〝鬼の女中〟と呼ばれる女 (悪魔さん)
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第1章 ロジャー海賊団入団
第1話〝クロエ・D・リード〟


前々からお伝えしていた、新シリーズです。
もう一方のは成り代わりですが、こちらはオリ主で執筆します。


 世界を一周する巨大な大陸「赤い土の大陸(レッドライン)」により両断され、幾多の海賊達が海の覇権を競う世界。

 その世界を一周する航路「偉大なる航路(グランドライン)」のとある海域で、錐のように尖った頭が目立つ巨漢が、敵船を次々と沈めていた。

「ひやホホ! 身の程を知れ、未熟者共が」

 あごひげをゆすり、笑いながら壊滅した一団を見下す。

 

 巨漢の名は、チンジャオ。

 赤い土の大陸(レッドライン)偉大なる航路(グランドライン)によって区画された四つの海の一つ「西の海(ウエストブルー)」にある「()(くに)」という国家を拠点とする海賊だ。数百年の歴史を持つギャング「八宝水軍」の第12代目の棟梁であり、彼自身も〝錐のチンジャオ〟の異名で5億4200万ベリーの懸賞金が懸けられている大物だ。

 今日もいつも通り敵対する海賊達を、十八番の頭突きと祖国発祥の防御不能の衝撃を操る〝八衝拳(はっしょうけん)〟で船ごと屠っていたのだが、一つだけいつもと違うことに出くわした。

「お頭!! ガキを発見しました!!」

「何だと?」

 部下の報告に、眉を顰めて甲板へ向かう。

 視線の先には、野犬みたいに目つきが悪い荒んだ出で立ちの少女がいた。

 何というか……びっくりするぐらい無愛想なのが見ただけでわかる。

「身元はわかるか?」

「いえ、全く……ただ服に名前と思われます刺繍が」

「おい、見せてみろ」

 チンジャオが堂々とした佇まいで言い放つと、少女はムスッとした表情で服の裏を見せた。

 そこには「CHLOE・D・READ」という文字が刺繍されていた。

(クロエ・D・リード……〝D〟の名を持つ女か)

 チンジャオは目を細めると、少女を質した。

「小娘、貴様何歳だ?」

「……7歳。それが何なの?」

 少女――クロエの一言に、海賊たちは唖然とした。

 びっくりするくらい愛想がない!

「……身寄りがないなら、私のところに来い」

 チンジャオの言葉に、クロエは眉を顰める。

 しかし残念なことに行くアテはなく、ましてや海賊が蔓延る世界だと今の自分は間違いなく無力だ。

 チンジャオの言葉に、従わざるを得ない。

「ひやホホ! 私のところへ来るのを非常に嫌がっているが……この海で自由に生きたいのならば、生き残る術や強大な力が必要だ。私が鍛えてやろう。悪い話ではないと思うが」

 フン……と不敵な笑みを浮かべるチンジャオ。

 自信に満ち溢れており、自分ならお前を強くできるという確信を孕んでいる。

「…………わかりました」

『イヤそう!!』

 しかめっ面で応じるクロエに、武装した男たちは声を揃えたのだった。

 

 

           *

 

 

 錐頭の男に保護されたクロエは、自分が置かれている状況を整理しようと思考に浸っていた。

 

 記憶が正しければ、自分はビルから飛び降りたはずだ。冷え切った家族、無能な同僚、上司からの圧力……自由や自分らしさを奪われたも同然の生活に疲れ、生きることに嫌気が差して〝世界〟に見切りをつけた。

 しかし、次に目を覚ませばそこはなんと物語の世界。しかも海賊がいる()()()()の世界である。いわゆる異世界転生というヤツだ。

 本来なら混乱し慌てるところだが、どういうわけかすんなり受け入れられた。強いて言えばもっと幼い頃や()()()()()()()両親の記憶がないことが気掛かりだったが、家族絡みで色々遭った身なので全く気にしなくなった。

 一応まさかと思って鏡を見たが、原作のキャラに成り代わっているわけではなかった。目つきの悪さは前世から変わらなかったが。

 

(いや……生まれ変われるなら自由気ままで生きたいとは願ったけど……)

 クロエはこれからどうしようか悩んだ。

 よもや異世界転生という形とは思わなかった。しかも海賊の世界だ。前世ではよく鬼退治の物語を読んでいたが、海賊の世界は〝にわか〟でしかない。

 そういう意味では、あの錐頭の海賊に育てられるしか道はないのだ。

(……まあ、どうとでもなるか)

 あの職場のような失敗は繰り返さない。

 そう胸に誓い、自分を拾った錐頭の下で暮らすことを決意した。

 

 

           *

 

 

 西の海(ウエストブルー)、花ノ国。

 中華風の建物がそびえ立ち、文明も発展しているこの国で、チンジャオはクロエをアジトで住まわせることにした。

「強くなるって、戦うどころか喧嘩すらしたこともない私にできるの?」

「ひやホホ、随分と大人びているな。……飯を食いながらで構わんぞ」

 青椒肉絲(チンジャオロースー)を頬張るクロエに、チンジャオは知識を教えた。

「この海を生き残るには、「覇気」と呼ばれるチカラを会得しなければならん」

「「覇気」……?」

 チンジャオ曰く。

 覇気というチカラは、この世界の全ての人間に潜在する「意志の力」であり、目に見えない感覚を操る。無意識のうちに覚醒することもあるが、開花させるには長期間の過酷な修行や実戦の極限状態が必要で、実際に体得する人間は極一部でしかない。

 この世界で「絶対的正義」を掲げて海賊たちを取り締まる海軍の幹部格も、この覇気と呼ばれる力を操り、海賊達の中でも強豪や大物とされる面々も当然扱える。覇気の有無で、大海における自分の寿命が決まると言ってもいいだろう。

「中には覇気に加え、武術を組み合わせる者や〝悪魔の実〟を口にして手に入れた特殊能力を駆使する者もいる。彼奴らの戦闘力は言語に絶する」

「……あなたはどうなの」

「私は覇気に加えて〝八衝拳(はっしょうけん)〟という拳法を会得し、極めている! この錐頭に纏った覇気は、一点に集中した力によって氷の大陸を割ることもできる!」

「絶対に嘘だ」

 一点に集中した力は凄まじいのは理解できるが、さすがに氷の大陸を割るのは信じ難い。

 どうせ自分の偉大さ・強さを誇張する都市伝説的な話だろう――そう思うしかない。

「……嘘だと思うなら、あとで見せてやろうか?」

 不敵な態度のチンジャオに、クロエは何とも言えなくなる。

 真実かどうかは別として、己のチカラや強さに自信を持っている証拠だ。ましてやここはあの海賊の物語の世界だ、本当にやれる可能性もある。

「……〝八衝拳〟って何なの?」

「ほう? 随分と食いつくな」

「強くなんないとここから出て自由になれないじゃない」

「ひやホホ! 気の強い小娘だ! その威勢は認めてやる」

 チンジャオは蓄えた髭をゆすりながら大笑いした。

 

 八衝拳。

 それは、花ノ国が生んだ独自の拳法。相手に防御不能の衝撃を与えることができ、その威力は鎧や盾もいとも簡単に破壊してしまう程だという。そして与えた衝撃は相手の内部に直接ダメージを及ぼすため、いかに強固な肉体を持っていようと攻撃そのものは防げないという強力なアドバンテージがある。

 言い方を変えれば、衝撃波を操る武術だ。

 

「……あなたはその八衝拳を極めてるというのね」

「ひやホホ、物分かりが早いのはいいことだ」

「……誰でもできるの?」

「何を言う、お前に覚えさせる技術だぞ?」

 その言葉に、クロエは目を細めた。

 やはりチンジャオは、素質云々を問わず戦えるように叩き込むつもりだ。

(……まあ、覚えておいて損はないか)

 中国拳法のような、物語の世界ならではの拳法の会得。

 異世界に転生したとはいえ、まさか自分が戦闘に身を投じるようになるとは、夢にも思わなかった。

 だがこの世界は、自由であり続けるためには強さが――チカラが必要不可欠だ。何者にも屈さない、確固たる武力が。

「クロエ、もし本当に自由の身になりたければ、この私に認めさせてみろ。一端の強者としてな」

「それまでは束縛する気なの」

「無論だ」

 嗤うチンジャオに、クロエは苛立ちを覚えた。

 この男に一矢報いなければ、自分は自由気ままに生きることができない。前の世界で束縛された生き方をしたというのに、転生してもなお強いられるのか。

 それは我慢ならない。今度こそ自分は自由に生きるのだ。

「……抑圧と束縛は嫌」

「なら、選択肢は一つだ」

「やる。その錐頭へし折ってでも私は自由になる」

 クロエの意志の強い眼差しに射抜かれたチンジャオは、どこか満足気に笑みを浮かべた。

 

 

           *

 

 

 食事を終えたクロエは、チンジャオに連れられ修行場へ訪れた。

「ここは我が八宝水軍が長年使っている専用の修行場! あらゆる武具と障害物、罠も用意できる」

「殺すつもりってこと?」

「海賊の戦いは常に死と隣り合わせだぞ? 殺すつもりで鍛えねばお前は死ぬぞ?」

「ちょっと何言ってるかよくわからない」

 要するに過酷な修行をつけさせ、突貫で強くさせるらしい。

 短期間でどこまで強くなれるかはわからないが、確かに基礎戦闘力は是が非でも底上げしなければならないだろう。

「まずは貴様の能力を知りたい。どこからでも打ち込んで来い」

「……上等!」

 クロエは自由を手に入れるべく、チンジャオに挑んだ。

 

 

 30分後。

「……」

「ひやホホホホホホ! 弱い弱い、弱すぎるわ小娘!! その程度では到底私に勝てんぞ」

(このジジイ、化け物だ……!!)

 ボロボロな姿で倒れるクロエは、心の中で悪態を吐いた。

 相手は水軍の棟梁。当然尋常ならざる強さであり、力の差は一万メートルくらいあるだろう。事実、全力で脛や股間を蹴っても殴ってもビクともしなかった。金的はちょっと効いたっぽかったが。

 だからと言って、子供相手に本気で殴るな!!

「本気で殴ったことにも意味はあるぞ」

(心を読まれてる……これも覇気ってチカラ?)

「いかにも。〝見聞色〟と言ってな、相手の感情や気配をより強く感じることができる覇気だ。攻撃の先読みや力量の把握、昇華すれば未来予知まで可能だ」

 完全に心を読まれてることを悟り、クロエは呆然。

 先読みされれば、どこを攻撃しても捌かれてしまうのも無理はない。

「しかし、女だてらに中々タフだな。ひやホホ、仕込甲斐もあるというもの! 覇気の扱いも八衝拳も、私の全てを叩き込んでやる!! 覚悟しておけ!!」

「……遺書はいる?」

「用意はしておくんだな!」

 チンジャオはクロエの体を掴むと、さっさと傷を治せと言わんばかりに救護班の下に叩きつけた。

 

 

 その後もクロエはチンジャオのスパルタ修行に参加させられた。

 ある時は柔軟性を高めると言って開脚を強制させられ、ある時は山を登って来いと言われて登ってる最中に山頂から石を落とされて巻き込まれ、ある時は水中戦に慣れておけと川に放り込まれ……児童虐待も真っ青な修行を強いられた。

 しかし前世の二の舞は演じたくないというハングリー精神で必死に食らいつき、クロエは着々と力をつけていくのだった。




という訳で、本作は年表で言えば40年前から始まります。
ちなみにオリ主はバーソロミュー・くまやウルージさん、キングと同い年です。


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第2話〝三年後を目指して〟

第二話です。
ちなみに本作のオリ主・クロエは悪魔の身の能力者にはなりません。


 海賊〝錐のチンジャオ〟に拾われて、早三年。

 10歳になったクロエは、メキメキと実力をつけていき、目を瞠る速さで急成長した。

「ドイサ! 〝()(トウ)〟!」

「ハァッ!」

 ドォン! という衝撃音と共に、クロエの刀とチンジャオの錐頭が激突し、バリバリと音を立てて覇気がぶつかり合う。

 クロエは歯を食いしばって押し返そうとするが、チンジャオは未だ余裕を見せている。

「ひやホホ! どうした、いつもの威勢は!?」

「ぐっ……アァァッ!」

 クロエは必死に耐え、気合で押し返した。

 弾かれたチンジャオは、その巨体からは想像もつかない俊敏さで華麗に着地。そのまま拳を振るって八衝拳で進撃する。

 クロエは後退して距離を取る。

「ひやホホ、いつまで避けるつもりだ?」

「いや、ここまで距離を取れば十分」

「何だと?」

 クロエは刀に覇気を纏わせ、刀身を黒く染めて両手持ちで振りかぶった。

「〝(かむ)()〟!」

 

 ドォン!

 

「ぬおっ!?」

 クロエが刀を大きく振った瞬間、覇気を纏った強烈な飛ぶ斬撃が襲い掛かった。

 チンジャオは咄嗟に両腕を十字に組んで斬撃を防ぎ、力業で軌道を逸らすと、斬撃は遥か後方へと飛んでいき岩山を粉砕した。

「……ひやホホホ、中々強力。久方振りに両腕が痺れたわ」

「ちっ……」

「では私も少しばかり本気で行こう! 見るがいい!」

 チンジャオは跳び上がると、錐頭を〝武装色〟で硬化させ、そのまま落下してきた。

 クロエは嫌な予感がしたのか、顔を引き攣らせた。

「〝()()()()()〟!」

「!? ちょ、し、()()! それ殺す気じゃ――」

「〝錐龍錐釘(きりゅうきりくぎ)〟ィィ!!」

 刹那、地震かと思える程の大地の震えと共に轟音が響き渡った。

 それに続くように、クロエの断末魔の叫びも木霊したのだった。

 

 

「クソ、刀折られた……!!」

「ひやホホホホホホ!!」

 修行を終え、ボロボロな姿で悪態を吐くクロエを笑い飛ばすチンジャオ。

 三年前の出会い以降、二人は師弟関係となった。罵倒合戦を繰り広げつつも決して険悪になることはなく、スパルタながらも着実に強くなってるため、傍から見れば「喧嘩するほどに仲が良い関係」に見られている。

 事実、チンジャオはまだ孫がいないが、クロエのことを弟子であると同時に孫娘のように可愛がっているのだ。

(基礎戦闘力は鍛錬と実戦を重ねればさらに飛躍する……もはや十分だろう。しかしまさか、クロエも〝王の資質〟を持っていたとは。ひやはや、これは10年後が楽しみだ)

 スパルタ修行を課す内に、クロエの潜在能力をチンジャオは把握していたが、そのスペックは想像以上。自分以外に勝てる者は花ノ国にはいないと断言できるほどの逸材だった。

 

 チンジャオがクロエに叩き込んだのは、八衝拳と覇気。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟の強豪たちと渡り合うために必要な八宝水軍の二大戦闘技能だが、クロエはこの戦闘技能の才に目覚め、一端の強者として申し分ない実力を得た。

 

 八衝拳については、やはり自分と比較すると威力は低い。しかしクロエは技術面の才能があり、刀を通じて衝撃を地面に伝導させる〝遠当て〟という防御不能の八衝拳ならではの戦い方を編み出した。八衝拳の衝撃は拳や蹴りといった直接攻撃で相手に通すのだが、地面に伝導させて通すという間接的な戦法は興味深く、その道を極めたチンジャオも舌を巻いた。

 

 覇気については、修行の最中に〝覇王色〟の覇気を覚醒させるという思わぬハプニングがあった。修行開始から一年余り、あまりのスパルタぶりにクロエがキレ、その感情の爆発の際に覚醒したのだ。とはいえ、覇王色は人間的な成長でしか強化されない特殊な覇気なので、敵味方関係なく周囲を威圧しないようにチンジャオは指南している。

 武装色と見聞色に関しても、彼女自身のハングリー精神もあってか10歳でありながら高水準の練度・精度を有している。さすがに悪魔の実の能力の無効化や未来予知といった高度な技術には至っていないが、それらもあと数年もすれば習得できるほどの力量だろうとチンジャオは判断している。

 

 まさしく、女だてらに一騎当千。八宝水軍で彼女を実力で御せるのはチンジャオしかいないだろう。

 一方、そんな彼女にも覇気に頼りすぎているという節がある。覇気は消耗する代物なので、一度に膨大な量の覇気を使用し続けると一定時間使用できなくなることもある。その欠点を対処できるかが、彼女の今後の課題となるだろう。もっとも、チンジャオは要らぬ心配だと割り切っているのだが。

(……ひやはや、いつかクロエも()()()()()()()()()()

 偶然の「拾い者」の計り知れない潜在能力に、チンジャオは口角を上げたのだった。

 

 

           *

 

 

 それから暫しの時が流れ。

 チンジャオは、クロエにとんでもない稽古を押し付けた。

「クロエよ、お前には財宝泥棒たちを蹴散らしてもらう!」

「子供に頼む内容じゃない」

 クロエのごもっともな反論に、チンジャオの部下達は苦笑いする他ない。

 チンジャオ曰く、八宝水軍は数百年に渡り「宝玉氷床(ほうぎょくひょうしょう)」なる氷の大陸に財宝を貯め続けており、その巨万の富を奪おうとする者たちが絶えないという。しかし宝玉氷床は一点に凄まじい力を込めねば割れないという特徴があり、たとえ火を使おうが斧やつるはしを使おうが傷一つつかない。

 そこでチンジャオは、実戦経験を重ねる意味合いでその財宝泥棒たちを倒すように命じたのだ。

「今までは私自ら鍛えてたが、お前に教えることはほとんどない。あと三年経てば、お望み通り海へ出てもよい」

「!」

「それまでは鍛え続けろ。一切の妥協は許さんがな」

 師匠の無茶ぶりに、クロエは思わず頭を抱えた。

 

 

 数時間後、クロエは丸腰で宝玉氷床へ訪れていた。

「素手で倒せというの?」

「得物を失った時に頼れるのは己の肉体のみ! そして拳法は武器のない状況でこそ真価を発揮する! ――ここまで言えば、賢いお前なら自ずと解ろう」

「……まあ」

 不敵に笑うチンジャオを睨みつつ、目の前で眼下の氷床の奥底に眠る財宝を奪おうとあの手この手で割ろうとする男たちを見据える。

 その視線に気づいたのか、男達は振り返ってガンを飛ばした。

「んだ、てめェ?」

「片方はガキじゃねェか」

「じいさんとガキが出しゃばるんじゃねェ!」

 ギャーギャーと喚く男たち。

 その罵詈雑言に意にも介さず、クロエはチンジャオに尋ねた。

「……どこまでが許容範囲なの?」

「海賊は生かすも殺すも自由だぞ?」

「……そう」

 クロエは呼吸を整え、両腕に意識を集中させる。

 覇気が伝わり、二の腕から先が黒く変色する。黒光りする鋼鉄のように硬化したそれは、たとえ少女の腕でも矛にも盾にもなるチカラだ。

「何だ、やんのか嬢ちゃん」

「痛い目に遭いたいのかァ?」

 目つきは悪くとも歩み寄る少女に、男たちは下心丸出しの笑みを溢す。

 が、その認識は早くも誤りであると思い知ることになった。

「フンッ!」

 

 メキィッ!

 

 地面を蹴ったクロエは、先頭の男の鳩尾を正確に殴った。

 それと同時に、チンジャオ直伝の八衝拳の衝撃が叩き込まれ、男は吐瀉物をぶちまけてノックダウン。口や鼻から血を流し、白目を剥いて失神した。

「な、何だこのガキ!?」

(はえ)ェ……ぐわっ!」

 すかさずクロエは、覇気で硬化した腕で裏拳を見舞い、自らの数倍の体躯を持つ巨漢を沈めた。続けざまにすぐ傍の男に飛び膝で八衝拳の衝撃を胸に叩き込み、意識をあっという間に刈り取る。

 大物海賊が直々に鍛えたとはいえ、クロエの戦闘技術がすでに達人の領域に至ってると過言ではないほどに研ぎ澄まされていたことに、チンジャオは驚きを隠せなかった。むしろ一端の師範として、とても満足の行く出来上がりだった。

「ひやホホホ……これは新世界でも通じるやもしれんな」

 蓄えた髭を弄りながら、クロエ無双を満足気に見守るのだった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜、クロエは勉学に励んでいた。

 理由は簡単。この海を生き抜くために必要な知識を得るためだ。

(飯と金は敵船から奪えばいいとして、気象や自然現象の知識は必要。そう考えると、学習するに越したことはない)

 何しろ、この世界の海は「物語の海」だ。

 常識は通じず、理屈も理論もメチャクチャ。ましてや世界を一周する〝偉大なる航路(グランドライン)〟は、世間から魔の海だの海賊の墓場だのと散々な言われようであり、しかもそれが紛うこと無き事実ときた。

 無知は罪。何も知らずに船を出すのは自殺行為であるので、こうしてこの海における常識を頭の中に叩き込むのだ。

(それに新聞はありがたい。世情に疎いのも問題だ)

 クロエが欠かさないのは、新聞を読むことだ。

 新聞はこの世界の数少ない情報ツール。誇張表現や印象操作もあるだろうが、真偽は己の目で確かめればいいだけの話なので、捏造しようが全く気にならない。

 最近の記事は先年に壊滅した「ロックス海賊団」の残党達、巷を騒がす海賊〝ゴールド・ロジャー〟、海軍の英傑たちの武勇がほとんどを占めている。特にロックス海賊団は世界最強と謳われた凶暴な一味であり、船長が討伐されてなお懸念が続いているそうだ。

「……いつか戦うのか」

 この世界を生きる以上、強大な存在・勢力といずれは衝突する。

 三つの覇気を覚醒させ、防御不能の攻撃力を学んだとはいえ、それらを容易く捻じ伏せる猛者と必ず出会う。この新聞に載ってる面々こそ、その猛者達なのかもしれない。彼ら彼女らから己の自由を守るためには、匹敵する力が求められるのは言うまでもなかった。

「……よし!」

 思い立ったが吉日。クロエは目を閉じて集中力を高め、見聞色を鍛え始めた。

 今の見聞色の精度は、相手の感情や気配を見抜き、攻撃を先読みする基礎中の基礎でしかない。それだけでも年齢を考えれば十分にも思えるが、クロエは満足せずにさらに上の段階を目指した。

 見聞色は、極限にまで極めていくと未来予知の領域に達する。数秒先の相手の行動・言動などを映像として「視る」ことができるため、戦闘に昇華すれば周囲から襲って来る死角からの不意打ちすら予知できる。世界の名だたる強者、取り分け世界でもトップクラスの実力者は未来予知ができるのだろう。

 これを扱えるようになれば、クロエは災害級の怪物たちとも戦えるようになれるだろう。

(三年。あと三年は鍛える。強さこそ全ての海だ、弱音を吐く暇も惜しい)

 努力は、必ずしも報われるとは限らない。だが無駄ではない。

 己の可能性を信じ、クロエは一人黙々と鍛えるのだった。




ついに「ONE PIECE FILM RED」の情報が出回りましたね。
ウタちゃん、可愛すぎる!


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第3話〝初陣初勝利〟

ついにクロエが海賊として名乗りを上げます!
ただ、バレットと同じ「一人海賊」ですけど。


 クロエは真の自由を得るため、鍛錬を続けて「女」を捨てた。

 それによってか、身体の変化はそこらの女性とは一味違った。

 

 体は華奢ながらも程よく引き締まり、腹筋もくっきりと割れている。身長は十代前半ながらも二メートル以上の長身となり、短かった髪の毛は腰まで伸びたため、首のあたりで一つに結んだ。過酷な修行によって顔にはいくつかの傷が刻まれ、女子というよりも歴戦の女傑と例えるのが相応しい。

 服装も動きやすさを重視し、群青色のシャツと灰色のズボン、赤い腰巻を巻いたカジュアルな出で立ちに。スカートやワンピースは拒み、自分ならではの戦装束で身なりを整えた。

 最近ではチンジャオの口調がうつったのか、一人称はいつも通り「私」だが二人称が「お前」に加えて「貴様」を口にするようになった。

 

 元々無愛想な方であったクロエだが、鍛錬と共に成長して無愛想ぶりに拍車がかかったことに、チンジャオの部下たちは嬉しいが複雑な気分であった。

 

 そして、チンジャオの下に身を寄せて六年。

 ついに運命は動き出した。

 

 

           *

 

 

(……!)

 瞑想で見聞色の鍛錬をするクロエは、目を開けた。

 海賊チンジャオに拾われて六年。スパルタ修行で心身共に鍛えた彼女の見聞色は、ついに数秒先の未来を予知できる程にまで成長した。

 そして先程見た未来は……刀を手にしたチンジャオの来訪だ。

(……何で刀なんか……?)

「クロエよ!」

 バンッ! と威勢よく扉を開けるチンジャオ。

 クロエは徐に立ち上がると、チンジャオに顔を向けた。

「……約束は果たしてもらう」

「ああ……だがその前に、お前に私からの〝餞別〟をやろう」

「?」

 チンジャオがそう言ってクロエに渡したのは、一振りの刀。

 抜いてみると、その刀身は異様なまでに赤黒く、まるで血を吸ったような文字通りの「人斬り包丁」と言える。

「真っ赤な刀……!?」

「その刀は妖刀〝()(けつ)〟!! まるで血を吸ったように赤黒い刀身を持つことから、生き血が化けた刀とも呼ばれている業物だ。斬れ味と強度は抜群の名刀だぞ? 気になるなら試し斬りでもするか?」

 チンジャオの言葉に頷き、クロエは外に出た。

 するとどこからともなく、彼の部下である海賊たちが大岩を乗せた台車を引っ張ってきた。

「覇気を纏わせず、まずは振ってみよ」

「……ふん」

 クロエは無造作に化血を縦に一閃した。

 

 ズパンッ!

 

「んなっ!?」

 たった一振りで、大岩はいとも容易く真っ二つ。

 それどころか、台車ごと両断してしまっているではないか。

「何だ、今の手応え……!?」

 クロエは手にしている刀の斬れ味に度肝を抜いた。

 真っ二つにした大岩は、台車の上とはいえ身長が二メートルを超えた自分でも見上げるほどの大きさ。当然、その分当たった時の手応えは感じるし、覇気も纏わせず無造作に振ったので刃こぼれもありえた。

 が、化血の刃は欠けてるどころか一ミリも曲がっておらず、鈍く赤く輝いている。

「主人の斬りたい時にだけ斬れるのが名刀。しかしその一振りは妖刀……意味は解るな?」

「……問題児を寄越したの?」

「フフン!」

 チンジャオは不敵に笑う。

 この刀は、おそらく()()()()()斬ってしまうのだろう。持ち主を死に至らしめる……というわけではなさそうだが、曰く付きといえば曰く付きだと断言していいレベルの代物だ。もしかすれば、この特性が化血を「生き血が化けた刀」と噂される理由かもしれない。要は弱者には扱えない刀なのだろう。

 だがこれを餞別に渡したのは、チンジャオがクロエを一端の強者と認めたことに他ならない。

「お前ならば〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海賊海兵など恐れるに足らんだろう。だが上には上があることを忘れるな。〝王の資質〟を持つ者など、この先の海にはザラにいると思え」

「……相手が何者だろうと、私は全員蹴散らす」

 クロエは化血を納刀し、左の腰に差す。

 彼女は財宝への欲や世界の王などの野心は持たない。あるのは「自由で在り続ける」こと。何者にも束縛されない、思うがままに立ち振る舞う一生こそ、クロエ・D・リードという女の望むモノなのだ。

 そして、それを阻む者は誰であろうと容赦なく蹴散らす覚悟だ。それこそ、神であろうと。

「師範……六年間、世話になった」

「ひやホホ……貴様の武運長久を祈るぞ」

 深々と頭を下げるクロエに、チンジャオは激励の言葉を掛けた。

 

 

 花ノ国の港に、一隻の小船が停泊している。クロエがチンジャオから貰った八宝水軍の避難船の一つだ。

 その甲板にて、クロエは海図を広げていた。

「……ひとまずは〝偉大なる航路(グランドライン)〟を目指すか……」

 一般常識が全く通用しない海賊の墓場である、世界一周航路。相応の強さを得たクロエにとっても、レベルとしては問題ないだろう。

 そもそもクロエは、自由気ままに生きることを重視するため、財宝や支配に一切興味はない。海賊である以上、欲しいモノは力づくで奪うのが道理だが、その欲しいモノが思い浮かばない。船や金は道中で手に入れられるし、仲間も今は必要ない。

 強いて言えば……世界中を旅してみたいぐらいだろうか。

(でも、ようやく……ようやくスタートラインに立てた。ここから()()()()〟が始まる)

 そう、ここからクロエ・D・リードは始まるのだ。

 前世で自由の無い生き方に心身共に疲弊しきって自ら命を絶ち、何の因果か海賊の物語の世界へと誘われ、そこで王の資質にも目覚め……この世界でも自由で在り続けられるチカラを得た。

 そしてこれから、彼女は強さで自由を阻む全ての存在に抗い倒すことが許される。非道なれど仁義がある海賊の世界へ、これから殴り込むのだ。

(……私の強さは、私が自由で在るためにある)

 そう強く決意し、女海賊クロエは大海原へと漕ぎ出した。

 己の思うがままに。己の満足がいく、後悔のない航海(たび)へ。

 

 

           *

 

 

「とは言ったものの、どうしたものか……」

 うーんと唸りながらオールで船を漕ぐクロエ。

 航海を始めて、早一週間。彼女は今、〝凪の帯(カームベルト)〟のド真ん中にいた。

 〝凪の帯(カームベルト)〟は〝偉大なる航路(グランドライン)〟の両脇に沿って存在している無風海域。この海は巨大な海洋生物「海王類」の中でも数百メートル級の巨大さを有する大型海王類の巣――普通に考えれば超危険地帯で、うっかり迷い込んで襲われたら一巻の終わりだ。

 しかし、この海域を渡ってはいけないという法律があるわけではなく、航海すること自体は自由だ。現に海軍の軍艦は船底に「(かい)(ろう)(せき)」という海が固形化したような鉱物を敷き詰めており、海王類の目を誤魔化して比較的安全に航海している。

 そして、これは本当に抜け道中の抜け道なのだが……刺激さえしなければ小さすぎる船は認識外となり、攻撃してこないということがある。クロエの船は定員が数人分で、大型海王類から見ればアリやハエのような大きさだ。いくら凶暴獰猛な海王類でも、そんな小さな存在をわざわざ攻撃する必要性はない。

 というわけで、クロエは超危険地帯でものんびりと航海することができていた。ただし無風なのでオールで漕いで移動するしかないのだが。

「まあ、これはこれでいい修行になるか」

 クロエはオールを引き揚げ、寝っ転がった。

 彼女はこの無風海域に来てから、常に見聞色を発動している。海王類が接近したら刺激しないようにその場にとどまってやり過ごし、離れたら漕いで進めるを繰り返して移動する方が比較的安全だからだ。

 その上、いつ海王類に襲われてもおかしくない状況下は短時間の修行にはピッタリ。緊張感をもって鍛えることができるのはある意味で得がある。

(! 通り過ぎたな……)

 海王類が離れていくのを感知し、クロエは再びオールで船を漕いだ。

 

 

           *

 

 

 それから数日後、ついにクロエは〝偉大なる航路(グランドライン)〟へ突入。

 リスキーレッド島という島に上陸し、とある海賊団と衝突した。

「うっ……」

「ああっ……」

「――これが〝偉大なる航路(グランドライン)〟の海賊の強さ? 弱すぎる」

 クロエは壊滅状態となった海賊達を見下した。

 ――世界中の海賊が集まり、悪魔の実の能力者も数多く存在すると聞いているのに。

 〝覇王色〟の覚醒者である大海賊(チンジャオ)のスパルタ教育で育ったクロエにとって、自分と敵対した相手は骨が無さすぎたようだ。

「……下らない時間を過ごした気分だ」

 愛刀を収め、どこか不満げに溜め息を吐く。

 これが初陣にして初勝利だというのに、拍子抜けもいいところだ。

 せめて何かしら戦利品で持ってこうかと、船長だった男に目を向けた。

「……このコートを頂くか」

 クロエは男から黒の海賊コートを分捕り、肩に羽織った。

(……まだ時間が掛かりそうだ)

 クロエは腕に嵌めた球形のコンパス――〝記録指針(ログポース)〟を見据える。

 特殊な磁気を含む鉱石を多量に含むがゆえに磁場が狂いまくっている〝偉大なる航路(グランドライン)〟において、記録指針(ログポース)は必要不可欠な専用アイテムだ。滞在地の島の磁気を貯めることで次の島を指し示す仕組みであるため、これが無いと実質生存不可能に等しい。

 なお、記録指針(ログポース)は〝偉大なる航路(グランドライン)〟の外では入手困難なのだが、クロエはチンジャオから後半の「新世界」を渡るための分もちゃっかり受け取っている。

「……一応貰っとこ」

 クロエはついでに予備として敵の記録指針(ログポース)も奪い取り、コートに仕舞った。

 何事も念には念を入れるものだ。

(さて……次はどうしようか)

 ログが貯まるまで船でくつろいでるか――そう思った時だった。

「……!」

 一際強い気配を感じ取り、クロエは目を見開いた。

 すかさず見聞色を発動し、集中力を高め感覚を研ぎ澄まし、()()()にまで効果範囲を広げる。

 そして港の方で、その気配を探知した。

(ひい、ふう、みい……大よそ百人。その中でも群を抜いて強い気配がする)

 大方、その強い気配がリーダー格だろう。

 海賊ならば船長、海軍なら将官クラス。

 もしかすれば、先程大暴れした自分のことに勘づいたのかもしれない。

(しかも私の船にたむろってるなんて)

 最悪だと、思わず舌打ちする。

 よりにもよって自分の小船の傍にいる以上、鉢合わせる羽目になった。

 何事もなければそれでいいが、黙って見過ごしてくれるような気の利く相手とも限らない。

 下手をすれば、海賊だと判断するなり殺しに来るかもしれない。

(まあ……私の自由を阻むのなら、蹴散らすまでだ)

 そう、すでに心に決めたのだ。

 己の自由を侵害する者は、一人残らず蹴散らすと。

「……相手が誰であろうと、私は止まらないからな」

 独り言をボソリと言い、クロエは鋭い眼差しで港へ向かった。




ちなみにクロエの愛刀である化血は、「封神演義」に出てくる〝化血神刀〟がモデルです。
見た目は通常の日本刀ですが、刀身の白刃の部分が真っ赤になってます。煉獄さんの日輪刀ぐらい白刃が真っ赤です。


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第4話〝モンキー・D・ガープ〟

前回のアンケートの結果、ガープとクロエが戦うことになりました。


 リスキーレッドの港にて、短く刈り込んだ短髪と口周りの髭が特徴の大男が一隻の小船をみつめていた。

「……ガープ中将、なぜこのような小船に?」

「んん? ああ、少し見覚えがあってな」

 部下と思われる海兵からの質問に答える。

 

 男の名は、モンキー・D・ガープ。

 かつて世界最強と謳われた伝説の「ロックス海賊団」の進撃を止めて壊滅させた海軍の英雄だ。階級は現場指揮における最高階級の中将だが、実力は海軍の最高戦力である大将に匹敵し、同期の英傑達と共に一騎当千の大海賊達を相手に大海の秩序維持に務めている。

 

 そんな彼は、久方ぶりの新世界の任務で補給に寄ったリスキーレッド島の港で件の小船を見つけたのだ。

「この船はな、〝錐のチンジャオ〟んトコの船だ」

「ま、まさかあの八宝水軍の!?」

 ガープの言葉に海兵たちはざわつく。

 錐形の石頭で海に名を轟かす大海賊〝錐のチンジャオ〟の船団の一隻が、こんな所に停泊しているなど夢にも思わない。

 何らかの事情で本隊から離れたのか、それとも新世界の海によって離れ離れになったのか……いずれにしろ、歴戦の大海賊の息がかかっている以上は警戒すべきだろう。

(だが妙に納得がいかんな。この小船は確かに八宝水軍のモンだが、新世界の海を渡るとなると……)

 両腕を組み、柄にもなく考え事をしていると……。

「他人の船の周りで何をたむろってんだ」

 

 ヴォッ!!

 

 女性の声と共に、突風にも似た波動が周囲を貫き、次々と海兵たちが泡を吹き白目を剥いてバタバタと倒れた。

 ――〝覇王色〟か!?

 ガープはバッと振り返る。

(こやつ……只者ではないな)

 目の前の女を鋭く見据える。

 

 腰まで伸び、うなじの辺りで結った黒の長髪。

 複数の切り傷が刻まれた顔に、琥珀色の瞳。

 服装は群青のシャツと黒のズボン、腰には赤い布を巻き、裏地が赤い黒のコートを袖を通さず羽織っている。

 

 この小娘が、覇王色を……!

「……小娘、名前は?」

「先にそっちから名乗るべきだろう。寄ってたかって他人の船ジロジロ見といて」

 ビックリするくらい愛想が無い返事に、ガープは「それもそうだ」と豪快に笑いながら己の名と肩書きを口にした。

「おれはガープ。海軍本部中将、モンキー・D・ガープだ!」

「……クロエ。クロエ・D・リード」

 クロエの名を知ったガープは、一瞬目を瞠ると、不敵に笑った。

 この世界では、度々「D」の名を持つ者が現れる。かつて敵対した最強の極悪海賊ロックスも然り、そして一度だけ共闘した間柄であるロジャーも然り……Dの名を持つ者は世界に大きな影響を与える。かく言うガープ自身も、海軍の英雄として大海で恐れられている。

 しかし目の前にいるクロエは、ガープにとっては未知の存在。脅威となるか、それとも平穏を望むのか、その目で推し量り判断する必要がある。

 ゆえにガープは、話し合いを始めた。

「お前さんの船だったか……すまなかったな。見慣れた船だったもんでな」

「とぼけるな。私が師範の関係者と読んだ上だろう」

「……ということは、貴様、チンジャオの娘か?」

「弟子の方だ。正確に言えば6年前に海で拾われた」

 ガープはクロエの言葉を聞き、興味深そうな表情を浮かべる。

 チンジャオもまた、激闘を繰り広げた間柄。近い内に必ずあの錐頭をカチ割りたいが、まさか奴の指南を受けた少女がいたとは。しかも覇王色の覚醒者ときた。もし海兵になれば、間違いなく自分や大将クラスに登り詰められる素質の持ち主。海賊稼業に身を投じれば、次世代の海の覇権争いで王座を狙えるだろう。

 だが、ここで海兵の道へ――正義の道へ誘うことができれば、海軍の未来は明るいのも一理ある。ゆえにガープは、交渉を始めた。

「クロエ、お前海兵にならんか?」

「……」

「お前の力は計り知れん。良い意味でも悪い意味でもな。その肩に正義を背負い、悪党共に立ち向かってくれるのなら、間違いなく海軍の最高戦力になれる! おれは、お前には世界の正義を背負えると思って――」

 思っている、とガープが言い切ろうとした直後、クロエは覇気を纏った斬撃を飛ばした。

 咄嗟にガープは武装硬化した拳で斬撃を真っ向から殴りつけ、軌道を逸らした。

「これが私の答えだ、ガープ。無知愚昧の痴れ者共の〝奴隷〟にはならない。せっかく手に入れた自由を()()奪われてたまるか」

「っ……」

 クロエの言葉に、ガープは沈痛な面持ちで目を逸らした。

 それは正義の軍隊が抱えている重石。〝天竜人〟だ。

 最も誇り高く気高き血族として、世界の頂点に君臨する「世界貴族」。彼らの権力は絶対的なもので、傍若無人の限りを尽くす数々の所業は一般人だけでなく海兵ですら忌み嫌い、憎悪の対象である。

 そんな彼らがなぜ報復されないのかと言うと、手を出せば海軍本部大将率いる軍艦10隻が即座に派遣され、下手をすれば国家レベルで危機に陥る事態となるからだ。ゆえに恨みつらみをぶつけたくても泣き寝入りする他ないのだ。

 正義の名を目の前で踏み躙る。海兵であることに強い誇りを持っているガープにとって、何よりも堪える非情な現実であるのだ。

「それでも私を引き込みたいのなら、この私を倒してからにしろ」

「……ほう、大きく出たな」

 クロエは自分に負けを認めさせれば海兵になると提案。

 前線で大活躍する英雄に、決闘を申し出たのだ。

 とんだじゃじゃ馬ではあるが、これは絶好の好機だ。海軍史上初の女性の海軍大将の誕生に持っていくことができれば、世界中の悪党どもに対する抑止の意味でのアピールポイントは大きい。潜在能力も計り知れず、それこそ次代の正義を担える存在になれるだろう。

 ガープに迷いはなかった。

「その提案、乗ったぞクロエ! お前達は手を出すな、こいつの覇気で倒れた連中の介抱と周辺住民の避難をしろ」

『は……はいっ!』

 先程の覇王色をどうにか耐えきった部下たちに指示を送ると、ガープは海軍コートを放り投げてネクタイを締め直した。

 クロエもまた、呼吸を整えて化血を構え直す。

「私の自由を阻むのなら、容赦しないからな」

「その意気やよし! 歯ァ食いしばっとけ!」

「行くぞ」

 クロエは一瞬で間合いを詰め、ガープへ斬りかかった。

 ガープは化血の刃を、武装硬化した腕で受け止める。

 しかし、クロエはすかさずガープの顎に蹴りを入れた。

「ぬっ……!」

 一瞬顔を歪めるガープに、クロエは間髪入れず鳩尾に掌底を打ち込んだ。

 それと同時に、ガープの肉体に衝撃が指先に至るまで全身を駆け巡った。

(この娘、やはり〝八衝拳〟を……!)

 この感覚を、ガープは知っている。

 チンジャオが操る拳法だ。どうやらクロエも体得しているようだ。

「だが、この程度ではやられんぞ!!」

「っ!!」

 ガープは覇気を纏った拳でクロエの鳩尾を穿った。

 ……が、見聞色で先を読んでいたクロエは、化血でそれを受け止めた。

 それでも勢いを殺すことはできず、後方へと吹っ飛ばされて壁に激突する。

「いった……っ!」

 激突の痛みに堪えると、ガープが肉迫。

 すかさず回避すると、その拳は壁を粉々に砕いた。あのまま食らってたら、タダでは済まなかっただろう。

「ほう、見聞色もか。それも結構な精度じゃねェか」

「……数秒先の未来は視えてるつもりだ」

「ぶわっはっはっはっはっ!! 抜かしおる!!」

 斬撃と打撃をぶつけ合う両者。

 覇気を纏った拳骨一筋のガープと、剣術と拳法を組み合わせた独特の格闘技を魅せるクロエ。二人のドツキ合いは、あっという間に周囲を更地に変えていく。

(……このままじゃあ船にまでダメージが及ぶ)

 一瞬の隙を見計らい、クロエは森の方へと撤退。

 真意を汲み取ったのか、ガープは追撃。クロエを追って森へと入っていく。

 木々の合間を駆け、森の奥へと進む。そんなガープの前に、刀身を黒く染めて両手持ちで構えたクロエの姿が。

「ぬっ!」

「〝(かむ)()〟!!」

 クロエは横薙ぎに一閃し、覇気を纏った強烈な斬撃を飛ばす。

 木々や岩々を薙ぎ倒す一撃に、ガープは何と真っ向から拳をぶつけた。威力は五分。だがガープは、さらに一歩踏み込んで斬撃を弾き返した。

 しかし、その時には前方のクロエは姿を消しており、上方へ跳んでいた。

「はっ!」

 クロエはガープの脳天を狙った踵落としを繰り出し、ガープは真っ向から拳をぶつけた。

 空気が割れ、地面が抉れる。二人の覇気の衝突は衝撃波を生み、周辺に嵐の如く吹き荒れ、轟音は島中に響き渡る。

「クロエ、貴様やりおるな!」

「くっ……!」

 ガープはクロエの実力に舌を巻いた。

 剣術も体術も目を瞠るものだが、一番驚くべきなのは「覇気の練度」。強大な覇気の使い手である自分と拮抗できる程なのだから、あと数年も経てば新世界の覇権を握る海賊達をも脅かすことになるだろう。

 ますます海兵に誘いたくなる逸材だ。

「だが……まだまだ青いわァ!!」

 ガープは気合一喝でクロエを弾いた。

 クロエは空中で受け身を取って着地するが、その隙にガープは瞬時に間合いを詰めて突進した。

 

 ドゴォ!!

 

「がっ!?」

 鍛え抜いた筋骨隆々の体躯を活かした、全速力のショルダータックル。

 さすがのクロエもこれは避けきれず、直撃を受けた。地面を何度も跳ねながら吹っ飛ばされ、港の建物に激突した。

「おおっ!」

「さすがガープ中将だ!」

 かつての世界最強を打ち倒した、圧倒的な強さ。

 英雄と称えられる男のチカラに、海兵たちは歓声を上げた。

「クソッ……!!」

「おっ、結構丈夫じゃねェか」

 瓦礫の中から立ち上がるクロエに、ガープは意外そうな表情を浮かべる。

 チンジャオに鍛えられただけあって、タフに仕上がっているようだ。

 とはいえ、クロエ自身は肝を冷やしていた。

(危なかった……タイミングがズレてたら終わってた)

 クロエは体当たりを食らう直前、全身に武装色の覇気を纏わせていた。

 武装色は、見えない鎧。強大であればある程、強固な防御に転ずることができる。攻撃を受ける際に全身に覇気を纏って受ければ、完全ではないものの威力を軽減させることは可能だ。

 もし間に合わなかったら、相当なダメージを負って戦闘が難しくなったことだろう。

「クロエ。お前さん、やはり海兵にならんか?」

「断る。海賊稼業の方が性に合う」

「――そうか、海賊の道を選ぶか」

 刹那、ガープの纏う空気が変わった。

 圧迫感が強くなり、肌がピリピリし始める。

(……潰すつもりで来るな。さっきの言葉が地雷だったか)

 クロエは正義(かいへい)ではなく悪党(かいぞく)の道を選ぶことを宣言した。

 おそらくそれが、ガープの「迷い」を消したのだろう。

 約束通り倒して海兵へ引き込むのではなく、確実に倒して監獄へブチ込む。――そう決断したのだ。

(倒すのは無理だな。が……引き分けには持ち込める)

 クロエは刀を構え直す。

 力は明らかにガープが上だが、戦闘力と勝敗は別物だ。どんな猛者であろうと弱点を突かれたり油断したりすれば、実力差などお構いなしに倒される。それが勝負の世界だ。

 劣勢に立たされても、気概は失わない。

「私は自由で在り続ける。どんなに金を積んでも脅しても、絶対に屈さない」

「一丁前なことを言うじゃねェか。なら覚悟しろクロエ!」

 両者が再び激突しようとした、その時だった。

「ガープ中将、センゴク中将からです!」

 一人の海兵が、カタツムリのような姿をした生物を片手に叫んだ。

 同期である海兵から、緊急の連絡が入ったようだ。

「今それどころじゃないと言っとけ! 偉そうに!」

《聞こえてるぞ、ガープ!!》

 電伝虫から、苛立ち交じりの男の声が響く。

 ガープの同期である海軍の英傑の一人・センゴクだ。

《ガープ、ロジャーが金獅子の傘下と衝突した! 貴様今どこにいる!?》

「ロジャーはどこにいる!? すぐ行くぞ!!」

《話を聞けェ! まず本部に帰ってこいバカヤロー!!》

 電伝虫越しで口論を始めるガープに、クロエはジト目で刀の切っ先を下ろした。

 今のガープは隙だらけであるが、攻撃する気にはなれない。騙し討ちは海賊の作法だが、それは自分のプライドが許さなかった。

「ったく、これからだというのにセンゴクめ……そういう訳だクロエ。()()()()()()

「……そうか」

 ガープの言葉に、短く返すクロエ。

 本部からの命令が下された以上、ガープは従う他ない。次会った時は続きが始まり、海兵としての責務を全うすべくクロエを牢屋に放り込むつもりだろう。

 それにガープは、誰よりもロジャーという海賊の拿捕に情熱を注いでいる。ルーキーのクロエと大海賊のロジャーを天秤にかければ、間違いなく後者を選ぶ。

「今回は大目に見てやる。だが次は覚悟せいよ」

 ガープの忠告に、クロエは鼻で笑った。

「その言葉はお互い様だろう。女だからって舐めるなよ」

「ぶわっはっはっ!! 大見得切りおって、後で後悔しても知らんぞ?」

「後悔は死んでからでもできる。私はその程度のことで止まるつもりはない」

 クロエの言葉は揺るぎない。

 一切の迷いなし。ガープは不敵に笑って踵を返した。

「引き上げるぞ! 本部へ帰還する!」

『はっ!!』

 部隊を引き連れ、英雄ガープは堂々と撤退していった。

 クロエは彼のコートに刻まれた「正義」の二文字を、黙って見届けたのだった。

 

 

           *

 

 

 翌日、海軍本部。

 会議を終えたガープは、センゴクら同期の海兵と上司のコング元帥から事情聴取されていた。

「クロエ・D・リード……また〝D〟か」

「おお、それも覇王色の覚醒者だ!」

 バリボリとせんべいを頬張るガープに、コングは溜め息を吐く。

 ガープと真っ向から戦えるルーキー海賊が現れたと聞き、軍の上層部は誰もが冷や汗を流した。しかも聞けば、あの〝錐のチンジャオ〟に鍛え上げられたという異色の経歴で、彼が得意とする八衝拳は勿論、覇気の精度も高水準だという。

 とんでもない大型が現れたものだと、コングは頭を悩ませた。

「ガープ、そのクロエって小娘は相当強いようだな」

「ああ、お前といい勝負すると思うぞ? ゼファー」

 紫髪でガープと同じぐらい筋骨隆々の大男――海軍本部大将〝(こく)(わん)のゼファー〟は、茶を啜りながら考える。

 自分が覇気を体得したのは、34歳の頃。クロエはガープの証言から十代前半と思われるが、高水準の覇気の使い手な上に覇王色に目覚めているのは驚きだ。まだ一人海賊らしく、稼業もこれからといったところだが、その強さの上限が見えないのは厄介ではある。

「それで勧誘したのか」

「腕っ節は間違いなく将官クラス、数年もありゃあ大将も夢じゃないと思ってな。まあ痛いところ突かれて蹴られちまったが」

 ガープの言葉の意味を察し、一同はもどかしさを感じた。

 海軍に所属して出世すると、胸糞悪い天竜人絡みの案件が増える。しかも海軍において大将は天竜人直属の部下のような扱いとなり、危害を加えられたら一々派遣される羽目になる。これを指摘された上で断られたら、何も言えなくなってしまう。

「いずれにしろ、野放しにしてはならん存在だ。早速懸賞金を決めねばな。……ガープ、お前の見立てではどうだった?」

 コングが尋ねると、ガープはキッパリと言った。

「少なくとも5000万、初頭での億越えも異例だが妥当だな」

「お前がそこまで言うか……」

「それぐらいの潜在能力があるってことさね。それもこれから先も伸びる可能性もある。そうだろ?」

「ぶわっはっはっ! さすがおつるちゃん!」

 同期にして〝大参謀〟と呼ばれる海軍屈指の智将・つるの一言に、ガープは豪快に笑う。

 今はまだルーキーだが、十年と満たない内に海の覇権争いを掻き乱す存在となりうる素質を有している。海軍でも群を抜いた実力を持つガープが言うのだから、センゴクやコングも注視せねばならないだろう。

「わかった……異例ではあるが、実力と潜在能力を加味して初頭手配は9600万とする」

「億の一歩手前か! ぶわっはっはっは、下の連中は大変だな!」

「お前が全ての原因だろうが! ガープ!!」

 爆笑するガープに怒号を浴びせるセンゴクだった。

 

 

 同時刻、ミストリア島にて。

「本当にここから先は行けないのか?」

「そんな小船で新世界を渡れるわけないだろう!?」

 クロエは情報収集の最中に、島の住民から「前半の方まで戻るべき」と説得されていた。

 凪の帯(カームベルト)を突っ切って偉大なる航路(グランドライン)へ突入したクロエだが、そこはまさかの「新世界」。世界で最も航海が困難な海へ、世界一危険な入り方を果たしてしまったのだ。

 当然、この先の海はちゃんとした船でないとすぐ転覆してしまう。いくら航海術を覚えていても、海流も気候も信頼できる磁気もメチャクチャな危険地帯を小船で行く人間など絶対にいない。

「……どうすれば渡れる? 記録指針(ログポース)も三つあるヤツは手元にある」

「それなら前半の海にある「ウォーターセブン」を頼りな」

「ウォーターセブン?」

 住民曰く。

 「水の都」とも呼ばれるウォーターセブンは、昔から造船業が盛んな町で腕のいい船大工も大勢いるという。造船所からすれば海賊も客なので海賊慣れしており、治安もいいためゆっくりできるとのことだ。

「ウォーターセブン……わかった、恩に着る」

「いや……それはいいが、嬢ちゃんはどうやって戻るつもりだ?」

「また凪の帯(カームベルト)を突っ切って、リヴァース・マウンテンの運河を経由するさ」

「入り方も戻り方も危険極まりない……」

 クロエは島の住民に礼を告げ、再び凪の帯(カームベルト)を目指すのだった。

 

 

           *

 

 

 一週間後、とある海域。

 波のような口ひげのついたドクロを掲げる一隻の海賊船が波を突き進む中、その船の船長が一枚の手配書を眺めていた。

「どうした船長? また懸賞金額が上がったか?」

「いや……面白いのが出てきたぞ」

 ボサボサの黒髪と横広がりの大きな口髭が特徴的な男は、面白そうに笑う。

 

 男の名は、ゴール・D・ロジャー。

 ロジャー海賊団を率い、「ゴールド・ロジャー」の通称で知られる大海賊だ。

 

「見ろよ、初頭手配で9600万ベリーだってよ!!」

 ロジャーの興味は、先日発行された手配書に向けられていた。

「クロエ・D・リード……お前と同じ〝D〟の名を持つ海賊か」

 ロジャーの相棒にして一味の副船長、シルバーズ・レイリーはクロエの手配書を一瞥する。

「ルーキーの女だが、初頭でこんだけの額なんだ。相当(つえ)ェに決まってる!」

「どうせまた戦ってみたいんだろ……」

 ワクワクした様子のロジャーに、レイリーは溜め息を吐く。

 基本的には楽天的で仲間思いなロジャーは、他の海賊たちと比較しても残虐ではないが結構好戦的であり、好意的な印象とは裏腹に命のやり取りを愉しむ質だ。

 ルーキーの女海賊が、初頭で億に近い懸賞金を懸けられたということは、狂暴な性格であるか相当な実力者のどちらかだ。若手でそれ程の素質を持つのなら、ロジャーとしてはぜひ会って戦いたいものなのだ。

「クロエ・D・リード……どれ程の女か、会ってみてェもんだ!」

 彗星の如く現れた大型ルーキーに、思いを馳せるロジャーだった。




原作の方で緑牛が出ましたね。
ついに最終章……映画もですけど、原作も非常に楽しみです。

そう言えば、ロジャーや白ひげの初頭の懸賞金ってどんぐらいだったんだろう。案外マジで億超えてたり……?


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第5話〝空を統べる獅子〟

緑牛の「死川心中」が「不死川心中」に見えたのは、鬼滅の刃の読みすぎでしょうか。


 女海賊クロエ・D・リードは、改めてリヴァース・マウンテンから〝偉大なる航路(グランドライン)〟に突入した。

「全く、どいつもこいつも鍛錬が足りなくて困る」

 そうボヤきながら、酒場のカウンターに腰掛けていたクロエはラム酒を呷る。

 前世では色々あってあまり飲む機会が無かったアルコールは、今世ではクロエの数少ない嗜好品となっていた。

 そもそも海賊がのさばるこの世界において、酒というモノは長い航海への不安や戦闘、捕虜になる恐れなどから乗組員のストレスを和らげるための強壮剤の役割を果たしている。その中でも糖蜜もしくはサトウキビの搾り汁を原料とするラム酒は、安価な上に度数の高さゆえに腐敗菌が繁殖しないこともあり、海賊たちに最も親しまれている酒だ。

 前世ではチューハイやビールを口にしていたが、今世は度数の高い酒に首ったけである。おかげで十代前半なのに酒豪になってしまった。もっとも、彼女はガブガブ飲むのではなく時間をかけて味わうタイプであるのだが。

「……さて、次の島にでも行くか」

 代金を払い、欠伸をしながら外へ出る。

 すると、そこへ一人の海賊がクロエに声をかけてきた。

「ジハハハハ! 待ちな、ベイビーちゃん」

「……?」

 クロエは愛刀の柄を握りながら振り返る。

 視線の先には、獅子の鬣を想起させる金の長髪が特徴的な和装の大男が、葉巻を咥えて不敵に笑っているではないか。

 今まで出会った海賊とは比べ物にならない圧倒的な風格に、クロエは目を見開いた。

「……只者ではないな。ランデブーは断るぞ」

「ジハハハハハ! 随分と気の(つえ)小娘(ルーキー)だ! ――そういう女は嫌いじゃねェぜ。それに只者じゃねェってのはベイビーちゃんもだろ?」

 笑みを絶やさないが、一切の隙を見せない大男。

 クロエは見聞色で相手の力量を推し量っていたが、油断できない相手だと会話してすぐに察知した。

 ――この男は一筋縄じゃ行かない。

「おお、そういやあ自己紹介が遅れたな。おれは〝金獅子のシキ〟……海賊だ」

「……クロエ・D・リードだ」

「クロエ……ああ、巷で有名なルーキーか。気が強い上に愛想もねェんだなァ、ベイビーちゃん」

「余計なお世話だ」

 名前を伝えたのにまだ小娘扱いされてることが癪に障ったのか、クロエは覇王色で大男――シキを威嚇した。

 シキは目を見開いたが、それは刹那の瞬間。葉巻の紫煙を燻らせながら嬉しそうに目を細め、笑みをさらに深めた。

「なァ、ベイビーちゃん、一つ訊かせてくれ。お前は何の為に海賊になった?」

「私が私で在り続けるためだ」

 シキの問いかけにクロエは即答した。

「自分の思うがままに、自分のやりたいようにやる、自分のためだけの人生を行く――それが私の信念だ。そのために武力と知識を得て、海へ出た。一切の妥協もしない。阻むなら蹴散らすまでだ。……たとえ私の自由を阻む者が、貴様だろうとな」

「ジハハ……ジハハハハ!! 近頃しゃしゃり出てくる海賊どもはどいつもこいつも骨がねェと思ってたが、ベイビーちゃんは違うみてェだ!! ジハハハハハ!!」

 クロエの言葉に、シキは満足気な様子で豪快に笑った。

 

 本物の海賊は、自分の信念を大事にする。

 ゆえに〝死〟は脅しになりはしない。自分の命よりも大事な信念を掲げているからだ。命は大事ではあるが、自分の信念よりも大切にする海賊は半端者と見なされる。

 シキの信念は「支配」であり、その為なら命を削ることも惜しまないし、戦争レベルの対立も辞さない。クロエもまた、「自由」であることを信念とし、それを阻む者は誰であろうと蹴散らす覚悟だ。

 

 若輩ながら、久しぶりに見た「本物の海賊」の気配を纏う彼女に、シキは興味を持った。

「ベイビーちゃん、気に入ったぜ!」

「断る」

「いや、まだ何も言ってねェだろォ!?」

「どうせ「おれの部下になれ」とでも言うつもりだろう。見聞色で未来を視なくともわかる」

 クロエがジト目で指摘すると、シキはニヤリと笑った。

 覇王色を覚醒させるだけでなく、本物の海賊としての心意気を得ている、新世代の女海賊。

 シキは彼女を()()()()()に認定したのだ。それはつまり――

()る気なら構わない」

「随分と余裕じゃねェか、ベイビーちゃん」

 クロエは鯉口を切り、シキは葉巻の灰を落とす。

 刹那、両者から涌き出る凄まじい覇気に、ピシッと地面が微かに動いた。

 大海賊〝金獅子〟と、新進気鋭の女海賊クロエ。両者は激突しようとしたが――

「……と言いてェが、ベイビーちゃんは後回しだ」

「何?」

「おれの最優先事項はロジャーだ。あいつはおれが求めている代物について知っている。ロジャーを右腕にしてから、ベイビーちゃんの相手をしてやるよ」

 シキの口にした名に、クロエは目を細めた。

 海の覇権を競う海賊たちの中でも、取り分け注目度が高いのがゴール・D・ロジャーという海賊。破天荒極まりない人物のようで、鬼のような悪名を轟かせているという。だが目の前に立つ金獅子のシキは、ロジャーとは何度か相対しているようで、悪態を吐くどころか気に入っている様子だ。おそらくロジャーは、世間の評判と実際に対峙するとでは印象がひっくり返るタイプの人間なのだろう。百聞は一見に如かずというもヤツだ。

 それでも……未だに格下扱いされるのは不服ではある。

「ジハハハ……んな野犬みてェな目で睨むな、ベイビーちゃん。せっかくのいい面構えが台無しだぜ?」

「貶めてるのか褒めてるのかハッキリしろ」

 こめかみに青筋を浮かべながら覇王色で再び威嚇するクロエ。

 シキは意にも介さず「ベイビーちゃんなのは事実だろうが」と言い放ち、葉巻の灰を落としながら豪快に笑う。

「まあいい。久々に活きの良い奴に会えたんだ、その男勝りに免じて手は出さないでおこう」

「まるでいつでも好きにできるような言い草だな」

「ああ……()()()()()()

 狡猾な笑みを溢したシキに、クロエは息を呑んだ。

 ――この男は、もっとも気を抜いてはいけないタイプの人間だ。

 そう思っていると、シキの身体が突然宙に浮いた。

(……! 能力者だったのか)

「ジハハハハハ!! また会おうぜベイビーちゃん!! その時はおれの部下……いや、おれの女になってもいいんだぜ!」

「っ――誰がお前に股開くかっ!!」

 クロエは抜刀して斬撃を飛ばすが、シキは得物である諸刃の剣で容易く弾いた。

 思わず舌打ちする彼女に、空を統べる獅子は高笑いしながら飛び去って行った。

 

 

           *

 

 

 金獅子のシキとの不本意極まりないランデブーを終え。

 クロエは再び小船で海を駆けた。

「嫌な男だった……」

 クロエは盛大に溜め息を吐いた。

 不敵に笑う獅子は、自分に対して支配欲を見せていた。

 欲しいモノは力づくで奪うのが海賊。クロエに向けていた視線は、正直かなり嫌らしかった。それこそ酒を飲んで忘れたいくらいだ。

「ああいうのはストーカーになりやすいだろうな……」

 クロエはそう呟くと、甲板で横になって日の光を浴びながら目を閉じる。

 前世と比べると、文明の利器に明確な差異はあるが、この世界は非常に気に入っている。自分の生きたい生き方ができ、実力さえあれば不自由ない生活を送れるのだ、クロエ自身としては天国のように思えた。

 それに禁欲生活を強いられた前世と違い、今世は束縛されることがない。好きな時に好きなことがやれるのは感動モノだ。

(前世より非道だし、常識外れだが、伸び伸びとできるだけで十分すぎる)

 神様に感謝しないとな、と呑気に思った時。

 西の方角から、大勢の気配を感じ取った。

 体を起こして見てみると、一隻のガレオン船が迫っていた。

「ふはははは!! これはこれは、小さな可愛らしい船だな!!」

 近くまで接近すると、身の丈が四メートル近くある男がクロエを見下ろしていた。

 その傍らには、大勢の男達が下劣に笑っている。

「……何の用だ」

 忌々しそうに見据えながら、クロエは質す。

 すると船長であろう大男が声高に告げた。

「おれ達は今、食料が足りなくてなァ。てめェがすんなり寄越してくれるんなら戦わねェ」

「ちょっと何言ってるかわからない」

『何でわかんねェんだよ!!』

 すっとぼけるクロエに、海賊たちは一斉にツッコむ。

 ジト目の視線が集中する中、クロエは口を開いた。

「私は海賊だ。海賊なら奪い合うのが定石。殺してでも奪いに来い、雑魚が」

 クロエがそう言い放った途端、敵の船長の表情が一瞬無くなった。

 そして怒りを滲ませた表情で、船員たちに指示をした。

「クソガキが……! 野郎共、お望み通り殺して奪え!!」

『うおおおおおおお!!!』

 地響きのように、敵の叫び声が響く。

 それに対し、クロエは至って冷静な様子だ。

(ハァ……ウザッ)

 クロエは跳躍して船に乗り込み、刀を抜く。

 海賊達は雄叫びを上げて斬りかかるが――

「〝封神八衝(ほうしんはっしょう)〟!」

 クロエが化血を逆手に持ち替え敵船の甲板に突き刺した。その瞬間、衝撃波が船体を貫通して海面まで伝わって大きく波立て、船体が真っ二つに裂けた。

 防御不能の八衝拳の衝撃を刀で伝導させ、周囲にダメージを与える強烈な全体攻撃。船で最も重要な部分であり、人間で言う脊椎骨にあたる「竜骨」すらも破壊する一撃に、吹き飛ばされ海へ投げ出される海賊達が続出した。

「うわああああ!」

「ぎゃあああああ!」

 衝撃波を食らった者達の悲鳴が木霊する。

 かろうじて耐えた船長は、クロエを殺そうと激昂するが、姿が見当たらない。

「あの女、どこに行きやがっ――」

「この船の金になるモノ、少し頂くぞ」

「なっ!」

「……弱ければ負け、負ければ命までだ」

 声がした方向へ振り向くと、そこには麻袋を携えたクロエの姿が。

 麻袋の口からは輝く金色が見え、自分たちが奪い取った金品であるのは言うまでもない。

 たった一人の女に、傷一つ付けることもできずに金品を奪われ、船を破壊された。その事実に、船長は恨み節を吐きながらへし折れた船と共に海へ沈む。

 沈みゆく哀れな一味を一瞥すると、クロエは小船で水平線の先を目指すのだった。

 

 

           *

 

 

 一週間後、ウォーターセブンにて。

 世界一の造船業で知られる水の都についたクロエは、とある船大工を見つけ出すことに成功。自分の船について相談していた。

「こんなチビでよく凪の帯(カームベルト)突っ切って新世界行けたの! たっはっは!」

 クロエの小船を見て爆笑するのは、船大工であるコンゴウフグの魚人・トム。

 女の一人海賊が小船で海を渡っているのが、相当ウケたようだ。

「島の住民から大きな船じゃないといけないと言われたんだが」

「そりゃあ新世界行くんならもっと頑丈な船じゃないといかんわい! ――しかしお前さん、仲間は集めんのか?」

「私に匹敵する実力者なら乗せるのも考える」

「じゃあ、当分無理じゃな!」

 たっはっは、と豪快に笑うトム。

 確かに覇王色を覚醒させた者に匹敵する力を持つ者など、然う然うお目に掛かれない。

「それで、どうすればいい」

「この小船そのものの強度を上げるためなら、一度解体してもっと高い強度の木材で作り直すのが一番だ」

 ――小船なら三日もありゃあ十分だ!

 そう笑い飛ばすトムに、クロエは前払いとして海賊達から奪った金品を贈与した。

 換金するのが面倒だったのか、現物のままだ。

記録(ログ)が貯まるまで一週間。それまで旅の疲れでも癒しておけ」

「忙しい中、感謝する」

「たっはっは! 気にするな!」

 涙目で爆笑するトムに、クロエは思わず「笑い上戸か」と呟いたのだった。




次回、クロエがシャボンディ諸島でとんでもない事件を起こします。
内容は秘密ですが、ヒントは天竜人です。


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第6話〝神をも恐れぬ修羅〟

前回の話の感想欄で、クロエがシャボンディ諸島で起こす事件について以下の候補が上がりました。

①覇王色で気絶させる
②直接ぶん殴る
③刀で首ちょんぱ

さて、正解はどれでしょう?


 一週間後。

 クロエはトムの元を訪ね、自らの小船の出来を確認していた。

「……ほとんど変わらないな」

「たっはっはっは! ……まあ、見た目はな。だが使ってる素材は〝偉大なる航路(グランドライン)〟のデタラメにも耐えうるモンを使っとる、これなら問題ねェ」

 トムは自信満々に答える。

 仲間を集める気がない点と、一人で十分に操船できる点を踏まえた結果、材質をより良いものに変えただけの方がいいと判断したのだろう。

「今後のことを想定し、特に竜骨を一番頑丈な代物にしといたわい。(ほう)(じゅ)アダムには及ばんがな」

「わざわざすまない。恩に着る」

「船大工として当然のことをしたまでだ、礼は要らん」

 頭を下げるクロエに、トムは微笑んだ。

 巷ではルーキーの中でも断トツの強さに加えて一際気性が荒いと噂されてたため、トム自身も彼女の律儀さに驚いている。人の噂は不確かなものである。

「もう出るんじゃな。ってことは、次はシャボンディ諸島か」

「シャボンディ諸島……?」

「正確に言えば、ヤルキマン・マングローブと呼ばれる巨大な樹木の集合体だ」

 トム曰く、この先を進むと辿り着くのは記録(ログ)のないシャボンディ諸島とのこと。

 シャボンディ諸島は、新世界の海へ向かうための海底ルートへの準備をする島であり、それゆえに〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半で名を上げた悪名高い海賊たちが集結する。そんな彼ら彼女らに睨みを利かせるために海軍本部が近隣に設置されており、大ごとになればすぐ最高戦力が駆けつける仕様だ。

 もっとも、クロエにとってはそんなこと意にも介さないが。

「別に大ごとであろうとなかろうと、海軍の警戒度が高いんだろう? 悪名を馳せる以上はどの道避けて通れない」

「たっはっは! それもそうだな! ――だが〝天竜人〟にだけは手を出すなよ」

「〝天竜人〟?」

 トムは苦い表情で語り始める。

 この世界には最も誇り高く気高き血族として君臨する天竜人は、世界政府中枢や各国の王達すら意に介さない程の絶大な権力と財力を持っており、数々の特権が認められている。しかも彼ら彼女らの性格は総じて非常に傲慢で自己中心的で、何をしても一切罪に問われないこともあり、その所業は凄惨を極めている。

 さらに危害を加えられたら、特権を行使して海軍本部大将や世界最強の諜報機関である「サイファーポール〝イージス〟ゼロ」を動かして報復してくる。下手に関われば間違いなく人生を狂わせられ、場合によっては国家レベルで危機に陥るため、どんなに恨みと憎しみをぶつけたくとも泣き寝入りする他ないのだ。

「頭を下げてやり過ごす。……これが一番無難だ」

「…………まあ、善処する」

(スゴく嫌そうだな……)

 露骨に不愉快だと言わんばかりに顔を歪めるクロエに、トムは少し不安になった。

「忠告感謝する。また会ったら酒でも奢ろう」

「たっはっは! その時は樽で頼むぞ!」

 クロエはトムに別れを告げ、次の目的地――シャボンディ諸島へと向かった。

 

 

           *

 

 

 シャボンディ諸島に辿り着いたクロエは、酒場の店主から重要な情報を聞いていた。

「コーティング?」

「そうだとも。海賊たちはこのシャボンディ諸島で船をコーティングして、魚人島を経由して新世界に入るんだ」

 クロエはラム酒を煽りながら店主と言葉を交わす。

 船全体をヤルキマン・マングローブのシャボンで包み、海中航海を可能にするコーティング技術は職人による手作業で、船員の命がかかる繊細な作業のため、熟練した職人でも数日を要するという。腕の悪い職人が施したコーティングだと、海中で突然破れるという事故が度々起こるため、真剣かつ慎重に業者を選ばねばならないようだ。

「貴重な情報、感謝する。釣りは結構だ」

「毎度。――ああ、そうだ。嬢ちゃん、今この島に天竜人が来てる。バッタリ会わないように気を付けな」

「それはどうも」

 気さくに忠告した店主に礼を告げ、酒場を後にする。

(それにしても、数日かかるのは想定外だったな。金の余裕はまだあるが、コーティングは命にかかわるしな……)

 クロエは顎に手を当てながら歩く。

 今使っている小船ならば、おそらく一日弱で作業自体は終わるだろう。だが腕利きの職人でなければ海中で船が壊れてしまう。情報収集に徹し、誰が質のいいコーティングを保証してくれるかを探さねばならない。そうとなると、やはり情報源が酒場だけでは物足りない。

「念には念だ、その辺の雑魚をシバいて分捕るとするか……」

 クロエは資金集めのため、シャボンディ諸島の造船所ではなく無法地帯を目指した。

 

 

 同時刻、海軍本部。

 ガープは盟友にして同期であるゼファーと、束の間の休息を取っていた。

「また逃げられたようだな、ガープ」

「全く、派手にやらかしといて上手い具合にトンズラしおったわ」

 英雄と持て囃される同期が、またしても取り逃したことを聞き、思わずニヤつくゼファー。

 不殺の信念を掲げ、若くして大将に登り詰めた彼も、ガープと同様に拳一筋で大海賊達と戦ってきた。大海の守護者の一人として海賊には容赦しないが、ロジャーや白ひげのような信念のある海賊には一目置いている。

 そんな中、軍の上層部で話題になっているのが、女海賊のクロエだった。

「そういやあ、クロエらしき海賊がシャボンディ諸島で目撃されたそうだぞ」

「あいつは筋金入りのじゃじゃ馬だからな……うっかり天竜人を斬り殺してしまうかもな。そうなったらそうなったで胸がすくが……」

「おい、縁起でもねェこと言うんじゃ――」

 

 ピシシィッ

 

「「!?」」

 ガープが天竜人のことを遠回しに罵倒した途端、二人の湯呑みがひび割れた。

 典型的な「良くないことの前触れ」に、思わず顔を見合わせた。

「……ガープ……」

「あ~……おれァ知らんぞ」

 

 

           *

 

 

 シャボンディ諸島は、各々の樹木に番号が着けられており、「GR(グローブ)」という区画で仕切られている。

 その区画の中の一つ、24番GR(グローブ)()()()()()()()()()()()()者達が護衛と共に姿を現していた。

「全く、最近はキレイな女の奴隷が買えないえ」

 苛立ちの声と共に、防護服の男が首輪に繋がれた大男の背中にまたがり、八つ当たりするように足蹴にしていた。その後ろでは若い男女が、同じ首輪に繋がれた若者達を引き連れている。

 本来ならば、虐待であり許されない行為。だが周囲の人間は膝をついて頭を下げるばかりで、誰も助けに行かない。いや、行けないのだ。

 なぜなら、その防護服の男こそが世界政府を創設した〝創造主〟の末裔――天竜人のゴミルット聖の一家であったからだ。手を出せばどうなるか、誰もが理解しているため、見てみぬふりを決め込むしかないのだ。

「早く新しい奴隷を買わないといけないえ!」

「この先が目的地です、そちらで……」

「おお、そうかえ! そら、速く動け!」

 乗り物にしている大男の上で罵りながら、道を開け跪いている民衆を横目に移動していると……。

「ん?」

「んなっ……!?」

 何と、偶然クロエと横切る形で鉢合わせた。

 いきなり横から通行を妨げられた状況に、天竜人の一家は絶句している。

「……ジロジロ見るな、気色悪い」

『!?』

 容赦なく暴言を吐いたクロエに、一同は顔を青褪めた。

 クロエは、天竜人がどういう人間かは教えてもらったが、()()()()()()()()()()()()を訊かなかったのだ。ゆえに防護服を着ている者達が天竜人であると気づかなかったのだ。

 一方、未だ経験したことのない甚大で許されざる無礼に対し、ゴミルット聖は即座に銃を構えたが……。

 

 バキャアァッ!

 

「ヒィィッ!?」

「……いきなり引き金を引こうとするとは、随分な返事だな」

 クロエは抜刀し、天竜人が手にしていた銃を一太刀で粉砕した。

 ゆっくりと刀を鞘に納めるクロエに、唖然と見つめる。

「だが私は寛大な人間だ。先を急いでる身でもあるから、一度は許す。二度は無い」

 ゆっくりと振り返るクロエの声色は、驚く程に穏やかだった。

 ……が、その顔は一切の感情を捨てたかのようで、尋常ではない圧迫感を放っていた。

 

「――控えろ、下郎ども」

 

 地獄の底から響くような声で睨むクロエの一言は、ビリビリと空気を震わせた。

 蛇に睨まれた蛙のように震えるゴミルット聖など意にも介さず、悠然とその場を後にしようと歩き出す。

 そんな彼女を許容するほど、天竜人の懐は広くない。

「下々民の分際で……!! お前、ムカつくえェ!!」

「お兄様、殺さないで! その女、私の奴隷にするアマス!」

 ゴミルット聖の息子であるチリウス聖が銃口を向け、娘のカストリア宮が声を上げる。

 そして引き金を引こうとした途端、クロエの殺気が膨らんだ。

 

「――二度は無いと言ったよな?」

 

 ザシュッ!

 

『!?』

 クロエは何の躊躇いもなく斬りつけ、チリウス聖は血飛沫を撒き散らして倒れ伏した。

 左肩から脇腹にかけての袈裟懸け斬り。誰が見ても、間違いなく致命傷だ。

「チリウス!!」

「お兄様っ!?」

 まさか斬られるとは思ってなかったのか、慌てふためくゴミルット聖とカストリア宮。

 頭を下げていた人々も、突然の凶行に驚愕と恐怖で慄いた。

 対するクロエは、不快極まりないといった表情で刀に付いた血を払っている。

「お、おのれェェェ!!」

 フルアーマーの衛兵の一人が槍を突きつけ襲い掛かるが、クロエは流れるような動作で躱すと一閃。鎧ごと衛兵の胸を斬り裂いた。

「……つまらない意地は張るな。殺す気のない相手を斬る趣味はない」

「っ! ……貴様、まさかクロエ・D・リードか!?」

 衛兵の一人が叫ぶと、衛兵たちは後退った。

 ゴミルット聖とカストリア宮も、「〝D〟の……!?」と呟いて顔色を悪くしている。

「貴様! 天竜人に盾つくどころか殺すなど……!! どれほどの重罪かわかってるのか!?」

「天竜人? この分を弁えない恥晒しのことだったのか」

「黙れ! よくもチリウス聖を……神を殺した極悪海賊が!」

 護衛たちは、一斉にクロエに武器を向ける。

 ――目の前の女は、容赦なく天竜人を斬った。神をも恐れぬ修羅だ。絶対に生かしておくべきではない。

 それは当事者も察したようで、怒りに満ちた声色で叫んだ。

「よくもお兄様を!!」

 カストリア宮は次々に発砲。

 だが、見聞色の覇気を扱えるクロエは、全ての弾を難なく避けた。

 あっという間に銃は弾切れとなり、それが意味することを理解したのか、カストリア宮は震え上がった。

「海賊風情が……! 神殺しの大罪、ここで償ってもらう!!」

「神? そうか、()()()()()()()()()()()()()。勉強になるな」

 クロエの一言に、ゴミルット聖とカストリア宮の怒りは臨界点に達した。

 天竜人は、全ての人間を差別することが許される。創造主の末裔がただの人間、ましてや下々民の目の前で神殺しを犯した者と同じように扱われるなど、最大の屈辱だ。

 ――創造主の末裔を恐れない、身の程知らずの女に、目に物を見せてくれる!

「あんな女、奴隷になど要らないアマス! 徹底的に痛めつけるアマス!!」

「この世界の創造主の末裔である我々に手を出して、無事でいられると思うな!!」

「おい、大丈夫か?」

「貴様ァ! 我々を無視をするなァ!!」

 怒号を飛ばす天竜人に無視を決め込むクロエは、奴隷たちの首輪をどうしようか悩んでいた。

 神よりも奴隷に意識を向けるという、未だかつてない冒涜に、ついにゴミルット聖は叫んだ。

「海軍大将と軍艦を呼べ!! そこの()()()()消してくれる!!」

「そうするアマス、お父様!! 奴隷などいくらでも――」

 刹那、化血の赤い刃が疾駆した。

 途端に、ゴミルット聖とカストリア宮の喉から血が噴き出て、崩れるように地面へ倒れた。

 天竜人の一家が、一人の女海賊によって全員斬殺されてしまった。

「私一人ならともかく、この者たちに罪はないだろうが」

「あ、ああ……!」

 まさかの事態に、護衛たちは腰を抜かした。

 天竜人には誰も逆らわないという世界の鉄則を、跪く民衆の前で斬り捨てるという前代未聞の破り方をしでかしたクロエが、まるで悪魔のように思えた。

 そんなクロエは、斬り捨てた天竜人の懐を探り、首輪の鍵を見つけていた。

「……どうやらこの諸島は戦場になりそうだ。早く外して遠くへ行け」

 そう言って投げ渡すと、奴隷たちは涙を流して歓喜した。

 一方、護衛たちと民衆は一斉にその場から逃げ出し、怒声と悲鳴でパニックになっていた。それもそうだろう、クロエがやらかしたのは禁忌に等しい行為。天上の存在を下界で斬殺するなど、全世界を震撼させる大事件だ。

 しかもここは〝中枢〟のすぐ近く。小一時間で海軍大将が軍艦と部隊を引き連れ、天竜人の一家を斬り捨てた自分を仕留めにかかる。軍艦がどれくらいの数で来るかは不明だが、そもそも軍の基地や駐屯所が置かれてるのだ、大将が来る前に前軍がやってくるのは明白。

 我ながら面倒なことをしたなと、クロエは頭を掻いた。もっとも、天竜人を斬り捨てたことに一切の後悔はないが。

「……! 随分と到着が早いな」

 迫り来る気配に気づいたクロエは、悠然と振り返る。

 視線の先には、銃を構えた無数の海兵が。

「クロエ・D・リード!! あと数十分後にはゼファー大将が乗り込んでくる!! 大人しく投降しろ!!」

 

 ゴゥッ!

 

 次の瞬間、波動のようなモノが放たれた。覇王色だ。

 チンジャオとの修行や大海での海賊暮らしにより、クロエの覇気は大幅に強化されている。海兵達はクロエの覇王色にあてられて、バタバタと失神して倒れていく。

「……どうやら、覇王色だけでどうにかなりそうだな」

 クロエはそう呟くと、意識を集中させて見聞色を発動する。

 すると、海軍本部に最も近い島だけあって、次々と気配が集まっていくのがわかった。だがかつてのガープの時のような一際強い気配は感知できない。最高戦力は、これから来るのだろう。

「……」

 ふと、クロエは斬り捨てた天竜人の一家に目を向けた。

 前世であれば、あのような凶行に出れば誰かしら止めに入り、傷つけられた者は応急処置あるいは蘇生措置を施される。専門的な知識がなくとも、目の前で消えようとする命を無視できるわけなどないだろう。

 だが、誰も止めなかった。とばっちりを食らいたくないという思いはあったろうが、少なからずクロエは気づいていた。

 天竜人に向けられた、憎悪を孕んだ視線の数々を。

「驕る者久しからず、だな」

 クロエは天竜人の一家の死体を一瞥すると、思いっ切り戦えるように広い場所へと移動を始めたのだった……。




正解は④の「天竜人三人の内、忠告を無視した一人を斬り捨て、奴隷ごと自分を葬ろうと宣言した二人を斬り捨てた」でしたー!
③だと思った方、惜しかったですね~……大体当たってますけど。(笑)

えっ、④は選択肢には無いじゃないか?
作者は「()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」とは一言も書いてませんよ?

……屁理屈でしたね。すいませんでした。

次回は黒腕のゼファーとの一戦です。乞うご期待!


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第7話〝ゼファーvs.(バーサス)クロエ〟

今思ったんですけど、原作開始時だとクロエって結構はオバh……いや、何でもないです。


2022/10/19 技名を変えました。ご了承ください。


 天竜人のゴミルット聖一家を斬り捨てたクロエは、再び海兵に包囲されていた。

 それも、先程の時の数倍の数に。

「アレが、クロエ・D・リード……!」

「ガープ中将と戦った女か……!」

「気を付けろ、かなり強いぞ!」

 武器を構えたまま、海兵たちは警戒を強める。

 無数の銃口や切っ先を向けられても平然としているクロエは、この島中にいる海兵全員が束になっても勝てないだろう。出来ることは、海軍大将が来るまで彼女をその場に留めることだ。

 しかしどういうわけか、クロエはその場から動こうとしない。かと言って大人しく投降するとは思えない。何か要求でもあるのだろうか。

 時が凍りついたような静寂が訪れる。

 そして――

「っ!」

 クロエは、一際強力な気配を感じ取り、抜刀した。

 ふと、遥か遠くから紫スーツの海兵が砲弾のような速さで突撃してきた。その右腕は、漆黒に染まっている。

「フンッ!!」

「ぬんっ!!」

 

 ドォン!!

 

 黒い腕と黒い刃が、轟音を立てて激突した。

 その瞬間、稲妻が迸り大気と大地が震えた。

 互いの覇気が衝撃波となり、周囲を吹き飛ばす。海兵たちは伏せて耐えるしかない。

「……貴様があのクズどもの敵討ちに来た海軍大将か?」

「おれはゼファーだ。随分な言い方をするじゃねェか。……しかし、天竜人に手を上げるどころか、斬り捨てるとはな……」

「民衆の憎悪の対象に、正義の軍隊が庇い立てとは可笑しな話だろう。アレは意地でも護らねばならない存在だと私は思えないが」

 歯に衣着せぬクロエの発言に、ゼファーは苦い顔をした。

 世界中の全ての地域において傍若無人の限りを尽くす天竜人は、海軍大将と海軍元帥を直属の部下として扱うことが許されている。現にガープは実力こそ大将や元帥クラスだが、天竜人の事は嫌っており護る対象と見ておらず、英雄としての「人望」や「実績」を盾に大将就任を尽く断っている。

 ゼファーも例外ではない。周囲からは海兵としての手本であり、人間としての手本でもあった彼も、組織に属する以上は天竜人に従わざるを得ない。凄惨を極めた所業を目の当たりにしても、何もできないのだ。

「……お前は、我慢できなかったのか」

 ゼファーは問う。

 その所業に、見て見ぬフリができなかったのかと。

 だが、クロエの答えはあまりにも予想外だった。

「私の忠告を無視したからだ」

「……何だと?」

「一度は許すが二度は無いと忠告したにも関わらず、それを無視した。それだけでなく、この私を奴隷ごと葬ろうとした。そもそも私の自由を阻む者には容赦しない。分を弁えない恥晒し、斬っても誰も困らないだろう?」

 あっけらかんと答えたクロエに、ゼファーは呆れ返った。

 ここまで身勝手な海賊はそうそういない。

 だが、同時にスカッとした気分にもなった。長きに渡り人々を虐げて頂点に君臨してきた権力者が、自らの権威が一切通用しない相手に牙を剥かれて倒されたなど、ガープあたりは滅茶苦茶喜んでそうだ。

「……いずれにしろ、おれは海兵だ。お前は海賊。この意味、わかるよな?」

「……戦う理由は無いが、そっちが阻むなら私は蹴散らすまでだ」

 そう、たとえ天竜人の件があってもなくても、立場がある。

 海賊と海兵は、相容れないのだ。

「行くぞ……!」

「ああ……!」

 二人は同時に地面を蹴り、打ち砕くべき敵に突貫した。

 

 

           *

 

 

 所変わって、世界政府の本拠地・聖地マリージョア。

 天竜人の居城であるパンゲア城の一室「権力の間」にて、五人の老人達が話し合っていた。

 彼らは〝五老星〟――「世界政府最高権力」と称される、天竜人の最高位に君臨する五人である。

「中枢の目と鼻の先で、このような大事件を起こすとは……!」

「それも頭を垂れる民衆の目の前……! これは失態だぞ」

「この女も〝D〟……ロックスも然り、ロジャーも然り……野放しにしては危険すぎる」

 五人の議題は、つい先程起きたクロエによるゴミルット聖一家斬殺事件だ。

 天竜人に手を上げる人間は過去にも例はあったが、民衆の目の前で全員斬り殺すというのは五老星としても寝耳に水。世界政府創立以来、おそらく天竜人絡みでは類を見ない前代未聞の凶悪事件だ。

 しかも犯人は、よりにもよってミドルネームに「D」の名を持つ人間。Dはまた必ず嵐を呼ぶと言うが、こんな嵐は誰も求めない。

「クロエ・D・リードの討伐はどうなっている?」

「はっ! ただ今、ゼファー大将が対処に当たっています。ですが、クロエ・D・リードの戦闘力の高さから、少し手古摺るのではないかと……」

「……ルーキーと言えど、ガープと戦えるほどだ。万が一にも備えよ」

「はっ!」

 伝令兵にそう伝え、五老星は深々と溜め息を吐いたのだった。

 

 

           *

 

 

 クロエとゼファーの一騎打ちは、壮絶を極めていた。

「お前は海賊の割には骨がある……!! だが、その程度ではおれの正義は砕けん!!」

「貴様の正義など知ったことか!! 私の自由を阻む者は、たとえ神や悪魔であろうと全て蹴散らす!!」

 互いに血を流し、叫び合う。

 全力のドツキ合い。拳と刃がぶつかり合い、周囲の大気が震える。

 互角に渡り合っているが、攻撃の重さは体格に勝るゼファーの方が上であり、クロエは押し返されないように歯を食いしばっている。

「っ……〝神威〟!」

 クロエは後方へ跳躍しながら、覇気を纏った強烈な斬撃を飛ばした。

 ゼファーは咄嗟に武装硬化した両腕を十字に組み、足を踏み込んでガード。強引に跳ね返す。

 その隙に距離を詰め、クロエはゼファーの顎を靴底で穿ち、八衝拳の衝撃を叩き込む。

「ぐおォ……!」

 防御不能の衝撃は、ゼファーの脳を揺らした。

 いかに肉体を極限まで鍛え抜いた大将でも、脳味噌まで強靭にすることはできない。

 もんどりを打ったゼファーだが、遠くなった気を必死に掴み、奮い立たせた。

「――ぬうァああああああっ!!」

 咆哮と共に、渾身の一打をクロエの鳩尾に見舞った。

 ミシリという嫌な音が鳴るが、クロエは痛みを堪えて刀を振り、ゼファーの強靭な肉体を一閃した。

「ぐっ……!」

「〝神威〟っ!!」

 今度は至近距離で、飛ぶ斬撃を叩き込む。

 が、ゼファーはそれを見聞色で読んだのか、紙一重で躱し、正拳突きを繰り出す。

 鉛のように重い拳を、クロエは刀で受けるが、刀身を押しのけて肩に食らってしまう。

 僅かによろめくものの、微塵も隙を見せず覇気を纏った掌底を肋骨目掛け叩き込む。

「かはっ……おああああっ!!」

「!?」

 肋骨を砕くつもりで放った武装硬化の掌底に怯まず、ゼファーは踏み止まって拳を構えた。

 ゼファーは、肉体を超えた気力の塊と化していた。互いに骨と肉が軋みを上げているのにも関わらずだ。

 ――これが、海軍大将なのか。

「うおおおおあああっ!!」

 

 ドゴォ!! ズドォ!!

 

「がっ……」

 顎、そして腹。黒腕(ゼファー)の全身全霊の鉄拳を食らったクロエは、ついに腰から崩れ落ちた。

「ハァ……ハァ……」

 ゼファーは、すでに肩で息をしており、疲労困憊だ。

 血を流し過ぎたのだ。

「ハァ……ハァ……勝負、あったな……」

 ゼファーは、額や口から流れる血を拭う。

 今まで多くの海賊たちをのしてきたが、ルーキーでここまで手古摺ったのは初めてだった。

 それほどまでに、クロエ・D・リードは手強かった。

「あ……うあ……」

「ゴホ、ゴホッ! ……大人しく、捕まってもらうぞ……海賊とて、この手で若い女を殺すのは性に合わん……」

 咳き込みながらも、満身創痍のクロエを見下ろすゼファー。

 二人の一騎打ちを見守っていた海兵たちが、ぞろぞろと集まってくる。

(ふざけるな……こんなところで……!!)

 瀕死……とまではいかないが、今のクロエにゼファーと海兵の部隊を返り討ちにする力はない。

 ――ここで捕まるわけにはいかない。()()()()()で捕まってたまるか!

 そんなクロエの精神に応えるように、彼女の中でナニかが目覚めた。

「うあああああああああっ!!」

 

 ドォン!!

 

「がはっ!」

『うわあああああっ!!』

 クロエは、乱暴に覇気を纏った拳を振るった。

 その瞬間、黒い稲妻が迸り、二回りも大きい体格のゼファーと包囲していた海兵たちを容易く吹っ飛ばした。

 武装硬化の時とは比べ物にならない、絶大な破壊力だ。

「ゲホ、ゴホ…………今の感じ……まさ、か……」

 血を拭い、クロエは昔を思い出した。

 

 ――よいかクロエ。世界で名を上げる覇王色の持ち主の中には、覇王色を纏う者がいる!

 

 自分を拾った海賊であり、師範であるチンジャオ曰く。

 覇王色の覚醒者の中でも、ひと握りの強者は覇王色を纏うことができる。その戦闘力は絶大で、覇気の奥義とも言えるくらいの威力を有するという。

 覇気は窮地に立てば立つほどに開花される。絶対絶命に追い込まれた時こそ、新たな段階へと至ることができる……チンジャオはそうクロエに伝えていた。

 

 そして今、その状態に到達したのだ。

 覇王色を、瞬間的に纏うことができたのだ。

「……これが、覇王色を……ぐっ!」

 クロエは崩れ落ちそうになり、咄嗟に刀を杖にして支えた。

 強力なチカラとは、どんなモノであっても消耗が大きいのが常。

 ただでさえ海軍の最高戦力と戦って満身創痍の身に、とんでもない鞭を打ったのだ。これ以上の戦闘は続行不可能だ。

「ぐっ……そこまでの力が残ってたとはな……」

 立っているのがやっとのクロエの元に、先程吹き飛ばされたゼファーが戻ってきた。

 あの一撃は堪えたのか、ゼファー自身も疲弊している。が、覇気を腕に宿し、クロエに止めを刺せるぐらいの余力はある。

「悪く思うなよ」

 ゼファーは覇気を腕に宿して構えた。

 それを見たクロエは、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

(悔しいが……これしかない!)

 絶体絶命の状況を打破すべく、刀身に全てのチカラを流し込むように意識した。

 ただならぬ気配を感じ取り、ゼファーは身構えた。

「〝封神八衝(ほうしんはっしょう)〟!!」

 

 ズズゥン!!

 

『!?』

 クロエが刀を地面に突き刺した途端、地面が激しく震えた。

 それと共に地割れが生じていき、足場が真下の海へと崩れ落ちていく。

 大地を割る威力に驚きつつも、ゼファーはクロエに目を向けると……!

「……フッ」

「いかんっ!!」

 不敵に笑ったクロエの姿が、裂けた地面へと落ちていった。

 それを見て、ゼファーはしてやられたと歯噛みした。

 これは心中ではない。()()()()()()()だ。

「総員、退避しろ!! 巻き込まれたら命の保証はねェぞ!!」

「はっ! 全員、直ちに避難しろーーっ!!」

 部下の海兵に命令すると、ゼファーはクロエの一撃で気を失った海兵(ぶか)たちをあっという間に回収した。

 

 

           *

 

 

 治療を受けていたゼファーは、地割れの傍で眼下の海面を見て溜め息を吐いていた。

「ハァ……まさかこんな荒業で逃げたとはな……」

「大将殿、すぐにでも捜索するべきです!」

「ダメだ、これ以上暴れたら面倒になる。このおれとここまで戦えた女だ、お前らでは荷が重すぎる」

 ゼファーは、このまま本部へ帰還すると判断した。

 クロエの戦闘力は、想像以上であった。本部の幹部格でないと、それこそガープやセンゴクでないと彼女を討ち取るのは困難だ。艦隊を編成してでも捜索するなど、ただの無駄骨だ。

 それに「心中を図ったために生死不明」と報告すれば、中枢も不満ではあるがそれ以上は言ってこないだろう。当事者の天竜人一家が皆殺しになった以上、他の天竜人がクロエに構う義理は無いし、割と単純な脳味噌なのですぐ騙せる。

「……死者は出たのか?」

「いえ、負傷者こそ多いですが、死者は幸い一人もおりません」

「そうか……」

 ゼファーはその報告を聞き安堵した。

 これで海兵側の死者が出れば、海軍大将としての面目も丸潰れだし、自分を慕う者達にも顔向けできない。

 まあ、元帥の説教は食らうことになるかもしれないが……その程度の被害で済むなら安いモノだ。

「……電伝虫はあるか?」

「はっ、ここに」

「コングさんに繋げ。おれが責任持って報告する」

 

 

 その頃、シャボンディ諸島の港では。

「ぷはっ! ゲホッ、ゲホッ……!」

 海面から顔を出し、愛用の小船に上がって仰向けになるクロエ。

 何と本当に泳いで脱出したのだ。

 チンジャオの死んでもおかしくない修行を真面目に取り組んだ甲斐があったと、クロエは錐頭の師範に内心感謝した。

「………強いな」

 波止場に括りつけていた縄を外し、出航する。

 今回の件で、しばらくの間シャボンディ諸島周辺は近づいてはいけないだろう。世界政府の目と鼻の先で天竜人殺しは、さすがにマズかったようだ。

 そのことへの後悔は微塵もない。気掛かりなのは、あの時解放した奴隷たちが無事かどうかぐらいだ。そんなことよりも――

「……まだまだ、だな……私は……」

 片手で顔を隠すクロエ。

 海軍本部の最高戦力と一騎打ちをして、初めて知った己の未熟さ。

 あの時、覇気が次の段階で開花しなければ、今頃監獄行きだろう。

 負ければ命までが海賊の世界。あの場でゼファーに敗れたとすれば、それは自分の責任だ。()()()()()()()()()()()()()()

「……もっと強くならなきゃ……完全な自由は、得られない……」

 クロエはシャボンディ諸島から離れ、一度逆戻りして再起を図ることにしたのだった。

 

 

 翌日、全世界に「ゴミルット聖一家暗殺」のニュースが号外で報道され、世間をあっと驚かせた。

 それと共に、クロエの新たな手配書が配布された。

 

 (かみ)(ごろ)しのクロエ〟 クロエ・D・リード 懸賞金5億9600万ベリー




ちなみに、クロエはこの後ある島で治療を受けます。
ご安心ください。


そして次回、〝鬼の女中〟要素の回収をします。
そう、ついにあの海賊と運命の出会いを果たすのです……!!

一番書きたかったところをやりますので、乞うご期待。
ああ、ちなみに()とは勿論戦いますよ。


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第8話〝ダグラス・バレット〟

ようやく作品タイトルの回収ができそうです。
ついにあの大海賊とクロエが運命の邂逅……の前に、ある男と戦います。


 ゼファーとの戦いを終えたクロエは、己を鍛え直した。

 チンジャオとの修行でやった鍛錬を一からやり直し、覇気の練度をさらに高めることを目指し、覇気を極めるべく己を追い込む。元々ストイック寄りな気質であるクロエにとって、道楽の無い修行は一切苦にならず、心身の強化に集中するのは容易かった。

 また、覇気の実践として〝偉大なる航路(グランドライン)〟で名を上げる海賊達と激突した。悪魔の実の能力者の海賊も多く、ごく稀に覇気を扱う者も混じっていたため、いい修行になった。中にはゼファーに恨みを持つ海賊が、彼と戦ったクロエに妻子を殺すことで共に復讐しようと話を持ち掛けたが、「私に指図するな、下種が」と吐き捨て返り討ちにしたりした。

 そして、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海で己を鍛えて四年余りの時が流れた――

 

 

           *

 

 

 とある島の港。

 十七歳になったクロエは、新聞を読んでいた。

 まだ幼さが残っていた十三の時とは違い、身長が270センチに伸びて顔も凛々しくなり、顔に刻まれた複数の切り傷も相まって、女傑という言葉が似合う人間に成長していた。醸し出す覇気は四年前とは比にならず、ルーキーではなく「大海賊」の仲間入りを果たしている。

 そんな彼女が目を通す新聞には、世間をあっと驚かせる大事件の記事が載っていた。

「ワールド海賊団、崩壊……」

 新聞の一面を飾るのは、左の角が折れた兜を被る凶悪そうな男の顔写真と、「ワールド海賊団が崩壊!!」「センゴク大将大活躍!!」と書かれた見出しだ。

 ワールド海賊団は何もかも破壊し尽くす苛烈な戦いぶりで知られ、船長のバーンディ・ワールドは〝世界の破壊者〟と恐れられた5億ベリーの賞金首。触れた物の大きさや自分自身のスピードを最大100倍まで倍加させることができる〝モアモアの実〟の能力者で、ワールド一人で艦隊に匹敵する火力を有していると言われている。

 記事によると、新たに大将に就任したばかりのセンゴクを司令官とした海軍の大艦隊がワールド海賊団と全面衝突し、壮絶な海戦の末に一味を壊滅させたとのこと。この作戦は同期であるガープとゼファーがワールドを討伐し、これを受けた世界政府は三人に勲章を授与したという。

(……まあ、どうでもいい話だ)

 新聞を仕舞い、島へ上陸する。

 ウォーターセブンやシャボンディ諸島と比較すれば、さすがに見劣りするがいい島だ。

 ここで多少必要物品を買おうと考えた、その時だった。

「おい、女」

「ん?」

 後ろから野太い声を掛けられ、振り向く。

 視線の先には、金色の長髪を後ろに流した、赤々とした肌と鋭い碧眼が特徴的な軍服の大男が悠然と立っていた。

 かなり強力な気配を放っており、クロエは警戒心を強くした。

 ――この男は、強い。

「……私に何の用だ、デートは断るぞ」

「このおれと戦え。〝神殺し〟クロエ・D・リード」

「……ハァ?」

 ――何言ってんだ、この阿呆は?

 クロエはそうツッコみたくなったが、同時に厄介なことになったと舌を打ちたくなった。

 自分のことが、バレてるのだ。

「……」

「見てわかる。貴様は強い。貴様を倒せば、おれは奴にまた一歩近づける」

「……」

「どうした? ビビッて手も出ねェか」

 無視を決め込みたかったが、どうあっても戦いたいのか、涼しい顔で挑発する男にクロエは諦めた。

 ()()()()()は、何度断っても通用しない。腕っ節で捻じ伏せ、負けを認めさせるしかない。

「……一応言っておく。女だからと甘く見るなよ」

「カハハハ……! 上等だ」

 軍服の男は、不敵に笑った。

 

 

 軍服の男は、ダグラス・バレットと名乗った。

 ……それだけである。

 そう、バレットはクロエと同じでビックリする程に愛想が無かった。類は友を呼ぶとはよく言ったものだ。

「ここなら、思う存分やれる。戦うのなら広く使うべきだろう」

「……やっとやる気になったようだな」

「自分で自分の船を沈めたらお粗末すぎるだろう」

 スゥッ……と愛刀を抜き、バレットと向き合う。

「改めて……クロエ・D・リードだ」

 

 ズンッ!!

 

「!!」

 クロエが目を細めた途端、挨拶代わりに覇王色の覇気を放った。

 地面と大気を揺るがすそれに、バレットは大層嬉しそうな顔で自らの覇王色を放って応じる。

 二人は睨み合ってるだけだが、互いの覇王色が衝突したことで黒い稲妻がバリバリと迸り、周囲の木々や岩石を吹き飛ばしていく。

「カハハハ! 少しは楽しめそうだ、なァッ!!」

 ドンッ! と地面を蹴り、武装色で硬化した拳を振るうバレット。

 クロエは紙一重で躱すと、拳は地面に減り込むと共に地表面を破砕した。真面に食らえば、内臓にも傷を与えかねないだろう。

 お返しに、クロエは抜刀して逆手に持ち替え、柄頭でバレットの顎を穿つ。続けざまに左手で拳を作り、鳩尾に八衝拳の衝撃を叩き込む。

「ぐっ……!」

 八衝拳の衝撃は、防御不能。盾で防いでも貫通するのが最大の長所である。

 今まで味わったことのない威力に、バレットはたじろいだ。

 その隙に刀身に覇気を纏わせ、横薙ぎに一閃した。

「〝神威〟!」

 

 ドォン!

 

 覇気を纏った斬撃が直撃!

 バレットは一瞬だけ堪えたような表情を浮かべると、筋骨隆々の巨体をくの字に曲げて吹っ飛び、岩盤に思いっ切り叩きつけられた。

 修行を経て練度を格段に上げたクロエの覇気は、武装硬化だけでなく()()ことで体の外に大きく覇気を纏い、触れることなく弾いたり内部から破壊したりする領域に至っている。いかに強靭な肉体を持とうと、無傷という訳にはいかないだろう。

 だが、今回の敵は一味違った。

「……いい攻撃だ」

 ジャリ、と地面を踏み締め、バレットが土煙の中から姿を現す。

 胸には斬撃の痕があるが、素で頑丈なのか、咄嗟に覇気を纏ったのか、血こそ滲んでるが大したダメージにはなってないようだ。

「男だろうが女だろうが、ガキだろうが老いぼれだろうが、(つえ)ェ奴は嫌いじゃねェ。そいつをぶっ倒すのはもっと好きだからな」

 軍服と下着のタンクトップを破り捨て、上半身裸になるバレット。

 ひたすらにチカラや強さを求めた、無駄な部分を削ぎ落した肉づき。見せるためではない、敵を倒し殺すためだけに特化した肉体が露わになる。

 ダグラス・バレットが、ついに本気を解放する。

「鍛え抜いた〝本物の強さ〟ってモンを見せてやる。簡単には……」

 刹那、バレットは一瞬で距離を詰め、武装色で右の拳を硬化させた。

「死ぬなよっ!!」

「ぐっ……!」

 ボディブローをかますバレット。

 ことさら重たい一撃をクロエは、咄嗟に覇気を纏わせた愛刀で受けるが、バレットはさらに拳を押し込んでクロエを吹っ飛ばした。

(この男……武装色が尋常じゃない!! こっちが弾かれそうだ……!!)

 ただ纏うだけでは普通に力負けする――そう判断したクロエは、空中で受け身を取りながら着地し、両腕と愛刀に武装色の覇気を()()()()()

 化血の赤い刀身が覇気で漆黒に染まるのを見たバレットは、クロエの覇気が変わったことを察し、さらに笑みを深めた。

「カハハハ! 相応に鍛えてるようだな!」

 バレットは凄まじい速さで迫りながら武装硬化した拳を振るい、クロエはその拳を真っ向から左ストレートで迎え撃った。

 二人の拳がぶつかろうとした、次の瞬間!

 

 ドンッ!

 

「んなっ!?」

 バレットの拳はクロエの拳に()()()()()()()、身体ごと弾かれた。

 まるで見えない鎧に当たって弾かれような感触に、バレットは瞠目した。

 周囲にオーラの様に覇気を纏わせる、バレットですら辿り着いていない境地。それをまざまざと見せつけられ、初めて笑みが消えた。

「貴様……!」

 バレットは、知っている。

 この覇気の使い方ができる男を。

 生まれて初めて完敗を喫した、最強の――

「……ぬうぁああああああ!!」

 バレットは笑みを取り戻し、咆哮する。

「カハハハハハ!! やるじゃねェか〝神殺し〟ィ!! そうでなきゃあ面白くねェ!!」

 さらに凄みを増して、バレットはクロエを見据えた。

 バレットは数多の海賊を蹴散らしたが、一対一(サシ)で互角に渡り合える女海賊は初めてだった。それも、かなりの覇気の使い手ときた。

 この女は、倒し甲斐がある。

(……とんでもない奴だ)

 歓喜する赤鬼に、クロエは息を呑む。

 防御不能の八衝拳も、高度な武装色も、この男には決定打にならない。

 クロエのチカラで倒せるとするなら、残りはただ一つ。

「……負け惜しみするなよ」

「!」

 クロエの刀身から、黒い稲妻が迸り始めた。

 さらなる修行を経て新たに手に入れた、覇王色を纏う技術だ。

 対峙する敵が覇気を全開にしたことに、バレットは狂喜した。

「とっておきで来い、神殺しィ!!」

 バレットは両腕を武装硬化させ、さらに力む。

 すると、鋼の肉体がパンプアップし、一回り大きく膨れ上がって青き熱を帯びた。

 全身を武装色で硬化させる、バレットの切り札(とっておき)だ。

「貴様の〝最強〟を見せてみろォ!!」

 大砲のような両腕を引き絞り、拳を構えながら突進するバレット。

 武装色に加えて覇王色を纏わせ、愛刀を構え迎え撃つクロエ。

 今日一番の大技を、互いに見舞った。

 

「〝最強の一撃(デー・ステェクステ・ストライク)〟!!」

「〝(カン)()(カム)()〟!!」

 

 ドガァァン!!

 

 渾身の覇気を纏った、拳撃と斬撃が衝突した。

「くたばれ、クロエェェェェェェ!!」

「バレットォォォォ!!」

 

 

           *

 

 

「おい、レイリー!」

「ああ……今の覇気、只事ではないな」

 港にて、ボサボサの頭髪に口ひげを生やした海賊が、長年の相棒である金髪の海賊――レイリーに声をかけた。

 男の名は、ゴール・D・ロジャー。ロジャー海賊団を率いる大海賊で、あのバレットを下した唯一無二の男でもある。

「そういやあ、バレットの奴いねェな」

「また誰かと戦ってんだろ」

「ってことは、相当な手練れとバトってるのか?」

 一味の面々もざわつき始める。

 ロジャー海賊団の中でも、新参者だがバレットは際立った実力を有している。そんな彼と真っ向勝負で渡り合える人間など、そうそういない。それほどまでに、バレットの強さを一味は認めている。

 だが、そんな相手がいると知れば、誰よりも食いつくのが船長だった。

「野郎共、船を頼む! バレットが心配だ」

()りてェだけだろ……」

 満面の笑みで少年のように駆け出していったロジャーに、〝冥王〟と恐れられた男は呆れ返ったのだった。

 

 

           *

 

 

「ハァ……ハァ……」

 全開の覇気の衝突の後、バレットは地面に仰向けに倒れ、クロエは刀を杖にして体を支えていた。

 覇気のドツキ合いを制したのは、覇王色をも纏うことができるクロエだった。しかし〝神鳴神威〟を見舞ったせいで覇気と体力を大幅に消耗してしまった。

 久しぶりに体を酷使したと、クロエはその場から立ち去りたかったが、然うは問屋が卸さなかった。

「――カハッ……カハ、ハハ……!!」

「っ!?」

「……まだだ、まだおれは、くたばっちゃいねェぞ……!!」

「化け物か、貴様……!!」

 バレットは、なおも立ち上がった。

 覇王色を纏った攻撃を真っ向から受け、それでも立ち上がってくる男にクロエは驚嘆した。

 バレットもクロエも限界が近い。お互いに立っているのもやっとの状態で、あと一撃真面に叩き込めるかどうかすら怪しいくらいだ。

 しかし、バレットは起き上がる。クロエを倒すまで、彼は止まらないのだ。

「クロエ……貴様は強い! だからこそ殺す! 貴様をここで葬って、おれはロジャーを超える!!」

「……そうか。なら、私もお前をここで息の根を止める」

 バレットの碧眼とクロエの金眼に、殺意が宿る。

 憎悪でも怨嗟でもない。数少ない好敵手として、互いに強者と認め合い、礼節や敬意すら感じさせる殺意。

 残り僅かな覇気も凝縮させ、己の命すらも削ろうと構えた、その時だった。

「わっはっはっは! お前が〝神殺しのクロエ〟か!」

「……!?」

 突如として、大笑いしながら現れる口ひげの男。

 その顔を見たバレットは、苦虫を嚙み潰したような表情で男の名を呼んだ。

「ロジャー……!!」

「っ! 貴様が、ゴールド・ロジャー……」

()()()()()()()()だ!! ――しかしスゲェな、バレットからダウンを取るたァな!! さすがは九億越えってトコか」

 豪快に笑いながら名前を訂正する男――ロジャー。

 話の素振りからして、どうやらバレットはロジャーの部下であるようだ。

 だが、それよりも驚くことが一つ。

(……私、そこまで懸賞金の額上がってたのか……?)

 何とあの事件以来、クロエの懸賞金がいつの間にか倍近くに跳ね上がっていた。

 クズを三人斬り捨てただけなのに、と不思議な面持ちをするが、天竜人(そのクズ)が世界の頂点に君臨するのだから、彼らを跪く民衆の前で殺すことは国家転覆より重い罪なのだが。

「お前も覇王色をなァ……ガープやゼファーと()り合っただけあるな!」

「……何だ、部下に手を出されたケジメをつけに来たんじゃないのか」

 クロエの言葉に、ロジャーは一瞬きょとんとした顔になると、すぐさま爆笑した。

「わっはっはっ!! まあ、海賊の一味に手を出すってのァそういう意味になるな。――だがお前はバレットの喧嘩を買っただけなんだろ? おれァ()()の意地の張り合いに一々茶々を入れるこたァしねェよ」

 仲間に対する一方的な危害ではなく、合意の上での一騎打ちであるなら口を出す方が野暮――ロジャーはそう言った。

 クロエはロジャーに戦意が無いと知り、愛刀を鞘に収めた。

「……バレットは私と戦いに来たが、お前は何をしに来た? ロジャー」

「わははは! おいクロエ! おれの仲間にならねェか?」

「……ハァ!?」

 その言葉に、クロエは素っ頓狂な声を上げてまごついた。

 対するロジャーは相変わらず大笑いしており、居合わせるバレットも怪訝な顔をしている。

「――一応訊くが、理由は?」

「お前を船に乗せたら、これからの冒険がもっと楽しくなりそうだ!」

「三歳児並みに身勝手だな……」

 鬼の悪名を轟かせる海賊の正体は、そこらの子供の方が立派に思えるほどに我が儘な男。

 仲間はさぞ苦労するだろうな、と内心まだ見ぬロジャーの部下に憐憫の念を抱いた。

 だが、返事はきちっとしなければならない。

「仲間になるかと言われたら、断る。私は自由で在り続けたい。己の自由を縛る煩わしいものを背負う義理はない。そんなに私を従えたいなら、この私を倒してみるんだな」

 クロエは表情を緩めない。

 その返答に、ロジャーは豪快に笑うと「気が変わった!」と声を上げた。

「よくもバレットに手ェ出したな! 落とし前付けてもらうぞ!」

「そんなに私を部下にしたいのか!?」

 バレットの件を口実に仕立てたロジャー。

 想像以上に身勝手だ。こんなにも自由な男では、敵味方問わず振り回されるだろう。

 クロエは少しロジャーに苦手意識を持った。

「だが、そんなボロボロの体じゃあ満足に戦えねェだろ? おれァお前の全力を見てェんだ」

「……!」

 三白眼で真っ直ぐに見据えるロジャーに、クロエは不思議な高揚を覚えた。

 ――何なんだ、この男は。こんな人間見たことがない。

「船長ーーーー!!」

「ロジャー船長!! バレット!!」

 気づけば、ロジャーの一味の面々が集っていた。

 彼らの視線は、クロエに集中する。

「船長、その女……」

「ああ、噂の〝神殺し〟だ! さっきバレットと()ってたのはこいつだ!」

 ロジャーが嬉しそうに紹介すると、一同はざわついた。

 クロエとしてはとっとと去りたかったが、間が悪すぎて中々動けない。

 するとロジャーは、船員たちに命令した。

「おい! クロエの手当てをしてやれ! バレットの件でケジメをつけるんだ、ボロボロな状態じゃあ気が引けちまう」

「いや、()りたいだけでしょ船長」

「ホント、戦闘狂だよなー」

「わははは! バレットの分も誰かやってくれ」

 軽口を叩き合いながら、ロジャーは二人の手当てを命じ、船員達はそそくさと準備する。

 変な展開になって来たな……クロエは頬を掻きながら思っていると、ジャケットを着たポニーテールの剣士がクロエの傍に近づいてきた。

「あのバレットからダウンを奪ったとは……相当な強者じゃないか、君」

「……」

「おれはスペンサーだ、よろしく。……じゃあ、傷の手当てをするけどいいかな?」

「……勝手にしろ」

 クロエはムスッとした表情でそっぽを向き、大人しく手当てを受けたのだった。




本作では、クロエがゼファーの件で遠回しに彼の家族を救ったため、ゼファーは大将のままです。最近は若手の育成にも興味があり、ある三人を部下にしてるそうです。

ワールド海賊団については、伝説の海兵が三人もいればさすがにキツいだろうという訳で、恨みを持つ海賊達と結託せずにセンゴク主導の作戦で決着がついてます。まあ、センゴクさんはマジで頭いいからそれくらいやってもらわないと困りますし、大将二人にガープですから負けるはずないんですけど。

スペンサーは口調とかがわからなかったので想像です。アニメで確認すると優男な雰囲気がしたので、一人称は「おれ」で二人称は「君」で行こうと思います。


次回は後の海賊王ロジャーと激突!
〝鬼の女中〟誕生のお話ですので、お楽しみに。


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第9話〝ロジャーとクロエ〟

お待たせしました!
ついにロジャーとクロエのタイマン勝負です!

地上波の「STAMPEDE」を生で見ましたが、やはり面白かったです。


 翌日。

 あれよあれよと傷の手当てをさせ、食事まで振る舞われたクロエは、ついにロジャーとの一騎打ちをすることとなった。

「わははは! 待たせたなクロエ!」

「……早くやるぞ」

「そう急かすなって、逃げやしねェよ」

 満面の笑みのロジャーに対し、露骨に面倒臭そうな顔をするクロエ。

 温度差が激しすぎる。

「ロジャー。仮にもクロエは9億6000万ベリーの賞金首で、覇王色を纏えるんだ。……油断するなよ」

「わかってるっての!」

「9億6000万ベリー……」

 相棒である副船長のシルバーズ・レイリーの口から出た情報に、クロエは暢気に「いつの間に上がってたんだ……」と呟いた。

「うっし……そんじゃあ、いっちょやるか!! クロエ、おれが勝ったら仲間になれ!! お前が勝ったら……何かくれてやる!!」

「何も考えてなかっただろう、貴様」

 額に血管を浮かべるクロエだが、彼女自身はここでトンズラするつもりはなかった。あの間抜け面に渾身の一撃を叩き込み、水切りの石のように地平線まで吹っ飛ばさなければ気が済まないからだ。

 対するロジャーは、女だてらにバレットと真っ向勝負で渡り合い、ダウンを奪った程の技量を持つルーキー海賊に戦意を高揚させていた。自分にとって娘くらいの年齢の女が、破竹の進撃で海を駆け抜けてると知り、いつかは戦ってみたいと心底願っていたからだ。

「……始めていいのか」

「おう! いつでも来い!」

 ロジャーがそう言った瞬間、クロエは地面を蹴って化血を抜刀。赤い刃を、下段から弧を描くように斬り上げた。

 ロジャーはバックステップで回避すると、すかさず愛刀エースを抜いて斬りかかる。クロエは紙一重で躱し、化血に武装色の覇気を纏わせて振るった。

 

 ドォン!!

 

 二人の刃が交わった途端、凄まじい衝撃が轟き、黒い稲妻が暴発して周囲を吹き飛ばし始めた。覇王色の覚醒者同士がぶつかり合うことで生じる「覇王色の衝突」だ。

「ガープやゼファーと戦ったとは聞いたが……ここまでとはな」

 涼しげな表情でクロエを評価するレイリー。

 一方、鍔迫り合いをしているクロエは、ロジャーに押されていた。

「うっ……くうっ……!!」

 歯を食いしばって、眼前で笑みを溢す相手を睨む。

 真っ向勝負で食らいつくクロエに、ロジャーは嬉しそうに口を開いた。

「中々強い覇気だな、バレットからダウン取れるわけだ」

「っ……このっ……!!」

「だがおれの方が格段に(つえ)ェぜ!」

 ロジャーは強引に押し切って、クロエの体勢を崩した。

 一瞬の隙を突き、拳を武装硬化させて鳩尾に狙いを定める。

 

 ズンッ

 

「ぐっ……!!」

 クロエは覇気でガードするが、ロジャーの覇気はそれを崩した。

 ミシリと嫌な音が聞こえ、その衝撃に思わず吐きそうになる。

「どうだ? 寝覚めにゃあちょうどいいだろ」

 ニヤッと笑うロジャーを、クロエはキッ! と物凄い目つきで睨みつける。

 どこからか「野犬の眼だ……」という呟きがした。

(私よりも強大な覇気……バレットとは比べ物にならない。覇気だけでは厳しいか)

 ――ロジャーを上回るには、覇気だけでは無理だ。

 純粋な覇気の強さや地力では不利と判断し、クロエは刀を構え直すと刀身に覇気を流す。

 短期決戦が望ましいが、覇気は消耗する代物(チカラ)。ひとまずは高度な武装色で、体勢を立て直すことにした。

 クロエの覇気が変化したことを察知したのか、ロジャーは口角を上げると、一旦後ろに下がって飛ぶ斬撃の連撃を繰り出す。

 クロエは斬撃を捌きながら距離を詰めると、そのまま足を武装硬化させて跳び蹴りを見舞った。

 

 ドンッ!

 

「ぐおっ……!?」

 ロジャーは覇気でガードしたが、その直後に八衝拳の衝撃が伝導してたじろいだ。

 八衝拳は覇気とは別の内部破壊攻撃であり、防具を破砕して貫通する衝撃を防ぐことは不可能。その道を極めたチンジャオから指南を受けたクロエの一撃は、ロジャーに対して決定打には至らずとも隙を与えるには十分だ。

 すかさず空いた左手で拳を作り、八衝拳の衝撃をロジャーの脇腹を殴った。

「がっ……!」

 相手がどんな怪物(バケモノ)でも、人の子だ。人体急所の一つである肝臓を叩かれれば、いかに頑丈な肉体でも()()は必ず発生する。

 的確な打撃と衝撃を打ち込まれ、ロジャーの顔が歪む。

 クロエはすかさず追撃。アッパーで顎を穿って完全な無防備状態にさせ、刀身に覇気を纏わせて一閃した。

「〝神威〟!」

 斬撃は覇気を纏い、衝撃を伴いながらロジャーを吹き飛ばし、地面に叩きつけた。

 クロエは体力を温存させるため、息を整え様子を伺った。

「――わははははっ! 楽しくなってきやがった」

 無傷という訳ではないだろうが、ロジャーはダメージを悟らせない。

 すると彼は、覇気を漲らせて本気を解放した。

「行くぞクロエ!」

 ロジャーは愛刀を構えた。

「〝(かむ)(さり)〟!!」

 横薙ぎに一閃し、覇気を纏わせた一撃を放つ。

 クロエは悠然と立ったまま刀の切っ先を少し下げると、刀身に覇気を流した。

「――〝(かん)(なぎ)〟」

 

 ドパァン!!

 

「ぬっ!」

「ロジャー船長の斬撃が……!!」

「真っ二つになった!?」

 微動だにしないクロエに届く寸前に、ロジャーが放った斬撃が真っ二つに分かれた。

 片方は海へ、もう片方は森へと消えていき、轟音を立てる。

(〝()()()()()()()()()!! 剣の腕はおれより上か?)

 ロジャーはこの目ではっきりと見た。

 クロエの刃が赤黒い稲妻を帯び、一振りで両断した瞬間を。

「……最高じゃねェか!」

 ロジャーは笑う。

 受け流し捌くだけでなく、向かってくる攻撃そのものを斬る……味なマネをするものだ。

 だが、笑うのは一人ではなかった。

「……ハハッ」

「!」

 クロエもまた、生き生きと好戦的に笑っていた。

 あれ程面倒臭そうな態度と表情をしていたのに、戦場と化したこの場の影響か、今では嬉々とした様子だ。

 ……何者にも縛られず自由に暴れることに、酔いしれ始めていた。

「――アハハッ! アッハッハッハッハッ!!」

『!?』

 クロエは大きな声を上げて笑った。おもちゃを買ってもらって喜ぶ幼女のように。

 それに釣られ、ロジャーも大笑いした。

「わははははは!!」

「アハハハハハ!!」

 刹那、二人は笑いながら得物に覇気を流し、剣戟を繰り広げた。

 赤黒い稲妻が迸り、衝撃波が駆け巡る。

 何度も、何度も、剣刃が激突して覇気が拡散し、周囲を破壊していく。

 すでにロジャー海賊団の面々は退避しており、遠くから二人の戦いを見守っている。

「……随分楽しそうだな、二人共」

 レイリーのその呟きは、ドツキ合う二人には届かなかった。

 

 

           *

 

 

 一時間後。

「ハァ……ハァ……」

「わははは、さっきまでいい顔してたってのにどうした? いつもの仏頂面に戻りやがって」

 片膝をついて荒い呼吸を繰り返すクロエ。口元からは血が滴り落ち、頬やこめかみも切ったのか血が流れている。

 対するロジャーも、切り傷こそいくつか入っているが、余力は十二分に残っている。

 一時的には互角でも、持久戦になるとやはり地力で圧倒され、窮地に追い込まれた。覇気もかなり消耗しており、あと数分戦えるか否かという状況だ。

 このままロジャーに従うか、ロジャーを薙ぎ倒していつもの自由気ままな航海に戻るか……あと一撃で、クロエの運命は左右するだろう。

 もし、どの道敗けるとするのならば――華を咲かせて豪快に散る方が、後悔はないはずだ。

 

 バリバリィ!!

 

「!!」

 クロエの全身から、赤黒い稲妻が放たれる。

 満身創痍の彼女の覇気の高まりに、ロジャーは震えた。

「覇王色っ……!」

 ロジャーは予感した。次の一撃が、クロエの最後の一発――正真正銘、全身全霊の一太刀だと。

「私の自由を阻むなら……是が非でも叩き潰すぞ!! ()()()()()()()()!!」

「――上等だ!! かかって来い、クロエ!!!」

 己に言い聞かせるように叫ぶクロエに、ロジャーは興奮のままに叫んだ。

 直後、ドズンッ! と一歩前へ踏み込んだクロエの足が地面を割った。ロジャーもまた、愛刀に覇王色を纏わせ、本気の一太刀を繰り出す。

「散れ!」

 クロエは地面を蹴って猛進。

 一気に距離を詰め、極悪人のような笑みを浮かべるロジャーに迫る。

「ぬぅああああ!」

 ロジャーは両手持ちで愛刀を振り下ろす。

 互いに覇王色を纏った上での一撃で、真っ向から打ち破らんとする。

 ――それをクロエは待っていた。

(ここだ!!)

 目と鼻の先まで迫った瞬間、刀を逆手に持ち替え、ロジャーの一撃を柄頭で受けて弾き返した。

「何っ!?」

 体勢を崩したロジャーはよろめき、その隙を突いてクロエは平突きの構えを取った。

 

「〝錐龍(きりゅう)(きり)(くぎ)〟!!!」

 

 クロエ渾身の技は、八衝拳の奥義だった。

 本来この名は、八衝拳の奥義を極め、氷の大陸を割る力を得た者に与えられる最強の称号。クロエは刀を使って衝撃を地面に伝導させるなどの昇華こそすれど、八衝拳を極めても継承もしていない。ただ、強くなるために会得したに過ぎない。

 それでもこの名を冠したのは、自分を拾った男であり、戦場であるこの海で生き抜くチカラを教えた恩師・チンジャオへの敬意だった。

 

「私の勝ちだ、ロジャーァァァァ!!!」

 クロエにとっての最強の一撃を、ロジャーの腹へぶつけた。

 次の瞬間!

 

 ズドォン!!

 

「「ぐあああっ!?」」

 刀の切っ先が腹に触れた瞬間、凄まじい衝撃が爆散してクロエは吹っ飛んだ。

 ロジャーもまた、弾丸のように吹き飛んで岩盤を割り、膨大な土煙の仲へと消えた。

「船長!!」

「ロジャー!?」

 無敵の船長が、まさか――!?

 一味の船員達は、ぶっ飛んでいったロジャーが心配で仕方がなかった。

 対するクロエはというと、先程の覇気の暴発によって全身を強打してしまい、息も上がっているため満身創痍だ。

「私の、勝ちだ……!!」

 クロエは勝利を確信した。

 覇王色と武装色を合わせた渾身の平突き。咄嗟に覇気で防御しても、自分にとっての最速の一撃には指一本動かせないだろう。

 そう、これが並大抵の相手なら一撃で屠ったし、バレットでも戦闘不能(ノックダウン)に追い込めた。が、クロエが相手しているのは、最強だったのだ。

「――さすがに効いたぜ……」

「……!?」

「覇気を全身に纏ってなきゃ、ヤバかったな」

 立ち込めた土煙が、相手の覇気で払われる。

 ロジャーは、立っていた。さすがに血を流して深手を負っているが、それでも今のクロエを屠るぐらいは可能だろう。

(そんな……錐龍錐釘(あれ)を真っ向から受けても、まだ……!?)

 全身全霊の一撃を受けてなおも笑うロジャーに、クロエは心が折れそうになる。

 自分は消耗しきっていて、気力でどうにか立っている状態。対するロジャーは、深手であるのは明白だが、余力はまだ残っていた。

 勝機は、ほぼ無い。

「……せめて、もう一発……!」

 残された気力を振り絞り、立ち上がって刀を構えるクロエだったが……。

 

 ドサッ……

 

「う……」

 崩れるように仰向けに倒れた。

 身体は悲鳴を上げており、とうに限界を迎えていたのだ。

 認めたくないし、信じたくないが、受け入れるしかない。

 ――クロエ・D・リードが、ゴール・D・ロジャーに完敗した現実を。

「わははは……! おれの勝ちだな、クロエ……!」

 ロジャーの勝利で、戦いは終わった。

 だが、船員達は気が気じゃなかった。

「船長、大丈夫!?」

「ああ、これくらい屁でもねェ」

「随分と派手にやられたな……」

 仲間達が駆けつけ、相変わらず大笑いするロジャーに集う。

 若輩から古株まで、皆が心配そうに船長に声をかけ、手当てをする。

 そんな中、一人だけクロエの元へ近寄る者がいた。

「……バレット……」

「派手にやられたな、ざまァねェ」

 バレットだった。

 ロジャーと強者以外に一切興味を示さない男が、敗北者の傍に向かうとは。

 船員達は目を瞠り――ロジャーだけはニヤニヤとした顔で――そのやり取りを見届けた。

「……お前、一人で海賊やってたらしいな」

「……」

「己のみを信じ、ひとりで生き抜く断固たる覚悟にこそ、無敵の強さが宿る。てめェもそう思ってたんじゃねェのか」

「……違う……一人でやるのが、性に合っただけだ……」

 クロエの言葉に、バレットは一瞬目を見開くと、拍子抜けと言わんばかりの表情で「そうか」と呟いた。

 そこへ、ロジャーが声をかけた。

「クロエ……おめェは間違いなく(つえ)ェ。おれァ、ヒヤリとしたぜ」

 それは、紛れもない本心だった。

 多くのライバル達と激闘を繰り広げてきたロジャーにとって、クロエの強さは想像を超えていた。嬉しい意味で裏切られ、必死に食らいつくその姿に感動すら覚えた。

 十代の小娘にしては、大健闘だ。

「……そうか……私の負けだ……好きにすればいい……」

 朗らかな表情のロジャーを見つめ、敗北を認めながらクロエは気絶した。

「……一応訊くが、ロジャー。彼女をどうする?」

 副船長のレイリーが尋ねると、ロジャーは迷いなく答えた。

「連れてくに決まってんだろ!」

 

 

           *

 

 

 オーロ・ジャクソン号。

 この海で名を轟かすロジャー海賊団の帆船だ。

 その甲板にて、ロジャーはバシバシとクロエの肩を叩いていた。

「おい、元気出せよ! 誰だって負ける時ゃ負けるんだよ!」

「……黙れ。誰のせいでこうなったと思ってる」

 重い空気を纏い、胡坐をかいてションボリするクロエ。

 言葉の覇気がない。レイリーとギャバンは顔を見合わせ「こりゃあ重症だな」と苦笑い。

 彼女にとって、半端な情けをかけられるのも嫌だが、他者に従わされるのはもっと嫌であるのだ。しかしこの世界は前世と違って強さが全てで、その強さでロジャーに負けたのだ。

 それに「好きにすればいい」と言ったのは自分だ。自分の言ったことには責任を持つのが道理であり、撤回などという恥知らずなマネなどしたくもない。

 ゆえにクロエは、ロジャーの部下として生きていくことを選んだ。幸いにも船内のルールとしては、船長命令の堅気への手出しの禁止さえ守れば基本的に自由らしいので、そこまで苦にはならなそうだ。

「なァ、クロエ! 船長、スッゲェ強かっただろ!?」

 そう言って飛びついて来たのは、麦わら帽子を被った赤髪の少年。

 満面の笑みを浮かべるその姿は、ロジャーと似ている。

「……お前は」

「おれはシャンクス! よろしくな! あとこっちの赤鼻はバギーだ!」

「誰が真っ赤な鼻だコラァ!!」

 ニシシと笑う見習い海賊に、クロエは目を細めた。

 自分よりも遥かに弱いが、この子供は()()()()()()()()――そう感じ取り、クロエは興味を持ちつつも素っ気なく「よろしく」と一言返した。

 すると、今度はバレットが声をかけた。

「おい、クロエ。おれはてめェとの決着も済んでねェ。決闘しろ」

 ロジャーだけでなく、クロエとの決闘も所望するバレットに、船員達は驚愕した。

 そもそもバレットは、ロジャーの強さの秘密を知り、そして倒すために船に乗った男。まだ加入して間もないために仲間意識も希薄で、他の船員とは副船長相手でも必要最低限のコミュニケーションしか取らない。そんな彼がロジャー以外の他者に興味を持つなど、夢にも思わなかったのだ。

 バレットは目を細めてクロエの回答を待っていると――

「……今はそういう気分じゃない。そこの間抜け面に相手してもらえ」

「誰が間抜け面だ!!」

「いや、時々そうなるだろう。特に宴の最中」

「レイリー!?」

 長年の相棒の容赦ないツッコミに、船員達は爆笑した。

(……とんだ貧乏くじを引いた)

 顔を背け、果てしない海へ目を向ける。

 クロエは海賊団に属するのはこれで二度目だが、前と比較すると非常に温く感じた。

 チンジャオ率いる八宝水軍は、数百年の伝統と歴史もあり、武を生業にしているので屈強な男衆をまとめ上げる棟梁の威圧と貫禄を常に放っていた。

 それに対しロジャー海賊団は、上下関係こそあれどお気楽にも程がある。特に船長は威厳とは程遠い仕草や態度を隠す様子もなく晒し、それを見て部下が笑っている。これでよく組織統制がガタガタにならないものだと、正直思った。

(……まあ、嫌いじゃないが)

 ――前世と比べれば遥かにマシだ。

 間抜け面(ロジャー)に敗北した自分に呆れたように、でもどこか楽しそうに、クロエは微笑んだ。

 その笑顔をロジャーだけは捉え、誰にも言いふらさずに彼も笑った。

 

 

           *

 

 

 ゴールド・ロジャーが〝神殺しのクロエ〟を軍門に下した。

 

 そのニュースは世界中の人々をあっと驚かせ、海軍本部を大きく揺るがせた。

「くっ! ロジャーめ、また面倒な奴を部下に……!!」

「ぶわっはっはっはっは! まあ、ロジャーじゃなきゃできんマネだな!」

「笑い事か、ガープ!!」

 元帥室でコング元帥は頭を抱え、ガープは爆笑し、それをセンゴクが怒鳴り散らした。

 世間では気性の荒い海賊だと認識され、神をも恐れぬ大逆を犯した危険人物として指名手配されているクロエが、ロジャー海賊団の一員となった。

 自由であることにこだわり続け、それを阻む者は誰だろうと牙を剥く女海賊が、なぜゴールド・ロジャーに従うことになったのか。肝心な二人のやり取りに関する情報は少ないため、想像する他ない。

 とにかくロジャーの部下になった以上、海軍もおいそれと手出しできない。ただでさえ一国を滅ぼしたダグラス・バレットがロジャーの部下になったばかりなのに、追い打ちをかけるように〝D〟の名を持つ海賊が従うという、政府としても好ましくない状況だ。

「今の戦力でロジャーと真面にやり合えるのは、おれとその同期ぐらいだ。下手に相手取って兵を失えば、それこそ面目丸潰れだぞ」

「……そうだな。ひとまず手配書の更新だ。話はそれからにするぞ」

 コングは緑茶を飲み干し、そう命令したのだった。

 

 

 翌日、とある海域。

 ロジャーはニヤニヤしながら、新聞の一面と手配書をクロエに見せつけていた。

「――〝鬼の女中〟クロエ・D・リードだとよ!」

「懸賞金10億9600万ベリー……お前に負けたのに懸賞金が上がるのか……?」

 大笑いするロジャーに、クロエはジト目で新聞と手配書の顔写真を見るが、一体どこで取られた写真だろうかと思わず首を傾げたくなる。

 しかし十億越えの懸賞金をかけられている賞金首は、世間一般では「怪物」と称されている連中ばかり。実力も世界トップクラスの領域であり、そこに至った自分に少し嬉しくなった。

「そういうバレットも懸賞金上がってたぜ、船長」

「おお、そうか! 見せてみろ」

 古株のスコッパー・ギャバンの声に反応するロジャー。

 その手に握ったバレットの手配書を分捕り、目を通す。

「ダグラス・バレット……懸賞金11億4000万ベリーか」

「わははは、バレットが一歩リードってところか!」

「……ダウンを取ったのは私だぞ」

 不満気な表情を浮かべ、ふとバレットを見やった。

「……カハハハ」

「っ……!」

 どこか愉快そうに笑うバレットに、キレそうになるクロエ。

 ――こいつ、完全に舐め腐ってる!

「何だ、決闘する気になったか?」

「ああ、少し癪に障ったからな」

「おうおう、やるんならもっと広いところにしようぜ!」

 一触即発の空気に、ロジャーは止めるどころか場を用意してやると煽り立て、他の船員達も「どっちに賭ける?」「引き分けじゃねェか?」と賭け事の話を持ち出してきた。

 この船の人間は、誰も彼も自由すぎる。

「誰も止めないのか……」

 船全体の空気が、バレットとクロエのケンカを楽しみにしている。

 収拾がつかなくなって頭を抱えてしまうレイリーだが、ロジャーは笑顔で言い放った。

「なァ、相棒」

「何だ?」

「おれの思った通りだった。バレットが生き生きしてる」

「!」

 不敵に笑うバレットと、その顔を睨み殺す勢いで見るクロエ。

 とんでもない問題児を乗せたもんだと思っていたが、この二人はどうも波長が合うらしい。

 お互い一人海賊だったからか、同じ男(ロジャー)に負けた者同士だからか、それとも……。

 そこまで思って、ハッと気づいた。

「ロジャー、お前まさか……!」

「……フッ」

 いつも通りに笑うロジャーに、レイリーはクロエを乗せた意味を悟った。

 バレットには自分の思い・強さと向き合い、その全てを受け止めてくれる存在だけじゃなく、()()()()()()()()()()()()なのだ。そして理解者の役目を担えるのは、バレットと同じ一人海賊をしてきたクロエしかいない。

 ロジャーにも、ロジャーなりの考えがあったのだ。

「……さァ、二人のケンカを肴に宴の準備だ!」

「……そうだな」

 バチバチと火花を散らすバレットとクロエに、レイリーは表情を綻ばせたのだった。




ちなみに、バレットとクロエは互いに愛想が無いので「仏頂面カップル」「無愛想コンビ」とか呼ばれます。

次回からはロジャー海賊団の面々と色々したり、伝説達とドンパチしたりします。
そういやあ、バレットが解散までロジャー海賊団にいたら、本気でロジャーとタメ張れそうな気がします。


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第10話〝一度は許す女〟

先程、「FILM RED」観たんですよ。
めっちゃくちゃ良かった!!
コビーの指揮もシャンクスの強さもスゴかったし、ラストの結末はビックリしましたし、興奮と感動が同時に殴り込んできたような感覚がしました。
また伏線出ちゃいましたけど。


 ロジャー海賊団に加入したクロエは、〝鬼の女中〟の二つ名で悪名を輝かせていった。

 クロエは一味の中では一番の新入りだが、実力は先に加入したバレットからダウンを取り、さらにロジャー相手に善戦するという規格外ぶり。一味の戦力として、海軍や海賊を次々と撃破していった。

 それに刺激を受けたのが、バレットだった。ロジャーに完敗しただけでなく、クロエにもダウンを取られたことで、負け越しの相手が二人もいてたまるかと鍛錬を重ね、さらに強さに磨きを上げた。

 二人の若き修羅を従えたロジャーは、破竹の勢いで海を駆けていく。 

 

 

           *

 

 

 空は晴天。

 海をさすらうオーロ・ジャクソン号にて、バレットは船首楼甲板で昼寝でもしようかと階段を上がった。

「……?」

 ふと、階段を登り切ったバレットは目を細めた。

 視線の先で、包帯で目を隠したクロエに、シャンクスとバギーが殴りかかっていたのだ。

「やああっ!」

「おりゃあっ!」

「甘い」

 

 バキィッ!

