った。

 

「で、なんて言われたの」

「えっとね……」

 

 昔語りが再び幕を開けた。



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スペシャルウィークは隠せない

 番狂わせは起きなかった。

 

 今年の菊花賞を言い表すのに必要な言葉はこれだけだ。あまりにもあっさりと、当然のようにスペシャルウィークはクラシック三冠という偉業を成し遂げてしまった。

 

 探そうとすれば理由はいくつも見つかる。まずもって彼女が絶好調であったこと。一方でそれとは対照的に、『スペシャルが勝たないならセイウンが勝つ』と太鼓判を押されていたセイウンスカイが見るからに絶不調であった──それでもなお2着は死守したのだが──こと。

 

 他の菊花賞出走ウマ娘には3000mという長距離戦でスペシャルウィークに伍する実力者がいなかったのも大きなファクターだろう。なにせ彼女が最終直線に至った頃には、他のウマ娘たちが()()()()()()()()()()かのようにその速度を落としていたのだから。

 

 だが、しかし。ナリタブライアンに言わせれば、このように余計な言葉を並べる必要はない。

 

「菊花賞ではスペシャルウィークが強かった。これ以外の何がある」

 

 彼女の言葉に、向かい合うシンボリルドルフはくすりと笑った。

 

「いかにも君らしいな、ブライアン」

「会長、アンタには何か別の見解があるのか?」

「いいや、同意見だとも」

 

 二人に挟まれた生徒会室のテーブルには大量の新聞や雑誌が積み重なっていた。全国紙やスポーツ紙の号外、月刊トゥインクルを始めとする専門雑誌の数々。そのいずれもがスペシャルウィークの三冠達成を報じるものだった。

 

「それにしても、トゥインクル・シリーズも注目されるようになったものだと思わないか。私達の頃には、ここまで記事の内容が充実していた記憶はない」

「会長が三冠になったときには似たようなものだったはずだ。結局のところ、無敗三冠のインパクトが大きいということだろう」

「いや、それでもここまでの騒ぎではなかったよ。やはりスペシャルウィークの戦績は唯一無二、空前絶後だ」

 

 会長にしてはずいぶん普遍的な四字熟語を使うものだ、とナリタブライアンは思った。とはいえ、その方がより単純明快に無敗クラシック三冠を成し遂げた後輩を称えることが可能なのも事実だった。

 

「今の彼女に対して、何か心配事があるとすれば……」

「身体を壊さないか。その一点に尽きる」

 

 シンボリルドルフの言葉を引き取ってナリタブライアンが続ける。

 

「あのローテーションを続けるなら、遠からずスペシャルウィークはどこかを壊す。そう言いたいんだろう」

「……ああ。余計な気遣いかもしれないが、どうにも気にかかってね」

「あの走りは天性だろう。脚を壊すことはないように思うが」

「レースに絶対はない。それに、壊れるのが脚とも限らない」

「テンペルの陽室トレーナーがそれを許すか? 常識を知りながら無視する手合いだが、退き際自体は弁えているはずだ」

「そこが最も恐ろしいところでね、ブライアン。確かに陽室トレーナーはスペシャルウィークの故障を厭うだろう。しかしスペシャルウィーク自身が『故障してでも』と望めば、陽室トレーナーは背中を叩いてターフに送り出すのではないかと思えてならないんだ」

 

 そんなふざけたことがあるかと思わず言いかけて、ナリタブライアンはなんとかその衝動を押し留めることに成功した。

 

「何故そう思う」

「陽室トレーナーは刹那的な人物だ。それをスペシャルウィークに押し付けはしないだろうが、彼女自身が刹那的に生きるのを望むならばそれを否定することはしないのではないかと、私にはそう感じられてね」

「……スペシャルウィークを次期会長として育てている理由はそれか?」

 

 その質問にシンボリルドルフは目を丸くした。

 

「慧眼だな」

「アンタの善良な部分もそうでない部分もそこそこ見てきたつもりだ。……それで、どうなんだ」

「否定はしないよ。無論、それが理由の全てではないが」

 

 彼女はその指摘をあっさりと認めた。

 

「『あらゆるウマ娘に幸福を』という私の大それた理想を、言わずとも継いでくれそうな後輩が彼女だった。また同時に、彼女自身も幸福を享受すべき者だ。そのためには、彼女にこれまでとは違う視点を持ってもらうべきだとも思ってね」

「新たな責任を背負うことにはならないのか?」

「なるとも。私は彼女に責任を、重荷を背負わせた。その対価は、彼女自身の未来だ」

 

 その言葉にナリタブライアンは溜息を吐いた。

 

「責任で未来を縛るのはどうかと思うがな。場合によっては逆効果だ」

「そうだろうか? ことスペシャルウィークに関して言えば────」

 

 控えめなノックに二人の会話が途切れる。

 

 失礼します、の一声と共に生徒会室のドアを開いたのはスペシャルウィークだった。

 

「やあ、スペシャルウィーク」

「こんにちは! 今日もよろしくお願いします!」

 

 スペシャルウィークが未来の生徒会長を目指すことが決まって以来、彼女はトレーニングやレッスンの合間を縫ってほぼ毎日のように生徒会室を訪ねていた。

 

 いくら現生徒会執行部が彼女を次期会長に推しても、能力が伴っていないことには論外だ。トレセン学園の生徒会は決してお飾りではなく、様々な権力と責務を有する実務的な組織なのである。会長ともなれば、書類仕事も周囲との折衝も避けては通れない。ゆえに、彼女は会長になる前にまず執行部の仕事とは何たるかを学ばなければならなかった。

 

「今日は会計関連の書類を処理してもらう。そちらにまとめてある分が終わったら声をかけてくれ」

「わかりました、これですね?」

 

 最初の頃は山のように積まれた書類を見て白目を剥いた彼女も、かれこれ三ヶ月同じような光景を見続ければもう慣れたものである。その見た目に反して、黙々と作業すればこの程度の量は二時間や三時間で全て片付くということを既に知っているからだ。

 

 しかも会長たちは他の仕事をスペシャルウィークよりも迅速に捌いたうえで、彼女が処理した書類にミスがないか改めてチェックし直すのが常なのだ。人手が増えて仕事が減るどころか、書類事務の指導と問題点の指摘を行わなければならないぶん余計な手間が増えている。

 

 ミスをしても怒られることはないし、むしろ丁寧に何故間違っているのか、何故間違いが起こるのかまで教えてくれるのだが、それはつまりただでさえ忙しい先輩に本来不必要な時間を取らせるということだ。

 

「ああ、今日はエアグルーヴのデスクを使ってくれていい。今日は委員会との折衝に出ていてね、しばらくは帰ってこないはずだ」

「ありがとうございます、お借りしますね」

 

 スペシャルウィークはそう返しながら椅子に座り、デスクに積み上げられた書類と向き合う。

 

 彼女の生来持ち合わせた生真面目さ、そして『未来の生徒会長に相応しいと自身が考える振る舞いを』という陽室からのオーダーが組み合わさって、生徒会室でこうして過ごしている間の彼女は緊張を強いられ続けていた。そもそも、今の彼女にとって学園生活の中で気を抜ける時間というものはほぼ存在しないのだ。

 

 朝は早起きして当日分の宿題を駆け込みで終わらせ、サイレンススズカが起きてきたら二人でジョギングに出かける。帰ってきてシャワーを浴び、朝食を食べて登校。午前中は授業をしっかり受け、昼食の後は生徒会室へ。シンボリルドルフの指導を受けながら書類仕事を、ときには会議での書記役などもこなし、15時になったらグラウンドかレッスンルームに移動し、陽室とベルノライトに迎えられてトレーニングがスタートする。

 

 トレーニングが終わるのは大抵20時を回るので、急いで寮に帰ってお風呂と夕食と明日の支度。やりたいこともやらないといけないことも山積みだが、深夜まで起きているのは厳禁だと陽室に釘を刺されているので、22時には就寝。そして朝の4時に起き、宿題をこなし、サイレンススズカが起きるのを待ち……ここしばらくの間、スペシャルウィークはこのサイクルを繰り返しながら平日を過ごしている。

 

 趣味の時間なんてものを取る余裕はないし、休憩時間もギリギリまで切り詰めているが、それ自体を辛いとは思わない。夢を追うならこれくらいの努力は当然だと彼女は考えていた。

 

 むしろ彼女にとって辛かったのは、一日のほとんどを気が抜けないまま過ごさなくてはならないということ。同じクラスの友人が相手でも、同じ部屋の先輩が相手でも、素の自分を出せない。出してはいけないのだ。

 

 演技が無意識になるまで、素顔になるまで、辛くなくなるまで。

 

 ……そこに辿りつくのは、一体いつなのだろう。

 

「スペシャルウィーク。手が止まっているぞ」

 

 その声に、彼女の意識が思考の海から引き戻される。ナリタブライアンがソファ越しにスペシャルウィークの顔を覗き込んでいた。

 

「あっ、ごめんなさい。ちょっと……考え事をしていて」

 

 ちょっと疲れていて、と言いそうになったのを彼女はごまかした。弱音を吐くのは()()()()()

 

「そうか」

 

 ナリタブライアンはそれ以上深く追求しなかった。その代わりか、マグカップ片手に会話を続ける。

 

「書類仕事は好きになれないか」

「いえ、そんなことは。まだ慣れていないので、困ることはありますけど」

「私は嫌いだ。いつまで経っても変わらん」

 

 スペシャルウィークは思わず顔を上げた。

 

「でも、ブライアンさんは書類をさくさく片付けて……」

「数をこなせば慣れる。だが、慣れと嫌悪は矛盾するものではないだろう」

 

 湯気の立つコーヒーを一口啜り、ナリタブライアンは続ける。

 

「仕事に勤しむのは構わないが、嫌いな仕事を好きになろうとするな。良いことがないぞ」

「……ありがとうございます。でもここで躓いていたら生徒会長なんて目指せませんし、まだまだ頑張らないといけませんから!」

 

 笑顔を作りながら言葉を返し、同時に書類へと目を向けるスペシャルウィーク。そんな彼女の行動を見て、ナリタブライアンは立ち上がった。

 

「ふん……会長、スペシャルウィークを借りていっても構わないか。用事ができた」

「え?」

 

 つい気の抜けた声が出てしまう。しかしそんな彼女を無視して話は進んでいく。

 

「……ああ、さほど忙しくもないし、構わないよ。雑務は私が片付けておこうか」

「話が早くて助かる」

「ま、待ってください! まだ全然仕事が終わってないのに……」

「だからそれを会長が代わりに片付けると言っている。そして私は用があるのでこのままオマエを連れていく。何か問題があるか?」

「問題しかないですよ!?」

 

 あまりにも急展開すぎて理解が追い付かない。そうこうしている間にナリタブライアンはマグカップをテーブルに置き、そのままスペシャルウィークの左腕を引っ掴んで歩き出す。

 

「わ、分かりました! ちゃんとついていきます、自分で歩きますから!」

 

 凄まじい力に冷や汗が出てくる。スペシャルウィークも脚力には多少なりとも自信があるつもりなのに、まともに踏ん張ることすら許してくれない。結局ナリタブライアンが腕を離したのは、二人が生徒会室の外に出てしまってからのことだった。

 

「あの、ブライアンさん……?」

「私の話にそう時間は取らせん。ついてこい」

 

 入口のドアを閉めながら彼女は言った。その言葉には文字通り有無を言わせない雰囲気が乗っていたし、ここまで来てまだ抵抗するほどスペシャルウィークは物分かりが悪いわけでもない。

 

 素直にナリタブライアンの後ろを歩く。廊下を通り、階段を降り、そのまま一階へ。彼女がどこに向かおうとしているのか、スペシャルウィークにはさっぱり見当がつかなかった。そのまま校舎を出て渡り廊下に足を踏み入れたタイミングで、ナリタブライアンはようやく口を開く。

 

「やはり不測の事態には弱いな、スペシャルウィーク。随分とめっきが剥がれていたぞ」

 

 その言葉にはっとして、しかしスペシャルウィークは何も答えられなかった。

 

「努力は認める。だが、何事が起きても泰然と構える余裕が今のオマエにあるようには見えない。相当に無理をしているだろう?」

 

 先程と違って、今回はごまかしたところで意味は無さそうだということに彼女はもう気付いていた。

 

「……無理をしないと変われませんから」

「何故変わろうとする?」

 

 ナリタブライアンがさらに問う。

 

「スペシャルウィーク、どうやら勘違いをしているようだが。オマエは会長ではない」

「え? それは、はい、そうですけど……いずれは生徒会長に」

「役職の話ではない。オマエはシンボリルドルフ会長ではないし、そう変わることは叶わないと言っている」

 

 二人の他は誰もいない渡り廊下で、ナリタブライアンの鋭い言葉が響いた。



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ナリタブライアンは躊躇わない

「……私は、ルドルフさんのような生徒会長にはなれないってことですか?」

 

 可能なかぎり感情を露わにしないよう気を遣いながら、スペシャルウィークは前を歩くナリタブライアンの背中に問いかけた。

 

「『ルドルフのような』と条件を付すならその通りだ。そもそも()()を真似しようとするのが間違っている」

「え?」

 

 青天の霹靂だった。これまでの三カ月間、スペシャルウィークはずっとシンボリルドルフのような生徒会長になることを目指して努力してきたからだ。

 

 生徒会長とはかくあるべきという見本のような存在。彼女の後を継ぐ以上は、それに見劣りしないような存在にならなければならないという一心でここまで来たというのに、まさかそれを副会長たるナリタブライアンに否定されるとは思ってもいなかったのだ。

 

「会長は……ルドルフは理想主義者な上に天才だ。『全てのウマ娘に幸福を』などと素面でのたまい、しかしそれを言葉だけでは終わらせまいと自ら動き続ける。言葉だけの理想主義者はろくでなしだが、理想を実現する手腕を持つ理想主義者はろくでなしより性質が悪い」

「理想が実現できるなら、それは良いことじゃないんですか?」

「その理想主義者が上に立っている間はな。スペシャルウィーク、オマエは次代の会長となるにあたって何故ルドルフを真似ると決めた?」

 

 何故。その理由は簡単だ。スペシャルウィークの知るトレセン学園の生徒会長はシンボリルドルフのみで、その彼女が生徒会長として模範的だったからに過ぎない。

 

 スペシャルウィークが陽室から受けている演技レッスンの主軸は、本音を隠すために普段とは違う自分を演じる方法だ。誰かを真似るための方法ではない。『演技が上手くなれば余裕があるように見せることはできる。それがいずれ本物の余裕になる』というのが陽室の言だった。

 

 だが、『いずれ』『いつか』ではダメなのだ。スペシャルウィークが余裕ある振る舞いのできる自分を、そしてそこから生まれるはずの威厳を備えた自分を求めているのは今だ。先延ばしにし続けて、それらを手にする前に生徒会長の椅子に座るようなことがあってはいけないのだ。

 

 ならば、それらを備えている誰かを真似るしかない。そして真似るべき誰かとはシンボリルドルフに他ならない。それが彼女の出した結論だった。

 

「そうしないと、生徒会長にふさわしくなれないと思って……」

「オマエにそう思わせてしまうことこそ、模範的な理想主義者の悪辣な点だ」

「……でも」

「あれは埒外の存在だ。生徒会長としてのルドルフを常人が真似れば壊れる。オマエの走りとローテーションを常人が真似れば壊れるのと何も変わらん」

 

 ナリタブライアンは吐き捨てるように言った。

 

他人(ひと)の使い方を覚えることだ、スペシャルウィーク。一人で完遂しようとするな。強さを示せば他人が寄り、他人が寄れば仕事を分担することが叶う。生徒会長としてのオマエがすべきことは強さを示すこと、そして他人を使いこなすことだ。それ以外の些事は適当にこなせばいい」

 

 ぽかんとしたままの後輩を鋭い視線で見つめながら、なおも彼女は続ける。

 

「他人の使い方はルドルフやエアグルーヴがいずれ教えるだろう。上に立つ者として避けては通れんからな。そして、オマエに強さの示し方を教えなければならないと考える節穴はこの学園にいる資格すらない」

「……ターフの上で、勝ち続けること。それが答えですよね?」

「さてな。だがオマエがそれを答えだとするのならば、優先すべきものが何かは明らかだろう」

 

 そこで会話が途切れ、無言の時間が続く。そしてスペシャルウィークはこのタイミングで、自分が一体どこに連れていかれようとしているのかをようやく理解した。

 

 ライブレッスンスタジオA棟。トレセン学園で最も充実したレッスン設備の備わる場所にして、他ならぬチームテンペルの実質的な部室。ナリタブライアンが向かっている先がそこなのは明らかだった。むしろスペシャルウィークからすれば普段から通っているはずの通路なのに、今まで気付かなかったのがおかしいくらいだ。それだけ注意散漫になっていた、ということか。

 

「あの、もしかして……私のトレーナーさんにご用事が?」

「陽室トレーナーがオマエのオーバーワークを許すとは思えない。だが事実として、オマエは疲れを隠しきれない程度には疲弊している。ならばチームテンペルの間に何か認識の齟齬があると見るのが自然だ。それを確かめに行く」

「そ、そこまでしてもらわなくても大丈夫ですよ? ちゃんと休んでるのは本当なんです、ただちょっと気が抜けちゃっただけで……」

「信用ならん。オーバーワークに陥った奴は全員同じような言葉をぬかす」

 

 彼女の主張をばっさりと切り捨てて歩みを進めていくナリタブライアン。そのままスペシャルウィークが二の句を継げられないでいるうちに、二人は目的地であるライブレッスンルームに到着してしまった。

 

「……先客がいたか」

 

 ドア越しにレッスンルームの中を伺いながらナリタブライアンがぽつりと呟く。

 

「ええと……この時間だと、たぶんチーム『ティコ』のセイちゃんやスマートファルコンさんがレッスン中だと思います」

「他チームの予定をわざわざ覚えているのか?」

「テンペルは私とベルノさんだけなので、人数の都合でいつも他のチームと合同レッスンになるんです。特にティコ所属のセイちゃんとは時間を合わせてレッスンすることが多くて……」

 

 スペシャルウィークはそこで口を閉じたが、その先の言葉は容易に想像できた。

 

 ────五度も同じステージで一緒に踊っているので。

 

 なるほど確かに、どうせ同じレースに出て同じ曲を歌い踊ることになるならば、ライブレッスンを同じくして行うのは合理的と言える。

 

 ナリタブライアンの所属するチームリギルはトレーナーがライブレッスンの指導も行うが、そのようにレースの指導もライブの指導も行えるような人材はトレーナーの中でも極めて少数派だ。大半のチームはライブの指導をチームのトレーナーとは別の人物に委ねることになる。

 

 最もポピュラーなパターンで言えば、学園に雇用されているライブ専門のトレーナーだ。それこそチームテンペルの陽室琥珀などは当初その枠で学園に採用された、とナリタブライアンは聞いたことがあった。

 

「陽室トレーナーは今でもテンペル以外に所属するウマ娘のライブ指導を日常的に行っているのか?」

「はい。ただ、チーム全体を受け持つというよりはGIに出走する子向けの集中指導をメインにしているみたいです」

 

 若干の苦笑を顔に浮かべながらスペシャルウィークは続ける。

 

「トレーナーさん、前に『基本こそ肝要とは言いますが、あらゆるウマ娘に代わる代わる延々と “Make debut!” だけを教えていてはこちらもいい加減飽きるというものですからね』って言ってました。すごくあの人らしいというか、本当にそんなことを言って大丈夫なのかなとは思ったんですけど……」

「いかにも陽室トレーナーが口に出しそうなことだ。今更何も思わん」

「やっぱり他のチームから見てもそういう扱いなんですね、私のトレーナーさんって」

「『やっぱり』とはなんですか、『やっぱり』とは」

 

 聞こえてきた声にばっと振り返る二人。半開きになったドアの向こう側から、目を細めた陽室が顔を見せていた。

 

「スペ、貴女はもう少し自分のトレーナーを信頼してもよいと思うのですがね」

「信頼はしてますよ? ……トレーナーさんはいつでも、トレーナーさんのやりたいことに一番忠実だって」

「ふむ、言い訳したいところですが効果的な文言が見つかりませんね」

 

 そう言いつつレッスンルームから出てくる陽室。彼女の視線はスペシャルウィークを、そしてその隣に佇むナリタブライアンを順番に捉えた。

 

「それで? スペはともかく、ミス・ナリタブライアンがこちらを訪ねるということは……何か問題でも起こりましたか?」

「ああ。スペシャルウィークに疲れが見えるが、オーバーワークに陥っていないか」

 

 竹を割るような単刀直入すぎる言葉に、陽室は困惑の色を顔に浮かべた。想定していない、という表情だ。

 

「当然のことですが……スケジュールはスペの体力を考慮した上で組んでいますし、土曜と日曜は完全オフとして設定しています。代わりに平日は生徒会の件もあって忙しいでしょうが、それでも睡眠時間はしっかり確保できているとこれまで聞いています」

 

 再びスペシャルウィークに視線を戻す陽室。

 

「念のため聞きますが、スペ。私に隠れてトレーニングなどはしていませんね?」

「はい、してないです」

「最低でも毎日6時間、しっかりと睡眠時間をとっていますか?」

「いつも夜の10時に寝て、朝の4時に起きてます」

「……そもそも貴女の主観的感覚として、ミス・ナリタブライアンに指摘されたような疲労を少しでも感じているのですか?」

 

 一瞬だけ答えるのをためらうスペシャルウィーク。陽室にとってはその反応だけで十分だった。

 

「なるほど、よく理解しました。……ミス、ありがとうございます。もしもスペを連れてきていただけなかったならば、私も気づけなかったかもしれません」

「礼には及ばない。だが、陽室トレーナーは教え子のことをもっとよく見ておけ。万が一この大事な時期に潰れられてはかなわんだろう」

「忠告痛み入ります。平日のスケジュールについては……そうですね、近いうちに再度調整すべきかもしれません。ミス・シンボリルドルフにその旨をお伝えいただけますか?」

 

 ナリタブライアンは無言で頷いた。そのまま踵を返し、自らの仕事は終わったと言わんばかりに去ろうとする。

 

「あの、ブライアンさん」

「なんだ」

 

 スペシャルウィークの呼びかけに対して、ナリタブライアンは億劫そうに振り返った。

 

「どうして、私のためにわざわざここまでしてくれたんですか?」

「言っただろう。この大事な時期に潰れられてはかなわん。私からしてもそれは同じだ」

 

 鋭い視線を容赦なくスペシャルウィークに向けながら、ナリタブライアンは堂々と宣言する。

 

「今年の有馬記念にはクラシック三冠が三人集う。後にも先にもまずないことだろう。そして……認めよう。今最も強いクラシック三冠は、私でもルドルフでもない。オマエだ」

 

 そこまで告げて、ナリタブライアンは再びスペシャルウィークに背を向けた。

 

「だとしても私は挑み、そして勝つ。だからこそ万全のコンディションで出てこい。でなければ勝利の意味がない」

 

 クラシック三冠を成し遂げ、怪物と讃えられ、しかし怪我からの長いスランプに陥ったナリタブライアン。彼女は、ある意味でスペシャルウィークを最も心配する者の一人でもあった。

 

「中山で待っている。失望させてくれるなよ、()()

 

 その言葉を最後に、今度こそナリタブライアンは去っていった。

 

「直球の宣戦布告を頂いてしまいましたね、スペ?」

「はい……」

「……立ち話もなんですし、入りなさい。察するに、今日は生徒会の仕事を切り上げさせられたのでしょう?」

「え、でもまだ他の人のレッスンをしてるんじゃないんですか?」

「都合良く終了のタイミングです。それに、今しがたミスに『教え子をよく見ろ』と言われたのにもかかわらず、貴女を放っておくほど愚かでもありませんよ」

 

 そう言ってレッスンルームの中に入っていく陽室。スペシャルウィークも慌ててその後を追う。

 

 部屋の中はがらんとしていた。そもそも広い空間であり、少人数でのレッスンではいささか持て余すことも珍しくはないのだが、今日はそういうレベルの話ではなかった。なにせスペシャルウィークが見渡す限り、陽室の他にはもう一人しかいなかったのである。

 

「あれれ? スペちゃん、この時間に来るのはなんだか珍しいね?」

 

 そのたった一人であるところのウマ娘──スマートファルコンは、スペシャルウィークのことを見つけるなりすぐに声をかけてきた。

 

「お疲れ様です、スマートファルコンさん」

「もー、そんな堅くならずに『ファル子』って呼んでくれていいんだよ☆」

「……お疲れ様です、ファル子さん」

 

 若干遠慮しながらそう挨拶し直せば、彼女は満足気に頷いた。



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スマートファルコンは怪しまない

「スペちゃんは今からライブレッスンなの?」

「あ、そうじゃなくて……ちょっと今日の予定が変更になって、トレーナーさんのところに顔を出すことになったんです」

 

 スマートファルコンの問いに嘘は言わず、しかし曖昧にごまかしながらスペシャルウィークは答えを返した。

 

 今のところ、スペシャルウィークが生徒会と共に仕事をしていることを知る生徒はかなり少ない。それこそ生徒会執行部員の他には、会議で同席することがある寮長や各委員長、そして現状唯一のチームメンバーであるベルノライトくらいしかいない。

 

 しかも彼女たちですら、その大半は『スペシャルウィークは将来的に生徒会入りを目指すのだろう』という程度に受け止めている。現会長のシンボリルドルフから事実上の次期会長推薦を受けているなどという事実は知るよしもないのだ。

 

『早いうちから私の推薦があったという事実だけが周囲に伝われば、その事実のみが独り歩きしてしまう。それは私にとっても君にとっても喜ばしいことではない』

 

 シンボリルドルフの推薦によって生徒会長を目指していることは、まだ外部に公言すべきではない。それが現執行部の見解であり、スペシャルウィークもそこに異論はなかった。

 

 そうだったんだ、と相槌を打っているスマートファルコンから一瞬だけ視線を外して、ちらりと陽室の方を見る。彼女の顔には、『どうせまだごまかしにも慣れていないのだから早めに話題を変えておけ』と言いたいのだろう仏頂面が浮かんでいた。

 

「あー、ところで……セイちゃんがファル子さんと一緒にレッスンしてないの、なんだか珍しいですね」

「スカイちゃんなら今日はアヤベちゃんとトレーニングでグラウンドに行ってるよ。最近はすっごく真剣で、なんていうか……ほら、ね?」

 

 スマートファルコンの顔に浮かぶのはいつも通りのウマドルスマイルだったが、笑顔とは裏腹に言葉の歯切れは悪かった。もちろんスペシャルウィークはその理由を──セイウンスカイが真剣な理由も、それをスマートファルコンが濁す理由も──察することができた。

 

 スペシャルウィークはセイウンスカイに勝ったから。勝ち続けているから。まだ一度として、敗北を味わったことがないから。

 

 菊花賞は、これまで二人が戦った中で着差が最も開いたレースだった。記録上は『大差』、しかし実際には15バ身近い差。3000mという長丁場のレースであることを鑑みても、なお埋め難いその距離、着差。

 

 スペシャルウィークは敗北を経験したことがない。故に想像するしかないが、敗北とはさぞ屈辱的で、泣きたくなるほどに悔しいものなのだろう。他ならぬ自らの友人であるセイウンスカイがその只中にあって、しかもその原因が間違いなく自分にあるということを考えると、スペシャルウィークの心には焦げるような痛みが走った。

 

「セイちゃんが頑張ってるなら、私も頑張らなきゃですね!」

 

 その痛みを無視しながら、スペシャルウィークは笑顔を作った。その様子にスマートファルコンも乗ってくる。

 

「いいなぁ、青春って感じがして」

「どうしましたファルコン、そのように年寄りめいたことを言って」

「琥珀さん、ファル子はまだまだそんな年じゃないゾ☆」

「話題を振ったのは貴女ではありませんか」

 

 陽室が呆れた様子で肩をすくめると、スマートファルコンは小さく頬を膨らませた。その仕草は少女然としていて、纏う雰囲気をぐっと幼く見せていた。

 

 その仕草を見て、スペシャルウィークはふと気づいた。すなわちスマートファルコンは、身に纏う雰囲気を正確に制御できているということだ。目的は違えども、目指すべき終着点のひとつとして見ることもできよう。

 

「スペちゃん、どうしたの?」

「い、いえ! ……ファル子さんは、やっぱりウマドルなんだなぁって」

「ふっふーん☆ ファル子は愛され系ウマドルを目指してるからね。いつかスカイちゃんも逃げ☆シスに入ってほしいなって思ってるんだけど、なかなか首を縦に振ってくれなくてねー」

 

 いい逃げ足してるんだけどなぁ、と残念そうなスマートファルコン。

 

 逃げ☆シス──逃げ切り☆シスターズといえば、スマートファルコンを中心に活動しているウマドルユニットだ。逃げ戦略が光るウマ娘を集め、学園のバックアップを受けながらライブ活動などを行っているのだったか。

 

「スカイちゃんはほんとまっすぐだからね、見てるこっちもちょっとヒヤヒヤしちゃうところがあるんだ。でもレースになるとすごい燃えてて、ファル子の方がパワーをもらうことも多くって」

「ファル子さん……」

 

 思わずといった雰囲気でスペシャルウィークが呟いた。

 

「だからね、スペちゃん。スカイちゃんのこと、ちょっと気にしてあげてね。ライバルとしてでもいいし、友達としてでもいいんだけど、スカイちゃんと向き合ってあげて」

「セイちゃんと、向き合う……?」

「だって、気にしてる相手に見てもらえないって悲しいでしょ?」

 

 そう答えてスマートファルコンはにこっと笑ってみせた。そのタイミングを見計らって陽室が割り込んでくる。

 

「ファルコン、今日は路上ライブがあると言っていませんでしたか?」

「あっ、もうそんな時間!? 急がなきゃっ……」

 

 慌てて荷物をまとめ、スマートファルコンは勢い良く立ち上がった。

 

「それじゃあ琥珀さん、スペちゃん、また今度レッスンでよろしくねっ☆」

 

 急ぎながらも笑顔とウインクは忘れることなく、そのまま彼女はレッスンルームを去っていった。スマートファルコンの『しゃいしゃいしゃ~い☆』という声が小さくなっていくのを聞き、ドアが静かに閉まるのを見てから、スペシャルウィークは改めて口を開く。

 

「セイちゃんと、向き合う……かぁ」

「ファルコンも先輩らしくなってきましたね。後輩に頼られる経験はやはり大きいようです」

 

 どこか感慨深げな陽室の言葉にスペシャルウィークは引っかかりを覚えて首を傾げる。

 

「そういえば、ファル子さんってトレーナーさんのことを『琥珀さん』って呼ぶんですね。トレーナーさんもファル子さんを呼び捨てですし」

「これでも私はファルコンのライブレッスンをずっと担当していますからね、普通の生徒よりも親交は深いですよ。彼女の曲に歌詞を書きもしましたし」

「へー、歌詞を……歌詞!? トレーナーさん、そんなことできるんですか!?」

「作詞だけですがね。あいにく作曲は門外漢ですので」

 

 今まで全く知らなかった、という顔をするスペシャルウィーク。だが、陽室の方はむしろ呆れ顔だった。

 

「貴女の曲も私が歌詞を書いているのですよ」

「……もしかしてですけど、私のソロ曲をいつも書いてくれてる『朝月咲』さんって」

「私が以前使っていた芸名です。伝えていませんでしたか?」

「初耳ですよ!? ……ちょっと待ってください、トレーナーさんが朝月さんってことは……『私の印は大本命◎』とか、『ありがとう、神様』とか……」

「『ピリオド・レコード』も『Stellar Whiteout』も、歌詞を書いたのは私です。貴女のことをよく知り得ていないと書けない歌詞だと自負していますよ」

 

 陽室にそう諭されてもなお、スペシャルウィークは事実を飲み込めていないようだった。

 

「初めて知ったのならばその驚きようも理解はしますが、そこまで不思議なことですか?」

「えっと、その……朝月さんが書いてくれた歌詞ってすごくシンプルで、分かりやすくて……トレーナーさんらしくないなって」

「歌詞を書くのは自らのためではなく、それを歌う誰かのためですからね。それを忘れてはいけません。私とてTPOは弁えていますよ」

 

 陽室はそこで言葉を切り、近くに置きっぱなしにしてあったパイプ椅子を引っ張ってくる。

 

「さて。座りなさい、スペ」

 

 スペシャルウィークは無言で従った。先程までの雑談ムードから一変して、場の空気が……より正確には、陽室の雰囲気が真剣なものになったことに気付いたからだ。

 

 座ったスペシャルウィークに向かい合うような位置に陽室は回り込み……突然その頭を下げた。

 

「申し訳ありませんでした、スペ。私の監督不行き届きです」

「えっ……?」

「そもそも、貴女のトレーニングメニューやレースメニューを組みながらスケジュールを調整していたのは私です。その上で、貴女のレーストレーニングに関しては大半をベルノに任せきりでした。ベルノに録画してもらった映像で一日遅れの確認はしていましたが、それで貴女の疲労を見抜けていないのですから話になりません。私の明確な落ち度です」

「そ、そんなことないですよ! 確かに今日はちょっと疲れてましたけど……昨日の疲れが溜まってただけだと思います」

「だとすれば尚更問題です。どこか一箇所で相当な無理をしたから疲労したという話であれば、今後その行動を戒めれば良いだけです。しかし、スペは昨日今日と何か特別なことをしましたか?」

 

 陽室の言葉に押し黙るほかないスペシャルウィーク。

 

「これは私の推測ですが……スペ、貴女はトレーニングやレッスンによる一時的な疲労を隠しきれなかったというよりも、むしろ貴女が抱えていた慢性的な疲労と、漠然とした不安感による焦燥のふたつが合わさって表出し、それをミス・ナリタブライアンに見咎められたという方が正しいのではないですか」

「…………はい」

 

 ここまで綺麗に言い当てられては、スペも観念するほかなかった。

 

「慢性的な疲労の主たる原因は、周囲に見せるための振る舞いに気を遣いすぎたせい。無論、その他の要因で溜まってしまった疲労も当然あるでしょう。そしてふと、『このまま生徒会長になってしまったらどうしよう』と考えこんでしまう。今のままの、完璧には程遠い自分のままではいけないのに、と」

「……トレーナーさん、もしかしてどこかで私のことを見てましたか?」

「いいえ、見ていたらこの状況に陥らせていません。ただ、私も通ってきた道でしたからね。今の貴女を見れば想像もできます。貴女は自己肯定感が高いので、ここでは引っ掛からないと思っていましたが……これもやはり私の管理不行き届きです」

 

 陽室は腰に両手を当てた。

 

「というわけで、休養しましょう」

「休養、ですか?」

「ええ、休養です。具体的には……4週間ほど、12月の初週前後まで。有馬記念に出走する前提ならば、そのあたりまではしっかりと休めます」

「ちょ、ちょっと待ってください! そんなに休んだらジャパンカップに出れなくなっちゃいますよ!?」

 

 陽室の言葉を慌てて遮り、スペシャルウィークは反論する。

 

 ジャパンカップの開催は11月の終わり。菊花賞・ジャパンカップ・有馬記念というローテーションで今年のGI戦線を戦うことは前々から相談して決めていたのに、陽室の言う通りにしてはその前提が崩れ去ってしまう。

 

「よく理解していますとも。そしてスペがジャパンカップに……というより、大きなレースに出て結果を残したがっていることもまたよく理解しているつもりです。何故ならそれは、『日本一のウマ娘』という貴女の夢を最短距離で達成する方法なのですから」

 

 ですが、と陽室は続ける。

 

「今の貴女をそのままレースに出すわけにはいかない、と私は考えています。ああ、勘違いしないように。現状のコンディションでは勝てないなどとのたまうつもりはありません。余裕があるかはさておき、貴女であれば充分勝ちの目はあります」

「それなら……」

「ですが、その勝利は貴女にとって理想的な勝利とは程遠いものになるかもしれません。中途半端な勝利を得たせいで未来の貴女が悪影響を被る可能性の高さを否定できない以上、私は『貴女ならばジャパンカップを勝てるから』と背中を叩いて送り出すことはできないのですよ」

 

 スペシャルウィークの脳内は困惑で埋めつくされていたし、それは彼女の表情にもありありと表れていた。

 

「えっと……よく分からないです」

「よろしい、この場において正直は美徳です。……ときに、ウマ娘は『想いを背負って走る』生き物であるとよく言われます。また、ヒトに比べてメンタルがフィジカルに影響を及ぼしやすい生き物であるとも。貴女の場合、一般論として語られるもの以上にその傾向があります」

 

 ウマ娘という種族の謎は、現代科学を以てしてもその全てを解明しきれていない。ヒトとほぼ同様の骨格・体内構造でありながらヒトを遥かに凌駕する身体能力も、第二次性徴期あるいは思春期の前後に訪れる本格化現象の原因も、数多の研究論文こそあれど明確な結論が出るには至っていないのが現状である。

 

「夢を託された自分を信じれば信じるほど、夢を叶えられるような自分に近づく。ありていに言えば、貴女はそういう性質を抱えているようです」

「……そんなことってありえるんですか?」

「事実そうなのですから、その理屈を論ずるのは不毛ですよ。私とて半信半疑ですし、貴女の自己暗示を目の当たりにするまでは想像もしていませんでした。あれこそ自分を信じる行動の極地であり、貴女がトレーニングで培った能力を最大限以上に発揮させる効率的手段だったわけです。完全に結果論ですがね」

「でも、それなら私がジャパンカップに出走しても大丈夫じゃないですか? 暗示さえすれば良いわけですし……あっ」

 

 スペシャルウィークが口を抑えた。

 

「気付いたようでなによりです。その暗示の効きが悪くなる、あるいは効かなくなる可能性を現時点で否定できません。かといって中途半端な暗示で勝っても、その経験のせいで今後『自分の世界に入りきれない』ことになりかねないという話なのですよ」

 

 そう言いながら陽室はデスクの方へ歩いていき、何やら収納部を物色し始める。

 

「『日本一のウマ娘スペシャルウィーク』という目標には勝ち続けばいいという明確な道筋があるのに対して、『生徒会長スペシャルウィーク』になるための道筋は貴女にとって未だ不明瞭。それが貴女の不安を掻き立て、せめて形だけでも完璧にしようという意識だけが先行し、結果として疲労が残る。その疲労、ひいては自分を信じきれない感情がレースにも及びうる。典型的な悪循環です。なのでこのタイミングでバッサリと断ち切りましょう……ああ、ここにありましたか」

 

 引き出しの奥から探し物を見つけるや否や、陽室はそれをスペシャルウィークの方に軽く放り投げた。

 

「わっ……とと」

 

 慌ててその何かをキャッチした彼女が手のひらを開いてみれば、至って普通のUSBフラッシュメモリが一本。

 

「休養中だとしても何もせずにいるだけでは弱くなるのみですし、貴女自身も落ち着かないことでしょう。今の貴女にとって必要そうなレース映像をいくらか厳選してその中に入れておきました。ベルノにも同じものを渡しておくので、じっくり見て話し合いながら研究しなさい。必要ならば私も付き合います」

「わ、わかりました。……でも、やっぱり一ヶ月のお休みは長いような気がするんですけど」

 

 スペシャルウィークの控えめな主張を聞いて、陽室はすっと目を細めた。

 

「いいえ、スペ。叩き込むに足るかという点で見ればいささか微妙な期間ですから、休養とはいえ今までより露骨に自由時間が増えるわけではありませんよ?」

「…………叩き込むって、何をですか?」

 

 恐る恐る問いかけるスペシャルウィークに、陽室は当然だと言わんばかりに答えた。

 

「これからじっくりと教えていく予定でカリキュラムを組んでいた、印象をコントロールするための演技です。貴女が求めれば求めるほど疲労を積み重ねる原因となる『威厳と余裕を兼ね備えたスペシャルウィーク』を、貴女のご希望通りにすばやく仕立て上げてみせましょう。それでも一ヵ月、二ヵ月のレッスン漬けは覚悟していただきますよ」



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陽室琥珀は満たされない

 電子的なメトロノームの音が止まり、スペシャルウィークは一息ついた。

 

「スペ。このようなことはあまり言いたくありませんでしたが」

 

 ダンス指導を行っていた陽室が静かに告げる。

 

「貴女、太りましたね?」

「乙女の秘密を軽々しく言わないでくださいっ!」

 

 スペシャルウィークの絶叫にも近い声が響くライブレッスンルーム。壁一面が鏡になっている広い部屋にその声が乱反射する。彼女の反応に、陽室はひとつ溜息を吐いた。

 

「太ったのが悪いと言っているわけではありません。有馬記念までに十分調整できる範囲ですし、食事制限をしてこなかった状況でよく制御できているとは思いますよ」

 

 本格化の最中は特にそうです、と付け加えつつ陽室はすたすたとスペシャルウィークの方に歩み寄り、そのまま体操服の上からスペシャルウィークの脇腹にそっと手を当てた。

 

「ひぅっ!」

「やはり貴女はすぐウエストに影響が出ますね。セパレートの水着などを着る機会があるのならば、気をつけるべきかもしれませんよ」

「そんなことしばらくないから大丈夫です!」

「ふむ。確かにターフへ水着でやってくるようなことがあれば、私はそれを見るなり貴女を蹴飛ばしにかかるでしょうが」

 

 自分のことを蹴飛ばすトレーナーの図は全く想像できなかったが、それを口に出すこともできず、スペシャルウィークは黙って若干の涙目で睨み返すに留める。もし実際にそんな機会が訪れたならば、陽室は『なるほど、愉快なのでやりましょう』などと言うに決まっている。

 

 そんな視線もどこ吹く風で、陽室は一歩離れてスペシャルウィークの体つきを正面から遠慮なく眺めた。

 

「ウマ娘は基本的にヒトと比較して、とんでもない新陳代謝を誇ります。多く食べなければあっという間に餓死してしまうでしょうし、そう考えれば大食漢というのも才能のうちです。運動量を元に戻せばすぐにすとんと落ちますよ。太るのと同じだけの時間をかけて痩せる分には、リバウンドもしにくいでしょうからね」

 

 陽室はそう言いつつふわりと笑った。

 

「そろそろレースに向けて動かねばならない時期ですし、体重を落とすためにも負荷を戻しましょうか」

「お。やっと練習再開デース?」

 

 レッスンルームの入り口からそう声が掛かり、振り返る陽室とスペシャルウィーク。

 

「あ、エルちゃん」

「ふふっ、私もいますよ」

「ミス・エルコンドルパサーにミス・グラスワンダー……リギルの皆様がここまで足を運ぶとは珍しい。如何されましたか?」

 

 二人にそう問いかける陽室。

 

 スペシャルウィークの指導を始めてからは時間も規模も縮小気味だが、陽室の本業は『URA特定芸能活動認定指導員』、つまりはウマ娘を相手にしたステージ指導であり、ウイニングライブ対策なのだ。トゥインクル・シリーズ、すなわちレースに向けた指導を生業とするトレーナー……URA平地競走上級指導員はあくまで走法等の指導を行うトレーナーであって、ライブ関連の指導力は問われないため、ライブ指導は陽室のようなライブ専門の指導員に委託することが通例だ。チーム内でライブレッスンまで完結することは()()と言えるだろう。

 

 その()()な例がエルコンドルパサーやグラスワンダーが所属し、東条ハナがチーフトレーナーを務めるチームリギルだ。東条自身もライブ指導をこなせるのに加え、お抱えの認定指導員も居る状況だ。安定してGI勝利を取れるだけの才能がある面々ばかりが揃っているからこそ維持できる、学内でも屈指のサポート体制である。

 

 だからこそ、グラスワンダーやエルコンドルパサーが陽室の『城』であるライブレッスンルームに顔を出すこと自体がそもそもまれなのである。

 

「スペちゃんが気になってしまって、偵察と宣戦布告に」

「ケッ!?」

 

 笑顔でそう言ったグラスワンダーに、エルコンドルパサーの尻尾が跳ね上がる。どうやらエルコンドルパサーの聞いていた内容とは話が違ったらしい。

 

「おや、偵察ですか。よくミス・東条が許しましたね」

「振り切って来ちゃいました」

「……素直で結構。こちらは構いませんが、ミスには後で謝罪しておきなさい」

 

 表情も変えずにそう述べた陽室だが、スペシャルウィークはじっと黙って続きを待った。

 

「私たちも気にしていたんです。スぺちゃんを最近グラウンドで見ることがなくなったので、もしかしたらなにかあったのじゃないかと」

「ええ、それはもちろん。理由なく長期の休養を取らせはしませんよ。必要な余暇でした。ですが……そうですね。ジャパンカップ出走のタイミングを逃してしまったことには少々思うところはあります。まあ、スペならばこの先獲る機会もあるでしょう」

 

 エルコンドルパサーに視線を向けつつ陽室は言った。今年のジャパンカップを颯爽と奪っていったエルコンドルパサーの顔が、フェイスマスク越しでもわかるほど露骨に真顔になるも、彼女はすぐに笑みを取り繕う。

 

「スぺちゃんがいないジャパンカップなんて歯ごたえがなさすぎて、さくっと獲らせてもらったデス。……次はないデスよ?」

 

 それを聞いて陽室はスペシャルウィークへちらりと目線を送る。

 

「……うん、そうだね。次は、ないね」

 

 スペシャルウィークの声から感情が落ちる。それを聞いたエルコンドルパサーがにっと笑う。

 

「そう! 日本最強はまさしくスペシャルウィーク。けれども世界最強になるのは、このエルコンドルパサーデース!」

「エルほどではないですが、私も気になっていたので、こうしてお邪魔しております」

 

 ポーズを決めるエルコンドルパサーの隣でグラスワンダーがそう言った。その言い草に明らかにショックを受けたポーズを取るエルコンドルパサー。

 

「グラース!? なんだかエルのことをダシにしてませんかっ!?」

「まさか。そんな物騒なことを考えているとでも?」

「誰も物騒なんて言ってないデース! 勝手に自白しないでくだ────」

「エル」

 

 グラスワンダーの一言でぐっと黙り込む。

 

「まあ、ライバルの様子を気にするお二人の気持ちは痛いほどよくわかりますとも。そしてスペもその感情に対して自覚的になるべきですね」

 

 陽室がスペシャルウィークの方に向き直る。

 

「上に立つこと、もしくは上に立とうとすることというのは、そういうことなのですよ、スぺ。それらは周囲の視線を集める行動であり、心配にしろ、応援にしろ、怨嗟にしろ、それなりの関心を集める行動です」

「はい」

 

 スペシャルウィークの素直な返事に、陽室は満足そうに頷いた。

 

「よろしい。それをより意識すれば、過度の暴飲暴食も減るでしょうし、すなわち太り気味にはならずに済みます」

「あっ! なんで二人がいるところでその話を蒸し返すんですかっ!?」

 

 それを聞いたエルコンドルパサーがにやりと笑う。

 

「フフーン? その太り気味、さては食堂でオグリ先輩サイズのメニューを平らげたうえ、公園に来ていたキッチンカーでごんぶとチュロスとはちみーXXLサイズを頼んでいたせいデスねー?」

「……スぺ?」

「だって美味しそうだったんですもん!」

 

 さすがに知らなかった情報が飛んできて、じとっとした視線を向ける羽目になる陽室。当のスペシャルウィークは耳ごと頭を抱えるようにして、一言も聞いてたまるかの姿勢である。

 

「あと、チョコクロワッサンがおいしいパン屋さんで? 両手に紙袋を抱えて出てきて?」

「わーっ! わーっ!」

「さらにさらに雨の日にも関わらず、ショートケーキをホールで買って帰ってたのもアタシは見たデスよ!」

「エルちゃんストップ! ストップっ! それにケーキはスズカさんとかと分けて食べたからノーカンだよっ!」

「でも『半分はスぺちゃんが食べた』ってスズカ先輩も言ってたデース!」

「スズカさん、口軽いよ……!」

 

 スペシャルウィークが同室の先輩を一人恨んでいる中、グラスワンダーはニコニコと口を開く。

 

「そういえば一昨日あたり『おいしいお蕎麦屋さんを見つけたんです!』って言ってきましたよね、スぺちゃん……」

「グラスちゃんまでっ!?」

 

 そのやり取りを聞いて盛大に溜息を吐く陽室。

 

「スぺ。大食漢は才能だと言っておいてなんですが、さすがに限度というものがあります。というよりそれだけ食べておいて、なおかつあれだけ練習を減らしておいて、なぜその太り具合で済んでいるのですか。世の中の女性から恨まれても仕方ありませんよ」

「そ、そんなことを言われましても……」

「体重を増やすのも落とすのも、意図的にするには苦労するものです。とりあえずお腹回りをひっこめますよ。筋肉量を戻すため、タンパク系の食事メインに切り替えるようにベルノと調整しましょう」

「……ということは、もしかして」

「はい、初めての食事制限です。しかしご安心なさい。貴女のストレスになるほど無理な制限はしませんよ。とはいえ、何をどれだけ食べたのかはベルノに逐一報告するように」

「そんなぁ……」

 

 スペシャルウィークの顔が絶望に染まる。好きなものを好きな時に好きなだけ食べられるという環境から追放されるというのは、スペシャルウィークにとってとても重たいものなのだ。

 

「ふっふっふ……そもそも食事制限なしであそこまで走れるスぺちゃんが一番規格外だったんデース。エルと同じ地獄を味わうがいいデース……!」

 

 指をわきわきしながら近づいてくるエルコンドルパサーからじりじりと距離を取るスペシャルウィーク。

 

「効果を確かめるためにも、エルが毎日触診してあげマース! まずは今日のだるだる具合を確認……」

「ちょっとエルちゃん!?」

 

 エルコンドルパサーが飛びかかり、文字通り飛び上がってそれを避けるスペシャルウィーク。そのまま廊下へと逃げ出すが、エルコンドルパサーが急旋回してそれを追いかけた。

 

「……やれやれ。二人して何をやっているのだか」

「エルもスペちゃんも元気があっていいですね」

 

 そう口にするのは二人に置いていかれたグラスワンダーだ。

 

「ミス・グラスワンダー、追いかけなくても構わないのですか?」

「えぇ、おそらく勝負がつく前に教官か先生に掴まって怒られるでしょうから」

 

 それに、とグラスワンダーが続ける。

 

「一度、陽室トレーナーに聞いてみたいことがあったんです」

「聞きましょう」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 普段通りのトーンでそう口にするグラスワンダー。

 

「それは、なぜ私がスペシャルウィークを選んだのか。なぜグラスワンダーではなかったのか、なぜ他のウマ娘ではなかったのかという意味であると受け取っても?」

「概ね」

 

 それを聞いて陽室は肩をすくめる。

 

「傲慢……ですね」

「それは私も自覚しております」

「いいえ、ミス。貴女の事ではありません。彼女が、スペシャルウィークが傲慢だからこそ、私は彼女に手を伸ばしたのです」

 

 その答えに面食らった様子のグラスワンダーに、陽室は笑いかけた。

 

「努力できることも才能であるように、勝ち続けることも才能です。それに耐えられるだけの精神力も必要です。周りが望み、それに答え続けることは容易ではありません。それをこなすには、貪欲に、かつ、留まることを知らない傲慢さが必要です。彼女はそれを持ち、それを証明しうると考えた。それだけのことです」

 

 今の貴女がスペに視線を向けているように、と陽室は真顔で続ける。

 

「彼女はあらゆる視線を集め、それに耐えることができる。その才能を最大限に発揮し、遙かなる高みへと駆けていくでしょう。その先に望める可能性、その果てまで見通すような無謀な賭けを始めた彼女を、応援してみたいと思ってしまった……そんな酔狂が一人いたところで何も問題はないでしょう?」

「半ば無責任に聞こえますが」

「ええ、そうでしょうとも」

 

 そう同意してグラスワンダーに真正面から向き合う陽室。

 

「私は道楽でトレーナーをしておりますので」

 

 その顔には微笑みが浮かぶ。

 

「夢を叶えるうえでの責任も、夢を叶えてからそれを喜び誇る権利も、全ては夢を持つ本人にのみ許されるものです。私が行った助言の責任は取りますが、しかし私の責任はそれまでです。まるで命を懸けて走るような子の責任は持てませんし、そもそもそこまでの責任を持つ気もありません」

 

 命懸けでなければレースに勝てない子は私向きではない、とは口にしなかった。それでもグラスワンダーには伝わったらしく、顔色が明らかに変わった。

 

「無論、スペが本気ではないと言うつもりは毛頭ありません。彼女は常に自分が本気だと信じていて、その行動には芯が通っていて、そして全身全霊でターフを走っていますとも。それでも勝利のために命を懸けたりはしない。……貴女たちは、本気すぎる。そのような気高い本気さに脚を取られているうちは、()()()()()スペシャルウィークには届きませんよ」

 

 それを聞いたグラスワンダーはしばらく動きを止めていたが、吹き出すように笑った。

 

「なるほど、理解しました」

「それは良かった。よろしければ、私の発言を受けた貴女の見解を聞いても?」

「……あなたは、間違えている」

 

 それを聞いた陽室は瞳を閉じ、そして手を叩きながら大声で笑った。

 

「結構、大変結構! 青臭い断罪は若人(わこうど)の特権です。ならば証明してみなさい。────チームリギルからの宣戦布告、しかと受け取りましたよ」

「ごきげんよう、陽室トレーナー」

 

 グラスワンダーは静かに頭を下げた。



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月刊トゥインクルは外せない


 今話につきまして、矢神敏一先生に一部の原稿をご寄稿いただきましたほか、設定考証でもご協力いただきました。矢神先生が連載中のウマ娘二次創作『サクラを枯らすな! ~北の大地の線路守は、桜吹雪と共に駆ける~』も是非どうぞ! 矢神先生のTwitterはこちら

 また、今話はPCブラウザからの閲覧とスマホブラウザからの閲覧で少しだけ内容および一部表示に差異があります(スマホでは出走表部分で若干の情報省略があります)。表示が崩れる場合は別のデバイスからお読みいただくか、閲覧設定をデフォルトのものにしてお読みください。



月刊トゥインクルWeb出張版

第66回有馬記念直前特集 GI

2021年12月26日(日) 15:25発走

中山レース場 芝2500m 右回り

 

出 走 者 一 覧

1

00

1

00

ファインモーション14番人気逃先・・

― ― ― ― ― ― △4-2-0-1

00

2

00

シンボリルドルフ2番人気逃先差・

― ◎ ▲ ○ ― ○ ○12-2-1-0

2

00

3

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ゴールドシップ3番人気・・・追

☆ ○ ☆ △ ◎ ☆ ▲5-4-0-2

00

4

00

セイウンスカイ5番人気逃・・・

▲ △ △ ▲ △ △ ☆1-5-0-0

3

00

5

00

エアシャカール15番人気・・・追

― ― ― ― ― ― ―4-4-1-5

00

6

00

メジロブライト9番人気・・差追

◎ △ △ ― ☆ ― △7-3-4-3

4

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7

00

エルコンドルパサー6番人気・先・・

△ ― ― △ ― △ ―5-1-0-1

00

8

00

スペシャルウィーク1番人気逃先差追

○ ▲ ◎ ◎ ○ ▲ ◎10-0-0-0

5

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9

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エイシンフラッシュ13番人気・先差・

△ ― △ ― ― ― ―4-2-4-5

00

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ハッピーミーク16番人気・先差・

― ― ― ― ― ― ―3-3-0-2

6

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11

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エアグルーヴ7番人気・先差・

― ― △ ― ▲ ― △6-3-1-1

00

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グラスワンダー8番人気・・差・

― ― ― △ ― △ ―5-0-1-1

7

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マチカネフクキタル10番人気・・差・

― △ ― ☆ △ ― ―7-3-1-6

00

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メジロドーベル12番人気・・差・

― ― ― ― ― ― ―5-2-2-0

8

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ナリタブライアン4番人気・先差・

△ △ ○ △ △ ◎ △11-3-1-3

00

16

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ヒシアマゾン11番人気・・差追

△ ☆ ― ― △ △ ―10-4-1-4

ウマ

出 走 者 名

人 気

脚 質

全 戦 績

記 者 予 想

逃先差追

1-2-3-外

 

 

 

 

 

1

1

ファインモーション

14番人気

逃先・・

4-2-0-1

― ― ― ― ― ― △

2

シンボリルドルフ

2番人気

逃先差・

12-2-1-0

― ◎ ▲ ○ ― ○ ○

2

3

ゴールドシップ

3番人気

・・・追

5-4-0-2

☆ ○ ☆ △ ◎ ☆ ▲

4

セイウンスカイ

5番人気

逃・・・

1-5-0-0

▲ △ △ ▲ △ △ ☆

3

5

エアシャカール

15番人気

・・・追

4-4-1-5

― ― ― ― ― ― ―

6

メジロブライト

9番人気

・・差追

7-3-4-3

◎ △ △ ― ☆ ― △

4

7

エルコンドルパサー

6番人気

・先・・

5-1-0-1

△ ― ― △ ― △ ―

8

スペシャルウィーク

1番人気

逃先差追

10-0-0-0

○ ▲ ◎ ◎ ○ ▲ ◎

5

9

エイシンフラッシュ

13番人気

・先差・

4-2-4-5

△ ― △ ― ― ― ―

10

ハッピーミーク

16番人気

・先差・

3-3-0-2

― ― ― ― ― ― ―

6

11

エアグルーヴ

7番人気

・先差・

6-3-1-1

― ― △ ― ▲ ― △

12

グラスワンダー

8番人気

・・差・

5-0-1-1

― ― ― △ ― △ ―

7

13

マチカネフクキタル

10番人気

・・差・

7-3-1-6

― △ ― ☆ △ ― ―

14

メジロドーベル

12番人気

・・差・

5-2-2-0

― ― ― ― ― ― ―

8

15

ナリタブライアン

4番人気

・先差・

11-3-1-3

△ △ ○ △ △ ◎ △

16

ヒシアマゾン

11番人気

・・差追

10-4-1-4

△ ☆ ― ― △ △ ―

 

 

 

編集長のひとこと

 

 トゥインクル・シリーズ、年末の風物詩。有馬記念の時期が今年もやってきた。

 

 今年のトゥインクル・シリーズはスペシャルウィークが創った一年だった。昨年のホープフルステークスに始まり、皐月賞・NHKマイルカップ・日本ダービー・菊花賞の勝利によって既に五冠ウマ娘となった彼女が、年末に再び中山の地へ舞い戻ることとなる。

 

 もしもスペシャルウィークが勝利すれば、トゥインクル・シリーズにおける連勝記録を11に伸ばし、歴代最高記録タイとなる。*1しかし彼女の前に立ちふさがるのは、二人のクラシック三冠ウマ娘に始まり、ドリームメンバーと呼ぶに相応しい面々。これで彼女を止められなければ、果たして誰が止められるというのか。『あらゆる競走ウマ娘にスポットライトを』という月刊トゥインクルの大原則に逆らうのは承知の上で、あえて言おう。

 

 誰もがスペシャルウィークを見ている。虎視眈々と狙っている。スペシャルウィークが勝つか、負けるか。このグランプリレースはそれこそが焦点だ。

 

 彼女たちがどのような戦いを見せてくれるのか、期待は膨らむばかりである。……そして誰もが知っての通り、レースで生まれる悲喜こもごもは決して観客たる我々にも無関係ではない。そう、他ならぬ勝ちウマ娘投票券である。

 

 予想を的中させないことには、ウイニングライブのSS席も個数限定のレアグッズも手に入らない。いっそ全員分の単勝投票券をオッズに応じて買ってしまえば、と考える読者もいるのではないだろうか。だが、そんな読者のために本誌の敏腕記者二名が貴重な予想を携えてきてくれた。手堅く投票して確実にライブチケットやグッズを手に入れるもよし、大穴の三連単で夢を見るもよし。

 

 この有馬記念で悔いのない投票券購入を行うため、ぜひ参考にしてほしい。

 

 

 

八神俊一の必勝アナライズ

 

◆レース概況

 年末の大一番。多くのクラシックウマ娘にとって、これが初の混合戦になることもあり、新しい時代の試金石にもなる一戦と言える。一大旋風を巻き起こしたスペシャルウィークをはじめとし、クラシックとは思えないハイレベルな戦いを見せてくれたウマ娘たちは、来期に向けた課題と向き合うことになる。そんなクラシック勢を迎え撃つシニア期の面々も人気と実力を兼ね備えた面々ばかりであり、例年以上の好戦を期待してよいだろう。

 

◆バ場状況

 コースは例年通り、中山レース場の右回り2500mとなる。内側・外側ともに特段の不良はなく、良好な状態であると言える。すなわち、できるならば小回りを選択したい状況であり、その点で言えば内枠発走が有利だろう。

 ただし、今回は2500mの長距離戦であるため、スタート時のハナ争いはそこまで後半に波及しない。その点を鑑みると、枠順による有利不利はそこまでのモノではないと見るべきか。

 

◆展開予想

 セイウンスカイとシンボリルドルフがハナを主張するか。ファインモーションもできれば前の位置を確保したい構え。スタート勝負ではやはり若いセイウンスカイに分がありそうだ。

 その後ろの好位をスペシャルウィークなどが追走。エルコンドルパサーやメジロドーベルなどはこの少し後ろの位置か。

 後方集団にはメジロブライトやエイシンフラッシュが控え、シンガリはゴールドシップという展開になるだろう。

 

◆評価のポイント:スタミナ

 有馬記念は中盤からのロングスパート合戦が見どころのレース。このレースを制すには、このロングスパートをしのぎ切れるだけのスタミナが必要。

 中盤まで少し後ろの位置で脚を溜め、最後のロングスパートに耐えられるだけのウマ娘が最も勝利に近いと言えるだろう。

 

◎本命:メジロブライト

 天皇賞(春)などでの好走が際立つ同ウマ娘を堂々の本命に選出。

 長距離戦での勝利から、それなりのスタミナが有るタイプと評価できる。同時に、戦う位置も中団から後方と今回においては最適である。

 あまりトップスピードが速い方ではないが、中団でペースを作り最終コーナーに追い込むという戦い方ができるウマでもあることを鑑みると、充分勝利を飾ってもおかしくはない。

 むしろこれだけの戦績を挙げながらこの評価はあまりにも過小すぎる。オッズ的にも素晴らしいウマ娘と言えるだろう。

 少々末脚のキレの悪さが心配か。それ以外は問題ない。

 

○対抗:スペシャルウィーク

 やはり外せない現役最強ウマ娘。これだけの戦績、そして揃った好状況と、評価しない理由が存在しなかった。

 人気が集中しすぎていることが気がかりだが、大半が単複の応援投票券である可能性を考えると、2連・3連では意外と良いオッズが付く可能性がある。意外なうま味が期待できるところも含めて、対抗での選出とした。

 

▲相手:セイウンスカイ

 強力なクラシック世代をここでも選出。

 スペシャルウィークの後塵を拝し続けるセイウンスカイだが、各クラシックレースでの好走は見事。スペシャルウィークより高く評価することはできないが、素晴らしい実力があるとみていい。

 逃げ戦術を取りうるシンボリルドルフやファインモーションには不安点があり、そして両ウマ共に逃げなくても戦える素質がある。すると、セイウンスカイが単独で逃げてしまう可能性も否定できない。こうなると逃げ切ってしまう可能性が否定できない。

 

△相手:エルコンドルパサー

 今クラシック戦線のダークウマ娘。

 陣営・本人共に適正距離・バ場が未だ読み切れていない中での参戦であり苦しい状況だが、その実力自体は何ら劣るものではない。21世代の強さが光る中、ぜひとも注目したい一人だ。

 

△相手:ヒシアマゾン

 オークスや京都大賞典など、スタミナが求められる場面でしっかりと勝利している同ウマ娘を最後に選出。

 2500mは距離延長となるが、追い込みタイプの彼女にとってはむしろチャンスが広がると言える。決定力に不安があるが闘争心は十分であり、高いパワーで不利を覆すことも可能だろう。

 

 

 

乙名史悦子の悦楽ルポルタージュ

 

◆レース概況

 今年のトゥインクル・シリーズはクラシック世代が脚光を浴び続けた一年となった。無敗変則三冠・無敗クラシック三冠を達成し未だに無敗連勝記録を伸ばし続けるスペシャルウィークを筆頭に粒揃いの名ウマ娘たちが揃う、まさしく『黄金世代』。無論シニア勢も負けじと優勝レイを掴み取りに来るだろう。どのようなレース展開になろうとも、世紀の一戦となることは間違いない。

 

◆バ場状況

 例年通りのコースであり、芝も内側がそれほど荒れていないため、全体的に見て特異な要素はほぼないと言ってよい。唯一気になる点としては、明日の関東地方に降雨の予報が散見されること。

 現時点では中山レース場に雨が降る可能性は低いものの、もし降雨によるバ場の悪化が発生したならば、良バ場しか経験したことのないウマ娘たちにとっては大きな試練となるかもしれない。

 

◆展開予想

 歴戦のシニア組に主導権を握られたくないセイウンスカイの一人旅になる可能性高。

 先行組は二番手を確保できるかが焦点だが、シンボリルドルフが抑える形になるか。差し・追込ウマ娘が多いため、先行策を選択できるウマ娘はシンボリルドルフを見つつ前目に構えたい。

 スペシャルウィークやナリタブライアンは囲まれるのを嫌って先行集団やや後ろ、それに差し組・追込組が順当に続く布陣だろう。

 

◆評価のポイント:パワー

 中山は総合力の求められるレース場であり、特に有馬記念はその傾向が強く出る。年末のグランプリレースに相応しいといえるが、ここではパワー、すなわち脚力に着目する。

 待ち構える急坂はもちろんのこと、コーナーの多い有馬での減速リカバリー、また万が一の荒天でも対応できるウマ娘の評価を高めに見積もりたい。

 

◎本命:スペシャルウィーク

 説明不要の本年クラシック最強ウマ娘。札幌記念・毎日王冠ではシニア勢にも勝利、メイクデビュー以来伸ばし続けた連勝数は前走の菊花賞で10の大台に達する。

 申し分ないパワーとスタミナはもちろんのこと、変幻自在の脚質によってどのような展開にも対応力が強く、彼女へのマーク戦術は困難を伴うものになる。自由にさせてはいけないウマ娘である彼女をほぼ間違いなく誰もが野放しにせざるを得ない点から見ても、本命は揺るがない。

 

○対抗:シンボリルドルフ

 こちらもまた説明不要の七冠ウマ娘。長い沈黙を破り、二年ぶりにレース場の芝を踏むこととなった。気になるのはやはりシニア4期目というキャリアから来る競走能力の低下、そして空白期間の長さか。

 しかし筆者独自の取材とインタビュー*2の最中では、そのような心配を見事に払拭するような走りを垣間見ることができた。『三人の三冠対決は、この有馬記念が最初で最後となるだろう』という取材中の言葉からも意気込みは見て取れる。比較的有利な内枠に恵まれたこともあり、人気通りの位置とした。

 

▲相手:ゴールドシップ

 危険。彼女を一言で表すならこの他にない。本人の言動や行動もさることながら、注目すべきはその破天荒な競走成績である。

 クラシック期に欧州レースへの出走を選択し、英エプソムダービーで1着の快挙。その後英KGVI & QES、仏凱旋門賞でも掲示板内。帰国後も宝塚記念の1着など活躍。しかし前走ジャパンCではまさかの15着と大敗。☆とすべきか難しいところだが、前走とはいえ掲示板外はこの一戦のみなので▲とした。

 日本芝への適性を疑う声もあるが、宝塚記念制覇を軽く見ることはできない。強烈な追込を可能にするパワーも鑑みればこの評価が妥当だろう。

 

△相手:ナリタブライアン

 本レースに出走する三冠ウマ娘最後の一人。『皇帝』シンボリルドルフ、『流星』スペシャルウィークと並ぶ『怪物』の強さはやはり語るべくもない。

 投票券人気で皇帝と流星に一歩遅れを取るのは、シニア期以降GIで勝ちきれない不振からか。しかし本年の阪神大賞典における勝ちっぷりは見事で、彼女の実力が健在であることを世間に見せつけた。現役随一の膂力も特に評価でき、二年ぶりに中山の地で勝利を掴む可能性は充分ある。

 

△相手:エアグルーヴ

 本年の天皇賞(秋)を鮮やかな勝利で飾った女帝を最後に選出。

 掲示板内を堅守する競走成績は当然として、札幌記念の2着と毎日王冠の4着に着目したい。どちらもスペシャルウィークの勝利レースであり、現状彼女と二度対戦した唯一のシニアウマ娘がエアグルーヴだ。対スペシャルウィークの情報面では他のシニア勢と一線を画すと言えるだろう。

 

 

 

ウマ娘! 私たちはこう見るッ! 

 

ウマ

出 走 者 名

八神俊一コメント

乙名史悦子コメント

1

1

ファインモーション

今年の秋華賞覇者。二千を超えての

勝利はなく、二千五百のレースに耐

えうるだけのスタミナがあるとは考

えにくい

秋華賞ウマ娘。トップスピードには

光るものがあるものの、シンボリル

ドルフとの先行争いが避けられない

のは厳しい

2

シンボリルドルフ

三年前の有馬覇者。スピードが抜き

んでており押し出されるようにして

逃げて勝つ。ただし休養前の有馬

敗れており、キャリアを鑑みても高

い評価はできないか

七冠ウマ娘は未だに健在。内枠の有

利もあり、グランプリレース慣れし

た走りに期待を持てる。対抗候補の

大半が内にいないのは好都合

2

3

ゴールドシップ

海外戦線上りで宝塚を制するなど、

非常にタフなウマ娘。しかし日本の

高速バ場に合わない可能性も否定で

きない。宝塚の勝利をどれだけ重く

見るべきか。今回の有馬を勝利でき

れば実力は本物だが、今のところ飛

び入り参戦の海外ウマ以上の評価は

できない

本レースの予想問題児筆頭。欧州で

結果を残したことからパワーは充分

と見ていいが、本人のやる気と調子

に大きな波がある。ポテンシャルは

本物なので有馬に向けてどこまで調

整できているか次第。ハマれば三冠

ウマ娘たちを差し切りうる

4

セイウンスカイ

圧倒的逃げウマ。スペシャルウィー

クに全ての場面で逃げ負けており、

高い評価は取れない。スペシャルを

高く評価するか、あるいはオッズの

ついたスペシャルの代わりにカラマ

せるなら選択の余地はある

メイクデビュー以降全レースでスペ

シャルウィークに次ぐという成績。

ダービーではハナ差5cmと決して劣

らない実力を見せており、無視でき

ない。しかし菊花賞では不調が目立

ち、どちらかと言えば要注意枠

3

5

エアシャカール

皐月賞・大阪杯と二千二百以下で見

事な追い込みで勝利している。しか

しそれ以外では振るわず。早熟傾向

がみられるため、今回は厳しいか

浮き沈みが激しく、勝つときと負け

るときの差が大きい。今回は後方の

ポジション争いが激しくなることも

予想され、それを切り抜けたうえで

前を目指すのは相当難しい

6

メジロブライト

天皇賞(春)・京都大賞典で勝利を

飾るなど、長距離の勝利とそれ以外

の敗戦が目立つ。長距離の戦績だけ

を見てスタミナがあると判断するの

は早計だが、違うタイプの長距離戦

で成績が良いのは高評価。オッズは

不釣り合いなほど良い

長距離で最も輝くウマ娘。彼女から

見れば有馬も短めの距離になる。エ

ンジンが掛かりきる前にレースが終

わってしまうパターンさえ避けられ

れば掲示板も見えるが、中山での末

脚勝負は不利か

4

7

エルコンドルパサー

マイルから長めの中距離まで幅広く

勝利。今回が本格的な長距離戦とし

ては初参戦で、本人にとっても陣営

にとっても適正距離・バ場が見えて

いない状態での出走と思しく今回は

あくまで叩きと見られる

これまではマイラーと見られていた

が、ジャパンカップの勝利は見事。

スピード・パワー共に申し分なく中

山での勝利もある。一方でスタミナ

は未知数であり、距離延長がどう響

くかは判断し難い

8

スペシャルウィーク

クラシック最強ウマ娘。デビュー以

来ここまで全勝。少々過大評価の気

があるが、実力は本物か。もうすで

にシニアとの初顔合わせも済んでお

り、勝利に向けて視界良好。脚質も

評価基準に合致

ここまで無敗の五冠ウマ娘。文句な

しの同期最強であり、シニアの名立

たる面々にも勝利している。どこか

らでもレースができる脚質もさるこ

とながら、キレ味のある末脚と揺る

がないロングスパートを使い分けら

れるのは驚異的。大本命と言える

5

9

エイシンフラッシュ

昨年のダービー覇者。天皇賞(春)

も好走するなど高評価だが、ジャパ

ンCでの敗北が気がかりなところ

本年は勝ちきれないレースが続く。

前々走・前走では掲示板を外してお

り、不調の只中か

10

ハッピーミーク

戦績を見ると、全体的にマイル向き

という印象。スタミナがモノを言う

有馬の距離は合わないのでは

マイルでは歴戦のシニア組とも張り

合える実力だが、中距離以上は現状

スタミナ不足。有馬での掲示板入り

は厳しい

6

11

エアグルーヴ

二千前後で一番輝くウマ娘。中長距

離でも勝ち鞍はあるものの、中長距

離が主戦場のクラシック路線組との

混合では厳しいか

前々走の天皇賞(秋)は素晴らしい

走り。これまで掲示板を外したこと

はなく、シニアとしてはスペシャル

ウィークと二度以上対戦した唯一の

ウマ娘。若干のパワー不足だけが気

になるところ

12

グラスワンダー

マイル以上の距離に壁がある。エリ

女では勝利できたが、果たして有馬

の距離に通用するか

マーク戦術が成功したレースでは良

好な成績。唯一失敗した毎日王冠で

は大きく沈んだので、闘争心が強く

好走にはライバルが必要か

7

13

マチカネフクキタル

長距離で驚異的な結果を残したが、

近走では振るわず。既にピークは終

わったとみるべきだろう

勝利したレースは全て凄まじい差し

足を見せる一方、負けるレースは見

所なく沈むことが多い。応援投票券

をお守りにする選択肢はある

14

メジロドーベル

オークスの勝利など、長めの中距離

に自信があるとみていい。今回も可

能性が無くはないが、距離延長にど

こまで耐えられるか

オークスウマ娘。本年ティアラ組の

中では最もスタミナに余裕がある。

しかしトップスピードには不安が残

る。ハイペースについていけるか

8

15

ナリタブライアン

二年前の三冠・有馬覇者。だが、近

走はいまひとつ振るわず既に最盛期

は過ぎたか。阪神大賞典での勝利は

見事で油断ならないが、現状のとこ

ろ良くて掲示板までか

有馬の優勝経験がある三冠ウマ娘。

パワーは間違いなく今回の面子でも

飛びぬけており、その他基礎的な能

力には全く不安がない。阪神大賞典

のような走りを中山で再び見せる可

能性も充分

16

ヒシアマゾン

オークスや京都大賞典の勝利など、

それなりに中長距離が得意。過去の

有馬は勝ちきれないレースが続いた

が果たして

パワーはあるが、有馬を勝ち切るた

めにはスタミナがあと一歩足りない

印象。終盤の競り合いには強いので

それを活かせれば

ウマ

出走者名

八神俊一

コメント

乙名史悦子

コメント

1

1

ファインモーション

今年の秋華賞覇者。二千を超えての

勝利はなく、二千五百のレースに耐

えうるだけのスタミナがあるとは考

えにくい

秋華賞ウマ娘。トップスピードには

光るものがあるものの、シンボリル

ドルフとの先行争いが避けられない

のは厳しい

2

シンボリルドルフ

三年前の有馬覇者。スピードが抜き

んでており押し出されるようにして

逃げて勝つ。ただし休養前の有馬

敗れており、キャリアを鑑みても高

い評価はできないか

七冠ウマ娘は未だに健在。内枠の有

利もあり、グランプリレース慣れし

た走りに期待を持てる。対抗候補の

大半が内にいないのは好都合

2

3

ゴールドシップ

海外戦線上りで宝塚を制するなど、

非常にタフなウマ娘。しかし日本の

高速バ場に合わない可能性も否定で

きない。宝塚の勝利をどれだけ重く

見るべきか。今回の有馬を勝利でき

れば実力は本物だが、今のところ飛

び入り参戦の海外ウマ以上の評価は

できない

本レースの予想問題児筆頭。欧州で

結果を残したことからパワーは充分

と見ていいが、本人のやる気と調子

に大きな波がある。ポテンシャルは

本物なので有馬に向けてどこまで調

整できているか次第。ハマれば三冠

ウマ娘たちを差し切りうる

4

セイウンスカイ

圧倒的逃げウマ。スペシャルウィー

クに全ての場面で逃げ負けており、

高い評価は取れない。スペシャルを

高く評価するか、あるいはオッズの

ついたスペシャルの代わりにカラマ

せるなら選択の余地はある

メイクデビュー以降全レースでスペ

シャルウィークに次ぐという成績。

ダービーではハナ差5cmと決して劣

らない実力を見せており、無視でき

ない。しかし菊花賞では不調が目立

ち、どちらかと言えば要注意枠

3

5

エアシャカール

皐月賞・大阪杯と二千二百以下で見

事な追い込みで勝利している。しか

しそれ以外では振るわず。早熟傾向

がみられるため、今回は厳しいか

浮き沈みが激しく、勝つときと負け

るときの差が大きい。今回は後方の

ポジション争いが激しくなることも

予想され、それを切り抜けたうえで

前を目指すのは相当難しい

6

メジロブライト

天皇賞(春)・京都大賞典で勝利を

飾るなど、長距離の勝利とそれ以外

の敗戦が目立つ。長距離の戦績だけ

を見てスタミナがあると判断するの

は早計だが、違うタイプの長距離戦

で成績が良いのは高評価。オッズは

不釣り合いなほど良い

長距離で最も輝くウマ娘。彼女から

見れば有馬も短めの距離になる。エ

ンジンが掛かりきる前にレースが終

わってしまうパターンさえ避けられ

れば掲示板も見えるが、中山での末

脚勝負は不利か

4

7

エルコンドルパサー

マイルから長めの中距離まで幅広く

勝利。今回が本格的な長距離戦とし

ては初参戦で、本人にとっても陣営

にとっても適正距離・バ場が見えて

いない状態での出走と思しく今回は

あくまで叩きと見られる

これまではマイラーと見られていた

が、ジャパンカップの勝利は見事。

スピード・パワー共に申し分なく中

山での勝利もある。一方でスタミナ

は未知数であり、距離延長がどう響

くかは判断し難い

8

スペシャルウィーク

クラシック最強ウマ娘。デビュー以

来ここまで全勝。少々過大評価の気

があるが、実力は本物か。もうすで

にシニアとの初顔合わせも済んでお

り、勝利に向けて視界良好。脚質も

評価基準に合致

ここまで無敗の五冠ウマ娘。文句な

しの同期最強であり、シニアの名立

たる面々にも勝利している。どこか

らでもレースができる脚質もさるこ

とながら、キレ味のある末脚と揺る

がないロングスパートを使い分けら

れるのは驚異的。大本命と言える

5

9

エイシンフラッシュ

昨年のダービー覇者。天皇賞(春)

も好走するなど高評価だが、ジャパ

ンCでの敗北が気がかりなところ

本年は勝ちきれないレースが続く。

前々走・前走では掲示板を外してお

り、不調の只中か

10

ハッピーミーク

戦績を見ると、全体的にマイル向き

という印象。スタミナがモノを言う

有馬の距離は合わないのでは

マイルでは歴戦のシニア組とも張り

合える実力だが、中距離以上は現状

スタミナ不足。有馬での掲示板入り

は厳しい

6

11

エアグルーヴ

二千前後で一番輝くウマ娘。中長距

離でも勝ち鞍はあるものの、中長距

離が主戦場のクラシック路線組との

混合では厳しいか

前々走の天皇賞(秋)は素晴らしい

走り。これまで掲示板を外したこと

はなく、シニアとしてはスペシャル

ウィークと二度以上対戦した唯一の

ウマ娘。若干のパワー不足だけが気

になるところ

12

グラスワンダー

マイル以上の距離に壁がある。エリ

女では勝利できたが、果たして有馬

の距離に通用するか

マーク戦術が成功したレースでは良

好な成績。唯一失敗した毎日王冠で

は大きく沈んだので、闘争心が強く

好走にはライバルが必要か

7

13

マチカネフクキタル

長距離で驚異的な結果を残したが、

近走では振るわず。既にピークは終

わったと見るべきだろう

勝利したレースは全て凄まじい差し

足を見せる一方、負けるレースは見

所なく沈むことが多い。応援投票券

をお守りにする選択肢はある

14

メジロドーベル

オークスの勝利など、長めの中距離

に自信があるとみていい。今回も可

能性が無くはないが、距離延長にど

こまで耐えられるか

オークスウマ娘。本年ティアラ組の

中では最もスタミナに余裕がある。

しかしトップスピードには不安が残

る。ハイペースについていけるか

8

15

ナリタブライアン

二年前の三冠・有馬覇者。だが、近

走はいまひとつ振るわず既に最盛期

は過ぎたか。阪神大賞典での勝利は

見事で油断ならないが、現状のとこ

ろ良くて掲示板までか

有馬の優勝経験がある三冠ウマ娘。

パワーは間違いなく今回の面子でも

飛びぬけており、その他基礎的な能

力には全く不安がない。阪神大賞典

のような走りを中山で再び見せる可

能性も充分

16

ヒシアマゾン

オークスや京都大賞典の勝利など、

それなりに中長距離が得意。過去の

有馬は勝ちきれないレースが続いた

が果たして

パワーはあるが、有馬を勝ち切るた

めにはスタミナがあと一歩足りない

印象。終盤の競り合いには強いので

それを活かせれば

*1
2021年12月上旬時点での最高記録は全国競馬連盟時代のクリフジ(生涯成績11戦11勝、生涯無敗最多勝記録としては唯一)ほか4名。日本中央ウマ娘競走協会(URA)設立後の最高記録はトキノミノル(生涯成績10戦10勝)及びスペシャルウィーク(現在10戦10勝)の2名。

*2
月刊トゥインクル2021年12月号巻頭に掲載。




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ベルノライトは祈らない

 雨粒がベルノライトの傘を強く叩き続ける。ぽつりぽつりと降る程度ならば雨音にも風情があるが、こうもどしゃ降りだとただただ耳障りな音の集合体でしかない。

 

 12月26日、第5回中山開催8日目。レースが開催される天候としてはおよそ最悪に近い状況で、有馬記念が始まろうとしていた。

 

 先々週あたりの時点から既に、年末の中山レース場が荒天に見舞われる可能性は指摘されていた。当然彼女もそれを承知していたし、スペシャルウィークや陽室と打ち合わせた上で対策を考えてトレーニングもしてきた。だが、このレベルの大雨は流石に想定外だ。

 

 それでも、観客席の最前列を陣取るベルノライトの周囲には大勢の観客が傘を持って発走の瞬間を今か今かと待ちわびている。流石は一年の総決算たるグランプリ、有馬記念といったところか。

 

 実のところ、ベルノライトがこうして観客席に居座る必要性は薄い。出走ウマ娘のチーム関係者である都合上、彼女にはスタンドの一角に設けられた関係者席への進入許可証が与えられているからだ。特に彼女はただの関係者ではなく明確なチームメンバーなので、関係者席どころか控室にもスタッフルームにも入ることが許されている。

 

 そんな彼女がわざわざ傘を差してまでここにいる理由は大きく分けてふたつ。

 

 ひとつは陽室にそうすることを勧められているから。『スタッフルームよりも関係者席を、関係者席よりも一般の観客席を。貴女にはその方が好ましいでしょう』というのが陽室の弁だ。正直なところベルノライトはその発言の意図を未だに掴みかねているが、殊更反対する理由もなかったので言われた通りにしている。

 

 そしてもうひとつの理由は、他ならぬベルノライト自身が観客席やそれに近い場所での応援を好んでいるからだ。

 

 名前も知らない観客達の歓声に包まれながら、自らも声を張り上げて必死に応援する。それこそがレース観戦の醍醐味だと彼女は思っていたし、『誰かを応援する自分』が一人ぼっちではないことを確信できる貴重な瞬間でもあるのだ。

 

 他人に話せば、変わった理由だと思われるかもしれない。だが、実際にレース場で走ったことのあるベルノライトにとっては──今更語るべくもないが、彼女はローカル・シリーズのレースを幾度か走り、ついぞ勝利を掴めないままサポートの道を選んだ──レース場という空間自体が孤独を感じさせるものだった。もうレースで誰かと競うことはないのだと理解していても、その感情は未だ拭えないままだ。

 

 ベルノライトがぼんやりと黄昏れていると、スマホの着信音がスカートのポケットから鳴り響く。手に取って確認してみると、LANEの通知だった。

 

「誰から……あ、オグリちゃん」

 

 思わず声が漏れる。

 

 オグリキャップはメールやLANEよりも直接通話するのを好む性格なので、こうしてメッセージを送ってくるのは珍しい。ベルノライトはいそいそとLANEを立ち上げた。

 

『そっちは大雨らしいが、大丈夫なのか?』

 

 シンプルな心配の言葉。電話をかけてこなかったのは、発走直前であることを慮ってだろうか。

 

『大丈夫だよ』

 

 そう打ち返してから、ベルノライトは遠く離れたスターティングゲートを見やる。

 

 普段でも遠すぎて肉眼では見えづらいレベルの距離だが、こと今日に至っては大雨による視界不良も相まって、ゲート前の様子はろくに確認できない。

 

 色とりどりの勝負服で辛うじて判別が付かなくはないが、動き回っている影の中に白と紫の勝負服は見当たらない。余計な消耗を避けるために、スペシャルウィークは早々ゲートの中に入ったのだろう。

 

『スペちゃんは雨でも雪でも走れるから、むしろラッキーかも』

 

 一言だけではそっけないので、付け加えて送信しておく。もちろん、実際のところはラッキーとは言い難い。練習中にスペシャルウィークが悪天候をそこまで苦にしなかったのは事実だが、レース本番で練習通りにいかないなどということは日常茶飯事だ。

 

 そのうえ先にも述べたように、こんな土砂降りはベルノライトにとってもスペシャルウィークにとっても当然想定外である。流石の陽室も今回ばかりは想定外だったようで、不良バ場のレースデータを真面目にかき集める様子をベルノライトは少し前に目撃していた。

 

『なら、スペは勝てるな』

 

 オグリキャップらしいあっけらかんとした言葉にくすりと笑ってしまう。

 

 どのようないきさつで知り合ったのかは定かでないが、オグリキャップはスペシャルウィークと以前から親交があったらしい。オグリキャップがカサマツに戻って以降も、二人は度々連絡を取り合っているという。そんな事情もあってか、ベルノライトがチームテンペルのサポーターとなったときにも、オグリキャップはいっそ大袈裟なほどに祝福してくれていた。

 

『スペちゃん、オグリちゃんと同じくらい強いからね』

 

 競走ウマ娘の強さを比較するのは……特に全盛期が被らず、同じレースに出ることのなかったウマ娘たちの強さを比較するのはあまり意味のないことだ。比較されることに良い顔をしない者も少なくはない。

 

 それでも、ベルノライトにとって強さの象徴とはすなわちオグリキャップだ。スペシャルウィークの隔絶した走りを目の当たりにしてもなお、その基準は変わっていない。

 

『いや、今のスペは私よりも強い。ベルノのサポートを受けてるから』

 

 だからこそ、オグリキャップが送り返してきた言葉にベルノライトは浮き足立った。

 

「……ずるいよ、オグリちゃん」

 

 凍えるほどの寒さを全身で感じながらも、ベルノライトは自分の顔が少しだけ熱くなっていることを自覚した。その理由は嬉しさか、気恥ずかしさか、あるいはその両方か。

 

 どう返事するか一瞬だけ悩んで、結局ベルノライトは『ありがとう』とだけ打ってからスマホをポーチの中に放り込んだ。

 

 それとほぼ同じタイミングで、ベルノライトから少し離れた場所の話し声が聞こえてくる。

 

「レースを開催できるのが不思議なほどの雨……この有馬は間違いなく荒れるぞ」

「どうした急に」

 

 傘を片手に突如解説を始めたメガネの男性に、パーカーの男性が冷静なツッコミを入れた。雨音で若干聞こえにくくはあったが、それでもウマ娘たるベルノライトの耳にはしっかり届いていた。

 

「横風が相当なものだったり、あるいは大雪で走るのもままならないような状況にならない限り、悪天候でもレースは開催される。だが、ウマ娘にとっては太陽が照りつける真夏のレースよりも厳しい環境だ」

「そりゃそうだよな……時速数十キロで全力疾走してたら、雨粒が冷たいどころか雨粒が当たるだけで痛いに決まってる」

 

 彼らが口にした言葉は的確だった。メガネの男性はなおも続ける。

 

「前のウマ娘を雨除けにするにも限度があるし、足元のコンディションが最悪なこの状況でお互いが接近しすぎれば、事故の可能性も跳ね上がる。そして極め付けに、冷え切った外気と雨に濡れた勝負服が余計にスタミナを奪っていく。ただでさえ持久力が必要な中山の2500、そこにダメ押しのスタミナと普段求められる以上のパワーを兼ね備えていないと今日の掲示板争いには食い込めないだろう」

「しかも、これほどの不良バ場でレースを走った経験のあるウマ娘はいない……クラシック勢に至っては、稍重や重の経験すらない子が大半。そう考えると、やっぱり本命はシニア勢かつパワーもスタミナもあるウマ娘か。スペシャルウィークを始めとするクラシックの面々には厳しい戦いになるわけだ」

 

 互いに頷きあう二人。しかしまとまりかけた会話に待ったをかける声が響く。

 

「スペシャルウィークさんは負けないもんっ! インタビューでも雨は大丈夫って言ってたし!」

 

 声の主は、彼らの隣でターフを覗きこんでいた黒いショートヘアの幼いウマ娘だ。その横には彼女と同年代であろう、亜麻色のロングヘアが特徴的なウマ娘もいる。二人揃ってウマ娘用の合羽を着こんでいる。

 

「ご、ごめん!」

 

 ふくれっ面の少女に謝罪する男性二人。

 

「もう、キタちゃんったら」

「だってスペシャルウィークさんが勝ったら年間無敗だよ? 菊花賞だってあんなに強かったんだもん、絶対勝てるよ!」

「……うん、きっと。『三冠ウマ娘はその年のうちに必ず一回は負ける』ジンクスなんて、きっと破ってくれるよね」

 

 そう言いながら期待に満ちた瞳でレース開始を待つ少女たちを見て、メガネの男性もパーカーの男性も微笑ましいものを見守るように笑みを浮かばせた。

 

 一方のベルノライトは、幼いウマ娘の片方が口にした言葉に意識を引き寄せられていた。

 

「ジンクス……」

 

 トゥインクル・シリーズにおいて囁かれているジンクスは、それこそ数え切れないほどに存在する。例えば『青葉賞ウマ娘はダービーウマ娘になれない』などは典型的にして最も有名なジンクスのひとつだ。

 

 しかし実のところ、ジンクスと呼ばれて不思議がられている話の中には、その理由を推測できるものもある。青葉賞ウマ娘がダービーを勝てないという話はこれまた典型例であり、『青葉賞の疲労がダービーまでに抜けきっていない』『そもそも強いことがわかっているウマ娘なら皐月賞に挑み、そこから直接ダービーに行く』といった理由を想定することができる。

 

 また、破られたことによってジンクスではなくなった話も数多い。例えば『弥生賞ウマ娘は皐月賞ウマ娘になれない』というジンクスはここ数年で複数のウマ娘たちによってあっさりと覆され、最早過去の言葉となった。

 

 クラシックレースとそれに挑戦するためのステップレースという関係性は同じだが、弥生賞は青葉賞と違い、クラシックレースを勝てる強いウマ娘が叩きで出走し、そのまま勝ってしまうというパターンが度々起こる。特にここ数年は強いウマ娘が異様に多いので、自然とジンクスとは呼ばれなくなっていったというわけだ。

 

 翻って、『三冠ウマ娘は年内に必ず一度以上負けている』というジンクスは確かに存在する。しかも、その明確な理由は明らかでない。

 

 クラシック三冠を獲るほどのウマ娘でも、不思議とその快進撃の最中、あるいはその後に敗北を経験している。無敗でクラシック三冠ウマ娘となったシンボリルドルフですら、直後のジャパンカップでは敗北を許しているのだ。付け加えれば、トリプルティアラウマ娘にまで対象を広げてもこのジンクスは破られていない。

 

 そして、今日のスペシャルウィークはこのジンクスを破るか否かの岐路に立っている。

 

「……スペちゃん。私に、みんなに……見せて」

 

 傘を持つ自分の手がこわばっていることにベルノライトは気付いていた。レース直前の独特な緊張感。期待よりも畏れが先行している。あまり良くない兆候だ。

 

 サポーターであるベルノライトの役割は、レース本番の前にすべて終わっている。あとは見守り、そして応援することしかできない。しかしその事実を悲観したことはないし、そんな自分を無力だと思ったこともない。自らのサポートを力に変えて、自らの応援を背中に受けて、ウマ娘たちが走ってくれるからだ。

 

 かつてオグリキャップは夢を見せてくれた。ベルノライトはその輝きに照らされて、オグリキャップと共に夢を祝福した。ならば、スペシャルウィークは何を見せてくれるのか。彼女の輝きはあまりにも眩くて、見た者全ての瞳を焼いてしまうのではないだろうか。

 

 ベルノライトの緊張は、スペシャルウィークが負けるかもしれないという心配からではない。

 

 確かに不安要素を挙げればキリがない。

 

 スペシャルウィークに対するマークが今までのあらゆるレースよりも苛烈になることは間違いない。ここを勝てば、デビュー以来彼女が積み重ねてきた連勝数は11。トゥインクル・シリーズの連勝最多記録タイだ。ましてやそれらの白星には五つのGIレース、そしてクラシック三冠の栄誉が含まれている。

 

 また、今日のレースは彼女の他にも三冠ウマ娘があと二人参戦する『三冠ウマ娘の三つ巴対決』でもある。三冠ウマ娘が近い時期に生まれるだけでも極めて珍しいのに、それが三人揃って同じレースを走るなどもうあり得ないかもしれない。

 

 そしてこの不良バ場。ベルノライトは今日のためにスペシャルウィークの蹄鉄を再調整してきたし、降雨予報が確定的になってからはそれに合わせてグリップ性能を強めたり、わざと鉄頭部を削って前傾姿勢でも接地面を増やせるようにするといった改造も突貫作業でこなしていた。しかしそれらが実際のレースで上手く機能するかは未知数だ。

 

 ここまで様々な条件が積み重なってもなお、ベルノライトはチームテンペルの一員としてスペシャルウィークの勝利を疑ってはいない。

 

 ならば、この期待もこの畏れも本質的には何も違わない。ただ、スペシャルウィークの走りに対して無意識に抱いている感情に過ぎないのだ。

 

『大雨が波乱を生むか、年末中山のグランプリレース。数多の夢を背負いしウマ娘たちが挑む有馬記念、まもなく出走となります!』

 

 ゲートに収まっていく出走ウマ娘の面々。その様子が、つい先ほどよりもいくらか鮮明に見えている────雨の勢いが少し弱まっていた。どのみち芝のコンディションが最悪であることに変わりはないが、走る上では多少マシになるかもしれないとベルノライトは思った。

 

 勝利は祈らない。勝ってほしいという気持ちは本物だし、それを願う誰かの応援がウマ娘を強くすることだってもちろんある。けれども、勝利の応援を祈りにするのは……神様に委ねるのは、他ならぬスペシャルウィークのサポーターとして無責任だ。

 

 ベルノライトは空を見上げた。重い灰色の雲が見渡す限りを覆い、太陽の姿は見えない。

 

「みんな、無事に走りきれますように」

 

 彼女がそう言葉を漏らしてから数秒後。大きな音と共に、スターティングゲートが開いた。



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グラスワンダーは見通せない

 ゲートが開くと同時、一歩目を踏み出す。

 

 わかりきっていたことだが、普段とは比べものにならないほど足元がおぼつかない。気を抜けばあらぬ方向へとスリップしてしまうだろう。続けての二歩目で慎重に感覚を掴みにいく。

 

 これなら走れる。そう確信して、スペシャルウィークは視線を上げた。自分同様に飛び出しているのはすぐ隣のエルコンドルパサー、彼女の向こう側にゴールドシップとシンボリルドルフ。逆サイド、外ラチ側は遠く離れてナリタブライアンとヒシアマゾンか。おおよそ事前の予想通り、パワーがあってバ場を気にせず走れるタイプのウマ娘たちだ。

 

 少し遅れてセイウンスカイが一気にハナを確保しにかかる。その隣のシンボリルドルフはあっさりと先頭のポジションを譲り、ファインモーションとの二番手争いを優位に進めている。これもまた予想していたケースのひとつと言えよう。

 

 スタート直後に差し掛かる3コーナーまでの1ハロンで、一列横並びだった陣形があっという間に縦長のそれに変化していく。

 

 中山の芝2500mはコーナーを6度も回り、急な坂も挟まるコースだ。外を走り続けていてはタイムロスもスタミナロスも激しく、であれば序盤から無理に競り合って外を回るよりは素直に下がって内を回る方がいい。ましてやグチャグチャになった芝や未だ降り止まない雨のことも考えれば、やはり競り合いは悪手だ。

 

 先頭のセイウンスカイはもうコーナーに入っている。少し空いてシンボリルドルフ、その背中をぴったり追いかけるファインモーション。続く四番手と五番手はエルコンドルパサーにエイシンフラッシュ。

 

 さらに2バ身空いてスペシャルウィークが、自分がいる。悪くない展開だと彼女は結論付けた。

 

 以前までの……札幌記念よりも前のスペシャルウィークであれば、ここまでで満足していた。自分自身が作戦通りに好位を確保できていれば、自分自身の走りに支障がなければ、あとは全身全霊を以て走ることに集中すればいい。そうすれば勝てるのだから。

 

 だが、今は違う。『私は理想のウマ娘になる』とゲート内で自分自身が願った以上、今この瞬間のスペシャルウィークにはあらゆるものが視えている。そうでなければならない。

 

 前方、先頭をひた走るセイウンスカイ。ハイペースでリードを広げようとしている。そういうレースメイクを最初から志向していたようだ。とはいえそれは所詮外面に過ぎない。数秒の観察で結論はすぐに定まった。すなわち、セイウンスカイは()()()()()()

 

 これが晴天であったならば、あるいはセイウンスカイも注視すべき対象だったかもしれない。だが、今の彼女は焦っている。予想以上にあっさりとシンボリルドルフが身を引き、先頭でのレースメイクを放棄したからだ。

 

 セイウンスカイとシンボリルドルフが先頭でハイペースな争いをしているように見せてレース全体を浮き足立たせ、後方のウマ娘に『このままでは差しきれない』と思わせる。しかし実際のところは所々で息を入れつつ終盤のスパートに向けたスタミナを確保しておく。それでも差してくるであろうスペシャルウィークに対してはシンボリルドルフがぶつかってくれればいい。その間に自分は逃げ切る。それがセイウンスカイが描いたプランなのだろう。

 

 実のところ、これはシンボリルドルフにとっても決して悪い話ではない。もしも、セイウンスカイの思惑通り終盤に突入したとして……追い上げてきたスペシャルウィークを振り切り、先を行くセイウンスカイを呑み込めば、シンボリルドルフは1着の栄誉を手にすることができるのだから。

 

 セイウンスカイのプランとは、すなわち15人いる競走相手をスペシャルウィークとシンボリルドルフのふたりにまで、あわよくばどちらかひとりに絞り込むプランであり、その先の決着は純粋なスタミナ勝負とするつもりだったのだろう。無論、彼女だけがしっかりとスタミナを残しておくという前提の上で。

 

 だが、シンボリルドルフはそのプランに相乗りしなかった。自らの利が薄いと捉えたか、終盤でスペシャルウィークと一騎討ちさせられることを嫌ったか。それとも、セイウンスカイの戦略自体が崩壊している事実を見抜いたか。

 

 きっと最後の仮定が正しい。スペシャルウィークはそう理解した。

 

 雨、雨、雨。未だ止まず、芝を濡らし身体を打つ水滴。スペシャルウィークにとっては間違いなく天の恵みだったし、セイウンスカイにとっては悪夢だったに違いない。

 

 結局のところ、スタミナだ。スタミナを残さなければ最終局面のスパートも叶わない。トップスピードで言えばセイウンスカイはライバルたちとほぼ同格だが、純粋な加速力には欠ける事は確かなのだ。

 

 したがって、彼女は持ち前のレースメイク技術によって、他者に比べて優位のあるスタミナで勝負できる土俵を形作らねばならなかった。

 

 しかしこうも足場が悪いと普段通りに走ることすらままならないし、思い通りにレースを動かしたところで最後に自分のスタミナが残ってくれない。

 

 だからこそ、偽の先頭争い(フォウニー・ウォー)を行う相手としてのシンボリルドルフが必要だった。レース全体をハイペースに見せかけたうえでスタミナを残すための、お互いの意図を汲んだ上での茶番劇がセイウンスカイにとっては必須だったのだ。

 

 だがシンボリルドルフはそれに乗らなかった。そして、プランがこうして崩れたとしてもセイウンスカイは先頭を譲らない。荒天で他の作戦を封じられた以上、最後までスタミナが残らないと理解していようが、もはや唯一のアドバンテージである先頭位置を離れることはできないのだ。

 

 セイウンスカイのスタミナは途中で尽きる。このレース、彼女は文字通りペースメーカー以上の役割を持てない。普段よりも怜悧(れいり)なスペシャルウィークの思考はそう結論付けた。

 

 続いて視線をシンボリルドルフに移す。今やレース展開の鍵を握るのは先頭のセイウンスカイではなく、二番手につけている『皇帝』だ。

 

 歴戦の猛者にして本レースの有力ウマ娘たるシンボリルドルフに好き勝手レースメイクをさせてはいけない。それを理解しているのかいないのかは定かでないが、彼女の後ろにはファインモーション・エルコンドルパサー・エイシンフラッシュの三人がくっついている。当然のことではあるが、シンボリルドルフをマークしてくれればくれるほど、スペシャルウィークとしてはやりやすいレースになる。

 

 しかし、だ。

 

『ミス・シンボリルドルフがマークされるならば、スペがマークされるのもまた道理です』

『好きに走らせてはくれないと思うから、スペちゃんもその前提でいないとダメだよ』

 

 頼れるトレーナーとサポーターの言葉を思い出す。そう、スペシャルウィークは今やマークされる側のウマ娘なのだ。

 

 一度も振り返って確認してはいないが、それでもわかる。研ぎ澄まされた聴覚が教えてくれる。相当近い場所を走る軽めの足音、そして深めの呼吸音。スペシャルウィークのペースに合わせてきている。グラスワンダーだ。

 

 グラスワンダー以外にスペシャルウィークのことを付け狙っているウマ娘はいないようだった。スタミナを温存し、自分自身のペース維持を優先しているのだろう。そんな中で、グラスワンダーだけがスペシャルウィークを追っている。追いかけられると考えている。

 

 ────スペシャルウィーク(  わたし  )のことを随分と低く見てくれたものだ。

 

 普段の彼女ならばまかり間違っても抱かない感情。気に障るという表現が最も正しいか。例えその相手がグラスワンダーだとしても。いいや、グラスワンダーだからこそ。

 

 心の奥底で、誰かに囁かれた気がした。

 

 第4コーナーの終わり際、迎えるは一度目のスタンド前。外に膨らんでいるウマ娘が自らの後方に続いていないことを確認してから、スペシャルウィークは加速態勢に入る。同時に外側へ一歩二歩と動き、追い抜きの準備も整えた。

 

「……っ」

 

 グラスワンダーの声、というよりも微かな吐息が聞こえる。呼吸が少し乱れたか。

 

 中山名物の急坂を越えきってから、スペシャルウィークは一気に踏み込み、スピードを上げる。言うまでもなく、前方のウマ娘たちを抜き去るためではない。これはグラスワンダーへのメッセージだ。ついてこられるものならついてこい、という明確な挑発。

 

 追いかけてこないならそれで構わない。スペシャルウィークは先行策だってこなせるのだし、『抜き去るためではない』と言いつつも、シンボリルドルフを始めとする先行組に対する牽制の一手にもなる。どのみち、彼女らはスペシャルウィークを無視するわけにはいかないのだから。

 

 そして、もしもグラスワンダーが追いかけてくるのであれば……彼女が支払う代償は、すこぶる重いものになるだろう。

 

 先程まで2バ身の空きがあったエイシンフラッシュの姿が横目に見えてきたタイミングで、スペシャルウィークの背後に陣取る足音が大きくなる。勢いよく、強くターフを蹴り込む音。グラスワンダーが挑発に乗ったのだ、とスペシャルウィークは理解した。

 

 ならば、とスペシャルウィークはさらに加速。本来ならばラストスパートで晒すべき速度を、まだ半分と走っていないこのタイミングで見せつける。エイシンフラッシュの姿が消え、続いて四番手になっていたファインモーションを抜き去り、さらにその前のエルコンドルパサーを少し追い越したかどうかという位置にまで辿り着く。

 

 スペシャルウィークがこんなところまで来ても、グラスワンダーは背中をぴったりと追ってきていた。どうやら彼女は本気でスペシャルウィークを追いかけ続け、そして最後の最後で差し切って勝利を掴み取るつもりらしい。

 

 速度を緩めず、スペシャルウィークはなおも先頭を走るセイウンスカイとの距離を詰める。横を通り過ぎるタイミングで、シンボリルドルフが『不可解だ』という表情を全く隠さずにこちらを見ているのも確認できた。

 

 そしてセイウンスカイはといえば、先程にも増して焦っているのがスペシャルウィークには手に取るようにわかった。中団にいたスペシャルウィークとグラスワンダーがまだレース前半というタイミングでこんな場所に上がってきたのだから、その焦りも当然だが。

 

 セイウンスカイが形作るのは無意識的なハイペース。今のスペシャルウィークにとって、それはこれ以上ないほどに都合の良いものだった。

 

 先頭から少し下がった二番手につけたまま、スペシャルウィークは第1コーナーに差し掛かる。しかし、内ラチ側には寄らない。自分と内ラチの間にもう一人が余裕を持って入れるスペースを残したまま、スペシャルウィークはカーブしたコースを丁寧に曲がっていく。

 

 先も述べた通り、中山の芝2500mで外を回るのは悪手だ。誰だって避けられるならば避けたいに決まっている。まして、スタミナを消費しすぎたと実感しているのならば。

 

 グラスワンダーは背後をちらりと確認した。後方に続くシンボリルドルフ以下先行組のポジションから見るに、これなら内に入っても斜行による進路妨害にはなるまい。スペシャルウィークの背後を追い続け、彼女を雨除けにしながら最後まで駆けるか。あるいは内に入り、スペシャルウィークよりスタミナ面で優位に立つか。

 

 グラスワンダーは後者を選んだ。スペシャルウィークと同条件で勝負してはいけない、ということは身に沁みて理解している。彼女に対しては優位に立っておかないと、そもそも勝負すらさせてくれないのだ。付け加えれば、内にさえ入っておけば先頭のセイウンスカイを雨除けにする選択肢だってあるのだから。

 

 もうそろそろ第2コーナーかというタイミングでグラスワンダーは動いた。一気に内ラチ側へ、そして前へ。スペシャルウィークを内に入れさせないように、彼女と横並びとなる位置へ。想定以上のスムーズさで、まるで誰かが謀ったかのごとく自然な形でそのポジション変更は成功した。

 

 ────まさか。

 

 グラスワンダーの脳裏に最悪の想定が浮かぶと同時、スペシャルウィークが動いた。

 

 彼女の姿が一歩下がる。彼女が速度を落としている。つまりそれは、グラスワンダーがスペシャルウィークの前を走る構図になるということ。その思考に至って、グラスワンダーの直感が警鐘を鳴らした。このままでは()()()()()()()()

 

 初志貫徹、スペシャルウィークを追って下がるべきか? しかしここまで彼女の走りに従い、食らいついてこの場所までやってきたがために、グラスワンダーのスタミナにはもう余裕がない。ここで下がってしまえば、また先頭に戻ってくるような余力はない。ましてや、最終直線でスパートする余裕など。

 

 では、下がるスペシャルウィークを無視して二番手を維持するのか? 彼女を最初から最後まで追い続けるとずっと決めていた自分が、みすみす彼女を見逃しても本当に構わないのか? 彼女という指針を見失って、本当に自分はゴールまで駆けることができるのか? 

 

 グラスワンダーが悩めば悩むほど、スペシャルウィークの姿が視界から消えていく。

 

 そもそも、そもそもだ。中団から先頭集団にいきなり上がり、かと思えば中盤のタイミングでまた後ろに下がっていく。そんなめちゃくちゃの走りをしておいて、当のスペシャルウィークは本当にスタミナが尽きないのか? 

 

 彼女とてウマ娘だ。スタミナもいつかは尽きるし、全力でスパートできる時間にも限りがある。事実、日本ダービーでは終盤に苦しそうな素振りを見せていた。すなわち、彼女にも限界というものはある。あるはずなのだ。

 

 グラスワンダーは覚悟を決めた。

 

 マーク対象をセイウンスカイに変更。このまま二番手で突き進み、最後の最後で差し脚を使ってギリギリの勝利を掴み取る。今や、活路はそこにしかないのだから。



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キタサンブラックは気づかない

「一体何が起こっているんだ!?」

「わからない! 今言えるのは、スペシャルウィークは掛かったわけじゃなかったってことだ!」

 

 メガネの男性とパーカーの男性が巨大なスクリーンを見ながら叫ぶ。その声を聴きながら、黒いショートヘアのウマ娘は双眼鏡を覗き込んでスペシャルウィークの姿をずっと追い続けていた。

 

「スペシャルウィークさん、すごい……!」

 

 レースも中盤。向正面に入り、コーナーでは鳴りを潜めていた競り合いが一気に顕在化している。しかしそんな中でも、スペシャルウィークは顔色ひとつ変えずに三番手を堅持していた。

 

 普段はキュートで穏やかで、それでいてまっすぐで。なのにレース中はクールでかっこよくて、誰にも負けないような強さを見せつけて。そんな彼女の二面性に少女は強く惹かれていた。スペシャルウィークの見せるレースとステージに魅了された、と言い換えてもいい。

 

「あっ、ブライアンさんがスパートしてる!」

 

 隣で同じように双眼鏡を覗いていた亜麻色ロングヘアのウマ娘が──気心知れた、少女の親友である──そう言ったのが聞こえてきて、少女はスペシャルウィークから視線を外した。

 

「どこ!? どこにいるの!?」

「真ん中あたりだよ! ミークさんが抜かれて……エアグルーヴさんも抜かれてる! たった数秒で……!」

 

 慌ててスペシャルウィークの後方を見てみれば、確かにナリタブライアンの姿がそこにはあった。怒涛の勢いで直線を駆けるその姿は、まさしく怪物のそれだ。

 

「ナリタブライアン、こんな早くからギアを切り替えて大丈夫か!? 終盤に失速するぞ!」

「いいや、このタイミングじゃないと間に合わないんだ! 足場が悪すぎる上にスペシャルウィークが前すぎる!」

 

 少女はトゥインクル・シリーズを夢見てはいるものの、決してレースそのものや戦術について詳しいわけではない。だが二人の解説のおかげで、ウマ娘たちが何を考えながら走っているのかは理解することができた。

 

 じりじりとナリタブライアンが前との距離を詰めていく。しかし彼女の目前にはエイシンフラッシュとファインモーションの姿があった。

 

「ブライアン、完全にブロックされてるぞ!」

「おい、後方から追い上げだ! フクキタルとヒシアマが加速態勢に入ってる!」

「冗談だろ!? 二人してここからロングスパートする気か!?」

「マジだよ、ゴルシももう来てる!」

「……だとしたら、このままじゃブライアンは身動きできなくなるぞ!」

 

 今や戦況は混沌を極めていた。誰か一人が仕掛け始めるとそれに呼応して、あるいは焦って他の誰かもまた行動を始める。少女は誰を見るべきかわからなくなって、結局スペシャルウィークに視線を戻すことにした。

 

 少女がスペシャルウィークを応援するようになったのは皐月賞からのことだ。だが、その頃と比べると今のスペシャルウィークは全く違う走りをするようになったと少女は感じていた。

 

 まず第一に、表情を出さなくなった。毎日王冠以降ずっと、スペシャルウィークはレース中に顔色のひとつも変えずに走り抜けるようになった。その真意を記者に問われたとき、彼女は一言『作戦の内です』と返したのみだ。

 

 そして第二に、変わった走り方をすることが増えた。こちらは日本ダービーのころから時々と言ったところだが、予告なしで大逃げしてセイウンスカイ相手に競り勝ったり、かと思えば最後尾から追い込んでサイレンススズカ相手に差し切ったり。『奇を(てら)わない王道の走り』などと囃し立てられていたスペシャルウィークはどこへやらだ。

 

 そして今日もまた、彼女は感情をひた隠しながら奇妙な走りを見せている。けれども、少女はやはりスペシャルウィークの勝利を疑ってはいなかった。

 

 レースはいよいよ終盤戦。未だ先頭を守るセイウンスカイが第3コーナーへ入り、続くはグラスワンダーとスペシャルウィーク。そしてその外から迫り来る影がひとつ。

 

「ルドルフが動いたぞ!」

 

 解説がなかろうと、その一言だけで充分だった。ここまでずっと目立った仕掛けをせずにいたシンボリルドルフが、ついに先頭を狙って牙を剥いたのだ。

 

 しかし、急転直下の展開はそれだけでは終わらない。

 

「ブライアンも上がってきた!」

「そんな馬鹿な、あそこからどうやって!?」

「ド真ん中をぶち抜いたんだよ!」

 

 先程まで行く手を阻まれていたはずのナリタブライアンが、その規格外のパワーを以て殴り込んでくる。『皇帝』には負けられないと言わんばかりに、『怪物』が名乗りを挙げたのだ。

 

「このままじゃ……このままじゃ、スペシャルウィークさんが呑み込まれちゃう」

 

 少女の親友がそうぼそりと呟く。

 

「ううん、違うよダイヤちゃん」

「え?」

 

 少女の否定に返ってくるのは困惑の声。

 

「呑み込むのは、スペシャルウィークさんだよ」

 

 そう断言した少女の声は、若干上擦っていて。その言葉は、スペシャルウィークに魅入られた者のそれだった。

 

「キタちゃん……?」

「ほら、見てて」

 

 シンボリルドルフとナリタブライアンが一気にスペシャルウィークを追い抜いていく。グラスワンダーとセイウンスカイは抜かれまいと必死だが、もはや時間の問題か。

 

 だが、後方から追い上げてくるウマ娘たちの集団がここで一瞬途切れた。割り込んでも危険走行とはならない、わずかなタイミング。スペシャルウィークはそれを見逃さなかった。

 

 軽いステップでも踏むかのように、スペシャルウィークが外ラチ側に二歩三歩と寄る。

 

「来るよ、スペシャルウィークさんが」

 

 少女の言葉と共に、先頭集団を猛追するエルコンドルパサーたちの前にスペシャルウィークは躍り出る。

 

 そして次の瞬間、スペシャルウィークの姿は()()()()()()()()()()にあった。

 

「…………え?」

 

 少女の親友が呆然とした声を漏らす。

 

 確かに見ていたはずなのに。間違いなく彼女を見ていたはずなのに。彼女はいつ加速した? いつ速度に乗って、ナリタブライアンに並んだ? 

 

「……なあ、今さ」

「……()()()よな?」

 

 彼らがそう誤認するのも仕方のないことだった。スペシャルウィークはまさしく飛ぶように脚の力を使い、瞬発的な加速力を無理やり得たのだから。

 

 それがどれだけ脚に負担をもたらすのかはもちろん言うまでもない。いくら怪我知らずの身体を持つスペシャルウィークであっても、無策のままに行えば足首の骨が砕けるかもしれないものだった。もっとも、衝撃を吸収して逃がすことに特化した特異なシューズや蹄鉄をわざわざ用意していたのならば……話は別かもしれないが。

 

 少女はふと思い出した。あれは確か、スペシャルウィークを応援し始めて、彼女がこれまでに走ったレースの映像を漁っていたときのこと。ホープフルステークスを勝ったときの記者会見で、終盤の見事な差し切りについて記者に問われたスペシャルウィークはこう言っていた。

 

『トレーナーさんに、飛ぶように走りなさいと言われたので』

 

 スペシャルウィークは既にその答えを示していたのだ。だから自分はスペシャルウィークのことをこうして信じていられるのだ。

 

「いっけぇ、スペシャルウィークさあぁぁん!」

 

 自分が送れる精一杯のエールを声に乗せる。きっと届かないだろうとわかっていても、そうせずにはいられなかった。

 

 しかしそう叫ぶとほぼ同時、少女はほんの一瞬だけ得体の知れない寒気を感じた。

 

「……ッ!?」

 

 誰かに睨まれたような、何かおぞましい視線を確かに向けられた。そんな気がした。思わずレースから目を離して、周囲を見回してしまう。

 

「頑張って、スペシャルウィークさん!」

「勝てる、勝てるぞスペシャルウィーク!」

「俺達に夢を見せてくれ、スペシャルウィーク!」

 

 少女の近くに妙な人影はなかった。そう言い切れるのは、観客席にいる誰もがレースの行方を、走るウマ娘たちを注視していたからだ。少女の親友を始め、自分以外の誰かがその視線を感じたような様子もない。

 

「……気のせい、だよね」

 

 少女は自分にそう呟いた。自分に言い聞かせるためだった。

 

 そう、今はそんなことに気を取られている場合ではない。もうゴールは目前だ。何があろうと見逃すわけにはいかない。

 

 最終コーナー、かろうじて先頭争いをしていたセイウンスカイとグラスワンダーが失速していく。スタミナがついに切れたのだろう。二人とも半ば根性のみで走り続けているような状態だ。

 

 そしてそんな彼女たちを颯爽と追い抜く影がひとつ、ふたつ、みっつ。コーナーが終わり、最終直線に入って横並びになる三人の三冠ウマ娘。

 

 中山の直線は短い。トゥインクル・シリーズを知っているものなら当然知っていることだ。そしてその直線の勝敗を分かつのが中山名物の急坂であることも、やはり常識だろう。

 

 そして、ここに集う観客たちはよく知っている。今日から現役最強の名を欲しいままとする、登り坂も下り坂も苦にせず駆ける三冠ウマ娘の名前を知っている。

 

 スペシャルウィークだ。誰かがそう呟いた。

 

 少女の目には先頭が誰なのか、今ここで誰が抜きんでているのか判別がつかなかった。ただ、スペシャルウィークの走り方が他の二人とは違うことだけが理解できた。

 

 急坂を走るスペシャルウィークの『飛翔』がもたらすのは、まず1秒にも満たない時計の短縮でしかない。しかしそのわずかな時間こそ、彼女の強さを証明するために必要な最後のファクターだった。その事実を見抜いていた者が、果たしてどれだけ存在するのか。

 

 残り100m。まだ横並びだ。

 

 残り75m。まだだ。まだわからない。

 

 残り50m。ほんの少しだけ、彼女が前にいる気がする。

 

 少女は観客席から半ば身を乗り出すようにして、スペシャルウィークのことを視線で追いかけていた。考えるまでもなく、身体がそうしていた。

 

 シンボリルドルフが、ナリタブライアンが、目を見開いている。強敵と競い合える一瞬をただ愉しみ、そして未だ諦めることなく勝利を掴もうとしていた。

 

 スペシャルウィークが目を細めている。証明した勝利の先にある何かを視て、視界が眩んだかのように。それでも彼女は淀みなく駆け抜けようとしていた。

 

 そして、その瞬間は訪れる。

 

『────ゴールイン! 三冠ウマ娘が三人揃ってゴールインだ! 目視では全く判別できません! そして続くはゴールドシップ、さらにセイウンスカイ……』

 

 実況の声が観客の大歓声に掻き消される。そしてそれとは対照的に、少女の心は冷静さを急速に取り戻していく。

 

「すごかったね、ダイヤちゃん」

「うん、本当に、本当にすごかった」

 

 そう言葉を吐きつつ、少女たちは隣の男性二人を見上げる。

 

「……このレースは、後々まで語り継がれるぞ」

「……どうした急に」

 

 その掛け合いに少女は思わず笑ってしまう。こんなときまで彼らは全くブレないらしい。

 

「だってお前もそう思うだろ?」

「そりゃ、まあ、当たり前だよ。……で、だ。誰が勝ったと思う?」

 

 パーカーの男性にそう問いかけられて、メガネの男性は顎に手を当てた。

 

「……正直、わからん。同着だったって言われても納得する。だが、スペシャルウィークが少しだけ抜け出していたような気もする。写真判定を待つしかないだろう」

「だよなあ……」

 

 互いに頷きあう二人。しかしまとまりかけた会話に待ったをかける声が響く。

 

「スペシャルウィークさんだよ」

「スペシャルウィークさんです」

 

 きっぱりとそう宣言する少女たちの、きらきらとした瞳。

 

「……確かに、君たちの言う通りかもしれないな」

 

 メガネの男性がそう言って笑った。パーカーの男性もそれに同意する。

 

「だな。……あれ、ちょっと待て。スペシャルウィークがこっちに来てるぞ」

 

 その言葉に、三人のみならず周囲の観客たちがざわつく。ターフの方に目を向けてみれば、確かにスペシャルウィークがこちらに歩み寄っているではないか。

 

「誰か知り合いが来てるんじゃないか?」

 

 彼ら彼女らは知るよしもないが、確かに近くの観客席にはベルノライトが未だ座している。だが、今のスペシャルウィークが目的としているのはベルノライトではなかった。

 

 ゆっくりと息を落ち着けるようにして歩いてきたスペシャルウィークは、観客席を軽く見まわして……他ならぬ、少女に視線を向けた。

 

 穏やかな笑顔でスペシャルウィークは口を開く。

 

「さっき、私のことを応援してくれたよね? ありがとう」

「……え? え!? ど、どうしてっ」

 

 慌てふためく少女。その反応も当然だろう。

 

「第三コーナーで貴女の声が聞こえたの。不思議だよね、こんなにたくさん人がいるのに……おかげで、迷わずに最後まで走れたから。どうしてもお礼を言いたくて」

「い、いやいやそんな、私は本当にただ応援しただけで……っていうか、どうしてそれが私だって……?」

「声が聞こえてきたほうを見てみたら、貴女と……それから一緒に応援してる人たちがいて。きっとあの子が応援してくれたんだろうなってなんとなく思っただけだよ」

 

 スペシャルウィークの言葉に思わず感極まりそうになる少女だったが、なんとか前を向く。

 

「その、えっと……有馬記念、優勝おめでとうございますっ」

「まだ結果は出てないよ? もしかしたらルドルフさんかブライアンさんかもしれないし」

「ううん、絶対にスペシャルウィークさんです!」

 

 改めてそう力強く宣言する少女に、スペシャルウィークは笑って右手を差し出した。少女もそれに応える。がっしりと握手する二人の姿を、周囲の観客たちは拍手と共に称えていた。

 

 ────もしも。

 

 もしも、少女が声を張り上げて応援したそのときに目を瞑っていなかったら。あるいは、スペシャルウィークが少女の方を見たという事象について、もう少し深く思考を巡らせていれば。

 

 レースの最中に感じた恐ろしい寒気の正体に、少女は思い至ったかもしれない。

 

 


 

 

 机上に積まれた新聞が、バランスを崩してばさりと落ちた。

 

『スペシャルウィーク、有馬記念を制す』

『次に目指すは「天皇賞春秋連覇」』

『海外遠征にも前向き、「凱旋門も検討に値する」』

 

 お堅い全国紙からマイナーなスポーツ紙まで、どれを見てもスペシャルウィーク特集だ。

 

 見れば見るほど溜息が漏れる。溜息を吐くと幸せが逃げるなどとよく言われるが、その点今の自分には幸せらしい幸せなど見当たらないので吐き得だろう。

 

 ベッドの上に寝転んで、腕を組んで、ぼんやり天井を見つめて。有馬記念が終わってから三日間、ずっとそうやって時間を潰していた。普段からサボり魔とはあだ名されているが、こんな気分で惰眠を貪っても心地良くはなれない。それでも身体を動かす気力がいまいち湧かなくて、結局何をするでもなくこうしている。

 

「スペシャルウィーク、黄金世代筆頭、常勝無敗の流星……日本総大将、か」

 

 セイウンスカイの小さな呟きは、誰にも聞かれることのないまま消えていった。



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【2021年】年末戦線を語るスレ Part247【有馬記念】

226:レース場の名無しさん ID:c2S+xmxPM

スペシャル掛かった!?

 

227:レース場の名無しさん ID:2hHKCtkAO

いや、下がってくってことは戦略か?

