やはり俺の○ル○ナは間違っている (hung)
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とにかく比企谷八幡の叫びは最低である

ハーメルンでは初投稿です。
よろしくお願いしますドミネーター


 きっとそれは世界一格好悪い武勇伝だった。

 

 他の誰がどう評価しようとも、それは自分の中では決定事項。

 

 だから、これは自分が世界一格好悪く活躍して助けられる物語。

 

 

 

「主、どうしてもそうしなくちゃいけないのか」

 

 

 そこは真っ青だった。

 

 比喩表現抜きに青一色だった。

 

 壁が、窓が、床が、家具が、視界に入る全ての無機物が青で統一されていた。

 

 無機質と言っていい簡素な部屋には主の座る机と申し訳程度の照明があるだけで、窓は如何なる理由か青くとも透明なのに外を映していなかった。

 

 青でないのは二つだけ。

 

 言葉を交わしている一人の老人と、一匹の猫。

 

 その生命のみが黒を纏っていた。

 

 それでもその部屋との関わりを示すように、真っ黒な猫の瞳は青く輝いている。

 

 いや、それを猫と呼んでいいものか。

 

 なぜなら、『主』と呼びかけたのは人語を解す筈のない猫の方だったのだから。

 

 一方、主と呼びかけられた老人は長い鼻を携えて、いつもの如く大きく弧を描いた口をあまり動かさずに問いかけてきた猫に返事する。

 

 

「ここ、ベルベットルームはあらゆる可能性を持つ客人を迎える場所。ならば、可能性を狭める要素は極力避けるべき。

 あなたの持つ記憶はそれだけでこれからいらっしゃる客人の可能性を消してしまう。それも致命的に、ね」

 

「なら、可能性を残す為に、ワガハイの記憶は封印されるべき…分かってるんですが。それでもあいつらとの思い出を一時でも忘れちまうのは」

 

「他の者に任せますかな」

 

 

 甲高いしわがれ声とでも言う妙に記憶に残る声で尋ねる老人の質問に対して黒猫の逡巡は一瞬だった。

 

 黒猫には理由があった。

 

 他の誰にも任せられない理由が、他の誰にも明かせない理由が。

 

 

「いいえ。これはワガハイが残した、逃してしまったモノだ。なら、ワガハイはこれからもあいつらの仲間として胸を張れるように自分の責任を取りに行かなけりゃならない」

 

「けっこう」

 

 

 二人の会話が一段落したその少しあと、どこからともなく足音が響く。

 

 ガコン

 

 足音と共鳴するように、先まで簡素であった筈の部屋が様変わりしていく。

 

 机と申し訳程度の照明しかなかったそこには、箪笥が、本棚が、寝台が、カーテンがぬるりと生えてくる。

 

 しかし、昔からそこにそれらがあったように部屋の住人たちはそれを一瞥すらすることなく足音が聞こえてくる方向にだけ顔を向けている。

 

 いつの間にか、そこは一般的な部屋のような様子に変わり、全てが青で染められていなければ変哲も無いものになっていた。

 

 いや、色以外にもおかしい所は存在していた。

 

 さっきまで何も映していなかった窓には今、誰が見ても疑問を覚える光景が映っている。

 

 

 

 昔話をしよう。

 

 過去、老人がベルベットルームと呼んだ部屋は人の前に幾度か現れた。

 

 この老人が主として座るこの部屋は、迎える客人の世界に合わせてその姿を変える。

 

 噂に翻弄される程に閉じた世界ならば密室に。

 

 自覚なく死を望む世界ならば自覚なく運ばれるエレベーターに。

 

 周囲の無理解を象徴する世界ならば霧に惑わされる車内に。

 

 人類が管理された状態を望む世界ならば監獄へと。

 

 

 

 ならば、この窓から表現されるのはなんなのだろうか。

 

 動く階段、エスカレーターが幾本、幾百本、幾万本と伸びて、ただその階段が動き続けているこの光景は。

 

 ベルベットルームも例外ではなく、エスカレーターに乗っている。

 

 駆動音を立てながら、エスカレーターに乗っているベルベットルームはしかしその位置を変えることなくまるで階段の踊り場のように、その場にとどまっている。

 

 足音が徐々に近づいてきて、遂に部屋の前で一瞬止まり、扉が開かれる。

 

 

「ようこそ、ベルベットルームへ」

 

 

 老人が歓迎する。

 

 黒猫は観察する。

 

 

「まずは、おかけください。そして、こちらにサインを」

 

 

 時間はないだろうが、焦る必要はない。

 

 世界一格好悪い武勇伝はもう始まっているのだから。

 

 

 

 

4月5日(木)朝

 

「ん、ぁ。ふぁ」

 

 

 男子高校生である比企谷八幡の朝は遅い。

 

 とはいっても一般的なサラリーマンから比べればの話であって、一般的な高校生からしてみれば普通か、もしくは少し早い程度で起きることが殆どだ。

 

 例外はやることの無い土曜日におもいっきり寝過ごす事と、日曜朝にプリキュアタイムを逃さない為に早起きすることくらいだろうか。

 

 だから、平日の今日もほんの少し早い程度にセットしていたスマホの目覚ましを止めて目を覚ます。

 

 最近、このスマホちゃんってば目覚ましとゲームにしかつかってないなとか思いながら、八幡はあくびをしながら身体をベッドから抜け出させる。

 

 高校入学を機にガラケーからスマホの新しい機種にしてもらったが、大多数の高校生が最も使っている機能―つまりはメールだとか、電話―を使えないスマホちゃんに『苦労を掛けて悪いね』『それは言わない約束でしょ』とか一人脳内演劇をしながら洗面台に向かう。

 

 色々な機能に浮気するんじゃなくて、一つの機能を極める自分は一途でありプロフェッショナルと呼んでいいんじゃないだろうか。

 違うか、違うな。とか益体の無い事をつらつらと考えながら顔を洗い、歯を磨く。

 

 そこまで来てようやく意識が本格的に覚醒し始める。

 

 始業式を終えた今日は春休みの課題も提出し終えて、新入生勧誘とかの課外イベントは残っているものの、部活などと言うモノと無縁に過ごしている八幡にとっては関係なく通常授業に移行するのだと思い出して眉を寄せる。

 

 そう言えば通常授業に入る前に出された宿題をやっつけで書いたっけ。とか思い出しながら。

 

 

「およ、お兄ちゃん。おはよう。小町は朝一で委員会の仕事があるから先に行くから戸締りよろしくね」

 

「おう。気をつけてな」

 

「朝ごはんはテーブルに置いてあるからね」

 

 

 口を濯いでリビングに朝飯を取りに行くと、一足早く登校の準備を整えて出ようとする妹の比企谷小町。

 

 彼女は兄の寝癖を指摘する事なく、すたこらと走って行ってしまった。

 

 小町の言う通りにテーブルに置かれていた適当な野菜とベーコン、目玉焼きを乗せられた皿にありがたやありがたや、やっぱ据え膳って最高だわ。とか溢しながらトースターに1枚突っ込み、その間に飲み物の準備をする。

 

 ケトルに電源を入れて、お湯が沸く前に冷蔵庫からインスタントコーヒーの粉が入った瓶を取り出しマグカップにティースプーンで2杯、そして、コーヒーの瓶を冷蔵庫に戻すときにミルクと練乳を代わりに手に取る。

 

 丁度よく沸き始めたお湯をマグカップに注ぎ、スプーンでかき混ぜる。

 

 真っ黒なそこに、ミルクを2:1になるように淹れ、更に練乳をにゅるにゅるにゅーるにゅーると絞り出す。

 

 よし、と指さし確認。よし、じゃあねえよ、そこまで練乳入れたら甘過ぎじゃないの?

 

 そんな疑問なんてなんのその。

 

 焼きあがったトーストを乗せた皿となみなみ極甘乳飲料が入ったマグカップをテーブルに持って行き「いただきます」行儀よく挨拶してからもくもくと口に運ぶ。

 

 一人の食卓は流石に物静かすぎるのか、テレビをつけて適当なニュース番組にチャンネルを変えて時事ネタを収集して、ゆっくりと食べ終わるころには登校時刻の少し前。

 

 使った皿を洗ってから誰もいない家―社畜である両親はとっくに出社しているため―に「行ってきます」と告げて登校する。

 

 こうしてただの、いやただのと言うより少しだけ甘党でボッチ気味の男子高校生である比企谷八幡の1日が始まる。

 

 

「そういや、なんか変な夢を見たような気がしたけど…まぁ、どうでもいいか」

 

 

 平凡な1日の始まりは平凡な1日を保証していないともしらず。

 

 

 

4月5日(木)夕方

 

「本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」

 

 

 グラウンドが望める総武高校の特別棟の一室。

 

 そこに男子が一人、女子が一人、女教師が一人居た。

 

 男子と女子はいがみ合うかのように、対立するように正面を向いて睨み合っていた。

 

 経緯はこうだ。八幡がやっつけで書いて提出したレポートが生徒指導を担当する女教師、平塚静の目に止まり。

 

 そのあくまで舐め腐った内容に『なんだぁ、てめぇ』となった平塚教諭が正体不明な部活、奉仕部に所属する事を強制。

 

 奉仕部とか言う正体不明の部活に唯一元から所属する女生徒、雪ノ下雪乃と引き合わされた八幡は双方の性格の悪さ、というかねじ曲がった性格の八幡とまっすぐすぎる性格の雪乃が反発、言い争いに発展した。

 

 なんだかんだと今の自分で満足してはいないが、妥協すべきだと斜に構える八幡。

 

 今の自分に満足してしまっては何にも成れない、歪みを認める事が出来ない雪乃。

 

 そんな二人に青春だなぁとか思いながら遠い眼をしながら100円ライターを取り出し、校内禁煙を思い出してしまい直す平塚教諭。

 

 きっとこのまま何もなければ二人は認められない部分で口げんかをして、しかしその中に認められる部分を見つけながら交わるのだろう。

 

 しかし、それはあくまでIF、いや、本流の物語であり、武勇の挟まる余地のない物語。

 

 だからこそ、致命的に流れが変わったのはこの瞬間だった。

 

 

 

 雪ノ下雪乃は経済的にも家庭的にも恵まれた家庭に生まれた。

 

 親は建築会社の社長であり、近年では県議と言う政治の舞台に躍り出て活躍してさえいる。

 

 尊敬できる父親、厳格ながら根底には愛情がある母親、優秀すぎる程に優秀な姉、裕福な経済状況、雇いの運転手付きで登校する事が出来ると書けばある程度その恵まれ具合に想像がつくだろう。

 

 雪乃自身も努力家で有り、なによりおおよその分野で大成できる才能にも恵まれた。

 

 ならば雪ノ下雪乃と言う人間にはなにも悩みは無いのだろうか。

 

 いいや、雪乃がどれ程恵まれていようと、人間である以上悩みとは無関係にはなりえない。

 

 人はその立場に則した悩みを必ず持つモノだ。

 

 経済的に困窮していればその経済状況に、友人関係が多ければその折衝に、勉学に、恋愛に、将来に。

 

 どれ程恵まれた環境で過ごそうとも、悩まずに生きていける人間などそうはいない。

 

 だとするならば、雪ノ下雪乃が抱えている悩みは何なのだろうか。

 

 それは尊敬する父親に追いすがれないこと、管理する事が愛情だと思っている母親、優秀すぎるがゆえに劣等感を刺激する姉。

 

 恵まれた環境故に、その恵まれた環境が悩みの種になる悪循環。

 

 満足しなければならない環境である。

 

 10人が居れば9人が羨む状況であり、その点に対して雪乃は自覚を持っている。

 

 己の容姿も客観的な事実として―告白された経験数から―整っていると自認している。

 

 おおよそ、何にでも成れる才能を持ち、それに胡坐をかくことなく努力もしている。

 

 全てに対してこれ以上を求めるのは贅沢だと言われれば否定はできない。

 

 そう、否定してはいけないのだとずっと奥底で自覚していた。

 

 だけれどそれで満足してしまっては、ただ流されるだけの人生になってしまうのだとずっと思っていた。

 

 だから

 

 

「本当に逃げてないなら変わらないでそこで踏ん張んだよ。どうして今の自分や過去の自分を肯定してやれないんだよ」

 

 

 未来を目指さず、現状を認めてしまうその言葉は絶対に受け入れてはいけない言葉だった。

 

 

それじャア悩ミは解決しなイし、誰モすクわれなイじゃなイ

 

「へ?」

 

 

 雪乃の心の奥底からナニカ、どろりとしたモノが沸き上がってくる。

 

 嫌な感情が鎌首をもたげるのを自覚しながら、それでも止められない感情と共に口を開くとまるでその嫌な感情が形を持ったかのように言葉と一緒に、物理的に口からあふれ出した。

 

 

「え? は、なに。雪ノ下、さん?」

 

 

 八幡はあまりの突拍子の無い事態に、つい敬語になってしまう。

 

 しかし、その呼びかけに彼女から返事が返ってくることは無く、代わりにごぽりと一際多くの黒い粘性の高いナニカが飛び出して全身を覆っていく。

 

 腰は引け、じりじりと後ずさり、遂には教室の扉へと背中を付ける。

 

 

そうよ。変わらないといけないの。ナノにどウして、世界はこんなにも思い通りにナラない

 

「ちょっ、平塚先生! 見るからにあいつの様子がおかしいでしょう! どういうことで…」

 

 

 雪乃の身体に纏わりつくように、黒いナニカは殆どが拡散する事なく、明らかに実体を持っている。

 

 制服の隙間から、身体の全体をズルズルと這い回り、美麗な顔を残して黒が覆った時、ようやく平塚教諭の存在を思い出し、声をかける。

 

 だが、その声に返ってくる言葉は無かった。

 

 

「は? 先生?」

 

 

 なぜなら、さっきまでそこに平塚教諭が立っていた場所には一塊の水晶が鎮座していただけであったのだから。

 

 理解できない状況で、理解したくない事ではあるが、現状を考えるならばその水晶こそがさっきまで二人を見守っていた平塚教諭の成れの果てだと理解するしかなかった。

 

 

「なんなんだよ、なんだってんだ」

 

 

 存在を知っていただけの同級生はいきなり未知の現象を引き起こし、

 

 頼りになるはずだった大人はいつの間にかその存在を無機物に変じ、

 

 

「に、逃げないと…な、なんで! 扉が開かねえんだよ! クソが!」

 

 

 自分が入ってきた出入り口は何故か閉ざされて、逃げ道も無くなった。

 

 動かない扉をガタガタと揺するが、ビクともしていない。

 

 

ワタシは間違っていない。こんなに頑張っていルのに、waタシを認めなイ世界モ

 

「ひっ!」

 

 

 さっきまで見えていた顔も完全に黒いナニカに隠され、おそらく目のある部分だけが爛々と紅く光る雪乃が八幡の方へと蠢き始めた。

 

 這いずるような、歩くような、なんとも形容しがたい動きに、生理的嫌悪感と危機感とで悲鳴を上げる。

 

 

全部、壊れてしまえばいいのよ!!

 

「うわぁ!!」

 

 

 黒に覆われた雪乃が大きく腕を振りかぶって八幡へと殴りつけようとするが、恐怖から腰が抜けるような動作で倒れ込むように姿勢を下げて避ける。

 

 その勢いのままに轟音を立てて扉へとぶつかる。

 

 もしかすると、扉が壊れないだろうかと一瞬抱いた期待の色はすぐさま恐怖に塗りつぶされた。

 

 

「嘘だろ、おい」

 

 

 微動だにしない扉と、痛苦を感じた様子も無い彼女に、しりもちをついた状態で次は避けられない程に震えて動かない身体を自覚して、彼はもはや笑いが込み上げてきた。

 

 こんな事なら通信空手でも習っていればよかっただろうか、いや、むしろ映画を観て鍛錬していればOTONAになれたんじゃないかとか現実逃避気味に考える。

 

 才能や経済的に恵まれた雪乃とは違い、八幡がここから華麗に逆転劇を見せる可能性は0である。

 

 ほぼと言う枕詞をつける必要も無く、一切の0である。

 

 八幡は運動神経は悪くない。

 

 八幡は咄嗟の機転が利かない訳ではない。

 

 八幡は元中二病患者として学校にテロリストが来る妄想をした事もある。

 

 神話に通じ、オカルトを触り、自分が特別なんじゃないかと考えたことも両手の指では数えきれない位にある。

 

 しかし、生命の危機と言うモノに対しての覚悟を持つ才能は絶望的なまでに存在していなかった。

 

 悪辣な人間に対しては口で対抗しよう。

 

 劣悪な環境に対しても口で対抗しよう。

 

 醜悪な存在に対しても口で対抗しよう。

 

 だが、武力に対してはどうしようもなく無力なままであった。

 

 生命の危機だと自覚が無いのならば咄嗟に身体が動いただろう。

 

 しかし、この見るからに異常な状況は彼の脳裏に死を明確にイメージさせてしまった。

 

 そうなってしまっては彼の頭は、身体は動いてくれるはずも無い。

 

 だからこそ、ここから華麗に暴走する彼女を取り押さえて落ち着かせるとか考えるまでもなく可能性が存在していない。

 

 

『………

 

 

 だからこそ、存在しない可能性だからこそ

 

 

『…める

 

 

 一切の可能性が存在しない0だからこそ

 

 

 

 

 それがひっくり返ってしまえば、存在しない訳が無いのだから。

 

 

諦めるな!

 

 

 真っ黒に染まった雪乃がもう一度、今度こそは外さないとコンパクトに振りかぶって八幡へと腕を振り下ろして当たる、と考えて目をつぶって顔を背けた瞬間、緑色の風が教室に巻き起こる。

 

 ごう、と音を立てて発生したその風は目をつぶった為見えていなかったが、今にも頭に当たりそうだった腕をからめとって、如何なる制御力か彼に影響を与えることなく雪乃の身体だけを弾き飛ばした。

 

 来るはずだった衝撃が来ない事に、恐る恐る目を開き、脅威が居た筈の場所に目を向ける。

 

 

「まったく、こっちに来ていきなりこれかよ。今代のワイルドも波瀾万丈だな」

 

 

 そこには身の丈以上の刀剣―八幡のゲーム知識からおそらくシミターと呼ばれそうな形状―を肩に担いでスカーフを巻いた2足歩行するデフォルメされた黒猫のようなナニカが八幡に背中を向けて雪乃と対峙していた。

 

 

「猫?」

 

「猫じゃねえよ!」

 

 

 そう疑問を溢す八幡に、憤慨したようにフシャーと全身の毛を逆立ててその黒猫は振り返りがなり立てる。

 

 ここではないどこかでお約束となっていたやり取りを記憶を封印された為、どこか懐かしさだけを覚えながらその黒猫はもう一度向き直る。

 

 

「ワガハイの名前はモナ、いや、モルガナ。端的に言うとこの世界は狙われてい「な、なんだってー!」まだ全部言ってねーよ!! 最後まで聞け!!」

 

「いや、その言葉にはこう返すのがお約束だろ」

 

「お前、随分余裕あんな」

 

 

 呆れたような黒猫、モルガナはそれでも油断なく雪乃を視界から外していない。

 

 突然の突風に弾き飛ばされた彼女は扉側とは逆の窓側の壁に身体を打ちすえられて、その衝撃から今ようやく体勢を整えている所だった。

 

 軽口を叩いていながらも、八幡に余裕が戻ったわけではない。

 

 未だに現実逃避を続けているからこその軽口なのだ。

 

 その証拠に、腰はまだ抜けたままだし、手も足も震えが止まっていない。

 

 

「詳しい事情説明は後回しだ。今はあの女の子をどうにかして、落ち着いてから話してやる。だから、お前も立って一緒に戦え!」

 

「いや、ぼく無力な高校生男子でちゅ」

 

「んなわけあるか! ワガハイの眼は誤魔化せねえぞ! お前は…あれ? お前本当に愚者だよな?」

 

「おい、言うに事欠いていきなり愚か者扱いって酷くね? あんま強い言葉を使うなよ。サーカスにうっぱらうか、毛皮にしてやるぞ」

 

「そっちの方がよっぽど強い言葉じゃねえか! つか、分かりにくいけど確かにお前にはペルソナを使う才能がちゃんとあるじゃねえか!!」

 

「ペルソナって…前!!」

 

「ちっ!!」

 

 

 話し込んでいる間に体勢を立て直し邪魔モノを排除するべく、もう一度黒いナニカを腕に纏わせて突貫してくる姿に警告を叫ぶ。

 

 まるで金属同士を打ち合わせたように硬質な音が鳴り、雪乃の拳とモルガナのシミターがぶつかり合う。

 

 

「ペルソナってのは、もう一人の自分! 集合無意識からあふれ出るエネルギーを自分の一側面に注ぎ込んで表出するもんだ! それは神話の怪物や神の姿を纏い、超常の現象を巻き起こす!」

 

「マジかよ、つーことは『おれのかんがえたさいきょーののうりょく』が出来るって事か」

 

「んな都合のいいもんでもねえよ。集合無意識からのエネルギーって事は自分じゃない誰かを自分の心の中に入れるっつう事だ!

 生半可な自我だったらそのまま飲み込まれてシャドウって言う暴走するしかねえもんになっちまう! この…女の子みたいに、な!」

 

 

 襲い来る攻撃を傷つけないようにと、シミターの腹部分で受け流しながらモルガナは少しずつペルソナについて教えていく。

 

 まず第一に集合無意識に接続する事が出来る状況、もしくは才能。

 

 そして集合無意識から流れてくるエネルギーを受け止め切れる自我。

 

 最後に、そのエネルギーを形どる心の型を作る覚悟。

 

 

「ワガハイのペルソナは世界への反逆の意志を型にしたもの!

 過去のペルソナ使いは死に向き合う覚悟をトリガーにした!

 醜い自分を認める心の強さがペルソナになることもあった!」

 

「だったら、俺はどうしたら」

 

「それはお前次第、だ! お前はこの状況に何を思った! 理不尽への反逆か! 死への対峙か! 自分の無力感か! 危機的状況こそ人の本質ってのは出るもんだ!」

 

「何を、思った」

 

 

 そうして、八幡へと伝えるべきことを伝えたモルガナは雪乃の相手に専念する。

 

 いや、専念せざるを得なくなってきたのだ。

 

 最初こそ振りは大きく隙だらけで、一度弾けば身体ごと流れていた。

 

 しかし今ではまるでボクサーのように牽制にジャブを放ち、ステップまで踏み始め段々とチカラに振り回されなくなってきている。

 

 それこそ、記憶を封じられて戦闘経験の残滓しか残っていないモルガナではペルソナ抜きでどうにもならなくなり始めて来ているほどに。

 

 死闘を繰り広げる眼前の光景に、八幡はどう思うのか。

 

 助けられてからある種他人事のように思っていた光景、段々と圧されていく様子に変わっていく。

 

 そこまで来てようやく八幡の心奥底からフツフツと湧き上がってくる感情が見え始めた。

 

 初めは恐怖しかなかった。

 

 いきなり良く分からない所に連れてこられた戸惑いが、美少女ながら毒舌しか吐かない目の前の少女への憤りが、死の危険を前に全てが恐怖に染まっていた。

 

 しかし、一度恐怖が薄れてくると沸き上がるのは怒りだ。

 

 

「確かに、俺は品行方正でもなけりゃ、胸張って真面目と言えるような学生じゃなかったけどな!

 こんな隔離病棟みたいなところで駄々こねてるようなクソアマに八つ当たりで殺されるのを良しとする程、達観もしてねえよ!」

 

 

 叫んで立ち上がる。

 

 現状への恐怖が無くなったわけではない。

 

 むしろ、こちらを見据えて来る瞳が目に入る度に泣いて許しを請いたくなる。

 

 今をしのげるのなら、本気を出して土下座でも靴舐めでも何でもする程には恐怖に支配されている。

 

 

「どっかの剣客も奥義を開眼する時に悟ったように、俺はまだ死ねない! 専業主夫になって奥さんに尽くしながら悠々自適に生活して、たまに妹の小町に会いながらクソ親父にザマァってしながら介護して、奥さんを見送った後に畳の上でフサフサのまま大往生するまで、俺はいきてやるんだ!」

 

「それがいま出てくる言葉か!?」

 

 

 恐怖が反転して逆切れで出て来る言葉がこれって、控えめに言って、最低では? 我は訝しんだ。モルガナも訝しんだ。

 

 むしろ、ここまでぼっちで虐められたり、悲観的な思想をしながら、そこまで自分本位な幸せな未来を描けるとか、八幡の頭マジお花畑。

 

 だが、その叫びは何の意味も無く虚空に消えるだけではなかった。

 

 

マジでお前捻くれてんな。だけど、それがいい

 

 

 雪乃と八幡、モルガナ以外の誰も居ないはずの教室に声が響いた。

 

 否、八幡の頭の中に高音でしわがれた声が囁いてきた。

 

 

嘘が大好きで、死にたくて、そんな自分を愛している。そんな私だからお前は私だ。

 だから、呼べ! 叫べ! 泣くように、笑うように、無感情に、激情にかられ、全てをあべこべにする私の名前を!』

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<これより先、永劫を共に歩むのは>

 

 

 八幡の頭に不思議な文言が浮かぶと同時に、先ほどの雪乃と同じように黒いナニカが噴出する。

 

 雪乃の時と比較にはならない程勢いよく八幡の全身を覆い尽くすと、そのナニカはそのまま人型を維持したままズルリと後方へと剥がれ落ちる。

 

 

「ぺ」

 

 

 蛹から羽化するように、全ての黒が身体から抜け出し、その人型の黒全体にヒビが入る。

 

 

「ル」

 

 

 ただならぬ気配に慌てて、牽制しながらその黒に攻撃を仕掛けようとする。

 

 

「ソ」

 

 

 しかし、そのヒビから暴風が溢れ出て動きをけん制し、その風によってヒビが入っていた黒が吹き飛ぶ。

 

 

「ナ!!」

 

 

 黒を弾き飛ばして現出したのは、白を基調とした狩衣を纏い、硬質な仮面を被った不可思議な存在であった。

 

 袖からは4本の鉤爪を覗かせ、足は完全に隠れているが尻尾らしきものがはためいている。

 

 

「『アマノジャク』!!」

 

 

 0の可能性をひっくり返すイレギュラーが今ここに、寝癖頭のままの八幡の背後に現れた。

 

 

 

 

 

 




 ペルソナメモ

 アマノジャク(天邪鬼)…天探女(アメノサグメ)が人の心や天の動きを察する能力を用いて天椎彦(アメノワカヒコ)の死因となった事から、天の邪魔をする鬼、つまり天探女が天邪鬼とされた説がある。つまり、一応は女神の一柱。人の心を読み、その心の反対に悪戯をする妖怪としての側面が大きく認知されているため分類でいえば妖鬼とか鬼女、外道、幽鬼、邪鬼のどれかではないだろうか。案外メガテン、ペルソナでは『アマノジャク』そのままのネーミングでは出演していない(デビチルでは出てるっぽい)。
 ちなみに、本家ペルソナの文言は『我は汝、汝は我』であるが、アマノジャクの性質で我と汝が逆さになっている。

 モルガナ…ペルソナシリーズの5の系列に登場するキャラクター。その正体はベルベットルームに訪れた危機、悪神の襲撃にイゴールが集合無意識の中に存在していた希望から生み出した存在。トリックスターを導く宿命を持ち、トリックスターたち怪盗団と共に悪神を打ち倒した。その後、現実世界の存在ではない為、一度は消えるがKHのソラやFFXのティーダのように復活した。今作ではとある理由から記憶や戦闘経験を殆ど封印してから登場している。雑に言えば、シリーズもので前作キャラが序盤から最強キャラとして無双しない為の理由づけ。


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いつでも雪ノ下雪乃は負けず嫌いである

4月5日(木)夕方

 

 

「ペルソナ!『アマノジャク』!!」

 

 

 真っ白な狩衣をはためかせた異形が総武高校特別棟の一室に出現する。

 

 どこからか吹く風で揺れる袖からは鋭利なカギヅメが光っている。

 

 顔には硬質な仮面、と言うよりも歌舞伎などで使われるような鬼の面を被っている。

 

 

「よし! 上手い事ペルソナに覚醒できたな!」

 

「これが、ペルソナ…」

 

 

 何故か人語を話す二足歩行の黒猫? のモルガナが快哉を上げる。

 

 八幡のペルソナ覚醒で生じた衝撃で間合いを離された黒く染まった雪乃は、じりと未知の脅威を前に様子を見ている。

 

 当の八幡本人はまさか逆切れのように「死にたくないでござる! 絶対に死にたくないでござる!」とか叫んだら変なモンが自分から出てきた事に放心気味にペルソナ、己の一側面『アマノジャク』を見つめている。

 

 

「いいか、ペルソナはもう一人の自分って言っていいもんだ…おめー、名前は?」

 

「比企谷八幡」

 

「そうか、ハチマン。ペルソナ使いは常に自分の心に負けないようにしねーといけねー。集合無意識からのエネルギーを押さえている自我が揺るげば暴走しちまうからな。

 いい例が目の前の女の子だ。あんなふうに集合的無意識から溢れたエネルギーが泥のようにまとわりついてシャドウって状態になっちまう」

 

「思春期の男子高校生に酷な事をいいなさる」

 

「一回ペルソナに覚醒しちまったら早々簡単には暴走するこたねえよ。それよりヤッコさんの痺れが切れそうだ、油断すんじゃねえぞ」

 

 

 ぐるりと下げていたシミターを小さい肩に担ぎ直し戦闘態勢に戻るモルガナが黒くなった雪乃、シャドウ雪乃に集中する。

 

 二対一、数の上で劣勢になったシャドウ雪乃。

 

 しかし暴走してしまっている自我が降伏と言う選択肢を取ることはない。

 

 この状態になってしまったら一度完膚なきまでに打ち負かしておとなしくさせてから暴走の原因を解消するか、無理やりにでも集合無意識の泥を吹き飛ばす、もしくはその生命を断つしかない。

 

 

「つうことで、良いかハチマン。あの女の子を殺したくなきゃあんまやりすぎちゃダメだし、ワガハイがついてるとは言え負けたら普通に殺されちまうだろうから気を抜きすぎんなよ」

 

「俺、喧嘩もしたこともない普通の男子高校生なんだけど。手加減とか殺されないよう戦うとか」

 

「来るぞ!」「あっ、抗弁も無しっすか」

 

 

 平塚先生に雪ノ下にと、つくづく今日は話を聞いてもらえない日だな、いや元から話を聞いてもらえる日とかなかったな。

 大体ぼっちだから学校では話をする事もないし、家ではほとんどが妹の小町かかあちゃんの意見が強いから「いいよね?」と最終確認だけされる事しかねえし。

 

 ガギン!!

 

 そんな遠い目をする余裕もなく、先よりも更に鋭さを増した拳をシミターで捌く音に無理矢理現実に引き戻される。

 

 

「ハチマン! 無駄に考えるな! ペルソナは集合的無意識から生まれたもんだ!

 おめー本人が戦い方をしらずとも、ある程度は集合的無意識から刷り込まれてる!」

 

「むしろ知らない知識とか経験が有る方が怖いんですけど! うわ、本当に自然と身体が動きそうだよ、こえー」

 

「無駄口叩いてねーで早く手伝え! この女の子、ペルソナ抜きじゃワガハイ一人だとキツイ!

 かといってワガハイのペルソナだとやり過ぎちまう可能性がたけー! つか、何でこんな強いんだよ!! いや、ワガハイが弱体化しすぎてるのか!?」

 

「お、おう。えっと、じゃあ、いくか『アマノジャク』」

 

 

 おそるおそる、と脇に浮かぶ己の一側面と言われたペルソナに伺いを立てる。

 

 つか、自分の側面として出てくるのが天の邪鬼ってそんなに俺ってひねくれてるかな? とか考えている。

 

 未だに何処か及び腰なそんな本体に呆れているのか、まるで嘆息するように顔を下げて『アマノジャク』はのっそりと激しい剣撃の場に向かう。

 

 

「迂闊に拳の届く所には近付くなよ! ワガハイだからなんとかなってるが、こいつの拳は覚醒したてのペルソナだと下手すりゃ一撃でダウンを取られちまう!」

 

「なら、何をすればいいんだよ」

 

「ペルソナは魔法が使える! それで遠距離から牽制してくれるだけで十分だ! 決定的な隙さえできれば、あとはワガハイのペルソナで戦闘不能まで持ち込める!」

 

 

 モルガナの言葉に確かにこうも戦い馴れている存在に任せるのが最適解か、と己のペルソナに指示を出そうとする。

 

 内心わくわくしていた。

 

 もちろん、いきなり命の危機に巻き込まれた状況に不満はある。

 

 こうやって切った張ったは自分に合わないと自覚もしている。

 

 しかし、元中二病患者として妖怪だとしても神話の存在を己の力として従えて闘う。

 

 これだけでもご飯50杯はお代わりできそうな気分だったのに、魔法まで使えると言うのだ。

 

 かつての妄想の様に主神級の存在でない事も不満だが、充分に右脇腹にあるとされる回路がギュンギュンに廻っている気分だった。

 

 ここから比企谷八幡の華麗なる武勇伝が始まるのだ! とさえも思っていなくも無かった。

 

 だから、内心ではワクワクしながら己のペルソナが使える魔法を声高々に叫んだ。

 

 いったいどれだけの威力を持った魔法が発生するのか、どれだけ応用力のある魔法なのか、俺TUEEE! が待っていると信じ切ったままで。

 

 

「『タルンダ』!! …あれ?」

 

 

 だからこそ、その魔法を叫んでも目立った現象が発生しなかった事に固まってしまった。

 

 

「くっ! やべー! そっち行ったぞ、ペルソナで防げ!」

 

「えっ、あっ、た『タルンダ』!」

 

 

 何も起こらなかった拍子抜けに固まると言う隙を見せてしまった八幡に、シャドウ雪乃がモルガナのシミターを弾いて襲い掛かる。

 

 八幡は運動神経が悪い訳ではない。

 

 頑張ればそこそこの動きが出来るし、チームプレイを前提としないならば様々な種目でそこそこの活躍をする事も夢ではないだろう。

 

 しかし、致命的に生命の危機には弱かった。

 

 目の前に差し迫った暴力に対し、何も起こらなかった事を何かの間違いじゃないかと、棒立ちで叫ぶしかない程度には弱かった。

 

 

鬱陶シい!!

 

「えっ、痛え!」

 

「ハチマン!!」

 

 

 がっ、とシャドウ雪乃の拳が『アマノジャク』の腹部に突き刺さる。

 

 それはモルガナの言に反して、大きなダメージを与えたわけではなかったが暴力と言う分野と縁遠い生活をしていた八幡にはすこぶる痛く感じられた。

 

 

「な、なんで、こんなに痛いんだよ! つか、俺の魔法は何で」

 

「落ち着け! ペルソナは自分の心の一側面を表出させたモンだっつったろ! 自分の心をぶん殴られて痛くねえわけあるか!

 んで、『タルンダ』は相手の力を弱める魔法だ! 攻撃用の魔法じゃあねえ!」

 

あぁ! 煩わしイ! 私を知らないkuseニ! 私の言葉ヲ理解シモせず! 人の足をヒクことしか出来ない下賤ナ低能ドモ!

 

「くそっ! 攻撃の勢いは弱まったが、隙には繋がりそうもねえ! つか激昂してる分差し引きマイナスじゃねえかこれ!? ハチマン! 他に使えそうな魔法はねえのか!」

 

 

 再度振りかぶられた拳を今度は何とかカギヅメで受け止める。

 

 その間になんとか体勢を立て直したモルガナがアマノジャクとシャドウ雪乃との間に割り込み、またしても剣撃を開始させる。

 

 八幡の使った魔法『タルンダ』は相手の力を弱める魔法であり、本来であればモルガナが苦戦するほどに強敵なシャドウ雪乃相手に十分に効果を発揮するはずであった。

 

 もちろん、『タルンダ』が割合デバフの為、序盤ではあまり恩恵が無い―100を1割現状させれば10減るが、10を1割減らしても1しか減らない―と言う点もあるが、それでも十分に支援となるはずだった。

 

 しかし、雪ノ下雪乃と言う人間は他人から足を引っ張られると言う行為に対して極端に嫌悪を持っている。

 

 それは中学時代のトラウマ―容姿端麗、成績優秀を妬んだ同級生からのいじめ(報復済み)―もある。

 

 加えて、変革を目指す自身に対する妨害を跳ね除けてきた過去が逆に己を強化させるのだ。

 

 これによって、シャドウ雪乃には弱体化、デバフは逆効果だったと言う事実。

 

 ゲーム的に言えば、デバフを受けた際1ターン後にデバフを解除し一段階攻撃力を上げるカウンター能力を所持していると言えば、何となく分かるだろうか。

 

 

「えっと、『タルンダ』の他に使える魔法は『ラクンダ』」

 

「相手の防御を下げる弱体化だ!」

 

「『アナライズ』!」

 

「ことばのまんまに相手の弱点とか探る魔法だ!」

 

「以上!」

 

「牽制に使える魔法が一個もねえじゃねえか!!」

 

「知るか!!」

 

 

 一応、とアナライズで耐性を調べてみるが、結果としては『耐性、弱点、共に無し、文句なしの強敵でござるな』と言う無残な表示が脳内に示されるのみ。

 

 ペルソナに目覚めた瞬間(Lv1)から三つの魔法を使えると言うだけで才能はまあ、あったのだろうが現在の状況からそれの何処が役に立つのか? 産廃と言うほかない。

 

 

「普通、こういう最序盤の敵って物理弱点とか、自分が使える魔法に弱点があったりするのがお約束だろ。人生ってやっぱクソゲー、早くもこのスレは終了ですね」

 

 

 ここで終わってしまっては終了するのは自分の人生だと言う事に気付いているのだろうか。

 

 アトラス恒例、序盤敵によってパトられる羽目になるのか。

 

 

「くそっ、こうなったら一か八かになっちまうがワガハイのペルソナで無理矢理吹き飛ばすしかねえか」

 

「その問題点はなんだ」

 

「ちゃんと集中して手加減しねーと威力が高すぎてお陀仏になっちまう可能性もあるって事だ!」

 

「却下だ馬鹿野郎」

 

 

 モルガナは主、ベルベットルームの住人であるイゴールから一部の記憶を封印されている。

 

 記憶がなければ絆も無いも同然であり、絆の力によって超覚醒したペルソナを呼び出す事は出来ない。

 

 よって呼び出されるのは『怪盗ゾロ』、それも一度消えて復活した際に弱体化した状態だ。

 

 それでもなお、かつて世界を悪神の手から救った怪盗団の一員としての実力は残っている。

 

 具体的に言えば、ステータスはLv20相当。かつての四分の一程度と随分弱っているが、シャドウ雪乃のLvはアナライズデータではLv1。例えガル等の初期魔法であってもステータスの暴力は致命的。

 

 弱点ではなくとも、シャドウ雪乃のHPや防御力、当たり所によっては一撃死もありうる。

 

 モルガナはそれを厭んでシャドウ雪乃に対して手加減している状態だった。

 

 もっとも、その手加減を彼女がどう思うのかは、おそらく読者のみが知る。

 

 しかし、さらに攻勢を強めていく様子を見て、何が琴線に触れたのかは分からずとも激昂している事は分かる。

 

 雪ノ下雪乃と言う少女は負けず嫌いで、目の前にある壁に対して挑む姿勢を崩さずに済まないのだ。

 

 

「(考えろ。モルガナって猫らしき奴はどうやらこのペルソナってチカラに慣れている。そんで、見るからに手加減しながらいなす事も出来ている。つまりある程度の余裕があるって事だ。考えていられる時間は長くはなくとも、短いってわけでもねえ。俺の戦力は『アマノジャク』、俺自身は多分あいつ相手に殴りかかった瞬間に右ストレートでぶっ飛ばされるくらいには喧嘩慣れしてなくて、ペルソナの魔法もデバフ特化らしいから、華麗に参上比企谷八幡! で解決する事は無理だった。つか無理矢理参戦したら悲惨な惨状死体の八幡にしかならない件)」

 

 

 眼で追いきることも難しいくらいにテンポの速い攻防を横目に思考を巡らせる。それこそが現状の自分に出来る唯一だと。

 

 そうしてチラリと己の一側面であるペルソナ『アマノジャク』に視線を向けると、先ほど剣撃の間に向かわせた時と同じように今にも嘆息しそうな様子を見せている。

 

 何をぐずぐずしているのか、と呆れるように。

 

 己の分際をわきまえていない、と蔑むように。

 

 出来る事をやればいいのだと、励ますように。

 

 自分にはそれが出来るのだと、信じているように。

 

 答えは最初から見えているのに、気付かない己と向き合うプロセスがそれだった。

 

 解は出た。ならばあとはそれを実行するだけで良いのだ。たとえそれがどれ程の痛みを伴うとしても。

 

 

「そうだよな。俺みたいなやつがペルソナなんて特殊能力に目覚められるなんてのは何かの間違いだよな」

 

「何をぶつくさ言ってやがる! このままだとマジでやばいんだぞ!」

 

よくワかっていルじゃない。あなタのyoうな変化を拒む人間ガナニカの特別にナンテなれるはずがナイのよ

 

 

 内心ごもっとも、と納得する八幡。

 

 腹をくくるしかねーか、と覚悟を決めようとするモルガナ。

 

 しかし、その覚悟は為されることなく、気合は空ぶることが決まっていた。

 

 

「確かに俺が特別なチカラを持てる訳がない。つまり、俺みたいな奴に出来たって事はこれは何ら特別なチカラってわけじゃないって事だ」

 

「いや、ペルソナを使えるって事は「ちょっと黙ってろ!」ハチマン?!」

 

 

 なぜならモルガナがする前に、覚悟は一足先に八幡が済ませていたから。

 

 口をはさんできたモルガナに対して常では出さないような大声で制止する。

 

 必要なのは自覚だった。

 

 何が出来るかでもなく、何を為したいかではなく、何をしているのかという自覚が必要だった。

 

 

あれあれぇ?! そんな俺にできたことなのに、国際教養科の、いや総武高校で学年トップの成績な雪ノ下雪乃さんは何でペルソナを使えてないのかなぁ!!!??

 

「『は?』」

 

 

 総武高校特別棟の一部屋に北風が吹いた気がした。

 

 

「いや、分かるぜ。こんな事に学校の成績とか関係ないよな。だけどよ、人は変わるべきとか、恵まれし者が手を差し伸べるとかあんだけ上から目線でお説教かましてくれてたあの、雪ノ下建築のご令嬢様が才能のないただの一般庶民が難なく出来てる事が出来ないとか意外過ぎて…あっ、すまん。これじゃあただの自慢だな。分かってる分かってる、雪ノ下さん今はただちょっと戸惑ってるだけだよな、いや俺はもう最初っからこんな感じでペルソナを使える程度には才能が有ったみたいだけどあの容姿端麗な雪ノ下さんが俺みたいなやつでも出来る事が出来ない訳ないもんな。その気になったら一瞬でペルソナを出せるんだろ、慣らし運転は必要ってはっきりわかんだね。さあ早くやってみせてみろよ。あれ、出来ないの?」

 

「は、ハチマン?」

 

 

 プークスクスと口ではあざ笑い軽口を叩いているが、背中に流れる冷や汗がべっとりとシャツを濡らしていく感覚が極度の緊張を自覚させる。

 

 しかし、マシンガントークを収めるつもりはない様だ。

 

 みしり、と空間が歪んだ気がした。

 

 

「つかさ、世界が悪い? 自分を認めろ? 何を言っちゃってるんですかね、そんなに雪ノ下さんって特別な訳? 俺にすら出来てるペルソナってチカラも使えない癖に?」

 

 

 心底から軽蔑しているような目つき(元々の腐った眼と批評されるそれと相まって、非常にムカつく目)で見上げながら見下す。

 

 

あァ! う、ルサイ、五月蠅イ! 私は正しI、ワタシは努力しテイル! なら、認められるベキでしょう!

 

「努力が無条件に認められるのはちっちゃいころだけなのはお前も分かって『うるサい!』がっ!!」

 

 

 激昂から目先の脅威であったモルガナから、八幡へと矛先を向けるがすかさずフォローに入るアマノジャク。

 

 ガスガスと重い音を立てて、『アマノジャク』の身体に雪乃の拳が突き刺さる。

 

 一部は『アマノジャク』の腕から伸びるカギヅメで受け止めるが、殆どが止められずにモロに入る。

 

 

「ぞ、『ゾロ』!! 『ディア』」

 

 

 咄嗟にモルガナがペルソナを呼び出し、回復魔法を使い八幡のダメージを癒す。

 

 さっきまでモルガナと戦っていた時とは異なり、今の雪ノ下は駄々をこねる子供のように力を振り回すのみだった。

 

 そうでなければモルガナが苦戦していたシャドウ雪乃の攻撃に八幡が耐えられるわけが無かった。

 

 

「さっき、言ったよな。変わって前に進まないと悩みは解決しないし、誰も救われないって。それで変わり続けて、進み続けて、お前はどこに行きたいんだ」

 

『っ! わ、waたしは、私は何処に?』

 

「さっきから雪ノ下さんの言葉には否定と、悲観しか聞こえてこねえ。『こんなのおかしい』『分かってくれない』ってな。俺はこの命の危機に対して、前を向いたぞ」

 

「大分後ろ向きと言うか斜め下方向の前の向き方だったけどな」

 

 

 雪乃が怯んだ様子を確認してから、八幡は心底嫌そうな顔をしながら否定の言葉を吐き出す。

 

 モルガナが茶々を入れてきているが意識して無視する。

 

 

「こんな事で死んでたまるか! 将来は専業主夫で大往生だ! どんなにおかしい言葉でも俺はこんな状況でも前を向けたのになぁ!

 総武高校で学年一の天才とかいわれてる雪ノ下雪乃さんは俺が出来ることも出来ないんだぁ! 幻滅だなぁ!!」

 

ビキィ!!!!!