 

 クロエは同時攻撃をいなす。

 シャンクスとバギーは、互いのパンチを受けてすっ転んでしまった。

 仲間割れに見えそうな光景だが、強さの求道者であるバレットは、その意味をすぐ理解した。

「……見聞色の鍛錬か?」

「バレットか」

 素っ気無くも、どこか興味深そうに声をかけるバレット。

 クロエは目隠しを解き、それをコートに仕舞う。

「師匠のもとでやってた、見聞色の覇気の簡易的な修行法だ。感覚を超えた速さを捉えるためにな」

 クロエが実践していたのは、八宝水軍に身を置いていた頃にやった修行法だ。

 目隠しをして見聞色の覇気を発動しながら行動をすることで、その精度を高めるという荒業だ。何らかの要因で視覚を封じられても、見聞色を用いれば位置や距離、さらには地形を把握することができ、戦闘でも攻撃の出所や敵の所在を把握できる……という理屈だ。

 この鍛え方を年単位で継続したことにより、クロエの見聞色は少し先の未来をも視ることができる程の精度を誇るのだ。

「私は財宝や名声に興味はないからな、何かと時間ができる。その間にこうして短時間でも修行をしている」

「……そうか」

 暇さえあれば()()()己を鍛えるというクロエの習慣に、バレットは共感を覚えた。

 一人こそ最強――それがダグラス・バレットという男を支える信念。それと近しいクロエの在り方に、バレットは若干の親近感が湧いた。

「クロエ……貴様の強さは、何の為にある?」

「随分と哲学的だな……」

 元軍人だからか? と口角を上げるクロエは、一呼吸置いてからバレットの問いに答えた。

「私の強さは、私自身の〝自由〟を守るためだ。お前の為の強さでも、ましてやロジャーの為の強さでもない。自分の強さを行使するのは自分自身だからな」

「……カハハハ……そうか」

 クロエの回答に、バレットは嬉し気に笑った。

 ――この女は、強さというモノを理解している。

「ただ……私の強さは最初っから一人で成してない」

「何だと?」

「私の強さは、師匠の教えが根幹にあるからな」

 水平線の彼方から昇り始める太陽を眺めながら語る。

 昇華・応用・発展……自らの能力(チカラ)を高めることは自力で出来る。しかし〝開花〟は他者からの刺激が無ければ成せない。クロエが強大な覇気を扱えるようになったのは、元を辿ればチンジャオとの修行の日々が実を結んだに過ぎない。

 強さとは、他者からの刺激によって強大化していく――それが彼女の強さに対する想いだ。

「まあ、焦ることはない。世の中は一問一答じゃない。お前の求める答えが、一つとも限らないからな」

「……おれに指図するな」

 二歳年上の言葉に、バレットはぶっきらぼうな返事をした。

 が、その表情は満更ではなさそうで、嫌っている風は見せてない。

「スゲェな、クロエ! 船長や副船長はもっとスゲェけど!」

「私としては経歴が上のお前ら二人が弱いままなのが癪なんだが」

「雑魚がデカい態度してんじゃねェ」

「んだと!? そ、そりゃあ船長と戦った二人と比べりゃあさ、おれは、その……弱いけどよ……」

 元一人海賊の二人にバッサリ切り捨てられ、シャンクスはキャンキャン吠える。

 しかし弱い奴はこの海で生きていけないのが真理であり、シャンクス自身も強くなりたいという意思はあるので、段々トーンダウンして口ごもってしまう。

「戦場では強くない奴にいつまでも構ってられんぞ。私なんかお前ら二人と同じ年頃には、修行として敵船に丸腰で放り込まれたこともあったぞ?」

「よく死ななかったな!?」

「まあ、相応の覇気は会得してたからな」

 バギーにツッコまれながらも、クロエは二人に向き直る。

 そして、二人の目を見つめながら提案した。

「戦場で甘えられてはたまらんからな、私がお前ら二人を鍛えてやる。――のるか?」

「本当か!? ありがとな、クロエ!!」

「ちょ、おい! 何でおれまで!?」

「ロジャーの足手まといは御免なんだろう?」

 その言葉に、見習い二人は反応した。

 シャンクスとバギーは、ロジャーを尊敬しているし憧れてもいる。クロエはあくまでも上司、バレットに至ってはライバルに近い感覚で接しているが、まだ子供である二人にとっては父親にも等しい存在だ。そんなロジャーの足を自分達が引っ張り続けるのは、やはり我慢できるものではない。

 クロエの提案は、ロジャーの仲間としてならば受け入れる方がいい。どんなに辛い内容であっても。

「おれはやるぞ! クロエが腰抜かすくらい強くなってやる!」

「お、おれだって、はは派手に強くなってやるよ! か、覚悟しろ!」

 腹をくくったのか、シャンクスは鬼の女中(クロエ)に啖呵を切った。

 バギーはなぜか声と体を震わせているが、強気の態度を崩さない。

「……バレット、お前はどうする?」

「……フン」

 バレットはその場で胡坐を掻くと、両腕を組んだ。

 クロエから指南を受けるつもりはないが、鍛錬の一環として見取り稽古をするつもりのようだ。〝強さ〟に関連した物事には興味を持つのだろう。

「よし、早速始める。まずは貴様ら二人の基礎戦闘力を把握しておきたい」

 クロエは二人を見下ろし、目を細める。

 タフさやスタミナを始めとした素養、体に染みついた癖や覇気の〝色〟の得手不得手、技の熟練度……悪魔の実の能力を含めた総合戦闘力とは別に、素のポテンシャルがどこまで備わっているか。それを知ることは、戦闘力の底上げにおいて欠かせないことだ。

 そして、それを簡捷に把握する方法は、ただ一つのみ。

「――持ちうる力を全て使い、この私に刀を抜かせてみせろ」

「「ド、ドリョクシマス……」」

 

 ――チクショウ、最初っから困難極まりねェ!

 

 シャンクスとバギーは、クロエの鬼の如き修行に付き合わされることになるのであった……。

 

 

           *

 

 

 数時間後、シャンクスとバギーはボロボロの状態で寝そべっていた。

「いてて……」

「ば、化け物だ……」

 シャンクスは痛そうに頬をさすり、バギーは引き攣った声で呟いた。

 

 結果だけ言えば、二人はクロエから刀を抜かせることはできなかった。

 二人がかりで得物を振るって奮闘したが、全ての攻撃を捌かれてしまい、覇気を込めたビンタでギッタンギッタンにされた。グーじゃないあたりは、多少は手加減してくれたつもりなのだろう。

 一応クロエからは「必要最低限の基礎はできてる」と評価してくれたが、大物達と()り合ってきた彼女としては落第点だろう。

 

 ちなみにクロエは今、バレットと殴り合いを繰り広げている。

「バレットも強いけど、クロエも強いんだな……」

「何言ってんだ素っ頓狂が!! (つえ)ェなんてレベルじゃねェぞ!!」

「わははは、随分と派手にやられたな」

 そこへ、途中から二人の修行を見ていたロジャーが笑いながら歩み寄る。

 そしてポンッと優しく頭に手を乗せると、二人に問い掛けた。

「バレットとクロエはどうだ?」

 随分とざっくりとした質問に、顔を見合わせる。

 どうだなんて言われても、どう答えていいかわからないが、シャンクスは口を開いた。

「バレットは……クロエと接する時は、何か嬉しそうな顔をしてます」

「ほう。で、クロエは?」

「クロエは……意外と仲間想いな気がします」

 その言葉を聞き、ロジャーは豪快に笑った。

 まるで宴の時のように、心底面白そうに笑ってから、一言言った。

「――クロエがいる限り、バレットは問題ねェな」

 組手をする二人の新入りを、ロジャーは見つめながら酒を煽った。

 

 バレットには、強さと想いを受け止める存在はいるが、どこかしら共有する点を持つ〝理解者〟が必要だった。特に年の近い人間で、強者以外に興味を持たないバレットを惹きつける人間だ。

 その役割を自然と担うようになったのが、クロエだ。彼女は海のように気まぐれな性分だが、強さに対する思想が似通っており、一人海賊であったこともあって共感する点がちらほらある。

 

 バレットにとってクロエは()()()()()()()()()()」で、たとえ不本意に自分が死んでもクロエが代わって受け止めてくれる……ロジャーはそう確信していた。

 そして、二人が袂を分かつことのないように――

「シャンクス、バギー。二人の傍にいてやれ」

「え?」

「せ、船長!?」

「時間ならいくらでも掛けろ。この船に乗っている間は命を預けあう仲間だって教えてやれ」

 ニカッと笑いながら、ロジャーは船内へと戻っていった。

 船長の意味を少し考えてから、シャンクスはバギーに問い掛けた。

「……バギー。バレットとクロエ、どっちがいい?」

「どっちもヤベェだろありゃあ!」

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 クロエは浴室でシャワーを浴び終え、鏡を見ながら髪を結んでいた。

「……世話の焼ける弟達を持ったな」

 外が騒がしい中、着替えながら一人呟く。

 シャンクス、バギー、バレット……イタズラっ子二名と戦闘狂一名という濃すぎる面子だが、クロエから見れば手のかかる弟といった印象だ。

 前世は妹がいたが、家族関係が冷え切っていた上に妹も性悪だったため、下の子にはあまりいい印象はない。が、少なからず前世と比べれば遥かにマシだった。

「……弟、か……」

 着替えを終え、クロエは目を細める。

 前世の妹の件があり、異性の兄弟に対する憧れはあった。今世では血のつながりは無いが、あの三人と絡んでいると面白そうだとは思っている。あの赤組は何かと鬱陶しいし、元軍人はすぐ決闘を申し込んだりしてくるが、性根は曲がってないので気に入ってはいるのだ。

 ――オイタが過ぎれば、男だから遠慮せず実力行使できるし。

「……まあ、どうとでもなるか」

 コートを羽織り、腰に刀を差して浴室を出ると……。

「おう、やっと出たか」

 目の前にひげ面の男――ロジャーが立っていた。

 彼はクロエの肩に手を回すと、甲板へと連れてった。

「ロジャー、何のマネだ」

「お前とバレットの歓迎会やってんだよ」

「ハァ……」

 道理で騒がしいわけだ、とクロエは納得した。

 前に所属していた八宝水軍は、花ノ国の戦力という一面もあって、宴は控え目な方だった。それに対してロジャー海賊団は、宴はド派手に催し大騒ぎする、八宝水軍とは正反対の性質の海賊だ。

 また、厳格なチンジャオの元にいたため、クロエは静かに酒を飲むのを好む。騒がしいことを忌み嫌ってはいないが、一人酒の方が気楽なのだ。

 ゆえに「私は別に結構だ」と肩に回された手を払おうとしたが、ロジャーの手は吸いついたように離れなかった。

「お前はもうおれの船員だろ?」

 その一言に、クロエは溜め息を吐いた。

 それを言われれば、従う他ない。自分はロジャーに負けたのだ。負けた人間は勝った人間に従うのが道理だ。

 渋々といった様子でドアを開け、甲板に出た。

「野郎共! 真打の登場だぞォ!」

 船長が声高に叫ぶと、わあっと場が湧いた。

 待ってましたと言わんばかりだ。

「……バレット?」

「……」

 その中には、バレットもいた。

 彼もクロエのように渋々といった様子であり、どうやらロジャーと同じ目に遭ったらしい。

「こっち! こっち来てこの酒飲んでみろよ!」

「この肉も食ってみろって! 超美味いぞ!」

「……」

「ほら、呼ばれてるぞ。行って来い」

 ロジャーに促され、クロエは面倒臭そうに宴の席に混ざった。

 そしておもむろにシャンクスから渡された串の肉を、パクリと一口。

 何度か噛むと、わずかに違和感を覚え……。

「――っ!?」

 刹那、クロエの舌が焼けるように痛み、全身から汗が吹き出し、目からは涙が溢れた。

 激辛の肉だったのだ。

『ギャハハハハハハハハッ!!!』

 皆が大口を開けて笑い、膝やテーブルを叩いた。あのバレットも、そっぽを向いてはいるが肩を震わせている。

 特にシャンクスとバギーは、一際大きな声で笑い、涙目で腹を抱えていた。どうやら二人が仕掛けたようだ。

 ――入浴したばかりなのに、やってくれたな!!

 まんまとハメられ、一気にムカつきが頂点に達したクロエは、覇王色で主犯格二人を黙らせようとするが、口内に全神経を持っていかれているせいで集中できず、ただただ涙目で睨みつけるしかなかった。

「わはははは! やられたな、クロエ!」

「ったく……すまんな、新人歓迎の恒例なんだ」

 やりすぎだと肩を竦め、水の入ったコップをクロエに渡すレイリー。

 警戒しつつもクロエは一口飲み、ただの水だと確認すると一気に飲み干すと、シャンクスが申し訳なさそうにコップを差し出した。

「ゴメン、やりすぎた……」

「……」

 シュン……と落ち込んだ様子のシャンクスに、さすがのクロエも困った。

 いくら一端の海賊と言えど、相手は子供だ。この程度のことで手を上げる程、クロエは短気ではない。

 反省しているならいいか、と思いながらコップを受け取って一口。

「ブホォッ!? ゴホッ、ゴホッ!!」

「ダハハハハハ!! 引っ掛かった、引っ掛かった!!」

 何とシャンクスが差し出したのは、海水だった。

 あまりのしょっぱさに盛大に吹き出したクロエに、再び船員(クルー)達はドッと湧いた。

 ただ、シャンクスは失念していた。クロエは()()()()()()だということを。

「……シャンクス、私から提案がある」

 ビリッ……と空気を震わせながら、クロエは告げた。

「明日からの鍛錬は幼少期の私と同じ内容にする」

「すいませんでしたーーーーっ!!!」

 半殺しにされる未来を察してキレイな土下座を披露したシャンクスに、周りはさらに大きな声で爆笑したのだった。




今後、クロエはシャンクス達とよく絡むようになりますが、ロジャー海賊団のメンバーから見たクロエの印象は以下の通りです。

ロジャー…ウチの紅一点!
レイリー達…筋金入りのじゃじゃ馬。人の下に付けるタイプじゃない。
バレット…性格の甘い女だが、その〝強さ〟は一目置いている。
シャンクス…強くてカッコイイ姉貴分。修行は厳しいけど信頼できる仲間。
バギー…頼もしいけど、それ以上に怖い。敵じゃなくてよかった。


ちなみにクロエのイメージCVは、作者としては田中敦子さんです。


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第11話〝白ひげ海賊団〟

スタンピードでバレットが白ひげに触れてるんで、やっぱ交戦した経験があるんかなぁと思い、今回は白ひげ海賊団とバトります。

バレット、小説版だとエースを思いっきりディスってんですよね。


 エドワード・ニューゲート。通称〝白ひげ〟。

 この海における最高峰の大海賊の一人で、船長ロジャーの()()()()()()()でもある男だ。伝説の「ロックス海賊団」の元メンバーでもあった彼の雷名は、世界中の海賊・海兵に畏怖されており、同時に彼が率いる白ひげ海賊団は〝鉄の団結力〟を持つ一味としても知られている。

 そんな彼らと、ロジャー海賊団はある島で対峙していた。

 

 

「グラララララ……! ロジャー、そこのじゃじゃ馬が噂の新入りか」

「おう! ウチの紅一点であるクロエだ! よろしくな!」

 三日月型の大きな白い口ひげを蓄えた、薙刀を携える屈強な体格の大男――白ひげは豪快に笑いながらクロエを見下ろす。

 近頃その名を轟かす、ロジャー海賊団の紅一点――天竜人を平然と殺め、海軍の最高戦力とも渡り合った〝鬼の女中〟。今まで女を乗せてこなかったロジャー海賊団初の女性船員(クルー)に、白ひげ海賊団の面々は興味を向けていた。

 対するクロエはというと……。

「……ロジャー、これお見合いじゃないだろう」

「わははは! ニューゲートとは古い付き合いだ、前々から紹介したかったんだよ! ほら、クロエ! お前の口からも言えよ!」

「……はー、ウザ……」

「おい、本気でウザいって言われてんぞ」

 不愉快そうな顔を浮かべるクロエに、白ひげはジト目になった。 

 アレは本当に嫌がってる顔だ。

「……クロエ・D・リードだ」

『うわぁ……』

 素っ気無く自己紹介したクロエに、白ひげ海賊団は顔を引き攣らせた。

 ビックリするぐらい愛想が無いし、露骨に嫌がってる。

 ――可愛げもへったくれもないじゃないか!!

「おい、ロジャーのメイド」

「誰がメイドだ」

 メイドと言われたのが癪に障ったのか、倍以上の体躯である白ひげを睨み上げるクロエ。

 そんな彼女に、白ひげはニィッと笑って告げた。

「……お前、ロジャーが嫌ならおれの娘になれ」

「……ハァ?」

『ええええぇぇぇっ!?』

 白ひげの言葉に、一同は度肝を抜いた。

 豪快な性格である白ひげは、仲間を「家族」として大切にし、愛を持って「息子」と呼んでいる。海賊達は白ひげの優しさ・信頼の中で孤独を癒し、その家族として彼を「オヤジ」と呼び慕っており、これが白ひげ海賊団の〝鉄の団結力〟の基となっている。

 白ひげ自身、クロエを生意気な小娘扱いしているが、一目見て世間の悪評とは程遠い内面の持ち主と気づいていた。その証拠に、彼女の隣に顔馴染みとなった見習い二人がくっついている。

「おい、ニューゲート! 勝手に人の仲間を引き抜こうとしてんじゃねェ!」

「グラララララ! どうだ小娘、悪い話じゃねェだろ?」

「断る」

 クロエは、白ひげの勧誘を秒で一蹴した。

 そして一拍置いてから、その理由を口にした。

「私はロジャーに負けたんだ。お前の船に乗ることは、その事実から逃げることを意味する。そんなみっともないマネできるか。自由は無責任じゃない。そんなに欲しいなら、私とロジャーを倒してから言え。――海賊は奪い合うんだろ?」

 クロエの言葉に、白ひげは「ハナッタレが……」と不敵に笑った。

「威勢は一丁前だな、小娘」

「威勢だけかどうか、試してみようか?」

 

 ドォン!! バリバリィ!!

 

『!?』

 瞬間、クロエの身体から強烈な覇気が放たれた。

 その覇気を浴びた白ひげ海賊団の船員達は次々と泡を吹いて失神していき、古株の面々ですらも立ち眩みを覚えた。何より、あの白ひげですら驚きを隠せないでいる。

 ――これが、〝鬼の女中〟の覇気……!

「おい、ロジャー!! てめェ何てモン拾ってんだよい!!」

「わっはっはっは!!」

 見習いと言えどクロエの覇気を耐えたパイナップル頭――マルコが声を荒げた。

 白ひげ海賊団はロジャー海賊団の倍以上の船員がいるが、その半数近くがクロエの覇気に()()()()()()。クロエの覇気の強さと量に驚く一方、白ひげはどこか納得がいった様子だ。

「そういう訳だ、おれの目が黒い間は諦めな! ニューゲート!」

「グララララ!! 残念だが、確かに好きにやるのが一番だ。それよりも――」

 白ひげは愛用の薙刀・むら雲切の切っ先をロジャーに向け。

 ロジャーは愛刀・エースの切っ先を白ひげに向け。

 互いに口角を上げてから、同時に言い放った。

「「身ぐるみ置いてけ!!」」

 それを皮切りに、海賊達は得物を掲げた。

「やっちまえーーー!!」

「奪い取れーーー!!」

 開戦の合図。

 ロジャー海賊団と白ひげ海賊団の戦闘が勃発した。

 

 

           *

 

 

 戦闘開始から一時間後。

 戦況は、ロジャー海賊団の優勢が続いていた。

「おおおおっ!」

「ハッ」

 白ひげ海賊団きっての巨漢・ブレンハイムはバレットを狙うが、紙一重で躱されてしまい、豪拳によって殴り飛ばされてしまう。

 すかさず重火器のスペシャリストであるクリエルがバズーカをぶっ放すが、砲弾を拳で殴り返され、瞬時に距離を詰められてぶん殴られる。

「〝ブリリアント・パンク〟!!」

 そこへ、身体をダイヤモンドに変化させる「キラキラの実」の能力者であるジョズが、バレットにショルダータックルを見舞う。

 怪力とスピードは一味屈指であるジョズのブチかましの直撃を受け、バレットは吹っ飛ばされて地面に倒れたが……。

「カハハハ……!! 今のがとっておきか?」

 手を使わずブリッジで起き上がり、お返しと言わんばかりにバレットもショルダータックルを仕掛けた。

 ジョズは自らを超えるスピードとパワーでかまされた攻撃を食らい、何度も地面を跳ねながらぶっ飛んだ。

「ジョズ!!」

「……気を付けろ、こいつとんでもねェ化け物だ!!」

 警戒する海賊達に、バレットは「簡単に死ぬなよ……!」と笑った。

 

 

 同じ頃、クロエはバレットと引けを取らぬ暴れっぷりで白ひげ海賊団を圧倒していた。

「うわあああああっ!!」

「どわあああああっ!?」

 強大な覇気を纏った剣術を駆使するクロエを前に、次々と薙ぎ倒されていく白ひげ海賊団。

 そもそもガープやゼファーとも()り合ったのだから、これぐらいできて当たり前と言えば当たり前なのだが。

(……さすがにタフだな、連携もしっかり取れてる)

 刀を構えつつ、立ち上がってくる白ひげ海賊団を見やる。

 さすがはロジャー最大のライバルが率いる一味、と言ったところだろう。

「お前の相手はおれだ、〝鬼の女中〟!!」

「!」

 威勢のある声と共に、クロエに斬りかかる男。

 クロエは真っ向から受け止めて鍔迫り合いをするが、相手の刀身が炎を纏っていることに気づいた。

「燃える剣か……」

「フォッサ! 気を付けろよ!」

 燃える剣の使い手――フォッサは「わかってんよ!」と叫ぶ。

 クロエは目を細め、刀身に覇気を流して弾き返す。

 

 ――ギィン!

 

 二人はそのまま、真っ向から衝突した。

 覇気を纏った、斬撃のぶつけ合い。奮闘するフォッサだが、剣の腕と覇気の強さは明らかにクロエの方が上であり、徐々に追い詰められていった。

「待ってろ、フォッサ! そのまま耐えてろい!」

 フォッサを助太刀すべく、能力を解放して両腕に鳥の翼を模した青い炎を纏う。

 マルコは自然(ロギア)系の悪魔の実よりも希少な動物(ゾオン)系幻獣種――「トリトリの実 モデル〝不死鳥(フェニックス)〟」の能力者。限界こそあるがいかなる攻撃を受けても再生する〝復活の青い炎〟を纏う、大きな不死鳥に変身できる。

「隙ありだよい!!」

 マルコは凄まじい速さで低空飛行し、足を不死鳥の鉤爪に変化させ、覇気を纏った蹴りを見舞うが……。

「狙いはいいが……ダメだ」

 

 ドォン!

 

「いっ!?」

 クロエは燃える剣を受け止めつつ、覇気を左腕に流してマルコの蹴りを弾いた。

 すかさずフォッサの鳩尾に八衝拳の衝撃を叩き込んで悶絶させると、無防備になったマルコ目掛けて覇気を纏った飛ぶ斬撃を放った。

「ヤッベ!!」

 咄嗟に回避しようにも、飛んでくる斬撃の方が断然速く、避けようにも避けれない。

 覇気で相殺しようにも、クロエの覇気の強さから考えれば今のマルコでは不可能。

 本気でマズいと覚悟した時、何者かが現れて〝神殺し〟の斬撃を受け止めた。

「!」

「ふん!!」

 斬撃を頭上へと弾く。

 マルコを助けたのは、青い服とマントが特徴の二刀流の若き剣士――ビスタだ。

「ビスタ!!」

「ここはおれに任せろ、マルコ」

「ああ、ありがとよい!」

 マルコは撤退し、仲間の援護に入った。

「……二刀流か」

「お初に、〝神殺しのクロエ〟。お手並み拝見と行こう」

 

 

 そしてお馴染み、シャンクスとバギーの見習いコンビはというと。

「おい、普通ここまでするか!?」

 大の大人に囲まれ、バギーは悲鳴に近い叫びを上げた。

 無法の海賊稼業だ、覚悟ある海賊は「卑怯」などという女々しい言葉は使わない。二人はロジャーやレイリーからそう学んできた。だが、いくら一端の海賊だからとはいえ、ガキ二人に対して大の大人が包囲するのは納得できない。

 しかし、そんなバギーに対し、シャンクスは嬉しそうだ。

「シシッ! いいじゃんか、クロエから学んだ覇気を試すいい機会だし」

「てめェは何でそんな能天気なんだ、このスットコドッコイ!!」

 戦場でも口論する二人に、業を煮やした男が襲い掛かった。

 次の瞬間!

 

 ドンッ

 

『!?』

 抜刀と同時に、宙を舞う男。

 その身体には刀傷が刻まれ、さらにシャンクスの剣の刀身は黒光りしていた。

「ちょ、おい! シャンクス! いつのまにそこまで強くなってやがった!?」

「ヘへッ!」

「おい、お前ら! ガキだからって容赦すんなよ、その二人は(つえ)ェぞ!」

 そこへ金髪のドレッドヘアー・ラクヨウが鉄球を振り回し、豪快に投げつけた。

「「ギャアアアアアッ!!」」

 紙一重で回避する二人。さすがに体格的に食らったらヤバいと判断したようだ。

 すると、シャンクスの背後に回り込んだ金髪のおかっぱ頭・キングデューが攻撃を仕掛けた。が、完全に背後に回り込めたのに躱されてしまい、そこへバギーが飛び蹴りをかました。

「あの赤髪……見聞色を……!」

 これは一筋縄じゃあ行かない――そう感じ取ったラクヨウは、キングデューを呼んだ。

「……連携で行くぞ」

「ああ……新入り連中は下がってろ!」

 

 

 そんな若輩達の活躍を、ロジャーは白ひげと鍔迫り合いをしながら見ていた。

「あいつら、やるじゃねェか!」

「グラララ……将来有望だな、おい……!」

 クロエ達の奮闘ぶりに、白ひげは敵ながら大したモンだと笑みを深めた。

 しかし、若輩達が頑張ってるのだから、船長たる自分が後れをとる訳にはいかない。

 白ひげはロジャーを強引に押し返すと、むら雲切の刃にオーラを纏わせた。

「ウェアアアアッ!!」

 咆哮と共に、豪快に振るう。

 放たれたオーラを、ロジャーは覇気で硬化した愛刀で受け止めた。

 

 ズゥン!!

 

 受けた途端、凄まじい衝撃波が発生し、地面がグラグラと大きく震えた。

 白ひげは「グラグラの実」の能力者――あらゆるものを揺り動かし、海や大地を震動させる程の規格外な強さを誇る「地震人間」だ。超人(パラミシア)系悪魔の実の中でも最強クラスの破壊力と圧倒的な影響範囲を有し、一度進撃を開始すれば討ち取る以外に止める術は無い。

 そんな彼と真っ向から渡り合うロジャーもまた、規格外の実力者である。

「っ……うりゃあああっ!!」

 強引に弾き返し、打ち消す。

 ロジャーは体勢を立て直すと、刀身に覇王色を纏わせて斬りかかった。

 白ひげもまた、薙刀の刃に覇王色を纏わせ迎撃する。

 

 ドォン!!

 

 黒い稲妻が迸り、火花が散る。

 海賊界の頂点と言える二人のドツキ合いは、一撃一撃が絶大な威力を誇っていた。

「ぬうぅん!!」

 バックステップで距離を置き、白ひげは飛ぶ斬撃を放った。

 ロジャーは両手持ちに替えて愛刀を振るい、斬撃を明後日の方向へと弾き返したが……。

「うおおぉぉ!?」

「あっ」

 聞き慣れた声と共に、ドパァン! という轟音が鳴った。

「おい、ロジャー!! 少しは周りを見ろ!!」

 そう声を荒げたのは、冥王(レイリー)だった。

 どうやら弾き返した斬撃の軌道上に、たまたまレイリーがいたようだ。

「わはははは! (わり)(わり)ィ! まァ無事だからいいだろ、相棒!!」

「よくねェよ!!」

 怒り心頭のレイリーだが、ロジャーは相変わらず爆笑。

 「昔っからそういう奴だったな、おめェは」と白ひげは呟き、再び薙刀に覇王色を纏わせる。

「目の前の相手に集中しろ、ロジャー!」

「こいつァ余裕ってヤツだよォ!」

 

 ドォン!!

 

 覇王色同士がぶつかり、天地を揺るがす。

 海賊界の頂上決戦に、二人は笑みを浮かべたままドツキ合った。

 

 

           *

 

 

 戦闘は丸一日休まず続き、翌日の日暮れまで続いた。

 そして、三日後の朝――

「この酒、美味そうだな! どこで手に入れた!?」

「待て待て、等価交換だ!」

「この服全部くれよ」

「じゃあ干し肉5箱で交換だ」

 奪い合いのはずが、いつの間にかプレゼント交換になっていた。

 二日に及ぶ激闘は何だったのかと、レイリーは呆れ半分に笑った。

 

 ロジャー海賊団と白ひげ海賊団の戦闘は、結果的には引き分けに終わった。

 一日目はロジャー側の猛攻で白ひげ以外が軒並みダウンしていったのだが、休戦の時間を設けず続行したことでクロエが一気にバテ始め、さらに白ひげに挑んだバレットが返り討ちにあったことで白ひげ海賊団は勢いを取り戻し、最終的には船長同士の一騎打ちの末に手打ちとなったのだ。

 ただ、その壮絶な一騎打ちもロジャーの「ちょっとトイレ行きたい」の一言で幕切れとなったのだが。

 

「……どうしたバレット、ボロボロじゃないか」

「ハッ……てめェこそ、何だそのザマは。どこかで転んだか?」

 岩に腰掛けるバレットとクロエは互いに軽口を叩くが、実際はかなりの深手である。

 バレットは白ひげに単身突撃した際、本気の一撃を叩き込まれてノックダウンしたが、クロエは船長を除いた白ひげ海賊団に属する能力者と覇気使い()()()袋叩きにされたのだ。そうでもしなければ倒せないと判断されたのだろう。

 現に数では勝っていた白ひげ海賊団も、この二人を戦闘不能にさせるのにかなりの兵力を削った。ロジャー海賊団の中でも抜きん出た実力者には、マルコ達も相当骨が折れたようだ。

「おーい! クロエーー! バレットーー!」

「「!」」

 そこへ、頭に包帯を巻いたシャンクスとバギーが駆けつけた。

 二人も相応のケガを負ったようだ。

「大丈夫かよ!? スゴい囲まれてたぞ!!」

「バレットも、白ひげの本気の一発食らったって聞いたぞ!!」

「余計なお世話だ。人間はそんなにヤワじゃない。そもそも私達はロジャーと真っ向から戦った者達だぞ」

 そこらの腕自慢とは次元が違うんだ、とクロエは溜め息を吐きながらボヤく。

 しかし二人のことを心配しているのは本心であるのは、見聞色を使わずとも察したので、何となくだが二人の頭を優しく撫でた。

「……クロエ?」

「お、おい、やめろよ……!」

 目を丸くするシャンクスに対し、女性への耐性がそこまでないのか恥ずかしがるバギー。

 クロエは剣呑な眼差しで二人を見つめる。

「小言を言いたいというのなら、私も同じだ。よくその程度の怪我で済んだものだな」

「クロエから覇気を教わったからな!」

 えへへっと笑うシャンクスに、クロエはきょとんとした表情を浮かべる。

 数秒経ってから、クロエは大きな声を上げて笑った。

「アッハッハッハッハッハッハッ! 私から覇気を教わったと言う割にはコテンパンにされたな! 全くお笑いだ!」

「わ、笑うな!! クロエとは違うんだぞ!?」

「囲まれたのはお互い様だ、お前らはまだガキだから手を抜かれたんだろ?」

 「自分を省みろ」と笑うクロエに、シャンクスは顔を真っ赤にする。

 その様子を眺めていたロジャー達も、ニヤニヤしていた。

「クロエの奴、随分と感情が豊かになったな」

「シャンクス達の面倒も見ているあたり、アレが本来の性格かもしれんな」

「わっはっはっは! 出会った直後からヒドい女だったからな! おれも驚いているぜ!」

 

 ドクンッ!

 

「うおっ!?」

「聞こえてるぞ、ロジャー……」

 地獄の底から響くような威圧感マックスの声と共に、覇王色がロジャーを襲った。

 声の主は、クロエだ。

「出会った直後からヒドい女か……そうか、仲間の私をそう見ていたのか……」

「ま、待ってくれ! ヒドいってのは無愛想すぎる性格がって意味で、カラダとかそういう意味じゃねェぞ!!」

「ロジャー、それ逆効果だぞ」

 弁明しているつもりが煽っているようにしか聞こえないロジャーの反論に、白ひげは「ダメだこいつ」と頭を抱えた。

 一方のクロエはクスクスと笑っているが、目が笑っていない。ロジャーを長く支えているレイリーやギャバンですらも、クロエの圧迫感に顔を引き攣らせている。

「あぁ、そうか……ロジャー貴様、一度は許す女だからと私を舐めてるな?」

 青筋を浮かべながら徐に愛刀を抜くと、刀身を武装硬化した上で覇王色を纏わせた。

 怒気と殺意を迸らせるクロエに、さすがのロジャーも危機感を覚えた。

「ク、クロエ! ちょっと落ち着――」

「分を弁えろ、この痴れ者がァァァァ!!!」

 

 ドゴォン!!!

 

「ギャーーーッ!!」

『船長ォーーーーーーーー!!!』

 手遅れだった。

 怒り心頭のクロエが暴れ始めたことで、両勢力は大混乱に陥った。

「うわーっ!! クロエがご乱心だーーっ!!」

「誰か〝鬼の女中〟を止めろーーーー!!」

「って、おいロジャー!! こっち来るんじゃねェ!!」

 覇気と斬撃が飛び交う修羅場に、海賊達の叫び声が木霊したのだった。




クロエは前世で無能な同僚の面倒を見ていたりしたので、基本的に人に何かを教えるのが上手です。
なので、本作ではシャンクスとバギー、バレットは原作よりも強くなります。

そう言えば、バギーって覇気の知識とかあるのかな?
見聞色とか向いてる気がする。逃げるの速いし。


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第12話〝その女、長女のごとし〟

この話の時点でのクロエ達の年齢は、以下の通りです。

クロエ…19歳
バレット…17歳
シャンクス…11歳
バギー…11歳

四人組の中では、クロエが長女枠です。



 クロエがロジャー海賊団に属してから、早二年。

 世間では、ロジャー海賊団こそが世界最強の一味と呼ばれ恐れられていた。

 その理由が――

「〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟、進撃止まらずだってよ! おれ達も負けられねェよな」

「バレットの野郎、ロジャー船長の後継者だとォ~!?」

 シャンクスとバギーが新聞を見て、その暴れっぷりに驚きの声を上げている。

 バレットとクロエが加入して以来、ロジャー海賊団は無敵の躍進を続けている。無双の英雄や最強の少年兵と称えられた元軍人と、女だてらに一騎当千の実力を有する一匹狼……人の下につけるような人間ではない二人は、()()()ロジャーに従っているため、海軍・政府・世間ではバレットとクロエをこう呼んでいる。

 ――「ロジャー海賊団の(そう)()」と。

「クロエとバレットって、何だかんだ馴染んでるよな」

「あの無愛想コンビだぞ? 財宝に興味ねェなんて、人生損してるぜ!」

「余計なお世話だ」

 真後ろから響いた声に、バギーは肩をビクッとさせる。

 どうやらクロエに聞こえていたようだ。

「今日の覇気の鍛錬を始めるぞ。基礎は叩き込んだから、その上のステージをやるぞ」

「「上のステージ?」」

「武装色の覇気の高等技術だ」

 武装色の覇気には、黒く変色する「武装色硬化」を超える威力を持つ技術がある。

 それが、覇気を必要な場所に「流す」技術。不必要な場所の覇気を拳や武器に「流す」イメージのもとで使うことで、武装色硬化を超える領域に至れるチカラだ。

「この技術を会得してるのは、この船じゃあ私とロジャー、レイリーくらいだな」

「ってことは、ロジャー船長達がいるステージなのか……?」

「そうだな。まあ覇気の〝色〟の向き不向きや才覚にもよるが……私は年単位でかかった。真面にやれるようになったのは、ロジャー海賊団(おまえたち)と会う前だった」

 相当な修練と場数に加え、覇気に対する「認識」も大きく左右するとクロエは続けて言う。

 だが、これを習得できれば強大な矛にも盾にもなる。敵の攻撃を触れることなく防御し、攻撃に転ずれば内部破壊が可能となる。

 世界でもトップクラスに位置する大海賊が持つ戦闘技術を、クロエはシャンクスとバギーに叩き込むつもりなのだ。

「まあ、バギーに関しては見聞色の方が向いているから、タイミングを見計らって方針転換はするが……」

「クロエ、(おも)(しれ)ェ話するじゃねェか」

 そこへ、強さに磨きを上げてさらにガタイがよくなったバレットが現れる。

 強さを求め続ける彼にとって、今の話は興味をそそられるようだ。

「……何だ、他者の介入は嫌なんじゃないのか?」

「ほざけ。聞くだけ聞くだけだ」

 バレットは眉をひそめるが、それを見たクロエは愉快そうに微笑んだ。

「ロジャーの……いや、この海の覇を競う者達の強さの一つ。お前ら三人に教えてやる」

 

 

「あー、よく寝たな!」

「寝過ぎだろ! ったく、二日酔いで苦しむなどシメシが付かないぞ」

 レイリーに小言を言われながら、ロジャーは若輩達の様子を見に船首楼甲板へ上がる。

 すると、そこには仲睦まじい様子で四人が修行していた。

「ふんぬぬぬぬぬぬ!!」

「力むんじゃない。流すイメージだ、シャンクス。身体の中を取り巻く不必要な覇気を流すんだ」

「んんんんんん……!」

「だから流すイメージだと言ってるんだ」

 ガンッ! と鞘に収めた刀で思いっ切りバレットの頬を殴るクロエ。

 しかし覇気の練度は三人で一番高いバレットは、頬を覇気で硬化させて防いだ。

「てめェ、何しやがる……!」

「同じこと繰り返してれば殴りたくなるだろう」

「自由すぎる……」

 クロエの気ままな振る舞いに、バギーは顔を引き攣らせた。

 ちなみに彼は武装色が不向きなようで、早々にダウンしている。

「ほら、頑張れ頑張れ。ロジャーが見てるぞ?」

「っ!!」

 笑みを浮かべるクロエの言葉に、バレットはバッと振り返る。

 視線の先では、ロジャーとレイリーが馴れ合っているところを見てニヤニヤと笑っている。

 恥ずかしさにも怒りにも似た感情が膨れ上がり、バレットは覇王色の覇気を放って睨みつけたが、二人は涼しげな様子。ロジャーに至っては笑みを深めた。

「決闘だ、ロジャー……!! 次の島で貴様を叩き潰す!!」

「わはははは! わかった、ちゃんと鍛えとけよ!」

 ロジャーは豪快に笑いながら、レイリーを連れて階段を降りていった。

 その背中を嬉しそうに笑みを溢して見つめるのを、クロエは見逃さなかった。

 

 

           *

 

 

 ロジャーとバレットの決闘。

 もはやロジャー海賊団の恒例行事となったそれに、船員達は離れた場所で見守っていた。

「おおおおおおおっ!!」

 咆哮と共に、両腕を武装硬化させて猛攻するバレット。

 覇気を纏った無数の拳打を、ロジャーは愛刀を振るって捌いていく。

「〝神避(かむさり)〟!!」

「ぐわっ!!」

 ロジャーの覇王色を纏った剣技を至近距離で食らい、バレットの巨躯が吹っ飛ぶ。

 加入直後の頃とは比べ物にならない強さを得ても、その差は未だ大きい。

 しかし、今回はどちらかというとバレットに有利な場所だ。この島は無法地帯ゆえ、海賊達の乱闘が後を絶たない。それはつまり、あらゆる鉄や武器が豊富であり、彼の()()()()を最大限に発揮できるということでもあった。

「〝鎧合体(ユニオン・アルマード)〟!!」

 バレットの両手が青く発光する。

 それと共に、紫紺の鋭角な結晶片が津波のように放出された。

 バレットは悪魔の実の能力者だったのだ!

「久しぶりの合体だな!」

 ロジャーは戦意を高揚させる。

 バレットは触れた無機物を自身と合体させたり、無機物同士を融合・合体・変形させることができる「ガシャガシャの実」の能力者。この合体能力は応用力が高く、無限に武器兵器を生み出すことができる。

 言い方を変えれば、相手が武器を持ってれば持ってる程、数が多ければ多い程にバレットが有利となり、彼を倒すには一対一(サシ)の真っ向勝負で叩きのめす以外にない――ということなのだ。

 当然、一騎打ちでバレットを打ち負かせる人間など限られているし、大抵の強者は共闘を選ぶだろう。ゆえにバレットを確実に打ち負かせるのは、ロジャーしかいないのだ。

《カハハハハハハ!! さァここからが本番だ、ロジャー!!!》

 変形を終えた頃には、バレットは鉄の巨人と化していた。

「おう! いつでも来い、バレット!!」

 ロジャーが笑みを浮かべて叫ぶと、鉄の巨人は軋みを上げて拳を作り、覇気を纏って黒く変色させて振り下ろした。

 ロジャーは覇王色を纏った愛刀を振るい、真っ向から受け止め、弾き返した。

「おい、ウソだろ!? あのデカさで覇気を!?」

「それを真っ向から弾き返すロジャー船長も、何て強さなんだ……」

 バギーは悲鳴に近い声を上げ、シャンクスは冷や汗を流した。

 それに対してレイリー達は、驚きつつも声には出さずに笑っていた。

「……さすがは私以上の武装色の覇気。バレットはこういう戦い方を好むのか」

 バレットの戦法は、覇気を交えた徒手空拳と悪魔の実(ガシャガシャ)の能力で作った巨大ロボットでの蹂躙。高度な武装色・覇王色を纏った剣術と八衝拳を用いた格闘術を駆使するクロエとは、全く正反対のベクトルの〝強さ〟だ。

 これでもバレットは成長途中。覇王色を纏えるようになれば、彼が望む世界最強の座は目前まで迫るだろうし、本当にロジャーを打ち負かす日が来るのかもしれない。

「……さて、飯を作るか」

「「ハァ!?」」

 船へ戻るクロエに、シャンクスとバギーは驚愕した。

「クロエ、お前作れるのか!?」

「私だって元は一人海賊だ。自分で掃除・洗濯・炊事してたんだぞ?」

「そう言えばそうだった……」

 すっかり馴染んだクロエだが、元はと言えば一匹狼の海賊……海に出てからロジャー海賊団の船員(クルー)になるまでの約四年余りは、一人でこの海を生きてきたのだ。それまで一度も体調を崩してないのだから、健康管理と家事ができているのは当然である。

「どうせ誰も飯を作ってないんだろう? 組織に属する以上、食った分は働かないとな」

「へ~、そういうの雑な気がしたけど、意外と真面目なんだなァ。楽しみにしてるよ!」

「…………そうだな、お前だけ辛子をたっぷり入れといてやるとしよう」

「クロエ、まだ新人歓迎のこと根に持ってたのか!?」

 気にしないタイプだと思ってたのに! と驚くシャンクスだった。

 

 

 オーロ・ジャクソン号の食糧庫から食材を取り出し、キッチンに並べる。

 クロエは米を好むが、生憎切らしていたため、宴好きのロジャー達のことを考えて酒に合う物を作ることにした。

「えーっと、換気扇を回して電子レンジを…………ハッ!」

 羽織っていたコートをたたむクロエは、ふと気づいた。

 

 この世界は、前世と違って家電が圧倒的に少ないということを。

 

(は、恥ずかしい……!!)

 顔がカァァッ……! と赤くなり、思わず両手で隠すクロエ。一人海賊で航海していた時はこんなウッカリをしなかったから、余計に恥ずかしい。

「あー、もう……!」

 邪念を振り払うように顔を両手でぺちぺちと叩く。

 酒のつまみで、前世で人気を博したモノと言えば、唐揚げだ。外はパリッと中はジューシー、味のアレンジは無限大という、子供から大人まで幅広い層で好む食べ物ならば、ロジャー達も文句は言うまい。

 事実、八宝水軍で振る舞った際は抗争に近い状態で唐揚げの奪い合いが勃発したのだから、味には絶対的な自信はある。

(ただ、鶏だけでは足りないだろうし……タコとイカゲソも追加しとくか)

 完全に居酒屋のメニューだな、とほくそ笑みながら腕を捲った。

 

 

           *

 

 

 ロジャーとバレットの決闘は、またしてもロジャーの勝利に終わった。

「わはははは! またおれの勝ちだな、バレット」

「っ……」

「またいつでも来い。……ゴホッ、ゴホッ!!」

 ロジャーは咳き込みながらバレットの健闘を称える。

 その様子を見ていたレイリーは、目を細めて近寄る。

「大丈夫か、ロジャー?」

「ゲホ、ゲホッ! ……ああ、大したこたァねェ。休めば治る」

「最近おかしいぞ。脂汗も出てるんだ、ちゃんとした医者に診てもらった方がいいんじゃないか?」

 真剣な顔で告げるが、ロジャーは「相棒は心配しすぎなんだよ!」と豪快に笑い飛ばした。

 しかし長年の付き合いであるレイリーは、自分達を不安にさせまいと痩せ我慢をしているように見えてるのか、眉間にしわを寄せている。

 すると、船からどことなく香ばしい匂いが漂い始めた。

「ん? この匂いは……」

「キッチンを借りてるようだな」

「誰が何を作ってんだ?」

「おい、船に戻ろうぜ!」

 ワイワイと騒ぎながら、船に戻る一行。

 甲板にはテーブルが置かれ、大皿の上には茶色い山があった。

「あ、船長ーー!」

「これ全部クロエが作ったんだってよ!」

『クロエが!?』

 シャンクスとバギーの言葉に、一同は耳を疑った。

 クロエが料理をしているところなど見たことないし、そもそもクロエが料理ができるなど聞いていない!

 ざわつくロジャー達に、料理を終えたクロエがコートを肩に被せながら現れた。

「あれだけ暴れてるんだ、どうせ腹が空くだろうと作っといた。自分の分だけ作って駄々を捏ねられたら面倒だからな」

「クロエ、この茶色いのは何だ?」

「唐揚げという、片栗粉を薄くまぶして油で揚げた酒のつまみだ。鶏肉とタコとイカゲソを使わせてもらった」

「おお! 酒のつまみかっ!!」

 酒が大好物のロジャーは、この場の誰よりも興奮した。

 クロエは「食うなら早く食え、冷めると不味くなるぞ」と促すと、ロジャー達は鶏の唐揚げを箸でつまんでパクリと一口。

 その直後――

 

『うんめェェ~~~~~~~~!!!』

 

 全員――レイリーとバレット以外――がキュピーンッ! と目を輝かせ、笑みを浮かべながら叫んだ。

「いや、オーバーリアクションだな……」

 クロエは「そこまで大げさにしなくてもいいだろう」とジト目になる。

 しかし彼女は知らないのだが、ロジャー海賊団にとって唐揚げは未知の料理。冒険好きで未知の存在に興味津々な彼らにとって、いい意味で衝撃的な出会いなのだ。

「こんなにうめェのか、鶏の唐揚げ……!」

「塩気が最高だ、癖になる食感だぜ!」

「本当に酒に合うな!」

 魚人族のサンベル、バンダナを巻いたドリンゴ、トゲトゲ頭の眼竜は絶賛。

 他の仲間達も舌鼓を打ち、酒を飲みながら楽しんでいる。

「おい、タコの方もスッゲェ美味いぞ!!」

「イカゲソも食っとけよ、カリッとしてて絶品だ!」

「おい、おれの分も残しとけよ!?」

 料理を堪能する一味に、クロエは呆れたような、それでいてどこか嬉しそうに微笑んだ。

 それを見たレイリーが、興味本位に尋ねた。

「クロエ、何かアレンジも欲しい。用意できるか?」

「……レモン汁をかけると味が変わる」

「聞いたか野郎共!? ギャバン! 船長命令だ、レモン持って来い!!」

「あんたが行けよ! レモンぐらいすぐ持ってこれるだろ!」

 ショボい船長命令を受けたギャバンは、食糧庫へと向かい、ついでに包丁を持って戻ってきた。

「……で、どれぐらいかけるんだ?」

 レモンをカットしながら尋ねるギャバン。

 クロエは「好みにも寄るが……」と返答しようとした時。

「おい、貸せギャバン!!」

 ロジャーはギャバンからレモンを分捕り、思いっ切り握って汁をかける。

 果たしてどんな味だろうか――まだ残っている唐揚げを、全員がパクリ。

 その瞬間、一斉に吹き出した。

『すっぺーーーーーーっ!!!』

 どうやらレモン汁をかけすぎたようだ。

 どうしてくれるんだと一斉に詰め寄られるが、ロジャーは涙目で爆笑しながら謝った。

「わはははは! (わり)ィな!」

「ハァ……ロジャー、周りの了解を得ずにレモン汁をかけると戦争になるぞ。八宝水軍の時も流血沙汰になった」

「レモン汁だけでそれ程の事態を引き起こすのか!?」

「ロジャーの前で仲間を天竜人に売り渡すくらいの暴挙と考えればいい」

 クロエの言葉に、一同は「そりゃあ戦争になる」と顔を引き攣らせた。

 物の例えだが、かなり理解しやすい内容のようだ。

 すると、ロジャーが突然――

「ようし、野郎共! 今日からクロエがこの船のコックだ!!」

「…………ハァッ!?」

 あっけらかんとしたロジャーの宣言に、クロエは声を上げた。

「お前が家事できるんなら問題ねェ。そうだろ? 〝鬼の女中〟さんよ」

「勝手に決めるな!! 自炊ぐらいはできるだろう!! まさか自分の分の飯も作れないのか!?」

「止せ、クロエ。ロジャーは一度決めたらテコでも動かんぞ」

 ロジャーに向けて覇王色を放つクロエを、レイリーは無駄な足掻きだと悟るように言う。

「だが、ロジャーの意見に関しては私としても賛成だ。男衆だけではどうしても隔たりが生じるし、何よりマメに管理できる奴があまりにも少ないんだ」

「うっ」

 真面目な顔で言うレイリーに、クロエは言い返しづらくなった。

 冷静沈着な彼ですら破天荒なロジャーの言葉に賛同しているのだ、冗談抜きでクロエが請け負わねばならない程の案件のようだ。

 つまり、女中らしく家政婦の如き役割をクロエに求められている状況なのだ。そういう雑用は見習いにも担ってもらうのが道理だが、生憎その見習いはまだ子供……一日の家事を効率よくこなせる技量はない。

「……消去法でも私しかいないということか……」

「すまんな、シャンクス達の面倒も見てもらってるから心苦しいが……頼む。他の仕事はなるべくギャバン達にも回しておく」

 どの道クロエにしか任せられないということなのだろう。

 クロエは「選択肢がないなら、従う他ないか……」とボヤきながらも了承した。

「おお! やってくれるのか! ようやく女中要素が出てきたな!」

「ロジャー、貴様は私をそういう目で見ていたのか」

「んな訳ねェよ! 半分な!」

 ぶっちゃけるロジャーに、「半分は本音か、よくわかった」と不穏な空気を纏うクロエ。

 また暴れられては面倒だとギャバンが待機するが、ふとクロエの纏う空気が穏やかになった。

「……まあ、組織の長たる者、心身の健康を保って有事の際の判断を間違えないことが大事だ。私が折れるのが筋だろうな」

「性格の割には真面目じゃないか。こいつとは大違いだ」

「レイリー、おめェおれに恨みでもあんのか!?」

「何十年前から振り回されてると思ってんだ、この野郎!」

 ゴンッ! と武装硬化したレイリーの拳がロジャーを穿った。

 みっともなく吹っ飛んだ船長の姿に、ギャバン達は爆笑。仏頂面のバレットですら、愉快そうに笑っている。

「……まァ、そういう訳だ。これから頼むぞクロエ」

「ああ、善処する」

「おいクロエ!! お前扱いに差がありすぎだろォ!!」

 差別だ!! とクロエに抗議するロジャーだった。




クロエは鍛えているので腹筋は割れてます。
あと、胸も「ムニッ」じゃなくて「ムチッ」て感じで、みっちり肉が詰まっt(ドゴォン!!

……すいません、クロエに殴られました。


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第13話〝今回だけ〟

【速報】
・ロジャーの中の時限爆弾が作動しました。
・シャンクスにラッキースケベが発動しました。


 それは、突然の出来事だった。

「ゲホ、ゲホッ!」

「……大丈夫か、ロジャー」

 港に停泊するオーロ・ジャクソン号の甲板で、クロエは咳き込むロジャーを気にかける。

 ここ最近、ロジャーの容体がどうも怪しいのだ。

「心配すんな。これくらい、どうってことねェよ」

「阿呆。風邪は万病の元だ、そうやって高を括ってると後悔するぞ」

 クロエは苛立つような声色で、覇気を放ちながら忠告する。

 ロジャーは「わざわざ覇王色を放ちながら言う程じゃねェだろ?」と言うが、クロエは即座に「こうでもしないと聞き入って貰えそうにないのでな」と反論。

 ロジャーの我儘ぶりを理解できているようで何よりである。

「ロジャー、貴様は部下が大事なんだろう? 私も立場上、貴様の部下だ。部下の言うことの一つや二つ、真摯に受け止めるべきだ」

「レイリーみてェなこと言ってくれるじゃねェか……」

「フン……部下の気を遣った言葉を無視する上司についていく程、私はお人好しじゃない」

 一刀両断するクロエに、ロジャーは苦笑いを浮かべた。

 その時だった。

「ゴホ、ゴボッ!」

 

 ポタ、ポタッ……

 

「っ!? ロジャー!?」

 ロジャーの口から流れる鮮血。

 蹲る彼の背中を摩りながら、クロエは焦燥に駆られた。

「レイリー! ギャバン! 誰かいないか!? ロジャーが吐血した!!」

「何だと!? 船長が!?」

「ロジャー!! しっかりしろ、ロジャーっ!!」

 いつになく顔色の悪いレイリーに、マズいことになったなとクロエは一筋の汗を流した。

 

 

 ロジャーはすぐさま島内の病院に運ばれ、病室に放り込まれた。

 事態が事態なので、船員達は全員病院の前に集合していた。

 若輩から古株まで、全ての仲間達がロジャーの身を案じ、中には泣き出しそうになる者もいた。シャンクスとバギーも例外ではない。

「「船長……」」

「……」

 いつ泣き崩れてもおかしくない表情の弟分二人の頭に、クロエは優しく手を乗せて撫でる。

 しばらくすると、病院の玄関からレイリーが出てきた。

「レイリーさん!」

「副船長、船長は!?」

「レイリー!」

「……落ち着いて聞いてくれ」

 レイリーは沈痛な面持ちで、医者から聞いたことをありのまま話した。

「ロジャーの容体は安定している。検査したところ、感染症ではないから隔離の必要はない。だが……」

「〝不治の病〟なのか」

「……そうだ。今のままだと、持って三年だ」

 クロエの言葉に頷くレイリーに、空気が凍った。

 あの無敵のロジャーが、最強の船長が、あと三年の命?

 ウソだと叫びたいし、悪い冗談を言うなと怒鳴りたい。だが一番付き合いが長いレイリーの堪えたような表情に、誰も何も言えなくなる。

 重苦しい空気が支配するが、それを破る者が現れる。

「おう、待たせたな野郎共!」

『船長!』

 何事もなかったように出てくるロジャー。

 余命数年の態度ではない船長のご機嫌さに、一同は戸惑う。

 すると、クロエがド直球に質問した。

「……もう長くないのか? ロジャー」

(クロエ!?)

 ストレートすぎる問いかけに、レイリー達は口をあんぐりと開けた。

 ロジャーは「ああ、そのことか」と呑気に答えた。

「不治の病だからどうしようもねェってよ。延命はできるらしいがな」

「……そうか。せいぜい意地で寿命を延ばすことだな」

「おい、クロエ!! そういう言い方ないだろ!! おれ達の気持ちも汲み取れよ、バカクロエ!!」

「おい、シャンクス!」

 いつも通りの素っ気ない返事をするクロエに、シャンクスは涙目で非難の声を上げ、バギーはそれを諫める。

 が、クロエは至って冷静にシャンクスに切り返した。

「死の淵は皆平等に訪れる。それが早いか遅いかの話だ。ロジャーは()()()()()()()()に過ぎない。それに〝病は気から〟だ、気力は時に肉体を凌駕する。余命一年と宣告されても長生きした人間など、探せばいくらでもいるぞ」

「そういうこった! 気に病むこたァねェ!!」

 クロエの方が肝が据わってるじゃねェかと、ロジャーは豪快に笑い飛ばした。

「それぐらい割り切ってくれた方が、おれとしても気が楽になる。ありがとよ」

「やめろ! 頭を撫でるなっ!」

「わはははは! 何だ、女らしい表情(カオ)できるじゃねェか!」

「っ――このっ!!」

 ワシワシと頭を撫でられたクロエは、青筋を浮かべながらその手を振り払う。

 毛を逆立てて威嚇してくる猫のような態度の仲間に、ロジャーは愉快そうに笑った。

「ったく……寿命を延ばすよりも、最期までやりたい放題やって力尽きる方を選ぶ男とは思ったが、()()()()()()を受ける気あるのか」

「ロジャーは薬が大嫌いだからなァ……」

「薬嫌いの酒好きって、ろくでなしじゃないか」

 言葉の刃を振るうクロエに、ロジャーは「ぐはっ」と吐血してひっくり返った。

 その隙にレイリーがギャバンに命じてロジャーを病室へ放り込み、話の続きをした。

「一応、すぐにどうこうなるものではないらしいが、船の備品にも限りがある。双子岬のクロッカスの元を訪ね、船医として乗ってもらうように頼むことにする」

「安静という言葉から最も程遠い男だからな」

 クロエの一言に、全員が頷いた。

 ロジャーは医者に「大人しく休んでください」と言われて素直に従うような男ではない。了承した上ですぐに自主退院(だっそう)するような男だ。それこそ両手両足に錠を嵌めてベッドに拘束しても、自力で外してしまう。医者の言うことを聞かない患者を置き続けるのは、病院にとって百害あって一利なしだ。

 そこでレイリーが考えたのは、〝偉大なる航路(グランドライン)〟の入り口である双子岬の灯台守・クロッカスを仲間にすることだ。クロッカスは医術においてはこの海で一番の評判を得る程の腕前とされ、ロジャー達とも面識がある。彼と交渉すれば、ロジャーの延命措置を施しながら冒険できるだろう。

「とにかく、まずはロジャーの体調だ。安定次第、すぐに双子岬へ向かう!」

『おうっ!』

 その場を解散し、船へ戻っていく船員(クルー)達。

 しかし一番の柱が病で倒れ、残された時間も少ないという事実が相当堪えたのか、動揺を隠せないでいる。唯一冷静なのは、()()()()()()()()()()クロエだけだ。

(……ロジャーは気にも留めてないようだが、暫くは息がつまるかもな)

 クロエもオーロ・ジャクソン号へ戻ろうとした時。

 その手を掴む者がいた。シャンクスだ。

「……何だいきなり」

「ごめん……怒っちゃって……」

「謝るな。長く苦楽を共にした、親同然の人間があと数年で死ぬと言われて動揺するのは当たり前だ。ましてやお前らは子供だしな」

 無愛想だが、どことなく優しさを感じる言葉に、シャンクスとバギーは泣き出しそうになるのを耐えた。

 クロエは気まぐれで残酷な一面が目立つが、決して冷酷無情ではない。それなりの仲間意識はあるし、そもそも根っから冷酷無情ならロジャーは船に乗せない。他の仲間を危険に晒すからだ。そうしないということは、ロジャーはクロエを信頼できる人間だと判断しているという意味だ。

「……疲れたろう。少し休め、修行は暫く中断だ」

 クロエはそう告げ、今なおその場から動かない同僚――バレットに目を向ける。

 相変わらずであるようだが、クロエはあの場で誰よりも動揺していたことに気づいていた。

(……これは()()だな)

 クロエは溜め息を吐きながら、踵を返して船へ戻っていった。

 

 

           *

 

 

 その日の深夜。皆が寝静まった中、バレットは一人鍛錬を続けていた。

 バレットにとって、ロジャーは絶対的な存在だ。幾度となく挑み続け、その度に敗れ、それでも真っ向から受け止めてくれる、唯一尊敬できる男だ。

 そのロジャーの死期が近い。あらゆる意味で手も足も出ない最強の男が、不治の病に負ける。その現実に頭が追いつかず、ロジャーへの誓いを果たさねばという焦りが生まれ、落ち着かなくなっていた。

 だが、バレットは決して一人ではない。もう一人いるのだ、〝鬼の跡目〟を受け止められる者が。

「――気持ちの整理がついていないようだな、バレット」

「……クロエ」

 あの場で唯一平静を保てた、孤高の強さを求めるバレットが一目置く女。

 ――こいつだけは、ロジャーの余命にほぼ動じなかった。

「……一番あの中で動揺してたな」

「……何が言いてェ」

 碧眼で見据えるバレットに、クロエは目を細めて答えた。

 

「恐れてるんだろう? ロジャーがいなくては、自分はもう強くなれないんじゃないかと」

 

 直後、バレットは覇気を纏った拳でクロエに殴りかかった。

 しかしクロエは腕に覇気を流し、無造作に振るって弾いた。

「貴様……!」

「死期が近いぐらいで躓くようでは、ロジャーは超えられないぞ」

「黙れ!!」

 凄まじい怒気を放つバレット。

 しかしクロエは臆することなく、淡々と言葉を紡いだ。

「ロジャーもこんなところで死ぬつもりは無い。()()の誓いを無下にするような男に見えるか? お前がロジャーを信じないでどうする」

「っ……」

 射殺さんばかりに自分を睨んでいた、バレットの碧眼が揺らいだ。

 クロエは迷いを断ち切る手伝いをしようと、彼に問い掛けた。

「バレット。お前は何の為に強さを求めてる?」

「何だと……?」

「何の為に強くなったか。そこから考えれば、自ずと答えは出るはずだ」

 クロエに促され、バレットは二人の強さを考える。

 

 ロジャーは、愛する仲間を守りたいから強くなった。守りたい仲間がいるから、鬼のように強い。

 クロエは、自由で在り続けたいから強くなった。自由を奪われたくないから、女だてらにロジャー相手に善戦できる強さを有している。

 

 では、自分はどうなのか。

 強さこそが全てであることを、一度も間違いだと思ったことはない。強ければ強い程、思うままに過ごすことができるからだ。現にかつての少年兵時代、戦いに勝てば勝つ程に組織内で自由に振る舞うことができ、それに充足感を得た。

 だが、バレットはそれだけではない。いや、それ以上の理由が存在する。船主楼甲板に尻をついて欄干に凭れ、無様に足元を舐めたあの時だ。

 

 ――(つえ)ェ……だがいつか、絶対にあんたを倒して、世界最強の男になる……ロジャー……!

 ――おめェは(つえ)ェぜ。いつでも来い、バレット……!

 

「……!」

「フフ……答えは出たか?」

「……ああ」

 相変わらずの仏頂面だが、迷いが晴れたように見えるバレットに、クロエは笑った。

 バレットがひたすらに強さを求める理由。それは、「強さこそが〝自由〟」という生涯の指針と、「ロジャーとの誓いを守りたい」という想いだ。

 誓いを立てたあの夜、ロジャーは笑っていた。あの笑みに一切の偽りはないと、バレットは思っている。男と男の約束だ。ゆえに今も、強いロジャーを追いかけ続けている。だがロジャーは死期が近い。

 このままでは、あの夜の誓いを――ロジャーとの約束を果たせない。その焦りに、クロエは誰よりも早く気づいたのだ。女の勘とは、恐ろしいものだ。

「バレット……私は別に無理して仲良くしろとか、今までの生き方を変えろとは言わない。海賊たる者、信じるモノは自分で決めるのが道理だ」

「……」

「私達を信じなくてもいい。だからロジャーを裏切るな」

 そう一言告げ、クロエは部屋へ戻っていく。

 バレットはその背中に向け、声をかけた。

「待て、クロエ」

「?」

「貴様が病に冒されても、おれは挑み続ける。だから勝手にくたばるな……ロジャーにそう伝えろ」

「フフ……自分で伝えればいいだろう? ――まあ、同期のよしみだ。今回だけだぞ?」

 愉快そうに喉を鳴らしながら、クロエは部屋へ戻っていった。

 

 

 部屋に戻ったクロエは、静かにベッドに腰掛けた。

「よっこいしょ……」

 羽織ったコートを丁寧にたたみ、髪留めを外す。

 ロジャーの船に乗ってから、クロエはシャンクスとバギー、バレットと共同の部屋を使うことになった。理由としては、彼女の分の個室がないことと、あの三人が一番性欲から程遠いために同室でも問題ないというレイリーの判断からだ。

 クロエ自身は別にちゃんとした寝床さえあれば文句はないし、他の面々と同室でも苦にはならないが、それでも性別は女。一味の紅一点であり、それなりのスタイルではある彼女を抱こうとする不届き者がいないとは限らない。そうなったらクロエに半殺しにされるので、それを未然に防ぐという意味合いでもあるが。

「……()()()()()()、老いや病には勝てないのだな」

 窓から見える月を眺め、そう呟く。

 その言葉に反応するかのように、反対側のベッドからすすり泣く声が聞こえた。

「……せんちょぉ……」

「……」

 寝言と共に一筋の涙を流すシャンクス。夢の中で、ロジャーと離れ離れになる夢でも見ているのだろうか。

「……親離れは辛いか」

 そっと手を伸ばして、一滴流れた彼の涙を優しく拭う。

 一度命を絶った経験を秘めるクロエは、親類の死に対してはすんなり受け入れられる性格(タチ)だ。近しい者・親しい者が死んでも、それを延々と引きずることはない。友人知人が自分より早く死ぬのは悲しいが、それを口実に現実から逃げるのは筋違い――そういう認識だ。

 だが、シャンクスやバギーにとってロジャーは父親同然だ。いくらか破天荒が過ぎるが、仲間に対して深い愛情を持つ男の死期が近い現実を、自分よりも一回りも年下の子供が受け入れきれるわけもない。海賊と言えど、子供は子供なのだ。

「……ハァ……今回だけだぞ」

 クロエは溜め息を吐くと、シャンクスのベッドに入り込んだ。まさかの添い寝である。

 しかし姉貴分の気配を無意識に感じ取ったのか、魘されていたシャンクスは段々と落ち着いた寝息を立てていった。

「全く、世話の焼ける弟分だ……」

 随分と感化されたものだ、と自嘲気味にクロエは笑ったのだった。

 

 

           *

 

 

 翌日の早朝、シャンクスはうっすらと目を覚ました。

 妙に背中が温かいのだ。それも、とても心地よく、安心感を覚えるような温かさだ。

 ぼんやりする頭で、その正体を知るべく手探りで探した。

 

 ――むちっ

 

「……?」

 シャンクスの手に、弾力のある感触が。

 むにむにと触ってみて、それが布団や枕じゃないことに気づいた。とくん、とくん……という肌に感じる鼓動も感じるからだ。

「む……起きたか?」

「…………えっ?」

 頭上からしてきたクロエの声に、一気に覚醒する。

 恐る恐る見上げると、頬や額に切り傷を付けたクロエの整った顔が。ゆっくり目線を下ろすと、自分の手がクロエの二つの膨らみを掴んでいて……。

 

 ブバァッ!! ガシャァン!!

 

「!?」

 シャンクスは鼻血を吹き出してひっくり返り、ベッドから豪快に転落。

 これはさすがのクロエも予想だにしなかったのか、紺のシャツが血塗れになった。

「お、おい! シャンクス!?」

「…………おい、うっせェぞ」

「んだよ、ギャーギャーとハデに騒ぐスットン……って、シャンクス!? てめェどうした!?」

 喧騒に起きたバレットとバギーだが、「はわわわ……」と顔を真っ赤にして鼻血を流すシャンクスと胸元が血塗れになったクロエにギョッとした。

 騒ぎを聞きつけたロジャー達も、密室殺人のような現場に唖然とし、シャンクスを医務室に運んでいった。

 

 後にクロエの口から事の顛末を聞くと、ロジャー達は大爆笑し、バギーは血涙を流したとか。




というわけで、クロエのおかげでバレットの離反はなくなりました。相変わらず仲間意識は薄いけど。

クロエのスリーサイズの件は、非常に楽しみにしている方が多いんですけど、イメージイラストの件もあって調整中です。
まあ、バストは……それなりのデカさです。うへへ。


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第14話〝灯台守のクロッカス〟

本編の1060話、イム様がヤバいんですけど……。


 ロジャー海賊団は双子岬に到着し、灯台守のクロッカスと交渉。

 ひとまず診察してもらうこととなった。

「どうだ、クロッカス」

「今のままじゃあ三年……延命治療をすれば、長くて五年だ」

「じゃあ、三年は時間はあるんだな?」

「楽観的に見ればな」

 不治の病に冒された患者の態度じゃないな、と呆れた笑みを浮かべるクロッカス。

 海で一番の医者である彼を以てしても、数年分の延命が限界だとのことだが、ロジャーは至って通常運転。むしろ心に余裕ができた様子だ。

「クロッカス……我々の船の船医になってくれるか?」

「……私は、探したい海賊団がいる。()()()も、それを知りたがっている」

 クロッカスは、山のように大きな顔を覗かせるクジラ――ラブーンに目をやる。

 

 ラブーンは、アイランドクジラという世界一大きくなる種のクジラだが、彼は元々「ルンバー海賊団」という音楽が大好きな一団の〝仲間〟である。しかし当時まだ小船程度の大きさだったラブーンに、偉大なる航路(このさき)の航海は危険すぎるという判断が下され、クロッカスに世界一周するまで預かるよう約束して別れたのだ。

 しかし、ルンバー海賊団とはその日から何の音沙汰も無い。消息不明となった彼らは、果たしてどうなったのか――絶望的だが、それでも探し出して何らかの事実を知らねば、今もなお待ち続けているラブーンが気の毒だ。

 

 あの別れの日から、25年が経とうとしている。もし、ルンバー海賊団がまだ生きているのならば、今ここでロジャー海賊団の船医として船に乗り、治療を施しながら探し出すのが一番だ。

「わかった。最善は尽くす」

「すまん」

「わはははは! よろしくなクロッカス!」

 本当に余命数年の男なのかと疑いたくなる程に元気なロジャーに、クロッカスは呆れながらも固く握手を交わした。

 そんなやり取りを見ていた一同は、ふと気づいた。

「そう言えば、クロエはどこ行ったんだ?」

 そう、クロエがなぜかいないのだ。

 先程までは酒の席にいた彼女だったのに、いつの間にか忽然といなくなっていた。

 このタイミングで一味を抜けるということは、彼女の性格上あり得ない。とすれば、船に戻ったのだろうか。

 シャンクスはたまたま目が合ったバレットに尋ねた。

「バレット、クロエはどこ行ったか知ってるか?」

「……」

 バレットは無言で碧眼を海へ向けた。

 すると、「よっこいしょ……」とずぶ濡れになったクロエが海から上がって来たではないか。

「あ、おかえり……」

「ああ。……全く、すばしっこいヤツだ。ほら」

「え? ロープ?」

「引き揚げればわかる」

 傍で酒を飲んでたサンベルにロープを渡し、羽織っているコートを絞って海水を落とすクロエ。

 サンベルは仲間達を呼んでロープを引っ張ると……。

 

 ザバァッ!

 

「うおォォッ!?」

「な、何じゃこりゃあァァァァ!?」

「クロエ、お前まさか()()()仕留めたのか!?」

 何と、引き揚げたのは小型の海王類だった。

 小型と言えど、凶暴な海王類は人間はおろか海で暮らす人魚族・魚人族でも接触を避ける存在。そんな生物を海中で仕留め、ロープで拘束するクロエの強さと度胸は尋常ではない。

「どうせクロッカスの加入の宴をやるつもりだろう? 飯は多いに越したことはない」

「わはははは! 気が利くなクロエは!」

「うつけ船長の部下になったんだぞ? これぐらいしないと周りが持たない」

『それな』

 ウンウン、と頷く仲間達にロジャーはムッと頬を膨らませた。

 五十路手前の男のふくれっ面など、誰に得があるのだろうか。

「まァいい! そうとなりゃあ、野郎共! 新しい仲間の歓迎会をするぞォ!!」

「ロジャー、言っておくが食糧庫の酒は尽きかけてるぞ」

『何ィィ!?』

 クロエの一言に、ロジャー達は目を見開いて悲鳴に近い声を上げた。

「酒を切らした程度で何だ……」

「おま、何言ってんだ! 酒が無いのは死活問題だぞ!!」

「てめェらが飲み過ぎてるだけだろうが」

 ここでまさかのバレットが苦言を呈した。

 核心を突いた一言だったようで、ロジャー達はギクッと肩が跳ね上がる。

 そもそもバレットとクロエは、幼少期からストイックな環境下に身を置いていた。バレットは少年兵として戦場を生き抜き、クロエはスパルタ修行でチンジャオに師事しており、海賊の必需品である酒とはほぼ無縁の生活……今でこそ飲酒をする二人だが、浴びるように飲むロジャー達と違って嗜む程度である。

 酒抜きでも別に不自由や不満を感じない若輩二人と、酒があってこその海賊暮らしなロジャー達とでは、日常生活の相違があるのだ。 

「ハァ……仕方ない奴らだ。私の灯台の蔵から持っていくといい。どうせ船に乗ればここは無人だ、こんなところでわざわざ盗みを働く海賊共などおるまいが」

「うおおお! ありがとよクロッカス!!」

 見かねたクロッカスの甘言に大喜びするロジャー。

 それを見たクロエは、思わず「こんな奴に負けたのか……」としみじみ呟いた。

 

 

           *

 

 

 新たに灯台守のクロッカスが船医として加わり、ロジャーの容体はひとまず落ち着きを取り戻した。

 ただ、命のやり取りにもなんの抵抗もないくせに採血は抵抗するわ苦い薬は嫌がるわ、世界的な大海賊らしからぬ一面をこれでもかと見せられた。特に注射の際は割と本気で抵抗したので、頭に来たクロエが武装硬化した拳骨を何度も叩き込んでようやく大人しくなった程だ。その際はロジャーの頭にタンコブの五重塔が出来上がったため、レイリー達は大爆笑した。

 さて、そんな愉快さが増したロジャー海賊団は、ある島で停泊して物資の買い出しをすることとなり、バレットとクロエは船番をしながら覇気の修行をしていた。

「フゥー……!」

「おっ」

 丸太のように太いバレットの腕に、覇気が()()()()()

 今までの力んだ感じから一変したことに、クロエは微笑んだ。 

「感覚は掴めたな。じゃあこれを握らずに砕いてみろ」

 クロエがバレットに渡したのは、空の酒瓶。

 軽く握り、握力ではなく覇気を流し込んで砕き割るということだ。

「…………」

 バレットは集中し、覇気を流すイメージで纏う。

 身体の中の覇気を、腕を介して酒瓶へ伝導させた次の瞬間!

 

 バリィィン!

 

「っ!」

「……さすがだ」

 バレットが軽く握っていた酒瓶が、粉々に砕け散った。

 握力という外部からの破壊ではなく、酒瓶へ流れた覇気による「内部破壊」だ。

 それはつまり、バレットがロジャー達が立つステージに上がったということに他ならない。

「カハハハ……! これが覇気の〝高み〟か……!」

 さらなるチカラを得たバレットは、興奮を抑えられない。

 この内部破壊を可能にする覇気を完全にコントロールすれば、ロジャーに一矢報いることができる――そう思わずにはいられなかった。

「さらに昇華すれば、私やロジャーのように覇王色を纏える。威力は覇気を使った戦闘技術の中でも最高峰……感覚的には内部破壊と似てると思うぞ」

「ほう……」

 覇王色を纏う技術は、覇王色の覚醒者の中でも一握りの強者のみ至れる領域。その技術を体得すれば、バレットの野望である「〝世界最強〟の称号」が現実味を帯び始める。

 〝鬼の跡目〟に、世界最強へと駆け上がる絶好の好機が訪れたのだ。

「じゃあ、()()()()()()()()()()〟がいるということになるな」

「……ハハハハ! この私をか? お前には荷が重すぎるだろう」

「ぬかせ」

 互いに不敵な笑みを浮かべた、その時。

「クロエーッ! ただいま!」

「!」

 ふと、シャンクスがムギュッと後ろから抱き着いてきた。

 どうやら買い出しから戻って来たようだ。

「何だ、戻って来たのか」

「おい、ズルいぞバレット! 二人っきりでクロエに構ってもらってよ!」

「てめェは何を想像してやがる」

 鬱陶しい奴だと吐き捨てるバレットに、シャンクスはキャンキャン吠え始めた。

 クロエは溜め息を吐きながら、むんずと首根っこを掴んだ。

「……で、何の用だ」

「おれも覇気、頑張ってんだから見てほしくてさ」

「ほう……やれるか?」

「当たり前だろっ!」

 無邪気な笑みを浮かべるシャンクスに、クロエは目を細めて「やってみろ」と促す。

 すると、腰に差していた剣を抜いて力を込め始めた。白刃は段々と黒く染まり始め、ついに切っ先までに至って「黒刀」となる。

 それは、武装硬化に至った証拠だ。

「へへっ! どうだクロ――」

 

 ゴンッ

 

「ヴェッ!?」

 何と、クロエが鞘に収めた化血で頭を叩いた。

 手加減したとはいえ、モロに直撃を受けたシャンクスは頭を抑えて悶絶した。

「一つのことに集中しすぎだ。見聞色も忘れるな」

「だからって叩くなよォ……」

「フフ……まあ、武装色はひとまず合格だ。よく頑張ったな」

 微笑みながら労いの声を投げかけるクロエに、シャンクスは満面の笑みで「おうっ!」と応えた。

 それをこっそり見ていたバギーは、ギリギリと歯ぎしりしていた。

(シャンクスの野郎……! ハデに構われやがって……!)

「さあ、バギー。そろそろ実を結んでいい頃だぞ」

「うげっ!」

 クロエの声に、バギーは肩をビクつかせた。

「目隠しでの攻撃回避100回。今日一発で達成できたら……そうだな、お前の好物のホットドッグを作ってやるというのはどうだ?」

「やるっ!!」

 食い物で釣るという常套手段――好物のホットドッグをクロエの手作りで食べさせるという条件に、バギーは思いっきり食いついた。

 それを見たバレットは「現金な野郎だ」と呆れ返った。

「おいクロエ! バギーに贔屓してんじゃんか!」

「お前は私の胸でチャラだろう」

「やめてクロエ! それマジで言わないでくれ!」

 気持ちよかったけど、という言葉を飲み込んで抗議するシャンクス。

 それ以上言ったら〝鬼の女中〟の逆鱗に触れかねないので、賢明な判断である。

「さあ、始めようか。血祭りにならんように善処はする」

「誰が真っ赤な鼻だァ!!」

「そうは言ってないだろう」

 ワイワイと騒ぐ若輩達。

 それを遠くから眺めていたロジャーは、にんまりと笑っていた。

 

 

           *

 

 

 しばらくして、海を駆けるロジャー海賊団は、ある海賊団と交戦した。

(よえ)ェ。どいつもこいつも骨がねェ」

「奪い合いこそ海賊の本分だが、これでは弱い者いじめをしてる気分だな……」

 敵船の甲板の上で、歯応えの無さをボヤくバレットとクロエ。

 それに対し、敵船の船長――〝大渦蜘蛛〟スクアードは言葉を失い膝をついていた。

 

 鬼の悪名を馳せるロジャーの首を狙う海賊は多い。

 傘下勢力は持たずとも、一大勢力を築いている〝白ひげ〟や〝金獅子のシキ〟らと渡り合っている大海賊は、成り上がりを目論む海賊達の標的だ。大渦蜘蛛海賊団を率いるスクアードも、その一人だった。

 が、ロジャー海賊団は傘下勢力を一切持たない反面、個々の実力が異常なまでに高い。しかも覇王色の覚醒者が四人以上配属しているという精鋭ぶりで、チームとしての強さもあって海賊界随一の無双集団と化していた。

 並大抵の超新星や実力者では、歯が立たない遥か上の存在。それがロジャー海賊団なのだ。

 

 それを承知の上で、スクアードは真っ向からロジャーに挑んだ。

 が、現れたのはロジャーに従う前は一人海賊として暴れ回ったバレットとクロエ。この時、まさかロジャーが二日酔いで苦しんでるとは露知らず、「ロジャーを呼べ」と挑発したスクアードはものの数分で壊滅させられたわけである。

(ウソだろ……? たった二人におれ達は……)

 プルプルと身体を怒りと悲しみで震わせる。

 スクアードの海賊団は、億越え海賊として海軍からも警戒されている。懸賞金の高さは実力の象徴とも言えるため、スクアードは嬉々として進撃を続けた。

 そしてロジャー海賊団とぶつかり、乗り込んできたバレットとクロエによって全滅させられた。あっという間に捻じ伏せられたのだ。これを慟哭しないわけがない。

「よくも……よくもおれの仲間をォ!!」

「仲間……()()()()()()()()()()()()()()

 スクアードは得物の大剣を振るい、バレットを両断せんと全力の覇気を纏わせ斬りかかる。

 が、バレットは武装硬化した右腕を無造作に振るい、大剣をへし折った。

「……この海は戦場だ」

「ウアァ!」

 スクアードはバレットに首根っこを掴まれ、宙に差し上げられた。

 圧倒的なチカラが、一人残された船長の命の灯火すらかき消そうとしていた。

 スクアードは必死に足掻くが、バレットの腕はビクともしない。

「くたばれ」

 表情の無い目で、死刑宣告をするバレット。

 もはやここまでかと諦めかけた時……。

「バレット、もう止せ」

「……!?」

「クロエ、どういう風の吹き回しだ」

 力を緩めたバレットは、鋭い眼光でクロエを睨んだ。

 クロエは一切怯むことなく口を開く。

「もうすでに牙は折れた。これ以上やったところで、何の意味もない。――それとも、弱者を甚振るのがそんなに楽しいか?」

「…………フン」

 バレットはスクアードを投げ捨てる。

 剣も心も折られ、スクアードは放心状態となっていたが、二人はそんな彼を無視して財宝を奪った。

「チクショウ……チクショウ……!」

 圧倒的な武力を前に、打ちひしがれるスクアード。

 しかし、海賊の世界とはこういう出来事が頻繁にあるものだ。ここで立ち直って航海を続けるのも、そのまま牙を折られたまま海賊人生を終えるのも、スクアード次第だ。

 しかし、敵方にそこまで諭す義理もなく。クロエとバレットは、一人その場に残って涙を流すスクアードを尻目にオーロ・ジャクソン号へと帰還した。

「早いな……まだ五分と経ってないぞ」

 レイリーは驚いた様子で二人を迎える。

「フン……弱すぎて話にならねェ」

「あの状態じゃあ、復讐する気も失せてるだろうな」

 火の手が上がるスクアードのレアルスパイダー号に顔を向けながら、バレットとクロエは告げた。

「……ロジャーの野郎、まだ二日酔い治らねェのか」

「ああ。どうもクロッカスの用意した粉薬を(ラム)と一緒に飲んだのがトドメらしい」

「何でそんな馬鹿が生き残れるんだ」

「知らん」

 レイリーも「しょうがない奴だ」と頭を抱えた。

 薬は水で飲むモノだろうに、苦いからと酒と一緒に飲んだのだろう……。

「おい、クロエ。ロジャーとの決闘はまた今度だ、てめェと決闘する」

「次の島でな。どうせ()るなら広い方がいいだろう?」

「わかってるじゃねェか」

「お前ら、結構仲良いだろ……」

 対等に接し、互いを理解している言動の両者に、レイリーは苦笑いしたのだった。




本作ではスクアードの件は、ロジャーによって全滅ではなく「バレットとクロエが手を下した」という形にしました。いつ戦ったのかわからないので、オリジナル展開と言えばオリジナル展開かな?

次回は「バラバラの実事件」です。


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第15話〝バラバラの実〟

【速報】
・バギーにラッキースケベが発動しました。
・ロジャーがクロエの秘密を知りました。


 クロッカスが船医となって一年が過ぎた頃。

 ロジャー海賊団は、とある海域で敵船と遭遇した。

「北北東から敵船が来るぞ!!」

「よォし!! 迎え撃て!!」

 ロジャーの号令に、船員(クルー)達は一斉に得物を掲げる。

 その中には、あの見習い二人もいた。

「嬉しそうだなバギー」

「――ったりめェだ!! 敵船は宝箱みてェなモンだからな!! 奪ってナンボの海賊だ!!」

「――まァ一理あるけどな」

「一理どころじゃねェ、それが全てだ!!」

 戦闘直前でも言い合うシャンクスとバギー。

 それに対し、バレットとクロエの仏頂面コンビはというと……。

「また骨のねェ連中か」

「仕方ないだろう。今の私達と同格以上の海賊の方が少ない、探す方こそ無理がある」

 無愛想に軽口を叩き合う。

 すると、敵船は砲撃を仕掛けることなくオーロ・ジャクソン号に接近してきた。斬り合いがお望みのようだ。

「野郎共、乗り移るぞォォ!!」

 愛刀を抜いて敵船へと跳躍したロジャーに続き、クロエ達も敵船の甲板に乗り移って暴れ回った。

 ギャバンが、レイリーが、他の仲間達が、一騎当千の戦いぶりを見せつける。敵の一味は数こそロジャー海賊団の倍はあったが、個々の実力は海賊界屈指の無双集団の前では無力だった。

 そんな中、船上での戦闘中でバギーは一枚の古い紙きれを発見した。

「た……たたた……た、宝の地図……!! 初めて見た!!」

 何と、海底に沈められた巨万の富を記す地図だった。

 戦闘中なのに、まさかの掘り出し物に興奮で震えが止まらない。

 バギーは〝見聞色〟で誰も自分に見向きしていないのを確認すると、そっと懐に隠した。

(だ……だだ、誰も見てねェな! これを独り占めしない手はねェ!!)

 バギーは海賊生活で一番の歓喜に満ち溢れた。

 

 

 その日の夜。

 戦闘に勝ち、財宝もガッポリ奪い取ったことでロジャーは勝利の宴を開いた。

「わはははは! 今日も快勝だった!! 野郎共、宴だァ!!」

「飲み過ぎだロジャー、少しは控えろ!」

「うるへー! そういうのは野暮ってモンだろうがよォ!」

「お前の身を案じて言ってんだよ、この野郎!!」

 クロッカスとロジャーの殴り合いに、レイリー達は盛り上がる。

 そんな中、シャンクスら若輩四人組は、クロエ特製の焼きおにぎりを頬張りながら自分達の未来を語り合っていた。

「おれ達はいずれ、この船を下りることになるよな。お前どうするんだ?」

「自分の船を持つんだ。時間をかけて、世界を見て回ろうと思ってる。海賊としてだ」

 シャンクスの言葉を聞いたバギーは、「相変わらずバカなこと言ってやがる」と笑い飛ばした。

「その甘ったれた考え方さえなきゃ部下にしてやってもよかったんだがな」

「お前の部下だと!? ふざけんな!! 考え方が違うから別々の道を好きに行きゃいいんだ。それが海賊だ!!」

 シャンクスはバギーの勧誘を蹴った。

「はっはっはっは!! てめェが海賊を語るのかよ……だが、そうなりゃおれ達が後に海で会う時は殺し合いだぜ?」

「そうなった時はまずてめェら二人は秒で海の藻屑だな」

「「んだとゥ!?」」

 バレットの吐いた毒に、見習い二人はカチンと来たのかガンを飛ばした。

 それを眺めていたクロエは、酒を呷りながらもクスクスと笑った。

 シャンクスは話をクロエにも振った。

「クロエはどうするんだ? 船を下りたら、また一人海賊に戻るのか?」

「私は自由に暮らせれば何も望まないが……自分の海賊団を持とうとは思ってる。方向性はお前と似てるかもな、シャンクス」

「じゃあ、その時はおれの船に来いよ!」

 シャンクスの突拍子もない発言に、クロエは目を丸くした。

「クロエがいるとスゲェ楽しいからさ! おれの一味の副船長やってくれ!」

「私と一対一(サシ)の決闘で勝てたら考えてやろう」

「えーっ!? 大人げないぞクロエ!」

「じゃあこの話はナシだな」

 不貞腐れるシャンクスに、クロエは「酒の席ぐらいなら下りても付き合う」と言って頭を撫でた。

「それはそうと、今日の戦利品はどうする? 私は受け取らないが」

「戦利品?」

「ああ……〝悪魔の実〟があったんだ」

 話は変わり、日中の戦いで敵船から奪った悪魔の実の話になる。

「ロジャー船長が「誰か食いたきゃ食っていい」って言ってたぜ」

「がははははは! そんなモンで万年カナヅチになっちゃ敵わねェな」

「赤鼻、それおれのこと言ってんのか」

「すんませんでしたっ!」

 バレットの野太い声に、バギーは目にも止まらぬ速さで土下座した。

 そんなモンを食う奴は相当のバカだなと一瞬思ったのは事実だが、あくまでも財宝の入手に関してなので、決してバレットのことを言ってはいない。

「しかし、あんな妙ちきりんな果実が売れば()()()()()にもなるとはな……」

「なァに、ホントかそりゃあ!!!」

 自分で作った焼きおにぎりを頬張りながら呟くクロエに、バギーは目をガン開きさせた。

 一億となれば、A級の宝箱10個でも足りないとされる程の巨額だ。

「バレット、お前も能力者だろう? 味はどうなんだ?」

「いつの話だと思ってやがる。おれが地雷原歩かされた頃の話だ、戦場で食った物の味なんか一々憶えちゃいねェよ」

 この船で唯一の能力者であるバレットの体験談は、意味を成さなかった。もっとも、ガシャガシャの実はバレットが餓死寸前に戦場で見つけた代物であり、悪魔の実を食べて生き延びるか口にせず死ぬかの選択肢しかない状況下ゆえ、味のことなど憶えてなくて当然だが。

 しかし、バギーにとって味など些細なこと。その実につく値段の高さに頭がいっぱいだった。

 

 

           *

 

 

 翌朝、バギーは悪魔の実を披露することにした。

「海賊見習いバギー、悪魔の実を食わせて頂きます!!」

「だはははははは! いいねェ、若いってのは後先考えずに」

「見直したぞバギー!」

 黒タンクトップのドンキーノや黒い羽根を持つドリンゴに煽てられる中、バギーは豪快にも一口で実を食った。

「どうだバギー、体に変化はあるか?」

「いや……別に……」

 バギーの反応に、ギャバン達は敵船から奪ったのは偽物――悪魔の実に似ただけの果実ではないかと結論づけた。

 それもそのはず。バギーが目の前で食ったのは徹夜で工作した偽物で、夜の内に本物とすり替えていたのだ。

(この実を売り払った金とこの地図の財宝があれば、おれは……!)

 船尾楼甲板で、積み荷に隠れてニヤニヤしていると……。

「おいバギー、こんなとこで何やってんだ」

「!?」

 後ろからシャンクスが声をかけてきた。

 ビックリしたバギーは、思わず実を口の中に放り込んだ。

(な……何だてめェか……脅かすなよ)

「何て顔してんだよ、盗み食いは程々にしろよ」

 スタスタと離れていくシャンクス。

 バギーはホッと一息ついたが――

「あ、そういえばさっきクロエが」

「!?」

 まさかの二段構え。

 バギーは再びビックリしてしまい、実を丸ごと飲み込んでしまった。

「あああああああああああああ!!!」

 バギーはシャンクスの胸倉を掴み、物凄い剣幕で迫った。

「て……てててめェおれの……おれの、おれはあああああああああ!!!」

「!?」

 バギーとしては人生を左右する程の事態だったが、シャンクスは一体何のことかわからず首を傾げた。

「何だあの紙きれ」

「あああああおれの地図!!!」

 いつの間にか風で飛んでいった地図を拾いに、海へ飛び込むバギーだったが……。

(何だ……体がうまく動かねェ……)

 バギーは実を食ったせいで体が動かなかった。

 一応海面に出るが、必死にもがく。

「ぶはっ……ばび!! ……ばぼ!! 助けば…………!!」

「おい、お前何やってんだ! 泳ぎは得意だろ!?」

 水泳は得意であるはずのバギーがもがく姿に、シャンクスは困惑した。

 ――まさか、あの悪魔の実は本物だったのか。

 そう思った時、欄干を蹴って誰かが海へ飛び込んだ。クロエだ。

「クロエ!!」

 海へ飛び込んだクロエに、シャンクスは引き揚げるためのロープを取りに行った。

 一方のクロエはあっという間にバギーを回収し、右腕で抱え立ち泳ぎしていた。

「大丈夫か、バギー」

(む、胸が……!)

 安否確認するクロエだが、バギーは気が気でなかった。

 あのシャンクスを撃沈・行動不能にさせた豊満な膨らみが、顔に当たっているのだ。

 海に浸かって冷たいはずなのに、一気に茹で蛸のように全身が真っ赤になる。

「それとこの紙切れ、お前のか?」

「あっ!! おれの宝の地図!!」

 クロエが左腕に持っていたのは、先の戦闘でバギーが見つけた宝の地図だった。

 どうやら、ついでに回収してくれたようだ。

「私は財宝に興味はない。それに最初に見つけたのはお前だろう? 持っていけ」

「ク、クロエェェェ……!」

 鼻水と涙で顔がグシャグシャになるバギーに、クロエは顔を顰めた。

 その時、海面がいきなり盛り上がり、地響きのような唸り声と共に海王類が現れた!

「海王類!?」

「二人が危ないぞ!」

「この野郎……!」

 一気に慌ただしくなる甲板。

 ロジャーは額に青筋を浮かべながら、仲間に狙いを定めた海王類を血祭りにあげようと抜刀した、次の瞬間だった。

 

 ドォン! バリバリィ!

 

『!?』

 クロエの身体から、海を震わす程の覇王色の覇気が放たれた。

 その威圧は凄まじく、真っ向から浴びた海王類は金縛りにあったように動かなくなった。

「――とっとと()ね」

 睨みつけながら言い放つクロエに、海王類は全身をガタガタと震わせ、逃げ帰っていった。

 ロジャーに迫る程の強大な覇気に、船員(クルー)達は驚きを隠せない。

「油断も隙も無いな」

「…………」

 涼しげな顔で吐き捨てるクロエに対し、バギーは顔を引き攣らせたまま白目を剥くのだった。

 

 

 その後、バギーが食べた悪魔の実は「バラバラの実」だということが判明した。

 着用している衣服も含め、肉体を複数のパーツへ分離することができ、体の分離と接合が自由自在になる能力だ。ただし足を絶対の基点としているがために生じる弊害や「面」による攻撃の弱さなど、残念なことに悪魔の実の中でも比較的弱点の多い実であったが――

「人体構造の限界を超えた間合いからの遠隔攻撃に、刺突斬撃の無効化……弱点は多いが、この二つはかなりの強みだな」

「だからっつって細切れにする必要ありますゥ!?」

 白を切るように能力を分析するクロエに、涙ながらに抗議するバギー。

 覇気こそ纏ってないが、容赦なく斬撃の雨を浴びたのは辛かったようだ。

「カハハハ……てめェがぶん殴られた時に首が取れたのはお笑いだった」

「ロジャーの奴、すごい表情だったしな」

 そう、バギーがなぜバラバラの実の能力者になったと判明したのかは、引き揚げた直後にバギーとシャンクスと喧嘩をしたからだ。喧嘩した際にシャンクスの覇気を纏った拳が顔面に減り込み、そのままバギーの頭がポロリしてしまったのだ。

 当然、その場は阿鼻叫喚。シャンクスは気を失いかけるわ、ロジャーは頭を両手で抱えて悲鳴を上げるわ、レイリー達は必死に首を繋げようとするわ、それはもう手に負えない状態になった。最終的にはバギーが大声で「生きらいでかっ!!!」と叫んだことで我に返り、ロジャーは脅かすなと大笑いしてその場は収まった。バギーは殴られ損だったが。

「悪かったって、まさかああなるとは思わなかったんだ!」

 唾が飛ぶ勢いで怒鳴り散らすバギーを、何とか宥めようとするシャンクス。

 すると、そこへ船員(クルー)の一人であるタロウがクロエに声をかけた。

「おい、クロエ! 船長が夜になったら来いっつってたぞ!」

「ロジャーが……?」

一対一(サシ)で話したいことがあるんだと!」

 

 

           *

 

 

 その日の夜、仲間達が寝静まった頃にクロエはロジャーの自室へと足を運んだ。

「よう、来たかクロエ」

「保護者面談や進路志望とかならすぐ帰る」

「わははは! そんな堅苦しい話ァしねェよ」

 ロジャーは大笑いしながらクロエにグラスを渡し、酒を注いだ。

 クロエは煽るように、ロジャーはラッパ飲みで酒を喉に流す。

「いい酒だろ?」

「まあ、美味しいな」

 クロエは通常運転の無愛想ぶりで返事をすると、ロジャーは「だろ!?」と笑みを溢した。

 そう言えば、ロジャーとは戦ったことこそあるが、酒を飲み交わしたことは無かったな――そんなことを考えながら、もう一口呷る。

「……で、わざわざ何の用だ? 私を抱く腹積もりか?」

「わはははは! 別に取って喰ったりしねェよ! 一つだけ訊きてェことがあってな」

「私に、か?」

 クロエは首を傾げると、ロジャーは単刀直入に言い放った。

 

「クロエ……おめェ、何か隠してるだろ?」

 

 その言葉に、クロエは眉間にしわを寄せた。

「……何を根拠に言ってる?」

「おれの勘だ……と言いてェが、違和感を感じたのは去年。おれが不治の病に冒されたことが発覚した時だ。相棒ですら動揺してたのに、いくら付き合いが短いとはいえ、おめェはほとんど動じてなかった。だからふと思ったんだ」

 ――おれの死期を実は知っていて、早く言うと混乱するから何も言わなかったんじゃねェかって。

 ロジャーは真っ直ぐクロエの目を見据える。決して責めているわけではないが、全て見え透いてるような錯覚を感じる眼差しに、クロエは溜め息を吐いた。

「……隠し事があるのは認めるが、お前の思うような大層なものじゃないぞ。私一人の些細なことだし、そもそも眉唾物だしな」

「眉唾物なら余計に興味が湧くってモンだ! おれの寿命(じかん)は長くねェ、冥途の土産に聞かせてくれよ」

 ニヤニヤしながら食い下がるロジャーに、クロエは呆れた様子で肩を竦めた。

「私の隠し事はどうでもいい案件だ、秘密って程の価値は無いぞ?」

「まァそうだな。だがモヤモヤしたまま寿命(おわり)を迎えるのは御免だ、おれ一人で構わねェから教えてくれ」

「……わかった。このまま寝床に帰してくれなさそうだからな」

 クロエは観念したような表情で、チンジャオにすら言ってない自らの唯一の隠し事――前世を語った。

 

 前世では、この世界は一人の人間によって生まれた創作物(ものがたり)であること。

 自分は「前の世界」で生きることに嫌気が差し、命を絶った記憶が在ること。

 自由に拘るのは、「前の世界」で自由や自分らしさを奪われたも同然の生活を強いられたからということ。

 

 酒が入っていたのもあるが、クロエはロジャーに自らの前世を赤裸々に語った。

 ロジャーは一言も水を差すことなく、真剣な顔で黙って聞いていた。

「……以上だ。()()()ではダメだったが、()()ではうまくやるというだけの話だ」

「そっか……悪かった、嫌な記憶を思い出させちまったな……」

「すでに割り切ったことだ、謝られる方が気分が悪くなる」

 グラスに残った酒を飲み干すと、クロエはロジャーに向けて微笑みを浮かべた。

「ロジャー……私は転生してからずっと、誰かの下につくなど真っ平御免だ。今もそれは変わらない」

「……」

「でも、この一味は前とは全然違って居心地がいい。貴様みたいな間抜け面の部下になったのは心外だったが」

 それは、クロエなりのロジャーに対する感謝だった。

 人間関係が最悪だった前世と違い、今世は拳で語る割合が高いが良好な人間関係を築いている。かつては煩わしく思っていた他者との付き合いも、今ではシャンクスやバギー、バレットを弟のように接している。

 ロジャーの仲間愛に感化され、無愛想なクロエもまた仲間想いになっていた。じゃじゃ馬の認識は変わらないが。

「もう残り数年だが、貴様の部下として自由に振る舞わせてもらう。――気が済んだなら、私はもう寝る」

 クロエは立ち上がって寝床へ戻ろうとした。

 が、ロジャーがそこで待ったをかけた。

「待て、クロエ」

「……」

「クロエ、おめェだって人間だ。ギャーギャー泣いて叫んで、助けを求めていいんだ。おれ達は命を預ける大事な仲間だってこと、忘れないでくれよ」

「……ああ、肝に銘じておく」

 呆れたような、それでいてどこか嬉しそうな声色で短く返答するクロエだった。




次回、ついにエッド・ウォーの海戦です!
まあ、バレットのいるエッド・ウォーだから、金獅子海賊団はコテンパンになるかな。(笑)


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第16話〝エッド・ウォーの海戦〟

ついにエッド・ウォーの海戦です!
原作では「痛み分け」でしたが、本作はクロエとバレットがいるんで……。


 ここは海軍本部が置かれる島、マリンフォード。

 何百年もの間、世界の海を守り続ける正義の要塞は、サイレンが鳴り響き騒然としていた。

《コング元帥!! 新世界エッド・ウォー沖にて、〝ロジャー〟と〝金獅子〟が接触を!!》

 その報告を元帥室で聞いたガープは、ニヤリと笑った。

 大将への昇格の話をしている最中の、ロジャー絡み。天竜人直属の部下になることを拒むガープとしては、まさにベストタイミングと言ったところだろう。

「そら来た!」

「待てガープ! 話はまだ終わってないぞ!」

「あんたがそうでもおれは終わった!」

「ガープ、待たんか!!」

 襖を豪快に開けながら廊下に出て、港へ向かうガープ。

 すると、ヒョイッと横からサングラスをかけた若い軍人が絡んできた。二十代で海軍中将に上り詰めた、若手でもずば抜けた実力を持つクザンだ。

「ガープさん! また昇格蹴ったんでしょ! 全くカッコイイなァ~も~~」

「自由にやるにはこれ以上の地位はいらん! おつるちゃん、(ふね)出すんなら乗せてくれ!!」

 右隣りで合流した海軍屈指の切れ者中将、〝大参謀〟つるに声をかけるが、「出撃要請出てない上にすぐに(ふね)壊すからやだ」と突っぱねられてしまう。

 しかし、その程度で諦めるガープでもなく。港へ着くとセンゴクの(ふね)にお忍びで乗り込もうとしたが、案の定見つかってしまう。

「ガープ!! シキの件はおれが任されてんだ、引っ込んでろ!!」

「あー、気にするな。手柄は全部お前にやるよ」

「そういうことじゃねェ!!」

「ぶわっはっはっは!!」

 海軍の最高戦力である大将(センゴク)に加え、何と英雄(ガープ)まで出動するという事態に、若手の将校達はどよめきつつも「やっぱりな」と笑い合った。

 それもそのはず。ガープはロジャー拿捕に対するこだわりが海軍随一である海兵……標的が大きく動く時に、自分が動かないなどあり得ないからだ。

「センゴク大将にガープ中将……! こりゃあ百人力だな」

「ロジャーのネタなんだ、ガープさんは放っとかねェ……!」

 

 

 同時刻、新世界エッド・ウォー沖では。

「ロジャー船長ォ~~~~!!! 命が一番だって!!!」

 バギーは頭を抱えながら泣き叫ぶ。

 何を隠そう、相手は()()〝金獅子〟だ。白ひげのように良識的な喧嘩友達(ライバル)というわけではなく、昔から戦争に近い対立をしてきた「敵」だ。新世界屈指の大所帯と全面衝突するのは、バギーとしてはあまり好ましくない。

「ここは一つ、一時的に金獅子の言うこと聞いてさァ!!」

「お前、いくら切られても死なねェ体になったんだからいいじゃねェか」

「弱点はいっぱいあんだよ!! バーカ!!」

 ニヤけるシャンクスに怒りを露にするバギーは、ハッとした表情でクロッカスにドクターストップを要請。しかし主治医は「絶好調」と首を鳴らし、随分と楽しげであることに呻き声を上げた。

 しかし、この程度で懲りるバギーではなく、続いてレイリーに縋ろうとしたが――

「レイリーさん!!!」

「諦めろ、赤鼻。この海は戦場だ」

「バレットの言う通りだ。(なげ)ェ付き合いだが、おれ達がロジャーを止められたことはねェ!」

「そんなァァァァ!!!」

 ガシッと頭を鷲掴みにしてきたバレットと古株のギャバンにまで観念するよう言われ、いよいよもってバギーは四面楚歌になった。

 そんな中、クロエは目と鼻の先に浮かぶ獅子の船首の船を睨んでいた。

「金獅子か……久しぶりだな……」

「何だ、会ったことあるのか?」

 ロジャーは興味本位にクロエを質す。

「一人海賊してた頃、酒場で会って勧誘された。秒で蹴ったが」

「わはははは! ざまァねェな!」

 クロエがシキをフッた場面を想像し、大笑いするロジャー。

 すると、噂をすれば影が差すように長い金髪をなびかせ和装の大男が船首に立ち、葉巻を加えながら大声で叫んだ。

 ――新世界に君臨する海賊艦隊の大親分、〝金獅子のシキ〟だ。

「この話何十回目だ、ロジャー!! (わけ)ェ頃にゃあ色々あったが、水に流そう!!」

 シキは身振り手振りで己の野望を声高に告げ始めた。

「お前が在り処を知る〝世界を滅ぼす兵器〟と!! おれの兵力!! そしておれが長い年月を費やして立てた、完璧な計画があれば!! 今すぐにでもこの世界を征服できる!!! おれの右腕になれ、ロジャー!!!」

「貴様、そんなものの在り処知ってるのか?」

「わははは! 冒険のハズミだ」

 ――この間抜け面が、世界を滅ぼす兵器の在処を知っているとはな。

 クロエはそんなことを暢気に思ったが、状況ははっきり言って最悪。どう考えても大嵐が来そうな荒れた海で、多くの敵船に行く手を阻まれ強制的に傘下に入るよう脅迫(かんゆう)されている。

「……で、話って何だ金獅子ィ!!」

「てめェ聞いてなかったのかよ!?」

 まさか隣の部下と話してて聞き流していたとは。

 こめかみに青筋を浮かべ、怒りを堪えるシキだったが、隣にいる女海賊の姿を見た途端に目の色を変えた。

 あの顔に傷がある女は……!

「ん? おお、あの時のベイビーちゃんじゃねェか!! 久しぶ――」

「〝(かん)()(かむ)()〟!!」

 

 ドゴォン!!

 

『ええええええええええええっ!?』

 何とクロエは、シキの話を遮って覇王色を纏った斬撃を飛ばした。

 シキは咄嗟に剣を盾に防ぐが、弾き飛ばされメインマストに叩きつけられる。

 いきなりの先制攻撃に、シキの一味はおろかロジャー達も口をあんぐりと開けている。

「おいィ!! 何すんだいきなり!!」

「私はクロエという名前があると言ってるだろう!」

「おれから見りゃあベイビーちゃんだよォ!!」

「下郎が……その頭を焼け野原にしてくれる……!!」

 ゴゴゴゴ……と覇気を剥き出しにして威嚇するクロエ。

 ロジャーの部下になってからメキメキと実力を付けたクロエの覇王色は、シキの艦隊全ての船に届く程の範囲を有するようになった。現に長年シキの傘下として活動していた強者の船長達も、冷や汗を流している。〝鬼の女中〟は、名ばかりではないのだ。

(どうやら私も一言言わないとな……)

 クロエはシキに対し、覇気を放ちながら叫んだ。

「いいか金獅子!! 私はロジャー以外の人間の下にはつかないと決めた!! お前の手足になるくらいなら死んだ方がマシだ!!」

「……ほう、言うじゃねェか」

 刹那、シキから凄まじい威圧が放たれた。

 数百メートルは離れているのに、まるですぐ隣で睨み合っているかのような錯覚を覚えるが、クロエは負けじと気迫を高める。

 バリバリと黒い稲妻が迸り、その衝撃で波のうねりも大きくなる。火薬庫のような状態となったエッド・ウォー沖に、緊張が走る。

 そんな中、シキを睨み続けるクロエの前に、ロジャーがコートをなびかせながら叫んだ。

「おれは〝支配〟に興味がねェんだよ、シキ!!」

 ロジャーは語った。

 

 海賊は「自由」でなければならないのであり、やりたいようにやらないと海賊やってる意味がないと。

 世界を「支配」することを求める、かつてのロックスの信念に賛同することは絶対ないし、同様の信念を掲げるシキとは相容れない間柄になるのは当然だと。

 それが例え、何倍もの兵力で押し寄せてきても変わることは無く、真っ向からその申し出を拒絶すると。

 

 不敵に笑いながら告げるロジャーに、シキの眉間にしわが寄っていく。

 そして――

 

「どんな圧力を掛けてこようとも! 〝金獅子〟ィ!! お前の申し出は断る!!!」

 

 自分の信念には揺らぎはなく、死んでも曲げないとロジャーは宣言する。

 バギーは「やめて船長!! これ何十隻いると思ってんだよォ!!」と泣きつくが、クロエの制裁(げんこつ)を食らって悶絶した。

 すると、ロジャーに一蹴されたシキが額に血管を浮かばせながら叫んだ。

「つまり、その答えは……今ここで殺してくれという意味だよなァ!?」

「てめェら全員、叩き潰すって意味だよ!!!」

 ロジャーがそう言い放つと、オーロ・ジャクソン号の船首砲台が火を噴き、シキの本船の右隣の船を轟沈させた。

 それを皮切りに、シキの艦隊の砲撃が始まった。三十隻以上ある海賊船の集中砲火に、バギーは涙目で絶叫した。

「ギャーーーーーッ!! 来たァァァァ!!」

「どけ、バギー」

 クロエはバギーを後方へ放り投げると、覇気を纏った斬撃を飛ばし砲弾を全て両断。

 砲弾の弾幕はオーロ・ジャクソン号の手前で爆発し、黒煙が立ち込める。それを隠れ蓑にクロエは跳躍し、敵船に乗り込んで暴れ回った。

「カハハハ! どっちが多く船を沈められるか、勝負と行こうぜクロエ!!」

 先陣を切ったクロエに感化され、バレットも空を蹴りながら敵船に殴り込んだ。

 左サイドは〝鬼の女中〟が、右サイドは〝鬼の跡目〟が容赦なく敵を屠り、船を沈めていく。

「おいおい、ちと調子に乗り過ぎじゃねェか? ――〝(ざん)()〟!!」

 シキはクロエに狙いを定め、海を割る程の斬撃を放った。

 一直線に飛んでくるそれに気づいたクロエは、攻撃を斬る技である〝神凪〟の構えを取る。

 が、シキの斬撃はオーロ・ジャクソン号から飛んできた斬撃によって相殺された。

「っ!!」

「……別に私一人でも対処できるというのに」

 シキの〝斬波〟を相殺したのは、ロジャーだった。

 クロエは溜め息を吐きながら戦闘を続け、さらに海賊達を屠っていく。

「おめェの相手はおれだろ?」

「ロジャー……!!」

 不敵に笑うロジャーに、シキは苛立った声色の割には笑みを深めていた。

 シキは宿敵として()()()()ロジャーを認めているからだ。

「わははは! やるじゃねェか、こりゃあ後れをとる訳にゃあいかねェな!」

 先陣を切った二人の奮闘を称えつつ、ロジャーは気迫を高める。

 クロエとバレットの猛攻で次々と金獅子傘下の海賊は沈んでいくが、数で言えばまだまだシキが優勢。それも半端な連中ではなく、シキに従うのは新世界でも名の売れた猛者ばかり。絶体絶命ではないが、苦戦を強いられるのは変わらない。

 しかも今回の戦いは、それだけではない不安要素がある。

「ロジャー、勝敗よりもこの海域を早めに突破することを優先するぞ!」

「わーってるよ!」

 そう、このエッド・ウォー沖は現在進行形で時化ている。雲行きの怪しさから見ると、近い内に大嵐が襲い掛かるのは想像に難くない。そうとなれば、戦闘はおろかその場にいること自体が危険になるだろう。

 つまり、この戦いは金獅子海賊団の撃滅は諦め、エッド・ウォー沖を脱出することを最優先するべき――レイリーはそう判断したのだ。もっとも、ロジャーはシキを撃破した上で脱出する腹積もりだろうが。

「お前達! あくまでも戦場突破だ、深追いはするなよ!!」

「わはははは! てめェら、気合入れろ!!」

『おおおおおおおっ!!』

 ロジャーの一声に応え、オーロ・ジャクソンの船員(クルー)達は雄叫びを上げた。

 

 

 一時間後。

 やはりというべきか、天候はあっという間に荒れ狂い、海は大きくうねった。

 クロエはバレットと背中合わせになりながら、敵船にて大軍と対峙する。

「おいクロエ、何隻沈めた」

「五隻」

「チッ……おれもだ」

 バレットは悔し気に舌打ちした。

 ロジャー海賊団の無愛想コンビにより、荒れ狂う天候もあってシキの傘下は大分やられた。ここまでの損害を与えれば、いくらシキとて大きく立て直す必要があるだろう。

(……思ったよりデカい嵐になったな)

 ――引き際だな。

 クロエはこれ以上の長居は無益と判断し、刀を鞘に収めた。

 しかし海賊達は諦める訳もなく、得物を仕舞ったクロエに襲い掛かった。

「今だ!」

「死ね、〝神殺し〟ィ!」

「……阿呆が」

 斬り殺そうとしてきた海賊達に、クロエは次々に八衝拳の衝撃を叩き込んだ。

 斧が、剣が、槍が……全ての刃が防御不能の衝撃によって粉砕され、海賊達は無様に倒れていき、全滅してしまった。

「バレット、撤退だ。このままだと巻き込まれ墓場行きだぞ」

「チッ、まだ暴れ足りねェ……」

 返り血塗れのバレットは、渋々といった様子で構えを解くと、クロエと共に敵船から波にもまれるオーロ・ジャクソン号へと跳躍。そのまま華麗に甲板に降り立った。

「おお、戻ったかお前ら!」

「全く、独断で突っ走りやがって……!」

 ロジャーは満面の笑みで迎え、レイリーは頭を抱えながら怒りを堪える。

 乗組員全員が船に帰還したことを確認すると、ギャバンに操舵を任せ、沈みゆく海賊船の間を抜けてエッド・ウォー沖を脱出した。

 

 

           *

 

 

 ロジャーと金獅子の激突、世に言う「エッド・ウォーの海戦」から一夜明け。

 新世界の覇を競う大海賊同士の決戦は、ロジャーの勝利という形で大きく取り沙汰された。

「絶体絶命と思われたロジャー海賊団だったが、〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟の奮戦により、兵力差は歴然でも戦局は拮抗。そこへ突如大嵐に見舞われ、シキの艦隊の七割が沈没。さらにシキの頭に()()()()()()()()が発生し、艦隊の統率が取れなくなったために撤退、だと……フフッ……アハハハハハ!」

『ギャーッハッハッハッハッハッハッ!!!』

 新聞を音読していたクロエが涙目で笑い出すと同時に、ロジャー達は抱腹絶倒。

 獅子と例えられる男が、鶏のトサカよろしく頭頂部に舵輪が刺さるというまさかの事態。次に会った時は頭の舵輪に目が行ってしまい、笑える意味で戦闘に集中できなくなるだろう。

「金の長髪に舵輪って、どんなセンスしてんだ!? わははははは!!」

「おいロジャー、それ以上は止せ……ククッ」

「そうだぞ、失礼すぎだ! ブフッ……」

 ロジャーの相棒であるレイリーや主治医のクロッカスも、舵輪がめり込んだシキの頭を想像して吹き出すのを堪えている。バレットも無表情を貫いているが、肩を震わせて必死に耐えている。

 それもそうだろう、ヘアアクセサリーに舵輪という斬新すぎる選択をしたのだ。面白くないわけがない。

「わはははははは! まァ、これでシキの野郎も少しは懲りたろ!」

「甘いぞロジャー。こういう質の悪い男は、どこまでも尻を追いかけてくるぞ」

 腕を組みながら笑うロジャーに、クロエは呆れたように笑う。

「よォし! 野郎共、デッカい宴をするぞォ!!」

 ロジャーは仲間達にそう号令をかけるが、レイリーにたしなめられた。

「おいロジャー! ついさっき戦勝記念の宴したばっかだろ!」

「バカ野郎、こんな(おも)(しれ)ェ時に飲まずにいられるかよォ!」

「まだ()は高いぞ」

「気にすんなってクロエ! わははは、パーッと行くぞ、パーッと!!」

 苦言を呈すクロエのことも意に介さず、ロジャーは真昼間から宴の二次会の開始を宣言した。

 そして後で二日酔いに苦しむことになるのは、言うまでもない。




次回あたり、そろそろあの侍を出そうと思います。


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第17話〝見聞殺し〟

ついに光月おでんが参上!
時系列は原作通りです。

なお、この話の前半では「FILM RED」の巻四十億でヒッジョーに気になってた〝見聞殺し〟について触れます。
シャンクスができるってことは、当然ロジャーも……。


 金獅子のシキを撃破し、冒険の航海を続けるロジャー一行は、とある無人島に上陸。

 記録(ログ)は半日ぐらいということなので、ロジャーは久々にクロエと手合わせをすることにした。

「おあああああっ!!」

「ハアァァァァァッ!!」

 気迫を高めながら、目にも止まらぬ速さで刃と覇気をぶつけ合う。

 一人海賊の時点でロジャーに善戦できる実力を有していたクロエは、ロジャー海賊団に加入したことでメキメキと力を付け、今ではバレットと共に副船長(レイリー)と互角の猛者に仕上がっていた。その強さたるや、世間はおろか海賊・海兵からも「怪物」と称されるほどで、実質()()()()()()()()()()()最強候補の一人という認識であった。

 そんな世間の印象に恥じぬ勢いで、クロエはロジャーとギリギリで渡り合う。

「強くなったな、クロエ!! 初めて会った時とは比べ物にならねェ!!」

「貴様こそ、相変わらず鬼のような強さだな! 不治の病の正体は仮病じゃないのか!?」

「わははは!! そいつァ褒め言葉と受け取っとくぜ!!」

 余命僅かな人間とは思えない圧倒的な強さに、クロエは劣勢になりつつも笑みを絶やさない。バレットのような戦闘狂のきらいではないが、クロエ自身も前世の反動で自由に暴れることを楽しんでいるのだ。

 その事実を唯一知るロジャーも、余裕の笑みを絶やさない。仲間内ではバレットと共に無愛想コンビと称されている彼女は、加入したての頃は鉄仮面みたいに表情の変化が乏しかったが、今では喜怒哀楽がはっきりするようになった。そんな彼女に、ロジャーは愛おしさを覚えるほどに喜んだ。

 なお、今のクロエの立ち振る舞いについて、本人は「ロジャーの仲間愛に感化された」と語っているが、ロジャーは「本来の人となり」と捉えているのは秘密だ。

「食らえ!」

 放たれる斬撃を躱しながら接近し、跳躍して踵落としを繰り出すクロエ。

 ロジャーは真っ向から愛刀で受け止めるが、八衝拳の衝撃が伝導し、顔を歪ませた。しかしそれも一瞬だけであり、笑みを溢しながら力強く踏み込んで弾き返す。

 空中で受け身を取りながら着地し、クロエは覇王色を纏った斬撃を飛ばす。ロジャーはそれ以上の覇王色を纏わせて打ち破ると、一気に距離を詰めて斬り上げた。

「ぬんっ!」

「っ!」

 ギィン! という金属音と共に、弾かれる形でクロエの手から愛刀が離れた。

 ロジャーは無防備になった瞬間を見逃さず、容赦なく〝神避〟を放つ。が、クロエはすかさず腰にさしたままの化血の鞘を構えて武装硬化し、盾にすることで防ぎ切った。

「私が飛ばせるのは斬撃だけじゃないぞ、ロジャー!」

「何っ!?」

 クロエは鉄拵えの鞘に武装色と覇王色を纏わせ、赤みがかった黒い稲妻を迸らせながら勢いよく振り抜いた。

 

「〝(ごう)(ぶく)(さん)(がい)〟!!」

 

 ズドン!!

 

「ぐをォッ!?」

 飛ぶ斬撃ならぬ〝()()()()〟が、近距離からロジャーを襲った。咄嗟に未来視をしたため、どうにか愛刀(エース)を盾にすることができたが、威力を相殺することはできず、強烈な衝撃にもんどり打つ。

 その後も鞘を用いた〝飛ぶ打撃〟でロジャーを猛追。刀を回収させまいとする攻撃の嵐を掻い潜り、ついにクロエは化血の回収に成功する。

「〝神鳴〟――」

 クロエは微笑みながら覇王色を纏い、渾身の斬撃を飛ばそうとするが……。

(――ロジャーが消えた!?)

 見聞色で感知できるはずのロジャーの気配が消えたことに、呆然とするクロエ。

 意識を集中させて未来視を行使するが、それでも捉えられなかった。

(何だ!? 何をしたロジャー!?)

「〝神避〟!!」

 

 ドォン!

 

「ぐあっ!?」

 ロジャーはクロエの背後に回り込んでいた。

 完全に不意を突かれたクロエは、無防備の状態で吹っ飛ばされ、岩盤に叩きつけられた。頭から血を流しつつも体勢を立て直そうとするが、その時にはロジャーの刀の切っ先が自らの喉元に突きつけられていた。

「――そこまでだ」

「くっ……」

「わっはっはっはっはっはっ! まだまだおれが上だな!」

 副船長(レイリー)の一声で、クロエは肩の力を抜き、ロジャーは切っ先を下ろした。

 手合わせはロジャーの勝利だ。

「さすがだぜ船長!!」

「当然だろ、ロジャー船長は最強なんだからなァ!!」

「いや、クロエもスゴかったぜ!! 見たことねェ技使ってやがった!!」

 手合わせを見ていた船員(クルー)たちは大盛り上がり。シャンクスとバギーも二人の戦いに圧倒されてポカンとしており、バレットは顎に手を当て真剣に何か考えている。

 一方、クロエはクロッカスに怪我の度合いを見てもらいつつ、豪快に笑うロジャーに尋ねた。

「……ロジャー、何をした」

「んあ?」

「あんなに目立つ貴様の気配が感知できなかったんだ、気になるに決まってる」

 クロエが目を細めながら質すと、ロジャーは「知りてェなら教えてやる」と返答した。

「覇王色は纏うだけじゃねェ。気配をコントロールして、相手の見聞色を封じることも可能なんだよ」

「……〝見聞殺し〟と言うべきか? そんな戦い方があったのか……」

「わははは! まァ、まさか使わされるとは思わなかったぜ。おれもお前の〝飛ぶ打撃〟にゃあ面食らったしな」

 ロジャーは手当てを受けながら、いつもの無愛想に戻った紅一点の奮闘を称えた。

 剣士であると同時に格闘の玄人でもあるクロエが編み出した、覇気を込めた〝飛ぶ打撃〟は相当な威力だった。モロに食らえば骨はおろか内臓にまでダメージを与えていただろう。

 今年で二十一歳となったクロエは、まだまだ成長途中であり、全盛期はこれからだ。〝鬼の女中〟の全盛期となれば、それこそガープやセンゴクも手を焼く大物になるだろう。それはバレットやシャンクス、バギーも例外ではない。

 唯一残念なのは、この船を降りた若者達がどれ程の海賊になるのかを見届けられないことぐらいだ。

「おい、相棒! 記録(ログ)はどうなってる?」

「もう半日過ぎてる、いつでもいいぞ」

「ようし、野郎ども! 次の島へ向かうぞ!」

 ロジャーは仲間たちに号令をかけ、次の島へと向かうべく出航した。

 そのすぐあとに、運命的な出会いが待っていると知らずに。

 

 

           *

 

 

「あァ……今回も載ってねェか?」

「また〝白ひげ〟の記事か! おれ達も暴れてんのによ!」

 甲板でそうボヤくシャンクスとバギー。

 二人の視線は、新聞の一面に載ったロジャー最大のライバル・白ひげの記事。何でも、世界政府未加盟国のワノ国から〝光月おでん〟なる剣豪(サムライ)が加入し、一騎当千の大暴れで進撃しているというのだ。

 ワノ国は他所者を受けつけない鎖国国家として有名で、侍と呼ばれる戦士が強すぎて海軍ですら近寄れない強国と認識されている。侍の中には隠密活動や暗殺術に長けた「忍者」もおり、総戦力は相当なモノと言われている。また、入国の仕方が困難を極め、行こうにも行けないという話もある。

 そんな国から侍が出国し、白ひげの船に乗っているのだ。いずれワノ国に行くことを考えると、興味深い話ではある。

「相変わらずめちゃくちゃらしいな~、白ひげんトコのワノ国の侍は」

「ニューゲートの一味に誰かいるのか?」

「「クロエ!」」

 潮風でコートをなびかせながら、クロエが二人の前に顔を出す。

 新聞の一面に記載された写真に目を向けると、そこには筋肉質で屈強な体格の大男が、二刀流で暴れている様子が写っていた。この男が光月おでんなのだろう。

「……思っていたのと随分違うな……」

「え? そうか?」

「図体はともかく、頭がな……」

 クロエは顔を顰めた。

 自分の記憶通りなら、侍の髪型と言えば丁髷だ。しかしこのおでんなる人物は、ちょんまげとは程遠い、角帽のように円柱と円盤を組み合わせたような頭だ。

 こんな髪型、前世でも見たことがない。なぜこんな髪型になったのだろうか。

「……まあ、ニューゲートの船に乗るくらいだ。相当な強者であるのは違いない」

「――おい、ちょっと貸してくれクロエ」

 そこへロジャーが現れ、クロエから新聞を分捕った。

 一面を凝視すると、ニィッと口角を上げた。

「閉ざされた国から〝侍〟が出て来たか!! 会ってみてェもんだ!!」

 海へと飛び出た侍を知り、ロジャーは期待に胸を膨らませた。

 

 

 同じ頃、とある海域を進む白ひげ海賊団の本船、モビー・ディック号の甲板にて、一人の侍が真剣な眼差しである手配書を見ていた。

 彼こそが光月おでん――大海賊エドワード・ニューゲートの兄弟分である、ワノ国の「九里大名」である。

「…………」

「おでんさん、どうしたの?」

「おお……トキか」

 エメラルドグリーンの長髪が特徴の和装美女・光月トキが、興味深そうに尋ねた。

 手配書には「CHLOE・D・READ」という名が記されていた。

「その女の人が気になるの?」

「ああ……」

「グラララララ……! おい、おでん。この期に及んで浮気か?」

「んなわけねェだろ、(しろ)()っちゃん!!」

 そこへ、不敵に笑いながら白ひげが茶化しに来る。

 おでんは「おれはトキ一筋だっ!!」と一喝しつつも、手配書に写る女海賊が気になることは肯定した。

「この娘、只者ではないな……(しろ)()っちゃんは知ってるか?」

「ああ、そいつは〝鬼の女中〟だ。ロジャーんトコの部下でな……生意気なじゃじゃ馬だが腕は立つぞ」

「その上、〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットもいるんだよい……」

「あの二人は化け物だ、一対一(サシ)で勝てるのはウチじゃあオヤジくらいだ」

 マルコたちの証言に、おでんは驚愕した。

 大海原を冒険する中で、当然多くの敵と戦ってきたが、そんな彼らでも化け物と称するほどの実力を、手配書の女は秘めているのだ。しかもロジャーの船にはもう一人化け物がいるという。そんな二人を束ねるロジャーは、器の大きさも実力もおでんの予想以上だろう。

「で、いくら何でも凝視しすぎじゃねェか? そのじゃじゃ馬がそんなに気になるか?」

「……(しろ)()っちゃん、この娘の故郷は?」

「ん? 一応は西の海(ウエストブルー)出身らしいが、それがどうした?」

「いや……これはおれの勘なんだが……」

 

 ――このクロエって娘は、()()()()()()()から来ている気がするんだ。

 

 おでんの呟きに、白ひげたちは呆気に取られた。

 しかし、おでんは冗談こそいうが噓を吐いて人を騙すタイプではない。妻のいる前でわざわざ嘘をつく必要性もない。

 つまり、おでんは何かしら感じ取ったのだ。

(……こいつらに会えば、おれの冒険の「答え」が出るかもしれねェ)

 おでんもまた、まだ見ぬ者たちの出会いに期待を膨らませていた。

 

 

           *

 

 

 そして、運命の歯車は動き出した。

「おれを捕まえたいのなら、ガープやセンゴクやゼファーでも連れて来い………!! お前らじゃあ何も面白くねェ!!」

 とある島にて、ロジャー海賊団は海軍を一方的に叩きのめしていた。

 今回は海軍の大型艦五隻の、小規模な艦隊。海軍本部中将5人と軍艦10隻という国家クラスの戦力であるバスターコールには及ばずとも、小さい島なら焼け野原にできる。しかもロジャー達は島でキャンプをしている最中で、状況的に考えれば海軍の方が優勢だ。

 それでも、彼らはロジャー海賊団を一人も討ち取ることができなかったどころか、怪我人すら出せなかった。それぐらいの実力差があるのだ。

「鍛錬も戦略も覚悟も……何もかも足りなかったな」

「期待外れだ……」

 一味の若き戦力、クロエとバレットはそうボヤく。

 艦隊の半数以上の兵力は、実質この二人によって潰された。クロエは構えを解いているが、バレットは暴れ足りないのか不満気な表情だ。

「クロエ、クロエ! 今日のおれどうだった?」

「ん? そうだな……武装硬化もできてたし、バギーとの連携も問題なかったぞ」

「えへへ!」

 クロエは麦わら帽子の上からシャンクスの頭を撫でる。

 すると、岩の天辺にいたバギーがロジャーに向かって叫んだ。

「うわーーっ!! 船長!! 島の反対側に〝白ひげ〟の船だ!!」

 その言葉に、船員達はロジャーに目を向ける。

「今一戦やったばかりだぞ、ロジャー」

「白ひげか~……クロエの時以来だな」

 直後、島中の鳥が一斉に騒ぎ飛び立った。

 白ひげが仲間を連れて上陸したようだ。

「鳥が騒いでる。上陸したな」

「よ~~し……!! いっちょ()るか、生きててこその〝殺し合い〟!!!」

 胸倉を掴んでいた海兵を放り捨て、ロジャーは笑みを深めた。

「おれももう寿命(おわり)が近い!! お前と会うのも最後かもしれねェからな、〝白ひげ〟!!!」

 ロジャーは白ひげ海賊団との戦闘開始を宣言する。

 その直後、バギーが双眼鏡で巷を騒がす男のことを叫んだ。

「何だあいつ!? スッゲー(はえ)ェぞ!! 〝侍〟かァ!?」

「〝侍〟!? 噂の!!」

 ロジャーは噂の侍が来たことに、歓喜の声を上げた。

 

 後に〝海賊王〟と語られるようになる、ロジャー最後の冒険が始まろうとしていた。




次回、原作のおでん加入の大激戦です。
おでんVSクロエを予定しておりますので、お楽しみに。


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第18話〝ワノ国の侍〟

原作の第966話ですね。

クロエとおでんがバトりますけど、せっかくなのでバレットにもバトってもらいました。



 白ひげ海賊団が上陸し、ついに戦いの火蓋が切られた。

 宝を奪おうと先陣を切ったおでんは、仲間の制止を振り切って〝(ガン)(モド)()〟を繰り出し暴れ始める。

「あれがワノ国の侍か」

「噂通り(つえ)ェな。早めに止めるか」

 おでんがお得意の「おでん二刀流」でロジャー海賊団の面々を薙ぎ倒していくのを見て、レイリーとギャバンは警戒を強めた。

 互いに得物を握り締めると、クロエとバレットが前に出た。

「クロエ……あれはおれの獲物だ」

「じゃあ、私は他の面々で我慢してやる」

 互いに覇王色を纏い、迎撃の構えを取る。

 が、四人の間を抜けてロジャーがおでんに仕掛けた。

「待て、君達にケガさせるわけにいかん!! ハハハッ」

()りてェだけだろ」

 ロジャーが楽しそうに駆け出すのを、呆れてレイリーが呟く。

 立ち向かってくる〝鬼〟に、おでんは「獣の匂い!!」と笑みを浮かべて感じ取る。

「よう侍!! 〝(かむ)(さり)〟!!!」

 

 ドォン!!

 

 愛刀で横薙ぎに一閃。

 凄まじい衝撃がおでんを襲い、たった一撃で吹っ飛ばされてしまう。

「ウハハハッ!」

「何じゃ今のは! 納得いかん!」

 頭から少し血を流した程度でおでんは復帰し、再びロジャーへと立ち向かう。

 が、そこへ現れたのが白ひげだった。

「来たか!」

 むら雲切に覇王色を纏わせる白ひげの姿を見て、不敵に笑う。

 ロジャーは愛刀に覇王色を纏わせ、地面が割れる程の勢いで踏み締めて斬り上げると、白ひげは両手持ちで薙刀を渾身の力で振り下ろした。

 

 ガンッ!!

 

 互いに強烈な一撃をぶつける。

 それは両者の()()()()()()()()()()()()()という驚愕の光景。ワノ国一の侍であるおでんも「触れてねェ!!!」と驚きを隠せないでいた。

 次の瞬間、ボンッ!!! という轟音とともに覇気の大爆発とも言える現象が発生。雲すらも吹き飛ばし、島が吹き飛び兼ねないほどの衝撃波と黒い稲妻が、勢いよく駆け巡った。島からその周辺の海域にまで及び、互いの海賊船が転覆しかねないほどに傾いた。

 土煙が晴れ、天地を震わす衝撃が鎮まると、ロジャーと白ひげは笑いながら睨み合った。

「元気そうだな、ロジャー!!」

「また会えたな、ニューゲート!!」

 時の大海賊は、前回と似たような展開を思い出して笑うと、開戦を宣言した。

「「身ぐるみ置いてけ!!」」

 

 

           *

 

 

 時の大海賊、ゴール・D・ロジャーとエドワード・ニューゲートの激闘は、前回以上に苛烈となった。

 ロジャーは白ひげと、レイリーはビスタと……互いの一味屈指の猛者たちがそれぞれが一騎打ちを繰り広げる中、クロエはおでんと斬り結んでいた。

「世界は(ひれ)ェなァ!! 女の剣豪がいるなんてよ!! (しろ)()っちゃんが認めるだけあるぜ!!」

「っ……この……!」

 大業物21工に位列する名刀「(えん)()」と「天羽々斬(あめのはばきり)」を振るい、覇気を纏った〝黒刀〟で猛攻するおでん。

 覇気の練度で言えば互角だが、やはり侍だからか剣腕はおでんが勝っている。二刀流の猛攻を捌くクロエも相当だが、防戦一方であった。

 が、クロエの戦闘は総合格闘術。剣一筋ではない。

(これはどうだ!!)

 クロエは左手で腰に差した鞘を掴んで武装硬化、目にも止まらぬ速さでおでんの脇を叩いた。鉄拵えの一撃は人体急所の一つである肝臓を的確に突き、笑みを絶やさない侍の顔を歪ませた。

 おでんの猛攻が止めば、今度はクロエが反撃に出る番だ。

「〝封神八衝(ほうしんはっしょう)〟!!」

 クロエは刀を地面に突き刺し、八衝拳の衝撃を伝導。

 八衝拳を知らないおでんは、防御不能の衝撃をモロに受けることとなった。鍛え抜いた肉体ではあったが、先程の鞘の一撃が相当堪えているのか、体勢を崩し大きく仰け反った。

 その隙を逃さず、刀を地面に突き刺したまま、柄から手を放して鞘を構えて武装硬化の上に覇王色の覇気を纏わせる。

 おでんは「直撃はヤバい」と察知し、咄嗟に愛刀二振りを交差させて防御の構えを取った。

「〝(ごう)(ぶく)(さん)(がい)〟!!」

 

 ドゴォン!

 

「どわァァァァ!?」

 覇王色と武装色を上乗せした〝飛ぶ打撃〟が、黒い稲妻を迸らせながら至近距離で放たれる。

 打ち出された衝撃波はおでんを軽々と吹き飛ばし、岩山に激突するが、ワノ国一の剣豪はその程度で戦闘不能になるわけがない。

 クロエは地面に突き刺したままの刀を抜き取ると、鞘を再び腰に差して構える。

「どりゃあああああっ!!」

「っ!」

 刹那、土煙を突き抜けておでんが跳びあがり、雄叫びと共に二刀に覇気を纏わせた。

「〝おでん二刀流〟!!」

 急降下しながら斬りかかるおでん。

 対するクロエは、刀を両手持ちに替えて構え、武装色と覇王色を纏わせた。

「〝(とう)(げん)(しら)(たき)〟!!」

「――〝神鳴神威〟!!」

 おでんは二刀を勢いよく振るい、クロエも構えた刀を横一文字に刀を振るう。

 両者の剣刃が激突すると、凄まじい衝撃波が周囲を駆け巡った。

 

 

 そして、前回においても圧倒的な武力を見せつけたバレットは、やはりというべきか、一対多数の乱戦で無双の強さを発揮していた。

「〝ブリリアント・パンク〟!!」

 ジョズは腕をダイヤモンドに変化させ、強烈なショルダータックルで特攻。

 以前より格段と強くなった彼のブチかましだったが、バレットは真っ向から受け止め、豪快に大木へ投げ飛ばした。

「隙ありだよい!!」

 そこへ、不死鳥となったマルコが〝(ほう)(おう)(いん)〟で肉迫。気づいたバレットは振り向き迎撃しようとしたが、その時には不死鳥化させた足が顎を捉えていた。

 不意打ちは命中! マルコはダメ押しにと再び蹴りつけようとしたが、ガシッと脚を掴まれた。バレットはたじろぎさえしていなかった。

「ぬんっ!」

「うおぉっ!!」

 バレットはマルコを容赦なく地面に叩きつける。

 その直後、クリエルがバズーカで次々と砲撃。集中砲火を浴びせるが、バレットは涼しい顔で全ての砲弾を拳で殴り返した。なぜか着弾と共に敵だけでなく仲間の悲鳴もするが、彼は気にも留めない。

「カハハハ……覇気を纏ってるな。前よりは強くなったか」

「クソッ……!」

 ロジャーの強さを継ぐと謳われるバレット。

 その異常なまでの覇気の強さに、マルコ達は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。

「ちょうどいい……貴様らに強さの〝高み〟を教えてやる……!!」

 ふと、バレットの太い腕が武装硬化し、さらに覇王色が纏う。

 目の前の軍服の男が放つ威圧感に、マルコは背筋が凍った。

「お前ら!! 一旦逃げろ!!」

「マルコ!?」

()()()()が来るよい!!」

 切羽詰まった表情のマルコに、只事ではないと察したジョズたちは一斉に撤退した。

 バレットはニヤリと笑いながら標的を見据え、虚空を豪快に殴りつけた。

「くたばれ!!」

 

 ドゴォン!!

