SAO:TS~アインクラッドで合法的に美少女になる方法~ (スプライト1202)
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第001話『リンクスタート』
設定に矛盾や間違いがあれば、指摘もらえると助かります。
……え? そもそも原作内で設定が矛盾してるし二転三転してるって?
それは知らん!!!!
「おおおおおおおお兄ちゃん!? 買えちゃった! わたし購入できちゃった!?」
「ななななななんだってぇえええええ!?」
俺は「本当か、ユリカ!?」と携帯端末を覗き込んだ。
そこには『購入が完了しました』の文字。
今日は世界初のVRMMORPG《ソードアート・オンライン》の予約開始日だった。
ふたりして「「うぉおおおお!」」と叫ぶ。
「お兄ちゃんは!?」
「……ま、まだ店頭販売があるし」
「買えなかったんだぁ~? ふぅーん? ま、フツーそーだよねぇ~」
ふてくされた俺を見て、ユリカがニヤニヤと煽ってくる。
ベータテストですら当選倍率100倍。1000人の枠に10万人が応募するという異常事態だったのだ。買えなくて普通だ。
「チッ、自分が買えたからってチョーシに乗りやがって……」
「舌打ちぃ? ほほぅ、いーのかなぁ? そんな態度取っちゃって」
「あん?」
「はぁ~、残念だなぁ~。さすがに次の入荷ってなるといつになるかわからないし、ちょっとくらいはお兄ちゃんにもプレイさせてあげてもいいかも、なーんて思ってたのに」
「女神さま、仏さま、ユリカさま! ケーキはいかがですか? ジュースはいかがですか?」
「うむ、くるしゅうない」
俺は「ははぁ~」とユリカにこうべを垂れた。
《ソードアート・オンライン》の初回ロットはたったの1万本。
そんな限られたうちの1本をユリカは手に入れたというわけだ。
ナーヴギア同梱版は税込12万9800円。
ゲーム機としては超高額。
社会人の俺でもそう感じるのだ。まだ学生であるユリカにとってはなおさらだろう。
しかし、彼女はためらうどころかウッキウキで溜め込んだお年玉を吐き出す。
俺はそれを、悔しさのあまり血涙を絞りながら見ていることしかできなかった。
* * *
2022年10月31日、日曜日。
《ソードアート・オンライン》の発売日。
我が家についにソレが届いた。
「ふわぁああああ、新品の匂い」
ユリカはピカピカのナーヴギアを被り、ベッドにダイブした。
「うぅぅ~~~~」
「ちょっとお兄ちゃん。そんな恨めしそうな目で見られてるとやりづらいんだけど」
「うぅぅぅぅぅぅ~~~~~~!」
「はぁ、もう相手してられないからね。えーっと起動は、と」
ユリカが手探りで電源ボタンを探し当て押す。
ナーヴギアが起動した。
「ええっと初期設定……アカウント作成……セットアップステージ……キャリブレーション……」
身体のあちこちをタッチしたり、
「うんしょ……よっと」
ベッドの上で足を上げたり、腕を伸ばしたり、手をグーパーしたり、
「あいうえおかきくけこ……」
と発音したり、
「うー、いー、ぼー、ぐぇー」
といろんな表情したり。
「どわはははははは! 変な顔!」
「うっさいアホ兄ぃ!」
ユリカが顔を真っ赤にして怒った。
しかしすぐにワクワクでたまらない! という表情に戻る。ちぇっ。
「よしじゃあ、今からちょっとだけフリーのVRゲーム試してくる。あ、でも。その間にわたしの身体に変なことしたりしないでよね」
「もみもみもみ」
「今なら触ってもいいって意味じゃ、ない!」
「ぐぼぉっ!?」
蹴り飛ばされた。
「ごほっごほっ……」
「あ~ごめんね~。つい、わたしの長い脚が出ちゃった」
「チビのくせに……あー、ウソウソ! グラマーなおネエさま! わかってるって。ゲームのジャマはしない」
「ほんとにわかってんだか」
言って、ユリカは目を閉じる。
「ゲーム《スカッシュ》、起動」
「……おーい? おーい!」
呼びかけるが反応はない。
今ごろVRゲームを楽しんでいるのだろう。
「うぅぅ~~。羨ましい、羨ましいなぁ……はぁ~」
ちらりと視線を脇へやる。
《ソードアート・オンライン》のパッケージが、日の光を浴びまるで宝石のように光っていた。
* * *
それからの日々は地獄だった。
「ねー、お兄ちゃん。いーのー? ほんとにー? やらなくて?」
「……いい。俺が最初にプレイするVRゲームは《ソードアート・オンライン》って決めてるんだ」
「ふーん。お兄ちゃんがいいなら、いいけど」
《ソードアート・オンライン》の発売日と正式サービス開始日にはズレがあった。
ユリカはその間にナーヴギアでフリーゲームをプレイしたり、低価格帯のVRソフトで遊んでいたが、俺は断固として拒否していた。
俺の《ソードアート・オンライン》への思い入れはユリカの比ではなかったのだ。
ファンタジー世界を舞台とした世界初のVRMMORPG。まだユリカが赤ん坊のころ、俺が小学生のころからの憧れだ。
ネタバレを回避するためネット断ちし、販売情報だけユリカから口頭で聞くという徹底ぶりだ。
そしてなにより、俺はまだ自分のナーヴギアと《ソードアート・オンライン》を手に入れることを諦めていない。
店頭販売は日を分けて行われる。初回ロット入手のチャンスはまだ残されているのだ。
俺は「今はまだ」とユリカの誘いを拒否し続けた。
「……はぁ、もう。頑固だなぁ」
そんな俺を見てユリカは、困ったものでも見るふうに肩をすくめた。
うるさいうるさい! 俺がそうしたいからいいんだよ!
