怪盗の助手の非日常 (片倉政実)
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オリジナルキャラクター紹介

政実「どうも、片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です」
政実「ここでは、元気達オリジナルキャラクターの紹介をしていきます」
元気「他の作品でもやってる奴か」
政実「そうだね。さてと、それじゃあ早速始めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、どうぞ」


名前:神野(かみの)元気(げんき)

性別:男

年齢:7

特技:カメラアイ

趣味:読書、ロザリオの手入れ

現在の目標:ミック神父らとの再会、神製教団(デウスクリエイター)の壊滅

好きな物:静寂、シュルツの世話など

嫌いな物:喧騒、孤独、無駄なこと

 

 今作品の主人公。両親を騙っていた男女にアーと呼ばれ、虐げられながら育っていたが、ある夜にミック神父と出会った事でアリス達とも出会い、神野元気という新たな名前をもらって教会で保護されていた。

しかし、教会を燃やされてしまった上に一人になり、死を覚悟しながら雨に打たれていたところにクイーンが訪れてお互いに命とロザリオを賭ける事でクイーンの仲間になった。

ミック神父と出会う前の環境が劣悪だった事で慎重深くあまり他人を信じない性格になったが、信頼出来ると判断した相手に対しては少しだけ心を開いており、態度も多少軟化する。

クイーン達のアジトである超弩級巨大飛行船トルバドゥールの中では雄の黒猫のシュルツを育てており、初めはあまり乗り気ではなかったものの、飼い主としてシュルツの世話はしっかりと行っていて、世話の最中は自分でも気づかぬ内に穏やかな笑みを浮かべている。

 

 

名前:アリス・タナー

性別:女

年齢:7

特技:不明(本人はないと言っている)

趣味:昼寝、勉強など

現在の目標:ミック神父らとの再会、神製教団の壊滅、怪盗クイーンの助手としての認定

好きな物:食べること、おしゃべり、イヴの世話など

嫌いな物:暗闇、孤独、悪人

 

 今作品のヒロイン。ミック神父がイギリスで拾った孤児だと言われていたが、実は神製教団という団体が遺伝子の組み合わせによって作り上げた神候補の子供達の一人であり、それを良しとしなかったミック神父とクリスティーナ・メイスンによってクレール達と共に連れ出されて教会で暮らしていた。

元気との出会いの後、神製教団や元気の両親を騙っていた男女によって教会は燃やされ、その直後に元気の両親を騙っていた男女に捕まっていたが、元気やクイーン達に助け出され、今はクイーン達の仲間になった。

基本的には相手が誰であろうと分け隔てなく接する程に人懐っこく、あまり他人を信じない元気や警戒心の強い動物すらも心を開かせる事が出来、それがアリスの特技なのではないかと考えられている。

助け出してくれたクイーン達の事は気に入っているが、特に元気の事は異性として好んでおり、一緒に眠ってくれるように頼んだり基本的に元気のそばにいたりしている他、元気とはお互いに残りの人生を賭ける勝負をしている。

元気と同じように雌の子犬のイヴをトルバドゥールの中で育てており、熱心に世話をしたり一緒に昼寝をしたりしている姿をよく見かけられている。

 

 

名前:ミック・エルマン

性別:男

年齢:65

特技:不明

趣味:ロザリオの手入れ、読書、ガーデニングなど

現在の目標:不明

好きな物:教会の仲間達、子供達の世話など

嫌いな物:悪人、神製教団

 

 教会の神父であり、神製教団の関係者の男性。

教会の神父としてシスターであるクリスティーナ・メイスンと共に各地で拾った孤児であるアリス達を育てていたが、アリス達は神製教団が作り出した神候補の子供達であり、それを良しとしなかったため、クリスティーナと協力して連れ出した。

当時フィーアと呼ばれていた元気とある夜に出会い、話を聞いた上で神野元気という名前を与えて教会で保護した。しかし、神製教団や元気の両親を騙っていた男女によって教会を燃やされた上に自身は銃弾によって足を負傷し、後に再会する事を約束して元気を逃がした後、現在は消息不明となっている。




政実「以上が、キャラクターの紹介です」
元気「たしか物語が進んで新しい事が明らかになる度にここも更新していくんだったな」
政実「うん、そのつもりだよ」
元気「わかった。そして今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また本編で」


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オリジナル用語集&特技集

政実「どうも、片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です」
政実「ここでは、今作品のオリジナル用語や元気達の特技などについて紹介していきます」
元気「キャラクター設定集と一緒で作中で明らかになった物は少しずつ追加されていくんだったよな?」
政実「うん、その通り。さてと、それじゃあそろそろ始めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、どうぞ」


神製教団(デウスクリエイター)

 

 世界を支配するための神を創り上げようとしている組織であり、構成員数やアジトの位置など様々な情報が謎に包まれ、警察や探偵卿すらもその足取りを掴む事が出来ない。

アスリートやアーティストなど何かに秀でた人物達の遺伝子を集め、それを組み合わせる事で特殊な力を持った子供達を多く創り出しており、アリスやクレール達もその中の一人。

創られた子供達は組織の手によって育てられ、適正な年齢まで育った後は子供達を求めた様々な団体や富豪の元に派遣されている。

元気を保護したミック・エルマンとミックが神父を務める教会でシスターをしていたクリスティーナ・メイスンも関係者だったが、組織のやり方に反発をして赤ん坊だったアリス達を連れ出し、孤児だったと偽って育てていた。

 

 

元気達の能力(本人達は特技と言っている)

 

神野元気:『カメラアイ』

 

 瞬間記憶能力と呼ばれる発達障害の一種であり、カメラアイは別名。その名前通り、見た物をカメラで撮影した写真のように記憶し、それを保持し続ける事が出来る。

そのため、元気はクイーンから与えられた様々な国の辞書を読んだりRDから超弩級巨大飛行船トルバドゥールのシステムや構造を学んだりしており、その他にも元気自身の高い観察力やRDが開発した発明品と組み合わせる事であらゆる謎や異変に気づく事も可能なため、その汎用性は非常に高い。

その反面、一度見た物は忘れたくとも忘れる事が出来ないため、時には元気自身を苦しめる原因にもなってしまうというデメリットもある。

 

アリス・タナー:『不明』

 

 名前などが一切不明でミックや元気ですらその詳細がわかっておらず、アリス本人はないと言っている。

しかし、元気のように警戒心が強い人物や動物達の心をいとも簡単に開かせている上に説得によって相手の強い決意を揺らがせたり感情の高ぶりを抑えたりする事も出来ており、アリスに対して嫌悪や不信感を抱かせる相手がいない事から、それが特技なのではないかと元気やクイーンは考えている。

 

クレール・カルヴェ:『身体能力』

 

 大人顔負けの跳躍力や瞬発力を持っており、その実力は一流の団員達を揃えているセブン・リング・サーカスの団長達も認める程。

そして、日々のトレーニングなどでその力は更に伸ばす事も可能なため、伸び代がある能力であると言える。

ただし、元気のカメラアイのようにクセを見抜く事が出来る相手や自分よりも高い身体能力を持つ相手には弱い。




政実「以上が、オリジナル用語集&特技集です」
元気「因みに、ここにまた別の項目が追加される事ってあるのか?」
政実「今のところはないけど、何か追加するならここかまた別に枠を設けて書くつもりだよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また本編で」


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序章
第1話 神野元気


政実「どうも、初めましての方は初めまして、他作品を読んで頂いている方はいつもありがとうございます。作者の片倉政実です。今回から今作品を投稿させて頂きます。まだまだ未熟な点などあるかと思いますが、原作を知っている方にも知らない方にも楽しんで読んで頂けるように頑張って参りますので、応援して頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
元気「どうも、主人公の神野元気です。今回から投稿し始めるって言ってたけど、どうしてこれを書こうと思ったんだ?」
政実「一応、前々から書きたいなと思って少しずつ書いてみたり設定を考えたりはしてたんだけど、この作品の原作と同じ作者さんのまた別の作品は自分にとってすごく影響を受けた作品だったから、今の実力で二次創作なんて恐れ多くて中々出せなかったんだよ。
けど、映画をやるっていう話を聞いたりこういう話だったなぁと思い返したりする内に挑戦したくなって、今回思いきって書いてみた感じだね」
元気「なるほどな。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第1話をどうぞ」


「…………」

 

 空には青白い月が輝き、静けさが街を支配する夜、一人の少年が暗がりの中で両腕で足を抱き抱えるようにしながら座っていた。少年は一言も喋らずに一人ぼっちで座っていたが、その目には静かな怒りが宿っており、その雰囲気も鋭く研ぎ澄まされた名刀を思わせた。

そうして少年が暗闇を見つめながら小さく息を吐いていたその時、首から銀色のロザリオを掛けた祭服姿の老齢の男性はその目の前で足を止めた。男性は不思議そうに少年に視線を向けた後、暗がりの中に本当に誰かがいるとは思ってなかった様子を見せる。

 

「……まさかこんな夜中に子供が一人でいるとは思わなかったな」

「…………」

「少年、君はどうしてここにいるんだ? 夜に一人でいるのは危ない。早く家に帰った方が良い」

「……帰る価値の無い家にどうして帰らないといけないんだ?」

「……なに?」

 

 男性が疑問の声を上げる中、少年は男性に視線を向ける事無くポツリと呟く。

 

「……あんな家、帰る価値なんて無い」

「……君、家族とうまくいっていないのか?」

「うまくいってないなんていう問題じゃない。あんな奴ら、親なんて呼べない」

「そうか……だが、このままここにいても意味はないだろう? 風邪をひいてしまっては元も子も無いしな」

「むしろひいた方が良い。そして、そのまま死んでしまった方が楽だ。こんな腐りきった世界で生きていくくらいなら、俺は自分から死を選ぶ」

「そうか……」

「あんたもさっさとどっかに行ってくれ。俺は一人でいたいんだ」

 

 少年がそっぽを向きながら言うと、男性は目を軽く瞑りながら深く息をつく。少年がそれを聞いて少しだけ安心感を覚えていた時、男性は少年の頭にそっと手を置き、少年はゆっくりと顔を上げてから警戒と敵意のこもった視線を男性へ向けた。

 

「……何のつもりだ?」

「なに、君を放っておけないと思っただけだよ。私は神父だからね。悩める者を放っておくのは性に合わないんだ」

「神父……はっ、そうやって自分達の教えを強制するんだろ? そんなのお断りだ」

「ははっ、たしかに同じ神を信仰する者が増えれば嬉しいが、強制するつもりはないよ。神もそんな事は望んでいないだろうからね」

「ふん……どうだかな。神様なんてのがいるなら、どうして俺はこんなに悲惨な目に遭ってるんだ? こんなの不公平だろ」

「……たしかに君はだいぶ酷い目に遭い、心に深い傷を負っているようだ。だが、神は決して無意味に過酷な思いはさせない。君が今辛い目に遭っているというなら、それは神からの試練の最中だからだよ」

「試練……それじゃあその試練を乗り越えたら、俺には何か与えられるのか?」

 

 少年の目に怒りと憎しみが入り交じった光が宿り、その場にピリついた空気が流れる中、男性は優しく笑みを浮かべながら頷いた。

 

「ああ、きっと神はお与えくださるさ。だが、それが何かは私にわからない。莫大な富かもしれないし名声かもしれないし掛け替えの無い出会いかもしれない」

「どれだとしても俺には必要ない。そんなの手に入れても嬉しくもなんともない」

「ほう、それじゃあ何が欲しいのかな?」

 

 その男性からの問いかけに対して少年は妖しい輝きを宿した目で男性を見ながら答える。

 

「……力だ。誰にも左右されず、誰にも邪魔をされない力。それ以外には何もいらない。これ以上、他人に自分の人生を邪魔されるなんてたくさんなんだ」

「力……」

「なんだ、力なんて持っても虚しいだけなんて言うのか?」

「いや、そうは言わないさ。力は持っていて損は無いと私も思うからね。だが、その持ち方によると思っているだけだ」

「持ち方……?」

「ああ。ただ誰かを圧倒する力を持つのではなく、自分の大切な人を守れる力を持つのが大事だと私は思っているんだ」

 

 それを聞いた少年の目には更に怒りが宿る。

 

「……守るための力なんて必要ない。俺には守るものなんてないからな」

「今はそうだろうね。だが、君の人生はまだまだ長い。その人生の中で出会う人々が君にとって守りたいと思える人物にならないとは言いきれないだろう?」

「あり得ないな。そもそもこんな世界で生きていたくないって思ってる奴が生きていこうだなんて思うわけがない」

「いや、君はこれからも生きていく」

「……なんでそう思うんだ?」

 

 少年からの問いかけに男性は微笑みながら答える。

 

「勘、だよ。私の勘はよく当たると教会では評判なんだよ」

「……それでよく神父だなんて言えるな」

「神父でも勘に頼る事くらいあるさ」

「……そうか」

「ところで、自己紹介がまだだったね。私はミック・エルマン。さっきも言ったが、この近くにある教会で神父をしている。君の名前は?」

「……言いたくない。あんな奴らがつけた名前なんて口にも出したくない」

「そうか……それならば、私が代わりの名前でもつけようか?」

 

 ミック神父からの問いかけに少年は驚いたような表情を浮かべた。

 

「え……」

「両親からつけられた名前が嫌だといっても、名無しの権兵衛のままでは流石に不便だろうからね。もちろん、君がこの世に生きていたくないと思っているのはわかっているが、そうやって世の中を憎むだけの哀しい子供は放っておけないのだよ」

「……それは、神父だからか?」

「それもあるが、君という少年が気に入ったからだよ。君はまだ幼いが、話し方や語彙から考えるにとても賢い。打算的な言い方になるが、君がウチの教会に遊びに来てくれたら、ウチの子達も読み書きがもっと好きになってくれるはずだ」

「行くなんて一言も言ってない」

「そうだね。だけど、君は少なくとも私に興味を持ってくれている。興味がなければ私のような変な人間は放っていなくなっても構わないのだからね」

「…………」

「それで、どうだろう? 君の名前を私につけさせてもらえるかな?」

 

 優しく微笑むミック神父を少年はジッと見つめた後、ふいっとそっぽを向いた。

 

「……勝手にしろ」

「わかった、ありがとう。では、どうしようかな……」

 

 ミック神父が楽しそうにしながら考え、少年は何も言わずにミック神父を見ていたその時、ミック神父は名案を思いついたという表情で両手をポンと打ち鳴らした。

 

「よし……これから君の名前は“神野元気(かみのげんき)”だ」

「神野元気……」

「ああ、“神”と名字につけるのは少し恐れ多かったが、そうした方が神からの恵みを受け取れると思ったからね。それに、元気という名前なら君はいつでも元気にいられるだろう。言霊という言葉もある通り、言葉というのは非常に強い力を持っているからね」

「……そうなる気はしないけどな」

「ふふ、そうか。それで、その名前は気に入ってくれたかな?」

「……悪い気はしない。あの名前と違って、これはミック神父が思いを込めてつけた名前だからな。“アー”なんて言われるよりはずっとマシだ」

 

 すると、元気の言葉にミック神父は眉を潜めた。

 

「アー……それが君が両親からつけられた名前なのかね?」

「ああ。まあ、あいつらはいないところでは俺の事をフィーアって呼んでたけど、それを縮めてアーって呼んでるみたいだ」

「フィーア……ドイツ語で4を意味する言葉だな。だが、君は日本人だろう? どうしてそう呼ばれているのかね?」

「……わからない。そもそもあいつらは本当の両親じゃないみたいだし、別に興味もないからな」

「そうか……まあ、それならば仕方ない」

 

 ミック神父は微笑みながら言っていたが、その目には哀しみが宿っていた。しかし、元気はそれには気づかずにミック神父をジロリと見る。

 

「というか、ミック神父は帰らなくていいのか? 俺は帰る気はないけど、ミック神父は帰るとこがあるだろ?」

「まあ、そうだね。だが、君を放って帰るのもなんだか良くない気がするんだ。君の話を聞く限り、両親はこんな夜中に出歩いた君に対して惨い仕打ちをしそうだからね」

「……そんなのいつもの事だ。今だって学校にも行けずに家で召し使いみたいに働かされてるし、飯も小さい頃から自分で作ってたしな」

「なるほどな……では、こうしよう。元気、とりあえず今日のところはウチに来ないかね?」

 

 ミック神父の提案に元気は驚いた後、警戒した様子で睨み付ける。

 

「……何のつもりだ?」

「なに、未成年である君を保護者の許可無しに連れ込んだら、私は様々な罪に問われるかもしれないが、そのリスクを負ってでも私は君を助けたいと思ったし、君を虐げたり犯罪を犯させたりしないと約束出来る。

それに、もしそうなっても今度は君の両親が警察の厄介になって、君はその苦痛の日々から解放される。悪い話ではないだろう?」

「……本当にそう言えるか?」

「言えるとも。だが、口だけならどうとでも言えるからね。その証拠として君にはこれを預けるとしよう」

 

 そう言いながらミック神父は首にかけていた銀色のロザリオを外し、そのまま元気に手渡した。

 

「……これは?」

「これは私達が聖母マリアに祈りを捧げる際に使っている物でロザリオというんだ。これを証拠として君に預けよう」

「……ミック神父が使ってる物なのに良いのか?」

「構わないさ。ロザリオは他にもあるし、私の言葉が嘘だった時には私を警察に引き渡した上でこのロザリオを君の自由にしても良い。まあ、プラチナや金よりは売ってもあまりお金にはならないかもしれないがね」

「……それじゃあ、ミック神父の言葉が本当だった時は?」

「その時は……君には私達の家族になってもらうとしよう。家族と言っても、さっきも言ったように別に君を虐げたり自由を奪ったりするつもりはない。一緒に食事をしたりなんて事ない話をしたりして過ごす、そんなごく一般的な家族と同じような事をしたいと思っているよ」

「……そんなのただの家族ごっこでミック神父にとって都合の良い人形遊びじゃないか」

 

 吐き捨てるように言う元気の言葉にミック神父はクスリと笑う。そして元気の頭を撫でると、微笑みながらその言葉に返事をした。

 

「たしかに家族ごっこと言われても仕方ないな。だが、その家族ごっこで幸せになれる人もいる。君もそうなるように私も努力していくつもりだ」

「……どうだかな。けど、ここまで話してミック神父が悪人ではないってなんとなく感じた。だから、しばらく厄介になる。人質ならぬ“物質(ものじち)”もあるからな」

「はっはっは、たしかにな。それでは、行こうか」

「……ああ」

 

 返事をしてから元気は立ち上がり、受け取ったロザリオを首に掛けた。

 

「よく似合っているよ、元気。どうだろう、ウチで神父見習いになるつもりは……」

「ない。そもそも神を信じてない奴が神父になんてなれないだろ」

「なれないわけではないさ。だが……そうだね、君には神ではなく、君の事をさらっていってくれるような存在の方が必要そうだ」

「俺をさらうような奴……あんたの事か?」

「いや、私ではない。もっと自由で華麗で、その心の檻から君自身を連れ出してくれるような存在。物語の中に出てくるような怪盗が必要なのかもしれないよ」

「怪盗……そんなのいるわけないだろ」

 

 冷たく言い放つ元気の言葉を聞き、ミック神父はクスリと笑ってから夜空を見上げる。

 

「それはどうだろうね。この夜の闇のように暗い世界を駆け、誰にも縛られずに自分の好きなように生き、どんなに厳しい監視もすり抜けて目当ての物を盗み出す大胆不敵な怪盗。ロマンがあると思わないか?」

「……わからない。けど、いないと思う」

「そうか。まあ、もしも出会えたらその時には本当の君の物語が始まるのかもしれないね。現実に生きながらも夢の中のようなそんな不思議な物語が」

「…………」

「さて、それではそろそろ行くとしよう。元気、改めてよろしく頼むよ」

「……こちらこそ」

 

 返事をしてから元気は差し出された手を取り、二人は静かな夜を歩き始めたが、その雰囲気は決して悪いものではなく、距離を少し空けながらも手を繋いで歩く姿はまるで本当の親子のようだった。




政実「第1話、いかがでしたでしょうか」
元気「まだ俺はクイーン達とは出会ってないんだな」
政実「そうだね。けど、出会いまではそんなに話数も空けないし、次回かその次くらいはその話にする予定だよ。まあ、それまでにはまた原作を集め直して読み込んだり設定の食い違いが起きないように頑張らないといけないけどね」
元気「そうだな。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めようか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第2話 教会の家族

政実「どうも、教会には入った事がない片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。機会がなければ近づく事すらも中々無いだろうからな」
政実「まあね。ただ、いつか入る機会があったら入ってみたいと思ってるよ」
元気「そうか。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第2話をどうぞ」


「ん……」

 

 外から朝日が射し込み、小鳥達の囀りが聞こえる中、元気は静かに目を開けると、ゆっくりと体を起こしてから周りを見回した。

 

「……そうだ、俺はミック神父に連れられて教会に来たんだったな」

 

 昨夜の出来事を思い出しながら元気は再び周りを見回す。一人で使うには少々広い室内には元気が眠っていた清潔なベッドの他に純白のタンスやクローゼット、聖書や小説が入った本棚等があり、室内の様子に元気は少し警戒したような視線を向けた。

 

「……どうしてミック神父はこの部屋を俺に与えたんだ? 他の部屋はどうか知らないけど、この部屋は一人で使うには少し贅沢すぎるし、別に眠れるなら倉庫でも良いのに……」

 

 警戒を解かずに元気が周囲を見回し続けていると、部屋のドアが二回ほどノックされ、元気は部屋の様子を見るのを止めてからドアへ視線を移した。

 

「……ミック神父か?」

「ああ、そうだよ。昨夜はグッスリ眠れたかな?」

「……不思議とな。それで、何の用だ?」

「そろそろ朝ごはんだからね。ウチの子達にも紹介したいから、起きてきてくれると助かるよ」

「朝飯……そんなに腹は空いてないけど、食べるのは大事だから食いに行く」

「ありがとう」

「昨日の服のままで良いのか?」

「そうだね……クローゼットやタンスに子供服や下着などがあるから、着替えてからの方が良いかな。別に私は気にしないが、子供達は気にするだろうし、必要以上に注目を集めたくはないだろ?」

 

 ミック神父からの問いかけに元気は静かに頷く。

 

「そうだな。注目を集めるのは避けたい」

「そうだろうね。では、君が着替えるまで私はここで待たせてもらうよ。君一人では食堂まで来るのは難しいだろうしね」

「……別に探す分には問題ないけど、迷って疲れるよりはすんなりと行けた方がありがたいからな。わかった、早めに着替える」

「ふふ、急がなくても構わないよ」

 

 ドアの向こうでミック神父が微笑みながら答えた後、元気は手早く着替えを済ませ、ドアを開けて外へと出た。用意されていたのは、白地のジャケットに青いTシャツ、白いズボンであり、ミック神父から貰ったロザリオを首から掛けたその姿を見たミック神父は目を細めた。

 

「よく似合っているよ、元気」

「……そうか。そういえば、ここはミック神父以外に何人くらいいるんだ?」

「孤児として面倒を見ている子が数人、住み込みのシスターが一人だよ。色々な性格の子がいるが、みんなとても良い子だ。元気もすぐに打ち解けられるだろう」

「別に打ち解ける気はない。生活に支障が出ない程度に接する事が出来ればそれで良い」

「ふふ……まあ、それでも良いさ。さて、それではそろそろ行こうか」

 

 元気が頷いた後、二人はゆっくりと歩き始めた。その間、二人の間に会話は無かったが、雰囲気自体は悪い物ではなく、あまり見慣れない物に元気が視線を向ける姿をミック神父は微笑ましそうに見ていた。

歩き始めてから数分後、大きな木の扉を開けると、そこには食堂の光景が広がっており、天井から吊るされたシャンデリアと壁際に数体置かれた聖母や天使の像、中央の長テーブルにはパンが入れられたバスケットやサラダなどがよそわれた皿が人数分置かれていた。

そして、椅子に座っていた元気と同じような服装の子供達と修道服を着た長い金髪の女性がドアの開いた音を聞いて元気達に視線を向けると、その光景に元気は少し驚いた様子を見せる。

 

「……ここが食堂、か……」

「ああ、そうだよ。クリスティーナ、みんな、待たせてすまなかったね」

 

 ミック神父が微笑みながら言うと、クリスティーナはやれやれといった様子で立ち上がり、二人の前まで近づくと、元気をチラリと見てからミック神父に話しかけた。

 

「ミックさん、彼が先程お話されていた子ですか?」

「ああ。彼は神野元気、法的に考えたらあまり許された方法ではないが、昨夜保護してきて正解だったと思っているよ」

「……まあ、ミックさんのその突然の思いつきは昔からですから今さら驚きも拒みもしませんよ。ただ、後で少しお話がありますけどね」

「わかっているさ。元気、彼女はクリスティーナ・メイスンといって、この教会に住み込みで働いてくれているシスターだ」

 

 ミック神父が紹介すると、クリスティーナは微笑みながら元気にお辞儀をする。

 

「クリスティーナ・メイスンです。ミックさんとは神父とシスターになる前からお世話になっていますから、ミックさんが何か困った事をしてきたら遠慮なく言ってください。私が怒りますから」

「……よろしく。神父とシスターになる前ってミック神父とはどういう関係だったんだ?」

「そうですね……簡単に言うならば、上司と部下、でしょうか。貴方もなんとなくわかっていると思いますが、ミックさんは突拍子もない事を思い付くだけで悪い人ではないです。今回の件は普通に誘拐もいいところなんですけどね……」

「それに関しては時が来たらしっかりと償うつもりだ。だが、それまでは元気はしっかりと保護するし、彼の両親についてはしっかりと調べるよ。クリスティーナ、手伝ってくれるかな?」

「……はい、それくらいお安いご用です」

 

 クリスティーナが自身の胸に手を当てながら真剣な表情で答えていると、座っていた子供の中で短い茶髪の大柄な体格の少年が不満そうな様子で声を上げる。

 

「ミック神父、そろそろ飯にしようぜ? 俺、腹が空いて仕方ねぇよー……」

「はは、そうだね、クレール。では二人とも、そろそろ席に着こうか。元気は……そうだな、アリスの隣にしよう。あそこの端に座っているブロンドのポニーテールの子の隣だ」

「わかった」

 

 元気が頷いてから歩きだし、そのまま指定された席に座ると、隣に座っていたアリスは元気を見ながらにこりと笑う。

 

「初めまして。私はアリス・タナー、これから仲良くしようね」

「……神野元気。程々に付き合いは持つけど、それ以上に仲良くなるつもりはない。お前達だけじゃなく、ミック神父ともな」

「あはは……これはだいぶ仲良くなるのに苦労しそうだね。でも、事情はどうであれ一緒に暮らす仲間だし、私は元気とも仲良くするつもりだからね」

「……勝手にしろ」

 

 元気が冷たく言い、アリスが苦笑いを浮かべていると、それを見ていたクリスティーナは不安げな様子だったが、ミック神父は微笑ましそうに見ながらクスクスと笑った。

 

「ふふ……まあ、元気には少しずつここに慣れていってもらう事にしよう。では、そろそろ頂こうか」

「はい。それじゃあみんな、いつものようにいきますよ」

「おう」

「りょーかい!」

「承知しました」

「ええ」

「はい」

 

 元気を除く子供達が答えた後、ミック神父達は目を瞑りながら目の前で静かに手で空に十字を切り、それを見ていた元気がそれに倣って十字を切ると、ミック神父達は揃って手を合わせた。

 

『いただきます』

「……いただきます」

 

 食事の挨拶を口にして子供達が食べ始めると、元気は少し不思議そうに周囲を見回してから隣に座るアリスに話しかけた。

 

「……日本式の挨拶もするんだな」

「うん、ミック神父がここは日本だからそれもやろうって言ったのがきっかけみたいで、私達は物心がついた頃からこうだよ。だから、みんな日本語も話せるの」

「そうか……」

「でも、なんだか安心した。そういう小さな事でも元気が興味を示してくれて」

「ここにいる以上、最低限の事は知っておきたいだけだ。一度見れば、忘れる事はないからな」

「忘れる事はないって……どんな事でも?」

「ああ。流石に物心つく前の事はあまり記憶にないけど、それ以降の出来事や知識なら全て記憶に残ってる。良い事も悪い事もな」

「そうなんだ……なんだか私達と一緒だね」

「一緒……お前達も何か変わった特技があるのか?」

 

 元気からの問いかけにアリスが頷くと、話が聞こえていたのか他の子供達も元気に視線を向け、それを見たアリスは子供達を見回した。

 

「せっかくだし、それも含めて元気に自己紹介しようよ。まずは……うん、クレールから」

「おうよ。俺はクレール、クレール・カルヴェだ。腕力や身体能力ならここの誰にも負けねぇ自信がある。コイツらが頼りないからリーダーとして引っ張ってやってるんだ。お前も俺には逆らうなよ?」

「……典型的なガキ大将っぽいみたいだな」

「あはは、まあね」

「……っておい! 無視すんなよ!」

「まあまあ、落ち着いて。アタシはアルテナイ・ヴォロフだよ。反射神経に自信があって、こっちにいる双子の弟のセルゲイは絶対音感があるんだ」

「セルゲイ・ヴォロフです、よろしく」

「最後になりましたが、私はアイリス・ハートリーと申します。特技は……強いて言えば、皆さんよりも勘が鋭い事でしょうか。これからよろしくお願いしますね」

 

 全員の自己紹介が終わると、元気は何かに気付いたような様子で首を傾げる。

 

「……今、全員の自己紹介を聞いていて思ったんだけど、アルテナイとセルゲイ以外は全員国籍が違うのか?」

「うーん……まあ、そうなるのかな?」

「俺達はここで生活をしてる記憶しかないから、あまり意識した事はねぇな」

「だね。みんな赤ちゃんの頃に孤児になってたみたいで、世界を旅していてアタシ達を拾ってくれたミック神父が見た目からどの国っぽい顔かを判断して名前をつけてくれたから……みんな国籍はこの教会になるのかな?」

「国籍、なのですから教会はそれに当てはまりませんよ。ミック神父の話から考えるなら、アリスはイギリスでクレールはフランス、僕とアルテナイはロシアでアイリスはエジプトですが、たとえ本来の生まれが違っても僕達はここで育った家族だと考えています」

「元気さんがそう思うつもりがないのはわかっていますが、それでも少しずつ私達をそれに近い物だと思ってもらえたら嬉しいです」

「家族、か……」

 

 その言葉を呟いて元気は複雑そうな顔をしたが、全員が見つめる中で諦めたように息をつくと、静かに頷いた。

 

「……わかった、善処する。ただ、約束は出来ないからな」

「元気……うん、それでも嬉しいよ!」

「あははっ、たしかに絶対にダメってわけじゃないしね」

「そうですね、善処すると言ってもらえただけでもありがたいです」

「一緒に暮らすなら、仲良くしたいですからね」

「へへっ、だな。だが、リーダーは俺だから、それだけは忘れるなよ?」

「さて、食べるか」

「うん!」

「だから、無視すんなって!」

 

 クレールの抗議に元気が面倒臭そうにため息をつき、アリス達が笑う中、クリスティーナは子供達の様子を微笑みながら見ていたが、ミック神父だけは元気を見ながらどこか辛そうな表情を浮かべていた。




政実「第2話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回はミック神父以外の教会の住人の紹介も兼ねた回だったが、ミック神父の言動も気になるところだったな」
政実「まあ、それは後々わかる感じかな」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第3話 炎の別れと雨の出会い

政実「どうも、雨音を聞くのが好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。雨か……雨音を楽しむのは良いけど、湿気や寒さには気を付けないといけないな」
政実「そうだね。服や身体が濡れたままだと体調を崩すし、その辺は気を付けるよ」
元気「ああ。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第3話をどうぞ」


「ふぅ……これで頼まれたのは全部だな」

 

 協会での生活を始めて一週間が経った頃の夕方、元気は街を歩きながら独り言ちた。その手には小さな買い物袋があり、中に入っている食料品を見ながら満足げに頷く。

 

「おつかいなんてこれまでやった事なかったけど、別に頼まれた物を買ってくるだけだし、大した事はなかったな。

ただ、これからはもっと色々な事が出来るようにならないと……別にあの教会に居続ける気はないけど、いる以上はミック神父やアリス達の助けにもならないといけないし、リーダー面してくるクレールがドジ踏まないように見といてやる必要もあるからな」

 

 教会での数々の出来事を想起しながら呟く元気の表情は穏やかで、生活の様子を思い浮かべながらクスリと笑っていたが、どこからか響く消防車のサイレンが聞こえた瞬間、その表情は警戒心に満ちた物へと変わった。

 

「……火事か。流石にウチの教会ではないと思うけど……一応早めに帰ろう。なんとなく嫌な予感がする……」

 

 一瞬頭に浮かんでしまった炎に焼かれる教会の光景に元気は身を震わると、胸を刺すような予感が大きくなるのに比例してゆっくりだった歩調も早歩き、駆け足へと変わった。

教会に近づくに連れて深刻そうな表情で話す人々の姿やざわめきの声、何かが弾けるような音が増え、元気は頭の中に浮かぶ最悪の光景を振りきるように首を横に振って否定し、息を切らして走り続けた。

走る事数分、変わらない教会の光景と自分に居場所をくれたミック神父達が待っていると思っていた元気は見知った建物が生き物のようにうねりながら音を立てる赤によって悲鳴を上げる光景に絶望した。

 

「……ウソ、だろ」

 

 呟く元気の手から買い物袋が落ち、燃え盛る炎を前に消火活動を行う消防士達の声が現場に響く中、元気は唇を噛むと、そのまま走りだし、消防士達の制止を振り切って炎の中の教会に入った。

まだ燃え始めてからさほど時間は経ってないのか、教会の中に立ち込める煙は薄く、煙を吸わないようにしながら元気が炎を避けて教会の中を進み、礼拝堂のドアを開けると、そこには俯せで倒れているミック神父の姿があった。

 

「ゴホッ……ミック、神父……!」

 

 元気はミック神父に急いで駆け寄り、その体をひっくり返すと、ミック神父は火事による熱と煙で苦しそうな表情を浮かべていたが、元気の顔を見て弱々しく微笑む。

 

「げ、元気……か。おつかいは……無事に済んだ、かな……?」

「そんなのどうだって良いだろ!? 何があったんだよ!?」

「……“奴ら”にあの子達の事を嗅ぎ付けられたんだ」

「奴ら……?」

「“神製教団(デウスクリエイター)”……運動能力や知力、美しさや話術など何かに優れた人間の遺伝子を集めてそれを組み合わせた子供を創り上げ、その子達をこの世を支配する神として祭り上げようとしている組織だ。

あの子達は孤児ではなく、奴らが創り上げた神候補の子供達で、それを良しとしていなかった私とクリスティーナが赤ん坊の頃に隠れて連れ出したんだ……」

「集めた遺伝子で創られた子供……それがアイツらだったのか。それじゃあこの火事も神製教団が?」

「……仕向けたのは奴らだが、実行犯は元気の両親を装っていた奴らだ。この火事も私の足を拳銃で撃ち抜いたのもね」

 

 それを聞いた元気がミック神父の足に目をやると、ズボンに空いた小さな穴からはドクドクと血が流れていた。

 

「アイツらが……!?」

「……数分前、クリスティーナが子供達と庭の手入れをしに行った頃にここに奴らが来て、元気を出せと言ってきたんだ。

奴ら、どうやら神製教団から元気がここにいると聞いていたようで、それを話した後に元気を出さないならばこの教会を燃やすと拳銃を向けながら言ってきてね、私は当然君の居所を答えなかったよ。

すると、奴らは私を誘拐犯だ神父を装った犯罪者だと罵ってきたから、私も奴らを子供の親を騙って虐待を繰り返す愚か者だと返したが、それに奴らは烈火のごとく怒ってね。私の足を拳銃で撃ち抜いた後に油を撒いて火をつけていったよ」

「そんな……クリスティーナやアリス達は?」

「……わからない。だが、奴らは自分達は神製教団からこの件で金をせびると言っていたし、奴らだけがいるとは考えづらいから、恐らく奴らの手に……」

 

 悔しそうにミック神父が言うと、元気は驚いた後に悔しさを滲ませ、爪が手のひらに食い込む程に握り込みながら辛そうな表情を浮かべる。

 

「くそっ……やっぱり、あの日に俺が言ってた事が正しかったじゃないか。誰にも左右されずに、誰にも邪魔されない力こそ本当に必要だったのに……!」

「……いや、それは違うよ。そんな物があっても君は幸せになれない。それは神製教団と同じ考えだからね」

「じゃあ、どうすれば良いんだよ!? ミック神父達が祈ってる神だって助けてくれない! それなら誰にも負けない圧倒的な力が必要だろ!?」

「いいや、それは違う。力に溺れては何も得られないし残らない。これはあくまでも神がお与え下さった新しい試練なんだよ。元気、君が乗り越え、未来へ進むためのね」

「未来へ進むための試練……」

「そうだ。そのために私を置いて君だけは逃げてくれ。このままここにいては君も死んでしまう」

「それじゃあミック神父はどうするんだよ!

 ミック神父やクリスティーナ、アリス達もいなくなった俺は、一体どうしたら良いんだよ……」

 

 涙を浮かべながら元気が俯くと、ミック神父は目に生きる意思を宿しながらにこりと笑う。

 

「生きるんだ、元気。ここから逃げて、未来を生きるんだよ。私もまだ死ぬつもりはないから、どうにかして逃げ出すからね」

「……そんな状態のアンタの言葉なんて信じられるかよ」

「……ふふ、それじゃあまた会えたその時には、私を父と呼んでもらおうか。明らかに君が有利な状況だけれど、私もこのまま死ぬ気はない。だから、また君と会ってその時に君の口からお父さん、とでも呼んでもらうとしよう」

「……また家族ごっこの話か。だけど、それで良い。アンタが死ぬ事を望んでるわけじゃないが、俺は口が裂けてもそんな事は言いたくない。それに対してアンタは数日前に会ったばかりの相手に父親と呼ばれたい。だったら、勝負は成立するからな」

「決まりだね。では、その時を楽しみにしていてくれ、我が子よ」

「……気が早いって。それじゃあ……“またな”、ミック神父」

「……ああ、また会おう、元気」

 

 ミック神父の言葉を聞いた後、元気は近くの窓を蹴破って外に出ると、そのまま振り向かずに走り出した。

その表情には怒りと悔しさ、哀しみと憎しみが入り交じっていたが、目には生きようとする意思が宿っており、走っていくその姿はとても力強かった。

 

「……もう、誰にも奪わせない。俺の人生も俺を必要としてくれた人も……相手が誰であろうと奪わせてたまるか……!」

 

 悔しさが滲む声で独り言ちながら元気はただひたすらに走り続けた。しかし、体力の限界が来た事で元気の息は荒くなり、足ももつれ始めた事で元気は立ち止まると、両手を膝に置きながら苦しそうに息を吐く。

 

「はぁ……はぁ……だいぶ走ったな。それにしても、これからどうすれば良いんだ? ミック神父から多少の小遣いは貰ってるけど、その程度じゃ一日分の食料しか手に入らないし、衣と住だって確保出来たわけじゃない。

この歳じゃ雇う奴もいないだろうし、そもそも奴らに見つかったら今度こそ死ぬまでこき使われる。まずはこの街から逃げ出す方法を……」

 

 そう言いながら辺りを見回すと、薄暗い路地裏が見え、元気はよろよろと路地裏に入って、壁にもたれながらその場に座り込む。

 

「……とりあえず夜までここにいよう。夜になったら闇に紛れながら出発して少しでもこの街から離れるんだ」

 

 そう言いながら元気はふぅと一息つくと、疲労感を感じながら息を潜めた。そうして一時間程ジッとしていたその時、空から冷たい雨が降りだし、屋根もない場所にいる元気の服と体はゆっくり濡れていった。

 

「……雨か。このままだと、風邪をひくな。でも、ここまで足を酷使したからか全然立ち上がれないな……」

 

 呟くように言った元気の声は強くなっていく雨にかきけされ、路地の外を歩く人々も陰にいる元気の姿には気づかず、元気は雨を吸って重くなった衣服の重量と冷たさを感じながら身を縮こまらせた。

 

「……寒くて重いな。本当なら今頃は教会でミック神父達と飯を食ったり話しかけてくるアリス達の相手をしたりしてたんだろうけど、もう俺にはその日常すらない。それどころかこのままだと確実に死ぬだろうな……」

 

 寒さで元気の身体はガタガタと震え、唇を真っ青にしながらも元気は更に身を縮こまらせ、頭を守るように腕の中へと隠した。

 

「……生きろって言われて、変な勝負までする事になったのに、また会う約束すら守れないみたいだな。その上、クリスティーナやアリス達の行方すらわからないなんて本当に俺はちっぽけだ。

ゴメン、ミック神父……約束は守れないみたいだ。でも、先に天国に行って神様って奴に文句を言っておくよ。正しく生きようとした奴ばかり理不尽な目に遭うのはおかしいってさ」

 

 自ら口に出した言葉に元気は自嘲気味に笑みを浮かべると、そのまま目を瞑り、意識が薄れていくのを待った。

 

「これで良い……元々、俺はこんな世界で生きていたくなかったんだ。だから、これが俺にとっての正解。これで俺の物語はおわ──」

「本当にそれで良いのかい?」

「え……?」

 

 突然聞こえてきた声に元気は疑問を感じていると、自分に降り注いでいたはずの雨の感触がいつの間にか無くなっている事に気づき、元気は顔を上げた。

すると、目の前には黒いシルクハットに黒のタキシード、白いマントをつけて黒い傘を持った人物が立っており、ぬけるような白い肌がまぶしいその整った中性的な顔立ちや流れるような長い銀髪は薄暗い路地裏には似合わず、元気はそのミスマッチさに怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「……アンタ、誰だ? ずいぶん良い身なりをしてるけど、こんな俺に声をかけるなんてまさか人攫いか?」

「人攫い……か。まあ、盗み出すという意味では同じだね。もっとも、私は無意味な盗みはしない。そんなの私の美学に反するからね」

「美学……アンタ、本当に何者なんだ?」

 

 元気の問いかけに謎の人物はにこりと笑うと、シルクハットをゆっくり脱ぎ、微かに灰色がかった瞳で元気を見つめてから優雅に一礼した。

 

「私の名前はクイーン。大切な友人たちと共に世界を旅するC調と遊び心を重んじる怪盗さ」




政実「第3話、いかがでしたでしょうか」
元気「ミック神父との別れの後にようやくクイーンとの出会いか」
政実「そうだね。クイーンと出会った元気がどのような道を歩むのか。それは次回のお楽しみという事で」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第4話 蜃気楼と命がけの信頼

政実「どうも、怪盗といえば、アルセーヌ・ルパンと怪盗クイーン、怪盗道化師の三人と答える片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。怪盗道化師はたしかクイーンの原作者さんの別の話だよな」
政実「そうだね。クイーンの話とはまた違った一人の怪盗の話で、一般的な怪盗の話には出てこないような物を盗む事が多くてそのどれもが心暖まる話ばかりだから、もしも興味を持った読者さんがいたら、是非読んでみてほしい作品だね」
元気「そうか。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第4話をどうぞ」


「クイーン……怪盗……?」

 

 自身を怪盗と名乗るクイーンを元気が胡散臭そうに見つめると、クイーンは自分の口元に手を当てながら上品に笑う。

 

「そんなに私の自己紹介はおかしかったかな?」

「……自分を女王(クイーン)だって言ったり怪盗を自称する奴を見たらおかしいと思うだろ」

「そうかな? 日本にいる友人から聞いたけれど、この国には“てぃあら”とか“ろみお”と名付ける親もいると聞くし、私の名前くらいならおかしくはないと思うよ。もっとも、クイーンが私の本名だとは断言しないけどね」

「……不思議な奴。それで、その怪盗様が俺に何の用なんだ? 俺は怪盗に盗まれるような物は持ってないぞ?」

 

 元気の問いかけにクイーンは少し考え込む素振りを見せてから、汚れを知らない子供のようなあどけない笑みを浮かべながら答えた。

 

「強いて言うなら、君に訪れようとしていたバッドエンドを盗みに来た、かな」

「バッドエンドを……」

「そうさ。さっきも聞いたけれど、君はこのままで良いのかい? この暗い路地に濡れ鼠になりながら眠るのが、君の物語の結末だと本当に信じているのかい?」

「……そうだ。本当の両親でもないくせに親を騙っていた奴らに何年も虐げられて、そこから救いだそうとしてくれた人すら助けられない奴なんてこうなるのがお似合いだ」

「…………」

「だから、アンタもさっさと帰ったら良い。そんなに小綺麗な見た目でこんなところにいたら、人目をひいてご自慢の怪盗業もやりづらくなるぞ」

 

 吐き捨てるように言った後、元気は再び俯く。その姿を見ながらクイーンがふぅと息をつくと、元気はどこか安心したように目を閉じたが、クイーンは優しく微笑み、俯く元気の頭を撫で始めた。

 

「……何のつもりだ?」

「いや、状況や相手は違うけど、今の君を見ていたら少し懐かしくなってね」

「懐かしい……」

「ああ、ウチにいる大切な友人であるいつも仏頂面の仕事しろBOT君もかつては君のように一人で座り込んでいたよ」

『……訂正させてもらいますが、僕は仕事しろBOTでもないですし、何度も言うようにあなたの友達でもなく仕事上のパートナーです』

「……今聞こえたのがそいつの声か?」

「そうさ。そしてこれからは、君も私の大切な友人だ」

 

 クイーンのその言葉に元気は弾かれたように顔を上げる。元気の目に見えているクイーンは優しい笑みを浮かべており、その姿を他者が見ていればまるで天使のようだと言う程だったが、元気は未だ警戒した様子でクイーンを見つめていた。

 

「……俺を友達にしようなんて変わった奴だ。だが、俺に友達なんて必要ない。これから死ぬ奴に友達なんていたってしょうがないだろ」

「いや、君は死なないさ。何故なら、私がこれから君の事を拐っていってしまうからね。ウチにくれば、衣食住の問題はないし、さっきの彼や少し変わっているけれど世界最高の人工知能の友達だっている。そして今なら、私が作った辞書までついてくるよ。どうだい? お得だろう?」

『……クイーン、衣食住の件は間違いありませんが、あなたの不良品の辞書は流石にいらないと思います。後、私はあなたの友達ではなく、世界最高の人工知能に過ぎません』

「まったく、私の友人たちは照れ屋だね。こんなにも素晴らしい私の友人なのだから、誇ってくれても良いんだよ?」

「……大した自信だな。お前は自信銀行に定期預金でもしてるのか?」

「ふふ、そうかもしれないね。さて、どうだろう。私と共に新たな世界へ旅立たないかい?」

 

 クイーンが手を差しのべると、元気はその手を見つめたが、すぐにそっぽを向いた。

 

「……旅立つ気はない。お前のそばにいる奴らがどんなに優れていて、俺にとって理想的な環境が手に入るとしても俺はお前を信じる事は出来ない」

「なるほど……信頼か」

「ああ。お前が怪盗だというのも自称で、さっきから聞こえてくる声も事前にお前が声を変えてこっそり流してる物かもしれない。もし、本当にそうだとしたら俺はここで死ぬよりも辛い目に遭う可能性だってあるんだ。

それなのに、このくらいでお前を信用してついていくなんてあまりにも不用心すぎる。俺は死んでも構わないと思ってるけど、無駄に死にたいわけじゃないんだ」

『なるほど……カメラから見える限り、まだ小さな子供のようですが、とてもしっかりしていますね。クイーンとは大違いです』

『そうですね。クイーンを簡単に信頼しようとしない辺り、本当にしっかりとした子です。クイーンにも見習ってほしいものですね』

 

 どこからか聞こえてくる声を聞き、クイーンは元気に差しのべていた手で顔を覆う。

 

「君達……その発言はあんまりじゃないかい?」

『自分の日頃の行いを思い返してください。あなたの生活の様子を見て、簡単に信頼出来ると思いますか?』

『ワインをセラーにしまわずにソファーの下に隠す、開ける時も栓を開けるわけじゃなく口を“切って”しまう』

『仕事も“怪盗の美学”を理由に選り好みして、そうでなければやろうともせずに休みばかりを欲しがる怠惰さ』

『そんな相手を簡単に信頼出来ると思いますか?』

「……君達、そこまで言う事ないじゃないか……」

 

 冷たい声で次々に暴露されるクイーンの情報にクイーンががくりと肩を落とし、元気が呆れながらため息をつく。

 

「……聞いてるこっちが可哀想になるくらいの言われようだな」

『これが君の目の前にいる怪盗クイーンという人物だよ。けれど、これだけは言える。クイーンはやる時はやる人だってね』

「ジョーカー君……」

『たしかにそうですね。やると決めたらへこたれずにやりとげ、殺人も無駄な盗みもしない。すぐに信用するのは難しいと思いますが、私もジョーカーもこうして今でもクイーンのそばにいて、共に仕事をこなしている。それだけ私達はクイーンの事を信頼していると言えるでしょう』

「RDまで……」

「……アンタ達二人がクイーンを信頼していて、クイーンがどういう人物なのかはわかった。けど、さっきも言ったようにアンタ達二人が実在する証拠はない。それに、だからといって俺がクイーンを信頼出来る証拠にはならないだろ?」

 

 冷たい声で言う元気の目には未だに警戒心が残っていた。それを見たクイーンは少し哀しげに微笑む。

 

「ここまで警戒されるなんてね……君の心はだいぶ固く閉ざされているようだ」

『どうやらそのようですね。クイーン、どうするんですか?』

『冷たいようですが、これ以上の説得も難しいですし、世界中に敵がいるようなあなたのそばにいてはその子も危険です。このまま別れた方が現実的かと』

「……世界最高の人工知能である君が言うのだから、その選択はだいぶ正確なのだろうね。だけど、私は蜃気楼(ミラージュ)の異名を持つ怪盗であり、そんな事で臆する程の弱い人間ではない」

「…………」

「だから、君の信頼のために私はこの命を賭けるとしようか」

 

 クイーンの突然の言葉に元気は驚き、ジョーカーとRDは揃ってため息をつく。

 

『……クイーン、あなたはバカなんですか?』

『一人の人間の信頼のために命を賭けるなど馬鹿馬鹿しいです。あなたはその子にそれだけの価値を見いだしたのですか?』

「もちろんだとも。彼自身、本当はこのまま死ぬつもりは無いようだし、ここまで話してみて彼がとても面白い人物だとわかった。

だったら、その信頼を勝ち取るためなら命を賭けても惜しくない。それくらいの覚悟がないと、彼の場合は心を開いてはくれなそうだしね」

「……そいつらの言う通り、お前はバカなのか? 俺にそれだけの価値があるってどうして言えるんだ?」

「その目だよ」

「……目?」

 

 元気が不思議そうにすると、クイーンは静かに頷く。

 

「私はその目の奥で燃える炎を見た。恐らくだけど、君は生きるだけの理由があるし、死ぬまでにやらないといけない事がある。そうじゃなきゃ、そこまでの目はしてないさ」

「……お前がその手助けをするって言うのか?」

「君が望むならね。だけど、私だって命を賭けるのだから、それ相応の何かを求める権利はある。だから、私はそのロザリオを君に賭けてもらいたい」

「ロザリオを……」

「私が君にいらない危害を加えたりその身を他者に売ろうとしたりしたら、遠慮なく私を殺して良い。だけど、君のその命が尽きるまでに私がそういった事をしなかったら、君からは信頼の証としてそのロザリオを貰う。どうだい? 悪い話じゃないはずだ」

「……あまりにもこっちが有利過ぎる。そもそも、このロザリオに命を賭けるだけの価値なんて──」

「だったら、どうしてそこまでそのロザリオは綺麗なんだい?」

「え……?」

 

 クイーンからの突然の言葉に元気が疑問の声を上げると、クイーンは真剣な表情で言葉を続ける。

 

「そのロザリオはだいぶピカピカに磨かれている。ここまでの輝きを保つには、持ち主がしっかりと手入れをしないといけないはず。つまり、そのロザリオは君にとってとても大切な物だと断言出来る。

それじゃあそのロザリオはどうやって手に入れたか。ロザリオというのは、一般的に聖職者が持つ物で、聖母達への祈りの際に使われる。RD、この近くに教会はあるかい?」

『ありますよ。いえ、正確にはあった、でしょうか。数時間前に教会は火事に遭ったようで、不思議な事に焼け跡からは人間の遺体などは見つからなかったようです』

「ありがとう、RD。この事から、君はその教会の関係者で、火事に遭った事で教会にはいられずにここに来た事になる。合っているかな?」

「……間違いない」

「加えて、しっかりと磨かれているとはいえ、そのロザリオは先が少し丸みを帯びていたりところどころに小さな傷が見える事から、年期が入った物であり、君の前にも持ち主がいた事は間違いないだろう。

そして、その持ち主とは恐らく教会の神父で、神父も君からの信頼を勝ち取るためにそのロザリオを預けていた。だいたいこんなところじゃないかな?」

 

 クイーンの推理を聞いた元気はしばらく何も言わなかったが、目を瞑りながら悔しそうな表情を浮かべると静かに頷いた。

 

「そうだよ。これは教会の神父から、俺を助けたいという神父の言葉の証拠として預けられた物だ。その代わり、神父の言葉が本当だったら、家族になるなんて約束をしてたけどな」

『なるほど……クイーンと同じような事を考える人がいたんですね』

『それに驚きを感じる気持ちはわかります。ですが、クイーン。本当に命を賭けるつもりですか?』

「ああ、賭けるとも。今の話を聞いて、尚更それくらいの覚悟がないといけないと思えたよ。その神父もきっと同じくらいの覚悟を決めていただろうしね」

「…………」

「さて、どうかな。この私の覚悟を聞いて、少しは信じてくれる気になったかい?」

 

 再びクイーンが手を差しのべると、元気はその手をジッと見てから、ふぅと息をついた。そして、静かにクイーンの手を取った。

 

「……わかった、そこまでの覚悟を決めてくれているなら、少しだけ信じてみる」

「ありがとう。それじゃあ、これから新たな友達との出会いを祝して──」

「俺はお前の友達じゃない。俺は勝負の相手なだけで、仕事上の助手という形なら別に認めてもいい」

「……本当に彼に似ているね。だけど、そこから始めるのも悪くはない。君、名前は?」

「……神野元気。神父がつけてくれた名前だ」

「元気、か。とても良い名だね。ではそろそろ行くとしようか。RD」

『既にコンテナは降ろしてますよ。人の姿がない今の内にコンテナに入って、こちらへ戻ってきてください』

「流石だね。それでは行こうか、元気」

「……ああ」

 

 クイーンの手を掴みながら元気は立ち上がる。その目には未だにクイーンへの警戒心があったが、表情は多少柔らかくなっており、それを見て微笑むクイーンと共に元気は路地の外へ向けて歩き始めた。




政実「第4話、いかがでしたでしょうか」
元気「これで俺はクイーンの仲間に加わったわけだけど、次回はまだ顔も出てきてない二人との出会いになりそうだな」
政実「そうだね。因みに、今のところの予定だと、オリジナルの話と原作の話を交互にやっていくつもりで、一度オリジナルの話をやってから原作の第1巻の話をやる事にしてるよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第5話 パートナーと人工知能

政実「どうも、人生をAIにサポートされたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。AIのサポートか……全部任せるわけにはいかないけど、欲しいと思う時はたしかにあるよな」
政実「個人的にはその日の正確な天気予報とかスーパーの安売り情報とか教えてもらったり創作に必要な知識集めをお願いしたいかな」
元気「なるほどな。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第5話をどうぞ」


 降ろされたコンテナの中へ入ると、コンテナの扉は独りでに閉まり、静かに上がっていったが、上昇中のふわふわとした感覚に元気は嫌悪感を覚えたのか顔をしかめた。

 

「……なんだか嫌だな、この感じ」

「おや、もしやエレベーターに乗った事は無いのかい?」

「……無いな。上がり下がりする方法は他に無いのか?」

「あるけれど……いつも私がやっているようなワイヤーに捕まってそのまま昇降する方法でも良いなら今度からそうするかい? 鍛えていない君にはあまりオススメは出来ないけれど……」

「……いや、止めとく。命がいくらあっても足りなそうだ」

「ふふ、それが良いかもしれないね。だけど、やってみたいと思ったら、その時は言ってくれたまえ。出来るように鍛えてあげるからね」

「……その時が来たらな」

 

 元気がその気がなさそうな様子で答えていたその時、コンテナの動きが止まり、ゆっくりと扉が開いていくと目の前には中国服を着た仏頂面の若い男性が立っていた。

 

「おかえりなさい、クイーン。それと……初めまして、元気君。僕はジョーカー、クイーンの仕事上のパートナーだ」

「……実在はしてたんだな。それじゃあ、RDっていうのも本当にいるのか」

「ああ、いる。ただ、人工知能という事で僕達みたいな肉体は持ってないけれどね」

「けど、ここの様子はカメラから見てるんじゃないかな? そうだろう、RD?」

 

 両手でメガホンを作るようにしながらクイーンが呼び掛けると、コンテナの外にあるスピーカーから声が聞こえ始めた。

 

「はい、見てますよ。初めまして、神野元気。私はRD、日本に住む倉木博士によって開発された国防用の人工知能で、今はこの超弩級巨大飛行船トルバドゥールの制御をしながらクイーン達のサポートをしています」

「……ジョーカーにRD、そしてクイーンか。怪盗なんて本当にいたんだな」

「ふふ……怪盗はどこにでもいるんだよ。闇を駆け、多くの観客の前で華麗にあらゆる物を盗み出し、見た者全てを魅了して止まない存在、それが怪盗という物だからね」

「……元気君、クイーンの言う事はあまり真面目に聞かなくて良いからね」

「ジョーカーの言う通りです。クイーンは普段からこのような事ばかり言っていますから、全てを真面目に受け取っていたら疲れてしまいます」

 

 クイーンの言葉を聞いたジョーカーとRDが呆れ声で言う中、元気はどこか懐かしそうな表情で顎に手を当てる。

 

「……ミック神父みたいな事を言う奴が他にもいたんだな」

「ミック神父……その人が君がお世話になっていた教会の神父なんだね?」

「そうだ。俺が家にいたくなくて夜に出ていった時に声をかけてきて、自分が誘拐で捕まるリスクを背負ってでも俺を教会で保護しようとしてくれた変わり者だよ」

「変わり者、と言いながらも君はそのミック神父を信頼してるように見えるよ?」

「……そこまでのリスクを背負ったりこのロザリオを託したりする奴だったからな。少なくとも、ミック神父はこの世界の人間の中では信頼出来る相手だと思ってる」

「なるほど……RD、さっき教会からは誰の遺体も見つからなかったと言ってたよな?」

「はい、その通りです。教会の燃え具合から考えてもそのミック神父という方も亡くなっていないとは思いますが、そもそもどうして教会が燃えるなどという事になったのですか?」

 

 RDが疑問を口にした後、元気は辛そうに燃え盛る教会での出来事を話した。その間、ジョーカーは神妙そうな表情で聞いていたが、クイーンは興味深そうに話を聞いており、話が終わると同時に元気の肩に手を置いた。

 

「クイーン?」

「元気、君はその神製教団(デウスクリエイター)や君の両親だと言っていた二人をどうしたい?」

「アイツらをどうしたい……」

「そうだ。君の生まれはまだわからないが、幸せな人生を送るはずだったかもしれない君の邪魔をした人々に対して君は何をしたい?」

「……そんなの決まってる。俺の両親を騙っていた奴らは警察に捕まえさせて、神製教団からアリス達を助け出したい。俺の人生も俺を必要としてくれる人ももう誰にも奪わせないって決めたんだ。目に物を見せてやらないと気が済まない……!」

 

 そう言う元気の目の奥では怒りの炎が燃え、その姿を見たクイーンはクスリと笑う。

 

「良い目だ。だったら、まずは君の信頼のためにその手助けをしようじゃないか。ジョーカー君、RD、君達も良いかな?」

「それは構いませんが……珍しいですね、クイーン。別にその人達からは盗み出す物は無いですよね?」

「強いて言うなら、元気の人生や未来を取り返すといったところさ。これから元気がここにいるためにまずはその問題を解決しないといけないからね。

別に警察くらいなら気にする必要は無いんだけど、そういうつまらない盗みや犯罪を誇ってるような奴らに邪魔をされても面白くないんだよ。腐ったキャベツの芯の臭いがする犯罪をするような連中はここらで退場してもらおう」

 

 クイーンが両手を広げながら芝居がかった調子で言うと、元気はジョーカーに近づいてからこそこそとした声で話しかけた。

 

「……クイーンはいつもこんな言い回しをしてるのか?」

「……そうだね。ただ、クイーンがやる気になってるのは間違いないし、こうなった時のクイーンは最後までやり遂げる。だから、心配はいらないよ」

「ジョーカーの言葉に賛同します。しかし、策はあるんですか? 元気の両親を騙っていた人々を探し出すくらいならば今すぐにでも出来ますが、証拠がなければ警察は動きませんよ?」

「それくらい問題ないよ、RD。という事で、まずは元気から話を聞かせてもらおうかな。君からしたら、話すのも辛いとは思うけどね」

「……構わない。アイツらに復讐するためなら、それくらいどうってことない」

「ありがとう。だけど、まずは元気は着替えた方が良い。さっきまで雨に降られていたわけだし、話はお風呂や食事の後でも問題ないからね。ジョーカー君、案内を頼めるかな?」

「わかりました。それじゃあ行こうか、元気君」

「……ああ」

 

 ジョーカーに伴われて元気がコンテナ内から出て歩いていくと、クイーンは真剣な表情を浮かべる。

 

「……RD、君は元気をどう思う?」

「……年齢の割にはしっかりした子だと思います。ですが……話しながら彼をスキャンしたところ、彼は日本人寄りの顔ではありますが、イギリス人の血も入ったハーフである事がわかりました」

「そうか……」

「別に今時ハーフやクォーターなどは珍しくありません。ですが、彼自身はその事を知らないようですし、両親だと言っていた二人からドイツ語のフィーアをもじった名前で呼ばれていた。この事は妙だと思いませんか?」

「ドイツ語で4、か……まるでどこかの施設で管理をされていたかのようだね」

「私もそう思います。とりあえず、この件についてはしっかりとわかるまで元気には伝えずにいましょう。大切な友人達や恩人が行方知れずな上に落ち着く場所だった教会すらも無くされて心身ともに疲弊しているはずですから」

「それが良いだろう。RD、引き続き調査を頼む。元気の事だけじゃなく、ミック神父のような教会の関係者や神製教団についてもね」

「わかりました」

 

 RDが答えた後、クイーンはコンテナ内から出ると、そのまま自室へ向かい、室内で着替えをした。そして着替えを終えてトルバドゥール内の船内に置かれたソファーに座り、下に隠していたワインを取り出していると、そこへジョーカーと着替えを終えた元気が近づいた。

 

「クイーン、元気君の着替えを終えてきました」

「うん、お疲れ様……おや? その中国服は……ジョーカー君が昔着ていた物かい?」

「はい、ここには元気君が着られる程の服も少なかったので」

「たしかにそうだね。よく似合っているよ、元気」

「……それはどうも。そういえば、俺はここのどこで寝れば良いんだ? 別に壁にもたれて寝るでも良いけど……」

「いや、RDが空いてる部屋を掃除してくれてるよ。君もここにいるからには私にとって親愛なる友人で大切な存在だからね。何か足りない物があったら、遠慮なく言ってくれたまえ」

 

 すると、元気は何かを思い付いた様子で静かに口を開いた。

 

「……それなら、あらゆる国の辞書が欲しい」

「辞書……?」

「ほう、それくらい問題ないけれど、理由を聞いても良いかな?」

「俺は生まれつき見た物は忘れないみたいだからな。それを読めば、知識も増えるし、クイーンの仕事の役にも立つだろ」

「たしかにそうだけど……クイーン、これは瞬間記憶能力というものでしょうか?」

「どうやらそのようだね。だけど、忘れないのと同時に“忘れられない”というデメリットもある。元気、そうだろう?」

「ああ、そうだ。だから、アイツらからされた仕打ちも一生忘れられない。忘れたくてもな」

 

 返事をする元気の声は暗く、ジョーカーが元気に対して何か声をかけようとした時、クイーンは元気を見ながらにこりと笑う。

 

「だから、今日からは私達と共に忘れたくないくらいの思い出を作るんだ。そうすれば、忘れられない記憶よりもそっちを思い出す機会も増えるかもしれないし、元気も辛くはないだろう?」

「……さてな。というか、忘れたくないくらいの思い出って何をするつもりなんだ?」

「そうだね……今考えてるのは、私の趣味でもある猫の蚤取りと色々なおもちゃで一緒に遊ぶ事かな」

「……それは本気で言ってるのか?」

「本気だよ。まあ、私の仕事の中でも様々な出来事に遭遇していくだろうから、そういった出来事達も良い思い出にしていけば良いさ。少なくとも私の仕事は観る者全てを魅了し、あたかも一つのショーを観たかのような感覚に陥らせるような物になるよう努めているからね」

「そうか……」

「まあ、君からのせっかくのおねだりだから、辞書は揃えて部屋に置いておくとしよう。その時には私の作った辞書も贈るから楽しみにしていてくれ」

「辞書……ああ、RDが不良品って言ってた奴か」

「本当に酷い言いようだよね。私の辞書は本当に素晴らしい物なのに」

 

 自信満々にクイーンが言い、それを聞いていたジョーカーが額に手を当てる中、船内のスピーカーからRDの声が聞こえ始めた。

 

「本当に素晴らしい物ならば私もそう言いませんよ。とりあえず食事が出来たので食堂へと来てください。クイーン達もそうだと思いますが、元気はもっとお腹が空いてると思いますから」

「おっと、そうだね。日本にも空腹では戦には勝てないという言葉があるようだし、しっかりと腹拵えをしようじゃないか」

「クイーン、お言葉ですが、それは腹が減っては戦は出来ぬではないんですか?」

「戦も出来ないかもしれないが、勝てもしないだろう? だから、どちらでも問題はないんだよ」

「……東洋の神秘ですね」

 

 クイーンの言葉を聞いたジョーカーが呟き、元気とRDが揃ってため息をつく中、クイーンは二人を見回してからふんわりと微笑む。

 

「では行こうか、諸君。美味しいご飯の後は作戦会議をしないといけないからね」

 

 ジョーカーと元気の二人が揃って頷いた後、三人はRDが用意した食事が待つ食堂へ向けて歩き始めた。




政実「第5話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回はクイーンの仲間とのちゃんとした出会いと俺について色々わかった回だな」
政実「そうだね。原作者さん本人ですらクイーン達は扱いづらいらしいから、これからも書いていくのは苦労しそうだけど、原作や既存キャラ達の雰囲気を大切にしながら元気達オリキャラともうまい事組み合わせて書いていく予定だよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第6話 調査結果

政実「どうも、食事の前後の挨拶は欠かさない片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。食事に限らず、挨拶っていうのは大事だからな」
政実「そうだね。口うるさく言いたいわけじゃないけど、食事というのは当たり前に出来るわけじゃないという事は忘れずにいたいよね」
元気「ああ。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第6話をどうぞ」


