秋山凜子の休日 (unko☆star)
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「う……」

 

窓から差し込む光が意識を覚醒させる。

 

まず感じたのは、じっとりと汗を含んだ服が肌に吸い付く感覚。

反射的に布団を払いのけ、汗ばんだ額を服の袖でぬぐう。

お世辞にも爽やかな朝の目覚めとはいかなかった。

 

「………はぁ」

 

半醒半睡の気だるさの中、秋山凜子(あきやまりんこ)は昨夜までの出来事を思い出す。

 

 

酷い任務だった。

魔薬の裏取引が行われるとの情報を掴んだ内調の要請を受け、現場を押さえるべく凜子ら数名の対魔忍が派遣された。

10日間に及ぶ張り込み…雨、風、朝晩の冷え込みといった春先特有の不順な天候に体力を削られていく仲間たちのフォローのため、凜子自身も疲弊していった。

それで成果が出ればまだよかったのだが、結局のところ凜子たちににもたらされた情報はまったくの嘘で、密売人らは別の場所で内調がまんまと確保していたというのだからたまらない。

 

どちらかといえば直情的で、陰謀や策謀に気を回すことの少ない凜子でも、内調が密売人の目を逸らすために自分たちを囮にしたことは容易に想像がつく。

ならば最初からすべて正直に言ってくれればと思うところだが、対魔忍と内調の軋轢を考えればそれも難しいのだろう。

体力的にも精神的にも疲れ果てた凜子は、なんとか家に帰るなり気を失うかのごとく眠りに落ちたのだった。

 

 

「くうっ」

 

起き上がり、背を反らせて肩甲骨をぎゅっと引き締める。

睡眠中に淀んだ血流が活性化し、全身の細胞ひとつひとつが活動を再開していくのを感じる。

 

空腹は感じなかったが、とにかく腹になにか入れなければいけない。

台所に下りると、食台に菓子パンとバナナが用意されていた。

弟の達郎(たつろう)が用意してくれていたらしい。

 

(うむ。さすが我が弟だ)

 

わざとらしい甘さの菓子パンを水と一緒に咀嚼しつつ、今日はなにをしようかと考える。

自分にとっては任務あけの休日だが、達郎は明日からの潜入任務の打ち合わせで夜まで帰って来ない。

 

(ならば、今日は少し手の込んだ夕食を作って送り出してやろう。部屋もピカピカに掃除して――)

 

と、思いついたところで、台所が不自然ほど綺麗にされていることに気づいた。

玄関や居間にも、埃ひとつ落ちていない。

久々の休日を大掃除に費やすことがないよう、達郎が気を利かせてくれたのだろう。

 

弟の心づかいに自然と笑みが漏れるが、やることが一気に減ってしまった。

 

(とりあえず、身体をさっぱりさせてから考えるとするか)

 

そう思い立った凜子は、シャワーを浴びに風呂へと向かうのだった。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

風呂から上がると、急に温かい飲み物が欲しくなった。

いつも飲んでいる緑茶の缶を探すが、見当たらない。

 

(そういえば達郎のやつ、茶筒がボロっちいから買い換えようと言っていたな……で、中身を空にするためにお茶を使った料理を色々と作ったのだった……)

 

今思えば新しい茶筒を買ってきて中身を移し替えれば良かっただけなのだが、達郎が提案してくる料理を2人で作るのが楽しくて気にもしなかった。

 

(茶飯、魚の緑茶煮、緑茶プリン……。どれもなかなかの味だったな)

 

しかし、お茶料理のラッシュで舌がすっかり飽きてしまい、新しい茶筒もお茶も買わず終いになっていたことを思い出す。

どうしたものか――と、なんとなく窓の外を見やると、庭の一角にちょこんと鎮座したライトグリーンの塊が目に入った。

 

「うむ」

 

ヤカンを火にかけ、サンダルを履いて庭に下りる。

ひょろりと長い茎に細い葉をつけた草……小さい頃はただの雑草だと思っていたそれがローズマリーであることを発見したのは達郎だった。

先端の柔らかい部分を3本ほど摘み取ると、ツンとした青い香りが鼻をつく。

水で洗ってポットに入れ、熱湯を注いで数分蒸らせばローズマリーティーの完成だ。

芳烈な湯気を薫らせるそれを口に含むと、初めて達郎と一緒に飲んだ日のことが思い返される。

 

 

『青臭っ!えぐっ!ムリムリムリ!』

『そうか?刺激的で悪くないと思うが』

『凜子姉変わってるね……俺は砂糖入れてもダメだわ……』

 