* * *
そして、ついにその日が訪れた。
発売から1週間後。
2022年11月6日、日曜日。12:58……12:59……そして13:00。
《ソードアート・オンライン》の正式サービスが開始された。
「――《リンク・スタート》!」
そのひと言をきっかけにユリカは眠ったかのように反応がなくなる。
俺はそんなユリカの横顔をじーっと眺めているだけだった。
「……結局、手に入らなかった」
やれることは全部やった。
オークションにも張り付いていたし、有給を取って数日前から徹夜で店に並んだりもした。しかし、ついぞ《ソードアート・オンライン》のパッケージを入手することは叶わなかった。
初回ロット1万本。内1000本はベータテスト参加者が優先的に購入できたことを考慮すれば9000本。
徹底的な転売対策がなされていたことを差し引いても、その倍率はすさまじかった。
ただただ純粋なる熱量、あるいは運の勝負。
俺はそれに負けた。
だれも恨むことはできない。
されど羨むことは止められない。
……。
…………。
………………。
「……んんっ、ふぅ~。ちょっとだけ休憩ぎゃぁああああ!?」
「うぅぅ~」
「ってお兄ちゃんかビックリした!? え、まさかずっとそこで見てたの!?」
ユリカに言われて気づく。いつの間にか3時間以上が経過していた。
「いや、初日はわたしがプレイするって言ったでしょ?」
「だってぇぇ~」
思わず涙がこみ上げる。
「うっ……はぁぁぁ~~」
ユリカは大きく、大きくため息を吐いた。
それからナーヴギアを脱ぎ、それを枕元に置いて立ち上がる。
「あーちょっと汗で蒸れちゃったなー。わたしお風呂入ってこよっかなー」
「あれ? ナーヴギアの内部クッションは汗や老廃物を分解する新ジェル素材でできてて、丸1年被ってても蒸れないって触れ込みじゃ――」
「あーもう! うるさいうるさい! 言ったとおり、わたしお風呂だから! だからお兄ちゃん。くれぐれも……く・れ・ぐ・れ・も! 勝手にプレイなんかしちゃダメだからね!」
言って、ユリカはとてとてと部屋を去って行った。
ばたん、と扉が閉まる音が響いた。
「……」
じーっとナーヴギアを眺める。いや、視線が釘付けだった。
ゴクリと喉が鳴った。
「いやいやいやダメだ! ユリカもプレイするなって言ってたし」
なにより、ここで半端にプレイなんてしてしまったら……。
ネタバレがイヤだからとネット断ちまでしていた意味がない。
「と思ってるのに身体が勝手にぃ~」
俺は流れるような動きでユリカのベッドに滑り込み、ナーヴギアを被った。
やっぱり全然、汗臭くなんかねーじゃん。どころか柑橘系のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐった。
思い返してみれば、ユリカはプレイ前にわざわざ風呂に入っていた。
兄妹なだけあって彼女も俺と同様に、気に入った作品へ臨む際は身も心も清める習慣があった。
「ええっと?」
手探りで電源ボタンを押す。スリープモードが解除された。
しかし、そこから先がわからない。
「んんん? ナーヴギアのアカウント追加ってどうやるんだ? 切り替えってどうやるんだ?」
こんなことなら意地を張らずユリカのナーヴギアを借りて、正式サービスが開始されるまでの1週間でアカウントを作ったり、《ソードアート・オンライン》のキャラクタークリエイトくらいはしておけばよかった。
「うーん、わからん!」
昔からこの手の設定とか説明書を読むとアレルギーが出る。
「おーいユリカ~! これってどうやる……」
いつものクセでユリカを頼ろうとして、慌てて口を閉じる。
アホか俺は。勝手に使ってるのがバレるだろーが。
幸い反応はなかった。
もう風呂の中なのだろう。
「うーーーーん、わからん!」
しばらく(5秒くらい)悩むがわからず諦める。
この面倒だと思った瞬間に諦めてしまうこと。これがいけない。
ユリカに『お兄ちゃんは説明書が理解できないんじゃなく、理解しようとしないだけ』と耳にタコができるほど言われたことを思い出しつつも、俺は迷いなく諦めた。
「ユリカが戻ってくる前に返さなきゃだし、このままでいっか!」
自分のアカウント作るのはあとにして、ちょっとだけ! ちょっとだけ先にプレイだけしちゃおう!