 

228:レース場の名無しさん ID:Gt0akzS8K

先行組がもう滅茶苦茶

 

229:レース場の名無しさん ID:vfZEQd5VG

グラスワンダーがウンスをマークしてる謎状況

 

230:レース場の名無しさん ID:oZTMam8gK

まじかよ

 

231:レース場の名無しさん ID:jtlOr4r/2

これにあてられてないのブライアンぐらいでは?

 

232:レース場の名無しさん ID:HGOfrtvfh

まじで中継が役立たん、何が起ってるんだこれ

 

233:レース場の名無しさん ID:hDkpxxYRz

なにがどうなったらこうなるん……?

 

234:レース場の名無しさん ID:9GKE0fuk3

ああああああああ、ウンス! もう少しだから!!! もう少しだから逃げて!!!

 

235:レース場の名無しさん ID:5pBSEAA65

スカイとグラスが飲まれてく……!

 

236:レース場の名無しさん ID:o13xQHaJT

三冠対決だ!!!!!

 

237:レース場の名無しさん ID:F3tceY8rD

ブライアン! ブライアン!

 

238:レース場の名無しさん ID:wcNcwa6FY

皇帝ぃいいいいいいい!

 

239:レース場の名無しさん ID:+FrboHWXA

マジで横並びで来たな!?

 

240:レース場の名無しさん ID:r3aO9IW1w

スペシャルウィーク!!!!

 

241:レース場の名無しさん ID:L7eUJ0uD8

誰が勝った!?

 

242:レース場の名無しさん ID:kFbvduypU

マジで差なしで1着が並んでてもおかしくないぞこれ

 

243:レース場の名無しさん ID:dkk39gqZI

写真判定! 写真判定!

 

244:レース場の名無しさん ID:FtQpR57JS

ウンス5着!?

 

245:レース場の名無しさん ID:nE7XdvnK+

あんなへばってて5着に入れるのはスペシャルと別の意味でヤバい

 

246:レース場の名無しさん ID:saLkgrGZU

セイウンスカイ、ガッツみせたなぁ……

 

247:レース場の名無しさん ID:l1qeA+86W

ブライアンの末脚もまだ健在か

 

248:レース場の名無しさん ID:FRJooatRQ

それよりも皇帝よ。あの走りでシニア4期目ってマ?

 

249:レース場の名無しさん ID:pg7ztzLd8

まじで現役最強は譲らんって走りだったが結果マダー?

 

250:レース場の名無しさん ID:wNEzlkbO8

横綱相撲だったし、スペシャルがまた変なことしてるせいで、活躍のわりに印象が薄いシンボリルドルフ

 

251:レース場の名無しさん ID:iG7H2oTKi

それはそう

 

252:レース場の名無しさん ID:KuCOORSMD

結果来たね つ

スペシャルウィーク

ナリタブライアン

シンボリルドルフ

ゴールドシップ

セイウンスカイ

 

253:レース場の名無しさん ID:hgY7uf5Th

スペシャルウィークこれでクラシック期無敗達成か

 

254:レース場の名無しさん ID:oliDq6o4k

また大凶なのでマチカネフクキテナイになります。

 

255:レース場の名無しさん ID:zTEiYrkhv

>>254 フンギャロ

 

256:レース場の名無しさん ID:17xZ/HP2Z

>>254 お前が脱ぐな

 

257:レース場の名無しさん ID:4YK+QjnW/

またSS席だぜひゃっほう

 

258:レース場の名無しさん ID:90xRlO3N0

生涯収支マイナス3億円おじさんを信じて、なんでスペシャルウィークを信じなかったんだ俺は……

 

259:レース場の名無しさん ID:WMDJqMCJN

スぺちゃあああああああん!

信じてたよぉおおおおおお!

 

260:レース場の名無しさん ID:oF1jZRGbm

ブライトにこの激重すぎるバ場はしんどかったか……

 

261:レース場の名無しさん ID:A8Wo4VpUm

ルドルフが3着、皇帝もそろそろ代替わりかなぁ

 

262:レース場の名無しさん ID:uhyPrZRFS

とはいえ、十分スペシャルウィーク相手にも通用することを見せつけたから、しばらく皇帝がリードしてくんじゃない?

 

263:レース場の名無しさん ID:Y0umI/dHB

今日のルドルフ応援投票券はもう家宝ものだな。良く走った。

 

264:レース場の名無しさん ID:vSRLlrktj

皇帝から総大将に切り替わる……軍事政権化するなぁ

 

265:レース場の名無しさん ID:7x519AL3d

軍事政権で草

 

266:レース場の名無しさん ID:c21X/ddmL

>>264 どちらかと言うと寿司屋の店主っぽいが?

 

267:レース場の名無しさん ID:zgN3YHZlZ

>>266 そっちのタイショーではない。すしまみれ!のポーズさせるな

 

268:レース場の名無しさん ID:Css9lJPs3

想像以上にゴルシがワープしててほんとお前そういうとこだぞいっぱいすき。もう少しで三強入りじゃん。

 

269:レース場の名無しさん ID:dnY17Pigl

ブライアンも頑張ってるんだけど、それ以上にクラシック勢が怖すぎる

 

270:レース場の名無しさん ID:koR3vJBg2

グラスってもしかして強い?

 

271:レース場の名無しさん ID:ABq+6NpFU

何を今更

 

272:レース場の名無しさん ID:OtkgvATii

スペシャルがスぺシャルなだけで、他のクラシックもかなりスペシャル

 

273:レース場の名無しさん ID:VGCP6hvSS

それでも掲示板逃すってマ?

 

274:レース場の名無しさん ID:JTNBxSWtg

今日はスペシャルウィークに翻弄されてたけど、それでも8位には入れてるあたり強い

 

275:レース場の名無しさん ID:4EdEuGfnt

あれだけスタミナを序盤に使わされてアレならポテンシャルは十分

 

276:レース場の名無しさん ID:Ifnpwdcg8

問題は作戦の読み違いだから、しっかり対策すれば十分いけるでしょ

 

277:レース場の名無しさん ID:utolDx/4q

>>276 スペシャルウィークへの対策って何をすればいいん?

 

278:レース場の名無しさん ID:m9O6ZWfAL

>>277 さぁ……

 

279:レース場の名無しさん ID:x4e5RTGYz

ゴルシのワープがマジでこわい

いつのまに入着圏内まで上がってきたん?

 

280:レース場の名無しさん ID:TH1nsiZ0T

こんな状況で走るウマ娘もほんとすごいよね

 

281:レース場の名無しさん ID:pU55sSMaR

みんなちゃんとあったかくして。おばちゃん風邪ひきそうで心配よ

 

282:レース場の名無しさん ID:KU8GRp0V/

それはそう。熱いシャワーと大浴場であったまって

 

283:レース場の名無しさん ID:PGmQWZfxl

みかんとこたつとちゃんちゃんこもあるぞ

 

284:レース場の名無しさん ID:nP5coxHf8

こんなクソみたいなバ場で全員が故障なしで走り切ってくれただけでおじさん感激だよ

普通にみんな一等賞並みの栄誉だよこれ

 

285:レース場の名無しさん ID:32imFTioZ

こんな時でもスマイル殿下のメンタルタフネスよ。真っ白の勝負服がドロドロじゃん

 

286:レース場の名無しさん ID:9EpEWVALi

今年の有馬はダートだった? って聞きたいぐらいの汚れ具合。天真爛漫お姫様、ナイストライだったよ!

 

287:レース場の名無しさん ID:rtGaIL7Fb

シャカールも頑張った! このメンツならしゃーない!

 

288:レース場の名無しさん ID:Y5AhNXNKG

八神先生言ったよね!? 本命はメジロブライト! スペシャルウィークは三冠ウマ娘といえども過大評価気味! シニア勢の中だと厳しいって!

 

289:レース場の名無しさん ID:T/7lnvqzX

>>288 言ってないんだよなぁ

 

290:レース場の名無しさん ID:9PMifOtal

>>288 かつてないほどの重バ場が、パワーと勢いで押し切れるスペシャルウィークの走りを支えていました。当然の結果です。

 

291:レース場の名無しさん ID:IDgPl7vkG

>>290 もういい! 私3連単投票券買うのやめる!

 

292:レース場の名無しさん ID:HAFn8GSb5

はい!!!!!!!もうおしまい!!!!!!!トゥインクル・シリーズは完ッ全に辞めた!!!!!!!!これでなーーーんの未練もなく辞められますわ!!!!!!サンキュートレセン学園!!フォーエバートゥインクル!!ファッキューURA!!!!!!!このボケェ!!!!!!!!!ペッペッ!!!!!

 

*この辞めたは参考になりましたか? はい/いいえ

 

293:レース場の名無しさん ID:g6JBpl8OG

>>292 またいつもの人が沸いてる

 

294:レース場の名無しさん ID:yWLZ/lgtt

>>292 いつもの

 

295:レース場の名無しさん ID:6+aI26i7P

>>292 まってた

 

296:レース場の名無しさん ID:lbinuacX7

>>292 まってない

 

297:レース場の名無しさん ID:8KUAXezr+

>>292 もうお前毎秒トゥインクルシリーズやめろ

 

298:レース場の名無しさん ID:jxEwzwD/+

>>297 安心しろ、新春杯で同じ流れが見れるぞ

 

 


 

 

515:レース場の名無しさん ID:fSRjdI14n

というわけで有馬記念がスペシャルウィークの勝利に終わったわけですが

 

516:レース場の名無しさん ID:KhEnHZTZF

終わったわけですがじゃないが

 

517:レース場の名無しさん ID:djHIWfev0

いくらスペシャルでもシニア交じりの有馬で勝てるわけないとか言ってた奴wwwwww

俺だよちくしょう

 

518:レース場の名無しさん ID:vdrUcLf+t

>>517 やめろ

 

519:レース場の名無しさん ID:k0xCIwl72

>>517 いつかのクラシック板で見た

 

520:レース場の名無しさん ID:oKHpQH+wL

いや、さすがにバケモンでしょ

去年の今頃ホープフルを取った時のスぺシャルを見て『うほっ、大型新人が来たな』と言ってたのが懐かしい

 

521:レース場の名無しさん ID:tC4270j/r

今やスペシャル確定ガチャだもんな

 

522:レース場の名無しさん ID:NyYIGyu4c

 

523:レース場の名無しさん ID:hkpiVh+pv

確定ガチャ言うなや

 

524:レース場の名無しさん ID:X/bPIW1i3

たしかにA席以上確定みたいな所あるけどもwww

 

525:レース場の名無しさん ID:mtNqfuMjI

もうスぺ単はもう意味なくて3連単でも当てないとライブSS席入れん。悪徳団体URAは謝罪シル!

 

526:レース場の名無しさん ID:vXlvz6S70

むかしからGIはそうだからあきらメロン

 

527:レース場の名無しさん ID:s8Woh6Z9p

オープンやリステッドしか見ないなら単勝全ブッパ安定。でも重賞以上はやっぱり当てんとタヒ

 

528:レース場の名無しさん ID:oFXCvaQXC

やっぱりスぺを絡ませる羽目になるのよな……結局オッズが悪くなるから限定グッズも手に入りにくいのよね……直筆サイン色紙なんて絶対夢のまた夢なのよスぺちゃん……もう財布すっからかんよこんなん。

 

529:レース場の名無しさん ID:sH0+c9Gbw

>>528 そこに

 

530:レース場の名無しさん ID:7WyNaC9rL

>>528 リボ払いが

 

531:レース場の名無しさん ID:rLTJ+t6Ey

>>528 あるじゃろ

 

532:レース場の名無しさん ID:oFXCvaQXC

>>530 ないです(迫真)

 

533:レース場の名無しさん ID:lAAffspw5

今回は順当に8-15-2の三冠ウマ娘三人だったせいで、3連単はともかく3連複だと普通にオッズが悪いからグッズ抽選もいろいろと分が悪い

 

534:レース場の名無しさん ID:Dnk5RzCuE

大波乱なレース展開の割りには落ち着くべき状況に落ち着いたね

 

535:レース場の名無しさん ID:VUUmt03eA

大波乱だったせいで勝つべきウマ娘だけが上がった感じ

 

536:レース場の名無しさん ID:Q1vEcq8V+

で、またライブの新曲を用意してるらしいわけですが、スペシャル陣営、勝つとしか考えてないだろって感じの新曲調達ペース

 

537:レース場の名無しさん ID:7CA4ZloTV

ウイニングライブするたびに新曲が1曲2曲出てくるの普通に頭おかしい

レッスンの時間どうやって確保してるんだろうな

 

538:レース場の名無しさん ID:4DgBjse1C

直前のリリース情報からして、今回もURA芸能部噛ませずに御城プロダクション御用達の作曲チーム使ってるわけでしょ? あのトレーナーやっぱり金の使いどころおかしいって

 

539:レース場の名無しさん ID:rqcKTdcZL

さすが元天才子役、パイプが太い太い……

 

540:レース場の名無しさん ID:szHBPe+pK

そのうちスペシャルウィークが俳優になるかもな……

 

541:レース場の名無しさん ID:WEGoUuq2s

トレーナーが芸能界出身なせいでそれ笑えねぇのよ

 

542:レース場の名無しさん ID:3zPwzM4bl

正直そのスペシャルウィークと踊るのがルドルフとブライアンという時点で正直お察しなんだけどさ、今回はクール系な感じで来るんかね、曲

 

543:レース場の名無しさん ID:KUCzCCkml

ブライアンにフリフリ着せて電波ソング躍らせようぜ!

 

544:レース場の名無しさん ID:Ug2QJ1oax

 

545:レース場の名無しさん ID:Izz7+26tl

ヒシアマゾンの悲劇再来はやめて差し上げろ

 

546:レース場の名無しさん ID:UTtCR0OjG

これで格式高い有馬に向けて電波ソング用意してたらそれはそれで舐め腐ってるんよ

 

547:レース場の名無しさん ID:ENaD/jppU

仏頂面のブライアンが見える見える……

 

548:レース場の名無しさん ID:MTs91w7lc

ルドルフは難なくこなしそうなのがもう芝なんよ

 

549:レース場の名無しさん ID:Na4oLmRHk

そういう意味ならルドルフも多分新曲用意してたはずなんよね

 

550:レース場の名無しさん ID:J9b89MrGt

>>549 喜べ、3着ならしっかり聞けるぞ

 

551:レース場の名無しさん ID:le2PRlyCI

絶対ルドルフも勝つ気満々だったろうしな

気合入った曲が聞けるだろ

 

552:レース場の名無しさん ID:4dvI865Fu

その割にはレースあとのルドルフがすごく満足気でさぁ

 

553:レース場の名無しさん ID:0KvCK3TZT

記者会見も悔しそうな色一切見せなかったよな

 

554:レース場の名無しさん ID:VIfrBfJqq

『後輩が育ってきたことを、少しばかりの先達として心強く思う』とか余裕しゃくしゃくでもはや保護者かと思った

 

555:レース場の名無しさん ID:O7rcrhHaS

>>554 はーい! 元気なスペシャルウィークですよー!

 

556:レース場の名無しさん ID:1iAGOpa6v

>>555 産むな

 

557:レース場の名無しさん ID:ASSMiXCyb

>>555 芝生える

 

558:レース場の名無しさん ID:xljwYyOnY

師匠とか先輩とかいろいろ言いようあったろ

 

559:レース場の名無しさん ID:jsDox1Oyj

皇帝らしいといえばその通りなんだけどねぇ。あの貪欲な皇帝が見れないのはちょっと寂しい

 

560:レース場の名無しさん ID:ypoXFVPCG

生徒会長やってるせいでトレーニングが足りてなかった説は? 全盛期のキレが全然なかったもん会長

 

561:レース場の名無しさん ID:7uUbLZaVr

きれいな横綱相撲だと思ったけどなぁ

 

562:レース場の名無しさん ID:flrIYcGTV

それはそう

 

563:レース場の名無しさん ID:e7kIQTnDD

とはいえ、皇帝はもうシニアに入って長いし、そろそろDTリーグへ移籍するべきだと思う。オグリキャップですらもう移籍したんだぞ

 

564:レース場の名無しさん ID:dRpx49gQP

ドリームトロフィーリーグをDTリーグと略すな

 

565:レース場の名無しさん ID:LdU0ro7ft

>>564 こればかりはさすがに風評被害

 

566:レース場の名無しさん ID:R/G/GWJ3Y

正確には移籍後即引退だけどな

 

567:レース場の名無しさん ID:q5pHOUrBX

まあでもルドルフはマジでこういう後身が出てくるのを待ってたからトゥインクルに居座ってたんだろうな

 

568:レース場の名無しさん ID:BVAlMH1o7

明言せんかったけど流石に引退やろなあ皇帝も

 

569:レース場の名無しさん ID:XMNa9cTsH

今回は先行してた皇帝だけど、差し勝負の戦略に持ってたらどうなってたんだろう

 

570:レース場の名無しさん ID:rOBMt0bWd

ブライアンと潰しあいになってスペシャル一人勝ちじゃない?

 

571:レース場の名無しさん ID:hnTL5xB9Z

本来ならそこでグラスワンダーが出てくるはずなんだけど、今回先行位置まで引き上げられちゃったのが残念

 

572:レース場の名無しさん ID:pm29ChjEf

あそこでなんでかかっちゃったかな

 

573:レース場の名無しさん ID:g3ljwcVpX

スペシャルウィークを自由にするわけにはいかなかったんでしょ

 

574:レース場の名無しさん ID:B+oriKsfR

グラスワンダー応援してたんだけどなぁ

 

575:レース場の名無しさん ID:PKDPAmrNX

少なくともスペシャルをしっかりマークしてたし、重バ場に慣れてなかったのが痛かったイメージだよグラスワンダー

 

576:レース場の名無しさん ID:omwIU6BA9

ほんと、もう少しなんだけどな、グラス様

 

577:レース場の名無しさん ID:asQ9w8UQe

あのおみ足に踏まれ隊

 

578:レース場の名無しさん ID:+h26EYZbf

>>577 わかる

 

579:レース場の名無しさん ID:ozECrO03d

>>578 わかるな

 

580:レース場の名無しさん ID:KTOnWIaiS

>>578 そこで勝手に隊列を組むな

 

581:レース場の名無しさん ID:8IsyiqDIU

グラスは次走に期待が持てる

落ち着いて走れば十分ちぎれるでしょ

 

582:レース場の名無しさん ID:hkKujjtpm

なおさらに後方からゴルシがワープして来る模様

 

583:レース場の名無しさん ID:0VOmQMJ9h

あのUMA娘はだれかなんとかしろ

 

584:レース場の名無しさん ID:Tb8YVkyy3

あいつのワープは本当になんなんだ。気が付いたらいい位置にいるんだもんあの白いの

 

585:レース場の名無しさん ID:lmVV20qzp

今回は上三人が強すぎただけだからな……

 

586:レース場の名無しさん ID:sEcSRbgvL

今回の過去最悪なバ場状態の有馬記念であそこまで走れるんだから、実力は本物だよゴルシ様。実力『は』

 

587:レース場の名無しさん ID:jsETT2916

レース前後というか、レース以外がハチャメチャなだけで、レースは真面目にやってるから……

 

588:レース場の名無しさん ID:SodzGTRWC

あれを怪我無く運用できるチームスピカはほんと尊敬する。沖野Tの実力よ。

 

589:レース場の名無しさん ID:x+Rhbw6Br

さすがの名門スピカというかなんというか……。指導が難しいけど光る子を指導させたらピカイチなのがほんと……。

 

590:レース場の名無しさん ID:viDMaEuSr

浮き沈みが激しすぎてあれを本命におくのはしんどいだけだからなゴールドシップ。博打好きならオールインでいい。

 

591:レース場の名無しさん ID:qrasRHGRQ

実際今回4着は誇っていいでゴルシ。

 

592:レース場の名無しさん ID:YuB/T9eBr

超長距離ならブライトがいけるんだけどなぁ……2500でもまだ短いか……

 

593:レース場の名無しさん ID:22TdYAwLi

やっぱり今回も着火が遅すぎた感あるブライト、やっぱり春天かねぇ

 

594:レース場の名無しさん ID:ZLqiZRjZY

ブライトお嬢様、今回のゴルシのワープ航法開始から3秒ぐらい遅れてスパートしてるから結構致命的な差になってる印象。あと300メートルくらいコースが長ければジャストミートなタイミング。長距離の感覚が抜けてない感じに見えた

 

595:レース場の名無しさん ID:aPAalrH7R

ほら、みんなズブズブになれ……

 

596:レース場の名無しさん ID:GsdlSe4MG

やっぱりブライトは春の天皇賞よ。スペシャルウィークとの一騎打ちはぜひ見たいところ

 

597:レース場の名無しさん ID:JnqecQus4

天皇賞(春)でまたスペシャルとぶつかるのは確定だし、メジロ賛歌はそこまでお預けだな

 

598:レース場の名無しさん ID:qgwnM71wk

メジロ賛歌合唱も最近聞けてないしなぁ

 

599:レース場の名無しさん ID:m85ZW4ZVh

青緑のサイリウムをまた活躍させたいところではあるが、春天で聞けるか

 

600:レース場の名無しさん ID:0/hJrcNL+

春天ならどんなに悪い状況引いても入着ぐらいはするでしょブライト。というより現状でも優勝できない理由がない

 

601:レース場の名無しさん ID:KRsypZkyg

>>600 理由:スペシャルウィークが来た

 

602:レース場の名無しさん ID:qqhbaZty3

>>600 理由:セイウンスカイが来た

 

603:レース場の名無しさん ID:MtZGKhiG3

マジでそんな感じになりそうだからやめろ

 

604:レース場の名無しさん ID:eFIfTEnxN

メジロブライトみたいにほわほわした子でも歯を食いしばってまくってくる最終直線はいろいろとぞくっとするし、春天は本当に楽しみ

 

605:レース場の名無しさん ID:KULnFY7uA

ウンスは今回どうだったん?

 

606:レース場の名無しさん ID:p5MGYSWoN

>>605 相手が上手だった。

 

607:レース場の名無しさん ID:tZUe2tvPZ

というより集団が後方に固まりすぎてレースメイクできなかった感じだよね

 

608:レース場の名無しさん ID:ZLqiZRjZY

実際シンボリルドルフがペース作っちゃったせいで、セイウンスカイのもくろみが潰された感じだと思う

 

609:レース場の名無しさん ID:/hMYuQHc2

>>608 スカイの目論み is 何

 

610:レース場の名無しさん ID:LT9LnXkr6

序盤で後続が追ってこないので戸惑ってた感あったよね

 

611:レース場の名無しさん ID:c9Q/7xx0+

いや、あの重バ場であそこまで飛ばせるウンスの度胸もすごいけどさ……

 

612:レース場の名無しさん ID:ZLqiZRjZY

>>609 スカイはもっとルドルフが前に押し出されて乗ってくるはずだと思ってたように見える。ルドルフと共同で後続のスタミナを潰しつつ、ルドルフにスペシャルウィークの壁になってもらって逃げようとしたんだと思う。少なくとも後続潰しという意味ではルドルフと利害が一致するはずと思ってたのに、ルドルフはスペシャル対策で末脚の温存に走った結果、一人でスカイが逃げる羽目になったのだろう

 

613:レース場の名無しさん ID:EC06+11WB

>>612 解説助かる

助かるがこれを瞬時に読んだルドルフとスペシャル大概やべえな

 

614:レース場の名無しさん ID:g498Hj9yh

あそこまでバ場が荒れてる状況で事故ると悲惨だし、囲まれるの嫌いそうなセイちゃんが前に出るのはある意味既定路線だと思うよ

 

615:レース場の名無しさん ID:ZLqiZRjZY

実際セイウンスカイはあれ以外の戦略を取りようがなかったから。対策をされても正面突破するしかないわけだしさ、その状況で入着に滑り込んだのは本当によくやったのよ。これからセイウンスカイはもっと伸びてくるはず

 

616:レース場の名無しさん ID:xesfX2nUa

道中あれだけスタミナ使って、それでも入着に滑り込むあたり実力は本物なんだよ。逃げって当たれば上位入着確定、外すと沈みに沈むみたいな当たり外れ大きい戦術じゃん。

 

617:レース場の名無しさん ID:wWGkee0zv

サイレンススズカみたいに逃げのエースになりそうな感じだよな

 

618:レース場の名無しさん ID:6nDddIJvS

まだクラシックでちゃんとそのあたりの駆け引きを意識しながら臨機応変に走れてるのウンスぐらいでしょ

 

619:レース場の名無しさん ID:Tiii+DVNB

スペシャルは?

 

620:レース場の名無しさん ID:eo9u7aKlE

>>619

???「とりあえず、レコード取ってから話しましょうか」

 

621:レース場の名無しさん ID:6+zhGRw64

>>620

スぺちゃんそんなこと言わない!

スぺちゃんそんなこと言わない!

 

622:レース場の名無しさん ID:vAzD0Q1na

単純な暴力なんよスペシャル。

 

623:レース場の名無しさん ID:3c9V9JkcN

作戦練って突入したところで『無駄無駄無駄ァ!』と言わんばかりに粉砕して前に出るから本当に性質が悪い

 

624:レース場の名無しさん ID:DwQ1c/a8t

実際グラスワンダーのマーク戦術を逆手にとって潰したわけだしな

 

625:レース場の名無しさん ID:QovXHlDTP

思いついてもやるか普通

 

626:レース場の名無しさん ID:ffAmnfKwY

>>625 レースで真剣勝負なんだから、やるかやらんかの議論しても不毛よ

 

627:レース場の名無しさん ID:As1GYvZSy

そうなってくると、単純なスピード勝負でちぎれる可能性があるウンスぐらいしか残らないのか……マジで頑張れセイウンスカイ。流星を撃ち墜とせるのは君しかいない

 

628:レース場の名無しさん ID:RYw5nwONw

クラシック期でこれならシニア期待できそう。あとはセイウンスカイのメンタルが持つかどうかだけど、続けられれば伸びるでしょ

 

629:レース場の名無しさん ID:kb265N1SR

伸びたところでスペシャルウィークの壁が高い高い高い……

 

630:レース場の名無しさん ID:KwJvT81GT

何度でも言うけど、セイウンスカイがまだ重賞未勝利は頭がおかしいのよ

 

631:レース場の名無しさん ID:QPT/4FG0b

重賞勝ってないのに有馬記念に出るのも相当だけどさぁ……

 

632:レース場の名無しさん ID:KA3rZHinF

セイウンスカイは黄金世代の準三冠だぞ

 

633:レース場の名無しさん ID:2o4nV/bhB

そんな英検準2級だぞみたいに言わなくても

 

634:レース場の名無しさん ID:5m8jq38Fn

距離適性の話もあるとしても、クラシック期で掲示板滑り込めてるのはスペシャルを除くとウンスだけなんだよな……

 

635:レース場の名無しさん ID:ZzP6r3QWT

黄金世代の名に偽りなしなのよね。普通にこれを1年に詰め込んだ三女神はほんと悪意の塊よ

 

636:レース場の名無しさん ID:K3LqiZv2E

それはそう

 

637:レース場の名無しさん ID:pnRgGI5Yw

去年はフクもフラッシュもバカ強かったのに、今年は全部スペに持って行かれる……

 

638:レース場の名無しさん ID:/n6Ht23RK

たまには皐月賞ウマ娘のシャカさんのことも思い出してあげて……。最近ただの被害担当ウマ娘になってるから……主に日常生活周りで……

 

639:レース場の名無しさん ID:aE0B61vB9

>>638 殿下の話はやめてさしあげろ

 

640:レース場の名無しさん ID:oHM5nCZ1G

シャカールに家系のおいしいラーメンを紹介してもらってってインタビューのせいだっけ? まじでシャカさん気をつけないと殿下の一存でドリームトロフィーより先にラーメン屋に移籍してしまうぞ

 

641:レース場の名無しさん ID:yFrilKI8D

>>640 湯切り2000杯左回り出走受付中です。

 

642:レース場の名無しさん ID:lw5livKsI

杯はさかづきじゃなくてラーメン鉢だろそれ

 

643:レース場の名無しさん ID:pyqxjYelx

2000食もラーメン作るのは腱鞘炎不可避で芝

 

644:レース場の名無しさん ID:45oc9Qqec

クッソwwwwwwwwwwこんなのでwwwwwwwww

 

645:レース場の名無しさん ID:FDRQ6Df3W

タイム計測はフラッシュ。相手に殿下、対抗でフクキタル、残務処理でオグリキャップをカサマツから呼び戻せば安心だな

 

646:レース場の名無しさん ID:jdpNZnxR4

残務処理をさせるな

 

647:レース場の名無しさん ID:Libsu8blQ

スペシャルも残務処理側だろうな……

 

648:レース場の名無しさん ID:5ube8bCmH

つ 太り気味

 

649:レース場の名無しさん ID:QXEv0tV3K

スペシャルってそんな大食漢なん?

 

650:レース場の名無しさん ID:m2Shc7O/D

>>649 月刊トゥインクルの密着記事読め

 

651:レース場の名無しさん ID:VkHch8wzV

百戦錬磨の中央トレセン食堂調理部門が対オグリフォーメーションを適用するレベルには食うぞ

 

652:レース場の名無しさん ID:s1Lnx5xcy

実際ジャパンカップ前後で府中近くの飲食店をスペシャルが荒らしまわったってうわさがあってだな……

 

653:レース場の名無しさん ID:EmKg7Wane

恐ろしいぐらいに食うよスペシャルウィーク

 

654:レース場の名無しさん ID:txdJPjSju

>>652 蕎麦屋バイト戦士ワイ、スペシャルウィークに在庫粉砕された

 

655:レース場の名無しさん ID:ZdfuXw+B0

>>654 kwsk.

 

656:レース場の名無しさん ID:GsbR/kLVG

>>654 あーあ

 

657:レース場の名無しさん ID:dP5DErBFH

>>654 泣いちゃった

 

658:レース場の名無しさん ID:txdJPjSju

うちの店『わんこそばチャレンジ』って企画があって、1日1人限定で受け付けるんだけど、15分でヒトなら100杯、ウマ娘なら200杯以上食べると無料ってやってんのよ。で、昼下がりにスペシャルウィーク様ご来店、「今日は挑戦してみたくて、朝ごはん控えめにしてきたんです!」と目をキラキラさせながら着席

 

659:レース場の名無しさん ID:bVvAgkP42

あっ

 

660:レース場の名無しさん ID:ja5FNNxjC

まずいやつだそれ

 

661:レース場の名無しさん ID:txdJPjSju

結果658杯をバキュームして帰られました。

 

662:レース場の名無しさん ID:YCdbCEV/C

ファッ!?

 

663:レース場の名無しさん ID:kRWARAeB0

 

664:レース場の名無しさん ID:P1kHXWYCN

想像を超えてた件

 

665:レース場の名無しさん ID:gupCyhBY8

少なくともアスリートが食べていい分量ではない

 

666:レース場の名無しさん ID:BxQ8NqSwW

朝ごはん控えめ、ということは朝食抜いてとかしてないんだろうねこれ

 

667:レース場の名無しさん ID:8IW8xDY+D

率直に言ってバカ

 

668:レース場の名無しさん ID:txdJPjSju

かけそば換算でおおよそ55杯分。洗い場も茹で場も地獄になって他のお客さんへのそば提供が遅れてクレーム沙汰になった。そばだけで10キロ近くあるぞ

 

669:レース場の名無しさん ID:w+VZ43R/Z

 

670:レース場の名無しさん ID:lRijbMlbG

ヤバすぎ。世界新ワンチャンあるでしょ

 

671:レース場の名無しさん ID:w0wp5ou2W

なんでメディアを呼んでやらなかったんだ。映像記録があればギネスブック乗るだろそれ

 

672:レース場の名無しさん ID:txdJPjSju

そもそもわんこ12杯でかけそば1杯分ぐらいになるんだよ。それを658杯も無料提供したわけだから普通に大赤字なはず。店長は記念写真撮ってサインもらってほくほくしてたけど、『また来ますね!』ってセリフはバイトにとっては死刑宣告だからいい加減にしてほしい。かわいいけど。かわいいけどさ……。なんだかんだでスペシャルウィークを応援しちゃうんだけどさ……。お願いだから店に客として来ないで……

 

673:レース場の名無しさん ID:sdwvSq7I/

マジで泣いちゃった

 

674:レース場の名無しさん ID:c++6nh1YH

これは太り気味不可避

 

675:レース場の名無しさん ID:qBcA9M5Fi

はっ! 重賞の前哨戦でわんこそばチャレンジをやればスペシャルを鎮められるのでは?

 

676:レース場の名無しさん ID:RviCGpKib

 

677:レース場の名無しさん ID:txdJPjSju

>>675 やめろ!!! マジでやめろ!!! 店が潰れる!!!

 

678:レース場の名無しさん ID:20qFXGOkH

冗談はおいておくとしても、スペシャル世代の一個下だと誰か強そうなのいるん? 潰せるとしたら後続組でしょ?

 

679:レース場の名無しさん ID:B84LnFFBK

オペラオーあたりが来そう

 

680:レース場の名無しさん ID:+siP5l4G5

アドマイヤベガ(即答)

 

681:レース場の名無しさん ID:Yu4XFUP7f

メイショウドトウが多分くる

 

682:レース場の名無しさん ID:30rFHbJ2U

すごくすごいちゃんもそのうちくるから……

 

683:レース場の名無しさん ID:pivISCp0e

ナリタトップロードか

 

684:レース場の名無しさん ID:d9UR/7d1o

すごくすごいちゃんのことをナリタトップロードって呼ぶのやめろ!!!

 

685:レース場の名無しさん ID:VQuuvdE5R

そういう意味では今回スピカがパッとしない

 

686:レース場の名無しさん ID:FMcJaAE++

>>685 つ ウオッカ

 

687:レース場の名無しさん ID:A9DrC2wso

>>685 ダイワスカーレットがパッとしないと申すか

 

688:レース場の名無しさん ID:WqQCjRlGI

ぱっとしないというかジュニア戦線で攻めなかっただけだと思うよ。たぶんクラシックで化ける

 

689:レース場の名無しさん ID:PT3HwgoTJ

というより、ドトウが上がるならダスカとウオッカが先にくるでしょ

 

690:レース場の名無しさん ID:UgaG+CwLj

結局のところ今年のスピカでジュニア戦線の重賞取ったのはダートのデジたんだけ?

 

691:レース場の名無しさん ID:nJsSO2Qxc

>>690 そうなるし、そのデジたんもデジたんで、芝のマイル戦線に殴り込みをかけるとか言ってる面白い状況

 

692:レース場の名無しさん ID:ApEyFD8eE

ヒトはそれを迷走と呼ぶ。普通にダート走らせとけ

 

693:レース場の名無しさん ID:m0Z3N4f35

芝/ダート両刀使いらしいでデジたん

 

694:レース場の名無しさん ID:egO2YkA5R

デジたんなぁ……現状色モノ枠のイメージしかないから、どこまで伸びてくれるか……

 

695:レース場の名無しさん ID:TWXZCojIY

これが沖野T直接指導ならまだ期待できるんだけどなぁ。スピカといえども新人のサブトレが噛んでるらしいし、正直眉唾なんよなぁデジタルが荒らし回るって大予言

 

696:レース場の名無しさん ID:Ab7JDkBFq

まぁいつものチームスピカですね。ゴルシで慣れたわ。

 

697:レース場の名無しさん ID:NKnSDUvH6

まぁその大予言が事実になったとしても、アグネスデジタルは基本マイルまでっぽいから、芝のクラシックディスタンスはテイエムオペラオーが固い

 

698:レース場の名無しさん ID:C5vbzPgYF

ドトウ! ドトウ!

 

699:レース場の名無しさん ID:83qwCilU/

あのわたわたしてるドトウが見たいのでドトウ頑張れ

 

700:レース場の名無しさん ID:rz+XFbG0P

ダイワスカーレットといい、メイショウドトウといい、今年は豊作だな……

 

701:レース場の名無しさん ID:f+dgEvZm0

>>700 どこ見て豊作だって?

 

702:レース場の名無しさん ID:76StCU58c

でもその世代もシニアに入った途端にスペシャルウィークがいらっしゃいしてくるわけでしょ? 災難というかなんというか……

 

703:レース場の名無しさん ID:7JvYkyEAp

正直そのタイプの絶望感はルドルフの頃からあるからそれを言っても始まらんのよ。

 

704:レース場の名無しさん ID:Am/t35n5B

そのスペシャルウィークが次出るのって結局天皇賞なん?

 

705:レース場の名無しさん ID:Z8jhluh9j

次走は春天確定で大阪杯スキップらしい

 

706:レース場の名無しさん ID:erKKsorO/

中距離勢ほっと一安心か?

 

707:レース場の名無しさん ID:nHlZOJiiF

同時に長距離勢には死刑宣告である

 

708:レース場の名無しさん ID:OBN48MvAN

ブライトがほわほわしながら待ってるぞ!

 

709:レース場の名無しさん ID:PQAb+xI2x

今度こそウンスが来て欲しいンゴねぇ

 

710:レース場の名無しさん ID:HnL5MeJKQ

とはいえスペシャルが落ちる図が浮かばん

 

711:レース場の名無しさん ID:CA5ql2kdP

正直長距離はウンス優勢と言いたいところだけど、スペシャル相手に一度も勝ててないんだよなぁウンス

 

712:レース場の名無しさん ID:diNrAXwaO

そら(スペシャルウィークを相手にしたら)そう(そう勝てない)よ

 

713:レース場の名無しさん ID:ObzUvT+KI

現状だと圧倒的ブライト優勢だろうな

 

714:レース場の名無しさん ID:bTtG0uxP+

マイルでスズカが落とせず、ルドルフ・ブライアンにもクラシックディスタンスで競り勝った以上、ブライトが勝てなければマジで日本総大将としか呼べなくなるぞ

 

715:レース場の名無しさん ID:c/jBcRhbE

そうなったら砂浴びしてるサイレンススズカさんになんとかしてもらいましょうか……

 

716:レース場の名無しさん ID:+4IcTYRz1

ウソでしょ……

 

717:レース場の名無しさん ID:a/2lrzTdU

うるしゃい☆

 

718:レース場の名無しさん ID:knyww8Tiq

スペシャルのダートwwwwww

 

719:レース場の名無しさん ID:FHblJlGEX

ダートに芝を生やすな。ターフに塩をまくぞ。

 

720:レース場の名無しさん ID:d7jLnqYFi

>>719 ローマ兵士かお前は

 

721:レース場の名無しさん ID:3MnZn/d9W

>>719 カルタゴ先輩ちっすちっす

 

722:レース場の名無しさん ID:3DmAkTw24

>>719 唐突に第四次ポエニ戦争が開戦して芝

 

723:レース場の名無しさん ID:8ldS3wB1K

あとは学級委員長がなんとかしてくれるでしょ(鼻ホジ

 

724:レース場の名無しさん ID:hBO5tXUKN

総大将vs学級委員長?

 

725:レース場の名無しさん ID:pED8Vrs0b

二つ名だけなら総大将の勝ち! どうして負けたのか明日までに考えてきてください!

 

726:レース場の名無しさん ID:NitmDLmtZ

は? 学級委員長の方が強いが????(威圧)

 

727:レース場の名無しさん ID:taBJQNlv2

こわ

 

728:レース場の名無しさん ID:qGjo+UibR

この先は本当にスペシャルウィークの地力が試されそうだよね。

 

729:レース場の名無しさん ID:3D2bjieIo

三冠ウマ娘はクラシックで負けるというジンクスも破ったし、ここまで来たなら行くべきとこまで行ってほしい

 

730:レース場の名無しさん ID:c4dRp9dQ4

完全にスペシャルウィークをどう倒すか一色になってるのはさすがにどうなのって気はするけど、倒せない限り他の子が報われないんだよなぁ

 

731:レース場の名無しさん ID:B3LNwp8vo

完全にスペシャルウィークvs.世界の構図だからね現状

 

732:レース場の名無しさん ID:zmY9g6HOy

そのうちフランスクーリエのモンジューとかに喧嘩売りに行きそう

 

733:レース場の名無しさん ID:ZMhnOAbVm

あー……絶対売るでしょ。凱旋門の出走も検討とか言ってたし

 

734:レース場の名無しさん ID:h/3aK1kkD

春秋連覇したら凱旋門だろうなぁ それともその合間に遠征か?

 

735:レース場の名無しさん ID:HjlJEAlCd

海外遠征してケンカ売りまくるスペシャルウィークは見たい、というよりあの子役トレーナーが全力で煽り倒すのが見てみたい。

 

736:レース場の名無しさん ID:6TssGLq5T

それちびっ子理事長の謝罪会見までセットだから許して差し上げろ

 



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フジキセキは選ばせない

「私がフジさんのデートに?」

「そんな『正気ですか?』とでも言いたげな顔で見ないでおくれ。プリンセス」

「……とりあえず、どうしてか聞いてもいいですかー?」

 

 そんなことを言われても、とフジキセキに返したい気持ちを抑え込みながら、セイウンスカイは聞き返した。

 

 校舎の屋上で呆けた声を出してしまったが、昼休みとはいえ1月中旬の冷たい風が吹く屋上で聞き耳を立てている者がいるはずもなく、聞かれずに済んだのは幸いだ。

 

「そんなに身構えなくても大丈夫。私と踊るのはエキシビションなんだけど、正確にはチュートリアルと言った方がいいと思う。……君は生来のトリックスターだし、今回のリーニュ・ドロワットの相手にこそぴったりだと思ってね」

 

 リーニュ・ドロワット──ドロワは例年3月の終わりに開催されるダンスパーティーだ。春という区切りの季節に(くさび)を打ち込むかのように、思い出の相手、憧れの相手を『デート』と呼ばれるパートナーとして誘い参加することができる。もっとも、同意があれば複数の相手と踊ってもかまわないのだが、一応体裁上相手を決めて参加するのが通例だ。

 

 ドロワは自由参加であること、また季節柄トレセン学園を卒業して去っていくウマ娘にとってこれが最後の思い出になることもあり、卒業生とその関係者を主賓として進めるイベントである、というのがセイウンスカイの認識だった。

 

「ドロワって毎年やってますよね。どちらかと言えば卒業生と在校生の最後の思い出作り兼想い人への告白大会のイメージなんですけど、今回は違うんですか?」

「もちろん。だからこそ君に頼んでいるんだ。……ドロワを卒業生だけのものにするのももったいないと考えていて、もっと広く参加してもらおうっていう流れだよ」

 

 フジキセキはそう言って続けた。

 

「会長はいつも通り気合いを入れて取り組んでいるんだけどね。やはりどうしても今年の卒業生とそのお世話になった子たちばかりになってしまう。衣装の手配のやり方とかも含めて、早いうちから関わる子たちを増やしたいって思ってたんだ。そこで、新しい形でのイベントが出来ませんかって私が呼びかけたんだよ」

「それで、セイちゃんを呼んで踊ってもらうことで、他の在校生も呼び込もうって魂胆ですか?」

「あはっ。さすが登森(ともり)トレーナーの言ったとおり、やはり君は頭が良い」

 

 肩をすくめるフジキセキ。セイウンスカイの上まぶたがすっと降りてくる。すでにトレーナーには話を通しているらしい。

 

「ドロワは確かに区切りのイベントだ。だから関係の深い子同士で組むのが一般的になる。実際、同じレースを競い合ったライバル同士で組むペアも多いし、私も何人かからすでにお誘いをもらっていたりもする。ヒシアマからも来たんだけど、時々足を踏んでくるから組みたくないんだよね」

「だったら────」

「でも、エキシビションをやるにあたって、私が求めるのは、みんなの前で踊って盛り上げてくれること。そう考えたときに、君以外浮かばなくなってしまった」

 

 恥ずかしげもなくそう言って、フジキセキはくるりとその場で回って見せた。

 

「君ならしっかりと私をリードしてくれるだろうし、私が君をリードすることもできる。フェアで、良い模範となりつつ、時に刺激的に、時に優雅に振舞うことができる。君はなにより、そういう視線に敏感だ」

「……本当に、フジさんは人のことよく見てますよね。私は栗東の子じゃないんですけど」

「ふふっ、視線を注がれてきた者同士、わかるところはあると思ってるよ。それに、君の才能を眠らせておくにはもったいない」

 

 演技くさく一礼をして視線を上げたフジキセキは、どこかいたずらっ子の笑みを浮かべながら続ける。

 

「ということで、受けてはくれないだろうか。きっと互いにとって有意義な時間になるはずだ」

「そうは言いますけどねー」

 

 その情熱的な誘いを受けても、セイウンスカイはどこか腑に落ちていない様子だった。

 

「人を集めるならスペちゃんの方がいいんじゃないかなぁってセイちゃんは思うんですけど。三冠ウマ娘でダンスも慣れてるし」

「もちろん彼女にも関わってもらうよ。まぁ、私が声を掛けるよりも前から、会長が声を掛けてたみたいでね。運営側で入るみたいだ」

「スペちゃんが運営ぃ?」

「当日の司会進行とタイムライン管理を任せる、と言っていたよ」

 

 思っていたよりも胡乱な声が出たことに自分で驚きながら、セイウンスカイは頭の後ろで手を組みなおした。

 

「スペちゃんが運営ねぇ……絶対柄じゃないと思うんだけどなぁ」

「疑問かい?」

 

 肩をすくめてそれに答える。

 

「意外というかなんというか……最近はなくなりましたけど、スペちゃん結構上がり症気味で掛かりやすいところがある分、そういうところを避けることが多いし、誰かに指示を出すのも苦手なんですよね。結局全部自分でやろうとするから直前でキングちゃんに泣きつくことの多いこと多いこと……」

 

 肩をすくめつつそう言うとクスクスと笑うフジキセキ。

 

「なるほど、結構前に彼女が補習用の宿題を泣きながら図書館でやっていたのはそれだね」

「教科書を頭から丸暗記しようとして後半がガタガタになってたりしたのもありましてー。器用に世渡りするスペちゃんなんて思いつかないんですよねー」

 

 それにはフジキセキから「おや」と返ってきて、思わずそちらに目を向けるセイウンスカイ。

 

「それがそうでもないらしくてね。会長が珍しく手放しで褒めていたよ」

「……ふぅん」

「この話はお嫌いかな?」

「にゃははー、まさか。スペちゃんはライバルですからねぇ。ライバルが活躍するのは悪い話ではないですとも」

 

 でも、とセイウンスカイが続ける。

 

「やっぱりお受けできません。他の子を探してください」

「おや、どうして?」

 

 驚いたような表情を()()()フジキセキ。完璧すぎる表情に心底嫌になりながらセイウンスカイは口を開く。

 

「驚いてないですよね、それ。……下手に繕っても通用しないでしょうし、はっきり言いますよ。今の私に、そんな思い出作りに関わっている余裕は、ない」

 

 その言葉にフジキセキは首をかしげる。

 

「そうなのかな?」

「私は誰よりもスペちゃんと走ってきたし、誰よりもあのスペシャルウィークを見てきた自信もある。春の天皇賞こそは取らなきゃ気が済まないし、取れるだけの準備をする必要がある」

「そして、ドロワを蹴ればその時間が捻出できて、間に合うはず……というわけだね?」

「フジさんは話が早くて助かります」

 

 そう言って、セイウンスカイはさっさと腰を上げた。

 

「伊達に寮長をしているわけではないよ。……そうそう、これは完全に蛇足なんだけどさ」

 

 まだ話を続けようとするフジキセキを置いて、階段室に繋がるドアに手を掛ける。

 

 

「────君は本当にスペシャルウィークを知っているのかい?」

 

 

 聞くべきではなかった、と後悔しても遅い。セイウンスカイの動きは完璧に止まってしまった。

 

「……どういう意味です?」

「額面通りだよ。君は盤外戦(こっち)の戦いを得意にしていると思っていたんだけどね」

 

 そう言ってにやりと笑うフジキセキ。くそ、と悪態が出なかったのは文字通りの幸運だった。

 

「君はパドックでのスペシャルウィークを知っている。君はターフでのスペシャルウィークを知っている。君は教室での、寮でのスペシャルウィークを知っている。……だが君は、シンボリルドルフ会長に処世術を叩き込まれ、権力の扱い方、威厳の扱い方、周囲の利用法などエトセトラ、それら帝王学と呼ばれる類いの知識を身につけているスペシャルウィークのことを知らない」

 

 フジキセキはそう言って腕を組んだ。

 

「君はスペシャルウィークがドロワの運営に入ることを驚いていた。でも私は驚かなかった。それは最新のスペシャルウィークを知っているからだ。追いかけているからだ。……少なくとも、君のトレーナーは驚かなかったよ?」

「私の鮮度が落ちている、ってことです?」

「手が届かないと諦めたつもりで諦めきれなかった、そんな惨めな私でも掴めた情報を取りこぼす程度には」

 

 そう言うとフジキセキは一歩前に出た。

 

「もし、立ち振る舞いで相手を圧倒しようと思うなら、情報のアップデートは欠かさないことだ」

「あなたに────」

「何が分かるのか、なんて言わせる気もないよ。少なくとも、それは敗者の台詞だ。君はまだ戦ってもいないのに負ける気かい?」

 

 言葉を飲み込む。完全に相手にペースを握られた。良くない兆候だ。

 

「さて、本題に戻ろうか。私は君の『どうしてセイウンスカイを選んだのか』の問いには答えられてないと思っているんだ。説明したのは公にできる建前の方だ。私個人の理由ではないよ」

 

 そう言って、完璧に制御されているとわかる笑みを浮かべるフジキセキ。おそらくそれは、スペシャルウィークを前にして、セイウンスカイが取るべき笑みだった。

 

「私の世代、誰が三つの冠を持っていったのか。君は知ってるよね?」

 

 言われるまでもない。ライバルと言われつつ、怪我を始めとするトラブルで全力を出せないままにフジキセキが惨敗した相手。

 

「…………ナリタブライアン、生徒会副会長」

「そうだ。君と私は、三冠ウマ娘のライバルなどと世間に囃し立てられたにも関わらず、その当人とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()という共通項を抱えている」

「これでもダービーはハナ差なんですけどねぇ」

「でも実際のところ、スペシャルウィークはその瞬間まで君を見てもいなかっただろう?」

 

 反射的に手が出そうになったのを、なんとか睨む程度までに押さえ込む。

 

「そう怒らないでほしいなぁ。私だってブライアンには皐月で1/2バ身だし、なのにあの子はビワハヤヒデお姉さんに首ったけだったからね。おあいこだよ。そういう意味で私は君に強いシンパシーを感じている」

「勝手に押しつけられても困るんですけど」

「その気持ちもわからないでもないが、まさかそれを君以外が背負っていないとでも?」

 

 そう言って、フジキセキは初めて笑みを仕舞った。

 

「私は君を応援したいと思っている。その上で、君は戦う相手を正確に把握していないと判断した。寮長という立場からして、誰かに過剰な肩入れをすることは許されないんだけど、今回だけはその鉄則を破ろうと思う。……私は、君に春の楯を獲ってもらいたいんだ、セイウンスカイ」

 

 セイウンスカイは表情を変えないまま言葉の続きを待つ。

 

「君には二つの道がある。二つの扉に続く鍵がある。一つはその後ろの扉を開けてトレーニングに向かう日常の鍵だ。誰も君を責めはしない、もちろん私も、ね。そのトレーニングの結果勝てばハッピーエンドだね。勝てなくても、あれだけ頑張ったんだものと周囲は君を責めはしないだろう。そしてそう自分に言い訳できるだろう。……だけどね、それだけだ」

 

 手のひらにトランプカード大の招待状を手品のように出現させて笑うフジキセキ。どうやら袖口に隠していたらしく、本当に手品用のトリックなのだろう。

 

「だけど私は、もう一つの可能性を提示する。敵を知り、己を知る、世界の鍵だ。天候やバ場状況に左右されるのと同程度、レースにはトレーニング以外の走者のコンディションや関係性が影響する。対人関係もそうだし、思考の方法もそうだよね。だけどそれらは、天候と違ってある程度予測と対処ができる。運任せではない勝利へと繋がる鍵だ。一方でどうしても追いつけないという事実を(つまび)らかにするかもしれない」

 

 一歩分距離を空けた位置で立ち止まり、フジキセキは笑った。

 

「私は君という『デート』を得て学園のイベントを盛り上げることができ、君のレースに対して勝手に私の未練を載せる理由を得る。君はスペシャルウィークの最新の情報を得て対策を練る時間を得る。もちろん私たちのダンスは余興だ。そう本格的じゃなくてもいい。トレーニングの邪魔にならない程度にすることを約束する。もちろん登森トレーナーとの調整には最優先で応じる。……悪くない取引だと思うけど?」

「……怖いなぁ。他の子にもこんなことしてるんですか?」

 

 脇の方が汗で冷えてきていることを感じながら、セイウンスカイはそう返す。

 

「まさか。君だから、だよ。他のポニーちゃんだと泣いちゃうからね」

「そんな鈍感だと思ってます?」

「肝が据わってるって意味だよ。それに、頭も回る」

 

 差し出された招待状『親愛なるセイウンスカイ殿』と書かれたトランプサイズのカードはとても皮肉に見える。

 

 フジキセキの対応はきっと嘘ではないし、誠実さを重ねている。しかし、こちらを丸呑みにしてくるようなこのプレッシャーこそが……おそらく彼女の正体なのだ。

 

「こんなビジネスライクな『デート』のお誘いはどうかと思いますけどね」

「でも、そこから芽生える恋慕だってあるだろう?」

 

 差し出された招待状を半ば乱暴に受け取る。フジキセキはどこか満足そうに頷いた。

 

「ありがとう。ドロワ当日まで頑張っていこう、私のデート」

「よろしくお願いしますねー、フジさん」

 

 こうして、彼女たちの奇妙な相乗り関係が始まった。



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エルコンドルパサーに悪気はない

「追試回避! そしてこれでなんとか落第回避デース!」

 

 エルコンドルパサーの姦しい声が教室に響く。手元にあるのは古典のテスト結果だ。その様子にスペシャルウィークは苦笑いを浮かべた。

 

「これで来年も全員同じ学年だね」

「もう少し余裕をもってクリアしてほしかったものですが、可とはいえ合格は合格です。素直に喜ぶべきですね」

「もー、グラスはこんなときも硬いデスねぇ。でもこれでみんなテストからは解放デース! みんなで甘味パラダイス行きましょう! ほら、セイちゃんも寝てないで起きる!」

「うえー……」

 

 エルコンドルパサーが元気一杯にそう言うが、肩を揺すられているセイウンスカイにとってはたまったものではない。

 

「甘味パラダイスって新宿のー? 去年スぺちゃんが行ったときに在庫全滅させて出禁になってなかったけ?」

「うぅ、セイちゃんよく覚えてるね……確かにそうだけど……」

 

 スペシャルウィークはそう言って耳をへたらせる。甘味パラダイスと言えば、アイスやケーキなどのスイーツ類のバイキングを提供するチェーン店だ。ウマ娘料金の割り増しを払って入っていたのだが、彼女は90分の時間制限をものともしない恐ろしい勢いで店内在庫を払底させたのである。

 

 もっとも、そのころにはもう引退していたオグリキャップと連れ立っての来店であり、オグリキャップの負担分も相当だったのだが。とはいえどちらにせよ、おそらく甘味パラダイス全店でスペシャルウィークとオグリキャップは当面出入り禁止という姿勢は変わっていまい。

 

「本当は行きたいけど、出禁じゃしょうがないし……甘パラはパスかな。ちょっとこの後用事もあるから。ごめんね! また今度!」

 

 そう言って荷物をまとめ、ぱたぱたと出ていくスペシャルウィーク。セイウンスカイはそれを見送ってから、首を回して残された面々を見る。教室に残っているのはエルコンドルパサーとグラスワンダーだ。

 

「あれ、そういえばキングとおツルちゃんは?」

「二人とも保健室デース」

「あー、キングの面倒見の良さの本領発揮かー」

 

 セイウンスカイはそう呟いてにやりと笑う。

 

「それにしても、スぺちゃんもいよいよ体重を気にするお年頃かなぁ」

「出入り禁止になっているのが本当なら、甘味パラダイスに行くこと自体が問題でしょうしね……」

 

 グラスワンダーの指摘に少し考え込むセイウンスカイ。

 

「あ、そっか。出禁になってるの無視して入店したら最悪警察沙汰か」

「ケッ!?」

「そういうことです。スペちゃんもスキャンダルを意識しないといけない状況ですね」

「うえー。でもスキャンダル対策って意味ならみんなそうデース」

「あのインタビュー対策とかの講習の再履修とか避けたいしねー。あぁやだやだ。甘い物食べるのも釣りも自由にできないこんな世の中じゃ」

 

 そんなことを言いつつ身体を起こすセイウンスカイ。

 

「でも、スペちゃんが甘味で釣られてこないなんて相当だよねぇ」

「そう言うセイちゃんも、相当珍しいことになっているのではないですか?」

 

 グラスワンダーがそう言って口元を隠す。その仕草があまりに様になっていて、セイウンスカイは噴き出しそうになったのを誤魔化しながら言葉を返した。

 

「どこが?」

「リーニュ・ドロワットです。フジキセキ先輩の『デート』になったって聞きました」

「うわぁ、もう情報回ってるの……?」

 

 グラスワンダーは積極的に情報を集めて回る方ではないし、そもそもグラスワンダーはセイウンスカイと同じ美浦寮だが、彼女に情報を流した覚えはない。フジキセキは栗東寮の寮長なので、グラスワンダーとの接点はあまりない。つまり、ドロワの情報は現時点でかなり広まってしまっているらしい。

 

「まずったなぁ。あんまり目立ちたくないんだけど」

「確かに、目立つのはレースの結果だけにしておきたいものです」

 

 くすりと笑うグラスワンダー。

 

「それにしても最近のスペちゃん、なんだか、えっと……南京料理じゃなくて……満身創痍でもなくて……」

「……他人行儀?」

「それデース!」

「エル、さすがに離れすぎです。というより、セイちゃんもよくわかりましたね」

「なんというか、同じようなこと思ってた部分あるからねー」

 

 セイウンスカイの言い分は半分本当で半分嘘だ。フジキセキに指摘されてから思い返してみれば、という程度に過ぎない。それでも、エルコンドルパサーも感じ取っていた所はあるらしい。

 

「まあ、レースが続くシーズンは皆ピリピリしてしまうものですからね。スペちゃんは特にそういうところがあったので、その状態が切れなくなっているのかもしれませんよ」

 

 グラスワンダーは持論を展開しつつエルコンドルパサーの方を見る。

 

「エルはどう思います?」

「スペちゃんは裏切り者デス。『いつまでも一緒に補習を受けようね』って誓い合った仲なのに!」

「エル」

 

 補習の度にフォローアップを手伝っているグラスワンダーの声が冷え込んだ。

 

「まぁまぁ、グラスちゃんもそんなに怒らないであげて。最近はエルも頑張ってるし。国語以外は」

「それ絶対褒めてないデス……」

「バレた?」

 

 にゃははとわざとらしく笑ってみせれば、エルコンドルパサーが飛びかかってくる。椅子からひらりと立ち上がりつつ、セイウンスカイはそれを避けた。

 

「最近のスペちゃんは勉強も優秀ですし、勝ち逃げも視野に入れつつ単位をどんどん取ってくとかも考えてるのかなぁ、あの子ってば」

 

 セイウンスカイの声にピタリと動きを止めるエルコンドルパサー。その間に距離を稼いだセイウンスカイがグラスワンダーを見る。

 

「グラスちゃんはどう思う?」

「あり得るでしょうね」

 

 日本ウマ娘トレーニングセンター学園はある意味で『特殊な』学校だ。セイウンスカイも入学オリエンテーションで教師から『トレセン学園は、文部科学省とURAが共同で出資して設立した特別な学校法人であり、日本ウマ娘トレーニングセンター学園法に基づいて運営されている私立の中等教育学校です』と言われ、脳内が困惑で盛大に埋め尽くされたことがある。

 

 トレセン学園の授業は、午前に勉強、午後にレースに向けたトレーニングやライブレッスンなどが組まれるのが通例で、通常の学校のようなカリキュラムが組めない。中等部からトゥインクルでデビューするウマ娘も珍しくないため、授業側のカリキュラムをある程度組み替えられる中等教育学校制度と、フレキシブルに授業を選択して履修できる単位制を平行導入することによって『レースのために授業の方を組み替える』という力業を押し通しているのがトレセン学園だ。

 

 そのため、レースに『身が入っている』ウマ娘ほどトレーニングが増え、座学の時間が少なくなるため留年しやすい傾向があるし、レースの影響によってトレセン学園で留年することそのものは、決してマイナスだけを意味するものではない。事実上学園生のみに門戸が開かれている、トゥインクル・シリーズの出場資格をそれだけ長く保持できるからだ。逆にレースを諦めたウマ娘などは早々に座学主体に切り替えてサポート科に転入したり、大学や専門学校への進学を目指してあっという間に卒業していくこともある。

 

「でもスペちゃん、現役で長く居るつもりならそんなに焦って単位を取らなくてもいいと思うんだけどなぁ」

「ルドルフ会長方式でも目指してるんデスかね?」

「どれか1単位だけあえて取得しないことで高等部三年を留年し続け、現役に残っておくという方式ですね。シニアでしっかり練習時間を稼げるのは魅力ですが、時間を取られる生徒会執行部員や寮長にでもならない限り、そうそう必要ない方式ですから……」

 

 グラスワンダーがそこで言葉を切った。

 

「……気づいた?」

「スペちゃんが生徒会に入ろうとしている? 決してあり得ない話ではありませんね。単位を取りきり、さくっと卒業して……というタイプにも見えませんから」

「やっぱりそう見えるよねぇ」

 

 セイウンスカイはそう言って溜息を吐いた。

 

「やっぱり、ということは……セイちゃんは大体予想がついていたのですか?」

「まぁねー。それこそフジさんから『今回のドロワはスペシャルウィークが司会進行』って聞いてたし。ドロワは生徒会主導でしょ? もしかしたら狙ってるのかもよ、生徒会入り」

「スペちゃんなら『ルドルフ会長に憧れて!』って言っても驚かないデス……」

「皇帝越えが見えてきた、なんて言われてるもんね……」

 

 セイウンスカイの言葉で教室に沈黙が落ちた。現状、三人は──というよりも、現役ウマ娘の誰も──スペシャルウィークを相手取って1着を勝ち得たことはないのだ。

 

「……次にぶつかるのは、セイちゃんでしたね」

「だねぇ。上手いこと勝てればいいけど」

 

 そう言いつつ荷物を纏めにかかるセイウンスカイ。

 

「最近スペちゃん強いからなぁ……いろいろと」

「それでも立ち向かうほかありません。エルは()()()()ですか?」

「もちろんデース! 今年は世界最強を目指して凱旋門デース!」

「タイキさんに続けてリギルは今年も海外遠征かぁ。がんばるねぇ」

 

 そう笑いつつ筆箱を乱雑にスクールバッグに放り込み、バッグを肩にかける。

 

「それじゃ、そろそろ私は昼寝に行きますかね」

「あれ? 甘パラはなしデスか?」

「あんまり食べるとブタになっちゃうからねぇ」

 

 頬を膨らませるエルコンドルパサーと、ちょっとむっとした表情のグラスワンダーにパチンとウインクをして見せ、セイウンスカイは手を振った。

 

「それじゃ、よい春休みをねー」

 

 挨拶して廊下に出る。今日はトレーナー全員集合の会議があったり、トレーナー以外の教師や教官も進級判定会議やらで忙しいらしく、教官もしくはトレーナーの監督が必要な器具を使用するトレーニングは一切禁止であり、練習用のトラックも基本的に閉鎖。そのため、今日の午後は生徒だけでできる自主練に勤しむか息抜きに行くかの二択になっている。

 

「来週末には卒業式とドロワかぁ……上手いこといくといいけど」

 

 外を見れば気の早い桜がほころび始めたころ。来週末にはおそらく七分咲きぐらいにはなっているだろう。『みんなで先輩に感謝して泣きながら送り出しましょう』という空気になるのが送る側としても送られる側としても苦手だったセイウンスカイにとって、この時期は少々憂鬱なのだが、それでも桜は嫌いではなかった。

 

「スペちゃんが生徒会……やっぱり私はどこか信じられてないんだけどな」

 

 グラスワンダーはあり得ると言っていたが、レース中の凄まじい気迫を見せるスペシャルウィークだけを見るならばともかく、普段のスペシャルウィークを見る限りはあまり向いていないのではないかとセイウンスカイは感じていた。

 

「ま、最後は目と足で確かめるしかないんだけどさ」

 

 グラスワンダーは当分マイル戦線を見越している。明言こそしていないが、おそらくはヴィクトリアマイルか安田記念あたりに照準を合わせているはずだ。エルコンドルパサーは海外遠征の道を選び、今年は秋までフランスで暴れてくる算段らしい。キングヘイローはなぜか短距離路線に照準を合わせ始めた。

 

「つまり、中長距離でスペちゃんとやりあうのは私だけ、か……」

 

 そう呟いて、しまったと感じる。独り言が増えるのは良くない兆候だ。

 

 エルコンドルパサー、グラスワンダー、キングヘイロー、セイウンスカイ────そして、スペシャルウィーク。

 

 黄金世代と呼ばれ、しのぎを削った面々だが、クラシックの結果はスペシャルウィークの一人勝ち。中長距離のいわゆるクラシックディスタンスはスペシャルウィークの独壇場となり、スペシャルウィークが出走するレースを皆が避け始める。……少し前の例を出すならばマルゼンスキーやシンボリルドルフがそうだったように、スペシャルウィークが居るだけでそのレースの出走ウマ娘が減るという状況がいよいよ見えてきた。

 

 そこまで手に入れて、今度は生徒会で何を欲するんだろうか、スペシャルウィークは。

 

 セイウンスカイは首を振って考えるのをやめる。その答えを探しても仕方がない。セイウンスカイの目標は春の天皇賞でスペシャルウィークを下すこと。ドロワへの参加も生徒会関連の情報収集も、スペシャルウィークの戦略を丸裸にするためやっているに過ぎない。今セイウンスカイが知るべきは、彼女の目的ではなく、彼女の手段だ。

 

「力業で押し通すような戦い方だけでも厄介なのに、向こうまで策略と戦略を用意してレースメイクなんてされ始めちゃったらなあ……」

 

 セイウンスカイは顔を上げ、桜を一瞥して歩き始めた。

 

 もうすぐ春が来る。



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アグネスデジタルは堪えきれない

「もー、フジさんのデートになるってことを完全に舐めてました……」

「あはは。それは君が魅力的だってことさ、スカイ」

 

 そんな会話をしながら、初めての通しリハーサルを終えたセイウンスカイが体育館の天井を仰ぐ。運営サイドしか集まっていないはずなのだが、それでもかなりの人数が揃っていた。

 

「それにしても、生徒会というか……リーニュ・ドロワット実行委員会が本当にやる気で驚きましたよー」

「組織化はエアグルーヴのお手柄だね。人員の拡充と縦割り化は弊害もあるけど、スーパーマンに頼らない組織作りとしては正しい」

「それも帝王学に含まれてたりするんですか?」

「まさか、一般論さ。皇帝にも怪物にもなり損ねたウマ娘が帝王学を語ったところで説得力なんてないだろう?」

 

 そんなことを言いながらフジキセキは笑みを浮かべる。襟ぐりが大きく開いて肩の出るデザインのドレスは、『王子様』と呼ばれ続けてきたフジキセキにしては珍しい意匠のドレスだ。深い紫色を基調にしたドレスを金色や銀色の糸で刺繍がライトアップで輝くように計算されて配置されている。その着こなしや身のこなしはセイウンスカイでさえも『流石フジさん』と唸らざるを得ない。

 

「でもやっぱりフジさんはすごいや」

「君もだよ、プリンセス。まさか逆提案が来るほど乗ってくるとは思ってなかったよ」

「いやはや、中途半端は許せないタチでして」

 

 セイウンスカイが両掌を上に向けつつやれやれとジェスチャーをしてみせると、何が面白かったのか腹を抱えて笑い出すフジキセキ。

 

「それでブレイクダンスのエッセンスも入れたフリースタイルに持ち込まれるとは思わなかったな」

「この意匠を考えてもらったのに、パンクにしちゃいましたね」

「いやいや、いいのさ。元から『いつもと違うことをしよう』という意図だからね。これくらいの方がありがたいし、実際ウケも良かったじゃないか」

 

 青みがかったグレーに青い半ズボン。昔の貴族の肖像画でこういうの見たなぁ、なんて感想が湧いてくるクラシカルなデザインの衣装が用意されたときには驚いたものだ。首元が詰まった服が苦手なので当初は少々辟易としていたのだが、今になってみると我ながら想像以上に似合ってしまっているのがずるい。デザイナーというのはなかなか憎い仕事だ。

 

「なんだかんだ、セカンドの位置で踊り続けましたからねぇ。3着の子と組むことも多いので」

「わかるなぁ、その気持ち。相手をおもんばかることばかり上手くなるよね」

「かなり気ままに動いてるつもりなんですけどねぇ」

 

 セイウンスカイは溜息を吐いた。自らの力不足が招いた結果とはいえ、うんざりしてしまう。

 

「で、今日は気ままに動きつつ情報収集というわけだ」

「やだなー、今更はしごを外さないでくださいよー。ねえ、()()()()()?」

 

 その言葉に目を細めて笑うフジキセキ。

 

「それで、総大将の天敵からみて、今の彼女はどう映ったかな」

「なんというか、ロボットみたいだなーって」

 

 ロボット? とフジキセキが聞き返す。

 

「決まった『型』をなぞってるんですよ、多分。いくつもの対処パターンを丸暗記しているだけ」

 

 そう語る声は冷えびえとしていた。

 

求められたから応じる(コール・アンド・レスポンス)……可能な限りそれができるように覚えて、なぞる。歴史の年表を何度も書いて覚えるみたいに条件と1対1対応で返してる。だから、型を崩されたときにつられて崩れる。周りが求めるから応じるだけ。そんな風に見えますね、私には」

「辛辣だね」

 

 フジキセキはそう言って肩をすくめた。

 

「でも、実際それだけでかなり上手く回っているわけだ」

「その場合どれだけ精細にパターン分けできてるかだけですからね、論点は。司会が様になっててびっくりしましたけど、司会の対処パターンて結構絞れるので、納得っちゃ納得です」

 

 ……ま、司会ができてもレースにはつながらないですけど、とセイウンスカイは心の中だけで付け足して、首の後ろに両手を回しぐっと背をそらす。

 

「こうなってくると、スペちゃんに関しては……視野の広さを警戒しないといけないですねぇ」

「なるほど、差し足の活かしどころって訳かい?」

「それも含めて、ですね」

 

 スペシャルウィークのレースシーンを文字通り穴が開くほど繰り返し見続けたセイウンスカイにとって、最も大きな脅威は間違いなく終盤の差し足だ。

 

 わずかな間隙を力技でねじ込んでくるだけの度胸と勝負感、それを支える驚異的な差し足。それがスペシャルウィークの武器だ。……少なくとも日本ダービーの前まで、それ以外に目立つ武器はなかった。武器がそれだけでもGIレースを勝つに充分だった、と言い換えることもできる。

 

 最終盤まで先頭で逃げる戦略を得意とするセイウンスカイにとって、その爆発力のある差し足が脅威であるのは疑いようもない。(ハナ)を進むセイウンスカイは道中一人旅、多くても3人までという小集団でのレースになり、後続の面々が都合よく後方勢の壁になってくれるのはレアケースだ。だからこそセイウンスカイは、スペシャルウィークがその差し足を使う終盤こそが最も脅威だと考えていた。

 

 視界は広いのに、周囲からの視線や思惑にはやたらと鈍感。だからこそ周囲に惑わされることなく、自らのベストなタイミングでスパートを開始し、トップスピードまで順調に加速していくことができる。セイウンスカイが知る()()スペシャルウィークは、そういうウマ娘だった。

 

 だが、ダービーを機にスペシャルウィークの走りは明らかに変化した。

 

 ダービーでは先頭の大逃げ。札幌記念では先行。毎日王冠では最後尾の追込。菊花賞では差し。そして有馬記念では……あの走りをどこにどうやって分類するべきか、セイウンスカイの中では未だに定まっていない。

 

 あのレースで、スペシャルウィークは自身をマークしていたグラスワンダーをセイウンスカイになすりつけていた。またその過程で同時に先行組を牽制して、彼女らの自由なレースメイクを封殺していた。中盤以降、全てがスペシャルウィークの掌の上だったと言っていい。

 

 メディア各紙に『流星のような』と表現された、暴力的な末脚。それでいて豊富なスタミナから繰り出される、悪夢的なロングスパート。その二つだけでもあの手この手を尽くしたところで届かないというのに、そこに変幻自在の脚質や徹底されたポーカーフェイス、挙句の果てには走りながら策を組み立てて実行してみせる戦略眼まで。レースに必要な全てを兼ね備えている、と言っても過言ではない。

 

 レースにおける今の彼女を端的に表現するなら。

 

「……理想のウマ娘、か」

「君には彼女のことがそう見えているのかい?」

 

 フジキセキの言葉にセイウンスカイが問い返す。

 

「じゃあ、フジさんにはスペちゃんがどんな子に見えてるんですか?」

「ただのポニーちゃんにしておくにはもったいないくらいにかわいいと思うよ、なんて言ったところで君の求めた答えにはなってないでしょ?」

 

 フジキセキの方に視線を向けることを返事の代わりにして、セイウンスカイは続きを待つ。

 

「無邪気だよね、本当に。……手がつけられないくらい」

 

 フジキセキはそう笑みを深めた。どこか仄暗い色が瞳に浮かぶ。

 

「残酷なまでの実力と、日本一になりたいという純粋な願いと、それに臆することなく手を伸ばせる傲慢さ。どれもきっとあの子を形作る強さだけど……なによりそれに無自覚であるが故の無邪気さが本当に恐ろしい」

 

 こんなことは言うべきではないけどさ、とフジキセキは続ける。

 

「仮にスペちゃんの実力に絶望した誰かが首を括って、あの子がそれを知って深く悲しんだとしても……それがあの子にとって『誰か』でしかなかったなら、次の日には泣き止んで笑顔でターフに戻れるんじゃないかな。私にはそう映る。今のスペちゃんは、力への自覚がない」

 

 セイウンスカイは言葉を継げなかった。そんなことをフジキセキが言うなんて全く思ってもいなかったし、セイウンスカイ自身もそんな想像はしたこともなかったのだ。

 

「まあ、だからこそ会長がテコ入れをしているんだろうけどね。それでも力の行使に無自覚なまま口先だけが上手くなったリーダーの行き着く先は独裁者で、そのカリスマの行き着く先は大量虐殺か強制収容所と相場が決まってるんだよ。無知と無邪気がたくさんの人を傷つけて、心地よいことを口にしてくれる誰かだけで世界ができあがっちゃう。それが恐ろしくてね」

「……もしかして、スペちゃんの鼻をへし折るのってスペちゃんのためなんですか?」

「もちろん、私情も山盛りさ。否定はしないよ。私は栗東寮の寮長で、その栗東寮には他ならぬスペちゃんだっているんだからね」

 

 フジキセキの目の色が優しい色に戻る。

 

「でも、全部杞憂で終わればいいと思ってるよ」

「皆さん集合してくださーい! 振り返り会しまーす!」

「……っと、愛しのスぺちゃんからお呼ばれだよ」

 

 紫色のドレスから伸びるすらっとした手を取って、呼ばれた方に足を向ける。体育館の特設ステージの前には制服姿の面々を中心に20人以上が集まっていた。

 

「皆さんお疲れさまでした! 初回の通しリハなので、途中タイマーを止める場面がありましたが、そこ以外は大きな問題なく進んで、なにより事故や重大インシデントがなかったので大成功だと思っています」

 

 はきはきと進めていくのはスペシャルウィークだ。左胸に着けられたネームプレートには『統括ブロック進行班班長』と小さく打ち抜かれている。

 

「では、統括ブロックリーダーのエアグルーヴさんから全体の所感をお願いします!」

「まずはスペシャルウィークが言った通り、皆が怪我を伴うような重大インシデントなく乗り切れたことは喜ばしいと考えている。特に会場ブロックの照明班や統括ブロックのロジスティック班はキャットウォーク部での高所作業があるにも関わらず、しっかりと安全行動ができていたことがとても心強い。一方で会場誘導等については一時的な過密状態への対応に不安が残る。この辺りは統括ブロックからの応援体制の見直しが必要だと考える。ロジ班や設備班から事前に応援対応の優先アサイン人員を選抜するべきだ。誘導班からの手法展開(KT)情報連携(よこてん)の必要があるが……スペシャルウィーク」

 

 そう言われ、メモ帳をパラパラとめくるスペシャルウィーク。

 

「はいっ! 人員選抜はこの後のブロック単位の打ち合わせでやりましょう。明日の第二回リハの前に誘導班との事前協議(レク)をセットしますので、会場ブロックリーダーのヒシアマゾンさんと、誘導班長のチヨノオーさん、レクへの参加と指導をお願いできますか?」

 

 スペシャルウィークが視線をヒシアマゾンに向けると、ヒシアマゾンが大きく頷いた。

 

「了解だ。ばっちりマンツーマン(タイマン)で仕上げてやるよ!」

「えっと……人数にもよりますが、5人くらいであれば、おそらく30分もあれば基本の動きや情報伝達はできると思います」

「分かりました。では優先アサイン人員は一度の応援は3人を基本定員として、予備人員含めて5人指定します。レクは明日の14:30から体育館でということで一旦確定。都合が悪ければ、明日の通しリハ後を目途に日程再調整(リスケ)ということでいいですか?」

「あぁ」

「わかりました」

「では誘導まわりはひとまずこれでいいとして……えっと」

 

 スペシャルウィークが助け舟を求めるようにエアグルーヴを見る。

 

「他に気になるのは広報班の動きだ。スマートファルコン、班長としてどう見た?」

「うーん、いろいろ動きながらアングル探してみたけど、ファル子的には会場横からやステージ前からだけだとベストアングルになりにくいかなって。できればキャットウォークも使えたらと思うんだけどダメ?」

 

 顎の下に指を置きながらそう告げるスマートファルコンだが、腕を組んで見せるエアグルーヴ。

 

「入口側の最後方は誘導班と統括班の指揮所として扱うし、その前は照明班が使うことになる。ステージが広く望める場所は空いていない上に、上り下りは梯子になる。照明を落とした状況で動くことが多い広報班が動くのは危険だと思うが」

「ってことは、エアグルーヴさんが気にしてるのって上り下りの危険だけ?」

「そこで動き回ると危険という話だ」

 

 むむむ、と唸ったスマートファルコンだったが、すぐにポンと手を打った。

 

「じゃあじゃあ、最初からそこで張り付きの人を置いておけばオッケーだよね?」

「待て、そんな人員の余裕は……」

「一人心当たりがあるんだ☆ ウマ娘のことをよく見てて、どう切り取れば輝くかわかってて、頼めば熱心に協力してくれそうな子。で、まだ参加者として申し込みをしてない子」

 

 そう言ってウインクをしてみせるスマートファルコン。セイウンスカイからすると『これが本物か』と思わざるを得ない。チームとしても同じ『ティコ』グループなので会話の機会も多いのだが、このあたりの所作はやはりウマドルを自認するスマートファルコンの方が上だ。

 

「スぺちゃん、副会長さん。人員を確保できて、キャットウォーク張り付きだったら問題ないよね? 休憩時間の明るいタイミングで安全に上り下りすればいいだけだし、予備のカメラもあるから機材の追加手配も必要ないと思うし」

「エアグルーヴさん、どうしましょう?」

 

 困ったようにスペシャルウィークがエアグルーヴを見る。拝み倒すように両手をあわせて腰を90度に折るスマートファルコン。

 

「お願いー! 事前告知は間に合いそうですけど、当日のカメラ担当が足りないんですよー!」

「……本人の意思を最優先にしよう。キャットウォークでの活動を行う場合は高所安全教育を受けた上でなら許可する」

「エアグルーヴさんありがとー!」

 

 愛想フルパワーでお礼を言うスマートファルコン。

 

「で、その心当たりの相手というのは誰なんだ」

「ふっふふー。エアグルーヴさんなら、芝・ダート両刀使いになりそうな子って言えばわかるかも?」

「ああ、あの小柄な……」

「イエース! 去年のダートジュニア王者にして、今は桜花賞に向けてキラキラに仕上がってきてる期待の新星! いつかファル子と一緒に日本のダート戦線を引っ張ってほしい子ランキングナンバーワン!」

 

 そこで間を貯めに貯め、スマートファルコンが人差し指を天に向けぴっと突き出した。

 

「チームスピカの……アグネスデジタルちゃんですっ☆」

 

 


 

 

「ほえ? 今誰かに名前を呼ばれたような……ハッ、まさかデジたんの徳もいよいよテレパシーを受信できるまでに!?」



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エアグルーヴは手を伸ばせない

「うひょおおおおお! サービスショット満載ですぞぉ!」

 

 頭上のキャットウォークの方から聞こえてくるアグネスデジタルの声を聞きながら、セイウンスカイは息を整える。体育館の壁は誰に対しても冷たさを提供してくれる。それが踊り疲れて火照った身体には気持ちが良かった。

 

「な、なんとか乗り切った……!」

「お疲れ様。君も大人気だったね」

「フジさんこそ」

 

 リーニュ・ドロワット本番当日。照明トラブルなどもあり、ステージではなく体育館中央で踊る羽目になったと聞いて冷や汗をかいたものの、なんとかエキシビションを乗り切った。それに満足感を覚えなかったと言えば、おそらく嘘になる。

 

 だが、セイウンスカイにとって本当のトラブルはそのあと。彼女と踊りたいという人が複数出てきてしまい、すぐ引っ込む予定が崩れ、しばらくいろんなウマ娘と踊り明かすことになってしまったことだった。

 

「ステージの上で軽く踊って退散のつもりだったのに、とんだ災難ですよー」

「でもよく乗り切ったね、えらいえらい。それに……大胆な判断をするものだね、スペちゃんも」

「実際、会場セットやライティング含めてよく調整しましたよ。エアグルーヴさんもよく土壇場で許可しましたよね」

 

 今は即席の中央ステージが踊りたい面々に開放され、いろとりどりのドレスが花開く。卒業生やトゥインクル引退組が多いが、現役生も結構な人数が見える。比率はほぼ半々と言えるだろう。

 

「前に比べれば多くの在校生が参加してくれているよ。結果は上々といったところだね」

「なによりですよー。なかなか疲れましたよ、本当にもう」

 

 そんなことを言いながら天井を仰ぎ──正確には天井から伸びるキャットウォークを仰ぎ見るセイウンスカイ。外だったら星空が見えたのだろうかと考えるが、そういえば今日の府中は曇りだったと思い直す。

 

「とはいえ大人気だったじゃないか。君のファンも増えたんじゃないかな?」

「またまたぁ。私の何倍も囲まれてたじゃないですかぁ」

「嬉しい限りだよ。……そう言う君も、悪い気はしてないんじゃないのかい?」

「聞き方が意地悪ですね、フジさん」

「ふふっ」

 

 フジキセキは笑う。実際、彼女はセイウンスカイよりも多くのウマ娘と踊っていた。どこまで行ってもそつも隙もない対応をして戻ってきたフジキセキは、どこか満足そうにフロアを眺める。

 

「本当は私のトレーナーさんと踊りたかったところだけども、ドロワはあくまで生徒会主催、ウマ娘しか参加できないイベントだからね。それに思い出作りも悪くない」

「あー、なるほど。トレーナーの存在を盾にして逃げればいいのか……セイちゃん良いことベンキョーしちゃいました」

「おやおや、悪い子だ」

 

 余裕そうに笑うフジキセキ。

 

「そう逃げても、君にも結構熱心なファンがいるじゃないか」

「まぁ、いぶし銀? とでも言うんですかね。一番人気は趣味じゃない、って子とかが推してくれたりするんで、結構ありがたいと思ってますよ」

「けれど、それをよしともしてないんだろう?」

「……やっぱり聞き方が意地悪ですよ、フジさん」

 

 半分茶化すようにそう言い返す。半分は本音だ。

 

「自覚はあるよ。でも大切なことだ。作戦かもしれないけど、自ら進んで孤独になる必要はない。少なくとも、君はそれを選ぶべきではない」

「……フジさん、あなたは」

「余計なお世話だったならそれでいい。私を軽蔑してくれていい。それでも、一瞬でも揺らいだのなら、君は一瞬でも立ち返るべきだよ。君は君のために走るとしても、その背にはいくつもの思いが託されているだろう? 捨てたくても捨てられなかった(おり)のような思いを矜持と呼ぶのなら、君こそはその思いを武器にするべきだ」

「……フジさんは、レースをステージと勘違いしていませんか?」

「……かもね。忘れていいよ、さっきのことは」

 

 フジキセキが溜息を吐いたタイミングで、緩やかな舞踏会の音楽が一区切りとなった。すっと明かりが暗くなっていき、ステージ上にセットされたDJブースに明かりが灯る。照明トラブルを受け、統括ブロックの面々が慌てて100円均一で買い占めてきたLEDライトがこれでもかと言わんばかりに輝く。

 

《さぁ、皆様お待たせしました! ここからは一気に盛り上げていきましょう!》

 

 DJブースの前に出てきたのは勝負服姿のスペシャルウィーク。それを見るでもなく眺めるセイウンスカイ。

 

《今年のリーニュ・ドロワットは一味も二味も違います! 優雅に華やかに、そしてエネルギッシュに参りましょう! 学園内外から一流のトラックメーカーたちを集めてアップテンポでハイになる楽曲たちをお送りします、ドロワット・ハイウェイラインの開幕です! 司会進行もスペシャルウィークから特別パーソナリティに引き継いでこの方にお願いします! ────ダイタクヘリオスさんっ!》

《イエェェェエエエエエエエエエイ! バイブスマックスでテン上げチョモランマでイっくよおおおおっ!》

 

 マイクのハウリング音が一瞬キィンと耳を突いたが、すぐに音響が適切な音量に抑え込む。

 

「本当によく採用したよね……」

 

 苦笑いのフジキセキ。これでも会場からちゃんと叫ぶようなレスポンスが返ってきているので、成功ではあるらしい。

 

《とりまのスタートダッシュはこのトラックをキメときゃアガるっしょ! 鼻にゅうめんPことOGAちゃん、よろしくぅ!》

 

 ダンスフロアの明かりも色の付いたものになり、スピーカーから流れる曲の音量もテンポも上がっていく。フロアのライトもガンガンと色が変わっていき、それにつられるようにウマ娘たちが身体を揺らし始める。

 

 その様子をじっくりと眺めてから、セイウンスカイは頷いた。

 

「うん、これぐらいくだけてた方がセイちゃん的にはいいかな」

「これはあれだね、個人で踊る感じの曲だね」

「踊るというよりモッシュで騒ぐんですよ」

「モッシュ?」

「ステージ前のあんな感じみたいにおしくらまんじゅうすることです。覚悟せずに突っ込むと押しつぶされるので、やめた方がいいですね」

 

 私の知らない文化だ、とフジキセキは笑った。

 

「あー、フジさんとはたしかに無縁かもですね、こういうロックというかパンクなステージって」

「実際初めてだよ。スカイは慣れてる感じかな?」

「実はあんまりなんですけどねぇ。ガンガンうるさいのはなかなか苦手で……楽しそうではありますけど」

「じゃあ突っ込むのかい?」

「今は体力がないのでパスします。それに……」

 

 セイウンスカイの視線の先をフジキセキが追うと、ようやくステージから解放されたスペシャルウィークが降りてきて、手を振りながらこちらに向かってくるところだった。

 

「セイちゃん! さっきはありがとう! すごいかっこよかったよ!」

「あははー。それはスペちゃんもでしょー? さっきまで司会進行で出ずっぱりだったんだしー」

「そ、そうかなあ。私は私のできることを必死にやってたらこんなことになってただけで……」

「それでできるのはすごいことだよー? よっ、常勝無敗の総大将っ!」

「もー、からかわないでよー!」

 

 そういって頬を膨らませる彼女だったが、すぐに笑顔に戻る。

 

「でも、本当にありがとう。フジ先輩もありがとうございました! おかげで素敵な導入になったと思います!」

「ポニーちゃんのためになったなら、これくらいどうということもないさ」

 

 おどけた様子でそう口にするフジキセキに、ぺこりと頭を下げるスペシャルウィーク。

 

「で、統括ブロックの進行班長さんがこんなところで油売っててもいいのかなー?」

「しばらくはヘリオスさんがステージを仕切ってくれるから大丈夫だよ。というわけで、ちょっと息抜きに……セイちゃん、私と一緒に踊らない?」

「いっ!?」

 

 思わずという具合の叫び声が漏れ、聞いていたフジキセキが噴き出した。

 

「あっはっは! いいじゃないか、踊ってくれば」

 

 声には出ていないが『威力偵察にもなるだろうし』と続いたに違いない。そう確信しながらセイウンスカイは眼をそらしつつ、頬を掻く。

 

「仕方ないなぁ、じゃあ次のトラックだけだよ、スぺちゃん。ちょうど切り替えのタイミングだろうし」

《次のトラックメーカーもバイブスアゲアゲでいっくよー! カモーン『!monad』、ロジカルなサウンドでクールにフロアをアツアツにしちゃってー☆》

 

 赤系統の色で照らされていたフロアも青系統の色に変わる。DJボックスに立つのは、スペシャルウィークとセイウンスカイの前年にデビューして、今年の大阪杯を搔っ攫っていったウマ娘。

 

「へー、シャカールさんDJやるんだ」

「あれ、セイちゃん知らなかったの? というより、進行表見てなかったの?」

「私はエキシビションだけ踊ったら終わりだからねぇ」

 

 そう言いつつフロアの方に出ていこうとした、ちょうどそのとき────ものすごい勢いで走る人影とすれ違った。

 

「……えっ?」

 

 慌てて振り返るセイウンスカイとスペシャルウィーク。すれ違ったウマ娘──辛うじてしっぽが見えた──がありえないほど大きい音で体育館の床を踏み切り、身体を宙に踊らせるのとほぼ同時だった。

 

「うそぉ!?」

 

 セイウンスカイが思わずそう叫んだタイミングで、ジャンプしたウマ娘はキャットウォークの手すりに手をついて飛び越え……そこにいた影に飛びかかった。

 

「のわっ!?」

 

 アグネスデジタルの悲鳴が響くと同時、胴の長いレンズが付いた一眼レフカメラがキャットウォークから落ちてきた。そのまま床に当たって砕けたカメラの破片が音を立てて飛び散り、周囲の視線を嫌というほどに集める。

 

Don’t move(抵抗するな)! What are you going to(殿下に何をしよう) do to Her Highness(としていた貴様ッ)!?」

「ちょ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい痛い痛い痛いっ!」

 

 アグネスデジタルの悲鳴が響く中、勝負服のポケットに入れていたらしいスペシャルウィークのスマホが光った。セイウンスカイからでは聞き取りづらいが、耳を澄ますとどうやらエアグルーヴの声に聞こえる。

 

《アボート・アボート。進行中断。上手(かみて)キャットウォーク部でトラブル》

 

 それを聞いたスペシャルウィークが息を大きく吸った。その息を吐きながら何かを呟くように口元が動く。セイウンスカイはスペシャルウィークが何を言っているのかを聞き取れなかった。

 

 その直後、スペシャルウィークは自身の耳元に手を当てる。今度は簡単に彼女の言葉を聞き取ることができた。

 

「進行班長スペシャルウィークよりエアグルーヴ統括リーダー、トラブル対応入ります」

《頼んだ。私も向かう》

 

 セイウンスカイはそのとき初めて、スペシャルウィークの耳に骨伝導式の小型ヘッドセットが挟んであるのに気が付いた。キャットウォークに向かう梯子にそのまま飛びつき、駆けあがるスペシャルウィーク。

 

 BGMが停止し体育館の天井に吊るされた石英水銀灯がゆっくりと色付き始めるころ、会場のフロアから大声が響いた。

 

STOP HARMING HER, CAPTAIN(大尉、いったい何をしているのですかっ)!!」

 

 その顔を見て、セイウンスカイはこんな事態になった理由をおおよそ察した。グリーンを基調にしたドレスに身を包んでいるのはファインモーション──大英諸島連合の一角、アイルランド大公国の第二公女だ。

 

As you know,(デジタルさんは) Agnes Digital is(わたくしの善き) a dear friend to us.(友人でもあります。) If you understand that your(大尉、アグネスデジタルさん) behaviour towards(を解放なさい。) her is synonymous(貴女が実行した) with that towards us,(今の警備行動は、) you should let her(私を攻撃している) go, Captain.(と言っていい)

A-Against my(し、しかし殿下、) will, Your Highness,(謹んで申し上げます。) I consider......(本官の任務は──)

Thank you, Guinness.(ギネス、わかっています。) However, you know full well that(だとしても、この場がこれ以上我々に) we abhor such behaviour(よって混乱することなどあって) with all our heart.(はならないのです。) This is an order for you.(改めて下命いたします。) You-should-let-her-go.(デジタルさんを解放しなさい)

 

 ファインモーションの声が凛と張る。キャットウォークに飛びあがった影──ファインモーションの護衛を担当しているSP隊長は、しぶしぶといった様子で組み伏せていたアグネスデジタルを解放する。キャットウォークを駆けてきたスペシャルウィークがアグネスデジタルを助け起こした。

 

「これ、大丈夫かなぁ……」

 

 アグネスデジタルを背負うようにしてスペシャルウィークが梯子を下りてくる。そこにセイウンスカイが駆け寄るのとファインモーションがやってくるのはほぼ同時。遅れてエアグルーヴも駆けてくる。

 

「スぺちゃん、大丈夫?」

「デジタルさん、本当にごめんなさい……」

「スペシャルウィーク、何があった」

 

 泣きじゃくるアグネスデジタルを見つつ、スペシャルウィークに問いかけるエアグルーヴ。

 

「理由はわたしにもまだ。ですが、ファインモーションさんの護衛隊長さんに聞けば分かるとは思います。ひとまず各所への対応を指示して、それから別室に移動しましょう。……エアグルーヴさん、タイムラインの管理をお願いできますか? 何があったかの確認とフィードバックはわたしがやりますから」

「ファインのことなら私の方が……」

「エアグルーヴさんはダメです」

 

 スペシャルウィークは即答する。

 

「エアグルーヴさんはファインモーションさんと同室です。状況の整理は可能な限り関係性のない人がやるのが鉄則だって、わたし、エアグルーヴさんから教わったんですよ」

 

 そう言ってスペシャルウィークはヘッドセットに手を伸ばし操作する。エアグルーヴはそれをただ黙ったまま聞いていた。

 

「至急至急、進行班長スペシャルウィークよりメジロアルダン救護班長、取れますか? ……はい、まずは保健室への連絡を。それから念のために会場入口で担架を準備させてください。そこまではわたしが運びます。続けてスマートファルコン広報班長、取れますか? 広報班は現場の写真を数枚撮ってから清掃をお願いします、統括からの応援も向かわせますので。安全確認が終了した後はエイシンフラッシュ統括補佐の指示に従ってください」

 

 周囲を見渡しつつ、スペシャルウィークは目を走らせる。

 

「続けてヒシアマゾン会場リーダー、取れますか? サクラチヨノオー誘導班長及びスマートファルコン広報班長と連携して、現場の鎮静化をお願いします。おそらく会場の整理だけで問題はないと思います。続けてエイシンフラッシュ統括補佐、取れますか? チームスピカの沖野トレーナー及びチームリギルの東条トレーナーに電話で一報をお願いします。それから統括ブロックの余剰人員を3名ほど広報班の応援に向けてください。以上、終わり」

 

 耳元に当て続けていた手を除けて、彼女はエアグルーヴに対してきっぱりと告げる。

 

「エアグルーヴ統括リーダー、進行班と協力してタイムラインの管理と調整をお願いします。調整完了次第わたしに引き継いでもらえれば、後は対応します」

「……分かった。この案件は任せるぞ」

「はい。それでは関係者のみなさん、移動するのでついてきてくださいね。……ごめんねセイちゃん。わたしから言い出したのに、一緒に踊れなくなっちゃった」

 

 スペシャルウィークは微笑みと共にそう告げて、セイウンスカイに背を向けた。



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ファインモーションは気が気じゃない

「で、呼び出されて来てみたらこれはどういう状況だ?」

 

 通常業務が終わり、トレーニングもない今日は久々に定時退社だと気楽な心持ちで荷物をまとめていたところに電話で呼び出された沖野は、開口一番胡乱な声をあげた。

 

「沖野トレーナー……」

「べそかいちゃってまぁ……」

 

 沖野はそう言って苦笑いを浮かべた。アグネスデジタルが涙目になっている事態は相当に珍しい。普段鼻血を出すことこそあれ、このように泣くことはめったにないのだ。

 

 沖野が呼び出された先は体育館からほど近いコミュニケーションスペース。教室と廊下の壁を取っ払ったような空間で、生徒たちの団欒の場として、あるいはオープンに実施できる肩肘の張らない面談や話し合いの場として扱われている。木材をふんだんに使ってやわらかいイメージを与えるようにと気を使っているのだろうが、顔を合わせている面々の物々しい雰囲気ですべてぶち壊しである。

 

 そこに集まっているのは、まだぐずっているアグネスデジタル、そんな彼女の肩をさするファインモーション、リギルのチーフトレーナーである東条ハナ、同じくリギルのサブトレーナーである桐生院葵、トレーナー二人と真面目な顔で会話しているスペシャルウィーク、そして居心地の悪そうなファインモーションの警衛部隊の隊長と、その他数名の護衛。

 

「お疲れ様です、沖野トレーナー。お忙しいところ申し訳ありません」

 

 沖野の存在に気付いたスペシャルウィークがそう言って頭を下げてくる。それを手で制止しながら沖野は口を開く。

 

「いや、ちょうど手の空いたタイミングだったからいいんだが……デジタルがファインモーションさんの警衛隊に取り押さえられたって、一体全体何があったんだ」

 

 そう言いつつ沖野は椅子に座ったアグネスデジタルの前に膝をついて視線を合わせた。

 

「沖野チーフ、この度は──」

「ファインモーション」

 

 会話を強制的に断ち切る沖野。

 

「今必要なのは謝罪じゃなくて情報だ。何が起きて、何が問題だったのかを知らないのに謝られてもこちらが困る。……まずはデジタルの状況の確認から。デジタル、立てるか?」

 

 沖野に言われその場にまっすぐ立つアグネスデジタル。

 

「見たところ脚は無事だな。痛みは?」

「動かせないほどじゃないんですけど、肩が」

「肩?」

警衛隊(こちら)の隊長が組み伏せたときに腕を後ろに回すように拘束しています。そのときに軽く捻ったのかと」

 

 ファインモーションの補足に唸る沖野。

 

「少し肩を触るぞ。痛いのはどっちだ?」

「右側です。あの、佐久間トレーナーは……」

 

 アグネスデジタルが申し訳なさそうに聞く。

 

「佐久間なら買い出しに出てたタイミングだ。電話で戻るよう伝えたら、恐ろしいほど低っい声で『すぐ戻ります』と言ってたから文字通り飛んでくるぞ」

「デジタルさんは沖野トレーナーが指導しているわけじゃないんですか?」

 

 服越しにアグネスデジタルの肩を軽く触りつつ、沖野はスペシャルウィークの問いに答える。

 

「デジタルの指導は基本的に佐久間サブトレ主体で進めてる……右肩熱持ってるのと、首の後ろが腫れてきてるな。肩は捻ったか脱臼しかけたかでいいとして、首の後ろ擦ってるのが気になるな……さっき直立できてる以上脊椎には問題ないだろうが……保冷剤(アイスノン)持ってきてるからいったんこれで冷やしとけ。簡単な状況確認が終わったら念のため病院でレントゲンだな。大事にはならないだろうが、一応頭部CTも取ってもらえ」

 

 沖野がそう言ってアグネスデジタルを再度座らせる。

 

「で、何があったんです? デジタルが写真係でイベントに駆り出されてたのは知ってますが」

「佐久間さんを待たなくていいんですか?」

 

 そう発言したのは桐生院だ。メインの担当トレーナーがいない状況で話を進めていいのか迷ったらしい。

 

「俺から説明しとくから大丈夫だ。本来なら佐久間の方がこういうエマージェンシー対応は向いてるんだが、いきなり戦闘モードの威圧感満載で飛んでくるだろうからそうなる前に整理しときたい。それに、この面々ならテンペルの陽室トレーナーも来そうなものだが」

「わたしのトレーナーさんは、今関西にいて連絡がつきません」

「関西?」

 

 スペシャルウィークの補足に沖野が怪訝な顔をした。事前にスペシャルウィークから聞いていたらしい東条が溜息を吐いて続ける。

 

「大阪ドームで明日開催されるプロ野球開幕戦の招待チケットを()()するため、だそうよ」

「本当になにやってんだあのちんちくりん……まあ当事者ってわけじゃないし構わんが。それで、デジタルは一体何をしてこうなった? 何もしてないのに警衛隊が動くとは思えないんだが」

 

 ファインモーションが一歩前に出る。

 

「結論から申し上げますと、わたくしの警衛隊隊長がデジタルさんの持っていた一眼レフカメラを武装と誤認し、武装解除と拘束の手順を実行したことが原因です」

「カメラと武器を見間違えた?」

 

 沖野がオウム返しにそう口にすると、頷くファインモーション。スペシャルウィークが歩いてきて、白っぽい物体を差し出した。長さは30センチほど。端に握りと、反対側の端に板がついたような不格好なプラスチック製のパーツだ。

 

「これは?」

「デジタルさんがカメラに着けていた部品で、ショルダーブレースと言うそうです。3Dプリンタで作ったもので、ここに残っている黒いパーツはカメラの底のマウント部分。白い部分を肩に当てて、カメラを安定して構えるためのパーツです」

 

 こんな風に使うそうです、と続けて実際に構えて見せるスペシャルウィーク。右肩に端の板の部分をあて、右手で握りを持って構えると……ちょうど、顔の前にカメラのマウント部が来る。

 

「あー……なるほど理解した。そりゃロケランかバトルライフルに誤認されて当たり前だ」

 

 構えの姿勢はたしかに小銃を構えた姿勢に酷似していた。沖野はアグネスデジタルの方を見る。

 

「お前なぁ。こう、三脚とかもっとこう、あっただろ」

「キャットウォークは狭すぎて三脚どころか一脚でもファインダー覗くと通路ふさいじゃうんですっ! しかも会場のライティングがガンガン切り替わるし、ズームする場所もガンガン変わるので機動力を上げないとウマ娘ちゃんのいいところなんて撮れないじゃないですか! それにカメラ落としたら大惨事ですし、露出時間も長いので手ブレしますし。安定して構えようと思ってたらこの形になったんです!」

 

 興奮気味にまくし立てるアグネスデジタルに沖野は頭を抱えた。

 

「ということはあれか? やっぱりこのパーツ自作か? ってか、カメラ自体持ち込みか?」

「そうですよっ! 全日本ジュニア優駿の賞金が入ったので、やっとコンデジからアップグレードできたんですよ! ショルダーブレースは小物づくりが得意なオタク仲間に作ってもらったものです!」

「あの長いレンズも私物だったんですね……」

 

 ファインモーションがそう口にすると、はいっ! と元気よく返事をするアグネスデジタル。首を動かすのは少々痛むらしい。直後に首をさすっていた。

 

「初心者こそ良い装備をするに限りますからね」

「……浪費癖がつかないか本気で心配だぞ、俺は」

 

 沖野がそう溜息を吐けば、心配された本人がそれに頬を膨らませる。

 

「ウマ娘ちゃんのための投資は浪費じゃないですーっ! ペンライトもグッズも部屋に入るうちはセーフですし!」

「アウトだよ! お前までフクキタルみたいになるな!」

 

 そんなやりとりが始まってクスクスと笑う桐生院。

 

「でも元気そうでよかったです。デジタルさんが怪我したって聞かされたときはどうしようかと思ったのですが、命に別状はなさそうで……本当に、本当によかったです」

「本当ね……少なくとも最悪の事態は回避できたようで良かった」

 

 沖野は頭をぽりぽりと掻きながら二人の言葉に返す。

 

「少なくとも言語野も記憶も大丈夫そうだ。CTで脳出血とかがなければ、肩の怪我の精検待ちだし、激痛でどうにも動かないといった様子でもない以上、早い段階で治癒が見込めるんじゃないか? お医者さんの判断次第だがな」

 

 そう言って、沖野はスペシャルウィークの方に視線を向けた。

 

「すまない、脱線したな。今回の()()、運営側には通してたのか」

「はい、承知していました。スマートファルコン広報班長経由で、わたしやエアグルーヴ統括リーダーに報告が上がっています。キャットウォークからの撮影の手ブレ対策としても有効だという説明もあったので、正式に許可していました」

 

 沖野が顎に手を当てて考え込むような仕草を見せると、すぐにスペシャルウィークが深々と頭を下げた。

 

「リーニュ・ドロワット運営委員会として許可した以上、わたしたちの責任です。申し訳ありませんでした」

「え、あぁ。まぁそりゃそうなんだが、組織の責任である以上、個人が必要以上に頭を下げる義務もない。そんな肩肘張んなくても大丈夫だぞ、スペシャルウィーク」

 

 そう言って下げた頭にぽんと手を載せる沖野。その顔には優しい笑みが浮かんでいる。

 

「……ですが」

「ですがもへちまもない。こういうときはまだ大人を頼って良いんだぞ」

 

 そのままさらさらとした髪を撫でつけていると、明らかにわざとらしい咳払いが聞こえた。その方向をスペシャルウィークと沖野が見ると、拳で口元を隠している桐生院と腕を組んでいる東条がいた。

 

「安易に女性の髪を触るなど、女性の扱いがなっていないのではないですか、沖野チーフトレーナー?」

「うえっ、そんな桐生院さんも怒らないでくださいよ」

 

 東条も同意するように頷いているので、沖野はタジタジだ。

 

「時間も押してるし、さっさと話を進めようじゃないか」

「逃げたわね……」

「逃げましたね……」

「それで、だ。デジタル!」

 

 トレーナー二人の追撃を無理矢理かわして生徒の名前を呼ぶ沖野。

 

「取り押さえられる直前って何をしてたんだ?」

「えっと……ちょうどステージの演奏者の入れ替えがあって、エアシャカールさんが舞台に出てきたんです」

 

 アグネスデジタルはどこかばつが悪そうに続ける。

 

「それに合わせて会場のライティングが変わったので、フィルターを変えて構え直した瞬間に真下からSP隊長さんが飛んできて、カメラを弾き飛ばされたのに気づいたときにはあっという間に組み伏せられてました……」

「なるほど……フィルターの調整動作をリロードか何かの予備動作だと勘違いした。……ということで隊長さん、合ってます?」

「申し開きもございません」

 

 沖野がSP隊長に確認を取ると45度の最敬礼が返ってきた。

 

「シャカールが出てきたので、わたくしも最前列に移動しようとしていたんです。なので、同じタイミングでデジタルさんがシャカールを撮ろうとしていて」

「で、カメラのファインダーに護衛対象が入るタイミングになったから、ロケランか何かで狙われてると考えた隊長さんが慌てて武装解除に走った。ってところか。首の後ろの腫れは首にかけてたカメラの紐がこすれたから……と見るのが無難か。肩の腫れは組み伏せられるときのもので間違いないだろう。……デジタル、お前後で佐久間にちゃんと怒られとけ。お前も十分やらかしてるぞ」

「ふぁい……」

「デジタルさんは何も悪いことをしていませんよ!」

 

 ファインモーションが慌ててとりなしに入るが、スペシャルウィークは黙ったままだ。困り顔で沖野が続ける。

 

「もちろんデジタルに害意はなかったし、悪さそのものをしたわけではないけどな。聞いてる限りライブで暗い状況だったんだろ? そんなときにそんな紛らわしいもの構えてたら疑われても当然だし、そちらの警衛隊の隊長さんも疑うのが仕事でしょう。なら皆が正確に仕事をしただけだ」

 

 そういって肩をすくめる沖野。

 

「瓜田に履を納れず、李下に冠を正さず……疑われることをしたデジタルにも責任の一端はあるわけだ。あんまりそう隊長さんを責めないであげてください。……ということで、ファインモーション周りはそれで整理がつくと思うんだが、おハナさんはそういうことで大丈夫か?」

「スピカがそれで構わないなら。だけど、デジタルさんは二週間後には桜花賞でしょう? 調整は間に合う?」

「間に合わせるのがトレーナーの腕の見せ所だろうし、負い目を感じられてもこちらが困る」

 

 トラブルはつきものだろ? と沖野は笑う。

 

「とりあえずは病院で見てもらってからだな。カメラの修理というか、まあぶっちゃけ買い換えだろうし、そのへんの弁償や治療費とかのお金周りは追ってトレーナーと関係者を交えて詰めれば良いだろう。お金が絡む以上、ここで口約束で詳細を煮詰めるのはまずい。後日たづなさんか学園総務の人間に入ってもらって書面で取り交わしたいが、おハナさんから異論はあるか?」

「ないわ。学園との取り次ぎはリギル側でするから、空いてる日付を教えて」

「わかった。後でメールする。手間をかけさせて申し訳ないが……」

「大丈夫、手間賃ぐらいこっちで払わせてちょうだい」

「それじゃ、遠慮なく甘えさせてもらう」

 

 沖野がそう言ったタイミングで靴音が聞こえてきた。沖野が振り向いて吹き出す。

 

「怖いのは予想してたが、予想ぶっちぎって怖い顔でうちのサブトレがきたから、デジタルと俺はここで失礼するよ。デジタルの診断結果については明日までにリギルと生徒会と学園総務にメールで一報いれるから明日朝にでもチェックしてくれ。おら、デジタル病院いくぞ」

「はい……ひょえっ! 佐久間さんそんな大事じゃないですから安心してくださいっ!」

 

 廊下の奥に出ていったアグネスデジタルの声を聞きながら、沖野がスペシャルウィークの方を振り返る。

 

「あぁ、余計なお世話かもしれんが、スペシャルウィーク。お前もう少し肩の力抜け。そんなんだとあっという間に息切れするぞ」

「……いえ、わたしのことはご心配なく。少し気持ちを切り替えるだけで済みますから」

「そうか? ならいいんだが」

 

 沖野がスペシャルウィークの肩を叩いてアグネスデジタル達を追いかける。スペシャルウィークは撫でられて少し乱れた髪を直しながら、無感情な瞳でそれを見送った。



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シンボリルドルフは省みない

 遠くで優雅な音楽が流れ始める。会場はどうやら完全に復旧したらしい。体育館に面した中庭のベンチに座り、その音楽を右から左に聞き流しながら、セイウンスカイはペットボトルの水を口に含んだ。喉がやけに渇く。襟元の第一ボタンと蝶ネクタイを緩めて少しでも楽にする。

 

「……私は、スペシャルウィークのことを、本当に知っているのか」

 

 セイウンスカイの頭の中で響くのは数週間前に掛けられたフジキセキの言葉だ。その命題が、その問いが、まさに『正鵠を射ていた』ことにゾッとする。

 

 フジキセキは確かにセイウンスカイが見えていなかった一面を正確に捉えていた。座学中には見せないスペシャルウィークの一面。練習中はおろか、パドックでも、ターフでも見せない彼女の一面、それをフジキセキは極めて正確に捉えていたのだ。

 

「……あれは、なんだ」

 

 そう呟いて、セイウンスカイは自分自身に問いかける。自分の思考回路は、あのスペシャルウィークをどう処理すればいい。アグネスデジタルが何故かファインモーションの護衛に取り押さえられたその瞬間の振る舞いを、どう解釈すればいい。

 

「……パーティの夜に一人きりというのは、スカイさんらしくないわね」

 

 その声にセイウンスカイが顔を上げると、そこには深い臙脂色のドレスを身に纏った見知った顔があった。

 

「キングこそ、ウララちゃんと踊りに来たんじゃなかったの?」

「ダートで走ってる子と踊ってきたいってフラれちゃったわ。貴女と似たようなものね」

 

 貴女と似たようなもの。そう言われ、スペシャルウィークの微笑みが脳裏に浮かぶ。

 

「……盗み聞きは一流の行為とは言えないんじゃない?」

「あれだけ目立つことがあったばかりだからしょうがないじゃないの!」

 

 そう言って目を三角にするキングヘイロー。だが、その顔はすぐに優しく緩んだ。

 

「隣、いいかしら?」

「勝手にどうぞー」

 

 律義に許可を取るあたり、本当にキングヘイローらしい。彼女がセイウンスカイの左隣に収まってから、しばらく無言の時間が続いた。何故キングヘイローがここに来たのかを考える。何故声を掛けに来たのかを考える。

 

「スカイさん、貴女は……」

「何さ」

「貴女は、スペシャルウィークさんのことをどう思っているのかしら」

「……それ、またキングが中距離戦線に復帰するってことでいいのかな」

 

 キングヘイローはクラシックでの不振を受けて、数ヶ月前から短距離戦線に乗り換えている。どうやら彼女にはスプリンターとしての才があったらしく、数日後には高松宮記念への出走を控えていたはずだ。セイウンスカイにその乗り換えを揶揄する意図はないが、思うところが何一つなかったかと言えば嘘になる。

 

「いいえ。私は私の道を行く。そう決めたことを反故にするつもりはないわ」

「スぺちゃんから逃げたのに?」

「そんなことを言う貴女はスペシャルウィークさんに囚われているのではないの?」

 

 キングヘイローは顔を正面に向けたままそう言った。その目が細められ、セイウンスカイを射貫く。

 

「少なくとも、貴女にはこのキングヘイローが逃げたように映っているということはよくわかったわ。そう思っている貴女にいくら言葉を掛けたところで届きやしないってことも。それでも、スカイさんほどの逸材が緩慢な死を迎える現状を、ただ指をくわえて見ているなんてできないのよ」

「……どういう意味なのかな」

「文字通りよ。……貴女、スペシャルウィークさん以外見えてないでしょう。そして、彼女以外にこれ以上負けることなんて考えてもいない。それじゃあ、スペシャルウィークさんにも勝てはしないということも、考えたことがない」

 

 でしょう? という声にセイウンスカイは答えることができない。

 

「確かに実力で見ても、私達の世代で今あの子に一番近いのはスカイさんよ。けれども、今の貴女は冷静さを失っている。スペシャルウィークさんという熱病に侵されているのは、決して世間だけじゃない」

 

 キングヘイローは腕を組む。

 

「スペシャルウィークさんは強い。それは認めざるを得ない。それを倒そうと皆が躍起になっている。皆が勝手に私たちに希望を預けていく。皆が勝手にレースに色をつけていく。そしてそれが、彼女の背中を押し続ける。常勝無敗の総大将でありつづけること、力を誇示し続けること、それが彼女を形作っている」

「キングは何が言いたいのかな。難しい話はセイちゃん苦手なんだけどなぁ」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、セイウンスカイ」

 

 キングヘイローらしからぬ絶対零度まで冷え込んだ声に、セイウンスカイが黙り込む。

 

「スペシャルウィークに皆が絶対を見る。シンボリルドルフ以来の逸材として、絶対を見る。そして私たち挑戦者には、その絶対を突き崩せと彼女の強さを直視することを強いる。それが重しになる。レースの本質は、あの子の強さは、そこにはない」

「じゃあ、どこにあるってのさ」

「……おそらくスペシャルウィークさんは、とても周囲の目に敏感なのよ。そしてそれを器用に利用して、自らの虚像を、自ら纏う……多分、そういうことをしている。周りが勝利を望む限り、あの子は折れないでしょうね」

「なら、いつも見てたスペちゃんはなんなのさ」

 

 半ば反射的にそう言い返すセイウンスカイ。噛みつくべき相手は目の前のキングヘイローではないことなどわかっているが、それでも噛みつかずにはいられなかった。

 

「覚えているかしら。スペシャルウィークさんがまだ転入してきたばかりのころ、スペシャルウィークさんは、座学もボロボロだったし、初回選抜レースに向けて教官に走りを習っていたときも、パッとした成績は残していなかった」

 

 セイウンスカイはそう言われ思い返す。

 

「でも、すぐにトレーナーがついて、頭角を示し始めた」

「……テンペルの陽室トレーナーと、相性がとてもよかったのでしょうね。でもおそらくは、トレーナーが彼女に役割を与えた。日本一のウマ娘になるという彼女の夢を、最初に学園で信じたのがおそらく陽室トレーナー。その陽室トレーナーが望む虚像をスペシャルウィークさんは被った。そこから一気に飛躍していく。……まるで、悪夢のように」

 

 そう絞り出したキングヘイローは、どこか悔しそうだった。

 

「スペシャルウィークさんが生徒会入りを目指しているかもしれないという噂も、この仮説に合致するのよ。これまで補習と追試の常連だったあの子が、たったの数ヶ月で学年上位勢に迫る成績。もちろん努力の賜物ではあるはずだけれど、生徒会を目指すという新しい夢が彼女の努力を補強したと考えれば筋が通るわ」

「よかったの? それを私に話しても」

「……キングヘイロー、セイウンスカイ、スペシャルウィーク。三人が揃って重賞レースに出ることはもうないでしょう。だからいいのよ。……悔しいけれど、もう、ないのよ」

「……そっか」

 

 セイウンスカイが腰を上げる。そのまま立ち去るべく足を踏み出した。

 

「でもありがとう。助かった。……キングの(かたき)は、とるよ」

「スカイさん!」

 

 呼び止められ、振り返る。

 

「油断しないで」

「わかってる」

 

 残ったのは沈黙だけだった。

 

 


 

 

「うむ、今回もよい企画となった。エアグルーヴ、ドロワット側の進行を任せてしまって申し訳なかった。それにフジキセキも。生徒会としても、私個人としても大いに助けられた」

 

 シンボリルドルフがそう言って振り返る。窓の外はすでに電気も消え始めている時間帯。生徒会室に集まっているのは、生徒会三役──シンボリルドルフ会長、エアグルーヴ副会長、ナリタブライアン副会長、そしてフジキセキだ。

 

「私と会長は卒業式にかかりっきりだったからな。顔を出せず申し訳なかった」

「殊勝だね、ブライアン」

「……ふん」

 

 フジキセキが茶化すようにそう言う。そのやり取りに頭を抱えたのはエアグルーヴだ。

 

「とはいえ、ファインの関係で事故が起きてしまったのが悔やまれます。先ほど、アグネスデジタルのトレーナーから肩回りの炎症があるため注射薬での鎮痛と湿布の処方を受けたと報告がありました」

「報告は聞いている。何はともあれ、命に関わるような怪我ではなくて本当によかった」

 

 シンボリルドルフが胸を撫でおろす隣で、フジキセキが考え込むようなしぐさを見せた。

 

「でも心配だね、デジタルちゃんは桜花賞が近かったはずだ。尾を引かなければいいけど……」

「その点は生徒会としてもフォローしよう。エアグルーヴ、この件は生徒会主導(ボール)に切り替えたいと思うが、君はどう思う?」

「可能であればその方がいいでしょう。スペシャルウィークがこの件をリードしていたので、切り替えた旨は伝えておきます」

「うむ。これで引き継ぎは以上だな。春のGIシーズンが控えている中忙しいとは思うが、気を抜かずにいこう。本来はこれで解散となるのだが……フジキセキ、話があるということだったが」

 

 シンボリルドルフはそうしてフジキセキに視線を向ける。

 

「いや、大したことじゃないんだ。……スペちゃんのことでね、ちょっと気になった部分が二つ三つ。生徒会執行部として彼女を次期執行部に入れようとしているらしいけど、彼女にその打診を……それも恐らく会長職の打診をしているのは君だね、ルドルフ」

 

 シンボリルドルフは「そのことか」と笑って頷いた。

 

「現状、彼女以上の人材はいないと思っているが……フジキセキ寮長から見て、そうは映っていないかな?」

「いい子だとは思うし、あの子自身がそれを望んでいるのなら、応援するべきだと思うさ。でもね、君の行為は周囲から警戒されるに足るものだということを理解しているよね」

「フジキセキ」

 

 とっさに口を開いたエアグルーヴを、シンボリルドルフは手で制した。

 

「無論、理解しているとも。……おおよそ、フジキセキはこう言いたいのだろう。『シンボリルドルフ、君はスペシャルウィークを操り人形にして長期的な絶対王政を引くつもりではないのかな?』」

 

 その問いに対してフジキセキは肩をすくめるに留める。だが、彼女の表情が何よりの回答になっていた。

 

「それとも栗東寮寮長として、スペシャルウィークの能力に疑問符を付けたくなるような事象でもあったのかな?」

「いいや。スペちゃんは確かに強いし、いい子だと思うよ。周囲から求められた役割をしっかりと理解して動くことができる。でもね、ルドルフ。だからといって周囲がそれを彼女に押し付けていい理由にはならないんだよ」

「まるで、現生徒会がスペシャルウィークを無理やり会長にしているような言い草だな」

 

 会話に割り込んだのはナリタブライアンだ。

 

「私もスペシャルウィークと話した。あいつは強い。会長とはタイプが違うが、それでも皆を率いることができるだけの度量はある。そして、彼女はそれを覚悟できるウマ娘だ」

「私もそれを疑っているわけじゃないよ、ブライアン」

「ならフジ、お前は何を問題視している。強い奴が率いることにどんな問題があると言うんだ」

「……ルドルフが会長になってから、中央トレセン生徒会は大きく発展した。スぺちゃんがそれを踏襲していくことは、中央トレセンだけを短期的に見れば大きな利益をもたらすはずだ」

 

 いきなり話題が飛んでナリタブライアンが黙り込む。シンボリルドルフはずっと笑みを浮かべたままだ。

 

「ルドルフが『ウマ娘全体の幸せのために』という願いを持って会長になったことは理解している。そのために改革を急いだことも、理解している。だけどルドルフ、君は上を見ることしかできなかった。上を見て旗を掲げることが皆を率いると信じた。そして今も信じているんだろう?」

「もちろんだ。()()はそのための場所ではないか」

 

 中央トレセンは全国から才能の原石をかき集めた、ウマ娘のレース教育の頂点に文字通り君臨している学校だ。

 

「地方校は地域に密着しレース文化を育み、中央校はレース文化の目指すべき頂点としてそのあり方を体現する。それがトレセンとしてのあり方だと、心の底から思っているし、変えるつもりは毛頭ない」

「だろうね。そして、それができる存在として、スペシャルウィークを育てている。君がURAに進み、抜本から学校のあり方を問い直すときに、学園側の扇動者として使うために。違うかい、ルドルフ会長」

 

 口元を緩めたシンボリルドルフは、そっと目を閉じた。

 

「否定をしたところで、フジキセキは納得などしないだろう?」

「だとしたら?」

 

 しばらく沈黙が落ちた。皆が根気よくその続きを待ち続ける。

 

「この先の数多の勝利と、敗北はきっと彼女のあり方を変えていく。それが誰の思惑によるものかという議論にもはや意味などない。走り出したスペシャルウィークはもう止められない。ならば、それを応援するのが先達の役割だろう」

 

 シンボリルドルフは笑う。

 

「彼女は生徒会長になるか否かに関わらず、学園を変えていってしまう」

「……かつて、シンボリルドルフがそうだったように、か?」

 

 ナリタブライアンの問いには答えず、シンボリルドルフは続ける。

 

童子の時は語ることも童子のごとく、思ふことも童子の如く、論ずる事も童子の如くなりしが、人と成りては童子のことを棄てたり

「────即ち鏡は、瞥見すべきものなり、熟視すべきものにあらず

 

 フジキセキが後を継いだことに驚いた様子のシンボリルドルフ。まさか答えが返ってくるとは思わなかったらしい。

 

「ルドルフも聖書を読むんだね。確か、コリント人への第一の手紙……で合ってたかな?」

「今のは?」

「斎藤緑雨さ。気が向いたら読んでみるといい。でも、今のを聞いてはっきり理解したよ。……ルドルフ、やっぱり君は生徒会長になるべきではなかった」

 

 そう言い捨てて、フジキセキが席を立つ。抗議しようとしたエアグルーヴを再度手だけで止めるシンボリルドルフ。

 

「いいんだ。フジキセキには私を批判するに足る理由がある。甘受すべき批判だ」

「しかし会長」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 庇おうとしたシンボリルドルフ本人に窘められ、エアグルーヴが悔しそうに黙り込む。

 

「……『皇帝』シンボリルドルフが絶対でなかったように、『流星』スペシャルウィークも絶対ではない。ルドルフ、スペちゃんのことを君自身を超える()()だと考えているなら、自らの上位互換だと考えているのなら、ここで引き返すべきだ。絶対を前提にするようなシステムは、君が成そうとしている理想は不自然だよ」

「それでも理想は語らねば始まらない。やはり君こそ生徒会に来るべきだったよ、フジキセキ」

 

 フジキセキは、笑いもせずに出ていった。





//NEXT CHAPTER ==>
第3章『黄昏の天皇賞』

「だったら、ただの負け犬ね」



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黄昏の天皇賞
Barブロンズ・開店記念(3)