 

(あいつめ、得意げに庭からローズマリーを摘んできたくせに、それきり目もくれなくなったな……)

 

葉を乾燥させたり、他のハーブと混ぜて淹れることで飲みやすくする方法はあるのだが、凜子は生葉の強い風味が好きだった。

 

(天気もいいことだし、縁側で飲むとするか)

 

縁側に腰かけて空を見やると、雲ひとつない晴天が広がっていた。

人気のない五車町(ごしゃまち)は静寂そのもので、まるで時間が止まっているかのように感じられる。

 

「はぁ」

 

自然とため息が漏れた。

火傷しそうに熱いお茶をひと口飲むと、全身の力が抜けていく。

 

風もなく、音もなく、陽の光とローズマリーの香りだけがそこにあった。

 

 





ハーメルンに対魔忍二次創作を放てっ


久々の対魔忍二次創作ですね。(というかハーメルンへの投稿自体が半年ぶりなんですが)
RPGはほぼ毎日プレイしているのですが、いかんせん推しキャラの篠原まりちゃんがまったくストーリーに絡まなくなってしまったせいでシナリオを読み飛ばすことが多くなってしまってたというか……配布キャラ受け取って満足して放置の状況になってしまってたというか……。

そんな状況だったんですが今年になってようやくリリスさんが私好みの展開を用意してくれたので、対魔忍熱が絶賛再燃中といった感じです。

そんな中で書き上げた本作は、私が対魔忍を知るきっかけになったユキカゼ1・2の世界が舞台。
一部RPGの世界観を取り入れている箇所もありますが、楽しんでいただければ幸いです。



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『凜子先輩って、達郎のことどう思ってるんですか?』

 

日に焼けた顔をぐいと近づけ、水城(みずき)ゆきかぜが問いかけてきた。

 

『どう、というと?』

『なんていうか凜子先輩、達郎のことかまいすぎというか、ちょっと愛が強すぎるとこがあるじゃないですか』

『たったひとりの家族だ。姉として気にかけてやるのは当然だろう』

『それはそうですけど……』

 

ゆきかぜが唇をつんと尖らせ、右手の人差し指で前髪をくるくると弄ぶ。

幼い頃から変わらない、困ったときの仕草だ。

 

『やきもちを焼かれるのはまんざらでもないが、私としては普通に家族に接しているだけのつもりだ』

『や、やきもちじゃないですって!ちょっと気になっただけで!』

『ふふ……』

 

恋する少女特有のいじらしさを見せつけられ、思わず顔が緩んでしまう。

しかし……それとは裏腹に、胸になにか鋭いものが突き刺さるような感覚を凜子は覚えたのだった。

 

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

「……む」

 

いつの間にかまどろんでしまったらしい。

時計を見ると、すでに針は正午を回っている。

 

(懐かしい夢を見たな……)

 

ゆきかぜと2人で、失踪した彼女の母親“水城不知火(みずきしらぬい)”を救出する任務に出発する前のことだった。

娼婦に扮しての地下都市ヨミハラへの潜入――今思えば、とんでもなく無謀な作戦だった――を前に、彼女にも思うところがあったのだろう。

事実、任務中に敵からおぞましい辱めを受ける女性対魔忍は後を絶たない。まして娼婦として潜入となれば、純潔を守ったまま帰還できる可能性はほぼ無いと言える。

だから凜子は、悔いが無いよう伝えたいことは伝えておくようにとゆきかぜの背を押したのだった。

 

けっきょくはヨミハラに不知火が囚われているという情報そのものが敵の罠で、間一髪のところで任務は中止になったのだが。

 

 

(さて、買い物に行くか。弟の出陣にふさわしい献立を考えてやらねばな)

 

食器を片付け、食台に残してあったバナナを3口で食べ終えて外に出た。

忍びの隠れ里であった五車町には大型の商業施設がなく、小さな商店がいくつか営業しているのみとなっている。

そのかわり店先に並ぶ食材の品質は良く、とくに八百屋は露地物の新鮮な野菜を取り揃えているため主婦たちからの人気が高い。

店に着いた凜子は、先ず人参やじゃが芋といった長持ちする野菜を籠に入れ、夜の献立について考えを巡らせた。

 

(カレー……カツカレーはどうだ……?)