 

 

 その瞬間、閉じた教室に異音が響き渡った。

 

 

「変わらないと悩みをどうにもできなくて、変わり続けないと誰かを救う事も出来ないなんて言い訳をして逃げるとか、ただ単に行動する自信が無いだけじゃね? むしろ、日々ぼっちとしてスクールカースト上位の皆さんに不快な思いをさせないようにしている俺の方が役に立ってるんじゃね? あれ? って事は雪ノ下さんって、もしかして」

 

 

 雪ノ下雪乃は負けず嫌いである。

 

 雪ノ下雪乃本人はその負けず嫌いと言う事を自覚している。

 

 しかし、雪ノ下雪乃は負けず嫌いではあるものの、遥かに高い壁には挑戦する前に諦めてしまう癖がある。

 

 おのれの上位互換とも言える姉に口だけは挑んでいるように見えながら、適わないと諦めている。さながら志々雄に対する宇水のように。

 

 それを認めきれずにいられるからこそ、雪乃は主張するのだ。

 

『変わらなければならない』と。

 

 心だけでなく、劣っていると認めて言葉にしてしまえばそこで止まってしまいそうだから。

 

 だからこそ自覚が必要なのだ。

 

 このままだと、目の前の眼の腐った男子以下の状態になっちゃうんだよ? と言う反骨心を爆発させずにはいられない状況に。

 

 

「俺以下の存在なんz『ビキィイイイイイイイ!!!!』ヒェッ」

 

「あだっ!」

 

 

 俺以下、と言った瞬間、雪乃の全身を覆っていた黒が八幡のペルソナが生まれた時と同じように雪乃の身体から剥離、刹那ヒビ割れ、爆散。

 

 吹き飛んだ黒い欠片がモルガナの頭にぶつかり悲鳴を上げるが、それを気にしていられるわけも無い。

 

 

「随分」

 

「「ヒィッ」」

 

 

 顔を俯けて垂らされた黒髪がホラーテイストチックに彩る雪乃。

 

 地獄の底から絞り出されるような小さな音で、しかし、明瞭な声を出す。

 

 その声音の恐ろしさにモルガナまでもが悲鳴を上げて身体を震わせる。

 

 

「随分、好き勝手に言ってくれたわね」

 

「いや、その、違うんですよ。そこの黒猫、モルガナって言うんですけど集合無意識からのエネルギーをペルソナって物にするには心の強さだとか覚悟だとか真理の扉を開く必要があるっていうから、雪ノ下さんが発奮するしかない状況に追い込まないと行けなくてですね、この中で一番強いモルガナがなんとか出来ないのが悪いっていうか、クソ強な猫があそこまで追い込まれてる状況で逆効果にしかならない魔法しか使えないこのペルソナが悪いっていうか」

 

「ワガハイの責任重すぎねえか? 仮にもおめーのピンチを助けてやったんだぞ」

 

「ペルソナは自分の一側面と言うのならば、それはつまりあなた自身が悪いと言う事ではないのかしら」

 

「そ、そうとも言う事は無きにしも非ずと考えられない事も無いようなきがしなくもなくなくないと」

 

「そう考えた結果が、あの罵倒の羅列だと言うのなら、あなたは余程考えなしだと言う訳ね」

 

「あっ、はい、その節は誠に申し訳なく思う次第で「少し、黙っていて頂戴」サーイエッサー!」

 

 

 俯いたまま、雪乃はブツブツと口の中で様々な言葉を転がしている。

 

 恐怖と、例え他に手段を思いつかなかったとしても、初対面の女子に散々言いたい放題してしまった罪悪感と、これから先の己の進退への憂鬱で敬礼したまま固まっている。

 

 モルガナ? 何か『ワガハイ空気じゃねえか』と、最も奮闘したはずの自分を蚊帳の外にされている状況に内心突っ込みながら、面倒くさそうな人間たちのあれこれに巻き込まれる事を嫌って黙ったまま平塚教諭だったと思しき水晶にもたれかかる。

 

 そんな不思議空間が数分続いて、そろそろ同じ体勢続けるのキツイと思い始めた時。

 

 ようやく、雪乃が大きく嘆息して、攻防によって散乱した椅子を立て直してから深く座り込んだ。

 

 

「今回のこの事態は私があなたの口車にのって口論したことがそもそもの原因だと考察できるわ。もちろん、こんな事になるだなんて私にも分かるはずがないのだから、責任があると言われても困るのだけれど、もう少し私があなたのような哀れむべき存在に寛容になれていれば発生しなかったのだとも予想できる以上、あなたの暴言に関しては私が暴走して暴力を振るった事と差し引いてチャラと言う事にしないかしら」

 

「あっ、えっとところどころ辛辣すぎるが、それで良いならそのほうがありがたい…だけどいいのか?」

 

「その代わり無様を晒した醜態は双方がこの場限りにする、そう契約するのであれば私からはそれでいいわ」

 

 

 俯いていた頭を上げて見せた雪乃の顔は少し、何か吹っ切れたような軽い様子に澄ましているようだった。

 

 ま、それで全てがチャラになるのなら、無理にカーストトップらしき存在に対して少ししか思っていない暴言をつらつらと並べた甲斐があるというものだ、と納得しようとする。

 

 

「比企谷くん」

 

「あ?」

 

 

 そうして意識を雪乃から逸らして、さてこれからどうしたものか、この変な空間とか水晶に変わってしまった平塚先生どうしようとか、まぁ訳知り顔で後方師匠面してきそうな偉そうな猫を締め上げたらなんとかなるかなとか考え始めた八幡にこえをかけて意識を引き留める。

 

 

「コンゴトモ ヨロシク ね」

 

「お、おう」

 

 

 そうして雪乃に対して向き直った八幡が目にしたのは穏やかな笑みを称えた美少女の顔であり、不意打ち気味に向けられた笑顔にどもってしまうのであった。

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、女教皇のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

「ところで」

 

「ん?」

 

「暴言に関してはチャラでいいけれど、女の子の肌を傷物にした事に関しては一発やり返しても正当な応報ではないかしら?」

 

 

 さっきの笑顔よりも不自然に爽やかさを増した雪乃が、うっすらと血のにじむ拳を誇示する。

 

 八幡のペルソナのアマノジャクは腕がカギヅメとなっていた。

 

 雪乃の攻撃は殆どをモルガナがしのいでいた。

 

 それも刃物の腹でいなすように受け止める形で。

 

 よってモルガナは雪乃に対して攻撃を加えてもいなければ、怪我をさせるような真似もしていない。

 

 つまり、今指から滲む血液の原因はバトル初心者の八幡が暴言によって挑発した際に突き出された拳をカギヅメで受け止めたことであるのは明白であった。

 

 いや、それは確かにそうだが、俺思いっきりお前にぶん殴られたんだけど? そう言い訳をしようとするが凄絶な笑顔に上手く舌が回ってくれない。

 

 繰り返して断言しよう。

 

 比企谷八幡には生命の危機に対しての才能が皆無なのだと。

 

 

「え、あの、その、雪ノ下さ」

 

「大丈夫、一発だけだから」

 

 

 にっこりと、青筋を立てながら、闘志をみなぎらせて椅子から立ち上がる彼女から後ずさる。

 

 

「ぺ、ペリュソナァ!」

 

 

 迸る殺気に、反射的にアマノジャクを呼び出す。

 

 疲労感からフラフラではあるが、それでも普通の人間には太刀打ちできない存在にホッと「ペルソナ」

 

 

「へ?」

 

 

 ホッとすることなどさせじ、と同じ文言を唱える。

 

 同じ言葉を唱えた雪乃の背後に八幡のアマノジャクとは対照的に黒い狩衣を纏い、その背中に小さな鼓を複数浮かばせている存在が出現する。

 

 

「あなたのおかげで私もペルソナを使えるようになったの。だから、これはそう、お礼とも言えるわね。よくもああも言いたい放題言ってくれたわね、あふれ出る感謝をむせび泣きながら受け取りなさい」

 

「それって言わばお礼はお礼でもお礼参りの方じゃねえか!! つかチャラにするっつったじゃねえか!」

 

「あら、これはお礼だと言っているでしょう。私、借りはちゃんと返すようにしているの」

 

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ男女を見ながら一匹の黒猫があくびをする。

 

 

「やれやれだぜ」

 

 

 面倒くさい二人を見て、これから先自分がここに来た理由を説明して助力を得る為の説得にかかる労力が途方も無いものだとため息をつく。

 

 しかし、モルガナは諦める事はない。

 

 ここに自分が来たと言う事は、つまりそう言う事なのだと思いながら。

 

 トリックスターはおらずとも、こいつらこそが渦の中心になるのだと。

 

 

「あ、アマノジャク! 俺が逃げるまで足止めしてろ!」

 

「あなたのペルソナは妨害特化なのよ、なら私のペルソナに勝てるわけがないでしょう」

 

 

 冷気すら漂う雪乃に、すかさずペルソナを捨て駒にした八幡はこの空間から逃げられなかった事を忘れて、扉へと走り出す。

 

 

「ペルソナ! 『ライジン』! 『ジオ』!!!」

 

「くぁwせdrftgyふじこlp!!!」

 

「あ、あら?」

 

 

 脱兎の姿勢で振り向いた背中に対して電撃の魔法『ジオ』が飛び、数条の雷撃がアマノジャクにかすった瞬間にこの世の物とは思えないほどの悲鳴を上げてぶっ倒れる。内心ではきっと「やはり俺のペルソナは間違っている」とか考えてるに違いない

 

 予想以上の結果に戸惑い、あれ? 私また何かやっちゃいました? と言わんばかりに冷や汗を垂らす。

 

 

「先が思いやられるな」

 

 

 

 




 ペルソナメモ

 ライジン(雷神)…伊邪那美命が伊邪那岐命に連れられ、黄泉路を辿っている時に伊邪那岐が振り向いた際に伊邪那美の身体に巣くっていた神が様々な雷神であるとされ、伊邪那美の命令で伊邪那岐を追いかける。所謂亡者の将軍と言い換えても良い…あれ? 亡者、目の腐り、その部長、うっ頭が。
 ギリシャ神話でいえばゼウス、北欧神話でいえばトール。尚、トールは真Ⅰではジオ(電撃)が通じると言う謎仕様であった。ジオはめされる雷神とか

 アルカナ…女教皇

 ステータス…電撃、衝撃、呪殺耐性。破魔弱点。

 初期スキル…ジオ、毒針、猛勉強


 完全に攻撃特化の、比較的魔法偏重のペルソナ。雷神の癖に、レベルを上げるとザン、衝撃ブースタを覚える。電撃はどうした。ただし、単体用の魔法、物理スキルしか覚えない為、殲滅力は皆無。雑魚戦は任せられない、電撃衝撃弱点の敵とボス戦のみの運用が主となる。
 なお、初期スキルの後ろ二つは雪ノ下雪乃本人の性質によって付与された固有スキル。毒舌から毒針(本来なら低確率だが、中確率で毒付与)、秀才としての自負から獲得経験値を増やす猛勉強。
 八幡と雪乃二人ともが破魔弱点の為、早くメンバーを増やさないとハマとか一発でパトる危険性がつきまとう。ニフラム!ニフラム!
 容貌については、まるで八幡のペルソナを模したように色違いの黒い狩衣を纏い、獣の顔をした真っ白な仮面を持つ。カギヅメは持たずに背後に浮かぶ鼓から魔法を飛ばす。


 アマノジャク(追記)…人の心を読みからかう妖怪である為、『意想外の出来事』にめっぽう弱い。旅人を襲った時、たき火から弾けたものにビックリして逃げたと言う逸話も。つまり、雪乃の最後の攻撃は背後から撃たれて意識外に突き刺さると言ういわゆる神話再現(例えば北欧神話のバルドルにはヤドリギのみ弱点となる等)の一種であったため、強制弱点、クリティカルであったと言える。本来は雪乃本人の疲労と手加減で少し痺れる程度の威力だったはずなのに、ファンブルって怖いよね(1D10を転がしながら)。ゲーム的に言えば敵の先制攻撃の場合全ての属性が弱点となる。主人公の癖にプレスターン制のアトラスゲームに致命的に合っていない。多分先制されたら難易度easyでも普通にパトる。初心者は難易度safetyにしておこう。もしくはパーティから外せ、主人公だから外せない? 知ら管。

 アルカナ…愚者

 ステータス…物理、呪殺耐性。破魔弱点。

 初期スキル…タルンダ、ラクンダ、アナライズ


 物理と呪殺に耐性があるのはおそらく今までのぞんざいな扱いと言う経験からか? 能力的に言えば、P3で探索も出来なくはない戦闘型ペルソナを持つ桐条美鶴と逆の『戦闘も出来なくはない探索型ペルソナ』。足を引っ張る事、読み解く事に秀でている。一応、育てれば『暴れまくり』くらいの物理スキルは覚えるが、攻撃用の魔法は一切覚えないという基本的にはサポート要員にしかならないペルソナ。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank1 New
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ひたすらモルガナは説明する事になる

連続更新はここまで
この作品はこんな感じの文章になるという雰囲気を掴んでくだされば幸いです
以降は週一更新出来ればいいなくらいに気長に待ってください


4月6日(金)夕方

 

 

「………うす」

 

「こんにちは」

 

 

 非情に渋い顔をしながら、嫌々な雰囲気を隠しもせずに比企谷八幡は奉仕部の部室へと入室し、先入者に挨拶をする。

 

 倦怠感が残る身体を労わる為にと学校をさぼろうとしても妹からは仮病乙と普段のさぼり癖から信じてもらえず、せめてさっさと帰ろうとしても平塚先生からは信用の無さから特別棟の一室に強制連行された八幡。

 

 それに対し、ちらりと横目を向けて淡々と返答する雪ノ下雪乃。

 

 

「………やっぱ、あれは気の迷いだ。間違いない」

 

 

 先日の笑顔とのギャップに風邪をひきそうな程の落差を感じながら、ぶつくさと椅子を用意して座る。

 

 なお、その後に電撃を食らったせいでそれ以降の出来事は記憶から消去されている。

 

 もしかすると、八幡の防衛本能が働いたから消えたのかもしれないが、真相はアメノサ霧の中である。

 

 

「ようやく来たか、ハチマン! 待ってたぜ!」

 

「…なんで、猫が喋ってんだ? つかその声はまさか」

 

「おいおい、冷てーやつだな。昨日はお前の命の危機を救ってやった恩人様に向ける言葉か?」

 

「もしかしてモルガナか?」

 

 

 ひょこっと雪乃のカバンから顔を出して、その勢いのままにダッシュで八幡の足元でニャーと鳴く黒猫かと思えば人語を話してくる様子に吃驚仰天する。

 

 薄れそうな記憶の中から、そう言えばこんな感じの声してた猫がいたなと当て推量でその正体に目星を付ける。

 

 ちなみに、駆け足で離れられた雪乃の顔は少しばかりショボンとしていた。

 

 

「そうさ、ワガハイの現世の身体はこの猫って訳だ。まぁ深い事情もあるんだが、今は置いておこう。

 よく来てくれたハチマン、いやマジで待ってたぜ。来てくれなかったらどうしようかと思ってたところだ」

 

「そ、そうか」

 

 

 昨日の記憶の限りでは2~3頭身のデフォルメされた2足歩行の猫であったはずの存在が、見るからに普通の猫の姿で流暢に日本語を話している姿に違和感を拭えずに引き気味の八幡であるが、それ以外にもモルガナの言葉からにじみ出る必死さも引いている原因かもしれない。

 

 よくよく注視してみれば、その毛並はツヤツヤとしているが顔色はどこか優れない、と言うか見るからにゲッソリしている。

 

 ヒョイと身軽に八幡の肩に飛び乗り耳打ちするモルガナ。

 

 

「おめーが倒れた後、雪乃殿の部屋に厄介になったんだがな。文字通り猫可愛がりされすぎてこのままじゃ身がもたねー」

 

 

 ボソボソと小声で打ち明けてくる内容に、へーと他人事の様に流す。

 

 

「ワガハイは猫の姿ではあるが、その実メンタルは人間と同じみてーなもんだ。キャットフードとかよりも普通の飯がいいし構われすぎるのも好きじゃねえ。むしろ雪乃殿の構い方だとワガハイ禿げちまう」

 

「そうか、狙い目は一人暮らしの老人宅とか鍵付き倉庫とかがないコンビニのゴミ捨て場だぞ。コンビニは廃棄弁当とかメッチャ多いし、孤独を持て余してるジジババなら野良でも丁重に扱ってくれるだろ」

 

「何でいきなり野良猫にならなきゃいけねぇんだ! そこはお前がワガハイの世話をする為に引き取る所だろうが!」

 

「いや、うち既に一匹猫飼ってるから」

 

 

 モルガナが何を求めているかを精確に理解した上でのこの言動である。

 

 空気を読めないんじゃない、読んだ上でわざと無視してるんですがなにか? と言わんばかりにスルー。

 

 

「ん、んんっ。もう良いかしら」

 

 

 すわモルガナ八幡のケンカ勃発と思いきや、わざとらしく咳をした雪乃がニッコリと二人に水を向ける。

 

 モルガナは昨日からの雪乃に対する苦手意識、八幡は昨日の電撃(記憶には残っていないが無意識レベル)のトラウマからシュバババっと席に着く。

 

 

「ひとまず、昨日比企谷くんが倒れてからの事態の共有から始めましょう」

 

「あぁ、すまんがそれで頼む」

 

「ところで、比企谷くんは何処まで覚えているかしら。眼の腐りが感染して脳にまで影響しているのなら何も覚えていないとしても寛大な心で許してあげるけれど」

 

「言葉の頭に要らん物を付けずとも大体は覚えてるよ。何かよく分からん物がペルソナになってモルガナが華麗に見参、雪ノ下もペルソナ使えるようになってめでたしめでたし、って所だろ。

 そっからは何故か記憶になくて気が付いたら平塚先生の車で揺られてたんだが、あれからどうなったんだ? 平塚先生の無事だけは確認出来てたから焦ってはなかったけど、あんまりにも現実味がねえから夢でも見たのかと思ってたんだが」

 

 

 八幡の言葉に長机の下でグッと握り拳を作る雪乃。

 

 どうやら電撃ビリビリのあった最後の部分だけ、都合良く記憶から失われているようだ。

 

 その雪乃の様子にシラーっとした白い目をつい向けてしまうモルガナ。

 

 しかし、それに言及する事はない。恐らくは雪乃に連れられて猫可愛がりされていた昨夜に、何かしらの密約があったのだろう。具体的には刺身とか。

 

 

「そこまで覚えているのなら詳細の必要もないわね。なら、ざっと説明するわ」

 

 

 そうして雪乃は八幡が気絶した後について説明する。

 

 曰く、八幡が気絶した後すぐに平塚教諭は水晶体から元の身体に戻り、モルガナも今の猫その物の姿に変化したらしい。

 

 平塚教諭は水晶になっていた間の事は一切把握しておらず、何故か時間だけが過ぎていた事に首を傾げて、八幡が気絶している事にも疑問を覚えたようだが、雪乃の口八丁で誤魔化されたらしい。

 

 その一環で何故か八幡が発情して雪乃に襲い掛かろうとしたとかしてないとか、それを撃退する為に悪即斬されたとかされてないとか、そんな悪評をぶちまけられたとかなんとか。

 

 

「それ、俺の社会生命的に致命傷じゃねえか、何つーことしてくれてんだよ」

 

「安心なさい。どうせあの先生は私の言い訳を鵜呑みにする訳も無いし、多分あの人の中では私があなたに罵倒しすぎて我慢しきれずについ手が出てしまって撃退した、程度に納得しているでしょう。

 そもそもあなたの社会生命なんて存在していたのかしら? 人に認知されていないのに?」

 

「いや、確かに存在してなかったけど、致命傷は致命傷だからな? いや、俺のリスク管理への信頼喪失と、お前の口の悪さの周知で痛み分けって所か」

 

 

 元からなかった信頼とトレードオフなら悪いモノでもなかったか、とか露悪的な考えで内心苦笑いする八幡であった。

 

 

「説明を続けるわ」

 

 

 曰く、気絶した八幡はそのまま平塚教諭が送り届けられ、残された雪乃とモルガナは一端雪乃の自宅へと帰宅。

 

 極限にまで疲労していたのか帰宅と同時に雪乃は意識を飛ばし、起きた時には夜中になっていたらしい。

 

 そのままちょっとした話し合いをして猫可愛がりして翌朝、つまり今日の朝を迎えカバンにモルガナを突っ込んで登校、そして今に至る。

 

 

「モルガナちゃんは何か目的があってあなたを助けに来たらしいけれど、詳しい説明は今まで待たされていたから私も詳細は知らないわ。ひとまずあなたの気絶からの流れはこう、理解できたかしら」

 

「OK。で、モルガナさんよ。あのペルソナってのは何なんだ。で、お前の目的ってやつはペルソナとどう関係してくるんだ?」

 

 

 ジッと雪乃の説明が終わるまで八幡の隣の椅子に座っていた黒猫、モルガナは二人分の視線を受け止めてゆっくり頷く。

 

 

大前提の話をしよう。銀河の状況よりは短いが少し長くなるぞ。まず生命の精神は全て無意識で繋がっている。これは集合的無意識って言葉でお前らも知ってるだろワガハイたちは心の海って呼んでるな。そこには全生命の精神活動のエネルギーが存在しているんだ。良く言うよな、感情はすげーエネルギーを持っているって。で、ペルソナはここから溢れるエネルギーを自在に制御する手段だ。まぁ人間がそんな心の海なんつー不特定多数って言葉ですらおこがましい数の生命からの精神活動を一部でも受け入れられるなんて一種の才能がねえと無理だな。自我が確立しきっている大人には心の海に接続する事がそもそも難しい。精神が幼過ぎたら飲み込まれて暴走、シャドウになっちまう。ここで一つ問題だ。仮に高次元の精神活動をする人類が、そうだな、心の奥底では死を望んでいたとすればどうなると思う? ほら、最近過労死だとか災害だとかなんだで社会情勢の見通しが立たない不安が蔓延してるだろ。そうだ、莫大なエネルギーが全生命に対して死を強制しようとするんだ。無気力症候群って昔流行らなかったか? やっぱりな。あれは死を願う人類が増えたことで起こった一つの事件だ。まぁこれはもう終わっちまった事だから今はどうでもいいな。つまり、高次元の感情エネルギーを持つ人類の大多数がネガティブな方向に行っちまったらやべえコトになるって事を理解しとけ。んで、ワガハイの目的だがさらに前提を追加するぞ。まずワガハイは猫の姿をしちゃいるが、その本質はシャドウと似たようなもんだ。違うのはシャドウってのは怒りだとか悲しみみたいな負の感情とかエネルギーに支配されたもんで、ワガハイは希望とかそう言う正の感情みたいなエネルギーで作られた造魔とでも言うべきもんだ。ワガハイは怠惰に染まり始めた人類が生み出した統制神、全ての人類を感情までも管理して支配しようとした悪神ヤルダバオトをトリックスター達怪盗団と一緒に討ち倒した。誰かに全てを任せたいと怠惰に染まった民衆を改心したことで、事件は解決した。そこでワガハイは本来消えるはずだった。ワガハイが生まれた理由は言っちまえば悪神を打ち倒す事で、それを為した以上、心の海に戻るのが当然だったんだ。だけど、ワガハイの仲間、怪盗団の皆はワガハイを忘れずに認知し続けてくれたからワガハイは広大な心の海からまた現世に戻ってくる事が出来た。まぁ猫の姿のままってのはちょっと不満だけどな。本題はここからだ。ワガハイたち怪盗団の活躍で人類は人任せで生きていたいと言う歪みが正されて、大多数の人間は改心された。だけどな、全人類が完璧にその怠惰を失くしたわけじゃねえ。心の底には残っちまってるし、改心した後にも人任せで楽に生きたいって思う奴は出てくる。だから、これはワガハイの油断だ。心の海から現世に戻る時、ワガハイにくっついて悪神の欠片が現世に着いてきちまった。もちろん、殆どの人間が他人任せにしない社会になったばかりだったから、放っておけばそのまま消えちまっただろう。だけどそうはならなかった。悪神の欠片は転生とか、転移の概念を利用してここに漂着した。それに気付いたワガハイとワガハイの創造主である主は対処するべくワガハイの一部の記憶と能力を封印してこうやって来たって訳だ。悪神の欠片は極端に弱っちゃいるが、そもそもの力が莫大だから放置してたら碌なことにならねえ。感情を肥大化させて暴走させたり、何てことの無い問題を拡大して社会情勢を悪化させたり、小さな問題を大きくさせるのは容易に想像がつく。ワガハイの不始末のせいで悪いとは思うが、愚者のアルカナを持つペルソナ能力者ってのは騒動に巻き込まれやすい。さっきも言ったがペルソナ能力ってのはよっぽどの才能とか運がねえ限りは自力で目覚めることなんて不可能なはずだ。なら、お前らがペルソナ能力に目覚めたのは悪神の欠片が影響している可能性ってのはたけえ。未然に防ぐためにもぜひワガハイに協力してくれ

 

「なげえよ、三行で纏めろ」

 

「ワガハイのせいで厄ネタがお前らに降りかかるかもしれねえ。

 その厄ネタは多分お前らにも既に関係している可能性が高い。

 なら、お互いにwin-winな協力関係を結ぼうぜ。ほら三行だ」

 

 

 見事に三行に纏めたモルガナにずらずらと長話を聞かされてうんざりしていた八幡がため息を溢す。

 

 

「こっちにwinがないし、そもそもそっちの不手際ならそっちが全面的に責任を負うのが筋と言うモノではないかしら」

 

「それを言われちまうとワガハイも何とも言えねーな」

 

「そこはにゃんとも言えねーにゃ、とか猫キャラ際立たせろよ」

 

 

 モルガナのひっかく。八幡は手の甲に爪痕がつけられた。

 

 銘々が一息ついて少し落ち着かせてから話を再開させる。

 

 

「確かにこれから先、ワガハイのせいで蘇っちまった悪神の欠片がおめーらに迷惑をかけるのはワガハイにも責任がある。

 だがな、お前がペルソナに目覚めた以上は将来的には無関係じゃいられねえって事だけは覚えとけ」

 

「?」

 

「ちょっと待て。その口ぶりだとまるで昨日の俺達にその悪神とか言うのが関わってないように聞こえるんだが…

 いや嘘だろ、昨日のあの突発的な修羅場は悪神の欠片とかが雪ノ下に取り付いて暴走しちまったとかそう言うニュアンスじゃないのか」

 

 

 モルガナの言葉に違和感を覚え、焦って問いただす。

 

 将来的に無関係じゃいられない、という事は、現時点では無関係だと言う意味を含んでいる様に聞こえるからだ。

 

 

「嘘も何もそう言ってるんだ。ワガハイは確かに悪神の欠片を追いかけて来たが、どこに在るかが分かってたわけじゃねえ。

 だから、ワガハイは最も悪神の欠片に繋がる可能性が高い『愚者』のアルカナを持つペルソナの反応を見つけてそこに飛び込んだだけだ。

 始まりを意味する『愚者』のアルカナは騒動に巻き込まれる事が約束されたようなもんだからな」

 

「コンゴトモヨロシク! モルガナさん!」

 

「恐ろしいまでの早さの変わり身ね」

 

 

 呆れ顔を浮かべる雪乃に何が悪いと言わんばかりのドヤ顔八幡。

 

 実際、愚者のアルカナ、と言うかペルソナを複数持つ事のできるワイルドの特質を持つ人間は世界や人類の危機に見舞われている。

 

 むしろ、世界の危機があるからこそワイルドと言う存在が生まれるのか? これは鶏卵としか言えない以上、愚者のペルソナである『アマノジャク』を持つ八幡にもトラブルが引き寄せられる可能性は高い為モルガナの言は否定出来ない。

 

 ワイルドと呼ばれる彼らが出す初めのペルソナのアルカナは須らく愚者であったのだから。

 

 ちなみに、八幡や雪乃がペルソナを出す時は4の様にアルカナカードは出て来ない。

 

 全身を黒く包まれて剥がれ落ちた中からペルソナが生まれ出る様に出てくる為、当人以外にペルソナのアルカナは分からないし、それがどのような性質なのかは本人すら分からない。

 

 しかし、例え、そのアルカナの危険性がモルガナの言だけだとしても、無視するには危険性が高過ぎると判断したのだろう。

 

 

「もちろんワガハイの寝床は?」

 

「我が家に準備しておきますとも! 飯はちゅーるか?」

 

 

 そんな半ば脅してくるような猫に対して全力で媚を売る男子高校生の姿がそこにはあった。

 

 流石に「寿司がいい! それも特上な!」との戯言には、そうかシー○キンかとスルーする。

 

 

「まとめると、ワガハイは悪神の欠片を回収、ないしは抹消を目的として愚者のアルカナ持ちの八幡を利用する。

 で、八幡は愚者のアルカナの性質で確実に訪れるトラブルに対処するのにワガハイを利用する」

 

「これこそがWin-Winの関係ってやつだな」

 

 

 ハハハと空空しい笑みで黒猫と男子が笑い合う。

 

 ある程度を昨夜のうちにモルガナから聞いていた雪乃としても、こうまで露骨だと呆れるしかない。

 

 だとしてもこの展開は彼女にとっては都合が良いのだから、わざわざ混ぜ返す必要もない。

 

 若干、いや大分、もっと言うなら断腸の思いをしてモルガナ(猫)を自宅にお迎え出来ない事を納得するしかないのが唯一のデメリットだった。

 

 

「話はついたようね。なら、これから先のお話しをしましょう」

 

「あー、つかお前もペルソナ使えるようになったんだっけ。けど、これは俺とモルガナの問題だからお前は関係なくねえか」

 

「まず、その馴れ馴れしく『お前』と呼ぶのを止めてくれるかしら。特別な力に目覚めたからと言ってあなた自身が特別になった訳ではないし、私にとってあなたが特別なわけではないのだから勘違いしないように。それに最初に言ったでしょう、持つモノは持たざるモノに慈悲の心をもって与える、それがこの奉仕部なのだと」

 

 

 モルガナの話では必要になるのは愚者のアルカナ持ちである八幡だけであり、雪乃にはペルソナが使えるようになったとしても関わる理由が存在しない筈だった。

 

 そう考えていたからこその発言だったのだが、ぞんざいに扱われたのだと思いカチンときて反撃。

 

 一言多いのは性格なのか、反撃の言葉にそこまで言われる謂れはないんじゃねえかとイラッと来るがここは男の度量の見せ所だと落ち着いてから、駄々っ子シャドウな雪ノ下、略して出汁の下さんと言い返そうと

 

 

 駄々っ子シャドウな雪ノ下、略して出汁の下さん

→雪ノ下と呼び直す

×むしろ雪乃と呼ぶ(度胸が『肝練り』以上必要のようだ)

 

 

 キッと鋭い目つきでにらまれてしまい、キャインと彼の心の中の獣が縮こまって日和った呼び方しかできなかった。

 

 いや、今の目つきマジでやばいから。多分俺の事をウイルスとか細菌程度にしか見てなかった。顕微鏡越しに観察して、さぁどの薬がこれを殺せるのかしらとか位の温度しかなかった。

 もしも呼び捨てとかしてたら黄泉醜女をけしかけられてたまである。

 

 

「ひとまずワガハイは進捗を主に報告しないといけねえから一端席を外すぜ。ハチマン、お前が帰る時間、完全下校時刻って言ったか、それまでには戻ってくるから早く部活が終わったからって先に帰るんじゃねえぞ。あと晩飯はカレーがいい」

 

 

 そう言い放って、ひらりと椅子から飛び降りたモルガナが換気用? の下窓から抜け出した。

 

 言い逃げじゃねえか、と文句を言いながらもスマホで妹の小町に今晩の飯はカレーがいいなと連絡を入れる。初手妹へのおねだりとか兄として恥が無いのか。

 

 

「ん、んんっ! んんっ」

 

 

 今日は小町委員会の仕事で遅れて帰るからカレー位、自分で作ってねと返事が来て、あれぇ? 委員会の仕事は昨日の事、しかも朝の話じゃなかったかしら、スルーされたと落ち込む。

 

 家に帰ってからカレー作りが確定してしまった事に嘆きながらポケットにスマホを片付けようとすると向かい側から小さく、しかし控えめと言うには大きい咳払いがまたもや聞こえてくる。

 

 ちなみに、八幡とモルガナが雪乃の威勢に負けて座ったのは長机の長辺側、原作読了勢、アニメ視聴勢から言うのなら依頼人側であり彼女はその反対に位置している。

 

 斜め前から聞こえてきた小さな自己主張に顔を向けてみると、案外近い位置に雪乃の顔があり若干戸惑う思春期男子だった。

 

 閑話休題

 

 ともあれ、意外と近くに座っている雪乃の姿を見逃す訳も無く、その手元にある白色のカバーをつけた長方形の多機能通話機も余さず見えていた。

 

 

「その…これからモルガナちゃんに協力していくにあたって、咄嗟の時に対処が出来ないと言うのは文字通り命取りになると言っても過言ではないわ。幾ら私達にペルソナというチカラが備わっているとしても一人で出来る事には限りがあるでしょう。特にあなたのペルソナは妨害特化らしいじゃない。万が一あなたが一人で居る時に昨日のような事態に巻き込まれて話しかけても返事が無い状態になってしまっては心優しい私としては気に病んでしまうかもしれないし、なによりモルガナちゃんの目的を遂げにくくなってしまうのは避けなければいけない。なら、非常に不本意ではあるのだけれど緊急事態に限りではあるけれどあなたが私に対して連絡を取れるようにしておくのはあなたにとっても有益だと思うの」

 

「お、おう」

 

 

 非常に早口でまくしたてられる勢いに負けてどもる。

 

 まぁ前略、連絡先交換しようよ、後略である。

 

 

「ていうか、おま、雪ノ下もマジであの猫に協力するわけ? ペルソナなんつー徐々に奇妙になっていきそうな能力があった以上、説得力はあるが俺的にはいまいち信用できねえし、俺が協力するのも将来的な損を避ける為に最低限で済ませて積極的に手伝わない事でリスク管理しようと思ってたんだが」

 

 

 だから、お前はこんな危険な事に首突っ込まないでいいんじゃない? むしろ変に話が大きくなったらいざという時に自分が逃げられなくなるからあんまり関わってほしくないんだけど。

 

 そんな後ろ向きな心情をあまり表に出さないように退けようとする。

 

 

「さっきも言ったでしょう。奉仕部の理念は持つモノは持たざるモノに慈悲の心をもって与えると、それに優れた者は哀れな者を救う義務もあると平塚先生も言っていたわ。

 ペルソナと言う力を持ってしまった以上、そこに私は責任が生じると私は思う。先々、モルガナちゃんの言った悪神の欠片が人々を苦しめることが分かっているのなら、それに対して動かないのは怠惰だし、私はその怠惰を許容しないわ」

 

 

 リスク管理と言った彼を批判するような内容ではあるが、まるで自身に言い聞かせるかのような声音と小さく握られた拳だけが彼女の覚悟を表していた。

 

 危険は確実にあると予想できる。

 

 先の脅威がどれ程なのかは己の想像でしかない以上、この覚悟を後悔する時もきっとくる。

 

 その時になってみればみっともなく泣いて喚いて怨嗟を叫ぶかもしれない。

 

 だけど、そんな未来の格好悪い姿は関係なく、目の前にある小さな覚悟はそれでも尊いのだと、そう思った。

 

 

「さいで」

 

「ええ」

 

 

 一言だけ返すと、ポケットにしまいかけていたスマホを机の上に置いて差し出す。

 

 

「えっと」

 

「連絡先の登録とか良く分からんから、そっちで適当にやってくれ」

 

 

 戸惑う彼女に、彼はそう告げて画面のロックがかかっていない事だけ実践して、後は任せたと放置した。

 

 一瞬呆れそうになったようだが、ゆっくりと黒いカバーに覆われたスマホに手を伸ばし

 

 

「あの、どうやって登録するのかしら」

 

 

 自分の使っているスマホと操作方法が違うからか、それとも今までの友人関係の数の関係からか、電話帳の登録方法が分からずペチペチとタッチしていた手が中空をさまよった。

 

 結局、二人してああでもないこうでもないと悪戦苦闘して登録した後LINEだったら簡単だったんじゃないかと気づき、そっちも登録しようとして、またしてもやり方が分からず頭を突き合わせながらモルガナが帰ってくるまでわちゃわちゃとしたのであった。友達登録? モルガナが一瞬でやってくれたよ。

 

 

 




 ペルソナメモ

 パラメータ…ペルソナ3以降のシリーズにてお約束的にある指標の一つ。知識、度胸、魅力等の3~5つの要素で、主人公の選択の幅を広げてくれる。具体的には度胸があれば『誰が落ち武者だ』と先生に突っ込んだり、知識があれば早い時期に『生徒会長とお近づき』になれたりする。
 今作では
・知識………偏りがある、そこそこ、なかなか、博識、???
・度胸………びびり、なくはない、ここぞで違う、肝練り、???
・コミュ力…さっぱり、つっかえる、耳に残る、言霊使い、???
・根気………ゆとり、さとり、木工ボンド並、マジぱないわー、???
・器用さ……ぶきっちょ、ぎこちない、見れるレベル、凄腕、???
の五つ。肝練りレベルに度胸が必要とされる雪乃との会話って…


 アルカナのランク…キャラとコミュする事で対応するアルカナのランクが上がる。ペルソナをベルベットルームで合体する際にお得だったり、キャラに対応するアルカナのランクを上げると役立つスキルを得られたりする。今作ではランクは5までの予定だが、比企谷八幡は愚者ではあるがワイルドではないので、殆どフレーバーである。役立ちスキルを考えるが面倒だったともいう。
 全アルカナのコミュ(P5ではコープ)をマックスにしたら隠しエンディング、もしくはトゥルーエンドに辿り着いたりする程度には重要な要素。


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つまりオリキャラはショップ代わりです

タグに由比ヶ浜を入れておきながら出てないじゃないか
なので、ガハマさんが出るまで連続更新します
ただし今話出てくるのはオリキャラです


4月8日(日)朝

 

 日曜日の八幡の朝は早い。

 

 ニチアサでひとしきりプリキュアタイムを満喫する必要があるからだ。

 

 しかし、プリキュアタイムが終わってしまえば途端にやることも無くなり、二度寝するかゲームするか、小説を読んだりモルガナの世話をするしかなくなる。

 

 結局、一昨日の夜と昨日一日かけてようやくモルガナを飼う許可を得た。

 

 やはり既にカマクラと言う猫が居住していることがネックとなった。

 

 大分愛想を振りまいてもらって、小遣いダウンと世話を専任することと引き替えにやっとの思いで勝ち取った。

 

 その直後、小遣いダウンのせいで成績が下がってはいけないからと、参考書費用をせびる小悪党がいたのだが今となっては終わったことである。

 

 実質人語を解する猫と言う、意志相通が出来る存在の世話をするだけで済んだのだから大勝利だろう。

 

 まぁ、その猫の世話が楽とは言っていないのだが。

 

 

 なんだよ、カレーなんざ適当な野菜と肉に火を通して市販ルーを溶かしたらそれで仕舞いだろうが。

 

 やれ隠し味がどうの、手順がどうのとうるさく、出来上がった物を食えば「不味い訳じゃないが、美味いともいえねーな。もっと精進しろよハチマン」とかのたまう始末。

 

 モルガナのせいで週に一回はカレー特訓の日が決められたのであった。

 

 他にも手先は器用になっておけとか、筋トレできる環境を作れだの、内職バイトをしろだのと他にも口うるさいので共同生活3日目の時点で既にうんざりしている。これが倦怠期か。

 

 唯一褒められたのは家にある蔵書の種類だけで、曰くこれだけあればわざわざ図書館で借りたり、買ったりする必要はねえなとのこと。

 

 言われなくとも趣味本以外は買う気はない。たまに四街道市の本屋に行くこともあるかもしれないが、そこまで遠くに行って自己啓発とかコミュ力強化の本を買う気は一切ないのであった。

 

 

 そんなやることがなくなった八幡は、カマクラとモルガナに構っている妹の小町にちょっと参考書買って来ると告げて一人家を出る。

 

 ついて来ようとしたモルガナはがっちり小町の膝の上でホールドされている。

 

 何やら後ろの方から呼び止める声が聞こえる気がするが多分気のせい。

 

 はてさて、参考書選びに千葉まで行ってみよう。ちなみに、千葉県民にとって千葉に行くとは千葉駅に行くと言う意味らしい、ややこしいな。

 

 未だ日中でも肌寒い風が吹くこの時期、マフラーまでは必要なくとも厚めのアウターは着ておかないと帰りが厳しい。

 

 無精して通学で使っているコートを引っ提げてふんふんと機嫌よく進む。

 

 参考書を買う為に小遣いを貰った。確かに参考書を買うとは言ったが、勉強に使う参考書とは言っていない!

 

 つまり、戦闘の参考書として少年漫画、神話の参考書として青年漫画を買ったとしても参考書なのだから嘘ではない。

 

 

「うぉっ、寒いな」

 

 

 そんな詭弁を浮かべながら歩いていると突風が冷たさを運んでくる。

 

 暦の上では春と言ったとしても最高気温が15℃を超えない日もあるし、今日の最高気温は13℃、最低気温は5℃。普通に寒いなオイ。

 

 明日は最高気温21℃、最低気温9℃。寒暖差が本気出し過ぎて風邪ひくぞ。地球くんはもっと余裕持って?

 

 手袋も持ってくるべきだったかと、ポケットに手を突っ込もうとして

 

 

「ん? なんだ、これ」

 

 

 コツンと指先に硬質な手応えを感じて引きずり出すと、小さな太鼓が顔を出した。

 

 木目のキレイな胴に黒い皮の面、その面にはまるで生き残った男の子の額の紋章のような模様が描かれていて、陽の光が当たると少し揺らいで見えた。

 

 

「こんなもん、買った覚えも拾った記憶もないんだが。小町がイタズラで入れたとしたら意味が分からなすぎるし、本気で分からん。えっ、なにこれ怖い」 

 

 和風なそれに、市松人形のような不気味さを覚えてしまう。

 

 捨ててもまた戻ってきて最終的に寺生まれのTさんにハーッ! してもらわないといけないのかな?

 

 千葉生まれのHさんじゃ駄目かな? 無軌道な思考に足を止める八幡。

 

 そんな彼の頭の中によぎる可能性、太鼓、雷というキーワード。一瞬だけ浮かんだ怜悧な少女の姿を

 

 

「匂う、匂うぞ、匂うとも! かぐわしい、オカルトの香りだぁ!!!」

 

「うひゃいお!!」

 

 

 そんな思索にふけろうとした彼の背後からテンションの高い声と共にあらわれた女が彼の手の中に在った小太鼓をひょいとひったくった。

 

 

「ありえない、ありえないねぇ。これは私が小学5年生の時に自由工作で作った『かみなりさまfeat.イザナミ』の一部。証拠にこの雷マークには透かしとして私の名前が見えるようになっている。だけど、あれは出来の良さからイザナミの腐敗コーデの気味が悪いと親に捨てられたはず。なのに、一切の劣化もなくまるでさっき作られたかのような新鮮な木の香りがする! つまり、おかしい! おかしいんだ! オカルトの匂いがする!!」

 

「うわぁ」

 

 

 突然の乱入者に八幡ドン引き。

 

 真っ黒な髪を頭部にまとめて乱雑にひっつめ髪にし、分厚い眼鏡をかけている女性。

 

 そんな妙齢の女性が、鼻息荒くくんかくんかして、ためつすがめつ睨み付けるように見ていれば、誰でもドン引きする。

 

 太鼓を奪われた事もどうでもよくなり、というか、自分の物であると言う意識が無いから徐々にフェードアウトしようとする。

 

 気分的には頬の汗を舐められたジョバーナ。嘘の味がするとか言われちゃうかもしれないけど、ここから逃げたいって気持ちだけは嘘じゃないから。

 

 

「きみぃ、きみだよぉ! これは一体どこで手にいれたのかなぁ?!」

 

「うわぁ」

 

 

 グリンと音の出そうな勢いで首を八幡の方向へと向ける女性。

 

 さっきからうわぁとしか声を出していない八幡である。

 

 

「いや、気が付いたらポケットの中にあったっつうか、欲しいなら差し上げますよ」

 

 

 だから、もう関わろうとしないで? と言う本心が露骨に表れている。

 

 

「そうかい? 悪いなぁ! いや、悪い!! うん、それだと悪いよ」

 

「いえ、別に思い入れも何もない偶然みたいなもんですから、じ、じゃあ、俺はこのへん」

 

「悪いよ! だからね、これを私が買い取ることにしてあげよう! 買い取るよ!」

 

 

 同じような言葉を繰り返す独特な話し方と、眼鏡の奥で鈍く光る眼光に圧されて、逃げる事に失敗した。

 

 そして続けられた「買い取る」の言葉に、ピクリと反応する。

 

 浅ましいと言ってはいけない。

 

 高校生に限らず、学生の身分ではいつでもお小遣いとの相談を強いられる。

 

 特に八幡は二人兄妹で、二歳下の妹からたまにたかられたり、積極的に奢ってあげたりするせいで度々金欠となるのだ。

 

 多分、今日も帰ったら何かしらのお土産をせびられて、買ってきてなかったら何かしらの理由をこじつけてコンビニスイーツでもねだられるのだろう。

 

 なお、これは余裕のある社会人(独身等)以外からするとローンだとか、養育費だとか、親の介護だとかで、結局財布との相談は無くならない。

 

 

「ち、ちなみにおいくらで?」

 

「うーん、君がどうやってこれを入手したのか、とかそう言う経緯とか全てを無視したら、これは私にとって少々の思い入れがあるだけだし、う~~~~~ん、そうだね5000円でどうかな、どうだろう?」

 

 

 ごくり、と喉が鳴る。

 

 侮るなかれ、5000円? ゲームソフトの一本も買えないじゃねえかとか、10連ガチャ一~二回分と少しとか考えてる人はちょっと金銭感覚がマヒし始めてるよ。

 

 高校生にとって万を越えれば大金。

 

 その半分である5000円は大金ならずとも、小金持ちレベルの気分になる。

 

 しかも、これはただの玩具。

 

 いやさ、言ってしまえば彼にとってはガラクタでしかないのだ。

 

 それを5000円で買い取ろうなど破格を通り越して怪しさすら覚える。

 

 

「へぇ、べ、別に俺もそれが欲しいって訳じゃないんで、いいですよ」

 

「うん、取引成立だ。ありがとう、感謝するよ!」

 

 

 現金の前には(警戒心なんて)勝てなかったよ。

 

 パパッと財布を取り出して、八幡にお札5枚を渡す。

 

 そしてうへへへと気持ちの悪い笑みをこぼして太鼓に穴が開きそうな程の視線を送る。

 

 臨時収入が入り寛容な心でその奇行を許して立ち去ろうとした。

 

 

「あぁ、そうだ。なんだか、君はオカルトと縁がありそうな匂いがする、うん、匂うね。

 だから、もし、怪しげな物品が手に入ったら、そこに連絡をくれたまえ。色を付けて買い取ってあげよう」

 

 

 そう言って彼の受け取った1000円札の束を指さす。

 

 お札の間を調べると、そこには一枚の名刺が挟まれていた。

 

 

「へ?」

 

「私は、こういったオカルトや妖怪と言った物を研究していてね。第6の力だとか、陰謀論、世界は滅亡する! とか、そう言ったものを雑食的に調べているんだ。

 だから、その調査の助けになりそうなものは幾らでも欲しいんだよね、どれだけでも」

 

「いや、最後のはキバ○シ、しかも二番煎じ」

 

「わかる、わかるともさ。こんな胡散臭いオバサンに急に言われても怪しいのはさ、分かるさ。

 だから、そこには一応の私の肩書を記載しているから、存分に調べてくれ給え。これでも社会的な地位は一応持っているんだ、とりあえずね」

 

「は、はぁ」

 

 

 勢いに呑まれて、生返事をしながら名刺に書かれた文字を読むが、八幡には良く分からない何となく偉そうな肩書が書かれていた。

 

 しらーっと読み流すしかない肩書情報の下にはおそらく目の前の女性が持つ名前が記されていて、珍しくも無い苗字と少しだけ読み方に悩みそうな名前が並んでいる。

 

 つーか、佐々木 三燕ってどこの小次郎ファンだよ。そう突っ込みそうになった。

 

 

「ちなみに、私の事は………そうだね、今孔明に習って、今石燕とでも呼んでくれ給え、今石燕と。

 本名は昨今でいう所のキラキラネームを先どった両親のせいで嫌いなんだよね、嫌いなんだ。

 本名で呼ばれても返事しないし買い取らないからその辺はよろしく、呼ばないでね」

 

 

 確かに、小学生とか中学生とかの時期には弄られそうな名前ではあるな、と一人で納得する。

 佐々木小次郎って色んな漫画アニメにも出てるし、そうやってからかわれた事があれば苦手意識もでるかもしれない。

 

 彼がツッコミの言葉を放つ前に、彼女はそう言って制止する。

 

 だから、開きかけた口は代わりの言葉を紡ぐしかなかった。

 

 

「石燕、って江戸時代の妖怪専門家の鳥山石燕、ですか?」

 

「おや、良く知っているね、本当に良く知ってる。専門家と言うより、彼こそが妖怪研究の一人者と言ってもよい。

 様々な妖怪の名付け親だったりするが、あまりオカルト界隈以外には知られていないと思っていたよ、知名度が低いとね」

 

 

 かつて黒歴史を生産した時に神話を調べたと同時に日本のオカルトもかじった。

 

 その時知った知識だったのだが、経験が活きたようだ。

 

 

「まぁ、現代の石燕と言えば水木御大だが、その名に恥じない程度にはなりたいなと言う願望を持って名乗っている、そうなりたいなとね」

 

「いや、願望かよ」

 

「ぼーいずびーあんびしゃす、だよ、私はオバサンだけどねオバサン。とにかく、変な物を見つけたら連絡を頂戴ね、報連相!