アプリケーションから《ソードアート・オンライン》を選択する。
ゲームが再開され、俺の意識は電子の世界へ取り込まれた。
* * *
――ぱちくり、ぱちくり。
何度か目を瞬かせる。
世界は様変わりしていた。
基本的には原作とアニメベース。
とはいえ両者はところどころ設定が異なるし、矛盾もある。
本作ではそのあたりを誤魔化したり、逆にツッコんだりしながら、都合よくつまみ食いしていく予定。
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第002話『フレンジーボア』
《ソードアート・オンライン》を起動すると、あたり一面が中世風のファンタジー世界に様変わりしていた。
「おお……うおおおおおおおお! すげぇえええええ!」
これがVR! これが世界!
すげぇ! すげぇ!!!!
キョロキョロとあたりを見渡す。
「ここどこだろう? とりあえず自分の姿を確認したいんだけど……おっ」
ちょうどよさそうなガラス窓の店を発見。
その前へと移動、しようとして転ぶ。
「ぎゃふん!? 痛……くない! けど歩きにくい。これがVR……んんん?」
と言っている途中で違和感を覚え、首を傾げる。
「あー、あー。……めっちゃ女声じゃん俺!?」
今さら気づく。
見下ろせば手足もほっそりとしていた。視点の低さも合わせて考えるに女性キャラクターになっているらしい。
「つか、女キャラだと声も女になるのか。しかもこんなに自然。はえ~、すっご。……おっとっと」
なんと優秀なボイスエフェクトか。
思いつつフラフラと危ない足取りで立ち上がった。
まだVR慣れしてないからだろう、身体の動きにズレを感じる。
声も動作も違和感はあるが、そのうち慣れるだろう。
「おぉぉ~~~~!」
窓ガラスの前に立つと、かわいらしいキャラクターが映り込んだ。
右手を上げれば右手が上がる。頭を振れば、鏡の中でも長い髪が揺れる。
これが今の俺の姿か。
「すげぇ~~。あーでも表情の感度はあんまりだな」
おそらくは表情筋へと送られる電気信号が閾値を越えたかどうかで、表情を切り替えてる。
んだと思うのだけれど、判定がかなりシビアらしい。
おっ、でもオーバーリアクションしたら反応するな。
青ざめたり汗が出たり、漫画チックな演出入って……なかなかおもしろいな。
「というか、今更だけど」
これ、どう考えても妹のアバターだよなぁ。
「あちゃー、自動ログインしちゃったのか?」
サブキャラを作って動かすつもりだったのに、そのまま再開されたらしい。
「さすがに自分のセーブデータで勝手に動き回られたら、アイツも気づくし激怒するよなぁ。って頭ではわかっているのに、あーれー」
身体がフラフラと移動をはじめる。
俺は駄犬だ。『待て』のできないダメ犬だ。
戸棚の奥のエサはガマンできても、目の前のエサはガマンできない。だからこそネット断ちして情報そのものを遠ざけていたのに。
それが今、目の前に《ソードアート・オンライン》の世界が広がっている。
そんなのもうダメだ。辛抱たまらん。
「ちょっとだけ、ちょっとだけ……」
といいつつ俺はガッツリと街を見てまわり始めた。
へへっ……まだ、まだ大丈夫さ。いつもの調子でいくとユリカはどうせ長風呂だ。ならもう少しくらいは猶予があるはず。
「おぉー、細かいところまですげー作り込まれてる」
花壇の花に注目するがすさまじい解像度。
まさか、このクオリティで見える範囲全部作られてんのか? だとしたら頭がおかしいにもほどがある。もちろんいい意味で。
そのクセ処理落ちのラグは感じない。
いったいどうやって演算しているのか。変態技術だな。すごすぎてわけがわからない。
さすが次世代機。
13万円するだけのことがある。いや、むしろこれは安すぎる。
それにNPCのクオリティもすごいな。
会話パターンこそ決まっているが、そこから逸脱しなければ人間と見まごうほど自然に受け答えしている。
けれど。そういうのもすごいとは思うけれど。
やっぱりMMORPGとくれば……。
「戦闘したい!!!!」
勝手に街出たら怒られるかな?