 食堂に着いた後、三人がそれぞれ適当な席に着くと、クイーンは手を合わせながら静かに目を瞑った。

 

「いただきます」

「「いただきます」」

 

 クイーンの後に続いて元気はジョーカーと声を揃えて言った後、少し不思議そうにクイーンを見る。

 

「……クイーンも日本語でいただきますって言うんだな」

「ふふ、食事の挨拶は大切だし、日本語というのは面白いからね。それに、私達は他の生き物の命を貰って生きていくんだ。それなら、尚更言うべきだとは思わないかい?」

「……同感だな。ただ、あの家では言う習慣が無かったから、少し驚いた」

「そうか。さて、RD。作戦会議をする前に元気の両親を騙っていた二人について教えてくれるかな?」

『畏まりました、クイーン。まず名前からですが……父親を騙っていたのは、強田刀二(ごうだとうじ)という男で、過去に強盗を専門に数件の事件を起こしていて、その中で殺人も犯しています。

次に、母親を騙っていたのは、鷺宮飛李(さぎみやあすり)という女で、これまでに何件もの結婚詐欺やスリを行ってきているようです。

 二人とも日本人で共に三十代ですが、特に夫婦というわけではなく、お互いを利用し合っているだけの存在のようです』

「ふむ……となると、どちらかだけをどうにかしてももう片方にはすぐに逃げられそうだし、一網打尽にする手段が必要そうだね。RD、他に情報はあるかい? その二人以外にも神製教団について情報があったら助かるけど……」

『それが……神製教団については中々情報が集まらないんです。世界各国の富豪がどこからか優秀な子供を買い付けている証拠は見つかるのですが、その取引先が神製教団であるという確証はどうにもなくて、ミック・エルマンやクリスティーナ・メイスンという人物についてもしっかりとした情報は集まりません……』

「ただ、その二人がいた教会が燃やされたという事実はあるんだろ? だったら、教会について調べたら良いんじゃないか?」

『調べはしました。ですが、元気達がいた教会というのも、元々は別の団体が建てた物を買い取って使っていたものらしく、その契約書の名前も偽名だったようです。なので、今のところは神製教団や元気の面倒を見ていた二人について調べる事は困難かと思われます』

「そうか……」

 

 RDの報告を聞いた元気が表情を暗くすると、クイーンはグラスに注がれたワインを一口飲んでから元気に視線を向ける。

 

「元気、お世話になった二人について今はこれ以上はわからないけど、ミック・エルマンとはまた会うと約束したんだろう? それだったら、その時に訊いたって良いんだよ。その時になれば、ミック・エルマンも話して良いと思ってくれるかもしれないしね」

「……そうだな。RD、アリス達拐われた子供達についても何もわからないか?」

『そうですね……戸籍などもありませんでしたからこれ以上は調べられませんでしたが、一つだけ気になる情報は見つけましたよ?』

「気になる情報……?」

「RD、聞かせてくれたまえ」

『はい。強田刀二、鷺宮飛李の二人についてなのですが、どうやら今の住居を引き払おうとしているようで、二人の住居から“幼い少女”の声が聞いたという声が幾つか上がっています』

「幼い少女の声……元気君、教会には君以外に何人の子供がいたんだい?」

「……五人だ。男が二人と女が三人。みんな同じくらいの歳のはずだけど……その声の主がアリス達の内の誰かだっていう証拠はないんじゃないのか? アイツらなら、どこからか子供を拐ってきたっておかしくないし」

『私も同意見です。ですが……その子供の声を聞いたという人々は総じて“教会”や“ミック神父”という言葉を聞いたようなんです』

「え……そ、それじゃあ……!」

 

 元気が顔を上げながら嬉しさと焦りが入り交じったような表情を浮かべると、ジョーカーはクイーンに視線を向けた。

 

「クイーン、どうやら確定みたいですね」

「そうだね。どういう理由があったかはわからないが、元気の仲間だった子供の中の誰かが元気の両親を騙っていた二人組に囚われていて、このまだとどこかへ連れていかれてしまうみたいだ。

そうなる前にどうにかしたいけれど……RD、いつ頃その二人が出ていこうとしているかわかるかい?」

『早くとも3日後には。二人とも逮捕された過去はありますし、大きな組織がバックについているわけではないですから、警察に今回の件を嗅ぎ付けられる前に早めにどこかへ逃亡してしまいたいのでしょう』

「となると早くしないと……誰が捕まってるにしてもアイツらのとこにいるのは絶対に良くないからな」

「だけどどうやってその二人を警察に捕まえさせた上で捕らえられている子供を助け出しましょうか……ちゃちな犯罪者だとしても子供を人質にして逃亡を図ろうとしたりいらない殺人を犯したりする可能性はありますから、下手に刺激するのは得策ではないです」

「ああ、そうだね。だけど、私は怪盗だ。必ずや元気の仲間だった子供を助け出してみせるよ。元気、家の中の様子は覚えてるかい?」

「……ああ、バッチリな。ミック神父と出会うまでのアイツらの生活リズムや癖なんかも全部覚えてる」

「流石だね。では、この話は一度ここまでにして、まずは夕食を食べ終えてしまおう。作戦会議の時にそれは聞かせてもらいたいしね」

「ああ」

「わかりました」

 

 ジョーカーと一緒に返事をした後、元気が夕食を食べ始めると、その様子を微笑みながら見ていたクイーンに隣の席のジョーカーが耳打ちをする。

 

「クイーン、元気君の素性については何かわかっているんですか?」

「RDが調べたところによると、日本人とイギリス人のハーフのようだよ。だけど、それはまだ本人には伝えずにいようと思う。今は自分の事に集中してほしいし、もっとしっかりと調べてから伝える方が良いからね」

「そうですね。ですが……こうなってくると、元気君は本当に不思議な子だと言えますね。本人が知らないだけで、元気君も神製教団に関係しているんじゃないですか?」

「その可能性は高いと思うよ。だけど、その確証はまだない。だから、RDにはまだまだ調査を続けてもらおう。RD、良いかな?」

『もちろんです。ところでクイーン、捕らえられている子供を助けた後はどうしますか? 元気と一緒にここで面倒を見るんですか?』

 

 RDからの問いかけにクイーンは静かに頷く。

 

「ああ、そのつもりだ。神製教団の全貌が明らかになっていない以上、絶対に油断は出来ないけれど、警察にその子の面倒を任せたってすぐにまた拐われてしまうだろうし、自分の目の届くところにいてくれた方が元気も安心するはずだ。元気、捕らえられている子は一緒にここで面倒を見た方が良いかな?」

「……そうだな。クイーン達の手に余るっていうならしかたないけど、ここにいてくれた方がまだ安全で安心出来る。それに、ミック神父にまた会えた時に俺以外に無事な奴がいたら、ミック神父も安心して喜ぶだろうからな」

「わかった。それじゃあ、RD。空いている部屋をもう一つ掃除してもらっても良いかな?」

『もう始めてますよ。衣服については救出してから身体測定をした上で入手するのでまだ用意出来ませんが、済み次第、すぐに準備を始めます。元気もこの件が済んだら身体測定を行いますので、覚えていてくださいね』

「ああ。ここにいる以上、クイーン達の仕事の手助けはしっかりと行うし、体調管理には気をつけたいからな。出来るなら、月に一度やってもらえたら助かる」

『わかりました。最初の身体測定を終わらせた時点でそれについては決めますね』

 

 元気の言葉にRDが答えていると、それを見ていたジョーカーは感心した様子を見せる。

 

「元気君は本当にしっかりしてますね。けれど、これは両親を騙っていた二人組から受けていた仕打ちが原因だと考えたらだいぶ胸が痛くなります」

「まだ幼い中、擁護の余地すらない犯罪者達の元で過ごすはめになったわけだからね。もし、元気がその二人に感化されていたら、だいぶ厄介な犯罪者になっていたと思うよ。元気が持つ完全記憶能力さえあれば、金庫破りやカードの暗証番号を盗み見るなんてのも容易だからね」

「……アイツらと同じような最低の犯罪者になれたらそれはそれで幸せだったろうけどな。でも、アイツらの生活の様子や言動を見て俺はこうなりたくないって思ったんだ。

子供の俺でもアイツらがやってる事が良くない事だっていうのはわかっていたし、コイツらの言いなりになんてなりたくないって思えたからな。そのおかげでミック神父達やクイーン達に会えてアイツらに目に物を見せる機会に恵まれたわけだから、その選択は間違ってなかったって言えるはずだ」

「そうだね。だからこそ、捕まっている子もしっかりと助け出さないといけない。未来ある子供が小さな頃から下らない犯罪者の元にいるのは良くないし、大切な友人の望みならちゃんと叶えてあげたいしね」

「……俺は別にお前の友達じゃない。俺はあくまでもお前の仕事上の助手に過ぎないんだ」

「因みに、僕もあなたの友達ではなく仕事上のパートナーですからね」

『私もあなたの友達ではなく世界最高の人工知能に過ぎません』

「よよよ……三人揃って言う事はないじゃないか……」

 

 クイーンがどこからか取り出したハンカチを目元にあてていると、ジョーカーは呆れた顔でため息をつく。

 

「泣き真似をしても無駄ですからね。後……元気君、クイーンの仕事の助手をするなら、何かしらの形で戦いに巻き込まれる事も少なくないんだ。だから、この件が済んで少し落ち着いたら、僕と一緒に戦うための訓練をしよう。

もしも僕やクイーンとはぐれても戦えるなら敵に捕まる恐れも減るし、それ以外の時でも護身術として利用出来るからね」

「わかった。そういえば……クイーンはワインの瓶の口を切る事が出来るって言ってたけど、それも出来るようになるのか?」

「……それに関してはクイーンから直接教わらないといけないね。クイーン、元気君もそれは可能ですか?」

「そうだね……それは元気の頑張り次第かな。ジョーカー君でもまだ会得していない物だし、並大抵の努力じゃどうにもならない。それでもやるかい?」

「……やる。進んで誰かを傷つけたいわけじゃないけど、それがあれば武器がなくても色々な物を切る事が出来るわけだからな。仕事の手伝いをする以外でも何か役に立つはずだ」

「ふふ、たしかにそうだね。では、頑張ってくれたまえよ、若き助手君」

「ああ」

 

 返事をした元気が再び食べ始めた後、ジョーカーも静かに食べ出すと、その様子をクイーンは微笑みながら見守っていた。




政実「第6話、いかがでしたでしょうか」
元気「次回くらいから行動開始する感じみたいだな」
政実「そうだね。この件についてはあまり話数をかけないつもりだよ。その分、原作の出来事に時間をかけたいからね」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第7話 作戦会議

政実「どうも、作戦は綿密に決めたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。予想してない出来事も起きるだろうけど、色々な可能性を考えて作戦を練るのは悪い事じゃないからな」
政実「そうだね。ただ、予定外の出来事が起きたらだいぶ混乱しちゃうんだけどね」
元気「なるほどな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第7話をどうぞ」


 夕食後、三人はRDが出したスクリーンを見ながら作戦会議を始めていた。スクリーンには強田刀二(ごうだとうじ)鷺宮飛李(さぎみやあすり)の顔写真とこれまでの経歴などが映り、それを見ていた元気は驚いた様子を見せた。

 

「すごいな……これ、全部RDが調べたのか?」

『このくらい大したことありませんよ。さて……クイーン、どのようにしてこの二人を警察に捕まえさせた上で元気の仲間を救出するおつもりですか?』

「そうだね……まず結構は明日にしたいかな」

「明日、ですか……だいぶ急ですが、それならば準備も急ぐ必要がありますね」

「けど、本当にそれで大丈夫なのか?」

「問題ないよ。油断は禁物だけど、今回は警察の警備も行方を阻む仕掛けもない。それならなんら難しくない。私は怪盗クイーンだからね」

「そうか……」

「それで、家の中への侵入についてだけど、ジョーカー君と元気の二人にまずは行ってもらう。ジョーカー君は子供と女性は傷つけないようにしてるけど、制圧くらいならやってくれるはずだし、強田刀二が子供を人質にしようとしてもジョーカー君の動きなら問題なく救出出来るからね。

それで元気はこの中で一番家の中の事を知っているから、ジョーカー君のアシストをしてくれたまえ。ジョーカー君が戦う事になったら、元気はとりあえず離れて、その動きを見てこの件が終わった後の特訓にでも活かすといいよ」

「わかった。それで、クイーンはどうするんだ?」

 

 元気からの問いかけにクイーンはクスリと笑ってからウインクをする。

 

「内緒だよ」

「内緒って……それだとクイーンの動きがわからなくて俺達が困るだろ」

「君達は好きに動いてくれて良いよ。私は別動隊として作戦の成功のために行動するからね」

「けど……」

 

 元気が不満そうな顔をすると、ジョーカーはその肩に手を起き、落ち着いた様子で首を横に振る。

 

「諦めた方が良いよ、元気君。こうなったクイーンは絶対に僕達には考えを話してくれないから」

「私だって君達には正直でありたいんだよ? だけど、こうして話さない事で成功する作戦だってあるんだ。ああ、君達に話せないのは本当に辛いなぁ……」

「……クイーン、下手な演技は止めてくださいね」

「……わかったよ。さて、私はちょっと準備する物があるから少し席を外すよ」

「準備する物……?」

 

 元気が不思議そうにすると、クイーンは微笑みながら頷く。

 

「どんな相手であれ、この怪盗クイーンが出るのなら予告状は必須だろう?」

「……必要か? それ……」

「必要だよ。予告状を出さない怪盗なんて味の無いガムと一緒だからね。という事で、予告状を書いて出してくるために少し行ってくるよ」

「わかりました」

「……出してくるならそのまま救出してきてほしいところなんだけどな」

 

 元気が呆れながら言うと、クイーンは元気の頭に手を置き、微笑みながら優しく撫で始めた。

 

「……何のつもりだ?」

「いや、なんとなくね。因みに、予告状を出してきた時に救出はしてこないよ。たしかにしてくれば、君もだいぶ安心出来るだろうけど、それでは君は成長出来ないからね」

「俺の成長……」

「そうさ。私の力だけで救出してきたところで、その子と君が一緒にいる時に神製教団に襲われたら今度は君まで拐われる可能性はある。けれど、今回の経験を踏まえた上で君が少しでも成長出来れば、そういう事態に陥っても対処出来るだろうし、もしかしたらそのまま制圧して情報も聞き出せるかもしれないだろう?」

「…………」

「それに、君はこのクイーンの助手を自称している。それなら、どんな相手でも手を抜かずに作戦の成功のためにしっかりと考えて行動するべきだ。今回はその練習みたいなものだよ。では、私は行ってくるよ」

 

 そう言ってクイーンが歩いていくと、その姿を見ていた元気にRDが声をかける。

 

『普段は子供っぽいところもありますが、なんだかんだでしっかりと考えている。それがクイーンなんですよ』

「……みたいだな。なんだかその温度差で風邪でもひきそうだ」

『そうならないように元気も慣れていった方がいいですよ。まあ、私とジョーカーもサポートはしますし、ゆっくりクイーンという人物を知っていってください。正直、私達もまだまだ掴めていないところはありますが、何度も一緒に仕事をしている内にこういう時にはこう考えそうだとわかってくるはずですから』

「……わかった。それにしても、クイーンって本当に怪盗っていう物に拘りがあるみたいだな」

「少なくともクイーン以上に怪盗への拘りが強い人は見た事がないよ。ただ、クイーンの御師匠様はどうかわからないけどね」

「クイーンの師匠……弟子があれなら師匠もだいぶ変わり者なのかな」

 

 元気が不思議そうに首を傾げると、それに対してRDが答える。

 

『そうですね……私が調べた情報とクイーンから聞いた話を総合した限りではだいぶ変わった方のようです。クイーンの師匠は『(ヴァン)』の異名を持つ皇帝(アンプルール)という方で、だいぶお歳を召しているようですが、毒物への耐性が非常に高い上にクイーンよりも強い上に変装などの腕も高い。簡単に説明するならそういう方です』

「そうなんだな」

「その皇帝からクイーンは世界一の強さだと言われているようだけど、皇帝自身は宇宙一強いと言っているらしいよ」

「……やっぱりクイーンの師匠なだけはあるな」

『同感です。さて……では、私達は作戦会議の続きをしましょうか。元気、家の中の様子を教えてもらえますか?』

 

 RDからの問いかけに元気は頷いてから答える。

 

「玄関を入ってすぐ左に行くとキッチンがあって、その先にリビングがある。リビングの隣には俺が寝ていた物置みたいにしてる部屋があって、その隣があいつらの部屋だ。

それと、玄関からまっすぐに進むと、トイレと脱衣所、浴室がある。家自体もそんなに大きくないし、あいつらの部屋と玄関がある廊下は繋がってるからリビングと元俺の部屋の窓さえ封鎖すれば後は玄関からしか逃げられなくなるはずだ」

「なるほど……つまり、家の中は一周出来るわけか」

「キッチンには食材や食器棚、リビングにはテレビやソファーみたいな家具が、あいつらの寝室にはそれぞれの私物があって物置には本棚や布団なんかがあるな。

後はあいつらの寝室には工具箱があるし、キッチンには包丁みたいな刃物、それと回収されてなければ神製教団から渡された拳銃もあるはずだから、そこは注意がいるか」

『ジョーカーならば素人程度の攻撃を受ける心配はありませんが、元気は気を付けた方が良いですね。元気、他には何か注意すべき点はありますか?』

「これといってはないな。強田刀二と鷺宮飛李に何か格闘技や武道の経験があった覚えもないし、力だけが無駄に強くて動きも大振りだから躱したり受け流したりするのも覚えてしまえば容易だったしな」

「完全記憶能力のおかげというわけだね。後は元気君の仲間の内、誰が捕まっているかだけど、元気君は誰が捕まっているかっていうのは予想出来るのかな?」

「……そこはまったくだな。ただ、捕まってるのがアリスだったら少し心配か……」

 

 元気が不安げに俯くと、ジョーカーは心配そうに元気を見る。

 

「その子じゃない事を祈りたいけど、その子以外なら心配はいらないという事かな?」

「心配なのは変わらない。ただ、反射神経に優れたアルテナイと勘が鋭いアイリスと違って、アリスからは特技を聞きそびれてるからな。もしもアルテナイの双子の弟のセルゲイみたいにあまり戦闘向きじゃない特技だったら今ごろはだいぶ苦しんでると思ったんだ。

それに……何だかんだでアリスはあそこにいた子供達の中では一番俺を気にかけてくれてたからな。特にアリスに思い入れがあるわけじゃないけど、それでも悲しんでたり苦しんでたりする姿を見たいわけじゃないんだ」

『……そうですか。それならば、助け出した後にその子の心身に何か傷が残っていないかしっかりと確認をしましょうか。少なくとも、このトルバドゥール内にいれば、並大抵の悪人から守る事は出来ますが、今回の件で何かがトラウマになって、この先の生活でそれが発作として出る事も考えられますから』

「ああ、頼む。俺はクイーンの助手としてここにずっと居続けるつもりだけど、助けた奴はまだどこかに生きてるはずのミック神父や他の奴と合流させるつもりだからな。その生活の中で辛さを抱えて生きさせたくはないんだ」

「そうだね、僕も同じ意見だよ。さて……それじゃあどうやって家の中に入るかだけど、それについてはどうしようか」

 

 ジョーカーの言葉にRDは腕を組むようにマニピュレーターを絡ませながら答える。

 

『極力、騒ぎになるのを避けたいですからね……元気、リビングと貴方が使っていた部屋には窓があったと言っていましたが、その窓というのは人が入ってこられるサイズで庭に面した窓ですか?』

「ああ、リビングの方はソファーが近くにあるから少し入りづらいかもしれないけど、俺が使っていた部屋には遮る物もないから、入りやすいはずだ。ただ……俺がいない内に模様替えをしていたら何とも言えないな」

「……それなら、明日の日中にちょっと様子見に行って、その窓がまだ使えそうなら夜中の内に終わらせてこよう。人通りが多い日中よりも夜中の方が人目にはつきづらいし、事前に目を慣らしておけば相手が混乱してる最中に救出はしつつ警察を誘導してこられるからね」

「そうだな」

 

 元気達の作戦会議が着々と進んでいた時、クイーンはとても満足げな顔で元気達へと近づいてきた。

 

「ただいま、皆。作戦会議は順調かい?」

「おかえりなさい、クイーン。作戦会議は順調ですが……少し遅かったですね?」

「ふふ、ちょっとやる事があったからね。まあ、作戦会議が順調に進んだのなら良かったよ。さて……それじゃあどんな風になったのか聞かせてもらおうかな」

 

 その後、クイーンは元気達から作戦の内容を聞き、聞き終えると、満足そうに頷いた。

 

「うん、良いね。私もそれで良いと思うよ」

「太鼓判を捺されたのは良いとして……予告状を出してきた時に何かわかった事はあったか?」

「そうだね……捕まっている子はどうやら元気が使っていたという部屋にいるみたいで、パッと見た感じではブロンドのポニーテールの色白の女の子だったね」

「……アリスだ。アルテナイなら短い金髪だし、アイリスは肌も少し黒くてセミロングの白髪だからな」

「元気君の予感が当たってしまったわけか……」

「けれど、君達が入ろうとしている窓は見たところ塞がれていなかったし、夜中ならわりと忍び込みやすいと思うよ。入る前に窓の鍵をどうにかする必要はあるけどね」

『それは私がどうにかしますね。電子ロックではなさそうなので少し面倒ですが、アナログな方法でも開ける手段は幾つもありますから』

「そうだね。では、明日の作戦を成功させるためにそれぞれ頑張るとしよう」

 

 その言葉に元気達が頷き、それぞれ違った事をしに行くなか、その様子を見ていたクイーンはどこかいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。




政実「第7話、いかがでしたでしょうか」
元気「次回が作戦決行回みたいだな」
政実「そうだね。次回を含めて2・3話で終わらせる予定だよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第8話 決行の夜

政実「どうも、夜に歩くのが好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。夜に歩くのはいつもと違う感じで楽しいのかもしれないけど、足元に気をつけないといけないぞ?」
政実「そうだね。地面の凹凸なんかに足を取られても良くないし、その辺は気をつけるよ」
元気「ああ、それが良いな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第8話をどうぞ」


 空に幾つか雲が浮かび、静まり返った街中を街灯と月明かりだけが照らす夜、一軒の民家の庭に息を潜めたジョーカーと元気の姿があった。

サイズ違いの中国服に身を包んだ二人は何を言わずに頷き合うと、日中に下調べをしておいた窓へ近づき、音を立てないように気を付けながらゆっくりと手を掛けた。

すると、窓はいとも容易く開き、元気がそれに困惑していると、ジョーカーは表情を変えずに服の中に忍ばせていた小型の通信機に話しかける。

 

「……RD、これは罠かな?」

『それはわかりません。ただ、夜中なのにもかかわらず戸締まりをしていないのは不自然ですし、もしかしたら別行動中のクイーンが何かしたのかもしれませんよ?』

「そういえば、クイーンは本当に何をやってるんだ? 俺達が出発しようとした頃にはもういなくなってたけど……」

「クイーンなら心配いらないよ。どうせ訊いたところで泣き真似をしながらはぐらかしてくるだろうし、今は僕達のやる事をしっかりとやろう。クイーンがこの件を危険だと判断していたなら、そもそも君を参加させていないしね」

「……本当にクイーンを信頼してるんだな」

 

 元気の言葉にジョーカーは少し迷ったように答える。

 

「……怪盗として優れているのはたしかだ。だけど、人間性は……」

『……最悪、とまでは言いませんが、もう少し改善してほしいとは思いますね』

「少なくとも、今の会話でクイーンについて心配しても無駄なのはわかった気がする」

「それで良いよ。さて……それじゃあ行こうか」

「ああ」

 

 音を出来る限り立てずに窓を開け、二人はそのまま部屋の中へと入る。明かり一つついていない暗闇に元気が警戒しながら辺りを見回す中、ジョーカーは静かに目を瞑り、素早く目を慣らしてから部屋の中を観察した。

 

「……誰もいないな。事前に元気君から聞いていたような内装ではあるけど、布団も敷かれてないし、人の気配がまったくしない」

「……どういう事だ? 窓の件といいこれといいまるで俺達の計画が知られてるような状況になってるなんて……」

「わからない。ただ、少し警戒した方が良いのはたしか──」

 

 その時、リビングへ繋がるドアが開くと、二人の目の前に醜悪な笑みを浮かべながら強田刀二と鷺宮飛李が姿を見せ、刀二はナイフを、飛李は拳銃をちらつかせていた。

その姿にジョーカーは足を肩幅に開きながら腰を軽く落とし、いつでも攻撃に移れるような体勢を取っていると、元気は二人を見ながらギリッと歯を鳴らした。

 

「お前達……!」

「……誰かと思えば、アーじゃないか」

「突然いなくなったから心配してたのよ、アー。あの犯罪者の神父に誘拐されたって聞いたから連れ戻しに行っても全然姿が見えなかったし……さあ、こっちに来なさい。アーを連れてきてくれた人には私達がお礼をしておくから」

「そうだぞ、アー。あまり父さん達を困らせ──」

「……うるせぇよ」

「……なんだと?」

 

 静かだがたしかに怒りがこもっている元気の声に刀二が苛立ちを見せると、元気は目の奥で怒りの炎を燃やしながら二人を見据えた。

 

「どっちが犯罪者だ! 強盗の常習犯と詐欺やスリの常習犯の上に散々俺の事をいたぶり、教会を燃やしたお前達にミック神父を悪く言う権利なんてない!」

「……何を言っているんだ、アー」

「そうよ、アー。私達が犯罪者なわけがないじゃない」

「おおよそ、あの老いぼれ神父に何か吹き込まれたんだろう」

「黙れ……」

「ああ、どこからどう見ても犯罪者面だったものね。アーと同じくらいの子供達と若いシスターもいたようだけど、きっとあの神父に酷い事を──」

「黙れよ、極悪人! ミック神父を、俺の恩人を……穢れたお前達の汚い言葉でこれ以上汚すな!」

 

 元気の心からの叫びは室内に響き渡り、怒りと興奮で息を荒くする元気の目には暗い殺意が宿っていた。しかし、刀二と飛李はその殺意には気づかず、武器を持っているという点に安心しているように余裕のある笑みを浮かべる。

 

「おいおい、アー。親に対して極悪人っていうのは酷いじゃないか。これは後でしっかりと教育してやらないといけないな」

「俺はアーなんかじゃない! 俺は……神野元気だ!」

「だっさい名前ね。アーの方が何倍もマシよ?」

「てめえ……!」

 

 今にも飛李を殺してしまいそうな程に怒りを見せる元気をジョーカーは冷静に手で制する。

 

「落ち着くんだ、元気君。今やるべき事は怒りで我を忘れて攻撃をする事じゃないだろう?」

「だけど!」

「君が怒るのはもっともだ。だからこそ、無意味に傷つけるべきじゃない。僕達がやるべきなのは、囚われている君の仲間を助ける事、彼らを警察に引き渡す事。そうだろう?」

「……わかった。落ち着かせてくれてありがとう、ジョーカー」

「どういたしまして。RD、警察への通報は?」

『とっくにしてますよ。およそ五分程度そっちに着くはずなので、それまでには囚われているアリス・タナーを見つけ出さないといけません』

「五分……でも、アリスがどこにいるかなんて見当が……」

 

 RDからの報告に元気が焦りを見せる中、ジョーカーは目を瞑りながら周囲に意識を集中させた。そして何かに気づいた様子でふぅと息をつくと、視線を刀二達からそらさずに元気に声をかけた。

 

「元気君。君が呼びかけたらきっと反応が返ってくるはずだ」

「俺が呼びかける……」

「ああ。ただでさえ突然拐われて怖がっているところにこの状況だと恐怖で助けを呼ぶための声も出ないかもしれない。だけど、短い間でも一緒に食事をしたり会話をしたりして暮らしてきた君の声が聞こえたら、きっとアリスさんも勇気を振り絞って反応してくれると思う」

「…………」

「元気君、君が──いや、君でなければアリスさんは救えないんだ」

 

 ジョーカーの言葉に元気は何も言わずに頷くと、首から下げたロザリオを握りしめながら静かに目を瞑り、大きく息を吸ってから声を張り上げた。

 

「アリスー! いるなら返事をしてくれー!!」

「なっ……何をしてるんだ、アー!」

「こんな夜中に大声を出したら近所迷惑でしょ!?」

 

 元気の大声に刀二と飛李は慌てた様子を見せたが、元気はそれには反応せずに更に声を張り上げる。

 

「俺だ、元気だ! お前を助けに来たんだ! だから、頼む!! 何でも良いから俺達にわかるように返事をしてくれー!!」

 

 両手を強く握りしめながら元気が反応を待っていたその時、背後の押し入れから何かを叩くような音が聞こえ、元気はハッとしながら背後に視線を向ける。

 

「今の……!」

「ああ、僕にも聞こえた。今の彼の声に反応するように押し入れから何かが聞こえましたが、押し入れに誰かいるんですか?」

「い、いるわけないだろ……!?」

「そ、そうよ! きっとネズミか何かよ!」

「へえ、ネズミだとしたら尚更確認が必要ですね。もしかしたら病原菌を持っているかもしれませんから。元気君、押し入れを開けてみてくれ」

「わかった」

 

 元気は頷きながら答え、押し入れに近づいて静かに開けた。すると、そこには手足を縄で縛られ、口に白いタオルの猿ぐつわを噛まされているアリスの姿があった。

 

「アリス!」

「んー! んん、んー!」

「……ジョーカー、そっちは頼んだ」

「ああ、任せてくれ。二人には指一本触れさせないよ」

 

 元気がアリスの縄や猿ぐつわを外し始める中、ジョーカーが再び刀二達へ視線を向けると、飛李が元気達を忌々しそうに睨み付ける中、刀二は何の反応も見せておらず、ジョーカーはその姿に疑問を覚えた。

 

「……RD、やはり何かおかしい気がする」

『私もそう思います。まさかとは思いますが、クイーンの仕業でしょうか』

「……そうかもな。さて……さっきは元気君の言葉を聞いてもとぼけたり元気君を助けていたミック神父に対して幾つもの暴言を吐いていましたが、どうやら本当の犯罪者はあなた達のようですね」

「う、うるさい! こうなったらアンタ達を捕まえて囮にして逃げるしか──」

 

 飛李が拳銃を構えようとしたその時、刀二はナイフを持っていないもう片方の手を素早く飛李の首元に打ち込んだ。

 

「なっ……ど、どうし……て……」

 

 飛李が信じられないといった様子で倒れこみ、静かに気を失う中、アリスの拘束を解き終えた元気は飛李を見ながら警戒した様子を見せた。

 

「……死んでは、ないよな……?」

「……死んでないよ。首に素早く手刀を叩き込まれた事で気を失ったんだ」

「そっか……けど、どうしてお前がそんな事をしたんだ? まさか俺達の相手なんて自分一人でも大丈夫とでも言うのか……?」

「……たしかに一人でも問題はないかな。なにせ、私はジョーカー君を鍛えた師匠のようなものだからね」

「……え?」

「……やはりそうだったんですね。そろそろ正体を明かしても良いんじゃないですか? “クイーン”」

 

 ジョーカーの言葉に刀二は頷くと、静かに顔に手を掛けた。そして刀二の顔が音を立てながら粉々に破れると、そこには破れたマスクの雨の中で楽しそうに微笑む黒のタキシード姿のクイーンがいた。

 

「ク、クイーン……!?」

Bonsoir(ボンソワール)、君達。素晴らしい夜だね」

「え……で、でもいつの間にアイツに変装してたんだ?」

「……昨夜、別行動と言って出掛けた時、ですよね?」

「その通り。昨夜の内に強田刀二を捕まえておき、鷺宮飛李に気づかれないようにしながら窓の鍵を開けておいたりそちらのお嬢さんを押し入れに隠すように誘導したのさ。

因みに、本物の強田刀二なら昨夜から夕方くらいまでは眠らせて反対側の押し入れに隠しておいたけど、今頃は警察署にいるよ。警察官達も実に驚いただろうね。強盗の常習犯である男がいつの間にか犯罪の証拠と共に警察署に届けられていて、強田刀二と鷺宮飛李が少女を拉致監禁しているという通報が来たのだから」

「だから、窓の鍵も掛かってなかったし、アリスは押し入れに閉じ込められてたのか」

「ああ、可哀想ではあったけど、縛らないでおくのも怪しまれてしまうからね」

 

 クイーンが笑いながら答えていたその時、外からパトカーのサイレンが聞こえ始め、クイーンはクスリと笑った。

 

「おや、どうやらご到着のようだ。では、私達はそろそろ帰るとしよう。一応、予告状は出したのだけど、鷺宮飛李は私の事を知らなかったみたいで、予告状を捨ててしまっていたから、捜査の時にでも警察が見つけてくれるだろう」

「そうですね。それじゃあ、RD……」

『話している間に四人を引き上げるためのコンテナは用意してましたよ。早く庭まで出てきてください』

「ふふっ、流石はRDだね。では諸君、行こうか」

 

 アリスが何がなんだかわからない表情で元気の腕をギュッと掴み、ジョーカーと元気が静かに頷いた後、四人は窓から外に出ると、月明かりの中をRDが降ろしたコンテナに乗って帰っていった。




政実「第8話、いかがでしたでしょうか」
元気「アリスは救出出来たし、次でこの件については終わりそうだな」
政実「そうだね。地元ではやらなそうだったから残念に思っていたこの作品の原作の映画も観られる事がわかったし、その話の方にも入っていきたいからね」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうかな」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第9話 安堵の夜

政実「どうも、何かをやり遂げた日の夜は安心感でいっぱいになる片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。まあ、肩の荷が下りた感じになるわけだから、安心は出来るよな」
政実「うん。色々抱えた状態で気が張ってたのが無くなるわけだし、その日はだいぶぐっすり眠れるよ」
元気「なるほどな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第9話をどうぞ」


 RDが降ろしたコンテナに乗ってトルバドゥール内に戻り、コンテナの扉が開くと、元気はホッとした様子でコンテナから出てきた。

 

「はあ……やっぱりこの出入りの仕方は慣れないな……」

「元気、大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。アリス、お前こそ大丈夫か? アイツらに何かされてないか?」

 

 真剣ではあったが、少し焦ったような元気の顔を見たアリスは一瞬驚いた後にクスクスと笑い始める。

 

「……大丈夫だよ、元気。あのままだったら、私はどこか知らないところに連れていかれて、もしかしたら売り飛ばされてたかもしれないけど、されたとしても少し小突かれたり教会やミック神父についてありもしない事を言われてムカッとしてたくらいだから」

「……そうか。けど、知らない内に心にキズを負っている可能性はあるから、少し落ち着いたらメンタルのチェックを受けとけ。良いな?」

「うん、わかった。ところで……ここはどこでこの人達は誰なの? 上がってくる時は助け出された直後だったから気持ちを落ち着けるために訊けなかったんだけど……」

「ここは超弩級飛行船トルバドゥールの船内で、この二人は怪盗のクイーンとそのパートナーのジョーカーだ」

「初めまして、お嬢さん。私は怪盗クイーン、ジョーカー君やRDといった親愛なる友人達と共にこのトルバドゥールで各地を飛び回る怪盗さ」

 

 クイーンが微笑みながら言う中、それを聞いていたジョーカーはため息をつく。

 

「何度も言うようですが、僕はあなたの友達ではなく、仕事上のパートナーです」

『因みに、私も世界最高の人工知能に過ぎません』

「俺も仕事上の助手でしかないな」

「ふふ、友人達は照れ屋さんだね。さて、自己紹介はとりあえず後にして、今はしっかりと一休みをしよう。RD、アリスさんをとりあえず浴場へ案内してくれ。あの環境ではまともに入浴や着替えをさせていたとは思えないからね」

『畏まりました、クイーン。では、私の案内に従ってついてきて下さい、アリスさん』

「あ、うん……」

 

 スピーカーから聞こえてきたRDの声に少し戸惑いながらもアリスが船内を歩いていくと、その姿を見ながら元気はホッとした様子を見せた。

 

「……どうやら本当に大丈夫みたいだな。クイーン、ジョーカー、アリスを助け出せたのは二人とRDのおかげだ。本当にありがとう」

「どういたしまして。でも、これは私がやりたかった事でもあるんだ。大切な友人の友人なら私にとっても友人だと言えるからね」

「だから、俺は仕事上の……はあ、まあ良いか。けど、まさかクイーンがアイツに姿を変えていたなんて思わなかったな」

「クイーン、あなたが強田刀二に変装していたのは、いざという時にすぐ無力化出来そうなのが鷺宮飛李だったからですよね?」

「そうだね。まあ、強田刀二でもよかったけど、少し観察した感じだと強田刀二の方がいざという時には手段を選ばないタイプのようだったからね。

 それに、鷺宮飛李は相手を利用して生き残ってきたタイプだから、元気を家の辺りで見かけたと話して忍び込んでくるのを待ち構えさせて、威嚇にも人質を利用して逃げる際にも使いやすい拳銃を渡せば安心すると踏んでたんだけど、思ったよりもうまく行ったから驚いたよ」

「それくらい単純な奴なんだろ。けど……これで少し肩の荷が降りた感じがする。まだミック神父達は見つかってないし、神製教団についてもわかってない事は多いけど、アリスを助けられてアイツらを警察に逮捕させられただけでもだいぶ進歩したからな」

「そうだね。後は神製教団について警察が聞き出せるかどうかだけど……」

 

 ジョーカーが不安げな表情を浮かべていたその時だった。

 

『その点について一つ疑問があります』

 

 突然スピーカーからRDの声が聞こえ、三人はすぐにスピーカーへ視線を向ける。

 

「なんだい?」

『何故、神製教団はアリス・タナーが強田刀二と鷺宮飛李の手に落ちても何もしなかったのでしょうか?』

「……どういう事だ?」

『元気から聞いた限りでは、アリス・タナーを含む教会で世話をしていた五人の子供達は神製教団が作り上げた神の候補となる子供達だとミック・エルマンが話していたはずです。

それなのに、自分達に協力させたとはいえ、警察に簡単に捕まってもおかしくないような人物達にそのような子供が捕まっても何もしないのは妙ではないですか?』

「たしかに……少なくとも、さっきは他の誰かの気配は感じなかったな。クイーンはどうですか?」

「私も感じなかったよ。となると、神製教団にとってアリスさんは他の子供達よりも重要だと思われていないかもしくは……」

「神製教団が“わざと”アリスを捕まえさせた……?」

 

 元気の口から出た疑問にクイーンとジョーカーは頷く。

 

「あり得るね。そもそもその五人を教会で世話していても、これまで何もなかったのもおかしいんだ。神製教団にとって五人が大切な存在なら、すぐにでも探しだして取り戻そうとしたはず。

それなのに、行動を起こしたのは数年も経ったつい最近で、同じように教会にいた元気に接触する様子もなく、アリスさんを取り戻しに来るわけでもなかった。それはアリスさんを捕まえさせるだけの理由があったからで、私達は今も神製教団の手のひらで踊らされている事になるかもね」

「……でも、アリスをこうして俺達に保護させたのはなんでだ? クイーン達の考えだと、神製教団は俺達がアリスを助け出すのも見ていた事になるだろ?」

「あくまでも予想だけど、アリスさんの特技──いや、能力に関係があるんじゃないかな?」

「能力……」

「ああ。アリスさんはまだわからないけど、他の四人にはそれぞれ特筆するべき物があって、何も知らない本人達はそれを特技だと考えていた。

 けれど、それは神の候補として生まれた事で得た能力で、五人の能力をミック・エルマン達に開花させるためにわざと泳がしていて、今度は私達がその役目を背負わされた、とかね」

「……ふざけんな。自分達の勝手な都合で創り出したアイツらを他の人間に育てさせて、後になって返せだと? アイツらを、ミック神父達をなんだと思ってるんだよ!」

「何とも思ってないのだろうね。強いて言うなら、子供達を自分達の組織をこれからも発展させるための道具として、ミック・エルマン達を都合の良い保育所のように考えていたんだろう。本当に嫌な気持ちになるけどね」

 

 声は落ち着いていたが、クイーンの表情には嫌悪感が露になっており、三人の間にはピリついた空気が流れた。しかし、その中でクイーンは微笑むと、元気の肩に手を置いた。

 

「まあ、とりあえず今はアリスさんを助けられた事を喜ぼうじゃないか。君からしたら、焦りながら無事を確認する程に大切な存在だったようだしね」

「……別にそんなんじゃない。でも……そうだな。変にピリついても良くない方にばかり考えが行きそうだし、今は安心していても良いか。すまないな、クイーン」

「どういたしまして。さて……そろそろアリスさんも入浴を終えたかもしれないし、話でも聞きに──」

『ああ、アリス・タナーなら既に就寝していますよ。話している間に入浴は終わっていたのですが、やはり緊張と疲れで気は休まっていなかったようなので、クイーンが事前に用意していた寝間着に着替えてもらってそのまま今夜は寝てもらいました』

「そうか……でも、よくアリスの服のサイズがわかったな?」

「強田刀二になって近くで見ていたからね。それに、私も色々な人物に変装をするから、服のサイズなら簡単にわかるんだよ。まあ、眠ってしまったなら仕方ないし、話は朝になってから聞く事にして、私達も休むとしよう。元気、君もアリスさんの件で気が張っていただろうから、早く休んだ方が良いよ」

「わかった。でもその前に……RD、アリスの部屋まで案内してくれるか? 寝てるところに行くのは気が引けるけど、うなされてないか気になるからな」

 

 優しい顔をしながら言う元気の姿にクイーンはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。

 

「元気、様子を見に行くのは良いけど、いくら愛おしくても眠っているお姫様に目覚めのキスをしないようにするんだよ?」

「しない。それに、アリスから見ても俺は一緒に教会で過ごした仲間っていうだけだから、そんな事されても困るだけだろ」

「……僕にはそう見えませんでしたが、クイーンはどう思いますか?」

「私もアリスさんは元気に対してそれ以上の信頼を置いているように見えたね。まあ、気持ちは本人しかわからないし、今のところ、これ以上言うつもりはないよ。

だけど、もしもアリスさんの身に何かがあったら、君が一番に守ってあげるんだよ、元気。今の彼女からすれば、君が一番信頼出来る相手なんだからね」

「……わかってる。それじゃあおやすみ、クイーン、ジョーカー」

「うん、おやすみ」

「おやすみ、元気君」

 

 クイーン達と別れた後、元気はRDの案内に従って船内を歩き始めた。そして、アリスの部屋のドアを静かに開けて中に入ると、そこにはベッドの上ですやすやと寝息を立てるアリスの姿があり、元気は近づいて前屈みになって見ながら安心したように息をついた。

 

「……どうやら安心出来てるみたいだな」

『はい。さて……私の役目はここまでですので、後は“貴女”でお願いしますよ、アリスさん』

「……え?」

 

 RDの声に元気が驚いていたその時、急に目を開けたアリスは元気の手を引くと、元気はそのままアリスの上に倒れこんだ。

 

「あ、アリス……!? おい、RD! これはどういう事だよ!?」

『アリス・タナーからのお願いされていたんですよ。貴方が彼女の様子を見に来るようならそのまま案内を、そうでなければ来るように誘導をしてほしいと』

「は……!?」

『……まあ、彼女の気持ちを察してあげて下さい。それでは、私はこれで。元気、アリス、Good Night,And Have A Nice Dream.(おやすみなさい、良い夢を)

「お、おい……!」

 

 元気の声には答えずにRDの声は途絶え、元気が困惑する中でアリスは体を起こしてから元気を静かに抱き締めた。

 

「……ごめんね、元気。でも、なんだか今夜は元気に一緒にいてほしかったから、RDさんにお願いしたの」

「俺に一緒にって……」

「……お願い。今夜だけは一緒にいて」

 

 アリスの目の奥に不安と悲しみの色が見えると、元気は諦めたようにため息をつく。

 

「はあ……わかった、今夜だけだぞ?」

「うん……ありがとう、元気」

「良いよ、お礼なんて別に。ほら、そんな事より早く寝るぞ。寝不足だと起きてから辛いからな」

「……うん!」

 

 嬉しそうにアリスが答え、元気はその様子を見ても少し安心したように息をついた後、二人は毛布をかけてから向かい合い、そのまま疲れと安心感から静かに眠りについた。




政実「第9話、いかがでしたでしょうか?」
元気「ようやく次回で今回の件は終わりそうだな。次は原作第一巻の話を始めるのか?」
政実「そうだね。基本的には原作に準拠した流れになるけど、時々オリジナル要素が入る予定だよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第10話 新たな仲間との再出発

政実「どうも、キャラクターが決意を新たにするシーンが好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。話の中で盛り上がるところだからな、好きな人は他にもいるんじゃないか?」
政実「だね。そういうシーンを観てると、こっちまで元気が貰える気がするよ」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第10話をどうぞ」


「ん……」

 

 澄みきった青空に白い雲が幾つか浮かび、その中を大きな雲に擬態した超弩級飛行船トルバドゥールが飛行する中、窓から射し込む朝日以外の明かりがない薄暗い船室で元気は静かに目を覚ました。

そしてまだ眠気の残る中、ゆっくりと目を開けてから体を起こし、すーすーという寝息をたてながら穏やかな寝顔で眠るアリスの姿を見ると、不思議そうな顔をした。

 

「ア……リス……?」

 

 状況を理解出来ていない様子でアリスの名前を呼んだ後、軽く周囲を見回してからようやく納得した様子で頷く。

 

「……そうだ。昨夜、俺はクイーン達と一緒にアリスを助け出して、様子を見に来たら今夜だけは一緒に寝て欲しいって言われてここに……それにしても、この寝顔を見る限り、だいぶ安心してたみたいだな」

 

 元気の言葉通り、アリスの寝顔は警戒心などが一切ない物であり、その寝顔を見る元気の表情もとても穏やかだった。

 

「……ほんと良い寝顔をしてるな。一緒に寝て欲しいって言われた時は驚いたけど、アリスに安心してもらえたならやって良かったのかもしれないな。

さて……俺はこの後どうしようかな。このまま起きてクイーン達のところへ行っても良いけど、アリスが起きた時に俺がいなくて恐怖心を感じられても困るし……」

 

 アリスの顔を見ながら元気が考えていたその時、元気は船室のドア付近から気配を感じ、すぐにそちらへ視線を向けた。

すると、そこには軽く開けたドアの陰から顔を出し、どこかメガネをかけた老女のような雰囲気を出すクイーンの姿があり、元気は驚きながら体をビクリと震わせる。

 

「く、クイーン……!?」

「……お姫様に目覚めのキスはしてなかったようだけど、まさか一緒に眠っているとは思わなかったよ」

「これはアリスが今夜だけはって言ったからで俺からしたわけじゃ……」

「ふむ……RD、こういう時は“昨夜はお楽しみでしたね”と言うべきだったかな?」

『……いえ、違いますよ。その言葉を言うのに相応しいのはドラゴンを討伐した勇者と囚われていた姫が宿屋で一夜を共にした時です、クイーン』

「ふふ、なるほどね。そういう事まで知っているなんて流石はRDだ」

『お褒め頂き恐縮です。おはようございます、元気。昨夜はよく眠れましたか?』

「あ、ああ……眠れはしたけど、クイーンはいつから見てたんだ?」

 

 未だに驚きが覚めやらぬ中で元気が問いかけると、クイーンはそのままの姿勢で得意気に答える。

 

「つい30分前くらいからだよ。因みに、この姿勢は前に日本のテレビで少しお年を召した家政婦の女性が自分の主人の不貞を覗き見していた時のポーズを参考にしてみたんだ」

『要するに、ドラマの真似事です。元気、アリス・タナーの様子はどうですか? 心拍数やメンタルなどが正常なのはスキャンでもわかりますが、一番この中で親しい貴方の意見を聞きたいです』

「……ああ、すごく安心して寝てるみたいだ。だから、このまま俺が起き出したら起きた時にアリスが不安がるかもしれないと思うんだけど、何か良いアイデアはないか?」

『そうですね……ここまで朝食を運ぶのがいちば──』

「それなら、元気がアリスさんをお姫様抱っこして運ぶのはどうだろう? それなら食堂で元気も朝食を食べられるし、アリスさんが途中で起きても喜んでもらえるんじゃないかい?」

 

 そのクイーンの言葉に元気とRDのため息が被る。

 

「……クイーン、俺がお姫様抱っこをしてもアリスは喜ばないと思うぞ?」

『喜ぶかどうかは別として……何故その考えに至ったのかお聞きしても良いですか?』

「昨夜はお楽しみじゃなかっただろうけど、凶悪なドラゴンよりも恐ろしい存在からアリスさんというお姫様を助け出したのだから、それを成し遂げた元気がお姫様を歩かせないように抱き抱えるのが礼儀だと思うんだ。

 アリスさんだって元気に一緒に寝て欲しいと頼むくらいだから、お姫様抱っこを嫌がるとは思えないし、むしろ安心してもらえると思うよ」

『建前はわかりました。本音はなんですか?』

「ジョーカー君みたいにいつもムッとしてる元気が照れ臭そうにしているところを見たい」

「……そんなところだと思った。でも、俺はやらないからな」

「私も無理にとは言わないよ。けれど、“彼女”はどうだろうね?」

「え……?」

 

 クスクスと笑うクイーンの視線の先に元気も視線を向ける。すると、少し恥ずかしそうに顔を赤くしながらアリスが元気の腕を掴んでいた。

 

「え……お、起きてたのか?」

「……うん、ほんと良い寝顔をしてるなって元気が言ってた時からずっと……私が頼んだ事ではあるけど、元気がすぐそばにいるって思ったらなんだか恥ずかしくなって薄目を開けながら元気達の話を聞いてたの」

「因みに、私は気づいていたよ。だから、お姫様抱っこを提案したのさ」

「クイーン……」

『……元気、諦めてください。クイーンという人物はこういう人なので。アリス・タナー、具合はどうですか?』

「あ……はい、大丈夫です。RDさん、改めて昨日は協力してもらってありがとうございました」

『いえ、礼には及びませんよ。あのくらいならば幾らでも言ってください』

 

 アリスに返事をするRDの声は落ち着きのある優しい物であり、RDが人間であったならアリスに対して微笑みながら答えていたのだろうと考えていた。

そして、アリスの姿を見ながら微笑んだ後、クイーンはアリスに近づいてから元気の手とアリスの手を繋がせた。

 

「え……」

「は……?」

「よし、アリスさんも起きたわけだし、そろそろ朝食にしようか」

「いや、ちゃんと待て! クイーン、どうして俺達の手を繋がせたんだ!?」

「レディーをエスコートするのはジェントルマンの役目だよ、元気。アリスさんもまだ小さいとはいえ立派なレディーだからね。アリスさんをしっかりと案内するんだよ」

「どうせ一緒に行くんだからそうする必要なんて……」

「それじゃあ元気、私が“本物の”怪盗クイーンだという確証はあるのかな?」

 

 その質問をした瞬間、元気とアリスの表情は凍り、RDがため息をつく中でクイーンは妖しい笑みを浮かべた。

 

「昨夜、その目で見たと思うけれど、優れた変装というのは声も体型も本人そっくりに変えられるし、近くにいる人物すらも容易に欺ける。

それなのに、私が怪盗クイーンだと君達は簡単に信じこみ、ここまで近づかせている。もしも私が怪盗クイーンに変装した神製教団の人間だったら、君達を油断させてそのまま連れ去っていてもおかしくないんだよ?」

「そ、それは……」

「まあ、私は本物で間違いないよ。だけど、そういう場合もないわけではない。だから、昨夜も言ったようにアリスさんは君が一番に守ってあげるんだよ、元気。

いつも手を繋いでおけとは言わないけど、今みたいな時は手を繋いでおいても良いと思う。アリスさんもその方が安心するだろうしね」

「え……ま、まあ……」

「という事で、このまま食堂へ行こうじゃないか。朝ごはんを食べるのはその日の自分の体を起こす合図みたいなものだからね」

 

 クイーンのその言葉に元気とアリスが頷いた後、二人は一度手を離してからベッドから体を出し、再び手を繋いで歩き始めた。静まり返った廊下に三人の足音だけが響き、どこか落ち着かない様子の元気と軽く頬を赤くしながらも少し嬉しそうにするアリスが手を繋いだままで歩く中、クイーンはふと何かを思い出した様子で歩きながら二人に顔を向けた。

 

「そういえば、アリスさんの特技って何かな? 元気もアリスさんからは特技を訊きそびれていたと言っていたから、出来れば教えてくれると助かるよ」

「私の特技……元気の一度見たら忘れない事みたいなのですよね。えっと、実は……私は特技ってたぶん無いんです」

「特技がない……?」

「うん。クレール達の特技は教会での生活中に偶然わかったんだけど、私だけ全然それらしいのが見つかってないの。だから、みんなみたいなのは私にはないのかもって思ってたし、元気にも話してなかったんだ」

「ふむ……まだ見つかっていないだけの可能性もあるけど、まあそれならそれでも構わないさ。それが無いからと言って君を放り出すなんて真似をする気もないからね」

『そうですね。元気と一緒に子供役として頑張ってもらったりこのトルバドゥール内で待機してもらいながら時には作戦会議に参加してもらうのが良いと思います』

「うん、そうしよう」

 

 アリスのこれからについてクイーンとRDが話す仲、アリスはその様子を見ながら元気に話しかけた。

 

「……なんだかクイーンさんって変わった人だけど、すごく優しい人なんだね」

「俺達をこうして住まわせてくれるくらいには優しいな。アリス、ミック神父やクレール達と離れてるのはやっぱり不安じゃないか?」

「……不安じゃないって言ったら嘘になるよ。でも、なんだか私達の知らないところで色々な事が起きていて、それを乗り越えないといけないのはわかるし、不安なんか気にせずに頑張るよ。それに、元気がいるから私も安心出来てるしね」

「……そうか」

「私に何が出来るかはわからないし、足を引っ張る事ばかりだとは思う。だけど、そんなんじゃダメなのもわかってる。だから、私は前を向いて歩くよ。私に出来る事を精いっぱいやってクイーンさん達や元気の力になれるように頑張るよ」

「ああ、お互いに頑張っていこう、アリス」

「うん!」

 

 微笑みながら言う元気の言葉にアリスが笑顔で答え、その様子をクイーンとRDが見守っていた時、食堂側からジョーカーが歩いてきた。

 

「みんなここにいたんですか。僕とRDで準備は済ませたのでそろそろ朝食にしましょう」

「ああ、そうだね。一日の計は朝にあり、という言葉もあるようだし、朝からしっかりとしないとその日は無駄に過ごす事にもなりかねないよ」

「クイーン、それは一年の計は元旦にあり、ではないんですか?」

『いえ、その言葉もありますよ、ジョーカー。一般的にはジョーカーが言った言葉の方が知られていますが、クイーンが言った言葉も同じように一日の計画は早朝に立ててしまうべきだといった意味があります』

「そうなのか……」

「ふふ、では朝食を頂きながら本日の予定について話し合おうじゃないか。元気やアリスさんの健康診断や衣服や家具などの購入も必要になってくるしね」

 

 クイーンがウインクしながら言うと、元気はその様子を見ながらため息をつく。

 

「そんなに真面目に出来るならいつもそうしてほしいんだけどな」

「真面目にするのも大事だけど、それだけでは息が詰まってしまうよ。私は遊び心とC調が人生には必要だと考えているしね」

「C調……?」

『調子良いという言葉を逆にした物で、言動が調子よく軽々しい様を指すようです』

「へー、そうなんだ。RDさんは物知りなんだね」

『恐れ入ります』

 

 アリスの言葉にRDが答えた後、クイーンは全員を見回しながら口を開く。

 

「では行こうか、諸君。まだ見ぬ世界が私達を待っているよ」

 

 その言葉に元気達が頷いた後、クイーン達は食堂へ向けてゆっくりと歩き始めた。




政実「第10話、いかがでしたでしょうか」
元気「これで一区切りだな。次回からは原作第1巻の話をやるんだよな?」
政実「その予定だけど、1話だけインターバルを挟んだりその章の導入の回を挟むのも考えてるよ」
元気「なるほどな。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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幕間

政実「どうも、好きな犬と猫は柴犬と三毛猫の片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。どっちも和な感じの奴なんだな」
政実「そうだね。洋風な犬と猫も好きだけど、一番好きなのはその二種類かな」
元気「なるほどな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、幕間をどうぞ」


「えーと、ここがこうで……」

『はい、そうです。それでここがこうですね』

 

 ある日の事、超弩級飛行船トルバドゥールにある元気の船室では元気が机に向かいながらRDと会話をしていた。白を基調とした家具が並ぶ中、机の上に設計図や様々な文章が書かれた紙が置かれており、元気はそれにペンを使って書き込みをしたり書いてある文章についてRDに質問をしたりしていた。

二人がそうして会話をしていた時、船室のドアが開き、白い子犬と黒い子猫を抱き抱えたアリスが中へと入ってきた。

 

「元気……って、何かやってるところだった?」

「ん……ああ、アリスか。今、RDからこのトルバドゥールのシステムや構造について教えてもらってたんだ」

「システムや構造……?」

『その通りです。元気には瞬間記憶能力がありますから、これらやメンテナンスの方法を覚えていてもらう事で、元気にも作業を頼めるようにしていたんですよ』

「ああ、なるほどね。でも、元気には理解出来てるの? たしかに全部記憶しておけるとはいっても、記憶するのと理解するのじゃ違うんじゃない?」

 

 アリスが首を傾げると、スピーカーからはRDの感心したような声が聞こえてくる。

 

『アリス、その通りです。記憶と理解は同じように脳の領域を用いて行う物ですが、記憶は見聞きした物や体験した物を覚えておく事で、理解はそれらを自分の中でこういった物であるとわかる事です。

まあ、それを理解した上でそのまま記憶しておけるなら良いのですが、人間の脳というのはすべて覚えておけるわけではなく、年月が経つにつれて曖昧になったりすっかり忘れてしまう物です』

「でも、そうじゃないのが元気って事ですよね?」

『そういう事です。元気が持つ瞬間記憶能力という物は、別名カメラアイと呼ばれる物です。このカメラアイはその名前の通りに見た物をカメラで撮影した写真のように記憶して保持し続ける事が出来る能力で、一般的には発達障害の一部としても知られていますね』

「発達障害って?」

『生まれつき他人とは違う脳の働き方をしていて、幼児の内から行動面や情緒面に違いが見られる物です。一般的には滑らかに話す事が出来ない吃音(きつおん)や発達年齢に比べて落ち着きがなかったり注意が持続しにくかったりする多動症、別名ADHDという物が知られていますが、元気の瞬間記憶能力やコミュニケーションを取る際に言葉や視線などを用いて相互的にやりとりをしたり自分の気持ちを伝える事や相手の気持ちを読み取る事が苦手な自閉スペクトラム症といった物もあります』

「そうなんだ……」

 

 アリスが少し心配そうに元気を見る中、RDは天井から伸びるカメラで二人を見ながら話を続ける。

 

『ですが、世界で活躍する方の中にも発達障害の方はいますし、その特性を人生に活かす事も可能です。元気の瞬間記憶能力で言うなら、一例として演劇に活かすという方法がありますね。

どれだけ膨大なセリフ量でもどれだけ台本を見る時間が少なくとも元気ならば覚えきる事は出来ますし、演技のコツや雰囲気なども先輩俳優や名作達を観て後で反芻(はんすう)しながら自分の演技に活かす事が出来ますから』

「そっか……つまりは考え方一つなんですね」

EXACTLY(その通りでございます)

「それにしても、俳優として活躍する元気かぁ……たしかにすごく似合いそう。元気は顔もかっこいいし、ジョーカーさんに武術の稽古もつけてもらってるから、アクション映画が良いんじゃないかな」

「……別になるって言ってない。俺はあくまでもクイーンの助手として生涯を終えるつもりだからな。それ以外の未来なんて考えてないんだよ」

「そっか。まあでも、クイーンさんの助手としてもその瞬間記憶能力って活かせそうだよね。さっきの演劇の件にも通じるけど、こういう設定だって台本を渡されたらバッチリこなせるだろうし、赤外線レーザーのパターンだって全部覚えてこられるわけだから」

『そうですね。ですが、元気も何か夢を持っても良いんですよ? 元気からすればクイーンの助手として生涯を終える事に決めているかもしれませんが、その傍らで何かをやろうと考えても余程の事でなければクイーンも反対はしませんから』

「これといってやりたい事がないからな。今もクイーンから約束通り貰った辞書を読んで知識をつけたりジョーカーとの稽古で体を鍛えたりする方を優先してるからな。まあ、クイーンが作った方の辞書も読んではいるけど」

「あ、それ私も貰った。書いてる事が面白いから、読んでて飽きないんだよね」

 

 アリスの言葉にRDは首を傾げるようにカメラを曲げる。

 

『面白い……ですか?』

「はい。元気が持ってる他の辞書とは書いてる内容は違いますけど、こういう考え方もあるんだなぁって思ってます」

『そうですか……まあ、二人が読んでくれているなら、クイーンも喜ぶと思いますよ。そういえば、アリスはどうしてここへ?』

「あ、そうそう。元気と一緒にこの子達をもふもふしたくて探してたんだった」

「もふもふか……それならクイーンと一緒にやってたらどうだ? クイーンが連れてきた犬猫はアリスにもすごく懐いてるしな」

『たしかにそうですね。中には結構警戒心の強い個体もいたはずですが、アリスが抱き上げて少し撫でただけで陥落していましたから。アリス、動物を馴らすコツなどはあるんですか?』

「うーん……特に考えた事はないです。強いて言うなら、抱き上げた子達に対して心の中で怖くないよ安心して良いよって呼び掛けてるからかもしれないです」

「心の中での呼び掛け……心と心で通じ合うみたいな感じか」

『恐らくはそうですね』

 

 元気の言葉に答えた後、RDは何かを考えるようにマニピュレーターを絡ませ、スピーカーからため息を漏らした後に机の上の物を片付け始めた。

 

「……RD、どうしたんだ?」

『元気、今から休息を取りましょう。そして、アリスが抱き抱えている動物達を思う存分もふもふしてください』

「どうしてだ?」

『あくまでも世界最高の人工知能としての考えですが、今の元気に必要なのはそれだと思ったので。アリスもそうでしたが、元気もこの前までその年にしてはだいぶ精神的にキツイ日々を過ごしていました。そんな貴方にはアニマルセラピーや同い年の子とのふれあいで心を休める時間が必要なんですよ』

「……俺はそう思わないけど、まあせっかくアリスも来たわけだし、その考えに乗ってみるか。ここで断っても、RDは続きをさせてはくれなそうだからな」

『賢明な判断です。アリス、元気にどちらかを渡してもらえますか?』

「はーい」

 

 アリスは返事をすると、黒い子猫を元気へと手渡した。

 

「はい、元気」

「ああ」

 

 元気が黒い子猫を受け取ると、黒い子猫は元気の腕の中でチラリと元気を見たが、すぐに落ち着いた様子で丸くなり、ごろごろと喉を鳴らした。

 

「ふふっ、可愛いね」

「……まあな。けど、どうしてこの二匹だったんだ?」

「クイーンさんがノミ取りを終わらせた子の中で誰を連れていってあげようかなと思った時、この子達が仲良く体を寄せ合いながらのんびりしてるのが見えてね。

それに、元気ってなんだか猫みたいだから、連れてく中に猫を入れようと思ったの」

「俺が猫、か……」

『それは同感ですね。元気はあまり慣れていない相手には少し素っ気ないですが、信頼が置けると思えた相手にはわりと心を許してますから。それに、元気も黒くて短い髪でこの子猫もオスの黒猫ですしね』

「そうか。それじゃあその白い犬はアリスか?」

「え、私?」

 

 自分の事を甘えたような目で見つめてくる白い子犬を見ながらアリスが訊くと、元気は静かに頷く。

 

「ああ。アリスは初めて会った俺にもフレンドリーに接してきたし、協会で生活していた時も中庭で遊ぶ事の方が好きだったからな。運動が好きで人懐っこいアリスは犬と猫なら犬だと俺は思う」

「なるほどね。それじゃあ私は自分でも知らない内に自分っぽい子も選んできてたのかもね」

『そうですね。それに、そんな二人に似ている二匹が体を寄せ合いながらのんびりしていたという点も普段からお互いの事はしっかりと信頼している二人の様子に類似しているように思えますし、二人とこの二匹は縁があったと言えるかもしれません』

「縁、か。けど、クイーンが連れてきた犬猫は後で引き取り手を見つける予定だろ?」

『はい。ですが、もしも二人がしっかりと面倒を見るというのなら、ジョーカーもこの二匹だけ残す事を反対はしないと思います』

「…………」

『まあ、どうするかは二人に任せますよ。私としてもしっかりと面倒を見るなら、文句は言いませんから』

「……わかった」

「はい」

 

 RDの言葉に返事をした後、元気が優しく微笑みながら腕の中の黒猫を撫で、アリスはハッハッと舌を出しながら尻尾を振る子犬を見ていたが、ふと何かを思い出したような顔をすると、元気を見ながらにこりと笑った。

 

「ねえ、元気」

「なんだ?」

「ミック神父やクイーンさんと約束をしてるように私とも一つ約束をしてほしいの」

「お前もか……それで、どんな約束をしたいんだ?」

「元気のこれからについて。元気がクイーンさんの助手として頑張るように私もクイーンさんから立派な助手として認められるように頑張るから、もしもそれを達成出来たら私に元気の一生をちょうだい」

「……ミック神父が家族になる事、クイーンがロザリオで、お前は俺の一生か。それじゃあお前はダメだった時、俺に何をくれるんだ?」

「え……うーん、それじゃあ私の一生をあげるよ。ほら、これなら等価でしょ?」

 

 笑いながら言うアリスを見ながら元気は静かにため息をつく。

 

「……そうだけどな。まあ、それだけの覚悟があるなら俺も断る気はない。それじゃあ期間は神製教団の件が片付くまでにするか」

「うん!」

 

 元気の言葉にアリスが嬉しそうに答える中、その様子を見ていたRDは二人に聞こえない程度の声でボソリと呟く。

 

『……成立でも不成立でも二人が一緒にいるのは変わりませんし、今の言葉は明らかにアリスからの告白のような物ですよね……まあ、それを今言うのは野暮ですし、私はクイーンとジョーカーにこの事を伝えて、元気が自分の気持ちやアリスの気持ちに気づいていくのを楽しみながら見守らせてもらいましょうかね』

 

 嬉しそうにするアリスとその姿を見ながら安心したように微笑む元気を見ながらRDは録画していたその映像を『クイーン特製元気とアリスの日常アルバム』というフォルダに保存した。

 

 

 

 

「……それで、ウチのサーカス団に何の用なのかな?」

 

 団長室と書かれたプレートが飾られた部屋の中でピエロのメイクをした男性が低い声を出す。ここは世界的にも優秀な団員達を抱えるセブン・リング・サーカスが興行のためにテントを張っている空き地であり、ピエロのメイクの男性の前にはスーツ姿の老齢の男性が立っていた。

 