 原稿の書き貯めが尽きつつあります。なんてこった。

 というわけで、これまで毎日更新して参りました会長スペちゃんですが、今話より二日に一話の隔日投稿となります。連載を途切れさせないため、ご理解のほどをよろしくお願いいたします。



「なんとか解放されましたわー!」

 

 そう叫びつつ店に入ってきた影に、三人は同時に飛び上がった。

 

「おわっ!?」

「早めに集まる人が多くてネイチャさん的には助かるけどねー。這ってでも来るとは言ってたけど、本当に這ってくる状況じゃなくてなによりなにより」

「休暇を勝ち取って参りましたわよ……! とりあえず、お冷をいただけますこと……?」

 

 肩でぜーはーと息をするメジロマックイーンに差し出されるキンキンに冷えたガラスコップ。氷抜きでたっぷりと入れられた水を一気に飲み干して、彼女は盛大に溜息を吐いた。

 

「生き返りますわね……あら、スペシャルウィークさんもセイウンスカイさんもごきげんよう」

「いや、今の流れでキリっとされても」

 

 セイウンスカイが苦笑しつつそう突っ込めば、メジロマックイーンがコホンと咳払いをする。アースカラーでまとめたシックな服装でも、華やかな彼女は十分に引き立つ。引き立つのだが、それは黙っていればの話である。膝に手をついて息を荒くしているとあらゆる点で台無しだ。

 

「で、そんなに忙しいの? そっちは」

「ええ、今日は『明け』なのですが……非常呼び出しがかかる可能性もある程度には」

「あれま、じゃあアルコールはナシ?」

「残念ながら。このようなハレの日に飲めないのは大変腹立たしい限りなのですが、致し方ないことなのです」

 

 そう言いながら空いているカウンター席に陣取るメジロマックイーン。丁度彼女とセイウンスカイに挟まれるようになったスペシャルウィークが、考え込むように顎の下に指を置いた。

 

「えっと……マックイーンちゃんも今は内勤なんだよね?」

「はい。ですがDMAT要員指定を受けておりますので、万が一の際は呼び出しがかかります」

「社会人は大変だぁ」

 

 セイウンスカイが同情するようにそう言った。

 

「そう仰るセイウンスカイさんこそ、進捗の方はいかがですの?」

「げ、マックイーンまで編集さんみたいなこと言うじゃん」

 

 突っ伏した彼女に笑いかけるスペシャルウィーク。その手がセイウンスカイの頭に乗る。

 

「セイちゃんは午前中もネタ出し頑張ってたんだから勘弁してあげて? そろそろ強制缶詰の季節だから」

「そんな『今が旬』みたいに言わないでよ」

「セイちゃんの缶詰、売れるんじゃない?」

「四半期に一度の収穫ペースですわね」

 

 二人の言い草にセイウンスカイが頬を膨らませて抗議するそばで、またナイスネイチャがカウンターの下に隠れた。どうやら浅いツボにはまったらしい。

 

「いつ出せるかも分かんない新作の話よりも、セイちゃんはマックイーンの話を聞きたいですよー……で、実際最近どうなの? 私もスペちゃんも、アルダンさんの『突撃! お前が晩ご飯』事件までしか知らないんだけどさ」

「あのときはとんだご心配を……って、その言い草はなんですの!?」

「え? だってメジロ家次期当主を地球の裏まで吹っ飛ばしたじゃん。マックイーンを迎えにさ」

「アルダンさんが飛んできたのはほぼ全てゴールドシップさんのせいで……いえ、これは言い訳ですわね」

 

 再び溜息を吐くメジロマックイーン。

 

「本当にあのときは、皆さんにもご心配をおかけいたしました」

「私たちも心配したけれど、一番心配してたのはメジロ家の人たちだからね。ちゃんと謝っておいたほうが良いよ? アルダンさんが強化ガラスの脚で飛んでいくだけのことをしたんだから」

「スペちゃん、追撃やめて……」

 

 ナイスネイチャがなおのこと突っ伏す。腹筋が痛いと嘆く店主を置いて客三人の会話が続く。

 

「で、内勤って言ってたっけ。しばらくは日本なの?」

「一応は。ですがフランス語と英語で実務レベルの会話ができる救急救命士(パラメディック)ウマ娘は貴重らしいので……また近いうちに国外へ飛ぶかもしれませんわね。未だ不明瞭ではありますが」

「そりゃどこをどう切り取っても貴重に決まってるよ。それこそ消防とか、下手すると自衛隊からもヘッドハンティングが来てるでしょ?」

「ええ、まあ……ナイスネイチャさん、なにかノンアルコールでおすすめをいただけますか? できれば、甘いもので。ミルク系は避けてくださいまし」

 

 メジロマックイーンは返事を曖昧にしたまま、ナイスネイチャにそう声をかける。ナイスネイチャが腹筋を押さえたまま立ち上がった。

 

「うーん……じゃあ『アクアマリン』でも作ろうか? あんまし料理に合わないかもだけど、みんな来るころには飲み切っちゃうだろうし」

「アクアマリン……どのような飲み物なのでしょう?」

「真っ青なノンアルコールカクテルで、甘口のジンジャーエールをベースにレモンとノンアルコールのブルーキュラソーを少々って感じ。一足……というより二足くらい夏を先取りしちゃう感じだけど、お疲れのマックイーンには合うかなって」

「では、それで」

「うっし。すぐ作るからちょっと待ってねー」

 

 細く背の高いグラスを取り出しカクテルを作り始めるナイスネイチャ。その手つきを見ながら、スペシャルウィークが口を開いた。

 

「マックイーンちゃん、これは本気の話だって前置きするけれど……学園(うち)の医務課で求人を出してるって言ったら、興味あるかな?」

 

 スペシャルウィークはどこかいたずらっぽく笑って、メジロマックイーンを見る。

 

「……スカウト、ということでしょうか?」

「そう捉えてもらっていいよ。学園の人材不足は今もやっぱり深刻なんだ。トレーナー関連は私たちのころに比べればだいぶ増えたけれど、保健室関連、医療関連の人材がどうしてもね……秋川理事長も頑張ってくれてはいるけれど、こればかりは、さ」

 

 ビールで喉を湿らせて、スペシャルウィークは続ける。

 

「マックイーンちゃんが看護師として頑張ってることはよく知ってる。救急救命士としての知識と経験を活かして、海外でも頼りにされていることもよく知ってる。だからこそ、その実力を母校で活かしてみる気はない? 国際連合事務局人道問題調整事務所直轄緊急援助支援隊医療ユニット所属、メジロマックイーンさん」

「よく噛まずに言えるねぇスペちゃん」

 

 セイウンスカイがあくびをかみ殺しながら茶化すが、二人はなおも真顔だった。

 

「…………」

 

 ()()()を強調するように発言したスペシャルウィークの意図を、メジロマックイーンは正確に読み取った。ナイスネイチャが出来上がった青いカクテルを静かにカウンターへ置く。

 

 しばしの沈黙。

 

「申し訳ありませんが、お断りいたします。少なくとも、今は」

「あんなことがあったのに?」

「あんなことがあったからです」

 

 そう即答したメジロマックイーン。しばらく落ちた沈黙の間に恐る恐るナイスネイチャが手を上げた。

 

「あのー。スペちゃんの言う『あんなこと』ってなに?」

「あれ? ネイチャちゃんは知らなかったっけ? 『突撃! お前が晩ご飯』事件」

「別名『国連緊急援助支援隊南スーダン連続テロ事件』ね」

「はいっ!?」

 

 セイウンスカイがどこか面白そうに口にした物騒なワードに尻尾を跳ね上げるナイスネイチャ。

 

「聞いてないよそんなの!?」

「マックイーンちゃんがメジロ本家に黙って国連スタッフとして南スーダンの緊急医療支援に参加してて、それがいろんな人を経由してアルダンさんにバレちゃってね……」

 

 メジロマックイーンは突っ伏して黙秘を貫く姿勢になっていたので、スペシャルウィークが説明を続ける。

 

「そのころにはもうメジロ家当主代理になってたアルダンさんの堪忍袋の緒が切れて、現地に直接飛んでいったタイミングで運悪く大規模な武装衝突というか、テロというか、クーデター未遂というか……首都でも銃撃戦が発生して、邦人救出チームとして日本からテロ対策部隊が飛んでいくくらいの大騒ぎになったんだけど、ネイチャちゃんは聞き覚えない?」

「あー……それはニュースで見たわ確かに……え? マックイーン、あれに巻き込まれたの?」

「ええ、私は首都で傷病人の治療にあたっていたのです……」

「で、現地PKO部隊に保護されたアルダンさんたちをチャーター機で回収。マックイーンちゃんは任期もあるから結局現地に残ったっていうのが、大体半年前のことなんだけど……」

 

 スペシャルウィークはメジロマックイーンの方を見る。

 

「もう一度聞くよ。学園(うち)にこない? メジロマックイーンさん。そろそろアルダンさんの胃痛を和らげたほうが良いんじゃないかなって、私としては思うんだけど」

 

 メジロマックイーンは慎重に言葉を選び、口を開く。

 

「……メジロの本分が日本におけるウマ娘文化の発展および継承であることは理解しています。トレセン学園に戻ることが、最速、最短の道行きであることも」

 

 カクテルを見つめて、彼女は静かに続けた。

 

「私はメジロの一員として、先人達が積み重ねてきた文化とその利益を最大限に享受し、勝ち進んできたのです。それに自覚的であったかどうかに関わらず、その裏にある献身と犠牲をよしとしてきた数多の先人達の信念の上に栄光を積み重ねてきたのです」

 

 白熱球の暖かい灯りに照らされたノンアルコールのカクテルをそっと口に運ぶ。爽やかな柑橘の香りが彼女の鼻をくすぐって落ちていく。

 

「それを否定するつもりもありません。否定する資格もありません。私はすでにそれを享受しているのですから。しかしその文化にのみ後世を縛る必要もないのです。その可能性を残すこと、そしてその道行きの半ばで少しでも新たなるメジロのあり方を模索することができればと考えています。……いつかこれが無駄骨だったと笑ってもらえるような時代になってくれるのならば、それに越したこともないのですが」

「……そっか。悪いこと聞いちゃったかな、ごめんねマックイーンちゃん」

「いえいえ、謝らないでくださいまし」

 

 そう笑ってアクアマリンをもう一度静かに口へ運んだメジロマックイーンに、セイウンスカイが優しく笑いかけた。

 

「やっぱり真面目だねぇマックイーンは。それでもって不器用だ」

「これしか生き方を知りませんので。ですが、そう仰るセイウンスカイさんだって私のことを笑えない程度には不器用な部類でしょう。人伝とはいえ聞きましたわよ。私が入学した年、春の天皇賞……」

「あーあーあーあーセイちゃん聞こえないなー!」

 

 そう言って耳を下に引っ張って塞ぎつつ、大声で叫ぶセイウンスカイ。カウンターに頬を預けてふてくされる彼女の姿にスペシャルウィークは苦笑いだ。

 

「そんなに色々あったっけ、あのときの春天って」

「私にとっては色々あったんだよ。そりゃあのときのスペちゃんは私なんてまっっったく見てなかっただろうけどさ」

「あー……ごめんね?」

「謝んないでよ」

「あーらら、アンウンスカイ副会長になっちゃってもう」

 

 ナイスネイチャがそう言いながら新しくドリンクを作り始めた。

 

「副会長も元気出しなよ。ネイチャさん特製のミルクセーキ作ってあげるからさ」

 

 ミルクセーキと聞いたセイウンスカイの耳がピクンと跳ねたのを見て、笑みに歪む口元を隠すスペシャルウィーク。

 

「あ、私にも貰っていい?」

「もちろん」

 

 そんなやりとりを見ながらメジロマックイーンは目を細めた。

 

「それにしても、本当に懐かしいですわね。卒業からもかなり経ちましたものね……」

「本当ね。現役生だったころはこんなことになるなんて思ってなかったし、こんなに関係が続くとも思ってなかった。アタシが店を構えるなんて予想もしてなかったよ。……ねぇマックイーン、マックイーンはこんなことになるなんて予想してた?」

「いいえ、全くと言ってよいほどに。学園に在籍していたころは一日先の未来すら読めなかったのですよ」

 

 その言い草にあれま、と驚いた様子を見せるナイスネイチャ。

 

「マックイーンってそんなに波瀾万丈な学園生活だったっけ?」

「それはもう。入学直前から、ですわ」

 

 楽しそうに笑うメジロマックイーン、その顔は学生時代そのままだった。



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メジロマックイーンは伝えない

 スペシャルウィークがリーニュ・ドロワット直前の準備業務に追われていた、3月下旬。

 

「ふぅ……データはこれでなんとかなるかな?」

 

 府中から遠く離れ、京都は淀の地。トゥインクル・シリーズの開催中というわけではないにもかかわらず、ベルノライトは京都レース場にやってきていた。理由は言うまでもなく、レース場自体の下見。いわば偵察の一環である。

 

 その目的についても当然言うまでもなく、すなわち春の天皇賞に向けてのものだ。

 

 凄まじい激闘となった有馬記念を終えたチームテンペルの面々は、スペシャルウィークの次走を天皇賞に定めてトレーニングを行ってきた。

 

 大阪杯を始めとする国内レースや、あるいはちょうどこのタイミングで行われているドバイシーマクラシックへの海外遠征というプランもあるにはあったが、有馬記念におけるかなりの無茶を通した走りへの休養という意味を込めて、結局は次走まで丸4ヵ月の間隔を空けるということで落ち着いたのだ。

 

「芝はあまり荒れてない……スペちゃんならたぶん問題なし。でも、一応グリップは重めに調整した方がいいかなぁ」

 

 独り言を呟きながら、人混みの流れに沿ってレース場の出入口への道を歩むベルノライト。トゥインクル・シリーズの開催期間外では、本来レース場の内部に入ることは不可能である。にもかかわらず彼女どころか大勢の一般人がレース場に入ることができているのは、今日がURA主催のイベントデーだったからだ。

 

 興行収入の増加や競走文化の普及を目的として、こういったイベントは各地のレース場で開催期間を問わず設けられている。一般人にとってはトゥインクル・シリーズに初めて触れる経験として、ファンにとっては著名な競走ウマ娘と会話したりターフに自らの足で踏み込む貴重な体験として、そして現役の競走関係者にとっては現地の雰囲気を掴み、いくらかのデータを手にする偵察の機会として、様々に活用されているといえる。

 

 しかしその事実を裏返せば、イベント時のレース場はレースの開催期間並に人でごった返すという意味でもある。

 

 うんざりするほどの人の波に流されないようにしながら、ベルノライトはいくらか混雑がマシなシンザンゲートの方へ向かっていく。腕時計で確認すれば、現在時刻は午後5時の少し前。そろそろ日が落ち始める頃合いだ。陽室との待ち合わせはシンザンゲートで午後5時なので、問題なく間に合っている。

 

 京都レース場に向かうと言われたときにはてっきり陽室と共に行くものだとベルノライトは思っていたのだが、蓋を開けてみれば陽室とは完全に別行動だった。曰く、『実家の付き合いで大阪ドームに行かなければならない』だとかなんとか。

 

 気になったベルノライトが空き時間に調べてみると、今日は大阪ドームでプロ野球の開幕戦があるらしかった。対戦カードは阪電ビクトリーズ対東京帝鐡シーガルズ。陽室が大阪ドームに向かった理由はおそらくこれだろう。

 

 実家の付き合いという部分はよくわからないが、考えても仕方がない。陽室琥珀とその周辺から今更何が飛び出してこようが、ベルノライトは大して驚かない自信があった。たかが数ヵ月の付き合いで散々振り回され、嫌な方向の慣れが発生してしまったのである。

 

 何をするでもなくベルノライトが待っていると、彼女から少し離れた場所にタクシーが停まる。陽室はタクシーで迎えに来ると事前に言っていたので、きっとこれに乗っているに違いない。

 

 そんなベルノライトの予想通り、ドアを開けて降りてきたのは陽室だった。何故かはわからないが、普段は降ろしているはずの──そして朝にこの場所で別れたときにもそうだったはずの──ミディアムロングの銀髪を後頭部でまとめている。野球観戦には邪魔だったのだろうか。

 

 小さな疑問を抱きつつベルノライトは陽室の元へ駆け寄ろうとしたが、しかしその脚は自然と止まってしまった。その理由はごく単純。

 

「ふぅ……感謝いたしますわ、朝月さん。わざわざ京都レース場まで送っていただいて……」

「いえ、どのみち私もここで待ち合わせがありましたから。お気になさらず」

 

 このトレーナー、知らないウマ娘と連れ立ってタクシーに乗っていたのである。しかもやたらと親しげに。

 

 今更何が飛び出してこようが驚かないなどと考えていた先程までの自分はどこへ。ベルノライトは声をかけることすら忘れて、ぽかんとした顔で二人のやりとりを見ていた。

 

「むしろ、ここまでで本当によろしいのですか? 貴女の保護者が迎えに来るという話でしたが」

「問題ありませんわ。むしろ、ここでなければ少々都合が悪いと申しますか……」

 

 藤色の長いストレートヘアを整えながらそのウマ娘が言う。

 

「……ミス、これは答えたくないのならば答えずとも構いませんが」

「なんでしょうか?」

「なんだかんだと理由を重ねていましたが、貴女はご両親や保護者の許可を得ずに大阪ドームの開幕戦に訪れましたね?」

 

 ぎくり、という擬音がこれ以上ないほどに似合うリアクションを取るウマ娘。

 

「聞けばミスは4月に、すなわち二週間後にトレセン入学。飛び級でなければ小学校を卒業したてということになります。見るからに育ちの良さを感じ取れる、随所での振る舞いも鑑みれば……年齢的にも実家的にも、貴女を一人きりで行動させるというのはどうにも説得力に欠けます」

「そ、それは……」

 

 トレセン入学というワードが聞こえてきて、ベルノライトの思考が再起動した。陽室と話しているあのウマ娘と会ったことはないのだが、どうにもどこかで見たような気がする。

 

「そして京都レース場で保護者と合流するという言葉を踏まえるに……元々、ミスはレース場のイベントデーに保護者と連れ立ってやってきていたのでしょう? そこで個別行動の了承を得るなり勝手に抜け出すなりして、自力で大阪ドームへ。そうしてのんびりと野球観戦を楽しむ心算だった。違いますか?」

「……お見通しでしたのね」

「むしろこれを見通せないのは、仮にも大人として少々拙いですよ」

 

 呆れ半分同情半分の視線を向けながら陽室は続ける。

 

「そして貴女は初めてやってきた大阪ドームであわや財布ごとチケットを紛失しかける、と」

「うぐっ……」

「そも、如何なウマ娘と言えど小学生が一人で遠出というのはよろしくありません。ええ、ミスは確かに年齢の割に落ち着き大人びていますし、トレセン学園に合格している時点で知識も運動能力もそれ相応のものでしょうが、それでもです。ましてやその日知り合った大人をろくに疑わず、同じタクシーに乗るなど言語道断です。私が誘拐犯だったらどうするのですか」

「阪電ファンに悪い方はいませんわよ!」

「どうしてそこだけやたらと力強く断言するのですか。もっと神妙にしなさい、神妙に」

 

 陽室は今度こそ呆れを隠さずにそう言った。

 

「ところで、ミス。気づいていましたか?」

「……何にでしょう?」

 

 ウマ娘の問いかけには答えずに周囲を見回す陽室。ぽつんと一人立ち尽くしていたベルノライトのことも間違いなく見つけたはずだろうに、彼女のことはスルーして全く別の方向を指差した。

 

「あの白色のセダン、それから水色のワンボックス。我々が乗車していたタクシーをずっと追ってきていましたよ」

「んなっ……!?」

 

 その二台の車を見た瞬間、ウマ娘の顔が青ざめる。

 

「京都で多摩ナンバーが二台もくっついて並ぶとは、珍しいこともあったものです。そういえば、メジロ家の現本邸はトレセン学園や東京レース場にほど近い稲城市内だったと記憶しています。まさしく多摩ナンバーの地域ですね、ミス・メジロマックイーン?」

 

 メジロマックイーン。その名前を聞いて、ベルノライトの脳はようやく適切な情報を弾き出すことに成功した。

 

 重賞ウマ娘を多数輩出してきた名門、『華族たるウマ娘』ことメジロ家。そんなメジロ家の秘蔵っ子、ステイヤーになるため生まれてきたと評されているらしい期待の新星。それこそ彼女、メジロマックイーンではなかったか。

 

「……メジロマックイーンさん!?」

 

 思い切り声に出して驚いてしまう。それくらいの衝撃がベルノライトのことを襲っていた。当然、その大声は陽室とメジロマックイーンの元にもしっかり届く。

 

「何故私の名前を……?」

「あっいえ、違うんです!」

 

 不審者を見る目を向けるメジロマックイーンの誤解を解くべく、慌てて二人の元に駆け寄るベルノライト。

 

「私はベルノライトって言います。トレセン学園のサポート科所属で、だから学園の新入生についてはある程度……」

「ああ、そういうことでしたのね。メジロマックイーンと申します。どうぞよろしくお願いいたしますわ、ベルノライトさん」

「こ、これはご丁寧に。こちらこそよろしくお願いします。……いやそうじゃなくて! そうじゃなくてですね!」

 

 メジロマックイーンから視線を動かし、ベルノライトは当然のように佇んでいる自らのトレーナーに詰め寄った。

 

「何があったらトレーナーさんがメジロマックイーンさんと同じタクシーに乗ってここに来る流れになるんですか!?」

「落ち着きなさい、ベルノ。色々あったのですよ、色々」

「お、お待ちくださいまし! トレーナー、ということは……朝月さんはトレセン学園のトレーナーなのですか!?」

「えっ、それを知らないままであんなに仲良さげな感じになってたんですか!? どうして!?」

「どうしても何も、朝月さんが教えてくださらなかったのですよ!」

 

 驚愕を露にするメジロマックイーン。聞きたいことばかりが募っていくベルノライト。いよいよ収拾がつかなくなりそうな場の流れを無理やりに変えたのは、やはり陽室だった。

 

「積もる話は数多あるようですが……タイムリミットですよ、二人とも」

 

 そう言いながら、先程指差していた方向に向き直る陽室。二人がそちらに視線を向けると、執事服を着た初老の男性がセダンを降りてこちらへ歩み寄ってきていた。彼の後ろにはクラシカルなメイド服姿の女性がいかにも『怒ってます』という表情をしながら腰に手を当てているのも見える。

 

「じ、じいや、それにサキも……! どうして本邸ではなくここに────」

「マックイーンお嬢様が大阪にいらっしゃると、そちらの方にトレセン学園経由でご連絡をいただきました。それが午前中のことです」

 

 サキと呼ばれたメイドが重々しくそう言ったのを聞いて、メジロマックイーンは思わずといった様子で陽室の方に振り返る。しかし陽室はそれをいっそ清々しいほどに無視。

 

「私たちは本邸からヘリで慌てて飛んできたんですよ」

 

 サキの言葉に唖然としているメジロマックイーンを横目に、初老の執事は陽室に向かって深く一礼した。

 

「陽室様、本日はご迷惑をお掛け致しました」

「いえ、むしろこちらの都合でミス・メジロマックイーンを連れ回してしまったようなものですので」

「大奥様からも、後日改めてお詫び申し上げたいとの言伝を預っております。ご都合のよろしい日時を後程お伺いさせていただいてもよろしいでしょうか」

「なるほど、ではそのように」

「大変有り難く存じます」

 

 あまりにもとんとん拍子で話が進んでいくので理解が追いつかなくなってきたが、それでもベルノライトは重要な事実をその会話から辛うじて推測することができた。

 

 メジロマックイーンは実家に無断で京都レース場を抜け出し、大阪ドームに向かったのだろうということ。陽室は大阪ドームでメジロマックイーンと会って、恐らく今の今まで一緒に行動していたのだろうということ。そして陽室はそれをメジロ家にどうにかして伝えて、その結果メジロ家の侍従たちは早々に陽室と連携を取りつつメジロマックイーンを見守り追いかけていたのだろうということ。……ついでに、何故か陽室は普段使わない芸名であるはずの『朝月咲』という名前を、メジロマックイーンに自身の名前として教えていたらしいということも。

 

 さながら刑の執行を待つ囚人のような顔つきになりつつあるメジロマックイーンの様子を見るに、これらの推測はおおよそ正しいものであるように思えた。

 

「では、我々はそろそろお暇したほうが良さそうですね。タクシーを延々待たせ続けるわけにもいきません。帰りますよ、ベルノ」

「えっ、いや、まだ聞きたいことというか気になることがいっぱい……」

 

 事もなげにそう言った陽室に対してそう抗議するベルノライトだったが、陽室はそれに取り合う気などさらさらないようだった。

 

「帰りのタクシーと新幹線でいくらでも聞かせて差し上げますよ。さあ」

 

 半ば強制的にベルノライトをタクシーの中に押し込める陽室。ウマ娘の膂力をもってすればそれに対抗するのは容易だったが、ベルノライトは大人しくなされるがままになっていた。こういうときの陽室は折れないということを、やはり経験で知っていたからだ。

 

 ベルノライトが奥の座席に収まったのを見て、陽室も続いてタクシーの中に入ろうとする。しかし彼女の背中から引き留める声がかかった。

 

「朝月さん、どうかこれだけはお答えを!」

 

 メジロマックイーンの言葉に陽室は足を止める。

 

「答えるに差し支えなければ」

「貴女はトレーナーなのだと、ベルノライトさんは仰りました。その……よろしければ、貴女が率いる、あるいは所属しているチームの名前をお聞かせください」

「ああ、その程度は別に構いませんよ。……何より、貴女は天皇賞春秋連覇を目標にトゥインクルを走ると先刻仰っていましたからね」

 

 陽室の言葉にメジロマックイーンは困惑の色を浮かべた。

 

「もし本気で天皇賞春秋連覇を目指すのだというのであれば、チームテンペルは貴女を歓迎しますよ。ミス・メジロマックイーン」

「……チーム、テンペル?」

 

 メジロマックイーンはその名前に聞き覚えがあった。

 

「多くの生徒を取るつもりはないのですが、さすがに『スペシャルウィークが立ち塞がるとしても楯の栄誉は必ず手にする』と宣言するウマ娘を無碍にする気にはなりません。……テンペルのスペシャルウィークを倒すために、テンペルに入る。決して悪くない手段だと思いますよ」

 

 そこまで言われて、メジロマックイーンはついに思い出した。スペシャルウィークが所属するチームテンペルのトレーナー、陽室琥珀。今自分が話している人物こそ彼女ではないか。

 

 ついさっきはショックで気にする余裕がなかったが、彼女のことを指してじいやは確かに『陽室様』と言っていた。そうだ、きっと間違いない。幾度もスペシャルウィークと共に彼女が映っている記者会見の映像を見ていたはずなのに、どうして目の前の人物が陽室琥珀その人だと気づかなかった? メジロマックイーンの思考が疑問と驚きで埋め尽くされていく。

 

「……その顔、やはりお気づきではなかったようで。やはり髪型を変えるだけでも変装の効果はありますね。スペにフィードバックできそうです」

「で、ですが貴女はそもそも朝月咲と名乗って……」

「これからチームを選ぶ貴女に余計な先入観を与えたくはなかったもので、多少の配慮はさせていただきました。残念ながら無意味になってしまいましたが……ああ、それからもうひとつ。隣に学園関係者がいると知っては、贔屓のチームを応援するにも遠慮してしまうでしょう?」

 

 呑気にそう言った陽室に対しメジロマックイーンは何か返そうとして、しかし驚愕で声が上手く出てこない。そうこうしているうちに陽室はタクシーに乗り込む。

 

「ではごきげんよう、ミス。貴女が私との縁を選ぶようでしたら、また是非」

 

 その言葉を最後に、陽室はタクシーのドアをばたりと閉めた。

 

「帝鐡京都駅までお願いします」

 

 陽室の言葉にタクシードライバーが頷き、行先を速やかに入力して車を発進させる。

 

 しばし静寂が車内を支配する。その沈黙を破ったのは、やはりと言うべきかベルノライトであった。

 

「あの、トレーナーさん。聞きたいことは色々、ほんっとうに色々あるんですけど……とりあえず、本当にあれで良かったんですか?」

 

 そう問いただす彼女に対して、陽室は興味なさげに返事する。

 

「良かったとは、何がです?」

「メジロマックイーンさんですよ! もっとちゃんと勧誘しなくて良かったんですか!?」

 

 ベルノライトの言葉はもっともだ。普通のトレーナーならば、メジロのウマ娘を……それも入学前からステイヤーとして期待されているメジロマックイーンを相手にして、あれほど雑で投げっぱなしな勧誘を行うなどあり得ない。あの手この手を使ってチームに引き入れようとするだろう。

 

 もちろんベルノライトもいまさら陽室を指差して普通のトレーナーなどとのたまうつもりはさらさらないが、それでもチームサポーターとして一言言わずにはいられなかったのである。

 

「構わないのですよ、あれで。私は自分自身の夢に対して本気になることのできるウマ娘しか取る気はありません。スペにしろベルノにしろそうです」

「……メジロマックイーンさんは、そうじゃないってことですか?」

「いいえ、私がミスに語った言葉に欺瞞はありません。天皇賞春秋連覇という夢、大いに結構。その過程にスペがいようと必ずやという傲慢さ、素晴らしいものです。だからこそ、私はミスの意志を問うのです。私との、チームテンペルとの縁を選ぶのかどうかを」

 

 陽室は横目でちらりとベルノライトの方を見た。ベルノライトの表情はといえば、陽室の言を理解したのかしていないのか曖昧なものだった。それを確認して、陽室は言葉を付け足す。

 

「自らの抱えている夢をこのチームで叶えられる、とミスが信じるかどうかという話です。無理な勧誘でそれが曖昧なままになってしまってはろくなことになりません。だから私はスペをスカウトしたときも、貴女をスカウトしたときも、最後は各々の意志表明を待ったのですよ」

「……トレーナーさんって、ロマンチストなところがありますよね。夢へのこだわりとか」

 

 ベルノライトの発言に陽室は一瞬だけ虚をつかれたような表情をしたが、しかしすぐに普段通りの真顔に戻った。

 

「人生経験の賜物というものです」

 

 陽室のその言葉に返答するのはなんとなく憚られて、ベルノライトは口を閉じる。

 

「そしてこれは無責任な予想に過ぎませんが、ミス・メジロマックイーンはきっとテンペルへとやってきますよ。ミスはそういう空気を纏っていました」

 

 予言めいた陽室の言葉を最後に、車内は再び静寂に包まれた。



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メジロアルダンは裁かない

「この一週間で既に身が引き締まりましたか、マックイーン」

「わかりますか……?」

 

 メジロマックイーンは暗い色合いのテーブルを前に力なく笑った。その前にかたん、と白いティーカップが置かれる。カップを置いたメジロアルダンが淡い色合いの髪を揺らし、メジロマックイーンの向かいに腰掛けた。

 

「少なくとも、学園から抜け出すようなことはしていないようでなによりです」

「あ、あの一件に関しては……深く反省しております。メジロのウマ娘として大変軽率な行いでした……」

「おばあ様からしっかり叱られたと聞いていますから、私からは一言だけ。自分で言うのもどうかとは思いますが、私は怒ると怖いのですよ。次はおばあ様と一緒に怒ります」

「……肝に銘じておきますわ」

「その言葉を信じますよ、マックイーン」

 

 そう言いながら、メジロアルダンはくすりと笑った。

 

「過ぎた話はここまでにしておきましょう、紅茶が冷めてしまいます。久方ぶりのお茶会ですから、どうかリラックスしてくださいね」

「もちろんそのつもりですわ。……良い香りのアールグレイですわね」

「ヤグルマギクの控えめながらも華やかな香りがするでしょう。気に入ってくれると良いのですが」

 

 メジロアルダンは静かに口をつける。それに釣られるようにして、メジロマックイーンも口をつけた。窓の外から昼下がりの陽の光がゆっくりと部屋を暖めている。

 

「家を出てまだ一週間ですが……どことなく、慣れ親しんだはずの屋敷がこれまでと異なるように見えますわね」

「ふふっ、マックイーンも鍛えられましたか」

「ええ、私の常識が様々な方向から打ち砕かれた一週間でしたから……」

 

 メジロアルダンはマックイーンの様子に優しく笑ってみせた。

 

「学園とお屋敷はこんなにも近いにもかかわらず、まるで別世界ですものね」

「はい、本当に」

 

 メジロ家の本邸はトレセン学園中央校から多摩川を挟んでしばらく歩いた場所にある。元々は北海道にあったのだが、10年ほど前から関東に活動の主軸を置くべく府中近辺に主要拠点を移しており、元の本邸は別荘として扱うことになった。ともかく、そんな本邸に気楽に()()できるのは思ったよりも恵まれた環境なのかもしれないとメジロマックイーンは思い始めていた。

 

「ところで……アルダンさん、私の所属チームについて既にご存じでしょうか」

「当然です。かわいい義妹のことですもの」

 

 メジロアルダンはそう肯定したが、実際のところ情報を集めようとする必要はなかった。この一週間、座しているだけでも充分な情報が噂として流れ込んでくる状況だったのだ。

 

 トゥインクル・シリーズに挑むためのチームは、存続のために5人の生徒が所属しなければならない。チーフトレーナーの代替わりやエースウマ娘の引退によるチーム改編、あるいはチーム設立直後であればある程度の猶予期間が認められはするが、それでも原則は原則だ。

 

 とはいえ実のところ、トレーナー側がこの制約を気にすることは少ない。というのも単純な話で、中央トレセンはウマ娘に比してトレーナーの数が少なすぎるのである。現状の人員では、中央のトレーナー全員が5人のウマ娘を受け持ったと仮定してもなお、全校生徒の半分はチームに所属することができない。チームに所属できなければ、メイクデビューにすら挑めない。ゆえに学内の選抜レースで目立つ結果を残さないことにはトゥインクルへの挑戦すらままならないのだ。

 

 だがそんな中にあって、チームテンペルは設立以来の2年間、スペシャルウィーク以外のウマ娘をチームに迎え入れていなかった。本来ならばチームごと取り潰しになるところを、『テンペルと共にスペシャルウィークは勝ってきた』『テンペルが消えればスペシャルウィークがレースに出れなくなる』という二点のみを盾に無理矢理押し通しているのだ。……正確にはベルノライトもチーム所属ウマ娘なのだが、生徒サポーターはスタッフ扱いで員数外となるため今回の話にはあまり関係がない。

 

 だからこそ、メジロ家のウマ娘として一定の注目を浴びていたメジロマックイーンが入学当日にチームテンペルを選び、そしてそれを陽室が受け入れたことは、トレセン学園を盛大に揺るがしたと言っても過言ではなかった。

 

「正直なところ、戸惑っております。私の知っているチームや、トレーニングといったものから、あまりにかけ離れている。そう思えてならず……」

「チームテンペルの陽室琥珀トレーナーは有名人ですからね」

 

 ころころと笑ってみせるメジロアルダン。

 

「子役として芸能界を渡り歩き、しばしの沈黙を経てURA特定芸能活動認定指導員としてトレセン学園へ。その後にURA平地競走上級指導員としての指定を改めて受け、すぐにスペシャルウィークさんを迎え入れ、実質的なスペシャルウィークさんの専属トレーナーとして活動していた。……文字通り、破竹の勢いでの快進撃を続けているスペシャルウィークさんのトレーナーです。貴女が勧誘を受け、そしてチーム入りを認められたということは、陽室トレーナーは貴女をスペシャルウィークさんに比類する実力者たりえると判断したということに他なりません」

 

 メジロアルダンはそう言って、砂糖をひとさじ掬い、紅茶に溶かした。

 

「それでも、不安に思うのですね」

「……トレーナーさんは、あまりグラウンドに来てくださらないのです」

 

 メジロマックイーンはそうぽつりと呟いた。

 

「スペシャルウィークさんもそれにもう慣れているようでした。トレーニング面で実質的な指導をしているベルノライトさんが映像を録画していて、トレーナーさんはそれを翌日に確認しているから大丈夫だと笑いながら仰っていたのです。しかし、私はそう簡単に割り切ることができず……」

 

 メジロマックイーンの視線が落ち、琥珀色の紅茶をじっと見つめる。

 

「ベルノライトさんの指導に不満があるわけではありません。スペシャルウィークさんのことも、私のことも、しっかりと見ていただいています。きっとベルノライトさんの指導は、一般的なトレーナーよりもずっとウマ娘に寄り添っていて、的確なものなのでしょう。そのうえ、トレーナーさんにも時折アドバイスをいただいています。実質的にはウマ娘ふたりに対してトレーナーふたりだと受け止めれば、チームテンペルのトレーニング環境は間違いなく恵まれているはずなのです」

「……そうですね、滅多にない環境だと言えるでしょう。特にベルノライトさんのサポート能力については、私も身に沁みて理解しています。敵方に回した経験もありますからね」

 

 メジロアルダンにそう同意されても、メジロマックイーンは視線を上げようとはしない。

 

「高望みだとは理解しています。それでも、やはり……私のこともスペシャルウィークさんのことも、ほぼ一日遅れの映像越しで指導されているのだと思うと、考えてしまうところがあるのです」

「直接見なければわからないことがあるのではないか、と?」

「はい」

 

 メジロマックイーンは紅茶に映る自らの顔から、これまであった覇気が失せているように見えて、自分自身が思っていたよりも消耗しているらしいことをようやく悟った。

 

 かちゃり、と耳を澄まさねば聞こえないほどの音と共に、メジロアルダンのティーカップがデーブルに戻された。

 

「……スペシャルウィークさんが大成していることを見るに、その指導法も決して間違いなどではないのでしょうね」

「はい……」

「ですが、それはマックイーンが納得できるかどうかというのとはまた別の話です」

 

 そう言って、人差し指をぴっと立てるメジロアルダン。

 

「直接ぶつけてもいいのですよ、マックイーン。トレーナーとは対等に接してかまわないのです。トレーナーと生徒の関係を極限まで還元すれば、師匠と弟子ではなく、指導契約に基づくサービスのやりとりと見ることもできるのですから。貴女の不安は決して高望みではありません」

「それは、そうかもしれませんが……」

「陽室トレーナーに直接ぶつけるのは気が引けますか?」

 

 メジロマックイーンはこくりと頷いた。

 

「ふふっ、素直なのは貴女の美徳ですね。……マックイーンの気持ちはよくわかります。私もトレーナーを信じ切れなかったことがありますから」

「アルダンさんも、ですか?」

 

 メジロマックイーンはどこか驚いた様子で問い返す。

 

 トゥインクル史上初のトリプルティアラを達成したメジロラモーヌを姉に持ち、入退院や静養を繰り返しながらもクラシック戦線を戦い抜いたメジロアルダン。彼女の戦績を語るにあたって、彼女を信じ抜いて支え続けたトレーナーに触れないわけにはいかない。

 

 最新かつ高水準の医療体制やメジロ家のバックアップも当然あったとはいえ、メジロアルダンの心の支柱として彼女のトレーナーが大きな役割を果たしていたのは間違いない。その事実を彼女自身がメディアに直接語ったこともあるほどに、二人の間には固い信頼関係があった。そのメジロアルダンが、トレーナーを疑った経験を告白したのだ。

 

「私の脚は、走るようにはできていない。走れたとしても、永く使えるものではない。……それはあの方が覆すまでの定説であり、絶対だったはずです。それを覆したいと願った私に、トレーナーは応えてくださった。あの方は私を信じてくださったのです。それに私も応えたいと思った。それでも、それだからこそ、不意に心に魔が住み着く隙を見せる事があります」

「魔……ですか」

「えぇ、魔です。漠然とした恐怖、漫然と広がる不安、それを餌として、信じるべきものすら腐らせていく、不信」

 

 メジロアルダンは窓の外を眺めるように視線をずらした。

 

「信頼というのは一時的な盲信を意味します。その結果がいかなるものとなろうとも、共に背負う覚悟が前提となります。……その覚悟を私はトレーナーになる前のあの人に問い、あの人はそれに応えたいとおっしゃった。信じていただいた」

 

 メジロアルダンの視線を追うように、メジロマックイーンも窓の外で小鳥が飛び交うのを眺めた。背の青い鳥、ルリビタキだろうか。

 

「それでも、それが口先だけのものではないと証明することは困難です。あの人も、私も、真の意味で信じ合うことは、難しいことでした。そんな関係を築くにはたくさんの手段がありますが、根源的には時間でしか解決できないものだと私は考えています。どれだけ理論で裏付けしても、どれだけ言葉を重ねても、時間をかけなければ届かない領域というのがある……そう思えてならないのです」

「アルダンさん……」

 

 ルリビタキが飛び立っていく。少し残念そうに、あ、と呟いたメジロアルダン。

 

「行ってしまいましたね」

「えぇ……」

「そういえば、この紅茶の名前も『ブルーバード』と言うのです。ヤグルマギクの青色から取っているそうですよ」

 

 メジロアルダンは金色の縁が光るカップを改めて持ち上げた。

 

「青い鳥を探したチルチルとミチルは、側にいた青い鳥に気づけなかった。誰もそれを責めることなどできません。気づくにはたくさんの時間と、長い旅路が必要だったのです。その果てだからこそ、気づけたのだと思います。人間関係もまた然りです」

 

 一口喉を潤わせ、メジロアルダンは笑った。

 

「ですからマックイーン、貴女の感覚は間違っていませんよ。チームテンペルの皆様方がどのような人物であれ、信じるだけの時間と手間が積み重なるまで、信じなくてもかまわないのです」

 

 メジロマックイーンはしばらく黙っていたが、吹き出すように笑った。

 

「……やはり、アルダンさんには敵いませんわね、私は」

「いいえ、マックイーン。私がただ、少し早く生まれただけです」

 

 そっとマカロンに手を伸ばして、メジロアルダンは優しく否定する。

 

「……私は、掴み取ることができるのでしょうか。メジロの悲願である、天皇賞春秋連覇を成し遂げられるのでしょうか」

「マックイーン」

 

 メジロアルダンは優しく、けれど確かな質量をもってメジロマックイーンの声を断ち切った。

 

「貴女が無理にメジロの名を背負う必要もないのですよ」

「そんな……!」

「ああ、いえ。背負うに値しないという意味ではありませんよ、むしろ逆です。貴女の才能をメジロが押しつぶすのであれば、メジロの冠など捨て置いてよいのです」

「アルダンさん!?」

 

 笑顔で恐ろしいことを言い始めるメジロアルダンに、思わず腰を浮かせたメジロマックイーン。

 

「どうかそんなことを仰らないでくださいまし! アルダンさんはおばあ様からもメジロ次期当主の器と常々言われてきたではありませんか。そのアルダンさんがメジロの名を軽く扱うなどあってはならないことです! それはメジロに対する反逆に等しい行為ではありませんか!」

「マックイーン、確かに貴女の言うとおり、メジロの冠は軽くありません。ですがその冠が才気溢れるウマ娘の未来を潰すのならば、メジロの次代を担う者としても、メジロの冠を持つひとりのウマ娘としても、それを認めるわけにはいかないのです。少なくとも────貴女ほどの才能をすり潰すのであれば、メジロなど斜陽だと言われても仕方がないというもの」

 

 真剣な顔のメジロアルダンはゆっくりと目を閉じた。

 

「URAが日本中央ウマ娘競走協会法に基づき成立して以来、いえ、まだURAが全国競馬連盟だったころから、私たちは本家、分家問わず一丸となってその先頭に立ち、ウマ娘文化の牽引役となることを使命とし、ここまで来た。その使命こそ私たちがメジロを名乗る事を許された唯一の拠り所であり、それはこれからも変わることはないでしょう。それこそ……陸軍の再編などという天変地異が起こらないかぎりは」

「だからこそです! だからこそ私は、メジロマックイーンは楯を掲げることによってメジロここにありと示さねばならないのです。それこそがメジロへの貢献であり、私を目に留めていただいた本家への貢献ではありませんか! ()()を奪われたら、私は一体何を拠り所にこのご恩を返せばよろしいのですか!」

 

 半ば叫ぶように言葉を吐き出したメジロマックイーン。それを聞いて、メジロアルダンは瞳を開く。その瞳はメジロ家を率いる者としての瞳だった。

 

「背負うな、という訳ではありません。ですが、それに拘泥する余裕があるほどトゥインクル・シリーズは甘くありません。貴女が望む走りに、貴女が望む未来にメジロの冠が障害となるのであれば、それは捨て去ることもできるということです。貴女には好きな未来を選ぶ権利があるのですから」

 

 そこまで言って、ふわりと目元を緩めたメジロアルダン。

 

「マックイーンは先程『この一週間で常識が打ち砕かれた』と言っていましたね。その感覚はきっと正しい。世界は私たちの常識の外側でどんどん動いていくでしょう。貴女はそれを感じ取る心と、視野を持っている。常識の外にある事象に食らいつかんとする気概を持っている。だからこそ、メジロという枠に囚われずに前に進んでほしい。それがいつか、メジロの未来を切り開く事になると、身勝手ながら考えています」

「アルダンさん……」

 

 メジロマックイーンは毒気を抜かれたように相手の名を呼んだ。

 

「大丈夫。マックイーンならできますよ。貴女は……それだけの強さを、もう持っているのですから」



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ニシノフラワーは忘れない

 京都レース場は、どことなく霞が掛かったような雰囲気になっていた。

 

「なんか口の中もじゃりじゃりする気がして嫌になるよねー、スぺちゃん?」

「そうかな」

 

 どこかつっけんどんな返答を聞いて、セイウンスカイは肩をすくめるに留めた。天気そのものは晴れで間違いないが、今日は黄砂がひどく、遠景が霞む。流石にパドックや芝の上に積もるほどではないものの、いささか滑りやすい感触があった。

 

「……さて、と」

 

 スペシャルウィークの方を盗み見ながら伸びをするセイウンスカイ。さすがにGIレース、それも天皇賞なだけはあり、あまり観戦向きとは言えない天気ながらもパドック含め超満員だ。応援幕を出しているファンも多い。

 

「まったく、スペちゃん人気のすごいこと……」

 

 さすがにスパンコールが付いたようなものはないものの、それでも各自工夫を凝らして目立つようにと作ってきた力作ぞろいだ。5割スペシャルウィーク、2割メジロブライト、残り3割でその他諸々といったところだろうか。

 

「……ん?」

 

 パドックの出入口に近い植え込みの近くに、自分の名前が大きく書かれた白い幕が掛かっているのが見えて、セイウンスカイはそっとそちらの方に歩み寄る。応援幕のそばにいたかなり小柄なウマ娘──赤い耳カバーとカチューシャが見える──がさっとそばの男性の影に隠れつつ、恥ずかしそうにこちらをみてくる。

 

「こんにちは」

「こ……こんにちは……!」

 

 小学校の中学年にやっと入ったかどうかくらいだろうか。まだ高くて安定しない声を聞いて笑う。

 

「応援幕を出してくれたのはお嬢さん? お名前は?」

「あの、に、ニシノフラワー、です……。えっと……ご迷惑、でしたか……?」

「まさか! 出してくれてうれしいよ。ありがとうね」

 

 そう言って柵越しに手を差し出す。父親らしい男性に背中を押されて前に出てきたその子は小さな小さな手を伸ばす。強く握ると痛めてしまいそうなほど華奢な手。それを包んで軽く振る。本当に温かい手だった。

 

「私、トレセン学園を目指してて、あの……セイウンスカイさんみたいに、走れるようになりたくて、その……」

「あはは、それじゃあ君までシルバーコレクターになっちゃうよ」

「ちがっ、えっと、そういう意味じゃなくて……」

 

 慌てた様子で握手していない方の手をぱたぱたと振る少女。

 

「セイウンスカイさんみたいに、誰かに勇気を分けられるような、そういう、走りが、したくて、その……」

 

 必死に言葉を紡ぐ様子に笑みを深め──必死に笑みを守るスカイ。そう念じなければ、笑みを保っていられなかった。

 

「さっきも聞いたけど……ごめんね、もう一度名前聞いていい?」

「えっと、ニシノフラワーです」

「ニシノフラワー、ニシノフラワー。うん、覚えたよ。じゃあ、これからライバルだね」

「え?」

 

 握手していた手を離す。彼女の──ニシノフラワーの手の熱を、黄砂交じりの風が拭って吹き抜ける。それが惜しくて、右手を握りこんだ。この熱を奪われるのは(しゃく)だった。

 

「それじゃあ、セイちゃんはさくっと勝ってきますか。……中央校で待ってるから、頑張ってね、()()()()

「っ! ……はいっ!」

 

 満面の笑みを見て、スカイも笑い返して。背を向ける。

 

 ────あぁくそ、見るんじゃなかった。

 

 そう思っても、ニシノフラワーから預かった熱が黙ってはくれない。背を向けた先に……スペシャルウィークがいる。

 

 今日、()()を倒さねばならない。

 

 


 

 

「今年の春天は例年通り京都開催。京都レース場はどちらかといえば瞬発的な加速力と最高速度が重要なコースになっているが、春天のような超長距離レースではどのみちスタミナが持っていかれてしまう」

「どうした急に」

 

 突如解説を始めたメガネの男性に、パーカーの男性が冷静なツッコミを入れた。

 

「ウマ娘が全力で走れる時間は、個人差こそあるが平均的には30秒前後だと言われている。当然距離が長ければ長いほどその全力を発揮するのは難しくなるし、いつスパートをかけるのかという問題も大きくなる。ましてや先頭に立つ逃げウマ娘となると、3200mを逃げ切るには適切なレースメイクと高度な戦略眼が必須だ」

「なるほどな。今回のレースだと逃げるのはセイウンスカイひとりになる可能性が高く、中盤まではスタミナを温存してスローペースに落ち着くはず。勝負どころになるだろう淀の坂に辿り着くまでは、小競り合いに終始することになるか……?」

 

 彼らが口にした言葉は的確だった。メガネの男性はなおも続ける。

 

「ああ、そうだな。さらに言えば外回りコースになる都合上、内回りよりも直線が長くなる。スローな展開も相まって差し脚勝負になる可能性が高いだろう。そうなると、昨年覇者かつ超長距離において凄まじい末脚を発揮できるメジロブライトにとって有利な条件になる」

「スペシャルウィークは正直言ってどんな作戦を取ってもおかしくないが、一度しかやっていない逃げや追込でセイウンスカイやメジロブライトと真っ向勝負するのはさすがに避けたいはず……基本は中団に構えて、あとはレース展開次第ってところか。悩ましくはあるが、こうなると春天の優勝経験があるメジロブライトがやっぱり一歩抜けてる気がするな」

 

 互いに頷きあう二人。しかしまとまりかけた会話に待ったをかける声が響く。

 

「スペシャルウィークさんは負けないもんっ! 長距離レースも菊花賞で走ってるし、末脚でスペシャルウィークさんに追いつける人なんていないもん!」

 

 声の主は、彼らの隣でターフを覗きこんでいた黒いショートヘアの幼いウマ娘だ。その横には彼女と同年代であろう、亜麻色のロングヘアが特徴的なウマ娘もいる。

 

「ご、ごめん!」

 

 ふくれっ面の少女に謝罪する男性二人。

 

「もう、キタちゃんったら」

「でもダイヤちゃんも思うでしょ? スペシャルウィークさんは今日も勝ってくれるって」

「うん、そうだね。……きっと、すごいプレッシャーなんだろうなあ」

 

 少し離れた場所から少女たちの会話が聞こえてくるなか、ベルノライトは口を開く。

 

「本当にいいんですか、マックイーンさん?」

「はい、こちらで見ると事前に伝えてありますので」

 

 制服姿のメジロマックイーンは静かにそう答えた。ここは関係者専用エリアの最後方。他の面々の邪魔にならないようにと席を取った場所は、観客席の声もよく聞こえる。つまりそれはこちらの会話もそれだけ外に聞こえやすいと言うことで、ベルノライトはわずかに声のトーンを落とした。

 

「でも、メジロ家は天皇賞を重んじるって言いますよね」

「その通りです。メジロにとって、天皇賞に勝利すること、つまり陛下の名を冠した栄誉に与ることは至上の名誉とされています。もちろん私もいつかは……いいえ、必ずや天皇賞をと考えております」

「あの、そういうことじゃなくてですね」

 

 ベルノライトは半ば頭を抱えながら言った。

 

「……メジロブライトさんの応援をしなくてもいいんですか?」

「今の私はチームテンペルの所属ですので」

 

 そう断言したメジロマックイーンの顔に、ベルノライトは少しの迷いを垣間見た気がした。

 

「チームだからといって、応援しなきゃいけないってことはありませんよ。マックイーンさん」

「……どういうことでしょう?」

 

 腑に落ちていない様子のメジロマックイーンに、ベルノライトは微笑みかける。

 

「チームのために、誰かのためにっていうと、不思議なくらい力が出るんですよね。それは否定しません」

 

 視線を上に向けるベルノライトにつられるように、メジロマックイーンも霞がかかった青い空を見上げる。

 

「でも、そのために自分の気持ちを抑えつける必要はないんですよ。応援したい人を応援すればいいんです。義務感で応援する必要はないと思います」

「……そう、ですね」

「マックイーンさん?」

 

 ぽつりと落ちた同意に、ベルノライトが視線を横に送る。

 

「私たちは、常に『メジロはかくあるべし』と言われて育ってきました。走ることを義務として、勝利こそを誉れとして、これまで育ってきたのです。メジロのウマ娘であるということはそういうことです」

 

 メジロマックイーンの腕がそっと胸元に伸びる。そこにあるのは制服のスカーフをまとめる蹄鉄を模した金具だ。

 

「本音を申しますと、それを抜きに誰かを応援するというのがよく分からないのです。私が走るのはメジロのためですし、同じメジロ家のウマ娘を応援したいと思うのも、メジロのためです。同じように私は、チームのためにスペシャルウィークさんを応援したいと思うのでしょう」

 

 ベルノライトはその独白を聞いて、静かに言葉を探す。

 

「……私は普通の家の子なので、メジロ家の在り方とか、使命とか、きっと分かってないところの方が多いんでしょうけど」

 

 そう前置きをしたが、メジロマックイーンの視線は前を向いたままだ。

 

「応援するっていうのは、元々身勝手で、わがままなことなんだと思います。勝手に誰かに期待して、勝手に救われた気がして、勝手に裏切られた気分になって。応援するって多分そういうことなんです」

 

 ベルノライトの視線の先、京都レース場の奥側に配置されたゲートの近くに、ウマ娘たちが小さく見える。もうまもなくの出走だろう。

 

「レースはそういう想いが集まって成り立ってるんだって思うんです、私。だからみんなレース場に来て応援するし、そんな人たちのためにライブステージをして……みんなが身勝手な思いを誰かに託して、託された誰かがそれを背負って走る。そういう場所なんじゃないかなって」

 

 だからね、と言って笑ってみせたベルノライト。

 

「義務の外側にも、きっと応援する理由があって、走る理由もきっとある。その方がきっと、楽しいと思うんですよ。多分……トレーナーさんが私たちを観客席に置くのは、そんな空気を知ってほしいからじゃないか、なんて私は考えてます」

「トレーナーさんがそう仰っていたのですか?」

「ううん。そうなのかなーって思っただけですよ」

 

 肩をすくめながらそう言うと、堅かったメジロマックイーンの表情が少し緩んだ。

 

「……率直に言わせていただきますと、あの方がそこまで考えているかは疑わしい気がしますわね」

「あはは……結構手厳しいですね、マックイーンさん。あの人が元々芸能界の出身っていうのは聞いてましたっけ?」

「ええ、一応は。逆に言えばその程度しか知ってはいないのですが……」

「トレーナーさんが言うには、トゥインクル・シリーズは……ひいてはスポーツ界は芸能界と似てるところが多い、らしいんです。『演劇や映画が観客から不可分であるように、レースにおいても観客は不可分な要素です。ゆえに観客が演者を、あるいは出走ウマ娘を見て何を感じるのかを意識することが大切なのですよ』って言ってました。私は芸能界のことをよく知りませんけど、それでもトレーナーさんと大体同じ考えです」

「私には……よく、分かりません」

「本当に、ですか?」

 

 そう問われ、首をひねるメジロマックイーン。そんな彼女にベルノライトが問いを重ねた。

 

「ヒットひとつに一喜一憂したり、期待のエースのホームランに思わず飛び上がったりしたことって、本当にないですか?」

「あっ……」

 

 思ったより大きな声が出てしまったのか、慌てて周囲を見回すメジロマックイーン。

 

「それと何も変わりないんです。そこに使命とか責務とかがなくたって、自分の気持ちで応援する……マックイーンちゃんだって、レースでそうしてもいいんですよ」

 

 さらさらとした淡い藤色の髪を撫でるベルノライトだったが、すぐに慌ててぱっと手を離した。これでは完全に子供扱いだし、呼び方も馴れ馴れしすぎだ。

 

「ごめんなさい、つい……マックイーンさんの方がずっと詳しいですもんね、レースのこと」

 

 釈迦に説法でした、と照れ隠しの笑みと共に頬を掻くベルノライトだったが、メジロマックイーンは静かに首を横に振った。

 

「いいえ、ベルノライトさん。いいえ」

 

 その声は凜と澄んでベルノライトに届く。

 

「恐らく、ベルノライトさんの方が本質を見ていますわ。私の『かくあるべし』というレースよりも……ずっと、深く」

 

 そう言って、メジロマックイーンは溜息を吐いた。

 

「貴女は今、私の目の中の丸太に気づかせてくださったのです」

「ま、丸太……?」

あなたは、兄弟の目にあるおが屑は見えるのに、なぜ自分の目の中の丸太に気づかないのか。兄弟に向かって、『あなたの目からおが屑を取らせてください』と、どうして言えようか。自分の目に丸太があるではないか。……マタイ書の第7章にこのような()()()があります」

「……えっと?」

 

 全く知らない話が唐突に出てきて、困惑の表情を隠せないベルノライト。

 

「『こうあるべき』では見えないものがある、ということです。先入観という丸太、かくあるべしから外れたものを認めないという丸太。そういったものを抱えていながら、そうではないものを『そぐわない』と切り捨てていてはならない。そう、聞こえたのです」

「えっと、そんな大仰なことを言ったつもりはなかったんですけど……」

 

 ベルノライトは苦笑いを浮かべるも、メジロマックイーンは改めて首を横に振った。

 

「ベルノライトさんは先輩なのですから、そう謙遜なさらないでくださいまし。呼び方も口調も、気を遣ってくださらなくて大丈夫ですわ。そう呼ばれるに値する差が、年齢にも経験にもありますし……これは言おう言おうと思いつつも今日まで言えずにいたことですが、スペシャルウィークさんに対して呼びかけるときよりも堅苦しくされてしまうと、私としても少々困ってしまうのです。ですから、どうか」

「……うん、わかったよ。でも、それならマックイーンちゃんも敬語じゃなくていいんだよ?」

「これはそういう言葉遣いしか習ってこなかったので……どうか慣れてくださいまし」

 

 マックイーンの言葉に二人はクスクスと笑い合う。

 

 都合よく、ちょうどそのタイミングでファンファーレが鳴り始めた。ベルノライトは正面に向き直る前に、メジロマックイーンの横顔をちらりと見る。先程まであった迷いの色は、もうどこかに消えているようだった。

 

『楯の栄誉を求め、黄砂舞う京都レース場にウマ娘たちが集う! 最長距離GI、春の天皇賞がまもなく出走となります!』

 

 向こう正面に設置されたゲートへと目を凝らしながら、実況音声に耳をそばだてるベルノライト。ほぼゲート入りは完了しているようだが、何人かスタッフが集まっているのが見える。おそらくはセイウンスカイを始め、ゲートを苦手とするウマ娘が渋っているのだろう。

 

『3番人気はメジロブライト。メジロの名を背負い、最強ステイヤーの座と連覇を賭けて挑みます。続いて2番人気はセイウンスカイ。大外枠ながら仕上がりは万全、今日こそは総大将を相手に下剋上だと言わんばかりの様子です。そして1番人気はもちろんこの子、スペシャルウィーク。URA単独最多連勝となる、12連勝の大記録達成となるでしょうか。…………さあ、ゲートイン完了。出走の準備が整いました』

 

 観客席の雰囲気が一気に張り詰めていく。

 

「いよいよ、ですわね」

「うん。いよいよ、だね」

 

 二人の声と時を同じくして、スターティングゲートが開いた。



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セイウンスカイは諦めない

 思ったよりも砂が浮いている感覚がする。セイウンスカイはそれを呪いながら京都レース場2回目の向こう正面を先頭で駆ける。振り返ることはない。振り返る体力が惜しい。

 

(ま、中山や阪神よりはよっぽどマシだけど、っと!)

 

 中山レース場や阪神レース場と比べて、京都レース場は最終直線が平坦なので走るのにパワーを必要とせず、そういう意味ではセイウンスカイとの相性は良い。ずっと走りやすいコースが続くというわけではないものの、どのみち抱えている手札でなんとかするしかないことに変わりはない。

 

 自分のイメージよりわずかに脚の接地タイミングが速かった。京都レース場名物の3コーナーに向けた丘に向け、4m近くを駆け上がる。まだ背後から聞こえる足音は遠い……確かに遠いが、この坂が勝負の分水嶺になることは間違いない。

 

 ここまでのレースはセイウンスカイだけが逃げ続け、先行・差し集団がまとまって団子となる構図になった。これは無責任にレースの予想を切り売りするレース雑誌でも大きく外してはいないはずだ。

 

 逃げ戦略を採るのがセイウンスカイひとりだけでは、逃げ集団の速度アップは見込めない。超長距離という前提もあり、セイウンスカイだけでペースを引き上げるゲームメイクには誰も乗ってこないだろう。セイウンスカイだって、誰も乗ってこない賭けで唯一の勝ち目を潰すようなことはするまい。

 

 誰もがそう予想した通り、レースはスローペースで進んでいく。3200mというのは歴戦のウマ娘にとっても決して短い距離ではない。

 

 3コーナーが遠い。そう歯ぎしりしながら内ラチギリギリ、内周り用のコースの進入禁止柵を見ながら一気に坂を駆け登っていく。ここで速度を維持しておきたい。もうすぐ頂上、先行組の靴音が背後まで急激に寄ってくる。

 

 やっと残り1000mを割ったばかりの上り坂でスタミナを使ってまで先行組が速度を上げるということは、先行組がリードを維持できなくなりつつあるということ……つまり、差し組が先行組を煽った。それも加速が難しいコーナーの、上り坂で加速させるという地獄のようなタイミング。

 

 そんな悪魔的な展開を能動的に起こした奴がいる。

 

 そんな悪魔のような駆け引きを持ちかける奴など──ひとりしかいまい。

 

(圧倒的差し有利、逃げ不利の京都レース場。最終直線での粘り勝ちができないと焦った先行組はもうグダグダ、すぐに脱落しはじめる。セイちゃんはひとりで逃げ続けてスタミナ不足に陥り、集団に飲み込まれてデッドエンド。そういうシナリオなんでしょう?)

 

 3コーナーの前三分の一を超えると始まる急激な下り坂。コーナーを抜けるころにはもう4mを下りきるほどの急坂を一気に駆け降りる。いつかのこと、トレーナーは『淀の坂はゆっくり上ってゆっくり下るんだ。そうしないと危ないからな』なんて言っていたが、そんな大型トラックの運転講座じみた戦略はもはや通用しない。

 

「それくらい、お見通しなんだよっ!」

 

 下りでは上体を起こすのが定石だ。上体がしっかり起きていれば、骨盤が起き、脚を前に出しやすくなる。蹴り足は上げるのではなく前に抜く。歩幅を小さくして脚への衝撃を抑えつつ、ピッチをあげていく。それが、脚への負担が一番少ない走り方。

 

 セイウンスカイは一気に上体を前に。自然に伸びる脚に乗り遅れないように前へとつける。速度を落とすわけにはいかない。上体が起きれば空気抵抗も大きくなる。骨盤が起き、脚を前に出すということは重心が後ろに倒れるということで、それはブレーキを意味する。

 

 ────坂を()()。下らされるのではなく、自分の意思で坂を下れ。セイウンスカイ! 

 

 下り坂で自然にストライドが伸びる。そのストライド以上に、上体を前へと持っていく。倒れることを防ぐために脚が前に出るという状況に近い。脚のダメージなど知ったことか。どうせ走ったとしても次のGIは最速で宝塚、そうでなければ秋の天皇賞だ。療養期間はしっかりと確保できる。

 

 速度が上がればそれだけ外側に膨らみやすくなる。時速数十キロでカーブを曲がろうとすれば、恐ろしい加速度が脚に掛かる。コーナーでも地面はほぼほぼフラットだ。下手をすればそのまま外ラチまで吹っ飛ぶし、一歩間違えれば脚が文字通り砕けるシナリオだってありえる。

 

 それでもセイウンスカイは前へ、後続の先行組の足音から逃げるように前へ。平地での基本ピッチを落とさず、それでもストライドは広く。結果的にコーナーの内ラチを擦るような位置を飛ぶ。内ラチは荒れやすいというが、京都は比較的マシだ。

 

 これまである程度規則的だった足音が一気に崩れ始めた。みな、スパートに向けた位置取りの調整に入ったのだろう。3コーナーを抜けて斜度が下がる。緩やかに下りつつ4コーナー。蹴り足はそのまま擦るように前へ。コーナーの奥が開け始めた。観客で満たされたスタンドが見えはじめる。ゴール板までの直線が開けたタイミングで全員がスパートに入る。

 

 ターフを擦るように、低く、前へ。そしてその外から一際強く踏み込む音がする。

 

「待ってたよ」

 

 その言葉が口から出たかはわからなかった。出ていたとしても相手には聞こえていないだろう。それでも誰が来るのかは、おおよそわかっていた。

 

 もう慣れてしまった、彼女が来る感覚。振り返らずとも、それが誰なのかわかってしまうほどだった。

 

 スペシャルウィークが、すぐ横を駆けていく。

 

 セイウンスカイは強くターフを踏み込む。ここで負けるわけにはいかなかった。

 

「こうやって競るのも久しぶりだよねっ……スペシャルウィークッ!」

 

 セイウンスカイが再加速する。涼しい顔をしたスペシャルウィークは、正面を見つめたまま振り返らない。それがいやに癪に触ったが、それでもその思いすら今は重しだ。捨て置けと命じて脚を前に振り出す。

 

 腕を振って身体を持ち上げ、そのぶん蹴る力は前へ。スローなレースで末脚を温存できていたのは、セイウンスカイだって同じだ。

 

 最終直線に入り、残り2ハロンを割った。あと20秒で勝負がつく。

 

 そのときだった。

 

「うえっ……!」

 

 蹴り足が一瞬滑った。バランスを取るため、返している最中の脚で地面を真上に蹴るようにする。黄砂が祟って芝を蹴り損ねたのだと理解したときにはわずかに速度が落ちていた。その横をもうひとつの影がひゅんと飛び込んで、頬をかすめるような近さをそのまま飛び抜ける。

 

 ────メジロブライト。

 

 わずかな空隙を突くようにして、ミントブルーの勝負服が前へと飛んでいったことにセイウンスカイは驚いた。メジロブライトは去年の春天覇者で追込を得意とするウマ娘だ。神出鬼没で安定しないゴールドシップとはまたタイプが違うが、距離が伸びれば伸びるほど驚異的な末脚を誇る、要警戒ウマ娘のひとりだった。

 

 その数刹那だった。失われた加速度を取り戻すために地面を蹴るが、その足が重い。3コーナーまでのリードキープで少なくないダメージが蓄積している。脚が鉛のように重たいのは気のせいだと言い聞かせ、なんとか脚を前へ飛ばすが、メジロブライトは背に羽が生えているかのように軽々と距離を開いていく。

 

 目の前でメジロブライトとスペシャルウィークが先頭を奪い合う。メジロブライトが内ラチに半歩だけ寄った。それは、スペシャルウィークを内ラチ側から抜きにかかった体勢であり……そして同時に、内ラチ側を走っていたセイウンスカイのレーンを潰すトドメのコース取りだった。

 

(やられた……!)

 

 ふたりの前に出るにはスペシャルウィークのさらに外に出るしかない。この状況で、2レーン外へとスライドしろという。

 

(間に合わない、間に合うわけがない。もう1.5ハロンもないんだぞ!)

 

 足が緩みそうになる。後続は大きく離れている。スペシャルウィークとメジロブライトとセイウンスカイ。三人だけの争いだ。それでも、脚を前に。

 

 諦めても誰も文句は言うまい。常勝無敗のスペシャルウィーク、春天連覇の懸かったメジロブライトとの大接戦。皆が望んだ結果だろう。それは、あまりに甘美であまりに退廃的な囁き。

 

 ────私、トレセン学園を目指してて、あの……セイウンスカイさんみたいに、走れるようになりたくて、その……

 

 頭の奥底が殴られたように痛い。身体中の酸素が足りていない。

 

 諦めたっていいだろう。折れたって誰も責めはしないだろう。

 

 ────セイウンスカイさんみたいに、誰かに勇気を分けられるような、そういう、走りが、したくて、その……

 

「ふっ……ざけんなああああああああああああ!」

 

 強く右足を蹴り、外ラチに向けて弾き出る。姿勢は低く、倒れこむのを防ぐために脚が出ているような状況だ。二歩で外に出た。左足が芝を掘り返した感覚がある。もうロスがどうなどと言っていられる余裕はない。そのまま無理やり前に進路を取り直す。さっきまで左側に見えていたスペシャルウィークが右前にいる。

 

「負けられないんだ! 私だって! 負けられないんだよっ!」

 

 視界が歪むのは黄砂のせいだ。足が痛むのは今の無茶な軌道のせいだ。

 

 100の表示は見えなかった。ゴールまであと数秒。

 

 心臓が痛いのはスタミナがすでに尽きたせいだ。頭が痛むのは酸欠のせいだ。

 

 音すら遠のく。スタンドは歓声に沸いているのだろうか。きっと沸いているのだろう。

 

 その中に、ひとつはセイウンスカイを呼ぶ声があると確信してしまったのは、なんと傲慢で、なんと重たい感情か。

 

 ────あぁくそ、見るんじゃなかった。

 

 そう思っても、認識した事実は覆らない。

 

 ゴール板は今、背後に消えてしまった。

 

 


 

 

「スカイさん……」

 

 膝に手を乗せて肩で息をするターフ上の彼女を見て、ニシノフラワーは心配そうにそう呟いた。

 

「惜しかった……最終直線で滑らなければ優勝していたかもな……フラワー?」

 

 彼女を肩車していた父親が怪訝そうに声をあげる。

 

「大丈夫、かな……。スカイさん。最後、すごい追い上げをしてたから……」

「きっと大丈夫さ。あそこから復活して、メジロブライトさんと横並びでゴールできたんだ。あんな末脚、見たことないし……ほら、顔を上げた。大丈夫。きっと大丈夫だ」

 

 ニシノフラワーを下しつつ、父親はそう言った。

 

「ライブまでかなり時間もある。ちゃんと最後まで見ていくんだろう?」

「うん……お父さん」

「なんだい?」

 

 はぐれないように手を引く父親を見上げて、ニシノフラワーは迷ったように間を開けてから、口を開いた。

 

「私の応援、届いたよね。きっと」

「もちろん届いただろうさ。きっと届いたから、セイウンスカイさんはあんな走りができたんだとお父さんは信じてるよ」

「……そっか、そうだといいな」

「きっとそうさ」

 

 父親はそう言って笑ってみせた。

 

「あの、お父さん。ひとつ、わがまま言っていい?」

「どういうわがままかな? 言ってごらん?」

「髪留めが欲しいの」

 

 髪留め? と父親が聞き返す。

 

「スカイさんがしてたみたいな、お花の髪留めが欲しい。スカイさんみたいに、あきらめずに走れるウマ娘になって、トレセン学園に行って、頑張るんだって、そう思った私を忘れないようにしたくて」

「……そっか。じゃあ、母さんとも相談して買いにいこう。セイウンスカイさんにも応援してもらったし、きっとフラワーなら大丈夫だ。なれるよ、フラワーがなりたいウマ娘に」

 

 ニシノフラワーは頷いて空を見上げた。

 

 黄砂交じりの空は何も言わずに、彼女を見つめ返していた。



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キングヘイローは救わない

「あなたのトレーナーがすごい顔で出ていったけれど、ケンカでもしたの?」

「キングには関係ないでしょ」

 

 ライブも一通り終わったあと、制服に着替える気にもなれずに控室で腰を下ろしていたセイウンスカイの元にやってきたのは、両手に紙コップを持ったキングヘイローだった。

 

「というか、来てたんだ。わざわざ京都まで」

「同期が走るのに応援しちゃいけないなんて道理もないでしょう? ……惜しかったわね」

 

 その言葉に、セイウンスカイは若干の苛立ちを隠すことなく答えた。

 

「慰めに来たんなら帰って。そういうのはいらない」

「でしょうね。ホットとアイスを間違えて買ってしまったから押し付けにきたのよ」

「猫舌なの知ってるよね?」

「安心なさい。あなたが飲むのはアイスの方よ」

 

 そう言って紙コップに入った冷たいカフェラテを差し出してくるキングヘイロー。セイウンスカイがそれを眺めているとしびれを切らしたのか、無理やり持たせてくる。それをそのまま押し付けてから、彼女は化粧台を兼ねた作り付けのデスクに腰を預け、湯気立つコップを啜る。

 

「……で、本当は何をしに来たのさ」

 

 紙コップ入りのアイスカフェラテには氷が入っていない。相変わらずキングヘイローは変なところでミスをする。彼女はホットのカフェラテを買うのに氷抜きのボタンを押してしまったらしい。

 

 キングヘイローが口を開く。

 

「勝手に情報を売りつけたのは私よ。アフターフォローぐらいはさせてもらうわ。それに……スペシャルウィークさんが次に走るのは安田記念、少しでも情報が欲しいって下心もある」

「スぺちゃんがまたマイルに?」

「あなた、ライブ前の記者会見を見てなかったの? 1年ぶりに1600mを走りたいって言ってたじゃないの、スペシャルウィークさんが」

 

 彼女は驚いたように目を見開いた。その仕草も、今のセイウンスカイにとっては大した意味を持たない。

 

「興味ない」

「まったく……本当にらしくないわよ。どうしたの?」

 

 セイウンスカイは黙ったまま答えない。曖昧な色に濁ったカフェラテは、どのような像も結んではくれなかった。

 

「今日の走りもそうだった。飄々とした、安定した走りが売りだったあなたらしくない走りだった」

「はいはい、期待の走りじゃなくて悪ろうござんした」

「勝手に他人の話を切り上げないの。良し悪しを言ってるんじゃないわ。私はこれまでのあなたの走りより好きよ、今日のあなたの走り」

 

 その言い草にセイウンスカイは吹き出すように笑う。

 

「好き嫌いで勝ち負けが決まるならこんなに楽な話はないよねぇ」

「でも、やっとあなたは取り繕わない本気で走ったでしょう?」

 

 セイウンスカイの心臓の奥底へ氷の針を刺し、キングヘイローは笑ってみせる。

 

「それに、スペシャルウィークさんとの距離の開き方だけを見るのなら、ダービーに続く詰め寄りかたをした。最終直線の手前で()()()()()()()()()、あるいは……」

 

 その一言に顔を上げるセイウンスカイ。その顔は半分怒りに満ちたものだった。

 

「『レースに()()()()はない』。一番それを知ってるのはキングだと思うけど?」

「『レースに()()はない』ということを何度も口にしていたのはあなたよ」

 

 キングヘイローはそう言って目を伏せる。

 

「スペシャルウィークさんが1着。アタマ差でメジロブライトさん、続いてハナ差でスカイさん。あなたが得意とする長距離での3着は、確かに現状の限界を示しているかもしれない。けれども、あなたの実力は誰もが認めるところよ。……そして、今日の走りは図らずもその証明となった」

「キングは何が言いたいのさ」

 

 1ヶ月ほど前、リーニュ・ドロワットの後にも同じような会話をしたと思い出しながら、セイウンスカイは問い返す。

 

「なら単刀直入に言うわ。……あなたに足りないのは勝利の経験よ。あなたはスペシャルウィークという存在に執着しすぎている。足りないのは戦略でも執念でもない。経験よ」

 

 キングヘイローはそう口にする。

 

「あなたの戦略眼が一流であることは嫌というほど見せつけられてきた。その場での適応力もダービーと今日の天皇賞で見せつけた。それを実現できるスタミナとパワーも兼ね備え、スピードに乗れることも分かっている。レースメイクだって、悔しいけれど超一流だと思っているわ。それでもあなたが勝てない理由は、スペシャルウィークさんという理外の強敵だけではないと、私は見ているの」

 

 キングヘイローは喉を湿らせるようにカフェラテを一口飲み込んでから続ける。

 

「勝ち癖というのを信じているわけではないわ。それでも、自らに合う勝ち方を知るには勝ちを重ねるしかない。ひたすら最終目標に当たって砕け続けるよりも効率的。違うかしら?」

 

 真面目な顔でそう言って、セイウンスカイの返事を待つキングヘイロー。セイウンスカイは一気にカフェラテを煽った。

 

「……キングに話したことあったかな。たぶんないと思うんだけど。……私、結構おじいちゃんっ子だったんだよね。あ、今もか」

 

 話題がいきなり飛んだ。キングヘイローは続きを静かに待つ。

 

「じいちゃん、私にクラシックを獲ってほしいって、それを見るのが夢だって言っててさ。それはもう、小さいころから何度も何度も、ずーっと言われ続けてきた。『お前は三冠を取れる器なんだ』ってさ」

 

 空になったはずの紙コップをあおり、不満そうにそれを握りつぶすセイウンスカイ。

 

「じいちゃんの夢のために走ってたわけじゃない。そのために時間をかけてたわけじゃない。私が走るのは、徹頭徹尾私のため」

 

 いびつに歪んだ紙コップを見下ろして、彼女が呟いた。

 

「……それ以外の何かを背負うなんて、重しにしかならない。ホープフルステークスで負けてからずっと、そう言い聞かせてたんだよ」

 

 キングヘイローには、その後に続く『それでも』という叫びのような幻聴が聞こえた。しかしセイウンスカイはそのまま黙りこくってしまう。

 

 そのまま無言の時間がしばらく続いた。しびれを切らしたキングヘイローが口を開く。

 

「……手を組みましょう。あなたがただのシルバーコレクターではないという証明を、対スペシャルウィーク決戦兵器という評価に収まるような器ではないという記憶を、あなたは手にする権利があるわ。……あなたのトレーナーさんや、私のトレーナーにも話はもうつけてるの。あなたが望みさえすれば、チーム間での共同練習やノウハウの共有に関する覚え書きを締結する用意がある」

「……キングが皆に好かれる理由、よく分かったよ。でも私は大嫌いだ」

 

 セイウンスカイはそう言い放つ。キングヘイローの顔がひるんだように歪んだ。

 

「私はずっと、こうやってきた。今更変われないし、もうこれ以上、何も失えないんだ」

 

 それはさながら、蟻地獄に両脚を突っ込んだようなものだったのだ。あがけばあがくほどにスペシャルウィークの実力を思い知る。

 

 セイウンスカイの拳が握りこまれた。

 

「そんな私すらどこかに捨てたら、私は……私を、じいちゃんの夢を、どこに葬ってやればいいんだよ」

「……スペシャルウィークさんは、あなたの価値を計る物差しではないはずよ」

「アンタになにが分かるのさ!」

 

 キングヘイローの耳のすぐ横を紙コップだったものが飛び抜けた。カフェラテの雫が鏡を汚したが、彼女は振り向かなかった。肩で息をするセイウンスカイをまっすぐと見つめる。

 

「もう他にないんだ! 終わらないんだよ! そうしないと終わらせられないんだよ!」

「……仮に、終わらせられたとして、それであなた自身は、一体何を得るのかしら?」

「他に何もないんだ!」

 

 そう叫んだセイウンスカイをまっすぐと見て、キングヘイローは一瞬笑った。

 

「だったら、ただの負け犬ね」

 

 お邪魔したわね、と一言告げて控室を出る。扉を閉めた向こうから金属的な破壊音が聞こえた。掃除用具箱かダスト缶か、そのあたりを蹴り飛ばした音だろう。

 

「……負け犬だなんて、本当に言ってよかったのですか? あなたはそんなことを思ってなどいないでしょう?」

 

 キングヘイローは背後から掛かった声に足を止める。

 

「どうかしらね。……それでも、言う意味はあったと思うわよ。グラスさんも、ここまで来ていたのなら入ってきてくれても構わなかったのに」

 

 そう言いながらキングヘイローが振り返ると、予想通りに栗色の長髪を揺らすクラスメイトにしてライバルの少女が立っていた。

 

「お取り込み中のところにしゃしゃり出ても、良いことはひとつもありませんので」

「なら、今から顔を出すのは?」

「火中の栗を二度拾う必要がありますか?」

 

 笑顔を崩さないまま、グラスワンダーは横に並んだ。そのまま連れ立って歩きだしながら、キングヘイローが口を開く。

 

「あなた、そういうところは本当にしたたかね」

「褒め言葉として受け取っておきます。……それで、感触は?」

「スカイさんなら大丈夫……あの子は、あの程度で折れる器じゃないわ」

 

 間髪置かずそう返したキングヘイローに、グラスワンダーは小さく笑い声を漏らした。だがそれをはしたないと思ったのか、彼女は自身の口元をそっと指で隠す。

 

「そうでなければ困ります」

「……それだからエルさんに『鎌倉武士』呼ばわりされるのよ」

「心外ですね」

 

 グラスワンダーはそう答えつつも上機嫌だ。

 

「とはいえこれは本心ですし、セイちゃんはきっとまた走ってくる。また上がってくる」

「スペシャルウィークさんに憑りつかれたまま……ね」

「ええ。でも、それはきっと悪いことではないと私は思うのです。それを彼女が望むのであれば、きっとそれは他人が奪ってはいけないことです」

 

 グラスワンダーは歩みを止めることなく、納得しきれていないキングヘイローの顔を見る。

 

玉の緒よ 絶えなば絶えね ながらへば 忍ぶることの よわりもぞする

「それ、恋の歌よね?」

「あら、キングちゃんも博識ですね」

「あれだけ百人一首でコテンパンにしてきたのはどこのどなただったかしら。嫌でも覚えたわよ。それに、古典の授業でもやったしね」

 

 そう言われて、スキップでも始めそうなほどに嬉しげなグラスワンダーが頷く。

 

「それで、どうしていきなりそんな歌を?」

「レースって、片思いに似ていると思いませんか?」

「そうかしら」

「勝利への片思い、好敵手への片思い。そんな思いを皆ひた隠しにしながら、私たちはターフを駆けるのです」

「あの子が苦しんでいるのが、恋って言いたいの?」

「おそらくは。恋に恋する、なのかもしれませんが」

 

 グラスワンダーはきらきらとした瞳をさらに輝かせる。

 

「誰もが勝利に恋焦がれる。それでもそれはいつだって片思いで、たとえ1着を掴んだとしても両想いに昇華することはありません。私たちは失恋すると理解していながら、それでも焦がれて、挑まずにはいられない乙女なのです。だから私たちに、()()()()()()

「命短し恋せよ乙女、ってわけね」

「ふふっ。熱き血潮の冷えぬ間に 明日の月日はないものを、です」

 

 拍子までつけてそう歌うグラスワンダーに深い溜息を吐くキングヘイロー。

 

「……あなたの方がスカイさんと比べてもよっぽど熱に侵されてるわ。そこまで吹っ切れたらスカイさんもまだ楽でしょうに」

「そうかもしれませんね。私もまたスぺちゃんと競えることが楽しみで楽しみで! ……今度の安田記念、今度こそ全員まとめて差し切ってみたいと思っているんですよ」

 

 急転直下でグラスワンダーの声が冷えた。

 

「それ、このキングもまとめてって言ってるの?」

「全員まとめて、例外なく、です」

「……上等じゃないの」

 

 そう笑って、キングヘイローは隣を歩くグラスワンダーに視線を向ける。

 

「容赦はしないわよ」

「もちろんそうでなければなりません。私たちは……好敵手なのですから」

 

 その言葉と共に再び微笑むグラスワンダー。そっと脚を止めて振り返るも、スカイのいる控室はもう遥か遠い。

 

「いくらスペちゃんが出てくると言っても、マイルレースをセイちゃんが走ることはないでしょう。そうなると、二人が次に競うのは宝塚か、はたまた秋の天皇賞か……そのあたりでしょうか」

「……そうね」

 

 キングヘイローもつられたように足を止める。

 

「待っていますよ、セイちゃん」

 

 グラスワンダーは、もう振り返らなかった。



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【出走直前】天皇賞(春)で伸びそうなウマ娘を考えるスレ【最長GI】

1:レース場の名無しさん ID:LfLdtnh75

えー、というわけで、バ場は良です。

 

2:レース場の名無しさん ID:68wsRZaKA

う そ つ け

 

3:レース場の名無しさん ID:z+KX8Gz91

 

4:レース場の名無しさん ID:c19YzaPov

がっつり黄砂降ってんぞ

 

5:レース場の名無しさん ID:Oo0Ag3OkL

視程2キロ切ってるでしょこれ

 

6:レース場の名無しさん ID:+Z7af2YGv

気象庁から黄砂情報が発表されてる

『非常に多い』だってさ

 

7:レース場の名無しさん ID:oBPNUwhKG

黄砂のせいで太陽が銀色……

 

8:レース場の名無しさん ID:uCpASAVH4

こんな天気でも走らなきゃいけないのほんとかわいそう。

 

9:レース場の名無しさん ID:00Nmtnaw4

現地勢ワイ、黄砂を避けて建物の中で弁当を肩身狭そうに食べてる家族連れに遭遇。ちっちゃいウマ娘の子がそれでもおいしそうに食べててほっこりした。

 

10:レース場の名無しさん ID:CfE6WQK2B

>>9 黄砂の中で弁当は食えないよなぁ……カワイソス

 

11:レース場の名無しさん ID:0ifq5tDnn

流石にGIウマ娘に呼吸器が弱くてとかはないとは思うが……黄砂の中全力疾走はつらそう。

 

12:レース場の名無しさん ID:CJ7FpfyK0

エアロゾル対策とかしてんのかね

 

13:レース場の名無しさん ID:DVZvserlF

つ メジロアルダン

 

14:レース場の名無しさん ID:s0hnveELB

あー……そういや入退院繰り返してたんだっけアルダン様

 

15:レース場の名無しさん ID:7wgfzTuy+

>>14 いや、アルダン様の御病気は呼吸器関連ではなかったはず

 

16:レース場の名無しさん ID:x/f1zTjVk

とはいえ、病気抱えてフィジカルが物を言うトゥインクルシリーズ走って成果上げてるんだから相当なもんだよアルダン様

 

17:レース場の名無しさん ID:KKHXkwaV3

防弾ガラスの脚は伊達じゃないからねアルダン様

 

18:レース場の名無しさん ID:CwfdGqiXY

普通に50口径でも防げそうな脚してたもんなぁメジロアルダン

 

19:レース場の名無しさん ID:yCkupW1f2

さて、そのお嬢様の後継機のブライトお嬢様が今回走るわけですが

 

20:レース場の名無しさん ID:z9iIzFYdg

後継機言うな

 

21:レース場の名無しさん ID:fT4qbaLJP

とはいえ実際ブライトが今回丸いのでは?

 

22:レース場の名無しさん ID:hiScuZHWM

スレ終了のお知らせ

 

23:レース場の名無しさん ID:MgU/FcVqw

実際ブライトが軸になるのは間違いないと思うのよ。問題はスペシャルウィークがどこにつくかだ。

 

24:レース場の名無しさん ID:oU1yYxK8Q

流石のスペシャルもブライト対策はしてくるだろうから、ブライトをさらに後ろから突っつくか、逆に逃げで潰すか。

 

25:レース場の名無しさん ID:M6iScCj1U

え、ダービーTake2すんの? 春天で? さすがにないでしょ

 

26:レース場の名無しさん ID:wq4EBwiDp

確かに菊花の様子見てると不可能じゃなさそうだけど、そうなるとセイウンスカイとガチンコでしょ

 

27:レース場の名無しさん ID:MgGNZ2/jK

セイウンスカイと一緒に逃げるのがスペシャルにはいいんかね

 

28:レース場の名無しさん ID:4NkxGbiXM

ブライト潰しだけ考えれば多分それがありそうな気がする

 

29:レース場の名無しさん ID:u9ZzZthEZ

ウンスと逃げると後続が見逃してくれないだろうから、結果的にペースが上がるか

 

30:財布 ID:sAiFMv/RH

3200mという距離はあまりに長すぎるが故に、マイラーにも勝機があると言われている。

 

31:レース場の名無しさん ID:eRd38awX9

どうした急に

 

32:レース場の名無しさん ID:uL3ne2U7s

どうした急に

 

33:レース場の名無しさん ID:kfLPMw1pp

どうした急に

 

34:レース場の名無しさん ID:8PQdqjPXS

どうした急に

 

35:レース場の名無しさん ID:/9vxIx9ob

どうした急に

 

36:レース場の名無しさん ID:YdaFF6sgz

>>30 財布の出所不明ニキ!  財布の出所不明ニキじゃないか! 生きてたのかワレェ!

 

37:レース場の名無しさん ID:ukeWH2j02

>>30 なんか最近ちびっこウマ娘に絡まれててウハウハの財布の出所不明ニキじゃないか! うらやましいぞ財布の出所不明ニキ!

 

38:レース場の名無しさん ID:jObjYH29P

>>30 その可愛いウマ娘に誘われて謎の茶会してるらしい財布の出所不明ニキじゃないか! うらやましいぞ財布の出所不明ニキ!

 

39:レース場の名無しさん ID:HzT5OZOFP

>>30 お前どんだけ稼いだらトゥインクルシリーズ追って全国行脚できんだ! うらやましいぞ財布の出所不明ニキ!

 

40:財布 ID:sAiFMv/RH

3200mという距離はGIレースの中でも最長距離であり、たとえどんなウマ娘であっても道中の速度を抑えることが通例だ。

 

41:レース場の名無しさん ID:5kgpZH+ht

>>40 なるほど、最終コーナーからの加速と追い抜きだけを考えるならマイル戦線と変わりないもんな。

 

42:レース場の名無しさん ID:XJkE9VG6V

>>40 なるほど、結果的に力を温存することになるんだな。

 

43:レース場の名無しさん ID:bteqFEyp9

>>40 なるほど、スペシャルウィークがかわいいということだな。

 

44:レース場の名無しさん ID:FFjF4OHIh

>>43 それはそう

 

45:レース場の名無しさん ID:kuP3BMK3z

>>40 ちくわ大明神

 

46:レース場の名無しさん ID:qSfK5Gm+o

>>45 誰だ今の

 

47:レース場の名無しさん ID:2Q0kEBD2O

財布ニキの言う通り、最終直線勝負になるのはほぼ確定だと思うよ

 

48:レース場の名無しさん ID:UEvhfnlIF

そうなるとそこまでのレースメイクがどうなるか次第だよなぁ

 

49:レース場の名無しさん ID:cChsSC9GC

今回ゴールドシップ出るんだっけ?

 

50:レース場の名無しさん ID:m3n0sEior

>>49 出る

 

51:レース場の名無しさん ID:GiG2Duprn

ワープ航法はまた見られるかねぇ

 

52:レース場の名無しさん ID:Dlj9RNlo6

ゴルシのワープは正直フクキタル並におみくじだからなぁ

 

53:レース場の名無しさん ID:xVncJHITn

つ 大阪杯

 

54:レース場の名無しさん ID:MXcEMsGej

やめろ。

 

55:レース場の名無しさん ID:7Tr2AVsJE

やめてください! ゴルシを軸に流してた人もいるんですよ! 山ほど!

 

56:レース場の名無しさん ID:6O5NAhVOx

久々の沖野Tの茫然自失会見があったし、さすがに今回は大丈夫でしょゴルシ……ゴルシはそういうところ真面目そうだし……

 

57:レース場の名無しさん ID:LbcVnyVPE

とはいえゴルシだしなぁ

 

58:レース場の名無しさん ID:xD8d/xZja

大阪杯は釈迦を据えてたのでほくほくだったんだけどさ、うん。ゴルシは、うん……。

 

59:レース場の名無しさん ID:EbEKKHsGz

で、そのシャカールも来るんでしょ?

 

60:レース場の名無しさん ID:2m1p58whM

とはいえ3200は厳しそう。入着出来れば御の字だろうねぇシャカさん。

 

61:レース場の名無しさん ID:z7eS1Lhfo

じゃあ、追込はブライト・ゴルシ・釈迦、もしかしたらスペシャルでMAX4人か

 

62:レース場の名無しさん ID:hUij91wVx

マジでスペシャルウィークはどこにつくかわからん。そのうちサイレンススズカに憧れて大逃げとか言い始めるぞ

 

63:レース場の名無しさん ID:GepzJ0NZX

>>62 ダービーで見た定期

 

64:レース場の名無しさん ID:/6qSJxeEZ

正直今回先行組が薄いから差し追込メインになりそう。無頼庵も出るし。あの子差しでしょ多分

 

65:レース場の名無しさん ID:vqkgo2Nla

フクキタルの末脚をやっぱり信じたいのよな

 

66:レース場の名無しさん ID:4tRbFBnfS

おみくじ買わねば……

 

67:レース場の名無しさん ID:4BksoreNe

正直差し勝負に持ち込まれるなら、フクちゃんにもワンチャンあると思うのよ

 

68:レース場の名無しさん ID:pdt1UuzQm

逃げはウンス一人旅になるだろうし、スペシャルウィークが逃げなければ定石通りだろうな

 

69:レース場の名無しさん ID:GzQv7zcCD

ス ペ シ ャ ル ウ ィ ー ク が 逃 げ な け れ ば な !

 

70:レース場の名無しさん ID:8GNlQ/jD+

問題はスペシャルウィークが逃げか先行策を取った場合、最終コーナー時点でセーフティリードの可能性があることだ。

 

71:レース場の名無しさん ID:Q2zcoWyig

正直スペシャルウィークのセーフティリードって何バ身よ

 

72:レース場の名無しさん ID:XX5XsI2yC

>>71 1バ身

 

73:レース場の名無しさん ID:3JglClsLS

>>71 4角回ってトップならセーフティリード

 

74:レース場の名無しさん ID:ez2uGZF9n

>>71 3バ身差で(スペシャルウィークが)追いかけてるなら

 

75:レース場の名無しさん ID:AYytHi2/G

 

76:レース場の名無しさん ID:nMJKegm3T

>>72 も >>73 も大概だが >>74 はセーフティリードを何だと思ってんだ

 

77:レース場の名無しさん ID:vvdp2HviM

リードの定義こわれる

 

78:レース場の名無しさん ID:mBnrXOSjO

だってスペシャルウィークだし。

 

79:レース場の名無しさん ID:c5N3KmoSm

だってスペちゃんだし。

 

80:レース場の名無しさん ID:9cs3JI3JX

だって総大将だし。

 

81:レース場の名無しさん ID:41SgHkdJm

それでも勝てそうなのがスペシャルウィークの怖いところよな

 

82:レース場の名無しさん ID:JF2AOe+3J

今回トップはゴールドシップ。勝ったな。ワハハ。

 

83:レース場の名無しさん ID:4j0Y9TB0K

>>82 またトゥインクルシリーズやめそうだが大丈夫かお前……

 

84:レース場の名無しさん ID:Tb8RTx6QR

>>82 ワハハ。だけでわかるのずるい

 

85:レース場の名無しさん ID:oalfuqySp

トゥインクルやめたニキが本スレじゃなくてこういうスレに出没するの珍しい。

 

86:レース場の名無しさん ID:JF2AOe+3J

>>85 本スレが罵詈雑言合戦になってて流れが速いから避難してきた

 

87:レース場の名無しさん ID:cLIHYeAwF

納得

 

88:レース場の名無しさん ID:7V1TC4NeN

スペシャルウィークアンチが暴れてる感じあるよな

 

89:レース場の名無しさん ID:eoOX7GY7t

皇帝シンボリルドルフに並ぶかどうかの話だから嫌でも注目集まるし変なのも湧きがち

 

90:レース場の名無しさん ID:5sGTNxM/y

母数が多すぎてな……。9割9分はいい人なんだけど……

 

91:レース場の名無しさん ID:LlH/IfaKL

いい人だったらこんな所にいないのでは?

 

92:レース場の名無しさん ID:b/5AC/eid

>>91 無詠唱で即死魔法を放つのはやめろ

 

93:レース場の名無しさん ID:5hpn1Oaik

>>91 あまり強い言葉を使うなよ >>90 が泣くぞ

 

94:レース場の名無しさん ID:pE91WVxsQ

>>91 泣くぞ

 

95:レース場の名無しさん ID:+0LqY6TVa

>>93 泣いてるぞ

 

96:レース場の名無しさん ID:dsq1i8JJ9

トゥインクルやめたニキはまたやめそうだけどそれはそれとして黄砂のパドックがすでに阿鼻叫喚

 

97:レース場の名無しさん ID:Miv/f9WV9

うーん、やっぱりパンパンに仕上がってるスペシャル

 

98:レース場の名無しさん ID:vIDpU/vvF

毎度見る度に「あっやべ、こりゃ勝つわ」ってなるのなんなんだろうね

 

99:レース場の名無しさん ID:7bSiDY91F

まじで調子良いよな毎度毎度……

 

100:レース場の名無しさん ID:+7aw5iN2x

ほわほわしてるメジロブライト……

 

101:レース場の名無しさん ID:wrS0pcOVS

い つ も の

 

102:レース場の名無しさん ID:1Nklc9zM/

こっちは毎回心配になるよな

 

103:レース場の名無しさん ID:0Su+axRwL

スペシャルとブライトなにか話してる?

 

104:レース場の名無しさん ID:YKyCbGZRa

ブライトがなんか天気の話題振ってるっぽい

 

105:レース場の名無しさん ID:Nu4SAEDw3

ブライトらしいと言えばらしいんだろうが、集中してくれ……! 俺のSSチケットが掛かってんだ……!

 

106:レース場の名無しさん ID:D/l538yij

ん? スカイがどっか行った?

 

107:レース場の名無しさん ID:RL49KSEYI

あー。応援幕を子どもが出してたのか。

 

108:レース場の名無しさん ID:U/ehwbFHU

ウマ娘のちびっ子の手をとっちゃって……おじさん目元と口元が緩んじゃうよデュフフ

 

109:レース場の名無しさん ID:3ktPhJQ+E

>>108 通報した

 

110:レース場の名無しさん ID:QLUEk8ldJ

>>108 煩悩の塊じゃねぇか

 

111:レース場の名無しさん ID:XVQCBhV+e

ウンスがパドックでファンサとは珍しい。

 

112:レース場の名無しさん ID:1wFgiBuY2

ウマ娘になればセイちゃんに手を取ってもらえる……?

 

113:レース場の名無しさん ID:r+Zwp1Pmv

セイウンスカイ、いい顔してんなぁ

今回はもしかしてもしかするかもしれんよ

 

114:レース場の名無しさん ID:2Q0853bJu

ルドルフ越えはぜひ見たいところだけど、それはそれとしてブライトにもスカイにも勝って欲しい

 

115:レース場の名無しさん ID:ptT0FlngL

わかる

 

116:レース場の名無しさん ID:dfL9WaFHC

真理じゃん

 

117:レース場の名無しさん ID:o6rlXbKZw

男は黙ってフクキタル

 

118:レース場の名無しさん ID:LeS4SVJvr

黒ビールみたいに言うんじゃないよ

 

119:レース場の名無しさん ID:NwvLnCsUf

そのフク、見るからに絶不調なんですがそれは

 

120:レース場の名無しさん ID:L4ylRXKqb

あぁぁぁぁぁぁ、またバックダンサーかなこれはぁああああああああ

 

121:レース場の名無しさん ID:sD0fMN1uX

そのままみんな移動してゲートに向かってますが、実際どうよ?

 

122:レース場の名無しさん ID:cG/5iecMn

本当にブライトvsスペシャルウィーク おまけでセイウンスカイとゴルシ、って感じじゃないかなこれ……

 

123:レース場の名無しさん ID:3jUr02s0Q

スペシャルウィークが居なければブライト一強だったなこれは……

 

124:レース場の名無しさん ID:S8qb0zp5Z

そのスペシャルウィークが地獄を引き起こしそうなんだよな

 

125:レース場の名無しさん ID:T8l1sAZ8O

泣いちゃった

 

 


 

 

212:レース場の名無しさん ID:Vi5/Jj9me

さあ始まるぞ

 

213:レース場の名無しさん ID:WkC8t5dNI

【朗報】ゴルシ出遅れず

 

214:レース場の名無しさん ID:JF2AOe+3J

やっぱり大阪杯はまぐれやったんや! ワハハ。

 

215:レース場の名無しさん ID:ryXuWIZEo

抜け出したのはウンスだけか

 

216:レース場の名無しさん ID:l87de3xIf

やっぱり一人旅になったね。ということは差し勝負確定だな……

 

217:レース場の名無しさん ID:9+9j5SKh0

スペシャルウィークどこだ?

 

218:レース場の名無しさん ID:9YsPfl+0i

後ろからシャカ・ゴルシ・ブライト・スペ

 

219:レース場の名無しさん ID:2E96JuaRS

スペシャルウィークは差し最後尾って感じだな……

 

220:レース場の名無しさん ID:wA2oBZ0PZ

ブライトが最後尾じゃない時点で天変地異だが?

 

221:レース場の名無しさん ID:s2J4Wn3Md

ブライトがマーク戦術をとった?

 

222:レース場の名無しさん ID:DA1i1uFku

それだけ強敵として見てたってことだよなぁ

 

223:レース場の名無しさん ID:R5Kbv6dPC

そのスペシャルウィークは差しに持ってきたってことは差し足でぶち抜く気かねぇ

 

224:レース場の名無しさん ID:RF7zwInSc

ウンスも乗ってこないのわかってててペース落としてるね

 

225:レース場の名無しさん ID:qdummC+3k

さすがに大逃げはしなかったか

 

226:レース場の名無しさん ID:eyeMURJ+R

一週目のホームストレッチ、ウンスと後続で8バ身

 

227:レース場の名無しさん ID:aobEZnjG+

先行組がそろそろ圧力をかけ始めるころだろうがそこまで伸びてない?

 

228:レース場の名無しさん ID:HP5dm8+Ht

というより、スペシャルウィーク潰しに入っててそれどころじゃない感じ?

 

229:レース場の名無しさん ID:0EZsvCeg6

あんまり褒められた走りじゃないだろうけど、しかたないよなぁ……

 

230:レース場の名無しさん ID:kwJjSoGK2

スペシャルウィークの前に壁を作るしかないもんね、勝つには

 

231:レース場の名無しさん ID:AlDjWHyOG

普通にスペシャルウィークはこじ開けそう

 

232:レース場の名無しさん ID:C5BvKrfPs

ウンスさらにコーナー上手くなった?

 

233:レース場の名無しさん ID:hfdxzfbwt

これはマエストロですわ。

 

234:レース場の名無しさん ID:lu1U0rLPN

セイウンスカイ逃げる逃げる。というより、後ろが遅すぎる

 

235:レース場の名無しさん ID:cC9LMWTsB

どんどんブライト・スペシャルに有利になっていく……

 

236:レース場の名無しさん ID:TO/SxrGCW

これもしかしてスペシャルってスカイ潰しを意図してる?

 

237:レース場の名無しさん ID:cLx39V0Cj

ウソでしょ……

 

238:レース場の名無しさん ID:W8Zu6A+xG

ブライトそっちのけでウンス潰しにきてんの?

 

239:レース場の名無しさん ID:yj8m+WIOx

ブライトもさすがにおこだよそれ

 

240:レース場の名無しさん ID:zYkDccYWh

あっ、ブライトが仕掛けた

 

241:レース場の名無しさん ID:rmQijaT/t

早くない?

 

242:レース場の名無しさん ID:gO3XxpGwt

スペシャルウィークも動いた

 

243:レース場の名無しさん ID:eE302xpkl

うわわわ

 

244:レース場の名無しさん ID:YfFdu0j9Z

差し・先行勢がすでにガタガタ

 

245:レース場の名無しさん ID:YvKDHUWNS

3コーナーに向けて軒並み追い込んでるよ、ブライトとスペシャル……

 

246:レース場の名無しさん ID:MTl+6hbWT

毎日王冠で見たぞこの流れ……

 

247:レース場の名無しさん ID:veAmPOcqf

これ中団全員潰れただろ! あんな脚を淀の3角で使わせたら差し足なんて残るわけねぇ!!

 

248:レース場の名無しさん ID:vtQgaGpkF

あの速度で坂を上るスペシャル!?

 

249:レース場の名無しさん ID:otJuPywoT

ブライトが遅れた……?

 

250:レース場の名無しさん ID:nqfAOfRl6

というよりスペシャルウィークが速すぎる

 

251:レース場の名無しさん ID:rg9NNn4Qt

まって!? ウンスさすがにそりゃ無茶だ!

 

252:レース場の名無しさん ID:EN1iDlt8m

あの速度で曲がれっこねぇって!

 

253:レース場の名無しさん ID:LBMiWMIKk

いやいける!

 

254:レース場の名無しさん ID:U4AFaseaA

曲がれセイウンスカイ!!!!

 

255:レース場の名無しさん ID:Q51EmK0g8

いっけえええええええええええ!

 

256:レース場の名無しさん ID:dg/XFX8Vi

いった!!

 

257:レース場の名無しさん ID:RioOrlteL

ウンス逃げろぉぉおおおおおお!

 

258:レース場の名無しさん ID:MMWEJcMmp

スペはっや!!

 

259:レース場の名無しさん ID:BUx7wGbsy

マジで毎日王冠の焼き直しになったぞ!?

 

260:レース場の名無しさん ID:QX1/Sttgg

ブライト怒りの猛追撃

 

261:レース場の名無しさん ID:jrNRyJTUW

スカイが差し足!?

 

262:レース場の名無しさん ID:01AZFrEfR

ウソだろお前!

 

263:レース場の名無しさん ID:k/bXdwWww

あああああああああああああああああ!

 

264:レース場の名無しさん ID:PYtV0cdZm

スカイ!

 

265:レース場の名無しさん ID:YZv+xUF15

うそでしょおおおおおお!

 

266:レース場の名無しさん ID:9w4MHnF71

ばかばかばかばか!!!

 

267:レース場の名無しさん ID:6/qoqkyet

滑った?!

 

268:レース場の名無しさん ID:Wfi5YF53M

ブライトぁああああああっ?

 

269:レース場の名無しさん ID:nL7o4iH0p

あああああああああああああああああああああ!

 

270:レース場の名無しさん ID:XbZD/sVoL

ぐああああああああああああ

 

271:レース場の名無しさん ID:zwDovHlTP

ウソでしょ……

 

272:レース場の名無しさん ID:NJ/wxlpYn

誰だ!? 誰が勝った?

 

273:レース場の名無しさん ID:xEF10uFCv

ウソだと言ってよバーニィ

 

274:レース場の名無しさん ID:awmecL1dm

ウンス、お前滑ってなければ1着だっただろこれ……

 

275:レース場の名無しさん ID:DlWEXZ/x1

セイウンスカイ、流星にもう少しで手が届いたのに……

 

276:レース場の名無しさん ID:SQO463acE

あんまりだよこれは……

 

277:レース場の名無しさん ID:CU7P0gf7x

まだ決まってない! 発表を待て!

 

というより、ウンスを抜いた後のブライト、若干斜行気味じゃなかった?

 

278:レース場の名無しさん ID:YxqXB7W7T

さすがにあれで斜行はない

 

279:レース場の名無しさん ID:JBh7bl9KI

問題はないけど、えげつないよあれ

 

280:レース場の名無しさん ID:SOTDwBMPn

あれでウンスの勝ち筋をほぼ潰したしなぁ……

 

281:レース場の名無しさん ID:L/lhm7hmh

発表でたね。

 

282:レース場の名無しさん ID:Ro7d25uao

スペシャルウィーク1着!

 

283:レース場の名無しさん ID:7oD3PUE82

わぁいわぁい!

 

284:レース場の名無しさん ID:OmN7g/pSw

これで皇帝に並んだわけだ……

 

285:レース場の名無しさん ID:r1k4fKtPk

ということは、次勝てばルドルフ超え……って、コト?

 

286:レース場の名無しさん ID:fKbhuQe7I

しかもクリフジもついに超えた

 

287:レース場の名無しさん ID:UeeRUwRSR

ブライトでも駄目か……

 

288:レース場の名無しさん ID:YaYTXN6mF

というより、誰が止められんだこれ

 

289:レース場の名無しさん ID:51mwtee7V

それでもブライト本当にもう一歩、あと一歩だったじゃん

 

290:レース場の名無しさん ID:3taUBdGO3

それを言うならスカイがやばいよ。何最後の差し足

 

291:レース場の名無しさん ID:fiHZyHwSs

スズカも真っ青の最終ブーストだったんだが?

 

292:レース場の名無しさん ID:CRV1CS/H3

本当に、滑ってなければ……!

 

293:レース場の名無しさん ID:ah9DMImIg

レースに絶対はないって言うけどさ、それでもさすがにこの天気でやられるのは予想外だ……

 

294:レース場の名無しさん ID:uTPXtFwD1

スペシャルウィークには絶対があるんだよ

 

295:レース場の名無しさん ID:BN3L2Qvmb

>>294 まじで洒落にならんのよ

 

296:レース場の名無しさん ID:fBWzpGiQw

本スレだとスペシャルウィーク銀行とか言われてるもんな

 

297:レース場の名無しさん ID:2uNKX1OwV

滑った後のリカバリも異様に上手いのよスカイ。姿勢崩した後に2レーンスライドして外に回り込んだだけでも相当だし、その上でスペシャルやブライトと横並びなんて他に誰ができるん?

 

298:レース場の名無しさん ID:gvL1aNutU

あれだけの差し足を温存しておいてあの道中は信じられん。スズカと並ぶ逸材でしょ

 

299:レース場の名無しさん ID:AScIY+fCv

逃げの歴史が変わったよ今回の春天

 

300:レース場の名無しさん ID:aKzOLIQfx

スタミナや差し足の温存については、道中スローペースだったからまだギリギリ理解の範疇だよ

2回目の3角から4角のフル加速しながらのコーナリングはマジで異次元

 

301:レース場の名無しさん ID:Em8EHhsVl

>>300 (スペシャルウィークが居るレースにしては)道中スローペース

 

302:レース場の名無しさん ID:K6Lf6zXKe

ほとんど倒れ込んでるんじゃないかと思える様な走りだったよな

 

303:レース場の名無しさん ID:0sNlSWFfw

ブライアンの走りに似てきたよねセイウンスカイ

逃げ版ブライアン

 

304:レース場の名無しさん ID:STiFh5bq9

逃げブライアンと化したのは対スペシャルウィーク決戦兵器化してきたからだろうなぁ……

 

305:レース場の名無しさん ID:xP+t9kZO1

本当にそうなんだよね……

 

306:レース場の名無しさん ID:2VET9nEiv

差し足を残さないと勝てない以上、差し足を残しつつ大逃げできるスタミナをもつしかないわけで

それをやった完成形があれ

 

307:レース場の名無しさん ID:RcBGQ8+Kd

素人丸出しだけど、セイウンスカイのコーナリングってそんなにやばかったの?

 

308:レース場の名無しさん ID:uma8de7tl

>>307 イカレてる

 

309:レース場の名無しさん ID:CgErKjeU2

>>307 ヤバいなんてもんじゃない

 

310:レース場の名無しさん ID:OZX4VgH4m

>>307 スペシャルウィークやメジロブライトも大概なコーナーの走り方だけど、あのセイウンスカイはマジでヤバい

 

311:レース場の名無しさん ID:PxRuU3aTd

>>307 バイクで下り坂を時速70キロで激走しながら急カーブに突っ込んでる状態。そんな中でタイヤのグリップ力とハンドルだけで無理矢理インコース張り付いて抜けてるイメージ。遠心力だけでも相当なもんだよ。

 

312:レース場の名無しさん ID:nphQUTpNZ

それをバンクがほぼない芝のコーナーでやってるってのが頭おかしい

 

313:レース場の名無しさん ID:pKofG0HS7

スペシャルウィークは脚力で多分無理矢理抜けて、大外になってもいいって感じだよね

 

314:レース場の名無しさん ID:3MRp6IfGI

大外の方が内と比べてもバ場が良いからねぇ基本

速度が乗りやすいし、ブロックされることも減るし

 

315:レース場の名無しさん ID:NxLquaHdk

ブライトも大外で迂回してたのに、内に寄りながらスカイにプレッシャーかけつつ追い抜いてったんだからすごいもんだよ実際

 

316:レース場の名無しさん ID:epXDeMaGF

それに対応して外へ飛び出して並ぶまでいったんだからスカイも天晴れ

 

317:レース場の名無しさん ID:WYJihI6Ck

ほんとなんでここまでやって重賞未勝利なんだセイウンスカイ

 

318:レース場の名無しさん ID:ymADBWB59

全部スペシャルウィークが悪い

 

319:レース場の名無しさん ID:Ne7DH6NYs

どうやったらスペシャルウィークに勝てるんだろうな

 

320:レース場の名無しさん ID:CEkpo3daG

正直今回はセイウンスカイの勝ちだよ。レースにたらればはないけどさ、滑ってなかったらセイウンスカイが1着だったよ

 

321:レース場の名無しさん ID:dnWJKPJoj

運がなかったといえばそこまでだけどさ、その答えはあまりにあんまりだよなぁ

 

322:レース場の名無しさん ID:WMn0KeAOx

本当にスカイ大丈夫かな

 

323:レース場の名無しさん ID:iXcLNyWgo

怪我はなさそうだけど、心のダメージ相当でかいぞあれ

 

324:レース場の名無しさん ID:B2/1bJBFJ

とことん幸運に見放されてる感ある

 

325:レース場の名無しさん ID:uOy3tZRCv

心がポッキリいってウンスが無冠で引退なんてとこまで行ったらURAとしても損失でかいんじゃないか

 

326:レース場の名無しさん ID:iRs7bcXv3

そうはいっても外野は黙ってろ案件だよね

 

327:レース場の名無しさん ID:8vmj2/qDU

正直なところスカイの活躍は本当にすごいし、スカイの走りに惚れて応援してる人も相当数いるし、絶対王者のスペシャルウィークに挑み続けてる子ってストーリー性もあるわけじゃん?

URAとしてはスカイを手放せないだろうけど、でも、スカイをレースに縛り付けるのも、どうなんだって思っちゃう

 

328:レース場の名無しさん ID:90kQUw0aS

あんなに走れてあんなに逃げが輝く子はそうそういないし、走るべきだよ

 

329:レース場の名無しさん ID:J0Wyj+JYt

どうか、どうか折れないでセイウンスカイ

 

330:レース場の名無しさん ID:T4+k873Sb

ウンスの次走はいつかねえ……今日の記者会見だと明言しなかったけど

 

331:レース場の名無しさん ID:uwze28zeB

おそらくまたスペシャルウィークにぶつけて来るだろうからスペシャルウィークの中距離以上の次走に期待だよね

 

332:レース場の名無しさん ID:KbpY3NEDJ

そうなると安田の後で宝塚?

 

333:レース場の名無しさん ID:R3WLzowoo

となれば次の迎撃枠はゴルシか……。

 

334:レース場の名無しさん ID:cW6vKTu/+

今回ゴルシはパッとしなかったよな

 

335:レース場の名無しさん ID:YTOuJCtdq

慎重にレースを進めすぎてたよねゴルシ。常識人みたいだった

 

336:レース場の名無しさん ID:DIKpXMawt

ゴルシに常識がないと申すか

 

337:レース場の名無しさん ID:H//fqSZhV

ないが?????

 

338:レース場の名無しさん ID:7WZ9e/fop

つ 大阪杯

 

339:レース場の名無しさん ID:dnaZYAjRT

今回は大阪杯のトラウマがまだ引っかかってる様子だったから調整されていい感じになるでしょ。安心と信頼の沖野Tだし。

 

340:レース場の名無しさん ID:v69ow+uti

有馬記念のワープ航法がまた炸裂してくれればいけるいける

 

341:レース場の名無しさん ID:x/k2Qi7Bk

炸 裂 し て く れ れ ば な !