身体がウズウズして仕方がない。
ちょっとだけ。もうちょっとだけだから!
1回敵倒すところまでやったら終わるから!
もはや俺の理性のタガはガバガバだった。
まるで憑りつかれたみたいにフラフラとした足取りで街の外へ向かった
足を一歩、街の外へ踏み出したのと同時。
視界に【OUTER FIELD】のメッセージが表示され、一陣の風が頬を撫ぜた。
「んん~、気持ちいい~!」
そんなところまで再現しているのか、と驚きつつ歩みを進める。
あたり一面の草原。
現実に比べれば単調な匂い。
しかしすさまじいな。ゲーム内なのに匂いを感じるなんて。
腰から武器を抜いて、構える。
大きなナイフにも見える曲刀――《カトラス》というやつだろうか? 片手持ち、幅広で反りのある片刃の剣だ。
「おぉー、重量感あるな。つっても本物に比べたら軽いんだろうけど。フゥー! テンション上がるぅ!」
正眼に構えて、せいっ、せいっ、と振ってみる。それだけで楽しくって仕方ない。
男の子はだれだって剣や銃が大好きだ。
「ほかにも武器ないのかな? どうせならもっとデカい武器とかのが好みなんだけど。というかアイテムってどうやって見るんだろ」
チュートリアルを受けていないから操作方法がわからない。
メニュー画面とかないのだろうか?
「ま、いっか! その辺は自分のアカウントやキャラを作ってからで」
《カトラス》を肩に担いだまま道を進んでいく。
今はこの武器の重ささえ楽しい。
まだVRでの歩行に慣れず、何度も転びそうになりながら進む。
ゆっくり、一歩ずつ。
そのとなりをほかのプレイヤーがスイスイ通り過ぎていく。
どうやら、みんなすでにほかのVRゲームで肩慣らししてきているらしい。
当然か。
ナーヴギアの発売から半年が経っているし、ユリカのように初回入荷分の同梱版を手に入れたのだとしても1週間の猶予があったんだから。
「あ、でもだんだんわかってきたかも」
現実みたいに身体を動かそうとするんじゃなくて、むしろゲームだと割り切って動きをイメージしたほうが歩きやすい。
自分の肉体を動かすのではなく、コントローラでゲームのアバターを操作する延長線。
たとえば人体は構造的に肘が逆に曲がらない。しかし、3Dポリゴンにそんな縛りはない。今、腕に感じている《カトラス》の重量にしたってそうだ。
それらはすべて仮初(データ)で、あくまで本物に準拠・再現しているにすぎない。
こういう感覚の誤差も次世代機とか出てきたら解消されていくんだろうなー。
「ふむふむ、いい感じいい感じ」
少しずつ歩きがスムーズになっていく。
「けど、この身体の感覚に慣れたら、逆に現実での運動ヘタクソになりそうだな」
なんて冗談を言ってるうちに、わりと遠くまで来てしまっていた。
知らず知らずのうちに、歩く練習に夢中になっていたようだ。
「おっ。第1村人ならぬ第1モンスター発見」
念のため周囲を確認。
1番近いプレイヤーでも遠くにぽつんと見える2人組だけ。
彼らもモンスターと戦っているようだが、この距離ならうっかりジャマしてしまうこともなさそうだ。
「よしよし、やっるぞぉー」
最初のマップということもあり敵はノンアクティブモンスターのようだ。
こちらが視界に入っても、気にも留める様子がない。
視線を集中させると黄色いカーソルとHPバーが表示された。
名前は……《フレンジーボア》。外見はまんま青いイノシシだ。
ゆっくりと背後へ回り込み、近づく。
《カトラス》を大上段に構え……。
「チェストぉおおおお!」
『プギィイイイイ!』
赤いダメージエフェクトが散った。
「おおっ! 手応えアリ!」
《フレンジーボア》のHPが減少し、カーソルが赤色に変化した。
雄たけびを上げながらこちらに向き直る。
「お~、怒っとる怒っとる」
《フレンジーボア》が地面を前足の蹄で掻き、突進してきた。
「う、お、おっと!?」