 

『!!!』

 覇王色を纏ったバレットの拳が振るわれた瞬間、巨大な衝撃波が発生した。

 〝鬼の跡目〟の渾身の一撃が、マルコ達に牙を剥き、木々を薙ぎ倒し岩石を粉砕していった。

 

 

 さて、そんな天災級の戦いの中、シャンクスとバギーは背中を預け合いながら敵と睨み合っていた。

「うわー、あいつら大丈夫かな?」

「おい、シャンクス! てめェこそ覇気は大丈夫かよ?」

「クロエから長時間の使用は控えるよう言われてるからな……」

 剣を構えるシャンクスに、バギーは不安げな表情を浮かべる。

 覇気というチカラは消耗する代物で、使用した覇気の量によっては体に大きな負担をかけてしまい、回復するためには一定時間の休息が必要となる。戦闘中に覇気が消耗し切るのは命取りであり、効率よく覇気を使用するのが重要だ。

 シャンクスはクロエが師匠として鍛えさせてるので、子供ながら並大抵の海賊を上回る覇気を有するようになったが、それでも体力面はまだ未熟なので長時間の使用はできない。バギーも先日ようやく武装色の覇気を会得したが、覇気の量が少ないのでここぞという時にしか使わず、バラバラの実と見聞色を合わせた不意打ちや回避を重視している。

 そう考えると、少し年の離れた姉貴分(クロエ)兄貴分(バレット)が、いかに己の覇気を鍛え上げ洗練しているのか。その実力差が、二人の戦いぶりから見て取れる。

「おい、前より強くなってるぞ……!」

「覇気なんかおれ達とほぼ同じくらいだ……何をしたらああなるんだ……!?」

 一方の白ひげ海賊団も、以前より覇気が上がった見習い二人を警戒していた。

 以前は敵の攻撃は逃げて回避していたのに、いつの間にか攻撃をいなしたり紙一重で躱して反撃するという戦法をするようになった。何より片方が悪魔の実の能力者になっているではないか。

 文字通りの急成長。子供だからと、海賊見習いだからと侮ってはいけない。一端の海賊として、心してかからねばならない。

「フンッ!」

「!」

 突如、シャンクスの前に一人の少年が襲い掛かり、鉤爪で斬りかかった。

 咄嗟にバックステップで回避し、二人は一旦距離を置く。

「……何だあいつ?」

「見習いか何かだろ!」

 シャンクスとバギーは少年を見据える。

 継ぎ接ぎのあるオレンジ色のキャスケット帽、青いシャツにタイトパンツ、黄色い腰帯……前回の戦いにいた憶えがないので、彼も白ひげの一味の新参者なのだろう。

「バギー! 連携で行くぞ!」

「ハァ!? ちゃっかり仕切ってんじゃねェ!! てめェみてェなスットンキョーじゃあ突っ込んで終わりだろうが!!」

 シャンクスは剣を、バギーはナイフを構え、己を奮い立たせた。

 

 

           *

 

 

 ロジャー海賊団と白ひげ海賊団の激闘は拮抗し、夜は〝休戦〟しつつも三日目に突入。

 さすがに疲弊し始めたのか、双方息が上がっているが、互いの船長やナンバーツー、一際タフな連中は笑みを絶やさない。

「ハァ……ハァ……」

「ゼェ……ゼェ……」

 そんな中、シャンクスとバギーは体力の限界が近づいていた。

 それもそうだろう。いくらクロエに鍛えてもらったとはいえ、二人はまだ13歳。覇気が使えたとしてもスタミナ切れが一番早いのだ。

「このままじゃあ……!」

「チキショー、数が……!」

 数で押されるシャンクスとバギーだったが――

「フンッ!」

 

 ドォン!

 

『うわああああああ!!』

 二人の前に何者かが現れ、一閃と共に敵が薙ぎ払われる。

 黒いコートをなびかせる、黒の長髪の女剣士……それは、間違いなく彼女の背中だった。

「まだ立てるか、二人とも」

「「クロエ!」」

 〝鬼の女中〟クロエの乱入に、白ひげ海賊団側は眉をひそめた。

 前回の激闘で無双の強さを発揮し、能力者と覇気使い全員での袋叩きでようやくダウンを奪えた女傑を相手取るのは厳しい。

「あの侍が予想以上に強かった……さすがにバレットと交代した」

「クロエでも手に余るのか、あの侍!?」

「お前らのことが気になって仕方なくてな。まあバレットも戦いたがってたから問題あるまい」

 クロエは刀の切っ先を白ひげ海賊団に向ける。

 前回の戦いで見なかった新顔がチラホラいるが、バレットともどもレイリーと肩を並べる技量に到達したクロエにとっては手に負える。シャンクスとバギーが疲弊している今、余力を残してる者が盾とならねばならない。

 が、敵に集中したい時に「仲間を護らねば」という意識は、時に邪魔になることがあるのも否定できない。現にバレットは仲間のことなど一切考えずに暴れている。ある意味で仲間を信用しているとも受け取れるが。

「シャンクス、バギー……躱すぐらいは自分でしろ」

「ししっ! 大丈夫だ、もう回復したよ」

 シャンクスはニッと笑うと、クロエの隣に立った。バギーもシャンクスに負けじと、反対側に立った。

 強がりかと思ったが、覇気の量は回復しつつあるのを感じ取った彼女は、「足を引っ張ったら承知しないぞ」と笑った。

「よし……二人とも、天王山だ!! 気合入れろ!!!」

「「おうっ!!!」」

 クロエが檄を飛ばしながら刀に覇王色を纏わせると、シャンクスは剣を覇気で黒化させ、バギーも薄っすらと武装色を纏わせた。

 

 

 同じ頃、バレットとおでんは壮絶な一騎打ちを繰り広げていた。

「〝(ガン)(モド)()〟!!」

「ぬうっ……!!」

 〝鬼の跡目〟の鋼の肉体に、目にも留まらぬ速度で無数の突きを繰り出す。

 その猛攻を受け続けるバレット。おでんはさらに攻撃し、二刀を横薙ぎに振るいバレットを吹っ飛ばした。

「カハハハ……!! さすがはワノ国の剣豪!!」

 無傷とはいかず、上半身に刻まれた刺し傷から血を流すバレットだが、目の前の侍にダメージを悟らせない。

「骨があるじゃねェ……かァ!!」

 ズンッ! という重い音が響いた。

 バレットが一瞬で間合いを詰め、おでんのボディを殴りつけたのだ。

「ぐおァ……!!」

 鬼の如き豪腕に、おでんは腹から息を搾り出された。

 その隙を逃さず、バレットは反撃に出た。

 

 ドガガガガガッ!!

 

「どうした侍!! もう終わりかァ!?」

「ぬあっ!!」

 凄まじいラッシュをかけられ、おでんはすっ飛ばされた。

 しかしおでんのタフネスさに変わりはない。覇気を刀身に纏わせ、バレットに立ち向かう。

「来い、侍ィ!! 貴様の強さを味わわせろォ!!!」

「うおおおおおおおおおおお!!!」

 バレットは覇王色を纏った拳を構え、おでんは両腕の筋肉を隆起させながら豪快に斬りつけた。

 

 

           *

 

 

 そして、四日目の朝。

「この服いいな、どこで手に入れた!?」

「待て、そりゃ取りすぎだ!! 等価交換だ」

「この南の酒がうめェんだ」

「干し肉3箱でどうだ!?」

 やはりというべきか、奪い合いがプレゼント交換となっていた。

 レイリーは「またか……」と呆れ返っていたが、笑みを浮かべているあたり満更でもなさそうだ。

 そんな中、クロエは一人で酒を煽りながらある少年を見据えていた。

「……」

「……どうした、()()趣味にでも目覚めたか?」

「ハリ倒すぞ貴様」

 仏頂面で茶化すバレットに、クロエは覇王色の覇気で威嚇するが、言い放った本人は意にも介さない。

 一度深く溜め息を吐くと、バレットに事情を説明した。

「……あそこのキャスケット帽の小僧、わかるか?」

「……あの腕組んで突っ立ってるのか?」

「そいつから妙な気配を感じてな……現在進行形で」

 碧眼も金眼と同じ、一人の少年に視線を移す。

 ――確かに、あのガキからは奇妙なモノを感じる。

「……見た目はただのガキじゃねェか」

「だからこそ、余計に得体が知れない。目に見える形なら無視できるだろう」

「二人とも、何の話してんだ?」

 クロエとバレットの元に、シャンクスとバギーが現れる。

 若輩四人組が全員揃い、話題は例の少年になる。

「ああ、あいつ? 昨日もその前も夜の〝休戦〟寝てねェらしいぞ」

「……どういうことだ? バギー」

「生まれてこの方、一度も眠ったことがねェんだとよ」

 クロエはバギーの情報に目を細めた。

 生まれて一度も寝たことがないなど、不眠症なんてレベルではない。睡眠ができないということは命にかかわるほどの事態だ。しかしバギーの言葉通りなら、あの少年は眠れない体質あるいは眠る必要性のない構造の肉体ということになる。

 シャンクスは暢気に「いいなー、人生〝倍〟楽しいのかな」と言っているが、そんな単純な話ではないだろう。

(いつの世も何らかの特異体質はいるが……あの小僧、何者だ?)

 頬杖を突きながら考えていると、不意に背後から抱き着かれた。

「……何を鼻の下を伸ばしてるんだ」

「えへへ♪」

 クロエに抱き着いたシャンクスは、無邪気に笑った。

 バギーはそこまでの勇気が無いのか、それとも女性への耐性が未だ弱いのか、顔を赤くしながらもクロエの隣で座りこんだ。

「クロエさ、おれ達のこと気にして戦ってたんだろ? スゲェ嬉しかった! 意外と仲間想いだよな」

「フン……ロジャーの仲間愛に感化されただけだぞ」

「じゃあ、何でおれとバギーとバレットのこと、弟みたいに接してんだ?」

 シャンクスの疑問に、クロエは「痛いところを突くじゃないか」と呆れた笑みを溢した。

「……異性の兄弟を持ちたいと、昔から思ってたからな」

「え? そうなのか?」

「フフ……言っただろう? 私は財宝や名声に興味はないと」

 クロエが吐露する心情に三人は驚いたが、同時に納得できた。

 気まぐれな束縛嫌いだが、彼女は面倒見がよかったからだ。

「……家族という存在を煩わしいとは思わねェのか?」

 バレットの問いに、「お前らしい質問だな」と言いつつクロエは返答する。

「……絶対の信頼であれ、利害の一致であれ、何らかの人の繋がりは時に自分を助けてくれる。――そう教えてもらったことがある」

 それとともに、クロエの脳裏に前世の記憶がよぎる。

 あの同級生は、周囲から浮いていた自分をずっと構ってきた変わり者だった。転生した以上、二度と会うことは無いだろうが、今頃どうしているだろうか。

(……お前から教わったことが、今世で活かされるとはな)

「じゃあさクロエ、おれたち三人の中で一番好きなの誰だ?」

「お前、何つー質問してんだよ!!」

 シャンクスの突拍子もない質問に、バギーは体をバラバラにしながらツッコんだ。

 バレットも「何言ってんだ、こいつ」とでも言わんばかりの目でシャンクスを見ている。

「クロエ、おれが一番だよな!?」

「ほう、人の胸を揉んで貧血になった奴が一位を名乗り出るか」

「忘れた頃にイジるのやめて!!」

 「白ひげ海賊団いるんだぞ!!」とシャンクスは顔を真っ赤にして叫ぶ。

 年相応の反応をする弟分に、クロエは大笑いしたのだった。




後半の「よし……二人共、天王山だ!! 気合入れろ!!!」の流れは、「FILM RED」の最終決戦のオマージュです。

あと、しれっと出てきたクロエの前世の同級生については、いつかの機会で触れます。なお、女の子です。


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第19話〝おでんとクロエ〟

アニメの内容も交えた流れとなってます。

無意識無自覚の涙って、シチュエーションとして最高な気がする。


 両海賊団がプレゼント交換をしている中、クロエはロジャーに呼び出された。

 クロエの前では、ロジャーと白ひげ、そして件の侍・おでんが酒盛りをしていた。

「グラララララ!! おう小娘、相変わらず愛想がねェな!!」

「つまらないこと言い聞かせに来たんなら帰る」

「まァ、待て。おでんが面と向かって話してェんだとよ」

 ガブガブと酒を飲むロジャーに、クロエは怪訝な顔をした。

 先の戦闘で一戦交えたとはいえ、自分に何の用だろうか。

「……あの時は名乗ってなかったな。クロエ・D・リードだ」

「うわ、スゲェ無愛想! ……おれはワノ国の九里大名・光月おでんだ」

 ビックリするぐらい愛想が無いクロエに驚きつつも、おでんは自己紹介をする。

 トキとは真逆だなと思いつつも、朗らかに対応する。

「せっかくだ、酒を注いでくれねェか? 女が酌した酒は一味違う!」

「自分で注げ、痴れ者が」

「えぇーーっ!?」

 秒で断られ、おでんは驚愕した。

「冷たすぎだろ!! お前の異名に〝女中〟って言葉付いてるだろ!?」

「それは私がロジャーの部下だからだ。文句があるなら海軍に言え」

「わははははは!」

 クロエの冷たい切り返しに、ロジャーは爆笑する。

 おでんはゴホンと一つ咳払いし、真面目な顔でクロエに尋ねた。

「クロエと言ったな……おれは、お前がもっと遠い場所から来ている気がするんだが、どうなんだ」

 単刀直入におでんはクロエを質した。

 クロエは意外過ぎる質問にキョトンとした表情を浮かべ、すぐにロジャーを睨む。

「私のことを話したのか?」

「いやァ、別に。おめェに前世の記憶があるってことも言ってねェ」

「現在進行形で言ってるだろうが!!」

 ドゴッ! とクロエはロジャーに武装硬化した右脚で踵落としを炸裂。

 脳天に直撃し、痛がるロジャーを尻目にその隣で胡坐を掻く。

「思いっきり口滑ってるじゃないか、この馬鹿船長が……」

「おめェ、武装硬化はねェだろ……!」

 大きなタンコブを作ったロジャーに、クロエは「それぐらいで死ぬ男じゃないだろう」と不貞腐れた。

「おい、そりゃあどういうことだ……!?」

「……詳しく聞かせろ、小娘」

「……ハァー……」

 白ひげとおでんの視線を受け、クロエは「別にバレても問題ないしな……」と前置きしつつ前世を語った。

 それは、閉ざされた祖国から飛び出したおでんどころか、大海に雷名を轟かす白ひげですらも驚く内容。ロジャーは一度聞いてはいるが、二人の反応が気になるのかニヤニヤしている。

「……以上が私の前世だ。眉唾物だろうから、信じるかどうかは自分で決めろ」

「……!?」

「グラララララ……! そうか、驚いたな。そうだったのか……」

 クロエの前世の話を聞き、おでんはあんぐりと口を開け、白ひげは含み笑いを浮かべた。

「……割と驚かないな、ニューゲート。おでんの反応が普通だと思うが」

「前世の一生も合わせりゃあ実質40年以上生きてるようなモンだろ? だったら納得いく部分もある」

 白ひげの言い分に、クロエは「そうか」と短く返した。

 どうやら白ひげは白ひげで、クロエが人とは違った特殊な事情を抱えていると勘づいていたようだ。ロジャーもそうだったが、この世界の頂点を争う者は妙に勘が鋭いようだ。

「俄かには信じ(がて)ェ……!!」

 一方のおでんは、情報量の多さに呆然とした様子だ。

 先程のロジャーの「最後の島」とそこにあるであろう〝莫大な財宝〟、そして()()()()()()()()()()()()()()で度肝を抜かれたというのに、さらに「〝鬼の女中〟の秘密」まで聞かされたのだ。

 いくら海外に興味津々なおでんでも、情報処理が追いついていない。

「じゃ、じゃあ聞くが……お前の前世とやらに、侍は何人いるんだ!?」

「武士という意味合いで言えば、私の生きた世界は帯刀して外に出ること自体が違法行為だ。そもそも武士の時代じゃないしな。武士は過去の存在として教わっていた」

「……!」

 クロエの証言におでんは言葉を失った。

 彼女が前世で生きていた時世は、ワノ国では当たり前の存在である侍が一人としていないのだ。価値観も何もかもが違うことに、おでんは何を言えばいいかわからなくなった。

「クロエ、お前そんなに(おも)(しれ)ェ話あんなら何で言わねェ!?」

「教えろと言われてないからな。そもそも教えたところで暇つぶしにしかならんだろうに」

「そんなにスゲェ話あんなら、もっと聞かせろよ!」

 クロエは自分の経歴しか語ってなかった分、まだ他の情報(ネタ)を持っていると知らなかったロジャーは目を輝かせている。

 おでんもまた、クロエの言う「前世」に興味を持ち始めたのか、「おれにも聞かせてくれ」と食いついてきた。

「ハァ…………私はロジャー海賊団だ、貴様といつまでもいることはないぞ」

「いや、おれ達にはおでんが必要だ!!」

「?」

 その言葉にクロエが首を傾げると、ロジャーが真剣な面持ちで白ひげに頼み込んだ。

「一年でいい、おでんを貸してくれ!! 後生の頼みだ!! こいつがいればきっと〝最後の島〟に辿り着ける!!!」

 ロジャーはそう言い、おでんにも「一年だけおれ達の旅につき合ってくれ!!」と頭を下げた。

「おいロジャー!! 敵に頭を下げるなんてやめろ!! レイリーやギャバン達も見てるぞ!?」

「頼む、おでん!!」

 白ひげに頭を下げるロジャーに、クロエは声を荒げるが、当の本人は意にも介さず頭を地面にこすりつけた。

 当然、ロジャーの申し出を聞いた白ひげは激怒した。

「フザけんなァ!!!」

 ドォン!! と大気を殴りつけてヒビを入れ、海ごと島を揺るがす白ひげ。

 グラグラの実の「地震人間」の怒りに、敵味方問わず慌てて逃げ惑う。

「ロジャー……おれから〝家族〟を奪おうってのかァ!?」

 そう、白ひげは〝家族〟を何よりも大事にする海賊であり、おでんは唯一の兄弟分だ。いくら顔馴染みの好敵手とて、家族を巻き込んだ頼み事は受け入れられないのだ。

 だが、おでんは違った。自分の一族――光月家がなぜ海外で解読を禁じられている〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟と呼ばれる古代文字が刻まれた石碑を読めるのか、なぜ今ロジャー達に出会ったのか……己の血が騒ぐのをひしひしと感じ取っていた。

 そして気づいた時には、言葉が口をついて出ていた。

(しろ)()っちゃん……!! 行ってみてェ、行かせてくれねェか!! こいつが言う最後の島、見てみてェ!!」

「「!!」」

 おでんの思わぬ言葉に、ロジャーとクロエは目を見開いた。

 そして言われた白ひげは顔を歪め、心底嫌そうな表情を浮かべた。

「イヤそう……」

「イヤに決まってんだろうが!! おれとお前は兄弟分だろう!!」

「一年だけだ! (しろ)()っちゃん!」

 ロジャーの計り知れない可能性を感じ、白ひげを宥め続けるおでん。

 そして、最終的には白ひげが弟のわがままを心底不満気に受け入れる形となったのだった。

 

 

           *

 

 

 白ひげ海賊団と、自分についてきた三人の家臣に別れを告げ、おでんはオーロ・ジャクソン号に乗った。

 家族丸ごとロジャー海賊団に移籍したおでん一行の、海賊としての第二幕が始まった。

「赤ん坊なんて久しぶりだな!!」

「昔を思い出すな」

 船上でモモの助と日和を抱きながら、朗らかに笑うロジャーとレイリー。

 その様子を、シャンクスとバギーは樽の上に乗りながら睨みつけていると……。

「赤子に嫉妬するようじゃあ、お前らもまだまだだな」

「んなっ!?」

「ち、違うからなクロエ!! ただ船長と対等でいるつもりのおでんが……」

「フフ……そういうことにしといてやる。さて……一回樽から降りてもらおうか」

 そう言われ、素直に二人は座っていた樽から降りる。

 直後、クロエが刀を抜いて横に一振り。二つ並んだ樽に一本の線が入り、バキャアッという音と共に砕け散り、中から二足で立つ犬と猫が現れた。

「イヌアラシ!! ネコマムシ!! なぜここに!?」

「いや~……」

「わしらあ、おでん様が見ゆうがが一番楽しいぜよ!!」

 密航者の正体は、おでんの家臣であるイヌアラシとネコマムシだった。

 彼らは白ひげ海賊団に残っていたはずだが、我慢できず樽の中に潜んだようだ。

「……おでんのペットか……」

「ペットじゃねェよ!! 家臣だ!!」

「ニューゲートに何も言ってない様子だな。今頃怒り心頭じゃないか?」

 クスクス笑うクロエに、おでんは「あちゃー……」と頭を抱えた。

 いくら〝家族〟と言えど、白ひげだって仲間に怒る。勝手に出ていけば頭に来る。

 しかし、済んだことを掘り返したところでどうにもならない。おでんは「急に悪いな」と言いつつも、航海への同行を申し出たが……。

「何か勘違いしてんじゃねェか?」

 ギャバンがそう言うと、一味の面々は顔をしかめながらおでんを見据えた。

 シャンクスとバギーも、どこか苛立っているようにも思えた。

「おでん!! 船長がお前の〝知識〟を必要としただけだ!! おれ達がそう簡単に認めると思うなよ!? わかったか!!」

「ハッ、下らねェ茶番だ」

「何だと!?」

 そんなギャバン達の態度を、バレットは鼻で笑った。おでんの強さに興味を持っているからか、とやかく言わないスタンスのようだ。

 それに続くように、刀の手入れをしながらクロエが口を開いた。

「どうせすぐ絆されるくせに、よく言うものだ。素直じゃない奴らだ」

『おめェにだけは言われたくねェよ!!』

 無愛想な仲間(クロエ)の一言に、キレの良いツッコミを入れるギャバン達。

 漫才のようなやり取りに、おでんは愉快そうに笑うのだった。

 

 

          *

 

 

 その日の夜。

 クロエの読みは的中していた。

「「美味そうな匂い!!」」

「よーし、頃合いだな」

 やっぱり、というかもはや予定調和の領域となった絆されっぷり。

 その様子に、クロエは「事前に打ち合わせでもしてたのか」と呆れ返っていた。

「これがワノ国一の食いもんだ!!」

『おおー!!』

 一体どこから持ってきたのかわからない巨大な土鍋の蓋を、おでんは開ける。

 鍋の中には、具沢山のおでんがギッシリ詰まっていた。

「さァ、皆食ってくれ!!」

 おでんの一声に、各々がおでんに手を伸ばす。

 ギャバンはがんもどきを、シャンクスはちくわを、バギーはタコを……腹を空かせた屈強な海賊達が、一斉に一口で頬張ると……。

『うんめェ~!!!』

「そうか、うまいか!!」

 一味全員の胃袋を掴むことに成功し、おでんは大喜び。

 ロジャーもおでんを堪能し、バレットももち巾着を黙々と食べる。

「はい、クロエさん」

「……! すまない」

 クロエはトキから皿を受け取り、箸で大根を持った。

 出汁が隅々まで染み渡ったそれをかじると、口の中に旨味が一瞬で行き渡った。

「どう? おでんさんのおでんは?」

「美味しいさ」

 微笑むクロエに、トキはホワホワとした笑みを溢した。

 それを見たクロエは、トキの笑顔が前世の友人を重なったように感じた。

 

 ――黒江、どう? 私のおでん!

 

(……そう言えば、()()()もおでんが好きって言ってたな)

 前世の自分の唯一の友人が、好きな料理も得意料理もおでんだったことを思い出す。

 もう会えないとわかっているのに、また会いたいと願っている。あいつもどこかで転生しているんじゃないかと、心の中で思っている自分がいる。

 そんなことを未だに抱く自分を、馬鹿馬鹿しいなと自嘲気味に笑った時だった。

『……!?』

「?」

 クロエは、ロジャー達が目を大きく見開いて凝視しているに気づいた。

 あのバレットですら瞠目しており、おでん一行も固まっている。

 一体、どうしたんだ……? そんなことをクロエが思った時、シャンクスが口を開いた。

 

「クロエ……何で泣いてるんだ……?」

 

「……え?」

 クロエは、そう言われて気づいた。

 ロジャー達は、初めて見た〝鬼の女中〟の涙に静まり返っていたのだ。

「……?」

 クロエはクロエで、動揺を隠せなかった。

 痛いとか悲しいとか、そんな覚えは一切ない。ならば、この目から流れる雫は何だというのだろうか。

「なあ、クロエ」

「……ロジャー?」

 未だに涙が止まらないクロエの隣に座り、肩にポンッと手を置くロジャー。

 「実はおめェの秘密は、すでに全員に話してある」と前置きしつつ、〝鬼〟と恐れられる男とは思えない優しさに満ちた声で諭した。

「前世のおめェを知る奴がいなくても、おめェは一人じゃねェよ。おれがいる、レイリー達がいる。バレットも、シャンクスも、バギーもいるじゃねェか……」

「っ…………!」

「クロエ……おれァな、おめェが自分の抱える秘密のせいで苦しむのが我慢できねェ。この海を一人で生きてる奴なんていねェんだ、何でもかんでも背負うな。なァに、おれ達はそんなヤワな身体じゃねェから心配すんな!」

 ロジャーはニカッと笑った。

 レイリーも、ギャバンも、クロッカスも……皆がクロエを穏やかな眼差しで見据え笑っている。彼女が兄弟分として接するシャンクスとバギーも、腕を組んで笑っている。唯一バレットは呆れた表情を浮かべているのだが、彼らしいと言えば彼らしい。

「……人前で涙は見せたくなかったのにな……」

「わははは!! 泣きてェ時は顔がグシャグシャになるくらい泣いて、笑いてェ時はゲラゲラ腹抱えて笑っときゃいいんだよ!!」

 意外と頑固だな!! と大笑いするロジャーに、クロエも釣られるように微笑むと、おもむろに樽のジョッキを手に持った。

 クロエはそのままゴキュゴキュと喉を鳴らしながら一気飲み。酒が空になり、ジョッキの中身が氷だけになった所で漸くドンッ! と男らしくジョッキを置いた。

「……何だろうな……少し胸がすいた気がする」

「……!」

「ありがとな、ロジャー」

 憑き物が落ちたように笑うクロエに、ロジャーは「仲間だからなっ!」と快活に返した。

「ようし、野郎共ォ!! 朝まで飲むぞォ!!」

『うおーーーーっ!!!』

 ロジャー海賊団は、改めて盛大な宴を始めた。

 なお、本当に宴は夜明けまで行ったことで、一味の大半は二日酔いで苦しむハメになるのは言うまでもない。




これを機に、クロエはロジャーに好意を寄せます。
ただ、あくまでも「人間として」なので、ロジャーはそのままルージュと結ばれますよ。

そうそう、クロエのバストサイズはJカップです。
詳細はプロフィール設定が完成次第載せますので、ざっくりとした大きさで勘弁して下さい。


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第20話〝我ここに至り〟

今回はアニメに沿ったロジャー海賊団の空島編です。

全体的な流れとしては以下の通り。
・クロエ×トキ オーロ・ジャクソンのガールズトーク with ダグラス・バレット
・スカイピアの冒険とクロエの悲劇
・北極南極論争、ついに決着



 おでん一行が加入して、早一週間。

 すっかり仲良くなったロジャー達は、元気に「ビンクスの酒」を歌って海を進む。

 そんな中、クロエは欄干で頬杖を突き、水平線をのんびり眺めていると――

「クロエさん」

「……トキか」

 娘の日和をあやしながら、トキが隣に立った。

 一人は21歳の独身、もう一人は30歳の既婚者だが、身長差と顔つきを比べると無愛想な前者(クロエ)が姉のように思えてしまう。

「あなた、はるか遠い世界から来たんですよね」

「……一度死んでからだが。それがどうした?」

「親近感が湧いたの……フフ」

 トキの意味深な発言に、クロエは目を細めた。

 どうやら彼女も、特殊な経歴の持ち主のようだ。

「クロエさん。私が生まれたのは、800年くらい前なの」

「……!」

 瞠目するクロエに、トキは「意外と顔に出るのね」と笑った。

 曰く、彼女は「トキトキの実」という自身や他人を未来へ飛ばす能力者――俗にいう〝タイムトラベラー〟で、おでんに会うまでは危機が迫れば未来へ飛ぶことを繰り返していたという。時空を超える能力が悪魔の実の中にあるのも驚きだが、一番の驚きは生まれた時代だ。

 今から800年前と言えば、世界政府が誕生した時代。クロエが斬り捨てた天竜人の祖先が、世界を統治し始めた頃だ。そんな超古代の生き証人が目の前に立っていると考えると、中々スゴいことではある。もっとも、世界政府の誕生など何の興味も無いが。

「……クロエさんの前世は、どんな時代だったの?」

「そんなこと、深く考えたこともないな。クソみたいな親兄弟と一緒だったんだ、自分の生活で手一杯だった。その生活にも、社会にも嫌気が差したが」

「……ごめんなさい。とても辛い記憶を――」

「別に。今となってはどうでもいいし、こうして縁が切れたから願ったり叶ったりだ。それに……」

 ――私には、頼れる弟分もいるしな。

 潮風を浴びながら、クロエは年相応の笑みを浮かべた。

 そんな二人のガールズトークを盗み聞きしていたロジャー達は、ニヤニヤ笑いながら顔を赤くするシャンクスとバギーを見た。

「よかったじゃねェか、二人共」

「「っ……!」」

「わっはっはっはっ!」

 顔が茹で蛸のように真っ赤な見習い二人を、大人達は大笑い。

 すると、クロエとトキの元に意外な人物が近づいた。

「おい、クロエ」

「ん?」

(バレット!?)

 何と、一味で一番仲間意識の薄いバレットが近づいたのだ。

 面白くなってきたぞと、ロジャーは仲間達とその様子を伺った。

 ついにバレットにも春が来たのかと、第一声を心待ちにしていると……。

「〝見聞殺し〟ってのは、どうやるんだ」

(そっちかーーーい!!)

 やはりバレットはどこまで行ってもバレットだった。

 力や強さが全てであるバレットにとって、色恋沙汰は何の興味も示さないようだ。

 それでも、異性(クロエ)に声をかけるだけ随分と成長したようなものだが。

「〝見聞殺し〟はまだ未習得だ。ようやっと感覚を掴んだところだぞ?」

「……! てめェ程の覇気使いでも、か?」

「私は秀才ではあるが天才じゃない。そもそも覇王色の技巧の中でも最高難易度だぞ? その分時間もかかる。……まあ、気長に待て」

 クロエはバレットの碧眼を見つめると、バレットは短く「早くしろよ」と返した。

 仏頂面コンビの親しいやり取りを目の当たりにしたトキは、両手で口を覆って――

「……もしかして、あなた達も夫婦!?」

「「寝言は寝て言え」」

『ギャーッハッハッハッハッ!!』

 トキの発言に二人仲良く一刀両断。

 影でやり取りを見ていたロジャー達は、腹を抱えて爆笑。ロジャーに至っては「トキ、最高だぜ!」とサムズアップしている。

 その時、船医・クロッカスが自前の医療箱を片手にロジャーに声をかけた。

「何を楽しそうにしてんだ、ロジャー。時間だ」

「うっ…………さっさとやれ!」

「うるせェ、じっとしてろ!」

 薬嫌いのロジャーは、若干嫌そうな顔で注射を受けた。

 ロジャーの容体を詳しく知らないおでんは、「船長、風邪か?」と尋ねた。

「ああ、大したことはねェ」

「そんな訳あるか、バカ野郎!! こいつの命は持ってあと一年だ!!」

「え~~~~~~~~~っ!!!」

 クロッカスの爆弾発言におでんは目が飛び出る勢いで驚愕。

 ロジャーは「生き急いでんだよ、おれは!!」と笑い飛ばした。

 そこへ、レイリーが記録指針(ログポース)を見てほしいとロジャーに差し出した。

記録指針(ログポース)が空を向いている……壊れてんのか?」

「壊れる訳あるか。()()()()()()()()()()()()を考えればわかることだろう」

 クロエのさりげない一言に、おでんは「そりゃそうだな……」と苦笑いを浮かべた。

 記録指針(ログポース)が球形であるのは、針が東西南北だけでなく上下にも指すからだ。それはつまり、次の行き先が空の上や海の底に存在する島になるということなのだ。

「そういうことだ、行くぞ!」

「どこへだ、ロジャー?」

 おでんが行き先を尋ねると、ロジャーは人差し指を空へ向けて言った。

「〝空〟!」

 

 

           *

 

 

 数時間後、波は荒れ、天候は荒れ狂う。

 太陽は隠れ、「雲の化石」とも呼ばれる気流を生まない〝(せき)(てい)(うん)〟が姿を現し、周囲は不自然な程に暗闇が支配していた。

「来るぞ、〝突き上げる海流(ノックアップストリーム)〟!!」

 ロジャーがそう言った瞬間、海はゆっくりと隆起を始め、ズドォン!! という物凄い爆音と共に、海はオーロ・ジャクソン号もろとも空高く突き上がっていった。

 巨大な水柱の外側を船は垂直に空を向いて走り、ぐんぐんと昇りつめ、とうとう雲の中に突入する。

「ギャーッ! 死ぬ~~!」

「うわ~~~!」

「……」

「私の髪は命綱じゃないぞ」

 水柱が起こす上昇気流に振り落とされまいと、シャンクスはクロエの長髪に、バギーはバレットの軍服にしがみついて悲鳴を上げている。クロエは全く意に介していないが、バレットは喚く赤鼻が相当鬱陶しく思っているのか、額に青筋を浮かべている。

 そして一気に雲の中を駆け抜け、辺り一面が真っ白な雲海に辿り着いた。目的地の空島「スカイピア」だ。

「島だ……」

「ここが……」

「空島……!」

 空の上に人が住んでるなど、夢にも思わない光景に一同は驚きを隠せない。

 船を停泊させて上陸すると、白く長いひげを蓄えた男性が大勢の人間を連れて姿を現した。

「遥々青海からよく来たな」

「……ここの君主か?」

「いかにも。このスカイピアの〝神〟を務めるガン・フォールである」

 スカイピアの統治者の言葉に、クロエは目を細める。

 どうやら空島では、君主のことを〝神〟と呼称する文化があるようだ。

「この島に何の用かね」

「別に悪さはしねェよ。冒険の途中で寄ってったようなモンだ」

「そうか、ではゆっくりと楽しんでいくがよい」

「少しは疑った方がいいぞ……」

 ロジャーの言葉をあっさりと承諾したガン・フォールに、クロエはジト目になる。

 いつか騙されて、その地位を追われることにならねばいいが……――親しい者以外の他人に対しては素っ気ないクロエでも、彼の今後が心配になるのだった。

 

 

 ロジャー一行は空島の奥地へ進み、黄金都市シャンドラの遺跡に興奮しながらさらに高いところへ向かう。

 そして、巨大豆蔓を登ってある小さな島雲に辿り着くと、そこには……!

『……!!!』

 黄金の大鐘楼が、傾いた状態で鎮座していた。

 数百年の時が流れた影響か、コケが生え太い蔓が絡みついているが、それでも黄金の輝きは色褪せていない。むしろ作られた当時からずっと変わってない気がする。

「スッゲー黄金!! 船長どうやって持って帰る!?」

「お前がいつか船長になったら取りに来い、バギー。おれには時間が無い」

「フン……こんなモン持って帰って何になるってんだ」

「何だとォ!? おめェにロマンはねェのかバレット!!」

 冷たいツッコミをかますバレットに、バギーは鼻息荒く食ってかかった。

 そんな若輩達を他所に、ロジャーは土台に埋め込まれた歴史の本文(ポーネグリフ)に目を通す。

「この石は強い声が詰まってて見つけやすい。大きな〝力〟の話だな?」

「〝ポセイドン〟って兵器のことが書いてある」

(ポセイドン……)

 歴史の本文(ポーネグリフ)に記された単語に、クロエは顎に手を当てた。

 前世でも、同名の海神の神話があるのを思い出したからだ。クロエ自身は神話に興味は無いが、神話を元にした様々な創作物を立ち読みしたこともあるため、多少なりとも知ってはいた。おそらく、歴史の本文(ポーネグリフ)に記された〝ポセイドン〟も海に関する話だろう。

 一人考え事をするクロエに気づいたのか、ロジャーは話を振った。

「クロエ、お前の前世にも神話が伝わってるだろ? ポセイドンについて心当たりがあるか?」

「ロジャー、私の前世を異世界の百科事典か何かだと思ってるのか?」

 クロエは額に青筋を浮かべながらも、自分の知る限りのことを語る。

「神話に興味ないからな……ギリシャという国の神話に出てくる、海の全てを支配する神の名としか知らない」

「そうか……貴重な情報だ、ありがとよ」

 ロジャーは満足気に笑うと、続きを解読していたおでんが口を開いた。

「ロジャー。このポセイドンって兵器は、海王類を動かすそうだ」

『海王類を!?』

 ギャバン達は驚きを隠せなかった。

 世界中に海王類を送り込める能力など、冗談抜きで海を支配できる代物だ。数十メートル程度のサイズならともかく、〝凪の帯(カームベルト)〟に生息する数百メートル級の超大型となれば、海面から顔を出して泳ぐだけで津波を起こし、船はおろかその気になれば島すら沈める可能性がある。まさに神の力だ。

 これが人間に牙を剥いたとなれば、間違いなく人類文明は破壊され、世界は滅びるだろう。

「在り処は書いてあるのか?」

「魚人島にあると書いてある」

「ほう、魚人島か……」

 何か心当たりがあるのか、ロジャーはニヤニヤとした表情を浮かべる。

 すると、おでんにこんな要求をした。

「おでん、お前この文字を書くこともできるんだよな」

「ああ」

「ならこう彫ってくれ。「我ここに至り この文を最果てへと導く 海賊 ゴール・D・ロジャー」とな」

 おでんはロジャーに言われた通りに、金槌でノミを叩きながら丁寧に彫っていく。

「これでいいか?」

「上出来だ、おでん!!」

 大鐘楼の歴史の本文(ポーネグリフ)の隣に一文を刻み込んだロジャーは、次の島へ向かうべく巨大豆蔓を降りていった。

 

 後にこの一文は、ロジャー海賊団と同じ手段でスカイピアを訪れた()()()()()船員(クルー)の考古学者が発見し、「ゴールド・ロジャーが古代文字を理解し、自ら書き残した」と勘違いすることになるのだが、それは二十年以上先の話である。

 

 

           *

 

 

 空島の冒険を終え、ガン・フォールに見送られながら出口である〝雲の果て(クラウドエンド)〟から青海へ戻ることになったのだが……。

 

 スポーンッ

 

『うわああ~~~~~~~~~っ!!!』

 何と戻り方は、高度7000メートルからの急速落下!

 上空へ放り出されたオーロ・ジャクソン号は、物凄い速さで落下していく。

「このままじゃあ、海に叩きつけられて木っ端微塵だぞォ!!」

「ギャーーー!! まだ死にたくないーーーーー!!」

「うっ、何か口から出そう……」

 欄干にしがみつきながら叫ぶおでん、涙や汗で顔がグシャグシャなバギー、見るからに吐きそうなくらい真っ青なクロエ……落下するオーロ・ジャクソン号は阿鼻叫喚。

 ふと、どこからか笛の音が鳴ったかと思えば、雲海の中から巨大なタコが飛び出した!!

「タコーーー!?」

「この……!」

 さすがのロジャーも次々に襲い来る災難にカチンと来たようだが、その直後に衝撃が襲った。

 何事かと思って見上げると、先程のタコがオーロ・ジャクソン号を足に包んでふわふわとゆっくり降下し始めていた。

「バルーンだ!」

(おも)(しれ)ェ~~!」

 空島名物「タコバルーン」に、おでんは大興奮する。

 しかし、ここで予想外の事態が発覚した。

「…………」

「おい、クロエが死んでるぞ」

「クロエ、しっかりしろーーー!!」

 何とクロエが大の字で横たわり、撃沈していた。

 込み上げてくる吐き気と闘った末か、何か色々燃え尽きている。

「そう言えば、クロエは前世、飛び降りて死んだんだよな……?」

「おい、トラウマになっちゃいないよな!?」

「…………」

 完全にやられてるのか、無言になっているクロエ。

 クロッカスは「こりゃあ重症だな」と溜め息を吐いたのだった。

 

 

           *

 

 

 ガン・フォールの助けを借り、どうにか全員無傷で青海に降りた。

 が、一人だけ違った。

「……」

「大丈夫か? 目が死んでるぞ……」

 そう、クロエである。

 一人で吐き気と闘っていた彼女は、完全に意気消沈している。どんよりとした空気を纏っており、あの悪名高き〝鬼の女中〟とは到底思えない姿だ。

「クロエ、気分はどうだ?」

「…………最悪」

 ロジャーは気さくに声をかけるが、クロエの纏う空気の重さに口端を引き攣らせた。

 落下中に催した吐き気が相当堪えているようだ。

「わはははは!! 今度は海の底を通るから安心しろ。な?」

「――高所恐怖症だったら前世で飛び降りなんか考えないわァ!!」

 おちょくられたクロエは鬼の形相で睨みつけた。

 今にも刀を抜いて斬りかかりそうなクロエだが、ロジャーは「その様子じゃあ大丈夫そうだな」と笑って背を向けた。

 一方、シャンクスとバギーは……。

「北極だ!!」

「いや南極だ!!」

「まだ言うかコラ!!」

「おォ、何度でも言うぜ!! おれが正しいんだ!!」

 青海へ着くなり、殴り合いの喧嘩――それも覇気を纏いながら――を繰り広げていた。

 どうやら北極と南極とで、どちらの方が寒いか揉めているようだ。しかも周囲は止める気どころか、どっちが勝つか楽しんでいる始末である。

 見かねたレイリーが拳骨をお見舞いしようとしたが――

 

 バリバリッ!

 

「「うわあっ!?」」

 シャンクスとバギーは、いきなり威圧感に襲われた。

 この感じは知っている。覇王色だ。

「どっちでもいいだろう、そんなもの」

「「ク、クロエ……」」

 クロエが、弟分二人だけに気絶しない程度の覇王色を飛ばしたのだ。

 喧嘩のやり取りを見ていたおでんは、クロエの覇王色の熟練度に「できる女だな……!」と感心している。

 覇気を収めたクロエは、二人の前に降り立った。

「そんなに知りたければ、両方行って確かめればいいだろう。頭を冷やせ。ちなみに私の前世では南極の方が寒いぞ」

「ほら、おれが正しかったろ!! サンキュー、クロエ!!」

「いや、あくまでクロエの前世だろ!? この世界は絶対北極に……!」

 往生際が悪いバギーだったが、レイリーに「いい加減にしろ」と一喝され、大人しくなった。

「ロジャー、次はどこへ行く?」

「決まってる!! 目指すは偉大なる航路(グランドライン)最後の島だ!! ――だがその為には、四つの〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟を揃えなきゃならねェ」

 〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟。

 それは世界中に散らばっている30個程ある〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の中で、赤い碑石で刻まれた遺物。ロード歴史の本文(ポーネグリフ)にはそれぞれの「地点」が記されており、それを地図上で繋げた交点に「最後の島」は現れるのだ。

 現在、ロジャー一行はビッグ・マムから奪い取った一枚がすでにあり、所在に心当たりがあるものもあるため、二つ得てる状況なのだが……。

「あるのか!? お前らの国にあの石が!!」

「「「赤いがな」」」

「一番欲しいヤツだ!!! 早く言えお前ら!!!」

 何とおでんやイヌアラシ達の故郷にロード歴史の本文(ポーネグリフ)が在ることが発覚。

 さらっと重大な話を持ち出したことに、ロジャーはキレの良いツッコミを入れた。

「しかし、これで最後の島への道筋が現実味を増したな」

「やったな、ロジャー!」

「ああ、何の導きだ!? 本当に四つ全部揃うぞ!!」

 子供のように大喜びするロジャー。

 そんな一同に、ギャバンが声をかけた。

「盛り上がってるところ悪いんですが、どうも船の調子がよくねェ」

「何?」

「素人目には、どこが傷んでるのか見当もつかねェ」

「当たり前だろ、あんな高さから落ちたんだぞ」

 バレットのごもっともな発言に、一同は苦笑い。

 タコバルーンのおかげで助かったとはいえ、海に叩きつけられる形で着水すれば、さすがにどこかしら傷むものだ。

「――よし、行先が決まったぞ!! 〝水の都〟ウォーターセブンだ!!」

「〝水の都〟!?」

「素敵な響きね」

(水の都か……あのベネチアみたいなところか)

 次の目的地を知り、クロエは目を細める。

 ロジャー海賊団は船の修理の為、造船の町でもある〝水の都〟ウォーターセブンへと進路を取ったのだった。




【特報】
次回はトムと再会し、船を直してからシャボンディ諸島へ。
が、そこはかつてクロエが〝神殺し〟と呼ばれるようになった因縁の地。
やはりDの一族は〝神の天敵〟なのか? 再びクロエが大事件を引き起こす!!

乞うご期待。


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第21話〝チカラと責任〟

【緊急速報】
クロエ、再び天竜人相手に大事件を起こす。


 ウォーターセブンに到着したロジャー海賊団は、オーロ・ジャクソン号を造った魚人・トムの仕事場を訪れた。

「トム~~~~~~!!」

「トムさ~~~~ん!!」

「たっはっ!! っ……!! っ……!! 久しぶりだな!! おめーら!!」

 ロジャーはトムとハイタッチし、レイリー達も和やかに語り合う。

 すると、クロエと目が合ったトムは、驚いた様子を見せた。

「おお、あん時の嬢ちゃんじゃねェか!! 随分とデッカくなったな」

「久しいな、トム」

「たっはっはっ!! 愛想ねェのは健在だな!!」

 全く変わらない無愛想ぶりに、トムは大笑い。

 その豪快で快活な笑顔に、クロエも釣られて微笑んだ。

「――で、どこ壊したんだ? おめェらがここに来たってことは船の修理だろ?」

「ああ、高いところから落ちちまってよ」

「空島でも行ったか?」

「ああ、ドーンとな!」

 ニカッと笑うロジャーに続き、シャンクスも「でもその後、ドーンと海へ落ちちまったんだ!!」と興奮気味に語る。

 相変わらずメチャクチャな冒険をしていたことにトムは爆笑。秘書であるココロは「相変わらずうるさい奴らだね」とボヤいた。

「たっぷりと旅の話を聞かせてもらう前に、まずは腹ごしらえでもしたら? 準備しといたからさ」

「おう、そうさせてもらうぜ!」

 

 

 ココロの手料理のもてなしを受け、ロジャー達は昼間から酒を飲み交わしていた。

「たっはっはっは! そうか、前世の記憶を持っとるのか嬢ちゃんは!!」

「ああ、ビックリしただろ!? わははははは!!」

「ロジャー……」

 何とロジャー、ここでクロエの秘密をトムに暴露。

 秘密が秘密じゃなくなっていく様子に、クロエは内心「言わない方がよかったか……?」と思いながらジョッキの中のビールを飲み干す。

「仲間の秘密を勝手に暴露するのか、貴様は。酔った勢いとか言わないだろうな」

「わははは!! ()()だと、せめてそう言ってほしいもんだな、クロエ!! トムも立派な〝仲間〟だぜ、別に話したっていいだろ!! おめェも眉唾物だって言ってたじゃねェか、聞いたところで大体の人間は信じやしねェよ!! わははははは!!」

「それはそうかもしれんが……ハァー……」

 誰がどう見ても不機嫌そうなクロエに、酔っ払ったロジャーはお構いなしに肩に手を回す。

 その大きな手がクロエの胸を触っているが、彼女は気に留めず酒を飲んでいる。

(シャンクスの件も然り、いくらか鈍感すぎないか?)

 自分達にとっては娘のような年頃の仲間が、異性間のことにやけに疎いのは些かよろしくない。本人は「強くなるために女を捨てた」とか言っていたが、あれは恥じらいも慎みも捨てたという意味だったのだろうか。 

 レイリーはクロエがちょっぴり心配になった。

「で、これからどうするんだロジャー? 次の目的地は決まったのか?」

「ああ! 最後の島へ向かうために魚人島へ向かうところだ! ちょうどさっき、最後の島への道が開けたばかりなんだぜ!」

「たっはっは! 最後の島を目指すか! 相変わらずドンとデカいことをしやがる!」

 嬉しそうに語るロジャーにトムは笑って応えるが、内心では寂しさも感じていた。

 ロジャーの冒険は、彼がこのトムズワーカーズに来る度に聞かされた。聞くだけで興奮を覚えるロジャーの体験談や、それに伴うレイリーの愚痴は、とても楽しみだった。今回はいつの間にか増えた仲間の話もあり、大いに盛り上がっている。

 が、ロジャーは最後の島へ向かうと言った。それは、あの想像を超えた冒険譚の完結――ロジャーの生涯をかけた大冒険が最終章に向かうという意味でもあった。余命の件も聞いたので、これが最後の顔合わせとなるだろう。

 トムは忘れない内にと、ロジャー達に告げた。

「ロジャー、それとその仲間達!」

『?』

「わしはお前らの船を造ったことを、オーロ・ジャクソン号を造ったことをドーンと誇りに思っている!!!」

 それはトムの本心であり、信念だった。

 自らの造った船に誇りと責任を持つトムは、どんな船だろうと()()()()()()に善悪は無く、造った船を否定することは決してあってはならないことだと考えている。自分が作った船が、前人未到の世界一周を成し遂げたのであれば、船大工として誇らしいことなのだ。

 たとえその船の持ち主が、鬼の悪名を馳せる大海賊であっても、だ。

「世界一周して、ドーンと度肝を抜かせてやれ! ロジャー!!」

「おうっ! ドンとやってやるさ! なァ、野郎共ォ!!」

『おぉーーーーっ!!!』

 昼間からドンチャン騒ぐロジャー海賊団は、そのまま深夜まで飲み続けた。

 翌日の朝、ロジャーはトムに最期の別れを告げ、彼らはトム達に見送られながら、航海に出たのだった。

 

 

           *

 

 

 ウォーターセブンを出航したロジャー海賊団は、ついにシャボンディ諸島を訪れた。

「ここでコーティングをするんだったな、ロジャー」

「ああ。魚人島へ向かうにゃあ、海底ルートを行くしかねェからな」

 ロジャーはひげを弄りながらおでんに語る。

 魚人島への海中航海を可能にするための船のコーティングには大よそ三日かかる。それまではこの諸島で滞在するのだが、悪名高い凶悪な海賊達が集結する地でもあるため、海軍本部も近く諸島の駐屯地もそれなりの兵力が待機している。

 問題を起こそうものなら、すぐに物凄い数の海兵が押し寄せてくるのは言うまでもない。

「それと、この諸島は人攫いが横行している。〝人間屋(ヒューマンショップ)〟に送られると面倒だ、観光する時は気を付けろよ」

「禁止されてる人身売買がまかり通ってる土地は、気分が(わり)ィな……」

「ええ……」

 おでんとトキは険しい表情を浮かべる。

 世界政府は当然、世界中のどの国でも人身売買は重罪として禁じられているが、多数の奴隷を所持する天竜人が関わってることもあって、人間屋(ヒューマンショップ)はそれを堂々と行っている。何の罪も持ちあわせていない者も競売送りにされることも多いが、天竜人絡みゆえか世界政府と海軍は黙認しており、それどころか競売前の奴隷を解放することは「財物の強奪」として逮捕するよう動く始末だ。

 胸糞悪い話だが、シャボンディ諸島の古い気風はどうしようもないため、人攫い屋に狙われないよう気を付けて行動する他ない。下手なマネをすれば、大変な事態にもなる。

「……特にクロエ! お前が一番危ないんだぞ」

「生憎だが無理な相談だ、レイリー」

「わははは! 〝神殺しのクロエ〟にはキツイかもな!」

 レイリーが憂いているのは、クロエのことだった。

 そう、クロエは過去にこのシャボンディ諸島で天竜人一家を斬殺する、前代未聞の大事件を起こしている。ロジャー以外には従わないと豪語する彼女が、その場をやり過ごすためであっても天竜人に膝をつくはずがない。

 気に食わない者は容赦せずその場で撃ち殺す天竜人と、自分の自由を侵害する「敵」には容赦しないクロエ。鉢合わせたらタダでは済まないだろう。天竜人の方が。

「余計なマネはするなよ、クロエ」

「……善処する」

「イヤそう……」

 心底嫌そうな顔をするクロエに、一抹の不安を覚えるレイリー。

 その不安が見事に的中することになるのをまだ知らない。

 

 

           *

 

 

 ここはシャボンディ諸島18番GR(グローブ)

 無法地帯のとある酒場で、クロエは一人で酒を飲んでいた。一応他にも客はいたが、因縁をつけてきた連中を全員ブチのめしたため、店はクロエの貸し切り状態である。

(〝見聞殺し〟……感覚は何となく掴めたが、ものにするにはもう少し()()が欲しいな)

 グラスの中にラム酒を注ぎ、一口呷る。

 覇王色の技巧の中でも、気配の完全なコントロールはかなり難易度が高い。バレットとの組手や敵船との戦闘を積み重ねていくが、ゼファーやガープのような拳一筋でロジャーや白ひげと()り合った連中との戦闘でないと、覇気は進化しないのだろう。見聞殺し習得の道のりは、まだまだ長そうだ。

 この島で特にやることも無いため、酒も程々に船に戻ろうかと思った、その時だった。

「……!」

 クロエの見聞色が、外からの気配を察知した。

 たった二人だが、それなりに強い。海賊なら億越えの大物、海軍なら将官クラスの実力者か。

 酒場で暴れるのは気乗りしないため、クロエは「釣り銭は結構」と一言店主に告げて外へ出た。

「……大人しく出てくるとは、賢明な判断だな」

「へー、嬢ちゃんが〝鬼の女中〟かい? いい身体してんじゃんか」

 海軍の制帽の上からフードを深く被った男と、パーマ気味の黒髪でサングラスをかけた男がそれぞれ口を開く。

 クロエは自身よりも大きな体格をした男達に、目を細めた。

「海軍の将官か……見ない顔だが、何者だ?」

「海賊風情に名乗りやせんわい」

「おれ、海軍中将のクザンってんだ。こっちは同じ中将のサカズキ。よろしくな」

 性格が素晴らしいくらい正反対。

 硬派のサカズキは、軽い調子で自己紹介するクザンを制帽の下から睨みつけた。

「嬢ちゃんがいるってことは、ゴールド・ロジャーもいるのかい?」

()()()()・ロジャーだ。……その質問は、私がこの場にいることが答えじゃないのか?」

 ぶっきらぼうに答えるクロエに、クザンは「アラララ、スッゲェ無愛想……」と引き攣った笑みを浮かべた。

「……で、用件は?」

「それこそ愚問じゃろうが……!」

 サカズキは苛立ったような声色で、右腕から黒煙と共に灼熱のマグマを生み出す。

 彼は自然(ロギア)系悪魔の実の一つ、「マグマグの実」の能力者――火すらも焼き尽くす熱量と自然災害級の攻撃力を有するマグマ人間だ。覇気を習得した者だろうと不用意に近づけばマグマの熱で焼き尽くされてしまうため、敵に回せば確実に甚大な被害を被ってしまう恐ろしい能力(チカラ)である。

 一方のクザンは、サカズキとは真逆の「ヒエヒエの実」の氷結人間。あらゆるものを瞬時に凍結させる程の凄まじい冷気を操り、海水もたやすく凍らせてしまうため、間接的にとはいえ悪魔の実のペナルティが無いに等しい能力者である。

「人間は正しくなけりゃあ生きる価値なし!! お前ら海賊なんぞに生きる場所はいらん、ここで仕留めちゃる!!!」

 苛烈極まる言動のサカズキは、さらにマグマを噴き出す。

 誰もが慄く事態だが、クロエは冷静に「他人の信念にケチは付けたくないが」と前置きしつつ、心底呆れた様子で反論した。

「人間は生きてる間はそいつ一人分の価値でしかなく、それ以上にもそれ以下にもならない。価値が変わるのは、死んで何人の人間が泣いてくれるかだ。世の中は一問一答じゃない」

「おどれ、海賊がわしら海兵に説教垂れるな!!」

「フフ……ごもっともだ」

 怒気を剥き出しにするサカズキに対し、クロエは余裕の笑みを浮かべつつ刀を抜いた。

「アラララ……投降とかはヤダ?」

「生憎、私は尻の軽い女じゃない。残念だったな」

「じゃあ……仕方ねェな」

 クザンも冷気を放ち始め、地面に生えた草を千切って吐息で凍らせ、氷の剣を作り出す。

 氷と溶岩を操る中将二人に対し、クロエは愛刀を武装硬化させた上に覇王色を纏わせ、黒い稲妻をバリバリと迸らせた。

「こいつ、覇気が……!!」

「ちょっと待て、これヤベェんじゃ……」

 覇気の練度が自分達よりも遥かに上だと察したのか、二人は顔を強張らせた。

 対するクロエは不敵に笑っており、カチャリと刀を構え直して告げた。

「気合を入れていこう。私の首は安くないぞ」

 

 

 その頃、24番GR(グローブ)

 かつてクロエがゴミルット聖一家を斬殺したこの地では、何の因果か別の天竜人の親子が姿を現していた。グレツナ聖とその娘のグレツネ宮である。

「早く新しい奴隷が欲しいでアマス!」

「そう急かすな、競売の時間には間に合うえ」

 杖を突きながら歩くグレツナ聖と、首輪に繋がれた男二人の奴隷をリードで引っ張るグレツネ宮。

 彼らの凶悪さすら感じる権力の前では、民衆が敵うはずもなく、腕の立つ海賊も報復措置を恐れ、全員が膝をついたり土下座したりしてやり過ごす他ない。

 それは、買い物中だったシャンクス達も例外ではない。

「おい、いつになったら立っていいんだよ! 遅すぎだろ!」

「運動不足なのかな?」

「バカ、聞こえるぞお前ら!!」

 シャンクスとバギーの会話を、ギャバンは諫める。

 すると、グレツネ宮がシャンクスとバギーに目を付けた。

「あ! お父様、あの子供達欲しいアマス!」

「「は!?」」

「おい、そのガキ共を寄越すんだえ!」

 グレツナ聖が命令を下すと、十人の護衛騎士に加え、白いスーツを着た仮面の男が二人現れた。

「〝CP-0〟……!」

 ギャバンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 世界政府の諜報機関であるサイファーポールの中で、最強の諜報機関であるのが「サイファーポール〝イージス〟ゼロ」――通称〝CP-0〟だ。天竜人の繁栄に大きく関わる任務を行っている彼らは、超人式武術(マーシャルアーツ)である「六式」を極めており、構成員一人一人が高い戦闘力を有する、まさしく世界最高峰のエージェントなのだ。

 一人でシャンクスとバギーを護りながら、CP-0の諜報員を退けるのは、いかにギャバンでも難しい。だがここで二人が攫われれば、ロジャー達に顔向けできない。

 ギャバンは意を決し、二人を背に隠しながら斧を構えた。

「ギャバン……」

「大丈夫だ、おれが護ってやる」

「逆らう奴は死刑だえ!!」

 グレツナ聖が非情な命令を下した、その時だった。

 

 ドォン!

 

『うわああああ!?』

 突如、土煙を上げながら長身の男が店の壁に減り込んだ。

 被った帽子と袖を通したコートに刻まれたカモメのマークを見て、ギャバンは吹っ飛んできた男が海兵――それも将官クラスの実力者だと瞬時に悟った。

「いててて……覇気(つえ)ェな、おい……!」

 血を流す頭を押さえるのは、クザンだった。

 そこへ、彼を吹っ飛ばした張本人がコートをなびかせて歩み寄った。

「氷壁で威力を削いだとはいえ、〝(ごう)(ぶく)(さん)(がい)〟をモロに食らっても立つか……さすがはガープと同じ海軍中将だな」

「いやいやいや、あの人は別次元だっての」

「だろうな」

 目を細めながら、長身の男――クザンの喉元に切っ先を突きつける。

「……まだ戦うか? お前達は殺すの一択、私は生かすも殺すも自由……引き際は弁えるべきだと思うが」

「あー…………お前とは相性悪いのは認めるよ。これ以上被害出すと面倒だしな……」

「何を言うちょるんじゃあ、クザン!!」

 そう怒号を上げ、サカズキが特攻してマグマの腕で殴りかかる。

 見聞色で把握したクロエは、左手で持っていた鞘に覇気を纏わせ、真っ向から灼熱の拳を受け止める。

「……むやみに堅気を巻き込むのは、船のルールに触れる。サカズキ、お互いここで引く方が利口だと私は思うが」

「海兵である限り、海賊という〝悪〟は逃がさん!! わしらは世界の正義を背負っちょるんじゃ、刺し違えてでも息の根を止めちゃる!!」

 マグマを噴き出しながら、サカズキは吠える。

 正義の執行人の揺るがぬ信念に、クロエは「なら、心を込めて貴様を倒そう」と笑顔で応える。

「っ……!!」

「お父様、あの傷物の下々民は……!」

 一方、グレツナ聖とグレツネ宮はクロエの顔を見て血の気が引いていた。

 これはクロエ自身も知らないことだが……彼女は先の斬殺事件以来、天竜人の間でひどく恐れられ、同時に憎悪を向けられている。世界の頂点に君臨する神たる存在である自分達を下々民(みんしゅう)の前で虐殺したとして、大逆人としてマリージョアで獄門を強く望んでいる程の恨みを向けられている。聖地マリージョアにおいては、クロエはロジャー以上の悪名を轟かせているのだ。

「おい、海兵! その大逆人をひっ捕らえるんだえ! 聖地でさらし首にしてやるえ!!」

「そこの子供二人も捕らえるアマス! ペットにするでアマス!」

「っ……!」

「天竜人……!?」

 天竜人の無茶振りに、クザンとサカズキは舌打ちしそうになった。

 海兵である以上、この世界で神に等しい天竜人を護るのは義務であり、その命令を遂行するのも義務だ。偉大な功績と厚い人望があるガープはやりたい放題やってるため例外と言えるが、二人はそうではない。天竜人の命令に従わなければならないのだ。

 自分達の正義の為ではなく、天竜人の私利私欲の為に動かねばならない。海兵ならではのジレンマに、歯がゆい思いでいっぱいになる。

 が、クロエにとって彼らの都合など至極どうでもよかった。二人を無視し、一度刀を鞘に収めてから瞬時にグレツナ聖とグレツネ宮を蹴り倒し、奴隷達に近寄った。

「じっとしていなさい。すぐ終わらせてあげるから」

「え?」

「おい! 私らを蹴り倒しといて無視するんじゃないえ~!!」

 グレツナ聖の言葉を無視し、クロエは奴隷の男の首輪に手を添え、穏やかな微笑を見せつつも、手に力を入れた。

 次の瞬間!

 

 グシャッ!!

 

『!?』

「な……!」

「首輪が!」

 クロエが両手を武装硬化させて握った途端、潰されたかのように首輪が外れた。覇気の応用で、流し込むことで内部破壊を引き起こしたのだ。

 鍵も要らずに首輪の錠を破壊したクロエに、一同は驚いていると、彼女は外した首輪を何の躊躇いもなく()()()()()()()()()()()()()()()放り投げた。

「「は?」」

 カチカチという機械音の間隔が早まり、目と鼻の先まで迫った瞬間!

 

 ボカァン!!

 

「「ギャアアアアアアアッ!!」」

 目の前で首輪が爆発し、爆炎に呑まれた天竜人は断末魔の叫びを上げた。

 火達磨になってのたうち回る彼らに、クロエは絶対零度の眼差しを向け、もう一人の奴隷の男の首輪を外した。

「耳障りだぞ、近所迷惑だ」

 クロエは何の躊躇いもなく、炎に包まれた天竜人へ投げつけた。

 さらなる爆炎が上がり、苦痛に満ちた悲鳴すらかき消される。地獄の業火に焼かれる罪人のように炎の中で足掻き、ついに力尽きたのか、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

「私から弟分を奪おうとするからそうなるんだ、痴れ者共め」

 感情の無い目で天竜人の焼死体を一瞥するクロエ。

 前回は民衆の前で、今回はさらに加えて仲間や海兵と護衛達の前で、この世界の〝神〟を二人も殺した〝鬼の女中〟。まざまざと見せつけられたサカズキは動揺し、クザンは「マジかよ……」と冷や汗をかき、ギャバン達に至っては開いた口が塞がらないままだった。

「――大きなチカラには、相応の責任がある。チカラの行使に伴う責任から逃げられる、安全地帯でイスに座って踏ん反り返っている豚共が、私は心底嫌いだ…………前世(むかし)も、今世(いま)もな」

「……?」

 クロエの秘密を知らないクザンは、その発言に疑念を抱くも、すぐさま迎撃態勢を取った。

 天竜人に手を出した者は、殺されても文句は言えない、ましてや殺めたとなれば、すぐに討伐対象となる。それが誰であろうと、だ。

 無論、サカズキも迎撃態勢を取り、クロエを睨みつけた。

「……ちょっとやり過ぎじゃねェか?」

「わしら海兵の前でやるとは……貴様も大概狂犬じゃのう……!」

「狂犬なのはバレットだろう」

 クロエは再び刀を抜き、切っ先を向ける。

 まるで「もう邪魔者はいない」と言いたげな表情で、真っ直ぐに金の瞳でサカズキ達を見据えている。

「ギャバン、二人を連れて逃げろ。あの白仮面も私が引き受ける」

「何言ってんだ! 危険すぎる! この様子じゃあセンゴクかゼファーが来るんだぞ!?」

「自分で蒔いた種は自分で刈り取るべきだろう」

 クロエはギャバン達に顔を向けずに告げた。

 自由とは自己責任である――そう考える彼女にとって、天竜人親子の爆殺も、それによって実行される報復も、全て自己責任。好きに振る舞った分は孤軍奮闘上等でケジメをつけねばならないのだ。

 ゆえに、ギャバン達を安全な所まで逃げる時間を一人で稼がねばならない。それが彼女が自らに課した責務なのだから。

「っ……死ぬんじゃねェぞ!」

 ギャバンはシャンクスとバギーを担ぎ、オーロ・ジャクソン号へと駆けた。

 すぐさま追いかけようとするCP-0だったが……。

「どりゃああああっ!!」

「!?」

 雄叫びと共に剣閃が走り、CP-0の二人は血を流した。

 二人を斬ったのは、おでんだった。

「よう! 何か助太刀が必要そうだが」

「貴様は無関係だろう、おでん」

「なァに言ってんだ! 同じ仲間じゃねェか!!」

 満面の笑みで応じるおでんに対し、サカズキ達は噂の侍の乱入に苦々しい表情を浮かべる。

「……まさかこんな形で共闘とはな。トキ達はどうした?」

「すでに船に戻ってるはずだ。途中で賭場でボロ負けしたレイリーと合流したからな」

「フフ……冥王ともあろう者が」

 レイリーのどうでもいい情報を知り、思わず笑ってしまうクロエ。

 しかし状況は、はっきり言ってかなりマズい。護衛達はともかく、中将二人にCP-0二名に加え、このあとに海軍の大将と軍艦が来る。しかも天竜人の憎悪の対象であるクロエの犯行となれば、聖地の神々は黙ってはいないだろうし、()()()()()も起こり得るだろう。

 シャボンディ諸島は戦場になる。そうなったらそうなったらで喜ぶ奴もいるが。

「アララ……えれェの引き連れてんじゃないの」

「不倫旅行とか言ったら真っ先にお前を斬るからな、クザン」

「ちょっと、おれへの当たり、何でそんなに強いん?」

 クロエは愛刀に覇王色を纏わせる。

 すると、おでんもまた愛刀二振りに覇気を纏わせた。

「クロエ、お前との共闘は初めてだな!」

「足引っ張ったら承知しないぞ」

「心配すんな、おれの剣術は〝最強〟だ!!」

 互いに軽口を叩きながら、目の前の敵に集中する。

「天竜人の為みたいになるのは癪に障るが……海賊は海賊じゃ。徹底的正義を執行する!!」

 サカズキの宣言と共に、クロエとおでんのタッグが世界政府の戦力と全面衝突した。




誰が斬殺すると言った? 正解は爆殺だ。(笑)


さて、今回は中将時代のサカズキとクザンが参戦しました。
中将時代から、サカさんは広島弁だったんじゃないかと思い、過去編でも広島弁にしました。オハラの時は意外と標準語だったので、どうかなとは思いましたけど。

あと今更ですが、本作では天竜人が高い割合で死にます。オリジナルの天竜人は、名前は悪口にしてあります。今回のグレツナとグレツネは「愚劣」って言葉入ってますし。

そうそう、奴隷の二人は首輪外れてからすでに逃走済みです。


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第22話〝18番GR(グローブ)事件〟

原作のセラフィムを見て思ったんですけど、ロジャーの血統因子っていうか、クローンとかはさすがにないですよね……?

ハンコックのセラフィム、ルフィを見たら態度が乙女になったら面白いかも。


 海軍本部。

 シャボンディ諸島で再び起きた前代未聞の事件の報告を聞き、大将センゴクは頭を抱えた。

「またあの小娘か……!! 今度は民衆と海兵の前で爆殺とは、どういう神経をしとるんだ!?」

「つっても、さすがに今のロジャー海賊団と全面衝突するのはキツいぞ」

 怒気を露わにするセンゴクに対し、同じ大将のゼファーは冷静に……というか、どこかやる気なさげにボヤいている。

 〝鬼の女中〟の異名で恐れられるクロエは、ロジャー海賊団の中でも世界政府――厳密に言うと天竜人――に対する攻撃性が高く、戦闘狂のバレットとは違った意味の問題児。むしろ中枢の一部からはバレット以上の危険人物と認識されており、彼女を御せるロジャーに感心する者もいるくらいだ。

 そんなクロエが、またまた天竜人絡みの大事件を引き起こした。胃薬が友達になりそうだ。

「現在、サカズキ中将とクザン中将が応戦し、天竜人警護の任務中だったCP‐0と共闘中! しかし〝ワノ国の海賊〟の乱入もあって苦戦し、被害は拡大しつつあります!」

「光月おでんか……」

 センゴクは胃がキリキリと痛むのを覚えつつも、伝令将校の報告を一言一句聞き、必死に対応を考える。

 今のロジャー海賊団は、はっきり言って大将一人では到底抑えることは不可能だ。ゴッドバレーの時の戦力のままならどうにかなったが、急成長したバレットとクロエに加え、凄腕と噂される侍も相手取らねばならない。その上にロジャーとレイリーなので、正直言ってキツすぎる。

 そうとなれば、やはり同期を連れて行くのが一番――センゴクはそう判断し、同じ部屋にいるもう一人の同期に声をかけた。

「おいガープ、ロジャー海賊団となれば貴様も出張れ」

「おれパス。ゴミクズの命令でロジャーをとっ捕まえたくないわい」

 嫌そうな顔でせんべいを頬張りながら要請を蹴ったガープに、センゴクはキレそうになった。

 ガープは誰よりもロジャーの拿捕に情熱を燃やすが、同時に大の天竜人嫌いでもある。海賊相手に同情の余地無しとはいえ、それ以上に非人道的な天竜人達の為に宿敵と戦うのは、あまりにもやる気になれないのだ。

 また私情かと溜め息を吐くが、ガープはそれだけではないと二つ目の理由を言った。

「ゼファーも言ってたが、()()()()今のロジャー海賊団を潰すのはキツい。クザン達が頑張っとるとはいえ、奴らと()り合えるのは一握り……民間人への被害や後始末も考えれば、分が悪いのは海軍(こっち)だ」

 そう、ロジャー海賊団は強くなりすぎているのだ。

 ロジャーとレイリーは言わずもがな、厄介なのはバレットとクロエ。二人は一味でも抜きん出た実力を持っている上、性格が性格だった。

 バレットは無益な破壊を躊躇わず、サイクロンのように暴れ回る。クロエは自分の自由を邪魔する人間は容赦せず、〝敵〟に対する攻撃性はロジャー以上に高い。しかも二人揃って覇王色の覚醒者で、総合的な戦闘力は大将にも引けを取らない。

 天竜人が皆殺しにしろと言っても、甚大な被害を被って痛み分けが精一杯だろう――長年ロジャーとその仲間達と激闘を繰り広げたガープだからこそ、そう結論づけることができた。

「まあ、天竜人への言い訳なんぞいくらでも言える。テキトーなところで切り上げりゃあいいだろ。しかし爆殺とは一本取られたな、てっきりぶった斬ってくれるかと思ったわい。そのままゴミ掃除続けてくれねェかな……」

「ガープ!!!」

「ぶわっはっはっはっ!! すまんすまん、つい本音が出てしまった!!」

「おめェは昔から隠す気ゼロだろうが」

 爆笑するガープに、ゼファーも釣られて不敵に笑った。

「仕方あるまい、行かねば面目が立たん」

「そうだセンゴク、ボルサリーノを連れてけ。あいつは能力に頼りすぎてるからいい機会だ、戦力としても申し分ねェだろ」

「……わかった、お前らは他の海賊の動向に注視しとけ」

 正義のコートをなびかせ、センゴクは出動した。

 

 

 シャボンディ諸島では、クロエ達が激闘を繰り広げていた。

 クロエは海軍を、おでんはCP‐0を相手取り、戦線は膠着していた。

「〝(いぬ)(がみ)()(れん)〟!!」

 腕から流れ出すマグマを、犬の形に模して突撃させるサカズキ。

 クロエはそれを〝神凪〟で対応し、犬の形のマグマを真っ二つに両断。一瞬で間合いを詰めて至近距離で〝神威〟を放つが、間一髪でサカズキは回避する。躱された斬撃は建物を両断し、ヤルキマン・マングローブの幹を大きく抉った。

「〝氷河時代(アイス・エイジ)〟!」

 すかさず、クザンが能力を使って凍りつかせようとする。

 クロエは一切慌てる素振りを見せず、刀を地面に突き刺し〝封神八衝〟を仕掛ける。刀身を伝導する八衝拳の衝撃波は、地面を大きく揺らし、あっさりと迫る氷を砕いてしまう。

「八衝拳、厄介だな~~……!」

「昔の私だったら、完封負けだった、さっ!」

 クロエは刀を構え、距離を詰めてクザンに迫る。

 クザンは〝アイス(ブロック) 両棘矛(パルチザン)〟で矛型の氷塊を無数に飛ばして迎撃するが、その全てを斬り落とされ、懐まで潜り込まれる。

「――っ!」

 ふと、クロエがいきなり後退して距離を取った。

 それを見たクザンは、「あーあー……」と残念そうに頭を掻いた。クロエが懐に潜り込んだところで、〝アイスタイム〟で抱き着いて凍結させようとしたのだが、見聞色の未来視で察知されてしまったようだ。

「完全に読まれちまってんなァ……」

「氷が効かんなら焼き尽くすまでじゃあっ!! 〝(めい)(ごう)!!!」

 サカズキはマグマと化した腕でクロエの体を焼き抉らんと、格闘を仕掛ける。

 正拳突き、掌底、連打……一瞬でも掠れば命取りになる灼熱の連撃を、クロエは未来視を駆使しながら的確に捌いていく。

「甘い!」

 クロエは刀を逆手に持ち替え、柄頭で胸を穿った。

 サカズキはバランスを崩して数歩後退り、一瞬の隙が生まれてしまった。

 

 ズンッ

 

「ぐおっ……!?」

 刹那、距離を詰めたクロエの左手が、サカズキの鳩尾を抉った。

 武装硬化と八衝拳を駆使した、渾身の一撃だ。覇気でマグマの体を実体としてとらえ、そこに防御不能の衝撃波を打ち込んだのだ。

 ロジャー海賊団屈指の覇気の達人の拳に、サカズキは吐血しながら膝を屈した。

「サカズキ!」

 クザンは焦った。

 クロエの格闘の強さは、想像を超えていた。剣術と覇気はクロエが圧倒的優勢だが、殴り合いでならマグマグの能力を持つサカズキが優勢だと思っていた。その考えが、一撃のもとに覆されたのだ。

「負ければ命までがこの世界……だが私はお前に恨みはない。一度はこれで許す」

「ゲホッ! おんどれェ……!」

 蹲るサカズキの首元に、刀の切っ先を突きつけるクロエ。

 殺意は感じ取れないが、有無を言わさない一言。それは、続けるなら殺す気で行くという宣告に他ならない。

「……言っておくが、貴様ら海軍の面子など私にとってどうでもいい話だ。その命すらな」

「な……何じゃ、と……!?」

 サカズキは睨み返すが、クロエは意にも介さず表情のない目で告げた。

 

「あんな腐り肥えた豚共の言いなりになってる時点で、正義も軍の体面も何もないだろう」

 

 クロエの辛辣な一言が、その場を支配する。

 天竜人によって、どれだけの人間が苦しめられ癒えぬ傷を負い、どれだけの犠牲を強いられたか。それに加担したのは正義の軍隊である海軍であり、諜報機関のサイファーポールも同様だ。

 その真実は、決して覆らない。この世の秩序を守るべき者達が、この世の民衆を苦しめる者達の横暴を見て見ぬフリをしているのだから。

(……自分の命は、どこまで行っても自分のモノだ。あんな外道の為に使うべきではないだろうに……)

 やりたい放題の権力者に付き合わされる海軍を憐れむクロエ。

 その同情にも似た眼差しに、サカズキは怒りに震える。

「あ~らよっと!」

 すると、おでんが豪快にクロエの隣に着地。

 どうやら相手取っていた世界最強の諜報員達を撃破したようだ。

「……おでん、終わったのか」

「珍妙な術を使ってきたから、ちと手古摺ったがな。何なんだろうな」

「覇気や悪魔の実とは違う、〝六式〟という武術だ。政府側の面々の実力者は、大体習得している」

 曲者揃いのCP‐0をも蹴散らし、能力者の海軍中将も制圧に近い形に持っていったクロエとおでん。

 とはいえ、レイリーからは余計なマネはするなと釘を刺された身。無理な相談だと言いつつも善処するようにしたつもりだが、いくらシャンクス達が狙われたからとはいえ、上陸早々に大事件を起こした以上、海軍と政府の報復をあと二日は耐えねばならない。

 これは参ったなと頭を掻いた、その時だった。

「〝八尺瓊勾玉(やさかにのまがたま)〟~」

 間延びした渋い声が聞こえたかと思えば、凄まじい数の光弾が降り注いだ。

 クロエは刀を振るい、覇気を纏った斬撃で弾き返していく。おでんも二刀流で捌き、難なくやり過ごした。

「ボルサリーノ……!」

「おォ……これはひどいね~、二人共ォ」

 現れたのは、灰色のスーツを着こなし帽子を被った、煙草を咥えた海兵。

 どう見ても堅気に見えない見た目だ。

「新手か……」

「さっきのは何だ!? 光の弾丸の嵐だったぞ!!」

 警戒心を強めるクロエに対し、未知の能力にどこか興奮気味のおでん。

 それを建物の上から眺めていた海兵――ボルサリーノは、「わっしは〝ピカピカの実〟の「光人間」だよォ」とあっさり返答した。

(……掴み所の無い奴だな)

 飄々としてるから腹の底が読めないな――クロエはボルサリーノをそう評し、見聞色の覇気で未来視をした。未来視をすれば、光速で動く相手であっても捉えることができるからだ。

 意識を集中させ、精度をさらに高めた時、クロエは顔色を変えた。未来視で、おでんが頭を蹴られて吹っ飛ぶのが視えたのだ。

「おでん、避けろ!」

「は?」

「おォ……ちょ~っと遅かったねェ~」

 

 ドゴンッ!!

 

 覇気を纏った、光速の蹴りがおでんの頭を直撃。

 さすがの彼も光への対応は困難だったようで、建物を次々に突き破りながら吹っ飛んだ。

 ボルサリーノはそのままクロエにレーザー光線を放つが、未来視による先読みで躱されてしまい、逆に距離を詰められてしまう。

 クロエは至近距離で〝神威〟を放ち、斬撃を飛ばす。ボルサリーノは身体を光の粒子にして回避し、再び距離を取って構えた。

 

 チャキッ……

 

「あまり仲間が傷つくと、ロジャーがうるさい。悪いが、手出し無用で頼む」

 刀の切っ先を、ボルサリーノの喉元に突きつけた。

 その直後、クロエは自分に近づく冷気を感じ取った。

「!」

「〝アイスBALL(ボール)〟!!」

 

 ガキィン!!

 

 一瞬の隙を突き、クザンは冷気でクロエを氷塊に閉じ込めた。

 並大抵の海賊なら、これで勝負あったも同然だ。しかし三人はこの程度で捕らえられる相手ではないと判断しており、次の手を打てるよう構えている。

 その予想通り、十秒と経たない内に氷塊は至る所に亀裂が一瞬で生じ、バリィン! と音を立てて砕けた。

「だよなァ……覇気が尋常じゃねェからな」

 クザンは引き攣った笑みを浮かべた。

 クロエは冷気に呑まれる寸前、全身に覇気を膜のように張り巡らせて冷気を遮断して防いだのだ。そして氷塊を覇王色を放出して砕き、難なく脱出してみせた。

「甘い!」

 クロエは覇気を纏った一振りを放つが、ボルサリーノが「〝天叢雲剣(あまのむらくも)〟」と唱え、光の大剣で真っ向から受け止めた。

 覇気の稲妻が迸る鍔迫り合いを演じていると、「ぐおっ……!」っという声と共に見慣れた大男が落ちてきた。バレットだ。

「バレット?」

 口から血を流し、傷を負っている弟分の姿に、クロエは眉をひそめた。

 その時、地響きと共に金色の巨大なナニかが降り立った。

「そこまでだ!!」

「センゴク大将!!」

「センゴクさん……!!」

 現れたのは、海軍本部の最高戦力〝仏のセンゴク〟だ。

 智将とも呼ばれる程の頭脳を持つセンゴクは、ヒトヒトの実の幻獣種・大仏に変身できる能力者であり、巨体を活かした肉弾戦や掌から発する強力な衝撃波で数多の大物海賊を相手にしてきた。その正義の鉄槌は、クロエにも向けられた。

「ぬんっ!」

「ハァッ!」

 センゴクは右手の掌から衝撃波を発すると、合わせるようにクロエが覇王色を纏った一振りで受け止めた。

 黒い稲妻が迸り、刃と掌が触れずに拮抗する。その間にバレットがブリッジの姿勢から起き上がり、センゴクの胴を思いっ切り殴りつけた。

「うぐっ……」

 一瞬顔を歪めるが、耐え切ったセンゴクは左手で拳を作り、バレットを殴りつけた。

 が、一度喰らった攻撃は二度も喰らうわけもなく、バレットは武装硬化した両腕を十字に構えて防御した。

「……随分と生傷が多いな。どこかで転んだか?」

「カハハハ……てめェこそ疲れが見えるぜ。走り込みでもしてたのか?」

 軽口を叩き合いながら、それぞれ拳と刀を構え、四人を見やる。

 クザンとサカズキは消耗しているが、余力が十分に残っているセンゴクとボルサリーノがいる以上、骨が折れる戦闘となるだろう。

「……さっき、おでんが伸びてるのを見たぞ」

「光の速度で蹴られたんだ、その程度でよく済んだものだ」

 クロエは刀に、バレットは武装硬化した両腕に覇王色を纏わせ、黒い稲妻を迸らせる。

 言葉はいらない。やるべきことはただ一つ。目の前の海兵共を叩き潰して船に戻る。

 その鉄の意志を目の当たりにしたセンゴクは、目を細めながら気迫を高め、大気を震わせた。センゴクもまた、覇王色の持ち主なのである。

「よく持ち堪えたな……立てるか、お前達」

「ええ……何とか」

「ここで折れる訳にゃあいかんので……!」

 センゴクは背後の若き戦力達を労いつつ、ロジャー海賊団の双鬼と呼ばれる若い海賊を見下す。

「狂犬共、容赦はせんぞ……!!」

「貴様らこそ、()()()なら私らも本気で潰しに行くだけだ」

「カハハハ……狼煙を上げるぜ……!!」

  

 ドォン!!! バリバリバリィッ!!!

 

『!?』

 全面戦争になる直前、桁外れの覇王色の威圧が襲い掛かった。

 この感覚を、クロエは知っている。このシャボンディ諸島において、これ程の規格外の覇王色を有する者など、彼以外にいない。

「おいおい、シャボンディ諸島を沈める気か二人共?」

「ロジャー……!!」

 愛刀エースを抜いたロジャーが、凱旋する将軍のように悠然とした足取りで現れた。

 怪物級の武力を有するクロエとバレットを従える男の登場に、ボルサリーノ達も一筋の汗を流した。

「久しぶりだなァ、センゴク」

「ロジャー、貴様……!」

「クロエがおめェんトコの若い衆二人と揉めた件はともかくよォ……おれの仲間を奴隷にしようとしたゴミクズ共の肩をまだ持つってんなら、いくらおれでも黙っちゃいねェ」

「ぬぅっ……!」

 周囲の建物に亀裂が生じる程の覇気を放つロジャーに、センゴクは唸る。

 ロジャーは仲間への侮辱や危害を非常に嫌うことでも知られ、その時の鬼のような苛烈さは凄まじく、場合によっては一国の軍隊すら潰すこともある程だ。

 今回は天竜人とは別件でクロエがまず騒動を起こし、その件については彼女が自分の責任は自分で取る主義であることを尊重して放置したが、天竜人絡みでは見習い二名が奴隷になりそうになった。偶然戦闘中に居合わせたクロエによって爆殺されたが、仲間が奴隷になる危機に見舞われたとなれば、それだけでロジャーは動くのだ。

「てめェらの道理に首は突っ込まねェが……これ以上()るならおれもやる。――っていうか、()らせろ! 久しぶりなんだしよ!」

「貴様は何をしに来たんだ」

 止めたいのか暴れたいのかよくわからない。

 クロエは「本当に読めない気風だな……」とボヤいた。

「……いや、おれもお前らとここで戦う気はない」

「何だと?」

「そもそもおれは既成事実を作るためにこの諸島へ来たんだ」

 センゴク曰く。

 今回の件は、冷静に考えれば海軍の全戦力でも投下しないと今のロジャー海賊団を壊滅させるのは不可能な上、一番血の気の多いガープや海軍随一の正義漢であるゼファーが乗り気じゃない。海軍を最前線で牽引する立場の二人が消極的である以上、センゴク一人では手に負えない。

 事実、シャボンディ諸島に向かってる最中にコング元帥から「あまり深追いするな」と告げられた。万が一にも大将が返り討ちに遭ってしまえば、海軍の面目が丸潰れになり、政府への信用問題につながるからだ。

 そこでセンゴクは、わざとロジャーを動かすことでシャボンディ諸島そのものが危険に晒されるという事態にさせ、撤退の口実を作った。海軍もCP‐0も、表立ってロジャー海賊団とぶつかるつもりはないし、驕り高ぶる天竜人を騙すこと自体も難しいことではないのだ。

「……ちっ」

「ロジャー、それはどういう意味だ!」

「何でもねェよ」

 舌打ちしながら愛刀を鞘に収める。

 どうやら本気で戦うつもりであったようだ……。

「仕方ねェ。帰るぞ、バレット、クロエ」

「おでんは?」

「すでにノズドン達が回収してるから、心配すんな」

 ロジャーは踵を返し、バレットとクロエを引き連れて立ち去っていく。

 本来なら、海軍は追撃せねばならない。天竜人をまた殺したクロエに、惨たらしい最期を与えねばならないからだ。

 しかし、それをするにはクロエは()()()()()()()()()()。〝神殺しのクロエ〟がロジャー海賊団の一員となり、ゴールド・ロジャーの部下として暴れるようになったことで、〝鬼の女中〟というおいそれと手出しできない存在になってしまったのだ。

「……センゴクさん」

「負傷者の手当て、被害状況の把握をするぞ。これ以上の戦闘は無益だ、「上」への報告は私に任せろ」

 溜め息を吐きながら、センゴクはロジャー海賊団への追撃を中止し、指示を飛ばした。

 

 この出来事は、後に「18番GR(グローブ)事件」と呼ばれ、クロエの悪名をさらに轟かせると同時に、海軍とCP‐0の大失態として語られることとなる。

 

 

           *

 

 

 ガンッ!

 

「っ……!!」

「跳ねっ返りが過ぎるぞ、クロエ」

「……フンッ」

 船内に戻ったクロエは真っ先に正座させられ、船員達に見られながらロジャーの拳骨――それも覇気を纏っている――を喰らった。

 クロエは甲板に上がる前から嫌そうな顔だったが、反抗する気持ちを抑えながら甘んじて受け入れた。ちなみにバレットは勝手にセンゴクに喧嘩を吹っ掛けていたらしく、その件で一足早く殴られ、反抗してボコボコにされた。

「弟に手を出そうとした豚共が悪い」

「その前の海兵共の件についてはどうなんだ?」

「……私の首を取りにきたから、返り討ちにしようとしただけだ」

 タンコブができたクロエは、そう言って不貞腐れた。

 海兵と戦闘になったのは、自分の自由を害したから。天竜人を爆殺したのは、弟に手を出そうとしたから。――それがクロエの言い分だった。

 海賊にとっての自由が、いかに価値のあることか……ロジャーは「自由」の信念を掲げているため、それがよくわかる。そして弟のように可愛がる仲間を奴隷にしようとしたゴミクズに、手を出して大ごとになってでも守りたいのも理解できる。

 そこばかりはクロエも譲れないのだろう。それを察したのか、ロジャーは「よくやった」と言ってニィッと笑った。全員無事だったからそれで良しとしたらしく、レイリーも「次は気を付けろ」と小言を言うだけで済ましてくれた。良くも悪くも器の大きい連中が揃っている。

 なお、おでんは頭を蹴られ吹っ飛んでいたが、身体が物凄く頑丈なためすぐ立ち上がったという。ただ、その時にはロジャーが動いたため、おでんは妻子を安心させるために船に早く戻ったらしい。

「……クロエ、お前何でおれの拳骨をそのまま受けた?」

 ふと、ロジャーはクロエを質した。

 他人に指図されたり命令されるのを嫌う彼女が、嫌な顔をしたとはいえ、なぜあっさりと拳骨を受け入れたのか。

 それについて、クロエはこう返答した。

「自由とは自己責任だ、自分の責任は自分で取る」

 その言葉に、ロジャーは「成程な」と笑った。

 

 それから二日後、コーティング作業を終えたロジャー海賊団は、魚人島を目指して出航した。




次回あたり、ワノ国まで触れられるかな?


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第23話〝エマ・グラニュエール〟

新年、あけましておめでとうございます。
今年も皆さんが楽しんで読めるよう、精いっぱい努力しますので、よろしくお願いします。

そして新年一発目は、長くベールに包まれていたクロエの前世の友人が……!


 シャボンディ諸島での大騒動が落ち着き、リュウグウ王国がある魚人島へ向かうロジャー海賊団。

 途中、ロジャーとおでんが静かな海底なのに「誰かが喋ってる」とソワソワしていたが、それさえ除けば至って順調だった。

 ――魚人島の入り口の手前まで来るまでは。

「何をしに来た、地上の者!!」

 現れたのは、屈強な巨体で赤毛の長髪と髭を蓄えた、威風堂々とした人魚の騎士。

 〝海の大騎士〟と呼ばれるシーラカンスの人魚・リュウグウ王国国王のネプチューンだ。

「返答次第ではここで始末する!!」

「……」

 三叉槍を構えるネプチューンに、クロエは一歩前に出て刀の柄を掴んだ。

 一触即発の空気の中、ロジャーがクロエの前に躍り出た。

「おい、待て待て!! よく見ろ!! おれだ!! ロジャーだ!! 大騎士ネプチューン!!」

「ロジャー!? ……成程、わかったぞ!! お前らがやるのか!?」

 まるで何か予言でも告げられたかのような返答をするネプチューン。

 彼の言葉に疑問を抱きつつも、ひとまず魚人島へ入港し、事情を説明した。

「何も悪さはしねェよ!! 何だよ、お前程の男が〝予言〟なんかにビクビクしやがって」

 ロジャーはムスッとした顔で、ネプチューンに反論する。

 どうやら、占い師の「近々、魚人島の門が何者かに壊される」という予言を受け、そこへ現れたロジャー海賊団がその正体だと勘繰ったらしい。

「あの予言の後にお前らが来れば、十中八九そうだと思うわい。それにあの〝神殺しのクロエ〟もいれば尚のことじゃもん!」

「私が?」

「お前さんだろう、一番のトラブルメーカーは!! あれだけの天竜人を手にかけといて、話題にならんのが無理な話……この国の一部の民からは英雄視されとる始末で困ったものじゃもん!!」

 ネプチューン曰く。

 クロエの天竜人に対する凶行は、人間に対する全体的な不信感と反発が根強い魚人島において、世界の頂点に立つ権力者を次々に殺める彼女を人間達への恨みが強い「魚人街」の住民から英雄視する声が相次いでいるという。

 その言葉を聞いたクロエは、不愉快極まりないといった表情で口を開いた。

「私は思想犯でもテロリストでもない、ただの海賊だ。己の意志と力で変えようとしない痴れ者共に、勝手に祀られたくない」

「全く、耳が痛い話じゃもん。この国の歴史を考えれば――」

 

 ドォン!

 

 突如、轟音が響き渡った。

 何事かと思っていると、兵士の一人が慌てて駆けつけた。

「ネプチューン様、やられました!! 海王類に門を噛み砕かれ……」

「ええ!? 大人しい海王類が!? ありえん」

「当たった……」

 予言が見事的中したことに、おでんは呆然とした。

 しかも外のシャボンに穴が空いたようで、巨大なシャボンで包まれた魚人島にとっては非常事態。水圧で島が破壊されては溜まったものではないため、応急処置ですぐに塞ぐようネプチューンは命じた。

 結局大ごとになってしまったが、海王類の仕業であったためにロジャーは「見ろ! おれ達じゃねェっ!!」と怒ったのだった。

 

 

 ――リュウグウ王国「海の森」にて。

「最近は国中があの子の予言に振り回されてる」

 腕を組みながら、溜め息交じりにボヤくネプチューン。

 リュウグウ王国は、アオザメの人魚であるシャーリーという三歳の少女の予言に手を焼いているという。先代国王がお亡くなりになった日も、金魚の人魚であるオトヒメの政治デモも的中してみせており、国民達は興味津々だという。

 ネプチューンは当初こそ懐疑的だったが、百発百中の的中率には信じざるを得なくなり、自分も気になって仕方がないという。

「お前の身の上話を聞きに来たんじゃねェよ、ネプチューン」

「おお、そうだったな!」

 そうこうしている内に、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟と〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟が鎮座されている場所へと辿り着いた。

「どうだ? おでん」

「2つあって大収穫かと思ったが、片方はさして重要じゃねェな。ジョイボーイって奴からの謝罪文だ」

「何と!! 本当にこの文字が読めるとは!!」

(ジョイボーイ……?)

 片方はどうやら、古代の人物からの謝罪文だという。

 数百年前の人物からの言葉が書かれているのは、文化的な価値は非常に高いが、クロエとしてはどうでもよい話だった。

「それより海王類を動かす兵器がここにないか?」

「兵器だと?」

 ロジャーはネプチューンに、空島の黄金の大鐘楼に埋められた〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟には、神の名を持つ古代兵器〝ポセイドン〟が魚人島にあると書いてあったことを伝える。

 するとそれを聞いたネプチューンは、海の森へ向かう直前にシャーリーが「海王類が暴れるのは人魚姫が生まれるのを待ってるから」という予言をしていたことを思い出し、口を開いた。

「この国には数百年に一度、()()()()()()()()()()〝人魚〟が生まれる……!! もしかしたらその人魚が……」

「ポセイドンの正体は人魚か……だが所詮は予言だろう? 仮にその能力を持って生まれても、宝の持ち腐れもある」

「全くその通りじゃもん。たとえ覚醒しても〝力〟は使い方次第……その人魚が心優しければ、恐れるような事態は起きないのじゃもん」

 クロエの言葉に、ネプチューンも同意する。

 それならばと、ロジャー達はリュウグウ王国へと戻り、件の予言少女の元へと向かった。

「おい、シャーリー。人魚姫はいつ生まれそうだ?」

「10こ」

 ロジャーは優しげな顔で尋ねると、シャーリーは両手を広げて答えた。

 今から大よそ10年後に、例の人魚姫は生まれるそうだ。

「10年後のようだ……ロジャー、貴様そんなものに興味を示すとは見損なったぞ!!」

「ネプチューン、おれ達が欲しいのはそれを〝兵器〟と名付けた奴らがこの世に遺した莫大な〝お宝〟だ!!」

「わははは、安心したか? いつか生まれるお前のモジャモジャした娘を奪いに来やしねェよ!!」

「モジャモジャせんわ!!」

 

 

           *

 

 

 魚人島を出発し、新世界へ進出するロジャー。

 いつも通り〝ビンクスの酒〟を歌いながら航海していると――

「船長! 遭難者だ!」

「何?」

 シャンクスの声に、ロジャーが反応した。

 海を見て見ると、大量の漂流物と共に長身の女性が丸太に掴まりながら流されていた。

 船員達が連携して引き上げ、クロッカスが聴診器を当てて容体を見る。

「どうだ? クロッカス」

「……フッ……気を失っているだけだ、命に別状はないし、体調も問題ない」

 安心した様子で返答するクロッカスに、ロジャーは「そうか」と短く言って笑う。

「この新世界の海で遭難して、五体満足でいるとは……余程の強運らしい」

「漂流物から考えると、サイクロンにでも巻き込まれたのかもしれんな」

「少なくとも、見てくれから海軍じゃねェよな」

 遭難者はレイリー達の注目を浴びる。

 頭に巻いたバンダナ、炎の模様をあしらったコート、右頬の切り傷、腰布に差した片手用ライフルと拳銃……海兵ではなく、ルーキーとして名を馳せたばかりの海賊か、あるいは一海賊団の船員と考えるのが妥当だろう。

「……ん……」

『!』

 すると、遭難者が意識を取り戻した。

 女性は目を瞬かせると、意識がはっきりしてきたのか、ゆっくりと顔を上げた。

「大丈夫か? 海を漂流してたんだ、覚えてるか?」

「ん……うん、わかってる」

 女性はへにゃりと破顔した。

「助けてくれて、どうもありがとう。――ん?」

 女性はロジャーを視界に捉えると、目をガン開きにさせて驚いた。

「……ま、まさかあなた、ゴールド・ロジャー!?」

()()()()・ロジャーだっ!!」

「あ、ゴメンなさい…………」

「バカ、委縮させるな! ――すまないな、お嬢さん」

 ロジャーを窘めたレイリーは、一杯の水を渡す。

 女性はグビグビと一気飲みすると、「プハーッ!」と豪快に飲み干した。

「お嬢さん、どうする? 次の島まで送っていくか?」

「それまで居ていいのなら……」

「構わねェよ。何ならしっかりくつろいでけ」

 ニカッと笑うロジャーに、遭難者は「お言葉に甘えて」と返した。

「それにしてもおめェ、何で遭難してたんだ?」

「賞金首になった友人を探しに、ちょうど襲ってきた海賊船を乗っ取ったんだけど……時化に遭っちゃって」

「わははは! 何だ、中々やるじゃねェか!」

 遭難者は単身で海賊団を壊滅させ、その船で捜索へ旅立ったのだという。

 見かけによらず豪胆で腕も立つようだ。

 遭難者の言葉に、おでんも「根性あるな……」と舌を巻いた。

「じゃあ、友人って誰だ?」

「それは……」

 遭難者が、友人の名を言おうとした時だった。

 部屋の扉を開け、クロエが姿を現した。

「おい、ロジャー。今度は何を拾った?」

「おお、クロエ! ちょうどいいトコに来たな、遭難者だ」

「遭難者?」

「海賊船は女が多くねェからな、お前がいりゃあこいつも安心だろ」

 ロジャーの言葉に、クロエは「そうか」と素っ気なく返し、遭難者の女に目を向けた。

 瞬間、クロエは目を大きく見開いて携えていた刀を落とし、遭難者の女もビシリと固まった。

 様子のおかしい二人を怪訝そうに見つめていると、クロエが口を開いた。

「エ、エマか……!?」

『は?』

「や、やっぱりクロエだ!! 久しぶり~~~~~!!」

 エマと呼ばれた遭難者は、涙目でクロエに抱き着き、彼女の胸に思いっ切り顔を埋めた。

 クロエも表情を綻ばせ、「まさか()()()でも会えるとはな……」と意味深な言葉を放った。

 その意味を瞬時に理解した一同を代表するように、ロジャーが汗を垂らしながら質問した。

「ちょっと待て、クロエ! まさかこいつ……」

「ああ……前世の親友だ」

『――ええ~~~~~~~~~~っ!?』

 その言葉に、ロジャー海賊団は度肝を抜かれた。

 

 

 クロエとの再会を喜び合った後、エマは再びロジャー達に向き合った。

「改めて……私は(よし)(いけ)()()! 今はエマ・グラニュエールって名前なんだ」

 遭難者――エマ・グラニュエールはクロエの手をつなぎながら自己紹介する。

 クロエは非常に鬱陶しそうな表情を浮かべているが、満更ではないのか、それとも友との再会は純粋に嬉しいのか、振り解こうとはしなかった。

 すると、エマの本名を聞いたレイリーが顎のひげを弄りながら思い出したように呟いた。

「もしやお嬢さん、〝魔弾のエマ〟か?」

「〝魔弾のエマ〟?」

 レイリー曰く。

 この海で名を馳せる腕利きのガンマンは数多くいるが、その中でも〝魔弾のエマ〟の腕前は相当なモノらしく、その命中精度の高さゆえに海賊も海兵も一目置いている……という「噂」を耳にしたことがあるという。

 レイリーはロジャーを疑うわけではないが、〝魔弾のエマ〟は本名と性別以外の情報が広く知られてないからか、警戒はしていた。ロジャーの首を狙う者は無数におり、賞金稼ぎなのかどうかすらも曖昧な存在となれば、堅気に手は出さない点を突いて討ち取りに行く可能性もゼロではないからだ。

 だが、当の本人を目の当たりにしたレイリーは、杞憂だったと語った。百聞は一見に如かずである。

「あ、あのォ……これも何かの縁だから、仲間になってもいいかな!? 雑巾がけでも何でもするから!」

「おう、いいぞ」

「即決!? ちょっと疑った方がよくない……?」

 クロエと一緒に居たいからと頭を下げたエマだったが、ロジャーはあっさり承諾。

 あまりの器のデカさに心配になるが、クロエは「いつものことだ」とバッサリ切り捨てた。

「クロエ。てめェの顔馴染みってんなら、相応に強いんだろうな?」

「バレット、多分期待しない方がいいぞ……どの道、あとでビシバシ鍛えてやるさ。それに私としても、共にいてくれた方が心強い」

 通常運転の無愛想な顔で、エマに視線を向けるクロエ。

 鬼の女中の言葉と眼差しにノックアウトしたエマは、パッと顔を明るくさせてクロエに抱き着いた。

「クロエ~~~!! もう大好き!! 結婚して!!」

「断る。男になっても断る」

「クロエ、前世より当たりキツくなってない!?」

『ギャハハハハハハッ!!』

 クロエとエマの温度差の激しいやり取りに、ロジャー達は大笑いした。

 だが、そんな二人の様子を快く思わない者もいた。

 クロエの今世の弟分――シャンクスとバギーだった。

「……」

「……ケッ」

 ムスッとした顔で不貞腐れる二人。

 彼らにとって、クロエは少し年上の仲間であると同時に、強く慕っている姉貴分だ。彼女がいなければ強くはなれなかったし、バレットとの距離も近くなれなかった。当然ロジャーとレイリーには人一倍尊敬し憧れているが、クロエは本当に実の姉のように想っている。

 そんな彼女を、いくら前世の親友だったとはいえ、いきなり初対面の人間に楽しく構われてもらうのは、どうにも気に食わないのだ。

 それを見ていたロジャーは、二人に「()()をしてやれ」と声をかけた。まるで、気に食わないまま黙って見てるなら、言いたいことハッキリ言った方がいいと伝えるように。

 その意図を察したかどうかは不明だが、シャンクスとバギーは肩をいからせながらエマの前に立つ。

「おい、エマ! クロエの友人だからって調子に乗るなよ!? 船長達やクロエが認めても、おれ達はそう簡単に認めねェからな!!」

 腕を組み、鼻息を荒くするシャンクスとバギー。

 態度は一人前な海賊見習い二人の言葉に、エマは驚きながらクロエに顔を向けた。

「え……まさかクロエ、ショタコ――」

「目覚めとらんわ、痴れ者め」

「イダダダダダダダ!! ギブギブギブギブ!! 頭が割れるゥゥゥ!!!」

 額に青筋を浮かべながら、アイアンクローでエマを持ち上げるクロエ。

 先程の失言が相当頭に来ているようだ。

「フフッ……前世(むかし)から変わらない馬鹿さ加減だな。懐かしい」

「それ思いっきり貶めてるよねェ!? あと前世(まえ)より気性荒くない!?」

「わはははは! まあ愉快な女ってのァよくわかった! 歓迎するぜ、エマ!」

 ロジャーは豪快に笑うと、宴の準備をするように号令をかけたのだった。




はい、という訳で二人目のオリキャラ、エマ・グラニュエール(吉池恵麻)ちゃんでした!

詳しいプロフィールは、クロエと一緒に公開します。
時期的には、ロジャー処刑後以降かな……。
武器は銃です。ワンピースの世界では銃は何かと不遇なので。

小ネタですけど、オリキャラのエマ・グラニュエールの名前は、16世紀後半のアイルランドで名を馳せた女海賊グレイス・オマリーの別名から引用してます。クロエも名前のモデルがメアリ・リードなので、「もう一人出すなら女海賊が元ネタじゃないと」と思いまして。
ちなみに、エマが銃の使い手であるのは、メアリ・リードの親友であるアン・ボニーが銃の名手であったという逸話があるからです。


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第24話〝キルゾーン〟

今回はエマの過去とか、前世での出来事とかに触れます。


 エマがオーロ・ジャクソン号に乗ることになって、早一週間。

 クロエはシャンクスに覇王色の指南をしていた。

「シャンクス、私にだけぶつけるよう意識してみろ」

「わかった……!」

 緊張気味だったシャンクスは、一度肩の力を抜き、目を閉じて呼吸を整える。

 視線の先にいる姉貴分を圧倒するイメージを持ちつつ、他の仲間達には向けないように意識を集中させ……。

 

 ゴゥッ!

 

 見えない波動が、シャンクスを中心に放たれた。

「ッ! ハァ……ハァ……ハァ……」

「――どうだ、バレット」

「……こっちにも普通に来たぞ」

「そうか……」

 クロエは顎に手を当てて考え込む。

 覇王色に関しては、武装色と見聞色のようにいかない。鍛錬が不可欠であるのは同じだが、当人自身の人間的な成長でしか強化されない特殊な覇気なので、多くの場数を重ねねばならない。幼少期から戦場暮らしだったバレットや、熟練の覇気使いのスパルタ修行に身を投じていたクロエと違い、海賊生活こそ二人より長いが経験値が少ないのだろう。

 覇王色は、覚醒直後は感情の高ぶりで暴発しやすい。なるべく早く制御できるようにしたかったのがクロエの本音……戦闘中に暴発してしまうのは困るのだ。

(さすがに一朝一夕にはいかないか……だが、かなりいいセンスだ)

 シャンクスは息が上がってるが、クロエから見れば想像以上の出来だった。

 覇王色は、覚醒直後は制御に四苦八苦する。クロエも覚醒直後は、完璧に制御できるまでよく八宝水軍の船員達を片っ端から気絶させまくり、その度にチンジャオに怒鳴られたものだった。

 だがシャンクスは、覇王色に関しては他の覇気よりも上達するのが早い。本来なら誰彼構わず威圧してしまうのに、意識消失の騒ぎが一切ない。まあロジャーやレイリーという強力な覇王色の使い手がいるので、船員達は不意打ちの威圧に慣れているのかもしれないが。

「クロエ……」

「覇王色ばかりは、場数を重ねねばならないからな……だが想像以上の出来の良さだったのは事実だぞ?」

 クロエは微笑みながらシャンクスの頭を撫でる。

 敬慕する姉貴分に褒められ、シャンクスは得意げに笑った。

 すると、そこへ新米船員のエマがヒョコッと顔を出した。

「ねえ、今の覇王色って君でしょ?」

「エ、エマ!?」

「何だ、気づいたのか」

 ギョッとするシャンクスを他所に、エマは「私も覇気使えるからね」と笑う。

「私は八宝水軍で覇気や武術を学んだが、お前はどうなんだ?」

「私? 私はお師匠から教わったよ」

 エマは自分がこの世界に来てからの話を始めた。

 彼女は自分を拾ったお師匠と暮らすようになったのだが、そのお師匠は若い頃は仲間殺しが日常茶飯事な海賊団に在籍しており、今はかつての拠点を牛耳っているという。血は繋がってないため実の親子ではないが、大層かわいがってもらったらしく、エマは大好きな恩人として今でも慕っている。

「ただ、覇気の修行はホント酷い目に遭ったけどね……いつもの愛情どこ行ったのって何度思ったか……!!」

「愛情の裏返しというヤツだな。私なんか何十回も師範に敵船に放り込まれたり、手合わせに至っては覇気どころか八衝拳の奥義を使ってきたぞ?」

「ちょっと待って、それ殺意強すぎない!?」

「何か、クロエが化物みたいに強い理由がわかったような気がする……」

 クロエが〝錐のチンジャオ〟から受けた修行の内容の一部に、エマとシャンクスは驚愕。

 スパルタ教育を通り越しており、児童虐待の常習犯も真っ青だ。よく心が折れなかったものである。

「で、実際のところはどうなんだ?」

「へ!? いやいやいや、私そんな強くないよ!! 能力者でもないしさ……」

「フフッ……それを聞いて安心した、私がみっちり扱いてやる。ありがたく思え」

 クスクスと笑うクロエに、エマは引き攣った笑みを浮かべた。

 その時、見張りをしていたスペンサーが「敵船発見!!」と叫んだ。

「……ちょうどいい。エマ、私の手伝いしろ」

「え? まさか乗り込むの!?」

「まさか嫌とか言わないだろうな?」

「いや……射程範囲にさえ入ればノープロブレムだよ」

 エマはバンダナを締め直し、腰に差した片手用ライフルを抜いた。

 その眼差しの鋭さに、クロエ達は目を見開きつつも船首楼甲板へ向かうと、すでに臨戦態勢のロジャー達が堂々と構えていた。

「おう、準備できたか」

 ニカッと笑いながら、ロジャーは敵船を睨む。

 敵は、海賊旗を掲げたガレオン船で、オーロ・ジャクソン号より一回り大きい。甲板には血の気の多い海賊達が武器を手にしている。

 ()る気満々の相手に、ロジャー達も得物を片手に乗り込む準備をするが、エマは違った。

「あの、そのまま船を面舵にできますか?」

「は!? このままか!?」

 エマの一言に、操舵を務めるギャバンだけでなく、他の船員達も驚いた。

 もう百メートルまで迫っているのに、ここへ来て船の進路を変えろというのだ。

 が、ロジャーやレイリー、クロエは違った。エマの真剣な眼差しに、何か策があると察していた。

「エマ、そうしたらどうなる?」

「向こうが私の〝キルゾーン〟に入ります」

 ロジャーの問いに答えつつ、片手用ライフルの撃鉄を起こすエマ。

 要するに、今から面舵に船を進めれば、敵に大ダメージを与えられる()()()()()()に入るということだ。

 彼女の言葉に一同は半信半疑だが、ロジャーが「やれ」と一言告げたことで、ギャバンが迷わず操舵。オーロ・ジャクソン号は右へ15度逸れた。

「何だ!? どうしたゴールド・ロジャー!?」

「ビビったか!?」

「逃がすな、皆殺しだ!!」

 突然進路を変えたオーロ・ジャクソン号を見て、敵の海賊達はロジャーを嘲笑した、次の瞬間!!

 

 バァン!!

 

 エマが引き金を引いて発砲。

 武装色の覇気を纏った銃弾は、敵船の船体を貫通し――

 

 ドゴォォォン!!

 

『!?』

 敵の海賊船の後方部分が大爆発を起こした。

 その衝撃で海面は大きく波打ち、甲板にいた海賊達は一気に海へ投げ出された。

「やった!」

「な、何だ!? 何をしたんだお前!?」

 エマはガッツポーズをするが、乗り込む気満々だったおでん達はまさかの事態に口をあんぐりと開け、仏頂面コンビのバレットとクロエも瞠目した。

「ロジャー船長! 浸水して沈まない内に!」

「――おうっ! ギャバン、船を寄せろォ!!」

「了解っ!!」

 取り舵で船を敵船に寄せ、ロジャー達は殴り込みをかけた。

 爆発で混乱していた海賊達は、真面な統率も取れずに蹂躙されて全滅。ロジャー達はあっという間に敵船に積んでいたお宝を全部奪っていったのだった。

 

 

           *

 

 

「宴だァ~~~~~~!!!」

『おおーーーーーーーっ!!』

 夕暮れ時、ロジャーは仲間達と戦勝祝いの宴を開いた。

 今回はエマの加入祝いも兼ねており、いつも以上に男衆ははしゃいだ。

 そんな中、クロエはエマとガールズトークで盛り上がっていた。

「クロエって今何歳? 私まだ18歳なんだけど」

「21歳」

「ウソ、年上……!? 前世同い年なのに……」

 転生した時間の差異のせいか、同い年のはずなのに今世では三年の差があることにショックを受けるエマ。しかし前世からクロエが大人びてたことを知っているため、違和感はないようだ。

「それにしても、クロエがロジャー海賊団にいるなんてね。それも異名は〝鬼の女中〟と〝神殺し〟! 本当にヤバいことしでかしたね」

「ロジャーとはただの巡り合わせだ。それに豚共を何人殺しても世界は変わらん」

「そっか……」

 樽のジョッキの酒を男らしく呑み進めるクロエに、エマは嬉しそうに目を細めた。

 彼女の前世での最期を知ってる分、色々と想うところがあるのだろう。

「お前こそ、言ってる割には強いじゃないか。昔から器用だとは思ってたが」

「それクロエが言う? クロエの覇気、はっきり言って異常なんだけど」

「お前の覇気の強さも相当だと思うがな」

 そんなガールズトークに熱が入っていると、酔っ払ったロジャーが千鳥足で近づき、エマの肩に手を回した。

「わっはっはっは! エマ、やったなァおい!!」

「ちょ、ロジャー船長! 飲み過ぎ!」

「ハァ……貴様のその酒癖はどうにかならないのか、ロジャー」

 親友に絡むロジャーを嗜めるように睨むクロエ。

 エマは「前世より目付き怖い……」と怯んでるが、ロジャーは意にも介さず大笑いする。

「エマ、おめェ何をしたら鉛玉一発で船を爆破できたんだ?」

「〝見聞色〟で探知能力を高めて、火薬庫を狙撃しただけです」

「成程な……あの距離であの射撃能力……ウチの狙撃手確定だな!」

 エマの能力を知ったロジャーは、豪快に笑いながらバシバシと肩を叩く。

 今回の戦闘で、エマは若輩船員(クルー)の中で最強の覇気使いであるクロエと同等の見聞色の覇気の使い手と発覚した。それだけではなく、狙撃能力に至っては長年銃を愛用しているピータームーを上回る精度を有しているときた。

 ここまでの優れた狙撃手は、世界中を探してもそうはいないだろう。〝魔弾〟の異名は伊達ではないようだ。

「ギャハハハ! ピータームー、お前もうちょっと頑張れよ!」

「そうだ、今度二人に狙撃対決させてみようぜ!」

「いや、もうすでにハートも撃ち抜かれてるから無理じゃねェ?」

「変なことを言うなエリオ!!」

 一斉に茶化されて顔を真っ赤にするピータームー。

 茹蛸のようになった彼を見て、ロジャー達は腹を抱えて爆笑するのだった。

 

 

           *

 

 

 宴が終わり、皆が寝静まった頃。

 クロエとエマは船首楼甲板でガールズトークの続きをしていた。

「コーヒー淹れてきたぞ」

「あ、ありがと」

 カップに入れたコーヒーを口にするエマ。

 強い苦味と濃い味が口の中に広がり、コーヒー特有の心地の良い香りが鼻を擽る。

 この濃さが妙にクセになるのだ。前世から変わらない親友のコーヒーに、エマは涙を流しそうになった。

「何を泣きそうになってる」

「いや……もう二度と飲めないと思ってさ」

「……おでん食って泣いたことを思い出すからやめろ」

 涙を拭うエマに、クロエはばつの悪そうな顔を浮かべた。

 クロエもおでんを食べてエマのことを思い出し、ロジャー達の前で泣いたという苦い記憶がある。ロジャー達はクロエの意外な一面に好意的だったが、当の本人は人前で泣くのを避けるために恥ずかしさを覚えているようだ。

「そう言えばお前、私が死んだ後はどうしてた?」

「小説家になったんだ。子供の頃からの夢を叶えたよ」

「そうか」

「でも……人気絶頂になった時に()()()に来たんだけどね」

 エマはクロエの死後から自分の最期までの話をした。

 クロエが自殺してからは、彼女の葬儀をしてから小説家となり、特に異世界への転生を題材とした作品で広く認知されるようになったという。しかし、小説を執筆中に事故に遭い、信号無視をした車に轢かれてしまい、目を覚ましたらこの世界にいたという。

 エマもエマで、壮絶な最期だったようだ。苦しむことなく逝ったのが、せめてもの救いだろうか。

「……私の糞家族は?」

「クロエの死亡保険金で喜んでたから、腹立って晒したよ。その後は知らない」

「中々やるな、お前も」

 前世の自分を追い詰める要因の一つだった家族の末路に、クロエは笑みを溢した。

 すると話は、今後の自分達についての話題に切り替わる。

「ねェ、クロエ……これからどうするの?」

「私はこの船を貰って、自分の海賊団を作るが」

「え!? 一から船造ってもらうんじゃなくて!?」

「どうせロジャーは手放すさ」

 クロエはコーヒーを飲みながら語る。

 ゴール・D・ロジャーという男は、冒険に記念品を作らない人間であり、最後の島に到達すればオーロ・ジャクソンを手放すだろう――クロエはそう認識している。

 彼女としては、一人海賊の頃に使った船は沈めたため、ロジャーの部下を辞めた後は新しい船を必要とする。オーロ・ジャクソン号を手放すくらいなら、自分の船として再利用する方がいいと考えているので、解散後に〝我が儘〟としてロジャーに要求するつもりだそうだ。

「船くらい貰っても問題ないだろう」

「ダメだって言われた時は?」

「奪うに決まってるだろう。こんな良い物件、棄てろなんて勿体無い」

 ケチくさいか? と言ってクロエは微笑みながら親友を見据える。

 エマはそれに対しては「海賊だしね」と返し、釣られるように笑った。

「……あのさ、クロエ……もし自分の一味作るんならさ……」

「ああ……お前を右腕にするさ」

「やっぱり!?」

 ズイッと嬉しそうに迫るエマに対し、クロエは夜の水平線を眺めながら不敵に笑う。

 もう決めているのだ。ロジャーの部下でなくなった瞬間、〝鬼の女中〟は〝魔弾〟を右腕に旗揚げすると。

「旗揚げするとなれば、相応の人数がいるよね?」

「別にそこまで大勢である必要はないさ。強いて言えば……まずは船医が欲しい」

「あー……確かにいないのは死活問題かも」

 潮風を浴びながら、眠くなるまで今後について語り合う二人であった。




エマの育て親が何者なのかは、おわかりですかね?
彼女の懸賞金は、次の機会に公表しますのでお楽しみに。

次回はワノ国とゾウを一気にやります!


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第25話〝最後の島へ〟

最新話立ち読みしたんですけど。
ステューシー、あんたマジか……!!
クローン人間って聞くと、どうしてもマモーが出てきちゃうんですよね。マモー系キャラは勘弁してほしいッス。(笑)


 〝魔弾のエマ〟が加入して、さらに月日が流れたある日。

 ニュース・クーから新聞を受け取ったシャンクスは、驚きの声を上げた。

「えーーーーーっ!?」

「おい、うっせェぞシャンクス!」

「いや、バギー見ろってこれ!! 手配書!!」

「あ? ……んなーーーーーっ!?」

 シャンクスから手配書を受け取ったバギーは、体がバラバラになるくらいに驚いた。

 騒ぎを聞きつけたのか、ロジャー達もゾロゾロと集まり始めた。

「どうした、おめェら」

「ロジャー船長! 新しく発行された手配書の金額、スゴいことになってるんだ!!」

 シャンクスはロジャー達に三枚の手配書を見せた。

 それは、エマとバレットとクロエの三人の手配書だ。

「エマの懸賞金は……3億2000万ベリーか」

「えっ!? それ初頭手配だよね!?」

「巷で有名な狙撃手がロジャー海賊団の船員(クルー)になったんだ、当たり前だろう」

 アワアワするエマに、冷静なツッコミをかますクロエ。

 そう、懸賞金の額は何も当人の絶対的な強さだけで上がる訳ではない。上司の懸賞金が高い場合や世界的な影響力が強い組織は、幹部だけじゃなく下っ端すら軒並み上昇するケースも多く、本人が非戦闘員であっても懸賞金を懸けられることもある。

 エマの場合、海賊や海兵から注目を浴びている凄腕の狙撃手という事実に加え、規格外の猛者が集うロジャー海賊団に加入したことで、初頭手配ながら億を超えたのだろう。

「エマも大概だけど、クロエとバレットはもっとスゲェぞ!?」

 バギーはバレットとクロエの手配書を見せた。

 顔写真と名前の下に書かれた金額をよく見ると……。

 

 ――〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット 19億8100万ベリー

 

 ――〝鬼の女中〟クロエ・D・リード 20億6000万ベリー

 

「おい、お前らいつの間にか跳ね上がってたのか!?」

「この間のシャボンディの件だな、絶対……」

「クロエなんか20億だぞ!?」

「私なんかその辺の海賊程度じゃん……」

 さすが「ロジャー海賊団の双鬼」と称されるだけあり、バレットとクロエは破格だった。

 懸賞金の額は3億を超えると簡単には上がらないと言われており、10億以上の懸賞金をかけられている者達は世界政府の最高戦力である海軍大将すら敵に回しても渡り合えるとされ、誰もが震え上がる大物達が該当する「怪物」なのだ。

 ましてや20億を超える賞金首になると、動向次第で世界が様々な形に揺れ動く程の影響力が出て、海軍や世界政府からも最重要警戒対象として扱われる。おそらくクロエの懸賞金額は、ロジャーに迫る戦闘力と天竜人を無慈悲に殺す攻撃的な性格という観点から導き出されたのだろう。

「……20億とかって、宝くじか何かだよ……」

「本当に私の首は安くなかったな」

 少し盛ってるな、と呑気に自分の手配書と睨めっこするクロエ。

 返り血を浴び、敵を射殺さんばかりの冷徹な眼光は、〝神殺し〟と呼ばれるに相応しい。こんな極悪人みたいな顔つきの瞬間がよく撮れたものだ。

「っていうか、クロエ怖いぜよ!!」

「おでん様やロジャーの顔写真より凶悪そうだとは……」

「これ絶対()った後だな」

「わははは! 〝鬼の女中〟にピッタリな写真じゃねェか!」

 一味の手配書の中で一番凶悪そうな面構えに、ドン引きする者もいれば、ロジャーのように大笑いする者もいる。

 こうやって印象操作するのだろう。世界政府は確信犯だ。

「まあ、別に首の高い安いはどうでもいい。それはそうと、バレット」

「ああ?」

 クロエはバレットに目を向けると、好戦的に微笑んだ。

「随分と溜まってるようだな。……付き合おうか?」

「……フッ」

「……え? クロエまさか!?」

 あんなに色恋沙汰と縁が無かったのに!! と頭を抱えるエマ。

 ロジャー達は「決闘だろどうせ」と呆れたように笑うが、そこへ待ったをかけたのがレイリーだ。

「そんなモン後にしろ! もうそろそろワノ国だぞ!」

 レイリーはクロエとバレットを怒鳴りつけた。

 この船の次の目的地は、おでんの故郷・ワノ国。そこに眠るロード歴史の本文(ポーネグリフ)の写しを入手するのだが、いくら豪快なおでんとてワノ国で暴れられるのは困るだろう。二人が暴れた拍子で碑石そのものが紛失したなど、洒落にならない。

 ゆえにレイリーは、バレットの戦闘欲の発散に付き合うクロエには感謝しつつも、副船長として諫めたが……。

「……だったら、空中でやりゃあ文句ねェな?」

「そうだな。最近空中戦はやってないからな」

『は?』

 ――何言ってんだこいつら?

 そう思った瞬間、二人の姿は一瞬で消えた。

「ハァァアアッ!!」

「ぬんっ!!」

 覇王色を纏った刀と拳が激突し、衝撃が走る。

 一同が空を見上げると、宙を蹴りながらクロエとバレットが空中戦を繰り広げているではないか。

「ハァッ!?」

「何で空を飛んでんだァ!?」

「〝月歩(ゲッポウ)〟……! 使えて当然か」

 おでん一行が口をあんぐりと開ける中、ロジャーは不敵に笑って呟いた。

 人体を武器に匹敵させる「六式」は、何も海兵やサイファーポールの専売特許ではない。海賊達の中にも独学で習得している者もおり、その中でも〝月歩〟は使えること自体が珍しくない程に体得者が多い。かつて世界を震撼させた大海賊バーンディ・ワールドも、独学で覚えて戦っていた。

 クロエは幼少期、〝錐のチンジャオ〟が頭目を務める八宝水軍で修行していた。おそらく、その修行の過程で独学で覚えたのだろう。

「くたばれ!!」

 バレットは武装硬化した拳で、クロエの顔を容赦なくぶん殴った。強烈な一撃を食らったクロエは、錐揉み回転しながら海面に落下。大きな水柱を立てて海に沈んだ。

 かと思えば、再び大きな水柱が立ち、その中からクロエが飛び出てバレットに迫る。船を傷物にしないよう、彼女は飛ぶ斬撃を封じつつバレットと同格以上に渡り合う。

 しかしそれが何分と続けば、互いに膠着した現状の打破を狙うところ。クロエは距離を取ると、覇王色で自らの気配の制御を始め、己の気配を完全に殺した。覇王色の高度技能の〝見聞殺し〟だ。

(気配が消えやがった……!!)

「行くぞ、バレット。覇気は全てを凌駕する」

 クロエは〝見聞殺し〟を発動しながら〝月歩〟で宙を駆ける。

 気配を完全に殺され、未来視すら封じた状態での空中戦は、さすがのバレットも動揺を隠せない。見聞色は相手が気配を消したりカモフラージュしても、感情を読み取ることができればそこから未来視ができるが、〝見聞殺し〟は()()()()()()()()()()()()()()()()()からか、感情を読み取ることも不可能なのだろう。

 これが〝見聞殺し〟か……!! バレットは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた時、視界の端に影が映った。

 バレットは躊躇いなく武装硬化した左腕で殴った――が、手応えが全くなかった。

(刀!?)

 何と、視界に映ったのはクロエの姿ではなく、クロエの愛刀。

 剣術を得意とする者が、ここへ来て得物を手放すとは愚の骨頂。

 百戦錬磨のクロエなら、何か仕掛けるはずだ――バレットは見聞色の先読みが困難な状況下で、必死にクロエを探すが……。

「〝降伏三界〟!!」

 

 ズドォン!!

 

「ぐあっ!!」

 真下から顎を目掛けて放たれた飛ぶ打撃に、バレットはもんどりうった。〝見聞殺し〟で気配を殺しながら〝月歩〟で真下に移動し、腰に差したままの鞘を抜いて一発かましたのだ。

 顎から脳天まで到達する衝撃に、バレットは口や鼻から血を吹いて甲板に落下した。頭から血を流しつつもどうにか体勢を立て直すが、その時には赤い刃が喉元に突きつけられていた。

「……チッ……」

「覇気の練度は私の方がまだまだ上だな」

 舌打ちしながら目を逸らすバレットに、クロエは刀を鞘に収めた。

 レイリーにどやされるのは面倒だと互いに判断したため、今回の組手はかなり短いやり取りだった。しかし、ロジャー海賊団の双鬼と恐れられる怪物二人のドツキ合いは、見る者を圧倒する大舞台だった。

 レイリーとクロッカスは「また傷だらけに……」と頭を抱えたが、シャンクスやバギー、おでん達は最強である船長(ロジャー)に迫る強さを有する仏頂面コンビの戦いぶりを称えた。

「強くなったな、二人共。今度はおれも交ぜてくれ!」

「そうだな、おれ達も負けられねェ!」

「止める方の立場だろうが、お前ら……!!」

 半ギレになるレイリーに、ロジャーは「固いこと言うな!!」と大笑いした。

 

 

           *

 

 

 程なくして。

 荒れ狂う海を進むオーロ・ジャクソン号。

 選ぶ潮の流れを間違えて座礁したり大破した船の残骸を一瞥したおでんは、「懐かしい海だ」と表情を綻ばせた。

「まさかおでんの故郷にロードポーネグリフが眠っていやがるとはな。最後まであと一歩だ」

「最後の島……そこに眠る莫大な財宝、楽しみだなロジャー」

 渦潮を避けながら、慎重かつ最速でワノ国を目指す。

 ロジャーは気合を入れろと船員達に檄を飛ばすと、シャンクスが慌てて駆けつけた。

「おでんさん!! 大変だ、トキさんが倒れた!!」

「何ィ!?」

「今、クロエが運んでクロッカスさんが……」

 愛妻の急変におでんは血相を変え、すぐに医務室へと飛び込んだ。

 医務室には、発熱して横になっているトキと診断していたクロッカス、第一発見者のクロエがエマと一緒にモモの助と日和をあやしていた。

「トキ! 大丈夫だ! おれがついてる」

 おでんの呼びかけに、トキは苦しそうにも笑みを溢す。

 だが、無理矢理笑っているのは明白だ。

「トキはお前について世界を回っていたが、本来の目的地はワノ国。そのワノ国を目前に緊張の糸が切れて、長旅の疲労に襲われたのだ」

「こっから先の航海、トキは行けるのか?」

「続ければ命の保証はできん。ワノ国で船を降り、旅は終わりとするべきだ」

 海一番の名医と評されるクロッカスの判断に、おでんは何も言えなくなる。

 本当なら、もっとトキ達と冒険をしたいが、身に勝る宝なしだ。トキの命を考えれば、冒険はここで終わりにするのが最善だ。

 決断を迫られたおでんに、従者のイヌアラシとネコマムシが告げた。

「おでん様、こうなればモモの助様と日和様も、トキ様と一緒にワノ国に降ろすべきでしょう」

 イヌアラシの言葉に、おでんは振り向いた。

「錦えもんらは、トキ様のことよう知らんき。おれとイヌアラシがお供するぜよ」

「お三方も初めての土地で何かと心細いでしょう。トキ様のことは我々にお任せください」

「いや勿論おれも……!」

 おでんも、致し方ないが自分も船を降りると言った時だった。

「行って!! おでんさん!!」

「何を言う! 無理をするな!」

「――「窮屈でござる」……あの言葉は、冒険にかけるあなたの思いはその程度だったのですか?」

 愛する妻の真剣な眼差しに射抜かれ、おでんは息を呑んだ。

「こんなことで止まるようなあなたなら、私は離縁を申し込みます」

「っ……!」

 その光景を眺めていたクロエとエマは、複雑な表情を浮かべた。

「……クロエ、どっちが正しいかな?」

「普通に考えれば、おでんも降りるべきだ。おでんは治世者だぞ? 国内情勢がどうなってるのかも知らない以上、早く手を打たねば取り返しがつかんぞ」

「トキさんの気持ちも、スゴいわかるんだよなァ……前世、結婚しなかったけど」

「……そうだな」

 

 

 ワノ国に上陸したロジャー海賊団は、おでんの家臣達に迎えられた。

「お久しゅうございます!! おでん様!!」

「ああ……紹介しよう、嫁と子供だ」

『えええっ!! お変わりあった!!』

 家臣達は驚きつつも、羨ましそうに見つめたり、朗らかな笑みを溢して頭を垂れたり、好意的な反応だ。

 それを甲板から眺めていたロジャー達――バレット以外――は、おでんがいかに慕われているかを改めて知り、ニヤニヤと笑いながら見守っている。

 ただ、一味の女性陣……転生者二人組は違った。

「……クロエ」

「……ああ」

 和やかな周囲に反し、クロエとエマだけは緊張感のある雰囲気を醸し出していた。

 二人共、剣呑な眼差しで顔つきもか険しい。冷静さを装っているが、明らかに怒気が露わになっており、かなり気まずい。いつもは構ってほしいと近寄ったり抱き着いたりするシャンクスとバギーも、二人の気迫に気圧されて生唾を飲み込んだ。

 そんな二人が見つめる先には、煙突から黒煙を吐く工場らしき建物。おでんの口から聞いたワノ国は、緑豊かで荒廃している風景とは無縁だった。しかし現実は、明らかに土壌汚染や水質汚染が進んでそうな雰囲気が立ち込めている。

 この国には、おそらく悪政を敷くバカ殿がいて、そのバックには圧倒的な力を持つ何者かがいるのだろう。それこそ、おでん並みかそれ以上の猛者が。

「……元日本人として、これは放っておけないね」

「……そうだな」

 すると、そんな二人が気になったのか、ロジャーが声をかけた。

「……随分とお怒りじゃねェか」

「……まあ、そうだな」

「こればかりは、無縁とは言えないからね」

 殺気立つ二人に、ロジャーはふと思い出した。

「そういやあ、おめェらの前世の故郷はニッポンって国だったな……ワノ国に似てるのか?」

「むしろ私達が生きた日本の大昔の姿がワノ国だよね」

「……面影は感じる」

 ロジャーは二人の言葉に、短く「そうか」と返した。

 その後、おでんは「もうしばらく出かけるぞ」と伝え、ワノ国にあった歴史の本文(ポーネグリフ)を手早く写し取りオーロ・ジャクソン号へと戻った。

 四年ぶりにしてわずか数時間の帰郷に、家臣達は「この野郎」「ろくでなし」と散々に罵倒し、ロジャー達もイジり倒したのだった。

 

 

           *

 

 

 次に向かったのは、ネコマムシとイヌアラシの生まれ故郷・モコモ公国。

 国を治めるひつギスカン公爵に謁見し、ワノ国で船を降りたイヌアラシとネコマムシからの手紙を渡すと、涙声で口を開いた。

「生きておったか……あの悪ガキ共……当時は大変な騒ぎになったものだ」

 ひつギスカンはロジャー達に二人の手紙を届けてくれたことに感謝を述べ、クジラのような形をした巨大樹がそびえる〝くじらの森〟へと案内した。

 途中、ロジャーとおでんが「巨大な何かにずっと見られてる様な気がする」と落ち着かない様子だったが、特に体調に障ることなく頂上まで到達し、その先の隠し扉の奥の階段を下っていくと、例の碑石が鎮座していた。

「あった!! 最後の〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟!!」

 巨大樹の中に安置された〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟に、ロジャーは歓喜の余り両手を上げた。

 その奥には、大きな円の中に鶴、鶴のお腹のあたりに大きな円と小さな円が八つある家紋のようなマークが刻まれている。

「光月家の家紋! ミンク族と兄弟分ってのは本当なんだな!」

 おでんも、まさか光月家が外界と繋がりを持っていたとは予想だにしなかったようで、驚きを隠せないでいる。

「……まあ、別に不自然ではないな」

「歴史の授業で実際に先生にツッコんだしねー。貿易してんじゃんって」

 クロエとエマは、おでんの反応を楽しむように言葉を交わす。

 とにかく、これでついに全ての〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟が揃った。あとはそれぞれの〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟に記された地点を把握し、地図上でその四つの地点を結べば、最後の島が浮かび上がる。

「行くぞ野郎共!! 最後の島へ!!」

『おおーーーっ!!!』

 いくつかの〝真の歴史の本文(リオ・ポーネグリフ)〟と全ての〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟が手元に揃い、ロジャーは笑みを深めた。

 ロジャー海賊団の冒険の終着点が迫るのを感じ取ったクロエは、嬉しくもどこか寂しそうな笑みを浮かべるのだった。




次回、ついに海賊王誕生!
ちなみにクロエはラフテルに行きません。


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第26話〝海賊王誕生〟

ワンピースの最新話読みましたけど……五老星のじいちゃん、名前が無茶苦茶カッコいい。(笑)
フィガーランドはいつか触れるのかな……?