 

342:レース場の名無しさん ID:Je0rqYthe

宝塚はまた荒れそうだなぁ。

 

343:レース場の名無しさん ID:JF2AOe+3J

はい!!!!!辞め辞め辞め辞め辞めったら辞め!!!!!!!!引退確定です!!!!お疲れさまでした!!!!ゴルシは安全運転頑張った!!!セイウンスカイとメジロブライトはすごかった!!!!スペシャルウィークはスペシャルおめでとう!!!!みんなトゥインクルシリーズ大好きだったんだね!!!!ボケェ!!!!夢みたいな時間だったが現実は非情である。夜中に帰ってみれば食器は洗ってないし洗濯物も畳んでいない。お金は無くなっている。

 

344:レース場の名無しさん ID:ZyT07iA01

>>343 急に現実を見せつけてくるのやめろ

 

345:レース場の名無しさん ID:luCxcaH6n

>>343 涙拭けよ ついでに毎秒トゥインクルシリーズやめろ

 

346:レース場の名無しさん ID:0oFatXqmk

>>343 次のGIでも辞めるんだろうなあこの人……

 



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駿川たづなとは言い切れない

 トレセン学園中央校の練習用レーストラックは、学園内でナイター設備を備えている唯一の屋外練習施設だ。門限ギリギリの21時まで使用可能であり事前の申請も不要と、中央トレセンの恵まれた練習環境を象徴する設備のひとつであるのだが、実際には浴場やシャワー室の開放時間、また夕食の都合などもあり、20時を過ぎて使用者がいるのは稀だ。

 

「ふぅ……」

 

 スペシャルウィークは汗ばんだ体を冷やすように、ゆっくりとジョギングをしていた足を止めた。この時間の夜風は心地良く、汗と熱をそよ風が拭っていってくれる。左手首にはめたスマートウォッチに目線を送り、彼女は心拍数とタイムを確認した。インターバル走は厳しいトレーニングだが、ここで踏ん張らないわけにはいかない。

 

 ここに来て、スペシャルウィークは自身の優位が崩れてきていると感じていた。

 

 春の天皇賞は1着を勝ち取れたものの、メジロブライトやセイウンスカイに奪われていてもおかしくなかった。もう少しホームストレッチが長ければメジロブライトの手に、黄砂で脚を滑らせていなければセイウンスカイの手に、楯と優勝レイが渡っていたかもしれない。

 

 その原因は至ってシンプルだ。

 

「……トップスピード不足、かぁ」

 

 スペシャルウィークは肩を落とす。

 

 その戦績とレースでの勝ちっぷりからはあまり想像できないが、実のところスペシャルウィークが出せる基本的なトップスピードは同期の『黄金世代』組とほぼ差がない。強いて言えば怪我知らずの身体なおかげで、負荷の大きい無茶なフォームでも走れてしまうので、そこは明確に彼女のアドバンテージなのだが……逆に言えばそれまでであるし、そう多用できるものでもない。

 

『流星のような』と称されるスペシャルウィークの差し足。結局のところその本質は、トップスピードに一瞬で至ることを可能とする脚力と、そのトップスピードをとにかく長時間維持することができる持久力にある。

 

 対戦相手には気づかれないように、早ければ向こう正面のタイミングからスパートを開始。コーナーに入ったら脚力で強引に遠心力を打ち消しつつ、曲がりながら叩き出せる最高速に一瞬で到達。その勢いを保ったまま最終直線に突っ込むのである。トップスピードが目を見張るものでなくとも、それがすぐ発揮できて長時間続けば当然強いという、実に身も蓋もない話であった。

 

 そのうえで、彼女自身が自覚していなかった闘志を自己暗示によってしっかりと発揮することができれば、他のウマ娘を差し切らんとする彼女のスピードは限界を超える。毎日王冠でサイレンススズカを追いかけた結果生まれた上がり3ハロン31秒5という記録は、彼女のそういった性質が最大限発揮されたものだったのだ。

 

 スペシャルウィークは、実力あるウマ娘を攻撃範囲(キルゾーン)に捉えてからそれを追い抜くまでの時間が一番強い。故にどのような作戦を採ろうが、自分の脅威足り得るウマ娘が自分の前を走ってさえいればいい。それだけで彼女の闘志は燃え上がり、本来以上の実力を出すことができるのだ。

 

 単純だが、その単純さ故に覆ることのない最強。実力を以てそれを体現すること。それがスペシャルウィークにとっての勝ち筋だったのだ。

 

 翻って天皇賞での走りについて考えてみると、あのレースにおけるメジロブライトのトップスピードは目を見張るものがあった。加速力、すなわちトップスピードまでの到達時間はスペシャルウィークの方が圧倒的に短いので、それだけ彼女がリードを稼げるのだが、そのリードを後から詰めてくるだけのスピードをメジロブライトは持っていた。

 

 そして最終直線での粘り方を見れば、セイウンスカイとの競り合いに負ける可能性も決して低くなかった。長距離レースで常に先頭を走り続け、背後の強敵の存在を常に意識しながらペースを作るという、スペシャルウィークからしてみれば神経の擦り切れそうな戦術を採っておきながら、最後まで先頭争いに食らいついてきた。

 

 目標を追い抜くまでは鮮やかに決まっても、そうして自分が先頭に立った途端に闘志が薄れていき、ゴール直前で差し返される可能性が高まる。どのような戦術でも大抵は終盤で差すタイプのレース運びに帰結するスペシャルウィークにとって、それは致命的なリスクだ。

 

 その事実を認識して、彼女はこれまでに感じたことがないほどの焦燥感を覚えていた。

 

「あと……30分は練習できるかな。ギリギリまで走って、クールダウンは帰りながら……うん、頑張らなきゃ」

 

 チームテンペルは土日完全オフ──ここで言う完全オフというのは『軽めのジョギングやストレッチ以外は自主練もしないように』という意味である──というのが陽室の定めている大前提であり、しかし平日は生徒会に混じって仕事をしている現状、スペシャルウィークが普段より長い練習時間を確保するには居残り練習か早朝練習以外にない。それすらベルノライトからは『スペちゃんの生活だとすぐオーバーワークになりかねないから気をつけてね』と釘を刺されている状況だ。

 

 これはつい先日、天皇賞が終わった直後あたりの話だが、メジロマックイーンがスペシャルウィークの予定表を見て本気の困惑を露わにするという一幕があった。

 

『あの……スペシャルウィークさん、いくらなんでもこのスケジュールは……』

『スケジュール? 結構大変だけど、慣れればなんとかなるよ?』

 

 初めて出来たチームの後輩に対するちょっとした見栄も込みでスペシャルウィークはそう言ったのだが、メジロマックイーンの反応は想定以上のものだった。

 

『慣れでどうにかできる問題ではありませんわよ!? ライブレッスンでは毎週毎月のように新曲を叩き込み、トレーニングでは高負荷なものを延々と続け、生徒会の業務も当然の如く降りかかり、さらに勉学もおろそかにすることなく取り組み……そのうえ休日も、身体を使わないからと映像研究ばかりしているのだとお聞きしましたわよ! 少しは息抜きの時間を設けませんと、どこから崩れてもおかしくないですわ!』

『そうそう、マックイーンちゃんの言う通りだよ!』

 

 彼女のみならず、ノートパソコンに向かい合っていたベルノライトまでもが顔を上げて加勢する。その顔は真剣そのものだ。

 

『映像研究に関しては、一応私としては息抜きのつもりで……』

『同じこと前にも言ってたよね、スペちゃん。私も前と同じことを言うけど、それって全然息抜きになってないよ? 研究なら私が平日にいくらでも付き合うから、土日はちゃんと休んで!』

『スペシャルウィークさんはもっとご自分の身体を労ってくださいまし! 今できるからといって、ギリギリまでやることを詰め込んでいてはいずれ倒れてしまいますわよ!』

『わ、わかったから! これから気をつけるから、そんなぐいぐい詰め寄らないでっ!』

 

 チームメイトふたりに真剣な顔で詰められてはさすがにどうにもならず、スペシャルウィークはそう言いながら大人しく頷いておくほかに選択肢はなかった。

 

 そんな事情もあって、映像研究はもちろんのこと、休日に身体を動かすトレーニングをするわけにはますますいかない。となれば、平日に別途トレーニングを行えるような時間の余裕が生まれるのを見過ごすことなどできないのである。

 

 日頃の練習は比較的苦手なコーナリングのために多めの時間を割いているが、それと同じぐらいにトップスピードの向上も重要だ。いくら暗示によってレースで全力を確実に発揮できるとしても、その全力が貧弱では何の意味もありはしない。

 

 今日は珍しく遅い時間まで生徒会の業務が入っていたので、そもそもトレーニングもレッスンもスペシャルウィークの予定にはなかった。しかし業務が終わってみれば想定していたより疲労も薄く、であれば門限ギリギリまでひとりでこなせるトレーニングを……と考えた彼女は、こうして自主練としてインターバル走を淡々とこなしていたのである。

 

 明日以降の練習に差し支えるような疲労を抱えてしまっては自主練も何もないし、なにより陽室を始めとするテンペルの面々にはすぐに気づかれる。オーバーワークになってまた迷惑をかけることもしたくない。だからこそ、そう長くない時間で高い負荷と確実な効果を見込めるインターバル走は今の彼女にとって最適の選択肢だった。

 

「……帰ったらお風呂とご飯を済ませてすぐ寝て、起きたら宿題……あ、明日英語の小テストだっけ。復習もしなきゃ……」

 

 明日の予定を思い出しながら再び走り出そうとしたタイミングで、スペシャルウィークはどこかから視線を感じた気がした。一旦足を止めて軽く周囲を見回してみると、その視線の主と──おそらくは──目が合った。

 

「ふっ、気がつくとは流石ですね。これで貴女とも縁ができました、スペシャルウィークさん」

 

 何もかもよくわからないし、本当に目が合ったかどうかすらも実のところかなり怪しかった。なにせ、スペシャルウィークのことを見つめていた女性は目元を仮面で隠していたのだ。不審者情報としてあまりにも頻繁に学園のメーリングリストで回ってくるため、学園七不思議になりつつある『保健室に低確率でスポーンする妖怪笹針女』の人相書きで見たような仮面だ。

 

 もっとも、その笹針女は赤いタイトな服装に白衣らしいが……怪しさで言えば、目の前のウマ娘もどっこいどっこいだ。服装は緑色のタイトスカート、厚手のストッキング、白いワイシャツと黄色いネクタイ。頭の上からはウマ娘たる証のひとつであるウマ耳が伸びている。

 

 だが奇抜すぎる仮面とウマ耳を除けば、スペシャルウィークはその女性の姿に見覚えがあった。あまりにありすぎた。どうやっても否定できないぐらい見覚えがあったのだが、その名前を出すことはいささか以上に躊躇わざるを得なかった。

 

 控えめに言って変人、遠慮を取り払って言えば本物の不審者。そんな目の前の人物と、スペシャルウィークの心当たりたる人物はどうしても繋がらなかったからである。

 

 それでも、無視を決め込むという選択肢をスペシャルウィークが取れるはずもない。観念したように彼女は問いかけた。

 

「……あの、たづなさん? 何をしてるんですか?」

「いいえ、私はただの通りすがりのウマ娘です」

 

 間を置かずそう返事する謎のウマ娘。付ける意味があるのかもわからない仮面の横に指を当てながらキリリとポーズを決めているのだが、スペシャルウィークはその仮面が学園最寄りにある100円均一ショップのパーティーグッズ売り場に並んでいることを知っている。昨年のクリスマスパーティー、セイウンスカイが寝落ちしていたエルコンドルパサーのマスクをそれにすり替えて追いかけっこになっていたのをスペシャルウィークはよく覚えていた。

 

 スペシャルウィークはこの時点でもう頭を抱えたくなってきていたし、許されるならばこの場から速やかに離脱したかったが、もちろんそれが叶うはずもない。

 

「えっと、どこからどう見てもジャケットを脱いだだけのたづなさんだと思うんですけど……」

「いいえ、私はただの通りすがりのウマ娘です」

 

 ビジネス用のパンプスでレーストラックへと続く階段をつかつかと降りてくる謎のウマ娘は、頑として自分が駿川たづなであることを否定する。

 

「……もしかしてですけど、あの笹針師さんのお友達だったりします?」

 

 そう質問されると、謎のウマ娘は頬を膨らませながら言葉を返す。

 

「あんな不審者と一緒にしないでください。追い払うのにどれだけ苦労したか……」

「やっぱりたづなさんじゃないですか!」

「いいえ、私はただの通りすがりのウマ娘です」

 

 謎のウマ娘はスペシャルウィークの前まで来ると、彼女と向き合うように足を止めた。ここまで来られてしまうと、最早どうしたところで相手にしないわけにはいかなくなってしまった。『いいえ、私はただの通りすがりのウマ娘です』と言われながら絡まれ続けたために寝不足です、というのはあまりに理不尽だ。

 

 スペシャルウィークは深く溜息を吐いた。

 

「……それで、通りすがりのウマ娘さん。私になにかご用事ですか?」

「はい、もちろん。用がないのにわざわざ呼び止めるようなことはしません」

 

 棘がある言い方にどことなく自分のトレーナーらしいものを感じたスペシャルウィークを尻目に、謎のウマ娘はスカートのポケットから白手袋を取り出し、そのまま地面に叩きつけた。

 

「決闘を申し込みます。芝2400mの左回りで私と勝負しなさい」

「……はいっ!?」

 

 スペシャルウィークの素っ頓狂な声がグラウンドに響いた。



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トキノミノルかは分からない

「勝負服とゲートを持ってこれるなんて、やっぱりたづなさんですよね!?」

「いいえ、私はただの通りすがりのウマ娘です」

 

 投光器が煌々とターフを照らす中、先程までのジャージから勝負服に着替えたうえでスターティングゲートに収まるスペシャルウィーク。一方、謎のウマ娘は練習用のゲートの自動化設定をいじっている。少人数での練習に使われる、バックゲートを閉じてから数秒後に自動でゲートが開くモードに切り替えているらしい。全てのゲート内にウマ娘がいないことを確認すると、自動でコース外へと待避してくれる最新式だ。

 

「……ところで、貴女は着替えなくていいんですか?」

 

 謎のウマ娘は現れたときと全く同じ格好。靴すら履き替えず、ビジネス用にしか見えないパンプスのままだ。それを指摘しても、彼女はまるで何事もないかのようにクスっと笑って振り返る。

 

「今の貴女を嬲るのに、勝負服など必要ありませんよ。……これまで私、一度だって負けたことがないんですよね」

 

 ここまで意味不明な状況に振り回され続けていたスペシャルウィークも、この言葉にはさすがにカチンと来た。

 

「だとしたら、貴女に初めて土を付けるのは私ですね。トキノミノルさん?」

「…………」

 

 そう言いながらいっそ嫌味なくらいの笑顔を向けてみせれば、謎のウマ娘──トキノミノルも無言で微笑み返してきた。だが、その笑みはどこか冷淡だ。

 

 目の前のウマ娘は、自らがトキノミノルであることを否定しなかった。より正確に言うならば、否定することができなかった。

 

 ウマ娘はふたつの名前を持っている。産まれたとき両親によって名付けられるヒト同様の名前と、幼少期に突然自覚するウマ娘としての名前だ。

 

 戸籍謄本にはまず両親の名付けた名前が載り、後になってウマ娘としての名前が載る。公的にはどちらも本名という扱いになるが、一般的な生活を送るウマ娘は前者を、レースに出る競走ウマ娘や芸能界などで活躍するウマ娘は後者を主に名乗ることがほとんどだ。

 

 しかしいずれにせよ、『ウマ娘はウマ娘として生まれるわけではない。名前を自覚して初めてウマ娘となる』という言葉まであるほどに、ウマ娘は自覚したその名を自らの誇りとして抱えていくことになる。

 

 トゥインクル・シリーズを始めとする公的な競走競技では、規定上両親に名付けられた方の名を名乗ることはないし、トレセン学園においてもそれは同じだ。競走ウマ娘にとっての名、ウマ娘としての名とは──その生涯がどのようなものであれ──自らと切り離すことなど叶わない、自分そのものですらあるのだ。

 

 だからこそ、そのウマ娘は否定できなかった。トキノミノルという名を捨てきれないままに生きてきたのだろう。

 

 トキノミノル──十数年前のトゥインクルで無敗のまま日本ダービーを獲り、しかしその勝利を最後に怪我で引退した、人呼んで『幻のウマ娘』。生涯成績は10戦10勝。レースを早期で引退した後は飛び級で大学に入り、卒業後はそのままURAに就職したらしい……というのは、URAの関係者であれば誰もが知る話だ。

 

 そしてトレセン学園理事長が今代の秋川やよいに代替わりした途端、学園事務局秘書課課長・駿川たづな代表秘書官として彼女が着任したということも、関係者であればやはり誰もが知る話だった。トキノミノルの現役時代を知らない生徒たちにはあまり浸透していない情報ではあるものの、そんな彼女らに『走って追いつく』ような芸当をたづなが幾度か見せているのもあって、駿川たづながウマ娘なのではないかという憶測は度々立っている。

 

 ウマ耳としっぽを見せないようにしているのは過去に触れられたくない証拠だと影で噂され、誰もがその過去を知っていながら誰もそれに触れることができないがため、駿川たづなに『貴女がトキノミノルなのか』と直接問いただした者はいない。それでも今この場において、彼女こそがトキノミノルであることは疑いようがなかった。

 

 スペシャルウィークが陽室から研究用に渡されたレース映像は数多い。その中には当然トキノミノルのレースも複数あったし、彼女の顔はとっくに覚えている。トキノミノルと駿川たづなが同一人物であることなど、スペシャルウィークにはわかりきっていることだった。

 

「安心してください。これでも、スペシャルウィークさんの全力に応えられるぐらいには鍛えているつもりです」

 

 しかしその事実を以てしても、自分相手にトラッシュトークを仕掛けてくるトキノミノルと、穏やかな笑顔で生徒たちをサポートする駿川たづなは別人すぎる。

 

 あまりにも大きな差に戸惑いを覚えなかったかと問われれば、否と言うことはできない。だが裏を返せばその差とは、今この瞬間にトキノミノルと駿川たづなを()()()()()()()ことを後押ししてくれるものでもあった。

 

「どうなっても知りませんよ」

「ご心配ありがとうございます。ゲートに入るのも久方ぶりですが、なんとかなるでしょう。それでは、用意の程は?」

「いつでもどうぞ」

 

 スペシャルウィークはそう返す。それを聞いたトキノミノルが自らゲートに入り、バックゲートを閉じた。

 

 自己暗示はしない。いくらレースとはいえ模擬戦で軽率に使うのは憚られたし、なにより十数年前に引退したウマ娘を相手に暗示込みで勝ったところで何の意味もないからだ。

 

 カシャン! という小気味良い音と共にゲートが開き、スペシャルウィークは一気に飛び出していく。その目の前に、白いワイシャツ姿が飛び込んできた。

 

 ────速い! 

 

 先行型の走りだが、序盤から相当な速度が出ている。さすがにサイレンススズカほどとは言わないが、2400mのレースにもかかわらずマイルのような走り方だ。

 

 だが、それ以上にゲートに対する反応が良い。だからこそトキノミノルは綺麗にスタートダッシュを成功させて前に出ることができたのだろう。自慢の脚力で強引に加速して実質的なスタートダッシュを決めるスペシャルウィークとは全く違うアプローチであり……言うまでもなく、トキノミノルの方が正統派だ。

 

 スペシャルウィークは一先ず相手に対する認識を改めることにした。決闘などというものを挑んでくるだけはあって、少なくともその走りはとっくの昔に引退したウマ娘のそれではない。GIを現役で走っていると言われても不思議には思わないようなレベルだ。

 

 コーナーに入っても内ラチをするすると抜けていくトキノミノル。コーナーの抜け方だけを見れば、おそらく彼女の方がスペシャルウィークよりも数段上の実力だ。徐々に彼我の距離が伸びていく。2コーナーの終わりがけには、ふたりの間に3バ身弱の差が開いていた。

 

 しかし向こう正面に入ったのを見計らってスペシャルウィークが速度を上げれば、今度はその差がゆっくりと詰まっていく。パワーとスピードでは彼女の方が上だ。

 

 だが、驚異的なのはトキノミノルの速度が落ちてこないことである。どうやら、彼女は本気でマイルのようなペースを維持したままクラシックディスタンスを走り切るつもりらしい。

 

 スペシャルウィークも離されまいとさらに速度を上げる。3コーナー手前まで来たころにはほぼ追いついたが、コーナーに入るとまたじりじりと離されていく。

 

 こうなれば、あとは最終直線の差し勝負になる。あくまで感覚的にだが、スペシャルウィークは3バ身以上離されなければ確実に差し切れると確信していた。しかし逆を言えば、3バ身差を超えれば勝負の行方は不透明だということだ。

 

 スペシャルウィークは寒気がした。敗北の可能性に現実味を感じたからではない。この局面に至って、トキノミノルが模擬レースのために提示した条件の意味を理解できたからだ。

 

 クラシックディスタンス、2400mの左回り。すなわち、東京優駿(日本ダービー)。その条件でスペシャルウィークとトキノミノルが競い合っている。

 

 ああ、確かにこの場所は東京レース場ではないし、東京レース場のそれを模した構造になっているわけでもない。それでも、スペシャルウィークはトキノミノルに負けるわけにはいかない。仮にも現役の無敗三冠ウマ娘が負けてはいけない。必ず勝たなければならない。

 

 最終コーナーに入って、まもなく最後の直線が開ける。一気に加速しつつ、外ラチ寄りを全速で駆けていく。だが、スペシャルウィークが横並びになると同時に向こうも加速してきた。そう易々とは追い抜かせてもらえないらしい。

 

 さらに前へ、前へ、前へ。だが相手は静かに、息を乱すこともなく食らいついてくる。……まるで、速度を合わせているかのように。

 

 それを認識すると同時に、スペシャルウィークの心がぐらぐらと煮えたぎり……そして彼女は、()()()()を聞いた。

 

 ────助けは必要? 

 

 その声が幻聴だと、スペシャルウィークは理解している。

 

「……いら、ないっ……! このくらいっ……!」

 

 それでも、声に出してその暗示(ことば)を跳ね除ける。この程度のレースに勝てずして、何がクラシック三冠か。何が常勝無敗の流星か。

 

 残り2ハロン、遮るもののない直線を全力で駆ける。間違いなく先を走っている。しかし確実な勝利とはとても表現できない、すぐにひっくり返されてもおかしくない差。1.5ハロン、1ハロン、0.5ハロン……ゴールが目前に迫ってもその差は縮まらず、さりとて伸びることもない。

 

 気づけば、スペシャルウィークはゴールの目安となるポールの前を飛び抜けていた。

 

 止まれる速度まで減速するだけでもかなりの時間と距離がかかる。充分に減速するころにはもう1コーナーを抜けようとしていた。そのままレーストラックからまろび出て、堤防のように盛り上がった斜面へと転がる。

 

「はぁ……っ、はあっ……、はあっ……!」

「流石は現役三冠ウマ娘、本当にお速いですね。……まさか、競り負けるとは思いませんでした。大差とは言わずとも、今の貴女であればちぎれる自信はあったのですが」

 

 軽い口調でそう言ったトキノミノルは、スペシャルウィークの前まで歩いてくると足を止めた。仮面の奥の表情は読み取れないが、どこか晴れ晴れとした様子に見える。

 

「なるほど、これが負けるということですか。……思ったより悪くないですね。一度くらい負けてみたかったんですよ。ありがとうございました」

 

 とことん馬鹿にする、と憤る体力すらない。なんとか相手を引き離そうとかなり無茶な前傾姿勢で走ったのが祟ったか、スペシャルウィークは中々息が整わない。片やトキノミノルはもう息が整いつつある。スペシャルウィークと競ったにも関わらず、だ。

 

「貴女は……本当に、本格化が終わってるんですか……?」

「さあ、どうでしょう?」

 

 トキノミノルは笑ってみせる。

 

「インターバル走をあれだけやった後に勝負を挑んでおいてどの口が言うかと思われるかもしれませんが、貴女にはまったくもって休息が足りていません。いくら負荷を掛け続けても、リカバリの余力がない」

 

 彼女はそう言って手を差し出してくる。素直にその手を取ると、火照っているはずのスペシャルウィークの手よりもなお温かかった。

 

「私が言っては負け惜しみになってしまいますが、このレースの勝敗は引きずるべきものではありません。生徒会の業務を終わらせてからロングインターバルを何セットもこなした直後に走った貴女と、久方ぶりの模擬レースを仕事着のままで走った私。これは最初からまともな勝負ではないのです」

 

 トキノミノルの言う通り、確かにこれはどちらが勝ったところで意味のない勝負でしかない。その事実に、スペシャルウィークは言われて初めて気がついた。

 

「良いトレーニングは良い休息から。疲れというものは中々自覚できませんし、怪我の前兆となればなおさらです。疲労が残れば、十数年も前に引退したウマ娘にすら勝ちが危うくなる。自らの能力を低く見すぎて、無茶な走りに手を出してしまう。たとえその自覚がなかったとしても、疲労を抱えたまま走ることが常態化すれば……貴女でも、取り返しのつかない怪我をする可能性はあるんですよ」

 

 スペシャルウイークを立ち上がらせて、トキノミノルはどこか寂しそうに笑った。

 

「よく励みなさい。そしてそれ以上によく休みなさい、スペシャルウィークさん」

「……はい、ありがとうございました」

 

 彼女はひらひらと手を振って去っていく。それを見送りながら、スペシャルウィークは静かに呟いた。

 

「本当にありがとうございました。たづなさん……それとも、今日だけはトキノさんって言った方がいいですか?」

「いいえ、私はただの通りすがりのウマ娘です」

「ここまで来てまだ誤魔化すんですか!?」

 

 スペシャルウィークの叫びだけがこだまして夜空に消えていく。

 

 上半期のマイル王者を決める戦い、安田記念……サイレンススズカとの再戦は、すぐそこに迫りつつあった。

 

 


 

 

「ふぅ……」

 

 安物のマスクをゴミ箱に放り込み、いつも通り帽子で耳を隠す。帽子のせいで耳にもクセがつき、帽子がない方が落ち着かなくなってきた。寝るときまでナイトキャップを被らないと眠れないほどに、駿川たづなとしての生活はよく馴染んだ。自らがトキノミノルであるということを忘れそうになるほど、馴染んでしまった。

 

「……大人げなかった、ですね」

「そうですね」

「ひゃっ!?」

 

 独り言に答えが返ってきて、文字通り飛び上がるたづな。灯りの落ちたピロティの奥から黒い影がすっと出てきた。

 

「樫本常務理事……見てたんですか?」

「盗み見るつもりではなかったのですが」

 

 金色のピンストライプが入った黒いスーツに、濡羽色と表現すべき長髪。闇によく溶ける容貌をした樫本理子は、その中で寂しげに笑った。

 

「珍しいですね、貴女が走ってまで生徒を止めるというのは」

「……こんな私のことを、笑いますか?」

()()()のことを笑えるわけがないでしょう」

 

 理子はそう言って目を伏せた。それにつられるようにして、たづなの視線も落ちる。ややあって、理子が再び口を開いた。

 

「トキノミノルをも越えていった、現役最強……あるいは、歴代最強のウマ娘と共に走って、貴女は何を感じましたか」

「強いですね。そして何より、悔しいです。どうして私と同じ年に生まれてくれなかったのか、どうして公式戦で一緒に走れないのかと感じてしまうくらいには」

「そうですか」

 

 誰もいなくなったグラウンドの方に目を向けて、理子は呟いた。

 

「トキノ」

「はい、トレーナー」

 

 懐かしい名で呼ばれ、たづなは素直に答えた。

 

「私は……間違っているでしょうか」

「何を、ですか? 目的語を教えてください」

 

 若干意地悪にそう返せば、理子は黙りこくってしまう。

 

「少なくとも私は、貴女の間違いを見つけられません。貴女は、今も昔も立派なトレーナーです。リトルココンさんやビターグラッセさん、チームファーストの皆さんもそう信じているでしょう。アグネスタキオンさんだって、きっとそれを知っているはずですよ」

 

 その名前を出され、理子は表情を歪ませた。

 

「……私は諦めた身です。逃げた身です。樫本トレーナーほど私は強くなかったから、怖くなって逃げました。後悔がないわけではないですし、反省も山ほどあります。それでも、納得したからここにいます。トキノミノルとして、駿川たづなとして、ここにいます」

 

 そう言って優しく笑うたづな。

 

「大丈夫です。あなたならきっと越えられますよ、樫本トレーナー」

 

 グラウンドの灯りが落ちた。月明かりだけがそれを見ていた。



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サイレンススズカは臨まない

 まもなく梅雨入りかと噂され始めた6月5日の月曜日、東京レース場は見事に晴れ渡っていた。

 

「一般的に東京レース場や新潟レース場のように長いホームストレッチを持つレース場の場合、差しや追込の作戦を選ぶウマ娘が有利だと言われている」

「どうした急に」

 

 突如解説を始めたメガネの男性に、パーカーの男性が冷静なツッコミを入れた。

 

「しかし大抵の場合、それは内側の芝が荒れている前提の話だ。大外からの方が速度が乗りやすく、内側の逃げ・先行組が遅れているならば抜き返せる、それだけの話に過ぎない」

「そりゃそうだよな……コーナーがある限り内ラチを走る方が距離が短いし、当然有利。同じ条件で外を回らされちゃ不利に決まってる。それに脚質だけじゃなくて、ホームストレッチが長いとロングスパートタイプの末脚を持つウマ娘に有利だろ?」

 

 彼らが口にした言葉は的確だった。メガネの男性はなおも続ける。

 

「ああ、その通りだ。そして東京レース場の整備技術は高く、芝はよく手入れされて良好な状態であることが多い。内ラチと外ラチでバ場状態による速度の差が生じにくい状況だと言えるし、こんな快晴の日なら尚更だ。これらの要素を考慮すると、差し・追込組は中盤までに突き離されると最終直線で差し切れない可能性が高い。ましてや今回のレースは、『完成された大逃げ』というある種究極的なロングスパートタイプとも取れるサイレンススズカが出走する」

「そうか、視点を変えればそう捉えることもできるのか……となると彼女が完全に逃げ切っても何もおかしくない。対抗できるとすれば、府中であの大逃げを正面から攻略したスペシャルウィークくらいか。どちらが勝ってもおかしくないな」

 

 互いに頷きあう二人。しかしまとまりかけた会話に待ったをかける声が響く。

 

「サイレンススズカさんが相手でも、スペシャルウィークさんは負けないもんっ! マイルだって逃げだって、スペシャルウィークさんはずーっと勝ってきたんだから!」

 

 声の主は、彼らの隣でターフを覗きこんでいた黒いショートヘアの幼いウマ娘だ。その横には彼女と同年代であろう、亜麻色のロングヘアが特徴的なウマ娘もいる。

 

「ご、ごめん!」

 

 ふくれっ面の少女に謝罪する男性二人。

 

「もう、キタちゃんったら」

 

 亜麻色ロングのウマ娘が、黒髪ショートのウマ娘を少し見上げるようにして軽く笑った。

 

「キタちゃんは本当にいつでもスペシャルウィークさんのことを応援するよね」

「だって今日スペシャルウィークさんが勝ったらシンボリルドルフさん越えだよ? ここまで勝ってきたんだもん、絶対勝てるよ!」

「……うん、きっとね。スペシャルウィークさん、とっても強いから」

 

 どこかまぶしそうにショートヘアのウマ娘を見ていた亜麻色ロングのウマ娘が、そっと視線を下の方に向けた。黒髪ショートのウマ娘がつられて覗き込むと、関係者席にスーツ姿の男女が集まりつつある様子で、ちょうど背の低い女性が──それこそ背丈で言えば少女たちより少し高いかどうかだ──その輪に加わるタイミングだった。もちろん知らないはずもない、彼女こそスペシャルウィークのトレーナーだ。

 

『皆様、随分お早いご到着のようで』

『よう、陽室。定例のトレーナー会議以来か』

『そうなりますね。お互い忙しかったですから』

 

 ウマ娘の耳をフル活用しながら少女は会話を聞く。棒付きの飴玉を舐めている男性が親しげに声をかけている。スペシャルウィークのトレーナーは白いロングカーディガンを揺らしながら席をひとつ陣取った。

 

『それにしても、()()スペシャルウィークをマイルに突っ込ませるとはな。スズカも喜んでたよ』

『全てスペの希望ですから、謝礼は彼女にどうぞ。ミス・サイレンススズカとまた競えるのだと勇んでいましたからね』

『去年の毎日王冠ぶりだからな。スズカも張り切ってる。今度こそ逃げ切るんだってな』

『私としても、実りあるレースとなることを期待していますよ』

 

 スペシャルウィークのトレーナーはそう言いながら後ろに振り返って視線を巡らせ────その途中で、少女と間違いなく目が合った。それに驚き、少女は慌てて顔を引っ込める。

 

「キタちゃん?」

「な、なんでもない!」

 

 隣の親友には咄嗟にそう答える。そっと顔を出すと、スペシャルウィークのトレーナーは何事もなかったかのように話を続けていた。

 

『仮にも上半期のマイル王者決定戦たるGIレースだというのに、関係者席に空席が目立ちますね』

『誰のおかげだと思ってるのかしら』

『これはミス・東条、実に手厳しい』

 

 グレーのスーツを着こなした眼鏡の女性の声がする。

 

『スペシャルウィークがやってくると聞いて、舞台から降りた子がいくらか出ているのよ。その上今回は同チームから複数人の出走というケースが重なった。この空席も妥当よ』

『なるほど。……ふむ、それにしてもこの場に集うべき人数には足りないようですが。リギルとスピカのサブトレーナーはどちらに?』

 

 そんな声を聞いていると、少女の親友が袖をちょいと引いた。

 

「キタちゃん大丈夫? 顔赤いよ?」

「大丈夫、ちょっと驚いただけだから」

 

 そう答える間にも会話は進んでいく。

 

『葵ちゃんなら最後までミークの蹄鉄の確認をすると言ってたから、後で来るわよ』

『佐久間はデジタルを落ち着かせてる。デジタルはどうも本番になるとハイになりすぎてね』

『なるほど。やはりGIともなると、直前準備も忙しいですね』

『陽室が放置しすぎなんじゃないのか?』

『心外ですね。ベルノもいますし、スペは今更本番の緊張で揺らぐことなどありませんよ』

 

 スペシャルウィークのトレーナーがそう言うのを聞いていると、親友に手を引かれて少女は席に座らされる。

 

「落ち着いて、キタちゃん。はい、お茶だよ」

「あ、ありがと……」

 

 差し出されたほうじ茶をゆっくりと飲む。その間にも少女の耳にはトレーナーたちの会話が届いていた。

 

『ああ、そういえば……樫本常務理事。いえ、ここでは樫本トレーナーとお呼びしましょう。先日、スペが貴女の元教え子に色々とお世話になったようで。念のため申し上げておきますが、皮肉の類ではありませんよ。純粋に有益なアドバイスを頂いたそうです』

『……そうですか』

 

 この暑い中で黒いスーツをかっちりと着ている女性が、落ち着いた声で言葉を返す。

 

『はい。おかげでスペが余計な怪我をする可能性は下がりました』

『陽室』

 

 男性の鋭い声が聞こえる。聞こえていたのだろう、少女の親友が心配そうに再び関係者席を覗き込んだ。

 

『出過ぎた真似を、と思われるかもしれませんが……貴女の指導で救われた生徒は、おそらく貴女が想定しているよりも多い。もう少し胸を張られた方がよろしいでしょう。少なくとも、貴女が指導するウマ娘は貴女の背中を見て育つのですから』

 

 その言葉を最後にしばらく言葉が止む。

 

『……釈迦に説法とはまさしくこのことですね、どうかお笑いください』

『いえ、陽室トレーナー。肝に銘じておきましょう』

『ったく、お前さんなぁ。遠慮なく行き過ぎなんだよ、いつも』

 

 安堵と呆れの混じった男の声がして、一気に場が和らいだようだった。

 

『まずは教え子達の晴れ舞台が先だろうが。見届けてやるのも、トレーナーの仕事だ』

 

 ゲート入りの時間は刻一刻と迫っていた。

 

 


 

 

「スペちゃん」

 

 地上の喧騒からいくらか離れた地下バ道。ひとりで歩いていたところに背後から名前を呼ばれて、勝負服姿のスペシャルウィークはゆっくり振り返った。彼女を呼び止めたのは、同じく勝負服を着たサイレンススズカだ。

 

「スズカさん! 一週間ぶりですね!」

「そうね。本当は、普段通りスペちゃんと同じ部屋で過ごしても良かったのだけれど……」

 

 そう言って微笑むサイレンススズカ。

 

 どれだけ仲が良い者同士でも、同じレースに出走することが決まれば会話の機会は当然減るものだ。ましてやそのレースがGIの大舞台ともなれば、顔を合わせるだけで空気がひりつくようなことも起こるだろう。今回の安田記念においては、他ならぬスペシャルウィークとサイレンススズカの二人がその主たるパターンに当てはまっていた。

 

 このような場合、大抵は互いが互いを避けるように行動すればさして問題にはならない。しかし彼女たちは寮の同室であり、どうあがいても顔を合わせることが避けられない距離感である。

 

 さすがにそのような状態をほったらかしにしておくのは不味かろうと二人のトレーナーが調整した結果として、サイレンススズカは早めの合宿という名目でチームスピカの面々と共に外泊し、スペシャルウィークは学園内でチームテンペルの面々と共にトレーニング……という形に落ち着いていたのだ。

 

 とはいえ実際のところ、このふたりはそのような配慮が必要ない程度には相性が良かった。基本的にマイペースで走ることが第一なサイレンススズカと、この数ヶ月間ずっと積み重ねてきた演技レッスンによって感情を取り繕うのが上手くなったスペシャルウィーク。しかも元々の仲も決して悪くない、むしろ大変良好と言って良い。それでもサイレンススズカがチーム合宿の形で寮を空けたのには理由があった。

 

「でも、スペちゃんと一緒にいたらどちらが速いのか確かめたくなってしまうから、これで良かったのかも」

「……スズカさん相手でも譲りませんよ? 今日も勝たせてもらいますから!」

 

 闘志に溢れる笑顔でそう宣言するスペシャルウィーク。

 

「……スペちゃん、やっぱり変わったわよね」

「そうですか? 変われてたら嬉しいですけど」

「すごく変わったわ。だからこそ、私も負けられないの。スペちゃんがとても強いことは身をもって知っているけれど、それでも先頭は譲れない」

 

 昨年、サイレンススズカの戦績は7戦5勝。二度の敗北に関しても、ゴールドシップの2着となった宝塚記念にスペシャルウィークの2着となった毎日王冠がその内訳である。言うまでもないことだが、サイレンススズカは間違いなく強者たるウマ娘だ。

 

 有馬記念と春の天皇賞を経た今、最も強いウマ娘が誰かという問いへの返答はスペシャルウィークで揺るがない。しかしその一方で、最も人気のあるウマ娘が誰かと問われれば、トゥインクル・シリーズを追いかけるファンの多くはサイレンススズカであると答えるだろう。

 

 紛れもない実力。群衆を釘付けにする大逃げ。強さと人気を兼ね備えた、今も変わらないスペシャルウィークの憧れ。それがサイレンススズカだった。

 

「今日は最初から最後まで先頭で走ってみせるって、ずっと前から決めてたのよ」

「……スズカさんからすれば、それっていつものことじゃないんですか?」

 

 スペシャルウィークの言葉に少しだけ顔を赤らめるサイレンススズカ。

 

「スペちゃん、本当に変わったわ。ちょっと憎たらしいくらいに」

「えぇ!? そんなつもりはなかったんですけど……」

「ふふ、冗談よ。……行きましょうか」

 

 そう言って歩き出すサイレンススズカの後をスペシャルウィークが追う。長く緩やかな通路のスロープを登っていく間、ふたりが口を開くことはなかった。やがて一気に視界が開ける。

 

 満員の観客席から響く歓声。そのお祭りじみたムードとは対極的に、ふたりが立ったターフには張り詰めた空気が満ちていた。

 

「それじゃあ、お互い頑張りましょうね」

「はい。良いレースにしましょうね、スズカさん」

 

 スペシャルウィークの言葉に対してはにこりと笑うだけに留めて、サイレンススズカはゲートとは違う方向に向かっていった。本番直前のウォーミングアップ、いわゆる『返しウマ』をやるようだ。軽々と走り出す彼女を横目に、スペシャルウィークは周囲を見渡す。

 

 ゲートの近くに何やら気合を入れている様子のキングヘイローやダイワスカーレット。かなり遠くには揃って準備運動をしているチームファーストの面々も見える。翻って反対側を見てみると、目を離した十数秒の間にずいぶんと遠くに行ったサイレンススズカの姿がまず目に入る。彼女同様に返しウマで走っているのはタイキシャトル、ハッピーミーク、グラスワンダーか。最後のひとりであるアグネスデジタルの姿を探し当てるには時間がかかったが、彼女のことをスペシャルウィークが見つけたときには、ゲートの影に隠れるような場所で浮かれた顔をしながら早口で何事か呟き続けていた。少なくとも不調というわけではないらしい。

 

 さすがに強いメンバーが揃ったものだが、それでもやはり最も警戒すべきはサイレンススズカ、次いでタイキシャトルといったところか。情報の少なさによって底が見えないという点では後輩のダイワスカーレットやアグネスデジタルも気になるが、あまり大勢を警戒しても注意散漫に陥る可能性が高いので仕方ない。

 

 そんなことをスペシャルウィークが考えている一方で────サイレンススズカもまた、走りながら同じように警戒すべき対象について思考を巡らせていた。彼女にとってダイワスカーレットやアグネスデジタルはチームメイトだし、タイキシャトルは友人だ。その人となりも実力もよく理解しているし、決して無視できない存在だ。だが、それでも。

 

 それでも、ターフに立つスペシャルウィークの前には霞んでしまう。

 

 大逃げという戦術を取るようになってから、サイレンススズカはレース中に深いことを考えないようにするよう心掛けている。ただ自分の思うままに走り、先頭を譲らないままに駆け抜ければ、それすなわち勝利なのだから。今日もその姿勢を崩すつもりは毛頭ない。しかしスペシャルウィークに限ってはその存在を気に留めて走るべきかもしれないと、サイレンススズカは考えていた。彼女ですらその結論に至ったのだ。

 

 スペシャルウィークを中心に全てが回る。その想定を誰も疑うことのないまま、出走の瞬間は迫りつつあった。



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スペシャルウィークは望まない

 スペシャルウィークにとって、東京レース場という舞台は慣れた場所だ。安田記念と距離の近いNHKマイルカップや毎日王冠を走った経験があるし、なにより2400mと距離は離れているが、同時期かつ安田記念同様のCコースで施行される日本ダービーも彼女は経験している。

 

 レース場というものは、その形状によってどうしても個々人の向き不向きというものが発生する。そのような観点から見れば、スペシャルウィークは東京レース場のことを『走りやすい舞台』だと認識している。

 

 そして同時に、サイレンススズカのスピードに追いすがるという状況にもスペシャルウィークは慣れている。

 

 何も毎日王冠だけの話ではない。スペシャルウィークは早朝にサイレンススズカとジョギングするのが欠かせない日課になっている。その日課の最中で、少し気を抜いた隙に彼女がジョギングとは言えないスピードで走り去っていくことなど日常茶飯事だ。当然それを止めることができるのはスペシャルウィークしかいないし、河原の長い直線などではかなり本気で追いかけないといけないようなこともあった。

 

『サイレンススズカと走る』ことの経験値ではチームスピカの面々と同じか、もしかすればそれ以上。スペシャルウィークにはその自負があったし、チームテンペルのデータ分析担当たるベルノライトもそれを肯定していた。

 

 だからこそ、スペシャルウィークの思考にはほんの少しだけ焦りが混じっていた。

 

 ────サイレンススズカが速い。明らかに速すぎる。

 

 先頭が、すなわちサイレンススズカが3コーナーに入った。向正面の500mある直線を走りきった頃合い。序盤は終わり中盤へ、というタイミングだ。

 

 当然だが、距離が短くなればなるほどレースの全体的なペースは上がるものだ。1800mの毎日王冠を走るサイレンススズカと、1600mの安田記念を走るサイレンススズカであれば、後者の方が速く走るのも道理。だが、それを差し引いてもなお彼女の速度は予想を超えている。

 

 ベルノライトが導き出してくれた想定タイムより、2.4秒か2.5秒速い。それがサイレンススズカによってたった500mで作り出されたズレだ。スペシャルウィークは一瞬だけ、自らも速度を増すべきか悩んだ。しかしその迷いは即座に振り切る。焦りに惑わされて、スパートのタイミングを早めるようなことがあってはならない。

 

 レースに余計な感情はいらない。闘争心だけがあればいい。隠し通すだけではまだ足りない。脳の演算機能、その全てを勝利のために使うのだ。

 

 今やスペシャルウィークにとって、レースとは『自らが思い描いた理想のスペシャルウィーク』を真に実現することのできるわずかな機会だった。

 

 長きに渡る演技レッスンによって、生徒会長たるスペシャルウィークとしての振る舞いを着飾ることはかなりできるようになった。陽室からは一先ず合格点とのお墨付きを貰ったし、ベルノライトやサイレンススズカにはずいぶん言動や所作が変わったとよく言われるし、クラスメートや最近チーム入りしたメジロマックイーンには頼られるような機会も出てきた。

 

 それでもなお、自己暗示によってレースの最中のみ得られる理想の自分には遠く及ばない。スペシャルウィークはそう感じていた。

 

 ゆえに彼女は、リーニュ・ドロワットで自らの手に余ることが明白なトラブルが発生したそのとき、レース直前に自己暗示するための言葉を呟いてしまった。そうすれば、あるいは自らが求める『スペシャルウィーク』をこのタイミングで得られるのではないかと信じて。

 

 結果としてそれは上手くいった。普段よりも速い情報処理、深い思考、客観的な視点。それらを一時的に得て、スペシャルウィークは完璧なトラブルシュートをやってのけたのだ。……もっとも、その日の夜にトレセン学園へ戻ってきた陽室に一目でそれを見破られたうえ、さっさと暗示を解かれてしまったのだが。

 

『貴女ほど暗示の効きが強いと、長時間の暗示は精神的な影響が大きすぎることが容易に予想できます。手軽に理想の自分を得られる可能性に心揺らぐことは理解しますが、レース本番以外ではくれぐれも控えるように』

 

 普段あまり見せることのない真剣な顔でそう告げた陽室の言葉を、スペシャルウィークはしっかりと守っていた。

 

 生徒会の業務でミスを重ねてしまったときも、取材中に記者から難しい質問をされたときも、レース本番で自分が作った記録を超えられないまま延々とトレーニングを続けていたときも……模擬レースで勝つための走りをしたときも、彼女は自己暗示に頼ることはしなかった。

 

 そうしてきたからこそ、スペシャルウィークにとって理想の自分を正しく演じられるたかだか数分の時間とは、さながら麻薬のようなものだった。

 

 心の奥から全能感が湧いてくるのを、彼女はひしひしと感じていた。しかしそれに溺れているだけでは勝利に辿り着けはしない。ターフの上を走るスペシャルウィークは、理想のウマ娘としてそこに存在しなければならないのだ。

 

 そう、実のところ思考を巡らせる必要もなく、サイレンススズカが普段以上にハイペースなレース運びを見せる理由は明らかだ。彼女はのびのびと逃げることができていない……つまり、スタートから今に至るまで完全にマークされているのだ。マークから逃れようと速度を増すのは何も不思議なことではない。それよりも不思議なのは、マークしているウマ娘の方。

 

 すなわち、()()()()()()()()。あろうことか、アグネスデジタルがぴったりとサイレンススズカの背後についているのだ。

 

 想定の埒外というほかないが、同時に動揺する必要もない。ベルノライトが地道に偵察を重ねて得てくれた情報を全て頭に叩き込んだ自分すら全く想像しえなかったのだから、きっと他の誰もこのような展開は予期していなかったはずだ。チームメイトであるはずのサイレンススズカやダイワスカーレットすら明らかに驚いている様子なので、恐らくこの走りはアグネスデジタルの暴走か、あるいは秘策のどちらか。

 

 もしも、これがアグネスデジタルが練った秘策だとして……警戒すべきはむしろ彼女の存在によってペースを早めたサイレンススズカであって、アグネスデジタルではない。スペシャルウィークはそのように答えを弾き出した。

 

 アグネスデジタルは無視できる存在だ、と考えているわけではない。もっと根本的かつ単純な問題として、彼女は未だ成長途上たるクラシック期のウマ娘なのだ。

 

 実に70年にも及ぶ安田記念の歴史において、クラシック期のウマ娘が勝ったのはたったの3回であり、そもそもシニア期のウマ娘しか出走していないということもしばしば起こっている。これは開催時期の近い宝塚記念においても同じことが言えるが、能力的な全盛期を迎えておらずレース経験もまだ浅いウマ娘と、能力も経験も兼ね備えたウマ娘のどちらが強いのかという話でしかない。

 

 ましてやアグネスデジタルはこれまでのレースで後方から差し切るタイプの走りをしてきており、逃げの経験はない。それで逃げどころか派手な大逃げをかますサイレンススズカに追いすがっているのだから、遠からずスタミナが底を尽くだろう。

 

 翻って自らの位置を確認すれば、事前の作戦通り前目に構えることができている。先頭サイレンススズカ、直後にアグネスデジタル、少し空いてダイワスカーレット。そこから数バ身空いて自分とタイキシャトルがほぼ横並びという状態だ。後方からも複数のウマ娘が先頭を狙い始める頃合いだろうが、今はそれを気にする必要もない。サイレンススズカを追っていれば、後続は自然と引き離せるからだ。

 

 3コーナーに差し掛かり、スペシャルウィークはタイキシャトルの外を回らされる格好になっている。とはいえマイルレースたる安田記念ゆえ、外に膨らむことによるスタミナの消費はさして問題でもないし、前方のウマ娘たちを追い越すことを考えるならば決して悪いわけではない。

 

 サイレンススズカの逃げ切りさえ許さなければいい。府中の長い最終直線できっちり差して勝つ、面白みのない横綱相撲でいい。そうすれば勝てる。

 

 何故なら、スペシャルウィークは理想のウマ娘なのだから。

 

 まもなく府中名物の大欅。東京レース場のランドマークとも言えるこの大欅を境に、レース中の争いも激化していくことが多い。今日の安田記念もその例から漏れることはなかった。

 

 スペシャルウィークがぐいと一歩前に出る。タイキシャトルを置き去りにするための加速であり、前を見据えるための加速だ。しかしただで抜かせてくれるはずもなく、タイキシャトルも張り合って横並びに戻ろうとする。

 

 しかし彼女のコーナリングは……トキノミノルに比べれば、甘い。

 

 タイキシャトルは内ラチ側を走っている以上、外に多少膨らんででも速度をさらに上げるという戦略を取ることができない。スペシャルウィークの前に出ることが叶っても斜行で反則となってしまう距離だし、出られないまま膨らめばスペシャルウィークと接触、衝突だ。内ラチすれすれを走る戦略は単純な走行距離の短さで優位に立てる代わり、コーナーにおいて選択できる戦略が限られてしまうのだ。

 

 一方スペシャルウィークはその外を走っているので、走行距離は理想距離よりも長くなる。だがコーナリングが比較的得意ではない彼女にとっては、無理に内ラチ側を走ることで速度を下げてしまうよりも、速度を維持しながら外ラチ側を走った方が結果的に速いタイムでコーナーを抜けることができるということになる。

 

『内ラチに固執してコーナーを曲がろうとはしないように。貴女の走りやすいコースを走りなさい。その方が前方のウマ娘をかわしやすいですし、貴女の走り方であれば結果的に良いタイムが出ることでしょう』

 

 もう2年も前のこと、メイクデビューを走るよりもさらに前、陽室はスペシャルウィークに淡々とそう教えていた。あのときの言葉が、シニア期の安田記念でなお生きている。その事実を改めて噛みしめながら、スペシャルウィークは一気にタイキシャトルを引き離す。

 

 そのまま大欅の影を超えたスペシャルウィークの目の前に姿を表したのはダイワスカーレット。どうやら、彼女はこの時点でもう速度を落とし始めているようだった。サイレンススズカが先頭にいるせいで、逃げのペースを掴みきれなくなったのだろう。アグネスデジタルの存在も影響しているかもしれない。どちらにせよ、スピードに乗ったスペシャルウィークを止められるような状態ではないことだけは確かだった。

 

 ダイワスカーレットを外から抜き去ると同時に、最終コーナーが終わりを告げる。残るは500m強の最終直線。スペシャルウィークの行く手を阻むウマ娘はふたり。

 

 アグネスデジタルが未だに粘っている。スタートから1100m、彼女はあのサイレンススズカの背中に喰らいつき続けてきた。そのガッツは間違いなく評価に値するし、今なおまともに走れていること自体が脅威的だ。

 

 サイレンススズカが未だに逃げている。最終直線に入って3バ身、4バ身差というこの状況は、奇しくも昨年の毎日王冠とほぼ同様。あのとき敗北を経験した彼女が、同じ盤面から襲いかかってくるウマ娘をいなす手段を用意していないはずもない。

 

 だが、そのような些事は今のスペシャルウィークにとって何の関係もなかった。

 

 登り坂に差しかかるも、サイレンススズカとアグネスデジタルのスピードは緩まらない。しかしスペシャルウィークは直線に入りさらに加速、ふたりとの空間を縮めていく。そのまま坂に突っ込みつつ、外ラチ側に一歩ズレてゴールまでの道を確保。

 

 かつてのスペシャルウィークであれば、自己暗示を以てしてもなおサイレンススズカ相手には『あと一手』が必要だった。彼女を動揺させて、そのスピードを鈍らせて、スペシャルウィークはやっと確実な勝利に手が届いた。

 

 しかし今日は違う。トレーニングを地道に積み上げ、暗示との付き合い方を理解し、そしてなによりレースに慣れ、勝利に慣れた今ならば。

 

 ────走ってさえいれば、先頭に立てる。

 

 誰かが隣に並ぶことはない。誰も並ばせなどしない。坂の終わりがけ、残り2ハロン。スペシャルウィークは紛うことなく先頭をひた走っていた。サイレンススズカとは恐らくアタマ差かクビ差、しかしここから引き離せる。その背後にいるだろうアグネスデジタルは……

 

 いや、()()()

 

 アグネスデジタルはサイレンススズカの背後を離れていた。かと言って、スタミナが尽きて落ちていったわけでもない。すなわち彼女の居場所はただひとつ、()()()()()()()()()()()()

 

「…………どうして」

 

 スペシャルウィークの口から声が漏れた。何故アグネスデジタルにそんな横移動をするスタミナが残っている? 違う、それは今考えるべき事柄ではない。今重要なのは、移動したアグネスデジタルが何のためにそれを行ったかだ。

 

 決まっている。サイレンススズカにもスペシャルウィークにも前を邪魔されない位置まで動いて、差し返すためだ。それ以外に何がある。

 

 だが、それが上手くいくものか。ここから加速して、スペシャルウィーク(  わたし  )相手に差し返すなど、上手くいくものか。

 

 坂を抜けて残るは1.5ハロン。スタミナは余裕すぎるほどにある。アクシデントも起こらず、調子は普段通りの絶好調。そしてこの時点で確かに掴んでいるリード。競り負ける理由がない。

 

 なのに、近づいてきている。彼女が近づいてきている。振り返らずとも理解できる。それは決して初めての感覚ではない。スペシャルウィークは今まで数多のウマ娘に追い縋られて……その全てから逃れてきた。これまでと違うのは、ひとつだけ。

 

 差し返される。スペシャルウィークはそう結論付けた。理解したくなかったその結論が、彼女自身の思考から叩きつけられたのだ。

 

 スパートのタイミングは正解だった。事実後方のウマ娘たちを置き去りにして、サイレンススズカをも抜き去ったのだから。自らの走りに何も問題はなかったはずだ。

 

 残り1ハロン、アグネスデジタルとの差はどれほどか。スペシャルウィークに確認する余裕はないが、おそらくクビ差。

 

 何故? 疑問だけがスペシャルウィークの脳内を支配する。何がいけなかった? アグネスデジタルを軽視したことか? 彼女を揺さぶり、潰しに行く戦術が必要だった? どうやってそれをレース前に予想すればよかった? 

 

 思考が埋め尽くされていく中で、スペシャルウィークには聞こえた。隣を走る足音が、声にならない彼女の叫びが、地を揺るがす数多の歓声が、そして────

 

アグネスデジタルだ! アグネスデジタルが来たぞッ!





//NEXT CHAPTER ==>
第4章『奇跡の安田記念』

「女神を殺すように、彼女を殺しなさい」



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奇跡の安田記念
Barブロンズ・開店記念(4)


「アグネスデジタルが来ましたよっ!」

「えっ!?」

「デジタル!?」

「デジタルちゃんなんでっ!?」

 

 店に飛び込んで来た小柄な影に、店内の全員が振り返る。そこにいた彼女は、ピンクブロンドの髪を現役時代と同じツーサイドアップにまとめていた。両手には紙袋を携えている。

 

 衝撃から真っ先に立ち直ったのはスペシャルウィークだった。

 

「デジタルちゃん、どうしてここに? 今は東ティモールにいるって……」

「東ティモールにいたんですけど、野暮用で桜田門まで呼び戻されまして、超短期で一時帰国です。明後日には成田空港からインドネシア経由で戻ります」

 

 向こうのネット回線が弱いとはいえ、オンラインでなんとかなると思うんですけどねぇ……などとアグネスデジタルがぼやくのを尻目に、やれやれとセイウンスカイが肩をすくめる。

 

「マックちゃんも大概だけど、一番大概なのが来たよ……」

「なんですかそれー。マックイーンさんみたいに、皆に黙って紛争地帯に飛び込むようなことはしてませんよ?」

「その言い方はかなり語弊がありますわよ!?」

 

 ふくれっ面を作って爆弾を投下するアグネスデジタル。メジロマックイーンは席を立ってわたわたと手を振りながらアグネスデジタルの方へと寄っていく。

 

「貴女こそ! 南スーダンでばったり会った時点で大概ではないですか!?」

「あたしは家族にも佐久間さんにもちゃんと相談してからアンミスに志願してますー」

 

 アグネスデジタルは反論しながらカウンターへと寄っていく。

 

「はい、お土産のコーヒー豆です。焙煎はしてますけど、豆のままなのでミルで挽いて飲んでください」

「どんな感じの豆なのこれ……東ティモールのコーヒーって初めて聞くけど……」

 

 ここにいる面々全員にアグネスデジタルが紙袋を配っていく。それをまじまじとみつめながらナイスネイチャがそう問い返した。

 

「えとですね、酸味が強いタイプですねー。あたしとしては生クリーム系と合わせるのが好きな感じです」

「おけおけ。じゃあ、あとで淹れてみよう。みんなそろってからになるけど、レアチーズケーキ作ってあるからそれと一緒にお出ししますよー」

「チーズケーキっ!」

 

 とたんにメジロマックイーンの目が輝く。皆の生暖かい視線が集まったことで、咳払いをしてなにもなかったように振る舞うメジロマックイーン。

 

「それよりもですね、アグネスデジタルさん。百歩譲って私の方が業が深いとしても、貴女も相当なのは自覚してくださいまし! 貴女も今はすでに責任ある立場なのですよ!」

「もちろんわかってますよー。そろそろ警部任官に向けていろいろと考えないといけない状況ですしねー」

「そちらもそうですが、そういう意味ではなくてですね!」

 

 そう言われて苦笑いしながらカウンターにつくアグネスデジタル。メジロマックイーンの左隣の背の高いスツールに半ばよじ登るように座る。アグネスデジタルがあまり背が伸びずに成長期が終わってしまったことを気にしているのは公然の秘密なので、だれも口にしない。どこか優しい笑みでナイスネイチャが身を乗り出す。

 

「デジタルちゃんは何飲む? アルコールは大丈夫?」

「はいっ! 明日は午後からの取材と会議にちょこっと顔を出せばいいので、午前は美容室に行くだけなんです。ということでビールください! ファインさんのおすすめなんですよね?」

「あんまり強くないんだからペース考えてよ?」

「大丈夫です! 最悪の場合でも佐久間さんが来てくれるハズなので!」

 

 元トレーナーを送迎車扱いしているアグネスデジタルの暴挙に苦笑いを浮かべつつ、ナイスネイチャがビールタップを操作する。

 

「今回の帰国で佐久間トレーナーには会えたの?」

「それがですねネイチャさん、聞いてくださいよ! 今日帰りますからねってLANE入れても『了』の一文字しか返ってこないんですよ! 社会人同士になったらいきなりドライだし!」

「あはは……相変わらず激務をこなしてるんだよきっと。アタシとのLANEもそんな感じだから気にしたらだめだし、そう言いつつデジタルちゃんのことはちゃんと気にしてくれてるんでしょ?」

 

 差し出されたビールを受け取ってアグネスデジタルは一口分だけビールを口にする。答えないのがもはや答えだった。

 

「でもさ、スペちゃんほどじゃないにしても、デジタルは大きく変わったよね」

「ほえ?」

 

 セイウンスカイの声に首をかしげるアグネスデジタル。

 

「警察官になるなんて思わなかったもんねー。やっぱりトレーナーの影響だったりするわけ?」

「……否定できないんですよねぇ。佐久間さんは嫌な顔しそうですし、私も否定したいところなんですけど」

 

 そう言って目を伏せるアグネスデジタル。

 

「ウマ娘ちゃんのために何ができるだろうって考えた結果、結局警察官に落ち着いちゃったんですよぅ。推し活はプライベートでもできますし、アーカイブの確認はどこでもできますから。ウマ娘ちゃんがいればどこでも良バ場、絶好調で働けるあたしの強みを活かすならこれほどの適職はないですからねぇ。ウマ娘ちゃんを守る仕事、ひっじょーにやりがいがありますっ!」

「その結果海外派遣で地球の裏側まで飛び出した結果がアレ?」

 

 セイウンスカイにいじわるな質問を向けられ、う゛ッと言葉に詰まるアグネスデジタル。

 

「いやぁ、あの時は大変なご心配とご迷惑をおかけしました……」

「え? もしかしてマックイーンが巻き込まれてたアレにデジタルも絡んでるの?」

 

 ナイスネイチャの声が半オクターブほど下がる。

 

「絡んでるといいますか……。マックイーンさんより一足早くから国連南スーダンミッション(U N M I S S)に文民警察要員として派遣されてまして、現地のウマ娘警官の指導とウマ娘の人権保護活動の広告塔をしてました……」

「そういえば、耳の傷は大丈夫なのですか?」

 

 メジロマックイーンがそう言いつつ、アグネスデジタルの左耳を触る。

 

「おひょん」

「くすぐったいからって脱力しないでくださいまし。……あまり目立たない感じで塞がりましたわね。よかったですわ」

「いやぁ、ご心配をおかけしました」

「やっぱり髪の毛までは回復しませんでしたか……」

「大丈夫ですっ! 耳の付け根はいくらでもごまかし効きますし、普通にしてても目立たないので!」

 

 アグネスデジタルはそう言って恥ずかしそうに笑うが、どこかしゅんとした様子なのはナイスネイチャだ。

 

「怪我……してたの?」

「え? あ! 大丈夫です大丈夫です! 文字通りの『かすり傷』なので!」

「カラシニコフでできた『かすり傷』は相当なものですわよ」

「デジタルちゃん?」

 

 ナイスネイチャの声がさらに半オクターブ下がった。それに続いて口を開いたのはスペシャルウィークだ。

 

「ファイン殿下から私にも問い合わせがあったんだよ? デジタルちゃんがトレセン学園関連の仕事に就きたいとか言ってたりしないかって」

「ほえ? いや、スペさんが学園関係者なことはファインさんなら知ってるでしょうけど、なんで私の進退の問い合わせがスペさんに行くんです?」

 

 本当に状況が理解できていないらしいアグネスデジタルが首をかしげる。

 

学園(うち)としてもデジタルちゃんをトレーナーとして狙ってるからだよ? 三ヶ月前くらい前かな、国際ウマ娘教育機関連盟の総会で殿下と会ったんだけどね」

 

 そこで言葉を切ったスペシャルウィークが声真似を始めた。

 

「『デジタルちゃんが乗り気なら、アイルランド陸軍体育学校のどこかに幹部として席を設けてうちが引き取りたいの。それが無理でもダブリントレセンの椅子を空けさせる。だから、この件について日本トレセンはちょっと目をつぶってほしいな。我が国(こちら)の内閣には根回し済みだし、日本の省庁にも了承してもらうから』だって。いくら殿下相手でもこんな要請は普通蹴るところだけど、ことデジタルちゃんについては私の一存じゃ蹴るに蹴れないし……」

「おっひょ」

「私とファイン殿下が正面衝突したら、実質的には日本と英国諸島連邦(アイランズ)対アイルランド大公国の代理戦争でしょ? だから今回は引くしかないんだよね。……殿下のことだし、私が余計な戦いをしないってことをわかったうえで強気に出てるんだろうけど」

 

 スペシャルウィークに更なる追い打ちをかけられ、アグネスデジタルが白目を剥きながらカウンターに倒れ込む。そのままバンバンとカウンターを叩く。

 

「そりゃファインさんにも山ほど心配かけましたけど! SP隊長さんがヘリで飛んできてしこたま怒られましたけど! 打診も確かにありましたけど! そこまでやりますか普通!」

「いつの間にか陸軍大尉だし、とんでもないことになり始めたよね、ファイン殿下。軍から出向でURAアイルランド副総裁で次期総裁。ウマ娘関連の体育教育関連部署の全権を実質的に掌握したって聞いてるよ?」

 

 スペシャルウィークがそう言ってお冷やを口に運び、喉を湿らせる。

 

「たぶんデジタルちゃんが頷いた翌日には、アイルランド陸軍体育学校の教務部部長補佐で陸軍中佐相当の事務官とか、そんな感じの通達が来るんじゃない?」

「中佐相当って! 下手したらファインさんより上位じゃないですかっ!」

 

 がばっと身体を起こすアグネスデジタル。よく動くなぁと思いながらスペシャルウィークはにこりと笑った。

 

「下手しなくても上位だよ? とは言っても、王族の大尉の方が優先されそうな気もするけど」

「なかなか強引なことをしますわね、ファインモーション殿下……」

 

 メジロマックイーンが呆れた様子でそう呟くと、スペシャルウィークがアグネスデジタルの方を静かに見る。

 

「それぐらい首輪をつけておかないと危なっかしいってことだよ?」

「デジタルちゃん?」

 

 ナイスネイチャが胡乱な目を向ける。向けた先は当然アグネスデジタルだ。

 

「あう……まぁ、南スーダンの時は地元の子どもの保護をしなきゃいけなかったので致し方なく」

 

 アグネスデジタルはそう言って目線をそらしながら頬を掻くが、それを見てメジロマックイーンが溜息を吐いた。

 

「その結果、村を救った()()アグネスデジタルになったわけですね。おかげでジャヴェル村がアグネス村に名前を変え、アグネスデジタル記念小学校が設立された、と。どう切り取ってもやりすぎですわ」

「デジタルちゃん?」

 

 ナイスネイチャのトーンがどんどん下がる。

 

「本当に何をしたの……?」

「……ある村の小学校に、国連の教育スタッフと公衆衛生スタッフをつれて視察と教育活動にいったんです。そのタイミングで国連スタッフや村の子ども達の拉致を目的に敵対部族が襲ってきちゃいまして……」

「襲ってきちゃいましてじゃないでしょ!? 大丈夫なの!?」

 

 ナイスネイチャが青い顔をするが、アグネスデジタルの耳は垂れたままだ。

 

「全然大丈夫じゃなかったです。相手はおそらく30人以上、国連スタッフは10人いましたけど、銃で武装してたのは護衛役の現地スタッフ2人だけ。あたしは派遣時の規則で、実弾ゼロの拳銃と盾と警棒だけ。それで子ども49名と現地の先生3名、非武装の国連スタッフ7名の合計59名を守り切らなきゃいけなかったんです」

「そうして子どもを併設してた教会の納骨堂にかくまって、アグネスデジタルさんが盾と警棒だけ持って囮として飛び出して集中砲火を受けながら30分以上逃げ回った、ということでしたね。その結果子どもはみんな無事だったので、感謝と敬意を込めて村の名前が変わり、ODAで建てた小学校の名前になり、名誉族長として表彰された、と」

 

 勇者は戦場を選ばないとはよく言ったものです、とメジロマックイーンが呆れる。

 

「正直な事言うと、PKO部隊……というより、派遣中だったアイルランド陸軍が処罰上等で独断専行してくれなかったらたぶん死んでました……持ってきた盾もライフル弾相手じゃ意味なかったですし……」

 

 それを聞いて盛大に溜息を吐きつつ、頭を抱えるナイスネイチャ。

 

「デジタルちゃんといい殿下といい……どうしてチームペルセウスはこうもアクセル全開が多いかな……あんまし無理しないでよ?」

「ハイ、ソレハモウ」

「うさんくさいなぁ、返事が」

 

 セイウンスカイが茶化すと、デジタルが膨れた。ナイスネイチャが吹っ切れたように今日何度目かの呆れ顔を見せる。

 

「そういう所も含めて、似ちゃったよねぇ、トレーナーと」

「なんだかんだで付き合いが一番長いのはあたしですから」

 

 どこか誇らしげにそう言うアグネスデジタル。

 

「お互い癖の強いトレーナーに当たると大変だよね」

「ですねぇ。でもテンペルの陽室トレーナーには負けると思いますけど」

「デジタルちゃんも手厳しいなぁ……」

「今度から理事として管理側に回らなきゃいけないとなると大変そうですねぇ。陽室さんをコントロールする必要があるわけでしょう?」

 

 アグネスデジタルはビールを一気にあおった。その様子に優しい笑みを浮かべるスペシャルウィーク。

 

「理事長からも『懇願ッ! あのトレーナーをなんとかしてくれ!』って言われちゃった」

 

 その言い草に皆ケタケタと笑う。

 

「実際スペさんから見るとどうなんですか?」

「陽室さんは相変わらずだし、無理に何とかしようとしても絶対無理だからね……」

 

 スペシャルウィークは曖昧に答えてミルクセーキを口に運ぶ。

 

「トレーナーさん周りといい、安田記念のころからデジタルちゃんには色々迷惑かけてるからね」

「あ、いえいえ! あれはスぺさんのせいなんかじゃないですからね?」

「その安田記念って22年の?」

 

 ナイスネイチャの確認にこくりと頷くスペシャルウィーク。そこに口を挟むのはメジロマックイーンだ。

 

「今でも語り草ですのよ。前代未聞のライブ中止があり、私もベルノライトさんと一緒に訳もわからないまま飛行機に詰められ……」

「あれはトレーナーふたりの暴走の果てというか、全体像が分からない状況下でのリスクヘッジの果てだからね……」

 

 スペシャルウィークがフォローに入るが、アグネスデジタルにジトっとした目を向けられる。

 

「その記者会見で爆弾を放り込んだのはどこの三冠ウマ娘でしたっけ?」

「……デジタルちゃん、本当に成長したよね。ガチガチになってたり、早口で喋ってることが多かったデジタルちゃんが、そんなことを言えるようになるなんて」

「嫌でも磨かれましたからね……ほんと、あの安田からですよ。こんなことになったのは」

 

 そう毒づきつつも、まんざらでもなさそうな顔でアグネスデジタルは言った。



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アグネスデジタルは出走したい

(私はどこにでもいる()()なウマ娘、アグネスデジタル。とりあえず叫ばせてください)

 

「安田記念かジャパンダートダービーか、そんな二者択一はあんまりですよぉぉおお!」

 

 チーム部室兼会議室にアグネスデジタルの声が反響する。その叫びを向かいで聞いていた彼女の担当トレーナーが────佐久間(さくま)昊明(こうめい)サブトレーナーが、困ったように笑う。チャコールグレーのスーツを着た佐久間に連れられ、他の人より一歩速く夕焼け空の近いこの部屋までやってきたアグネスデジタルであったが、まさかこんな会話をすることになるとは考えていなかった。

 

「二者択一じゃない。ジャパンダートダービーは絶対に勝とう。その前の安田は来年以降に見送ろうって話だ」

「トレーナーさんだって、芝もダートもいけるからどんどん走っていこうって言ったじゃないですか!」

「その通り。だがバチバチにシニア勢が詰まっている安田記念は流石に無茶だという話をしている。現状、君の実力では申し訳ないことに時期尚早と言わざるを得ない」

 

 そう佐久間が言えば、アグネスデジタルのツインアップのブロンドが跳ねた。

 

「時期尚早でも胡椒少々でも走りたいのは走りたいんですー! どうしてもですー! シニア期のウマ娘ちゃんたちと一緒に走れるのはこれが唯一の機会かもしれないんですー!」

 

 そう言って挟んでいた机を回りこむアグネスデジタル。彼女は赤と白のツートンカラーなジャージ姿で尻尾を盛大に揺らしながらやってくる。どうやら頑として引く気はないらしい。身長の低い彼女は、スツールに腰掛けている佐久間と視線がそのままでも合ってしまう。

 

「いいか。共通認識の洗い出しからいくぞ。お前の強みはなんだ」

「マイル中距離芝ダート、問わずに走れる脚質の広さです!」

「そうだ。では弱点はなんだ」

「ウマ娘ちゃんの供給がないと息も絶え絶えになることです!」

「いやそれはおかしい」

 

 佐久間は何度目かわからない溜息を吐いた。供給が多くても死んでるだろうが、とは言うべきではないのだろう。

 

「クラシックのマイル路線でお前は本当によくやっている。現状で同時期にデビューした面々の中でも、トップクラスであることは間違いないし、多くの人が認めるだろうさ。だが桜花賞でスカーレットに惨敗したときにも言ったはずだ。お前は良くも悪くも『勝てる』レースを捨てることを厭わない」

 

 桜花賞で負けたのはそれだけが理由ではないことは佐久間も理解している。リーニュ・ドロワットで発生したアグネスデジタルの怪我に起因する調整不足も否めなかったし、それでもと言って出場する彼女を止めなかった以上、桜花賞の敗北は必然だ。

 

 少々この言い草は卑怯だったか、と思いつつもアグネスデジタルの反応を待つ佐久間。

 

「それは……そうですけど、ですが! この不肖アグネスデジタルも負けたくて走っているわけではありません! ちゃんと考えて走っています!」

「なら安田記念、スカーレットにどう勝つ?」

 

 佐久間の声にうっ、と大げさに詰まってみせるアグネスデジタル。

 

「それは……」

「マイル最強タイキシャトルにどう勝つ? NHKマイルで1着を取った以上、タイキシャトルは絶対に対策をしてくる。舐めてかかってはくれないぞ」

「ですが……っ!」

「ならサイレンススズカの逃げにどう対応する? がむしゃらに追いかけるだけでは間違いなくスタミナでも速度でも勝てないぞ」

「それでも……っ!」

「それに今回はスペシャルウィークがマイルに出てくるんだぞ。()()スペシャルウィークが、だ。あのGI七冠、流星のごとき常勝無敗の総大将、スペシャルウィークがわざわざ中長距離の有利を捨ててマイルに飛び込んでくるんだ……どうあの差し足に対応する? 万事が狂って去年のダービーの再現になったとしても、それについて行こうとしたら1200メートルを超えた時点で今のお前じゃ失速して、良くて掲示板スレスレ、最下位も十分にあり得る」

「う、うぅぅぅぅ。正論が痛いぃぃいいい!」

 

 そう言って文字通り地団太を踏むアグネスデジタル。

 

「でも! そうだとしても! あたしは! キラキラのウマ娘ちゃんたちと一緒にいたくて! あの側に行きたくてここまで来たんです! トレーナーさんも1年以上一緒にやってきてくれたじゃないですか! 走らせてくれたじゃないですか! それでもなんで今回だけ!」

「それくらい今回の安田は特殊なんだ。デジタル」

 

 静かにそう言って、佐久間がバッグからタブレット端末を取り出す。表示されたのは、アグネスアグネスデジタルの戦績票と、これまでの練習コース、1600メートルのラップタイムの推移のグラフだ。

 

「よく聞けデジタル。今回の安田に出ると、短期間で次はダートを走る羽目になる。お前の足なら、()()()()()()()()()()ジャパンダートダービーはそれこそレースレコードを狙えるかもしれない。それぐらいお前の才能は傑出している」

 

 グラフが示すのは、ダート適性の方が芝に比べて若干高いこと。

 

「デジタルの才能なら芝とダートの両立が可能だし、実際俺たちは二兎を追う選択をした。とはいえ、それでもお前には可能な限り勝ってもらいたい。たとえそれがトレーナーとしてのエゴであってもな」

「トレーナーさん……」

「だから、現状で安田は回避するべきだと考えている。お前はこれからまだまだ伸びていく。身長も伸び、筋肉量もまだ増えていくはずだ。知識もつけていける。今は勝てるレースで時間を稼ぎ、より大きな舞台に繋げていくほうが、無茶な出走をして疲労を溜めるよりよほど未来の勝利を引き寄せる」

「……理解、しました」

 

 しゅん、とした様子のアグネスデジタル。夕日が照らす部屋に静かな沈黙が落ちる。

 

「でも納得できませんっ! 嫌です! 出たいです! 出ます出ます出ます出ますぅぅううう!」

「だぁーもう! 今の間はなんだったんだ!」

 

 佐久間が頭を抱え直した。

 

「昔の偉い人は言いました! 『諦めたらそこで試合終了ですよ』! だから諦めないんです!」

「それは伝記ではなく漫画だ」

「絶対走って勝ってみせます! トレーナーさんはあたしをいじめて喜ぶタイプのドSなんですか!」

「なにぃ! トレーナーがアナログをいじめてるってぇ!?」

「デジタルですっ!」

 

 最悪のタイミングで最悪の相手が飛び込んでくる。長身に似合う銀髪が勢いよく開けたドアの風をはらんで広がる。去年の宝塚記念を取った問題児────ゴールドシップだ。

 

「誤解だ」

「完全に浮気が見つかって言い訳する夫の顔になってましてよ佐久間サブトレーナー君?」

「独身男を捕まえて言うべき台詞じゃない。担当以外に指示出しをすることを浮気と呼ぶのなら、俺が専任で見ているアグネスデジタルに指示出しするのは浮気じゃねえだろうが」

 

 それを言うとゴールドシップが口元を片手で隠してにまーと笑った。

 

「ゴルシ様とあんなことしたのに?」

「蹄鉄選びだけだろう。それにお前にヘンなことしたら沖野チーフに申し訳が立たん。それで、下の片付けは終わったのか」

「おうっ! ちゃんと爆速で片付けたぜ! スカーレットが!」

「俺はお前に頼んだんだ! ……まったく、後で謝っておくんだぞ」

「はいはーい」

 

 ゴールドシップが前を開けたジャージの裾を翻して上機嫌に返事をし、パイプ椅子に逆向きに座ると、アグネスデジタル達を面白そうに見てくる。

 

「それで、ゴルシ様にミニハードルの片付けを手伝わせて、二人で何をしてたんだ?」

「次にデジタルが出るレースの選定」

 

 佐久間が答えると、アグネスデジタルはゴールドシップを仲間に引き込もうと考えたのか、単純にゴールドシップに甘えに行ったのか、彼女の側に駆け寄った。

 

「ゴルシさん! 佐久間トレーナーは安田を飛ばしてジャパンダートダービーに出ろって言うんですよ! あたしはどっちも出たいのに!」

「ん? 安田? 出走登録期限は大丈夫か?」

 

 ゴールドシップは顎に指を当てて聞き返す。

 

「明日の正午に通常登録締め切りだから、決めるなら今日決めないといけないんだよ。デジタルを安田に出すとなると、一度惨敗したスカーレットに加えてスズカを始めとするシニアの強豪、果てはスペシャルウィークにまで競り勝つ必要がある。現状のデジタルでは、パワー勝負に持ち込まれると勝負にならない可能性が高い」

「でもさぁ、さくまんは、そこに持ち込ませなければ勝機はあると思ってるだろ?」

 

 にやっと不敵に笑うゴールドシップ。

 

「さくまんはデジタルを安田で勝たせる算段をしてる。少なくとも『何をしてはいけないか』の洗い出しはしてるじゃん?」

「……まず、その謎の呼び名をやめろ」

「でもほら、勝つための方法を考えている事を否定はしない。だったらデジタルもワンチャンあるんじゃねぇの」

 

 アグネスデジタルが真偽を問うように佐久間をじっと見つめてくる。

 

「……その上での話だ。どうしたってこの先シニアの面々との直接対決は免れない。逆を言えば、デジタルなら必ず『そこ』まで行き着ける。今不必要にリスクを踏む必要はない」

「でもそれは挑まない理由にはならないんじゃねえのか? それに目をつぶってるなら、そりゃあエゴだよ」

「『レースに絶対はない』……か。ゴールドシップ、お前手厳しいな」

「可愛い子には優しくしろってゴルゴル憲法に書いてあんだよ」

 

 にやっと笑うゴールドシップ。その頃になって、部屋には明らかに荷物量の多いダイワスカーレットと身軽で上機嫌なウオッカが入ってくる。

 

「あー……なんでアンタの分まで持って上がらないといけないのよ……!」

「だってジャンケン負けただろー?」

「お前らいつまで小学校みたいなことやってんだ」

 

 呆れ顔でそう言いつつ、このチーム──チームスピカのチーフトレーナーである沖野も生徒に続いて入ってくる。

 

「あぁ、沖野チーフ。お疲れさまです」

「おう。佐久間トレーナーもお疲れ。……その様子はデジタルの次走をどうするか悩んでる、ってところでよろしいか?」

「その通り」

 

 反射的に答えてから、佐久間はどこかばつが悪そうな顔をする。その様子を見てにやりと笑う沖野。

 

「返事の癖は抜けないな、佐久間君」

「失礼しました、沖野チーフ……やはりあなたにはお見通しですか」

「ま、チーフトレーナーがチームのメンバーや配下のトレーナーを面倒見れなくなったら終わりだからな」

 

 沖野はトレードマークになっている棒付きキャンディをくわえたままそう言った。

 

「で、出るのか。安田」

「出ます!」

「今それを話し合っていたところです」

「……どんな会話してたかは今のでだいたいわかった」

 

 苦笑いをしてから、沖野はゆっくりと口を開いた。

 

「デジタル。安田は出るのが目的か? 勝つのが目的か?」

 

 アグネスデジタルは答えない。沖野はしゃがみ込んで視線を合わせた。

 

「出るのが目的でも俺はいいと思っている。それがどういう結果であれ、お前と佐久間が納得しているのなら、スピカとしてもOKだ。だけどなデジタル、それは『勝てなくてもいい』という意味じゃないし、ましてや『負けてもいい』という意味でもない。まったく同じことを佐久間トレーナーからも聞いていると思うが、そこは大丈夫だな?」

「はい」

「正直『ウマ娘ちゃんのそばにいたい』って理由を理解しかねてるところはあるんだが……それが勝ちたい理由になるなら俺から言うことはない。そこんとこ、どうなんだ」

 

 アグネスデジタルはしばらく黙っていたが、ぽつりぽつりと口にしはじめる。

 

「私は、それでも出たいと思ってます」

 

 それを誰もが静かに聞いていた。

 

「勝てないかもしれない。それもわかってます。でも、それでも、私は、スペさんやスズカさんと走ってみたいんです!」

「あぁもうわかった、負けだ負け!」

 

 先に降参したのは佐久間だ。

 

「ただし、ぬるい勝負にはできないからな。とりあえず明日からいろいろとやり方を変えていく。しんどいだろうが、根を上げる事は許さんぞ」

 

 佐久間の言葉にアグネスデジタルの顔がほころぶ。

 

「やった~~~~!!」

 

 そのまま両手を天に掲げくるくると回り出すアグネスデジタル。その様子を見ながら佐久間はわずかに頬を緩め、タブレットの画面を切った。それを見計らってか、沖野が手を叩いて皆の注目を集めた。

 

「さて、そろそろ日も暮れるわけだし、今日の練習はこれで終わりとしよう。お疲れさん。トレーナーチームは書類仕事がちまちまあるから生徒一同は帰るように!」

「ちぇー! 今日こそデュエルドームで☆超☆エキサイティィィイインしたかったのに!」

「2人用ゲームを部室でやるな」

「せめてみんなでできるモノにしろよ」

 

 トレーナーたちに突っ込まれたゴールドシップが明らかに残念そうな顔をして出ていく。アグネスデジタルは小躍りしそうな勢いのまま荷物をまとめて出て行き、それにダイワスカーレットとウオッカも続く。部屋には沖野と佐久間だけが残された。

 

「沖野さん、スズカとテイオーの姿が見えなかったようですが、大丈夫ですか」

「ん? あぁ。あいつらはもう少し走りたいと言ってたから、もう少しだけ芝を走らせてる。あと5分で戻ってこなければ迎えにいくさ」

 

 そう言って沖野は小さく溜息を吐いた。

 

「佐久間」

「はい」

「なんであの場で止めなかった。お前なら俺を止めてくると思ったんだが」

「挑まない理由を押しつけるのは大人のエゴ、だそうですよ」

「ゴールドシップか。今のデジタルじゃそんな気の利いた反論は出てこないだろう」

 

 沖野はそう言って棒付きキャンディを噛み砕く。

 

「で、ゴールドシップと2対1で責められて屈服? 甘いことと優しいことはイコールじゃない。そんなお説教が必要なほどお前が甘ちゃんじゃないことは知ってるつもりだが、実際のところどうなんだ」

「ちゃんと火の付いたデジタルなら勝てる可能性はゼロではありません。デジタルは沖野さんを前にしても怯まなかった。迷わなかった。だったら腹をくくるべきは私ですよ、チーフ。私はそう判断しました。少なくとも、この先2週間で彼女はオッズをイーブンまで持っていける」

「それは、()()()()()サイレンススズカを相手取ってもか」

 

 トーンが落ちる。沖野の目をまっすぐと見て、佐久間は答えた。

 

()()()()、言葉通りの意味合いです」

 

 しばらく無言の時間があり、弾けるように沖野が笑い出した。

 

「やっぱりお前はすげぇよ、佐久間。俺よりよっぽど上手くなる。デジタルはお前に似てきたな」

「ご謙遜を。それに、私に似てもロクなことにはならないですね。なんとしても止めなければ」

 

 その言い草に沖野は肩をすくめた。

 

中央(セントラル)のライセンスを取ったばかりのトレーナーを面倒見てやってくれと理事長に呼び出されたときは一体どうなることかと思ったが、新入生の入学2日目で初手デジタルを指名してコレだもんな。あの陽室といい、葵ちゃんといい、お前の世代は末恐ろしいな」

「それはまともな奴がいないという意味で?」

「鏡を見ろ。少なくとも担当の練習をコマ送りで確認して精細にフィードバックをかけ続けられるトレーナーがいったいどれだけいる」

 

 それを言われ今度は佐久間が笑う番だった。

 

「少なくともトレーナー未経験の私をそう育てたのはあなたですよ、沖野チーフトレーナー。それを言うなら、スペシャルウィークをあなたが育てたら、それはまた別の意味で伝説になったでしょうし」

「あのスペシャルウィークは陽室が育てたからああなったんだ」

 

 半分投げやりに沖野は返す。1年先に入職したやたらと低身長なトレーナーの姿を思い出し、佐久間は今日何度目かの苦笑いを浮かべた。

 

「確かに、去年のダービーで『逃げるスペシャルウィークが見たかった』という衝撃的な道楽トレーナー発言を放ちましたからね……」

「お前だったらスペシャルウィークをどう育てる?」

「……素の脚力が強すぎるのもあるので、トレーニングはかなり気を遣いそうです。テイオーほどとは言いませんが、かなり気をつけないとすぐに足を痛めてしまうでしょうし。そういう意味ではよく怪我させずに走らせ続けてると思いますよ。私にはサポート科の生徒に預けるなんて怖くてできません。それがオグリキャップの好走を支え続けた天才サポーターであってもです」

「だよなぁ。正直テイオーやスズカと同じ粒度でトレーニングとケアを両立させるとなると、ウチを除けばどこのチームも受け入れは難しいだろう。おハナさんには悪いが、もしリギルに行ったとしてもジュニアかクラシックで潰れて終わりだ。その塩梅を見極める目は相当なんだろうな、あのちんちくりんお嬢様」

「沖野さん、さては未だ根に持ってますね?」

「当たり前だ。スペシャルウィークはウチでも狙ってたし、ベルノライトは直接スカウトもしたんだぞ。今年もメジロマックイーンが取られたわけだし」

 

 浮かぶのは朗らかに笑うスペシャルウィークだが、ひとたびターフに立つとなかなかに恐ろしい存在だ。文字通りの規格外。強烈な差し足を主な武器にレース後半凄まじい伸びを見せ、どれだけ対策をしてもそれをあざ笑うかのように追い抜いていく『常勝無敗の流星』。

 

 日本国内の中長距離のGIレースを総なめし、凱旋門賞を含めた海外重賞も視野に入れているのではと噂されているが、真偽の程は不明。

 

 その化け物とも言えるスペシャルウィークの才能を見極めたのはトレーナーとしてまだ1年目だった陽室琥珀だ。もっとも、これは正式な選抜が始まる前に抜け駆けをした結果であり、弊害として『トレーナーによる新入生、転入生のスカウトは初回選抜レースを終えてから』という紳士協定を崩壊させた。

 

「とはいえあのお嬢様が『紳士協定』を崩してくれていたおかげで、次の年に佐久間がデジタルを連れてきて、スピカに迎え入れることができたわけだから、あまり強く出れないんだけどな」

「沖野さんが言えないとなると、理事長たち上級管理職(エグゼクティブ)を除けばおハナさんか樫本トレーナーぐらいしか言える人が残りませんよ」

「まあ、実績はこれ以上ないくらいに作ってるからなぁ。ここは一度鼻をへし折らなきゃいけないわけだが……正直お前が勝つのも気に食わん。悪いが、安田はスズカに取ってもらう」

「なら、デジタルが獲ったらなにかプレゼントのひとつでも彼女に贈ってあげてください」

「おうよ。安田で俺に勝ったらお前も免許皆伝だな。ダブルヘッドは生徒が迷う。そうなったら独立しろ」

 

 沖野は不敵に笑ってみせた。

 

「さて、スズカとテイオーを迎えに行ってくる。お前も上がれ、明日から特訓なんだろ。ただでさえお前は根を詰め過ぎなんだ、少しは休め」

「はい、お疲れさまでした。沖野さんもご自愛ください」



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アグネスデジタルは特訓したい

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ……」

「よし、今日はこんなもんだろう。ラスト3ハロンの速度の伸び悩みはとりあえず明日以降の課題として、コーナーの速度はだいぶ改善してきたな」

 

 コースから辛うじて退避したアグネスデジタルが大の字に転がる。その横にしゃがみこんで、彼女を引き起こしつつスポーツドリンクを渡す佐久間。

 

「1日で矯正されるとは、思ってなかったですけどね……! あー! 体が勝手に左回りになっていく……!」

「正直小手先でしかないがな。府中の芝はコーナーも緩いから比較的高い速度域でレースが進行するはずだ。コーナーでの位置取りの選択肢が広がる以上、順位の入れ替わりも起りやすいし狙いやすい。いろいろと考えなきゃいけないことも多いぞ、ここから先はただトレーニングするだけでは伸びない」

 

 そう言いながら佐久間はタブレットを操作する。カーブに設置されたビデオカメラの映像を呼び出しているらしい。

 

「でもトレーナーさん、こんなにたくさんのカメラ、よく手に入りましたね」

「スピカの備品として3台はあったからな。2台ぐらい追加で買うぐらい問題なかろう」

「え? これ買ったんですか?」

「あの後電機屋に飛び込んだ。まあ安いもんだろう」

 

 コーナー外側にビデオカメラが全部で5台。家庭用のモデルではあるもの結構高そうに見えるのだが、さくっと買ってきたらしい。

 

「よし、おそらくコース取りは今日の感覚でいいだろう。……さて、カメラを回収して作戦会議といこう」

 

 佐久間トレーナーの鬼、と思いつつ、アグネスデジタルは腰を上げる。

 

「それにしても頭がパンクしそうですよぅ」

「まあ、それでも理解して実行できている。やっぱりお前にはこの方式があってるな、デジタル」

「OODAループ、とか言ってましたっけ」

「元ネタは米空軍の戦闘機パイロット向け意思決定手順だ。情報の収集、評価、方針の策定、実施を高速で回し続けて正しい判断に基づいた行動をしようってやつだな」

 

 安田記念に出るにあたって、佐久間トレーナーがアグネスデジタルに提示してきたのは、トレーニングの徹底した記録と、それを見ながらのフィードバックの高速化だった。これまでは並走が終わったタイミングなど、切りのいいタイミングで実施していたフィードバックが下手をすると周回ごとに飛んでくる。

 何を見て外ラチへ膨らんだか、何を考えて距離をとったか、何を聞いて速度を上げたか。走りの変化の理由をひとつひとつ潰していく作業を15分1サイクルで繰り返す。それをしているとアグネスデジタルより先に、はちみーLLサイズを奢ることを条件に並走役を頼んでいたトウカイテイオーが音を上げた。

 その様子を思い出したのか、アグネスデジタルが声真似をしつつ口を開いた。

 

「テイオーちゃんは『無理無理無理! こんなに考えながら走るのボクには絶対無理! 意味わかんないよー! というより絶対カイチョーもこんなに考えて走ってないよ!』でしたもんねぇ……」

「まぁ、テイオーは考えずに突っ走っていいって言ってたんだけどな……」

 

 頭を搔きながら佐久間がそう言うと、ぷぷぷ、と笑いながらアグネスデジタルが口を開く。

 

「そう言われても『考えずに走れ』なんて今のテイオーちゃんには無理ですよ。だってテイオーちゃんは今メイクデビューに向けて燃えてるし、スポンジみたいな状況ですもん」

「スポンジねぇ……」

「シンボリルドルフ会長に追いつきたくて、追い越したくて、そのためなら何でもやるって思ってるんですよ。そういう意味ではテイオーちゃんにとってもスぺさんは超えるべき壁ですし、このデジタルもそうでしょうしねぇ。『速さの秘訣をつかむチャンス! 絶対速くなってやるもんに!』って思ってたはずですし」

 

 ビデオカメラを回収しながらアグネスデジタルはそんなことを言う。

 

「テイオーちゃんは中長距離向きではあるので、今回の練習とはちょっと合わなかったかもしれないですね」

「とはいえ、スカーレットやスズカに頼むのも手の内明かすだけだからなぁ。今日のところはゴールドシップがスズカに引っ張られてるが、明日以降でゴールドシップに頼めるなら頼もうか」

「宝塚記念を獲ったゴルシさんにお頼みするのは少しどころでなく恐れ多いと言いますか……いえ、秘密は間違いなくちゃんと守ってくれるお方ですし、確かに適任ですけれど。ところで……同志トレーナーさん、なんだかいきなりチームの皆さんにも情報隠し始めました?」

「あぁ。昨日沖野チーフに喧嘩売ったからな」

「え゛?」

 

 アグネスデジタルの動きが止まる。

 

「ちなみに……どんなことを?」

「スズカを相手にイーブン以上の勝負をさせてみせますって言ったから、負けるなよ」

「なに勝手にそんなこと言ってるんですかっ!?」

「それでも走る以上は勝ちたいんだろ?」

「それと! これとは! 話が! 別です!」

 

 そう言って両手をぶんぶんと振るアグネスデジタル。

 

「なんで事前にあたしが超えるハードルをトレーナーさんが勝手に高くするんですか!」

「……なぁデジタル」

 

 ハードケースにカメラをしまいながら、佐久間は担当の名を呼んだ。

 

「現状、お前が足りていないものは何だと思う?」

「……なんですか」

 

 すでに拗ねてそっぽを向いたアグネスデジタルがそのまま聞き返した。

 

「シニア期の面々を相手取るにあたって、という前提での話だぞ。まず圧倒的に足りていないのは瞬間的な加速力。要はパワーだ。相手を抜き去るのに時間を与えれば与えるほど、百戦錬磨のタイキシャトルのような相手には対処の隙を与えるだけだ」

「それは、まぁ、わかってます」

 

 アグネスデジタルの尻尾の揺れが止まった。

 

「そしてそれだけのパワーを使って後ろから抜き去ろうとするにはスタミナも足りてないから、すぐにグラスワンダーに追いつかれる」

「……はい」

 

 耳がしおれてくる。

 

「スタミナで負けてるから最終直線で速度が伸びない。……そして、悔しいけど若干諦めている節がないか? つまり根性が足りていないから、後方で足を貯めてたキングヘイローに後ろから差される」

「……」

 

 彼女の両手が握られてぷるぷるしてきた。

 

「そしてなにより、トップスピードが足りてない。条件を完全に揃えたらスズカはお前の1.2倍は出してくるぞ」

「じゃああたしに何が残るんですか!」

 

 振り返って半分涙目のアグネスデジタルが佐久間に詰め寄る。佐久間は涼しい顔で即答した。

 

「目だ。お前には誰にも負けない目がある」

「め?」

 

 何を言われたかわからないアグネスデジタルは、そこで一瞬呆けた顔をした。

 

「キラキラ?」

「ド阿呆。お前には誰にも負けない観察眼と空間把握能力があるって意味だ」

「くうかんはあく?」

 

 溜息を吐いた佐久間が、カメラを仕舞い終わったハードケースを手に提げた。

 

「併走したトウカイテイオーのこともよく見ているし、お前は圧倒的にレース中の視野が広い。今から劇的にスタミナを付けたり、筋肉量を増やしたりできない以上、小手先で勝つしかない。だとしたら、お前の目に賭けるしかない」

 

 佐久間が歩き出し、アグネスデジタルが慌ててその後を追った。

 

「安田記念まであと2週間。参加登録しているウマ娘の癖、コースの癖、可能な限りのすべてを頭に叩き込め。その上で相手の動きを最大限予想して、動くことを考えよう。……いくぞ、デジタル」

「はいっ! これもウマ娘ちゃんを間近で拝むため!」

「……それで勝つためって言わないところがお前らしいよ、ほんと」

 

 佐久間は呆れたように声をかけた。

 

 


 

 

「沖野チーフ、遅くまでお疲れ様です。佐久間トレーナーはまだこちらにいらっしゃいますか?」

「おっと、葵ちゃんか。そっちも遅くまでお疲れ様だ。佐久間のやつ、奥の部屋にいるにはいるんだが声かけても反応するかも怪しい状況だ」

 

 21時半を回り、学園の灯りのほとんどが校舎から寮に移ったころ、課外B棟の端にあるトレーナー室に一人来客があった。髪を小さなハーフアップにした女性トレーナー……桐生院葵はノートパソコンで事務仕事をしていた沖野の答えを聞いて首をかしげた。

 

「調子が悪い……とか、ですか?」

「逆だ逆。絶好調過ぎる。そんでもって、あいつの絶好調はこっちが見てると心配になるぐらいの集中力だ」

 

 そう言って奥のドアを軽くノックする沖野。そのまま反応を待たずに開けると、倉庫を兼ねている一室のスチールラックの影で、ヘッドセットを付けたままなにか作業している佐久間が奥に見える。

 

 それを見た桐生院は笑顔で首を横に振り、ドアを静かに閉じる。

 

「やっぱり佐久間さんらしいですね。あの人もなかなかとんでもない」

「そうだな。……だが、葵ちゃんも大概だろ? おハナさんが飲みの席でよくやってると褒めてたぞ。リギルのサブトレーナーが務まる奴も早々いないだろうしな」

「えっ、東条チーフがそう言ってたんですか?」

「おっと、バラさない方がよかったか。俺が口を滑らせたことはナイショにしておいてくれ」

 

 沖野が肩をすくめつつそう言うと、小さな冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出し、桐生院に投げ渡した。

 

「走ってきたんだろう。水分は摂っておけよ」

「あ、ありがとうございます! では、遠慮なく」

「それで、佐久間に何の用だったんだ? トレーニング周りなら相談に乗るぞ。ちょうど安田の前でリギルの情報も欲しかったしな」

 

 ペットボトルに口を付けた桐生院が困ったように笑った。

 

「チームスピカからはスズカさんと、スカーレットさん、あとデジタルさんでしたね?」

「そっちもタイキシャトルにグラスワンダー、ハッピーミークで3人だろ。スペシャルウィーク包囲網もここに極まれり、だな」

「タイキちゃんに至っては『ルドルフとブライアンのカタキ、絶対とりマース!』って燃えに燃えてますし、グラスちゃんもスペシャルウィークさんの同期ですから負けられませんしね」

 

 上がる名前はどれも実力者ばかりだ。スペシャルウィークに話題を奪われがちだが、スペシャルウィークの同期にあたるグラスワンダーも『10年に一度見つかるかどうかの逸材』と名高い。

 

 名門たるチームリギルは、重賞を堅実に積み重ねていく安定した実力者が多い。かつてはオグリキャップを始めとするスターウマ娘を擁したチームシリウスと、そして今はサイレンススズカやゴールドシップを筆頭にスターウマ娘が集うチームスピカと並び、トレセン学園最強チームの筆頭候補に名を連ねていた──少なくとも、スペシャルウィークを押さえた陽室琥珀が『チームテンペル』の旗を掲げて場外大乱闘を始めるまではそうだった。

 

 チームテンペルのスカウトは、他のトレーナーたちから見ると悪夢でしかない。オグリキャップの快進撃を最後まで支えたあと、頑なにチーム所属サポーターへの勧誘を断り続けていたベルノライトをいつの間にか引き込み、どんな魔法を使ったのか入学前の時点でメジロマックイーンをも獲得し、入学当日での入部を実現させている。メジロ家のご令嬢が入学することはどのチームも知ったうえで狙っていた以上、その衝撃は凄まじかった。

 

 だからこそ、どのチームも『チームテンペルの鼻を折らねばならない』と邁進しているのである。そういう意味では、スペシャルウィークが()()()苦手としているはずのマイルレースへ出てくる安田記念に各チームのエースマイラーが軒並み登録しているのも当然といえた。

 

「もっとも、主戦場が中長距離のスペシャルウィークを相手に、海外最高峰GIマイルレース『ジャック・ル・マロワ賞』優勝者のタイキシャトルがまたあっさり負けましたなんて言えないだろうしな」

「三度目の正直って言いたいところです。おかげでリギルでは『打倒スペシャルウィーク・打倒チームテンペル』が合言葉ですよ。もう四六時中ピリピリしちゃって。ミークのケアも結構気を遣わないといけませんし、東条チーフもスペちゃんのデータを揃えたうえで模擬レースをやったりしていますからね」

「はっはっは、おハナさんでもそうなるか」

 

 沖野はそう笑うとノートパソコンをパタリと閉じた。

 

「だが、すまんな。安田はスピカがもらっていく。スペシャルウィークだって、()()()()()()にやってくるんだ。リギルに主役を渡せないんでね」

「負けませんよ。わたしのミークにだって、ヴィクトリアマイル1着の誇りがあります。最高に仕上げてご覧に入れます!」

 

 桐生院が両腕を握って自身の胸の前で振った。それをどこか嬉しそうに眺めた沖野が話題を戻した。

 

「それで、佐久間を訪ねてきたってなると……蹄鉄についてか?」

「あ、そうです。といっても、ミークじゃなくて、殿下のなんですけど」

 

 怪訝な顔をする沖野。殿下と言われて浮かぶ顔はひとつだ。

 

「ファインモーション公女様か。おハナさんもなかなか苦心してたと聞くが」

「はい。秋シーズンに向けて、私が主担当としてファインを指導するようにって言われちゃいまして、今は私が担当してるんです」

 

 そう言われどこか腑に落ちない表情を浮かべる沖野。

 

「……それは、他の子とは違う配慮がいるだろうしな」

「あ! そういう意味じゃなくてですね! 本当にいい子なんですよ! それに桐生院家としてのあれこれもあって、()()()()()()への対処はもともと嚙んでたんです。でも苦労はそれとは別の話で、今年こそはエリザベス女王杯を取らせないとって東条チーフから預かることになりました!」

「へぇ、おハナさんが担当を手放すなんて珍しい。殿下からの要望か?」

「ああ、いえ……実は、東条チーフが直接指導してる子たちを、今どんどんサブトレーナーに振り分けてるんです」

「ということは……国政へ挑戦するって噂話は本当だったのか」

 

 沖野のつぶやきに桐生院が驚いた表情を浮かべる。『鳩が豆鉄砲を食ったよう』という表現はこういうときのためにあったのかと心の奥底で思いつつ、沖野は笑うにとどめた。

 

「ご存じ、だったんですね」

「ウマ娘のための教育制度がザル過ぎるとずっとぼやいてたし、おハナさんなら適任だろう。しかしそうなると、トゥインクルのシーズンが切り替わる12月末で引退してチームは解散か、誰かが代表して引き継ぐかってとこかね?」

「あの……沖野チーフなら言うまでもないとは思いますが……」

「他言無用、だろ? 公式発表までは誰にも言わんから安心してくれ」

「ありがとうございます」

 

 ぺこりと頭を下げる桐生院に頭を上げさせて沖野が続けた。

 

「で、葵ちゃんも独立か?」

「どうでしょう、東条チーフ以外の流儀も習ってみたいので、どこかリギル直系以外のサブトレーナーをもう何年かできたらなとは思っていますが……ミークと、もし4年目以降も許されるなら殿下も連れてなので、難しいだろうとは覚悟しています」

「そうか。もしもの話だが、どうしても見つからなければスピカ(うち)にも声をかけてくれ。そのときの財布次第だが、受け入れも可能だ」

「ほ、本当ですか……?」

「スピカの懐事情次第だがな。……話がそれたが、そんなこんなで殿下の蹄鉄か」

 

 脱線した話を元に戻すと、慌てたように桐生院が口を開く。

 

「はい! 蹄鉄回りの不安とかのヒアリングをしたいと思ってて、生徒の安全に関わることですし、殿下の事情が事情なので、万全を期すためにも佐久間さんに同席してもらえないかなと」

「わかった。来ていたことだけは伝えておくから、明日には佐久間の方から連絡があるだろう」

「ありがとうございます。助かります」

「それにしても、佐久間のやつと仲いいんだな」

 

 桐生院は問われてどこか気恥ずかしそうに笑った。

 

「蹄鉄だったりパワー系のトレーニングだったりで、いろいろ私もお世話になってるのはご存じでしたっけ?」

「サポートの子たちのやってる購買で、やたらと蹄鉄談義してたのは知ってるが」

「はい。そのときにミークの蹄鉄をちょっと見てもらったのもあって、同期ですし協力できるところは協力しようよって」

「いいじゃねぇか。この業界だと同期は貴重だ。じゃんじゃん交流していけ。それに、情報盗まれて負けるような奴は一流になれないしな」

 

 沖野は頭の上で両手を組む。

 

「それにしても佐久間なぁ……アレも結構大概なんだよなぁ。脚質オバケなデジタルとはいえ、本当に芝もダートも両面取りするとは思わなんだし、ましてやそれでNHKマイルを取らせてくるとは考えてなかった。スカーレットと競ることができるだけでもクラシックとしては相当な実力者だ。アレのやり方をストレートに真似すると、ウマ娘の方が先に潰れるぞ」

「あ、それはもちろんわかってます」

 

 やはり桐生院は困ったように笑う。

 

「でも、やっぱりすごいんですよね、佐久間さん。もちろんわたしのミークも負けてはないんですけど、私には東条トレーナーからジュニア戦線を勝ち抜いたミークを引き継いだのでその貯金があります。その点佐久間さんはいきなりデジタルさんが初担当ですし……本家からも『アレを倒すなり懐柔して引き込むなりしろ』ってよくわからない指示が来ちゃいますし」

「名家のお嬢様も大変だな」

 

 沖野は苦笑いだ。ノートパソコンを片付け、佐久間宛のメモを残しつつ沖野も続ける。

 

「ま、お互い優勝目指してぼちぼち頑張るしかないわけだ。勝ち負けは別にして、良いレースにできるよう、最大限努力していこう」

「はい。2週間後、東京レース場で」

 

 安田記念まで、あと2週間。トレーナーたちも最終調整に入った。



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アグネスデジタルは入着したい


 忌引による更新環境の確保困難につき、本日分の投稿が遅れてしまいました。申し訳ありませんでした。幸いネット環境は出先の方で確保できたので、今後の更新は支障ありません。

 これからも会長スペちゃんをよろしくお願いいたします!



 その日は快晴だった。

 

『快足自慢が集うマイルGI、安田記念! 東京レース場芝1600mで競います。春のマイル王は誰の手に!』

 

 実況の声が聞こえる中、アグネスデジタルは誰よりも真っ先にゲートに入っていく。この瞬間を嫌うウマ娘も多い──例えば、セイウンスカイなどがその筆頭だが──とはいえ、アグネスデジタルはこの瞬間が嫌いではなかった。視界が遮られるのは少し落ち着かないものの、それでも文字通りの至近距離で『推す』べきウマ娘の息づかいを感じられる場所でもあるのだ。

 

『今回の安田記念は直前での出走取消が相次ぎ、8枠12人での出走となりました。しかし出走するのは精鋭揃い。本日出走するウマ娘、3番人気以上をご紹介しましょう』

 

 NHKマイル以来の勝負服──普段からトラッドな恰好のトレーナーにはあまり響いていないようだが──で身を包み、靴をトントンと足元の芝に慣らすように打ち付けてつま先を微調整。そうしていると左隣の1枠1番に、真っ白な勝負服に身を包んだハッピーミークが入ってくる。シャボンの香りがふわりと香ってきて、卒倒しそうになる。これがあるからゲート入りはやめられない。

 

『3番人気となりましたタイキシャトル、本日は5枠5番での出走です。ジャック・ル・マロワ賞を日本に持ち帰ったマイル覇者が、今をときめく後輩たちを迎え撃ちます」

 

 反対側の3枠3番に青と白の勝負服が目を引くダイワスカーレットがおさまった。レースで一緒に走るのは桜花賞以来、いつもよりピリッと辛口の空気がやっぱり似合っていて、こちらもこちらで卒倒しそうになる。

 

『2番人気のサイレンススズカは5枠6番での出走となります。誰もが待ちに待った復帰戦で唯一無二の大逃げ戦法が今回こそ炸裂するか、その走りに期待がかかります』

 

 頬が熱くなっているのを感じる。心拍数が上がっていく。これを高揚感と呼ぶべきか、過負荷と呼ぶべきか……アグネスデジタルには分からなかったが、とりあえずこの場を意識して他の面々が収まるまで場に慣れる必要がある。

 

『1番人気はやはりこのウマ娘。常勝無敗の総大将、スペシャルウィーク! 昨年の毎日王冠以来のマイルレースは7枠10番となりました。驚異的なロングスパートが輝くか、はたまた流星のような差し足が煌めくか、注目です』

 

 スピーカーで流れる実況と解説の声を聞きながら、アグネスデジタルは周囲を見回す。ゆっくりとグラスワンダーがゲートに入っていくのが見える。ダイワスカーレットが遥か遠いスタンドに手を振ってから収まるのが見える。その視界は、クリアだ。

 

 皆、歴戦の猛者たちだ。……否、歴戦の猛者以外が舞台から降りてしまった。スペシャルウィークがマイルにやってくると聞きつけたマイラーたちが出走を表明した結果として、『チャレンジ』として安田記念を目指していたウマ娘たちが軒並み棄権したのだ。実際、クラシック戦線からの参加者はダイワスカーレットとアグネスデジタルのみ。シニア戦線を勝ち抜いている残り10名も重賞を複数取っていて当たり前の面々だ。

 

『さて、今回のレースはどう見ればよいでしょうか?』

『はい。台風の目となるのはやはりスペシャルウィークでしょう。彼女の差し脚は他のウマ娘にとって、大きな脅威であることに違いありません。一方でパワー勝負でも引けを取らないタイキシャトルやそもそも差し脚が届かないところまで逃げ切れる可能性のあるサイレンススズカ、瞬発力では負けないグラスワンダーやキングヘイローなど、文字通りの()()()()が詰まったレースとなります』

 

 解説の声が夏前の空に広がって届く。たしかに今回は文字通りのドリームレースだ。スペシャルウィークがわざわざマイルレースに飛んできた。スペシャルウィークと走りたくて、そしてできることならば勝ちたくて、誰もが飛んできた。

 

『まず間違いなく歴史に残るレースになると思います。ハイレベルなレース運びに期待です』

 

 バックゲートが閉じる音がする。全員がゲートに収まった。うるさい心臓を撫でつけてから、スタートに向け右足を下げる。重心を落とす。

 

『各ウマ娘の体勢整いました。いよいよ運命の1600メートル、発走の時です』

 

 ジッ、と頭上で音。発走用意完了のランプが付いた時のノイズ。一気に周囲のボルテージが上がった。

 

 周囲の息遣いが変わる。誰かが息を吸い込んだ音。吐く音は聞こえない。

 

 アグネスデジタルは前に出していた左脚を脱力し、後ろに引く。右足は後ろに引いた状態だ。重心は当然右足の上にないので当然のように身体は重力に従って下へ。強い前傾姿勢へと変わっていく。もう一度、ジッという電気的ノイズ、今度の音は、前。

 

 左足を後ろに向けて叩きつけると同時に、スターティングゲートの電磁石とモーターが駆動し、道を開けた。倒れかけた体のバランスを取るために自然と右足が大きく前に出る。広いストライドで前へ、身体を起こしつつストライドを縮めてサイクルをあげる。コースは緩やかな下り。速度に乗る。

 

『さぁ、全ウマ娘一斉に──』

 

 風切り音と蹄鉄が芝を蹴る音に実況がかき消された。その空隙で佐久間の言葉がリフレインする。

 

 ──デジタル、自らの身体のすべてを意識下に置け。

 

 2週間前、安田記念への出走を認めてもらった後、作戦会議の時の会話だ。

 

 ──全身をセンサーにして、自分の体が今何をしようとしているのかを把握しろ。周囲が何をしようとしているのかを掌握しろ。自身も観察対象に加えるんだ。全体を俯瞰できるだけの知性と眼をお前は持っている。

 

 目線は前に向けたまま、耳を澄ます。右後方すぐで強く芝を蹴る音──ダイワスカーレットが抜きに来る。普段ならそれを見送って後方に位置取るのだが、今回はすぐに速度を上げてすぐ後方につける。彼女のピッチがいつもより速い。

 

「ちょっ!?」

 

 焦ったようなダイワスカーレットの声。声をあげさせることになるとは思ってなかったが、好都合かもしれない。ぴったりとそのすぐ後ろについてそのまま距離をジワリと詰める。

 

「くっ……!」

 

 ダイワスカーレットがストライドを広げた。その加速についていく。緩い下りが続くうちに速度に乗らねばパワー勝負に持ち込まれる。彼女はおそらくそれを理解している。

 

(デジタルがついてくるなんて、想定外でしょう、ねっ!)

 

 ダイワスカーレットが()()()()。大逃げのペースに乗ってくる。スタート直後の1ハロン、間違いなく12秒を割った。

 

(最初の賭けはデジタルの勝ちっ! スカーレットさん、お覚悟っ!)

 

 5秒もたてばすぐに上り坂が飛んでくるだろう。東京レース場向こう正面終盤に待つ急な上り坂。そのひとつ目の坂までの距離を測る。

 

 そのタイミングで緑色の勝負服が視界の右端に映った。

 

 サイレンススズカ。

 

 彼女はコーナーの入りに向けて最短距離で突っ込むコースに乗っていた。直線で加速して先行組の進路を妨害しないことを確信してから寄ってきたらおそらくこのルートになる。このまま行けば、ダイワスカーレットの2バ身ほど前に割り込まれる。

 

 1.5レーン外ラチ側へ。内ラチをダイワスカーレットに明け渡してサイレンススズカを見据える。上り坂に飛び込むと同時にストライドを広くとる。ピッチは変えずに速度を上げた。ダイワスカーレットがこれ幸いと内ラチ側に寄ったものの、おそらくそのまま進路を維持しサイレンススズカの後ろについた方が距離は詰められたはずだ。ダイワスカーレットは相当に焦っているのだろう。

 

 強く蹴り込み一気に前に出る。坂の終わりを飛び抜けると同時にサイレンススズカが内ラチに飛び込んできた。その斜め後方に陣取る。わずかな距離の平地。再加速。

 

「……!」

 

 サイレンススズカが驚いた気配。正直アグネスデジタル自身も驚いていた。本当にサイレンススズカに食らいついていけるとは。それでも驚きも押し込んで頭を回す。

 

 1.5バ身。少し遠い。目指すべきはおそらく1.1バ身以内。さらに速度を上げる。ちょうど下り坂が始まった。自然と上がる加速度も使って前へ。

 

 ふわりと前に吸い寄せられるような感覚。ここだ。後方を確認するようにサイレンススズカの視線が外に走る。目が合う前に彼女の視線が前に戻った。しかし、アグネスデジタルがそこにいることは把握したはずだ。

 

 遠く後ろで足音が複数。先行組が上がってきているはずだ。それでも警戒しているのはアグネスデジタルではなくサイレンススズカだ。大逃げを決められればチャンスがなくなる。アグネスデジタルとダイワスカーレットが追いすがり、逃げ集団内部で潰し合っている間に距離を詰めておく魂胆だろう。

 

(でも、そうなるつもりはありませんっ!)

 

 そのままの距離を維持するようにしながら第3コーナーに突入する。無駄なく効率的な走りをするサイレンススズカの後ろをぴったりとつけて駆けていく。それ以外に、アグネスデジタルが勝ち残る術はない。

 

 最高時速70キロを超える速度で走るウマ娘にとって、空気抵抗は最大の減速要因と言い切って良い。空気の壁を押し分けて進まねばならないからだ。

 

 だが、その一部分でも他のウマ娘に担ってもらえるとしたら。

 

 ────スリップストリーム。それを活かすには相手のすぐ後方に位置取り、相手がかき分けた後の空気の渦に入り込むことで、体力の消耗を防ぐ事ができる。アグネスデジタルが小柄であることも有利に働いた。

 

(吸い寄せられる感覚の所にとどまり続ける! 吸い寄せられる場所に残り続ける!)

 

 それだけを考えながらひたすら前について行く。心臓の鼓動がおかしいぐらいに速くなっているのがわかる。それでも足を前に。前に。

 

 すぐ後方からずっと聞こえていた足音がわずかに遠くなった。おそらくダイワスカーレットが失速した。呼吸が少しずつ浅くなっていくような感覚がある。スリップストリームで若干気圧が低いのかと一瞬考え、そんな影響が出るほど変わらないかと考え直す。

 

 下り坂の底で今度は緩やかな上り坂。第3コーナーを半分回った。後方から徐々に迫ってくる足音、おそらくタイキシャトルだ。思ったよりも早く追いつかれた。サイレンススズカの足も相当に速かったはずで、普通の逃げよりもかなりハイペースだったはずなのだ。

 

 つまり、サイレンススズカは後方の面々に早々からスタミナを消費させる事に成功した。

 

(やっぱりスズカさんは、強い……っ!)

 

 レースメイクをしたのは間違いなくサイレンススズカだ。彼女の逃げが、全ての戦略をひっくり返そうとしている。差し戦略や追込戦略は、あくまでスパートで追いつける範囲に全員が収まっていなければ成立しない。故に『逃げが許される』のは先頭が失速すると思われているからだ。

 

 有力ウマ娘としてマークされているサイレンススズカの大逃げを、後続が許せるはずがない。故に、彼女は大逃げに賭けた。それが末脚を潰しきると信じて賭けたのだ。

 

(かくいうデジタルも、ちょっとバテ気味なんですけど、ね……!)

 

 アグネスデジタルはそれを噛みしめながら後ろから迫ってくる足音から逃げていく。逃げ切れるか。ここから先は、彼女自身にとっても賭けだ。

 

 アグネスデジタルだって無傷でここまで逃げてこれているわけではない。逃げざるを得なかったのは、集団に囲まれてしまうと抜け出せない可能性が高く、大外に回り込むと速度で負ける可能性が大きいからだ。ここで集団に囲まれてしまえば、最前列への復帰は見込めまい。

 

 歯を食いしばる。第4コーナーカーブ。抜けるまであと7秒。その先の上り坂で勝負が決まる。

 

 大ケヤキの影を抜けた。カーブを抜けるまであとわずか。ここまで2位をキープできている。足音からして数バ身後ろ、十分な射程内に2人か3人ほどいるはずだ。タイキシャトルは間違いないとして、おそらくダイワスカーレットもまだ粘っている。回り込もうと外側に膨らんできている気配。耳を振って音を確認。振り向かない。振り向くだけの余裕がない。

 

(それでも、デジタルは、最前線で! この場の空気を! 味わいたいのですっ!)

 

 前へ、前へ。サイレンススズカから引き離されないように、前へ。サイレンススズカ自身も一段階加速した。引き離されてたまるか。ここでスリップストリームの加速が切れれば、アグネスデジタルが再度上がることは難しい。

 

(それに、そろそろ……)

 

 6と書かれたポールが目の端を過ぎる。上がり3ハロン。勝負は残り30秒。

 

「来たっ!」

 

 思わず声を上げる。アグネスデジタルのすぐ後ろ。おそらく数秒前まで感知できなかった距離から、高速で突っ込んでくる。

 

 ────スペシャルウィークが、突っ込んでくる。



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アグネスデジタルは優勝したい

 乾く。それが最初の感想だった。喉が乾いて張り付くような気迫、とでも表現すべきか。その気迫の正体がすぐに後ろから突っ込んでくる。

 

 スペシャルウィークが、突っ込んでくる。

 

 アグネスデジタルはじわりと加速。ここが勝負所だ。ここで競り負ければ潰れて終わる。

 

 足音が右側へ1レーン動いた。サイレンススズカとアグネスデジタルを躱すための動き。スペシャルウィークの射程距離に入ってしまった。逃れる術はない。

 

 ────道を空けろ、アグネスデジタル。

 

 そんな声を確かに聞いた。

 

 逃げ切らんとサイレンススズカがさらに速度を上げる。それに無理やりついていく。目の前に最後の急坂、だんだら坂が迫る。残り2.5ハロン。

 

 あぁ、なるほど。確かに、これは…………

 

 すぐ隣、どちらかが半歩でも進路がブレればぶつかりそうな位置を、彼女が抜けていく。アグネスデジタルの視界に白と紫の袖が飛び込んでくる。

 

(ここまでしても間に合わない。ここまでしても逃げ切れない)

 

 スペシャルウィークの横顔を垣間見る。まるで能面のように、まるで疲弊していないかのように動かない表情。まっすぐ見据えられた、瞳。

 

 スペシャルウィークは余力を残して走り抜けていく。常人では達しえない領域、飛行機が低速で不安定になるように、高い技量と速度があるからこそ実現できる速度とパワーを両立した走り。高速度安定域に脚を踏み入れた、悪夢のような走り。

 

 その影は一気に前へと抜けていく。斜度が上がり脚を痛めつけるはずの急坂で。そんな坂など存在しないかのような加速度で。スペシャルウィークが駆けていく。

 

 これがスペシャルウィーク。これが常勝無敗の総大将。これが彼女の走り──! 

 

(その走りは孤高! その姿は荘厳! 最終直線でご一緒できるならば! やはりこれは! またとない至高の2ハロンッ!)

 

 アグネスデジタルの奥底で火花が散る。だんだら坂の上りを蹴りこみ、サイレンススズカの背後に踏み込むように再加速。スリップストリームの加速度を残したまま、サイレンススズカの後ろから離脱する。1レーン右へ────スペシャルウィークの、背後へ。

 

 残り2ハロン。

 

 彼女を背後から眺めるのも悔いはない。それでもそれは……あまりに、惜しい。

 

 ならばアグネスデジタルが取るべき選択はただひとつ。

 

「その道行、お供いたしますぞっ!」

 

 スリップストリームを乗り継いだ。スペシャルウィークに坂を引き上げてもらう。彼女のかき分けた空気の奥へともぐりこむ。

 

「────ッ!?」

 

 内ラチを走っていたスズカの驚いた顔が見える。息を呑む音が聞こえたような気がした。

 

 それすら置き去りにして、一気に坂を上っていく。赤紫色のセーラー襟を追いかける。四つ葉のクローバーを模した襟飾りが翻る。風になびく尾を追いかける。それに触れられそうなほど近くまで、追いかける。

 

 こんな走りは見たことがない。こんな走りは知らなかった。

 

「はあああああっ!」

 

 声を出して、前へ。余分な力が抜けるからここぞの時に叫ぶのは理に適っていると聞いたのはいつの日か。スタミナにもパワーにも余力のない今こそ活かすべきだ。

 

 それでも、スペシャルウィークは涼しい顔で前を往く。

 

(あなたは……)

 

 その走りは、孤独だ。

 

 その領域に達した者があまりにも少ないが故の、それに比類する存在があまりにも少ないが故の、運命付けられたような孤独。

 

 その孤独に惹かれないと言えば嘘になる。ウマ娘としてだれもが憧れる、文字通りの『最強』としてのウマ娘のありかた、その正解のひとつ。それを体現したスペシャルウィークに憧れないと言えば、嘘になる。

 

 あそこに並び立ちたい。スペシャルウィークが何を見ているのか。スペシャルウィークが何を感じているのか。それを覗いてみたい。

 

 しかし、同時に感じてしまう。

 

(……それが、あなたの望んだ強さなんですか?)

 

 脳のどこかが焼き切れる。音すらかき消え始めた。まずい。限界を迎えつつあるのがわかる。

 

 それでも、それでも。そう頭の奥底で叫んでいる。

 

「────あ」

 

 坂を上り切った。残り1.5ハロン。ゴール板まで残り300メートル。

 

 圧倒的な熱量、身体の中がドロドロに溶けてしまったかのような感覚、全身が止まれと責めたてる。これ以上は危ないと警告する。だれよりも近いところでウマ娘ちゃんたちを眺めるという目的は達しただろうと、理性が囁く。

 

「かひゅあっ!」

 

 確かに、目的は達した。

 

 熱量が危険な域に達している。

 

 9番人気がよくここまで食らいついたじゃないか。全力を出さなかったわけじゃない、ここで諦めたって、先頭をスペシャルウィークが取るのは必然だ。それに抗って何になる。

 

 ────それがどうした、と理性をねじ伏せる。

 

「うひょああああああああああああああああああああっ!」

 

 我ながら悲惨な悲鳴だと思う。それでも前に踏み込んだ。大逃げで残った残りかすのような気力をかき集め、叫ぶ。末脚とは呼べないほどのわずかな加速。

 

 だがそれは、確かに一歩分の間合いを詰めたのだ。その加速度が、わずかにスペシャルウィークの影を大きくしたのだ。

 

 ────距離が詰まった!? 

 

 驚いたのはデジタル自身だ。一生分の鼓動を打ち切らんとするかのように心臓が大きく跳ねる。

 

 差し返せ。まだ届く。跳べ。まだ走れる。

 

 わずかに左へ、彼女のスリップストリームの外へ。加速度を保ったまま、大気の壁に飛び込んでいく。耳に入る風の音の質が変わる。スリップストリームの効果範囲を出た証拠だ。だが、それは出遅れた結果ではない。十分な加速度を得ての離脱だ。自分自身を鼓舞するように叫ぶ。

 

「走れデジタルぅうううううっ!」

 

 加速度が消えていく前に、左斜め前に飛び出した勢いでそのまま前へ、前へ。

 

 いつのまにかラスト1ハロンを切っていた。すぐ前に100と書いてあったであろう内ラチの柵が見え、読む前に後ろに飛び抜けた。

 

 すぐ目の前にゴール板がある。もう届くところにある。スペシャルウィークの方が一歩分速い。

 

 ────飛べ。

 

 何かに背中を押された気がした。自然に前に脚が出る。上体を前に倒すように急加速。おそらくタイミングが味方した。まるで魔法のように飛び出した。トルソーを突き出すように前へ。

 

 ゴール板が後ろに吹き飛んでいく。数歩進んでゴールしたことを理解した。上体を起こして、ゆっくりと減速していく。第1コーナーの半ばまで進んで、なんとか歩く速度まで減速した。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 膝が笑っている。その膝に手を当てて息を整える。オーバーヒートした体を冷やすために汗が後から後から流れてくる。俯いて垂れた髪からも伝って落ちているのではないかと感じられた。実際、まつげから伝って落ちた汗が目に入って痛い。

 

『なんということだ! なんということだ! もつれあうようにゴールしたスペシャルウィークとアグネスデジタル、どちらが先かは判別できません! 先頭ふたりに続いて3着はサイレンススズカ! 4着タイキシャトル、5着ハッピーミークです!』

 

 判別できない? アグネスデジタルは耳を疑った。追いつけた? もしくは、追い抜けた? 