 逆に丑の刻参りに使う藁人形とかオカルトグッズが欲しいなら格安で売ってあげるよ! 同士だからね、仲間、フレンズ、たーのしー!」

 

 

 ケラケラと笑いながら、今石燕と名乗る佐々木女史は去って行った。

 

 八幡の手にお金と名刺を残して。

 

 

「なんで丑の刻参りとかを俺に言うんだよ、人を呪いそうな見た目だってか? うっさいわ」

 

 

 帰り道、寄った書店で鳥山石燕著の『今昔画図続百鬼』現代語訳版をさっき手に入れたお金で購入した。

 

 これはオカルトの参考書だから。ちゃんとペルソナとかの理解に繋がるからセーフ。

 別に親からもらった参考書代を使ってもいないにもかかわらず内心で言い訳してしまう、小心者であった。

 

 小太鼓の存在から連想した少女の事を思い出したのは、案の定せびられた妹からのスイーツを買い直してコンビニから帰って来てからだった。

 

 

 

4月8日(日)夜

 

―――――――――――――――――――

From 雪ノ下雪乃

―――――――――――――――――――

Title Re:すまん

―――――――――――――――――――

 あなたは何故そう言った悪神の欠片や

ペルソナの手掛かりになりそうなものを

見ず知らずの人に考えなしに渡したのか

、私としては理解に苦しみます。

 

 ですが、あなたの衝動的な愚行にまで

私が口を出す権利も無いでしょうから、

今回は不問にします。

 元々、その太鼓?も私のライジンに由

来していたと言う確証もないのでしょう

 だったら、そのお金はそのまま比企谷

くんが使ってください。

 

 ただし、次に怪しげな物を見つけた時

は私やモルガナちゃんにきちんと報告す

るようにしなさい。

 社会人として相談、連絡、報告の3つ

は後々必要になるのだから。と言っても

あなたには必要にならないのでしょうけ

れど。

 

 ではおやすみなさい。ヒモ谷くん

―――――――――――――――――――

 

 

 

「よかったじゃねえか、雪乃殿が優しいお人でよ」

 

「どこがだよ。いつの間にか女性に寄生する細長い存在に貶されてんだけど」

 

 

 ベッドの上で寝ころびながら返ってきたメールを一人と一匹が読みつつ会話する。

 

 帰宅した八幡に、新顔の存在が嬉しくてテンションが上がりすぎた小町から逃げてきたモルガナが駆け寄り、そのまま自室に逃げ込まされる。

 

 ピッピ人形のごとく目暗ましに買いに行かされたスイーツを消費してふいぃと一息つく猫にポロリと太鼓の事をこぼしてしまったのが運の尽き。

 

 モルガナは猫である。

 

 いや、その本質はまともな生物とも言えない造魔みたいな存在であるのは大前提として、形質は黒猫である。

 

 だが、かつては自分は元々人間だったと言う思い込みをしていた時期があり、紳士的な良い男だったと勘違いしていたその猫は、女性に対しては随分甘いし、逆に女性に対してないがしろにする態度は許せない。

 

 多分ぶるぅあとか叫ばないし、うほっとかも言わないけれど、自分の正体が分かった後も紳士な良い男たろうとする精神があった。

 

 だからこそ、モルガナは八幡のウカツを口撃し雪乃へと謝罪のメールを送らせた。

 

 DTひねくれぼっち男子高校生の彼は、それはもう盛大に渋った。

 

 女子と連絡を取るという事だけで「勘違いされたくない」とか「面倒」とか「こんな部屋に居られるか、俺は帰らせてもらう」とか、過去のトラウマからの拒否感が半端ないレベル。

 

 なんとかなだめすかして雪乃へとメールを送れたのが夕飯も終わって風呂も終わって宿題も予習復習も終わらせて、さぁ後は寝るだけだとなってからなのだからさもありなん。

 

 それぞれ別の理由でぐったりした一人と一匹は、それぞれ別の感想を返信から受け取っていた。

 

 

「ワガハイたち怪盗団のリーダーもシャドウからの戦利品を売っぱらって軍資金にしてたがな、それはあくまで怪盗団のメンバー全員からの信任を受けていたからだ。

 こいつなら悪い事にはならねえ、信用できるってな。実際、リーダーが仕入れた薬とか武器でワガハイたちは戦えていた。翻ってハチマン、お前は未だ雪乃殿と殆ど接点が無いんだぜ。

 ペルソナって点以外は赤の他人って男に対して、報告すりゃ資金を預けるだなんて雪乃殿は美しいだけじゃなく懐もふけえな」

 

「いや、報告するよう書いてるけど、したところで却下されそうな性格してるじゃねえか『確かに報告はしなさいとは言ったけれど、使い道をあなたにゆだねるとは一切言っていないわ』とかなんとか言って」

 

 

 見解の相違ではあるが、衝突にはつながらない。

 

 モルガナは紳士的たろうとしすぎて若干女性に色眼鏡(プラス補正)をかけているし、八幡は妹の薫陶を受けているせいで女性に色眼鏡(マイナス補正)をかけているから向きが反対で互いに交わらない。

 

 争いは同水準でないとうまれないのであーる。

 

 

「つか、ちょくちょく怪盗がどうのと言ってるけど、お前記憶喪失なんだろうが。そんなに過去の事に言及してたら設定と矛盾してねえか」

 

「設定言うな!」

 

 

 ただし衝突しないとしても怒らない訳ではない。

 

 仲間をけなされたと思いふしゃーと逆立つ毛にドウドウとなだめる腕。

 

 

「ワガハイのこれは記憶喪失じゃあねえ。言っただろうが、ワガハイは一部の記憶を封印しているんだ。だから、全部を思い出せないだけで殆どは覚えたまんまさ」

 

「ほぉん。具体的には何を思い出せないんだ」

 

「具体的にって言えば怪盗団のメンバーそれと関わりの在る人の名前、顔、活動地域、社会的に所属してた組織。

 とにかく怪盗団と繋がりが分かる個人情報は全て封印してある。万が一ワガハイが喋っちまえば社会が混乱しちまうからな。

 だけど、怪盗団の輝かしい軌跡と奇跡は一つたりとも忘れちゃいねえ。

 人類が悪神によって怠惰に染まりそうになった盤面をひっくり返して人類に希望を思い出させたんだ。

 どんな理由があったとしてもそれだけは忘れない。ワガハイ絶対に絆は忘れねえ」

 

 

 雑談交じりに疑問に思っていた点を聞いてみれば何やら壮大な答えが返ってきて茫然としてしまう。

 

 絆、モルガナはそう言ったが彼はそう言った不確実なモノを信じない。

 

 いや、信じたいと思っているが存在すると思っていないし、万が一存在したとしても自分には関わりのないモノだと思っていた。

 

 例え何を忘れたとしても、忘れなければならないとしても、リセットされようとも、初期化されようとも、それでも残るモノにかつては燃え尽きる程に焦がれた。

 

 今となってはそんなモノある訳ねえと斜に構えた立派な高二病患者である。

 

 しかし、彼が言葉を失った理由はそれだけではない。

 

 

「怪盗団とか今どき小学生でも言わねえぞ」

 

「何だと! それが人類を救った心の怪盗団に対する言葉か! あんだけ日本中で騒がれて知らねえとは言わせねえぞ」

 

「いや、知らねえよ。怪盗で知ってるのは白マントでハンググライダーの奇術師だけだし」

 

 

 心の怪盗団などと言う痛々しいネーミングを比企谷八幡は一切聞き覚えが無かったからこそ、彼は呆れを覚えて言葉が無かったのだ。

 

 ちなみに、コナンとキッドとヤイバとルパンは全部同じ世界線らしい。そりゃ蘭ねーちゃんも電柱へし折れるわ。

 

 

「いやいやいやいや、ハチマン。お前がぼっちなのはこの数日を観察してれば分かる。休みなのに遊びに行くでもなく、用事を済ませたら即帰宅。携帯には遊びの誘いも付き合いの連絡すら来ちゃいない。そんなお前でも、あれだけ話題になった怪盗団を知らない訳がねえだろ」

 

「ぼっちなのは当たってるが本当に知らねえって。何、心の怪盗ってあなたのハートをずっきゅんしちゃうの? それとも洗脳まがいのアトモスフィア?」

 

 

 その返事にあがっ、と顎が外れんばかりに驚愕する猫。

 

 一つだけ言うとモルガナの判断基準は屋根裏に住んでいた彼であるから、大分基準が高いのは先に告げておく。

 

 休みの度に遊びに行こうと連絡が来るのは当然だし、彼から誘えば余程の用事が無ければ大体OKが出る。

 恋人は複数いたし、怪盗団としての顔を知っている人は全員が心友と言っても過言ではない。休みには自分磨きをする事も欠かさない。

 

 そんなリア充を越えてゴミくずじゃない? と言わんばかりのコミュ強者と比べれば八幡とかカスや、なんちゅうもんと比べてくれてんだって文句が出るまである。

 

 まるで1週目コンプした怪盗団リーダーと一般学生を一緒にしてはいけない。

 

 

「まさか、本当に怪盗団を知らねえのか? 改心は? メジエド、高校生探偵との対立とかは?!」

 

「高校生探偵は探偵王子と服部と新一しか知らねえよ。またコナン君に会話がループしちゃったじゃねえか。なに、怪盗団はルパン一味だったの?」

 

「嘘だろ!!?」

 

 

 さっきよりも更に大きく口を開けて驚きを表現する黒猫に、流石にうるさすぎて鬱陶しいなと思う。

 

 モルガナが喋ることを知らない、認知していない人間に対してはモルガナの言葉は全て猫の鳴き声にしか聞こえない。

 

 それを知っている部屋の主人としてはあまりうるさくし過ぎると、今年高校受験を控えている妹の逆鱗に触れてしまうかもしれないと危惧するのは当然であった。

 

 ひとしきりベッドの上でどったんばったんしてうにゃうにゃ騒いでいたのが大きく深呼吸してようやく落ち着きを取り戻した。

 

 

「よく考えてみれば、悪神の欠片が逃げた先がワガハイの知る世界と同じって訳が無かったんだ」

 

「そのこころは?」

 

「ワガハイは主からもらった知識で並行世界が存在している事を事実として知っている。

 数ある並行世界には核と情報生命体の悪魔によって人類が滅びかけてる世界線もあれば、VR―仮想現実―が実現してる世界線もあるんだ。

 なら、この世界はワガハイたち怪盗団が活躍した世界とは違うって訳だ。

 だってそうだろ、悪神はワガハイたち怪盗団がぼっこぼこにしてやったんだから、怪盗団の居ない世界に逃げるのは理にかなってる」

 

 

 へーと興味なさげに相槌を打つマシーンに変わり果てた八幡には感動するココロが存在していなかった。

 後々ココロが芽生えて「これが、ココロ。これがナミダ」ってなるフラグ。

 

 話は聞いていたが、勝手に驚いて勝手に納得している一人芝居を繰り広げる猫に付き合う程余裕が無かった。主に時間帯による眠気のせいで。

 

 うつらうつらと舟をこぎながら意識が闇に沈んでいく。

 

 どこかに違和感を覚えながらも、とぷんとぷんと揺蕩うような心地よさに溶けていった。

 

 




 ペルソナメモ

 モルガナ(追記)…前回でも記述した通り今作では一部の記憶を封印している。その内容はジョーカーたち怪盗団の個人情報に繋がる一切。コードネームは覚えていても顔も名前も分からない。エピソードやコミュ内容は覚えている。それは怪盗団の事を万が一にも広めないことだと理解していたが、そもそも八幡は怪盗団を知らない為どうやら違うようだ。

 愚者のアルカナの正位置には『楽観、新たな出発』逆位置には『無責任、衝動的』と言った意味が含まれる。

 女教皇のアルカナの正位置には『知性、努力が報われる』逆位置には『無神経、冷酷で無慈悲』と言った意味が含まれる。

 なお、今回出てきたオリキャラ佐々木何某はペルソナシリーズでいう所の怪しげな物品を買い取ってくれるだいだらや、合法(?)なモデルガン等の武装を売ってくれる岩井さん的な枠である。同じ言葉、似た意味の言葉を重複する癖がある。イメージ的にははがないの理科を歳くわせて眼鏡の奥の瞳が見えない感じのビジュアル。
 また、雷マークの小太鼓は雪乃からのドロップ品です。ショップチュートリアル用イベントアイテムの為、売らないと言う選択は出来ません。


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あんがい由比ヶ浜結衣は安定している

連続更新二話目です


4月9日(月)夕方

 

「雪ノ下建築の傘下のシンクタンクの一つね」

 

 

 土日明けてのブルーマンデー、少しずつ陽が沈むまでの時間が長くなっているとしても既に紅くなっている特別棟の一室、奉仕部の部室。

 

 小さな紙片を見ながら雪乃はそう答えた。

 

 

「なんか知らねえかとダメ元で聞いてみたんだが、ドンピシャかよ。なんだよこの偶然」

 

「愚者ってのはそういうもんだってずっと言ってるだろうが。案外、その御人はこれから先重要な位置にくるかもしれえぞ」

 

「勘弁してくれ」

 

 

 先日出会った、いやエンカウントした不審人物についての話題になった(もちろん八幡から切り出したわけではなく、人知れず八幡のカバンに潜り込んで潜入していたモルガナが話に出した)際、財布に入りっぱなしだった名刺をペッと放り出した。

 

 知らないのが当然のその情報に対してまさかの回答が与えられて「何この子、頭にウィキペディアでも住んでるの? ユキペディアなの?」とか考えて極寒の視線を浴びせられたのは言うまでもない。

 

 なお、当の本人(猫)である机に鎮座するモルガナはここ数日で八幡に対してペルソナ、いやさ個人が持つアルカナの特性、特に始まりの位置にある『愚者』への啓蒙を何度も試みているようで、言われている彼の方はうんざり顔を隠そうとしてもいない。

 

 曰く、異能者として未覚醒、つまり一般人は須らく『愚者』だがそれは未来が定まっていないが故の可能性としてのアルカナであり、ペルソナに目覚めた者は殆どが別のアルカナを持つ。可能性を消費させて異能を得たとも言える。

 

 可能性を消費しても尚、可能性を残したままであると言う一種の特異点。そこに引き込まれるように異常は巻き起こる。

 

 つまりスタンド使い同士は引かれ合うとか多分そんな感じ。それを利用して悪神の欠片の回収抹消を目論むのが黒猫の形をしたベルベットルームからの使者であるモルガナ。

 

 なお、モルガナは過去の記憶をわざと封印しているため、これから先云々という感想はどこぞのモデルガン(?)ショップのあの人からくる経験則ではなく完全に勘でしかない。

 

 

「つか、建築とオカルトって関係なくねえ?」

 

「案外、馬鹿に出来ないのよ。基礎工事をしようとしたら正体不明の骨が出てきた。地蔵が出てきた、社が出てきた。工事に邪魔な祠を移動させるには。

 やれラップ音だ、土地神の祟りだ、政争相手に呪いをかけられたら………バカみたいな話なのだけれど、地鎮祭や拝み屋なんかを外注すると法外な額を請求される事も有ったり。

 自前で専門的な事を出来たほうがコストパフォーマンスが良いと父が判断して設立されたとか聞いたことがあるわ」

 

「建築関係の中でさらっと、政治の闇をさらすのは止めてくれ。日本の将来が恐ろし過ぎる」

 

「しってる? 人を呪い殺した場合、因果関係を立証できないから、現在の日本では呪いは刑罰の対象にならないの」

 

「にっこり笑いながら、物騒な事を言うな。うっかり気絶してそのまま永眠しちまうだろうが」

 

「だけど、このままだとあなたが誰かを傷つけても完全犯罪になってしまうわね、悪霊谷くん。一日も早い法改正が必要だわ」

 

「そうそう、学校だけどころか家でも居ない扱いされるから偶に生きてるか自信が無くなるんだよな、って誰が存在そのものが呪いだよ!」

 

「気持ち悪い」

 

 

 愚者だのなんだのと言う話題から逃げる為に話を逸らしてみると、立て板に水のようにすらすらとオカルト関係と建築、しかも政治の方面にまで言及されて引き気味に自虐節を炸裂させる。

 

 その流れに机の上に座っていた黒猫は、まるで弾幕から身を守るように身体を伏せさせる。巻き込まれてはたまらない、と全身で表現しているようだ。

 

 

「ともかく。この人本人は怪しいけれど、身元自体に不審な点はないから、お小遣い稼ぎ位には使ってもいいんじゃないかしら。

 ほら、あなたの私物を持っていけば亡者の装飾品としてでも買い取ってもらえるかもしれないわ」

 

「雪ノ下の私物なら、雪女として判断されるかもな」

 

「あいにく、現役女子高生と言うだけでブランドがあるカテゴリに属しているから、価値が無いのはあなただけよ。まぁそんな自分の価値を切り売りする愚かな真似は絶対にしないけれど」

 

「金は手に入っても、安い人間になりそうだもんな」

 

 

 話の内容も一段落がつき、手元に置いていた本に手をやるのを見て会話を切り上げる。

 

 彼もそう言えば、と再提出を命じられた調理実習のレポートがあったな、とカバンから取り出す。

 

 ようやく終わったか、とモルガナが身体を伸ばそうとしたその時、

 

 

 コンコン

 

 

 控えめなノックの音が奉仕部に響いた。

 

 即座に部屋の主が机の上に視線を向けて、少しだけ申し訳なさそうな目をする。

 

 視線に答えるように、一声だけにゃーと鳴きひらりと音も無く机から飛び降りてレポートを取り出して開きっぱなしだったカバンへと潜り込む。

 

 黒い姿が完全に見えなくなってようやく部屋の主、奉仕部部長が「どうぞ」と返す。

 

 

「失礼しまーす」

 

 

 するりと素早く女子が一人入り込んできた。

 

 

「ここが、奉仕部、でいいんです、よね? って、何でヒッキーがここに居るし!!」

 

「ヒッキーって俺?」

 

「まぁ、とにかく座って。由比ヶ浜結衣さん」

 

「あっ、雪ノ下さん、あたしの事知ってくれてるんだ!」

 

 

 総武高一の才女に覚えられているのが、そんなにステイタスなのか。

 

 にへらと笑う入室者、由比ヶ浜結衣が雪乃の正面に間をあけて椅子を置いて座った。

 

 

 自己紹介から、()()()()()()()話は進む。

 

 そして、結衣が何かしらの依頼を持っているという所まで言ったところで、口ごもる。

 

 チラチラと八幡の方へと視線を向けて、言いづらそうな顔をする。

 

 流石に、ここまで露骨だと女子の心理に疎く、真理からも程遠い八幡も分かった。

 

 

「比企谷くん」

 

 

 更に、顎をくいっと廊下の方に差し向けるブロックサインをしたりすると、確定的だ。

 

 

「ちょっと、スポルトップ買って来るわ」

 

 

 紙パックの清涼飲料水(現在製造終了)を買って来ると言づけて席を立つ。

 

 念のためにと見た目以上に重いカバンを背負って部室から出ようと

 

 

「私は野菜生活ヨーグルトイチゴミックスでいいわ」

 

「へ?」

 

 

 扉に手をかけたところで、さらりと注文をつけられる。

 

 その唐突さに「なんで俺が」と思いそうになった瞬間、昨日の臨時収入を思い出された。

 

 

「(こ、こいつ! 昨日金をいらないと言ったのはこのためか!! 事あるごとに『あの時の貸し』だと俺から譲歩を引き出す為の材料にするために! あれは罠! 狡猾な罠! 『まあ、あの時譲ってもらったし』 そうやって小さな返済を繰り返す度! 元本以上を取り立てる! メールの文面でも『不問にする』とは言っていた。確かに言っていたが、『許す』とは言っていない! なら、俺は断れない! 奈落の底! 既に俺は落とし穴にはまってしまった!)」

 

 

 ざわ…ざわ…と音が聞こえそうな顔をしながら、八幡は雪乃の言葉の意味を全て読みとった。なんだか顎がとがっているような気がする。

 

 ボロ…ボロ…と大粒の汗を流して、雪乃の涼しげな顔を一瞥して

 

 

×異議あり!!(コミュ力が???以上必要のようだ)

→負け犬の遠吠えを吐き捨てる

 じゃあ、100円くれよ。100円!

 

 

「これで勝ったと思うなよ!」

 

 

 負け台詞を吐き捨ててから自動販売機へと向かっていった。

 

 

「ふふん」

 

「………なんだか、楽しそうな部活だね!」

 

「ええ、(私は)楽しいわね」

 

 

 頭お花畑かよ、こいつら。

 

 

 

 

「で、あいつはそうなのか?」

 

 

 自販機前で部活動の声を背後にしながら誰もいない事を確認してから、財布から金を取り出しながら不自然にならないようにさりげなく(つまり挙動不審気味に)カバンの中でおとなしくしていたモルガナへと声をかける。

 

 多少怪しくても、部活動の声が五月蠅く響いている。人気のない場所に注意を向けている生徒などいまい。

 

 

「多分違うな。結衣殿からは悪神の欠片がありそうな臭いはしなかったぜ」

 

「臭いで判別しちゃうのかよ」

 

「仕方ねえだろ。ワガハイのカタチは猫なんだから、嗅覚とか聴覚が判別の方法になるしかねえんだよ。猫っつうのはそういうもんだって認知があるから、それに影響されちまうんだ」

 

 

 飲み物を買うついでに、依頼者である由比ヶ浜結衣がモルガナの目的である悪神の欠片に関係していないかを確認している。

 

 おそらく雪乃の部室から一時退去する指示はこれも見越していたのだろう。たぶん、きっと、めいびー、話の邪魔だったとかではないと思う。

 もしも邪魔だと言う気持ちがあったとしてもそれは理由の9割くらい。1割って10%、つまりスパロボなら普通に当たるからセーフ。

 

 悪神の欠片は関係が無いと言われ、ホッと一息つく。

 

 愚者のアルカナがどうの、とモルガナの言を全面的に信用している訳ではないが、雪乃との初対面にあった騒動に加えて数日と日を空けないうちにオカルト関連に関わる人物と出逢ったのだ。

 

 奉仕部としての初活動である依頼者がそれに関係していないと何故慢心できるだろうか。

 

 そう懸念しての確認行動だったが、杞憂だったようだ。

 

 モルガナの鼻とか耳がどれ程頼りになる物なのか、それは分からずとも指標としては利用できる。

 

 

「あっ、ワガハイはミルクな」

 

「おじいちゃん、猫用食器は部室に無いでしょう?」

 

「誰がおじいちゃんだ! だけど、確かにワガハイが飲めるような皿がない!」

 

 

 結局、清涼飲料水と野菜生活、紅茶だけを買って部室に戻るのであった。

 

 女の子って紅茶が好き。紅茶って女のコだよな。

 

 ほら、ダージリンとかオレンジペコとか、なんかイギリスっぽいし。

 

 イギリス=おしゃれ=女の子

 

 そんな知能指数の低い発想。多分パリと間違ってる。

 

 

「クッキー、ねぇ」

 

「き、キャラじゃないって言いたいわけ?! 別にいいじゃん」

 

「いや、キャラとか柄でもないとか、下手とか上手とかそう言うの関係なく興味が無い」

 

「そっちのが酷いし!!」

 

「味見役はあなたなのだから、上手下手は興味が無くともかかわってくるけれど」

 

「そうなの? いつの間にそんなの決まったの?」

 

「あなたに人権はないから、文句があっても強制的に手伝わせるわ。味見程度で文句を言うような小さい男と言う訳でもないでしょうし、由比ヶ浜さんは気にしなくてもいいのよ」

 

 

 部室に戻って聞いた話によれば、由比ヶ浜結衣はどうしても手作りクッキーを()()()()()()()()()()事情があるらしい。

 

 ただ、今までお菓子作りどころか料理すらまともにしたことの無い結衣は失敗したくないと、悩んでいる所を平塚教諭に見出されてこの怪しげな部室に送り込まれたそうだ。

 

 普通に親御さんに相談すれば終わりそうな気がするのだが、それも出来ない事情があるらしい。ぽつり「心配、かけたくないし」と溢したのだが、詳しい事情までは二人ともが踏み込もうとしなかった。

 

 大方、高校生にもなってクッキーの一つも作れないなんてバレるのも恥ずかしいとかそう言う事だろう、と一人納得して前を行く二人について家庭科室に向かう。

 

 道中でモルガナがカバンの中から小声で今回は悪神の欠片とは関係が無い、と雪乃に伝えている。

 

 どうやら結衣には猫の鳴き声にしか聞こえていない様で「ねこ、近くに居るのかな?」と少しびくっと体を揺らすだけで済んだ。

 

 

 

 そして(地獄の)調理タイムが始まった。

 

 ふるいにかけられない小麦粉

 

 殻を取り除かない卵

 

 間違えられた塩

 

 塩を中和させる(中和しない)山のような砂糖

 

 隠し味に山のようなインスタントコーヒー

 

 もう一度山のような砂糖

 

 隠し味に桃缶

 

 どこから出した、なまこ

 

 牛乳よりも好きだからって勝手に替えるなカルピス

 

 残飯処理ではないぞ、お弁当の残りのおにぎり

 

 味に深みを出すと言うより、深淵に突っ込んでるんだよなぁ味○素

 

 万能選手の彼が負ける姿を想像できるカレー粉

 

 

 

 出来上がったのは、禍々しくどす黒く焼きあがったぶよぶよの何か。

 

 焼成されたはずなのに、半固形物と言っても良い状態のそれに全員が絶句した。

 

 

「………ちょっと間違えちゃったかな」

 

「これをちょっとで済ます、お前の精神がどっか間違ってるよ」

 

「気分が…」

 

 

 八幡も雪乃も一歩あとずさり、手に取ろうとしない。

 

 流石に、味見役だからとか、依頼に関する責任があるからだとか。

 

 そう言った義務感で手を伸ばすには劇物過ぎた。

 

 躊躇いも無くつんつんする結衣の方がある意味度胸がある。

 

 多分肝練り級。命に支障をきたすと言う意味で。

 

 『ムドオン』位の破壊力を有しているそれを、努めて視界から追いやる。

 

 机の下に置いておいたカバンがもぞもぞと蠢いているのは中身の彼がおぞましい臭いに悶絶しているのかもしれない。

 

 

「さて、由比ヶ浜さんが一生料理をしない事でこの依頼は解決ね」

 

「異議なし。適当に贈答品の詰め合わせ洋菓子セットを買え」

 

「それで解決にしちゃうの!? いや、言いたいことは分かるけど!!」

 

「だって、ポイズンクッキングするとか噂されても恥ずかしいし」

 

「料理するのはあたしだし!」

 

「落ち着いて。ところで由比ヶ浜さんはアサッシンとかに興味はない?」

 

「あたしの将来の選択肢に変な物が生えてきた?!」

 

 

 ぜーはーとツッコミと慣れない料理(?)疲れで肩を落とした由比ヶ浜を横目に、二人は相談を始める。

 

 

「つか、まじでどうするよ。木炭錬成するくらいならまだ想像の範疇だけど、あれは無理じゃね」

 

「無理は嘘つきの言葉、とは流石に言えないわね。私の想像の埒外。あれをパティシエにするには一度輪廻を経験すべきではないかしら」

 

「目標が高すぎるし、さらっと死ぬのを推奨するな」

 

「だけれど、あれを見て一朝一夕に人に渡せるレベルの物を作れるまで腕を向上させるのは、サルにシェイクスピアを打たせるのと同レベルに難しいわ」

 

「カオス理論まで持ってくるレベルでは………いや、それ位には無茶難題だな」

 

 

 ひそひそ、ぽしょぽしょと非常に失礼な真実を口にし続ける。

 

 しかし、それが失礼にならない程度には目の前の物体は劇物過ぎた。

 

 いったい何をどうやればクッキーと言う甘いお菓子を作るのにナマコだとか、味○素、カレー粉を入れようと思うのだろうか。

 

 百歩譲ってカルピスとか、塩を中和しようと砂糖を入れるのは分かる。いや、全く持って意味のないものだけど、やりたい事はなんとなく理解できる。

 

 だが、上記の思い付きを実行してしまうメシマズをどう改善すればいいのだろうか?

 

 

「ひとまず、由比ヶ浜さん」

 

「あっ、うん」

 

「ここにいつも私が作っているレシピを書いておいたから、これの通り…絶対に違う工程を入れないように、絶対、絶対に同じように作ってみて頂戴」

 

「大事な事だから三回繰り返したんですね、分かります」

 

「あたしの信用度低すぎない?!」

 

 

 信用とは積み上げるものであり、最初から存在するものではないのだよガハマさん。と言うか、あのスライム的なナニカを作っておきながら信用されるわけがない。

 大丈夫? 頭にMAG足りてる?(メガテン物では悪魔合体の際に構成する要素であるMAGが足りないと外道スライムになるとされている)

 

 そうしてもう一度、今度は雪乃レシピをうんうん唸りながら守ってさっきとは雲泥の差の物を作り上げ、それでも出来に納得がいかない結衣に「女子高生が慣れないながらも作ってくれたクッキーと言う付加価値はプライスレス、むしろラブイズオーケー」と八幡が詭弁を弄する。

 

 

「やっぱり、あたしには向いてないんだよ。ほら、こんなマジなヤツって今どきじゃないし、才能、ないし」

 

「そうやって言い訳を重ねてその場で停滞し続けたいならそうしなさい。周りはどうとも思わないし、なにも責めないわ。

 だってあなたと周囲の人間はしょせん他人なのだから。ただ、あなたが流され続けて行き付く場所にあなたの求めた物は存在しないでしょうけれど。

 それで良いと言うのならこの依頼はこれでお終い。あくまで奉仕部は自助努力を助ける為にしか活動しないし、その努力を惜しむのなら直ぐに帰りなさい」

 

 

 そんなキツイ雪乃の言葉に何故か感化された結衣が奮起し、もう一度雪乃のレシピ通りに今度は雪乃の助言込みで作ったクッキーは初回、二回目の出来とは比較にならない程に上出来に仕上がった。

 

 もちろん、混ぜか振るいが足りなく一部は焦げていたし、計量を完璧に出来ていなかったからか味も大味だがそれでも十分に美味いと感じられるクッキーだった。

 

 味見役に、と若干多めに割り振られたノルマだけではなくもう一枚もらえるなら貰いたいくらいだ、とポリポリかじる八幡、多めのぶんは鳴き声防止にカバンに滑り込ませている。

 

 そこそこ多めに放り込んでいるし、食べかすも溢してるだろうから帰ったら掃除しないとな、とか考えていると、結衣が一つ深呼吸して真剣な顔で二人に向けて告げる。

 

 

「ありがとね、雪ノ下さん。あたし、雪ノ下さんがあんなふうにキツイ事言ってくれなかったらきっと途中であきらめてた。正直きつ過ぎて大分引いたけど。

 ヒッキーもそう言う考え方もあるんだってちょっと慰めにはなったかな。あと、あんま美味しくない方を食べてくれて…あ、ありがと」

 

 

 少しだけ気が晴れたような顔の結衣。

 

 

 

 

「ところで、どうしてもちゃんとした手作りクッキーを渡さないといけない理由は何だったのかしら」

 

 

 一息ついてクッキーで乾いた喉を潤す為に紅茶を淹れている雪乃が疑問を投げかけた。

 

 実際、最初に作った論外ならばともかく、レシピを見ながら作った物は不出来ではあったとしても八幡の戯言を信用するのなら『女子高生の手作りクッキー』としてならば十分な出来だった。

 

 それに満足せずにさらに上を目指すのは雪乃の性格上、好ましい物ではあっても結衣のキャラクターにはどうにも合っていない、それも今日初めて話したような人間でもそう思えるのだから疑問に思うのも当然だろう。

 

 そんな二人を尻目にやっぱり女の子って紅茶だよな、と自分の選択肢が間違っていなかったと一人で納得してる八幡の足元にテシテシと軽い衝撃が来るが無視する。

 何の用事かは知らんが、校内、しかも無関係な生徒が居る所に出せるわけがない。更にベシベシと叩かれるが無視する。

 

 ちらり、ぬぼーっと別方向をむいている彼の方を見て「たはは」と愛想笑いをする彼女の様子はあまり聞かれた事に率先して話したいものではない事だと分かる。

 

 聞いてみた雪乃本人も気にはなるものの話題の一つとして出しただけでどうしても訊きたいと言う訳でもなかった為、「あなたが言いづらければ別に」と遮ろうとする。

 

 しかし結衣は横に首を振り、一瞬ためらった後

 

 

「は、ハチマン! 早くワガハイに水をくれ! の、喉に! つ、つまっ!!」

 

「えっ、ね、猫!?」

 

 

 ぜひゅー! とぜんそくの様なか細い呼吸音で今にも息絶えそうなモルガナが勢いよく足元から飛び出してきた。

 

 思いっきり飛び乗った机に乗っていたティーカップが勢いに負けて紅茶が飛び散る。

 

 甘露! とばかりに零れた雫に舌を伸ばし、こんなもんで足りるか! とカップに顔を突っ込み、「あちぃ!!」と悶絶する黒猫。

 

 

「あ、あはは。じゃ、あたしはこの辺で! ね、ねこちゃんも元気でね!」

 

 

 ぴゅーという効果音が出るかの如く、すたこらさっさと家庭科室から逃げ去った。

 

 モルガナが喋っている事に驚いて逃げたと言う訳ではない。モルガナは喋る事が出来ると言う認知を持たれない限り、どれほど流暢にしゃべっていたとしても猫の鳴き声にしか聞こえないのだ。

 

 この場の誰も知らなかった事ではあるが、由比ヶ浜結衣と言う少女はどうにも猫が苦手らしい。

 

 

「まったく、九死に一生を得たぜ。ハチマン、ワガハイのSOS信号を無視しやがって。危うく死ぬところだったんだぞ」

 

「一気に卑しく腹いっぱいに食ったからだろうが。後で食うって選択肢もあった癖に、貪り食ったお前が悪い」

 

「うるせえ! もしもこんな間抜けな死に方したら化けて呪ってやるからな!」

 

「はっ、ペルソナで呪い返ししてやるよ」

 

「比企谷くん?」

 

「あっ」

 

 

 猫を猫可愛がりする猫好きな猫フリスキーの目の前で猫蔑ろにしたら描写されるまでもないことなどわかっていただろうにのう。

 

 ニッコリ笑うその少女のすごみに、うっかり気絶してしまいそうだった。

 

 なお、一番最初に作られたクッキーらしき物体Xを処理する事で難を免れた事をここに記載する。

 

 一難去った後に来るのが致死イベントとか人生ってやっぱクソゲー、そう言い残してその男は倒れた。

 

 




 ペルソナメモ

 一般人は須らく『愚者』…TRPGメガテンでは異能者として目覚めていない一般人は愚者とされる。あくまで悪魔や異能を知らないと言う意味での愚者でありアルカナが愚者と言う意味ではないが、可能性があると言う意味での愚者でも多分そう的外れではないと思う。

 ムドオン料理…ペルソナ4のヒロインたち(直斗除く)が次々に作り出した、人体に悪影響を及ぼす料理の数々。具体的にはじゃりじゃりぶよぶよする臭いカレーの物体X。スライム(悪魔)の形をしたチョコレート。真っ赤に染まった激辛オムライス。FOE(マップボス)を撃退する言葉にもできない兵器転用物等。
 紫色の煙を吐く事もあり、その毒々しい見た目から即死魔法である呪殺『ムド』と絡めてプレイヤーから命名された。なお、彼女たちは完全に善意で行っており、アジミネーゼ、イイカゲーン、アレンジャー等の症状がみられるが、あくまで愛情表現である。
 なお、料理とは化学、愛情はスパイスであってメインにするものじゃねえってそれ昔から言われてるから。むしろ害悪。
 食べると死ぬ。触るな危険。


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あらためて彼らは見つめ直す

ガハマさん誕生日おめでとう
と言う事で彼女の件が一段落するまで3話ほど連続投稿です
全然書き溜め増えてないけど、仕方ないね!
まだまだ説明回ばかりでつまらないね


4月10日(火)朝

 

 くぁと平日の朝にお決まりの寝ぼけ眼をこすりながらピンク色のもこもこしたパジャマを脱ぎながら制服に着替える。まだ朝晩の冷え込みは厳しい。

 

 珍しく登校時間までにはまだ余裕があるなぁ、と目覚まし時計を見てゆったりとしていると「結衣ー! 遅刻しちゃうわよー?」と呼びかけて来るママの声。

 

 え? いやいや、いつもよりも1時間早く起きてるじゃん。と突っ込みながら携帯を開けてみると

 

 

「うっそ! もう出る時間じゃん!!」

 

 

 哀れ、目覚まし時計の電池切れによって寝坊していたのだった。

 

 お約束のように、「なんで起こしてくんないの!?」「ママはちゃんと起こしました」とかそんなやりとりをしながらテーブルに置かれていたパンだけをひったくるように取って家を出ようとする。

 

 飼い犬のミニチュアダックス、サブレがひゃんひゃんとまとわりついてくるのを、今は相手できないからまた帰って来てからねと押しのける。

 

 

「結衣」

 

「なに、ママ。ごめんだけど朝ごはん食べてる時間ないから。あたしマジで遅刻しそうだしゆっくり話も」

 

「急ぐのはいいけど、車には気を付けて、ね」

 

「…うん」

 

「よろしい。ほら、早く出ちゃわないとバス行っちゃうわよ?」

 

「って、ママが呼び止めたんじゃん!! マジで乗り過ごしちゃう! 行ってきまーす!!」

 

 

 一瞬だけ落ち着いたかと思えば、すぐに慌ただしく駆けて行く娘の姿を見送りながら残ってしまった朝ごはんにラップをかける。

 家族の為に作ったお弁当の残りと残された朝ごはんがいつもの自分のお昼ごはんだなぁと専業主婦の悲哀を噛みしめる。

 

 まぁ、それがお母さんってものだしね、と娘に邪険にされて落ち込んでいる飼い犬を抱きながら納得して今日の家事に取り掛かる。

 

 掃除に洗濯、近所づきあいに、サブレの散歩、夕飯の用意をしていたら直ぐに1日なんて過ぎ去ってしまう。少しでも効率よくしないと、ね。

 

 誰も見ていない所でも働くのが良いママってもの、と一人溢しながら家事に取り掛かる。

 

 

「こうして健康に過ごせるのが何より幸せなんだから」

 

 

 昨日帰ってきて直ぐに「クッキーの作り方を教えてほしいの」とまっすぐにこちらを見つめる娘の姿を思い出しながら微笑む。

 

 1年前の今頃よりもしみじみと実感する幸福を味わいながら、今日も由比ヶ浜宅の1日は始まるのであった。

 

 

 

4月10日(火)夕方

 

 斜陽のかかる奉仕部の部室では二人と一匹がそれぞれ時間を潰している。

 

 一人は小難しいタイトルをした新書を流すようにさらさらと読み、もう一人は先日買った『今昔画図続百鬼』現代語訳版を流し読み、もう一匹はいつの間にか用意されていた少し深めの平皿に淹れられたミルクをぴちゃぴちゃと飲んでいる。

 

 

「ところで、今更なのだけれど一つ疑問があるわ」

 

「あ?」

 

「あなたではなく、モルガナちゃん」

 

「雪乃殿、前にも言ったと思うんだがワガハイちゃん付けされるのはちょっとむず痒い」

 

「私も殿なんて付けられているとむず痒いわ、それを直すつもりが無いならその提案は却下よ。可愛いじゃない? モルガナちゃんって呼び名」

 

 

 手持ちの本を読み切ったのかぱたんと閉じた雪乃がそう告げると、うなー、とうなだれる黒猫。

 

 ぴしゃり、と「私は拒絶する」された八幡は「あっそ」とふてくされて内心「オサレな術使うには色々足りないんじゃないか」とか益体もない事を考えている。

 

 

「話は戻るけれど、私がペルソナに目覚めた時の事よ」

 

「あぁ、世界は変わらないといけないとかなんとか「黙りなさい」へい」

 

「ん、んんっ! とにかく、あの時、平塚先生は何故あんな姿になったのか知っているかしら」

 

 

 その言葉に、そう言えばこいつが暴走してた時にどういう理屈があったのか急に平塚先生が水晶みたいな物体になってたなと思い出す。

 

 ごたごたが終わった時には気絶してしまったらしく、その後は記憶にないのだが次の日にはぴんしゃんしている平塚先生の姿を見て、ペルソナの事を夢だと思ってしまう程度には悪影響はなかったように思える。

 

 有耶無耶になっていたが、確かに何故平塚先生だけがあのような不可思議な姿に変わってしまったのだろうか?

 

 そんな疑問が今更ながらに湧き出て、八幡も少しだけ首をかしげる黒猫へと顔を起こす。

 

 

「ヒラツカっつうと、あの時の水晶みたいになってたあの女性か。多分あれは、認知の存在に置き換わったんだ」

 

「「認知の存在?」」

 

 

 微妙なタイミングでハモってしまい、双方とも嫌な顔をして続きを促す。

 

 

「ワガハイが主に作られた造魔みたいなもんだって事は覚えてるか?(3話4月6日参照)」

 

「?」

 

「まぁ、簡単に言えばワガハイは物質界、この世界において本当は存在しないはずの生き物だってことだ。

 だけど、ワガハイは認知によって猫のカタチで存在していて、喋る事を認知されなけりゃ猫の鳴き声しか聞こえねえ」

 

「ちょっと待って、その言い分だとまるで存在があって認識される物じゃなくて、認識されるからこそ存在しているみたいじゃない」

 

「みたいだとかいうもんじゃなくて、実際その通りだ」

 

「あー、っとつまりはあれか? 無人の森で木が倒れました、そこに音が在ったのかって言うやつか?

 モルガナって存在は認識されているから存在していて、猫だと認識されているから猫の姿をしているってことであってる?」

 

 

 1を聞いて10を知る雪乃がモルガナの説明の途中で掌を口元に持って行く。

 

 一足遅れて八幡も理解に及び始め、その言にこくんと頷く。

 

 

「もちろん、ワガハイは既にこの物質界で実際に存在しているから易々と存在がぶれるわけじゃねえし、例え周囲からの認知がぶれようともワガハイ自身の認知がある以上、消滅なんざしねえ」

 

「我思う、故に我在り。それを実践してるトンでも存在は初めて見たよ」

 

「だけど、心の海って広大な無意識からの影響は特殊な才能、おめえらで言う所のペルソナの才能がねえ限り抗えるもんじゃねえんだよ。

 ワガハイは心の海から強く影響されて、存在が物質的ではなく精神的な要素が上位にある場所の事をパレスと呼んでいた。

 パレスでは耐性の無い存在はその姿を認知上の存在として置き換えられる。

 過去、影時間と呼ばれる1日の終わりの狭間に存在した知覚できない25時までの一時間では人は棺桶の姿に変わったこともあったらしいぜ」

 

 

 象徴化っつうんだがもう終わった事さ。そう締めくくる机の上に鎮座するその黒い物体にごくりとつばを飲み込む。

 

 今まで気楽に接していた愛玩動物のような存在が、得体の知れないナニカに変わってしまったようにも思える。

 

 ペルソナと言う良く分からない能力を使い、猫の姿をしながらも人語を弄し、カレーに玉ねぎを入れても気にせずに食べる。

 

 そんな常識離れしたば

 

 

「畢竟、お前がちゅ~○を目にした瞬間我を忘れるのも、その認知のせいだっていう事か」

 

「いや、あれはマジで美味すぎるのが悪い。あと、寿司、焼き肉もいいぞ」

 

 

 がくん、と気圧が下がった気がする。

 

 きらきらとした眼で食欲に溺れている、なんとも俗なものである。

 

 

 閑話休題

 

 

「つまり、平塚先生に限らず、ペルソナに目覚める才能が無い人間はそのパレスって言うモノに巻き込まれれば認知の存在に差し代わるってことかしら」

 

「そう言うこった。そのパレスを作った人間が周囲の人間を奴隷だと思ってれば、姿形は変わらずともパレスの主に従う存在に、金を出すだけだと思ってればATMみたいな姿になっちまう。

 何でかって言ったら、現実と違って心がむき出しになるようなもんだから、生命を守る為の一種の自己保全みたいなもんだ」

 

 

 愛の無い結婚した女って大体、夫の事をATMに思ってるってネットで言ってた! と関係のない事を考えながら、雪ノ下は平塚先生を水晶みたいな価値のある存在に認知してたんだなと納得していた。

 

 こんな面倒くさい女子高生(多分自覚在り)にわざわざ付き合ってくれている事にあいつも内心感謝してるんだな、関心関心とかそんな事も考えている。

 

 あれ? でもなんで鉱物なんだ? と疑問に思いかけた瞬間、またしても内心を読んだかのように「比企谷くん?」とにっこりスマイル(凄み100%濃縮還元)を向けられて現実に戻ってくる。

 

 

「パレスは全てが認知の存在で、物質界、現実には影響をほとんど与えねえ。

 また、誰かが巻き込まれて象徴化したとしても直接害意を持って壊そうとしない限りは気にしなくても構わねえよ」

 

「フレンドリーファイアは無しって事だな」

 

「逆説的に言えば、象徴化された存在を悪意を持って壊そうとしたら現実に影響が出るって事でしょう」

 

 

 楽観と悲観で意見が分かれるが、どちらも間違っていない。

 

 もしもこれから先、悪神の欠片がパレスを作りだしたとして。

 

 その時、ペルソナや異能の才能がない人が巻き込まれたとして。

 

 象徴化した存在に対して、こちらからの攻撃に巻き込んでしまう可能性は考えなくてもよくて。

 

 象徴化した存在に対して、向こうからの攻撃に巻き込んでしまう可能性は考えなければいけない。

 

 

「と言っても、早々パレスの展開に巻き込まれる事なんか考えなくても良いんだがな。

 だって、象徴化するって事は異能の才能が無いから悪神の欠片が興味の対象にする存在じゃないし。

 悪神の欠片で暴走させられた人間ってのは大体視野が狭くなるから、無関係な有象無象はパレスに取り込まれるよりも弾かれる可能性の方が高え」

 

「あくまで平塚先生の件に関してはイレギュラーであって、滅多には起こらない事象であった。そう納得するしかないって事ね」

 

「心構えだけはしとけるんだから、それで良いんじゃねえ」

 

 

 そう結論付けたところで完全下校時間のチャイムの音が鳴り、帰り支度をし始める。

 

 カバンに入る前に少しでも毛並みを堪能しようとする少女と、少しくらいは可愛がられるのも悪くねえなと飼い慣らされそうな黒猫、早く帰りたいんだけどと文句を言って睨まれる少年だった。

 

 このスタンスの違いが、近い未来において一つの火種になることを知らないまま。

 

 

 

4月11日(水)夕方

 

「やっはろー!」

 

 

 そんな軽快な挨拶…挨拶? で2日前に初依頼者として訪れた結衣がまたしても奉仕部に訪れた。

 

 何でも最近料理にはまっているらしく、前回の依頼のお礼にとクッキー…クッキー?(強弁)を焼いてきてくれたらしい。

 

 これを食べてしまってはサトミタダシの世話になりかねん! と逃げ腰の二人であったが逃げ切れず、時間があるときに結衣が奉仕部に遊びに来ることに決まってしまった。

 

 きっとテンタラフーの効果があったクッキーだったのだろう。

 何故か雪乃はゆきのんとか頭悪そうな呼び名になってもいたし、感謝を受け取らずに済む八幡とモルガナまで口内がじゃりじゃりしたのだから。

 

 

「どうしてこうなったのかしら?」

 

「ハチマン、恨むぞ。まだ口の中が苦い」

 

「前回お前、出来の悪い方は一切喰わなかっただろうが。その分俺が全部処理したんだからな」

 

 

 結衣は一足先に帰った為、完全下校時刻までの残り時間を緊急会議としてもう一度座り直す。

 

 

「モルガナちゃん、もう一度確認よ。愚者のアルカナには騒動を引き寄せる特性が有って、その結果としてあなたが追っている悪神の欠片も舞い込まれやすい。

 そして、その悪神の欠片は人の欲望や感情を煽ってトラブルを起こす。間違いないかしら」

 

「それであってるぞ」

 

「一種の隔離病棟みたいな立地だったからこれ幸いと利用してたが、そうだよな。

 ここは普通の高校だし、他の奴らを巻き込んじまう可能性も全然あるんだよな」

 

 

 その議題は雪乃に懐いたと言っても良い結衣がこれから先奉仕部に遊びに来る、しかもあのキャラだと頻繁に訪れてきそうな予感がすると言う点から発生する問題。

 

 彼女が居る時に悪神の欠片関連の問題が発生し、万が一無関係のはずの彼女がパレスに巻き込まれてしまったとしたらと言う問題だ。

 

 

「最悪、俺とモルガナがどっか行けばそれで解消される問題」

 

「馬鹿野郎! いくらワガハイがお前らより強くても、どうにもできねえもんは有るんだぞ。

 ただでさえ、お前は弱体特化のペルソナだったしな。前の雪乃殿の時みたいな状況になったら詰みかねねえ」

 

「戦力の逐次投入は戦略上最も愚かな作戦よ」

 

 

 フルボッコだドン!