(いや、安直すぎるか……受験生のようで子供っぽいと思われるやも……)

 

あれこれと思案するうち、ふと店先に並べられたエンドウ豆が目に入った。

 

(久々に豆ごはんを作ってやるか)

 

豆ごはんは凜子と達郎、ゆきかぜの大好物だ。

小さい頃、水城家で遊んだときに不知火が出してくれたものを、夢中で食べていたことをよく覚えている。

 

豆ごはんに添えるなら、主菜と副菜も春らしいものにしよう――と思い魚屋を覗くと、大ぶりなニシンと生のめかぶが入荷していた。

 

(豆ごはん、ニシンの塩焼き、めかぶの味噌汁。うん、いいじゃないか)

 

白子が詰まっているであろう、丸々とした腹のニシンを選び、凜子は家路を急ぐのだった。

 

――――――

 

――――

 

――

 

 

スマホで検索すると、豆ごはんには最初から豆を混ぜて炊き上げる方法と、茹でた豆を後から混ぜ合わせる方法とがあるらしい。

前者は豆の味がご飯によくなじみ、後者は豆の緑色が美しく映える。

不知火が作ってくれたものは前者の作り方だったように記憶しているが、ネットのレシピに載っていた豆の色があまりに美しかったため、後者の方法で作ることにした。

 

ボウルを用意し、エンドウの莢を指で開いて中身を取り出す。

薄緑色でころころとしたそれを塩水で煮て、煮汁ごと冷ますことでシワの無い綺麗な煮豆ができる。

ニシンは白子を傷つけないよう丁寧につぼ抜きし、塩をふって1時間程度冷蔵庫で寝かせてから焼くことにした。

 

(料理は待つことも肝心……達郎のやつはせっかちだから、こういったことは苦手だろうな)

(まあ、せっかちさではゆきかぜも負けてないか……まったく似た者同士のカップルだ……)

 

ちくり、と針が胸に突き刺さる。

 

 

『凜子先輩って、達郎のことどう思ってるんですか?』

 

 

ゆきかぜの言葉が再び脳裏に蘇る。

 

本当は凜子も、自分が達郎に抱いている感情が家族に対するものと違っていることには気づいていた。

だが、気づいたところでどうすることもできない。

 

たったひとりの家族。血の繋がった姉弟。

 

それだけで全ては最初から終わっているのだから。

 

 



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『ここで、私を犯してはくれないか?』

 

ヨミハラ潜入任務の前日、達郎を実家の道場に呼び出した凜子はそう言い放った。

 

間違いなく綺麗な体で戻ることはできない。あるいは、生きて帰れない可能性も充分にある。ヨミハラとはそういう街だ。

既にゆきかぜは達郎と結ばれただろう。全てを伝えるよう、自分が背を押してやったのだから。

2人の姉としての義はきちんと通した。

ならば、自分にも達郎と結ばれる資格はあるはずだ。

 

 

家族だからなんだ。

 

姉弟だからなんだ。

 

私は達郎が好きだ。

 

ゆきかぜと同じように。いや、ゆきかぜ以上に。

 

 

『私とSEXをしてくれ。達郎』

『ゆきかぜとはもう済ませたのだろう?私も、得体の知れない輩ではなく、お前にやりたいんだ――』

 

だが、達郎とゆきかぜはまだ結ばれていなかった。

お互いに想いを打ち明け、唇を重ねるところまではいったものの、それまでだった。

あたふたと自分を諫める達郎の様子でそれを確信した凜子は、とっさに作り笑いを浮かべて、『冗談だ!』と朗らかに笑った。

 

『今言ったことは忘れてくれ』

『ふふ……私としたことが、悪ふざけが過ぎてしまったな』

 

勘弁してくれよ……と脱力する達郎に平謝りし、凜子は道場を後にした。

“天然で人をからかうのが好きな姉の悪戯に、またしても嵌められてしまった”――弟はそう感じ、今日の出来事もすぐに忘れてしまうのだろう。

 

 

 

“天然な姉”を演じて本心を誤魔化すことを覚えたのは、いつからだっただろうか。

作り笑いで顔を、冗談めいた口調で心を覆い隠すたび、胸に小さな針が突き刺さる。

 

ちくり。 ちくり。 ちくり。

 

 

凜子の人生は、常にこの痛みと共にあった。

 

――――――

 

――――

 

――

 

ピピピ……と、炊飯器のアラームが聞こえて我に返った。

窓の外は既に薄暗くなり始めている。

 

(まだ任務の疲れが抜けてない、か。今日は寝落ちしてばかりだな)

 

鍋を覗くと、鮮やかな翠色に変わった豆が水を吸ってパンパンに膨らんでいた。

ひとつ口に含むと、ぷつんと音を立てて皮が破け、こっくりとした味わいが広がる。

 