 

 ゆっくりと背を伸ばそうとして、ふらついた。頭の奥で鼓動がうるさい。くらりと身体が揺らいだところを、がっしりと誰かに腕を掴まれる。そのまま肩を借りるような姿勢になった。誰に? と横を確かめる。

 

「おっひょ」

 

 真顔でこちらを見ているのはスペシャルウィークだった。

 

「スペ、先輩……っ!」

「息を整えることに集中して」

 

 感情の乗っていない声に黙り込む。レースの前後でスペシャルウィークと話すのは初めてだ。

 

「デジタルちゃん……!」

 

 まだ息の上がっているサイレンススズカも駆けてくる。笑って──本当に笑えたかわからないが──デジタルは片手を挙げる。

 

『おそらく写真判定となるでしょう。観客席は騒然としながら結果を待っていますが、アグネスデジタルはスペシャルウィークの肩を借りていますね』

『限界を大きく超えた走りだったのでしょうか。脚質的には逃げというよりは差し向きの印象を受けます……あ、トレーナーが走って向かってますね。大丈夫でしょうか。心配ですね』

 

 解説の声が告げたとおり、佐久間が走ってやってくる。スリーピースのスーツを翻してやってきて、アグネスデジタルの前でしゃがみ込んで視線を合わせてくる。

 

「デジタル」

「大丈夫です。さすがに、息がもたない、だけです……」

「でもデジタルちゃん、顔色悪いわ……」

「首、触るぞ」

 

 サイレンススズカの声に佐久間が頷くのが見える。首筋にその手が触れた。佐久間の手が熱い──いや、むしろアグネスデジタルの首筋が冷えているという方がおそらく正解だ。走った直後なのに。

 

 佐久間が人差し指を立てた。反射的にその指先を追うが、ぼやけて見える。

 

「おそらく血管迷走神経反射(  V V R  )だ。10分も横になれば回復するだろうから安心していい。悪いデジタル、救護室まで背負うぞ。スペシャルウィークさん、ありがとう」

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

 四角四面なスペシャルウィークの声を聞いて一瞬驚いた顔をした佐久間だが、すぐにジャケットを脱いでサイレンススズカに預ける。

 

「スズカ、おんぶしたらデジタルの肩にかけてやってくれ」

「わかりました」

 

 佐久間の背に乗ると、ふわりとミントのような香りが鼻をくすぐった。すぐに肩にジャケットがかけられて、そのまま視線が高くなる。慣れない高さだ。

 

「あの、デジタルさん。それから……佐久間トレーナー」

 

 スペシャルウィークがふたりを──少しの空白は、佐久間の名前を首から提げた許可証で確認した故だ──呼び止めた。デジタルが顔を上げる。

 

「また挑ませてもらいます。次は負けません」

「スペ先輩……?」

 

 アグネスデジタルは狭くなる視界の中でそれを聞く。何を言われたか、それが何を意味するか理解できないまま、デジタルの意識は暗転した。

 

 


 

 

『写真判定の結果、1着は2番アグネスデジタル! アグネスデジタルがスペシャルウィークをハナ差で下して安田記念を獲りました! なんという番狂わせでしょうか! 常勝無敗の流星、スペシャルウィークの連勝記録は12でストップ! GI八冠目、皇帝越えは持ち越し! 無敗の流星を撃ち墜としたのはアグネスデジタルです!』

 

 場内に驚愕とどよめきの声が響く中、スペシャルウィークは地下バ道をただひとりで歩いていた。まだサイレンススズカもタイキシャトルも、他のウマ娘たちも上で……ターフでそれを聞いているだろう。しかしそれは、スペシャルウィークにとっては過去の事象の羅列でしかない。

 

「お疲れ様でした、スペ」

 

 呼びかけられたスペシャルウィークは、バ道の真ん中で立ち止まる。彼女の目に映るのは普段通りの陽室琥珀トレーナーだ。喜びも悲しみも見せていない、普段通りの陽室だった。

 

「ひとまず、怪我などはないようで何よりです」

「はい……」

 

 それきり会話が途切れる。どちらともなく再び歩き始めて、地下バ道に足音だけが響く。

 

 地上への出口が見えてきたあたりで、スペシャルウィークがやっと口を開いた。

 

「トレーナーさん。次のレースの予定って、今からでも変更できますか?」

「ええ、もちろん可能ですとも。日程次第、望むレース次第ではありますがね」

 

 スペシャルウィークはまっすぐに陽室の目を見据える。

 

「実力のある方たちが集まる芝のマイルレースならどこでもいいです。あと、できれば1回じゃなくて、2回以上走りたいです」

「なるほど。念のため確認しますが、本当にどこでも構わないのですね?」

「はい」

 

 陽室はその瞳の奥を見据える。

 

「もう一点……いや、聞くまでもないでしょうが」

「何ですか?」

 

 スペシャルウィークが首をかしげる。

 

「ミス・アグネスデジタルに勝利せずとも、中長距離最強の座は守られますが……貴女はそれに甘んじるつもりなどないのでしょう?」

「はい。私の夢は、日本一のウマ娘になることですから」

 

 陽室はじっとスペシャルウィークの目をじっと見つめ、しばらくの後に口を開いた。

 

「大変結構。来週出発しましょう。……フランスへ飛びますよ、スペ」

「わかりました」

 

 その言葉と共に、彼女は一歩を踏み出した。





 こちら完全なる作者の余談ですが、7月30日の新潟5Rメイクデビューで上がり31秒4が出たそうで……競馬場(レース場)や距離の違いこそあれ、会長スペを現実の馬が超えていきました。事実は小説より奇なりとはよく言ったものですね。作中の展開も含めて運命的なものを感じます。



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アグネスデジタルは逃走したい

「勝っちゃいました、勝っちゃいましたよどうしましょぉおおおお!」

 

 東京レース場の出走者控え室──今回はチームスピカで大部屋一室を押さえていたのだが、そこにアグネスデジタルのあわてふためいた声が響く。勝負服のまま勝利後の記者会見があるため、まだ着替えることも許されていない状況だが、彼女はそんなことを気にする余裕もない。部屋の中央をくるくると8の字を描くように回りながらあたふたしている。

 

「さっきまでぶっ倒れてたのに元気だなお前」

 

 これが若さか、と羨ましそうにパイプ椅子に腰かけた沖野が呟く。

 

 アグネスデジタルはかれこれ数分前まで救護室で横にされていた。とはいえ佐久間の見通しは正しく、血圧がすぐに回復し吐き気などもなくなったので控え室に戻ってきたのだが、その途端にこれである。

 

「左回りのスズカの次はエンドレスエイトのデジタルか……」

「いや、なんなのさそれ」

 

 ゴールドシップのボケにトウカイテイオーがなんとか突っ込むが、それに続く声はない。そのサイレンススズカも先ほどまで本当に左回りをしていたため、部屋に揃っているスピカの面々も、トレーナーの沖野までも突っ込むことができていない。

 

 仕方なく、佐久間がアグネスデジタルの肩を押さえつけるようにしてストップさせた。

 

「落ち着けデジタル。病み上がり直後でテンションを上げるな。また倒れられてもかなわん」

「どうして落ち着けるんですか! 落ち着けますか! なんでそんな落ち着いてるんですか!」

「いや、普通にデジタルが全力を出せれば余裕で1着は取れると思ってたから、まあ予想通りというか」

「へぁっ!?」

 

 アグネスデジタルの尻尾がほぼ真上に跳ねた。

 

「そ、そういうことは出走前に言ってくださいよ!」

「いや、言ったらお前絶対慢心するしそれで勝てなかったらこっちも恥ずかしいしさ」

「とか言いつつ、俺に喧嘩売ったのはどこのサブトレーナーだったっけか?」

 

 沖野が茶化すが、佐久間は肩をすくめるに留める。

 

「慢心、慢心か。確かにお前の言うとおりだ、佐久間。まったく、大逃げかましたスズカをまともに捕らえられる奴がスペシャルウィーク以外にいるかもしれないと頭ではわかっていても、俺はまともに考えてこなかった。今回はスズカの逃げ足を活かしきれなかった()()作戦負けだ」

 

 やたらと『俺の』を強調するのは、部屋で所在なさげに歩き回っているサイレンススズカに聞かせるためだろう。アグネスデジタルが心配そうに佐久間を見上げた。

 

「えぇ、今回は()()()()()作戦勝ちです。今回のデジタルの戦法は、全員が初見だったからこそ通用した部分も少なからずあります。スズカが大逃げに出ることはほぼ確定事項でしたし、そこで今まで差しか先行でしか戦ってこなかったデジタルが追いかければ見逃してもらえる可能性が高かった。だからそこに向けて調整ができた。ですが、次はないでしょう」

 

 だからこそ、とアグネスデジタルを見ながら佐久間は続ける。

 

「次はまた違う戦略で挑むことになるでしょう。また勝てるように手を尽くし、また全力で挑ませていただきます。またあなたの胸をお借りすることになりますが、きっとまた違う形で、それでも、もっと良い勝負にしましょう」

「……だな」

 

 沖野が溜息を吐いてから笑った。

 

「次も易々と取らせるつもりはないぞ。スカーレットももっと伸びてくる」

「えぇ、次回もねじ伏せられるようにデジタルをしっかり鍛えることにしましょう。……まずは、このあがり症を治すところからですかね。向こう見ずに興奮する癖を治さないと、この先毎回ゴールの度に倒れますよ」

 

 うっ、と大袈裟にショックを受けたようにリアクションをとるアグネスデジタル。彼女が倒れかけた原因について、救護室の見立てでは……というより素人が見てもそうなのだが、彼女が倒れたのは単純に『興奮して頑張りすぎた結果』だ。ゴールして運動を止めた瞬間に、心拍数を元に戻そうと副交感神経が強く働きすぎて、脳の血流量が低下したのだ。

 

「気をつけまーす……」

「ならデジタル、早速荒療治だが、そろそろ会見場に移動するぞ」

「待ってください、まだ準備がっ……!」

「待たない。持ってくのは携帯ぐらいで良いだろうが。そのままの格好でいいから来い。お前のケアの関係で、記者会見の順番をわざわざスペシャルウィークと入れ替えてもらったんだから」

「わかってますけど、心の方の準備が……っ!」

 

 だだをこねるアグネスデジタルをせかすようにして部屋を出る。部屋を出ると覚悟が決まったのか、彼女は急におとなしくなった。

 

「まぁ、出たとこ勝負でやるしかないし、フォローアップもするから落ち着いていけ」

「トレーナーさんは強引ですね……それで、あたしが勝つって思ってたのは本当なんですか?」

「負けると思ったレースに出させるわけがないだろう。そのための2週間だったからな」

 

 佐久間はそう言いつつスーツのジャケットの襟を正す。アグネスデジタルに「行くぞ」と声をかけ、先導するように歩き出した。

 

「とはいえ、沖野チーフが言っていたとおり、今回は『作戦勝ち』だ。課題もたくさん見えてきた。これを『奇跡』と呼ばせないように、これからねじ伏せていく必要がある」

「ねじ伏せるって……これからずっとウマ娘ちゃんたちに勝ち続けろってことですか?」

「そうだ。お前も全力で走ったように、今日はお前以外の11人も死力を尽くしたはずだ。だからこそ、勝者には勝者の責任がある」

 

 佐久間はスタッフ用のIDカードを首に下げ、アグネスデジタルを連れて関係者エリアに入り直す。廊下はいろんな人が行き交って賑やかだ。警備員にURAスタッフ、廊下を区切っている鎖が垂れたポールの向こうでは記者たちが電話などで大忙しだ。

 

「前に立つってのはそういうことだ。上に立つってのはそういうことだ。いつか誰かが追い落としてくるその日まで、目標として走り抜ける義務を負う。お前の言う『ウマ娘ちゃんのそばに行く』というのは、同時にトップクラスのウマ娘としての責任を他の子たちと共に負うってことだ」

「それは……前も聞きましたし、覚悟はできてるつもりです」

「ならいい。だとしたらお前はこの先も勝っていける。デジタル」

 

 軽く頭を撫でてから佐久間は重たそうな扉を開けた。

 

「それでは、記者クラブの皆様からの質問を受け付けますので、スペシャルウィークさんと陽室琥珀トレーナーに質問のある方は挙手をお願いいたします。こちらの方で指名いたしますので、所属会社とお名前に続けてご質問をお願いいたします」

 

 少しざわつく屋内を見回すことはできない。ステージ横の裏側で、パーティションによって目隠しがされているからだ。アグネスデジタルが慣れない様子でそこに入ってドアが閉められると同時、司会役を務める駿川たづなの指名が入った。

 

「暁日新聞社の柳です。今回のスペシャルウィークさんの2着について、陽室トレーナーから先程『作戦負け』との発言がありました。それは具体的にどのようなものだったのでしょうか。できればスペシャルウィークさんからもお願いします」

 

 低い男性の声。すぐに、ブツンとマイクの入るノイズが聞こえた。スペシャルウィークの「えっと」と戸惑うような声があり、すぐにすらすらと答え始める。

 

「スズカさんの後ろから私の後ろに乗り換えられると思っていませんでした。アグネスデジタルさんにはもうスタミナは残っていないだろうと考えていました」

「スリップストリームはミス・アグネスデジタルにとって有効に働いたことでしょう。また、クラシック期のウマ娘ゆえにミスの基礎的な身体能力は未だ低いとの認識をチームは共有していましたし、それは紛れもなく事実でしたが、低く見積もりすぎた部分があることは否定できません。一方で個人的な感想として、データ面から見れば本レースがある種の外れ値であったのではないかとも現時点では考えています。チームとしての公式見解は後日発表とさせていただきます」

 

 トレーナーから飛び出した『作戦負け』の言葉、アグネスデジタルもこの数十分で何回も聞いた言葉だ。『奇抜な作戦が、たまたま通った』。それが今回のすべて。そう思われているのだろう。

 

「加えて、ミス・サイレンススズカと付かず離れずの距離を保ち続け、スペ以外に後方から差されることを許さなかった点についても驚嘆に値します。ミス・アグネスデジタルの小柄さ、そして観察眼が有効に働いた結果でしょう。これらを見落としていたという点で、トレーナーである私の落ち度は疑いようもありません。今回の敗戦についての責任は私にあります」

「ご回答いただき、ありがとうございます。確認なのですが、実際アグネスデジタルさんの作戦は想定外のものだったということですね?」

「その通りです。加えて、これは私情ですが……スペに伍するウマ娘が、ミス・ナリタブライアンやミス・シンボリルドルフだけでなかったことに私は大変安堵しています」

 

 ひゅー、と小さく口笛が聞こえる。アグネスデジタルが音の方を見ると、横に立っている佐久間が面白そうに口笛を吹いたようだった。

 

「喜べデジタル。今や三冠の怪物や皇帝と同列だぞ。大出世だ」

「素直に喜べますか! これが!」

 

 周囲に聞こえないように、可能な限り小声で反抗するも、佐久間はどこ吹く風だ。

 

「月刊トゥインクルの乙名史(おとなし)です。本日のレース、大変心躍るものがありました。今後ともスペシャルウィークさんの走りを追いかけていければと考えておりますが、次はどのレースに出走されるのでしょうか。もしすでにお決まりでしたら、お答えください」

 

 今度の質問は聞いたことのある声だ。たしか、前に密着取材と称して佐久間とアグネスデジタルに丸一日張り付いていたことのある女性記者だ。

 その質問を受けて、マイクを取ったのはやはりスペシャルウィークだ。

 

「……フランスに行きます」

 

 スぺのあまりにも唐突な海外渡航宣言に、会場が一気にざわつく。

 

「ええと……それは凱旋門賞に狙いを定めるということでしょうか。5月の時点では、今シーズン中の海外遠征はないと仰っていたように記憶していますが……」

「私から補足させていただきますが、凱旋門賞への出走は想定しておりません。安田記念はデスティナシオンフランスの対象レースですので、これを利用してジャック・ル・マロワ賞とムーラン・ド・ロンシャン賞に出走するため、来週にはフランスへ渡航します」

 

 陽室からフォローが入っても未だに騒然とする記者たち。そんな中、最初に持ち直したのは乙名史記者だった。

 

「デスティナシオンフランスというのは、つまり……」

「当然ご存知のことでしょうが説明させていただきますと、URAの実施する指定競走の上位入着ウマ娘に対して、フランスクーリエが実施する指定競走への優先出走権が付与されることになっており、その対象レースのシリーズがデスティナシオンフランスです。対象レースは安田記念及びヴィクトリアマイル。どちらかで3着以内に入ったウマ娘には、ジャック・ル・マロワ賞及びムーラン・ド・ロンシャン賞への優先出走権が付与されます。この双方のレースに出走することを現在時点で予定しております」

 

 アグネスデジタルが口をパクパクとしてステージの方を指さした。言葉を絞り出すのも難しいといった様相だ。その間にも記者会見が続く。

 

「そ、その両レースは……」

「どちらも芝1600m、マイルのGIレースです。昨年にはURA所属のミス・タイキシャトルがジャック・ル・マロワ賞を勝利しておりますので、日本においても一定以上の知名度はあるものと認識しておりますが」

 

 タイキシャトルが取ったと聞いて、アグネスデジタルの顔が青ざめる。そのレースは『世界に名を轟かせた』などと盛大に書かれてはいなかったか。

 

「えっと、トレーナー? もしかして、もしかしてですけど、マイルレースで負けたから海外で武者修行するよとか、そういう感じです……?」

「武者修行の先が国際重賞の最上位も最上位だ。どっちもフランスのマイルレース最高峰だぞ。というよりも世界最高峰のマイルレースだ。()()()()()()()()()

「エット、ワタシタチ、ソンナスゴイレースニ、デテタンデスカ?」

「なにを今更」

 

 佐久間は笑って続けた。

 

「ちなみに去年の国際GIレーティングだと、マイルレースでこれより重く位置づけられたのはイギリスの『クイーンエリザベス2世ステークス』ぐらいだ。……まったく、やってくれるぜ陽室トレーナー。この後に俺たちが会見するとわかってて爆弾放り込みやがった」

 

 獰猛に笑う佐久間を見つつ、アグネスデジタルはやっと状況が飲み込めつつあった。そこに追い打ちを掛けるように記者から質問が飛ぶ。

 

「極東スポーツの北条です! 海外遠征の予定はなかったとお伺いしておりました。そのなかで急に海外の、それもこれまで優先してこなかったマイルレースに出走されるということは、アグネスデジタルさんとの再戦を見据えてのものなのでしょうか?」

「私は、負けたままでいるつもりはありません」

 

 スペシャルウィークが間髪入れずに答える。ふらついたアグネスデジタルを佐久間が支えた。

 

「これまで私はあまりマイルで走ってきませんでした。それでも、やっぱりアグネスデジタルさんにはマイルで勝ちたいと思っていますし、もちろんそれ以外のレースでももう一度戦いたいです」

「常勝無敗の三冠ウマ娘にひとつ黒星が付きました。この借りを返したいとスペが言う以上、私は全力でそのサポートをするのみです。秋には日本へ帰ってくることになるでしょう」

 

 ────秋。

 

 ここで『秋には』と言った場合に、これを単なる季節のことだと思うトゥインクルシリーズ関係者はいない。それが意味するのはただひとつだ。

 

「つまり、秋の天皇賞までには戻ってくるということですね?」

 

 その答えを、記者が改めて問いただした。

 

「春秋連覇はひとつの悲願でもあります。そこでミス・アグネスデジタルと彼女のトレーナーに対峙することとなれば、スペにとっても私にとっても望外の喜びです」

 

 それを聞いた佐久間が鼻で笑った。

 

「総大将から直々に宣戦布告だぞ、どうするデジタル。乗るか、反るか」

「反るって言ったらどうなるんです……?」

「無理矢理乗せられるだけだな。行くぞデジタル、勇者の凱旋と洒落こもうじゃあないか」

 

 記者会見が終わり、陽室とスペシャルウィークが舞台袖へと降りてくる。すれ違う刹那、アグネスデジタルに対して、陽室がパチンとウインクをしてみせた……ように見えた。

 

「続きまして、本日1着を飾ったアグネスデジタルさんと、そのトレーナーの記者会見となります。アグネスデジタルさんと佐久間トレーナーはご登壇ください」

 

 たづなに促され、数段の階段を上がる。ふたりを強烈なフラッシュが出迎えた。



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アグネスデジタルは発言したい

「トレーナーはさ、知ってたの?」

 

 ダイワスカーレットに聞かれ、沖野は小さく首を横に振った。

 

「いや、知らなかった。佐久間がひたすらにスズカの練習やレースビデオ、それからスペシャルウィークのレースビデオを見まくってたのは知ってたし、テイオーたちを使ってコーナーやゴール前の動きとかを重点的にやってたのも知ってる。だが、それについてはお前らも見てただろう」

 

 ダイワスカーレットはそれには答えられない。確かにその様子を見ていたのもあるが、トウカイテイオーたちの後ろを進むトレーニングは『先行や差しで足を温存しながらスタミナを残すトレーニング』だと思っていたのだ。

 

「まさか、あれがスズカさんについていくためのトレーニングだったなんて……」

「デジタルちゃんの走り、かなり……怖かったんです」

 

 サイレンススズカが呟くようにそう言った。彼女がこういう場面で弱音を吐くこと自体が珍しく、皆の注目を集める。

 

「怖かった? あのデジタルが?」

「まぁオタクモード全開の時は怖いことはあるが、レース場ではかっちりきっちりするよな、あいつ」

 

 ウオッカとゴールドシップが半分茶化すように──もう半分は場が暗くなりすぎないように──そう言うと、こくりと頷くスズカ。

 

「400メートルでも600メートルでも……ずっと同じ位置に、いるんです。デジタルちゃんが。気のせいだと思ったんです。けれど1200メートルで振り返って、ぞっとしたんです。デジタルちゃんは距離を詰めもせず、離れることもせず、そこにただ()()んです」

「上がり3ハロンで妙に速度が落ちたのはそれか」

 

 沖野の声にこくりと頷くサイレンススズカ。そこから先はスピカの面々も直接見ていたからわかる。末脚でスペシャルウィークが彼女を抜き去るのと、アグネスデジタルが最後のスパートを掛けるのがほぼ同時、スペシャルウィークのスリップストリームで吸い寄せられるように前に出たアグネスデジタルがその勢いで横並びになり、ゲート板を駆け抜けた。

 

「これほどデジタルを側でずっと見てきたスピカでさえも、デジタルの眼と実力を甘く見ていた。……甘く見た相手に勝てる訳がない。すまなかった、スカーレット、スズカ。今回は完全に俺の指導ミスと作戦ミスだ。次は負けんぞ」

「当たり前でしょ。ここで終わるわけにはいかないわ」

「はい……トレーナーさん……!」

 

 反省会の最中で、控え室の古いブラウン管テレビがチカチカと光った。カメラのフラッシュの光を画面が映している。それを見て、ゴールドシップがテレビの音量を上げる。

 

「デジタルの会見始まるみたいだぞ!」

 

 カメラのフラッシュが光る中で出てきたのは、ほぼ黒に近いスーツ姿の佐久間とその後ろを右手と右足を同時に出しているアグネスデジタルだ。それを見たウオッカが口元を押さえて肩をふるわせている。

 

「あいつ、完全にお遊戯会の行進になってる……!」

「大人の相手は慣れてる方だったはずなんだがなぁ、デジタル……」

 

 沖野のフォローが会場のアグネスデジタルに届くはずもなく、佐久間のサポートを受けて椅子に腰掛けると、そのまま記者会見が始まった。

 

『それではアグネスデジタルさんの記者会見を始めさせていただきます。まずはアグネスデジタルさんと佐久間トレーナーから一言いただけますでしょうか。では、アグネスデジタルさんから』

 

 たづなに指名され、わたわたと両手でマイクを持つアグネスデジタルが大写しになる。

 

『えと、アグネスデジタルです。皆さん応援ありがとうございました……。その、なんというか、まだあまり実感が湧かないというか……スペシャルウィーク先輩やスズカ先輩、スカーレットちゃんと走って、まだ勝ったという感じがしていないです。正直、私個人としては勝てるとは思ってなかったので……えっと、何を言えばいいのか……』

 

 そう困って佐久間の方を見る。佐久間は笑って自分用のマイクを取り直した。姿勢は半分彼女の方を見るように斜めに座っているので、アグネスデジタルと会話しているようにも見える。

 

『彼女のトレーナーとしての意見となりますが、今回の勝利は、デジタルの観察眼の鋭さ、正確無比なレース運びを可能にした場のコントロール能力によるものであると考えております。大逃げ戦略をとったサイレンススズカに対し、一番冷静に対処できていたからこその勝利であると存じます』

「うっはぁ。デジタルベタ褒めじゃない……」

 

 ダイワスカーレットが半分引くように感想を述べれば、だな、と沖野も同意した。会見場では立て続けに入る指名を無視した割り込みの質問にたづなが四苦八苦しているのがうかがえる。

 

『日刊デイリーの水元です!』

「日刊デイリーってなんなのさ」

 

 半目になったトウカイテイオーが媒体名に突っ込みを入れると、ゴールドシップは面白そうに笑った。

 

「チゲ鍋みたいなもんだろうなぁ……」

『スペシャルウィークさんと陽室トレーナーは先程の会見でアグネスデジタルさんがスリップストリームを使われていたことを指摘されていましたが、それは本当なのでしょうか』

『えっと……はい、その……一番走りやすいところを走るなら、そこになったので……えっと、と、トレーナーさん?』

『……スリップストリームを積極的に活用するように指導したのは事実です。デジタルを見てもらえればわかる通り、彼女はかなり小柄でその恩恵を最大限生かすことが可能です。特に今回は先行、差し含め実力があるメンバーが揃っており、前方をブロックされた場合、現時点のデジタルでは前に出ることが厳しくなるだろうというのは見込みが立っていたので、逃げの面々についていけるだけついていけと、この子と話してはいました。……陽室トレーナーの言葉を借りるなら《作戦勝ち》を可能にしたデジタルの実力が掴んだ勝利と言えます』

 

 そんな会話が続く中、クスリと笑ったのはサイレンススズカだ。

 

「デジタルちゃん、上がっちゃってますね……」

「まぁ、本人は本当にうまくいくとは思ってなかったんだろうな。実際……今日の走りを見るまでは俺も信じてなかったよ。この2週間でスリップストリームをここまで使いこなせるようになるなんてな。……そのあたり、一番知ってるのはテイオーだろ。ずっと並走してたよな」

「もー頭バクハツするかと思ったよー。周回するたびに集合、ビデオを見ながら反省会、走ったら反省会。1時間で4回もやるんだよこれ、意味わかんないもん。ウーダループがどうこうとか言ってたけど、もうボクにはさっぱり」

 

 机にぐでっと突っ伏したトウカイテイオーがそう言って手をひらひらと振った。その間にも会見はアグネスデジタルがどんな戦術を取ったのかなどに話が続く。

 

「でも確かに、デジタルがスタート直後にアタシの前にしゃしゃり出てきたとき、やたらと速かったのよね。ついてきた時点で驚いたのもあるんだけど、アタシでもスズカさんに追いつけないって思った瞬間に、横をするりと音もなく抜けていったというか、いつのまにか前にいたというか……」

「実際、スカーレットが掛かってたんじゃないのか?」

「うっさい!」

 

 ウオッカの茶々にげんこつが飛び、それを躱したウオッカが意地悪く笑う。

 

「だが、スカーレットにしては落ち着きがなかったのも確かだ。……デジタルが前に出ることを、お前も考えてなかったんだろう?」

「そう言うトレーナーはどうなのよ」

「先行組の先頭を行くかもしれない、ぐらいは考えてたさ。それでもデジタルのスタミナでは、逃げについてきてトップを維持するのは無理だと思った。だからデジタルが大逃げをかましたときに、トレーナーたちは声を上げて驚いたんだよ……不気味に笑ってる佐久間と、それでもスズカとまとめて追い抜けると思ってたであろう陽室トレーナー以外はな」

 

 サイレンススズカが不安そうに沖野を見る。

 

「佐久間にデジタルの強さを聞くと『デジタルの脚質は確かに有利ですが、それ以上に頭の回転がずば抜けて速い。動きのひとつひとつの意味を理解して動かせる頭の良さがあります』と笑っていた。……その証明がこれだ。よく見ておけ、スズカ、スカーレット、ここから先マイルで勝つには()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぞっとするような声で沖野に言われ、ダイワスカーレットが唾を飲み込む。その合間にもテレビは記者会見の様子を伝える。

 

『週刊ウイークリーの四月一日(わたぬき)です。つまりデジタルさんが幸運な勝利を掴むための筋書きを書いたのは佐久間トレーナーということですね?』

『……大変申し訳ありませんが、質問の意図がわかりかねます。もう一度お願いできますか』

「週刊ウイークリーってなんなのさ」

「サハラ砂漠みたいなもんだろうなぁ……」

 

 数分前にしたやりとりがリフレインする中、記者が改めて質問をする。

 

『先ほどの話では、スタミナ等の関係でシニア期の面々には真っ当な手段で勝てない以上、勝てる作戦を吹き込んだと────』

『結構。ではご質問にお答えします』

「あーらら、あの記者あいつの地雷真上から踏んだぞ」

 

 他人事のような沖野の声がした。彼は既に画面から目をそらし「もう知らない」の態勢だ。

 

『まず、認識の齟齬が2点あるようですので、訂正していただきたい。1点目、まず作戦の立案は私ではない。デジタルも共に考えた作戦で、最終的に走るのはデジタルです。そのすべてをトレーナーが決められると思うほど私は傲慢ではない。2点目、デジタルがシニア期の面々に真っ当に勝てないとは言っていないし、誰にも言わせるつもりもない』

『あの、トレーナー……? トレーナーさん……?』

 

 壇上のアグネスデジタルがさすがにマズいと思ったのかマイクを通して疑問を投げかけている。控え室の面々も同じ気持ちだ。

 

「これ記者会見……だよな?」

 

 ウオッカが画面を指さしながら振り返る。両手を空の方に向けて肩をすくめるゴールドシップと目が合った。

 

『そのうえで今質問された記者さんに──あぁ、週間ウイークリーの四月一日(わたぬき)さんでしたね、こちらからも質問させていただきたい。あなたは我々の勝利が真っ当な手段によるものではないとお考えですか?』

『それは……』

『答えにくいなら言い換えましょう。私はあなたの発言をアグネスデジタルが安田記念の勝者としてふさわしくなかったと弾劾する意図をもって発言されたものと認識したが、よろしいか?』

 

 しばらく記者のもごもごと口ごもるような間が開いた。それを真顔で微動だにせずに待ち続ける佐久間と、その横でおろおろしているアグネスデジタルが画面の奥に見える。

 

「佐久間トレーナーって……本気で怒ると怖いんだな……」

「大人を怒らせるとおっかないぞ、ウオッカ」

「はちみーおごってもらったの、ありがとうってあとでちゃんと伝えとかなきゃ……」

 

 控室で佐久間の株が上がったり下がったりしている中、ようやく記者が答えをひねり出した。

 

『いえ、私の意図としてはアグネスデジタルさんが奇跡の勝利を幸運で手にした────』

 

 大きな物音でその先を聞き取ることはできなかった。佐久間がほぼ反射的に立ち上がり、アグネスデジタルをかばうように身を乗り出す。その物音を引き起こした犯人が乗り込んできた。

 

『去年、私の走った日本ダービーを見てくださっていましたか?』

「……マジかよ、やりやがった」

 

 ゴールドシップですら呆けた顔でそう呟いたが、それも当然だ。カメラが映し出しているのは、マイクを持ったスペシャルウィークの姿。彼女の眼は燃えていた。おそらくほぼ全ての人間が初めて見るであろう、激しい怒りに燃えていた。

 

『日本ダービーは最も幸運なウマ娘が勝つレースだと、そう言われています。ですが、本気で幸運なだけのウマ娘が勝つとお思いでしょうか。逃げに逃げた私が掴んだ去年の勝利も、その私にハナ差まで迫ったウマ娘の意地も、ただ幸運の上のみに成り立ったとお思いでしょうか。……これまで日本ダービーを勝ってきた、日本ダービーを戦ってきた全てのウマ娘に、同じことが言えますか』

 

 その問いに答えられる者はいない。答えを出しうるものはいない。少なくとも、スペシャルウィークの反語に否と言えるものは──そのレースを走った者は、会見場にはいない。

 

『同じことが今日のレースにも、他のどんなレースにも言えると思います。レースから運は切り離せません。けれど、レースは運だけで決まるものではないんです。それを踏まえて……何か、()()()()()()()()アグネスデジタルさんに申し上げたいことはありますか』

 

 会場が静まり返った。その最中、スペシャルウィークを追ってすたすたと出てきた陽室が佐久間のマイクを横から分捕った。

 

『……この際ですので、私からもひとつ申し上げておきます。貴方はミス・アグネスデジタルが幸運にも勝利したと仰りましたが、ウマ娘が幸運で勝利したか否かを遠い場所からそこまで適切に見極められるようでしたら、記者会見場になどいらっしゃらずとも、レースの勝敗予想記事を書くのみで不自由しない生活を送れるのではないでしょうか。当然ご存知ないのでしょうが、真摯な取材を行うというのは難しいものですからね。苦手ならば避けるに越したことはありません』

『……次の質問に移らせていただきますので、登壇者のみなさまはマイクを置いてください。登壇者以外の方からの回答はお控えください』

 

 半分怒りが滲むたづなの制止が入った。マイクを返すタイミングで佐久間に対して何か呟いたらしい陽室が壇上を去り、それにスペシャルウィークが続き、やっと会見が再開される。

 

「なんつーか、大変なんだな、スペ公に勝つのって」

 

 ゴールドシップの総括が、その場の感情を代表していた。



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アグネスデジタルは生還したい

「本当に! なんで! メディアに! 喧嘩を! 売るんですか! 特にトレーナーおふたり!」

 

 会場から出るや否や、いかにも『怒ってます』という様子でほほを膨らませた駿川たづなの怒声が出迎えてくれた。

 

「いや、少なくとも私には怒る権利がありますし、デジタルが侮辱された以上は黙るわけにもいきません」

「スペを止められなかったのは私の落ち度です。しかし全力疾走で飛び出したスぺをたかがヒトの私が止められると本当にお思いですか、ミス・駿川?」

 

 ふたりから揃って『次もやります』宣言に等しい回答が返ってきて、本当に頭を抱えるたづな。

 

「えっと、あれってあたしが侮辱されてたんですか?」

「お前はもっと怒ってもいいんだぞ。運だけで勝てるほど甘い勝負じゃなかっただろう。それに運に負けるような育て方はしてないつもりだぞ」

 

 アグネスデジタルの頭を撫でながらそう言う佐久間。その様子を見て、たづなは盛大に溜息を吐いた。

 

「こちらとしても事情は汲みますが……ともかく、次回からはもう少し穏当にお願いします。トゥインクル・シリーズもメディアあってのものなんですから」

「ですが週刊ウイークリーなどという週刊誌は聞いたことがありません。あれほど低レベルな仕事しかこなせないのならば、いっそ離れていただければ丁度良いかと思いますが」

「週刊ウイークリーは結構な老舗ですよ、陽室さん……」

「これは失礼。スポーツ関連は日刊デイリーと月刊トゥインクルしか定期購読していないもので」

 

 全くこの人は……とたづなが引き気味に呟く声が聞こえる。スペシャルウィークもこれには苦笑いだ。

 

「でも、デジタルさんもごめんなさい。記者会見に乱入しちゃって……」

「いえいえいえいえこちらこそ変な会見を見せてしまいいろいろとお見苦しいところをお見せした次第でありましていろいろ助かったというかスペ先輩のそういうところが見れて感謝感激といいますかそんな凛々しいご尊顔を間近で拝見できたことでこの一生一片の悔いもなく昇天できそうな勢いでありまして」

「はいそんな一気に語らない!」

 

 佐久間にストップをかけられ、はっと口を閉じるデジタル。佐久間の方を見上げると、彼はアグネスデジタルの方ではなく廊下の奥にその視線を向けていた。

 

「お前の処世術はなんだった?」

「ウマ娘ちゃんへの不必要な干渉はノーセンキュー!」

「よろしい。とりあえず落ち着け、ここはまだ廊下だ。積もる話もあるだろうから、いったん楽屋に引くぞ。……陽室トレーナーも、それでよろしいですかな」

「ええ、勿論です。ミスター・佐久間」

 

 佐久間は奥へ進む面々を見送りつつ、アグネスデジタルの横をゆっくりと歩き出す。それに速度を合わせてきたのは陽室だった。

 

「これはただの知的好奇心からの発言なのですが、ミスター」

 

 成人女性にしては相当低い位置から──珍しい程に陽室の背が低いのが主な原因なのだが──そう声をかけられ、佐久間は目を細めた。

 

「以前……おそらくは数年ほど前にお会いしたことがありませんでしたか? 何度お目にかかっても、妙な引っ掛かりを拭えずにいるのです」

「……残念ながら記憶にない。そんな昔のことは忘れていてね」

「そうですか。昨日の事を尋ねた訳ではないのですが」

「さすが元俳優さんだ」

「『君の瞳に乾杯』とは言ってくださらないのですか?」

「生憎出国ビザの持ち合わせはなくてね」

 

 その会話が耳に入ったのか、アグネスデジタルが怪訝な顔で佐久間を見上げる。

 

「トレーナーさん?」

 

 佐久間は前を見て歩けとジェスチャーで伝えつつ、陽室とたづなに一瞬だけ視線を向けて、すぐに視線を周囲に戻した。

 

「それともあれか、『新しい友情の始まりだな』とでも言っておけばいいのか」

「なるほど。ボガート気取りとはなかなかプレイボーイですね」

「君だってイングリッド・バーグマンじゃないだろう」

「コンラート・ファイトと言われるよりはマシですね。どうも」

「陽室さんにジョーカーは似合いませんもんね」

 

 たづながそう言って会話に割り込み、いたずらっぽく笑った。

 

「おや、ミス・駿川に映画鑑賞の趣味がおありとは。少々意外でした」

「ふふっ、家の関係で名作どころは見てますよ」

 

 スペシャルウィークの隣を歩きながら、たづなは身体をくるりと回した。後ろ歩きをしつつ首をかしげる彼女は、笑顔を保ったまま続ける。

 

「私がルノー署長役に立候補するって言ったら、佐久間さんは認めてくださいます?」

「冗談は止してくれ」

 

 佐久間は辟易とした様子でそう返したが、いきなりの痴話喧嘩じみたやりとりにアグネスデジタルがじとっとした視線を佐久間に向けた。

 

「……トレーナーさん?」

「誤解だ」

 

 佐久間は腕時計を見ながら──正確には、時計を鏡代わりにして斜め後ろを確認しながら──そう諫めた。

 

「それより前向け前。……デジタル、今振り返るなよ」

「ミスター、それからミス・駿川にも、答え合わせがてらにもうひとつ質問させて頂きたいのですが……おふたりとも、ストーカーに心当たりは?」

「知らん」

「ありません」

「さっきから皆さん、私たちを放ってなんなんですか!」

 

 アグネスデジタルの抗議と同時、佐久間が強く地面を蹴り、瞬間的に背後を振り返った。その動きに合わせるような形で、陽室とたづなが生徒ふたりを庇うような位置に立つ。

 

 直後。

 

「うああぁぁぁぁああ!」

 

 叫び声が響き、続いて誰かが飛び出してくる。

 

「────よし、その物騒なものを置くんだ。そのまま突っ込んできたところで、ウマ娘の速度には追い付けないぞ」

 

 佐久間が廊下の数メートル向こうに立っている影と対峙していた。

 

「えっ……なにあれ、撮影……?」

「うそ……」

 

 何が起こっているのかわかった者から悲鳴を上げて逃げていく。悲鳴を上げずにキョトンとしているのはアグネスデジタルのみで、それ以外にはせいぜい遠巻きにスマートフォンを構える者がいる程度だった。

 

「逃げろっ、刃物持ってるぞ……!」

 

 廊下の角でスーツ姿のURAスタッフが叫ぶのが聞こえる。肩口を刃物で切られたか、あるいは刺されたかしたのだろう。首から提げた入構許可証からは血が滴り、彼が身体を預けた壁には赤い斑な模様が残っている。

 

 佐久間はそれを一瞥し、目の前に立つ影に――警備員姿の男に視線を戻した。

 

「本気にしてはナイフの角度が悪いな。殺す気でいるのなら、もう少し腕を下げて手首を捻った方が良い。下から突き上げるようにしないとバイタルゾーンには届かないぞ。肋骨に当たっては痛いだけだからな」

 

 佐久間は乱入者に対してそうおどけたように言いつつも、半歩足を前に出していた。

 

「お前さえいなければ……お前らさえいなければ……」

 

 ぶつぶつとした呟きが聞こえる。佐久間と対峙している男は確かに警備員の制服こそ着ているものの、手に光る何かが異質だ。……それが血にまみれたナイフだと気が付いた時点でアグネスデジタルの力が抜けた。逃げなければいけないという思考だけは働くものの、足に力が入らない。

 

 そんな彼女を見て、陽室があまり口元を動かさずに呟く。

 

()()()()()()()()

「Vous l'emmenez vers les escaliers au-delà」

「......C’est entendu」

 

 佐久間が英語でも日本語でもない言語で何かを呟いた。陽室もそれに答え、続けてウマ娘ならば聞こえる程度の声量で囁く。

 

駿()()()()()、デジタルをお願い。スペは駿川秘書官に続いて走りなさい。……逃げるわよ」

 

 陽室の言葉と同時。

 

「お前らさえいなければ、スペシャルウィークは、もっと輝けたんだああああああ!」

 

 男がナイフを腰だめに構えて突進してくる。佐久間はアグネスデジタルと男の間に体を振り入れ、わざと大きく音を立てるように一歩踏み込んだ。彼はそのまま両手首をクロスさせ、相手の手首の上に叩き落とす。上に突き上げるようにナイフをふるおうとした男の腕の動きがそれだけで削がれ、佐久間の腹にナイフが突き刺さることを回避した。

 

 そこまで見届けたアグネスデジタルの視界がぶれる。緑色のジャケットが視界の端にちらついた。佐久間の影が急速に遠くなっていく。

 

「武器を放せ! 三つ数えるうちに放せ! さもなくば腕をへし折る!」

 

 そう叫びつつ、相手を地面に組み伏せた佐久間の影が壁に遮られて見えなくなった。そこからさらに進んだ先にある階段の踊り場でやっとたづなに降ろされたが、佐久間の怒声はここまで届く。

 

「3! 2! 1! 勧告終了!」

 

 直後、男の絶叫が廊下に乱反射した。

 

「え? なんで? なんで襲われてるんですか? トレーナーさんは!?」

 

 アグネスデジタルはまだキョトンとしたままだ。隣にいるスペシャルウィークに視線を向けてみるが、彼女も状況がよくわからないという意味ではアグネスデジタルと同じようなものだった。

 

 一方、遅れて飛び込んできた陽室と階段の入り口まで戻ったたづなは、外の様子を慎重に伺っていた。

 

「駿川秘書官、周辺の確認を。他に不審者はいないわね?」

「と、とりあえず大丈夫そうです……やっと他の警備員が来ました」

「警備員だと、犯人とグルの可能性をまだ否定できないけれど」

「いえ、犯人を取り押さえにかかっています。問題はないかと」

 

 たづなの返答を聞いて、陽室は鋭くしていた目つきをようやく緩める。

 

「…………まったく、人騒がせな。ミス・駿川が偶然いらっしゃったのは幸いでしたね」

 

 陽室が普段通りの口調で呆れたのと時を同じくして、無傷の佐久間が踊り場の方に走ってくる。

 

「全員無事ですね?」

「どなたかが奮闘してくださったおかげですね。それで、折ったのですか?」

「さすがに折りませんよ。肩関節を外しただけです。……相手はここの警備員のIDカードを持っていました。偽造かもしれませんが、どちらにせよ色々とまずい状況です。駿川秘書官」

 

 階段のところで外を見張っていたたづなを呼び寄せつつ、佐久間は私物のスマートフォンを取り出し、高速で文字を打ち出しはじめる。

 

「とりあえず、私とデジタルは学園の方に急いで戻ります。襲われた以上、私はデジタルの身の安全を第一に動きます。ライブは中止か後日開催としてください。荷物なども全部置いていくので、後から持ってきてもらえますか?」

「え、……わ、わかりました」

 

 たづなの回答はどこかおぼつかない。それもそのはずで、佐久間のスマホには全く別の文字列が打ち出されていた。

 

 ──盗聴の可能性あり。メモの通り動きます。私とデジタルのみで関東外へ向けこのまま車で脱出します。手荷物要警戒、全員分。沖野さんにも伝えて。スピカも危険かもしれない

 

「私とスぺも別ルートで学園に戻りましょう。ミス・アグネスデジタルを狙い撃ちした犯行というより、元々スぺを付け狙っていた可能性の方が高いですからね」

 

 陽室もそう言いつつ、佐久間同様にスマホのメモ帳を起動する。

 

「わかりました。おふたりが避難する以上、ライブの開催はできませんね。そちらは私の方で調整します。荷物周りも理事長と相談して、追って連絡します」

 

 たづなが会話を繋いでいる間に、陽室のメモ帳に文字が打ち出された。

 

 ──タクシーで移動し続けます。避難先が確定したら連絡を。テンペルは全員同行させます

 

 それを互いに確認して、頷きあう。

 

「では、詳細は後ほど。デジタル!」

「ひゃいっ!」

「逃げるぞ」

 

 アグネスデジタルをお姫様抱っこして佐久間はそのまま階段を駆け下りていく。それを見送った陽室は一瞬溜息を吐いた。

 

「スぺ。ベルノとマックイーンに今すぐタクシー乗り場に来るよう連絡してください。貴重品以外何も持たなくていいので、3分後までに来るようにと」

「3分後!?」

「それぐらい急げということです。私たちも逃げますよ」

 

 そう言いながら1階に向かって降りていく陽室。スペシャルウィークは慌てて後を追いつつLANEのコールを掛け始める。

 

「ベルノさん、今大丈夫ですか? ごめんなさい、ちょっと緊急事態なんです。かさばる荷物はいいので、貴重品だけ持ってタクシー乗り場まで今すぐ全速力で、3分後までに来てくれますか? はい、3分です。それからマックイーンちゃんも隣にいますよね? マックイーンちゃんも一緒に来てください。はい、絶対にふたりとも一緒で、とにかく急いでお願いします」

 

 その会話を聞きながら階段部を出ると、一気に喧噪が戻ってくる。

 

「来てくれるそうです」

「大変結構。さて、どこへどう逃げましょうね。とりあえず適当に走っていただきながら考えましょうか」

「あの……デジタルさんが襲われた理由はなんとなくわかるんですが、どうして……」

「ミスター・佐久間は最悪の事態を前提として動いています。おそらく先程の襲撃自体がブラフである可能性を鑑み、組織的な犯行、複数犯による計画的な襲撃を想定しているのでしょう。そういう意味ならば、着の身着のままで逃げる彼の判断は間違いではない。このような事態では本職の判断を尊重するべきです」

 

 陽室は羽織っていたスーツのジャケットを、スペシャルウィークの勝負服を少しでも隠せるようにと肩にかけさせる。

 

「ほ、本職……ですか?」

「彼の歩き方を見て、随分と綺麗に歩くと思いませんでしたか? あれは訓練を受けている人間の動きです」

 

 陽室にそう言われても、スペシャルウィークは疑問符を浮かべることしかできない。

 

「そのうえ、彼のスーツは吊るしのものではありません。あれはロロ・クロアーナの特注品でしょう。武装携行用に各所が強化され、袖に防刃素材を縫い込んである警備員やSP御用達のテーラーメイドです。付け加えれば、腕時計も10時の位置に竜頭がありました。銃を使用する際邪魔にならないようにと開発された、ドイツ製のダイバーズウォッチ────ミスターは明言こそしませんでしたが、ほぼ間違いなく桜田門か市ヶ谷に縁があるはずです。あるいは朝霞(あさか)かもしれませんがね」

「朝霞……」

「……ああ、()()()()()ではありませんよ。埼玉県の朝霞市には自衛隊の駐屯地があるのです」

「な、なるほど。そうなんですね」

 

 陽室とスペシャルウィークは会話を続けながら、モータープールへと繋がる関係者用の出入口を抜けた。派手なデザインのタクシーを捕まえたタイミングで、ベルノライトとメジロマックイーンも追いついてくる。

 

「乗りなさい。話は車中でします」

 

 有無を言わさず教え子たちを後方座席に押し込め、助手席に乗り込む陽室。そのまま間髪入れず、タクシードライバーに行き先を伝える。

 

「一先ず国道20号を東に向かって走ってください。場合によっては別の行先へ変更することになりますが」

 

 


 

 

「ちょっと! 自分で走れますから!」

 

 アグネスデジタルが抗議しても佐久間は取り合わず、地下2階にある関係者用の駐車場に飛び込むまで抱えたまま走った。そのまま車の間を抜け、アグネスデジタルは地味な黒色のハッチバックの後ろに降ろされる。

 

「すまん、そこでしゃがんで待っててくれ。トランクとかには触るな。爆発物とか仕掛けられてないかだけ確認する」

 

 佐久間はそういうと、車の下をスマートフォンのライトを使って覗き込むようにしていろいろと確認していき、周囲をぐるりと回る。

 

「よし、大丈夫だ。助手席の方に座ってくれ」

 

 デジタルを呼び、そのまま助手席に座らせる。シートベルトも閉めた彼女の上半身を隠すように、スーツの上着を被せた。

 

「髪留めもできれば外しておいてくれ」

 

 佐久間は静かに助手席のドアを閉め、運転席に回り込んだ。ボタン式のエンジンスターターを押し込むと、すぐにエンジンがかかり各種コンソールが息を吹き返す。

 

「すまない、デジタル。怖い思いをさせた」

「いえ、あの……もしかして、トレーナーさんって……映画俳優とか武道の達人とか、そういう類の方でいらっしゃる……?」

「少なくとも俳優ではない。出すぞ。安全運転は心がけるが、万が一の際は急発進急ハンドルの可能性がある。気をつけるように」

 

 そう言うと佐久間はゆるりとブレーキを解除し、ショックもなく車を滑らせる。

 

「……トレーナーになる前は警官だったんだ。おかげでこういう事態には少しばかり慣れててね、最悪の事態を想定して動いていく。この先しばらく窮屈だろうが耐えてくれ。ちょっとばかり難しい対応になるかもしれない」

 

 佐久間はそう言って地上に続くスロープを上がり、なめらかに車列へと合流する。

 

「最悪の事態って……」

「今回の襲撃が俺たちを狙ったものにしろ、スペシャルウィークを狙ったものにしろ、URA関係者しか入れない場所で、それも警備員のIDカードを持った人間がやっている。単独犯ならいいが、複数犯が計画的に犯行に及んでいた場合は、厄介なことになる。……とりあえず、今は逃げるぞ」

 

 佐久間の運転する車は、一路高速に乗るべくインターチェンジを目指す。

 

 それぞれの逃避行が始まった。



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アグネスデジタルは確認したい

 ずっと手に握っていた携帯電話が震えて着信を告げる。たづなはすぐに応答して、スピーカーモードで繋ぐ。

 

「駿川です」

《佐久間です。先程はありがとうございました。駿川秘書官は今どちらに? 周囲はセキュアですか?》

 

 車の走行音が背後に聞こえる。おそらく車に置いたスマートフォンへ話しているのだろう。

 

「今はスピカの控え室です。理事長も隣にいます」

「佐久間からか?」

 

 離れた場所で手荷物検査をしていた沖野がたづなに声をかける。それに頷いて答えると、沖野と一緒に指揮を執っていた秋川やよい理事長も飛んでくる。手荷物を広げていたチームスピカの面々──サイレンススズカ、ダイワスカーレット、ウオッカ、トウカイテイオー、ゴールドシップ──がその外を囲むように集まった。

 

「部屋そのものには盗聴器が仕掛けられていないことを確認しています。恐らくテンペルの控え室よりは安心かと。理事長の大号令で荷物検査をしていますが、手荷物の方も問題ないかと思います」

《わかりました。その判断を信じます。スマートフォンをスピーカーモードに切り替えてください。理事長や沖野チーフも交えて話がしたい》

「最初からスピーカーです。少々お待ちを」

 

 たづながスマートフォンをテーブルに置く。

 

「沖野さんも来ています。佐久間さん、どうぞ」

《お疲れさまです。佐久間です。デジタルも隣に居ます》

「僥倖ッ!!! デジタルも怪我はないか!」

《はいっ! ピンピンしてますっ!》

 

 アグネスデジタルの声がスピーカーから飛んできて、半分崩れ落ちるようにしゃがみ込む沖野。サイレンススズカがその肩を励ますようにさすった。それを横目に、理事長が改めて口を開いた。

 

「今はどこにいる?」

《調布インターから中央自動車道上り線に乗ったところです。理事長がいるなら話が早い。このまま私とデジタルはほとぼりが冷めるまで地方に避難できればと思います。恐らくテンペルの面々もフランスに飛ぶまで同様に隔離した方がいいかと思います。許可を頂きたい》

「ちょっと待て。話に聞くと、デジタルがスペシャルウィークに土をつけたから襲ってきたらしいが、中央にいるのはマズいのか?」

 

 まだ脱力したままだが、沖野が口を出した。

 

《沖野さん、私もデジタルを襲ったのは単独犯である可能性が高いだろうとは思っています。それが正解であれば、確かに地方へ逃げる必要はありません。ですが、組織的かつ計画的なものだった場合は話が変わります》

「計画的? 何のためにそんなことを……」

《さぁ》

「さぁ……って、お前なぁ」

 

 沖野が溜息を吐く。

 

《ただ、報道記者もシャットアウトしているURAの制限エリアで襲ってきています。あの警備員単独の犯行か、バックが付いているのか、見極める必要があります。……なのでトレセン学園には、私たちが地方に逃げている間、欺瞞情報を流してほしいんです》

 

 そう言うと、理事長が扇子を自らの手に叩くように押しつけて音を鳴らした。

 

「理解ッ! つまりは中央で安全に保護されているという情報を流し、トレセン学園の側で怪しい動きがあれば組織的犯行と判断する訳だな?」

《地方で動きがあればURA内に内通者がいますし、両方で動きがなければ単独犯とおおよその見当がつきます。このあたりは私の()()も使えればと思います。いったん安全を確保してから警察に相談しましょう》

「許可ッ! 君とウマ娘の安全を第一に考えて行動してくれたまえ! それで、どこに逃げるかの候補は決まっているのか」

《そこで、できれば駿川秘書官や理事長のお知恵をお借りしたく》

 

 スピーカー越しの声はひどく落ち着いた様子だ。

 

《URAもしくはトレセン学園の関係施設、関東から自動車でのアクセスが可能で、可能であれば新幹線での移動も容易な立地。三大都市圏から遠く、情報の遮断が容易な場所、かつウマ娘が居ても違和感のない場所。心当たりはありませんか?》

「えっと……」

 

 たづなが言いよどむと、すぐに理事長が続けた。

 

「ならば金沢ッ! 金沢トレセンはどうか? 地方トレセンならばそもそもウマ娘は居ても当然、同時に全寮制のため生活圏は敷地内で完結する! トレーナー寮を利用すれば情報封鎖も容易だ!」

《……なるほど。金沢なら私も多少土地勘はあります。では、私とデジタルはとりあえず金沢方面に離脱できればと思います。受け入れ準備をお願いできますか?》

「承知ッ! ……可能なら、浦和トレセンに一度寄ってはくれないか。デジタルは今勝負服のままで目立つだろう。スタッフに目立たなそうな服とトレセンのジャージと制服を見繕ってもらう。受け取りたまえ」

《感謝します。理事長》

「うむ! すぐに用意にかかる。まずは浦和トレセンへ!」

 

 すぐに電話が切れる。それを確認して、理事長は一度だけ溜息を吐いた。

 

「悔悟。今、あの場にアグネスデジタルと佐久間君がいたことを不幸中の幸いだと思った私が度しがたい。レース場の中なら安心だと緩んでいたのは、私の責任だ」

「理事長……」

 

 理事長が悔しそうな顔をする。

 

「急いで戻れるように立て直す。たづな、手配を頼む」

「はいっ!」

 

 たづながぱたぱたと部屋を出ていく。残ったのは重たい沈黙だった。

 

「あいつは……佐久間は何者なんです? 元警察官だとは聞いていましたが」

 

 憔悴しきった様子でそう聞く沖野の言葉に飛び上がったのはトウカイテイオーだ。

 

「え? 佐久間トレーナーっておまわりさんだったの!?」

「肯定。元々は警視庁警備部で活躍していたと聞いている。佐久間君は、このような事態についてはプロだ」

「なるほど、道理で要領がいいはずだ……」

 

 半分呆れた様子の沖野だが、周囲のウマ娘たちは何を言っているかわからない様子。

 

「でもまあ、デジタルはそんなヤバい警官がついてるからこれで良いとして……問題はスペ公たちの方じゃないのか?」

 

 ゴールドシップがそう言ったタイミングを計ったかのように、今度は理事長の携帯が鳴った。そのまま彼女はスピーカーモードで繋ぐ。

 

「秋川である」

《陽室です。ミス・駿川が通話中でしたので、直接こちらにお電話致しました。我々は今後どのように動けばよろしいでしょうか》

「君たちが盗聴器を仕掛けているのではないかと疑いたくなるな。ちょうど方針が決まったところだ」

 

 苦笑いしながら理事長がそう返す。

 

《ご冗談を、理事長。それで、チームテンペルの旅行先はどちらに?》

「地方トレセンで受け入れてもらえるように調整中だ。可能なら車で……と言いたいところだが、確か自動車運転免許は持っていなかったな?」

《ええ、その通りです。付け加えると、タクシーの後部座席に生徒3人を詰めて長距離を移動させる真似もさせたくありませんね。スペはレース直後ですし》

 

 電話の奥は単調だ。理事長はその答えを聞いて数瞬の間考え込む。

 

「ふむ……ならば、提案ッ! 東京都調布飛行場に停めてある学園用のビジネスジェットを使い、佐賀トレセンか帯広トレセンへ飛べ!」

 

 理事長の言葉に度肝を抜くスピカ一同。

 

「ビジネスジェットって……」

「やっぱりお金持ちなのね……」

 

 彼女たちが呆れている間にも会話は続く。

 

《成程。承知しました》

「承知しちゃうんだ……」

 

 トウカイテイオーがもう驚き疲れたという様子でそう言った。

 

《佐賀か帯広ですね、少々お待ちを。……スペ、帯広の方に親戚や知己は居ませんね? いない? ならば結構。……理事長、我々は帯広へ飛びます。万一のことがあっても門別や札幌などの道内拠点に避難できますし、もしそちらが無理でも最悪スペかマックイーンの伝手を頼れます。帯広空港は夜間でもILSアプローチが可能だったと記憶していますし、今からの出発でも問題はないかと》

「うむ、承知した。すぐに帯広に通達する」

《ちなみに機種の方は?》

「無論ッ! エクリプス500だ!」

「それ絶対名前だけで選んだろ……」

 

 ついにはゴールドシップすら真面目なツッコミに回り始めるような会話なのだが、当人たちは意に介さない。

 

「乗客として5名まで乗れる。チームテンペルの人数であれば問題ない! すぐにパイロットを手配するので……」

《いえ、結構です。エクリプス500であれば、機種証明を含めて有効な操縦ライセンスを私が所持しています。私が操縦してそのまま帯広空港で乗り捨てても構いませんか?》

「……正気ッ!?」

《おや、なにか問題でも?》

 

 理事長が返答に窮している。その場にいる誰もが理事長とおおよそ同じ感情を共有していた。

 

「再度、確認。航空機の免許を持っているのか?」

《ええ、以前ハワイで少々学びましてね》

「お前は小さい名探偵かっ!」

 

 ゴールドシップの鋭い言葉にも、電話の向こうはどこ吹く風だ。

 

《機種が一致したのは奇跡的ですね。航空身体検査証明と航空特殊無線技士資格も間違いなく持っていますので、どうぞご心配なく》

「……では、そのまま帯広へ飛んでくれ。燃料代などは学園名義で領収書を切ってもらってかまわない」

《大変助かります。我々はこのまま調布飛行場に向かいますので、現地での動きやその後の手筈については決まり次第連携をお願いします。それでは、また後程》

 

 嵐のような電話が終わり、スピカの控え室に沈黙が落ちる。

 

「やっぱり……あのトレーナーはヤベぇわ……」

「こればっかりは完全に同意するしかないわね……」

「だな……」

 

 ダイワスカーレットとウオッカの意見が珍しく一致した。

 

 


 

 

「Chofu-Flight-Service, Juliet-Alpha-Nine-Eight-November-Tango, こんにちは。Request engine start-up」

《こんにちは、JA98NT. Cleared for engine start-up. Report when ready taxi. Expect take off at RWY35》

「Cleared for engine start-up. Report when ready, 98NT」

 

 無線でやりとりし始めたチームトレーナーを尻目にテンペルの面々が硬直していると、なんだか後ろの方で甲高い音がしたと思ったらすぐに大きく低い音に変わっていく。

 

「トレーナーさん……本当に操縦できるんですね……」

 

 ベルノライトが最後方──とはいえ2席3列のたった6席しかない小型ジェットなのだが──の席に座って、頬を引きつらせながらそう口にする。

 

「この状況でジョークを言えるほど肝は据わっていませんよ。……離陸後は着陸まで基本的に無線以外で喋れませんから、空の旅は皆で楽しんでおいてください。特にスペ、貴女は私に声をかけないように」

「は、はい……」

 

 最前列の副操縦士席に座りたがったスペシャルウィークを無理矢理2列目に押し込んだ陽室はサングラスで目元を守りつつ、タッチパネル式の計器に何やら入力を続けていく。

 

「スペシャルウィークさん、トレーナーさんが航空機の操縦資格をお持ちだとご存じでしたか?」

 

 2列目右側の席に座っていたメジロマックイーンが、計器を弄る陽室から視線を反らさずに問いかける。一方左側の席に陣取るスペシャルウィークは、ノータイムで首を横に振った。

 

「いくらなんでも初耳です……トレーナーさんに驚かされるのももう慣れたと思ってたんですけど、こんな隠しダネがあったなんて……」

「淑女の嗜み、というものなのでしょうか……」

「嗜みというよりはただの道楽ですがね。──Chofu-Flight-Service, 98NT, ready to taxi」

《98NT, cleared to taxi for Alpha-1 via Bravo-3, Bravo-2, Alpha-1. Report and wait at Alpha-1》

「Cleared to taxi for A1 via B3, B2, A1. Report and wait at A1, 98NT」

 

 陽室が無線に返し、機体がゆっくりと滑り出す。

 

「え、あ、動きましたよ! 動いてますよ!」

「乗り物ですから動いて当然ですわ……それよりも、ベルノライトさん。失礼ながら、もしや飛行機は初めてですの?」

「は、はい……!」

「初めての飛行機がプライベートジェットとは、中々ない経験ですわね。大型機に乗るのとはまた違いますが、()()()()()()()()()()()()()()なのですから、今回で慣れておいた方がよろしいですわね」

 

 メジロマックイーンの言葉に、一瞬呆けたような顔をしたベルノライト。

 

「えっ、あっ、そっか! チームで行くってことは、私もマックイーンちゃんもフランスに行くことに……?」

「当たり前です! 貴女の他に誰がスペシャルウィークさんの蹄鉄をメンテナンスできると思ってますの!?」

「ど、どうしよう、パスポートなんて持ってないのに……!」

「申請すればよろしいでしょう!?」

 

 その言葉になおのこと後ろでガタガタしだしたベルノライトだが、それを無視するかのように機体はするすると滑走路に向かっていく。

 

「Chofu-Flight-Service, 98NT, holding in position」

《98NT, hold short of RWY35. Dornier on short final》

「Hold short of RWY35, 98NT. ……到着機が滑走路から出たらすぐに離陸ですから、シートベルトの確認をしてください。帯広までひとっ飛びですよ」

 

 陽室の声に皆慌ててシートベルトの位置を確認する。非常時の行動などは事前に説明を受けているし、操縦席の陽室を信用していないわけではないのだが、初めての状況に皆緊張していた。

 

 すぐにプロペラ機が降りてくる。管制官──正確には違うらしいが、陽室以外は誰も理解できなかった──に報告して滑走路に入る。

 

《98NT, Runway is clear, wind 150 at 2. After take off, turn right and contact YOKOTA DEPARTURE 122.1》

「Runway is clear, 98NT, thank you for your cooperation. Good day. どうもありがとうございました」

《ありがとうございました。Good day》

 

 機体が滑り出す。すぐにふわりと機体が浮いた。

 

「飛んでます! 本当に飛んでますよ!」

「ですね!」

「おふたりとも! 飛行機なのですから飛んで当たり前でしょう!」

 

 かしましいウマ娘たちを乗せて、エクリプス500が一路帯広へと飛んでいった。



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【マイル最速】シニア戦線を語るスレ Part1542【安田記念】

215:レース場の名無しさん ID:hHxwa7v1e

デジタル!?!?

 

216:レース場の名無しさん ID:zHyW62Ohx

デジタル競り勝ったかこれ!

 

217:レース場の名無しさん ID:JOXIE908u

写真判定! 写真判定!

 

218:レース場の名無しさん ID:0OuVJIYnH

タイキが4着の時点で死なんだが????

 

219:レース場の名無しさん ID:gTsCneYrH

いや、スペシャルが文字通りスペシャルなのは知ってたが、デジタルが競るのかお前……

 

220:レース場の名無しさん ID:scVHdJ3Y5

NHKマイルから走り方変わったけどデジタルお前……っ! いっぱいしゅき!

 

221:レース場の名無しさん ID:KWUm+SC3O

デジタル?

 

222:レース場の名無しさん ID:4EYoaOFqA

なんかデジタルがスペシャルに担がれてるけど大丈夫か?

 

223:レース場の名無しさん ID:kox8xWJy2

いや、あれ結構やばそう

 

224:レース場の名無しさん ID:XTOupFf/L

あ、スタッフ出てきた

というかあれトレーナーか

 

225:レース場の名無しさん ID:V5LuwNCm0

うわぁ、爆速で引っ込んでいった……そりゃ無茶してるか……

 

226:レース場の名無しさん ID:3Tfa6TZrd

救護班より早いトレーナーis何

 

227:レース場の名無しさん ID:aYkT+itIo

スズカについていけただけで大概バケモンやで

あれでダメージなしだったらバカ脚すぎる。

 

228:レース場の名無しさん ID:xy5cf5KMs

脚質だけならロングスパート向きじゃないのほぼ確定なんだから相当無茶したはずだぞデジタル

 

229:レース場の名無しさん ID:VA2zQWc56

>>227 ススズについていった挙句、スペシャルを差し返しに行くガッツよ。あれでクラシックってマ?

 

230:レース場の名無しさん ID:gX82I25mL

正直もう今年の最優秀クラシックウマ娘はデジタル硬いんじゃねぇかな……

 

231:レース場の名無しさん ID:NRF2R5GHt

エルグラス推しだし、スペシャルを下すのはエルかグラス、百歩譲ってスカイであってほしかったけどさ、今回のレース見せられたら脱帽するしかないぜこれ……

 

232:レース場の名無しさん ID:g9J7eixuK

全然違うじゃん! 言ったよね!? マイルはスペシャルの適正距離外! 海外重賞も取って安定しているタイキ優勢って……なのに、この結果は何!?

 

233:レース場の名無しさん ID:jtsntLg2D

デジたんがナイストライすぎる……

 

234:レース場の名無しさん ID:Y7Yx5Ibut

ファンサの鬼のデジたんがあそこまで余裕ない走りしたの初めてのはず。というより、お前NHKマイルもしかして脚温存しすぎたまであるぞ。結果NHKは1バ身差で1着だったけど、全力で逃げてたらマイル大差勝ちとかいうバカ逃げできたんじゃ……

 

235:レース場の名無しさん ID:iqvFMU3rP

俺たちのススズが帰ってきた……! 帰ってきた、けど、さぁ……! あそこまできれいに逃げてダメなんか!?

なんだこの世代! なんだこの世代!

 

236:レース場の名無しさん ID:uMR6EEpMN

三女神様慈悲がない……短距離路線で無双し始めたキングはまだいいとして、マイルより上はスペシャルとスカイにエルグラスをぶつけただけじゃ飽き足らず、1世代上にススズ、1世代下にデジタルよ? 全員バラバラなら何人三冠が生まれたと思ってやがる……

 

237:レース場の名無しさん ID:BijtddKFe

>>232 世界規模でみても類を見ないハイペースなレース運びのために、中盤までの支配権をスズカに奪われ、終盤はスぺにきれいに躱された……当然の結果です

 

238:レース場の名無しさん ID:UhS/vtGKu

スタート直後の1ハロン11秒台ってマ?

 

239:レース場の名無しさん ID:So0HXpwrW

>>237 もういい! 私ライブチケット争奪戦やめる!!

 

240:レース場の名無しさん ID:YWRsnbI0H

>>238 トゥインクルラジオの速報値信用するならマ。

11.4とからしくて解説がやべぇぐらいハッスルしてる

 

241:レース場の名無しさん ID:3XBM57LAs

解説興奮しすぎて「私のウマ娘」とか言い出してるぞ。

 

242:レース場の名無しさん ID:29gC4RCu3

せめて「一押しの」とか入れろよwwww

 

243:レース場の名無しさん ID:9R937D/j3

お前のじゃねぇえwwwww

 

244:レース場の名無しさん ID:14eS+VAOL

結果出た!!!!!!

 

245:レース場の名無しさん ID:n73+JcZn/

デジタルハナ差勝ち!!!!

 

246:レース場の名無しさん ID:t6W+dISn5

あばばばばばばばばば

 

247:レース場の名無しさん ID:H8uGDvQs5

はああああああああああああああ!? デジタルゥうううううううううううううう?

 

248:レース場の名無しさん ID:vzHx+1q8Y

スペお前ぇ!!!!!

 

249:レース場の名無しさん ID:hVDN8MpF8

スペシャル王国崩壊!?!?!?

 

250:レース場の名無しさん ID:T3Oi1LRl0

まじかよ

 

251:レース場の名無しさん ID:5SzAtuq9Y

俺のライブSS席があああああああ!

 

252:レース場の名無しさん ID:H0cko+VeV

大番狂わせにも程があるだろおい

 

253:レース場の名無しさん ID:uk2mDs8Kp

我らがデジタルっ~! 陰キャの星~~!

 

254:レース場の名無しさん ID:F8niqpZWn

スペシャルお前マイル苦手やったんか……

 

255:レース場の名無しさん ID:LiPModmua

スペシャルが負けるとしてもススズかタイキだと思ったのにさぁ

 

256:レース場の名無しさん ID:7C+6tCgNq

>>254 マイル苦手(21年NHKマイル・毎日王冠覇者)

 

257:レース場の名無しさん ID:tcbPuzouf

安 田 は ま さ か の デ ジ タ ル

 

258:レース場の名無しさん ID:m1ZLH1iec

デジタル1着以外にヤマ張って応援席券買ってたやつおりゅうううううう?

 

259:レース場の名無しさん ID:5bFPLYuuX

スズカぁああああああ!!!!!!

 

260:レース場の名無しさん ID:Y+NH3/ZPj

俺のタイキが滋賀にもかけないなんて……

 

261:レース場の名無しさん ID:5E+qw9pPY

エル……一緒に腹を切りなさい……

 

262:レース場の名無しさん ID:TkqqlCVOz

>>261 エルが不憫すぎる

 

263:レース場の名無しさん ID:URl44CVCz

>>261 フランスで目を剥いてるぞ

 

264:レース場の名無しさん ID:gNci/ciOt

デジタル語りたいならクラシック板へ行って、どうぞ

 

265:レース場の名無しさん ID:+7EA7nCqj

煽りたい気持ちはわからんでもないが、行儀が悪いとデジタルちゃんが泣くぞ

 

266:レース場の名無しさん ID:nrD54FWoJ

>>260 琵琶湖に沈められそうな誤字してんなお前

それはそれとしてタイキ推しはドンマイ

 

267:レース場の名無しさん ID:Ho8s7Cb1T

いや、マイル最強のタイキが3番人気に憤怒してたけどさ

蓋開けてみたらタイキですら完全に観客化してた以上なんも言えねぇよ

 

268:レース場の名無しさん ID:SuDABuLe5

つかデジタルってあんな逃げ噛ます子だと思ってなかったんだけど?

 

269:レース場の名無しさん ID:3tzlWf3xP

デジタルなんなん

まじなんなん

 

270:レース場の名無しさん ID:BMHbAUaRI

にゃんにゃん

 

271:レース場の名無しさん ID:tlw1NsYbh

デジタルって後方からすごい緩んだ顔でスパート掛けてるイメージしかなかったんだけど逃げについて行けるのは飛び道具過ぎる

 

272:レース場の名無しさん ID:miuiox8zj

現地勢ワイ

観客席阿鼻叫喚

スペシャル応援団ご一行様がすぐ前にいてお通夜になってる

 

273:レース場の名無しさん ID:/5D0Cap3X

同じく現地勢

チームテンペルの子と思しきウマ娘2人が関係者席で重バ場になってるの見てしまいいろいろと情緒ぐちゃぐちゃ

 

274:レース場の名無しさん ID:UZTiSeGVl

そりゃ重バ場にもなるよあんなん……

 

275:レース場の名無しさん ID:+2iYXCDDt

>>273 それ流星入った茶髪ショートヘアと薄紫髪ロングヘアの2人やろ

そうなら間違いなくテンペル所属のベルノライトとメジロマックイーンやで

 

276:レース場の名無しさん ID:P4oAaDMn9

ベルノライトってチームシリウスの元サポートメンバーだっけ

今テンペルにいるんだ

 

277:レース場の名無しさん ID:+Lgky1t5C

メジロのお嬢様、入学以来ろくに情報なかったけどテンペルが持っていってたのか……

 

278:レース場の名無しさん ID:ZROzyHoCT

デジタルがあそこまでスピードに乗れるなんて出走者含め誰も考えてなかったよな

飛び出したデジタル見て明らかダスカが掛かったし

 

279:レース場の名無しさん ID:RFyI0xU+u

クラシックあんまり追ってないけどデジタルとダスカって同じチームやないん?

 

280:レース場の名無しさん ID:5xz80aAx5

ゆるっと差すデジタルがガチ逃げするなんてなぁ……

 

281:レース場の名無しさん ID:GmOgqHied

>>279 せやで。

 

282:レース場の名無しさん ID:YQnDrOh9R

>>279 どっちもチームスピカじゃなかった?

 

283:レース場の名無しさん ID:J2usQx5A7

ただデジタルはスピカの沖野Tじゃなくて、沖野T傘下の新人トレーナーらしいけど

 

284:レース場の名無しさん ID:QgzUKygT/

また新人トレーナーかたまげたなあ

 

285:レース場の名無しさん ID:L/IjdRwjt

デジタルはスペシャルだった……?

 

286:レース場の名無しさん ID:bHhfXmrJG

スペシャルかスペシャルじゃないかで言えばスペシャル

 

287:レース場の名無しさん ID:kO863iSsL

実際マイルがスペの得意距離ではないのは確かなんだけどさ

 

288:レース場の名無しさん ID:LmDY+TnPZ

ススズが3着でも大健闘だと思う

あのスペシャル相手に最終直線でいいとこまで競ってたじゃん。だんだら坂で失速したけど名門スピカの沖野Tだし、それこそ秋天までには調整してくるでしょうよ

 

289:レース場の名無しさん ID:od6cVxq1q

スタート直後の1ハロンで11秒台半ば叩き出しといて大逃げ成功せずっていう方がおかしいんぢゃ……

 

290:レース場の名無しさん ID:3EJ1KeAlx

いや、デジタルの考えたことはわかんのよ

・タイキに頭ふさがれると前に出られない

・差し足勝負にしたらグラスと潰しあう羽目になる

・ミークほどうまく立ち回れない

⇒だから可能な限り前につけよう

だ か ら っ て 大 逃 げ を す る バ カ が い る か

 

291:レース場の名無しさん ID:eAoXvU+jn

なんでデジタルが逃げられたかって、みんなあそこまで逃げるとは思わんやん……。

完全作戦勝ちやであれ

 

292:レース場の名無しさん ID:F0NJPU4ZC

デジタル単勝で応援チケット張ってたんだけど、これ普通にSS席確定では??

 

293:レース場の名無しさん ID:7zqdwauB7

>>290

・タイキと競り合うと不利←わかる

・グラスと差し勝負は絶対不利←わかる

・ミークとの頭脳戦は避けたい←わからなくもない

・だからスズカと一騎打ちする←わからない

・ついでにスペを末脚で差そう←何もわからない

 

294:レース場の名無しさん ID:r7R8vIIIp

いや、デジタル。公式予想の大穴枠にすら入ってないぞ。お前ぇ……

 

295:レース場の名無しさん ID:qyQr8K6T2

結果9着だけどさ、スカーレットもよくやったよ、というよりこのメンツ相手でクラシックのウマ娘が大差最下位じゃないだけでも十分誇れるよ……

 

296:レース場の名無しさん ID:12z5uehuM

>>294 いや、月刊トゥインクルの乙名史記者だけ大穴で張ってた。

 

297:レース場の名無しさん ID:T3NvC2CEJ

スズカも最初はコースレコードペースで引っ張ってんのよ。なんでそれで3着なの……

 

298:レース場の名無しさん ID:kQ29peic/

>>296 月刊トゥインクルの取材力ェ……

 

299:レース場の名無しさん ID:OU/ZlwdYN

何人か直前で出走取消してたけどさ、正解でしょこれ

こんなハイペースでレースぐちゃぐちゃにされたらマジで心折れるで

 

300:レース場の名無しさん ID:KNinaJpB4

考えれば考えるほどデジタルが化け物って結論が出るんだが……ウソだろデジタル……お前可愛くて脚が速いだけのオタクじゃなかったんか……

 

301:レース場の名無しさん ID:D79Gy8kOv

脚が速いだけ(安田記念1.30.1のレコード勝ち)

 

302:レース場の名無しさん ID:9sdS1PJhw

クソ速くて芝3200m

 

303:レース場の名無しさん ID:cMnt1Pfw+

せ め て 安 田 で 距 離 を 合 わ せ ろ

 

304:レース場の名無しさん ID:UUX9tkH2u

トゥインクルシリーズは!!!!もう!!!!辞めた!!!!!!!!!もう完ッ全!!!完ッ全に辞めた!!!!!前回を上回る今世紀最ッ高の辞めた!!!!!!!!!!もういや!!!!!!!!!おめでとうアグネスデジタル!!!!!!サイレンススズカほんとにがんばった!!!!!スペシャルウィークもだ!!!!!もう少し性根入れんかい!!!!!!もう二度と会うことはないでしょう東京レース場。貴殿のより一層のご活躍をお祈り申し上げます。

 

305:レース場の名無しさん ID:QViF+HPYo

>>304 お前を待ってた

 

306:レース場の名無しさん ID:5XOnEp8D/

>>304 実家のような安心感

 

307:レース場の名無しさん ID:GCtaCAuUV

>>304 もういっそ記者になったほうがいいよその語彙力

 

308:レース場の名無しさん ID:3Rn09u+u3

>>304 むしろ語彙ゼロだが

 


 

515:レース場の名無しさん ID:pKeXwrCNf

【速報】テンペル公式記者会見で敗北宣言

 

516:レース場の名無しさん ID:AnLUxs2fM

あー。スリップストリーム……

 

517:レース場の名無しさん ID:tcMZV5rkb

小柄なのも相まってひとりだけ空気抵抗無視してた状況か。確かにスカーレット⇒ススズ⇒スペシャルとずっと背後に張り付いてるもんな……

 

518:レース場の名無しさん ID:c6JKhHgX4

スリップストリームで速度バフ盛ってたとしてもどうにもならんはずなんだが普通

 

519:レース場の名無しさん ID:VdjVAv3fN

それだけが理由ってわけじゃないだろうがなあ

 

520:レース場の名無しさん ID:P9tYyjLeV

スススっと相乗りしてたってか……w

 

521:レース場の名無しさん ID:ZTG/grmWn

>>520

 

522:レース場の名無しさん ID:sbmfD7dC/

>>520

 

523:レース場の名無しさん ID:arZhZGsRm

>>520

 

524:レース場の名無しさん ID:mW4KVvgkd

>>520 お前船降りろ!!

 

525:レース場の名無しさん ID:xHT4R1+EI

相変わらずそつのない記者会見

 

526:レース場の名無しさん ID:E1EXN96vD

デジタルが唐突に三冠と同格認定受けてて芝

 

527:レース場の名無しさん ID:OfM4N/El3

そつはないけど煽りはあるんだよなあ……

 

528:レース場の名無しさん ID:zyq9SYnVj

外面だけはいいトレーナーとか言われてるらしいがマジで面はいいよな朝月咲

 

529:レース場の名無しさん ID:1fN7sKvpx

は!? フランス!?

 

530:レース場の名無しさん ID:1sooHNkJL

スぺシャルがフランス出兵……?

 

531:レース場の名無しさん ID:2eTvbvzml

凱旋門行くのか?

 

532:レース場の名無しさん ID:Fk2MCRQZY

出走はジャック・ル・マロワ賞とムーラン・ド・ロンシャン賞

マイルレースじゃねえか!!

 

533:レース場の名無しさん ID:sgivnUYC7

もしかして:デジタル対策でマイル出走

 

534:レース場の名無しさん ID:Ofu0mRYIk

ウソでしょ……

 

535:レース場の名無しさん ID:u3BsfZK1k

マイル苦手(海外マイルGI行脚)

 

536:レース場の名無しさん ID:hu/zyekgI

そうはならんやろ

 

537:レース場の名無しさん ID:ZKjMhWzYc

なってるんだよなあ

 

538:レース場の名無しさん ID:/CxfbaTx+

秋天出走明言きた!!!

 

539:レース場の名無しさん ID:0kTQagREe

えっげつねぇなぁおい!

 

540:レース場の名無しさん ID:VIanSSUTI

これデジタルを中距離に引きずり出す気だぞ!

 

541:レース場の名無しさん ID:FJdqU1/sR

これもうデジタルも秋天出ないの許されないわ

わかってて放り込んだなら策士にもほどがある

 

542:レース場の名無しさん ID:XlyJpE/AE

現状デジタルって最長でもマイルだったよな。

 

543:レース場の名無しさん ID:sIvJkkAPV

中距離に引き出されるのかデジたん……

 

544:レース場の名無しさん ID:e/KhtLhvx

海外マイル重賞で箔をつけてから秋天目指すってことは、天皇賞(秋)の後はJCじゃなくてマイルCSか?

 

545:レース場の名無しさん ID:8bgyB4IAY

中距離だろうがマイルだろうが差し切るから首洗って待ってろって会見じゃん

デジタル絶対許さないウマ娘が爆誕じゃん……

デジタル大丈夫か……?

 

546:レース場の名無しさん ID:ER6Y2JLF4

そのデジタルの会見が始まるわけですが

 

547:レース場の名無しさん ID:XcNfGPqx0

安定の運動会入場

 

548:レース場の名無しさん ID:csoJiifnp

ナンバ歩きデジタルwwwwwwwwwwwwww

 

549:レース場の名無しさん ID:/m3kLX64W

クッソwwwwwwずるいわこんなんwwww

 

550:レース場の名無しさん ID:pvpyIJG6x

デジタルいつも以上にガチガチで芝

 

551:レース場の名無しさん ID:H9gxd7USr

まぁでも無事そうでなにより

走った直後にふらついてたのは立ち眩み系だね、よかったよかった

 

552:レース場の名無しさん ID:uJGKH2LoO

スピカの会見なのに沖野トレ出てこないのか

 

553:レース場の名無しさん ID:FjnEDDyFk

デジタルちゃん、ほかの子のサポートとかなら強いのに、自身の会見だけガチガチになるのかわいいんだよなぁ

 

554:レース場の名無しさん ID:OATs/aQTZ

>>552 そりゃあメイン指導は沖野TアンダーのサブTらしいから、花持たせたんでしょ

 

555:レース場の名無しさん ID:QBQqMuc/E

デジタル担当のトレーナー、あれ確か東大卒のはず。6年か7年前ぐらいの卒業生代表で答辞読んでたのあの人だぞ。

ってか警察官僚のエリートコースに乗ってたと思ったんだが何してんの??

 

556:レース場の名無しさん ID:K7nJL/wS4

>>555 マ?

 

557:レース場の名無しさん ID:P82LY6P98

確かにトレセン学園って無茶なヘッドハンティングの山で方々から恨みつらみ買ってるとは聞くが、いよいよ警察まで骨抜きにしたのか……

 

558:レース場の名無しさん ID:QBQqMuc/E

555だがマジ。というか、ヨット部のOBで交流があったから知ってるけども。法学部でバリバリやってたはず。警察庁に行って1年半くらいでいきなり交流切れたけど。

 

559:レース場の名無しさん ID:fcdJ77JrU

警視庁とか県警じゃなくて警察庁なあたりバリバリのキャリア確定じゃん……

 

560:レース場の名無しさん ID:OgwQ80t5l

クラシックちゃんと追ってなかったせいでこのトレーナーの会見初めて見るけど、こいつもそつないな……。

 

561:レース場の名無しさん ID:g7XgGDUHF

マジで最近のトレーナー狂ってるからな、スペシャル担当朝月咲にしろ、ミーク担当葵ちゃんにしろ、デジタル担当佐久間Tにしろ……

 

562:レース場の名無しさん ID:o8r9g1v2y

うっわ、週刊ウイークリーやりやがった!

 

563:レース場の名無しさん ID:DqI4fn2jy

四月一日って記者やたらとスペシャル推しだったけど流石にそれはないぞ

 

564:レース場の名無しさん ID:wrehJ3Yoi

ウイークリーのタヌキはなぁ……

それにしてもトレーナー少しは手加減してあげて

 

565:レース場の名無しさん ID:doqhMbQRn

警察仕込みってそういう……

 

566:レース場の名無しさん ID:WYskS3mL6

怒涛の反撃で芝枯れる

 

567:レース場の名無しさん ID:8/dzQ408O

『アグネスデジタルが安田記念の勝者としてふさわしくなかったと弾劾する意図をもって発言されたものと認識したが、よろしいか?』じゃないんよ

 

568:レース場の名無しさん ID:3Xna7y4Lp

四課上がりだったりするのこのトレーナー

対ヤーさん対応だぞあれ

 

569:レース場の名無しさん ID:OSDfjj37+

よろしいか? とか初めて聞いたわw

 

570:レース場の名無しさん ID:jODCncgP2

えっ

 

571:レース場の名無しさん ID:q+oZuQDsu

スペシャル!?

 

572:レース場の名無しさん ID:Vbbg+IYp0

待て待て待て何が起きてんだ

 

573:レース場の名無しさん ID:3SO691qb9

いきなり飛んでくるスペシャルウィーク

 

574:レース場の名無しさん ID:8axP3NfLy

うっわこれ完全にキレてる

 

575:レース場の名無しさん ID:YVeQfigRV

ガチギレスペシャルはお初なのでは?

 

576:レース場の名無しさん ID:6/FZQYVIV

怖すぎて芝も生えない

 

577:レース場の名無しさん ID:cNttimTCc

あー、ダービーへの侮辱と取ったのかスペシャル……そら当然の怒りだわ

 

578:レース場の名無しさん ID:75WS5WwRH

良くも悪くも伝説の記者会見じゃん

 

579:レース場の名無しさん ID:ERWK6qXB/

スペシャルウィークってこんなにきっぱりものを言えるタイプだったのか

 

580:レース場の名無しさん ID:YvfKhoScz

トレーナーまで死体蹴りしていくスタイルでもう乾いた笑いしか浮かばん

 

581:レース場の名無しさん ID:k2a3aHBo/

煽ることに生き甲斐感じてそうな顔してるスペトレ

 

582:レース場の名無しさん ID:Jg/XHmaNh

たづなさんまでキレてて芝

 

583:レース場の名無しさん ID:V14/W41ma

司会の人がキレてるのも初めてでしょこれ

 

584:レース場の名無しさん ID:AFP27bQAq

そりゃぁ(乱入者とそのトレーナーに)キレますわ

 

585:レース場の名無しさん ID:URomIu9Rf

正直タヌキにはいいお灸にはなったと思う

 

586:レース場の名無しさん ID:W28HKZcRj

お灸って火炎放射器使うんだね……初めて知ったよ……

 

587:レース場の名無しさん ID:7TA5tWYK9

タヌキ虐殺事件の間違いでは……?

 

588:レース場の名無しさん ID:y2QKYhcqJ

このままジャパンダートダービーとかいう爆弾ローテ発表されたのに、スペシャルのフランス殴り込みとタヌキ狩りのせいでインパクトが弱い……

 

589:レース場の名無しさん ID:AWHQzBa1j

え、マジ? マジでデジタルダート走るの?

 

590:レース場の名無しさん ID:zO2jDt8Ex

そりゃ全日本ジュニア優駿で1着取ったダートのジュニア王者だからな

出ないわけにはいかないだろうけどさ

 

591:レース場の名無しさん ID:ubyAbBY/l

にしても桜花→NHK→安田ときてダートに戻るとか正気じゃねぇぞ

 

592:レース場の名無しさん ID:96g6k6JBs

桜花→NHK→安田→JDDのローテは以降デジタルローテと呼ばれる伝説になるぞ

 

593:レース場の名無しさん ID:ufMMu+r4r

デジタル以外に誰ができるんだよそんなクソローテ

 

594:レース場の名無しさん ID:ZCAQtYd0F

しかもその後夏挟んで天皇賞秋出なきゃいけないわけじゃん? 鬼か?

 

595:レース場の名無しさん ID:tUsgNNq9r

でも秋天への出走は明言しなかったな。

 

596:レース場の名無しさん ID:dMRHsGsR8

いや、明言できるわけないじゃん……そもそもデジタルって中距離走れるのか……?

 

597:レース場の名無しさん ID:vGbvqrDAO

でももう出ない訳にもいかないぞ?

 

598:レース場の名無しさん ID:GpeBf3tw2

あまりにもデジタル可哀想すぎる案件なんだよなあ

 


 

721:レース場の名無しさん ID:c4Sg/mhU2

なんかウマッターでヤバそうな動画上がってる

つ ウマむす速報ったー@公式速報中

 

722:レース場の名無しさん ID:Fxob1Pg7M

はぁ!?

 

723:レース場の名無しさん ID:ISPORFFLU

東京レース場で刺殺未遂!?!?!?

 

724:レース場の名無しさん ID:BVMfN+on3

血まみれじゃん

 

725:レース場の名無しさん ID:t4Av2Ibiv

さすがにデマでしょ

 

726:レース場の名無しさん ID:ZRA+RsaDW

でも動画で取り押さえてるのさっきのトレーナーだし、スペシャルご一行が全力で逃げてるしガチっぽくない? さっきの今でこんなの作れるか……?

 

727:レース場の名無しさん ID:sFTiaYhRF

マジだったらヤバいが、公式アナウンスがあるまでは騒がない方がいいんじゃね?

 

728:レース場の名無しさん ID:w6hP+wOEH

いや、これでライブ中止とかなったらマジで許さん

 

729:レース場の名無しさん ID:9z+UIcPaE

まずい、いろいろと角さんしだしたぞ

 

730:レース場の名無しさん ID:VHUarkD3l

拡散な

 

731:レース場の名無しさん ID:arBntH7HR

助さんはどこだ

 

732:レース場の名無しさん ID:8oe/vyKm9

そもそも警備員の恰好してない?

 

733:レース場の名無しさん ID:v3S7vmj5P

警備員がウマ娘襲ったのか、警備員の格好してもぐりこんだ一般人なのかわからん以上はなにも言うべきではないんだろうが、いろいろと末期

 

734:レース場の名無しさん ID:w/vDnX9VC

トレーナーが鮮やかすぎる。さっき言われてた警察上がりはマジかもしれんぞ

 

735:レース場の名無しさん ID:o4aChhi2Q

ほかの警備員に任せて下がったのはナイス判断だけどあれ過剰防衛になんないの?

 

736:レース場の名無しさん ID:OmKSED+rn

刃物持った相手に素手で挑んで、勧告までして、ちゃんと待ってからやってるから、裁判までなったとしても情状酌量の余地はかなりあるんじゃない?

 

737:レース場の名無しさん ID:fHwF8fwy5

そもそも命の危機の状況でよく動けるよあれ

 

738:レース場の名無しさん ID:TJ1JSlPms

ライブ会場ワイ

機材トラブルのため開演時間延期のお知らせが流れた。

 

739:レース場の名無しさん ID:MUaAYMNJe

それ絶対機材トラブルじゃねぇよ

 

740:レース場の名無しさん ID:3zUtXP6Qe

つか、対応早くねぇか

実際15分も経ってないでしょ

 

741:レース場の名無しさん ID:0R+jvjKUa

このあたりはやっぱりトレセンもURAも優秀だよなぁ……山ほどヤバい人材抱えてるのはマジだわ。

 

742:レース場の名無しさん ID:2cOR3Zpeh

警察やら消防やら自衛隊やらからウマ娘の指導できそうな人材引き抜きまくってるんだっけ?

 

743:レース場の名無しさん ID:RjxatbYHi

そそ。おかげで陸上自衛隊府中駐屯地とか呼ばれてるし、府中の空自基地併設の地本もなかなかすごいことになってる。

 

744:レース場の名無しさん ID:JQxSlanbQ

>>742 それこそスペトレみたいな芸能界からの引き抜きもそこそこいるらしい

まともにトレーナー採用試験受けて入る方が稀とかなんとか

 

745:レース場の名無しさん ID:tkPZiU2/R

!運対(不適切な書き込みにより削除)

 

746:レース場の名無しさん ID:58gXtLmEq

>>745

マ?

 

747:レース場の名無しさん ID:V5RoJlaRF

いや、刺されかけたならありえそうだけどさ

 

748:レース場の名無しさん ID:mJaCCU6jN

>>745

デマ乙

 

749:レース場の名無しさん ID:M/MJp/bev

>>745

内部しか知りようない内容だしかまってちゃん?

 

750:レース場の名無しさん ID:8bhEJmouD

トレセンってこのあたりのコンプラ異様に厳しいし、内部がこんなトコにリークしないでしょ

 

751:レース場の名無しさん ID:60XXYYqBm

マジならライブ中止確定やん

 

752:レース場の名無しさん ID:BpLd4jt0Z

これで中止だったらマジで犯人許さん

 

753:レース場の名無しさん ID:s1Xqzw3Cn

今回の安田記念は伝説過ぎる

・スぺシャルが初黒星

・刺したのがデジタル

・スペシャルのマイル武者修行発表

・デジタルの芝ダ両取りローテ発表

・刺殺未遂騒ぎ

・もしかしたらライブ中止?←NEW!!

 

754:レース場の名無しさん ID:5skcLv0ag

さっきのやつ反応するのやめとけ

かまってちゃんに餌与える必要ない

公式アナウンスあるまで待てよおまいら

 

755:レース場の名無しさん ID:nT54edu8H

なんか>>745 がもう削除されてるんだが

 

756:レース場の名無しさん ID:nS6cYJQk3

5分も経ってないのに運対?

 

757:レース場の名無しさん ID:wY3ZnIjC/

これマジだった説あるぞ

 

758:レース場の名無しさん ID:hmH2/HylL

はい魚拓

745:レース場の名無しさん ID:tkPZiU2/R

【速報】刺されかけたスペシャルとデジタル、即刻トレセン学園の方に避難するらしい

 

759:レース場の名無しさん ID:QC+43+i1I

ブラフにしてもマジにしても、URAが有能すぎる

 

760:レース場の名無しさん ID:bvelVzAbO

あまりに初動が速すぎる

 

761:レース場の名無しさん ID:o8xw1DIKk

ライブ逝ったぁああああああああああああああああ!

 

762:レース場の名無しさん ID:0A+U3bwjH

中止! ライブ中止!

 

763:レース場の名無しさん ID:H5dn3+KRg

ふっざけんな! まじでふざけんな!

 

764:レース場の名無しさん ID:SfIbsC4S3

デジタルの一生に一度の晴れ舞台だったのかもしれんのだぞ!? 犯人タヒんでも許さん

 

765:レース場の名無しさん ID:Puxb5kCNA

クラシックで安田勝ったの戦後すぐぐらいまで遡らないといないんだぞ

しかも競り勝った相手が常勝無敗のスペシャルウィークだぞ

この1勝だけでもしかしたら最優秀クラシックと顕彰ウマ娘に選ばれるかもしれない功績挙げといてライブなし!?

 

766:レース場の名無しさん ID:TGgYt9a05

いや、刺されかけた後で踊れって方が酷だが???

 

767:レース場の名無しさん ID:cVV/rvMar

これでデジタルがトラウマで走れんとかなったら誰も報われない……

 

768:レース場の名無しさん ID:PUTbcQQ0z

救済もなくマジで中止?

 

769:レース場の名無しさん ID:VRliXUvcA

ライブチケ分のポイント払い戻しアナウンスがあったからマジで中止くさい。

 

770:レース場の名無しさん ID:egIV2Lfxv

待ってくれ。ポイント払い戻しって後日開催もナシじゃん

 

771:レース場の名無しさん ID:Vn5v1cZWl

無観客開催でライブビューイングでいいんだ。なんならデジタルの挨拶動画公開でもいいんだ。どうか、どうか払い戻しだけは勘弁を……!

 

772:レース場の名無しさん ID:2FXezT1/2

今デジタル板見てきたけど、あっちやべぇな

「舐めてんのかゴラァ、金ならあるぞ!」とかパワーワードの嵐

 

773:レース場の名無しさん ID:U8acCppKM

ヲタクの常套句だから許してあげてクレメンス

 

774:レース場の名無しさん ID:cloImM+Jt

俺たちのデジタルが踊るところを見たかっただけなのに……

 

775:レース場の名無しさん ID:rXHfwht5j

せめて物販だけでもと思ったらデジタル関連の棚がすでにすっからかん……会場限定グッズも後日通販検討中だから続報待てとスタッフが叫んで回ってる……

 

776:レース場の名無しさん ID:jy7VJa6wr

転売ヤーが沸きそうだなぁ……

 

777:レース場の名無しさん ID:Rnt48oD0A

トレセン法務部がガチ殴りに来るやつだこれ

 

778:レース場の名無しさん ID:J3StD4VHu

生徒が刺されかけただけでも激おこだろうけどさ、損益も相当に積みあがったわけで

久々の法務部の本気案件だな

 

779:レース場の名無しさん ID:BGKkbGdbG

おまいら変な詮索とかデマ流すとかマジでやめとけ。全力法務部の突撃!! お前が晩御飯を食らうぞ

 

780:レース場の名無しさん ID:e2gH/QNZc

お前が晩御飯で芝1600

 

781:レース場の名無しさん ID:t29yI0lXe

トレセンの法務部って地検特捜部上がりが複数在籍してる魔窟って聞いたことあるし、実際法務部から吊るしに入った案件は負けなしだからな

 

782:レース場の名無しさん ID:OMN1fN0T8

刑事裁判が終わったあとの民事裁判は絶対地獄だぞ

 

783:レース場の名無しさん ID:VSQjEb+Yc

請求額が一桁億円で済めばいいね……

 

784:レース場の名無しさん ID:SM7PbmWDn

犯人が警備員ってのがマジならケツの毛までむしり取っても億いかないでしょ

 

785:レース場の名無しさん ID:U+LcrpsTY

警備会社が倒産しなければいいね……

 

786:レース場の名無しさん ID:1y+8Q8jsG

素性調査が甘い段階でその会社オワコンだから潰れとけそんなん

 

787:レース場の名無しさん ID:cqnQZ4xSp

なんで、なんで俺は推しが勝ったのに重たい財布を持ってオケラ街道を歩いているんだ……せっかくデジタルが勝ってくれたのに、グッズも買えず、ライブも見れず、なんで俺は帰ってんだよ……

 

788:レース場の名無しさん ID:slk+LKewx

>>787 涙拭けよ

 

789:レース場の名無しさん ID:CJ2GmyCX9

>>787 ダートダービーで会おうぜ同志

 


 

845:レース場の名無しさん ID:IS5J7zOek

スレチかもだけど航空板で面白い情報あったから流すだけ流すわ。タイムアタックみたいなノリでいきなり調布飛行場を離陸した行先不明の小型ジェット機がいる

調布って18時でランウェイクローズなんだけど、17:59に離陸した後、爆速で横田空域抜けたんで航空板がすげぇざわついてた。そんでたぶんこれトレセン関連機

JA98NT
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846:レース場の名無しさん ID:E5zS7GPHR

運航会社のAKIKAWA Air Serviceってなんぞ?

 

847:レース場の名無しさん ID:IS5J7zOek

おそらくトレセン学園理事長専用プライベートジェットの管理のために作られたペーパーカンパニー。この機体って実質的に秋川やよい理事長の私有機で、理事長が国内とかアジア圏出張とかの時にいつも飛んでて、毎回運航会社でそれが出てくる。

 

848:レース場の名無しさん ID:qEmz09dUJ

なに? このタイミングで理事長がどこかに飛んだわけ?

 

849:レース場の名無しさん ID:37MYwqNRE

デジタル対応だったら普通に府中で話が付くのにな

 

850:レース場の名無しさん ID:ZpkLApjUK

マジでわからん。

 

851:レース場の名無しさん ID:NdYDuFEAz

お前ら下手に詮索するな! 法務部が来るぞ!!

 



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アグネスデジタルは吐露したい

 おそらくそれは夢と呼ぶより、記憶のリフレインと呼ぶべきだろうと、ぼうっと考える。

 

 ────お前さえいなければ。お前らさえいなければ。

 

 そんな言葉が何度もリフレインする。グレーがちな廊下の壁、鈍く光るナイフ。

 

 ────スペシャルウィークは、もっと輝けたんだ。

 

 その前にあの人が飛び出して。ねじ伏せる。

 

 現実ではないとわかっている。今目の前で起きていることではないとわかっている。だが同時に、これが現実だったとも、実際に起きたことだとも、理解している。視界がぶれて、あの人とナイフが遠のいていく。身体が揺れて、揺れて──アグネスデジタルは目を覚ました。

 

「起きたのか」

 

 低いロードノイズ、眼を開けるとオレンジ色の世界だった。

 

「まだ寝ててもいいぞ」

 

 男性の声が右側から聞こえた。どうやら長いトンネルに入ったところだったらしい。トンネルの中だと、オレンジ色以外全部白黒に見える。

 

「トレーナーさん、今どこですか?」

「糸魚川市街を抜けて子不知(こしらず)トンネルに入ったところだ。もう少しで富山県突入だな。トンネルを抜けたらもしかしたら海が見えるかもしれないぞ」

「え、本当ですかっ?」

「この先でこの高速は海の上を走るんだ。とは言っても夜だし、海は反対車線側だからきっと見にくいだろうが」

 

 海という言葉で少しばかりだがテンションが上がった。アグネスデジタルは無理矢理にでも頭を起こす。そうすれば、少しでもあの景色が遠のいてくれる気がした。

 

「……タフだな。デジタルは」

「へ? そうですか?」

 

 運転席の男────佐久間の感心した声に、アグネスデジタルは素で首をかしげた。

 

「昼にあれだけ走って、寝起きでここまで元気だとは素直に羨ましいよ。歳は取りたくないもんだねぇ」

「トレーナーさん、そんなにおじいさんなんですか?」

「ギリギリまだ20代で……いや、30にはなったか。デジタルからすれば2倍以上年上のおっさんさ」

 

 そう言っておどけた様子の佐久間に、アグネスデジタルはそっとその様子を盗み見る。ジャケットを脱いでいるものの、夜の高速道路での運転だと言うのにネクタイはきちんと締められ、黒いアームバンドが襟付シャツの袖を整えていた。

 

「俺の顔に何かついてるか?」

「イエ、そういうわけじゃないんですけど……」

 

 しばらく黙っていると、トンネルを抜けた。

 

「わぁ……っ!」

「おぉ、月の入りとタイミングが被ったか」

 

 横目で一瞬海側を見た佐久間がそういった。半月が海の向こう、水平線に近いところに浮かんでいる。海に月の光が反射している。

 

「光の道ができてますよっ!」

「モーンガータってやつだな」

「へ?」

「スウェーデン語だ。月の光が水面に反射してできる道の事らしい」

「物知りですねぇトレーナーさんは!」

 

 アグネスデジタルは運転席の向こうの海を見ようと体を乗り出す。

 

「あんまり乗り出すなよ、あとシートベルトは外すなよ」

「わかってますっ!」

 

 そう言いつつもなんとか佐久間の体を躱して月と海を見ようとする様子を見て、ウインカーをつける佐久間。そのまま側道の方へとずれていく。親不知(おやしらず)インターチェンジの標識が見えた。

 

「あれ? 降りちゃうんですか?」

「俺も海が見たくなった。ちょっと付き合え」

 

 そう言ってゆっくりと料金所を抜ける。……深夜割引付のはずなのにETCで7000円はかなり遠くまで来たのでは、などとアグネスデジタルが思っている間にも、車はこれまで来た方向の反対側に向かっていく。そう時間もかからず海沿いのパーキングが彼女の瞳にも映り、そのまま車は停まる。エンジン音も消えて、フロントガラス越しに月が眺められた。

 

「悪いがデジタル、ダッシュボードに黒い懐中電灯が入っていると思うから出してくれるか?」

「え? 街灯もありますし、なくてもいいんじゃ……」

「念のため、な」

 

 それでもという佐久間の声に、アグネスデジタルは怪訝な顔をしながらも助手席側のグローブボックスから無骨な懐中電灯を渡す。

 

「ありがとう。……この様子なら少しぐらい外に出ても大丈夫だろう。少し背中を伸ばしとけ」

 

 アグネスデジタルが待ってましたとばかりにドアを開け、飛び出していく。佐久間は後部座席側に投げていたジャケットを手に取って、周囲を見回しながら追いかける。トラックが数台いるだけで、外に出てきている人影はないようだった。

 

「トレーナーさんっ! 本当に道ができてますよっ!」

「だな」

 

 ジュニア向けのジーンズとパステルカラーのTシャツという姿に着替えたアグネスデジタルが佐久間を呼ぶ。浦和トレセンで職員が用意してくれていたものだ。靴も蹄鉄などがついていない普通のスニーカーを用意してくれていて、秋川理事長と現場の職員には感謝しかない。

 

「ほれ、半袖だと体が冷えるぞ」

 

 佐久間がデジタルの肩にスーツの上着を掛ける。正確に言えば日付はもう変わってしまっているが、この行動も本日二度目だ。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 おい、どうして顔を赤らめる……とは、佐久間もさすがに聞けなかった。仕方なくごまかすように柵に肘を乗せ、海を眺める。数分そのまま無言の時間が続いた。

 

「……トレーナーさん」

「ん?」

 

 静寂を破ったのはアグネスデジタルだった。肩に掛けられたジャケットの襟をきゅっと握っている。

 

「……ひとつ、聞いてもいいですか?」

「質問によるから、聞いてみてから答えるか決める」

「トレーナーさんは、なんであたしをスカウトしたんですか?」

 

 話したことなかったか? と佐久間が笑うが、その左手が胸ポケットの前で空を切った。ジャケットがあれば、おそらくそこに襟があったであろう場所だ。アグネスデジタルはその仕草に気がついて、肩に掛けられたジャケットの左内ポケットを漁る。

 

「あれ、タバコ吸ってたんですか?」

「……やっぱり良い目をしてるよ、ほんと」

「でも、これまでタバコの匂いがしたことはまずなかったような……」

 

 ポケットから取り出された薄い青色と白色のツートンカラーのパッケージ──古くさいデザインだとアグネスデジタルは感じた──とオイルライター、携帯灰皿の喫煙三点セットを手渡されつつ佐久間は苦笑いだ。

 

「一応学内は禁煙だしな。それに禁煙中の沖野チーフがいる手前、スパスパ吸うわけにもいかないだろう。念入りに消臭したり、色々してるんだよ」

「でも私は気にしませんよ?」

「珍しいな。たばこの匂いが駄目ってのも多いが」

「時々実家に遊びに来る叔父がヘビースモーカーだったので」

「なるほど」

 

 佐久間はそう言って海に背を向け、火をつけた。

 

「それで、どうしてスカウトしたのかだっけ?」

「はい!」

「実質的には一目惚れだ」

「へあっ!?」

 

 目に見えて飛び上がる担当に苦笑いしつつ、煙を吐いた。

 

「お前の強みは目にある、というのは前にも言ったな。熱くなりすぎるきらいはあるが、それを上回る視野の広さ、観察眼の正確さがある。そして、前に食らいついていけるだけのガッツがあった。ダート向きの脚質だが、芝でも走り方でカバーする。……それを考えて実行できる合理性と、ただ、他のウマ娘と走りたいという不合理ながら純粋な、故に強力な行動原理」

 

 蛍のように光るたばこの先端が隠れた。煙をアグネスデジタルから離すように首を振ったのだ。

 

「まっすぐで、不器用で、それを差し引いても余りある才能。伸ばせるものなら伸ばしたいと思った。そして、選考会に入ったら間違いなく他に取られることもわかりきっていた。だからこちらからスカウトした。ちょうど沖野チーフからも、ダート向けの子をひとり連れてこいと指令されてたしな」

 

 たばこが見えないように手に隠して、佐久間は笑う。

 

「俺はな、デジタル。今日お前が走ってくれて良かったと思っている。安田を回避してダートダービーに直行しようと言った俺を言い負かしてくれて良かったと思っている」

「トレーナーさん……」

「お前なら、きっとどこでも行けると思っている。それこそ芝でもダートでも、海外GIだって取れるだろう。俺たちならそれを証明できる、そう思った。……少なくとも、初めて担当したウマ娘がお前で良かったと、心底思っている。お前流に言うなら“推し”て良かったと思っている」

「……デジタルには、わかりません」

 

 アグネスデジタルが水平線の向こうに半分消えた月を見て、呟く様にそう言った。灰色がちな青い瞳が細められる。

 

「……スズカさんの思いも、スペ先輩の気迫も、すごく輝いてて、手を伸ばしたら、届いてしまって。あたしは、デジタルは、一緒に走りたいってだけで、走ってしまった。一緒にいたいってだけで走ってしまったんです」

 

 何を、と佐久間は問わなかった。数時間前のレースの話だとわかりきっていたからだ。佐久間は続きを待ちながら、たばこの先を明るく光らせる。

 

「シニアのウマ娘ちゃんたちと走る機会はこの先もあるかもしれない。それでも、そのいつかの機会が来るまでに引退してしまうかもしれない。だから早く走りたかった。マイルがメインだから、スペ先輩と走れる機会もまずないと思ってた。だから出たかった。……トレーナーさん、今日、あたしは勝って良かったんでしょうか。デジタルが、勝つ意味が、あったのでしょうか……」

 

 それを聞いた佐久間は口元からたばこを離し、煙を遠くに向けて吐いた。

 

「意味、か……。また難しいことを聞く。少なくとも俺は勝って良かったと思っているし、その結果を僻む奴は、誰が勝っても僻んだだろう。それでもお前が意味がないと切り捨てたら、負けた面々が浮かばれんだろうが、お前もそんな答えは求めてないだろう?」

 

 佐久間は携帯灰皿に灰を落とし、しばらく燃えるに任せた。

 

「サルトルって知ってるか? フランスの哲学者だ」

 

 アグネスデジタルは答えない。佐久間は海の方に向き直り、話し始める。

 

「実存主義というのを唱えた人でな。この人の恋人だったウマ娘、ボーヴォワールは『ウマ娘はウマ娘として生まれるわけではない、ウマ娘となるのだ』と言ったとされている。たぶんこっちの方がわかりやすいかもな」

「それ、あたしたちの名前のこと……ですか?」

「いいや。その問いはもっと根源的なもので、ウマ娘に限らず、ヒトにも共通する問いであり、その回答だった」

 

 彼の手の間でたばこの火がゆるゆると燃えていく。

 

「二度の大戦がもたらした総力戦の果て、フランスは何もかもが燃え落ち、神でさえも地に墜ちた。祝福されたはずの教会が石材に還り、神なんていないと悟った者たちは、なぜ生きねばならないのか、なぜ不幸を振りまいてまで競わねばならないのかと叫んだ。そのひとつの答えを導き出したのがサルトルだ。曰く『我々はサイコロと同じで、自らを人生の中へと投げ込む』」

 

 アグネスデジタルは彼が何を言いたいのかを掴みかね、ただ黙って月の光が揺れる海面を眺めている。

 

「存在することだけが真実であり、その向こうに神なんておらず、物事に理由なんてない。先にサイコロを振り入れなければ、前になんて進めない。結果や行動を規定する意味や意志なんて最初から存在しない。そんな考え方をサルトルは説いた」

 

 佐久間はタバコの火をもみ消す。

 

「結果も意味も、その理由も、誰かが与えてくれるわけではない。自ら意味を見つけなければならない。意味を知る前に、走り出すしかない。でもな……だからこそなんだよ、デジタル。勝ちたい理由も、走りたい理由も、その結果の善し悪しも、それら全てを自らの意志で追い求める自由を誰しもが持っている」

 

 アグネスデジタルの側に一歩寄り、しゃがみ込んで視線を合わせる佐久間。

 

「レースは意志のぶつかり合いの場。皆が勝ちたいと願い、積み上げてきた理由と意味を賭けて競い合う闘技場だからこそ、皆が惹かれてるんだろうと思う。今日はデジタルがその強さを証明した。自らの積み上げてきた理由と意味が、通用すると証明して見せた。だから、俺は今日走ってくれてよかったと、本気で思っているんだよ」

 

 真剣な顔でそう言い切って、それから笑って見せた。

 

「ほんとう、ですか……?」

「もちろん。君は君の理由で勝っていい。アグネスデジタルが望む理由で勝って良いんだ。それが君をきっと『ウマ娘アグネスデジタル』へと昇華させていく」

「それは……」

「望む道を進んでいいんだ。わからなくても、怖くても、進む自由を持っている。それは同時にここで別の道を目指す自由も持っているということでもある」

「もし、もしもですよ……」

 

 アグネスデジタルが言いにくそうに口を開く。

 

「私が、その……走るのをやめるって言ったら、どうしますか?」

「その時は俺自身が納得できる理由を探すさ。君が最善と思うあり方に賽を振り入れることこそが、どんな選択よりも優れていたと信じる他に何もない。その選択の先に最大の幸福があると信じるだけだよ。だから────」

 

 佐久間の手が、アグネスデジタルに伸びる。さらりとした髪をなでつける。

 

「悩みなさい。あがきなさい。その結果の羅列の果てに君自身が見いだした意味こそ、君が君であることの証明になる」

 

 アグネスデジタルの顔が歪んで、双眸から雫がこぼれた。

 

「でも、まずは休もう。時間はいつだって俺たちの味方だ。あと2時間もあれば金沢に入れる」

 

 そう言って軽く肩を叩いて、佐久間が立ち上がる。佐久間が先に車に戻るように歩き出した。

 

「────やめませんよ。あたしは、アグネスデジタルは、やめません」

 

 振り返る。月が消えた海を背に、アグネスデジタルの水色の瞳が光る。

 

「トレーナーさんが信じてくれた私を、もう少しだけ、信じてみようと思います」

「……そうか」

 

 佐久間はにやりと笑った。

 

「ならば契約更新だな、同志アグネスデジタル」

「はいっ! トレーナーさん!」

 

 乗れ、と車のドアのロックを外した。助手席にやってくるアグネスデジタル。エンジンを掛けつつ、佐久間は横を見た。

 

「さて、次を狙いに行くが、まずは金沢で一旦体を休めるとしよう。休む以外はできないだろうしな」

 

 車がまた走り出した。



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スペシャルウィークは出発する

 

アグネスデジタルさん

 

今日

 

既読

21:58

デジタルさん

起きてますか?

 

お疲れ様ですっ!起きてますよ!21:59

 

既読

22:00

夜中にごめんなさい。

出発する前に一度話したかったの

と、謝っておきたくて

 

へ?22:00

 

謝るって何をですか?22:00

 

既読

22:02

安田記念の時に襲われてしまって

ダートダービーもすぐなのに屋内

での練習になったって聞きました

いろいろ迷惑掛けちゃったなって

 

いえいえいえいえ!22:02

 

大変だったのはスペ先輩もです!22:03

 

だって結局、あのとき狙われたの

はたまたまあたしを襲うのが都合

が良かったからですから。スペ先

輩が勝っても誰が勝っても襲われ

ていたそうです

22:03

 

だからスペ先輩のせいではないで

すよ!

22:03

 

既読

22:04

ありがとうございます。デジタル

さんは優しいですね

 

スペ先輩ってもうフランスへ行っ

ちゃうんですよね……?

22:05

 

既読

22:06

はい

明日の飛行機で新千歳から直接

 

新千歳から直行便ですか!?

たしか新千歳からはフランス直行

ってなかった気がしますけど……

22:06

 

既読

22:07

あ、違います違います!

ヘルシンキで乗り継いでいくこと

になったので、結構大変そうです

 

それにしてもチームまるごとだと

本当に大変そうですね……

22:08

 

既読

22:09

ベルノさんは今からパスポート申

請だったりで大変そうですが、実

のところ私はあんまり……

 

既読

22:09

初めての海外なので、結構楽しみ

だったりします。

 

既読

22:10

でも、大変なのはデジタルさんも

ですよね

 

既読

22:10

聞きました。スピカから独立する

ことになったって

 

あーはい。22:10

 

でもトレーナーは今回の事がなく

ても最初からそうするつもりだっ

たみたいです

22:11

 

だから気にしないでください。22:11

 

それに、また新しいウマ娘ちゃん

を迎えて手取り足取り腰取り頑張

れるのはいいかなって思ってるん

です

22:12

 

既読

22:12

えっ

腰……?

 

まぁまぁまぁ、でもやっと戻れる

目処が立ちましたから大丈夫です

よ!

22:13

 

既読

22:13

あ、それは本当に、本当によかっ

たです!

 

はい、どうも襲ってきた人、ヤの

つく自由業の人に脅されてたみた

いで、それをつかんだ警察が裏賭

博場をいくつか摘発したらしいん

です

22:14

 

どうやら私たちのレースでいろい

ろ賭けてたみたいで

22:14

 

既読

22:14

なるほど

そうだったんですね……

 

原因がわかったのと、警備体制の

立て直しが終わったから戻るぞっ

てトレーナーが

22:15

 

既読

22:15

あんまり詳しくないのに口を出す

のもおかしいんですけど、それっ

て戻っても大丈夫なんですか?

 

こちらのトレーナーさんが言うに

は、少なくとも学園サイドなら大

丈夫らしいです。URAはあまり信

用してなさそうなんですけど

22:16

 

たづなさんが掲示板のブラフを流

したとかあったらしいですけどあ

たしはあんまり教えてもらってな

いんですよね。

22:17

 

カノープスのトレーナーさんにも

連絡とってたり、いろいろしてた

みたいなんですけどね……

でもずっと隔離ってわけにもいか

ないのもあって、最低限の安全が

確保できたら戻るぞって

22:18

 

既読

22:18

これでデジタルさんの隔離生活も

終わりなんですね

 

やっとですよー

この一週間ずっとトレーナー寮の

一室でカンヅメでしたから……夏

の原稿が一気に進んだのはいいん

ですが、そもそもあたしが現場に

入れるかの交渉がスーパーハード

モードなんで、今からトレーナー

さんとミッション・インポッシブ

らないといけないようです

22:20

 

既読

22:20

原稿とはかあまりわかってないで

すけど、やっぱり迷惑かけてたみ

たいで、本当にごめんなさい

 

ですからスペ先輩のせいではない

ですって!

それに、トレーナーさんもトレー

ナーさんです!

金沢まで来たのにウマ娘ちゃんた

ちとの交流も許されないって酷だ

と思いませんか!?

22:21

 

既読

22:22

えっと……?

そうですね……?

 

でも明日はご褒美で金沢のウマ娘

ちゃんたちと走っていいって言わ

れましたし、この不肖デジタル、

張り切りますぞー!

22:23

 

既読

22:23

デジタルさんは夜でも本当に元気

ですね

 

オタクのゴールデンタイムは夜で

すから!

22:24

 

……あと、スペ先輩。わたくしめ

の事はさん付けじゃなくて、デジ

タルと呼び捨ていただいてかまい

ませんよ?

22:25

 

というより、スペ先輩に敬語かつ

さん付けされるのは恐れ多いとい

うかなんというか……

22:25

 

既読

22:26

えっと、じゃあデジタルちゃんで

いい?

 

はい! ありがとうございます!22:26

 

既読

22:27

なら、私のこともスペちゃんって

呼んでくれていいよ?