 

 

「欠片とは言え、悪神ってのは世界を支配する一歩手前まで行っちまったんだ。

 負けるつもりはねえが、ワガハイだけじゃ正直厳しい。

 トリックスターって切り札がねえ以上、少しずつでも戦力を集めて、鍛えてそれで何とかなるかもしれねえって存在なんだ。甘く見てんじゃねえぞ」

 

「だからこそ、無関係な由比ヶ浜を巻き込む危険性は」

 

「運が悪くなければ巻き込まれる事はないでしょうし、いざとなれば私もモルガナちゃんも優先して彼女を守るわ。それが責任と言うモノなのだから」

 

「ハチマンの懸念は正しいがな、ペルソナは人との繋がりで強くなる。絆が心を鍛えるんだ。

 繋がりを避けて、絶って、一人で何とか出来るなんて傲慢だぜ」

 

 

 象徴化を聞いた時に八幡こそが楽観的な意見が一番に出て、雪乃こそが悲観的な意見が一番に出た。

 

 なのに、今では八幡が悲観的に観て、雪乃が楽観的に観ているように見える。

 

 まるであべこべだ。

 

 正義を評する存在ならば結衣を巻き込まない事を選ぶだろう。

 

 悪を評する存在ならば結衣を巻き込み鍛える事を選ぶだろう。

 

 どれが悪いと言うモノではない、スタンスの違いなのだ。

 

 起こった結果に責任を負う覚悟を持っているのなら、ただそれだけの話。

 

 

「まぁ、俺があいつの行動を撃墜する権利もねえし、お前らが何とかするって言うならわざわざ単独行動なんて危険な事はしたくねえしな」

 

 

 だから、最終的には強い意見に流れるのが自然であった。

 

 例え、自宅に居る時や登下校の時には同程度の危険を日々積み重ねているという事実に気付きながらも、そう納得する。

 

 

4月12日(木)昼

 

 一人、それは誰に気兼ねすることなく己の思うがままに過ごす事の出来る優雅な時間。

 

 自分以外に誰も居ないって本当に素敵。飯食ってる時はなんて言うか静かで救われてなきゃいけないんだよ。

 ついでに静さんも救われて欲しい、職員室近くの女子トイレから女教師の「結婚したーい」と嘆きの声が響いてくる噂を聞いてしまってそう思う。

 

 久しぶりに本当に一人きりになった八幡がそんなばれてしまえば腹部に鉄拳制裁をぶち込まれるか、「もういっそ生徒でもいいか、お前が私をママにするんだよ!」とか襲われちゃう事を考えている。

 

 いつもなら何かしらの茶々を入れて来る黒猫は報告がどうのと言って、彼の元から離れている。

 猫まで仕事をしなくちゃいけないとか、やっぱり社会は間違ってるんじゃないか。

 

 

「あれ、ヒッキー? こんなとこで何してんの?」

 

「飯食ってんだよ、見りゃ分かるだろ」

 

 

 一人思考に浸っている彼の側に鼻歌を歌いながら両腕にジュースを抱えた結衣が近づいていく。

 

 規則的な風が吹き抜け、ふわりと柔らかな香りが校舎外の階段に腰掛ける彼の元に辿り着く。

 

 

「いや、ちがくて。何でこんなとこで食べてんの? って聞いてんの。教室で食べればいいのに」

 

「…男には一人になる時間が必要なんだよ」

 

「ヒッキーいっつも一人じゃん」

 

 

 そうだね! ぐうの音も出ない正論だね!

 

 逡巡の間も気にせずに返された言葉にうぐうとか言っちゃうまである。

 

 

「ていうか、ゆきのんもあたしが行くまではお昼は部室で一人で食べてたっぽいし、二人とも案外似た者同士? ヒッキーもゆきのんと一緒に食べたら?」

 

「今はもう違うだろ。つか、なんで折角の休憩時間に精神ダメージを負いにいかなきゃいけねえんだよ」

 

「まぁ、昨日は確かにゆきのんと一緒に食べたけど、今日はあたし優美子たちと一緒に食べてるじゃん。だったら別にいいと思うけどな。

 あたしら二人で食べてる時でもあたしは気にしないしさ」

 

 

 まるで知っていて当然でしょ、と言わんばかりの言い草に「知らんがな」と心の片隅に居る関西弁八幡がツッコミを入れるが、内心だから聞こえない。

 

 どこか窺うような目つきで見つめる彼女の視線から逃げるように「…気が向いていけたら行くわ」と逸らしながら返す。

 

 

「それ、絶対行かない返事だし」

 

「前向きに検討する事を善処します」

 

「それ、偉い人がはぐらかすやつ」

 

「言う通りにしたら負けかなって」

 

「それ、ダメ人間のセリフー」

 

 

 そこまで言って、クスクスと笑う。

 

 どうにもむず痒い。

 

 居心地が悪いという意味ではない。

 

 むしろあたたかな気分になっているとも思う。

 

 だからこそ、こんな状況を保って…

 

 

「あっ、やばっ。優美子のレモンティ温くなっちゃう。じゃね、ヒッキー」

 

「ん、おう」

 

 

 辿り着きかけた結論が泡沫のように消える。

 

 パンパンとスカートに着いた砂を掃って、彼女はそのまま校舎に入っていく。

 

 少しだけ振り返って、ジュースで動かない腕でひらひらと指だけ動かしてくる。

 

 言葉なく伝わるその合図に、もう一度逡巡しておざなりに腕だけ上げる。

 

 にへらと相貌を崩して、パタパタと走り去る。

 

 

「近づけない、そう思う…それでも」

 

 

 溢れた言葉は誰にも拾われる事は無かった。

 

 

 




 俺ガイルメモ

 1年前、比企谷八幡は総武高校の入学式の朝に交通事故に遭い、一時期入院している。ボッチ気質なコミュ障が原因ではあるが、それでも知り合いすらもいない一つの要因ではあるだろう。スタートダッシュって大事。今では入学前にSNSである程度グループを作ってしまうらしいから、事故に遭っていなかったとしてもあまり結果は変わっていないかもしれない。

 八幡と結衣が所属する総武高校2年F組にはスクールカーストトップのサッカー部次期キャプテン候補のエース葉山隼人、獄炎の女王(八幡評)の三浦優美子が一つのグループを作っていて、結衣はそこに所属している。どうにも優美子と雪乃は水と油、もしくは火と油、炎上しちゃう意味で。原作では出会った瞬間に険悪になった。


 ペルソナメモ

 象徴化や認知の存在はそれぞれP3と5で出た概念だが、今作ではある程度ミックスして『悪神の欠片が作用した場所をパレスと呼ぶ』『パレスの展開に巻き込まれる人と巻き込まれない人が居る』『パレスや精神世界に巻き込まれた人は原則、象徴化する』『象徴化とは、パレスの主の認識によって姿を変える現象』『ペルソナの才能があれば象徴化はしない』『一種の安全装置的な意味なので、象徴化する方が生命的にはむしろ安全』『悪意を持てば害を加えるのは可能』そんな設定でいきます。


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きわめて材木座義輝は迷惑な存在である

連続投稿二話目
今日はもう一話更新
どんどんストックが消えていく
10話分は常にストックしておきたいマン


4月13日(金)朝

 

 どこか不吉な一日になりそうだ。

 

 リビングに掛けられているカレンダーを見て眉間にしわが寄る。

 

 

「お兄ちゃんって何座だったっけ?」

 

「孤高の獅子座」

 

「メスに養ってもらう獅子座ね…わお、お兄ちゃん、今日の運勢最悪だって。

 ラッキーアイテムは細長い棒。箒とかモップ持っていったら?」

 

 

 ゆるふわだとか激モテとか頭の悪そうな雑誌に載ってある星座占いのページを読んでいる妹に対して「そだなー、警棒でも持っていくかー」とおざなりに返す。

 

 ちら、と読んでみるが頭が痛くなりそうな内容ばかりだった。

 

 

「うわー、出た適当な返事」

 

「ただでさえ13日の金曜日なのに、更に気が滅入る事を言ってくる方が悪い」

 

「は? 金曜日は金曜日じゃん。何言ってんの? あっ、週末ならお肉安いかも、お兄ちゃん帰りに買い出しよろしく!」

 

 

 えっ、13日の金曜日が不吉なのは人類共通じゃないの?! これがジェネレーションギャップかと戦慄してる八幡であった。

 

 振り返ってみれば高校2年生が始まって二週間、いきなり変な部活に入部させられ、変な能力に目覚め、リア充ギャルと接点を持つ。

 

 

「随分と濃い二週間だったな」

 

「まだ新学期始まったばかりだろ。今からそう言ってちゃ身がもたねーぞ」

 

「濃くしてる原因に言われたかねーよ」

 

 

 すっとぼける様にわざとらしくにゃーと鳴く黒猫をしまい直して家を出る。

 

 そう言えば黒猫も不吉の象徴だったよな、そんな考え事をしていたせいか。

 

 靴紐が解けて転けかけた。

 

 不吉だ。

 

 

 

 住人が全て出て行き、誰もいなくなったそのテーブルに雑に放り投げられた雑誌がばさりと落ちる。

 

 ハラハラとページがめくれていき、数分前まで開いていたページが仰向けに露になる。

 

 

『獅子座のあなた! 運勢はソー・バッド! 何をするにも空回りするかも? 新たな出会いと選択が迫ってきたら素直になるのが吉! ラッキーアイテムはバットみたいな振り回せる棒! 愛しのあの子をノックダウンしちゃおう!』

 

 

4月13日(金)夕方

 

 ため息をつきながらトボトボと特別棟の廊下を進む。

 

 

「今日は厄日だな」

 

 

 そうこぼす彼の1日は体育の時間にザラキ(二人組作ってー)を唱えられて死に。

 

 コンビニで昼飯を買うのを忘れたからと購買に行けば何故か普段よりも混み合い、やっと買えると思えば欲しかった甘い菓子パンが売り切れ。

 

 宿題をやったノートを忘れた授業に限って当てられ。

 

 休み時間に小説を読んでたら「うぇーい、ヒキタニ君何読んでんのー?」とウザ絡みされ。

 

 部室に行く前に飲み物でも買おうかと自販機に100円入れたらそのまま呑み込まれ。

 

 

「いや、本当に厄日だわ」

 

 

 一つ一つならちょっとイラッとくる程度の事が、こうも重なるとテンションもだだ下がりすると言うものだ。

 

 

「日頃の行いが悪いとかじゃねえのか」

 

「日々、人々の邪魔にならないようにヒッソリ生きてる品行方正な俺の日頃の行いが悪い訳ないだろ」

 

「駄目だこりゃ」

 

「次逝ってみよう」

 

「逝ってどうする。しっかし、ハチマンじゃないが何か今日は嫌な予感っつうか妙に鼻がムズムズするぜ」

 

「遅れてきた花粉症じゃね…ん? あいつらなにしてんだ」

 

 

 ぽそりとこぼした愚痴に返された一言を即座に否定して、それでも落ち込みが取れないのか肩を下げながらも歩いていると前方に怪しげな動きをする二つの影。

 

 

「ゆ、ゆきのん、ど、どうしよ」

 

「落ち着いて由比ヶ浜さん。不審人物を校内で見つけた時は先ず先生に報告して慌てずに114番に通報よ」

 

 

→普通に声をかける

 雪ノ下にこっそり近づいて「わぁ!」

 由比ヶ浜にこっそり近づいて「やっはろー!」

 

 

 不審人物なのはお前らだよ。で、114番はお話し中なのか確認する為の番号だから通報出来ないからね。

 

 部室の扉を少しだけ開けてコソコソしている雪乃と結衣。

 

 後ろから普通にやってきた男に声をかけられてにゃんにゃんにゃにゃん、尻尾がピンとなる。

 

 

「斥候の役目をあなたに任せるわ」

 

「危なかったら直ぐに戻ってきてね!」

 

 

 なんやかんやで見知らぬ誰かが奉仕部に居るから船頭として八幡が切り込む事になった。

 

 これ鉱山における金糸雀じゃねえの? とは思ったものの、じゃあ二人に任せられるか、と言えば答えはNo。

 

 意地があるんだよ! 男の子には!

 

 背中に人生初の声援を受けながら引き戸に添えた指に力を加え、

 

 モルガナを生贄にすれば良かったと気付いたのは扉を開けた後だった。

 

 扉の先で真っ黒に染まった400字詰めの原稿用紙が紙吹雪のように視界一杯に舞い散る。

 

 

「最後に会ったのは何時だっただろうな。ニ刻ぶりだな、八幡よ!」

 

「何時だったとか聞いときながら、ニ刻(四時間)前って言っちゃってるし」

 

 

 彼こそが、剣豪将軍足利義輝!

 

 室町の命脈を途切れさせてしまう鐘の音を響かせる、悲劇の将軍!

 

 その魂は今、平成の世に輪廻を受けて蘇った!

 

 仮初の肉体に刻まれし名は材木座義輝!

 

 義輝は八幡大菩薩の加護を受けて、今世の相棒である八幡と共に乱世を討ーつ!!

 

 

 

 と言う、設定。

 

 

 

 つまりは足利義輝を下敷きにした中二病である。

 

 本名が材木座義輝で、過去の偉人である足利義輝に妙な共感を覚えたとか、まぁありがちな思春期の暴走だ。

 

 昼前の体育の授業でペアを組まないといけない時に余り者同士で妥協した関係だった。

 

 まだ涼しい時期だから良いにせよ学校でロングコートを羽織り、指ぬきグローブなんて痛い恰好をしている、お近づきになりたくない輩。

 

 たぶん、コートの中には七つ道具とか入ってるに違いない。

 

 落ち着いてきた雪乃に口撃されても()()()()()(決して雪乃本人に視線を合わせようとはしていなかったが)、芝居臭い口調を崩さない。

 

 そんな程度の知り合い未満でしかない彼がどうして奉仕部の部室に来ているのか?

 

 

「八幡。お主との出会いは正に運命であった。我がお主との邂逅を終え、具足を改めて身に着けようとした時に気付いたのだ。宿命は選んだのだと!」

 

 

 常に大仰な仕草で芝居がかった口調を止めない彼に、横で聞いているだけの雪乃も後ろに隠れている結衣もうんざり顔を隠そうともしない。

 

 それに直接さらされている八幡はもっと嫌そうな顔をしているのだが、カバンがもぞもぞと動いていていまいち集中しきれない。

 

 

ハチマン! ハチマン! 聞け!」

 

何だよ、今ただでさえ厄介なヤツを相手してるんだが

 

 

 ヒソヒソと小声で呼びかけて来る叫びに前を向いたまま小さく返す。

 

 どこかから聞こえてくる猫の鳴き声に、結衣が視線を彷徨わせている。

 

 何をそんなに焦っているのだろうか? そう思っていた時材木座が懐から一本の万年筆を掲げるように取り出し

 

 

インスピレーションは時を待たず天啓を授けた。我はこの筆を手にした時に全てを把握した。これは我が栄光に辿り着く神器なのだと

 

あれが悪神の欠片だ!

 

「「は?」」

 

 

 己の口から出たことが信じられない程間抜けな声。

 

 

さぁ! はchiマンよ! 我の渾身Noさク品を最速de読むきかイをあたエYo!

 

「やばい! 心の闇が広がるぞ!」

 

 

 そう叫びながら八幡のカバンからするりと抜け出し、材木座の手にある万年筆、悪神の欠片と判断したそれに向かおうとするが、一歩遅く周囲にばらまかれていた原稿用紙が一斉に蠢く。

 

 腕を掲げた材木座を覆い隠すように用紙が球体を形作る。

 

 球体の原稿用紙も落ちたままの用紙も表面に綴られていた文字群がどろりとその形を溶かし、教室を黒く染め上げようとする。

 

 

「こうなっちまったら、もう遅い! 雪乃殿、何か武器になるものを!」

 

「え、ええ分かったわ、ぶ、武器。ペーパーナイフ!」

 

「何の役に立つんだよ! 箒でもモップでも長柄の方が万倍役に立つ!」

 

 

 材木座に向かう身体を急停止させてから振り返り自分の声が聞こえる二人に警告を飛ばす。

 

 一言飛ばす間に黒が侵食する速度が加速する。

 

 カバンの中のポケットから刃渡り10cm程度の小さなナイフを取り出すが、どう見てもテンパっている。

 

 モルガナの警告を聞くよりも前に壁に立てかけられている半端な長さの棒を手に取る。

 

 朝の占いの一文が脳裏によぎらなかったか、と言えば否定できない。

 

 そこまで来て、その流れに取り残されている存在が一人居る事を思い出す。

 

 

「な、なにこれ? 特撮?」

 

「しま、」

 

「由比ヶ浜さん!」

 

 

 二人と一匹が突発的に動いている中で狼狽えるだけの存在。

 

 ただ一人、一切の事情も分からぬままいた部外者が立ち竦んでいた。

 

 

「間に合わねえ!」

 

 

 誰もが余裕のない瞬間、周囲を染め上げようとしていた黒が教室を覆い尽くした途端に膨張し

 

 

「くそ」

 

 

 全員の視界が闇に染まる。

 

 

「ひっ」

 

 

 伸ばされた手は届くことなく宙を彷徨った。

 

 

 

4月13日(金)夕方 材木座パレス

 

 

 軽やかな笛の音、尺八のような音色があたりに染み渡る。

 

 

「…っ」

 

「起きたか」

 

「ここは…由比ヶ浜さん?!」

 

「落ち着けって」

 

 

 閉じられていた瞼が僅かに開けられて、すぐさま意志の力で意識を覚醒させる。

 

 勢いよく身体を跳ね起き上がらせる雪乃に制止をかける八幡。

 

 皺だらけになったブレザーを直して、手にした棒を支えにして胡坐をかいていた状態から立ち上がる。

 

 

「落ち着いてなんていられるわけがないでしょう! 由比ヶ浜さんの身にもしもの事があったら…

 彼女が象徴化してしまって、あの闖入者が何かのはずみで危害を加えていたら! 私が守るって言ったのに…」

 

「その心配は無用だ。雪乃殿」

 

「戻って来たか」

 

 

 声を荒げて詰め寄ろうとするが背後からガサリと()()から出てきたモルガナ(二頭身サイズ)がさらに制止する。

 

 その声にようやく周囲を見渡す程度に冷静さを取り戻す。

 

 彼女たちが居るのは半径5mも無い程度の空けた広場、周囲は踝程度の長さの草と視界を遮らない程度の樹木。

 

 高校の教室の一室から、彼女たちの周囲は完全に様変わりして一帯が森になっていた。

 

 

「ちょっくら周りの偵察に行って来たんだがな、ひとまず結衣殿は無事だ。まぁ、あんまり悠長にはしていられないがな」

 

 

 周囲をぐるりと睨み付けるように睥睨し、構えていたシミターを仕舞う。

 

 そしてポイと手のひら大程の何かの羽根と豚の蹄らしきものを放る。

 

 

「これは…いえ、それよりも由比ヶ浜さんが無事だと言うのはどういう事?」

 

「順に説明するさ。まず第一にここはザイモクザってやつのパレス…心の歪みの中だ。

 んで、こいつはピクシーの羽根とカタキラウワの蹄。どっちもパレスに現れるシャドウが落とす情報物質(フォルマ)…戦利品だ」

 

 

 モルガナのその言葉は一人でシャドウと言う存在と戦闘を行ったと言う事実だったが、この中で一番戦力があり戦闘経験も豊富(自己申告)である以上、独断専行を咎める事は出来なかった。

 

 八幡が拾い上げると、まるでガラスのような見た目なのに柔らかい感触、実体として手の中に在るはずなのに溶けてしまいそうな存在感の薄さに奇妙な感覚を抱く。

 

 

「カタキラウワ、沖縄や鹿児島の民間伝承で伝えられる片耳がない豚だったかしら」

 

「やはり、雪乃殿は博識だな! ちなみにピクシーっつうのはイングランドとかに伝わる妖精の一種だ。姿的には日本人がフェアリーって言って想像する形をしている。

 こういう伝承、神話に伝わる情報だけの存在が心の海のエネルギーから実体化したのをアクマ、シャドウってワガハイたちは呼称する」

 

「前にお前が言ってた認知によって存在するってやつか」

 

「まぁな。ワガハイもそう言った意味じゃシャドウと変わらない。ま、主を始めとした確固とした絆を持ったワガハイはもはや別物だけどな。

 シャドウもアクマも情報、認知によって存在が固定されているから、成長する事は殆どねえし、変化もねえ。人と絆を結ぶなんてのは余程のイレギュラーだけさ」

 

 

 己を揶揄するかのような言に雪乃が口を開きかけたが、続く言葉に閉ざし直す。

 

 例えほとんどの記憶を封じられたとしても、確固たるものがそのココロには備わっているのだから、部外者が何か口を挟む事もないのだ。

 

 

「話がそれちまったが、この二種類のシャドウは性質が違い過ぎるってのがワガハイの予想だ」

 

「性質? 日本の伝承と海外の伝承とかの違いか?」

 

「違う。ここにあるのはピクシーとカタキラウワだけだが、他にもコダマ、マメダヌキとかも居た。ピクシー、ドワーフと言った精霊とか妖精って言われる奴と、カタキラウワ、マメダヌキみたいな珍獣。

 ここはザイモクザの心の闇が悪神の欠片によって増幅させられたパレスだ。人には色んな側面、感情が存在していてそれがシャドウの形になっている。つまり、シャドウも材木座の一面を切り取ったもののはずなんだ」

 

 

 ここまでの説明でようやく二人ともモルガナが何を言いたいのかをおぼろげに理解し始めた。

 

 酷い言葉で言ってしまえば、ピーターパンみたいなおとぎ話に出てくる妖精やコダマのような精霊は材木座義輝と言う人間のキャラクターに合っていないのだ。

 

 例え材木座義輝の心に可愛らしさが在ったとしても、少し周囲を見てすぐ見つかるようなものではなく、レアモンスター程度の頻度でないとおかしい。

 

 むしろモノノフとかが徘徊していた方が納得できただろう。たった数十分の邂逅ではあったが、そう判断してしまえる程度にはキャラクターが強かった。

 

 

「つまり、ここはザイモクザのパレスではあるが、結衣殿の心の側面も現れていると考えられる。

 多分、結衣殿は象徴化したんじゃなくて、悪神の欠片が広げた闇に囚われて前の雪乃殿みたいに暴走状態になって混ざっちまったんだと思う」

 

「それは逆にヤバいんじゃねえの。安心できる要素が無いんだけど」

 

 

 ヒクリ、頬を引きつらせて横からビシバシ飛ばされる冷気に気圧される。

 

 悪神の欠片の闇に囚われる。字面からして安全とは程遠い。

 

 八幡の脳裏には暴走するシャドウ雪乃が思い出され、温厚な結衣の暴走するシーンを思い浮かべるがポイズンクッキングを投げ飛ばしてくる姿しか浮かばずどうにも緊張感を持てなかったがそれはそれ、これはこれ。

 

 

「だが、一つだけ好材料がある。それはザイモクザが持ってきた悪神の欠片が殆ど力を持っていなかった事だ。

 さっきワガハイが戦ったピクシーしかり、カタキラウワしかり、こいつらは両方シャドウの中では雑魚中の雑魚だ。

 カタキラウワは殆ど認知されていないから情報存在として致命的に存在レベルが低いし、ピクシーは各伝承でまるで別存在として扱われるから認知が分散されているからな。

 ワガハイがこっちに来て二週間足らず。悪神にとってもその程度の時間しかなかったから力を蓄える事も出来なかったのに加えて、二人分の心の闇を無理矢理広げたんだ」

 

 

 そうじゃなけりゃ、もっと恐ろしい、強いシャドウが居るはずだと続けるモルガナに一定の納得を示す。

 

 

「元々一人分しか危害を加えられない力を薄められてしまったから、多少は安全マージンがあるはず、という事かしら」

 

「確証はねえが、的外れってわけではねえと思うぞ」

 

「まぁ、俺らはお前の情報を信じるしか選択肢が無いんだがな」

 

「ハチマン、お前本当に要らん事言うな」

 

「いや、由比ヶ浜もカーストトップグループの陽キャだし、案外一人で何とかしてるかもしれねえだろ」

 

 

 モルガナの話を無理矢理信じる事でどうにか落ち着こうとする雪乃に、最初からなるようにしかならんだろと半分あきらめていた八幡が溢し双方から少しだけにらまれる。

 

 冷や汗を流しながら言い訳を並べてみるが全くの戯言と言う訳でもなく、その可能性はあるんじゃないかと少しは本気で考えている。

 

 心の闇と言うか病みなんてのは大体陰キャの方が貯め込みやすい、そんな考えであった。

 

 

「向こうに城っぽい建造物が在った。多分ザイモクザの本拠地だ、悪神の欠片に巻き込まれた結衣殿もそこに居るに違いねえ」

 

「可及的速やかに、かつ警戒を怠らないよう進みましょう」

 

 

 聞き流されたのか、二人とも結衣が一人で心の闇の暴走を何とかしている可能性を考慮したのか。

 

 とにかく、冷ややかな視線は無くなり、シミターが示す方向に一塊になって進むのであった。

 

 目的地が見つかっていなければ多分、手にしていた棒を使って倒れたほうに行こうとか言ってさらに冷たい眼で見られていただろうから不幸中の幸いと言えるかもしれない。

 

 

 





 俺ガイルメモ

 本来、材木座が登場するのは4月末前頃、原作一巻P157に「もうすぐ初夏だと言うのに汗をかきながら」と記載されている点と戸塚依頼がGW前に終わっている事からその頃だと予想できる。時期が早まったのは悪神の欠片を拾った事で色々ブーストされたから。原作のように平塚先生の紹介が在ったとかではなく、独自で辿り着いた。


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まさか雪ノ下雪乃が詭弁を使う訳が無い

連続更新三話目
ガハマさんの件はひとまずこれで一段落なので今回はこれで終了です
溜めていた話が大分削れたので、ストックが10~15話くらいまで増えたら5話くらいで区切りの良い所まで毎日更新と言う形に変更します
今のストック?6話分しかないから当分先になります


4月13日(金)夕方 ザイモクザパレス

 

「ここがあの男のハウスね」

 

「言いたい事は分かるけれど、どうしていきなり気持ち悪い言葉遣いをしているのかしら。去勢されたいの? ごめんなさい、今ペーパーナイフしか持っていないから死ぬほど苦しいと思うわ。いえ、もしかしなくても死ぬわね、死んでくれる?」

 

「違うからね、サラッと男からの卒業どころか人生からの卒業まで進めないでくれる? まだ70年くらいは在籍してる予定だから」

 

 

 モルガナが示した方向に真っすぐと進み、道中のピクシーやオンモラキ、ドワーフやカタキラウワと言ったシャドウは開幕『ガル』、シミターによる一撃で即座に塵になった。

 

 言っていた通りに、()の怪盗団の一員にとってはこの程度のシャドウは鎧袖一触なのだろう。

 

 少し歩けば前方に天守閣のようなものが見えて来て、そこまで歩くことなく目的地に到着した。

 

 水のはられていない堀、石垣の底から見て15~20m弱程だろうか。威容の在る天守がそびえたっている。

 

 かけられた跳ね橋を渡り、開かれた門の前で呟いた一言に過剰反応する雪乃。落ち着いた様子ではある物の、余裕が持てている訳ではないのだろう。

 

 なお余談だが、カタキラウワの伝承には股をくぐられると死ぬとか、性機能がダメになるとか言うのがある。

 

 

「緊張で動けねえよりはいいが、こっからは無駄口叩いてはいられねえぞ。

 今までの森はあくまで余禄みたいなもんで、この城の中こそがザイモクザの心の中。防衛反応としてシャドウも多くなる。

 これまでは一気に一匹しか出てこなかったが、複数出て来て不意を打たれたらフォローしきれねえ時もあるんだからな」

 

「それにしては堀とか橋とか、本来の城の防衛機能が何一つ動作してないのが疑問だがな。

 俺に匹敵するレベルのぼっちなのに、何でこんなにオープンなんだよ。普通もっと閉ざされてしかるべきだろ」

 

「何かしらの理由があって入り口を閉ざしていない、とも考えられるわね。悪神の欠片に暴走させられていたとしても、奉仕部に来た彼には何か相談したい事があったのかもしれない。けれど、今は置いておきましょう」

 

「ま、考えるのは後でも出来るからな。それより、雪乃殿。さっき言ってたペーパーナイフは出せるか?」

 

「お前も俺を去勢しようとするのなら小町に動物病院に連れて行かせるからな。目には目を歯には歯を、やられたら10倍返しするから覚悟しとけ」

 

「ちげーよ!!」

 

 

 がなりあう八幡とモルガナ。

 

 それに取り合わず、ポケットに入れておいた刃物とも言えない刃物を取り出す。

 

 

「これがどうしたのかしら」

 

「よし、まぁ、無いよりましだな。ハチマン、お前はさっきから振り回してる棒を構えとけ。それがお前らの『武器』だ」

 

 

 それ以上言及せずに「行くぜ」と合図で開かれていた門を潜り抜ける。

 

 一歩取り残されそうになって、少しだけ躊躇していたが後に続き、二人とも門を抜ける。すると目の前に広がっていたのは

 

 

「ここは」

 

「学校、だな」

 

「色合いはどう言い繕っても趣味が良いとは言えないわね」

 

 

 先までの日本然とした和風のテイストが綺麗に消え去り、代わりに展開されていたのは日常のテイスト。

 

 普段から自分たちが通っている学び舎の姿が存在していた。

 

 ただし、壁や教室の扉などの配色はカラフルでファンシーさを醸していて、一目で現実とは違うと分かる。

 

 

「幸先が良いな。おそらくここが結衣殿のフロアだ」

 

「なら、ここのどこかに居る由比ヶ浜さんを見つけて心の闇の暴走を止めればいいのね」

 

 

 あまりの雰囲気の変貌に、この風景がこのパレスの主である材木座が主体となって作られたものではないと看破する。

 

 ならばやることの優先順位は結衣の救出が最優先となる。

 

 周囲をきょろきょろとみていた八幡が、窓の外に見える街の風景がぐちゃぐちゃに乱れて現実からかけ離れている様子で若干引いている。

 

 

「って、なんじゃこりゃ!」

 

「っ! 急に奇声を上げないでくれるかしら、心臓を止められるのがお望み…えっ」

 

 

 驚愕の悲鳴をあげた事にビクンと身体を跳ねさせ、当人に文句をつけようとするが最後まで言い切る前に自分も戸惑ってしまう。

 

 なぜなら、彼ら二人の手には門をくぐるまで持っていた物とは様変わりした『武器』が収まっていたのだから。

 

 

「雪乃殿はナイフ、いや短剣か。ある程度刃渡りもあるし、切れ味もよさそうだ。なにより握りのデザインセンスが良い! 流石雪乃殿だ!

 で、ハチマンは棍だな。飾り気もねえ何ともシンプルな」

 

 

 モルガナの言葉通りの、持ち歩いていたら銃砲刀剣類所持等取締法違反でしょっぴかれる物体があった。

 

 

「これも認知の効果なのかしら」

 

「話が早い。雪乃殿が持っていたペーパーナイフ、ハチマンが振り回してた棒切れ。

 だが、ワガハイがそれを『武器』だと言った。んで、武器だと認識した、だから形が変化した。

 ま、シャドウって脅威を前に立ち向かえる武器を求めていたって前提があるが、そう言う事だ」

 

 

 ほえーと感心しながら手の中の物を玩ぶ。

 

 怪盗団で活動していた際、パレスの中では本物と見間違う程の精巧なエアガンから実弾顔負けの威力でぶっ放していたのだ。それと比べればペーパーナイフの刃渡りが長くなって鋭利になるのも、棒切れが頑丈で長くなるのも些細な事だろう。

 

 最低限の取り扱いはペルソナを通じて心の海から流れ込んでくるから、どう扱えばいいのか分からないと言う事も無い。

 

 まぁ、棍だとか言っていても所詮は人類最古の武器、投石とか拳の同年代、棍棒と言えば扱いはシンプルだ。お隣の大陸のお猿さんが出てくるお伽噺のような取り回しなどは望めなくとも不自由など出るだろうか。

 

 

「シャドウも単体の強さはどうってことはねえから不慣れでもなんとかなるさ。広さが気になるが時間さえかければどうにでもなるな」

 

「若干ではあるけれど、廊下の先が霧がかったように霞んで見えるわね。物理法則が正常に作用していないのか、現実のような配置になっているなんて考え方だと足元をすくわれそうね。せめてどの方角に彼女が居るのか分かれば」

 

「多分あっちだな」

 

「え?」

 

 

 急に手に入った武器から意識を戻す為、先の展望を口にする。

 

 懸念を口に出した雪乃に被さるように八幡が指を指しながら告げる。

 

 

「…どうしてあなたに由比ヶ浜さんの居る場所が分かるのかしら。もしかしてストーカー?」

 

「ちげえし、知らねえよ…違うからな。なんかここに入った途端に、良く分かんねえ感覚が頭ん中に浮かんできて、ひときわ大きい違和感が二つ感じられたんだよ。いや、これは力のデカさ…?」

 

「アナライズの応用か、もしかしたらハチマンのペルソナの特徴かもしれねえな」

 

 

 八幡のペルソナ『アマノジャク』の持つ魔法はタルンダ、ラクンダと言う人の足を引っ張るデバフだが、もう一つは対象を解析するアナライズ。

 

 パレスを解析しておぼろげながらも周辺の地形や力の大小を把握できても不思議ではないと納得する。

 

 もちろん、確実にそうといえるわけではないが今はその点を追及している場合じゃないのは共通認識だった。

 

 

「とにかく、ハチマンにはマッピングとナビを任せるぞ」

 

「あなたを水先案内人にするだなんてどこの冥界に繋がるか分からないけれど、その先に由比ヶ浜さんが居ると言うのなら飲み込みましょう」

 

「へいへい、六文銭が無くとも乗船拒否はしないから安心しろ」

 

 

 軽口を叩きながら各々が得物を構え直して霧のように見づらい廊下を歩み始める。

 

 

「早速お出ましだ! ピクシー二体だ、武器の扱いに慣れろ!」

 

 

 モルガナがフォローに待機しながら戦闘のイロハを教えてもらい

 

 

「あいつはちょっとお前らじゃキツイな。ワガハイのペルソナ捌きをよく見とけよ」

 

 

 三日月の頭をしたザントマン(アナライズ結果Lv8)が出てくればペルソナ捌きと言う名のレベルの暴力を見せつけ

 

 

「すんすん。お宝の匂いだ! こっちか! 発見にゃはふふ~…エナドリ?」

 

「エナドリだな」

 

「どうしてこんなものが大仰な宝箱に?」

 

「さあ?」

 

「あっ、でも飲んだら体力は回復するな!」

 

「なんでいきなり飲んじゃってんの」

 

 

 宝箱を察知して急にテンションが変わったりしながら、順調に踏破していった。

 

 そうして八幡が二つあると言った大きな力の一つ、その手前の教室で小休止をしてから扉の前で息を整える。

 

 扉の上には『フォウ死部』と書かれたプレートが掲げられている。奉仕部の書き損じか、どことなく人理継続保障機関とかに生息してそうな小動物を彷彿とさせる。マーリン死すべしフォ~ウ!

 

 

「この中に由比ヶ浜さんが居るのね」

 

「多分だからな。確実に居るとは俺は言ってないから、もし居なくても俺の責任じゃないからな」

 

「そこまで念を押さなくても、もし居なかったらまた探すだけさ」

 

「いや、もし居ないんだったら、由比ヶ浜の代わりにこの強い力を持ったシャドウが居る訳で…初級ダンジョンの隠し部屋に裏ボスが居るとかもお約束じゃん」

 

「行くわよ」

 

「あっ、ちょっ待って」

 

 

 ビビり散らしているのを尻目に、さっさと扉をスライドさせて入室する。それに続き一歩遅れて教室に入る。

 

 そこにはさっきまでの妙な色合いをした学校の廊下や、外側からみた日本の城のような景観ではなく普通の部屋が広がり、そこでのんびりとしている黒一色に染まった結衣が居た。

 

 

あ~あ、来ちゃった

 

「ここ、は。もしかして」

 

「由比ヶ浜の私室、か?」

 

うん。そうだよ。アタシの部屋へようこそ。お茶でも飲む?

 

 

 暴走しているとは何だったのか、真っ黒に染まった結衣は何でもないように話しかける。

 

 白い壁紙に、少し古ぼけた、だけど使っている気配を感じさせない勉強机。

 

 反面、そこに座っている姿を幻視できる程にくたびれたクッションと、その近くに散らばる女性誌。

 

 制服のままベッドに腰掛けて座る様に勧める姿に、一瞬、先までの非現実が本当に存在しなかったのではないかとすら思えてしまう。

 

 

「っ、おいモルガナが居ねえぞ!」

 

「モルガナちゃん?!」

 

あっ、ヒッキーと一緒に居た猫はちょっと違う所に飛ばしたんだ。ほら、アタシ猫苦手だし。すごい強いっぽいし多少シャドウに囲まれても、一匹でも問題ないでしょ

 

 

 さらっと返って来た言葉に絶句する。

 

 例えここが材木座を主とする心の闇の中であっても、それに準ずる力を行使できるのだと。

 

 のほほんとした声色だが、それでも感じられるプレッシャーは全く減らない。

 

 

それにお邪魔虫は居ない方が良いでしょ? ねえユキノン

 

 

 だが、続けられた言葉には隠そうともしない敵意と嫌悪で染まっていた。

 

 

「ゆい、がはまさん?」

 

 

 闇に染まって、なお煌々と輝く瞳が強く雪乃を刺す。

 

 

ほんとはヒッキーだけ入れるつもりだったんだけど、どうしてこうなっちゃうのかな

 

「…俺に何か用があったのか」

 

まぁ、用って言えば用、なのかな

 

 

 う~ん、と顎に指を当てて悩むが、すぐににぱっと笑う。

 

 

ごめんね、ヒッキー。痛かったでしょ、辛かったでしょ。

 だけど、もう大丈夫だよ。ここにはもう、ヒッキーを傷つけるモノはないから

 

「は?」

 

 

 そうして続けられた言葉に呆ける。

 

 

でも、大丈夫。ここはアタシの中だから。もうヒッキーを傷つける理由は無くなったの!

 

「何を言って」

 

あれ? まだ分かってなかったのかな? ここはアタシの心の中。優しくできて、皆に好かれて、言いたい事も我慢しなくてよくて、ここに有る全部がアタシの心で、全部がアタシ。だから、ここに居るヒッキーもアタシの一部なんだよ!!

 

 

 ゾワリと結衣と対峙する二人の背中に寒気が走る。

 

 

もう大丈夫だよ。アタシが全部から守ってあげる。アタシが全部を与えてあげる。本当はヒッキーだけでよかったけど、ヒッキーにとってユキノンも大切なんだね、お情けで入れてあげる。だけど、仲間はずれにはしないから、安心してね。だってもうアタシなんだから、アタシが自分を仲間はずれにする訳ないじゃん? じゃあ、最初は何しよっか? トランプ? ウノ? ゲームはちょっと持ってないからごめんね。あっ、ユキノン、お揃いの服とか着てみない? ヒッキーとユキノンのペルソナが似た格好してて良いなぁって思ったんだよね

 

 

 無邪気に、楽し気な声色で、完全に善意でもって。

 

 致命的にずれた言動をする結衣に八幡は吐き気すら覚えた。

 

 何に対して謝っているのか、誰に対して言っているのか、何を話題としているのか。

 

 それすら曖昧で、飛躍する理解不能な存在にしか思えないと逃げ出したくなる。

 

 だが、一方で結衣の言葉の一部が雪乃の琴線に触れた。

 

 

「おな、さけ?」

 

あれ、どうしたの?

 

 

 ここで雪ノ下雪乃と言う女子の生態の一部を紹介しよう。

 

 彼女は日々の努力で自身を高める事に余念は無いし、その努力を苦にしない秀才である。

 

 更に、嘘が嫌いな性格をしていたり、猫が好きだったりするが、今は関係が無いので置いておこう。

 

 重要なのは、彼女にはその努力に相応の高いプライドが存在している事だ。

 

 

「そこの男が誰かに受け入れられても、別にどうとも思わないけれど、私がその付録? お情けで、何かを与えられる?」

 

 

 

 

「ふざけないで」

 

 

ひぅぅう!!?

 

 

 絶対零度の声で、むしろ、本当に冷気すら感じられるほどのプレッシャーが雪乃から溢れる。

 

 八幡は前方の修羅、更に前方のUMAに走り去りたい気分だった。足が震える。モルガナけして走らず急いで歩いてきてそして早く俺を助けて、略してモスケテ。

 

 

「私は、私が望むものは自分から努力して手に入れるようにしてきたわ。なぜなら、施される物に価値を見出せないから。

 勝手に与えられて、勝手に取り上げられる。そんな仮初にいったい何の価値があるのかしら」

 

…それはユキノンが強いから言えるんだよ

 

「だったら、あなたは強くあろうとしたの? そう努力したの?」

 

頑張ったじゃん! あたしすごい頑張ったよ! 二人が何か秘密にしてるのも気付いてないふりして! 蚊帳の外にされても気にしてないようにふるまって! もっとちゃんと話してほしいのに踏み込まないようにして! だけど待っても言ってくれなかったじゃん!

 

「あっ」

 

 

 気付いていた。

 

 何か共通の秘密がある事を。

 

 自分には打ち明けてくれない事があるのだと。

 

 気付かない訳が無かった。

 

 だって、彼女は友達なのだ。

 

 視線の先に何かあるなんて分かっていた。

 

 それでも待とうと信じていた。

 

 信じ続けようとしていた。

 

 あまり待たされるのなら待っていないで踏み込もうとも思っていた。

 

 出会ってからの時間が短いと言う事も関係なく、疎外感を覚え続けていたのがこの結果だった。

 

 

ずるいじゃん…あたしがすっごい欲しくてたまらないモノをユキノンは当然のように持ってるんだもん。

 アタシが我慢し続けないといけないなんて、それってすごいずるいじゃん

 

 

 それは小さな小さな不満。

 

 由比ヶ浜結衣と言う少女の心の中に在るとしても100の内1程小さくなくとも3にも満たない小さな文句。

 

 

「…」

 

 

 例えその秘密が彼女を積極的に巻き込まない為のものだとしても。

 

 彼女との関係が心地よく離れがたいものだと思い始めていたからだとしても。

 

 それでも彼女を蔑ろにしていたのは事実だった。

 

 中途半端に秘密から遠ざけて。

 

 中途半端に近づくのを良しとした。

 

 そんなどっちつかずのスタンスが彼女に闇を芽ばえさせて、今回で無理矢理爆発させられた。

 

 だからこそ、向けられた叫びに責任を取るべき二人は何も言葉を返す事が出来なかった。

 

 

あたしに隠し事してもいいよ、全部アタシにしちゃうから。

 あたしを遠ざけてもいいよ、絶対に離れてあげないから。

 あたしと話さなくていいよ、アタシが話し続けるから

 

 

 言葉を吐き出す度、どろりどろりと結衣を取り巻く闇が膨らんでいく。

 

 闇が大きくなる度、周囲の家具類がふわりふわりと浮かび始めていく。

 

 覆われる闇の表面に無数の口が生えて、それぞれの口が奇声を発する。

 

 金切り声を、ブツブツと、陽気な笑い声を、泣き声を、ケラケラと。

 

 

だから二人ともアタシと一緒になろう?

 

 

 摂食過剰 ユイガハマユイ Lv1 ガ アラワレ

 

 

ペルソナ『ライジン』! 『ジオ』!

 

『キャーーーー!!』

 

「っておい」

 

 

 そして体勢が整う直前に雪乃の魔法が直撃! アワレ、心の闇を纏いきる前に受けたせいで、ベッドの上に倒れ伏しただの黒く染まった結衣に戻る。

 

 や、やった! さすが雪乃! 俺達に出来ないことを平然とやってのけるッ! そこに痺れている結衣がいるじゃろ?

 

 変身バンク中は攻撃を待つのはお約束だろうが! そんな感じでがくんと力が抜ける。

 

 ついでにポルターガイストのように浮かび上がり始めていた家具類が『あっ、おつかれっしたー』とぽとぽと落ちている。

 

 

「由比ヶ浜さん。私があなたをのけ者にして傷つけたことは、傷ついてしまう振る舞いをしてしまったのは謝るわ、ごめんなさい。

 だけれど、それを理由に私は自分の存在理由を他者に依存したくないし、そんな私を私は許せない。だから、全力で、私の本気で、あなたを妨害させてもらったわ。

 なにより、この男と一緒くたにされるなんて反吐が出るもの」

 

「最後の一言必要だった?」

 

ず、ずるい

 

 

 ピクピクと痺れながらも、雪乃を涙目で睨み付ける。

 

 ベッドの中で痙攣しながら涙目とか『ふぅ~ん、えっちじゃん』なんて内なる悪魔(アクマに非ず)が囁いている煩悩の塊が居たのは別の話。

 

 

「そう、私ってずるいのよ。綺麗な自分以外は見せたくないし、弱みを握るならまだしも握られるなんて鳥肌が立つ。強くて勉強が出来て料理も上手で容姿にも恵まれているわ」

 

「ほんとこいつ存在自体がチートだよな」

 

なに、それ自慢?

 

 

 痺れて自由に動かない身体を何とか起こして、座り込む彼女の表情は暗い。

 

 ふぁさ、と肩にかかる黒髪を払いのけて自信満々に宣言するのに、『醜態』をあらかじめ知っていた彼だけが続く言葉を理解して落ち着いている。

 

 

「切れていないおあげに味の濃すぎるお味噌汁。べちょべちょのお米。埃のまじったほうれん草のおひたし。メインのおかずの生姜焼きは炭になっていたわね」

 

え?

 

「私が初めて作った料理よ」

 

 

 少しだけ頬を赤らめて、雪乃は過去の失敗を暴露した。

 

 

「泣きながら食べたわ。お父さんに喜んでもらおうって作ったのに、結局お父さんはその日のうちに帰ってこれなかったから、一口も食べてもらうことも出来ないで。

 帰りを待ってるうちに完全に冷めて、まずさと寂しさでね」

 

「完璧超人な雪ノ下でもそう言う事があったんだな」

 

「何を勘違いしているのか知らないけれど、私は完璧なんかじゃないわ。ただ、人よりも呑み込みが早いだけ。本当に完璧というのは…いえ、今は関係が無いわね。

 ともかく、あなたが羨むものは私が努力の末に手に入れた物であって、最初から上手く出来ていたわけではないわ」

 

 

 その言葉は使い古されたような言葉。

 

 だけど、それが雪乃の口から結衣へと告げられることに意味がある。

 

 

「あなたが私に嫉妬に似た感情を持っていたのだと理解したけれど、本当は私はあなたに憧れて貰えるほど大層な人間ではないのよ。不本意ながら、あなたのように心の闇に飲み込まれた時にそれを自覚したの」

 

 

 少しだけ目線を結衣から別に向ける、一瞬だけだったが確かに視線は交わっていた。

 

 スカートの裾をぎゅっと握りしめながら聞いていた結衣が身体も声も震わせながら声を出す。

 

 

今からでも、間に合うかなぁ?