 ついに最後の島を目前としたロジャー海賊団。

 一行はある港町に停泊し、最終準備をしていた。

「ゲホゲホッ!」

 そんな中、船長室ではロジャーが咳き込んで吐血していた。

 不治の病はすでに末期だ。クロッカスのおかげで進行を多少なりとも遅らせて苦しみも和らいではいるものの、常人ならここで危篤になってもおかしくない状態だ。

 胸を押さえながらなんとか立ち上がるも、数歩足を進めたところで激痛が走って倒れそうになる。が、その時、ロジャーの身体は誰かに受け止められた。

「……(わり)ィな、クロエ」

「……」

 倒れかけたロジャーを受け止めたのは、クロエだった。

「〝見聞殺し〟で入ってきたのか?」

「弟達に勘づかれると困るんでな……」

「ハハ……おめェも随分と化けたもんだな」

 顔色が悪いロジャーをイスに腰掛けさせ、背中を優しく擦るクロエ。

 荒れた呼吸が落ち着きを取り戻したところで、近くに置いてあった海賊帽をロジャーに被せた。

「おっ! ありがと、よ……」

 ロジャーはニッと笑って感謝を述べたが、クロエの悲しげな顔を見て固まった。

 

 ロジャーは人前で決して弱さを見せない。不治の病が末期を迎えても、船員達には決して苦しむ姿を見せず毅然として振る舞ってきた。愛する仲間達に、余計な心配をかけないためだろう。

 奇しくもそれは、クロエも同じだった。彼女も人前で弱さを見せるのを嫌い、仲間達の前で涙を流すことすら恥辱と感じる程で、無力だった前世とは違うと自己暗示するように振る舞った。

 

 ある意味でロジャーとクロエは、似た者同士だったのだ。

「……おれァ大丈夫だぜ、クロエ」

「っ……」

 ロジャーはクロエの頭に手を乗せ、撫で始めた。

 普段なら鬱陶しそうに振り払うか覇王色を放って威嚇するが、クロエは黙って受け入れていた。ロジャーと過ごした日々が終わりを迎えるから、寿命が近い彼のやりたいようにさせているのだろう。

「わははは! おめェも可愛いトコあるじゃねェか」

「余計なお世話だ、病人が」

 からかい半分で言うと、クロエは凄い目つきで睨んできた。

 ロジャーはいつも通り威圧してくる彼女に安心したように笑うと、クロエに手を差し伸べた。

「ホラ、行くぞ」

「……」

 クロエはロジャーと共に、部屋のドアを開けて甲板に出た。

「最後の島の場所はわかったか?」

「ああ、わかった!」

「出航はいつにする?」

「今すぐだ!!!」

 船長の一言に、一同は士気を高めた。

 〝最後の島〟への大冒険を始めるべく、全員が持ち場につこうとした時だった。

「はうっ……」

「おい、バギー!」

 何とここへ来て、運がいいのか悪いのか、バギーが突然の発熱。

 クロッカスからのドクターストップがかけられ、〝最後の島〟への航海を断念した。

「大冒険の直前に風邪ひくとか、ガキかよ」

「うるせェ!! もう治ったって言ってんだろ!!」

「顔真っ赤で熱っぽいんだから大人しくしてろ」

「誰が鼻真っ赤でデカッ鼻だとォ!?」

 高熱を出しながらもシャンクスに掴みかかるバギー。

 が、その時バギーに凄まじい威圧が襲い掛かり、白目を剥いて気絶した。

 ロジャー達は一斉に覇気を飛ばした人物に顔を向けた。バギーに覇王色を浴びせて強制的に寝かせたのは、クロエだった。

「ハァ……大人しく寝てろと言ってるだろうに」

「クロエ、覇気の使い方ちょっと違くない!?」

 エマのツッコミに対し、クロエは平然と「戦闘だけが全てじゃないだろう」と反論。

「ん? じゃあ武装色とか料理でやるのか?」

「当たり前だ、包丁を買い替えずに済む」

「それまな板どころか台所ごと斬ってねェ?」

「私はそこまで馬鹿じゃない」

 クロエはタオルを絞り、バギーの額に乗せる。

「バギーの看病なら私がやろう」

「!! いいのか?」

「私は財宝や名声に興味はない。それに行き方はもうわかってるしな。……エマはどうする?」

親友(クロエ)の存在が私にとっての宝だから、それ以上は望まないよ。こんな巡り合わせは二度とないだろうし」

 クロエとエマは最後の島への同行をせず、弟分の看病をすると告げた。

 それに続き、バレットも「宝目当てでこの船に乗ったんじゃねェ」と主張して拒否。そもそもバレットはロジャーを超えるために船に乗ったので、目的が違う。ロマンがないなとレイリー達は呆れた笑みを浮かべた。

 ならば、シャンクスはどうだろうか? ロジャーはシャンクスに一緒に来るのか訊いてみると……。

「おれもいつか、自分の船で行くよ!! 自分の海賊団を持って、ロジャー船長達に負けない仲間を連れてさ!!」

「そうか!」

 快活に答えるシャンクスに、ロジャー達も口角を上げたのだった。

 

 

           *

 

 

 その夜。

 ホテルの一室を借りたクロエは、鼻提灯を膨らませて寝込んでいるバギーの看病をしていると、エマが酒を片手に部屋へ入ってきた。

「……シェリー酒か」

「日本酒が中々見つかんなくてさ……店に売ってるのラムとワインばっかだったから」

 机に置き、栓を抜いてからグラスを取り出してドクドクと注ぐ。

 シェリー酒はアルコール度数の高い白ワイン。辛口から極甘口まで幅広い味わいがあり、カクテルにして飲んだりアイスクリームにかけて大人のデザートにするなど、飲み方にも種類があるが、やはり一番はストレートだ。

 グラスに注がれたシェリーを呷ると、芳醇で豊かな甘みが口の中に広がる。どうやら甘口のようだ。

「……ねェ、クロエ」

「何だ?」

「本当に良かったの? ワノ国のこと」

 エマはクロエにそう問いかけた。

 今のワノ国は邪魔が入らない鎖国を利用した独裁者により、民も大名も悪政で苦しめられている。元日本人として無視できず、どうにかしなければとクロエは公言していた。ましてや、〝最後の島〟にも〝莫大な宝〟にも興味を持たないのなら、自分と一緒にワノ国に降りてもよかったのではないのか。

 それに対し、クロエは「そう判断するしかなかった」と答えた。

「どういうこと?」

「考えてみろ。ワノ国はそれぞれの(さと)を治める大名がいて、そいつらも屈強な軍勢だ。それでも武力で解決できないというのは、今の暴君のバックはワノ国中の侍を敵に回しても勝てるくらい強力だってことだ。それこそ、私やお前の師匠並みの猛者がな」

 クロエの言葉に、エマはハッとなった。

 反乱で解決できれば、おでんがいない間に誰もがそうする。そうしないのは、祖国で無益な血を流したくないという想いも当然あるだろうが、一番は武力で解決できないような厄介者が国を牛耳っているということだ。

「この海の勢力図では、ロジャーとニューゲートに加え、〝金獅子のシキ〟と〝ビッグ・マム〟で知られるシャーロット・リンリンが君臨していると聞く。ニューゲートはおでんの兄弟分だから、まずない」

「となれば、やっぱりお師匠の顔馴染みかな」

「顔馴染み?」

「あれ、言ってなかったっけ? お師匠は昔、白ひげと同じ一味だったんだよ」

 エマ曰く、お師匠は白ひげやビッグ・マムと同じ船に乗って暴れた過去があり、金獅子とも面識があるという。そしてその一味は、ロジャーとガープのとんでもないタッグによって崩壊したとのことで、その際に船長だった男は討ち取られたとのことだ。

 しかもその船長の野望は「世界の王」……実質的な世界征服であり、世界政府に不都合な事件をこれでもかと起こし、海賊行為よりもテロ活動に重きを置いた恐るべき海賊だった。

 そんな奴の船に乗ったということは、彼の意志を継ぐ者がいて当然のこと。シキが世界の支配を目論んだのは、かつての船長の意志に強く感銘を受けたのだろう。

「いずれにしろ、私とエマだけじゃあ手に余る。一対一(サシ)ならともかく、総力戦になれば不利だぞ」

「確かに……」

「私達がすべきなのは、ロジャーの冒険を終わらせて独立すること……そして自分の海賊団でおでんと同盟を組むことだ」

 敵との戦力差を想定すると、ワノ国の黒幕はかなり強い。

 長期戦は国力の疲弊に繋がるので、相応の戦力で短期決戦を仕掛ける他ない。

「そういう訳だ。この話は終わりだな。酒はどうも」

「クロエ、どこへ行くの?」

「ロジャーと話をしてくる。それまでバギーを見てくれ」

 クロエはコートをなびかせ、部屋を後にした。

「……寝顔可愛いね、君」

 エマは微笑みながらバギーの鼻をツンツンと指でつついたのだった。

 

 

 夜の港。

 オーロ・ジャクソン号を一人眺めるロジャーは、仲間の気配に反応して振り返った。

「クロエか」

「ロジャー、頼みがある」

「! 何だ、やっぱり行きてェのか?」

「気が向いたら自力で行くと言ってるだろうが」

 眉をひそめるクロエに、そう怒るなとロジャーは豪快に笑う。

 改めて、クロエの頼みに耳を傾ける。

「で、おれに頼みってのは?」

「バレットとの決闘、最後はロジャーから吹っ掛けてほしい」

 その言葉に、ロジャーは目を大きく見開いた。

「あいつの目的は貴様との決闘。最後くらいは声を掛けてほしい」

「……それはおめェが代わりにやってくれると思ったんだけどなァ」

「私は二の次に過ぎない。バレットの本命は貴様だ」

 その言葉に、ロジャーは「それもそうだな」と笑った。

 

 バレットにとって、ロジャーは生涯初めて出会った尊敬すべき男であり、同時に超えるべき「目標」でもある。ロジャー海賊団の一員となったのも、ロジャーの強さの秘密を知りたいためであり、ある種のライバル扱いだ。

 それゆえにバレットは、同じ船の仲間達とは必要最低限のコミュニケーションに済ませ、ロジャーとの決闘を最優先した。

 

 そんなバレットの運命の転機は、クロエとの決闘だった。

 悪魔の実の能力者ではないのに、女だてらに全力のバレットを上回った彼女は、年が近いのもあってバレットとは馬が合った。そして彼女の強さも知りたいと、バレットはロジャーの手が空いていない時はクロエに挑んだ。

 クロエはバレットの挑戦を真っ向から受けて立ち、時には自らの強さは何たるかを鍛錬や手合わせで示し、バレットはそれを受け止めた。他者を一切信じず戦い続けるバレットが、クロエに対しては心を許していたのだ。

 

 バレットは未だ一味で最も仲間意識が希薄だ。しかしロジャーへの敬意とクロエへの信頼は本物で、本人は口にしてないが二人は気づいていた。

「わかった。仲間の頼みだ、船長として受け入れなきゃな」

「言っておくが、今のバレットは相当強いぞ。私との修行で覇王色の技能を会得してるからな」

「……自慢の弟分か?」

「ああ。覚悟しておいた方がいい」

 クロエの中々お目にかかれない悪い笑みに、ロジャーも釣られて悪い笑みを浮かべた。

 

 

 翌日、ロジャーは若輩達に見送られながら最後の島へと出航し、〝莫大な宝〟を目の当たりにし「世界の全て」を知った。

 ジョイボーイと同じ時代に生まれたかったと、とんだ笑い話だと、ロジャーはレイリー達と涙が出る程笑うと、こう宣言した。

 

 ――なァみんな。800年誰も行きつけなかった「最後の島」に、こんな名前をつけねェか? 〝「Laugh Tale(ラフテル)」〟と!

 

 最後の島(ラフテル)に到達した海賊ゴール・D・ロジャーは、前人未到の世界一周――不可能と言われた「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の制覇」を成し遂げたことで〝海賊王〟と呼ばれるようになる。

 

 

           *

 

 

 海賊王誕生から一夜明け。

 ロジャーの記事を凝視するバレットと、回復したバギーが飯を食い漁る中、クロエはエマに今後の展望を尋ねられた。

「クロエ、仲間って誰にするつもり?」

「……何だいきなり」

「だって、独立したらそれなりの人数じゃないと。私達二人じゃあキツいよ?」

 エマの率直な意見に、クロエは考え込んだ。

 戦力的な面で言えばクロエ一人でも十分すぎるのだが、海賊団を率いるからには相応の有能を揃える必要がある。特に安全に航海ができるように指示する航海士と、船員の傷病を治療する船医は是が非でも押さえねばならない。

 最悪、クロエとエマが兼任する形で勉強して覚えるというのもあるが、それでは意味がない。役目を与えなければ、仲間ではなく食客――下手すればただの居候だ。それは前世でみっちり働いていた自分達が許さない。

「……とりあえず、メンバーは多くても二十人だな。統制を利かせるには私の目が行き届きやすい方がいい。三桁どころか三十もいらん」

「クロエ……中間管理職やってた?」

「……」

 無言で頬杖を突いてムスッとした表情を浮かべるクロエに、エマは察した。

 前世ではストレスと心労との闘いに身を投じていたようだ。

「エマこそ、何かあるのか?」

 親友の要望を尋ねるクロエ。

 エマは「大事なポジションがある」と前置きしながら、ニカッと笑って答えた。

「音楽家ほしい!」

「不要」

「えーっ!?」

 平然と要望が却下され、エマは少しキレた。

「クロエ、前世からそうだけどノリ悪くない!? 海賊は歌うでしょ!? 私も歌うの好きなんだし!!」

「いてもいなくても問題ないだろうが」

 バッサリと切り捨てられ、エマは意気消沈した。

 その時、シャンクスが慌てて駆け込んできた。

「どうした、シャンクス」

「クロエ! ロジャー船長が帰ってきた!!」

『!!』

 ロジャーが海賊王となって帰ってきた。

 すぐさまクロエ達は港へ向かうと、オーロ・ジャクソン号が停泊し、ロジャー達が降りてきた。

「帰ってきたあ!! 派手に帰って来やがった!!」

「船長ーっ!!」

 シャンクスとバギーは、我先にロジャーの元へ向かう。

 バレットは腕を組み、いつもの仏頂面を貫いている。

「…………エマ、これ持ってろ」

「へ?」

 クロエは新聞の号外をエマに預けると、〝見聞殺し〟で気配を殺しながらロジャーの元へ向かうと、いきなり正面から()()()()()

「……おかえりなさい」

『!?』

 レイリー達はあんぐりと口を開けた。

 いつもツンツンしまくってる無愛想なクロエが、帰ってきた夫を迎える妻みたいな態度で優しい声を放ったのだ。

 当事者のロジャーは、完全な不意打ちに固まっている。クロエの大きくて柔らかい胸が、逞しく鍛え抜いた胸板に当たってむにゅりと形が崩れており、すぐそばで泣いていたシャンクスは、それを間近で見たせいで涙が引っ込んだ代わりに鼻血を出した。

 数秒ハグしてからゆっくり離れると、カチコチになって棒立ちするロジャーを見て、クロエは腹を抱えて笑い出した。

「――フフッ、ハハッ! アハハハハハッ!! 何だロジャー、その顔!! アッハハハハハ!!」

 可笑しくてたまらないと、涙目で大笑いするクロエ。

 してやられたロジャーは段々顔が赤くなり、恥ずかしさのあまりクロエに怒鳴った。

「クロエ、てめェ()()は卑怯だぞ!!」

「アハハハハハッ!! 貴様のような男が〝卑怯〟などと口にするとは!! アッハハハハハ!!」

 比肩なき海の覇者が、仲間の女に抱き着かれて間抜け面を晒した。誰よりも強く、誰よりも仲間想いで、誰よりも自由な覇王が恥ずかしい目に遭ったなど、クロエとしてはこれ程愉快なことはない。

 完全におちょくられたロジャーは、プルプルと身体を震わせて怒りを露にした。

「チクショー、ご丁寧に〝見聞殺し〟しやがって……!!」

「アッハハハハハ!! 存外、女々しい奴なんだな!!」

『ダーッハッハッハッハッ!!』

「おめェら!! ラフテルの時より笑ってんじゃねェ!!」

 世界一周を成し遂げたロジャーは、海賊王としての最初で最後の黒歴史を刻まれてしまうのだった。

 

 

 世界経済新聞――略して世経が広めた海賊王の誕生。

 ロジャーの成し遂げた偉業に世界が騒ぎ、海軍は過剰に動き始めた。

「〝富〟〝名声〟〝力〟……全てを手に入れた男、〝海賊王〟ゴールド・ロジャー!!」

「はははは! ()()()()・ロジャーだ!! だが〝海賊王〟ってのは悪くねェな」

「今となっちゃ、世界政府がそうやってお前の名を隠す理由もわかる」

 世間はロジャーが手に入れた全ての物を総称し、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟 と呼んだ。

 ラフテルに眠る〝莫大な宝〟は、ロジャーが到達するずっと昔から存在は噂されていたが、所詮は船乗り達の間で有名な伝説に過ぎないとされた。だがロジャーの世界一周成功により、その宝の真実味が増した。

 これにより、海賊海兵問わず、ロジャーとその一味を狙う者が爆発的に増えるだろう。まさかロジャーが一味を解散する腹積もりだとは知らずに。

「――思い返せば全てが奇跡だった」

 ロジャーは、自らの海賊人生を振り返った。

「死ぬと決まった命でよくここまで来れたもんだ!! お前らには感謝しかねェ!!」

「イヤイヤイヤイヤ!! 何言ってんだ改まって!! 船長コノヤロー!!」

「照れるわバカ!!」

 ギャバン達が照れる中、ロジャーはついに言い放った。

「ロジャー海賊団を解散する!!!」

『ぐわ~~っ!!!』

 ついに来てしまった別れの時に、船員達は悲しみの叫びを上げた。

 しかし、海賊の別れに悲しみは似合わない。ロジャーは海賊人生で最大の宴を行うと宣言した。

「よし! 海軍のいねェ海へ向かえ! 島を貸し切るぞォ!!」

「島を貸し切る? 何のつもりだ、ロジャー」

「ああ、まだやり残したことがあってな」

 ロジャーはそう言うと、バレットに声をかけた。

「バレット、最後にいっちょ()らねェか?」

「!!」

 その言葉に、バレットは瞠目した。

 いつもはバレットが挑むのに、今回はロジャーがバレットに決闘を申し込んだのだ。

「あの日、おれに何て言ったか憶えてるよな? バレット」

「……フッ」

 ロジャーが不敵に笑うと、バレットは満面の笑みを浮かべた。

 負け知らずで恐いものなしのバレットが、生まれて初めての完敗を味わった日。全身全霊をかけて臨んだ末に敗れたバレットが、ロジャーに立てた一つの誓い。

 

 ――いつか絶対にあんたを倒して、世界最強の男になる……ロジャー……!

 

 ロジャーは憶えていたのだ。バレットが自分に立てた誓いを。

「泣いても笑っても、お互い最後の決闘だ。悔いは残すな」

「ハッ、発作でも起こしてくたばるなよ」

「わっはっはっは! まだまだ死なねェよ!」

 決闘は成立した。

 あとは適当な島に着いて、拳を交わすだけだ。

(……よかったじゃないか) 

 望まぬ死別の前に訪れた、バレットの最後のチャンス。

 全力で戦ってこい――クロエは獰猛に笑う弟分(バレット)に心の中でエールを送ったのだった。




次回はロジャーとバレットの最後の決闘、そしてクロエの別れの涙です。


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第27話〝新時代への宣誓〟

原作のオマージュも込めた個人的神回になりました。(自画自賛)
ちなみにこの話のテーマ曲は、REDのクライマックスで流れた「おれたちの新時代」です。


 ロジャー海賊団の解散宣言の直後。

 六年に及ぶ決闘の日々に終止符を打つため、ロジャーとバレットはある島で衝突した。

 その島は、かつて海軍基地があったが海賊との戦闘の末に廃墟となった無人島。互いに全力で暴れるに相応しい「戦場」だ。

「今日こそは貴様を倒す……!!」

「おう! いつでも来い!」

 不治の病の末期というハンデを背負ったロジャーと、肉体が全盛期を迎え始めたバレット。

 名実共に世界一となった海賊と、その強さを継ぐ若者の、正真正銘最後の喧嘩。

 先手を打ったのは、バレットだった。

「――〝鎧合体(ユニオン・アルマード)〟!!」

 バレットの両腕から紫紺の輝く物質が放たれ、ガシャガシャと音を立ててオーロ・ジャクソン号以外の瓦礫や廃墟を浸食し、変形と合体を繰り返していく。

 ガシャガシャの実の能力だ。触れた無機物を合体・変形・融合できるチカラで、様々な物体を組み合わせてより強力な武器を生み出すことができる。

 ガシャガシャと変形を繰り返し、ついにバレットは光の中へと消えた。その代わりに現れたのは、巨大ロボット……バレットが操縦する〝鉄巨人〟だ。

『デッケェーーーー!!』

 いきなり度肝を抜く展開に、シャンクス達は大興奮。エマも初めて見るバレットの悪魔の実(ガシャガシャ)の能力に「まさかこの世界でロボット見れるなんて……」と驚きを隠せない。

 だが、バレットの真髄はここからだ。

《おれの強さを身を以って知れ!! ロジャー!!》

 鉄巨人が拳を振り上げると、その拳が黒く染まった。

「あの状態で武装色を纏えるの!?」

「バレットの真髄は覇気だからな。規格外なのはロジャーも同じだがな」

 そう、バレットは覇気の達人だが、海賊王はそれ以上に極めている。

 ロジャーは愛刀エースに覇王色の覇気を纏わせ、両手で振るい真っ向から迎え撃った。

 

 ドォン!!

 

 軍艦より大きな黒い鉄拳と、ロジャーの愛刀が〝触れない鍔迫り合い〟を繰り広げる。

 互いの覇気が反発し、拮抗する。

 その衝撃の余波で、島は地震に襲われたように震え、海もうねり出した。

「ぬんっ!」

《ぐっ……!》

 ロジャーは一歩踏み込み、バレットの覇気を弾いた。

 鉄巨人は大きくよろめき、地響きと共に一歩後退った。

「〝神避〟!!」

 すかさずロジャーは斬撃を飛ばし、鉄巨人の右手を吹っ飛ばした。

 オーロ・ジャクソン号で眺めていた船員達は唖然とした。ただでさえデカいのに、あの鉄巨人は全身に覇気を纏っている。強固な鎧に覆われてるも同然なのに、ロジャーはいとも簡単に斬り落としたのだ。

 だが、バレットは動じない。むしろ歓喜していた。

《カハハハハハ!! それでこそロジャーだ!!》

 すると、鉄巨人の左腕が武装色で硬化し、さらにバリバリと黒い稲妻を放ち始めた。

 覇王色だ。バレットは鉄巨人の腕に覇王色を纏わせ、とてつもない破壊をもたらすつもりなのだ。

《これこそ、おれが辿り着いた至高の領域……!!》

「おいおい、マジか!?」

 これにはさすがのロジャーも危機感を覚えた。

 ただでさえ巨体ゆえに一撃の威力が尋常ではないのに、驚異的な破壊力を生む覇王色を纏えば、ロジャーでもモロに食らえば命の保証はない。

 バレットは勝ち誇ったように笑い、鉄巨人を動かし拳を振るった。

 

《〝ウルティメイト・ファウスト〟!!!》

 

 究極の拳打――武装色と覇王色を纏った、質量も威力も別次元の一撃が襲う。

 未来を視たロジャーは咄嗟に覇王色を纏い、真横から鉄巨人の拳を攻撃して軌道を逸らした。

 

 ドゴォォォォン!!!

 

 鉄巨人の拳は、何と島を割った。

 その衝撃は、火山の噴火や隕石の落下と同じ天災級の威力。砂塵が舞い、瓦礫と岩盤が飛び散り、その一部がオーロ・ジャクソン号にまで飛んできた。

「ギャアアアアアアアッ!! こっち来たァァァ!!」

「バレット、やり過ぎだってのーーーー!!」

「くそ、数が多すぎる!!」

 バギーとシャンクスが絶叫し、おでん達も慌てだす。

 レイリーは舌打ちしながら剣を抜くが、それよりも早くクロエが跳んだ。

 腰に差した化血を抜刀し、武装色の覇気を纏わせる。

「――〝(へき)(ふう)〟」

 クロエは化血を振るって斬撃の嵐を放ち、瓦礫と岩盤を次々と細々に斬り刻んだ。

 風神が起こす暴風のような攻撃で砕け散った破片が、水飛沫を上げて海岸に降り注ぐ。

 オーロ・ジャクソン号は無傷。船体はおろか、帆や旗にも傷一つついていない。

「おおっ……!」

「大した奴だぜ、全く……」

「撃ち落とす必要はなかったね」

 ギャバン達はホッとした表情を浮かべ、エマも構えていた銃を下ろした。

 

 

           *

 

 

 同じ頃。

 海軍本部が置かれているマリンフォードの一室にて、サカズキが手配書を睨んでいた。

 手配書の写真は、海賊王となって55億6480万ベリーの史上最高懸賞金額となったロジャーではない。その部下である20億越えの女海賊――クロエだ。

「……あの小娘……!」

 手配書をグシャリと握り、マグマの熱で燃やす。

 ここ最近だが、サカズキは夢を見ることがある。海軍とCP‐0の大失態として語られる、あの「18番GR(グローブ)事件」の夢だ。

 

 ――あんな腐り肥えた豚共の言いなりになってる時点で、正義も軍の体面も何もないだろう。

 

 蹲る自分の首元に切っ先を突きつけ、表情のない目で告げたクロエの一言。

 今思えば、あの言葉は侮蔑というより憐みの意味が込められていた。

 天竜人は、自分に逆らう者は誰であろうと()()。それは海兵も例外ではなく、ロックス海賊団を撃破したガープやワールド海賊団討伐に貢献したゼファーなど、厚い人望と多大な実績を持つ者以外は闇に葬られてきたのだ。

 海賊に同情されるなど、海兵として我慢ならない。

「あの時、刺し違えてでもぶっ潰すべきじゃった……!!」

 サカズキは、海賊という悪を滅ぼすためならば、どんな犠牲も厭わない。

 市民であろうと世界のバランスや秩序を脅かす可能性を残していれば容赦なく始末するし、逃せば強大な敵となる可能性を残す相手は勇み足になってでも潰す。当然、その為に己自身を犠牲にする覚悟もあるし、それが海兵としてあるべき姿と捉えている。

 だからこそ、あの時クロエを仕留められなかったのは、「徹底的な正義」を掲げるサカズキにとっては痛恨事であった。彼女の強さと影響力、何より()()()を考えれば尚更だった。

「わしは逃がさんぞ……徹底的正義に懸けて、必ず討ち取るけェのう……!!」

 燃えた手配書を灰まで焼き尽くす。

 ――いつか必ず、自分の手で〝鬼の女中〟を倒す。

 青きその先を見据えながら、サカズキは己の正義に懸けて誓いを立てたのだった。

 

 

           *

 

 

 ロジャーとバレットの決闘は、ついに佳境を迎えようとしていた。

《まだまだだぞ、ロジャー……!》

 バレットは鉄巨人を操り、ロジャーに猛威を振るう。

 山のような巨体の攻撃だ、避ければ避ける程に足場も逃げ場もなくなる。

 これは短期決戦しかない。

「ふんっ!!」

 ロジャーは跳躍し、覇気を纏った飛ぶ斬撃を何度も飛ばす。

 しかし、同じ手は何度も食らうわけもない。鉄巨人は先程よりも強く覇気を纏っているため、斬撃の効果はいま一つだ。

《カハハハ!! その程度か〝海賊王〟!!》

 ドンッ!! と鉄巨人の強烈な平手打ちがロジャーを襲い、地面にクレーターができる勢いで叩きつけられた。

 幸い、咄嗟に全身に覇気を纏ったので、ダメージはさほどではない。だが戦場では、それが一瞬の隙であり勝敗を決する。

《終わりだ……!!》

 鉄巨人が右足を振り上げ、ストンピングを仕掛けた。

 武装色に加え、ダメ押しに覇王色も纏っている。勝負ありかと思われたが――

「詰めが(あめ)ェぞ、バレット!」

《あ?》

 ロジャーは覇王色の覇気を纏った斬撃を放ち、鉄巨人の足を付け根から抉った。

 バランスを崩した鉄巨人だが、バレットは動じない。

《カハハハ! それがどうした!?》

 ガシャガシャの実は、合体の能力。たとえ切断されようが、再構築を始めれば千切れた箇所を結合させることができる。

 だが、バレットはそれに気を取られ、纏っていた覇気の鎧を僅かばかり緩めてしまった。

 その隙を逃さず、ロジャーが〝見聞殺し〟を発動しながら跳び、斬り込んだ。バレットやクロエよりも強大な覇王色の覇気を纏いながら。

「おりゃあっ!」

《何っ!?》

 バレットは咄嗟に緩めた覇気を先程以上に強く纏う。

 しかし、遅かった。その時にはロジャーの愛刀が鉄巨人に刺さっていた。

 

 ドォンッ!!!

 

《ぐわあああああっ!!》

 刃に貫かれた鉄巨人の巨体が爆発し、ガシャガシャの実の能力が解除されていく。

 ロジャー渾身の一撃は最強の鎧を破壊し、内部にまで強烈な衝撃を与え、覇気を消耗したバレットはモロに食らって吐血。大ダメージを負いながら宙へ放り出された。

「スッゲェーーーッ!!!」

「さすが船長だ!!」

「ウソだろ、あんなもん一撃で破壊できねェだろ!?」

 戦局が変わり、一気にロジャーが優勢になった。

 船の甲板から観戦していたシャンクス達の盛り上がりも、最高潮に達した。

「こっからが本番だぞ、バレット!」

 ロジャーは叫ぶ。

 一瞬、意識が飛んだかのように見えたが、すぐさま鬼気迫る表情でロジャーに肉迫した。

「ロジャーァァァ……!!」

 バレットの表情に余裕はない。

 武装色と覇王色を長時間纏い続け、覇気を激しく消耗したバレットに、ガシャガシャの実の能力を発動する余力はない。残った覇気を纏っての格闘戦しか残されてない。

 だが、それこそがバレットが最もチカラを発揮できる戦術だ。

「バレット、かかって来い!!」

「上等だ……! どっちが本当の世界最強か、白黒つけてやる!! これで最後だァ!!!」

 バレットは残った全ての覇気を解放する。

 バレットの筋肉はパンプアップし、武装色によって身体全体が青黒い紺色に染まる。そして今までと違うのは、両腕から黒い稲妻が迸っていることだ。

 最も得意とする武装色で全身を、膨れ上がった両腕に覇王色を纏わせる、最強を超えた究極のダグラス・バレット……それをロジャーにぶつけるのだ。

「「おあああああっ!!!」」

 二人は咆哮し、斬撃と打撃による神速のドツキ合いを繰り広げる。

 ロジャーもバレットも、全力で屠りに来ている。最後の決闘だからか、六年間に及び決闘の日々の中で一番苛烈さを極めていた。

 その結果がどうなるかは、天のみぞ知る。

「うおおおっ!」

 ロジャーは突きを放った。覇王色の覇気を纏った、強烈な一突きだ。

 だが、それはバレットの身体に届くことはなかった。

「こざかしい!!」

「っ!?」

 ロジャーの一太刀は受け止められた。白刃取りだ。

 バレットは渾身の力でロジャーから得物を奪い取り、放り投げた。

「くたばれ、ロジャー!! 〝最強の一撃(デー・ステェクステ・ストライク)〟!!!」

 バレットは最後の攻撃に出た。

 己自身で鍛え続けた肉体、そしてクロエから教わった覇気の高度技能……それらが合わさった、バレットが自負する最強で、ロジャーを倒すのだ。

 得物を手放したロジャーもまた、全身に覇気を流して身体の外に大きく覇気を纏って防ぐが、バレットの全身全霊の攻撃は反撃の隙を与えず、苦い表情を浮かべた。

「おれは世界最強になる男……!! ダグラス・バレットだァァァ!!!」

 ついに武装色のガードが破れ、〝鬼の跡目〟の渾身の一撃が〝海賊王〟の顔面に入った。

 終わりだ。

 バレットは確信した。覇王色を纏った拳で何十発殴ったと思ってる……!

 ついに海賊王の称号を得たロジャーが、敗北を――

「ちょっと待てよ……終わりにするにはまだ(はえ)ェぞ……!!」

「!!」

 ――喫しなかった。

 ロジャーはなおも立ち、ドゴッ! と拳を振るった。

「ぐおぉ……!」

 バレットの身体が、大きく揺れた。

 覇気を纏ったロジャーの拳が、次々とバレットに叩き込まれる。

「るおおおおおおおっ!!」

「貴様ァ……!」

 だが、バレットもタダではやられない。

 これは最後の決闘。限界の限界まで、己の全てを振り絞らねばならない。

 六年前のあの日の誓いを、果たすために。

 

 ロジャーも。

 バレットも。

 すでに肩で息をして、膝に手を突いて身体を支えていなければ、立っていることもできない。

 鍛錬も戦略も覚悟も、意味を成さない。二人を突き動かすのは、気力だけだ。

「「うおおおおおおおおっ!!!」」

 

 ドゴォ!!

 

 互いにノーガード。

 バレットの拳が、ロジャーの顔面を抉る。

「ぐぐぐっ……!!」

 ロジャーは歯を食いしばる。

 決して引かず、むしろ一歩前に出てバレットの顔を穿った。

「ぐあっ……!!」

「うおおおおおおおっ!!」

 武装硬化した拳で、バレットの胸や顎、鳩尾を穿つが、ガクッとロジャーは膝をついた。

 それを見て笑ったバレットもまた、どうっと仰向けに倒れた。

 互いの全てをぶつけた最後の決闘は、両者ノックダウン。引き分けに終わった。

「ハァ……ハァ……」

「ハハッ……強くなったなァ、バレット……!」

 どうにか自力で立ち上がったロジャーは、大の字で倒れるバレットに最高の賛辞を呈した。

 初めて出会った頃のバレットは、図体ばかり立派なガキだった。そんな彼が、勝利も敗北も武力以外のチカラも知り、いつの間にか自分に追いつく程に強くなった。

 それが嬉しいのだ。仲間を愛するロジャーにとって、若輩の成長はこの上なく喜ばしいことなのだから。

「船長! バレット!」

「ったく、ギリギリの戦いをしやがって……」

 両者の決闘に、仲間達は呆れ果てる程の称賛を送る。

 するとバレットは、肘を支えに体を起こし、ロジャーに尋ねた。

「……ロジャー……一つ、答えろ……おれは、誓いを果たせたか……?」

「……ああ、果たせたぜ。()()()()()()()()()()()()()

 その言葉に、バレットは「物は言いようだな」と呆れた笑みを浮かべた。

 六年間に及ぶ決闘の日々は、ロジャーの勝ち逃げで終わった。不治の病に冒されても、最強のままだった。心底悔しいが、自分はロジャーに勝てなかったと認めざるを得ない。

 だがあの時だけは……ロジャーが自分より先に膝をついたあの瞬間だけは、心から笑えた気がした。約束を果たせたと、誓いを守りきれたと、そう思えた。ロジャーもそれに気づいていた。

「……ロジャー、おれはまだ諦めねェ」

「!」

 血と汗に塗れた顔を拭い、バレットはロジャーに新たな誓いを立てた。

「白ひげも、ガープも、クロエも……! この海で最も(つえ)ェ奴らを全員超えて、おれこそが〝世界最強〟だと証明してみせる……!!」

 バレットは宣言する。

 世界最強とは、自称するような安い称号ではない。そのチカラを目の当たりにした万人が、口を揃えて伝説として語り継ぐことで、初めて得られる称号だ。だからこそ、この海で名を馳せる豪傑達を超えねばならない。

 その豪傑達の中には、自分を打ち負かしたクロエがいる。それだけじゃなく、彼女が期待するシャンクスも、避けて通れないだろう。バギーは論外だ。

「……おれは死なねェ。またいつでも来い」

 余命僅かなロジャーは、不敵な笑みを向けた。

 

 海賊王は、もうすぐ死ぬ。だがその生き様と死に様は語り継がれ、人々の記憶に残り続ける。

 死んだ人間は生き返らないから、亡くなった人の影を追うなと誰もが言うだろう。

 しかし、人は死のその時まで、信念ある限り戦うことができる。人々がゴール・D・ロジャーの名を忘れない限り、バレットはロジャーに挑むことができる。

 

 憧憬した男が発した一言の意味を汲み取ったのか、バレットは「次は勝つ」と笑った。

 憑き物が落ちたような表情に、クロエもどこか安堵したように微笑んだ。

 

 

           *

 

 

 壮絶な決闘の後、そのままロジャーは過去最大とも言うべき宴を開いた。

 まだ痛々しい箇所も目立つが、本人は至って元気。クロッカスもお手上げだ。

「そういやあ、おでん。おれァ死ぬ前に白ひげに会うつもりだ。イゾウもワノ国に帰すか?」

「いや、あいつはあの船に馴染んでいた。「白吉っちゃんを頼む」と伝えてくれ」

「へへっ! わかった!」

 肩を組みながら、ロジャーはおでんと酒を飲み交わす。

 ロジャー海賊団の最後の宴ともあり、盛り上がりは最高潮。

 レイリーもギャバンもジョッキの酒を煽り、仲間達も飲み比べを始め、シャンクスとバギーも無礼講だからと楽しんでいる。

「それにしても、酒強いなクロエ! 前世も強かったのか?」

「結構強かったよ。ベロベロになったところ見たことないもの」

「お前が先に泥酔したからだろうが……」

 飲み比べでユーイやブルマリン、ジャクソンバナーを撃破したクロエに、シャンクスは舌を巻いた。

 思えば、彼女が酔っ払った姿を一度も見たことがない。深酒をしてもシラフと変わらないし、顔が赤くなることもない。彼女も相当な酒豪なのだろうか。

 そんなことを考えていると、クロエは徐に立ち上がった。

「トイレへ行く、少し席を外すぞ……」

「……? おいクロエ、トイレは反対だぞ」

「……? そうか……」

 船員(クルー)の一人・バンクロに指摘され、クロエは踵を返してトイレへと向かった。

 それを見たロジャー達は、唖然とした。クロエも何だかんだ酔ってはいたのだ。

「あいつ、顔に出ないタイプだったのか!?」

「全然知らなかった!!」

「六年間、同じ船に乗っててもまだ発見があるとは……!!」

 CBギャランやミレ・パイン、MAXマークスがそれぞれ驚きの声を上げる。

 そんな中、タロウが思い出したように呟いた。

「そういやあクロエの奴、完璧に見えて変な短所持ってるよな」

『…………ダーッハッハッハッハ!!!』

 数瞬置いてから、爆笑の渦が起こる。

 思い返せば、確かにクロエは割と短所も多い。

 新人歓迎ではシャンクスのイタズラに二回もハメられてるし、空島から青海へ戻る時の落下では唯一吐きそうになったし、料理する時は稀に「レンジ、レンジ……」とか言ってキョロキョロしたりする。

 要するに、非の打ちどころのない女傑に見えて、どこか抜けているのだ。だからこそ親近感が湧くのだが。

「おいおい、あんまり茶化して半殺しにされても責任取らんぞ」

「わっはっはっは! まあいいじゃねェか相棒!」

「いい訳あるか! あいつは冗談が通じない時あるんだぞ!」

 大笑いするロジャーに、レイリーは頭を抱えながら酒を飲み干した。

 

 

 最後の宴が終わり、甲板で大の字になったり欄干に凭れながら眠りに落ちる。

 そんな中、ロジャーは飲み足りないのか、酒瓶を片手に船首楼甲板へ向かった。

 階段を登り切ると、視線の先には意外な人物がいた。

(クロエ……?)

 クロエが、潮風を浴びながら酒を嗜んでいる。

 どうやら自分と同じ気分なのだろう――そう思って近づいて、気づいた。

 彼女は、泣いているのだと。

「……泣いてるのか」

「……ロジャーか」

 涙声で返すクロエ。

 ロジャーは目を細め、悠然とした足取りで近づくと、クロエがゆっくりと振り返った。

 金色の瞳は揺れ、涙が止まらない。

 

「……もっと、()()()航海(たび)を続けたかった……!!!」

 

 クロエはか細い声で本音を吐露した。

 生きることに嫌気が差して命を絶った前世を持つ彼女にとって、ロジャーと過ごした六年間は幸せだった。

 自由や自分らしさを得ることができ、気ままに振る舞えた。社会貢献もへったくれもない稼業で生きているが、充実感はあった。

 ――ただ、もう少しだけロジャーと一緒にいたかった。

「……死ぬのか、ロジャー……」

「ああ。もう永くねェ」

 ロジャーはクロエの顔にそっと指を這わし、涙を拭う。

 ――やっと、女らしい顔になれたな。

 ロジャーはその言葉を口にはしなかった。ここで失言してシバかれ、目も当てられない姿で仲間達と別れるのは御免だ。

「ロジャー……ありがとう」

「いいってことよ、仲間だからな!」

「……ああ」

 ニカッと笑うロジャーに、クロエも涙を堪えるように微笑んだ。

 

 

           *

 

 

 翌日、ロジャーはある島で船を降りることとなった。

 最古参のレイリーに言葉を掛け、クロエにオーロ・ジャクソン号の譲渡を宣言し、クロッカスから大量の薬を受け取った。

 ロジャーは港に降りてから、苦楽を共にした仲間達に手を振って別れた。

 レイリーも、ギャバンも、おでんも、シャンクスも……船員達は涙で顔をグシャグシャにしながら見送った。

 

 それからおでんが船を降り、一人、また一人と降りていく。

 クロッカスも、ギャバンも、レイリーも船を降りた。

 ついに残ったのは、若輩五人だ。

 

「ついに五人になったな」

「クロエとエマはこの船で自立するんだろ?」

「かーっ! 派手に羨ましいぜ!」

 軽口を叩き合いながら談笑する五人。

 しかし、次の島に着けばシャンクス達は船を降り、独り立ちする。クロエとエマも、三人の門出を見送れば一から海賊団を旗揚げする。

 この時間こそ、五人にとってのロジャー海賊団としての最後だ。そして今日で、クロエ達の()()()()()()()が終わる。

「ロジャーが最期を迎えれば、世界は大きく変わる……新時代がすぐそこまで迫ってると考えると、感慨深いものだな」

「よし! じゃあ新時代の到来を前に宣誓式しよっか!」

「いいなァ、それ!」

 エマが酒樽を取り出すと、全員が不敵な笑みを浮かべた。

 ロジャーへの感謝を込め、各々の独立宣言だ。

 

「私は自分の人生を完成させる!」

「おれは世界最強の男になる!」

「クロエの海賊団を世界一に!」

「おれは自分の船で世界を回る!」

「お……おれは世界中の財宝を手に入れてやる!!」

 

 クロエ、バレット、エマ、シャンクス、バギーの順に樽に片足を乗せながら目標を告げる。

 

 前世では全うできなかった一生を今度こそ貫くため。

 憧憬した男に誓った野望を叶えるため。

 親友を船長にした海賊団を世界一にするため。

 自由な冒険で世界中を見るため。

 誰よりもド派手な大海賊になるため。

 

 海賊王の想いや強さ、信念を受け継いだ五人の、最初で最後の宣誓式。

 最後の言葉は、年長者のクロエが締めくくった。

 

「行くぞ、新時代!!!」

「「「「おうっ!!!」」」」

 

 一斉に踵を落とし、威勢よく酒樽を割った。

 

 〝鬼の女中〟クロエ・D・リード。

 〝魔弾〟エマ・グラニュエール。

 〝鬼の跡目〟ダグラス・バレット。

 〝赤髪〟シャンクス。

 〝千両道化〟バギー。

 

 彼ら彼女らは、宣誓通りに世界屈指の大海賊に成長し、大海に君臨するようになる。




何か最終回みたいな展開になっちゃいました。(笑)
あくまで第一章終わりで、次回から大海賊時代です。
本作はまだまだ続きますよ!


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第2章 大海賊時代
第28話〝大海賊時代開幕〟


第二章です。

第14話のアンケートを思い出したので、ロジャー処刑の前に急遽ぶち込みました。(笑)


 エマと共に「クロエ海賊団」を旗揚げしたクロエは、仲間を集め新たな航海を始めていた。

 自由な航海を志すクロエの一味だが、〝鬼の女中〟の悪名を狙う者は多く、クロエはそれらを真っ向から薙ぎ倒す。彼女の攻撃性も相まって、余程の強者か命知らず以外は顔を見るなり逃げ出していった。

 そして、なおも挑む者もいる。

「想像以上に強いじゃないか」

「それは貴様もだろう、〝鬼の女中〟」

 クロエはこの日、ある男と戦っていた。

 対峙するは、ロングコートを素肌に直接着用した黒髪の青年。まるで鷹のように鋭い瞳と威風堂々たる佇まいは、年下ながらも同等の威圧感を醸し出している。

 何よりも目に入るのは、到底腰には差せない大きさの十字架型の黒刀――最上大業物の一振りである〝夜〟だ。それを片手で難なく振るってクロエと戦えてるあたり、彼自身の戦闘力がいかに高く、剣の技量に秀でているかが伺える。

 

 青年の名は、ジュラキュール・ミホーク。

 後に世界最強の剣士として名を轟かす、〝鷹の目のミホーク〟である。

 

「〝神威〟!!」

 武装色の覇気を纏った斬撃を飛ばすクロエ。

 ミホークもまた、覇気を纏った黒刀を振るい、受け止めて弾いた。

 その隙にクロエが肉迫し、蹴り技や鞘での攻撃を織り交ぜながら剣を振るう。時々放たれる飛ぶ打撃も、ミホークは冷静に対処し、斬撃を放って牽制する。

(……この女の戦い方は、間違いなく総合格闘術。それも独学だけではない)

 刹那の攻防を繰り広げるミホークは、クロエの強さの本質を捉えていた。

 クロエは剣術・拳法・覇気の三つを軸とした戦闘術。剣士が苦手とする遠距離攻撃は苦も無くこなせるし、剣抜きでも十分に強い上、拳法も刀に衝撃を伝導させる遠当て技も可能としており、六式の月歩(ゲッポウ)も会得してるので空中戦も対処できる。

 全ての敵と全ての間合い、全ての戦場に対応できる真のオールラウンダー。それがミホークから見たクロエの()()()()()だった。

(やはり一筋縄ではいかないか)

 剣技だけならば上だと自負できるが、格闘術や覇気の練度を含めればクロエの方が遥かに上だ。多くの強者と斬り合ってきたミホークでも、〝鬼の女中〟は別格だった。

(……これは骨が折れるな)

 対するクロエも、ミホークに手古摺っていた。

 剛の剣も柔の剣も鍛え抜いている彼は、クロエの強大な覇気を纏った斬撃を相殺はできずとも的確に捌いており、漆黒の長刀も自分の化血(あいとう)よりも重いのか、一太刀受け止めただけで結構な衝撃を与えてくる。

 クロエは多くの猛者と斬り結んできたが、ミホークはその中でも剣技だけなら最高峰の手練れだ。これでまだ全盛期じゃないのだから、恐ろしい限りである。

「……ただの覇気で倒せる相手じゃないな」

 クロエは微笑みながら覇王色の覇気を纏い、黒い稲妻を迸らせた。

 覇気を全開放した彼女に、ミホークも一筋の汗を流す。ここからが正念場だ。

「心を込めて、お前を倒そう」

 クロエがそう言った時だった。

 

 ――ガガガガガガン!!

 

「「!」」

 突如立て続けに鳴り響いた轟音。

 それと共に、黒くて丸い何かが急接近してくる。

 砲弾だ。

「海軍か」

「わざわざ艦隊を率いるとは……センゴクの差し金か」

 ミホークとクロエは、互いに斬撃を放って弾幕を打ち破る。

 視線の先には、海軍の軍艦が十隻以上迫ってきているではないか。

「フッ……随分な人気者じゃないか」

「余計なお世話だ」

 軽い調子で会話していると、問答無用に次の砲撃が襲い掛かる。

 だが、二人が得物を構えた途端、弾幕はいきなり爆発して黒煙に包まれた。

「クロエ、大変だよ!」

 そう言って駆けつけたのは、クロエの親友にして相棒のエマ。

 その手には愛用する片手用のライフルが握られている。先程の砲撃は彼女の狙撃で阻止されたようだ。

「海軍なのはわかってる」

「それだけじゃない! おつるが来てる!」

(……〝大参謀〟か。成程、知略で捕らえる気か?)

 クロエは眉をひそめた。

 クロエはガープやセンゴクとは相対してきたが、彼らの同期である〝大参謀〟つるとは一度も交戦経験がないのだ。あらゆるものを洗濯する〝ウォシュウォシュの実〟の能力者であることや、自身の部隊は全員が女海兵で構成されているとか、噂こそ耳にするが実際に会ったことがない。

 ある意味では未知の敵だ。

「――勝負は預けよう、クロエ・D・リード」

「……今はその方が互いに利点があるか」

 あのセンゴクやガープと並ぶ海軍屈指の英傑を相手取るには、これ以上の戦闘は不毛。

 早々に切り上げることに同意し、この場での刃は収め、エマと共にオーロ・ジャクソン号へと帰還した。

「ったく、やっと終わったか」

 クロエとエマが甲板に降り立つと、呆れた声が上がった。

 現れたのは、得物である(せん)(つい)を肩に担いで煙草を吹かす一人の男。黒髪で目元を隠し、機動性重視の恰好の上にコートを羽織っており、その雰囲気は若くも歴戦の強者のそれだ。

 

 男の名は、ミリオン・ラカム。

 旗揚げ後に最初に加入した記念すべき一人目の船員(クルー)で、個人で名を上げ始めたところでクロエのスカウトを承諾した、クロエ海賊団待望の船医である。

 

「そんで、あの艦隊はどうする? おつるは厄介だぞ」

「そんなに強いの?」

「そりゃあ英雄ガープの同期だからな。おつるの軍艦見ただけで逃げに徹する奴も多いぞ」

 警戒を促すラカムに、エマは溜め息を吐いた。

 現状()()()()()()()()()に、大物海兵が率いる艦隊を差し向けるとは。

 思わず「世界政府は知覚過敏なのかなァ」と変なことをボヤいてしまう。

「クロエ、どうする?」

「決まってる。正面突破だ」

 クロエは迷いなく宣言すると、三人でテキパキと帆を張り、海軍の艦隊と相対しながら作戦会議を始めた。

「海戦は物量と兵力で明らかに不利だが、この海域は潮の流れが速い。舵輪を破壊してコントロールを利かなくさせる」

「船の舵はおれがやっとこう」

「じゃあ、遠距離狙撃で砲台を無力化させとく!」

「決まりだな」

 クロエは艦隊に臆することなく、不敵に笑った。

 

 

 クロエ海賊団と海軍艦隊の海戦は、つるにとって好ましくない戦況になっていた。

「全く……ロジャーの奴、とんでもないじゃじゃ馬を世に放ったねェ……!」

 つるは苦い顔で本音を漏らした。

 ロジャーは先日逮捕――本当は自首なので海軍にとっては()()()()()()()()だが――したが、その結果として〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟を好き勝手させる状況となってしまった。政府上層部は想定内だとしてロジャーを処刑して心を折ってから捕らえればいいと考えていたが、つる自身は長年の経験からすぐに捕らえるべきと判断した。

 クロエ海賊団はたった三人だが、そのうち二人は海賊王の元船員(クルー)。しかも素性を調べれば、クロエは〝錐のチンジャオ〟に育てられ、エマに至ってはあの〝王直〟の寵愛を受けている。エマの件に関してはセンゴクとガープ、ゼファーも想定外だったらしく、報告を聞いた途端に一斉にお茶を吹いていた。

「これは引かざるを得ないね……」

 立て直して捕縛に動くのは困難だと、つるは判断した。

 というのも、クロエは〝月歩〟で空を駆け、船に乗り込んでからは舵輪を破壊し、マストを斬り倒している。潮の流れの速さで有名な海域なので、船のコントロールが利かなくなれば戦陣を組むのは不可能。

 幸い、クロエはこちらを皆殺しにするつもりはないようだが、彼女の実力を考えれば艦隊を容易く壊滅できるのも事実。ここは悔しいが、作戦失敗として彼女らを取り逃がす他ない。

「全海兵に告ぐ!! 鬼の女中の捕縛は失敗!! 負傷者の救助を優先せよ!!」

 電伝虫で指示を飛ばすと、つるは盛大な溜め息を吐いた。

 まさか海戦で完敗とは。ガープ達に笑い者にされそうだ。

「この私が、こうも一方的に……」

「おつるさん! 危ない!」

「!」

 つるの前に、突如クロエが降り立った。

 海兵達は一斉に銃口を向けたが、つるは片手で制した。クロエから戦意を感じなかったからだ。

「……何のつもりだい」

「これをセンゴクに渡してくれ」

 クロエがコートから取り出したのは、茶葉の袋だった。

 意外なモノを受け取ったつるは、目を大きく見開いた。

「それと監獄のロジャーに伝言を頼む。「貴様が船長でよかった」と」

 クロエはそう言い残し、月歩で空を駆け、艦隊を通り抜けるオーロ・ジャクソン号へと戻っていった。

 つるはその背中を黙って見届け、負傷者の手当てを命じるのだった。

 

 

           *

 

 

 海軍の艦隊を突破し、クロエ海賊団は大海原を行く。

 そんな中、ラカムは酒の席で二人に明かしてない秘密を語った。

「ええっ!? ()()なの!?」

「ああ。前世の名は(むら)(かみ)()(おん)だ」

「二度あることは三度あるならぬ、二人目いれば三人目もいるということか」

 何と、ラカムはまさかの転生者三人目だった。

 その内探せば百人出てきそうだなと、クロエは暢気に思った。

「前世、何してたの?」

「医学生。トラック事故に巻き込まれて〝こっち〟に来た」

 ラカムはブランデーの瓶に口を付け、グイグイと飲んでいく。

 医学生というあたり、大学生くらいの年齢で転生したのだろう。

「そっちこそ、前世あるんだろ?」

「……私は黒江沙織。元一般職」

「私は吉池恵麻! クロエの親友である元小説家だよ」

「吉池恵麻? ――まさか、あの吉池先生なのか!?」

 ラカムはエマの前世を知り、驚きの声を上げた。

「こいつ、そんな有名人だったのか?」

「異世界転生……なろう系の小説家として有名だった。しかし、まさか本人も転生とは……」

「何の因果なんだろうね、ホント」

 エマは溜め息交じりに笑った。

 前世持ちが三人もいる海賊の一味など、この世界の歴史上ではクロエ海賊団だけだろう。だからこそ堅苦しい思いをせず、互いにコミュニケーションをとって信頼関係を築いていけるのだろうが。

「……それで、例の件はどうする? ローグタウンは大騒ぎになるぞ」

「……怖気づいたか?」

「誰が降りるっつった? 世界政府の鼻をへし折る(ネタ)は乗るっつったろ」

 灰皿に煙草を押し付け、ラカムは問い掛けた。

 クロエ達は今、〝東の海(イーストブルー)〟のローグタウンへ向かっている。

 その理由はただ一つ。ロジャーだ。

「ゴールド・ロジャーの遺体を盗もうってんだ。これ程連中に屈辱を与えることはねェ」

()()()()・ロジャーだ。……あいつを愛した者として、世界政府に渡したくないだけだ」

 クロエは新聞を手に取り、哀しげに笑う。

 数日前、ロジャーは海軍に自首した。海軍と世界政府にとっては「最も屈辱的な決着」であったため、自分達の威光の為に逮捕と報じた。

 新聞では一週間後に生まれ故郷のローグタウンで公開処刑をすると決まり、すでにロジャーの身柄を護送中とのことで、その最後を一目見ようと多くの人間が集まっているという。先程剣を交えたミホークも、ロジャーの処刑に興味を持ったため、小型のボートで向かって行った。

 なお、ロジャー逮捕の号外が配られた当日、真実を知らない〝金獅子のシキ〟はマリンフォードで暴れたようで、センゴク・ガープ・ゼファーの三人にボコボコにされて捕まったそうだ。

「……しかし、まさか海賊王が不治の病だったとは」

「え? ラカム君、マンガ読んでないの?」

「おれはサンデー派だ」

「本題から逸れてるぞ。最終確認をするからよく聞け」

 クロエは二人の会話を止めさせ、当日の動きを説明する。

「ロジャー処刑後、私が覇王色を放って群衆の意識を奪い、その隙に回収してラカムが処置を施す…………以上だ」

「いつ聞いてもシンプルだな」

「シャンクスやバギーがいたら?」

「先に見聞色で探知して、それ以外を気絶させる。私にとっては造作もない」

 その上で、クロエはスピード勝負だと念入りに告げた。

 というのも、突如として世界政府は、処刑当日に軍艦を十隻派遣すると世間に公表したのだ。見物に来る海賊達の牽制もあるだろうが、〝金獅子のシキ〟の襲撃を考慮した海軍上層部の進言が起因だと新聞は報じている。

 おそらくだが、世界政府と海軍はバレットとクロエを警戒している。彼らに処刑を阻止されると判断し、新聞を介して警告しているのだ。もっとも、クロエにとっては何の意味もなさないが。

「……お前らにはすまないとは思ってる。こんな我儘に付き合ってもらって」

「気にしないで。ロジャー船長を晒したくないのは、私も同じだから」

「せっかくの第二の人生だ。この一味で謳歌させてもらうからには、船長の無茶ぶりくらい慣れないとな」

 エマとラカムの返事に、クロエはゆっくりと微笑んだ。

 

 

           *

 

 

 〝東の海(イーストブルー)〟、ローグタウン。

 生まれ故郷で海賊人生が終わるロジャーは、処刑台の上でドカッと胡坐を掻いて群衆を見下ろした。

 そんな中、一人の男が「〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟は何処に隠したんだ!!」と大きく叫んだ。

「くく……わはははははは!!!」

 ロジャーは広場に轟く程の大笑いをした。

 そして静寂が訪れたところで、群衆の質問に答えた。

 

「おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやる。探せ! この世の全てをそこに置いてきた!」

 

 処刑人は慌てて剣を振り上げる。

 命の炎が消えるまで、あと数秒。その数秒の間、ロジャーはクロエのことを思い返した。

 

 なァ、クロエ。

 シャンクスとバギー、バレットの面倒見てくれてありがとよ。これからもエマと一緒にあいつらを頼んだぜ。()()()()()()()はガープに頼んだしな。

 前世の話も楽しかったな。生きた世界が違うと何もかもが異なるってのァ、いい勉強になった。おれも転生しちまったらどうすっか考えねェとな!

 それとおつるを介しての伝言、ガープから聞いた。おれもおめェが仲間でよかった。船長として冥利に尽きる。

 悔いはねェ。むしろ大満足だ! おめェのような強くて(おも)(しれ)ェ女と出会えたこと自体が奇跡だ。それも何かの運命なのかもしれねェな。

 だからよ、クロエ。幸せになれよ。前世(ぜんかい)みてェになんなよ?

 

 ドッ……!

 

 刃が身体を貫き、ロジャーは死んだ。

 その直後、広場にいる者達は一斉に沸き上がった。海賊王は自らの死と引き換えに、死に際に放った一言で新たな時代の扉を開いたのだ。

 海賊王が遺した、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟。海の覇者がこの世に遺した伝説を、手に入れられるとしたら……!

 死んで時代を変えた男を称えるようにローグタウンが熱狂に包まれた、その時だった。

 

 ドォン!! バリバリバリィ!!

 

『!?』

 強大な覇王色の覇気が、処刑台広場を襲った。

 海賊、海兵、民間人……シャンクスとバギーを除いた無差別の威圧に、ほぼ全ての人間が泡を吹いて倒れた。気を保てた強者も数名はいるが、その者達も冷や汗を掻いていた。

 その覇気の持ち主は、コートをなびかせながら現れた。

「「クロエ……!?」」

 シャンクスとバギーは、突如現れた姉貴分に動揺する。

「……逝ったか、ロジャー」

 クロエが処刑台に上がると、その先には二振りの処刑人の剣で心臓と肺を貫かれ、血だまりの上で笑顔のまま息絶えた海賊王が鎮座していた。

 頬に触れると、屍らしいひんやりとした冷たさを覚えたが、ほんの少しの温もりも感じ取れた。

 気づけば、空は曇りポツポツと雨が降り始め、あっという間に大雨になった。

「……黄泉への餞別だ、受け取れ」

 クロエは今にも泣きそうな声で呟くと、ロジャーの遺体を優しく抱きしめ、額に短く口づけを落とし、軽く唇を合わせた。

 死んで時代を変えた偉大なる亡き船長への手向けであり、愛であり、決別でもあった。

「……こんな部下で済まない。もう少しだけ付き合ってくれ」

 大雨でずぶ濡れになりながらも、クロエはロジャーの亡骸を抱いて処刑台を降りる。

 そこへ、涙を流しながらシャンクスとバギーが駆け寄った。

「せんちょぉ……!!」

「船長……!!」

 歯を食いしばりながらも、止まらない涙を流す弟分。

 そこへ、今のクロエの仲間であるエマとラカムも駆けつけた。

(クロエ……)

 ロジャーの亡骸を抱くクロエに、エマは沈痛な表情を浮かべた。

 半年程度の付き合いである自分と違い、年単位の長い付き合いだったのだ。情が湧かないはずがない。そしてその抱いた感情の中に、愛があったのは明白だ。

 感情を押し殺し、涙を流しても意地で微笑み、クロエは口を開いた。

「シャンクス……バギー……ロジャーは私達で弔う。……来るか?」

 クロエはそう声をかけると、二人は号泣しながらも首を縦に振った。

「――遺体の処置は最善を尽くす」

「……頼むぞ」

 夏の雨に打たれながら、それぞれの夢と覚悟を背負い、クロエ達は海賊王(ロジャー)の故郷を出航した。

 

 〝海賊王〟ゴールド・ロジャーの処刑と、クロエ海賊団による遺体強奪事件は、世経の一面であっという間に世界に報じられた。

 ロジャーの処刑は海賊達の心をへし折るどころか心に火を灯す結果になった上、その亡骸をかつての部下に盗まれるという、世界政府の歴史上類を見ない大失態。

 大海賊時代開幕の伝説の一つとして、〝鬼の女中〟の伝説として、後世まで語り継がれることとなる。




はい、第二章開幕です!
今回の話は色々なネタを盛り込んでます。

三人目の転生者であるミリオン・ラカム君の名前のモデルは、あの〝キャラコ・ジャック〟で知られるジョン・ラカム。メアリ・リードを従え、海賊モノでよく見る「二つの剣を交差させた海賊旗」の持ち主です。ジャンプよりサンデーを愛読した彼の前世も含めたプロフィールは、またいつか。
なお、転生者はこれ以上出しません。クロエ海賊団は「転生者三人、ゲームキャラ一人、あとは原作キャラ」の構成と決めているので。

おつるさんがここで登場したのは、伝説の海兵なのに今まで出さなかったから。作者が完全にド忘れしました。(笑)

そして海賊王処刑と、遺体の強奪。
クロエの覇気に耐えきったのは、ドフラミンゴ・クロコダイル・ミホーク・モリア・ドラゴンの五名だけ。シャンクスとバギーはクロエが当てないようにしたので例外で、他の群衆は軒並み失神してます。
ちなみにロジャーの遺体がクロエに盗まれたと世経にチクったのはドフラミンゴとモリアです。(笑)


次回はロジャーの弔いと新しいクロエ海賊団の仲間を出します。
〝赤の伯爵〟って言えばわかるかな?


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第29話〝赤の伯爵〟

この作品、アニメオリジナルのキャラとかも入れよっかなァ……。
個人的には劇場版キャラのシュライヤが好きなんですよ。容姿に性格、シャベル使った戦闘とか……STAMPEDEでも一瞬出てますし……。

あれで覇気覚えたら……うへへ。


 海賊王の処刑から三日後。

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟新世界のある島で、クロエは自分の一味と弟分達とでロジャーを弔っていた。

 ロジャーの名が刻まれた墓標は、噴火口の跡のようなすり鉢状の湖の淵にある。そこから見える景色は、三方に分かれた運河と彼が制覇した大海原。

 クロエは彼が生涯掲げ続けた海賊旗を立てると、弟分達が様々なお酒を供えた。無類の酒好きだったロジャーのことだ、酒がなくては死出の旅路も退屈だろう。

「……バレット、お前には礼を言う」

「フン……見送りぐらい静かでもいいだろ」

「違いない」

 クロエは墓前でクスクスと笑う。

 この島の名は「デルタ島」と言い、今のバレットがアジトとしている島だ。

 デルタ島の外周は高波や強風の被害が大きいため、人の居住には不向きであり、中々に過酷な環境だ。元々無人島なので居住してるのはバレット一人であり、資源も少ないので海軍が補給に来ることもない。

 世界政府の目を欺くにはうってつけの場所だ。この島へ案内してくれたバレットには、感謝してもしきれない。

「……なァ、クロエ。レイリーさん達を呼ばなくてもいいのか?」

「ロジャー船長もその方が派手に喜ぶと思うぜ」

「いや……場所は教えるけど、各々で墓参りに行くようにするべきだよ。解散したロジャー海賊団の元船員(クルー)が一つの場所に集えば、さすがの世界政府も勘づく。……でしょ?」

「エマの言う通りだ、ここは身内だけが知る程度でいい。……こんな記事も出回ったしな」

 クロエが見せたのは、新聞のある一面。

 その見出しには、「ロジャーとクロエ、鴛鴦夫婦か」というとんでもないことが書かれていた。

 記事によると、クロエがロジャーの遺体を奪い去った処刑の日、彼女は息絶えた海賊王を優しく抱き締め口づけをしていたため、何らかの()()()()()()()があるのではと囁かれているそうだ。クロエとしてはロジャーに対する感謝と別れの挨拶のつもりだったが、傍から見れば愛し合った関係としか見えず、それを否定する証拠もないために話が盛られたのだろう。

「この記事のせいで、世界政府は私とバレットを消すのに必死らしい。存在自体が不都合な上、私に至ってはロジャーの子を身籠ってると思われてるらしい」

「おれとクロエは、名を上げたいカス共にとって都合のいい標的だからな」

「分を弁えない痴れ者には困ったものだ」

 クロエとバレットは、悠然と笑う。

 海賊王の元船員(クルー)の中で、「ロジャー海賊団の双鬼」と呼ばれ恐れられた二人は、海軍と世界政府から一際危険視されている。

 特にクロエは、天竜人の殺害や先日のロジャーの一件もあり、この海で最も不都合な存在となっている。バレットも一度はゴールド・ロジャーを継ぐと称されたので、多くの人間から首を狙われているが、クロエはそれ以上に狙われている立場なのだ。

 それでも笑えるのは、海賊界でもトップクラスの実力を有しているがゆえだ。

「……今後しばらくは、この島の出入りは気を付けろ。バレたらバスターコールをされるかもしれない」

「い、いやいやいや! 何もそこまで――」

「する可能性がかなり高い。掘り起こすよりも地図から消した方が都合がいいからな」

 クロエは断言した。

 世界政府が海賊王の痕跡を消すことに躍起になってる以上、今度はロジャーにまつわる全てを滅ぼす腹積もり。このデルタ島がロジャーの墓と知られれば、是が非でも島を沈めるだろう。それに〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を求める者達にこの場所がバレたら、瞬く間に海賊達の〝聖地〟となり、余計にバレやすくなる。

 ならば、この島のことを秘匿し続けた方がいい。海賊王ロジャーの安らかな眠りを、何者にも邪魔されないために。

「あっ、そうだ! これを皆に渡さないと」

 エマはコートの裏ポケットから、一枚の紙を取り出した。

「〝ビブルカード〟! お師匠から教わったんだ」

 エマはニヤリと笑いながら説明した。

 ビブルカードとは、呼ばれる人間の爪の切れ端を混ぜて作られる特殊な紙で、「命の紙」とも呼ばれている。紙に混ぜられた爪の持ち主がいる方角と生命力を啓示し、持ち主の生命力が低下すると焼滅を始めるが回復すると元に戻り、千切った一部を平らな場所に置くと持ち主の方向へジワジワと動く性質があるという。

 そしてこのビブルカードは、クロエの爪を混ぜてあるという。

「シャンクスとバギーは、もしもの時の為に」

「ありがと、エマ!」

「無くしたらハデにマズいな……」

 エマからビブルカードを受け取ると、シャンクスは麦わら帽子に挟み、バギーは懐に大切に仕舞い込んだ。

「バレットもどうぞ」

「チッ……何でこんな紙切れを……」

「またクロエに挑むんでしょ? 肝心のクロエがどこにいるかわからないと本末転倒じゃない?」

 エマの言葉にぐうの音も出ないのか、バレットはしかめっ面で受け取った。

 確かに相手の所在を把握できなければ時間の無駄だ。

「……じゃあ、私達はこれで行く。強くなったらいつでも来い」

「ハッ、せいぜいくたばらねェこったな」

 ぶっきらぼうに言葉を返すバレットにクロエは表情を綻ばせると、言葉はいらないと言わんばかりに無言を貫き、オーロ・ジャクソン号へと戻っていった。

 クロエに続き、シャンクスも彼からもらった麦わら帽子を被り直し、バギーと共に涙ながらに別れを告げた。

 

 後にデルタ島には、シャンクスから預かった麦わら帽子を被った海賊が訪れることになるが、それは遠い未来の話。

 

 

           *

 

 

 ここは大監獄インペルダウン「LEVEL6」。

 別名〝無限地獄〟と呼ばれる、超大物や伝説級の危険人物が幽閉されているフロアのある独房で、大海賊〝金獅子のシキ〟は嬉しそうに笑い声を上げていた。

 理由は一つ。クロエがロジャーの遺体を奪い去ったことだ。

「ジハハハハハ……!! やってくれたじゃねェか、ベイビーちゃん……!!」

 口から出た言葉は、シキなりの最大級の賛辞だった。

 シキは思想の違いから、ロジャーとは長年戦争に近い対決を繰り広げており、適合することはなかった。だが同じ時代をやってきた者として、誰よりもロジャーを認めていた。ゆえにロジャーが海軍に捕まったのは今でも信じられないし、あまりにも不甲斐ないと失望した。

 そしてロジャーは、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を遺して死んだ。それは全世界の人々を海へ駆り立てたが、シキとしては新世代の海賊達など宝目当てのミーハー共に過ぎず、正直邪魔で仕方がない。

 そんな鬱屈した中で飛び込んだ、ロジャーの遺体を元船員(クルー)に奪われて取り逃したという世界政府の大失態。それを聞いたシキは、その報せを誰よりも喜んだ。

「海軍や政府のカス共から、よくロジャーを奪い返した……!!」

 笑みを浮かべながら、シキは初めてクロエと出会った日々を思い返した。

 

 当時の彼女はロジャーの部下ではなく、一匹狼のルーキー海賊。だが彼女はシキが見下すミーハーではなく、ロジャーや白ひげと同じ「本物の海賊」の気配を纏っていた。しかも覇王色の覇気の覚醒者で、とんでもないポテンシャルの持ち主でもあった。あの日以来、シキは彼女のことを何となく気にするようになり、その動向には注視していた。

 次に会ったのは、新世界エッド・ウォー沖。クロエがロジャーの部下となり、初めて本格的に戦った時だ。最初に出会った頃とは比べ物にならない強さと覇気を得て、世間でロジャーを継ぐと言われる〝鬼の跡目〟と共に艦隊を蹂躙した。その時の強さを目の当たりにし、シキはクロエを一目置くようになった。

 

 そして、今回の大事件。シキの中でクロエの好感度は鰻登りだ。

 彼女もまた、ロジャーにこだわる人種なのだろう。

「見てろよ、ロジャー……!! ジハハハハハ……!!」

 一度は牙を折られたシキは、ひとまず先日の傷を癒しながら、今後の計画を人知れず描き始めるのだった。

 

 

           *

 

 

 数週間後。

 〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を求めて数多の海賊達が名乗り上げる中、クロエはある海賊と交戦していた。

「ぐっ……」

「……私の勝ちだな、レッドフィールド」

 切っ先を突きつけるクロエの前で倒れるのは、黒と赤を基調としたマントや衣装を纏い、胸に青色の薔薇を付けた長身細身の男。

 男の正体は、〝赤の伯爵〟パトリック・レッドフィールド――かつてロジャーや白ひげ、金獅子と同じ時代をやってきた大海賊の一人であり、誰とも組むことなく渡り合ったことから〝孤高のレッド〟とも呼ばれる超大物だ。

「ハァ、ハァ…………我の〝見聞色〟が通じないとは……」

「〝見聞殺し〟で無効化したんだ、大した方だと思うぞ?」

 化血を肩に担ぎながら、クロエはレッドの実力を称えた。

 初対面ではあるが、クロエはレッドの噂は耳にしており、レッドもレッドで一人海賊として暴れ回っていたクロエを意識していた。いきなり戦闘となったが、こうして対峙するのは孤高の海賊としての運命とも言えた。

 その戦闘も、当初はレッドの強い見聞色で気配をカモフラージュされて苦戦したが、〝見聞殺し〟を発動したことで形勢逆転。覇王色の覇気を纏った攻撃で猛反撃して彼を追い込み、一瞬の隙を突いて鳩尾を八衝拳で殴って悶絶させ、〝降伏三界〟で飛ぶ打撃を叩き込んで勝利を収めた。

「……私はもう気が済んだ。ここまでにしておいてやる」

「……フィ~」

「ったく……手当てするからこっち来い、船長」

 戦いを見届けたエマは安堵の溜め息を吐き、ラカムは呆れ返った。

 クロエは大人しく治療を受けていると、レッドがクロエに声をかけた。

「待て、〝神殺し〟……!!」

「……あまり無理するな」

「我は全て捨ててきた……!! ロジャーや白ひげに勝つため、仲間も情も捨てたというのに……!! 我は、貴様にも勝てなかった!!」

 血反吐を吐く勢いで、レッドは叫ぶ。

 圧倒的を通り越して、異次元とも言うべき強さを有したロジャーと白ひげ。その力の差を前にレッドはこの海の王になる夢を諦めた。だがそのまま海賊稼業から退くことはせず、せめて最後にと自らと同じ「孤高の海賊」であったクロエを倒し、再起を図ろうとした。

 だが、レッドはクロエに敗北した。凄まじい力の差を見せつけられて。

「貴様はロジャーの傍に居ただろう……!? 我はロジャーやニューゲートと、何が違う!? なぜ奴らはあんなにも強い!? 答えろっ!!」

「捨てようとしなかったところだろう」

 クロエの即答に、レッドは目を大きく見開いた。

「全てを捨ててきた貴様と、一度も捨てることをしなかったロジャーとニューゲート……その時点ですでに実力差はついたんだ」

「何、だと……?」

「自分にとって大事なモノを全部守りたいから、ロジャーとニューゲートは強い。……レッドフィールド、貴様にとって大事なモノは何だ?」

 クロエの言葉に、レッドは何も言えなくなった。

 全てを捨てるということに、大事なモノ――仲間や情けも含まれていたのだ。

 野望の為に仲間を切り捨てたレッドと、仲間と共に野望を叶えたロジャーとでは、そもそもの海賊としての在り方の時点で勝敗が決していたのだ。

「私が一人海賊としてやってたのは、仲間は弱さだと切り捨てたわけじゃない。単に性に合ってたからだ。そしてロジャーとぶつかって負けて、成り行きで仲間となった」

「貴様が一人海賊だったのは……我の思い違いだったのか……」

「バレットはまた別だがな。……まだやるか?」

 クスッと笑みを溢すクロエに、レッドは「我も気は済んだ」と笑った。

「ロジャー亡き今はニューゲートの時代……そして我はロジャーを継ぐ者にも負けた。もはやこの海に思い残すことはない……」

「ウソだよ」

 自嘲したレッドの言葉を、エマは一蹴した。

 いつものノリの軽さは鳴りを潜め、眼差しは真剣そのものだ。

「……何を言う、王直の娘」

「自分の名をこの海に知らしめて、ロジャー船長のように時代に名を残す海賊になりたいって、まだ顔に残ってるもの」

 エマの言葉に、レッドは青筋を浮かべて睨みつけた。

 それでも、エマは一切怯むことはなかった。

「レッドさん……何ですぐ夢を捨てるの? 実力差がありすぎたから? それを言うならクロエやバレットだってロジャー船長に負けてるし、私だってお師匠にまだ及ばないよ! そうやって安易な道を選んでるからじゃないの!?」

「黙れ、王直の娘!!!」

「誰が黙るもんかっ!! ロジャー船長は不治の病を患っても、それを言い訳に世界一周を諦めたりはしなかった!! 夢を追うことの楽しさと苛酷さから目を背けなかったロジャー船長に、夢を安易に捨てるあなたが敵いっこない!! 必死に夢を追う人間を侮辱するな!!!」

 覇王色を放ちながら感情を爆発させたエマに、前世も含めて怒ったところを見たことがないクロエは息を呑み、ラカムもその気迫を前に一筋の汗を流した。

 一方のレッドは、圧倒的な力を持っていたロジャーが不治の病を患っていたという事実に、衝撃を受けていた。

 本当ならその時点で夢を諦めてもいいのに、ロジャーは諦めずに必死に命を繋ぎ、前人未到の世界一周を成し遂げたというのだ。それに対し自分は、肉体は全盛期を過ぎようとしているが限界を迎えたわけではないし、心も燻ぶっているというのに、夢を追う気を捨てようとした。

 確かに、エマの言う通りだ。

「ハァ、ハァ……」

「落ち着け、副船長」

「……それで、我をどうするつもりだ……」

 ラカムが息を荒くするエマを宥める中、レッドはクロエに質した。

 海賊の世界では、負けたら命までとられても文句は言えないし、卑怯という言葉も通用しない。ゆえに海賊の世界の勝者は、敗者の生殺与奪を握り、煮るなり焼くなり自由なのだ。

 クロエは悪名高き〝鬼の女中〟。世間では非常に攻撃的な海賊として知られ、海賊王の船員の中でもとりわけ危険視されていたという。彼女が噂通りの女ならば、ここで自分を葬ってもおかしくない。

 だが、彼女が発した言葉は耳を疑うものだった。

「レッドフィールド、私の船に乗れ」

「何っ……!?」

「「ハァッ!?」」

 クロエは何と、レッドを自分の一味に入るようスカウトした。

 いくら負けた相手を煮るなり焼くなりできるとはいえ、あまりにも突拍子もない。

「……理由を、聞こうか」

「私はロジャーに負けたから仲間になった。自分から申し出たわけじゃない。……ならば私に負けた貴様も、私の言葉に従う責任が生じるだろう。ちょうど仲間集めの最中だしな」

「え~? 本当はロジャー船長を直接知る人を減らすのが嫌なんじゃないのォ?」

 ぶっきらぼうに返事するクロエを、エマはニヤニヤしながら茶化した。

 クロエはロジャーに対する想いが強いから、若い頃からロジャーを知る人間を仲間にしたかったのではないのか……エマはそう考えているようだ。

「そこんところ、どうなの? 教えてよ、クロエ船長」

「エマ……今日の夕飯、お前の皿にだけタタババスコかけてやろうか」

「すいませんでしたっ!」

 クロエに睨まれ、エマはキレイに頭を下げた。

 ただ反応としては、エマの指摘は一理あるようだ。

「レッドフィールド、嫌なら結構だ。それもまた自由だ」

「……我を従え、海の支配者を目指すか?」

「的外れもいいところだな。海賊に支配なんてものは似合わないだろう」

 クロエの言葉に、レッドは無意識に()()()と面影を重ねた。

 誰よりも自由を愛し、誰よりも支配を嫌っていた、かつてのライバルを。

(面白い女だ……) 

 ロジャーの生き様を見続けてきた女の返事に、〝赤の伯爵〟は口角を上げて気を失った。

 

 

           *

 

 

 翌日、レッドはオーロ・ジャクソン号に乗船した。

 完全に傷は癒えてないのか、今のレッドは包帯をあちこちに巻いた痛々しい姿だが、それでもなお威厳を損なわないあたり、さすがと言えよう。

 そんな中、全員で食事を摂っているとラカムが口を開いた。

「……船長、あんたは世界転覆でも考えてるのか?」

「急にどうした?」

 突然のラカムの言葉に、三人の視線が集中する。

「よく考えろ、この一味(チーム)は異常だぞ」

「え? どこが?」

「政府からしたら不都合のバーゲンセールだろ、この面子」

 ジト目で呟いたラカムに、その意味を察したクロエとレッドは愉快そうに笑い、エマは顔を引き攣らせた。

 現状たった四人だが、その内の二人は元ロジャー海賊団で、先日加入したばかりのレッドも元を辿れば海賊王世代の大物。しかもクロエはガープとも戦った〝錐のチンジャオ〟に拾われて成長し、エマに至っては〝王直〟の寵愛を受けてきた。

 クロエ海賊団は、ロジャーだけでなくロックスの系譜も引いていたのだ。この事実だけで懸賞金が一気に跳ね上がるだろう。

「おれなんか覇王色持ちじゃないし、ボンボンな経歴でもないし……」

「案ずるな、我も覇王色の使い手ではない」

「ハァ~……伝説の海賊の英才教育は違うな……」

 そうボヤいた時、水兵帽を被って首から新聞の束を入れた赤いカバンをぶら下げたカモメが降り立った。

 世界政府が広報のために新聞配達を行わせているニュース・クーだ。金さえ払えば誰でも新聞を購入することができるため、世界情勢を知る上では欠かせない情報源だ。

「……やっぱりな。一面で載ってるぞ」

 金を払い、一面に目をサッと通してクロエに見せつける。

 一面には、「〝孤高のレッド〟、クロエ海賊団加入」という見出しが載っていた。情報が出回る早さに、レッドとエマは感嘆とした。

 記事によると、悪名を轟かせるクロエの首を取らんとしたレッドが返り討ちに遭い、彼女に従いクロエ海賊団に加入したと書いてある。あながち間違いではないので、否定はできない。

「……これで我に逃げ場はないということだな」

 レッドは諦めたように笑うと、クロエを見据えた。

「……こうなった以上、責任は取ってもらおうか。クロエ・D・リード」

「ああ……クロエ海賊団へようこそ、パトリック・レッドフィールド」

 クロエとレッドは握手を交わす。一味最年長の正式加入だ。

 エマはニカッと笑うと、嬉しそうに声を上げた。

「やったね! じゃあ宴しようよクロエ! 新しい仲間の為に!」

「今はそういう気分じゃないから、また今度な」

「我も同じく。病み上がりだ」

「おれも。少し新聞を読みたい」

 要望を三人に一蹴され、エマは「ノリ悪すぎない!? この一味!!」と頭を抱えたのだった。




エマちゃんも一度キレると中々に荒ぶるんです。(笑)

次回あたりから、クロエ海賊団が本格的に暴れます。
カイドウとワノ国を懸けた戦争とか、バスターコールかけられたとか、脱獄した金獅子の来襲とか……色々ネタはあるんで、乞うご期待。


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第30話〝ワノ国とバカ殿と龍〟

今回はクロエ海賊団の古参メンバーが登場します。
話の進み具合に合わせて少しずつメンバーを増やしますが、とりあえずはこれで固定です。

作者は、モブを強化したいのです。

現時点の時系列は、大海賊時代開幕から一年が経過したあたりです。


 大海賊〝赤の伯爵〟を仲間にしたクロエは、その後も仲間を集めた。

 

 二本の刀を逆手持ちにして戦う、二刀流剣士のドーマ。

 長い金髪と長いアゴを持ち、帯電した剣を扱うマクガイ。

 全身緑の服を頭まで着た、瓶底眼鏡のような目と極度のすきっ歯が目立つデラクアヒ。

 ドクロマーク付きの三角帽を被った、身長270センチのクロエも見上げる大男の(アー)(オー)

 

 彼らは皆、クロエの強さと度量に惹かれた者達でもある。圧倒的な戦闘力と器の大きさに惚れこみ、志願してオーロ・ジャクソン号に乗ったのだ。

 この大海賊時代の頂点は、ロジャー亡き今の世界で最強の大海賊と謳われる〝白ひげ〟だが、クロエも〝神殺し〟の悪名高さも相まって、ロジャー海賊団解散後に結成してわずか二年で世界屈指の女海賊となった。

 

 そして、今日も徒党を組んで攻めてきた海賊船三隻を返り討ちにし、宝箱や金品を奪いつくした。

「スゲェ数のお宝だど!」

「大収穫じゃない!」

「これで当分食っていけるぞォ!!」

 イェーイ!! と肩を組んだり万歳をして盛り上がるエマ達。

 クロエとレッドは落ち着き払っているが、順風満帆の海賊稼業に満足気な笑みを浮かべている。

「さてと……盛り上がったところで、次の目的地の説明をする」

『!!』

 クロエは樽のイスに腰掛けると、次の目的地の説明をした。

「次に行くところは、私とエマが必ず行く必要がある場所だ」

「ほう……一体どこだ?」

「〝ワノ国〟」

 クロエが口にした国の名前に、デラクアヒは目を見開いた。

「聞いたことがあるど! 世界政府未加盟国で、侍と呼ばれる戦士が強すぎて世界政府すら立ち入れない強国だど!」

「あの鎖国国家の? 船長と副船長は一体どういう関係が?」

 髭を弄りながら尋ねるマクガイに、エマが答えた。

「私とクロエが、ロジャー海賊団だってことは知ってるでしょ?」

「ああ、酒の席で聞いた。二人は海賊王の一団の若き戦力だと」

「それにしても、あの時の副船長の絡み酒は酷かった」

『うんうん』

 ラカムの罵倒に全員が首を縦に振ったのを見て、エマは「やかましいよ!!」と銃口を向けて一喝。

 全員が目を逸らしたところで、咳払いして話を続ける。

「ゴホン! ……そのロジャー海賊団の時の仲間だった光月おでんって人が、ワノ国の統治者なの」

「光月おでん……ニューゲートの船に乗ってたと我は聞いたが?」

「その光月おでんで正解だ。ロジャーがニューゲートに土下座してまでスカウトした」

『海賊王が土下座……!?』

 クロエの口から語られる海賊王の秘話に、息を呑む一同。

「ゴールド・ロジャーが敵に頭を下げたのか……!?」

「だが海賊にも人間関係はある。ロジャーとニューゲートはライバルであったが、同時に親交も深かった。我としては別に不思議ではないな」

「海賊王世代はやっぱ違うな……」

 ドーマはしみじみと呟いた。

 レッドもまた、ロジャーと面識があった身。大海賊同士の付き合いもあるというものだ。

「そのワノ国に、一体何の用が? 顔馴染みとの再会ですかな?」

「それもあるが、一番はあの国の異変を知るためだ」

 クロエはワノ国の現状を説明した。

 ワノ国はおでんの言葉だと、自由な商売で賑わう緑豊かな国家らしいが、ロジャー海賊団時代に訪れた際は、土壌汚染や水質汚染が進んで荒廃していた。いわゆる「ディストピア」という有様だった。

 クロエとエマは、今のワノ国には悪政を敷く暴君と圧倒的な力を持つ何者かが手を組んでいると踏んでおり、ロジャー海賊団解散後に必ず立ち寄って倒そうと決めていた。

「ニューゲートは弟分のおでんにそんなマネは絶対しないし、シキはインペルダウンにいて一味の統率ができない状態。考えられる黒幕はビッグ・マムかもな……」

「いや、船長。その黒幕は〝百獣のカイドウ〟だと思うぞ」

 クロエの予想とは違う名前を口にしたのは、(アー)(オー)だった。

 彼曰く、ここ最近カイドウが率いる「百獣海賊団」が勢力を一気に膨らませ、保有する大砲や銃火器の性能が飛躍的に高まっているという噂があるという。ワノ国は高い加工技術を持つ国としても知られているので、その情報が真実ならば黒幕はカイドウの可能性が高い……ということだ。

 百獣海賊団は、圧倒的な強さを誇るカイドウに惚れ込んだ者達が集った集団。下っ端でも並の海賊とは比べ物にならない強さであり、幹部格は凄まじい強さを有する動物(ゾオン)系能力者が脇を固めているとされている。

「成程……カイドウは手強そうだな」

()()()()()()()()()おれ達でどうにかなるだろうが、侍達がどう出るかだな……」

 ラカムが不安視しているのは、ワノ国の侍達だ。

 ワノ国の侍は、世界政府でも警戒する程の戦士だ。彼らが味方に付けばいいが、弱みを握られたり心を折られたりして、百獣海賊団に味方されると厄介だ。それにワノ国を支配する将軍も、あらゆる手段を使って自分達を排除しに来るに違いない。

「ってことは、百獣海賊団とそれに従属する侍達との全面戦争って考えるべきか?」

「それだけではないぞ、ドーマ。将軍直属の配下にも能力者がいる可能性がある。そいつらの制圧も考えねば」

「兵力差ばかりは予想がつかねェ。こうして向かっていても、その時には倍以上に膨らんでるかもしれねェしな」

 ドーマとマクガイ、ラカムが意見を出し合う。

 クロエの方針上、一味は統率がしっかり取れるように少数精鋭と決めている。覇気の練度を考えると、クロエはカイドウと正面でやり合えるが、脇を固める幹部格はそう簡単にはいかない。

 そう考えると、クロエ海賊団だけではなく、おでん達と連合を組んで百獣海賊団を追い出した方が効率も都合もいい。

「……まあ、とりあえずはここまでだ。ワノ国に()()()入国したら続きをしよう」

「無事に? そんな危険なのか?」

「ああ。ワノ国は滝を登らないと入れないからな」

『……え゛ーーーーーっ!?』

 レッドを除いた一味の面子の叫びが木霊したのだった……。

 

 

           *

 

 

 クロエとエマのロジャー海賊団時代の航海の記憶を頼りに、巨大な鯉に引っ張ってもらいながら一行はワノ国への入国を果たした。

 船がワノ国の者達に見つからないよう、近場の岩の洞窟に隠し、砂浜から山中の竹林を抜けると……。

「これがワノ国だと? 我が昔聞いた話とは違うではないか」

「そうなのか?」

 レッドは複雑な表情で、眼前に広がる荒れ果てた大地を見つめていた。

 彼がルーキー時代に聞いた話だと、ワノ国は他所者を寄せ付けない鎖国国家で、世界政府非加盟国ながら世界貴族の介入すらもできない国力を有しているとのことだ。国力は軍事力だけではなく経済力や技術力も含み、海軍ですら真面に近寄れないのだから、相当な富と武力を持っていると考えていたのだ。

 だが、蓋を開けてみれば噂とは程遠い荒廃ぶり。聞いて極楽見て地獄なんて言葉が生易しく感じる程だ。

「いくら海外との情報のやり取りも行われていないとはいえ、ここまで違いがあるのはおかしい。政変やクーデター、あるいは侵略を受けた可能性がある。……いや、それら全てが畳み掛けたのだろう」

 長年の経験で培った洞察力から、レッドはワノ国が危険な状態に陥っていると読んだ。

 その読みはクロエとエマも同様で、想像以上の悪環境に戸惑っていた。

「……確かおでんさんって、九里の大名だったよね?」

「ここはあえて、首都へ向かおう。おでんは将軍の跡目だ、政治の中心にいる可能性が高い」

 クロエは、おでんの立場がどうなってるかわからないが、ひとまず首都に行けば事情が分かるのではと推測する。

「あー……じゃあ船番一応おれがやっとくわ」

「おれもラカムと残るど!」

「……気を付けてな」

 ラカムとデラクアヒが船番を担当すると言い、その言葉に甘えてクロエ達はワノ国の首都――花の都を目指した。

 そこでかつての仲間である光月おでんと出会うのだが、クロエにとって()()()()()()最悪の再会となってしまうことになる。

 

 

           *

 

 

 数時間後、花の都。

 その大通りでは、民衆からバカ殿呼ばわりされてる光月おでんが、海賊クロエに半殺しにされていた。

「貴様は何をしてるんだ……!」

「ず、ずびばぜん……でじだ……!」

 公衆の前でおでんをボコボコにするクロエは、ドスの利いた声で質した。

 烈火の如く怒る〝鬼の女中〟に、レッドは「あれでは君主は務まらんな」とボヤき、エマ達は顔を引き攣らせた。ああなった以上、誰も手に負えない。

「久しぶりに顔を出したら何だそのザマは? 天下無敵の光月おでんも地に堕ちたな。大通りで褌一丁で踊ってる最中に再会とは失望した」

「い、いやァ、おれもお前らが来るとはちっとも思ってなくてよォ……」

 おでんは弁明したいところだが、そう簡単に伝える訳にも行かず困り果てた。

 

 というのも、一年前におでんはこの国を支配する現将軍・黒炭オロチがカイドウと手を組み国民達を苦しめていることを知り、オロチを仕留めようとしたが、ワノ国中から誘拐した人々を見せつけられて手が出せなくなったのだ。

 オロチとしても、おでんと真っ向から戦うのは分が悪いと判断し、人攫いをやめるための取引をした。その内容は「おでんが週に一度花の都で踊る度に、誘拐された者を100人ずつ解放する」「オロチとカイドウは船を造り、5年後にその船でワノ国を出て行く」というもので、卑劣極まりない脅迫だった。

 だがおでんはこれを承諾した。オロチが将軍になった理由は「ワノ国を滅ぼすため」であり、国を二分した戦争に持ち込んで勝っても国力の疲弊は明白だからだ。オロチとカイドウを倒せたは良いが、それと引き換えにワノ国もまた滅んでいたとなれば本末転倒だからだ。

 おでんは決断し、国民に蔑まれながらも欠かさずに踊り続け、国中を回り誘拐された人々がいないかを確認した。無駄に血を流さないために。

 そこへ幸か不幸か訪れたのが、ワノ国に想うところがあった〝鬼の女中〟と〝魔弾〟だ。前世は元日本人だった二人は、生まれた国と酷似した場所の荒廃ぶりを無視できず、独立後は是が非でも上陸して救おうと画策していたのだ。

 

 おでんとしては、かつての仲間が来てくれたことは心強いし、事態の打破に繋がると考えていたが……。

「い、一応ここはおれの故郷なんだ! いくら同じ釜の飯を食った間柄とはいえ――」

「黙れ、痴れ者が」

「ヒエッ……」

 覇王色の覇気を放ちながら吐き捨てるクロエに、引き攣った声を上げるおでん。

 するとクロエは、上空から強い気配を感じ取って抜刀した。エマとレッドも感じ取ったようで、それぞれライフル銃と傘に手を伸ばす。

 数秒後、突如として空が曇り、そこから巨大な水色の東洋龍が現れた。

「龍!?」

「何だありゃあ!?」

「おいおい、聞いてねェぞ……!」

 そこらの海王類よりも大きな生物の飛来に、マクガイ達は怯み、住民達は恐れ戦いた。

 おでんは「カイドウ……!」と忌々し気に睨みつけているが、当の本人は無視してクロエを注視した。

「……ウォロロロロ……!! 〝鬼の女中〟クロエ・D・リードだな?」

「……貴様が〝百獣のカイドウ〟か」

「いかにもそうだ……!!」

 カイドウは龍の形態から元の人型に戻ると、クロエの前に地響きと共に降り立った。

 長い髭と巨大な角、左肩から腕にかけて鱗のような赤い刺青、黒いザンバラの長髪が特徴的な魔人のような風貌だ。ジャケットの腕に紫色の毛皮のマントを羽織り、その手には巨大な金棒が握られている。

「まずは挨拶代わりだ!!」

 カイドウは金棒「八斎戒」を振り下ろし、クロエは化血を下から上に向けて弧を描く様に振るって迎撃した。

 

 ドォン!!

 

 両者の覇王色が衝突し、天が割れる。

 同時に凄まじい衝撃波や赤黒い稲妻が迸り、花の都を震わせる。

「ふんっ!!」

 クロエは化血に覇気を一気に流し込み、カイドウを大きく弾いた。

 大きく仰け反ったカイドウは、数歩後退り、その隙に跳躍する。

「〝神威〟!!」

 自身の得意技――覇気を纏った飛ぶ斬撃を、カイドウに放つ。

「〝(らい)(めい)(はっ)()〟!!」

 膨大な覇気を纏わせた八斎戒を振り抜き、クロエの斬撃を跳ね返す。

 跳ね返された斬撃はクロエに向かうが、〝神凪〟を空中で行って真っ二つに両断して急接近。迫る赤い刃をカイドウは真っ向から受け止め、そのまま弾き飛ばすが、クロエは空中で受け身を取って着地する。

「ウォロロロ……! 噂以上だな……さすがと言うべきか?」

「それはこっちの台詞だ」

 睨み合う両者。

 その様子を見守る者は、何もクロエ海賊団やおでん、民衆だけではない。

「何なんだあの女は!? カイドウと互角に戦えるのか!?」

 都の中心にある城の天守から、紫色の丁髷頭に王冠を被った、獅子舞を彷彿とさせる顔立ちの男が望遠鏡で覗き込んでいた。

 ワノ国を悪政で統治する、現将軍の黒炭オロチだ。

(余所者の海賊が来たという報告はあったが……よりにもよってカイドウと互角だと……!?)

「ま、間違いない……あれは〝鬼の女中〟だよ、オロチ!!」

 オロチの隣に、占い師のような姿をした老婆――黒炭ひぐらしが狼狽えた様子で叫んだ。

「お、〝鬼の女中〟……?」

「そうさ、海賊王ゴールド・ロジャーの部下だった女さね!! 今この海で最も恐れられてる海賊の一人だよ……!!」

 ひぐらしの顔から笑みが消え、代わりに戦慄が浮かび上がっている。

 怒り狂ったおでんを前にしても余裕綽々だったというのに、クロエがいると知った途端に縮こまっている。オロチはクロエがとんでもない海賊だと察し、顔を青褪めた。

 城の天守がお通夜状態に近い中、クロエは刀を肩に担ぎながらカイドウにある提案をした。

「カイドウ、私から提案がある」

「ん?」

「私はこの国に思い入れがある。だからどうにかして自由にさせたいと思ってる。だがお前らは話し合いで折れる連中ではないのも事実。だからお互いに納得のいく解決方法にしよう」

 クロエはカイドウに切っ先を向け、覇気を放ちながら言い放った。

「――この私と、ワノ国を懸けて全面戦争だ」

「!!」

『ぜっ……全面戦争!?』

 クロエの宣戦布告にカイドウは驚愕し、おでんや民衆は勿論、ドーマ達も騒然とした。

 唯一、エマだけは「そうだと思った……」と呆れた笑みを浮かべている。

「……」

「嫌なら、やめたっていいぞ?」

「……ウォロロロ……ウォロロロロロロロォ!!!」

 カイドウは都中に響き渡る程の声で爆笑した。

 その顔には嘲りや侮蔑は一切なく、高揚と歓喜に満ちている。

 あの海賊王の部下として悪名を轟かせた、伝説の〝鬼の女中〟と戦える。前々から戦ってみたかった相手が、自分との戦争を申し出ているのだから、受け入れない訳などなかった。

「そう来なくちゃあ面白くねェ!! 受けて立つぞ!!」

「なっ!? おい、カイドウ!! ここはおれの国だぞ!!」

 カイドウがクロエの申し出を承諾したことに、天守から大声で怒りを露にするオロチ。

 それが酷く癪に障ったのか、カイドウは鬼の形相で城に向いて八斎戒を振るった。

「〝金剛鏑(こんごうかぶら)〟!!」

 

 ドゴォン!!

 

「「ギャアアアアアアアッ!?」」

 カイドウは飛ぶ打撃で城を攻撃し、天守閣を吹っ飛ばした。

 協力関係だった一族を躊躇いなく攻撃した彼に、クロエは思わずきょとんとした表情を浮かべ、因縁の深いおでんですら唖然とした。

「おれにとっちゃ光月家も黒炭家も、どうでもいい話だ!!! 今のおれにとって大事なのは、クロエとの戦争だけだ!!!」

 カイドウは覇気を放ちながら、八斎戒の先端をクロエに向けて叫んだ。

「クロエ、三日後だ!!! 三日後に()(どん)で、おれとお前の全面戦争を始めようじゃねェか!!! 勝った方がワノ国を支配する!!!」

「兎丼……あとで場所を聞いておこう。二言はないな?」

「ウォロロロロロ……!! 勿論だ、海賊の世界にも仁義はある……!!」

 カイドウはそう言い残すと、龍に変化してどこかへと飛び去って行った。

 その姿をクロエは見送ると、愕然とする一同に向けて告げた。

「そういう訳だ。三日後にカイドウと()るからよろしく」

「おお、そうか……ってなるかァァァァァ!!」

 化血を鞘に収めたクロエに、おでんは切羽詰まった表情で迫った。

 ボコボコの顔で迫る姿は、中々に不気味だ。

「クロエ、ここはおれの国だぞ!? いたずらに戦場にされてたまるかってんだ!!」

「おでん、()()()()()()()の人間は最終的に戦って事を決める。無血で解決しようとしても、どの道戦争だ」

「ぐっ……」

「それにわざわざ場所まで指定してくれたんだ。戦場になる兎丼の民衆の避難は三日もあればできるだろう?」

 クロエの言葉に、おでんは何も言い返せなくなる。

 ワノ国の国民を守るため、どうにか血を流さないようにとしてたが、クロエとカイドウのやり取りで察してしまったのだ。

 何の犠牲もなく、カイドウをワノ国から追い出すことはできないのだと。

「ぬぅっ……!!」

「おでん、私はこのまま三日後にカイドウと戦う。叩くなら今しかない。下手に時間を稼がれて兵力差が広がられたら手に余る」

「……止まらねェのか」

「止まったら、この国は終わる。世界政府に付け入る隙を与えないためにも、このまま突っ走った方が被害が少ない」

 クロエは、今こそが国を取り戻す最後のチャンスだと語る。

 カイドウは「光月家も黒炭家もどうでもいい」と本音を暴露した。それはつまり、拠点と武力が欲しかっただけであって、ワノ国は単に都合がよかったに過ぎないのだ。

 それに海賊が相手である以上、遅かれ早かれぶつかっていたし、ロジャーや白ひげのように約束や取引をきっちり守る方が少数派だ。おでんはそのあたりの認識が甘かったのだろう。

「まあまあ。総力戦になるとはいえ三日も猶予くれたんだし。色々作戦会議しといた方がいいんじゃない?」

「そうだな……ひとまずは場所を変えよう。おでん、何かいい場所あるか?」

「っ……」

 おでんは苦い顔を浮かべるが、腹を決めたのか一呼吸置いた。

「……九里に来い。おれの城で全て話そう」

 

 

           *

 

 

 聖地マリージョアにて。

 五老星は破竹の進撃を続けるクロエ海賊団に悩まされていた。

「これは面倒なことになったな……!」

「ロジャー亡き今、この女を御せる者はおらんからな……」

「厄介なのは、二人の実力以上に()()だ……クロエがチンジャオの弟子で、グラニュエールが〝王直〟の義子だ……!!」

「ロジャーとロックスの両方の系譜を引く海賊団など、前代未聞だ……!! 手の打ち方を間違えれば、他の海賊達への抑止が困難になるぞ」

 一筋の汗を流しながら、五老星の一人――ジェイガルシア・サターン聖は語る。

 大海賊時代が開幕し、海賊達の数は膨れ上がった。その中でも五老星が危険視しつつも迂闊に手を出せないのが、クロエ海賊団だ。

 というのも、クロエ海賊団の戦力はぶっちゃけた話、冗談抜きで国家戦力級である。一味のツートップが海賊王の元船員(クルー)であり、仲間になった面々の中には海賊王世代の大物であるレッドが在籍している。他に確認できてる面々は、まだ海賊としてあまり名を馳せてないが、クロエが仲間と認めるだけの実力はあるのだろう。

 何より、五老星が頭を抱えている通り、二人の育て親も伝説と呼ばれる海賊だ。しかもエマに至っては、あの忌々しいロックス海賊団の王直の寵愛を受けており、随分と気に入られているときた。

 ロジャーの痕跡の抹消は優先事項だが、だからといってクロエ海賊団と衝突してしまうと、せっかく大人しくしてる王直を刺激するという事態になる。最悪の場合、クロエ海賊団を壊滅させたら王直が報復に来る……という可能性すらあり得る。

「〝鬼の跡目〟やオハラの学者達もあるが……ひとまずは〝鬼の女中〟の動向だ」

「うむ。バスターコールも天竜人も恐れん女だ、一番何をしでかすかわからん」

「〝魔弾〟にも注意せねばな……王直との関係も見過ごせんぞ」

 世界政府の最高権力ですら、英雄ガープをもってして「筋金入りのじゃじゃ馬」と称される女海賊には手を焼くのだった。




本作のオリキャラですが、現時点でクロエ24歳、エマ21歳、ラカム16歳となってます。

エマの同い年はキュロス、首領・クリーク、雨のシリュウ。
ラカムの同い年はシャンクスとバギー。
ラカムはクロエ海賊団の年少さんなんですよね。

あと、ドーマ達は髭が短い感じですね。若いので。年齢的にはマルコやイゾウと同い年だと勝手にイメージしてますので、二十代前半で。


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第31話〝クロエVS.(バーサス)カイドウ〟

今回の話では、ラカムの強さが垣間見えます。


※2023年5月19日 ラカムの技名を変更しました。


 カイドウと戦争の約束をしたクロエ達は、おでん城に案内された。

「馬鹿か貴様」

「何だと!?」

「いや、そこは私も同意するよ……」

 呆れ返るクロエに憤慨するおでんだが、エマはクロエに同意した。

 彼の口から、カイドウとオロチと交わした契約のことを聞いたのだ。

「脇が甘すぎる。戦争で犠牲になる人間は出なくても、ワノ国の滅亡を目的とするオロチが悪政をやめる訳ないだろう。見守りの巡回をしていたようだが、それでも裏で犠牲者が出たら助けられないのは火を見るよりも明らかだぞ」

「うっ……そ、それは……」

「何より時間を掛ければ掛ける程、カイドウ達の戦力も肥大化するし、オロチもおでんの戦力となる連中を始末しに動くに決まってるだろう。その場の口約束を信じて踊り続けるなんて愚の骨頂だぞ」

 ボロクソに言われるおでんは、意識が遠のきそうになった。

 一連の流れを見ていた彼の家臣達も、こればかりは賛同しているのか無言で頷いていた。

「まあまあ、国を守るためだったんだからその辺で許してやってよ。一人で抱え込んで正常な判断が出来なくなってたのかもしんないし、まず治世者として相性最悪だったんだし」

「ぐはっ!」

「お前も中々の毒を吐くじゃないか」

 擁護どころか止めを刺すエマに、胃に穴が空いたのかおでんは倒れた。

 妻のトキや息子のモモの助は駆け寄るが、おでんは青い顔で「大丈夫だ……」とか細く返事した。

「それより、お前はどうするおでん」

「……?」

「百獣海賊団の迎撃は前提として、戦力だよね……私とクロエ達は行くけど、オロチも戦力があるからそっちも警戒しないといけないし」

 エマの言葉に、おでんは悩んだ。

 この国の軍権を握ってるのはオロチであり、各郷の大名はともかくその部下達はカイドウに畏縮している。花の都でも何が起こるかわからないし、オロチがカイドウの支援の為に進軍するとなったら、屈強な侍達も人質の件で従わざるを得なくなる。

 そうとなれば、九里もまた危険に晒される。前回のようにトキが傷つくことがあってはならないし、家族に手を出されないようにせねばならない。

「花の都は、ヒョウ五郎がいるから問題ねェ。〝流桜〟の扱いに長けた豪剣使いだからな」

「おでん様、九里は我々にお任せを」

「本来なら私達も出陣すべきでしょうが、いたずらに戦力を割く訳にも行きません」

「クロエ殿達とおでん様がカイドウと戦い、我々は残って民衆を守るのが一番かと」

 家臣である錦えもん、お菊、雷ぞうが意見を述べる。

 いずれも全員で動くのはオロチに隙を与えてしまうとのことで、おでん自身も同様に考えていた。

「……それはそうと、クロエ殿の実力は?」

「おでん様の足を引っ張っては困りますぞ!」

「いや、むしろおれの方が足引っ張るかもしんねェ……一対一(サシ)()ると、下手したらおれが負けるかもしんねェぞ」

 おでんの呟きに、錦えもん達は絶句した。

 あの光月おでんを越える猛者だというのだから、無理もない。

「おでん様でも負ける……!?」

「お主、カイドウと引けを取らぬ怪物なのか!?」

「おれ達が束になっても勝てないって、人間かあんた?」

「失礼な家臣だな。私は普通に人間だ」

 クロエはちょっぴりイラっとしたのだった。

 

 

           *

 

 

 三日後。

 ついに約束の日が訪れた。

「――とはいえ、戦力これっきりはねェだろ……」

 ラカムは煙草を咥えながら項垂れた。

 というのも、百獣海賊団との戦争で迎え撃つ戦力は、クロエとエマ、ラカムとおでんの四名だけなのだ。

「レッドフィールド達に船番を任せてるし、おでんの家臣もオロチ側の動向を気にしてるんだ。これぐらい我慢しろ」

「我慢にも限度ってモンがあるだろ! たった四人で迎え撃つなんて正気か!?」

「その内の三人は元ロジャー海賊団だよ? 大丈夫だって」

「ったく、ウチのツートップは……」

 頭を押さえながら重い雰囲気を醸し出すラカム。

 三人の実力を疑ってる訳ではないが、不安は感じてはいるようだ。

 すると、巨大な気配が近づいてくるのを感じ取った。

「この気配……!」

 丘から見下ろすと、眼下には数百人以上の海賊の軍勢が待ち構えていた。

 そして、雲の中から巨大な青龍――カイドウが現れた。

「……約束通りに出向いてくるとは」

「ウォロロロ……! 新しく建ったばかりのおれの屋敷を、戦場にしたくねェんでな」

 律儀に答えるカイドウに、クロエは真面目な奴だと心の内で評した。

 そのやり取りの中、ラカムが口を挟んだ。

「おい、部下が少ない内にって話じゃなかったのかよ」

「私の見積もりでは、あと一・二年ズレてたら千人は超えてるぞ」

「ちなみに私の見聞色だと、500は超えてるよ」

「……マジかー」

 これは骨が折れるぞ、と溜め息を吐くラカム。

 すると、おでんが怒りを露にしながらカイドウに叫んだ。

「カイドウ!! あの日、お前達と交わした約束は全部ウソだったんだな!!」

「そうだ……ウォロロ、全部ウソだ。あの時、おれ達は分が悪いと踏んだ」

 カイドウは、帰国直後におでんがヒョウ五郎と手を組めば、ワノ国中の侍と侠客が敵に回り、苦しい勝負を強いられることになっただろうと独白した。

「……話の素振りからすると、そのまま勝負してもよかったと言いたげだね」

「まァな。だがおでんはオロチの言葉を信じた」

 おでんは甘い奴だと、カイドウは嗤う。

 その嘲りにおでんはどうでもよさそうな表情で「話を未来に続けようぜ」と二刀を抜いた。

「……で、ちゃんと私の相手をしてくれるんだろうな」

「当然だ……おれと戦いたければ、ここまで来てみろ」

「ああ、今行く」

 

 ドンッ!

 

 刹那、クロエの身体から恐ろしい量の覇気が放たれた。

 その覇気にあてられた海賊達は次々に泡を吹いて倒れていき、あっという間にカイドウの軍勢の過半数が意識を失った。

「っ……!! これが〝鬼の女中〟か……!!」

 カイドウは冷や汗を掻くが、嬉しそうな声色だ。

 しかし、いきなり過半数の兵力が覇気で気絶させられるのは、カイドウとしても想定外。海賊界きっての女傑と戦えるのは喜ばしいが、相手がたった四人でも苦しい戦いを強いられる覚悟も求められるようだ。

 それは、カイドウの脇を固める二人も例外ではない。

「おいおい、何だ今の覇王色……!! こっちの兵力は800人だぞ!?」

「過半数がもってかれたか……!」

 丘の上から一瞥するのは、クロエの覇気を耐えた百獣海賊団の幹部。

 一人は、縦縞のオーバーオールを着てサングラスを着用した、金色の弁髪が特徴的な肥満体の大男・クイーン。

 もう一人は、背中の巨大な黒い翼から炎を噴き出す、刺々しい鎧が付いたレザー製のダブルスーツを着用した剣士・キング。

 二人共、百獣海賊団及びカイドウを支える実力者だが、彼らですらクロエの覇王色の強さに驚きを隠せないでいた。

「クロエ、作戦通りに動くぞ」

「ああ。カイドウは私がやるから、残りは頼む。――行くぞ」

 四人は一斉に駆け、百獣海賊団に突っ込んでいく。

 百獣海賊団もまた、クイーンの号令を受けて津波のように押し寄せた。

「雑兵はおれがやる」

「!」

 クロエが斬撃を放とうとしたが、ラカムが前に出て戦鎚に覇気を纏わせた。

「〝撃退鎚(アイムール)〟!!」

 

 ドォン!

 

『ギャアアアアアアアッ!!』

 戦鎚を振るい、武装色の覇気を纏った飛ぶ打撃を放つ。

 十数人の海賊をまとめて吹っ飛ばし、その影響で道が開けた。

「何だ、あいつ!?」

「気を付けろ!! 只者じゃねェ!!」

 まさかの遠距離攻撃に、海賊達は警戒を強め、銃を構えて弾幕を浴びせる。

 ラカムは見聞色で弾道を見切りながら接近し、戦鎚を片手持ちで振るい、空いた手を武装硬化させて応戦。無駄のない動きで一人、また一人と的確に倒していく。

「ガハハ、中央突破か?」

「囲い込めェ!」

 海賊達は四方を囲い、一斉に襲い掛かる。

 ラカムは冷静に覇気を戦鎚に纏わせ、柄尻の石突で地面を割ると、衝撃波が発生して海賊達を弾き飛ばした。

「あのハンマー野郎、(つえ)ェぞ!?」

「怯むな! 数で押せ!」

 想定外の強さに、海賊達は四苦八苦する。

(やるじゃないか、ラカム)

 船医の大活躍を称えながら、クロエはカイドウの元へ向かう。

 すると、彼女が通り過ぎたところでクイーンとキングが動いた。

「行かせねェぞ!!」

「貴様らの相手はおれ達だ」

「……手強いのが来たな。お前の相手はおれだ!!」

 すかさず二刀を構えて斬りかかるおでんを、キングは迎え撃つ。

 互いに斬撃を何度もぶつけ合い、互角に斬り結ぶ。

「〝おでん二刀流〟!!」

「ぬっ!」

「〝桃源白滝〟!!」

 おでんは二刀を勢いよく横一文字に振るい、強力な斬撃の一閃を繰り出す。

 キングは得物を武装硬化させ、真っ向から受け止めたが、おでんの方が強いのか弾かれてしまう。

「〝(ガン)擬鬼(モドキ)〟!!」

「ぐっ……!」

 目にも留まらぬ速度で無数の突きを繰り出す。

 だが、おでんはある異変に気づいた。

「……何て硬さだ……!」

 キングの身体が、異常なまでに頑強なのだ。

 しかし服の下からは血が滲んでおり、掠り傷に等しいがノーダメージではなさそうだ。

「やはり貴様の覇気は厄介だな……!」

「背中の翼も炎もそうだが、お前は一体何なんだ……!?」

「少し特殊な種族だ……!」

 キングの特異体質に翻弄されるおでんだが、強力な武装色と無双の豪剣で互角に渡り合う。

 それを見ていたクイーンは、ニヤリと笑った。

「ムハハハ、あいつと一対一(サシ)なんて正気か? その内バテてゲームオーバーだな!」

「達磨さん、こっちに集中!!」

 

 ガンッ!

 

「おわァ~~~~!?」

 エマは腰に差していた片手用ライフルを抜くと、銃身を持って鈍器のように振るい、クイーンの頭を殴りつけた。

 強力な武装色を纏った一撃に、クイーンは悲鳴を上げた。

「いでで……この(アマ)! いきなり殴ってくんじゃねェ!」

「そういう女々しいことは言わない、のっ!」

「うおぉぉっ!?」

 エマは問答無用に顎を狙うが、クイーンも見聞色で見切り、紙一重で躱す。

 立て続けに武装硬化した手足で蹴りや掌底、裏拳を仕掛けるが、見かけとは程遠い身のこなしで回避される。

 当たる時は当たるが、肥満な体格に覇気を纏わせることである程度の衝撃は緩和されているようで、決定打には至らない。

「ムハハハハ!! さっきは油断しちまったが、今度はそうはいかねェよ!!」

「じゃあ、ギアを上げるだけだね!!」

 直後、バリバリという音を立てながら、エマはライフルを振りかぶった。

 嫌な予感がしたクイーンは咄嗟に避けると、フルスイングした瞬間、赤黒い稲妻と共に強烈な衝撃波が発生。後方の木々を薙ぎ倒し、大岩を木っ端微塵にした。

 エマは覇王色を纏った攻撃を放ったのだ。

「ちょ、待て待て待て待て!! 冗談だろ、お前もかよ!?」

「私は()()()! クロエ抜きでも一味を支えられるくらい強くないとダメでしょ?」

 予想だにしない攻撃に、クイーンの顔から余裕が一瞬で消えた。

 おでんよりも軽そうな雰囲気だからと高を括ったら、まさかの覇王色。しかも覇王色を纏うという、一握りの強者が辿り着ける領域に至っており、明らかな格上だ。

 やはり人を見かけで判断してはならない。

「さァ、あなたは私に引き金を引かせられるかな?」

「っ……図に乗んなよ小娘!」

 クイーンは顔に青筋を浮かべながら、エマに襲い掛かった。

 

 

           *

 

 

 同時刻。

 オーロ・ジャクソン号が停泊している洞窟にて、レッド達はある集団を壊滅させていた。

「これが〝忍者〟なる武人か……弱いな」

「かはっ……!」

 レッドは表情のない目で、サングラスをかけた僧侶のような恰好の男を見下す。

 彼の名は福ロクジュ。オロチに仕える忍者隊「オロチお庭番衆」の隊長だ。どうやら忍者部隊が総出で奇襲をかけたが、やはり海賊王世代の大物には敵わず、虫の息で壊滅してしまったようだ。

「とはいえ、さすがはワノ国。そこらの海賊や海兵とは基礎戦闘力が違う」

「まさか武装硬化できるとはな……少し骨が折れたぜ」

 マクガイ達は、多少の手傷を負いながらもピンピンした様子で話し合った。

 侍と違い、忍者達は意表を突く戦法や搦め手嵌め手を遠慮せず仕掛ける、まさしく暗殺者の一面を持っていた。ある意味では世界政府の諜報機関である「サイファーポール」を彷彿させた。

 クロエの扱きで覇気を鍛えている自分達と渡り合う技量は、強国の戦士に相応しく、レッド以外は苦戦を強いられた。

「それにしても、船長達は大丈夫か……?」

「心配は及ぶまい。ロジャーの部下となった程だ、心配するだけ無用というもの」

 レッドはドーマ達を諭す。

 我を容易く超えた〝鬼の女中〟が、この程度で倒れるような柔な女ではない――そう確信しているし、信用もしているのだ。

(……我が気に掛かるのは、黒炭の一族だ)

 レッドにとっての不安要素は、カイドウよりもオロチ達だ。

 聞けば、今の将軍の目的はワノ国の破滅であり、それを阻害する者はあらゆる手を尽くして徹底的に排してきたという。それ程の実行力と権力を持っているのなら、クロエとカイドウの戦争に横槍を入れることすら意にも介さないだろう。

(何事もなければ良いが……)

 そんな不安が的中することになるなど、レッドは知る由も無かった。

 

 

           *

 

 

 クロエ達と百獣海賊団の戦争は、佳境を迎えていた。

 雑兵達の戦線は、ラカムの奮戦により崩壊。

 キングとクイーンは、おでんとエマの想像以上の強さに苦戦し、劣勢になりつつあった。

 そして肝心の、クロエとカイドウの一騎打ちは、壮絶なものだった。

「グオオーーーッ!」

 咆哮が雷に変わり、クロエに襲い掛かる。

 だが、クロエは避けるどころか刀身で受け止め、雷が迸る化血で斬撃を放った。

 斬撃はカイドウの頬を掠め、皮膚を裂いた。

「おれが発した雷を纏いやがった……!?」

「〝武装色〟の覇気は、応用すれば自然物も纏うことができるのを知らないのか?」

 クロエは続けざまに、雷を纏った飛ぶ斬撃の連撃を繰り出す。

 カイドウは咆哮と共に多数のかまいたちを発生させ、全ての斬撃を相殺するが、その隙にクロエは跳躍し、覇王色を纏った斬撃を放った。

「ぐうっ……!」

 身体をくねらせ、紙一重で回避してから火の玉を吐き、クロエにぶつける。

 全身に覇気を纏わせどうにか耐えるが、衝撃に押され地表に叩きつけられる。

「がっ……!」

「〝(かい)(ふう)〟!!」

 畳み掛けるように、先程と同じようにかまいたちで攻撃。

 クロエはすかさず起き上がって回避すると、刀身に覇王色の覇気を集中させた。

「〝錐龍〟!!」

「ぬっ!!」

 急激な覇気の高まりを察知し、カイドウは目を瞠った。

「〝熱息(ボロブレス)〟!!!」

 カイドウは口から強烈な火炎を放射。

 山肌すら消し飛ばす威力を誇る熱攻撃が迫るが、クロエは一切動じず、地面を割る勢いで踏み込んで跳躍した。

「〝錐釘〟!!!」

 

 ドォン!!!

 

「おわァ~~~~~~ッ!!!」

 クロエが覇王色を纏った平突きを放つと、矢のように放たれた斬撃が火炎を突き破り、カイドウの腹を抉った。

 これにはカイドウも悶絶し、身体中から脂汗を流しながら轟音と共に地表に落ちた。

「カイドウさん!?」

「無敵のカイドウさんに傷を!?」

 キングとクイーンは、尊敬する総督の窮地に動揺する。

 常軌を逸した肉体強度と生命力で知られるカイドウが、深い傷を負わされたのは初めて見るようだ。

「スゲェ……!」

「やったか!?」

「いや、まだ浅い!」

 歓喜するラカムとおでんだが、見聞色の覇気でカイドウの気配と覇気が強まったのを感知したエマが、顔を強張らせた。

 次の一撃で、全てが決まるかもしれないのだ。

「ぬぅおおおおおおおおっ!!」

「ああ、これで終わりだ!!」

 カイドウは天に向かって雄叫びを上げると、金棒に全開の武装色を纏わせた。

 クロエは化血の刀身に、再び覇王色を纏わせた。

「「おおおおおおおっ!!」」

 同時に地面を割る程の勢いで踏み込み、一気に距離を詰めた。

 その時、予期せぬ出来事が。

「助けて、クロエさん!」

「!?」

 聞き馴染みのある声が、耳に届いた。

 それと共に、視界に映ってしまった影に、クロエは動揺した。

 何と、おでんの妻であり共に航海をした間柄であるトキが、海賊に人質に取られているではないか。

(トキ!?)

「クロエ!! 罠だっ!!」

「っ!!」

 エマの必死の叫びに、ハッとなる。

 どこの馬の骨か知らないが、横槍を入れてきたようだ。

 だが、カイドウの金棒は、目と鼻の先にまで迫っている。

(クソッ!!)

 そして――

「ぬぅあああああああっ!!」

 

 ガンッ!! ドゴォン!!

 

 カイドウ渾身の一振りが、クロエに直撃。

 クロエは物凄い勢いで吹っ飛ばされ、崖に叩きつけられた。

「クロエーーーッ!!」

「……!?」

 エマの悲鳴にカイドウはハッと我に返り、狼狽した。

 あのままクロエの一撃が入ってたら、間違いなく敗北していた。それ程の気迫と覇気がこもった一太刀を繰り出していたのに、彼女は直前で気を逸らした。

 何があったのかわからず、立ち尽くすカイドウだったが……。

「ニキョキョキョキョキョキョ!! そうはさせないよ!!」

 その場に現れたのは、オロチの参謀である黒炭ひぐらしだった。

 彼女は〝マネマネの実〟の能力者で、あらゆる人物に変装することができる。顔立ちだけではなく、声や体格、傷痕や性差に至るまで全てコピーすることが可能なのだ。

 ひぐらしはトキに化け、クロエの油断を誘ったのだ。

「あんたが勝っちゃあ困るんだよ、〝鬼の女中〟!! ニキョキョキョキョ!!」

「っ…………」

「貴様らァ~~~~~!!!」

 ひぐらしの嘲笑が木霊すると、覇王色の覇気を放ちながら怒髪天を衝いたおでんが斬りかかった。

 ――よりにもよって自分の愛妻に化けて横槍を入れてくるとは!!

 呆然としていたカイドウに刃が届く瞬間、おでんの二刀は見えない壁によって阻まれた。

「あの時のバリアか……!!」

「カイドウの。クロエを倒せばあとは疲弊しきったおでん達だけでさァ」

 両手の人差し指と中指をクロスすることで、凄まじい耐久力を誇るバリアを張れる〝バリバリの実〟の能力者である黒炭せみ丸が、おでんの攻撃を防いだ。

 せみ丸はひぐらしの隣に移動すると、カイドウに止めを刺すよう催促した。

 だが、カイドウは身体を震わせたまま一切動かない。

「……どうしたカイドウ? 止めだよ!」

「カイドウさん……?」

 ひぐらしだけでなく、クイーンも怪訝そうに見つめる。

 刹那、カイドウは金棒を振り上げた。

「……てめェら…………てめェらァァァァァ!!!」

 

 ドゴォン!!

 

 突如として怒り狂ったカイドウが、全力の一撃をひぐらしに叩きつけた。

 が、その場にせみ丸がいたのもあり、ひぐらしは無傷だ。

「なっ……何を!? これで邪魔者は消えたんだよ!?」

「うぅあああああああっ!!!」

 ひぐらしは援護のつもりで介入したんだと必死に弁明する。

 だが、それはカイドウをさらに刺激するハメになり、怒り任せで何度も殴りつけた。酒も飲んでないのに狂乱するカイドウに、キングもクイーンも手を止めて唖然としてしまい、対立していたエマ達も戸惑いを隠せない。

「……ゼー……ゼー……ゼー……」

「カイドウさん……」

 ひとしきり暴れたからか、段々と冷静さを取り戻すカイドウ。

 キングは、カイドウの悲壮に満ちた顔を見て声をかけづらくなってしまった。

 自分に()()()()()()()()()女傑との戦いに水を差され、不服の勝利を得てしまった。それがこの上なく苦しく辛いのだ。

「……クロエは死んだ……降伏を宣言し――」

「勝手に殺すな、阿呆が……!!」

 泣きそうな声色で降伏を促した時、森から声が響いた。

 全員がハッとなって目を向けると――

「バ、バカな!!」

「なぜ立っていられる!?」

「クロエ……!!」

 何と、頭から血を流しつつもクロエが戻ってきた。

 これにはひぐらしもせみ丸も想定外だったのか、まるで死者が蘇った光景でも見ているかのように驚いている。

「ちょ、大丈夫なの!?」

「ああ、ギリギリ覇気が間に合った……あと少し遅れたらダメだった」

 血を流しつつも、ニッと笑みを浮かべる。

 クロエは金棒が当たる直前、咄嗟に武装色を全身に流して防御したのだ。しかしカイドウの一撃は強力な武装色の防御を強引に突き破ったため、弾き返すこともできず食らってしまったのである。

 多少なりとも威力を殺すことはできたので立ち上がっているが、結構なダメージを負ったようだ。

「……すまねェ……先に奴らを皆殺しにしなかったおれの責任だ」

「ハァ……ハァ……それはお互い様だ……横槍を入れてはこないと思い込んだ私の油断が招いたんだ、謝るな」

 その言葉に、カイドウは安堵したように笑った。

 無法の海賊稼業に卑怯という言葉はないとはいえ、あのような決着は武人肌の一面を持つカイドウにはかなり堪えた。だからこそ、クロエが立ち上がり、戦意を漲らせてくれたのがとても嬉しかった。

「とりあえず、ゴミ掃除を済ませようか」

「……ああ」

 そう言うや否や、クロエは一瞬でひぐらしに迫った。

 

 ザンッ!!

 

 クロエはひぐらしの首を刎ねた。

 ゴトッと首が転がると、残った身体もゆっくりと倒れた。

「ひぐらし!!」

 ひぐらしの突然の死に驚愕するせみ丸。

 その隙をカイドウは見逃さず、両手持ちで金棒を振り下ろした。

 

 グシャッ!!

 

 バリアを張る暇すら与えられず、せみ丸は脳天を潰されて粛清された。

 心なしか、クロエもカイドウもどこか胸がすいたような様子だ。

「……()()で勝ちたくなかった。立ってくれてありがとよ、クロエ……!!」

「私も、あんな負け方は御免なんでな……カイドウ……!」

 クロエが刀に覇気を流すと、カイドウの身体に変化が生じた。

 角が増え、長大な龍の尻尾が生え、全身が青い鱗模様に覆われる。

 その姿は、竜人や青鬼を想起させる禍々しい姿だ。

「何だ、あの姿は!?」

「〝人獣型〟……! いよいよ切り札を切ったか……」

 驚くおでんに、ラカムは冷や汗を流した。

 悪魔の実の動物(ゾオン)系能力者は、〝人獣型〟という形態に変身できる。人獣型は人の特性と実の動物の特性の両方を発揮でき、しかも動物(ゾオン)系自体が自らの身体能力を純粋に強化できるという特性があるため、白兵戦では最強とも称されているのだ。

 カイドウのような猛者が人獣型になれば、巨大な龍の姿の時よりもはるかに強くなるだろう。

「心配しないで、クロエなら勝てる。ロジャー船長が認める女だもの」

 エマは微笑むと、クロエも釣られるように笑い、目の前の竜人に目を向けた。

「カイドウさん!」

「キング! クイーン! 何があっても手ェ出すんじゃねェぞ!!」

 カイドウの言葉に、キングとクイーンは足を止めた。

 この戦争は、大将同士の一騎打ちで終わらせるつもりだと察したのだ。

「仕切り直しだ……! 心を込めて貴様を倒そう、カイドウ!!」

「ああ……決着(ケリ)をつけようぜ、クロエ!!」

 

 ――一対一(サシ)で勝った方が、この戦争の勝者だ!

 

 ワノ国を懸けた戦争は、ついに最終局面を迎えた。




カイドウさん、よかったね……。(涙)
ババアとジジイはその場で死んでもらいました。ザマァ。

そして、ようやく活躍したラカム。
ラカムは戦鎚による直接的な打撃と飛ぶ打撃、覇気を利用した衝撃波攻撃を得意とします。覇王色の使い手ではないですが、覇気の練度はかなり高めです。

ちなみにエマはベックマンと酷似した戦い方ですが、王直の教育のおかげで覇王色も纏えるので、海軍大将と同格と考えて下さい。得物は片手用ライフルだけでなく、拳銃もあるので、最終形態は右手に片手用ライフル、左手に拳銃の二挺拳銃スタイルです。

次回はクロエ姉さんとカイドウさんの一騎打ち第二幕です。
乞うご期待!

……えっ? オロチ?
あいつは知らん。(笑)


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第32話〝死闘終演〟

〝鬼の女中〟と〝百獣のカイドウ〟の決闘、決着!
そして、新たな仲間が加入です。



 クロエとカイドウの一騎打ちは仕切り直しとなり、苛烈さはさらに増した。

「〝(こう)(さん)()(ラグ)()(らく)〟!!」

「〝降伏三界〟!!」

 八斎戒を上空で振り回しながら叩きつけるカイドウを、クロエは覇王色を纏った飛ぶ打撃で迎撃。弾かれて仰け反ったところで〝神鳴神威〟を放つが、カイドウは見聞色の覇気で見切り〝雷鳴八卦〟で反撃を仕掛けた。

 クロエは八斎戒の一振りを的確に躱すと、覇王色を纏わせた左腕で鳩尾を穿ち、カイドウを大きく吹っ飛ばした。

「〝封神八衝〟!!」

 地面に倒れたところで、クロエは刀身を突き刺し、八衝拳の衝撃を地表に伝導させて追撃。

 が、咄嗟にカイドウは跳び上がって回避すると、空中で八斎戒を振るってかまいたちを放った。

(火炎放射と雷撃を控えたか……直接攻撃がメインか?)

(雷は相性が(わり)ィ……〝熱息(ボロブレス)〟も纏わせられたら面倒だ。打撃か斬撃で攻めるしかねェ!)

 クロエはその強大な覇気を応用し、カイドウが放った雷を受け止め、刀身に纏わせて反撃した。その芸当はおそらく炎でも可能とし、強力な火炎放射や火炎弾の炎も反撃の一手となる。

 とはいえ、覇気の達人でもかまいたちを纏うという芸当は難しいのだろう。それを確認したカイドウは、打撃と斬撃によるゴリ押しで勝利を狙った。

「〝金剛鏑〟!!」

 八斎戒に覇気を込め、衝撃波を打ち出す。

 クロエは脇に差した鞘も抜き、化血と十字に交差させて防ぐが、勢いを殺せず吹き飛ばされる。

「ガフッ……!」

 岩場に叩きつけられ、吐血するクロエ。

 意地で痛みを耐えると、覇王色の精度を高めて〝見聞殺し〟を発動した。

(見聞色ができねェ!?)

 見聞色での先読みができなくなり、動揺するカイドウ。

 その一瞬の隙を見逃さず、クロエは一気に距離を詰めて懐に迫り、化血に覇王色を纏わせ横薙ぎに一閃した。

「〝神避〟っ!!!」

 

 ドォン!!!

 

「ぐおォォォ!!!」

 強烈な覇王色が周囲を破壊するように駆け巡り、カイドウの全身を凄まじい衝撃波が襲う。

 海賊王の御業を、クロエが繰り出したのだ。

「ゴバッ……!!」

 吐血しながら吹っ飛ばされ、武器工場の岩山に叩きつけられるカイドウ。

 気が遠のきそうになりながらも、どうにか意識を手繰り寄せて起き上がり、距離を詰めてクロエとぶつかる。

「冗談だろ……!? あのカイドウさんと互角以上に()り合うなんざ……!!」

「……!」

 クイーンはあんぐりと口を開け、キングも驚きを隠せない。

 これが元ロジャー海賊団――〝鬼の女中〟と呼ばれる女の、強さ。

 海賊王の忘れ形見は、文字通りの規格外なのだと思い知らされる。

「……ここまでとは……」

「敵に回したら命がいくらあっても足りねェな……」

 おでんとラカムも、死力を尽くすクロエに驚きを隠せない。

 そんな中、エマはクロエの覇気が弱まるのを見聞色で感じ取っていた。

(やっぱり、さっきの一撃が……!)

 ひぐらしの卑劣すぎる策略で受けてしまった、あの渾身の一振りは、やはり身体に相当なダメージを与えたらしい。

 現にクロエは、段々と息が荒くなり、動きも鈍くなっている。カイドウもカイドウで、脇腹に受けた錐龍錐釘による傷が響いているようで、かなり苦しそうだが、ダメージの深さはクロエの方が上だ。

「ハァ……ハァ……」

「……クロエ」

 クロエの足下に血が滴るのを見て、カイドウは悔しそうに顔を歪めた。

 本来なら、もっと長く戦えたはずだ。しかし、あの黒炭家の老害共のせいでクロエは不本意な深手を負い、全力を出そうにも彼女の身体が悲鳴を上げてしまい、思うように動いてくれないのだろう。

 本当に、余計なマネをしてくれたものだ。

「……すまないな、これが最後だ」

「!」

 クロエはやんわりと微笑むと、両腕を含めた全身を捻った構えで溜めの姿勢を取り、覇気を全開させた。

 凄まじい量の赤黒い稲妻が放出され、放たれる覇王色も今までの攻撃とは比べ物にならない。

「クロエ……!!」

 重傷の身でありながらも強大な覇気を放つクロエに、カイドウは感動に震えた。

「これが私の全力だ……! お前も全力を出してみろ……!」

「ウォロロロロロォ!! ああ、わかってる!! 行くぞォォォ!!!」

 カイドウは八斎戒を両手で持ち、覇王色の覇気を纏わせながら迫る。

 クロエは強大な覇気をまき散らしながら、雷の如き速さで突進した。

 

「〝(だい)()(とく)(らい)(めい)(はっ)()〟!!!」

「〝奥義 (ぜっ)(とう)建御雷神(たけみかづち)〟!!!」

 

 ドォン!!!

 

 金棒と赤い刃が覇王色の衝突を起こし、上空を覆っていた雲を真っ二つに割った。

「うぇああああああああっ!!!」

「はあああああああああっ!!!」

 両者が咆哮し、一歩さらに踏み込んだ瞬間。

 ボンッ!! という轟音と共に衝撃波と赤黒い稲妻が暴発し、雲を吹き飛ばし大地を揺るがせた。

 

 

           *

 

 

 土煙に覆われた両者を見守りながら、エマの心臓の音が破裂しそうなくらいに高まる。

 恐ろしい想像ばかりが頭をよぎり、親友の身を案じる。

(クロエ……クロエ……!)

 土煙が晴れると、そこにはうつ伏せで倒れるクロエと、立ち続けるカイドウがいた。

 クロエは白目を剥いて気絶しており、頭から流れた血が血溜まりを作っている。

「あ……ああ……!! あああああああ……!!」

 エマの喉から引き攣った声が漏れ、おでんとラカムは言葉を失った。

「……フッ」

「ムハハ……ムハハハハハ!! ザマァねェな、カイドウさんは最強なんだよォ!!」

 カイドウの勝利を確信するキングとクイーン。

 その直後だった。

「……ハァ……ハァ……おい、クロエ……聞こえるか……?」

 カイドウは振り返り、起き上がらないクロエに笑いかけた。

「この傷は、残るぜ……!!」

 

 ドシュゥッ!!!