「このセブン・リング・サーカスにウチの子供達はどうかなと思い、こうして訪ねさせてもらいました」

「子供達……誰かサーカス団に入りたいという子でもいるのかね?」

「いえ、正確に言うならば売り込みですよ、ホワイトフェイスさん。ウチには様々な能力を持った子供がいますから、その能力を活かせる場の一つとしてこのセブン・リング・サーカスを選ばせてもらったのです」

「…………」

「それで、どうでしょう? 本日はカタログもお持ちしてますから、ウチの子供達を眺めるだけでも……」

「いや、断る」

 

 ホワイトフェイスが冷たい声で言うと、老齢の男性は不思議そうな顔をする。

 

「おや、何故です?」

「子供達の中にサーカス団に入りたいという子がいるのならば、私もまだ話を聞こうと思った。だが、子供達を売り物として扱うのならこれ以上は聞きたくない。

私にとって子供とは世界のこれからを担っていってくれる大切な存在で、ウチの団員達の演技を観て目を輝かせて笑ったり驚いたりしてくれる大事なお客様だからな」

「そうですか……それは残念です」

「そもそも、そんな人身売買のような話を私にしても良かったのか? 証拠と言える物はないが、私が警察に通報するという可能性は考えてないのか?」

「通報など無意味ですよ。私達は警察だけでなく、あの探偵卿すらも恐れる必要は無いのですから」

「そこまで言うとは……貴方は一体何者なんだ?」

 

 警戒したホワイトフェイスからの問いかけに老齢の男性は首に掛けた“銀色のロザリオ”を煌めかせながら静かに笑う。

 

「神製教団。この世界の未来を牽引する神の候補達を有する団体ですよ」




政実「幕間、いかがでしたでしょうか」
元気「前に言ってたように章の間にはこういう話を挟むんだな」
政実「そうだね。日常回+次の章に関わる何かみたいな感じで行くつもりだよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第一章
第11話 偽りの名の宝石


政実「どうも、宝石の中では水晶が一番好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。他の作品でも水晶はよく出してるし、納得の答えではあるな。そういえば、今回から原作の話に入っていくんだよな?」
政実「うん、そうだよ。基本的には原作の流れには忠実に行くけど、オリジナル要素や映画の内容も織り混ぜていけたら良いなと思ってるかな」
元気「わかった。それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第11話をどうぞ」


「ふんふんふふーん♪」

 

 遥か上空を航行する超弩級巨大飛行船トルバドゥールの船内を水色のワンピース姿のアリスは鼻唄を楽しそうに歌いながら歩いていた。冷たい飲み物と白いタオルを持った腕の中には白い子犬と黒い子猫がおり、アリスは船内の廊下を歩きながら二匹に微笑みかける。

 

「ふふ、今日も良い天気だね」

「わんっ!」

「にゃあ」

「うんうん、良いお返事だね。さあ、道場にいる頑張り屋さんに会いに行こうか」

 

 そう言ってからアリスは前方に視線を向け、道場へ向けて歩き続けた。数分後、道場へ着いてみると、そこでは中国服姿の元気とジョーカーが稽古に励んでおり、汗を流しながら突きや蹴りを繰り出す二人の姿をアリスは端に立ちながら楽しそうに眺めていた。

 

「やってるやってる。それにしても……こうして元気達が一緒にいると、服装も雰囲気も似ていてなんだか兄弟みたい。いつも仏頂面だけど落ち着いていて優しいジョーカーお兄さんと素っ気ない時が多いけど本当はすごく思いやりがある弟の元気。まあ、元気は否定しそうだけど」

 

 二人が兄弟となった姿を想像してアリスがクスクスと笑う中、二人の特訓は終わり、元気達はアリスへと近づく。

 

「来てたのか、アリス」

「うん、ついさっきね。はい、飲み物とタオル。ジョーカーさんもどうぞ」

「ありがとう、アリス」

「アリスさん、ありがとう。それにしても……今日もその二匹はアリスさんの腕の中にいるんだね」

 

 ジョーカーが二匹を見ながら言うと、アリスは微笑みながら頷く。

 

「はい。他の子達も懐いてくれますけど、この子達は特別懐いてくれてますから。元気もシュルツを抱っこする?」

「……別にする必要はないけど、俺が世話してる方だからとりあえずしとくか」

「うん、わかった。はい、どうぞ」

「ああ」

 

 元気が子猫のシュルツを受けとると、シュルツは少し眠たそうに元気の顔を見てから小さくにゃおと鳴いてから元気の腕の中で丸くなる。

 

「……シュルツはいつも物静かだな。他の猫達が遊び回る中でも一匹だけのんびりとしてるし」

「そういうところも元気っぽいよね。教会にいた時も元気はみんなと一緒じゃなく一人で本を読んだりミック神父に勉強を教えてもらいに行ったりしてたもん」

「それに対してアリスさんが世話をしているイヴはいつも他の犬猫と遊んだり色々なところへ行こうとしている。RDも言っていたけど、二人と二匹はやはり似ているんだね」

「俺と似ても良い事は無いと思うけどな。ところで……アリス、クイーンは何してる?」

「クイーンさんならRDさんに仕事しろーってせっつかれてたよ。本人は気にせずに蚤取りしてたけど」

 

 それを聞いたジョーカーはため息をつきながら額を押さえる。

 

「……また蚤取りをしているのか。いい加減次の仕事に移ってくれたら良いのに……」

「俺達が来てから一回も仕事をしてるところを見た事がないし、クイーンが怪盗だっていうのを疑いたくなるよな……もちろん、それは本当で、実力だってしっかりとあるのはわかるけど」

「あはは……クイーンさん、気に入った仕事じゃないと嫌みたいだからね。だから、RDさんも色々候補は見せてるみたいだけど、クイーンさんからしたらどれもイマイチみたい」

「……仕方ない。僕もRDを少し手伝うか。二人も手伝ってくれるかい?」

「……このまま何をせずに蚤取りだけされても困るからな。それに、みんなでアイデアを出し合えば何か良い物が見つかるかもしれない」

「だね。RDさんの苦労を少しでも減らしてあげよう」

 

 元気とアリスが頷き答えた後、三人は道場を出てそのままリビングとなっているデッキへ向けて歩き始める。その道中、デッキに近づくにつれて見かける猫や犬の姿が増えていき、その声に元気の腕の中のシュルツはうるさそうな顔をし、アリスの腕の中にいるイヴは落ち着かない様子でキョロキョロとし始めた。

 

「……なんだか前よりも数が増えてないか?」

「そういえば、この前も新しい子達を拾ってきてたもんね。この調子だとわんにゃん王国みたいになりそう」

「……クイーンがその王国を統べる前になんとかしないといけないな」

「同感だ。賑やかなのは良いとしても、このままだとただ騒がしいだけだし、RDが犬猫の抜け毛で換気システムが異常を起こす事が多いって嘆いていたからな。システム管理を手伝ってる身としてはその状態を放置する事は出来ない」

「たしかにRDさんがしくしく泣いてる時があるもんね。それじゃあ早く行ってあげようか」

 

 その言葉に二人が頷いた後、三人は犬猫で溢れる廊下を更に進んでいき、デッキのドアを開けた。すると、デッキ内は廊下にいた数よりも遥かに多くの犬猫で溢れ返っており、その光景にジョーカーは額を押さえる。

 

「……もう遅かったか」

「……いつからここは犬猫達の楽園になったんだ?」

「それかわんにゃんフェスかな? ほら、この前RDさんに夏場にやってるらしい音楽のイベントの映像を観せてもらったでしょ? あの映像の中の人達みたいにいっぱいだよ」

「ああ、夏フェスって奴か。だけど、このまま演奏は始まらないし、とりあえずその主催者に一言言ってやらないといけなそうだな」

 

 そう言いながら元気がソファーに視線を向けると、そこでは足元に積まれた紙を置いて穏やかな笑みを浮かべたクイーンが三毛猫の蚤取りに夢中になっており、三人は足元の犬猫をうっかり踏まないようにしながらクイーンに近づいた。

 

「クイーン、何をしているんですか?」

「おや、これはこれはお揃いで。見ての通り、趣味の蚤取りを楽しんでいるんだよ」

「ジョーカーが言いたいのはそういう事じゃない。仕事もせずに何を蚤取りなんてしてるんだって事だろ、まったく……」

「でも、その猫ちゃんは気持ちよさそうにしてますね。やっぱり蚤取りされてると気持ちいいのかな?」

「自分の体にしがみついているものが無くなるならやはり気持ちが良いのだろうね。私も蚤取りを楽しめているし、Win-Winだよ」

「クイーンと犬猫はWin-Winでも、僕達からすればそうじゃないんです。早く次の仕事を始めてください」

 

 冷たい視線を向けながらピシャリと言うジョーカーの言葉に対してクイーンはどこ吹く風と聞き流す中、スピーカーからRDの声も聞こえ始める。

 

『仕事もそうですが、この犬猫も早くどうにかしてください。ようやく抜け毛の処理が終わりましたが、これではキリがないんですよ……』

「抜け毛くらい仕方ないじゃないか。それに、元気にはシュルツが、アリスさんにはイヴがいるんだから、彼らだって抜け毛を出すだろう?」

『その二匹はしっかりと二人が世話しているから良いんです。シュルツは他の個体と違ってあまり動き回りませんからそこら中に抜け毛は落とさない上に決まった時間に元気がグルーミングをしてますし、イヴは他の個体と遊び回りはしますがグルーミングが必要な際は自分からアリスの元へ行きます。二匹とも飼い主の世話が行き届いているのです』

「ふふ、そうか。その年でそこまでしっかりとしているなんて二人の友人として誇らしいよ。もちろん、同じく大切な友人であるジョーカー君とRDの日々の活躍も誇らしいと思っているよ」

「お言葉ですが、僕はあなたの友達ではなく仕事上のパートナーです」

『私も世界最高の人工知能に過ぎません』

「俺もクイーンの友達じゃなく仕事上の助手だ」

「それなら私は仕事上の助手見習い……かな?」

 

 四人の言葉にクイーンはショックを受けたような表情は浮かべると、その表情のままで猫を見つめる。

 

「ああ、私の悲しみをわかってくれるのは君達だけだよ」

「ショックを受けた振りは良いのでやる事をやってください」

「そうだぞ、クイーン。RDから獲物のリストは見せてもらってるんじゃないのか?」

「ああ、スクリーンに映し出したのは見たし、まだ見てない追加情報は足元に置かれている。だけど、どれもただ高価な宝石だの有名な名画だので心が踊らないんだよ」

「心が踊らないって……どれも怪盗らしい獲物ばかりじゃないのか?」

 

 元気の問いかけにクイーンはそれは違うといった気持ちを全開にした顔で元気に向かって指を指す。

 

「それだよ! 怪盗といえば宝石や絵画を盗む物だというその考えが嫌なんだよ。私はただの怪盗なんかではなく、怪盗クイーンだ。普通の宝石や絵画を盗んで喜ぶなんていう真似は私の怪盗の美学に反するよ」

「じゃあ俺のこのロザリオはその怪盗の美学的には良い獲物って事か?」

「そういう事だね。大切なのは価値ではなくロマンなんだよ」

「ミック神父から貰ったロザリオはロマン……クイーンさんが言いたいのは物としての価値というよりはそれまでの歴史の方が大事って事ですか?」

「もちろん、それも大事だ。ただ、どれだけ歴史のある物でも普通に盗んでは意味がない。難攻不落の警備の中を掻い潜って盗み出し、それに気づいた警察や探偵が慌てる中を優雅に去っていく。ああ……なんと素晴らしいのだろうね」

 

 まるで観客達のスタンディングオベーションを前にしながら舞台に立つ演者のように目をキラキラと輝かせるクイーンに対して元気とジョーカー、そしてRDが送る視線は冷ややかだった。

 

「……どんなに難解な問題よりもクイーンの怪盗の美学を理解する事の方が難しい気がするな」

「……僕もそう思うよ」

『……同感です』

「世の中には影や自分の運命すらも盗んでしまった怪盗がいると聞くからね。そんな怪盗がいる中で私が普通の物を盗んで満足しても良いのか。その答えは否だ!」

「……本当にそんな怪盗がいたのか?」

『……不確かではありますが、日本のとある田舎町にはいるようですよ』

「……世の中って広いんだな」

 

 RDの返答に元気が感心した様子を見せていたその時、静かにしていたシュルツがクイーンの足元にある紙束に目を向けてから元気に視線を向けた。

 

「にゃおん」

「ん……シュルツ、もしかしてその紙束が気になるのか?」

「にゃ」

「シュルツもお仕事がしたいのかな?」

「クイーン、あなた……」

『猫にまで仕事への熱意で負けているのですか……?』

 

 ジョーカーとRDの突き刺すような冷たい視線が向けられる中、クイーンはそれを気にせずに微笑みながらシュルツの頭を撫でる。

 

「素晴らしいじゃないか、この子は良い怪盗になれると思うよ」

「ウチのシュルツを勝手に怪盗にしようとするな。とりあえず色々見てみよう」

「うん、シュルツが興味を持ったのなら何かクイーンさんが心踊るような獲物があるかもしれないし」

 

 そして一度シュルツをアリスに預けた後、元気は紙束を持つと、全員でその中身に目を向けた。紙束は全てが高価な宝石や有名な絵画の情報やその所有者の情報だったが、その中のある一つを見た瞬間、シュルツは鳴き声を上げた。

 

「にゃん」

「シュルツ、これが気になるのか?」

「にゃおん」

「これ……『リンデンの薔薇』っていう宝石の情報みたいだね」

「持ち主は星菱(ほしびし)大造(だいぞう)か……」

「……いや、これは『リンデンの薔薇』じゃないよ」

「え……?」

「『リンデンの薔薇』という名前は、この星菱という男が手に入れる前に出自を隠すためにつけられた偽名だ。この宝石の本当の名前は……」

 

 クイーンは紙の中の『リンデンの薔薇』を見ながら少し楽しそうに口を開く。

 

「『ネフェルティティの微笑み』だよ」




政実「第11話、いかがでしたでしょうか」
元気「前回出てきた子猫と子犬に名前がついてたな。それで、原作の話は何話くらいやるつもりなんだ?」
政実「具体的には決めてないけど、だいたい20話前後で出来たら良いなと思ってるよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしているので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第12話 獲物の決定と教団の暗躍

政実「どうも、宝石の中では一番エメラルドが好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。エメラルド……幸運とか希望とかの石言葉を持ってる宝石だったか」
政実「そうだね。緑色が好きなのもあるけど、石言葉が好きなのもあるかな」
元気「なるほどな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第12話をどうぞ」


「『ネフェルティティの微笑み』……」

「でも、どうして名前が違うんですか? さっきは出自を隠すためって言ってましたけど……」

 

 アリスが不思議そうに言うと、RDがそれに答える。

 

『それはこの宝石が盗品だからですよ。二人はネフェルティティという名前に聞き覚えはありますか?』

「……いや、ないな」

「私も……でも、微笑みっていうからには誰かの名前みたいだよね?」

『その通りです、アリス。ネフェルティティというのは、エジプト新王国時代の第18王朝のファラオ──簡単に言えば王様です──であるアクエンアテンの正妃の名です。ファラオとして一般的に有名なツタンカーメンの養母でもあります』

「あ、ツタンカーメンならたしかに聞き覚えがあるな。つまり、この『ネフェルティティの微笑み』はエジプトの博物館から盗まれたのか」

「そういう事だね。見たまえ、この見事な輝きを。美しき女性の名を冠するに相応しいのに、その姿は一人の悪どい金満家にしか見られないんだよ。実に残念だとは思わないかい?」

「たしかに……って、あれ? そういえば、ミック神父がアイリスを拾ったって言ってたのもエジプトだったよね?」

「そうだったな……俺は日本でアリスはイギリス、クレールがフランスでアルテナイとセルゲイがロシア、アイリスがエジプトって言ってた気がする」

「ふむ……それに関しては後で調べてみても良いかもしれないね。さて、RD。『ネフェルティティの微笑み』を取り戻す事に決めたわけだけど、まずはその星菱大造という男と『ネフェルティティの微笑み』について改めて教えてくれるかい?」

『畏まりました』

 

 RDの声が聞こえた後、スクリーンがするすると降りると、そこに指輪につけられた『リンデンの薔薇』と何冊もの本が納められた本棚の前でワインが入ったグラスを片手に持ったふくよかな体型の男性の写真が映し出された。

 

『まず、『リンデンの薔薇』こと『ネフェルティティの微笑み』ですが、これは二十六年前にカイロの美術館から盗まれた物で、発見されたのは中世のエジプトでして、これは百八十カラットあるかなり大粒のダイヤモンドです』

「カラット……ダイヤモンドみたいな宝石に使う単位なのは知ってるけど、百八十カラットだとどれくらいなんだ?」

『カラットは宝石の質量を示す単位で、一カラットが0.2グラムですから、これは36グラムですね。因みに、鑑定では時価数十億はくだらないと言われていますよ』

「す、数十億……そんなにあったら、すごい豪華な教会を建てても余っちゃうよ……」

『ただ、このダイヤモンドは手に入れた人間が必ず不幸に見舞われる事から、“血塗られたダイヤモンド”とも呼ばれています。高価な宝石や絵画などには曰くがついている事が多いので、あまり驚く事ではないですね』

「そうだろうけど、どうしてそういう事が多いんだ? それらに何か力があるわけじゃないだろ?」

 

 首を傾げる元気の問いにクイーンが静かに答える。

 

「物に特殊能力があるというよりは、高価な物が持つ魅力が原因だろうね。例えば……元気、アリスさん、君達がとても高価な宝石を持っていたとして、それを誰かが狙ってるとする。その時、君達はどうする?」

「……別に宝石はどうでもいいけど、それが大切な物なら盗られないように周りを警戒するな。宝石が高価な事を知ってる奴なら、隙をついて盗ろうとしてきてもおかしくないし」

「うん……それにその内、誰も信じられなくなりそうだよね。この人ならって思ってたのに裏切られ続ける事もありそうだし……」

「まあ、そういう事さ。物の価値に目が眩んだ人物は時には強行な手段に出る事もあるし、事故に見せかけて持ち主の命を奪おうとする事もある。それに、盗られまいとして他の注意力を欠いてしまって、不慮の事故に遭う事だってあるから、そうやって不幸を招く物というのは出来ていく事もあるんだ。もっとも、中には本当に力を持つ物もあるかもしれないけどね」

「なるほど……」

 

 クイーンの説明に元気が納得していると、アリスはその隣の写真に写る星菱大造の顔に嫌悪感を示す。

 

「……なんかこのおじさん、私は嫌いかも。絶対に良い人じゃないと思うし……」

『そうですね。彼は星菱大造、日本の資産家の男性で、この『リンデンの薔薇』は数年前に購入したようですが、彼には中々黒い噂が多いです』

「黒い噂……盗まれた『ネフェルティティの微笑み』を持ち続けている時点で良い人間ではないのはわかるけど、しっかりと調べたら色々悪事が明るみに出そうだな」

『ジョーカーの予想通りです。詳細は省きますが、彼にはマネーロンダリングなどの噂がありますよ』

「マネーロンダリング……マネーはお金なのはわかるけど、ロンダリングってなんだろう……?」

『ロンダリングとは洗浄という意味を持つ言葉なので、マネーロンダリングは資金洗浄という意味ですね。ただ、洗浄と言っても実際は綺麗になるわけではなく、犯罪によって得た収益の出所や持ち主を隠す事で警察などからの捜査から逃れようとする事なので、簡単に言えば脱税の疑惑があるわけです』

「……つまり、証拠がないだけで大悪党なのは変わらないわけか」

「そういう事だね。クイーン、星菱大造から『リンデンの薔薇』を盗むのはわかりましたが、どのように盗みますか?」

 

 ジョーカーからの問いかけにクイーンはにこりと笑って答える。

 

「それはこれから考えるさ。それよりも……まずはこの子達の事を考えないといけないんだ」

「この子達って……クイーン、犬猫よりも仕事の方が大事じゃないのか?」

「獲物が決まった以上、仕事ももちろん大事だよ。だけど、この子達が安心して暮らせるような里親を見つけるのも大事だ。シュルツとイヴは二人がお世話をしているけど、この子達には安心出来るような飼い主がいないからね」

「たしかに……クイーンさん、私も手伝って良いですか?」

「もちろん良いとも」

「ありがとうございます。頑張ろうね、元気」

「いや、俺はやるとは言ってないって……」

 

 元気は突然の事に驚くが、アリスはそれに構わず微笑みながら口を開く。

 

「元気だってRDさんのシステム管理には関わってるし、抜け毛による空調の故障の件は心配でしょ? だったら、早めにこの子達の里親を見つけて、その心配を無くした方が良いと思うな」

「……なんだか乗せられてる気はするけど、アリスの言う事も一利あるしやるしかないか。けど……こんなクイーンの姿を見てると、本当に怪盗なのか疑いたくなるな。怪盗なんて本当はいなくてクイーンは怪盗だと言い張る暇人なんじゃないのか?」

「ふふ……私は怪盗だし、この世の中には他にも多くの怪盗はいる。漆黒の夜闇に憧れを抱き、赤い夢の中で遊ぶ子供達が居続けるなら怪盗もまた居続けるのさ」

「赤い夢……? なんだそれ?」

「そうだね……人によって解釈はそれぞれだろうけど、ただ言える事があるとすれば、それは私や友人の名探偵のような存在が活躍をし続ける夢と謎に満ち溢れた素晴らしい物だという事だね」

「説明されてもよくわからないような……」

「まあ、いずれわかるさ。とりあえず今はこの子達の件や『ネフェルティティの微笑み』の件に集中しよう。RD、他に何か情報はあるかな?」

『今のところ、特にはありません。ただ、クイーンが動くとなったら、警備には上越警部と岩清水刑事が配置されるでしょうね』

「ああ、彼らか。ふふ……元気そうだといいね」

 

 クイーンが嬉しそうに笑う中、元気とアリスは顔を見合わせてからジョーカーに視線を移す。

 

「ジョーカー、その二人は誰なんだ?」

「警部さんと刑事さんって事は警察の人なんですよね?」

「うん、そうだよ。二人は警視庁の特別捜査課に配属されていて、警視庁の中でも大分厄介な事件が回されているようだね」

「つまり、クイーンは厄介な相手扱いなんだな」

「だけど、それだけじゃないんだよ。上越警部は私の友人である名探偵とも知り合いで、これまでに遊園地で五人の人間が消えた事件や映画の撮影が行われていた島が消えた事件、夜間に光る怪人の事件などで協力していたみたいなんだ」

「実際はその名探偵が謎が大体解けていても中々謎解きをしようとしないから、警部達が頑張っていただけなんですけどね……」

「それは仕方ないよ。彼が言うようにデータや証拠もないなら、それはただの推測に過ぎず、しっかりとした謎解きではないからね。彼もまた遊び心を大事にしているだけさ」

「……少なくとも、その名探偵も厄介な奴なのはわかった。それで、いつ頃に『リンデンの薔薇』を盗みに行くんだ?」

 

 元気からの問いかけにクイーンは子猫を撫でながら答える。

 

「そうだね……この子達の蚤取りと里親探しを終わらせてからになるから、少し余裕も持って六十二日後かな」

「六十二日……」

「あはは……だいたい二ヶ月後だね。でも、クイーンさんが仕事をする気になったのは良い事じゃないかな?」

『それはそうですが……また予告状を見た上越警部が頭を抱えますよ。彼らはクイーンが犬猫の蚤取りや里親探しを優先しているとは知りませんから』

「そもそも、それを優先するなんて思わないしな……」

「まったくだよ……」

 

 アリスが微笑み、元気達がジトッとした目でクイーンを見る中、クイーンは楽しそうに子猫の蚤取りをしていた。

 

 

 

 

 同時刻、セブン・リング・サーカスが興行のテントを張っている空き地では団員達が荷物の運搬や演技の練習を行っており、団長室ではピエロの扮装をしたホワイトフェイスが机に向かって書類を書いていた。

 

「ふぅ……これで良いか。さて……それでは話をしようか」

 

 ホワイトフェイスが振り向かずに声をかけると、本棚の本を眺めていた短い茶髪の大柄な体格の少年はホワイトフェイスに視線を向けた。

 

「……ようやくか。本なんて読まねぇから待ってる間は暇で仕方なかったぜ」

「そうか。それにしても、断ったにも関わらず君を派遣するとは……あの神製教団というのは中々強引なようだね」

「……そうだな。それで、俺をここに置いてくれるのか、団長さん?」

「まあね。君も派遣されてきた以上は手ぶらでは帰れないだろうし、私は子供は未来を担う素晴らしい存在だと考えているんだ。たとえ、君が神の候補だとしてもね」

「それは助かるな。まあ、身体能力には自信があるから、軽業でもなんでも仕込んでくれて構わないぜ。俺には負けたくない奴がいるから、そいつに再会出来た時はこんな事が出来るようになったって自慢してやらないといけないんだ」

「向上心があるのは何においても良い事だよ。因みに、その負けたくない奴とは誰なのかね? “クレール・カルヴェ君”」

 

 ホワイトフェイスからの問いかけにクレールはニヤリと笑う。

 

「……神野元気。いつも落ち着いていていけすかねぇ奴だよ」




政実「第12話、いかがでしたでしょうか」
元気「ここでクレールが出てきたか……って事は、こんな風に原作の話の時はみんなと再会していけるのか?」
政実「そこはまだ未定。だけど、何かしらの形で再会はさせていく予定だよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第13話 潜入と再会

政実「どうも、ニュースになる程の事件に遭遇した事がない片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。いや、それは良いことだろ。それくらいお前の周囲が平和なわけだからな」
政実「たしかにね。色々な事はあるけど、そういう事が起きてない今をありがたく思うべきかもね」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第13話をどうぞ」


 クイーンが『リンデンの薔薇』を獲物に決めてから六十二日後の夜、『リンデンの薔薇』がある星菱邸の周囲がクイーンを一目観ようとする野次馬やテレビ局のスタッフ、そして警備に当たる警察官達の声で騒がしくなる中、その野次馬の中に一人の人物の姿があった。

 

「さて……俺はここで待機って団長から言われてるけど、本当に怪盗なんてくるのか? 来るなら来るで良いし、団長からの指示だから断れはしないけど、他のメンバーみたいにちゃんと作戦に参加したかったなぁ」

 

 クレールは少しつまらなそうにしていたが、その表情はどこかワクワクしたものだった。

 

「まあ、俺は俺でこの賑やかし役に徹するか。ウチの団員達の見事なショーをただで観られるのは悪いことじゃ──」

「く、クレール……?」

「え、って……あ、アリス!?」

 

 野次馬達で周囲が賑わう中、クレールは自分を見ながら信じられないといった表情を浮かべるアリスを見ながら自身も信じられないといった表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 クレールとアリスの再会の数分前、超弩級巨大飛行船トルバドゥールは星菱邸上空に浮かんでおり、その船内ではクイーンが星菱邸に忍び込むためにワイヤーを体につけており、その様子を元気達が見守っていた。

 

「これでよし。それじゃあ行ってくるよ、みんな」

「はい、気をつけて行ってきてください、クイーン」

「それにしても……警察や星菱大造も六十二日後っていう微妙な指定には戸惑ったろうな」

「あはは……だね。それに、その間に何匹もの犬猫の里親探しをしたり広告を出したり、その人達に渡してきたりしたのも知ったら、だいぶ頭を抱えそう」

「実際は里親探しは俺とアリスとRD、引き渡しはジョーカーがやって、クイーンは蚤取りしかやってなかったけどな」

 

 そう言いながら元気がシュルツを抱き抱えた状態でジトッとした目で見るが、クイーンは引き裂かれそうな程の風が下で吹く中でワイヤーに吊り下げられながらニヤリと笑う。

 

「分業だよ、分業。それに、里親の最終決定は私がやったんだから、私だって参加しているんだよ?」

「……結果的に里親が全員適正だったのがより腹立つんだよな」

『クイーンは人を見る目はたしかですから。ですが、また連れてこないようにしてくださいよ? ようやくいなくなってこちらとしてはホッとしているんですからね』

「うーん……けど、なかなか賑やかだったし、私の魅力に惹かれてついてきてしまう子も──」

『降下します』

 

 遮る形でRDの非情な声がスピーカーから聞こえると同時にクイーンは目にも止まらぬ速さで降下されていった。

 

「じょーうだんじゃーあないかーあ……」

 

 トルバドゥールとの距離が遠くなる度にクイーンの声が徐々に小さく低くなっていく中、ジョーカーは額を手で押さえた。

 

「……あなたの場合は冗談にならないんですよ」

「……たしかにな」

「あはは……それにしても、今のクイーンさんの声の変化は面白かったなぁ」

『今のはドップラー効果という物ですよ』

「ドップラー降下? そういう降り方があるんですか?」

「いや、違うだろ」

 

 イヴを抱き抱えながら首を傾げるアリスの言葉に元気が冷静にツッコミを入れる中、RDは静かに言葉を続ける。

 

『ドップラー効果というのは、音の波の発生源または観測者が移動する事で観測される音の周波数が変化する現象ですよ。日常生活で一番身近な例は救急車のサイレンでしょうか』

「ああ、たしかにサイレンって近くなると音が大きく高くなって、遠くなると小さく低くなる感じがするな」

『元気の言う通りです。因みに、ドップラーというのはこの現象を発見したC.J.ドップラーから取られていて、ドップラーはオーストリアの物理学者ですよ』

「へー、そうなんだ。RDさんは本当に物知りだね」

『恐れ入ります』

 

 アリスの感心した声にRDが答えていると、それを聞いた元気はため息をつく。

 

「アリス……お前、RDから何か教えてもらったらいつもそれ言ってないか?」

「いわゆる、お決まりのセリフって奴だよ。まあ、本当にそう思ってるから言ってはいるけどね。それに、ジョーカーさんだっていつも東洋の神秘ですねって言ってるし、元気も何か考えようよ」

「……仕方ないから考えとく」

「うん、楽しみにしてるね」

 

 呆れ気味に言う元気の言葉にアリスが嬉しそうにする中、ジョーカーは二人を見ながら小声でRDに話しかける。

 

「……やはり元気君はアリスさんに甘いところがあるな」

『微笑ましいので私は構いませんよ。それに、クイーンからも例のフォルダ用に録画を頼まれてますしね』

「……バレたら怒られそうだな。さてと、クイーンは今どんな状況なんだ?」

『少し待ってくださいね。今、星菱邸の映像を出しますから、リビングまで来ておいてください』

 

 その言葉を聞いて三人が動き出そうとしたその時、イヴはアリスの腕から飛び出すと、床に着地してからクイーンが降下していった出入り口を見つめ始めた。

 

「イヴ、どうしたの?」

「ワンッ!」

「……もしかして、自分も降りたいんじゃないのか?」

「そうなの?」

「ワウンッ!」

 

 返事をするようにイヴがアリスを振り返りながら鳴くと、アリスはRDが見ているカメラに視線を向けた。

 

「……RDさん、私達も外で見てくるのって良いですか?」

『そうですね……今、星菱邸付近には大人数の野次馬や警察官、テレビ局のスタッフなどがいますから、一人で行かせる事は出来ませんね。なので、元気とジョーカーもついていくなら良いですよ』

「俺達もか……」

「まあ、アリスさん達だけ行かせるのはたしかによくないし、少し見てくるくらいなら良いと思う。RD、クイーンに連絡を頼めるか?」

『既にしていますよ。クイーンからも観客が多いのは喜ばしいから、安全にだけ気をつけて行ってくるように返事が来ました』

「クイーンが良いって言ったなら良いか。だけど、俺達から離れないようにだけはしろよ。神製教団も危険だけど、アリスみたいな子供を拐って悪さをしようとする奴も世の中にはいるからな」

「うん!」

 

 アリスが嬉しそうに返事をした後、三人は降下をするためにコンテナ内に入り、そのまま近辺の広場へと降下した。降下後、ジョーカーとアリスが何ともない様子で出てくる中、元気はまだ慣れない様子でため息をつきながら出てくる。

 

「……やっぱりこの感覚には慣れないな」

「うーん……元気だけこうなるし、何か理由でもあるのかな?」

「恐らくね。さて……RD、ここから星菱邸まではどのくらいかかる?」

『数分程度ですよ。ただ、夜道なので気をつけて歩いてくださいね』

「わかった。それにしても……だいぶ星菱邸付近は賑わっているな。ここまで声が聞こえてきているよ」

「そうだな……」

 

 ジョーカーが周囲の物音に耳を澄まし、元気が気配に気を向け、アリスがイヴを抱き直すために少し足を後ろへ引いたその時、その足が何かにぶつかり、アリスはビクッと体を震わせてからそちらに視線を向け、それに気づいた二人もそちらに視線を向けた。

すると、そこには綺麗なドレスを着た女性と少し窮屈そうにタキシードを着たとても大柄な男性がおり、アリスはその大きさに驚いていたが、ハッとしてから慌てて頭を下げた。

 

「ご、ごめんなさい。足をぶつけちゃって……」

「……いや、謝らなくてもいい。この程度なら痛くはない」

「そうよ、可愛らしいお嬢さん。この人は頑丈だから」

「……だいぶ大きな方ですが、何かなされているんですか?」

「ええ、ちょっとこの肉体を活かす仕事をね。あなた達は兄妹?」

「はい、そうです。ちょっと用事があって、帰っているところでした」

 

 ジョーカーの返答に男性は納得顔で頷く。

 

「そうか。今夜はこの辺りに怪盗が出ると聞く。野次馬やそれに乗じた悪人に目をつけられない内に早く帰った方がいい」

「ご忠告、ありがとうございます。二人とも、行こうか」

「うん、お兄ちゃん。お兄さん、お姉さん、さようなら」

「……さようなら」

「ええ、さようなら」

「……ではな」

 

 男女に見送られながら三人は歩き始め、アリスはイヴを抱き抱えながら少し安心したように息をついた。

 

「ふう、ビックリした。でも、優しい人達でよかったぁ」

「ああ。けど、だいぶ対格差のある二人だったな」

「そうだね。それに、二人ともなんだかただ者ではない雰囲気だった。あの肉体を活かす仕事をしていると言っていたけど、ただの仕事ではないのかもしれないね」

「たしかに……でも、悪い人達じゃなさそうでしたよ」

「正体を隠してるだけっていう可能性もあるけどな──と、着いたみたいだな」

 

 元気の言葉通り、三人は星菱邸の前に着いており、門前では警備をしている警察官が野次馬が入り込まないように目を光らせ、門の奥にも鋭い目付きで周囲を見回す警官が数名歩き回っていた。

 

「警備はかなり厳重みたいだな。それに、野次馬やテレビのスタッフみたいな奴も多い」

「そうだね。ただ、クイーンはまだ『リンデンの薔薇』を盗んではいないようだ」

「こんなに人が多いですしね……イヴ、吠えちゃダメだからね?」

「ワン」

「シュルツは……まあ、心配いらないか」

「ニャオン」

 

 二匹が返事をするように鳴き、アリスがイヴに微笑みかけてから辺りを見回していたその時だった。

 

「……え?」

 

 アリスは信じられないといった表情を浮かべると、そのままゆっくりと歩きだし、それに気づいた元気が慌てたようにその後を追うと、アリスは信じられないといった表情で自分を見つめる人物の目の前で立ち止まっており、その人物が誰かわかると、元気も驚きから体を震わせた。

 

「く、クレール……」

「……元気」

 

 アリスから元気へ視線を移すと、クレールの目は驚きの色から敵意の色へと変化した。




政実「第13話、いかがでしたでしょうか」
元気「俺達がクレールと再会したな」
政実「だね。オリキャラであるクレールを交えての話になるし、原作との兼ね合いも考えながら話は進めていくよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第14話 クレールの想い

政実「どうも、ライバルキャラが出てくる時はテンションが上がる片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。ライバルキャラか……たしかにそういうキャラクターとの勝負は物語を面白くするスパイスになるからな」
政実「そうだね。それぞれの目標や願いを胸に成長していく姿はなんだか見ていてワクワクするんだよね」
元気「なるほどな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第14話をどうぞ」


 敵意を宿した視線を向けながらクレールは元気を見ていたが、そのままシュルツとイヴに視線を移すと、二匹をジッと見てからポツリと呟いた。

 

「……ビーストのとこのではないか」

「え?」

「……なんでもない。お前達、どうしてここにいるんだ? 元気はまだしもアリスがこんなところにいたら危ないだろ」

「元気はまだしもって……私達はお世話になってる人がいて、元気はその人の助手、わたしは助手見習いとして頑張ってるよ」

「クレールはどうしてここにいるんだ? アイツら、クリスティーナやセルゲイ達と一緒じゃないのか?」

 

 元気からの問いかけにクレールは少し答えたくなさそうにしたが、仕方ないといった様子で話し始めた。

 

「……アイツらとは別々だ。神製教団っていうよくわかんねぇ奴らに捕まってからはな」

「……やっぱり神製教団には捕まってたのか」

「ああ。だが、その後に俺達は色々な奴らのところに売り込まれたり俺みたいに派遣されたりしてる。セルゲイやアルテナイもそうだろうさ」

「売り込みや派遣……」

「アイツらの言う事はよくわからねぇし、俺達がこの世界を統べる神候補っていうのも意味がわかんねぇ。ただ、こうして派遣された先で居場所が与えられたなら、俺はその居場所を守るだけだ。ウチの団長や団員達にはだいぶ世話になってるからな」

「団長や団員……?」

 

 クレールの言葉に元気が不思議そうな顔をする中、クレールはアリスの肩にポンと手を置く。

 

「アリス、お前もウチに来いよ。色々変わった奴が多いとこだけど、悪い奴らじゃねえし、アリスだってきっと気に入るはずだ。元気は……まあ、どうしてもと言うなら考えてやらなくもないけどな」

「いや、別に良い」

「早!? せめて考えるくらいしろよ!」

「俺にも居場所があるし、俺はそこで生涯を終える事にしてるんだ。そこから追い出されない限り、俺が他の誰かの下につく事はない」

「ぐ、ぐぐ……!」

「ごめん、クレール。私もそっちには行けないよ」

「アリスまで!?」

「私も助けてもらった恩はあるし、助手見習いとして頑張るつもりなの。それに……」

「それに……?」

 

 クレールが不安そうに聞くと、アリスは元気に肩を軽くぶつけてから真剣な表情で答える。

 

「私達はお互いの一生を賭けた約束をしてるからね。私は元気の一生を貰うためにちゃんと助手として認めてもらわないといけない。だから、クレールと一緒にはいけないよ」

「一生って……お前、アリスとなんて約束をしてるんだよ!?」

「……なにか変か?」

「いや、なにか変かって……」

「とにかく、私もクレールと一緒にはいけないし、元気にもそのつもりはないよ。クレールこそこっちに来てよ。たしかに神製教団の目が光ってるかもしれないけど、私達で力を合わせてクリスティーナさんやみんなを助けて、ミック神父を探しだそう?」

 

 アリスの真っ直ぐな目にクレールは一瞬心が揺らいだような表情を浮かべたが、すぐに気持ちを切り替えると、首を横に振った。

 

「……出来ねぇよ。お前らにも譲れない物があるように俺だってそう簡単に団長達から離れられないんだ。突然来た俺を団長達は快く受け入れてくれて、少し厳しいけどしっかりとした特訓だって受けさせてくれてる。だから、俺だって簡単にうんとは言えねぇ」

「クレール……」

「……それがお前の選択なら仕方ないな。それで、お前はどうしてここにいるんだ? さっきから団長とか団員とか言ってるけど……」

「ここにいるのが俺の役目だからだ。そして、俺が世話になってるのは……」

 

 その時、星菱邸の中が騒がしくなり、パトロールしていた警察官達が何かを恐れるような表情で声を上げ始めた。

 

「……始まったな」

「始まったって……」

「あ、あれって……犬や猫……!?」

「ああ、ウチの猛獣使いが指示を出した奴らだ。ああやって辺りを騒がしくしたり警察官達を翻弄するためにな」

「猛獣使い……」

「今頃、怪力男が軽業師を中に入れて、催眠術師やマジシャン達が屋敷内に入ってるはずだ。『リンデンの薔薇』を手にするのも時間の問題だろ」

「『リンデンの薔薇』って……クイーンさんが狙ってる宝石だよね!?」

「ああ。クレール、もしかしてお前が世話になってるのはサーカス団なのか?」

 

 元気からの問いかけにクレールは静かに頷く。

 

「その通りだ。俺が世話になってるのは、セブン・リング・サーカスというサーカス団で、二ヶ月前くらいから俺はそこにいる。とても優れた技能を持った団員達がいて、この騒ぎも団員の一人がやってる」

「セブン・リング・サーカス……」

「そのクイーンって奴が誰かは知らないが、早くしないとウチの団員達がさっさと『リンデンの薔薇』を持っていくぞ」

「くっ……」

「……それじゃあ俺はそろそろ行くか。作戦の開始をここで見守って、必要そうなら騒ぐのが俺の役目だったからな」

 

 そう言ってクレールは去ろうとしたが、突然足を止めると、悔しそうにする元気を振り向きながら見る。

 

「……元気」

「……なんだ?」

「俺がそっちに行く気がないのは、お前がいるからでもあるんだよ」

「え……?」

「……どういう事だ?」

 

 クレールの言葉に二人が驚く中、クレールは再び敵意のこもった視線を原器にむける。

 

「教会にいた時から、俺はお前が気にくわなくて仕方なかった。初めて会った時もアリスにすら素っ気ない態度を取っていたのに、いつの間にかお前はアリスだけじゃなく他の奴らからも頼られるようになっていた。

俺はそんなお前が気にくわない。そうやって力があるのにそれを自慢すらせずになんて事ない感じで色々な事を簡単にこなしていくお前がいるのがイラついて仕方ないんだよ」

「クレール……」

「だから俺は、お前よりも優れた存在になる。誰かから頼られたいとか自分の力を誇示したいとかそういうんじゃない。純粋にお前なんかよりも優れた存在になりたいだけだ。そうすれば、お前に対してイラつく事もないからな」

「……それじゃあ、俺にイラつかなくなったらそのサーカス団からいなくなるのか?」

「……いや、団長が置いてくれる間は居続ける。だが、俺がお前を認めざるを得なくなったら、その時はお前達と一緒にミック神父を探す事を少しだけなら考えてやらなくもない。もっとも、その時なんて来ないだろうけどな」

「…………」

「それじゃあな、お前達。俺は軽業師達と一緒に帰らないといけないんでな」

 

 そしてクレールが去っていき、アリスが表情を曇らせながら俯いていると、そこにジョーカーが近づく。

 

「……二人とも、大丈夫かい?」

「ジョーカー……ああ、俺は大丈夫だ。だけど、アリスは……」

「……私も大丈夫。そういえば、クイーンさんは……?」

「……さっき、戻るって連絡があったよ。どうやら『リンデンの薔薇』を謎の人物達に盗られ、それをクイーンの仕業だという事にされたようだ」

「……そうか」

「一応、さっきの話は聞こえていた。だけど、これからのためにも戻ってからもう一度聞いておきたい。良いかな?」

「……ああ」

「……わかりました」

 

 元気とアリスが返事をした後、三人は喧騒の中を素早く歩き去り、降り立った時と同じ広場へ向かうと、RDが降ろしていたコンテナに入ってトルバドゥールへと戻った。

リビングへ入ると、そこには先に戻っていたクイーンの姿があったが、その姿はどこか悔しそうであり、元気とアリスがどう声をかけたものかと迷う中でジョーカーはいつも通りの調子で話しかけた。

 

「おかえりなさい、クイーン。今回は流石のあなたといえども堪えたのではないですか?」

「堪えたわけではないさ。ただ、あそこまで見事に掠め取られると、私だって悔しいだけだ。今回の主役も私だと思っていたが、彼らの方が一枚上手だったしね」

「あなたが犬や猫を拾ってくる余裕がない程ですからね。とりあえず、あなたがシャワーを浴びてきてから、今回の件であなたの邪魔をした相手の話をしましょう」

「ああ、そうしようか。その間に……」

「ええ、わかってます。それは任せてください」

「頼んだよ」

 

 それだけ言うと、クイーンはシャワールームへと歩いていき、元気とアリスがそれぞれの動物を抱き抱えたままでソファーに座ると、ジョーカーはため息をついてから元気達に話しかけた。

 

「二人とも、気分は落ち着いたかい?」

「……元々落ち着いてる。だけど、あそこでクレールに対してあれ以上言えなかった自分が悔しくて仕方ない。クレールが俺に対してあんな風に思っていたのに、それにも気づけてなかったしな……」

「元気……」

「君はアリスさん以外の相手にどこか興味がなさそうだからね。そんな姿を見て苛立ちを感じる相手がいてもおかしくない」

「……ああ」

「それで、君はいつまでもそうしているつもりかい?」

「……え?」

 

 元気が顔を上げると、ジョーカーはいつもと変わらぬ仏頂面で元気の事を真っ直ぐに見ていた。

 

「相手に対して興味を持ってこなかった事を悔やむのは悪くない。だけど、そうやって悔やむだけで君は終わらせるつもりなのかい?」

「それは……」

「今回は相手に襲いかかってくるだけの敵意はなかった。だけど、いつだってそうじゃないし、相手の事を知らなかったのが原因でアリスさんやシュルツまで被害を受ける事もあり得る。

本当にそうなった時、ただ悔やんだってしょうがないんだ。悔やむだけなら誰でも出来るし、落ち込んでるだけならそもそもする必要はない」

「…………」

「なら、やる事はわかるはずだ。仮にもクイーンの助手を名乗るのならね」

 

 そう言うジョーカーの声は少し冷たかったが、目には元気への期待がこめられており、元気はジョーカーを見つめてから静かに頷いた。

 

「……ああ、わかってる。このまま俯いて立ち止まってなんていられないからな」

「……そうだね。私だってクレールとの再会がこんな形になったのは悲しいけど、泣いてなんていられないよ。私も私に出来る事をやらなきゃ」

「ああ。だから、まずはクレール達から『リンデンの薔薇』を奪い返す。アイツや他の奴の事を知るのも大切だけど、このまま負けっぱなしではいられないからな」

「うん。クレール達に私達の力を見せて、クレールに私達を認めさせよう、元気」

「ああ」

 

 元気とアリスが頷き合い、それぞれの動物達も鳴き声を上げる中、ジョーカーとRDはその姿を優しく見守っていた。




政実「第14話、いかがでしたでしょうか」
元気「次回からはセブン・リング・サーカスやクレールについて考えていく回になりそうだな」
政実「そうだね。もっと原作らしい雰囲気を出していきたいし、次回からはもっと頑張らないと」
元気「そうだな。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第15話 セブン・リング・サーカス

政実「どうも、手品はいつか習得したい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。手品は習得するまではだいぶ苦労するだろうけど、色々な場面で披露出来るから覚えておいて損はないだろうな」
政実「うん。ただ、始めるならカードやコインを使った物にはなりそうかな」
元気「そうだな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第15話をどうぞ」


 元気とアリスが決意を新たにした数分後、シャワーを浴び終えたクイーンがリビングに戻ると、クイーンは元気達の様子を見て安心したように微笑む。

 

「……どうやらジョーカー君は良い働きをしてくれたようだね」

「おかげさまでな。それで、クイーンの方は何があったんだ?」

「そうだね……君達も知っているだろうけど、突然犬や猫が星菱邸に現れ、警官隊やリポーター達を襲い始めたんだ。ああ、そういえばその中には伊藤さんの姿もあったよ」

「伊藤さん?」

「旅と料理の情報誌である『セ・シーマ』の編集者の伊藤(いとう)真里(まり)さんの事ですよ。メガネを掛けた黒髪のショートボブの20代の女性で、関西弁を操るバイタリティーの化身のような人です。

 クイーンの友人である名探偵に雑誌の企画の話を持ってきた事がきっかけで彼とは知り合い、その後も彼の周りで起きる事件の際には度々姿を見せていますよ」

「……どうして旅と料理の情報誌の編集者がそこにいたんだ?」

「それは彼女のみぞしる事だよ。因みに、彼女のスローガンは『72時間働けますか?』という物で、取材の際には愛車であるポチ一号を駆って現場に赴き、サイクロン一号と名付けた改造パソコンを駆使して精力的に取材をしているようだ」

「72時間って……それ、普通なら死んでますよね?」

「それくらい、彼女のスタミナや熱意がすごいという事さ。実際、さっきも知り合いの記者らしい青年と一緒に犬や猫に翻弄されながらも取材のために走り回っていたしね」

 

 クイーン達から聞いた容姿の女性が犬や猫を物ともせずに取材のために走り回る姿を元気とアリスが想像する中、クイーンは二人の姿を見て微笑ましそうな表情を浮かべてから話を続けた。

 

「私も当然襲われたんだけど、その時に木の上でこちらを見下ろしている少女がいたんだ。恐らく、彼女が犬や猫の操り手だろうね」

「そういえば、クレールも仲間に猛獣使いがいるような事を言ってたな」

「うん、後は軽業師と怪力男がいるって」

「ふむ……因みに、他に何か言ってはいなかったかな?」

「……セブン・リング・サーカス、そこにアイツはいるって言っていた」

「なるほど、サーカスか。RD、頼めるかい?」

『既に調べてます。皆さん、スクリーンに映しますよ』

 

 RDの声がスピーカーから聞こえた後、スクリーンにはセブン・リング・サーカスの詳細や団長のホワイトフェイスの顔写真やプロフィールが映し出された。

 

『セブン・リング・サーカスは一流の団員達が揃っていると高い評判を獲得しているサーカス団でして、団長はこのホワイトフェイスという男です』

「なるほど、たしかにホワイトフェイスだな。けど、団長なのにピエロの化粧をしているのは何でなんだ?」

『ホワイトフェイスが以前はピエロとして演技をしていたからですよ。ただ、ある時から舞台に立つ事を止め、今は団長として団員をまとめたりマジシャンの芸に参加する程度のようです』

「でも、どうしてホワイトフェイスさんはピエロを止めちゃったんだろう?」

『そこについてはまだ調査出来ていません。ただ、セブン・リング・サーカスは各地を巡って芸を披露するサーカスなのですが、紛争地帯などにも足を運んでいた事もあるようなのでそれが何か関係しているのかもしれません』

「なるほど……」

『先程も言った通り、セブン・リング・サーカスは一流の団員達が揃っていると噂されるサーカス団ですが、花形の団員達が他の団員やスタッフに大きな態度を取るような事もなく、団員達は団長の事を本当の父親のように慕っているとの事なので、団員間の不和などはなさそうです』

 

 続いて花形の団員達の顔写真と演技中の写真、プロフィールが映し出されると、レオタード姿で高所での演技を行う女性と平気そうな様子で鉄骨を二本持ち上げている男性の姿に元気とアリスは驚いた様子を見せた。

 

「この人達……さっき会ったお姉さん達だ!」

「……軽業師のシルバーキャット瞳、怪力男のジャン・ポール、か。後はクレールが言っていた猛獣使いのビーストが俺達が知ってる団員って事になりそうだ」

「私は他にもこのマジシャンのプリズムプリズムと催眠術師のシャモン斎藤、鍵師のジョー・セサミを見かけたよ」

 

 スクリーンに映っているマジシャンの服装の小太りの男性と黄色のサングラスを掛けた怪しげな服装の男性、そして開け放たれた金庫の前でピエロの格好で両手を広げている男性をクイーンはそれぞれ指差す。

 

「彼らは上越警部と岩清水刑事、それと星菱氏や他の警官がいた部屋の中に既に入り込んでいて、それぞれ警官の変装をしていたよ」

「警官の変装をしていた……ですが、どうして上越警部達はその侵入に気づけなかったのですか? いくら変装をしていたとしても、見慣れない警官がいれば流石に怪しむ気が……」

「怪しまれる前にシャモン斎藤が催眠術を掛けたんだろう。その後にジョー・セサミが『リンデンの薔薇』が入っている金庫を開けて、受け取ったプリズムプリズムが気づかれないように『リンデンの薔薇』を隠し、その後に私が来たという事になるね」

「クイーンが出ていって数分後に俺達が様子を見に行ってシルバーキャット瞳とジャン・ポールに遭遇した。それから更に数分後にクレールと再会して、話してる最中にビーストが犬や猫を使って陽動した事になるけど、その数少ない時間の中でセブン・リング・サーカスの団員達は『リンデンの薔薇』を盗みだしたわけか」

「そういう事だね。後、この竹馬男のスタイリー井上と大砲男のロケットマンは恐らく裏方要員で、団員達が星菱邸に侵入するためのアシストをしていたんだろう」

『星菱邸の周辺で水道工事のトラックが通ったという情報があるので、恐らくそれがスタイリー井上とロケットマン達が乗ったトラックで、その荷台に侵入用の道具を載せていた物と思われます』

「だいぶ巧妙な手口だよな。それだけ、セブン・リング・サーカスにとって『リンデンの薔薇』は重要な物だったのか?」

「それはまだわからないね。では、次にそのクレール君との再会について教えてくれるかな?」

 

 クイーンからの問いかけに元気とアリスは頷き合ってから話を始めた。

 

「クレールとは星菱邸の門のところで出会ったんだ。その時にあっちも驚いていたけど、こっちの事を話した後に向こうの事も聞いたんだ。俺とアリスがお互いの一生を賭けて約束をしてる事を言ったら何故かだいぶ驚かれたけどな」

「ふふ、そうかい。それで、クレール君はどうしてセブン・リング・サーカスの団員になっていたのか話していたかな?」

「えっと、神製教団からセブン・リング・サーカスに派遣されたって言ってました」

「派遣……?」

「ああ。クレール達は神製教団に捕まりはしたけど、その後は離ればなれにされて、同じような奴らと一緒に色々な奴らに派遣されてるって言っていた。クレールがセブン・リング・サーカスに来たのは二ヶ月程前だとも言ってたな」

「ふむ……クレール君は身体能力が優れていると前に聞いているし、曲芸を披露するサーカス団にはピッタリだね」

「そうですが、何故セブン・リング・サーカスは子供達を派遣という形で各地に向かわせているんでしょうか? 神の候補というのなら、自分達の近くに置いて、それ用の教育を施す方が良いと思いますが……」

 

 ジョーカーの言葉にRDが答える。

 

『推測に過ぎませんが、そうやって売り込む事で神製教団の名前を知れ渡らせ、自分達の協力者を増やそうとしているのかもしれませんね。

 神製教団が作り出している神の候補の子供達はいずれも何か一つの事に特化している子達です。そんな子供達を適切だと思われる団体や個人に売り込んで、その方面で結果を出させれば子供達を受け入れた側は世間からの評価も高くなりますし、秘密裏に子供を受け渡ししていた事を警察に知られるわけにはいかないので裏切る事も出来ません。

 その結果、神製教団の力や子供達の能力を認めざるを得ず、子供達をこの世界を統べる神に相応しいと考える信奉者が増えるといったところでしょう』

「本当は神製教団が裏から操る事になるのにな」

「そういう事だね。クレール君は他に何か言っていたかな?」

「……アリスがクレールにもクイーンの方へ来てくれないかと頼んだ時、団長達を裏切れないからと言っていたけど、俺がいるのも行かない理由だと言っていた。

 アイツからすれば、俺の言動はだいぶイライラする物だったみたいで、俺よりも優れた存在になってみせるって別れ際に言われたな。そして、俺の事を認めざるを得なくなったら、その時は一緒にミック神父を探したりクリスティーナ達を助けたりしてくれるとも言われた」

「なるほど。それにしても、そのクレール君はだいぶ元気をライバル視しているね。君にとっては良い刺激になるんじゃないかな?」

 

 ニヤリと笑いながら聞くクイーンの言葉に元気は首を横に振る。

 

「……そういうのはまだわからない。だけど、アイツが負けないって、俺に負けたくないって考えてるなら、俺も負けるつもりはない。そういう勝負をしたいわけじゃないけど、何故か負けたくないんだ」

「……良いんじゃないかな? 私だってセブン・リング・サーカスにやられっぱなしでいるわけにはいられないし、君もクレール君に負けたくない。それなら、お互いに目標へ向けて頑張ろうじゃないか」

「クイーン……ああ、そうだ──」

「ふふ……なんだかワクワクしてきたよ。一度は退いた怪盗が己の誇りと美学を以て、一流の団員達が在籍するシルクに大切な友人達と共に立ち向かう。実に心踊る展開だ……」

 

 恍惚とした表情でクイーンが想像上の観客を前にスポットライトを浴びる姿を想像する中、元気とジョーカーは呆れたような視線を向け、アリスは苦笑いを浮かべた。

 

「あはは……クイーンさん、スイッチ入っちゃったみたいだね」

「そうだな……ったく、さっきは良い事言ってたと思ったのに、すぐこれだからな……」

『それが怪盗クイーンですから。ですが、やる気になったのは間違いないですし、私ももう少しセブン・リング・サーカスや団員達について情報を集めますね』

「ああ、頼んだ。それじゃあ僕達も自分に出来る事をしっかりとやろう」

 

 ジョーカーの言葉に元気とアリスは頷き、クイーン達はそれぞれのやるべき事へ向けて歩き始めた。

 

 

 

 

 同時刻、セブン・リング・サーカスの団長室には団長のホワイトフェイスやクレール、花形の団員達が揃い、警官の変装を解いたシャモン斎藤が手の中にある『リンデンの薔薇』をホワイトフェイスに手渡した。

 

「親父、『リンデンの薔薇』です」

「ああ、ご苦労だった。さて、次はこれで怪盗クイーンを引き寄せるとするか」

「親父、本当にクイーンは来るんですか?」

「今回、俺達が結構やってやりましたし、流石に懲りたりしてるんじゃないですか?」

「……その程度の怪盗なら用はない。それに、怪盗クイーンは絶対にこの『リンデンの薔薇』を盗むためにここへ来る。それが怪盗としてのプライドだろうからな。おばば、占いはどう出ている?」

 

 部屋の隅にいた老婆は表情を変えずに静かに口を開く。

 

「……勝敗についてはわかりませぬ。ですが、銀色と黒色の狼が黒い猫と白い犬を伴い雲に乗ってこのセブン・リング・サーカスに相対する姿は見えました」

「そうか……クレール、君はどう思う?」

 

 ホワイトフェイスが問いかけると、クレールは本棚を背にしながら答える。

 

「……来るとは思うけど、俺はクイーンなんかよりも元気とアリスが来るかどうかわかれば良い。あそこまで言って何もしないようなら、俺も手伝ってやる義理はないからな」

「……教会で一緒に暮らしていたという子供達か。君はだいぶその子達、特に元気という少年に執着しているように見えるが、ライバル視でもしているのか?」

「……そういうわけじゃない。ただ、アイツが色々な事を簡単にこなしてみせて、そんなに時間をかけずに周囲に馴染んでみせてるのに、大したことないって感じにすかしてやがるのが気にくわないだけだ」

「へえ……」

「……なんだよ、ジョー・セサミ」

「別に? だけど、いつもおとなしく訓練に励んだりスタッフ達にも礼儀正しくしてるお前がその子の事になると、いやに子供っぽいところを見せるなと思っただけさ」

「ふふっ、そうね。あのボウヤの存在が良い刺激になっているようだし、私は良い関係だと思うわ」

「私もそう思う」

「同意だな」

 

 団員達が揃って頷き、その反応にクレールが納得の行かない様子を見せる中、ホワイトフェイスは『リンデンの薔薇』を見ながらニヤリと笑った。

 

「さあ来い、怪盗クイーン。魅せる者同士、共に観客達に夢のような世界を披露しようじゃないか」

 

 そう呟くホワイトフェイスの表情には負けるという不安は一切感じられず、『リンデンの薔薇』もそれに同意するかのように照明の光を反射してキラリと輝いた。




政実「第15話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回は前回のおさらいや神製教団とセブン・リング・サーカスについての話になったな」
政実「そうだね。これでもまだ原作の序盤ではあるし、長くなりすぎないようにしながらこれからも書いていくよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第16話 団長との対面

政実「どうも、誰かの目を見て話すのが少々苦手な片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。まあ、そういう人もいるにはいるよな」
政実「そうだね。あまり目を見ながら話せない方だけど、必要な時にはやっぱりやらないといけないし、少し頑張ってみようかな」
元気「それが良いと思うぞ。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第16話をどうぞ」


 星菱邸での一件の数日後、セブン・リング・サーカスの興行が行われている広場は多くの人々の声で賑わっていた。

はしゃぐ子供の姿を微笑ましそうに見る若い夫婦や手を繋ぎながら何を楽しみにしているか語り合うカップル、出店などを巡りながら楽しむ学生グループに穏やかな笑みを湛えながらゆっくり歩く老夫婦、とその場にいた人々の種類は様々だった。

しかし、その表情は共通して楽しそうな物であり、これから始まるサーカスへの期待とワクワクで満ち溢れており、その笑顔は広場を包み込む歓声の火種となっていた。

そして、その中に身なりの良い老人とその妻と思われる老女、子供用の中国服を着た少年と白いワンピース姿の少女がいたが、老人は賑わう会場の様子に微笑んでいた。

 

「おお……中々賑やかじゃないか。サーカスをやっていると聞いたから来てみたが、ここまで賑やかだとは思わなかったな」

「たしかに……本当はシュルツとイヴも連れてきてあげたかったけど、この中だと迷子になっちゃうし、後で色々お話を聞かせてあげたいね、お祖父ちゃん」

「ははっ、そうだなぁ。その時は祖母さんと元気もあの子達に話してあげると良い」

「……話してあげると良い、じゃない。“クイーン”、いつまでこんな芝居をしないといけないんだ?」

 

 元気のジトッとした視線に対して老人──クイーンは優雅さを漂わせながら微笑む。

 

「ダメだよ、元気。今の私達はサーカスを見に来た老夫婦とその孫の兄妹なのだから。ちゃんとその役を演じないと」

「そうだよ。ほら、そんな顔してないでサーカスを楽しもうよ、お兄ちゃん。お祖母ちゃんだって文句一つ言わずにやってるんだから」

「いや、言いたくても言う気すら出ないだけだろ。というか、俺達の目的はこのセブン・リング・サーカスの手の中にある『リンデンの薔薇』を手に入れる事だ。それなのに、どうしてサーカスを観る事になってるんだよ。それも、今朝になって急にサーカスを観に行くから準備知ろなんて言うし……」

「だって、気になるじゃないか。私達の強敵(ターゲット)がどのような夢を私達にみせてくれるかが。あの時も実に見事だと思ったが、今日はあくまでも観客達を楽しませるための公演だから、また違った楽しさを与えてくれるはずだよ」

「……建前すら言わないのか」

「言う必要がないからね。ただ、君達と純粋にサーカスを楽しみたいという気持ちもあるんだ。君達という大切な友人達との思い出を残していきたいからね」

「クイーン……」

 

 クイーンの言葉に老女に変装したジョーカーは少し驚いたような声を出し、それに対してクイーンがウインクをする中、ジョーカーは普段と変わらぬ仏頂面で静かに口を開く。

 

「何度も言うようですが、僕はあなたの友達ではなく、仕事上のパートナーですからね」

「俺も仕事上の助手に過ぎないな」

「私は友達でも良いけど……今は仕事上の助手見習いですね」

『因みに、私も世界一の人工知能に過ぎませんよ、クイーン』

「……君達のその返答を聞くと、なんだか安心するね」

「それは皮肉ですか?」

「いいや、本音さ。いつも通りの平穏というのは実に安心するものだからね」

「それはそうだけどな……」

「それに君達、特に元気とアリスさんには今日のサーカスとこの平和で賑やかな雰囲気を心から楽しんで欲しいな」

「俺達に……」

「この雰囲気とサーカスを……?」

 

 元気とアリスの言葉にクイーンは優しく微笑みながら頷く。

 

「ああ。こうしたサーカスのような観る者の心を奪う素晴らしい文化は君達のような子供達に一番楽しんで欲しいんだよ。もちろん、日頃の心身の疲れを癒やすために大人が楽しむのも必要だ。

だけど、君達のような未来が無限大にある子供達に夢のような時間を過ごしてもらい、その時感じたワクワクや感動を後世にも伝えていってもらいたいんだよ。様々な娯楽で満ちていても、今の世の中は本当の意味で皆が楽しめる物が多いわけじゃないからね。この経験や思い出を元にこれからを担う君達にそうした物を作っていってもらえたら私は嬉しいよ」

「クイーン……」

「ふふっ、難しい話はここまでにして、あの大きなテントまで行くとしよう」

「ああ。だけど、クイーン」

「ん、なんだい?」

「俺達のような子供がそんな未来を創っていけるかはクイーン達のような大人の存在があってこそだからな。だから、託すだけじゃなく、必要な時には俺達を引っ張ってくれ。もちろん、正しい方へな」

「元気君……」

「……ああ、もちろんだとも。では、そろそろいこ──」

 

 そう言ってクイーンが前を向いた時、目の前にはピエロの扮装をした男性がいつの間にか立っており、にこやかな笑みを浮かべながら大きく手を広げた。

 

「ようこそ、我らがセブン・リング・サーカスへ。皆さんはご家族ですかな?」

「ええ、そうです。ここでサーカスをやると聞いて、孫を連れて観に来たのですよ。サーカスを観る機会などあまりありませんし、こうした経験は子供達にはとても貴重ですから」

「はは、そうですな。このセブン・リング・サーカスは一流の団員達が揃っていますから、皆さんを退屈させないこと請け合いですし、お孫さん達にも楽しんでもらえる事でしょう」

「一流……ふふ、それならば団員達で協力をすれば舞台を飛び出して様々な人々に夢のような時間を過ごさせる事も可能そうですな。例えば……誰にも疑わせる事なく、怪盗を出し抜いたりとか」

 

 そのクイーンの言葉にピエロの扮装をした男性──ホワイトフェイスはニヤリと笑う。

 

「やはりそうかと思ったが、お互いにこれが初対面だな、怪盗クイーン」

「そうですね、セブン・リング・サーカスの団長、ホワイトフェイスさん。まさか貴方が直々に挨拶に来るとは思いませんでしたよ」

「くく……さっきウチの新入りや軽業師がそちらの二人を見かけたと言っていたのでね。わざわざ来てくれたのなら、直接挨拶をしなければと思ったんだよ。先日、ウチの団員達が天下の怪盗様よりも見事な夜にしてしまったものだから」

「いや、実に見事でしたよ。団員達が連携してあの豪邸を大きな舞台にし、片時も目が離せないような公演をしてくれたのですから。一流の団員達が揃っているのは間違いないようですね」

「お褒め頂き感謝するよ。それで、今日は『リンデンの薔薇』を手にいれに来たのだろう? わざわざそうやって変装までしているのだから」

「出来るならそうするつもりです。ですが、一番の目的はあくまでもサーカスを楽しむ事ですよ」

 

 余裕を崩さないホワイトフェイスに対してクイーンが裏表のない笑みを浮かべると、ホワイトフェイスは一瞬驚いた後にクツクツと笑い始めた。

 

「……そうか、それならばその期待にはおおいに応えねばならないか。どうやら先程の言葉にも嘘はないようだからな」

「ええ。子供達は大人に利用されたり人生を狂わされたりするものではなく、あらゆる物を自分で取捨選択して自分だけの未来を切り開く物ですからね。それに、先程は大切な友人からとても嬉しい言葉をもらいましたから、その期待を裏切る気もありませんよ」