 

 

 その本旨をきっと理解していなかった。

 

 だが、それは特に重要ではない。

 

 

「ええ。きっと」

 

アタシ直ぐ流されちゃうの

 

「流されていたら私がそう言ってあげる」

 

嫉妬もしちゃう

 

「道を外れなければいいだけでしょう」

 

諦めないといけないのに、諦めらんないかも

 

「諦めは人を殺すわ」

 

 

 その問答は懺悔の様にも聞こえてきて、八幡はその場に居るだけで居た堪れなさを感じてきた。

 

 それでも、目を離せなかった。

 

 そうして結衣は酷く躊躇いながら言葉を続けた。

 

 

………………ゆきのんを殺そうとしちゃった

 

 

 今にも泣きそうな声をしながら、顔を覆った。

 

 その懺悔に対して、彼女はとある日に答えを告げていた。

 

 だけど、それを今、彼女が口にするとは思っていなかった。

 

 

「知っている? 呪いって現行法上では因果関係を証明できないから有罪にはならないのよ」

 

『?』

 

「だから、こういうペルソナみたいな呪いの力にカテゴリされる物での犯罪は立証できない。なら、あなたがそれを気に病む必要はないのよ」

 

 

 だってそれは、詭弁でしかないのだから。

 

 

…その言い方、ヒッキーみたい

 

「酷い侮辱ね。私のガラスのハートが酷く傷ついてしまったわ。これは誠心誠意、行動で償ってもらわないといけないわね」

 

あたしも、ゆきのんのせいで大分傷ついたんだけど

 

「そう。ならこれからは私も由比ヶ浜さんに誠心誠意、行動で償っていくわ」

 

そっか…()()()()を許してくれるんだ

 

「これからを許してくれないかしら」

 

 

 ピシリ、紅く染まった瞳から暗い闇がひび割れる。

 

 顔から順に皹が広がっていく。

 

 ほんの刹那ではあったが、口元に広がった皹は少しだけ笑っているように見えた。

 

 そう見えたのはきっと気のせいではないのだろう。

 

 

「『ごめん』なさい」

 

 

 喧嘩した後は仲直りが待っているのだから。

 

 全身に皹が回り、砕けた。

 

 確固たる自身を見つけた彼女の背後には紅玉で染まった着物を着崩した童女がゆらりと佇んでいた。

 

 感情を見せない為の硬質な仮面をかぶっているけれど、どこか上機嫌に見えた。

 

 

「よろしくね『ザシキワラシ』」

 

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、恋愛のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 ラッキーアイテムはともかく、選択肢なんて無く、素直になるもないままじゃねえか。

 

 ノックダウンさせたのは雪ノ下だし、愛しいもクソもなく、終始俺部外者じゃん。

 

 やっぱり占いなんてあてにならないもんだな、そう思ったのだった。

 

 

 




 ペルソナメモ

 ザシキワラシ(座敷童子)…家に住み着き悪戯をするが、子供と一緒に遊んだり、家に幸運をもたらすとも言われる。西洋風に言えば妖精(フェアリー)。
 つまり、悪戯好きのピクシーや手助け好きブラウニー、家事好きシルキーと同一視出来るとも言える。また、余談ではあるが、日本人はその性質的に妖精と呼ばれたりもするとか
 …地味な時の由比ヶ浜も日本人的な日本人とも言えるかもしれないね、その胸部装甲を除いて。最強ピクシーはメガテンのお約束だが、彼女に最強は難しいかもしれない。

 アルカナ…恋愛

 ステータス…念動、破魔、呪殺耐性。火炎弱点

 初期スキル…サイ、癒しの風、浄化の雨


 八幡と同じく、戦闘も出来なくはない探索型ペルソナ。全体を回復する癒しの風、状態異常を回復する浄化の雨と、味方へのサポートを主体とする。ただし、サポートをするには集中する必要があるので、本来は完全に安全圏で待機するのが必須となる。
 結衣の性格の問題なのか、攻撃は珍しい念動属性の単体魔法のみ。雑魚の殲滅力は一切上がっていない。モルガナが過労死する前に全体攻撃はよ。
 赤の着物を着崩した童女の様なペルソナ


恋愛のアルカナの正位置には『ときめきと情熱・充実した異性関係』逆位置には『失恋、心に振り回される』と言った意味が含まれる。



愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank1
女帝
皇帝
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank1 New
戦車
正義
隠者
運命
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽
審判
世界



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これから彼らはそうして繋がっていく

特殊タグが使えるからと使ったけど、line風は疲れますね
多分以降ではここまでがっつりと使う事はないと思います
17話までストック(現在8話まで投稿なので9話分)できたので今日と明日でザイモクザ攻略直前まで進めます


4月13日(金)夕方 ザイモクザパレス

 

「ハチマン! 雪乃殿! 無事か?!」

 

 

 一段落してある程度の事情を説明している途中で、ドタバタとしながらモルガナが扉を開けて飛び込んできた。

 

 

「あっ、モルちゃん。ごめんね、怖い目に合わせちゃって」

 

「も、モルちゃん? って、結衣殿、正気に戻ったのか」

 

「ようモルちゃん、遅かったなモルちゃん、こっちはもう終わったぞモルちゃん」

 

「あなたは何もしていないでしょうに」

 

 

 あてこすりのように揶揄う声に、頭が痛いと言わんばかりに手をやる。

 

 しかし、彼女の独特なあだ名センスはどうにかならないのだろうか。

 

 まぁ、かつての怪盗団のメンバーとしてのコードネームは『モナ』だったから似たり寄ったりと言えなくも無いが。

 

 

「事情はゆきのんから大体聞いたよ。あたしも一緒にその何とかってやつと戦う。協力、させて」

 

「いや、それは嬉しいが…こうして普通にしていられるって事は、まさか」

 

「うん、あたしもペルソナって言うの? 使えるようになったんだ」

 

 

 言葉の途中で言われた内容に理解が及んでハッと眼を見開く。

 

 その宣言の直後『ザシキワラシ』と呟いて一瞬だけ出されたペルソナに「マジか」と驚愕する。

 

 

「あたしのペルソナはゆきのんのとは違って、あんまり戦うのは得意じゃないけど。

 それでもみんなのフォローは得意みたいだから。足手まといにはならない」

 

 

 決然とした強い眼で覚悟を示す彼女に否を突き付ける事は無かった。

 

 しかし、唯一の懸念が存在している事に一人だけが気付いていた。

 

 

「だけど、お前猫嫌いだろ。モルガナは猫なのにいけるのか?」

 

「いやいや、ヒッキーってば。こんなヘンテコな存在が猫な訳ないじゃん。

 もしも猫だとしてもそれは猫と言う名前の別物だよ」

 

「ヒデー言われ様だな! 確かにワガハイも猫扱いされたくねえが、それでもヘンテコ扱いされたいわけじゃ」

 

「いえ、モルガナちゃんは猫よ」

 

「そこ食い下がらなくていいから」

 

 

 今までの彼女の様子を見る限り、猫に苦手意識を持っているのは明白だったのだが、どうにも彼女の中では独自の考え方で納得しているのだろう。

 

 ならば、これ以上何か言及する必要も無い。

 

 

「じゃ、さっそくあのちゅー二をぶちのめそう! …ってあれ?」

 

「由比ヶ浜さん?!」

 

 

 えいえいおー、とクッションに座っていた体勢から勢いよく立ち上がろうとした瞬間、ガクンと膝が曲がり崩れ落ちるように雪乃の胸元にダイブする。

 

 

「あ、あれ? おかしいな。全然あたし元気なのに」

 

「いや、気概だけがあっても無理はねえな。そもそも無理矢理心の闇を暴走させられてペルソナの才能が有ったんだとしても立て続けに覚醒させられたんだから。気力が持たんだろ普通。

 何より、雪ノ下の本気の『ジオ』が直撃したんだから、そのまま気絶してもおかしくないレベル」

 

「て、手加減はしたわよ」

 

「ゆきのん、あたしに本気でぶつかってくれなかったんだ」

 

「いえ、違うのよ由比ヶ浜さん心持は本気だったのだけれどあまりやりすぎて致命傷になってしまってはダメでしょう。ほらあの時のあなたは実に隙だらけだった」

 

「ウソウソ、分かってるからそんなに言わなくても大丈夫」

 

 

 改めてクッションに座り込みながらニヘと笑顔を浮かべる。

 

 しかし、その顔色は疲労と言うだけではなく、浮かない物だった。

 

 それにしても本当にあの時の記憶を失っていたんでしょうね? あてこすりのように『ジオ』で気絶するとか言われて気が気ではないのであった。

 

 

「足手まといにはならない、って言ったばっかりなのに」

 

「…モルガナ」

 

「よし、結衣殿の救出と言う第一目標はひとまず達成した!

 なら、これ以上欲をかいても仕方ねえ。一旦現実に戻って態勢を整える事にしようぜ」

 

「えっ、戻れるの? 一回入ったらボス倒せるまで帰れないやつじゃないの?」

 

「普通に戻れるぜ? って言うか、分かってたからこそこっち見たんじゃねえのかよ」

 

 

 すがるような視線にさらりと返ってきた言葉に思わず素できょとんとしてしまう。

 

 そう言えば退路に関しては誰も質問してなかったし、説明もされてなかったなと思い返す。

 

 どうにも間抜けなポカではあるが、それだけ切羽詰まった状況だったと納得しておこう。

 

 

「特に、この部屋は条件を満たしているからどこかに移動しなきゃいけないって事もねえ。主の認知から外れている場所は現実との接続が容易になるんだ」

 

「まぁここは極論言っちまえば由比ヶ浜の心中なんだからな。

 畢竟、材木座が介入できる余地はないのが必然か」

 

 

 あくまでこの場所は材木座パレスが出来上がった時に巻き込まれた結衣に異能の才が在ることで象徴化せずに、独自のエリアを形作ると言うイレギュラーだった。

 

 いくらパレスが本人の心の中だとしてもココロの全てを把握できている訳も無く。

 

 そして認知が薄い場所からは現実に戻る事が出来るらしい。

 

 

「ただ、戻ってもザイモクザの持ってきた悪神の欠片がまたワガハイたちを飲み込もうとしてくるだろうな」

 

「ダメじゃん」

 

「万が一見逃されても、今度はここに戻ってくる手段がねえって問題もある」

 

「ダメじゃない」

 

 

 逃げる事は出来ても、瞬時に引き戻される可能性が高く。

 

 また、逃れても悪神の欠片をどうにかするのが目的である以上、自発的に戻ってくる必要があるのにその手段がない。

 

 二人からのダメだしにちょっと動揺しながら、黒猫は続ける。

 

 

「ま、まぁ、戻ってくる手段に関しては、ワガハイの主に協力を要請してみるから何とかなるだろ。主はココロとシャドウの専門家みたいなもんだからな」

 

「なら、問題はここから出て、即座に取り込まれない方法ね」

 

「ごめんだけど、あたしそう言う難しいのよくわかんないし、頭も疲れて回んないからパス」

 

 

 疲労を自覚したからか、だらんとクッションの中に埋もれる。

 

 スカートが少しだけずれて元から短かったそれが艶めかしい肌を曝け出すが、事前に察知した絶対零度の視線が貫く。見てないよ、シミ一つない白い脚なんてはちまん見てないから。

 

 

「と、とにかく現実に戻ったらあいつの意識を誤魔化せばいいんだろ。それなら俺に一つ案がある」

 

 

 誤魔化すように少しだけ早口で「私に良い考えがある」と宣言するが、それ失敗フラグじゃね?

 

 ゴミがっ、そんな視線を隠さない彼女から逃れるようにもう一匹にだけ顔を向けてごにょごにょと考えた策を説明する。

 

 そうして、或る程度立ち上がれるくらいになったのを見計らって現実に帰還する。

 

 

 

4月13日(金)夕方 奉仕部部室

 

「釈然としねえが、うまくいったな」

 

「あなた、口の回りだけはいいのね。詐欺師でも目指してみれば? 将来法曹関係に進んだらとっ捕まえてあげる」

 

「ゆきのん、警察官になりたいの?」

 

「いえ、別に」

 

「少しくらいは褒めてくれても良くない? 俺も頑張ったんだけど」

 

 

 それぞれが定位置に座り、全員が机に突っ伏している。

 

 暴走させられていた結衣だけに限らず、他のメンバーも漏れなく疲労困憊のようだ。

 

 ペルソナは心の力。いくら精神世界ではぴんぴんしていたとしても、心を消耗させていた以上、現実に戻ると消耗した心を補填するように体力が削られるとのことだ。

 

 

「にしても、〆切って言葉でなんであんなに興奮してたのかな」

 

「あいつの望みはこの『自作小説』を読んで評価してほしいってもんだからな。

 いっぱしの小説家みたいに扱われたみたいで嬉しかったんだろ。知らんがな」

 

 

 ひらひらと一枚の原稿用紙をつまんで放り投げる。

 

 机の上にはモルガナだけではなく、山のように原稿用紙が積み重なり、その一枚一枚にみっしりと書き込まれている。

 

 これは材木座が心の闇を暴走させたときに舞い散っていた物ではあるが、その正体はどうも彼が書き上げてきた『自作小説』なのだ。

 

 そう、現実に戻って悪神の欠片に飲み込まれている材木座の暴走を一旦落ち着けるために取った策と言うのが『来週末までに持ち込み小説を読んで感想を考えて来る』と言う先延ばし。

 

 もちろん、材木座は納得しなかったが、続けて

 

『あまりの大作だから一晩じゃ読み切れない』とか

『二度三度と読み返さないと伏線が理解できないかもしれない』

『読み終わって直ぐに続きが読めないのは苦痛だろ、レイニー止めの悲劇を知らないのかよ』

『二、三日で同量を書き上げるのは難しいと思うから来週の金曜を〆切にしようぜ』

 

 そんな口八丁で材木座は一時的に暴走を抑えたと言うのが経緯である。

 

 

「確かに、あのざ、ざい、財津くん? が暴走する直前に『渾身の作品を読む機会を』とかなんとか言っていたから予想は出来たのかもしれないけれど」

 

「まぁ、今回は俺あんまり動いてなかったからな。その分頭を回す余力があったってだけだ」

 

「案外、ヒッキーも中二も相性いいのかもね」

 

「ねえ。ねえよ。それだけはねえ」

 

「拒絶三段活用するくらいには嫌なんだな、ハチマン」

 

 

 ため息を吐かれそうなメンバーからスイッと顔を背ける。

 

 あいつの思考が読めるなんて、まるで俺が同類みたいじゃねえか。そんな考え。多分もう手遅れ。

 

 

「ひとまず、こんな疲労困憊の状態では良い考えも出てこないでしょう」

 

「だな。それに主に相談して精神世界、パレスに侵入できる手段が出来ねえと話し合う意味もねえ」

 

「じゃ、今日は解散ってことで」

 

「あたしもさんせーい」

 

 

 三人と一匹、フラフラとおぼつかない足取りで帰宅するのであった。

 

 

ほうしぶ!

4月13日(金)

22:08

☆ゆい★が雪ノ下雪乃をグループに招待しました。招待中の友だちが参加するまでしばらくお待ちください。

22:13

雪ノ下雪乃がグループに参加しました。

☆ゆい★

やっはろー! グループ作ったよ!
22:15

 

既読
だれ?

☆ゆい★

アイコン見ればわかるでしょ!Σ(・□・;)名前出てるし!
22:32

 

既読
そうね。で、誰?

☆ゆい★

ゆきのんが冷たい(つд⊂)エーン
22:34

 

既読
冗談よ、由比ヶ浜さん

 

既読
で。何の用かしら?

☆ゆい★

用無いと連絡しちゃダメなヤツ?
22:41

 

既読
別に構わないけれど、何の用かしら?

☆ゆい★

あっ、これ無限ループのヤツだ(;^ω^)
22:53

☆ゆい★

ほら中二の対策しなきゃじゃん?
22:53

☆ゆい★

だったらモルちゃんの都合がつけば明日あつまって話し合おうって思って
22:54

 

既読
明日明後日は休みだったわね

☆ゆい★

だから適当に駅前のサイゼに集まってさ
22:59

 

既読
このグループだと肝心要のモルガナちゃんが居ないのだけれど

☆ゆい★

あっ(;゚Д゚)
23:02

 

既読
はあ

既読
いいわモルガナちゃんもこの時間なら彼の家に帰っているでしょうし

 

23:08

雪ノ下雪乃が比企谷八幡を招待しました。招待中の友だちが参加するまでしばらくお待ちください。

☆ゆい★

ありがとうゆきのん!(人''▽`)
23:08

☆ゆい★

あれ?でもなんでゆきのんがヒッキーのline知ってるの(・・?
23:08

 

既読
業務連絡用よ

☆ゆい★

返事がすごい遅い
23:28

☆ゆい★

怪しい
23:28

 

既読
ごめんなさいシャワー浴びてたの

☆ゆい★

じー!(-_-)
23:30

 

23:31

比企谷八幡がグループに参加しました。

比企谷八幡

お二人を待たせてすまねえな
23:33

 

既読
いえ良いのよモルガナちゃん

既読
明日の予定は空いているかしら

既読
空いているのなら駅前のサイゼで対財津君会議を開きましょう

☆ゆい★

誤魔化した
23:35

比企谷八幡

わがはいがくるまでになにかあったのか
23:39

 

既読
いえ何もないわ

☆ゆい★

むー(# ゚Д゚)
23:42

☆ゆい★

そう言えばさっきからモルちゃんばっかりだけどヒッキーはどうしたの?
23:42

比企谷八幡

ハチマンはかえって速攻ねたぞ
23:49

比企谷八幡

うるさいからって渡されてかわりに変身してるんだ
23:52

比企谷八幡

返信な
23:52

比企谷八幡

どうにもタッチしにくい
23:53

☆ゆい★

あの肉球でペチペチやってるの想像したらなんか和むね
23:54

比企谷八幡

あいつによていがあるわけないから時間をしていしてくれたらそれに合わさせる
23:58

☆ゆい★

知らない間に休日の予定を決められるヒッキーとかウケる((´∀`))
23:59

☆ゆい★

じゃあ明日の昼過ぎ
23:59

☆ゆい★

13時ころにサイゼに集合ね
23:59

 

 

4月14日(土)

比企谷八幡

りょうかいだゆい殿
0:01

☆ゆい★

ゆきのん既読だけで返事来ないけどそれでいい?
0:02

 

既読
ええ猫はいいわね

☆ゆい★

全然聞いてなかった!?
0:04

 

 

4月14日(土)昼 サイゼリヤ

 

「不幸だ。休みとは休むために存在しているのであって会議だのと働くのは間違っている」

 

「のんびりしていられる時間はあんまりないんだから贅沢言うな」

 

「バッカ、お前喋んじゃねえよ。飲食店にペット持ち込み禁止の法律を知らないのかよ」

 

 

 ドリンクバーでメロンソーダをコップに注ぎながら溢した愚痴にカバンの中から返って来た鳴き声に焦る。

 

 なんで飲食店に集合とかしちゃうのかな、もうちょい考えてくれよ。昨今、流行り始めたオンライン会議でもすればいいのだ。

 

 そうすれば録画しておいた音声でループさせていれば不参加でも良かったのに。

 

 ルルーシュ並の灰色の頭脳であいつらの言葉を先読みして吹き込んでおくとか余裕だからな、なにせ「さあ」「知らん」「すまん」「せやけど工藤」「それあるー」の相槌サ行活用しか言わなくても普段喋らない俺なら関西弁が紛れても不自然に思われない。

 

 あほらしい事を考えないと今すぐにでも帰ってしまいそうな乗り気になれない、足取りもそれを反映するように重い八幡であった。

 

 ギリギリまで家を出なかった彼以外は既に飲み物を準備していて、待たせている状態だ。

 

 ようやく全員が席に着いて議長として部長が口火を切る。

 

 

「では、第1回ペルソナ会議を始めます。議題は財津君パレスの対策よ」

 

「その前にあたしからいいかな」

 

「由比ヶ浜さんの発言を認めます」

 

 

 ほ、本格的だ! 内心のツッコミを抑えながら一息つく。

 

 

「まずゆきのん、ヒッキー、モルちゃんあたしを助けてくれてありがとう。助けてくれたのは成り行きかもしんない。

 でも、原因の中二じゃなくてあたしを優先してくれた。

 で、だいぶみっともない姿をみせちゃってごめんなさい。あたし、たぶんだけどずっと、初めて会ってから、嫉妬してた。

 隠してたことはあの時に殆ど言っちゃったから、追加することはないんだけど。

 …それでもこうしてありがとうとごめんなさいを言わないと区切りがつかないと思ったから」

 

 

 ぺこりと座ったまま、だけど腰まで曲げて誠意を示す。

 

 例え他が許してくれていたとしても、必要な儀礼だった。

 

 自己満足かもしれない。目の前の彼は「うえ」って引いてるし、横の彼女は「仕方ない子」と優しい目になってるし。

 

 でもそのままのなあなあにしておきたくなかった。

 

 

「区切りがついた以上この話はもう蒸し返さないようにしましょう。キリが無いわ。

 あなたは謝った、私達は受け取った。それでいいのよ」

 

「一番矢面に立った雪ノ下が終わりって言うなら終わりでいいんじゃね」

 

「これからよろしくな、結衣殿」

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、世界のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

「改めて、彼のパレス攻略を話し合っていきましょう。モルガナちゃん」

 

「おう、「いや、お前は黙ってて? お前の持ち込みバレて怒られるの俺だからね」詳しくはハチマンから」

 

 

 ごほん、と一つ咳払いして朝の内にモルガナから聞いた内容をメモしたカンペを取り出して他の二人に説明する。

 

 

「まず、材木座の精神世界、便宜上パレスと呼称するあそこに出入りする…あいつの心に入り込むって言霊だけで気持ち悪いな、ごめんなさいこれ以上脱線しないんでその眼は止めて。

 あそこに戻るのはこの『異世界ナビ』ってアプリを使う。これはモルガナのご主人様が用意してくれたらしい。

 これに向かって悪神の欠片の形質と、寄生されている対象の名前を言うと入れるようになるんだと。

 今回は『万年筆』『材木座義輝』ってな具合にな。悪神の欠片がどんな形をしてるのかと、フルネームが分からんと使えないのは不便だが、これ以上は難しいとのことだ」

 

 

 一息に説明して、ポイといつの間にかダウンロードされていた怪しげなアイコンが表示されているスマホを机の上に投げ出す。

 

 ツンツンとおっかなびっくり触ろうとしているが、材木座が近くに居ない以上反応する事はない。

 

 

「なら、再度の侵入に関しての問題は解決したわね。後の問題は武器の問題と、どうやって悪神の欠片から彼を解放すればいいのかと言う根本的な部分ね」

 

「武器って銃とか? あたしそんなの買えるお金ないよ。どっかの裏通りに落ちてるの?」

 

「日本には銃や刃物には所持を制限する法律って言うのがあってだな」

 

「どこぞの紛争地帯でもあるまいし、落ちている訳が無いじゃない」

 

 

 いや、九州のとある場所ならワンチャン?

 

 パイナップル的なあれが落ちてるって都市伝説もあるらしいし。

 

 

「そういえば、由比ヶ浜さんには認知の事を説明していなかったわね」

 

 

 モルガナの説明を雪乃が結衣にも分かる程度にかみ砕いて説明する。

 

 簡単に言えば自分が武器だと思える物体が本当に武器になっちゃうのだ。

 

 

「つまり、包丁とかでもいいって事? でも包丁持ち歩くのは怖いかも」

 

「武器であると言う認知、言い換えれば思い込めるのならそれが一番ね」

 

「トランプとかでもオッケー?」

 

「お前がそれを武器だと思い込めるならな。つか、トランプを武器にするとか漫画見過ぎ」

 

 

 裸エプロン先輩の名煽りをご存じでない?

 

 ひとまずペルソナであるザシキワラシの雰囲気に合わせて和風な扇でイメトレしてみると言う事になった。

 

 もちろん、直截的に武装と見なせる方がいいのだが、これにも相性があるらしい。

 

 かつて若い旅館女将が主武装にしていたのだから不自然ではない、イイネ?

 

 雪乃は引き続き手頃に手に入りばれ難い刃物、八幡は頑丈な棒を探す事となった。

 

 

「材木座を止める方法は、やることは単純だ。

 動けない程度にぶちのめしてから正気を取り戻させるくらいに口撃すればいい」

 

「死体撃ちする趣味はないのだけれど」

 

「攻撃じゃなくて、言葉であいつを叩きのめすって意味な」

 

「なら、得意分野ね。期待していて頂戴」

 

「すっごい笑顔なのにすっごい怖い!」

 

 

 詳しく説明するのなら、物理的な衝撃で寄生されている対象と悪神の欠片に隙間を作り精神的な揺さぶりで引きはがす。

 

 そして排出された欠片をモルガナが完全に消滅させる。

 

 性質として対になるモルガナ以外だと消滅しきれず、残滓が悪さをしてしまうかもしれないらしい。

 

 

「とりあえず、今日話し合うべきことはこれ位かしら」

 

「あ~、他にないなら俺から、というかモルガナから一つ議題を預かっていてだな」

 

 

 そろそろ解散するか、という流れになっておずおずと手を挙げる。

 

 はて? と何かあっただろうかと怪訝に思いながらも発言を促す。

 

 

「シャドウを倒した時に出たドロップ品の扱いなんだが」

 

「以前言っていたオカルト好きの方に処理して貰ったら?」

 

「はやい、早いよ」

 

「誰?」

 

 

 ピクシーの羽根やカタキラウワの蹄だけに限らず、ドワーフの髭、オンモラキの落とした石(モルガナ曰く魔石)等々。

 

 正体も怪しい情報生命体の落としたモノはどうにも持ち帰る気はなかったのだが、その身の小ささを活かしてせっせと集めていたようだ。

 

 困ったのは「猫って戦利品をみせびらかしてくるよね、蝉とかゴキとか。あれほんと止めてほしい」と袋一杯のガラクタに遠い目になった仮の家主。

 

 

「と言っても、私や由比ヶ浜さんの伝手では精々リサイクルショップや適当な骨とう品店位しか候補にあげられないでしょう」

 

「一応、これも共同戦果だから同意は得ておくべきだろう」

 

「だから、誰?」

 

「これからも同じような取得物に関して一々承諾を得る必要はないわ。あなたに一任します。面倒だし、処理とか、税金とか」

 

「最後の一言が余計なんだよなぁ」

 

「あら、将来の夢は専業主婦なのでしょう。なら奥さんのフォローとして一通りの事務処理、税処理は知っていて損はない、違うかしらヒモ谷くん」

 

「ねぇってば!」

 

 

 簡単にオカルトに詳しい某佐々木、呼称今石燕について説明する。

 

 貰った名刺を使って会う約束を取り付けて、今度こそ現時点では話し合うべきことはないと解散する。

 

 どさくさに紛れて、今石燕と会う際に結衣が同行することになったが、何も問題はない。

 

 仲間はずれにしていた事で暴走させてしまったのに、同じ轍を踏んでしまったのだから否やは言えなかった。

 

 

 




 ペルソナメモ

 ペルソナでは通信手段の豊富となった現代を舞台にする為、携帯やSNSを駆使する場面がシリーズを追うごとに頻出する。最新作の5ではLINEを使った演出も出された。
 そもそもの本編、女神転生の初代から『コンピュータに搭載された悪魔召喚プログラム』と言うハイテクを前提としている。デビサマ、デビサバ。むしろライドウ(大正時代)ですらその時代の最先端の技術を駆使して悪魔と戦うのはメガテンのお約束。ペルソナではあくまで通信手段やギミックの一つでしかない。

愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
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恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank1
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あるいは比企谷八幡は覚えている

これで材木座攻略の前準備は終わりです
またストックが貯まれば更新します
次は材木座攻略終了とその直後位までの3話分の予定
本当は今回の更新でそこまで行きたかったのですがあまりに筆の進みが遅いので断念して細切れになりました
1週間で3話分、毎日更新できる人はすごいですね


4月15日(日)

 

 日曜朝、毎週比企谷家長男にとって恒例行事である女児向けアニメの視聴が終わろうとしている。

 

 ひと箱使い尽くす勢いで独占していたティッシュ箱をようやく定位置に戻し余韻に浸る。

 

 笑顔にもしてくれるけど感動もする。やっぱりニチアサは最高だぜ!

 

 今日は今石燕との約束がある。由比ヶ浜も着いてくると言うから早めに出ようか?

 

 そう考えていると一度聞けば耳に残ってしまう軽快な音楽が鳴り始めた。

 

 アニメ放送が終わって、次の番組に行くまでの隙間時間を使っての通販番組らしい。

 

 

「これ、つい口ずさんじゃうよね『あなたのテレビに』ってさ。一時期ぼったくりで言われてたっけ」

 

「そうだったか?」

 

 

 朝ごはんを終えてのんびりモードの受験生ちゃんに『勉強は良いのか?』なんてうざい身内ムーブをするのをこらえる。

 

 いくら中三とはいえまだまだ四月の半ば。今から口うるさくしても逆にモチベーションが下がるに違いない。

 

 ぼんやりしていると通販番組が終わりそうになっている。

 

 今日の目玉商品はエナドリ詰め合わせらしい。

 

 そう言えば、パレスで出てきた宝箱の中身がエナドリだったな、と思い出す。

 

 認知、精神が上位に位置するというのなら本当に『体力が回復する』かもしれない。

 

 小さい瓶なら試しに持って行くのも手間ではないだろうから次の攻略で持ち込んでみるか。

 

 

「いってらっしゃーい。ちゃんとしなよー」

 

 

 生あくびをこらえずに玄関から出る背中にかけられる言葉に適当に返す。

 

 なんで休みなのに、連日出かけなければいけないのか。

 

 

「は、ハチマン! なんでワガハイをつれ…にゃ、なあ、うなぁ…」

 

 

 かいぐりかいぐり、先住猫のカマクラで会得した『超魔術級』の手つきで押さえ込まれているモルガナを放置して扉をくぐる。

 

 可哀想だけど、俺とばっかり居て不自然にみられない為にも今日は小町とお留守番だね。決して少しでも一人の時間を確保する為ではない。

 

 

 

4月15日(日)昼

 

「おーい、ヒッキー」

 

 

 ピンクブラウスと白のスカートを着た結衣が駅前の柱にもたれて待っていた八幡へと声をかける。

 

 八幡はその声に気付いて周囲をびくっと見渡し、辺りに自分の知っている人がいない事に安堵してから応じた。

 

 

「………うす」

 

「えへへ、うす」

 

 

 八幡の姿を確認して駆けたせいか、少し乱れた髪を手櫛で整える。

 

 走っていた時に揺れていた箇所に目線が向いた事に気付かれていないと信じてホッとする。

 

 

「じゃあ。まぁ、いくか」

 

「あっ、うん。で、何処で待ち合わせ?」

 

「駅前のドーナツ屋」

 

「ふーん。じゃ、こっちだね」

 

 

 一瞬だけ腕をピクリと彼の方へと動かしかけて、そのまま何もせずに歩き始める。

 

 本日の目的は、手に入った収集品をオカルトマニアの今石燕に売る事。

 

 

「そういや、さ。はい、これあげる!」

 

 

 ポシェットから可愛らしくラッピングされた袋を取り出す。

 

 かさりと軽い音を立てて、八幡の手に渡す。

 

 

「なに、これ」

 

「見て分かるでしょ。クッキー」

 

「いや、これはクッキーじゃないだろ」

 

 

 鮮やかな色の包装のフィルムの隙間から見えるものは、明らかにクッキーの形をしていなかった。

 

 

「これあれだろ、らん、らん、らんらんるーとか言う何とかってお菓子で、クッキーじゃねえだろ」

 

 

 そのセロファンに入っていた物は、鮮やかなキツネ色とクリーム色でグラデーションされた、くるりと筒状にされた洋菓子の一つ。

 

 つまりはラングドシャであった。

 

 決して、ついやりたくなっちゃう呪文じゃない。

 

 

「なんでもよくない? 細かい男は嫌われるよ?」

 

「妹から雑な男は嫌われると言われているから、折角だから俺はそっちを選ぶぜ」

 

「ヒッキー、ちょくちょくよく分かんない事言うよね」

 

 

 少し引いたような顔をする結衣に、流石にネタが古すぎたか、と反省する。

 

 女子への幻想を普段から妹によってぶち壊されている八幡の戯言に呆れるしかない。

 

 

「つか、なんで? …あぁ、このなんで、には何でこんなもんがあるのか、何で俺に渡すのか、

 そもそも、これ手作りっぽいけどお前が作ってないよなって意味が込められてるから、気をつけろよ」

 

「え? えっと、この前のお礼で持ってきたの。ゆきのんにも明日同じの渡すよ? で、これはママと一緒に作ったの」

 

 

 律儀に全ての回答をする結衣に、見た目以上の真面目さを垣間見る。

 

 同時に、母親のおなかの中に料理スキルを置き忘れてきたようなムドオンクッキーを思い出して、遠い目になりそうなる。

 

 

「まぁ、と言ってもあたしが手伝ったのはクルって巻くところとラッピングだけなんだけどね」

 

「…あぁ、なんか不格好なのがあるのはそのせいか」

 

「そ、それは言わないのがデリカシーじゃない!? ヒッキー最低!」

 

「バッカ、お前! この前も言ったが、女子の手作りに不格好さと少々の不味さは必須条件だろうが、というか、そっちの方がメインまである」

 

 

 案外真理をつく発言だ。

 

 人は味を食っているのではなく、情報を食っているのだ。

 

 どこぞのラーメンハゲも言ってたしな。とか思っちゃう八幡。

 

 そんな半ばどうでも良い事を考えていたからこそ、つい口に出してしまう。

 

 相手の感情なんて考慮に入れようともせずに。

 

 

「そういや、お菓子で思い出した。事故ん時はお菓子ありがとな。

 妹が礼を言っといてくれって言ってたぞ。まぁ俺は食ってねえけど」

 

「………………え?」

 

 

 そうして続けられた言葉にフリーズする。

 

 呼吸が止まりそうだった。

 

 

「な、んで」

 

「いや、事故の見舞いで菓子折りもってきた俺と同じ学校の人が居たって言われてな。

 まぁ、退院してから見舞いありがとうとか一々言いに行くの面倒だったし、ボッチ生活極めたかったし。

 あっ、食ってないのは妹が全部喰っちまったからで」

 

「そうじゃなくて!!」

 

 

 立ち止まり、叫ぶ。

 

 俯いて肩を震わせる結衣に、えっなにこれ、と戸惑う。

 

 周囲の人がなんだ? とジロジロ見つめて来るのに焦る。

 

 

×由比ヶ浜の手を取り場所を変える(度胸が『ここぞで違う』以上必要のようだ)

→とりあえず、場所を変えようと言う

 そっとしておこう

 

 

「ひとまず、落ち着けるとこ行こうぜ。つか、待ち合わせ時間に遅れる」

 

「………」

 

 

 返事はなかったが、少し待つと僅かに頷いてからゆっくりと歩き始めた。

 

 何がいけなかったのかすら分からない八幡が嘆息しそうに先導し、それに続く結衣。

 

 目的地であるドーナツ屋に入店しても気まずい空気は消えなかった。

 

 

「キミ達はなんでこんな公共の場所で愁嘆場を繰り広げているのか、独身には厳しいね、厳し過ぎる」

 

「あっ、どうも」

 

 

 そして、その空気が改善されないまま待ち合わせ相手が到着してしまう。

 

 

「まぁ、オバサンはそういう経験ないから、アドバイスする事は出来ないし、するつもりも無い。

 要件が終わったらキミたち二人で存分にやりたまえ、何も出来ないからね!」

 

 

 分厚い眼鏡をクイッとしながら薄情なまでの宣言で、無関心を表明する。

 

 と言っても、結衣からすれば初対面の人間にしたり顔で分かられた事言われても困る。

 

 八幡的には誰でもいいから助けてほしい所だが、どうにも自分一人でどうにかしないといけない雰囲気を妹からの教育で培われた第六感が感じ取り、手助けを要求できない。

 

 

「じゃ、さっそく本題に行こうか。と言っても、昨日の今日と言う位はやくキミが何かを手に入れるとは思っていなかったから、連絡が来たときはビックリしたよ、仰天さ」

 

「まぁ、俺もこうして立て続けにあなたと会う羽目になるとは思ってませんでしたから」

 

 

 注文したコーヒーを啜りながら待つ今石燕に、ビニール袋に入れていたブツを無造作に並べて提示する。

 

 

「ほう………ほう、これは…なるほど」

 

「何かわかるんですか」

 

「いやさっぱりわからないね、お手上げさ」

 

 

 思わせぶりな仕草をしての回答にがくりとなる。

 

 

「そもそも私はオカルトの専門家であって、民俗学とかならともかく。

 物理学とか化学の方はさっぱりなんだ。文系だからね、不可知だよ」

 

「あぁ、その気持ちは良く分かります。数式とか滅べって思います」

 

 

 同じく、文系科目なら学年でも上位でありながら理系、特に数学は最下位を争う八幡がシンパシーを感じる。

 

 

「まあそんなよもやま話は置いておいて、なんだいこれは? 羽根はともかく髪と豚足? 豚の蹄?」

 

 

 ごろりと袋から出た羽根や蹄を手に取って観るが首をかしげる。

 

 ちなみに、魔石はモルガナが売らずにとっておけと言うから持ってきていない。

 

 体力、というか心の消耗を補填する力があるらしい。

 

 

「妖精の羽根。小さいオッサンの髭、豚足です」

 

「髭? 豚足は豚足そのままなのかい…で、妖精! 妖精って一言で言ってもいくつか種類があるよね、どの辺の妖精なのかな。ヴィヴィアン? エルフ? シルキー? フェアリー? 鵺? 虫っぽい色合いをしているが」

 

「いや、なんか日本人が妖精って言って思い浮かぶ感じです。ティンカーベルみたいなあっち系です」

 

「てぃん?」

 

 

 身振りでなんとなくの雰囲気を伝えるが、コミュ力が足りないせいで良く分かってもらえていない様だ。

 

 こういう時にこそ、コミュ力の鬼であるカーストトップグループの一員に何とかしてほしいのだが、どうにも調子が戻っていない。

 

 

「確かに、普通とは違う感触もするしなんとなく現実味が薄い感じもするからバッタモンではないだろうね、贋物ではないと思う」

 

 

 じろじろと検分する為に近づけていた顔を離してほう、と息を漏らす。

 

 

「前回の様に私と縁のある物が出てくるかと思いきや、それっぽいオカルト物が出て来てビックリしたよ。

 渡りをつけた本人が言うのもなんだが、全く期待していなかったから例えジョークアイテムでもこれなら買い取るさ、偽物でもね」

 

「まぁ、一度会っただけの人間から『オカルト物品買いませんか』なんてどこの詐欺師だって話ですよね」

 

 

 手に入れた張本人だからこそこれが現実では手に入らない不思議物だと確信しているが、他人から見ればただのガラクタだ。

 

 今石燕も出逢った時のような信じる切っ掛けがなければ、信用しなかったに違いない。

 

 

「今回は初回特典みたいな感じで少し色を付けて買い取ろうか、少しおまけさ。

 次回もあるなら、今回のこれを調べて適正価格を考えておくからね、これからもあるなら」

 

「すみません、助かります」

 

 

 殆ど膨らみの無い封筒に向けてお辞儀する様子が微笑ましい。

 

 学生の時分にはいつも金欠なのは世代が移ろっても変わらないのだな。

 

 

 今石燕は必要経費だからと景気よく支払いをして帰って行った。

 

 別れ際、「次はそっちの女の子もちゃんと紹介してくれたまえ、そっちの気落ちしている彼女」と言って八幡に苦笑いを残して。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 席に座り直した二人はコーヒーのおかわりをするが、口をつける事はない。

 

 どちらから、何を話せばいいのか、全く分からない。

 

 気まずい空気が流れる。

 

 

「…覚えてたんだ、あたしの事」

 

 

 口火を切ったのは結衣の方からだった。

 

 

「それが事故の時に道路に飛び出した犬の飼い主だって意味なら、まぁ…そうだな」

 

「なにそれ。じゃあ、他の意味とかあんの?」

 

「いや、ねえけど」

 

 

 くすりと力なく笑って、「そういう意味のない事、たまに言うね」と溢す。

 

 比企谷八幡は高校入学の日、入学式に少し早く登校している時に交通事故に遭った。

 

 リードから抜け出して道路に飛び込んだ犬を助ける為に、代わりに車にぶつかった。

 

 その時当たり所が悪く、一時期入院していたのだ。

 

 とはいっても、特に後遺症もなく本人にとって今では「そんな事もあったな」程度の事であり、弁護士を介してとはいえ示談も済んでいる。

 

 入院していた時に心臓に悪いイベントもあったのだが、それも記憶の彼方になるくらいには引きずっていない。

 

 

「本当はね、病院にも行ったんだ。だけど、面会謝絶って言われて…なんか怖くなってもう一回行く勇気が無くて。小町ちゃんにお見舞い品だけ渡して」

 

 

 だから、当事者よりもよほど気に病んでいるのは、彼女の性格であり、事故の原因となった負い目なのかもしれない。

 

 

「ヒッキー退院してから何回も話しかけよう、話しかけようって思って…いっつも出来なくて。

 お前のせいで死にかけた! って言われたらどうしようって。その時の友達に嫌われたらどうしようって。

 怖くて怖くて、何にも出来なくて」

 

 

 罪の告白よりは軽い自責の念。

 

 しかし、責任は罪よりも必ずしも楽なのだろうか。

 

 それは否である。

 

 潰れてしまう、押し殺してしまう、自らに由を許せなくなる。

 

 この一年間を罰されることなく過ごしてしまった子供の彼女には責められることこそが救いになったのかもしれなかった。

 

 

「ごめんね。あたし、ずっとあたしの都合しか喋ってない。こんなの嫌な女の子すぎるよね」

 

「…そこで肯定したら、俺めっちゃ悪者になるから、否定しか選択肢がねえんだけど」

 

「…そう、だね。ごめん、ずるかったね。だけど」

 

 

×結衣のすべて受け入れる(全てのパラメータが『???』以上必要のようだ)

→むしろ、こっちもぶちまける

 興味ないね

 

 

「つか、俺も俺の都合でお前に話しかけなかったしな。ほら、お前、今のグループじゃなくて何とかってやつのグループだったじゃん。

 俺、ああいう声とか態度が無駄にデカい女子に近づくと死んじゃうから。

 あと、前のお前、チョイ地味子だったし、無駄に話しかけて『うそーあいつあんたの事好きなんじゃない? マジ無理ー』とか言われたらボッチ生活確定直後なのにメンタルブレイク確実だから」

 

「さがみんの事? あぁ、確かにあの子はそんな感じの事いいそうかも」

 

「ワタミだかサガミだか知らんが…だろ? まぁ自衛するのはぼっちにとって必須だからな。だから、俺はお前に声をかけなかった事を後悔はしてねえぞ」

 

 

 そう言って、ぷいと横に向く。

 

 彼の様子に、不器用な優しさを感じる。

 

 別に彼は『事故の原因になった奴に近づきたくなかった』と言ってもいいのだ。

 

 むしろ、そう言った感情は当時、絶対に有った筈なのだ。

 

 それを結衣自身ではなく、周囲に原因があったのだと考える逃げ道を残してくれている。

 

 

「そういう所なんだよねぇ」

 

「どういう所が何? はっきり言ってくれないと怖いんだけど」

 

「別になんでもない!」

 

 

 知った切っ掛けはともかく、目で追って過ごした間にそういう所が見えてしまったから。

 

 

「じゃあ、ヒッキーは私の事、許してくれるって事でいい、のかな?」

 

「許す、許さんの前に事故の原因はともかく。避けられなかったのは俺の反射神経の問題だろ。

 つか、なんでそこそこ狭い道でそんなにスピードの出てない車にぶつかって意識失うかな、俺?」

 

 

 「颯爽と助けられてたら、入学式初日だけはヒーローだったかもしれんのに」とぼやく八幡に嘘が感じられずに安堵する結衣。

 

 

「それでも、あたしにとってはヒーローだったよ」

 

「は? 何か言ったか」

 

 

 ぽそっと呟いた声が伝わらずに良かったのか、良くなかったのか。

 

 今はその結論を出す事を先送りにして、首を振って何でもないと示した。

 

 

「一安心したらお腹空いてきちゃった。ちょっと早いけどご飯にしない? あたし飲茶な気分!」

 

「ドーナツ屋で中華が食えるわけが…あるし。え? なんでドーナツ屋に肉そばとか担々麺があんの? これ甘くないよ?」

 

 

 色んなメニューに挑戦し続けているミスターに乾杯。

 

 

 結衣との仲が深まった気がする。

 

 

 その後、お腹を満たした二人は今石燕から受け取った封筒の中身を使って、ホームセンターや薬局で次の攻略に使いそうな物を買いに行ったのであった。

 

 

4月15日(日)夜

 

「大体全部使えるんじゃねえか」

 

「目についたの適当に買っただけなんだが」

 

「劇的な効果は見込めないだろうが、全く意味がねえって訳でもねえだろ」

 

 

 家に帰り、置いてけぼりを食らってご機嫌斜めなモルガナの機嫌を取り(ちゅ○る)、買い込んできた物資の選別を任せる。

 

 しかし、ダメだしされると思っていたのに、返って来たのはまさかのオッケーサイン。

 

 認知、つまり心の持ちようが上位にある精神世界において『効き目があると保証されている医薬品』や『見るからに武器』と言うモノなら少なからず効果があるらしい。

 

 もちろん、曰く付きの武器や訳ありのヤク等の方が効果は高い。

 

 そこらの棒切れが如意棒と同じわけがないし、副作用を考慮に入れない薬の方が強いし、量産型よりも試作機の方が強い。

 

 最後はなんか違うかもしれないが、創作の世界では定番の展開だからこそ認知の世界ではそのお約束が適用される為、正しい。

 

 

「つまり、糖分を効率的に摂取できるマッカンを布教するチャンスと言う事だな」

 

「あのクソ甘いヤツか。効果が無いとは言わんが、それの効果が一番あるのはハチマンだろうな。

 甘い、イコール回復するって認知があるからいいが、カロリー、イコール敵って考える女子には微妙だと思うぜ。あと単純に口に合う方が効果は高い」

 

 

 その理論で行くならば、雪乃は紅茶や洋菓子、結衣はお菓子全般だろうか?