「うむ」

 

ニシンをグリルに入れ、炊飯器から取り出したご飯に豆を落とし、塩をまぶしながら丁寧に混ぜ合わせていく。

しっかり塩味をつけることで米と豆の甘みが引き立つが、しょっぱすぎては台無しになってしまう。

一口味見をしては塩を足し、混ぜることを繰り返していくうち、猛烈に空腹になってきた。

朝、昼と軽い食事しかできなかったが、任務で疲れ果てた胃腸がようやく調子を取り戻してきたらしい。

 

ベストな塩梅を見つけ、グリルからパチパチと油の爆ぜる音が聞こえてきた時、玄関の戸が開いた。

 

「ただいま」

 

疲労を浮かべた達郎の顔が、台所に入るなり輝いた。

 

「うおっ、豆ごはんじゃん!やった!」

「私なりの出陣祝いだ。家の掃除のお礼もかねてな」

「ありがとう凜子姉!でも、豆ごはんだってわかってたらゆきかぜも連れてきたのに」

 

 

ちくり。

 

また、胸に針が刺さった。

 

 

「……今日は、いいじゃないか」

「え?」

「またしばらく会えなくなるんだ。今日ぐらいは家族だけで過ごすのも、いいじゃないか」

「……そうだね。ごめん気が利かなくて」

「いや、いいんだ。ゆきかぜとは明日会うことになってるから、おにぎりにして持っていくよ」

 

 

グリルを開けると、自らの脂肪で皮をぱりぱりに焼き上げられたニシンが顔を出す。

 

「腹が空いてるだろう。すぐに味噌汁を作るから、先に食べててくれ」

「え、それは悪いよ」

「構わん構わん。今日はお前の健闘を祈って料理したんだからな」

 

じゃあお言葉に甘えて……と、達郎が大盛りにご飯をよそい、ばくりと口に含む。

 

「うまい!」

 

その一言で、凜子は胸に刺さった針が溶けて消えていくのを感じるのだった。

 



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秋山家では暗黙の了解で年長者から順に風呂に入ることになっていたが、任務を控えた者がいる場合はその限りではない。

達郎と2人で夕食の後片付けを終えた凜子は風呂が空くのを待つ間、今朝と同じように縁側に腰かけてローズマリーティーを愉しむことにした。

 

遠くで蛙がやかましく鳴いている。

春の風物詩だが、その正体は繁殖行動だ。

雄は張り裂けんほどに喉を膨らませて声を出し、雌は声の大きい、強い雄のもとを訪れる。

いくら鳴いても雌に選ばれず、喉に異常をきたして死んでしまう雄も多い。

だが、何物にもとらわれず、気兼ねなく愛を叫ぶことができるというのは凜子にとって羨ましいものだった。

 

 

「凜子姉、またそれ飲んでんの?」

 

風呂上りの達郎がタオルで頭をかきながらやってきた。

 

「お前もたまにはどうだ。ある日突然、嫌いだった食べ物が好きになることがあるじゃないか。あくわ……なんたらというやつで……」

「アクワイアード・テイストね。まあ、久しぶりに挑戦してみてもいいかな」

 

達郎が台所から取ってきた茶碗に、一口分より少し多い程度の量を注いでやる。

恐る恐る匂いを嗅いだ達郎の眉間に皺が寄り、舐めるように口に含むとそれがぎゅっと深くなった。

 

「どうだ?」

「……口ん中がシバシバする」

「ふふっ。まだまだ子供だな」

「別に大人とか子供とか関係ないだろ……単なる味の好みなんだからさ……」

 

不貞腐れながら凜子の隣に腰かける達郎。

しばらくはお互い話すこともなく、ただふたりで夜の闇を見つめていた。

 

「なんか、久しぶりだね。凜子姉とこうしてるの」

「そうだな。小さい頃はここでお前を抱っこしてあやしたりしてやったものだが」

「うん……はっきりと覚えてるわけじゃないけど、凜子姉の腕の中は妙に居心地が良かった気がする……」

「だろうな。5歳までは私が抱いてやらないと寝付けなかったのだから。ここで寝てしまったお前を抱えて寝室まで行くのは大変だったんだぞ」

「え、そんなに大きくなるまで凜子姉と一緒に寝てたの?」

「ああ、本当に苦労させられたぞ。いい加減ひとりで寝ろと言ったら大泣きされたしな」

「そりゃどうもすみませんでしたね」

 