「なるほどな。さて……では、俺はそろそろ戻るとしよう。話だけならば、公演の後でも出来るからな」

「そうですね。ですが……ウチの助手達が何か聞きたそうにしているので、それだけ答えてあげてくれませんか?」

 

 そう言いながらクイーンが元気達に視線を向けると、元気とアリスは驚いた様子を見せたが、クイーンが微笑みながら頷くと、頷き返してからホワイトフェイスに話しかけた。

 

「アイツは、クレールはここに馴染めているのか?」

「クレールはちょっと言い方が乱暴になる事があるから、ここの人達とうまくやれてるのかなって……」

「……ああ、うまくやれているとも。突然ここに派遣されて、彼自身もウチの団員やスタッフ達も神製教団のやり方に不満はあるようだが、彼もここでの訓練には熱心に励んでいるし、団員達も訓練に付き合ったり話しかけたりしている。まあ、彼は少し弄られ側にはなりがちだがね」

「……そうか」

「よかった……」

「……君達は彼の心配をするのだね。彼は君達、特に元気君に対してライバル心を抱いていて、その熱意はすごいのだが、元気君は彼に対して勝ちたいという気はないのかな?」

「……ないわけじゃない。いや、正確に言うなら、もっとアイツ自身を知らないといけないと思ってる」

「彼を知る、か……」

 

 ホワイトフェイスの呟きに元気は静かに頷く。

 

「ああ。別にアイツと争いたいわけじゃないけど、俺はもっと色々な事を競ったり協力したりしてアイツを知らないといけない。これまで俺は、アイツの事を知らなすぎたと感じたからな。だけど、どうせ競うならどんな内容でも負けたくない。別に負けてやる義理もないからな」

「……なるほど、それが君の彼への接し方か。ならば、君達のこれからについても楽しみにさせてもらうとしよう。君達の進む未来がどのような物か興味があるからな」

「……アンタも子供に未来を託したいんだな」

「ああ、そうだな。だが、ただ託すだけではなく、我々が子供達にまだ世界に希望はあるのだと伝え、目から流れる涙を拭った上で笑顔になってもらい、その笑顔を伝播させてもらいたいと思っている。では、今度こそ俺は行こう。セブン・リング・サーカスの公演をこころゆくまで楽しんでいってくれたまえ」

 

 そう言ってホワイトフェイスは去っていき、その姿を元気が見つめる中でクイーンはその肩にポンと手を置いた。

 

「ああ言った以上、彼の期待にも応えていかないといけないね」

「そうだな。それに、ホワイトフェイスも別に悪人というわけじゃないのもわかった。けど、それならどうして『リンデンの薔薇』を盗んだんだ……?」

「そうだよね……クイーンさんが来るのはわかってたから、その日に自分達もっていうのは出来るけど、サーカス団が宝石を盗む理由なんて思いつかないし……」

「そこに関しては私もまだわからないよ。だが、あそこまでの男がただ犯罪に手を染めるとも思えない。だから、その理由も考えていきたいところだね」

「そうですね。それじゃあそろそろ僕達もテント内に入りましょうか。だいぶ話し込んでしまいましたから」

 

 そのジョーカーの言葉に三人は頷いた後、会場内に響く賑わいの声を聞きながら公演が行われる大テントへ向けて歩き始めた。




政実「第16話、いかがでしたでしょうか」
元気「俺達の存在がある分、やっぱり展開が原作とは少し変わってくるんだな」
政実「うん。大きく変える気はないけど、ストーリーに影響が出ないように気を付けながらこれからも少し変えてみたりはするつもりだよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第17話 夢のような一時

政実「どうも、猛獣使いにチャレンジしてみたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。猛獣使いか……だいぶ難しいだろうし、動物達とも息を合わせないと無理だろうな」
政実「そうだね。ただ、息が合った瞬間はとても気持ちがいいと思うよ」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第17話を投稿しました」


 大テントに入ると、中は他の観客達の声がちらほらと聞こえ、これから始まる夢のような時間への期待に満ちた声を聞きながら元気達は客席に座った。

 

「さて……どんな風に私達を楽しませてくれるのかな」

「どんな風にって……サーカスを楽しむのも良いけど、『リンデンの薔薇』のありかについても考えないといけないぞ?」

「元気君の言う通りですよ、クイーン。ですが、あそこまで隙の無い男が団長であれば、すぐにわかる場所にはないと思います。果たしてどこにあるのか……」

「うーん……誰かに預けてるのはないですよね?」

「無くは無いだろうけど、そうなると誰に預けてるかを特定しないといけないしな……クイーン、隠し場所は部屋と人物だったらどっちが見つけやすい?」

「そうだね……個人的にはどっちもどっちかな。ただ、私はここかなという場所をもう一つ見つけているよ」

 

 そのなんでもない様子で言ったクイーンの言葉に元気とアリスは驚く。

 

「え……み、見つけた?」

「ほ、ほんとですか……?」

「ああ、ほんとさ」

「流石は怪盗クイーンですね。それで、どこにあるんですか?」

 

 ジョーカーが問いかけるが、クイーンは三人を見回してから笑みを浮かべながらウインクをした。

 

「内緒さ。私でも気づけたのだから、君達もすぐに気づけるよ」

「内緒って……」

「えー、教えてくださいよー」

「……そう言うとは思ってました。けれど、さっきの会話の中で気づけるだけのヒントがあったという事ですか?」

「そんなところさ。だけど、それはあくまでも可能性の一つだ。かつてピエロとして舞台に立っていた彼だからこそ、私達の予想もつかない場所に隠している可能性はある。だから、それ以外にも何かをないか考えてみても良いと思うよ」

「可能性の一つ……」

「後、一つだけヒントを出すなら、RDが教えてくれた彼の情報を思い出してごらん。一つ気になるところがあったはずさ」

 

 それを聞いた元気が静かに考え、それとは逆にアリスが小さく唸りながら考える中、大テント内の照明が一斉に消え、続いてステージ上がスポットライトで照らされた。

そこにはホワイトフェイスの姿があり、元気達を含めた観客達の視線を集めながらもホワイトフェイスは落ち着き払った様子で丁寧に一礼をした。

 

「ようこそ、皆様。我らがセブン・リング・サーカスへ。皆様を待っているのは、セブン・リング・サーカスが誇る一流の団員達と夢のような時間です。え? お前は芸をしないのかと? 私には進行という仕事があるので良いのです!」

 

 そのホワイトフェイスのおどけたような声に観客達からはクスクスと笑う声が聞こえる中、ホワイトフェイスは一度元気達に挑戦的な視線を向ける。

それに気づいたクイーンはお手並み拝見といった様子でウインクをすると、ホワイトフェイスは視線を外してから再び観客達の方へ向いた。

 

「では、早速皆様と共に夢のような世界へ参りましょう。セブン・リング・サーカス、これより開幕です!」

 

 

 その言葉と同時に照明が再び消え、ステージが再び照らされた後、ステージ上では次々に芸人達による芸が披露された。竹馬男のスタイリー井上は自身の身長の二倍以上ある竹馬に乗りながらバランスを崩す事なくジャグリングをし、怪力男のジャン・ポールがその巨体に観客達が驚く中で自身の力だけで金属の棒をいとも簡単に折り曲げたかと思えば、次に登場した飛行帽を被ったゴーグル姿のロケットマンはコミックの中のマントをつけたヒーローのようにポーズを決めながら大砲から打ち出されていった。

 

「わあ……団長さんが一流の団員だって言うだけあってみんなすごいね!」

「たしかにな。だけど、それだけ全員が血の滲むような努力を重ねて、何度も試行錯誤をした結果なんだろうな」

「そうだね。ただ、私だったらもっと華麗に観客達を魅了出来るよ」

「……クイーン、無駄に張り合おうとしないでくださいよ」

 

 クイーンの言葉にジョーカーがため息をつく中、ステージ上では尚も芸人達による芸が披露されていた。

ポニーテールを長い三つ編みにした浅黒い肌の猛獣使い、ビーストがムチを鳴らすと、ライオンやトラといった猛獣やゾウやタカのような動物達すらも立派に芸を披露し、その光景にアリスは目を輝かせる。

 

「すごい……イヴとシュルツも何か出来るように教えてみようかな?」

「イヴはまだしもシュルツはどうだろうな」

「シュルツは元気に似て物静かだからね。ジョーカー君、試しにあのライオンに殺気を飛ばしてみてくれないかい?」

「それはやる意味があるんですか?」

「良いから良いから」

「……一瞬だけですからね」

 

 根負けした様子で言った後、ジョーカーは静かに息を吸ってからステージ上のライオンに殺気を飛ばす。その瞬間、ライオンは落ち着かない様子でグルルと唸り声を上げ、その様子にビーストは一瞬動揺していたが、声をかけながらムチを再び鳴らすと、ライオンは落ち着きを取り戻してメラメラと燃える火の輪を見事にくぐってみせた。

そして次にステージに現れたのは、妖しげな衣服に身を包んだ黄色いサングラスをかけた男であり、その姿にクイーンはニヤリと笑う。

 

「彼だよ。警部達に催眠術をかけて、自分達がやった事を私の仕業だと思い込ませたのは」

「催眠術……でも、そんな簡単にかけられる物なのか?」

「たしかに……なんだか難しそうな感じがするよね?」

「ふふ、では見てみようか」

 

 元気達の反応にクイーンが微笑む中、催眠術師のシャモン斎藤はステージ上に観客の一人を呼び、サングラス越しに観客を見つめながら右手を観客の前に翳した。

 

「次に目を覚ました後、最初に握手をした人間に財布を渡してください」

 

 その言葉を聞きながらシャモン斎藤の目を見ていた観客は少しふらついたが、シャモン斎藤が指を鳴らすと同時にハッとし、シャモン斎藤が握手を求めると、観客は握手を交わした後にシャモン斎藤へ迷う事なく財布を渡した。

 

「あんな簡単に催眠術を……」

「そんな事が出来るなら、瞬時に催眠術をかけて『リンデンの薔薇』も盗み出せるよね……」

「そうだね。ふふ……けれど、彼はすぐに知る事になるよ。自分よりもうまく催眠術をかけられる存在が近くにいる事をね」

「……よほど『リンデンの薔薇』を盗まれたのが悔しかったんですね」

 

 笑みを浮かべるクイーンを見ながらジョーカーが呆れた様子で言う中、ステージ上にはピエロの扮装をした二人の人物が登場した。マジシャンのプリズムプリズムと鍵師のジョー・セサミが観客達に一礼をした後、ステージ上には檻が運び込まれ、ジョー・セサミは檻に入れられると同時に鉄格子を掴みながら出してくれと言わんばかりに揺らし、プリズムプリズムは看守役としてそれを出来ないと身振りで伝えた。

しかし、ジョー・セサミはどこからか取り出した針金を鍵穴に差し込み、いとも簡単に檻を開けてしまい、それに驚きながらも捕まえようとするプリズムプリズムに追われる形でジョー・セサミはステージ上からはけていき、その光景に観客達からは大きな笑い声が上がる。

その後、司会がマジックショーの始まりを告げると、ステージ上には先程の二人と共に団長のホワイトフェイスが現れた。

 

「それではこれからマジシャンのプリズムプリズムによるマジックショーを皆様にお見せしましょう。どなたか手伝って頂ける方は……」

 

 そう言いながらホワイトフェイスが観客席を見回していた時、ジョー・セサミはニコニコと笑いながらホワイトフェイスの肩を掴み、ホワイトフェイスはそれに驚きながらオーバーなリアクションを見せる。

それに観客達からクスクス笑う声が漏れる中でホワイトフェイスはキャスターのついた担架に載せられて、その上から細長い箱が被せられると、ホワイトフェイスは頭と足だけが出た状態になった。

 

「あれは……人体切断マジックって奴か?」

「人体切断……言葉だけ聞くとだいぶ怖いかも……」

「まあ、マジックだからタネも仕掛けも……クイーン、何をクスクスと笑っているんですか?」

「……何でもないさ。さあ、マジックショーを楽しもうじゃないか」

 

 クイーンの言葉に元気達が不思議そうにする中でステージ上ではプリズムプリズムが運ばれてきた様々な剣を手に持ってはそれをホワイトフェイスの体を覆う箱へと突き刺す。

しかし、どれも曲がったり欠けてしまったりしてしまい、その様子を見ていたホワイトフェイスがバカにするようにニヤニヤ笑うと、プリズムプリズムはイライラした様子で日本刀を手にした。

本物の日本刀である事を証明するためにプリズムプリズムが野菜などを斬って見せると、観客達からもざわめく声が漏れだし、プリズムプリズムはニヤリと笑ってから日本刀を振り上げ、ホワイトフェイスの腰辺りを目掛けて勢いよく振り下ろした。

日本刀は箱をそのまま一刀両断し、ホワイトフェイスが呻き声を上げる中、足を覆う箱がゴトリとステージ上に落ち、観客達から悲鳴や息を飲む声が聞こえ始めた。

箱からは赤い液体が溢れだしており、ジョー・セサミは慌てた様子で箱を手に取ると、何とか戻そうと体を覆う箱へと押し込んだ。

そしてドラムロールが鳴った後、箱の上部の蓋が開くと、ホワイトフェイスは何事も無かったかのように起き上がって見せ、おどけた様子で下を出して見せるプリズムプリズムを笑いながら小突いてから観客へ向けて両手を広げた。

 

「皆様、私はこの通り無傷なのでご安心を。見事なマジックを披露してくれた二人に大きな拍手をお願いします」

 

 その声の後に観客達から割れんばかりの拍手が送られる中、アリスは本当にホッとした様子で胸を撫で下ろした。

 

「ふう……マジックだってわかってるのに斬れちゃった時は本当にドキドキしちゃった……」

「……日本刀は確実に箱を切断していたはず。あのマジックは一体どうやって……」

「ふふ、どうやったんだろうね。元気、君は何か気づいた事はあるかな?」

「……一応な」

「ほんと!? 流石元気だね!」

「褒められるような事じゃない。クイーン、ちょっと耳を貸してくれ」

「ああ、良いとも」

 

 クイーンが頷いた後、元気はクイーンの耳元で何事か言い、クイーンはそれを聞いた後にニヤリと笑いながら頷いた。

 

「元気も辿り着いたようだね。実に見事な隠し場所だろう?」

「それが本当ならな」

「隠し場所って……え、それじゃあ今のも『リンデンの薔薇』の隠し場所を見つけるためのヒントになってたの!?」

「そして、元気君はもうその場所に気づいた。つまり、外で会った時と今のマジックショーだけで予想出来るような場所にあるわけですね」

「そういう事だね。でも、まだ教えてあげないよ。教えても良いんだけど、気づいている事を彼に悟られたら隠し場所を変えられてしまうからね」

「う、たしかに……」

「さあ、それを考えるのは後にして、残りの公演を楽しもうじゃないか」

 

 それに元気達が頷いていると、ステージ上には軽業師のシルバーキャット瞳が現れ、天井から吊るされた一本のロープにぶら下がってまるで重力がないかのように自由自在にダンスを踊ってみせた。

その後、再びステージ上にはホワイトフェイスが現れ、観客達がそろそろ終わりかと考える中、ホワイトフェイスは観客達に一礼をした。

 

「皆様、お楽しみ頂けたでしょうか。しかし、夢のような時間はまだ終わりません。今からは更なる夢の世界へと皆さんをご招待致します!」

 

 その言葉と同時に照明が一斉に点灯した。すると、ホワイトフェイスが立つステージの周囲を囲むようにして芸人達が立つステージが出現しており、その光景に観客達が驚く中で芸人達は一斉に自分達の芸を始めた。

軽業師がその身軽さを披露し、怪力男が見るからに頑丈な鉄柱をいとも簡単に折り曲げる中、猛獣使いの指示で猛獣達はテントに響き渡る程の雄叫びを上げる。

マジシャンがまるで魔法のようにあらゆる物を出したり消したりする中で催眠術師は観客をステージに上げてみるみる内に催眠状態へと誘い、竹馬男が体勢を崩す事なく宙返りして見せると、大砲男は大きな音を立てて宙へと飛び出していった。

 

「す、すごい……もうすごいっていう言葉しか出てこないよ……!」

「……七つのリングで同時に披露される演目、セブン・リング・サーカスの由来はこれか。アリスの言う通り、これは本当にすごいな」

「たしかにフィナーレに相応しい演目だね」

「ああ、実に素晴らしいよ。しかし、こうなると残念だな……」

「残念ってどうしたんですか?」

「今日の内に『リンデンの薔薇』を見つけ出してしまおうと思ったんだけれど、ここまで見事なショーを見せられてしまったからね。今日のところはそれを断念せざるを得ないよ」

「別に断念する必要はないと思うけど……まあ、今回ばかりはクイーンに賛成しておくか」

「私も賛成!」

「……仕方ないですね。ですが、盗むと決めた時にはしっかりとやってくださいよ?」

 

 ジョーカーの言葉にクイーンは頷く。

 

「もちろんだとも。この怪盗クイーンに不可能はないからね」

 

 そう言った後、クイーンはまるで子供のようにステージ上で繰り広げられる夢の世界に目を輝かせていたが、その顔は好敵手を見つけたといった様子で不敵な笑みを浮かべていた。




政実「第17話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回の話で俺もリンデンの薔薇の隠し場所が思い当たったわけだけど、それに関しては後々明らかになるんだよな?」
政実「そうだね。だけど、オリジナルの隠し場所もありかなとは思ってるよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第18話 ホワイトフェイスの挑戦

政実「どうも、挑戦は受けるのが礼儀だと思う片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。そういう考えもあるけど、受けるべきかどうかはしっかりと考えた方がいいな」
政実「そうだね。ただ、自分の成長の機会にもなるから積極的に受けていきたいね」
元気「たしかにな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第18話をどうぞ」


 大テントでの公演が終わり、観客達がバラバラと帰っていく中、クイーンは気持ち良さそうに体を上へと伸ばした。

 

「うーん……良い物を観た後はやはり気持ちが良いね。さて、では帰る前に彼に一言挨拶をしていこうか」

「彼って……ああ、団長のホワイトフェイスか」

「でも、私達は一応部外者ですし、そう簡単には会えないんじゃ……」

「……どうやらそうでもないようだよ、二人とも」

「え?」

 

 どこかを見ながらジョーカーが言った言葉に元気が疑問を覚えながらそちらに視線を向けると、そこには練習着姿のクレールの姿があった。

 

「クレール……」

「……団長から公演が終わったらお前達を連れてこいって言われたんだ」

「団長さんから?」

「ああ。お前達と少し話がしたいからって言ってたんだが……クイーンっていうのはアンタか?」

 

 老婆に変装していたジョーカーを見ながらクレールが訊くと、それを見ていたクイーンは小さく吹き出す。それに対してムッとした表情を浮かべながらクレールがクイーンの方へ顔を向けると、そこにはいつの間にか変装を解いていつもの服装に着替えていたクイーンが優雅な雰囲気で座っていた。

 

「え……い、今いたのは年寄りの爺さんだったはずじゃ……」

「初めまして、クレール君。私の変装にどうやらすっかり騙されてくれたようだね」

「変装……それじゃあアンタが……」

「ああ、そうさ。私が怪盗クイーンだよ。もっとも、今は蜃気楼(ミラージュ)を使っているから、ここにいるみんな以外からの歓声は上がらないけどね」

「蜃気楼……?」

「クイーンの異名であり、得意としている催眠術だよ。自分に関する記憶を相手から消したり自分の存在を目立たなくしたり出来るんだ」

 

 同じく変装を解いたジョーカーが静かに解説すると、クレールは四人を見回しながら驚きを隠しきれない様子で呟いた。

 

「これが団長達が敵に回した奴らなのか……」

「普段のクイーンは自堕落の化身みたいな奴だけどな。ただ、今回の件で相当プライドを傷つけられたみたいだ」

「だが、今日のところは団長と話をしたらお暇するつもりだ。あそこまで素晴らしい公演を見せてもらえたのだからね」

「それじゃあまた公演を見せたら、『リンデンの薔薇』を諦めて帰るのか?」

「さて、それはどうだろうね。それでは、案内をお願いするよ」

「わかった。こっちだ」

 

 揃って頷いた後、元気達はクレールの後に続いて歩き始める。帰っていく観客達を横目に見ながら五人はサーカスの関係者達が通る通用口を抜け、片付けを行うスタッフ達の間を抜けて歩いていくと、クレールは団長室の前で足を止めた。

 

「団長、連れてきたぞ」

「ああ、入りたまえ」

 

 ドアの向こうからホワイトフェイスの声が聞こえた後、クレールは団長室のドアを開けて入り、それに続いて元気達が入ると、そこには多くの本が収められた本棚やスーツなどがかけられたクローゼットがあり、中心には机に向かいながら椅子に座って不敵な笑みを浮かべるホワイトフェイスの姿があった。

 

「ここがセブン・リング・サーカスの団長室……」

「なんだか本当に仕事のための部屋って感じで、背筋がピシッとなるね……」

「くく……緊張などせずに楽にしてくれたまえ。さて……せっかく来てくれたのだから、改めて自己紹介をさせてもらおうか。俺はこのセブン・リング・サーカスの団長であるホワイトフェイスだ。ウチのサーカスはどうだったかね?」

「ええ、とても良い時間を過ごさせてもらいましたよ。この子達もとても楽しんでいたようですしね」

「……楽しかったのは間違いないな。サーカスなんてこれまで見た事無かったのもあるけど、真剣に観客を楽しませようとしてるのが伝わってきた気がする」

「うんうん、マジックショーの時はヒヤッとしたけど、ホワイトフェイスさんの足がくっついて何事もなかったように立った時はすごいって思ったし、最後の一斉に始まるのも夢の中の出来事みたいに思えたよね」

「だろ? なにせウチのサーカス団は一流の団員が揃ってるからな!」

「……クレール、出てないお前に誇られてもな」

「う、うるせぇな! 俺だってすぐに観客を沸かせてみせるっての!」

 

 冷めた目をした元気の言葉にクレールが声を荒げると、それを見ていたクイーンはクスクスと笑った。

 

「……二人とも、何だかんだで仲が良いですよね」

「別によくはない。ただ、クレールに対して何か言ったらこんな風に返してくるだけだ」

「くく、子供とはそういうものでいいのだよ。お互いに張り合ってみせたり少しからかったらそれに対してムキになったりする。そうやって成長をしていく、それが子供の良いところだと俺は思っている」

「……ホワイトフェイスさん、なんだかお父さんみたい」

「実際、ウチの団員の中には団長を親父って呼ぶ奴もいるしな。それくらい、団長は団員達から慕われてる。突然来させられた俺の事も快く受け入れてくれたし、俺も団長の事は嫌いじゃない。もっとも、本当の親を知らない俺からすれば、ミック神父が親父みたいな物だから、団長の事は団長って呼んでるけどな」

「たしかにミック神父がお父さんでクリスティーナさんがお姉さんみたいな感じだったもんね……」

 

 アリスが不安そうに俯き、元気がその姿を心配そうに見つめる中、ホワイトフェイスはコホンと咳払いをしてから挑戦的な視線をクイーンへと向ける。

 

「……それで、『リンデンの薔薇』の在りかについてはわかったのかね?」

「わかってない、と言ったら教えてくれるんですか?」

「いいや。それに、その程度の怪盗ならば必要はない。私が勝負をしたいのは、そんなレベルの相手じゃないからな」

「勝負……ホワイトフェイス、貴方は何を企んでいるんですか? リスクを負ってまで『リンデンの薔薇』を盗み出して、クイーンに何を求めているんですか?」

「それも内緒だ。だが……怪盗クイーン、君はなんとなくでもその理由に心当たりがあるのではないかな?」

「ええ、ありますよ。それに、『リンデンの薔薇』の隠し場所についてもわかっていますしね」

 

 その言葉にホワイトフェイスがニヤリと笑う中、元気達は何を言っているんだといった様子でクイーンに視線を向けた。

 

「クイーン……」

「どうして……さっき、気づかれたら隠し場所を変えられるかもしれないって言っていたのに……」

「……クイーン、説明してもらえますか?」

「単純な事さ。この方が面白いからだよ」

「面白いって……」

「私は隠し場所がわかっていて、それをホワイトフェイスが知った。それなら隠し場所を変えた方が良いかもしれないが、変えたと見せかけて変えずにいて、私がそれに惑わされる事もあり得る。そんなヒリついた駆け引きが私はしたいんだよ」

「なんだよ、それ……アンタ、『リンデンの薔薇』が欲しいんじゃないのか?」

「欲しいというよりは、本来の持ち主に返したいだけさ。今はその価値をしっかりとわかっている人のところにあるけれど、赤き美女は故郷に帰りたいだろうからね。私はその手助けをするだけさ」

「……わかんねぇ。アンタ、本当に何を考えてるんだ……?」

 

 クレールが信じられない物を見るような目でクイーンを見る中、ジョーカーは呆れ果てたようにクイーンの肩に手を置く。

 

「この人、怪盗クイーンという人はこういう人なんだよ。快楽主義者で遊び心を常に求め続けている本当に掴めない人、それが怪盗クイーンなんだ」

「クイーンの考えを理解出来るようになったら、人生がすごく楽しくなりそうだけどな。もっとも、俺はそこへ辿り着こうとは思わないけど」

「私は良いと思うけどなぁ……」

「くく……君達も中々面白い一団のようだな。では怪盗クイーン、私と勝負をしようじゃないか。次の公演日、君が『リンデンの薔薇』を盗み出せるかどうかというな」

「良いでしょう」

「良い返事だ。時間は公演終了までで、君が『リンデンの薔薇』を盗み出せたならそのまま君達に進呈しよう。だが、盗み出せなかったら……その時は私の願いを聞いてもらう。それで良いかね?」

「構いませんよ。ただ、その代わり……」

 

 クイーンはクレールに視線を向けると、体をビクリと震わせるクレールに対して微笑みかけながら静かに口を開いた。

 

「クレール・カルヴェ、彼をウチの子達の案内役として当日は任せてもらえませんか?」

「……は?」

「案内役……?」

「アンタ、一体何を──」

「良いだろう。私もそれを提案しようとしていたからな」

「団長!?」

「クレール、君には元気君達を連れてこのサーカス内を案内する役目を与えよう。当日はしっかりと役目を果たすように」

「いや、わけがわからねぇよ! なんで元気達の案内なんてする必要があるんだ!?」

 

 クレールの疑問に対してホワイトフェイスは静かに答える。

 

「怪盗クイーンとパートナーである彼は変装をしてくるだろうが、そちらの二人はまだそこまでの事は出来ないようだ。だから、当日は関係者の一人として来てもらい、存分に『リンデンの薔薇』を探してもらう。ここまでやらないと流石にフェアではないだろう?」

「だからって……」

「それに、君にとっては彼らに自分の頑張りを披露する良い機会となる。それは間違いないだろう?」

「それは……」

「という事だ、二人とも。当日は大テントの前にクレール君を待たせておくから、関係者用のパスを受け取って中まで来てくれて構わないよ」

「……それはありがたい。だけど、本当にそこまでやる必要があるのか?」

「そうですよ。フェアにしたいと言っても、少しこっちに有利そうな感じが……」

 

 元気とアリスが申し訳なさそうにする中、ホワイトフェイスは肘を机に立てて手を組みながらニヤリと笑った。

 

「構わないよ。フェアにしたいというのも理由だが、せっかく来てくれるのだから、サーカスの裏側も見て心から楽しんで欲しいのだ。」

「楽しんで欲しい……」

「ああ。華やかな表面だけでなく、裏方達の様々な努力にも目を向けて欲しいからな」

「……わかった。せっかくだからな」

「私もわかりました」

「ああ。では怪盗クイーン、当日はお互いに良い勝負にしようじゃないか」

「ええ」

 

 立ち上がって手を差し出したホワイトフェイスとクイーンは握手を交わしたが、一見和やかに見えるその場の雰囲気はどこかピリついており、二人の目に宿る光も自信に満ち溢れた物だった。




政実「第18話、いかがでしたでしょうか」
元気「次辺りからリンデンの薔薇を盗み出すための話になっていきそうだな」
政実「そんなところだね。もちろん、原作に寄りながらオリジナル要素も加えていくけどね」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第19話 勝負への思い

政実「どうも、好きなぬいぐるみは犬のぬいぐるみの片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。犬か……一般的にはぬいぐるみは熊のイメージが強いけどな」
政実「物語で出てくる時は大抵が熊な気はするよね」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第19話をどうぞ」


「ただいまー」

 

 RDが降ろしたコンテナに元気達と共に乗ってトルバドゥールの中へ戻り、リビングへと戻ってきたアリスがにこりと笑いながら言うと、RDはアリス達をカメラで見ながらスピーカーから声を出した。

 

『おかえりなさい、皆さん。おや……皆さん、何か持っているようですが、それは何ですか?』

「えへへ、これはですね……ホワイトフェイス君人形ですよ!」

『ホワイトフェイス君人形……?』

「公演の後にホワイトフェイスから団長室まで呼ばれて、クイーンがホワイトフェイスとの勝負に乗ってきたんだ。それで帰る前にそれを貰ったんだけど、今度土産物の一つとして売る物のサンプルなんだとさ」

『ふむ……全四種で、それぞれ表情で喜怒哀楽を表しているのですね』

「私が赤いスーパーホワイトフェイス君人形は作らないのかと聞いたら、アイデアの一つとして加えると言っていたよ。これで強気に答えたい時でも安心だね」

「何の話をしているんですか、あなたは……」

 

『喜』のホワイトフェイス君人形を持ってウインクをしながら言うクイーンの言葉に『怒』のホワイトフェイス君人形を持つジョーカーがため息をつく中、『楽』のホワイトフェイス君人形を持つアリスはカメラに向かって人形を高く上げた。

 

「これはRDさんへのお土産って事にするね」

『アリス……はい、ありがとうございます。しかし……サンプル品とはいえ、ホワイトフェイスも気前が良いのですね』

「たしかにな……これ、何か細工とかされてないのか?」

「大丈夫じゃないかな。こんなぬいぐるみにする細工なんて想像もつかないし」

「そうでもないよ。例えば……この内のどれかに『リンデンの薔薇』を仕込んでいる、とかね」

 

 その瞬間、元気達の顔が強ばる。

 

「……その可能性があるのか?」

『その人形のサイズは一般的なぬいぐるみと同程度のサイズですし、ないわけではありませんが……一応、スキャンをして調べてみますか?』

「ああ、そうだな。RD、頼む」

『畏まりました。では、一度四つともお預かりしますね』

 

 天井から伸ばされたアームに元気達はホワイトフェイス君人形を渡し、それらが消えていくと、ジョーカーはクイーンに視線を向けた。

 

「クイーン、どうしてあの人形に『リンデンの薔薇』が仕込まれていると思ったのですか?」

「RDが言っていたように気前が良いと思ったからさ。ウチには元気とアリスさんがいるけど、アリスさんはともかく元気はそういう人形を貰ってもあまり嬉しいタイプではない。実際、貰った時になんだこれはみたいな顔をしていたしね」

「まあな」

「そして『リンデンの薔薇』を盗み出して、私達がセブン・リング・サーカスを訪れるまでは数日の余裕があった。それなら、事前にぬいぐるみに『リンデンの薔薇』を仕込んで、サンプル品だからと私達に渡すだけの事は出来るよ。

まあ、彼は子供達が好きなようだし、本当にプレゼントのつもりで渡してくれた可能性はあるし、まずはRDの調査待ちかな」

「そうですね」

 

 アリスが頷きながら答えていると、四人が帰宅した音を聞き付けたのかシュルツとイヴがリビングに入ってきた。

 

「わんわんっ!」

「ふふ、ただいま。二匹ともいい子にしてた?」

「わふっ!」

「にゃう」

「まあ、RDが面倒は見ててくれただろうしな。それにしても、二匹とも部屋で寝てたはずなのに、よく俺達が帰ってきたのがわかったな」

「賑やかにしてたから起きたのかもね」

「……だな」

 

 二人がそれぞれのペットを抱き上げていると、スピーカーからRDの声が聞こえ始めた。

 

『スキャンが終わりましたよ。中に不審な物は入れられていないようです』

「ありがとう、RD。それじゃあ本当にプレゼントのつもりだったのか」

「みたいだね」

『ぬいぐるみ達は順番通りにして機関室に置かせてもらいました。中々作りはしっかりとしているようでしたし、本当に商品化するなら人気は出ると思いますよ』

「そうだね。さて……ホワイトフェイスに勝負を挑まれた事だし、早速来週に向けて準備をしなくてはね」

「準備……そういえば、今回も変装はするんだよな? 一体誰に変装するんだ?」

「それは内緒さ。当日をお楽しみに」

 

 ウインクをしながらクイーンが言うと、アリスは少し不満そうに頬を膨らませる。

 

「えー、教えてくださいよー……」

「ダメ。教えてしまったら、当日に君達は私の行動が気になってしまって、それでホワイトフェイス達に気づかれてしまうかもしれないからね」

「なるほど、建前はわかった。本音はなんだ?」

「その方が面白いだろう?」

「……そんなところだと思った」

 

 クイーンの答えに元気がため息をついていると、クイーンはポケットからデフォルメされたクイーンのマスコットがついたストラップを取り出した。

 

「私が正体を明かす前に答えられたら、このストラップをプレゼントするから、頑張って当ててみてくれ」

「わあ、可愛い。これ、どうしたんですか?」

「『リンデンの薔薇』を盗みに行った日、テレビ局から視聴者プレゼントとして出してもらっていた物の余りさ。こっちも中々よく出来ているだろう?」

「そんな事をしてたのか……」

「結果的に彼らに『リンデンの薔薇』は奪われてしまったけれど、ストラップへの応募は多かったようだよ」

「そうなんですね……元気、一緒に頑張ろうね」

「別に欲しくないって……そういえば、当日にあのぬいぐるみを持ってきて欲しいって言われてるけど、あれはなんでなんだろうな?」

 

 元気が不思議そうに首を傾げると、その様子にRDはアームを腕組みをするように絡ませた。

 

『ぬいぐるみをですか……因みに、どのぬいぐるみを持ってきて欲しいと言われているのですか?』

「俺が持ってた『哀』とアリスが持ってた『楽』だ。ホワイトフェイスは当日の関係者用パスと一度引き換えるためって言ってたけど、わざわざ引き換える必要なんてないと思う」

「たしかに……あ、もしかして本当にスーパーホワイトフェイス君人形にしてくれるとか?」

「それか喋るようにしてくれるとかね」

「スーパーになる必要はないし、喋らなくてもいい。とりあえず当日はその二つを持っていくから、行く前に機関室に寄るよ」

『わかりました。時にクイーン、今回の勝負に勝算はあるのですか?』

 

 RDからの問いかけにクイーンは自信満々に答える。

 

「私を誰だと思っているんだい? 私は怪盗クイーンだ。一度はしてやられたけれど、今度は絶対に負けないさ」

『その答えを聞いて安心しました。では、そろそろ夕食にしましょうか』

 

 RDのその言葉に全員が頷いた後、元気達は揃って食堂へと向かって歩き始めた。

 

 

 

 

 同時刻、セブン・リング・サーカスの団長室にはホワイトフェイスとクレールの姿があり、ホワイトフェイスが机に向かって書類仕事をする中でクレールは本棚にもたれ掛かっていた。

 

「団長、勝負なんて持ちかけて本当に良かったのか? 団長が負けるとは思ってねぇけど、向こうだってかなりの腕なんだろ?」

「そうだな。だが、この勝負に負けるつもりは一切ない。そのためにちょっとした小細工もしたのだから」

「小細工……ああ、あのホワイトフェイス君人形とかいうやつか。けど、あれが近々本当に売り出す奴のサンプル品なのは間違いないし、別に何か仕組んでるようには見えなかったぜ?」

「まあ、あれには何もしていないからな。小細工こそしたが、あのアリスという少女がぬいぐるみを好きそうに見えたから渡そうと思ったに過ぎない」

「たしかに、アリスはぬいぐるみは好きだし、変わった物まで可愛いっていう奴だからな。けど、あれに小細工したって、一体どんな小細工をしたんだ?」

 

 クレールからの問いかけにホワイトフェイスは一度ペンを動かす手を止めてから答える。

 

「クレール、人が油断をするのはどういう時だと思う?」

「油断をする時? なんだろうな……基本的には安心しきってる時じゃないのか?」

「そうだな。これなら平気だと思ったりなんとかなったと感じたりした時に人は緊張の糸がほどけ、その糸がほどけきると油断をする。本当に大丈夫であるなら、緊張感を持たなくても良いからな」

「まあ、そうだろうな。けど、それが一体──」

 

 その時、クレールはハッとすると、何か思い当たった様子を見せる。

 

「……まさかそういう事か?」

「俺が仕掛けた小細工には気づけたようだな。だが、そこまでは流石に向こうだって気づくだろう。だから、当日にもう一つ小細工を仕掛けさせてもらう事にしよう」

「もう一つ……それってなんなんだ?」

「それは当日の秘密だ。そしてその小細工が成功した時、俺の勝利は確定するだろう」

「それくらいのレベルって事か……ところで、今は“例の場所”にまだあるのか?」

 

 クレールからの問いかけにホワイトフェイスは静かに頷く。

 

「ああ。今は移動させておく必要はないからな。もっとも、“常に”移動しているようなものだが」

「たしかにな。けど、そのままそこに隠しててもバレないんじゃないのか? クイーンは隠し場所がわかってるみたいな事を言ってたけど、ハッタリの可能性もあるだろ?」

「そうだな。だが、その駆け引きを楽しむのも今回の勝負の醍醐味だ。よって、小細工については予定通り行う事にするよ」

「……団長」

「なんだね?」

「……勝負、絶対に勝てよ。アンタの願いには興味はないが、ここまで世話になってきたアンタが負ける姿は正直見たくない。アンタには他の団員達にとってカッコいい父親の姿のままでいてほしいからな」

「……ああ、そうだな。もとより負けるつもりはないが、より負けるわけにはいかないと感じたよ。ありがとう、クレール」

「……どういたしまして」

 

 そっぽを向きながら答えるクレールの姿にホワイトフェイスは一瞬目を細めた後、再び書類仕事へと戻ったが、二人の間に流れる空気はとても穏やかな物だった。




政実「第19話、いかがでしたでしょうか」
元気「次回からリンデンの薔薇を巡る勝負が始まりそうだな」
政実「そうだね。因みに、事情があって映画は観られなかったけど、映画のノベライズは買ってあるから、その辺の内容も混ぜていく予定だよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第20話 一時的な共同戦線

政実「どうも、好きな警部は上越警部の片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。なんだかんだで上越警部なんだな」
政実「うん。メインで出てくるのは同じ作者さんの別作品ではあるけど、少し頼りないところがあっても決めるところはちゃんと決める人だし、色々な警部キャラの中では一番かな」
元気「そっか。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第20話をどうぞ」


 クイーンとホワイトフェイスの対決当日、セブン・リング・サーカスが公演を行う広場に来ていた元気とアリスは辺りを見回した。

 

「やっぱり今日も人が多いね……クレールもいてくれるけど、はぐれないように気を付けなきゃ」

「そうだな。RD、カメラの調子はどうだ?」

 

 アリスに返事をした後、元気が持っているホワイトフェイス君人形に声をかけると、耳につけていたイヤホンからRDの声が聞こえ始めた。

 

『はい、バッチリですよ。しかし、元気も少しずつクイーンの助手として立派になってきましたね。回収される事をわかっていて、このぬいぐるみに監視カメラを仕込む事を考えたのですから』

「たしかに。これなら回収されてもその間の事をRDさんが見ていてくれるし、カメラが見つかってももう映像はRDさんが保存してるから問題なさそうだね」

「ああ。ただ、カメラで見られない場所も当然あるから、俺達も注意深く見る必要はある。だけど、アリスは別にサーカスの裏側見学を楽しんでてくれて良いからな」

「ありがと、元気。でも、私だって怪盗クイーンの助手見習いだし、これからのためにももっと力になりたいから」

「……わかった。けど、無理だけはするなよ?」

「うん!」

 

 アリスが返事をし、元気がふわりと微笑んでいた時、二人の元に一人の人物が近づいた。

 

「おい、お前達」

「……クレールか」

「おはよう、クレール。今日はよろしくね」

 

 アリスがにこりと笑いながら言うと、クレールは二人の様子にため息をつく。

 

「はあ……お前ら、今日はあのクイーンって奴の補佐みたいなもんなんだろ? それなら少しは緊張感みたいなのを持ったらどうだ?」

「無いわけじゃない。ただ、変に警戒したり忙しくキョロキョロ見たりしてても見つからないと思ってるだけだ」

「実際、ホワイトフェイスさんだってそう簡単には負けるつもりはないんでしょ?」

「ああ。それに、俺は団長には勝って欲しいと思ってる」

「自分を世話してくれている人だからか?」

 

 元気からの問いかけにクレールは頷く。

 

「それもある。だけど、団長は団員達やスタッフ達にとって良い団長でありカッコいい父親なんだ。そんな団長が負けている姿をあいつらに見せてほしくないんだ」

「クレール……」

「……話が長くなったな。とりあえず裏側に案内するけど、もうお前達のとこの二人は来てるのか?」

「いや、俺達が出てくる時にはまだ二人ともいたな」

「クイーンさんが言うには、私達が後に出ようとしたら自分達が何に変装してるかわかって、私達が意識しすぎてしまうからだってさ」

「つまり、お前達も二人がどんな姿になってるかはわからないのか」

 

 クレールの言葉に二人が頷くと、クレールは再びため息をつく。

 

「はあ……それじゃあ本当にお前達の反応から察するのは難しいんだな」

「アテが外れて残念だったな」

「……なら、仕方ねぇ。俺はお前達の案内に専念するぜ」

「うん、わかった。それにしても……今日も人が多いんだね。セブン・リング・サーカスの公演っていつもこうなの?」

 

 アリスが周囲を見回す中、クレールも同じように周囲を見ながら答える。

 

「ああ。この前も見たと思うが、ウチの団員達は一流揃いだから、公演するとなればすぐに噂は広まるみたいだ。ただ……今日は警察の人間みたいなのがちらほら見えるな」

「警察……そっちが何かしたんじゃないのか?」

「いや、してないはずだ。そもそも警察に通報するくらいなら、勝負なんて仕掛けないだろうしな」

「たしかに……」

 

 アリスが顎に手を当てながら軽く俯いていた時、無意識に一歩後ずさると、話しながら近づいてきていたスーツ姿の男性二人組の内の一人にアリスはぶつかってしまった。

 

「きゃっ」

「アリス、大丈夫か?」

「う、うん……」

 

 元気からの問いかけにアリスが少し驚きながら答えていると、アリスがぶつかってしまった男性が頭をポリポリと掻きながら申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「お嬢ちゃん、すまなかったね。話に夢中になってしまってお嬢ちゃんに気づけていなかったよ」

「い、いえ……私こそごめんなさい。考え事してるとそっちに意識が全部向いちゃうみたいで……」

「はは、それくらい真剣になっていたわけだから決して悪い事じゃないさ。けど、周りには気を付けた方がいい。お友達もいるようだけど、お嬢ちゃんのように可愛らしい子を拐おうとする悪者もこの人混みに紛れていないとも限らないからね」

「わかりました。ありがとうございます、おじさん」

「お礼なんて良いさ。おじさんは君達のような子達が犯罪に巻き込まれないようにするのが仕事だからね」

 

 小太りの中年男性が優しい笑みを浮かべる中、元気は少し警戒した様子で男性に話しかける。

 

「……それが仕事って事は、アンタ達は警察官なのか?」

「ああ、そうだ。ワシは上越(じょうえつ)、階級は警部だ。そしてこっちが部下の岩清水(いわしみず)君だよ」

「岩清水です、初めまして」

「ワシらはちょっと変わった事件を扱う係で、あまり詳しくは話せないが、今日もその関係でここに来ているんだよ」

「変わった事件……例えば、“怪盗”とかか?」

 

 元気が少し挑戦的な視線を向けながら聞くと、上越警部の顔は優しげなものから警察官らしい真剣なものに変わった。

 

「……まあ、そういう物も扱う事はあるか。実際、最近は怪盗クイーンという奴の事件を扱う事が多いしな。ただ、ワシらが扱うのはそれだけでもないから、簡単に言うなら厄介な事件の担当みたいな物か」

「でも、警部さん達も大変なんじゃないですか? 厄介な事件って事は、それだけ解決も時間がかかるわけですし……」

「そうだな。だが、ワシらにはちょっとした変わり者の知り合いがいるし、大変だからと言って投げ出したりふて腐れたりする気もないよ。今日も知り合いの子達がここに来ているようだから、そんな姿を見せるわけにもいかないしな」

「知り合いの子ですか?」

「ああ。あるテーマパークで五人の人物が姿を消した事件でさっき言った変わり者と一緒に知り合った子達なんだが、その後も何かと事件現場で出会うようになってな……この前もここに来る事を楽しそうに話していたよ」

「そうなんですね。それじゃあ私達も会ったりするのかな?」

「かもしれんな。あの子達はあまり物怖じする子達ではないし、三つ子の女の子達だから出会ったらすぐにその子達だとわかるはずだ」

 

 上越警部が両目を瞑りながら言っていると、隣で静かにしていた岩清水刑事が仏頂面で耳打ちをする。

 

「警部、そろそろ」

「おお、そうだな。だが、その前に君達にワシの名刺を渡しておこう。あまり考えたくはないが、君達も事件に巻き込まれる可能性はあるからな。もしも変わった事件に巻き込まれて困った時はかけてきてくれ」

「わかりました、ありがとうございます」

「……ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。では君達、よい一日を」

「失礼します」

 

 上越警部が軽く手を上げながら言い、岩清水刑事が表情を変えずに頭を下げて去っていった後、元気は渡された上越警部の名刺を見ながらポツリと呟いた。

 

「上越警部……前にクイーンから名前は聞いてたな」

「うん、そうだったね。けど、あの反応からすると、警部さん達はやっぱりクイーンさんがここに来るのを聞いて配備されてるみたいだね」

「だけど、こっちは本当に何もしてないぞ? してるなら、団長から前もって言われそうだし……」

「そうだな。となると、他のところからその情報が漏れてるのか……?」

「他のところ……え、まさか神製教団とか!?」

「無いわけじゃないな。けど、そうなると俺達はそっちにも気を向ける必要があるな。神製教団の仕業だとしたら、何のためにそんな事をしたのか知っておかないといけないからな」

 

 真剣な表情を浮かべるクレールに対して元気も同じように真剣な様子で頷く。

 

「ああ。だけど、そうじゃない可能性も当然あるから、あまり気を張りすぎないようにしよう。因みにクレール、何か心当たりってないのか?」

「心当たりって、ここに警察がくる事についてだよな?」

「そうだ」

「心当たり……これと言ってはないが、少し前に変な男が団長を訪ねてきたのは見かけたな」

「変な男?」

「スーツを着た男で、たしか黒田って名前だったかな。警察関係者かはわからないけど、だいぶ冷たい雰囲気の奴であまり良い気分がしなかったのは覚えてる」

「黒田……」

『元気、アリス、一応調べておきますか?』

「……そうだな。念のためそうしておくか」

「RDさん、お願いします」

『畏まりました』

 

 RDが答えると、イヤホンをつけていないクレールはポカーンとする。

 

「お前達、他にも仲間がいるのか?」

「ああ、世界最高の人工知能を自称する奴がな」

「本人は歌って踊れる人工知能でもあるって言ってたよ。RDさんが歌って踊ってるところ、見てみたいなぁ……その時のRDさん、白衣の似合うメガネをかけたクールな黒い髪の男の人みたいな姿だったりして」

「いやに具体的だな。まあ、そんなわけでウチにはそういう仲間もいる。黒田っていう男の件や神製教団の件についてはRDにも調べてもらうから、対決の事も忘れずに俺達もそれについては調べてみよう。お互いに保護者同士の勝負に水を差されたくはないしな」

「ああ、わかった。現段階でお前達と協力する事になるのはあまり気が進まないが、これも団長達のためだと思えば良いからな」

「うん、それじゃあ改めて案内よろしくね、クレール」

「ああ」

 

 アリスの言葉にクレールが頷きながら答えた後、サーカスの公演を前に賑わう人混みのなかを三人はゆっくりと歩き始めた。




政実「第20話、いかがでしたでしょうか」
元気「上越警部達と知り合って、名刺まで手に入れたけど、後々必要になってくるのか?」
政実「そのつもりだけど、どうして行くかはまだ未定かな」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第21話 作戦と新たな出会い

政実「どうも、コンタクトレンズにも挑戦したい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。コンタクトレンズ……ああ、そういえば目が悪いんだったか」
政実「うん、普段はメガネだけど、コンタクトレンズにもしたいなとは思ってるよ」
元気「なるほどな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第21話をどうぞ」


 大テントに着いた後、元気達は公演を観るために入っていく観客達とは逆にテントの裏へとまわった。そこではスタッフ達が公演の準備のためにあくせく働いていたが、クレールの姿を見ると、誰もが朗らかな笑みを浮かべながら話しかけ始めた。

 

「おっ、クレール。そちらが団長が言っていたお客様か?」

「そうです」

「案内、しっかりとやれよ?」

「同い年の子達みたいだし、変に緊張はしないと思うけどね」

「任された仕事はしっかりとこなしますから、心配はいりませんよ」

 

 元気達と接する時とは違うクレールの姿にアリスはクスクスと笑う。

 

「クレールが敬語使って話してるのってなんだか新鮮だね」

「たしかにな」

「元気もクイーンさんやRDさんにお試しで敬語を使ってみたら?」

「……使おうとするとなんだかむず痒くなるんだ。俺の場合、性に合わないのかもしれないな」

「そっか。それなら仕方ないけど、必要な時は我慢してでも使わないといけないよ?」

「……善処する」

 

 ため息をつきながら元気が答えていると、その姿にクレールは呆れたような顔をする。

 

「お前って本当にアリスにだけは甘いよな。俺達に対しては超激辛のくせして」

「それならお前に対しても激甘にしてやろうか? お前がそんな俺を見たいならだけどな」

「俺に対して甘い元気……うえ、なんだか気持ち悪いな……」

「それに、別にアリスに対して甘くしてるつもりはない。アリスの言葉には自然と従っておこうと思えるだけだ」

「たしかに元気って私のお願いはいつも聞いてくれるよね」

『そうですね……私はこれまで元気は信頼がおけるアリスの言葉には自分から従っていると考えていましたが、そこには何か秘密があるのかもしれませんね』

「秘密、か……それはそれで気になるけど、今は『リンデンの薔薇』の方が優先だ」

『はい。それについては後で──』

 

 元気の言葉にRDが答えていた時、それを遮る形で元気達のイヤホンに男性の大声が響いた。

 

『こ、ここはどこだ……!?』

「う、うるさ……」

「み、耳が……キーンって……」

「おい、大丈夫か?」

「だ、大丈夫だ……というか、今の声ってたしか……」

「うん……さっき会った岩清水さんの声だったような……」

『ご名答です。現在、本物の岩清水刑事の身柄はこちらでお預かりしています』

「本物の……それじゃあさっき会ったのが、クイーンかジョーカーの変装なわけか」

Exactly(その通りでございます)

「って事は、話し方からすると、あれがジョーカーさ──」

 

 その瞬間、アリスはハッとしながら口を押さえたが、クレールはため息をついてから静かに首を横に振る。

 

「……誰にも言わないから安心しろ。まったく……お前達もちょっと抜けてるところがあるよな」

「お前が加わったら貴重なツッコミ要員が増えそうだな」

「遠慮しておく。ほら、早くそのぬいぐるみと関係者用パスを交換するぞ」

「ああ」

「はーい」

 

 二人が返事をした後、三人は大テント内に裏口から入った。すると、そこにはマジシャンのプリズムプリズムの姿があった。

 

「おっ、クレール。お客様をお連れしてきたのか?」

「ああ、団長からの指示だからな」

「あれ? プリズムプリズムさん達に対してはいつも通りなんだね?」

「どうやら俺達はクレールからしたら少し特別な扱いみたいだからさ。という事で、小さなお客様達に自己紹介をしよう。俺はプリズムプリズム、このセブン・リング・サーカスでマジシャンをしているんだ」

「……神野元気だ」

「アリス・タナーです。よろしくお願いします」

「よろしく。自己紹介記念にちょっと面白い物をお見せしよう」

 

 そう言うと、プリズムプリズムはポケットから三枚のコインを取り出し、手のひらに載せて元気とアリスに見せた。そして一度コインを握り込み、手を再び開くと、コインは全て消えていた。

 

「えっ、コインがない!」

「ふふ、良い反応だ」

 

 アリスがその光景に驚く中でプリズムプリズムは満足げに再び手を握り込み、もう片方の手で三回手を叩いてから手を開くと、そこには消えたはずのコインが出現していた。

 

「コインが戻ってきてる! え、どうやったんだろ……!」

「これはまだ初歩のマジックだよ。けれど、楽しんでもらえたようでよかった」

「俺達はそういう物とは無縁の生活をしてきてたからな。それで、どうしてアンタがここにいるんだ?」

「親父から君達のホワイトフェイス君人形と関係者用パスを交換してくるように仰せつかったんだ。という事で、まずはホワイトフェイス君人形を預からせてもらうよ」

 

 その言葉に元気達が頷き、プリズムプリズムは『哀』と『楽』のホワイトフェイス君人形を受け取ると、二人にポケットから取り出した首から下げるヒモがついた関係者用パスを渡した。

 

「これが関係者用パスだ。これを見せれば、どのテントでも好きなように入ってこられる。もちろん、団長室もね」

「団長室も良いんですか?」

「親父からは良いと言われてる。それだけ君達の捜索を邪魔したくないんだろう」

「悪い言い方をすれば、そこまで余裕を持てる程に俺達に勝てる気しかしないって事なんだろうな」

「ははっ、かもしれないな。それでは、そろそろ俺は行くよ。元気君、アリスさん、よい一日を。クレール、二人の事をしっかりと案内するんだよ」

「言われなくてもわかってる」

「よろしい。では」

 

 二つのホワイトフェイス君人形を持ったプリズムプリズムが去っていくと、元気は小さく息をついてから右手の人差し指を右目に近づけた。その瞬間、元気の右目にはめられたレンズは青く光り、それを見たクレールは目を丸くした。

 

「え……なんだよ、それ……」

「RDのカメラと連動してるコンタクトレンズだよ。RD、カメラの調子は大丈夫か?」

『はい。レンズもぬいぐるみ内のカメラもバッチリです』

「よし……俺の自前のカメラアイもあるし、後は色々見てまわるだけだな」

「カメラアイ……もしかして、お前の見た物は忘れないっていうあれか?」

「うん、そうだよ。元気のカメラアイとRDさんのカメラと連動してるコンタクトレンズ、そして人形に仕掛けてあるカメラと私の黙視。怪盗助手としてはまだまだだけど、私達は能力とテクノロジーの力で頑張るんだ」

「そうだな。ところで、岩清水刑事の様子はどうだ?」

 

 元気の問いかけにRDは静かに答える。

 

『はい、警戒こそしていますが、少しは落ち着いたようです。現在地が私達のアジトであるトルバドゥールだという事、自身に変装している人物がいる事などは話してありますし、イヴとシュルツも特別警戒しては──』

『おい、誰と話をしているんだ! まさか……怪盗クイーンとか!?』

「……この刑事、すごくうるさいな」

「あはは……でも、職務にはすごく真剣な人なんだろうなって思うよ。何となくだけどね」

「真剣すぎても良くない時はあるけどな。RD、別に俺達の事も話して良いぞ。どうせその刑事が俺達の部屋まで探索しに行くだろうしな」

『畏まりました。それで、まずはどこから見ますか?』

「そうだな……色々見てまわりたいけど、アテもなく探すのは明らかに効率が悪いからな。クレール、因みになんだが、お前は『リンデンの薔薇』の隠し場所は知ってるのか?」

 

 顎に手を当てながら元気が問いかけると、クレールはコクリと頷く。

 

「一応な。ただ、俺から場所を聞き出そうしても教えるわけはないし、俺が知ってるのはあくまでも昨夜までの場所だ。団長が場所を変えてたら探しようはねぇよ」

「それもそうだね……うーん、ホワイトフェイスさんが隠してそうな場所ってどこなんだろ……」

「元気、お前は見当がついてるのか? あのクイーンって奴は場所に心当たりがあるようだったけど……」

「俺も一つだけ見当がついてるし、クイーンが心当たりがあるのも同じ場所だ。だけど、あのホワイトフェイス人形を渡してきた辺り、思い当たった場所にはもうないだろうけどな」

「どういう事?」

 

 不思議そうなアリスに対して元気はクレールを見ながら話しかけた。

 

「クレール、あの人形には隠されてなかった。だけど、あれも撹乱するための作戦なのは間違いないよな?」

「……嘘を言っても仕方ないか。ああ、アリスがぬいぐるみを好きそうだからっていうのもあったようだけど、あのホワイトフェイス君人形を使ったのも小細工の一つだと言ってたな」

「でも、何もないってRDさんは言ってたよ?」

「その“何もない”っていうのが罠なんだ。俺達が中に入ってるかもしれないと疑うのは想定内だったから、ホワイトフェイスは当然中には入れておかない。

そして中には無いから、これはただのぬいぐるみなんだろうと俺達が考えるのを見越していて、後からぬいぐるみに関連した何かを仕掛けてくる。わざわざぬいぐるみを回収したのはたぶんそれが理由だ」

「そっか……たしかにどうしてホワイトフェイス君人形と関係者用パスを交換するんだろうって話してたもんね」

「ああ。だから、この探索時間中もしっかりと探すけど、後でぬいぐるみが戻ってきたら念入りに探すぞ。可能性があるならとことん追求するべきだからな」

「了解しました、元気隊長!」

 

 元気の言葉にアリスが敬礼をしながら答え、その様子を見ていたクレールが少し安心したようにニヤリと笑っていると、そこに一組の男女が近づいた。

 

「ねえ、もしかしてなんやけど、君達はここの関係者だったりするん?」

「え?」

 

 女性からの問いかけに元気が不思議そうな顔をしながら視線を向けると、スーツをピシッと着こなしたメガネの若い女性とスーツ姿の大人しそうな男性がそこにはおり、アリスが少し驚いた様子を見せる中で元気はアリスを背で軽く隠しながら答えた。

 

「……正確に言えば、関係者はこっちのクレールだけで、俺達はここの団長から今日一日だけ関係者用パスを渡されているだけだ」

「あ、そうなんやね。お子さんやのに首から何か下げてここにおるから、てっきりそうやと思ったわ」

「ですね。でも、どうして団長さんからそんな許可を貰っているの?」

「えっと、それは……」

「それはさておき、アンタ達こそ何者だ? 見たところ、アンタ達も何か理由があってここまで来てるみたいだけど……」

「おっと、たしかに自己紹介がまだやったね」

 

 そう言うと、スーツ姿の女性は微笑むと、名刺を取り出し、それを元気達の前に出した。

 

「うちの名前は伊藤真里、旅と料理の情報紙、『セ・シーマ』の編集者よ」




政実「第21話、いかがでしたでしょうか」
元気「前にクイーン達との話題に出てきた伊藤さんとも出会ったな。こうなると、俺達はこの先も色々な人との出会いを果たしそうだな」
政実「一応その予定だけど、色々考え中かな」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第22話 同行者

政実「どうも、一緒に歩くなら話しやすい人が良い片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。たしかに一緒にいる時に雰囲気が悪いよりは楽しく話せた方が良いかもな」
政実「そうだね。その分、自分も相手に不快感を与えないように話し方とか話題は考えるべきだけどね」
元気「そうだな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第22話をどうぞ」


「伊藤真里……」

「……あ、そういえば前に名前だけ聞いたことあるよね。ほら、『72時間働けますか?』がスローガンの編集さんだって言ってなかったけ?」

「言われてみれば……」

 

 アリスの言葉で元気が真里の事を思い出していると、真理は意外だといった顔をする。

 

「あら、誰から聞いたん?」

「あ、えっと……知り合いからで、バイタリティーの化身のような人だって言ってましたよ」

「取材用の改造したパソコンと車を持っていて、それぞれに名前もつけてるとも聞いたな」

「ふむ……誰やろな、まあええわ。とりあえず改めて自己紹介させてもらうわね。うちは伊藤真里、旅と料理の情報誌、セ・シーマの編集者で、今日は怪盗クイーンがここに来るって聞いたから来たんよ。それで、こっちがさいちゃんやね」

「さいちゃんは伊藤さんが勝手に呼んでいるあだ名ですから! えっと、僕は西園寺(さいおんじ)考太郎(こうたろう)だよ。東亜新聞っていうところの社会部に所属してる新聞記者なんだ。

伊藤さんとはこの前の星菱邸の件で出会ったんだけど、その時も伊藤さんは本当にパワフルでね……」

「なんでかは知らんけど、犬や猫が警察の人やアナウンサー達に襲いかかって来たんよ。けど、あの程度なら苦にはならん。うちらはもっと険しい障害も乗り越えてでも取材をせんとあかんからね」

 

 真里がウインクをしながら言い、その姿にアリスが目をキラキラと輝かせる中、苦笑いを浮かべる考太郎に元気はため息をつきながら話しかける。

 

「その姿勢は悪くないけど、流石に限度があるんじゃないか?」

「あはは……まあそうだね。伊藤さんがたぶん特殊なんだと思うよ。というか、本当になんで旅と料理の情報誌の編集者のはずの伊藤さんが怪盗クイーンを追ってるんですか? どう考えてもジャンルが違うような……」

「世の中はミステリーも求めとるからね。そういった非現実的な刺激も時には必要なのよ。ただ、ある人にミステリーに関する記事を書く仕事をお願いしたら、中身の大半が食いしん坊の美食レポートみたいになっとるのに、結構反響あるのはちょっと予想外やったけど」

「そうなんですか?」

 

 アリスの問いかけに真里は静かに頷く。

 

「ええ。初めて仕事をお願いした時もその地域で起きとった住民の消失事件について書いてもらう予定で、その後も幽霊のシュプールが出たのに取材先のペンションで食べたビーフストロガノフの事書いとったしね」

「ビーフストロガノフ……」

『ロシアの郷土料理で牛肉や玉ねぎなどを炒めてスープで煮込んだ物にサワークリームを加えた煮込み料理です。因みに、ロシアのビーフストロガノフはサワークリームを入れている分、見た目が白っぽいのが特徴ですが、日本でよく見られるビーフストロガノフはデミグラスソースなどを使った茶色い物が主流のようです』

「へー、そうなんだ。RDさんは本当に物し──」

 

 その瞬間、アリスがハッとしながら口を押さえると、真里は一瞬メガネのレンズをキラリと輝かせたが、すぐにアリスに微笑みかけた。

 

「……今、なんか聞こえた気がしたけど、気のせいやった事にしとくわ。貴女にも何か事情があるんやろうしね」

「い、良いんですか?」

「色々突っつけば何か出てくるとは思うけど、そこまでするのも可哀相やからね。それに、うちの事を前に助けてくれた人も同じ状況やったらきっとそうすると思うんよ」

「助けてくれた人……」

「そう。うちが前に道を踏み外しそうになった時、しっかりと見ておきながらもやりたいようにやらせてくれた不思議な人がおってな、その人はいつもみんなが幸せになる方法を考えてそれをやってくれとる。だから、同じようにうちもそうしたいんよ」

「伊藤さん……」

「因みに、その人がさっきから話題に出しとる人なんやけどね。底無しの胃袋を持っとる上に自分の名前すらも忘れる怠け者で、いっつも同じ格好なんやけど、いざという時にはしっかりと決めるから、警察の上越さんも頼りにしてるみたいなのよ」

「上越さんって、もしかして上越警部ですか?」

「そやけど……みんな知り合いなん?」

 

 真里が驚く中で元気は頷いてから答える。

 

「ああ。さっき、外でアリスがぶつかった時に出会って、何かあったらかけてくれって名刺も渡されてる」

「そうやったんか……けど、あの人やったら間違いないと思うわ。その名刺と出会い、大事にしとき」

「はい。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はアリス、アリス・タナーです」

「……神野元気だ」

「俺はクレール・カルヴェ、このセブン・リング・サーカスの団員見習いで、今日はこの二人の案内を団長から頼まれてるんだ」

「アーちゃんにゲンちゃん、それとクーちゃんやね。よろしく、三人とも」

「はい──って、アーちゃん?」

「三人のあだ名や。さいちゃんと同じで名字から採ろうかとも思うたけど、こっちの方が可愛いやろ?」

「はい! 私、すごく気に入りました!」

「ふふっ、喜んでもらえてよかったわ」

 

 アリスと真里が笑い合う中、それを見ていた元気とクレールは何とも言えない顔をしていた。

 

「……あだ名、いるか?」

「いらない、と思う。けど、アリスが喜んでるし、とりあえず受け入れておくか」

「……そうだな。さて、それじゃあそろそろ行くか。アリス、そろそろ行くぞ」

「あ、そうだね。でも、伊藤さんとももっと話したいし……あ、それなら伊藤さんと西園寺さんも一緒にまわりませんか?」

「……は?」

「ん、ええの? サーカスの関係者が一緒やったらたしかに色々聞けて助かるけど、アーちゃん達も事情があるんやろ?」

「たしかにそうですけど、何かあった時に大人の人が近くにいたら助かるかなと思うんです。元気も頼りになるし、クレールもいるけど、それでも私達だけじゃ力が足りない時もあるかなって」

「ふむ……たしかにそうやね。ゲンちゃんとクーちゃんはどうや? 二人もそれに賛成やったら一緒にまわらせてもらいたいんやけど」

 

 真里の言葉に元気とクレールは顔を見合わせた後、揃ってため息をついた。

 

「……アリスの言いたい事もわかるし、特別断らないといけない理由もないからな」

「だな。俺が団長に言われたのはこの二人の案内だが、俺がいた方が団員達への取材も円滑に進むだろうし、団員見習いとしてそうする方が正しいか」

「二人とも……ありがとう!」

「どういたしまして。ただ、別行動にしたい時は遠慮なくそう言わせてもらう。そっちも時にはそういうタイミングが必要だろ?」

「そうやね。せやから、その時は後で合流する場所を決める事にしよか。クーちゃんやったら集まりやすい場所もわかっとるやろから、その時はお願いな?」

「まあ、それくらいなら……というか、西園寺さんもそれで大丈夫なんですか?」

「うん、アリスさんの思い付きには驚いたけど、みんなと一緒に行動する事には賛成かな。ただ、サーカスの事や団員の人達から話を聞くよりもその時の君達の姿も見ていたらきっとより良い記事が書けると思うんだ」

 

 クレールからの問いかけに考太郎が微笑みながら答えていたその時だった。

 

「おや、伊藤さんに西園寺さんではないですか」

 

 その冷たく落ち着いた声を聞いて元気達が視線を向けると、そこにはスーツ姿の男性がいた。黒い角刈りにスーツ越しでもわかる程に鍛えられた肉体、無駄のない身のこなしの男性に真里は一瞬ウゲッといった顔をする。

 