 

「ぬわあァァァァァァッ!!!」

「「カイドウさん!?」」

 夥しい量の血を噴き出しながら倒れたカイドウに、キングとクイーンは叫んだ。

 クロエとカイドウは、相打ちだったのだ。

「クロエ!!」

「ったく、無茶しすぎだ!」

「……クイーン……!」

「わかってるよ……! さすがにそこまでバカじゃねェ……!」

 双方の仲間達は急いで駆け寄る。

 クロエは八斎戒の渾身の打撃を二度も食らってか、身体の至る所で内出血を起こしている。

 カイドウは横槍を入れられる前の一撃に加え、先程の一太刀で左胸から脇腹にかけて袈裟懸けの大きな刀傷が刻まれ、大きな十字傷となって今も出血している。

 

 〝鬼の女中〟クロエ・D・リードと、〝百獣のカイドウ〟のワノ国を懸けた戦争は、双方の大将の痛み分けで決着をみた。

 

 

           *

 

 

 翌日、ワノ国の情勢は再び大きく変わった。

 オロチを護っていたひぐらしとせみ丸が死に、カイドウが戦闘不能状態に陥ったことで、悪政を敷いていたオロチは丸腰となり、各郷の大名達の結託による反乱を許してしまったのだ。お庭番衆をクロエ海賊団の偵察と奇襲に向かわせてたことが仇となり、あっという間にオロチは海楼石の枷を嵌められ御用となった。

 同時に地下室では、先代将軍の光月スキヤキが幽閉されているのを発見・保護する事件が発生し、先年のスキヤキ病死の訃報はオロチ側の印象操作だと判明した。おでんは病死したと思った父との再会を果たし、号泣しながら抱き合った。

 

 一連の事件について、スキヤキは黒炭家の国盗りを許したとして将軍を改めて辞することを告げ、おでんを次期将軍として正式に認めた。同時におでんも、自分が国を飛び出したがゆえに起こった事態だと責任を感じたのか、海外への興味は変わらずとも出国を自戒するようになった。

 それから三日が過ぎた頃。壮絶な死闘を繰り広げて、重傷を負ったクロエとカイドウが目を覚ました。

 

 

 クロエとカイドウの戦争から、一週間が過ぎた頃。

「ウィ~……どうだ、一杯やるか?」

「……一杯だけな」

「ウォロロロロ! そう遠慮すんな」

 ラカム達に絶対安静を言い渡されたカイドウとクロエは、なぜか九里ヶ浜で酒を酌み交わしていた。

 つい一週間前までは一国の命運を懸けて命のやり取りをしたというのに、すっかり顔馴染みと居酒屋で再会したような雰囲気。ラカムから監視するよう頼まれたエマは「殺し合いから友情でも芽生えたの……?」と困惑した。

「……明日、屋敷がある島を貰う代わりに、ワノ国を出ていくそうだな」

「ウォロロロロ……お前の強さに免じてな。〝焔雲(ほむらぐも)〟で島を浮かせて持っていくが、おでんはそれに応じた」

「領地取られてるって自覚あんのかな……?」

「いいんじゃないか? 海賊が政治に首を突っ込む義理はない」

 ワノ国はあくまでもおでんが統治するのが筋だと、クロエはカイドウから譲った酒を呷る。

 すると、酒壺を飲み干して二個目の壺の栓を抜いたところで、カイドウがエマに話を振った。

「そういえば、おめェ〝王直〟の奴の娘だろ?」

「! ……やっぱり、お師匠と同じ一味の人だったんだ」

「ウォロロロロ……リンリンが引き取りたがって、下らねェ小競り合いをしてたな」

「ビッグ・マムが?」

 カイドウの口から出た一言に、クロエは驚いた。

 ビッグ・マムと王直がエマを取り合ってたというのは初耳だ。単に可愛かったのか、それとも素質を見込まれたのか……いずれにしろ、大海賊すら気に入る何かがあったのだろう。今はどうか不明だが。

「ロジャーとロックスの系譜を引く一味……本当なら部下にしてェぐれェだ」

「残念だが、私が頭を垂れるのは後にも先にもロジャー一人だ」

「ウォロロロロ! 惚れた男に一筋か?」

「うるさい」

 クロエは覇王色を放ってカイドウを威嚇するが、当の本人は笑い上戸でグビグビと酒を飲むばかりだ。

 その時、クロエは背後から小さな気配を感じ取った。

「……そこにいるのは子供か?」

「「!」」

「出てきなさい」

 クロエは静かに告げると、物陰から一人の子供が現れた。

 

 両胸に紋所が施された白い着物と赤い袴、仁王襷(におうだすき)を身に着けた和装。

 毛先がエメラルド色の白髪と、頭の二本の赤い角。

 どことなくだが、カイドウと似たようなモノを感じ取れる。

 

 不思議な女の子の登場に、クロエとエマは首を傾げたが……。

「ヤマト!! なぜここにいる!?」

「と、父さんに話したいことがあって……!」

「へあっ!?」

「貴様、娘がいたのか!?」

 女の子――ヤマトの衝撃的な発言に、エマは素っ頓狂な声を上げ、クロエは驚愕と困惑に満ちた表情でカイドウを見た。

 二人の視線が痛いのか、カイドウは目を逸らした。

「……でも、すっごい可愛い!! お母さんに似たのかな?」

「うぷっ!?」

 母性を擽られたのか、エマはヤマトの顔を抱き寄せ、頭を撫で始めた。

 それなりにナイスバディである彼女の胸に顔が埋まったヤマトは、耳まで真っ赤になって硬直した。

「……で、カイドウに話があって来たんじゃないのか?」

「あ、そうだった!」

 クロエに本題を切り出され、ハッとなったヤマトはエマから離れた。

 そして、カイドウと面と向かって直談判した。

「父さん、僕は光月おでんになりたいんだ!!」

「「「いきなりどうした!?」」」

 ヤマトの二発目の爆弾投下に、三人は声を揃えた。

 本当に何を言ってるのだろうか、理解が追いつかない。

「父さんが寝てる間に、光月おでんから聞いたんだ!! ワノ国の外がどうなっているか……!!」

 ヤマト曰く。

 父親のカイドウがクロエとの死闘の末に重傷を負ったため、慌てて駆けつけたところでおでんと鉢合わせたとのことで、彼から()()()()()()()()()冒険譚を聞き、航海日誌の一部も読み聞かせてもらったそうだ。

 まだ見ぬ世界に興味を持ち、冒険に出たかったのだろう。

「ヤマト、目を覚ませ! 何でよりにもよってあのバカ殿なんだ!!」

「そうだよ! 憧れや目標はちゃんと選んで!」

 カイドウだけでなく、なぜかエマもヤマトを説得する。

 しかし残念なことに、良くも悪くも自由で破天荒なおでんにゾッコンになってしまったのか、ヤマトは頑なに折れなかった。

 それを見かねたクロエが、酒を飲み干してからヤマトに告げた。

「同じロジャー海賊団に属した間柄として言うが、おでんだけは絶対に憧れちゃダメな奴だぞ」

「何で!? 僕はおでんが好きなんだ!!」

「6歳で遊郭に入り浸り、10歳で賭場を出禁にされた腹いせで火事起こした奴を好きになれるか?」

「…………」

 クロエはロジャー海賊団時代に聞いたおでんの昔話を、ありのまま話した。

 言葉を紡げば紡ぐ程、ヤマトの顔が青ざめていく。どうやらおでんは、自分の過去についてはヤマトにあまり語らなかったようだ。

 それが功を奏したのか、ヤマトは酷く落ち込んだ。

「……僕、憧れる人を間違えたのかな……?」

「そういうことだ」

(わり)ィなクロエ。……おい、ヤマト!! わかったらとっとと戻れ!!」

「やだよ!! 光月おでんになるのは諦めるけど、海には出たいよ!!」

 ヤマトはなおも反発し、聞かん坊な態度にカイドウは顔中に青筋を浮かべた。

 ただ、おでんの件はちゃんと諦めると宣言しているあたり、真面目さは父親譲りのようだ。

 すると、エマがカイドウにある提案を持ち掛けた。

「カイドウ、私達がヤマトちゃんを預かろうか?」

「何?」 

「えっ!?」

「ヤマトちゃんがリスクを考えた上で冒険したいなら、クロエ海賊団の船員(クルー)として船に乗せればいいでしょ?」

 エマの提案にヤマトは目を輝かせるが、親であるカイドウはやはりと言うべきか、顔を顰めて難色を示した。

「……正気か〝魔弾〟」

「クロエは面倒見がいいから、すぐ強くなれるよ。そりゃあ色々問題はあるだろうけど、何事も経験は積んでおくべきだし、ヤマトちゃんが私達の一味に飽きた時は百獣海賊団(あなたたち)の元に帰すだけ。なァに、スゴく長い海外留学(ホームステイ)だと思えば!」

 カイドウは目を細めると、今度はクロエが口を開いた。

「カイドウ……これは私の個人的な意見だ。聞き流しても構わない」

「……」

「たとえ貴様の教育が全て正しいとしても、どんな親であろうと子を完璧に支配することはできない。世界の不条理を知り、残酷な現実を目の当たりにしても、危険を冒して解放と自由を求める時が来る。それが、ヤマトには早く来てしまっただけに過ぎないんだ」

 好敵手の言葉に、カイドウは神妙な面持ちで押し黙った。

 その一方で、クロエは抑えめに覇気を纏いながらヤマトに尋ねた。

「ヤマト、一つ確認しておきたい。海賊船に乗って冒険する楽しさに目がいっているようだが……この海は戦場の一面もある、死と隣り合わせの世界だ。カイドウの娘という事実は、海賊の風上にも置けない痴れ者共の恰好の餌だ。そういう意味では、むしろカイドウと共にいる方が安全だと私は考えてる」

『…………』

「お前が私の仲間になるなら、私も船長として全力でお前を守る。だが手の届かないところで自由を奪われ、死んでしまう可能性もゼロとは言い切れない。……その上で訊くぞ、ヤマト」

 

 ――弱肉強食の海賊の世界で生き抜く覚悟が、お前にあるのか?

 

 鋭い眼差しに射抜かれ、生唾を飲み込むヤマト。

 しかし、何の迷いもなく彼女は「ある!」と快活に答えた。

「海は敵だらけだってことも、強くならないと生きていけないってことも、全部わかってる。足を引っ張ることが多いかもしれない。――それでも、僕は冒険をしたい!! 自由を感じたいんだ!! どんなに弱いって言われても、足でまといって言われ続けてもいい!! 絶対に強くなるからっ!!!」

 ヤマトが大きな声で叫んだ時、ビリビリと空気が震えた。

 同時に、三人は目を見開いた。この感覚を知っているからだ。

「ウソでしょ……!?」

「蛙の子は蛙だな、カイドウ」

「フンッ……!」

 カイドウはガブガブと酒を飲み干すと、その場で酒壺を握り割った。

「親の言うことは聞いておくもんだってのによォ……おれがどんなに言っても無駄なら、もうどうしようもねェな、このバカ娘は!!」

 ぶっきらぼうにカイドウは言い放つと、そのまま龍に変身して舞い上がった。

「クロエ、おれァ()()()()に納得がいかねェ!! だから、また会ったらおれと戦え!! それを呑めるならバカ娘を連れてくがいい!!」

「心配するな、私もお前との再戦はしたい。次会った時は横槍無しで()ろう……せいぜい強くなれ」

「約束だぞ……!!!」

「ああ、二言はない」

 クロエは不敵に笑いながら再戦を約束すると、含み笑いを浮かべながらカイドウは拠点の島へと戻っていった。

 〝鬼の女中〟の船員(クルー)として海に出ることへの、一応の許可は下りたようだ。門出の許可の交換条件がクロエとの再戦というのが、いかにもカイドウらしい。

「さて……明日から忙しくなるぞ、ヤマト。クロエ海賊団へようこそ」

「ホント!? やった~~~!!」

「歓迎するよ、ヤマトちゃん!」

 クロエの入団許可に、無邪気に笑いながら抱き合うヤマトとエマだった。

 その一方でカイドウは、屋敷へ戻る最中に巨大なプテラノドンと鉢合わせしていた。

「……カイドウさん、よろしかったので?」

 プテラノドンの正体は、おでんと斬り結んだカイドウの右腕・キングだった。

 彼は〝リュウリュウの実〟の能力者で、翼竜プテラノドンに変身できるのだ。

「ウォロロロロ……!! 構わねェさ。バカ娘一人の〝家出〟と引き換えに、クロエとの再戦を約束できたんだからな。ウォロロロロ!!」

 カイドウの一言に、キングは「……そうですか」と静かに返した。

 彼が不服としなければ、それ以上の質問や追及は野暮だからだ。

「キング、〝次〟は正々堂々と戦うぞ。あれは「最強」の戦いじゃねェ」

「……勿論」

「ウォロロロロ!!!」

 大笑いするカイドウに、キングも釣られるように笑みを浮かべた。

 

 

 〝鬼の女中〟と〝百獣のカイドウ〟。

 二人の大海賊は、その後も好敵手として激闘を繰り広げる間柄となり、大海賊時代における「永遠のライバル」として語り継がれることになる。




カイドウさんの十字傷は、クロエとの最初の死闘で刻まれた痕ってことになりました。

本作のカイドウさんは、クロエが横槍を耐えきって引き分けたので、クロエとの真っ向勝負にこだわるようになります。勝ち負け関係なく、単純にクロエと命のやり取りがしたいだけです。酒癖の悪い弱肉強食主義者なのは変わりませんが、原作のような自殺癖や破滅願望がなく、真面目さが強調される人物像になります。
ヤマトとの関係は、おでんが絡んでないので原作よりは険悪ではなく、普通の親子関係と考えて下さい。まあ、再会したら「どれぐらい強くなったか見せろ」としつこいかもしれませんが。
ある意味、彼もクロエに救済されたのかもしれません。

クロエ海賊団に加入することになった五歳のヤマトは、おでんになるのを諦めました。(笑)
まあ、おでんならさすがに幼い女子に自分の過去は聞かせないと思い、今回のような展開にしましたけど……。

そしてクロエが駆使した〝神避〟。彼女の得意技である〝神威〟や〝神鳴神威〟は飛ぶ斬撃で、〝神避〟は衝撃波攻撃として扱います。平たく言えば、斬るか吹っ飛ばすかの違いです。ただ破壊力と覇気の消費量は〝神避〟の方が上で、〝神避〟を使う時は相手が死力を尽くさないと勝てない猛者だと確信した時です。初めては後の最強生物がもらいました。
その後に繰り出した〝奥義 絶刀・建御雷神〟は、武装色と覇王色を全開にして纏い、未来視も見聞殺しも発動した状態で斬りかかる必中の絶技です。クロエ最強の技ですが、全ての覇気を全開させるので、規格外の威力と引き換えに三つ全ての覇気を消耗しきるので、丸一日は一切覇気を使えなくなるという代償が付きます。クロエとしては覇気が使えなくなるのは致命傷同然なので、本当に奥の手です。
ちなみに溜めの構えは、炎の呼吸の奥義のイメージです。

それと余談ですが、クロエのイメージイラストが完成したんですけど、瞳の色は金色より琥珀の方が似合ってしまったので、「クロエの金眼=琥珀色」の認識でお願いします。
イラストは後日お見せします。


次回はワノ国を出航し、色々やります。
そろそろバスターコールでもプレゼントしようかな……。オハラ近海でサカズキとクザンとの再戦もいいなぁ。


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第33話〝次の目的地へ〟

今更ですが、本作のレッドのCVはPS4及びSwitch版と同じ山路和弘さんです。


 翌日、クロエ達はカイドウ率いる百獣海賊団のワノ国からの撤退を見送った。

 焔雲で拠点としていた島を飛ばすという、ダイナミックすぎる撤退劇に一同は絶句した。

「あばよ、クロエ」

「ああ、お互い出直したら()ろう」

「ウォロロロロロロロ!!」

 ワノ国から離れていく島が見えなくなるまで見届けると、クロエは仲間達に新入りを紹介した。

「今日からウチに入るカイドウの娘のヤマトだ」

「ヤマトです! よろしくお願いします!」

「ほう、カイドウの娘か……」

 快活に挨拶するヤマトに、レッドは顎に手を添え興味深そうに見つめる。

 が、それ以外の面々はエマを除いて驚きを隠せない。

「せ、船長……これ大丈夫なのか!?」

「百獣海賊団との再戦を条件にカイドウが許した……と言う方が正しいな」

「ウソだろ、あの化け物屋敷とまた戦うのか!?」

 ガッデム!! と言わんばかりに頭を盛大に抱えるラカム。

 今回は雑魚掃除を担当したが、あの〝鬼の女中〟と互角に立ち回るカイドウの強さに圧倒されており、平然と再戦を望むクロエが恐ろしく感じた。

「クク……諦めろラカム。海賊とはこういうものだ」

「それは最初(ハナ)から覚悟してるけどよ……」

「とはいえ、百獣海賊団も成長途中なのだろう? 十年、二十年後はどうなることやら……」

「それはおれ達にも言えることだけどな!!」

 豪快に笑うドーマに、クロエ達も笑った。

 カイドウの一味はこれから大所帯になるだろうが、クロエの一味は対極の少数精鋭。そもそも傘下勢力の拡大やナワバリの支配とは無縁なので、彼女の方針上はどんなに増えても30人以下だろう。

 だからこそ、クロエ海賊団の今後はメンバーなら誰でもわかる。かの海賊王の一団のように、個々の力が驚異的に高く、計り知れない影響力を持つ勢力になると。

「……まあ、私達は割と緩くやってるから、肩の力は抜いていいよ」

「歓迎するど、ヤマト!!」

「今日からよろしくな!!」

「うん!!」

 温かく迎えられ、ヤマトは目を輝かせた。

 後に彼女はクロエ海賊団の主戦力の一人として、〝(おに)(ひめ)〟の異名で恐れられるようになるのだが、それはもう少しだけ先の未来である。

 

 

 そしてその夜、ワノ国では国を挙げて盛大な宴が催された。

 黒炭の一族による支配からの解放、百獣海賊団の撤退、光月おでんの将軍就任……クロエ海賊団の上陸から二週間も経ってないが、劇的な変革を遂げた鎖国国家はお祝いムードだ。

 が、すでに用事を済ませたクロエとしては長居する義理もなく、出航する旨をおでんに伝えた。

「もう行くのでござるか!?」

「もっと一緒にいようよ!!」

 少しばかり成長したモモの助と日和が泣きそうな顔で見つめ、トキも眉を落としながら尋ねた。

「時間はまだありますよ。ゆっくりしていって下さい」

「あのな……そもそも私は最初から長居するつもりはない。本来の次の目的地は〝西の海(ウエストブルー)〟なのだからな」

 仲間達と共にオーロ・ジャクソン号に積み荷を載せるクロエは、おでんにそう答える。

 確かにワノ国の荒廃ぶりに想うところがあったのは事実だが、黒炭オロチの失脚と百獣海賊団の撤退という形で事が収まった以上、あとはおでん達の仕事である。

 海賊が政治にかかわる義理などないのだ。

「クロエ、ラフテルにあった〝宝〟が何か教えようか? 祖国を救ってくれた礼だ」

「生憎、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)()()()に興味はない。ラフテルも行き方はわかってるんだ、気が向いたら行く」

 クロエはバッサリと切り捨てた。

 あらゆる海賊達が海賊王の称号あるいは〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を狙っているにもかかわらず、大海賊〝鬼の女中〟はラフテル到達すらあまり興味を示さないようだ。

「なら、ウチにある〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟ならどうだ? 処分しちまっただろ?」

「残念だが、思い出の品としてロジャーが遺した写しはとってある」

「何ィィィィ!?」

 おでんは口をあんぐりと開けた。

 何とロジャー海賊団時代に写した〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟が、そのまま処分されず遺っていたというのだ。

 当然、その中に〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の写しもあるということでもあり、彼女の言う通り気が向いたらいつでも行ける状態なのだ。

「何もいらない。所詮は気まぐれだ、いちいち気にするな」

「しかしだな……」

 突っぱねるクロエに対し、おでんはかなり食い下がる。

 いい加減しつこいと思い始めるクロエだが、そこへトキがおでんに声をかけた。

「おでんさん、クロエちゃんの気持ちを汲んであげましょう」

「クロエの気持ち?」

「ええ……彼女達は()()()()()海賊。任侠にはなれても英雄にはなれないから、「言葉の礼」は受け取っても「見返りとしての礼」は受け取らないのよ。――そうでしょ?」

「……」

 トキの言葉にクロエは頬杖を突いて目を逸らした。

 反論しないということは、彼女の言葉は当たりなのだろう。

「クロエ……」

「――そういうことだ、わかったら早く都へ戻れ。民衆は冷めやすいぞ。それとおでん、ワノ国の開国はやめておけ。カイドウは手打ちに応じたが、世界政府はそうはいかないぞ」

「っ! ……ああ、肝に銘じておく」

「イヤそう……」

 思いっきり顔を顰めるおでんに、エマは顔を引き攣らせた。

 だがクロエの言う通り、カイドウは彼女の強さに免じて引き揚げたのに対し、世界政府は是が非でも手に入れるべくあらゆる手段を使うだろう。それこそ、オロチよりも非道なマネをしでかす可能性もある。

 ましてやワノ国は今、オロチの暴政で国力が落ちている。今は世界政府にワノ国の現状を知られてないからいいものの、もし発覚すれば世界政府との戦争になり、それこそ国がガタガタになる。

(……確かに今は、開国よりも国力の強化が先だな……)

「おでん、お前こそシャンクス達に何か伝言はないのか?」

「!」

「私なら、海賊やってるあの子達には会える確率が高いぞ。レイリーよりもな」

 それを聞いたおでんは、せっかくだからと注文をした。

「赤太郎達には「いつでも来い」と言っといてくれ。それと虫のいい話かもしれねェが、(しろ)()っちゃんとイゾウにもよろしく言っといてくれ!」

「わかった、「来たら裸踊りを見せる」と伝えとこう」

「それだけは言わないでくれ!!」

『ワハハハハ!!!』

 顔を赤くするおでんに、一同は大笑い。

 それから程なくして、クロエ海賊団は出航。おでん達に見送られながらワノ国を後にした。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 クロエ海賊団に新しく加入したヤマトは、マクガイと手合わせをしていた。

「とりゃーっ!」

「筋がいいぞ!」

「これは近い内に相当な猛者になりそうだな……!」

「おれ達も負けてられないど!」

 五歳児には思えぬ高い身体能力に、エマ達は満面の笑みを浮かべた。

 クロエと互角に渡り合ったカイドウの娘なだけはあるようだ。

「そう言えば、ロジャーも子供を二人船に乗せていたな。幼少の身で、実力差を物ともせず我に啖呵を切っていた」

「ヤマトちゃんも、将来は大物だね。おでんさんより強くなるかも」

「ホント!? ――うわっ!!」

 レッドとエマの言葉に気を取られて隙を与えてしまい、ヤマトはマクガイに足を掴まれ宙づりにされた。

「おれ達がお前に期待しているのは本当だ。だが……戦いの最中に余所見は禁物だぞ」

「はいっ!」

 マクガイは手を放すと、受け身を取ったヤマトは拳を構える。

「よし! もう一回だ!」

「うむ! どこからでもかかって来い!」

 ヤマトの腕白さに、口角を上げる一同。

 悪名高き〝鬼の女中〟の一味とは思えない、仲睦まじい光景だ。

 そんな中、A(アー)O(オー)はクロエがいないことに気づいた。

「ところで、船長はどこだ?」

「海だよ」

「海?」

 煙草を吹かすラカムが、親指で海を差した瞬間。

 ドォン! という水柱が上がり、欄干にクロエが降り立った。

「船長!」

「久しぶりにやったからか、苦労した。ほら、ロープ」

「え?」

 抜き身の化血を鞘に収めながら、ラカムにロープを渡す。

 それを見たエマは「アレかー……」と遠い目をしつつ、全員で引っ張って引いた。

 暫くすると、海中からボコボコにされた巨大な魚が浮き上がった。

「ええええええっ!?」

「な、何だこれ!?」

「おい、あんたまさか海中で仕留めたのか!?」

 海中で海王類を仕留めたクロエに、ヤマトだけでなくラカムやドーマ達も絶句した。

「先に風呂へ入る」

「クロエ、貴様は一人海賊の頃からやってるのか?」

「鍛錬も兼ねてな」

 レッドの問いに、クロエはずぶ濡れのコートを絞りながら答える。

 水泳は有酸素運動の中でも特に運動強度が高く、体力や心肺機能の向上、全身の筋力アップができ、バランスよく鍛えることができる。幼少期から受けてきた修行の一つであり、クロエが今も重宝している鍛え方だ。

 また、海中及び水中に慣れておけば、海王類との戦いは勿論、魚人や人魚との戦闘においても優位に立てる。水中戦においては水そのものを武器にする「魚人空手」や「人魚柔術(マーマンコンバット)」は、覇気を加えれば凄まじい強さを発揮するため、それらに対応できるようにするためには水泳が欠かせないという訳だ。

「ラカム、それで飯を作れ。医者なんだから食事療法も通じてるんだろう?」

「これをどう解体しろってんだ……」

「とりあえず、血抜きと鱗をどうにかしねェとな」

 ワイワイと海王類をどう調理するか会議する仲間を他所に、クロエは一人浴室へと向かった。

 

 

「……で、何で一緒にお前らまで来た」

「別にいいでしょ? ヤマトちゃんも汗かいてたんだし」

「ふあ~……」

 湯船に浸かるクロエは、ジト目で視線の先のエマとヤマトを見た。

 オーロ・ジャクソン号の浴室は、ノズドンやサンベルのような常人の倍以上の体躯を持つ者でも寛げるよう、大きめに作られている。ゆえに長身のクロエでも足を延ばして入ることができ、入浴は彼女の数少ない癒しなのだ。

 ただ、エマとヤマトも一緒に湯船に入ってきたせいで狭い。長身だからこそ足を延ばしたいのに、それができないのが腹立たしい。

(そう言えば、シャンクスとバギーがうっかり入ってきたことがあったな)

 ロジャー海賊団時代を思い出し、クスッと笑う。

 クロエが入っていることを露知らず、全裸のお見合いをしてしまった時の二人の反応は愉快だった。シャンクスは文字通りの赤太郎となって鼻血を出し、バギーに至っては絹を裂くような高音を上げて目を隠したのだから。あの後、傍を通ったレイリーが鉄拳制裁したが、何気に顔を赤くしてチラ見したのに気づいたのもいい思い出だ。

 懐かしい記憶に思いを馳せていると、エマの視線に気がついた。

「……」

「……何だ急に」

「いや、こうして互いの裸見るの初めてかなって……ほら、服で隠れてたからさ」

 エマの言葉に、クロエは「確かにな……」と呟いた。

 クロエもこの世界ならではと言える豊満な胸の持ち主だが、幼少期から鍛錬をしているためか、腹筋は割れていて無駄な脂肪がなく、筋肉質だが全体的に引き締まった身体だ。傷痕も顔に刻まれた複数の切り傷と左前腕の十字傷だけでなく、胸や肩、腰にも刀傷があり、足に至っては銃創もある。

 かくいうエマも、ストイックな気質であるクロエよりは筋肉質ではないが、グラマーでありながら薄っすらと腹筋も割れてるし筋肉も付いている。傷も右頬の傷だけでなく、二の腕の銃創や太腿の大きな十字傷も目立ち、くぐり抜けた修羅場は相当な数だと嫌でもわかる。

(……まあ、ヤマトもこれくらい鍛えないとやってけないな)

 目を細めるクロエ。

 すると、エマが彼女に次の目的地について訊いてきた。

「そう言えばさっき、〝西の海(ウエストブルー)〟が次の目的地って言ってたけど……何をするつもりなの?」

「師匠のところに顔を出そうと思ってる。〝西の海(ウエストブルー)〟だから、そのまま〝凪の帯(カームベルト)〟を突っ切っていけば良いしな」

「そっか、クロエって〝花ノ国〟で育ったんだよね。お師匠の世代の人は色々知ってるけど、〝錐のチンジャオ〟は初めて会うな~」

 ムフフ、と楽しそうに笑うエマ。

 それに対し、クロエは「お前こそどうなんだ」と言葉を返した。

「お前も師である〝王直〟に会おうとは思わないのか?」

「もう少し経ってからでもいいかな……お師匠も()()手一杯だろうし」

 敬愛する恩師に気を遣い、エマは再会は延期に決めた。

 この大海賊時代は、世界中で野望ある者達が海へと繰り出す時代。海賊達にとっては夢の時代だが、それは海賊王世代から見れば「宝目当ての世間知らず」がのさばる時代でもあり、野心や度胸だけで彼らに挑む愚か者が増え続けることを意味するのだ。

 ゆえに世界中で名乗りを上げる海賊達の相手をせねばならず、開幕から数年の内は王直が拠点とするハチノスも忙しいだろう。

「……その次は考えてたりする?」

「別に。……まあ、行ったことのない未知の土地へ行くだけだろ」

「よかった……世界政府と全面戦争とか言い出すかと思ってた……」

「それは()()()()()()()()だ」

 さらっと言ってのけた言葉に、エマは驚愕した。

 もし世界政府が本気で自分を滅ぼす気なら、こっちも世界政府を滅ぼす気で迎え撃つ――そう聞こえてならないのだ。

 そんな訳ないだろうとは思いつつ、念の為に一度尋ねた。

「クロエ……マジ?」

「二言はない。私の自由を邪魔する者は、心を込めて滅ぼすだけだ」

 エマは引き攣った笑顔を浮かべた。

 ――せめてそれだけは二言であってほしかった。

「エマさん、大丈夫?」

「え? あ、うん、大丈夫……アハハ……」

 エマはついに笑い声すら引き攣り始めた。

 あまりにも前世の反動が凄すぎる。

(ロジャー船長……もしかしたら私じゃあ御せないかも……)

 ロジャーの偉大さを改めて思い知るエマであった。




ちなみにシャンクス達は、以下の状況に置かれてます。

◦シャンクス…ベン・ベックマンと邂逅し、赤髪海賊団を結成。クロエの〝神威〟とロジャーの〝神避〟を習得しようと切磋琢磨。
◦バギー…海軍の目を欺きながら仲間を集め、例の宝の地図に記された場所を捜索中。ひとまず〝東の海(イーストブルー)〟から捜索。
◦バレット…バスターコール迎撃中。クロエのおかげで覇王色も纏えるので、ガープとセンゴクは被害のデカさを鑑みて中止を検討中。

おおむね原作通りですけど、細かいところが違いますね。その細かいところで今後の展開が変わるんですけど……。

さて、「不都合のバーゲンセール」ことクロエ海賊団の今後の予定は、まあ色々とやらかしますね。
バスターコールとか、奴隷船のテゾステとか、氷の大陸とか、ビッグ・マムとか……大海賊時代開幕直後は色々とネタがあって扱いやすいので、思いついたら躊躇い無く執筆します。


そして今回は、イラストを公開します!!
ただ、クロエ達のイラストはもう少し調整してから出したいので、先にクロエ海賊団の「海賊旗」をご紹介します。

【挿絵表示】

旗の背景は黒寄りの赤、愛刀の化血を模したソードクロス、ちょっと目つきが鋭いドクロという、オーソドックスでシンプルな海賊旗となっています。
原案はクロエ、デザイン担当はエマです。


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第34話〝猿の名は〟

話を進めれば進める程、クロエ海賊団が厄ネタ海賊団になってる件。

そう言えば、ドーマって猿連れてましたね。
あいつ、名前あるんでしょうかね?


 マリンフォードの元帥室にて、海賊王全盛期から海軍の総大将を務めるコング元帥は苦しそうに一言告げた。

「胃薬をくれ、センゴク……」

「……」

 尊敬する上司の苦しむ姿に、センゴクはその〝痛み〟に共感しているのか、無言で胃薬を渡した。その内に穴が空くのかもしれない。

「ハァ……ロジャーめ、とんでもない置き土産をしおって……懸賞金もまた跳ね上がりそうだ……」

 胃薬を服薬してから、コングは溜め息交じりにボヤいた。

 海軍上層部が頭を悩ませている理由――それは、〝鬼の女中〟の存在だった。

「確かに、経歴と面子は冗談であってほしかったね……」

「まさに「不都合のバーゲンセール」じゃな!! ぶわっはっはっは!!」

「笑い事じゃないぞガープ」

 書類に目を通したつるは頭を抱え、爆笑するガープをゼファーは窘めた。

 彼らの悩みの種は、現在進行形で悪名を轟かせる〝鬼の女中〟が率いるクロエ海賊団だ。

 若くして伝説の海賊と見なされているクロエを筆頭とした、「孤高の無双集団」――世間からそう呼ばれる彼女の一味は、海軍や世界政府に属する者なら誰もが頭痛に悩まされる事情を抱えている。

 それは、個々の戦闘力の高さではなく、メンバーの経歴である。

「船長クロエは〝錐のチンジャオ〟の弟子、副船長エマは〝王直〟の義娘……我々をわざと困らせとるのか、あの小娘は……!!」

 段々書類に目を通すのが嫌になったのか、コングは目を逸らした。

 クロエ海賊団のツートップが元ロジャー海賊団なのは周知の事実だが、さらに掘り下げてみたら彼女達の身内がとんでもなかったのだ。

 クロエの師である八宝水軍棟梁は、ガープとの決闘に負けて以来大人しくしているからまだいいが、もう片方のエマの師は元ロックス海賊団にして海賊島ハチノスの今の元締めで、今も新世界に君臨する現役バリバリの大海賊である。関係の良し悪しは把握できてないが、もし溺愛していたら報復の可能性があり、最悪の場合は戦争になりかねない。

 あの五老星ですら頭を抱えたのだから、政府中枢も参っているようだ。

「世界政府の方針上、ロジャーの痕跡の抹消を最優先としとるが、クロエは放置するしかないな……バレットの件が取り沙汰されたんだ、これ以上ロジャーの残党達にやられては海軍の信用の失墜につながるぞ」

 コングは目頭を押さえた。 

 先日、海軍はクロエと共に「ロジャー海賊団の双鬼」と称されたダグラス・バレットの捕縛の為、一個人に対するバスターコールという前代未聞の作戦を決行した。ロジャーを継ぐ強さと謳われる程の猛者に対してセンゴクとガープが出張ったため、いかに〝鬼の跡目〟とて一溜りもないだろうと政府上層部も判断していたが、予想は大きく外れて海軍が甚大な被害を被ってしまったのだ。

 海軍は島を完全に包囲した上で集中砲火したが、クロエから覇王色を纏う技術を習ったバレットは、その異常な覇気で次々と〝飛ぶ打撃〟を放ち軍艦を攻撃。近接戦闘とガシャガシャの実の能力が主軸と思い込んでいた艦隊は、まさかの遠距離攻撃に面食らったのだ。

 今までの情報がアテにならないと判断したセンゴクは、ガープの出撃を検討したが、そこへバレットに恨みを持つ海賊達が乱入した。これがバレットを消耗させるどころか、相応の武装だったためにガシャガシャの能力による強化を許してしまい、鉄巨人と化したバレットによって艦隊が壊滅寸前に追い詰められてしまった。

 センゴクは長期戦になる程に海軍が不利になると見なし、ガープもクロエがバレットの救援に駆けつけるという最悪の事態は避けるべしと同意し、戦略的撤退を選んだ。幸いにもバレットも疲弊していたために追撃を受けることはなかったが、いずれにしろ最高戦力と海軍の英雄をもってしても海賊王の元船員(クルー)を仕留められなかったのは、非常に大きな痛手だった。

 ちなみにバレットに恨みを持つ海賊達は、あのまま鉄巨人の攻撃の巻き添えを食らって全滅している。

「……あの件ばかりは、情報操作が上手くいって助かったな」

「時世が時世だからな」

 ガープのさりげない一言に、全員が溜め息を吐いた。

 政治は正義を歪めることがあるが、今回ばかりは政治的な介入で助かったと言えるだろう。

「……それで、クロエ海賊団は今どうなっている?」

「はっ! 現在確認できている船員は、子供を含めて9名であります」

 資料を持ってきた伝令将校の言葉に、コングは身を乗り出した。

「待て、子供だと? 何者だ?」

「現在、身元確認中です。服装からして、ワノ国の子供ではないかと思われますが……」

「……そうか。クロエが拾ったとなれば、只者ではあるまい。情報収集を怠るな」

「はっ!!」

 コングは伝令将校にそう命じた。

 クロエの部下という肩書きは、子供であろうと大きな影響力を持つ。決して侮ってはいけないのだ。

「今は大人しくしているが、これからどう動くかだな」

「ゼファーの言う通りじゃな。天竜人への苛烈な攻撃、ロジャーの遺体強奪の次は何をしでかすのか……全く見当もつかん。クロエめ、どうせ暴れるんなら〝神々の地〟でも更地にしてくれりゃあ――」

「「ガープ!!!」」

「ぶわっはっはっはっ! すまんすまん!」

 海兵として言ってはいけない発言をしたガープを、センゴクとコングは窘め、つるは頭を抱えたのだった。

 

 

           *

 

 

 新世界の海を逆走するクロエ海賊団は、甲板で盛り上がりを見せていた。

「新しい懸賞金が発表されたぞ!」

 ニュース・クーから新聞と共に手配書を受け取ったA(アー)O(オー)は、クロエ達にそれぞれの更新された手配書を配った。

 ラカムやガープが「不都合のバーゲンセール」と称するように、クロエ海賊団は政府にとって不都合な人物がちらほら在籍している。その上、ロジャー時代より悪名を轟かせたクロエが首領を務める一味となれば、船員達は氏素性問わず軒並み上昇するため、まだ五歳児であるヤマトも懸賞金を懸けられる可能性はゼロではない。

 果たして政府はどう判断し、どれくらいの額を懸けたのだろうか。

「〝雷卿〟マクガイ、3億2800万ベリー……成程な」

「〝遊騎士〟ドーマ、3億3400万ベリーねェ。マクガイと大差ねェな。デラクアヒ達はどうだ?」

「おれは2億2000万ベリーで、A(アー)O(オー)は2億8000万ベリーだど!」

 船員達は、やはりと言うべきか全員〝億越え〟と見なされたようだ。

 ただ、ヤマトの素性を海軍と政府は把握しきれてないのか、彼女の手配書だけはなかった。

「ラカムはどうだ?」

「別に、大した額じゃねェだろ」

 ドーマ達はラカムの手配書に目を通し、その金額に驚いた。

 

 ――ミリオン・ラカム 8億2000万ベリー

 

「は、8億!?」

「さすが古参メンバーというところか」

「8億越えとは鼻が(たけ)ェな!」

 マクガイやドーマは、ラカムの懸賞金の高さに称賛の声を上げる。

 だが、当の本人は遠い目をしていた。

「あの三人の懸賞金、お前ら見たか?」

『?』

 ラカムはそれぞれの手配書を見比べる三人に指を差した。

「ぬう……やはり後れをとったか……!」

「いや、私とレッドさんは1500万しか差がないから誤差みたいなもんだよ」

「そもそも懸賞金は、3億を超えると簡単には上がらないからな」

 軽口を叩き合う三人の手配書を見て、一同は唖然とした。

 

 ――〝赤の伯爵〟パトリック・レッドフィールド 19億5500万ベリー

 

 ――〝魔弾〟エマ・グラニュエール 19億7000万ベリー

 

 ――〝鬼の女中〟クロエ・D・リード 23億6000万ベリー

 

『……!?』

 開いた口が塞がらない。

 10億越えは「怪物」と称される海賊界において、小規模の海賊団でこれ程の高い懸賞金が懸けられている大物が三人もいるなど、敵対勢力にとっては悪夢以外の何物でもない。

 その内クロエ海賊団は、全員が10億越えの化け物屋敷になるのかもしれない。

「ってことは、ウチの総合懸賞金(トータルバウンティ)って……」

「……82億6700万ベリーだよ」

 途方もない数字に、ドーマ達は歓喜を通り越してドン引き。

 それと同時に、なぜ10人にも満たない一味に対し、海軍や海賊達は艦隊や同盟で襲い掛かるのかがよくわかった気がした。

「いくら何でもさ……この額はちょっとビビり過ぎじゃないかな?」

「そうだ。私達は堅気に手は上げないし、海賊の仁義は弁えてるつもりだぞ。……今の海をのさばる痴れ者共と違う」

「それをド直球で打ち消す要素があるんだっつってんだよ」

 世界政府は臆病すぎると吐き捨てるツートップに、ラカムはジト目でボヤいた。

 「18番GR(グローブ)事件」を始めとした数々の天竜人殺しにロジャーの遺体強奪という、世界政府の面目を潰しに潰しまくっているのだから、そう思われて当然だ。

 いずれにしろ、小規模海賊団であっても元ロジャー海賊団がツートップであるからには、海軍もおいそれと手は出せないだろう。これで手を出してくる奴は、実力的にも性格的にもヤバい奴だ。

「それに……55億のロジャーに比べれば、私はまだまださ」

『55億!?』

 クロエの呟きに、一同絶句。

 全ての海賊達の頂点に立った男は、この海で最も恐れられる大海賊の一角ですら及ばないのだ。

「ロジャーは比するもののない存在。〝鬼の女中〟だの〝神殺し〟だの呼ばれてても、あいつのようには……っ!」

 突如、クロエは立ち上がり東を向いた。

 水平線の彼方に、十隻の船が見えた。どれも海賊旗を掲げている。

「……海賊同盟か。人数も夥しいぞ」

 レッドは目を細めながら、向かってくる敵勢力を見据える。

「ここは新世界なんだ、まあまあ手強いぞ」

「案ずるな、大した連中ではない。――虫けらだ」

「なら、私が出張る程じゃないな」

 クロエはエマ達に迎撃を任せると、船内へと向かった。

「昼飯を作る。リクエストは?」

「赤ワインに合う物で頼む」

「ローストビーフ」

「おでん!」

 すっかり昼食の話題で一杯となるクロエ達に、エマは苦笑いを浮かべたのだった。

 

 

 十分後、海賊同盟を殲滅したエマ達。

 クロエお手製のローストビーフサンドを堪能していたが、思いもよらない事態に直面していた。

「……ドーマ、何だそいつは」

「いや、船長……何か、懐かれちまってよ……」

 クロエが指摘するのは、ドーマの肩に乗った一匹の猿だった。

 何でも、先程の海賊同盟との戦いの最中に遭遇したとのこと。

 おそらく、どこからか攫って売りさばこうとされていたところを、売られる前にドーマに助けられたのだろう。

「一応〝ナニか〟持ってるかもしんねェから診てみたが、大丈夫だった。念の為に注射はしといたが」

「ラカム君、獣医もできるの?」

「ガキの頃に仕込まれたんでな。――で、船長は?」

「私は結構だが……そうするには決めなければならないことがあるだろう」

 クロエの言葉に、エマ達は首を傾げた。

 この一匹の猿に対し、ルールでも課すというのだろうか?

「……何を決めるの?」

「名前」

「――成程、確かにそうだな」

 要は猿に名前を付けようという話だ。

「……で、どうする? あまり長いのは呼びづらいからダメだろ?」

「小文字と伸ばし棒含めて、せいぜい八文字以内だな。それ以上長いのは面倒だ」

 クロエが条件を提示すると、様々な名前の候補が挙げられたのだが、これが思いの外難航した。

 おでんの具材、犬につけるような名前、道具の名前……列挙してくれたが全くしっくりこない。試しに猿にも見せたが、見るなりそっぽを向く始末だ。

「……しょうがねェ。ここは船長と副船長の意見を聞くか」

 ラカムはクロエとエマに助けを求めた。

 すると、先にエマが候補を言った。

「アカザとゲトーがあるよ!」

「副船長、フザけてんのか」

「真剣に考えてるよ!! ノリが軽いからってヒドくない!?」

「真剣に考えた末にそれかよ」

 ネーミングセンス悪いな、と溜め息交じりにボヤくラカム。

 だが猿に目を向けると、どこか考え込んでるような表情を浮かべている。猿としてはアリであるらしい。

「船長は?」

「……バンビーノ」

『おおっ……!』

 クロエが挙げた候補に、全員が感嘆の声を漏らした。

 今まで挙げた中で一番それらしい名前である。

「ふむ、それでは選択肢は四つになるな。バンビーノ、アカザ、ゲトー、その他だ」

「バンビーノ以外ロクな選択肢じゃねェど」

 デラクアヒの一言が、胸に突き刺さるクロエ海賊団だった。

 

 

           *

 

 

 同時刻、とある島。

 バスターコールをどうにか凌いだバレットは、傷を癒していた。海賊とはいえ、個人に対して国家戦争クラスの軍事力を投入するという前代未聞の作戦により、右耳の一部が千切れ、左上半身に大きな火傷を負い、かなり痛々しい。

「っ……」

 ズキリと疼く傷に、バレットは顔を顰めた。

 先日、海軍はよってたかってバレットを攻め、バスターコールを発令した。

 それも、海賊王となったロジャーの存在ゆえだった。ローグタウンで処刑され、クロエによって亡骸を奪われた後、海軍本部はロジャーに縁のある者を次々に狙った。世界政府にとって不都合な存在を抹殺するだからだ。

 バレットはラフテルに同行してないが、最後までロジャー海賊団の一員だった。クロエと共に「ロジャー海賊団の双鬼」と称され、ロジャーを継ぐ強さを持つと恐れられた〝鬼の跡目〟の伝説も、看過できなかったからなのだろう。

「……カハハハ……!!」

 バレットは笑った。

 バスターコールは、世界政府の軍事力(チカラ)の象徴の一つ。今回はセンゴクの決断で撤退という形となったが、あれを返り討ちにできれば海軍にはバレットを捕らえるのは不可能といっても過言ではない。

 ロジャーとクロエの背中を追い続けるのだから、ここでくじける暇はない。

「アレを叩き潰せれば、おれは世界最強に大きく近づける!! 待っていろクロエ!! ロジャー!!」

 バレットは、再び立ち上がる。

 ――立ち止まるものか。あの二人を超えるまでは。




次回、花ノ国への里帰りの為に〝西の海(ウエストブルー)〟へ向かいます。
その道中、海軍の集中砲火を浴びる島を目撃してしまい……!?

アンケートの方もよろしくお願いします。


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第35話〝オハラ〟

アンケートの結果、バンビーノにしました。

※どっかの猿王と同じ名前ですが、一切関係はありません。



 カイドウとの戦争から一年が過ぎた頃。

 新世界を逆走していたクロエ海賊団は、修行の一環として〝北の海(ノースブルー)〟にも立ち寄りながら、ついに〝西の海(ウエストブルー)〟へと突入した。

 澄み渡った青空が広がる中、クロエはヤマトを扱いていた。

「やあああーーーーー!!」

 ヤマトは金棒を振るい、クロエに襲い掛かる。

 今まで様々な武器を持たせてみたが、一番身体にあったのが金棒だったようだ。蛙の子は蛙である。

 対するクロエは、何と風呂を焚く時に使う枝薪で応戦。ただし彼女の覇気で武装硬化しており、そこらの鈍器よりも頑丈だ。

「たあーっ!」

 ガン! と金棒と枝薪がぶつかる。

 ヤマトはめげずに攻め立てるが、クロエはその場から一歩も動かず捌いている。

 このままでは埒が明かないと、ヤマトは背後から攻撃しようと切り替えたが――

「フンッ!」

 

 ゴンッ!

 

「ふぎゃっ!」

 クロエの一振りが、顔面に直撃。

 すっ転んだヤマトは、両手で顔を覆った。

「いたた……」

「まだまだだな。今の攻撃も、見聞色の覇気を鍛えれば確実に躱せるぞ?」

「う~~~っ! じゃあ覇気を覚えて、痛い目に遭わせてやるっ!」

 ムスッとした顔でクロエを睨むヤマト。

 二人の手合わせを見ていた仲間達は、愉快そうに笑った。

「まだまだ修行が必要だね、ヤマトちゃん」

「まあ、海賊王の元船員(クルー)が相手だから無理もないがな」

「六歳のガキにしては上等だぜ!」

「ウッキィ!」

 揶揄うことはせず、努力と健闘を称える一同。

 ドーマの相棒となった猿のバンビーノは、ヤマトにタオルと水を渡した。

「よし、このまま花ノ国に向かう。私の師匠からも何かヒントが得られるはずだ」

「うん! ……そう言えば、クロエさんはどんな修行をしてたの?」

 ヤマトの疑問で全員の目がクロエに釘付けとなった。

 あの〝鬼の女中〟が幼少期、どのような修行をしていたのか、スゴい気になる。

 クロエは指を折りながら、数えるように語り出した。

「んーと……私が七歳かそこらだった頃から、山を登って来いと言われて登ってる最中に山頂から石を落とされたり、水中戦に慣れておけと川に放り込まれたり、実戦経験を重ねるためにと丸腰で財宝泥棒と戦わされたり、手合わせでは容赦なく師匠は奥義使ってくるし、それと――」

「いや、おかしいだろォ!!」

 ラカムは目が飛び出る勢いでツッコんだ。

 修行というより拷問の類に近い。年齢が一桁の子供にやる教育ではない。

 するとエマも、海賊島で過ごした頃を思い出したのか、昔を語り出した。

「私はハチノスの外には出れなかったから、基礎体力強化としてドクロの岩山を素手で登らされたり、如何なる時や場所でも冷静でいられるようにと風船に括りつけられて飛ばされたり……うわ、思い出すの嫌になってきた……」

「愛情の裏返しってレベルではないな……」

 項垂れるエマに、マクガイは同情した。

 重い空気を纏う親友を他所に、ラカムは船内から持ってきた地図を広げた。

「地図によると、オハラという島が近い。肉類はこないだの海王類が残ってるからいいが、野菜と果実が足りなくなってきたから、ここで少しでも調達したい」

 船医としての観点から、ビタミンCの欠乏によって生じる壊血病などの対策予防も鑑みて、食料を確保したいと語るラカム。その意見にクロエも同意し、オハラに停泊して物資を少し補給することに決めた。

 そんな中、一番の年長者であるレッドがオハラについて語り出した。

「オハラか……考古学の聖地に寄るとはな」

「考古学の聖地?」

「世界中から集められた、歴史的に貴重なあらゆる文献を保管していると聞く。風の噂では、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を研究しているとも聞くな」

 レッドの言葉に、色めき立つ一同。

 その中には、夢やロマンを駆り立てる文献もあるだろう。行ってみて損はないはずだ。

「決まりだね!」

「ああ。――目的地を変更、物資の調達の為にオハラへ進路を変える!」

 クロエの船長命令に、仲間達は応じた。

 これが、後の世に語り継がれる大事件につながるとも知らずに。

 

 

 翌日、海軍本部の元帥室で、コングは溜め息を吐いた。

「そうか、バスターコールが発令されたか……」

 伝令将校の言葉に、何とも言い難い表情を浮かべる。

 「考古学の聖地」と呼ばれる島で有名なオハラは、島の研究チームが世界政府から禁じられている「空白の100年」の研究に手を出していること、島外へ派遣されたチームが〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟を探索していることがわかり、見せしめとして壊滅させることが決定したのだ。オハラの研究は世界政府の想像を遥かに超え、消さねばならないと決断する程の領域に至ってたからだ。

 五老星としても苦渋の決断だったと聞くが、発令された以上は仕方がない。今後の世界の為に、見せしめとしてオハラを消さねばならない。

 ロジャーが死んでから散々だな、と感慨を抱いた時だった。

「失礼します! コング元帥、クロエ海賊団の居場所が判明しました!」

「!」

 その言葉に、元帥室に緊張が走る。

 今の海の覇者たる存在である白ひげを差し置いて、世界政府が最も動向を警戒するクロエ海賊団は、数ヶ月程前から行方不明となっていた。

 その一団の動きをようやく掴むことができたのだ。一言一句聞き逃せない。

「よく調べがついたな。それで、あの小娘は今どこに?」

「クロエ海賊団は、現在〝西の海(ウエストブルー)〟にいるとのことです」

「〝西の海(ウエストブルー)〟……やはり〝凪の帯(カームベルト)〟を突っ切ったか。目的は里帰りだな?」

 将校の報告を、コング元帥は一切動じずに分析した。

 クロエは攻撃的ではあるが、人間関係は割と律儀なタイプの海賊だ。大方、大海賊として成長した自分を、師匠であるチンジャオにその目で見せるためだろう。

 となれば、彼女の目的地は自ずとわかる。花ノ国だ。

「……花ノ国が目的地とわかった以上、奴らは監視だけで構わん。こちらから刺激しなければ、話のわかる女だからな」

「げ、元帥……そ、それなのですが……」

「どうした?」

 伝令将校の狼狽ぶりに、コングは怪訝な顔をした。

「それが……巡回中の軍艦の報告から奴らの進路を計算したところ、オハラの近海を通過するという結果が出まして……!」

「――な、何ィ!?」

 その報告に、コングは嫌な汗が止まらなくなった。

 オハラには現在進行形で、バスターコールでオハラを消すために海軍の軍艦が10隻が到着し、今しがた集中砲火が始まったところだ。

「さ、最悪の場合……クロエ海賊団と艦隊が接触し、戦闘となる可能性が……!!」

「本当に何て最悪なタイミングなんだ……!!!」

 コングの顔から血の気が引いた。

 クロエはロジャーの影響を大きく受けてるため、民間人に危害を加えることはしないが、彼女の厄介な所は()()()()()()()()()()()()()()ということである。大人しくしているかと思ってたら、何を察知したか不明だがいきなり殺しに来る……ということも十分にあり得るのだ。

 下手に刺激しなければ穏健な海賊ではあるが、常に細心の注意を払わなければいきなり攻撃的になり全滅させられる――それが〝鬼の女中〟の世界政府及び海軍の認識だ。だからこそ、バスターコールが発令されたオハラの傍を通るのは想定外の事態だったのだ。

「一刻も早く通達しろ!! バスターコールは中止!! 全責任はおれが取る!! 艦隊がクロエに壊滅させられる前に、あらゆる手段を使って砲撃を止めさせるんだ!!」

「りょ、了解!!」

 コングは切羽詰まった表情で命じる。

 オハラに派遣された艦隊では、クロエはまず倒せない。それこそセンゴクやゼファー、ガープを派遣しなければならない。が、三人は今現在任務中でオハラへは行けない。状況はかなりマズい。

 しかも今回のバスターコールにはクロエと因縁があるサカズキが参加している。徹底的な正義を掲げる彼の性格からして、クロエと遭遇したら間違いなく戦闘になり、クロエもまた本気で暴れ出し、結果的に海軍の被害が甚大なものになる。

 クロエ海賊団との全面戦争は、是が非でも避けねばならない。たとえ手遅れであったとしても、元帥である自分の命令が届けば、その先の状況は全く違うはずだ。

 

 だが、現実は非情であった。

 

「スパンダイン長官! コング元帥から緊急の要請が」

「うっせェ、そんなモン蹴っとけ! 今それどころじゃねェだろ!」

 コングの元帥命令は、一人の出世にがめつい政府高官のせいで届くことはなかった。

 

 

           *

 

 

 オハラ近海にまで来たクロエ海賊団は、目の前の光景に言葉を失った。

「こ、こりゃあ……」

「島が、攻撃されてる……!?」

 海軍の艦隊が、オハラに向けて集中砲火している。

 ただの研究熱心が過ぎる平和な島だと思っていたのに、まさかの戦場。

 どういうことだと戸惑う中、レッドは口を開いた。

「やはり、こうなったか」

「え? それって……」

「あれは〝バスターコール〟……海軍本部中将5人の指揮の下、軍艦10隻の大戦力で無差別殲滅攻撃を行う軍事作戦だ。学者達は、見せしめに滅ぼされるようだ」

 クロエは目を細め、炎に包まれてゆくオハラを見つめる。

 おそらく、オハラの研究は世界政府にとって()()()()()()()にまで進んでいたのだろう。そうでなければ、ここまで徹底してもみ消しに来ない。

「補給は諦める。このまま花ノ国へ向かうぞ」

「で、でも! これじゃあ何の罪のない人達も……!」

 ヤマトは泣き出しそうな顔を浮かべる。

 無差別攻撃ということは、無関係の市民が紛れていようがお構いなしということだ。

 このまま見捨てるのは惨いとでも言いたげな彼女に、エマが優しく声をかけた。

「ヤマトちゃん、安心して。バスターコールは攻撃前に避難の猶予が与えられてる。市民の避難も認められているよ」

「本当……?」

「ウソなんかつくもんか! そうでしょ? クロエ」

「ああ。その証拠も見える」

 クロエが指差す場所には、多くの民間人を乗せた避難船が。海兵も何名か乗っており、世界政府なりの人道的配慮だと想像がついた。

 ヤマトはその光景を見て表情が幾分か和らぐがそれでも表情は未だ暗いままだ。荒くれ者の海賊ではなく、ただ歴史探求をしている学者に対しての攻撃に、六歳の少女が納得するはずもないだろう。

「私達もオハラの学者も、世界政府の規範から見ればれっきとした無法者……厳罰の対象だ。あの島の学者達は、それを承知の上で法を破ったんだ」

「わかってて……?」

「私としては、この世界の「闇」はもう少し時間を掛けて教えたかったがな……酷だったな」

「ううん、大丈夫」

 ヤマトはニカッと笑うが、それが無理に笑ってのものだとすぐにわかる。

 クロエは優しく頭を撫で、愛おしさと憐れみを抱きながら「偉いぞ」と呟いた。

 その時だった。

 

 キィィン……!

 

「――っ!? 総員、戦闘準備!!」

「船長!?」

「エマ!! 私に代わって指揮を執れ!!」

 突如、クロエは一筋の汗を流し、船を飛び出し月歩で宙を駆けた。

 彼女は未来を視たのだ。多くの民間人が乗った船が、救助に当たっていた海兵と共に軍艦の砲撃で沈められるのを。

(遠すぎる……!!)

 軍艦までの距離が、遠い。

 砲撃の阻止は間に合わないと判断したクロエは、避難船へ放たれた砲弾を破壊するために化血を振るった。

「〝神威〟!!」

 軍艦の大砲が火を噴くと同時、宙を駆けながら斬撃を飛ばす。

 砲弾はクロエが飛ばした斬撃に斬られ、一斉に爆発する。飛び散った破片が避難船の帆を突き破るが、乗船しているオハラの一般市民と救助に当たっていた海兵達は全員無傷だ。

「何をしちょる!! 沈めろと言ったじゃろうが!!」

 砲撃を指示したのは、バスターコールに参加していたサカズキだった。

 万が一にも避難船に学者が潜んでいたら、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟の解読法が流出してしまい、古代兵器復活につながる――そう判断した上で砲撃したのに、肝心の避難船に当たっていないのだ。

 部下の不手際かと思って声を荒げたが、海兵の一人が青ざめた顔で報告した。

「サ、サカズキ中将!! 〝鬼の女中〟です!!」

「――何じゃと!?」

 海兵の報告に、サカズキは驚愕する。

 海賊王の部下だったあの女がこのオハラに来ており、避難船を守ったのだ。

(一体どういう風の吹き回しじゃあ……!!)

 サカズキが困惑している一方、避難船の欄干に降り立ったクロエは軍艦を睨んだ。

「どういうつもりだ、サカズキ……!!」

 ――あの豚共の言いなりの上、軍務上は不問としても仲間ごと堅気に手を出すとは……!

 クロエは額に青筋を浮かべながら跳躍。

 軍艦へ直行し、化血に覇王色を纏わせた。

『〝鬼の女中〟!?』

(避けられん!!)

 サカズキは冷や汗を流しながらも、迎撃するべくマグマの拳を構えた。

 が、サカズキが攻撃する前に先手は打たれてしまった。

「〝神避〟!!!」

 

 ドォン!!! ボゴォン!!!

 

 クロエは化血を横薙ぎに一閃。とてつもない衝撃波がサカズキを襲った。

 それと共に付随する覇王色の覇気が爆発するように拡散。衝撃は凄まじく、軍艦のマストはへし折れ、砲台が破損し、海が大きく震え、海兵達は次々に吹き飛ばされて海に落ちる。

「……!!!」

 覇王色を纏った強大すぎる一撃を食らったサカズキは、クロエが納刀すると同時に吐血し、仰向けに倒れて気絶した。

 不意打ちに近いとはいえ、海軍でも抜きん出た実力者である中将が秒殺。この海で最も恐れられる海賊の一人である〝鬼の女中〟の()()を目の当たりにし、周囲は大パニックに陥る。

「うわあああ!! サカズキ中将の部隊がーーー!!」

「そ、そんなバカな……!!」

「本物の〝鬼の女中〟だァァァ!!」

 他の軍艦の海兵達は悲鳴を上げるが、悠長に悲鳴を上げている場合ではない。

 あのオーロ・ジャクソン号の船首砲が海兵たちに対し火を吹いた。

「クロエ海賊団だ!!」

「〝魔弾のエマ〟!! 〝赤の伯爵〟!! 全員揃ってます!!」

「救援要請だ!! 本部に繋げろ!!」

 ソードクロスの赤い海賊旗を見た海軍とサイファーポールは、海戦の準備を始める。

 もはやバスターコールどころではないのだろう。感情が無いのではと思われる程に冷徹だった彼らの焦り様は、尋常ではなかった。

 それをオハラの海岸線で見ている者達の心も驚愕と困惑に晒されていた。

「……海賊……? でも、避難船を……」

「クロエ海賊団……一体、どういう風の吹き回しだで……!?」

「サカズキ、くたばっちゃいねェだろうな……!」

 考古学者の母を持つニコ・ロビンと巨人族の元海軍中将サウロは、世間では攻撃性の高い女海賊として恐れられる〝鬼の女中〟が避難船を救け、砲撃をした軍艦の海兵達を壊滅させた事実に、戸惑いを隠せないでいた。

 一方、上記の二人を捕縛するために動いていたクザンも、クロエの乱入に言葉を失っていた。サカズキには避難船への砲撃について文句の一つや二つは言いたかったが今はそれどころではない。

(サカズキ、無事だよな……!?)

 同僚の安否を気にしていると、サカズキの軍艦からクロエが跳躍し、高速で迫った。

「っ!! 〝アイス(ブロック) 暴雉嘴(フェザントベック)〟!!」

 これはマズいとクザンは巨大な雉の氷塊を飛ばすが、クロエは覇気を纏った化血で両断。一太刀で斬り崩して距離を詰め、切っ先を喉元にピタリと突きつけた。

「久しぶりだな、クザン」

「……何でいんのよ、あんたら……」

「里帰りの道中に、たまたま見かけてな」

 両手を挙げて、顔を強張らせるクザン。

 今のクロエは、額に血管が浮き出ており、かなりお怒り気味な様子。

「……随分と怒ってんじゃないの……」

「犠牲の伴わない正義はないとしても、サカズキのあの判断は頭に来るぞ」

 クロエは殺気立ちながら答える。

 無法の海賊稼業に身を投じているが、堅気への手出しを禁忌とするロジャー海賊団の掟を色濃く受け継いでいるクロエは、無関係の民間人を巻き込むのを良しとしない。それゆえに、クロエはサカズキに怒りを覚えたのだ。

 見損なった、と。

「……理解できても納得いかないってヤツか?」

「平たく言えばな」

 ――プルプルプルプルプル!

 ふと、クザンの懐から電伝虫が鳴った。

 クロエは化血の切っ先をゆっくりと下ろした。電話対応は許すそうだ。

「……あー、こちらクザン」

《クザン中将!! 五老星の許可の元、コング元帥よりバスターコール中止との伝令が入りました!! バスターコールは中止です!!!》

「……クロエ海賊団は?」

《それが、コング元帥の伝令が来た瞬間に攻撃を止めまして……!!》

 その意味を、クザンはすぐに理解した。

 エマが見聞色の覇気による未来視で事態を察知し、一旦は引くことにしたのだ。

 そして、選択肢を与えたのだ。このまま引くか、それとも残った兵力でクロエ海賊団と戦うかを。

「……わかった、すぐそっち戻るわ」

 電伝虫の通信を切ると、クザンはこれ以上の長居は無用と判断し、背を向けた。

「クザン……!!」

「サウロ……さっきも言ったが、お前の〝正義〟を責めやしない。お前らは見守らせてもらう。だが忘れんなよ、()()()が何かやらかせば、おれは一番に捕らえに行く」

 クザンは振り返ることもなく告げ、その場から消えた。

 クロエは見聞色でクザンの気配が遠ざかるのを確認すると、化血を鞘に収めた。

「……何をしている? せっかく拾った命を無駄にする気か。私も長居はしないぞ」

「でも、まだお母さんが!!」

 ロビンはクロエに訴えるが、サウロは沈痛な面持ちで「もう誰も助からんでよ……!!」と告げた。

 ロビンの母――ニコ・オルビアは、オハラの学者として滅びゆくこの島に残ることに決めたのだ。世界中から集めた文献を、未来へ届くように残すために。その気になればサウロはオルビアも一緒に連れて行こうと思えば出来たが、彼女の意志を尊重し、ロビンだけでも逃がすことにした。サウロとロビン以外は助からない運命だと悟ったのだ。

 だが、クロエは燃え盛る炎に包まれる巨木を見やると、ロビンの頭を優しく撫でた。

「……事情はわかった。任せろ」

「え?」

「な、何をする気でよ!」

 サウロに問われるもそれを無視しクロエは月歩で宙を駆け、島の中心にある「全知の樹」へ向かった。

 バスターコールは中止となったため、これ以上の砲撃はないが、炎に呑まれている以上は一刻を争う。見聞色でかなりの数の気配を感じ取ったクロエは、すぐさま化血を抜いた。

 その直後。

 

 バキバキバキ……!

 

「ああっ!! 全知の樹が!!」

 ついに炎に耐え切れなくなった全知の樹が、嫌な音を立てながら倒れ始めた。

 しかし、それこそがクロエが待っていた好機だった。

「〝劈風〟!!」

 クロエは化血を振るって覇気を纏った斬撃の嵐を放ち、倒れ始めた全知の樹を斬り刻み、燃え盛る炎も序にかき消す。

 そのあんまりにもあんまりな光景に、ロビンとサウロをあんぐりと開け唖然とする。

「〝錐龍錐釘〟!!」

 それを尻目にクロエは斬り刻んだ全知の樹が落下する前に、限界まで刀身に覇王色を込めて平突きを放つ。

 黒い稲妻を迸らせながら放たれた斬撃は、一直線に飛び巨木を彼方へ吹き飛ばす。

 全知の樹の内部の図書館から、その光景を見上げていた学者達は突然のことに感情の整理が追いつかず呆然とする。

「え……?」

「こ、れは……!!」

「……どうやらうまく行ったようだ」

 化血を鞘に収め、学者達の前に着地するクロエ。

 放心状態の学者達に、「とんだ災難に遭ったものだな」と口を開いた。

「あなたが、全知の樹を……!?」

「お前がニコ・オルビアか……いかにもそうだが、マズかったか?」

「いえ………ありがとうっ!!」

 オルビアは泣き崩れ、彼女に続くように学者達は涙を流した。 

 まだ生きられる。まだ、真実を知るための研究が続けられるのだ。

「ありがとう! 本当にありがとう!」

「何と礼を言うべきか……!」

「あなたはオハラの恩人だ!」

 学者達に涙ながらに感謝され、クロエは「やめろ、気持ち悪い!」としどろもどろになるのだった。

 

 

 そして同時刻。

 クロエが全知の樹を斬り刻み、その残骸を吹き飛ばしたのを目撃したクザン達は、オハラからの撤退を始めていた。

「クザン中将! サカズキ中将が!」

「わかってるよ。……ったく、徹底的な姿勢が仇になっちまったな」

 未だ意識が戻らない同僚を心配しながら呟く。

 これはセンゴク達も後始末が大変そうだ。バスターコール中にクロエ海賊団の襲撃に遭い、交戦の末に撤退させられるとは。

 胃薬でも買って渡してやるかと、上司達の胃を心配したその時だった。

「クザン中将!! 〝鬼の女中〟と学者達が!!」

「!」

 一人の将校の言葉に、クザンは目を見開き視線を飛ばす。

 視線の先には、焼け落ちる木々に斬撃を飛ばして逃げ道を作るクロエとその道を通って燃え盛る森から脱出する学者達の姿が。そして、その一行と合流する少女と親友の姿も。

「……オハラの勝ちだな、こりゃあ」

 クザンはゆっくりと口角を上げた。

 島はもうすぐ焼け野原となり、図書館も研究資料も全て灰と化すだろう。だがそれでも、学者が世界の理不尽を相手に生き延びたのなら、彼らの勝利と言える。

《クザンさん、何をしてるんですか! 早く攻撃を!》

「ハァ?」

 その時、電伝虫から通信が入った。

 CP9――正式名称は「サイファーポールNo.9」――のトップである、今回のバスターコールを発令したスパンダイン長官からだ。

《これで学者達が生き残ったら、今回の作戦が全部無駄に終わるんだぞ!?》

「あのさ、この状況わかって言ってんの? 今のおれ達にクロエ海賊団を相手取れねェ。それこそセンゴクさんやガープさんが来てくんねェと勝てないの。サカズキ秒殺した化け物におれが敵いっこないでしょ」

《ハァ!? ふざけんな!! それじゃあおれの面目丸潰れじゃねェか!!》

 抗議するスパンダインだが、権力にがめつい彼のことだ。どうせ構っても無駄だと遠い目になるクザンだったが……。

 

 バリバリ……!

 

「!? 全艦、衝撃に備えろ!!」

「クザン中将!?」

()()()()が来るぞ!!」

 海軍中将の言葉に、海兵達は動いた。

 衝撃に備えろと言うことは、この後に来るであろう攻撃は避けられないということ。

 全員が手すりや欄干にしがみつくが、スパンダイン達は海兵達の行動の真意を汲み取れるわけもない。

「腰抜け共が、いきなりどうした?」

「スパンダイン長官!! アレを!!」

「あん?」

 部下の一人が、慌てた様子で指を差す。

 その先には、スパンダイン達に拳銃の銃口を向けるエマの姿が。

「エマ・グラニュエール!?」

 20億近い懸賞金を掛けられた大物が、殺気を向けてきている。

 撃鉄を起こした彼女を見て、スパンダインはさすがにマズいと感じたようだが、すでに手遅れだった。

「ねえ、お役人さん。海軍は中止命令が出たから手を引いたのに、まだ引き金引くつもり?」

「あ、いや……!!」

「……それって、私に撃ち抜かれたいってことでいいよね?」

 エマは青筋を浮かべると、構えていた拳銃の銃身から、バリバリと黒い稲妻が迸り始めた。

 銃口は、スパンダインではなく軍艦の艦体――船の要である竜骨に向けられる。

 そして、エマは引き金を引いた。

 

「〝黒閃(ブラック)砲火(ホーク)〟!!!」

 

 バァン!! ドゴォン!!!

 

『うぎゃああああーーーーー!!!』

 エマは弾丸に覇王色を込めて発砲。

 黒い稲妻を迸らせる弾丸は、軍艦の砲撃すら軽く上回る破壊力と貫通力を宿し、スパンダインが乗った船に着弾。弾丸に込められた覇気が暴発し、竜骨を破壊してサイファーポールの船を文字通り真っ二つにした。

「スパンダイン長官が!!」

「早く救助しろーーーー!!」

 海兵達は政府高官であるスパンダインの救助活動を急ぐ。

 クロエ海賊団は、それを追撃することをせず、オハラの海岸へと向かい舵を切る。艦隊には自分達と戦う兵力も気力もないと判断されたようだ。

(……すまねェな、クロエ)

 ――オハラ壊滅の責任は、お前に全て擦りつけられるだろうよ。

 世界政府の隠蔽体質を知るクザンにはなんとも言えない気持ちでクロエを見つめることしかできなかった。




サカズキはちゃんと生きてますのでご安心を。
スパンダインも、悪運は強いので息はあります。

オハラの学者達は、命は助かりましたがこれからが大変。
焦土と化した故郷には居られないので、どの道オハラは地図上から消されますし、身を守る術もないので。ドラゴンとベガパンクがどう動くかですね。

そしてエマの必殺技として登場した、覇王色を纏った銃撃で対象を撃滅する〝黒閃(ブラック)砲火(ホーク)〟。ネーミングとルビの雰囲気はまんま原作に出そう。(笑)
技名はスタームルガー・ブラックホークが由来です。


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第36話〝せいぜい強くなれ〟

オハラのあたりを読み返してるんですけど、やっぱり五老星はオハラを滅ぼす気はなかったんじゃないかなと思います。頭を抱えるコマが、苦渋の決断というか、不本意って感じがすごく強いので。
王国の存在に気付いたあたりまでだったら、原作のように「大胆な仮説」で済ませるつもりだったんだけど、王国の名前まで知っちゃったから完全にアウトで庇いきれないって感じなんです。

まあ、あくまで自分の個人的な考察なんですけどね。
でも「五老星、実は敵じゃない説」は案外あり得ると思います。


 バスターコールを受けたオハラは、島のほとんどが焼き尽くされた。

 クロエ海賊団の介入により、学者達は命を拾い、島民達は海軍の誘導の下に避難を完了した。

 それでも、彼らが負った〝傷〟は大きい。

「もはやオハラは終わりじゃ……この島で研究の続行はできん」

 髪の毛と髭が三つ葉のクローバーを思わせる、考古学の世界的権威であるクローバー博士は、ラカムの手当てを受けながら項垂れる。

 クロエが全知の樹を薙ぎ払ったおかげで、どうにか時間稼ぎができて火の手から全ての書物を守れたが、研究の設備は軒並み灰となり、実質ゼロからのやり直しに近い状況だ。

 しかし、クロエが来なければオハラの意志は次代へ継ぐことができなかった。島が滅んでも、学者達は生き残ったのだから上等な結果だ。

「クロエ海賊団、お前達には何と礼を言うべきか……世間の評判はアテにならんな」

「里帰りにたまたま通りかかっただけだ、本来は助ける義理もない。それに見殺しにしていたら寝覚めが悪いだろう」

 頭を下げるクローバー博士に、クロエは冷たく返す。

 海の覇権にも〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟にも興味が無いのだ。世界の真実が暴かれようが暴かれまいが彼女にとっては至極どうでもいいことに過ぎない。ただ、仲間ごと堅気に手をかけようとした顔見知りの判断が、自分の信条として許せなかっただけだ。

 それでも、結果的にはオハラの恩人とも言えるとクローバー博士は笑った。

「それで、これからどうする? 考古学の権威なのだから、相応の伝手ぐらいあるだろう」

「……うむ……無いわけではないが……」

 クローバー博士は、二人の顔馴染みならば望みはあると語る。

 

 一人は、「自勇軍」という組織を率いる男・ドラゴン。

 もう一人は、極めて優れた研究技能を有する世界政府所属の天才科学者・ベガパンク。

 

 この二人は、文献を求めて世界中を探検した若い頃からの付き合い――言わば「旧知の仲」だという。

 今は立場の都合で表立った交流はできないが、それでも信頼に足る人物とのことだ。

「……お前達、引き揚げるぞ」

「え? まさかクロエ、このまま里帰りする気!?」

「行く宛てがないならともかく、あるならそいつらに一任するべきだろう」

 クロエはここにはもう用はない、とキッパリ告げ、そのままオーロ・ジャクソン号へ戻ろうとする。

 その時、クローバー博士が背を向けたクロエを呼び止めた。

「待ってくれ! 一つだけ尋ねたい!」

「……何だ?」

「……海賊王の一団は……ロジャー海賊団は()()()()()()()()()!?」

 クローバー博士の言葉に、その場は静まり返った。

 

 前人未到の世界一周を成し遂げた海賊王の一団は、最後の島で何を見て、何を知ったのか。

 〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟が眠る島に、〝空白の100年〟がわかる何かがあるのか。

 自分達の求める答えが、世界の果てにあるのか。

 

 歴史の真実を知りたいという想いが詰まった質問に、クロエは答えた。

「私はラフテルに行っていないが、レイリーあたりなら知っているだろう」

『!!!』

 その言葉に、学者達は息を呑んだ。やはりロジャー海賊団は、歴史の全てを知ったのだ。

 クロエは言葉を続ける。

「私は〝空白の100年〟にも〝古代兵器〟にも興味はない、が……歴史を知るだけでは何もできないだろう。……ロジャーもそうだった」

 クロエはロジャー海賊団の最後の宴の夜を思い返した。

 

 

           *

 

 

「クロエ、おめェに〝夢〟はあるのか?」

 世界一周を達成したロジャーは、泣き止んだクロエと一対一(サシ)で飲んでいた。

 最後の宴が終わり、愛する船長に想いを伝えてから、これまでの航海を振り返った時に問われ、クロエは返した。

「……自分の人生を完成させることだな。前世を持つ身としては、二の轍は踏みたくない」

「わっはっは! そうか、頑張れよ」

「そういうロジャーこそ、どうなんだ」

 クロエはロジャーに航海の理由を尋ねた。

 すると、一口酒を呷ってから「世界をひっくり返すためだ!!」と快活に答えた。何事も派手にやることを好むロジャーらしい理由に、クロエは笑った。

「まあ……()()()()がな」

「〝偉大なる航路(グランドライン)〟の制覇だけでも世界の常識をひっくり返せそうだと思うぞ? 不可能と言われてきたんだから」

「わははははは!! そりゃあもっともだ!!」

 クロエの一言にロジャーは爆笑する。

 不可能を可能にすることも、今までの世界の常識をひっくり返すという意味では間違いではないだろう。

「……それで、()()()()というのはどういう意味だ?」

「ん?」

「莫大な宝も見つけ、海賊王になったにもかかわらず、夢は果たせなかった……そういう言い回しに聞こえたからな」

 真意を尋ねると、ロジャーはニィッ……と笑って「何でだと思う?」と返した。

 クロエは呆れ返った様子で酒を呷り、想像した。

「……〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を見つけるだけじゃダメだった……とかか?」

「ほう……何でそう思う?」

「何となくだ」

「わははははは!! そうか、何となくか!! わははははは!!」

 相変わらず無愛想なクロエに、ロジャーは肩をバンバンと叩きながら爆笑した。

 そんな中、彼女はふと思い出した。

「そう言えば……私もお前もミドルネームが〝D〟だな……アレには何か意味があるのか?」

 クロエもロジャーも、海軍のガープも〝D〟の名を持つ。

 少し前からゴールド・ロジャーと呼ばれてはいたが、ラフテルに到達してからは手配書から新聞に至るまであらゆる情報ツールがフルネームで表記しなくなった。まるで〝D〟の名を知られたくないかのようで、クロエ自身もその内「クロエド・リード」みたいになるのかと考えてたくらいだ。

 その理由もまた、最後の島(ラフテル)にあったのだろうか。

「……ある。聞きてェか?」

「……少し気には、なる……」

 クロエはウトウトしながら、頬杖を突いて呟く。

 酒が回って気がよくなったロジャーは、「よォし、教えてやろう」と笑いながら語り出したのだが――

「クロエ、これは遥か昔の話だが……」

「やっぱいい……長い話は、嫌いだ……」

「ハァッ!?」

「……すぅ……すぅ……」

 睡魔に負け、欄干に頬杖を突いて立ったまま器用に寝始めたクロエに、ロジャーは言葉を失った。

 

 

           *

 

 

(ちょっと待て、あの時の私って立ちながら寝てたのか……?)

 海賊王と過ごした夜を思い出し、嫌な汗が流れた。

 別にミドルネームの真実を知りたければ、〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の写しが全て手元にあるので自力でラフテルに行けばいい話だが……無性に恥ずかしくなってきた。

(……まあ、これでオハラの学者達は世界政府に執拗に狙われるだろうが……私には関係のないことだ)

 クロエは自由で在ることを信条とし、同時に()()()()の自由にはなるべく干渉しないようにしている。自由には責任が伴い、それは己自身が負わねばならないからだ。

 ゆえに、自分達の自由に従って動いていたオハラの学者達を、クロエは決して阻もうとしないし、止めようともしない。

 ――たとえその先に、破滅が待ち構えていたとしても。

「……せいぜい強くなれ。力無き者は全てを奪われる。()()()()()()真の平和や平等はない」

 圧倒的強者である自分から言えるのは、それだけだった。

 法律という名の理不尽、腐り肥えた天竜人(ぶた)共が治める矛盾した世界、巨額の金で人権を得る不条理……それらから解放されるには、圧倒的なチカラが求められる。

 オハラには、それがない。ゆえに信頼できる後ろ盾がなければならない。

(全ての生ける者が平等なのは、産まれた瞬間と死ぬ瞬間のみで、それ以外は全て不平等……もし世界が真に平等であったのなら、私の前世はもっとマトモだったはずだ)

 死は皆平等に訪れても、その多くは不本意だ。思うように生きて、一番納得のいく死を迎えられる人間など、ほんの一握りだ。

 だからこそ、クロエは「人生の完成」を求めて突き進む。生き様も死に様も、納得のいくカタチにするために。

「……行くぞ。海賊が学者(かたぎ)の選んだ道に口を出すな」

 強い口調で言うクロエに、仲間達は無言で頷き、その後を付いていく。

 その背中を、クローバー博士は涙ながらに見届ける。

「……恩に着る!」

 たとえ受け入れることがなくても、クローバー博士は礼を述べた。

 どれ程の悪名で恐れられる海賊だろうと、彼女が未来を守ったのは事実。それは、決して忘れてはならない。彼女によって拾われた命を、無駄にしないためにも。

 すると、エマが何かを思い出したのか、クローバー博士に声をかけた。

「そう言えば博士、五老星と会話できたんだって? せっかく繋げられたんだから、ハッタリかませばよかったじゃん」

「? ……どういう意味じゃ?」

 あっけらかんとした様子で言うエマに、クローバー博士は眉をひそめた。

「いや、ちょっとウソついて「これ以上は資料があまりにも少なくて仮説も立てられなかった」って言っとけば、実際に研究に携わった人達への罰は確定だろうけど、バスターコールは回避できたんじゃない?」

『あっ……』

 その言葉に、空気が凍りついた。

 

 今思えば、五老星はクローバー博士が「かつて栄えた、ある〝巨大な王国〟」の名を言おうとした瞬間に口封じを命じ、バスターコールの発令を指示した。

 だが五老星は、クローバー博士がその王国の国名を言うまでは、何もせず黙って聞いていたし、王国の存在に気づいたところまでは「大胆な()()だな」と言ってもいた。そしてオハラへのバスターコールの口実は、「研究が世界政府の想像を越える域に達している」というもの。

 それはつまり、五老星はオハラが〝巨大な王国〟の存在に気づくあたりまでは想定内で、それが()()()()()()であった可能性があるのだ。

 もし、クローバー博士の報告が王国の存在に気づいたところまでに留めておけば、学者達の処罰や研究資料の押収は不可避だろうが、バスターコールでオハラを焼き尽くすという選択を五老星はしなかったのではないか。

 

 よりにもよって海賊のエマが、その可能性の是非を口にしたことで、オハラの学者達は膝から崩れ落ちた。

「えっ!? 何か言っちゃマズかった!?」

「見事に止めを刺したな」

「本当に変わらんな、その遠慮の無さは……」

 エマのせいでどんよりとした空気を纏う学者達に、申し訳ない気持ちを抱きながらクロエ海賊団は港を発ったのだった。

 

 

           *

 

 

 翌日。

 世経の号外は、やはりオハラが一面を飾っていた。

 

 ――「考古学の聖地」を襲った惨劇!!

 ――踏みにじられた歴史への探究心

 ――〝鬼の女中〟がオハラ壊滅に関与?

 

「……何かおれ達がやったかも的な記事になってるな」

「それ、擦りつけられてんじゃん!」

 新聞を読んでいたラカムがボヤき、エマが憤慨する

 世界政府は、オハラへのバスターコールをなかったことにし、代わりに近海にクロエ海賊団の目撃情報があったため、何らかの理由で〝鬼の女中〟に滅ぼされた可能性がある――という報道をしたようだ。

 犯人がクロエだと断言しないあたり、下手に挑発するような内容の記事は武力衝突に直結すると判断したのだろう。世界政府にとってクロエは相当恐ろしい存在のようだ。

「……予想通りといえば予想通りだな」

「……結構冷静だね」

 修行で疲れて眠ったヤマトの頭を胸に抱え込むクロエは、意外にも怒ってはいなかった。

 無責任なことには怒りを覚える彼女にしては珍しい、とエマは目を細める。

「世経の独断で載せた可能性もある。世経のスタンスを考えれば、世界政府の情報操作命令を無視するだろう」

「あー、あそこの社長はね……」

「まあ、本当にこの記事が世経の独断で載せたなら、暫くは海軍もビクビクするだろうよ。向こうの胃痛は相当だろうな」

 煙草の火を灰皿で消しながら、ラカムは「いい気味だ」と笑った。

 

 

 時同じくして、マリンフォード。

 オハラでクロエに秒殺されたサカズキは、治療塔の病室で目を覚ます。

「っ! ぐお……!」

 ガバリと起き上がった瞬間、全身に激痛が走る。

 歯を食いしばりながら耐えていると、少しずつ痛みは引いていく。

 それと共に思い出すのは、オハラへの無差別攻撃命令(バスターコール)と、なぜか姿を現した因縁の女海賊の怒りの表情だ。

「――よう」

「……クザン」

 気配を感じて目を向けると、片手を挙げて挨拶をする同僚の姿が。

 相変わらず飄々とした態度に、サカズキは険しい顔を浮かべた。

「あんま動くなよ。医者は二週間は安静にしろっつってたぞ」

「……オハラはどうなったんじゃ」

「島自体はもう終わりだ。来年からは地図から抹消される。学者達は、政府上層部が今後どうするか話し合ってるってコングさん達が言ってた」

 クザンの言葉に、サカズキはギリッと歯を食いしばる。

 本来ならば、学者達はすぐにでも捕えに行かねばならない。だが政府上層部が対応を検討している以上、指示があるまでは独断での取り締まりは厳罰対象だ。

 悔しさをにじませるサカズキに、クザンはあの日のクロエとのやり取りを伝えた。

「……「犠牲の伴わない正義はないとしても、あの判断は頭に来る」……クロエはそう言ってた。理解はできても納得いかないってヤツだ」

「……!」

「お前の正義じゃなくて、お前の判断が〝鬼の女中〟の逆鱗に触れちまったんだってこった」

 とにかく命があってよかったよ、と安堵した表情でクザンは呟く。

 幸いにもサカズキは五体満足で生還したが、彼の軍艦に乗っていた海兵達はほとんどが後遺症を遺す結果となり、前線勤務が困難になった者もいるという。

 これが〝神殺し〟として名を上げ、海賊王の部下として活躍した大海賊の――〝鬼の女中〟と呼ばれる女の圧倒的武力。あの〝鬼の跡目〟ダグラス・バレットを超える脅威と目されるのも、納得がいく。

「……わしがあの時――」

「お前のせいではない。あれはどうしようもなかった」

「「センゴクさん!?」」

 そこへ現れたのは、大将センゴクその人だった。

 彼曰く、コングはクロエがオハラ近海を通るという報せを知り、自らが全責任を取る形でバスターコールを中止させようと動いていたという。だが、その命令をスパンダインが自らの保身と出世を優先してシカトしたため、クロエ海賊団の強襲をサカズキ達は受けるハメになったのだ。

 その時のコングの怒りは凄まじく、その場にいたガープとゼファーをも縮こまったという。

「私がゴールデン電伝虫を渡したのも、今回の件の一因だ……申し訳ない」

「センゴクさんが謝ることじゃありゃあせん」

「サカズキの言う通りですよ。……で、スパンダインは?」

「……長官の地位は()()()()()そのままとなった……〝魔弾〟まで怒らせたせいで人手不足だ……」

 センゴクは溜め息交じりにボヤいた。

 先日のオハラにて、エマの狙撃によってCP9は壊滅的な打撃を受け、新しい長官を据え置くのが困難になったとのことで、続投せざるを得なくなったようだ。ただ、さすがの五老星も今回の件を顧みてスパンダインに様々な権限を譲るのはマズいと判断し、かなりの制限を設けるとのことだ。

 世界政府の最高権力ですらも重い腰を上げたのだ。スパンダインは相当窮屈な思いをするだろうが、自業自得だ。

「……今回はご苦労だったな。しばらく休み、傷を癒すことに専念しろ」

 センゴクは一言告げると、病室を後にする。

 それと共にクザンも立ち上がり、サカズキの肩を軽く叩いて見舞い品を置いて去っていく。

 

 

 その頃、シャボンディ諸島。

 海賊王の右腕としてその名を馳せた〝冥王〟シルバーズ・レイリーは今現在、13番GR(グローブ)にある酒場「シャッキー'S ぼったくりBAR」に居付き、コーティング職人として生計を立てている。

 そんな生ける伝説の最近の楽しみは、五人の若輩達の活躍だ。ロジャーの背中を見続け、あるいは追い続けた若葉達が新聞に載る度、ついつい昔を思い出してしまう。それが何とも言えない享楽なのだ。

 そして今回の新聞――オハラの件に関して、レイリーは懐疑的であった。

「……あり得んな、あいつに限って」

「レイさん、何か心当たりでも?」

 元海賊であるバーの女店主のシャクヤクが、煙草を吹かしながら目を向ける。

 レイリーは、クロエがオハラ壊滅の犯人ではないと確信しているようだ。

「ラフテルどころか〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟にすら興味を持たなかったクロエが、今になってオハラを蹂躙する理由がない。ロジャーの影響を強く受けているし、独立後の悪い噂もあまり聞かない」

 クロエにとって、海賊達の夢やロマンの象徴である〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に一切関心がなく、ラフテルに至っては「暇になったら行く」と豪語していた程だ。そんな彼女が、なぜオハラを滅ぼす必要性があるのか。

 彼女の思想信条と、新聞の報道が全く一致していない。そうなると考えられるのは、世界政府の情報操作になる。

「時折彼女の情報は聞くわ……気まぐれで攻撃的だけど、強欲や狡猾とは無縁よ。レイさんの勘は当たってると思うわ」

「やはり、世界政府のバスターコールか」

 つまり真相は、オハラを滅ぼしたのは世界政府で、クロエはその現場にたまたま居合わせていたということになる。

「しかし、なぜ〝西の海(ウエストブルー)〟にいたのか……」

「レイさん、クロエちゃんは八宝水軍に拾われたのよね? なら、里帰りじゃないかしら?」

「チンジャオに会うためか? ――わははははは!! そうだとすれば、世界政府はとんだとばっちりを食らったことになるな」

 シャクヤクの推測に、レイリーは思わず吹き出すのだった。




これは余談ですけど、クローバー博士達はこのあとドラゴンとベガパンクに救助されます。
ロビンとオルビアはドラゴンと、サウロとクローバー博士はベガパンクと共に行動することになります。ただ、世界政府はCP-0を動かすので、ほとんどの学者は仮面の殺し屋達に始末され、オハラの学者じゃない住人もあの「豚共」におもちゃにされるルートが残されてるので油断大敵です。
そしてロビンは、麦わらの一味のメンバーに加入させる予定なので、そこそこ辛い目に遭うことになります。クローバー博士は年齢も年齢なので、オルビアの方に何かが起こるんでしょうかね……?

本作の「修正力」は、はっきり言って質が悪いです。

次回は里帰りです。
花ノ国ではチンジャオの涙と氷の大陸がテーマとなります。

ここからは一気に時系列を進めようと思います。
テゾステ、脱獄後の金獅子、赤髪海賊団への子育て支援、ビッグ・マムとの抗争……色々やりたいことがあるので、ちゃっちゃと更新しようと思います。


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第37話〝師弟再会〟

クロエのイメージCVは田中敦子さんだとお伝えしましたが、まだ二人オリキャラがいましたね。

エマのイメージCVは能登麻美子さんです。これは確定です。「ネト充のススメ」の盛岡森子みたいなトーンとノリです。

ラカムのイメージCVは、何人か候補があるんですが、自分は井上和彦さんとかかな……?
声が低いキャラで、まだアニワンに出てない大物声優さんと意識してますので。また設定がちゃんと定まったらイメージCV決めます。


 〝西の海(ウエストブルー)〟に位置する花ノ国。

 長い航海を経て、クロエは久しぶりの里帰りを果たした。

「よく帰ってきたな、クロエ! 長い航海ご苦労!」

「あ、ああ……」

 漁師達の邪魔をしないよう港の端に船を停めると、中華風の衣装と丸眼鏡、頭に龍の刺青が特徴の男が歓迎した。

 花ノ国の現国王であるラーメン王だ。

「随分と歓迎されてるな……」

「船長は幼少期、八宝水軍の棟梁の愛弟子だったからな……その縁もあるんだろ」

 ラカムの説明に、レッドは「成程……」と顎に手を添えた。

「8年前のあの日から、ずっとお前の帰還を待っていたぞ」

「……師匠はどうした」

「チンジャオはガープに負けて以来、心が折れている。隠居の方針を固めているぞ」

 おかげで懸賞金が解除できたが、とラーメン王は続ける。

 8年前は、独り立ちして海へ出た頃。それとほぼ同じ頃に、師匠チンジャオはガープとの決闘で大敗を喫したそうだ。しかも自慢の錐頭をへこまされるという悲劇ときた。クロエが幼少期の頃から錐頭を自慢げに語っていた分、潰されたショックは想像に難くない。

「師匠の力量が届かなかったとはいえ、確かに心が折れるのも無理はないか……」

「ゆえにクロエよ、チンジャオを説得してくれないか」

「私が?」

 ラーメン王は、クロエにチンジャオの説得を依頼した。

 八宝水軍の現棟梁はチンジャオであり、彼がこのまま隠居して国への奉仕が怠慢になるのは困る……そういう理屈だ。

 クロエとしても、アポなしとはいえ久しぶりの帰省に顔を出さない師匠の体たらくぶりはカチンとくるので、ケツを引っ叩く必要があると判断してラーメン王の頼みを微笑みながら承諾した。

「美しい師弟愛じゃん」

「目が全く笑ってなかったがな」

「あれ半分「シバき倒す」って思い入ってるぞ」

 一行は、チンジャオが宝玉氷床にいると聞き、早速向かった。

 

 

           *

 

 

 宝玉氷床に辿り着いた一行は、項垂れているチンジャオを発見した。

 暗い影を落すその姿は、まさしく崖っぷちに立たされた人間。

 追い込まれた人間の精神世界って、あんな感じなのかなとエマは暢気に思った。

「……久しぶりだな、師匠」

「……! ま、まさかクロエか……!?」

 ハッと振り返るチンジャオ。

 この宝玉氷床を容易く割った長い錐頭は見事にへこまされており、血が流れる痛ましい姿に、さすがのクロエも同情した。

「……私が出奔した間に、随分とイメチェンしたようだな」

「これのどこがイメチェンだと思っとるんだ貴様ァ!! ガープによって失った錐頭、二度と戻らんのだぞォ!!」

「もう一回殴ってもらえば直るかもしれないぞ?」

「己は私を殺したいのか!?」

 涙ながらに髭と眉を逆立たせて怒るチンジャオに対し、クロエは相変わらずの無愛想。

 しかし、軽口で叩き合える程の間柄ということは、互いの信頼があってこそ成り立つ。師弟関係は良好なようだ。

「……それで、どうしても開けたいのか?」

「決まっている! 眼下の財宝は、私の全てなんだぞ……!」

 チンジャオは宝玉氷床の中に収められた財宝を見つめる。

 全て売れば数百億ベリーはくだらないだろう。八宝水軍の歴史の重みも感じられる。

「……なあ船長、そんなに固いのか? この氷」

 ふと、ラカムが疑問を呈した。

 いかにとてつもなく分厚くても、氷は氷。割れないなんてことはないはずだ。

 クロエは「やってみればわかる」と告げる。ラカムは両手持ちで得物の戦鎚を振り上げ、内部破壊にまで至った武装色を纏わせながら叩いた。

 ドォン!! と轟音が空気を震わせ衝撃波が迸るが、氷の様子を見たラカムは唖然とした。

「ウソだろ……!?」

「内部破壊できる武装色でも……!?」

「こんなバカなことがあってもいいのかい!?」

「キキィ!?」

 ラカムだけでなく、エマやドーマ、猿のバンビーノまで驚いた。

 宝玉氷床は、ほとんど割れてないのだ。

 戦鎚は確かに氷を叩き、手応えもあった。なのに、宝玉氷床は表面に小さな亀裂が走り叩きつけた後も残ってるが、衝撃が内部までに至ってないのだ。

「船長、どういうことだ……!?」

「宝玉氷床は、火を使っても融けないし、兵器を使っても砕けない。割るにはただ一点に凄まじい力を込めなければならない」

 つまり、錐のように尖った一点に覇気も含めた凄まじい力を集中させ、その衝撃を内部の隅々に伝導させねばならないのだ。

 ラカムの場合、戦鎚は「面」の攻撃であった上、叩きつけたと同時に伝導させるべき衝撃が漏れてしまったため、表面に傷をつけただけで終わってしまったのだ。

 「点」で突き刺し、強力な衝撃を漏らすことなく氷に伝導させることで、初めて宝玉氷床は割れるのだ。それゆえにチンジャオの錐頭は宝玉氷床を割ることができたのだ。

「……私もやってみる。昔は未熟だったからできなかった、今ならやれそうだ」

「は?」

 クロエは化血を抜刀して刀身を武装硬化し、さらに覇王色の覇気を纏わせる。

 すぐさま月歩で宙を駆け、平突きの構えをとり、急降下した。

「〝錐龍錐釘〟!!!」

 クロエは宝玉氷床に化血を思いっきり突き刺した。

 鍛え抜いた剣術に、八衝拳の防御不能の衝撃と強大な覇気が上乗せされた、あのカイドウにも傷を残した強烈な一突き。刀身を介して、その凄まじい衝撃が氷床に伝導していく。

 そして、ピシピシという音が鳴り、一筋の亀裂が入り……!

 

 バガンッ!!

 

『わ、割ったーーーーー!!!』

 エマ達は口をあんぐりと開けた。

 あの数十メートルはある程の分厚い氷を、平突き一発で割ったのだ。轟音を立てて真っ二つになった宝玉氷床の中からは、溢れんばかりの財宝が顔を出した。

 クロエ海賊団の面々とその光景を目の当たりにしたチンジャオは、あっという間に目を潤ませていき……。

「ウオオオオオオオ!!!」

『!?』

 ついに、滝のように涙を流して号泣。

 ギョッとするクロエに詰め寄り、唇を震わせた。

「見事だ……見事!! よくぞこの氷の大陸を割った!!」

「師匠……?」

 戸惑いを隠せないクロエに、チンジャオは彼女が海へ出奔してからの話を始めた。

 クロエが在りし日のロジャーと対決したあたりか、チンジャオもまたガープと対決し、敗北を喫して錐頭を潰された。自慢の頑強な錐頭という〝力〟を失い、氷の下に眠る財宝に手が届かない現実によって〝富〟を失い、心が砕けて抜け殻となり、程なく海賊をやめたという。

 錐頭を失って以来は、ただただ虚しく年月を過ごすばかりだった。大海賊〝錐のチンジャオ〟の伝説は、たった一発のゲンコツで終わらされたのだ。

「そんな牙を折られた私にとって……己の活躍だけが毎日の希望だった……!! 己が海軍に不都合な大ごとを起こす度に、奴の胃に穴が空くと思えば、これ以上の憂さ晴らしはなかった……!!」

「ガープよりもセンゴクとコングの胃の方だと思うが」

「クロエ、シーッ! それシーッ!」

 遠慮なく言い放つクロエに、エマは人差し指を唇に当てる。

 センゴク達や政府上層部の胃に穴が空く光景は目に浮かぶが、なぜかガープの胃に穴が空くのは想像できない。

「クロエよ……今まで勝手に名乗ってたようだが……認めよう……!! 己のその突き技に〝錐龍錐釘〟と名乗ることを!!!」

「あ、非公式扱いだったんだ……」

「一応は門下だったからな」

 クロエは化血を鞘に収める。

 ――拾ったばかりは未熟だった小娘が、いつの間にかロジャーや白ひげに匹敵する海賊となるとは……!

 愛弟子の成長ぶりに感動すると共に、彼女に八宝水軍の継承権がないことにもどかしさを感じた。

「遠縁であろうと私と血がつながっていれば、「八宝水軍」も己の物となり、歴代最強の〝女棟梁〟として私の正当な後継者にできたが……ままならぬものだな……」

「師匠……私は統治や支配といった()()()()()は性に合わない。ちゃんと孫子の代にきちんと継がせるべきだ」

 クロエは穏やかに笑うと、チンジャオは微笑みつつも「己の師として、面目が立たんな……」としみじみと呟いたのだった。

 

 

           *

 

 

 その夜、クロエ海賊団は八宝水軍のアジトへ案内され、宴に参加した。

 仲間達は用意された大量の酒とご馳走に舌鼓を打つ一方、クロエはレッドと共にチンジャオと酒盛りをしていた。日が高くてもお構いなしという点では、クロエの一味も海賊らしい一面もあるようだ。

「ひやホホホ……!! しかし、己が我が愛弟子の船に乗るとは。()()()()()を知る者は誰もが驚いたぞ、レッドフィールド」

「我も気づかされたのだよ。安易に切り捨てるかつてのやり方では、ロジャーやニューゲートに追いつけないと」

「何かの縁ってヤツだな」

 ゴキュゴキュと喉を鳴らしながら、樽のジョッキに注がれた酒を飲み進める。

 海賊王(ロジャー)が生きていた海を知る三人が顔を合わせて酒を飲む光景は、中々の圧迫感があった。

 すると、そこへ八宝水軍の構成員の一人が慌てた様子で駆け込み、大声で叫んだ。

「お頭!! 敵襲だ、ビッグ・マム海賊団がこっちに来る!!」

『!?』

 部下の報告に、一同は騒然とした。

 ビッグ・マム海賊団は、大海賊シャーロット・リンリンが率いる海賊団で、大海賊時代開幕以前からロジャー達と新世界の覇権を争っていた歴史の長い大所帯だ。海賊団としての組織力と情報力は業界随一とも言われており、リンリンの子供達が幹部層を占めているために高いチームワークを誇る上、応用の幅が広い超人(パラミシア)系能力者が多数いる。常識的に考えれば正攻法で勝てる相手ではない。

 だが、個々の実力が船長直々の扱きで高くなっているクロエ海賊団にとって、ビッグ・マム海賊団は警戒すべき相手ではあるが恐れる相手ではなかった。

 ましてや、状況が状況なのだから。

「……いつかは狙いに来ると思ってたが、こうも早いか。目的は〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の写しとエマだな?」

「ほう……リンリンと()るのかクロエ?」

「当然」

 クロエは徐に立ち上がると、声高に告げた。

「者共!! 船を出すぞ!! 花ノ国を戦場にはさせない!!」

「よし来た!!」

「がははは!! 人気者は忙しいなァ!!」

「まあ、仕方あるまい。ゴールド・ロジャーの部下が〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟へのヒントとなると考えられてしまえば……」

 クロエの声掛けに反応し、彼女の仲間達は各々の武器を片手に続く。

「せっかくの里帰りが台無しになるのは困る。師匠、手伝ってくれるか?」

「ひやホホホホ!! いいだろう!! 師弟の共闘は血が滾る……!!」

 クロエの申し出を、チンジャオは快く快諾。

 破竹の進撃を続けるクロエ海賊団と、数百年の歴史を誇る八宝水軍の「海賊同盟」だ。

「ちゃんとぶつかるのは初めてだな……リンリンは私がやる。エマ達は師匠と共に幹部共の相手を頼む。指揮も任せる」

「了解!」

 クロエは指揮をエマに委ねると、最後通告とばかりに覇王色の覇気を海へ飛ばした。

 水平線の先には、巨大な海賊船が確認できた。

「私から〝宝〟を奪うつもりなら……心を込めて壊滅させるぞ、ビッグ・マム海賊団!!」

 

 

 花ノ国沖合にて。

 ビッグ・マム海賊団の帆船「クイーン・ママ・シャンテ号」は、島から飛んできた覇王色の弊害を早速受けていた。

「ママ!! ママ!!」

「大変だ、チェス戎兵(じゅうへい)達が軒並み気絶しちまった!! 戦闘員も何割かもってかれた!!」

 甲板では、実力がある兵士達が倒れていく光景に混沌と化していた。

 そんな中、水玉模様のバンダナと二角帽を被り、キャミソールのようなワンピースの上に白と黄色のマントを羽織った巨体の女が愉快そうに笑った。

 彼女こそ、新世界に君臨する〝ビッグ・マム〟ことシャーロット・リンリンだ。

「ママママ……! ああ、〝鬼の女中〟の覇気だね……小娘にしちゃあ中々強い覇気じゃないか」

「んなバカな!! 何キロ離れてると思ってんだ!? ママやロジャー並みだぞ!!」

 愉快そうに笑うリンリンに対し、ピエロのような出で立ちの長男ペロスペローは、規格外とも言うべき覇気の強さに頭を抱える。

 狼狽える長男とは逆に、今日に至るまで全戦無敗の猛者である次男のカタクリは「当然だな」と呟いた。

「〝鬼の女中〟は現在活動中の海賊王の残党で、最も高い懸賞金が懸けられている……これぐらいの覇気を持っていても不自然ではない……」

「ロジャー海賊団……あまりいい思い出はねェな」

 冷静に分析するカタクリに、三つ子の兄弟である四男のオーブンがボヤいた。

 ビッグ・マム海賊団は、かつてロジャーによって〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の写しをとられたという苦い記憶があるのだ。その因縁もあり、ロジャー海賊団の後継と見なされているクロエ海賊団は、初対面ながらも不俱戴天の仇とも言えた。

 ましてや、リンリンはクロエが在籍していた頃のロジャー海賊団とは交戦しておらず、悪名高き〝鬼の女中〟のチカラを把握しきれていない。あのカイドウと互角に渡り合うという情報も入手したが、それだけで推し測れる程甘くはない。

 だが、長きに渡り同じ時代の強豪達と覇を競ったリンリンにとっては、そんなことなど些事でしかない。

「ハ~ハハママママ!! たとえ傘下がどんなにやられてもお釣りが出る一味だ、やるなら今しかねェ」

『ママ……!』

「奪い取るよォ!! 〝王直〟の義娘(ガキ)と〝ロード歴史の本文(ポーネグリフ)〟の写しをォ!!」

 リンリンの呼びかけに、海賊達は雄叫びを上げた。

 

 鬼の跡目(バレット)と共に「ロジャー海賊団の双鬼」と称されたクロエか、「生まれついてのモンスター」と称されるリンリンか。

 大海に君臨する二人の女海賊による戦争が、ついに勃発した。




ビッグ・マムなら加盟国相手にも侵略しそうだと思い、このような展開にしました。

次回は、女大海賊の頂上決戦。
クロエとビッグ・マムによる覇王色の衝突とか、レッドとカタクリの未来視対決とか、濃密に仕上げようと思います。


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第38話〝ビッグ・マム海賊団〟

やっぱワンピースには、海戦も必要だと思います!

ところで、オーロ・ジャクソン号にでっかい卵あるじゃないですか。
あれ、実はただの「卵の形をしたインテリア」じゃないかなと思ってます。中は空洞の吹き抜けみたいになっていて、開放感のあるお部屋みたいな。
スタンピード見返したら、バレットがロジャーと出会った時には既にありましたし、解散まで様子が変化した感じもなかったので。


 オーロ・ジャクソン号に乗り込み、ビッグ・マム海賊団の迎撃に動くクロエ海賊団。

 ドーマやマクガイ達は、リンリンの帆船のデカさに圧倒されていた。

「ウソだろ……何てデカいんだ化け物め!!」

「何か歌ってないか!?」

「恐れるな。小回りや機動性はこちらが上だ」

 巨大すぎる船体に、これでもかと積まれた特大級の大口径大砲。

 しかし、機動力でいえばクロエ側が優勢なので、戦法次第ではいくらでもなる。

「個々の実力ならこっちに分があるだろうが、数は向こうが圧倒的に上だ、油断するな。エマ、砲撃を準備しろ。海戦は想定してないはずだ」

「オッケー!」

 エマは颯爽と階下へと降り、船首砲の準備をする。

 慌ただしくなったクロエ海賊団の動きを見聞色で察知したリンリンは、ニヤリと笑った。

「ハ~ハハハハハ!! 先手必勝だ、行くよナポレオン!! まずは小手調べだ!!」

「はい、ママ!」

 自分が被っている二角帽に声をかけると、何とその二角帽が喋った。

 リンリンは自他の魂を操る〝ソルソルの実〟の能力者。自身の魂や奪った魂を、無機物や動植物に入れて擬人化することができ、それらを使役することができるのだ。

 擬人化したモノは「ホーミーズ」と呼ばれ、彼女に絶対服従するのだが、その中でもリンリン本人のソウルを直接分け与られた、いわば彼女の分身もいる。灼熱の炎を発生させる〝太陽のプロメテウス〟、帽子を被った〝雷雲のゼウス〟、そして仕込み刀にしてホーミーズのテレパシーを受信する機能を持つ〝二角帽のナポレオン〟だ。この三体の分身を駆使することで、リンリンは天候すら自在に操ることができ、敵船をあっという間に沈めて殲滅することができるのだ。

 

「食らいな!! 〝()(こく)〟!!!」

 

 剣に変じたナポレオンを振るい斬撃を飛ばす。

 海をも抉る一撃が、まっすぐオーロ・ジャクソン号へと襲う。

「来たぞ!!」

「おいおい、マジかよ……!!」

 ビッグ・マムの一振りに、身構えるラカム達。

 しかし、未来視ですでに把握していたクロエは一瞬でオーロ・ジャクソン号の(せん)()まで飛び、愛刀の化血を抜いた。

 一度切っ先を少し下げ、バリバリと赤黒い稲妻を迸らせ、武装色に加えて覇王色の覇気を帯びさせて振るう。

「〝神凪〟」

 

 ドパァアン!!!

 

『!?』

 クロエはリンリンの〝威国〟を斬り裂き、一瞬で相殺した。

 全てを凪ぐ剣戟に、ビッグ・マム海賊団は驚愕した。

「……!?」

「んなバカな!! ママの〝威国〟を真っ向から打ち破りやがった!?」

「忌々しいねェ……。あの覇気の強さ、ロジャーを思い出す……!!」

 〝鬼の女中〟の凄まじい強さにカタクリ達は動揺し、リンリンも苦い記憶を思い出したのか、ギリッと歯を食いしばった。

「念の為に覇王色を纏って正解だったな……今度はこちらの番だ。エマ! 船首キャノン砲!!」

「了解! 痛いのをぶっ食らわせてやる!!」

 エマは不敵に笑いながら、船首砲に覇気を流し込んだ。

 彼女の覇気は親友クロエに次ぐ練度で、銃弾一発で軍艦の竜骨を大きく損傷させ、真っ二つに割った程だ。砲弾に覇気を纏わせた場合、その破壊力は凄まじいの一言に尽きる。

「発射ーーーー!!」

 

 ボガァン!!

 

『うわあああああああ!!』

 オーロ・ジャクソン号の船首砲が火を吹き、エマの覇気を纏った砲弾が射出。クイーン・ママ・シャンテ号の右舷に直撃し、大きく揺れて損傷した。

 クロエが白兵戦ではなく海戦を仕掛けてきたことに、ペロスペロー達は戸惑いを隠せないが、船長にして彼らの母であるリンリンは舌なめずりした。

「覇王色を纏わせたねェ……! 小賢しいマネを!」

 それは、リンリンなりの賛辞だった。

 威勢だけではない、実力と経験が伴った本物の海賊だと、直感で感じ取ったのだ。

 一方、クロエ海賊団は次の動きに出た。

「取り舵一杯、右舷大砲を全て準備!」

「おう!」

 クロエの号令を受けたデラクアヒが、舵を転じて船体を左に旋回する。

 右舷側の大砲がクイーン・ママ・シャンテ号を捉えると、すぐさま砲撃が始まった。

 丁字戦法――砲艦同士の海戦術の一つで、敵の進行方向を遮るような形で自軍の艦船及び艦隊を配し、全火力を集中させる戦法だ。クイーン・ママ・シャンテ号と比べると火力数が圧倒的に少ないオーロ・ジャクソン号だが、全火力を一気に集中させれば、巨大な艦船にも明確なダメージを与えるのだ。

 事実、想定外の損害を受けてか、船首の顔が「フーネー!?」と悲鳴を上げている。

「ひやホホ、さすが我が愛弟子! 事のついでに教えといた甲斐がある」

 先陣を切ったクロエ海賊団に続くように出撃したチンジャオも、その戦いぶりに舌を巻いた。

 いつか自分の軍を持つようになった場合にと、海戦の基礎をちゃっかり叩き込んどいたのだが、それが花ノ国の国難で活かされるとは思わなかったようだ。

「何をしている! こっちも撃て!」

「撃ちまくれーーー!!」

 オーブンに発破をかけられ、ビッグ・マム海賊団も砲撃。

 砲弾の弾幕が、クロエ達を襲う。

「クロエ!!」

「わかってる!! 〝(へき)(ふう)〟!!」

 クロエは月歩で宙を駆けると、化血を振るって覇気を纏った斬撃の嵐を放ち、全ての砲弾を斬滅。

 さらに〝神鳴神威〟を放って、左舷砲台を破壊する。

「ラカム、レッドフィールド!!」

「わかってる!」

「リンリンは久しいな」

 ラカムとレッドも動き、三人でクイーン・ママ・シャンテ号の甲板に降り立つ。

 その威圧感に気圧されつつも、一歩も引かずに得物を構えるリンリンの子供達だが……。

「――控えろ、下郎共が」

 刹那、クロエの体からおぞましい量の覇気が放たれた。

 海が震え波が起きる程の覇気に、リンリンの家族も一部が意識をもってかれ、バタバタと倒れた。

「……これが〝鬼の女中〟の覇気か……!!」

 カタクリは冷や汗を垂らす。

 クロエは海賊王の伝説を語る上で欠かせない存在だ。だがここまでの強大な覇気使いとは想定していなかったのか、これまで特に表情を変えずにいたカタクリの顔が初めて驚愕に変わった。

「初めましてだな、シャーロット・リンリン」

「ママママ……! お前がロジャーんトコの小娘かい? 野犬みたいな女だね」

「昔からよく言われる。……リンリン、手を引け。私は戦争なら受けて立つが、場を選ぶべきだ。カイドウもそうだった」

 クロエは覇気で威嚇しつつ、花ノ国近海から離れるように要求した。

 海に出て海賊になった者が、故郷や家族にこだわりすぎて己の命を危ぶめては本末転倒だ。ゆえにクロエは、花ノ国やチンジャオ達を意識せず、ビッグ・マム海賊団に集中できる状況が望ましいのだ。

 だが、相手は大海賊ビッグ・マム。クロエの思惑は看破していた。

「ママママ……!! 筋道さえ通ってりゃあおれも譲歩はするが、欲しいモノを前に妥協するわけねェだろ!?」

 リンリンは覇王色を放ちながらクロエを睨みつける。

 その圧倒的な覇気の強さにラカムは片膝を突き、レッドは息を呑む。唯一平然としてるのは、同じ覇王色の覚醒者のクロエだけだ。

「……あくまでも、花ノ国近海で戦う気か……」

「ハ~ッハッハッ……!! そんなに大事な国なら、おれから護ってみなァ!!!」

 クロエとリンリンは、同時に得物を振るって刃を交えた。

 ぶつかった瞬間、とてつもない轟音と共に天が二つに裂けた。覇王色の衝突だ。

「小娘ェ~~~……!! 力でおれに勝てると思うなよォ!!」

「――思い上がるなよ、痴れ者が」

 クロエは化血に覇気を一気に流し込む。

 刹那、鍔迫り合いをしていたナポレオンが弾かれ、リンリンは大きく仰け反った。

 リンリンが押し返されたことに、子供達は口をあんぐりと開けて驚愕する。

「ハァッ!」

 

 ドパァン!

 

「がっ……!」

 クロエはすかさず、武装硬化した腕で八衝拳の衝撃をリンリンの鳩尾に叩きこんだ。

 花ノ国の拳法と覇気を合わせた一撃は、リンリンが悶える程のダメージを与える。

「ママ……!」

「ペロスペロー、何をしてるんだい……!?」

「……!! あ、ああ!!」

 オドオドする長男を一喝するリンリン。

 ハッとなったペロスペローは、気を取り直して指揮を執る。

「カタクリ! オーブン! おれと一緒にあの二人を潰すぞ!」

「「ああ!」」

 カタクリとオーブンは、臨戦態勢のラカムとレッドに立ちはだかる。

 ペロスペローはその隙に、他の兄弟姉妹にオーロ・ジャクソン号に乗り込んで制圧するよう命じる。

「行くぞーーーー!!」

「皆殺しだァァァ!!」

 ビッグ・マム海賊団の猛者達が、オーロ・ジャクソン号へと襲い掛かる。

 先陣を切ったのは、名刀「(しら)(うお)」を携えた女性剣士のシャーロット・アマンド。情け容赦のない残忍な性格から〝()()(じん)〟と呼ばれ恐れられている、リンリンの娘の一人だ。

「〝スローワルツ〟!!」

 振り向きざまの回転斬りで、マストを狙う。

 だが、それは二刀流の剣士によって防がれた。

「っ……! 〝遊騎士〟ドーマ!!」

「お初にお目にかかる!! 〝鬼夫人〟アマンド!!」

「ウッキィ!!」

 ドーマとバンビーノは、久々の強敵に腕が鳴るのか、笑みを浮かべている。

 続けて降りてきたのは、長くしゃくれた顎髭が特徴のシャーロット・ノアゼット。反り返った刃が二つ付いた薙刀のような武器を振るい、ドーマの背後を狙う。

 が、それは雷撃を纏った黒刀に受け止められる。

「〝雷卿〟マクガイ……!!」

「暫しお相手願おうか!!」

 幹部格の子供達に臆することなく立ち向かう。

 それは、見習いのヤマトも同様だ。

「やあああああ!!」

「な、何だこの子供!?」

 チェス戎兵も雪崩のように襲い掛かるが、金棒で次々と海へ叩き落すヤマトに、思わず立ちすくむ。

 子供でも海賊は海賊。それもクロエが育てているのだから、強くならないわけがない。

 仲間達の奮闘に触発され、エマも笑みを浮かべた。

「クロエが鍛えただけあるね。私も副船長の意地を見せないと」

 エマがライフル銃を構えると、続々とリンリンの子供達が集い始めた。

 生かすよう言われてるとはいえ、エマはクロエに次ぐ実力者。束になってかかるのは自然であった。

「あいつだファ! 〝魔弾のエマ〟は!!」

「おい、殺すなよ! ママからは生け捕りだって言われてんだ」

「……やっぱり、私を利用してクロエやお師匠を操ろうって魂胆か」

 

 ヴォッ!

 

 エマが睨んだ瞬間、彼女から放たれた〝覇王色〟が大気を揺らす。

 半端者は次々に泡を吹いて倒れ、リンリンの子供達でも足を突く者が出始める。

「さあ、蜂の巣になりたいのは誰かな?」

 ガチャリと銃口を向けるエマ。

 しかし、覇王色の覇気を至近距離で浴びて怯むことはあっても、心まで屈することはなかった。

「マ、ママの命令は絶対ファ!」

 己を奮い立たせ襲い掛かったのは、シャーロット・オペラ。身体に触れると痛覚を生じさせ、やがて発火する生クリームを自在に操る〝クリクリの実〟の能力者だ。

「〝クリームモンスター〟!!」

 オペラはクリームを生み出し、エマを包み込もうとする。

 紙一重で避けると、ライフル銃の銃身を両手で持ち、下段から銃床で顎を穿つ。武装硬化した一撃は、オペラを悶絶させるのは十分すぎる威力だ。

 その直後、エマは男にとって()()()()()()に出る。

「ふんっ!」

 ドゴォ! と武装硬化した足で、股を思いっきり蹴り上げた。

 オペラは「ひぎィ!?」という断末魔の叫びと共に沈黙。それを見てしまっていた男性陣は、敵味方問わず青ざめた。バンビーノもオスザルだからか、顔色が非常に悪い。

「よくもオペラの兄貴を!!」

 オペラの弟であるシャーロット・カウンターが、武装硬化した右腕でエマを殴りかかる。

 が、エマは落ち着いた様子で副兵装(サイドアーム)として腰布に差していた拳銃を抜き、武装硬化した剛拳を躱すと銃口をカウンターの鳩尾に押し付けた。

 

「〝調停の弾丸(ピースメーカー)〟!!」

 

 ドォン!!

 

「ごわァァァ!!」

 エマが発砲した瞬間、銃弾に纏った覇気が黒い稲妻を発生させながら爆ぜた。

 通常の銃撃とは桁外れの衝撃により、カウンターはクイーン・ママ・シャンテ号まで高速で吹っ飛んだ。 

「カウンター!!」

「カウンター兄さん!!」

「さすが副船長!!」

「何という力だ……!」

 焦燥に駆られるビッグ・マム海賊団に対し、クロエ海賊団は副船長の強さを称えた。

「かかって来なよ。そんなんじゃあクロエは超えられないよ」

「……これは私達といえど、心してかかる必要がありそうね……!!」

 不敵に笑うエマに、アマンドは一筋の汗を流すのだった。

 

 

           *

 

 

 その頃、海軍本部ではサイレンが鳴り響いていた。

《コング元帥!! 〝西の海(ウエストブルー)〟花ノ国近海にて、〝鬼の女中〟と〝ビッグ・マム〟の抗争勃発!!》

「〝西の海(ウエストブルー)〟でやっていい争いじゃないだろう……!!」

 電伝虫からの報告に、コングは血を吐きそうな思いだった。

 先日、サカズキの判断に激怒したクロエによってバスターコールが返り討ちにされたというのに、今度はビッグ・マムが里帰り中のクロエの首を取りに来た。ロジャーが生きていた頃よりもヤバい事態が立て続けに起こっている現状に、はっきり言って呪われてるんじゃないかと錯覚してしまう。

「少しは大人しくできんのか……!?」

「あの一味はロックスとロジャーの系譜を引いてるんだ、ビッグ・マムなら狙いに行くだろうね」

 同室していた大将センゴクは頭を抱え、同期のつるは溜め息を吐きながら口を開いた。

 下積み時代が異色すぎるツートップで成り立つクロエ海賊団は、民間人を積極的に襲う野蛮さはないが、それと引き換えに世界政府と海軍にとって不都合なことを盛大にやらかす。海賊なのだが、たまにテロ組織なのではと錯覚してしまう。

「強者であれば誰彼構わず殺しに行くバレットが真面に思えてきたぞ……」

「そこまで来たら末期だよ、センゴク」

 つるはそっと胃薬を渡した。

 センゴクは無言で受け取り、半分をコングに分けた。最近は胃薬がマブダチだ。

 そこへ、相変わらずマイペースなガープが現れた。

「おい、センゴク! せんべいあるか?」

「ガープ、貴様こんな非常事態にノコノコと……!」

「聞いとるわ。ビッグ・マムとクロエがぶつかったんじゃろ? あれは放置した方がいい」

『ハァ!?』

 ガープの提言に、一同は絶句した。

「クロエとビッグ・マムの抗争には不干渉を貫くべきだと!?」

「あのスパンダインのせいとはいえ、バスターコールを潰されたばかりじゃぞ。下手すれば巻き添えで思わぬ数の兵を失う。軍艦の数も足りんし」

「すぐに軍艦(ふね)壊すの、あんたもだよガープ……」

「ぶわっはっはっは!!」

 呆れたつるに指摘され、ガープは爆笑。

 しかし、彼の言い分はあながち間違いではない。

 世界中の海賊達が〝偉大なる航路(グランドライン)〟を目指す昨今、その対処に追われる中での海賊界最上位クラスの抗争への干渉は、確かに危険にすぎる。機嫌を損ねたら終わりのリンリンと、敵と認識されれば終わりのクロエのどちらか――下手したら両方――を相手取らざるを得ないなど、徒に自軍の戦力を削がれるだけだ。

 そういう意味では、ガープの提言は利口な判断ではあるのだ。

「……しかし、それでは花ノ国が……」

「花ノ国から救援要請が出てないんなら、それが答えじゃろ」

 その言葉に、ハッとなるコング。

 加盟国が海賊の侵略を受けた場合、救援要請が出れば海軍は動く。だが花ノ国はビッグ・マム海賊団の侵攻を受けてるにもかかわらず、未だ救援要請を送って来ない。

 ということは、クロエ海賊団と自国の戦力である八宝水軍に対処を任せたのだろう。

「……それにクロエはビッグ・マムに屈するような女ではない。ロジャー以外には従わん。降伏なんて考えもせんじゃろう」

「それまでは徹底抗戦か……仕方あるまい、お前の言うことも一理ある」

 コングは軍の戦力と自分の胃の具合を考慮し、不干渉の姿勢とすることに決めた。

 胃薬の服用をする上司の姿に、ガープは「これこそ〝胃殺しのクロエ〟じゃな」と暢気に言い放つのだった。




本作における若輩五人組の海賊としてのスタンスですが、敵から見ればヤバいのばっかです。

クロエ…一度は許すが二度はない上、「自分の自由を邪魔する奴」と「堅気に手を出す奴」は殺す
エマ…基本的にはある程度の情けを掛けるが、「身内を痛めつけた奴」は殺す
バレット…堅気は弱いので手は出さないが、世界最強の為に「強い奴」は誰だろうと殺しに行く
シャンクス…大抵は水に流すが、「銃を向けて来る奴」と「友達や仲間を傷付ける奴」は殺す
バギー…不要な戦闘は避けるが、「鼻をイジった奴」はハデに大砲で消し飛ばす

実はキャプテン・バギーが一番の穏健派なんですよね……この作品。


そして、今回もエマの技が出ましたね。
調停の弾丸(ピースメーカー)〟は零距離射撃で弾丸に纏わせた覇気で敵を吹っ飛ばす技で、〝黒閃(ブラック)砲火(ホーク)〟と違って覇王色を纏ってません。
技名のモチーフは、かの有名なコルト・シングルアクション・アーミーの通称です。


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第39話〝おれの強敵と認めてやるよ〟

個人的な意見ですけど、ペロス兄は貧乏くじをよく引くキャラだと思うんです。(笑)

ちなみにラカムの持ってる戦鎚、あれは「衝角(しょうかく)」って名前です。


 クロエ海賊団とビッグ・マム海賊団の抗争が激化する中、レッドとカタクリは壮絶な一騎打ちを繰り広げていた。

「くっ……!」

「さすがに手強いな、リンリンの息子……!」

 片膝をつき、汗を流すカタクリ。それに対しレッドは、不敵な笑みを浮かべて傘の石突を突きつける。

 両者は共に〝見聞色〟に特化した実力者で、互いに見聞色を極限以上に鍛えているので未来視を可能としている。しかし未来視の時間単位という点で言えば、カタクリが劣勢だった。

 カタクリは鍛え続けた末に、現時点で大よそ3秒先の未来を視れる。だが生まれつき強力な見聞色をもって生まれているレッドは、クロエ海賊団加入後にクロエやエマとの手合わせによる鍛錬もあり、()()()()()()()()()を視るという異次元の精度に至っていた。当然、その分集中力を高めなければならないという短所もあるが、戦闘においては数秒先の未来を視れるのは生死を分ける。ましてや、視れる未来に明確な時間差があれば、どちらが優勢かは明白だ。

「ハァ、ハァ……だが、貴様とおれとでは、もう一つ明確な差がある……!」

「っ!」

 カタクリは甲板の木材を餅の触手に変え、先端に武装色の覇気を纏わせる

 レッドはそれが降り注ぐように攻撃するのを未来視で見切り、その場から退避する。

「〝覚醒〟か……!」

 レッドは眉をひそめる。

 悪魔の実は、稀に能力が進化して更なる性質が追加される「覚醒」が起こる。能力者の心身が悪魔の実の能力に追いつくことで、より強大な能力を行使できるのだ。超人(パラミシア)系の能力者の場合は、己以外の存在――周囲に点在する物体にも能力を付与させ、自然(ロギア)系のような大規模な攻撃を仕掛けることもできる。

 事実、クロエとエマの元仲間であるバレットは、ガシャガシャの実の能力を覚醒させたことで生物以外のあらゆる物質との合体、融合、変形を可能とし、末期の病だったとはいえロジャーとほぼ互角に戦える程になった。

 そしてカタクリは、餅を生み出して自在に操り、体を餅に変えることもできる〝モチモチの実〟の能力者。特殊な超人(パラミシア)系で、原形を留めないために自然(ロギア)系の性質も有している上、覚醒したことで周囲の物体を餅に変換させたり変換した餅と同化することができるのだ。

「おれはお前を侮っちゃあいない! 〝モチ(ツキ)〟!!」

 愛用の三叉槍「土竜(モグラ)」を構え、ドリルのように高速回転させながら突く。

 が、その高速回転を見切ったレッドは、穂先の刃と刃の間に武装硬化した傘を刺し込んで受け止めた。

「いかに必殺の一撃とて、当たらねば無意味だ」

「ぐうっ……!」

「我の見聞色の前では、貴様の覚醒も通用せん。――振り出しだな」

 レッドは大きく踏み込んで押し出し、カタクリの体勢を崩す。

 崩れた隙に首元を狙うが、カタクリはモチモチの能力で身体を効率よく変形させて回避。すぐさま身体を餅にして後方へ退避する。

「さすがは〝赤の伯爵〟だな」

「クククク……こいつも中々の強者だが、おれ達を二人は荷が重かったようだな……ペロリン♪」

「くそ、能力が厄介すぎる……!」

 一方のラカムは、ペロスペローとオーブンの二人を相手取っていた。

 体から高熱を発することができる〝ネツネツの実〟の能力者であるオーブンは、相手の武器を熱して握れなくしたり、睨むだけで対象に高熱を与えて発火させるなど、様々な応用が利く。キャンディを生み出し、操ることができる〝ペロペロの実〟の能力者であるペロスペローは、飴ゆえに熱が弱点だが、加工次第で防御壁や拘束具などを生み出せるので物量戦にも強い。

 対するラカムは、高精度の覇気と戦鎚による強力な打撃と衝撃波攻撃だが、厄介な特性の能力者を二人も相手取るのはキツいようだ。

「……どうした船医、足の小指をタンスの角にでもぶつけたような顔だぞ」

「キツいジョークだな、大海賊」

 ラカムは戦鎚に覇気を纏わせ、武装硬化させる。

 覇気の練度はラカム達が上だ。覇気を駆使し、相手を倒すしかない。

「三対二……分が悪いのはそっちだ。勝負あったな」

「さて、どう料理してやろうか……ペロリン♪」

「――っ! 避けろペロス兄!」

 悪い笑みを浮かべる兄弟に、カタクリは焦った顔で叫んだ。

 しかし、その時には空中から落下してくる巨体の()()()の餌食となる。

「〝武頭〟!!」

「ぐばっはァ!!」

 甲板がへこむ勢いの頭突きを食らったペロスペローは、一撃で沈黙。

 丸い禿げ頭の頭頂部が武装硬化した大男――チンジャオの到着に、オーブンとカタクリは冷や汗を垂らす。

「ひやホホ、ようやくここまで来れたわ!」

「遅かったではないか、チンジャオ」

「さすがはビッグ・マム海賊団……我が八宝水軍の(ふね)も何隻か海に沈めおった」

 血に塗れた両手を合掌させ、覇気を高めるチンジャオ。

 引退したとはいえ、やはりロジャー時代の大物の進撃は兄弟姉妹でも厳しかったようだ。

「……ええい、クソが……!!」

「ペロス兄!」

「生きてたか!」

「危なかったぜ、〝キャンディアーマー〟すら容易く破壊しやがった……!!」

 体中から血を流すペロスペローは、眼前のチンジャオ達を射殺すように睨む。

 どうやら、頭突きが直撃する寸前に高い硬度のキャンディを全身に纏ったようだ。それでもチンジャオの頭突きを受け止めきれずに食らってしまったのだから、これがかつての錐頭だったら命の保証はなかっただろう。

「ロートル二人とケツの青いハンマー野郎に後れを取るビッグ・マム海賊団じゃねェ……ん?」

 ふと、その場にいるはずのラカムが消えていることに気がつくペロスペロー。

 一体どこへ消えた……? ペロスペローは辺りを探すが、影も形もない。

「クソッ! ペロス兄!!」

「なっ!?」

 ペロスペローは、切羽詰まった表情のカタクリに押し出された。

 何事かと思っていると、真上でラカムが戦鎚を振り回しながら降下してきた。

 戦鎚の頭からは、バリバリと覇気が溢れるように迸っている。いくらカタクリでも、アレを食らえば……!

「〝雷神鎚(ミョルニル)〟!!!」

 

 ドカァン!

 

 稲妻のように走る戦鎚の強烈な一撃が、カタクリを襲った。

 その衝撃は凄まじく、クイーン・ママ・シャンテ号を貫通して海面を大きく揺らす。

「まだそれ程の覇気を……!」

「おれも、あの怪物船長に扱かれてるんでね……!」

 すんでのところで身体を餅にして回避に成功したカタクリは、ラカムの武装色の強さを目の当たりにし、感心した様子を見せた。

「だが、お前達の船長はママには勝てん……!!」

「それはどうだかな……何せ海賊王ロジャーも認めた猛者だぜ、ウチの船長は」

 ラカムは煙草を咥え直し、不敵に笑う。

 その一方で、クロエとリンリンの戦いは激化していた。

「ママママ!! 手古摺ってるねェ、お前の部下は!!」

「そう簡単に倒せるような連中とは思ってないさ……!」

 するとクロエは、突然愛刀を投擲。

 リンリンの心臓を射抜かんと迫るが、鉄の風船と称される程に異常に頑強な肉体には通じず、そのまま弾かれてしまった。

「どうした、ヤケクソかい……ん?」

 リンリンは、クロエの気配が完全に消えたことに気づき、驚きを隠せない。

 あれ程の強大な覇気を、見聞色の覇気を発動してるのに全く感知できないのだ。

 一体、何が起きている……!? 焦るリンリンだったが、すぐそばでいきなり強大な覇気を感じ取り、ハッとなった。

 何とクロエが、武装硬化した鞘で平突きの構えを取っていたのだ。

「〝()錐龍(きりゅう)()(きり)(くぎ)〟!!!」

 

 ドォン!!

 

「ボヘェ~~~~!!!」

 鞘が鳩尾に減り込むと同時に、凄まじい衝撃がリンリンの全身を襲った。

 愛刀・化血の投擲はリンリンの気を逸らすための囮であり、真の狙いは〝見聞殺し〟でリンリンの見聞色を封殺しながら懐まで潜り込み、八衝拳の衝撃と覇王色の覇気を巨体に叩き込むことだったのだ。

「ゲボッ!」

『ママ!?』

 リンリンの子供達は、無敵のはずの母親が膝をついて血を吐いた光景に我が目を疑う。

 だが、〝鬼の女中〟の攻撃の手が緩むことはなく、弾かれた化血を回収しながら再びリンリンに迫る。

「図に乗んなよ、小娘ェ!! 〝皇帝剣(コニャック)〟――」

 リンリンは怒り狂い、燃える巨剣を振るうが……。

「――ロジャー!?」

 急接近するクロエの姿に、リンリンは自分達を出し抜いて海の覇者となったロジャーの影を重ねた。

 次の瞬間!

「〝神避〟!!!」

 

 ドォン!!!

 

「……!!!」

 〝無錐龍無錐釘〟をも上回る衝撃波攻撃に、リンリンがもんどりを打った。

 海賊王ロジャーから受け継いだ剣技の直撃を受け、仰向けに倒れた。

『ママーーーッ!!!』

 クロエは愛刀を鞘に収め、リンリンはピクリとも動かない。

 ――まさか、あの大海賊ビッグ・マムが敗北を喫したのか?

 ラカム達は笑みを浮かべ、カタクリ達は焦燥に駆られるが……リンリンは死んでいなかった。

「……こんなに(いて)ェ思いしたのは……いつ以来かねェ……」

「まだ立つか……!」

 威圧感が増したリンリンに、クロエは睨み返した。

 互いに覇王色を全開にしたことで、周囲の半端者達は次々と倒れていく。

「クロエ・D・リード……!! おめェをおれの()()と認めてやるよ……!!」

「……そうか」

「さァ、かかって来なァ!!」

 

 バリバリバリ!!

 

 突如、何者かの覇王色の覇気が襲い掛かった。

 不意打ち気味に放たれたそれに、ビッグ・マム海賊団のチェス戎兵や下級の戦闘員は軒並み全滅した。

「お前達!? ……どこの馬の骨だァ!?」

 大気を震わす咆哮を上げるリンリン。

 その声に応えるように、サプレッサーイヤーマフを装着した黒い軍服の男が、覇気をまき散らしながら現れた。 

「バレット!?」

「……ロジャーんトコの合体小僧か!!」

『〝鬼の跡目〟だァーーーーー!!!』

 現れたのは、クロエの弟分の一人であるダグラス・バレットだった。

 二年前に別れた時よりも覇気も肉体も鍛え抜かれており、バスターコールでの傷痕が生々しい。

「なぜここにいる……?」

(つえ)ェ奴らを片っ端からぶっ潰していたら、面白(おもしれ)ェところに出くわしただけだ」

「フッ……お前らしいな」

 戦闘狂のバレットらしい言い分に、クロエは笑った。

「クソッ……「ロジャー海賊団の双鬼」が揃うと、さすがに分が(わり)ィか……!」

「ママ……かなり言いにくいが、これ以上は……」

 オーブンとカタクリの言葉に、リンリンは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。

 万全の状態であるバレットまで相手取るとなれば、ビッグ・マム海賊団の被害は甚大なものになる。欲しいものを妥協するなど海賊らしからないが、引き際を見誤れば何も得られないどころか、失う物が増え続けるだけだ。

 怒りで顔を歪めながらも、リンリンは苦渋の決断を下した。

「仕方ねェ、今回はここで引き上げてやるよ……おれも手放したくねェモンがあるしなァ……!!」

「……そうか」

「お前達、戻って来なァ!!!」

 リンリンの号令を聞き、子供達が次々に戻っていく。

 抗争はここで手打ち――そう判断したクロエも、オーロ・ジャクソン号へと帰還した。

 

 クロエ海賊団及び八宝水軍とビッグ・マム海賊団の抗争は、引き分けという形で決着を見た。

 

 

           *

 

 

 戦いが終わり、どうにか花ノ国を護り抜いたクロエ達。

 ラカムの手当てを受けたクロエは、二年ぶりの再会となった弟分(バレット)と酒を飲み交わした。

「……バレット、追撃しなかったな」

「疲弊した連中を叩き潰すのは、世界最強に相応しくねェ」

 ――万全の状態の強者を真っ向勝負で倒してこそ、ロジャーを超えられる。

 そう語るバレットに、クロエはクスクスと笑った。

「何がおかしい」

「いや……本当に似た者同士だなと思ってな」

「……(ちげ)ェねェ」

 仏頂面で返すバレットに、クロエは柔和な笑みを浮かべる。

 それを眺めていたクロエ海賊団は、動揺を隠せないでいた。

「何か、お姉さんやってんな……」

「あれが本来の為人というヤツなんだろうな」

「とっても楽しそうだね!」

 〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟の会話に、仲間達の感想はマチマチ。

 そんな二人に、エマも割って入った。

「バレット、二年ぶり!」

「……エマか。ちったァ強くなったか?」

「ちょっと、今は戦う気になれないんだけどー……」

「ちっ……」

 その場にいる全員に聞こえるくらいの舌打ちに、クロエとエマ以外は肝を冷やした。

 ――目をつけられたら、戦うハメになる!