まだ言葉がおぼつかない達郎を腕に抱きながら、とりとめのない話をして過ごした日々を思い出す。

弟の体が日に日に大きくなるのを肌で感じられることが嬉しく、愛おしかった。

思えば、あの頃から既に特別な感情を抱き始めていたのかもしれない。

 

「……やってみるか。久しぶりに」

「へ?」

 

凜子は少し体を後ろにずらし、足を開いて人ひとりが腰かけられるスペースを作った。

 

「さあ、遠慮はいらんぞ」

「……本気?」

「冗談でこんなことをするものか」

「いや……さすがになあ……」

「またしばらく会えなくなるんだ。ひとつくらい姉の言うことを聞いてくれてもいいじゃないか」

「……わかったよ」

 

達郎が渋々凜子の足の間に座る。

 

「遠慮はいらんと言っただろう。もっと体を預けろ」

「ちょっ……凜子姉っ……」

 

凜子は達郎の胴に手を回し、ぐいと自分の方に引き寄せた。

達郎の後頭部が凜子の胸――幼い頃と違い豊満に育った肉の枕に吸い込まれる。

 

「どうだ?」

「……やわらかい」

「落ち着くか?」

「全然。小っ恥ずかしすぎる」

「そうか?私は懐かしい心地がしてリラックスできているがな」

 

意識するわけでもなく、自然に“天然な姉”としての言葉が口をついて出た。

本当は、心臓が張り裂けそうなくらい波打っている。

身体を密着させている達郎は気づいているだろうか。

 

 

気づかれてはいけない。

 

いや、気づいてほしい。

 

私の本当の気持ちに。

 

 

「なんか今日の凜子姉、妙にノスタルジックだよね。ローズマリー飲んでるせいかな」

「なにか関係があるのか?」

「花言葉だよ。ローズマリーの花言葉は“追憶”と“思い出”だから」

「ああ……そういうことか」

「あと、“変わらぬ愛”“私を思って”ってのもあるんだったかな……テキトーなもんだよね。ひとつの花に何種類の意味を詰め込むんだか」

「……」

 

心臓の鼓動がまた早くなった。

追憶。思い出。変わらぬ愛。私を思って――今日1日の凜子の心境そのものだ。

 

「……達郎」

「なに?」

 

 

(愛してる)

 

 

溢れそうになった言葉を、必死でこらえた。

 

「必ず無事で戻って来い。私を……ゆきかぜを、悲しませるんじゃないぞ」

「わかってるよ。前に約束したじゃないか。俺はゆきかぜを守れる、強い男になるって」

「ああ、そうだな……私と、そう約束したんだものな……」

 

 

胸が痛い。

吐き出せない想いが針となって突き刺さっている。

 

たったひとりの弟。

この世で唯一の、血の繋がった家族。

想いを打ち明けてしまえば、そんなかけがえのない関係が壊れてしまう。

 

しかし、そうならない可能性もあるのではないか?

達郎が自分を受け入れてくれるかもしれないのではないか?

共に過ごした時間は、ゆきかぜよりもずっと長いのだから。

 

後悔するかもしれない。

だが、後悔することを恐れていては前に進めない。

ならば、いっそ――

 

 

(いや、これでいいんだ)

(私は、魔の物から人を守る対魔忍だ。いちばん大切な人を守れなくてどうする)

(このままでいい。このまま、この痛みを抱えて生きることが、達郎にとっての幸せに違いないのだから……)

 

 

凜子は、達郎の体を強く抱きしめた。

 

傷口を押さえるように。

 

痛みをこらえるように。

 

 

「大丈夫だ。お前は私の弟なんだからな」

 

愛する男の体は、遠い日の記憶よりもずっと熱く、堅く、逞しかった。

 





凜子といえば所謂「頭対魔忍」の象徴とされることの多いキャラクターですが、あの天然キャラ自体が弟に対する劣情を隠す過程で身につけた演技だったら……と妄想した結果が本作です。
ユキカゼ2の日常パートが好きなんですよね。着実に魔の手が迫る中でしっかり達郎と凜子がイチャコラしてて……。
姉弟の関係を丁寧に描いてくれているからこそ、その後のNTRが映えるのだと思います。

気が付けば2の発売から7年が経過しましたが、私は今でもユキカゼ3を待ち望んでいます。
RPGの世界観も楽しんではいますが、ユキカゼの世界観での完結編をきっちり出して欲しいですね。

冒頭でも軽く触れましたが、RPGではまり・蛇子・舞の関係がなかなか面白いことになっているので、こちらのテーマでもなにか書いてみたいです。



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