「……なんや黒田さんやないですか。怪盗クイーンを捕まえなあかんのに、うちらに構ってる暇なんてあるんですか?」

「ご心配なく。お二人も受けて頂いたように入場ゲートでは警察官がチェックをしていますし、警察庁の特別捜査課にもパトロールはしてもらっていますから。もっとも、彼らにはあまり期待をしていませんがね」

「……警部さん達だって頑張ってるのに。私、星菱さんとは別の意味でこの人嫌いかも。警部さん達を悪く言われただけじゃなく、雰囲気が冷たいしなんだか嫌い」

「……同感だな」

「同じく」

 

 元気達が黒田に対して不信感のこもった視線を向けていると、黒田はその冷たい目を元気達に向ける。

 

「……この子達は?」

「さっき出会った子達です。こっちのクレール君はここの団員見習いで、こっちのアリスさんと元気君はクレール君から案内をされとって、色々お話ししてたんです」

「そうですか。まあ子供と戯れるのも良いですが、くれぐれも私達の捜査の邪魔だけはしないように」

「……したらどうなるんだ?」

 

 元気が警戒しながら敵意のこもった視線を向けながら問いかけると、黒田は表情を変えずに答える。

 

「君達には関係ないが、少なくとも伊藤さん達が今度は留置所の体験談を書く事になるだろう。それでは、私はこれで」

 

 そう言って黒田が去っていくと、アリスは汗ばんだ手でスッと元気の手を掴み、真里は去っていく黒田の背へ向けて小さく舌を出した。

 

「ふん、公安部の黒服連れとるからって偉そうに」

「実際、警察庁の中ではお偉方ですからね」

「なるほどな……アリス、大丈夫か?」

「……うん、大丈夫。元気の手を握ってたら落ち着いてきたよ。ありがとう」

「どういたしまして。それにしても、あれが黒田って奴か……クレール、前に見たのもアイツか?」

「ああ、その時もあんな雰囲気だった。もっとも、俺には気づいてなかったみたいだが、あんな奴なら知られてなくても良いな」

「同感だ。だけど、今ので名前も顔も知られたし、あまり目だった行動は出来なそうだな」

 

 その言葉に真里はしまったという顔をする。

 

「そやね……三人とも、本当にごめんな」

「伊藤さんが謝る事じゃないですよ。私達の代わりに説明までしてくれましたし、怯まずに話してる伊藤さんの姿は本当にカッコよかったですよ」

「アーちゃん……ふふ、ありがとう。さて、それじゃあそろそろ行こか?」

 

 真里の言葉に四人が頷いていた時、元気とアリスがつけたイヤホンからRDの声が聞こえ始める。

 

『元気、アリス、先程の黒田という男について情報はまとめましたので、二人が歩いている間にお話ししますね』

「わかった。ところで、岩清水刑事はどうしてる?」

『トルバドゥール内を軽く探索した後、イヴの遊び相手をして、のんびりしているシュルツの姿をボーッと眺めていましたよ』

「……そうか」

「やっぱり、案外悪い人じゃないのかも?」

「もしかしたらな。とりあえず何か変わった動きをしたら教えてくれ」

『畏まりました』

 

 RDが返事をした後、五人はテント内をゆっくりと歩き始めた。




政実「第22話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回もそれなりに出会いがあった回だったな」
政実「そうだね。因みに、これからも色々な出会いがある予定だよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第23話 シルバーキャット瞳とアリス

政実「どうも、高いところは人並みに平気な片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。高所恐怖症とかではないんだな」
政実「そうだね。高いところから見下ろした時は一瞬ゾワッとはするけど、それだけではあるかな」
元気「そうか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第23話をどうぞ」


 歩き始めてから数分後、真里と考太郎がスタッフ達の様子に目を向ける中、元気とアリスはイヤホンを通じて黒田に関する情報をRDから得ていた。

 

『──と、今のところはこのような感じですね』

「なるほど。さっきも警察庁のお偉いさんだとは聞いたけど、警察内でも日本政府に近い立場の奴だったなんてな……」

「そうだね。でも、だからと言って上越警部さん達について好き勝手に言って良いわけじゃないよ。やっぱり私はあの人が嫌いだな」

「基本的に関わる事はないと思うけどな。けど、そんな奴がどうして団長に会いに来たんだ?」

「そこだな……RD、お前はどう思う?」

『確信があるわけではありませんが、ホワイトフェイスと黒田には以前から何らかの繋がりがあり、その話をするために訪ねて来たと考えたら辻褄は合うかと』

「ホワイトフェイスと黒田に繋がりが……」

 

 RDの話を聞いた元気が顎に手を当てながら考え事をしていたその時だった。

 

「え、伊藤さんって本物の怪盗クイーンを見た事があるんですか!?」

 

 考太郎が驚く声が突然聞こえ、元気達が揃って真理に視線を向けると、真理は視線を浴びながら得意そうに胸を張る。

 

「そうよ。スゴいやろ?」

「はい、スゴいです!」

「ふふん。その時の話、聞きたい?」

「是非!」

「元気君達はどうや?」

「怪盗クイーンと会った話、か……」

「そういえば、クイーンさんも伊藤さんの事は知ってたし、それは本当っぽいよね」

「そうだな。聞いても良い話なら聞かせてもらえると助かる」

「伊藤さん、お願いします!」

 

 元気が静かに答え、考太郎が目を輝かせる中、真理は考太郎の目の前に人差し指を立てた。

 

「ほな、お昼はさいちゃんの奢りやね」

「……え?」

「同じ情報を集めて発信する職業の者としてタダで話すわけないやろ? 元気君達の分も含めてよろしく頼むわ」

「え、それは申し訳ないような……」

「……ううん、良いよ。伊藤さんの言う通り、何の対価も無しに話を聞くなんて甘いからね」

「西園寺さん……ありがとうございます」

「……ありがとう」

「ありがとうな、西園寺さん」

「どういたしまして」

 

 元気達に考太郎が微笑む中、真理はその光景を見ながらニッと笑う。

 

「それじゃあそれは後のお楽しみにして、今は取材を頑張ろか。時間は待ってくれへんからね」

「そうだけど、誰に取材をするんだ?」

「そうやね……クーちゃん、誰かええ人知ってへん?」

「取材を受けてくれそうな人……マジシャンのプリズムプリズムと鍵師のジョー・セサミ、後は竹馬男のスタイリー井上と大砲男のロケットマン辺りなら大丈夫そうかもな。他は……催眠術師のシャモン斎藤くらいで軽業師のシルバーキャット瞳は止めておいた方が良いかもな」

「え、どうして?」

「実は今朝から──」

 

 クレールが説明をしようとしたその時、休憩テントの一つからシルバーキャット瞳とスタッフらしき一人の男性が姿を現した。

 

「瞳さん、それは危険ですって!」

「止めないで!」

「お、噂をすれば……でも、やっぱりそうなってるか」

「やっぱりって、何かあったの?」

「……まあ、せっかくだから本人から聞いた方が早いか。瞳、ちょっと良いか?」

「何!? って……クレール、それとあなた達は……」

 

 少々苛立ちを見せていたシルバーキャット瞳だったが、元気とアリスの姿を見ると、すぐに平静を取り戻した様子でその表情も柔らかくなった。

 

「久しぶりね、お二人さん。あの夜に会って以来かしら」

「お姉さん、ここの団員さんだったんですね」

「あら、アーちゃん達知り合いなん?」

「はい。お姉さんとはすごく大きな体のお兄さんと一緒にいるところに会ったんです」

「怪力男のジャン・ポールね。クレール、ちゃんと案内はしてる?」

「してるさ。それで、まだ“あれ”をやろうとしてるのか?」

 

 クレールの言葉にアリスは首を傾げる。

 

「あれって?」

「演目の一つでバランスビームっていう最高難度の奴だ。高さ三十メートルの位置に四本のワイヤーで吊られた平均台くらいの棒の上で連続宙返りをするんだ」

「え……それって本当に危険なんじゃ」

「だから、落下防止のために防護ネットは張るんだけど……シルバーキャット瞳はそれを無しでやりたいって言ってるんだ。大石さんも言ってるけど、そんなのはあまりにも危険だ。おとなしくネットは張っとけって」

「クレール君の言う通りですよ、瞳さん。いくら怪盗クイーンが来るからってそんな事をして本当に落ちたら……!」

「危険は承知の上よ。だけど、怪盗クイーンが見に来るのに、無様な演技なんて見せられないわ」

 

 先程よりも落ち着いてはいたものの、その語気は強めであり、断固として意見を曲げないという意思の強さがハッキリと見て取れた。その様子にクレールは呆れたようにため息をつき、大石が不安と心配が入り交じったような表情を浮かべる中、アリスは真理に話しかけた。

 

「瞳さん、どうしてこんなにやりたがってるんでしょうね? いくら怪盗クイーンが来るからって危険な事をする理由には……」

「うーん……それはクイーンの噂が理由かもしれんな」

「噂?」

「実は怪盗クイーンは軽業師をしていたご先祖様がいるって言われてるのよ。あくまでも噂で信憑性はあまり無いんやけど、江戸時代にある見世物小屋には竹光で色々な物を切ったという人や目隠しで綱渡りをしながら軽やかに跳ねたりお手玉をお客の着物の袖の中に投げ込めたりする人がおったらしいから、ただの噂として片付けるのは難しいところやね」

「そっか……そんなご先祖様がいる怪盗クイーンの前だから、瞳さんは自分も軽業師として負けていないって見せたいんですね」

「そういう事になりそうやね」

 

 真理が頷きながら答えると、アリスは心配そうな顔をしながらシルバーキャット瞳に視線を向ける。

 

「瞳さん」

「……何かしら、お嬢さん?」

「瞳さんが怪盗クイーンに見せるためだと言ってとても難しい技をやりたいのはわかりました。それが出来たら、怪盗クイーンだけじゃなくお客さん達からもたくさん拍手を送られると思いますし」

「アリス……」

「そうよ。私は軽業師としてしっかりとした演技をしたい。だから──」

「でも、私も瞳さんには少しだけ考え直してもらいたいって思います。見てみたい気持ちはありますけど、本当に失敗しちゃった時のお客さん達の気持ちを考えたら、見てみたいからやって欲しいなんて言えないです」

「お嬢さん……」

「最終的に決めるのは瞳さんです。だから、これ以上は言いませんけど、防護ネットを張る以外で瞳さんが譲歩出来るところがあったらそれはやって欲しいです。

 まだ瞳さんとはあまりお話はした事が無いですけど、あの夜にお話しした時の瞳さんはとても良い人だなと感じたので、怪我をして欲しくは無いですから」

 

 心配そうな顔をするアリスが真っ直ぐな目でシルバーキャット瞳を見つめると、その目にシルバーキャット瞳は力が抜けた様子で小さく息をついた。

 

「……考えておくわね。お嬢さん、名前は?」

「アリス、アリス・タナーです」

「アリスさんね。ごめんなさいね、アリスさん。まだ二回しか会ってない貴女にそこまで言わせてしまって」

「いえ、良いんです。その演技を見てみたい気持ちはあっても、落ちて怪我をする瞳さんは見たくないですから」

 

 少し安心したようにアリスが言う中、シルバーキャット瞳は一瞬驚いたような顔をした後にクスリと笑った。

 

「……なんだか貴女って不思議な子ね。さっきまでやらないとって思ってたのに、話をしていたら少しずつ気持ちが落ち着いて、考えるだけの心の余裕が出てきたんだもの。大石君もごめんなさい。止めてくれてたのにやるの一点張りしかしなくて」

「いえ、瞳さんが軽業師として真剣に演技の事を考えてるのは知ってますから。でも、やりたい気持ちはあるんですよね?」

「……そうね。少しは落ち着いたけど、それでも最高難度の技を更に難しくした物に挑戦したいのは変わらない。アリスさんや大石君には申し訳ないけどね」

「瞳さん……」

「でも、しっかりと注意は払うわ。アリスさんの言う通り、見に来てくれたお客さんのためにもね。アリスさん、本当にありがとう。ここで貴女に会えて良かったわ」

「いえいえ。瞳さん、頑張ってくださいね」

「ありがとう。それじゃあね」

 

 そう言ってシルバーキャット瞳は大石を連れて歩き去り、真理と考太郎は驚きながらアリスに視線を向けた。

 

「アーちゃん、スゴいやん。あそこまでカッとなっとった人を落ち着かせるやなんて」

「別に大した事はしてないですし、瞳さんがちゃんと大人だっただけですよ」

 

 真理の言葉にアリスが笑いながら答える中、その姿を見ながら元気はRDに話しかけた。

 

「RD、今の見てたか?」

『はい。カメラを通してシルバーキャット瞳のスキャンもしましたが、アリスが話しかける前と後では確実に心身ともに落ち着きが見られました。つまり、アリスが会話を通じてシルバーキャット瞳を宥めたのは間違いないかと』

「……そういえば、犬猫をトルバドゥールの中に大量に乗せてた時もアリスだけは警戒心が強い奴にも懐かれてたよな。あれも今のと同じ現象か?」

『サンプルが少ないので断言は出来ませんが、似たような物だとは思います』

「そうか……」

 

 RDの意見を聞き、元気が答えると、クレールは何がなんだかわからない様子で元気に話しかけた。

 

「おい、それってどういう事だ?」

「今のところ、俺達にもわからない。ただ、今後も同じような事があるかもしれないし、少しアリスの様子には注意をするべきだろうな。クレール、お前もアリスの様子には注意を払ってくれ」

「……仕方ねぇ、わかった」

「助かる。アリス、そろそろ行くぞ」

「あ、うん。伊藤さん、西園寺さん、行きましょうか」

「そやね」

「うん」

 

 真理と考太郎が返事をした後、再び五人は歩き始めたが、アリスを見る元気の目は少々鋭さを増していた。




政実「第23話、いかがでしたでしょうか」
元気「シルバーキャット瞳と再会した回だったが、アリスについても少し情報があった回にもなったな」
政実「うん。けど、それについては後々のお楽しみという事で」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしているので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第24話 休息の中の学び

政実「どうも、競争相手がいると燃える片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。競争相手はたしかに重要だな」
政実「うん。励みになるし、負けたくないっていう気持ちも沸いてくるからね」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第24話をどうぞ」


 シルバーキャット瞳との出会いの後、元気達は真理の提案でフードコートを訪れていた。テーブルの上にはフライドポテトやコーラが入ったカップ、ハンバーガーなどが置かれており、真理はそれらを前にしながら笑みを浮かべた。

 

「三人とも、召し上がれ。遠慮とかせんでええさらね」

「払ったのは僕ですけどね……というか、まだお昼じゃないのにどうして払わされてるんだろ……?」

「綺麗な女性や可愛い女の子に何かを奢れる男性なんてそうおらんよ? さいちゃんは恵まれた子なんやから自慢気にしとったらええの」

「恵まれなくても良いんですけどね……」

 

 孝太郎がため息混じりに言う中、アリスは申し訳なさそうに孝太郎に話しかける。

 

「すみません、西園寺さん……」

「いや、良いよ。これもお昼代も領収書を切ってもらうから。それにしても、さっきのアリスさんはすごかったね」

「あの時も思ったけど、たしかにすごかったなぁ。ゲンちゃん、アーちゃんっていつもあんな感じに大人とも平気で渡り合ってるん?」

「……いや、見たのは俺も初めてだ。ただ、少し前に警戒心が強い犬や猫をすぐに懐かせていたから、警戒心が強い相手や少し興奮気味の相手を落ち着かせるだけの雰囲気を常に漂わせているんだろうな」

「なるほどなぁ……けど、それって中々良い事よ。アーちゃん、それは自慢に思ってええと思うわ」

「自慢に……はい、そうします!」

 

 アリスが満面の笑みを浮かべ、真理はニコニコ笑いながらアリスの頭を撫でると、元気達を見回しながら少し得意気な顔をする。

 

「良い事教えてもろたし、ウチもちょっとお話してもええかな」

「お話って、伊藤さんについてですか?」

「お、ウチについて気になってくれるん? それは嬉しいけど、それはまた今度。ちょっとしたお昼の先払いになるんやけど、ウチから見た怪盗クイーンについて話をしよか」

 

 その瞬間、四人の顔は驚きの色に染まる。

 

「は、話してくれるんですか!?」

「あくまでもウチから見た怪盗クイーンについてやからね。それで、怪盗クイーンなんやけど……」

「怪盗クイーンなんやけど……?」

「アリス、話し方まで真似しなくて良い。それで、怪盗クイーンはどんな人物に見えるんだ?」

「そうやね……よくわからんっていうのが正直なところやね」

 

 真剣な顔から出てきた真理の言葉にアリスはお笑い芸人のようにずっこける。

 

「わ、わからんって……」

「伊藤さん、話すって言ったんだからずるは大人として良くないですよ……」

「いや、よくわからんっていうのが正しいんよ。なにせ中々正体も掴めんし、今回やってサーカス見物に行くなんて世間に言いふらして、警察まで出動する事態になっとるんやで? 世間を騒がせる怪盗やのに、そんな事をわざわざする理由がわからんわ」

「よくわからないってそういう事だったんですね」

「そうよ。さいちゃん達は怪盗クイーンの異名って知っとる?」

 

 真理の問いかけにアリスは少し考えた後に思い出した様子で答える。

 

「異名……あ、たしか蜃気楼(ミラージュ)でしたっけ?」

「正解。アーちゃん、よく知っとるね。その異名の通り、怪盗クイーンはまったく掴み所がない上に異名の由来となった蜃気楼の術っていう催眠術で人の記憶にも残らんように出来る。そうなったらよくわからんっていうのが怪盗クイーンを示す言葉になるのよ」

「実際に見た伊藤さんですらそういう感想になるなら、怪盗クイーンについてわかる事なんてそんなになさそうですよね。ウチの新聞社のデータベースも後はジョーカーという名前のパートナーがいるくらいしかわかりませんし」

「そうやね。でも、なんとなくわかる事もあってな。怪盗クイーンは大人でありながらも子供でもあるのかもしれないわ」

「大人でありながらも子供である……? 大人だけど子供で、子供だけど大人で……?」

 

 アリスがむむむという顔で人差し指をこめかみに当てていると、その姿を見た真理はクスクスと笑う。

 

「簡単に言えば、大人ではあっても子供みたいなところもあるって事よ。今回やってサーカス見物したいんやったらこっそり来ればええのにわざわざ世間に報せとる。この点を考えると、ちょっと子供っぽいところがあるように思えるのよ」

「たしかに……」

「けど、その辺の泥棒みたいにただ金目の物を盗んだり居直って強盗をするわけでもない。盗むにしても何か曰くがあったり盗品やったりするし、自分の仕事のために周囲をパニックにさせるわけでもなく、実にスマートに仕事をこなす。そういうところは大人っぽさがある。つまり、子供の心も持った大人って事やね」

「子供の心も持った大人……それって良い事なんですか?」

「場合によると思うわ。せやけど、子供の目線で物事を考えられたり周囲を良い方に巻き込めたりするのは素直にすごいと思っとる。

大人になるのは良い事で必要な事やけど、精神が子供のままで大人になるのと心身共に成熟して大人になるのは本当に違う。身体だけ成長しても精神が伴わないとただ周囲に迷惑をかけたり悲しませたりするだけの存在にしかならん。そんな大人ばっかりになってきとるのは同じ大人として恥ずかしいしアーちゃん達に申し訳ないんやけどな」

 

 そう言う真理の顔は本当に申し訳なさそうなものであり、アリス達が真理を見つめる中、真理は周囲をゆっくりと見回す。

 

「せやから、怪盗クイーンがサーカス見物をするって世間に言うたのは正解やったと思うわ。このセブン・リング・サーカス自体が結構有名なサーカス団っていうのもあるけど、怪盗クイーンを一目見ようと色々な人が集まって、サーカスの公演で夢のような時間を過ごす。

今の時代やったらテレビゲームとか動画サイトみたいに出掛けんでも楽しめるコンテンツは多いけど、生で観るサーカスの公演はまた違った楽しさをウチらに与えてくれる。画面越しでは伝わらん迫力やスリル、他の観客の生の声が揃って観客は子供の頃に戻ったようにサーカスを楽しめる。ウチはそう思ってるのよ」

「実際に見たり経験したりする事が大事という事ですね?」

「正解や、さいちゃん。たしかに実際に観ても動画サイトなんかの配信で観ても内容は同じやから感想を話し合う事は出来る。せやけど、実際に観た側は画面越しで観ていた側と違って会場内の雰囲気や開始前の観客のワクワクした声、音楽や吠える猛獣達の音圧や団員達の楽しそうな顔まで楽しめとる。

色々な事情があって生で観られん事もあると思うけど、可能なら実際に足を運んだ方がええと思う。ウチらみたいにそこにしかなかった出会いもあるからね」

「たしかに実際に来てなかったら警部さん達にも伊藤さん達にも会ってないですし、こうやってお話を聞く事もありませんでしたからね」

「そういう事。さて、これでウチの話は終わりや。長々とごめんね」

「いえ、すごくタメになりました」

「僕もです。ただ、この話を聞けたのはこの子達のおかげですけどね」

「ウチもこんな風に話す気は無かったんやけど、不思議と話そうと思えたんよ。やっぱりアーちゃん達は不思議な子達やね」

 

 真理はにこりと笑いながら言うと、気持ち良さそうに体を上に伸ばした。

 

「んーっ……それじゃあ食べたらそろそろ取材に戻ろか。公演開始までにもう少し取材はしておきたいし、時間は待ってくれへんからね」

「そうですね。でも、次は誰に話を聞きましょうか? クレール君はマジシャンや鍵師が良いと言っていましたけど……クレール君、どこにその人達がいるかわかるかな?」

「そうだな……公演前だからみんな控え室にいるかもしれない。さっきシルバーキャット瞳と出会った辺りに休憩用のテントがあるから、そこに行ってみたらいるかもしれないな」

「ああ、あの辺やね。ところで、クーちゃんは団員見習いって言うとったけど、いつもは何の練習をしてるん?」

「俺は運動神経に自信があるから、基本的には軽業や空中ブランコの練習をしてる。流石にシルバーキャット瞳みたいにはいかないが、それでも宙返りや綱渡りは出来るようになってきたし、空中ブランコも少しずつ失敗は減ってきてるな」

「へー、そうなんだ」

「ああ。だけど、これじゃあまだ足りないんだ。あっと言わせてやりたい奴はこの程度だとその澄まし顔を変えないだろうからな」

 

 クレールの視線の先には元気がおり、元気は咀嚼していたフライドポテトを飲み込んでから小さくため息をついた。

 

「お前の頑張りは認めてる。実際、前よりも体つきもがっしりとしてるし、雰囲気もなんだか違う感じがしてるからな」

「お、おう……」

「だが、俺だって負けるつもりはない。お前が努力を重ねて俺に向かってくるなら、俺もそれ相応の努力をするのが礼儀で、無様な姿を見せるわけにもいかないからな」

「……へっ、ようやくお前のそういう姿を見られたな。いつもすかしてて気にくわなかったが、これでようやくお前を、元気をちゃんと見つけられた気がするぜ」

「それなら見失うなよ? 見失ったら、今度は二度と見つけさせてやらないからな」

「臨むところだ。二度とどこにもいかせてやらねぇから覚悟しとけ」

「お前こそな」

 

 やる気に満ちたクレールと落ち着いた調子を崩さない元気、と二人の様子は違っていたが、その目の奥には相手に対してのライバル心のような物が燃えており、アリスが二人の姿に安心したような笑みを浮かべる中、真理は面白そうにクスクスと笑った。

 

「それがゲンちゃんとクーちゃんの絆なんやね。見ていて気持ちもええし、ずっとそんな感じでいて欲しいわ」

「僕も同感です。なんだか男同士の友情って感じで眩しく見えます」

「ふふ、そうやね。さてと、エエもんも見せてもらって取材の活力にもなったし、そろそろ食べ終えて取材を再開しよか」

 

 その真理の言葉に四人は頷いた後、再び飲食を始めた。その姿は会話をする前と変わらなかったが、そこにはとても和やかな空気が流れていた。




政実「第24話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回は小休止的な回だったな」
政実「たまには良いかなと思ってね。けど、次からはまたストーリーが進んでいくよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それではまた次回」


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第25話 仕事へのプライド

政実「どうも、やりがいを感じられる仕事をしたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。やりがいか……それに関しては自分で見つけるしかないんじゃないか?」
政実「まあ、たしかにね。ただ、最後まで勤めあげたいと思えるような仕事に就けたら良いなとは思ってるよ」
元気「そうか。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第25話をどうぞ」


 休憩後、元気達は再び団員達の休憩用テントなどがある大テントの裏側へと来ていた。公演の時間が迫っていたからか、先程よりも人の出入りは激しく、大テント内からも様々な声が聞こえていた。

 

「お祭りの時間へ向けて盛り上がり始めとるね。ウチはこういう雰囲気は結構好きよ」

「なんだかイメージ通りですね。お祭りの取材に来たのに、いつの間にか準備まで手伝って、御輿を担いだりやぐらの上で和太鼓を叩いたりしている伊藤さんの姿が要員に想像出来ます」

「たしかに……半被(はっぴ)を着て、お祭りを楽しむ伊藤さんはちょっと見てみたいかも」

「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいもんやね。さてと、それじゃあそろそろ取材をさせてもらおか。クーちゃん、案内お願いするわ」

「ああ」

 

 クレールが返事をした後、元気達は休憩テントの内の一つに入る。そこには椅子に座りながら談笑する三人の男性の姿があり、クレールは軽く右手を挙げながら男性達に話しかけた。

 

「ロケットマン、ジャン・ポール、ジョー・セサミ、ちょっと良いか?」

「お、クレールじゃないか」

「……そこの二人は、あの夜に出会った二人か」

「あ、あの時のお兄さんだ。お久しぶりです」

「久しぶりって言う程でも無い気はするけど……まあ良いか」

「ははっ、クレールの友達なだけあって中々面白そうな子達じゃないか」

「別に友達ってわけじゃないっての、まったく……」

 

 丸顔の若い男性の言葉にクレールがため息をつく中、黒い肌の巨体の男が静かに口を開く。

 

「改めて自己紹介をしよう。俺はジャン・ポール、怪力男だ」

「俺はロケットマン、大砲男をやっているよ」

「そして俺はジョー・セサミ、鍵師をやっているんだけど、どうしてこんな名前かわかるかな?」

「鍵師のジョー・セサミさん……うーん、何だろう? 元気はわかる?」

「……何となく察したけど、アリスも少し考えればわかると思う」

「考えればわかる事……」

 

 元気の言葉を聞いたアリスは腕を組みながら首を傾げたが、すぐに納得した顔をしながら軽く握った右手で左手の手のひらを叩いた。

 

「あっ、もしかして“開け、ゴマ!”って事ですか!」

「大正解。まあ、そう言ったからといってあの童話の洞窟みたいに開くわけじゃないけどさ」

「でも、私はその名前は面白いなって思いました。イヴ以外にも動物が増えたらそういう考え方で名前をつけてあげようかな……」

「イヴって?」

「私がお世話をしてる白い犬の女の子です。それで、元気は黒猫の男の子のシュルツをお世話していて、それぞれドイツ語のヴァイスとシュヴァルツからとってるんですよ」

「白と黒、やね。さて……ウチは旅と料理の情報誌であるセ・シーマの編集者の伊藤真里といいます。今、この子達に同行して色々と取材をさせてもろてるんですけど、皆さんにも取材を受けてもらうのは大丈夫ですか?」

 

 孝太郎が慌てて名刺を探す中、流れるような動きで名刺を出しながら真里が問うと、ジョー・セサミ達は微笑みながら頷く。

 

「別に良いですよ。これといって取材を断る理由も無いですから」

「ありがとうございます。それではまず皆さんがこのサーカス団に入団した経緯なんですが、こちらのクレール君のように小さい頃から訓練をしていたんですか?」

「いや、みんな大人になってからの入団です。俺は小さい頃から鍵を開ける事が好きで、その好きが高じて鍵師を生業にしたんですが、ある時に近所に泥棒が入って、真っ先に俺が疑われたんですよ。鍵師なら簡単に鍵を開けて入れるだろうって」

「でも、そんな事はしてないんですよね?」

「当然。俺は鍵を開けるのは好きだけど、鍵師としての仕事にはプライドを持ってるんだ。だけど、世間は普段は胡散臭い目で見てくるくせに、鍵を無くして開けられなくなったらそんな事を考えたりしてないって顔で開けてくれと言ってくる。

そんな世間に嫌気が差して、鍵師を廃業しようと思っていた時に団長が俺に声をかけてくれたんだよ。ウチで鍵師としての技術を芸として活かさないかって。結果として、俺はここに来て良かったと思ったよ。今まで胡散臭く見られたり何かと疑われたりしてきた技術を純粋に芸として評価してくれるからな」

「なるほど……お二人はどんな経緯でここに入団を?」

 

 真里からの問いかけにジャン・ポールとロケットマンも口を開く。

 

「……俺は大道芸をしていた時に声をかけられた」

「俺もジャン・ポールとは似た感じですよ。そして、ジョー・セサミが言うようにここへ来て良かったと思っています。俺達は同じように自分の芸にプライドを持っている団員達と共に高め合いながらお客さんに芸を披露出来ている。これは望んでも中々叶わない事です」

「こう言ったらなんですけど、俺は怪盗クイーンだって別に敵視をしてなくて、同じように自分の仕事にプライドを持っている者としてカッコいい存在だと思ってるんです。どんな仕事だとしてもプライドを持って頑張ろうとする奴は特有の輝きを放ってますから」

 

 自分の技術に誇りを持つ者のみが見せる笑顔をジョー・セサミが見せ、ジャン・ポールとロケットマンも肯定するように頷く中、それを見ていたアリスは羨ましそうな顔をする。

 

「なんだかそういうのって良いなぁ。私もいつかはそうなれるのかな?」

「きっとなれるさ。これだと思う物に出会って、そのためなら全力になれると断言出来るなら、その仕事をプライドを持って行えるはずだからな」

 

 ジョー・セサミがにこりと笑いながら言っていたその時、テントにマジシャンのプリズムプリズムが入ってきた。

 

「みんな、お疲れ……って、クレールとさっき会った子達じゃないか」

「プリズムプリズムか。さっき預かったホワイトフェイス君人形は団長に渡してきたのか?」

「ホワイトフェイス君人形?」

「このサーカスの売店で近々売り出す予定の団長をデフォルメしたぬいぐるみの土産物ですよ。喜怒哀楽の四つを表した四種類があって、結構出来も良いんですけど、団長が売り上げ次第では赤いスーパーホワイトフェイス君人形の生産も考えるって言ってたっけ……」

「そうそう。それで、そちらは?」

 

 プリズムプリズムの問いかけに対して真里と孝太郎がそれぞれ名刺を渡しながら自己紹介をすると、プリズムプリズムは納得顔で頷く。

 

「なるほど、そういう事ですか。俺はマジシャンのプリズムプリズム、自分だけでも芸はしますが、ここにいるジョー・セサミと一緒にピエロとして簡単なショーやマジックショーをする事もあるんですよ」

「あ、それって団長さんも出てきてた人体切断マジックの奴ですよね?」

「そうだよ。あれも中々人気はあるんだけど、リアリティのために切ったところから血に見せ掛けた物を出してるからかいつも悲鳴が上がるんだよね」

「あれは初めて見たら怖いですもん……でも、あれって本当にどうやってるんだろう? 元気はわかってるようなんですけど、教えてくれなくて……」

「ほう、本当なのかい?」

「これだと思える何かは思いついてる。だけど、簡単に教えたらつまらないからな」

 

 元気がプリズムプリズムに対して挑戦するような視線を向けると、プリズムプリズムは一瞬気圧された様子を見せたが、すぐにニッと笑った。

 

「……中々良い目をしてるようだね」

「それはどうも。そういえば、このパスと交換したホワイトフェイス君人形を団長はどうするつもりなんだ?」

「一応どうするかは聞いているよ。でも……」

「簡単に教えたらつまらない、か」

「そういう事だね。あのタネに気づけたその目でそれも探り当ててごらんよ。もしもそれに気づけたら、団長も感心するだろうからさ」

 

 そう言いながらプリズムプリズムが元気の肩を叩いていると、クレールは何かを思い出した様子でプリズムプリズムに話しかけた。

 

「そういえば、みんなに聞いておきたい事があるんだけど良いか?」

「お、クレールからの質問なんて珍しいじゃないか」

「クイーンを捕まえるために警察庁から黒田っていう男が来ていて、少し前にも団長を訪ねて来たのを見かけてる。みんなはその理由って知ってるか?」

「黒田……ああ、あの人か」

「そういえば、たしかに見かけたな……」

「うむ……」

 

 その瞬間、四人の表情は険しくなり、その様子にクレールは不思議そうな顔をする。

 

「ど、どうかしたのか?」

「……まあ、記者さん達がいる中で話す内容じゃないんだけどさ。あの黒田って男とはちょっとした関係があるんだけど、正直俺達もそんなにあの人は得意じゃないんだ」

「基本的に団長と話すために来るだけだから良いけど、あまりあの場にはいたくないな」

「同感だ」

「そうだな……だから申し訳ないけど、その質問には答えられない。さっき言った事情もあるけど、あまりあの人の事を口にしたくないからな」

「そうか……」

「どうしても知りたいなら団長本人に聞くのが良いと思う。ただ、団長も素直に話すとは思えない。だから、あまり期待はしない方が良いだろうな」

「わかった。そんな中でもそこまで話してくれてありがとうな」

「どういたしまして。さて、記者さん達はこれ以外に聞きたい事はありますか?」

 

 ロケットマンが問いかける中、真里と孝太郎は静かに首を横に振り、四人に対して公演についての激励をした後に元気達はテントを出た。

 

「……団員達もあの黒田って男はそんなに好きじゃないんだな」

「そうみたいだね……でも、その気持ちは本当によくわかるよ」

「アーちゃん達も良い顔はしとらんかったからね。さて……そうなれば、次は団長のとこに行ってみよか。クーちゃん、案内をお願いしてもええ?」

「構わないけど、さっきの件を聞きに行くのか? 俺も素直に話すとは思ってないし、あまりおすすめはしないけど……」

「それも気になるけど、今は団長からサーカスについてや今日の公演についての意気込み、クイーンが来る事についての話を聞きたいんや。気になる情報が手に入ったとしても、ここに来た本来の目的は忘れたらあかんからね」

 

 そう言う真里は先程のジョー・セサミ達と同じ自分の仕事にプライドを持っている者の姿をしており、それを見たクレールは小さく息をついた。

 

「……そういう事ならちゃんと案内する。今の伊藤さんの姿を見て、そうしたいと思えたからな」

「ありがとな、クーちゃん。ほな、行こか」

 

 真里のその言葉に全員が頷いた後、クレールの案内に従って元気達は再び歩き始めた。




政実「第25話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回も出会いはあったけど、少し不穏なところもある回だったな」
政実「そうだね。原作を買い直した事で原作と映画の内容を少し織り混ぜた感じにはなっていくけど、雰囲気とかを大切にしながら次回からも書いていくよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第26話 談話室への誘い

政実「どうも、書斎や談話室のある家に憧れがある片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。あっても良いだろうけど、管理は大変そうだな」
政実「だね。でも、そういう家には一度住んでみたいかな」
元気「そうか。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第26話をどうぞ」


 裏口から大テント内に入った後、元気達はクレールの案内に従ってテント内を歩いていた。セブン・リング・サーカスの象徴にもなっている中央のリングとそれを取り囲む六つのリングとその周囲にあるすり鉢状の観客席を真里が歩きながら写真を撮り、考太郎もその光景をメモに取る中、元気は前を歩くクレールに話しかけた。

 

「クレール、今さらなんだけど、あの二人を団長のところまで連れていって良いのか?」

「あ、たしかに……私達だけなら『リンデンの薔薇』の話も出来るし、それ以外の事も団長さんは話してくれそうだけど、伊藤さん達がいたらあまり話してくれないかも……」

「そうかもな。だけど、案内するのは決めた事だし、こうなったらいても色々話はさせる。俺だってあの黒田との関係は気になってるからな」

「たしかに……RD、ホワイトフェイスや黒田について何か追加の情報ってあるか?」

 

 元気が小声で聞くのに対してイヤホンからRDの声が聞こえてくる。

 

『そうですね……まず、ホワイトフェイスについてですが、個人情報(パーソナルデータ)がまったくヒットせず、何か調べようとしても頑強なプロテクトに阻まれてしまいます』

「プロテクト?」

「つまり、団長さんについては前に聞いた情報以外には何もわからないって事ですか?」

『その通りです。続いて黒田についてですが、警察庁の人間であると先程は伝えましたが、その中でも政府の機関に属しているようです』

「黒田が政府の機関の人間……」

「それで、団長さんは黒田さんと関係があって、個人情報は調べられない……あれ、それじゃあ黒田さん達が団長さんについての情報を隠してるって事なんじゃ?」

 

 アリスの言葉にRDは静かに答える。

 

Exactly(その通りでございます)

「政府の機関に属する奴がホワイトフェイスの個人情報を隠してるとしたら、この前の『リンデンの薔薇』を盗み出した件も黒田の差し金って事になるのか?」

「でも、それってなんだかおかしくない? たしかに持ってた星菱さんは良い人じゃなかったし、『リンデンの薔薇』は盗品だって言うから、あの人から取り上げるのはわかるよ。

ただ、それなら『リンデンの薔薇』はもう黒田さんの手に渡って、然るべき場所に返されてるはずだし、そもそも政府の機関の人が盗みを指示するのもなんだか違和感かも……」

「そうなると、『リンデンの薔薇』の件はセブン・リング・サーカス、具体的にはホワイトフェイスの独断で行われていて、黒田はクイーンの件以外にも星菱邸から『リンデンの薔薇』が盗まれた件についてホワイトフェイスに聞くために来たと考えてもおかしくないか」

「…………」

 

 元気とアリスの話を聞いていたクレールの表情が複雑な物に変わると、その顔を見た真里は不思議そうに首を傾げた。

 

「クーちゃん、どうかしたん?」

「……なんでもない。ほら、そろそろ団長室に着くぞ」

 

 クレールの視線の先にはリングと楽屋を結ぶ通路があり、そこには赤いカーテンが掛けられていたが、クレールは元気達を伴って迷う事なくそのままカーテンを潜った。

厚いカーテンに外部からの光を遮られていたからか通路の中は広く作られていたもののとても暗く、目が闇に慣れてくると左右には扉の代わりに黒いカーテンが吊るされた幾つもの部屋があった。

 

「ここ、かなり暗いですね……」

「目が慣れたら大丈夫やけど、これはどっかに足をぶつけてもおかしくないわ」

「俺も慣れるまではこの通路を通るのは苦労したな。さて、団長室はあの奥のカーテンの向こうだ」

 

 そう言いながらクレールが進み、元気達もその後に続くと、カーテンの向こうからは二人の人物の話し声が聞こえてきた。

 

「……ホワイトフェイスさんと黒田さんの声だ」

「みたいだな。せっかくだ、何を話してるか聞き耳を立てさせてもらおう」

「えっ、良いのかな……」

「ええんやない? もしもバレても団長に話を聞くためにクーちゃんにお願いしたって言えばええよ」

「……そうだな」

 

 クレールが返事をした後、五人は壁際に寄りながらカーテンの向こうの話し声に意識を向けた。

 

「さて、困りましたね」

「ほう、何が困ったって言うんだ?」

「怪盗クイーンですよ。貴方も知っているように怪盗クイーンがこのサーカスの見物に来ると世間に大々的に公表していて、それを聞き付けた多くの見物客の中にクイーンが紛れていてもおかしくない状況が出来ています」

「そうだな。だが、俺達からすればお客が多い事は悪い事ではないし、ウチの評判を上げる良い機会にもなっている。困ってるのはアンタだけだろ、黒田?」

「……この事態について何か心当たりは無いのですか?」

「ないさ。サーカス見物に来ると言っているならそうなのだろう」

 

 ホワイトフェイスが淡々と答える中、黒田は少し間を置いてから再び話し始めた。

 

「……この間、星菱邸から『リンデンの薔薇』が怪盗クイーンによって盗まれた事件はご存じですよね?」

「大ニュースになっていたからな」

「ですが、『リンデンの薔薇』を盗んだ犯人は怪盗クイーンではないという情報も私達には入っているんですよ」

「へえ? そんな暇人がいるのか」

「その暇人が、貴方なのではないですか? セブン・リング・サーカスの団員達に指示を出して『リンデンの薔薇』を盗ませた暇人は」

「……知らんな。たしかにウチの団員達は一流揃いだから、そう考えたくはなるだろうけどな」

 

 少し声を低くしたホワイトフェイスの返事の後、再び沈黙が場を支配してから黒田は少し怒りを孕んだ声で話を始めた。

 

「団長、忘れてはいませんか? 貴方達の犯罪行為が許されるのは、我々の命令があった時だけなのです。当然、それ以外の犯罪行為など認められていないんですよ」

「……それなら俺達を捕まえるのか? お得意の人海戦術で証拠を探し出して」

「……いえ、それは止めておきましょう」

「賢い選択だな。俺達が捕まったその時には、これまでアンタ達の指示で行ってきた犯罪行為は全て明るみになる。そうなったら困るのはアンタ達だからな」

「口封じをされる可能性は考えていないのですか?」

 

 カーテンの向こうの会話に真里と考太郎が息を呑む中、ホワイトフェイスと黒田の間には再び沈黙が訪れたが、先にその沈黙を破ったのは黒田だった。

 

「所詮、貴方達はかごの中の鳥。自分から逃げる事は出来ず、外からの注目を浴びて囀ずる事しか出来ません。いくら貴方達に特殊技能があろうと、この鳥かごを破って外へ飛び出す事など出来ないのです」

「……破れた時、アンタ達はどれだけ面食らうんだろうな」

「え?」

 

 ホワイトフェイスの呟きに黒田が聞き返したが、ホワイトフェイスは首を横に振った。

 

「なんでもない。まあ、安心しろ。政府に楯突く程、俺達もバカではないし、楯突けるわけもない。俺達が常にアンタ達の監視下に置かれてる事も理解していて、俺達の気楽なサーカス生活だって手放すつもりは一切ないからな」

「その言葉、信用しますからね」

「お互いに改めて信頼関係を築けた事を祝して乾杯でもするか?」

「いえ、仕事中ですので」

「そうか。まあ、俺もだけどな。さて……それはさておき、この前話した俺達の海外公演の件について聞こう。あれはどうなった?」

「その時にも言いましたが、認めるわけにはいきません」

 

 黒田の冷たい声を聞き、ホワイトフェイスの声に焦りの色が浮かぶ。

 

「一ヶ月も行かせろとは言わない。一週間──いや、一日だけでも良いんだ! 海外公演だけは行かせてくれ!」

「駄目です。海外公演などしては、セブン・リング・サーカスが我々の監視下から外れてしまいますから。それに、貴方が希望している国は内乱がおさまったとはいえ、まだまだ政情が不安定です。どれだけの危険があるかは“貴方自身”がよく知っていますよね?」

「……わかっている。だが、あそこだけは行かないと行けないんだ!」

「……度しがたいですね。どうして貴方はその国にこだわるのですか? 紛争地域ならこれまでにも訪れているはずなのにどうしてあの国だけ……」

 

 黒田の不思議そうな声にホワイトフェイスは真剣な声で答える。

 

「……約束だからだ」

「約束? その約束は貴方の命を懸けるだけの価値がある物なのですか?」

「……あるさ。アンタには絶対理解出来ないだろうが、この約束だけは守らないといけないんだよ」

「……そうですね、理解は出来ません。とにかく、その国での海外公演は許可しません。大切なセブン・リング・サーカスをそんな国へ送り出すなんて出来ませんから」

「……そこまで俺達の事を心配してくれるなんてな。有り難くて涙が出そうだ」

「この友好的な関係が続く事を私は願っていますよ」

 

 その黒田の言葉の後に二人は共に笑った。しかし、その笑いにはお互いに友好的な物は感じられず、笑い声の後に聞こえてくる黒田の声もとても冷たい物だった。

 

「最後に一つだけ聞きます。怪盗クイーンがこのサーカスに来る理由はなんですか?」

「サーカス見物さ。ほら、そろそろクイーン探しに戻った方がいい。俺もそろそろ他のお客をここに招く時間なんだ」

「……それが怪盗クイーンではない事を祈りますよ。では」

 

 そう言って黒田はカーテンを開けたが、壁際に寄っていた五人が影に身を潜めていた事で存在には気づかれず、黒田がそのまま赤いカーテンの向こうへ消えると、黒いカーテンの向こうからはホワイトフェイスの声が聞こえてきた。

 

「クレール、いるんだろう? そのお客さん達を連れてこっちまで来てくれ」

「……わかった」

 

 暗い表情のクレールが答えた後、五人はカーテンを開けて中へと入った。中は少し広い空間があり、向かい合わせに置かれた三人掛けのソファーと隅っこに置かれた執務用の机と椅子、そして壁際に置かれた本棚が五人の目に入ってきた。

 

「ここは……」

「団長室……とはちょっと違うかも?」

「ここは談話室だ。もっとも、さっきみたいな“変わったお客”を迎える場所で、まさか記者まで一緒だとは思わなかったがな」

「団長……」

 

 クレールが視線を向ける中、ホワイトフェイスは優雅にお辞儀をしてみせた。

 

「ようこそ、お客様。セブン・リング・サーカスの団長、ホワイトフェイスの談話室へ」




政実「第26話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回はホワイトフェイスと黒田の会話がメインの回だったな」
政実「そうだね。本当はその会話が行われていた場所が団長室だったと思うけど、団長室は前に違う場所として書いてるし、そういう場所がありそうかなとも思ったからそこは談話室って事にしたよ」
元気「なるほどな。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第27話 遠き過去の指切り

政実「どうも、指切りの意味を知って怖いと感じた片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。指切りか……その後のげんまんや嘘ついたら~の下りも意味を知ったら中々怖いよな」
政実「うん。意味を知ったら約束を破るという事がどれだけ罪深いかってわかるからね」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第27話をどうぞ」


 ホワイトフェイスがお辞儀をする中、アリスはキョロキョロと室内を見回した。

 

「談話室……でも、なんだか少し団長室に似てるような気がする」

「内装は似せているんでな。そして、団員達が五人一組で寝泊まりをするトレーラーを八台所有しているが、俺は団長特権という事で丸々一台を使っていて、そっちはもっと気軽に会える客を招くつもりだ」

「部屋が三つ……サーカス団の団長ってすごいんだね……」

「いや、談話室は別に個人の部屋ってわけではないだろ」

「というか、そんな事はどうでも良い! 団長、さっきの黒田との話は本当なのか!?」

 

 クレールからの問いかけにホワイトフェイスは真里と考太郎の二人をチラリと見てから頷く。

 

「隠しても仕方ないからな。どうせ俺に話を聞きに来ようとしたら、偶然聞いてしまったんだろう?」

「そうだけど……よくわかったな」

「黒田は気づいていなかったようだが、カーテンの向こうにクレールの気配を感じたんでな。さて、隠さないと言った以上は話すが……」

「……あ、もしかしてウチらは席を外した方がええです?」

「いや、聞く分には構わない。だが、世間には公表しないで欲しいだけだ。黒田達を道連れに俺だけが非難されるなら良いが、団員達は俺の指示の通りに動いてくれただけだからな。あいつらが辛い目に遭うのだけはやはり耐えられないんだ」

 

 ピエロのメイクで隠れてはいたが、ホワイトフェイスの声は明らかに団員達を心配している物であり、真里はふぅと息をついてから持っていたメモとペンをポケットにしまった。

 

「……そういう事なら、その件はオフレコにします。さいちゃんもそれでええ?」

「はい、僕だって自分のスクープのために誰かが悲しい思いをするのは耐えられませんから」

「助かる。では話すが……聞いていたようにこのセブン・リング・サーカスは政府と関係があり、その見返りとして黒田達から命令があった際は、団員達の特殊技能を利用してそれを遂行している」

「関係があるとは言うけど、セブン・リング・サーカス側にメリットはあるのか?」

「ある。団員達が芸を披露する時に使っている道具の中には政府が開発した物があり、竹馬男のスタイリー井上の靴が良い例だ」

「靴……ですか?」

「ああ。普段は普通に竹馬に乗ってはいるが、あの靴にはスイッチを押す事で靴底から竹馬が伸びる機能がついていて、それを操作する事でアイツは高所にも楽々入り込む事が出来るんだ。もちろん、芸にも活用しているがな」

「それがセブン・リング・サーカス側のメリットか」

「俺達がこうしてサーカス団としてやっていけているというのも俺達にとってのメリットではある。だが、聞いていたように約束を果たすために海外公演をしたい俺に対して黒田は許可出来ないと言う。何度頼んでも結果は同じで、俺は黒田の奴に目に物を見せてやろうと少しずつ思い始めたんだ」

「そこで、『リンデンの薔薇』に目をつけたんですね?」

 

 考太郎の問いかけにホワイトフェイスは静かに頷いた。

 

「その計画を立てたのは、怪盗クイーンが『リンデンの薔薇』を盗み出そうとしていると聞いてからだが、星菱という男の悪評、そして『リンデンの薔薇』を所有している件は前々から聞いていたからな。

怪盗クイーンを出し抜いた上で『リンデンの薔薇』を盗み出せば、怪盗クイーンは『リンデンの薔薇』を奪うために間違いなくここへ来る。そう確信して俺は団員達に指示を出して、見事に怪盗クイーンを出し抜いた。

予告状も精巧な偽物を用意したから、世間的には怪盗クイーンが盗み出した事になっていて、俺達に捜査の目が向く事はなく、後は怪盗クイーンが『リンデンの薔薇』を奪うためにここへ来るのを待つだけとなった」

「ふむふむ……」

「もっとも、サーカス見物というのも本音だろうけどな。一度話してわかったが、奴は中々愉快な奴で、常に遊び心を求めているようだったからな」

「人生に大切なのはC調と遊び心。これはウチの新聞社のデータベースにも載っていた怪盗クイーンの信条ですね」

「さいちゃんのとこは優秀やね。それで、怪盗クイーンに会って、『リンデンの薔薇』は怪盗クイーンの手に渡ったんですか?」

「そこまでは教えられん。だが、一つだけ言うとすれば、俺は怪盗クイーンとのゲームの最中なんだ。お互いにいたってシンプルな勝利条件のな」

 

 ホワイトフェイスはクックッと笑い始め、静かに話の流れを聞いていたクレールはホワイトフェイスの目を真っ直ぐに見ながら問いかけた。

 

「団長、そんな事をしてまで行きたいところってどこなんだ? 約束があるって言っていたけど……」

「……争いの絶えない国だ。そこでは昔から争いが何度も起きていて、ピエロだった頃の俺が当時の仲間達と訪れた時も一切平和ではなかった。大人達は自分達の主張のために争い、子供達の目からは光が失われ、未来への希望すら無くなっていた。

だが、俺達の公演を観たらそれも変わった。サーカスが来たという噂は瞬く間に広がり、多くの観客の前で披露した団員達の芸は楽しさと興奮を与え、俺もピエロとして満足感を感じていた。

そんな中、俺のところに一人の少女がやってきた。その子は俺にサーカスが楽しかったという事を精一杯伝えてくれ、また来てくれるかと不安を感じながらも聞いてきてくれた。だから、俺はその時だけ教えに背いたんだ」

「教え……ですか?」

「ああ。俺にピエロの演技を教えてくれた人はピエロとは声を発する事なく、動きだけで笑わせる物だと言っていて、俺もその教えを守っていた。

だがその時だけは、手袋も外して俺はその子に指切りをしようと言った。指切りが何かを知らない様子だったが、俺は説明をした上で必ずまた公演をしに来ると約束し、その国を後にした」

「それが団長さんの約束……」

「そうだ。黒田からすればなんだそんな事と思う事だろうが、俺にとっては違う。ウチの団員達と共にまたあの場で公演をし、約束を果たして一時の夢と希望を届けたい。ただそれだけなんだ」

 

 ホワイトフェイスはメイクの下で沈痛そうな表情を浮かべており、元気達も何を言ったら良いか迷っている様子だったが、クレールは腕を組んだままでため息をつくと、静かに口を開いた。

 

「……正直、俺にはまだ団長の気持ちはわからねぇ。自分の人生を懸けてまで昔の約束を果たしに行くなんて俺には出来ないし、相手の現在もわからない中でその約束を果たそうとするなんて変だと思う」

「クレール……」

「……だけど、団長がその約束を果たしたいなら、俺もそのために力を貸す。俺だって団長や団員達が迎え入れてくれて、色々世話を焼いてくれたから今もここにいるんだ。それならそのための恩返しくらいするのが礼儀ってもんだろ」

「……そうか。それなら、その時にはお前にも舞台に上がってもらうとしよう。まだ年齢的に幼いクレールが舞台の上で見事な芸を披露すれば、子供達もまた目を輝かせ、大きな歓声を上げてくれる事だろう」

「たしかに私達に近い年齢の子達なら、クレールのそういう姿に憧れたり喜んだりしてくれそうかも」

「そうだな。クレールもそこそこ単純だから、同じ立場だったら俺もサーカスに入るって言ってもおかしくはないからな」

「元気、お前なぁ!」

 

 元気の発言にクレールが声を上げると、ホワイトフェイスはその様子を見ながらフッと笑う。

 

「やはり、子供達はそうやって元気にしているのが一番だ。俺達大人の勝手な事情には巻き込まれず、同じくらいの年齢の子供とふれ合いながら様々な事を学び、自分の中に眠る無限の可能性の中から進む道を選び抜く。それこそがあるべき姿だ」

「団長さんは子供が好きなんですね。それなら、さっきのお話は約束したように口外はしませんけど、その事はしっかりと書かせてもらいます。人々、特に子供達に夢や希望を届けるために団員達と日々頑張っている団長として」

「……ああ、それなら是非書いてくれ。ところで……二人とも、例の件は順調かね?」

「例の件……いや、まだそんなに進んでいない」

「ん、なんやゲンちゃんも団長さんとなんか勝負してるん?」

「まあな。けど、どうしてそれを聞いてきたんだ?」

 

 元気が不思議そうにする中、ホワイトフェイスはニヤリと笑いながら答えた。

 

「なに、こうして来てくれたから、一つだけ忠告をしようと思ってな」

「忠告……」

「ああ、そうだ。色々探すのももちろん構わないが、一度立ち止まるのも時には必要だ。探す事ばかり考えていると、身近な物に気づけなくなってしまうからな」

「一度立ち止まる……? でも、どこで立ち止まれば良いんだろ?」

「それは君達が考える事だ。それと、元気君が予想している場所にもうあれはない。今頃はどこかをほっつき歩いている事だろう」

 

 天井を見上げながら言うホワイトフェイスの言葉にアリスは頭を抱えた。

 

「えーと、立ち止まる事も必要だけど、探してる物はどこかを歩いていて……うー、頭が洗濯機だよー……」

「ぐるぐるする気持ちはわかるな。だけど、そこまで話しても良いのか? あまりにもヒントを出しすぎているんじゃないか?」

「問題はない。クレールが世話になっている事、それとシルバーキャット瞳の件の礼だとでも思ってくれ。クレール、引き続き案内は頼んだぞ?」

「わかってる。それが俺の役目だからな、団長は安心していてくれ」

「ああ、そうさせてもらおう。それでは、また公演の時にお会いしましょう」

 

 そう言ってホワイトフェイスはカーテンを開けて談話室を出ていき、その姿を見送ってから真里は元気に話しかけた。

 

「ゲンちゃん、その探し物って何なのか言えたりするん?」

「……いや、言えないな」

「そうか……まあ、見つかるようにウチも祈っとるよ。ゲンちゃん達にとって大切なもんみたいやしね」

「……ああ、ありがとう」

「どういたしまして。それじゃあウチらもそろそろ行こか。そろそろお昼近いし、約束通りさいちゃんの奢りで何か食べさせてもらお」

「……約束はしてましたからね。けど、さっきもいっぱい食べていたのに、もうお昼の話なんて……食べたものはどこに行っているんですか?」

「ふふ、女はいつだって秘密を持っていて、ミステリアスなんよ。ほら、さっさと行こ」

 

 真里の言葉に四人は頷いた後、大テント内へ戻るために談話室を後にした。




政実「第27話、いかがでしたでしょうか」
元気「最後の方でホワイトフェイスが何かをヒントを言ってたし、リンデンの薔薇の件は原作通りにはやっぱり行かなそうだな」
政実「そうだね。まあ、これまでにもヒントはあるから、それらを考えながらこれからも読んでもらえたら嬉しいよね」
元気「そうだな。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので、書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第28話 リンデンの薔薇のありか

政実「どうも、和風の家に住んだら日本刀を床の間に飾りたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。床の間に飾るのは良いけど、結構危なそうだな」
政実「安全面にはたしかに気を付けないとね。もっとも、その前に購入のための資金集めをしないとだけど」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第28話をどうぞ」


 談話室などがある廊下を抜けてカーテンをくぐって外へ出た後、五人が一度大テントから出てフードコートへと向かっていた時、元気とアリスがつけているイヤホンからRDの声が聞こえてきた。

 

『元気、アリス、お疲れ様です』

「……RDか」

「RDさん、お疲れ様です。何かあったんですか?」

『いえ、ここまでの事について二人からも話を聞きたいと思いまして。元気がつけているコンタクトレンズでも目の前の状況はわかりますし、ホワイトフェイスの過去や団員達の話も聞こえていました。

ですが、世界最高の人工知能とはいえ、私には人間の心の機微(きび)などまでは完全に感じ取れるわけではありません。なので、一度話を聞かせてもらいたいのです』

「話、か……正直な事を言えば、クイーンが『リンデンの薔薇』を奪って勝負に勝つのが一番だと思う。だけど、ホワイトフェイスが勝利の際に求めてくる物が“わかった”以上、それが本当に最善なのかはわからなくなったな」

「わかったって……え、本当に?」

 

 アリスが驚く中、元気は静かに頷く。

 

「ああ。たぶんだけど、ホワイトフェイスはサーカスごと自分達を盗んでもらいたいんだと思う。政府の指示で動いている間は政府の目を盗んで何かをするのは困難で、さっきだって黒田からホワイトフェイス達の仕業だってのは感づかれていた。

だけど、セブン・リング・サーカスごとクイーンが盗み出してしまえば、未だにクイーンの居所に気づけていない黒田達が探り当ててくる事はまずないだろうし、サーカスごと盗んだ時点でセブン・リング・サーカスは言ってみればクイーンの物になり、政府も表立ってセブン・リング・サーカスの事を問題には出来ない。そんな事をしたら、裏で行っていた自分達の悪事も明るみに出る可能性は高いからな」

「あ、たしかに……団長さんからお願いされてるから伊藤さん達は今は何も言わないけど、いざとなったらそれもわからないし、黒田さんは伊藤さん達がそれを知ってるって知らないからね」

『私も元気の考え通りだと思います。私も危険性などを考えるなら争いの絶えない地域へ行くのは反対ですし、過去に交わした約束だとしてもその相手の安否もわからない中で命を懸けて行く理由にはならないと思いますから。

しかし、会話の際のホワイトフェイスの声や表情はメイクで隠れていても辛さを感じている物に思えました。それだけ彼にとってその約束が大切なのでしょう』

「命を懸けても良い程の約束……それってクイーンさんと元気が交わした約束もそうだよね? クイーンさんの場合は本当に命を懸けてるけど」

「そうだな。そういえば、岩清水刑事はどうしてる? トルバドゥールの中を調べたりシュルツ達で和んだりしていたのは聞いたけど……」

『今はお昼時なのでシュルツ達と一緒に昼食中です。今朝もベーコンエッグとトースト、淹れたてのコーヒーをお出ししましたが、昼食は『八番ラーメン』のラーメンライス定食を付け合わせのザーサイと一緒にお出ししてますよ』

「『八番ラーメン』……?」

 

 話が聞こえていたクレールが首を傾げる中、RDは淡々と答える。

 

『岩清水刑事の行きつけのラーメン屋です。私の調べでは、岩清水刑事は昼食の七十六パーセントをその『八番ラーメン』のラーメンライス定食で済ませており、クイーンからは岩清水刑事の食事等は出来る限り希望を叶えるように言われていますので、昼食の希望を聞いた際に岩清水刑事から『八番ラーメン』のラーメンライス定食を出してみろと言われてその希望通りにしたまでです』

「お昼ご飯のだいたい八割はそのラーメンライス定食にしてるんだね、岩清水刑事。そんなに美味しいのかな……?」

『味が好みかはわかりませんが、麺の伸び具合やライスの水加減、ザーサイの乾き具合やどんぶりまで全てをコピーしたので岩清水刑事はとても感心していましたよ。よければ、後で作りましょうか?』

「はい、お願いします」

『それと、朝食を終えて少し落ち着いた後、岩清水刑事はトルバドゥールを抜け出して上越警部の元へ行こうとしていましたが、どれも失敗したのでとりあえず今はここにいる事を決めたようですよ』

「どれも失敗って……お前達のアジトはそんなにセキュリティが厳しいのか?」

『セキュリティ面はしっかりとしていますが、別に脱出したいなら自由にしてもらって大丈夫ですよ。ただ、現在は高度二万フィート、1フィートがおよそ0.3メートルなので、メートルに直すとおよそ6000メートルの高さを飛んでいる事になりますね。

加えて、窓は全てが拳銃で撃っても壊れない超硬質ガラスですし、全長1キロメートルもあるトルバドゥールを着陸させるにはそれ相応の広さが必要になる上、それ以外で降りるにはコンテナの中に入ってもらって降下させるかクイーン達のようにワイヤーに捕まって高速で降りてもらう事になり、後者の場合は一般人では低い気圧や耳鳴り、動悸(どうき)などでそもそも降下すら困難になります。もっとも、岩清水刑事は一度それを体験しましたけどね』

「え、どうしてですか?」

『トルバドゥールからの脱出方法を聞かれる中で、クイーンとジョーカーはどのように地上に降りているのかと聞かれたので教えただけです。その際、岩清水刑事の頭の中には瞬間的に岩清水刑事の殉職を伝える新聞記事や追悼の特別番組、更には盛大な葬儀の様子などが駆け巡ったものと思われます』

「……お前達のアジトってそんなとこにあるんだな」

 

 そう言うクレールの表情は少々引き気味であり、アリスはそれに対して苦笑いを浮かべる。

 

「あはは……まあね。そういえば、シュルツとイヴは良い子にしてますか?」

『はい。岩清水刑事に対しても特に警戒はしておらず、イヴはボール遊びを、シュルツはブラッシングをしてもらっていましたよ。そして、岩清水刑事も二匹には危害を加える気は無いようなので問題はないかと』

「それなら良いか。それにしても、上越警部も岩清水刑事が偽者な事によく気づかないもんだな。話を聞いていると、本物と今朝見かけた変装はだいぶ違う気がするけど……」

「ジョーカーさんかもって思った今だと、今朝会った岩清水刑事は雰囲気とか話し方がジョーカーさんらしさがあったしね」

『上越警部も違和感を感じているとは思いますが、これだと指摘出来る証拠がないのだと思います。刑事裁判の話になりますが、犯罪事実をはっきりと証明出来ないなら、被告人にとって有益になるように決定するべきと定めた原則で疑わしきは罰せずという言葉もありますし、証拠をしっかりと指摘出来ない以上は、上越警部もクイーン又はジョーカーであると言えませんから。

ただ、ジョーカーは変装時の演技を得意としていませんから、どこかで確固たる証拠を突きつけられてしまう可能性は十分にあるかと』

「そうだな……」

「サーカス見物をした時もお婆さんになってはいたけど、少し怖いお婆さんにはなってたからね。そう考えたら少し心配かも……」

『ですが、ジョーカーもクイーンの仕事上のパートナーとして優秀ですし、もし気づかれて一度捕まってもすぐにどうにかしますよ。ところで、『リンデンの薔薇』のありかについては何か気づいた事はありますか?』

 

 RDの問いかけにアリスは困ったような顔をする。

 

「それがまったくわからなくて……団長さんは隠してたところにはもうなくて今はどこかを歩いているって言ってましたけど、一度立ち止まる事も大事だって言ってましたし、頭の中がミキサーみたいです」

「まだ頭の中がぐるぐるしてるわけだな。だけど、ありかがわからないのは俺も同じだ。アテが外れたわけだし、他の場所ってなってもな……」

「……そういえば、元々隠してた場所は何となくわかってるって言ってたな。それはどこだと思っていたんだ?」

「……まあ、そろそろ話しても良いか。だけど、その前に……」

 

 すると、元気は前を歩く真里達に声をかけた。

 

「伊藤さん、西園寺さん、ちょっと良いか?」

「ん、どしたん?」

「二人はここのサーカスの公演って観た事はあるか?」

「あるよ。本当に評判通り、いやそれ以上の物ばかりで感心してばかりやったわ」

「僕もすごいと思ったよ。特に団長さんも出てたマジックショーはね」

「そのマジックのタネがわかるとしたら、聞きたいか?」

「え、ゲンちゃんわかるん!?」

「恐らくだけどな」

 

 全員が立ち止まった後、元気は静かに話し始めた。

 

「まず、あのマジックショーで使われていたのは、本物の日本刀と体全体が隠れる程の細長い箱、そしてキャスターのついた担架だった」

「うん、そうだね。それで、最初は他の剣を使ってたけど、全部曲がったり欠けちゃったりして、団長さんがニヤニヤしてたらプリズムプリズムさんがムッとしてその日本刀を取り出したんだよね」

「そうだな。そして野菜などを切って本物の日本刀だと俺達に証明した後、箱を一刀両断してホワイトフェイスの足は箱ごと斬れて、観客が息を飲んだり悲鳴を上げたりする中で箱からは血のような赤い液体が溢れていた」

「それだけ見れば、本当にホワイトフェイスさんの足が斬れてしまっているように見えるから当然だよね。でも、その後に箱をくっつけたら足もくっついて元通りになった。そこがやっぱり不思議だよね」

「ああ。だけど、ホワイトフェイスのその足が“義足”だったらどうだ?」

 

 その言葉にクレールは驚き、アリスは不思議そうな顔をする。

 

「義足……?」

「ああ。本物の足のように歩くために使うものだ。ホワイトフェイスが前に伝説のピエロと言われる程だったのに今は演技をしていない事や過去に争いの絶えない地域へ行っていた事から考えると、たぶんその頃に何らかの理由で足を損傷して切断する事になって今は義足になっているんだと思う。

だから、プリズムプリズムが箱を一刀両断する前に素早く義足を外し、観客に斬れたと思わせた後に箱を戻すと同時に着け直せばあのマジックは完成するはずだ。

義足も政府の力を借りて作った物なら、本物の足と遜色ない程に精巧な物は出来るだろうし、ホワイトフェイスも義足生活には慣れてるから見ている側も違和感は感じないだろうしな」

「はー……なるほど。けど、よう気づいたね?」

「前に会った時、何となく足音に違和感を感じたんだ。ただの足音にしては少し固いものがぶつかるようなそんな音が聞こえた気がしたからな。クレール、どうだ?」

 

 元気達の視線が集中する中、クレールはため息をついてから頷いた。

 