 

 気力回復用のマイフェバリットを各自で用意するのが一番効率的になるのかもしれない。

 

 体力回復のエナドリ、体調不良対策の医薬品は普遍的に効果があるらしいから、それらを戦利品売買で得た共用資産で買い、あとは独自で準備する。

 

 材木座への〆切である金曜までに、色々と備えなければいけない。

 

 流石に、口だけで二度目の延長は説得できる自信が無かった。

 

 何より、一度(八幡は二回)しか会っていないのに分かるくらい面倒くさい奴に何度も煩わされるのは嫌だった。

 

 なんとしても一回で悪神の欠片消滅まで持って行きたい。

 

 

「今回は流石に金が足りなかったから買えなかったが、シャドウの攻撃を防ぐ防具も必要になるだろうし、消耗品も使ったら買い足さないといけないし、武器も結局持ちやすい太さの棒、安物の扇子とかカッティングナイフだけだし。いくら金があっても足りねえな」

 

「事前にザイモクザのパレスでレベリングしてドロップをまた買い取ってもらえばいいじゃねえか。異世界ナビ使えば行けるぞ」

 

「一回で済ませられるなら面倒な事はしたくない。つか、働きたくないでござる」

 

「…そう言えばお前の夢は専業主夫だとか言ってたよな。どんだけ働きたくないんだよ」

 

 

 モルガナのかつてのパートナーであるジョーカーは暇があれば自分磨きをしていたし、色んな所に足を運ぶのも好きだった。

 

 怪盗団のリーダーとして人を助ける改心ならば積極的に活動していたし、集合無意識のパレス、メメントスにも望んで潜っていた。

 

 それらほとんどの記憶が無いとはいえ、僅かに残っている想い出と比べてしまいため息をつく。

 

 危機感か、目的意識か。

 

 どうにも消極的な彼を説得しようにも、響いてくれない。

 

 少しずつ言い続けて意識を変えるしかないかと今日は諦めて寝床に着く。

 

 買い出し等の準備をする程度の積極性はあるんだから、無駄にはならないと信じて。

 

 

 

 なお、翌日の奉仕部で売却の報告と準備のあれこれを報告した際に雪乃の一声でレベリングの決行が決まり、八幡もなし崩しに参加することになっていた。

 

 連日は気力体力の面から考えて厳しいと言う事で、一日おきの月曜、水曜をレベリングに当てられる。

 

 木曜を休息日にして金曜の本命に向けて万全の準備を整える。

 

 多分、雪乃はJRPGゲームとかやったら一つの町で出来る事はすべてやり切ってから次の町に向かうタイプ。

 

 周囲の雑魚をその時点での最強武器とレベルの暴力で蹂躙しながら進むプレイングになるだろう。

 

 モルガナに足りなかったのは速さではなく、押しの強さであったようだ。

 

 

 

 




 俺ガイルメモ

 比企谷八幡は原作にて結衣の飼い犬を助ける為に交通事故に遭い、足を骨折し入院して入学直後の三週間程を病院で過ごしている。ただし、原作では結衣がその飼い主、事故の原因であったことは5月末ごろの職場見学前の依頼で、ようやく妹から知らされる。結衣のやさしさ(自分を気にかけてくれるの)は事故が原因だと突き放し、6月半ばまで人間関係をこじらせる。だがもうなくなった。

 ペルソナメモ

 あなたのから始まるあのテレビショッピング。たなか社長が手をかけるぼったくり通販番組であり、P3で登場して武器やアイテム等を販売するが、3ではコミュ相手として、5では闇ネットに身をやつしている。主人公たちからしてみればお値段以上の価値があるときが多い。ただし一般人からしたらただのぼったくりである。

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思いのほかザイモクザは強敵である

お久しぶりです。引っ越し、転職、ネット不通、食中毒、デジモン、デビサマ
様々な試練を乗り越えて、ようやく落ち着いてきたので投稿再開します。


4月20日(金)

 

『八幡よ、朕は最上の頂にてお主を待つことにしよう。あ、あと撮れ高の事はちゃんと気にしながら来るのだぞ!』

 

 

 遂に訪れたXデー。

 

 改めて奉仕部に分厚い紙束を持ってきた材木座を迎えて受け取った瞬間、まるでリバイバルするかのような流れでザイモクザパレスに巻き込まれる。

 

 違いは奉仕部の面々が全員準備を整えていたことだけだ。

 

 前回までは結衣のフロアだった学校エリア以外には立ち入りが出来ないよう、上階につながる階段は木造の門で閉ざされていたがそれも開かれていた。

 

 一歩進めると、光景は様変わりして広間に鎧が飾られていたり、槍や刀がポンと置かれているし、室内なのに吊り橋が渡され、足をかけるとくるんと回りそうなローラーが設置され…?

 

 あれれぇ? どこかで見た気がするなぁ…具体的にはテレビで肉体派が制限時間内でアクションをこなしながら突破するNARUTOとかサスケェみたいなあれ。

 

 そんな戸惑いで足を止めていると、どこかからイラッとする笑い声と共に宣戦布告をしてくる。

 

 

『よくぞ来たな! ここは我の城! 風雲義輝城!! 室町を守護する我の元にまでたどり着けるのなら来るがよい!』

 

「そもそも、来たくて来たわけでもないし、室町に天守閣とか存在しねえよ。戦国時代からだ」

 

『あぁあぁ! 毒者様とか亜土培座とかそんなのはお呼びじゃないので、ででーん、八幡罰ゲーム!』

 

「は? うおぉおおおお!!!」

 

「ひ、ヒッキー?!!!」

 

 

 材木座が罰ゲームを宣言すると、八幡の足元にぽっかりと穴が開き、物理法則そのままに落ちていった。

 

 

「大丈夫?!」

 

「ヒッキー聞こえる!? あ、あたしたちも一緒に落ちるべきかな?!!!」

 

「二次被害になるから止めてくれ! ハチマン返事をしろ!」

 

 

 さしもの雪乃も急展開に素直な心配の声をあげ、結衣は錯乱して穴に近寄ろうとしてモルガナに止められる。

 

 

「いや、大丈夫だ! 水が張ってあったから怪我とかはしてない!」

 

 

 穴の奥から八幡の声が聞こえてくる。

 

 どうやら、落とし穴の中に池のようなものがあって、そこに落とされただけらしい。

 

 

「槍衾とかされてたら、流石に即死だっただろうな」

 

『え、人殺しとかやっちゃだめでしょ。…じゃなくて、我は不殺の誓いを立てし慈愛の剣士なり! もっはっはっはっは!! アフターサービスもばっちりよ!』

 

 

 心の闇を暴走させられていても、根っこが小心者だからなのか命にかかわる罠はないらしい。

 

 気付けば元の位置にまでテレポートのように戻された八幡がぐっしょり濡れた顔を手で拭っている。

 

 しかし、結衣のフロアでもそうであったが、シャドウは例外なくこちらを襲って来るのだから油断は……

 

 

「くそ、制服までこんなに濡れてたら小町に殺される…あっ、タオルすまん」

 

「ひ、ひっきー、それ」

 

「arrrrrr(いえいえ位のニュアンス)」

 

「ん??????」

 

 

 差し出されたタオルを受け取り、髪の毛を拭おうとしたがその差し出してきた相手はどう見ても人間ではなく、2足歩行をする杖を背負った豚であった。

 

 

「…う、うぉおおお! しゃ、シャドウじゃねえか!!」

 

 

 ずざあああ! と音が出る程に横っ飛びして距離を取る。

 

 慌てて、ホームセンターで購入した護身用警棒を構える八幡。

 

 他の面々も遅れて戦闘態勢に入る。

 

 だが、二足歩行の豚は「あらあらまあまあ」みたいな顔をして動こうとしなかった。

 

 

「え? へ? なにこれ?」

 

 

 経験上、と言っても結衣のフロアだけでしかないのだが、シャドウは人間を見かけると必ず攻撃性を露にして襲ってきた。

 

 見た目が小さく可愛らしいピクシーであっても、好々爺じみたドワーフであっても例外ではない。

 

 だが、この豚のシャドウは何故か無防備な彼らに襲い掛かる事がなかった。

 

 

『あっ、そうだ。この中に居る妖たちはお主等から攻撃しない限りは敵対しないようになっておる。

 折角、風雲た○し城をリアルに作れたのだし、我の元に来るまで、汝らが盛大にハプニングしてくれるのを我は見守っておるぞ! 撮れ高しくよろ!』

 

 

 辺り一帯に材木座が告げた声が響く。

 

 

「なんだし、その変な安全設計」

 

「気を遣う所が致命的にずれているわね」

 

「こんなおかしなパレスは初めてだぜ」

 

 

 呆けた声を出してしまうのもむべなるかな。

 

 しかし、文句を言っても何もならない。

 

 開幕から精神的に疲労感を覚えながら、改めて攻略に進む。

 

 ただし、それからの道のりは簡単なものではなかった。

 

 

 

「動く歩道の途中にローラー仕込んでやがる! 落ちるぅ!!」

 

「ワガハイはハムスターじゃねえぞ!」

 

 

 絶妙な隙間の空いたローラー群が設置されていたり

 

 

「バランス感覚が試される道のようね。いいわ、私が先に…きゃぁ!!!」

 

「ゆきのんが横から飛んできた小っちゃいシャドウに吹っ飛ばされたぁ!!」

 

 

 不安定な橋が架けられた断崖を渡ろうとすれば丸っこいシャドウ(スダマ)に突き落とされたり

 

 

「フロアボスだ! って、戦闘にならないなら、別にいっか………

 って、なんで追いかけられるのぉ!! 急に風が! 流されるぅ!」

 

「おいこら待て、こっちくんじゃねえよ、何掴んで、あっちょっと待って困りますお客様、困り、おきゃくさまぁあああああああ!!」

 

 

 FOE(コッパテング)と目が合った瞬間、持っていた扇で煽られて突風で吹き飛ばされ(るのを身代わりにし)たり…

 

 ありとあらゆる場面で、階下の池へと落としにかかる。

 

 なお、たまにクリームで満たされた池もあり、その周辺だけは八幡とモルガナは完全に無視されて、女子を執拗にシャドウたちが狙う。

 

 苦みを感じる粘っこいクリームらしい(結衣の身代わりに落とされた八幡談)

 

 だが、そんなフラストレーションの溜まる空間に、誰よりも先に雪乃がキレた。

 

 うへへへ、と下種な笑みを浮かべて追いかけてくるシャドウを『ザン』で真っ二つにしたのだ。

 

 

「そう、最初からこうすればよかったのよ。あちらが敵対しない、初撃をくらうまで攻撃を加えないと言うのなら、初手は必ず先制できると言う事。だったら、全てを見敵必殺すれば煩わしいトラップにだけ気を付ければいい。そうでしょう」

 

 

 疑わしきは、いや変態は死ねと言わんばかりの平坦さに殺気を持った口調である。

 

 ゆらり、と心の闇を纏ってもいないのに、黒い威圧感を放つ雪乃。

 

 

「そうだよ。ゆきのん頭いいね。ていうか、下心が透けて見えてほんとキモイ。無理、キモイ」

 

 

 それに気圧されるでもなく、激情にかられる結衣が同意する。

 

 

「えと、あぁ、まあ、じゃあ、俺は前みたいに索敵に回るわ」

 

「わ、ワガハイは回復役に努めよう」

 

 

 少々の役得(濡れた女子)で目の保養をしてしまった八幡には拒絶できる強い意志はなかった。

 

 というか普通に怖い、本当に怖い。モルガナも尻尾クルンてなる。

 

 だが、仕掛けを作動させるために隠れているだけで、シャドウは結衣の時と比べ物にならない程多い。

 

 連戦となることも多く、回復役が居なければ、事前に準備したアイテム類がなければ、早々に方針を転換するしかなかっただろう。

 

 

「ようやく、最上階まで来れたわね」

 

「もう、本当に最悪。早く帰ってお風呂入ってご飯食べたい!」

 

「じゃあ、開けるぞ」

 

 

 そう言って、天守閣の一番奥に続く襖を一息に開けた。

 

 

『つまらーーーーん、お主等エンターテイメントに向いてなさすぎ! 視聴者のこと考えてくんないとさぁ』

 

 

 八幡たちが戦意マシマシで天守閣の最奥にまでたどり着いて出された第一声がこれである。

 

 露骨にため息をつきながら、ふかふかの座布団に身を埋めたままの黒材木座が三人に愚痴を吐く。

 

 

『我、別にバトル物が見たかったわけじゃないんですけどぉ…

 女の子がキャーキャー言ってれば、それだけでバカな視聴者(読者)なんてどうとでもなるんだからさぁ。

 その辺、理解できてないっていうか。まぁ素人だから仕方ないっちゃ仕方ないよなぁ』

 

 

 襖の奥の部屋には畳張りでごく普通の和室が広がっていた…ただし、金ぴかと言う悪趣味な配色を抜きにすれば。

 

 眼に悪すぎる一室にめまいすら覚える三人に追撃として自分勝手な意見を垂れ流す。

 

 なお、モルガナだけはなんだか懐かしいなとか思ってる。

 

 記憶の片隅にあった芸術家のパレスが脳裏によぎっているのかもしれない。

 

 

『こう、需要が分かってないんだよね。そんな体たらくで本当に我の作品をちゃんと評価できるわけ?』

 

 

 いくら悪神の欠片のせいで暴走しているからと言って、元々の目的は忘れられている訳ではない。

 

 おそらく、ザイモクザがこのようなアトラクションみたいなパレスの最奥で待っていたのも。

 

 自分の努力を違う形で他者に味合わせたいと言う感情の発露なのかもしれない。

 

 

『一番重要なのは由比ヶ浜嬢のスケベ映像なのに、結局落ちたのは雪ノ下嬢だけ。

 そのスタイルだとサービスシーンには足りないでしょ!

 八幡、我はお主に確かに撮れ高を頼んだのだがなぁ。

 白い液体に溺れて『うええ苦いよぉ』ってなる由比ヶ浜嬢がなければ意味が無いだろうが』

 

 

 多分、きっと、いや、スケベ心が殆どを占めているのかもしれない。

 

 でも、こんな風に暴走しているのは全部悪神の欠片が悪いんだよ。

 

 材木座本人はこんな事を思っても口に出せる程の根性も無いから、セーフだから。

 

 だけど、材木座本人がセーフではあっても、ザイモクザが許されるとは言っていない。

 

 

「…そう」

 

 

 一言で十分だった。

 

 

「「ひぃ!」」

 

 

 一人の男子と一匹の猫が肩を抱き合って震えている。

 

 一瞬錯乱してペルソナを呼び出して己を殴って気絶しようとすらした。

 

 それだけその声には恐怖しか感じられなかった。

 

 だと言うのに、どっしりと座り込んでいる彼は何も気づかずに大きくため息をついている。

 

 可哀想でもなんでもなく当然に屠殺されて出荷されるんだよね。

 

 もう一人の優しい彼女の目はそんな何の感情も無い色をしていた。

 

 

「いいわ。ならあなたのお望み通り、書いてきた自称傑作の批評をしてあげましょう」

 

『ぴょ?』

 

 

 本当は酷評とかされずに良い所だけを挙げて自信をつけてちやほやされたかったのかもしれないが、今更口に出した事は戻らないからもう遅い。

 

 

「つまらなかった。読むのが苦痛ですらあったわ。想像を絶するつまらなさ。文法のメチャクチャさに始め、『てにをは』すらまともに使えない不勉強。自己満足だけの文章に、予想の付きすぎる話の展開。脱いでおけばいいと言わんばかりの雑なお色気シーンに心理描写も無く必然性も無い主人公礼賛のヒロイン。お人形遊びを見せられているみたいでとても気持ち悪い。地の文が長いから目が滑るし、難しい漢字を使えばいいと思っている読み難さ。伏線にしたい事が見え見えの癖に一切回収もされないし、そもそも完結すらしていない作品を人に読ませるのはマナー違反でしょう。矛盾する真面目に考えていない行き当たりばったりの浅い設定。結論を言いましょう、あなたは独善的で人を見下し、笑い方も気持ち悪くて、服装のセンスも最低で、日本語もまともに書けなくて、剣術なんてかじったことすらない、でたらめなルビを振って、悦に浸るだけが目的の、気が向いただけでまともな勉強もせずにちょっと書いてみたってだけの自慰行為にしかならない、ゆとりの国のポンコツ中二愚劣害悪産業廃棄物よ、死ねばいいのに」

 

 そこまで言わなくたっていいじゃないか。

 

 今にも泣き崩れてしまいそうだった。八幡が。

 

 ぜえはぁと息を乱しながら、突きつけ続けた指をぷるぷる震わせながら睨み付けている。

 

 

『う』

 

 

「そもそも、あなたの様に活動力だけあって、人の役に立たない人をなんていうか知っている?

 無能な働き者、っていうの。人の役に立つどころか、積極的に邪魔になりに来る害悪。

 むしろ、比企谷くんのように無能な怠け者の方が相対的にマシ」

 

「おっと、俺にまで流れ弾が飛んできたぞ」

 

「それに、あなたの言う需要なんて、『あなただけが望む』独善でしかないじゃない。

 創造を謡うのなら、誰にも生み出せない自分自身を表現しなさいよ。

 芸術って言うのは自己表現の一種なの。こんな誰かの表現を切り貼りしたような物でシコシコ自慰してるみたいなものはね、妄想って言うの」

 

「ゆ、ゆきのん、ちょっときつくない?」

 

「雪乃殿をキレさせたらダメだな。くわばらくわばら」

 

 

 まるで、目の前の材木座すら目に入っていない勢いで雪乃は矢継ぎ早に続ける。

 

 彼女の言う言葉は、本当は一体誰に向けて言っているのか?

 

 

「自分の中に一本の芯も持たないあなたのような薄っぺらい人間が、誰かの心に響く存在になれるわけがないじゃない」

 

『う、う、うるちゃーーーーーい!!』

 

 

 ぴしゃりと言いきった雪乃に、材木座がとうとう爆発する。

 

 

『うるさい、うるさい、うるさい! 我が正しい、我は面白い、我は素晴らしい!』

「ね、ねえ。これ、なんかやばくない?」

 

「…ザイモクザの反応が急速に増大し続けてるぞ!!」

 

「俺のアナライズがヤバい事になってるんだが」

 

 

 自分を肯定する言葉を言い聞かせるように、呟く。

 

 その一言ごとに、ザイモクザの黒く染まった身体がミチミチと音を立てて肥大化していく。

 

 それに伴って、八幡のアナライズがさっきまで『雑魚』と表示していた材木座の力が『ちょっ、これやばい』と変化していく。

 

 

「すこし、言い過ぎたかしら?」

 

「あれで少しって言うなら、お前の心にある匙は由比ヶ浜並に大雑把だな!!」

 

「なんであたしまで酷いこと言われるの?!!」

 

「ひとまず、攻撃するわ『ジオ』!!!」

 

「あっ、馬鹿!!」

 

 

 憤慨する八幡と結衣を尻目に、攻撃する雪乃。

 

 変身バンクに攻撃するとか、お約束が分かってないね。

 

 結衣の時に味を占めたのだろうか。

 

 だが、それも意味が無かった。

 

 

「効いてない? 嘘でしょう」

 

「あいつ、電撃属性に強い耐性があるんだよ!」

 

「じゃ、じゃあ、あたしのペルソナで! ザシキワラシ『サイ』!!」

 

「ワガハイも続こう! ゾロ『ガル』!!」

 

 

 電撃耐性があるのなら、と念動と疾風で攻撃する。

 

 

『我はすごい、我は最強、我は創造主』

 

「うそ、こっちも効いてなくない?!」

 

「わ、ワガハイのペルソナでも少しダメージが出ただけだと?!」

 

「いや、違う耐性も………こいつ、嘘だろ。ひとまず逃げるぞ!! 適当な窓から外に出ろ!!」

 

 

 アナライズの表記がドンドン肥大化していく事に、信じがたく思いながら八幡たちは天守閣から脱出した。

 

 

『我はでかくて、強い。我は唯一無二。我は………』

 

 

 今更の話であるが、ペルソナには飛行能力が備わっていない。

 

 自由自在に生身の人間が空中を飛び回るには、認知の力が弱すぎる。

 

 ただし、情報生命体のように実在の物質体ではない為、浮遊能力は須らく備えている。

 

 簡単に言えば、飛べ無くても浮かぶだけなら何とかなるのだ。

 

 

『破壊鬼神義輝城、我は神なり』

 

「ロボットだこれぇ!!!」

 

 

 ペルソナに捕まってゆっくりと地面に落ちながらの現状を端的に結衣が叫んだ。

 

 城と一体化して材木座っぽい顔をした巨大ロボットに変形していたのだった。

 

 

「それでも、やることに変わりはないわ! 電撃がダメなら『ザン』!!!」

 

「…っ、あ、あたしも、もう一回! 『サイ』!!」

 

 

 誰よりも早く正気を取り戻した雪乃が、巨大ロボット鬼神義輝に魔法を撃つ。

 

 つられて結衣がつづく。

 

 

『むぅ? 今、なにか、したか、なぁ?』

 

「うそ」

 

「反則じゃない?」

 

「全く効いてない、だと」

 

 

 だが、巨大な質量とはそれだけで脅威であるのだ。

 

 顔面近くに魔法が突き立ったが、ぴんぴんしていた。

 

 

「ひ、比企谷くん! 分析の結果は?!」

 

「せめて弱点が分かれば何とか出来るだろ!」

 

「ちょっと待て、でかすぎてアナライズが直ぐに終わらねえんだよ!!」

 

 

 巨大である、つまりはそれだけの質量を持っていると言う事で、分析にかかる時間もそれ相応に長くなる。

 

 出会い頭にひっそりとしかけた分析結果は役立たずなデータとなっている。

 

 あまりのスケールの違いに、八幡のアナライズでは出力不足であった。

 

 

『ふむ、では、次は我の番であるな。一撃で終わってくれるなよ』

 

「う、うわわわ! 攻撃が来るよ!!」

 

「散開!!」

 

 

 目に見える程の力の塊が収束されていくのに慌てて回避行動を取ろうとするが、未だに地上に届かず、空中で踏ん張りの効かない状態で間に合う訳が無い。

 

 モルガナは最悪の想像をして、せめて少しでも強い自分が皆の盾になろうと覚悟を決める。

 

 最も生き残る可能性が高いのはそれしかないと踏み出し…

 

 

『行くぞ! 八幡よ、我が極大呪怨魔法を受けてみよ!』

 

「いけねえ!」

 

「……え」

 

 

 ぎゅるん、と目の前の黒猫よりも狙いやすい、アナライズの途中で無防備になっていた八幡に照準をつけられる。

 

 前方に力を込めた分、身体が流れて後方をかばえない。

 

 

「ひっ」

「比企」

 

 

 明白な狙いにそれぞれ左右に流れていた身体を止めて腕を伸ばすが、間に合う道理も無い。

 

 

『『ムド』!!!!』

 

 

 そうして、紫を通り越して黒く染まった呪殺魔法が放たれ、八幡の身体を容易に飲み込んだ。

 

 

「ヒッキー!!」

 

「っ!」

 

「ハチマン!!」

 

 

 悲痛な叫びがこだまする。

 

 眼を逸らしてしまう。

 

 己のペルソナにかつての力『リカーム』が備わっていれば、一時的な呪殺ならばなんとかなったのに、と後悔に歯ぎしりする。

 

 

「……?」

 

 

 アマノジャク ハ 呪殺耐性 ダ

 

 しかし、黒い塊からは何の変化も無い八幡の姿がそのままポンと排出された。

 

 

『む? お主には効かんのか。流石は我が過去に認めた男よ。ならばこっちだ『ムド』!!!』

 

 

 ザシキワラシ ハ 呪殺耐性 ダ

 

 

『ぬぅ!! リア充は呪いすらも弾くと言うのか! ならばこちらよ! 『ムド』ぉおお!!』

 

 

 ライジン ハ 呪殺耐性 ダ

 

 

 ここでネタ晴らしをしよう。

 

 実はこの奉仕部の3人のペルソナは総じて、呪殺に強い。

 

 雪乃と八幡が破魔に弱く、結衣が火炎に弱いが、全員が2つ、ないしは3つの属性に耐性を持っている優秀なペルソナなのだ。

 

 もちろん、耐性貫通をしてくるシャドウも居るだろう。

 

 耐性があったとしても運が悪ければそのまま死亡していただろう。

 

 しかし、ザイモクザ本人が元々人を殺してまでは…と考えている以上、その確率はさらに低くなる。

 

 なにせ、ここは精神の方が上位にあるパレスの中なのだから。

 

 だからと言って、それを許せるかどうか、納得できるかどうかは別問題。

 

 

『ぷ、ぷ、ぷ、ぷじゃけるなぁ!!!』

 

 

 巨大な体をプルプルと震わせながら、絶叫する。

 

 

『ライジンは仕方ない! そもそもぉ? 冥界からの刺客である故、呪いに縁があるからぁ? それは耐性があっても仕方ない!

 だが、何故分類的には妖精だとか外道になるザシキワラシとかアマノジャクが呪殺耐性を持っておるのだ!

 こんなの詐欺だ!! チートだ! 不公平だ! サギートヘイだ!』

 

「由比ヶ浜の妖精はともかく、なんで俺外道呼ばわりされてんの?」

 

「あ、あたし、妖精? えへへ」

 

 

 嬉しそうな顔で笑う結衣と、更に死んだような目になる八幡であった。

 

 別に結衣が妖精みたいに可愛いとか、八幡の性格が下種すぎて外道と言う意味で言われている訳ではない。

 

 あくまで彼らのペルソナをアクマのように分類するのであれば、そう言ったカテゴリに属すると言う意味である。

 

 加えて、あえて雪乃の『ライジン』を言えば、破壊神か地霊と言ったところだろうか。

 

 

「ザシキワラシの性質として、家に富をもたらす事ばかりにクローズアップされるけれど、家を離れたら衰退すると言う、貧乏神としての性質も持ち合わせているわ。

 そもそもザシキワラシの本質は家と言う広範囲に向けた呪詛をかける事。いわば、呪いをかける専門家とも言えるわ。なら、呪いに強くても当然でしょう」

 

「ゆきのん………って、あれ? 感動してたけど、ゆきのん、あたしの事貧乏神って言った?」

 

 

 自分の事をよく知ってくれている友達に、じーんと感動したが、あれ? と我に返りそうになる。

 

 

「それに、こんな目つきをした人を死霊と言わずに何を死霊と呼ぶの。

 既に死んでいる人を呪い殺すなんて、どんな矛盾かしら」

 

「……なんで、敵と味方の両方から攻撃されてんの? 混乱してんの? コンセンタラフーされちゃった?」

 

『むむむ! 一理ある!!』

 

「一理あるって認められちゃったよ。……俺の目つきの悪さは亡者級か、ハハハ」

 

「ハンカチ使うか? 小町殿がいれてくれてるぞ」

 

 

 乾いた声でわざとらしく笑い声を出すその顔は、ちょっと湿っていた。

 

 ありがと、とハンカチを受け取って目元に当てる。

 

 とんでも理論だが、なんで普通の妖怪のアマノジャクが呪いに耐性を持っているのか分からないので、まぁひとまずそう納得するしかないのが悲しい。

 

 涙が出ちゃうくらいには悲しい。

 

 

『えーい!! ならば、仕方あるまい! せめてもの慈悲として即死魔法をしてやっていたが、方針転換である!!

 我がムドしか使えんと思いこんだのがそちらの敗因よ! いくぞぉおお!! 『疾風鬼殺斬(マハガル)!!』

 

「攻撃範囲が広い! お前らは下がってろ!!」

 

 

 鬼神義輝が、大仰なポージング(無駄)で広域衝撃魔法を詠唱する。

 

 衝撃属性は耐性のある雪乃とモルガナにはあまり効果が無いが、それでも他の二人には厳しい攻撃だった。

 

 

「ハチマン、結衣殿だいじょうぶか?」

 

「正直キツイし」

 

「だいじょばないが、なんとかする……」

 

「いまは根性論とかどうでもいいから、早く体勢を立て直して…」

 

『むぅ! まだ、動けるか! ならば、何度でも攻撃するまでよ!! いくぞぉおおお………さっきなんて名前で攻撃したっけ?』

 

「もう、マジ無理なんだけど『癒しの風』!」

 

 

 広範囲に衝撃が振りまかれたせいで放った側が一瞬見失ったが、すぐに補足される。

 

 立て続けにうたれては壊滅必至だったが、どうにも変な所に気が取られて時間をえた。

 

 その隙を見計らって、結衣が全体を回復させる。

 

 

『ええい! もうなんでもよいわ! 『義輝っっビーム(マハガル)!!』』

 

 

 ビーム要素の全くない衝撃魔法がまたしても放たれる。

 

 だが

 

 

『むぅ?! 我の狙ったところから見当違いの場所に魔法が?!』

 

 

 その魔法の衝撃の殆どが明後日の方向に逸れていった。

 

 

「へっ、土壇場で覚醒、なんてのは主人公の特権だろうが………まぁ、悪くない」

 

『ぬぬぬ! は、八幡! お主何をした!!』

 

 

 得意げな雰囲気をしている八幡にこの事態の秘密があると、地団駄を踏みながら(それだけで地響きがなる)問いただす。

 

 

「どうにも、俺の『アマノジャク』は人の足を引っ張るのが得意みたいでな………

 つまり、またまたやらせていただきましたぁ! ってやつだ。もういっちょ『スクンダ』」

 

 

 ゲーム的に説明するのなら、『アマノジャク』がレベリングの成果で新たな魔法『スクンダ』を覚え、鬼神義輝の命中率を下げ…魔法のコントロールの制御を乱したのだ

 

 今までがモルガナで鎧袖一触だったり、弱体化に頼るまでも無い弱いシャドウばかりだったためその恩恵を初めて目にする一行だった。

 

 

「やるじゃねえか! 雪乃殿の時も結衣殿の時も役立たずだったのを面目躍如だな!」

 

「地味に気にしてたところを言うなクソ猫」

 

『全く意味が分からん! が、腹が立つ!! 我が…我こそが最強なのだぁ!!!』

 

 

 アマノジャクまでも抗議するように狩衣の袖をブンブンと振り回している。

 

 何が何だか分からないままでも、魔法があまり効果的ではなくなったと分かった鬼神義輝が巨体を思い切り振るって、殴りつけようとする。

 

 

「いけない、よけ…」

 

「いや、大丈夫だ。ペルソナでガード!!」

 

『死ねよやぁあああああああ!!!』

 

『『『『ペルソナ!!』』』』

 

 

 10メートル近い巨体の拳を、四体のペルソナが完全に受け止める。

 

 

『ば、ばかにゃ! 我のゴッドブローを受け止めた、だとぉ!!』

 

「デバフは戦術の基本、ってか。案外すげーじゃん、アマノジャク」

 

 

 材木座が無駄話をしていたり、時間を浪費したりしているうちに、せっせと八幡は分析とデバフ(弱体化)を続けていたのだ。

 

 今の鬼神義輝の状態はゲーム風に言うのなら、『攻・防・命回 2段階ダウン』。

 

 効果時間の関係上、最大までは下げ切れていないがそれでも十分な効果が発揮される。

 

 いくら巨体故に攻撃力があるとはいっても、ここまでデバフを重ねられると流石に致命打とならない。

 

 

「さっきから、ずっとぼそぼそと独り言を言っていると思ったら、そんな事を………」

 

「でも、すごい楽になったよ!」

 

『あ、痛い! 痛いでござる! 受け止められた我の拳がいたーい!!』

 

 

 見た目と反した攻撃の軽さ、拳から伝わる構造の脆さを実感して、返す刀で反撃する。

 

 シミターが拳を割り、ナイフが広げ、扇子が圧し戻す。

 

 

「しかも朗報はもう一つ。あいつの分析も終わった。あいつの弱点は」

 

 

 呪殺、広範囲衝撃魔法という構成からして、この相手は魔法に寄っている。そんなキャラの弱点はたいてい何だろうか?

 

 

「物理攻撃。殴られたりするのに、弱い!」

 

『げ、げーーーー!!』

 

 

 レベルを上げて物理で殴られるのに大体弱い。フィジカル的に考えて。

 

 

「………そう」

 

「なんだ、それなら」

 

 

 カシャンと、雪乃と結衣がそれぞれの得物を構え直す。

 

 

『ま、まて! 我のこの強固な形状を見てみろ! 岩とコンクリとあとローマンコンクリに、砂利もあるこれにその細腕の攻撃が効くわけがない!!

 だから、その物騒な物は即刻仕舞って、魔法合戦と行こうではないか! そう八幡よ、ここが我と貴様の天下分け目…』

 

「あぁ、ちなみに、俺はデバフを撃ち続けてそろそろガス欠だから、あとは頼んだ『タルンダ』」

 

「まぁそんだけ魔法撃ち続けりゃそうだな」

 

『ふぎゅうう!!』

 

 

 ダメ押しとばかりに、もう一度デバフを撃つ。

 

 タルンダの効果時間が伸びた。

 

 

「普段なら疲れたと言う言葉も無視して鞭打たせるのだけれど、今回ばかりはあなたの活躍がMVPね。いいわ、後ろで私達の活躍を見ていなさい」

 

「すぐに終わらせるから、休んでてね。モルちゃんも今回はあたしたちに任せて」

 

『ぴ』

 

 

 ナイフを構えた雪乃が『ライジン』に『毒針』の準備をさせ、扇子をぐるんぐるんと回す結衣が『ザシキワラシ』に万一の為に回復を事前に指示する。

 

 アトラクションゾーンからフラストレーションを貯め続けた彼女たちの前では、脆くなった城塞は無きがごとし。

 

 つまり? 物理弱点とか、ボスに出しちゃダメでしょ。フルボッコターイム。

 

 

『ぴぎゃあああああーーーーー!!!』

 

「悪は滅んだ」

 

「むごいぜ」

 

 

 




ペルソナメモ

 デバフ…敵の能力を下げる魔法。攻撃を下げる『タルンダ』防御を下げる『ラクンダ』命中・回避を下げる『スクンダ』。こういった魔法をまとめて『ンダ系』と呼ぶ。逆に味方の各能力を上げる魔法は『タルカジャ』など『カジャ系』はバフ。
 バフデバフを制する者はメガテンを制す。と言うか、難易度ノーマル以上は補助系統の魔法を使いこなさないときつい。もしくは無理。
 敵の能力を下げ、味方の能力を上げ、他の補助魔法を使って、更に耐性を考えてようやく普通にストーリーボスに勝てると言うのが、アトラスクオリティ。裏ボス? さらに装備も仲間、仲魔(ペルソナ)、スキルも厳選しろ。もしくはヨシツネの八艘飛びでごり押せ。


 ザイモクザパレスの出現シャドウはオンモラキ等のフード系やスダマ等の妖怪。FOEにコッパテング(衝撃耐性)やカマプアア(Lv24)なども出現する為、弱体化したモルガナだけだと少しきつい。先制が出来なければ普通に苦戦するが、材木座の良心に助けられた形になっている。ボス戦は多分雪乃の口撃がなければ鬼神にならなかった為、もう少し楽だった。そのままの状態でもマハガルで全体を攻撃してくるし、運が悪ければムドで一発死もあるという一度戦線が崩れると、そのまま負けていてもおかしくない位にはボス性能だった。物理弱点じゃなかったら、女子に殺意を向けられて腰が引けていなければ、普通に負けてたと思う。


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どうあっても材木座は七転八倒する

とりあえず25話までの15話分のストックが出来ているので、材木座の次の区切りである19話までは毎日投稿します。
そこまでいってようやく原作1巻分ですので、長い目でお付き合いください。


4月20日(金)夕方 ザイモクザパレス

 

『酷い、酷過ぎる。我が何をしたと言うのだ。ただ、気持ちいい感じに創作活動をしてただけなのに』

 

 

 城を破壊され、元のサイズにまで戻ったザイモクザが地面にへたり込みながら泣き言を漏らす。

 

 

『ただ、シャドウも八幡たちも全て我の作品のネタにして適当にゲラゲラ笑ってやろうとしただけなのに』

 

 

 泣き言からすら、根性のねじ曲がった発言が飛び出てくるあたり、筋金入りである。

 

 あまりのうじうじとした惨状に、普段の三倍(当社比)イライラした様子の雪乃がカツリと近寄る。

 

 

「っ」

 

「あぁっと、俺に任せてくんない?」

 

 

 我慢しきれないとばかりに口を開きかけた雪乃より一歩先に出た八幡が、遠慮がちに(怯えながら)頼む。

 

 このままこの女子に好き勝手言わせたら、また材木座が暴走してしまうかもしれない

 

 もしくは、再起不能になってしまうかもしれない。

 

 流石にそれは顔見知りとして、忍びない。

 

 そんな考えからの行動だった。

 

 

「………そう。あなたのお友達ですものね。好きなさい」

 

「いや、友達じゃねえけどな」

 

 

 少しばかり躊躇ったものの、溜まり切った鬱憤を爆発させることなく翻意させた手腕。

 

 気分はまさに爆発物処理班である。

 

 女子に地雷が埋まっているのはゲームだけで十分なのに。

 

 なお、リアルだと地雷(踏むとやばい)どころか、機雷(触れるとやばい)もあるし、魚雷(やばいネタが追いかけてくる)もあるし、ミサイル(自動追尾)なんかも標準装備。やっぱりリアルはクソだわ。

 

 

『のう、八幡よ。我、そんな悪い事をしたか? ただ、我は我の書いた作品を適当に『一人ぼっちは寂しいもんな』って共感してもらいたかっただけなのだ』

 

「………多分、そこなんだろうなぁ」

 

 

 よいしょ、と手近な瓦礫(義輝城残骸)に腰掛けて、材木座と向き合う。

 

 

「別に、俺からしたら、材木座の小説が日本語出来てなくても、脈絡なく女キャラ裸にしても、先の読めすぎる展開でも構わねえんだよなあ。

 むしろ、最近のな○うとかだと、まともな文章で書かれてるのを探すのも一苦労だし、ヒロインが可愛かったら大体許せるし、先が読めるって事は筋が通ってるとも言い換えられる」

 

『それにしては、我、滅茶苦茶ボロカスに言われたのだが…』

 

 

 流石に何度もアナライズを試し、デバフを連発した疲労が厳しい。

 

 だるそうな顔を隠さずに淡々と告げる。

 

 

「まあ、その辺は読めない文章を書いたお前が悪い。

 本当に小説家になったら、編集者にもっとぼろくそに言われる。その予行練習として考えろ」

 

『むぅ、一理ある。だが、雪ノ下嬢よりも舌鋒が鋭い人はそこまでおらんと思うぞ。多分』

 

 

 ヒュゴォと背後から寒気が襲ってくる幻覚を覚えるが、努めて無視する。

 

 だって、あいつの属性は電撃と衝撃なんだから氷結は違う。八幡は自分に言い聞かせた。

 

 

「自分の作品が面白いって自負があるのも、まぁ当然だ。

 自分が面白いって思わない作品を誰が面白いって思ってくれるんだよ。

 自分の作品の一番のファンは自分だろ」

 

『は、八幡! お主、あんがい良い事を言うではないか! そのフレーズイタダキ!!

 自分の、作品の、一番のファンは、自分、と。しかし、もう少しオサレな言葉にしたいな』

 

「そこだ」

 

『ぬ?』

 

 

 八幡の(適当な)言葉に感銘を受けた(ちょろい)ザイモクザに指を向けて、指摘する。

 

 

「小説だろうがなんだろうが、作品を作るとき、一番必要なのは一貫して言いたいことは何なのか、ってことなんだよ」

 

『いや、それは我の作品は我が面白いと思えるように』

 

「だから、さっきから言ってるじゃねえか。

 別にお前が自己投影した主人公に俺TUEEEをさせても構わねえ。

 それがヒロインにもてはやされても構わんって」

 

『あれ? そうだっけ?』

 

 

 若干のニュアンスの違いに、黒材木座が首をかしげるが、まぁ、大体あってるから。

 

 材木座がどんな内容を書こうが構わない、と言う事は変わっていない。

 

 そもそも、八幡に材木座の小説に興味が無い…げふん。

 

 というか、あまりの疲労とその疲れる原因となった人物の説得と言う事でイライラし始めている。

 

 

「肝心なのは、その作品でお前が何を言いたいのかだ。

 お前が爽快感を覚えるのが目的なら、くっそムカつく敵役を出してみたり

 ちやほやされるのが目的なら、ちやほやされる理由になる所を掘り下げたり

 笑わせたいなら、ギャグの勉強をしてみたり

 涙させたいなら、感情移入できるキャラクターにしてみたり………

 材木座、お前からアウトプットされる物にはさっきから何を言いたいのかさっぱりわからん。

 どっかで見たようなキャラクター、どっかで聞いたような言葉、どっかでやられたような展開。

 その原因は、材木座自身何を目的にして、どんな言葉で言いたいのかを具体的に分かってないからじゃねえのか?」

 

『………』

 

「だから、俺はこの小説を読んで第一に思ったのは『これ、なんのパクリだよ』って呆れだ」

 

 

 グサグサと言葉の針を刺し続ける八幡。

 

 なお、その言葉の針は作者にもぶっ刺さっている。その言葉は俺によく効く。

 

 

「別に芸術家きどって流行を作ったりするのが目的でもないし、大衆におもしれー! って言われる為に書いたわけじゃねえんだろ?

 だったら、多分もうちょいまともなモンにしてくるだろ、つかそこに寄せられる程度にはお前頭悪くないだろ」

 

『………』

 

 

 じっと、自分の掌を見つめる材木座に淡々と、いや、むしろイライラして指をトントンしながら吐き出し続ける。

 

 いい加減、帰って休みたいのだ。

 

 部活時間からの数時間をハードワークしているのだ。

 

 いくら体力が有り余っているぼっちでも、厳しいものがある。

 

 

「お前の小説からは、とにかく自分の書きたい欲求だけが見えてたけどよ。

 でも、その書きたい欲求の素になったお前の、お前だけが理解できる『目的』があったんだろ。

 だったら、それを思い出せ、材木座義輝」

 

『………』

 

 

 これでトドメだ! と言わんばかりに臭いセリフを吐く八幡。

 

 おそらく、帰ってから反芻してベッドで疲労で動かない身体を悶えさせることになるだろう。

 

 ここまで言ったのに、ザイモクザは微動だにしない。

 

 ここまで、か。

 

 そう、八幡が諦めて背後に控えている雪乃にバトンタッチしようとする。

 

 雪乃の容赦ないマシンガン批評にさらさせるのは不憫な、そしてまた暴走されてはかなわないと似合わない説教なんかをした。

 

 だが、もしかするとずっと黙っていた結衣ならもっと的確な言葉をかけられたかもしれないな。

 

 そう考えて立ち上がった時。

 

 

『おもい、だした』

 

 

 ぽつりとザイモクザがこぼした。

 

 

『そうだ、そうだったのだ。我は何故このような簡単な事を忘れていたのだろうか』

 

「材木座?」

 

 

 見つめていた手の平を握りこぶしに変えて、声に力が入りだす。

 

 ぷるぷると震えながらも、足をまっすぐに立たせ、まっすぐな姿勢で空を見上げる。

 

 

『そうだ、我は見果てぬ蒼穹に夢を見たのだ。

 例え夢果てんとしても、我は遥かな先に輝きを見た』

 

 

 一言発するたびに、全身を覆っていた黒いナニカがひび割れていく。

 

 ぴしり、ぴしりと少しずつ、だが確実に。

 

 

『ありがとう、我が盟友よ。我は肝心な事を思い出すことができた』

 

「…いや、友達じゃねえよ」

 

 

 黒く染まり、真っ赤な目ではあったがその顔は確かに笑っていたのだと思う。

 

 ぼそり、と付け加えるが、その言葉にはザイモクザの言に反して力が無い。

 

 

『すまなんだな。迷惑をかけた。

 そちらの二方にも、猫殿にも』

 

「別に、こういう事は不本意ながら慣れてしまったから」

 

「あっ、うん、別に今回あたしなにもしてないし」

 

「ワガハイの名前はモルガナだ、ちゃんと覚えとけよ」

 

 

 清々しさすら感じられる笑顔で、さっきまでまともに会話すらできていなかった女子に声をかける。

 

 まるで、生まれ変わったかのような爽快な気分である。

 

 ぴしり、びしりとほぼ全身にひびが行き渡った彼は一つ大きく深呼吸した。

 

 

『これが、自分の気付いていた弱さを認め、自己を確立すると言う事か。

 ………………案外、悪くない物だな』

 

 

 最後の最後までカッコつけたような言葉を吐きながら、身体にまとわりついていた黒が一気に剥がれ落ちる。

 

 

「ペルソナ『ギュウキ』!!」

 

 

 そして、己を克服した証としての能力(ちから)、ペルソナを出現させた。

 

 

 

 

 

 

 

「え? なんで、今ペルソナ出したの?」

 

「しっ、今はあいつの気持ちよさそうな展開だから、邪魔すんな。万が一失敗したら目も当てられん」

 

「由比ヶ浜さんも似たような事していなかったかしら」

 

「とにかく、これでようやく終わりだな」

 

 

 結局最後まで締まる事無く、今回の材木座が端を発して発生したパレスは解決する事になった。

 

 ころんと、胸ポケットから落ちてきた万年筆をシミターで叩き割り、残滓を『ゾロ』で吹き飛ばす。

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、魔術師のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 

 

4月20日(金)夕方 奉仕部部室

 

 

「ところで、中二の夢って何だったの?」

 

 

 元通りとなった奉仕部の部室で、四人と一匹全員がぐったりとしている。

 

 帰れるまでの体力を回復していた時に結衣が疑問を挙げた。

 

 それぞれが自分に合っている回復アイテムとして飲み物と軽食を持ってきていたが、それだけでは回復しきれなかったようだ。

 

 

「…あぁ、いや、まぁ別になんでもいいじゃねえか。

 今はもう疲れてるし、それはまたいつか今度って事で」

 

「どうせ帰れる程度になるまでもう少しかかるのだから、暇つぶしがてら聞いてみてもいいんじゃない? 興味はないけれど」

 

 

 止めようとする八幡に、心底どうでもよさそうな声音で雪乃が後押しする。

 

 

「ふっふっふっふ、よくぞ聞いてくれた!! 我の壮大な夢!

 それをいまここでお主等だけに聞かせてしんぜよう!!」

 

「だから、煩い。疲れてる頭に響くでしょう」

 

「あっ、はい」

 

 

 疲れていても、夢を語るときはその疲労を一時だけ忘れることができる。

 

 中二も男の子なんだなぁ、と改めて思う結衣。

 

 とにかく静かにしてほしい雪乃。

 

 うへぇと言わんばかりに嫌そうな顔をする八幡。

 

 慣れているからか、一足先に動けるようになってそっと部室をあとにするモルガナ。

 

 

「我の夢はな、その、えっと、何と言うか」

 

「きもい、サバッと言え。どうせ誰も期待してねえよ」

 

「酷い! お主さっきから口がどんどん悪くなっておらんか!?」

 

「言わないなら、静かにしておいてくれないかしら」

 

「言う! もう、こうなっては意地である! しかと聞けい!」

 

 

 もうどうでもいい感を隠さない八幡と雪乃、飽きてきた結衣。

 

 そんな空気を敏感に感じ取って、ここを逃せば二度と発表させてもらえないと確信して慌てて見栄を切る。

 

 

「我の夢は……………………その、声優さんとお近づきになって、あわよくば結婚したい」

 

「「「……………………」」」

 

 

 そうして、もじもじとして、溜めに溜めた後に告げられた内容に三人が絶句する。

 

 

「我、声優さんが本当に好きでな。今思えば、我の目的は『我が書いた作品がアニメ化されて声優さんと親密になりたい』と言う崇高な理念を持っていたのだった。八幡よ、お主には感謝したい。我の純粋な夢を思い出させてくれて。いつの間にか、売れてる作品のパクリをすればアニメ化できるかもしれんと言う妄想につられて目的を見失っていた。これが手段と目的の逆転という奴であるな、恐ろしい妖魔にたぶらかされておったようだ。だが、これからは違う! 我が面白い作品を書かなければその前提にもならんのだと気付いた以上、我の今後の小説は今までとは全く異なるものとなぁる!!」

 

「帰るか」

 

「そだね、ゆきのん帰ろ」

 

「ええ。帰りましょう」

 

 

 一人演説をしている彼をそのままに、三人が一斉に席を立つ。

 

 少々足取りがおぼつかない感覚があるが、それでも帰宅するだけなら出来るだろう。

 

 

「だからこそ、我はもう一度書くぞ! 剣豪将軍である我が心底から魂を捧げるまでの代償を払うのだ、ならば我の壮大な夢も叶うは必然…って、あれ? みな、どこへ行くのだ。我のスピーチはまだ」

 

「部室のカギはそこにあるから、戸締りはしておいてね」

 

「甘い物たべたいなぁ」

 

「マッカンなら、ここにあるぞ」

 

「食べたいって言ったのに、飲み物とか、ヒッキー話聞いてる?