 

いえいえいえいえいえ!22:27

 

そんな恐れ多い!22:27

 

私が私に解釈違いをしそうです!22:28

 

 

 


 

 

「デジタルちゃん、面白いなぁ……」

 

 ベッドに横になってスマートフォンを眺めていたスペシャルウィークの耳にノックの音が響く。

 

「スペ、起きていますか?」

「はい! 今開けます!」

 

 そう言いつつ、ガチャリとすぐドアを開ければ、どこか不機嫌そうなトレーナー……陽室琥珀が立っていた。

 

「スペ、海外ではそのように慌ててドアを開けないようにしなさい。しっかりドアスコープを確認してからでなければ危ないですよ。防犯意識を上げていくように」

「は、はい……! 気をつけます」

「よろしい。では少しお邪魔しますよ」

 

 後ろ手で雑にドアを閉めつつ、ずかずかと部屋に入り込む陽室。帯広から新千歳空港はかなり距離があるため、今日は札幌で宿を取っている。個室なのは海外に渡ればまたすぐに相部屋になるため、気を遣ってのことらしい。

 

「海外向けの荷造りはちゃんと終わっていますね。大変結構」

「えへへ、なんだか気が急いてしまって……」

「初めての海外ともなれば誰しもそうなるものです。私も昔はそうでした」

「えっ……?」

 

 思わず漏れた声に慌てて口を手で隠したスペシャルウィーク。

 

「なんですか、スペ。私にも幼少期というものがあったのですよ」

「なんというか、想像がつかないというか……」

「私とて最初からプロフェッショナルというわけではありません。そも、貴女と私では精々5歳か6歳しか年齢は違わないということを忘れられている気がしてなりませんね」

 

 そう言いつつ、ベッドに腰掛けた陽室がすっと薄く笑みを浮かべた。スペシャルウィークも、狭い机とセットになった椅子に腰掛ける。

 

「ところで、改めて聞かねばならないと考えていたのですが」

「はい」

「……ミス・アグネスデジタルに勝つために、貴女はどこまでできますか?」

 

 そう問われ、スぺシャルウィークは一瞬視線が落ちた。

 

「どこまでも……なんて言ったら、トレーナーさんは笑いますか?」

「いいえ」

 

 陽室は即答する。その声はいつもと同じトーンで、フラットだ。

 

「私はスペのそういった傲慢なところが気に入ったからこそ、貴女と組むと決めたのですよ。それを笑ってどうするのですか」

 

 おどけたように陽室はそう言うが、スペシャルウィークの視線は上がらない。それを見て、陽室は小さく溜息を吐いた。

 

「しかし、スペにも距離適性があるように、ミス・アグネスデジタルにも距離適性があります。マイルでミスに勝つことは、この先、常に分の悪い勝負になるでしょう」

「でもトレーナーさんは、私がマイルで走ることを許してくれました」

 

 スペシャルウィークの視線が上がる。

 

「ええ、貴女がそれを望みましたから。だからこそ、私は問わねばならないのです。どこまで、どのように戦うおつもりですか。マイルでもこれまで同様に強さを追い求めるのもよし、ミスを中距離や長距離に引きずり出すもよしです」

「私は……日本一のウマ娘になると誓いました」

 

 スペシャルウィークはそう言ってまっすぐと陽室を見つめる。

 

「だから、私はデジタルちゃんに勝ちたいと思います。彼女の距離である、マイルで」

「それまで退くつもりはない、と?」

「はい」

 

 その答えに、今度は長い溜息を吐く陽室。

 

「貴女は本当に不器用ですね、スペ。勝つだけならば色々とあるでしょうに、真正面からミス・アグネスデジタルの交戦距離(レンジ)に飛び込むのは、少々骨が折れますよ。……少なくとも、ミスにとって貴女の渇望とは追い抜かせる程度のものでしかなかった」

「え?」

「自己暗示に頼らせすぎた私にも当然責任はあります。しかし今の貴女は、どうやら本気の出し方それ自体を忘れてしまったように見えてなりません」

 

 腕を組んだ陽室。その言葉の先をスペシャルウィークは待った。

 

「レースは勝つか負けるかの真剣勝負です。誰しもが本気になります。これまでは、スペが後方から追い抜こうとする気迫だけで大半のウマ娘が道を空けてくれていましたが、ミス・アグネスデジタルはそうもいきません。貴女が本気の渇望を抱いてはおらず、また貴女の気迫が決して殺意に通ずるものではないという事実を、ミスは本心から信じ切っていました。貴女の威圧を真っ向から受けてなおです。であれば、一度追い抜いただけで易々と諦めてくれないのもまた道理でしょう」

「……私の頑張りが、足りてなかったんでしょうか?」

「いいえ、スペ。いいえ。努力の問題でも、準備不足でも、ましてや天運でもありません。ただ、あの場で勝ちたいという執念を、渇望を、ミスの方が強く持っていたのです。貴女のプレッシャーが演じられたイミテーションでしかないと見抜けるほどに、その感情は強かった」

 

 スペシャルウィークは言葉を発しようとしては飲み込むのを何度か繰り返した。彼女が結局口を閉ざしたのを見て、陽室は続ける。

 

「ミスター・佐久間とミス・アグネスデジタルの勝利を、あの会見の場では私も『作戦勝ち』と評しましたし、実際に世間もそう捉えているでしょう。あるいは当人たちですら、半分そう考えているかもしれません。ですが、終わってみればあっけないものです。これは貴女を()()して言いますが、振り返ってみれば、我々は負けるべくして負け、屈辱的な完敗を喫しました」

「それ、は……」

「貴女が強すぎた弊害でしょうね。本気の出し方を忘れてしまっても、確かに無理のないことです。ですがこうして敗北した以上、ここから先はそのまま進むわけにいかないのですよ。……ミス・アグネスデジタルをマイルで地に墜とすという渇望を貴女が自覚する以上、貴女はミスを汚す覚悟をもしなければならない。これまでの貴女が数多のウマ娘を覚悟なく地に墜とし、また覚悟なく墜とされた、先送りにしていたその事実を今ここで見つめなければならない」

 

 陽室は静かな瞳でスペシャルウィークを見つめ、立ち上がる。椅子に腰掛けたままのスペシャルウィークの前までゆっくりと歩いた。

 

「ミス・スペシャルウィーク。貴女の傲慢さは紛れもない強みですが、その個性は同時に自分以外の全てを低く見くびる悪癖にも繋がるものです。クラシック三冠。GI七冠。皇帝を超え、怪物を超えるもの。……名声を積み重ねた貴女の首は重いですよ。誰しもがその首を取りに、死に物狂いで挑んできます。ですから、これからも勝つと決めた以上は覚悟を決めなさい。これまでの温い渇望に浸っていては、こちらが喰われることになる。なにも、ミス・アグネスデジタルに限った話ではありません」

 

 そう言ってスペを見下ろす陽室。スペシャルウィークはその瞳をまっすぐ見つめ返した。

 

「……私は、いつでも本気でしたよ」

「そうですね、貴女がそう信じていたことを私も願っています。だとしても、これからは今まで以上に本気で向き合わねばならないのですよ。レースにも、ウマ娘にも、夢にも、あらゆる全てに対して」

 

 陽室は部屋を出る方向に歩いていく。ドアを開ける前に立ち止まり────

 

「ふむ。今の貴女に、何かアドバイスをするならば」

 

 ────小さな声で呟いた。

 

「女神を殺すように、彼女を殺しなさい」

 

 陽室はそう言い残して部屋を出て、()()()間違いなくドアを閉め切る。彼女は少し歩いてから、廊下に立つ人影の前で足を止めた。

 

「盗み聞きも淑女の嗜みとは知りませんでしたよ、マックイーン」

「こんばんは、トレーナーさん」

 

 部屋からギリギリ死角になる場所に立っていたメジロマックイーンがにこやかに笑う。横にはぼったくり価格の小さな自販機が鎮座し、その蛍光灯が彼女の笑みを照らしていた。

 

「少々お行儀が悪かったのは自覚しておりますわ。それでも、気になってしまったもので」

「私が個室のドアを閉め切らないだろうと考えて、わざわざここで待っていたと?」

「トレーナーさんは私の視線に気づいておられました。それでもなおスペシャルウィークさんの部屋に向かわれたので、そういうことだろうと受け取ったのですが……」

「眼が良すぎるのも考えものですね。それで、貴女が気になっていたことは解決しましたか?」

「いいえ。……あそこまで、スペシャルウィークさんを追い詰める必要があったのでしょうか」

 

 そう問われた陽室は、どこかつまらなさそうに笑いながら自販機に紙幣を差し込む。水を買ってメジロマックイーンに投げ渡すと、もう1本自分用に買い、封を切った。

 

「……遅すぎたほどですよ。スペには温いだのなんだのと散々言いましたが、私こそ温すぎました。勝って当然だと思っていた。こんなところで負けるはずがないと思っていた。まさか、ミス・アグネスデジタルに差し切られるなどとは考えもしなかった」

 

 そう言って水を一口飲み、すっと目を細める。

 

「スペの『絶対』を妄信した末路がこれです。だから言ったのに、とベルノには叱られそうですね。貴女も叱るか笑うかしてくれて構わないのですよ、マックイーン。その方がいくらか楽です」

「……トレーナーさん」

「以前、とあるウマ娘に『あなたは間違えている』と真正面から言われたことがありました。半年の時が経ち、その言葉がある意味で証明されたわけです。……どのような物事であっても、本気すぎるとメリットよりもデメリットの方が優りがち。だからこそ気高すぎる本気は必要ない、命懸けで取り組むということ自体がナンセンスなのだと、そう考えていたのですがね」

「そうだったのですか?」

 

 メジロマックイーンが虚を突かれたような声でそう言った。

 

「てっきり私は、トレーナーさんこそ命懸けで物事に取り組むような方だと思っていたのですが」

「冗談が上手いですね、マックイーン。この道楽トレーナーを見てそのようなことが言えるとは」

「……不躾は承知でお伺いしますが、トレーナーさん。貴女は、かつて命懸けで夢に挑んだのではありませんか。だからこそ、今なおウマ娘(私たち)にその夢を懸けているのではありませんか」

「マックイーン、明日の朝は早いです。もう睡眠を摂るには良い時間ですよ」

「トレーナーさん。先送りにしていた事実を見つめ直すのは、今ではないのですか?」

 

 メジロマックイーンの言葉に陽室は苦笑を浮かべた。彼女が表に出す普段の表情とは違い、それは全く取り繕うことなく出てきた表情であるように感じられた。

 

「叱っても構わないとは言いましたが、ここまで的確に叱られては立つ背がありませんね。……私の経験からスペの指導方針を定めたのは大きなミスでした。ウマ娘は想いを背負って走るのだと認識していたにもかかわらず、スペが特にそういった傾向を強く見せていたにもかかわらず、私は過去の挫折から無意識の保身に走り、スペにもその道を歩ませてしまった」

「……その挫折について、お聞きすることは許されますか」

「話すこと自体は構いませんが、実にありふれた話でしかないですよ。銀幕の頂点に上り詰めるのだと豪語していた少女が、埋めようのない身体能力の違いを前にその意志を折ってしまったというだけですから」

 

 ウマ娘は、たとえ本格化が過ぎ去った後でもヒトとは比べ物にならない身体能力をその身に秘めたままであり続ける。映画俳優という職業にあって、身体能力がずば抜けて優れているという事実がもたらす恩恵はどれほどのものか。

 

「『あらゆる』俳優の頂点に立つのだという夢は、私がヒトに生まれた時点で叶うことのないものでした。今思えば、演技派俳優というジャンルで見れば私も良い線を行っていたとは思いますし、一言に映画俳優と言ってもそう簡単に括れるものではないのですが……当時の私にとって、自分がどうしても追い越せないライバルがいるということを突きつけられた事実はあまりにも重かった。無垢な夢を砕かれた少女は急に仕事の全てがつまらなくなって、逃げるようにその世界から去っていった」

 

 ありふれた話でしょう、と陽室は最後に付け加えて、水をもう一度口に含んだ。

 

「感傷的になると自分語りをしたくなってしまっていけませんね。重要なのは、過去の経験から私が夢に対する退避路を準備してしまっていたということです。もしも上手くいかなかったらどうするのか。その段に至ったとき、よく回る口で言い訳を作るための逃げ道。それを作れないことこそが、本気すぎることのデメリットであると」

「本気で夢に向かって走り、それが叶わなかったという事実を正面から受け止めることは困難だと仰りたいのですか?」

 

 メジロマックイーンの言葉に陽室は頷きだけを返した。

 

「結局のところ、私はスペのことを信じきれていなかった。彼女が勝利するのは当然だと考えておきながら、同時に彼女が敗北したときの言い訳も用意していたのですからね。その矛盾に気づけなかったのは愚かというほかありません」

「……完璧主義が過ぎますわね、トレーナーさんは。目標の99%を達成しても、1%が上手くいかなければ失敗でしかないと感じてしまうタイプなのではありませんか」

「自覚はあります。それが悪癖であるということまで併せて」

「では、陽室琥珀が育てたスペシャルウィークは失敗作なのですか?」

 

 教え子にそう問われ、陽室はくすりと笑う。

 

「まさか、口が裂けてもそのようなことは言えませんよ。スペの走りは私の思想を変えてくれました。次は私がスペの進む道を整える番です。このようなところで止まってはいられません」

「その通りですわね、止まっていては差し切られますから。……トレーナーさんにもうひとつだけ。私たちの夢だけではなく、覚悟をどうか信じてくださいまし。スペシャルウィークさんも、ベルノライトさんも、そして私も、一度の挫折で諦める程度の渇望を宿してはいません。それはトレーナーさんが一番よくご存知のはずです」

「まったく、本当に手厳しいですね。ですが貴女の言う通りです。……だからこそ、我々は経験を積まねばならない。この夏は海外の猛者たちの胸を借りることとします。スペなりの死に物狂いが吉と出るか凶と出るか、賭けましょう」

 

 ヘルシンキ行きの飛行機が出発するまで、既に12時間を切っていた。





『スペシャルウィークは望まない』。
『アグネスデジタルは優勝したい』。

 違いはそれまで。



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アグネスデジタルは結成したい

『日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称中央トレセン学園は、フランスのジャック・ル・マロワ賞に挑戦するウマ娘、スペシャルウィークさんを擁するチームテンペルが本日フランスに向けて出発したことを公表しました。先日の安田記念では記者会見後に刃物を持った男に襲われるという事件が発生したばかりであり、渡航の日程は非公開となっていました』

 

 西日が差し込む車内でカーラジオのニュースを聞きながら、佐久間はウインカーを点灯させ、車を静かに学園の駐車場に入れる。

 

「さて、チームテンペルがフランスに行った以上、国内の世間様の目はお前に集中するぞ。良くも悪くもセキュリティ対策を引き上げざるをえない。……最終確認と行こう」

 

 佐久間は車をバックさせて枠にきっちり収め、エンジンを切れば、同時にニュースが途切れ静かになる。助手席にはすでに制服に着替えているアグネスデジタルが緊張した面持ちで座っていた。

 

「ファンと名乗るウマ娘ちゃんから差し入れが届いた。どうする?」

「先生や事務員の皆さん、それからトレーナーさんが安全を確認するまでは勝手に開封しない! 食べ物や飲み物は絶対口にしない! 手作り品は特に警戒!」

「そうだ。薬物混入の可能性を常に警戒しろ。基本的に自分で買ったもの以外は信用するな。それがクラスメイトであってもだ。自分で買ったものでも、飲みかけで目を離した飲み物などは絶対に口にするなよ。……次、週刊誌の記者がいきなりマイクを向けてきた。どうする?」

「デジタルに関することなら答えてもいいけれど、複数人に囲まれそうになったら逃げる! 他の人に関する意見を聞かれたら答えられないと断って、しつこいようならその場で110番!」

「結構。答えたくない質問には答えなくていい。俺がそばにいるなら俺を呼べ。必要に応じて記者会見を開くこともできる。後ほど記者会見を開きますから、とハッタリかまして逃げてもいい。お前の安全が第一だ」

 

 ある程度会話を交わしてから、佐久間がドアを開け外に出る。助手席側に回り、アグネスデジタルを下すと、正門側からデジタルをかばうように立ちながら校舎の方へと抜ける。そのまま校舎に入って、やっとデジタルが胸をなでおろす。

 

「あーいむばっくほーむ!!」

「お疲れさん。疲れてるところ悪いが、サクッと部室だけ整理しにいっとこう。トレーニングは明日から再開するが、今日の内に準備しておきたい」

「ですね! チームということは、あたしのほかにもウマ娘ちゃんを迎え入れなければいけないわけですし!」

 

 間近でウマ娘ちゃんを眺められるチャンスを作らねば……! と意気込むアグネスデジタルを見て、佐久間はどこか感慨深そうに笑みを浮かべた。前までは『他のウマ娘ちゃんと同じ空気を吸うなんて恐れ多い』などと言っていたのに、だいぶ図太くなったものだ。

 

「部室の方は理事長が手配してくれた。課外B棟5階の北西角で、今日から使っていいそうだ。西日がきつそうだな」

「おー……って、そこ練習トラック見放題の場所じゃないですかっ! なんでそんな特等席が空いてるんですかっ!?」

「グラウンドからも食堂からも教室からも遠くて、いまいち使い勝手が悪いからだよ」

 

 そう言いつつ、トレーナーの執務室兼チーム部室が詰まった課外活動B棟への渡り廊下を目指すふたり。

 

「とはいえ、最上階で見晴らしもいいし、トラックを上から眺められるのは強みかもしれないな」

「スピカのときはちょうど反対側でしたもんねぇ」

「だな。……目下の問題は、チームとしてあと何人かはメンバーを確保しないといけないことだな。中央への転入予定で見込みのある子がいるからとは、たづなさんから言われてこそいるが……いくらかはスカウトしないとな」

 

 佐久間の言葉に首をかしげるアグネスデジタル。

 

「あれ? でも、チームテンペルってそんなに人数いないですよね。かれこれチーム結成から2年半くらい経ってるはずなのに」

「本来なら取り潰しになるはずだったんだが、スペシャルウィークの戦績だけで押し切ってる。まぁ、うちもデジタルの戦績で押し切ろうと思えば押し切れるんだろうが……」

「そういうの、トレーナーさんは嫌いそうですもんね」

「よくわかってるじゃないか」

 

 階段の一歩前を進みながら、デジタルは笑った。

 

「なんだかんだで1年以上の同志ですから」

「……そうだな」

 

 どこか満足そうに息を吐いて、佐久間が続く。

 

「北西角だからこっち側の……わぁ、本当に一番奥ですね!」

「遠い分静かだが、移動にちょい時間がかかるな」

「それだけ道中にウマ娘ちゃんとすれ違うチャンスと考えれば……」

「そういうところは本当に変わらないな」

 

 佐久間がまだプレートのかかっていない扉に手をかけ、動きを止める。

 

「ト……?」

 

 ──―レーナーさん? と続ける前に、佐久間の人差し指が口元に持っていかれた。『喋るな』のジェスチャーにデジタルが口元を覆う。佐久間が声を出さないように口パクで伝える。

 

 ダ・レ・カ・イ・ル

 

 デジタルを手招きし扉の前から退かせると、彼女を自身の身体の影に隠すようにしつつ、ベルトに挟んでいた15センチほどの長さのあるフラッシュライトを逆手に持ち、強烈なストロボが焚けることを確認する。

 

 カ・ク・レ・テ・ロ

 

 佐久間がドアを半ば蹴り開けるようにして勢いよく飛び込んだ。

 

「よぅ、遅かった────んがっ!」

「動くな! ……ってゴールドシップ!?」

「へ? ゴールドシップさん?」

 

 デジタルが慌てて部屋の中を覗き込むと目元を押さえてのたうち回っている芦毛のウマ娘とそこからかなり離れた場所で懐中電灯をベルトに戻している佐久間が見える。

 

「さくまん……さすがに問答無用で目潰しストロボはさすがに過激な挨拶が過ぎますことよ……」

「いや、流石にここまでクリティカルなタイミングでゴールドシップがいるとは思わなかった……すまん……」

 

 佐久間は素直に謝罪しつつゴールドシップを助け起こす。

 

「えっと、ゴールドシップさん?」

「おうよ! 元気そうでなによりだぜアナログ!」

「デジタルですっ!」

 

 ようやく部屋に入ってきたデジタルにもあっけらかんと挨拶をしてゴールドシップ。佐久間が口を開く。

 

「で、だ。ゴールドシップ、お前はなんでここにいるんだ?」

「なんでって、今日からここがゴルシ様たちの部室になるからだろ?」

「……ちょっと待て」

 

 佐久間の顔色が変わる。デジタルは会話についていけていない様子だ。

 

「お前、スピカはどうした?」

「もちろん脱退届を出してきた! 我らが黄金船、チームスピカを堂々退場す、ってな!」

「はぁっ!?」

「ちょっと待ってくださいよっ!」

 

 佐久間とデジタルが同時に突っ込む。

 

「おまっ、何したかわかってんのか!?」

「そうですよ! ゴールドシップさんは宝塚連覇を賭けた大切な時期じゃないですかっ! そんなタイミングでフリーになったら出場権を逃しちゃいますよっ!?」

 

 慌てふためくふたりにゴールドシップは笑って頭の後ろに手を組んだ。トゥインクル・シリーズの出場にはトレーナーとの契約が必須条項として盛り込まれている。このタイミングでチームを抜けるということは、出走できないレースが出てきてもおかしくない。

 

 ましてやゴールドシップは宝塚記念出走を賭けたファン人気投票で堂々の1位を──凄まじいことに、その投票数はスペシャルウィークにすら僅差で優った──獲得した、文字通り人気筆頭のウマ娘だ。去年の宝塚記念覇者で人気も十分すぎるほどにあるウマ娘が、出走資格の失効による競走除外を意図的に引き起こすなど、到底許されるものではないのだ。

 

「問題ない問題ない。さくまんがチームに引き入れるって言ってくれればフリーエージェントを行使しなくていいわけだしよ。それに、スピカにはスズカたちがいるんだぜ? ゴルシちゃんが活躍しても枯れ木も山の賑わいになるだけじゃねぇかよ」

「……本心を話せ、ゴールドシップ。お前は自分の勝利の意味をそんな低くは見積もっていないだろうが」

 

 佐久間の声が低く落ちる。それを見てにやりと笑ったゴールドシップが腰を軽く折って、下から見上げるように佐久間を見つめた。

 

「そう怖い顔すんなよ、佐久間()()()。でもやっぱりいい勘してんな。理由は単純明快。さくまんのチームの方が面白そうだから。そう話したら、沖野トレーナーも乗ってきた」

「沖野チーフが?」

「チームスピカの沖野チーフトレーナーから伝言だ。『約束通り、チーム独立の記念にエプソムダービーと宝塚の二冠を預けておく。下手をこいたら即刻取返しに行くから、首を洗って待ってろ』らしいぜ」

「……まったく、食えないことをしてくれるお人だ、あの人は」

 

 佐久間は頭を抱える。

 

「安心しろって、宝塚もちゃんともう一回獲ってやるからよ」

「……落としたら承知しないぞ」

「おうよ。これからよろしくな、佐久間トレーナー」

 

 ゴールドシップが拳を差し出した。佐久間は苦笑いでそれに拳を合わせる。

 

「で、今からどうすんだ?」

「まずは備品の確認だ。できればもう少しチームメンバーを増やしたいが……メンバーの検討は追々でよかろう」

「部屋の確認なら済ませてるぜ! 角部屋の特権がいい感じだよなぁ」

 

 その場でくるりと回りながらゴールドシップが部屋を指し示す。角部屋ということで2方向に開いた古いアーチ型の窓からは、レースカーテン越しの西日がこれでもかと差し込む。特に西側に向いた窓からの光線が、部屋の対岸を埋める棚──といっても、まだほぼ空なのだが──に突き刺さっていた。

 

「これからの季節は死ぬほど暑そうだなこの部屋。このすぐ上普通に屋根だろうし、エアコンをガンガンかけないとしんどいかもな」

「冷房ちょっと苦手なんですよねぇ……」

「まーそんときはビニールプールでも持ち込んで、氷水で脚冷やしながら会議しようぜ!」

「やめろ。事故って階下を浸水させたなんてことになれば洒落にならん」

 

 佐久間が即却下すると唇を尖らせるゴールドシップ。隣の部屋に通じるドアを開けると、ほぼ同じ広さの部屋が顔を出す。北向きで直射日光がない分いくらか薄暗く見える。

 

「こっちは執務室兼物置かな」

「人数が増えてきたら考えてもいいかもですね。でもこれ、壁に貼ってあるシートってホワイトボードシートですよね? もしかしてこれ、壁一面ホワイトボード……?」

 

 デジタルがすぐに気が付いて、壁に触れながら言った。

 

「あぁ、これは助かる。ホワイトボードは広ければ広いほどいいからな。プロジェクタをこっちに設置して会議もこっちでやればいいし、入り口に近い方は生徒の休憩室兼簡易的なトレーニングスペースで使うか」

「りょーかいです!」

「そういやこの階にも生徒向けの更衣室とシャワー室がばっちりあるし、必要なものは持ってきといていいか?」

「ああ、それなら鍵付きのロッカーを手配するからそれまで待ってくれ。他人がアクセスし放題の場所に着替えやシャンプーを放置するのも気味悪かろう」

「佐久間の旦那は気が利くでござるぅ」

「お前バカにしてるだろゴールドシップ」

 

 佐久間に突っ込まれ、舌を出して頭をこつんと叩いて見せるゴールドシップ。

 

「あ、そだそださくまん」

「ん?」

「チーム名どうすんだ。第2スピカってわけにもいかないだろうし、名前を決めなきゃだろ?」

 

 ゴールドシップがそう言った。

 

「あー……一応デジタルとも話してたんだが……」

「ペルセウスが良いんじゃないかなって思ってて……」

 

 ペルセウスねぇ、とゴールドシップが意外そうに呟いた。

 

「いいんじゃねぇのペルセウス。怪物殺しのペルセウスだろ?」

「お前の知識は他にももっと活かし処があると思うんだが……まあいい。デジタルはかなり引っ込み思案なところがあるから、名前だけでも好戦的に行こうかなと思ってね」

 

 佐久間がそう言って笑う。

 

 チーム名の命名規則にルールはない。せいぜい『報道で用いられても問題ないと判断される用語を用いること』程度だ。しかしながら、トレセン学園中央校の伝統として、チーム名は星や星座に関連する用語を掲げることが通例となっている。……もっともその通例も樫本トレーナーの率いるチーム・ファーストが旗揚げされてから緩和され、さらにその後チーム・キャロッツなるチームが爆誕してから、ほぼほぼ有名無実化している。

 

「正直。そんな危ない感じの勇者になる気はないんですけど……」

「安心しろ。これからお前は芝でも砂でも怪物じみた差し足を嫌でも発揮することになる」

「それのどこが安心できるんですかっ!?」

 

 デジタルはそう言って尻尾を振り上げるが、佐久間は気にした様子はない。

 

「勇者になる責任はデカいぞ。いつか後輩がその背を踏み台にして飛び越えていくまで、走り続ける事を強要される。『それでも』と走り続けることが出来た奴だけが得られる称号だ。……少なくとも、デジタルはその一歩目を踏み出したし、ゴールドシップもその道行きの半ばだろう」

 

 願わくば、と佐久間は続けた。

 

「勇者として長く前線を走り続けて欲しいとは思うが、まずは目の前のレースに集中していこう」

「んじゃ、次はアタシの宝塚だな! チームペルセウスの初白星決めてくるぜ!」





//NEXT CHAPTER ==>
第5章『衝撃のロンシャン』

「Good, Samurai-Girl. I love a girl as bold as you」



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衝撃のロンシャン
Barブロンズ・開店記念(5)


「もう、本当にあのときは、というかあのころから、たいへんだったんれすからね!」

「デジタルちゃん、酔うの早くない……?」

 

 安田記念の顛末を語り切るころには、アグネスデジタルはすでに顔がかなり赤くなっていた。

 

「大丈夫です。不肖デジタル、この程度では潰れません! 海外赴任中は付き合いで飲まなきゃいけないこともありましたし、水が合わなくてひどい目にあったりもしましたけど、乗り切ってきたんですから!」

「そうだね、デジタル頑張ったねー。というわけでネイチャちゃん、チェイサー。もうピッチャーごとデジタルに抱えさせて」

 

 セイウンスカイがなだめすかしつつそんなことを言う。ナイスネイチャも慣れたものですぐに大きな氷入りのグラスになみなみとお冷を注いで出した。

 

「ピッチャーよりこっちで出した方が早いし、アタシが見るよ」

 

 喉を鳴らして丸々いっぱい水を飲み干すアグネスデジタル。すぐにお冷が追加される。

 

「スカイさんも慣れてるねぇ。こういう扱い」

「フフン、自分が弱いと相手の扱いも慣れるもんよ」

「後で『とんでもないご迷惑を』と言い始めるアグネスデジタルさんが見えますわね」

「そっか、デジタルちゃんは記憶が残るタイプかぁ」

 

 ナイスネイチャの声にメジロマックイーンが苦笑いを浮かべる。そのタイミングでチリンとドアベルが鳴った。

 

「あれっ!? もしかして集合時間間違えてましたかっ!?」

「いやいや、この面子が早すぎるだけ。ベルノさんもお疲れさま。今仕事あがり?」

 

 学生時代から同じ髪飾りをつけたウマ娘──ベルノライトが中の様子を見て驚く。

 

「そうなんですよー。デアちゃんとカナロアちゃんのコーチングプランを見直してたらこんな時間になっちゃって」

「あのころからスぺちゃんの実質的なヘッドコーチだったしねえ。今でも頼られっぱなしなんでしょ?」

 

 セイウンスカイがそう言って手を振る。控えめに振り返しながらもベルノライトは続ける。

 

「おかげで目が回りそうです。……というか、今日って平日ですよね? 皆さんはお仕事とか大丈夫なんですか?」

 

 ベルノライトはそう言ってメンツを見回す。

 

「今日は午後半休でなんとかできたからね。明日の理事会には出るよ」

「私は明番(あけばん)なのです。緊急呼び出しに備えてアルコールは口にできませんが」

「もともと平日も休日もない仕事してるしねぇ、執筆業の面目躍如だねぇ」

「少しは休めと人事二課の警視正から怒られちゃったんで、問答無用の有給でお休みなんれすよぅ」

「……そうでした。この人たちはこういう人たちでした」

 

 明らかに肩を落としながら、すごすごとカウンターにつくベルノライト。

 

「みんなキラキラ大驀進してて眩しくなっちゃうよねぇ。ベルノさんが来てくれてちょっとほっとしたわ」

「そういうネイチャさんもキラキラ組じゃないですか。3年連続有馬記念3着は伊達じゃないですよ?」

「たはー。マックイーンやテイオーみたいな華はないよ」

「そんなことはありませんわ!」

「おわっ」

 

 何飲む? と聞く前に、メジロマックイーンが会話に割り込んで来た。

 

「ナイスネイチャさんはいつだって、私とテイオーの前に立ちはだかってきたではありませんか。テイオーも間違いなくそれを認めるはずです」

「マックイーン……」

「それに、ライバルとして認めていた相手がそうも卑下してくるのを聞いているのは、私としても心穏やかではありませんわよ。これでも人を見る目だけはあると思っているのです」

 

 胸を張ったメジロマックイーン。それに、と続ける。

 

「私たちの代、栄光ある日本ダービーの優勝レイを手にしたのは貴女だったではありませんか」

「あ、あれはまぁ……うん、そうだけどさぁ……」

「皐月を獲ったテイオーも、菊花を獲った私も、ダービーには手が届かなかったのです。それをキラキラと呼ばずに何と呼ぶのですか」

 

 そう言うメジロマックイーンはどこか不満げだ。

 

「やはり、貴女はもう少し自信を持ってよいと思うのです。スペシャルウィークさんの後を追って、トゥインクルシリーズを駆け抜けた日々の中で、ナイスネイチャさんの姿は確かに光っていた。それをなかったことになどできませんし、させませんわよ」

 

 ナイスネイチャの方を見ながらベルノライトは笑う。

 

「ですって。ネイチャさん」

「……まいったな。こりゃ」

 

 ナイスネイチャは頬を赤くしつつ頭を掻いた。

 

「うん、ちょっと失言だったわ。忘れて」

「そうすることといたしましょう」

「ネイチャさん、おすすめのカクテルはありますか? サワーっぽいさっぱり系がいいんですけど」

 

 すっと割り込んだベルノライトのオーダーに頷くナイスネイチャ。

 

「じゃあギムレット・ハイボールでも作ってみようか。ライム系だけど大丈夫?」

「はい。……ギムレットって度数が高いイメージがあるんですけど」

「それをソーダで割るから、度数はそんなに心配しなくていいよ?」

「ではそれで」

「うっし。ちょっと待ってね」

 

 ナイスネイチャはシェーカーを取り出し、ライムジュースとジン、さらにシロップを手際よく注ぎ、氷と一緒にシェーカーを振る。それをベルノライトがきらきらとした目で見ていた。

 

「やっぱりバーテンダーさんだぁ……」

「バーテンダーですからねぇ」

 

 ロングのグラスに出来上がったギムレットを注ぎ、ソーダ水を注いであっという間にドリンクが出来上がった。

 

「あい、ギムレット・ハイボール。度数気にしてたから少しジン薄めにしてるよー」

「ありがとうございますー!」

 

 淡い緑色のカクテルを渡されて手を合わせて喜ぶベルノライト。その様子を見ていたセイウンスカイが笑う。

 

「修行したっていうのは本当なんだねぇ」

「そりゃあお出しするお飲み物は自信もって出せるだけ練習したからね」

 

 ウインクをするナイスネイチャ。

 

「それでさ、アタシはベルノさんとかの話も聞きたいわけですよ」

「わ、私の方こそあんまりそういう話は……」

「とか言っちゃって、大活躍だって聞いてますよ、ベルノライト()()()()()()()()?」

「あれはデアちゃんが大活躍なだけですから……カナロアちゃんに関してはカレンちゃんがサブトレとして見てくれてますし」

 

 そう言いながら、ベルノライトは赤くなって俯いた。

 

「またまたそんな。チームテンペルがどれだけURA賞ウマ娘を出してるのか知らないと思ってる?」

「デアちゃんやカナロアちゃんはもちろん、ブエナちゃん、キズナちゃん、ヴィクトちゃん、リスちゃん……琥珀さんがまだチーフトレーナーだったときだって、トレーニングに関してはみんな琥珀さんよりベルノさんに見てもらった時間の方が長いからね。私もそうだし」

「とんでもない名前しか並んでないけど、それを語ってるスペちゃんが結局一番とんでもないあたりもうね」

 

 溜息を吐きながらセイウンスカイが言う。

 

「今でも時々思うよ。あのころの私はこんな化物相手に頑張って走ってたんだなあって」

「そんなこと言われたら傷ついちゃうなあ」

「それ、他人の頭撫でながら言う台詞じゃないからね。ほんとスペちゃんのそういうところ苦手だよ」

「やめよっか?」

 

 スペシャルウィークの問いに対するセイウンスカイの返事はない。

 

「はいはい、いちゃつきはそのくらいにしてもらって。このままじゃドリンクにシロップ入れ忘れかねないから」

「あはは……」

 

 ナイスネイチャの言い草に苦笑するベルノライト。

 

「チームテンペルで見てる子はみんなすごく頑張ってくれてますし、結果も残してくれてます。でも、やっぱり私はトレーナーさん……あ、陽室さんのことですけど、あの人にはかなわないなあって」

「そういえば、トレーナーさんは最近何をなさっていらっしゃいますの? 最近はあまりトゥインクルの情報を追えていないのですが……」

「えっと……情報を追えてなくても、最近ダート戦線が盛り上がってるのはマックイーンちゃんも知ってるよね?」

 

 ベルノライトの言葉にメジロマックイーンは頷いた。

 

「その程度は当然聞き及んでおります。URA所属のウマ娘があろうことか米国三冠を達成したのですから、盛り上がらないはずもありませんわね。ダートを主戦場にする方々は、誰もがコパノリッキーさんに続け、あるいは倒せと息巻いて────」

「そう、リッキーちゃんだよ」

「…………まさか」

「そのまさか。陽室さん、リッキーちゃんを見つけるなりスカウトして、『チームテンペルは任せました』って置き手紙ひとつで権限全部私に回した挙句、いつの間にかアメリカに行っちゃってたんだよ……それでリッキーちゃんに米国三冠獲らせちゃったの……」

 

 アメリカクラシック三冠。ケンタッキーダービー、プリークネスステークス、ベルモントステークスの3レースからなる、アメリカのクラシック期ウマ娘の頂点を決めるレース群だ。

 

 特徴的なのは、その全てがダートコースであること。アメリカでは芝よりもダートでのレースが盛んであり、格上だと見做されている。これは世界的にも珍しいケースであり、すなわちアメリカのダートで頂点に立ったウマ娘は、世界中のダートでトップに立ったウマ娘であると言っても過言ではない。

 

 そんな国でクラシック三冠を成す偉業を、米国外のウマ娘として初めて成し遂げたのがコパノリッキー。そしてその立役者こそ、他ならぬ陽室琥珀であった。

 

「ってことは陽室トレーナーって、今テンペルじゃないんですか?」

「ダートのために……というか、リッキーちゃんのために『チームトレミー』を作って出て行っちゃいましたよ……」

 

 少しずつ呂律が回るようになってきたアグネスデジタルの問いにそう答えるベルノライト。既に半泣きの様相だが、そうやって出て行った陽室はこれ以上ない成果を上げてしまっているのでなおのことたちが悪い。

 

「なるほど、トレーナーさんがコパノリッキーさんを……何と言いますか、納得の方が先に来ますわね」

「ネイチャさんも知ったときは驚いたけど、よくよく考えてみればいつもの陽室トレーナーって感じだよねぇ」

 

 メジロマックイーンとナイスネイチャがいっそ呑気な口調でそう言ったが、一方でベルノライトは落ち込んでいる様子だった。

 

「私もトレーナーとしては結構頑張ってるつもりだし、そこを認めなかったら私が受け持ってきた子たちに申し訳なくなっちゃうから、そんなことをするつもりはないよ。でもね、実は……デアちゃんもカナロアちゃんも、私がスカウトしてきたわけじゃないの」

「そうなのですか? ではどなたが?」

「カレンちゃんだよ。トレーナーとしては新米だけど、伸びそうな子を見極めて連れてくるのがすっごく得意みたいで……」

「じゃあカレンちゃんが来る前はどうしてたの?」

 

 セイウンスカイの疑問にますます落ち込む姿を見せるベルノライト。

 

「全部陽室さんが引っ張ってきてました。……実は、陽室さんにも面と向かって『ダイヤの原石を磨く才能は青天井ですが、ダイヤの原石を掘り当てる才能にはいささか乏しいものがあります』って言われたことがあって……」

 

 自覚もあるんだけどね、とベルノライトはしょげた声で付け加えた。

 

「あのトレーナーさんがベルノライトさんに厳しいことを仰るとは、あまり想像できませんわね」

「琥珀さんがトレーニング絡みでベルノさんにダメ出ししたことなんてあったっけ?」

「記憶の限りでは……恐らく一度もありませんわ」

「うん、私もそうだと思うよ」

「……チームテンペルってさ、ベルノさんに全幅の信頼を置いてるよね。下手すると陽室トレーナーより信頼してるでしょ」

 

 至極真面目な顔で言葉を交わすふたりにそうツッコむナイスネイチャ。対してベルノライトは、半ば涙目になりながらカウンターに身体を預ける。

 

「だいたい、スカウトの才能がないって言われても困るんですよ! 新入生から見込みのありそうな子を連れてくるようにって言われても、中央に入れるような子ならリステッドやオープンは勝たせてあげられますし……どう選べばいいかわかんないです」

 

 ベルノライトの言葉に、当人以外全員の耳がぴくりと動く。

 

「重賞を勝てるかどうかっていう話になると指導方針との相性や天運も絡みますから、三冠クラスの子じゃないと絶対なんてとても言い切れませんし……陽室さんもカレンちゃんも、どうやって素質を見極めてるのかな……」

 

 相談のようにも取れる発言は至極真面目であるが、ナイスネイチャは目をそらした。

 

「…………うん、さっきも失言を取り消しといてなんだけど、もうひとつ取り消すわ。ベルノさんもキラッキラに輝いてる。なんかもうすごいくらいに」

「なんでそうなるんですか!?」

 

 ガバッと跳ね起きて抗議するベルノライトだったが、彼女を擁護する声はなかった。

 

「GIウマ娘たる身で言うのもどうかとは思いますが……本来、トゥインクル・シリーズとはメイクデビューや未勝利戦を勝利した時点で上澄み、オープンやリステッドともなれば一度勝てば胸を張って地元に帰ることが叶うものですわよ? それを『勝たせてあげられる』の一言で片付けるのは異常だと自覚してくださいまし」

「ベルノさんらしいっちゃらしいけどねぇ……スペ会長始めテンペルのみんなと、そのライバルに目を焼かれてるから」

「目を焼かれてるってなんですか!?」

「なんならスペちゃんの前だってずーっとオグリ先輩のサポートでしょ? オグリ先輩のころから数えれば、かれこれ10年以上ずっとGIウマ娘のサポートをしてたって考えるとねえ」

「み、味方が誰もいない……!?」

 

 ベルノライトは思わずアグネスデジタルの方に視線を向けるが、彼女の酔い潰れ具合を鑑みるに味方してくれてもさして意味がないことにすぐ気づいた。残るひとり、スペシャルウィークをすがるように見つめる。

 

「ベルノさんはキラキラしてるよ、最初からずっと」

 

 まるでダメだった。

 

「なんか感動的な感じにしてくれたけど今それ求めてないよ!? スペちゃんわかっててやってるよね!?」

「嘘は言いたくないからね」

「だからそういうところだよ本当に! ほんっとうに悪辣! 鬼! 悪魔! 陽室さんみたい!」

「最後の一言だけは断固認めないよ?」

「あ、そこはベルノさんに同意で」

「ですわね」

「だねぇ。というか鬼の自覚はあったんだ?」

「皆も掌返しが上手くなったよね。私と同じくらい悪辣度が上がってると思うんだけどなあ」

 

 突如形勢を逆転されて、恨めしそうな声で言うスペシャルウィーク。悪辣と言われても笑顔で流せる彼女だが、陽室に似ていると言われるのは本気で抵抗したいようだった。

 

「……なんだかこうやって話してると、生徒会で頑張ってたころに戻ったみたいだね」

「なんだかんだで変わりはしたけど、根っこはおんなじってことでしょ」

 

 ベルノライトの言葉にそう返すナイスネイチャ。

 

「あとはアルダンさんが来れば、70期生徒会執行部も全員集合だけど……」

 

 セイウンスカイがそう呟くと、メジロマックイーンの顔が凍った。

 

「……セイちゃん、それ指摘するの禁忌だって言わなかったけ?」

「あっ」

「え、あ、アルダンさんが、来る……のですか? 今日、ここに……?」

 

 メジロマックイーンがすがるようにナイスネイチャを見るが、目が合う瞬間に反らされる。

 

「……っ、謀りましたわね! 謀りましたわね!」

 

 がくがくとナイスネイチャの肩を揺らすメジロマックイーン。無情にも店の扉が開いた。



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セイウンスカイは理由がほしい

 いくら窓を開けていても、入ってくる風が生ぬるくて仕方がなかった。それでも、セイウンスカイはうだるような暑さの中、タオルケットを蹴り落としたままのベッドで横になっていた。二人一組の部屋のつくりではあるのだが、セイウンスカイはシニア期に入ってからひとりで部屋を使っていた。

 

「……あつ」

 

 じっとりとかいた汗が背中に張り付いて気持ち悪かったが、シャワーを浴びることはおろか、身体を起こす気力もなかった。どうせカーテンを開けても陽の光が部屋に差し込んで無駄に暑くなるだけだ。開けてもメリットには感じなかった。どうせ今日は土曜日で休養日────トレーナーに半ば強制的に作られてしまった休養日だ。体を起こす必要も感じない。

 

 まもなく朝食の提供時間が終わるだろうか。お腹は減っていなかった。動いていないからだ。昼まで空腹が我慢できないなら購買で何かパンでも買えばいい。そう思って壁を見るように寝返りを打った。

 

「ぃてっ」

 

 その振動でパサリと紙の塊がいくつか頭の上に落ちてくる。おでこをさすりながら落ちた封筒を戻していく。『ニシノフラワー』と書かれた封筒を見て、ギクリと一瞬手が止まったが、それも戻した。封を切っていない封筒がおでこに刺さると痛いことを初めて知った。

 

 安田記念から2週間。それだけ経ってもあの日の衝撃は、眼の奥に、耳の奥にこびりついて離れてはくれなかった。

 

 あの日、セイウンスカイはレース場に行かなかった。観客席に入ればどうしてもバレてしまうし、チームからの参加者がいなかった以上、関係者用のパスは貰えない。インタビューまがいの冷やかしも、好奇の目もうんざりだった。重賞レースならパトロールビデオはすぐに公開されるし、どうせプリティーダービーチャンネルが中継もする。現場に出向くメリットはあまりに低かった。

 

 チームティコの部室で中継を見た。全ウマ娘の入線直後、不安そうな顔でこちらを見てきたスマートファルコンとアドマイヤベガの顔をよく覚えている。トレーナーはただただ無表情に画面を見つめていたのも、併せてよく覚えていた。自分がどんな顔をしていたのかは、よく覚えていない。笑っていたかもしれないし、無表情だったかもしれない。でも、涙が出なかったのだけは確かだ。

 

 スペシャルウィークは、シンボリルドルフでもナリタブライアンでもサイレンススズカでもなく、アグネスデジタルに負けたのだ。ダートから芝に転向して2ヵ月少々のクラシックのウマ娘に、競り負けた。

 

 それも、アグネスデジタルはあろうことか大逃げの後にスペシャルウィークを差したのだ。

 

 奥歯をかみしめる。がり、と音がした。先週、歯ぎしりのせいか歯が欠けていると歯医者に指摘されたばかりだ。仮止めの詰め物が割れたか外れたか、最悪歯が欠けたのかもしれない。月曜日はまた歯医者か。トレーナーにでもLANEでも入れたら、予約を代わりに入れてくれるだろうか。いや、それなら自分で予約を入れても手間は変わらないか。

 

「……面倒だ」

 

 歯のことも、食事も────アグネスデジタルも。

 

 あの走りは、安田記念でのレースのあり方そのものが、天皇賞(春)でセイウンスカイが目指したコンセプトと全く一緒だった。かつて有馬記念において、シンボリルドルフが乗ってくれば成し得たレース展開。スペシャルウィークを倒すためにと編み出した、セイウンスカイの最終回答だ。

 

 今回の安田記念において、果たしてその有効性が証明されたことになる。実際、スペシャルウィークは墜ちた。マイル最強と名高いタイキシャトルでさえも、逃げのお手本のようなレース展開で他を圧倒するサイレンススズカでさえもまとめて叩き潰した。それは間違いなく、戦略として成立し、間違っていなかったはずなのだ。

 

 ならどうして負けたんだよ。

 

 口の中だけで呟く。答えはすぐに出る。誰もアグネスデジタルを見ていなかったからだ。逃げを主な戦略として戦うセイウンスカイが逃げたのならば、誰もがそれを作戦と捉える。しかし先行や差しを主戦略とするアグネスデジタルが逃げたのならば、それは暴走として捉えられた。故に、あれは一回こっきりの大博打だったはずだ。次はない。

 

 天皇賞(春)での敗北は、セイウンスカイへの警戒度が高すぎたことに由来するものだったのだろう。スペシャルウィークもメジロブライトも、皆警戒していたのだ。安田記念でのアグネスデジタルは皆の虚を突くことに成功したのだ。だから成功した。それだけのこと。

 

 わかりきっている問いを2週間繰り返した。否、これは問いですらない。問いに見せかけた、ただの現実逃避だ。すり替えていることは自分が一番よく知っている。

 

 カーテンから漏れてくる陽の光が眩しくて、横になったまま頭の後ろで指を組むようにして腕で目元を隠す。枕もへたってきたのか、横向きで寝るには腕でも下にしかないと高さが合わない。脚を丸めるようにして身体のバランスを取る。

 

「あぁもう。スぺちゃんはなんでこんな────」

 

 ────くだらないところで負けるかな、と口にしかけて、やめた。自分の奥底のどこかが腐り落ちていく感覚というのは、こういうことを言うのだろうか。ジャングルだと着ている綿の服がそのまま腐り落ちていく、なんて言っていたのは、どのアニメだっただろうか。きっとそれはこんな感覚のことを言うに違いない。

 

 スペシャルウィークの視線が、世間の視線が、セイウンスカイからアグネスデジタルに移った。より高い脅威として認識された。それは痛みを感じるほどによくわかった。実際、スペシャルウィークはセイウンスカイに一声もかけることなくフランスへと飛んでいったのだ。

 

 スペシャルウィークは今後、海外GIのマイルレースを使ってアグネスデジタル対策に打ち込むつもりらしい。登録していた宝塚記念は当然のごとくスキップ。次の国内レースは天皇賞(秋)を仄めかせている。トレーナーはそれでも宝塚へのエントリーを勧めたが、セイウンスカイは目の前で登録申請書を握りつぶし、ゴミ箱に叩き込んだ。今更「スペシャルウィークがいなかったから勝った」と言われる勝利に何の意味があるというのだ。スペシャルウィークが無敗でなくなったとしても、彼女の価値が下がるわけではない。スペシャルウィークを倒さないことには始まらないし、終われないのだ。

 

 目を閉じる。何もしないをすると決めた以上、こんなことで脳を使うのも惜しい。意識的に呼吸の秒数を数えて────

 

「しゃいしゃいしゃーいっ☆」

 

 ────いたというのに、ノックもなしに飛び込んできた影に反射的に枕を投げつけた。首を軽く傾げるだけでそれを避けた影がニコニコと笑う。手元に持ってきていた手提げバッグを足元に置くと、元気よく挨拶してきた。

 

「おはようっ! セイちゃん」

「あさっぱらからいきなりなんなのさ!」

「もう10時近いんだよ? 天気良いのにもったいないよ?」

「ぼくはなにもしてないをしているんだよ」

 

 そう言い返しても、部屋に突入してきたスマートファルコンはどこ吹く風だ。天気が良いのにもったいないと言いつつも、半袖短パンの彼女は容赦なく窓際のカーテンを明け、タッセルにまとめていく。

 

「うへぇ。溶けるぅ……」

「そんなドラキュラじゃないんだから」

「いいんだよもう」

「よくないよっ! あと本当に外が暑くなる前に換気! 空気澱んでるし、あんまり換気してないでしょ?」

 

 そう言いつつスマートファルコンはてきぱきと窓を開け放ち、網戸にする。それだけでも風がふわりと抜けるようになった。

 

「で、ファル子さんはなにしにきたのさ」

「チームメイトの部屋に来ちゃダメ?」

「ノックもせずに押しかけるのには理由がほしいんだけどなー?」

 

 セイウンスカイはしかたなく身体を起こすとベッドの上で胡坐をかいてそう問いただす。

 

「お話をしにきたけど、まずうちのエースにはお風呂に入ってもらった方がいいね。寝ぐせもすごいし、いろいろ身綺麗にした方がいいよ」

「えー、朝からー? っていうか、大浴場閉まってるじゃん……」

「大丈夫、ヒシアマさんには話が通ってるから! アツアツのシャワーとちょうどいい温度の湯舟でさっぱりしよー!」

 

 飛び出した寮長の名前にセイウンスカイがビクリとしている間にも、スマートファルコンは容赦なく服が詰まったクローゼットを開け、持ってきていたバッグに下着やらジャージやらを突っ込んでいく。

 

「ちょちょちょ!」

「ほーら、抵抗したら、めっ、だぞ☆」

 

 慌ててベッドを飛び降りてスマートファルコンを引きはがそうとするが、彼女はびくともしない。

 

「下着とか洗濯物溜めてない? 大丈夫? ジャージとか体操服はランドリーに出てるって聞いたけど、私物とか溜めてたりしないよね? ……ってあちゃー、そのまさかだったかぁ……だめだよセイちゃん、セイちゃんも女の子なんだから」

「なんでっ! セイちゃんの! 洗濯事情を! 知ってるのさっ! ファル子さん栗東寮でしょ!?」

「ヒシアマさんから相談されたから、だよっ!」

 

 タオルハンガーからボディタオルとバスタオルまで奪われる間にもあの手この手で妨害しようとするが、最終的には全部片づけられた挙句、『もう土日にまとめてでいいや』と固めて放置していた私服の山まで別に持ってきていたビニール袋にきっちり詰められる。

 

「ほらっ! 朝風呂へれっつごー!」

 

 そうしてぐいと手を引いて廊下に連れ出されるセイウンスカイ。逃げようとした途端に、スマートファルコンの手に力が入った。果てしなく嫌な予感がしているが、逃げようとすれば手の骨が折れかねない。セイウンスカイは脚を突っ張るも、そのまま引っ張られていくのだった。

 

 


 

 

「に゛ゃ゛ー! 自分で脱げるから! ちゃんと脱ぐからっ! 脱がすな押すな引っ張るなーっ!」

「ほらっ、暴れない暴れないっ」

 

 美浦寮の廊下にセイウンスカイの絶叫がこだまする。廊下を歩いていたウマ娘たちはぎょっとして音の出所である大浴場の入口に視線を向けるが、そこにいるのが誰かを見るとそそくさと去る影がほとんどだった。

 

「朝風呂って言っておいて、なんでファル子さんは服着てんのさ!」

「え? だってファル子はちゃんと栗東で入ってきたし」

「これじゃ完全に介護じゃん!」

「どちらかと言えばネコのシャンプーかなー」

 

 シャワー用のやたらと低い椅子に座らされたセイウンスカイの後ろに立ってシャワーの温度を確かめるスマートファルコン。

 

「あたしはネコじゃな──わひゃっ」

「はーい、髪としっぽ洗っていくよー」

 

 そう言ってシャワーのお湯をしっぽに掛けるスマートファルコン。ついでにセイウンスカイに耳栓を渡す。ウマ娘の耳はシャワーの時に水が入りやすい構造をしている。普通のお湯や水なら問題はないのだが、シャンプーなどが入ってしまうと外耳炎になりがちなのである。

 

「ほら、つけて。シャンプー嫌いならぱぱっと終わらせた方がらくちんだぞー」

 

 セイウンスカイが渋々と耳にウレタンの塊を押し込んだのを確認してシャワーのお湯をかけていく。目をぎゅっとつむっているのを微笑ましく見ながら、スマートファルコンはとっておきのシャンプーをつかって髪をマッサージしていく。

 

「ちゃんとトリートメントとかしてる? 髪はウマ娘の命だよー?」

 

 そう聞いてみる。答えは返ってこない。しっかりと耳栓をしているからだ。しっかりと泡立てながら、スマートファルコンは続ける。

 

「……もう、見てられないんだよ」

 

 声が震えるのをなんとか押さえ込む。目の前にあるのは細くて軽い身体。それでいて、必要な筋肉は十分についている、どこかアンバランスな身体。ただひたすら中長距離向けにチューンされたしなやかな身体は、スマートファルコンが少し力を入れただけでも、壊れてしまいそうだった。

 

「これがセイちゃんの望みだってわかってるよ。でも、それでも、その先に何があるの?」

 

 クラシック三冠の器だと言われてきたセイウンスカイだが、シニア期1年目の春を終え、未だに重賞無冠のままで終わってしまった。すべて、スペシャルウィークに及ばなかったのだ。

 

 あの日、安田記念の中継を見ていたあの日、セイウンスカイがまるで世界のすべてを呪ってしまいそうな表情をしていたのを、スマートファルコンはよく覚えていた。

 

「残酷だってわかってる。許されないってわかってる。それでも、セイちゃん」

 

 怪しまれないように細い髪に指を通しながら、スマートファルコンは絞り出すように言った。

 

「セイちゃんがこれ以上壊れるのなんて、ファル子は見たくないよ……!」

 

 これは許されない願いだ。これはセイウンスカイだけが背負うことが許される痛みであり、栄光であり、呪いなのだ。だから今スマートファルコンが抱えている感情は、傍観者でいることを受け入れるための言い訳だ。それがわからないほどスマートファルコンは傲慢ではなかった。

 

 視界が歪む。それでも、この思いは心の奥底に蓋をするしかない。それが、チームメイトとしての責任だ。スマートファルコンがいまチームメイトとしてできるサポートは、セイウンスカイを無理やり外に連れ出すか、少々自堕落なところのある彼女の家事のアシスト程度。それ以上踏み込むなとトレーナーからも釘を刺された。

 

 だから、セイウンスカイがまたターフに戻るか、諦めるまで、こうするしかないのだ。彼女の耳を塞いで、聞こえない謝罪を勝手に押しつけて、彼女の道行きを見送るしかできないのだ。

 

「ごめんね、セイちゃん、ファル子は先輩なのにね……」

「ファル子さん、まだ?」

「ごめんごめん、今流すね!」

 

 耳栓越しでも聞こえるように大声でそう言う。頭の上からシャワーを流す。歪んだ視界はシャンプーのせいと言えばごまかせるだろうか。

 

「はい、終わりだよー」

 

 すぽんと耳栓を引き抜いてあげれば、まるでネコが水を飛ばすように頭を振るセイウンスカイ。水をある程度被ってしまったが、指摘するのはやめておいた。泡立てネットを取って、ボディソープを泡立て始める。

 

「ファル子さん、パパッと終わらせるって言ったのにぃ」

「ごめんごめん。さ、お背中お流ししますぞー。背中側、手の届かないとこでニキビとかあせもとかできそうだから、ちゃんとタオルで背中ゴシゴシしないとダメだぞー」

「もー、お母さんみたい」

「んなっ、言うに事欠いてアイドルにお母さんは禁句なんだから……!」

「にゃはは、ごめん。……ファル子さん」

「んー?」

 

 セイウンスカイに呼びかけられて、続きを待つ。しばらく、答えは返ってこなかった。

 

「セイちゃん?」

「いろいろごめん。でも、ありがとう」

 

 手が止まりかけた。それでも無理に手を動かし、ボディソープを泡立てる。小さなシャボン玉が出来て、飛んで弾けた。

 

「大丈夫、こんなところで私は終われない」

 

 ああ、やっぱりこの子は。

 

「……そっか」

 

 きっとこうやって、地獄に降りていくのだろう。ならば少しばかりの先達として、チームメイトとして、祈るしかない。

 

「大丈夫、セイちゃんなら大丈夫」

 

 願わくば、彼女の行き先が、明るい場所でありますよう。



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佐久間昊明は真実がほしい

「ご無沙汰しております。南坂警部」

「元警部ですよ。それに階級は君の方が上だった。そうでしょう、佐久間警視正」

 

 チームカノープスの看板が掛かっていた部屋で頭を下げた佐久間だったが、デスクに向かって書き物をしていた男は、柔らかく微笑んだ。

 

「呼び立ててしまって申し訳ありませんでした。依頼されていた件についての報告と、提案がひとつふたつ。……その前にコーヒーでも淹れましょう」

「いえ、お気遣いなく」

 

 佐久間は勧められた応接セットのソファに腰掛けつつそう言うが、南坂は糸目をさらに細めた。

 

「まぁそう言わずに、後輩の顔を見るのも先輩の楽しみですから。キミにコーヒーを淹れるのも緑会の自治会室以来です。キミは深煎りの豆が好きだった。覚えてますよ」

「……やはり、先輩にはかなわないですね」

 

 電動ミルが音をたてて、ふわりと香ばしいコーヒーの粉の香りが広がる。粉受けから几帳面に粉をフィルターに落として、細い注ぎ口のコーヒーケトルを手に取る。

 

「こだわりが強いのは相変わらずですね」

「そう言う佐久間君もです。四角四面で隙がない」

 

 その言い草に佐久間は笑みを浮かべる。

 

「よく自治会室に転がり込んでは、課題の合間に飲ませてくださった。『喫茶緑会』なんて言われてたのが懐かしい」

「あのころに比べても腕は錆びていないと思いますよ。昔の上司が根っからの紅茶派だったせいでよく揉めたものです。コーヒー派に染め上げようと思ったのですが、見事に失敗しました」

「噂に名高い長官官房直下の、ですか」

「実際は何でも屋でしたよ」

 

 そう笑ってゆっくりと粉が膨らむのを見守りつつ、南坂は続けた。

 

「……キミがこちらに来て、もう1年半ほどですか」

「はい。先輩の2年後ですので、そうなります」

「正直なところ、キミはもう少し利口で、論理的な男だと思っていました。まさかあそこから全てを投げ捨ててこちら側にくるとは思わなかった」

「利口……ですか」

「澤田警視長、いえ、今は警視監でしたか。ともかくあのお方に気に入られた時点で相当ですよ。それに君ならば、それこそ警視総監だって狙おうと思えば狙えたはずでしょう」

「私には務まりませんよ」

 

 コーヒーが落ちていく音を聞きながら、佐久間はそう呟くように言った。

 

「あそこは……警察組織は私にとって現実的すぎました」

「現実的過ぎる……なるほど、理由はそのあたりでしたか」

「笑いますか?」

「笑えるほど大層な人間ではありません」

 

 目の前にコーヒーが置かれる。佐久間がブラック派だったことを覚えていたのか、砂糖もミルクも、スプーンもついていなかった。向かいに座った南坂は砂糖とミルクを少しずつ入れ、コーヒースプーンでかき回しながら続ける。

 

「私が4回生の時、まだ2回生だった佐久間君と26時まで激論になったことを思い出します。自らの感情に由来する決意や決断さえも理路整然と論じようとしてしまう佐久間君は誰よりも冷静で、冷静が故に、自らの感情を後回しにしてしまう事がある。それがキミの強さであり、キミの脆さです」

「あのときは、先輩が何を言っているのかわからずに困惑しました」

「なるほど。その言い草だと今は理解しているとも取れますね」

「鱗片だけは、なんとか」

 

 コーヒーに口をつける佐久間。嫌みのないすっきりとした苦みで喉を潤し、彼は続けた。

 

「デジタルを見ていると、嫌でも思うところが出てきます。頭の回転の速さ、恐ろしいまでの観察眼の広さと洞察力。彼女が監視対象ではなくてつくづく良かったと思ってしまう。しかし、それを支えているのは、彼女の感情と、理論の地平のさらに先にある何か。……そう思えてならないんですよ」

「良い具合に絆されてきましたね。フェアに関係性を築けるところは昔からキミの強みでした。それが曇ってないと知れただけでも、私にとっては大きな収穫です」

 

 南坂が笑って一口コーヒーを啜り、テーブルに戻した。

 

「さて、佐久間()()()。結果について報告です」

 

 その呼びかけに表情を落とす佐久間。彼の目の前にトレーにのせられたスマートフォン端末が2台置かれる。ひとつは対衝撃用のハードケースを着けた佐久間のもの。もうひとつは明らかに佐久間の趣味から外れているであろうパステルカラーのファンシーな手帳型ケースが付けられたものだ。

 

「提出いただいていたあなたとアグネスデジタルさんの端末ですが、少なくとも電子的に情報を抜かれたような痕跡は見つかりませんでした。通信履歴もシロと見てよいでしょう。デジタルさんの背後関係も漁れるだけ漁りましたが、今回の事態に繋がるようなものは見当たりませんでした」

「昨日の今日でよくそこまで……」

「金沢から戻りの足で訪ねてくれたのは驚きましたが、それでも可愛い後輩の頼みです。これくらいは力になりますよ」

 

 解析結果をまとめた紙を佐久間に差し出す南坂。それを斜め読みしながら、佐久間が口を開く。

 

「結論だけ見れば、シロ……ですね?」

「えぇ。佐久間チーフが意図的に情報を隠蔽しているのでなければ」

「万が一私がクロだとして、あなたなら見抜けるはずでしょう? 警視庁刑事部が誇る捜査支援分析センター、その機動分析第1係係長だったあなたなら。捜査一課でも一目置かれていた、あなたなら」

 

 にっこりと笑う南坂。

 

「私はエスパーでも何でもありませんよ。ですが信頼していただけたこと、感謝します」

「先輩は今回の騒動をどう見ますか?」

「報道発表通り裏はない……というよりは、裏を立証するには情報が足りない。疑わしきは被告人の利益に、です」

「不起訴相当……ですね」

「確かに、捕まった警備員が有効なIDを持っていたこと、裏賭博に必要な情報がURAから事前に漏れていたことは事実です。組織犯罪対策部(マルボウ)が当該の情報端末を迅速に押さえられたのはラッキーでした」

 

 しかし、と続けて指を組んだ南坂。

 

「URA内部の膿が出きったわけではない。それは確かです。とはいえ、我々は既に警官ではなく、ましてや裁判官でもヒーローでもない」

「わかっています。……しかし」

「デジタルさんの安全に関わる以上、引くわけにはいかない。だからあなたは私に調査とコンサルを依頼してきた」

 

 各チームの業務内容は、チームごとに作成する規程に基づいて実施されることが通例だ。基本はウマ娘の指導に限定されるが、トレーナーになる前に何らかのキャリアを積んできた面々は、ある種の()()としていくつかの()()が付帯することがある。

 

 佐久間や南坂などの元警察関係者の業務はその最たる例だ。彼らの業務内容には『各種警備活動等に関する指導業務およびそのコンサルタント業務』が記載されている。ウマ娘警官などへの指導について、警察からの協力要請に応じることができるようにするためだ。自衛隊出身のトレーナーなども同様の措置を執っていることもあるなど、それぞれの古巣と無関係ではいられないトレーナーも数多い。貴重な『戦力』となり得るウマ娘の情報をいち早く掴みえる環境に人を送り込める各団体と『生徒の就職先』とのコネクションを得ることができるURAやトレセン学園の利害が一致した結果がこれである。それぞれのトレーナーの副業について学園側が禁止できるような規約はどこにもないのだ。

 

 今回、佐久間は南坂に対し業務として個人端末などから情報が漏れている可能性がないかの調査を依頼していたのである。

 

「トゥインクル・シリーズが犯罪組織のマネーロンダリング先として利用されている実態も未だ続いています。トレセン学園としても、生徒が知らず知らずのうちに犯罪の片棒を担がされていたなんて事態を認めるわけにはいかない。現理事長である秋川やよいの信念に共感したからこそ私はここにいます。それは君もそうでしょう?」

「えぇ、それも理由のひとつです」

 

 佐久間はそう返して言葉を待った。

 

「URAやその先にいる誰かとのつながりは、未だ立証できません。しかし、今回の対応でしばらくは相手も警戒するはずです。少なくともあなたと私が動いていることは、明確なメッセージとして相手に伝わった」

「だと……いいのですが」

「それに、あなたの動きを封じるためにデジタルさんやゴールドシップさんを襲うというのもナンセンスな話です。警戒は続けるに超したことはありませんが……リスクとしては、メディア対応の方が優先ですよ」

「それは……まぁ、そうでしょうが」

 

 理解はしたが納得はしていないと言いたげな歯切れの悪い回答が帰ってきて、南坂は飲みごろになってきたコーヒーをぐいと煽る。

 

「相手が小ぶりなのも困りますね。まとまって真正面から来てくれればいくらでもお相手できるのですが。逃げ足が速くて仕方ない」

「洒落になっていませんし、目元が昔に戻ってますよ、南坂()()()

「おっと、いけないいけない。ターボさんにまた泣かれてしまう」

「なにかやらかしたんですか?」

「まあ……前にターボさんが縁日で射的の景品で当てたという、かなり精度のいいM9ピストルのモデルガンをここに持ち込みましてね……それを知らずに、その……反射的に……」

「それは……泣きますね」

 

 どうやら反射的に()()したらしい。かつて捜査一課で特殊犯捜査1係(S I T)の面々にシゴかれていた南坂にやられたら大の大人でも怖いに決まっている。ツインターボからしてみれば、文字通り死ぬほど怖かっただろう。

 

「結局、私の奢りでチーム全員焼き肉バイキングに落ち着きましたよ」

 

 まったくこの先輩は、と笑って佐久間が返す。

 

「ありがとうございました。費用についてはペルセウスに請求書を回してください」

「人件費についてはサービスしておきます。この件については理事長からもかなりの額を包んでもらっているので」

 

 それにしばらく考え込むような仕草をした佐久間だったが、なにかに思い当たったのか、はっとしたような表情をした。

 

「あの匿名掲示板……」

「えぇ、駿川秘書官と結託していくつか書き込みをしています。あのあと愉快犯のような投稿もいくつかありましたが、こちらについても学園法務部に通報済みです。数日もすればプロバイダから開示請求が出ていることが相手もわかることでしょう。法務部はしばらくたのしそうですね。数百万で示談にするか、刑事までもつれこむか……」

「こういうときに楽しんでしまうのは先輩の悪い癖ですよ」

 

 佐久間は苦笑いだ。

 

「もっとも、キミからの依頼の有無に関わらず、どちらにしろ潜らなきゃいけない状況でした。人件費分以上の金額を理事長からお支払い頂いてるので、そちらはサービスということで」

「……両取りしてたんですね。相変わらず抜け目ない」

「その代わりといってはなんですが、いくつか提案があります」

「聞きましょう」

 

 佐久間がそう言うと、南坂は一度デスクに戻り、書類を一枚クリアファイルに入れてもってきた。

 

「うちのマチカネタンホイザが相談に来ましてね、すごく見込みのある子がいるから、カノープスで取れないかと言ってきまして……」

 

 書類は選考会用のエントリーシートのようだった。名前や写真、過去の選考会におけるリザルツなどが羅列されている。リザルツ欄がかなり埋まっているところを見ると、1年以上選考会に出続けているように見える。

 

「……この名前」

「佐久間君も覚えがありますか」

「えぇ、デジタルを取ったときに見た覚えがあります。まだ本格化前であろうことと、ダート向きではなかったので採用は見送っていたのですが……所属が決まっていなかったとは驚きです」

「本来ならカノープスで取ることも考えたのですが、私ひとりではターボさんにタンホイザさん、イクノさんと3人すでに抱えていて、4人目を取ることは難しそうなのです」

「……特に最近は副業の方でも引っ張りだこだそうですしね」

「もう最近は学園の情報保全室所属なのかカノープスのチーフトレーナーなのかわからなくなってきましたよ」

 

 そう言ってニコニコと笑う南坂、佐久間は話が見えてきたのかすっと眉を下げた。

 

「うちを紹介する、と?」

「えぇ、あなたなら教え子の友人を預けても安心でしょうからね。中長距離の芝向きの脚質なので少々勝手は違うでしょうが、あなたなら上手くやるでしょう」

「実力を見ないことにはなんとも言えませんが……最近は選考会に顔を出すこともあまりなかったので」

「それがよいでしょう。ですが、キミはほぼ間違いなく彼女を取ると思いますよ」

「妙に自信がありますね」

「私の教え子が勧める子ですから────うちの子たちは少々行儀が悪いところもありますが、基本は良い子なんですよ」

「なるほど……そういうことですか」

 

 佐久間は笑ってコーヒーカップを机に置いた。

 

「80秒前からで合っていますか?」

「えぇ、すいません。……ターボさん、タンホイザさん、ドアの外にいるのはわかっています。入ってきなさい」

 

 その声にドアの奥がガタン! と大きな音を立てた。

 

「あだ……タァボォ……」

「ごめん! ホイザごめんっ!」

「のぁっ、おふぉっ、揺らさないっ、でいぃっ、のだっターボ、くんっ!」

 

 ドアは開かないが、扉の奥でゴタゴタしている声が聞こえてくる。そのやりとりを聞きながら、南坂は微笑む。

 

「仕方ないですね。佐久間君、よろしければコーヒーのもう一杯くらい付き合ってくれると助かります」

「よろこんで」

 

 その答えを聞くころには南坂は入り口のドアを開けていた。鼻頭を押さえている淡い栗色の髪のウマ娘と、真っ青な髪のウマ娘がどこか困った笑みで南坂を見上げていた。

 

「中に誰か居るとわかったときはノックをして入るか、改めて出直すようにしましょう。盗み聞きはお行儀が悪いですよ」

「ごめんなさい……」

 

 青い髪のウマ娘────ツインターボがしゅんとして謝る。栗色の髪を揺らすマチカネタンホイザも同じように頭を下げた。

 

「お茶にしましょう。……作戦会議もトレーニングもその後です。ちょうどお客さんも来ている所ですし」

 

 南坂はそう言って佐久間の方を見る。第2ラウンド開始といったところか、と過たず意味を捉えた佐久間がウマ娘たちに笑みを送った。



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ツインターボは砂糖が山ほどほしい

「わ。お客さん……こんにちは」

「こんにちはー!」

「はい、こんにちは。君たちのトレーナーをお借りしていました」

 

 佐久間はそう言って頭を下げる。キャスケットを斜めに被ったマチカネタンホイザはどこか驚いたように、ツインターボは元気よく挨拶をする。アプローチは違えど、さっきまで聞き耳を立てていたことをどこかごまかすような振る舞いであることは変わりなく、気にしていないという意思表示も兼ねて、にこやかに返す。

 

「えっと……あ、デジたんの……」

「ペルセウスの佐久間です。直接話すのは初めてでしたね、マチカネタンホイザさん。ツインターボさんもはじめまして」

「佐久間チーフは私の大学の後輩です。信頼できる人なので、安心していいですよ。ちょうどコーヒーを淹れていたところです。おふたりも飲みませんか。ちょうどみんなを交えて話したかったところなのですが……イクノさんは?」

「イクノはいつも通り購買で蹄鉄見てるよー」

「ネイちゃんの蹄鉄を選ぶんだそうで……イクノもどんどん先輩っぽくなってきましたねぇ」

 

 マチカネタンホイザがそう言いつつ佐久間の斜め向かい──南坂のマグカップが置いてある席の隣に腰掛ける。余った佐久間の隣にターボがどっかりと座る。

 

「蹄鉄の話ならそこの佐久間トレーナーに相談するのもいいかもしれませんよ。彼の目は確かですから」

「ほんとっ!?」

 

 ツインターボが食いついてくるが、佐久間は肩をすくめた。

 

「簡単なことしか言いませんよ」

「ご冗談を」

 

 部屋の主である南坂は佐久間をそう茶化しつつ再びコーヒーケトルを加熱しながら、それぞれ別の柄のマグカップを手に取る。

 

「トレーナー! 両方たっぷりね!」

「ターボさんは砂糖とミルク両方たっぷり。タンホイザさんは砂糖だけたっぷりでいいですか?」

「あいっ」

 

 ふたりの好み通りであるかを確認して、改めてコーヒーを淹れなおす南坂。やりとりを終えて視線を前に戻したマチカネタンホイザが机の上のファイルに気がついた。

 

「おや。その書類……まさかネイチャのエントリーシートでは?」

「えぇ、南坂トレーナーから紹介を受けました」

 

 他のチームの生徒相手なので、敬語を崩さないままそう言う佐久間。直後マチカネタンホイザの目がキラキラと輝きはじめる。

 

「トレーナー!」

「さっきも言ったでしょう? 彼は信頼できる人ですって。人手不足のせいでカノープスで取れなくても、彼なら安心して預けられます」

 

 佐久間が南坂を盗み見れば、ウインクして返す彼。どうやら佐久間を残したのはこの『念押し』をするためらしい。愚痴のひとつも言いたい佐久間だが、依頼していた調査の人件費を引いてもらったり、そもそも先輩である南坂の言葉は至極否定しづらい。

 

「まだ採用すると決めたわけではありませんよ。ポテンシャルが高く、ペルセウスの指導方針に合いそうであれば採用しますし、そうでなければ採用しません。それは南坂トレーナーの推薦であっても代わりませんよ」

 

 そう言うと目に見えて膨れたのはツインターボである。

 

「むむむ~、とはいえ見てくれはするわけですねぇ」

 

 その様子を察したのかマチカネタンホイザが会話に乗ってきた。

 

「南坂トレーナーに相談したのはマチカネタンホイザさんだと伺っています。知り合いなのですか?」

「もちろんなのでして! ナイスネイチャちゃん、ひっじょおおおに! 良い子なんですっ! ずっと3着だったり、くじ引きでも3等賞だったり、いろいろとおもしろーい子ではあるんですけど……ぴかっとくるところはホンモノなので!」

 

 擬音と腕の動きが多いが、そんなことを言ってみせるマチカネタンホイザ。

 

「……あなたが思うナイスネイチャさんの『ぴかっとくるところ』を教えてもらえますか?」

「うえっ?」

 

 いきなり逆質問がきて慌てたのか、マチカネタンホイザがオロオロと視線を泳がせる。助けを求めてだろう、南坂の方を見たが、彼は微笑むだけだった。

 

「えっと……ネイチャは、自己評価がちょっとだけ、小匙一杯分……じゃ、少なすぎか、お玉一杯分くらい足りないだけで」

「かなり足りてませんね」

 

 思わず突っ込む佐久間。どんなサイズ感かはわからないが、お玉一杯分も調味料を突っ込んだら相当に濃い味である。

 

「なんですけど、実力はすごく安定してて、差し足はすんごいんです。ひゅばん! って飛び出してきて一気にぐわぁんって!」

 

 半分腰を持ち上げるようにして、身振り手振りを交えてそう言うマチカネタンホイザ。

 

「選考会で1着になれたことはあんまりないんですけど、それでも毎回かちっと入着はしてて、雨でも風でも安定して3着っ!」

「でもネイチャは毎回3着なのを気にしてるんだ」

 

 ツインターボがそう補足した。

 

 選考会は公式戦ではないとはいえ、そのレースは将来を賭けた大切なものだ。トゥインクル・シリーズへの参加の条件である『URA認定トレーナーとの指導契約』を結ぶには絶好の機会なのである。故に皆全力でそれに挑み、その走りでトレーナーに見いだしてもらえるようにと走る事になる。

 故に、そこで光るものを見せられればトゥインクル・シリーズにあっさりと進んでいくため、結果的に長期間選考会に残っている面々は『課題を長く抱えている面々』ということになる。

 

「ふむ……安定している、ということは頭打ちとも取れますが、それを突破できる奇貨を得られるかが鍵……か」

「あ……」

 

 頭打ち、とのワードにどこかしまった、という顔をするマチカネタンホイザだが、佐久間はずっと笑みを崩さない。

 

「もしかして、ネイチャを取りたくないの?」

 

 ツインターボはそういってじとっとした目線を向ける。

 

「ですから、それはナイスネイチャさんと決めるものですよ」

 

 事実を淡々と告げるとマチカネタンホイザが俯きつつ、口を開く。

 

「あの……本当にすごい子なんですよ……?」

「ふふっ。それは十分彼には伝わってると思いますよ」

 

 南坂がそう言いつつ全員の前にコップを置いた。佐久間のコーヒーも新しいものと入れ替えられる。

 

「それに、彼は情に篤い」

「そうでもないですよ」

 

 肩をすくめるが、南坂は目を細めて笑う。

 

「……菊を采る東籬の下 悠然として南山を見る 山気日夕に佳なり 飛鳥相ひ与に還へる

 

 南坂がそう呟くのを聞いて、生徒たちが首をかしげる。ツインターボは砂糖を山盛り追加している途中だったが、動きを止めていた。続きを引き取ったのは佐久間だった。

 

此の中に真意有り 弁ぜんと欲すれば已に言を忘る……たしか陶淵明でしたか」

「さすがですね」

「あなたが昔よく読んでいたのを覚えていただけです」

 

 南坂は納得したような、満足したような表情を浮かべた。

 

「自然の良さを語ろうとも、言葉では語りつくすことができないように、その自然に誰もが求める何かを投影してしまうように、良いもの、響くものというのは語り得ず、気づきにくいものです。言葉にした途端に変質してしまう事もある。言葉が真実だとは限らない」

「……肝に銘じます」

 

 佐久間は真剣な表情でそう答える。置いてきぼりだった生徒たちに気がついたのか、南坂はごまかすように笑いながら、話題を変えた。

 

「そうそう、一度聞いてみたかったことがあるんですよ。スペシャルウィークさんを現状唯一下したアグネスデジタルさん、彼女を育てたあなたから見て、スペシャルウィークさんはどう映りましたか」

 

 両肘を膝に乗せ、指を組んで朗らかに笑う南坂だったが、その目だけが笑っていない。おそらく、これが本命の会話だ。

 

「……そうですね。底知れないウマ娘です」

 

 さらりとそう言ってから、しばらく間を明け、にやりと笑った。

 

「単純なパワーが恐ろしい子ですね。余力がある走りをいつでも持ってこれることは大きな脅威です」

「なるほど。……佐久間チーフ、相変わらずそういう対応は下手ですね。本心を教えてください」

 

 そのやりとりにツインターボが南坂と佐久間を交互に見やる。

 

「えっ、えっ……?」

「トレーナー……?」

 

 マチカネタンホイザもどこか困惑したように南坂を見ている。それでも南坂は佐久間を見続けている。

 

「……本当に変わっていないですね、南坂先輩は」

「キミほどではありませんよ。まさか私がここで引くとも考えていないでしょう?」

「えぇ、だからこそ腑に落ちません。あなたらしくない。ターボさんやタンホイザさんの前でわざわざ切り出した理由はなんです? いつもの仮面までかなぐり捨ててまでここで話題を出す理由は?」

 

 佐久間は南坂の会話に乗った。

 

「ターボさんも、イクノさんも、そのうちタンホイザさんも、スペシャルウィークさんとの激突は既に避けられません。どのチームも、どのトレーナーも、どの重賞ウマ娘も、スペシャルウィークさんを研究し、彼女を撃ち墜とさんと鎬を削ってきました。だからこそキミの意見には価値がある。現状彼女を止められたのはアグネスデジタルさんのみですから。それをキミは、その頭脳と目を持って判断したはずです。少なくとも私の知っている佐久間晃明はそういう男です」

 

 南坂は組んでいた指を持ち上げ、顔の前で指を組んだ姿勢を取る。

 

「……それに私も、なりふり構っていられないんですよ」

 

 それを聞いた佐久間が小さく溜息を吐いた。

 

「では、結論から言いましょう。彼女はおそらく、自己暗示かそれに近いルーティンをもってレースに対応している。彼女のレースは、スペシャルウィークによって展開されているものではない。レースを展開している人格と普段のスペシャルウィークの人格は別物です。別人と言って良いほどに乖離している」

「……どういう意味です?」

 

 佐久間の声に南坂の片眉が持ち上がる。

 

「安田記念の後、一瞬だけスペシャルウィークと会話を交わしました。その時の言葉のイントネーションに違和感を覚えたので、少々調べていたんです」

「イントネーション?」

「彼女の出身が北海道というのはご存じですか?」

 

 南坂が頷く。

 

「メイクデビュー前後のインタビューでは語彙も含めて北海道訛りでしたが、それが完全に関東アクセントでの発音になっていたんです。どうにも気になったので、レース勝利後のインタビューや取材記録など、スペシャルウィーク本人が喋っているデータを可能な限り収集し、テキストマイニングにかけました」

「てきすと……」

「……まいにんぐ?」

 

 ツインターボとマチカネタンホイザが同時にそんなことを言う。補足したのは南坂だ。

 

「データ解析の方法のひとつです。どういう単語や語彙を多く使っているのか確認する手法ですね。それで、何が出ましたか?」

「毎日王冠の直後から、スペシャルウィークの語彙が急激に変化しています。シンボリルドルフ、もしくはフジキセキあたりがインタビューで使う語彙に近い。イントネーションも含めて変化したのは有馬記念です。ようやく関東に慣れた、というにはあまりにも急激かつ激烈な変化でした。特にレース直後のインタビューにそれらの傾向が顕著ですが、そうでないときも発言内容自体は明らかに変容しています」

 

 佐久間の言葉を南坂は黙って聞いていた。マチカネタンホイザやツインターボはなんと言って良いかわからず、ただ顔を見合わせていた。

 

有馬記念の直前には体調不良を理由としたジャパンカップ出走断念があり、スペシャルウィークはその期間中、グラウンドにはほとんど姿を現さず、陽室トレーナーの集中ライブレッスンを受けている」

「つまり、その間に陽室トレーナーがスペシャルウィークを洗脳し、彼女のささやきによってスペシャルウィークはレースを展開した……そう言いたいのですか?」

「洗脳と言うほど大げさなものではないでしょう。しかし、スペシャルウィークが望んだのか、陽室琥珀が許さなかったのかは別として、まるで領域(ゾーン)を自由に操作するかのように、無理矢理それを引き上げさせた。それを可能にする条件付けが、確かに彼女に存在する」

 

 ウマ娘には、領域(ゾーン)と名付けられた短時間ながら高いパフォーマンスを発揮できる時間が存在するといわれている。あくまでこれはウマ娘の主観的なものであり、統計を取ろうにもウマ娘それぞれの個人差や領域に入る条件などが不明なため、トレーニング法はおろか、確立した理論も存在の証明もされていない代物だ。

 

 しかし、ほぼ間違いなくウマ娘は領域を発動する鍵を持っており、それが不意に扉を開けてしまうのだ。

 

「スペシャルウィークが領域の地平を自由に飛び越える術を身につけたと我々は考えるべきでしょう。強さの根幹はそこにあると考えています。そしてそれを、スペシャルウィークは真の意味では理解していない」

「……陽室トレーナーが立案した手法であるがために、ですか」

 

 佐久間は口の端を持ち上げた。佐久間が口にしにくい事柄を、南坂は正確に拾って埋めていく。

 

「私はスペシャルウィークを陽室琥珀による『理想のウマ娘プロデュース』の産物だと考えています。デジタルはスペシャルウィークの走りを見て『彼女の望んだ走りではない気がした』と言っています。『最強なのに、間違いなく望んだ走りのはずなのに、無表情で、無感動だった』と、相矛盾しているように聞こえる感想ですが、私はアグネスデジタルの観察眼とその感覚はたとえ論理的でなくとも信じるに値すると考えています」

「つまり……」

「スペシャルウィークの弱点は『陽室琥珀の理想を超えられない』ことにある。少なくとも安田記念まではそこが盲点であり、アグネスデジタルはその盲点を意図せずに突いた」

 

 佐久間はそう言ってコーヒーに手を伸ばす。

 

「陽室琥珀がそのことに気がついていないはずもない……故に、対策に乗り出したと見るべきでしょう」

「だから海外に飛び出した……デジタルさんを利用し、それを理由にすり替えて」

「えぇ。……スペシャルウィークはこれまで張り子の虎()()()。手負いの虎とどっちがマシかはわかりませんが、次のレース以降はおそらく走りが変わってくるはずです。もしも変わらなかったのならば、秋には日本に戻るという前言を翻し、変わるまで海外に居座り続ける可能性も否定できません」

 

 コーヒーを飲み干してから、佐久間は続けた。

 

「だからこそ、このように言うしかないんです。────スペシャルウィークは、底が知れないウマ娘です」

「……よく理解できました」

「よかった。こんな意見でも参考になればありがたいです……コーヒー、ごちそうさまでした」

「コーヒーでよければいつでもまたいらしてください」

 

 佐久間は礼を言いつつ、ナイスネイチャの資料をブリーフケースにしまい背を向ける。

 

「──────佐久間君」

 

 扉を出る前に呼び止められ振り返る。南坂が席を立ったところだった。

 

論理的になればなるほど、創造性は失われる。……幸運を」

 

 そう言って、南坂は右手の指を揃えこめかみに当てていた。佐久間は久々に踵を鳴らして直立不動の姿勢を取る。

 

「まだ幸運に頼らねばならないほどのデッドエンドではありません。南坂さんもお気をつけて」

 

 そう言って答礼を返すと、佐久間は部屋を出る。スーツの襟を正し廊下を歩きながら呟いた。

 

「……せめて、手の届く範囲の安全は守らないとな」

 

 アグネスデジタルやゴールドシップを取り巻く危機は去ったわけではない。それでも、立ち止まる訳にはいかないのである。

 

 預かったナイスネイチャのプロフィールを見る限り、おそらく南坂トレーナーは本気で彼女を取るつもりだっただろう。それを盾にされては、こちらも情報を出さざるを得ない。

 

 今から夏。アグネスデジタルはジャパンダートダービーを挟んで毎日王冠をジャンピングボードとし、天皇賞(秋)へと駒を進める。ゴールドシップはもうすぐそこに迫った宝塚記念からいくつかレースを挟んで、最終目標はジャパンカップ、人気投票で勝ち抜けば有馬記念の予定だ。スペシャルウィークがどのような戦略を取るにせよ、直接対決はどちらも避けられない。

 

「時間がないぞ、二人とも。なんとかするからついてこい」

 

 誰もいない廊下にそう呟いて、佐久間は部室へと姿を消した。



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エルコンドルパサーは戦友がほしい

 フランス共和国、オー・ド・フランス地域圏、シャンティイ。

 

 ここはフランス版URAとも言えるフランスクーリエを語るには外せない場所だ。フランス最大のトレセンであるウマ娘トレーニングセンター中等教育学校シャンティイ校の他に、フランスの技術官僚(テクノクラート)養成機関たるグランゼコールのうちのひとつにして、国内唯一のウマ娘に特化した最高学府である国立ウマ娘高等学術院が本校を置き、フランス陸軍もここに騎兵学校を置くなど、フランスにおけるウマ娘教育の集積地として絶対的な地位を確立した土地であり、欧州を中心に様々な留学生も多く滞在する町である。

 

「ウェルカーム!! スぺちゃんもアパルトマン暮らしとは楽しみデース!」

 

 そのシャンティイの郊外、短期の留学生や非常勤職員など向けに設置されたマンスリーマンション前でタクシーを降りたチームテンペル一同を待ち受けていたのは、エルコンドルパサーの歓声だった。

 

「あ、エルちゃん」

「ふっふっふっ……ここで会ったが百年目、明日からバリバリ並走にも付き合ってもらうデース。フランスの皆さんと走っても、消えないこの滾るような熱! 発散しきれませんでしたから!」

「エルちゃん、こんなときも元気だね……」

 

 パリ郊外のシャルル・ド・ゴール空港から乗り込んだスペシャルウィークは疲れ切った表情のままそれを受ける。一方メジロマックイーンや陽室はけろっとしていることに疑問を覚えたのか、エルコンドルパサーは陽室の方を見る。

 

「スペちゃん、どうしたんデス?」

「あぁ、スぺなら御心配なく。長時間乗り物に揺られ続け、ついでに時差ボケのダブルパンチで三半規管がやられて乗り物酔いをしているだけですから。……だから飛行機の中では眠たくなくても寝ておきなさいと言ったのです」

「反省してまーす……」

 

 ヘルシンキの乗り換えで少しばかりは休めたとはいえ、それでも十数時間は乗り物に揺られている。それだけの長時間長距離移動は初めてだったこともあり、スペシャルウィークはすでに疲労困憊だった。

 

「スぺちゃんは乗り物ダメなタイプでしたか……」

 

 そう言われてしゅんと耳を垂れさせるスペシャルウィーク。

 

「自分でコントロールできない乗り物は苦手なんですよぅ……」

「ともかく、まずは荷物を置いて一息入れましょう。マンスリーマンションなので一通り家具類は揃っているでしょうが、いろいろと買い出しも必要になるでしょう。まずは部屋を見てから動きますよ」

 

 陽室はエルコンドルパサーから鍵を受け取る。どうやら、彼女に鍵の受け取りなどのお使いを頼んでいたらしい。

 

「部屋は4階の404号室デース」

「どうにもエラーになりそうな予感のする部屋番号ですが、部屋ごと消えることはないでしょうし、良しとしましょう。ミス・エルコンドルパサー、ありがとうございました」

「スぺちゃんとの並走を組んでもらえるならこれぐらいなんのその! それにどうせ同じ建物デース」

「ちなみにミス・エルコンドルパサーの部屋はどちらに?」

「ひとつ下、3階の307のワンルーム。……3LDKの広い部屋を押さえられるなんて、テンペルはお金持ちデスねぇ」

「チームで借りますからね。スペにマックイーン、後追いでベルノもとなれば、どうしてもこういう部屋になります」

 

 築60年は軽く経っているだろうか。壁面にびっしりと蔦が生えたレンガ造りの建物に入ると、手動ドア式の軋むエレベーターが顔を出す。

 

「あ、そのエレベーターは使わない方が得策デース。前に3階に行こうとして乗ったら、目の高さに床が来る位置で止められたことが……」

「……なるほど。忠告に感謝します」

 

 スーツケースをエレベーターに乗せようとしていた陽室が静かにエレベーターから降りる。

 

「面倒ですが、階段で上がりますよ」

「トレーナーさんの分は私がお持ちしますわね」

 

 メジロマックイーンがひょいとスーツケースを取る。自身のスーツケースと併せてふたつの荷物を抱えながらサクサクと螺旋階段を登っていく彼女を追いかけながら、陽室は口を開いた。

 

「当たり前ですが、流石ウマ娘ですね」

「これもメジロ家のたしなみですわ」

 

 力仕事のどこがたしなみなのかはわからないが、荷物を持ってもらった以上、突っ込むことはせずに階段を上る。螺旋階段で目が回る前に4階に着くと、一番手前の角部屋が件の貸し部屋らしかった。

 

「というわけで、こちらデース!」

 

 エルコンドルパサーが真っ白いドアを開ける。覗き込んだメジロマックイーンや体調不良絶不調なスペシャルウィークですらも目を輝かせた。

 

「なるほど、いわゆるリノベーション物件だったのですね」

「建物の外は景観条例で変えられなかったらしいデスけど、それぞれの部屋はほとんど新品デース!」

 

 土足前提の部屋なのだろう、ドアを開けると靴を脱ぐスペースもなく、いきなり板張りの廊下が始まる。壁は黒いペンキで塗られ、等間隔で並んだペンダントライトには裸電球が灯っている。

 

 シャワーブースやお手洗いを一瞥した陽室がインダストリアルなデザインの廊下を抜けると広いリビングダイニングが顔を出す。IHキッチンに広いダイニングテーブル。リビング部分にはソファに大画面テレビ、観葉植物に抽象画、ホテルの一室のようなラグジュアリーな作りを見て陽室は笑った。

 

「それぞれの居室はこっちですね」

 

 リビング脇の扉を開けると8畳ほどの部屋がふたつ。それぞれにシングルベッドが2台あり、狭いもののデスクも完備、フロアライトなどもあり、かなりおしゃれな様子だ。ついでにバルコニー付きの書斎のような小部屋に簡易ベッドがあることも確認し、さっさとリビングに戻る陽室。

 

「これで月当たり4000ユーロは安いですね。さすが学生街です」

「4000ユーロを安いとは言いませんわよ……家具と光熱費込みとはいえ、おおよそ55万円ではありませんか」

「おや、珍しいことを言いますねマックイーン。4人でひと月と考えればその金額ではビジネスホテルにすら泊まれません。シャンティイの学生寮が満杯で使えないのは痛手でしたが、だからといって貴女たちを格安ドミトリーに詰め込むとなれば安全上の懸念が大きすぎます。これぐらいは必要経費ですし、レートとこの家の設備を考えれば十分格安です。一人当たり14万は、都内で一人暮らしをしようと思えば出て行ってもおかしくない金額でしょう」

 

 そう笑って自分の荷物を小部屋に叩き込む陽室。

 

「私はこの小部屋をいただきましょう。部屋割りは自由です。ベルノが来たら再調整するとして、まずは一人一部屋で行きましょう」

「そういえばベルノはどこに行ったんデス?」

 

 エルコンドルパサーが遠慮なくルームツアーをしながらそう口にした。

 

「パスポート申請の関係で、ベルノのフランス入りは2週間後です。それまではミス・東条とも相談の上で、チームリギルの練習に相乗りさせてもらうことになっていますよ。その代わり、ライブレッスンはこちらで担当します」

「これで並走し放題っ!」

「……ミス・エルコンドルパサー。まさかとは思いますが、このひと月少々で早くも孤立したのですか?」

 

 その言い草にキッチンで棚の下を覗いていたエルコンドルパサーが身体を跳ね上げ、シンク下に頭を強打した。

 

「なるほど、その様子は図星ですね」

「あれはフランスのウマ娘が悪いんデース! エルのマスクを馬鹿にするのが悪いんデースっ……!」

 

 盛大にたんこぶを作ったであろう後頭部をかばい目に涙を溜めつつ、そう叫ぶエルコンドルパサー。陽室はわずかに考え込むように顎に手を当てた。

 

「ふむ、欧州の悪いところが出ましたね。やはりどうしても外国人、特にアジア人を下に見る意識はどうしても残っています。日本の看板を背負ってこちらに来ている以上は避けられないものでしょう」

「……それでも、世界最強と日本最強がタッグを組んで殴りこみできる体勢が整いました! やってやるデース!」

「その意気込み、大いに結構。では凱旋門は頼みましたよ、ミス。マイル戦線はこちらでなんとかしますので」

 

 スペシャルウィークやメジロマックイーンがそれぞれの部屋に引っ込んでいるのを横目で見つつ、陽室はそんなことを口にする。

 

「……やっぱり、スぺちゃんは今年の凱旋門賞には出ない?」

「その通りです。今の彼女に必要なのは、マイルでの経験と、真の意味におけるアウェーでの挑戦ですから」

 

 陽室は目を細め、エルコンドルパサーを品定めするような無遠慮な視線を送りながら続けた。

 

「彼女に必要なのは、熱です。ミス・アグネスデジタルが残した熱、種火のような小さな弱い熱ですが、それを今ここで吹き消されるわけにはいかないのですよ。……そのついででマイル最強の名をものにできれば良いですが、そこまでは望みません」

「タイキとグラスを破っておいてよく言います。アタシもスペちゃん相手にマイルで負け続けデスが」

「……そういえば、ミス・グラスワンダーはどうしていますか?」

 

 エルコンドルパサーはにっこりと笑う。

 

「不退転の書初めを書き直したそうデース。ちなみに4カ月ぶり3回目デース。スぺちゃんに負けたことよりも、デジタルを見逃していたことの方が堪えたみたいで、おハナトレーナーが頭抱えてマース。毎朝日が昇る前からベッドの上で座禅を組んだり、前の休養日には滝行に行ったりしたそうデス」

「なんとも彼女らしい解決策ですね。少々迷走しているようにも見えますが」

「いつものことデース。もう少ししたらたぶん正気を取り戻しますから、そうしたらグラスも再始動デスねー」

 

 エルコンドルパサーはにやりと笑う。

 

「でも、エルは代わりにかたき討ちなんて考えてませんからネ。それはいつかグラスが自分で果たすでしょうし、このエルコンドルパサーがやるべきは『世界最強』を証明することだけデース」

「付け加えれば、我々もミスも日本のレースが舐めてかかられている状況をなんとかしないといけませんしね。少々考えることとしますか」

 

 陽室が腕を組んだタイミングで、バン! と何かが破裂する音が響いた。同時に部屋の電気が落ちる。ブレーカーが作動したらしい。

 

「ひゃっ!?」

「スぺ?」

 

 スペシャルウィークが消えた部屋に陽室が飛び込むと、何かが焦げた匂いと目を白黒させているスペシャルウィークがいた。

 

「どうしました?」

「い、いきなり延長コードが爆発して……」

 

 後を追ってきたエルコンドルパサーが、まだ薄く煙を上げているテーブルタップを慌ててコンセントから変換プラグごと引き抜いた。

 

「スぺ、怪我は?」

「ありません。しびれたとかやけどとかもなしです」

「良かった。……持ち込む電化製品は対応電圧を確認しなさいとあれほど言ったでしょう」

「タブレットとかの充電機は確認したんですけど、延長コードは完全に忘れてました……」

「……ともかく、そのテーブルタップはもう使わないように、内部の回路が焼き切れているはずです。買い出しも含めて、落ち着いたら買い物に行きましょう。晩御飯の食材も買わなければなりませんし」

「スペシャルウィークさん? 大丈夫ですか?」

 

 メジロマックイーンも顔を出し、とりあえず全員の無事が確認できたので、ブレーカーを上げに行く陽室。ダイニングの椅子の上で背伸びをして、なんとかブレーカーを上げる。

 

「怪我がなかったのが幸いです。気を取り直して、近所のスーパーマーケットにでも偵察に行きましょうか」

「そういえば、こちらには食堂ないんでしたね……」

「平日の昼は学園のカフェテリアが使えますが、それ以外は自力で調達する必要があります。料理は当番制で行きますよ」

「え?」

「え?」

「……はい?」

 

 スペシャルウィークとメジロマックイーンの顔が同時にぎこちなく凍り付いた。

 

「あの……私、小学校の調理実習を除いてはまともにお料理をしたことがないのですが……」

 

 申し訳なさそうにそろそろと手を挙げつつそんなことを言うメジロマックイーン。

 

「……スぺ」

「私も食べる専門で……目玉焼きだと黄身が割れちゃうのでスクランブルエッグというか、『ぐちゃぐちゃたまご』にしないと作れない感じでして……あはは……」

「ちなみに、トレーナーさんはお料理の腕に自信がございますか?」

 

 メジロマックイーンとスペシャルウィークがすがるような視線で陽室を見てくる。どうか自信があると言ってくれ、という感情が傍からも丸わかりだった。

 

「生憎ですが、稀にストレス発散を目的に作る程度です。そのうえ趣味としての料理なので、普段作るには面倒さの方が優るようなものしか作らないのですよ。恥ずかしながら、要領自体もさして良くありません。それに……」

 

 そう言いつつ陽室はキッチンに寄っていく。IHコンロの前に立って笑って見せる。

 

「やたらと高い作業台やレンジが並ぶこのキッチンで、ウマ娘複数人の胃袋を満たせるようなサイズの鍋やフライパンを私が満足に振るえるとお思いですか?」

 

 陽室琥珀の身長は140cmジャスト。低身長の競走ウマ娘として知られているタマモクロスやハルウララなどと同身長であり、成人の日本人女性としては異様なほどに背が低い。だからこそ子役として重宝された過去があるのだが、その身長がここでは裏目に出てしまった。

 

 恐らくは170から180cmほどの身長の人が使いやすいように作られた、欧州における標準サイズのキッチンなのだろう。陽室の胸元ほどの高さに作業台の天面があり、ビルトインコンロもその横に設置されている。

 

 それはすなわち、このキッチンで陽室が包丁を振るおうとすれば、ほぼ肩の高さで包丁を振るわねばならないということを意味している。カレーやシチューが作れるような深い鍋をコンロに置こうものなら、陽室は鍋の中身を見ることすら適わないのである。

 

「……」

「……」

「……」

 

 しばらくの沈黙の後、わっと火が着いたように騒がしくなった。

 

「そんなこと言わないでくださいましっ! そんなこと言わないでくださいましっ! お願いですわ神様トレーナー様陽室様っ!」

「ほら踏み台! 踏み台買ってきましょう! ねっ!? お洗濯もお掃除もお買い物もなんでもしますからっ! ねっ!?」

「そうです、スペシャルウィークさんの仰る通りですわよ! 包丁用に作業台を買ってきてここに置きましょう! 私たちにもこの作業台は高すぎますので、安全第一で買うのがいいですわねっ!?」

「いいですねっ! 私、陽室さんの手料理食べてみたいです~っ!」

 

 なんとか料理当番を回避しようとあの手この手で機嫌を取りにかかるチームの面々と、その様子を見て腹を抱えて笑っているエルコンドルパサーを見ながら、陽室琥珀は珍しく本心から深々と溜息を吐いた。

 

 前途多難という言葉は、まさしくこの瞬間のため存在したに違いなかった。



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ナイスネイチャは輝きがほしい


 今話を読んだ後、あらすじに掲載されている表紙イラストのスペシャルウィークをよーく観察してみると……実は最初からきっちり仕込んでました。



「それでは、これで契約完了だな。これからよろしく、ナイスネイチャさん。ネイチャ、と呼んでもいいかな?」

「はい! よ、よろしくお願いしますっ!」

 

 ガチガチに緊張した様子の生徒が頭を下げる。佐久間晃明は彼女に笑いかけた。

 

「そんなに緊張しなくても大丈夫。君の実力なら、今から調整に入れば来年のダービーを十分に狙える」

「そ、それは……どうかなあ……?」

 

 山のようなサイン済みの書類を取りまとめていく佐久間の言葉に、ナイスネイチャがそう返事した。クリスマスカラーの耳飾りが不安げに垂れる。

 

「選抜レースでもずっと3着で、年下にもどんどん追い抜かれてるし……光るところ、見せられなかったから……」

 

 ナイスネイチャの言葉が途切れる。

 

「どうして君をチームペルセウスで採用したのか、最初にも話したと思うが、念のためもう一度確認しておこう」

 

 佐久間はそう言って書類をトントンと応接用のテーブルに打ち付けてまとめつつそう言った。

 

「君の走りはちゃんと基本に忠実な、とてもプレーンな走りだ。教官の下でちゃんと学んで、ちゃんと考えて、練習の中でトライアンドエラーを繰り返してきた走りだと私は見ている。安定して入着できているというのも実力の証左だ。まず、そこは胸を張りなさい」

 

 佐久間はナイスネイチャをまっすぐと見る。

 

「確かにトゥインクル・シリーズでは才能が物を言うところはある。努力では埋められない部分だってあるだろう。だがそれは、レースで勝てないこととイコールではないと考えている。対策を練り、準備を整えていくことで、本番ではきっちりと成果を残すことができる。努力ができる気概と技術の基礎を、君はすでに備えている。だから採用した」

 

 そこまで言ってふっと目元を緩める佐久間。

 

「それに、実を言うとスピカのサブトレ時代にネイチャを採用することも考えてはいたんだが、採用の最終権限は沖野チーフが握っていたし、デジタルで手いっぱいだったのもあってね。南坂トレーナーから君のことを聞いたときには驚いたものだ」

「あはは、タンホイザがご迷惑をおかけしました……」

 

 ネイチャはどこか気恥ずかしそうに目を細めた。

 

「評価している人はそれだけいるということだ。さて……メンバーと顔合わせしつつ、今後の動きを決めていこう」

 

 そう言うと佐久間は隣の部屋へと続くドアを開けた。

 

「あ、トレーナーさん! 終わりましたか?」

 

 ひょっこりと顔を出したのはアグネスデジタルだ。

 

「無事契約完了だ」

「これで正式にチームメイトですね! ネイチャさんとご一緒できるなんて、この不肖デジタル、大変嬉しく思う次第です……!」

「やっぱりデジタルちゃん大げさだって……」

 

 アグネスデジタルが鼻息荒くそう言うと、ナイスネイチャは照れ気味に返す。その様子に少々意外そうな表情を浮かべるのは佐久間だ。

 

「最初から顔見知りか?」

「はいっ! 座学では同学年、クラスメイトですからね! それに!」

 

 アグネスデジタルがナイスネイチャの手を取った。

 

「中長距離以上はあたしの苦手領域ですし、逆にマイル周りとかは教えられる部分もありそうなので、一緒に切磋琢磨できるのって本当に嬉しいんですよっ!」

 

 ぶんぶんと手を振るしぐさに笑いつつ、佐久間はもうひとり部屋にいるはずの影を探して、目線を走らせた。

 

「ゴールドシップ」

「おうおう、ここだここ!」

 

 そう言うとなぜか掃除用具箱の影から出てくるゴールドシップ。サングラスをかけながら箒を抱えて出てくる彼女に佐久間が盛大な溜息を吐く。

 

「……何してるんだ?」

「いやぁ、ホームページ用の写真撮るって言ってただろ? じゃあ部室の整理タイムだと思ってたら、整理してるうちになんか楽しくなってきちゃってよぉ」

「ホームページ?」

 

 ナイスネイチャが首を傾げる。アグネスデジタルの耳が跳ねた。

 

「はいっ! チームペルセウスのホームページも作らないといけないので。ネイチャさんとゴールドシップさんのプロフィールページも作らないとなんですよ!」

「え゛っ、デビュー前なのにプロフィール作るの!?」

「恥ずかしがんなよナイス姉ちゃん」

「ナイスネイチャだっ!」

 

 ゴールドシップの茶々にナイスネイチャがすぐに突っ込む。

 

「お前は頼むから少しは周囲を見てくれ。宝塚連覇の首は重いぞ。威厳というものをそろそろ覚えた方がいい」

 

 佐久間にたしなめられると、にやりと笑うゴールドシップ。

 

「そう言われると思ってよっ! ほいっ!」

 

 くるりと背中を向けるゴールドシップ。A4版の紙が制服にセロハンテープで張り付けられており、達筆な字で『威厳』と大書されていた。

 

「そういう意味ではない」

 

 淡々と突っ込み、佐久間は個人用のデスクに腰かける。窓を背にするように置かれたデスクにはタブレットPCや電話などがセットされている。アグネスデジタルに手を引かれるようにして、部屋の中央に置かれた会議用の折り畳み机についた。ノリが悪いなぁ、などと言いつつゴールドシップもサングラスを外してナイスネイチャの向かいに腰かけた。『威厳』と書かれた紙がデスクの中央に滑る。

 

 佐久間はそれを無視して口を開いた。

 

「というわけで、チームペルセウスはナイスネイチャさんと正式に指導契約を締結した。芝の中長距離路線を見据え、今季のメイクデビューにねじ込むつもりだ。シニア2期目のゴールドシップ、クラシックのデジタル、ジュニアのネイチャの3人体制で夏以降の戦線に向かうことになる。……まあ、仲良くするようにと言うまでもなさそうだが」

 

 すでに溶けかけているアグネスデジタルを見つつ佐久間が笑う。

 

「で、さくまんよぉ」

「『その呼び方はなんだ』と突っ込むのも飽きてきたが、なんだ?」

「しばらく海外遠征はしないのか?」

 

 そう言われ、佐久間は数舜考え込むような間をとった。

 

「来年以降はあり得るが、この12月までは国内に軸足を置くつもりだ。出たい海外重賞でもあるのか?」

「いやぁ、今年はジャパンカップを目指すからいいんだけど、来年あたり凱旋門リベンジとかしたくてさ。やっぱ負けっぱなしじゃ終われないだろ?」

「わかった。ではジャパンカップ以降……条件次第で有馬記念に出るとしても、その先については海外遠征を前提に調整する。それでいいか?」

「さっすがぁ、わかってるねぇ」

 

 満足そうなゴールドシップと対照的にどこか不安そうなのはアグネスデジタルだ。

 

「となると、来年までにはサブトレーナーとかも雇わないと、ですね」

「だな」

 

 佐久間は同意して少し疲れたように笑った。一人で海外と国内の両方を指導することは実際困難だ。最小限であっても、指導を代行できる人員を確保する必要があるのだが、現状ではどこまで上手くいくか不明瞭なのである。

 

「それを見据えつつスポンサー集めもしないとならない訳だが……発足メンバーの特権だ。打診のあった会社のカタログがそこに山になってるから、目を通してみてくれ。気になる会社があれば優先的に検討する」

「はーい。……って、へ? スポンサー?」

 

 ナイスネイチャが驚いたような表情をした。

 

「おうよ。って……あれか。良い姉は知らないか」

「ゴールドシップさんふざけてますよね……?」

 

 顔がどんどん赤くなっていくナイスネイチャを尻目に、ゴールドシップがどこからともなく指し棒を取り出した。

 

「んじゃ、説明しよう! まずはそこのさくまん、というか、どのチームのトレーナーもだが、トレーナーはトレーナーとして学園に雇われているわけじゃないって話からだ」

「へっ!?」

 

 ネイチャの視線がデスクでタブレットを操作していた佐久間に向く。佐久間も頷いた。

 

「乱暴な言い方だがゴールドシップの話は正しい。トレーナーとしての仕事はさっきネイチャがサインした契約書通り、『株式会社ペルセウス』の業務としてやることになっているから、学園にトレーナーとして雇われているわけではないよ。もっとも、私は学園事務局警備部の職員としても登録されているから、学園スタッフでもあるんだがね」

 

 すでに混乱で頭を抱えそうになっているナイスネイチャ。そんな姿を見てか、アグネスデジタルが立ち上がり壁のホワイトボードに向かう。ボードをマーカーが滑る音が響けば、『URA』と『トレセン学園』の文字が書き出される。

 

「えっとですね、そもそもトゥインクル・シリーズの運営主体はURAなので、学園が出走者に直接そのお墨付きを与えるわけじゃないんです。URAが認定した『URA平地競走上級指導員』……よく中央トレーナー資格(セントラル・ライセンス)って呼ばれるライセンスですね。その資格を持つ人がURAに申請して出走登録が行われます。チームペルセウスだとそこの佐久間トレーナーがそうです」

 

 URAの下に『ペルセウス』と書きながらデジタルはホワイトボードに向かって講義を続ける。

 

「だからトゥインクルの出走条件として、実は『トレセン学園生』である必要はなかったりします。規定上は認定トレーナーの指導を正式に受けていて、基準タイム内で走れれば出走可能です。逆に、学園生でも選抜レースをしてトレーナーについてもらわないとトゥインクルに出られないのはそういうことです」

「とはいえ全指連……って言ってもわからないか、レース指導を行うトレーナーが会員として加盟する『全国ウマ娘競走指導者連合会』から、学園生の中から競技者を選抜するようにと指導が入っているし、基準タイムを出せるだけの実力者なら中央校に余裕で入学できるはずだから、学園生以外がトゥインクルシリーズに出走したことはないんだけどな」

 

 佐久間が補足するとアグネスデジタルは頷いた。

 

「それぞれのチームはURAと全指連の指導と監督を受けます。学園はチームにグラウンドやトレーニング設備、あとは部室を貸与したり、指導する学園生の人数に応じて補助金を出したりします」

「じゃあ、トレーナーの給料って……?」

 

 ナイスネイチャが恐る恐る佐久間の方を見る。

 

「指導契約で決めた割合に基づき、君たちの獲得報奨金から一定の割合を貰うことが主な収入になる。あとは学園や政府からの補助金だな。そこから部室の賃貸料を学園に支払い、トレーニング関連の備品を購入し、保険とか会社の維持に必要なお金を差し引いた残りの金額が私の懐に入る」

「じゃ、じゃあ、アタシ達が勝てなかったら……?」

「生徒側にはあまり影響はない。せいぜいトレーナーの夕食におけるもやしの割合が増える程度だ。だから指導員は必死に指導をする。チームによっては成功報酬の他に月額いくらで生徒のご家族から指導料を回収する所もあるし、ローカル・シリーズを中心に活動する地方所属トレーナーの場合はそちらが主流だ。そこまでしてもチームの維持ができなくなれば当然チームは解散、トレーナーは廃業だ」

「アタシ達責任重大じゃんっ!」

 

 そうだぞー、と気楽に言うのはゴールドシップだ。

 

「だからこそ、そうならないようにそこのさくまんは必死に見込みのあるウマ娘をスカウトしたり、指導したりするわけだな。今のところはアナログも居るし、アタシが勝ちまくれば良いわけだし。心配はないだろうけど、稼ぐ手段がもうひとつ……企業からスポンサー料をもらうことだ」

 

 そう言ってテーブルに置かれたパンフレットを見る。もはやアグネスデジタルは『アナログ』呼びされても反応しなくなっていた。

 

「ゴルシ様やデジタルの活躍を見て『まっ! この子達にうちの宣伝をしてもらいたいわッ!』と思った会社がこうやってお金を投げてくれたり、製品を提供してくれるって寸法よ」

「そういえば、スペ先輩のいるチームテンペルはスウィング・コンツェルン・ジャパンが大口のスポンサーについてましたよね?」

「スウィング・コンツェルンって……あのスウィング!? 高級時計メーカーの……」

「コンツェルン傘下のランジンが、ジャパンカップを始めとする有名な国際重賞の公式計時を担っている。同じく傘下のツェータには競技計時専門の子会社もあるし、恐らくそういった繋がりで売り込みがあったんだろう」

 

 佐久間は呆れの表情を隠さずに続ける。

 

「だが、あそこは参考にしちゃ駄目だぞ。あのトレーナー、スペシャルウィークモデルの高級時計をツェータとランジンにわざわざ作らせて納品させたらしい。予定販売額はどちらも200万越え、限定モデルの例に漏れず世界で数百本しか出さないそうだ」

「おっひょ」

 

 また卒倒しかけたが、はっとした顔で持ち直すアグネスデジタル。

 

「でも……あたしならもう買えるのでは……?」

「買えるだろうけど計画的にな」

 

 佐久間が辟易とした様子でそうたしなめた。

 

 NHKマイルカップと安田記念を獲ってきたアグネスデジタルはそれだけで3億円ほどの賞金を獲得している。……もっとも、そのうち何割かは税金として本人の懐に入らず消えていくし、さらにそれを指導契約に基づいて分配するので本人の取り分はそれ以下なのだが、そうだとしても200万円の時計をふたつ買うということも決して不可能ではないのである。

 

「あれほど極端である必要はないが、場合によってはコラボモデルが作られる可能性もある。デジタルの場合はアパレル系の打診が多いが……」

「悪かったですね、子供服メーカーばっかりで」

「何も言ってないだろう」

「女性服メーカーからも来てるぞ。このゴルシ様目当てかもだけどな。あとベッドメーカーに……健康食品にシューズに家電……実質なんでもござれだな」

 

 ゴールドシップに追い打ちをかけられ頬を膨らませるアグネスデジタルを見ながら苦笑いをするナイスネイチャ。

 

「まぁ、あと2週間ぐらいで決めれば良い状況だから焦らないでいい」

「あ? この後はどうすんだ?」

 

 ゴールドシップがそう言いつつ首をかしげた。

 

「本当なら着替えてグラウンド集合と行きたいところだったが、たづなさんからペルセウスに紹介したい生徒がいると連絡があってな。どうやら2学期から中央に転入するそうなんだが、その子の面談をしてからになる。動きたければグラウンドの利用申請は通ってるからそっちに降りていていいぞ」

 

 そう言うとゴールドシップとアグネスデジタルの耳が同時にピンと立った。

 

「それは是非とも会ってから行かねば!」

「おうデジタル気が合うなぁ!!」

「……あまり強く当たるなよ」

 

 佐久間がそう言ったタイミングでドアがノックされた。アグネスデジタルがドアに向けすっ飛んでいく。

 

「はーい、ようこそチームペルセウスへ! ……って、ひょえええええええええええええっ!?」

 

 アグネスデジタルが悲鳴と同時に後方に吹き飛ぶ。いつもの事なのか、やれやれといった表情のナイスネイチャ。ゴールドシップがめんどくさそうにアグネスデジタルを回収に向かう。

 

「え、あ、な、え、かっ……っ!?」

「驚かせちゃった? ごめんね?」

「アナログー、初対面で失礼だぞー。悪い悪い、アンタがたづなさんに紹介されたウマ娘?」

「アンタじゃないでしょゴルシさん! カレンチャンさんですよ!? そんな気軽にっ!」

 

 そう言ってアグネスデジタルは、来客者の方を見る。カレンチャンと呼ばれたそのウマ娘は、淡いグレーのような髪色を揺らして笑う。

 

「あ、カレンの事知ってくれてるんだね! ありがとう!」

「おひゅうううううううううう!」

「おーい、勝手に昇天しないで戻ってこーい。あと、そんなに有名人なのか説明しろー?」

「有名もなにも! 『Curren』さんといえば! ウマスタグラムでフォロワー300万人突破の! 自撮りの! 女神で! 大井の! ダートで! 走って! る! すごいお方なんですよ! ゴルシさん知らないんですか!?」

「ウマッターとUmaTubeしかやってないからゴルシ様」

 

 のんきにそう言うゴールドシップの背後で遠い目をしているナイスネイチャ。

 

「あー、どこかで見たことあると思ったらウマスタかー……またとんでもないキラキラ族が来ちゃったなぁ……」

「ゴルシさんもネイチャさんもなんでそんなに落ち着いてるんですか! というよりトレーナーさんは知ってて……って、トレーナーさん?」

 

 ハイテンションなアグネスデジタルの声で皆の視線が佐久間に集まる。珍しく、彼が驚いた表情のまま固まっていたのだ。それを見た来訪者がクスリと笑った。

 

「やっと見つけた。カレンの運命の人っ!」

 

 彼女は大きく一歩、部屋に踏み込んで満面の笑みを作った。

 

「久しぶりだね、探したんだよ! ()()()()()♪」



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カレンチャンは証明がほしい

「お前お前お前お前お前!!!」

「ギブアップだギブアップ!」

 

 背後からチョーク・スリーパーをかけられていた佐久間が、首に回ったゴールドシップの腕をタップする。

 

「佐久間チーフよぉ。生徒に『お兄ちゃん』と呼ばせるのは、流石に性癖が歪んでんぞ」

「も、もしかして本当に妹さんだったり……?」

 

 ナイスネイチャがフォローに入るが佐久間は苦虫をかみつぶした様な顔をする。

 

「俺にウマ娘の妹は居ない」

「お前お前お前お前お前!!!」

 

 再び喉元を締め上げられ、佐久間はやはり腕をタップする。

 

「ゴールドシップさん! お兄ちゃんをいじめないで? お兄ちゃんのことはカレンが呼びたくて呼んでるだけだからね」

「……説明、してくれるんだろうな」

 

 ワイシャツとネクタイを整えつつ汗を拭う佐久間。チーム一同から彼に冷たい視線が突き刺さる。

 

「前職の関係で、カレンチャンさんとは一度だけ面識がある。……覚えていたとは驚きだ」

「カレンって呼んで? それにあんなことされて忘れるわけないもん」

 

 そう言って柔らかく笑うカレンチャン。

 

「探したんだよ。6年間、ずーっと。何も言わずにいつの間にか居なくなってるし、お礼も言わせてくれなかったし」

「職務上の理由により、接触するわけにもいかなくてね。……もう身体は大丈夫なのか」

「うん」

 

 自分のお腹をさすりながらこくりと頷くカレンチャンを見て、ゴールドシップの目が三角に吊りあがった。

 

「お前お前お前お前お前!!! 洒落にもなんねーぞ!!!」

「誤解だゴールドシップ」

 

 いよいよ本格的に顔が赤くなり始めた佐久間が、ゴールドシップの腕の内側に手をねじ込んで気道を確保しにかかる。

 

「なにが誤解だってんだああん!?」

「彼女が巻き込まれた事案の初動対応に当たった警察官のひとりが私だったんだよ。私は理性というものを持ち合わせている。お前らが勘違いしているようなことは一切ない」

「あ、やっぱりお巡りさんだったんだね。あのときは『看護師の水野という者だ』って名乗ってたのにね?」

「トレーナーさん?」

 

 今度はアグネスデジタルが胡乱な声を上げる。

 

「あたしには警察官だって言ってましたよね?」

「……現場で犯人を刺激しないためにも看護師を名乗る必要があっただけだ。現場に居合わせたカレンチャンさんの身を守るためにも警察だと明かす訳にもいかなかった」

「じゃあ、カレンさんは……」

 

 ナイスネイチャが言うべきではなかったかとハッとしたようで、そこで言葉を切った。

 

「……6年前、東京宝塚劇場」

 

 カレンチャンがそう言った。

 

「あのとき、現場にいたのがお兄ちゃん、だよね?」

 

 やっとゴールドシップの手が首筋から離れた佐久間は答えなかった。ナイスネイチャやアグネスデジタルが心配そうにふたりを見る。

 

「爆弾を持ってるって言って、銃を乱射した人に銃を突き付けられながら、それでも撃たれたカレンの止血をしてくれたのは、お兄ちゃんでしょ?」

「否定したところで信じないだろう。……だが、これ以上の詳細についての開示は、国家公務員法第100条に規定される守秘義務に抵触する。ここから先の情報は警察庁長官の書面がない限り開示できないことになっている。すまない」

「カレンはあそこにいた当事者なのに?」

「当事者だからだ」

 

 佐久間は即答。顔の前で指を組んだ彼は続ける。

 

「君が探している水野孝三郎という男はもういない。ただ、消えたのだ。それ以上の情報を君は知るべきではない」

「それはなんで?」

「開示できない」

 

 重たい沈黙が落ちる。カレンチャンは佐久間から目をそらすことなく、続きを待つ。その沈黙が納得できないと雄弁に語っていた。佐久間は諦めたように、報道発表済みの範囲でだぞ、と前置きしてから口を開く。

 

「東京宝塚劇場立てこもり事件は、警視庁はおろか、警察組織全体にとって地下鉄駅構内連続テロ事件以来最大の汚点だ。しかしこの立てこもり事件を引き起こした極左系テログループ『赤派旅団』にとっても、決して小さくない打撃を与えている。犯人グループの幹部は今も全国各地の刑務所で服役している。……カルト的な人気を集めたまま、な」

 

 佐久間の目が冷える。

 

「関係者が逆恨みで襲われる可能性は否定できない。君もだ、カレンチャンさん。これ以上深みを覗く必要はない。深淵を覗き込んだ多くの者が、そのまま引きずり込まれ帰ってこなかった。訓練を受けた者でもそうだ。私は生きて戻ったが、それは単にラッキーだったからだ。君が同じ深淵を覗いたとして、そのまま君が君でいられる保証はどこにもない……君はこれ以上事件の事を知るべきではない」

 

 言い聞かせるように佐久間は淡々と続ける。

 

「君がどれだけ本気であろうと、本気であるからこそ、明かすことはない。理解してくれ」

 

 納得しろとは言えないがな、と自嘲するように笑った佐久間にカレンチャンがクスリと笑う。

 

「それでも、助けてくれたのがあなただって、カレンは知ってるよ」

「そもそも当事者と私のような警察官が会うこと自体が禁忌に近いんだぞ。どうしてわかった……と、聞くまでもないか。デジタルの記者会見後の騒動だな?」

「あー。かなり拡散されてたもんなアレ」

 

 ゴールドシップがのんきにそう口にした。

 安田記念の後、アグネスデジタルとスペシャルウィークが刺されかけた東京レース場刺殺未遂事件において、犯行現場で佐久間が犯人の無力化をしているシーンがスマートフォンで撮影され、流出したのだ。すぐに警察からメディアに通達が周り、地上波で使われることこそなかったものの、ネット上では拡散し放題になってしまったのである。

 

「うん。それもあるし、()()()()()に教えてもらったから」

「お姉ちゃん……?」

 

 佐久間は眉をひそめていたが、そのワードに思い至るところがあったのか顔色が青くなる。

 

「まさか、アレか!? 陽室琥珀のことを言ってるのか!?」

「せいかーい! お姉ちゃんはあれからずっとマメに連絡入れてくれるし。ついこないだ、『あのときの彼を見つけましたよ』って教えてくれたんだよ」

 

 カレンチャンの『お姉ちゃん』宣言でやたらとちんちくりんなトレーナーが頭に浮かび、露骨に嫌な顔をする佐久間。アグネスデジタルが恐る恐る手をあげた。

 

「えっと……陽室さんって、スペ先輩の……チームテンペルの陽室トレーナーですよね……?」

「うん。もともと家同士の交流があってね。時々連絡を取り合ってたの。東京宝塚劇場のときも一緒だったしね」

 

 そう返したカレンチャンに佐久間が頭を抱える。

 

「……個人の交友関係に口を出すつもりはないが、アレを手本にすることは推奨しないぞ」

「なんだ、陽室トレのこと苦手だったのか」

 

 ゴールドシップの質問に、佐久間が一瞬言葉に詰まる。

 

「……ビジネスパートナーとしては信頼している」

「もうっ、お姉ちゃんのこと嫌わないであげて? ふたりの仲が悪いとカレンは悲しいなぁ。お姉ちゃんはその、ね? 自分の好きなことに真剣で、でもそれ以外のことには全然興味が無くて、それからちょっと性格がアレなだけだから……」

「カレンチャンも結構ずけずけ言うな」

「だってお姉ちゃんだからね……」

 

 ゴールドシップの突っ込みにあいまいに笑ってごまかすカレンチャン。本格的に頭を抱え始めた佐久間を見て流石にかわいそうだと思ったのか、ゴールドシップが彼の肩を叩いた。

 

「まあ、なんというか……そんなこともあるさ」

「ありがとうよ慰めてくれて。……ってなんで首を絞める!?」

「お前今『ゴルシ様に慰められるなんて相当だな』って思ったろ! 他者の善意を馬鹿にするやつはこうだっ!」

 

 いい加減首締めから逃れるために無理矢理ゴールドシップを引き剥がす佐久間。そのやりとりにくすりと笑って、カレンチャンは続けた。

 

「話してくれてありがとう。あのとき助けてくれて、嬉しかった。カレンならわかってくれるって信じてくれたこと、嬉しかった。カレンはね、お兄ちゃんの背中、ずっと覚えてたんだよ」

 

 カレンチャンは佐久間のデスクを回って、佐久間の横に立った。佐久間を見上げる格好になったカレンチャンはまっすぐ彼の瞳を見つめる。

 

「だから、伝えたかったんだ。……ありがとう。私の運命の人」

 

 それを静かに聞いていた佐久間が、目を反らす。

 

「……君が生きていてくれてよかった」

 

 それを聞いたカレンチャンがどこか寂しそうな笑みを浮かべた。

 

「でもお兄ちゃんはカレンのことを見てくれないし、あのときのカレンのままだと、警察官としてのお兄ちゃんしか見せてくれないでしょ?」

 

 カレンチャンはパチンとウインク。

 

「だから、()()()()()()から始めよう?」

 

 佐久間は答えない。

 

「……だめ、かな」

 

 消え入るような声でそう口にするカレンチャン。佐久間は困ったように頭を掻いていたが、カレンチャンと正対するように立ち、姿勢を正した。踵を鳴らす音にビクリと肩をふるわせるカレンチャンの耳に佐久間の声が滑り込む。

 

「────()()()()()()。株式会社ペルセウス、代表取締役兼チーフトレーナーの佐久間晃明だ」

「────ッ!」

 

 顔を輝かせるカレンチャンはすぐにガバリと頭を下げた。

 

「はじめまして! カレンチャンです、よろしくお願いします!」

「本契約に進めるかどうかは、君のポテンシャル次第だ。1週間の仮契約を締結する。その間に実力を証明してみろ」

「はいっ! ありがとっ、お兄ちゃん! これからよろしくねっ!」

「おわっ」

 

 佐久間の腕を取るように飛びつくカレンチャン。驚きつつも、佐久間は脚を半歩下げるだけで受け止めた。

 

「あれだな、やっぱりさくまんはロリコンだな」

「誤解だ、ゴールドシップ」

 

 佐久間の否定はどこにも響かずに消えた。

 

 


 

 

 陽室琥珀のプリペイド携帯が着信を告げたのは、フランスの現地時間で朝3時を回ったかどうかのタイミングだった。寝ぼけた頭で携帯を叩き、通話を受ける。

 

「陽室です」

《ペルセウスの佐久間だ。八つ当たりするから(ツラ)貸せ》

「誰がそんな誘い文句で頷きますか。当然お断りです」

《カレンチャンの件だ》

 

 電話口の声は陽室の抗議に取り合わず本題を切り出してきた。渋々と軋む狭い簡易ベッドから身体を起こした彼女は溜息に続けて言葉を継ぐ。

 

「そもそも、貴方は日本とフランスの時差というものを理解しているのですか。明日はベルノを空港まで迎えに行かなければならないのですがね。泣く子も眠りに落ちるようなこの真夜中、わざわざ叩き起こされるのに値する要件であることを期待しますよ」

 

 電話口の男は黙っている。カレンチャンの件、というだけで伝わるものと思っているのだろう。実際伝わっているので問題はないのだが、陽室にとっては面白くもない。

 

「……それで、彼女はミスターのところに来ましたか。それはよかった」

《どういうつもりだ。俺を紹介したのは》

「私ですとも。正確には、ミス・駿川に対してミスターを推薦したのですが」

 

 みなまで言わせずに陽室は答えた。

 

「どうして、というのはミスターが一番ご存じでしょう?」

《だからこそ聞いているんだ。なぜカレンチャンを俺に引き合わせた? まさか東京宝塚の事を忘れたわけではあるまいな》

「まさか、どうして忘れられましょうか。……ふむ、紹介の理由ですか。彼女がスプリンターやマイラー向きのトレーナーを探していたから、というだけでは不足ですか? カレンのスプリンターとしての素質は目を見張るものがあります。決してGIレースも夢ではないでしょうが、ミスターのお眼鏡には適いませんでしたか?」

 

 マンスリー契約で借りたアパートメント、カーテンを開ければまだ外は寝静まっていた。辛うじて立てる程度のスペースしかないバルコニーに続く掃き出し窓を開ける。夜風が寝起きの身体をなぞり、眠気を拭って去っていく。

 

《カレンチャンの実力はすでに確認した。ペルセウス預かりになること自体にも不満はない。だが、お前の説明は大いに不足している。……わざわざ事件の記憶をえぐり出すようなことをする必要がどこにある?》

「────There are more things in heaven and earth, Horatio, Than are dreamt of in your philosophy.