「……お前の言う通りだ。団長は義足だし、マジックショーのタネもそうらしい」

「そうなんだ……でも、義足での生活ってやっぱり慣れるまでは大変だったろうね。本物の足もなくなった上に歩けるまで悔しさばかり感じてたと思うし……」

「せやね。だから、今ある体は大事にせんとあかんのよ。生まれつき障害を持っている人もおるけど、そういう人達も周囲からあまり理解されへんかったりうまくいかなくて辛かったりする。

けど、その中でも負けたくないっていう気持ちを糧にいつも頑張ってるんや。うちらもそういう人がいたら、善意の押し売りにならん程度に何か手助けしたり五体満足で生まれてきた事に満足するだけになったりせんようにしよな」

「そうですね」

 

 真里と考太郎が話す中、アリスはこそっと元気に話しかける。

 

「それじゃあ、『リンデンの薔薇』のありかもそこって事?」

「ああ。義足の中は恐らく空洞になっていて、そこに隠していつも肌身離さず持っていたんだろうけど、そこじゃなくなったみたいだからな……RDの考えはどうだ?」

『そうですね……宝石が独りでに歩く事はまずないので、今も誰かが持っていると思いますが、立ち止まる事も大事だという言葉がやはり引っ掛かります。灯台もと暗し、という言葉もありますから、案外立ち止まった際にわかる程に身近な場所にあるのかもしれませんよ?』

「身近な場所……うーん、やっぱりわからないよ……」

「もう少し考える必要はありそうだな。さて、それじゃあそろそろフードコートに──」

 

 そう言いながら元気が前を向いたその時だった。

 

「……あっ、伊藤さんだ!」

 

 嬉しそうに真里を呼ぶ少女の声が聞こえ、五人がそちらに顔を向けると、その少し先には四人の少女と一人の男性の姿があった。

そして、その内の三人は髪型と服装のみ違ったが、顔は写し取ったかのように“まったく同じ”だった。




政実「第28話、いかがでしたでしょうか」
元気「最後に誰か来たけど、次回はその紹介から始まるのか?」
政実「うん、そうなるかな」
元気「わかった。そして最後に、今作品への感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第29話 三姉妹と名探偵

政実「どうも、好きな名探偵は数多くいる片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。一番好きな名探偵は中々決められない感じか?」
政実「そうだね。どの名探偵もそれぞれ個性豊かで魅力的だから」
元気「なるほどな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第29話をどうぞ」


「同じ顔が……三人……?」

「伊藤さんの事を呼んでますけど、お知り合いですか?」

「そうよ。おーい、亜衣(あい)ちゃん達ー!」

 

 真里が手を振りながら呼び掛けると、五人はゆっくりと近づき、髪を二つに結んだ少女は嬉しそうに真里に抱きついた。

 

「えへへ……伊藤さん、こんにちはー」

「こんにちは、美衣(みい)ちゃん。亜衣ちゃんも真衣(まい)ちゃんもこんにちはやね」

「こんにちは、伊藤さん」

「今日も取材ですか?」

「ええ、そうよ。怪盗クイーンがここの見物をするって言うから、スクープを狙いに来たんよ」

 

 真里が髪をポニーテールにしている真衣の問いかけに答える中、クレールは一緒にいる東南アジア系の浅黒いの肌の少女に話しかける。

 

「ビーストじゃないか。そっちもお客の案内中か?」

「そうよ。ほら、入場者の中で抽選が当たった人のバックステージの案内をするでしょ? だけど、大石さんや他のスタッフが少し忙しそうだったから、通りかかった私が代役を引き受けたの。もっとも、その代役はもう一人いるけど……」

 

 そう言うと、ビーストは後ろを振り向く。後ろからは子猫を抱き抱えるボーダーのシャツを着た男性が近づいてきており、男性はビースト達の目の前で足を止めると、猫から威嚇をされながら小さくため息をついた。

 

「ビースト、捕まえてきたよ」

「お疲れ様です。まったく……ウチの子に変にちょっかいをかけるからですよ?」

「少し撫でさせてもらおうと思っただけだろ? なのに威嚇された上に逃げ出されるし……」

「この子はあまり他の人に触られるのが好きじゃないんで……って、あら……?」

 

 ビーストが子猫を受け取っていると、子猫はアリスの事をジッと見ており、アリスが微笑んだ瞬間に子猫は甘えたような鳴き声を上げた。

 

「珍しいですね……この子が初めての人にここまで親しみを持つなんて」

「あはは……私、結構動物から好かれやすいみたいなんです。ウチでもこの子と同じくらいの猫と犬がいるんですよ」

「そうでしたか。私はこのセブン・リング・サーカスで猛獣使いをしているビーストといいます。そしてこちらは竹馬男のスタイリー井上です」

「よろしくな、クレールの友達たち」

「アリス・タナーです、よろしくお願いします」

「……神野元気だ、よろしく」

 

 アリスと元気がそれぞれ自己紹介をしていると、同じ顔をした少女達は興味津々な様子で元気達を見始め、その視線に気づいた元気は少し警戒しながら真里に話しかけた。

 

「……伊藤さん、こっちの四人は?」

「ああ、そういえばまだ紹介しとらんかったね。まずこの子らは順番に岩崎亜衣ちゃん、岩崎真衣ちゃん、岩崎美衣ちゃんで三つ子の中学生なんよ」

「三つ子……双子なら友達にいるけど、三つ子さんは初めてかも」

「あ、そうなんだ。それじゃあ意外と双子や三つ子って珍しくないのかな?」

 

 短髪の亜衣が疑問を口にすると、元気のイヤホンにRDが耳打ちをし、ため息をついてから元気が亜衣の疑問に答えた。

 

「……双生児の出生確率が1%で、その内同じ顔で生まれてくる一卵性双生児の確率は0.4%、違う顔で生まれてくる二卵性双生児の確率は0.6%になる。

そして一卵性の三つ子の場合は更に確率が下がって3.2/100000で、男女の双子は基本的に二卵性になるから一卵性の男女の双子は奇跡的な確率みたいだ」

「へー、そうなんだ。元気君だっけ? 君って物知りなんだね」

「……ウチには色々な事に興味を持っては質問してくる奴がいるから、色々な事を知っておく必要があるんだ」

「えへへー」

「……アリス、別に褒めてないからな」

 

 照れたように笑うアリスに対して元気がため息をつく中、真里は二人を見ながら優しく微笑む。

 

「ゲンちゃんこと神野元気君とアーちゃんことアリス・タナーちゃん、そしてこっちのクーちゃんことクレール・カルヴェ君は仲良し三人組なんよ。そして四人とも、こっちの黒背広でサングラスをかけてる長身の男の人は夢水(ゆめみず)清志郎(きよしろう)さん。夢水さん、こちらは東亜新聞の西園寺考太郎さんで、こっちの子達は今紹介した通りの子達です」

 

 真里が手で指し示す中、清志郎は何も言わずに四人を見ており、その様子にアリスは不思議そうに首を傾げた。

 

「あ、あれ……? 伊藤さん、夢水さんどうしたんですか?」

「……うーん、この感じは……」

 

 真里が腕を組みながら苦笑いを浮かべる中、清志郎の腹から大きな音が鳴る。

 

「……お腹空いた」

「……え?」

「夢水さんはこんなに痩せとるのにとても大ぐらいでお腹空かせとる事が多いのよ。それで、この人が例の記事をお願いしとる人で、亜衣ちゃん達とは夢水さんに記事のお話を持ち込んだ時からの付き合いなんよ」

「……ああ、いつも同じ格好をしてて自分の名前を忘れる上に底無しの胃袋を持っているっていう」

「伊藤さん……たしかにその通りですけど、そんな紹介の仕方をしてたんですね」

 

 亜衣が苦笑いを浮かべる中、真里はウインクをする。

 

「ちゃんとフォローもしてるから大丈夫よ。けど、夢水さんを腹ペコのままにしとくとちょっと困るし、良かったらみんなでお昼ご飯にしよか? もちろん、団員のお二人も一緒に」

「良いんですか?」

「他の団員の方にもお話を伺ってたので、お二人からもお話を伺いたいんです。先程も団長さんからお話をして頂きましたし」

「……わかりました。そういう事なら私もお答えさせて頂きます」

「俺も大丈夫ですよ、記者さん」

「決まりやね。それじゃあ行こか、みんな」

 

 その言葉に清志郎以外が頷いた後、一行はフードコートへと向かった。そして亜衣達が協力してフラフラとしている清志郎を席に座らせると、清志郎は亜衣達を静かに見上げた。

 

「いーつもすまないねぇ」

「教授、そう思うなら自分で歩いたり座ったりしてよ」

「ダメだよ、亜衣ちゃん。僕がこう言ったら『それは言わない約束でしょ』って言わないとっていつも言っているじゃないか」

「それに付き合ってられないって……」

「と言うか、それを言う意味はあるの?」

「そういう掛け合いをするのが面白いんじゃないか」

 

 清志郎の言葉に三姉妹はため息をつき、その光景を見た元気は呆れたような顔をする。

 

「……なんだかクイーン達を見てる気分だな」

「もしかしなくてもクイーンさんのお友達の名探偵さんが夢水さんなんだろうね。ただ、名探偵にはちょっと見えないけど……」

「例えるなら人間サイズの怠け者の黒猫だな。元気、もう一匹黒猫を飼う気はないのか?」

「……世話するのはシュルツだけで良い。それで伊藤さん、席分けはどうする?」

「そうやね……ウチとさいちゃんはビーストさんとスタイリー井上さんに取材したいし、ゲンちゃん達は亜衣ちゃん達と一緒に頼むわ。亜衣ちゃん達はべっぴんさんやし、一緒にお話出来るのは嬉しいんやない?」

「別にそんな事はない」

「ふふ、ゲンちゃんにはアーちゃんもおるしな。それじゃあ席分けはそれでお願いね」

 

 その言葉に元気達が頷いた後、真里と考太郎はビーストとスタイリー井上の二人と共に別の席へ向かい、元気達は二つの机を使ってそれぞれ席に座った。

 その後、元気達の席には人数分の飲み物や多くの食べ物が真里と考太郎の手によって運ばれてきた。

 

「ほい、ゲンちゃん達の分」

「すみません、伊藤さん、西園寺さん」

「良いのよ。こういう時は大人が払ったげるもんやからね」

「多くは僕が払ったんですけどね……でも、この分も経費で落とすから遠慮なく食べてね」

 

 考太郎が微笑みながら言うと、背もたれに力なく体重を預けていた清志郎が突然立ち上がり、二人に丁寧に頭を下げた。

 

「伊藤さん、西園寺さん、本当にありがとうございます」

「あ……い、いえ……」

「夢水さんがこんな素直にお礼を……いや、大人としては当たり前やし、夢水さんがちゃんとお礼を言う場面もそんな珍しくもなかったわ。それじゃあさいちゃん、そろそろ……」

「その前に西園寺さん、ちょっと耳を……」

「はい……?」

 

 考太郎が不思議そうに耳を近づけると、清志郎はボソボソと何かを耳打ちした。その言葉に考太郎は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐに不思議そうな顔をし、そんな考太郎を見ながら清志郎は満足げな顔をした。

 

「お時間を取らせてしまいすみませんでした。それではどうぞ、取材の方へ」

「は、はい……」

「夢水さんの件も気にはなるけど……まずは取材やね。行くで、さいちゃん」

「は、はい……!」

 

 真里の気合いの入った声に考太郎が答えて二人が離れていった後、再び席に座った清志郎にアリスが首を傾げながら話しかけた。

 

「夢水さん、西園寺さんに何を耳打ちしたんですか?」

「“チェックメイト”という言葉を知ってるか聞いたんだよ」

「チェックメイト……?」

「もう、教授……西園寺さんは新聞記者さんなんだよ? そんなの知ってるに決まってるじゃない」

「そうだよ。まったく……教授っていつも変わった事を言うんだから」

 

 三姉妹が呆れたような顔をし、元気達が不思議そうな顔をする中、元気達のイヤホンからはRDの声が聞こえてきた。

 

『……なるほど』

「なるほどって……RDはさっきの言葉の真意がわかってるのか?」

『はい、一応は。詳しくはまだ話せませんが、流石はクイーンが認めた名探偵だと思っています』

「RDさんがそこまで言うなんて……それじゃあ夢水さんは本当に名探偵さんなんだね」

「たしかに実力はあるようだけどな……」

 

 そう言いながらクレールは清志郎に視線を向ける。その視線の先では清志郎が運ばれてきた食べ物を一心不乱にガフガフと食べており、みるみる内に食べ物がなくなっていくその光景にアリスは目を丸くした。

 

「すごい……大食い大会の選手みたいにどんどん食べちゃってる」

「この姿からは名探偵らしさはまったく感じられないな……」

「まったくだな……」

 

 元気とクレールが揃って呆れ顔をする中、亜衣は清志郎を見ながら腰に手を当てる。

 

「もう、教授! 自分だけで食べないの!」

「お腹が減ってるんだから仕方ないじゃないか」

「まずは自己紹介でしょ。ほら、教授の後に私達も改めてするから」

「後、これで手も拭いてね」

 

 真衣の言葉にガクガクと頷きながら美衣が差し出したおしぼりで軽く油がついた手を拭くと、清志郎は一枚の名刺を取りだし、元気達にそれを差し出した。

 

「それじゃあ改めて……僕は夢水清志郎、名探偵だよ」




政実「第29話、いかがでしたでしょうか」
元気「同じ作者さんの別作品の主人公達と出会った回だったな。西園寺さんに耳打ちしてた件もあるし、オリジナル要素として何かありそうだな」
政実「そんなところだね。当然、元々の雰囲気や原作の流れを変えすぎない程度にはするけど」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第30話 名探偵の推理ショー

政実「どうも、今回の話を書く際に頭から煙が出そうになった片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。色々調べながら書いたり頭をかなり悩ませたりしてたからな」
政実「そうだね……でも、これからもこういう話は出てくるだろうし、これからも色々頑張ってみるよ」
元気「わかった。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第30話をどうぞ」


「名探偵……あ、名刺にもちゃんと書いてる」

「みたいだな。けど、俺達からすれば、あくまでも自称名探偵だから、その言葉を簡単に信じるわけにはいかないな……」

 

 元気が少し警戒したような目を向ける中、清志郎はその言葉にムッとする。

 

「信じられなくても僕が名探偵という事は変わらないよ。その証明は亜衣ちゃんや伊藤さんもしてくれるしね」

「そうだね。私達も初めはこんな人が名探偵なんて思ったけど、少なくとも教授が名探偵なのは間違いないよ」

「そこまで……って、そういえば夢水さんの事を教授って呼んでるのはどうしてなんだろ……?」

「ああ、それは教授が前に論理学っていう学問を大学で教えてた教授だったからだよ」

「本人曰く、1+1は2な事を証明する物みたいだけどね」

「1+1は2を証明……でも、物が二つあったらそれは2だからそれって大学で学ぶような事なのかな……?」

 

 アリスが不思議そうに首を傾げる中、元気のイヤホンには再びRDの声が聞こえ始め、元気は軽く頷いてから静かに口を開いた。

 

「論理学は哲学の一つで、命題の真偽の関係性を考える学問、つまりはさっきの1+1は2という物が本当かどうかを考える学問って事になる。そして、論理学は一般的には難しい学問とされているみたいだ」

「どう難しいの?」

「理由は大きく三つあって、既にわかっている事を扱うからと具体的な知識が身に付く訳じゃないから、そして意味的な内容を扱わないからだ。

例を出すなら、命題Pが“リンゴが食べ物である”で命題Qが“リンゴが食べ物であるなら、リンゴは食べられる”だとしたら、リンゴは食べられるという正しい結論が導かれるわけだな」

「食べ物なんだから食べられるのは当たり前だもんね」

「ただ、論理学は意味的な正しさは関係ない学問で、正直な事を言えば命題Pが“ボールペンは食べ物である”で命題Qが“ボールペンが食べ物であるなら、ボールペンは食べられる”という形になって、ボールペンは食べられるという一般的には間違った結論が導かれても良い。命題Pと命題Qと結論の関係性だけが論理学にとって大切な事で、その命題PやPならばQが真の時にQが真と言える論理的な真実、それは変わらないからな」

「……なんだか頭がこんがらがってくるが、つまりは論理学は俺達にとって当たり前だと考えてる事を改めて確認する学問って感じなのか?」

「そうなるな。さっきみたいにりんごが食べられるか改めて確認したところで新しい知識は得られないし、当たり前だと思っている事を扱っているだけな上にたとえ論理的には合っていても意味的に間違っている事があろうがそこは関係ないからな。

ただ、世の中には論理的に合ってるようでもちゃんと考えてみれば当たり前である規則を破っている例が実は多い。さっき、クレールが当たり前を再確認する学問って言ったけど、更に言い換えるなら世の中が何かの理由で混乱する中でも飛び交う情報に惑わされないようにする学問とも言えるかもしれないな。当たり前、要するに常識だと思う事を疑っていく事になるからな」

「なるほど……元気君、本当にすごいね」

「うんうん、私達よりも年下っぽいのにそこまでの説明が出来てるし、なんとなくでも理解出来たもん」

「そうだね。これは教授の出る幕が無かったんじゃない?」

 

 美衣が問いかけると、清志郎は静かに頷く。

 

「僕もそう思うよ。もっと厳密に且つ専門的に説明は出来るけど、その年でそこまで話せるなら大したものだからね」

「ウチの元気は物知りですから!」

「それじゃあ今度は僕の番かな。今の説明が“他の誰かの説明”だという事を証明してあげるよ」

「……え?」

 

 清志郎の言葉にアリスが驚きの声を上げる中、同じように驚いていた亜衣は清志郎に話しかける。

 

「教授、それじゃあ今の元気君の説明は本当は誰か別の人がしてたって事?」

「それだけじゃなく、双子と三つ子の出生率についてもそうだよ。一見すると元気君がしっかりと話していたようにしか見えないけどね」

「教授、年下の子がすごかったから難癖をつけたいだけじゃないの?」

「僕だってそこまでの事はしないよ。それに、三人にもまだ名探偵だという事を証明していないし、“観客”にも楽しんでもらいたいからね」

 

 清志郎の目がサングラスの奥で輝いた後、元気達が見守る中で清志郎は静かに口を開いた。

 

「さて……まずはどうしてそう思ったかを説明しようか。亜衣ちゃん、元気君が説明をした二回、その時に何か変だと思った事はないかな?」

「変だと思った事……? いきなりそう言われてもすぐに浮かばないよ。変というかすごい事ならその二回の説明内容が難しそうな事ばかりだった事くらいだけど……」

「僕も同感だね。少なくとも、双子と三つ子の出生率や論理学についての説明なんて中々出来ないし、出生率に関しては確率にも触れていたから、本当に大したもんだよ。

けれど、僕が触れたいのはそこじゃない。元気君が説明をしていたその二回、その二回だけ応答のテンポが違ったんだよ」

「応答のテンポ……要するに、その二回だけ答えるタイミングが違ったって事?」

「その通りだよ、真衣ちゃん。今は図解が出来ないけど、基本的に人対人の会話というのは、“話題を出す事”とそれを受け手が“聞く事”、そして聞いた事について“答える事”の三点で成立している。今の真衣ちゃんの問いかけを僕が聞いて答えた、この三つでしっかり会話出来てるだろ?」

「たしかに……」

「ただ、そうじゃない場合がある。美衣ちゃん、通訳士という仕事は知っているよね?」

 

 清志郎の問いに美衣は頷いた後に答える。

 

「うん、外国の旅行の時にその国の言葉を使って説明してくれたり現地の人の言葉を聞いて私達の言葉に直したりしてくれる人だよね」

「そうだね。それで、さっき美衣ちゃんが言った中の後者、他の国の言葉を一度聞いてそれを僕達に説明してくれるというパターンを分解すると、“相手が外国語を話す事”と“通訳士がそれを聞く事”、そして“通訳士が訳して伝える事”と“僕達がそれを聞く事”の四点になるんだよ」

「ほんとだ……間に一人入っただけでちょっと変わってる……」

「その点に注目すると、元気君が説明をした二回は明らかに小さくため息をついたり頷いたりしてから答えていて、他の時はあまりそうでもなかった。説明をした時だけ違う行動をしていたのは少しおかしくないかい?」

「……たしかにその二回だけ違う行動をしていたらどこかおかしく見えるな。けど、そんなのはただの偶然だと片付けられるし、まだ難癖の域は出てないんじゃないか?」

 

 元気が静かな声で言う中、清志郎はニヤリと元気を見ながら笑う。

 

「そう言われても仕方ないね。けれど、僕が触れたい事はまだあるんだ」

「教授、なに?」

「それなんだけどね……亜衣ちゃん、例えば推理小説を知らない人に説明する時はどう説明するんだい?」

「推理小説を知らない人……それなら、まずどういう人が出てくる本なのか説明して、それがどう面白いのか話した後にどういうタイトルがあるのか言って……あ、その時に他の小説とも比較したり作中に出てきそうな実在の事件も挙げたりするし、推理小説に関する雑談もするかな」

「なるほどね。つまり、推理小説についての説明以外にも比較をしたり実例を挙げたりするわけだけど、彼の説明はどうだったかな?」

「え、別に変なところはないでしょ? 簡潔にまとまっていてわかりやすかったし」

「そう、そこだよ。彼の説明は比較も実例も無かったのにわかりやすくまとめられていた。そしてそれに関する脱線もせずに説明を終えた。まるでインターネットで調べた事をそのまま伝聞したかのようにね」

 

 その言葉にアリスは驚き、不安そうに元気を見たが、元気は平静を保ちながら再び静かに口を開いた。

 

「……それだって俺の癖だという可能性はあるはずだ。まだ決定的な指摘にはならない」

「そうだね。それに君はどうやら口数は普段から少ないようだし、淡々と話す事が多いみたいだ。それなら簡潔にまとめて話す癖があってもおかしくはない」

「だったら、話はこれでおわ──」

「いや、ショーはまだ終わらないさ。実は元気君のバックに誰かがいると感じたタイミングはもう一つあったからね」

「え?」

「そんなタイミングなんてあった?」

「私達にはわからなかったけど……」

 

 岩崎三姉妹が揃った動きで腕を組む中、清志郎は自分を見つめる元気を見ながら口角を上げた。

 

「チェックメイト、僕はこの言葉を知ってるか西園寺さんに聞いたよね。この行動の意味は別にあるんだけど、この時に少し聞こえた彼ら三人の会話を考えると、ちょっと不可解な点があるんだよ」

「不可解な点?」

「うん。元気君、どうして君は初めに“なるほどって”と言ったんだい?」

「え……」

 

 清志郎の指摘に元気が動揺する中、清志郎は微笑みながら話を続ける。

 

「ただ単に、なるほどと言うなら僕もわかるさ。僕がチェックメイトと言った意味がわかっただけだからね。けれど、その言い方だと誰かがまずはなるほどと言わないと成立しないし、誰かが言ったようには聞こえなかった。亜衣ちゃん達はどうかな?」

「たしかに聞こえなかったかも……」

「まだお腹も減っていたし、全てが聞こえていたわけじゃないから聞き間違いの可能性もあるよ。けれど、元気君の言葉の後にアリスさん達が話し始めるまでに少し間があった。まるで“見えない四人目”がいるかのようにね」

「う……」

「でも、見えない四人目がいるとしてどうやって話を聞くの? 説明をしてる時、どこかを見てそれをそのまま伝えてる感じもなかったけど……」

「イヤホンだよ。今はとても小型のイヤホンなんて普通にあるし、耳の辺りを少し髪で隠せば完全に隠れてしまう。恐らくそういうイヤホンを耳につけていて、それを使ってどこかにいる四人目から話を聞いてるんだよ」

 

 サングラスの奥に隠れた清志郎の真っ直ぐな目に見つめられる元気は緊張した顔で喉をゴクリと鳴らし、アリスは心配そうに元気を見つめた。

 

「もしも考え違いなら素直に謝るよ。だけど、もしも合ってるならそれだけは答えてほしいな」

「元気……」

「……これ以上はこっちの方が難癖をつける事になるな」

『……そうですね。元気、私はお話は出来ませんが、イヤホンの件は伝えても良いですよ』

「……わかった」

 

 元気は諦めた様子で頷くと、耳から小型の平らなイヤホンを取り、それをテーブルの上に置いた。

 

「……俺の敗けだ、名探偵」




政実「第30話、いかがでしたでしょうか」
元気「……こうしてちゃんとした敗北を自覚するのは初めてだからなんだか悔しいな」
政実「こればかりは仕方ないからね」
元気「そうだな。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第31話 名探偵からのアドバイス

政実「どうも、謎解きは極力ヒントなしでやりたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。そういうこだわりがある人は他にもいるだろうな」
政実「そうだね。ヒントも時には必要だけど、なしで解けた時の気持ち良さもたまらないからね」
元気「そうか。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第31話をどうぞ」


「元気……」

「……こういう形どころか元気が負けてる姿を見た事が無いから、なんだか信じられないな。けど、元気の反論は全部証明されたし、元気も負けを認めた……つまり、夢水さんは本当に名探偵なんだな」

 

 悔しさを露にする元気をアリスが心配そうに見つめ、クレールが驚いた様子で清志郎を見つめていると、亜衣はテーブルの上に置かれたイヤホンを物珍しそうに眺めた。

 

「これで元気君は通信を……」

「でも、やっぱり元気君って頭が良いよね。こういうイヤホンがあればたしかにこっそり話を聞く事は出来るけど、それでも軽くでも内容がわかってないと混乱しちゃうし……」

「それでいて教授の推理を聞いても落ち着いて答えていたしね……教授も最後の質問が無かったら、流石に危なかったんじゃない?」

 

 美衣の問い掛けに清志郎は静かに頷く。

 

「うん、そうだね。最後に動揺した以外はとても落ち着いて答えていたし、中々隙もなかった。僕の推理に対して語彙の面で引っ掛かる場面も無かったから、元気君は少なくとも同年代の子達の中では頭脳が優れている子だと思うよ」

「……それはどうも」

「でも、一体誰から話を聞いてたの?」

「申し訳ないけどそれは言えない。それを言ったら俺以外にも困る奴がいるからな」

「まあそういう事なら……」

「そうだね。さて……観客の皆さん、この推理ショーはどうでしたか?」

「え?」

 

 ニヤリと笑う清志郎の言葉を聞いた元気が疑問の声を上げる中、真里達はパチパチと拍手をし始める。

 

「流石は夢水さん、って感じでしたよ。ゲンちゃんも度胸あるところ見せてくれとったけど、あと少しやったね」

「伊藤さん達、今のを聞いていたんですか?」

「あはは……取材はちゃんとしてたんだけど、やっぱり話し声は聞こえていたから途中から聞かせてもらってたんだよ」

「テレビなどで夢水さんの評判については聞いていましたが、まさかこれ程までとは……」

「名探偵が実際に推理を披露する場面なんて中々お目にかかれないし、良い経験になったなぁ……」

「いやぁ、どうもどうも」

 

 真里達の言葉に清志郎が軽く手を上げながら答えていると、真衣はこそこそと元気達に話しかけた。

 

「教授って結構目立ちたがり屋なんだよね。遊園地で起きた五人の消失事件の時もテレビ局の知り合いにわざわざ電話をして、テレビ番組を使ってまで自分の存在を知らしめてたし」

「教授は演出を大事にしてるところがあるからねぇ……」

「……名探偵なのは認める。だけど、こんなちゃらんぽらんとした奴に負けたかと思うと、だいぶ腹が立つな」

「あはは……夢水さんも中々変わった人みたいだね」

「まったくだな……」

 

 静かに怒りを見せる元気に対してアリスが苦笑いを浮かべ、クレールが少し呆れたような表情を浮かべていると、真里は元気とアリスの二人に視線を移した。

 

「それにしても、そんな高性能なイヤホンをわざわざ渡すなんて二人の保護者はだいぶすごい人なんやね。ただ……このサーカスの関係者のクーちゃんがいるとはいえ、二人の事を放っておくのは少々頂けへんなぁ……」

「たしかに……ねえ、二人の保護者さんはどんな人なのかな?」

「え? えっと、それは……」

 

 考太郎の問い掛けにアリスが迷いを見せ、元気はすぐさまフォローに入ろうとしたが、それよりも早く清志郎は考太郎に対して制止のために手を伸ばした。

 

「大丈夫ですよ、西園寺さん。この子達の保護者は決して悪い人ではないと思いますから」

「夢水さん……」

「夢水さん、それも何か根拠があるんですか?」

「ありますよ。まず二人の身なりですが、二人ともしっかりと洗濯がされている衣服を着ているようですし、何かに怯えている様子もない。この事から、二人がその保護者から不当な扱いを受けていないであろうと察する事が出来ます。そもそもそういった事をするような人間が保護者だった場合、こんなに人が集まっている場所で二人きりにはさせないでしょうしね」

「逃げられて自分の行いを公表されたら困るしね」

「そういう事だね。それと、たぶんその保護者は二人の位置を常に把握していると思います。このイヤホンもつけている事自体を気づかれないような形になっていますし、最悪二人が迷子になったり良からぬ事を考える人間とのトラブルに巻き込まれたりしてもすぐに対応出来るようにGPSをつけている可能性は十分にありますよ」

「なるほど……」

「そして一番の理由は……二人自身です」

 

 そう言いながら清志郎は元気とアリスを交互に見てからにこりと笑う。

 

「元気君は多少警戒心が強いようですが、それはあくまでも初対面の相手やまだあまり接点がない相手に向けた物で、同年代のアリスちゃんとクレール君に対しては少しだけ年相応な対応をしています。そんな等身大の子供らしさを持っている子だからこそ、保護者もまともな人間だと判断出来ますよ。そしてイヤホンから情報を伝えてくれていた人物も同様に」

「アンタ……」

「良い人にお世話をしてもらえているみたいだね、二人とも」

「……まあ、そうだな。結構自由人で困るところもあるし、イヤホンから情報をくれていた奴もそいつの相手には手を焼いている。だけど、少なくともアイツはまっとうな大人だ。少々子供っぽいだけのな」

「……うん、そうだね。きっと夢水さんも仲良くなれる人ですよ」

「なれる、というか僕的には“仲が良い”と思っているよ」

「そうなんで──え?」

 

 清志郎の言葉にアリスが驚く中、清志郎を除いた全員が驚いた様子で清志郎に視線を向ける。

 

「夢水さん……二人の保護者と知り合いなんですか? というか、どうして知り合いだと……」

「それは内緒です。ただ、その人もこの光景は目にしてますよ。もっとも、表情には出してませんけどね」

「目に……ゲンちゃん、アーちゃん、夢水さんの話は本当なん?」

「……ああ、夢水清志郎という名前やその実績は前に聞いていたし、伊藤さんの事も以前聞いていたんだ」

「つまり、ウチの事も知っとる人なんやね。うーん、誰なんやろ……」

「まあ、それはさておき……夢水さん、いつから俺達の保護者が自分の知り合いだと気づいていたんだ? 当然だが、名前も正体のヒントになる事も話してないはずだぞ?」

 

 元気からの問い掛けに清志郎は微笑みながら答える。

 

「その人の事情も考慮しないといけないから多くは話せないけれど、少なくとも君達と出会った瞬間にああそうかと思ったよ。その人なら君達の保護者を買って出てもおかしくないし、むしろ面白がりそうだしね」

「出会った瞬間って……」

「教授と一緒にいるとこういう事もよくあるんだよ。事件が起きた直後にはもうだいぶわかっている事が多いし、わかっていながらも犯人がやりたい事をやり終わるまでは基本的に謎解きをしないし。ね、伊藤さん」

「……そうやね。ウチもそうやったけど、夢水さんと出会った犯人の多くはきっと感謝しとると思うわ。ところで、二人はちゃんと後でその保護者と合流するん?」

「する。俺達も居所はわかってないけど、何かしらの形で接触はしてくるはずだ」

「……そう、それなら良いんやけどね」

 

 元気の返答に真里が安心したような顔をしていたその時、真里は何かを思い出した様子で両手をポンと打ち鳴らした。

 

「そうや! 二人とも、例の件を夢水さんにも相談してみたら良いんやない?」

「例の件……?」

「伊藤さん、元気君達は何か困り事でもあるんですか?」

「困り事というかは、ここの団長さんとの勝負みたいなもんみたいよ。ウチも詳しくは知らんのやけど、何かを見つける勝負をしとるみたいなのよ」

「それもこのサーカス全体を使った、な」

「勝負……ああ、あれですか」

「あれみたいだな」

 

 ビーストとスタイリー井上が納得顔で頷く中、元気は小さくため息をつく。

 

「……たしかに一度相談してみても良いか。本当は俺達自身が突き止めるべきだろうけど、貰ったヒントのせいでアリスもわけがわからなくなっているからな」

「ヒントのせいでって、それは本当にヒントなの?」

「ヒントではある。それでそのヒントというのが、色々探すのも良いが、時には立ち止まる事も大事っていう物なんだけどな」

「探さないといけないのに立ち止まる事も大事……?」

「たしかにあまりピンと来ないヒントだね……ねえ、教授はわかるの?」

「うん、今のを聞いてすぐにわかったよ」

 

 あっけらかんとした様子で清志郎が言うと、元気とアリスは信じられないといった表情を浮かべる。

 

「も、もうか……!?」

「すごい……やっぱり名探偵さんなんだ……」

「ふっふっふ、まあね。因みに、元気君達はそれのありかに予想はついているのかな?」

「……それを聞くまでは一つだけアテがあった。けど、そこにはないと言っていたし、その時にさっきのヒントを貰ったんだ」

「なるほどね。どうやらここの団長さんは中々ユニークというか大胆な人のようだ。僕も仲良くなれそうだよ」

「仲良くなれるかは置いておくとして……そのありかは俺達でも気づけるところなのか?」

 

 清志郎に元気が問いかける中、亜衣は不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ? ヒントの意味は聞かないの?」

「ああ、それを聞いたら俺達の勝負の意味がなくなる。そんな結末は俺も望んでいないし、俺達の保護者もホワイトフェイスもそれを聞いたら確実にガッカリするからな。勝負を受けた以上、俺達がちゃんと突き止める必要があるんだ」

「元気……」

「元気君、私達よりも年下なのにすごくしっかりとしてるし、その考えはすごくかっこいいと思うよ。教授もそう思うよね?」

「うん。だから、そんな元気君への応援の意味を込めてこの言葉だけは伝えておくよ」

 

 清志郎の言葉に元気は首を傾げる。

 

「言葉……?」

「そう。君のその決意の邪魔には決してならないちょっとしたアドバイスだよ」

「……まあ、そういう事ならとりあえず受け取っておくか。それでそのアドバイスっていうのは何なんだ?」

 

 元気が問いかけると、清志郎はサングラスの奥で少し挑戦的な目をしながら静かに口を開いた。

 

「灯台もと暗し、それが僕からのアドバイスだよ」




政実「第31話、いかがでしたでしょうか」
元気「謎のアドバイスを貰ったけど、これが後々必要になるのか?」
政実「そんなところだね」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第32話 新たな絆

政実「どうも、推理小説は推理しながら読む派の片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。普通に読むのも良いけど、自分なりに推理しながら読むのもまた一興だからな」
政実「そうだね。中々当たらないけど、自分もしっかり物語の中に入り込んだように感じられてすごく楽しいんだよね」
元気「たしかにな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第32話をどうぞ」


「灯台もと暗し、って……どんな意味だっけ?」

「身近な事はかえってわかりづらいって言葉だな。由来は灯台の真下は明かりが届きにくくて暗いって事らしいが……つまり、探し物は俺達の身近なところにあるのか?」

「僕の推理だとそうなるね。だけど、ここの団長さんも中々大胆で意地悪な事をするもんだ。推理が合っているなら気づける人もだいぶ少ないんじゃないかな?」

「それくらい難しいって事だよね……」

「そもそも団長さんのヒント自体がピンと来ないし……」

 

 真衣と美衣の二人が揃った動きで首を傾げる中、亜衣だけはどこか不思議そうな顔で首を傾げていた。

 

「あれ……それじゃあアテが外れたかな……?」

「アテが外れたって事は……亜衣さんは思い当たるところがあったんですか?」

「あ、うん。教授、話してみても良い?」

「うん、良いよ。亜衣ちゃんは僕と同じで推理小説を読むのが好きで、学校でも文芸部員として書く側にもまわっているから是非聞いてみたいな」

「うん、わかった」

 

 清志郎の返事を聞いた亜衣は頷くと、コホンと咳払いをしてから静かに口を開いた。

 

「さて……まず前提としてハッキリとさせておきたいんだけど、団長さんが言っていた言葉をもう一度しっかり聞かせてもらって良い?」

「……わかった。色々探すのも構わないが、一度立ち止まる事も時には必要だ。探す事ばかり考えていると、身近な物に気づけなくなってしまうから。

 そして俺が予想している場所にはもう無く、今ごろはどこかをほっつき歩いている。これがホワイトフェイスが言っていた言葉をもう少し詳しくした物だ」

「……あ、よく考えたら団長さんも夢水さんが言ってる事と同じような事を言ってる!」

「たしかにそうだけど……」

「詳しく聞いてもまだピンと来ないよ? 亜衣、どういう事なの?」

 

 美衣が促すと、亜衣は頷いてから答える。

 

「えっとね、要点を纏めると……探し物は色々動きまわっているけれど、立ち止まる事も必要って感じかな。教授も言っていた身近っていう部分と元気君の思い当たる場所にはもう無いっていう部分はちょっと省くけどね。そこは私の推理の中には無かったから」

「ふむふむ……けれど、やっぱりちんぷんかんぷんやね。立ち止まる事も必要って言うとるのに、探すべき物は今もどこかをほっつき歩いているわけやからね」

「そうですね。でも、私達、特に美衣ならピンと来る物があるんですよ。私達が立ち止まっていても見つけられる移動するものが」

「私ならピンと来る……? そんなのあったかな……?」

「ほら、私達と教授が初めて遭遇した事件、伯爵が五人の人間を消した事件があったでしょ? あの時、話してくれたじゃない」

 

 亜衣の言葉に真衣と美衣は揃って合点がいったような表情を浮かべる。

 

「あっ、それか!」

「亜衣が言いたいのは、移動式の販売機の事でしょ?」

「うん、その通り。あの時、オムラ・アミューズメント・パークで私達は何組かに分かれて見廻りをしていて、美衣はその時に移動式の販売機を見ている。

ここにそういうのがあるかはわからないけど、他にも色々なところを歩きながら食べ物や飲み物を売っている人がいれば、そういった物や人に忍ばせておけば色々なところを歩き回るし、それに気づければ立ち止まっていてもいつかは見つけられて話を聞く事だって出来る。私はそう考えたんだけど……教授のアドバイスを聞く感じだと違うみたいだね」

「そうみたいだが、それは盲点だったな……」

「うん、そうだね。クレール、ここにはそんな感じのってある?」

 

 アリスの問いかけにクレールは首を横に振る。

 

「いや、無いな。だから、残念ながらその推理は間違ってるわけだけど、俺もなるほどなとは思った。団長は身近な物に気づけなくなるとは言っていたけど、俺達の内の誰の身近な物とは言ってなかったから、俺にとって身近な物の可能性もあったからな」

「そうだな……夢水さん、この推理はどうなんだ?」

「うん、流石は亜衣ちゃんだなと思ったよ。推理自体は僕が考えている物とは違うけど、しっかりと考えられている物だし、その可能性だってあったかもしれないね」

「夢水さんがかなり誉める辺り、本当に良い着眼点やったみたいね。けど、そうじゃない場所なんて本当にあるんやろか……」

「ありますよ。因みに元気君、差し支えなければその探し物の大きさを教えてもらえるかな?」

「大きさ……?」

「そうだよ。その大きさを一応聞いておきたくてね」

「大きさか……実は俺達も実物を見た事が無いんだ」

 

 元気のその言葉に岩崎三姉妹と真里は驚く。

 

「え、そうなの!?」

「ああ。どんな形をしているかや大体の大きさはわかるんだが、実物にはまだお目にかかった事がない。写真では見た事があるんだけどな」

「それなのに探さないといけないなんて……」

「たしかに大変ですけど、見つけられないと困った事になるので探しているんです。そういえば、大きさはどのくらいなんだっけ?」

「少なくとも、手の中に隠せる程度の大きさではあるな。だから、小型な物ではあるか」

「手の中に隠せる程度の大きさ……教授、予想は合ってるの?」

「ああ、バッチリだね。たしかにそれなら隠されていても中々気づけないはずだ。そして団長さんがそこを隠し場所にしたのも納得だよ。他の場所と違って、そこならだいぶ安心出来るからね」

「ホワイトフェイスが安心出来る場所……それなら団長室だと思うが、たぶんそこでもないよな……」

「うん……後はトレーラーも一つ自分の部屋として使ってるみたいだし、動かせる物だけど、動いていたら気づくはずだし、だいぶ目立つもんね」

 

 元気とアリスが頭を悩ませる中、清志郎は二人を見ながらふんわりと笑う。

 

「とりあえずじっくりと考えてごらんよ。ただ、早く気づかないと“ある人”に先を越されて、悔しい思いをするだろうけどね」

「ある人……?」

「具体的な名前は挙げないけど、元気君とアリスさんは覚えがあるんじゃないかな? 頼りになる友達と一緒に行動をしていて、華麗にこの世を駆け回る赤い夢の住人に」

 

 その瞬間、元気とアリスの表情は強ばり、元気は警戒心を強める。

 

「……夢水さん、アンタはどこまでわかってるんだ?」

「……さあね。さて、このまま話していても良いけど、みんなもやる事があるわけだし、そろそろ行動を再開するべきじゃないかな?」

「そうですね。私達ももう少しで公演がありますし、まだ皆さんの案内も終わっていませんから」

「たしかにそうですね……あ、それならウチらもビーストさん達についていってもええです? ウチらもクーちゃんに案内をしてもらっとる身ですし、お客さんをバックステージに案内しているところも出来れば取材させてほしいんです。ゲンちゃん達はそれでもかまへん?」

「……ああ、構わないどころか俺からもお願いしたいところだ。夢水さんと亜衣さんがいる分、俺も助かるからな」

「え、私も?」

 

 亜衣が不思議そうに言う中、元気は静かに頷く。

 

「ああ。推理自体は間違っていたかもしれないが、夢水さんも誉めてはいたし、俺もそんな考え方があったのかと驚かされた。だから、同行しているだけでもその洞察力や発想力に頼りたいんだ。推理小説を好むなら、俺も話をしやすいしな」

「あれ、それじゃあ元気君も推理小説が好きなの?」

「話の内容自体も楽しんでいるが、推理小説を読みながら犯人やトリックを推理するのは良い頭の特訓になるからな。特に好きな作家がいるわけじゃないが、色々な物を読み漁っている」

「そうなんだ……! わあ、それは嬉しいなぁ。それじゃあどんな物を読んできたか色々聞いても良いかな?」

「もちろんだ」

 

 嬉しそうにする亜衣に対して元気が答える中、アリスは表情を曇らせながら元気を上目遣いで見始め、その様子に美衣はクスクス笑った。

 

「アリスちゃん、大丈夫だよ。元気君が亜衣になびく事は無いし、亜衣にはもう大事なボーイフレンドがいるんだから。ね、元気君、亜衣?」

「……まあな。あくまでも推理小説仲間が出来る事自体が良い事だと思っていて、話せる相手が近くには中々いなかったから少しでも話してみたいと思っただけだ」

「そうそ──って、別にアイツとはそういう関係じゃないから! クラスメートで同じ部活動の仲間ってだけだよ!?」

「けど、仲が良い男の子がいるんですね」

「仲が良いというか……まあ、それはさておき美衣が言うように元気君とどうこうなりたいってわけじゃないから安心して」

「……わかりました」

 

 アリスが少しだけ表情を柔らかくしながら答えると、真衣は我慢出来ない様子でアリスに抱きついた。

 

「わわっ!?」

「あー……やっぱりアリスちゃん、スッゴく可愛い! 嬉しそうに話す姿も可愛いけど、元気君を取られるかもって考えてちょっと嫉妬してるところもたまらなく可愛い。もう一人妹が出来たみたいでなんだか嬉しいな」

「妹……私が真衣さん達の妹で良いんですか?」

「もっちろん! 亜衣と美衣はどう?」

「私ももちろん良いよ」

「私も。特に私は三つ子の末っ子だし、妹が出来るなら本当に嬉しいもん」

「私が亜衣さん達の妹……えへへ、同い年の子ばかりでお兄ちゃんやお姉ちゃんはいなかったし、私もなんだか嬉しいなぁ……」

 

 アリスが嬉しそうに笑う中、真里は微笑ましそうに見てからうんうんと頷く。

 

「仲よき事は美しき(なり)、やね。さて……みんなでの行動に反対の人はおらんようやし、そろそろいきましょか。夢水さんが言っとったようにやるべき事があるわけやしね」

 

 真里のその言葉に全員が頷いた後、元気は外していたイヤホンを再びつけた。

 

「……RD、聞こえるか?」

『はい、聞こえていますよ。まさかの同行者ですが、これは良い出会いになりましたね』

「たしかにそうですね。あ、元気……さっきはごめんね」

「……別に良い。それだけアリスが俺に心を許してるわけだからな。それに、俺こそ謝らないといけないし、ここはお互い様という事にして、この件は後で話すとしよう」

「元気……うん!」

 

 元気の言葉にアリスが嬉しそうに答え、その様子にRDが安心したように息をついた後、元気達は大所帯でサーカス内の探索を再開した。




政実「第32話、いかがでしたでしょうか」
元気「本当に大所帯になったが、またストーリーが進みそうだな」
政実「うん、そうだね。因みに、次回はまたちょっと驚く展開があるかもしれないよ」
元気「そうか。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第33話 アリスの力

政実「どうも、ハッピーエンドが一番好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。ハッピーエンドか……一番スッキリはするだろうけど、それはあくまでもそいつらにとってのハッピーエンドで、他の奴からすればバッドエンドかもしれないってよく言われてるよな」
政実「そうだね。だから、目指すなら全員にとってのハッピーエンドだけど、やっぱり難しいよね」
元気「そうだな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第33話をどうぞ」


 大所帯となった中で元気達が歩いていた時、元気とアリスがつけているイヤホンからはRDの声が聞こえ始めた。

 

『二人とも、お疲れ様です』

「……RD」

「RDさん、お疲れ様です。どうかしたんですか?」

『現在、元気達が大人数で移動している件についてクイーンからのメッセージがあったのでお知らせしようかと思いまして』

「クイーンから……!?」

「って事は……クイーンさんは私達の様子を見てたって事ですよね?」

 

 元気達が驚く中でRDは静かに答える。

 

『そういう事ですね。それで、クイーンからのメッセージですが……“二人はそのまま夢水君や伊藤さん達と行動をしてくれ。夢水君は私の正体に気づいているけれど、バラすつもりはないようだから安心するように”と』

「行動をするのは良いが……」

「夢水さんがクイーンさんの正体を……でも、いつの間に正体に気づいたんだろう? RDさんは心当たりってありますか?」

『……いつ気づいたかはわかっています。ただ、何故気づけたまではまったく……』

「いつ気づいたかはわかっているのか……!?」

 

 RDの言葉に元気が更に驚いたが、RDは対照的に落ち着いた様子で答えた。

 

『はい。突然ではあったので私も驚いてしまいましたが、流石はクイーンが認める程の名探偵だと感じました。あそこまでの短時間でクイーンの正体を見抜ける人物は彼とクイーンの師匠だという皇帝(アンプルール)くらいでしょうね』

「……やっぱり夢水さんはただ者ではないんだな」

 

 元気が真剣な表情で清志郎を見ていると、それに気づいた亜衣が元気に話しかけた。

 

「元気君、教授がどうかした?」

「……いや、優れた能力があるのはわかったが、それでもそうは見えないと思っていただけだ」

「うん、それは正しい感覚だよ。今回みたいに保護者としてついてきてもらってる私達が言うのもあれだけど、教授は面白い事件や本があったら寝食を忘れて熱中しちゃうし、普段から興味ない事にはあまり見向きもせず覚える事すらしないような社会不適合者の食欲魔神だから」

「け、結構な言い方ですね……たしかにさっきの食欲旺盛さは見ていて驚いちゃったし、大人の男の人が食べてるというよりはお腹ペコペコの動物の餌やりを観てるような感じだったし……」

「そういう見方でも良いと思うよ。同じものを何着も持ってるって言って、何か機会がなかったらいつも同じ格好をするし」

「いつもウチのお母さんにご飯を食べさせてもらう代わりに色々お手伝いさせられてるみたいだし」

「そうそう。でも……教授のお陰ではあるんだよね。私達がこうして安心して三姉妹の中の一人じゃなくて自分は岩崎三姉妹の誰某だって言えるのは」

「……どういう事だ?」

 

 元気が不思議がる中、亜衣は懐かしそうな表情を浮かべる。

 

「私達ね、生まれた時から同じ顔をしてるから、周りからそっくりだねとかお母さん達も見分けるのは大変そうだとか色々言われてきたの」

「正直、私達はそんな周りをバカにしてたところがあるよね。そっくりで見分けられないでしょって感じに」

「でも、やっぱり見分けてはほしかったの。岩崎三姉妹の中の一人って言うんじゃなく、亜衣は亜衣で真衣は真衣、私は私って感じにね。そしてそれは亜衣も真衣も同じだったみたいで、流石は三つ子だなって思ってた」

「そんな中だったんだ。教授がウチの隣にある洋館に去年の春に引っ越してきたのは」

「それじゃあ亜衣さん達と夢水さんが出会ったのは結構最近だったんですね」

 

 アリスの言葉に真衣が微笑みながら頷く。

 

「そうだね。初めは珍しい事もあるなぁって感じで三人で見てて、どんな人が来たのかなって思ってたら教授が名探偵を自称している事がわかって、三人である作戦を立てたの」

「……夢水さんが本当に名探偵なのかを確かめたのか」

「大正解。私達は三人いるから一人ずつ教授のところに挨拶だったり話をしたりしに行って、何気ない会話とか手土産をもらった様子の中でも気になった物をメモして、それを帰った後に発表する事で共有してたの。前日にあった事を知らないなんて事態になったら、作戦も台無しになっちゃうからね」

「初日は亜衣で二日目が真衣、三日目が私で四日目にはまた亜衣が行って、四日目時点で教授は名探偵ではないと結論づけたから、五日目に亜衣が教授のところへ実は名探偵じゃないんでしょって言いに行ったの」

「それでそれで?」

「結果、私達が負けたよ。私達のクセや特徴で見分けられたからね。それに加えて、利き腕や視力の強弱、靴の脱ぎ方や教授の家のリビングにあった物への興味の有り無しみたいな様々な部分を見られていたのもあって」

 

 そう語る亜衣は悔しそうではあったが、それでもどこか嬉しそうな様子だった。

 

「それで、私達三人を集めて、三人が目の前にいる状態で教授は推理を披露してくれて、しっかりと“それぞれ”を認識した上で改めて自己紹介をしてくれたの。それからも私達の事はしっかりと見分けてくれてるし、なんだかんだで保護者の役割はしてくれてる。

だから、私達は教授の事やその推理力は信頼してるんだ。もちろん、理由とか気になった点とかは聞くけど、教授が最後にはハッピーエンドにしてくれるって思ってる。教授はいつだってただ事件を解くんじゃなくてみんなが幸せになれるような結末にしてくれるからね」

「みんなが幸せに……そういえば、さっきも必要以上に追及してこなかったような……」

「別に俺達の事を追及してその後ろにいる人物について突き詰めても良い中で教えてくれるならという言い方で止めていた。それが夢水さんなりの流儀、名探偵としての美学って奴なのかもな」

「そうなんだと思う。教授にはいつも苦労させられてるけど、そういうところはしっかりとしてるからね」

 

 清志郎を見ながら亜衣は微笑んでいたが、そのまま不意にアリスに視線を移した。

 

「でも、なんだか不思議だなぁ。ここまで話すつもりは無かったのに、二人、特にアリスちゃんの前だと色々な事を話しても良いかなって思っちゃうもん」

「あ、やっぱりそうだよね。さっきみたいにうんうんって聞いてくれるから話したくなるのもあると思うけど、そういう雰囲気にさせてくれる感じがするっていうかもっと話したいもっと聞いて欲しいみたいなきもちになるんだよね」

「アリスちゃんは聞き上手さんなのかもしれないね。こんなに可愛い上に聞き上手さんなのは羨ましいし、色々な人から好かれるんじゃないかな?」

「え、えへへ……そんな事ないですよ。でも、そう言ってもらえるのは嬉しいなぁ……」

 

 アリスが言葉通りに嬉しそうな顔をし、それを見ていた岩崎三姉妹がアリスを愛おしそうに見ている中、その様子を見ていた元気にRDが話しかけた。

 

『元気、貴方の考えはわかりますよ。それがアリスの特技なのかもしれないと思っているんですよね?』

「……ああ。自分で言うのもあれだけど、他の奴の前だと緊張感を持ったりあまり心を許したりするのは良くないって感じたりするのに、アリスの前だと不思議と少しは肩の力を抜いても良いかなと思えるし、警戒心が強い動物達だってアリスを前にしたらすぐに心を許していた。

つまり、アリスの前では色々な生き物が心を許しても良いと思わされ、その結果として話すつもりもなかった出来事をポロッと話す事になる。言ってみれば、アリスの前では様々な秘密も意味を成さない事になるんだ」

『軽業師のシルバーキャット瞳もアリスが来て話をした結果、考え直してみると言いましたし、その考えは合っているかもしれません。しかし、そうなるとやはり不思議ですね……そういう雰囲気を漂わせている人物だという結論を出せばそこまでですが、アリスの場合はそれで片付けられる範囲を明らかに超えています』

「……参考までに聞いておきたいんだが、RDはアリスのその特技らしき物の影響は受けているのか?」

 

 元気からの問いかけに対してRDは数秒黙った後に答えた。

 

『影響は受けていないと思います。いえ、受けていないと“信じたい”というのが正確でしょうか』

「RDの口からそんな言葉が出るのは意外だな」

『私もそう思います。ここまでの私の言動をすべて見返し、その上で何回も計算をすれば正確な答えは出せると思います。ただ、アリスの特技らしき物はまだまだ未知数であり、正確な答えを出すだけのデータが揃っていません。なので、世界最高の人工知能である私にしては珍しく信じたいという言葉を使うのが正確だと判断しました』

「……クイーンもそうだけど、お前達は一々自分の自慢をしたいんだな」

 

 元気がやれやれといった様子で言っていたその時、その肩をアリスが笑顔で叩いた。

 

「ねえ、元気! 私も部活動がやりたいな!」

「……突然だな。なんで部活動の話になったんだ?」

「あのね、亜衣さん達と話してた時、真衣さんと美衣さんも他の部活動に入ってるって話になったの。真衣さんが陸上部で美衣さんは星占い同好会なんだって」

「三姉妹揃ってジャンルがまったく違うな。それで、それを聞いてお前もやりたくなったのか」

「うん! どうかな、私も部活動をやるのって」

「……別に構わないが、何が出来そうで何なら向いてそうかは考えとく。すぐにどうこう出来る事でもないからな」

「うん、わかった! 元気、ありがとうね」

「……どういたしまして」

 

 アリスの嬉しそうな顔を前にして元気も少し嬉しそうに微笑んでいると、それを見ていた真衣がニヤニヤ笑う。

 

「元気君ってやっぱりアリスちゃんには甘いよね」

「……そのつもりはないが、それは否定出来ないのかもな」

 

 元気がため息混じりに答えていたその時、前を歩いていた大人組の足が止まった。一行はいつの間にか大テント内に入っており、大人組の目の前にはビーストが世話をしているであろう雄のライオンが檻の中に入っていた。

 

「皆さん、紹介します。この子は私がお世話をしている子でサーカスの演目でも見事な曲芸を披露してくれているんです」

「あ、この子ってたしか火の輪くぐりをしてる子ですよね?」

「その通りです。流石に今はこうして檻の中にいてもらっていますが、演目の際にはとてもカッコ良い──」

「……おや、そこにいるのは夢水さん達じゃないか」

「え?」

 

 突然聞こえてきた嬉しそうな声に元気達はそちらへ視線を向けた。すると、そこには軽く手を振りながら歩いてくる上越警部とただ者ではない雰囲気を出しながらその後ろを歩く岩清水刑事の姿があった。




政実「第33話、いかがでしたでしょうか」
元気「原作だとちょっとした出来事が起こる場面だけど、こっちだと色々な人が集合してるな」
政実「そうだね。そしてこの集合の結果がどうなるか、それは次回のお楽しみということで」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第34話 警部達との再会

政実「どうも、警察にお世話になった事がない片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。いや、それが普通なんだよ」
政実「まあね。だからこそ、これからもそれは無いようにしたいね」
元気「……まあな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第34話をどうぞ」


「あっ、上越警部に岩清水刑事だ!」

「そういえば、今日はあの怪盗クイーンがここに来てるんだっけ……」

「それの件だったらここにいるのも納得かな」

 

 三姉妹がそれぞれ別の反応を見せる中、上越警部は岩清水刑事と共に元気達の目の前で止まり、三姉妹の姿に微笑んだ後に元気達が同行している事に気づいて驚いた様子を見せた。

 

「おや、君達はさっきの……」

「警部さん達、さっきぶりです!」

「……どうも。まさか、こんなに早くまた会うとは思わなかったな」

「それはワシらも同じだよ。もちろん、亜衣ちゃん達や夢水さん、伊藤さんとも一緒だった事もだがね」

 

 上越警部が優しい笑みを浮かべる中で亜衣は不意に岩清水刑事に視線を向けた。すると、どこか不思議そうに首を傾げた。

 

「あれ……岩清水刑事、今日はなんだか静かですね。それに、スーツも少しシミがついてるような……?」

「ああ、今日は朝からそんなでな。仕事はいつも通り……いや、いつも以上に真面目でテキパキとこなしてくれるから助かっておるよ。スーツのシミもちょっとした事故でついた物なんだが、いつものようにスーツのシミについて嫌な顔をするのかと思えばしないどころか相手の怪我の心配をしていたんだよ」

「え、本当ですか?」

「こう言ったら失礼だろうけどなんだか意外……岩清水刑事の事だからすごく嫌な顔をしてそうだし、静かなのも不機嫌だからだと思ってた」

「刑事さん、なんだかだいぶ言われてるような……」

 

 アリスが苦笑いを浮かべていると、亜衣は同じように苦笑いを浮かべながら口を開いた。

 

「まあ仕方ないよ。私達にも非はあるけど、岩清水刑事は第一印象があまりよくなかったから」

「そうなのか?」

「そう。私達の町に夜光怪人っていうピカピカ光る謎の怪人が現れた事があってね、その時に私達と伊藤さんは岩清水刑事とも初めて会ったんだけど、補導しようとするのは良いとしても手錠まで出してきたんだよ」

「うわ……それは流石にどうなんだってなるな」

「その時は警部がどうにかとりなしてくれたけど、警部がいなかったら揃って手錠をかけられていたね。もっとも、私達も夜光怪人を捕まえるために色々武装してたんだけど」

「唐辛子を水に溶かした奴とか小麦粉爆弾とかね」

「……申し訳ないけど、そんなのをぶつけられたなら岩清水刑事も怒るのは当然だと思う。たしかに手錠はやりすぎだけどな」

 

 元気が呆れたように言い、真衣と美衣が揃って頭を掻く中、亜衣は苦笑いを浮かべたままで話を続ける。

 

「ただ、岩清水刑事もその後は中々だったよ。夜光怪人がある夜に大量に発生して、最後には気球を使って逃げようとしたの。そしたら、岩清水刑事は迷うことなく気球を拳銃で撃ち始めて、最終的には気球に当たって爆発しちゃったから」

「いやいや、それは大惨事だろ!」

「当然だ。だから、あの後にはしっかり始末書を書かせたとも。岩清水君は職務には真面目で、情熱も人一倍なんだが……それが暴走してしまいがちでな。因みに、夜光怪人が無事だったのは後で夢水さんから確認しているから、始末書だけで済ませておるよ。そうじゃなければ、自分が逮捕される側になっているしな」

「ですよね……」

 

 亜衣達が揃って苦笑いを浮かべ、上越警部と話を始める中、元気とアリスは岩清水刑事にこっそり近づいた。

 

「……ジョーカーさん、ですよね?」

「……そうだよ。本物の岩清水刑事についてRDから何か聞いているかい?」

「何度か脱出を試みるも失敗。後は大人しく捕らえられている事にして、RDから食事を振る舞われたりアニマルセラピーで癒されたりしてるみたいだ」

「彼にとっては良い休日になっているようだね。クイーンの変装については何かわかったかな?」

「それがまったく……でも、夢水さんが言うには、私達の動きはちゃんと把握している上に夢水さんはクイーンさんの居所はわかっているみたいなんです」

「教えてくれる気は更々無いようだけどな」

「そうか……まあ、わかったところで意味はないと思うけどね」

 

 ジョーカーの言葉に二人は不思議そうな顔をする。

 

「わかっても意味はない?」

「どういう事ですか?」

「あの人の性格上、僕達が正体に気づいたら、その瞬間にわかって、その後すぐにまた別の変装をしてしまうって事だよ。君達から見てあの人はどういう人だい?」

「……普段は怠け者で酒じゃなく自分に酔っているC調と遊び心が鉄則の快楽主義者」

「でも、ちゃんとやりたいと思えた時にはその実力をいかんなく発揮して、誰もその足取りを掴む事が出来ない赤い夢の住人の怪盗さん、です」

 

 元気とアリスがそれぞれ答えると、ジョーカーは頷いた。

 

「そうだね。それ故にあの人は仕事の時には一切妥協をしない。変装についても同じ事なんだよ」

「たしか自分に対して強い催眠をかけているんだったか。自分は変装相手であるという暗示をかけて、並大抵の事じゃそれが解けなくなるような」

「でも、それだとずっとその人のままだよね」

「そのためにあの人は催眠を解くためのキーワードを用意しているんだ。それを聞いたらすぐに催眠が解け、変装相手から怪盗クイーンへとすぐに戻れるように」

「キーワード……」

「そのキーワードって何なんですか?」

「今回のキーワード、それは“チェックメイト”だよ」

 

 それを聞いた瞬間、元気とアリスは揃って驚いた。

 

 

「その言葉って……!」

「さっきの……」

「……誰かがそれを言っていたのかい?」

「夢水さんが西園寺さんに聞いていたんだ。チェックメイトという言葉を知っているかと」

「西園寺さんは不思議そうにしてましたけどね」

「そうか……」

 

 ジョーカーが顎に手を当てる中、アリスはハッとした。

 

「もしかして……西園寺さんがクイーンさんとか!? 夢水さんはクイーンさんの居所がわかってるみたいだし、それの確認のためにチェックメイトを知ってるかって聞いたんだよ」

「僕もそう思うよ。だけど、僕達が気づいた頃にはもう違う人になっていると思った方がいい。クイーンは身長も変えられるからこの人ならなれないだろうという考え方は危険だしね」

「身長まで……そうなると、変装している相手を変えられたらますますわけがわからないな」

「だから、クイーンが誰かという事を考えずに君達は君達のやれる事をやってくれ。その様子だと、まだ例の物は見つかっていないんだろう?」

 

 ジョーカーの問いかけに二人は頷く。

 

「まだだな。ただ、夢水さんはもう見当がついているようだ」

「私達にヒントまで出してくれたしね。団長さんからもヒントは貰ってるけど……」

「ホワイトフェイスから?」

「ああ。俺とクイーンが予想している場所にはもう無くて、今はどこかを動いているけど、立ち止まる事も時には大事だと言っていたな」

「そうか……」

「ジョーカーさんはわかりますか? 夢水さんはわかったみたいなんですが、私達は全然で……」

「……僕も確証はないよ。だけど、ここだと良いなというのはあるかな」

「つまり、予想はついてるのか?」

 

 元気が驚きながら聞くと、ジョーカーは静かに頷く。

 

「うん。クイーンはいつも勿体ぶった言い方をするから、そういったわかりづらい言い方には慣れてしまったんだ。因みに、夢水清志郎は何と言っていたのかな?」

「灯台もと暗し、っていうヒントを貰いました」

「灯台もと暗し……それじゃあここまでに出会った人達は誰がいたかな?」

「ここのサーカスの人間なら催眠術師のシャモン斎藤以外の芸人達と一部のスタッフ、後はここにいる全員と警察庁の黒田だな」

「そうか……それなら、僕の予想はたぶん合っているな。その中にリンデンの薔薇を隠せる人間がいるからね」

「隠せる……あっ、それならマジシャンのプリズムプリズムさんだよ。マジシャンなら隠すのはお手のものでしょ?」

 

 アリスはぱあっと顔を輝かせるが、元気は難しい顔をしながら首を横に振る。

 

「だとしてもどこに隠すんだ? プリズムプリズムと会ったのは、ここに来てすぐで、その時の俺達の行動だって別に変なところは無かったはずだ」

「あ、たしかに……えーと、クレールと一緒にプリズムプリズムさんに入り口のところで出会って、指定されてたホワイトフェイス君人形を渡してこのパスを受け取ったくらいだったはずで、その時にちょっとしたマジックを見せてもらって……」

「マジック……」

 

 思い出しながら口にするアリスの言葉を聞いた元気が何かに気づいた様子を見せていたその時だった。

 

「元気君達は岩清水さんと仲が良いのかな?」

「え? あ、西園寺さん」

 

 近づいてきていた考太郎にアリスが気づく中、元気は警戒しながらアリスを軽く後ろに隠した。

 

「……別に。怪盗クイーンの居所について何か気づいた事がないか聞かれていただけだ」

「そっか。因みに、何か気づいた事はあるのかな?」

「……ピンと来るものはない。それに、怪盗クイーンがどこかにいたとしても俺達にわかるわけはない。話くらいしか聞いた事はないが、怪盗クイーンが簡単に正体がバレるような真似はしないと思うからな」

「僕も同感だよ。それで、“本当は”何を話していたのかな?」

「だから、怪盗クイーンの居所を──」

「居所は居所でも“リンデンの薔薇の居所”じゃないのかな?」

「なっ……!?」

「えっ……!?」

 

 考太郎の言葉に元気とアリスが驚く中、ジョーカーは何も言わずに三人の様子を見ていた。そして静かに微笑んだ考太郎が何かを言おうと口を開いたその時だった。

 

「う、うわぁーっ!!」

 

 突如聞こえてきた悲鳴に全員の視線がそちらへ集中する。

 

「今のは……」

「スタッフの大石さんです!」

「……何やら事件みたいやね。ここにゲンちゃん達だけ残すのもちょっと危険やし、とりあえずみんなで行ってみよか。上越さん、岩清水さん、子供達の安全はお任せします」

「……ええ、わかりました」

「了解です」

 

 真剣な表情の上越警部とジョーカーが答えた後、一団は揃って悲鳴が聞こえた方へと走り始めた。




政実「第34話、いかがでしたでしょうか」
元気「岩清水刑事がジョーカーで確定したのは良いとして、クイーンだと思ってる西園寺さんの行動の真意がわからないな」
政実「そこは後々わかるから、その時をお楽しみにって感じかな」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしてますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第35話 響く咆哮