 てか、クッキー食べた後にそんなの飲んだら太っちゃうじゃん」

 

「あ、あれれええええ?」

 

 

 材木座の渾身の言葉も全て無視して、帰り支度を済ませる三人。

 

 扉をくぐる寸前、雪乃が声をかけるが、最低限の連絡事項だけだった。

 

 一切の興味も無い、そんな冷たい眼だった。

 

 

「お、お主等、本当に我の扱い酷くない?」

 

 

 そして結衣が退室し、続く八幡の背中に泣きそうになりながら、材木座が佇む。

 

 

「つぎ」

 

「へ?」

 

 

 扉を抜けて、閉める寸前、部室に顔を向けながらポツリと八幡が何かを言う。

 

 

「宣言通り、()はもうちょいまともな内容にしてくれ。じゃあな」

 

 

 一方的に告げて、カラカラと扉をスライドさせて閉めきる。

 

 残されたのは一人。

 

 

「………次…そうか、また、読んでくれるのか」

 

 

 だが、その彼の顔には悲嘆の色は残っていなかった。

 

 

「そうか、そうか」

 

 

 長い間ぼっちとして過ごしていた為、される事が無かった<次に繋がる約束>にほころばせる。

 

 ふつふつと、彼の心中に形容しがたい感情が湧き上がり、心のままに叫びたくなってくる。

 

 そして、その衝動に逆らわぬまま、歓喜の雄叫びを挙げた。

 

 

「ファン一号げーーーーーっと!!」

 

 

 拳を天につきあげて、勝利を祝う。

 

 

「いや、ファンでもねえよ」

 

 

 扉の向こう、廊下の先から聞こえないツッコミを受けながら。

 

 

 




ペルソナメモ

 ギュウキ(牛鬼)…牛の頭、鬼の身体。いやそれとは逆の身体。昆虫の羽がある、猫の身体と尻尾がある等々………様々な伝承がある。毒を吐き、自分を殺した相手を同じ牛鬼にする。
 土蜘蛛と同一視される事もあるが、字面から言えばミノタウロス。真Ⅳでは中ボスだったね、死ね。対策なしで行ったら、それまでと難易度が違い過ぎて全滅するのは必至だった人も多いハズ。本当に死ね。むしろ自分たちがカロンのお世話になった。

 アルカナ…魔術師

 ステータス…呪殺耐性。破魔無効。物理弱点

 初期スキル…ムド、ガル、夢見針
 現状スキル…ムド、マハガル、夢見針、エイハ


 雪乃と同じく、魔法に偏った物理も一応覚えるペルソナ。ようやく、全体に攻撃できるスキルを持ったペルソナが出て来て、雑魚に囲まれても何とかなりそうになった。地味に破魔無効がいい味出してる。多分『ニフラム!ニフラム!』が効かないコピペの影響。
 レベルを上げると、マハエイハにもなる。優先的にレベルを上げよう。雪乃たちは個人の性質から、マハ~を覚えないように設定してある為、今は本当に材木座が命綱。
 ただし、得意属性は呪殺の為、後半になって呪殺が効かない雑魚が出てくると一気に殲滅力不足になるし、もう少ししたらモルガナがマハガル思い出すから、序盤だけの無双である、よかったな()。

魔術師のアルカナの正位置には『創造、自ら切り開く』逆位置には『混迷、無気力な姿』と言った意味が含まれる。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank1 New
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank1
女帝
皇帝
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車
正義
隠者
運命
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽
審判
世界…奉仕部 Rank1


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そこまで比企谷八幡は乗り気ではない

4月22日(日)昼

 

「あれで悪神の欠片が全部って訳じゃねえ。第二第三の悪神の欠片が」

 

「ネタじゃなく、本当だから手に負えねえ」

 

 

 材木座を迎えて第二回ペルソナ会議が駅前のサイゼで開かれる。

 

 開口一番神妙な顔でカバンから頭だけ出して口出ししてくるモルガナを詰め直す。

 

 飲食店にペットは厳禁だって言ったでしょおじいちゃん。

 

 なお、土曜日は各々が体力回復に努めた為、休養日である。

 

 

「期待はしていなかったけれど、やはりあれだけでは済まないのね」

 

「まあまあ、あれくらいだったらなんとでもなるんじゃない?

 あたしも中二も仲間になったんだし」

 

「考えがサッカリンよりも甘い」

 

「あっマッカンじゃないんだ」

 

 

 ザイモクザパレスを攻略し、悪神の欠片だった万年筆はモルガナが消滅させた。

 

 だからといって、甘く見ていいわけではない。

 

 なぜなら、今回対応した悪神の欠片はモルガナがこちらに来てから殆ど時間を掛けずに遭遇できたものであり、

 力も人一人を支配しきれない消滅寸前の残滓と言っても過言では無いものだったからだ。

 

 加えて言うならば、寄生された材木座本人の小心な性格のせいで大分危険度が目減りしていたと言う点も見逃せない。

 

 これから先は今よりも更に力を蓄えた悪神の欠片に対応しなければいけない。

 

 更に暴力的な人間や、悪辣な人間に寄生されてしまえば、今回の比にもならない被害が出てもおかしくない。

 

 そもそも、一歩間違えば壊滅していてもおかしくない位には強敵だったのだが、のど元過ぎれば…

 

 

「ふむ、ならば我は知らぬ間に世界を救っていたと言う訳か。

 八幡よ、我の勘定を背負ってもよいぞ」

 

「寝言は寝て言え」

 

 

 それぞれがドリンクバーとつまめるポテトだけを注文しているのに、一人だけがっつり注文している奴の会計を何故払わねばならん。

 

 共有財布を管理しているからと言って、無駄遣いが許されている訳ではないのだ。

 

 具体的には経費支出報告書と言う名の書類が先日雪乃からのメールに添付されていた。

 

 やだ、お小遣い管理されるうだつのあがらないサラリーマンみたい。

 

 

「モルガナが悪神の欠片をサーチ出来る位に有能なら良かったんだが、現状出来るのは待ちの一手だけ」

 

「仕方ない所は有るけれど、もどかしいわね」

 

「う~ん、もやもやするなぁ」

 

 

 ボコボコとストローに息を吹き込んで、「マナーが悪いわよ」と叱られる結衣。

 

 

「お前は何処であれを拾ったとか、他に似たようなのがあるかとか分かんねえのか」

 

 

 手詰まり感がある状況で、先日までの当事者であった材木座に水を向けてみる。

 

 

「幾ら我であっても、知っている事と知らぬ事がある。

 どうしてもと言うのなら、相応の態度と「あっ、じゃあいいや」待て待て待て待てぇい!」

 

「「うるさい」」

 

 

 無駄にもったいつける面倒くさいセリフを途中で切ると小声で叫ぶ。

 

 

「けっぷこぷ! 乞われては仕方あるまい。我があの邪悪なテラーマターと出逢ったのは「いいから端的に話せ。リアルネーム住所付きでお前の小説、ネットに放流するぞ」止めて!!」

 

 

 半分涙目で縋る。

 

 アイドルとかモデルのオーディションではあるまいに、知り合いが勝手に応募しました。

 

 そんな事を自作小説でされてはメンタルが死ぬ。

 

 雪乃の舌鋒がトラウマになっている彼には今のところ不特定多数に自作を晒すだけの自信が無かった。

 

 雪乃にトラウマを覚えてる人間多すぎじゃないですかね。

 

 

「と言っても我が語れるのはそんなに多くはない。

 ほれ、八幡よお主と初めてペアになった体育の時間があったであろう。

 あの時、着替える為にトイレに制服を持って行ったときに、制服から落ちてきたのだ。

 買った覚えも無い物であったが故に不審には思ったが、何故か心が惹かれて手に取った。

 そこからは何故かなんでもできるような高揚感、万能感に満たされ気付いたらお主の元に書いていた小説を持って向かっておったのだ」

 

「着替えなのに、トイレ?」

 

「中二、ヒッキーの事好きすぎない? 普通に引くんだけど」

 

「毎日昼休みに雪ノ下相手に突撃するお前には言われたくないと思うし、キモイからやめて」

 

「本当に類は友を呼ぶのね…冗談はともかく。

 悪神の欠片が比企谷くんの愚者のアルカナに惹かれたのかもしれないわね」

 

 

 モルガナが最初から告げている『愚者のアルカナ』のトラブル吸引能力が発揮されたのか。

 

 状況証拠でしかないが、反証も出来ない。

 

 ならば残るのは事実だった。

 

 愚者のアルカナに悪神の欠片が引き寄せられる実例が出た以上、これからはのほほんともしていられない。

 

 

「だからと言って、何かが出来ると言う訳でもないのが苦しい所だな」

 

「中二のぱれす、無くなっちゃったもんね」

 

「我的には簡単に洗脳されるかもしれん所など消えて清々したがな」

 

 

 そうなのだ。

 

 ザイモクザパレスを攻略して、悪神の欠片を消滅させた。

 

 材木座も心の闇の暴走がなくなり、正常化したのならば必然パレスも消滅する。

 

 過去ダンジョンに潜れないとか、レベリングできる場所が無いとかRPGとしては落第点では?

 

 悪神の欠片がもっと力を取り戻して、全人類に対して働きかける事が出来るまでになれば、集合無意識のつまり大衆のパレス(メメントス)が出来るのだろう。

 

 しかし、それは本末転倒である。

 

 

「差し迫って近々に力を着けなければいけない訳ではないのが救いね」

 

「とりあえずこれ終わったら、こいつのパレスでドロップした戦利品を売って、軍資金にしてくるわ」

 

「ペルソナを鍛えられなくとも、物資の充実には力を尽くせるものね。

 ただ、逸話の在る武装ってとことんまで高額だから、焼け石に水」

 

「しないよりはマシだってことで」

 

 

 店売りで最強の武器を揃えて進むのが軽快にプレイするコツ。

 

 ただし、最後の町とかで買える武器を早くに手に入れればもっと楽勝になる。

 

 そんな精神が見えるのであった。

 

 数千、よくて一万程度で買える物なんてたかが知れるのだとしても。

 

 

「あたしは良いモノ拾ったけど、ゆきのんもヒッキーも持ち歩くのはきついもんね」

 

「天狗から授かりし宝具、我にこそふさわしいと思うのだが!」

 

「おじいちゃん、あなたには洞爺湖があるでしょ」

 

「中学の修学旅行で衝動買いした木刀が活躍するかもしれんなど、人生とは何があるか分からんな」

 

 

 八幡も雪乃も武器はホームセンターや通販で、高校生のお小遣いで買えて法律に違反しない程度の質。

 

 しかし、結衣の武器だけは一つ頭抜けて「いい」ものになっている。

 

 ザイモクザパレスで他のシャドウよりも少しだけ強い『コッパテング』が扇を落としたのだ。

 

 その名前も『天狗の扇』、そのままだな。

 

 使えば『ガル』を無消費で使える、お世辞抜きで逸品だ。

 

 しかも、シャドウからのドロップ品だからなのか、普段から持ち歩いていても誰も不自然に思わないと言う効果まである。

 

 昨日の夜、手持無沙汰で弄っているところを母親に見られても何も言われなかった事で判明した。

 

 

「ま、まぁ!? 我が自室で木刀担いでいても、『あぁ、いつもの』みたいな目で見られて気にもされんから実質引き分けだな!」

 

「コールドゲームだよ」

 

「親御さんも諦めてしまっているじゃない」

 

「警察には普通に捕まると思うよ、補導されるんじゃない」

 

 

 頭が痛い、と手をやる。

 

 結局、この日はまともな展望もなく、現状を確認するだけで終わった。

 

 帰り際、材木座が八幡だけを呼び止めて二人を残して解散する。

 

 モルガナは残ろうとしたが、猫分を補給したい雪乃に捕まってげんなりしながら連れ去られていった。

 

 仔牛が売られていく音楽が流れていた気がする。

 

 ドリンクバーでおかわりをして改めて男2人で向かい合う。

 

 

「で、なんだよ。買取の約束まで時間はあるが、下らん用事なら帰るぞ」

 

「う、うむ」

 

 

 もじ、と太ましい身体を縮こまらせて、手持無沙汰に水滴の浮かぶコップを握る。

 

 唇をもにゃもにゃさせて何か言いにくい事を言わんとするのは分かる。

 

 だが、それをして微笑ましいと思えるのは可愛い女の子だけだ。

 

 

「その、だな。先だっての事で相談があるのだ」

 

「回りくどいのはいいから、バシッと言えよ。聞くだけは聞いてやるから」

 

 

 返事をするとも言っていない。

 

 ただ、まぁなんやかんやと付き合いの良い男である。

 

 みるだに面倒事だと分かりながら、ちゃんと話を聞いてやるのだから。

 

 きっとなんだかんだと言いながら最後まで付き合ってしまうのだろう。

 

 

「声優さんとお近づきになるにはどうすればよいだろうか?」

 

「あ、すいません、お会計」

 

「はちまーーーーーん!! 話は最後まで聞けぇい!!

 と言うか、真面目な話だから、本気で相談に乗ってくれ!

 でないと我泣くぞ! 恥も外聞も無くな!」

 

 

 八幡は逃げ出そうとした。

 

 しかし ざいもくざ は はちまん の うで を つかんだ にげられない

 

 欠片だけが残るフォッカチオの皿がガタと音を鳴らす。

 

 

「知っておる通り、我は、以前までの我ではない。真の目的を思い出したいわば、真(チェンジ)! 義輝!

 剣豪将軍がミッシングリンクを経て、進化した存在」

 

「メタルグレイモンよりも、スカルグレイモンに進化しそうになって失敗、コロモンになったような存在だろうが」

 

 

 渋々、席に戻った八幡に材木座の戯言が爆発する。

 

 

「我が夢を思い出した以上、それに向けて邁進するのは必然。故に、それを手伝う事を許す!

 と言うか、どうすればいいのか見当もつかんので相談に乗ってほしい」

 

 

 最初からちゃんと言えよ、と思いながらドリンクバーから持ってきたジンジャエールを口に含む。

 

 しゅわしゅわとした感触に、話題のつまらなさからくる眠気を誤魔化して少しだけ考える。

 

 

→それなりの案を出してみる

 なんでそこで諦めるんだ、頑張れ頑張れやればできるきっとできる一人で出来る

 そっとしておこう(元の選択肢に戻ります=ループ選択肢)

 

 

「………別に、どの声優でもいいんだったら、一つ(どうでもいいと言う意味での)適当な案がある」

 

「は、ハチえもん!!」

 

 

 感涙しそうな材木座をうっとうしそうな目つきで見ながら、5秒で考えた案を提言する。

 

 言葉通り、本当に適当な案の為実現可能性などは一切考慮に入れていない。

 

 しかし、口を回さない限りは目の前のワナビから逃げる事も出来ないなら仕方ない。

 

 命の危機には弱くとも、面倒な状況から逃げる際にはその才が活かされる。

 

 

「名付けて『現代版光源氏計画』もしくは『キミが俺にとってのシンデレラプロジェクト』」

 

 

 そして、八幡が語った作戦はこうだった。

 

 今は声優戦国時代。

 

 数多のアニメやドラマCD、吹き替え等で話題になり、声優を目指す人は増加傾向にある。

 

 だが、その一方で売れっ子の声優になる人はほんの一握り。

 

 そして、売れっ子になっている人には既に大量のファンが居る。

 

 ならば、今更材木座がその人に近づこうとしても、それはただの一ファンにしかならない。

 

 

「発想を逆転させるんだ。売れっ子声優と結婚するんじゃなくて、売れっ子になった声優はお前の知り合いなのだと言う状況に持ち込めばいい。

 具体的には、デビュー前からずっとファンで、お前の小説の成長と一緒にステップアップするくらいの運命力があれば最高だ」

 

「な、成程!! デビュー開始前から寄り添った関係になれていれば、好感度に下駄をはいた状態であり、声優との結婚に飛躍的に近づける。

 我が赤羽○Pであり、武○Pとなれば、我モテモテ…お主天才か」

 

 

 感銘を受けているが、そんな都合よく材木座と二人三脚してくれる人が居る訳が無い。

 

 そもそもデビューしていない声優などただの一般人なのだ。

 

 声優に成って大成しそうで、その道を目指していて、尚且つ誰にもその才を見出されていない。

 

 そんなダイヤの原石を誰よりも早く見つけて、寄り添う。

 

 しかも相手も材木座を好いてくれる。

 

 うん、そう言う運命力はワイルドの持つモノであって、99%無理だろう。

 

 適当な事を言って、適当に煙に巻く八幡のコミュ力(限定的)の発露であった。

 

 

 材木座の戯言をあしらう事で八幡のコミュ力が『つっかえる』に上昇した

 

 

「と言っても、そもそも売れっ子になる声優を見出すとか、株とかFX並に先見の明が必要だし、お前の小説が良くなっていくと言う前提も…」

 

「よぉし! そうと決まったら、売り出される前の声優さんを調べるところから開始する!

 どうせ我を好きになってくれる声優さんとかほとんどいないだろうし、ここは数打てば当たる作戦である!

 片っ端からファンレターを送って、徐々に絞っていくのだ。

 更に自分の小説を書き上げて………こうなっては時間がいくらあっても足りんな。

 八幡よ、またお主に助けを求めるかもしれんが、その時はまたよろしく頼む! では、さらだばー!!」

 

「聞いてねえし」

 

 

 テンションの上がった材木座はふんすと鼻息荒く立ち上がり、どすどすと歩き去って行った。

 

 材木座との仲が深まった気がする。

 

 

「声優への応援(大量)と、自分の作品を書く、両方やらんといかんのがこの作戦のデメリットだったが…

 まぁ、あいつの熱量なら、突っ走れるところまでは突っ走るだろ」

 

 

 ジンジャエールをもう一度飲み、呆れた風に顔を歪ませる。

 

 空になったグラスをテーブルに置いて、伝票を片手に自分も帰路に就く。

 

 次に助けを求められる時は、せめてまともな作品を読むだけで済みますように、と叶わない願いを抱きながら。

 

 

「………、つか、あいつ自分で食った分の会計済まさずに帰りやがった」

 

「ありがとうございました~」

 

 

 帰りに今石燕に会って戦利品を売却したが、前回言っていた通り、前は初回特典としてさらに色を付けてくれたようだ。

 

 それでも高校生のお小遣いより多めには思える額だったが、材木座の所為であまり財布の厚みは増えなかった。

 

 帰ってから自室でペルソナを鍛えられる事は出来ないかと、モルガナに聞いてみた。

 

 しかしそんな都合のいいものは知らないらしく、最終的には自分磨きに力を入れろ。

 

 カレー作りを熟達しろ、バッティングしろ、将棋をやれだのと魔女の飼い猫よりも口うるさく言われるだけであった。

 

 材木座の相談みたいな面倒くさい事にこれからも巻き込まれるなら、嫌でも人間力が上がるだろう。

 

 それでも事前に自分磨きをしておけば少しは楽になる、と言われて少しだけ前向きに検討するのであった。

 

 

 




ペルソナメモ

 メメントス…大衆のパレス、これこそが悪神の本拠地であり、なによりも悪神が復活していることのバロメーターにもなりうる。逆説的に言えばこれが発生していない現状は、悪神の力が戻っていないとも言えるのではないか。しかし、大衆に力を及ぼせないとはいえ、かつては世界を統べる一歩手前にまで到達した神。影響力の範囲は狭くとも油断はできない。

愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2 Up
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank1
女帝
皇帝
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車
正義
隠者
運命
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽
審判
世界…奉仕部 Rank1


・知識………偏りがある
・度胸………びびり
・コミュ力…さっぱり→つっかえる
・根気………ゆとり
・器用さ……ぶきっちょ


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少なからず戸塚彩加は悲しかった

戸塚イベント開幕です。
さくさく進めたい気持ちが先だって全体的に描写が薄いなぁと思いますが、ご容赦ください。


4月23日(月)昼

 

 心地よい風の吹くベストプレイス(八幡談)で一人もしゃもしゃと総菜パンを食べている。

 

 モルガナは先日の特訓場所に関しての相談に、『主』とやらの元へと向かい本当に一人きりだった。

 

 だった、と過去形なのは、その彼の元に「ジャン負けしたから罰ゲームでジュース買いに来た」結衣がまたしてもふらりと立ち寄り今は一人ではないからだ。

 

 

「そういや、さ。ヒッキー入学式の時はありがとうね。で、ごめんなさい」

 

「………」

 

「その反応は何?」

 

 

 一瞬の沈黙を見計らって改めての謝罪と感謝を示したが、当の本人はズリズリと横に座る彼女から距離を取った。

 

 

「いや、また心の闇に囚われたりするかと思って」

 

「どういう意味だ!!」

 

 

 勢いよく喉にチョップを受けて軽くせき込む八幡。

 

 ダメージに慣れていなかったら即死だった。

 

 えほげほとむせながら睨み付けるが、目の前の表情が想像よりもずっと真剣な目をしていて二の句を告げなかった。

 

 

「ほら、あたし、ヒッキーの妹ちゃんには挨拶したけど、ヒッキー本人にはちゃんとお礼も謝罪もしてなかったなぁって思って。

 本当は、最初の依頼でヒッキーに渡すクッキーを作ろうって思ったんだけど」

 

「たった今傷害事件になりそうな真似しでかして言う台詞じゃねえよ」

 

「でも、当分の間はまともな物が作れそうにないし、一応ママに手伝ってもらったとは言ってもお礼の品も渡せたし………だから、改めて、ね」

 

 

 自分の膝を抱え込むようにして、上目遣いで八幡を見る。

 

 こうした変な空気になるのが嫌だからこそ、彼女が事故の原因だと気付いた後も言及していなかったのだと言うのに…

 

 それは自分本位の考え、むしろ無責任とまで言っても良い考えなのかもしれない。

 

 だから、そんな自分への嫌悪感のせいでつい口が滑ってしまった。

 

 

「まぁ、迷惑かけた、っつうなら、乗ってた雪ノ下にもだろ」

 

「へ? なんでそこで、ゆきのんが出てくるの?」

 

 

 やばい、と思ったが時は戻らない。

 

 

「…え? 乗ってた、え? うそ、もしかして」

 

「なんで、こんな時にもお前はそんなに察しが良いんだかな」

 

 

 吐き捨てるように溢し、ゴミになった昼飯の包み紙をくしゃくしゃにしてビニール袋に押し込む。

 

 一年前、入学式の日に起きた事故の当事者は被害者と、原因が今ここに居る。

 

 ならば、加害者は何処にいるのだろうか。

 

 何の因果だろうか、奉仕部という特異な場所に集まった最初の三人には、出会いからして一つの運命があったとしか思えない。

 

 

「あの車に乗ってたの、ゆきのんなんだ」

 

「まぁ、そだな」

 

 

 結衣が飼い犬のリードを手放し、八幡がそれを助けに道路に飛び出し、雪乃の乗った車がそれを撥ねた。

 

 言ってしまえばただそれだけの話だった。

 

 後遺症が残る怪我もせず、示談で済ませられる範疇の事故。

 

 その被害者と原因と加害者がその事実を知った状態で知り合えたのなら、それだけで済んだ話。

 

 しかし、そうではなかった。

 

 

「ゆきのん、も。知ってるんだよね」

 

「多分な。わざわざ確認する必要もねえから聞いてねえけど。

 だけど、知らねえって言う方が不自然だしな」

 

「そっか」

 

 

 抱え込んでいた足を更に引き寄せて、顔を見えなくする結衣。

 

 深刻な空気になると酸素が足りなくて死んじゃう! と気まずげな八幡。

 

 特別棟、購買の裏、テニスコートが見える位置に座る二人に沈黙が降りる。

 

 

「なんで、ヒッキーはゆきのんがあの事故に関わってるって知ってたの?」

 

「それは…」

 

 

 その問いかけに答えは返されなかった。

 

 

「あれ? 由比ヶ浜さん、と…比企谷くん。こんな所でどうしたの?」

 

「え? あ、さいちゃん」

 

 

 答える前に話を切り上げる理由が出来てしまった。

 

 俯いていた顔を上げて唐突にかけられた声のする方に向けると、そこには先ほどまでテニスコートで練習をしていた生徒が居た。

 

 この生徒の名前は戸塚彩加。

 

 テニス部員で、ドンドンと弱体化していく、更に士気も下がっているテニス部の立て直しに奮闘する人物である。

 

 銀糸の髪、華奢な体躯、中性的な声、犬でいえばチワワ級、猫でいえばマンチカン並のかわいらしさを持つ 男 子 である。

 

 同じクラスの癖に名前も、性別も知らなかったと言う失態を犯した八幡。

 

 それを責めたてる事で元気を取り戻した結衣。

 

 ついでに八幡の心の地雷を漢解除する結衣が居たり、

 

 その仲良さげな二人に言いにくい感情を持つ戸塚が居たり。

 

 

「やぁ、もう。ほんと、ヒッキー有りえないし。一年のころからのクラスメートの名前すら覚えてないとか」

 

「そろそろ止めろ。戸塚への罪悪感で、小学校のころ謝罪のシュプレヒコールで泣かされた時以来の涙が出てきそうだ」

 

「だから、なんでヒッキーはそこらじゅうに地雷埋めてるかなぁ!!」

 

「と、ところで、二人とも最近この辺によく見かけられる不審者の事って知ってるかな?」

 

 

 地雷解体班と化した彼らを気遣って、パンと両手を合わせて話を逸らそうとする。

 

 

「ヒッキー?」

 

「目付きだけで不審者呼ばわりするのは止めろ。

 ここの制服を着ている限り、通報はされない。

 まあ小町の要請で雨の日に傘を持って行ったときに不審者に間違われて通報されかけたけど」

 

「今のは知ってる? って意味だから! てか本当に不審者扱いされてんじゃん!」

 

「ちょっとおしゃれなショップに立ち入ろうものなら、秒で警戒態勢を敷かれるから慣れてる」

 

「それ慣れちゃダメなヤツ!」

 

「結局、どんな話題でも地雷があるんだ」

 

 

 あはは、と苦笑いするしかない戸塚に『ごめんね、トラウマ量産する人生送ってて』と内心詫びるしかない。

 

 

「で、不審者って?」

 

「あっ、うん。実は僕も見たことはないんだけど、黒塗りの車がジッと止まってるとか。

 あとは、真っ黒なスーツを着た人がずっとグラウンドを見つめてるとか。

 他にもマスクしたその不審者に『オレイケメン?』って聞かれて返事しちゃうと真っ黒な口で食べられちゃうとか」

 

「最後は不審者じゃなくて都市伝説だし、口裂け女のオマージュじゃねえかよ。ポマードって連呼すればいいのか?」

 

「全体的に黒いんだね」

 

 

 ほえーと感心している。

 

 そんな益体も無い話を続けていると、昼休み終了の合図が鳴る。

 

 三人ともが同じクラスと言う事で、一緒に帰るか、と立ち上がった時。

 

 

「そういや、お前なんでここに来たんだっけ?」

 

「え? なんで…? ………あっ! ゆきのんのジュース忘れてたぁ!!!!」

 

 

 地雷爆破のしっぺ返しなのか、痛恨の一撃が結衣に突き刺さる。

 

 きっと、奉仕部の部室で「由比ヶ浜さん、まだかしら」と寂しく一人待ちぼうけさせられている雪乃が思い浮かび、「いやいや、寂しく思うよりも激怒する方がらしいか」と修正して自分までも寒気が走る八幡であった。

 

 結局、その日は雪乃が少々ばかし機嫌を曲げてしまい、その機嫌を取る為に忙しかった結衣には、疑問への回答が与えられなかった。

 

 日常は進む。確かにしこりを残して。

 

 ちなみに、戻って来たモルガナは何も成果を得られることは無かった。

 

 未来の不安はそのままに現実は厳しいのだった。

 

 

 

4月27日(金)昼

 

「ゆきのんなら出来るでしょ?」

 

「良い度胸じゃない、あなたがそんな言葉で私を挑発するだなんて思ってもみなかったわ。でも、いいわ。

 うけてあげる、その挑戦。戸塚くん、あなたの依頼は私たち奉仕部が責任をもって請け負いましょう」

 

 

 八幡と結衣の突発的昼休みの邂逅から数日。

 体育の時間に戸塚から相談を受けた八幡が、戸塚の助けになれないかと雪乃に相談している時、

 

 

 結衣が当の本人である戸塚を召喚。

 

 戸塚は八幡に甘えた。

 

 八幡はデレデレしている。行動不能

 

 雪乃は戸塚の召喚に異議を唱えた。

 

 結衣は雪乃に信頼を見せつけた。

 

 雪乃は結衣に挑発されたと思い込んだ。

 

 雪乃は暴走している。制御不能

 

 モルガナは何か鼻がムズムズすると言って逃げ去った。

 

 

 とまれ、そんなこんながあって、戸塚彩加の依頼『テニス技術の向上で他の部員を引っ張りたい』が受理された。

 

 どうやら5月頭にテニスの試合があり、それが実質の三年生の引退試合らしい。

 

 それまでには戸塚自身がある程度強くなり、部を牽引できる存在になりたい。

 

 そんな内容だった。

 

 昼休みになると、戸塚が使用許可をもらったテニスコートで雪乃式訓練を行う戸塚。

 

 ダイエット?! と聞いて一緒に参加する結衣。

 

 今後の為にも体力は必要か、と先を見据え…すまん、八幡。お主の犠牲は忘れん!!

 

 煩悩に支配されそうになった為、強制参加させられる男子。

 

 もちろん、材木座も一緒だYo! 一人ぼっちは寂しいもんな。

 

 八幡よ! それは我の足を引っ張りながら言う言葉ではない!!By材木座義輝

 

 モルガナは何処に逃げた! 最近単独行動し過ぎじゃない?

 

 

「のう、八幡よ」

 

「どした、今蟻の生態観察に忙しいんだが」

 

 

 筋トレを終わらせて煩悩を疲労感で押し流され、悟りの境地で蟻に一つのドラマを見出していると、材木座が小声で話しかける。

 

 チラチラと周囲を気にしているように、コソコソしているが、体格の面もあって逆に目立っている気がする。

 

 もっともそれに注目する人間はこの場には居ないのだが。

 

 良くも悪くも、材木座義輝と言う性格に慣れてしまったのだろう。

 

 ちらっと、彼らを見て関心度0の眼差しでスルーする女子2人が良い例だ。

 

 

「気のせいかも知れんが、あの御仁。ずっとこちらを見ておらんか?」

 

「誰? ってあのリーマンか」

 

「いかん! 指を指すな! …気取られるぞ」

 

 

 ヒソヒソと口元に当てて囁いてくると息が気持ち悪い。

 

 ぷしゅー、ふしゅーと付き合わされた筋トレの疲労で息が切れているのが余計に。

 

 そんな彼の眼鏡で分かりにくい視線の向きを追ってみると、黒いスーツを着ている初老の男性がフェンスの外に佇んでいた。

 

 反射的に戸塚から聞いた不審者の噂を思い出す。

 

 

「どうせリストラされて家に居場所が無い親父が『ガキの頃に戻りたい』とか、『俺の娘も来年から高校生なんだよな、ごめんな。父ちゃん無職になったから進学費用も出せないんだ…こんな楽しそうな学校生活、送らせてやりたかったなぁ。せめてあのクソ課長だけでも地獄の道連れにしてから死んで保険金で不自由ない生活送らせてやるぞ』って覚悟でもしてるんだろ」

 

「その想像がパッと出てくるお主が怖い」

 

「そうか、俺はお茶が怖いから買ってきてくれねえか」

 

 

 おあとがよろしいようで。

 

 戯言はともかく、横目でその人物をもう少し確認してみる。

 

 確かに真昼間から高校の敷地を見ている点だけは不審者と言っても過言ではない。

 

 だが、それ以外は特筆するものもない。

 

 同じような噂であった黒塗りの車もないし、マスクもしていない。

 

 加えて、営業で外回りしている会社員なら、疲れている所を休憩代わりに気分転換でボーっとする事もあるだろう。

 

 つまり、わざわざ通報するほどでもなく、放っておけば勝手にどっかに行くだけの通りすがりでしかない。

 

 お仕事お疲れ様です、よかったら専業主夫オススメですよ。

 

 さっきまで蟻の観察をして蟻とリーマンを重ねて同情心を覚えてしまっていた彼の内心はそんな感じだった。

 

 それよりも、もっと先に考えなければいけない事が接近している。

 

 そう結論付けた八幡は、他称不審者の事を完全に意識の外に置いて、こちらに向かって来る闖入者へと意識を向け直した。

 

 

「さいちゃん、大丈夫?」

 

「うん、これくらいよくある怪我だし」

 

「ごめんなさい、ちょっと無理させ過ぎたわね。沁みるわよ」

 

 

 いつの間にか怪我をしていた戸塚に女子勢が手当てに群がっている。

 

 雪乃は小さなポシェットから絆創膏や消毒液を取り出し対応しているが、普段から持ち歩くようになったのはここ最近。

 

 突発的に悪神の欠片のトラブルに巻き込まれた時の為。

 

 怪我をしながらも特訓を続けたいと意思を示す戸塚に、ようゆうたわしゃ感動したと感じ入る結衣、信頼には応えるわとホッとする雪乃。

 

 そんな心温まる状況に似つかわしくない、キャピキャピした声が聞こえてくる。

 

 

「あれぇ? 結衣じゃぁん。何、テニスしてんの?」

 

 

 2年F組、そのクラスで女王様ばりの威厳でトップを張る三浦優美子。

 

 

「ごめんな、ちょっと、お邪魔するよ」

 

 

 同じく、人の良さとサッカー部エースと言うトップカーストの葉山隼人。

 

 そのグループが乱入してきたのだ。

 

 

「優美子」

 

 

 2年F組のトップカースト、葉山隼人と三浦優美子がコートに現れた。

 

 彼らは、背後にもう三人の男子と、もう一人の女子を連れている。

 

 結衣は彼らと同じグループに属すため、驚きで固まっている。

 

 優美子がチラと雪乃と戸塚を見て、続けて結衣、戸塚へと向き直す。

 

 向き直る直前のその目つきは、険しさを孕んでいた。

 

 

「ねー、戸塚。あーしらもテニスしても良いよね」

 

「え? いや、そのここは僕が練習する為に」

 

「なに、聞こえなーい」

 

 

 性格の悪さを隠しもせずに、戸塚へとその矛先を向ける優美子。

 

 その勢いに負けて声も態度も小さくなっていく戸塚。

 

 話を聞く気も無い相手には、戸塚は相性が悪すぎた。

 

 こういうのに必要なのは、相手以上の勢いと論理を持って上から言わないとそもそも聞く耳も持たないのだ。

 

 もしくは相手以上の立場、権力、そう言った物。

 

 そして、この場には三浦優美子と言う強烈なキャラクターに負けない人物が一人居る。

 

 

「…………」

 

「雪ノ下? とモルガナ?」

 

 

 その優美子以上の存在の雪乃は、何故か乱入者ではなく、何時の間にか来ていた黒猫とボソボソと会話している。

 

 彼女の性格ならば真っ先に突っかかっていくだろうに。

 

 この事態で何をしているのだろうか、訝し気に窺う。

 

 

「あーしらがテニスしたら悪いの?」

 

「だから、その」

 

「ね、あんたらもテニスしたいよね」

 

 

 きつい目つきをした優美子がテニスコートの入り口にたむろする4人に賛同を前提とした問いかけを飛ばす。

 

 その隠された意味に、正しく応える彼女の4人の連れ。

 

 空気を正しく読んで、その求めに正しく応じられるからこそのトップカースト。

 

 続々と優美子のテニスコートを貸すように要求する意見に追従する人数から圧力が増していく。

 

 それに反比例してどんどん声が小さく後ずさりする戸塚。

 

 騒ぎに乗じて少しずつ周囲に集まり始める野次馬。

 

 ちなみに、材木座は旗色が悪い方には絶対に近づかない。

 

 ぼっちの習性だからだ、自分を守れるのは自分だけ。責めてはいけない。

 

 

「あっ、そうだ。そんなにあーしらにテニスさせたくないんなら、勝負しない?

 勝った方がコート使えるって事で。やだ、あーしめっちゃ頭良くない?」

 

「優美子? どうしたんだ、ちょっと強引過ぎないか?」

 

 

 誰も止めない事で勢いを増して、傍若無人に拍車がかかる。

 

 普段とは違うあまりの節操のなさに、流石に隼人も注意する。

 

 

「…ねえ、さっきから黙ってっけど、雪ノ下さんだっけ?

 あんたがここの責任者でしょ? あーしらで勝負って事でいいよね?」

 

「リア充って、こう言う時の嗅覚すげえな。ピンポイントに当ててきやがる」

 

 

 隼人の注意を無視するように、雪乃へと声をかける。

 

 一目で、テニスコートで先に練習していたグループの頭を見抜く眼力に戦慄する。

 

 まぁ、八幡も材木座も目立たないように縮こまっているし、

 

 結衣は自分が所属する二つのグループの間に挟まれてオロオロしている。

 

 そうなると、残りは彼女しかいないのだから、分からなくも無い。

 

 しかし、そう呼びかけられた本人はどこ吹く風で奉仕部の面々にだけ視線を向ける。

 

 

「比企谷くん」

 

「なに。こっちじゃなくて三浦のほうに「モルガナちゃんがあれの反応を感知したわ」は?」

 

 

 そうして続けられた言葉に絶句する。

 

 その意味を理解した瞬間、バッと直前にメンバーからも様子がおかしいと言われた優美子へと視線を戻し…

 

 

「違うぜハチマン! あっちじゃねえ! 向こうだ!!」

 

 

 喋れる事を知らない者からはフシャーとしか聞こえない叫びが上がる。

 

 モルガナが向いているのは彼が反射的に疑いを向けた彼女の方ではなく、その真逆。

 

 テニスコートの端にまで下がってしまっていた戸塚彩加の更に奥の男。

 

 

「え?」

 

 

 スーツ姿のサラリーマン風の不審者が何かを振りかぶって投げ入れようとしている所であった。

 

 

「ショウタイムだ」

 

 

 放り込まれたナニカは緩やかに放物線を描き、硬直している戸塚の身体にぶつかり

 

 

「あっ」

 

 

 一瞬で湧き上がった『黒』がテニスコートを埋め尽くした。

 

 

『あぁあああああぁああああああ!!!!!』

 

 

 再び、総武高校にパレスが展開される。

 

 

「な、なんだし、これ!」

 

「皆!」

 

 

 今までよりも遥かな人数を巻き込んで。

 

 

 




俺ガイルメモ

 八幡が入学式の日に事故に遭い入院したのは前述の通り。10話のあとがきにも書いた通りだが、雪乃まで関わっていると気付くのはさらに遅く、夏休みの林間学校のボランティア帰り、確信を得るのは夏祭りでの陽乃との邂逅を待たなければいけない。しかし、今作ではそもそも初めの時点から八幡は雪乃が関わっている事を知っていたし、結衣の事も知っていた。

ペルソナメモ

 ザイモクザパレスはチュートリアルみたいなものの為、立て続けにイベントが入ります。気付いた人はいるかもしれないがザイモクザパレスは鴨志田パレスや雪子姫の城の要素、巻き込まれた一人(千枝、杏)が仲間になる点を入れている。雪乃の一件? 小西先輩のあれと同じです。つまり今回展開されるのは?
 なお、不審者の発言『ショウタイムだ』ですが、彼は怪盗団のメンバーではない為、ご安心を。怪盗キッドでもないから。


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みるからに葉山隼人は出来る男である

4月27日(金)

 

 総武高校のテニスコートに悪神の欠片が闇を広げる。

 

 闇は一気にコート中を覆い尽くし、戸塚を、奉仕部を、葉山隼人たちを、野次馬を飲み込む。

 

 突然の事態にほぼ全員が戸惑うだけだった。

 

 人間、咄嗟に逃げ出す事などなかなかできない。

 

 最近の情報化社会の影響で、多少の異常事態でもスマホを取り出し撮影し始める輩も居た始末。

 

 悉くが闇に飲まれ、象徴化していく。

 

 けして彼らに罪が有ったとは言えない。

 

 ただ単に彼らは愚かで、危機に鈍く、ひたすらに普通の子供だった。

 

 そんな彼らが幾人も悪意に巻き込まれる。

 

 しかし、これがもしも本流のように隼人や優美子が試合を始めていたとしたら?

 

 その数は、今の人数とは比較にならない程に増加していただろう。

 

 それは一種の救いなのかもしれない。

 

 だけれど、そんなおためごかしは『彼』にとっては何の意味もない。

 

 

「毎度のことだけど、この気持ち悪さはどうにかならないかしら…いい加減慣れたけれど」

 

「うええ、あたしはまだ慣れないよぉ。気持ち悪い」

 

「も、もは、は…すまん、我は鷹撃ってくる」

 

「鷹じゃなくて雉だし、トイレの隠語だよ。それは」

 

「ワガハイが付いておくから、お前らは周囲を警戒しておけ」

 

 

 闇が覆い尽くしてすぐ、ぐにゃり、と視界が歪む。

 

 物質界から精神世界に移行する際に生じる違和感。

 

 慣れていないメンバーはその違和感に気分を悪くさせる。

 

 材木座に至ってはそこらの路地裏にかけこんで悲鳴をあげている。

 

 無理もない、雪乃でもペルソナに目覚めてから最初に巻き込まれた時は気絶してしまう位に違和感が有ったのだから。

 

 そうして若干の余裕が出てきてから周囲を見渡す。

 

 そこに広がっている景色は、確かにさっきまでの光景とは一変していた。

 

 しかし、それはザイモクザパレスの時とは違い、一目で異常であると判断しづらかった。

 

 

「なんて言うか、普通…?」

 

「普通と言えばまあそうだな」

 

「普通の街並みね」

 

 

 そう、彼らの目の前に広がっていたのは、総武高校テニスコートではなく、普通の街中だった。

 

 ビルが立ち並び、コンビニが乱立し、食べ物屋、ブティック、雑貨屋が混在するただの街。

 

 彼らが周囲を見回している間にも、行きかう人々が足早に過ぎ去っていく。

 

 辺りをきょろきょろしている不審な彼らに注意を向けないが、無関心社会の現代ではそれもおかしい訳ではない。

 

 そうしている内に落ち着いた材木座とモルガナが戻ってくる。

 

 

「推測にしかならねえが、今回のパレスの主であるトツカ殿はよほど、周りの事を見る目が有るんだろうな。

 認知の世界であるこのパレスと、現実の世界に差異がほとんどねえってのはそう言うことだろ」

 

「…かもな」

 

 

 思索にふけっていたのか、ワンテンポ遅れて同意を示す。

 

 実際、とある世紀末生徒会長が仲間に入る切っ掛けのパレスは人をATMに見立ててはいた。

 

 しかしその街並みは現実と変わらない様相だったのだからこういう現実に即した形でも不思議はない。

 

 とにかく、やることはザイモクザの時と変わらない。

 

 パレスの主の元まで辿り着き、悪心の欠片を消滅させる。

 

 

「だが、いきなりの事だったから武器を持っていなかったのが痛いな」

 

「あたしの扇くらいだもんね」

 

「私はポケットに入れていたペーパーナイフで引き続き何とかするわ」

 

「俺は最悪、このラケットを棒に見立ててなんとか…でもこれ戸塚のだしなぁ」

 

「ま、ワガハイがフォローできる範囲さ。ザイモクザは魔法主体でやりくりしな

 …ハチマンは最悪置物になってろ」

 

「我の活躍を背中から見惚れる事を許すぞ、八幡よ!」

 

「うぜえ」

 

 

 とはいっても不意に訪れた事によって誰の態勢も整っていないのが不安要素。

 

 ゲームではあるまいし、唐突に戦闘に引き込まれて万全に戦えるわけも無いのだ。

 

 シャドウからのドロップが充実して来ればその不安も無くなるのだろうが、今は結衣の『天狗の扇』のみ。

 

 攻撃魔法が使える材木座ならともかく、デバフ特化の八幡がお荷物だな。ナビだけやってろと?

 

 

「とにかく、今は黒幕と思しきあの男の事も置いておいて、ひたすら邁進するだけね」

 

「文字通り、一所懸命に戸塚殿をお救いせねば! して、どこに向かえばいいのだ?」

 

「ヒッキー、前みたいにナビ出来る?」

 

 

 結衣の問いかけに、ザイモクザパレスで使えていた感覚を思い出して、集中する。

 

 すると、変わらずに周囲の大雑把な地形と、大きな力の塊の方向が示される。

 

 内心、材木座が同類だから分かりあえていたのではない、俺にもやれることがあったと安堵しながらその方向を告げる。

 

 

「多分、あっちだな。だが…この力の数は」

 

「何かあったのか、ハチマン」

 

「いや、でかい力の方向に、それ以外の小さい力が…二、三、四?

 すまんが詳しくはわからん」

 

「戸塚くん以外に、巻き込まれた人が心の闇を暴走させているのかしら…面倒ね」

 

「いや、そう言う不安定な暴走している雰囲気じゃないが…

 とにかく、一方向に固まってるから向かう先は変わらん」

 

 

 大雑把にしか分からない情報で、これ以上推測を重ねてもどうにもならない。

 

 今はただ進めばいいのだ、と一塊になって歩き出す。

 

 モルガナを筆頭に充分なまでの警戒心を持ち、それぞれが武器を構えて確実に進む。

 

 結果的に言えばその警戒心は無駄に終わる。

 

 周囲を歩く人々はアクションを起こすこともなく平穏無事だった。

 

 こちらから襲いかかればシャドウに変化して戦闘に移ったかもしれないが、そうする理由も無かった。

 

 内心では拍子抜けしながらも何もないのならそれはそれでよし。

 

 そうこうしながら歩き続けていると聞き覚えのある声が響いてくる。

 

 全員が顔を見合わせてじりじりと気を払いながら声の元へと近づく。

 

 

「うぇ~~い!」

 

「どうしたんだよ戸部!」

 

「そうだな」

 

「さっきから賛同の言葉だけじゃないか、大和!」

 

「それいいよな」

 

「どれがいいんだよ具体的に言えよ、大岡!」

 

「愚腐腐腐! 凶悪レ○プ! 野獣と化した三人に隼人君はどうなってしまうのか!?」

 

「…………みんな一体どうしたって言うんだ!」

 

 

 一人にだけ反応がおかしくないかな?

 

 気持ちはわかる。易々と近づきたくないよね。

 

 そこに居たのはテニスコートに乱入してきた結衣も所属するF組のグループ。

 

 葉山隼人を筆頭とした彼らであった。

 

 とは言っても、戸惑っている隼人を除いて4人(・・)の瞳は一様にどこか虚ろ。

 

 まるで何も見えていないように中空を眺めている。

 

 隼人が話しかけなければ何も反応しない…

 

 いいや、隼人が話しかけると『一定の反応だけを返している』のだ。

 

 それはまるでゲームにおけるNPCのようだった。

 

 

「流石にあれを無視しちゃうのは気の毒じゃないか?」

 

「リア充は放っておいても良いのでは?」

 

「そう言う訳にもいかないでしょう」

 

 

 まるで舞台の上で一人だけ台本を知らされずに昇らされたようで憐憫の感情をこらえきれない。

 

 リア充死すべし慈悲は無い、と口だけ大将が溢すがその眼は哀れに満ちていた。

 

 

「隼人君!」

 

「結衣! 良かった! 君は無事なんだね」

 

「あ、うん。無事って言えばそだね」

 

「それに、雪の、下さんに、ヒキタニ君…あとはごめん、クラス同じじゃなかったよね」

 

「ふ、ふほはは! 我の威光に眩み知覚出来んでも仕方ない! その無知を寛大な我はゆるぅす!

 しっかと記憶せよ! 我の名は剣豪将軍、材木座義輝!