ドタドタと慌ただしくも回避――ドテン、とこけた。
ドカッ、と衝撃。
「あわわわわ!? ぐへっ!?」
身体が跳ね飛ばされ、赤いダメージエフェクトが俺の身体から舞う。
視界左上のHPゲージが削れた。
うわー、油断した。足がもつれた。
慣れてきたと思ったらこれだ。もっと訓練が必要だな。
「痛、くはないけどちょっと気持ち悪ぃ。……っとっとっと!?」
次の突進。慌てて立ち上がる。
幸いにも《フレンジーボア》の動きは遅かった。回避は十分に間に合った。
「さすがに、こんな序盤のザコ敵に負けるとかはしたくないんだけ、どっ!」
体勢を立て直せば、あとは難しくなかった。
成功してみれば、なんということもない。
予備動作はわかりやすいし、攻撃も直線的で少し横にズレるだけで当たらない。
「ほっ! よっと! よしよし転ばないように気をつけてなー」
自分に言い聞かせながら、回避を繰り返した。
乱数だろうか、ときどき失敗することもあったが慣れてくる。
相手が次の攻撃へと移るタイミングや攻撃範囲が掴めたところで、こちらからも打って出ることにする。
「そろそろいけそうだ」
《フレンジーボア》は突進後いくらかの硬直がある。
そこへ一撃を加え、すぐに少し後ろに下がって距離を取る。
十分にとった間合いで次の突進も躱し、また一撃を加える。
「いい感じいい感じ」
それを2回、3回と繰り返し……。
「っしゃぁ、勝った! ……おっ」
ウィンドウがポップアップする。
――――――
【Result】
Exp 24
Col 30
Items 2
――――――
加算経験値、獲得コル、それからドロップアイテムが表示された。
多いのか少ないのかはわからない。
「って、うわ!? 思ったよりギリギリだったんだな」
俺のHPバーは4分の1ほどにまで減っていた。
うーん、ザコ敵相手にやられすぎだろ。
それに予想外に時間がかかるな。
ザコ敵1体倒すのにこれか。
「ま、いっか。……んんぅ~っ!」
背伸びする。
ほどよい疲労感。軽く運動をしたあとみたいな達成感が満ちていた。
VR空間での疲労は現実とは同一ではないものの、近しいものがあった。
こんなことまで再現してるのかすごいな。
1体しか倒してないけど、もう切り上げて街に戻ろうか。
うっかり死んでしまっても困る。まだ序盤だからデスペナルティなんてないだろうが、念のため。
なにより、これ以上勝手にユリカのデータを進めたらバレかねないし。
彼女が部屋に戻ってくる前に、キャラを元の場所に戻してログアウトしよう。
「~~~~!」
「~~、~~~~!」
……と。
街へ向かって歩いていると、行き先から言い争いのような声が耳に入る。
あれは俺と同じようにモンスターと戦っていた二人組か?
こんなめでたい日にケンカかよ、と視線を向けてしまう。
近づくにつれ話の内容がはっきりとしてくる。
「おいおい……ウソだろ、信じられねぇよ。今、ゲームから出られないんだぜ、オレたち!」
その大声と話の内容に衝撃を受け、思わず立ち止まってしまう。
俺に見られていることに気づいた二人組がこちらに手を振り、近づいてくる。
「おーい、そこの嬢ちゃん! そう、あんただ! いきなりで悪ぃんだがあんたはログアウトできるか!?」
「……っ!」
バンダナをつけた美丈夫が食いつくような勢いで問うてくる。
言われて思い出す。そういえば俺、チュートリアルを受けてないせいでメニューの開きかたもわからないままだ!?
あれ? マズくね?
「ログアウトできない、かも」
「そんなっ、嬢ちゃんもか!? じゃあやっぱり……」
「え!? キミも!?」
俺の驚愕の声に、バンダナの美丈夫がもうひとりと顔を見合わせる。
黒髪の美青年が頷いた。
「あぁ、俺たちもなんだ」
「ふたりとも!?!?」
えぇ!? えぇえええええ!?!?!?
メニューの開きかたわからない人、俺以外にもいたんだ!?
というかこの様子だと結構多いのでは?