政実「どうも、一度はライオンに触ってみたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。ライオンか……その気持ちはわかるけど、正直危険は危険だし、中々その機会には恵まれないだろうな」
政実「たしかにね。ただ、その機会が来たら是非触ってみたいな」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第35話をどうぞ」


 元気達が悲鳴の先へ向かうと、そこではスタッフ達が遠巻きに何かを見ていた。その視線の先には、怯えた様子で尻餅をつくスタッフの大石と檻から出ているライオンの姿があり、低い唸り声を上げるライオンと大石との距離はだいぶ近くなっていた。

 

「ら、ライオン……!?」

「こ、これは大事件や……! ビーストさん、これは一体どういう事なん!?」

「……私にも詳しい事はわかりません。ただ、猛獣達が興奮して檻の入り口にぶつかる事で開いてしまう事はあるので、恐らくこれもそれが原因だと思います。先日の公演から猛獣達もどこかピリピリしていましたし……」

「ピリピリしていたって?」

「……怪盗クイーンです。先日の公演には怪盗クイーンがいたようでして、それがこの子達の神経が苛立っていた原因なんです」

「でも、どうして怪盗クイーンが理由になるんですか?」

 

 美衣の質問にビーストは悔しそうに答える。

 

「……自分よりも強い相手だと感じて怯えているからですよ。この子達は野生では群れを率いたり他の個体と戦ったりしていますから、犬や猫とは違う野生の本能で怪盗クイーンの怖さを感じ取っているんです」

「怪盗クイーンの怖さ……」

「……先日、怪盗クイーンが公演を観に来た時、一度猛獣達が演技を止めたんです。あれも恐らく怪盗クイーンが観客席からこの子達を睨んだから……」

 

 ビーストが悔しそうに言う中、元気はボソッと呟いた。

 

「実際はクイーンがジョーカーにやらせたんだけどな」

「そうだったね。でも、本当にどうしたら良いんだろ……あの感じだとビーストさんが止めようとしても簡単には言う事を聞いてはくれないよね……」

「うむ……ワシも出来るならば怪我人も出さず、あのライオンも傷つけずに済ませたい。だが、いざとなったら……」

 

 そう言いながら上越警部が拳銃の安全装置を外す中、ビーストは持っていたムチを地面に叩きつけた。

 

「戻りなさい! その人から離れて、そのまま檻の中へ!」

「グルルァウ!」

「戻りなさい! あなたが怖がっているのはわかっているけれど、このままじゃあなたが……!」

「グルルル……」

 

 ビーストの指示を聞かずにライオンは唸り声を上げながら大石を睨み続け、その様子に上越警部が哀しそうにため息をついていたその時だった。

 

「警部、ここは僕が」

「岩清水君?」

 

 ジョーカーは上越警部の肩に手を置いて拳銃を出そうとする手を止めると、アルマーニの背広を脱いでそれを左腕に巻き付けた。

 

「……何をするつもりだね?」

「僕が彼の事をどうにかします。警部は警官達と一緒に団員達やこの子達の避難を優先してください」

「しかし!」

「大丈夫です。ですが、僕がダメだった時は……怪盗クイーンの事をお願いします」

「岩清水君……」

 

 上越警部が真剣な顔をし、頷いてから口を開こうとしたその時、黙っていたアリスが突然走り出した。

 

「あ、アリス!?」

「アリス! 戻ってこい!」

 

 元気の制止には耳を貸さずにアリスはそのまま大石とライオンの間に立つと、その場の空気が凍りつく中でゆっくりライオンに手を伸ばした。

 

「グルルル……!」

「……大丈夫だよ。怖い思いはしたかもしれないけど、今ここにはあなたの事を傷つけたい人はいないの。大石さんだってあなたの姿を見て怖がっているだけで、ビーストさんも警部さんもどうにかあなたも無事で済むような方法で終わりにしたいと思ってる」

「グルル……」

「……だから、ね? ここは大人しく檻の中に戻って? ライオンさん、お願い」

 

 猛獣を前にしているとも思えないその落ち着いた声にその場にいた誰もが動けずにいたその時、ライオンからは唸り声と殺意が消え、アリスが伸ばしたその手を優しく一舐めした。

 

「わっ……ふふ、ありがとう。あなたみたいに優しいライオンさんで良かったよ」

「ガウ」

「それじゃあビーストさん、後はお願いします」

「……え、ええ……」

 

 アリスが離れると同時にビーストがライオンへ、スタイリー井上が大石へ近づき、ライオンが檻の中に戻される中でアリスは亜衣達が信じられないといった視線を向けてくる中を歩いて、不安と恐怖でいっぱいになっている元気の目の前で足を止めた。

 

「元気、ただいま」

「ただいま、じゃない! お前、自分がどれだけ危険な事をしたのかわかってるのか!?」

「うん、それはもちろん。でも、あの子をどうにかしなきゃって思った時には身体が動いてたの。それに、まったく不安なんて無かったよ?」

「え?」

「なんでって言われても理由はわからないんだけど、不思議と大丈夫だっていう確信があったの。いつもあの子達と接してるみたいにすれば大丈夫だっていうたしかな物が」

「アリス……」

「でも、元気達を困らせちゃったのは事実だから。みんな、心配をかけて本当にごめんなさい」

 

 アリスが頭を下げ、亜衣達が何も言えずにいる中、元気は小さくため息をつくと、その頭をポンポンと叩いた。

 

「元気……」

「……怪我をしなかったから今はそれで良い。けど心配をかけた分、後でちゃんと叱るからな」

「……うん。ふふっ……」

「……何かおかしいか?」

「ふふ……こう言ったらあれだけど、いつも冷静な元気があそこまで感情的になってくれたのがすごく嬉しくて」

「それはそうだろう。保護者はちゃんといるけど、今の場合は俺がお前の面倒を見る側だからな。それに、お前に怪我されたり苦しまれたりしたら、俺だって心配になるんだよ」

「……そっか。心配してくれて本当にありがとうね、元気」

「……どういたしまして」

 

 元気がため息混じりに言う中、イヤホンからはRDの声が聞こえ始めた。

 

『なるほど、そういう事ですか……』

「何かわかったのか?」

『アリスの特技について少しだけ。恐らくですが、他人から好かれやすく、その上で相手に自分の要求を飲ませやすく出来る。それがアリスの特技と言える物なのかもしれません』

 

 聞こえてきたRDの言葉に元気は眉を潜める。

 

「好かれやすいのはまだ良いとして……その後のは結構危険じゃないのか?」

『その通りです。まだ確証があるわけではありませんが、普段から警戒心が強い元気や気が立っているライオンすらも大人しくさせた上に自分の言葉の通りにさせている。この事から、アリスにはそういった特技があると考えられます』

「……そうなると、ますますアリスを神製教団(デウスクリエイター)の手には渡せなくなったな。もしも本当にそんな力があるなら、アイツらはそれを確実に利用してくるだろうしな」

『私も同意見です。この件については後でクイーン達とも話しましょう』

「わかった」

 

 元気が答えていると、左腕に巻き付けていたアルマーニの背広を解いているジョーカーに対して上越警部は真剣な顔で話しかけた。

 

「岩清水君。何故君は、その背広を使ってまでライオンを止めようとしたのかね?」

「上越警部……?」

「……これが最善だと判断したので。それに、可哀想じゃないですか。自分達が住んでいた所から人間側の都合で連れてこられた上に檻に入れられ、怖い思いをしたから出たら、それで殺されそうになるなんて」

「……そうだね。ワシもそう思うよ、“偽物の”岩清水君」

「……え?」

 

 上越警部の言葉に真里が不思議そうな声を出す中、上越警部は迷わずに手錠を出し、ジョーカーの右手首にかけた。

 

「午後一時四十八分、国際刑事警察機構(ICPO)からの指令により逮捕する」

「警部? これは何の冗談ですか? 今すぐに止め──」

「君はクイーンとジョーカー、どちらなのかね?」

「け、警部……まさか岩清水刑事がクイーンかジョーカーだって言うんですか?」

 

 真衣が震え声で聞く中、上越警部は清志郎に視線を向ける。

 

「夢水さん、ワシの判断は間違っているかね?」

「いえ、大正解ですよ」

「教授まで……」

「朝から何か変だとは思っていたんだよ。岩清水君にしてはテキパキとしていて、とても頼りに──ああいや、本物の彼の出来が悪いとは言わんよ。ちょっと……いや、かなり正義感が空回りして、周囲に迷惑をかけがちというだけで、彼自身も有能な刑事だ」

「警部……たぶん、それはフォローになってないですよ」

「うむ……それと、岩清水君にしてはとんちんかんな事も度々言っておったんだよ。警備体制に対して“ネコの子一匹通れない”と言ったらネコの子や犬、カラスくらいなら通れそうだと返したり、“水も漏らさぬ”警備だと誉めたら本当に水を漏らさないようにするなら自衛隊に土嚢を積んでもらわないといけないと言ったりしていたんだ」

 

 それを聞いていた元気は呆れたようにため息をつく。

 

「……そういえば、ジョーカーってだいぶ天然だったな」

「たしかにジョーカーさんならそういう返しはしそうかも……」

『……私も同意見です』

 

 アリスが苦笑いを浮かべ、RDがため息混じりに言う中、上越警部はアルマーニの背広を指差した。

 

「そして……一番の決め手はそれだよ。亜衣ちゃん達も言っておったように岩清水君はその“アルマジロ”の──」

「アルマーニ、ですよ。警部」

「……失礼。アルマーニの背広を大事にしている。それなのに、汚れてもくしゃくしゃになっても気にせずに他人の心配をしており、その後にぼやく様子もない。そして何より……」

 

 そう言いながら上越警部は自分の拳銃をジョーカーの目の前に出した。

 

「本物の彼なら、真っ先に銃を抜いていたよ。だけど、君はアルマーニの背広を左腕に巻き付けてライオンの前に出ようとした。本物の彼には素手でライオンを追い払う技術はないというのにね」

「…………」

「ワシの推理、当たっているかね? “元気君”」

「……え?」

「ど、どうして元気にそれを……?」

「……考えたくはないが、岩清水君がクイーンまたはジョーカーだとすれば、この結論になるんだよ」

 

 そして上越警部は元気とアリスを見ながら静かに口を開いた。

 

「君達二人の保護者、それはワシ達が追っている怪盗クイーンだとね」




政実「第35話、いかがでしたでしょうか」
元気「遂に上越警部がそこまで辿り着いたな。けど、このままだと俺達がピンチじゃないか?」
政実「そこに関しては次回をお楽しみにという事で」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第36話 見つけたもの

政実「どうも、探し物はそれなりに得意な片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。得意なのは良いとして、そもそも探さなくてすむのが一番だけどな」
政実「たしかにね。そのためにも失くし物をしないように気を付けないとだね」
元気「そうだな。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第36話をどうぞ」


「元気君達が……」

「教授、どうなの?」

 

 亜衣が問いかける中、清志郎は静かに頷いた。

 

「そうだよ。彼らの保護者は怪盗クイーン達さ。僕的にはまだ言う必要はないと思っていたけど、ここまで辿り着いた警部の功績は讃えるべきだからね」

「それじゃあ本当なんだ……」

「でも、どうして警部はそう思ったんですか? 関連なんてまったく無いように見えるのに……」

 

 美衣が不思議そうに聞くと、上越警部は俯く元気達に視線を向ける。

 

「さっきから岩清水君がこの子達の近くにいるのが理由の一つだ。岩清水君はさっきまでワシと常に行動を共にしていて、この子達と話したのもテントの外で今朝会った時のみで、三人が知り合いだという様子も見られなかった。

なのに、何故か合流した後は三人は一緒にいる。これは岩清水君がクイーンまたはジョーカーが変装をしていて、二人の様子を見ながら小声で相談をするためだと考えたんだよ」

「……岩清水刑事も警察官だ。怪盗クイーンがいる場所なら警戒をするために子供のそばにいてもおかしくないんじゃないのか?」

「たしかにそうだ。だが、それなら同じく未成年の亜衣ちゃん達にも注意を促すと思わんかね?」

「た、たしかに……」

「だが、話を聞いてると岩清水刑事も亜衣さん達とは顔見知りのはずで、亜衣さん達もそれなりに気がつく方だ。それなら、それを知っているからこそ……」

「いや、岩清水君は亜衣ちゃん達の勘の良さや推理力はあまり評価しておらんよ。それに、評価しているワシでもやはり三人には注意喚起をする。装備があるワシ達でも対応出来ない事態というのは起きる可能性があるからね」

 

 上越警部が優しい目を向けるのに対して元気が黙り込むと、アリスは元気に心配そうな視線を向けてから上越警部に視線を移した。

 

「で、でも……岩清水刑事が怪盗クイーンだったとしても私達を拐うために近くにいた可能性があるんじゃ……」

「……いや、それは無いだろうね」

「ど、どうして……」

「前提として怪盗クイーンは間違いなく世間的に見れば犯罪者であり、警察が逮捕をするべき存在だ。けれど、悔しい事に怪盗クイーンの事について理解している事があるんだよ」

「理解している事……」

「うむ。怪盗クイーンは犯罪者だが、他の犯罪者のような私利私欲のための盗みはせず、自分の美学のために動く奴だ。そして、いらなく誰かを傷つける事も命を奪う事だってしない。そんな奴が君達の事を拐おうとしてるとは思えんのだよ」

 

 アリスを見つめる上越警部の表情には迷いがなく、その様子にアリスと元気が驚いていると、清志郎は静かに頷いた。

 

「僕も同意見ですね。あの人は誰かを拐ったと声明を出したとしてもそれはその人の今後のために必要だったからとかですし、悪意を持って拐うような真似は絶対にしませんよ」

「教授まで……」

「それと、少しだけ口を出させてもらうと、元気君達はとても高性能なイヤホンを持っているようで、それを使って色々な情報を伝えられているみたいですから、本物の岩清水刑事はたぶんアジトにいますよ」

「アジト……元気君、どうなのかね?」

「……いる。それも、捕まってるとは思えない程にのんびりとしてるみたいだ」

「元気……」

「流石にこれ以上粘ろうとしても仕方ないし、難癖をつける形になるのは嫌だからな」

 

 悔しそうに言う元気に対してアリスが優しい笑みを浮かべながら頷いていると、上越警部は安心したように息をついた。

 

「そうか……まあ、彼にとっては良い休暇だったと思ってもらう事にしよう。それで、君達が怪盗クイーンの保護下にあるというのは間違いないんだね?」

「ああ。衣食住全てを提供されているし、必要な物があったらそれも与えられていて、しっかりと学習の機会もある」

「そういえば、お世話してるペットもいるんだっけ?」

「はい、その子達ものびのびと過ごしてますし、何一つ不自由ない生活をしてます」

「うむ、そうか……」

 

 上越警部が軽く唸る中、元気は警戒した様子で話しかけた。

 

「それで、俺達をクイーンから保護でもするのか? 警察からすれば犯罪者のところに子供がいるのは良くないだろうからな」

「……本来はそうだ。しかし、今すぐにそうしようとは思わんよ」

「え……」

「何故だ?」

「警察官としてこの判断はどうかと思うが、それが最善だと思うからだよ。夢水さん、アンタはどう思う?」

 

 上越警部からの問いかけに清志郎は微笑みながら頷いた。

 

「僕も同意見です。警部がその判断をしてくれて僕は安心してますよ」

「夢水さんも……それじゃあどうしてそれが最善だと思ったんだ?」

「しっかりとした保護下に置かれている事や怪盗クイーンのアジトよりも安全性に優れたところをワシらでは用意出来ない事が挙げられるが、何より君達が怪盗クイーンの事を信頼しているからだよ」

「クイーンの事を……」

「まあこの件が済んだら色々考えさせてもらうが、現時点では君達を警察で無理に保護しようとはせんよ。さて、もう一度聞かせてもらうが、君はクイーンとジョーカーのどちらなのかね?」

 

 上越警部が問いかけると、ジョーカーは諦めたようにため息をついた。

 

「……ジョーカーですよ、上越警部」

「そうか。それで、クイーンはどこにいるのかね?」

「それは僕達にもわかりません」

「わからない?」

「え、でもクイーンはここにいるんだよね?」

「いるのはたしかみたいだ。俺達の様子はどこかで見てるようだしな」

「でも、クイーンさんは誰になってるかは教えてくれてないんです。ただ、正体を明かす前にわかったら賞品をくれるとは言ってましたよ」

「賞品?」

「この前星菱邸に『リンデンの薔薇』を盗みに行った時にテレビ局の視聴者プレゼントになっていたクイーンさんのマスコットがついたストラップです。中々可愛かったので実は欲しかったりして……」

 

 アリスが少し照れながら言うと、上越警部は小さくため息をついた。

 

「クイーンという奴は本当に得体が知れないというか掴めないというか……」

「それがクイーンという人なんですよ。相手の本質にはよく気づくくせに自分の事は中々掴ませないという人なんです」

「そういうとこ、やっぱり教授と合うのかもね」

「あの人とはこれからも良い関係でいたいと思ってるよ。ところで警部、保護はしないと仰いましたけど、二人も言うなれば怪盗クイーンの仲間ですが、保護じゃなく逮捕という形も取らないんですか?」

 

 その清志郎の言葉に空気が凍りつく中、上越警部は静かに頷く。

 

「ああ、取らんよ」

「……何故だ? たとえ子供でも逮捕は出来るはずだぞ?」

「それだけの犯罪を犯せばそうだ。だが、君達は怪盗クイーンの仲間ではあっても、まだ犯罪を犯してはいないし、たとえ犯していたとしてもその証拠はない。だから、逮捕は出来ないしワシはせんよ」

「だが、岩清水刑事は誘拐されていて、それを知っていて俺達は黙っていた。そして実行犯は恐らくクイーンでジョーカーは関与してない可能性だってある。だったら、ジョーカーも俺達と同じでまだ逮捕をするだけの証拠はないと言えるんじゃないのか?」

「元気……」

 

 アリスが元気を不安そうに見つめる中、上越警部は小さくため息をつく。

 

「君はやはり侮れんな。たしかに今のところはジョーカーが岩清水君を拐った実行犯であるとは言えんし、岩清水君に変装をしていただけで他の犯罪を犯してもいない」

「だったら……!」

「だが、それまでにクイーンの仲間として犯してきた罪はある。それだけで十分なんだよ」

「く……」

「ワシもあのライオン相手に立ち向かってここのスタッフを助けようとした姿勢は評価しておるさ。だが、それとこれとは話が別だ。助けようとするのは諦めてくれ」

「くそ……」

 

 元気が悔しそうな様子を見せる中、ジョーカーは上越警部に話しかけた。

 

「上越警部、元気君達に少しだけ話をしても良いですか?」

「……仕方ない。だが、逃げようとはするんじゃないぞ?」

「しませんよ」

 

 ジョーカーは静かに答えた後、俯く元気と元気を心配そうに見るアリスに近づき、顔を近づけてから小声で話しかけた。

 

「二人とも、後は任せたよ」

「ジョーカーさん……」

「とりあえず、RDがいれば色々調べられるはずだ。後はクイーンだけど……」

「……クイーンは西園寺さんという考えで良いのか?」

「今のところはね。だけど、少しでも目を離した後はもう違うと考えて良いと思う。クイーンも僕達が正体に勘づいているのはわかっているはずだから、また別の誰かになろうとはしてるだろうしね」

「別の誰か……ジョーカーさんは予想はついているんですか?」

 

 アリスの問いかけにジョーカーは軽く頷く。

 

「恐らく、サーカスの関係者だと思う。伊藤さんよりはサーカスの関係者になった方が色々動きやすいし、何よりクイーンの事だから面白いと言いそうだ」

「それは容易に想像がつくな」

「夢水さんの可能性は無いんですか?」

「彼自身も面白いと言うだろうけど、クイーンの思考を考えるなら夢水清志郎にはならずに彼自身の考えで動いてもらいたいと思っていそうだ。それと、リンデンの薔薇だけど……」

「……それならたぶんわかった気がする」

 

 その元気の言葉にアリスは驚いた様子を見せた。

 

「え、ほんと!?」

「ここまで気づけなかった自分自身の勘の悪さが恥ずかしいけど、可能性があるのはここだって思ってる。だけど、それをただ見つけたってクイーンは何となく満足しない気がする」

「そうだね、僕もそう思うよ。だったら、君はどうする?」

「決まってる。遊び心があるやり方で見つけた事を証明し、クイーンだけじゃなくホワイトフェイスにも一泡吹かせる。ジョーカーもそれが良いと思っているんだろ?」

「ああ、思ってるよ。では二人とも、また後で会おう」

「後でって……ジョーカーさんは大丈夫なんですか?」

 

 アリスが不安そうに言う中、ジョーカーは静かに頷いた。

 

「大丈夫だよ。それに、クイーンならこう言うはずだ。私のパートナーなんだから私が助けなくても自分でなんとかするはずだ、とね」

「ジョーカーさん……」

「二人も気をつけて。それじゃあ」

 

 そう言いながら二人から離れると、ジョーカーは上越警部に話しかけた。

 

「それでは行きましょうか」

「ああ」

 

 上越警部が頷いた後、二人は元気達が見つめる中で静かに歩いていった。




政実「第36話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回の話で俺がリンデンの薔薇のありかに気づいたわけだけど、それはもう少し後で明らかになるのか?」
政実「そうだね。色々考えてはいるし、読者の皆さんを驚かせられるような方法に出来るように頑張るよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第37話 元気の窮地

政実「どうも、疲れた時はまず休む片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。たしかに疲れをそのまま引きずっても仕方ないし、それが一番だな」
政実「うん、それでも疲れが取れない時はあるんだけどね」
元気「そこは自分の工夫でどうにかするしかないな。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第37話をどうぞ」


 ジョーカーと上越警部が去っていった後、元気は静かに息をつき、亜衣達に視線を向けた。

 

「俺達が怪盗クイーンの仲間だとわかっても騒ぎ立てないんだな」

「あ、うん……」

「突然の事すぎてまだ受け止めきれてないというか……」

「あはは……まあそうですよね。でも、元気がクイーンさんの助手で私が助手見習いなのは間違いないですよ」

「やっぱりそうなんだ……」

 

 美衣が呟く中、亜衣は清志郎に視線を向けた。

 

「教授はいつから元気君達がクイーンの仲間だとわかってたの? やっぱり推理する前から?」

「そうかなとは思っていたけど、確信したのは元気君が僕の推理を認めた時さ。そこまで高性能な物を簡単に持たせられる上に衣食住にも不自由させないなんて人は限られてるし、あの人ならそうするだろうと思ったからね。それと、元気君達の探し物も見当がついてるよ」

「そこまで……やっぱり夢水さんは名探偵さんなんだね」

 

 アリスが感心していると、元気はため息をついてから真里と考太郎に視線を移した。

 

「伊藤さん達も何となく予想はついているんじゃないか? 最近の怪盗クイーン関連の事件で思い当たるのなんて一つしか無いだろうからな」

「そうやね。ゲンちゃん達の探し物、それは星菱邸から盗まれた『リンデンの薔薇』なんやろ?」

「そうだ。正確には『ネフェルティティの微笑み』という名前でエジプトにあるカイロの博物館にあったそうだけどな」

「その名前も聞き覚えがあるよ。新聞社のデータベースで見た事があったけど、まさかそれが名前を変えてそんな事になっていたなんてね……」

「でも、それがどうしてここにあるの? たしか怪盗クイーンが盗み出したってニュースでは言ってたけど、もしかして本当は……」

「……それよりも上手がいたってだけだ。そしてそのありかだけど、何となく見当はついてる」

「さっきもそう言ってたよね。でも、どこにあるの?」

 

 アリスは首を傾げたが、元気はその問いかけに対して首を横に振った。

 

「いや、まだ教えられない」

「え、どうして?」

「別にここだと思うところを探って見つけ出すのは簡単だ。けど、それをクイーンは望んでない気がする」

「クイーンさんが……」

「今それを明らかにした場合、俺達はホワイトフェイスとの勝負には勝てるだろうな。けど、そうしたら後でクイーンから堪え性がないとか遊び心が欠けているとか色々言われるのが容易に想像がつくんだ。そんな展開は俺だってごめんだ。それにムカッとして向かっていっても簡単にいなされるのもわかってるしな」

「その上で私ならもっと華麗にやってみせたよとも言いそうだね。元気君をいなすのも一切溢さずにワインをついで飲みきるまでやってのけるだろうし」

「……そうだな」

 

 元気がイラッとしながら言っていた時、不意に元気の体がグラリと揺れ、その姿にアリスは驚いた様子を見せた。

 

「元気!」

 

 そしてアリスが手を伸ばすよりも先にそばにいたクレールが手を伸ばして元気の腕を掴んだ。

 

「……ったく、あぶねぇな」

「クレール……」

「疲れてるのか? それならいつもみたいにスカしてないで正直に言えっての」

「……まさかお前にそんな注意をされるとはな。けれど、正直助かった」

「まったく……だが、少し休ませた方が良さそうだな。アリス、元気はちょっと医務室に連れてくから、お前は伊藤さん達と一緒にいろよ」

「う、うん……」

 

 アリスが心配そうな顔をする中、クレールは元気の腕を自分の肩に回し、そのまま医務室に向けて歩き始めた。

 

「……すまないな」

「止めろ。お前から謝られたり感謝されたりするなんてらしくなくて寒気がする」

「そうか。だけど、『リンデンの薔薇』のありかは教えないからな」

「そんなの別に良い。とりあえずさっさと医務室に行くぞ」

「……わかった」

 

 元気が答えた後、クレールはそのまま医務室に向かい、静かにドアを開けた。すると、中には椅子に座る催眠術師のシャモン斎藤の姿があった。

 

「お、クレールじゃないか」

「シャモン斎藤……なんでここにいるんだ?」

「少し医務室の番をしてたんだよ。まあ俺からすれば医務室にそんな長時間滞在する機会はないから面白いもんだよ」

「呑気だな」

「そう言うなって。それでその子はたしかウチの団長と勝負をしてる子だったか?」

「そうだ。色々緊張してたのかさっきフラついたもんだから少し医務室で休ませようと思って連れてきたんだよ」

「なるほどな」

 

 シャモン斎藤は納得顔で頷くと、元気を見ながらニヤリと笑った。

 

「俺はシャモン斎藤、このセブン・リング・サーカスで催眠術師をやってるんだ」

「……神野元気だ」

「自己紹介も済んだところで早く休んどけ。俺は別に構わないけど、お前が体調悪そうだとアリスが不安がるんだよ」

「不安がる上に自分が看病するとか平気で言い始めそうだ」

「それがわかってるなら早くベッドの上に横になれ」

「はいはい……」

 

 ため息混じりに元気は返事をした後、近くにあったベッドの上に横になり、珍しい物を見るような目でクレールを見始めた。

 

「本当に不思議な感じだな。教会で暮らしてた時はガキ大将ぶってばかりだったお前からこうして世話を焼かれるなんて」

「俺だってここで暮らしてればそれ相応の礼節なんて身に付くって。お前こそどうなんだよ。あのクイーンとかいうお前並みにいけすかない奴のとこで楽しくやってるんだろ?」

「……楽しくというよりはあの頃並みに賑やかな環境の中でのびのびやらせてもらってるだけだ。そこまでの賑やかさなんて求めてないんだけどな」

「最低でもアリスがいるならお前は静かに暮らせないだろ。アリスはお前の事を本当に気に入ってるからな」

「何故かはわからないけどな。本当に俺のどこがそんなに気に入ったのやら」

「……それは俺が聞きたいっての」

 

 元気の言葉にクレールがため息をついていると、話を聞いていたシャモン斎藤はクスクス笑い始めた。

 

「お前達、本当は結構気が合うんじゃないのか?」

「合ってるとしたら、あの危なっかしい“不思議の国のお客様”をしっかりと守る対象だと思ってるところだけだな」

「コイツと気が合うなんて天地が引っくり返ったってあり得ないっての」

「はは、そうかい。さて……元気、だったか。お前に一つ質問がある」

「……何だ?」

「お前、怪盗クイーンの居所を知ってるだろ?」

 

 その言葉にクレールは驚いた顔をする。

 

「クイーンの居所を元気が……!?」

「……さあな。それに、知ってたとしても教えてやる義理はない」

「だろうな。けど、俺は興味があるんでね。少々聞かせてもらおうか」

 

 そう言うと、シャモン斎藤は元気の目の前に手をかざし、黄色いサングラスの奥からジッと見つめた。

 

「まさか催眠術を使って……!?」

「その通り。本当はそれらしい奴を見つけて同じように催眠術で聞き出そうとしてたんだが、生憎見つからなかったんでね。クレールには申し訳ないが、お友達にはちょっと催眠術にかかってもらうぜ」

「別に友達じゃ……というか、元気は少し疲れてるんだから、今かける必要なんてないだろ!」

「後で素直にかけさせてくれるとも思えないしな。さあ、教えてもらうぜ。怪盗クイーンの居所を」

 

 シャモン斎藤が手をかざしながらそう口にし、その姿を元気が見つめていたその時だった。

 

「ふふ、いけない催眠術師もいたものだね」

「え?」

「ん?」

 

 クレールとシャモン斎藤が揃ってドアの方を見ると、そこには赤い衣服に身を包んだクイーンの姿があった。

 

「か、怪盗クイーン……!?」

「まさか自ら来るとは……」

「ウチの元気がクレール君と一緒にここへ来るのを見かけたのでね。これで催眠術をかける必要はなくなったんじゃないかな、シャモン斎藤?」

「う……」

 

 クイーンの言葉にシャモン斎藤が怯む中、クイーンは瞬時にシャモン斎藤との距離を詰め、同じようにシャモン斎藤に手をかざした。

 

「さあ、そのまま眠るんだ。君に心配な事はなく、後は静かに眠るだけ。君の意識はゆっくりゆーっくり沈んでいく」

 

 穏やかな声色でクイーンが言う中、シャモン斎藤はクイーンをボーッと見始め、やがてサングラスの奥の目がとろんとし出すと、そのまま近くにあったベッドの上に倒れこんだ。

 

「ふう……これで一安心だ。元気、大丈夫かい?」

「……ああ、何とかな。少しは耐えれてたんだが、それでももう少しで確実にやられてたな」

「彼が言うように少し疲れてるんじゃないのかな? 後で今日の夕飯には疲れが取れるような物を出してくれるようにRDにお願いすると良いよ」

「考えとく。それで、シャモン斎藤はどうするんだ? こうしてクレールにも見られた以上、そのままにはしておけないだろ?」

 

 元気の言葉にクレールが体をビクリと震わせる中、クイーンは上品そうな笑みを浮かべた。

 

「せっかくだ。シャモン斎藤にはちょっと利用されてもらうよ。それと、クレール君には何もしないよ。そこまでする必要もないからね」

「そうか。それで、『リンデンの薔薇』はどうする? 隠されてる場所に心当たりはあるけど、それを今明かすのは好ましくないんだろ?」

「好ましくないというよりは美しくない、だね。だから、タイミングは君に任せるよ、元気」

「……はいはい」

「さて、私はそろそろ行くとしよう。元気も早くアリスさんの元へ戻ってあげると良い。今は伊藤さんや夢水君もいるけれど、可愛らしいあの子を拐おうという不埒な輩が出てもおかしくはないからね」

「わかってる。それに、こっちにはクレールもいるんだ。拐われないように細心の注意も払うし、何かあってもすぐに追い付いて取り返してみせる」

「期待しているよ。では諸君、また会おう。au revoir(オルボワール)

 

 そう言い残すとクイーンはシャモン斎藤を担いで医務室から出ていき、その姿をクレールはポカーンとしながら見ていた。

 

「あのクイーンって奴は本当に嵐みたいな奴だな」

「嵐は嵐でも大嵐だけどな。さて、それじゃあ俺達も行くか」

「行くって、もう良いのか?」

「ああ、問題ない。それに、疲れてても休んではいられないからな」

「わかった。けど、また疲れたらちゃんと言えよ。アリスをまた心配させたくないのはお前も同じだろ?」

「もちろんだ。よし、それじゃあ行くぞ、クレール」

「ああ」

 

 クレールが頷きながら答えた後、二人はアリス達の元へ戻るために医務室を後にした。




政実「第37話、いかがでしたでしょうか」
元気「シャモン斎藤がクイーンに捕らえられた事でまた話が少し動いた感じになったな」
政実「そうだね。原作でもそろそろ終盤に向かっていくし、こっちも50話くらいまでにはこの章も終われるようにするつもりだよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第38話 ホワイトフェイスとの再会

政実「どうも、宝探しは大好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。宝探しか、謎解きが好きな奴からすれば楽しいだろうけど、そうじゃなかったら頭が痛い時間になるだろうな」
政実「だね。色々な人が楽しめる時間になってほしいけど中々そうはいかないからね」
元気「ああ。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第38話をどうぞ」


 医務室でのクイーンとの再会後、アリス達の元へ戻るために元気達が歩いていた時、クレールは不安そうな顔で元気に話しかけた。

 

「……元気、シャモン斎藤は大丈夫なのか?」

「心配ない。クイーンの事だから、どうせシャモン斎藤に成り済まして潜入するだけだろうしな」

「成り済ます……じゃあ、シャモン斎藤に危険が及ぶわけじゃないのか」

「そういう事だ。アイツはまだまだよくわからないし完全に信用してはいけないと思う。けど、不必要に相手を傷つけるとか殺すとかはしない。行動の裏には何かしらの理由がある。それだけはたしかだ」

「……へぇ、信用してはいけないって言うわりには色々理解はしてるんだな」

 

 

 クレールがからかうように言うと、元気は小さくため息をついた。

 

 

「……少なくとも、アリスが懐いてる相手だしな。それに、アリスの身の安全の確保もそうだけど、アリスは人懐っこいわりに相手が安全か危険かを感覚的に判断してる気がする。それでクイーンに懐いてるなら、俺は最低限信用したり理解したりしないといけない。クレール、お前だって同じ立場ならそうするだろ?」

「……否定はしない。アリスは感情が荒れてる相手を宥めたり相手からすぐ好意を向けられたりするから、目を離したらすぐに事件に巻き込まれそうだしな」

「まったくだ……だから、俺は基本的にアリスのそばにはいようと思ってるし、その場にいる相手が信用出来なかったらアリスは放っておかない。じゃなかったら、あの中にアリスは置いていかないしな」

「まああのメンバーならたしかに大丈夫そうだ──と、あそこにアリス達がいるみたいだぜ?」

 

 クレールの視線の先にはアリスを連れて歩く清志郎やビーストがおり、元気達が近づくと同時にアリスは視線を向け、元気の姿に安心したような笑みを浮かべた。

 

「元気、もう大丈夫なの?」

「ああ、心配かけた。少し休んだから問題ない。もっとも、ちょっとトラブルはあったけどな」

「トラブル? ゲンちゃん、何があったん?」

「ウチのシャモン斎藤が催眠術をかけてクイーンの居所を聞き出そうとしたんですよ。もっとも、突然現れたクイーンに返り討ちにされて、そのまま連れていかれましたけど」

「そうだったの!?」

「というか、クイーンがおったん!?」

「ああ。ところで、西園寺さんがいないようだけどどこに行ったんだ?」

 

 元気が辺りを見回すと、ビーストは少し心配そうな表情を浮かべた。

 

「会社からお電話が来たというので少し席を外してるの。声は聞こえなかったけど、なんだか怒られてる感じだったし、大丈夫かしら……」

「何かミスでも見つかったのかな?」

「どうなんだろう。教授はわかる?」

「わかるわけないじゃないか。でも、西園寺さんならそろそろ戻ってくると思うよ」

「え?」

 

 清志郎の言葉に亜衣が疑問の声を上げていたその時だった。

 

「皆さん、お待たせしました」

 

 申し訳なさそうな顔をしながら考太郎が近づき、それに亜衣達が驚く中で清志郎は得意気な顔をする。

 

「言っただろう? そろそろ戻ってくるって」

「そうだけど……教授、どうしてわかったの?」

「内緒。西園寺さん、会社の方からはなんと?」

「あはは……この前提出した原稿に少し誤りがあったみたいで、少しだけ絞られてました」

「そうだったんですか。記者さんって大変ですね」

 

 真衣が納得しながら言う中、アリスは考太郎を見ながら元気に耳打ちをした。

 

「もしかして、もう西園寺さんってクイーンさんじゃないのかな?」

「そうだろうな。さっき、シャモン斎藤を連れていったし、シャモン斎藤に変装してるはずだ。そうじゃなきゃ連れていく意味はないからな」

「そうなると……この西園寺さんは誰だ? まさか本物ってことはないだろ?」

「本物はないな。そもそも本物はここに来てないだろうし、本物だとしたら言動がおかしすぎる。だから、この西園寺さんはシャモン斎藤なんだろう」

 

 その言葉にアリスとクレールが驚く中、元気とアリスのイヤホンからRDの声が聞こえてくる。

 

『私も同意見ですよ、元気』

「でも、どうやって西園寺さんに?」

「催眠術だ。シャモン斎藤を目覚めさせた後、手早くシャモン斎藤に西園寺さんになるように催眠術をかけ、変装をさせたんだろうな」

「それで、シャモン斎藤さんは自分を西園寺さんだと思い込んで今私達の目の前にいるんだ……」

「そう考えると結構怖いな……」

 

 微笑みながら真里達と話す考太郎の姿をアリスとクレールが恐怖した様子で見ていたその時、そこに近づいてくる人物がいた。

 

「おや……君達、ここにいたのか」

「……団長」

 

 現れたホワイトフェイスが元気達を見回していると、亜衣達はその姿に驚いた様子を見せた。

 

「団長って……え? この人がここの団長さんなの!?」

「どうして団長さんがここに?」

「もう話は聞いているかもしれませんが、この子達とはある勝負をしているのですよ。それで、もう少しで開演なので調子はどうかと様子を見に来たんですよ」

「ビクビクしながら来てたんじゃないのか? 俺達が既に見つけてる可能性はあるからな」

「くくっ、たしかにそうだな。それで見つかったのかね? 例の“宝石”は」

 

 その言葉にアリスが驚く中、真衣は不思議そうに首を傾げた。

 

「宝石? 元気君達、宝石を探してるの?」

「……ああ。だけど良いのか? この件に関係ない真衣さん達にも探し物が宝石だってバレても」

「別に構わないとも。今更ではあるからな」

 

 ホワイトフェイスはクツクツ笑うと、亜衣達を見回しながら口を開いた。

 

「事情を知らない方々に改めて説明すると、私と彼ら、そしてここにはいない愉快な怪盗達でこのサーカス全体を使ったゲームをしているのですよ。ルールは至って単純で、その宝石を終演までに見つけられたら彼らの勝ちで宝石は彼らの物。単純でしょう?」

「たしかに……」

「それじゃあ見つけられなかったら?」

「彼らとその怪盗達には私の願いを一つ聞いてもらう。ただそれだけですよ」

「その願いって……何ですか?」

「それはその時が来るまでのお楽しみですよ」

 

 ホワイトフェイスは口を三日月のように曲げながら笑うと、元気に視線を移した。

 

「さて、元気君。宝石のありかはわかったのかね?」

「……ここだなと思えるところはなんとなくわかった」

「ほう」

「たしかにそう言ってたもんね。それで、その場所って?」

 

 アリスがワクワクした様子で聞き、全員の視線が元気に集中したが、元気は残念そうに首を横に振った。

 

「……残念ながら見当違いだった」

「……え?」

「げ、元気……?」

「ここだなと思えるところはあった。けど、見当違いだった。それだけだ」

「な、無かったって事!?」

 

 アリスが驚く中、元気は静かに頷いた。

 

「そういう事だ」

「けど、いつ確認したんだ? 俺と一緒にいる間に確認したにしてはそれらしい素振りはしてなかったぞ?」

「お前だってずっと俺を見てたわけじゃないだろ? 確認したタイミングとお前が目を離したタイミングが偶然一緒だったんだよ」

「け、けど……」

 

 クレールが納得のいっていない顔をする中でホワイトフェイスは元気を見ながらニヤリと笑った。

 

「このままだと俺の勝ちのようだな。だが、まだ諦める気はないんだろう?」

「当然だ。勝負を受けた以上、簡単に負けるわけにはいかないからな」

「そうだろうな。なら、終演までじっくり探すと良い。もっとも、開演まではもう少しだ。そんなに時間はないぞ?」

「わかってる。それまでにはしっかりと見つけてみせる」

 

 元気が挑戦的な視線を向けていると、アリスは顔を覗き込むようにしながら元気に声をかけた。

 

「因みに、ここだと思ってたのはどこだったの?」

「服の中、正確には俺の服のポケットの中だな」

「…………」

「ポケットの中? どうしてそう思ったの?」

 

 美衣が問いかけていると、亜衣はハッとしてから口を開いた。

 

「そっか! たしかに灯台下暗しだもんね」

「どういう事ですか?」

「亜衣ちゃん、説明してくれる?」

「はい。それじゃあ……」

「亜衣ちゃん、その前に」

「……はいはい」

 

 清志郎の言葉に呆れた様子で答えた後、亜衣は全員を見回してから再び口を開いた。

 

「さて、まずどうしてそこなのかだけど、これは団長さんと教授のヒントを合わせると納得出来るからなの」

「ヒント……たしか一度立ち止まる事も大切っていうのとか今はどこかを歩いているの、それとさっきの灯台下暗しっていうのだよね?」

「そう。灯台下暗しは身近な事はかえってわかりづらいという事、でもサーカスの中って別に元気君にとっては身近じゃないでしょ? クレール君は訓練をしながら団員さん達と一緒にいるけど」

「そうなると俺にとって身近なところはどこか。もちろん、アジトは身近だけどホワイトフェイス達が隠せるようなところじゃない。そうなると残るのは」

「元気自身……」

 

 アリスの言葉に元気は静かに頷く。

 

「そうだとすれば他のヒントも納得がいく。一度立ち止まって身辺を確認すれば見つかる場所ではあるし、歩き回っているというのもその通りになる。俺自身がそれを探すために歩き回っているわけだしな」

「そうだね……でも、無かったんだよね?」

「……残念ながらな。だけど、簡単には諦めない。ここで諦めたらクイーンにも笑われるからな」

「元気……うん、そうだね。もう少し色々考えてみよう。私も精いっぱい考えるから!」

「ああ、そうだな。頼りにしてるぞ、アリス」

「うん!」

 

 アリスが嬉しそうに頷いていると、ホワイトフェイスは愉快そうに笑い始めた。

 

「はっはっは!その諦めない姿勢、俺は嫌いじゃないぞ。では、見つけたという報告を待ちながら俺は待つとしよう。頑張って見つけてくれたまえ」

「ああ」

「クレール、時間が来たら戻ってくるように」

「わかってる」

「それならよし。では皆さん、本日のショーをお楽しみに」

 

 優雅に一礼するとそのままホワイトフェイスは去っていき、その姿を見送った後、元気はアリス達と再び歩き始めた。一人楽しそうな笑みを浮かべながら。




政実「第38話、いかがでしたでしょうか」
元気「もう終盤になってきたな。ここからの流れはだいたい原作通りになるのか?」
政実「そのつもりだけど少しはオリジナル要素も交えるつもりだよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第39話 夢の始まり

政実「どうも、携帯電話は高校生卒業直前まで持ってなかった片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。意外と言えば意外だな」
政実「まあ色々理由があってね」
元気「なるほどな。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第39話をどうぞ」


 夕暮れ時、クレール達と別れた元気とアリスは真里達と共に大テントの観客席に座っていた。既に観客席は全て埋まっており、観客達の顔はこれから始まるサーカスへの期待で輝いていた。

 

「仕事とはいえ、サーカスをこれから観れるわけやし、良い気分やわ」

「私も楽しみです。サーカスはこの前初めて観たので、今日も目一杯楽しまないと」

「あれ、意外だね。クイーンはこういうの好きそうなのに観に行こうとは言ってくれないの?」

「好きではあるけど、ウチではジョーカーやRDが仕事をするように口酸っぱく言ってるからな。それに、今日までここに来るための準備で忙しくてそれどころじゃなかったんだ」

「伊藤さんや亜衣さん達こそこういうのは観に来ないんですか? 伊藤さんの場合は子供の頃に家族でとか」

 

 アリスの問いかけに亜衣達がハッとする中、真里は少し哀しげに微笑む。

 

「ウチ、小さい頃に色々あってな。家族でこういうとこ来たこと無いのよ」

「え?」

「伊藤さん、良いんですか?」

「ええよ。アーちゃん達やって色々話してくれたんやし、ウチも隠さずに言うわ」

 

 アリスが不思議そうにし、元気が何かを察したように静かにしていると、真里は哀しそうな顔で話を始めた。

 

「……実は、ウチの家族は小さい頃に旅行先で亡くなってて、その時に体調不良で行けなかったウチだけが残ったんよ」

「……そんな事があったのか」

「そう。それで、ウチは少し前に夢水さんや亜衣ちゃん達と一緒に取材旅行でそこへ行った。復讐を果たすためにね」

「ふ、復讐……?」

 

 アリスが少し怖がった様子で言う中、真里はふわりと微笑みながらアリスの頭を撫でた。

 

「そう、復讐。ウチの家族はそこで採れた山菜の食中毒で亡くなったみたいなんやけど、悪い人がおってな、その事を隠そうとしたんよ。イメージの低下を防ぐために」

「酷い……」

「そう、酷いんよ。だから、何度か行く内にそれを知ったウチはある三人に復讐をするために魔女という名前を使って事件を起こした。

 でも、その事件でウチは直接的に凶器を使って殺そうとはせずに神様任せにしたんよ」

「神様任せって……そんな事が出来たんですか?」

「簡単に言えば、恐怖でショック死するかとか仲間割れするかとかそんな感じやね。でも、誰も死なへんかった。それに、夢水さんには早い段階でウチが魔女だってバレとったみたいよ」

 

 真里が清志郎に視線を送ると、清志郎は静かに頷き、亜衣は小さくため息をついた。

 

「それが教授のいつも通りなんだけどね。わかってるなら話してって言ってるのに中々話してくれないの」

「それで、私達がどうにか解こうとしても結局ちゃんとは解けずに教授の推理を聞いて納得するばかりなんだよね」

「前に上越警部も推理してくれたよね。ほら、総生島の時」

「あったね。あの時は間違ってたけど、今回は教授が認めるくらいにちゃんと当ててたし、やっぱり警部ってスゴい人なんだなと思うよね」

「たしかにな。それで、伊藤さんが起こした事件は最終的にどうなったんだ?」

 

 元気の問いかけに対して真里は笑みを浮かべながら答えた。

 

「夢水さんに解いてもらった後、警部さんや被害者の三人の口利きもあって逮捕までは至らんかったわ。それに、亡くなったウチの家族もちゃんと弔ってもらったし、今は事件を起こした事も反省しとる。

ただ、あの時ほどに携帯電話みたいな通信機器の必要性を感じた事件もないと思うわ。生きてく上で必ずしも必要ではないとしてもな」

「え、そうですか? 現代社会を生きてく上で携帯電話やテレビは必須ですよ。国際情勢や社会の動きを知る上でも」

「それも一つの意見やね。ただな……」

「ただ……?」

 

 アリスが不思議そうに繰り返すと、真里はアリスを見ながら静かに口を開いた。

 

「アーちゃん、例えばなんやけど、テレビを持ってない人と知り合ったとして、その人の事をどう思う?」

「え? うーん……そうなんだなぁと思うかもしれないです。でも、一般的には可哀想って思われるのかな?」

「そうやろね。そやけど、テレビを持っていない事が可哀想かはわからんよ。むしろ、持ってる人の方が可哀想だと言える場合もあると考えられへん?」

「持ってる方が?」

「そうや。テレビを持っていなかった場合、他の人がテレビを観ている時間を他の事にまわせる。読書や友達との会話、他にも絵を描いたり気晴らしに散歩したり……どちらが確実に良いとは言えへんけど、そう思たら持っとらん人も幸せやと思えへん?」

「あ、たしかに。テレビはありますけど、イヴやシュルツのお世話したりRDさんと話したりしてる時間の方が長いし、楽しいかもしれないです」

 

 アリスの言葉に真里は頷きながら微笑む。

 

「アーちゃんのその姿、スゴい微笑ましそうやね。そしてさっき、さいちゃんが国際情勢の事を話題にしたやろ?」

「はい」

「ウチが前に未開の部族を取材に行った時の話なんやけど」

「み、未開の部族?」

「伊藤さん、セ・シーマの取材でそういうとこにも行くんですか?」

「行くわよ。それで、そこには独特の文化や宗教があったんやけど、その人達は本当に幸せそうやったよ。その時に白人の宣教師がキリスト教を広めようと躍起になっとったけど、ウチはそれを見てどうなんと思ったわ。その人達にはその人達の宗教があるのに自分達の教えを押し付けるのは良くないと思たからね」

 

 真里の話を元気達が静かに聞く中で真里は話を続ける。

 

「政情が不安定やから他国が介入するパターンもあるけど、ウチは気安く介入せん方が良いと思っとる。何かを助けるっちゅうのは、思とるよりも難しいし、思てるほど助けられる側は哀れというわけでもない。そこの判断を見誤ったら、要らんお節介になってまうからね」

「でも、助ける事は悪い事じゃないですよね?」

「それはもちろんや。助ける事でええ方に向かう事はあるし、自分が誰かを助けた分、今度はその助かった人がまた別の誰かを助けるっていう正の連鎖にも繋がるからな。

 そやけど、国っちゅうもんが絡んでくると、どうにも面倒なんや。人対人よりもスケールも違うからな。ところでさいちゃん、鶏と卵の話みたいになるけど、人と国やとどっちが先やと思う?」

「人と国……それは人ですよね?」

「そうや。人が集まる事で国が出来る。国があるから人がおるんとちゃうよ。ジャーナリストとしてそこは覚えとくんやで?」

「はい」

 

 考太郎が真剣な顔で答える中、真里はいたずらっ子のような笑みで話を続けた。

 

「ウチらがおらんようなったら国は滅びる。さっきも言ったように人があっての国やからな。そやから、ウチは住まわせてもうとるんとちごうて、住んだっとるんや。自分がおるからこの国が成り立ってるくらいの気持ちでおってもええのよ」

「伊藤さんはいつもそう思ってるんですか?」

「ウチは記者という形で世界を支えとる人間やで」

「世界をって……」

『伊藤さんはやはり変わっている人ではありますが、気持ちの良い女性ですね』

「RDさんが伊藤さんは気持ちの良い女性だって言ってますよ」

「お、ホンマ? それは嬉しいなあ」

 

 真里は嬉しそうな笑みを浮かべた後、考太郎の顔を覗き込むようにして口を開いた。

 

「さいちゃん、これからも新聞記者は続けるんやろ?」

「それは……まあ……」

「ほな、読んだ人がみーんな幸せになれるようなええ記事をこれからも書いてな。そのためにも色々な人の意見をしっかりと聞いて、それを踏まえて自分の意見をしっかりと持つ。そのための取材なんやからね」

「……はい。あの、伊藤さん」

「なん?」

「後で食事をしませんか? 僕の奢りで」

「ええの?」

 

 真里の問いかけに対して考太郎は笑みを浮かべながら頷く。

 

「良い話を聞かせてもらったお礼です」

「ふふ、さいちゃんは気前がええね。せやったら素直に奢られとこか。さいちゃんのセンス、期待しとくで?」

「はい、期待しておいて下さい」

 

 考太郎が答える中、それを聞いていたアリスは小声で元気に話しかけた。

 

「ああ言ってるけど、本当に西園寺さんがクイーンさんだとしたらどうやって食事を奢るつもりなんだろ?」

「さてな。ミラージュの術でも使って周囲に覚えられないようにしながら雰囲気の良いレストランにでも行くんじゃないか?」

『その可能性はありますね。さて、問題はリンデンの薔薇ですが……』

「あ、そういえばたしかに。あれから色々探したけど、結局見つからなかったよね。どうしよっか……」

 

 アリスは落ち込んだ様子で言っていたが、元気はそれに対して落ち着いた様子で答えた。

 

「見つからなかったのはしょうがない。クイーンが見つけた事を祈って、俺達はサーカスを観てるしか無いだろうな」

「元気、結構落ち着いてるね。不安じゃないの?」

「不安はないな。クイーンの事だから、簡単に見つけてそうだしな」

「まあたしかにね。でも、それを聞けないのがちょっともどかしいなぁ……」

 

 アリスが残念そうに言うと、二人がつけているイヤホンからRDの声が聞こえてきた。

 

『今、クイーンから連絡が来たのですが、リンデンの薔薇の件ならば問題はないから二人はサーカスを楽しみ、後でその感想文を提出する事、との事ですよ』

「え、本当ですか?」

『はい。因みに、感想文は百点満点で、点数いかんではご褒美も出るそうですよ』

「ご褒美かぁ……何だろうね、元気」

「……またキーホルダーとかぬいぐるみとかな気はするけどな」

 

 元気がため息をつきながら言っていたその時、大テントの照明が全て消えた。続けて中央のリングで一斉に花火が吹き出し、観客席から歓声が上がると、中央のリングにはホワイトフェイスが現れた。

 

Ladies(レディーズ) and gentlemen(ジェントルメン)! 今宵は、わがセブン・リング・サーカスにようこそ。ご贔屓にして頂いたセブン・リング・サーカスもいよいよご当地での最後の公演を迎えました。今宵は最後までごゆっくりお楽しみ下さいませ!」

 

 ホワイトフェイスの言葉に観客が一斉に拍手をする中、ホワイトフェイスは観客席にいる元気達へ向かってウインクをした。そして、ホワイトフェイスは視線を前に戻すと、再び口を開いた。

 

「オープニングはコミカルなピエロ達に登場してもらいましょう。え? お前もピエロの格好をしているだろって? 私には司会進行という重要な役目があるのです!」

 

 その言葉に観客達から笑い声が上がった後、ホワイトフェイスは通路のカーテンを指差した。

 

「それでは、ジョー・セサミ、プリズムプリズムの登場です!」

 

 カーテンが開き、二人のピエロが登場した後、元気達や他の観客達が見守る中でセブン・リング・サーカスの夢のような一時が幕を開けた。




政実「第39話、いかがでしたでしょうか」
元気「今回は伊藤さんの過去や考えについて触れた休憩回みたいな感じではあったな」
政実「そうだね。ただ、次回からはしっかりストーリーも進めて、リンデンの薔薇の行方についても触れていくよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などについてもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それではまた次回」


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第40話 種明かしと黒田の誘い

政実「どうも、マジックの種を中々見破れない片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。そういう人の方が大多数だと思うけど、見破れたら良いなとは思うよな」
政実「その方がカッコいいからね。まあ見破るには色々努力が必要だろうし、ゆっくりやっていこうかなと思うよ」
元気「わかった。さて……それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第40話をどうぞ」



 リングの上でジョー・セサミとプリズムプリズムのショーが行われる中、元気とアリスがつけているイヤホンからはRDの声が聞こえ始めた。

 

 

『元気、アリス、聞こえますか?』

「RD、どうかしたのか?」

『そろそろ岩清水刑事を返そうと思っているのでその連絡です。今は美味しそうにおでんを食べていますよ』

「わあ、良いなぁ。具は何ですか?」

『岡山牛の牛スジと大根、あとは餅入り巾着などで岡山牛の牛スジは岡山農協で購入し、大根は岩清水刑事の実家で栽培している物です』

「そういえばこの前、岡山に行くとクイーンが言っていたけど、狙いはそれだったのか」

 

 

 元気の言葉に続いてアリスが口を開く。

 

 

「おでん、良いなぁ……でも、岩清水刑事行きつけのラーメン屋さんのラーメンセットも気になるし……」

『大根も牛スジもまだあるので近い内に作りますよ。クイーンもアリスがそう言うと思っていたのか少し余分に大根は盗んでいたようですし、カードも残していきましたから、後日大根の味を伝えるためにお礼の手紙などを書いて置きに行きましょうか』

「はい。楽しみだね、元気」

「……そうだな。因みにRD、他に具はリクエストしても良いのか?」

 

 

 元気のその言葉にRDは微笑ましさを感じた。

 

 

『もちろん、何が良いですか?』

「玉子と昆布」

「私ははんぺんがいいです」

『わかりました』

 

 

 そんな会話が行われる中でリングの上では次々とショーが進んでいき、マイクを持ったホワイトフェイスが現れると同時にリング上には人体切断マジックの道具が運び込まれ始めた。

 

 

「プリズムプリズムのマジックもいよいよ大詰め! 次は人体切断マジックをご覧にいれましょう。どなたかにご協力頂きたいのですが、希望される方はいますか?」

 

 

 観客席を見回すホワイトフェイスの腕をジョー・セサミとプリズムプリズムが掴むと、ホワイトフェイスが驚く中で二人はホワイトフェイスを木のベンチに寝かせた。

 

 

「おっ、人体切断マジックやん。そういえば、ゲンちゃんにこのマジックの種明かしはしてもろうたけど、亜衣ちゃん達はわかる?」

「わかりませんけど……」

「え? 元気君はわかってるの?」

「ああ。夢水さんもわかるんだろ?」

 

 

 その言葉に対して清志郎は頷く。

 

 

「うん。ニュースで流れた映像でしか観てないけどもうわかってるよ。亜衣ちゃん達もよく見てたらわかるよ」

「よく見てたらって……まあ良いや。それじゃあ三人でしっかりと観て、教授の鼻を明かそう」

「オッケー」

「任せて」

 

 

 真衣と美衣が答え、リング上で人体切断マジックの準備が少しずつ進む中、元気とアリスのイヤホンからは再びRDの声が聞こえ始めた。

 

 

『元気、アリス、岩清水刑事を眠らせたので今から送ってきます』

「わかった。クイーンからは何か連絡はあったか?」

『たった一言だけ。“忘れないようにしたまえ”と元気に伝えるように言ってきましたよ』

「忘れないように……? 元気、何かクイーンさんから頼まれてるの?」

「いや、なにも。ただ、その言葉の意味はわかってる。もちろん、忘れるつもりは無いけど、やっぱりそこまでお見通しか」

『私もその言葉の意味はわかっていますよ。なので、もしも元気が忘れそうな時には私も言いますね』

 

 

 その言葉に元気が頷いていると、リング上では人体切断マジックが始まり、プリズムプリズムは箱で頭と足以外を覆われたホワイトフェイスに日本刀を振り下ろした。

 

 切断されたホワイトフェイスが派手な悲鳴を上げ、リングにポタポタと赤い血が垂れる光景に観客席がざわつく中、切り離されたベンチが元通りにくっつけられた。

 

 すると、プリズムプリズムは黒い布を被せ、箱と布が取り除かれると、ホワイトフェイスは勢いよく立ち上がった。

 

 

「あー、ビックリした! 皆様、見て頂いている通り、私は無事でございます。見事にマジックを成功させたプリズムプリズムにどうか盛大な拍手を!」

 

 

 その言葉と同時に観客達からは割れんばかりの拍手が送られた。

 

 

「スゴーい!」

「あれ、本当に切断されてたよね? どうやってるんだろ……」

「でも、元気君と教授はもうわかってるんだよね? 何かヒントはあるの?」

「そうだな……強いて言えば、プリズムプリズムはホワイトフェイスをどう切断してるか、だな」

「切断の方法……あ、もしかして!」

 

 

 マジックの後片付けがリング上で行われ、ホワイトフェイスが次の演目がシャモン斎藤の催眠術ショーである事を告げる中、亜衣は何かを思い付いたように小さく声を上げる。

 

 そして、それに対して真衣と美衣が驚く中で亜衣は清志郎に視線を向けた。

 

 

「さっき、マジックでは足の方を切断していたよね。もちろん、普通だったらあんな風に勢いよくなんて立ち上がれない。それじゃあどうして斬られた足も戻って、あんな風に立ち上がれたのか。ズバリ、団長さんの足は義足だから、でしょ?」

「義足って……事故とかで足を無くした人がつける物だよね?」

「うん。たぶんだけど、結構取り外しが簡単な義足か何かをつけていて、それがマジックのタネなんじゃないかな?」

「なるほど……」

「ねえ、どうなの? 教授、元気君」

 

 

 美衣が問いかけると、元気と清志郎は揃って頷いた。

 

 

「どうやらそうみたいだ」

「流石だね、亜衣ちゃん。大正解だ」

「やった! それにしても、スゴく考えられたマジックだよね。あんなに自然に歩いていたら義足とはわからないし、まさかそんな人が義足だとは思わないところを逆手に取った感じなんだろうね」

「言われてみれば……でも、教授はどうしてわかったの? 教授だって団長さんが歩いてるところはあまり見てないよね?」

 

 

 プリズムプリズムとホワイトフェイスが通路に向かい、シャモン斎藤が現れてプリズムプリズムとすれ違いざまにハイタッチを交わす中、清志郎は静かに答える。

 

 

「亜衣ちゃんが言った事もそうなんだけど、歩いてくる時の音がその靴の音にしては少し違って聞こえたんだ。それを聞いてあれ? っと思った瞬間にこれだと思ったよ」

「流石は夢水さんやね。さて、種もわかってスッキリしたところで、ここからは素直にサーカス見物しよか」

「そうだな」

「はーい」

 

 

 元気とアリスが答えた後、元気達は順調に過ぎていくサーカスの演目を楽しみ始めた。そしてその中にはクレールの姿もあり、その見事な身体能力を活かして披露された軽業に観客達は沸き、アリスはその誰よりも大きな拍手をして歓声を上げていた。

 

 

「わあ……! 元気、クレールスゴいね! 教会にいた時から本当に運動が得意だったけど、ここで訓練してもっとスゴくなってるね!」

「……そうだな。これで、クイーン並みに格闘が出来たり相手と知能で渡り合えるようになったら、それを見て俺ももっと強くなれそうだ……!」

「元気、クイーンさんだけじゃなくジョーカーさんにも負けてる事を結構気にしてるからね。でも、それにはクレールが私達の仲間にならないとだけど、クレールはそれを嫌がるんじゃないかな?」

「たしかにな。ただ、その気になったらクイーンならどうにかしそうな気もするな……」

『私も同感です。元気の成長並びにトルバドゥールを賑やかにするという目的のためならば、ホワイトフェイスと交渉をしそうです』

「あはは、たしかに……まあでも、私はクレールも一緒に来てくれるなら本当に嬉しいよ。しばらくは元気と衝突しそうだけど、賑やかになるのは良い事だし、クレールも来てくれたらそれに続いて他のみんなも見つかったり仲間になってくれたりすると思うんだ」

「アリス……」

 

 

 嬉しさと寂しさを半分ずつ表に出して笑うアリスの姿に元気が軽く唇を噛んでいると、RDが話しかけた。

 

 

『現在、元気達から聞いた情報を元にしてそれらしい子供がいないかを探しています。目立った行動をしていないのかまだ情報はキャッチ出来ていませんが、見つけられるように努力していますのでもう少し待っていて下さい』

「……ありがとう。だけど、俺にも出来る事があったら遠慮無く言ってくれ。俺のカメラアイがあれば色々な情報を記憶していつでも出力する事は出来るからな」

『ええ、その時は頼りにさせてもらいます。ですが、無理だけはしないようにして下さいよ? 私やジョーカーも心配ですが、何よりアリスが一番心配して今度は自分が倒れかねませんから』

「わかってる。俺もアリスを心配させたり悲しませたりする気はないからな」

 

 

 そう言いながら元気はリングから軽く視線を外した。すると、視界には黒田の姿が入り、それに元気が驚いていると、黒田は元気達の姿を認め、ゆっくり近付いてきた。

 

 

「探しましたよ」

 

 

 冷たい声で言うと、黒田は考太郎に視線を向けた。

 

 

「ちょっと一緒に来て頂けますか、東亜新聞社会部の西園寺考太郎さん。そして、夢水清志郎さん」

 

 

 考太郎と清志郎の二人に黒田が視線を交互に向け、その雰囲気と視線の冷たさに岩崎三姉妹とアリスが怯える中、元気はアリスを背に隠し、真里は迷惑そうな視線を黒田に向けた。

 

 

「なんやの、黒田さん。ウチらの可愛い子達を怖がらせんといてくれます?」

「怖がらせたつもりはないですよ。ただ、最低でもお二人についてきて頂きたいだけですよ。皆さんもどうですか? サーカスの演目よりも面白い物が見られると思いますよ?」

「へえ、えらく自信ありそうやないですか。ウチはええですけど、ゲンちゃんたちはどないする?」

「……行ってみる」

「元気が行くなら私も」

「私達も行くよ。教授は?」

「呼ばれてるなら仕方ないね。では、案内をお願いしますよ、黒田さん」

「はい」

 

 

 黒田が返事をした後、元気達は他の観客の邪魔にならないようにしながら立ち上がり、黒田の案内に従ってゆっくりと歩き始めた。




政実「第40話、いかがでしたでしょうか」
元気「最後に黒田の後についていったわけだけど、この後の展開は原作通りになるのか?」
政実「おおよそそうだね。ただ、そのまま過ぎても面白味がないと思うから少しはオリジナル要素も加えたいなと思ってるよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第41話 謎解きの時間

政実「どうも、謎解きの際はしっかりとカッコつけたい片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。謎解きか……まあ推理小説だと大人数の前で推理を始めるとかはよくあるよな」
政実「普段はあまり目立つのは好きじゃないけど、謎解きの時にはそうしてみたいなと思うよ」
元気「そうか。さてと、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第41話をどうぞ」


 黒田の後に続いて満員になっているすり鉢状の観客席を歩き、元気達は楽屋とリングを結ぶ通路の前に立った。

 

 

「え……ここ、たしか楽屋があるところじゃないですか? 良いんですか、許可無しで入っても……」

「ええ、構いませんよ。それに……」

「それに?」

「……いえ、それは後にしましょう。とりあえず行きますよ、皆さん」

 

 

 黒田が考太郎に細い目を向けながら答える中、アリスと岩崎三姉妹は少し怖がる様子を見せた。

 

 

「ついてくって決めたは良いけど……」

「なんか私達……いけない領域まで入り込もうとしてる?」

「そんな気がしてきたかも……」

「げ、元気……」

「……大丈夫だ。恐らくこの先には上越警部やジョーカーだっている。少なくとも、黒田が俺達に何かしてこようとしても止めるだろ」

「そ、そうだよね……」

 

 

 通路に入りながらアリスが不安そうに答える中、元気はRDに話しかけた。

 

 

「RD、黒田の考えは予想つくか?」

『そうですね……クイーンの事を捕まえようとしている事、シャモン斎藤を変装させたと私達が予想している西園寺考太郎を連れていこうとした事から察するにクイーンが誰に変装しているかかがわかったためにその正体を明かそうとしているのだと私は考えています』

「因みにその可能性は何%だ?」

99.9999%(シックス・ナインズ)です」

「ほぼ確実にそうなるんですね……でも、クイーンさん達なら華麗に逃げ切るはずだよね……!」

「……そうでなきゃ困るからな」

 

 

 元気とアリスが話す中、通路には出番を待っているシルバーキャット瞳やクレールを始めとした団員達がおり、岩清水刑事に変装をしたジョーカーと上越警部の姿もあった。

 

 そして上越警部が岩崎三姉妹の姿に、クレールが元気達の姿に驚く中、右手に上越警部の上着を掛けられているジョーカーは上越警部と共に元気達に近づいた。

 