《ハムレットか。確か1幕5場》

「本当に暗記しているのですね。呆れた努力です」

《レイモンド・バビットほどではないが、記憶力に不自由はしていないのでね》

「計算高いことで」

《そちらについては自信がないがね》

 

 その言い草に鼻を鳴らす陽室。この男と鞘当てをしていても時間の浪費になるだけだと思い直し、再び口を開く。

 

「……カレンには再起動(リブート)が必要なのですよ。カレンはまだあの事件に、あの空間に取り残されている。私の手には余る事態です」

 

 東京宝塚劇場立てこもり事件。

 

 極左系団体から派生したテロ集団のアジトのひとつに警察が踏み込んだ時にはもう遅く、犯人グループは劇場に立てこもり、収監中のリーダーの解放と国外亡命の手配を要求した。そんな要求が通るはずもなく、自爆する前提のテロ活動の現場に、カレンチャンと陽室琥珀は巻き込まれた。

 

 ふたりがいたのは客席中央のSS席。逃げ遅れたことと、陽室が元芸能人であることがバレた結果として、20名ほどの出演者やスタッフと一緒に人質にされた。警察との交渉が遅々として進まないことに業を煮やした犯人が、カレンチャンの脇腹をわざと急所を外して撃ったのは事件発生から4時間後のことだった。

 

 今後の切り札として有名人を撃ち殺すのは躊躇った犯人グループにとって、幼い子供であり警察も無視できないだろう彼女の命はタイマー程度のものだったのだろう。その状況で彼女の手当を始めたのが、いつの間にか会場の救護スタッフとして人質のなかに紛れ込んでいた、水野孝三郎と名乗った男──警察の関係者として犯行前に劇場内までたどり着いた2人の内の1人で、偽名を使っていた佐久間晃明だったのである。

 

「ミスター・佐久間、貴方はティーンの女の子のことを何もわかっていない。女というものを全くもって理解していない。貴方がカレンの治療をしながら、犯人との会話を続けていた間、カレンは貴方のことをずっと見ていた。機動隊が突入し、犯人の腕が吹き飛ばされるそのときまで、貴方の相方らしきウマ娘の警官から投げ渡された拳銃で制圧に加勢するその瞬間まで、ずっと見ていたのです。……誤解を恐れず言いましょう。貴方はカレンの英雄になってしまった」

 

 どこかオレンジがかかった街灯を見下ろしながら陽室は続ける。

 

「カレンに英雄は必要ないでしょう。貴方に悲運の少女も必要ないでしょう。それでも、あの事件のときの背中をカレンは追いかけている。彼女が心身ともに驚異的な回復力を見せ、ウマスタグラムの投稿ができるほどになったのは、間違いなく貴方を追いかけた成果です。実際、あの後カレンは合気道にのめり込み、今ではかなりの実力者です。それほどに貴方は彼女に影響を与えてしまった……貴方の罪の証が彼女でも、逃げることは許されませんよ。佐久間晃明警視正」

《……調べたな?》

「芸能界はパイプが作りやすい場所なのですよ。警察はマスコミと並んでその対象ですね。もっとも、私個人では最終経歴が警視庁警備部警護課の課長代理ということにされている情報にしか辿り着くことは叶いませんでしたが」

 

 電話の向こうは黙り込んでいる。

 

「実際には警視庁公安一課の係長や警察学校教官、兵庫県警公安二課課長などを歴任。警察大学校外事警察官初任課程では中国語、アラビア語、フランス語をさも当然のように習得し、情報収集の速度と精度もあり、付いた綽名が『学者』。最終経歴は警察庁の外事情報部国際テロリズム対策課課長補佐にして、国際テロリズム緊急展開1班班長。パリの連続テロ事件発生時は、外務副大臣と共にリエゾンとして送り込まれた経歴あり。公安畑を飛び回って対テロ活動の最前線に立っていた正真正銘のエリートキャリア……さながら絵に描いたような有能公安警察官ではありませんか」

 

 そこまで言って、陽室はこれ見よがしに大きな溜息を吐く。

 

「出世街道を突き進み、そのうち裏理事官か、はたまた官邸へ出向かと囁かれていたにもかかわらず、本人はあっさりとその未来を手放し、退官時に警視正昇任。『まさに警察官僚になるため生まれたような男だった』と澤田警視監が残念がっていましたよ」

《澤田警視監? ……あの狸、さらっと退職者情報を流してんじゃねえよ》

 

 男が悪態をつく。陽室はくすりと笑った。

 

「たまたまご縁がありましてね、今は道警本部長だとか。帯広に避難したタイミングでお会いすることができたのは僥倖でした。なんでも、貴方を懐刀として愛用していたと聞きましたよ」

《つくづく恐ろしいな。今度は何が出てくるんだ?》

「何もありません……と言いたい所ですが、警視監から伝言です。『私は君のことをトレセン学園に()()してもらったようなものだと捉えている。戻りたくなったらいつでも戻ってこい。いくらでも席は空けさせる』だそうです」

《『戻るかクソ狸』と一字一句違えず伝えとけ》

 

 元上司に対するあまりの言い草に声が漏れる。だが、電話口の向こうはさらに機嫌を悪くしたようだった。

 

《どうした》

「いえ、承知しました。……個人的なことを言えば貴方とは思想が相容れませんが、一方で私にとって命の恩人でもあります。感謝こそすれ、仇で返す理由もない。ただ、カレンのことを頼みますよ、ミスター」

《反りが合わないのはお互い様だ。……あの子については、契約の範囲内では保証するさ》

 

 その言葉に、空を仰ぐようにして陽室は返す。

 

「貴方は命を懸けすぎる。契約の範囲内でも十二分です」

《これは貸しだぞ》

「そうですね、借りひとつです。今後、チームペルセウスからのライブレッスン依頼は優待価格で受け付けますよ。ミスターのチームに所属するウマ娘は揃ってボーカルが得手ですからね、教える側としても心地が良いというものです」

 

 男は毒づきつつ電話を切った。どうやら本当に八つ当たりがしたかっただけらしい。

 

「……ホレイショー、天と地の間にはお前の哲学などには思いもよらぬ出来事があるのだ

 

 口の中で呟く。ハムレットの第1幕第5場、父親であるデンマーク王が毒殺されたことを亡霊に告げられ、狂気を装うことを決意したハムレットが、親友ホレイショーにそう告げた。

 

「カレン、私が協力できるのはここまでです。ここから先は、貴女の望むままに突き進みなさい」

 

 眠気が吹き飛んでしまったが、寝なければ朝に響く。陽室は珍しくアルコールを入れることにした。現地のスーパーマーケットで適当に買った缶ビールを開ける。カシュッと小気味良い音が部屋に響いた。どうせ運転免許は持っていないのだから、明日まで酒気が残る心配をする必要もない。

 

 ────だが、彼女はまだ知らない。こんな夜更けにビールを飲んでしまったせいで、かつてないほど盛大に寝坊することを。

 

 そしてその寝坊の結果、ベルノライトを巡ってとんでもない騒動に巻き込まれることも、彼女はまだ知らなかったのである。





 朴念仁なお兄ちゃん、酒カスなお姉ちゃん。



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ベルノライトは言語能力がほしい

「ここ、どこなんですかぁ……! トレーナーさぁん……!」

 

 パリ北駅まで死力を尽くして辿りついたのはいいが、ベルノライトはそこで既にいっぱいいっぱいだった。やたらと高い天井、足早に歩く背の高い老若男女。そんな中で大きなスーツケースを手にうろうろする、文字通りの海外旅行初心者丸出しスタイルで歩くのはそれだけでもすこぶる勇気が必要だった。

 

 そもそも、空港に迎えに行くと言ったのに盛大に寝坊する陽室が悪いのだ。

 

 ベルノライトが残りのチームテンペルの面々から遅れてフランス入りするのには理由がある。フランス入りが確定したときにまだパスポートを取得していなかったためだ。慌てて両親に戸籍謄本と住民票を府中に送ってもらい、ひとりだけ別行動で一旦府中に戻って申請をしたのだが、それでもスペシャルウィークたちの出発には間に合わなかった。

 

 発行の目処が立ち、初めての海外ということで心配が膨らんだ親の同伴を『シャルル・ド・ゴール空港からはトレーナーさんも一緒だから大丈夫! 出国も入国も問題ないから!』と断ったにもかからず、結局羽田空港の制限エリアギリギリまで見送りにきた両親に大手を振ってやってきた結果がこれである。

 

 結局トレーナーはやってこず、なんとか空港で受け取りを済ませたプリペイドの携帯電話でトレーナーを呼び出すも繋がらず、やっとのことで連絡がついたメジロマックイーンに確認してみれば、部屋で爆睡していることが確認された。目的地である『Lycée Fille de Cheval Centre d'entraînement à Chantilly』──日本語に直すなら『ウマ娘トレーニングセンター中等教育学校シャンティイ校』まで自力で辿りつかねばいけなくなった瞬間である。

 

 空港で両替を済ませ、鉄道に乗り込んだまではよかったのだが、いきなり車内で演奏し始めたアコーディオンを持った人と目が合ったせいで、チップを払わざるを得なくなったのがまずだめだった。両替直後で最小でも10ユーロ紙幣しかなかったせいで、お昼ご飯代がいきなり吹き飛んだのである。その事実を噛みしめながら電車に乗っていたのだが、ガール・デュ・ノールとアナウンスされてもそれがパリ北駅だとわからず危うく乗り過ごすところだったのが追い打ちをかける。空港からの列車が着く地下ホームから地上階に出るころには、既に息も絶え絶えだった。

 

 陽室に対して絶対に文句のひとつも言ってやるという決意だけで脚を動かすものの、ここからシャンティイ駅までの行き方がわからない。

 

「北に行くシティに乗れって言われても、どれがシティなの……!」

 

 ベルノライトは天を仰いだ。ザ・ヨーロッパの駅! と言った雰囲気の恐ろしく高い天井を鉄の柱が支える駅舎の天窓からは曇天が見える。今日のパリは生憎の小雨だったが、街往く人々──どちらかと言えば駅を行き交う人々──はほぼ皆傘を持っていない。これが国民性、と思っても状況は解決しない。

 

 観光ガイドには『シャンティイはパリ北駅から発車するTERピカルディのCitiで30分程度で到着でき、パリからの日帰り旅行に最適!』などと書かれていたが、そもそもその列車はどれなのかがわからない。乗ってきたRERとかいう列車の別の路線に乗り直しても一応シャンティイまで行けるらしいが、既にベルノライトはゲリラライブの高額チップがトラウマになっていて乗りたくないので、意地でも『TERピカルディのCiti』を見つけ出さなければならないのである。

 

(そもそも列車番号もわかんないし、チケットはどこで買えばいいの……? 列車はどこ……?)

 

 仕方ないので駅の端から電光掲示板をひとつひとつ確認していくことにして、スーツケースを引いて歩き出すベルノライト。そのタイミングで思い切り誰かにぶつかってしまった。

 

「きゃっ、すいませ……じゃなくて! えくせきゅぜ、もあ!」

 

 酷い発音だろうが、謝らないよりはずっといい。飛行機の中で覚えた付け焼刃の『ごめんなさい』を早速披露する。

 

「Ça fait rien.────コニチワ?」

「え、あ、こ、こんにちは……」

 

 そのときになって初めて、ベルノライトはぶつかった相手がウマ娘であることに気がついた。ベルノライトよりもかなり背が高く、染めたのではない赤みがかった亜麻色の髪の奥からヘーゼルの瞳が彼女を見据えていた。おそらくは男性物らしい、トレンチコートのような薄手のレインコートを身につけたそのウマ娘がにこりと笑う。

 

「Je peux vous aider?」

「え、えと……」

 

 ヘーゼルの瞳のウマ娘はフランス語で問いかけてくるが、あまりに流暢でベルノライトには聞き取れない。それを様子で感じ取ったのか、そのウマ娘はにっこりと笑って続けた。

 

「May I help you? You seemed to be lost」

 

 英語ならばなんとかわかる。いつぞやのジャパンカップに向けて、オグリキャップの対戦相手の情報を集めたのはベルノライトだ。発音が酷くとも伝わればいいのだと割り切ってサバイバルイングリッシュでなんとか乗りきってきたのだが、早速その経験が生きるとは思わなかった。

 

「イエス。えっと……アイ・ウォントゥゴー……シャンティイ。シャンティイトレーニングセンター」

「Chantilly Training Center? You mean ‘LF3C’, right?」

「エル・エフ・スリー・シー……?」

 

 いきなり知らない単語が混じって戸惑う。おそらく場所を示す略語だ。

 

「Lycée Fille de Cheval Centre d'entraînement à Chantilly. National Training School for Horse-Girls in Chantilly」

「い、イエスイエス! アイウォントゥゴーゼア!」

「You are lucky. I am just on my way there too. Would you like to join me?」

「サンキューベリーマッチ!」

 

 ちょうどそこに行くところだったから一緒に行くかと聞かれ、とっさに「はい!」と答えてしまったが、大丈夫だろうかと一抹の不安を抱えるベルノライト。その間にもそのウマ娘はくるりと背を返して歩き出してしまう。だまされたらお金を渡してお引き取り願い、全部陽室に請求してやると心に決めつつ、慌てて追いかける。

 

(……あれ? もしかして)

 

 その後ろ姿を見て違和感を覚える。左足に体重をかけたときに若干頭が振れているのだ。耳を澄まして確認してから、ベルノライトは声をかけた。

 

「エクスキューズミー、ミス」

「Oui?」

「パハップス・バット……えっと……イズ・ユア・レフト・サイド・シュー・カミング・オフ?」

 

 ベルノライトが気がついたのは彼女の左右の脚の長さが違うこと。より正確に言えば左右の靴底の高さが違うことで、その歩き方に慣れていないのだ。その原因として考えられるのは、落鉄。左足の蹄鉄が落ちてしまい、左右のバランスが崩れている可能性だ。

 

 そう考えて告げると、そのウマ娘は驚いたような顔をした。

 

「I was amazed. You are right」

 

 そう言って、左足を持ち上げて靴の裏を見せてくれるウマ娘。靴底こそ汚れているが、おそらく丁寧にメンテナンスされているのだろうものだった。そこからきれいに蹄鉄だけが取れてなくなっている。

 

「……ウェア・イズ・ユア・シュー?」

「Here」

 

 彼女がバッグの中からビニール袋にくるまれた蹄鉄を取り出す。おそらく軟鉄製の蹄鉄にゴムカバーをかけた市街地用の蹄鉄だ。カバーのおかげで、固定用のボルトも残っているように見える。

 

 ――――これなら直せる。

 

 瞬間的にそう思ってしまった。思わず声が出る。

 

「アイム・チームサポーター。……イフ・ユー・プロミス・トゥ……テイク・ミー・トゥ・シャンティイ、アイル・セット・ユア・シュー……イン・トレイン」

 

 伝わったか不安になる。だが驚いたままだったそのウマ娘の顔がほころび、しまいには大声で笑いだしてしまった。

 

「Okay, ‘give and take’, Samurai-Girl. But the train arrives at its destination in 20 minutes, can you finish your job in that time?」

「ノープロブレム」

 

 間髪おかずに応えてから『あ、まずったかも』と思ったところで最早どうしようもない。反省は後だ。何故なら、相手が笑いながら口にしたことは理解できたからだ。

 

 ────20分で列車は着くけど、本当に蹄鉄をセットできるのかい、サムライのお嬢ちゃん? 

 

 20分で外れた蹄鉄を付け直せるか? 揺れる列車の中で? ろくな設備もないのに? 手持ちの道具だけでできるの? 

 

 そんなことできるわけないでしょう、という前提で目の前のそのウマ娘は笑ったのだ。

 

 ────舐めるな! 

 

(トレーナーさんの方が100倍無茶言うんだから!)

 

 即答を聞いたそのウマ娘の笑みが深くなる。

 

「Good, Samurai-Girl. I love a girl as bold as you. What's your name?」

Berno Light(ベルノライト)

 

 ボールドがどうとか何を言っているのかわからなかったが、名前を聞かれたので答える。

 

「Okay “Bell”(ベル). I’m Montjeu, school leader of LF3C」

 

 そのウマ娘の答えを飲み込むのにたっぷり数秒かかった。

 

 ベルノライトの目の前でにっこりと笑う、長身で亜麻色の髪をしたウマ娘────シャンティイトレセン学園首席、モンジューが続ける。

 

「Welcome to Paris, and let’s go to our school. Bell」

 

 モンジューが歩き出す。ベルノライトも彼女を追いかけた。さっきのような迷いはない。言われるがままに券売機でチケットを買い(画面でChantillyと見えたので間違いないだろう)、改札もなく列車へ。止まっていたのは二階建ての背の高い電車。その一階席へと進む。

 

 ちょうど席が向かい合わせになっているブロックに座るモンジュー。ベルノライトはその斜め前に座り、スーツケースを開けた。取り出すのは愛用のドライバーやハンマーなどをまとめた装蹄整備セットとスリッパ。スリッパをモンジューに差し出し、代わりに靴を両方とも預かる。

 

「オーケー、レッツゴー」

 

 ベルノライトの誇りを賭けた20分が始まった。



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東条ハナは状況説明がほしい


 作者ページの活動報告にちょっとした『おまけ』を投稿しております。よろしければ、今話を読んだ後にどうぞご覧ください。



 靴底の泥を落としたベルノライトがブラシを床に置くと同時に、シャンティイ行きの列車が進み始めた。靴底を見た時点で嫌な予感がしていたが、恐らく予想は外れまい。市街地用にかけられていたゴム製のカバーを外して、蹄鉄そのものに触れた。

 

「……なるほど」

 

 ベルノライトの視線の先にあるのは、外側の尾鉄を薄く広く叩いて伸ばしたスプーンヒール蹄鉄。強い蹴り足を使うときに地面を()()()ような癖がある場合に使用することで、その際に落鉄する可能性を下げることができる。あまり見ることのないタイプの蹄鉄だが、その走り方自体パワーロスになるので走法そのものが矯正対象になることが通例だ。すなわち、この蹄鉄はそんな走り方をしてもお釣りが来るようなパワーがない限り使用されない珍しいものだ。靴の強化箇所も変わってくるため、靴も蹄鉄に合わせていかなければならない以上、靴も含めてチューニングが必要になる。

 

 つまるところ、ベルノライトの手元にあるのはフルオーダーメイドの蹄鉄とシューズということになる。

 

(素材のアルミは多分A2000番台? ううん、7000番台かな。多分航空グレードのアルミ材を削り出して作ってる……?)

 

 蹄鉄を見ながら固定用のボルトの位置を確認、装蹄する面に触れ、接着剤などが使われていなかったことを確認。これならばなんとかなるし、固定具以外は完全に密着するのではなく、微妙に隙間ができるように調整されているようだ。

 

(で、外れたってことは固定ボルトか靴側のナットが死んだってことだろうけど……)

 

 そう考えつつ固定用のボルトを確認する。ネジ山が摩耗している箇所はあるもののそこまでではない。ということは樹脂ナットが割れたということだろう。

 

 日常使い用の蹄鉄は、シューズに短いボルトと樹脂ナットで固定するのが通例だ。蹄鉄ごと役目を終えるレースシューズであれば蹄鉄固定用の短い釘を叩き込み、使い終わった勝負服用のシューズは高オッズ投票券的中者向けのグッズ抽選に回されたり、ウマ娘本人のための記念用トロフィーに魔改造されることが通例だ。

 

 しかし蹄鉄の交換スパンより長く履く靴であったり、用途ごとに蹄鉄を入れ替える場合は釘で固定できないのだ。固定用の釘の位置をずらすにしても限度があるし、靴底にいくつも穴が開くと素材としても強度が落ちていく。それを回避するためにも、交換が容易なボルトとナットを用いることになる。

 

 靴の中底を取り出し、固定箇所のナットを全回収。樹脂のかけらを確認するとどれも割れるか欠けるかしている。骨折などの負傷を防ぐため、蹄鉄を何かに引っかけた場合に一定以上の負荷が掛かれば、樹脂製のナットが割れて落鉄するようになっているとはいえ、全てのナットが破損するのは珍しい。

 

(モンジューさん、スペちゃん並に脚力があるのかも)

 

 そう思いつつ固定用のビスと同じ径のナットが手持ちにあるか確認。このあたりはある程度共通化されていて、アメリカ製以外は互換性がある。

 

(ミリねじでよかった……手持ちもギリギリ。後で補充申請しておかなきゃ)

 

 そう思いつつ靴の破損が他にないか確認、防水パッキンやワッシャーの欠落はないか、靴底そのものに欠けはないかを見ていく。小さい懐中電灯を口に咥えて照らしつつ、小石などが咬んでいる場合はピンセットで取り除き、靴の方は問題ないことを確認する。

 

 問題は蹄鉄の方だ。

 

 何かに躓いたのだろうか、流石に欠けるほどではないが、若干の歪みがあるように思える。確認すべく平滑な面を探すが、足下は毛足の短いパイル地で平面はない。ベルノライトはスマートフォンを座席に置き、その上に蹄鉄を乗せて歪み具合をチェックする。おそらくつま先部分で何かを蹴るような形になったようだ。本当にわずかにだが、山なりに歪んでいる。手足の感覚というのは、精密ではないが正確だ。

 

 本来ならばある程度叩き直すのが定石であるし、神経質なウマ娘ならまるごと新品に取り替えとなる。しかし流石に公共交通機関のど真ん中でハンマーを降り下ろすわけにもいかない。そもそも今のベルノライトの手持ちには、ハンマーがあっても肝心の金床がない。

 

 応急処置としては、そのまま付け直しても一応は役目を果たすだろう。しかし、だ。

 

(でも、そうすると多分靴の方に歪みが出る……)

 

 悩む。2秒だけ。

 

 ベルノライトは直観を信じることにした。反りに合わせてワッシャーを余分に咬ます。外れていない方の靴にも同じだけのワッシャーを咬ませて、高さと重さを微調整することにした。

 

(残り15分! 間に合うっ!)

 

 手持ちの工具でなんとかするにはこれしかない。工具セットからL字のヘックスレンチを取り出す。樹脂ナットゆえに締めすぎればそれだけで割れてしまうため、慎重に締め付けていく。ドライバーの長辺のしなり具合でどれだけ締め付けているかを感じながら、歪みのないように、正確に締め付けていく。

 

 目元に汗が入ってきて染みる。それを手の甲でぐいと拭いて作業続行。スマートフォンをまた台にしてゆがみを確認。不要な隙間がないかを板状のスケールを差し込み確認。がたつきをチェック。ほぼ靴底に頬をつけるようにして目視で最終確認。

 

 残り9分。右足分を手早く分解し、ワッシャーをそれぞれ2枚ずつ咬ませ、左足の蹄鉄との高さを調整。調整に使ったワッシャーの枚数の関係で右足の方が1グラムほど重くなったので、左足側におもりとしてのワッシャーを中敷き側に追加して再調整。残り4分。

 

 地面に置いたときの高さを確認し、違和感がないことを確認し、靴の表面をクロスで拭いていると、パチパチとまばらな拍手が聞こえた。

 

「Good job, Bell」

 

 顔を上げれば満足げなモンジューと目が合った。なんとか合格点は出たらしい。ベルノライトはあいまいな笑みを浮かべつつ、ゆっくりと深呼吸を重ねたのであった。

 

 


 

 

「まったく! 生徒を海外の空港に放置とは一体どういうつもりですか! あなたもトレーナーという教育者なのですから、もう少ししゃんとしてください」

「ですから文句はミスター・佐久間にお願いします」

 

 ガンガンと痛む頭を押さえながら、陽室は前を歩く女性────東条ハナを盗み見た。

 

 彼女がフランスに来ていることにも当然理由がある。エルコンドルパサーが凱旋門賞に向けて海外での合宿に励んでいるためだ。しかしチームリギル所属のウマ娘の大多数は日本でトゥインクル・シリーズでの勝利に照準を合わせているため、ここ最近の東条は日本に軸足を置きつつ、必要があるときだけフランスに顔を出す生活になっていたのである。

 

「私とて、ビールを飲みたくて飲んだわけではありません。夜中の中途半端な時間に電話をかけてくるミスターが悪いのです」

 

 その言葉にわざと聞かせるような溜息を吐く東条。それでも陽室はどこ吹く風だ。

 

 どんよりとした空のもと、シャンティイ駅に向かう。なんとか天気は持ち直しつつあるが、それでも雨の後の湿度が気持ち悪い。陽室は体調不良を隠そうともせず続けた。

 

「それに、ベルノはああ見えて度胸は一級品です。なんとかなるでしょう」

「ずいぶん信頼しているのね」

「信頼しなければ手元に置きません。レース指導の方は道楽で指導をしているようなものですからね」

「本業のライブ指導をおざなりにしてでも?」

「仰る通りです。仕事というものは、その程度にしなければ誰もが疲れ切ってしまうでしょう?」

 

 再びの溜息。東条が顔を上げると、ちょうど列車が北へ向け出発するところだった。駅の出口を見れば目当ての人物が出てきていた。……その隣には何故か東条にも陽室にもよく見覚えのある有名人が立っていたが、陽室はひとまずそちらの方は置いておくことにした。

 

「無事でなによりです、ベルノ」

「無事じゃないですよ! 車内でチップたかられました!」

 

 すぐに頬を膨らませながらベルノライトが陽室に詰め寄る。

 

「ああ、それならば無事の範疇です。その他に被害等は?」

「ありませんが、蹄鉄用の樹脂ナットなどがなくなってきたので備品申請します。チップ代も乗せて申請するので通してください!」

「樹脂ナット? ……ミス・モンジューに使用したのですか?」

 

 こくこくと頷くベルノライトを確認し、陽室はモンジューの方を向いた。彼女の口から出るのはフランス語だ。

 

「マドモアゼル、チームメイトを連れてきていただき感謝します。チームテンペルのトレーナーの陽室琥珀です。どうぞよしなに」

「ベルはトージョの指導するチームリギルではなかったのですか……いや、失礼しました。私のことはモンジューとお呼びください。マダム・コハク……とお呼びしてもよろしいのかはわかりませんが」

「どうぞお好きに。呼び名は呼ぶ者が決めるものですから」

 

 スカートを持ち上げるような挨拶。流石に貴族家の出だけあって本物は様になっている、と舌を巻きつつも陽室は続ける。

 

「ベルノが再装蹄したと聞きましたが」

「ええ、落鉄しているのを駅で即座に見抜かれてしまったのです。マダム・コハクのチームは、実に優秀なソワニョールを連れている。キャスパーと……ああ、うちのソワニョールのことですが、きっと彼といい勝負になる」

 

 ソワニョールと言われ、それがサポーターの意味だと変換するのに陽室は一瞬手間取った。フランスクーリエでソワニョールと言えば、装蹄からドリンクの管理や練習や本番後のマッサージまで手広く扱うアシスタントで、フランス国内の国家資格として成立している。

 

「欧州最強と名高いウマ娘に認めていただけるとは、ありがたいことです。しかし、再装蹄だけでしょう? それも日常使い用、打ち換え前提の靴に見えます。技術の違いが出るような箇所などそうないのではありませんか?」

 

 そう陽室が言うとモンジューは首を横に振った。

 

「この靴も蹄鉄もフルオーダー品で、トルク管理含めてピーキーにできているのです。学園に戻ってキャスパーに見てもらうまで靴底についていれば良いと思っていたのですが、外れた蹄鉄と靴だけで、違和感なく正確にセットされるとは思ってもみなかった。それもトルクメーターなどを使わずに、手の感覚だけで取り付け角やトルクをぴたりと合わせてくる。尊敬に値する」

「なるほど、よく理解しました。ベルノ、褒められていますよ」

「ひゃいっ!? ……さ、サンキュー!」

 

 陽室が英語で呼びかけると、なぜか飛びあがるベルノライト。その様子を見て笑う東条とモンジュー。そこから言語を英語に切り替えたモンジューが続ける。

 

「そういえば、チームテンペルといえば、あの?」

「スペシャルウィークのことですか。ええ、スペはうちのエースです」

 

 首をかしげてそう告げればモンジューは東条の方に顔を向けた。

 

「トージョが時々指導している彼女のことですね?」

「えぇ。ベルノライトさんが来るまでの支援という形である程度見てはいましたが……」

「私はライブの指導が本業なのですよ」

 

 その声にモンジューは制御された笑みを向ける。その意味を陽室は正確に捉えた。

 

「ご安心くださって結構ですよ、ミス・モンジュー。我々チームテンペルが貴女の地位を今日明日で脅かすことはありません」

「ちょ!? 陽室さん!?」

 

 いきなり相手国のエースを煽り始めた陽室に慌ててベルノライトが割り込む。東条も一歩前に出ようとしたが、先に陽室が手で止めた。

 

「事実としてそうでしょう? 直接対決の予定は当面ありません。それにミス・モンジューも、そう簡単に日本勢と戦って負けるわけにもいかないでしょうし、そもそも彼女にも守るべき体面というものがあるはずです」

「……ご配慮痛み入ります、と返せばよろしいかしら?」

 

 ほらやっぱりこじれるじゃないですか! と日本語で叫びつつ、陽室の襟首を締め上げるベルノライト。かっくんかっくん頭を振られながら陽室が続ける。

 

「ベルノ。貴女もウマ娘ですから、そんなに全力で首を絞められると普通に死ねます。あと二日酔いにそれはキツいです」

「キツくしてますから当たり前です! 今誰に喧嘩を売ってるのかわかってるんですか!?」

 

 ベルノライトは30分ほど前に自らが売り言葉に買い言葉でやらかした喧嘩のあらましを全て棚に上げながら叫ぶ。それでも陽室は、ベルノライトの日本語での問いかけに対して英語で答えた。モンジューにも聞かせるためだ。彼女もある程度ならば日本語を理解できるということを、陽室は知っている。

 

「当然、存じ上げないわけがありません。モンジュー・ド・モンモランシー・ハモンド……モンモランシー公爵家の傍流ハモンド家の長女で、シャンティイ校の代表生徒でしたね。戦績もすこぶる優秀。ジョッケクルブ賞からアイリッシュダービー、ニエル賞から凱旋門と乗り継ぎ、カルティエから最優秀クラシックウマ娘に選出されたとか」

「家の名前を出されるのは好かないのですが」

「おや、これは失敬。誓って他意はありませんよ」

 

 解放された首筋を撫でつつ、陽室は笑みを浮かべた。

 

「……私の事をよくご存じのようね。最初視界にないように振舞ったのは演技かしら?」

「確かに演技はいくらか嗜んではいますよ」

「まるで、視界に入れる価値がないような扱いね」

 

 そう言われ、陽室は肩をすくめる。

 

「そうは申しませんよ。先程申し上げた通り、今日明日で貴女と我々が競うことはないというだけのことです。もっとも……」

「もっとも?」

 

 モンジューが問い返す。しばらく考え込むような間を取り、陽室琥珀は笑みを浮かべた。

 

「……もしもこの程度の駆け引きで素が見えるような環境だとすれば、スペの()()()として本当に適切なものかと少々不安にはなってしまいましたがね」

「トレーナーさん!!!」

「陽室チーフ!!!」

 

 そのやりとりに天を仰いで笑ったモンジュー。

 

「ベルも面白かったが、それに劣らずあなたも面白い人だ、マダム・コハク。実に興味深い」

「お褒め頂き恐縮ですよ、マドモアゼル」

 

 そう言って見えないドレスをつまむ陽室。

 

「その台詞、我々に撫で切りにされても言えるのかしら」

 

 初めてモンジューの言葉が崩れた。にやりと笑う陽室。

 

All is over. Silent, mournful, abandoned, broken, Europe recedes into the darkness

 

 ベルノライトは今しがた陽室が発した言葉の意味を即座には理解できなかった。しかしその言葉がおそらく『売り言葉に買い言葉』の域を大きく越えたものだったのであろうことは、モンジューや様子をうかがっていたシャンティイ校のウマ娘たちが見せた反応で一目瞭然だった。

 

「平和を信じ、紙切れを振りかざすには及びません。スペシャルウィークが貴女たちを目覚めさせてくれることでしょう。……ああ、折角なのでひとつ賭けでも致しましょうか」

 

 その声にぞっとした様子のモンジュー。しかし陽室は構わず続ける。

 

「チームテンペルのスペシャルウィークはジャック・ル・マロワ賞とムーラン・ド・ロンシャン賞に連続で出走します。そのどちらかでもスペシャルウィークが1着を取れなかったら、このベルノライトとのチーム契約を一旦解消しましょう。彼女が望むなら、あるいは貴女のチームに呼べるかもしれませんよ」

「…………へ?」

 

 やや遅れて陽室の言葉を理解したベルノライトの口から呆けた声が漏れる。頭を抱える東条。

 

「え、えぇぇぇええええええっ!?」

 

 ベルノライトの叫びがシャンティイにこだました。



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チームテンペルは張り合いがほしい

 フランス北西部、ドーヴィルレース場。

 

 スペシャルウィークの次走にして海外初戦、ジャック・ル・マロワ賞が開催されるレース場である。フランス到着の翌日、ベルノライトは間髪入れず偵察のためこの場所にやってきていた。

 

「もー、本当にトレーナーさんって人は……! いっつもいきなり無茶ぶりするし、空気読めるのにわざと読まないし、全方位に喧嘩は売るし……しかもいつの間にか料理当番にされてるし!」

 

 ぶつぶつと呟きながらレース場を見て回るベルノライト。首にはデジカメを提げ、手にはメモ帳と万年筆。気づいたことを書きこみつつ、ときおり写真を撮って資料集めも欠かさない。

 

 本来のスケジュールにおいて、彼女は到着して二日三日ほどシャンティイトレセンでトレーニング環境を把握しつつメニューを組みなおすという流れで行動するつもりでいたが、そういうわけにもいかなくなってしまっていた。理由はもちろん、到着早々陽室がモンジューに盛大な煽りをやらかしたからだ。

 

 しかも、その煽りが高じた賭けでベルノライトはチップ代わりにされてしまったのである。これにはさすがの彼女も我慢ならず、ひとまずモンジューに謝り倒してその場をなんとか収めたあと、陽室を無理やり引きずりながらスペシャルウィークとメジロマックイーンを探し出し、今しがた起きたことの一部始終をふたりにしっかりと伝えた。その結果、なぜか冷凍食品だらけのアパートの一室で、陽室がベルノライトたちに囲まれて説教を受けたことは言うまでもない。

 

 だが、陽室は教え子たちからひとしきり怒られても全く動じていなかった。

 

『そうですね、確かに私の落ち度もありました。具体的にはベルノをダシにしてミス・モンジューに賭けを持ち出したことです。本来は煽るだけで止めておくべきだったのですがね、この点に関しては貴女に謝罪すべきでしょう』

 

 申し訳ありませんでした、と一言挟んで陽室は続ける。

 

『ですが、私が何の理由もなくシャンティイ首席の凱旋門賞ウマ娘を煽りに煽り、賭けなどというものをちらつかせるとお思いですか?』

『思います』

『思いますわね』

『むしろ理由があったんですか?』

『よろしい、私の言動に対する貴女たちの評価が底を叩いてなお余りあることはよく理解しました。ですが、決して嘘や出まかせの類ではありませんよ』

 

 陽室は溜息を吐き、ちらりとスペシャルウィークの方を見た。

 

『ときにスペ、貴女がわざわざフランスまでやってきてマイルレースを走る理由はなんですか』

『え? それは……安田記念でデジタルちゃんに負けたからです』

 

 あんまりな言い草にベルノライトとメジロマックイーンが頭を抱える。

 

『原因ではなく、理由と目的を』

『えっと……いずれデジタルちゃんにリベンジするためには、マイルでもちゃんと勝てるようにならないといけないからで……』

『結構。ではベルノ、現時点においてスペがマイルという距離を走るにあたって障害となっているものはなんですか』

『そうですね、一番のネックは……最高速度でしょうか。スペちゃんはパワーとスタミナがすごいので、すぐスパートができますし、それを維持できる時間も長いですけど、最高速度だけを見るならもっと速い方もいます。スタミナにものを言わせられないマイルレースだと、その速度差が致命的になるかもしれません』

『結構。つまり今のスペに必要なのは、兎にも角にもスピード。地道なフォーム修正やインターバル走などの基礎的なトレーニングは必須として、今回の海外遠征におけるスペの目標とは、マイルの経験を積むことでスピーディなレースの感覚を掴み、またGIレース本番という大舞台で海外の猛者と本気のぶつかり合いをすることによって己の殻を破るような成長をすることにあります』

 

 そう語る陽室の言葉にベルノライトは妙な引っ掛かりを感じた。具体的には最後の一言に。

 

『あの……まさか、レースする相手をわざと怒らせたうえでスペちゃんにぶつけようとしてるんですか?』

『おおよそ正解です。とはいえミス・モンジューは今年も凱旋門賞への出走ですし、スペとレースでぶつかることはありません。ミスがもし先程の問答で怒りを感じていたとしても、それが直接スペのレースに影響するわけではありませんが……スペ、そしてマックイーン。貴女たちがベルノよりも先にフランス入りして過ごしたこの2週間の生活で、何か感じたことはありませんか。とりわけ、異国のウマ娘たちについて』

 

 陽室の質問に考え込むふたり。ややあって、マックイーンがおずおずと口を開いた。

 

『……私の勘違いであれば、それに越したことはないのですが』

『構いませんよ。言ってみなさい』

『モンジューさんはそうでない、と前置きさせていただいたうえで……スペシャルウィークさんのことを下に見ている方や、取るに足らない存在としか考えていない方が、ちらほらといらっしゃるように感じます』

『慧眼ですね、マックイーン。正解ですよ』

 

 やる気のない陽室の拍手がぱちぱちと響く。

 

『ま、待ってください! スペちゃんはデビュー以来12連勝のクラシック三冠ウマ娘なんですよ!? 安田記念もハナ差の2着で、GIだけでもルドルフ会長と並ぶ七冠! そんなスペちゃんを取るに足らないだなんて……』

『ええ、ベルノの言い分は実にもっともですが、残念ながらマックイーンの意見は正しいものです。スペはその戦績に対して、不釣り合いなほどに嘗められています。……その理由はこの際なんだろうと構わないのです。重要なのはスペの実力がフランスのウマ娘から不当に低く評価されているという事実、それに尽きます』

 

 ここまで来て、ようやくベルノライトにも話の全貌が見えてきた。つまるところ陽室はモンジューを指して煽ったのではない。いや、煽ることには煽ったのだが、そのトラッシュトークの本命はモンジューではない。

 

 あの場に居合わせた、あるいは通りがかったフランスのウマ娘たちは、陽室の言葉を聞き逃さなかったはずだ。モンジュー本人にしても、あの一幕を友人やクラスメートに全く話さないなどということがあるだろうか。

 

『遠からず噂が広まることでしょう。極東のウマ娘が国内のマイルレースでクラシック期の後輩に負けておきながら、不遜にも我がフランスの最高峰マイルレースに挑もうとしている、と。しかもそのウマ娘のトレーナーは我が国最強のウマ娘を相手にこれでもかと煽り散らかし、負ければ優秀なチームサポーターをみすみす手放すとまで言い出した。やられた立場からしてみれば、黙ってはいられないでしょう?』

 

 改めて聞くと本当に何をしているんだと突っ込みたくなるベルノライトだが、全て事実なのがただただ性質の悪さを助長していた。

 

『……あの、やっぱりこれ、理由はどうあれモンジューさんに喧嘩を売ってて、私が勝手に賭けられてることには間違いないですよね』

『そうですね。そうでもしなければ、フランスのウマ娘たちにスペの方を向かせられそうにはありませんでしたから』

『なんでそんな当然のことをやったみたいな物言いでいられるんですかトレーナーさんは!?』

『唯我独尊ここに極まれり、ですわね』

 

 陽室の物言いに呆れるふたり。しかしその一方で、スペシャルウィークは何か重要な事実に気づいたような表情をして顔を上げた。

 

『トレーナーさん。よくよく考えてみると、トレーナーさんの言い出した賭けって……もし私が勝てなかったとしても、ベルノさんの気持ち次第ではノーリスクになりませんか?』

『え?』

 

 困惑するベルノライトを尻目に、陽室はスペシャルウィークの言葉を肯定する。

 

『ええ、当然です。チームテンペルにとってのベルノとは、賭けのテーブルに乗せられるほど軽い存在ではありません。それが極めて勝率の高い賭けであったとしても、です。あくまでリスクのない範疇で喧嘩を売ったというだけですよ』

『……言われてみれば、確かにその通りですわね。仮にベルノライトさんとの契約が解除されたとして、再契約を禁じる条項はチームテンペルの契約書にも賭けのルールにも存在しませんから』

『あれっ? ということは、私がすぐに再契約すれば……?』

『スペの言う通り、ノーリスクです。もっとも、一瞬とはいえフリーとなったベルノを獲得したいというチームは()()()()()()()数多いことでしょうが……金銭的にも信条的にも、果たしてチームテンペルより良好な条件を出すことが他のチームに可能なのでしょうか。私としては甚だ疑問であると言わざるを得ませんね』

 

 ベルノライトがチームに合流した毎日王冠以来、チーム所属ウマ娘による収得賞金の1割を彼女に報酬として分配するという契約は未だに有効だ。彼女の合流後におけるスペシャルウィークの競走成績は毎日王冠の1着、菊花賞の1着、有馬記念の1着、天皇賞(春)の1着、安田記念の2着。恐ろしいことに、この期間だけを見ても獲得した賞金の総額は9億円を超えている。

 

 それが意味しているのは、ベルノライトがチームテンペルへの所属契約によって得た報酬は単純計算で9000万円を超えているということ。税金でかなり差っ引かれてしまうことを鑑みても、チームサポーターが1年弱で得るものとしては常軌を逸している。

 

 いくらベルノライトをチームに引き入れたいからといって、チームテンペル以上の……すなわち、年棒1億円を超えるような待遇を彼女ひとりのために用意できる者などそうそういない。付け加えれば、陽室もベルノライトと同じように収得賞金の1割を報酬としている以上、陽室は自らの取り分をさらに渡すことでベルノライトに対する金銭面の譲歩を図ることも可能なのだ。

 

 そしてそういった実利的な理由と同じかそれ以上のファクターとして、チームテンペルにはスペシャルウィークが在籍している。その事実だけでも、ベルノライトがチームテンペルを離れない選択をするには充分だった。

 

『例え私に愛想を尽かそうが、スペに愛想を尽くすことはないでしょう? さらにマックイーンという将来有望なステイヤーもチームに加わり、サポーターとしての貴女は常に頼られている状態です。面倒見の良い貴女のこと、途中でチームメンバーのサポートを投げ出すという選択は考えもしないはず。つまるところ、この賭けのテーブルにベルノは最初から乗っていないのですよ。怒りに滾った相手は、勝手にその存在を幻視しているかもしれませんがね』

 

 陽室の言葉に沈黙するチーム一同。だが、言葉を発さずとも彼女たちの心はひとつだった。

 

 ────この人、やっぱり悪辣! 

 

『ああ、貴女がトレーナー資格を取得したうえでチームを旗揚げし、スペとマックイーンを引き抜きにかかるなら話は別です。そうなれば相応の対策を考えねばなりませんね』

『考え方がいちいち悪辣ですっ!』

 

 一瞬前に飲み込んだ言葉を面と向かって口にしたベルノライトだったが、陽室はそれでもやはり動じず、どこ吹く風といった様子だった。

 

『ともかく実質無問題とはいえ、煽ってしまった以上は勝たなければ示しがつきません。シャンティイ滞在中は私もライブレッスンよりレーストレーニングに重きを置いたスケジュールを組みますので、そのつもりで。ベルノには対戦相手やレース場のデータ収集を優先していただきます』

 

 ……以上が、ベルノライトがフランス到着翌日からドーヴィルレース場に駆り出されているおおよその経緯である。

 

「本当に、トレーナーさんって人は……」

 

 陽室に対する呆れ交じりの恨み節だけが口から出ていく。

 

 なまじ彼女の行動自体には合理性があるので余計性質が悪い。しかもスペシャルウィークが成長するための海外遠征という視点に立てば、レースで戦う相手が脅威でなければならないとする陽室の考え方には確かに一理ある。その目的も、その手段も、チームテンペルを成長させるために必要かもしれないことなのは事実だった。

 

 深く溜息を吐いてから、ベルノライトは腕時計で時間を確認する。

 

 12時半、そろそろ昼食にしたい頃合いだ。しかし近隣の飲食店について下調べをするような余裕はなかったし、弁当類の持参もしていない。こんなことならば行きしなにサンドイッチでも買っておけばよかったか……と、彼女が考えたちょうどそのときだった。

 

「……ベルノライト?」

「え?」

 

 背後から自らの名前を呼ばれて、ベルノライトは立ち止まる。

 

 今のイントネーションは日本語で名前を呼ばれるときのそれだ。だが、ここはフランスの地。日本語でフランクに呼び捨てしてくるような相手に心当たりはない。彼女は振り返り、声の主を確認しようとして────自らの目を疑った。

 

「やっぱりベルノライトだ! まさかこんなところで会えるなんて、もう()()()()()()()は引退したのに……」

 

 懐かしそうにその名を呼ぶのは、数年前と変わらないブロンドヘアを──毛先が青く染まっているのも変わっていない──靡かせるウマ娘。かつてジャパンカップにおいてオグリキャップやタマモクロスを始めとする強豪たちをねじ伏せ、優勝レイを持ち帰っていった米国からの刺客。

 

「え、お、オベイユアマスターさんっ!?」

「Yes! 忘れられてなくてホッとしてるよ。それで、観光しにきたって感じでもない君がドーヴィルにいるのは……ジャパンの三冠ウマ娘、スペシャルウィークがジャック・ル・マロワに出るんだったよね。いつかと同じように偵察ってところかな、名サポーターさん?」

 

 オベイユアマスターはそう言いながら、ベルノライトにウインクしてみせた。



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オベイユアマスターはチケットがほしい

「よし、着いたよ。ここのサンドイッチが美味しいんだ」

 

 オベイユアマスターの言葉にベルノライトが視線を上げると、そこにあったのはこじんまりとした佇まいの店だった。

 

 先程、あまりにも突然の再会にベルノライトが放心していたところ、オベイユアマスターはひとつの提案を投げてきた。

 

『ランチはもう食べた? 折角だし、まだならどこかで一緒に食べない?』

 

 ベルノライトにその提案を断る理由はなかった。ちょうどどこで昼食にするか悩んでいたところだったのもあるが、それ以上にオベイユアマスターに対して聞きたいことが沢山生まれていたからだ。二つ返事で了承したベルノライトがオベイユアマスターに連れてこられた場所こそ、眼前のサンドイッチ店であった。

 

「あ、そうだ。チーズは好きな方?」

「えっと、好きなのは好きですけど、あんまり詳しくなくて……」

「わかった。じゃあ、ストレートに定番もので行こうか」

 

 オベイユアマスターがそう言って、青く染まった毛先を揺らしてサンドイッチ屋に入っていく。ベルノライトもその後に続いた。店内の席はカウンター席がいくつかあるだけで、ほとんど持ち帰り専門店といった様子だったが、幸い二人分の空席を確保することができた。ベルノライトが着席するのを見て、オベイユアマスターが笑顔で聞いてくる。

 

「ベルノライト、私の荷物を見張っててもらって良い? 注文してくるから。アレルギーはないよね?」

「は、はい! 大丈夫です!」

 

 肩掛けのバッグを座席に置き、店主と思わしい老人にフランス語で声をかけるオベイユアマスター。置き引きされないよう、腕に彼女のバッグの肩紐を通したベルノライトが視線を戻すと、老人がサンドイッチを作り始めていた。

 

 長いフランスパンにナイフを入れ、どう考えても二桁キログラムは山になっているバターの塊に刺さりっぱなしのバターナイフを引き抜くと、とんでもない量のバターをぬりたくり、それからチーズとハムを素手で丁寧に挟み込み……と、すぐにサンドイッチが出来上がった。お釣りを断ったオベイユアマスターは──おそらくチップも込みなのだろう──フランスパンのサンドイッチふたつと緑色の瓶をふたつ抱えて戻ってきた。

 

「おまたせ。ジャンボン・エ・フロマージュ、チーズとハムのサンドイッチってところかな。チーズが選べたんだけど、こっちがド定番のコンテ、フランスのハードチーズね。で、こっちがヤギ乳を使ったシェーブル、スイスのチーズで私のオススメ。どうせだし半分づつ分けようか」

 

 結構な分量のパンが来たことにちょっと驚きつつ、ちゃんと手を合わせてから手を出すベルノライト。

 

「……あ、バターの味がすごい」

「ケチケチしてなくて好きなんだ、ここのサンドイッチ。バターとチーズの暴力って感じ。バケットも湿気ってないしさ」

「豪快ですけど美味しいですね。……味も量も、スペちゃんが大喜びしそうだなぁ」

 

 ベルノライトは瓶に口をつける。どうやらコップはなく、直飲みスタイルらしい。ミネラルウォーターとラベルが貼られていたのだが、パチパチした刺激に目を白黒させると、オベイユアマスターが吹き出した。

 

「もしかして、ガス入りはダメだった?」

「……今の今まで、炭酸入りが普通だったのを忘れてました」

「ごめんごめん。ガス抜き買ってくるよ」

「そこまでしなくて大丈夫です! ちょっと驚いただけですから……それに、バターの味が濃いので、炭酸水の方がすっきりできそうです」

「そぉ? ならいいけど」

 

 オベイユアマスターはそう言って、大口でサンドイッチにかぶりついた。文字通りあふれんばかりに詰められたハムとチーズの山、層として確認できるほど塗りたくられたバターの塊を躊躇なく胃の中に入れていく。

 

 夜は絶対控えめにしよう、と心に決めたベルノライトが口を開いた。

 

「ところで……オベイユアマスターさんはどうしてここに?」

「んー、どうしてかって言われると……仕事(ジョブ)だね、私の」

 

 そう言うなり、オベイユアマスターはサンドイッチを一旦置き、自らの鞄をがさごそと漁る。しばらくの後、彼女が取り出したのは名刺入れだった。

 

「はい、これ」

 

 差し出された名刺を受け取るベルノライト。英語とフランス語で併記されていたので、幸い何が書いてあるのかは彼女も理解できた。

 

「『England Times Paris branch correspondent』……イングランド・タイムズ、パリ支部の特派員? イングランド・タイムズって……」

 

 ベルノライトはその固有名詞に見覚えがあった。それも今朝のことだ。

 

 彼女がアパートメントで出発の準備をしていた最中、隣で陽室がコーヒーカップ片手に英字新聞を読んでいたのだ。その英字新聞には間違いなく『England Times』と大きく印字されていた。

 

英国諸島連邦(アイランズ)のブロードシート。お堅くて肩が凝るような高級紙だけど、そんなのを読む人でもサッカーとレースが絡めば誰だってゴシップ好きになる。だからスポーツ面にはしっかり力を入れてるし、現地の記者も英語とフランス語が両方喋れて、レースにもちゃんと詳しい人材が求められる。じゃないとインタビューできないからね」

「……ということは、オベイユアマスターさんは新聞記者として、取材のためにドーヴィルまで来たんですか? というか、パリでお仕事をされてるんですね。てっきりアメリカ在住なのかと思ってました」

「ママは合衆国(ステイツ)生まれだけど、パパはフランスの生まれなんだ。私もパパの仕事の都合で長い間こっちにいたの。だからそのままレースデビューしてみたら、ヨーロッパの芝に全然向いてないのがわかって、結局ステイツに向かったんだけど……その先は君も知ってるんじゃない?」

 

 苦笑を顔に浮かべるオベイユアマスター。

 

 フランスでの戦績は鳴かず飛ばず。アメリカに移ってからは芝で実績を残し強敵相手にも果敢に戦ったが、GI勝利には手が届かない。そんな状態で一縷の望みを賭けて挑んだジャパンカップへの遠征で、彼女は強豪たちを抑えてついにGIレースでの勝利をもぎ取ったのである。

 

 しかし、そこから先も物語のように全てが上手くいったわけではなかった。

 

 アメリカへの帰還後は成績が振るわず、上位入着こそすれど勝ちきれないレースばかり。結局丸一年勝ち星はなく、再び遠征で挑んだジャパンカップも世界レコードのスピードに追いつけず、惜しくも3着に終わる。昨年の勝利がフロックではないという証明にこそなったものの、この敗北で彼女は10連敗を数えることとなってしまった。その後もレースを走り続けたが、挙げた勝利は結局一般競走での1勝のみで、翌年には静かにレースの世界から引退していった。

 

 競走ウマ娘全体から見れば、間違いなく稀有で名誉なGIウマ娘。一方、GIレースで鎬を削り続ける最上位層から見れば、()()()()G()I()()()()。それが彼女、オベイユアマスターだった。

 

「でも、やっと勝てたGIがジャパンカップだったっていうのは、後から見てみれば本当に幸運だったね。賞金が高かったのもそうだし、アメリカからの遠征でジャパンの芝のGIに勝ったっていうのもそうだし。……なにより、オグリキャップやタマモクロスと戦えたのは本当に貴重な経験だった。あれがなかったら、今もこうやって記者としてレースに関わろうとは思ってないからね」

「……私も、サポーターとして大事なことをあのジャパンカップで学びました。苦い思い出ではありますけど、ある意味ではオベイユアマスターさんのおかげです」

「あれっ、じゃあ私はいつの間にかベルノライトの気持ちに火を点けちゃってたってこと? こういうのなんて言うんだっけ、えっと……敵に……」

「塩を送る、ですか?」

「そう、それ! ま、それならあのジャパンカップはお互い様って感じなのかな」

 

 うろ覚えとはいえ日本語の慣用句すら使いこなす彼女に、ベルノライトは内心素直な賞賛の感情を覚えていた。数年前の時点で底知れない人物ではあったが、いざこうして敵ではない彼女と向かい合ってみれば、その笑顔の裏にあるだろう血の滲むような努力が確かに見え隠れしている。

 

「じゃあ今度はこっちから質問ね。オグリキャップが引退してから、君はスペシャルウィークのサポーターを引き受けているって認識でいい?」

「は、はい。チームテンペルのサポーター兼トレーニングマネージャーをやってます」

「……トレーニングマネージャー? 君のところのトレーナーは練習を見ないの?」

 

 目をぱちくりさせるオベイユアマスター。

 

「やっぱりそういう反応になりますよね……うちのトレーナーさんは元々芸能畑の人で、レーストレーニングよりライブレッスンの方が本職な上に趣味でもあるんです。普段のトレーニングはメニューの組み立てからほとんど私がやってます。あとはデータの収集と整理とか、ライブレッスンでのパートナー役とか、蹄鉄の調整とかも……」

「え、えぇ……? それ、かなり重労働じゃない?」

「大変かどうかで言うと確かに大変ですけど、スペちゃんやマックイーンちゃん……あ、この前テンペルに加入したデビュー前の子です。そのふたりを支えるのはやりがいも楽しさもありますし、お給料も貰いすぎなくらいに貰っているので」

「……なるほど。ちなみに君がスペシャルウィークの、チームテンペルのサポーターになったのはいつ? オグリキャップが引退してすぐ?」

「いえ、正式に所属したのは秋になってからです。半年以上は無所属で過ごしてました」

 

 ベルノライトの返答に考えこむ仕草をするオベイユアマスター。

 

「あの、何か気になることがありましたか?」

「気になることっていうよりは、興味が湧いたかな。君のトレーナーに」

 

 思い出したかのようにサンドイッチの残りに手をつけながら、オベイユアマスターは続ける。

 

「ジャパンのクラシックレースで三冠を獲るなんて、どれだけ優秀なウマ娘でも簡単にできることじゃない。そうでしょ?」

「は、はい。その通りです」

「スペシャルウィークがとんでもないウマ娘なのは、直接観てなくたってよくわかる。()()()()()なんて器じゃないことも。だからこそ、その器を磨く人次第では全部ダメになる。ダメになったことが誰にでもわかっちゃう」

 

 そう語る彼女の瞳は真剣そのもので、口を挟むのがベルノライトには躊躇われた。

 

「君がサポーターになったのは秋だから、つまりそれまでスペシャルウィークの練習を見ていたのはチームテンペルのトレーナー……いや、トレーナーが練習を見るのは当たり前なんだけど、少なくとも今は君がメインで見てるわけだし」

 

 流石にその言葉にはベルノライトも苦笑を浮かべる。全くもってオベイユアマスターの言う通りであった。

 

「ともかく、スペシャルウィークのトレーナーには間違いなくスターウマ娘を育てる能力がある。君がチームサポーターになってるくらいなんだし、そういうことなんでしょ?」

「まあ、はい……手腕に関しては間違いないです、手腕に関しては」

 

 どこか含みがあるベルノライトの言葉に小さな疑問符を浮かべつつも、オベイユアマスターは納得したような顔を見せた。

 

「能力はある。実績も作った。なのに君の言葉を信じるなら、そのトレーナーはレースよりもライブのレッスンにリソースを割いてる。いくらレースに強いサポーターをチームに入れてるとしても、とんでもない変わり者だよね? そんなトレーナーが作った()()があのスペシャルウィークだっていうところまで含めて、気になるところしかないね。記者として見逃せないよ」

 

 そこまで言って、オベイユアマスターは満足気に笑った。最後に残ったサンドイッチの欠片を口に放り込む。彼女のそんな様子を見て、ベルノライトにはふと疑問が浮かんだ。

 

「……オベイユアマスターさんは、スペちゃんのことを評価してくれてるんですね」

「え? しないわけないでしょ。ジャパンのクラシックレースにそこまで詳しいわけじゃないけど、三冠……トリプルクラウンっていう言葉の重みくらいはわかるし。しかもついこの前まで無敗でGIを荒らし続けて、ついに負けたマイルレースですら2着。うーん、弱いところがどこにもないね! 正直に言うと論評に困るタイプだよ、スペシャルウィークの強さって」

「ですよね。……そうですよね、そのはずなんですけど」

 

 そのまま口を噤むベルノライト。

 

「誰かがスペシャルウィークのことを悪く言ったりでもしたの?」

「ああ、いえ、そういうわけじゃないんですけど……先にフランスまで来てたチームメイトの皆さんが言うには、どうもスペちゃんが現地の人たちに実力をかなり低く見積もられてるらしくて、どうしてなのかなあと」

「……Alright, そういうことね。それはなんていうか、ヨーロッパの悪い癖が出てるって感じかな。それもだいぶひどめに」

「悪い癖、ですか?」

 

 ベルノライトの疑問にすぐ答えることはせず、またしても少し考えるような仕草を見せるオベイユアマスター。ややあって、彼女はにこりと笑顔を作ってベルノライトに向き直った。

 

「ベルノライト、ちょっとしたディールをする気はない?」

「それは……内容によります、としか」

「うん、そういう警戒心の強いところは好きだよ。でもそんなに身構えてもらわなくても大丈夫。そんなに無理なことを言うつもりはないから」

 

 オベイユアマスターはすっと右手の指を2本立てた。

 

「こっちから出せるのは情報がふたつ。スペシャルウィークがフランスで見くびられてる理由と、スペシャルウィークのレースに役立ちそうな特ダネ。特ダネの方は、いまのところ私くらいしか知ってる人がいないって言い切れるよ」

「……なるほど。でも、こちらには持ち合わせが」

「ばっちりあるよ、安心して。そっちからもふたつ出してほしいの。まずひとつめは、ムーラン・ド・ロンシャン賞当日の関係者エリア入場証。これはチームの分が余ってたらでいいから、無理はしなくていいよ」

 

 ベルノライトは思わず首を傾げた。彼女の出してきた条件があまりにも意外だったからだ。

 

「ムーラン・ド・ロンシャン賞ですか?」

「スペシャルウィークは出るんでしょ? 記者会見で言ってたし」

「はい、確かに出走の予定はありますけど……その前にジャック・ル・マロワ賞を走るんですよ? そっちの方は必要ないんですか?」

「ああ、マロワ賞はいいの。()()()スペシャルウィークが勝つもん、あのレース。当日に取材することなんてないよ」

 

 あまりにもあっけらかんとオベイユアマスターがそう言ったので、ベルノライトは口を開けっぱなしにして困惑の表情を顔に浮かべることしかできなかった。

 

「そのあたりもこのディールが成立したら喋ろっか。ともかく、私が欲しいのはロンシャン賞の関係者エリア入場証ね。新米記者だと現地取材しようにも記者用入場証の数が回ってこないからさ、できれば堂々と関係者エリアに入りたいんだよね」

「……わかりました。トレーナーさんに掛け合ってみますね」

「ん、ありがと! それで、もうひとつの条件だけど……」

 

 オベイユアマスターは席を立ち、ベルノライトに向かってビシッとポーズを決めてみせた。

 

「チームテンペルへの独占取材権! 要するに、君のトレーナーに対する取材交渉を取り持ってほしいんだ。どう、悪くない条件でしょ?」



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陽室琥珀は確証がほしい

陽室さん

 

既読

13:22

そういう経緯で、取材の申し込み

を受けたんですが……

どうしましょうか?

 

なるほど。状況は理解しました13:22

 

では貴女から見て、ミス・オベイ

ユアマスターは信頼できますか?

13:23

 

その点がクリアされていれば取材

の件も吝かではありませんよ

13:23

 

既読

13:24

信頼できる人だと思います。元々

競走ウマ娘として走っていた人で

すし、なんというか、真摯な方だ

なって印象を受けたので

 

大変結構、その判断を尊重します13:25

 

具体的な日程は後程詰めることと

しましょう。ミスとの連絡手段を

確保しておいてください

13:26

 

既読

13:28

いいんですか?

月刊トゥインクル以外からの取材

はずっと断ってましたよね

 

既読

13:28

あ、信頼できそう人なのは間違い

ないですけど!

 

どのみち海外メディアからの取材

は避けて通れません。であればこ

ちらが選べるうちに選ぶべきです

13:29

 

記者が貴女の知己かつ仏メディア

ではなく英メディア所属であるの

も好ましいと言えます。レース開

催国では色眼鏡で見られることに

なりがちなので

13:31

 

既読

13:32

わかりました!

しっかり伝えておきますね

 

ロンシャン賞当日の入場証につい

ても、どのみち余らせているので

問題ありません

13:33

 

その旨も併せて今伝えてもらって

結構です

13:33

 

 

 


 

 

「というわけで、トレーナーさんから諸々の承諾が取れました!」

「Thank you, ベルノライト! 話が早くて助かるよ」

 

 サンドイッチ店を出たふたりは、レース場から離れてドーヴィルの街並みを巡っていた。

 

 フランスの高級避暑地であるドーヴィルは、夏に近づくほど賑やかになり、華やかになっていく。それはレースの世界でも同じことで、フランスクーリエの開催する夏のレースといえばすなわちドーヴィルレース場で開催されるものだ。それはつまり、この時期のドーヴィルレース場には様々な意味で『人目が多い』ことも意味している。

 

 だから内緒話にはむしろ街中の方がいい、というのがオベイユアマスターの言葉だった。

 

「じゃあ……教えてもらえますか?」

「いいよ、どっちからにしようか」

「スペちゃんが軽んじられてる理由からでお願いします」

 

 オベイユアマスターが言うところの特ダネについて気にならないと言えば嘘になるが、まずは目先の疑問を解決することからだ。

 

 ベルノライトの言葉にオベイユアマスターは頷いて、口元に指を当てる。

 

「なんというか、いくつか理由はあると思うんだけど……たぶん一番大きいのは、ジャパンのウマ娘がヨーロッパで全然勝ててないってこと。ジャパンから来た、もっと言うとヨーロッパの外から来た時点でナメられてるんだと思う。ステイツから来たウマ娘も同じような扱いだし、それがアラブでもオセアニアでもたぶん変わらないかな」

「それは……そうなのかな、とは思ってました。でも、去年にはシーキングザパールさんやタイキシャトルさんがフランスでGIを勝ってますし、ゴールドシップさんが本場のエプソムダービーを勝ったときなんてすごく話題になったじゃないですか。それからエルちゃん……エルコンドルパサーさんだってイスパーン賞で2着、サンクルー大賞は優勝したのに……」

「でもそれって、これまでの長い歴史の積み重ねがある中で、片手の指で数えられるくらいしかヨーロッパの国際GIを勝ってない、とも言えるでしょ? 確かにその子たちの実力はヨーロッパのウマ娘も認めてると思うけど、逆に言えばまだ彼女たちのことしか認めてない。彼女たちが例外だったんだ、ってヨーロッパのウマ娘は()()考えてるよ」

 

 例外。そう言われて、ベルノライトはどこか納得の感情を抱いた。

 

 唐突な話だが、海外のウマ娘が日本の国際GIを勝つことは稀だ。そもそも挑戦するウマ娘自体が少ないし、国際招待競走と銘打たれているようなレースでもここ2年か3年で一気に海外ウマ娘の参戦が減っているのだ。その主たる理由は当然言うまでもなく、長らくスターウマ娘の不在に頭を抱えていたトゥインクル・シリーズがその揺り戻しをもろに受けた結果として生まれた、数多の綺羅星たちである。

 

 ミスターシービーの三冠達成に始まり、シンボリルドルフの長き専制時代、それを打ち砕くオグリキャップ世代やナリタブライアン世代。さらにサイレンススズカを筆頭とする新時代組、その翌年にはスペシャルウィークを始めとする黄金世代。それに続く年次となると今年のクラシック期になるが、それこそアグネスデジタルを筆頭に未来の名ウマ娘たちが好き放題している。なんならメイクデビューすら終わっていないような世代にも、メジロマックイーンのような優駿の雛がちらほらと見え始めている。

 

 日本のレースは賞金が高い。より正確に言えば、レース産業の発展促進や海外ウマ娘に対する遠征誘致を目的として賞金額が高まっていったという歴史がある。しかしその高額賞金を以てしてもなお、国内ウマ娘による魔境と化した日本の国際GIに遠征で挑戦しに来るような者は数えられる程度に減りつつあった。

 

 そして、ベルノライトの隣にはその例外が歩いている。それも挑戦するだけではない、勝ってしまった例外中の例外。そう取り立てて語る必要もないような話だ。つまり、海外ウマ娘が日本で勝てば例外と認識されるならば、その逆が起こっていても何ら不思議ではない。

 

 思えば、ベルノライトやオベイユアマスターの世代こそが──すなわちそれはオグリキャップの世代を意味するが──日本の国際GIに海外から遠征してまで挑む旨味がギリギリのところで保たれていた、最後の世代だったのだろう。

 

 そこまで思考を巡らせてから、ベルノライトは自身の脳裏に浮かんだ疑問をぶつける。

 

「でも、スペちゃんには揺るがない戦績があります。これまでヨーロッパで一度も走ってこなかったとしても、国際GIをどれだけ勝ったのか知るだけで侮れないウマ娘なのはすぐにわかるんじゃないですか?」

「そうだね。だから、ここからは今のヨーロッパウマ娘が抱えがちな悪い癖の話になるかな」

 

 オベイユアマスターは呆れ顔を見せながら続ける。

 

「距離の長いレースを重要視しなくなったのがひとつめ。その副産物で、クラシックレースの名誉が前よりずっと軽くなったのがふたつめ。ヨーロッパでのそういう評価基準に合ってる戦績で、誰からも文句が出ないくらい強いモンジューが現役なこと自体がみっつめ、って感じ」

「……モンジューさんの影響が大きいのはわかります。日本にとってのスペちゃんがヨーロッパにとってのモンジューさん、そういうことですよね」

「まあそんな感じだね。ただ、ヨーロッパのレースを最終目標にしてることが多いジャパンのウマ娘に対して、ヨーロッパのウマ娘はジャパンのレースへ進んで遠征しようとはしない。芝が違いすぎて結局勝てないのはどっちも同じだけど、ヨーロッパはジャパンのレースにそこまで飢えてない。あくまで傾向だけどね」

 

 結局のところ、欧州のレースは他のレースよりも格上という意識が欧州の方にも日本の方にもあるのだろう。その固定観念を覆すのは並大抵のことではないし、事実レーティングによってもある程度証明されている。これに関してはベルノライトも予想はしていたし、こうして裏が取れたことは収穫だ。

 

 故に彼女の注目は、むしろオベイユアマスターが挙げた理由の前者に対して向けられた。

 

「ですよね。……私としては、ヨーロッパでクラシックレースや長距離レースが重要視されてないっていうのが結構びっくりなんですけど、本当なんですか?」

「ホントもホントだよ。というか、クラシックレースが一番大事だって思ってる国はもうジャパンとステイツくらいしかないんじゃない? でもステイツはそもそもクラシックレースがダートだし、日程が厳しい代わりにレースの距離自体は一番長くて12ハロン(2400m)だし。だからきっと、今も芝のクラシックレースが一番大事で、一番名誉だって思ってるのはジャパンのウマ娘ぐらいだよ」

「で、でも……イギリスはクラシックレース発祥の地なのに……」

()()()だよ。アイランズのクラシックレースが最も名誉なレースだったから、ヨーロッパのクラシックレースはダメになったの」

 

 その言葉に疑問符を浮かべるベルノライト。そんな彼女の様子を見てか、オベイユアマスターは解説を始める。

 

「これはジャパンとかステイツとか、あとオーストラリアのウマ娘には理解しにくいんだよね。今言った国の共通点、わかる?」

「えーっと……どこもレースが強い国ですよね、イギリスとかフランスとかと並んで……」

「うーん、惜しい! 正解は『レースが飛び抜けて強い地域大国』だってこと。ヨーロッパの国と違って、気軽に行き来できる範囲にレースが強くてウマ娘がいっぱいいる国がないのが共通点」

「あ、確かに……言われてみればそうですね」

「ステイツから見れば、カナダみたいな周辺国のウマ娘はそもそも競技人数が少なすぎる。オーストラリアから見るニュージーランドもそうだし、ジャパンから見るホンコンもそう。こういう国って、良くも悪くもレース文化が独自進化するんだよね。ガラパゴス化って言うんだっけ、こういうの」

 

 世界最高峰のダート競走とそこに通ずる道程を栄誉とする一方で、芝のレースは軽視されがちという他国には見られない傾向を持つアメリカ。ジュニア期のレースが最も盛り上がり、その勝利こそ最大の栄誉であると認識されているオーストラリア。かつて欧州から輸入したクラシックという競走体系を未だ栄誉と共に堅持し、中長距離のレースを重要視し続けつつも、マイル・スプリント路線へのテコ入れを試み始めた日本。確かにそれぞれ三者三様の進化を遂げている。

 

「でもヨーロッパは、レース強豪国のウマ娘同士が気軽に行ったり来たりできる。芝やダートの質も似通ってるから遠征しやすいし、遠征しやすいってことはレース自体の流行り廃りとかもある程度共通する。ここまではいい?」

「はい、大丈夫です」

「じゃあここで問題! ヨーロッパで活躍していて、どんな距離もそつなく走れる万能ウマ娘がいます。彼女の目指す最大目標になるレースはなんでしょう?」

「……自然に考えると、凱旋門賞ですか?」

 

 ベルノライトの解答に指をパチンと鳴らすオベイユアマスター。

 

「正解! じゃあ続いて、同じくどんな距離も走れる万能ウマ娘がいます。彼女は2000ギニーで上位入着、エプソムダービーでは見事優勝しました。そんな彼女が次の目標としたいレースはなんでしょう?」

 

 皐月賞のモデルとなった2000ギニーステークス、東京優駿のモデルとなったダービーステークス。そのふたつが並べば、自然と候補たるレースはひとつだけだ。

 

「セントレジャー、っていうのが自然ですよね」

 

 菊花賞のモデルとなったセントレジャーステークスこそ、この質問に対する返答としては相応しく思える。だがベルノライトは自らの返答がきっと正しくはないのだろうと考えていたし、事実そうであることはオベイユアマスターの表情が如実に示していた。

 

「残念、不正解。その顔だとわかってると思うけど、正解はやっぱり凱旋門賞だよ」

「……エプソムダービーだけじゃなくて、2000ギニーでも優勝していたとしたらどうですか?」

「んー、それでもやっぱり変わらないかな。ここ数十年で二冠になったウマ娘自体が10人もいないけど、その中でセントレジャーに挑んだ子って確か3人くらいだったし。それに皐月賞と違って2000ギニーってマイルレースだから、現実にはそもそもセントレジャーに挑める距離適性がない子ばかりなの。この距離設定自体がクラシック路線の価値を落としてるところはあるし、そういう意味だと皐月賞の距離が10ハロンなのは賢いよね」

 

 2000mから3000mの距離で施行される日本のクラシック三冠ですら、距離適性に泣かされるウマ娘は数多い。その下限距離が400m短くなった日には三冠路線を走り切ろうとするウマ娘自体が激減するだろうし、三冠路線にこだわる必要がなくなればローテーションの選択肢は大きく広がるだろう。

 

 ギリギリ中距離を走れるウマ娘でもダービーを蹴ってNHKマイルや安田記念に専念する、あるいはティアラへ。長距離に不安を抱えるウマ娘は菊花賞を蹴って天皇賞(秋)やジャパンカップへ。そういった選択肢がトゥインクルに挑む最初の時点でメインプランとして浮上することになる。

 

 一方で長距離のみが得意なウマ娘は、現状でも施行レースの少なさに難儀する中で貴重なGIレースの価値が下落するという事態に晒される。極端に表現すれば、今の欧州とは菊花賞を勝利で飾ったとしても『でも秋天やジャパンカップは回避したよね』と評価されてしまうような環境なのだ。

 

「なんというか……厳しい状況なんですね、ヨーロッパのステイヤーウマ娘にとっては」

「だね。でもこの傾向ってここ半世紀くらいずっとあるし、しかもこんな状況でもセントレジャーに出れるレベルの子にとってはまだマシだよ」

「こ、これより下があるんですか……?」

「それはもう。だって考えてみてよ、クラシックレース発祥国のアイランズですらそんな状況なのに、他の国のクラシックレースがまともだと思う?」

「……あっ」

「そもそも、本当に実力のあるヨーロッパのウマ娘は行こうと思えばみんなアイランズのクラシックレースに行けるんだよ? じゃあそれ以外の国のクラシックレースに参加してるウマ娘って、『アイランズに遠征するほどの実力はないウマ娘』だよね? そんなクラシックレースにどこまでの価値があるのか、ってね」

 

 事実、フランスのダービーにあたるジョッケクルブ賞は例年エプソムダービーに有力ウマ娘を軒並み奪われており、つい最近に距離短縮を行ったことでやっと出走ウマ娘が集うようになった。一方でセントレジャーにあたるロワイヤルオーク賞は数十年前の段階で既にシニア級ウマ娘にも解放されており、クラシック三冠という体系は完全に崩れ去っている。他の欧州各国も似たようなものか、あるいはこれよりも酷い状況だ。

 

「だから結局、ヨーロッパのウマ娘にとって『アイランズ以外のクラシック三冠』って、物珍しいウマ娘くらいの評価になっちゃうんだよ。ヨーロッパの中ですらそんな有様だから、ジャパンからやってきたウマ娘が三冠だって言われても、別にそれだけじゃ大したことないじゃん、なんて扱われ方になる」

「なるほど……そういうことだったんですね」

「ちょっと話は戻るけど、結局スペシャルウィークがジャパンでどれだけ強い勝ち方をしていても、どれだけGIで勝ち続けていても、ジャパンでしか勝ってないならヨーロッパのウマ娘はスペシャルウィークのことをナメてかかるし、ジャック・ル・マロワではマークもされずに余裕で勝てると思うよ。クラシックレースの戦績が綺麗に並んでもそれは同じってだけ」

 

 だからジャック・ル・マロワの取材には必死になって行かなくてもいいんだよ、とオベイユアマスターは付け加えた。

 

「……もしちゃんと調べたら、ヨーロッパで勝ってる日本のウマ娘がスペシャルウィークと戦って負けてることに気づくはずなんだけどね。でもちゃんと調べたら、スペシャルウィークが前走で1期下のウマ娘にマイルレースで負けてるのがわかるから、やっぱりナメられるかも。やっぱりジャパンのマイルレースはまだまだレベルが低いんだ……ってね。傲慢どころか油断だよ、完全に」

「……あの、もしかしてですけど、オベイユアマスターさんってヨーロッパのウマ娘さんたちをあんまり良く思っていなかったりします?」

「私も一応フランスの血が半分流れてるけど、ヨーロッパとステイツとジャパンで走ってきたからね。ヨーロッパのレースだけが全てだと思ってる子たちは見えてる景色が狭いなぁ、とは思ってるよ。嫌いっていうよりはかわいそうだなって思う。でも……」

 

 そこで一息置いてから、オベイユアマスターは今日一番冷えきった声で言った。

 

「こういうことって、例えばモンジューみたいなトップクラスのウマ娘はだいたいちゃんと知ってて、私みたいな中途半端にしか勝てないウマ娘は知らないと消えていくだけだから、『そこそこ勝てる』子たちが一番わかってないし、知ろうともしないんだよね」

 

 やっぱり良く思ってないんじゃないですか、などと口に出す勇気はベルノライトになかった。むしろ、そんな言葉をかけるのは最早蛮勇の域に片足を突っ込んでいるのではないかとすら彼女には感じられた。

 

「と、ところで! スペちゃんのレースに役立つ特ダネがあるって話でしたけど」

「あ、ごめんごめん。実はその特ダネがどういう意味で特ダネかって、今までの話がないと理解しにくいんだよね。ばっちり頭に叩き込んだ? 大丈夫?」

 

 その問いに頷くベルノライトを見て、オベイユアマスターは満足げに笑った。

 

「OK, それじゃあ教えるね。……ムーンライトルナシーがムーラン・ド・ロンシャン賞への出走に向けて準備してるらしいよ」

「……ムーンライトルナシーさん、ですか?」

 

 その名前にベルノライトは聞き覚えがあった。他ならぬオグリキャップとオベイユアマスターが激突したジャパンカップにも出走していた『英国の貴婦人』。セントレジャーステークスやサンクルー大賞を勝利し、中長距離路線で活躍()()()()ウマ娘である。

 

 かつてベルノライトも直接対面し言葉を交わした経験があるが、つたない英語にも礼儀正しく誠実に対応してくれたことは記憶によく残っている。だが、だからこそベルノライトの頭には大きな疑問が浮かんだ。

 

「ムーンライトルナシーさんって、結構前に()()()退()()()()んじゃ……確か、オグリちゃんよりも1年キャリアが長かったから……」

「一応正式に引退したわけじゃないんだけど、本当に走るならシニア5期目の夏ってことになるね。ジャパンのシンボリルドルフと同期かな。でも、ムーンはシンボリルドルフみたいな『絶対』じゃない。普通に勝って普通に負けるウマ娘だし、シンボリルドルフみたいに現役最強とつい最近競り合うようなレースもしてない。ついでに言うと、ムーンはそもそもこれまで10ハロンより短いレースを走ったことがないよ」

 

 情報が並べば並ぶほど、余計に意味がわからなくなってくる。ムーンライトルナシーがムーラン・ド・ロンシャン賞に出てくる意味自体が全く理解できない。

 

「失礼は承知で、一応聞きますけど……本当なんですか?」

「気持ちはわかるよ。わかるけど、なんと情報源がムーン本人なんだよね」

「……もしかしたら、ムーンライトルナシーさんの冗談だったりはしませんか?」

「この情報、記者としてどう扱ってもいいって言われちゃったんだよね。私が記事を出した後、特に理由もなく『やっぱり出ません』なんて言い出すような不義理はしないタイプだと思わない?」

 

 それに関してはベルノライトも同意だった。だが、その同意もやはり彼女の疑問を拭うことには繋がらない。

 

「どうしてピンポイントでスペちゃんの出てくるロンシャン賞に……ムーンライトルナシーさんなら、もし出るとしても距離的に凱旋門賞の方が自然で……」

「じゃあ、私しか知らない情報をもうひとつあげる。……ムーンからロンシャン賞出走の話を聞いた日って、安田記念があった次の日だったんだよね」

 

 オベイユアマスターの言葉に硬直するベルノライト。

 

「……それって」

「まあ、そういうことだよね。ムーンにとってピンポイントだったのは『マイルレース』でも『ロンシャン』でもなくて、『スペシャルウィーク』なんじゃないかな」

 

 ベルノライトの額を、冷や汗が一筋伝った。



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アグネスデジタルは言い訳がほしい

 深夜11時。わずかな例外を除けば全寮制となっているトレセン学園において、この時刻が栗東寮・美浦寮のどちらにおいても消灯時間を完全にオーバーしていることは今更言うまでもない。しかし今日に限っては、栗東寮の食堂に未だ明かりが灯っていた。

 

 寮2階の床面積の大半を占める食堂は、大勢のウマ娘が一斉に朝食や夕食を摂れる広さを誇っている。しかし今はテーブルが軒並み取り払われたうえで、本来眠りに就いていなければならないはずのウマ娘たちがこぞって──とはいえ、お盆期間のど真ん中なので、人数は少ないのだが──巨大なテレビの液晶を前に体育座りをしていた。

 

 規則違反を取り締まるはずの栗東寮長、フジキセキもその場にいたが、彼女たちを注意することはしなかった。食堂の入り口付近でどれだけのウマ娘がこの場にいるのか、この機に乗じてどさくさ紛れに外へ抜け出すウマ娘がいないかを確かめつつ、その視線はやはりテレビの方に向いている。おそらく美浦寮でも似たような光景が広がり、ヒシアマゾンがその目を光らせているはずだ。

 

 彼女たちがこうして食堂に、そして液晶の前に集まる理由は単純。すなわちスペシャルウィークが出走するジャック・ル・マロワ賞のテレビ中継観戦、あるいは応援である。

 

 トゥインクル・シリーズの開催期間中、毎週土日の昼から夕方にかけて、食堂のテレビ前にウマ娘たちが集ってレース中継番組を一緒に観るというのは一種の風物詩と化している。重賞の実況中継ならギャラリーの数はますます増えるし、GIともなれば広い食堂が埋まりかねないような人数が詰めかけることも決して珍しくはない。

 

 そしてそれは中継の対象が海外のレースであっても変わらない。とはいえ時差の都合もあり、リアルタイムでの視聴は大抵不可能なのだが……今回は話が少々違った。

 

 世界最高クラスのマイルレース、その一角たるジャック・ル・マロワ賞。そこに唯一日本から挑戦するのは、トゥインクル・シリーズ現役最強と称されるスペシャルウィーク。何としてでも中継で観たいという者が多くなるのも当然だったし、そんな生徒たちからの要望をフジキセキはあっさり受け容れた。以前にもURAからの遠征組が海外レースに出走する際には似たような措置を取ってきた故に、殊更却下する理由もなかったのである。

 

 それに今は夏季の全体合宿が終わった後のお盆期間で実家に戻っているウマ娘も多く、寮長サイドとしても比較的管理がしやすかったことが背を押した。寮に居るのは、実家に帰る理由がない子やどうしても東京に用事がある子──『この即売会に命をかけてるんですっ!』とトレーナーと謎の大喧嘩をしていたアグネスデジタルなど──が居るのみだ。テレビ観戦もイベントのひとつとして認めるべきだろう、というのがフジキセキの考えだった。

 

『さあ、昼下がりの太陽が燦々と輝く中、いよいよジャック・ル・マロワ賞の幕開けです。ドーヴィルレース場の芝1600直線一本勝負、昨年度の勝者はタイキシャトルでした。今年もたったひとり、日の丸を背負ったウマ娘が挑戦します。スペシャルウィーク、前走の雪辱を晴らして勝利を掴み取ることは叶うでしょうか』

 

 プリティーダービーチャンネルの現地中継映像がスペシャルウィークの姿を映すと同時に、食堂はどよめきと歓声で満たされる。それもそのはずで、スペシャルウィークの纏う勝負服が完全に一新されていたのだ。

 

『スペシャルウィークは今回のレースに向けて、勝負服を新調したとのことですが……これまでとはガラリと印象が変わりましたね。凛々しさが前面に出ています』

『全体的に赤色と白色がメインカラーとなっていますね。日の丸カラーを意識しているのかもしれません。全体的なデザインは戦国武将の陣羽織に近いものがあるでしょうか』

 

 これまでのどこかアイドル然とした勝負服とは打って変わった、和の要素を取り入れながらも正統派を外さずに格好良さと可愛さを両立した勝負服。四葉のクローバーを模した金飾りは、首元に移りながらもそのままの輝きを保っている。

 

 一般的に、1着目の勝負服についてはその製作費をURAがほぼ全額負担するのに対して、2着目以降の勝負服を作ろうとする場合は逆にウマ娘側の全額自費負担になる。競走中の負荷に堪える素材であること、装飾が華美であること、全身のコーディネートが一点もののオーダーメイドであることなどから勝負服の製作は高額になることをどうしても避けられず、わざわざ2種類以上の勝負服を用意する例はトップウマ娘でも珍しい。

 

 勝負服を賞品とする学内大会やスポンサーからの提供といった例外も一応なくはないが、今回のスペシャルウィークがそのどちらにもあたらないことは明白だった。安田記念の敗北を受けて準備したのでは到底間に合わない。恐らく、元々は宝塚記念か秋の天皇賞に向けて以前から準備していた勝負服なのだろう。

 

 故に勝負服のデザインを描いた当初は、そのお披露目が海外になることなど誰も予想していなかったのだろうが……その前提があってもなお、装いを新たにジャック・ル・マロワ賞へ挑む彼女の姿は、ずっと前からそうなることが想定されていたかのような『日本総大将』だった。

 

『なるほど。トゥインクル・シリーズを背負って海外に挑む彼女にはピッタリの勝負服だと言えそうですね! ……おっと、そのスペシャルウィークもゲートに収まっていきます』

 

 そんな彼女の姿を衛星放送越しに見ながら、フジキセキは周囲の誰も自分に視線を向けていないことを確かめてから深く溜息を吐いた。

 

 スペシャルウィークは敗北した。ハナ差の2着でアグネスデジタルに敗北した。

 

 それは間違いのないことだったが、それでもなおスペシャルウィークからは絶対の二文字が失われずにいる。かつて、シンボリルドルフが敗北しても絶対の二文字を失わなかったように。それがスペシャルウィークにとって良いことなのかどうか、ここ最近のフジキセキは迷いを感じていた。

 

『出走ウマ娘が全員ゲートに収まります。……スタートです! おっとこれはスペシャルウィークが完璧にスタートダッシュを決めたぞ!』

 

 ほんの数ヵ月前、フジキセキはスペシャルウィークの危うさをなんとか穏便な形で落ち着かせたいと考えていた。自らの持つ力に無自覚な少女が、組織のトップに座して独裁者として振舞うような未来は避けたかった。それは少女にとっても組織にとっても不幸でしかないからだ。

 

 リーニュ・ドロワットでの一件を経てからは、そこに新たな懸念が加わった。少女は自らの持つ力に無自覚ではなくなっていた。あのときフジキセキが懸念していたのは、偉大なる先達の独裁者によって少女が操り人形にされることだった。

 

『ハナを確保したスペシャルウィーク、逃げウマ娘たちの前に立ってそのまま譲りません! 直線1600m、この優位を維持できるか!?』

 

 あのとき生徒会室にまで足を運んだフジキセキに対して、シンボリルドルフは言った。

 

 ────誰の思惑によるものかという議論に意味はない。走り出したスペシャルウィークはもう止められない。彼女は生徒会長になるか否かに関わらず、学園を変えていってしまう。

 

 そう言葉を投げかけられて、フジキセキは毅然とそれに返答した。

 

 ────スペちゃんのことを君自身を超える()()だと考えているなら、自らの上位互換だと考えているのなら、ここで引き返すべきだ。君が成そうとしている理想は不自然だよ。

 

 少女が、スペシャルウィークが操り人形になるような未来は当然彼女のためにならない。あるいは彼女がシンボリルドルフの後を追い、その理想を継ぐ未来も同じだ。それが元々シンボリルドルフの理想で、スペシャルウィークがそれを分け与えられたということに変わりはないからだ。

 

 では、スペシャルウィークがその理想から完全に自立しているとすれば? 

 

『良バ場のドーヴィルを先頭で駆けますスペシャルウィーク、600mをなんと33秒台で通過! 自らの影を踏ませることなく中盤戦へ突入です』

 

 シンボリルドルフの後継者としてではない。スペシャルウィークが彼女自身の理想を掲げて陣頭に立ち、また頂点に立つ独裁者としての道を選んだとき……フジキセキには異を唱える資格こそあれど、それを止める義務はない。

 

 これまでのフジキセキがシンボリルドルフの専制に異を唱えつつも、ときには協調して学園の大事に取り組んだように、スペシャルウィークに対してもフジキセキはそうあるべきだ。

 

「……結局のところ、私はあの子の器を見誤っていたのかもしれない、か」

 

 現状のシステムにおいて、中央トレセンの生徒会長は普通の中学校や高等学校の生徒会長とは比べ物にならないほどの権力と責任、社会的な義務まで背負っている。スペシャルウィークにとって生徒会長職の遂行は決して不可能ではないだろうが、多くの苦労と大きな無理を背負った上での話になるだろうし、それは彼女の思想や人格を本来のものから歪めかねない、そう考えていた。

 

 だが、今やスペシャルウィークが庇護されるだけの少女ではない事実は白日の下に晒されている。安田記念の記者会見、心無い質問を記者に浴びせられたアグネスデジタルに対して、スペシャルウィークは毅然と彼女の前に立った。

 

 スペシャルウィークの言葉には説得力があったし、凄みがあった。誰も見たことがなかった怒りという色を彼女に乗せるだけで、ここまで別人のようになるとはきっと多くの者が予想しなかったことだろう。フジキセキからしても、ドロワットの一件はシンボリルドルフの影響が大きいと思っていただけに、その衝撃は大きかった。

 

 スペシャルウィークは生徒会長に相応しい自分を理性的に演じられるだけではない。感情に任せて動いても、今の彼女が口にする言葉は責任ある強者のそれなのだ。

 

『スペシャルウィーク後続に競り合うことすら許させない、先頭のまま残り3ハロン! これはダービーの再来か、それとも安田記念の再演か!?』

 

 シンボリルドルフの言葉は正しかった。生徒会長になるか否かに関わらず、スペシャルウィークを中心として今後数年のトレセン学園は動いていくのだろう。であれば、これから変えるべきは個人ではない。システムだ。

 

 生徒会執行部に、ひいては生徒会長に権力が集中しすぎないように。決してスペシャルウィークのためだけではない、彼女の後に続く未来のトレセン学園生徒会長のためにも、理性ある天才でなければ回せないシステムを放置していてはいけない。

 

 卒業まであと1年もないフジキセキが未来の学園のためにできることはそのくらいだ。他には……せいぜい、個々人に対するメンタルケア程度。

 

『行くのか、このまま行くのか!? 高い壁を超え、スペシャルウィークが欧州マイル戦線に風穴を開けるか!?』

 

 スペシャルウィークの同期たち、いわゆる黄金世代組の様子にはできる限り目を配っている。その中でもセイウンスカイについては、フジキセキ自身が春の天皇賞を前にして焚きつけた部分も大きい故に殊更配慮するようにしている。とはいえセイウンスカイの性格についてはある程度理解しているので、直接会って話すというよりは彼女のトレーナーやチームメイトに協力を頼むような形になるのだが。

 

 特に安田記念が終わってしばらくは本当に酷かったらしい。伝聞形なのは、その間フジキセキがセイウンスカイを一目見ることも叶わなかったからだ。

 

 ヒシアマゾンによれば外出はおろか食事と入浴以外でろくに自室を出ることすらなかったらしく、日によってはそれすらなおざりな有様で、結局スマートファルコンに一度無理やり引きずり出してもらうことでなんとか解決を見た。その後はちゃんと学園の授業にも出席し、再びレーストレーニングに取り組んだり、同じくチームメイトのアドマイヤベガと夜中の天体観測に出かけたりと、メンタル的には復調傾向にあるようだ。

 

 ……スペシャルウィークは、恐らくセイウンスカイの現状を知らないだろう。そしてそれを知らないスペシャルウィークはとても正しい。トゥインクル・シリーズで輝くために、彼女の言う日本一のウマ娘であるために、自分の下にいる者をわざわざ覗きこむ必要はないのだ。上だけを見て走っていけばいい。

 

 けれども彼女が生徒会長という立場になったとき、もしも自分の下にいる者のことについて何も考えていなければ。あるいは、()()すらしていなければ────

 

 フジキセキのそんな思考は、食堂中のウマ娘たちが発した大きな歓声の嵐に掻き消された。

 

『圧勝、圧勝だ! スペシャルウィーク、後続に3バ身差をつけて文句なしの完勝です! 太陽のような緋色をなびかせながら、ヨーロッパ中のウマ娘を相手取ってスペシャルウィークここにありと示しました! GIジャック・ル・マロワ賞を日本のウマ娘が2年連続で制する快挙、スペシャルウィークやはり強かったッ!』

 

 スペシャルウィークが海外でも勝った。その事実自体には、正直なところそこまでの驚きをフジキセキは抱かなかった。それよりも、あくまで映像越しでしかないが……彼女には、スペシャルウィークの走りが前走に比べて随分と余裕のないものに見えた。

 

 きっと、それこそが望ましいものだ。

 

「おめでとう、スペちゃん」

 

 自然とこぼれた賞賛の言葉に、自分でも苦笑する。やはりスペシャルウィークは強いし、その走りは誰かに希望を届けてくれる。これからも彼女がそうあることができるように地盤を整えるのが先達たるウマ娘の役割だ。

 

 本来ならばここまでで寮内応援会は切り上げ、ウマ娘たちは自分の部屋に戻って即時消灯の予定だったのだが、この後に控えているインタビューと記者会見も見たいという寮生一同の感情がフジキセキにはこれでもかというほど伝わってきたし、それを拒否するほど彼女は無粋ではなかった。規則破りには厳しいはずの寮長が何も言わないと察したウマ娘たちは、未だ興奮冷めやらぬ様子でテレビの周辺を陣取り続ける。

 

 丁度よく中継のカメラが切り替わり、仮設のインタビューエリアが映し出された。ほどなくして、息を切らせた様子のスペシャルウィークが歩いてやってくる。そばには彼女のトレーナー、陽室琥珀の姿も見える。

 

『Mme Spécial Week, félicitations pour votre victoire. Comment vous sentez-vous maintenant?』

 

 インタビューエリアに彼女が着くなり、フランス語での質問が飛んだ。慌てた様子で通訳スタッフが飛んでくるが、それを待つことなくスペシャルウィークが口を開く。スタジオの実況アナウンサーが慌てて代わりに訳しはじめ、『スペシャルウィークさん、優勝おめでとうございます。今はどんなお気持ちですか』と言い切る前にスペシャルウィークの声がスピーカーに乗った。

 

『Merci beaucoup! Je crois que j'ai pu donner le meilleur de moi-même, à ma façon. Je suis vraiment heureux d'avoir gagné ici en France』

『ありがとうございます。私は勝負できました、えー、今出せる精一杯の力で。私は勝てたことを、このフランスで勝てたことを嬉しく思います』

 

 すらすらとフランス語で返答するスペシャルウィークにどよめく寮生たち。その中にちらほらと見えるスペシャルウィークの友人知人も、彼女がいつの間にフランス語を身に付けたのか疑問を抱いているようだった。

 

 とはいえ流石に発音には拙さが残るし、返答自体を詰まらせることはしなかったものの、インタビュアーの質問からいくらか間を空けての返しだった。きっと事前に用意しておいた定型文だったのだろう、とフジキセキは察することができた。

 

 インタビュアーの隣に立つ通訳スタッフを置き去りにして会話は続く。実況アナウンサーも本業ではないなりに必死に通訳をしているため、何もわからないままに終わることはなかった。

 

『Enfin, si vous deviez citer un facteur qui a contribué à votre victoire cette fois-ci, quel serait-il?』

『最後となりますが、あなたが今回の勝因を挙げるならば、何でしょうか?』

 

 インタビュアーがそう言って、スペシャルウィークにマイクを向ける。これまでは2秒か3秒で返事を返していたスペシャルウィークだが、その質問には若干考え込むような仕草を見せた。

 

『Et……Bah……』

 

 たっぷり10秒は考えてから、スペシャルウィークは言葉を発した。

 

『J'ai pu gagner parce que vous étiez tous plus faibles qu'Agnes Digital!』

 

 しん、と食堂が静まった。この場にいる者のほぼ全員はその文章を理解できなかったが、間違いなくひとつだけ聞き取れたワードがあったからだ。

 

「……アグネスデジタル?」

「アグネスデジタルって言ったよね、今」

 

 そんなささやきと共に、食堂中の視線が一点に集まる。もちろん言うまでもなくその視線の先は、隅の方でひっそりと行儀良く体育座りをしていた、桃色の髪が目立つ小柄なウマ娘だった。

 

「……あ、あの」

 

 居心地の悪すぎるその視線に、アグネスデジタルが何かを言おうとしたタイミングだった。

 

『……私は勝ちました。何故なら、今日戦った誰もがアグネスデジタルより弱かったからです』

 

 これまでよりも数秒遅れで、そして気のせいかこれまでよりも数段慎重に聞こえる声で、アナウンサーがスペシャルウィークの発言を日本語に訳して電波に乗せた。

 

 食堂の空気が凍りつく。

 

「えっと、あの……その……?」

 

 一方、アグネスデジタルは内容が理解できずに戸惑うままだ。もちろん彼女が日本語に訳された言葉を理解できないわけではないが、耳から流れ込んだ音の意味を彼女は咀嚼できていなかった。

 

 片やテレビの中継映像には、今の発言は流石にまずいと考えたのか、陽室がスペシャルウィークの前に割り込んでいるのが見える。彼女の口から飛び出したのは日本語だった。

 

『失礼、スペシャルウィークのトレーナーとして補足させていただきます。誠に残念ながら、本日は名に聞こえし欧州の強豪ウマ娘がレース場に誰一人いらっしゃらなかったようですので、ムーラン・ド・ロンシャン賞では()()()()()()()()()ことを期待しております。……ああ、フランス語は苦手なものでして。一言一句違わず、しっかり訳していただければと存じます』

 

 むしろこれでもかと言わんばかりの勢いで火に油を注いでいた。

 

「……きゅう」

 

 ついにアグネスデジタルがぱたりと倒れる。

 

「デジタルちゃん!?」

「デジタルちゃんしっかりー!」

「だれか医務室とトレーナーに連絡入れて!」

 

 ウマ娘たちの声が響く中、アグネスデジタルはそのまま意識を手放したのだった。



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乙名史悦子は特ダネがほしい

「今日はよろしくお願いします!」

 

 やってきた女性にぺこりと頭を下げた佐久間は、応接用のソファを勧める。

 

「お世話様です。朝早くからすいません」

「せっかく許可をいただけましたし、いろいろとお話もしたかったので!」

 

 その記者────乙名史悦子は早速メモ帳とペンを取り出す。佐久間は応接用のプラコップにアイスコーヒーを注ぎ、彼女の前に置いた。

 

「お気遣いなく」

 

 自分用に同じ物を用意した佐久間が向かいのソファに腰掛けたことを確認して、乙名史は頭を下げる。

 

「今回は本当に取材を受け入れてくださり、ありがとうございます。佐久間トレーナー」

「いえ、お礼は結構です。良くも悪くも利害が一致した。それだけです」

 

 佐久間はそう言って肩をすくめた。この暑い中でもフルセットのスーツを着ている彼。記者会見でも同じような格好だったから、まだ余所行きの面しか見せてくれてはいないのだろう。

 

「はい。それも含めてです。今日は月刊トゥインクルとしてではなく、URA記者クラブの代表として参りました。その意味は理解しているつもりです」

「正直なところ、週刊ウイークリーの方がいらしたらどうしようかと思っていたところですが……スピカのころから信頼がおける貴女でよかった」

「あはは……ウイークリーの四月一日(わたぬき)記者は良くも悪くもああいう芸風ですので……」

 

 曖昧な笑みを浮かべる乙名史。合わせるように佐久間も笑みを浮かべたが、乙名史は真剣な表情で頭を下げた。

 

「この度の複数の報道関係者による学園への不法侵入事件、穏便に解決できたのは佐久間トレーナーのお力添えもあっての事と伺っています。重ね重ね、本当にありがとうございました」

「頭を上げてください。月刊トゥインクルさんがやらかした訳ではありませんから、謝罪は結構です。我々としてはデジタルやゴールドシップの周囲に過度な刺激を与えることは避けたかった。また同時に情報もある程度は公開しておきたかった。それに、URA記者クラブとしての自浄作用も働いているようですし、今後も対等で誠実な取材を期待します」

 

 チームペルセウスが乙名史の独占取材を受けるのには当然訳がある。最大の理由は、アグネスデジタルやゴールドシップの周囲で違法ギリギリな取材行為が立て続けに発生したことで、情報公開を強いられたためだ。

 

 スペシャルウィークを破って安田記念を取ったアグネスデジタルと、宝塚記念を連覇したゴールドシップ。ダブルエースを抱えて独立したチームペルセウスの衝撃はトゥインクル・シリーズ関係者を駆け巡った。しかし、チーム旗揚げ直前の安田記念で発生した刺殺未遂事件への対策もあり、アグネスデジタルやゴールドシップのメディアへの露出は記者会見や公開練習などに絞られていたため、チームペルセウスは『鳴り物入りで旗揚げし、成果も上げているにもかかわらず、情報が著しく流れにくいチーム』としてメディアには認識された。

 

 そこに来て、スペシャルウィークの『アグネスデジタルより弱かった』発言である。

 

 ジャック・ル・マロワ賞当日の深夜、学園からのコールで叩き起こされて事情を把握した佐久間は即刻陽室に対してコールした。言うまでもなく、スペシャルウィークの発言の真意を問い詰めるためである。

 

 しかし彼女から返ってきた言葉は、『こちらからの指示は一切していません。彼女の選んだ言葉です』といういっそ清々しいほどの無関係宣言だった。

 

『仮にもそれが真だとして、直後のお前の補足も言わずもがな、記者会見でお前がさらに油を注いだと聞いたが』

『はて、油を注いだ覚えはありませんがね。スペのインタビューについてしつこく掘り返すフランスメディアに、我々の語る言葉はその言葉以上でも以下でもなく、ただ事実のみがそこにあるとは申しましたが』

『それのことだよ馬鹿野郎……』

 

 あまりにもあんまりな言い草に、佐久間は怒る気力すらどこかへ行きそうになってしまう。

 

『とはいえ先程改めてスペに聞いたところ、もう少しマイルドな表現を意図してはいたそうです。ミス・アグネスデジタルとのレースがあったおかげで今回は勝てた、くらいの想定だったとのことですが……まあ、今更言っても仕方のないことです。発言は取り消せませんし、ミスターたちに降りかかる可能性のある迷惑をどうにかできるわけでもありません。ひとつだった借りをふたつにしていただくということで、ここはどうか。では失礼します、少々立て込んでおりますので』

 

 ぷつり、と通話の切れる音。佐久間が呻き声じみた溜息を吐いたことは最早言うまでもない。

 

 そこから改めて情報を集めてみれば、国内のみならず欧州のメディアまでもがスペシャルウィークの勝利とインタビューについて取り上げ、イングランド・タイムズに至っては英国版・仏国版・日本版を問わず同紙記者によるチームテンペルへの独占インタビューを掲載し、挙句『花の都に太陽が昇る。ドーヴィル占領未だ続く』に始まり『今度はフランス抜きでやろう』や『“負けた”と述べるだけでその会見?』などとブラックジョーク交じりに書き立てる始末であった。

 

 しかもこれは記者の暴走というわけではなく、インタビュー中に陽室が『短い言葉こそ最良のものです。それが古いものであるならばなおさら。皆様はそれをよくご存じでしょう』などと述べているあたり、英国向けに仕立て上げられたこの記事に彼女も一枚噛んでいるのはまず間違いないようだった。佐久間はその思惑など知らないし知りたくもなかったが、これによって英国人の多くがスペシャルウィークとチームテンペルの認識を更新したことは事実だ。

 

 そんなわけで、ここにきて取材合戦が一気に加熱し、しかもスペシャルウィークの発言によってその最前線にチームペルセウスが晒されたのだ。

 

 メディアにとってトレセン学園生につきまとうことは、地検特捜部出身の元検事が率いる学園法務部を敵に回すことと同義であるため、かなりのリスクを伴う。そのため基本はトレーナーやチームへの取材をすることになるのだが、今回ばかりはうまくいかなかった。特ダネ狙いの週刊誌などがトレーナー狙いで尾行などをしようとすれば、公安畑、それも対テロ活動の最前線を飛び回った佐久間にあっさりと見破られ失尾されたあげく、数日後には記者の所属会社に証拠写真付の抗議文書が届くことになったのである。

 

 チームとしてある程度はインタビューなども受け付けていた。しかしとある記者が()()()()()()()盗聴器入りの電源タップがインタビューを受けた合宿所で見つかってから、チームペルセウスと学園は──主に青筋を浮かべた佐久間と溜息交じりの駿川たづなが──マスコミ対応に追われることになる。

 

 合宿所の立ち入り禁止区域を知らせる柵を乗り越えて警報器を鳴らし、学園警備部及びアイルランド国防陸軍警衛隊に御用となった()()()()のカメラマンが合計2人、沖野トレーナーに突撃取材と称して接触して警察沙汰になった()()フリールポライターが1人。果ては望遠レンズで浜辺での練習シーンを狙っていたところでゴールドシップに捕まりずだ袋に詰められたフランス人記者や、『推し活』しに大井レース場に足を運んだアグネスデジタルと案内役のカレンチャンが取材陣に囲まれた所を()()()()()()()()()佐久間が救出するなど、それはもう地獄のような様相と化した。

 

 結局はこれらの影響を鑑みて、チームペルセウスの夏期合宿が途中で中止される事態となったことで、騒動自体が一気に下火となった。

 

 チームペルセウスが運用する公式SNSアカウントで一斉に中止が公表され、そのひとつであるウマスタグラムの投稿をカレンチャンが誹謗中傷に繋がらないようにと『Currenからのお願い』付きでリポストした段階でURA記者クラブを巻き込んだ大規模なネガティブキャンペーンに発展したため、他チームの取材をしていた無関係な記者たち含め、誰もまともな取材ができなくなったのである。結果、記者クラブ内で吊し上げられた複数のマスコミから謝罪文が掲載されたことで表向き決着がついた。

 

「トゥインクル・シリーズは各スポンサーの協力や報道機関あってのものとも言えますから、可能な範囲では協力します。その意味で今回URA記者クラブから代表者が取材を行い、記者クラブで共有して頂く体制は渡りに船でした。こちらとしてもありがたくお受けいたしますよ」

「ご配慮、痛み入ります」

「ですから頭を下げないでください、乙名史さん」

 

 佐久間の言葉に、乙名史はどこかばつの悪そうな顔を浮かべる。

 

「本当にチームペルセウスは現在注目の的ですからね。アグネスデジタルさんやゴールドシップさんに加え、ダートで活躍していたカレンチャンさんも加わるとなるとなると多方面への影響があります。特にアグネスデジタルさんは今や日本のみならず欧州からも注目の的です」

「スペシャルウィークさんや陽室チーフから高く評価されていることは素直に喜ばしく思います。スペシャルウィークさんは現状で日本が誇る最強のオールラウンダーであることは疑いようがなく、悔しくも彼女を育てたチームテンペルの陽室琥珀チーフトレーナーの目は的確でした」

「悔しくも、ですか? それはトレーナーとして?」

「えぇ」

 

 佐久間はアイスコーヒーで口を湿らせてから続けた。

 

「陽室チーフのレース指導については各々見解があるかと思いますが、生徒の仕上がりを見る限り同業として脅威と言ってよいでしょう。だが一方でおそらくかなり人を選ぶ。これは個人的な見解ですが、陽室チーフの指導で潰れない生徒は稀です。だからこそ、ついてこれるであろう少数しか指導しないように見えます」

「高く評価してらっしゃいますね」

「この先、ゴールドシップもアグネスデジタルもスペシャルウィークさんとの対決は避けられません。舐めてかかればこちらが喰われる」

 

 そう言って佐久間はふっと表情を緩めた。

 

「それに全体のプロデュース能力で言えば、芸能界出身の陽室チーフの腕は一級品です。見習うべきところも多いと思いますよ」

「素晴らしいですっ!」

 

 そう声を上げる乙名史。

 

「出走するウマ娘の事を真摯に考え行動できるトレーナーがいることは良いチームマネジメントの最低条件です! それがすでに機能しているというのは本当に素晴らしいことです!」

「え、あぁ。ありがとうございます」

 

 妙なところでツボを押してしまったらしく、若干引き気味にそう言う佐久間。『アグネスデジタルより弱かった』事件の後、スーツのままバッティングセンターで陽室の顔を思い浮かべながら金属バットを振っていたなんて口が裂けても言えない雰囲気だ。

 

「それで、この夏は学園での調整になった認識ですが、これからどのように調整されていくのですか?」

「各ウマ娘の状況に合わせての個別対応となりますが、デジタルについては天皇賞(秋)を見据えた毎日王冠への出走、ゴールドシップはジャパンカップへ向けたパワートレーニングを中心に組み立てて行くことになります。カレンチャンは今のところ芝の短距離路線への馴致を中心に取り組んでいますね」

「カレンチャンさんは、今後は芝に転向ですか?」

「えぇ、カレンについてはダートよりも芝の方が圧倒的に適性が高いです。そもそも彼女が中央に移籍となったのも、芝への適性が認められたからですしね。彼女が希望しない限り、ダート中心に戻ることはないかと思います」

 

 予定を話しつつ、佐久間はタブレットを操作した。表示されたのはチームペルセウスのホームページに掲載されているメンバープロフィールだ。

 

「実際、カレンのスプリンターとしての才能は傑出していると言えるでしょう。この後の練習で直接見ていただいた方が良いかと思いますが、瞬間的なトップスピードもそこまでの加速力もジュニアとしては高いレベルにあるかと思います。このまままっすぐ伸びてくれればかなり良いところまで食い込んでくれるかと」

「となるとこの先は短距離、マイル路線へ?」

「いえ、おそらく短距離に集中することになるでしょう。少なくとも今の彼女にマイルまで挑戦する余力はありませんし、無理に距離を延長すると、トップスピードを維持できなくなる可能性が高いです」

「なるほど、ではこの先もスピードトレーニングを中心に?」

「走り方の癖を適度に修正しつつですが、概ねその通りです」

 

 さらさらと万年筆が紙を滑る。それを見て溜息のような、笑いのような声を漏らす佐久間。

 

「やはり、貴女が取材担当でよかった、乙名史さん」

「はい……?」

 

 きょとんとした様子の乙名史に佐久間が笑いかける。

 

「少なくとも貴女は無断で撮影や録音をする人ではないということです。その万年筆はモンテビアンコのマイスターシュテック、クラシックモデルとお見受けしました。ICレコーダーを仕込めるサイズですが、天冠の刻印からして正式なプレーンなモデルでしょう?」

 

 にこりと佐久間は笑みを浮かべるが、乙名史は背をぞくりとさせた。

 

「……なるほど、警察出身という噂は本当なんですね」

「どこでそう思われました?」

「以前会社の研修の一環で、数ヶ月だけ月刊トゥインクル編集部を離れて週刊誌の取材班に籍を置いたことがあるんです。そのときに何度か警視庁の記者クラブに出入りしたことがありますが、そこで見た警視庁の警察官のふるまいとそっくりです。……本当に警察官、だったんですね」

「まあ、その通りです。警察官としての振る舞いは、警察学校で全員が叩き込まれますからね。一年以上経っても抜けきらなくて……南坂さんにもいい加減直した方がいいと言われてしまっているんですよ」

「南坂トレーナーといえば、チームカノープスのチーフですね?」

「えぇ。大学の先輩であり、警察官としても先輩です」

 

 佐久間は終始笑みを浮かべるが、それが警告であると乙名史は誤ることなく受け取った。これは、URA記者クラブへの警告だ。

 

 今回の事件、謝罪文が掲載された直後に学園とチームペルセウス、チームスピカから出された被害届は全て取り下げられた。ウマスタグラムから飛び火したウマッターでの炎上も驚くほど初期に鎮火できたと言って良い。三日もたてば他の特ダネで流れる程度のボヤで済み、どの会社にとっても、上役が当事者に菓子折を持って行った程度で済んだとも言える。

 

 だからこそ乙名史は礼を述べたのだ。『穏便に解決できたのは佐久間トレーナーのお力添えもあっての事』というのはお世辞でも何でもない。経営面でも体制面でも体力のある学園が裁判に踏み切らない理由はなく、保護者などへの説明を考えれば徹底抗戦としたほうが学園の利益になるはずだ。だからこそ、そのカードを切らずに済んだのは学園側の配慮であり、URA記者クラブやそこに記者を送っている報道各社への貸しである。一番の被害者であるアグネスデジタルを抱えるチームペルセウスからの貸しでもある。

 

 次はない。その声を確かに聞いた。

 

「……まぁそんな緊張せんでください。少なくとも我々は敵ではない」

 

 佐久間はそう言って席を立つ。

 

「挨拶はこの程度で良いでしょう。もうすぐ皆の用意が整う頃です。こちらも用意が済んだらグラウンドに出ましょう。水分補給と日焼け対策をお忘れなく」

 

 そう言って佐久間はジャケットを壁のハンガーに掛け、スーツのベルトになにやら小ぶりなバッグのような物をくくりつける。

 

「それって……」

「え? ……あぁ、応急処置キットです。何があるかわかりませんので。こっちがタブレットケース。我々のチームとしては必需品です」

「タブレットケースは撮影用ですか?」

「それもありますが、カメラを設置しての練習が多いので、その確認用ですね」

 

 簡単に説明しつつ、保冷剤代わりの凍ったスポーツドリンクや冷やしておいた濡れタオルなどをクーラーボックスに詰め込み、肩にかけた。

 

「それでは、行きましょうか」



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ゴールドシップは日陰がほしい

「あっぢーなぁ……」

「へろへろ~ん……」

 

 行き着いた先はグラウンド、日よけ用に立てたテントで既にゴールドシップとカレンチャンが溶けていた。

 

「水分しっかり取ってるか?」

「もちろんっ! おに……トレーナーさんの言いつけ通り、15分に1回は休憩で水分補給」

 

 カレンチャンは部外者がいることに気がついたのか、『トレーナー』と言い直してから笑ってみせた。

 

「水もあっという間に温くなるもんよー。っと、トゥインクルの記者さんじゃん。今日だっけか、練習見学って」

 

 ゴールドシップがダレながらそう言う。ガバリと頭を下げる乙名史。

 

「はい! よろしくお願いします」

「おうよー。つってもこの炎天下じゃ、あんまり長時間の練習はできなさそうだけどな」

「朝7時半でこれだからな。気温次第だが、遅くとも9時までには切り上げてクーラー使えるジムでの筋トレや体幹トレーニングに切り替える。あと、ほれ」

 

 佐久間はそう言って肩にかけたクーラーボックスを揺らす。

 

「とりあえずスポドリやらキンキンに冷えた濡れタオルやら、いろいろ持ってきた」

「やったー! お兄ちゃんだいすき!」

 

 結局すぐ『お兄ちゃん』と呼んでしまったが、それを気にする様子もなくクーラーボックスからタオルを取り出すカレンチャン。汗でぺったりと張り付いた髪を剥がすように持ち上げておでこにつける彼女を横目に、佐久間はトラックの様子を見た。

 

「笛鳴らすぞ」

 

 カレンチャンやゴールドシップに声をかけてから笛を吹く佐久間。トラックで軽く流していたアグネスデジタルとナイスネイチャが向こう正面から手を振っているのが見える。おそらくすぐに合流できるだろう。

 

「お兄ちゃん……カレンチャンさんと佐久間チーフはご兄妹なのですか?」

「いえ、やめろと言っているのですが……」

「血はつながってないけど、命の恩人でお兄ちゃんだも~ん」

 

 佐久間は目に見えて嫌そうな顔。乙名史が困惑した様子でカレンチャンを見ると、彼女が人差し指を唇にあてて『しーっ』とジェスチャーをしてから、そっと乙名史のそばによって、軽く背伸びしてヒトの耳の位置に口元を寄せた。

 

「お兄ちゃんは前にカレンを助けてくれたかっこいいお兄ちゃんだから、取ったらだめだよ?」

「カレン、変なことを吹き込まない」

「あはっ、お兄ちゃんお耳がいいね? なにを言ったか聞こえちゃった?」

「いや。だが、あることないこと吹き込みそうだ」

「抗議しまーす! カレンはあることは言ってもないことは言いませーん!」

「はいはい。……デジタル、ネイチャ。水分しっかりとれ。クーラーボックスに濡れタオルもある」

「ふへー……」

「ありがと……ございます……」

 

 戻ってきたデジタルとネイチャがよろよろとクーラーボックスにとりつき、濡れタオルに顔をうずめる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛生き返るぅ……」

「年頃の乙女が出しちゃいけない声が出てるぞネーチャン」

「今はそれよりもこの冷たさに癒されたい……」

 

 首にタオルを巻いたゴールドシップが突っ込むがナイスネイチャは耳も垂れっぱなしだ。

 

「デジタル、ネイチャとの並走はどうだった」

「すごいんですよネイチャちゃん! 前からわかってた事ですけどスタミナ的に中距離以上だとあたしじゃ並走厳しいです! 1800メートルが目標ならゴルシさんに並走してもらわないとたぶんネイチャちゃんのトレーニングになりません!」

「いやいや、過大評価しすぎだってば」

 

 慌てて否定するナイスネイチャだが、デジタルは首を横に振る。

 

「そんなことないですっ! ネイチャちゃん、スタート時の出遅れと息を抜くタイミングさえ気をつければですけど、かなーり良いところまで行けるはずです!」

「デジタル、どこでそう思ったか言語化できるか?」

 

 佐久間の眉がわずかに下がる。それを見たアグネスデジタルが表情をキリリと引き締める。

 

「さっきのは2本目で先行気味に走ってもらったんですけど、やっぱりネイチャちゃんは差しの方が多分得意です。ちゃんと自分のペースを守って追いかけるってのができてるし、差しのタイミングもバッチリでさくっとかわされちゃいました……と、言ってもあたしが長距離苦手で後半へばりがちなんですけど。でもでも、それを差し引いても完全マークで囲まれてということがない限り前に出れます!」

 

 話ながらどんどんハッスルしていくアグネスデジタル、どんどん声が大きくなっていく。

 

「ネイチャちゃんのメイクデビューは小倉の1800! 小倉と言えばきれいな芝が作る高速バ場と平坦な最終直線のスピード勝負! 逃げ先行有利ですが、1800なら2コーナー明けでペースが緩みがちなので、そこで貯めればネイチャちゃんの脚なら差しでも十分に決められます! 狙うならゴルシさんの追い込みから逃げられるような速度を目指すべき! その速度があれば余裕で全員差せるはず! というわけで、このあとはゴルシさんと併走するのがいいと思います」

「ふむ……」

 

 アグネスデジタルのプレゼンを聞いた佐久間が一瞬だが考え込むようなそぶりを見せた。

 

「わかった。デジタルの目を信じる。ゴールドシップ、お願いできるか?」

「うっし。ネーチャンの汗が引いたらやってみっか。ゴルシ様から逃げ切れたら本物の激辛焼きそばを奢ったる!」

「いや、いらないし……あんまし辛すぎるの得意じゃないし……」

 

 そういって拒否するナイスネイチャに「えー」と言いたげなゴールドシップ。

 

「ネイチャはそれで大丈夫か?」

「大丈夫ですよー。激辛焼きそば以外は」

「なんだぁ、ゴルシ様の焼きそばが食えないと申すかぁ?」

 

 ナイスネイチャの顔が『めんどくさ……』といった雰囲気に染まる。

 

「す……!」

「す?」

 

 いきなり割り込んだ声に、ウマ娘達の視線が集中する。視線の先では乙名史が俯いてぷるぷると震えていた。

 

「素晴らしいですっ!」

 

 そう叫ぶ乙名史にアグネスデジタルの尻尾が飛び上がる。

 

「レース場ごとのバ場の傾向を踏まえたレース展開を予想、それも堅実な予想をしっかりと立てた上でチームメイトの状況を把握して行動できている!」

「ほえ? えっ? あの? しょ、それは……!」

 

 アグネスデジタルは真正面から褒められて挙動不審だ。慌てて両手が空中で怪しい動きを繰り返している。

 

「先程の走っている様子を見る限りではアグネスデジタルさんの方が先行していたように見えますが、それでも後方にきっちり注意を向けて併走できているということに感服いたしました。佐久間トレーナーこれはどのようにトレーニングを?」

 

 困惑するアグネスデジタルを尻目に佐久間の方に視線が向く乙名史。佐久間はどこか困惑しながらもすぐに言葉を継いだ。

 

「もともと周囲の状況を読み取る能力が高いことは事実です」

 

 いきなり褒められてわたわたしていたアグネスデジタルの頭に手を置きつつ、佐久間は続けた。

 

「この子の視界は広く、集中しすぎて周りが見えなくなったりすることがあまりない。冷静にレースを進めることができ、だが臨機応変にその場で戦略を切り替える事ができる。故にレースそのものの空気感や他に出走するウマ娘の覇気に飲み込まれることがあまりない。それを潰さないように、伸ばすように指導してきました。安田記念はもちろん、ジャパンダートダービーでの勝利も彼女の素質あってこそと思っています」

 

 実際、夜の大井レース場で開催されたジャパンダートダービーでアグネスデジタルは、文字通りの『圧勝』と言うべき勝利を掴んでいた。アグネスデジタルは安田記念でスペシャルウィークを破っているし、昨年のジュニアダート覇者、直前の人気投票では1番人気となった。そんな彼女を警戒しない陣営など当然存在するはずもなく、アグネスデジタルは先行策で挑んだのだが、あっという間に『デジタル包囲網』が形成された。

 

 それでもアグネスデジタルは一瞬の隙に身体をねじ込んで包囲網をあっさりと正面突破。その瞬間に追いつかれまいと逃げ集団が加速し、ハイスピードなレース展開を演出した結果、スタミナを早々に使い果たした逃げ・先行集団が総崩れとなった。デジタル包囲網で結託した結果、団子状態で力尽きた先行組の屍を超えてなんとか這い上がった差し集団も、最終直線の頃には6バ身程も差が開き、そこでアグネスデジタルがさらに加速。差し切れずにアグネスデジタルが8バ身差でゴール板の前を飛び抜けたのである。

 

「佐久間トレーナーはアグネスデジタルさんやみなさんの事を本当に信頼なさっているのですね」

「指導の根底には絶対的な信頼が不可欠です。ウマ娘のトレーナーが担当ウマ娘の走りを信じられなくなれば終わりですからね」

 

 佐久間がそう言って笑う。

 

「だからこそ、皆にはしっかりと気持ちや考えと向き合ってほしいし、それを応援するチーム作りにできればと思っています」

 

 乙名史がさらさらとペンを走らせながら聞いている。

 

「ちょうどメンバーの適性がばらけているので、それぞれの場所で光ってくれればと思います。……さて、カレン、併走ではない形になるがいけるか?」

「もっちろん!」

「デジタル含めて三人は見学。その上で気になる事があればガンガンその場で出してくれ。ネイチャの息が戻ってないから、その後は全体で息が上がらない程度に赤旗対応のための緊急制動練習を軽く流す」

「うえっ、バレてましたか……」

「水分不足だろう、しっかり水分と塩分取って息整えとけ」

 

 肩での息が戻っていないことを見抜かれてたナイスネイチャが肩を跳ね上げたが、同時に怪訝な顔をしたのはカレンチャンである。

 

「緊急制動練習って……なんだっけ?」

「あぁ、ローカル・シリーズだと競技時非常速報システムはまだ努力義務状態で整備が進んでいなかったな。レース中に緊急地震速報などを受信したり、重大事故の発生でレース続行に支障をきたす……もっと言うと、出走ウマ娘に多大な危害が即刻及びかねないと裁決委員や走路監視委員が判断した場合に、走行中のウマ娘に対してサイレンとフラッシュライトでレースの即時中断を知らせるものだ」

「いわゆる『赤旗システム』ってやつだな。ローカルだと確かまだ本当に赤旗振ってるだろ?」

 

 ゴールドシップが腕を組みながら付け足せば、佐久間が静かに頷く。カレンチャンもぽんと手を打った。

 

「まあ、サイレンが聞こえてフラッシュライトが見えたら、減速しつつコース中央の安全な場所でゆるやかに停止するだけだ。簡単だが、URA規則に基づく法定練習だから真面目にやるように」

「はぁい。でもその前に、まずはカレンのタイムトライアルだね」

 

 上着のジャージを脱ぎブルマに半袖シャツという出で立ちになったカレンチャンは佐久間の前でにやりと笑った。

 

「カワイイ?」

 

 その様子に佐久間は笑って肩をすくめるにとどめた。

 

「いつも通り行こう、1200メートル1分12秒以内。戦略は任せる」

 

 カレンチャンが表情を引き締めて頷いて、芝のコースに出て行く。佐久間はタブレットを取り出し、撮影用のビデオカメラを同期する。向こう正面やコーナーに設置した全部で7台のカメラがオンラインになっていることを確かめる。

 

「ビデオカメラ……もしかしてリアルタイムで確認しているんですか?」

 

 乙名史がそう小声で聞いた。佐久間はカレンチャンから目を離さないようにしながら答える。

 

「はい。リアルタイムで確認可能です。画像はチーム用のサーバーで保管しているのでいつでも確認できます。チームペルセウスでは、それぞれの走りを客観視するためにも、ビデオカメラによる撮影や心拍数などの推移を可能な限り記録し、参考にしています」

 

 スタート位置に着いた事を示すようにカレンチャンが手を振った。それに答え、ホイッスルを構える佐久間。

 

「大きな音が鳴るのでお気をつけて」

「スターターピストルは使わないのですか?」

「えぇ、うちはホイッスルでやってます」

 

 佐久間がホイッスルを鋭く吹くと同時にカレンが走り出す。トップスピードまであっという間に到達した

 

「……速いですね」

「えぇ、スタート後の立ち上がりも十分に実践レベルに到達しています。ジュニア期の8月でこれですので、芝のオープンでも十分に通用するかと思います」

 

 第3コーナーに突っ込んでいくカレンチャンの様子を見る。佐久間は単眼鏡を目元に当て確認していく。

 

「……腕の振り」

「乙名史さんも気づかれましたか」

 

 思わずといった雰囲気で漏れた乙名史のつぶやきを佐久間が拾う。

 

「も、申し訳ありません!」

「いえ、的確な答えだと思いますよ。さすが月刊トゥインクルの看板記者、スタート1ハロンで十分でしたね」

 

 佐久間はそう言いつつコーナーを回るカレンチャンの様子を見る。

 

「カレンの走り方のクセとして、腕を正確に前後に振るのではなく肩関節を軸に若干左右に回すように腕を振ることがあります」

「女の子走りになってしまっていますもんね」

「えぇ、そのために上半身の軸がブレた結果として、蛇行まではいかないもののかなりのパワーロスになっている」

 

 第四コーナーに入っている彼女を見つつ佐久間はもう単眼鏡もいらなくなったのか裸眼で彼女を追う。

 

「対策は腕をまっすぐ振るクセをつけ直す、でしょうか?」

「いえ、彼女の場合腕振りの修正はひと月以上後でしょう。内股気味の歩様の矯正と後方によりすぎている重心の修正が最優先、次点で上半身の筋力トレーニングです」

 

 佐久間はそう即答。思わぬ答えが返ってきたのか乙名史のペンが止まる。

 

「全力疾走をすれば誰しもが股関節を骨盤ごと回すような動きになる。これを腕の振りで相殺するが、内股だと重心が後ろに寄り、走っていても猫背気味になって腕の動きが制限される。そもそも筋力不足だと腕の振りだけでは相殺しきれないから、回転運動に頼ることになる」

 

 そもそも二足歩行を選択した生物として、ウマ娘もヒトも身体の構造だけで見るならば高速での移動には向いていないのだ。ピッチ走法に顕著なように、高速で脚を前後させて走るにはかなりの負担を強いることになる。速度を上げるには腰の回転を使うしかないが、その際に反動は上半身で吸収するのが定石だ。腰の回転運動を打ち消すように腕を振りバランスを取ることになるが、筋力不足や姿勢の問題で前後の腕振りだけでは吸収しきれない場合、腕を左右に振ることで相殺する。これが重心のブレの原因だった。

 

「しっかりと重心の位置が定まれば自然と腕の振りは洗練されていきます。まずは歩く姿勢から見直しつつ、上半身の筋肉も気持ち多めにメニューを組む必要がありますね」

 

 正面まで走ってきたカレンチャンを確認してストップウォッチを止める。

 

「1分10秒2か……良い感じだな。これからもっと速くなる」

 

 佐久間の方に向いて走ってくるカレンチャン。

 

「どうだった!? カレン、ちゃんとカワイイ感じに走れてたでしょ?」

「ペースは申し分ないがフォームがやはり崩れがちだな。方針通り、筋力トレーニングや歩様の確認をしつつ進めていく」

「はぁい。ご指導ご鞭撻のほどお願いしますっ」

 

 ぱちんとウィンクをしてみせるカレンチャン。それに笑おうとしたタイミングで誰かの携帯電話が着信を告げた。

 

「す、すいません……」

 

 慌てた様子の乙名史に手で出て良いですよと伝える。少し距離を取って乙名史がスマートフォンで通話を始めた。

 

「乙名史です。米倉君、今日は朝から取材だって……掲示板? 後で確認しますから……え? 陽室トレーナーが?」

 

 ピクリと佐久間の眉が動く。また色々と問題が起きそうな、嫌な予感が彼の胸に去来した。



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チームテンペルのトレーナーだけど何か質問ある?

1:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

そう長くは居られないでしょうが、何かお尋ねになりたいことがあればどうぞ

ttps://umatter.com/TeamTempelOfficial/status/1532847092078501888

 

2:レース場の名無しさん ID:3i9Z15VDr

これマジ?

 

3:レース場の名無しさん ID:joZavSP+w

海外掲示板の本人降臨スタイルで芝

 

4:レース場の名無しさん ID:WO7qZ/nnU

なんでこんな掃き溜めにいんだよ

 

5:レース場の名無しさん ID:EHGZPS6WK

>>1とメモ書きのID合ってて芝3200 マジじゃん

 

6:レース場の名無しさん ID:pLB24zhEg

やべぇ奴が降臨してる……

 

7:レース場の名無しさん ID:fjV2xqTrN

有名人が来たぞー! 囲めー!

 

8:レース場の名無しさん ID:zVmBP1VB+

ウッソだろお前

 

9:レース場の名無しさん ID:vjoxsdVa4

ベルノちゃんの困惑顔きゃわわ

 

10:レース場の名無しさん ID:NfsiIpUcm

なんでエルまでいるのかわからんが可愛いからヨシッ!

 

11:レース場の名無しさん ID:kGuABQIfj

えっこれマジで言ってる? マジで陽室T?

 

12:レース場の名無しさん ID:kDMz9gijW

スペシャルのスペシャル笑顔でこっちもニコニコになるわ

 

13:レース場の名無しさん ID:l46WEnAug

寝てる場合じゃねぇ……!

 

14:レース場の名無しさん ID:6rI4shN9/

祭りの予感

 

15:レース場の名無しさん ID:iUG2f71Nb

そもそもこんなところ普段から見てるの?

 

16:レース場の名無しさん ID:7mZj1Z7hq

マックイーンの不服そうな顔がいろいろと物語ってるよな

 

17:レース場の名無しさん ID:/FsohsrIc

こんな釣りに誰が掛かるかよと思ったら普通に本人っぽく見える

 

18:レース場の名無しさん ID:FxlGzFZIF

あまりにも素早い本人証明……俺じゃなきゃ見逃しちゃうね

 

19:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>15

トレーナーは情報収集の一環として見る方もいらっしゃるかと。競走ウマ娘には元々見ている層でもない限り見せません

 

20:レース場の名無しさん ID:xDJ8WpU4l

ネットパトロールしてるらしいし当然といえば当然か……

 

21:レース場の名無しさん ID:VmYI1cgsy

ジャック・ル・マロワの後の『アグネスデジタルより弱かったから勝った』は本音?

 

22:レース場の名無しさん ID:6FKcgr2F6

こんなところに本人証明付きでトレーナー降臨なんて前代未聞だろうけど、ワイは好感度爆上がりやで

 

23:レース場の名無しさん ID:P1QMa0vwJ

そもそも、こんなところで答えてていいんか?

 

24:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>21

スペの本音です

>>23

おそらく怒られるので、質問したい方はお早めにどうぞ

 

25:レース場の名無しさん ID:nf965/xrr

 

26:レース場の名無しさん ID:hgGue7EA7

やっぱりやべぇトレーナーだった。

 

27:レース場の名無しさん ID:ZfwEjacbA

ジャック・ル・マロワの時にトレーナーが火に油を注いだのはわざと?

 

28:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>27

はい

 

29:レース場の名無しさん ID:g5fHNKCCG

あまりに即答すぎて芝すら枯れるわ

 

30:レース場の名無しさん ID:xS8GWEAUD

だれか早く芝刈り機持ってきて

 

31:レース場の名無しさん ID:xrZ5Jj3nJ

なんでそんなに煽るの?

 

32:レース場の名無しさん ID:+VVRjyGcm

怒られるとわかってても書かざるをえないときがあるんだっ!

 

33:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>31

煽ってくる相手を煽らない理由も特にありませんので

 

34:レース場の名無しさん ID:Uw0yTrBqH

泣いちゃった

 

35:レース場の名無しさん ID:l0ZM3/Zvj

スペシャルウィークのトレーナーにもなるとこれぐらいぶっ飛ばないといけないのか

たまげたなぁ……

 

36:レース場の名無しさん ID:qPbDp0ZR8

この言動でちびっこ理事長よりも背が低いのマジで意味が分からない

 

37:レース場の名無しさん ID:5887RT1FE

それがいいんだろうが!!!

 

38:レース場の名無しさん ID:saZAyAqUK

独占インタビューの翌日に出てきたイングランド・タイムズの飛ばし記事、あれも陽室Tからのリークってほんと?

 

39:レース場の名無しさん ID:ftADOh2i1

あれか

マイルチャンピオンシップへの出走を優先して今年のジャパンカップには出ないってやつか

 

40:レース場の名無しさん ID:vAKkI03y8

あとベルノちゃんのFA権行使の可能性があるとか言われてたやつ?

 

41:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>38

回答は差し控えますが、我々がインタビューに応じたことからも明白な事実として、イングランド・タイムズは信頼できるメディアであろうという個人的見解を付しておきます

 

42:レース場の名無しさん ID:0le4kFvcn

ファーwwwwwwwwwwww

 

43:レース場の名無しさん ID:T6HbLzHs8

マ ジ で ?

 

44:レース場の名無しさん ID:Nu+YpG6MG

ほぼ自供な件

 

45:レース場の名無しさん ID:POfwjyeph

あー……モンジューが「今回の勝敗は技術の獲得という意味においても重大なターニングポイントとなりうる」とか言ってたのって……

ベルノライトのFAと関係あったりするのかね

 

46:レース場の名無しさん ID:/o3eyvulu

ここまで引っ搔き回しておいてジャパンカップ出ないは許されなさそうだけど、まぁスペシャルウィークだしで許されそうなのがもう笑えんのよ

 

47:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>45

ご指摘の通り、ミス・モンジューはベルノのFA権を行使した暁には必ず最高条件を提示してやると公言して憚りませんからね

 

48:レース場の名無しさん ID:9OlMJE5Vz

さては賭けてんな?

 

49:レース場の名無しさん ID:eQhBj1SUI

スペシャルウィークがフランスで全勝したらとかそんな感じか

 

50:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>48

こちらも回答は差し控えますが、今のところベルノがチームテンペルから離脱する未来は想定していません

 

51:レース場の名無しさん ID:P/hZpdMcv

やっぱりもう自供なんよ

 

52:レース場の名無しさん ID:z+HtRlgan

普段どんな指導してんの?

 

53:レース場の名無しさん ID:fibf76wsN

モンジューにも目をつけられているベルノたん……

 

54:レース場の名無しさん ID:/pMQ/w95T

そりゃあオグリキャップからのスペシャルウィークで実績十分すぎるし、そのどっちもベルノ謹製のフルオーダー蹄鉄で勝ち星上げてるし……

 

55:レース場の名無しさん ID:6K2wCWg8y

ベルノライト含めて化け物すぎるチームテンペル

 

56:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>52

レーストレーニングはベルノがメイン指導なので、機会があれば彼女に聞いてください

 

57:レース場の名無しさん ID:867pxPpx5

は?

 

58:レース場の名無しさん ID:NZnjqg+ta

は?

 

59:レース場の名無しさん ID:EDLLCM41H

は?

 

60:レース場の名無しさん ID:51P+6KlKY

は?

 

61:レース場の名無しさん ID:YWEIpgTyd

ちくわ大明神

 

62:レース場の名無しさん ID:MLrnrnQr2

誰だ今の

 

63:レース場の名無しさん ID:00i6HBrcy

授業をしない学習塾みたいになってんな

 

64:レース場の名無しさん ID:zebbftHmN

なんでそれでうまく行くんだか

 

65:レース場の名無しさん ID:/Xqwa0Hnu

ライブメインって聞いたけど、本当にベルノちゃんに丸投げなんか

 

66:レース場の名無しさん ID:eBzPZ84Qw

ライブトレーナーってそんなに忙しいの?

 

67:レース場の名無しさん ID:jnfBqSO3N

それで勝てるってことはベルノちゃんがそれだけ優秀なのか、相性がいいのか

 

68:レース場の名無しさん ID:pZyDymKOD

マジでどうしてそれで勝てるんだよ

 

69:レース場の名無しさん ID:pXG7ddGOm

実際トレセン学園に入るための予備校みたいなのも山ほどあるじゃん?

それに必死に通って好成績叩き出してもローカルシリーズで未勝利戦1勝が関の山みたいな子たちが文字通り掃いて捨てるほどいるじゃん?

 

ここまで残酷なことあるかね

 

70:レース場の名無しさん ID:2fYQv0fJ/

才能って残酷だ

 

71:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>66

指導を担当するウマ娘の人数を流動的に増減させられるので、ライブトレーナーの業務だけで手が回らなくなるということはありません。一方でライブにおける演出や作詞作曲に口を出し始めれば、いくら少人数しか担当していなくとも激務となることでしょう。レーストレーナーを兼任すれば尚更です

 

72:レース場の名無しさん ID:nR9sJ78Tl

芸能畑出身だとライブの方がメインになるか

 

73:レース場の名無しさん ID:DIN8y3ZWV

なんでスペシャルウィークを採用したの?

 

74:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>73

傲慢だったので

 

75:レース場の名無しさん ID:IZq1Kyhhy

は?

 

76:レース場の名無しさん ID:Uwf8AZAMt

は?

 

77:レース場の名無しさん ID:+dwCPVMzA

は?

 

78:レース場の名無しさん ID:Q0alVWuPq

意味不明

 

79:レース場の名無しさん ID:coyVEnf0E

再び即答で芝

 

80:レース場の名無しさん ID:NW+9FAgMO

傲慢じゃないとやってられんでしょう、GIウマ娘なんて

 

81:レース場の名無しさん ID:Szja9cS0S

にしてもそれを理由に上げるのは相当な変人だろ

 

82:レース場の名無しさん ID:weP2YLNoM

元子役の朝月咲ってマ?

 

83:レース場の名無しさん ID:LRWVF5n0W

それで勝ってるからすげぇ

 

84:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>82

はい

 

85:レース場の名無しさん ID:nvvcwH37Q

なんで子役やめたの?

 

86:レース場の名無しさん ID:K5CHJtDJg

トレーナーになったのはなんで?

 

87:レース場の名無しさん ID:jREVnua4n

実際、中央のトレーナーって異様に中途組が多いのよね。地方校は新卒スタートも多いけど、初手中央スタートって最近だと桐生院ぐらいじゃない?

 

88:レース場の名無しさん ID:XCFP0QaZv

まあ地方にこのトレーナー持ってっても絶対持て余すだろうけどさぁ……

 

89:レース場の名無しさん ID:7zDStCUZC

いやまぁ、セントラル・ライセンスの認証試験って誰かに推薦してもらうか、ローカルライセンスからのステップアップかしか道がないからなぁ

 

90:レース場の名無しさん ID:f/Genete5

どっちにしても地獄の道よ

 

91:レース場の名無しさん ID:noNESKu5m

ペーパーならいける人も多いのでは?

 

92:レース場の名無しさん ID:QGnrMWzAw

そのペーパーがクソほどムズイって話だが?

 

93:レース場の名無しさん ID:JDsTUVjET

そも、ローカルライセンス取得の段階できついし、推薦で試験受けられる奴は普通にペーパー受かるぐらい優秀なんよ

 

94:レース場の名無しさん ID:V+3ImKNce

場合と年度によっちゃあ国家I種並みにきついって聞くぞ?

 

95:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>85

自身の才能に限界を感じたからです

>>86

ステージで最高に輝くウマ娘を演出するためには、まずレースで輝いてもらわないといけないので

 

96:レース場の名無しさん ID:P0qire8xD

どこまで行っても芸能畑だなぁ

 

97:レース場の名無しさん ID:YWr2VCoJq

それでもやっていけるトレセン学園の度量の広さよ

 

98:レース場の名無しさん ID:9fcDhOyLC

子役時代の出演作のうち、おすすめをキボンヌ

 

99:レース場の名無しさん ID:7ZCoaxoFH

子役やめたあと何してたん?

 

100:レース場の名無しさん ID:bpPNUFKle

やっぱりウマ娘のアクション派手だからね、テレビでも映画でも

 

101:レース場の名無しさん ID:HH5hrX7E/

ウマ娘と張り合えるアクションができて演技力まで高い子役なんて希少だったから、そのまま続けてたら相当稼げたと思うだけにちょい残念

 

102:レース場の名無しさん ID:LD2hlU7kK

中途採用の中央トレーナーって有名どころだとあと誰だ? 教えてスレ民

 

103:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>98

主演級作品としては『カードセレクター☆ミズキ』を、助演作品としては『ポラリスウィッチーズ 極点の魔女』『ワトスン博士のバイオリン』を推します

>>99

芸能プロダクションでインストラクターをしていました

 

104:レース場の名無しさん ID:wLbetGacX

CSミズキ懐かしい、映画のDVDが実家にまだあるはず

 

105:レース場の名無しさん ID:FV5kLFbBN

VHSで録画してたせいでもう見れない……

 

106:レース場の名無しさん ID:MjD9Gd9j+

うちはベータだったよ……

 

107:レース場の名無しさん ID:K+MCs+vuX

>>102 いつもの頭おかしい有力トレーナーの一覧 つ

チーム名前指導実績出身

リギル東条ルドルフ

ブライアン

川崎トレセン

→中央トレセン

桐生院ミーク学習院大学教育学部(新卒)

スピカ沖野スズカ

ゴルシ

陸上自衛隊

第12旅団 第12偵察隊

ペルセウス佐久間デジタル警視庁 警備部

警護課課長代理

カノープス南坂ターボ

イクノ

警視庁 刑事部捜査支援分析センター

機動分析1係係長

プロキオン吾妻フクキタル

ドトウ

海上保安庁

機動救難士

カペラ溝内オペラオー

シャカール

外務省

シリウス六平オグリ

ベルノ

国際体育大学教授

ポラリス鷲峰マベサン

マヤノ

防衛省統合幕僚監部運用第一課

ポルックス明松アルダン北陸ウマ娘先進医療研究機構

主幹研究員

ティコ登森スカイ

ファルコン

帝都中央銀行デジタルイノベーション部

北米課課長

テンペル陽室スペ子役←NEW!!

チーム名前指導実績出身

リギル東条ルドルフ

ブライアン

川崎トレセン

→中央トレセン

桐生院ミーク学習院大学

教育学部(新卒)

スピカ沖野スズカ

ゴルシ

陸上自衛隊

第12偵察隊

ペルセウス佐久間デジタル警視庁警備部

警護課課長代理

カノープス南坂ターボ

イクノ

警視庁刑事部

機動分析1係係長

プロキオン吾妻フクキタル

ドトウ

海上保安庁

機動救難士

カペラ溝内オペラオー

シャカール

外務省

シリウス六平オグリ

ベルノ

国際体育大学

教授

ポラリス鷲峰マベサン

マヤノ

統合幕僚監部

運用第一課

ポルックス明松アルダン北陸ウマ娘先

進医療研究機

構主幹研究員

ティコ登森スカイ

ファルコン

帝都中央銀行

デジタルイノ

ベーション部

北米課課長

テンペル陽室スペ子役←NEW!!

 

108:レース場の名無しさん ID:Xd+w6pPPN

うーんこの

 

109:レース場の名無しさん ID:8rCpRPPPV

まともな出身がリギルの二人しかいねえ

 

110:レース場の名無しさん ID:/cZQVSu+W

やっぱり狂ってんな中央トレセン

 

111:レース場の名無しさん ID:ll1X7TJB6

>>109

東条Tはともかく新卒で中央一発合格の桐生院は大概頭おかしい

 

112:レース場の名無しさん ID:0cLV6Ydts

毎度見るたびに気持ち悪くなる登森Tの経歴の異常さ

どうやったら銀行員をトレーナーとしてヘドハンする気になるんだよ

 

113:レース場の名無しさん ID:MvUGtL0h3

ここまで来ると陽室トレがまだまともに見えて芝

 

114:レース場の名無しさん ID:BHHSPL/oH

スペシャルウィークの強さってトレーナーから見たらなんなの?

 

115:レース場の名無しさん ID:Q3GRbu3D5

本当にURAのリクルーターの腕おかしいよ……

 

116:レース場の名無しさん ID:rBptgNTWD

中央中途組はちびっこ理事長が直接ヘッドハンティングしてるってうわさもあるぐらいだからな……

 

117:レース場の名無しさん ID:G+1KqcL98

だとしたら一番のバケモンは理事長か……?

 

118:レース場の名無しさん ID:elm3OuSRM

緑の悪魔「誰かをお忘れではありませんか?」

 

119:レース場の名無しさん ID:OVWvnT2k7

 

120:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>114

自分の夢を疑わないことです

 

121:レース場の名無しさん ID:aSsCvyRGk

日本一のウマ娘になるって公言して憚らないのは確かに強みだよなぁ

 

122:レース場の名無しさん ID:AePEWi0wE

最初は幼いだけかと思ったけど、ここまでやられたらね……

 

123:レース場の名無しさん ID:/6N0lagXZ

陽室Tから見るとスペシャルウィークの強敵is誰

 

124:レース場の名無しさん ID:qfNz73eNB

実際問題ホープフルまではキングかウンスかみたいな感じだったじゃん

それがスペシャルウィーク一色になるのは清々しいまでにあっという間だったよね

 

125:レース場の名無しさん ID:xsNN+U8YA

だれもここまで行くと思わなかったんよ

 

126:レース場の名無しさん ID:KY7EVtUOl

スペシャルの勝負服がかっこよくなってリニューアルしたけど、なんで新調したんでしょう?

 

127:レース場の名無しさん ID:li2ELdLkw

>>126 おいしくなってリニューアルみたいに言うな

 

128:レース場の名無しさん ID:mxyZbxY++

>>126 何とは言わんが減ってそう

 

129:レース場の名無しさん ID:7MO70nA3v

>>126 ススズが泣きながらこちらを見ている

 

130:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>123

ミス・アグネスデジタルは当然として、レースで彼女に張り合ったウマ娘は全員警戒対象と見做します

>>126

こういう服装も似合うかと思ったので用意しました

 

131:レース場の名無しさん ID:zd9BUqkbL

シニアに入ってからみんなスペシャルウィークをしっかり研究したからね

 

132:レース場の名無しさん ID:7OUTgqbdq

すっげえ金額かかってんだろうな……

 

133:レース場の名無しさん ID:l0yH3/C6N

用意しました、で勝負服用意するの大概イカレてんのよ

 

134:レース場の名無しさん ID:gyHKYxV8K

当然みんな対策してくるわなぁ

 

135:レース場の名無しさん ID:JQQq6f1R0

対策の結果破れましたか?

 

136:レース場の名無しさん ID:PE9IlBtTX

???「はい」

 

137:レース場の名無しさん ID:uDtIAc/sH

勇者が、勇者がいる……

 

138:レース場の名無しさん ID:9et0EYLGN

やっぱりどこにでもいるウマ娘はやっぱり違うな……

 

139:レース場の名無しさん ID:qQA6IUIPW

それは「神出鬼没」の意味だからな……

「平凡な」じゃないからな……

 

140:レース場の名無しさん ID:9A/ng8hzd

なんでテンペルって人数取らないの?

 

141:レース場の名無しさん ID:Q3c4QqNCH

ベルノちゃんをどう籠絡したの?

 

142:レース場の名無しさん ID:n0ZiTEQgf

チームとして取りたかったけど取れなかった子はいる?

 

143:レース場の名無しさん ID:paD1koFLy

誂えたようにチーム関連の質問が飛んだぞ

 

144:レース場の名無しさん ID:Jj/hUpzF4

お前ら仲良しかよ

 

145:レース場の名無しさん ID:RbKb2Fyan

チームって最少人数規定なかったっけ?

 

146:レース場の名無しさん ID:PekeiWRCV

あったはず

 

147:レース場の名無しさん ID:T+UXkvu/w

あるけど有名無実化したよ

スペシャルウィークが強すぎて

 

148:レース場の名無しさん ID:qFyEQLvlU

逆にスペシャルウィークレベルじゃないとその規定が破れないってことだよな

 

149:レース場の名無しさん ID:H/y5mNE2D

マジでその事実が重い。

 

150:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>140

私の指導法で大人数を見れるとは思っていません。特に今は、いたずらに人数を増やすことはそのままベルノへの負担に繋がりますので

>>141

元々、彼女からスペの蹄鉄を打ちたいと要望を頂きました。その縁あってのチーム入りです

>>142

今年であればミス・トウカイテイオー。ただし、テンペルの指導法とは相性が良くなかっただろうとも考えます

去年であればミス・アドマイヤベガでしょうか。後出しじゃんけんになりますが、その能力はレースで証明されていますね

スペを取った一昨年を飛ばし、一昨々年ならばミス・マチカネフクキタルを育ててみたかったかもしれません。もっともそのころの私はトレーナーライセンスを所持していませんが

 

151:レース場の名無しさん ID:HSIl85khn

トレーナーさんは

 

 

152:レース場の名無しさん ID:j/smtnipU

無駄に出来のいいAAやめろ

 

153:レース場の名無しさん ID:2exBha3lx

なんでそんなAAがあるんだよ しかも出来がいい

 

154:レース場の名無しさん ID:mGme7ZaEp

スペシャルウィークが絶対しない顔で笑う

 

155:レース場の名無しさん ID:5B8QN2eaZ

あげませんとか絶対言わんやろ

 

156:レース場の名無しさん ID:dzesxVEdz

他のトレーナーと仲悪いってほんと?

 

157:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

 

158:レース場の名無しさん ID:qBk7bu/eA

なんか言えや。

 

159:レース場の名無しさん ID:bUo7fcPSZ

ひむTもなんでAA持ってんだwwwwww

 

160:レース場の名無しさん ID:IydXD21ek

マジで芝

 

161:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>156

誰ですか、そんな情報を流したのは。遺憾ながら否定はできませんが

 

162:レース場の名無しさん ID:qE90aUV+1

 

163:レース場の名無しさん ID:Em+tmnxuL

できないんかいっ!

 

164:レース場の名無しさん ID:mFqe3fU6V

他のトレーナーのインタビューでもちょっと顔固くなるよね

陽室Tの話題出ると

 

165:レース場の名無しさん ID:qwCQJH/C+

そりゃほかのチームは面白くないだろうよ

 

166:レース場の名無しさん ID:A+4f5A5lE

じゃあ今一番警戒してるトレーナーは?

 

167:レース場の名無しさん ID:6reY5Fy/E

中央のトレーナーは本当に意味がわからない面々が多いから全警戒以外ある?

 

168:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>166

ミス・アグネスデジタルを育てたチームペルセウスのミスター・佐久間を第一に挙げます

 

169:レース場の名無しさん ID:KQEk8FRjI

お? 順当だけど意外な所

 

170:レース場の名無しさん ID:M25Rax2l7

実際スピカ生え抜きだからなぁあのトレーナー

 

171:レース場の名無しさん ID:XyhZT9dMQ

デジたんや佐久間Tを警戒してるって言ってるけど、チームペルセウスの事どう思う?

 

172:レース場の名無しさん ID:+I9R7G1/O

佐久間Tもマジでやばいよな

 

173:レース場の名無しさん ID:rDkeiEcQO

スピカの稼ぎ頭だったゴールドシップがペルセウス立ち上げについて行くぐらいだから結構ヤバい奴ではあると思う

 

174:レース場の名無しさん ID:t+x5nXW6y

ゴルシ「おもしれー男」

 

175:レース場の名無しさん ID:4cFCkWHIX

本当にこれだけでついて行きそうだからゴルシ本当にゴルシ

 

176:レース場の名無しさん ID:PPKBo9N2N

カレンチャンにお姉ちゃん認定されてるってマ?

 

177:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>171

誤解を恐れずに言うならば、第2のチームスピカになりえるでしょう。強豪チームとして今後育っていく可能性は高いと見ます

 

178:レース場の名無しさん ID:aFvnPlkGv

カレンチャン? なんでカレンチャン?

 

179:レース場の名無しさん ID:LhaDzbHID

なんかつながりあるのか

 

180:レース場の名無しさん ID:CphpkdMfv

ウマスタで「お姉ちゃんといっしょ☆」ってひむTとのツーショット投稿してた

 

181:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>176

カレンの口から説明されるのを待つことにしましょう

 

182:レース場の名無しさん ID:mXh/FahhY

もう名前からして呼び捨てじゃん、クロじゃん

 

183:レース場の名無しさん ID:b1+NSqUTI

Currenってもともといいとこのお嬢さんだったはずだけど、本当に陽室Tって何者?

 

184:レース場の名無しさん ID:fyX4mgswE

だれかカレンチャンに確認したら面白いことになりそう

 

185:レース場の名無しさん ID:z+lCoOZ5L

ほかにもカレンチャンって、どう見ても佐久間Tのスーツの腕に抱きついてる自撮り写真上げてお兄ちゃんって言ってなかったっけ?

 

186:レース場の名無しさん ID:rKAhuPAy7

文字通りの『秒』で消えた伝説のやつな

 

187:レース場の名無しさん ID:B14SoPI/v

事案発生か?って一瞬で火がついたお兄ちゃん事件か……

 

188:レース場の名無しさん ID:ATQy91/j8

マジでカレンチャン何者よ

 

189:レース場の名無しさん ID:JxUN1M25i

そのうちカレンチャンvsスペシャルウィークのお姉ちゃん争奪杯とかありそう。

 

190:レース場の名無しさん ID:3XF7iRs5B

トレーナーさんは

 

 

191:レース場の名無しさん ID:cCv4LJTxq

さ っ き も 見 た

 

192:レース場の名無しさん ID:8dAeTjCLD

でもカレンチャンどう見てもスプリンターだからなぁ

 

193:レース場の名無しさん ID:Xgo80Apti

ペルセウスに移って芝転向らしいけど、スプリンターには違いないから直接対決は無理じゃんね

 

194:レース場の名無しさん ID:KYsf8Wt7p

スペシャルって短距離やダートに挑戦するの?

 

195:レース場の名無しさん ID:gFQ8iKMp3

ビーチで砂浴び中のハヤブサさんか委員長との対決がみれるんかね?

 

196:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>194

残念ながら彼女にも適性というものは存在します

 

197:レース場の名無しさん ID:OdArw2I5w

初めてまともな回答が返ってきた気がする

 

198:レース場の名無しさん ID:HVZtHIDGM

正直ほっとした部分はある

 

199:レース場の名無しさん ID:cX1OqDR4D

芝/砂反復横跳びはデジタルで充分なんだよなぁ

 

200:レース場の名無しさん ID:J0w9xwjJl

フランスの生活って実際どう?

 

201:レース場の名無しさん ID:c8G8E6req

芝でもダートでも活躍できる万能オタクはいいとして、洋芝適性もあるスペシャルもやっぱりスペシャルなんだよなあ

 

202:レース場の名無しさん ID:9fjPE7LVE

次のレースは勝てそう?

 

203:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>200

少なくとも日本の夏よりは過ごしやすい気候をしています。言語の壁さえ乗り越えれば悪くありません

 

204:レース場の名無しさん ID:i2fbVJN2u

フランス語勉強するか……

 

205:レース場の名無しさん ID:AEjAlScbX

実際皮肉屋多いからあれだけども楽しそうだよねフランス

 

206:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>202

英国の貴婦人次第でしょう

 

207:レース場の名無しさん ID:nPEYLhLAf

煽るなwwwww

 

208:レース場の名無しさん ID:wUQxm7GKs

フランス勢ガン無視で芝

 

209:レース場の名無しさん ID:7MXDn9X0p

こんなところでもまた煽ってる

 

210:レース場の名無しさん ID:8yFMTo27k

フランス嫌いなの?

 

211:レース場の名無しさん ID:x5uJs/QcG

言葉の端ににじむ紅茶のかほり

 

212:レース場の名無しさん ID:OPZRAhOxU

こんなところまでアイランズ仕込みか……

 

213:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>212

事実を述べたまでですが、私自身がどちらかと言えば英国贔屓であることは否定しません

 

214:レース場の名無しさん ID:H7gC+2rmB

アイランズ仕込みのロリに罵倒されるとかいろんな性癖開きそう

 

215:レース場の名無しさん ID:J7Ls9dDbc

通報した

 

216:レース場の名無しさん ID:sS6nO6spj

身長ってどれくらい? かなり小さいけど

 

217:レース場の名無しさん ID:eeQj9ekJt

スぺよりも小さいし、理事長よりもギリ小さい?

 

218:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>216

140cmです

 

219:レース場の名無しさん ID:yBJRGsw8r

デジタルより小さい……

 

220:レース場の名無しさん ID:cc5likkmE

にしてもちびなんだよなぁ……

 

221:レース場の名無しさん ID:oqLU5w7je

普段は休みのタイミングとかなにしてんの?

 

222:レース場の名無しさん ID:Md6+i9SXA

トレーナーに休みがあると申すか???

 

223:レース場の名無しさん ID:E8VnW0GJB

沖野Tが異常なだけだから……あの人がちょっとワーカホリックなだけだから

 

224:レース場の名無しさん ID:FFdzCphh3

本当にちょっとですか?

 

225:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>221

仕事のことは忘れて趣味に没頭しています

 

226:レース場の名無しさん ID:ESq6effRt

趣味って?

 

227:レース場の名無しさん ID:1XCmr7gyg

よかった、トレセン学園がダークネス企業なわけなかったんや……

 

228:レース場の名無しさん ID:0hNcPrTc7

本当ですか?

 

229:レース場の名無しさん ID:UArvyc8Kn

なんか疑う人が出てきてて笑う

 

230:レース場の名無しさん ID:95BsbUW8O

ゆーてもブラック一歩手前なのは間違いないしな

 

231:レース場の名無しさん ID:7QrGrIqwN

本当にブラックじゃなかったらトレーナーを請負にはしないってそれ一番言われてるから()

 

232:レース場の名無しさん ID:Y3tuQTqb9

請負業でやるべき内容じゃぁないんだよなぁ……

 

233:レース場の名無しさん ID:Gd3sLF6nC

優秀じゃないと指導できないけど、一流じゃないと休みを確保できないのがトレーナーらしいからな

 

234:レース場の名無しさん ID:QQrrxodds

航空機操縦できるってマ?

 

235:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>226

読書とピアノを少々。トゥインクル以外のスポーツ観戦などもしています

>>234

道楽程度ですが一応は。所詮は道楽なので大したものではありません

 

236:レース場の名無しさん ID:BT0cFiztx

航空機操縦できるトレーナー……?

 

237:レース場の名無しさん ID:TyOSAsymG

どんどん陽室Tがわからなくなってきたぞ……

 

238:レース場の名無しさん ID:MaTXSEH0a

本当になんなんだろうねこのトレーナー

 

239:レース場の名無しさん ID:a5IAWDwvV

もう潜水士の免許持ってますとか言っても驚かねえよ

 

240:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>239

持っていますが

 

241:レース場の名無しさん ID:StkR4VXIq

な ん で だ

 

242:レース場の名無しさん ID:YnbCnA16J

驚かないって言ったそばからこれだよ

 

243:レース場の名無しさん ID:MuRo2WgZt

どうして……

 

244:レース場の名無しさん ID:bg4vzIldo

私はトレーナーを目指してるのですが「これだけはやっとけ」みたいなアドバイスはありますか?

 

245:レース場の名無しさん ID:ZmV5oGLH0

本当にどうしてこんなトレーナーができてしまったんだ

 

246:レース場の名無しさん ID:NbBxIfSmp

>>244 はこんなトレーナーになるんやないぞ

 

247:レース場の名無しさん ID:awoK8Zssk

スレ民みんな応援してるから頑張れ

こんなトレーナーになるんじゃねぇぞ

 

248:レース場の名無しさん ID:clMzORUpa

ぐう正論

 

249:レース場の名無しさん ID:NBg67z1zB

スペシャルウィークを輩出しているのにこの扱いである

 

250:レース場の名無しさん ID:ZKZOyKsst

それはそう

 

251:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>244

色々と心外ですが、私から言えることは『トレーナーだけを目指してはいけない』ということです。他に一芸がないままではまず間違いなく埋もれます。もっとも、自分がチームリギルやチームスピカのトレーナーになれると考えるならば一芸は必要ありませんが

 

252:レース場の名無しさん ID:sq7cw9uAX

それだけ厳しいってことだな……

 

253:レース場の名無しさん ID:mfHZtcg5l

いや、実際中央のトレーナーレベルを目指すとそうなるのはわかるが……

 

254:レース場の名無しさん ID:NDFqIjxDK

実際大学出てローカルライセンスとるか、ウマ娘と一緒に働ける仕事について指導で実績作らないと厳しいんだよな……

 

255:レース場の名無しさん ID:bg4vzIldo

>>251

ありがとうございます! これだけは負けないという強み……みつけられるかわかりませんが、あがいてみようと思います。

 

256:レース場の名無しさん ID:Phsg/qhnY

頑張れ>>244

 

257:レース場の名無しさん ID:V+MLWi1c3

応援してるぞ>>244

 

258:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>255

応援しています。貴方に実力と天運が備わっていたならば、いずれ中央でお会いしましょう

 

259:レース場の名無しさん ID:GnCVrGRbW

煽 る な

 

260:レース場の名無しさん ID:Way5S+Gdw

事実なだけに本当にひどい

 

261:レース場の名無しさん ID:XwLlTaxPH

思い出深いスペシャルウィークのレースはありますか?

 

262:レース場の名無しさん ID:NSu9QR5c+

スペシャルのレースはどれもぶっ飛んでてどれ言われても納得しそう

 

263:レース場の名無しさん ID:qxt2mP6H6

実際どれもぶっ飛んでるんだよなぁ

 

264:レース場の名無しさん ID:bUqhOSc5U

大逃げダービーもだしホープフルのトンデモ末脚もそうだし毎日王冠の鬼追い込みもそうだし……

 

265:レース場の名無しさん ID:b2mkpovvB

ほんとなんなんだろうねこのスペシャルウィークってウマ娘

 

266:レース場の名無しさん ID:1nu+ceCwu

実際強いのが悪い

 

267:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>261

日本ダービーか毎日王冠かで悩ましいですが、どちらかに絞るならば後者です

 

268:レース場の名無しさん ID:0Sq6+pG4o

ダービーの逃げもかっこいいしまた見たいところ

 

269:レース場の名無しさん ID:RqfkjpmCW

ジャック・ル・マロワでも逃げたしなぁ……あれは毎回しびれる

 

270:レース場の名無しさん ID:0UFoBVLfV

とはいえスペシャルウィークのスタイルを決めたのは毎日王冠だろうから妥当じゃない?

 

271:レース場の名無しさん ID:k333liAXW

セイウンスカイのことどう思ってる?

 

272:レース場の名無しさん ID:83/LxHMnh

実際ウンスの立つ瀬がないんだよなぁ……

 

273:レース場の名無しさん ID:dD3qRSCJk

セイちゃんはマジでデジタルに立ち位置取られちゃった感あるよね

 

274:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>271

スペを相手に挫けない意志は高く買っています。これ以上は他チームなのでノーコメントです

 

275:レース場の名無しさん ID:ddHRrSCgH

レースは結果が全てだから残酷だけど、ウンスは勝ててない以上、話題からは消えてしまうのよな

 

276:レース場の名無しさん ID:8myrSRrtu

でもスカイってあれじゃん。秋天出走明言したじゃん。デジたんも交えて直接対決いけるよ

 

277:レース場の名無しさん ID:fqT+etlhg

秋天が正直楽しみ

 

278:レース場の名無しさん ID:QYl2lc4LV

マックイーンのデビューっていつ? ってか、入学日にはマックイーンさんが加入してたけど、メジロ家とコネあるの?

 

279:レース場の名無しさん ID:8JQn7/0xg

マックイーンについてはテンペルの日常枠なオモシロお嬢様枠になっちゃってるからなぁ

 

280:レース場の名無しさん ID:Au0uhsvFn

ベルノライトまでついててダメダメってことはないんだろうけど、実際不安だよね。

 

281:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>278

明言はしませんが、そう遠くはないでしょう。コネクションについてはなくはないです

 

282:レース場の名無しさん ID:ynm/PxqDS

陽室家ってなんなん……?

 

283:レース場の名無しさん ID:V5lZS8yHJ

マジでなんなんだろうなこのトレーナー……

 

284:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>282

実家はメジロ家ほど歴史があるわけでも資産家なわけでもありませんよ

 

285:レース場の名無しさん ID:4tFjHvoYz

また妙な答えが返ってくるぅ……。

 

286:レース場の名無しさん ID:633ntPiqj

でもいいとこの出は絶対なんだよなぁ

 

287:レース場の名無しさん ID:PDgkwS+AV

飛行機の操縦ができる時点でいろいろあれだし、子役でお金はがっぽりだろうしなぁ

 

288:レース場の名無しさん ID:kwtt96jLX

チームのSNSとか誰が運用してるんですか? もっと日常がわかるようなコンテンツが欲しいです

 

289:レース場の名無しさん ID:Su76k9C8V

このあたりのSNS運用うまいのはスピカなんだよな

 

290:レース場の名無しさん ID:CCeBTjhb7

というよりゴルシの奇態を投稿してればバズるからなぁ……

 

291:レース場の名無しさん ID:suDJgxAhy

ゴルシ抜けた後もウオダス中心に結構回ってるし、テイオーの配信とかも結構コアなファン多いよね。ダスカはなんかウマッターで謎バズりしてたけど

 

292:レース場の名無しさん ID:zCKYeJFzS

あれはチーム運用じゃないじゃん

 

293:レース場の名無しさん ID:dckJsC4X+

夢女量産ワガママ王子様テイオーの話した?

 

294:レース場の名無しさん ID:LsnOBdr2M

したけどしてない。

 

295:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>288

SNS運用は基本的に私かベルノが行っています。定期的におすすめのスイーツでも紹介しましょうか? マックイーンが詳しいそうなので

 

296:レース場の名無しさん ID:2KYDQWiB4

コラボ企画クルー?

 

297:レース場の名無しさん ID:tD7YGLXXp

なんだろう……普段澄ましてる様子ばかりが公開されるかツッコミ役させられてるマックイーンなのに、スイーツにがっつく様子が目に浮かぶ……これがギャップ萌えか……

 

298:レース場の名無しさん ID:1uesbT2FO

もうサブアカウントでパクパクマックイーンとかやっちゃいなよ

 

299:レース場の名無しさん ID:q3Jx4UKom

無駄に語感がいいの笑う

 

300:レース場の名無しさん ID:8hRFpg51H

スペシャルウィークも恐ろしい健啖家だし、フードファイターコラボとかしても結構カウンター回りそう……

 

301:レース場の名無しさん ID:wTXfLIa1g

飲食店コラボは面白そうだよねー

 

302:レース場の名無しさん ID:yDnQDraLq

実際そのあたりってチームコラボってオッケーなの?

 

303:レース場の名無しさん ID:oFivuBzzy

ダメだったらランジンとかツェータから出てるスペシャルウィークモデルのクソ高級時計なんて許されないだろ……

 

304:レース場の名無しさん ID:jKpday3tw

スポンサー制度もあるしねぇ

いけるんじゃない?

 

305:レース場の名無しさん ID:ke9ug5fyH

スペシャルウィークさんに在庫を粉砕された蕎麦屋の者です。スペシャルウィークさんはなんであんなに食べても太らないんですか。胃袋どうなってるんですか。

 

306:レース場の名無しさん ID:/aJ7weM8G

あ! いつぞやの板に現われたバイト戦士!?

 

307:レース場の名無しさん ID:MVy0kU3pZ

生きとったんかワレェ!

 

308:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>305

その節はご迷惑をお掛けいたしました。存じ上げないので本人に聞いてください

 

309:レース場の名無しさん ID:fzaJ4GGXU

 

310:レース場の名無しさん ID:zxDPgIgWp

そりゃそうだよなw

 

311:レース場の名無しさん ID:19IUG3bdu

でもスペシャルウィークやオグリキャップの新陳代謝の高さや消化速度を真面目に研究したら医学的にも貴重なデータとれるんじゃね?

 

312:レース場の名無しさん ID:jh4Ly7MCN

実際ありそうで困る

 

313:レース場の名無しさん ID:rtymX6Ef+

引退したオグリキャップも地方のテレビで引っ張りだこだったりするし、スぺちゃんもフードファイターとして引退後楽しんでもいいかもよ

 

314:レース場の名無しさん ID:p9/I1yAeC

なんでいきなりスウィングみたいな大口がメインスポンサーについたの

 

315:レース場の名無しさん ID:4BkUBAG4z

あ、それは気になる。

 

316:レース場の名無しさん ID:WfE449czg

そもそもテンペルってどこの企業がスポンサーだっけ

 

317:レース場の名無しさん ID:IXET9ti4F

阪鉄阪電とスウィングは覚えてるけど全部は知らんな

 

318:レース場の名無しさん ID:C6RR1H2Tm

テンペルってやたらと文具系の企業からのサポート多かった記憶ある

 

319:レース場の名無しさん ID:T9pbXKQdA

>>316

・スポンサー

阪鉄阪電ホールディングス(関西圏最大手の私鉄グループ持株会社)

スウィング・コンツェルン・ジャパン(欧州高級時計メーカー連合の日本法人)

Light-Sports(ウマ娘専門スポーツ用品販売チェーン、ベルノライトの実家)

陽就新聞グループ(世界最高700万部を誇る全国紙、メジロ家関連企業)

・後援

北陸ウマ娘先進医療研究機構(文科省・厚労省共同所管、メジロ家出資)

 

大口はこんな感じ。一口スポンサーは数多すぎてよくわからん

 

320:レース場の名無しさん ID:n3Dy0qOHr

うーんこの有力企業揃い

 

321:レース場の名無しさん ID:CZtvDve3Y

ガチガチに身内が固めてて芝

 

322:レース場の名無しさん ID:H4Bp2p7Pa

企業も大概だがなんで国立の研究所が後援してるんだ

 

323:レース場の名無しさん ID:j2bo7Ai2U

名前似てるけど、まさか陽就新聞社と陽室Tってなんか関係あるの?

 

324:レース場の名無しさん ID:y903RAbP1

JAMSTec-Uが後援してるってマジでなんなんだよ

 

325:レース場の名無しさん ID:4Ym5x/uon

>>324

メジロ家のウマ娘が所属してるチームには後援で入るからな

アルダン様の関係もあって後援が続いてる

陽就新聞もメジロ資本だし

 

326:レース場の名無しさん ID:dtlHFOuID

企業側としてもスペシャルウィーク人気に乗っかれるのはデカいだろうし、納得っちゃ納得ではある

 

327:レース場の名無しさん ID:nY40WFtkt

競走ウマ娘の現役期間短いし、スポンサーになっても活躍してくれなきゃ意味ないし、そういう意味じゃスペシャルほど安心できる広告塔もそうおらんわな

 

328:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>314

阪鉄阪電とは多少伝手がありまして、いの一番にスポンサードが決まりました

スウィングに関しては先方から営業をいただきました。レースで使える時計を持ってこなかったので最初は追い返しましたが

>>323

完全に偶然です。メジロ家とのコネクションは別方向ですね

 

329:レース場の名無しさん ID:e0Tl5FPRl

またここでも煽ったのか……

 

330:レース場の名無しさん ID:WT6yWTp7o

阪鉄阪電にも伝手があるの謎すぎる

これで陽就とも関係あったらヤバすぎた

 

331:レース場の名無しさん ID:Y+yUUbkQh

普通スウィングの営業を追い返したりするバカいないのよ

 

332:レース場の名無しさん ID:Re6HsbxVX

URAにも賞金出してる超大手を追い返す……?

 

333:レース場の名無しさん ID:kXOd83v5T

マジの向こう見ずで芝

 

334:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>329

煽ってくる相手を煽らない理由も特にありませんので

もっとも、二度目の訪問で専用モデルの仕様書を携えてきたのを見た際にはその本気さを悟りましたが

 

335:レース場の名無しさん ID:b8+d3gSH6

頭おかしいよ……断るトレーナーもトレーナーならそれで諦めないスウィングもスウィングだよ……

 

336:レース場の名無しさん ID:P8Uz0Vrzg

やっぱりなんなんだこのトレーナー……

 

337:レース場の名無しさん ID:SpL+G2E3o

一口スポンサーは国内企業が大半な中で、ドイツの文具メーカーのアルバトロスが一口出してるのはなんで?

 

338:レース場の名無しさん ID:mMP1LrsrS

テンペルとしての課題とかある?

 

339:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>337

趣味です。アルバトロスの万年筆が好きなので

 

340:レース場の名無しさん ID:BqD2Ii94i

趣味でスポンサーを選んでも先が尽きないのはマジでスぺのスペックがやばいからだよなぁ

 

341:陽室琥珀 ID:u/NilgIri

>>338

スペやマックイーンが卒業した後の後輩を今のうちから探しておかなければなりません

 

そして大変不本意ながら、学園からのコールが鳴っているのでタイムアップです。お付き合いくださった皆様にはささやかながら感謝を。ありがとうございました

 

342:レース場の名無しさん ID:N+Y5vVRCw

 

343:レース場の名無しさん ID:zFmAKtGhY

やっぱり怒られるんじゃん

 

344:レース場の名無しさん ID:+JHUtpkKY

でも楽しかったし、問題なければ怒られない程度に顔出してほしい

 

345:レース場の名無しさん ID:j26tmIvNP

実際参考にはなったよな

 

346:レース場の名無しさん ID:pp1S31wrf

ムーラン・ド・ロンシャンがんばってね!

 



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秋川やよいは胃薬がほしい

「譴責ッ!!! なんてことをしてくれたのだッ!」

 

 マンション中に響き渡りかねないような大声で、秋川やよい理事長は開口一番そう言った。

 

「これは理事長、はるばる日本からお早いお着きですね。まあ、一先ず上がってください。ここで立ち話もなんですので」

 

 一方彼女を迎え入れる立場にある陽室は、理事長の言葉に全く怯むことなく廊下の奥を指差した。理事長はどう反応すべきかほんの少しだけ悩んだが、結局陽室の言う通り素直に部屋へ上がることを選んだ。

 

 ドアの施錠を確認してから、陽室はリビングダイニングの方へ理事長を案内する。

 

「申し訳ありませんね、ろくに出迎えの準備もできず。ミネラルウォーターであればすぐに出せますが、如何しますか」

「……うむ、頂戴する」

 

 一応事前に来訪を伝えておいたとはいえあまりにも自然体すぎる陽室の言動に、理事長は覇気を抜かれそうになってしまう。これではいけないと気を取り直している間に、陽室がコップをふたつとミネラルウォーターのペットボトルを持って戻ってきた。

 

 お互いに無言でコップに水を注ぎ、そして無言で飲むという逆に奇妙な光景がしばらく展開された後、陽室が改めて口を開いた。

 

「譴責ですか。正直に申し上げますと、意外です」

「意外? 処分を受けることが、か?」

「いえ、もし処分が降るのであればもっと重いものだと考えておりましたので。そして処分が降らない可能性も十分にあると考えていました。なので、軽い処分という結論を弾き出されたのが意外でした」

 

 陽室の言葉を聞いて、理事長はがくりと項垂れながら額に手を当てた。すぐに怒りへと昇華したのか、理事長の声が大きくなる。

 

「高慢ッ! 自分の行動について何かしらの処分が降るかもしれないというところまで想像できるならば、もう少し自制してほしいというのが私の切な希望なのだがッ!」

「私の性格をご存知でしょう、理事長。私は私の思うままに……より正確には、私にとって理想の競走ウマ娘が、理想のライブを完遂する瞬間をこの目で見たいのです。そのための行動を何故自制する必要がありましょうか」

 

 コップに口をつけ、喉を潤してから陽室は続ける。

 

「それで、この譴責における私の過失は何でしょうか。指導ウマ娘の言動に対する管理不行き届きか、私自身によるURAとフランスクーリエの関係性を損ないかねない複数の発言か、ネット掲示板に対する事実上の本人証明を経た上での書き込みか。いずれにしても、私の責任問題にはなりうるものでしょうが」

「……君が今挙げたものに関しても、処罰対象として追求すべきという声が一部にあったことは否定しない。だが今回、それらの意見は退けられた」

 

 ようやく普段通りの調子を取り戻してきた理事長は、愛用の扇子を取り出してぱたぱたと自らの顔を扇ぎながら言った。

 

「学園理事会及びURA競走部は、君のように才あるトレーナーをそのような些事で失うのは惜しいと考えている。一方で君の行動について全指連からの突き上げが厳しいのも事実だ。よって、君には『URA記者クラブ外の報道機関所属記者に対する過度の情報共有・拡散』を理由とし、譴責という形で正式に処分が降る。具体的には口頭での厳重注意と3ヶ月間の固定給1割カットだ」

「ふむ。まさか理事長ともあろう方が全てをお知りでないということは有り得ないでしょうが、念のためにお聞きしておきます。()()()()()()?」

 

 レーストレーナーは学園に直接雇われているわけではないので、トレーナー業について学園から固定給が支払われることはない。だがその一方で、トレーナーライセンスを持っている個人が、トレーナー業とは関係のない部分で学園に雇われるという例は枚挙にいとまがない。

 

 沖野のような元自衛官や、佐久間や南坂のような元警察官による学園警備部勤務をはじめとし、金融業界出身のトレーナーは学園財務部勤務、はたまた陽室のような元芸能人は学園芸能部勤務などがそれにあたる。こういった雇われ方をしている場合、学園からは確かに固定給が支払われる。これは教え子たちの一時の戦績の浮き沈みによって、優秀なトレーナーが学園から離れないよう繋ぎとめる鎖のように活用されてきた。

 

 だが、その給与は一般的な地方公務員とおおよそ同程度かそれ以下のものだ。結局のところトレーナー業でしっかり稼ぎを出しているのであれば、固定給が1割減ったところでさして痛くないのである。ましてや陽室の場合、スペシャルウィークが獲得した賞金の一部を自らの取り分としているわけで、文字通り痛くも痒くもない。処罰を受けたという記録こそ残るものの、実質的には無処罰に近い形だ。

 

 まさかそれを学園のトップが理解していないわけではあるまい、という意味の問いだったのだが、理事長は鷹揚に頷いた。

 

「当然ッ! これは学園理事会の正式な決定であり、私もそれに関わった。この通達が覆されることはない」

「……ふむ。しかし、処分事由に記者クラブを持ち出すのはこれまた意外ですね。陽就新聞と月刊トゥインクルが何も言わない以上、他紙はそれを理由として私を攻撃することが難しくなるでしょうに」

「承知。その両者が沈黙を守るからこそ、本来ただの言い訳に過ぎない記者クラブから煙が立ち昇るような事態を未然に防ぐことができるのだ」

 

 トゥインクル・シリーズ及びローカル・シリーズ関連の専門情報誌として最大発行部数を誇る雑誌が月刊トゥインクルだ。そして同誌を抱える株式会社陽就トゥインクルメディアは、その名の通り陽就新聞グループの関連企業である。

 

 陽に就くと書いて『にっしゅう』と読む難読で知られる陽就新聞グループは、メディアに限らず様々な分野で──例えばプロ野球球団や遊園地事業など──その影響力を保持しているが、グループの大株主リストには他ならぬメジロ家関連の名前が複数並んでいる。

 

 つまるところチームテンペルがメジロ家と良好な関係を維持している間は、URA記者クラブで大きな力を持つ陽就新聞と月刊トゥインクルがチームテンペルの不利益になる行動を起こすことはないのだ。そしてこれまでもこれからも、陽室はメジロ家との関係性を損なうつもりは全くもってなかった。

 

「なるほど、理事長の意向は理解しました。ここまで便宜を図っていただいたことに感謝します」

「もう一度強調しておくが、君にはもう少し自制してほしいというのが私の願う正直なところだ。次はここまで庇い立てすることはできないということを肝に銘じておいてほしい。人材不足からの脱却が未だ遠い中央トレセンで、君のような実績あるトレーナーを失うのは切に惜しいのだ」

「ええ、そうですね。私も未だトレーナーとして道半ばですし、この業界から去るのはまだまだ早い。理事長がこうして私に味方してくださる程度の行動に留めておくことにします」

 

 陽室のなんとも微妙かつ『もう迷惑をかけない』とは言い切らない言葉に、理事長は呆れ顔を見せたままぱしりと扇子を閉じた。

 

「であれば重畳、君の誠意を当面は信じるとしよう。では、これにて────」

「お待ちください、理事長」

 

 席を立ちかけた理事長を陽室が呼び止める。

 

「貴女にはまだ、話すべき事柄が残っているのではありませんか?」

「……疑問ッ。一体何を言っているのか」

「そもそも、理事長がこんなところまでいらっしゃることそれ自体が妙ではありませんか」

 

 陽室の言葉を聞き、理事長は瞳を閉じた。

 

「口頭での厳重注意が私に対する処分の一環とはいえ、それは帰国後もしくは国際通話で済ませれば良い話です。どうしても直接対面して速やかに伝えなければならない規則であったとしても、理事長の信頼できる部下……例えばミス・駿川などに代行させればいいだけのこと。多忙な理事長がフランスくんだりまで私を訪ねる根拠には乏しい。そうでしょう」

「確かに当初はその予定だったが、欧州のウマ娘教育施設の関係者と会食の機会が設けられたのだ。君を訪ねるのは多少の寄り道になるが、さしたる負担にもならないと判断したに過ぎない。慣れない欧州で奮闘するスペシャルウィークやエルコンドルパサーに対する激励を兼ねることもできる」

 

 そう告げる理事長の表情は硬いものだったが、陽室はお構いなしに会話を続行する。

 

「道理ですね。間違いなく筋は通っていますし、真実でもあるのでしょう。ですが……耳に痛い話でしょうが、理事長。競走ウマ娘を想う貴女の気持ちが強すぎるあまり、しばしばあらゆる方面に暴走してはその都度ミス・駿川に止められてお叱りを受けるさまを、我々中央のトレーナーは幾度も目撃してきているのですよ」

 

 陽室の言葉に小さく唸る理事長。図星だと自白しているようなものだった。

 

「要するに、私が確かめさせていただきたいのは……そもそもこうして私を訪ねるという決意が先にあり、もっともらしい理由を後から付け加えたのではありませんか? これは元々根拠のない仮説でしたが、お会いすることで半ば確信となりました。如何ですか」

「……根拠がないとは言っても、その仮説に至るには何かしらの前提が必要なように思うが」

「生憎私は名探偵などではありませんので、的外れでしたら笑い飛ばしていただきたいのですが……理事長が衝動的に動いたものと仮定して、直近で問題視される私の行動はネット掲示板への書き込みでしょう。ですが、理事長の言葉を借りれば些事に過ぎません。書き込みで内部機密を暴露していたりすれば話は別でしょうが、私が書き込んだのは聞かれれば支障なく答えられる程度のものでしかありませんからね」

 

 陽室はそう言うが、そもそも中央で現役のトレーナーが本人証明をした上でネット掲示板に書き込むこと自体が十分に問題行動である。だが同時に、理事長がフランスまで飛ぶような事態かと言われれば否なのも事実だった。

 

「であればやはり、本命は『tous plus faibles qu'Agnes Digital』でしょう。スペに相乗りする形で発信した私のコメントも含めて、この発言は理事長がわざわざいらっしゃるに値するものでした。……さて、理事長」

 

 腕を組みながら、陽室は理事長を見据えた。

 

「理事長は開口一番、私をお叱りになられましたが……フランスに飛んでまで私を叱り飛ばしたかったのであれば、あれだけで感情的な叱責が終わるのはなんとも妙な話です。あるいは、時間が経つにつれて怒りの感情が単純に収まっただけかもしれませんがね。その可能性を否定できないが故に、ここからは私の妄想か直感かといったところです」

「……聞かせてもらおう」

「先にも述べた通りに、理事長にはまだ話すべき事柄が、話したかった事柄が残っている。それも私とスペを叱り飛ばす以外での何かです。しかし理事長はそれを我々に伝えることなく、あくまで自制したまま会話を終わらせようとしている。どうでしょう、答え合わせをしていただいても?」

 

 数秒間の沈黙。

 

「…………言うまでもないことだが、チームテンペルのウマ娘たち以外には他言無用だ。それを約束しない限り、私はこのままこの場を去らなければならない」

「当然です。約束いたしましょう」

 

 陽室の返事を聞き、理事長は深く頷いてから立ち上がった。一度懐に仕舞った扇子を再び手に取り、あざやかに広げて────

 

「────()()()()()()!!! よくぞ言ってくれた、スペシャルウィーク! よくぞ言ってくれた、陽室トレーナー!」

 

 満面の笑顔と共に、そう言った。

 

 ……これまで日本のウマ娘は幾度か欧州のGIレースという高みに手を伸ばし、そして栄光を掴み取ってきた。そして彼女たちには、例外なくとある共通項があった。すなわち、行儀が良すぎたのである。

 

 シーキングザパールも、タイキシャトルも、ゴールドシップですら。

 

「今この瞬間、海外の視線を日本のウマ娘へ向けさせるためには、そして日本のウマ娘が海外に飛び出すには、悪役(ヒール)を演じられる者がどうしても必要だった。そうしないと後が続かない。芝をただ単にかきわけたところで、踏み慣らさねば道は拓けないのだ」

「踏み慣らすというよりも踏み荒らすという形容の方が適切でしょうがね。それに、スペがそこまで考えていたというわけではないでしょう。彼女はレースを走り終えた上で端的な感想を述べたに過ぎません」

「それこそ僥倖ッ! それが彼女の『感想』である故に、スペシャルウィークはまさしく適役だったのだ……と、君ならばそう言うだろう?」

「よくお分かりで、その通りですよ。そしてそれ以上に、なにより……」

「彼女の言葉は実に痛快だった。君の追い討ちもだ」

「本当によくお分かりですね。理事長がここまで話の通じる方だとは意外でしたよ」

 

 先程までの重苦しい空気が嘘であるかのように笑い合うふたり。実際のところ嘘でしかなかったのだが、嘘を纏わないと背中を刺されるのが彼女たちの世界である。

 

「しかし、ある程度の予想はしていましたが……なるほど確かに、これは理事長が外で口に出せるものではありませんね?」

「そう言ってくれるな、もしたづなにバレたらと思うと……」

「こうして直接伝えてくださった分と庇っていただいた分で借りが積み重なっていますので、ミスに告げ口などいたしませんよ。……このごろはどうにも借りばかり作ってしまっていけませんね」

「それこそ因果応報というものではないのか?」

「今日一番に手厳しい言葉を頂いてしまいましたね。譴責処分よりも心に刺さります」

 

 譴責処分はもっと心に刺せと言わんばかりの白い目を理事長に向けられるも、それをスルーして陽室は席を立つ。

 

「理事長はこれからシャンティイトレセンでしょう? 折角ですし、私もご一緒させていただいてよろしいでしょうか。どのみち午後からは私も向かう予定でしたので、多少早くなっても変わりはしないでしょうから」

「無論ッ! スペシャルウィークを始め、ウマ娘たちをしっかり労わねばな!」

 

 胸を張って歩き出す理事長の後に陽室も続く。

 

「……陽室トレーナー」

「なんでしょうか」

「どうか……スペシャルウィークと共に、ムーラン・ド・ロンシャン賞の栄誉を日本に持ち帰ってくれたまえ」

 

 理事長の言葉に、陽室は普段通りの口調で答えた。

 

「最初からそのつもりですよ、私もスペも」



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メジロマックイーンはランチタイムがほしい

 シャンゼリゼ通りの角、霧雨に濡れるマロニエの並木が見える料理店に秋川やよいの声が響く。

 

「ではッ! ムーラン・ド・ロンシャン賞および凱旋門賞での、URA-Japan選抜ウマ娘の活躍を祈念して……乾杯ッ!」

 

 それぞれの手にあるミネラルウォーターや人参ジュース、白ワインなどが掲げられる。理事長の帰国日が明日に迫った本日、太陽がようやく昇ったかどうかのタイミングでいきなり「提案ッ!」とチームテンペルとチームリギルの面々を叩き起こした彼女が連れてきたのは、パリ市内にある有名なレストランだった。その2階から通りを見下ろす位置にある個室で部屋の様子を見回しながら東条ハナが口を開く。

 

「ですが、よろしいのですか? 理事長」

「無論ッ! わざわざ顔を出したのに食事のひとつも出来ないのではあまりに味気ないのでな! もちろん奢りだ! 是非味わってくれたまえー!」

 

 高笑いをする理事長を見て苦笑いを浮かべるのはベルノライトである。実家がスポーツ用品店の経営者な彼女も、ドレスコードが必要になるのではと思わせるような店に入ることなど、知己の結婚式を除けばこれまでなかったのである。それも歌でしか知らないシャンゼリゼ通りの店なこともあって、彼女は目に見えてわかるほどガチガチに緊張していた。

 

「メニューに値段が書いてなかったんですけど……ど、どれぐらいの値段だったんでしょうか……」

 

 ベルノライトの隣で同じように緊張した様子なのはスペシャルウィークだ。パスタが食べたいと希望を出してオススメを頼んでみれば、それが『黒トリュフとポルチーニ茸のクリームパスタ』などという、どこをどう切り取っても高級パスタだったと知ったのが5分前である。

 

「スペシャルウィークさん、ここは素直に理事長の顔を立てるべきです。それにランチ営業でワンプレートですので、そうそう恐ろしい額にならないはずですわよ」

「マックイーンちゃんの感覚ならそうかもしれないけど……」

 

 メジロ家の金銭感覚でそんなことを言うメジロマックイーン。その隣でうんうんと頷くのはエルコンドルパサーである。

 

「スペちゃんは心配性デース」

「エルちゃんまで……」

「そう緊張しないことです、スペ。それぞれの家のつながりやバックボーンを無視すれば、一番稼いでいるのは貴女ですよ。私もベルノも貴女に稼いでもらっているようなものなのですから、胸を張りなさい」

「そう言われましても……!」

 

 そう反論するスペシャルウィークだが、理事長を含むその場の全員が頷いていては、言葉の続きを口にすることはできなかった。

 

「スペシャルウィーク!」

「は、はいっ!」

「そう緊張しなくてよいぞ。少なくともここには、スペシャルウィークを笑うような者はいない」

 

 理事長は柔らかく微笑みながらそんなことを言った。ボーイがそれぞれの料理を運びはじめたのを眺めつつ、陽室は口を開いた。

 

「とはいえ、スペもそろそろ現実を見なければならない状況になってきました」

「スペちゃんの現実……ですか? ちゃんと見てると思ってたんですけど」

 

 ベルノライトが要領を得ないといった様子で首をかしげる。

 

「そうですね、少なくとも現状で留まるのであれば十二分に認識できていると言えるでしょう。とはいえ、これから先はそれでは足りないだろうと私は考えています。それほどまでに貴女と貴女の周囲が与えるインパクトは大きい」

「ムーラン・ド・ロンシャン賞に勝てば、ということ?」

 

 東条がそう口を挟んだが、陽室は首を横に振った。

 

「現状で留まるのであれば十二分というのは、『レースを走り、勝利し、ウイニングライブで輝くのであれば』という意図です。スペの覚悟は勝ち負けの次元に拘泥するようなものではないと、私は信じていますがね」

 

 しかし、と陽室は続ける。

 

「ここから先は『その先』を問われていくでしょう。ロンシャンまで残すところ1週間、これでスペが好成績を残せば、貴女はターフにおいて世界トップクラスのマイラーと言っても過言ではないでしょう。もう貴女はこういう世界から逃げられない」

「こういう世界……?」

「社交界、とでも言い換えましょうか」

 

 陽室はそう言ってすっと手を上げる。音もなくボーイがやってきて一言二言フランス語で会話を交わす。ボーイは一礼して下がっていった。

 

「この2ヶ月以上、貴女とミス・エルコンドルパサーがURA-Japanの看板を、日本という国の看板を背負って走ってきたように、今後貴女はたくさんの看板を背負っていく日常が強いられます」

 

 事ここに及び、海外所属であろうがスペシャルウィークやエルコンドルパサーを鼻で笑うようなウマ娘は激減した。もちろんその背景にはフランスで両者が積み重ねた戦績もあるし、ジャック・ル・マロワ賞で爆弾発言をこれでもかと投げ込んだことも無視できないだろう。しかしながら、最大の要因は他にあった。

 

「スぺは……そしてミス・エルコンドルパサーは、拙いながらもフランス語での会話を覚えました。走れば理解してもらえる、勝てば認められるというような楽観的な幻想を捨て去った。故に欧州のウマ娘たちは貴女たちを一過性のイベントとしての脅威ではなく、すぐ隣にある脅威として認識し、問答無用で意識させることに成功した。……いわば、外交的に勝利しつつある状況です」

 

 陽室はそう口にして微笑んだ。

 

「ミス・モンジューに限った話ではなく、フランスのウマ娘たちが、そして英国諸島連邦(アイランズ)も、欧州のあらゆるウマ娘たちも貴女たちのことを無視できなくなってきています。たかが日本と甘く見ていた面々にとっては屈辱的でしょうね」

「陽室」

 

 すっと理事長の声が割り込む。咎めるような声色だが、理事長の目元は笑っている。体裁上止めなければならないから止めた、というだけだろう。その意図を正確に読み取った陽室は続ける。

 

「無視できなくなった先、乗り込むことになるのはターフとはまた異なるフィールドです。誰かが望む仮面を被り、誰かが望んだ筋書きに沿って、それを台無しにしないという条件下で、自らの利益を最大化する経済戦争の最前線。真の意味での味方を周囲に期待しては道化に成り下がり、しかし相互不信に陥ればそもそもテーブルにも上げてもらえない、そんな空間が貴女の存在に勘付き始めている。……あえて、こう言いましょう」

 

 そこで的確に間を取り、呟くような声量で、しかし確実に届くように陽室は言った。

 

 

 ミス・スペシャルウィーク。貴女がかつて望んだ領域の先まで、既に半歩踏み込んでいることにお気付きか? 

 

 

 陽室の所にワイングラスが追加で運ばれ、白ワインが注がれる。ボーイが去ったのを確認してから、問いをぶつけられたスペシャルウィークは慎重に口を開く。

 

「実感として捉えてるわけじゃないですけど……でも、それはすぐそこにあるって感じてます」

「実感として、とは……どういう意味でしょう?」

 

 意図を掴み切れないメジロマックイーンがそう問い返す。陽室が口を開かないのを確認して、スペシャルウィークが感覚を言語化しようと試みる。

 

「……それがどういうものなのか、今の私は理解できていません。でも、それは……そうですね、私が『生徒会長スペシャルウィーク』になるために必要なものとしてそこにあるんだって、そう思えるぐらいには、自分事として感じています」

 

 ベルノライトとメジロマックイーンが驚きの顔を見せた。エルコンドルパサーも口をあんぐり開けている。

 

「せ、生徒会長……!?」

 

 生徒会長スペシャルウィーク。その言葉が彼女本人から飛び出したのは初めてのことだった。思わずといった様子で口にしたエルコンドルパサーの言葉にスペシャルウィークは反応しない。

 

 エルコンドルパサーはいつぞやの会話を思い出していた。確かあれはもう半年前、期末テストで留年を回避した直後のことだったはずだ。グラスワンダーとセイウンスカイがスペシャルウィークについて論じており、セイウンスカイが見解を披露した。

 

 ────スペシャルウィークは、生徒会入りを目指しているのではないか。

 

 その推論が正しかったことを知り、それを見通していたセイウンスカイの目にゾッとするエルコンドルパサーだったが、そんな様子の生徒たちとは対照的に落ち着いた様子の陽室が白ワインをぐいと飲んでから続けた。

 

「次元の壁に阻まれているようなものでしょうから、その感覚は正しいでしょう。三次元に生きる我々が四次元を認識できないように、その世界は貴女にとって未知です。ですが球体が立方体に形を変えれば平面に落ちる影の形が変わるように、その世界の変化は決して我々に無関係ではない」

 

 朗々とそう口にした彼女は満足そうに頷いた。

 

「現時点でそのように捉えられているのであれば結構。その上で……聞くまでもないかもしれませんが、聞きましょう。スペ、貴女はどこまで望みますか?」

「どこまでも……なんて言ったら、トレーナーさんは笑いますか?」

 

 過去に何度か同じような問答をした。それを思い出しながらスペシャルウィークはそう答える。

 

「いいえ、笑いませんとも。ただ、足りない。ここから先は貴女の思いだけでは到底足りない」

「何が足りませんか?」

「大義名分」

 

 即座に返ってきた答えに、スペシャルウィークは黙り込む。

 

「貴女はこれから先、いかなる場所や時間、状況如何を問わず『日之本一の総大将』として振舞うことを求められます。それはすなわち、誰もが日本一のウマ娘スペシャルウィークという虚像を貴女に重ねるということです。この虚像は貴女ひとりでは完結しません。スペ、意味はわかりますね?」

「はい」

 

 スペシャルウィークは即答する。

 

 実力と運、そして自己暗示。それらで手にした今の地位。この先もそれを維持し、あらゆる過去を乗り越え上を目指すというなら、自らに向けられる期待はさらに増していくだろう。

 

 日本一のウマ娘という夢が二人の母親とスペシャルウィークの抱く夢だったころは、その二人の応援を背負っていればよかった。日本一のウマ娘という夢を陽室琥珀に肯定され、メイクデビューで勝利を飾るまでの間は、三人の期待を背負っていればよかった。

 

 ならば、クラシック三冠を手にし、有馬記念で三冠ウマ娘たちを下し、春の天皇賞を獲って春秋連覇に手をかけた今は? 安田記念で黒星がひとつ付いたとはいえ、自分自身の価値がそれでもなお高いことを今のスペシャルウィークは理解していた。

 

「貴女が思う以上に、貴女の事を周囲は気にしているものです。貴女にとっての私の価値は? 貴女に協力することで何を得て、何を失うのか? 貴女をどこまで信用すればよいのか? 貴女の価値は?」

 

 グラスワインを飲み干した陽室。熱を帯びた瞳がスペシャルウィークを射貫く。

 

「ターフの上だけにおける強さであれば、その唯一の指標であるレース成績さえ確保できれば問題ありませんでした。そして、貴女はそれを見事に達成している」

 

 陽室の視線の先でスペシャルウィークは真剣にその先を待つ。

 

「しかしここから先を目指すのであれば、多数が共感する大義名分が必要です」

「大義……名分……」

 

 ベルノライトが噛み砕くようにそう言った。メジロマックイーンがそのあとを引き取るように口を開く。

 

「あまり良い響きではありませんが、必要であることは確かですわね」

「スぺが望む夢の先を掴むには、『スぺの夢』を『みんなの夢』にしていく必要があります。貴女の夢を皆が追いかける夢にしなければ、その先を掴むことは難しいでしょう。だからこそ、『みんなの夢』として掲げるに足る大義名分が必要なのです」

 

 どうやら事象が線によって繋がったらしい東条がはっとした表情を浮かべた。

 

「まさか陽室トレーナー、あなたは……」

「ミス・東条。これは私が、いいえ、チームテンペルがスペと締結した契約に基づくプロデュースです」

「契約ですって?」

「その通り、契約です。私はスペを日本一のウマ娘にするという契約を結んでいます。日本一のウマ娘になるために生徒会長の椅子を欲するのであれば、その最短の道筋を演出し、整える。契約の範囲内ですよ」

「……そういうこと」

 

 諦めたように溜息を吐いた東条。エルコンドルパサーは混乱した様子で彼女を見る。

 

「トレーナーさん?」

「陽室トレーナーは……日本一のウマ娘の証明に、スペシャルウィークが日本一のウマ娘でなければならない理由の強化のためだけに、欧州の面々に火をつけて回った。……スペシャルウィークならば、日本を背負って世界と戦えるということを、見せつけるために」

「なっ、ずるいデスっ! それはエルの役目デース!」

 

 エルコンドルパサーが反射的にそう言ったが、噛みつかれてもスペシャルウィークと陽室は涼しい顔だ。そんな二人の前で、東条は首を横に振った。

 

「いいえ、走りや強さだけの問題ではないのよ。スペシャルウィークさんと陽室トレーナーは……レース場以外でも通用する強さに軸足を置いている。レース場での強さをまやかしだとは言わないけれど、そこ以外の何かを得るために欧州に来て……私たちをその火遊びに巻き込んだ」

 

 東条の言葉に、陽室の口元が吊り上がる。

 

 トゥインクル・シリーズが世界でも通用するだけの強さを誇ることを証明すれば、世界中のウマ娘がトゥインクルを警戒し始める。それはそれだけ世界に一目置かれることにつながるだろう。その立役者としてスペシャルウィークの名前が残ることになれば、生徒会長やこの先につながる手土産としては十分だろう。

 

 クラシック三冠、無敗連勝記録歴代一位、そしてその走りは海外でも通用し、欧州最強のモンジューを中心に欧州とのコネクションも確保した。ここから先は『スペシャルウィークを倒すため』に海外から有力ウマ娘が日本にやってきて、トゥインクル・シリーズに挑戦する時代が来る。

 

 その一人目が欧州最強のモンジューになった暁には、()()モンジューが一目置いたウマ娘という評価までが転がり込み、スペシャルウィークの求心力が勝手に補強されていくのだ。

 

「もっとも、目先のレースを勝たねば話になりませんがね」

 

 そう口にした陽室が、微笑みとともにスペシャルウィークに視線を送った。

 

「貴女がどこまで進むのか、どこまで皆を引き連れていくのか、よく考えることです」

「はい」

「結構。スぺはこれまで通り強欲でいなさい。そして真の意味で誠実でいなさい。貴女の夢と、貴女の夢を信じる人々の思いに誠実でいなさい。貴女なら、おそらくその夢の先まで行きつける」

 

 ふぅ、と息を吐く陽室。会話の一段落を察したのか、メジロマックイーンが口を開いた。

 

「それにしても、驚きました。生徒会執行部からお声が掛かっているとはお聞きしていましたが、まさか生徒会長を本当に目指しているとは……」

「あはは、実はだいぶ前からルドルフさんから推薦を貰ってたんだ。あんまり早いころから噂が広がると良くないからって、しばらく秘密にしてたんだけど……陽室さん、なんでこのタイミングでバラしちゃったんですか?」

「何を言いますか、口を滑らせたのは貴女ですよ。スぺの夢を誰もが見る夢にしていくため、丁度良い機会だから貴女の会話に乗った。それだけのことです」

 

 そう言われ、ごまかすように笑うスペシャルウィーク。

 

「あとでルドルフさんに怒られちゃうかもですね……」

「そうなれば素直に謝りなさい。しかし私の感想を述べるのであれば、このタイミングで良かったと思いますよ。ミス・シンボリルドルフも雷を落とすことはないでしょうし……」

 

 そう言って陽室は理事長の方を見た。

 

「少なくとも、このテーブルに座る皆様方は敵ではない。そうでしょう?」

「むむむ……ちょっと複雑デスけど、でもスペちゃんが生徒会長になるなら友達として応援するデース!」

「無論ッ! すべてのウマ娘の味方であるからな!」

 

 エルコンドルパサーと理事長の返答に満足したらしい陽室は笑った。

 

「……それに、この先を考えればそろそろ次のステップに進まなければなりません」

「次のステップ?」

 

 スペシャルウィークが首を傾げた。

 

「ミス・アグネスデジタルを倒すのでしょう?」

 

 冷え切った声色に息を飲むウマ娘一同。スペシャルウィークに視線を向け、ベルノライトが口を開いた。

 

「日本に戻ったら……どう動くつもりなの?」

「秋の天皇賞からマイルチャンピオンシップ、有馬記念と連戦するつもりでいます」

「妥当なところでしょう。私としても否認材料はありませんね」

「やはり……ですわね」

 

 頭を抱えるメジロマックイーン。

 

「もはや聞くまでもないことだとは思いますが、ムーラン・ド・ロンシャン賞で1着となった場合、十中八九モンジューさんから名指しでジャパンカップにおけるリベンジマッチを申し込まれることになりますわよ。ですが……スペシャルウィークさんは、それを黙殺するのですね?」

「はい」

 

 スペシャルウィークが即答。エルコンドルパサーが口笛を吹き、メジロマックイーンとベルノライトが同時に頭を抱えた。

 

「また新聞が盛り上がりますわね……」

「今度はどんな煽り文句になるかな、オベイユアマスターさん……」

「あの分ですと、次は『カノッサの屈辱、東京で再演』などと書きそうですわね」

 

 メジロマックイーンの言葉にスペシャルウィークも苦笑いだ。ベルノライトの()()を自称するイングランド・タイムズの記者、オベイユアマスターが陽室と意気投合して様々なことを書き立てた結果、方々から叱咤激励という名の説教が飛んできたのは記憶に新しい。

 

「……それでも立ち止まるつもりはありません。私は日本一のウマ娘になります。それが私の、スペシャルウィークの夢です。もしもそれが私の望んだ結果に結びつかなかったとしても、追いかけることを諦めたりなんてしません。夢の先まで、必ず」

 

 その宣言にも似た声に、どこか満足そうに溜息を吐いた陽室。

 

「よろしい。では、証明の時間です。……勝ちなさい、スぺ。時にはそれが誰かの救いとなり、時には断罪となると知ってもなお、夢への道をひた走る貴女を見てみたい」

「……はいっ!」



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ムーンライトルナシーは道標がほしい

 日本、深夜。都内某所のアニメ制作スタジオで、つい先程まで残業に追われていた二人の男性が仕事そっちのけでタブレットの映像を覗き込んでいた。そこに映し出されているのは、他ならぬパリでまもなく出走となるムーラン・ド・ロンシャン賞の中継映像だ。

 

「ムーラン・ド・ロンシャン賞の特徴は、なんといってもパリロンシャンレース場で行われるレースだということにある。しかも凱旋門賞と同じ大コースだ」

「どうした急に」

 

 突如解説を始めたメガネの男性に、パーカーの男性が冷静なツッコミを入れた。

 

「これまで日本のウマ娘たちは海外に挑み続けてきたが、未だにこのレース場で開催されるレースにおいて1着を獲ったウマ娘はいない。日本勢にとって大いなる鬼門だと言っていい」

「確かにな……今日のスペシャルウィークか、来週のフォワ賞を走るエルコンドルパサーか、どちらか一人が勝つだけでもトゥインクル・シリーズの歴史に残るわけだ」

 

 彼らが口にした言葉は的確だった。メガネの男性はなおも続ける。

 

「凱旋門賞の序盤800m、長い登り坂になっている直線部分のほぼ全てをカットした残りの1600mがムーラン・ド・ロンシャン賞のコースだ。中山や淀に優るとも劣らない急坂の大半がカットされることを考えれば凱旋門賞よりも負担はかなり少なくなるが、その次には同じくらい急な下り坂のコーナーが待ち受けている。なんとかそれを無事に突破しても……」

「フォルスストレート、偽りの直線か。直前が下りなこともあって勢いもつくし、どうしてもそのまま最終直線まで突っ走りたくなるが……ここで全力を出しすぎると最終直線でスタミナが残らない。坂を登って下りるための脚力と持久力、そしてなにより冷静な判断力が大切ってわけだ」

 

 互いに頷きあう二人。スタジオに彼ら以外の人影はなく、その会話に待ったをかける声はどこにもない。

 

「……あの子たちも、今ごろ同じように応援してるんだろうな」

「正直、ちょっと寂しいが……そもそも俺たちみたいな社会人の男二人が小学生の女の子たちと顔見知りになって遊んでたこと自体がちょっとマズいもんな」

「親御さんに挨拶されたときは死を覚悟したぞ、割と本気で」

 

 冷や汗を流しながらメガネの男性が言う。

 

 実際には『普段から面倒を見てくださっているとのことで、これからもあの子たちをよろしくお願いします』と丁寧に感謝されたうえ、なぜか揃って連絡先まで交換することになったのだから、人生とはわからないものである。

 

「しかもそれがあのサトノホールディングスの社長だったんだもんな……いや、確かにダイヤちゃんの名前を初めて聞いたときにちょっと引っ掛かったけどさ、まさか本当に本物のサトノホールディングスのご令嬢だなんて想像しないだろ……」

「キタちゃんにしたって、まさかお父さんがあんなに有名な演歌歌手だとは思わないよなあ……」

 

 どこか遠い目をしながら語り合う彼ら。

 

「あの二人もきっとトレセン学園に行くんだろうな」

「確か六年生だし、行くならもう来年じゃないか? 特にキタちゃんはだいぶ背が伸びてたし、あれが本格化の始まりってやつなんだろう」

「……もし二人が立派に頑張ってトレセンに入学してさ、それでレースに出るってなったらどうする?」

 

 パーカーの男性にそう問われて、メガネの男性は即答した。

 

「俺たちのやることはいつも決まってる。トゥインクルを走るウマ娘たちを追いかけて、応援する……そうだろ?」

「……だな!」

 

 


 

 

「ミス・スペシャルウィーク」

 

 すっかり慣れた呼ばれ方ではあるが、その声はスペシャルウィークが初めて聞くものだった。

 

 凛とした声にスペシャルウィークが振り返ると、ドレスモチーフの勝負服を身に纏うスタイルの整ったウマ娘がそこにいた。トレードマークの帽子とあざやかな赤色の瞳は、スペシャルウィークが見た映像の中の姿と寸分違わない。

 

「はじめまして、ムーンライトルナシーよ」

「……こちらこそ、はじめまして。スペシャルウィークです」

 

 今年のムーラン・ド・ロンシャン賞には、マイルが得意距離とは言えないウマ娘がふたりも出走登録し、そしてレース当日のターフにも立っていた。言うまでもなく、スペシャルウィークとムーンライトルナシーのことだ。

 

 スペシャルウィークはまだいい。これまでマイルのGIで結果を残してきたし、彼女にとってマイルとは得意距離でないと同時に苦手距離でもないからだ。そして何よりも、彼女はマイルという距離を自らのものとするためにこの欧州遠征に臨み、そしてジャック・ル・マロワ賞とムーラン・ド・ロンシャン賞を走りにやってきたのだ。

 

 だが、ムーンライトルナシーは違う。シニア5期目という引退していても何らおかしくないキャリアの長さ、しかしそのキャリアでマイルレースを走った経験は皆無。挑むとしても凱旋門であろうと予想されていた彼女がムーラン・ド・ロンシャン賞を選択した理由を、あらゆる関係者は掴みかねていた。

 

「レースの直前で申し訳ないけれど、貴女には言っておかなければならないことがあるの」

「お聞きします」

「今日、私はムーラン・ド・ロンシャン賞を走るためにやってきたのではないわ。貴女と走るためにやってきたの、ミス・スペシャルウィーク」

 

 ムーンライトルナシーの言葉にゲート周辺の雰囲気が変わる。彼女に突き刺さるのは、周囲のウマ娘から発せられる攻撃的な視線。

 

 仮にも欧州マイルレース最高峰の一角たるムーラン・ド・ロンシャン賞の舞台に立って、レース自体に興味がないと、彼女はそう言い捨てたのだ。すなわちそれは、出走するウマ娘たちにも興味はないと言っているようなものだった。

 

 対するスペシャルウィークにも同じような視線が刺さるものの、それを気にする素振りは見せることなく、彼女はムーンライトルナシーに正面から向き合う。

 

「『英国の貴婦人』さんにそう言われるなんて、とても光栄です」

「あら、私のことを少しは知ってくれているのね。嬉しく思うわ、本当よ?」

「私にはすごく優秀なサポーターさんがついてくれてますから。ムーンライトルナシーさんには気をつけた方がいいって、ちゃんと教えてくれましたよ」

「マイルを走ったこともない、GI勝利から長く離れた前世代のウマ娘に警戒を?」

「そうする価値はあると言われました。私の行く手を阻む誰かがいるとすれば、それはムーンライトルナシーさんだってきっぱり断言していましたから」

 

 スペシャルウィークの発した言葉で、周囲からのふたりに対する視線が明確な敵意を持ったものに変化する。どちらも『お互い以外には興味がない』とばっさり切り捨てたのだから、ある意味当然と言えば当然だが。

 

 しかしそんな外野の感情は意図的に無視しつつ、ムーンライトルナシーは初めてその真剣な表情を綻ばせた。

 

「ミス・ベルノライトは私のことを随分と高く買ってくれたようね」

「……ご存じでしたか? ベルノさんのこと」

「記憶力は良い方なのよ。それに、戦う相手の情報を把握しておくのがどれだけ大事なのかについても、ある程度は理解しているつもり。貴女はどうかしら」

 

 スペシャルウィークのことをじっと見つめるムーンライトルナシー。

 

「ムーンライトルナシーさんのレースとか、走り方とか、色々見て研究しました。でも、わざわざマイルレースに出てきてまで貴女が私と走ろうとする理由は……わからなかったです」

「理由、理由ね……そうね。隠すようなことでもないし、教えてあげるわ」

 

 ムーンライトルナシーはすっと瞳を閉じて語り始める。

 

「悲しいことに、欧州における長距離レースは年々その価値を損ない続けている。強いウマ娘が集まらないからレースは盛り上がらず、レースが盛り上がらないから強いウマ娘は集まらない。堂々巡りの悪循環ね」

 

 スペシャルウィークもその話についてはベルノライト経由でいくらか聞いていた。欧州におけるクラシックレースの権威は今や失われつつあるのだ……という事実を知識として理解してはいたが、日本でクラシック三冠の栄誉を手にした彼女にとっては実感の薄い話だった。

 

 それが今、眼前のムーンライトルナシーによって現実味を帯びたものに変わりつつある。

 

「長距離レースを盛り上げようにも、埃を被った伝統がその邪魔をする。平地競走よりも障害競走の方が総合的に高い人気を誇る現状から、長距離適性があるならば障害競走を走っていればいいと公言して憚らない者すら少なくはないわ」

 

 そこで一度言葉が切られたのを見計らって、スペシャルウィークが口を挟む。

 

「でも、そうだとしたら……ずっと中長距離を走ってきたムーンライトルナシーさんがマイルレースに出てしまったら、長距離レースの価値がますます……」

「いいえ、違うわ。その心配が無くなったからこそ、私は今日ここに立っているのよ」

 

 いまひとつ意味を理解できていないスペシャルウィーク。ムーンライトルナシーはさらに続ける。

 

「GI勝利から長く離れたウマ娘、それが私。かつて英国の長距離路線を引っ張ったという自負はあるけれど、過去の栄光にしがみつくほど惨めなこともない。けれど、栄光が遠くなったのも決して悪いことばかりではないわ。外聞ばかりを気にする必要がなくなったのだもの」

 

 ただでさえ慣れない英語のリスニングをしながらムーンライトルナシーの言葉の真意を読み解くのは難しかったが、それでも彼女の言わんとするところをスペシャルウィークはなんとか理解することができた。

 

「欧州王者の肩書も、トニーからモンジューに移って久しい。そろそろ私もターフの上から去る日が近づいてきた……なら、その前に一度くらい私の我儘だけで走ってもいいと思ったのよ」

「……貴女の言う『我儘』が、私と走ることなんですか?」

「ええ、そうよ。私、貴女のファンだもの」

 

 さも当然のようにそう言われて、ここまでなんとか平静を保ってきたスペシャルウィークの表情が完全に固まる。

 

「……そんなに意外だったかしら?」

「だ、だって、ファンって……まさかそれが理由だなんて……」

「別に不思議なことじゃないでしょう? 引退する前に貴女と走るチャンスがこの先どれだけあるか。残念だけれど私に日本の芝は合わなかったし、貴女がもう一度ヨーロッパに来てくれる保証もない。なら、得意な距離でなくともこの機会を逃す手はないわ」

 

 ムーンライトルナシーはにやっと笑った。そこにスペシャルウィークが先程まで感じていた怜悧で高貴な印象はなく……むしろそれは、夢の景色を目の前にした少女のようだった。

 

 だが、そんな彼女の雰囲気はほんの数秒でどこかへ消えていく。スペシャルウィークが再び視線を向けたとき、ムーンライトルナシーはこれまで通り『英国の貴婦人』としてそこに佇んでいた。

 

「貴女と走るために来たとは言ったし、そこに嘘はない。けれど、走れさえすればレースには勝てなくていい、なんてことは思ってないわよ」

「……はい! 私も勝つためにここまで来ましたから。良いレースにしましょうね」

「そうなることを私も望むわ。ありがとう」

 

 その言葉を最後にムーンライトルナシーは踵を返し、スターティングゲートへと去っていく。彼女の背中を見送ってから、スペシャルウィークもゲートへ歩を進める。

 

「私の、ファン……」

 

 言うまでもなく、スペシャルウィークには大勢のファンがいる。それこそ万単位の人数だし、単純に『スペシャルウィークという名前を知っている者』という観点から見るなら、日本国民の大半とまで言っても決して誇張ではないレベルに達している。トゥインクル・シリーズで活躍するというのはそういうことなのだ。

 

 だからこそ、だろうか。彼女は常に自らを応援してくれるファンの存在を感じつつも、特定のファン個人という存在を意識したことがこれまでほとんどなかった。

 

 SNSの運用は一貫して陽室とベルノライトに一任。そもそもSNS自体に不慣れな彼女は、個人用のアカウントを持ってすらいない。ファンレターや贈り物はずっと届いているが、個人情報保護や危険物排除の観点から必ず第三者による事前のチェックが入る。実際に彼女が受け取るファンレターは文中であっても個人情報が全て塗りつぶされているし、贈り物はそもそも大半が手元にも届かない。

 

 さらに学園周辺はともかく、遠出の外出では変装が必須。ときにはウィッグが必要になることすらある。安田記念での事件が起きる前ですらこれだったので、日本に帰ればますます変装することが求められるだろう。

 

 また、自らのグッズにサインを入れることはままあるが、直接ファンと対面してのサイン会や握手会といったイベントはデビュー以来完全にシャットアウトしている。『代わりに通常よりもサイングッズの数を増やしているので、URAから突かれることもありません』とは陽室の言葉である。

 

 レース場で自らを応援してくれるファンのことはもちろん視界に入っているが、それもやはりあくまでファンの集合体でしかない。例外に数えられるのは、去年の有馬記念でスペシャルウィーク自身が声をかけた黒髪の幼いウマ娘くらいのものだ。

 

 ────先を目指すのであれば、多数が共感する大義名分が必要です。

 

 ────貴女の夢を皆が追いかける夢にしなければ、その先を掴むことは難しいでしょう。

 

「……もしかして」

 

 陽室琥珀は最初から、スペシャルウィークがこうなるように誘導していたのではないか? 

 

 ファンを個人として見ることなく、ひとつの大きな集団として捉える。そうすれば、スペシャルウィークの掲げる夢がファンひとりひとりが望む夢に左右されなくなる。そして集団となったファンたちが望む夢こそ、スペシャルウィークにとっての『大義名分』なのだ。

 

 しかし、そこまで考えてからスペシャルウィークは頭を振ってその思考を一旦脳内から追い出した。ゲートの中に入り、しっかりと前を見据える。今しがた考えたことが真実だとして、それが自らにとって有益なことは間違いないのだから。

 

 とにもかくにも、このレースに勝たなければ始まらないのだ。陽室の指示通りに()()()()で走りきって、勝たなければならない。

 

 ……札幌記念までは暗示なしでずっとやってきたのだ。ジャック・ル・マロワ賞だって暗示なしで勝てたのだから、きっと今日だって。

 

 そう自分に言い聞かせた、数瞬の後……ゲートが開く。



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スペシャルウィークは勝利がほしい

「良いスタートダッシュデース!」

 

 隣に座るエルコンドルパサーが声を張り上げるのを聞いて、ベルノライトもこくりと頷いた。

 

「まずは予定通り。でも、ここからは……」

 

 そこで言葉を止め、ベルノライトは逆の隣に座るオベイユアマスターをちらりと見る。だが、集中している様子の彼女はベルノライトの視線にも気付いていないようだった。速記もかくやという勢いでペンを走らせ、手帳は瞬く間に文字で埋まっていく。

 

「……スペちゃんに仕掛けてくるのがいつか。きっと、それで大半は決まるかな」

 

 前走、ジャック・ル・マロワ賞と同様に先頭をひた走るスペシャルウィーク。

 

 そもそもスペシャルウィークが得意とする戦法は先行と差し、どちらも中団寄りに構えて最終コーナー以降で先頭に躍り出る立ち回りだ。逃げや追込もやれないわけではないが、単純に本人の気質的な問題から集中しきれず、体力を浪費してしまいがちになる。

 

 それを解決する、すなわち本人の気質に依存することなく冷静に走ることを可能としたのが自己暗示だったわけだが、今日のスペシャルウィークは『自己暗示なし』を陽室から厳命されている。

 

『暗示は強力な武器ですが、スペの個性をも塗り潰すのは想定外でしたし、そこまで至ればむしろ逆効果だったと言わざるを得ません。暗示で土台を作り、その上に貴女の個性で以て立つのが理想です。そのために、まずは個性を突き詰めます。そのための海外遠征です』

 

 ベルノライトがフランスに到着した翌日、オベイユアマスターと出会った日の朝。チームテンペル一同が改めて揃ったタイミングで陽室はそう言った。

 

『余計な口出しはしません。貴女の望むように走り、望むように勝つべきです』

 

 陽室にそう言われてスペシャルウィークが選んだ戦術は、先頭をひた走る逃げだった。

 

 そもそも、スペシャルウィークはマイルという距離が得意ではない。距離が短くエンジンがかかりにくいうえ、彼女の常套戦術であるスタミナ勝負のチキンレースに持ち込むことが難しいからだ。だが一方でそれは、スペシャルウィークにとってのマイルレースとはどれだけむやみにスタミナを失ったところで()()()()()()()レースであることも意味している。3200mでトップクラスの走りを見せられるウマ娘ならば、1600mで息切れを起こすことはまずないのだ。

 

 それでも、長距離に適性のあるウマ娘がマイル以下のレースでも勝利を飾れるという例はほぼない。その理由は単純で、トップスピード自体の明確な差とトップスピードを発揮するタイミングの意識だ。つまるところ、いくらスタミナがあろうがスピードで勝てないということ。

 

 なら、どれだけ速い脚を使えても追いつけないほどに突き放してしまえばいい。

 

 それができれば苦労はしない、と誰もが言うだろう。だがスペシャルウィークにはそれができる。本人はそう確信していたし、ベルノライトもそれに否を唱えることはなかった。そしてスペシャルウィークはジャック・ル・マロワ賞を逃げて勝ち、今日のムーラン・ド・ロンシャン賞に挑んでいた。

 

 後続をじりじりと離しつつ、スペシャルウィークは下り坂に差しかかる。坂を苦にしない彼女としてはここでさらに他のウマ娘との距離を稼ぎたいところだが、欧州の深い芝と容赦ないカーブがそれを阻まんと立ち塞がる。

 

 それを無理矢理踏み越えていくような彼女の走りを見て、ベルノライトは目の前に広がる光景とは全く違うものを思い起こしていた。

 

 すなわち、サイレンススズカ。

 

 逃げて差すという他者の追随を許さない大逃げ。『その戦法が最も向いている』からなのか、『その戦法が最も勝利に近い』からなのかというアプローチの違いこそあれど、マイルレースにおけるスペシャルウィークが暗示を抜きにして辿り着いた結論が、サイレンススズカの戦法と似通っているというのは興味深い。

 

 スペシャルウィークがサイレンススズカを憧れの先輩として見ているのは周知の事実だし、その憧れがこうして海外へと飛び出すにまで至っても変わっていないことをベルノライトは理解していた。

 

 それ自体は何も悪いことではない。憧れのウマ娘と同じ戦法に固執して負けるようなことがあったならばともかく、スペシャルウィークは合理的に戦術を組み立てた結果として憧れのウマ娘と同じ戦法に至り、そして現実にその戦法で勝利を挙げてみせたのだから。

 

 だが、その走りは真にスペシャルウィークの個性だと言えるものだろうか。戦術を組み立てたそのとき、サイレンススズカの姿が脳裏にちらつかなかったと果たして言いきれるものだろうか。

 

 ……今日も同じように勝利を挙げて、マイルの勝ち方を身に着けて、アグネスデジタルに負けた雪辱を果たしたとして、その経験はマイル以外のレースでも個性として役に立ってくれるものなのだろうか。それとも、中距離や長距離での勝ち方はまた最初から模索していくしかないのか? ただでさえ時間のない秋冬のGI戦線を戦う上で、そんな悠長なことをしていて本当に間に合うのだろうか。

 

 思考はまとまらない。どちらにせよ今のベルノライトにできるのは、目の前で行われているレースの勝利を信じることだけだった。

 

 


 

 

 見通しが甘かった。そう言わざるを得ない。額から汗が垂れるが、スペシャルウィークにそれを拭う余裕などあるはずもなかった。

 

 ドーヴィルレース場の芝は、スペシャルウィークにとってそこまで苦になるほどのものではなかった。確かに芝の丈は高いし、日本のどんなレース場よりも重くはあったが、それでも持ち前のパワーさえあればどうにでもなるレベル。日本では過多になってしまうほどの脚力を誇るスペシャルウィークからすれば、むしろ欧州の方が能力的に向いているのではとすら思えるほどに気軽な走りができるレース場だった。

 

 だが、パリロンシャンレース場は全くの別物だった。これをドーヴィルと同じ『欧州のレース場』と括るのは全くもってナンセンスだし、括るべきではないとベルノライトに言われてはいたが、スペシャルウィークは正しい意味でそれを捉えられていなかった。

 

 ドーヴィルにはコーナーがない。坂もない。純粋な直線一本勝負だ。だからこそスペシャルウィークの海外初戦、マイルの経験を積むためのレースとしてジャック・ル・マロワ賞は間違いなく最適解だった。日本で走るのと同じ、あるいはそれよりも走りやすかったあのレース場は、彼女の思考から海外レースという言葉の重みを取り払わせるには充分すぎる働きをしていた。

 

 スペシャルウィークが抱いていた、海外に挑むのだというある種の緊張を解す役割として。スペシャルウィークが海外レースに勝利することによって、欧州のウマ娘たちを焚きつける役割として。……そうして、スペシャルウィークがほんの少しの慢心を抱く種として。ジャック・ル・マロワ賞の経験は、間違いなく最大限の効果を発揮していた。

 

 自分のトレーナーは、陽室琥珀は、ここまで想定したうえでこのローテーションを選んだのだろうか? 

 

 ファンや大義名分の件といい、自分のトレーナーが何をどこまで意図しているのかがわからない。大きな驚愕と少しの恐怖がスペシャルウィークの脳裏に浮かび、しかしどうにかレースの方に頭の回路を切り替える。自己暗示があればきっとこんなことに苦労はしないだろうが、それを言っても仕方がない。

 

 芝の深さに阻まれつつもやっとスピードに乗れたタイミングで、強烈な下り坂にコーナー。ひとつひとつは対処ができるレベルでも、同時にやってこられてはあまりにも厳しい。これでバ場は日本で言うところの良だというのだから、天気が崩れるようなことがなくて良かったと考える他にあるまい。

 

 ちらりと後方を確認。足音も踏まえれば前走同様に2バ身か3バ身、おそらく団子のようになって続いている。そして肝心のムーンライトルナシーは中団の後方を陣取っている。彼女がこれまで走ってきた大半のレースで後方脚質だったという前提情報と一致するし、おそらくそろそろ追い上げを始める頃合いだろう。警戒しておかなければならない。

 

 既にレースは中盤戦。このままコーナーを抜ければその先に待つのは偽りの直線、フォルスストレート。高低差10mを上り下りしながら曲がらされたウマ娘たちは、その先に見える傾斜のないまともな直線コースについリミッターを外してしまう。しかしフォルスストレートで全力を出してしまうと、本当の最終直線で力尽きてしまうのだ。

 

 それを嫌というほど知識として叩き込んでいてもなお、レースの最中に冷静でいられなかったウマ娘たちがフォルスストレートのプレッシャーに呑まれ、そして最終直線でゴール板に届かず沈んでいく。まさしくロンシャンが誇る、悪名高い魔の直線だ。

 

 ただ、冷静に。それだけのことが、これほどに難しかっただろうか。

 

 結局のところ自分は自己暗示を使いこなしていたのではなく、自己暗示に甘えていただけなのだ。スペシャルウィークはこうして走りながらその事実を痛感していた。だが、そうだったとしても二度は負けられない。過ちは今や白日の元に晒されたのだ。

 

 残り800m、レースの折り返し地点。下り坂もコーナーも完全に抜けた。目の前に控えるは300m弱のフォルスストレート、そして500mの最終直線。当初の想定ほどスペシャルウィークのスタミナに余裕はない。トップスピードでのスパートはおそらく3ハロンが限界、ここから10秒強は彼女にとって耐え忍ぶべき時間だ。

 

 全力で駆けたくなる衝動を抑え、それでも一歩前に踏み出した……その瞬間。

 

 スペシャルウィークは、()()()()()()に立っていた。

 

「んなッ……!?」

 

 自分の眼が狂ったかと疑って、彼女は思わず周囲を見回す。

 

 1秒前まで、彼女は太陽が燦々と照り付ける昼下がりのレース場を走っていたはずなのだ。しかし彼女の視界に入るのは霧が立ち込める真夜中のレース場。自らの後ろを走るウマ娘たちは、この明白な異変を気にする様子もない。

 

 落ち着いて状況を整理しなければならない。そんなことはわかっていても、自分の感情がその邪魔をする。

 

 普通に考えれば、こんなものは夢に決まっている。真っ当な答えはそれ以外にないし、だとすれば自分はこのまま走っていればいい。夢の中でロンシャンの予行演習だなんて、来るところまで来たものだ。

 

 だが、問題は……これが夢ではない場合。つまりスペシャルウィーク自身の眼が本当に狂ってしまったか、さもなくば頭が狂ってしまっている場合。

 

 今すぐ外ラチ側に大きく外れて、待機しているだろうメディカルスタッフに自らの異常を訴えるべきなのか? 間違いなくベルノライトはそうしろと言うだろうし、陽室やメジロマックイーンもそれを否定はしないだろう。

 

 しかしスペシャルウィークの異常は、レースを走るために必要な脚に発生したわけではない。つまり走れる。走れてしまう。

 

 たかだか昼のレース場が夜のレース場になっただけ。立ち込める霧も決して視界を遮るほどではないし、()()に浮かぶ満月のぼやけた光は届いている。これが真っ暗で灯りもないような状況だったら話は別だったが、少なくともこの環境自体は走行に何の支障もありはしない。

 

 ならば走り続ける。立ち止まるのはゴール板を過ぎてからでも遅くはない、はずだ。そう信じる。

 

 ────あれ、今日も助けは必要なさそう? 

 

 そんな声がスペシャルウィークの脳裏に響く。幻覚の次は幻聴か、などとうんざりする余裕も今の彼女にはない。

 

 彼女はその声にふたつの意味で聞き覚えがあった。すなわち、脳裏に響いた幻聴は他ならぬ自分の声だったし、3ヵ月前のトキノミノルとの模擬レースにおいて聞いた声でもあった。

 

 瞳も耳も壊れた可能性よりは、頭がどうにかなってしまった可能性の方が高いかもしれない。一周回って冷静になりつつあったスペシャルウィークだが、幻聴はお構いなしに思考を遮ってくる。

 

 ────大丈夫、()()()はどこもおかしくなってないよ。

 

 私にそう思わせたいなら、せめて幻聴は黙っていてほしい。

 

 ────ああ、それは確かに。でも……

 

 でも? 

 

 ────幻覚の方は、わたしがおかしくなったからじゃない。もう気付けるはずだよ? 

 

 その声が何を言っているのか、スペシャルウィークにはさっぱりわからなかった。そうこうしているうちに、じっと我慢すべきだった10秒が経とうとしている。幻覚も幻聴も振り切り、ラストスパートをかけようとして……スペシャルウィークは気付いた。その声の告げた通りに。

 

 つい先程まではもっと後方を走っていたはずのウマ娘が、自らの真後ろを陣取っている。姿を隠していた月が静かに現れるかのごとく、彼女はそこにいた。

 

「さあ、勝負よ。日本の太陽」

 

 自分の声をした幻聴ではない。ムーンライトルナシーの確かな言葉が、すっと耳に届いた。



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サトノダイヤモンドは未来がほしい

 自らが気付いたときには、既に真後ろを陣取られている。つい最近にもスペシャルウィークはそういう経験をしていた。

 

 勿論言うまでもなく、その経験とは安田記念におけるアグネスデジタルだ。あのときの彼女は、スタミナが尽きていておかしくないはずの──いや、実際に間違いなくスタミナが尽きていたにもかかわらず、どんな魔法を使ったのかスペシャルウィークの後方に横移動して、挙句ゴール板直前で差し返してみせたのだ。

 

 あれからレースの映像を何度も何度も見直したが、どう考えてもスリップストリームだけであのような挙動を実現させるには無理がある。スタミナを温存していたとしても単純に困難なのだ。横へのステップも前への踏み切りも、脚力に自信があるわけではないクラシック期半ばの小柄なウマ娘が出せる加速力ではなかった。

 

 結局『実現した以上は実現可能だったのだろう』という、さながら禅問答のような結論しか出せなかった。何かしらの不可解な力だとか、奇跡だとか、そういうものが介在していたとしか考えられない走りだったのだ。

 

 だからこそムーンライトルナシーが自らの背後を陣取った今この瞬間は、スペシャルウィークにとってまだマシなものだった。こうなることが最初から予期できていたからだ。

 

 どうしてムーンライトルナシーがマイルレースを満足に走れているのかはわからない。スタミナに余裕はあっても、脚力や最高速度はマイルの最前線で戦えるものではないはずだ。少なくともスペシャルウィークより余裕があるわけでないだろうことは確かだろう。それでもムーンライトルナシーは、こうしてラストスパートで先頭を射程内に捉えた。

 

 何故かがわからないのは同じ。けれども、彼女が来るということはわかっていた。それが今日と安田記念の違いだ。

 

 慌てる必要はない。ムーンライトルナシーの走りはしっかりと研究してきた。仮に彼女が完璧なコンディションと能力で、すなわち彼女がGIレースに勝利したころの実力でもって、残り3ハロンを走りきったとしても、スペシャルウィークのスパートには届かない。レースが始まる前から数字は如実にそう示していた。

 

 ぐいと芝を踏み切り、スペシャルウィークはトップスピードへ。ムーンライトルナシーはロングスパートタイプなのでもうスピードに乗っているが、その速度差はほぼ同じ……若干スペシャルウィークの方が早いか。それでいて、現在の両者には1バ身の差が開いている。

 

 勝負あった、とはまだ言えない。ムーンライトルナシーのコンディションどうこう以前に、自身のコンディションが最悪かそれに近いものであろうことをスペシャルウィークは嫌でも理解している。レース中の幻覚と幻聴など、チームの面々に伝えれば議論の余地なく即刻病院送り待ったなしだ。現に、ムーンライトルナシーは自らとの距離を徐々に詰めて……

 

「え?」

 

 足音だけで理解できた。距離が詰まりつつある。1バ身あったはずの差が、失われつつある。

 

 自分の、スペシャルウィークの走りに問題はない。スピードも、スタミナも、想定通りにフルパワーで発揮できている。本来ならばそれで彼我の差は広がり続けるはずなのに、現実にはむしろ距離が詰まり始めている。原因は明らかだ。

 

 ムーンライトルナシーが、彼女自身の限界を超えている。

 

 そんなことがどうして起こる? 本格化がとっくに終わっていてもおかしくない現役7年目、近走戦績が振るっていたわけでもないステイヤーウマ娘が、どうしてマイルレースの残り3ハロンで先頭に立って脚を使えるのか。

 

 ムーンライトルナシーはひた隠していただけで、実はマイル適性があった? まさか。それともアグネスデジタルのように何かしらの秘策があった? こちらは可能性が残る。とはいえその秘策を今すぐは見抜けないし、見抜いたところで対策が打てなければ意味がない。

 

 まずい、まずい。何が正しい? 私は何をすればいい? 

 

 ただでさえ真昼間のはずなのに夜のレース場を走らされて、そのうえ事前の想定をはるかに超えてきたライバルに追い抜かされかける。積み重なった異常な状況に、スペシャルウィークの思考回路は限界を迎えつつあった。

 

 ────落ち着いて。今やるべきことは他にある、そうでしょ? 

 

 そんな彼女をなんとか繋ぎ止めていたのは、皮肉にも異常現象であることが明白な幻聴だった。

 

 ────あれこれ考えるのは後回し。どうしてこうなったか、どうやって勝つか、毎日王冠よりも前にそんなことを考えながら走ってた? 

 

 幻聴の囁きに対する回答は否だ。だがスペシャルウィークはこの1年で痛いほどに学んできた。

 

 がむしゃらに走っているだけでは勝てるものも勝てない。暗示による広い視野と深い思考がなければ、自分の手からいくつもの優勝レイが零れ落ちていただろうということを彼女は理解していた。暗示に頼るなと言われた以上、自分の力でそれを実現するしかないのだ。

 

 ────違うよ。琥珀さんは、自己暗示の真似事をしてほしいんじゃない。暗示じゃ真似できない、わたしの個性を見つけるために走ってほしいと考えている。そうでしょ? 

 

 スペシャルウィークの頭に困惑の感情が浮かぶ。

 

 確かに自分のトレーナーはそんなことを言っていた。けれども、個性なんてそう簡単に見つけようと思って見つけられるようなものではないのに。暗示が必要ないくらいに強い個性を自分が持っていれば、そもそも暗示に頼る必要が……

 

 ────じゃあ、わたしにとってセイちゃんってその程度なんだ? 

 

 その言葉を聞いた途端、スペシャルウィークの心が煮えたぎったように熱くなった。彼女自身、それを完全に自覚していた。

 

 ────だって、暗示のないわたしは大したことないんだもんね? セイちゃんだけじゃない、わたしが暗示なしで勝った相手なんて()()()()()なんだもんね。これまでは全部暗示のおかげ、『わたし』のおかげ。褒めてくれるのは嬉しいけれど、照れちゃうなあ。

 

 反射的に怒りの感情をぶちまけそうになって、ギリギリのところで踏みとどまる。

 

 少しだけ親身なふりをしておいて、やっぱり幻聴は幻聴なのだ。存在しないものに怒り散らして何になる。ここで我慢するくらいの分別はこの1年で身に付けてきているのだ。

 

 ────逃げに逃げた先に見えた勝利も、その勝利に紙一重まで迫った意地も、大したものじゃなかったね。

 

 スペシャルウィークの理性をぎりぎりのところで保っていた最後の糸が、その言葉によってぷつりと切れた。

 

 今までよりも強く、トップスピードでスパートをかけていた今までよりも強く地面を蹴る。骨が軋むような感覚。脚には痛みが走る。

 

 だからどうした。売られた喧嘩は買ってやる。

 

 風を切って、立ちこめる霧を切り裂く。ムーンライトルナシーが限界を超えてくるなら、自分だって限界を超えればいい。たかがそれだけのことに、どうして今まで気づかなかったのか。

 

 それでも、追い抜きの体勢に入っていたムーンライトルナシーを突き放すにはまだ至らない。残り2ハロン、フォルスストレートもとっくに終わっている。背後から聞こえる足音は外ラチ側にズレている。直線でスペシャルウィークをかわす算段なのだろう。

 

 スペシャルウィークは姿勢を思い切り前に傾ける。足裏で地面を蹴るのではなく、つま先の鉄頭部だけでロンシャンの芝を掘り返すのだ。ダートで砂を掘り返すのと同じ要領なのだから、やってやれないことはない。だが言うまでもなくスペシャルウィークの脚には強烈な負荷がかかるし、このような走り方を想定していないベルノライトお手製の蹄鉄も悲鳴を上げているに違いなかった。

 

 気付けば、霧は晴れていた。朧げに光を届けていた満月が空に輝く。

 

 自らの身体を顧みない走りにスペシャルウィークが手を出し、この後に及んでさらにスピードを増してもなお、ムーンライトルナシーはまだその背中に食らいついていた。むしろ、彼女はその事実に闘争心が昂ってすらいた。

 

「こうでなくちゃ……面白く、ないわねっ!」

 

 オグリキャップよりも、タマモクロスよりも、オベイユアマスターよりも……トニビアンカよりも。記憶の中にある彼女たちよりも、今の自分は強い。ムーンライトルナシーにはその確信があった。その自分が全力で立ち向かっても、スペシャルウィークにまだ届かない。これほどに愉快なことがあるだろうか。

 

 実のところ、ムーンライトルナシーは自分が本気でこのレースを勝てるかもしれないとは考えていなかった。

 

 スペシャルウィークや彼女のチーム関係者はさながらイングランド人のように欧州のウマ娘たちを煽り倒していたが、別に今の欧州マイルが弱いわけではない。ただ彼女が強いだけである。そしてムーンライトルナシーは、これまでマイルレースなど走ったことすらない。欧州基準で見ても、マイルで勝負できるようなウマ娘ではないのだ。

 

 だからこそ、今日の自分自身がこれほどに冴えた走りができていることに彼女は驚いていた。ましてや、領域(ゾーン)にまで至れたのを自覚できるなんていつぶりかもわからない。

 

 ウマ娘は想いを背負って走る、とは誰が言ったか。ムーンライトルナシーは常識と理性の名の下に、勝ちたいという感情を抑え込んでいただけだった。しかし今ならば、彼女は胸を張って『スペシャルウィークに勝ちたい』と言えた。そうだ、まだスパートができる。自分の至ったことのない速度に至れる。この最終直線で、スペシャルウィークを追い抜ける。

 

 そう確信した瞬間、前方の空に流星が瞬いた。

 

 最初のひとつは気にも留めなかった。だが、ふたつみっつと輝く星が自らの頭上を追い抜いていくのを見て、ムーンライトルナシーの感情に困惑が混じり始める。

 

 いいや、それどころの数ではない。最早両手の指でも数えられない数の流れ星が、流星雨となって夜空に降り注いでいた。

 

「……これは」

 

 霧がかった満月の夜空はムーンライトルナシーの心象空間に過ぎない。アスリートが常識的には考えられない集中力を発揮する領域(ゾーン)、その一端だ。あくまでそれはムーンライトルナシーにしか観測できない主観的なものでしかないし、自らの精神に揺らぎがない限り、世界が侵されることはない。例え邪魔が入ったとしても、世界が崩れて元通りのまともな空間に戻るだけだ。

 

 ならば、どうして霧が晴れる? 満月が隠れる? 流星雨が満天を覆う? 

 

 スペシャルウィークは遥か先を行く。たかが1バ身の差が狂いそうになるほど遠い。星の墜ちていく先に、スペシャルウィークは突き進む。その姿こそ、まさしく────

 

「シューティングスター……!」

 

 事ここに至って、ムーンライトルナシーは自らの判断ミスを悟った。なんてことはない、リサーチの時点で致命的に間違えていたのだ。

 

 スペシャルウィークは燃え盛る太陽ではなかった。むしろその本質は、儚い流星にこそあったのだから。

 

 手が届きそうな眩い流星にムーンライトルナシーが見惚れていた数秒の間に、ゴール板は彼女の遥か後方へと消えていった。ついぞ自分がスペシャルウィークに追いつくことなくレースは終わってしまったのだとようやく気がついて、それでもムーンライトルナシーの顔には曇りのない笑みが浮かんでいた。

 

 


 

 

 日本、深夜。都内某所に聳える豪邸の一室で、二人の少女が液晶テレビの映す映像を食い入るように見つめていた。以前にも増して身長が伸びた黒いショートヘアのウマ娘と、彼女の親友たる亜麻色のロングヘアをなびかせるウマ娘だ。部屋の入口の脇で、少女たちのお世話役兼お目付け役として控えている使用人の老人が微笑ましげにその様子を眺めている。

 

「……すごかったね」

「……うん。本当に……本当に強かったね、スペシャルウィークさん」

 

 少女たちは間違いなくレースを見て興奮していたが、それ以上に映像でも伝わってくる圧倒的な雰囲気に呑まれていた。これまでのスペシャルウィークとは何かが決定的に違う、鬼気迫る走り。だが、不思議とそれに恐怖を抱きはしなかった。

 

「なんていうか……うーん、すごく……今までよりも……」

 

 表現すべき言葉を見つけられないのか、唸り続ける少女。その様子を見て、少女の親友は言葉を継いだ。

 

「スペシャルウィークさん、きらきらしてたよね?」

「そう! そうだよダイヤちゃん、すっごくきらきらしてた!」

 

 液晶の中にいるスペシャルウィークは、彼女に食い下がりつつ惜しくも2着に終わったムーンライトルナシーと笑顔で言葉を交わしている。残念ながら音声は乗っていないので彼女たちが何を話しているのかはわからなかったが、少なくともそこに映るのは少女たちの知るスペシャルウィークだった。

 

 だが、レース中の彼女は……特にフォルスストレートに入ってからの彼女は、画面越しでも理解できるほど何かに怒っているようだった。どこかでそんなスペシャルウィークを見たことがある気がして、それが安田記念の記者会見でアグネスデジタルを庇いに入ったときと同じだと黒髪ショートのウマ娘はすぐに気付いた。

 

 にもかかわらず、怒りを滾らせて走っているはずのスペシャルウィークは今までで一番輝いていた。そんな気がしてならなかったのだ。

 

「流れ星みたいにきらきらしてた!」

「……そうだね」

 

 その返事がやけに落ち込んでいるように感じられて、少女は思わず親友の方に振り向いた。

 

「どうしたの、ダイヤちゃん」

「…………ねえ、キタちゃん。私たちも、スペシャルウィークさんみたいに輝けるのかな」

 

 普段ならば、持ち前のポジティブ思考と底抜けの明るさで『当たり前だよ』と返せただろう。

 

 けれども少女は知っている。親友の実家は一族の総力を以てトゥインクル・シリーズに挑戦し続けてきて、それでもGIには手が届かずにいることを。そんな中、親友は潜在能力の高さを見込まれた『望まれたウマ娘』として、一族の責務をその小さな身体で背負っているということを。

 

 自分だって家族や地元の人たちに背中を押されてはいるが、それはあくまで純粋な期待だ。責務として期待を背負う親友のプレッシャーを正しく理解することはできない。

 

「できるよ。私とダイヤちゃんなら、できる! いつか私たちもスペシャルウィークさんみたいに輝いて、GIレースの大舞台で一緒に走る。そうでしょ?」

 

 それでも、寄り添うことはできる。少女はそう確信していた。

 

「……そうだね、そうだよね……私たちだって、磨けば、輝ける」

 

 亜麻色の髪の奥で、親友はそう呟くように言った。その顔がぐっと上に向く。

 

「……じいや」

「はい、ここに」

 

 後ろで控えていた燕尾服の老人がすっと立ち、彼の身長の半分ほどしかない親友の呼びかけに応じ、(こうべ)を垂れた。

 

「決めました。私は、ダイヤはもう迷いません」

 

 親友の瞳に火が灯る。

 

「私は、必ずやトレセン学園中央校に入校し、サトノに勝利を、トゥインクルGI勝利の栄光を我が一族にもたらしてみせます」

 

 親友がそう宣言するのを見て、少女の胸にわずかな痛みと寂しさが残る。

 

 彼女よりも先に本格化が始まり、同じぐらいだった背丈はどんどん差が付きつつある。それをどこか『寄り添って()()()義務がある』と解してはなかったか。

 

「スペシャルウィークさんだって、日本のウマ娘は欧州で勝てないというジンクスを粉々に打ち破り、あれほど輝いてみせたのです。スペシャルウィークさんにできて、私に……このサトノダイヤモンドにできないなんて、()()()()()()()()()()()

 

 そう胸を張る親友────サトノダイヤモンドを見て、少女は心臓が跳ねたのを理解した。

 

「長らく囁かれていた『サトノはGIで勝てない』というジンクス、必ずや破り捨ててみせます!」

「……ダイヤお嬢様のお覚悟、確かに聞き届けました。敬服いたしましたし、御主人様も奥様も大層お喜びになられることでしょう。この先、このじいやが想像もできないような苦難が待っているとは思いますが、その道行きをこの目にできることを幸福として、微力ながらお力添えをさせていただきますとも」

 

 優しくそう言った老人が続ける。

 

「キタサンブラック様も、これからもどうか、ダイヤお嬢様を何卒よろしくお願いいたします」

「もちろん! でも、ダイヤちゃんはライバルだから……」

 

 少女────キタサンブラックはそう言いながら立ち上がる。

 

「負けないよ、ダイヤちゃん」

「……私だって!」

 

 ぐっと見上げながらそう宣言するサトノダイヤモンドと目線を合わせていると、どちらからともなく噴き出した。

 

「さて、そろそろ夜も更けてまいりましたよ。トレセン学園を目指すのであれば、休むのも鍛錬のうちです。ダイヤお嬢様もキタサンブラック様も今日はお休みくださいませ。明日はターフでの練習会もあるのでしょう?」

 

 じいやに促されるようにして少女たちは部屋を出る。いつかきっと輝けると信じた二人に、夜がやってきた。

 





【読者の皆様に重要なお知らせ】

 5章最終話である今話をもって、本作『生徒会長スペシャルウィークちゃん!』は休載します! 理由は単純、原稿ストックが消え失せたからです。さすがにこれ以上の連続投稿はきついや。というわけで申し訳ありませんが、しばしお待ちいただければと思います。





//NEXT CHAPTER ==>
第6章『赤熱のしいのき賞』

「恨めしいよ、スペシャルウィーク」



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