さすがにユーザへの配慮足りないと言わざるを得ない。
あるいはこれって説明するまでもない”次世代の常識”なのだろうか。
俺たちは今『このスイッチを押すと電源が入るんだよ』と携帯電話の使いかたを説明されるおじいちゃんの立場なのだろう。
順応すべきはデバイスではなく俺たちのほうなのかもしれない……。
やだやだ、年はとりたくないもんだ。
しかし……。
「そっかー、ふたりもログアウトできないのかー。じゃあ仕方ないし、一緒にほかの人にも聞きに行こっかー」
「お、おう。そうだな」
「あぁ」
ふたりを伴って歩きはじめる。
ちらりとふたりの容姿を盗み見る。
ふーむ、当然といえば当然だがどちらもゲームのアバターなだけあってイケメンだ。
現在の俺も美少女だから、あまり人のことは言えないが。
俺はアバターどーしよっかなー。どんなのがいいかなー。
基本的にデカいのが好きだから筋骨隆々とかアリだな。肩に重機乗っけたい。
「嬢ちゃんよぉ、おめぇ随分と肝っ玉が太ぇんだなぁ。オレぁ不安でしょうがねぇよ」
「そう? そこまで心配しなくても大丈夫じゃない?」
「俺は……あまり楽観視しないほうがいいと思う」
黒髪の青年がなにか予見でもしているみたいな、険しい表情で言う。
いやいや。ちょっとそこら辺でプレイヤー見つけて、尋ねるだけで大げさな。
もしかするとコミュニケーションが苦手なタイプなのかも。
あるいは、アニメ的な表情演出のせいだろう。
この世界では表情が大げさに表現されるから、ふたりともお互いの不安げな顔を見て過剰に深刻になってしまっているのかも。
よしよし、ならばここは俺が気分を切り替えてやろう。
「せっかくだし自己紹介しないか? 俺は――」
左上に視線を向けると拡大表示された。
――――――――――
Lirili
65/ 250 LV: 1
――――――――――
「――リリリだ。よろしく」
プレイヤー名を確認して述べた。
いつもユリカがゲームで使用しているニックネームだった。
にしても助かった。メニューの開きかたすら知らない俺でも自分のプレイヤー名はすぐにわかった。
どんなゲーム初心者でもプレイヤー名を見落とすことだけはないだろうな。なにせ視界にある唯一の情報がHPバーとプレイヤー名なのだから。
ほんと、シンプルなUIだ。
より没入感を増すためなのだろうが。
だったらプレイヤー名よりメニューの開きかたを常時表示して欲しかったもんだが……いや、今後パーティを組んだとき仲間のHPバーも表示されるとしたら、やはりプレイヤー名の表示は必要か。
「「俺……?」」
クラインとキリトが首を傾げる。
「あ、いや。あはは」
忘れてた。今の俺は女キャラだった。
しかしふたりともこの手のゲームには慣れているのだろう。納得したように聞き流してくれた。
「俺はキリトだ」
「オレはクライン。よろしくな」
「よろしく。ふたりは――」
質問しようとしたそのとき。
リンゴーン、リンゴーンと鐘のような、あるいは警報音のようなサウンドが鳴り響いた。それは”遊び”の終わりを告げる合図だった。
《ソードアート・オンライン》はゲーム開始直後(13:00時点)ではログアウトできた。
あるいはログアウトボタンは存在した。
それが17:25までのどのタイミングで消失したのかは不明。
ちなみにデスゲーム開始後でもログアウトできないだけでログインはできる。
GGOのピトフーイさんはSAOやりたくてナーヴギアを隠し持ちながら、2年間ずっとそのことに気づかんかったんやなぁ……。
※追記
全プレイヤーの移送完了後、SAOサーバーへは新たなIPアドレスからログインできないようフィルターが設定されたため、事実上ログインも出来なくなっている。
ログインするにはSAOプレイヤーが入院している病院のアドレスを利用するなどの手順が必要。
↑指摘ありがとうございます!