 バレットに勝てるのはこの場ではクロエしかいないが、肝心の彼女は傷を癒すことに専念してるので、庇ってくれるどころか「日頃の成果を見せるいい機会だ」とか言いかねず、下手に反論できない。

 すると、クロエが目を細めて提案をした。

「バレット、もし暴れ足りないならカイドウのところに行け」

「カイドウだと?」

「少し前に()()をしてな……横槍が入ってしまったが、かなり手強いぞ」

「ほう……」

 クロエの言葉に、バレットの目が底光りした。

 彼の碧眼を目の当たりにし、ラカム達は自分の背中が冷や汗で濡れたのを感じる。

 あれは完全に獲物を見る目だ。そんなヤバい奴と同じ海賊団で同じ釜の飯を食い、鍛錬として何十回とぶつかり合っていたのだから、やはりクロエは実力も胆力も伝説級だ。

「私は用は済んだから、この海を離れて〝偉大なる航路(グランドライン)〟に戻る。シャンクスやバギーにもし会えたら、よろしく伝えてくれ」

「ハッ……じゃあ、とっとと傷を治せ。次こそおれと決闘だ」

「ああ、また今度だ」

 バレットの申し出を平然と受理するクロエ。

 そんな親友の態度に、エマは「段々ロジャー船長に似てきたなァ」と微笑むのだった。




何かシャンクスが政府側だとか元天竜人だとか言われてますが、仮にそうだとしても本作のシャンクスは「世界政府とクロエ、どちらを敵に回すか」と問われたら、間違いなく世界政府と答えます。(笑)
姉に勝る弟はいないんです。(震)


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第40話〝いいセンスじゃないか〟

今回は二本立て。
前半は竹中ボイス、後半は櫻井ボイスです。


 ビッグ・マム海賊団との抗争が引き分けに終わったクロエ海賊団は、バレットとチンジャオ達に別れを告げ、花ノ国を出発した。

 さすがのクロエも無傷とまではいかず、腕や首には包帯が巻かれ、顔には絆創膏やガーゼが貼られていた。大海賊時代以前から海に君臨していた海賊女王を相手に、この程度の傷で済んだのはスゴいことなのだが。

「……私もまだまだだな」

「贅沢言うぜ、誰も死ななかっただけでも大したもんだろ」

 眠るヤマトを胸に抱えながらクロエはボヤくが、ラカムの言葉に仲間達はうんうんと頷いた。

 傘下を連れて来なかったとはいえ、海賊界でも一大勢力であるビッグ・マム海賊団の本隊が相手だったのだ。クロエ自身はバレットの乱入で勝敗が決まったものだと不満気だが、ビッグ・マム海賊団を追い払えたのは奇跡としか言いようがない。その代わり、海軍と政府上層部の胃の方は壊滅的被害を受けてる可能性があるが。

 ちなみに花ノ国のラーメン王は、戦況が膠着した時点で海軍に救援を呼ぶ必要性はないと判断し、どっしりと構えていたらしい。さすが国王、胆力が尋常ではない。

「まあ、そのおかげでいいモノをもらえたがな」

「当分は食っていけるぞ!」

「ウキキッ!」

 マクガイやドーマ、バンビーノは嬉しそうな表情を浮かべる。

 その時、エマが慌てた様子でクロエの元へ駆けつけた。

「クロエ、一大事だよ!! 見たこれ!? 今日の世経の号外!!」

「ん?」

「〝金獅子のシキ〟がインペルダウンを脱獄したんだって!!」

『!?』

 慌てて号外を突き出すエマに、クロエは目を細め、ラカム達は驚いた。

 見出しには「インペルダウン初の脱獄者 海賊艦隊提督〝金獅子〟のシキ」と載っている。

 シキはかつてロジャーと渡り合い、クロエとは二度顔を合わせた狡猾な大海賊だが、あの処刑の日の一週間前に単身海軍本部に殴り込み、ガープとセンゴクの手によってインペルダウンに投獄されたはずだ。

 記事によると、シキは海楼石の足枷に繋がれていた両足を切断し、フワフワの実の能力で空中を動いて脱獄したという。頭に舵輪が突き刺さったり、両足を斬り落としたり、豪胆さに見合ったイメチェンをする男だ。

「ロジャーのストーカーか……もうロジャーは死んだというのに、何をするつもりなんだ?」

「これは私の予想だけど……金獅子はお師匠と同じ一味だった頃から世界征服を目論んでたから、私達を利用しようとしてるんじゃないかな? この海で私達は多分一番〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に近い存在だし、古代兵器のこともちょこっと知ってるからさ……」

「あり得るな。奴の執念深さと強欲さを考えれば、我らをつけ狙うのは火を見るよりも明らかだ」

「最悪」

 また面倒なのが、とクロエは眉を下げた。

 彼女は〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に興味はないし、最後の島・ラフテルに至っては行き方がわかってるため、暇な時に寄ればいい程度の価値でしかない。そもそもクロエは世界をどうこうするつもりはなく、自分の自由を守るためなら戦争も辞さないだけに過ぎない。

 しかし、ロジャーに触発された新世代の海賊達や、シキをはじめとしたロジャー世代から見れば、クロエは冗談抜きで次の海賊王に近い海賊の一人だ。〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟や海賊王の座を求める者ならば、誰もが狙いに行くだろう。

(全く……どいつもこいつも〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟しか目がないのか? ――まあ、まだ幼いヤマトにはいい経験になるか)

 新世代の海賊達を経験値扱いするクロエだったが……。

「――っ!? 全員、構えろ!!」

 クロエは北東から迫るモノを見て、腰に差した化血の鯉口を切った。

 一同は何事かと思ってクロエの視線を追うと、水平線の彼方から巨大な何かが迫ってきていた。

 目を凝らしてよく見ると……それは、浮遊するオンボロの海賊船だった。

「海賊船が浮いてる!?」

「何だありゃあ!?」

「おい、グラニュエール……」

「うん……あんなマネできるのは、この海では一人しかいない」

 ヤマトやA(アー)O(オー)が目が飛び出そうなくらい驚いている一方、レッドとエマは顔を強張らせた。

 噂をすれば影が差すとは、まさにこのことだろう。

「ジーッハッハッハッハァ! 久しぶりだなァ、ベイビーちゃん!」

『金獅子!?』

 海賊船から顔を出したのは、インペルダウンを脱獄したばかりのシキだった。

 ロジャーと海の覇を競った超大物の乱入に、船内に緊張が走るが……。

「フフッ……アッハハハハハ!! シキ、いいセンスじゃないか!! アッハハハハハ!!」

「笑うんじゃねェよ!! ぶっ殺されてェか!?」

 頭の舵輪のことを笑われながら指摘され、顔中に青筋を浮かべるシキ。

 クロエに続き、同世代のレッドは喉を鳴らしてニヤつき、エマに至っては涙目で吹き出しそうになるのを堪えている。

「笑うなって……鏡を見たのか!? 鶏みたいな頭の獅子がどこにいる!? アハハハハ!!」

『ブフォッ!!』

 腹を抱えて笑うクロエの一言に、ついにドーマ達も吹き出した。

 ワナワナと身体を震わせるシキだが、彼は両足が愛刀の義足である上に二年のブランクがある。多くの猛者達とぶつかったクロエ海賊団を相手取るのは厳しいし、そもそもシキは計画性を持って行動する主義だ。クロエ一人ならともかく、一味総出となるとシキとて()()()もあり得る。

 無論、そんなつもりは毛頭ないが……せっかく脱獄したのにいきなり敗北という幸先の悪いスタートは御免だ。

「ゴホンッ! ……まァいい、おれァ何も戦争しに来たわけじゃねェ」

「じゃあ何しに来たんだ、金獅子」

「ジハハハハ……!! 海賊同士の付き合いってヤツだ」

 ラカムに睨まれながらも、シキは葉巻の紫煙を燻らせながら不敵に笑った。

 

 

「ロジャーのいねェ海はどうだ?」

 シキは「任侠」という銘柄の酒を飲みながら、クロエに尋ねた。

 クロエが静かに「痴れ者しか海に出てこないな」と返すと、シキは大笑いしながら葉巻の灰を落とした。

「ジハハハハ!! そうか、おめェもそう思ってたか!! ……おめェも思ってる通り、宝目当てのミーハー共が海にのさばったところで邪魔なだけだ」

 シキはロジャーがいた頃の海を懐かしんだ。

 ()()()()の海賊達は、自由や冒険、支配などの揺るがぬ信念を掲げ、それを求め貫くことで海に君臨した。しかし今時の新世代の海賊達は、誰も彼もがロジャーが遺した〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟目当てばかり。宝探しで海に駆り出す若者達など、世間知らずもいいところなのだ。

 そういう点では、まだ二十代とはいえ「自分の為だけの人生を行く」ことを信念とするクロエは、シキの言う「本物の海賊」だった。

「……その為だけに来たのなら帰れ」

「ジハハハハ! 相変わらず無愛想で安心したぜ」

 するとシキは、目を細めながら意味深な発言をした。

「――しばし姿を消そうと思う……」

『!』

 シキの言葉に、クロエだけでなく見守っていたエマ達も驚いた。

 まるで表舞台から身を引くような言い回しだ。しかし、シキの悪い笑みからして、どうやら海賊家業を引退するわけではなさそうだ。

「生温いこの時代に、()()()海賊の恐さを見せてやる」

「……そうか。せいぜい脳味噌を雑巾みたいに絞るんだな」

 ぶっきらぼうに言葉を返すクロエ。

 そんな彼女に、シキは「一応最後に聞くぞ」とある質問をした。

「クロエ、おれの右腕に――」

「〝神鳴神威〟!!」

 

 ドォン!

 

「うおォォォォォ!?」

 右腕にならねェか、と勧誘した瞬間、クロエは覇王色を纏った斬撃を飛ばした。

 明確な拒否反応だ。

「っぶねェな!」

「シキ、エッド・ウォーの時も言ったはずだ。私はロジャー以外の人間の下にはつかないと」

 それは、クロエが何があろうと絶対に譲れないものだった。

 ロジャーはクロエが抱える秘密も想いも、無下にせず全て受け止めた。ゆえにクロエはロジャーにだけは心を許し、海賊としても一人の人間としても深く敬愛した。それ程クロエにとってゴール・D・ロジャーという人間の存在は大きいのだ。

 ロジャー以外の人間に、クロエは従う気はないし、魅了されることもない。〝鬼の女中〟を動かせる者は、〝海賊王〟以外にいないのだ。

「私もロジャーも自由を尊ぶ。お前の信念とは相容れない。それでも私の自由を奪うというのなら――死ぬ気で来い!!!」

 クロエは覇王色の覇気をまき散らす。

 エッド・ウォーの時とは比べ物にならない強大な覇気に、シキは冷や汗を垂らした。

「そうカッカするなよ。気の(つえ)ェ女は嫌いじゃねェがな」

 在りし日のロジャーを思わせる、恐ろしい量の覇気。

 野犬のように鋭く睨みつけるクロエを見て、シキは自分が誰よりも認めた男の影を見た。

「まァ気が向いたらいつでも言ってくれ。おれの右腕として、()()()()()()()()()()()()もてなしてやろう!」

「生憎、お山の大将を気取ってた方が楽だ。――とっとと失せろ、下郎が」

「ジハハハハ!!」

 シキは高笑いしながら、浮遊する海賊船に乗って去っていった。

「……そう言えば、あの船どっから持ってきたんだろうね」

「その辺の雑魚の船でも襲ったんだろう」

 シキからもらった酒を呷りながら、クロエは溜め息を吐くのだった。

 

 

           *

 

 

 シキとの再会から一夜明け、クロエは次の目的地に関して仲間達と会議をしていた。

「次、行きたい場所はあるか?」

 仲間のリクエストに応えたい、とクロエは告げると、一斉に声を上げ始めた。

「ドラム王国だな。医療大国には興味があるし、学べる技術も多そうだ」

「魚人島に行ってみてェな!」

「アラバスタ王国はどうだ?」

「みんなでハチノス行こうよ!! お師匠に会いたいし!!」

 ワイワイと騒ぐ仲間達。

 副船長のエマだけ危険地帯であるが、リクエストに挙がった島はどこも行ったことがないため、欲を言えば全部行ってみたい場所だ。

 となれば、現時点で最も近い場所を目指すのが道理だろう。

「近場となるのは、ドラム王国だな」

「ラカム君、よかったじゃん」

「ドラム王国に着いたら、センゴク宛に胃薬を処方してもらうか」

「船長、マジで勘弁してやれよ…」

 クロエの冗談に顔を引き攣らせるラカム。

 確かにセンゴク達は胃に穴が開いてるだろうが、胃薬届けにマリンフォードに行けばそれはそれで穴が広がる一方な気がする。

 少しは休ませてやれよ、と心の内でラカムはボヤいた。

「船長、前方に船が二隻! 片方は世界政府の船だど!」

 ふと、見張りをしていたデラクアヒの声に一同は立ち上がる。

 世界政府の船ということは、何かしらの取引の最中ということだろうか。

「……衣類と飯は足りてる。物資のやり取りならば素通りするぞ」

「……!? 待ってクロエ、あれは奴隷だよ!!」

 エマの言葉に、船内の空気が凍った。

 利権や天竜人絡みで中々無くならない人身売買だが、どうやら瀬取り――船同士の荷物の積み替え――で奴隷を世界政府の船に受け渡すというルートもあるようだ。海上での取引ということは、かなり大きなネタなのだろう。

「……世界政府の衛兵もいるな。覇気使いの気配も感じる」

「それって、天竜人も乗ってる可能性があるってことじゃ……」

 船の大きさや護衛の()から、おそらく相当な有力者が乗っている。

 世界政府の有力者と言えば、やはり天竜人。世界貴族が乗ってるとなれば、大抵の海賊は躊躇するが……。

「どうする? クロエ」

「どうするって……見え透いたことを訊くんじゃない」

 クロエが呆れた笑みを浮かべた瞬間、砲声が鳴り響いた。

 すかさず覇気を纏った斬撃を飛ばし、真っ二つにして破壊する。

「豚共には力の差というものを推し量る眼が無い。――者共、戦闘準備だ!」

 クロエの一声により、人身売買に手を染める者達の運命が決まった。

 行き先は、あの世一択だ。

 

 

 人身売買の場は、あっさりと制圧された。

 少数ながら圧倒的な武力を有する精鋭海賊団に、護衛達は為す術もなく壊滅させられ、同乗していた天竜人もクロエによって斬殺された。

 神に等しい存在である天竜人を平然と斬り伏せるクロエに、エマとレッド以外は寒気を覚えたが、そもそも彼女は〝神殺しのクロエ〟と呼ばれた海賊――天竜人殺しで名を轟かせ、聖地では今もロジャー以上に恐れられている程の怪物だ。心の底から侮蔑嫌悪する連中にかける慈悲などないのである。

「船長、リストに載ってる奴隷達は全員確認できたど!」

「状態はどうだ、ラカム」

「全員青痣ダラケ。……まあ、一通り診たが骨折や内臓の損傷はねェよ。首輪のおかげだろうな」

「皮肉だね~……」

 ラカムからの報告を聞きながら、クロエとエマは奴隷の首輪を次々と覇気を流した両手で握り潰し、海に放り投げて爆発させる。

 爆弾付きの首輪は、外そうとした瞬間カウントが始まって爆発する代物。船上で首輪をいっぱいつけた奴隷達に乱暴をして、うっかりスイッチが入ったらシャレにならない。人権もへったくれもない商品扱いしても、細心の注意を払ってはいたようだ。

 おかげで余計な治療行為をせずに済んだがな、とラカムは呟いた。

「待ってくれ! あんた船医だろ!? 彼女を助けてくれ!!」

「?」

 そこへ、緑色の髪の青年が女性を抱き抱えながら叫んだ。

 ラカムは真剣な眼差しになると、その場で女性を横にさせ、診察を始めた。

「君、名前は?」

「ギルド・テゾーロだ。ステラ……彼女とは人間屋(ヒューマンショップ)で知り合って……」

 青年テゾーロの話に、エマは耳を傾ける。

 ふと、診察中のラカムは、ステラの歯間乳頭に発赤があることに気がついた。それは、船乗り達を恐れさせたある病気の疑いがあることに他ならない。

「……壊血病を起こし始めてるかもしれない」

「壊血病って、ビタミン不足でなるアレ?」

「そのアレだよ。――お前、彼女と知り合ったのはいつだ?」

「三年前だ……おれが解放しようとしても金が間に合わなくて……」

 テゾーロの話を聞き、ラカムは「世の中ゴミばっかだな」と半ギレ気味に吐き捨てた。

 貧困と飢餓は、純真無垢な子供すら犯罪者に変える。政府非加盟国で育ったラカムは、そういうのをイヤという程見てきたので不快感丸出しだ。

「……船長……迷惑かけちまうが、おれはこいつらを放っておけねェ」

 困った表情を浮かべ、頭を掻きながらクロエに申し出る。

 ラカムは「目の前で傷を負った奴を治療する()()は医者としての正義」を信念とする男である。過酷な海で命を預かる船医として、奴隷としてマリージョアに送られそうになった者達を不健康のまま放すのは、彼の医者としての信念に反するのだ。

 もっとも、治療を受けた相手が危害を加えに来たら「医者の善意への侮辱」と見なし、容赦なく叩き潰すが。

「……治療は好きにしろ。ただし責任はお前が持て。無法の海賊稼業は自己責任だ」

「っ! ……恩に着る!」

 クロエも思うところがあったのか、ラカムの申し出を承諾する。

 元奴隷達は歓喜の声を上げるが、エマがそこへ待ったをかけた。

「待って待って、クロエ!! 食料どうすんの!? 見聞色使ったけど、百人いるよ!?」

「飯なら私が素潜りで海王類仕留めればいい話だろうが」

「わー、すっごい脳筋みたいな発想……」

 転生してから女子力が物理的な方に方向転換したクロエに、エマは引き攣った笑みを浮かべたのだった。

 

 後日、クロエ海賊団による奴隷船及び天竜人の帆船の襲撃が大きく取り沙汰され、世界政府にとって不都合なことをやらかしまくるクロエに、ついにコングの胃に穴が空いた。

 治療が終わるまで元帥の代理としてセンゴクが指名され、〝仏〟の異名とは正反対の不動明王のような顔つきでセンゴクは了承し、ガープは爆笑、つるとゼファーは溜め息を吐いたのだった。




シキは原作通りにメルヴィユに引きこもり、テゾーロはステラと幸せになります。

次回か次々回あたりで、シャンクスとの再会とウタとの出会いをメインにしようと思います。
バギーはもう少し先かな?


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第41話〝赤髪海賊団〟

先日、自宅を整理してたら「呪われた聖剣」の公開当時のパンフレットが出てきたんですよ。
保存状態が相当よくて、昨日一昨日に買ったばっかりみたいです。

呪われた聖剣は、自分が初めて観たワンピースの映画なので、とても記憶に残ってます。
サガをこの作品に出してみたくなりました。(笑)

本作はもう一つの「アナザー・エンターテインメント」と違い、劇場版のキャラが出てくるので、どんなキャラが出てくるのかお楽しみに。
もしかしたら、劇場版の敵キャラがクロエの仲間になるかも……?


あと、時系列を計算したら3年じゃなくて5年でした。
さーせん!


 大海賊時代の開幕から5年。

 現在進行形で世界を震撼させているクロエ・D・リードの弟分であるシャンクスは、今では〝赤髪〟の異名で知られる海賊の一統を率いるお頭となっていた。

 新進気鋭の赤髪海賊団の首領として名を馳せている彼だが、どうにもできない悩みを一つ抱えていた。それは……。

「ガキは何で寝ないんだ……!」

 そう、子供の夜泣きである。

 実はシャンクスは、ある海賊団を返り討ちした際に財宝を略奪したのだが、そこに紛れていた宝箱の中に女の子が入っており、捨てるわけにもいかないので一味総出で育てることにしたのだ。

 女の子はウタという名前なのだが、彼女の夜泣きは相当キツいらしく、赤髪海賊団全員が寝不足という事態に陥っている始末だ。

「子育て会議の進展もねェし……」

「まあ、基本的におれ達は()()()()()とは縁がねェからな」

「ハリ倒すわけにもいかねェしな」

 副船長のベン・ベックマンとコックのラッキー・ルウは、苦笑いしながら顔を見合わせる。

 一応仲間の一人であるヤソップが家庭を持っていたが、妻子を村に置いて海に旅立ったため、育児歴は一年あるか怪しい。シャンクスもウタと似たような経歴でロジャーに拾われて育ってるが、男と女とでは全くの別物であり、お手上げ状態だ。

 だが、姉貴分であるクロエとエマならば、この困難を乗り越えるだろう。面倒見のいい姉御肌のクロエと、人当たりのいいエマの二人なら、ウタの夜泣きをどうにかしてくれるかもしれない。

(こんな時、クロエ姉さんとエマさんがいればなァ……)

 その願いが届いたのか、船医であるホンゴウが慌てた様子でシャンクスに報告した。

「お頭! 敵船だ!」

「敵船? どこだ?」

「クロエ海賊団だ!! マジでヤバいのが来ちまった!!」

 顔が真っ青のホンゴウに対し、シャンクスは目を輝かせた。

 船首楼甲板へ向かうと、視線の先には見慣れた船――オーロ・ジャクソン号が。

 噂をすれば影が差すとは、まさにこのことだ。仲間達にとっては悪夢や終末の類だろうが、今のシャンクスにとっては天恵に等しい状況だった。

 ――クロエ姉さんの力を借りられる!

「おーい!! クロエ姉さーーん!!」

「ちょ、お頭ァ!?」

「え、姉さん!? どういうこった!?」

 仲間達の動揺を他所に、両手を振って満面の笑みで声を張るシャンクス。

 その声が届いたのか、オーロ・ジャクソン号も慌ただしくなった。

「接舷準備! 帆を全部畳んで、速度を落として!」

 エマがドーマ達に指示を飛ばし、クロエは龍を象った船首の海賊船を見やる。

 シャンクスとは、デルタ島でロジャーを弔ってからは会ってない。大よそ5年ぶりだ。海賊達の至高の領域に君臨する姉貴分も、破竹の勢いで大海原を駆ける弟分も、久々の再会に胸を躍らせていた。

「5年ぶりかな?」

「ああ……楽しみだ」

 ニカッと笑うエマの隣で、柔和な笑みを浮かべるクロエ。

 無愛想な彼女でも、大事な弟分の前では表情を綻ばせるようだ。

「じゃあ、先に私が行ってる」

「あ」

 クロエは月歩で宙を蹴りながら、赤髪海賊団の帆船――レッド・フォース号へ向かう。

 そして甲板に降り立ち、シャンクス達を見下ろした。

「クロエ姉さん!」

「久しぶりだな、シャンクス」

 少年のような朗らかな笑みで、シャンクスは出迎える。

 クロエは柔和な笑みを浮かべるが、シャンクス以外の赤髪海賊団の面々は生唾を呑んだ。

(あれが〝鬼の女中〟……確かに野犬みたいな雰囲気だな)

(到底人の下に付けるタイプには見えねェ……ゴールド・ロジャーはこんな奴を従えてたのか……!)

(これが〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に最も近い女海賊か……)

 船医のホンゴウや航海士のビルディング・スネイク、戦闘員のライムジュースは冷や汗を垂らす。

 するとクロエが、目を細めながら優しく声をかけた。

「知ってると思うが、私がクロエ・D・リードだ……弟がいつも世話になってる。迷惑をかけてないか?」

『いえ、もう慣れました』

「おい、お前ら!!」

 姉さんの前なんだぞ!! と顔を真っ赤にして怒るシャンクス。

 お気楽な雰囲気が、いかにもシャンクスらしい海賊団だな――そうクロエは感じ取った。

 赤髪海賊団もまた、クロエがそれなりに話が分かる女と知り、安堵の息を漏らした。

「あっ、そうだ! クロエ姉さん、助けてくれ!」

「何だ、藪から棒に」

「実は……」

 

 

 レッド・フォース号に乗り込んだクロエ海賊団は、赤髪海賊団から相談を受けていた。

 ウタの子育てについてである。

「ウタちゃん、まだ2歳なのね! 天使じゃん天使!」

「う~っ♪」

 エマの胸に顔を埋め、その柔らかさを堪能するように頬ずりをするウタ。

 男所帯の赤髪海賊団と違い、女性も交じっているクロエ海賊団はいい刺激になったようだ。

「しかし、噂の〝魔弾〟がまさかお前のような女とは思わなかったぜ……」

 ウタを構いまくるエマに、シャンクスの一味の狙撃手・ヤソップはそう呟いた。

 〝魔弾のエマ〟と言えば、その道の界隈においては最高峰の銃使いとして知られる大物。狙撃手らしく冷徹な性格だと思っていたが、実際は人当たりがよく感情も豊かな明るい女性だった。ヤソップ自身も噂程度にしか聞いてなかったため、素性には驚いている様子だ。

 それと共に、ウタをあやす姿に故郷の村に置いた家族を思い出した。シャンクスの誘いに乗り、海賊の道へ入った自分を見送った妻のバンキーナを。

(……いつか、顔を出しに戻らなきゃなァ)

「あの……ヤソップさんだっけ?」

「お、おう」

 ウタをあやしながら、エマはヤソップに声をかけた。

 ハッとなったヤソップは、慌てて返事をした。

「あなたも相当な腕っぽいね。……今度、対決してみる?」

 親指を立てて人差し指を前に突き出し、銃のジェスチャーをしてみせた。

 その意味を理解したヤソップは、ニィッと口角を最大限に上げた。

「いいぜ! おれはアリの眉間にも銃弾をブチ込めるから、覚悟しときな!」

「上等!」

 ハイタッチして意気投合するヤソップとエマ。

 そんな二人を他所に、クロエはシャンクスからの相談に乗った。

「……で、ウタの夜泣きがそんなにひどいのか? 赤ん坊は親に泣きついて甘えるのが仕事だぞ」

「そうは言っても、おれ達全員寝不足なんだ!!」

 真剣な表情を浮かべるシャンクスに、クロエは困った。

 クロエもヤマトを育てているが、引き取った時点で5歳を迎えており、物心も付いていた。ウタはそれよりも幼いため、赤ん坊を引き取って育てた経験のないクロエも何が正解か迷うものだ。

「一応ウチもヤマトの子育て中だが、物心もう付いちまってるからな……参考になれるかどうか怪しいぞ」

「ん? 姉さん達も拾ったのか?」

「拾ったというより、預かったというべきか……ヤマトは〝百獣のカイドウ〟の娘だ。今年で9歳になる」

『カイドウの娘ェ!?』

 突然の爆弾投下に、あんぐりと口を開ける赤髪海賊団。

 百獣のカイドウの娘を、クロエが預かって育てているという事態に驚くしかない。

 クロエはその経緯を丁寧に教えると、シャンクスは「おでんさんは元気なんだな……」と安堵の笑みを溢した。ワノ国の異変は薄々勘づいてはいたが、まさか荒廃していた上に国盗りされていたとは思わなかったようだ。

「今度顔出しに行かないとな。モモの助や日和、トキさんにも会いたくなった」

「……で、殺し合いで仲良くなって、カイドウの娘を引き取ったと?」

「ヤマトの押しかけ女房というべきだがな、展開としては。カイドウと私は反対したが、ヤマトが頑固だったことに加え、エマが提案をしたことでカイドウが折れた」

「改めて思ったけど、あんたスゲェ人誑しだな……」

 ラカムはエマを見つめてボヤいた。

 誰がどう考えても妥協してくれなさそうなカイドウを折らせたのだ。話の分かる相手とは言い難い武闘派を話で解決できるなど、余程の猛者でないと為せない芸当だ。

 クロエとはまた違った「人を率いる才」があるのだろう。

「そういやあ、カイドウから音沙汰ないな……真面目なあいつのことだ、ヤマトのこと気にかけてるだろうし、今度こっちから出向くか……」

「あんた戦争するつもりか!?」

「何を言う、カイドウとは喧嘩友達みたいな関係に過ぎないぞ。そんな神経質になるか?」

「姉さん、そういうズレてるところ変わらないなァ……」

 親戚に顔を出しに行く感覚で百獣海賊団との接触を図ろうとするクロエに、シャンクスは頭を抱えた。

 世界の均衡もへったくれもない。ロジャーなら爆笑するだろうが、他の面々なら胃痛に悩まされるだろう。

「……シャンクス、ウタを拾った時はどうあやした?」

「どうって……」

 シャンクスは思い返す。

 ウタと出会ったあの日、大声で泣いた彼女をどうにかするべく即席の子守唄を歌うと、あっさり泣き止んで笑い始めた。

 そのことをクロエに伝えると、こう返された。

「じゃあ、それをすればいいんじゃないか? さぞ歌が好きなんだろう。加えて夜は添い寝だな、私がお前にしたようにすればいい」

「お頭、あんた〝鬼の女中〟に添い寝してもらってたのか……」

「やめてくれ姉さん!! おれの過去をここで暴露しないでくれ!!」

 しみじみと腕を組みながら呟くベックマンに、顔を真っ赤にしてクロエに叫ぶシャンクス。

 傍から聞いていたヤソップ達は、腹を抱えて爆笑した。

「だーっはっはっはっはっはっ!! お頭は前の一味じゃお子ちゃまだったのか!!」

「こりゃあ傑作だ!!」

「ざまあねェなお頭!!」

「うるせェぞ、お前ら!!」

 シャンクスは怒り心頭だが、ヤソップ達は意にも介さず大笑い。

 日頃の鬱憤でも溜まってるのだろうか。

「姉さん、ヤソップ達がいじめるゥ……」

「いい年して泣くな、弟」

 エグエグと泣き出すシャンクスに、呆れながらもその頭を優しく撫でるクロエ。

 彼女はやはり柔和な表情を浮かべており、身内には結構甘いんだなとマクガイ達はどこかホッとした。目の前の船長は規格外の怪物だが、れっきとした血の通った人間なのだとホッとしたようだ。

「……まァ、こうして会えた訳だからさ」

「?」

「このままお開きって訳にはいかねェよな? 姉さん」

 シャンクスはしたり顔でクロエを見つめると、高らかに宣言をする。

「宴だ~!」

『おおーーーーーーっ!!』

 

 

           *

 

 

 日が暮れた海で、二つの海賊団はレッド・フォース号の甲板でどんちゃん騒ぎをしていた。

 ――はい、私が勝ったからこの酒没収~!

 ――か~っ! くっそ、やっぱ伊達じゃねェか!

 ――スゲェな、さすが〝魔弾のエマ〟だ!

 ――ヤソップも超一流だってのによ!

 狙撃対決が盛り上がる中、クロエはウタが眠るベビーバスケットを傍に置き、レッドとシャンクス、そしてベックマンの四名で大人の飲み会を楽しんでいた。

「まさか〝孤高のレッド〟がクロエ姉さんの船に乗るとは思わなかったよ」

「ふん……我も驚いたよ。かつて孤高だった女が、人を率いるようになるとは」

 レッドはワインを呷ると、クロエと出会った日を懐かしんだ。

 随分と絆されたものだと、どこか自嘲気味に笑った。

「……そういうおたくらも、随分と派手に暴れてるな」

「まあ、カイドウやリンリンと戦ったしな」

「ロジャー船長の世代とタメ張れるあたり、さすがだよなァ」

 ロブスターを頬張りながら、シャンクスはクロエを見やる。

 ベックマンは煙草を吹かしながら、海賊の勢力図を話し出した。

「かつては〝ゴールド・ロジャー〟〝白ひげ〟〝金獅子〟〝ビッグ・マム〟が新世界の覇権を握る海賊とされてきた。今は〝白ひげ〟〝ビッグ・マム〟〝百獣のカイドウ〟……そしてあんただ、〝鬼の女中〟」

「ちょっと待て、私は海の覇権になど興味はないぞ?」

「世間から見りゃあ、あの世代とドンパチして五体満足という時点で十分さ。天竜人殺しで名を上げ、海賊王の一団の若き戦力となったんだぞ? むしろ目を付けない方がおかしいぜ」

 ベックマンの言葉に、レッドも「全くだ」と同意する。

 しかし、クロエが海の覇権争いに興味がないのは事実。領海(ナワバリ)を得て支配する気もないし、国を持つ気もない。何物にも支配されずに自由を謳歌し、人生を完成させたいだけだ。

 ただし、その自由を守るために世界の均衡にヒビを入れることも辞さないが。

「……そういやあ姉さん、花ノ国でバレットに会ったんだって?」

「ああ、相変わらず元気そうだった」

「そっか……また会ってみたいな。バギーは今どうしてるんだろうな……」

「ビブルカードは無事だから、息はしてる。今度会ったら、伝言でも伝えとくか?」

 シャンクスは「自分で伝えるよ」とクロエに笑いかけた。

 すると、突如としてウタが起き出し、そのまま泣きじゃくってしまった。

「わーん!」

「ああああ! また夜泣きかよ!」

 シャンクスはあたふたしつつも、子守唄を歌う。

 しかし、効果はゼロ。余計ギャン泣きしてしまった。

「ウソだろ、おい!」

 ガーン! という効果音が付きそうなくらいに落ち込むシャンクス。

 すると、クロエはベビーバスケットに手を伸ばしてウタを抱えると、歌を歌い出した。

 

 淡き光立つ 俄雨

 いとし面影の沈丁花

 溢るる涙の蕾から

 ひとつ ひとつ香り始める

 

 それは それは 空を越えて

 やがて やがて 迎えに来る

 

 春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに

 愛をくれし君の なつかしき声がする

 

「……スゥ……スゥ……」

「お休み……いい夢を」

 優し気な眼差しで、眠るウタをベビーバスケットに戻す。

『……』

「……何だ貴様ら」

 ポカンと見つめる一同に、いつもの無愛想な顔でガンを飛ばすクロエ。

 すると、一人パチパチとエマが拍手をした。

「歌、割と上手だね……」

「そこまで音痴ではないだけだ」

「おっしゃー! じゃあみんなで歌うま王決定戦だー! ウタちゃんを起こして泣かせたら罰ゲーム決定ね~!」

『おーっ!!』

 エマは顔を赤くしながら海賊達に号令をかけた。

 クロエは呆れた表情で「泥酔手前じゃないか、馬鹿が……」と親友の酔っぱらいぶりに溜め息を吐いた。

「エマ姉さん! 景気づけに全員で〝ビンクスの酒〟だ!」

「いいじゃない、シャンクス! パーッと行こうパーッと!」

「おっ! 天下の魔弾様はノリがいいじゃねェか!」

「パンチ、モンスター! お前ら楽器持ってこい!」

 エマのノリの良さに赤髪海賊団はご機嫌になり、彼女も仲間達と和気藹々と歌い出した。

 

 ビンクスの酒を 届けにゆくよ

 海風 気まかせ 波まかせ

 潮の向こうで 夕日も騒ぐ

 空にゃ 輪をかく鳥の唄

 

 さよなら港 つむぎの里よ

 ドンと一丁唄お 船出の唄

 金波銀波も しぶきにかえて

 おれ達ゃゆくぞ 海の限り

 

 ビンクスの酒を 届けにゆくよ

 我ら海賊 海割ってく

 波を枕に 寝ぐらは船よ

 帆に旗に 蹴立てるはドクロ

 

 嵐がきたぞ 千里の空に

 波がおどるよ ドラムならせ

 おくびょう風に 吹かれりゃ最後

 明日の朝日が ないじゃなし

 

 肩を組みながら舟歌を合唱するシャンクス達。

 クロエにとって、それはひどく懐かしさを覚える光景だ。自分が唯一心を許し、真の意味で惹かれた男も、呑んで歌って騒ぐのが大好きだった。

「全く、赤髪の小僧もロジャーに似て騒がしい奴だ」

 レッドはシャンクス達を見つめ、呆れた声を漏らした。

 彼もかつてはロジャー海賊団と衝突しており、その縁でシャンクスを知っている。その頃はクロエがまだいない頃で、態度だけは一人前の見習い小僧だった。

 今となっては〝偉大なる航路(グランドライン)〟でも広く名の知れた海賊となったが、ロジャーのようなうるさい男に似てきている。静かに酒を飲むのを好むレッドにとって、大の大人の大合唱はちょっとした騒音だ。

「クロエ、貴様の爪の垢を煎じて奴に飲ませろ」

「フフッ……違いない」

 クロエは眼前のシェリー酒を一気飲みすると、レッドに笑いかけた。

「私も貴様と同じで、静かに酒を飲む方が好きだ。だが……」

「?」

「――たまには、こんな夜があってもいいだろう?」

「……フッ」

 レッドは鼻で笑うと、目の前に置いてあったワイングラスに白ワインを注ぎ、一気に呷ったのだった。




クロエは〇ーミンが好きなんです。


今後の予定としては、いくつかネタはあるのでそれをやろうと思います。
・ラフテルのエターナルポース発見
・聖地マリージョアへ報復
・九蛇海賊団と遭遇(ハンコックの最初の遠征)
・赤髪海賊団壊滅未遂(エレジアの件におけるシャンクスのウタへの対応に激怒)
・ルフィとの出会い
といった感じです。やっぱり世界政府と海軍の胃痛案件ですね。

あと、最新話で神の騎士団が少し出ましたね。
ガーリング聖と衝突するってのも面白そうですけど、能力が未知なので保留にしようと思います。クロエの神避で秒殺というのも爽快ですけど。


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第42話〝エマのスカウト〟

色々振り返ったんですが、自分がハーメルンで小説投稿を始めて6年経ってることに気づきました。
随分と長く旅をした……なんて。
これからもこんな作者をよろしくお願いします。

さて、今回は新たな仲間が加入。
仲間意識の強いロックス海賊団こと、クロエ海賊団に加わるヤバい奴とは?


 翌朝、再会の宴が終わった両海賊団に別れの時が訪れた。

「うおぇっ……まだ気持ち(わり)ィ……」

「お前なァ……」

「クロエ、我慢我慢……!」

 真っ青な顔のシャンクスに、クロエはちょっとキレそうになり、エマが必死に宥めていた。

 別れの時ぐらいはビシッと決めたいのに、よりにもよってシャンクスが飲み過ぎで苦しむという体たらく。一海賊団の船長にあるまじき光景に、若干の殺意が湧いてしまう。

「すまねェな、お頭は調子に乗るとすぐこうなっちまう」

「ま、まあ私もハメ外しちゃったからさ、そこは反省するけどさ……」

「こっちとしても灸を据えとく。なァ、お頭?」

 ベックマンと視線があったシャンクスは、すかさず目を逸らした。

「おいおい、しっかりしろよお頭!」

「そうだぜ、海賊にもシメシってもんがあるんだしよ!」

「……!」

「パンチ、ライム、ガブ! お前ら、何だよその顔!」

 ニヤニヤ笑う赤髪海賊団に、シャンクスも苛立った。

 そんな弟分に、クロエはウタの件について強い口調で忠告した。

「シャンクス、ヤマトを育てている私からの忠告だ」

「!!」

「海賊が子を拾ったら二つに一つしかない。物心つく前に堅気に押し付けるか、責任もって強く育てるかだ。お前は後者を選んだということは、ウタと真正面から向き合え」

 クロエは抑え気味に覇王色を放ちながら、忠告を続ける。

 

「くれぐれも選択を誤るなよ。私はシャンクスの姉としていつでも手を差し伸べるが、お前の行動次第ではいつでも手を上げる――そこに一切の躊躇いはない。……努々忘れるな」

 

 低く告げる言葉が言っている。

 自分の忠告に対する「はい」以外の返答は認めない、一切の反論も許さない、断るなど以ての外だ、と。

 大海賊〝鬼の女中〟の威圧感と言葉の重みに、一同は冷や汗を垂らした。

「……シャンクス」

「わかってるさ。ウタはおれの娘……おれ達の大事な家族だ」

「フッ……なら、心配ないな」

「でも実際問題、シャンクスの娘という肩書きは他の海賊にとって恰好のネタだ。護りたいならしっかり護んないとダメだよ?」

 表情を綻ばせたクロエに続き、エマが口を開く。

 自身が王直の義娘であるという立場ゆえ、色んな勢力に狙われた経験があるのだろう。

「……姉さん達には敵わないな」

「姉に勝る弟などこの世に存在しないからな」

 クロエは穏やかに微笑むと、エマと共にオーロ・ジャクソン号まで跳躍する。

 そろそろお別れの時だ。

「ベックマン、それと赤髪海賊団。私の弟をよろしく頼む」

「ああ、手のかかる人だってのはわかってるから安心してくれ」

「おい!!」

『ぎゃはははははは!!』

 盛大に大笑いする赤髪海賊団とクロエ海賊団。

 両海賊団の帆船は、見る見るうちに離れていき、青きその先へと向かっていく。

(ウタ、次に会う時はたくさん話そう。お前の夢もシャンクスの愚痴も受け止めてやる)

 ――あの子は、いつか大物になる。

 そう直感したクロエは、鼻歌交じりで舵を切り、水平線を目指すのだった。

 

 

           *

 

 

 弟との再会を終え、大海原を行くオーロ・ジャクソン号。

 かつてはロジャーの部屋であった船長室は、クロエの自室となっているが、〝歴史の本文(ポーネグリフ)〟探しの航海のこともあってか、ロジャー存命時から多くの書物が本棚に置かれている。クロエはベッドで横になりながら、一際古い書物に目を通していた。

 それは、この世界の成り立ちに関する書物。クロエの前世で言う「国生み神話」に関する歴史書だ。歴史書自体は、この世界には()()()()()()()()()()()()()()()()ちゃんと出版されているが、中には政府の目をかいくぐってきた貴重な本も混じっている。クロエが読んでるのは、その一つだ。

「……何が神だ、くだらん」

 本を閉じ、クロエは嫌悪感丸出しで吐き捨てた。

 自らを〝神の末裔〟と称する者達は、どれも狭量にして外道。そんな連中の祖先など、ろくでもないに決まっている。

 そもそも輪廻転生という神の御業に等しい奇跡を経験したクロエですら、神の姿を見たことがないのだ。この世界の住人にとって天竜人は「創造主の末裔」だろうが、クロエから見れば「歴史の長い血族の一つ」に過ぎず、彼ら彼女らを一度たりとも神に等しい存在だと思ったことはない。そしてこれからも思わない。

「……ああ、イライラする」

 苛立ちが募り、身体から漏れる覇気が部屋を震わせる。

 時々、天竜人を見かけたり相対すると、前世の家族を思い出してしまう。あの醜悪に嗤う肉親共の顔は、転生して自由を得た今もしつこく記憶に残っている。ロジャーには死してなおも敬愛の念を抱いているが、前の肉親には憎悪と殺意しか湧かない。

(――もし転生してきたら、すぐ殺してやる。命乞いも取引にも応じず、心を込めて殺す)

「ちょっとクロエ、殺気立ちすぎ!」

「っ! ……」

 そこへ、眉間にしわを寄せたエマがズカズカと入ってきた。

 副船長である親友は、イスにドカッと座るとクロエの頬を強く引っ張った。

「いっ!?」

「あいつらはクロエの心を殺して嗤うクズ一家なの! どう足掻いても地獄は確定でしょ? 思い出しても一々気に留めないのっ!!」

 頬から手を放すエマは、呆れた笑みを溢す。

 無際限なまでの大らかさに、クロエも釣られるように口角を上げた。

「お前の()()()()()()()が羨ましいよ」

「前世からの取り柄だからね」

「……で、何の用だ」

 気を鎮めたクロエは、本題を切り出した。

「そうそう! クロエさ、いい加減人数増やさない?」

 その言葉に、クロエは怪訝そうな顔で問い返した。

「何で」

「クロエ、この一味はバンビーノ含めてもたった10名だよ!? 作業を行う以上は人手が欲しいじゃん! ラカム君もコーティング技術覚えたいってこないだ言ってたし!」

 ズバズバと言うエマに、クロエは何とも言い難い表情をした。

 確かに、オーロ・ジャクソン号を猿を含めて10名で操船するのは中々ハードだ。しかし、クロエがあまり仲間を作りたがらないのにも理由がある。

 なぜなら、海賊団は寄せ集めではなくれっきとした「組織」だからだ。組織は人が増えれば増える程に制御統一が難しくなるもので、しかも海賊という荒くれ者を統制するのは堅気の職業や軍隊より難しい。だからこそ、少ない人数の方が統制しやすく、下の者達の暴走を抑えやすい……という訳だ。

「いや、この船でクロエに逆らうなんて不可能でしょ」

「そうか?」

「そうだって。むしろ逆らっても無駄って感じじゃん」

 きょとんとした顔で首を傾げるクロエに、エマは引き攣った笑みを浮かべた。

 この大海賊時代において、クロエはロジャーに代わって白ひげやビッグ・マムと肩を並べる強豪海賊だ。しかも海賊界屈指の悪名高さの持ち主で、世間的には危険性の高い海賊と見なされてるし、何より滅茶苦茶強い。

 並大抵の強者では歯が立たない圧倒的武力を有する女傑に、謀反を起こせる奴などそうはいない。それこそ、海軍大将くらい強くないと彼女の寝首を搔くことなど不可能に近い。

「だからさ、仲間増やそう? 後々響くよ? ロジャー海賊団でも30人以上いたんだし」

「ハァ~…………わかった。ただしちゃんと選べ」

 盛大に溜め息を吐くクロエに、エマは内心ガッツポーズを決めた。

 クロエはかなり我が強い女であり、親友とて彼女を妥協させるのは相当骨が折れる。前世からの付き合いであるエマですら、性格を把握した上でこれなのだ。

 このじゃじゃ馬を御することができたのは、ロジャーただ一人。今は亡き彼の器のデカさを改めて思い知った。

「甲板に全員集めるぞ」

「了解!」

 そう言って船長室を出ると、仲間達がホッとした表情で出迎えた。

 部屋の中だったとはいえ、クロエが殺気立ったのが相当堪えたようだ。

「悪かった、嫌なことを思い出してしまってな……」

「ったく、びっくりさせないでくれ船長。ヤマトとバンビーノが()()()()()()()

「さすがにヒヤリとしたど」

 苦笑いするドーマ達に、クロエは申し訳なさそうに頭を掻いた。

 感情をむき出しにしたせいで、ただでさえ強力な覇王色の〝圧〟が増し、ヤマトとバンビーノが気を失ってしまった。レッドとエマは平気だが、他の面々も冷や汗を垂らしている。これは不覚としか言いようがない。

「弁明の余地もないな……すまない」

「ハァ……人前で弱さを見せないのも考え物だぞ、船長」

 眉を下げるクロエに、ラカムは呆れたようにボヤいた。

 仲間を心配させまいと毅然とした態度で振る舞うのは結構だが、それゆえに一人で思い詰めるのは精神的によくない。人間、逃げても泣いてもいいのだから、一人で背負い込もうとしないでほしい。

 遠回しにそう言われて何も言えないクロエに、エマは「ロジャー船長にそっくり」と思った。偉大なる海賊王も、人前で弱さを見せない男だった。

「……じゃあ、二人を横にさせとく。あとは任せるぞ」

「お前、猿も見れるのか?」

「ウチは元々医療系。獣医も医療系だろ」

 ヤマトとバンビーノを抱え、医務室へ直行するラカム。

 直後、(アー)(オー)が声を上げた。

「おい、海軍の軍艦だ!」

 その言葉に、一斉に武器を構えるドーマ達。

 だが、クロエとレッド、エマだけは怪訝そうな表情を浮かべていた。

「クロエ、気づいたか?」

「ああ……〝声〟がないな」

「たまには私が見てくる?」

 愛用の片手用ライフル銃を腰布から引き抜くエマを一瞥し、クロエは仲間達に待機命令を下す。

 高精度の見聞色の覇気を発動しているのに、軍艦から人の気配を察知しにくいなど、明らかにおかしい。何かあったようにしか思えない。

 エマは宙を蹴りながら軍艦まで移動し、甲板に降り立つ。

「……うわあ」

 エマは目の前の光景に顔を強張らせた。

 甲板は、まさに死屍累々。海兵達が軒並み全滅しており、見渡す限りに海賊の屍も転がっており、血の海とかしていたのだ。その中には、手錠や首輪を嵌められた民間人と思われる者達もいた。

「生存者はなし、か……ん?」

 エマはふと、背後から視線を感じた。

 ゆっくりと振り返ると、そこには一際ガタイのいい将校の男が片膝を突いていた。しかも人相は海兵というより海賊だ。海軍本部が誇る窓際部署のG-5支部の出身だろうか。

「ちっ……せっかく生き残ったのに新手とはツイてねェな」

「……驚いた、生き残りがいたなんて」

 唯一の生存者に、エマは目を見開く。

 手負いの身ではあるが、受けた傷自体は少なくそこまで深くない。この軍艦で一番の腕だったのだろう。

「手負いの身で絶体絶命なのに、一切怯みもしないなんて。一応私も大海賊だよ?」

「ハッ……! んなこと、誰だって知ってるぜ……クロエ海賊団副船長の〝魔弾〟エマ・グラニュエールさんよォ」

 気概を失わない将校に、エマは口角を上げた。

 ――腕も度胸も申し分ないのなら、クロエも文句は言わないはず。

 そう思い、将校に言葉を投げかけた。

「君さ、名前は?」

「……おれァ、ガスパーデ。()海軍本部准将だ」

「うわ、海軍と縁を切る気満々!」

 エマは将校の男――ガスパーデが海軍を脱退する気でいることに驚愕した。

 しかし、現場を見ればこの軍艦に乗った海兵達の任務は大方予想がついた。確かに海軍を見限ってもおかしくはない。

「いいの? ちゃんとケジメつけてからでも遅くないよ?」

「そもそもおれが海軍に入隊したのは、力を手に入れるためだ。力さえあれば何だって手に入る。海賊なんざ夢抜かすゴミばかりだ」

「確かに最近の海賊はそういう連中が多いかもね」

 ガスパーデの言葉に、エマは淡々と返した。

 大海賊時代の幕開けから名乗りを上げる海賊は、大体が〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を目当てに海へ出ている。クロエやエマがルーキー海賊だった頃、いわゆるロジャー世代の海賊達は、それぞれ違った夢を追っており、それに立ちはだかる全てを蹴散らした。しかし今時の海賊は「ロジャーが遺した〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を手に入れる」ことしか眼中にない面々が大多数――クロエ自身も昨今の海賊を快く思ってない節もあり、はっきりと侮蔑している。

 ガスパーデの言い分は、全てが間違いとは言い切れないだろう。

「おれがお前らの船に乗れば、何が手に入る?」

「自己責任が大前提だけど……〝自由〟と〝強さ〟かな?」

「……上等すぎる謳い文句じゃねェか。いいぜ、おれを乗せてくれ」

 ガスパーデは不敵に笑うと、エマは「クロエ海賊団にようこそ」と手を差し出し、握手を交わした。

 

 後にクロエ海賊団きっての武闘派海賊として恐れられる、〝将軍ガスパーデ〟の誕生の瞬間だった。




なお、クロエの忠告はエレジアでパーになりますので、シャンクスは雷落とされるどころか神避ぶっ放されます。(笑)


そして、まさかまさかのガスパーデが入団。
ガスパーデって冷酷な悪党ですけど、実力を認めた者に対しては氏素性問わずスカウトする豪胆さとか、サイクロンが迫っても逃げ腰にならずルフィと一騎打ちする度胸とかがあって、ボスキャラらしさ全開なところが好きです。
調べたんですけど、将軍ってのは軍隊で言うと将官クラスが多いそうです。懸賞金を考えれば、ガスパーデは准将以上中将未満の強者というところだと自己判断しました。

本作ではただのカカシではなく、原作と同じ豪胆さと非情さを併せ持った性格で行きます。

野郎オブクラッシャアアアアア!!!


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第43話〝ツートップの手合わせ〟

今回は閑話休題。
クロエとエマ、二人の女大海賊が素手の手合わせを実施します。


 元海軍将校・ガスパーデの入団は、クロエ海賊団をざわつかせた。

 将官に上り詰めただけあり、彼の実力は申し分ない。覇気の練度がまだ未熟だが、この船では船長クロエが稽古をつけるという鬼のような扱きがある。海軍出身のガスパーデならば、稽古自体もそつなくこなすだろう。

 問題なのは、経歴だ。やはり海兵だっただけあり、海軍のスパイではないかという疑念を抱いていた。事実、サイファーポールは政府が危険視する海賊団に船員として潜入する任務もあった。

 船に乗せて大丈夫なのかと、エマ以外の船員達は口を揃えた。それに対し、クロエの回答はというと――

「心底どうでもいい」

 ……とバッサリ切り捨て、一同を唖然とさせた。

 彼女にとって、氏素性など些細なことですらないようだ。

「仲間殺しと堅気への手出しは禁止。食った分は働け。船長命令は絶対。……それさえ守れば、あとは自己責任で好きにしろ。聞きたいことがあったら私かエマに言え。以上」

 クロエはそれだけ告げた。

 船長が乗船を許可した以上、副船長であっても異論は認められない。というより、そもそも副船長が連れてきたわけなのだが。

「私のことは好きに呼べ。堅苦しい上下関係は好まない質だ、呼び捨てでも結構」

「そうかい。じゃあ遠慮なく呼ばせてもらうぜ、クロエ」

 無愛想な表情を浮かべるクロエに、ガスパーデは不敵に笑った。

 彼は絶対的強者である女傑に、一つ問いかけた。

「一つ訊きてェんだが……てめェは何の為に海賊になった?」

「シキにも言われたな……私が私で在り続けるためだ」

 クロエは、かつてのルーキー時代にシキと交わした会話をガスパーデに話した。

 掲げる信念、自由へのこだわり、揺るがぬ覚悟――静かに語るクロエに全く口を挟まず、全てを聞き終えたガスパーデは、喉を鳴らして笑った。

「クク……!! 海賊なんざ夢抜かすゴミばかりだと思ってたが、やっぱり海賊王の部下は違うようだな」

「夢や野望は全てを蹴散らさないと追えないモノだ。それを知ってるか知らないかでは大きく違う。――ただそれだけに過ぎない」

「そうさ、力がなけりゃあ無意味だ」

 クロエの思想に共感したのか、ガスパーデは我が意を得たとばかりに笑った。

「気に入ったぜ。あんたの部下として楽しませてもらう。よろしくな」

 傲岸不遜ながらも、眼前の黒き女帝を船長として認めた発言をするガスパーデ。

 二人のやり取りは、かつてのロジャーとバレットを彷彿させるものだった。

「それとガスパーデ、鍛錬は怠るな。将官クラスなら覇気について少しは学んでるだろうが……最低でも武装硬化と攻撃の先読みは完璧に覚えろ」

「てめェはおれの教官か?」

()()()()()()()お前が一番の新入りだからな」

 クロエの一言に、ガスパーデは「(ちげ)ェねェ」と笑ったのだった。

 

 

 ガスパーデが加わったクロエ海賊団は、その後も躍進を続けた。

 いかに現役の海兵達から目の敵にされようと、白ひげやビッグ・マムといった超大物と渡り合える〝鬼の女中〟の一味に入れば、おいそれと手出しできなくなる。海賊ガスパーデは、〝将軍〟の異名と共に恐れられていくようになった。

 そんなある日、ガスパーデはクロエの強さを推し量るべく、大胆にも挑戦状を叩きつけた。新参者の申し出をクロエは承諾し、「どうせ戦うなら場所は広い方がいい」としてある無人島で勝負することとなったのだが……。

「ぐあァッ!」

 ドゴンッ! と重い一撃を叩き込まれ、吹っ飛ばされたガスパーデは地面に倒れた。

 無様を晒す彼を、クロエは静かに見据えていた。

「つ、(つえ)ェ……!!」

 圧倒された将軍は、そんな言葉しか口にできなかった。

 ガスパーデ自身、海兵時代に多くの海賊達を潰してきたが、クロエの実力は想像をはるかに超えており、今まで倒してきた海賊達がただのカカシに思える程だった。

 これが、世界最高峰の海賊の強さなのだ。

「悪くないが、まだまだ鍛錬が足りないな」

「ケッ……言ってくれるじゃねェか」

「立場上は上司だからな。下の人間の長所と短所はきっちり伝える主義だ」

 クロエは新参の仲間を講評する。

 ガスパーデは巨漢ゆえに攻撃がどうしても大振りになりがちで、打撃の一撃はかなりの威力であるが躱されると隙が大きく、捌かれると強烈なカウンターを食らいやすい。将官を務めただけあって覇気は多少なりとも纏えるので、武装色と見聞色を同時並行で習得すれば、捌かれて反撃されても覇気の防御でダメージを最小限に抑えられる。

 全ての覇気を極めた彼女は、続けて言う。覇気は悪魔の能力を超えるチカラがある、と。

「覇気をどこまで極めたかで、力量差はひっくり返る。事実、ロジャーは覇気だけで海賊の頂点に立った」

「……!」

「力こそが全ての海で、覇気だけが全てを凌駕する。……努々忘れるな」

 クロエはガスパーデに助言すると、今度はエマに目を向けた。 

「エマ、私と手合わせするぞ」

「え゛っ」

「お前は副船長だ、私に迫る強さじゃないと困る」

 クロエの言葉に嫌な汗を垂らすと、レッドが不敵に笑いながらエマの肩をガッチリ掴んだ。

 未来視でエマが逃げる光景が映ったようで、エマの本気を知りたいのもあって逃げ道を塞いだようだ。

「ちょ、レッドさん……?」

「我も貴様の強さを見てみたいのだ、悪く思うな」

 期待という重圧に耐えきれなくなったのか、白旗を上げて向き直った。

 エマは愛用の片手用ライフル銃と拳銃をマクガイに、クロエは愛刀をドーマに投げ渡すと、それぞれファイティングポーズを取った。

「お前ら、船に戻ってこい! そこ危険だぞ!」

 船番をしていたラカムは、ツートップの本気の手合わせの巻き添えになると退避を促す。

 慌てて全員が船に戻り、乗り込んだ瞬間、両者は地面を思いっきり蹴って突進。

 互いに拳を作り、武装硬化させ、さらに覇王色を纏った。

 

 ドォン!!

 

『!?』

 双方の武装硬化した拳が、触れずに衝突した。

 バリバリと黒い稲妻を迸らせながら、衝撃波をまき散らし、島を揺るがす。

 そんな覇気の真っ向からのドツキ合いを制したのは、やはりクロエ。足で地面を強く踏み付け、強引に押し返した。

「ぐっ!」

 吹き飛ばされて岩場に叩きつけられるエマ。

 幸いにも全身に覇気を流していたため、突っ込んだ際の衝撃こそ響いたがほぼ無傷だ。

 が、咄嗟に未来視をして顔を青ざめ、すぐに退避すると、クロエが武装硬化した跳び蹴りで岩を砕いた。

「ったく、もう!」

 エマは体勢を立て直し、武装硬化した両腕にさらに覇気を流し込む。

 

「〝銃拳撃(ブローニング)〟!!」

 

 エマは短期決戦を仕掛け、高火力の銃砲のごとく強烈な一撃を振るった。

 クロエは躱そうとしたが、先を読まれて自分が吹っ飛ばされる未来を予知し、両腕に覇気を流して防御に徹した。

 

 ドンッ! ドンッ! ドンッ! ドンッ!

 

「ぐっ……」

 身体を振り子のように動かしながら、連打を叩き込むエマ。

 肉眼で捉えることのできない速さではないが、外に纏う武装色ゆえに内部破壊を可能とするため、一撃一撃がかなり重い。捌き躱すことはできるが、反撃は未来視で読まれる可能性もあり、クロエは迂闊に出れないでいた。

「スゲェな、副船長!」

「さすがに一芸だけでは務まらんか」

「あんなにアグレッシブなのは初めて見たぜ……」

 オーロ・ジャクソン号から眺めていた船員達は、猛烈に食らいつく副船長に舌を巻いた。

 一方のクロエは、的確に捌きながら機会を伺う。

(覇気は消耗する。質はともかく量は私が上のはず……)

 覇気はその人の鍛錬次第で、量や質に差が生じる。

 先天的なものもあるが、クロエは鍛錬を欠かさず行うため、そんじょそこらの覇気使いとは比べ物にならない量と質を有している。エマも相当な覇気使いだが、クロエの方が鍛錬に費やした時間は上だ。

 クロエは再び、見聞色の未来視を発動したが……想定外の事態が起こった。

(未来がよく視れない!?)

 クロエは言葉を失った。

 視えるはずの未来が、ノイズが発生した映像のように歪み、捉えることができなくなったのだ。

 見聞色による未来視の妨害をする――それは、覇王色の覚醒者の中でも猛者の中の猛者のみが扱えるあの技能しかない。

(〝見聞殺し〟に目覚めたのか!?)

 覇王色の極意と言える、見聞色の覇気を無効化できる〝見聞殺し〟。

 自分以外ではロジャーしか知らないが、親友のエマもその領域に踏み込み始めていたのだ。

 ただ、完全にコントロールできてないのか、数秒後の未来の光景はどうにか見れた。

「さすが私の親友だな」

 クロエはそれならばと、覇王色を纏い精密にコントロール。

 お手本を見せんとばかりに〝見聞殺し〟を発動した。

「やばっ……!!」

 見聞色の覇気を無効化され、一気に窮地に立たされるエマ。

 クロエは反撃を開始。八衝拳による防御不能の衝撃波を打ち込み始める。

 見聞色を封殺されたエマは、武装硬化した両腕を盾に耐えるしかない。

「くっ! うっ!」

「得物ありだったら、私も危なかった、なっ!」

 クロエは一瞬の隙を突き、掌底でエマを吹っ飛ばした。

 エマはどうにか両腕で防ぐことに成功したが、勢いは殺せず弾き飛ばされてしまう。

「ぶはっ! 危なかった……」

 受け身を取って体勢を立て直すが、気づけばクロエは姿を消していた。

 一体、どこに……!? 付近に目を配るが、姿は確認できない。

 その時、頭上からバリバリという音が響いた。

「バレットとの手合わせ以来だな、この技は……!」

「え゛っ!?」

 まさかと思って天を仰ぐ。

 エマの視線の先には、高く跳び上がり右足を大きく振り上げるクロエの姿が。

 右足は武装硬化しており、覇王色の覇気も纏ってるのか黒い稲妻が溢れ出ている。

「ちょ、ちょっとタンマ! 私死ぬってそれ!」

「〝八衝拳〟……!」

 クロエは冷や汗をダラダラと流す親友に、容赦なく見舞った。

「〝武脚跟(ブジャオゲン)〟!!」

 

 ドン!!

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 踵を振り下ろした瞬間、込められた覇気が衝撃波となって拡散し、眼下のエマを蹂躙したのだった……。

 

 

           *

 

 

「す、すまない、少し熱くなった……」

「……ふんだっ!」

 手合わせを終えたクロエは、エマの怒りを宥めるのに四苦八苦していた。

 あの一撃、エマは全身に覇気を流してどうにか凌いだようだが、散々な目に遭ったのは事実であるため、思いっきり不貞腐れてしまった。クロエに殺す気など全くないのは当然だが、やっぱりやり過ぎたようだ。

 これは長くなりそうだと、クロエは眉を下げて困り果てた。

「まあ、あんな攻撃を包帯と絆創膏ぐらいの治療で済ませるのは大した女だ。それはそれとして、いい加減イジけるのはやめろよ」

 呆れ返るラカムに、エマはムスッとした表情を浮かべた。

 ジト目で見てくるのが、何とも言い難い。

「わ、私はちゃんと手加減したぞ、頼むから機嫌直してくれないか……?」

「ウソでしょ、あれで加減したの!?」

 クロエの聞き捨てならない言葉に、エマは驚愕した。

 ――あれ程の破壊をもたらしといて、本気じゃない!?

「言っただろう、バレットとの手合わせ以来だと。ニューゲートやガープ達に傷を負わせるには、それぐらいの大技が必要だったんだ」

 クロエの発言からして、どうやら〝武脚跟(ブジャオゲン)〟はロジャー海賊団時代に白ひげ達と渡り合うために編み出した技らしい。

 クロエは剣を得意とするが、何らかの形で剣術が使えなくなった場合に備えてのことだろう。破壊力がデタラメすぎるが。

「カイドウとの戦いで使わなかったのは?」

「本気でやったら味方も巻き込むからだ……言っとくが()()()()()()()で言えば〝神避〟よりも上だぞ」

 クロエの言葉に、ラカムは顔を引き攣らせた。

 彼女の必殺技の一つである〝神避〟は、一撃で海軍の軍艦を大破寸前にさせる威力を有し、拡散した覇王色の覇気は海兵達を軒並み海へと吹き飛ばす程。あの強靭極まる肉体を持つカイドウにも明確なダメージを与える一薙ぎを超える範囲の攻撃となれば、敵も味方も壊滅しかねないのは火を見るよりも明らかだ。

「本当にメチャクチャだ、この怪物船長……」

 やれやれと肩を竦めるラカム。

 そしてツートップの手合わせを目の当たりにしたガスパーデは、クロエとエマの圧倒的な力にドン引きしていたのだが、それに気づいた者はいなかった。




クロエの〝武脚跟(ブジャオゲン)〟は、足に込められた莫大な覇気を上空で振り下ろし、真下に覇気を拡散させる衝撃波攻撃なんです。ガープの〝拳骨衝突(ギャラクシーインパクト)〟の踵バージョンだと思ってください。
この技はロジャー海賊団時代、バレットとの手合わせでに編み出した技でして。覇気と悪魔の実の能力によるダブルアーマーを打ち破ることを目的としてます。当然、覇王色纏ってます。

次回はバギーに会うために〝東の海(イーストブルー)〟に寄る予定。
そこへ、黄金が大好きな海賊が現れて……?


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第44話〝東の海一番の海賊〟

現時点のオリキャラの年齢は、以下の通り。

クロエ…30歳(キング、ヤソップ、くま、マゼランと同い年)
エマ…27歳(キュロス、クリーク、モーガン、シリュウと同い年)
ラカム…22歳(シャンクス、バギー、エネル、ロシナンテと同い年)

同年代がヤバすぎる……、
ちなみにヤマトは11歳頃ですね。




 〝偉大なる航路(グランドライン)〟を離れ、穏やかな〝東の海(イーストブルー)〟を進むオーロ・ジャクソン号。

 その船尾楼甲板では、クロエがヤマトの稽古をしていた。

「やあああああっ!」

 掛け声と共に、金棒を振るって躍りかかる。

 そんなヤマトを、クロエは抜刀して武装色を纏った化血で迎え撃つ。

「ハァッ!!」

「フンッ!」

 覇気と覇気がぶつかり合って黒い稲妻が迸り、発生する風圧で帆や海賊旗が激しく音を立てる。

 その後も幾度となく得物をぶつけ合い、相手を吹き飛ばすつもりで打ち込んでいく。

 稽古の様子を見ていたエマ達も、娘の成長を見守る親のような眼差しで飲み物片手に見物している。

(あいつの娘なだけあるな)

 クロエはヤマトの覇気を直に感じ、思わず笑みがこぼれた。

 

 カイドウとの戦争の末、諸事情でヤマトを一味に迎えて早六年。

 今の彼女は幼さ残る少女なのだが、やはりカイドウの娘だからか、身長が高い。下駄を履いているとはいえ、まだ11歳なのに190センチ近くある。

 スタイルはクロエとの稽古の日々が実ってか、締まるところが締まった体型で、細い腕の割にはかなりの怪力。修行の一環として力仕事も積極的に手伝っており、筋力で言えば巨漢のガスパーデにも引けを取らない。

 何より、覇気の強さが凄まじい程に上がっている。武装色は普通に硬化ができ、見聞色も未来視にもう少しのところまで目覚めている。覇王色はまだ制御が難しいようだが、このまま鍛え続ければクロエやエマにも迫る強者になり得る。

 

 それでも、クロエは負けるつもりなどないが。

「行くよ! ()()()!」

『ブーッ!!!』

「なっ……!?」

 いきなりの母さん呼びに、エマ達は口に含んでいた飲み物を吹き出した。レッドは大海賊としての品格とプライドの維持の為、気合で押さえ込んだが、ゴホゴホと激しくむせている。

 これにはさすがのクロエも唖然とするが、金棒に覇気が込められていくのを察し、すぐさま構えた。

 ヤマトは床を蹴って一気に距離を詰めると、実父(カイドウ)の代名詞と言える技を見舞った。

 

「〝雷鳴八卦〟!!」

 

 ガンッ!!

 

『!!』

 金棒を一閃に振り抜き、クロエに思い切り叩きつける。

 ヤマトは確かな手応えを感じたが……相手は大海賊〝鬼の女中〟。その程度で膝をつくような柔な女ではなかった。

「……いい筋だが、まだまだだな」

「ええーーっ!?」

 確かに殴りつけたのに、クロエはまさかのほぼ無傷。

 直撃の手前に全身に覇気を流し、目に見えない強固な鎧を纏ったのだ。クロエのような覇気の達人が武装色で防御するとなれば、並大抵の覇気を纏った攻撃では打ち破るのは困難を極める。

「お返しだ。〝神威〟!」

 クロエは覇気を纏った斬撃を飛ばす。

 咄嗟にヤマトは受け止めるが、すかさずクロエは腰に差したままの鞘を抜き、振り抜いた。

「〝降伏三界〟!」

 

 ドゴォ!

 

「ぶふっ!」

 続けざまに放たれた飛ぶ打撃は受け止めきれず、吹っ飛ばされてしまう。

 どうにか起き上がるが、その時には首元に赤い刃が突きつけられていた。

「勝負あり、だな」

「……参りました」

 金棒から手を放して白旗を上げるヤマトに、クロエは刀を鞘に納めながら「想像以上に()()()()じゃないか」と戦いぶりを称えた。

「無意識だが、一瞬だけ覇王色を纏ってた。覇王色は武装色や見聞色よりも鍛錬は難しいが、制御して鍛え極めれば、この海における至高の領域に仲間入りだ」

「至高の、領域……」

「まだまだお前は成長期だ、ヤマト。心身共にもう少し成長したら、ロジャーの〝神避〟を伝授させてやってもいい」

「海賊王の必殺技をっ!?」

 その言葉に、ヤマトは目を輝かせた。

 クロエが唯一敬愛する、海の王者に上り詰めた海賊王の必殺技。自分の頑張り次第では、その技を習得させてもらえるのだ。

「あの技は覇王色を纏えることが前提だ、生半可な努力では習得できないぞ。……鍛錬を怠るな、努力は報われない時こそあっても無駄にはならない」

「うんっ!」

 快活な返事をするヤマトに、クロエは微笑んだ。

 すると、操舵をしていたガスパーデが声をかけてきた。

「おう、クロエ。船が来るぞ」

「船?」

「サーカス団みてェなカス共だ」

 クロエはすぐさま船首楼甲板へ向かい、ガスパーデから渡された双眼鏡で確認する。

 水平線の先には、ガスパーデの言う通りのサーカス団のような海賊達がドンチャン騒ぎをしている。

 その中で一際目立つ、青髪のロングヘアーに大きくて丸い赤っ鼻の男がクロエを射止めた。

「……バギー!」

「え!? クロエ、本当!?」

 弟分の名を口にしたクロエに、エマは即応して駆けつけ、双眼鏡を分捕って覗き込んだ。

 ピエロのような派手なメイクを施しているが、紛れもなくバギー本人だ。

「バギーって、あの〝千両道化のバギー〟か? 船長」

 クロエの弟分の話題に、続々と仲間達が集まった。

 バレットもシャンクスも誰もが知る大海賊だが、どうやらバギーもそれなりに名が知れているようだ。

「バギーはどういう立場なんだ?」

「〝東の海(イーストブルー)〟じゃあ一番有名な海賊だぜ」

 ラカム曰く。

 海賊バギーは自らの一味を旗揚げすると、()()()()()()()()に記された隠し場所の財宝を手中に収め、その財力と類稀なるカリスマ性で勢力を拡大し、今では懸賞金平均額が300万ベリーな〝東の海(イーストブルー)〟では最高懸賞金額の3000万ベリーの賞金首になっているという。

 ただ、東一番の悪と言える彼に関する悪い噂や評判は意外と少なく、せいぜい大砲好きの海賊ゆえに戦闘となれば派手な破壊行為をするくらい。堅気に手を上げず、卑劣な手段も厭わない割には人情味があるなど、海賊の中でも変わり者の部類だという。

「船長と副船長は千両道化の姉貴分なんだろ? 姉貴分に見捨てられたくないって邪な考えがあるんじゃないか?」

「ロジャーの意思を尊重しているだけだろう。シャンクスもバレットも堅気には手を出さない」

「だといいがな」

 弟分を冷やかすラカムに釘を刺すクロエ。

 そんなやり取りをしている一方、バギー達はというと……。

「バギー船長! 〝鬼の女中〟です!」

「何ィィ!?」

 バギー海賊団の帆船・ビッグトップ号は大混乱だ。

 クロエは名実共に世界最高峰の海賊の一人だ。世界最強の海賊と謳われる〝白ひげ〟を出し抜いて「〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に最も近い海賊」と称され、彼女の一味は「孤高の無双集団」と評価される程に個々の実力が異常に高いことで知られる。

 バギー自身、平和の象徴である〝東の海(イーストブルー)〟で一番の海賊と知られるが、姉貴分には到底及ばない。そもそも同じロジャー海賊団出身でも、経歴と強さが別次元である。

 しかし、今のバギーにそのことは大した問題じゃない。問題なのは……。

 

(クソ、どうすりゃあいいんだ!? バレちまったら政府に目を付けられちまう!!)

 

 そう、身バレした場合だ。

 元ロジャー海賊団という肩書きは、実力差や年齢などお構いなしに伝説扱いされる。ましてや〝鬼の女中〟と義理の姉弟であるという事実が露見すれば、()()()()()()()()()()()になる。自分の一味の面々が自身を崇拝するくらいならともかく、大々的に知られれば表立って暴れなくとも海軍や政府上層部が動向を注視し、事を起こせば本部の艦隊が押し寄せてくる可能性が高い。

(クロエ姉さんには申し訳ねェが、ズラからせてもらうぜ……)

 船長として戦闘回避――という名のトンズラ――を命じた時、バギーは肩をチョンチョンと優しく指で叩かれた。

「誰だ、おれ様の後ろに立ってる奴は!! 殴られて……え……」

 憤慨するバギーは、背後に立つ人物を視界に捉えた瞬間に硬直した。

 太腿まで無造作に伸ばした黒の長髪をうなじの辺りで結った、顔に刻まれた複数の切り傷が特徴的な長身の女性が微笑んでいたのだ。琥珀の瞳と目が合い、それが自分の姉貴分の目と理解した瞬間、「キャアアア!!!」と素っ頓狂な声が響き渡った。

「ク、クククククロエ姉さんんんん!?」

「久しぶりだな、弟よ」

『……ええーーーーーーっ!?』

「あ」

 バギーはうっかりクロエを姉さん呼びし、自分で身バレしてしまったのだった。

 

 

           *

 

 

 〝見聞殺し〟でビッグトップ号に乗り込んだクロエは、バギーと再会を果たし、後々合流したエマ達と宴を催した。

 シャンクスとは違った盛り上がり方に酒が進む中、クロエはバギーと一対一(サシ)で飲み交わしていた。

「それにしても、どうしてここに……」

「バレットとシャンクスには会ったからな。お前だけ会わないのは不公平だろう?」

「ね、姉さん……」

 嬉しさを滲ませるバギーだが、実際は心ここにあらずだった。

 クロエと再会できたのは、確かに嬉しい。バギーはロジャーとレイリー、クロエの三人を人一倍尊敬している。特にクロエはバラバラの実の件で大恩があり、頭が上がらない。

 が、クロエの弟分という肩書きは、今後の海賊稼業にいい意味でも悪い意味でも大きな影響を与える。バギーは悪い方がどうしても気になってしまっていた。

(これじゃあ部下の内の誰かがハデに口を滑らしちまう……!)

「ス、スゲェぜバギー船長……」

「あ、あの〝鬼の女中〟を相手にタメ口なんて……」

 幹部である副船長のモージと参謀長のカバジは、バギーとクロエの関係を目の当たりにし、我が目を疑った。

 バギーが薄々只者じゃないとは感じていたが、まさか元ロジャー海賊団で〝鬼の女中〟の弟分というデカすぎる肩書きを持っていたとは。

 自分達がバギーに一生ついていくと決めた判断は間違いではないと確信し、涙がこぼれ落ちそうになる。

 そんな誤解が起きていると知らず、バギーはクロエとの会話に夢中になっていた。

「それにしても、隠す必要あったか? 覇気も学んだし、私の弟分という肩書きはデカいと思うが」

「おれ様……じゃなくて、おれの財宝集めにクロエ姉さんを巻き込むのはちょっと……」

「む……それもそうだな、目的を果たすのに名声が邪魔をするのはよくない」

 理解を示した様子のクロエに、バギーはホッとした。

 巻き込みたくないとは言ったが、実際は姉の存在で自分の生活が脅かされるのは御免ということである。それを察したのかは知らないが、クロエはそれ以上の詮索はしなかった。

「ところで、あの宝の地図はどうだったんだ?」

「いやァ、それが大当たりだったんだ!! 金銀財宝がザックザクよォ!! ギャーッハッハッハッハッハッ!!」

 件の宝の地図に触れられ、得意げに大笑いした。

 実を言うと、バギーはロジャーに匹敵する強運の持ち主でもある。海賊王の元船員(クルー)は足を洗っても動向を注視されるというのに、彼は政府に目を付けられずに活動しており、特別警戒されていない。自分の経歴を誤魔化すのがうまいのもあるが、ロジャー関係者に対する政府の執拗な追跡を考えれば、やはり凄まじい運の強さと言えよう。

 その運は、どうやら自身の野望である「世界中の財宝を手に入れる」にも大きく作用するようだ。例の地図で探し当てた財宝で莫大な富を手にしたバギーは〝千両道化〟として知られるようになった。

「……とはいえ、おれ様が手に入れた財宝を求める奴らが厄介なんだよなァ……」

「お前は私が鍛えたんだ、そこまで悲観することはないだろう?」

「いや、それがよォ……」

 その時だった。

 バギーの部下の一人が、慌てふためきながら報告した。

「船長、例の大声野郎がこっちに来ます!!」

「っ!! あの野郎、しつけェったらありゃしねェな!!」

 苛立つバギーは、鼻息を荒くする。

 どうやらこの海の海賊達は、ロジャーが遺した大秘宝よりバギーが手にした財宝を狙うコソ泥が大多数のようだ。

「……顔見知りか」

「ああ、おれ様が苦労して手に入れた財宝を狙うエルドラゴのクソ野郎だ!」

 バギーは、海賊エルドラゴとの因縁を語り始めた。

 例の古びた地図に記された財宝を手に入れたバギーは、その日以来赤い鬣のような髪が目立つ大男・エルドラゴに執拗に狙われ、抗争を繰り広げていた。エルドラゴは黄金をこよなく愛する海賊で、バギーの手にした財宝にも黄金で作られたものが多いため、それを奪うのが目的だと思われる。

 これがただの腕自慢の海賊ならよかったものの、厄介なことにエルドラゴは凄まじい大声を衝撃波として発射する〝ゴエゴエの実〟の能力者で、能力者としての相性が悪い。大砲の砲撃も大声で相殺されてしまい、むしろぶち破ってしまうこともあり、何度か船を破損させられているという。

「船長、どうします!?」

「チキショー、クロエ姉さんがいる以上、下手に傷つけるわけにゃいかねェ……!」

「なら、私が出張るしかないな」

『え?』

 クロエは自ら単身で出撃。宙を蹴って高速移動し、視界に映った敵船に急接近する。

 一方、敵船の船長であるエルドラゴはというと……。

「黄金はワシのモンだ、赤鼻ァーーーー!!!」

 エルドラゴは体中から黄金色のオーラを放ち、能力を発動する。

 狙うは、千両道化の首。船ごと吹き飛ばしてやろうと、自慢の大声を発射した。

「ガアァァーーーーーーーーーッ!!」

 エルドラゴは叫ぶと、口から凄まじい衝撃波を放った。

 レーザーのように放たれるそれは、ガレオン船ですら大きく損傷させる。バギーの帆船もまともに食らえば、大破しかねない。

 が、その軌道上にクロエが乱入。左手で鞘を持ち、武装色と覇王色を纏わせた飛ぶ打撃を放って相殺。すかさず刀に覇気を纏わせ、そのままエルドラゴの船へと吶喊した。

「私の弟分が世話になってるようだな」

「〝鬼の女中〟!?」

 とんでもない大物に、エルドラゴは顔を青ざめた。

 ゴールド・ロジャーが遺した伝説の一人である〝鬼の女中〟が、〝東の海(イーストブルー)〟にいるなど青天の霹靂もいいところだ。

 エルドラゴは咄嗟に大声を放って吹き飛ばそうとしたが、時すでに遅し。クロエの覇気を纏った横薙ぎが早かった。

「〝神威〟!!」

 

 ドンッ!

 

「ガハァッ!!」

 愛刀・化血を一閃。

 その一太刀はエルドラゴが身に着けていた黄金の鎧を砕き、鍛え抜いた肉体に一筋の赤い線を刻んだ。

 あまりに圧倒的な力の差をまざまざと見せ付けられ、部下の海賊達は戦意を喪失。次々に逃げ惑い、大の字で仰向けに倒れる船長を見捨てていった。

 クロエはそんな海賊達を追撃せず、冷めた目で一瞥していた。それこそ、道の上に転がっている石ころでも見るような目だ。

「……」

「ぐぐっ……! ま、まだだ……!」

「!」

 その声に、クロエは驚いた。エルドラゴが立ち上がったのだ。

 肩で息をしているが、ギラリとした眼光は消えてない。

「意外とタフだな……勝敗は決したも同然に近いが、まだ()るのか?」

「黙れェ!! ワシの黄金への愛は止まらんわァ!!」

「……そのせいで死ぬとしてもか」

「てめェのような他所者から下らんと評されても、ワシには人生を捧げる価値がある!!!」

 血を流しながらも、圧倒的強者に啖呵を切るエルドラゴ。

 そんな彼に、クロエは小さく笑ってみせた。

「……いいだろう。持ちうる力全てを使って、私に見せてみろ」

「当然だ!! ぬおおおおああああああ!!!」

 

 

 ……ドンッ!

 

 

           *

 

 

 クロエが単騎出動して、数分後。

 敵船は轟音と共に沈み始め、すぐ後にクロエが一人の男を俵担ぎしながら戻ってきた。

「あ、おかえり」

「ああ。……ラカム、手当てしてやれ」

 雑に降ろすクロエに、ラカムは「もう少し丁寧にやれよ……」とボヤきながら傷を診る。

 あっという間に壊滅させたクロエに、バギー達は不憫に思った。

「さっき、その人の仲間らしき面々が泳いだりボートを漕いだりして逃げてったけど?」

「この海のレベルを知らない痴れ者共だ、こいつは骨があったが他は烏合の衆だった」

 クロエは落胆した様子を見せた。

 エルドラゴの部下達は、船長が倒された瞬間に逃げに打った。しかも船長を置きざりにだ。

 いかなる時でも仲間を見捨てなかったロジャーの元に身を寄せてたこともあり、今時の海賊達はこの程度の覚悟なのかと失望した。

「そうだ、その男は私の船に乗せる」

『!?』

 クロエの言葉に、一同は目を見開いて驚愕する。

 どういう風の吹き回しなのか、エマが全員を代表して質した。

「クロエ、何で?」

「その男は〝神威〟を真正面から受けながら立ち上がり、敗北が濃厚なのに挑んできた。――しかもこの私が何者なのかと知った上で他所者呼ばわりした」

 気を失っているエルドラゴを見下ろし、どこか嬉しそうに笑うクロエ。

 圧倒的な実力差があり、仲間に見捨てられたのに、彼は孤軍となってなお立ち上がって首を取りに行った。そんなエルドラゴの気概を気に入ったのだろう。何よりも……。

 

 ――てめェのような他所者から下らんと評されても、ワシには人生を捧げる価値がある!!!

 

()()()()()()()()()()()()()()

 クスクスと笑い、クロエはオーロ・ジャクソンの甲板に戻ると、背を向けたまま手を振ってバギーに挨拶した。引き上げの時だ。

「それじゃあ、またいつか会おうね。シャンクスやバレットにもよろしく伝えてあげるからさ♪」

「あ、ああ……ありがとよ、エマさん。――野郎共、ハデに見送るぞ!!」

『はっ!!』

 バギーは段々と離れていく懐かしきオーロ・ジャクソン号へ、礼砲を撃って見送った。

 大砲好きのバギーならではの別れの挨拶だった。

「バギー船長、あんたとんでもねェ大物だったんだな……!!」

「あんたに一生ついていくぜ!!」

「ギャハハハハハ!! そうともよ、お前らにはおれ様がついてるんだぜ!! このまま世界中のお宝をおれ達バギー海賊団が手中に収めようじゃねェか!!」

 バギーの宣言に、部下達は歓声を上げる。

 得意げに笑う彼だが、内心では――

(ホッ……クロエ姉さんがいてくれて助かったぜ……)

 自分に付きまとう厄介者を引き取った姉貴分に、バギーは心から感謝したのだった。




今回はバギー回であると同時に、エルドラゴの加入回でもありました。

次回はラフテルのエターナルポースをやっちゃいます。
あ、それとクロエ海賊団に政府のスパイが潜り込みます。ヒントは某複製人間さんです。
そのままスパイ活動がうまくいくのか、それとも……?


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第45話〝ステューシー〟

タイトル通りです。


 エルドラゴが加入し、戦力が大幅に増強されたクロエ海賊団は、またまた〝凪の帯(カームベルト)〟を突っ切って〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海に突入した。

 そんなある日、オーロ・ジャクソン号の船尾楼甲板でヤマトは仁王立ちしていた。彼女の視線の先には、樽のイスに腰かけるクロエとテーブルに乗ったバンビーノの姿が悠然と見据えている。

「っ!」

 ヤマトは呼吸を整えると、キッ! と睨みつけた。

 その直後、見えない衝撃がビリビリと肌を突き刺すように一人と一匹に襲い掛かった。

 が、どちらとも意識を持ってかれるどころか、気にも留めてない。

「ど、どうかな? 母さん」

「……バンビーノ、無事か?」

「ウキィッ!」

「――合格だ」

 その言葉に、ヤマトは「やったぁ!」と喜んだ。

 彼女が先程やったのは、クロエ独自の覇王色の鍛錬法。威圧する対象を絞ることで精密さを高めることを目的とし、指名した相手だけを威圧できれば合格、それ以外の人間あるいはその場にいる全員を威圧したら不合格というシンプルな訓練だ。これを巻き添えにする人数を増やしながら繰り返すことで、覇王色を自らの意思でコントロールできるようにするのだ。

 この修業をクロエはロジャー海賊団時代にバレットとシャンクスにも課したことがある。前者は元少年兵なので初めて出会った時には仕上がっており、シャンクスは一味解散の時点でタイミング・威力・影響が及ぶ範囲を制御できる領域にまで達していた。

「父親がカイドウなだけある、血は争えないな。……次は踏み込んだ修行をする。武装色と見聞色はお前なりの鍛錬に任せる。この世界の頂点との戦い方を叩き込んでやる」

「はい!」

 クロエとヤマトは笑い合う。

 その光景を見ていたラカムは「砂でも吐きそうだ」と肩を竦めた。

「……前からちょっと思っていたんだがよ……」

 A(アー)O(オー)は思い出したように呟いた。

「ヤマトに結構甘いよな、船長」

『……』

 沈黙がその場を支配した。

 全員がその言葉に思い当たる節があったからだ。

 無論、あからさまな贔屓はしないし、一味の船員(クルー)を務める上での特別扱いもしていない。体力と腕力があるからと雑用や力仕事を割り振ってるし、この間に至ってはガスパーデと夜間当直をするというシュールな光景が爆誕していた。

 それでも、改めて思い返すとクロエはヤマトに甘い気がするのだ。

 無愛想な上に気まぐれで荒い気風の彼女だが、基本的に仲間には寛大だ。船のルールさえ守れば自己責任を条件に自由行動を許すし、何気に一人一人への心配りもする。何なら一対一(サシ)の手合わせを挑んで来たら、日時を調整してちゃんと相手してくれる。そういった人間関係への律儀さがあるからこそ、今まで誰の口からも不満が出ることはなかったし、むしろ好感を抱かれる。

 ただ、ヤマトに関しては少し違う気がするのだ。

 覇気の修業をする時はいつもより丁寧で優しめな口調だし、雑用仕事や戦闘の時は自分の目が届く範囲でやらせるかエマが傍に居れる状況にしている。仲間として同等に見なして扱っているが、態度だけで言えば親友のエマを差し置いて他の船員(クルー)の誰よりも柔和だ。

 それはヤマトがまだ子供であるからだろうと、今まで誰も気にしていなかったが、こうなると一気に気になってくる。

 カイドウの娘ということもあり、好敵手との腐れ縁も大きな理由だろう。けれど実の娘のように本当に大切に思っていて、それが無意識にそうした甘さとして出ていたならば……。

「……だから母さんって呼ばれたんじゃね?」

「義母という意味合いだろうがな」

「うん、ぶっちゃけ甘いと思うよ」

「ふ、副船長!!」

 突然エマがふらりと現れ、驚く一同。

 彼女は仲睦まじい二人を眺めながら口を開く。

「クロエは実の家族とゴタゴタがあったからね……ああいう存在を欲してたんだろうね」

「実の家族?」

「遠い昔の話だよ。完全に縁を切ってるから大丈夫だろうけど」

 眉を下げるエマに、誰もがそれ以上の詮索をしなかった。

 チンジャオは育ての親であることは周知だが、それ以前のことはクロエは話していない。ということは、相手が仲間でも話すこと自体を嫌悪するくらい仲が悪かったんだろう。絶縁してるから大丈夫とエマが言ってるあたり、余程険悪な関係だったと伺える。

 その時、エマが見聞色で海底から迫る大きな気配を探知して叫んだ。

「――! クロエ、海王類が来るよ!」

「ああ、わかってる」

 その声が聞こえた時には、すでにクロエは抜刀して宙を駆けていた。

 刹那、海が盛り上がり、そこからオーロ・ジャクソン号の十倍以上はある巨体の海王類が姿を現した。

「〝劈風〟」

 顔を出した瞬間に、覇気を纏った化血を振るって斬撃の嵐を放つ。

 斬撃は牙をむいた海王類の巨体を次々と斬り刻んでいき、あっという間に息の根を止めてしまった。

「スゲェ……」

「相手は海王類だど……!?」

「フン……大した女だ」

 仲間達は船長の電光石火の早業を称えた。

 一方のクロエはというと、仕留めた海王類の上に乗ってあるモノを見ていた。

 古びた永久指針(エターナルポース)だ。斬り刻んだ際、傷口から出てきたのだ。

 そこに刻まれた文字に、クロエは眉をひそめた。

(……ロジャー……)

 クロエの脳裏に、亡き今も敬愛し続けるロジャーの顔が浮かんだ。

 目の前の永久指針(エターナルポース)は、彼とその一味と過ごした冒険の日々に縁がある航海器具――正確に言えば、クロエが興味を示さなかった島の磁気を記録している代物だった。

「クロエ、何か見つけたの?」

「今行く。……今後の進路の話もする」

 クロエは跳躍して帰還。号令をかけて仲間を集め、次の目的地を伝えた。

「次はシャボンディ諸島へ向かう。あそこはレイリーの隠居先だ」

「また何で? 天竜人(ぶた)に会いたくないんでしょ?」

「これの真偽を確かめたいんでな」

 クロエはエマ達に、海王類の腹から出てきた例の永久指針(エターナルポース)を見せた。

 そこに刻まれた文字を見て、一同は絶句した。

 

 ――LAUGH TALE(ラフテル)

 

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟最果ての地にして、クロエが愛するゴール・D・ロジャーを海賊王たらしめた、この世の全てであるという〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟が眠る島だ。

 真偽は不明だが、眼前に存在する永久指針(エターナルポース)は、紛れもなく時代の覇権を握れる伝説級のお宝。エマ達は心が波立つのを抑えきれなかった。

「ウソだろ……!?」

「ほ、本物、なのか……!?」

「フン、そんなモノはどうでもいい。黄金なら話は別だがな」

 黄金を人一倍愛しているエルドラゴは、真偽はおろか〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟自体にもそこまで興味ないと吐き捨てた。

 しかし、いかに眉唾物でも、ロジャー絡みは別だ。ましてやラフテルへの直線航路など……!

「私はラフテルへの航海に同行してない。特に興味ないからな。……が、これを野放しにするわけにもいかない。レイリーの下へ向かい、真相を知りたい」

「か、仮に……もし本物だったら?」

()()()()()()()()私が保管するに決まってるだろう」

「クロエ、それ修学旅行のお土産なんてレベルじゃないから」

 こうして、クロエ海賊団の次の進路は忌々しいシャボンディ諸島に決まったのだった。

「……ところでクロエ、クロッカスさんには確認しないの?」

「今は距離的にレイリーの方が近い」

「あ、そう……」

 

 

           *

 

 

 伝説級のお宝を偶然拾ったことで、次の目的地が決まったクロエ海賊団。

 鉢合わせする敵船を次々と蹂躙しながら大海原を行くと、一隻の船と出くわした。

「船長、様子がおかしいぞあの船!」

「ああ、見ればわかる」

 嵐に見舞われたのか、それとも敵船との戦闘の被害か、ボロボロの状態で浮かぶ船。

 クロエは見聞色を発動し、集中して精度を上げる。 

「……一人生き残りがいるな。エマ、接舷の準備をしろ」

「わかった。みんな、船を寄せて!」

 オーロ・ジャクソン号を船に接舷させ、ドーマ達が乗り込んでいく。

 甲板は全滅状態なので、船内も死屍累々と見ていいだろう。

「…………」

「クロエ? どうしたの?」

「! いや、何でもない」

 何か思い耽っていたクロエは茶を濁す。

 すると、乗り込んでいたドーマが「船長、見つけたぞ!」と叫んだ。

 彼の隣にいたのは、金髪の女性だった。ウェーブのかかったボブヘア、大きな花のコサージュのついた帽子……その気品は貴婦人のそれだ。人身売買に手を染める海賊もいるのだから、全滅状態の海賊団の人質だったのだろうか。

(……あの女……)

 一瞬だけ鋭い眼差しを向けつつも、帰還を命じる。

 ちゃっかり奪える物を奪い、ドーマ達は女性をクロエの前に連れ出した。

「名前は?」

「ステューシーよ」

「……!?」

 金髪の女性・ステューシーの名を聞き、レッドは目を見開いた。

 その様子をクロエは見逃さなかったが、ひとまずステューシーの話に耳を傾けた。

 彼女曰く、客船で一人旅を楽しんでいたところで海賊の襲撃に遭い、見た目から金持ちだろうと判断されて人質として攫われたという。しかし敵海賊との戦闘となり、自分を攫った一味は全滅し、幸いにも自身は牢に囚われていたために難を逃れたとのことだ。

「……そうか。これからどうするつもりだ?」

「実は、本来の目的地は新世界にあるの。それまでお世話になりたいのだけれど……ダメかしら?」

「なら、私が部屋を用意する。他の者は持ち場に戻れ。ステューシー、ついて来い」

「あら、船長さん直々に? 嬉しいわ」

 クロエはあっさりとステューシーを迎え入れ、船内へと案内した。

 その場に残された仲間達は、終始神妙な顔だったレッドに視線を向けていた。

「あの女……まさか……!?」

「レッド、あんた何か知ってるのか」

「ああ……我の思い違いでなければ、あの女はかつてロックス海賊団にいたはずだ。名前は確かバッキンガム・()()()()()()

 レッドの言葉に、一同は言葉を失った。

 人質と見られていた女性が、かつて世界最強と謳われた過去の悪の代名詞――ロックス海賊団の残党である可能性を示唆したのだ。

 しかし、それはそれで疑問が残る。

「本人だとしたら、いくら何でも弱くない? 今時の海賊に後れを取るかな?」

「うむ……ゆえに同世代の我も半信半疑といったところだ。偶然同じ顔で同じ名前の女に過ぎぬ、というのも否定できん」

 ある意味でロックスの関係者であるエマの言葉に、レッドも同意する。

 元ロックス海賊団のバッキンガム・ステューシー本人だとすれば、逆に前半の海の海賊団など一捻りで皆殺しにできるはず。そこまで衰弱した様子でもないのに、なぜ大人しく監禁されていたのか。

 その疑問に対し、ラカムが一つの仮説を立てた。

「政府のスパイじゃないか? あの覇気の強さは相当だぞ。堅気じゃないのは確かだ」

 ラカムの言葉に、エマ達は唸る。

 見聞色の覇気は、熟練していけば相手の力量も推し量ることができ、相手の覇気の動きすら感じ取ることができる。言わば探知機のような機能も可能とし、相手の真の実力を大よそ把握できるということだ。

 仮にレッドの知るステューシーと彼女が別人だとすれば、自然とスパイ説が濃厚になる。だが穏健派の白ひげがわざわざクロエと戦争しなければならない理由はないし、カイドウは割と武人肌なので内通者を送り込むのは好まない。ビッグ・マムは可能性としてあり得るが、クロエと対立して痛い目を見てるので限りなく低いだろう。となれば、その正体は自然と絞られる。

「……CP‐0か?」

「実力と立場を考えれば、CP9(シーピーナイン)もあり得るな」

 ラカムはどちらかの部署の刺客だと断言する。

 CP‐0は言わずと知れた世界貴族直属の諜報機関だが、CP9は世間には公表されていない諜報機関である。正式名称は「世界政府直下暗躍諜報機関 サイファーポールNo.9」と言い、政府と敵対する者や非協力的市民への暗殺も行う組織で、CP‐0と同様に諜報員全員が超人的な身体能力と優れた潜入能力を有している。

 サイファーポールはかつてのワールド海賊団のように、世界政府が危険視する海賊団への工作活動も任務の一環。最も〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟に近い海賊団の動向は、是が非でも把握したいところだろう。

「クロエはそれをわかってるのかな……?」

「何か目論見はあるはずだろう。でなければ正気ではない」

()()()()()に目覚めた様子でも、洗脳された様子でもないからな……」

 エマとレッド、ラカムが勘づいて、クロエが勘づかないなんてあり得ない。

 あり得るとすれば、彼女が世界政府のスパイと知った上であえて泳がしていることだ。

 だが、その目的は何なのか。それがわからないのだ。

「……まあ、一々考えても仕方ない! スパイ云々は後にして、ひとまず様子見だね」

「いざとなれば始末すればいいしな」

「じゃあ、一応毒盛られてもいいように薬の調合でも始めるか……」

 古株三人衆はクロエを信じ、本性を現した際に備えて動き出す。

 ドーマ達も「船長ならどうにかするだろ」と納得させ、各々の仕事に戻るのだった。

 

 

 一方、クロエはステューシーに空き部屋を案内していた。

「ここだ。何かあったらすぐ呼べるよう、私の部屋の隣にあるから安心しろ」

「あら、随分とお優しいこと♪」

 穏やかに笑うステューシーだが、その眼差しはまるで殺し屋のように冷たい。

 そう、ステューシーの本来の立場は貴婦人ではない。

 彼女の正体は世界政府の諜報員――世界最強の諜報機関であるCP‐0のメンバーだ。

(堅気への手出しを禁じているのは本当のようね……)

 背中を見せているが、海の女王のような威厳と風格を醸し出すクロエに息が詰まりそうになる。

 ステューシーが世界政府から命令された任務は、クロエ海賊団の動向の監視だ。

 クロエは天竜人達からは「神々の繁栄と秩序を破壊しようとする()」と憎悪され恐れられているが、その無双ぶりと凶暴さから迂闊に手を出せない。海軍としても彼女との全面戦争は避けたいのが本音で、しかもナワバリや傘下を持たないために足取りもわかりづらく、無駄足となる可能性が高い。

 そこで世界政府は、CP‐0にクロエ海賊団へ潜入してその動向を探るよう命じた。彼女の行動を知ることで、不都合な出来事を起こす確率を少しでも減らそうという魂胆だった。ちなみに暗殺を命じなかったのは、返り討ちに遭うのが関の山だと判断してのことだった。

(とりあえずはクリア、と言ったところかしら?)

「さて、一つ訊くが……」

「っ!」

 クロエの言葉に、思わず身構える。

 しかし、彼女が口にした言葉はあまりにも意外なものだった。

「コーヒーは飲むか?」

「へ?」

 思わず変な声を出してしまう。

 もてなす気満々の相手に、ステューシーは「紅茶の方がいいけど飲めるわ」と返答。それを聞いたクロエは「淹れてくるから待ってろ」と告げて部屋を出ていった。

(コーヒー淹れられるのね……)

 悪名高い大海賊の意外な一面を早くも知って戸惑うステューシー。

 しばらくするとカップを二つ置いたトレーを片手にクロエが入室。オリジナルブレンドのコーヒーを振舞った。

「自分より図体のデカい連中に見られて緊張しただろう?」

「あ、どうも……」

 カップを片手に取り、息を吹きかけて冷ましながら一口飲む。

 すると……。

(お、美味しい!! 同僚が淹れたのよりも格段に!!)

 ステューシーは目を見開いた。

 口内に広がる心地の良い苦味、控えめな酸味、芳醇な香り……文句のつけようがないくらい美味しい。

 これで好物のアップルパイまで出されたら、溜まったものではない。

「気に入ってくれて何よりだ。政府の狗なら海賊のコーヒーは飲みたがらないと思ってた」

「えっ?」

 突然の爆弾発言に、空気が凍り付いた。

 口に残ってた苦みが一瞬で消え、代わりに冷や汗が流れた。

「……な、何のことかしら? 私は――」

「白を切るなら別に結構。まあエマとレッドフィールドは勘づいてるようだが」

(バレてる……! こんなに早いなんて……!)

 見る見るうちに顔を引き攣らせていくステューシー。

 クロエは〝鬼の女中〟と呼ばれる以前――ルーキー時代は〝神殺しのクロエ〟と呼ばれ、天竜人殺しで恐れられた女。ロジャーの部下となってからもその敵意と殺意は変わらず、海軍とCP‐0の大失態として語られる「18番GR(グローブ)事件」の張本人として畏怖されている。

 もし自分が天竜人直属の部下と知られれば……任務失敗では済まされない。この場で殺される。

 死を覚悟するステューシーだったが、そんな彼女にクロエは――。

「まあ、好きにしろ」

「――えっ」

 クロエの言葉に、ステューシーは目が点になった。

 目の前の人間がサイファーポール、ましてや天竜人直属の諜報員だというのに、見逃すどころかこの一味に居ても結構だと言ったのだ。

「……仮初めの船員として居てもいいの?」

「お前一人の密告と暗躍で崩壊するような脆い一味じゃない。私の海賊団は砂上の楼閣じゃない」

 ステューシーはその言葉に息を呑んだ。

 圧倒的な強さを誇るがゆえの傲慢なまでの自信家のセリフだが、仲間に絶対的な信頼を寄せる船長の賛辞にも聞こえる。かつては孤高の一人海賊として海をさすらっていた女とは思えない。

「……じゃあ、私の処遇は?」

「それについては、今日の夕飯の時に全員の前で言う」

 コーヒーを飲み干すと、そのまま部屋を出ていった。

 正体を知った上で自らの船に乗せるという、あまりにも豪胆な対応。

 ロジャーの部下は、懐が広すぎるのではないか――ステューシーはそう思わざるを得なかった。

 

 

 そして、夕食時。

「者共、ステューシーは政府のスパイだが気にせず仲良くしてくれ」

『できるか!!』

 クロエの唐突な発言に、全員がツッコミを入れた。

 あのレッドですら頭を抱え、ラカムも目に手を当てた。唯一エマだけは「じゃあ、よろしく」と軽く返答している。

「船長、考え直した方がいいど!」

「おれ達の居場所とかバレたら、ガープあたりに待ち伏せされるに決まってる!!」

「最高戦力も出てくるぜ!?」

 デラクアヒ達は現役の諜報員を船に居続けさせるのは危険だと訴えるが……。

「ガープは待ち伏せできないタイプだろう」

「船長、そういう問題じゃねェって!!」

 当のクロエはどこ吹く風。

 しかし、必ずしも反対意見だけではない。

「おれァ構わねェぜ。サイファーポールが何を企んでるかは知らんが、チクられたところで何も変わらねェだろうよ」

「向かってくるなら蹴散らすまでだ」

「僕は母さんの言葉に従うよ! 新しい仲間なら歓迎しないと!」

 ガスパーデとエルドラゴは肯定的な意見で、来るなら来いというスタンス。

 ヤマトは船長の意向に従い、仲良くなりたがっている。

「……我は傍観者の立場とさせていただこう。貴様が責任を取れ」

「右に同じく」

「私もクロエに任せる。生殺与奪の権もね」

 レッドとラカムは、ステューシーの件に関する責任はクロエが取るべきと主張する。

 エマもクロエの判断に委ねるようで、それ以上のことは別に要求しない様子。

 それを見ていたドーマ達は、副船長まで言うならと渋々妥協した。 

「……とりあえず許してもらった、ということかしら?」

「ああ。そういう訳だから明日から雑用仕事を手伝ってくれ」

「ええっ!?」

「当たり前だろう、海賊船に乗るとはそういうことだ。便所掃除もやってもらう。明日から忙しいぞ、ステューシー」

 肩に手を添えて微笑むクロエに、ステューシーはこの任務を了承したことを後悔したのだった。




はい、という訳でステューシーがスパイ兼務で入団しました。
世界最強の諜報機関に属しているので、そのメンバーに相応しい強さを持ったことが裏目に出ましたね。

ドーマ達は当初こそ不信がってますが、一日ちょっとで絆されます。(笑)

まあ、ステューシーは今後起こる〝ある大事件〟で世界政府からの永久追放まで追い込まれますけど、それはまた近い内に。


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第46話〝説教〟

ガープの〝拳骨衝突(ギャラクシーインパクト)〟を見てると、全盛期のゼファーの〝スマッシュ・バスター〟も似たような描写になりそう。
っていうか、本作ではそうします。(笑)


 ステューシーの潜入任務は、邂逅したその日の内にバレた上、情報を共有されてしまった。

 しかし目論見があるのか、それともただの気まぐれか……クロエは自分の一味への諜報活動にはとやかく言わないという信じ難い判断を下した。

 何とも言えない気まずさを覚えながら、ステューシーはクロエ海賊団で仮初めの海賊稼業を始めるのだった。

「副船長さん、芋の皮むき終わったわ」

「ありがと! じゃあその肉炒めてくれない?」

 いかにも海賊の下っ端らしい服を着たステューシーは、台所でエマと仲間達の為の食事を作っていた。

 ちなみに献立は海王類の肉を使ったカレーだ。

「それとさスーちゃん。もう仲間なんだから、エマって呼んでいいよ? 私もクロエも堅苦しい関係は嫌いだしさ」

「……えっと……スーちゃんって、まさか私?」

「馴れ馴れしいかな?」

「いいえ……じゃあ私も名前で呼ぶわ」

 ステューシーはニコリと笑った。

 職業柄、縦社会ゆえに同僚と気さくに話せる環境じゃない彼女にとって、クロエ海賊団の環境は新鮮なのだろう。

(……本当に、面白い一味ね)

 クロエ海賊団は、色々と特殊な海賊団だとステューシーは認識している。

 大抵の海賊団はトップの力・威光に依存しがちである。しかしクロエ海賊団は、ツートップが元ロジャー海賊団である上、育て親が伝説の海賊というとんでもない経歴を持っている。しかも経歴だけで言えば副船長の方が()()()()()()()()ので、クロエの威光を欠いてしまったとしても勢力を維持しやすいという利点がある。仮にクロエを倒したとしても一味の崩壊までには至らず、むしろエマが一味の実権を握る事態となれば勢力拡大の恐れもある。

 行動パターンもギャップが激しい。普段は堅気への手出しを禁ずる昔気質の仁侠かと思えば、敵と見なせば相手が誰だろうと殺しにかかる凶暴性を持ち合わせている。残虐性はないが売られた喧嘩は買うので、クロエの天災級の強さも相まって敵対者にとっては危険極まりない。

 その上、クロエが何かと世界政府の胃痛案件を引き起こす。天竜人殺し、海賊王ロジャーの遺体強奪、オハラへのバスターコール強制中止、奴隷船襲撃……挙げればキリがない。あまりにやらかすため、海軍元帥の胃に穴を空ける程だ。彼女は特別狙ってやってるわけでないようだが、政府としては堪ったものじゃないだろう。

 いつか五老星も胃薬がマブダチになるかもしれない。

「……そういえばあなた達、傘下の海賊団はいないの? 肩を並べる大海賊達はみんな一大勢力よ?」

「窮屈だから嫌だって」

 即答するエマに、ステューシーは驚愕した。

 多くの傘下を従えるのが大海賊だというのに、彼女はたった一団で他の一大勢力と互角に渡り合っているのだ。それこそ、在りし日のロジャー海賊団のように。

 海賊界の最高峰にいながら、支配や統治から逸脱し、自由に暮らすことにこだわる。それが〝鬼の女中〟の海賊としての信念なのだ。

「道理で居心地のいい訳ね……」

「でしょ?」

「今日はカレーか」

「「!?」」

 そこへ、クロエがいきなり姿を現した。

 二人は思わず肩をビクつかせた。

「ビックリした……クロエ、気配殺さないでよ!?」

「悪い、一人海賊の頃からの癖でな。これでも矯正した方なんだが」

(心臓に悪いわ……)

 気配を殺して現れた船長に、ステューシーは若干引いた。

 クロエは自らの見聞色の覇気をコントロールし、完全に気配を消すことができる。この技能は覇王色の〝見聞殺し〟と違って()()()()()()()()()()()()だけであり、相手の感情を読み取ることに長けてる見聞色の使い手には見抜かれてしまうという欠点があるが、それでも並大抵の覇気使いでは気づかれない。

「それで、何か用?」

「ああ。目的地はシャボンディ諸島だが、少し寄り道をする」

「シャボンディ諸島……確か〝冥王〟レイリーの目撃情報が相次いでいるわね」

 ステューシー曰く。

 ロジャー海賊団の元船員(クルー)達は全員手配は解除されておらず、居場所も把握されている者も多いという。しかしそのほとんどは隠居同然で大人しくしており、下手に捕まえに行けば返り討ちに遭って大損害を受けかねないという理由から放置されている。それよりもサイクロンのように暴れ回るバレットと、世界政府に不都合な事件をよく起こすクロエの二人の方が面倒なので、レイリー達に構ってられないのである。

 〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟――かつては「ロジャー海賊団の双鬼」と称された若き戦力は、世界の均衡を危ぶめる存在と見なされた。あの世のロジャーはどう思っているのだろうか。

「ちなみに〝鬼の跡目〟と〝鬼の女中〟が再び手を組んだら、世界中のありとあらゆる勢力にとって最悪の脅威となり得ると政府は見てるわ」

「そんなに世界政府の軍事力は縮小してるのか?」

「あなた達が強くなりすぎなのよ……」

 ――もしかして、この人結構天然?

 完全無欠に見えて案外抜けてるのではないかと、ステューシーはしみじみ思った。

「それにしたって、どこに寄り道する気?」

「ジャヤでステューシーの服を買おうと思ってる。私やエマはタッパがあるからな」

 自分一人の為に寄り道すると決断したクロエに、ステューシーは目をぱちくりとさせた。

「私の船に乗せたからには、やめない限りはどんな人間でも私の仲間だ。融通は利かせないとな」

 いつもの無愛想な顔で告げるクロエに、ステューシーは「船長さん……」と顔を赤らめた。

「ほら、とっとと作れ。食ったらすぐだ」

 それだけ伝えて去ったクロエに、ステューシーはクスッと微笑んだ。

 なお、二人が作ったカレーは大変美味だったのは言うまでもない。

 

 

 

           *

 

 

 ジャヤの街に久々に訪れたクロエ海賊団。

 エマ達はショッピングを含めた買い出しへと向かい、クロエは一人で船番をしていた。

 理由は一つ。興味ないからである。

「フーッ……」

 坐禅を組み、呼吸を整えて集中力を高める。

 彼女が行っているのは、幼少期から行っている見聞色の覇気の鍛錬の一つだ。見聞色は鍛えれば未来が視えるようになるだけでなく、効果範囲が数十キロメートル以上にも及び、その範囲にいる者の数や位置すら正確に把握できるようになり、個人の特定すら可能となる。しかし見聞色も覇気である以上消耗するので、時間が経てば経つ程に精度は落ちていく。

 そこでクロエは、坐禅を組んで見聞色を限界まで発動し続ける訓練を思いつき、疲弊するまで続けるというスパルタ式を実行。これを積み重ねることで、数十秒先の未来視や自分の気配のカモフラージュを可能としたが、彼女はそこで胡坐を掻かず、地道に鍛えて効果範囲を拡大させている。

 そして今回は、初めてジャヤ全域まで見聞色を広げる段階へ踏み入った。クロエ自身も未知の領域である。

(こうしている間にも、バレットやカイドウは己を鍛え続けている。再戦を誓った以上、あの二人の期待を裏切るわけにはいかない)

 弟分や好敵手の顔を思い出しながら、ゆっくりと目を閉じ全神経を研ぎ澄ます。

 すると、少しずつ感知できる気配が増えていくのがわかった。見聞色の探知範囲が広がっている証だ。

 さらに集中力を高めると、今度はいきなり気配が爆発的に増えた。ジャヤの森や近海に棲む生物達や、空を飛ぶ鳥の気配も感知したのだ。

(よし……これでこの島全域まで至ったな)

 クロエは続いて、人の気配が集中するモックタウンに意識を向ける。

 海軍も放置する無法地帯として知られる「嘲りの町」に、エマ達は買い出しに行っているところだろう。

 少しずつ精度を高めると、馴染み深い気配と強い覇気を感じ取った。やはりと言うべきか、最初に見つけられたのはエマだった。

(エマの覇気が強いから、もう一人のがわからないな……)

 クロエは困り果てた。

 強大な覇気の持ち主は、周囲の見聞色の覇気使いに探知されやすくなってしまうことがある。エマはクロエの次に一味で覇気が強いため、その隣にいる者が探知しづらくなってしまったのだ。

 二人一組で行動することが多いため、仲間であるのは間違いないが……。

(……だが一番賑わってるからか、集中してるな。それに前半の海に覇気使いはそうはいないから、見つけやすい。これからは仲間全員分の覇気を認識・把握できるようにしないとな……)

 新たな目標を見つけ、不敵に笑う。

 直後、いきなり強い覇気が近づいてくるのを感じ取り、クロエはハッとなった。

 その覇気と気配を、クロエは知っていた。ロジャーの部下となる以前……一人海賊だった頃、シャボンディ諸島で対峙した猛者のそれだ。

「……」

 鍛錬を切り上げ、オーロ・ジャクソン号から降りる。

 そしてクロエは、視界に入った紫色のスーツと髪が特徴的な筋骨隆々の身体の巨漢に目を配った。

 大海賊時代開幕以前から海軍本部大将を務める猛将〝黒腕のゼファー〟だ。

「――久しぶりだな、ゼファー」

「随分と暴れてくれるな、クロエよ」

 懐かしい相手に自然と笑みが零れるが、状況としては非常事態である。

 海軍本部の最高戦力と世界最高峰の女海賊が、〝偉大なる航路(グランドライン)〟前半の海で直接接触をしているのだから。

「私を捕らえに来たのか?」

 知己の海兵に、目を細めて質す。

 海軍である以上、海賊を追って捕らえるのが仕事であり使命だ。それも〝鬼の女中〟が目の前にいるとなれば、命懸けで捕えに来るだろう。

 出方を伺いつつも、いつでも抜刀できるように注意を払うが、ゼファーの回答は意外な言葉だった。

「一緒に酒を飲みに来たと言ったら、お前はどうする?」

 その言葉に、クロエはきょとんとした表情を浮かべた。

 海軍古参の英傑の真意を汲み取ろうと、見聞色の覇気まで使って伺うが、感情の動きからして本意と悟り、呆れた笑みで「馬鹿が」と呟いた。

 思えば、ロジャーも敵なのに仲間のようにガープを信用していた節があり、ガープもロジャーを嫌っている様子ではなかった。自分もまた、その立ち振る舞いから一種の信頼を寄せているのだろう。

「私と一対一(サシ)で飲むのは安くないぞ」

「違いない」

 クロエはゼファーをオーロ・ジャクソン号に招き入れた。

 甲板に置いてあった樽をイスの代わりにして座り、欄干をテーブルの代わりにしてグラスを置き、その中にシェリー酒を注ぐ。

「シェリー酒でいいか?」

「ああ、一番カッコいい酒がこれだ」

 ゼファーはグイッと酒を呷る。

 クロエもまた、グラスのシェリー酒を少し口に含んだ。

「何だ、お前下戸か?」

「酒はゆっくり味わう主義だ。一味の中じゃあ一番強いぞ」

 ムスッとした表情で睨むクロエに、ゼファーは喉を鳴らして笑った。

 多くの大海賊や海軍の英傑と激戦を繰り広げた怪物でありながら、時折見せる表情は彼女も人間なのだとつくづく思う。

「……で、本当のところはどうなんだ?」

「何のことだ?」

「とぼけるな。お前の部隊が近くにいるのはわかってる」

 隠し事は通じないと言わんばかりに、海面が少し震える程度の覇王色の覇気を放つ。

 その気になれば近くにいる部隊どころか島全域を威圧できるが、あえて抑えてるのはひとえにゼファーが敵意を向けてないためだ。

「……そこまで察した以上は仕方ないな。正解はお前から喧嘩を売らなければ戦えない、だ」

「……? どういうことだ?」

 首をかしげるクロエに、ゼファーは答えた。

 多くの大事件を起こす彼女の影響力と規格外の強さは、海軍の方針を大きく揺るがし、世界政府の中枢も動いたという。

 五老星は凄まじい力と勢力を持つ〝白ひげ〟〝百獣のカイドウ〟〝ビッグ・マム〟らロックスの残党三名、そして彼らとたった一団で渡り合う〝鬼の女中〟とは許可なしに戦うことを禁じた。その理由は至極単純で、政府側が崩壊もしくは壊滅的被害を受ける可能性が高いからだ。

 特にクロエに関しては、他の三人よりも世界政府に攻撃的な態度なため、遭遇時は細心の注意を払うように厳命されているという。

「私は世界を壊そうとは思ってない」

「自分の過去の所業を顧みろ! おれの目から見ても滅茶苦茶だぞ!」

 ゼファーは青筋を浮かべながら怒鳴るが、クロエは意にも介さず酒を呷る。

 彼女が引き起こした数々の事件は世界政府の失態と世経に報じられており、軍や政府の上層部の頭を悩ませ胃を痛めつけているため、世界政府の〝要注意危険人物〟に指定されている。ビッグ・マムやカイドウ、シキを出し抜いてである。

 彼女としては自分の自由を侵害する敵を排除し続けているだけなのだが、やり方が無慈悲な上に力量差を問わず売られた喧嘩は買う質であるせいで、自然と世界政府に不都合な事件が増えてるのだ。

「お前のせいで上役は軒並み頭を抱えてるんだぞ!! 少しは自重しろ!!!」

「…………うざ……」

 グラスのシェリー酒を飲み干しながらボヤく彼女に、ゼファーはキレそうになった。

 ――この女、わざと聞こえるように呟いてやがる!

(殴りてェ……)

()る気なら受けて立つぞ? 最近は骨のない奴の相手ばっかだからな」

 見聞色で感情を察知したのか、鯉口を切って血のように赤い刃を見せる。

 挑発ではなく、あくまでも受け身でいるつもりのクロエに、ゼファーは舌打ちをした。

 今ここで戦えば、部下だけでなく()()()()危険に晒される。それぐらいのチカラを彼女は秘めているのだ。

「大切な存在がいれば人はいくらでも強くなれるが、多すぎるのも困るものだな」

 目を細めながら刀を仕舞う。

 仲間と身内さえ守れればあとはどうなろうが関係ないクロエと違い、ゼファーは海兵である以上多くの者を護らねばならない。部下や教え子だけでなく、護衛対象や民間人、家庭も含まれるからだ。その中には忌々しい天竜人も。

 フリーダムすぎるガープと違い、センゴクと同じ真面目な気質である彼は、立場と肩書きも相まって何かと束縛されがちだ。全てを護ろうとするからこそ、いざという時に迷うのだ。

「……おれは決して迷わん。海賊風情が説教を抜かすな」

「フフ……ごもっともだ」

 険しい表情のゼファーに微笑みかけるクロエ。

 すると、複数の気配が近づいてくるのを感じ取り、それが仲間のものと知って早く帰るよう伝えた。

「私の仲間達が戻ってきたな……もっと話したかったが仕方ないな、早く行け」

「フン、言われなくてもそうする」

 ゼファーは六式の〝(ソル)〟を駆使し、その場から姿を消した。

 しばらくすると、軍艦が沖合に現れ、そのまま何事もなく水平線へと向かっていった。

「……いつか、昔の決着をつけよう。それまで死ぬな」

 ルーキー時代の勝負を思い出し、クロエはその場に残ったシェリー酒の瓶に口をつけ、一気に飲み干したのだった。




クロエがやらかす度に胃に穴が空く世界政府と海軍。
海軍の上層部で無事なのはガープだけです。コングとセンゴクはアウト、おつるさんはイエローゾーン、ゼファーはそろそろレッドゾーンです。
ちなみに五老星は時間の問題、イム様はまだ耐えられる様子です。


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第47話〝たるむな全員〟

海賊無双4が超楽しい件。(笑)
キャラクターパックでロジャーとウタのシルエットがありましたが、個人的には緑牛とベックマン、ヤマト、劇場版のボスとかがプレイアブルキャラであってほしいですね~。
あと、新世界編の衣装の追加もしてほしいところ。サカさんの白スーツとか、ビッグ・マムのおリンさんバージョンとか。


 〝偉大なる航路(グランドライン)〟を行くクロエ海賊団。

 愛銃の手入れを終えたエマは、船首キャノン砲の手入れをすべく甲板を移動していた。

「そろそろ火薬の調達もしないと……あーあ、こんなことならバギーに砲弾作りを教えてもらうんだったなァ……」

 溜め息交じりにボヤき、肩を落とす。

 銃砲類に使われる火薬は黒色火薬だが、硝石がなければ成立しない。硝石は洞窟の床や乾燥地帯の地表に生成されるもので、雨が多い地域では水に溶解するせいで鉱脈ができにくい。それゆえに探して掘り出すよりも製造する方が主流だ。製造法もいくつかあるが、どれも数年がかりのものであるために結構高かったりする。

 そういう意味では、大砲好きの海賊とも言われる弟分がどうやって火薬を集めてるのかが気になる。自前で火薬を製造しているかもしれないと考えると、再会した時に訊いておくべきだった。

「あとでカネの残高確認しないと……ん?」

 ふと、船首楼甲板から何かが空気を切る音が聞こえた。

 気になったエマは気配をカモフラージュさせて近づくと、視線の先でクロエとステューシーが手合わせをしていた。

(……改めて思うと、クロエとスーちゃんって身長差スゴいなァ)

 片や身長270センチのクロエと、片や身長179センチのステューシー。

 比較してみると、少女と成人女性みたいな光景だ。エマもクロエに迫る高身長だが。

「〝()(ガン)〟」

 ステューシーは硬化した指で電光石火の一本貫手を放つ。

 クロエはそれを難なく躱すが、躱し方がどこかぎこちない。

 未来を視れる彼女らしくない回避方法に、エマは怪訝に思った。

「ふんっ!」

 クロエは反撃と言わんばかりに()()()()()()()突き技を繰り出した。

 刹那、ステューシーは微笑みながら驚きの技を披露した。

「――「(カミ)()」〝(ざん)(しん)〟」

 

 ボッ!

 

「!」

(残像!?)

 クロエの突きを、ステューシーは残像を残しながら回避し、彼女の死角に回った。

 六式の防御技である〝紙絵〟と爆発的な速度で移動する〝(ソル)〟の併用だ。

「おバカ」

「がっ!?」

「!?」

 死角に回り込んだステューシーは、ローキックでお仕置き。

 ちゃっかり覇気を纏ってるからか、向こう脛で受けたのもあってクロエは悶絶した。

 それを見ていたエマも驚きを隠せない。

「っ~~~~!!」

「見聞色の覇気にどうしても頼ってしまってるわ。〝紙絵〟は敵の攻撃から生まれる風圧に身を任せながら回避するの。全身の力を抜かなきゃダメ。覇気を鍛えすぎよ」

「…………」

(そうか、六式と覇気は厳密には違うもんね)

 六式は覇気と関連性があり、鍛錬方法も類似しているが、六式は武術なので「意志の力」である覇気とは区別がなされてもいる。全身を鉄の硬度にまで高めて相手の攻撃を防ぐ〝鉄塊〟が、全身を武装硬化する技と違ってほとんど体を動かせないように、比較すると全く異なる。

 紙絵も見聞色と類似しているが、完全な先読みの見聞色と違って相手の攻撃を「紙一重で避ける」ことに特化しているため、攻撃範囲を読み違えるとダメージを受けてしまうという欠点があるのだ。

(成程、覇気を一切使わない修行をしてたんだ……その上、スーちゃんの技を盗むつもりか)

「全く……それじゃあ私の「(カミ)()」〝(ざん)(しん)〟の習得には程遠いわよ? あなたは紛れもなく戦闘の達人なんだから、手古摺らないでほしいわ、おバカ船長さん♡」

 煽りに煽るステューシーに、完全に舐められたクロエはわなわなと震えながら「善処する……」と返した。

 新入り――それも世界政府のスパイ――にマウントを取られた船長を見て、気配をカモフラージュさせながら盗み見ていたエマは笑いそうになるが、とある可能性を想像して顔を引き攣らせた。

(あれ? それってもしかして、死角に回り込んでからの大技のブチかましっていうハメ技ができるってことなんじゃ……?)

 残像がはっきり残る程の速さで死角に回り込まれ、そのまま〝神避〟や〝錐龍錐釘〟を至近距離でぶっ放されたら、間違いなく敵対した相手が可哀そうな目に遭う。

 己を鍛え、強くなることに一途なクロエが、これ以上強くなれば太刀打ちできる相手がもっと少なくなり、新世代の海賊達も生半可な戦力と覚悟で挑めば壊滅一択。シャンクスやバレットがさらなる成長を遂げても、クロエを超えるのは困難になっていく。

「姉に勝る弟はいないっていうより、弟が姉に勝らないようにしているんじゃ……」

「親友にそんな意地汚い女だと思われてるのか、私は」

「ぴゃあっ!?」

 突如背後から間近で聞こえた呆れ半分の声に、エマはビクッとした。

 慌てて振り返れば、ジト目のクロエが睨みつけていた。

「ク、クロエ……」

「何で覗いてたのがバレたんだって顔だな。……お前さっき笑っただろう、私が善処すると言ったあたりで」

「ア、アタリデス……」

 エマは冷や汗が止まらなくなった。

 何でだろう、物凄く悪い予感がする。

「私を笑えるってことは、当然やれるんだよな?」

「いや、笑ったってそういう意味で笑ったんじゃ――」

「やれるんだよな?」

 ニッコリと笑うクロエだが、放つ圧が尋常ではない。

 エマは咄嗟に逃げようとしたが、あっけなく首根っこを掴まれてしまう。

「そうだ、たまには覇気抜きの修業もしないとな。――付き合え、どうせ暇だろう?」

「い、いや、私には大砲の整備が……」

「他の奴らに任せる。ステューシー、ガスパーデに銃砲類の手入れをするよう言え。元海兵だから手慣れてるはずだ」

「うふふ、了解♪」

 微笑みながらその場から退散するステューシー。

 副船長に助け舟を出さない新入りに呆気に取られていると、親友の圧のこもった声が耳に届いた。

「よし、今日はみっちり扱いてやろう。ありがたく思え」

「理不尽!」

「何を言う。世の中原則不平等、理不尽は日常茶飯事だろう?」

 問答無用で覇気を放ち始めたことで、逃げ場を失ったエマは涙が出そうになった。

 なお、このあと彼女は親友と壮絶な殴り合いを繰り広げ、ラカムに「二人揃って脳筋か!?」とこっぴどく叱られたのは言うまでもない。

 

 

           *

 

 

 海賊とはお尋ね者であり、海兵に追われる身だ。

 そして海賊が大物であれば、それを追う海兵も自然と大物になる。

 ましてや、天下に名を轟かす〝鬼の女中〟ともなれば、彼女を潰しにかかれる海兵など一握りの強者達でしかない。

「そりゃそりゃそりゃそりゃー!!」

 とある海域で、〝海軍の英雄〟ガープはクロエ海賊団と遭遇し、容赦なく攻撃した。

 本来ならば今の海軍の方針としては問題行為なのだが、フリーダムなガープには通用するわけなどなく、問答無用に襲い掛かった。通常運転と言えば通常運転だが。

 その対処に追われるクロエ海賊団は、砲弾の嵐をどうにか捌いて逃げていた。

「ああ、もうしつけェな!!」

「皆、死ぬ気でやれェ!!」

「やあああっ!!」

 各々が得物から斬撃や打撃を飛ばし、どうにか相殺するのが精一杯。

 するとここで、エルドラゴが動いた。

「ワシに任せろォ!! ――ガアァァァァァァァァ!!!」

 エルドラゴは凄まじい大声を出し、大きく開けた口からレーザーを放った。

 息が続く限り声を出し、砲弾の弾幕をあっという間に薙ぎ払った。

「おおっ!! 弾幕がなくなったぞ!!」

「やるじゃねェか、エルドラゴ!!」

「ガハハハハハッ!! これぐらい朝飯前……って、また来たぞォ!!!」

「さっきより増えてる!?」

 ゴエゴエの実の攻撃が煽りとなったのか、ガープは〝拳骨流星群〟でさらに砲弾を投げまくった。

 とてもエルドラゴでは撃ち落とせる量ではなく、また全員で死ぬ気で対応した。

「クソ、そもそもガープが何でここに……!」

 ラカムは愛用の戦鎚・衝角で飛ぶ打撃を放ちながら歯噛みする。

 伝説級の大海賊達と渡り合った〝海軍の英雄〟は、海賊王亡き海でもその威光と実力は健在である。カイドウやビッグ・マムと真っ向からぶつかったり、バスターコール艦隊を攻撃したり、とにかく暴れ回るクロエもガープを脅威と見なしており、戦う場合は全力を出す必要があると明言する程だ。

 そんな生ける伝説が、クロエ海賊団壊滅に動いた。政府の命令か独断専行かは不明だが、本気で沈めに行ってるのは嫌でもわかった。

「やっぱり、ステューシーがチクったか……!?」

「正確に言えば、私がステューシーに頼んでわざと情報を流したんだがな」

 軽く斬撃を飛ばして砲弾を斬るクロエの爆弾発言で、船内の空気が一気に凍った。

 ガープ襲撃は、何とクロエが下手人だったのだ!

「な、何で……?」

「お前ら、最近たるんでるだろう」

 顔色一つ変えずはっきりとそう言う船長に、仲間達は開いた口が閉まらない状態になった。情報をリークしたステューシーも、理由を知らなかったのか若干引いてる。

 仲間達に鍛錬を推奨するクロエだが、幼少期のスパルタ教育の影響か、実戦に勝る経験はないという思考回路の持ち主である。ゆえに彼女としては、仲間達を鍛えたいから喧嘩を売ってきてほしいというのが本音だが、名実共に世界最高峰の海賊の一角である〝鬼の女中〟と渡り合える猛者など世界中を探してもそうはいない。大抵の実力者達は壊滅的な被害を恐れて積極的に戦おうとしないので、仲間達の戦闘能力の停滞及び低下を危惧していた。

 そこでステューシーのスパイ活動に目を付け、事前に進路上に海軍を待ち伏せさせるように要請した。任務には忠実な彼女は、見事に複数の軍艦と海軍が誇る強豪海兵を召喚させ、クロエにとってはお望み通りの展開になったという訳だ。ステューシーはその理由を知らされなかったが。

「そういう好戦的なところ、受け継がないでほしかったなァ……」

「貴様も我から見れば戦闘狂だぞ……」

「それは大袈裟じゃないか?」

『ウソだろ、おい!?』

 ラカムを筆頭に、レッドとガスパーデ以外の男性陣は頭を抱えた。

 クロエは前世に無能な同僚の尻拭いを何度もした件から、ストイックな気質もあって「たるんでる状態」を嫌う。絶対的強者の威光に依存し、能力や覇気の研鑽に努めない者は心底侮蔑するので、仲間達がそんな痴れ者の集いになってほしくないという想いがある。何よりも純真無垢なヤマトが自己研鑽に努めているのに、大の大人が己のチカラに慢心するなど言語道断だ。

 そこでクロエは、ステューシーが政府と通じている立場を利用し、海軍を待ち伏せさせるように依頼したのだ。前半の海の海賊達では相手にならないので、海軍本部の将官達ならいい腕試しの機会になると考えたのである。まさかガープが来るとは思わなかったが。

「ハァ~……ったく、このバカ船長……」

「ガハハハッ! まァ気にするだけ無駄という……って何じゃありゃあ!?」

 盛大な溜め息を吐くラカムを豪快に笑ったエルドラゴだったが、軍艦の方に目を向けた瞬間、目玉が飛び出そうなくらいの勢いで叫んだ。

「ぬぉおおおおお!!! これならどうじゃあァ~~!!!」

「超特大鉄球~~~!?」

「うわーーー!! やっぱりデカいのを持ち出してたーー!!」

 軍艦並みの大きさの鉄球を持って構えたガープに、ヤマトとエマは悲鳴に近い叫び声を上げた。

 いくら海賊王から譲り受けた伝説の海賊船でも、直撃を受ければ海の藻屑だ。

 さすがに狼狽えるエマ達に、さらに追い打ちをかけるような出来事が襲い掛かった。

 

 ガキィンー……!

 

「海面が凍った!?」

 凍り付いた海面に捕らわれ、身動きが取れないオーロ・ジャクソン号。

 軍艦の方に目を向けると、ガープの隣で氷の手を振るクザンが見えた。

「ごめんよー」

「小僧が……!!」

 軽い調子で悪びれる様子のないクザンに、レッドは青筋を浮かべた。

 が、ここでついに〝彼女〟が動いた。

「狼狽えるな、私が出る!」

 愛刀・化血を抜いたクロエが出撃し、宙を蹴って高速移動しながら鉄球に近づく。

 それを待ってたと言わんばかりに、ガープは特大鉄球をぶん投げた。

「〝封神八衝〟!!」

 

 ガキィン! ドゴォン!

 

『えええええええええっ!?』

 武装硬化した化血の切っ先が鉄球に深く刺さった瞬間、粉々に砕けた。

 突き刺すと同時に八衝拳の衝撃波を叩き込んで脆くさせ、さらに武装色を流し込んで破壊したのだ。

 これには仲間達はおろか、クザン達も口をあんぐりと開けて驚愕せざるを得ない。

「フッ……」

「ほう……じゃじゃ馬がやりおるわい!!」

「今度はこっちの番だ、ガープ!! 〝武脚跟(ブジャオゲン)〟!!」

 クロエは覇王色の覇気を込めた踵落としを上空で放ち、覇気を爆発的に拡散させる。

 発生した衝撃波は軍艦に襲い掛かるが、ガープは何とそれを拳から発した莫大な覇気で打ち破った。

「何っ!?」

 これにはクロエも驚愕。

 するとガープが一瞬で跳躍し、武装硬化した拳を振るった。

 が、見聞色の先読みで回避したクロエは、愛刀の鞘を武装硬化させて攻撃。右頬・左頬・顎の順に殴り、最後に唐竹割の要領で脳天に振り下ろし、凍った海面が陥没する勢いで叩き伏せた。

『ガープ中将!!』

 氷の足場に仰向けで倒れる海軍の英雄。

 しかし、全盛期こそ過ぎれど実力は未だ健在。ガープは「温いのう!!」と元気よく立ち上がり、スクワットする余裕を見せた。

「相変わらずデタラメだな、ガープ」

 氷の足場に降り立つクロエは、覇王色を纏いながら見やる。

 無傷――という訳ではないだろうが、ダメージを悟らせずに悠然と立つ英雄に、一人海賊時代に初めて戦った時を思い返した。

 あの時は全盛期のパワーで鳩尾を殴られ、全速力のショルダータックルを食らった。スパルタ教育で生命力や身体能力を強化しなければ最悪死んでただろう。そう思うと、やはりチンジャオの修業は正解で、同時に自分は()()()()()()()()()()のだと思い知る。

「ぶわっはっはっはっ! 聞いたぞ、潜り込んだスパイを利用してわざとワシらを誘き寄せたとな! ――大方の見当はついとる、たるんだ子分共を扱くためじゃろう?」

「いかにもそうだ」

「ちょっとちょっとォ、海軍も暇じゃないんだから」

「少なくとも貴様にだけは言われたくないと全員思ってるぞ」

 クロエの冷たいツッコミに、敵味方問わず頷いた。

 今のクザンは、自らが掲げる正義を変えている。かつては「燃え上がる正義」を掲げて情熱的に任務を遂行していたが、18番GR(グローブ)事件やオハラの一件で自分の正義を悩んだ末に寛容さを持つ「ダラけきった正義」を掲げるようになった。

 とはいえ、掲げる正義は変わっても素の性格は変わらず、いつも通りのマイペースな野郎ではある。そんな男が「自分も暇じゃない」と言えば、「サボっているお前が言うな」と言いたくなる。

「行くぞじゃじゃ馬! 歯ァ食いしばれ!」

「望むところだ……!」

 覇気を高める両者。

 双方から発する威圧は、空気だけでなく海をも震わせた。

「〝神鳴〟……」

「むっ!」

「〝神威〟!!」

 覇王色を纏った飛ぶ斬撃が迫る。

 ガープは武装硬化した両腕を交差させてガードすると、「効かんわーーー!!」と笑いながら打ち破る。

 しかし、それはクロエが仕掛けた陽動。彼女は隙を見せたガープに肉薄し、化血の刀身に武装色と覇王色を纏わせた。

「〝神避〟!!!」

「っ!?」

 

 ドォン!! ボコォン!!

 

 凄まじい衝撃波が発生し、同時に彼女の覇気が暴発。

 ガープはそのまま吹き飛ばされてしまい、大きな水柱と共に海に落水した。

「ガープさん!!」

「ガープ中将が!!」

「スゲェぜ、船長!!」

「あの伝説の英雄を……!!」

 海軍に動揺と混乱をもたらした〝鬼の女中〟に、仲間達は歓喜する。

 だが、当のクロエの眼光は未だ鋭く、警戒心も強いままだ。

「――っ!!」

「どりゃあああああっ!!」

 クロエは見聞色で強大な気配を察知し、咄嗟に後退。

 その直後、真下から氷をぶち破ってガープが奇襲を仕掛けた。

「間に合っていたか!!」

 苦い顔で一筋の汗を流す。

 ガープは〝神避〟を受ける直前、強大な覇気を全身に流したことで威力をある程度殺していたのだ。

 的確にして迅速な判断力と鍛え抜いた覇気の強さに「さすがだな」と称えつつ、クロエは今度はバリバリと覇王色を纏わせた化血を掲げた。

「〝閃電娘娘(せんでんにゃんにゃん)〟!!!」

 

 ドドドドドドッ!!

 

「うおおおおっ!?」

 刹那、化血の刀身から覇気の雷が放たれ、度肝を抜かれたガープは紙一重で躱していく。

 覇王色を纏う攻撃そのものは、何十回と殺し合ったロジャーが扱えるため、幾度となく見たことがある。だがこれ程までに精密かつ強烈な攻撃は、今まで見たことがない。覇王色を纏える猛者は他にも知っているが、クロエはガープの目から見ても別格だった。

 正直な話、覇気だけで言えば在りし日のロジャーに匹敵しているとガープは判断している。しかもまだ三十代なので更なる成長の可能性があり、おそらく肉体の全盛期はこれから先と思われる。これで全盛期を迎えれば、彼女を単独で撃破するのはほぼ不可能になるだろう。

「全く、とんだじゃじゃ馬になったもんじゃわい……!!」

「どうしたガープ、()()()()()私の体力切れを狙ってるのか?」

「やかましい!! お前のような小娘、チンジャオの二の舞にさせてくれる!!」

「ガープさん、そんな安い挑発に乗んないでくれよ!!」

 挑発にしっかり乗ってしまったガープに、クザンは盛大なツッコミを炸裂。

 クロエは不敵に笑いながらも、覇王色の攻撃で追撃。しかし虚を衝かれたガープは慣れてきたのか、段々と躱しながら懐に入れるようになり、彼女に鉄拳を振るった。

 それを見聞色で読んだクロエは、覇気を纏った鞘でガードする。

「お前さんの攻撃は凄まじい……が、まだ粗さが目立つのう!!」

「つい先日編み出した新技だ、粗いのは当然……だっ!」

 

 ガッ!