 

「二人とも、どうしてここに?」

「黒田さんが西園寺さんと夢水さんを呼んでて、それで私達もついてきたんです」

「黒田さんが?」

「やっぱりクイーンの正体がわかったからなのかな?」

「だとしたら、元気君達もマズイんじゃ……」

 

 

 岩崎三姉妹が元気達に心配そうな視線を向けると、上越警部は元気達に微笑みかけた。

 

 

「安心してくれ、二人とも。二人がクイーンの仲間なのはわかっているが、ワシは二人に何かあればしっかりと守るつもりだ」

「警部さん……ありがとうございます」

「どういたしまして」

 

 

 上越警部がウインクのつもりで両目をきゅっと瞑る中、勝手に入ってきた黒田に対してホワイトフェイスが詰め寄る。

 

 

「黒田さん、勝手に入ってきてどういうつもりですかな?」

「そう怒らないでくださいよ。皆さんに紹介したい人がいるだけですから」

「紹介したい人?」

 

 

 黒田の言葉にシャモン斎藤が軽く首を傾げる中でリングへのカーテンが開き、大砲男のロケットマンと巨大な大砲が戻ってくる。そしてホワイトフェイスは仕方ないといった様子でため息をつくと、シルバーキャット瞳と一緒にカーテンを開けてリングへと向かった。

 

 

「続きましては軽業師のシルバーキャット瞳! 華麗なる軽技をお楽しみ下さい!」

 

 

 ホワイトフェイスの声がカーテンの向こうから聞こえ、観客の拍手に押されるようにホワイトフェイスが帰ってくると、黒田は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「さて、それではご紹介しましょうか」

「それで、誰を紹介すると言うんです?」

「怪盗クイーンですよ」

「クイーン!?」

 

 

 その瞬間、団員達の間に衝撃が走り、黒田は周囲を見回す。

 

 

「そう、クイーンです。そしてクイーンは……この中にいるのです!」

 

 

 しゃがみこんでいたスタイリー井上と鞭を持ったビーストが顔を見合わせてから元気達を心配そうに見る中で腕組みをしているジャン・ポールと壁際にもたれたシャモン斎藤は何も言わずに事の流れを見守っていた。

 

 

「RDさんが言ってた通りになったね」

「そうだな。そしてこの後の展開は……」

 

 

 元気達が黒田の様子を伺う中、黒田は“ある一人”を指差した。

 

 

「貴方が怪盗クイーンです!」

 

 

 その先にいたのは考太郎であり、考太郎が驚く中で黒田は静かに口を開いた。

 

 

「東亜新聞社会部の西園寺考太郎さん、貴方が怪盗クイーンです」

「……冗談、ですよね?」

「私の目が冗談を言っているような目に見えますか?」

「……見えないです。でも、でも……」

 

 

 考太郎が信じられないといった様子で言っていると、黒田は考太郎に話しかけた。

 

 

「西園寺さん、二つ質問をします。まず一つ目、中学二年生の時の担任の先生は?」

「志賀先生です」

「その時の出席番号は?」

「十八番です。そういえば、入り口でも同じような質問をされましたけど、本当に何の意味があるんですか?」

 

 

 即答した考太郎が不思議そうに聞くと、黒田は満足げに頷いてから上越警部から手錠を受け取り、考太郎の両手首に掛けた。

 

 

「午後七時四十五分──国際刑事警察機構(ICPO)からの指令により逮捕する」

「……え?」

 

 

 考太郎は青ざめながら手錠をガチャガチャ鳴らす。

 

 

「黒田さん! 冗談にしては酷すぎますよ! 早く外して下さい!」

「冗談……ですか。名探偵だという夢水さん、これは冗談だと思いますか?」

「いえ、思いませんよ」

「夢水さんまで……」

 

 

 考太郎の表情は絶望の色に染まり、目には恐怖から軽く涙が浮かんでいた。

 

 

「もっと早く彼の正体に、そして彼の不思議な点に気付くべきでした」

「不思議な点……?」

「夢水さん、貴方はわかっていますよね?」

「ええ、わかってますよ。西園寺さんが黒田さんからの質問にすぐに答えられた事、これが不思議な点ですね」

「その通りです」

「そんなの当然ですよ! 僕が本物の西園寺考太郎だと証明しないといけませんから!」

 

 

 考太郎が必死な様子で言うと、黒田は再び静かに口を開いた。

 

 

「伊藤さんも含めて、私は数人の記者に同じ質問をしました。学校名や担任の先生はについてはみんな答える事は出来ました。けれど、出席番号まで答えられたのは……西園寺さん、貴方しかいないんですよ!」

「答えられたからクイーン? そんなのおかしいじゃないですか!答えられない方が怪しいでしょう!?」

「いえ、答えられるからこそ怪しいんですよ。中学二年生の時の出席番号もそうですが、小学生の頃の出席番号なんて覚えているはずがない!」

「……ぼ、僕は記憶力が良いんです」

「そうですか。それなら、昨日の夜に食べたもの、答えられますよね?」

「昨日の夜……」

 

 

 考太郎は悔しそうな顔で俯き、黒田はやはりといった様子でため息をついた。

 

 

「怪盗クイーン、貴方は西園寺考太郎に変装するにあたって、あらゆる個人情報を収集してそれを完璧に記憶した。けれど、その中に昨夜何を食べたかまでは入っていなかった。だから、貴方は答えられないんですよ」

「…………」

「夢水さん、名探偵の目から見ておかしな点はありますか?」

「いえ、見事な推理だと思いますよ」

「夢水さんもそう言っています。観念したらどうですか、怪盗クイーン」

 

 

 黒田が考太郎を睨んでいたその時だった。

 

 

「団長! 大変です!」

 

 

 髪をバンダナでまとめた大石がカーテンを開けて入ってきたが、その顔は青くなっていた。

 

 

「大石、どうした?」

「瞳さんが……瞳さんが大変なんです!」

 

 

 それを聞いた全員がカーテンを開けてリングへと出る。観客はシルバーキャット瞳の芸を見ていて元気達が出てきた事に気付いておらず、元気達は同じように上を見上げた。

 

 一本の細い棒がテントの上から吊られ、その棒は両端を計四本のワイヤーで支えられていたが、その内の一本が切れ、もう一本が切れかけていた事で棒は大きく傾いていた。

 

 

「大石、観客は事故に気付いているか?」

「まだです。ワイヤーが切れたのも演出だと思っているようですから。でも、このままじゃ瞳さんが落ちて、瞳さんが……!」

「そうだよ……このままじゃ瞳さんが死んじゃう……!」

 

 

 傾いた棒の上でバランスビームを演じるシルバーキャット瞳はどうにか笑顔を見せていたが、その顔は青ざめており、精神状態がギリギリなのは火を見るより明らかだった。

 

 

「急いで防護ネットを張るんだ! 早く!」

「は、はい!」

 

 

 大石を始めとした機材担当が走り出し、ホワイトフェイスは悔しそうな顔で再び上を見上げた。

 

 

「ネットを今から張ろうとしても二十分はかかる……それまで集中力が持つかどうか……」

「それなら俺が……」

「無理だ、ジャン・ポール! お前はいつも10メートルの高さから飛び降りているシルバーキャット瞳を受け止めてるが、今はその三倍の30メートルだ! いくらお前でも受け止められずにお前も彼女も怪我では済まなくなる!」

「それなら空中ブランコはどうだ? あれならバランスビームの高さまで行けるし、スタイリー井上は空中ブランコが……」

「無茶言うなよ! 僕は普通の空中ブランコですら精一杯なんだぞ! 助けるなんて無理だ!」

「それじゃあどうしたら……」

 

 

 誰もがなす術もなくシルバーキャット瞳を見上げる中、一人だけ落ち着いた様子で口を開いた。

 

 

「上越警部、岩清水刑事の手錠を外してもらえませんか?」

「夢水さん、一体何を……」

「助けられるのはジョーカーとクイーンだけですし、岩清水刑事がジョーカーなのは確定していますからね」

「それはそうだが……」

 

 

 上越警部が迷う中、鍵師のジョー・セサミが静かに動いた。

 

 

「迷ってる時間はないよ、警部さん。俺達が手を出せない中でクイーンとジョーカーなら助けられるって言うならそれにかけるしかない。悔しいが、二人に任せよう」

「……わかりました。では、お願いします」

「ああ、任せてくれ」

 

 

 ジョー・セサミがピアノ線を鍵穴に差し込むと、ピンが音を立て、岩清水刑事と考太郎の手錠が外れた。そしてジョーカーが変装を解く中、ジャン・ポールはジョーカーと考太郎に頭を下げた。

 

 

「お前達に頭を下げたくはないが……よろしく頼むぞ」

「わかった。さて、そろそろクイーンの変装を解かないと……」

「ああ、そうですね。それじゃあそろそろ解きましょうか」

「解きましょうかって……え!? 教授、クイーンの変装の解き方わかるの!?」

「わかるよ。でもその前に……ジョーカー君、クイーンはいつもどんな風に変装をしているかな?」

「……いつも強い自己暗示をかけてまったく違う人物になりきっている。本人ですら自分がクイーンである事をよく覚えていない、強い暗示だ。

 そしてその暗示を解く方法は二つ。一つは『貴方は怪盗クイーンだ』という暗示をかけて、クイーンに自分の正体を思い出させる事です。けれど、シャモン斎藤さんのように一流の催眠術師でも三十分はかかります」

「そんな時間はないぞ!」

 

 

 スタイリー井上が叫ぶ中、清志郎はジョーカーの肩に手を置いた。

 

 

「だから、緊急事態に備えてクイーンは一瞬で暗示を解くキーワードを決めているんですよね。そしてそのキーワードは亜衣ちゃん達も知ってるはずだよ」

「私達が知ってる物……」

「あっ!」

「もしかして……!」

『チェックメイト!』

 

 

 岩崎三姉妹が声を揃えて言った瞬間、ある一人が声を上げた。

 

 

「ようやく私の出番のようだね」

 

 

 そう言いながら変装を解いたのは、静かに壁にもたれていたシャモン斎藤だった。




政実「第41話、いかがでしたでしょうか」
元気「遂にクイーンの正体が明かされて、ここからクライマックスへ向けて後は走るだけだな」
政実「そうだね。出来れば50話までにはこの章を終わらせるつもりだよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしているので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第42話 大団円

政実「どうも、片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。」
政実「今回は前書きもここまでにして早速始めていきます」
元気「わかった」
政実・元気「それでは、第42話をどうぞ」


Bonsoir(ボンソワール)、皆さん。実に良い夜ですね」

「どういう事だ……お前が、シャモン斎藤が怪盗クイーンなわけが……!」

「途中で変装相手を変えるくらい怪盗クイーンならわけないですよ。知らないんですか?」

 

 

 清志郎が不思議そうに聞くと、黒田は怒りを目に宿しながら清志郎を睨み付けた。

 

 

「貴方も見事な推理だと言っていたじゃないですか!」

「言いましたよ。言いましたけど、正解だとは一言も言ってませんよ?」

「あ、言われてみればたしかに」

「というかそれ、上越警部に対してもやったよね、教授」

「オムラ・アミューズメント・パークで上越警部が蝋人形の中に人がいるって言った時にね。あの時もそうだけど、教授ってそういうとこあるから実際にやられたら怒りたくもなるかも」

「まったくだ……」

 

 

 当時の事を思い出したのか渋い顔で上越警部が腕を組みながら頷く中、クイーンは考太郎の目の前に立った。

 

 

「身代わりご苦労様、“黄色いサングラス”」

「きいろい……サングラス……」

「さいちゃん……?」

「そうだ……僕、いや俺はシャモン斎藤だ……」

「ウチの元気に催眠術をかけてでも私の事を探ろうしてたのでね。理由をつけて抜け出して、シャモン斎藤を気絶させ、誰にも見られないところで入れ替わったんですよ」

 

 

 クイーンはウインクをしながら言うと、シャモン斎藤が被らされている西園寺考太郎のマスクを軽くつついた。

 

 

「その西園寺君のマスクは記念に差し上げますよ。中々よく出来ているでしょう?」

「……悔しいが、アンタの方が催眠術は優れてるようだ。このマスクはそれを認めた証として大事にさせてもらうさ」

「それはどうも。ではジョーカー君、そろそろ彼女を助けに行こうか」

「はい。元気君とアリスさんはここに残っていてくれ」

「それは良いけど……ジョーカー、どうしておとなしく捕まったままでいたんだ?」

「え、どういう事?」

 

 

 亜衣が驚くと、アリスは亜衣を見ながらそれに答えた。

 

 

「ジョーカーさんは関節を外せるんです」

「か、関節を……!?」

「それで手錠から手を抜く事も出来るんだ。文字通り、手を抜いてたのか?」

「奥の手は最後まで見せないものだよ。それじゃあ行ってくるから、後で合流しよう」

「ああ」

「わかりました」

 

 

 元気とアリスが答え、クイーンとジョーカーが走り出すと、イヤホンからRDの声が聞こえ始めた。

 

 

『元気、アリス、聞こえますか?』

「RDか」

「聞こえますよ」

『クイーンにも伝えましたが、今夜はおでんにします。よい子はそろそろ家に帰る時間なのでクイーン達がシルバーキャット瞳を助けたらまっすぐ帰ってきて下さいね』

「わあ……おでんなんだぁ。楽しみだね、元気」

「それは良いとして、どうやって俺達は帰れば良いんだろうな」

 

 

 元気が傍をチラリと見ると、怒りに震える黒田がおり、その手には外された手錠が握られていた。

 

 

「……俺達を捕まえて、クイーン達を誘き出すのか?」

「それ以外にありますか?」

「強行手段に出たわけだな。けど、それは叶わないぞ?」

「なに?」

 

 

 黒田が周りを見回すと、周囲にいた誰もが黒田に対して敵意を漂わせており、元気の腕をぎゅっと掴んでいたアリスは小さく呟いた。

 

 

「……私、やっぱりこの人の事が嫌い」

「それはここにいる全員の総意のようだ。そんな中でも捕まえようとするか?」

「ぐ……」

 

 

 クイーンとジョーカーが左右に分かれた空中ブランコのポールに登り、シルバーキャット瞳がバランスを崩した事で観客から悲鳴とも歓声ともつかない声が起こる中、黒田は怒りのこもった視線を元気に向けた。

 

 

「……貴方は何者ですか」

「神野元気。怪盗クイーンの助手だ」

「……覚えておきますよ。今は捕まえませんが、次に貴方の姿を見かけた時には容赦はしませんので」

「望むところだ」

 

 

 クイーンがブランコの棒を掴み、ジョーカーがもう一つのブランコに乗り、シルバーキャット瞳の救助が今にも終わりを迎えようとする中で元気は服のポケットに手を入れてから視線を黒田からアリスに移した。

 

 

「アリス、帰るぞ。そろそろクイーン達もシルバーキャット瞳を助け終わりそうだからな」

「うん! 皆さん、最後忙しなくて本当にすみませんでした。今日は本当に楽しかったです」

「ええよ、アーちゃん。うちらも楽しかったからね」

「伊藤さんの言う通りだよ、アリスちゃん。気をつけて帰ってね」

「もちろん元気君も」

「ああ。だが、その前に……」

 

 

 バランスビームの棒から手を離したシルバーキャット瞳をクイーンがキャッチする中、元気はポケットから手を出すと、そのままクレールの手を掴んだ。

 

 

「……何の真似だ、元気」

「別に俺達は仲良しじゃないが、別れの握手くらいは良いだろ。お前のショーも悪くなかったからな」

「ふん……まあそういう事なら良いか」

「と言っても、またすぐに会うけどな」

「そうだな。結局、お前は団長からのヒントがあっても探し物は見つけられなかった。悔しそうにするお前の顔を見るのが楽しみだ」

「そうか。まあ楽しみにしてろよ、クレール」

 

 

 シルバーキャット瞳を助け終えたクイーンとジョーカーがスポットライトを浴びながらポールの上に立つ中、元気はクレールから手を離すと、悔しそうにする黒田の視線を背にアリスと一緒に歩き始めた。

 

 

「さて、俺達はこのまま入り口まで行って帰るか」

「うん! でも、クレールが言ってたように結局見つけられずじまいになっちゃったね。クイーンさん、見つけてると良いなぁ……」

「そうだな」

「そうだな、って……元気は悔しくないの? 別に見つけられなかったからといって何かあるわけじゃないけど」

「問題が一切ないからな」

「え、どういう事?」

 

 

 アリスが疑問を抱いた様子で首を傾げる中、RDは静かな声で元気に話しかけた。

 

 

『元気、ミッションコンプリートですね。忘れていなかったようで安心しましたよ』

「当然だ。忘れていたらクイーンに笑われるからな」

「え? RDさん、どういう事ですか?」

『アリス、貴女は気づいていなかったようですが、元気はさっき『リンデンの薔薇』を“手にしていた”んですよ』

「……えっ!?」

 

 

 アリスは驚きながら立ち止まると、同じように立ち止まった元気に驚いた様子で視線を向けた。

 

 

「だって元気、『リンデンの薔薇』のありかがわからないって!」

「敵を欺くにはまずは味方から。敵を嘘で欺こうとするなら、自分の味方にも真実は伝えないでおこうという諺だ。お前も知ってるだろ?」

「知ってるけど……でも、いつ『リンデンの薔薇』のありかがわかったの? 思い当たる場所には無かったって……」

 

 

 その時、アリスはハッとした。

 

 

「まさか、その時から嘘をついてたの?」

「そういう事だ。『リンデンの薔薇』は俺の服のポケットの中にあった。だけど、それに気づいた事がバレるわけにもいかなかった。だから、無かったと言ってアリス達を含めて全員を欺き、さっきまでずっと黙っていたんだ」

「私にだけは教えてくれても良かったのに……」

「アリスにバラしたらそれをクレールに気づかれる可能性があったからな。アリスの正直者なところは良いところだけど、今回ばかりはそれもちょっと短所みたいになるからな」

「うー……」

「とりあえず帰るぞ。この件もクイーンに言わないといけないからな」

「それは良いけど……クレールとはなんで握手してたの? 元気にしては珍しい事を言うなと思ってたけど、たぶん違う理由があるんだよね?」

 

 

 アリスからの問いかけに対して元気は静かに頷く。

 

 

「ああ。これを忍ばせるためにやっただけだからな」

「これをって……えっ!? それ、『リンデンの薔薇』!?」

 

 

 元気の手の中にある『リンデンの薔薇』を見ながらアリスが驚いていると、元気は『リンデンの薔』をハンカチに包んでポケットにしまいながら答えた。

 

 

「これは本物の『リンデンの薔薇』だ」

「え、それじゃあ忍ばせたのって?」

「クイーンから渡された偽物だ。当初の予定はマジックショーの時にホワイトフェイスの義足の中にあった本物とすり替える感じだったようだけど、ホワイトフェイスが本物を義足の中に入れないと踏んで朝こっそり俺に渡してきたんだ」

「そうだったんだ……でも、いつ『リンデンの薔薇』の本物が元気の服のポケットの中に入ってたの? 『リンデンの薔薇』が勝手に入ってくるわけはないよね? それに、どうやってクレールに偽物を忍ばせたの?」

「……その種明かしはまた後でだ。まずはクイーン達と合流しないといけないからな」

「わかった。でも、後で絶対に教えてよ? 約束だからね?」

「ああ」

 

 

 答えた元気が頷き、二人は大テントの入り口へ向けて再び歩き始めた。そして入り口から外に出ると、そこにはいつの間にか外へと出てきていたクイーンとジョーカーの姿があった。

 

 

「二人とも、お疲れ様。今日は楽しめたかい?」

「少しはな。クイーン、例の件は──」

「RDから聞いたよ。しっかり任務は遂行したみたいだね。流石は私の友達だ」

「俺は友達じゃない、仕事上の助手だ」

「因みに、僕も仕事上のパートナーに過ぎませんからね」

『言われる前に言っておきますが、私も貴方の友達ではなく世界最高の人工知能に過ぎません』

「私は友達でも良いですけど、今は仕事上の助手見習いですね」

 

 

 それぞれの言葉を聞き、クイーンは安心したように笑った。

 

 

「普段ならいじけるところだけど、今はそれを聞けて安心してるよ。では諸君、そろそろ帰るとしよう。帰ったら熱々のおでんが待っているようだからね」

「おでん……そういえば、さっきもそんな事を言っていましたが、どんな料理なんですか?」

「冬の風物詩ではあるけど、日本ではコメディアン達が食べさせる振りをして顔にくっつけて笑いを取る道具にもなっているようだよ」

「東洋の神秘ですね」

 

 

 ジョーカーが驚きながら言い、元気とRDがため息をつく中、大テントの中からは走ってくる足音が聞こえ始めた。

 

 

「もう来たようだ。では行こうか」

 

 

 その言葉に全員が頷いた後、クイーンとジョーカーは元気とアリスをそれぞれ抱き抱えた。そして、警察官達や黒田、そしてクイーンを一目見ようとする観客達が大テントから出てくる頃にはその姿はなく、同じようにクレールと一緒に大テントから出てきたホワイトフェイスは空を見上げた。

 

 

「やってくれたな、怪盗クイーン。おかげで観客の注目はすべて持っていかれた」

「おまけに『リンデンの薔薇』の偽物まで忍ばせていったしな……くそ、さっきまで勝ち誇ってた間、アイツは心の中でずっとほくそえんでいたのか」

「そういう事になるな。本物も見つけられたようだし、これは俺達の負けだ。後で改めて言わせてもらうが、おめでとう、怪盗クイーン」

 

 

 そう言うと、ホワイトフェイスは空に向かって静かに拍手を送り始めた。




政実「第42話、いかがでしたでしょうか」
元気「シルバーキャット瞳の救出に俺達の企み、と色々あった回だけど、本当にあと数話で終わりそうだな」
政実「そうだね。最後までしっかりと走り抜けるつもりだよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第43話 勝負の行方

政実「どうも、片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。今回も前書きは簡潔に終わらせる感じか」
政実「うん。というわけで、早速始めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、第43話をどうぞ」


 翌日の夜、観客達が帰っていった後でセブン・リング・サーカスの敷地内に四つの人影が現れた。その人影は設営されたままの大テントの中へと入っていき、夕方から様々な演目が行われていたリングまで到着すると、消えていた照明が一斉に点灯し、四つの人影を照らし始めた。

 

 

「わっ、眩しい……!」

「ふふっ、これは中々の出迎えだね」

「貴方が今夜訪れると事前に言っていたのですから当然だと思います」

「おまけに何人か呼んでたみたいだしな」

「まあ良いじゃないか。さて、そろそろ話をしようじゃないか、ホワイトフェイス」

 

 

 その声に応えるようにカーテンの向こうからは団長であるホワイトフェイスとクレールが現れたが、その後ろからは清志郎や真里、そして岩崎三姉妹と上越警部が姿を見せた。

 

 

「あ、亜衣さん達だ!」

「アリスちゃん! それに、元気君も!」

「……夢水清志郎や伊藤さんはわかります。ですが、上越警部まで呼んでいたんですか?」

「そうだよ。彼らにはウチの子達が世話になったからね。最後まで見届けるだけの権利はあるんだよ」

 

 

 クイーンが笑いながら言う中、RDは呆れたような声を出す。

 

 

『貴方からの招待状を受け取った上越警部がそれを利用して貴方やジョーカーを捕まえようとする可能性は考えなかったんですか?』

「まったく考えなかったよ。上越警部、今から私達を捕まえますか?」

「……いや、止めておこう。最初こそ考えたが、ワシ達が動けばきっと黒田さん達もそれを嗅ぎ付けてくるだろうし、今度こそ問答無用で元気君達も捕まえようとするだろう。だが、ワシはそれを求めていない。だから、岩清水君にも何も言わずにここへ来たんだ」

「お心遣いありがとうございます。さてここへお集まりの皆さん、皆さんは『リンデンの薔薇』という宝石をご存じでしょうか?」

 

 

 周りを見回しながら問いかけるクイーンに対して岩崎三姉妹は首を傾げる。

 

 

「『リンデンの薔薇』?」

「たしか星菱っていう人の家から盗まれた宝石だけど……でも、それはクイーンが盗み出したんじゃ……?」

「いや、盗んだのは怪盗クイーンじゃないよ、三人とも。盗み出したのは……あなた方なんですよね? セブン・リング・サーカスの団長、ホワイトフェイスさん」

「……え?」

「ほ、ホンマ!?」

「このセブン・リング・サーカスがそんな事を……!?」

 

 

 岩崎三姉妹や真里が驚く中でホワイトフェイスはクックッと笑う。

 

 

「ああ、そうだとも。ウチの団員達の力を結集させて星菱邸から『リンデンの薔薇』を盗み出し、偽のカードまで作って怪盗クイーンの仕業に見せかけた。それは間違いない」

「でも、たしかにあんなにスゴい事が出来る人達なら、宝石を盗み出すくらい出来ちゃうのかも……」

「……あれ? それじゃあ元気君達が探してた宝石ってまさか……」

「ああ、その『リンデンの薔薇』だ。本当は『ネフェルティティの微笑み』という名前みたいだけどな」

「『ネフェルティティの微笑み』……エジプトの博物館から盗み出されたとは聞いていたが、まさかあの日にワシらが守ろうとしていたのがそれだったとはな」

「でも、結局見つからなかったんだよね? だから、まだ団長さん達が持ってるんじゃないの?」

 

 

 美衣が首を傾げる中、ホワイトフェイスは首を横に振る。

 

 

「いいや、今は持っていない。持っているのは偽物の『リンデンの薔薇』だ」

「え?」

「それじゃあもしかして……!?」

「……ああ。本物の『リンデンの薔薇』はここにある」

 

 

 そう言いながら元気がポケットから取り出すと、『リンデンの薔薇』は照明の光を反射しながらキラリと輝いた。

 

 

「それが『リンデンの薔薇』……」

「でも、いつ見つけたの?」

「なんでも本当にポケットの中に入ってたみたいで、私達にすら気付かれないようにするために黙ってたみたいです」

「そうだったんだ……」

「だから、この勝負は俺達の勝ちだ、ホワイトフェイス。『リンデンの薔薇』は頂いていくぞ」

 

 

 元気の静かな声に対してホワイトフェイスは頷く。

 

 

「……ああ。好きに持っていくと良い」

「でも、いつポケットの中に入ってたの?」

「最初から、正確には俺達が関係者用のパスを受け取った時からだ。あの時、マジシャンのプリズムプリズムがこっそり俺のポケットに『リンデンの薔薇』を入れていたんだよ。プリズムプリズムレベルのマジシャンならそのくらいの事は朝飯前だし、挨拶代わりのマジックを見せてきたからその時に入れてきたんだろう」

「あ、なるほど……」

「ご名答。本当は君達に渡したホワイトフェイス君人形に入れても良かったんだが、そのくらいだと流石にバレると思ったのでね」

「そうして俺達は気付かない内に『リンデンの薔薇』を肌身離さず持つ事になり、最終的にはまたプリズムプリズムが回収する手筈になっていたんだろう。返しそびれてたが、関係者パスとホワイトフェイス君人形をまた交換する事になってたからな」

「その通りだ。だが、その関係者用パスはまだ持っていて構わんさ。しっかりと俺から勝利をもぎ取った賞品として渡そう。クレール、二人にホワイトフェイス君人形を」

「はいはい」

 

 

 クレールは近くにあった箱から『哀』と『楽』のホワイトフェイス君人形を取り出すと、それぞれ元気とアリスに渡した。

 

 

「ほらよ、二人とも」

「ああ」

「ありがとう、クレール」

「因みに、赤いスーパーホワイトフェイス君人形の他にも色々商品展開をするつもりだから楽しみにしていてくれ。それにしても……まさかここまでこてんぱんにされるとは思わなかったから少し悔しいな」

「負けるつもりはなかっただろうからな。それで、俺達に勝ったら何をさせるつもりだったんだ? 俺達の予想はお前達を盗み出させる事だったんだが……」

「盗み出させるって……セブン・リング・サーカスを?」

 

 

 真衣の問いかけに元気は静かに頷く。

 

 

「ああ。これは公にしてほしくないんだが、セブン・リング・サーカスは政府と関係があって、団員達が使う道具を黒田達が提供する事やセブン・リング・サーカスがサーカス団としてやっていける事の見返りとして黒田が命令した時には団員達の特殊技能を提供する。そういう関係性みたいだ」

「それじゃあ『リンデンの薔薇』の件も?」

「いや、あれは俺達の独断だ。怪盗クイーンに勝負を仕掛けるためのな」

「そして貴方は団員達の力を使って『リンデンの薔薇』を盗み出し、自分達の自由を勝ち取るために怪盗クイーンに勝負を持ちかけた。そういう事ですね?」

「その通りだ。今の生活だって本当は満足しないといけない。だが、今のままでは出来ない事がある。だから、怪盗クイーンに盗み出してもらい、それを叶えようとしたんだ」

「そこまでして叶えたい事って何なんですか?」

 

 

 亜衣からの問いかけに真里が代わりに答えた。

 

 

「外国での公演、それが団長さんのやりたかった事みたいよ。でも、団長さんが公演したい国は今も紛争をしていて、黒田さんからすればそんなところにセブン・リング・サーカスを向かわせるわけにはいかなかった。だから、海外公演をさせてくれって頼まれても断ってたみたいや」

「どうやらそこでまたサーカスの公演を見せる指切りをしていたようだからね。そのためなら、ホワイトフェイスは命を賭けてでも行くつもりだったみたいだ」

「……そう、だったんだ」

「たしかにそれを実現するためには怪盗クイーンの力を借りないと無理だよね」

「負けた事で結果的にそれも無理になったがな。それで、『リンデンの薔薇』は元の場所に返しに行くのか?」

「ええ、もちろん。私は十分楽しませてもらいましたし、エジプトの王妃様もそろそろお家に帰さないといけませんから」

「そうか」

 

 

 ホワイトフェイスがフッと笑うと、クイーンはホワイトフェイスに近づき、覗き込むようにしながら微笑んだ。

 

 

「因みに、急ぐ旅でもないので途中でどこかに寄るくらいは出来ますよ」

「え?」

「私だけでも十分ですが、あなた方は本当に素晴らしい技術を持っているようなので是非力を貸してもらいたい。もちろん、その見返りはしっかりと用意しますよ」

「怪盗クイーン……」

「ウチの子達もそうですが、私も十分に楽しませてもらいましたからね。このくらいどうという事はないですよ」

「……そうか。恩に着るぞ、怪盗クイーン」

「どういたしまして。ただ、もう一つお願いがありまして」

 

 

 そう言うと、クイーンはクレールに視線を向けた。

 

 

「彼を、クレール君をしばらく預からせてもらえませんか?」

「……え?」

「ああ、良いだろう」

「良いだろうって、団長! なに勝手な事を言ってんだよ!」

「お前はウチの大切な団員見習いだが、お前にだって事情はあるだろう? 大切な人達を探さないといけないという大事な事情が」

「そ、それは……」

「それに……」

 

 

 ホワイトフェイスは元気とアリスを見た後、クレールに視線を戻した。

 

 

「お前も今回の件で元気君の実力は認めただろうし、元気君達についていって、力になってやると良い。お前ももう元気君の事は嫌いというわけではないだろう?」

「まあ、それはそうだけど……でも、いきなりいなくなって団長達は困らないのか?」

「困るが、お前が一回り成長して戻ってきてくれたらそれで良い。まあ寂しくなって帰ってくるならそれでも良いがな。お前には本当に家族だと思っている人達がいるだろうが、俺達だってお前の事は家族のように思ってる。だから、俺達の事は気にせずに行ってくると良い」

「団長……」

 

 

 クレールは元気に視線を向けると、そのままゆっくりと近づき、目の前で止まってから元気の胸に拳を軽くぶつけた。

 

 

「仕方ないから手を貸してやる。俺だってお前に負けっぱなしなのは腹が立つし、みんなにまた会いたいからな」

「ああ、一緒にみんなを探そう、クレール」

「クレール、これからよろしくね」

「おう。とりあえず俺達の中のリーダーはお前に譲る、元気。悔しいが、俺達の中ではお前が一番頭が良くて落ち着いて物事を見られるからな」

「ああ、任された。お前の力も頼りにしてるぞ、クレール」

「ああ」

 

 

 元気とクレールが笑い合い、それを見ていたアリスが安心したように微笑む中、清志郎は静かに手を上げた。

 

 

「クイーン、僕達を呼んだ理由は他にもありますよね?」

「他にもって……さっき言ってたように最後まで見届けるだけの権利があるからとかじゃないの?」

「いや、それだけだったら後で幾らでも方法はあるよ。それに、わざわざ伊藤さんや上越警部まで呼んだ辺り、二人の力も借りたい理由があるんじゃないんですか?」

「流石だね、夢水君。さて、それではお話ししましょうか。元気達が私達の元へ来たその経緯を」

 

 

 その場に緊張が走る中、クイーンは静かに話を始めた。




政実「第43話、いかがでしたでしょうか」
元気「クレールが仲間になったけど、伊藤さん達にも俺達の過去が伝わるみたいだな」
政実「うん。教授が言っていた力を借りたい理由などについては次回をお楽しみにという事で」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価もお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第44話 夢は終わりを告げて

政実「どうも、片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。今回も前書きは省略で良いのか?」
政実「うん、そうだね」
元気「わかった」
政実・元気「それでは、第44話をどうぞ」


「……と、いうわけだよ。諸君」

 

 

 クイーンが話を終えると、その場は水を打ったようになったが、すぐに岩崎三姉妹は不安そうな表情を浮かべた。

 

 

「なんか……本当に私達が踏み込んじゃいけないような話だったよね」

「うん……神様を作ろうとしてる団体とか普通に考えて手に終えないし、警察にも捕らえられないだけの自信があるようだからね……」

「それに、演技中のクレール君の身体能力は本当にスゴかったし、同じようにスゴい能力を持ってる人を作ろうとしててもおかしくないのかも……」

「教授でも流石にどうしようもないんじゃない?」

 

 

 亜衣が不安そうな表情のままで聞くと、清志郎は静かに頷いた。

 

 

「そうだね。普通の事件の謎解きなら僕がしてあげられるけど、これは僕達の管轄害だ。もちろん、上越警部にとっても」

「うむ……だが、何故警察に捕まらないという自信があるんだ? ここにはクレール君もいるわけだし、その証言を元に秘密裏に調べれば……」

「それは警察関係者にも神製教団の息のかかった人間がいるから、もしくは怪盗クイーン達のように普通では見つけられないところにアジトがあるからですね。クレール君、アジトの場所はわかるのかな?」

「……わからない。アイツらのとこに着いた時もここに来させられた時も道中は眠らされていたし、何か無いかと思って調べようとしても検査だの特訓だのでその時間すら取れなかったからな」

「本当にわからない事ばかりやね……でも、本当に何か手がかりはないんです? 誰かその神製教団について知っているとか」

「一応、少し前に二人ほど知ってる人間は警察に捕まえさせましたよ。まだ物心ついていなかった元気を拐って親と偽っていた上にアリスさんにも危害を加えようとしていた強田(ごうだ)刀二(とうじ)鷺宮(さぎみや)飛李(あすり)の二人をね」

 

 

 クイーンの言葉に上越警部はハッとする。

 

 

「奴らか……! それぞれの部署が長い間追っていたのに中々捕まらないと嘆いていたが、クイーン達が関わっていたのか」

「二人が夫婦を演じて住んでいた家の構造を元気がカメラアイでしっかりと覚えていてくれましたからね。RD、それからあの二人はどうしてる? 捕まってから長いこと経つし、そろそろ神製教団についても何か話をしてるんじゃないかな?」

『……それなのですが、クイーン達に話していなかった事があります。それを話したいので、スピーカーにしてもらっても良いですか?』

「ああ、構わないよ。少し待っていてくれたまえ」

 

 

 外したイヤホンをクイーンが軽く触ると、イヤホンから流れてくるRDの声がテント中に響き渡った。

 

 

『皆さん、初めまして。私はRD、超弩級巨大飛行船トルバドゥールの制御をしている世界最高の人工知能です。どうぞよろしくお願い致します』

「よ、よろしくお願いします……それでRDさん、どうして私達にも声を聞かせてくれるんですか?」

『私自身、皆さんに声を聞かせたところで困る理由はありませんし、ここまで話を聞いた以上、先程クイーンが名前を挙げた二人についても聞いてもらおうと思ったのです』

「なるほどな……」

「RD、早速話してくれるかな?」

『はい。まず、結論から言いますが……強田刀二並びに鷺宮飛李その両名は既に死んでいます』

 

 

 RDの言葉にクイーンと清志郎を除いた全員が絶句した。

 

 

「し、死んでる……?」

「……やはり口封じはされたんだね」

「やはりって……教授はわかってたの?」

「何となくね。その二人が逮捕されたニュースは新聞やニュース番組で知ってたし、警察が調べた感じだと二人以外にも誰かが住んでいた形跡があったようだから、夫婦でもなかった二人以外に住んでいたとしたら共犯者かその二人が拐ってきた誰かだと察しはついたよ。そして口封じの件もクイーンの話を聞いて今頃されていてもおかしくないと感じたんだ。その二人はおおよそ神製教団に深く関わっていない人間だろうし、神製教団の事を黙っているだけの理由もないだろうからね」

「RD、二人が死んだのはいつだい?」

 

 

 クイーンの問いかけに対してRDは淡々と答える。

 

 

『一ヶ月前です。二人は獄中で不審な死を遂げていたようで、警察はそれを公には出来なかったために今日まで世間には公表していなかったものと思われます』

「たしかに警察の目をすり抜けて強田刀二と鷺宮飛李の二人を殺してみせたとなれば、警察は何をしていたんだと世間からバッシングを受けるからな……」

「警察関係者に神製教団に関わっている人間がいて、その人が強田刀二達を殺したって可能性が高い事になるけど、どうして捕まった時にすぐ殺さなかったんやろ?」

「すぐに殺してしまっては口封じを疑われるから、そして捕まったところで困る存在でもなかったからでしょうね。強田刀二と鷺宮飛李の両名は神製教団のメンバーでもなかったのでしょうし、たとえ神製教団の事を話したところで荒唐無稽なホラ話だと思われたり警察内部の関係者に握り潰されたりするのがオチですから」

「たしかに……私達は実際にクレール君の身体能力を見てるからそうなんだと思えるけど、そうじゃない人達からすれば神様を作ろうとしてる団体があるって言っても一笑に付されるだけだからね……」

「驚異的な力を持つ人間を育成しようとしているという言い方をしない辺り、向こうもだいぶ考えているよ。その言い方だと興味を持つ人は少なからずいるだろうけど、神様を作ろうとしてると言ったら頭のおかしい宗教団体か何かと思われて終わりだからね。それで、怪盗クイーン。今回の貴方の獲物はなんですか?」

 

 

 清志郎の言葉にクイーンとホワイトフェイスを除いた全員が驚く。

 

 

「きょ、教授……?」

「今回の件、貴方が盗めるものは無いように思えます。怪盗というのは少なくとも獲物があるからこそ動くものだと思いますよ」

「ふふ、わかった上で聞いているんだろう?」

「ええ。貴方の今回の獲物、それは……」

 

 

 清志郎はふわりと笑いながら口を開いた。

 

 

「元気君やアリスさんの未来、そして神製教団によって産み出された神候補の子供達の未来ですね」

「ああ、そうだよ。良からぬ欲望を持った大人達によって産み出された上にそれのために一生を棒に振らされるなんて良くないからね。それに、元気やアリスさん、そしてクレール君はもう私達の友達であり身内だ。それならそんな彼らのために行動するのは決して間違いではないよ。謎の団体を相手取って戦うというのも中々ワクワクするしね」

「クイーン……」

「さて、それではそろそろ伊藤さんや上越警部にお願いしたい事についてお話をしましょうか」

 

 

 それを聞いた真里と上越警部がゴクリと唾を飲み込む中、クイーンはニヤリと笑いながら話を始めた。

 

 

「伊藤さんには神製教団によって派遣されたと思われる子供達の情報を集めてもらい、上越警部には神製教団が関わっていると思われる事件があればそれを教えて欲しいんです。そのために後程RDには内密に連絡をしてもらい、その時にこちらの連絡先を教える事にします。なので、各自何かわかったらそれを使って教えてください」

「それはええけど……」

「警察官でありながら怪盗と連携して物事にあたるとは思わなかったな……」

「事実は小説より奇なり、ともいいますからね。さて、協力してもらうからにはそれに対しての対価も提示させてもらいます」

「え、ええの?」

「別にそんな物は求めてないが……まあくれると言うなら貰っておくか。それで、対価としてお前は何を提示してくるんだ?」

 

 

 上越警部が警戒しながら聞くと、クイーンは上品な笑みを浮かべながら答える。

 

 

「まず伊藤さんへの対価ですが、今日一日ご一緒させてもらって伊藤さんは金品や魅力的な異性よりは特ダネの方が喜ぶのだと再確認出来ました。なので、私の師匠であり宇宙一の怪盗を自称する(ヴァン)こと皇帝(アンプルール)に取材する権利でも差し上げようかなと思っています」

「え、ホンマ!?」

「ええ。相手が男性では良い顔をしないと思いますが、伊藤さんのような見目麗しく魅力的な女性ならば喜んで取材に応じると思います。まあ……個人的にはあまり会いたくない相手ですが、伊藤さんには様々な危険の中で情報を集めてもらいますからそれくらいは我慢しましょう。取材出来たとしても記事に出来る事は少ないかもしれませんけどね」

「そんな事あらへんよ! ウチでも怪盗クイーンには師匠がいるらしいって事しか調べられへんかったんやからその本人に会って話が出来るだけでも素晴らしい対価やわ!」

「それは良かったです。さて、上越警部ですが……」

「ワシも別に金品はいらないぞ。家族もいるから魅力的な異性というのにも興味はないしな」

「ええ、それはわかっています。それならば、私を逮捕する権利でも差し上げましょうか?」

 

 

 その言葉に清志郎やジョーカーを除いた全員が驚く中、ホワイトフェイスは可笑しそうにクックッと笑った。

 

 

「それが本当なら破格の対価になるが、その気はないんだろう?」

「ええ、もちろん。私が上越警部に捕まれば上越警部は一躍時の人となり、多くの賞賛の言葉が送られるとは思いますが、私からすればちょっとした休暇程度にしかならないのですぐに抜け出してしまいますし、怪盗クイーンキラーという重すぎる異名を背負わせるのも酷ですからね」

「そ、それじゃあ何を対価としてくれると言うんだ?」

「まあスケール自体はもっと小さくなりますが、仕事に煩わされる事がない纏まった休暇と家族と行く世界一周旅行辺りが良いのかなと思っていますよ。もちろん、旅費などはこちらで負担するので安心してくださいね」

「たしかにスケール自体は小さくなったが、それくらいがワシにはちょうど良さそうだ。仕方ない、元気君達のためでもあるが家族との旅行のために一肌脱いでやるとするか」

「ありがとうございます。さて……お話はここまでです。そろそろ夢のような時間も終わり、それぞれの現実に帰る時が来ました。お帰りの際は十分に気を付けてくださいね」

 

 

 クイーンの言葉に真里や上越警部が頷く中、亜衣は首を傾げた。

 

 

「あれ? 教授は手伝わないの?」

「さっきも言ったようにこれは僕達にとって管轄外。上越警部や伊藤さんが手伝うなら僕達の出る幕はないよ」

「意外。教授なら目を輝かせてそういう謎に挑みそうなのに」

「もちろん、クイーンが何か謎を持ってきてくれるならそれは喜んで解かせてもらうよ。けど、今はその時じゃない。僕達にも色々な知り合いがいるし、その人達にそれとなくそれらしい情報がないか聞くくらいで良いんだよ」

「ふふ、頼りにしているよ。夢水君。では、私達も帰ろうか」

 

 

 その言葉に元気達が頷いた後、クイーン達はホワイトフェイスや清志郎達が見送る中を静かに歩いていった。




政実「第44話、いかがでしたでしょうか」
元気「伊藤さんや上越警部からの協力が得られた回になったな。次回は少し休憩する回になるのか?」
政実「一応はそのつもりかな」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さて……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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第45話 新たな仲間との夜

政実「どうも、友達とどこかに泊まった事があまり無い片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。まあ機会がなかったら仕方ないしな」
政実「だね。でも、旅行とかでいつかはそういう事もしてみたいなと思ってるよ」
元気「わかった。さて、それじゃあそろそろ始めていくか」
政実「うん」
政実・元気「それでは、第45話をどうぞ」


 セブン・リング・サーカスを後にしてから数分後、元気達はRDが下ろしたコンテナに乗って上昇していた。

 

 

「……はあ、やっぱりこの感じには慣れないな」

「元気、本当に苦手だよね。なんでだろ?」

「なんだ。お前、こういうフワッとした感じが苦手なのか? それじゃあトランポリンも無理そうだな」

「そうだろうし、トランポリンに乗る予定もない。けど、本当にどうしてこういうのが苦手なんだろう……」

 

 

 元気がため息をついていると、コンテナ内のスピーカーからRDの声が聞こえ始めた。

 

 

『完全にそうというわけではないですが、元気は浮遊感恐怖症の可能性が多少あるのかもしれませんね』

「浮遊感恐怖症?」

『その名の通り、身体がふわりと浮くような感覚が苦手な人がなっている物です。浮遊感恐怖症はテーマパークにあるようなジェットコースターやデパートなどにあるエレベーターといった物が苦手であり、飛行機や船舶といった乗り物も苦手という人は少なくないです』

「けど、元気はトルバドゥールに乗っていても具合が悪くなったりしませんよね?」

『はい。なので、ただの浮遊感恐怖症とは違うなにか別の理由があるのかもしれません。今のところはわかりませんが、少しずつ調べてはみますね』

「ああ、頼んだ」

『畏まりました』

 

 

 RDが答えると、クレールは驚いた様子でスピーカーを見た。

 

 

「こいつが元気達が言ってたRDなのか……」

『そうですよ、クレール・カルヴェ。私はRD、この超弩級巨大飛行船であるトルバドゥールの航行などを担当している元国防用の人工知能です』

「それと、私の大切な友人だよ」

『何度も言っていますが、私は世界最高の人工知能に過ぎず、あなたの友達ではありません』

「本当に照れ屋だね、君は。さて、新たな友人であるクレール君も加わった事だし、明日の朝は小規模な物にはなるけど歓迎パーティーをしようか」

「パーティーなんて別に良いって。それに、俺だって別にあんたの友達じゃ──」

「パーティーですか!? うわぁ、楽しみだなぁ!」

 

 

 自分の声を遮る形で発せられたアリスの嬉しそうな声にクレールが驚いていると、クイーンは満足そうに頷いた。

 

 

「そうだろう? “仲間は一日にして成らず”という言葉もあるけれど、私からすればもうクレール君は大切な友人で仲間だ。だからこそ、その歓迎のためのパーティーを開き、この喜ばしい出来事を盛大に祝いたいんだよ」

「クイーン、間違っていませんか? 僕が知っているのはローマは一日にして成らずなのですが」

「それは大事業を達成するためには不断の努力が必要という意味の言葉だけど、日本のみならず世界では何かの仲間として認められるには時間がかかる事もある。だから、私の言葉でも間違いではないんだよ」

「……世界の神秘ですね」

 

 

 真剣な顔でジョーカーが頷いていると、クレールは額に手を当てながら大きくため息をついた。

 

 

「なんだこのボケの渋滞は……」

「ウチだとこれが日常茶飯事だぞ、クレール。クイーンはよくわからない理屈をこねては変な言葉を言うしアリスは素で変わったことを言う。その上、ジョーカーもジョーカーで今のようにボケ抜きでクイーンの言葉に納得させられる。これでツッコミ要員が増えたから俺とRDも大助かりだ」

「……なるほど、元気が前よりも接しやすくなるわけだ。ツッコミ要員扱いされるのは気に食わないが、この先もアイツらと上手く合流出来た時の事を考えると、今の内に受け流す技術とかちゃんとつっこむ技術を磨いておかないとまずいのだけはわかった。仕方ないから、俺もお前達側に回ってやるよ」

「すまないな。それと、明日の朝のパーティーは何を言おうと開催されるぞ。クイーンは人生はC調と遊び心を信条に生きてるような奴だから、断ったところで朝起きた時には既に主役の席に座ってる可能性だって十分にあるしな」

 

 

 元気がため息をつきながら言う中、クレールは何かを思い付いたように息をつくと、元気の肩に手を置いた。

 

 

「……元気」

「……わかってる。アリスがクイーンのようにならないように俺も気を付ける。アリスのクイーンへの懐きようもクイーンのアリスへの気に入りようも結構なものだから、純粋なアリスはすぐに影響されるしな」

「俺も気を付けとく。アリスがあんな風に変な言い回しをし始めたり突拍子もない事を考え始めたりしたらミック神父やクリスティーナだってひっくりかえ……いや、ミック神父なら面白がるか……?」

「あの神父なら面白がるだろうな。出会ったばかりの俺に対して自分のロザリオを賭けるような奴だったからな」

「ロザリオ……そういえば、それはミック神父の物だったな。しっかりと磨かれてるし、お前もなんだかんだで大切にしてるんだな」

 

 

 元気はロザリオを軽く摘まみながら頷く。

 

 

「……あの教会での毎日は騒がしかったけど、これまでのどの時間よりも充実してたからな。それに、預かってる以上は大切にしないといけない。それが預かってる俺が果たすべき責任だからな」

「そうか。だったら、そのロザリオを失くしたり取られたりすんなよ?」

「わかってる。さて、そろそろ着くはずだけど……」

 

 

 元気が見回していたその時、コンテナの浮遊感は無くなり、扉が開いていくと同時にクイーン達は中から外へと出始めた。

 

 

「ただいま、RD」

『おかえりなさい。クレールの部屋も含め、全員の部屋はしっかり掃除してあるのでシャワーを浴びたらすぐに眠る事も出来ますよ』

「俺の部屋ももうあるのか? ついてく事になったのはついさっきなのに」

『アリスが前々から言っていたんです、クレールも仲間になったら楽しそうだと。なので、アリスからわかる限りのクレールの身体のデータや好みなどについて聞いており、それを元に部屋の模様替えや服などの準備をクイーンと進めていたのです』

「もう仲間にする気しかなかったんだな。ところで、あの辞書も渡すのか?」

「あの辞書?」

 

 

 クレールが首を傾げると、クイーンはクレールに対してウインクをした。

 

 

「私特製の辞書だよ。元気もアリスさんも持っていて、アリスさんは特に気に入ってくれているようだ」

「一般的な意味は勉強用で元気が貰ってる辞書で済むけど、クイーンさんの独特な表現は読んでて楽しいし、その辞書でしか読めないからね」

『まあ、あの辞書が世間に出回っていたら欲しがる人間は多いと思いますよ。内容まで楽しむかは別ですが』

「そうか……まあ、貰えるなら貰っとくか。そこまで言われたらどんな物か気になるしな」

「了解したよ。後で部屋まで持っていこう」

 

 

 クレールが頷いた後、一行はそのまま歩いていき、リビングへと入った。すると、そこにイヴが嬉しそうに尻尾を振りながら駆け寄り、その後ろをシュルツがゆっくりと歩いてきた。

 

 

「わんわんっ!」

「にゃあ」

「イヴ、シュルツ、ただいま。良い子にしてた?」

「まあ岩清水刑事には可愛がってもらってたようだけどな。ただ……慣れてないからっていうのはあるだろうけど、ちょっとブラッシングが甘いな。シュルツ、風呂に入れた後にブラッシングするからな」

「イヴも後で綺麗にしようね」

 

 

 イヴが尻尾を大きく振りながら返事をするように鳴き、一鳴きしたシュルツが元気の足に自身の体を擦り付けていると、その光景にクレールは小さく息をついた。

 

 

「……これはビーストのとこの動物達が懐くのも納得だな。さてクイーン、俺はここでどういう役割を果たせば良いんだ?」

「元気やアリスさんと同じで変装をした私やジョーカー君の子供役や孫役を演じてもらうよ。君の特技である驚異的な身体能力を活かしてもらう場面もあるだろうけど、潜入とかは基本的には私がやるからね。しばらくは元気と同じでジョーカー君に格闘術の稽古をつけてもらい、その中でその身体能力を活かしながら戦う術を手に入れてくれ。護身のためにもね」

「わかった。みんな、改めてよろしく頼む」

 

 

 クレールが静かに頭を下げ、元気達がそれに対して頷いていたその時、アリスは小さく欠伸をした。

 

 

「ふあ……今日は色々あったし、もう眠くなっちゃった……」

「それならもう眠った方がいいよ、アリスさん。眠たいと思った時に眠るのが一番だからね」

「はい……あ、そうだ。元気、クレール、せっかくだから一緒に寝てくれない?」

「……は?」

「アリス……? お前、何を言って……」

「元気は前に寝てくれたけど、本で読んだお泊まり会みたいな形でみんなで並んで眠るって事はやった事無いからやってみたいの。だから……お願い」

 

 

 イヴを抱き抱えたアリスに見つめられ、クレールが顔を赤くしていると、元気はクレールをチラリと見てからため息をついた。

 

 

「クレールはアリスに魅了されて断れないようだし、仕方ないから俺も付き合うか。今回だけ特別にな」

「ありがとう。それじゃあ元気が真ん中ね」

「俺か? アリスが真ん中で良いんじゃないのか?」

「クレールも言ってたけど、元気は私達のリーダーだからね。そんなリーダー様が真ん中の方が良いの」

「……はあ、わかった。クレールもそれで良いか?」

 

 

 クレールは静かに頷く。

 

 

「お前と並んで寝るのはちょっと癪に障るけど、アリスの言う通りだからな。元気、お前の寝相はどんなもんか知らないけど、俺を蹴飛ばしてベッドから落とさないようにしろよ?」

「しない。ほら、寝るならさっさと行くぞ」

「はーい。クイーンさん、ジョーカーさん、RDさん、おやすみなさい」

「おやすみ、みんな。仲良く寝るんだよ」

「みんな、おやすみ」

『おやすみなさい、三人とも』

 

 

 クイーン達に見送られる形で元気達が歩いていくと、クイーンの表情は微笑みから真剣な物に変わった。

 

 

「それで、RD。神製教団について新しい情報はあるかな?」

『申し訳ありませんが、まだあまり掴めていません。セブン・リング・サーカスの件のように神候補となる子供達を様々な団体や富豪などに宣伝して回っている事だけは予想が出来るのですが、その足取りはまったく掴めません』

「警察に捕まる事すら恐れていないようだからな。けど、本当に神製教団を動かしているのは誰なんだ?」

「…………」

「クイーン? どうしましたか?」

「……少しだけ嫌な予感がしたんだよ。だが、これはまだ確証があるわけじゃない。だから、また今度話すよ。ジョーカー君も今日は頑張ってくれたからゆっくり休むと良い」

「そうさせてもらいます。それでは、おやすみなさい」

 

 

 ジョーカーが歩き去り、RDがシステム等の整備に集中する中、クイーンは呟いた。

 

 

「……行方知れずのミック・エルマン。そんな彼がもしも神製教団の黒幕だとしたら……果たして元気達はその事実を受け入れられるのだろうか」

 

 

 その声に答える者はなく、クイーンは誰もいなくなったリビングでワインを開け、一人静かに夜を過ごした。




政実「第45話、いかがでしたでしょうか」
元気「クイーンはミック神父が黒幕の可能性を考えてるようだな」
政実「味方だと思っていた人がラスボスだったというパターンはよくあるしね。ただまあ、神製教団並びにその構成員などの情報は少しずつ出していく予定にしているよ」
元気「わかった。そして最後に、今作品についての感想や意見、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと、それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、また次回」


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幕間

政実「どうも、虎は白色が好きな片倉政実です」
元気「どうも、神野元気です。白い虎か……まあ中国の神話では白虎なんてのもいるし、めでたそうではあるよな」
政実「だね。さて、それじゃあそろそろ始めていこうか」
元気「ああ」
政実・元気「それでは、幕間をどうぞ」


 セブン・リング・サーカスでの一件から数週間が過ぎたある日、クレールはリビングで一人手紙を読んでいた。

 

 

「……団長達、元気そうだな。クイーン達と協力してエジプトの博物館に『ネフェルティティの微笑み』を返してから会ってないけど、こうして手紙を送ってはくれるし、やっぱり俺にとっての家族はミック神父達と団長達って言えるな」

『クレールはセブン・リング・サーカスでの生活を楽しんでいたようですからね。その始まりこそ神製教団によるものでしたが』

「まあな。それにしても、どうやって手紙を持ってきてるんだ? ここって住所あるのか?」

『このためにクイーンが偽名を使って私書箱を利用し始めたのです。クイーン自身は他の事にも使えるだろうからと言っていましたが、使用目的の九割はこのためになると思われます』

「そうか……それじゃあクイーンには後でお礼を言っておくか。そういえば、元気達は今どこだ?」

 

 

 RDは淡々と答える。

 

 

『二人とも自室にいますよ。アリスはイヴとお昼寝、元気はフランス語の勉強中です』

「アイツららしい過ごし方ではあるな。それなら、俺もなんか勉強しようかな」

『語学を勉強したいのであれば参考書などを取り寄せますよ。元気も世界の中でも主要な言語の辞書や参考書は部屋に置いていますし、リスニング用の機材も取り寄せましたから』

「アイツ、ここでも勉強好きなんだな。教会でもアイツは外で遊ぶよりも部屋で勉強したりミック神父達に色々聞いたりしてたよ」

 

 

 RDは頷くようにカメラを動かしてから答えた。

 

 

『元気は“学ぶ”という事が好きなようですからね。そしてそれは語学や武術だけに止まらず、機械工学やプログラミング、鳥獣の扱いなど様々な事について意欲的に学ぼうとしています』

「そうか……」

『クレールとしてはやはり負けていられないと感じますか? ライバルとまではいかないかもしれませんが、元気の事を友人とはまた違った相手として見ているようですし』

「まあそうだな。最初は本当にいけすかない奴でしかなかった。後から住み始めたのに初日からアリスがすっかり懐いてたし、他の奴らだって元気には一目置いてた。でも、俺はそんな元気がやっぱり気に食わなかったし、こいつにだけは負けたくないと思った。子供っぽい考えなのはわかってたけど、やっぱり嫌だったんだ」

『そういった感情を持つのも悪い事ではないようですよ。反発や否定もしっかりとした意思表示ですし、他人に流されずに自分の意思を持つというのは中々難しい事です。理由はどうであれ、自分の気持ちに正直になってその気持ちを持ち続けたクレールは素晴らしいと思います』

「ありがとな、RD。けど、やっぱりアイツにはまだまだ及ばない。身体能力には自信があるし、ジョーカーにもスジが良いって言われてるけど、アイツはカメラアイを使って相手の動きをしっかりと観察した上でRDに撮ってもらってた映像も見返して反省点を見つけ出そうとしてるからな。そういうところはやっぱり勝てないよ」

 

 

 クレールの言葉を聞き、RDは腕を組むようにしてマニピュレーターを絡ませる。

 

 

『それだけクイーンの助手になる事に本気になっているんですよ。元気の特性上、自分が興味を持った事へのやる気は高いですし、地頭も良いので改善策なども次々に思い付きますから上達が早いのも頷けます』

「そうだな。さてと、それじゃあ俺も一回部屋に──」

 

 

 その時、リビングの扉が開き、クイーンが中へと入ってきた。

 

 

「やあ、諸君。ご機嫌いかがかな?」

「クイーンか。どこに行って……って、ソイツはどうしたんだ?」

 

 

 クイーンの腕の中でモゾモゾ動くホワイトタイガーの子供を指差しながらクレールが聞くと、スピーカーからRDのため息が漏れた。

 

 

『クイーン……犬猫に飽きたらずそんなモノまで連れてきたんですか?』

「まあね。あまり環境のよろしくない店があってね、この子が可哀想だったから連れ出してきたんだよ。因みに、無許可かつ法に抵触しそうな動物も扱っていたからその際に警察に通報はしてきたよ」

「やっぱりそんな奴もいるんだな」

「金稼ぎのためなら幾らでも悪事に手を染められる奴なんてごまんといるんだよ。さてクレール、この子は君がお世話をしてくれたまえ」

 

 

 クイーンがホワイトタイガーの子供をクレールに渡すと、クレールは驚いた様子を見せた。

 

 

「え、俺が?」

「そうだとも。元気にはシュルツがいて、アリスさんにはイヴがいるけれど、君にはお世話をする子がいなかったからね。サーカスでも虎は扱っていただろうし、猛獣のお世話を手伝った事はあるだろう?」

「まあビーストの手伝いはした事はあるけどさ。でも本当に良いのか?」

「ああ。その代わり、しっかりとお世話をしてくれ。この子だっておおよそどこかから連れてこられ、今はひとりぼっちなんだ。本当は親元に返したいけれど、いつ頃からいないかわからないから親から別の群れの個体だと勘違いされて殺される可能性だってある。だから、君に託すんだ」

「親から殺される……」

 

 

 ホワイトタイガーの子供を見ながらクレールが辛そうな顔をしていると、ホワイトタイガーの子供はクレールの顔をペロリと舐めた。

 

 

「わっ……」

『少なくとも、このホワイトタイガーはクレールに対して信頼を置いているようですよ』

「そうなのか?」

『はい。猫が顔を舐めるのは信頼や愛情の証だと言われていますし、ホワイトタイガーもネコ科ですから同じような解釈で良いと思いますよ』

「でも、初めて会ったばかりの俺の事をどうして……」

「君の中の優しい部分を感じとったんじゃないかな? 動物というのは直感力が優れていると聞くし、この一瞬で君の事を自分を大切にしてくれそうな人物だと思ったのだろうね」

 

 

 クイーンの言葉を聞いたクレールはホワイトタイガーの子供を優しく撫でた。そしてホワイトタイガーの子供が気持ち良さそうに目を細めていると、クレールの表情も安らいだ物に変わった。

 

 

「……へへっ、虎って聞くとだいぶ獰猛そうなイメージだけど、結構可愛いんだな」

「まだ子供というのもあるんだろうね。さて、君にお世話を任せても良いかな? クレール」

「ああ、任せろ。しっかりと躾をして、ビーストのとこの猛獣達にも負けないくらいの逸材に育て上げて見せるさ」

「任せたよ。RD、ホワイトタイガーの飼育についての情報は?」

『話をしながら調べていましたよ。クレールが断る可能性は1%以下だったので』

「ありがとう、RD」

 

 

 クイーンがお礼を言い、クレールがホワイトタイガーの子供を撫でていたその時、リビングに元気達が入ってきた。

 

 

「シュルツがなんかソワソワしてると思ったけど……」

「わあ、可愛い! クレールがお世話する子?」

「ああ、そうなった。お前達の犬や猫と違ってこっちはホワイトタイガーだから最終的にだいぶでかくなるけどな」

「ウチのイブもじゃないかな? RDさん、イヴの犬種ってなんでしたっけ?」

『ラブラドール・レトリーバーですよ。イエローとも言われる毛色で、盲導犬として選ばれている事もあって基本的には穏やかで賢いですが、時にはやんちゃで明るい一面もあると言われています』

「まさにイヴそのものだね。イヴは待てとか伏せもしっかり出来るし、遊びたくてもシュルツがその気じゃない時はシュルツに合わせられるもんね」

 

 

 イヴが返事をするように鳴き声を上げていると、元気は腕の中にいるシュルツに視線を向けた。

 

 

「たしかシュルツがボンベイだったな」

『はい。ボンベイは黒猫しかいない純血種で、バーミーズのオスとアメリカンショートヘアのメスを交配して出来た種です。因みに欧米では黒猫は魔女の使い魔または魔女が変身した姿だと思われており、黒猫を不吉なモノだと考えていました。しかし、日本ではその逆で夜でも目が見えるという事から魔除けや幸運、商売繁盛の象徴である縁起の良いモノとして扱われてきました』

「縁起の良い猫……そういえば、招き猫というのが日本では大切にされているというのを聞いた事があるな」

『招き猫は江戸時代の町人文化から誕生したと言われており、右手を上げているとお金を招き、左手を上げているとお客を招くと言われています。尚、招き猫には幾つかの色の種類があり、一般的な白の招き猫に黒の招き猫、他には赤い招き猫もあるようです』

「赤いのはどんな意味を持つんだい?」

 

 

 クイーンの問いかけにRDは淡々と答える。

 

 

『病除けや健康長寿のご利益があるそうですよ』

「そうなんだ……RDさんは本当に物知りだね」

『恐れ入ります。さて、飼育の方法などについては後でクレールに文章にして渡しますが、名前はどうしましょうか』

「名前……イヴとシュルツの名前の由来ってドイツ語なんだよな?」

「ああ。イヴは白を意味するヴァイスから、シュルツは黒を意味するシュヴァルツから採ってる」

「この子もそうするの?」

「せっかくだし、コイツもドイツ語にしたいな……元気、何か良いドイツ語ってあるか?」

 

 

 クレールの問いかけに元気は少し考えてから答える。

 

 

「ムート、とかどうだ? ドイツ語で勇気って意味の言葉だ」

「勇気、か……へへっ、なんか良い感じだし、それが良いかもな。お前はどうだ?」

「ガオ」

「ふふっ、良いって言ってるのかもね。因みに、この子はオスですか?」

「オスだよ。シュルツと一緒だね」

「たしかにな。シュルツ、少し体は大きくなるようだけど、同じネコ科の仲間として仲良くな」

「イヴも新しい家族として仲良くね」

 

 

 シュルツとイヴは揃って鳴き声を上げ、ムートに視線を向けた。そしてムートが小さく鳴き声を上げ、アリスがその様子を見ながら嬉しそうな笑みを浮かべていると、クイーンは微笑ましそうにその姿を見ていた。

 

 

「またいっそう賑やかになるね。その内、動物達の怪盗団の話でも誰かに依頼してみようか」

「それは勝手にしてもらっていいですが、ペット候補の動物を拾ってくるなら事前に報せてください」

『ジョーカーの言う通りです。事前に知っているのとそうでないのではだいぶ違いますから』

「わかったよ」

 

 

 クイーンはそのままソファーに行くと、その下から一本のワインとグラスを取りだし、空いている手をムチのように振るった。そしてワインの口が綺麗な断面を残して斬れると、グラスにワインを注いだ。

 

 

「新たな家族との出会いに乾杯(トスト)!」

 

 

 クイーンがワインを飲む中、元気やジョーカーはまたかといった様子でため息をついた。その後、トルバドゥールのリビングはより賑やかさを増し、その中心でムートは可愛らしい鳴き声を上げた。




政実「幕間、いかがでしたでしょうか」
元気「クレールのペットとしてムートが加わったな。もし、他のみんなもきたらその時にはペットが宛がわれるのか?」
政実「そのつもりだよ。だから、その時にはどんな動物がペットになるのか楽しみにしていてもらいたいね」
元気「そうだな。そして最後に、今作品についての意見や感想、評価などもお待ちしていますので書いて頂けると嬉しいです。よろしくお願いします」
政実「さてと……それじゃあそろそろ締めていこうか」
元気「そうだな」
政実・元気「それでは、また次回」


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