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第003話『キャリブレーション』
リンゴーン、リンゴーンと音が響く。
それと同時に身体が鮮やかなブルーの光に包まれていた。
「んな……っ!?」
「なんだ!?」
「はえ?」
やがて視界は光に埋め尽くされ……。
次に目を開いたとき俺たちは石畳の上に立っていた。
「《転移(テレポート)》!? ここは《はじまりの街》の中央広場か?」
近くでキリトと名乗った青年の声が聞こえた。
周囲に続々とほかのプレイヤーたちも《転移》されてくる。
「あ……上を見ろ!」
だれかの声につられて視線を上げる。
そこには深紅の市松模様。【Warning】と【System Announcement】の文字。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
巨大な赤ローブが現れ、そう言った。
『私の名前は茅場晶彦』
俺でもその名前は知っていた。
いや、このゲームのプレイヤーで彼の名前を知らない人はいないだろう。
茅場晶彦こそがナーヴギアを作り、そして《ソードアート・オンライン》を作ったと言っても過言ではないのだから。
そして彼は驚愕の真実を語った。
『ログアウトボタンが消失していることは仕様である』
「えっ!? みんなメニューが開けなかったわけじゃないの!?」
俺は愕然とした。
そっか……みんなメニュー画面を開けないわけじゃなかったのか。そっか……。
しかし、そんなことで落ち込んでいるヒマはなかった。
なにせ茅場晶彦の語った内容はあまりに現実離れしすぎていたのだから。
彼の言っていることを要約するとこうだ。
曰く、デスゲームである。
曰く、クリアしないと脱出できない。
曰く、ナーヴギアを外そうとしたら死ぬ。
曰く、すでに人が死んでいる。
……バカげてるにもほどがある。
「たかがゲーム機に人を殺せるわけ――」
「可能かもしれない。ナーヴギアは内部に電磁波を発生させて、俺たちに疑似的感覚信号を与えてるから。いうなれば電子レンジだ」
俺が思わずこぼした呟きにキリトが答える。
マジか、そうなのか……。
「いやいやいや。けど、なんだよナーヴギアを外せないって。それくらいパッとやればいいだろうが」
「いや、それは――」
「じゃあ、液体窒素で本体冷却して――」
「それこそ――」
「電磁波シールドを頭とナーヴギアの間に挟んで――」
「その場合――」」
「じゃあ――」
「だから――」
……。
「……そっかー」
「あぁ、そうなんだ」
なんだコイツ、天才クンか? 頭ん中いったいどうなってんだ?
なに聞いても答えが返ってくるんだが……。
もしかすると彼はエラい大学の教授かなにかかもしれない。
「キリトさん教えてくださってありがとうございます」
「な、なんで急に敬語?」
どうやら本当に脱出は難しいらしい。
少なくともこの場でパッと思いつくような、簡単な方法では。
だからといっていつまでもこの状況が続くとは信じたくないが。
『最後に、私からのプレゼントを用意してある』
茅場晶彦がアイテムストレージを確認しろ、と告げる。
この世界が現実である証拠を見せるという。
周囲のプレイヤーたちが右手の指二本を揃え、縦に振っている。
俺もそれを見よう見まねする。
電子的な効果音を伴い、視界内にいくつかのアイコンが出現した。
これがメインメニューか。こうやって開くのか。
一番上のアイコンをタップしてみる。
その中に《Items》の項目があった。
「アイテムストレージってこれか。……《手鏡》?」
一番上にあった《手鏡》というアイテムのオブジェクト化? というのをタップする。
目の前に出現した小さな手鏡を手に取る。
「これがどうかした……なっ!?」
身体が白い光に包まれた。視界がホワイトアウトする。
それはほんの2、3秒で晴れた。
「うっ…いったいなにが」
ふたりは大丈夫か、と周囲を確認する。
あれ? そういえば俺の視点、なんだかさらに下がって――そこまで考えて、固まった。
キリトとクラインがいた場所に、赤の他人が立っていた。
「お前ら……だれ?」
「おめぇらこそだれだ!?」
「キミたち、だれ?」
思わず顔を見合わせる。
そこには見知らぬ黒髪の少年と髭面の成人男性。
黒髪の少年がなにかに気づいたかのように、慌てて自身の手鏡を確認していた。
「なにをして……」
俺もハッとして手鏡も覗き込んだ。
それは、そこにいたのは間違いなく。
「これは……俺!?」
「オレじゃねぇか!?」
「ユリカ!?」
……ん? あれ? なんか俺だけちょっとリアクションちがくない?
しかしふたりは気づかなかったようで、お互いの顔を見合わせて「お前がクラインか!?」「おめぇがキリトか!?」と納得していた。
それから改めて俺を見て、目を丸くしている。
「てことは……おめぇがリリリか!? オレぁてっきり男だとばかり。それに……」
「ごめん。じつは俺も男だと思ってた」
「いや、待ってくれ。違うんだ。俺は――」
説明しようとして、しかしその言葉を俺が持ち合わせていないことに気づく。
俺自身、なぜ妹であるユリカの姿になっているのかさっぱりわからないのだ。
いや、姿だけじゃない。
声もユリカにそっくりになっている。
その答えはすぐにもたらされた。
「おいキリト、こいつぁいったいなんだってんだよぉ!」
「そうか、ナーヴギアの初回起動時に……」
言われて俺も思い出した。
ユリカがキャリブレーションだなんだの言いながら、あれこれ設定していたのを。
「うわぁああああ、それでか!?」
俺の使っているナーヴギアはユリカのものだ。アカウントも。
まさか、設定をサボった結果がこんな形で返ってくるとは予想していなかった。
『プレイヤー諸君の健闘を祈る』
巨大な赤ローブがまるで空に溶けるかのように消える。それに伴い、頭上を埋め尽くしていた真っ赤なシステムメッセージもまた消失した。
そして本当の意味で《ソードアート・オンライン》というゲームが始まったのだった。
* * *
広場に混乱の声や悲鳴、怒号が飛び交っていた。
頭がうまく働かない、なんだこの状況は? 本当に現実なのか?