 

「ぬわっ!」

 クロエは覇気の雷を止め、何とおでこを武装硬化させて頭突き。

 〝見聞殺し〟を発動していたからか、それとも単に予想しなかったのか、ガープは直撃を受けてしまう。その一瞬の隙を見逃さず、刀と鞘の二刀流で近接戦闘を仕掛け、飛ぶ斬撃と飛ぶ打撃の嵐を繰り出す。

 あまりの強大さゆえ、ガープの背後の軍艦にも当たり、船底や甲板にも穴が空き始める。

「ガープ中将!! 軍艦が!!」

「っ……」

 部下の報告に、ガープは苦い顔を浮かべた。

 それを見たクロエは猛攻を止め、一旦距離を置いて口を開いた。

「――勝負は預けよう、ガープ。全力を出せない今のお前に勝っては、〝弟達〟にシメシがつかない」

「……互いにその方がいいようじゃな」

 クロエは背後の部下達がガープを縛っていると判断し、決着は次に預ける形にすることを提案。ガープもあまり暴れすぎると本部への帰還が困難になると思ったのか、その申し出を受け入れた。

 彼女の攻撃性を知るクザンは、〝鬼の女中〟なら徹底的に叩き潰すと思っていたため、ある種の潔さに感心もしていた。

「……という訳じゃ! お前ら、帰るぞ!」

「いや、帰るどころか救援を呼ぶべきですよ! 軍艦の船底に大穴が……!!」

「やかましい、クロエが全部悪いんじゃろうが! そういうことだからクザン、お前どうにかせい!!」

「何でおれに振るんですか!」

 ギャーギャーと騒ぐガープの部隊。

 その賑やかさをどこか懐かしそうに見つめると、背を向けて船に戻る。

「さすが母さん!!」

「フッ……当然だ、ガープとタメ張るくらいやらないとこの一味の長は務まらん」

「ビッグ・マムの時もカイドウの時もそうだけど、ホント規格外過ぎるよね」

 抱き着くヤマトを抱擁するクロエに、エマが呆れた笑みを浮かべる。

 しかし、それ以外の面々はガープの猛攻に疲弊しており、中には大の字で仰向けになる者もいた。

「……やっぱりな。これでは私が出張れない時が不安だぞ」

「てめェと殺し合いたい物好きが何人いると思ってんだ」

 強すぎる〝鬼の女中〟を倒せる者はそうそういないだろうと決めつけるガスパーデだが、クロエはそんなことはないと否定した。

「私を狙う奴は結構いるぞ? バレットとカイドウ、リンリンにシキ、海兵だとガープとゼファー、サカズキ……」

「も、もういいど船長!!」

「それ以前に一番最初に名が挙がるのが弟分ってのもおかしいだろ」

 怪物の相手ができるのは怪物だけだと知り、一同は今後追いかけてくる強敵に震え上がるのだった。




またまたクロエの新技が登場。
名前は〝閃電娘娘(せんでんにゃんにゃん)〟。名前はかわいらしいとお思いでしょうが、この閃電娘娘は中国民間信仰や道教で奉じられている雷神〝(でん)()〟の別名で、かの「封神演義」では〝(きん)(こう)(せい)()〟の名で仙女として登場しているスゴい女神様なんです。
ちなみに怒らせたら中国一怖いそうです。(笑)

それと、以前感想にて「レイリーやおでんの技も使えるのか」という質問がありました。
これについては「クロエの二刀流とおでんの二刀流は違うので使えない」と返答しましたが、彼女は使いたいと思った技は相手に教えを乞いますので、出会った相手次第です。人間関係には律儀なので、見返りとして自分の技を授ける可能性もあります。
事実、クロエはヤマトに神避の伝授を考えてますし、ロジャー海賊団時代には弟達に覇気を駆使した戦い方を教えてますから。


そんなわけで、次回はシャボンディ諸島。
レイリーとの再会とラフテルのエターナルポースにまつわる真実、そして大事件のきっかけへ。


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第48話〝海賊王秘話〟

大変お待たせいたしました!
あとがきにクロエのイメージイラストを載せます!




 ここはマリンフォードの海軍本部。

 大海の秩序を守る正義の軍隊の中枢で、元帥コングは伝令将校の報告に身体を震わせていた。

「……で、クロエがシャボンディ諸島に来ているという情報は本当なんだな……!?」

「はっ! 巡回中のボルサリーノ中将がオーロ・ジャクソン号を目視できたので、間違いないかと……」

 コングはその言葉に頭を抱えた。

 クロエ絡みでシャボンディ諸島は、いつもロクな目に遭っていないからだ。

 一度目は忠告を無視したとして天竜人一家を斬殺し、ゼファーの追撃を地面を割ってその割れ目に飛び込むという奇策で逃げられた。二度目は奴隷の首輪を投げつけて天竜人を爆殺し、センゴク達の猛攻を耐えきった末にロジャーの介入で逃げられた。

 そしてついに三度目の上陸。来訪というより襲来に近いそれが何をしでかすか、全くもって予測がつかない。ましてや彼女はロジャーの後継として大海賊時代に君臨しており、実力はロジャー海賊団時代とは比べ物にならない。

「諸島は今どうなっている?」

「現在、海軍基地に待機している兵力は五千。こちらからは〝人間屋(ヒューマンショップ)〟……あ、いや〝職業安定所〟にはここ4日間の営業の自粛を要請しています」

「そうだな、クロエの逆鱗に触れかねない要素は徹底的に封じ込めなければ……」

 コングは考えを巡らせる。

 クロエがこのまま新世界の海へ行くならば、コーティング作業が必須であるので、大よそ三日から四日はかかる。シャボンディ諸島が四つの海と〝楽園〟から名乗りを上げた海賊達が集結する地である以上、一度暴れるとサイクロンみたいに巻き込んでいく彼女の首を狙う者も一定数いる。ゆえにクロエ海賊団が騒動を起こした際、相手が海賊なら海軍は出しゃばらずに静観を決める方が利口だ。

 天竜人に関しては、クロエを憎悪する者達が年々増加しているが、そのあたりは五老星が根回ししており、全面戦争は何とか回避している。天竜人直属のCP‐0も度々クロエ海賊団を殲滅しろという連絡が来るが、極めて困難な任務ゆえに今すぐは難しいと上手にはぐらかしているので、当面は持つだろう。

 問題なのは、人攫い屋だ。彼らは政府側(こちら)の事情などお構いなしに人攫いをする上、天竜人が直接人攫い屋から買い付けるというケースが稀にある。もし人攫い屋がクロエの仲間に手を出したとなれば……。

「これでマリージョアに乗り込まれたら、被害はオハラの時とは比べ物にならんぞ……!!」

「はっ……それと何とも間が悪いことに、天竜人のジャルマック聖が訪れるとのことで……」

「なん……だと……!?」

 その報告に、コングは世界は残酷だと嘆きたくなった。

「っ……いいか、シャボンディ諸島に待機している海兵達に伝えろ!! 人攫い屋を手当たり次第取り締まれと!! あの女の暴走は是が非でも食い止めねばならん!! 反抗する者は問答無用で拘束して構わん!!!」

「りょ、了解っ!!」

 海賊クロエ・D・リードの攻撃性をよく知るコングは、嫌な汗を垂らしながら声を荒げたのだった。

 

 

           *

 

 

 その頃、シャボンディ諸島。

 13番GR(グローブ)にある酒場「シャッキー'S ぼったくりBAR」で、ロジャー海賊団元副船長の〝冥王〟レイリーは新聞に目を通していた。

「全く……クロエは相変わらずのじゃじゃ馬だな」

「あら、レイさん。クロエちゃんの記事?」

 女店主のシャッキー――本名はシャクヤク――が、解散以来老け込んで渋みが増したレイリーに声を掛ける。

 彼女はレイリーとは事実婚の夫婦のような間柄だが、その正体は何と覇気を駆使する「()(じゃ)」と呼ばれる女系戦闘部族の国家〝アマゾン・リリー〟の先々代皇帝。しかも九蛇の一族で構成された九蛇海賊団元船長で、30年程前まではあのガープに追い回されたという経歴の持ち主でもあるのだ。

 そんなシャッキーが注目してるのが、ルーキー時代に天竜人殺しで悪名を轟かせ、大海賊時代到来後は伝説の海賊の一人となった元ロジャー海賊団のクロエだった。

「あの娘を御せるのは、ロジャーだけだった。私でも無理だったからな」

「あらあら、随分とお転婆なのね」

「アレはお転婆という言葉ではすまないぞ、シャッキー……」

 遠い目でレイリーは呟くと、カウンターに置かれたクロエの手配書に目を通した。

「今のクロエの懸賞金30億9600万ベリー。……現役で30億越えの海賊は、白ひげやビッグ・マム、シキ、カイドウくらいだ。あの子が奴らと肩を並べるようになるとは……」

「〝魔弾のエマ〟ちゃんも、懸賞金が25億1200万ベリー。二人だけで50億以上なんて、相当な強者ね」

「それに本人達はその気じゃないが、人間関係を考慮すれば呼びかけ一つで世界の勢力図はひっくり返る」

 レイリーはグラスの酒を飲み干す。

 ロジャー海賊団の後継と言えるクロエの一味は、その気になれば赤髪海賊団やダグラス・バレット、王直を味方につけることができる。今の海軍や覇を競う大海賊達も、ただでさえとんでもなく強いクロエ海賊団に加え、ロジャー海賊団の残党と海賊島の無法者達を一度に相手取るのは困難を極める。

 二人共シキのような思想信条ではないことが、本当に幸運である。

「……さて、噂をすれば影が差すと言うが、まさか本当に来るとはな」

「?」

 シャッキーが首を傾げた直後、扉を開けてクロエが現れた。

 ロジャー海賊団解散後以来、およそ10年ぶりの再会だった。

「久しぶりじゃないか、クロエ。相変わらず愛想がないな」

「そういう貴様は随分と老けたな」

 クロエはコートをなびかせながら歩み寄る。

 それに続き、エマやラカム達が入店する。

「レイリーさん! 久しぶり!」

「エマじゃないか! また随分と勇ましくなったな」

「冥王シルバーズ・レイリー……さすがに本物は違うな……」

 続々と入店し、一気に賑やかになる。

 クロエはレイリーの隣に座ると、コートから()()()()〟を取り出した。

「単刀直入に言う。私が顔を出したのはこれを見つけたからだ」

「……それは……!!」

「ラフテルの座標が記録された永久指針(エターナルポース)……本物か?」

「ラフテルへの永久指針(エターナルポース)!? そんな伝説級の宝を持ってたの!?」

 クロエが取り出した物を見たレイリーは瞠目し、初めて目にしたステューシーに至っては驚きを通し越して顔を青ざめていた。

 海賊王を目指す海賊は勿論、それを阻止したい海軍や世界政府も欲しがる、世界中がひっくり返るロジャーの遺産。クロエ曰く、海王類を仕留めた際にたまたま腹から出てきたとのことだ。

「……レイリー、これはどういうことだ?」

「――そうだな。あれはラフテルに到達した直後のことだ」

 レイリーは、最後の航海にあった秘話を語り始めた。

 

 

 それは、大海賊時代開幕より一年前。

 前人未到の〝偉大なる航路(グランドライン)〟の制覇を成し遂げたロジャー海賊団が、船を降りてバギーの看病をするクロエ達を迎えに戻っていた時だった。

「何の冗談だ!! 永久指針(エターナルポース)に記録したのか!?」

 帰途、破天荒極まりないが人一倍仲間想いな船長は、珍しく船員を怒鳴った。

 なぜなら、命じてもいないのにラフテルの座標を記録したからだ。

「万が一の為です! もしまた必要になったら……」

 船員は良かれと思って記録したと理由を述べたが、寿命が近いロジャーは「万が一? ならねェよ。おれ達の冒険は終わったんだ」と断言した。

 ――この冒険に、記念品(トロフィー)はいらない。

 ロジャーは強引に永久指針(エターナルポース)を船員から奪い取ると。高く掲げて見せた。

「こんなモンに頼る奴に手に入れられる宝じゃねェ。そうだろう?」

 そう言い放ち、ロジャーは永久指針(エターナルポース)を海に投げ捨てた。

「あー!! 船長~!! もう行けねェ……!」

「おれ達は……()()()()()()

 船員が頭を抱える中、レイリーは未来に思いを馳せた。

「〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟か……誰が見つけるんだろうな……」

「そりゃ、おれの息子だな!」

「いねェだろう。クロエならわかるが、お前の息子だと? 笑わせるな!」

「これからできるってんだよ、相棒!!」

 ロジャーは豪快に笑いながら、帰りを待つ者達がいる水平線を眺めるのだった。

 

 

「……そうだったのか」

「ああ……だからそれは本物だ」

 レイリーの話に、一同は言葉を失った。

 永久指針(エターナルポース)が本物である以上、クロエ海賊団はラフテルへ一直線に向かうことができ、あの〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟を誰よりも早く手に入れられるということでもあるのだ。

 しかし、クロエは一言「そうか」と言い、そのまま仕舞い込んだ。彼女にとって、伝説級のお宝もその程度の価値なのだろう。

「……他に用はないのか?」

「私としてもこの島にはいい思い出がないからな。とっととコーティングして新世界へ行く」

「お前が原因だろう!!」

 ボヤくクロエに、レイリーはカチンときたのか声を荒げた。

 ロジャー海賊団時代から、彼女は口すっぱく注意してもやらかしてきた。エマが加入してからもじゃじゃ馬ぶりは変わらなかったので、今もじゃじゃ馬のままなのだろう。

「君達には随分と苦労をかける……」

『ええ、全く』

 口を揃えて頷くラカム達に、クロエはジト目で睨むと、一斉に目を逸らした。

 怒らせたら終わるという認識はあるようだ。

「さて、話を変えようレイリー。コーティング職人の所在についてだが……」

「それなら私が請け負う。今はコーティング職人のレイさんで通ってるからな」

「フーン……ラカム、せっかくだから教えてもらえばいいじゃないか。こないだ言ってたろう」

 クロエはラカムがコーティング技術を覚えたいという話を思い出し、彼に話を振った。

 要領が非常によく手先も器用なラカムなら、レイリーと一緒にやればすぐ習得できるだろう……そう判断したのだ。

「そこらの職人でもよかったんだが、まさか冥王レイリーに教わるとは思わなかったな……」

「ミリオン・ラカムか。噂は聞いている。懸賞金は確か15億6000万ベリーだったな」

「え!? ラカム君、いつの間にそんな金額に!?」

「おれだって初耳だよ。何であんたが驚いてるんだ」

 あわあわするエマに冷静に切り返すラカム。

 だが、15億越えの賞金首ははっきり言って大海賊である。

 そもそも賞金額が3億ベリーを超えると滅多な事では上がらず、それ以上はとんでもない大事件を引き起こしたか世界的な大海賊の部下であるかのどちらかになる。ラカムの場合は、戦闘力の高さに加え、あの〝鬼の女中〟の一味の古参という事実がその首に15億以上懸けられる理由なのだろう。

「そこにいる君達も、全員3億越えの強者ばかりだぞ? 総合懸賞金額(トータルバウンティ)は凄まじい……覇気の強さも相当だ、クロエが鍛えたんだな?」

「きゅ、急に言われると照れるど……」

「ましてや冥王に言われればな……」

 デラクアヒやマクガイ達は、冥王の評価に一斉にデレデレし始めた。

 いい年した海賊が気持ち悪いマネをすると思ったステューシーだが、空気を読んで言わないことにした。

「……君はどこかで見た顔だな」

「え!?」

「そう言えば昔、私もあなたの顔を見た覚えがあるわ。二十年以上前だけど……」

 レイリーとシャクヤクの一言に、ステューシーはドキッとなった。

 決して惚れたわけではない。彼の意味深な言葉に動揺したのだ。

「確か、ロックスの船に乗ってたな。名前は確か――」

 レイリーが名前を言おうとした時、プルプルという音が鳴り響いた。

 電伝虫の受信音だ。

「エマ、お前の子電伝虫じゃないか?」

「あ、そうっぽい」

 エマはコートの内ポケットから子電伝虫を取り出す。

 シャボンディ諸島上陸の際、クロエはレイリーに会うAグループと買い出しをするBグループ、船番のCグループで分けている。

 Aグループはクロエ、エマ、ラカム、ステューシー、マクガイ、デラクアヒの六人。Bグループはドーマ、A(アー)O(オー)、バンビーノ、ヤマトの三人と一匹。Cグループはレッド、ガスパーデ、エルドラゴの三人。

 その内のBグループの子電伝虫からの連絡だ。

「はい、もしもし」

《そ、その声は副船長か!? 船長いるか!?》

「どしたの、切羽詰まったような声で」

 連絡してきたのはドーマだが、いつになく慌てふためいている様子。

 怪訝に思ったエマは、ひとまずクロエに交代して事情を聴くことにした。

「私だ。どうしたドーマ」

《船長、大変だ!! ヤマトがいなくなっちまった!!》

「……は?」

 クロエはその言葉に凍りついたのだった……。




……という訳で、以前より示唆されていた「ある大事件」のきっかけは、生まれて初めてシャボンディ諸島に来たヤマトの失踪です。
これが何を意味しているかは、シャボンディ諸島がどういう場所かを知る皆さんなら大体察しているでしょう。そういうことです。



さて、お待たせしました。ようやくクロエのイメージイラストです!


【挿絵表示】


「ムチムチじゃねェじゃねェか!!」と思った方、本当に申し訳ありません。クリスタ使ったんですが自分の画力はこれより上手くいきませんでした……。(泣)
もし改良できる方いれば、遠慮せずイラスト化して送ってくださいな。
ちなみにクロエはブラではなくサラシです。


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第49話〝馬鹿娘〟

クロエがついにマリージョアへ……。


 ヤマト失踪。

 その報せに、クロエはひとまず船番していたレッド達も呼び、ドーマ達に事情を聴いた。

「……で、何でヤマトは消えたんだ? そもそもどこをほっつき歩いていた」

「ああ……おれ達はヤマトがシャボンディパークに行きたいからって駄々捏ねたから、それに付き合ったのがきっかけだ……」

 事の始まりは、ヤマトが先にシャボンディパークへと向かいたいと言い始めた時のことだと言う。

 百獣海賊団の中、しかも幼少期は鬼ヶ島とワノ国しか知らない彼女にとって、観光産業も盛んなシャボンディ諸島は一度は行ってみたかった場所であった。クロエがラフテルの永久指針(エターナルポース)の真偽を確かめるべく次の目的地に選定したのは、まさしく僥倖だった。

 くじ引きでグループを決めた結果、ヤマトは見事買い出しグループを引き当て、意気揚々と諸島へ乗り込んだ。ドーマ達は「揉め事を起こしたら船長が黙っちゃいない」と釘を刺したが、「母さんが一番揉め事起こしそうじゃないか」と反論し、最終的にはドーマ達が折れたのだ。

『……』

「本当にじゃじゃ馬のままなのだな」

「やかましい」

 クロエ海賊団一番の問題児が船長だとヤマトも言っている始末。

 レイリーはジト目でかつての仲間を見た。

「……いくらくじ引きで偏ったとはいえ、お前らは億越えの賞金首で私の部下だ。そんじょそこらに後れを取るような海賊に成り下がった覚えはないぞ」

「ああ、だが道中で厄介な連中と出会ってな……」

「厄介?」

「CP‐0だ」

 その言葉に、空気が張り詰めた。

 世界政府の人間が、ヤマト達に接触したということは、よからぬことを企てているということに他ならない。

「奴らはおれ達を見つけるや否や、いきなり攻撃したんだ」

「しかも仮面をつけてた連中だった、バンビーノも殺しに来やがったよ……」

「ウッキィ……」

 クロエは眉間にしわを寄せた。

 CP‐0においては、マスクを着けたメンバーは六式だけでなく覇気も高精度に鍛えており、その実力は別格。クロエやエマ、レッドならば複数に囲まれても問題ないが、ドーマ達には確かに荷が重いだろう。

「クロエの首を取るのは不可能だから、ヤマトちゃん達を狙ったんだね」

「だとするとおかしいな。海軍はおれ達や白ひげ海賊団のような大海賊とは許可無しに応戦してはいけないという方針になっている。いくら憎悪の対象と言えど、CP‐0が本気でおれ達全員と戦争する気かどうか……」

 エマの推測に、ラカムは待ったをかける。

 多くの大事件を引き起こしたクロエ海賊団は、あまりにも個々の実力が高いため、世界政府はおいそれと手出しできない。もしクロエ海賊団を討伐するには、それこそ国家戦争クラスの戦力を向かわせねばならない上、海軍の上層部は()()()()()が求められるからだ。

 それはサイファーポールも例外ではない。現にステューシーはスパイであることが即バレしており、工作活動による内部崩壊も見聞色で察知されてしまうため、ほぼ不可能に近い。

 クロエを狙う理由はいくらでもあるだろうが、倒すには多くの危険を冒さねばならないので、余程の実力者か命知らずでない限り彼女の首は狙わないだろう。

「フム……世界政府も必ずしも一枚岩じゃないからな。天竜人からの圧力も、数でくればCP‐0も動かざるを得ないだろう」

「CP‐0って服装は白なのに組織の内部は真っ黒なんだね」

「ええ、本当にこの一味が居心地よくて困るわ……」

 エマのボヤきに、シャクヤクが淹れた紅茶を飲むステューシーは項垂れた。

 彼女も過去に無理難題を突き付けられたのだろう。

「……で、その後は?」

「撃退は厳しかったから、18番GR(グローブ)で再集合する形でそれぞれ別れたんだ」

「その時にヤマトは失踪したんだな……しかも集合場所、よりにもよって()()か」

 クロエは遠い目をした。

 何を隠そう、18番GR(グローブ)はクロエがロジャー海賊団時代に大事件を起こした場所だ。

 別に黒歴史ではないが、可愛い弟分に手を上げようとした天竜人のことを思い出し、不快感をあらわにする。

「……しくじって人攫いにやられたか?」

「むしろ見つけて追いかけた結果、人間屋(ヒューマンショップ)に殴り込んで売られた人間を助けようとしてしくじった……って感じだと思うがな」

『あー……』

 クロエの言葉に、全員が納得した様子で顔を引き攣らせた。

 伊達に実の娘のように可愛がっているだけはある。

「ハァー……あの馬鹿娘にはあとで拳骨だな。まだ未熟な内に噛みつき回るからいけないんだ」

「噛みつくこと自体はいいのかよ」

「私ぐらい強くなれば、何をしても自己責任でどうにかなる」

 頭を掻きながら徐に立ち上がるクロエ。

 その眼差しは怒り半分呆れ半分と言ったところで、剣呑さがにじみ出ていた。

「仕方ない、尻を拭ってやるとしよう」

「……クロエ、お前まさか……!」

「本来ならそれくらい自力でどうにかしろと言いたいが……豚共に汚いマーキングをつけられるのは御免だ」

 躊躇いなく告げる言葉に、全員が息を呑んだ。

 クロエはマリージョアに殴り込む気なのだ。

 これにはさすがのステューシーも看過できず、声を荒げた。

「ちょ、ちょっと本気なの!? マリージョアに攻め込むつもり!?」

「攻め込まれる理由を作った奴らがいけない。徹夜仕事になるから、朝飯と朝風呂の用意をしておけ」

 すでに腹を決めているクロエに、ステューシーは眩暈を覚えた。

 ――総監、ごめんなさい。私じゃあ彼女を到底止められないわ……。 

 思わずそう言いたくなるが、言ったところで止まらないのも事実なので、諦めるしかない。まさかクロエ海賊団の動向を伺う任務で、マリージョアに殴り込むなんて夢にも思わない。

「本当にたった一人で行くの?」

「別に五老星の首を取りに行く訳じゃない。正面突破で見つけ出し、連れて帰ればいいだけだからな」

「仮にも世界政府の中枢だよ? 二手に分かれてやれば、敵を錯乱させやすいでしょ」

 エマの言葉に、クロエは考えた。

 自分の理想としては「正面突破でヤマトを見つけ出して即撤退」だが、エマの言う通り聖地マリージョアに配属されてる戦力がどれ程の規模か想像つかない。何より海軍本部が近く、数分のロスで物凄い数の増援が迫るだろう。何よりクロエのような大海賊となれば、海軍大将が出張ってくる。かつての金獅子のように単騎での襲撃ならともかく、ヤマトを護りながらの撤退戦は骨が折れる。

 ここは親友の提案を受け入れる方が合理的だ。救出するグループと囮のグループで分け、迅速に片を付ける――それが最善だ。

「わかった。じゃあ早速作戦会議だ」

「ハァ……ついに世界政府と戦争か。正気じゃないな、この手勢で勝てるのかよ?」

「クク……! 正気なぞ保っていては、世界を相手に喧嘩は売れん」

「体がなまってたところだ、暇つぶしにゃあちょうどいいだろ」

 すでに()る気のクロエ海賊団。

 自分は果たしてクビで済むのだろうか――ステューシーは己の未来の不透明さに、思わず嘆きたくなった。

 

 

           *

 

 

 その日の夜。

 雲がかかる程に高い、世界を分かつ赤い壁――〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の麓にある巨大な港〝赤い港(レッドポート)〟。この地に駐在する海兵達は、一隻の船が近づくのを視認した。

「……? 何だ、あの船」

 双眼鏡で確かめてみると、その船と旗を見て背筋が凍った。

 人魚の船首像を持つ赤い海賊船だ。掲げる旗は、ソードクロスの赤い海賊旗。

 この大海賊時代における、恐怖の象徴だ。

「お、おい……ウソだろ……何でこんなところに……!?」

「は、早く本部に緊急連絡を!! クロエ海賊団が現れた!!」

 突然の襲来に大混乱に陥った、その時だった。

 

 バリバリバリバリバリィ!!

 

 オーロ・ジャクソン号から迸る、赤黒い稲妻。

 それと共に見えない衝撃が港全体を襲い、次々に泡を吹いて倒れていった。

「これで粗方片付いたな」

「…………おい、全滅したぞ」

「クロエの覇王色は桁外れだからね~」

 不敵に笑うクロエに、エマ以外はドン引きした。

 自分達の船長が圧倒的強者であるとは自覚してたが、まさか遠方からの威圧で海兵達を全滅させるとは。

 これでもロジャーの方が上だと思うと、海賊王が生きた海のレベルの高さに驚く他ない。

「よし……作戦はさっき言ったように、私とマリージョアへ殴り込むグループと、この港で囮となるグループで別れる。私の方にはレッドフィールドとガスパーデで十分」

「じゃあ、私はその他担当ね。ちなみにスーちゃんは?」

「どうせこの件でクビにされるだろ。今までの鬱憤を晴らせばいい」

 クロエはマリージョアと地上を結んでいる乗り物――シャボン玉で飛ぶリフトであるボンドラの発着場へ向かう。

「あとは任せたぞ」

「行ってらっしゃい」

 クロエ達はボンドラに乗り込み、上昇していく。

 雲を突き抜けて完全に姿が消えるのを確認すると、エマは腰に差した片手用ライフル銃を抜き、弾を込めた。

「さて……狼煙が上がったら戦闘開始だよ。全員備えて! 引き際は私が見極める!」

 ――クロエ海賊団を怒らせるとどうなるか、骨の髄まで教えてあげる。

 バリバリと覇王色の覇気を迸らせながら、エマはすぐに来るであろう海軍との〝戦争〟に意気込んだのだった。

 

 

 時同じくして、聖地マリージョア。

 ヤマトはこの地にある天竜人居住区「神々の地」にあるジャルマック聖の家の監禁部屋に幽閉されていたが、普通に脱獄して息を潜めながら奴隷達の手錠のカギを探していた。

「警備が厳重だ、世界の中心は伊達じゃないなあ……!!」

 この広い世界の中心にいると思い、胸が高鳴るヤマトだが、同時に人権も自由も奪う奴隷をさも当たり前のように持つ権力者達に怒りも覚えていた。

 そう、ヤマトは人攫いに誘拐されたのではなく、人間屋(ヒューマンショップ)に潜り込んだのだ。さすがに騒ぎにさせるわけにはいかないと、ちゃんとカギを盗み出して解放したはいいものの、付近を捜索していたCP‐0に見つかってしまい、その後たまたま顔を出したジャルマック聖に気に入られてマリージョアへと連れてかれたのだ。

 しかし、彼女がクロエの寵愛を受けていることを把握できておらず、本人もあえて大人しく同行したため、彼らは実力を測り損ねていた。ジャルマック聖が奴隷の証である天竜人の紋章――〝天駆ける竜の蹄〟を背中に焼き付けるべく手を伸ばすと共に覇王色を放ち、その場の人間を全員気絶させて近くのテーブルに置いてあったカギを強奪したのだ。おかげで彼女は心身共に無傷で脱出し、警備の目をかいくぐりながら奴隷達を解放しているのだ。

「そう言えば、母さんに何も言わなかったな……」

「何だおめェ、母親がいるのか」

 ヤマトの行動に感化されて同行した元奴隷達は、彼女の母親について問いかけた。

「血は繋がってないけど、すごく強いんだ! それこそ海賊王ロジャーのように!!」

「ほう、そりゃあ大層なことだ。名前は?」

「クロエ。クロエ・D・リード」

 ヤマトは義母のフルネームを口にした。

 その瞬間、元奴隷達は一斉に驚きの声を上げた。

『ええええ~~~~~!?』

「ちょ、声!!」

「クロエって、あの〝鬼の女中〟か!? ゴールド・ロジャーの部下の!?」

「超大物じゃないの!!」

 信じられないと言わんばかりにヤマトを見る一同。

 ゴールド・ロジャーの部下は、古参から見習いまで等しく伝説の海賊。その中でも武力で言えば最強とも謳われた女の義理の娘となれば、驚くのも無理はない。

「え……ちょっと待て、義母ってことは、実の親はどうなんだ?」

「それが……僕を産んでくれた母はよく覚えてない。父のカイドウからもあまり聞かされなかったし……」

『何だってェ~~~!?』

「だから声!!」

 更なる爆弾が投下された。

 実の父も超大物、それも誰もが恐れる大海賊〝百獣のカイドウ〟ときた。

 これはとんでもない事態になるんじゃないかと、誰もが思った。

 

 ――おい、ここにいた奴隷達がいないぞ!?

 ――脱走しやがったんだ!! 一体どうやって!?

 ――早く探せ!! 殺されるぞ!!

 

 ふと、廊下の奥の方から衛兵の慌てた声が響いた。

 どうやら脱走がバレたようだ。

「どうしよう……ここは正面突破か……」

 愛用の金棒に覇気を纏わせ、様子を伺う。

 その時!

 

 ドカァン!!!

 

『!?』

 突然、外から轟音がした。その衝撃は凄まじく、見るからに頑丈そうな城の廊下が少し揺れた。

 それと共に、強大な気配をヤマトは感じ取った。

「――この気配、まさか……!! 母さん!?」

 ヤマトはここでようやく思い知った。

 自分の正義感で、とんでもない大ごとになってしまったのだと。




エマのイラストが完成したので載せときます!


【挿絵表示】


クロエは無愛想なので、エマは可愛らしさが出るようにしました。


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第50話〝聖地マリージョア襲撃事件・前編〟

ついに本作も50話に突入しました。
執筆を始めて約1年3ヶ月、皆様のおかげで本作は盛り上がっているので、心から感謝します。
これからも面白さを維持できるよう努力しますので、今後ともよろしくお願いいたします。

ちなみにクロエからは「これからもよろしく」、エマからは「小説も漫画も読んでる時の楽しさが命だよね」というメッセージを受け取っております。

それにしても、記念すべき第50話がマリージョア襲撃だとは。(笑)



 フィッシャー・タイガーは、その光景に目を疑った。

 冒険家として世界を旅していたが、人間に捕らえられて聖地マリージョアで奴隷にされた彼は、同じ生き地獄を味わっている者達を解放するべく一人で「赤い土の大陸(レッドライン)」を()()()()()()()侵入した。

 自分が侵入する頃は、ほとんどの人間が寝静まっていている頃だろう――そう思っていたのに。

「こいつは……」

「……何だ、貴様は」

 何と、すでにマリージョアは戦場と化しており、先客もいたのだ。 

 しかも、その正体はゴールド・ロジャーの最強の部下として知られる〝鬼の女中〟だった。

「……なぜここにいる、クロエ・D・リード……!?」

「どこにいようが私の自由だ、フィッシャー・タイガー」

 タイガーの質問に、ぶっきらぼうに答えるクロエ。

 ビックリするぐらい愛想のない対応に、思わず顔をしかめた。

「……おれを知ってるのか」

「名の知れた冒険家としてな。……()()()()()()はついている、貴様のことは特に詮索はしないから安心しろ」

「っ……!」

 その言葉に、タイガーは息を呑んだ。

 故郷で親しくしている弟分達にも帰還前の過去を話さなかったのに、彼女はマリージョアへ来たという状況だけで把握してみせたのだ。実際は見聞色の覇気で感情を汲み取っただけなのだが。

「……タイガー、魚人島は今どうなっている? ロジャーの部下だった頃、一度魚人島に行ったことがあってな。魚人街の一部の連中に勝手に祀られて迷惑したんだ」

「……少なくとも、お前は英雄扱いされてねェのは確かだ。アーロンの野郎がマッチポンプだの何だの言いふらしてな」

「それはよかった。意志なき者共に祀られるのは不快極まりない」

 安堵の笑みを溢すクロエ。

 するとそこへ、衛兵の増援が一気に押し寄せてきた。

「いたぞ、あそこだ!!」

「敵は魚人と……お、〝鬼の女中〟!?」

「まさか、そんな……!!」

「怯むな!! 海軍大将さえくれば、数でどうにかなる!!」

 武器を構えつつも、目に見える程に恐怖を覚えている衛兵達。

 勇気を奮い起こす彼らを、クロエは容赦なく牙を剥いた。

「失せろ」

 一言告げて、鋭く睨んだ。

 たったそれだけで、見えない衝撃が襲い掛かり、あてられた衛兵達は泡を吹いて全滅した。

「――私は仲間を連れ戻せればそれでいいが、貴様はどうする?」

「……ここは、手を組んだ方がよさそうだな」

 不愉快そうなタイガーに、クロエは微笑みながら「好きにしろ」と短く返した。

 人間との決別を決意した彼にとって、その為に人間と一時的な同盟を組むことになるとは不本意極まりない。だが目的はあくまでも奴隷解放であり、今も人として扱われない奴隷達が解放を求めている。

 何より相手は、魚人島をナワバリとして守護してくれる〝白ひげ〟と肩を並べる大海賊……戦ったら間違いなく負ける。

「ひとまず、ガスパーデ達と合流するか。作戦の修正がひ――」

 必要だ、と言い切ろうとした時だった。

 突如として強大な覇気を感じ取り、クロエは上を向いた。

 視線の先には、莫大な覇気を拳に纏わせたガープの姿が。

「ガープ!!」

「とうとうやりおったな、このじゃじゃ馬がァ!!」

 未来視を使わなくとも、明らかに大技を仕掛けてくる構えのガープ。

 クロエは武装色と覇王色を化血の刀身に集中させると、石畳で舗装された道を砕く程の強力な脚力で跳び上がり、覇気の稲妻が迸る英雄の拳を狙った。

 

「〝拳骨衝突(ギャラクシーインパクト)〟!!!」

「〝錐龍錐釘〟!!!」

 

 ドン!!

 

 同時に技を放った途端、轟音と共に互いの覇気が激突した。

 刀の切っ先と鉄拳は触れずにせめぎ合い、空中でぶつかっているのにもかかわらず天地が震え、衝撃波が全方位に発散し、建物を次々と破壊していった。

 タイガーは自慢の腕力でどうにか吹き飛ばされないようにしがみ付いていたが、頭上で起こっている攻防に言葉を失っていた。

 

 ボコォン!!

 

「がっ!!」

「ぬおっ!?」

 覇気のドツキ合いは、引き分け。

 互いに後方へ吹っ飛ぶと、地面に着地して距離を詰め、再びぶつかった。

 覇気を纏った拳と刃が、火花を散らして鍔迫り合いとなる。

「……てっきりゼファーが来ると思ってたぞ、ガープ。貴様の豚共への態度を考えれば」

「フフ……ワシとて別にあんなゴミクズ共を庇うために来た訳じゃないわい!!」

 ガープの拳骨が、顔面目がけて繰り出される。

 すかさずクロエは額を武装硬化させ、覇気を流し込んで受けた。

 拳が額に触れた瞬間、ドパァン! という音と共に弾かれ、ガープは仰け反った。その隙にクロエは鞘を構えて飛ぶ打撃を打ち込む。

(成程のう)

 斬撃だけでなく、打撃も飛ばすとは。しかも一撃一撃に覇気が纏っており、衝撃が重い。だが、それで伝説の英雄が怯む理由にはならない。

 ガープは笑みを浮かべながら突撃し、強力な覇気を纏わせた拳骨を振るった。クロエは見聞色の覇気で見切ると、刀を逆手に持ち替えながら柄頭を武装硬化させ、顎を思いっきり穿った。

 あまりにも凄まじい打ち合いに、タイガーは呆然とする他なかった。あの二人の周囲は、もはや異次元だ。

(これが、人間の戦いなのか……!?)

「何をしている、フィッシャー・タイガー!!」

 立ち尽くすタイガーに、クロエは肩越しに叫んだ。

「貴様の役目を果たせ!! 目の前の敵に集中させろ!!」

「っ!!」

 タイガーはハッとなり、奴隷達が囚われているであろう天竜人の居住区へ向かった。

 が、この数秒のやり取りは、ガープにとって反撃するには十分だった。

「隙ありィ!!」

「むぐっ!?」

「〝海底落下(ブルーホール)〟!!!」

 

 ドカァン!!!

 

 一瞬で距離を詰めたガープは、クロエの顔を鷲掴みした後、地面に叩きつけた。

 在りし日のロジャーとも渡り合った圧倒的な覇気と腕力により、彼女は石畳と赤土を砕き割りながら奈落の底に落ちていった。

 

 

           *

 

 

 その頃、〝赤い港(レッドポート)〟ではクロエ海賊団と海軍本部による壮絶な激闘が繰り広げられていた。

「さすがに本部が近いと増援が来るのも早い、なっ!!」

 ラカムは覇気を纏った戦鎚の柄尻で地面を思いっきり叩き、衝撃波を発生させて海兵達を吹き飛ばす。

 クロエ海賊団は二手に分かれているゆえ、この場にいる面々は猿のバンビーノを含めて七人と一匹。対する海軍本部は、将官クラスをこれでもかと投入して掃討せんとしている。

 片や自分達は剣や銃。片や敵軍は圧倒的物量と高火力。この面子と武装でよく渡り合えるものだ。

 そんなことを思っていると、阿吽の仁王――巨人族の海兵が立ちはだかった。

 身長は10メートル以上ある、山の如き巨体。手にした巨大な斧や刀を覇気を纏って振るえば、軍艦すら真っ二つだろう。

「――うおォォォォォォ!!」 

 地鳴りのような雄叫びと共に、覇気を纏った斧が振り下ろされた。

 ラカムは戦鎚に覇気を流し込み、横薙ぎに振るって応じた。

 

 ガァン!!

 

 激突した瞬間、巨人は大きく弾かれた。

 身長こそ数倍の体格差があるが、覇気の量と練度はラカムが圧倒的に上回る。よろけた斧の巨人は、後ろに控えていた刀の巨人とぶつかり、たじろいだ。

 その隙を見逃さず、マクガイとドーマが斬り込んだ。彼らもクロエに扱かれており、武装色の練度は高く、剣も相当な腕前だ。

 電撃を帯びた剣と、強力な逆手二刀流の前に、巨人達は鮮血を吹き出して倒れた。

「やるじゃねェか」

「お前の能力も助かるぞ、エルドラゴ」

 仲間同士で健闘を称える。

 比較的新参のエルドラゴも、ゴエゴエの実の能力で大声をレーザービームのように放てる。その大咆哮で薙ぎ払えば、多くの海兵を一網打尽にできる。

 悪魔の実の能力者は、弱点より〝利〟があるものなのか――ラカムがそう思った時だった。

「っ!! 全員、その場から退避!!」

 エマの焦った声が響いた。

 見聞色の覇気でマズい未来を視たと判断し、ラカムも仲間達に呼び掛けながら後退した。

 次の瞬間!

 

 ズッ!!

 

 金色の巨体が突如降り立ち、伸ばした右手の掌から覇気を纏った強力な衝撃波を放ったのだ。

 数秒でも遅れていたら巻き添えとなっていただろう。エマの見聞色の覇気の精度の高さに感謝するばかりだ。

 こんな芸当ができる者など、海軍では一人しかいない。

「〝仏のセンゴク〟……!!」

「あっちゃー……来ちゃったね」

「貴様ら、ついにここまでに至ったか……!!」

 憤怒の声を放つのは、この海で最も胃痛に悩まされている者の一人――海軍本部大将のセンゴク。

 彼に続くように、新しい増援がドッと押し寄せた。

「副船長、マズいぜこりゃあ……!!」

「どうするんだど……!?」

「ついに来やがった……!!」

 伝説の海兵まで乗り込み、狼狽える仲間達。

 しかし不利な状況下でもエマとラカムは冷静だった。これぐらいの事態は想定内だからだ。

「前代未聞だぞ、世界政府の中枢を襲撃した海賊など……!!」

「いやー、それがウチのヤマトちゃんがクロエを怒らせるようなマネしてさ。こればっかりは不可抗力なんだよね~」

 やれやれと言った様子でエマは眉を下げた。

 聞き慣れない名前に、センゴクは訝しんだ。

「ヤマト? そいつが原因だと言うのか?」

「あの子、カイドウの娘なのに海兵みたいな正義漢なの。人身売買に憤ってわざと捕まってマリージョアへ来たっぽい」

『ええええ~~~~!?』

「な、何だとォォォ!?」

 エマはヤマトの素性を事の経緯ごと暴露。海兵達は絶叫に近い悲鳴を上げた。

 センゴクも汗だくで目が飛び出る程に驚いたが、ステューシーの潜入捜査の件を知らされている分もあり、余計に驚いた。

「で、クロエはカイドウとワノ国で戦争して、その縁で養子みたいな感じで引き取ったって訳」

「副船長、これ以上爆弾投げるなっての」

「分割払いの方が残虐でしょ。こういうのは一思いにやるのが親切だよ」

「どっちかと言うと余計なお世話だろ」

 軽口を叩き合う古参船員(クルー)を他所に、センゴクは立ちくらみしそうになった。

 クロエの部下の一人が、カイドウの実の娘。しかも――一応表向きとしては――世界中で禁止されている人身売買に怒りを露わにする程、根が真面目で正義感もある。

 この時点で頭痛が収まらないのに、その奴隷達を救うべくマリージョアに侵入し、それが遠因で意思を持ったサイクロンみたいなクロエを呼び寄せてしまった。

 もはや誰に怒鳴りつければいいのか……怒りの行き場を失ってしまったセンゴクは、わなわなと震えるばかりだった。

「まあ、それはどうだっていいからさ……どいてくれない?」

 エマはセンゴクに銃口を向ける。

 ノリが軽くてフレンドリーなのが副船長の第一印象だが、今の彼女は冷徹な狙撃手の眼差しで。

 発散される覇王色から、彼女は決して脅しで言っているのではないと嫌でも理解できた。彼女は本気でセンゴクを撃ち殺すつもりだ。

「センゴクさん。私達とこれ以上戦うと、リアルガチで取り返しつかないよ? 私達はヤマトちゃんさえ無事に取り戻せればいいんだからさ……ねっ?」

「驕るな小娘が!! 海軍の()()()()()をここまでコケにされて退ける訳などない!!」

「……クロエが最も嫌う言い回しだね」

 ビリビリと覇気で威圧するセンゴクを、エマは目を細めて睨んだ。

 彼女がこの場に居たら、即座に「反吐が出る」と侮蔑するだろう。この世の秩序を守るべき存在が、天竜人の横暴を許す矛盾――その欺瞞を彼女がどう思うのか、想像に難くない。

(私もクロエも、平和な世の中の闇を見た……もうこれ以上見るのは嫌なんだよ)

 エマは前世を思い起こした。

 

 クロエがまだ黒江沙織だった頃――書き置きすら残さず命を絶った親友を救えなかった無力さに打ちひしがれた。

 そして彼女を死に追いやった者達が、人生の勝ち組になるのが、あまりにも悔しかった。

 一人の人間を遠回しに殺しておきながらのうのうと生きている彼女の元家族を殺そうと思っても、どうしても思い留まる自分が憎かった。

 

 今は違う。

 己の生死も他者の生死も自己責任で、力ある者が生き残り力なき者は淘汰される。

 だからこそ、エマ自身も海賊という修羅の道を踏み入ることができた。同じことを繰り返さないために。

(……いや、前世(まえ)のことはもうどうでもいいか)

 エマは笑いながら片手用ライフル銃の撃鉄を起こす。

 自分の仕事は、クロエ達が帰還するまで海軍を足止めすること。それさえ達成できれば、クロエがどうにかしてくれる。

 そう信じ、銃弾に覇気を込めていく。

「そう簡単にはいかなさそうだな……」

「わっしにお任せください、センゴクさん」

 刹那、ストライプスーツで帽子を被り、海軍のコートを羽織った海兵がエマに迫った。

 まるで光速と呼ぶに相応しいまでの圧倒的な速さだが、それに対応できる者が間に入り、戦鎚で彼の蹴りを受け止めた。

 海兵の正体は、破壊の光を操る〝ピカピカの実〟の能力者・ボルサリーノ中将。そしてその攻撃を受け止めたのはラカムだった。

「〝天叢雲剣(あまのむらくも)〟」

 ボルサリーノは光の剣を生み出し、振り上げた。

「ほいっと!」

「ふんっ!」

 光の剣と覇気を纏った戦鎚が激突する。その衝撃で空気が割れ、地面が抉れた。

 互いの一撃の重さでよろめくも、ボルサリーノは軽やかに身を翻した。対するラカムは戦鎚の重量に振り回されながら、それを利用し、回転しつつ体勢を立て直した。

「そんな鈍重な戦鎚(ぶき)で、わっしの速さは捉えられるのかい~?」

「生憎、あの怪物船長に扱かれてるんでね……!!」

 互いに距離を置き、間合いを測るボルサリーノとラカム。

 エマはそれを尻目に発砲。センゴクは咄嗟に覇気を纏った手で受け止めるが、その隙に持ち手を銃把(グリップ)から銃身に変え、覇王色の稲妻を迸らせた飛ぶ打撃を放った。

「ぬぐっ!」

 その衝撃に、センゴクはたじろいだ。

 まるで至近距離で大砲を受けたような衝撃。武装色を全身に纏って耐えたが、そのガードをぶち破る勢いだ。

「さすがに丈夫だなー……ロジャー船長と戦っただけある」

「まさかこの形態でも堪えるとは……!」

 大仏の姿で一筋の汗を流す。

 動物(ゾオン)系悪魔の実は、自らの身体能力と戦闘力が純粋かつほぼ安定して向上することが最大の特性であり、覇気や六式との相性は抜群である。ゆえにセンゴクのような百戦錬磨の猛将ともなれば、変身した上で鍛え抜いた覇気を全身に纏えば、並大抵の攻撃では為す術なく弾かれる。

 だが、覇王色の覇気を纏うという、覇気を用いた戦闘における至高の領域に至った者の技量なら、その鉄壁の防御を打ち砕くことも可能だ。ましてやこの世界で最強の覇気使いと目されるクロエの右腕ともなれば、彼女に扱かれた分もあって桁外れの練度……いかに最高戦力とて心してかからねばならない。

「よし! 全員集中! もう一踏ん張りだよ!!」

『おう!!』

 エマは不敵に笑いながら、仲間達を鼓舞した。

 我らが船長が、いつも通りの仏頂面で帰ってくるのを信じて。




ちなみにガープがわざわざマリージョアに来たのは、クロエと戦えばドサマギでゴミクズを吹っ飛ばせるからです。
この話でも描写はありませんが、天竜人は結構巻き添え食らってますのでご安心を。


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第51話〝聖地マリージョア襲撃事件・後編〟

クロエの異名がまた増えます。(笑)


 聖地マリージョアで勃発した、クロエとガープの戦いは苛烈を極めた。

 非常に強大な覇気の応酬は聖地を揺るがし、パンゲア城や神々の地にも甚大な被害を与えた。

 「「ハァ……ハァ……」」

 血を流し、体力と気力を消耗させ、肩で息をする両者。

 二人は、ニッと笑っていた。

 ロジャーの部下だった女傑と、ロジャーを追い詰めた英雄によるマリージョアでの決闘。大海賊時代開幕以来、この戦いは後世に語られる程の激戦となるだろう。

「あの頃の小娘が、随分と強くなったもんじゃな」

()()()()()のおかげでな」

 口角を上げ、愛刀に武装色と覇王色を纏う。

 

 クロエが世界最高峰の大海賊の一人となれたのは、強大かつ非常に練度が高い覇気に胡坐を掻かず鍛錬し続けたストイックさもあるが、一番は〝出会い〟に恵まれたことだ。

 師匠であるチンジャオを始め、ロジャーや白ひげ、ガープにセンゴク、カイドウにビッグ・マム……泣く子も黙る怪物級の猛者達と戦い、勝利も敗北も経験し、自由で在り続けるために強さを求め続け、今に至るのだ。

 終ぞ勝てなかった相手は、ロジャーだけだ。

 

()()は出会いに恵まれてなかったが……今回は違う!」

「?」

 意味深な呟きに、ガープは怪訝な表情を浮かべた。

 その時、どこからか罵声が飛んできた。

「おい、ガープ!! こんなに屋敷を破壊しおって!!」

「クロエを殺さなかったら死刑だえ!!」

「そうだえ! その女は晒し首にするんだえ!」

(鬱陶しいわ、早く失せんかゴミクズ共め!!)

 群がっていたのは、危機管理能力ゼロの天竜人だった。

 逃げも隠れもせずに文句を言う天竜人に、ガープはキレそうになった、その時だった。

「――やかましい」

 その言葉と共に、天竜人達は薙ぎ払われた。

 クロエが斬撃を飛ばしたのだ。彼女は冷静であるにも関わらず、凄まじい怒気と凶悪な殺気を放っており、ガープはかつての宿敵と姿を重ねた。

「…………ああ、イライラする」

 クロエは何度も化血を振るい、天竜人や衛兵達を飛ぶ斬撃で一掃する。それでも彼女の腹の虫は収まらず、彼らが所持する屋敷すらも斬撃で破壊していく。

 自分が敬愛し心から慕うロジャーと違い、実力も器量も伴わない腐敗した権力者。信念も覚悟もない、()()()()()()()()()()()()()の人間達。その程度の豚共が、身の程を知らずに自分やガープに指図する。

 これを不快以外に何と思えようか。

「……貴様ら豚共が築いた800年も、この世界の均衡も、〝ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)〟も、心底どうでもいい」

「クロエ、貴様……」

「然るべき者が然るべき場所に立ち、然るべき者が敗北し倒れる……そうだろう、ガープ」

 ダメ押しに覇王色を纏った斬撃を飛ばし、パンゲア城も攻撃する。

 逃げ惑う天竜人達は、瓦礫に巻き込まれて潰れていく。

「仕切り直しと行きたいところだが、ここで失礼する」

「何じゃと?」

 ふと、クロエの下に二人の男が馳せ参じた。

 ガスパーデとレッドだ。

「見つけたぞ」

「……」

 ガスパーデが差し出すのは、顔をバツが悪そうに歪めたヤマト。

 今回の件の、ある意味で元凶であった。

 ほぼ無傷であるあたり、カイドウの娘として生まれクロエに扱かれてきただけはあるが。

「……あとで覚えてろよ」

「……はい」

 短いが死刑判決でも下すような声色のクロエに、ヤマトは冷や汗が止まらない。

 相当お怒り気味のようだ。

「ハァー……目的は果たした。撤退するぞ」

 クロエはもう用はないと言わんばかりに溜め息を吐き、刀を鞘に収めた。

 聖地を荒らしつくして気が済んだのか、戦意と覇気が鎮まっていく。

 そんな彼女に、ガープは声を掛けた。

「……クロエ。その娘は」

「カイドウの娘のヤマトだ。縁あって私が育てている」

「――ぶわっはっはっは! 成程……こりゃあ明日の朝刊が楽しみだわい!」

 ガープは豪快に笑う。

 ヤマトの素性は、海軍はおろか政府中枢も把握していない。これで判明すれば、政府はおろか世界情勢も大荒れだろう。懸賞金もとんでもない額になるのも明白だ。

 あのアホウドリの新聞屋が狂喜する光景が目に浮かぶ。

「そういう訳だ。随分と奴隷だった者も解放されているようだし……少しは胸がすいた。引き際だ」

「おう。……それにしても暇潰しにゃあ丁度いい連中ばっかだったな、レッド」

「フン、あの程度の腕前では我も退屈するというもの。本当にマリージョアを護る気があるかどうかすら疑う」

 そんな雑談を交えながら、ボンドラ乗り場へと去っていくクロエ達。

 すぐさま応援に来たマリージョア駐在の海兵達がクロエ達の追跡を要請するが、ガープは制止して負傷者の手当てを優先するよう命じた。

「……ロジャーめ」

 一方的に戦いを切り上げた〝鬼の女中〟の背中を見つめ、宿敵が涙を流して大爆笑する顔を思い出すガープだった。

 

 

           *

 

 

 〝赤い港(レッドポート)〟の大混戦は、さらに激化していた。

 徹底抗戦するエマ達だが、徐々に疲弊していった。一方の海軍も甚大な被害を被り、センゴク達も状況が好転せず歯痒い思いをしていた。

「さすがは智将……徐々に押されてきたかな……?」

「仕方ねェだろ……地力が違う……」

「戯言を……」

 弱音を吐くエマとラカムだが、大仏姿で見下ろすセンゴクはそれは嘘だと見抜いた。

 もし自分達が優勢なら、クロエの仲間の一人や二人を無力化できている。しかし現実は消耗こそさせても一人としてダウンしていない。

 ――噂通り、個々の実力が高い。ロジャーとロックスの系譜を継ぐだけはある。

 センゴクは内心、クロエ海賊団を高く評価していた。

「さて、どうするべきか……っ!」

 エマは覇王色の覇気を纏うが、見聞色の覇気である気配を感じ取り、銃口を下ろした。

 すると、一隻のボンドラが降下してきて、そこから女性の声が木霊した。

「者共! 目的は果たした、撤退するぞ!」

 その声に、全員が顔を明るくして上を見た。

 クロエ達が、ヤマトを無事に連れ戻せたのだ。

「殿は私がやる! エマ、任せるぞ!」

 クロエはボンドラのリフトから飛び降り、右足に武装色と覇王色を纏わせ、踵落としの構えを取った。

 それを見たエマは血相を変え、必死に「全員船に戻ってーーーー!!」と叫び、センゴクもクロエが大技を仕掛けようとしていると見抜いて身構えた。

「〝武脚跟(ブジャオゲン)〟!!」

 

 ドン!!

 

『うぎゃあああああ~~~!!!』

 足に込められた莫大な覇気を上空で振り下ろし、覇気を爆発的に拡散させる。

 ガープの〝拳骨衝突(ギャラクシーインパクト)〟を彷彿させるそれは、眼下の海兵達を軒並み吹き飛ばし、港の建物も破壊した。

 さらにクロエは見聞殺しを発動させ、月歩(ゲッポウ)を駆使しながらセンゴクとの距離を詰め、化血を抜刀。武装色と覇王色を纏わせ、バリバリと稲妻を迸らせた。

「っ!! クロエ!?」

「〝神避〟!!」

 

 ドンッ!! ボゴォン!!

 

『うわあああああああ!!!』

 海兵がこれから撤収するというところで、クロエはロジャーから受け継いだ剣技を炸裂。

 とてつもない衝撃波がセンゴクを襲い、吐血しながら周囲を巻き込んで倒れた。

「センゴク大将ーー!!」

「ぐっ……ゲホッ!!」

 血反吐を吐き、どうにか起き上がるセンゴク。

 ふと正面を見れば、クロエが刀を構え、刀身を覇気で黒く染めていた。

「いかん!」

 センゴクは咄嗟に武装色の覇気で全身を硬化させ、巨大な盾となった。

 そして、覇気を伴った斬撃の乱れ撃ちが周囲を襲う。

 クロエの斬撃は地面を抉り、建物を破壊し、全ての存在を薙いでいく。センゴクが仁王立ちして体を張り、海兵達の損害はどうにか抑えられたが、黄金の巨体への負担は大きい。

「船長!! 出港するぞ!!」

「すぐ行く」

 粗方薙ぎ払ったところで、クロエは宙を駆けながらオーロ・ジャクソン号へ帰還。

 そのまま脱出しようと舵を取るが、そうはさせないと言わんばかりに軍艦が動き出し、四方を囲まれた。

「喫水線の下を狙え、気を抜くなよ!」

 クロエは退路を断たれても、毅然とした態度で指示を出す。

 船長が帰還して数十秒で大砲が火を吹き、覇気を纏った斬撃と銃撃が放たれ、突破口を切り出されてしまう。まるで軍隊のように早い動きで攻撃する〝鬼の女中〟の一味に、ボルサリーノは「あれじゃ手の打ちようがないねェ」とボヤいた。

 そして、その光景を人知れず聖地を脱出したタイガーが、息を呑んで見守っていた。

 

 

           *

 

 

 翌日、〝赤い港(レッドポート)〟を脱出したクロエ海賊団は、シャボンディ諸島でコーティング作業をしていた。

 普通に考えれば現場が近いので愚策に思えるが、海軍は昨日の件で色々な後始末に追われており、シャボンディ諸島の海兵達も応援として駆り出されていたのもあり、島内は静まり返っていた。その隙にコーティングを終え、新世界へ向かおうという魂胆だ。

 そんな中、クロエはというと……。

「……で、何か言いたいことは?」

「全然アリマセン……」

 ヤマトを説教していた。

 絶対零度の眼差しで正座する彼女を見下ろす姿は、鬼というより魔王のようで、鳥肌が立つ程の威圧感があった。いわゆる「マジギレ」である。

「豚共の栄枯盛衰など、どうなろうが関係ない。私達は海賊であり、ヒーローじゃないからだ。確かにウチは自己責任だ……奴隷解放自体は止めやしないが、わざわざ養豚場まで迎えに行くこっちの身も考えろ。船長たる私をコケにした落とし前、つける気あるだろうな?」

「……はい……」

「おい、目を逸らすな。どこ見てる」

 角を鷲掴みにし、鬼の形相で睨みつけるクロエ。

 声を荒げない分、圧迫感が半端じゃない。

 こればかりはエマも「今回はさすがに庇い切れないよ……」と苦笑いするしかなかった。

「フン……罰として次の島に着くまで、間食も含めて船内での食事は禁止だ」

「そ、そんな……」

「それが自己責任だ。飲水を許されてる分ありがたく思え」

 クロエはそう告げて自室へと戻っていった。

 ヤマトは罰を科せられてヘコんでいたが、ふと気づいた。

 船内での食事はダメだが、それ以外は許される。ということは、船を離れていれば問題ないのだ。

(これって、結構甘い?)

 思わずニヤついてしまうヤマト。

 しかし、そこへラカムが呆れた表情で忠告した。

「ヤマト。言っとくが次は魚人島だ。海底1万メートル下まで潜航する。船から出たら水圧で潰れて圧死だから、妙なマネは起こすなよ」

「……うぅ……」

「悪いな、今回は誰もお前を庇えないんでな……」

 ヤマトはさらに落ち込み、どんよりとした空気を纏い始めるが、仲間達はそっと見守ることしかできないのであった。

 

 

 カイドウの娘・ヤマトのマリージョア潜入を発端とした、クロエ海賊団と冒険家フィッシャー・タイガーによって起こされた「聖地マリージョア襲撃事件」。

 この歴史的大事件は全世界を震撼させ、主犯格のクロエを〝史上最恐の女海賊〟として更なる悪名を轟かせることとなる。




クロエも、船長として然るべき罰を与えたりします。
身内には甘いですが、締める時はきっちり締めるんです。

次回以降は、久しぶりの百獣海賊団にしようと思ってます。
カイドウはクロエのライバル的立ち位置なので、またドンパチさせたいから……。

あ、ウタとのエレジアの前に再会も兼ねてクロエとシャンクスの手合わせもやります。
まあ、クロエの圧勝でしょうけど。(笑)


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第52話〝全員賞金首〟

原作がゴッドバレー事件に迫っているので、王直がどういう人物かわかり次第クロエと関わらせようと思ってます。


 新世界。

 クロエ海賊団は三日間のコーティング作業を終えて潜航し、海底の楽園と言われる魚人島へ夕方頃に辿り着いたかと思えば、買い物を済ませて世界的な名所をほとんど楽しまず夜逃げ出航した。

「船長、何で楽しまないんだよー!」

「マーメイドカフェ行きたかったのにー!」

「ストイックにも程があるでしょー!」

 わずか半日で出航したことに苦情が相次ぎ、副船長からも文句が出る始末だが、当の本人は意にも介さず酒を呷っている。

「コーティング期間中も飯抜きだったのに! 母さん、僕だって楽しみたかったんだよ!?」

「お前の善意で迷惑を被ったんだが」

「うっ……」

 ヤマトも苦言を呈するが、クロエの冷たい正論(ツッコミ)に撃沈した。

「この新聞を見てみろ。これが答えだ」

 クロエは世経を投げ渡す。

 受け取ったヤマトは、それを広げると、見出しには悪意のありそうな言葉が並べられていた。

 

 ――〝鬼の女中〟の威を借る〝奴隷解放の英雄〟!!

 ――フィッシャー・タイガー、大海賊クロエの武力を利用か

 

「母さんが、利用された……!?」

「おそらく、あのマスコミクソバードの差配だろう」

「うわ、スッゴいパワーワード出た……」

 クロエは酒を呷りながら、魚人島を即刻出航した理由を語る。

 今回の一連の事件によりリュウグウ王国は立場が悪くなり、世界会議(レヴェリー)への参加はできなくなった。事実、魚人島の人々にとってフィッシャー・タイガーは奴隷解放の英雄で、彼を犯罪者と見なす人間への敵意や不信は明確に募っていた。タイガーは襲撃後すぐに自分を慕うかつての魚人街の曲者達と「タイヨウの海賊団」を結成したようだが、彼の悪名を知らしめるが如く「冒険家タイガーは大海賊クロエの威を借りてマリージョアを襲った」という報道がされた。

 モルガンズが面白くするために独断で決めたのか、それとも世界政府中枢からの情報操作命令なのかは、クロエ自身与り知るところではない。本人としては今更謂れのない罪を着せられても、ぶっちゃけルーキー時代からかなり悪名高かったので、勝手にしろというのが本音だ。

 しかし古今東西いかなる世界でも、種族間の差別問題や歴史認識はすぐ話がややこしくなり、時間が経てば経つ程に捏造された事実が足されていく。それを一つ一つ解決するには途方もない時間がかかり、国の指導者同士の腹の探り合いや水掛け論も相まって、あっという間に泥沼化する。

 そんな()()()()に囚われ巻き込まれるのを嫌がり、人間を嫌う魚人と縁を切るべく夜逃げ出航を敢行したということらしい。

「別に数日くらい滞在してもよかったが、今回は事が事だからな。ネプチューンとオトヒメが絡んできたら面倒なことになる。ニューゲートもおでんを船に乗せる時はかなり渋ってたしな」

「アハハ……国から王族を誘拐するようなもんだからね……」

「しかもおでんの方から勝手に乗り込んでるからな、あれ」

 クロエはジト目で「これだから政治は……」と愚痴った。

 すると、船室の扉をゆっくりと開けてガックリと項垂れたステューシーが現れ、一言も発さず椅子に腰かけると突っ伏した。うつ伏せのまま語るステューシーの姿は、まさしく崖っぷちに追い込まれた人間のそれだ。

 彼女の様子から全てを察したラカム達は、思わず顔を引き攣らせた。

「さすがにクビになったか?」

「……ええ、おかげで立派な賞金首よ……」

 クスクスと笑うクロエに、突っ伏したままステューシーは語る。

 先程CP‐0総監から直々に連絡が入り、クロエ海賊団に潜入しておきながらマリージョア襲撃を止められなかったことを咎められ、彼女を組織から除籍して賞金首にしたと一方的に告げられたという。しかもクロエの庇護下にいることが非常に恨めしいとのことだ。完全に裏切者扱いである。

 ステューシーとしては、上の命令に従ったせいでこうなってしまったようなものなので、恨み節を言いたいのは彼女の方だろう。

「わかってはいたわ、あなたに素性がバレた時点で……それでもさすがに堪えたわ……」

「フフ……なら改めて歓迎するぞ、ステューシー。私は身の丈に合った器だからな」

「ええ……責任取ってもらうわよ」

 晴れて仮初めの船員から正式な船員にジョブチェンジを果たしたステューシー。

 エマはステューシーを抱き寄せ、歓迎の為の宴を催そうと勝手に宣言した時だった。

「! ……フフッ」

 何かを感じたクロエが、不意に獰猛に笑った。

 戦いに身を投じるロジャーを思わせる笑みに、一同はギョッとなった。

「まさかここで会えるとはな。上陸の準備を!」

「あの島か?」

 ガスパーデは舵を取りながら指を差す。

 一同は視線の先に島を確認するが、確かに何かしらの強い気配を感じ取れる。

「知ってる気配か?」

「ああ、カイドウだ」

『カイドウ!?』

 笑みを浮かべたまま答えるクロエに、ドーマ達は後退った。

 新世界で凶暴な海賊達をまとめ上げる百獣海賊団の総督とその本隊が、目の前の島にいるというのだ。

 しかも最近のカイドウは戦力増強に躍起で、その兵力は一万に迫るとも言われている。幹部達も強力な覇気を扱えるため、一瞬たりとも油断できない。

「……まあ、決まっちゃったからにはどうしようもないか。皆、上陸するよ! 戦闘準備!」

『お、おうっ!』

 エマの通達を聞き、一同は呆れた笑みを溢しながら上陸の準備を進めた。

(私は約束を守ったぞ。忘れてはいないだろうな、カイドウ)

 覇気を高めるクロエは、生き生きと好戦的な表情だ。

 そして同時刻、島内ではカイドウが滅多打ちにした海賊の胸倉を掴んで仁王立ちしていた。

「下らねェマネしやがって……どいつもこいつも骨がねェ」

「う……!!」

 そうボヤくカイドウは、どこか退屈そうだった。

 かつてワノ国で壮絶な死闘を演じ、いつか再び相まみえた時は戦おうと語った〝鬼の女中〟クロエ。彼女との約束の為、カイドウは心技体を鍛え続けた。細身で引き締まった肉体は筋骨隆々になり、驚異的なタフネスとスピードを発揮し、余りにも強大な覇気をその身に宿した。

 それゆえに、近頃名乗りを上げる者達にはどうにも歯ごたえを感じない。白ひげとビッグ・マムはナワバリを統治しているために自由に暴れることができず、金獅子は行方をくらました。やはり自分と対等に戦えるのも戦ってくれるのも、クロエだけだった。

 憂さ晴らしに島でも沈めようかと思った、その時だった。

「カイドウさん!! 聞こえてっか、カイドウさん!!」

「どうした、クイーン」

 小高い山の上から、クイーンが望遠鏡で何かを見ながらカイドウの名を叫んだ。

 また海軍でも来たのかと思い込んでいたが、慌てようが違うので怪訝に思っていると……。

「島の反対側に〝鬼の女中〟の船が!!」

 その報告に、カイドウは瞠目した。

 あのクロエが、再び現れてくれたのだ。

「こちらに気づいた模様!! 部下を引き連れて上陸しています!!」

「〝魔弾のエマ〟に〝赤の伯爵〟……全員甲板に確認できます!!」

「――ウォロロロロォ!! そうか、クロエかァ!!」

 次々に届く部下の報告に、カイドウは上機嫌に大笑いした。

 リンリンを出し抜いて〝史上最恐の女海賊〟と称されるようになったクロエが、こちらに向かってくる。

 ワノ国での約束を憶えていたのだ。戦闘狂のカイドウにとって、これ程嬉しいことはなかった。

「カイドウさん、どうしますか?」

「決まってんだろキング! 全面戦争だ! 暴れたりねェ奴はおれに続けェ!」

 カイドウは不完全燃焼の部下達を鼓舞し、クロエ海賊団との戦闘に備え士気を高めた。

「ワノ国での約束、果たしてもらうぜ……バカ娘もようやく名乗りを上げたしなァ!!」

 それまで鬱屈していたカイドウの晴れ晴れとした表情に、キングはマスクの下で口角を上げたのだった。

 

 

           *

 

 

 ところ変わってマリンフォード。

 海軍本部は今回の一件でコングが引責辞任し、新たに海軍大将だったセンゴクが元帥に昇格したことで、海軍の新体制が始まろうとしていた。

 これに伴う体制移行に関しての緊急会議が元帥室で開かれたのだが……。

「おどれ、センゴクさんとガープさんがおりながら何ちゅうザマじゃ!! 黙っとらんで何か言ってみたらどうじゃ、ボルサリーノ!!」

「まァまァ落ち着きなってサカズキィ~……わっしだけじゃなく、センゴクさんもガープさんも戦い辛かったんだよォ~?」

「センゴクさん達がおればあの女の一味の誰か一人を捕らえることぐらいできたはず!! マリージョアに攻め込まれて壊滅的な被害を出した挙句、下手人共を誰一人殺すこともできずに逃亡を許したことを何とも思わんのかァ!!」

 会議室にて、サカズキが凄い剣幕でボルサリーノを責め立てていた。

 今回のマリージョア襲撃は、世間に海軍の信頼を揺らがせる程の重大案件だった。数多の海賊達が跋扈する今、海軍の正義の軍隊としての軍事力(つよさ)は、力なき民衆の希望となるべきなのに、その強さを疑わざるを得ない事件に発展したからだ。

 海軍の絶対的正義を苛烈かつ過激に貫くサカズキにとって、これを怒らずにはいられなかった。言ってることは間違いではないし、ましてや相手は憎き〝鬼の女中〟なのだから。

「ちっ……サカズキ、お前あの場にいて同じこと言えんのかよ?」

「何じゃと!?」

「あのな、〝鬼の女中〟はガープさんと一対一(サシ)()り合った後、センゴクさんに痛いのをぶっ食らわせた上であれだけの軍の包囲網突破してんだぜ? それにヤマトの件も踏まえれば、一歩間違ったら海軍(おれたち)の方が滅んでたんかもしんねェんだぞ」

 拳から流れるマグマで机に煙を起こす程ヒートアップするサカズキに、クザンは苦言を呈した。

 

 今回の件は正直な話、政府上層部も真っ青の爆弾が混じっていた。

 クロエもカイドウも海賊界屈指の凶暴性を持つとして知られており、今までは対峙すればどちらか死ぬまで殺し合うと見なされていた。が、蓋を開ければカイドウは実の娘を預ける程にクロエを信頼していたという、想像とは丸っきり正反対の良好な関係。殺し合ったのは事実であるようだが、その後何かあったのか気が合ってしまったようだ。

 つまり、クロエとカイドウはその気になれば海賊同盟を組める関係であるということだ。クロエ海賊団だけで大損害を被ったのに、そこへ百獣海賊団が殴り込んだら政府側の全兵力が完全崩壊しかねない。

 しかも、仮にクロエを討ち取ったとしてもエマが生き残ったら、王直に泣き付いてしまう可能性がある。クロエ一人討ち取るだけでも万単位の兵を失う可能性が高いのに、追い打ちをかけるようにハチノスの海賊達が襲い掛かれば一溜りもない。最悪、クロエを慕う弟分からの報復も追加される。

 

 ゆえにヤマトの素性が発覚した時点で政府側の壊滅的な損害は避けられず、クロエ海賊団が目的を達成するまで被害を最小限に食い止める以外、最善の選択肢はなかったのだ。

「言いてェこたァわかる。だが逆を言えば、センゴクさん達でもそうせざるを得なかったんだ。海兵一人一人の覚悟云々で済む問題じゃねェんだよ」

「ぬぅ……!」

 クザンの言葉に、サカズキは唸った。

 下手な追撃をして立て直しが利かなくなる方こそ、海軍が避けねばならない事態。〝鬼の女中〟が一人一人の覚悟でどうにかなる相手ではないのは、彼自身も身を以て知っている。

「もどかしい限りじゃ、せめてわしがあの場におれば……!!」

 悔しさをにじませつつも、熱を帯びた拳を冷ます。

 彼の思想に賛同する将官達も、遣る瀬無い表情を浮かべた。

「いずれにしろ、わっしらがまとまらなきゃ海軍の体制にも大きく響くからねェ~……とりあえず情報整理をした方がいいんじゃないかねェ~?」

「そうだな。……ブランニュー、今の懸賞金を教えてくれ」

「ええ。先程更新されたので、一度全員の金額をさらっておきましょう」

 新元帥のセンゴクに促され、緑がかったアフロヘアとサングラスが特徴のブランニュー将校は、海軍の上層部達の前で映像電伝虫のプロコ――プロジェクターの役割を持つ映像電伝虫――を用いてクロエ海賊団の説明を始める。

「クロエ海賊団には他にも腕の立つ海賊が在籍しています。〝遊騎士〟ドーマ、〝雷卿〟マクガイ、(アー)(オー)、デラクアヒ、〝(あか)()()〟エルドラゴ……いずれも今回の事件を機に5億ベリー以上の賞金首となりましたが、皆さんに周知しておきたいのは新しい船員と幹部達です」

 全員の視線がモニターに集まる。

 ブランニューは最初に、こめかみ辺りから生える赤い角とザンバラの長髪、仁王襷のような帯を腰に巻いた和装の凛々しい少女の手配写真を見せた。今回の聖地マリージョア襲撃の引き金となった人間だ。

「まずは今回の大事件の引き金になった少女、〝鬼姫〟ヤマト。海賊界きっての武闘派〝百獣のカイドウ〟の実の娘であり、なぜか現在はクロエの義理の娘となり、実力をつけてきています。13歳とはいえ、その伸びしろと戦闘力の高さから9億2630万ベリーが懸けられました」

(初頭で9億越え……まァ血筋も考えれば妥当か)

 本来、初頭手配が9億は異常である。

 しかし血筋や経歴、戦闘能力の高さ、起こした事件の影響から考えると、10億は行ってもおかしくないだろう。ましてやロジャーとロックスの系譜を引く一味に属しているのなら。

「続いて、クロエ海賊団に寝返ったとされる諜報員・ステューシー。かつては世界最強の諜報機関であるCP‐0のメンバーで、今回の件で除籍及び永久追放処分となりました。懸賞金額は13億4240万ベリー!」

 そう言って、金髪のショートヘアが特徴の美人の手配書を見せる。

 CP‐0の構成員は誰もが特級のエージェントで、一人失うだけでもかなりの痛手とされている。除籍されたとはいえ、クロエの部下になったのはよろしくない展開であった。

「ここからは一味内で役職がある幹部陣。まずはこの忌々しい男から」

 ブランニューはしかめっ面で、ガスパーデの手配書を見せた。

「〝将軍〟ガスパーデ。クロエ海賊団きっての武闘派として名を馳せる元海兵で、現在は操舵手を担っています。マリージョア襲撃においては天竜人を複数殺しており、その残虐性から10億9500万ベリーの懸賞金が懸けられました」

「卑怯者め……」

「海軍の恥さらしが!」

 硬派の将官達は憤りを隠せない。

 絶対的正義を掲げる海軍の将校が海賊に堕ちた挙句、政府中枢で天竜人を殺すなど、絶対にあってはならない。海軍の信用と立場に大きく関わる。

 とはいえ、肝心の裏切者がクロエ海賊団の一員となれば、おいそれと手出しできない。裏切者の始末もロクにできる状況でないことに、一同は歯がゆさを覚えた。

「ゴホン……続いては、クロエ海賊団の古参船員(クルー)の一人、船医のミリオン・ラカムです」

 ブランニューは、次に癖のある髪型で煙草を咥え、髪の毛の間から薄赤色の瞳を覗かせる男の手配書を見せる。

「ミリオン・ラカム。非加盟国の優れた医者の家系出身で、詳しい経緯は不明ですが強力な覇気を体得しており、クロエのスカウトを受けて乗船しました。かのゴールド・ロジャー遺体強奪事件にも関与しており、クロエ海賊団においては参謀に近い役割を担ってます。その懸賞金額は20億1000万ベリー!」

「中々厄介だったよォ~? 武器は鈍重なのにねェ~……」

「海賊を評価しちょる場合か!」

 先日の交戦相手を評価するボルサリーノの言葉に、声を荒げるサカズキ。

 しかし、ラカムの戦闘力は一海賊団の一介の船医と甘く見てはならない。彼もまたクロエの脇を固める実力者なのだ。

「さらに海賊王と同じ時代を生きた孤高であったこの男……〝赤の伯爵〟パトリック・レッドフィールド! クロエと会うまでは誰とも組むことなく、たった一人で海賊王時代を生き抜いた古豪であり、現在は一味の航海士を担う30億8160万ベリーの賞金首!」

「30億……!?」

 強面の将官達も、レッドの30億越えに戸惑いを隠せない。

 サカズキはその言葉に顔をしかめたが、ゼファーに「そうガン飛ばすんじゃねェ」と釘を刺された。

「そして、かの海賊島ハチノスの元締めの寵愛を受け、海に出てからは当時の海賊界随一の銃使いとして名を馳せた後、半年程ロジャー海賊団に在籍。その後はクロエ海賊団の狙撃手も兼務して彼女の右腕となった大物、〝魔弾のエマ〟ことエマ・グラニュエール! 懸賞金額は一味の副船長に相応しい32億5000万ベリー!」

「32億か……えれェ額ついたな」

 クザンはエマの懸賞金額に舌を巻いた。

 手配写真では人懐っこい笑みを浮かべているが、30億ベリー以上の賞金首は海軍や世界政府から最重要警戒対象として扱われる程の影響力を持つ。これ程の超高額な賞金首が部下であることが、クロエの凄まじさを物語っているのだ。まあ、実際は前世から長い付き合いである親友なのだが。

「最後に船長、〝鬼の女中〟クロエ・D・リード! かの八宝水軍にて幼少期を過ごし、ルーキー時代は〝神殺し〟の二つ名で暴れ回り、後の海賊王ゴールド・ロジャーと激突。敗北後は部下となり、ダグラス・バレットと共にロジャー海賊団の若き二大戦力として更なる悪名を馳せ、解散後も自らの一味で現在進行形で世界を震撼させています。今回の大事件もあり、懸賞金は破格の42億9610万ベリー!!」

 ブランニューは燃え盛るマリージョアをバックに写ったクロエの手配写真を見せた。

「よ、40億越え……」

「……気が滅入る……」

 異次元とも言うべき懸賞金額に、会議に参加した将官達は脂汗を垂らした。

 40億以上の懸賞金など、海賊の歴史でもごく僅か。その領域に三十代で至るのは、やはり異常だ。

「ルーキー時代の立て続けの天竜人殺し、18番GR(グローブ)事件、ゴールド・ロジャー遺体強奪事件、そして今回の聖地マリージョア襲撃事件……全てが前代未聞の歴史的大事件だぞ」

「ロジャーの部下だった頃が一番丸かったとはな!! ぶわっはっはっは!!」

 嘆息するゼファーに対して大爆笑するガープだが、隣の席のつるに「笑い事じゃないよ」と窘められた。

「少数精鋭なれど、個々の実力も懸賞金アベレージも高く、まさしく「孤高の無双集団」!! この大海賊時代における()()()()()()()()と言えます!!」

「ここまで来ると、もはや壮観だな」

「違いないわい!! ぶわっはっはっはっはっ!!」

「やかましいわ、二人共ォ!!」

 センゴクは今日一番の怒鳴り声を飛ばした。

 後に議論は白熱し、空席の大将の席にはサカズキ・ボルサリーノ・クザンが就任することになり、ゼファーは海軍の教官として「ヒーローを育てる」という信念を掲げて再出発することが決まった。

 ちなみにガープは会議中に五老星から電話でクロエの件を咎められたが、「あんな戦いづらいところで仕留められるわけがない」「そもそも天竜人達は何で逃げろと言ってるのに逃げてくれないのか」とあながち間違ってない返事をされ、五老星は何も言えなくなったという。




ちなみに現時点の懸賞金は以下の通り(高い順)

クロエ:42億9610万ベリー
エマ:32億5000万ベリー
レッド:30億8160万ベリー
ラカム:20億1000万ベリー
ステューシー:13億4240万ベリー
ガスパーデ:10億9500万ベリー
ヤマト:9億2630万ベリー
エルドラゴ:7億1000万ベリー
ドーマ:6億1060万ベリー
マクガイ:6億ベリー
(アー)(オー):5億5000万ベリー
デラクアヒ:5億2000万ベリー

今後も新メンバー増えますけど、物語の展開次第では順位変動します。



あと、ラカムのイメージイラスト載せときます。

【挿絵表示】


もう少ししたら、オリキャラのイメージソングとかも発表しようと思います。


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第53話〝再戦の時〟

彼が満を持して再登場です。


 島に上陸したクロエ海賊団は、早速百獣海賊団との戦闘となった。

「〝閃電娘娘(せんでんにゃんにゃん)〟!!」

 掲げた化血の刀身から覇気の雷を放ち、百獣海賊団の下っ端を一気に蹴散らすクロエ。

 新世界有数の海賊団とはいえ、在りし日の海賊王に匹敵する威力と練度と見なされる彼女の覇気には、一溜りもないようだ。

 しかし、その程度で瓦解するような一味ではない。すぐさま増援を呼び、さらには災害の二つ名を冠する幹部格も顔を揃えた。

「クロエ海賊団……ワノ国以来だな」

「キングとクイーンか」

 カイドウよりも先に、二人の巨漢――〝火災のキング〟と〝疫災のクイーン〟との再会を果たす。

 二人共、ワノ国の戦争でクロエ達と壮絶な死闘を繰り広げた猛者である。

「ムハハハ! マリージョアにカチコミに行くたァ、ビッグ・マムのババアと大差ないイカレっぷりだなァ! ……カイドウさん、悔しがってたなァ……」

「やっぱりか」

 ズーン……と重い空気を纏って項垂れるクイーンに、クロエはほんの少し同情した。

 どうやらカイドウは、あの事件に参加できずやさぐれていたようだ。

 だが好敵手の身の上話よりも、クロエとしては気になることが一つあった。

「……そいつ、新顔か?」

「あ、確かにワノ国の時はいなかったね」

 エマも気づき、興味深そうに目を細める。

 百獣海賊団はカイドウを頭目に、彼を支える腹心が二人だったが、いつの間にか一人増えているのだ。

 身長はクロエの一味でも随一の巨漢であるガスパーデを超え、二つ結びにした三つ編みの金髪の長髪と大きな二本の角、口を覆う金属のマスクが特徴的だ。両手にはショーテルのように大きく湾曲した刀を携えており、二刀流の剣士であることが伺える。

 〝旱害のジャック〟……カイドウの部下では新参者だが、億越えの賞金首である強者だ。

「……お前が〝鬼の女中〟か」

「いかにもそうだ」

「ジャック、クロエはカイドウさんの獲物だ」

 一歩前に出ようとしたジャックを、キングが諫める。

 その直後、クロエは強い覇気が急接近するのを感じ取った。

「っ! ……全員下がれ!」

「え?」

「どけ、バカ共ォ!!!」

 クロエが退避を促した時、地鳴りのような大声が響いた。

 それと共に森の中から、青き鱗を全身に纏った人の姿の龍が満面の笑みを浮かべながら突撃してきた。

 人獣型になったカイドウだ。

「来たか!」

 カイドウは八斎戒に、クロエは化血に覇王色の覇気を纏わせ、挨拶代わりの一撃を打ち合った。

「フンッ!」

「うおおおおああああああ!!」

 

 ガンッ!! ボォン!!!

 

 クロエとカイドウの覇王色が、轟音と共に激突。

 地面に亀裂が生じ、空気が震え、互いの覇気が大爆発。島中に猛烈な衝撃が勢いよく駆け巡り、双方の仲間達は海岸まで吹き飛ばされそうになる。

 覇王色の衝突が鎮まると、両者は互いに笑みを浮かべて睨み合う。

「ウォロロロロォ!! 元気そうだな、クロエ!!」

「フフッ……! 何年振りだろうな、カイドウ」

「……ウォロロロロロロ!!」

「――ハハッ! アッハッハッハッハッ!!」

 久しぶりの好敵手に、胸を躍らせる二人。

 が、それも束の間。再び覇気を全身から放ち、得物を突きつける。

「「身ぐるみ置いてけ」」

 その一言で、海賊達は一気に殺気立ち、士気を高めた。

「おれ様達に続け、ゴミクズ共ォーー!!」

「奪い取れーー!!」

 クロエ海賊団VS.百獣海賊団――ワノ国兎丼での戦争以来、二度目の激突。

 島だけでなく周囲の海域をも揺るがす激闘が、ついに勃発した。

 

 

           *

 

 

 クロエとカイドウの激突は、すぐさま海軍本部に報告が行った。

「センゴク元帥!! 新世界にて、クロエ海賊団と百獣海賊団が交戦!! 現在進行形で戦闘中です!!」

「な、何でそうなっとるんだーーー!?」

 センゴクは目玉が飛び出そうな勢いで驚いた。

 二人はヤマトを預け預かる間柄で、良好な関係だったはず。それがまさかの接触どころか全面衝突中。

 仲が良いのか悪いのか、というレベルではない。世界政府の最重要警戒対象である最強の海賊達が衝突すれば、世界の均衡にも大きく影響を与える。

 これが単なる奪い合いや殺し合いならまだいい方で、最悪なのはクロエとカイドウが何らかの形で手を組むことを決めた場合。海賊同盟が成立すれば、世界政府はおろか大海賊時代の頂点である白ひげですら勝ち目がなくなる。

「あの女は狂犬か何かか!? 自分が世界の均衡にヒビを入れる程のチカラがあることを自覚せんか!!」

「絶対自覚無しだと思いますよ、おれ」

「わっしらの状況も考えてほしいねェ~……」

 新体制へ移行しようとしている中で知らされた、大海賊同士の武力衝突……状況としては最悪だ。

 そこで立ち上がったのは、〝赤犬〟の二つ名で新海軍大将に任命されたサカズキだった。

「なら、わしが行っちゃる!! あの女はマグマで徹底的に焼かにゃあならん!! センゴクさん、迷う必要はありゃあせん!!」

「うむ……この際、新たに任ぜられた海軍大将の睨みを利かせるのもアリだな」

 サカズキの出撃を、センゴクは認めた。

 海軍大将が新世界で幅を利かせれば、強豪海賊達への抑止力として十分に発揮する。大海の秩序を維持する上で、海軍本部の最高戦力が最前線で出張るのは大きな意味を持つのだ。

「ただし、あの二人との戦闘だけは避けろ。絶対にだ」

「っ!? クロエの首を取るのは許さんっちゅうんですかい!?」

「正当防衛ならまだしも、こちらから仕掛ければクロエとカイドウが黙ってる訳がない。同時に相手取る事態となれば、今の海軍の戦力では不可能だ」

 コングは海軍元帥を辞し、世界政府全軍総帥という役職としてマリージョアに勤務することとなった。最高戦力だったセンゴクは元帥に、ゼファーは次代の正義の味方を育てる教官になる形で前線から退き、ガープとつるを除いて最前線で戦う有望株はこれからであり、後進はたくさん育てねばならない。

 そんな中、クロエとカイドウを怒らせて袋叩きに遭ったなどとあれば、海軍の信頼や威厳、軍内の士気にもかかわる。だからこそ、勇み足でも討ち取りに行くのではなく、あくまでも両者の牽制でなければならない。

「どの道、今回のマリージョア襲撃で海賊共の動きも活発になっている。新体制の威光を示すためにも、そういう奴らを片っ端から仕留めてけばいい。……そっちの方がお前の性に合っているだろう?」

「……センゴクさんだけでなくゼファー先生もそこまで言うんなら、今回はわしゃこれ以上何も言わんわい。このどうしようもない鬱憤、海のゴミ共相手に思う存分発散するんじゃけェ……!!」

 サカズキは軍帽を被り直し、肩を怒らせて会議室を出た。

 

 

 クロエとカイドウが再戦をしている頃。

 新世界のある海域で、白ひげは苦い顔で新聞を眺めていた。

「こいつァ……」

 困惑に満ちた声色で、目を細める。

 世界最強の男としてこの時代の頂に君臨する彼も、黒歴史が存在する。ロックス海賊団時代だ。

 船員のほとんどが人の下に付けないタイプの人間なのでチームワーク皆無な上、メンバー間の仲があまりにも悪かったために殺し合いが絶えなかった凶悪ぶりだったので、ロックスの一味だった頃を語るのは禁忌として避けてきた。白ひげ自身、無法同然の一味に属するのに嫌気が差しており、立場が立場とは言えおでんを船に乗せるのを嫌がったくらいだ。

 そんな時、ロジャーの部下だったクロエが、勝手な行動をした仲間を迎えに行くためにマリージョアを襲撃したというニュースを耳にした。ロジャー以上に滅茶苦茶だなと笑いながら新聞に目を通し、ある顔を見て驚いた。

「何でてめェがいる……?」

 新聞に載っていたのは、すでに縁を切ったも同然の女――ステューシーの姿だ。

 ゴッドバレーでは自分の背中に引っ付いていた奴が、若き日のままクロエ海賊団の一員として指名手配されたのだ。還暦を迎えようとしている自分から見て、彼女も年を重ねているはずなのだが……。

「……あのじゃじゃ馬、ロックスの野郎と同じことでもする気か?」

 今のクロエ海賊団は、バスターコールすら歯が立たない程の戦力を有している。

 トップは海賊界でも最上位クラスの猛者、その下には30億越えの賞金首が二人、下っ端も全員が5億以上の懸賞金。少数だが現役の海賊で張り合えるのはロックスの残党ぐらいだ。

 ここ最近老いを感じ始めている白ひげとしては、彼女と本気で戦う場合は心してかからねばならない。

「ロジャーの野郎、とんでもねェ置き土産を遺しやがって……」

 白ひげの脳裏に、サムズアップしながら大爆笑するかつての好敵手が浮かんだのだった。

 そして、遠く離れたホールケーキアイランドでも、大海賊が新聞を読んでいた。

「――ハァ~~!? おれより懸賞金が低いくせに〝史上最恐〟だとォ!?」

 ワナワナと怒り狂うのは、かつてクロエと激闘を繰り広げたビッグ・マム。

 女海賊の中では最高懸賞金額である彼女は、自分より下の世代の小娘の台頭に苛立っていた。

「ママ、あいつだぜこの記事!」

「ああ……憶えてろモルガンズ……いや、憶えてろよ〝鬼の女中〟ゥ~~~!!!」

 

 

           *

 

 

 〝偉大なる航路(グランドライン)〟のある島。

 暢気にキャンプを楽しんでいた赤髪海賊団は、新聞を引き攣った笑みで眺める大頭を注目していた。

「……滅茶苦茶だなァ、クロエ姉さん」

「マリージョアに殴り込んで、随分な被害を与えたらしい」

 冷や汗をダラダラ流すシャンクスに、ベックマンは煙草を吹かしながら言葉を紡ぐ。

 クロエ海賊団と海軍の戦闘で発生した被害は甚大だ。パンゲア城の一部は崩壊、〝赤い港(レッドポート)〟は次の世界会議(レヴェリー)までに復旧が終わるかは不明、神々の地に至っては壊滅的な打撃を受けている。人的被害も多く、天竜人がクロエとガープの戦闘に巻き込まれたことで多数の死傷者が出て、海兵と衛兵は数千人もの重傷者を出す大惨事だ。

 大海賊時代開幕以来……いや、この世界の歴史上最悪のテロ事件と言っても過言ではない。

「シャンクス、何見てるの?」

「うおっ!? い、いや! 何でもねェよ!」

「――あっ! クロエおばさん!」

 ひょこっと顔を出し、新聞を見て目を輝かせるツートンカラーの少女。

 シャンクスの義理の娘・ウタだ。

「シャンクス、また出し抜かれたのね! 私にとってシャンクスが一番の海賊なんだから、クロエおばさんを超えてよ!」

「無茶言うんじゃねェ、姉に勝る弟はこの世にいねェんだよ!」

「説得力のある自虐だな」

『ぎゃははははは!!!』

 大爆笑するヤソップ達に、シャンクスは「うっせー!」と怒号を飛ばす。

 だが、彼がクロエに敵わないのは紛うことなき事実だ。ロジャー海賊団に在籍していた年数こそ上だが、実力は圧倒的に姉貴分の方が上で、しかも黒歴史もあって弱みも握られている。本気で戦いを挑もうものなら、弟分ゆえに情けはかけるかもしれないが心も体もボロボロにされる。戦ってみたいと言えば戦ってみたいが、()()()()()が求められそうだ。

「クロエおばさん、会いたいなー……私の歌を聴かせてあげたい!」

「おいおい、姉さんは子供でも容赦しないぞ? 今のお前じゃあ聞く耳も立ててくんないかもな!」

「シャンクスのバカ! 一度も勝ったことないクセに!」

「こ、このっ……おれァからかっただけだってのに、言葉のナイフを……!!」

 こめかみをピクピクさせる、大人気ないシャンクスであった。




本作を読んでると、ラカムはどうしてあんなに強いのかという疑問が湧くと思いますが、近い内にその真実を公開します。
実は彼は、ある人物から覇気を習ってるんです。

ヒントはアニオリのキャラです。


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第54話〝(しゅ)(ろん)(はっ)()

未成年飲酒はダメです。(笑)


 世界屈指の大海賊二人の激突――「クロエ海賊団」VS.(バーサス)「百獣海賊団」。

 少数精鋭と大所帯による激戦は夜通し行われ、幹部も下っ端も疲弊しきっていた。

 一度も睡眠も食事を挟まず、休戦せずに激闘を続ければ、いかなる体力自慢も消耗する。30億越えの賞金首も、災害と称される懐刀も、覇気と体力を消耗して休まざるを得なかった。

 よって最終的には、互いに規格外であるクロエとカイドウの一騎打ちとなったのだが……。

「まだ日は高いぞ、カイドウ」

「お前もやるか? 一緒に最高の気分を味わおうぜ」

 突如として酒樽の酒をがぶ飲みするカイドウ。

 クロエは目を細めながら「悪いな、戦闘中に酒は飲まない主義だ」と一蹴する。相変わらずの無愛想である。

「見せてやるよ、お前を倒すために編み出した〝(しゅ)(ろん)(はっ)()〟を!!!」

 酒を飲み干し、酒樽を握って砕くカイドウ。

 クロエは覇気が強まるのを感じ取り、警戒を強めるが……。

「フヒヒャヒャヒャヒャ!! ホホホ!!」

「貴様、私を馬鹿にしてるのかァ!!!」

 笑い上戸で酔っ払うカイドウに、クロエはキレた。

 一種の酔拳だろうとは思ってたが、さすがに頭に来たようだ。

「まあいい、行くぞ!! 〝神鳴神威〟!!」

「おっと!! 〝()(らい)上戸(じょうご)〟!!」

「っ!」

 カイドウは覇王色で強化された飛ぶ斬撃を躱すと、通常の人獣型よりもさらに龍に近づいた形態に変身してクロエに肉迫。

 上半身の筋肉を大きく肥大化させ、覇王色の覇気を纏わせながら振り下ろした。

「〝(ラグ)()(らく)〟!!」

 紙一重で回避すると、金棒が轟音を立てて地面に減り込み、凄まじい衝撃と覇気が放たれる。

 モロに食らえば、致命傷になりかねない。

(さっきよりも強いな……)

 一旦距離を取り、構え直すクロエ。

 すると、カイドウの酒癖……もとい形態がいつの間にか変わり、巨大な青龍となっていた。

「クロエとの戦争にババアの横槍入れられてからは散々だ……娘は出ていくし、モリアとの戦争も歯応えなかったし、〝鬼の跡目〟と〝黒腕〟の戦争は殴り込むの間に合わなかったし……」

「調子狂うな、これも戦法か……?」

 どんよりとした空気で落ち込む好敵手に、クロエは困惑を隠せない。

 いくらか気になる情報もあったが、戦闘中なのでひとまず後回しだ。

「これ、ヤマトの酒癖も親譲りだったらマズいな……」

「そういうの、親のおれの前で言うんじゃねェよバカ野郎がァ!!」

 あながち間違いではないツッコミと共に、カイドウは〝熱息(ボロブレス)〟で攻撃。

 クロエは覇気を全身に流し込むと、それを真っ向から受けた。

「わーっ! 母さんが黒焦げに!!」

「カイドウさんの火炎放射を……!?」

「何考えてんだ!?」

 クロエの行動に、敵味方問わず驚愕する。

 しかし、エマとキング、クイーンは違った。クロエはわざわざ攻撃を食らったわけではないと気づいたのだ。

「まさか、あの時と同じ……!?」

「カイドウさんの炎で強化する気か!!」

 そう、クロエは覇気を応用して一部の自然物を纏うことができる。

 前回はカイドウの雷を覇気を纏った刀で受け止め、それを纏って斬撃を強化した。ということは……。

「ハァッ!」

「ぬおっ!?」

 クロエは炎に呑まれながら気合い一喝。覇王色の覇気が全方位に爆発的に拡散させた。

 物理的な破壊を与えるそれは、炎をかき消しカイドウの巨体をのけぞらせた。

 手にしている愛刀の刀身に強火力の炎を纏わせたその姿に、カイドウは自らの右腕を務める男を重ねた。

「てめェ……!」

「覇気のドツキ合いで私に勝てる者は、ロジャー以外にいない!!」

 そう叫びながら、クロエは一気に跳躍。すれ違いざまにカイドウを斬りつけた。

「食らえっ!」

 

 ドンッ!

 

「ぬわあァァァァッ!!」

 化血で一閃した瞬間、刀身に纏わせた炎が爆散。

 斬撃を叩き込まれて刀傷を負ったカイドウは、追い打ちの炎撃で傷口を焼かれて絶叫する。

「ウゥ……クロエェ……少し調子に乗り過ぎじゃねェか……? せっかくの酔いがァ……醒めちまうだろうが!!!」

 怒り上戸となりながら得意の〝雷鳴八卦〟を繰り出すが、クロエに紙一重で躱される。

 カイドウは続けざまに〝軍荼利龍盛軍(ぐんだりりゅうせいぐん)〟を繰り出し、覇王色の覇気を纏った乱打で猛追。クロエは刀と鞘の二刀流で、見聞色も併用しながら互角以上に打ち合う。

(ワノ国の時とは比べ物にならないパワーとスピード……覇気も想像以上に上がってる)

 金棒の乱打を捌きながら、クロエは舌打ちした。

 筋骨隆々な巨体とは裏腹に移動も攻撃も超高速で、覇気も量と練度が桁違いだ。動物(ゾオン)系能力者の切り札である人獣型の状態も相まって、覇気無しで戦うのは不可能と言えるレベルだ。

 しかし、ワノ国の頃とは桁違いの強さであるのはクロエも同じ。六式の〝剃〟を凌駕するスピードではあるが、自分の見聞色で捉えることはできている。

「ウォロロロロ!! さすがだなクロエ!! 〝(ほう)(らい)(はっ)()〟!!」

 またまた形態変化し、輪雷上戸より強力な〝殺戮上戸〟となったカイドウは、クロエを称賛しながら十八番である雷鳴八卦の強化技を繰り出す。

 まともに食らえば致命傷に至る一撃だが、クロエは見聞色の未来視を使わず、全身の力を抜いた。

「「紙絵」〝残身〟」

 

 ボッ!

 

「っ!?」

 まるで分身を作り出すかのような高速移動と共に攻撃を避ける。

 ステューシーの技を、完全にものにしていた。

「あれって、確かスーちゃんの!」

「何て人なの……!」

 カイドウの死角に回り込んだクロエは、刀を構えた。

 刀身に覇王色の覇気を纏わせ、一気に薙いだ。

「〝神避〟!!」

「おうっ……!」

 海賊王の御業を至近距離で食らい、カイドウはもんどり打った。

 が、どうにか意識を保ち、尻尾をクロエの右足に巻き付け頭突きで頭をカチ割ろうとした。

「そう来るか……借りるぞ師匠!」

 クロエは額を武装硬化させ、覇気をさらに流し込む。

「うおおっ!」

「〝武頭〟!!」

 

 ドン! ボカァン!

 

『うわああああああっ!!』

 二人の頭突きにより、覇気の爆発が発生。

 それにより相打ちになり、互いに地面を抉りながら後方へ吹っ飛び、覇気の余波で巻き込まれる者達が続出した。

「おおっ……!」

「ううっ……!」

 流血する額を押さえ、仰向けで悶絶する両者。

 しかし、二人はなおも起き上がった。

 海賊の一統を率いる頭目として、一人の強者として、この場で相手に勝ちを譲ることなどできなかった。もしここで勝ちを譲れば、それは海賊による命のやり取りにおいて無礼に当たるのだ。

「……フフ……もう効果が切れたのか? 能力が解けてるぞ」

「ウォロロロ……! ぬかせ、頭押さえながら言ってると空元気に見えるぞ? お前こそ追い込まれてんじゃねェか」

「阿呆、これはただの突発的な偏頭痛だ」

 クロエは笑みを浮かべると、カイドウも釣られるように笑う。

 両者は覇王色を纏うと、再び激突した。

 

 

 

           *

 

 

 翌日。

「あら、どこで手に入れたのこんな服!?」

「てめェ何ぼったくってやがる。等価交換だぞ」

「いい酒持ってんじゃねェか!!」

「じゃあワイン樽で交換だ」

 丸一日かかった激闘の末、両勢力の奪い合いはすっかり物々交換となった。

 服や酒、食料や燃料用の油など、長い航海の必要物品を互いの折り合いを見つけてやり取りする様子は、まるで市場のそれだ。

「レッド、船長は?」

「今ちょうどカイドウと飲んでいるぞ」

 レッドはワインボトルに口をつけて呷ると、ラカムは丸太の上に腰かける。

「ったく、全員少しは怪我人であることを自覚しろよ……」

 ハァ……と溜め息を吐きながら、煙草を咥える。

 ラカムもまた、今回の激戦で少なからず負傷したが、この中では一番怪我が少ない。医者が動けなくなったら一大事であることを自覚してるからだ。己の怪我の程度くらい理解できなければ、海賊船の船医などやっていけない。

 とはいえ、医学に秀でた者が自分以外いない中、お互いの一味の怪我人を診るのはさすがに疲れる。しかも元気になれば安静にせずすぐ動き出すので、傷口がまた開かないかと余計な心配をかけてくるので、負担が物凄い。

「元気なのはいいが、少しは大人しくしてろっての……」

 愚痴を溢しながら煙草を取り出すと、そこへスキンヘッドに金髪の弁髪が目立つ巨漢が近づいた。

 カイドウの腹心の一人、〝疫災のクイーン〟だ。

「よう! お疲れさんだなァ若先生」

「誰のせいだと思ってるんだ。そっちはロクな船医もいないのか?」

「おいおい、おめェの手伝いだってしたぞ!! 現地調達で麻酔を作ってやったろうが!!」

「治療は俺に全部任せっきりだったろうが」

 半ギレ気味で反論するラカムに、クイーンは「まあ、そりゃそうだがよ……」と不貞腐れながらドカッと隣に腰を下ろし、愛用の葉巻とオイルライターを取り出す。

 キンッ……と特徴的な金属音を響かせ、ホイールを回すが、何度やっても火花は散るが火が点かない。どうやらオイルが切れていたようだ。

 思わず舌打ちしてライターの蓋を閉め、葉巻を仕舞おうとした時、煙草を咥えたラカムが器用に片手でマッチを擦って火を灯し、それをクイーンに向けた。

「火、いるだろ」

「サンキュー」

 差し出された火で葉巻の先端を炙って口に咥えると、火をくれた相手も煙草の先端を炙る。

「「フゥーーッ……」」

 ゆっくりと吸って各々で香りと味を堪能し、同時に煙を空に向かって吐く。

 口と鼻に残る独特な苦味が、心を満たし落ち着かせてくれるこの感覚は、愛煙家でないとわからないだろう。

「……愚痴があるなら聞いてやるよ」

「……お互い様だろそりゃあ」

 根は真面目だが酒癖が物凄く悪い総督(カイドウ)の部下であるクイーン。

 気まぐれかつ無慈悲な一面を持つ船長(クロエ)の部下であるラカム。

 特に腹の探り合いもせず、一服しながらお互いの上司の愚痴を溢し始める二人を、それぞれのナンバーツーが眺めていた。

「やっぱり苦労するよねェ」

「貴様はたるんでる方だと思うがな、魔弾」

「厳格な振る舞いが性に合わないからね」

 破顔するエマに、キングは呆れ返った。

 通常、二番手は組織の引き締め役であるはずなのに、クロエ海賊団は副船長がお気楽なのだ。それなのに統率が一切乱れないあたり、エマの度量が伺える。

「それで、ヤマトはどうなんだ?」

「どうも何も、スッゴイいい子! 真面目だし明るいし、はっきり言って空気が和むよ」

 エマは愉快そうに笑う。

 ――こんな能天気な女が、自分の倍以上の懸賞金なのか。

 海賊らしい粗暴さのない彼女に、思わずマスクの下で顔をしかめていると、不意にワインボトルを差し出された。

「シェリー、イケる口?」

「……あとで飲む」

「ちぇっ……まあいいや。いつか、そのマスクの下を見せてよ」

「断る」

 キッパリと言い捨てるキングに、エマは「ノリ悪いなァ……」と顔をムスッとさせるばかりだった。

 

 

 さて、仲間達が物々交換や酒を飲み交わしていたりする中、クロエはカイドウと顔を合わせていた。

 巨大な盃に口をつけてグビグビと飲むカイドウに対し、8勺程の大きさの猪口で嗜むクロエ。酒を飲み交わす両者の間に、ヤマトはというと……。

「ぐごォォォォ…………」

「ったく、潰れるのが(はえ)ェなバカ娘」

「一気に飲ませるからだ、阿呆」

 思いっきり酔い潰れ、鼻提灯を膨らませて爆睡していた。

 クロエは柔和な眼差しで「しょうがない奴だな」と微笑みながら、羽織っていた黒いコートを丁寧に折りたたみ、枕代わりにヤマトの頭の下に敷いた。

 すると、カイドウは傍に置いてある宝箱に手を伸ばし、中身を見せた。

「持っていけ」

「これは……悪魔の実か」

 宝箱の中に入っていたのは、独特の唐草模様がある果実。

 「海の悪魔の化身」や「海の秘宝」と呼ばれる貴重な代物をあっさりと手放したことに、クロエは理由を尋ねた。

「悪魔の実は売れば億単位だろう? いいのか」

「構わねェ、金や労働力の調達は容易い……!」

「……なら、有難く受け取ろう」

 クロエは微笑みながら猪口の酒を飲み干すと、酒壺の中身をカイドウの盃に注ぐ。

 二人は好敵手の関係なのだが、傍から見れば熟年夫婦に近い雰囲気を醸し出していた。

「ウィ~……さてと、本題に入ろうか」

「何?」

「おれが考えている計画……!! それをお前に話そうと思ってた」

 カイドウはクロエに、自らの目論見を語りだした。

 

 天竜人をはじめとする実力を伴わない権力者が治める今の世界。

 そんな面白くない世界を面白くするため、百獣海賊団の拠点である鬼ヶ島――ワノ国から出ていく際に手に入れた島――を海賊島ハチノスに続く「海賊の楽園」とし、現在の世界情勢を簡単に覆す程の力を持つ「古代兵器」を入手して世界の秩序を破壊する。

 世界政府による不条理な支配を打ち砕き、平和ボケした権力者達を戦場へ引きずり降ろせば、暴力による自由と平等が実現する。

 

 すなわちカイドウは、世界規模の戦争を起こして自分なりに考えた「自由」と「平等」を描いているのだ。

「……それを私に話してどうする」

「つまりだ……クロエ、おれと共に世界を獲らねェか!?」

 カイドウが申し込むのは、クロエとの海賊同盟。

 二人が手を組めば、確かに世界中のあらゆる勢力が無視できない〝脅威〟となり、冗談抜きで世界秩序を根底から覆し得るだろう。

 好敵手の勧誘に、クロエは……。

「断る」

 その言葉に、空気が張り詰めた。

 二人の大海賊を取り巻く空気が、文字通りの一触即発になった。

 ごく一部を除いて戦々恐々とする者に見守られながら、カイドウは尋ねた。

「……まァそう言うだろうなとは薄々思ってたが……一応聞く。理由は?」

「今の世界が下らないのは同感だが、世界秩序が崩壊しようと大海賊時代が終焉しようと、私にとってはそんなもの心底どうでもいい。欲しいモノは欲しい時に獲る、自由を奪う気なら潰す、挑むなら受けて立つ……それが私という海賊の在り方だ」

「……退屈だと思わねェのか、この世界が」

「時代や世界というモノは、意外なきっかけで様変わりする。絶対的強者だけが時代を変えられるとは限らないぞ?」

 猪口の酒を飲み干すクロエに、カイドウは目を大きく見開いたのだった。

 

 

           *

 

 

 酒盛りも交流も切り上げ、出港準備を進める双方。

 それぞれの船に交換した積み荷を載せる中、クロエとカイドウは別れの挨拶をしていた。

「おれの計画にゃあ乗ってほしかったが……残念だ。気が向いたらいつでも来い、歓迎するぜ」

「それは無理な話だ、諦めろ」

「ウォロロロ……! 本当につれねェ女だ」

 未だ勧誘を諦めきれないカイドウに、思わず溜め息を吐く。

 すると、カイドウは巷で有名な()()()()()の話をし出した。

「そういやあ、「政府の狗」には会ったのか?」

「〝(おう)()(しち)()(かい)〟だろう? 耳にはする。世界政府が海賊を雇うとはな」

 世も末だとクロエは笑う。

 今なお威光が健在のガープやつる、新しく三人に増えた海軍大将がいても、海軍本部だけでは海賊に対応するのが難しくなった。そこで大海賊時代到来に合わせ、他の海賊に対する抑止力として略奪を許可された海賊達を政府の戦力とする制度ができた。それが王下七武海だ。

 クロエは七武海の存在など気にも留めないが、毒を以て毒を制すやり方は効果的で、新世界の海賊達も警戒する程になったという。

「だが全部の席が埋まったわけじゃないと聞いてるぞ?」

「おれ達に対抗できる人材がいねェようだ。選定された奴の中には、おれと戦って惨めに負けたのもいた」

「どうせなら徴兵で一般からの強者も集めればいいだろうに。センゴクなら思いつきそうな気もするが……」

 純粋な武力という意味では、何も海賊である必要はないと持論を展開する。

 が、選定された面子は猛者ばかりだ。

「あの〝鷹の目〟も、クロコダイルとモリアのバカと同じ政府の狗になったそうだ」

「ミホークが?」

 意外な名前が登場し、驚くクロエ。

 実力は確かに申し分ないが、一匹狼の気質であるために人の下につくことを嫌う性分なので、世界政府の傘下という立場は好まないと思っていた。

 もっとも、ミホークが政府に対して条件を突きつけた可能性もあるが。

「……で? これからどうする気だ?」

「変わらないさ。いつものように自由気ままな海賊暮らし。海を駆け上がってくる若輩(ガキ)の相手も暇潰しくらいにはなるしな」

「……」

「者共、出航だ!」

 自らの仲間に声高に告げるクロエの背中を、カイドウは黙って見届けるのだった。




七武海のメンバーの加入順番は不明なので、本作ではモリアとミホークはマリージョア襲撃事件前後にしました。
ちなみにカイドウから貰った悪魔の実は「アメアメの実」です。

次回以降は、ヤマトが能力者になる事件とかエレジアの事件とかルフィとの出会いとか、色々しようかなと思ってます。


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第55話〝ヤマト事変〟

ガスパーデ達の戦闘描写を詳しくするため、デッドエンドの冒険の小説を買いました。
普通に読んでも面白いので、おすすめです。


 聖地マリージョア襲撃事件から一年が経った頃、クロエ海賊団にも変化が訪れた。

 何と、船員が新たに二名増えたのだ。

 一人は、羽飾りがついた毛皮の帽子を被り褒章がついた黒い軍服を着た、顔を横断する傷がある男――南の海(サウスブルー)出身の〝首はね〟スレイマン。かつては「ディアス海戦の英雄」と呼ばれていた程の軍人だったが、戦犯として国を追われ、現在は闇の世界を渡り歩く人斬りとなっている。彼はクロエと戦って惨敗したものの、彼の過去に思うところでもあったのか仲間として迎え入れた。

 もう一人は、太い鎖を首に幾重にも巻き、縞模様の革ジャケットを来たシャチの魚人・ウィリー。彼はガスパーデ直々のスカウトを受けてオーロ・ジャクソン号に乗った、一味で初めての人間以外の種族だ。魚人島出身のならず者で、タイヨウの海賊団のメンバーの中でも気性の荒い〝ノコギリのアーロン〟とはライバルだったという。

 屈強な曲者強者を仲間にしながら、クロエ海賊団は自分達に戦いを仕掛ける全ての者達を蹴散らし、その悪名をより強く轟かせた。

 

 

 オーロ・ジャクソン号の甲板で、ガスパーデは岩のような拳に覇気を纏わせて振るう。

 前をはだけた軍礼服を彷彿させる提督コートを翻し、巨人のように大暴れする。

 彼が相手取っているのは、一味の副船長であるエマだが、彼女も格闘能力は自他共が認める最強の船長(クロエ)に次ぐ程の技量。高精度の見聞色もあり、体格の都合上どうしても大振りになるガスパーデとは相性最悪だ。

「ふん!」

 百戦錬磨のエマの武装硬化した拳が、ガスパーデの腹筋に減り込む。

 常人はおろか、並大抵の覇気使いですら一撃で仕留める程の衝撃が走る。

「フフ……」

 ガスパーデは笑っていた。

 その腹部は、まるで水飴のように柔らかく波打っており、ダメージを吸収・緩和していたのだ。

 ガスパーデはかつての百獣海賊団との激闘の折、カイドウがクロエに渡した〝アメアメの実〟を食し、水飴人間となったのだ。肉体を水飴に変化させることによって大抵の攻撃を無効化し、粘着質であるため攻撃してきた相手を絡めとることができ、さらに自在に変形・固形化もできるという攻防に秀でたチカラだ。彼自身が得意とする武装色の覇気との併用もあり、白兵戦では無類の強さを発揮する。

 ただ、それすら物ともしない圧倒的な強者も少なくない。エマもその一人である。

「……水飴を殴りつけてるみたい」

「そうさ。物理攻撃に対し、おれは鉄壁の防御力を手に入れた!」

「その鉄壁も、耐えられる強度に限界はある……よっ!」

 

 ドズンッ!

 

「がっ……はっ」

 先程以上の衝撃に、ガスパーデは膝を屈した。

 武装色の高等技術である〝外に纏う覇気〟だ。覇気が外に到達すると対象の内側から破壊する「内部破壊」を可能とし、いかに強靭な肉体を持つ者でもダメージを与えることができる。ガスパーデも武装色に秀でているが、クロエ達の領域にはまだ至っておらず、相殺しきれなかったのだ。

「ク、ソ……なら、こいつでどうだ!」

 苦悶の表情を浮かべつつ、どうにか立ち上がって右腕を構える。

 腕はドロドロと溶け、槍のように尖って固まり、覇気で黒く変色した。ガスパーデの腕の太さも相まって、真面に食らえば身体に風穴が空くだろう。

「行くぜ、副船長……!」

 ガスパーデは手刀のように突き出すと、目にも止まらぬ速さで伸びてエマに迫った。

 しかし、エマは避ける素振りを見せず、それどころか切っ先を覇気を纏った拳で殴りつけた。

 直後、水飴の槍はへこみ、固形化したこともあって砕け散った。

「……まだやる?」

「……ちっ、クロエの右腕は伊達じゃねェか」

 ガスパーデは舌打ちしながら手を引いた。

 その様子を眺めていた仲間達は、二人の健闘を称えた。

「さすが副船長さん。あの人に次ぐ強さなだけあるわ♡」

「ガスパーデも元海兵なだけあって、基礎戦闘力はかなりのものだな……」

「アメアメの実……噂に聞く「特殊な〝超人系(パラミシア)〟」は厄介だな」

「味方でよかったぜ、全く!」

 称賛の声が相次ぐ中、エマはコートから酒瓶を二つ取り出し、片方をガスパーデに投げ渡した。

 ボックスボイテルの赤ワインだ。それもガスパーデお気に入りの一本で、海兵だった頃から愛飲していた代物である。

「フフ……」

 副船長の粋な計らいに笑みを浮かべると、コルクを引き抜きグビグビと一気に飲む。

 芳醇な甘みと深い酸味と渋みが、体に染み渡る。クロエ海賊団の一員となって色んな海の酒を飲んだが、やはり自分が気に入った酒に勝る物はない。

「悪魔の実には〝覚醒〟ってステージがある。通常よりも体力の消耗が激しいけど、その分攻撃力は格段に上がる。超人(パラミシア)系が自分以外の周囲にも影響を与え始めるから……アメアメの実なら、周囲の物体を水飴に変換できるんじゃないかな?」

「ほう……そいつァ、イイことを聞いた」

「心身共に能力に追いついた時になるって聞くから、スッゴく鍛錬を重ね続ければその領域に至れるはずだよ。能力者じゃないからわからないけど」

「ククク……いずれその間抜け面に一発かましてやる」

 エマへのリベンジをガスパーデが宣言した、その時。

 

 ドドォォォン!

 

 二つの水柱が上がり、甲板に二つの影が下りた。

 船長クロエと、新入りのウィリーだ。

「さすが魚人族だ、海王類より機動力が遥かにある。私もまだまだ修行が足りんな……」

「はっはっは! お頭こそ、人間の割にゃあ大したモンじゃねェか!!」

「――船長、あんた魚人族を相手に水中戦やったのか!?」

 二人のやり取りを聞き、ドーマは驚愕した。

 生まれながらにして人間の10倍の腕力を持ち、基礎体力も人間を遥かに上回るとされる魚人族と人魚族。彼ら彼女らが真価を発揮するのが水中戦で、水を武器にできることから陸上以上に強いと目されている。

 そしてクロエは、水中では圧倒的優位であるウィリーと海中で手合わせをしたのだ。若い頃から水泳を重宝し、今でも海王類の素潜り漁をしているクロエとしては、その上位互換と言える魚人との水中戦は願ったり叶ったりなのである。

「水中では月歩も駆使したが、やはりと言うべきか、どうしても抵抗がかかる。生じる時間差(ラグ)をできる限り埋めるのが当面の課題だな」

「船長、まさかおれ達に水中戦もやれと?」

「当然だ。慣れておくに越したことはない。海中での戦いを強いられた時、大人しく殺されたいのか?」

「まあ、そうかもしれないがよ……」

 濡れたコートを絞って海水を落とすクロエに、煙草を咥えたラカムが溜め息を吐いた。

 海賊らしい強欲さを持たない分、トレーニングには妙に精力的だと思っていたが、ここまで来ると「修行バカ」という言葉が似合いそうだ。だからこそ、その圧倒的な強さは天災に等しく、カイドウやビッグ・マムのような怪物級の猛者の脅威から仲間を守れるのだが。

「船長! 敵船だど!」

 見張り台にいたデラクアヒの声に、緊張が走った。

 クロエは冷静に訊き返す。

「どこから来る?」

「右舷より三時の方向、五隻来てるど!」

「連合か……まあ、私くらいの海賊だと数で勝る他ないか」

 名実ともに世界最高峰の海賊であるクロエ海賊団は、少数精鋭。

 他の海賊達は、数で圧倒するのが効率がいい。四方を囲って挟み撃ちにすれば、一矢報いれるだろう。

 だが、クロエ海賊団は海戦が強い。たった一隻でバスターコールの艦隊と渡り合える程に。

「どうする? 船長」

「決まっている……派手に暴れてこい」

『!』

 クロエはそう命じた。

「私の出る幕ではなさそうだが、危ない時は尻を拭ってやる」

「総員、戦闘準備ーっ!」

『おおーっ!!』

 エマの号令に呼応し、一斉に武器を構える一同。

 海の女王の首を取らんとする蛮勇に満ちた海賊衆を撃滅すべく、クロエの仲間達は牙を剥いた。

 

 

           *

 

 

 新世界、ドック島。

 世界最強の海を流離い続けていたクロエ海賊団は、この島の船渠(ドック)に夕暮れに入って修理を行っていた。

 オーロ・ジャクソン号を建造したのはトムであり、彼はウォーターセブンで働いている。彼に頼めば一発だが、新世界の船大工職人とも関係を結ぶべきというラカムの意見に同意し、この小さな島に辿り着いたのである。

 喫水線の下に付着したフジツボや藻、貝類は船の速度を鈍らせる。船底部分にこびりついた汚れを落とし、ワックスをかけるのも海に生きる者にとって欠かせない作業だ。宝樹アダムで造られた伝説の船とはいえ、メンテナンスを怠れば「船の寿命」を削ってしまうことに繋がる。

「すまないな、モブストン。船渠(ドック)の使用料と宿賃は弾むから勘弁してくれ」

「構わん! 伝説の海賊〝鬼の女中〟がこの会社を頼ってくれるなど、船大工として冥利に尽きるわい!」

 事務所兼自宅の縁側で、クロエは壮年の船大工・モブストンと清酒で酒盛りをしていた。

 

 造船会社「シマナミカンパニー」。

 モブストンが船渠(ドック)を管理する、家族経営の会社だ。船の修理やドックの貸し出しなどで稼いでおり、海軍にやられてどうしようもなくなった海賊船の下取りもするらしい。

 そしてモブストンは元船乗りで、海賊だろうと何だろうと分け隔てなく面倒を見ているという。

 

「わしはこの新世界の海に命を懸けて、夢を求める連中が好きなんじゃ。男だろうと女だろうと、信念を掲げて〝偉大なる航路(グランドライン)〟に挑む者を嫌うことなど、どうしてできようか……!!」

「フフ……ロジャーと会ってれば、きっと馬が合っただろうな。お前みたいなタイプの人間が好きなんだ、あいつは」

「そうか! やはりわしの思った通りの「海の男」か! がっはっは!」

 モブストンはバシバシと膝を叩きながら哄笑する。

 クロエもまた、ロジャーとの思い出話に花を咲かせ始めたのか、かなり気を良くしている。

「実際のところ、ロジャーはどういう男じゃった?」

「誰よりも強く、誰よりも仲間想いで、誰よりも自由……その言葉の通りの男だったよ。強さも弱さも想いも、全てを真っ向から受け止めてくれる」

「成程……お主がルーキー時代から孤高で名を馳せてたのは有名じゃったが、それ程までの敬愛の情を向けているとは。ロジャーの器のデカさが伺えるわい」

 海賊王の名に恥じぬエピソードに、モブストンは食い入る。

 すると、彼の娘らしき人物がキャベツの塩昆布和えを持ってきた。

「クロエさん、おつまみどうぞ」

「これはどうも……有難くいただこう」

 つまみを堪能し、空になったモブストンの猪口に酒を注ぎ、自らも愛用の猪口に注いで呷る。

 米の持つ風味がしっかりと生きたコク深い味わいが、とても心地よい。

「ところでクロエよ、お主は何を求めて海賊をしておる? わしに聞かせてはくれんか」

「そうだな……私は人生の完成の為に生きている」

 コトッと猪口を縁側に置き、夕焼け空を仰ぐ。

「私という女の生き様と死に様を、もっとも納得がいく事実(れきし)にしたいのさ」

「何と壮大な……!」

「壮大、か……世界一周を成し遂げたロジャーに比べれば、どうってことないさ」

 目を閉じて、柔和に微笑みながら思い返す。

 クロエにとってロジャーは、一味の仲間達や弟分とは一線を画す程に特別な存在だ。

 無愛想で気まぐれで攻撃的な、手に負えないじゃじゃ馬の全てを、ロジャーは真正面から受け止めた。同じ船に乗る仲間として、彼はクロエを家族のように愛してくれた。前世の家族があげるのをやめた感情を、ロジャーは死別するまで与えてくれたのだ。

 戦闘力ではいつか勝る日が来るだろうが、人間力でクロエが彼に勝つことは叶わない。ゴール・D・ロジャーは、比するもののない存在なのだから。

「……ロジャーは私にとっての王でもあるのさ」

「……」

 目を細め、猪口に残った酒を飲み干す。

 その時、マクガイ達が慌てた様子で駆け付けた。

「船長! 大変だ、ヤマトが!」

「ヤマトが?」

 クロエは思わず立ち上がった。

 娘のように可愛がっている船員(クルー)の身に、何かあったのだろうか。

 嫌な予感がして、クロエの心が波立つ。

「母さーん! 助けて―! これどうすればいいの~っ!?」

「は?」

 そこへ現れたのは、ヤマトの声をした一匹の狼。

 全身が白い毛に包まれた、幻想的と言った言葉が似合う出で立ちで、神の使いと勘違いしても違和感がない。だが覇気の強さや気配から、彼女であることが嫌でもわかった。

「……おい、どういうことだ」

 目の前の光景に、クロエはそれしか言えなかった。

 

 

「ハァー……ヤマト、エマ。あとで面を貸せ」

「「はい……」」

 仲間を全員集めて事情聴取したクロエは、盛大に溜め息を吐いた。

 何でも、先の戦いの戦利品とのことだが、酒に酔ったヤマトがうっかり食べてしまったとのことだ。しかも管理していたエマも酔い潰れて寝ていたという話ときた。

 親友の杜撰な管理に怒ったクロエは鉄拳制裁したが、よりにもよってヤマトの酒癖が悪い方だと発覚した。血は争えないようである。

「それにしても、一体何の能力だ? こりゃあ」

「見た目からして、イヌイヌの実の幻獣種であるのは間違いないな」

 未だ獣の姿であるヤマトを一瞥する。

 何処からか生じた煙を天の羽衣のように纏うその姿は、まさに神話や伝説の存在。幻獣種の能力である以上、それぞれの伝承に基づいた特殊能力を行使できる超人系(パラミシア)に類似した特徴を持っているだろう。

「船長、見つけたぞ」

 そこへ、悪魔の実図鑑を手にしたラカムが現れ、ヤマトが口にした実の正体が判明した。

「「イヌイヌの実 幻獣種 モデル〝大口真神(オオクチノマカミ)〟」……狼の幻獣か」

「冷気を操り、氷結させることができる……って、ヒエヒエの実の能力と被ってんじゃん!」

「随分といい実を食ったじゃねェか、小娘」

 図鑑に記されてたのは、柿の見た目をした悪魔の実の絵と、身体的特徴の変化をはじめとした能力に関する詳細な情報。

 それを見て、スレイマンは気づいた。

「柿と勘違いしたんじゃないか? 酩酊状態なら尚更だ」

 その言葉に、クロエは頭を抱えた。

 間抜けな話だが、それを真っ向から否定できない。

「……で、いつまでその姿でいるつもりだ?」

「ぼ、僕、戻り方がわからなくて……その……」

 能力をうまくコントロールできてないヤマトは、どうすれば元に戻るかわからない様子だ。

 見かねたクロエは「仕方ない奴め……」と呟きながら腰を上げ、愛刀の鯉口を切った。

 

 ――バリバリバリッ!

 

「うわあああっ!?」

 突如として、クロエの強力な覇王色がヤマトに襲い掛かった。

 稲妻状の覇気が彼女を貫き、全身を迸り始めると、目に見える変化が訪れた。

 背中に人を乗せられる程の大きさの狼の姿が、半人半獣の人狼の姿に変わり、そして元の姿に戻ったのだ。

「ヤマトちゃんの能力が解けてる!?」

「信じられん……覇気は全てを凌駕するが、ここまでとは……!」

 クロエの覇気の威力・練度を前に、ステューシーとレッドは感嘆した。

「も、元に戻った~!!」

「昔、ロジャーから教わったんだ。覇王色を極めれば、ある程度の強さの能力者なら強制解除できるとな。久々にやったが、上手く行ってよかった」

 刀を鞘に収めると、クロエは縁側に腰を下ろす。

「済んだことを掘り返しても時は戻らない。食ったからには相応の責任を持て、ヤマト」

「……うん!」

超人系(パラミシア)動物系(ゾオン)とでは感覚も似て非なるだろう……そこばかりは自力で鍛えろ。最悪、カイドウにでも教えてもらえ」

「そんなことで世界の均衡を巻き込むなよ」

 ラカムの絶妙なツッコミに、一同は大笑いするのだった。




という訳で、ヤマトは原作通りの能力者となりました。
ビジュアルが柿に似てると知ったので、まあヤマトならうっかり食べそうだなって思いましたが、カイドウがどうやって入手したのかが不明なので、本作では「偶然持っていた敵船から奪ったが、酔っ払ったヤマトが間違えて食べた」ということにしました。ヤマトはまだ十代ですけど、カイドウの娘なので早い時期から酒飲んでそうなイメージがあったので、こういう展開になりました。

そしてクロエによる覇王色を用いたヤマトの能力強制解除。シャンクスが緑牛にやった技法と全く同じです。
ただ、クロエはシャンクスの上位互換なので、彼女の場合は周囲を誰一人として気絶させずにピンポイントで対象のみを威圧できます。あの技は多分、覇王色の特権だと思い、今回のような描写としました。


次回についてなんですが、本当ならエレジアをやりたかったんですが、ジニーの件が気になったのでそちらを先に消化します。
シャンクスへの制裁を期待する皆さん、申し訳ありません。(笑)


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第56話〝クロエ流鍛錬術〟

お待ちかねのジニー回です。


 齢三十三にして伝説の海賊に数えられるクロエ。

 一切の鍛錬を怠らず好きなように世界を放浪する彼女の趣味は、コーヒーである。

 船内に保管している〝西の海(ウエストブルー)〟の豆と、出先で買った豆を合わせて挽いたオリジナルブレンド。これを長年の経験から導き出した割合で淹れ、海賊らしからぬ穏やかな一時を堪能するのだ。

 今まではクロエが一人で嗜んでたが、一味を率いてからはステューシーとエマが関わるようになり、甲板で大人の女子会をやるようになった。

「クロエ……あなたのコーヒーって、何か秘密でもあったりするの?」

「気になるところね……政府で飲んでたコーヒーとは比べ物にならないもの」

「別にないぞ? 趣味として続ければ自然とわかるようになるものだ」

 穏やかな海域に、雲一つない晴れ空。

 クロエ・エマ・ステューシーによる大人の女子会は、世界政府がとりわけ危険視する組織とは思えない程にまったりとしていた。

「それにしてもエマ、お前のアップルパイは美味いな」

「意外と上品ね。誰から教わったの?」

「それは秘密」

 エマは差し指を立てて唇に押し当てた。

 すると、どこからともなく一羽のカモメが舞い降りた。

「あら、ニュース・クー」

「マスコミクソバードんところのか」

「クロエ、その言い方やめてウケるから」

 代金を払い、新聞を受け取る。

 すると、そこには懐かしい顔が一面に載っていた。

「トムじゃないか」

「海列車完成、免罪は確定……」

「そう言えば、あの裁判まだ続いてたわね」

 豪快に笑ってサムズアップする魚人の船大工に、クロエは笑みを浮かべた。

 航海に同行してなくても、彼もクロエにとっては仲間と言える。

「ところで、海列車って?」

外輪船(パドルシップ)の技術の応用よ。非常に安全な航海を可能としてるから、政府も注目していたわ」

 ステューシーは解説を始める。

 トムは海賊王ロジャーが所有し、現在はクロエの海賊船となったオーロ・ジャクソン号製造の罪を問われたのは有名だ。船大工が誰に船を売ろうとも罪ではないが、大海賊時代を切り開いたロジャーに肩入れした者は全て危険人物とみなされる。ロジャーに関わった者は、そのほとんどが粛清されたため、トムも例外ではない。

 しかしステューシーが政府側であった頃、中枢のお偉いさん達はトムの裁判はなるべく穏便に済ませたがっていた。オーロ・ジャクソン号はクロエが所有しており、彼女の怒りを買って武力衝突するのは本意ではないからだ。いかに七武海という強力な手札を持てるようになったとはいえ、〝鬼の女中〟はそれすらも容赦なく撃滅しかねないので、落ち着きを取り戻した世界の均衡を再びガタガタにさせられるのは御免という訳なのだ。

 そこでトムが海列車の開発をロジャー存命時から始めていると知り、これを利用することにした。トムの裁判は世経が大々的に報じており、世界が注目している。クロエの逆鱗に触れず、それでいて世論が納得する内容の判決を下せば、誰も文句を言わないはずだ。

「それが執行猶予……海列車を完成させれば罪は赦されるということよ。あなたを刺激させないための、世界政府の折衷案でしょうね」

「ハァ……いくら何でもビビり過ぎだろう」

「クロエ、どの口が言ってるの?」

 呆れるクロエに、エマはジト目でコーヒーを飲む。

 自覚のない圧倒的強者は、とても厄介である。

「快く思わない面々も一部いるそうだけど……クロエとの戦争を避けたいのが今の政府の本音だから、放置でもいいんじゃないかしら?」

「それもそうだな」

 クロエは自分のコーヒーを飲み切り、二杯目を注ごうとした時。

「船長! 前方に船が来たど!」

 見張りをしていたデラクアヒの声に、クロエは反応して船首楼甲板に向かう。

 舵輪を握るガスパーデの隣に立ち、前方に見える船を見据える。

 掲げてる旗は、十字マークの中心と各先端に丸が重なったもの。

 どうやら世界政府の船であるようだ。

「あのクズ共か。どうするクロエ」

「攻撃してこなければ避けろ。喧嘩売ってきたら潰せ」

「了解」

 面舵で回避行動を取るオーロ・ジャクソン号。

 しかし、そこでエマが慌てて駆け付けて叫んだ。

「クロエ、今のナシ! 総員、戦闘準備!」

『!?』

「……」

 ガスパーデ達がざわつく中、クロエは念の為に見聞色の覇気を発動し、精度を高めた。

 すると、百人以上の弱い気配を感じ取った。

「……そういうことか」

 クロエは気づいた。

 あれは天竜人の奴隷だ。エマはその助けを呼ぶ声を瞬時に感じ取ったのだ。

「相変わらず、耳のいい奴だ」

 クロエはすかさず命令を下した。

「ラカム、医療道具を準備しとけ。私が船内を探る。ガスパーデは操舵して接舷、他の者はエマと共に渡り板の準備と見張りをしろ」

「ったく、ウチはボランティア団体かよ……」

 煙草を吹かしながら呆れるラカムを他所に、クロエは月歩で宙を駆けて船へ向かう。

 もっとも、どさくさに紛れて奪える物は奪うのだが。

(……まあ、放っとけないのは同感だけどな)

 非加盟国で生まれた身として、ラカムはクロエの行動には肯定的であった。

 

 

 政府の船に接舷し、囚われていた奴隷達の首輪と手錠を外し終える。

「ありがとうございます!」

「何と礼を言っていいやら……」

「やめろ礼など……私は海賊だぞ」

 元奴隷達に感謝され、顔を背けるクロエ。

 とっとと陸へ放り出したい気分に襲われる。

「一応の処置は施したし、金も分配しといた。あとで医療関係の資金をおれに回してくれ」

「さっき分捕った金品の余りでいいか?」

「交渉成立だ」

 海賊らしい強欲さを持たないクロエは、金品にそこまで頓着しない。

 今はそこまで金は必要じゃないと判断すれば、分け前を全て仲間に任せることも多い。良く言えば太っ腹、悪く言えば無頓着であるのだ。

「……で、お前は何者だ。只者ではあるまい」

 クロエが興味を向けたのは、一人の女性。

 解放された元奴隷達と違い、安堵しつつも警戒を怠らなかったのだ。

 特にステューシーに対し、敵愾心を孕んだ眼差しをしていた。それがどうにも気がかりだったのだ。

「この私よりステューシーに対して随分と警戒してたが……さては「革命軍」の関係者か?」

「っ……!」

「――空気が変わったな」

 女性はある組織の名を聞き、目を見開いた。

 どうやらクロエの読み通りのようだ。

「革命軍?」

「最近その名がちらほら出てる、打倒世界政府を目的とするテロ組織よ」

 ステューシー曰く。

 海賊は政府や海軍と敵対しても、政府そのものを倒そうとまではしない。クロエ自身も世界政府との全面衝突に躊躇いはないが、目的さえ果たせばそれ以上の攻撃はしない。あくまでも自由に在り続けることが大事だからである。

 それに対して革命軍という反政府組織は、政府そのものを倒そうとしている連中であり、近年影響力を増し始めているらしい。特にクロエ海賊団がフィッシャー・タイガーと共に起こした聖地マリージョア襲撃の直後、政府と海軍が後始末に追われている隙にクーデターを起こして成功を収めたため、世経の報道もあってその名が一気に知れ渡ってしまったらしい。

「総司令官の名はドラゴン。〝反逆竜〟の異名を持つ革命家だけど、それ以外の情報は全く把握されてないわ」

「素性が一切不明の革命家、か」

「おれァ海兵だった頃に度々耳にしてた。そん時ゃあまり警戒されてなかったが……今となっちゃあご立派な武装勢力か。政府上層部の間抜けぶりが目に浮かぶぜ」

 ガスパーデはかつての元上司を嘲笑いながら酒を呷る。

 言い方を変えれば、それ程までにドラゴンは警戒心が強く、用心深いのだ。世界政府を倒そうとする勢力なのだから当然と言えば当然だろうが。

「で、お前は?」

「……ジニーだ。革命軍軍隊長」

「軍隊長……幹部格か。中々の大物が囚われていたものだ」

 クロエは考える。

 次の島で降ろすのは確定だが、革命軍の軍隊長は政府としては是が非でも確保したい人間。迂闊に解放しては彼女の身を危ぶめるだけだ。そういう終わりは、クロエも望んでない。

 その上でやれる手立ては、たった一つだ。

「おい、ジニー。革命軍と繋げられるか?」

「え!?」

「私が直々に掛け合ってやる。集合場所は決めたいだろう」

「……ええーーー!?」

 クロエの突拍子もない提案に、ジニーは目玉が飛び出る程に驚いた。

 

 

           *

 

 

 元奴隷達を島に下ろしたクロエ海賊団はすぐ出航し、まさかの革命軍との電話交渉を始めた。

 プルプルプル、という電伝虫のなる音が、静かな海上であるのもあってか嫌に響いた。

「……」

「緊張するか?」

「そりゃあ……私が攫われたのは皆知ってるだろうし」

「先に私が対応する。一応〝責任者〟だからな」

 クロエがそう言った途端、ガチャッと電伝虫から音が鳴った。

 革命軍の誰が対応するのか、気になりながらもクロエは受話器に声を掛けた。

「こちらクロエ・D・リード。革命軍で合ってるか?」

《…………ええええええええっ!?》

「うっさ……」

 クロエが名乗った途端、電伝虫が跳ね回るのではと思ってしまう程に動いた。

 それはそうだ。電話をかけてきたのは、大海賊時代で最も危険な海賊団を率いる〝史上最恐の女海賊〟なのだ。

「おい、大丈夫か」

《ちょ、ま……ハァ!? お、おおお〝鬼の女中〟ゥ!? どういう訳!? ヴァナタ何で知ってるの!?》

「その声……アニキ!? アニキなの!?」

《ハッ! その声は、ジニー!? ヴァナタ無事だっタブルね!?》

 電話相手は、何とジニーの兄貴分のようだ。

 身内が対応してくれるのは、ジニーの身を預かっている側としても都合がいい。

 クロエはジニーの兄と交渉を始めた。

「ジニーの身柄はクロエ海賊団が預かっている。待ち合わせ場所を指定して、お前らに彼女を引き渡したいんだが……ドラゴンはどうなんだ」

《っ……ヴァナタ……》

「こっちには元CP‐0と元海兵がいるんでな。ある程度の情報は掴んでる。そっちこそ息を潜めず口を開いたらどうだ、〝反逆竜〟」

 クロエは淡々とした様子で言葉を紡ぐと……。

《イワ、代わってくれ。彼女と話さねばならん》

《……わかったわ、ドラゴン》

 低い声色が発せられた。

 あの声が革命軍の首領なのか。

《おれがドラゴンだ。クロエ・D・リード……ジニーの件、心より感謝する》

「別にお前の為にやったわけじゃない。どうせ礼を言うなら、船長命令を取り消して首を突っ込んだエマに直接言うんだな」

 〝鬼の女中〟と〝反逆竜〟の、前代未聞の電伝虫会談。

 ドラゴン側からは、同じように部下に囲まれてるのか、「ジニーは無事なのか」「あのクロエが匿ってるらしい」という声が漏れている。

「今更だが、海軍の盗聴は大丈夫か?」

《盗聴妨害の念波を飛ばす白電伝虫に接続している。こちらは問題ないが……お前こそいいのか?》

「その時は全力で全てを叩き潰すだけだ」

《…………そうか……》

 沈黙の後、静かに短く返答するドラゴン。

 思った以上に脳筋な回答に、かなり困惑気味だ。

「……で、受け渡しの場所はどうする? 私はそっちに合わせても結構だが」

《そうか、そう言ってくれるとありがたい……では――》

 ドラゴンはクロエに場所を指定した。

 それは、彼女にとって予想外の場所だった。

 

 

           *

 

 

 一週間後、〝東の海(イーストブルー)〟オルガン諸島。

 世界で最も治安のいい海域であることから「平和の象徴」と言われているこの海のある無人島で、革命軍とクロエ海賊団が停泊・相対していた。

「アニキーー!!」

「ジニー、よかったキャブル!」

 ジニーは目の前の三頭身の巨漢――エンポリオ・イワンコフに抱き着き感涙する。

 革命軍の同志達も、彼女の無事を心から喜んでおり、涙を浮かべる者もいる。

 そんな中、ただ一人毅然とした態度で顔の半分に大きな赤色の刺青を入れた男がクロエとエマに近づいた。彼こそ、革命軍の総司令官である〝反逆竜〟ドラゴンだった。

「クロエ・D・リード、エマ・グラニュエール……ジニーの件、改めて礼を言う」

「いいっていいって! 頭とか下げないでよ、海賊だよ?」

「エマに同感だ。無法者同士とはいえ、立場があるだろう」

 頭を下げるドラゴンに、二人は困惑する。

 思慮深く厳格な性格なのだろうか。

「……まあ、私個人としては幹部格にしては弱すぎるとは思ってるが」

「うっ」

「クロエ、容赦ないね……」

 辛辣な一言を告げるクロエに、ギクッとするジニー。

 彼女も今回の件は油断では済まないと薄々感じているようだ。

「二度とこういう面倒を起こすな、ドラゴン。一度は赦すが二度はない……私はそういう女だ」

 クロエはそう言うと、一冊の厚い本をドラゴンに渡した。

 本のタイトルは「クロエ流鍛錬術」……クロエ直筆のものだった。

『……!?』

「おい、これは!」

「戦える軍隊にするんだろう? 組織の武力だけでなく個人の武力もどうにかしろ。そいつはわざわざ五日間かけてまとめた本だ、無くしたら知らん」

 革命軍にとんでもない贈り物をしたクロエに、全員があんぐりとした。

「奪われたくなきゃ、しっかり守れ。力なき者から先に淘汰されるのがこの世界だ」

 クロエはそう忠告した。

 しかしドラゴンは、真っ直ぐな眼差しでクロエを見据えて言葉を返した。

「……その世界は、おれが変える。要らぬ者を淘汰する世界に未来はない」

 その言葉にクロエはきょとんとすると、クスクスと笑い始めた。

「フフ……! 〝赤い土の大陸(レッドライン)〟の()()()の連中に、貴様の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいものだ」

「マリージョアのことを養豚場って呼ぶの、クロエしかいないよ」

「事実だろう」

 クロエは背を向けてオーロ・ジャクソン号の舷梯を上がる。

 それに続き、ラカムやレッド達も戻り始める。

「……ジニーちゃん、元気でね」

「……本当に、ありがとう!」

「くまちーって人と、お幸せにね~」

 瞬間、ジニーは凍り付いた。

 何と、エマはジニーが結婚願望を持っていることを把握していたのだ!