「クライン、リリリ、ちょっと来い」
腕を引かれ、ハッと我に返る。
キリトに連れられて人の輪を抜け、裏路地へ。
「俺はすぐにこの街を出て次の村を目指す。ふたりも一緒に来い」
「いったいどうして? 危険じゃないの?」
「いや、逆だ。MMORPGってのはプレイヤー間のリソースの奪い合いなんだ」
キリトにMMORPGの宿命たるリソースの有限性を説かれる。動くなら今だ、と。
判断が早いなキミ!?
「ふたり、なら……なんとか、ギリギリ連れていけると思う」
キリトはおいしい狩場や危険なポイントについても熟知しているとのこと。
レベル1でも安全に次の村に辿りつけるだろう、と。
もしかすると彼はベータテスターなのかもしれない。
あるいは俺とは真逆で、事前にがっつり情報取集して効率的にゲームを進めるタイプのプレイヤーなのだろう。
この判断力と知識量。
なんかオメー主人公みてーだな。
「すまねぇキリト、ほかにもダチがいるんだ」
「そう、か。……リリリはどうする?」
俺は――。
すこしだけ考えて答えを出した。
「ムリムリムリ。俺――いや、わたしもここに残ることにするよ」
肩をすくめ、その提案を断った。
まだVRの操作に慣れず、満足に跳んだり走ったりできない。あいにく、そんな状態で死のリスクが高いエリアを進む勇気はない。
そしてなにより……。
「……」
じーっ、とキリトの顔を見る。
リアルの姿を再現しているとはいえあくまでアバター。外見で年齢は判断しづらい。
しかし、それを差し引いても子どもであることはあきらかだった。
その知識量で誤解しかけたが、せいぜいが中高生だろう。
……彼はきっとすなおでいい子なのだろう。
考えていることがそのまま顔に出ている。
本当はだれかを連れていくなんてかなりのムチャだ、と顔に書いてあった。
だが知り合った俺たちを見捨てて行くこともできない、と。
俺たちはいい歳した大人だ。こんな子におんぶに抱っこになるわけにはいかない。
クラインが誘いを断ったのには、そういった理由も含まれているのだろう。
「……わかった。なら、ここで別れよう」
キリトが掠れた声で言った。苦渋の滲んだ声だった。
やさしい少年だな、と思った。
「ふたりとも、死ぬなよ」
俺はキョトンとした。
むしろこれから死地に臨むのは自分のほうだろうに。
最期まで俺たちの心配とは。まったく。
思わず苦笑しながら言う。
「こっちとしちゃ、キミみたいな子どもをひとりで行かせるほうが心配なんだけどね」
だれかひとり、この場にキリトと同じくらいこのゲームに詳しい大人がいてくれればよかったのだけれど。
そういう思いから発した言葉だったのだが。
「「……」」
なぜかふたりがポカンと口を開けていた。
それからこちらの顔をまじまじと見て、声をあげて笑った。
「……?」
え、なんで俺、笑われたの? そんな変なこと言ったか?
わからず首を傾げていると、ますます笑われた。
ひとしきり笑ったあと、キリトは先ほどよりはいくぶんかマシな表情で言った。
「俺は大丈夫。けどありがとう。そろそろ行くことにするよ」
「おう、気をつけてな」
「……そっか。行ってらっしゃい」
最後にふたりとフレンド登録し合った。
「なにかあったらメッセージを飛ばしてくれ」
キリトが背を向け走り出す。
その背に向けてクラインが叫んだ。
もしかするとこれが今生の別れになるのかもしれない。
クラインはひとりの大人として、先に発つ少年へとなにを告げるのであろうか。
「おい、キリトよ! おめぇ、本物は案外カワイイ顔してやがんな! 結構好みだぜオレ!」
俺はドン引きした。
あっ、クラインってそーゆー。
俺は二重の意味で「気にすんなよ!」とキリトの背に声を掛けた。
主人公のプレイヤー名について。
じつは《Lirili》という名前はSAOのアニメ内に登場してる。
見つけられた人はスゴイ。
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