「え、ちょ……わーっ!!」

 顔をボンッと赤らめるジニー。

 その様子を見ていたずらっ子のように笑うエマに、先に戻ったクロエは「いい趣味してるな……」とボヤいた。




次回、ついに待望の〝アレ〟をやります!
〝アレ〟を待ってた皆さん、お待たせしました。もう少々お待ちください。


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第57話〝赤髪海賊団壊滅未遂事件〟

ようやくエレジア回です。


 大海賊時代開幕から、12年が経過した。

 〝神殺し〟〝鬼の女中〟〝史上最恐の女海賊〟……海賊も恐れる大海賊として海に君臨するクロエは、新聞を握り潰して煮えたぎる感情を押し殺していた。

 しかし抑えきれない感情は滲み出る覇気となり、あらゆる存在を威圧していた。その圧迫感は、ロジャー世代の大海賊であるレッドですら声を掛けられない程だった。

 

 ――音楽の国エレジア壊滅

 ――愛と平和踏みにじられる 生存者は二人だけ!

 ――犯人は〝赤髪のシャンクス〟

 

「……クロエ……」

 荒ぶるクロエに、親友のエマも声を掛けづらい。

 クロエは弟分を可愛がっており、ロジャー海賊団時代から面倒を見てきた。特にシャンクスはウタを義理の娘として育ててることもあり、かなり気にしていた。だからこそ前回会った際、ウタと真正面から向き合えと忠告したのだ。

 それなのに、シャンクスはこんな事件を起こしたのだ。しかも記事によると、その生存者は国王であるゴードンに加え、シャンクスと共にいたはずのウタだという。

「……お前には失望したぞ、シャンクス」

 クロエは、ただ静かに呟く。

 しかしその声には凄まじい怒気が孕んでおり、常人なら息を殺されそうな雰囲気だ。

「……そう言えば、どこへ進んでるんだこの船」

「エレジアだけど」

「ハァ!? 壊滅してまだ一週間も経ってないぞ!! 海軍がまだいるはずだろ」

「今のクロエにそれは通じないよ」

 その言葉に、全員が押し黙った。

 海軍の艦隊を殲滅してでも、エレジアに残ったウタに会いに行く――それが今のクロエの考えだ。それを覆すことなど、親友のエマでもできない。

「もはや止まるまい。なるようにはなるはずだ」

 レッドの言葉に、一同は頷く他なかった。

 

 

           *

 

 

 破壊の爪痕が生々しい、かつての音楽の国・エレジア。

 上陸したクロエ海賊団は、変わり果てた街を探索する。幸いにも海軍には会わずに済んだので、堂々と港にオーロ・ジャクソン号を停泊できた。

 廃墟ばかりの街を中を進むと、ラカムが気づいた。

「――! おい、これ見ろ」

「あァ……?」

「どうした?」

 ラカムが見つけたのは、建物の断面だ。

「この断面、おかしいぞ」

「おかしい?」

「どういうことだ、わしにはさっぱりわからんぞ!」

「……! そうか、読めたぞ。この建物は凄まじい熱量を持つ刃で切断されたような跡なんだな?」

 デラクアヒやエルドラゴが頭をひねる中、マクガイは持ち前の鋭い洞察力で、ラカムが言いたいことを的確に当てた。

「熱で建物を焼き切るなどという芸当なんて、それこそ相当強力な悪魔の実か兵器じゃないとできない」

「それって、破壊光線や熱線みたいなヤツ?」

 エマの言葉に、ラカムは無言で頷いた。

 信じ難いが、それを明確に否定できる根拠も証拠もない。

 もしかすれば、人智を超越したナニかによって蹂躙された可能性もあり得る。

「……ところで、船長は?」

「お城の方に一直線。あの子と会うためにね」

 エマは廃墟になった街を見下ろす場所にある城に目を向け、そう呟いた。

 

 

 一方、一人迷いなく城へ向かったクロエは、頭頂部が禿げ上がり両脇の髪を長く伸ばしたサングラスの男――エレジアの元国王・ゴードンと面会していた。

「まさか本当に来るとは……いや、来てくれるとは」

「私の愚弟の問題とはいえ、ウタの顔馴染みとして彼女の安否は知りたいからな」

 廊下を歩きながら、ゴードンと語るクロエ。

 すると、ある部屋の前に立ち止まった。ウタの部屋だ。

 ゴードンはドアを叩き、先に入室した。彼の視線の先には、酷く落ち込んで虚ろな目をしたウタが座っていた。

「ウタ……急に入って済まないが、君に会いたいという方が来ている」

「……私に……?」

「ああ……遠い海からのお客様だ」

 ゴードンは一歩下がると、クロエがコートをなびかせて入室した。

 その姿を見たウタは、瞳を揺らせた。

「ウタ、私を憶えてるか?」

「……クロエ、おばさん……?」

「ああ、おばさんが来てやったぞ」

 片膝を突き、柔和な笑みを近づけるクロエは、徐に手を伸ばしてウタの頭を撫でた。

 ウタは思い出す。幼き頃、難しい言葉だったが忘れられない歌を聴かせてくれた、優し気な眼差しを。

「うぅぅ……っっ……あああ!! うあああああああっ!!!」

 ウタは喉が張り裂けんばかりに泣き、クロエの胸に飛び込んだ。

「シャンクスが、みんなが……うわあああああああっ!!!」

「大丈夫、私はお前の味方だ」

 優しい声色で泣きじゃくるウタを抱きしめるクロエだが、ゴードンは凍り付いていた。

 

 クロエの目は、〝鬼〟の目をしていたのだ。

 

 

           *

 

 

 その夜。

 クロエはエレジアの城の中で宴を開いた。

 ウタとゴードンを含めても二十人に満たない、大海賊の宴にしてはささやかなもの。それでもウタは久しぶりに会ったクロエ達に心からの笑顔を浮かべており、ゴードンは感涙した。なお、ハメを外して泥酔した面々の介抱はラカムが一人でやっている。

 そして宴が終わり、皆が大の字で寝転んでいる中、クロエはウタを寝かしつけながら頭に触れた。

「ウタ、すまないな」

 クロエは目を閉じると、〝見聞色〟を発動し、その精度を限界まで高めた。

 実は見聞色の覇気は、応用すると他者に直接触れることでその記憶を読み取るという芸当が可能となる。この技術は生まれつき強い見聞色の持ち主であるレッドのみ扱えたが、己の才覚に胡坐を掻かず鍛錬し続けたクロエは、レッドに教わって習得した。見聞色が得意なエマも、この技術を習得している。

 要するにクロエは、ウタの記憶を読み取り、エレジア壊滅の真実を知ろうとしたのだ。

(……)

 目を閉じるクロエの瞼の裏で、映像が映る。

 海軍の軍艦に追われるレッド・フォース号、焼き尽くされた街、死屍累々となった国土……時間を遡り、あの夜の真相を探ろうとした時。

 ――ブツンッ!

「!?」

 クロエは目を開き、驚いた。

 肝心の部分の映像が視えなくなったのだ。一番気になるところが、どうもウタ自身が記憶を失っているせいで紛失しているようだ。

「……ちっ」

 思わず舌打ちし、ウタの部屋を後にした時。

「クロエ、ちょっといい?」

「……?」

 エマに促され、城の中の一室で二人きりになる。

 彼女が持ち出してきたのは、一つの映像電伝虫だ。

「映像電伝虫か?」

「これ見てよ。答えが記録されている」

 エマは真剣な面持ちで古い映像電伝虫を再生する。

 そこに映っていたのは、火の海と化したエレジアだった。

《誰か! 大変だ、トットムジカの話は本当だった! 〝魔王〟が――トットムジカでよみがえった魔王が街を破壊している!!》

 映像の配信者は、若い男性。

 炎で夜空は真っ赤に染まり、音楽の島は文字通りの地獄絵図だった。

 大火に包まれた街中には、首元の数珠のように並んだ髑髏とピアノの鍵盤の様な両腕が特徴的な、黒いハットを被ったピエロのような異形の怪物がレーザー光線で破壊の限りを尽くしていた。

 よく見ると、怪物に立ち向かう者達の姿が映っている。麦わら帽子と黒いマントの剣士――シャンクスだ。

 赤髪海賊団は窮地に立たされていた。魔王の防御は鉄壁であり、覇気を纏った攻撃ですら完全に防ぎ切っている。シャンクスも果敢に攻め立てるが、魔王は巨大な腕を盾にしてレーザーで周囲を焼き払っている。

《ハァ……ハァ……この映像を見ている人!! ウタという少女は危険だ!! あの子の歌は、世界を滅ぼす!!》

 その言葉を最後に、音声と映像は途切れた。

「……」

「この魔王って存在によってエレジアは滅び、その罪をシャンクス達が被ったのが真相みたい……」

「そうか……だがそれは、ウタをエレジアに置いていく理由には値しない」

 真実を知ったクロエだったが、シャンクスへの怒りは鎮まらなかった。

「こんな残酷な真実を知ってほしくないのなら……尚更ウタを手放すべきじゃないだろう。一番傍にいてやらねばならない時にあいつは手放したんだ、一発ぶち込まないと気が済まん」

「……まァ、あのタイミングで〝ぼっち〟はキツすぎるよねェ……」

 冷静に、それでいて肌を突き刺すような怒気を剥き出しにする。

 副船長という立場ではあるが、親友の言葉に同感しているのか、エマは窘める言葉を一切口にしない。

「……これからどうする?」

「今は〝東の海(イーストブルー)〟のフーシャ村に拠点を置いてるから、そこへ一直線だ。今回の件は姉貴分として首を突っ込まないと、ロジャーに顔向けできない。邪魔する者はことごとく蹴散らす」

「……だよね」

 クロエとエマは、シャンクスに落とし前をつけることを決断し、ウタとゴードンを連れてフーシャ村へと直行することにした。

 

 

           *

 

 

 フーシャ村。

 赤髪海賊団の拠点となった平和な田舎の港で、シャンクスはそわそわしていた。

「お頭、どうした?」

「いや、ここ最近鳥肌がスゴい立つっつーか、寒気が止まんないっつーか……」

「風邪でも引いたんじゃねェか?」 

「症状が出てねェってのにか? ルウ」

 船医のホンゴウは「特に異常はなさそうだぞ」とシャンクスに告げた。

 それでもシャンクスは落ち着かない。

「……酒でも飲んで気を紛らわせるか」

「お頭、また二日酔いになるぞ」

「バーロー、そこまで飲みやしねェよ!」

 シャンクスが懇意にしている女店主が経営する酒場へ向かおうとした、その時だった。

「海賊船だ!」

 見張りの声に、一同はピリついた。

 この村を荒らしに来たのなら、容赦しない――シャンクス達は戦闘の準備を始めたが……。

 

 ――ダンッ! ダンッ! ダンッ!

 

 何かを蹴るような音が響き、バリバリという音も大きくなってきた。

 猛烈に悪い予感がしてきたシャンクスは、咄嗟に愛刀・グリフォンを抜いた。

 その時には、見聞殺しの状態で抜刀した海賊の女王が、すぐそこに迫っていた。

「――クロエ姉さんっ!?」

「〝神避〟!!」

 

 ドンッ!! ボゴォン!!

 

『うわあああああああ!!!』

 クロエの覇王色を纏った衝撃波が、シャンクスに直撃。

 間一髪でグリフォンを盾にしたが、少しも威力を殺すことができず吹き飛ばされ、周囲にいた赤髪海賊団の幹部達も下っ端達も薙ぎ払われた。

 これ程の大損害を赤髪海賊団に与えておきながら、フーシャ村には傷一つついてないので、クロエの覇気のコントロールがいかに精密かが伺えた。

「ウゥ……ク、クロエ姉さん……何でここに……!?」

 色んなところから血を流しつつ、どうにか起き上がるシャンクスは動揺を隠しきれない。

 そんな弟分を見下ろし、クロエは口を開いた。

「私がこの村に来てはダメなのか?」

「い、いえいえ! 滅相もありません!! それにしても、まさかこんなところで会うなんて……」

「この世の見納めにしては悪くあるまい」

 ジャキッ……とシャンクスの喉元に化血を向けるクロエ。

 切っ先からはバリバリと覇王色の覇気が漏れ、眼差しはキレた時のロジャーを彷彿させた。

 ――あっ、おれ終わった。

 シャンクスは冷や汗を滝のように流し、顔面蒼白となった。

 その時、さらに予想だにしない乱入者が。

「シャンクスーー!! 大丈夫かーー!?」

「ルフィ!?」

 まさかの子供が乱入。

 ルフィという少年が、クロエに駆け寄って怒鳴りつけた。

「おい! シャンクスを傷つけるな! 許さないぞ!」

「――何だお前は」

「おれはモンキー・D・ルフィ!」

 名乗りを上げた少年に、クロエは目を見開いた。

「モンキー・D……まさかガープの?」

「? じいちゃんを知ってるのか?」

「お前、ガープの孫か!? ……いや、よく見たら面影があるな……」

 覇気も怒気も鳴りを潜め、クロエは少年の顔を凝視する。

 シャンクスとガープの孫が知り合いだったのは、さすがの彼女も予想外だったようだ。

「そういうお前こそ誰だよ!」

「クロエ……クロエ・D・リード。このバカの姉貴分だ」

「……え~~~!? シャンクスの姉ちゃんんんん!?」

 シャンクスに手を上げた女海賊が、まさかのシャンクスの姉貴分だと知り、ルフィは驚愕。

 すると、そこへボロボロになったベックマン達と共にクロエ海賊団が現れた。

「ベック! 皆! 無事か!?」

「……お頭、()()()()()()

「……?」

 ベックマンの言葉に、目をパチクリとさせるシャンクス。

 さらにそこへ、ハプニングが畳みかかった。

「シャンクス~~~!!」

「んなっ!! ウタ!?」

「ウタァ!?」

 泣きじゃくりながらウタがシャンクスに駆け寄り、ポカポカと殴りつけた。

「シャンクスのバカァ!! 何で置いていったんだよー!!」

「!? お、おいシャンクス!! おれにウソ言ったのかよ!?」

「うぐっ……」

 ルフィの指摘に、シャンクスは言葉を詰まらせた。

 何を隠そう、ウタはルフィと親しくなっていた。エレジアの件の後、シャンクスは「歌手になるために船を降りた」とはぐらかしたが、何か勘づいたのか喧嘩になり、しばらく口を利かなくなったことがあるのだ。

 最終的には「ウタとシャンクスの問題」としてルフィが詮索するのをやめたのだが……。

「ま、待ってくれ! その件は全て私が……!」

「ゴードン!? あんたまで来てたのか!?」

 エレジアの元国王であるゴードンまで現れたことで、さらに混乱するシャンクス。

 色々収拾つかなくなったが、エマが空中へ向けて発砲したことで、全員の意識が向いた。

「……近所迷惑だから、ちょっと静かに」

「いや、一番迷惑なやり方で場を鎮めてるぞ」

「ラカム君、シーッ!」

 村人達が何事だと集まりざわつく中、赤髪海賊団壊滅は未遂に終わったのだった。




一応、クロエはフーシャ村に被害が及ばないように手加減してます。
まあ、村人からすればすぐ近くで爆発と雷鳴が聞こえたようなもんなので、迷惑っちゃ迷惑でしょうが。


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第58話〝傷心の先に〟

新年あけましておめでとうございます!
今年もよろしくお願いしますね。

後半のウタとエマのやり取りについては、RADWIMPSの「すずめ feat.十明」をBGMにするのを個人的に推奨します。


 ところ変わって、フーシャ村の酒場「PARTYS BAR」。

 その店内で、赤髪海賊団の面々は正座させられ、ルフィやウタ、ゴードンも同席していた。

「……何か言いたそうだな、シャンクス」

「……クロエ姉さん、おれ達がエレジアを滅ぼしてないってのは――」

「当然知ってる。証拠も持ってきてるしな」

 クロエが指を鳴らすと、ラカムが一匹の映像電伝虫を持ってきた。

 それを見たゴードンは、目を見張った。

「それは……?」

「事件があった夜の記録映像。当時の島の住民の遺物だ、海軍にパクられる前に回収しといた。私とエマは中身をチェック済みだ。ここにいる面々は全員初めてだろうな」

「な、何だって!?」

 まさかの物的証拠が残ってたことに、ゴードンは驚きを隠せない。

 クロエは「とりあえずボタンを押す」と告げ、その言葉にシャンクスが過敏に反応した。

「ク、クロエ姉さん!! それは――」

「過去は清算するものだ……目を背けるのは許さん」

 シャンクスがうろたえるのも無視して、クロエは映像電伝虫に記録された映像を再生した。

 酒場の壁にそれは投影され、エレジア壊滅の真相が再び暴かれた。

《誰か! 大変だ、トットムジカの話は本当だった! 〝魔王〟が――トットムジカでよみがえった魔王が街を破壊している!!》

 夜空の下で火の海と化したエレジア。

 次々に街を破壊していく異形の怪物の中にはウタがおり、禍々しい歌を歌い続けている。

「え……」

「な、んだよ……これ……」

 ウタとルフィは唖然としていた。

 赤髪海賊団やルフィと親しい間柄である店主・マキノも、両手で口を覆っている。

 クロエ海賊団の面々も、初めて見る映像に驚きを隠せない。

《ハァ……ハァ……この映像を見ている人!! ウ――》

 

 カチッ!

 

 クロエはすかさず再生を止めた。

 ここから先を流せば、本当にウタの心を壊しかねないと判断したからだった。

「もう勘づいているだろうが……この魔王という存在は、ウタを利用して顕現したんだ」

「……え? わ、たし、が……?」

「な……何言ってん、だよ……」

「……」

 二人の子供の言葉に、クロエは無言を貫いた。

 それが答えだった。

「…………わたしが……わたしが……トットムジカをよんで……わたしが………うっ」

 ウタはあまりのショックで、その場で気を失ってしまった。

 クロエはすかさず手を伸ばして抱きかかえる。一種の防衛本能が働いたようだった。

「だからウタを遠ざけた、ということなんだな? シャンクス」

「ああ……こんな残酷な真実を知ってほしくなくて……世界一の歌手になって欲しくて……あいつをエレジアに……」

「…………私としては、一番辛い時に寄り添ってくれる一番大事な家族に置いてかれたのがトドメだと思うがな」

「全くだ……おれって奴は本当にバカだ……! 考えてみれば単純なことだった……おれは娘の気持ちも何もわかってなかった……!! 失格だ……親失格だ!!」

 左手を顔に当て泣き崩れるシャンクス。

 ゴードンも「私がすぐに処分していれば……!」と懺悔の涙を流す。

 そしてルフィも、大粒の涙を流して叫んだ。

「ぶざげんじゃね゛ェよ゛ォ!!! び、びんなをがなじませで……きずづげで!!! 泣がぜやがっで!!!」

「……」

 クロエはウタを抱えたまま、泣きじゃくるルフィに手を伸ばして優しく撫でた。

 ルフィはその手にすがりつくように泣いた。

「……マキノと言ったな? すまないが寝室を借りる。ウタを寝かせないとな」

「お、お゛れもいぐ!」

「はい……ウタちゃんのことをどうかお願いします……」

 クロエはそう言い残して、ウタを寝室まで運んで行く。

 重い空気が酒場に漂う中、ラカムが口を開いた。

「ウチの怪物船長もようやく頭冷えてきたようだな……これからどうする? 赤髪海賊団」

「ウタの状態が安定するまでは無期限で航海の延期……その間おれ達はフーシャ村に留まる。お頭、それでいいか」

「ああ、勿論だ……今のおれ達に必要なのは時間だ……あいつの心の傷を癒すためのな……」

 落ち着きを取り戻したシャンクスは涙を拭うと、ベックマンの言葉に同意する。

 心の傷は、体の傷とは訳が違う。ましてウタのような子供ならば尚更だ。赤髪海賊団全員がその事を身に沁みて理解し、目を合わせて頷いた。

 そして酒場の寝室では、クロエがウタをベッドに寝かせており、ルフィも涙が止まって同行していた。

「……辛かったよな。寂しかったよな、ウタ……」

「……傷を癒すには、逃げるだけではなく向き合わねばならない時もある」

 その言葉にルフィは顔を上げる。

 心の傷を癒すには、時間を与えることに尽きる。だがそれだけでなく、自らが現実と向き合い、折り目を自分でつけることも重要なのだ。

 そして、傍に寄り添ってくれる存在も必要だ。

(もしかすれば、この子供も今は必要かもしれんな)

「なァ、一つ気になるんだけど……クロエって名前、どっかで聞いたことあるんだ」

「フッフフ……それはまたの機会としよう。今はウタを癒すことが先決だ。そうだろう?」

 クロエの優しく語りかけるような物言いに、ルフィは無言で頷いたのだった。

 

 

           *

 

 

 一夜明け、真実を知ったウタは、ベッドの上で泣き出しそうな顔で蹲っていた。

 エレジアを滅ぼしたのは魔王で、その魔王を故意ではないとはいえ召喚したのはウタだ。シャンクス達はエレジアを滅ぼすどころか、人々の為に魔王に立ち向かい、全ての罪を背負うことでウタを守ろうとしていたのだ。

 ただ、その後立ち去ったことに関してはクロエは頭に来たそうで、大層キツくあたられてるが……。

「私……生きてて、いいのかな……」

 ウタは消え入りそうな声で呟いた。

 膝の上で小さな手がぎゅっと握られており、その手は小刻みに揺れている。

(エレジアを滅ぼして……シャンクス達にも迷惑しか掛けてなくて……私を許してくれたとしても……それじゃ……!)

「ウタちゃん、起きてたんだ」

「! エマおばさん……?」

 悲しみに暮れるウタの元に、エマが駆け寄った。

 彼女もまた、ウタにとっては憧れの女性の一人だ。

「……何で私にそこまでやさしくしてくれるの? 私はエレジアを滅ぼした原因なんだよ……?」

「あれに関してはどうしようもない……クロエも言ってた。それにおばさんは今のウタちゃんを放っておけるような性分じゃなくてさ」

 まだ30代だけどね、と言いながらエマはニッと朗らかに笑うと、ウタの頭を優しく撫でた。

「ウタちゃんは歌っただけで何も悪くない。あれは大人の責任だよ」

「……そんなの、そんなの納得できるわけない!! 私が歌ったせいで国が一つなくなっちゃったんだよ!? もうゴードンさんやシャンクス達に、どんな顔して会えばいいのかわかんないよ!!」

 ウタは泣きながら叫ぶと、エマが彼女をそっと抱きしめた。

 幼き少女の苦しみや悲しみ、痛み……全てを受け止め理解してあげようと、優しい笑顔を向けてながら語りかける。

「ウタちゃん……たとえ苦しくても悲しくても、時に自分を責めて傷つけても、自分の夢を追うなら前に進まなきゃダメだよ? 人間は生きてナンボ。私はエレジアのことでウタちゃんに負い目を感じてほしくない」

「エ゛、マおばざん……」

 泣きじゃくる彼女の頭を撫でながら、エマは続ける。

「確かに、人はできることなら悪い出来事の記憶を忘れたがる。でもね、その出来事がその人を強くしたり、心を成長させるキッカケになることもあるんだ。良いことも悪いことも経験して、人は何かに成るんだ」

 エマはウタから身体を離すと、今度は肩に手を置いてジッと彼女の目を見据える。

 その瞳からは……ウタの心根を見定めようといった、力強い感情が見てとれた。

 しばらく無言で視線を合わせたままでいるが、やがてエマはニッと笑いながら言った。

「大丈夫!! この海を一人で生きてる人間はいないから、ウタちゃんなら乗り越えられる!!」

「……エマ、おばさん……」

「もうそろそろ……来るんじゃないかな」

 エマが後ろを振り返ると同時に、ウタは階段を上がる足音が聞こえるのを感じた。

 足音は段々と近づいてきており、ウタは揺れる瞳でその音が聞こえる方を見つめると、麦わら帽子を被った赤髪の男と黒髪の少年が視界に入った。

「ルフィ……シャンクス……」

「さあ、ここから先はウタちゃんの〝出番〟だよ」

 シャンクスはルフィを肩にのせて、ウタを見下ろすような形で話しかけた。

 優しく笑いながらも力強い視線を受けて、ウタは前に出ることも後ろに下がることも出来ずに二人の顔を交互に見つめた。

 少しの間を置いて、沈黙を破ったのはシャンクスだった。

「エマ姉さん、おれと代わってもいいか?」

「どうぞ。親子水入らず」

「ありがとう」

 シャンクスはエマにお礼を言うと、ルフィと共にウタに近づく。

 するとウタは、迷わずシャンクスに抱き着いた。

「シャンクス……うわあああああああん!!!」

「ウタ……」

「シャンクスのバカッ!! 私、さびしくて、つらくて……あああああああっ!!」

「ごめんな……」

 シャンクスはウタの頭に手を乗せて、ゆっくり撫でながら謝る。

「ウタ……お前は何も悪くない。おれをどんなに嫌おうと構わないから、その歌声だけは……」

「嫌いになんて……なるわけないっ!! だから……もう二度と、私を置いていかないで……もう二度と……ひとりぼっちにしないでよォ!!!」

「当たり前だ……もうお前を離したりしないっ……!!!」

 シャンクスの胸に顔を押しつけたまま、ウタは泣き叫ぶ。

 するとルフィもウタの手を握って口を開いた。

「ウタ……おれもそばにいるよ……!! ウタがウタを許せるまで……おれはウタを支えてやりてェ……!!」

「ルフィ……!!」

「お前は一人ぼっちなんかじゃねェ……!! おれどウダは、新時代を誓い゛合っだ仲間だ!!」

 その言葉に、ウタはルフィにも泣きつく。

 この海を一人で生きてる人間はいない――それを実感しながら、ウタは二人と共に抱き合い続けた。

 そのやり取りを、クロエは一階の酒場のカウンター席に座りながら、見聞色の覇気で聞いていた。

「どう? 御膳立てはバッチリでしょ?」

「さすが私の右腕だ」

 二階から降りてきた親友に笑いかけると、クロエは空いたグラスにラム酒を注ぐ。

 エマはクロエの左隣のカウンター席に腰かけながら、酒をグイッと飲んだ。今日は奢るつもりなのか、彼女はエマのグラスに酒を継ぎ足した。

「……で、貴様がウタより泣いてどうする、ゴードン」

「泣き上戸なんじゃない?」

「う゛お゛お゛お゛お゛……!!」

 号泣しながら酒を飲むゴードンを見て、クロエとエマが声を揃える。

「私の愚かさが招いたんだ……あの子に悲しい業を背負わせてしまったのは、私の責任だ……!!」

「いくら周りからそうじゃないと言ってくれても、自責の念というものはそう容易くは拭えないからね……私もその気持ちはわかる」

「エマ、お前……」

「私も、前世(まえ)で救えなかったから……」

 悲しそうに顔を歪めるエマに、クロエは『迷惑をかけたな……』と静かに呟いた。

 おそらくエマは前世、唯一無二の親友を救えなかったのを相当根に持っているのだろう。今でこそ転生して再会できたが、前世では本当に誰にも救ってもらえず、その中でクロエは自ら命を絶ったのだ。その件はクロエ自身が一人で抱え込んでしまったのも一因だが、エマはずっと後悔していたに違いない。

 前世のことはもういいのだから、そう堅くなることはない……とは言わなくとも、クロエは優しくエマの肩を叩いた。

「これからどうするんだ、ゴードン」

「私はエレジアに残る。元国王として、亡きエレジアの人々を弔わねば……」

「フーシャ村でやればいいよ。何もエレジアでやること――」

「それでもだ。もう決めたことだ」

 頑ななゴードンの態度に、二人の女大海賊は苦笑する。

 やり遂げると決断している以上、男の覚悟や王としての務めとして、これ以上言わずにやらせた方が彼の為だ。

「やはりこういうのは、ハッピーエンドに限るね」

「ああ……ああっ!!」

「あの子なら、今の挫折を未来に繋げられるさ……大人は黙って見守ってればいい」

 クロエとエマは微笑みながら……泣き笑いしているゴードンの横顔を横目に、酒を呷るのであった。




エマはクロエ以上に包容力があるキャラとして本作では扱ってます。
ある意味では、ルフィの上位互換かもしれませんね。


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第59話〝非番の英雄〟

今気づいたんですけど、シャンクスはフーシャ村滞在中によくガープに遭遇しなかったもんですね……。


 翌日、ウタとの和解が成立した赤髪海賊団は、クロエに感謝の礼を述べてからゴードンをエレジアへ送るべく出航した。

 クロエ自身も散々暴れ回ったから息抜きは必要とし、クロエ海賊団もフーシャ村にしばらく滞在することにした。なお、村長のウープ・スラップにはクロエが直談判して許可をもらっている。

「ええ~~~~~~!? 海賊王の船にィ~~~~~!?」

 女店主のマキノが切り盛りする「PARTYS BAR」で、ルフィの叫びが木霊する。

 クロエがルフィに自らの素性を明かしたのだ。

「ああ。シャンクスは見習い小僧で、私は一端の船員(クルー)だった」

「シャンクスも!? じゃ、じゃあ、ウタも知ってたのかァ!?」

「勿論。――ちなみに私が使ってる船は、元々はロジャーの船だ」

「スッゲーーーーー!!」

 ますます驚くルフィに、クロエは「純粋な奴め」と愉快そうに笑った。

 すると、彼女の隣でスモークサーモンを食べてたヤマトが、ルフィに声を掛けた。

「ルフィ。母さんは元々は一人海賊……最初っからロジャーの部下じゃないんだよ」

「一人海賊?」

「要は一匹狼だ」

 ラム酒をウイスキーグラスに注ぎながら、クロエは続ける。

「訳あって私はロジャーと戦った。だが結果は完敗……それから半ば強制的にあいつの仲間になった」

「シャンクス達をボコボコにできるクロエでも負けるなんて、海賊王はそんなに強ェのか!?」

「ああ、とんでもなく強いぞ。色んな猛者と戦ったが、最後までロジャーにだけは勝てなかった」

 懐かしそうに語るクロエに、ルフィはワクワクが止まらない。

 ゴールド・ロジャーとその一味にまつわる秘話など、そうそう聞けるものではないからだ。

「クロエさんから見て、ゴールド・ロジャーはどんな人でした?」

 マキノの問いに、クロエはウイスキーグラスの中のラム酒を呷りながら答えた。

「ロジャーは誰よりも仲間想いで、誰よりも強くて、誰よりも自由だった。シャンクスは勿論、あいつの仲間愛に私も感化された。私の知る限りでは、間違いなく世界一の海賊だ」

「じゃあ、クロエはロジャーのことは大好きなんだな!」

「ああ……ロジャーと過ごした六年が、私の掌中之珠だ」

 クロエはグラスを置いて、目を閉じて微笑む。

 比するもののない存在であるロジャーに、心から惚れ初めて恋い焦がれた。ゆえに孤高の女だったクロエは、ロジャーには心を許して己の弱さを見せることができた。敬慕の情が実ることはなかったが、亡き今もクロエは一途に想い続けている。それぐらいにクロエはロジャーを好いていた。

 幼いルフィでも、クロエがいかにロジャーを愛していたのかはしっかりと伝わった。

「ところで、私に話があるとか言ってたが……一応訊く。ルフィ、何の用だ」

「そうだ!! クロエ、次の航海おれも連れてってくれよ!! 海賊になりたいんだ!!!」

「断る」

 即答するクロエに、ルフィは固まった。

 そして数秒経ってからハッとなり、声を荒げた。

「何でだよ!! シャンクスと同じでガキすぎるからとか言いてェのかよ!!」

「母さん、僕はルフィを連れてくのいいと思うんだけど……」

「年齢はどうでもいい。私はそういうので差別はしない。……だがルフィ、お前は()()()()()()()を抱えてる」

「「ヤッカイ?」」

 ルフィとヤマトが首を傾げた時だった。

『うぎゃあ~~~~~!!!』

 酒場の外で轟音と共に仲間達の悲鳴が響き渡った。

 クロエは席を立ってヤマトと共に店を出ると、目の前でデラクアヒやドーマ、ガスパーデ達が大の字で伸びていた。何者かの強襲を受けてるのは明白だった。

 しかし、一騎当千のクロエ海賊団の船員(クルー)達でも手に余る猛者など、この世界では一握り。そしてフーシャ村に立ち寄ることがある猛者など、クロエが知る限りでは一人しかいない。

 彼女自身もその拳骨を受けた、海軍本部が誇る伝説の――

「どうも最近胸が落ち着かんと思って来てみたら、赤髪の次はお前かクロエーーー!!」

「やっぱり貴様か……」

「うぎゃあぁーーー!!! じいちゃんだぁーーーー!!!」

「え、英雄ガープ……!!」

 クロエの視線の先には、アロハシャツを着たガープが仁王立ちしていた。

 歩くバスターコールである顔見知りの英雄に、クロエはイヤそうな顔を浮かべ、ルフィとヤマトは驚愕する。

「わしの孫に何を吹聴した!? 事と次第によっちゃあ、タダじゃあ済まさんぞ!!」

「吹聴とは随分な言い草だな、ガープ……私はルフィに自己紹介とロジャーとの思い出話を酒場で語っただけに過ぎん。むしろ次の航海に乗せろと言われて断ったんだぞ?」

「お前がルフィと話すだけで孫が心配になるんじゃ!! ロジャーに似て、お前は子供も遠慮せず船に乗せるからのう……!!」

「貴様、思った以上に孫馬鹿だな……」

 クロエは思わず呆れ返った。

 ガープの言う子供は、間違いなくヤマトのことだろうが、あれはヤマトが思ったより頑固で実父のカイドウでも手を焼いたのを見かねたエマの発案である。今でこそ実の娘のように可愛がっているが、あくまでもそれは仲間愛の延長線で、断じてクロエに稚児趣味はない。

「ともかくだ。私はルフィを乗せるとは言っていない。海兵に向いた性格ではないとは思うがな」

「そういうのを余計な一言というんじゃ、バカタレが!! ルフィは強い海兵にさせるんじゃ、邪魔をするでない!!」

「ヤダよじいちゃん!! おれは海賊になりたいんだよ!!」

「たわけたことを抜かすなーーーっ!!」

 ガープの拳骨が炸裂し、ルフィは断末魔の叫びをあげたのだった。

 

 

           *

 

 

 〝ゲンコツのガープ〟の強襲を受けたクロエだったが、ルフィを乗せる気はないと知るや否や大笑いしながら軽く謝り、詫びに酒を奢った。

 海兵として問題行動ではないかと思われるが、ガープ曰く「非番」なので気にしなくていいらしい。センゴクの胃が不安要素だが。

「……で、ルフィの次は貴様か」

「まァそう怒るな! お前達を捕らえるとなると、わし一人じゃ厳しいからのう! ぶわっはっはっはっはっ!」

「よく言う……」

 ルフィの相手をヤマトに任せたクロエは、溜息を吐きながらグラスを呷った。

「わしは一つ、お前にどうしても訊きたいことがあってな……」

「海賊の私にか?」

 真剣な顔をしたガープに、クロエは目を見開いた。

 あの豪放磊落なガープの、同僚達にも言えない悩み。一体どんな深刻な話かと、クロエは目を細めた。

「ルフィは強い海兵にするんじゃが、お前はあのカイドウの娘をどう育てた?」

「それはゼファーに訊くのが筋じゃないか?」

 真剣な顔でする質問ではないな、とクロエは半目で呆れ果てた。

 だが沈黙を貫こうとしても、無理矢理尋ねてきそうなのも事実。断ったら断ったらで面倒な事態になり、マキノに迷惑をかけてしまう。

 人間関係には割と律儀なクロエは、仕方なく語り始めた。

「構うことと任せることのバランス……過保護になり過ぎない程度に愛情を注ぐことだな」

「いや、そっちじゃなくて修行の方じゃぞ? わしルフィの親父じゃないし」

「……!!」

 ガープの言う子育てが鍛錬と知り、恥ずかしさで顔を赤くするクロエ。

 シャンクスやエマがいたら抱腹絶倒だろう。そうなった時は容赦なくシバき倒すが。

「まずは基礎戦闘力。体の動かし方やバランス感覚、筋力、体力、持久力、集中力……基礎を固めないと、強大な覇気の力に身体が追いつかない」

「成程のう……」

「航海中は水泳に筋トレ、坐禅に柔軟が多いな……上陸する島によっては千尋の谷を登ったり、大岩を素手でひたすら叩き割ったり、そこら辺の丸太を担いで島を何十周もしたりする。それと船員同士の組み手も推奨している。暇と体力を持て余しているからな」

「ぶわっはっはっはっはっ!! わしの教育も間違ってはおらんようじゃな!!」

 ガープは安堵の声を漏らしながら豪快に笑った。

 クロエもチンジャオのスパルタ教育で成長したので、ガープのやり方も決して全部が全部間違ってはいないだろう。

「ならクロエよ、風船に括りつけてあの娘をどこかに飛ばしたりもしたのか?」

「私は師匠にやられたが……あれは意味があるのか?」

「あるに決まっておろう! 精神力を鍛えられるではないか!」

 ガープの持論を聞いたクロエは「本当か……?」と半信半疑の様子。

 ちなみにクロエが幼い頃にされた時は、括りつけられた風船は自分で割って降りてくるのがルールだったりする。うっかり海上で割って落ちてしまい、自力で泳いで帰るハメになった時もあったが。

「とはいえ、……やはりチンジャオも中々に猛々しい教育をしておったか」

「ちなみに師匠は未だに恨んでるぞ、頭のこと」

「ぶわっはっはっはっはっ!! わしの拳骨に負けたあいつの頭が悪いじゃろうに!!」

 サムズアップしながら爆笑するガープに、クロエは「それはそうだが……」とバツの悪い顔をした。

 マキノも思わず苦笑いを浮かべている。

「そろそろ船に戻る。これ以上の干渉は野暮だ」

「そうか。今回は非番じゃから手は出さんが、次は歯ァ食いしばっておれ」

「村に迷惑かけてる身だ、ここにいる間は何もしないさ。ただ……一つだけ言っておく」

 クロエはグラスの中の酒を飲み干すと、鋭く冷たい視線をガープに送って告げた。

「ルフィは海兵に向かない」

「っ!!」

「仮に海兵になったとしても、マリージョアの豚共のことで相当ややこしくなるぞ」

「……あのゴミクズ共のことか……」

 ガープは溜め息を吐いてから、一呼吸置いて返答した。

「――それについては、ルフィの成長に合わせて順々に教えていくつもりじゃわい……」

「どうだか……それ以前にいけ好かないと思うぞ? あの子もロジャーや私のように自由を好む……到底納得できないだろうに」

 クロエの言葉に、ガープは眉根を寄せた。

 ガープだけの問題ではないが、天竜人を嫌う海兵は多い。ただ手を上げる者がいないだけで、ガープも天竜人嫌いを態度で示してはいるが真っ向から衝突していない。海賊とはいえ、手を上げたら容赦なく殺しにかかるクロエがおかしいのである。

 まだ幼いルフィが海兵になったとしても、その現実に憤慨し、海軍を見限る可能性もゼロではない。もし海兵になってから手を上げれば、ガープもルフィもタダでは済まないし、ガープが本気で世界政府に反乱を起こしかねないだろう。

「私の目から見ても、あの子は海賊に向いている性格だ。そもそも父親が真面に育ててない時点でアレだろう」

「ぐぅ……」

 反論しようとしたが、確かに言う通りなので何も言えないガープ。

 ルフィが真っ当な海兵に育っても、天竜人に歯向かわない保証はない。むしろ余計に事態を悪化させるかもしれない。

「それでもルフィを海兵にすると言うのなら、止めはしない。正義の二文字を背負って来たら、私の首を取りに来る威勢のいい小僧として歓迎してやるさ」

「ほう、言ったな? わしの孫を見くびるでないぞ」

 クスクスと笑うクロエに、ガープは不敵に笑った。

 ルフィにはきっと海兵の才能があるのだと信じて。




今回の話でのクロエ海賊団ですが、エマとステューシーとラカムは買い物に、スレイマンは船番、レッドは散歩中でした。
それ以外の面子はフーシャ村で酒盛りしており、ガープの殴り込みを受けてボコボコにされました。(笑)


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第60話〝海賊の嗜み〟

ついに60話目に突入……!

今回はシャンクスリハビリ回と、ルフィバリスタ回の豪華二本立てです。


 フーシャ村に赤髪海賊団とクロエ海賊団が滞在するようになって、一月が経ったある日。

 クロエは不機嫌そうな顔で足を組みながら、シャンクスに声を掛けた。

「シャンクス……私はそんな出来の悪い弟を持った覚えはないぞ」

「すんません……」

 いつもは賑やかなマキノの酒場に、非常に気まずい空気が流れる。

 赤髪海賊団もクロエ海賊団も、色々とフォローしてあげたいが、クロエの威圧感がそれを一切許さなかったために何も言えなくなった。

 

 事の発端は、ルフィがシャンクスに蛮行を働いた山賊ヒグマ一味と揉めたこと。シャンクス達の悪口を並べたことに怒ったルフィが殴りかかり、逆にねじ伏せられ殺されかけるが、銃を向けて来る奴と友達を傷付ける奴は容赦しないシャンクス達が叩きのめしたのである。

 そこまではいいのだが、問題はここからで、何と頭目のヒグマは煙幕を使ってルフィを攫い、その際のシャンクスは完全に油断していたというのだ。挙句の果てにルフィは〝近海の主〟という海獣に襲われそうになり、咄嗟に庇ったからか左腕を上腕まで食い千切られてしまう大怪我を負ったのだ。

 腕を食い千切られたままルフィを抱えて帰ってきたシャンクスに、ウタは発狂寸前になるくらいに号泣し、ホンゴウやラカムが慌てて止血と治療をし……それはもう大変だったのは言うまでもない。

 

「シャンクス、格下相手に勝利を確信して思いっきり油断するな。なぜ隙を見てルフィを奪い返そうとしなかった? こればかりは煙幕を使った山賊じゃなくて、隙を見せたお前が悪い。半端にマウント取るからそうなるんだ、阿呆が」

「いやホント、ごもっともです……」

「ハァー……全く、傷心の娘を一度くらい自力で笑顔にしてやらないか」

 クロエはやれやれだと言いたげに、重い溜め息を漏らす。

 そしてシャンクスから視線を外し、落ち込んでいるルフィを見やる。

「……自分がもっと強ければ、とでも思ってるな」

「うん……もっと強けりゃあ、あんな奴ら……!!」

 ルフィは悔しそうに顔を歪め、クロエはそんな彼にアドバイスを送った。

「今のお前に必要なのは、体を強く作ることだ。貧弱な体では、強さを得てもそれに振り回される。まずは基礎を固めるんだ」

「……何か難しいけど、肉をいっぱい食えばいいのか?」

「当然それも大事だが、加えてしっかり運動をしてぐっすり寝ることもだ。強さとは積み重ね……すぐ効果が出るものじゃない。何事も怠らずに続ければ、絶対に実るものだ。努力は報われないこともあるが、決して無駄にはならないからな」

「……おう!」

 ルフィは強く頷くと、クロエは柔和な笑みを浮かべた。

 弟分には無愛想なのに、子供の前では猫を被ってるんじゃないかと思うぐらいに対応が違う。

 シャンクスは「扱いが全然違う……」と嘆き、ベックマンは一言も発さず肩に手を添えた。誰も気に留めやしないが。

「それよりもシャンクス……利き腕を上腕からもってかれたんだろう? リハビリは必須じゃないか?」

「そうだなァ……これじゃあ次の航海は当分無理そうだしなァ……」

 失った左腕を力なく撫でるシャンクス。

 いくら〝赤髪〟でも隻腕となった以上、戦闘にも日常生活にも支障をきたすだろう。

「新しい時代に懸けてきたとはいえ……利き腕を失ったのは痛いな」

「だったらちょうどいい。私達クロエ海賊団が、お前の()()を見てやろう」

「……ん?」

 クロエの唐突の提案に、シャンクスは目をパチクリとさせた。

「この島には少し気になる案件がいくつかあってな……それもあって、もうしばらくはこの村に居ようと思っている。その間はリハビリを担当してやろう」

 クロエの申し出に、赤髪海賊団は驚きを隠せない。

 無論、シャンクスにとって非常に魅力的な話であるが……何だか嫌な予感がして、恐る恐る何をするつもりなのか尋ねた。

 するとクロエは、満面の笑みを浮かべた。

「フフ……!! 久々にミッチリ扱くに決まっているじゃないか。シャンクス、私の姉弟愛を有難く受け取るがいい」

 妙に嬉しそうなクロエは、周囲が気絶しない程度にバリバリと覇気を迸らせる。

 ロジャー海賊団時代のクロエの過酷な修行を思い出したシャンクスは、ダラダラと冷や汗を流して顔を引き攣らせるのだった。

 

 

           *

 

 

  翌日。

 フーシャ村から数キロ程離れた平原で、クロエ海賊団と赤髪海賊団、そしてルフィとウタが集まった。

「これくらい離れてれば問題ないだろう」

 周囲を見渡しながら呟くクロエに対し、シャンクスはソワソワと落ち着かない様子。

 何せ、10億越えの賞金首である自分に対し、姉は40億越えの怪物中の怪物だ。ロジャー海賊団時代の頃とは比べ物にならない実力になっており、それこそ在りし日のロジャーを彷彿させるような強さを手に入れている。そんな天災級の身内と隻腕で手合わせなど、正直恐ろしい以外の感想が浮かんでこない状況である。

「よし……ヤマト、シャンクスと戦ってみろ」

「母さんの弟と!? いいの!?」

「せっかくの機会だからな。悔いのないようにしろ」

 ヤマトはクロエから許可を得ると、「頑張るぞーっ!」と己を鼓舞する。

 シャンクスは意外な相手に驚きを隠せない。

「クロエ姉さんじゃないのか?」

「いつも私じゃつまらんだろう。娘の実力も把握しておきたいしな」

「えっ!? ヤマト姉さんって、クロエおばさんの娘なの!?」

「義理だがな。……というか、いつの間にかそんなに仲良くなってたんだな」

 クロエは不敵に笑いながら、シャンクスに忠告した。

「私が育てた自慢の娘だ、舐めてかかると痛い目に遭うぞ?」

「ああ、わかってるさ……相当な覇気を感じるよ」

 シャンクスは愛刀グリフォンを構えると、ヤマトも金棒・(タケル)を構える。

 時が凍ったような静寂が訪れ……先に動いたのはヤマトだった。

「〝雷鳴八卦〟!!」

 金棒に覇気を纏わせ、一瞬で距離を詰めて殴り掛かる。

 シャンクスは見聞色で見切って躱し、グリフォンで斬りかかるが、ヤマトも同様に見聞色で回避した。

「〝鳴鏑〟!!」

 ヤマトは続けざまに、強烈な打撃を飛ばした。

 これにはシャンクスも驚き、覇気を帯びたグリフォンで受け止める。

(──重てェ……!)

 受け止めた瞬間、シャンクスの右腕がビリビリと痺れ、思わず体勢を崩してしまった。

 ヤマトはその隙を見逃さず、間髪入れずに追撃するも、これもまた躱されてしまう。

「スゲェ……ヤマトの奴、あんなデッケー金棒でシャンクスと渡り合ってんぞ……!!」

「これが、クロエおばさんの一味のレベル……」

「ヤマトちゃんは元々、クロエの好敵手(ライバル)の娘……素のポテンシャルが違うからね」

 シャンクスとヤマトの凄まじい戦いに、ルフィとウタは圧倒され、エマは微笑む。

 孤高の無双集団であるクロエ海賊団において、〝鬼姫〟ヤマトは覇王色を覚醒させているのもあって、一味の誰よりも抜きん出た才能を秘めている。利き腕を失っているとはいえシャンクス相手に渡り合うことができるのは、クロエの英才教育もあるが、最強の生物と称されるカイドウの実子という血統も大きいだろう。

「強いな……! クロエ姉さんが育てただけある。ヤマト、お前いくつだ?」

「16歳!」

「そうか! 大した奴だ!」

 言葉を交えながら、2人の激闘はより苛烈さを増し、それにより生じる衝撃が観戦していた者達にもビリビリと伝わる。

 このままでは埒が明かない――そう判断したシャンクスは、グリフォンの刀身に覇王色の覇気を纏わせ、勝負を決めようとする。

 そんな彼に、ヤマトも応えるように赤黒い稲妻を金棒から迸らせた。

(その若さで覇王色も纏えるか……!)

「行くぞ、赤髪!!」

 ヤマトは凄まじい速度で間合いを詰め、蛇のようにうねる軌道でシャンクスに迫った。

「ぬっ!!」

「〝(しん)(そく) (はく)(じゃ)()〟!! ――アレッ!?」

 ヤマトは豪快に振り抜いたが、シャンクスは未来視を使ってすでに見切っており、動きを見越した間合いを取られてしまった。

 その一瞬の隙を突き、シャンクスは覇気を纏ったグリフォンを下段から斬り上げ、金棒を真上へ吹き飛ばした。

「うわあっ!!」

 丸腰になったヤマト。

 気づいた時には足払いで転がされ、覇気を帯びた刃の切っ先を喉元にピタリと突き付けられていた。

 手合わせは、シャンクスの勝利で終わったのだ。

「……参りました」

「はっはっは! 手強かったが、おれの勝ちだなヤマ――」

 

 ――ゴンッ!!

 

「っ~~~~~~!!!」

『……だーっはっはっはっはっはっはっ!!!』

 大笑いした時、弾かれた金棒が頭頂部に直撃。

 あまりの痛さに蹲って悶絶するシャンクスに、一同は大爆笑した。

「いっ……ウゥ、あァッ……!!」

「ハァ……ったく、締まらんな」

 痛みで話ができないシャンクスを見やり、クロエは呆れたような吐息を漏らす。

 他の者達が笑い転げる中、ルフィとウタはシャンクスの容態を気遣うばかりだった。

 

 

           *

 

 

 隻腕となったシャンクスのリハビリが始まり、一週間が経過した頃。

 クロエはルフィに付きまとわれていた。

「なァ、クロエ~! おれも船に乗せてくれよォ!」

「……昔のシャンクス並みにウザいな……」

「ダメよ、そんなこと言っちゃ」

 酒場のカウンターに腰かけてコーヒーを飲むクロエは、頬杖をついてボヤいた。

 船に乗せて欲しいとコートを引っ張る少年が思いの外しつこく、明らかに鬱陶しそうな表情を浮かべる船長にステューシーは苦言を呈した。

「ルフィ……こないだも言ったろう、一々お前の祖父の相手をするのは面倒なんだと」

「そりゃ……じいちゃん海兵だし……でもおれは海賊になりたいんだ! エマとヤマトは歓迎するっつってたぞ!!」

「あの二人、あとで締めるか……」

 ルフィの発言にカチンときたクロエに、ステューシーは慌てて宥める。

 その時、何かを思いついたのか、覇気を収めてルフィに向き直りながら微笑んだ。

「気が変わった……お前に一つ〝海賊の嗜み〟を教えてやろうじゃないか」

「おっ!! いいの!?」

「ウフフ……やっぱり、何だかんだ律儀ね」

 含みのある言い方で切り出したクロエに、ルフィは目を輝かせ、ステューシーは紅茶を飲みながら微笑んだ。

「ステューシー、一旦船に戻る。それまでルフィの相手をしてくれるか?」

「……? 別に構わないわよ」

 首を傾げながらも頷いたステューシーを置いて、クロエは酒場を出た。

「……なァ、クロエの奴このまま逃げたりしないよな?」

「フフ……それはないわ。あの人、スゴい奔放だけど真面目だったりするのよ?」

 心配するルフィをステューシーが窘める。

 それから数分後、「珈琲」という文字が刻まれた木箱を持ってクロエが戻ってきた。

 箱を開けると、そこにはコーヒーセットが一式収納されていた。

「えー……」

「……不服か?」

「だって……おれ強くなる特訓みてェなの想像してた……」

 期待していたものと違ったのか、ルフィは肩を落とした。

 クロエはクスクスと笑いながら、慣れた手つきでミルを回して豆を挽き、ドリッパーにフィルターをセットし、コーヒーの粉を入れる。

「いいか、ルフィ。ただ強ければいいというものではない」

「?」

「人間は色々な要素で成り立つ。強さだけでは海賊の頭目は務まらない」

 そう言ってクロエはお湯を注ぐ。

 すると、たちまちコーヒーの芳しい香りが酒場内に立ち込めた。

「長い航海を共にする以上、趣味の一つは覚えておいた方がいい。海賊にも人間関係はあるからな」

 カップに注ぎ、ルフィの前に差し出すクロエ。

 息を吹きかけて冷ましながらコーヒーを口にすると、強い苦みに顔を歪めた。

「うェ~……(にげ)ェ……」

「クク……!! それでは当分はお子様だな」

 クロエは愉快そうに笑い、人差し指でトントンとカウンターを軽く叩くと、ステューシーがさりげなくミルクと砂糖を足した。

 今度はマシになったのか、ルフィは一口、また一口と飲んだ。

「……お前に教えてやろうと思ったのは私のバリスタだ。これを覚えれば()()()()()()()カッコいい男になれるかもしれないが、どうする?」

「――やるっ! おれに教えてくれよ!」

 コーヒー片手に尋ねるクロエに、ルフィは即答した。

 クロエは「よく言ったルフィ」と口角を上げながら優しく頭を撫で、一から手順を丁寧に説明していった。

 最初はまともにコーヒーが淹れられずに戸惑うルフィだったが、クロエが根気よく指導したおかげで慣れていき、二時間後にはすっかりコーヒーを淹れられるようになっていった。

 そして、ついにクロエとステューシーがルフィが淹れたコーヒーを飲むこととなった。

「「……!」」

「ど、どうだ?」

 ドギマギしながらルフィが感想を待つと、一口飲んだ二人はカップを置き、フッと笑った。

「――随分と私好みじゃないか」

「クロエの淹れたコーヒーとは違った苦みと濃さ……大人の味ね」

 美味しそうに飲む二人の様子に、ルフィは目を輝かせた。

 好意的な感想を述べながら自分の淹れたコーヒーを味わっているのが、とても嬉しいのだ。

「合格だ。よく頑張ったな」

「うんっ!! クロエ、ありがとっ!!」

「これでシャンクス達の度肝を抜いてやれ」

 満面の笑みでお礼を言うルフィに、クロエは口角を上げて彼の頭を撫でた。

 

 後日、シャンクス達にも飲ませたところ、ルフィのコーヒーをひどく気に入り大盛況となったのは言うまでもない。




シャンクスは原作通りの隻腕で行きます。

そろそろエースとかナグリとか火事とか触れていこうと思います。


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第61話〝ウタワールド〟

先にナグリを処理します。


 フーシャ村の港、レッド・フォース号の隣に停泊するオーロ・ジャクソン号。

 その船長室で、クロエはウタと面会していた。

「……で、大事な話とは何だ?」

「おばさんにお礼がしたいの」

 少女の言葉に、クロエはきょとんとした表情を浮かべた。

「おばさんのおかげで、シャンクスと仲直りできた……あの時おばさんが来てくれなかったら……あたしはダメだったかもしれない」

「……人間、誰しも背負う業や罪の一つや二つはある。それとちゃんと向き合ったのはウタの努力だ。私はそれを少し後押ししただけだ」

「そんなことない! ……おばさんはスゴい人だよ、尊敬してる!」

 キラキラと輝く純真な瞳に、クロエは静かに「……そうか」と返した。

 その上で、彼女が何をしたいのかを尋ねる。

「お礼とは何だ? 今の私に欲しいものはないぞ」

「えへへ……私の世界に案内してあげる!」

「?」

 するとウタが、クロエの前で歌を歌い始めた。澄んだ声が船長室の中に響く。「風のゆくえ」――心を優しく撫でるような、どこか懐かしいメロディの曲だ。

 突如、目の前の風景が一瞬で変化した。見慣れた船長室が何の前触れもなくファンシーな世界に切り替わったことに、クロエは目を奪われる。

「ウタワールドにようこそ、クロエおばさん!」

「……仮想世界か……!」

 クロエはウタの能力に度肝を抜かれた。

 ウタの能力――〝ウタウタの実〟は、歌を聴いた者を強制的に眠らせ、聴き手の精神をウタワールドに引き込む。何の自覚もなく引き込むため、仮想世界を現実世界と錯覚してしまうのがこの悪魔の実の力だ。

 ウタワールドにおいて、ウタは創造主なので無敵も等しい状態であり、思い浮かぶことを何でも思い通りに実現できるのだ。

「……これはスゴいな……」

「えへへ、ビックリした?」

 現実世界にはあり得ない光景に、クロエが感嘆する。

 すると、ポンッ! という可愛らしい音と共に擬人化したパンダとピアノが現れた。突然のことに戸惑うと、ウタがお願いをしてきた。

「おばさん、昔歌ってくれたあの歌を教えて!」

「アレか?」

 その言葉に、目を見開く。

 クロエは考え込むように黙り込むと、ゆっくりと歌い始めた。

 

 

 淡き光立つ 俄雨

 いとし面影の沈丁花

 溢るる涙の蕾から

 ひとつ ひとつ香り始める

 

 それは それは 空を越えて

 やがて やがて 迎えに来る

 春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに

 愛をくれし君の なつかしき声がする

 

 

「……お前も朧気でも憶えているだろう?」

「……うん……ずっと耳に残る曲」

「ピアノが似合う曲だ、やってみなさい」

 すると、擬人化したパンダがピアノ演奏を始めた。

 季節の巡りや川の流れを感じさせるメロディーラインが響き渡ると、ウタはゆっくりと歌い出す。彼女の口が奏でる澄みきった声がウタワールドに広がると同時に、一本の桜の木が顕現して慈雨が降り始め、日光が二人を柔らかく照らした。

 幻想的な風景の中で、クロエはウタの声に釣られるように曲の続きを歌い出す。

 

 

 君に預けし 我が心は

 今でも返事を待っています

 どれほど月日が流れても

 ずっと ずっと待っています

 

 それは それは 明日を越えて

 いつか いつか きっと届く

 

 春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき

 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く

 

 夢よ 浅き夢よ 私はここにいます

 君を想いながら ひとり歩いています

 流るる雨のごとく 流るる花のごとく

 

 

「……」

 ふと、クロエは視線を感じた。

 目を配ると、ウタが笑いかけていた。

 クロエは小さな歌姫に柔和な笑みで応え、同時に最後の歌詞を歌った。

 

 

 春よ 遠き春よ 瞼閉じればそこに

 愛をくれし君の なつかしき声がする

 

 春よ まだ見ぬ春 迷い立ち止まるとき

 夢をくれし君の 眼差しが肩を抱く

 

 

 最後を二重唱(デュエット)で締め、柔らかな旋律を響かせて終わる。

 憧れの女性と歌うことができ、ウタは満面の笑みを浮かべた。

「……歌うのも悪くないな」

「でしょ!?」

 ウタはニカッと笑い、クロエは優しく微笑んだ。

 するとクロエは、せっかくだからともう一曲歌ってみせた。

 

 

 多分、私じゃなくていいね

 余裕のない二人だったし

 気付けば喧嘩ばっかりしてさ

 ごめんね

 

 ずっと話そうと思ってた

 きっと私たち合わないね

 二人きりしかいない部屋でさ

 貴方ばかり話していたよね

 

 もしいつか何処かで会えたら

 今日の事を笑ってくれるかな

 理由もちゃんと話せないけれど

 貴方が眠った後に泣くのは嫌

 

 声も顔も不器用なとこも

 全部全部 嫌いじゃないの

 ドライフラワーみたい

 君との日々もきっときっときっときっと

 色褪せる

 

 

「……」

「フフ……好きな歌はどうも偏ってしまうな」

 聞き入るウタに対し、どこか自嘲気味なクロエ。

 思えば、どうも前世からバラード系の曲を好んでいる。バラードを好む人間は 過去を引きずったり思い出を大切にし、大勢でいても場の雰囲気より自分の感情を優先するタイプという話を聞いたことがある。ロジャーとの思い出を何よりも価値があるものとするクロエにぴったりだった。

 自分はとんだナルシストかもしれないな、と自分を嗤うと……。

「スゴいロマンチックな歌……それもおばさんが昔聞いた曲?」

「ああ、遠い昔……一人でよく聞いてたよ」

「また今度、おし、え、て……」

 その時、ウタが体をフラフラさせ、クロエの胸に倒れ込んだ。

 意識が現実世界へ戻ろうとしているのだ。

「……今日は楽しかった。気が向いたらまた来る」

「ん……」

 間もなく、ウタの瞼が閉じる。クロエは眠っている彼女に顔を向け、目を細めながら撫でた。

 

 

 クロエが現実世界へ戻ると、そこはオーロ・ジャクソン号の船長室。

 目を配れば、ウタが自分に抱き着いてスヤスヤと寝ていた。

 小さな歌姫を見やり、穏やかに笑いながら頭を撫でると、知っている気配を感知してジト目になった。

「……いい年こいてウタに嫉妬するのは醜いぞ、エマ」

「ウタちゃんだけズルいな~って」

「お前なァ……」

 ウタにやきもちを焼くエマに、クロエは呆れた様子で嘆息した。

 前世であんな別れ方をしたのは申し訳ないが、それとこれとは話は別である。幸いなのは、劣情を向けてない点か。

「お前、ソッチの気があったのか?」

「いいや。でもクロエは私にとって大事な親友……手放したくないのは自然な感情じゃないかな?」

「人はそれを執着と呼ぶぞ」

「さすがの私も四六時中くっついていたいタイプじゃないって」

 どこか不機嫌そうなエマの感情を察して、クロエは困惑する。

 エマはウタの頭をそっと退けてクロエに抱き着くと、ベッドに腰掛けた。そして彼女の太ももを枕にして寝転がる。所謂膝枕だ。

 やれやれと溜め息をついたクロエが頭を撫でると、エマの機嫌は簡単に回復した。それにホッとして、自然と笑みをこぼす。

(……私にとってもお前たち二人は大事だからな)

 そう胸中で呟き、また笑みを深めてから親友の頭を撫で続けるのであった。

 

 

           *

 

 

 一週間後。

 赤髪海賊団と入れ替わるように航海をしていたクロエ海賊団は、マキノの酒場で宴会を開いていたのだが、そこへ思わぬ客が姿を現していた。

「どうも身に覚えのある覇気じゃと思うとったが……お前さんじゃったか、クロエ」

「……!」

 酒場に現れたのは、オレンジ色レンズのサングラスとかけ茶色帽子を被り、パイプキセルを口に咥えマントを纏った老人。年長であるレッドと大差ない年齢だろう。その手には身の丈を超える木槌を携えており、只者ではない気配を醸し出している。

 その強者の気配を感じ取ったのか、クロエの仲間たちは皆、真剣な表情で見据えている。……ラカムを除いて。

「フフ……こんなところで会うとはな、ナグリ」

「知ってるのか? 船長」

「エマがまだロジャー海賊団に属する前……私がロジャーの部下となって間もない頃に戦った海賊だ」

 クロエは懐かしそうに、ナグリとの戦いを語る。

 

 当時、ナグリ海賊団は真っ向勝負でロジャー海賊団に挑んだが、結果はナグリの惨敗に終わった。

 敗北宣言の後、ナグリは自分の命と引き換えに仲間たちの助命を土下座で懇願したのだが、そんな彼の度量を気に入ったロジャーは全員の命を取らずに見逃したのだ。

 敗けた時点で海の藻屑と消えても文句は言えない海賊の世界において、クロエは敵を気に入るロジャーの器の大きさに呆然としたという。

 

「あの一糸乱れぬ鎮圧……そして仲間どころかわしの命すらも見逃してくれたロジャーの器……敵ながら天晴れじゃったのし」

「だろう? 私も似たような形で一味入りしたからな」

「お前さんの場合は、ロジャーに善戦した強さも気に入られたんじゃろう? わしは足元にも及ばなかった」

 ロジャーに挑んだ者同士で懐かしむ二人。

 すると、クロエは予想外の言葉を投げかけた。

「ナグリ……私の船に乗らないか?」

『!?』

 クロエ直々の勧誘に、目を見開く一同。

「お前の顔を覚えてる海兵も少なくない。海へ出たいのなら、私の船に乗れば世界の果てまで行けなくもない」

 クロエが勧誘する理由を説くと、ナグリは少し考え込んでから返事をする。

「まァ確かに、ガープに追いかけられたら命の保証はないのし」

「こないだも来てたしな、この島に。……その点、私の一味はある程度の融通も保証もできるぞ? 昔の海と違い、海軍も科学的な強化が進んでる。悪い話ではないと思うが」

「ふむ……」

 少し考えた後、ナグリは一つ条件を出した。

「わしが海へ出る理由は、散り散りになった仲間たちと会うためじゃ。まァあれから随分と経った、もう一度海へ出る気概があるかはわからん……じゃがそれでも構わんのし! かつての仲間たちに一目逢えさえすればひとまずそれでええんじゃからのう」

 ナグリの答えを聞いて、クロエは「なら交渉成立だ」と笑った。

 すると彼は「それに……」とニヤリと笑いながら告げた。

「かつての弟子と海を渡るのも悪くないのし。のう、ラカムや」

『……!?』

 一同はギョッとして、ラカムに視線を向けた。

 そういえば、ラカムは元はというと医者の家系で、鍛え抜いた軍人でも腕利きのアウトローでもない。そんな人間がクロエと初めて会った時点で、高精度の武装色と見聞色を会得していたのは奇妙な話だ。

 だが、ナグリの言葉が事実だとすると、辻褄が合ってくる。

「お前、あのじいさんの弟子だったのか!?」

「あ、ああ……」

「確かに、医者なのに得物がハンマーなの、変だなとは思ってたんだけど……」

「成程、お前の戦い方に妙な既視感を覚えたのはそういうことか」

 クロエ海賊団の驚きと納得が入り混じる中、ラカムは誤魔化すように顔を背けると、ラム酒を急かすように呷った。

 その横顔が朱に染まっていたのは、果たして酒のせいか、それとも……。

「フフ……感動の再会じゃないか。この大海でそうはないぞ?」

「そうじゃのし。しかし懐かしいのう、的確な手当てをしたお礼に覇気を教え、お主はいつもボッコボコにされとったな」

「うっさいな、黒歴史掘り返すなよ……!」

 ナグリの言葉に、ラカムは悪態を吐きながら煙草を咥え、片手でマッチを擦って火をつける。

 あからさまな照れ隠しの仕草を見せる彼に、クロエたちは声を上げて笑ったのだった。




という訳で、ナグリのじいさんがクロエ海賊団に加入!
覇王色が四人の少数精鋭……この一味に勝てる組織、果たしているんだろうか?(笑)

ちなみにクロエはバラード曲、エマはアニソン、ラカムはJ-POPが好きです。


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第62話〝鬼の子〟

ついに〝鬼の女中〟と〝鬼の子〟、運命の出会い。


 数日後。

 ついに赤髪海賊団はフーシャ村から出港することとなった。

「この船出でもうこの村には戻ってこないって本当!?」

「ああ。随分長い拠点だった。ついにお別れだ」

 ウタの頭を撫でながら、シャンクスは思い返す。

 フーシャ村での滞在は、色々あった。娘が初めて親友となる少年・ルフィと出会い、実は海軍の英雄の孫だった。しかもエレジアの件では一度絶交しかけたが仲直りした、かと思えば怒り心頭の姉貴分の強襲に遭った。その後は何だかんだ袂を分かってしまった娘と和解したが、政府の船から奪った悪魔の実をうっかりルフィが食べ、紆余曲折を経て利き腕を失ってしまった。

(……おれ、踏んだり蹴ったりだな……)

 自業自得の案件も交じってはいるが、平和の象徴である海で散々な目に遭っている。

 シャンクスは思わず顔を引き攣らせると、クロエが姿を現した。

「どうにか持ち直したか」

「おばさん!」

「……姉さん、今回は世話になった」

 シャンクスはクロエに礼を告げる。

 もし彼女が今回の一件に介入しなかったら、シャンクスとウタは最後まで仲違いしたままだっただろう。

 ロジャーとは別ベクトルで破天荒な姉貴分には、感謝してもしきれない。

「私も縁あって娘を持つ身だ、放っておけなかった」

「まァ、その娘とも随分仲良くなったようだけどね」

 エマはチラリとヤマトに目を向ける。

 ヤマトはアハハ……と頭を掻きながら笑った。

「……とにかくだ、シャンクス」

「?」

「今度ウタをまた傷物にしたら、この程度じゃ済まさんからな……」

「は、はいっ……」

 バリバリと覇王色を迸らせながら、瞳孔を開かせて脅すクロエ。

 その圧迫感に押され、シャンクスは汗だくで了承した。

「……ん? 何だ、悲しくなさげだなルフィ」

「悲しいよ。けどもう連れてけなんて言わねェ。自分でなることにしたんだ、海賊は!」

「べーっ! どうせ連れてってやんねーよ! お前なんかが海賊になれるか!!」

「シャンクスって、こんな大人気なかったっけ?」

 舌を出してまで子供をバカにするシャンクスに、エマはジト目でボヤいた。

 するとルフィは、シャンクスに向かって「なる!!」と即答した。

 

「おれはいつか、シャンクスたちにもクロエたちにも負けない仲間を集めて!! 世界一の財宝見つけて!! 〝海賊王〟になってやる!!!」

 

 少年が宣言する、大きな夢。

 それを耳にした者たちは、不敵な笑みを浮かべるが誰も嗤わなかった。

(ロジャー……?)

 クロエはただ一人、目を大きく見開き、その小さな背中にかつて愛した者の影を重ねる。

「へえ~……言うじゃん」

「ほう……おれたちだけじゃなく、クロエ姉さんたちも越えるのか?」

 ウタは目を細め、シャンクスは被っていた麦わら帽子に手を伸ばす。

 

「じゃあ、この帽子をお前に預ける。おれの大切な帽子だ。いつかきっと返しに来い。立派な海賊になってな」

「それはシャンクスの宝物なんだから、大事にしてよ? ――それとあたしたちと再会する時は、それがもっと似合う男になってから! 〝新時代〟でまた会いましょ!」

 

 

 憧れの男と初めての親友の最後の挨拶に、ルフィは静かに涙を零した。

「錨を上げろ!! 帆を張れ!! 出航するぞォ!!!」

『おォーーー!!!』

 赤髪海賊団の船、レッド・フォース号はついに出航。クロエ海賊団とルフィは、水平線の先に消えるまで見届けた。

 後に赤髪海賊団を率いるシャンクスは、クロエと共に海の皇帝たちに数えられることになるのだが、それはもう少し先の話である。

 

 

           *

 

 

 それから数日後。

 クロエはマキノの酒場で一人酒を楽しんでいた。

「クロエさん、皆さんとは飲まないんですか?」

「静かな一人酒の方が性に合うんだ。元々、ロジャーの部下になる前は一人海賊だったしな」

 琥珀の瞳を細めて笑うクロエは、マキノにあることを尋ねた。

「実はもう数日滞在したら、出航しようと思っている」

「あら」

「元々、ウタの件でここまで来たのだからな。もう用は済んだ。そしたらシャンクスは一丁前にロジャーの帽子をルフィに預けた」

「えっ!?」

 マキノは思わず声を上げた。

 何とルフィがシャンクスから預かった麦わら帽子は、元はというと海賊王の私物だったのだ!

「私も出航前にルフィに餞別をしようかと思ってるのだが、どうも思いつかなくてな……」

「そうなんですか……」

 クロエは酒を呷りながら溜め息をつく。

 餞別なら自分の私物が一番だろうが、シャンクスのように肌身離さず大事にしている物は腰に差した愛刀くらい。ルフィが長髪なら自分の髪留め用の紐をいくつか渡そうと思ったが、生憎彼のヘアスタイルでは不要だ。

 頭を悩ませるクロエに、マキノはアドバイスをした。

「クロエさん、ミルとかどう? 前にルフィにコーヒーの淹れ方を教えてたもの」

「成程……それもいいな」

 クロエはコーヒーが趣味であり、その淹れ方をルフィに伝授した。

 自分が愛用するミルを譲り渡せば、ルフィは喜んでくれるはず。

「……さすがに付き合いが長いだけあるな。助かった」

「フフ……ガープさんには及ばないと思うわ」

 そうと決まれば、自分用の新しいコーヒーミルを買いに行かねばならない。

 代金を払って、店を出ようと思った時だった。

「……!」

 不意に、二つの気配を感じた。

 大きさ的に、どうやら子供だ。二人組の子供が、クロエに忍び寄っている。

 しかもその内の片方は、よく知っている気配とほぼ同じものをしていた。

「……隠れてもわかっているぞ、小僧ども」

 クロエがそう告げると、物陰から二人の少年が入店した。

 一人は、短い金髪とゴーグル付のシルクハット、首に巻いたスカーフが目立つ。もう一人は、やや癖のある黒髪とそばかすが特徴的で、その目つきはクロエが愛した海の覇者とそっくりだった。

「あ、その……どうも……」

「何の用だ? 追い剥ぎなら他を当たっておけ。今の私はこれといった金目の物を持ってない」

「い、いや! そういうつもりじゃねェんだ……おれはサボ。こっちはエース」

 金髪の少年――サボはクロエに弁明する。

 隣で鉄パイプを携えて仁王立ちするもう一人の黒髪の少年は、エースというらしい。

「……お前が、あいつの部下だったクロエか」

「あいつ……ロジャーのことか?」

 エースは顔をしかめながら頷く。

 見聞色で感情の起伏を読み取ってみると、中々に難儀な案件と察し、ひとまずマキノに二人分のジュースを頼んだ。

「今日は気分がいい。一杯だけだが、私の奢りだ」

「「……いただきます」」

 サボとエースはジュースを一気に飲み干す。

 一息つく二人に対し、クロエは用件を切り出すことにした。

「私に何か言いたそうだったな、エースとやら」

「……一つ、訊きたいことがある」

「何だ? 言ってみろ」

「お前、何であいつが……ゴールド・ロジャーが好きなんだ」

 エースが口にした言葉に、クロエは思わず固まった。

 あまりにも想定外な質問に、言葉が一瞬出てこなくなるが、すぐさま頭を切り替えて質問に応じた。

「……言葉では全てを説明できんな……強いて言えば、奴は私の強さも弱さも想いも、全て真っ向から受け止めてくれた。だから亡き今も愛してる」

「嘘つけ!!」

 クロエの言葉に、エースが嚙みついた。

「ほう……嘘とは?」

「あいつを恨んでいる奴はごまんといる!! 笑い者として蔑む奴ら、名前を出せばあんたの名前と共に憎悪を吐き出す奴ら、あいつの血筋を人間とも思ってねェ奴ら!! おれはそんな奴らを散々見てきた!!」

「――アッハッハッハ!! 私の恨み節もか!!」

 ロジャーと共に恨まれていることを知り、思わず笑ってしまうクロエ。

 サボは思わず「笑うところかよ!?」とツッコミをかました。

「海賊が忌み嫌われるのはごく自然なことだ。正論であれ難癖であれ、恨みつらみをぶつけられる。……それが海賊暮らしだ」

 即答され、エースは言葉を詰まらせた。

 ロジャーも然り、クロエも然り、海賊は世間に恐れられる存在だからだ。

 それでも、エースはクロエに食い下がって質した。

「……なら、もしロジャーに子供がいたとすればどうだ!!」

「ハァ……お前はつまらんことを私に言いに来たのか?」

「は……?」

 溜め息交じりに、クロエはエースの言葉をバッサリと切り捨てた。

「何の縁もゆかりもない他人に一々慮って生きる義理はない。恨みつらみを語っても現状が変わらないのは、根本的にそいつらの生き方の問題だ。いつまでも届かぬ怨毒を吐き散らかす外野に、あれこれ言われる筋合いなどない」

「っ…………」

「自分の人生を世間の物差しで測られるなど不愉快千万。自ずに由って生きるのに赤の他人の目など不要だ。ましてや血筋でその者の存在価値を決めるなど、馬鹿馬鹿しいにも程がある。血筋なんぞ知ったところで、私の生き方は変わらん。私は私の生きたいように生きている。……論ずるまでもない」

 その言葉を聞いたエースは、ただただ愕然とするばかりだった。

 〝鬼の子〟と蔑まれ、自分は生まれて良かったのかと自問する日々を過ごしてきた彼にとって、その言葉はあまりにも衝撃的であった。生まれながらの業など、彼女にとっては取るに足らないことなのだ。

「生まれは天に左右されるが、生き方は自分の意思一つで変えることができる。もしそいつが「ロジャーの血筋だから」という()()で生き方を縛られているのなら、その時点でロジャーどころかその辺の堅気にすら負けている」

 その言葉を聞いた瞬間、エース激昂し、携えていた鉄パイプを構えて躍り出た。

 しかしクロエは刀を抜かず、カウンター席に座ったまま素手で容易く受け止めた。

「負けているだと……!? おれは負けたわけじゃねェ!!」

「おい、止せってエース!! 相手は本物の大海賊だぞ!!」

「……言ったはずだ。些事で生き方を縛られている時点で負けてると」

「おれは負けねェ!!」

 鉄パイプを押し込みながらエースは叫ぶ。

 振り上げては突き出し、薙ぎ払うように横へ振るうエースに対し、クロエは終始カウンター席に腰かけたまま手で軽く打ち払っていた。

 怒り任せの単調な攻撃を完璧に見切った彼女は、掌に覇気を流していき……。

 

 ドンッ!

 

「がっ!?」

 渾身の振り下ろしに合わせ、クロエは容易く弾き飛ばした。

 鉄パイプは転がり、エースが床に倒れ伏す。

「私の勝ちだな。負ければ命までが海賊の世界……堅気でよかったな」

「――クソッ!! 煮るなり焼くなり好きにしろよ!!」

「……フフ、アッハッハッハ! 子供を煮るなり焼くなり好きにしたら、それこそロジャーが泣いてしまうじゃないか」

 クロエは愉快そうに笑い、カウンター席から降りてエースの側まで歩み寄る。

「〝鬼の子〟や〝鬼の血を引く〟など、至極どうだっていいことだ。肝心なのは、自分が自分で在り続けられるかどうかだ」

「自分が自分で在り続ける……」

「そう……私やあいつがそうだったように 誰がどう否定して非難しようが、己を貫いて生きる。お前が父親の名前の重さに押し潰されるかどうか、見極めさせてもらう」

 クロエは徐にマキノに代金を払うと、新品のコーヒーミルを買いに店を出た。

「……おい、ちょっと待て!」

 エースはふと気づいた。クロエの今までの言い回しが、まるで自分の素性を知っているかのようであったことに。

 ということは、あの女は……!!

「お前まさか、おれがあいつの……鬼の血筋を引いてるってことを知ってたのか!?」

「フフ……目がロジャーそっくりだったぞ?」

「!?」

 不敵に笑うクロエに、エースは呆然とした。

 素性を察した上で、彼女は自分に接していたのだ。

「また縁があれば会おう。その時は今日の続きでもしようじゃないか」

 そう言うと、クロエは悠然とした足取りで歩いて行った。

「あの女……」

 エースはその背中を目で追い続けたまま立ち尽くしていると、サボが声をかけた。

「ったく……何企んでんのか知らねェけど、勘弁しろよ……」

 普段と変わらない素振りで接してくる弟にサボが小声で言うと、エースは我に返った。

 そして、意を決して彼は誓いを立てた。

「サボ、おれは決めた」

「決めたって、何を?」

「おれは大海賊になって、あの女を倒す!!」

「…………ハアァァァ!?」

 予想だにしなかった発言に、サボは思わず声を荒らげた。

 そんなエースの誓いが届いたのか不明だが、街へ向かうクロエは笑みを浮かべていたのだった。




エースとのやり取りは軽く済ませたクロエ。
彼女の現時点の推しはルフィなので……。(笑)

さて、もうそろそろフーシャ村をお別れしようと思います。
今後の予定はいくつかあります。

・鬼の女中VS.海賊女帝
・白ひげ海賊団と戦争寸前?
・ついに海の皇帝に
・百獣海賊団といつもの抗争
・バスクード兄妹


徐々に原作開始時点に近づいてるのですが、その度に「最悪の世代」の皆様方には非常に申し訳なく思ってます。こんな怪獣みたいな女海賊を解き放ってしまったので。


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第63話〝敗北を恐れない女〟

センゴクさん、すいません。(笑)

あと、なぜか同じ話を二つ投稿しちゃったんですけど、全く記憶にないんですよ……。


 赤髪海賊団が出航して一週間。

 ついにクロエ海賊団もフーシャ村を発つ日が来た。

「クロエたちも行っちゃうのか?」

「そもそもシャンクスとウタの件で殴り込んだようなものだ、本来は来る予定じゃなかった。それに悪名高さで言えば私はシャンクス以上……長居はよろしくない」

 見送りに来たルフィに、クロエは答える。

 ルフィはいつになく悲しそうな顔でクロエを見ると、彼女は不敵な笑みを浮かべると、自身の名前が刻まれたコーヒーミルを渡した。

「私のコーヒーミルを譲ろう。強くなって私を倒しに来い。この時代の頂点でまた会おう」

 そう笑いかけられ、ルフィはコーヒーミルを受け取りながら頷いた。短い間であったが、二人の間には友情が芽生えていた。

「者ども、出航だ!」

『おォーーーッ!!』

 クロエの号令に、海賊たちが大声を上げて応える。

 オーロ・ジャクソン号は帆を上げ、海原へ飛び出し、港ではルフィが涙目で出立を見送っていた。

 クロエ海賊団はついにフーシャ村を発ったのである。

 

 その10年後に少年――モンキー・D・ルフィもフーシャ村を出航し、前代未聞の海賊団「麦わらの一味」を率いる大海賊に成長することになるが、それはまだ先の未来。

 

 

           *

 

 

 さらに一週間後。

 クロエ海賊団は「平和の象徴」と言われる海域を発ち、〝凪の帯(カームベルト)〟を強行突破する形で再び〝偉大なる航路(グランドライン)〟に突入し、ある無人島に赴いていた。

 その島は文字通りに何もない島で、本来は寄る必要性がないのだが、事情が事情なので停泊していた。なぜなら……。

「カハハハ……!! 昔以上に強くなってるな……安心したぜ」

「お前も随分とデカくなったじゃないか、バレット」

 そう、クロエの弟分である〝鬼の跡目〟――ダグラス・バレットと接触したからである。

 かつては「ロジャー海賊団の双鬼」と称され、若輩船員ながら圧倒的な実力で当時の海を震撼させた二人が、またもや激突していた。

「ぬおおおおおっ!!」

 バレットは強大な武装色の覇気を纏った無数のパンチを繰り出し、クロエは愛刀だけでなく脇に差したままの鞘も取り出し構え、二刀流で的確に防ぐ。

 当然、バレットは力押しだけでなくフェイントを織り交ぜながら猛攻を続けるが、クロエは最小限の挙動で完璧にいなしていた。

(ここまで迫られると、うまく攻撃できんな……)

 クロエは全身の力を抜く。

 バレットの拳が迫り、彼女の身体を吹き飛ばすかと思われたが――

「――「紙絵」〝残身〟」

 

 ボッ!

 

「!?」

 残像が明確に残るほどの瞬間移動で回避し、死角となっている背後に回る。

 ロジャー海賊団にいた頃にはなかった技に、バレットは驚いた。

「〝無錐龍無錐釘〟!!」

 武装色と覇王色を纏わせた鞘で平突きを仕掛ける。が、バレットは身を翻して右腕でガシッと掴み、空いた左腕を武装硬化させて殴りかかる。

 クロエは瞬時に額を武装硬化させ、〝武頭〟で受け止める。外に纏う覇気の効果も相まって、頭突きはバレットの拳を弾き返し、大きくのけ反らせる。

 その一瞬の隙を見計らい、クロエは愛刀を鞘に収めて居合の構えを取った。

「――〝(かむ)(とけ)〟」

 

 ドンッ! 

 

 神速の抜刀術で放たれた斬撃は、バレットの鋼の如き頑強な肉体を斬り裂いた。が、彼は血を流しながらも獰猛に笑っていた。

 抜刀した瞬間に、バレットは武装色の覇気を全身に流して防御力を飛躍的に高めたにもかかわらず、それすらも凌駕するクロエの技に、バレットは沸き上がる興奮を抑えきれずにいた。

「カハハハ!! それでこそ、おれが認めた女だ!!」

 バレットは右腕に覇王色の覇気を纏わせると、地面を殴りつけた。

「〝アインザム・フィスト〟!!!」

 

 ドゴォン!!

 

『!!!』

 バレットの拳が地面に減り込んだ瞬間、稲妻状の覇気が迸りながら巨大な衝撃波が発生。島の大地を割り、クロエを吹き飛ばした。

 その余波は遠くから眺めるクロエ海賊団にも届き、体を屈めて必死に耐えるしかない。

(覇王色もしっかり高まってる……バランスよく鍛えてるな)

 クロエは空中で受け身を取って着地し、笑みをこぼす。

 バレットもニヤリと笑みを浮かべ、追撃のために動いた。

 ズシンッ! と覇気の拳が叩きつけられ、衝撃とともに地面にクレーターが生まれる。が、すでに彼女は飛び退いていた。

「〝神威〟!!」

 クロエは化血を振るい、覇気を纏った強力な斬撃を飛ばす。

 バレットは避けることなく拳を握り締め、飛ぶ斬撃を正面から殴りつけて打ち砕くが、直後に斬撃の嵐が襲い掛かった。斬撃が頑強な肉体を斬り刻まんとするが、全身を武装硬化させることで耐え抜き、やり過ごした。

 その間にクロエは一気に間合いを詰め、拳を構えた。

「ふんっ!」

「おおっ!」

 

 ドォン!!

 

 互いの武装硬化した拳が激突。その瞬間、覇王色の衝突を起こして天が割れた。

 文字通りの規格外な戦いに、一味は圧倒されるばかりだ。

「……全く、滅茶苦茶な女だ」

「さすがロジャーと言ったところじゃな! あれほどの暴れん坊を二人も御すとは、見事じゃのし」

「バレットは筋金入りの戦闘狂だけど、クロエも人のこと言えないよね」

 レッド、ナグリ、エマが各々呟く中。

 二人の戦いは佳境に入りつつあった。

「んんんん……!!」

 バレットは全身に武装色を全開で纏う。

 筋肉がパンプアップして大きく膨れ上がり、青き熱を帯び、目が赤くギラギラと輝く鬼神の如き姿となる。

 その異常な覇気に、エマたちは息を呑んだ。

「クロエ……!! 貴様が()()()()()()()()()()()()……おれはそれを超える!!!」

 野太い声で、バレットは吼える。

 

 ゴール・D・ロジャー。

 あらゆる意味でバレットが手も足も出なかった男。バレットがロジャー海賊団に志願したのは、自分にはない強さを持つロジャーに惹かれ、そしていつの日か彼を倒すためだった。

 クロエ・D・リード。

 根幹こそ同じ孤高でありながら、ロジャーのチカラの正体を知り、それを受け継いだ女。彼女には甘い一面もあったが、それを踏まえても圧倒的なチカラで自分の前に君臨している。

 

 だから、バレットは戦うのだ。

 ロジャーやクロエを超えることが自分の目標であり、強者としての在り方そのものであるがゆえに。

「食らえ、クロエェッ!!」

「来い、バレット!!」

 クロエは化血の刀身に、バレットは自身の左腕に覇王色を含めた膨大な覇気を纏わせる。

 そして、力強く踏み込んでから同時に振り抜いた。

 

「「〝(かむ)(さり)〟!!!」」

 

 片や愛刀を横一文字に一閃し、片やラリアットで左腕を薙ぐように振るい、互いに赤黒い稲妻を迸らせながら強烈な衝撃波を飛ばす。

 両者の渾身の一撃は、ぶつかった瞬間に先程以上の覇王色の衝突を起こし、覇気の稲妻が島どころかその周囲の海域にまで勢いよく駆け巡った。

 

 

 

 〝鬼の女中〟と〝鬼の跡目〟の決闘は、痛み分けで終わった。

 とはいえ、世界最高峰の強者たちだけあって、タフさも相当なもの。ラカムが応急処置を施しただけで、すぐに動けるようになった。

「まさかお前も覚えたとはな、〝神避〟を」

「世界最強になるためには、貴様やロジャーと同じことをするのも手かと思ってな」

「……変わったな、バレット」

 クロエは柔和な表情でバレットを見やる。

 一人であることが最強だと信じ続けてきた彼が、かつての仲間の強さに目を向け、己の糧としている。昔のバレットなら、他者の技を盗むことすら「仲間に頼るという〝弱さ〟」と曲解していただろう。ロジャーとクロエという、自分に恐れることなく受け止めてくれる人間と過ごしたことで、広い視野で〝強さ〟を知るようになったのかもしれない。

 人間、心にゆとりを持てば自然と考え方が豊かになるものだ。

「どうだ? 最近は」

「ハッ……貴様やカイドウ、〝鷹の目〟ならいい血祭りになるが、それ以外は期待できねェな。七武海なんてのも、クロコダイルが鳴りを潜めてつまらねェ連中の集まりに見えちまう。――で、そこの見覚えのあるジジイは?」

 バレットは今時の海賊たちを辛辣に評すると、ナグリに目を向けた。

「ナグリか? 昔、エマがいなかった頃のロジャー海賊団に挑んだ男だ。覇王色の覇気使いだぞ」

「ほう……」

「これ、クロエ! わしは今リハビリ中じゃというのに!」

 バレットの目が底光りし、ナグリはクロエに一喝する。

 完全に獲物を見る目だったのだろう……。

「そうだ。せっかく会えたんだ、ウチの仲間の出来を見てほしいんだが」

『えっ?』

 クロエの突拍子もない発言に、空気が凍り付いた。

 そして、姉貴分の言葉の意味を理解したバレットは、笑みを深めた。

 それはつまり――

「……全員まとめていいか?」

「お前のやりたいように頼む。なに、私の一味はそんなに柔じゃない」

 やはりと言うべきか、クロエはバレットに自らの一味の力量を推し量ってほしい魂胆だった。

 ヤマトはやる気満々だが、それ以外はお通夜ムードである。

「フーシャ村に滞在していた時は、長期休暇みたいな状態だったからな。今日からビシバシ行くぞ」

「鬼だ、鬼がいる……!!」

「何とでも言え。私は〝鬼の女中〟であり〝神殺し〟だ」

 青ざめるエマを一蹴し、クロエは微笑む。

 そして当然、このあとエマたちはバレットと組手を余儀なくされ、ことごとく薙ぎ倒されることになる……。

 

 

           *

 

 

「だらしないぞ、お前たち」

『殺す気か!!』

 バレットを見送りながら告げるクロエに、一同は吼えた。

 多少消耗していたとはいえ、〝鬼の跡目〟と呼ばれる男の無双ぶりに振り回されボロボロだ。

 万全の状態で相手取ってたらと思うと、背筋が凍りそうだ。

「イタタ……これじゃあいかんのし」

「いや、バレット相手に大した立ち回しだったぞ、ナグリ。三つの覇気の基礎がしっかりしてる。覇王色の覇気を纏えば、なお良いんだが」

「全く、随分と注文が難しい船長じゃのし」

 クロエの総評に、ナグリはパイプを吹かしながら笑みを溢す。

「お前たちも、覇気の扱いに関しては文句なしだ。日々の鍛錬が大きな実を結んだな。これからも精進してほしい。強いて言えば〝量〟がイマイチ足りない者がいることか」

「そればっかりは素養もあるからな~……」

 エマは苦笑いする。

 先天的な素質も影響するが、覇気は鍛えるほどに使用量が増える。込めた量と練度の高さに少しでも優劣が生じれば、その瞬間に勝敗が決することもある。そのため、〝質〟と〝量〟をバランスよく向上させねばならないのだ。

「全く、私たちもいつかは次の世代の若者たちに挑まれるんだぞ? たるんでる様を見せてはならない」

 クロエはこれからの海を駆けあがってくる新世代に思いを馳せるが、仲間達はそう思っていないようで……。

「いや、それどんな命知らずだよ!?」

「自殺行為だから誰も挑んでこねェって!」

「今まで散々ヤバいことしでかしたんだぞ、特にあんたのせいで!」

「新世代の若者の方が気の毒だわ、どう考えても!」

 むしろ一番相手にしたくない勢力だという見方が圧倒的に多い。

 実際、そう思われても仕方がないほどの暴れっぷりである。そもそもの話、あのクロエを脅かせる相手など今後現れるかどうかも怪しいが……。

「そうでもないさ。あの子ならば可能性がある」

「……ルフィ君のこと?」

「ああ」

 エマが尋ねると、クロエは微笑みを向けて頷く。

 フーシャ村で会った少年ルフィ――彼はいつか自分を超えると確信しているのだ。

「私だって心臓一つの人間一人だ。いつまでもこの海の頂点にいられないし、負ける時は負ける」

『……!!』

「私の夢は「人生の完成」だ……敗北も人生の大きな糧となる。だから私は敗北することを恐れていない。いずれ再会する新時代の申し子に期待しているのさ」

 クロエはニヤリと不敵に笑った。

 その笑顔は、在りし日のロジャーの笑みと全く同じものだった。




バレットの神避は、バージェスの〝不沈艦(ガレオン)ラリアット〟みたいな感じでやります。
それと彼が披露した新技〝アインザム・フィスト〟。これはサウスト引用です。

そしてクロエ唯一の抜刀術〝神解〟。名前の由来は落雷を意味する「神解け」で、文字通りの神速の居合です。

次回はクロエの愛刀にまつわる秘密です。今まで詳しく触れなかったのですが、一応あの刀は曰く付きですので。
ハンコックとの戦いはその後やりますので、お楽しみに。


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第64話〝圧倒的な自己〟

前半はクロエの愛刀の秘密、後半は蛇姫の登場です。


 名工たちによって打たれ鍛え上げられた槍や薙刀を含む刀剣類は、「業物」と呼ばれている。

 それらは最上大業物・大業物・良業物・業物・普通の刀の5段階に区分され、位列が上であればあるほど切れ味・頑強さは凄まじい。

 しかし、中には使い手のほとんどが不幸な死を遂げたという妖刀と呼ばれるものもある。高名なもので言えば「鬼徹一派」があり、名だたる剣豪たちが腰にしたことで悲運の死を遂げたという恐ろしい逸話が残っている。

 そして、史上最恐の女海賊として悪名を馳せる〝鬼の女中〟クロエ・D・リードもまた、恐ろしい刀を腰に差している。

 

 

 オーロ・ジャクソン号の甲板。

 クロエが日課の水泳を終えてシャワーを浴びている頃、ヤマトがふと呟いた。

「……そういえばさ、母さんの刀って変な感じしない?」

『っ……!!』

 その一言に、空気が一瞬で凍り付いた。

 真っ先に古参の船員であるドーマとマクガイが離脱を図ったが、未来視で動きを呼んだレッドが取り押さえて無理矢理に議論を開始した。

「おい、そこ触れるのか?」

「船長の刀の話題はやめないか? あれは危険な感じがする」

「僕も怖いよ正直……でも限界」

「だが「好奇心は猫を殺す」とよく言うぞ……」

 不穏な空気に包まれる甲板。

 どうやら船員たちは、厚く信頼する船長が腰に差している愛刀の異様な気配を感じ取っていたらしい。

 クロエ曰く、師匠である〝錐のチンジャオ〟が餞別としてくれたとのことだが、何でも「生き血が化けた刀」と呼ばれているという。やはり妖刀であるのは間違いない。

「……で、その辺どうなんだよ副船長」

「な、何で私!?」

「一番付き合い長いだろうが」

 ラカムに指摘され、エマはゆっくりとその重い口を開いた。

「化血はさ……クロエが腰に差してる時は何ともないんだけど、離れると物凄い妙な空気を醸し出すんだ。禍々しいっていうか、おぞましいっていうか……でも当の本人は何ともないんだよね……」

 曰く、クロエが離れた瞬間にその異様な気配がダダ洩れになるのだという。

 普段は実害がないからこそ、余計に恐ろしく感じてしまうそうだ。

「……そうだ、この船はロジャー船長から貰ったから、当時の書物もそのまんまだ!」

 ふとエマは、船内にある図書を虱潰しに探すことを思いついた。

 オーロ・ジャクソン号の船内には、ロジャーが生きていた頃の書物があり、中には絶版された本も混じっている。もしかすれば、化血のことが載った武器のカタログがあるかもしれない。

 思い立ったが吉日……エマは船長室に駆け込み、数分後に一冊の本を片手に戻ってきた。

「見つけたよ。二十年は前の本だけど」

 エマは本を開く。

 そのページには〝最上大業物 化血〟という文字が大きく載っており、その横には赤黒い血の色の刀身をした一本の刀の絵図が描かれていた。クロエが腰に差している、件の刀だ。

 ページに目を通すと、そこには「主人どころか神の生き血すら欲する、災いの1口」「残酷と災禍の化身」「この刀を従えられた者は、血で血を洗う現世の頂点に立つであろう」という物騒な逸話が書かれていた。

「餞別に送る代物じゃねェな……」

 ラカムの呟きに、一同は無言で頷いた。

 クロエの愛刀は、曰くだけでもとんでもない代物だとわかった。だとすれば、実物は如何ほどのものなのだろうか。

「……とりあえず、真偽を確かめよう!」

「おい、正気かヤマト!」

「このままじゃあ、気になって仕方ないじゃないか!」

 ラカムの制止も聞かず、ヤマトはクロエの愛刀を持ち出しに行ってしまい、あっという間に一振りの刀を持ってきた。

「……改めて眺めると、異様な気配を感じるな」

「あ、あぁ……何か触りたくねェよ」

 一同はごくりと固唾を飲み、刀を見つめる。

 言い出しっぺであるヤマトが柄を掴み、スラリと鞘から刀を引き抜いた。

 赤黒い刀身は妖し気に光り、途端に周りの空気が重たくなる。

 異様な気配が濃密に渦巻く中、ヤマトは真剣な表情で刀を見つめる。

「……試しに、あそこの岩山でも斬ってみるか?」

 ガスパーデは船から100メートルほど離れた場所にある、海面から大きく突き出ている岩山を指差した。確かに、あれならば的としても申し分ない。

 ヤマトは化血を構え、両手持ちで袈裟懸けに振り下ろした、次の瞬間!

 

 ザンッ!

 

『!?』

 何と振るった瞬間、覇気を帯びた斬撃が飛んで岩山を両断した。

 同時に、バリバリと激しく音を立てながら刀身から赤黒い稲妻が迸り、ヤマトの覇王色の覇気が暴発し始めた。

「うわあああああ!?」

「ヤマトちゃん!!」

「早く覇気を抑えるのし!!」

 船員たちが慌てて声をかけ、ヤマトも必死に覇気をコントロールしようとするが、上手くいかない。覇気の放出が段々強まっていき、ついには腕がミイラのように痩せ細り始めた。

 このままでは、ヤマトの覇気の暴走が止まらず、彼女自身の命にもかかわる――そう危惧した時だった。

「こら」

 シャワーを終えたクロエが、愛用の提督コートを羽織らずに現れ、化血の柄を掴んだ。

 すると覇気の放出がピタリと止み、ヤマトは解放された。クロエは優しく刀を取り上げると、そのまま鞘に納めた。

「全く、世話の焼ける」

「た、助かった……」

 ヤマトが礼を言うと、クロエはよしよしと彼女の頭を撫でてやった。

「……ところで母さん、この刀ってまさか」

「ああ。持ち主の覇気を過剰に引き出す特性だ。私は化血が求める技量に追いついていたからいいが、並の強者じゃあ血を全部抜かれたように瘦せ細ってしまうだろうな」

 やっぱりそうか、と一同は冷や汗を垂らす。

 とんでもない妖刀だ。持ち主の覇気を際限なく吸い続け、それを放出して万物を斬り裂くのだ。そんな化け物みたいな刀がクロエの腰に収まるということは、彼女が心技体を兼ね備えた真の強者だということである。

「……っていうかヤマト、腕は大丈夫なのか?」

「気合で戻した!」

「……まあ、あとで診るから医務室に来い」

 胸を張るヤマトに一同は呆れ返り、クロエは「修行が足りんな」と暢気に呟くのだった。

 

 

           *

 

 

 それから一週間後。

 とある無人島でキャンプをしていたクロエ海賊団の下に、思わぬ勢力が接近していた。

「船長、敵船だ!! こっちに接近している!!」

 見張りをしていたドーマが、慌てて駆け付ける。

 肩に乗っているバンビーノも焦った表情であり、ただ事ではないのが伝わる。

「……どこの船だ? ドーマ」

「九蛇だ!! 王下七武海の九蛇海賊団だ!!」

 意外な名前に、クロエは目を細めた。

 九蛇海賊団と言えば、何年か前に初頭で8000万ベリーの懸賞金が懸けられ、政府に要請されて王下七武海に加盟したボア・ハンコックが率いる一味だ。アマゾン・リリーの戦士たちの中でも優秀な人材で構成されているため、一味の戦闘力は高く、七武海の権限外である商船をも略奪の対象としていることでも有名だ。

 そんな九蛇海賊団が、この無人島に何の用だろうか。

「全く、間がいいのか悪いのか……これから出港準備だというのに」

 切り株に腰を下ろしていたクロエは、ゆっくり立ち上がる。

「このタイミングで九蛇が来るとは……まさか政府の密命か?」

「それかクロエ相手に女海賊頂上決戦だな」

「おいおい、ビッグ・マムも女海賊だろ?」

「ガハハハッ! (ちげ)ェねェな、ガスパーデ」

 軽口を叩き合うウィリーたちを他所に、クロエは海を見つめる。

 視線の先には、二匹の巨大な海蛇――遊蛇(ユダ)が海賊船を引っ張っており、船の帆や旗には9匹の蛇をあしらったドクロが描かれている。

「そう言えば、九蛇は遠征をするって聞いたことがあるわよ?」

「そうか……ただの見物ならともかく、私たちからも略奪する可能性もあるか。向こうが()る気なら、こっちも受けて立ってやるか」

 クロエの言葉に、一同は好戦的に口角を上げた。

 が、そこへ待ったをかけたのがラカムだった。

「おい、待てよ。相手がボア・ハンコックなのは厄介だぞ」

「どうした? 船医だけに戦意がねェのか?」

「ウィリーのおっさん、あとで覚えてろよ。――そうじゃなくて、九蛇の蛇姫が相手だと能力が面倒臭いってことだ」

 ラカム曰く。

 ハンコックは〝メロメロの実〟の能力者で、魅了した者や無生物を石化させることができるという。石化能力そのものは当たりさえしなければ回避できるが、問題なのは一度石化されると「石化させた能力者本人」以外に解除してもらうのは不可能である点。仮にハンコックを討ち取っても彼女が石にした者は石のままであり、次代の能力者でも元に戻すことはできないというのだ。

 もっとも、石化能力も所詮は悪魔の実の能力であるため、ハンコックを上回る覇気であれば防御できる可能性はあるし、見聞色による未来視ができれば確実に避けられるだろうが。

「つまり……一度食らったらアウトってことか?」

「そういうことだ」

「確かに厄介な能力だな……」

 クロエは頭の中で思考を巡らせる。

 戦力的に見ればクロエ海賊団が優勢だが、石化能力はその絶対的戦力差をひっくり返すことができる。誰か一人でも石化させられてしまえば、その時点でクロエ海賊団は窮地に追い込まれる。

「やはり一番被害が少ないのは、私と蛇姫との一騎打ちだな」

「そう言うと思った……」

 クロエの発言に、エマは苦笑いした。

 しかし、数々の伝説的な戦いや大事件を起こしてきたクロエなら、石化能力を物ともせず蛇姫に圧勝できるだろう。むしろ敵を心配する必要があるかもしれない。

「よし、私が出る。向こうの出方次第だが、戦闘準備はしておけ。小娘が一騎打ちを望んだら手出し無用で頼む」

 クロエが出迎えるべく動き出した、ちょうどその頃。

 九蛇海賊団の帆船「パフューム遊蛇号」では、船長のボア・ハンコックがオーロ・ジャクソン号を見据えていた。

「へ、蛇姫様! あれはクロエ海賊団です!」

「フン……見ればわかる」

 部下に返事するハンコックは、髪の毛を耳にかけながらソードクロスの赤い海賊旗を睨む。

 大海賊時代において最も危険な海賊団と称される〝鬼の女中〟の一味に、ハンコックは実は恩義がある。なぜなら、彼女はマリージョアで奴隷として働かされていたところを、亡きフィッシャー・タイガーと手を組んだクロエ海賊団の襲撃で解放されたのだ。お互いに聖地マリージョアで顔を合わせることはなかったが、ハンコックは少なからず恩を感じている。

 しかし、同時にクロエの圧倒的な強さに激しく嫉妬してもいた。強く気高い世界一の美女と称される自分を差し置いて「最強の女海賊」と謳われるクロエを酷く嫉視している。ゆえにハンコックは、彼女との戦いを望んでいるのだ。

「姉様、油断しないで……!!」

「相手は大海賊〝鬼の女中〟……私たちでは手に負えない……!!」

 同じく船首に佇む妹たち、ボア・サンダーソニアとボア・マリーゴールドが忠告する。

 ハンコックは彼女たちを一瞥したあと、真っ直ぐ正面を見ながら告げた。

「わらわの美しさによる強さか、あやつの圧倒的な自己による強さか……ここで決着をつけねばならんのじゃ!!」

 ハンコックは迷うことなく、クロエとの戦いに臨むのだった。




ハンコックは、強さに嫉妬を覚えてもいいキャラだと思うんですっ。

次回はついに〝鬼の女中〟と〝海賊女帝〟が激突!!


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第65話〝鬼の女中VS.海賊女帝〟

海賊無双でロジャーたちが来るぞォォォォォォ!!!

……すいません、荒ぶってしまいました。


 クロエとハンコック。

 二人の邂逅は、戦う前から緊張感に支配されていた。

「噂の七武海の紅一点か。遠路はるばる、私に何の用だ?」

 太ももまで伸びて結った黒髪を羽織ったコートと一緒に潮風になびかせ、琥珀の瞳で上陸する女系民族を捉えるクロエ。

 覇王色の覇気を発しないオフの状態でも、顔や胸元、腕に刻まれた傷が目に入り、鋭い眼差しも相まって大海賊の威圧感を醸し出しており、九蛇海賊団の船員たちは息を吞んだ。

「何の用かじゃと? 知れたこと……貴様を倒しに来たのじゃ!!」

 ハンコックはそう宣言すると、背を反りすぎたことで見下しすぎて逆に見上げてしまう、俗に言う「人を見下しすぎのポーズ」でクロエを見下す。

 だが実際は身長差のせいでハンコックがのけ反って天を見上げているように見えてしまう。

「……何だ、あのポーズ? ストレッチのつもりか?」

「アレだろ、アマゾン・リリーの風習かなんかだろ」

「それかあの嬢ちゃんなりの自己紹介じゃのし」

「全部違うと思うわ……」

 ガスパーデとラカム、ナグリの推測を、ステューシーは紅茶を飲みながら呆れた様子で否定した。

 そんな外野の声を無視して、ハンコックは姿勢を正してクロエに問う。

「〝鬼の女中〟クロエ・D・リード。わらわとの決闘、手下たちの前で応じないわけはあるまい」

 ハンコックは傲慢な態度で微笑む。

 するとクロエは、きょとんとした顔を浮かべてから――

「……フフ、ハハッ!! アッハハハハハ!! 嬉しいな、己の立場を顧みずにこの私を倒しに来たのか!! アハハハハハハ!!」

 腹を抱えて大笑いする女傑に、その場にいた全員が驚愕した。

 クロエは大海賊時代開幕以降も多くの豪傑と死闘を繰り広げてきたが、そのほとんどがルーキー時代からの顔見知り。最近では世界情勢の変化からかロクな挑戦者も訪れず、自由気ままな海賊暮らしに何ら不満はないが、同時に退屈を覚え始めてもいた。

 そんな時に、正面から戦いを挑む者が来た。しかもそれが同性で、自分の立場や世界情勢への影響力を顧みずに現れるときた。彼女の申し出を、クロエは断るつもりなど毛頭なかった。

「祖国から遠路はるばる来てくれたんだ、私も正面から受けて立たねばな。早速始めよう」

 好戦的な表情で、十数メートル先の女帝を見やる。

 伝説の女と絶世の美女の戦いが始まった。

「わらわに見惚れるやましい心が、そなたの体を硬くする……!」

 先手を打ったのは、ハンコックだった。

「〝メロメロ甘風(メロウ)〟!!」

 ハンコックは両手をハートマークのような形に合わせ、ハート形の波動を放出する。彼女に魅了されている者がこの波動を浴びると、一瞬の内に石化してしまう、恐ろしい初見殺しだ。

 不意打ちに近い初手に、何も知らないクロエはその波動を真っ向から受けた。普通なら、これでクロエが石化して勝負は決まるが……。

「……?」

 何と、クロエは石化せずそのまま悠然と立っており、怪訝そうな表情をしていた。

 というのも、勝負が始まった瞬間に見聞色の未来予知を発動させ、ハンコックの能力を把握するためにあえて受けたのである。

 だが、結果は何も起きないときた。これにはクロエも拍子抜けだった。

「……メ、〝メロメロ甘風(メロウ)〟!!」

 再びハート形の波動をクロエに浴びさせるハンコックだが、やはり何も起きない。

「なぜじゃ、なぜ石化せぬ!? わらわの姿を見ても何ら心が動じておらぬのか!?」

「どうして!? あの女、石にならないの!?」

「ありえないわ!! 蛇姫様の魅力にひれ伏さぬ人間なんてこの世にいないはず!!」

 あからさまな動揺に、クロエは不思議そうに見つめていると、ステューシーが声を出した。

「クロエ、もしかして〝メロメロの実〟じゃない? 老若男女を問わず見惚れた相手を石化させる能力だって、図鑑に書いてあったわよ」

「――おい、ステューシー」

「ごめんなさい♡ 手を出すなとは言われたけど()()()()()()()()()()()()から、つい♡」

 ニッコリと笑うステューシーに、クロエは「口八丁め」とボヤいた。

 確かに口を出すなとまでは言ってない。

「……貴様、何も思わんのか……!?」

「?」

「わらわの姿を見ても何ら心が動じぬと訊いておるのじゃっ!!」

 ハンコックは感情を剥き出しにする。

 自身の美貌に絶対の自信を持っている彼女にとって、クロエは理解しがたい存在だった。老若男女問わず見惚れる美しさだというのに、彼女にはそれが一切通用しないのだ。

 するとクロエは、ハンコックの疑問に目を細めて笑いながら答えた。 

 

「私が惚れたのはゴール・D・ロジャーただ一人……!! 貴様のような()()()()()()()()が、この〝鬼の女中〟を惑わそうなど百年早い!!」

 

 揺るぎないその答えに、ハンコックは思わずたじろいだ。

 ロジャーは、クロエが唯一心から好意を寄せた人間である。彼への想いは非常に強く、かつての部下としてではなく一人の女として、亡き今も敬愛し続けている。ゆえにクロエがロジャー以外の人間に見惚れることはないし、魅了されることもないのだ。

 ハンコックは驚愕の表情から一変、憤怒の表情でクロエを睨みつける。

(おのれ……! 死んだ男への想いに、わらわの美しさが劣るか!)

 ハンコックは憤慨しながら、一気に距離を詰めて覇気を纏った飛び蹴りを仕掛けた。それに対し、クロエは愛刀を抜かず、見聞色の覇気を駆使して的確に避けていく。

「あの女、蛇姫様の攻撃を全部躱してる!!」

「あいつも覇気使いなの!?」

 ハンコックの攻撃を躱すクロエに、九蛇海賊団は驚愕する。

(攻撃が当たらぬ……もしやと思ったが、わらわ以上の覇気使いか!!)

 ハンコックは戦闘の最中に、クロエの覇気が自身と同等かそれ以上だと見抜いていた。伊達に七武海をやっていない。

 一方のクロエも、ハンコックの戦闘力を推し量っていた。

(九蛇は覇気に精通した民族と聞いてるが、確かに鍛えてはいるな。武装色も纏えてるが……覇王色は纏えないようだな)

 海賊女帝の実力をある程度把握したところで、クロエは攻勢に出た。

 ハンコックの回し蹴りを紙一重で躱し、間合いを詰めて覇気を纏った掌底打ちを鳩尾に叩き込んだ。

「ぐふっ……!」

 モロに直撃を食らったハンコックは、膝を突いた。

 ただの覇気を纏った掌底打ちなら、同等かそれ以上の覇気を全身に纏えば防御できるが、クロエは違う。師範であり育て親でもある〝錐のチンジャオ〟の指南により、防御不能の衝撃波を操る八衝拳を体得している。先程の一撃は、自らの覇気で相手の覇気の鎧を相殺し、八衝拳の衝撃波を体に伝播させる二段構えだったのだ。

「き、さま……!!」

 どうにか立ち上がり、武装色を強く込めた蹴りを見舞う。

 クロエは武装硬化させた左腕で、容易く受け止めた。

「もっと覇気を込めろ、ハンコック。その程度では私に勝てんぞ」

 余裕綽々に言い放つクロエを見て、ハンコックは唇を嚙みしめた。

 クロエは強大すぎる覇気に練度の高い剣術と八衝拳を組み合わせた、一種の総合格闘技が基本的な戦闘スタイル。その上、彼女自身も臨機応変なオールラウンダーであり、相性は最悪と言えた。

 だが、腐っても王下七武海の一角。ここで折れては九蛇の名に傷がつく。

(格闘でダメなら、メロメロの能力で勝負じゃ!)

 ハンコックは投げキッスをする要領で、巨大なハート型の塊を目の前に作り出した。

「――っ!!」

 瞬間、クロエは冷や汗を流し、すぐさま抜刀して覇気を纏った。

 彼女の見聞色が、次の一手がもたらす()()()()()を予告したのだ。

「〝虜の矢(スレイブアロー)〟!!」

 ハンコックはハートを手で掴み、弓矢のように引き絞ってから離し、広範囲にハートの矢を拡散させる。

 この技は矢の一つ一つに石化効果があり、突き刺さったものは人間はもちろん、砲弾や剣などの無機物さえも石と化すという恐ろしい技だった。

 クロエはそれを避けることをせず、化血に覇気を流し込んで構えた。なぜなら、彼女が見た未来は「あまりにも広範囲に拡散したため、仲間が避けきれず石化してしまう」というものだったからだ。

「〝劈風〟!!」

 化血を振るって覇気を纏った斬撃の嵐を放ち、ハートの矢をことごとく薙ぎ払っていく。自分一人なら間合いに入った敵の攻撃を斬る〝神凪〟でいいが、今回は攻撃範囲が広いため、広範囲に斬撃を放って薙ぎ払う荒業に出たのだ。

 しかし、これこそ海賊女帝が仕掛けた罠だった。

「〝(ピストル)キス〟!!」

「!」

 ハンコックは投げキッスでハートマークを作り出すと、それを指で構えて銃弾のように発射。

 ハートの弾丸はクロエの手に直撃し、化血を正確に弾いた。愛刀を手放したクロエに隙が生じると、ハンコックは一気に距離を詰めてメロメロの石化効果を付随させた蹴りを仕掛けた。

 〝芳香脚(パフューム・フェムル)〟――相手に当たると同時にその箇所を石化し、そのまま蹴りの衝撃で破砕する強力な技だ。

「はああああっ!!」

「狙いはいいが、甘いっ!!」

 クロエはハンコックの蹴りを紙一重で躱すと、彼女の胸倉を掴んで一本背負いを決め、容赦なく地面に叩きつけた。

 衝撃が背中から胸に貫通し、ハンコックの口から空気が漏れる。その間に跳び上がって弾かれて宙を舞う化血を回収し、覇王色を纏う。クロエが本気を出したのだ。

「っ!!」

 痛む体に鞭を打って起き上がり、体勢を立て直す。

 が、月歩を使って急接近したクロエに怯み、今度はハンコックが防戦一方となった。見聞色の覇気を全開にして躱すが、覇気の強弱と経験値の差が浮き彫りとなり、一気に追い込まれていく。

 そして――

「〝神避〟!!」

 化血を横薙ぎに一閃し、覇王色の覇気を纏った衝撃波を放つ。

 咄嗟に全身に覇気を纏うハンコックだが、クロエの覇王色はその防御を容易く打ち破り、彼女の体を大きく吹き飛ばした。

 大岩に叩きつけられたハンコックは、そのまま崩れるように地面に倒れた。

『蛇姫様!!!』

「「姉様っ!!!」」

 妹たちと九蛇海賊団の悲鳴が木霊する。

「ハァ……ハァ……」

「よく頑張ったが、とうとう終わりの時が来たようだな」

 ハンコックの眼前に立ち、見下ろすクロエ。

 手加減したとはいえ、覇王色の覇気を纏った一撃を受けた彼女は、気力も体力が既に底を尽きかけているのは誰の目にも明らかだ。

「まだ()るなら付き合うぞ?」

 ハンコックにそう声をかけると、彼女は悔しさを滲ませながら口を開いた。

「……………わらわの、負けじゃ……」

 項垂れながら、か細く告げる。

 〝海賊女帝〟は、自らの敗北を認めたのだ。

「殺すなら殺せばよい……わらわは誰の支配も受けん……!! じゃが、そうするならわらわの首に免じて、アマゾン・リリーに手を出すな……!!」

『蛇姫様……!!!』

 九蛇海賊団の面々は、蛇姫の言葉に涙ぐんだ。

 ハンコックの懇願に、勝負を見届けたクロエ海賊団は考える。

「さすがの七武海も、〝鬼の女中〟には歯が立たなかったか」

「情けかけられるくらいなら死んだ方がマシってか」

「どうする母さん? お望み通り、首だけで勘弁する?」

 一同はクロエの判断を仰ぐ。

 彼女が下した決断は――

「いいや、この小娘の首に興味はない。後ろの連中も積み荷もな」

 その言葉に、誰もが目を見張った。

 クロエは誰も討ち取らず、何も奪わずに生きて返すというのだ。

「クロエ……こいつら全員この場から生かして返すつもりか?」

「そもそもこれは一騎打ちだ。勝負が決まった以上、追撃は野暮というもの。それにこの場にいない九蛇の者たちのためにも、私はこいつらを必ず生きて帰らせなければならないしな」

「っ!! お主……」

 クロエの諭すような言葉に、ハンコックは胸が熱くなった。

 海賊同士の決闘は常に生き残りを賭けた戦いなので、〝卑怯〟と言う言葉は存在しない。勝つためならば人質を取ったり、不意討ちや騙し討ちを仕掛けたりなど、どの様な手段も平気で使う。ゆえに「負ければ命まで」という考えが海賊の世界を支配している。

 だが海賊としてのプライドは人それぞれだ。味方であろうと自分の戦いに横槍を入れられることを嫌う者もいるし、誰であろうと正々堂々と戦うことを好む者もいる。クロエも例外ではなく、彼女はロジャーの影響を受けているために、真っ正面からのドツキ合いを好む武人肌だ。だからこそ、クロエは一端の海賊として最後は加減こそしたが本気の一撃を繰り出し、ハンコックの覚悟を享受しても命を取らなかった。

 海賊としての強さと一人の人間としての度量に、ハンコックは悔しさを滲ませながらも口角を上げた。

「……次はこうはいかぬぞ」

「ああ、いつでも来い」

 いつかの再戦を誓うハンコックに、クロエは笑顔で答えたのだった。

 その後、一応は手当ては必要だとラカムが申し出たのだが……。

「早く手を離せ男!! 汚らわしい!!」

「何言ってんだ!! おれは医者だ、清潔第一だからこの場で一番キレイなんだよ!! ちゃんと消毒もしてる!! 文句垂れてないで大人しくしろ!!」

 男嫌いゆえに治療を早く終わらせろと覇王色を放つハンコックに、ラカムは青筋を浮かべながらも慎重に処置をする。

 ここまで性格が酷いとは思わなかったのか、一連のやり取りを見たクロエは呆れるように溜め息をついた。

「おのれ、石にされたいのか貴様!!」

「おう、やってみろ!! 医者舐めんじゃねェぞ!!」

 売り言葉に買い言葉。

 ハンコックは手を振りほどくと、ラカム目がけて〝メロメロ甘風(メロウ)〟を仕掛けた。

 ……が、彼もクロエと同様、全く石化しておらずピンピンしていた。

「なっ!? バカな!! クロエならいざ知らず、男である貴様もだと!? それもこの至近距離じゃぞ!?」

「医者が患者の身体に邪心を抱くのは色々とアウトだろ!!!」

 ラカムのごもっともな反論に、その場にいた全員が頷いたのだった。




というわけで、結果はクロエの圧勝でした。
クロエは剣士でありますが、素手も滅茶苦茶強いです。剛の剣術と柔の体術と言ったところでしょうか。


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第66話:クロエと白ひげ

久しぶりのオヤジィです。


「全く、なぜ一々ニューゲートに一報入れねばならんのだ。そもそも手を出したのは向こうだろう」

「そういうわけにもいかないよ!! 世経のせいで微妙な情勢になってんだから!!」

 頬杖を突くクロエに、エマは朝刊を片手に慌てた様子で説明する。

 

 事の発端は昨日の昼頃。クロエが昼食を用意している最中、白ひげ傘下の海賊船が接触をしてきた。その海賊船の船長は、ルーキー時代のクロエに一味を壊滅させられ、命乞いをして見逃された男だった。

 自分への復讐を目論んでると看破したクロエは「飯が終わったら応じる」と返答したが、男の部下がそれを嘘と断じて脅しの意味を込めて発砲し、撃った弾はよりにもよって自分の皿に命中、彼女の昼食が無残な姿になってしまったのだ。ただでさえ「一度は許すが二度はない」のスタンスであるクロエは、自分の言葉を無視した上に飯まで台無しにされたことで激怒。彼らを徹底的に叩き潰したというわけである。

 通常なら負ければ命までとしてこの件は終わってたが、今回は事情が違う。復讐に来た相手が白ひげ海賊団の傘下であるのを()()()()()()()()のだ。

 仁義を破ると恐ろしい白ひげの部下を害するということは、世界最強の海賊団を敵に回すということだ。いくら相手が仕掛けたとはいえ、白ひげも黙ってはいないだろう。しかしクロエ自身は「立場上は敵対してるから一報入れる義理はない」「部下の躾が行き届いてないニューゲートの責任」と切り捨てた。

 が、事態は突如として想像を超えた展開になった。今朝の朝刊でとんでもない見出しで報じられたのだ。

 

 ――海賊界の頂上決戦、開幕か!?

 

 何と、クロエと白ひげが全面戦争をするというモルガンズの悪意が丸見えな記事をばら撒かれたのだ。

 それに対してクロエは全く意に介さない様子だが、こればかりはさすがにマズいとエマたちに言われ、渋々白ひげに申し開くことにしたのだ。

「あの鳥は人生に飽きてるのか?」

「それは知ったこっちゃないがよ……こんな記事ばら撒かれた以上、事態を収拾させないとマズいぞ」

 ボヤくクロエに、ラカムは顔をしかめる。

 史上最恐と世界最強が武力衝突を起こせば、世界にとって多大な被害が出るのは避けられないし、二人を止められるほどの戦力も存在しない。下手に戦争になって白ひげがクロエに敗北を喫すれば、この世界におけるパワーバランスにも甚大な影響をもたらすだろう。それこそ、白ひげを恐れる海賊たちが勢力を拡大させて海を荒らし、金獅子のような雲隠れした過去の大物たちも動きかねない。

 まだ白ひげと全面衝突すると決めたわけではないので、今の内にこの事態を収拾しなければならない。

「ひとまず掛け合うべきだよ。幸い、連絡先はわかってるんだし」

「これで「いい酒持っててめェで来い」とか言ったら切る」

「ダメだろやめろバカ!!」

 

 

 一方の白ひげ海賊団も、今回の件では揉めに揉めていた。

 誰であれ海賊の一味の者を手にかけるということは、その海賊団の全てを敵に回すということ。オヤジと慕う白ひげの面子のため、落とし前をつけねばならないと海賊たちは声を上げるが、白ひげとマルコたち古株の隊長格は難色を示していた。

「気持ちはわかるがなァ……あのじゃじゃ馬は他所の事情をこれっぽっちも汲んでやくれねェ。いざ戦争になったら、かえってウチが不利になっちまう」

 世界最強の男は、自らの右腕と一緒に溜め息交じりにボヤく。

 クロエは他の大海賊たちと違い、海の覇権争いに何ら興味関心がないため、ナワバリと傘下を持たない。逆を言えば、たった二十人足らずの一団で他の巨大勢力と互角に渡り合ってる上、ナワバリを奪われたり傘下を失ったりすることもないというわけだ。

 つまり、クロエとの戦争は無駄に血を流すだけで、その隙にビッグ・マムやカイドウ、新世代の海賊たちがナワバリに侵攻してくる可能性が高い――白ひげは、そう判断しているのだ。

「正直、あの跳ねっ返りと一対一(サシ)でタメ張れるのはカイドウの野郎(バカ)ぐれェだ。おれァ負ける気はねェが……家族を護りながら戦えるかは、()()()()()

 断言する白ひげに、船員たちは冷や汗を掻いた。

 世界最強の男を以てして、クロエは化け物みたいに強いと言わしめている。その言葉には確かな説得力があった。

「まァ、向こうから弁明くらいあるだろうよい」

「海賊王ロジャーの系譜だ、海賊の仁義ぐらいは通すはずさ」

 マルコとビスタが肩をすくめてそう言うと、白ひげはそうだといいがな、と頷いた。

 クロエはロジャー海賊団時代から、いや海賊稼業を始めてから、気まぐれが服を着ているような奔放さで有名だった。常識に囚われず、世界のタブーを恐れることなく、自由に振る舞う。誰もが驚くほど身軽なフットワークで、世界情勢などお構いなしに今もやりたい放題を尽くしている。おそらく、この海で最も自由な人間の一人だろう。

 そんな彼女なので行動は読めない上、本人の戦闘力も規格外だ。そんな彼女を唯一御せるのはロジャーただ一人で、彼が死んだ今は誰も彼女をコントロールできない。

(……ケツの青い頃から滅茶苦茶な女だ、あまり期待できねェなァ)

 白ひげはしみじみ思いながら酒を呷る。

 しかし、その予想は意外にも裏切られることになる。

「オヤジ!! オヤジーー!!」

 そこへ、リーゼントのような髪型をした一味の料理長――白ひげ海賊団4番隊隊長のサッチが血相を変えて駆け込んできた。

 そのただならぬ様子に、白ひげは酒を止めて目を細める。

「どうした、サッチ」

「オヤジ、実はよォ……おいティーチ、持ってきてるよな!?」

「あ、あァ……!!」

 サッチは自分と仲が良い2番隊の隊員、マーシャル・D・ティーチを呼び掛ける。

 ビール樽のような巨漢の彼は冷や汗を流しながら、両手で電伝虫を抱えていた。

「……誰だ」

《――久しぶりだな、ニューゲート》

 電伝虫から無愛想な女の声がして、白ひげの目つきが変わる。

「……最後に会ったのは、ロジャーにおでんを引き抜かれた時か? じゃじゃ馬」

 白ひげに電話をしてきた者は、件の〝鬼の女中〟本人であった……!

 

 

           *

 

 

 時同じくして、海軍本部。

「センゴク元帥!! 〝鬼の女中〟と〝白ひげ〟との通信の傍受に成功しました!!」

 電伝虫で介してるとはいえ、クロエと白ひげが接触したことで海軍は不穏な予感がして慌ただしくなった。

 この一触即発の非常事態……判断を誤れば、すぐ戦争が始まってしまう。センゴクたちは眉間に皺を寄せて、電伝虫に耳を傾けた。

《おれの息子に手ェ出したな……どういうこった》

《フン……身の程を弁えずに銃を撃った痴れ者を潰しただけだ、運が良けりゃ生きてるさ。言っておくが、そもそも貴様の躾がなってないのが原因だぞ》

 〝白ひげ〟エドワード・ニューゲートと〝鬼の女中〟クロエ・D・リードが電伝虫越しに会話している。

 その緊迫の会話の内容に、海軍は固唾を呑んで聞き耳を立てていた。

《お山の大将にも相応の責任があるぞ、ニューゲート。私だってヤマトには自分の尻ぐらい自分で拭けと教えてる。教育者がしっかりしないとドラ息子はドラ息子のままだぞ》

《言ってくれるじゃねェか……このおれに説教する気か?》

《飴と鞭の使い分けぐらいしっかりしろと言ってるんだ、繰り上げ当選の世界最強が》

「……あの白ひげを繰り上げ当選って言えるの、彼女ぐらいですね」

 盗聴内容を聴いたクザンは、引き攣った笑みでそう呟く。

 多くの海賊たちにとって畏怖とある種の尊敬を抱かれ、世界政府からも殊更に危険視される世界最高の大海賊を「繰り上げ当選」と揶揄するとは。

 クロエにとっての世界最強の男は、やはりロジャーなのだろう。

《……で、おめェはどうしてェんだ》

《どうもしない。貴様の〝家族〟とナワバリなんぞ私には不要だし、実際のところ興味もない》

《ちっ……本当に愛想のねェ女だ》

 白ひげは舌打ちしながら呆れるように呟いた。

《……まァいい。おれもてめェの相手して家族を余計に危険に晒したかねェ。今回はこれで手打ちとしてやるよ》

《何だ、いっちょやるかってはならんのか?》

《昔の海とは(ちげ)ェよアホンダラァ!! てめェは領海(シマ)を持たねェから言えるんだろうが!!》

 電伝虫から発する世界最強の怒鳴り声が、元帥室に響きわたる。

 白ひげは魚人島やいくつもの世界政府非加盟国の島をナワバリとしているが、他の大海賊と違って見返りを一切求めず、無償の善意で海軍の庇護を受けられない大勢の人々の命を脅威から守っている。

 とはいえ、今の白ひげは全盛期を過ぎており、今なお成長を続けるクロエとの戦争はかなりリスクが高い。彼女との全面戦争は、白ひげ海賊団にとっても全くの得にならない。むしろ被害が拡大するだけで、それは白ひげも望むところではない。

《てめェがその気じゃねェってのはわかった……が、次はねェぞ》

《それはこっちのセリフだ。元々は敵だ、貴様の支配を慮る筋合いはない》

「……一応、丸く収まったってところかね」

 二人のやり取りを聴いたつるは、ギクシャクしつつも一応は矛を収めた様子にひとまず安堵する。

 センゴクも大将たちも、ひとまずは世界の平穏が崩れるような事態には発展しないと判断できた。しかし……。

《おい、じゃじゃ馬》

 白ひげは電伝虫越しで、クロエを呼んだ。どうやら話は続くようだ。

《何だ、今度は》

《グラララ……せっかく連絡寄越したんだ、いい酒持って一回来い》

 先程とは打って変わり、愉快そうに笑い出す。

 酒を飲み交わそうとしているようだが、直接接触なので元帥室は一気に空気が凍り付いた。

《断る。何で貴様のために酒を奢らねばならん。ケチ臭い男は嫌われるぞ》

《赤髪のガキはちゃんと持ってきたぞ》

《……シャンクス……》

 心底面倒臭そうな声色で、クロエは弟分の名前を呟いた。

 見習い小僧ですら会いに行ったのだから、姉貴分が行かないわけがないよな――そう言われてる気分なのだろう。

《てめェみたいな筋金入りの跳ねっ返りに付き合う奴ァそうそういねェ。一回くれェ酒酌み交わして(おも)(しれ)ェ話聞かせてみろ! グラララララ!》

 電伝虫越しで豪快な笑い声を上げ、白ひげはそう言った。

 暫しの沈黙の後、クロエは口を開いた。

《……私に指図していいのはロジャーだけだ。分を弁えろ〝白ひげ〟》

《――クソ生意気な》

《フフ……まァ気が向いたら殴り込んでやる。またな、ニューゲート》

 そんな会話を最後にして電伝虫の通信傍受は途切れ、元帥室は張り詰めた空気から解放されて弛緩する。

 最悪の事態は避けられたようで、思わずセンゴクはホッと息をついた。これで今すぐ向かう流れならば、艦隊を差し向けて鎮圧しなければならなかっただろう。

「今回ばかりは、あの女の気まぐれな性格に助けられたな……」

 センゴクはポツリと独り言ちる。

 だが、これで一安心とはまだいかない。クロエはサイクロンのように突発的に現れる天災みたいな女だ、大人しいかと思えば世界のタブーを平然と踏み越え、ちょっとしたきっかけで歴史的大事件を起こす。

「全員、警戒を解くのはまだ早い。あの女は嵐を予測するよりも困難な動きをする。気づいたら七武海が二・三人倒されてる可能性もゼロではない……!」

 センゴクの釘差しに、誰も彼もが気を引き締める。

 今回のは嵐の前兆と考えればまだいい方だろう。だが、いつ何時何が起こるかわかったものではない。何せ相手は、世界最強の海賊団の力を微塵も恐れない女傑だ。

 全くもって、天変地異に振り回される人々と同じ気分である。嵐を起こす当人は、自分の行為が周囲に与える影響など全く考えていないのだから尚更だ。

「海賊同士の潰し合いなら結構ですけどね……あの女はマジで何をしでかすかわかりませんからね」

「勇み足で消せるような女じゃないしねェ~……」

「もどかしい限りじゃのう……わし自らの手で消したいちゅうんに……!」

 青キジ、黄猿、赤犬の順に各々感想を漏らす。

 ただでさえロジャー以外は手に負えないというのに、そんな輩が今も強くなり続けているのだ。センゴク率いる海軍は頭を抱えるばかりである。

 改めてクロエの破天荒っぷりを思い知り、センゴクは思わず胃薬に手を伸ばすのだった。

 

 

           *

 

 

 翌日、クロエは船首楼甲板でコーヒーカップを片手に新聞を読んでいた。

 新聞の見出しには、「頂上決戦は見送りか」と載っていた。モルガンズは相変わらずのようだ。

「ここにいたんだ」

「エマか。……飲むか? コピ・ルアク」

「ああ、あのジャコウネコの? ……じゃあ一杯」

 エマは甲板に置いてあった樽を動かして座ると、手渡されたカップを受け取った。

 コピ・ルアクはジャコウネコが熟したコーヒーチェリーを餌として食べ、種子にあたるコーヒー豆が消化されずに排泄されたもの。1匹につき1日5グラム程度の豆しか採取できないため、その希少価値が世界で最も高価なコーヒーとして有名だ。

「……何か、甘い香りだね」

「意外だろう? 味よりも香りが好きで愛飲する者も多いと聞く」

 エマはコーヒーカップに口をつけ、一口飲む。

 コーヒー特有の苦味が少なくマイルドで、フレッシュな酸味を感じる。しっかりとコクはあるが飲みやすく、フルーティーな香りが上品さを醸し出している。正直、かなり美味しい。

「これ、本当にジャコウネコのアソコから出たんだよね……?」

「腸内で発酵されることにより、コーヒー豆本来の苦味が弱くなって甘さが加わるらしい」

 ルフィにも飲ませたかったな、とクロエは笑う。

 エマは再びコピ・ルアクのコーヒーを飲むと、昨日の件について話を振った。

「それにしても、本当に心臓に悪いよ……昨日のアレは」

「監督不届きみたいなものだ、ニューゲート側が喧嘩を売ったんだからな」

「それはそうだろうけど……」

 エマはそう言いながら、コーヒーカップを皿の上に置く。

 するとクロエは、どの道白ひげ海賊団は戦いを避けたはずだと語り出した。

「ニューゲートなら私と戦っても釣り合いが取れないと判断できるし、家族と面子を天秤にかければ家族を優先すると踏んでいた。これで問題なしだ」

「家族を思う気持ちを考慮すれば、納得できる言い分であれば白ひげさんは受け入れる……ってこと?」

「私の〝王〟と覇を競った男だぞ? それぐらい読めて当然だ」

 クロエは新聞を閉じると、自分のコーヒーカップを手に取り一口飲んだ。

 そして、ボソリと呟く。

「まあ、つまらん意地は張らないということだ。それができる以上、しばらくは白ひげ海賊団も安泰だろう」

 ――もっとも、衝動的に動く半端者でも抱えなければの話だが。

 クロエはそう言うと、カップの中のコーヒーを飲み干すのだった。

「ちなみにニューゲートはコピ・ルアクが嫌いらしい」

「そうなの!?」




というわけで、白ひげとの戦争には発展しませんでした。
「自分の面子より家族の命」なのが白ひげの本音だと思い、今回みたいな描写にしました。

今後の予定は、まあ色々と。
たまにはギャグパートで、世経襲撃事件とかやるのもよさそう。


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