 八幡大菩薩の加護を持ちて世界に平和をもたらす使者である!」

 

「中二の妄言は放っておいていいよ」

 

「そ、そうかい?」

 

 

 一瞬、雪乃の名前を呼ぶ際に違和感を覚えたが、そう気になることでもなかった。

 

 だから気にせずに材木座の言葉を切り捨てた。

 

 ただ一人、矢面に立ちたくなく後ろに下がっていた彼だけがその反応を目にしていた。

 

 

「見た所、君たちは不思議なまでに落ち着いているね…

 もしかして、なにかこの不思議な現象に知っている事があるんじゃないかな」

 

「うん、隼人君よりも知ってることは多いと思う。けど、あたしだと上手く説明できないからゆきのんが」

 

「比企谷くん」

 

「モルガナ」

 

「任された」

 

「うわぁ! ね、猫が喋っている!?」

 

「猫じゃねえよ!」

 

「猫くん、いくら猫でも日本には銃刀法っていうのがあってだね」

 

「いい感じに混乱しておるな! もっと困るがよい!」

 

「それな」

 

「攻めの目腐りヒキタニ君もアリね!」

 

「…………本当にこの人象徴化してんの? 怖いんだけど」

 

「ふぅううう! 眼が逝ってるぅううう!」

 

 

 雪乃に説明を任せようとした瞬間にキラーパスを渡されて、その本人も流れるようにスルーパス。

 

 受け取ったモルガナが一歩前に出ると大げさに身体を引いて驚愕を露にする。

 

 眼をぐるぐるさせながらツッコミをしているが、そこじゃねえだろ。

 

 性格の悪さを発揮した中二ぼっちと高二ぼっちだが、どっかに逝ってる腐女子にドン引きする。

 

 事態は深刻なはずなのに、どうにも緊張感が続かないのであった。

 

 

「つまり、ここはパレスと言う現実とは違う精神世界で」

 

「戸部達は生身の身体じゃなく象徴化って言う現象で形作られた認知の存在で」

 

「俺はペルソナって物の才能が有ったから象徴化していない」

 

「悪神の欠片で暴走しちゃった戸塚をどうにかすれば解決する」

 

 

 これであってるかい? と問いかけて来る呑み込みの良い隼人にこくんと頷く。

 

 ひとまずの概略を説明したが、理解はしたが納得しているとは言えない表情。

 

 当然だろう。

 

 話の内容を理解したところで、あまりにも現実味が薄すぎる。

 

 しかしそれを飲み込むしかない現状に一先ずの判断を棚上げする。

 

 

「現状の認識としては完璧だな。加えて言えば、象徴化したこいつらは良くも悪くもパレスの主からは意識されていないみたいだな。

 悪意にせよ善意にせよ、もっと意識されていたら他の存在とは違った扱いをされてたに違いねえ」

 

「他のモブと同じような扱いだから逆説的に安全ってわけか…」

 

「彼らはその他大勢ではないよ」

 

「そんな事はどうでもいいわ。大事なのはあなたがどうするか」

 

 

 モルガナの説明に頷くが、その内容に賛同できない。

 

 

「一つ、質問いいかい? 戸部達や、周囲に居た人たちが象徴化って言う事になったのはひとまず理解したよ。

 ………なら、優美子は一体どこに行ったんだ」

 

「え? 優美子居ないの!?」

 

「そう言えば、三浦さんの姿が見えなかったわね」

 

 

 正直、悪神の欠片が急に投げ込まれ、突発的にパレスに対応しなければいけない状況。

 

 そんな緊急事態のせいで乱入してきた三浦優美子と言う少女に関して、雪乃は完全に忘れ去っていた。

 

 結衣は結衣でまさか彼女が居ないとは思っていなかった為、今の今まで気付いていなかった。

 

 

「…可能性としては二つだ。ザイモクザの時の結衣殿と同じように何かの悩みとか、心の闇を無理矢理増幅させられて自分のパレスを作ってる。

 もう一つは、何かしらの理由で生身のままパレスの主に捕まってしまってるって可能性だ」

 

「それぞれ、どれ程危険なんだい」

 

「前者に関しちゃ気をもむほどでもないな。由比ヶ浜の時は心の闇が暴走してはいたが、のんびりした様子だったし」

 

 

 あくまでザイモクザパレスの主はザイモクザではあったが、結衣のフロアに関しては一種の独立性を保っていた。

 

 無理矢理心を暴走させられると言う負担はあったにせよ、それでも外部から害を与えられると言う点では心配はいらなかった。

 

 

「後者に関しちゃ、正直言ってヤバい…何がヤバいって精神世界に生身のまま居続けるのが致命的だ。

 ペルソナを使えるおめえらは自覚が無いかもしれないが、精神世界でパレスの主みたいな強大な力に心の鎧たるペルソナすら持たずに直接曝される。

 それは思ってるよりも心身ともに消耗するもんなんだ。そいつの根性次第だが…もって数日、悪けりゃ一日保たねえかもしれねえ」

 

「一刻の猶予も無いって事じゃないか!」

 

 

 想像以上の危険に聞いていた面々も驚く。

 

 なんだかんだ、モルガナの保護下にあって戦闘面では大きな苦労と言えば巨大化したザイモクザだけ。

 

 直接的な命の危機も強いて言えばシャドウ雪乃の時だけとも言える。

 

 誰もが心の中では慢心していた。

 

 

「気を引き締めろよ、ワガハイの勘が正しけりゃ今回のパレスは前回とは比較にならねえ難易度だ。

 救出対象が居る面でも、シャドウの強さって面からもな」

 

 

 ごくり、と緊張を共有する。

 

 

「…だったら隼人くんがペルソナ使えるのは心強いよね!」

 

「出来るのか?」

 

「あ、あぁ。使った事も無い物なのに、何故か使えるって確信だけがあるのは気持ち悪いけど…いける、と思う」

 

 

 その空気を解す様に努めて明るい声を出す。

 

 そう言えば、こうして正気を保っているのは目の前のこいつもペルソナの才能がある証明だと思い出し確認する。

 

 問いかけられた彼も眉間にしわを寄せながら、違和感と向き合い一呼吸いれて

 

 

「…こう、かな。ペルソナ『ツチグモ』」

 

 

 なんなく、ペルソナを呼び出す事に成功した。

 

 全身が黒く染まり、その黒が人型のままどろりと抜け、ひび割れ爆散。

 

 彼の背後には6本腕の阿修羅像もかくやと言う偉丈夫が屹立していた。

 

 胴体が膨らんでいるが、殆どが筋肉なのかがっしりとした印象だ。

 

 

「む、むむむぅ!」

 

 

 その姿を見て唸る材木座が居たが気にしなくてもよい。

 

 多分、自分のペルソナ『ギュウキ』が4本腕なので、腕の本数で負けたとか。

 

 もしくは角がある分我の勝ち! とか潜在能力的には剣豪将軍の魂が勝機に繋がる。

 

 そんなどうでも良い嫉妬だろう。

 

 

「時間制限は確かにあるけれど、戦力が一人増えたのは素直に喜びましょう」

 

「雪乃殿の言う通りだ。そろそろお前らの実力もワガハイに近づいてきているし、純粋に頭数が増えるだけでも心強いってもんだ」

 

 

 モルガナはここにやってきた時点でLv20そこそこ。

 

 現時点でもあまりレベルは上がっていない。

 

 これは情報存在、シャドウとの経験を積んでいないと言う訳ではない。

 

 例を出そう。

 

 竜を殺した英雄は竜殺しと呼ばれる。

 

 困難を越える事でその称号を得る英雄と称されるのだ。

 

 つまり、シャドウと言う神話の情報存在を打ち倒す事で存在は強化される。

 

 しかし、シャドウが竜ではなく野犬であったなら?

 

 もちろん経験にはなるだろうが、飛躍的な向上は望めない。

 

 簡単に言えばレベル差がある敵をどれだけ倒しても経験値効率が悪いのだ。

 

 今の奉仕部のペルソナの平均レベルは15弱。

 

 古参の雪乃と八幡が17、レベリングを行った結衣が14、加入したばかりの材木座と隼人が12。

 

 レベル差はそこまで大きくなくなってきている。

 

 

「期待に負けないよう奮起するよ。優美子も助けたいし、みんな頑張ろう!」

 

「加入直後にリーダーシップを取ろうとするとか、本気でこいつ根っから陽キャだよな」

 

「我、あやつの指揮下に入るの嫌なんだが」

 

「俺も嫌だよ。だがここは逆に考えるんだ。

 戸塚を助けるまでこき使える戦力で、尚且つ責任を率先して取ってくれる生贄が現れたのだと。

 こいつなら一番槍でボロボロになっても、見捨てても俺らの良心は傷まないからな」

 

「こっそり外道な事言ってないで! ほら、早くヒッキーナビ!」

 

「へいへい」

 

 

 どれだけペルソナが強くなっても人間的なパラメータはお世辞にも良いとは言えない。

 

 そんなやり取りをしている彼らを蹴っ飛ばす。

 

 優美子は彼女にとっても友人なのだから。

 

 

「必ず、俺が皆を助けてみせる」

 

 

 後ろ髪を引かれながら、同じような言葉を繰り返す彼らをおいていく。

 

 今は何もしないことしかできないから。

 

 そうして去った場所から少しだけ離れた所に幾つかの気配が有ったことに気付かないまま…

 

 

「マジなんなんですかこれぇ、葉山せんぱーい」

 

「ちっ、面倒だね」

 

 

 

 




俺ガイルメモ

 原作の描写では葉山隼人と三浦優美子がテニスの練習に乱入してきた際、ダブルスの試合(簡略)を行う事になった。その時の野次馬は200名を越えほとんどは二年だが、一年や三年の先輩も混じっていたらしい。なら、騒ぎが拡大する前に一人でブラブラしていた人や、とある後輩が隼人を追っかけて一足早く野次馬に混じっていてもおかしくはないのではないだろうか?
 そういえばこの時に雪乃の弱点、致命的なまでの体力の少なさが露呈する。今作では精神世界であるパレスにおいて、肉体的な体力が無くとも精神的な強さがあれば大丈夫とする。マラソン大会でリタイアさせられる程はちょっとバトルゲームに向いてなさすぎる。ただし、パレスから現実に戻った後の消耗は人一倍と言う事で一つ。


ペルソナメモ

 ツチグモ(土蜘蛛)…蜘蛛の形をした妖怪と言われるが、元は天皇や上皇、つまり時の権力者に恭順しなかった土豪などを指す名称である。妖怪としては源頼光率いる四天王に退治される。現代語訳するとイキって警察にタイーホされるDQNwww
 何故か真ⅣFで少し強い雑魚として出てきた事が印象に残っている。メガテンではそう言った立ち位置だが、その出自からやはり強キャラとして描かれる事も多い。ぬらりひょんの孫とか。反体制ってどこでも根強い人気だからね、仕方ないね。


 アルカナ…皇帝

 ステータス…電撃、念動耐性。氷結弱点。

 初期スキル…ジオ、サイ、バウンスクロー


 性能的に言えば完全なオールラウンダー。魔法に若干偏っている雪乃、材木座よりも更に物理攻撃力がある。序盤はMP回復アイテムが少ないのでレベルを上げて物理で殴ろう。
 他の魔法偏重よりも更に全体攻撃を得意としており、パレスでレベル上げをすると、直ぐにマハジオ、マハサイを覚える。更にもう少し頑張ってレベルを上げると単体状態異常を治すパトラ(シリーズによって効果は変わる)を覚える。出来ればそこまで上げよう。
 電撃、念動、物理と全てが全体を攻撃する為、反射は怖いが序盤に反射を持つ悪魔…シャドウは居ないから安心して無双してくれ。材木座? 刹那で忘れちゃった、そんなやつ。


皇帝のアルカナの正位置には『支配・責任感』逆位置には『傲慢、独善と過信』と言った意味が含まれる。


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もしかして巽完二くんがいらっしゃる?

いません


4月27日(金)昼

 

「ここ、かい?」

 

「ヒッキー?」

 

「まて、これは罠だ。俺は悪くない」

 

「犯人はみんなそう言うのよ「証拠は何処にある」「面白い推理だ、小説家にでもなったらどうだい」「犯人はヤス」」

 

「唐突なネタバレ! だが、我は評価するぞ八幡!」

 

「お前ら、緊張感が続かねえな」

 

 

 八幡のナビゲーションでパレスの中心地、おそらく心の闇を暴走させた戸塚、囚われた優美子が居るだろう場所に到着した。

 

 しかしそこで繰り広げられたのはまさかの糾弾劇。

 

 立ち尽くす彼らの目の前に立っているのは長く煙の出る煙突、広い玄関に大きくかけられた暖簾。

 

 木造で、きっと中に入れば檜風な香りがするに違いない。

 

 かけられているその布には大きく『ゆ』と書かれている。

 

 

「銭湯に連れ込んであわよくばを狙う下卑た発想、警戒に値するに決まっているでしょう」

 

「失敬な、俺がそんなリスク管理できない男だと思うか。

 もしそういうハプニングを狙うなら葉山あたりを当事者にして、俺はそれを見てしまう傍観者の立ち位置で責任を追及される可能性を潰しておくぞ」

 

「さいてーだ!」

 

「俺もそれに巻き込まれたくはないかな」

 

 

 ははは、と愛想笑いをするが、男子高校生なんて基本的には性欲の塊でしかない。

 

 もしも性欲を感じさせないなら、それはただのムッツリだ。

 

 オープンかクローズかの違いでしかない。

 

 なお、八幡の言うシチュエーションだとしても隼人に追及はいかない。

 

 結局、周囲にいただけでも雰囲気が怪しいからと絶対に断罪される。

 

 ただし、このパレスにおいてそう言う面は関係が無い。

 

 

「考えられるのは、火や水に長けた神話生物かしら」

 

「イフリートとかウンディーネなどは定番であるな」

 

「流石に精霊は出てこねえと思うが、火鼠(カソ)、カハクみたいな火のシャドウの匂いはするな」

 

「そう言うのに効くのは水、氷結属性が定番なんだが…誰も使えないな」

 

「ごめん。俺のペルソナが使えたらよかったんだけど」

 

「いやいや! 隼人くんのもすごいと思うけどな! ほら、痛い所に手が届く的な!?」

 

「それを言うなら痒い所に、由比ヶ浜さん今度一緒に勉強しましょう?」

 

「手当てしちゃってどうすんだよ。いや、お前のペルソナは回復得意だけどさ」

 

 

 緊張感を和らげるための軽口だけで、実際に衣服をどうこうする必要はないのだから。

 

 誰とは無く一歩を踏み出せば全員が続きパレス本拠地へと乗り込むのであった。

 

 しかし、衝撃のモルガナ、電撃の雪乃、ナビの八幡、念動の結衣、呪殺の材木座と得意属性にかぶりのない属性が続いていたのに、隼人は電撃念動ともろ被り。

 

 全体攻撃が得意な特徴があってよかったね! むしろ全体攻撃を苦手な面々でよかったね。

 

 ゲームでもし女子2人が全体魔法使えてたら一切パーティインしないぞ、こいつ。

 

 

 

 

「予想はしていたけれど、蒸し暑いわね」

 

「びしょ濡れになるくらいじゃないけど、じっとりするね」

 

「ここが、パレス…」

 

「あんま気負いすぎんなよハヤマ」

 

「ありがとう、モルガナくん」

 

 

 突入した彼らを待ち受けていたのは一面に広がる湯気。

 

 周囲には体重計やドライヤー、衣服籠がぽつぽつと設置されている。

 

 想像通りに木材の香りが充満し、蠢くシャドウの気配も感じられる。

 

 今までの見た限り普通の街中とは異なり、一目見て物理法則が乱れている構造に圧倒されるパレス初心者の隼人。

 

 もう一人のパレス初心者は「は、はぽん」と委縮してしまっているが、もう一人の彼にケツを蹴り上げられて気合を入れ直した。

 

 

「引き続き、比企谷くんのナビを参考に奥に進むわ。

 先頭はモルガナちゃん、続いて私、由比ヶ浜さんと比企谷くんを真ん中に置いて、後ろからあとの二人は着いてきなさい」

 

「こういうのは先達に任せるべきだから、異論はないよ」

 

「んじゃ『無駄なのにね』この声は、戸塚?!」

 

 

 そうしていざ進行しようとした瞬間、周囲から反響するような声が響く。

 

 声の感じから戸塚だと判断し周囲を確認してみるが、どこにも姿は見えない。

 

 おそらく、ザイモクザの時と同じく最奥から声だけを届かせているのだろう。

 

 

『分かってるでしょ、今更こんなの無駄なあがきだってさ。

 それでもいいなら奥で待ってる』

 

 

 声だけで諦念を感じさせるそれは聞こえてきたときと同じく、一瞬で消えた。

 

 

「無駄な足掻きだなんてことはこの世にはないよ。

 もしも戸塚がそんな風に思っているなら俺はそれを助けてあげたい」

 

「…所信表明はいいが、ボーっとしてたら置いていくぞ」

 

「す、すまない」

 

 

 慣れていた面々は既に気持ちを切り替えて進もうとしている。

 

 悪神に無理矢理増幅させられた闇にまともに付き合ってはいけない事を経験則で知っているから。

 

 

 

 

 

「ペルソナ! ぶっ飛ばせ『ゾロ』!! ちっ!」

 

「起き上がってくる、追撃する! ペルソナ『ツチグモ』『サイ』!」

 

 

 流石に多少のレベル差だけでは一撃で倒しきれずに追撃が必要になり舌打ちする。

 

 それでも瀕死にまでは追い込める。追撃で沈める。

 

 しかし、このパレスで最もつらいのはシャドウの強さではない。

 

 

「不確定名『鼠』多分『カソ』、三体こっちに来てるぞ!」

 

「我が! 『ギュウキ』! 『マーハーガールー』!!」

 

「あたしも『ザシキワラシ』お願い!」

 

「『ライジン』とどめよ」

 

「おかわりだ…『アナライズ』! 天使『エンジェル』! 呪殺弱点だ」

 

「またしても我の出番だな! 『ムド』!」

 

 

 休む暇も無く増援が現れる。

 

 まさしくネズミ算式にシャドウがうぞうぞと集まってくる。

 

 このパレスでの難所はなによりもシャドウの数。

 

 単体魔法しか扱えないならともかく、材木座が全体魔法を使える為に何とか戦線を維持している。

 

 地味に結衣がぶんぶん振り回している扇から『ガル』が繰り広げられているのも大きい。

 

 ペルソナと扇で、一人で二人分働いている。

 

 

「『ザンマ』!」

 

「しかし、すごいなこの力は…人が扱っていい物なのか。

 いや、今は考えている場合じゃない『マハサイ』!」

 

「あたし、何か強くなった気がする! 『サイオ』!」

 

「ワガハイも少しは力を取り戻せたぜ! 『マハガル』!」

 

「モルガナ筆頭に雪ノ下に材木座、由比ヶ浜の武器…衝撃属性多い、多くない? あっ、俺もなんか新しい魔法覚えたぞ…

 なになに『エネミーサーチ』………周囲に隠れている強大なシャドウを見つけるってよ」

 

「知ってた。ヒッキーだもんね」

 

「そうね。戦力になる訳が無かったわ」

 

「ボス戦特化なんだよ」

 

 

 そんな乱戦を繰り返しているうちにドンドンと鍛えられてそれぞれが新しい魔法を覚える。

 

 火鼠の皮衣で有名なカソ、中国版の妖精みたいなカハク、インドにおける水の精霊アプサラス、ハロウィンで有名なジャックランタン、毛色が少し違うがレアシャドウとして天使エンジェルも現れる。

 

 多種多様な火をメインとするシャドウに、一部水を操るシャドウが混じる。

 

 時に同じ種類のシャドウが複数、混在したシャドウの群れが5分と開けずに襲い掛かってくる。

 

 

「ひ、ヒッキー、ちょっと休憩できるとこ、ない?」

 

「は、はひぃ、ぶひぃ、せ、せめて喉を潤すだけでも…本気できつい」

 

「………」

 

 

 そんな連戦をしていては、いくらパレス内部では肉体的な体力に依存しないとはいえ精神的に疲弊する。

 

 雪乃など、汗だくで瞼はとろんとして言葉も出せない位に『きて』いる。

 

 サッカー部のエースとして気力体力に自信がある隼人ですら眉をしかめている。

 

 湯気で服が湿ってへばりつき、動作が阻害される。

 

 思い通りに動けず、躱し切れない攻撃と削れる気力。

 

 結果的にペルソナに頼る回数が増え、精神的な疲労が増大する。

 

 

「この先の十字路を右に曲がったら広間みたいなところがある。

 そこにはシャドウの反応も無い…と思う。多分、休憩位はできるんじゃねえか」

 

「…聞いたわね、皆、そこまでは、頑張りましょう」

 

「雪乃殿、無理はするなよ」

 

 

 息も絶え絶えに部長としての責任感だけで指示を出す。

 

 いつ倒れても支えられるようにモルガナが横に控える。

 

 既に戦列などぐちゃぐちゃになっていた。

 

 比較的前線に出ない八幡と運動部として疲れに耐性がある隼人だけが動けている。

 

 

「と、到着…ん、ん、んぐっ。ぷはぁ! 生き返る!! コーラ!」

 

「運動した直後に飲むものじゃなくないかい?」

 

「だがザイモクザらしいし、実際に回復してるんだからいいだろ」

 

 

 息切れしながら一足先に辿り着いて、どすんと座り込み懐から炭酸飲料を一気飲みする。

 

 武器は持っていなかったが、自分用の回復アイテムだけは持ち合わせていたようだ。

 

 げふぅとゲップしているのを引き気味に心配しているが、こいつ良い奴だな。

 

 良く知らん汗だくのデブがゲップしている所なんて俺なら近づきたくもないな。

 

 

「ゆきのん、大丈夫?」

 

「だ、大丈夫よ」

 

「シャドウの気配はないな」

 

「…そう」

 

 

 一歩一歩を億劫そうに万力を込めて歩く雪乃に結衣が肩を貸し、八幡が警戒に当たる。

 

 さっきまでの怒涛の襲撃は何だったのか、もしかすると周辺のシャドウを根こそぎしてしまったのか。

 

 打って変わって落ち着いた状況で、急かすことなく確実に歩かせる。

 

 

「…もう、大丈夫よ。ありがとう、由比ヶ浜さん」

 

「ううん、別にいいよ。ほら、ゆきのんも座って」

 

「ええ、あなたも休んで頂戴。私は少し時間がかかりそうだし」

 

「…分かった、ゆっくりしてね」

 

 

 遅れて到着した彼女たちも思い思いの場所に腰を下ろしようやく休憩を取る。

 

 先に着いていた彼らの様子を見るため離れた瞬間、大きくため息をつく。

 

 どう見ても疲労困憊。

 

 一人が落ち着く彼はそんな彼女の様子を少し離れた場所で目にしていた。

 

 しかし、そこまで疲れる要素はあっただろうか?

 

 確かにひっきりなしにシャドウが襲い掛かって来たから何度もペルソナを使っていた。

 

 だがそれは由比ヶ浜もそうだし、なんならペルソナでの戦闘が初めての材木座や葉山の方がもっと疲れていて当然のはず。

 

 何か精神的に消耗する要素が増えたのか。

 

 そんなことを考えていたから、つい動いてしまっていた。

 

 

「はぁ…あら、どうしたのかしら。濡れそぼった女子高生に興奮してしまったのかしら」

 

「お前に色気があるのは普段から認めてるが、そんな状況でもないのに発情するほど節操なしじゃねえよ」

 

「そ、そう。なら何の用」

 

 

 毒舌への返答に一瞬きょとんとするが、理解に及んで少しだけ頬を紅くする。

 

 

「特に用って訳じゃねえが…ん?」

 

 

 メンタルに負担がかかる要因があるのなら、そんな不確定要素は無くした方が先々安心。

 

 戸塚を助ける為には万全を期したい心境で、似合わない気遣いをしようと少しだけ近づいた場所で止まった途端

 

 何かが頭の奥の方から聞こえてきた気がして訝しく思い

 

 

『ほんっとむかつく』

 

「え?」

 

 

 唐突に聞こえてきた声に固まる。

 

 

『堕ちちゃえ』

 

「は、あ? うわぁあああああ!」

 

「っ!」

 

「ゆきのん?!」

 

「ハチマン!!」

 

 

 どこから聞こえてくるのかと意識が周囲に散ったのを見計らったかのように、雪乃の足元。

 

 加えて近くに居た八幡の床も消失し、二人の身体は一瞬で暗闇に落ちて行った。

 

 また落とし穴かよ…そんな感想を覚えながら浮遊感に逆らう事も出来ず。

 

 

 

 

「ヒッキー! ゆきのん!」

 

「ちっ、すぐに閉じちまいやがった!」

 

「げふぅ…再度開く兆候も無いな」

 

「くそっ!」

 

 

 残された三人と一匹は姿を消した場所にすぐさま走り寄ったが、前兆無く現れた穴は前兆無く閉じてしまう。

 

 がんっ、と叩いてみるが硬質な音が返ってくるだけで下に空洞があるとも思えない。

 

 もし下の階層に落ちたのだとしても、床を壊して直行できるわけではなさそうだ。

 

 

「仕方ねえ、精度はだいぶ落ちるがワガハイがハチマンの代わりにナビを請け負おう。

 ただでさえハチマンは戦闘能力が高くないし、雪乃殿は大分疲労がたまっていた。

 今の二人がさっきみたいなシャドウの群れと遭遇しちまったらマジでやべえ」

 

「落とし穴からのモンスターハウスはゲームではお約束であるしな」

 

「時間的な猶予はさらになくなってしまった、という訳か」

 

「やばいじゃん! は、早く助けに行かないと!」

 

 

 絶え間なくシャドウを送り込み疲労させて集中力を削り、油断した瞬間を狙って罠にかける。

 

 前回のパレスとは毛色が違い過ぎる、殺意とでも呼んでいいそれにそれぞれが焦りを覚える。

 

 

「こっちだ! 大分強行軍になっちまうが、最速で下りの階段を見つけて合流するぞ!」

 

「八幡、待っておれ! お主を一人孤独に死なせはせんぞ」

 

「無事でいて、二人とも」

 

 

 休憩もそこそこに走り出す。

 

 隼人はじっと先刻開いた床を見つめ、振り切るように首を振って後を追う。

 

 

「やはり、こんなのは」

 

 




ペルソナメモ

 銭湯、ペルソナとくれば? そうだね完二君だね!
 不良で、暴力沙汰を起こすし、素行も悪い。呉服屋の倅だからそう言う面は得意。そして彼の悩みはそう言った『漢らしくない』と言う点。
 戸塚は逆に優等生で、スポーツマンで、可愛らしい。そして彼の悩みはそう言った『漢らしくない』と言う点。そんな共通点からこのパレスは銭湯しかないと思いましたまる。
 俺ガイルのキャラに男勝りな女子キャラが居たら戸塚ヒロインにしてたかもしれない。平塚先生? 彼女は格好いいだけで魅力的な女性だから。


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ぜったいに戸塚彩加はそんなこと言わない

4月27日(金)昼

 

 落ちていく。

 

 真っ暗な闇の中をぐんぐんと落ちる。

 

 精神の世界であったとしても作用する物理の法則通りに加速して。

 

 そのまま地面にたたき堕ちれば真っ赤な染みになってしまう。

 

 だけど、忘れないで…俺達は空を飛ぶ事が出来るんだ。

 

 

「ぺ、ぺ、ペルソナぁああ!」

 

 

 テンパりすぎて始まりの園ごっこしちゃって時間を無駄にしていたが、何とかペルソナを呼び出す事に成功。

 

 エレベーターやジェットコースターのような浮遊感に内臓が置いて行かれそうになるが我慢する。

 

 熟したトマトの結末から逃れ、ほっと一息…

 

 

「って、おい雪ノ下! ペルソナペルソナ!」

 

「っ! ペルソナ!」

 

 

 つけるかと思えば、大分遅れて出した八幡よりも遅れてペルソナを呼び出す雪乃に冷や汗を流す。

 

 あと数秒遅ければ見るも無残な姿になっていたかもしれない。

 

 徐々に下方から光が差しこんでくる穴に、白と黒の狩衣がふわりと浮かぶ。

 

 最悪、減速が間に合わなければカギヅメを壁に突き立てようかと思っていたが、その覚悟は無駄になった。

 

 もっと最悪なら武器にもならないで、戸塚の物だからと捨てられないテニスラケットを翼代わりに…

 

 ともあれ軽い音を立てて二人ともが着地する。

 

 周囲の様相は変わらず銭湯の景色だったが、今までの階層が脱衣場だとするのならばここは

 

 

「浴場か」

 

 

 かぽーん

 

 そんな音が響いてきそうな、見事な富士山が描かれた壁、並ぶカランとシャワー、木製の桶が積み立てられたステレオタイプな浴場だった。

 

 先の階よりもずっと多くの湯気が揺蕩い、八幡の頭のアホ毛がペタンと寝かされる。

 

 

「シャドウの気配は?」

 

「今んところ近くには無い」

 

「そう…」

 

 

 おとがいに指をやり、考え込む。

 

 ここに落とされる直前に聞こえてきた声。

 

『ほんっとむかつく』

 

 あれがこのパレスの主ならば、余程自分は嫌われたのだと。

 

 あれほど上から目線でトレーニングを指示しておきながら、当の本人は誰よりも早くへばってしまったのだ。

 

 どの口が体力だの筋力が重要だと言っていたのだ、と思っても仕方ない。

 

 なら、このパレスの攻略には自分が彼に謝罪する必要があるのではないか。

 

 そんな事を考えている。

 

 

「とりあえず、どうする…あいつらが追いかけてくるのを待つか。それともこっちからも探すか」

 

「え、ええ。遭難事故で重大化するのは宛ても無く動き回ること。

 具体的な進路が分からないのであれば一先ずは動かない事が重要よ」

 

「そうなの? じゃあ、休憩の続きしとくか」

 

 

 もっとも、あの声がわざと分断したと言うのなら、何も起こらない訳が無いのだけれど。

 

 そんな懸念を口に出す事も出来ず、比較的濡れていない桶を選んで腰かける。

 

 パレスとその主は言ってしまえば、一つの世界とその世界をなんとでも出来る神みたいなものなのだ。

 

 過剰に気を張っても今回の落とし穴のように避けられない事態は必ず起こるのだから。

 

 懐から黄色い缶コーヒー(?)を取り出し、くぴと飲み込む彼を確かめて雪乃も回復用にと袋に入れた焼き菓子を口にする。

 

 暫し咀嚼音や嚥下する微かな音が響く中、口元をもにょもにょさせていた彼が切り出す。

 

 

「葉山と、何か有ったのか」

 

「…質問の意図が良く分からないのだけれど」

 

 

 一拍置いて疑念を示す。

 

 かさ、と袋が音を立てる。

 

 少しだけ悩みほとんど残っていないそれを懐に仕舞い直す。

 

 

「パレスの中だったらそんなに現実の体力は関係ないってのは雪ノ下も経験上わかってるだろ。

 なら、パレスでの疲労ってのは精神的な面が多を占めるってのは理にかなっている。

 じゃあ前回のパレスとの違いはなにかっつったら葉山しかないだろ。知らんけど」

 

「戸塚くんの依頼を上手くできるかどうか不安感が有った、とは思わないのかしら。あと財津君」

 

 視線を逸らしながら自分の考えを、予防線を張りながら聞いてみる。

 

 別に今こんな場面でどうしても聞きださなければいけないと言う訳ではない。

 

 しかし、あまり隠し事が多ければ『気に病んでしまう』奴が一人居るのだ。

 

 ペルソナに関して、事故に関して。

 

 彼女には話せていなかった事が多い。

 

 それが原因であんな目にあわせてしまったのだ。

 

 ただでさえ重大な隠し事に気付いてしまった彼女への精神的負担がこれ以上大きくならないようにと。

 

 ほら、回復役が脱落しちゃったらそのまま崩壊しちゃうのがゲームのお約束だし。

 

 そんな言い訳での話題だった。

 

 

「まだ結果の出てない依頼に対してネガティブになるよりか、自分の出来る範囲を尽くすのが雪ノ下っぽいから多分違うだろ。

 …いや、だから知らんけどな。あと材木座の名前ちゃんと覚えてあげてね?」

 

 

 口を回しながらも彼は返答されるとは思っていなかった。

 

 違和感を覚えている事を告げて、自分でも気づいている事なら自分よりもコミュ力のある彼女ならばきっと気付いている。

 

 その先に隠し事をし続けるのは彼女の選択であり責任だと突きつけたかっただけだ。

 

 だから彼女が話し始めたのは驚きしかなかった。

 

 

「彼、小さい時に―と言っても私が小学生の時だけれど―同じクラスだったのよ。親同士も付き合いがあってね。所謂幼馴染と言ったところかしら」

 

「…ふぅん」

 

 

 もちろん内容自体も驚きだった。

 

 イケメンで陽キャで運動神経抜群で可愛い幼馴染も揃っているとか人生勝ち組かよ。

 

 これで可愛い妹とか居たら勝ち目が無かった。姉妹が居ると言う噂も聞いたことが無いから何とか致命傷で済んだ。

 

 

「私の父の会社の顧問弁護士が彼のお父様、その流れで幼いころは良く一緒に過ごしていたわね。まぁ仲も悪くはなかったわ。

 同じ幼稚園、同じ小学校…親同士で私か姉かを嫁がせようとか話題に上ったこともあったようね。父が猛反対してなくなったけれど」

 

「勝ち組要素をさらに積み上げちゃうの? もういいでしょ、高くなりすぎてバベルみたいに崩れろよ」

 

「けれど、それが崩れたのは小学校3年の時。ほら、私って美人でしょう? 小さい時もそれはそれはかわいらしくてね、虐めの対象にもなったの。

  きっと、彼への嫉妬だとかそう言うのもあったのでしょうね。それをあの男は…」

 

「ん?」

 

 

 けっ、とエリート様への嫉妬で唾を吐きたい気持ちを抑えながらやさぐれていると雪乃の声のトーンがあまりにも一本調子に聞こえて疑念を覚える。

 

 

「みんな仲良く? それですべて解決できるのなら、警察も裁判所も検事も法関係に携わる全てが無用の長物となるでしょうね。それが出来ていない以上、彼の思想には欠陥があるのだとすぐに分かる癖に全く改善しようとしない。以前、私は変わることは必要だとあなたにも告げた通り、成長を伴う変化は必須だと思っているわ。なのに、彼は改善する気配も無い。なら、それを私が嫌悪するのも仕方がないのではない?」

 

 

 そうして改めて逸らしていた視線を彼女の方へ戻して瞠目する。

 

 だが、一番驚愕の表情をしているのは口を回し続けている雪乃本人だった。

 

 いや、正確に言えば彼女の口は決して動いていない。

 

 彼女は大きく目を見開いて、口を閉じようと手で抑えつけている。

 

 それなのになぜか雪ノ下雪乃の声で、彼女の内心が吐露されているのだ。

 

 止まらない自分の声と、内容に顔を青褪めさせている。

 

 

「性善説大いに結構。だけれど、それを周りに押し付ける様はむしろ滑稽。見ているだけでイライラするけれど、関わりさえなければどうでもいい。そう思っていたのに私達と同じ能力に目覚め、あまつさえ私の領域に…私のたい『ペルソナ』!!!!!!」

 

「雪ノ下?!」

 

 

 どうあっても止められないと思っていたが、思い切り力を込めてライジンを出すことでようやく沈静化した。

 

 相当無理矢理にペルソナを出したせいで落ち着いた筈の息がまたしても荒くなる。

 

 しっとりと濡れて肌に張り付く髪も湯気だけの所為なのかは定かではない。

 

 

『へぇ、雪ノ下さんってはやまくんの幼馴染だったんだ』

 

「戸塚?!」

 

 

 ぎゅるんと周囲に満ちていた濃い湯気がさらに集まり人型を形作る。

 

 そこにはパレスの主の戸塚彩加の姿が真っ黒に染まって中空にぷかぷかと浮かんでいた。

 

 

『親は社長さん、頭も良くて、澄ました態度でさぞおモテでしょ。

 んで、カッコいい幼馴染に、独善的な思想。そりゃいい気分だったろうね』

 

「と、戸塚、くん…あなたの仕業なの」

 

 

 息を整えながらキッと寒気を感じさせる視線で睨み付ける。

 

 今までの彼らと同じく、身体は黒く染まり眼だけが赤々と染まる彼の表情は上手く読み取れない。

 

 だから断言はできないが黒い彼はニヤニヤと性格の悪い顔で笑っている様に感じられる。

 

 

『そうだ、って言ったらどうする? ぺるそなぁ! とか叫んでみる?

 それともたすけてぱぱぁ! って泣いてみる?』

 

 

 戸塚彩加と言う少年の話をしよう。

 

 と言っても彼には特筆して語るべきところはそこまで多くない。

 

 優しい両親に孫には甘い祖父母。

 

 一般的な家庭の一人っ子ではぐくまれてきた。

 

 テニスに力を入れたいと言えば二つ返事でスクールに通わせてくれるくらいには恵まれている。

 

 容姿が中性的なため女子からも男子からもからかわれたりもするが、いじめと呼ぶほど悪質なものは経験したことも無い。

 

 その反動で『漢/男らしさ』と言うモノに一家言ある程度の普通の男の子だ。

 

 今回のように悪神の欠片を悪用されない限りは自身の負の感情も自分で克服できる程度にしか膨らまなかっただろう。

 

 なるほどモルガナの言う通り、悪神とはなんとも悪辣であり放置していてはならないものだと八幡は改めて思う。

 

 特に今回はその悪辣さを誰かが悪用しているのだと確定してしまったのだからなおさらだ。

 

 

『ここはお風呂だよ? 余計なウソなんかで装って取り繕ってる方が悪いんだよ?

 全部曝け出して、総浚いして、晒し合って、あぁなんて人間って醜いんだ!

 そうやって悦に浸るんだ! 無関心なんてもったいない! 皆興味津々さ!』

 

 

 ぞわりぞわりと身体にまとわりついていた黒が蠢き膨らみ始める。

 

 一瞬ペルソナを呼び出そうとするが横の彼から制止される。

 

 ただでさえ疲労がまだ抜けていない。

 

 ザイモクザのように無駄撃ちになってしまっては体力の浪費だ。

 

 

『雪ノ下さんってどんな人なんだろう、雪ノ下さんの家庭環境は、財政状況は、好きな食べ物は、好きな人は、好みのタイプは、休日の過ごし方は、趣味は、得意なものは、友達は、彼氏は』

 

 

 一言ごとにボコボコと黒が泡立つ。

 

 その姿は戸塚彩加とはまったくかけ離れた醜いものに見える。

 

 役に立たないラケットをベルトに固定する。

 

 かろうじて武器になるナイフを構える。

 

 

『そんな粗探しが大好きな皆のご期待に応えて素っ裸になっちゃいなよ!

 それが嫌なら、本当を打ち明ける勇気も無いなら…消えてなくなっちゃえ!!』

 

 

カカカッ 深層零嬢 トツカ サイカ Lv20 ? ガ アラワレタ

 

 真っ白なスカートは中に骨組みでもあるのか大きく膨らみ、男物の黒いスーツをぴっちりと着たアンバランスな異形が目測3mの大きさで出現する。

 

 その顔はパペットのように能面なのがさらに気持ち悪さを加速させている。

 

 腕は長く球体関節みたくカクカクと機敏に不規則に動くが、足は鈍重そうだった。

 

 

「『アマノジャク』!」

 

「結果は?!」

 

「弱点は衝撃、電撃! だけど完全に格上!」

 

「なら時間稼ぎね…不本意ではあるけれど」

 

 

 開幕『アナライズ』で相手の耐性を調べる。

 

 そこで返ってきたのは喜ばしい事で雪乃の『ライジン』が得意とする属性への弱点。

 

 更に言えばモルガナと材木座が衝撃、隼人が電撃を扱う事が出来る。

 

 ならばそのアドバンテージを活かして時間を稼ぎ、メンバーがそろってから総攻撃をかける。

 

 それが確実な方策だろう。

 

 雪乃からしてみれば実力差があっても相性有利ならばどうとでも出来る自信が有った。

 

 しかし、それは紙一重の危険を許容するものであり、一人の足手まとい。

 

 いやさ守るべきものがすぐそばに居る状況でおかせる危険ではなかった。

 

 その気遣いを口に出す事は無くとも。

 

 しかし、そんな気遣いは必要が無かった。

 

 

「いくわよ『ザンマ』!!」

 

「補助する『ラクンダ』!」

 

 

 開幕攻勢に出ると予測していた八幡が一瞬だけ早く相手の防御を弱めて、すぐ後に『ライジン』の攻撃が当たる様に調整する。

 

 シャドウ雪乃のときのようにデバフをトリガーにカウンターがあるかもしれない危惧から来た連携だった。

 

 ザン、ザンマ、ザンダインと三段階に分かれる中の中級魔法に当たり、弱点属性の魔法。

 

 現状出来る限りの最大ダメージを与えられる組み合わせで相手の出鼻をくじこうとする。

 

 これ以上の単発火力を求めるのならさらにデバフを積まなければいけない。

 

 切り裂く風がトツカへと殺到し、湯煙が派手に舞い起こる。

 

 

「足を動かし続けなさい。一度で倒れるとは思わないように」

 

「分かってるよ、他のも積むぞ」

 

 

 視界が悪くなるのは相手だけではなく、自分たちも。

 

 トツカの姿が湯煙の中に隠れてしまい、ダメージの程度は分からない。

 

 しかし防御の下がった状態での弱点属性だ、大ダメージは間違いないな。

 

 手負いに猛反撃を食らっては死ぬことになる。

 

 そう考えて次はあいての攻撃を弱める『タルンダ』を放とうとする。

 

 

「ペルソナ『タル「横に飛びなさい!」 はっ? あっぐぁあああ!」

 

「比企谷くん!」

 

 

 『アマノジャク』を呼び出そうと少し足が緩んだ所に雪乃の警告が突き刺さるが、咄嗟に避ける事も出来ずに視界の端から高速で迫るそれに右腕を強打され吹き飛ばされる。

 

 積まれていた風呂桶の山に突っ込み、盛大な音を立てて埋もれる。

 

 

『馬鹿じゃないの? こんなのが効く訳ないじゃん』

 

「うそ」

 

 

 薄くなった湯煙の中から殆どダメージを受けた様子の無いトツカがヒュンヒュンと長い腕を振るっている。

 

 よく見ればその腕には一部抉れた様な傷跡が見えるが動作を阻害しているかと言えば否。

 

 弱点だと言うのならザイモクザの時のようにもっと大げさに痛がったり怯んだり。

 

 分かりやすく隙を見せるもののはずなのだ。

 

 

「っ、比企谷くん!」

 

「げほっ、すまん」

 

 

 がら、と風呂桶の山の中からテニスラケットを杖に何とか起き上がる。

 

 ペルソナを呼び出そうとしていた瞬間で良かった。

 

 殆ど出現していた状態だったからペルソナを身にまとうようになっていたおかげであまり物理的な怪我はしていない。

 

 ただしその分の気力は消耗したし、色んな所をぶつけた為かふらつきもある。

 

 もしも生身で直撃していたら容易く骨を折られていただろう。

 

 

『しぶといね、ゴキブリみたい。あっでもゴキブリは潰したら死ぬからそれ以上か』

 

「知らねえのかよゴキブリは叩いたら増えて戻ってくるんだぞ」

 

「あなたみたいな人が30匹も居たら世界は終わりね、パンデミックでショッピングモールに立てこもらないといけなくなるわ」

 

「誰がゾンビだ、つかそのお約束だと死ぬフラグじゃねえか」

 

『うざっ、死ねば』

 

「『ライジン』!」

 

 

 露骨にホッとなだらかな胸をなでおろす雪乃が軽口を叩く。

 

 そのやり取りを黙って観ている訳も無く、またしても加速のついた腕が襲い掛かる。

 

 今度は『ライジン』のザンが差し込まれ、弾かれた腕は見当違いの天井にぶつかる。

 

 しかしその反応はどう見ても

 

 

「弱点とは思えないのだけれど」

 

「いや、間違いなく衝撃は弱点のはずだ」

 

「なら、こちらは『ジオ』!」

 

『チクっとしちゃうねマッサージかな? ならお返ししなきゃいけないね!』

 

「す、『スクンダ』!!」

 

『ちっ』

 

「助かったわ」

 

 

 もう一つの弱点である電撃を放ってみるが、それがジオ、ジオンガ、ジオダインの初級魔法であるとしても弱点とは思えない反応しか返ってこない。

 

 反撃を予見して準備だけはしておいた『スクンダ』で狙いをずらすが、もう少し遅ければ間に合わなかった。

 

 先ほどのダメージが少なからずトラウマになっているのかもしれない

 

 

「もう一度解析を!」

 

「了解」

 

『あぁ、もう鬱陶しいな!」

 

 

 それでも震える身体を押さえつけて立ち向かう。

 

 もう一度『アナライズ』でトツカの耐性を観る。

 

 しかしその表記は先ほどの結果と変わらずに『衝撃、電撃』を弱点と記す。

 

 

「受けなさい『ライジン』! くっ!」

 

「おい!」

 

「大丈夫よ、それよりも」

 

『面倒だなぁ!』

 

「今度はこっちか! がっ!」

 

 

 腕が空を走る。

 

 直撃を避けられないタイミング。

 

 何とか『ライジン』で受けるが、衝撃で身体が硬直する。

 

 八幡にも腕が向けられ、またしても直撃する。

 

 

ミシリ

 

 

 身体が飛ぶことは無く、しかし軽く浮くほどの強打。

 

 嫌な音が鳴ったような気がした。

 

 

「げほっ、がっ」

 

「だい、じょうぶ?」

 

「あばらがいった、ってよく漫画で言うけどさ。

 ろっ骨が折れたら絶対に動けない自信がある。

 つまり動けてるから問題な…え?」

 

 

 肺から抜けた空気を求めてせき込み、何とか立て直す。

 

 軽口の一つでも挟んでなきゃやってられないと口を回しながら「さっきの嫌な音はどこから?」と思い手元を見ると

 

 

「戸塚のラケットが」

 

「…今は置いておきなさい」

 

 

 フレームがへしまがったテニスラケットの姿。

 

 戸塚が使っていたそれが、一目で修復不可能だと判断できる無残な形に変わっていた。

 

 

『ほんっと鬱陶しいね。そんなどうでもいい奴をかばってさ!

 もっと正直になりなよ! やられそうになったら生贄に差し出してさ!

 綺麗事並べてた口からクソみたいな悪態ついて!

 澄ました顔を涙と鼻水と血と反吐で汚してさぁ!! 醜く堕ちなよ!』

 

 

 金切り声に、更にその内容に頭が痛くなる。

 

 いくら悪神の欠片に悪性を膨張させられたからと言って、あの戸塚彩加がこんな感情を抱えていたと言う事。

 

 そしてそれを見せることなく取り繕えたという人間の二面性に吐き気すら催す。

 

 …………本当に?

 

 ペルソナは人間の二面性を象徴する能力だ。

 

 己の心の一側面を肥大化させて神話の一節を再現する。

 

 ならば良い面も悪い面も必ず存在し、人間と言うモノは一面的に観ることは不可能だと証明している。

 

 けれど、それは戸塚彩加の醜悪さを保証するのであろうか?

 

 トツカ サイカにあれほどの残虐性や加虐性が存在していたとして。

 

 ザイモクザがファンシーな面をあまり持っていなかったように、それはいくら大きくしてもあそこまで醜くなるだろうか?

 

 

「そんなわけねえだろ」

 

「比企谷くん?」

 

 

 ぐにゃと不可逆な傷がついてしまったテニスラケットを握りしめて吐き出す。

 

 

「会って数日だが、戸塚は優しい男の子だ。

 テニスが好きで、怪我しても練習できる根性があって、何よりも俺や材木座にすら話す事が出来る。

 そんな優しいやつがこんなこと言う訳がねえ」

 

 

 それは現実逃避なのだろう。

 

 少し優しい人と楽しく話せたと言う記憶がみせる正常性バイアス。

 

 歪んだ認知で作ってしまった理想像。

 

 彼がそんな事をするはずがない。

 

 そんな思い上がりに満ちた思い違い。

 

 だけど

 

 

「テニス部の全体のやる気が無いからって周囲を発奮させるために自分を鍛えるって発想を持つ良い奴が誰かの醜態をあざけるわけがない」

 

『ヒトなんて一枚皮を剥いたらクソの塊だって知らないの?! あんたも雪ノ下さんも僕だってそうさ!』

 

「違う! お前は戸塚じゃない! 戸塚が! あいつが、テニスと誰よりも真剣に向き合いたいと思っている戸塚が!

 例え心の闇に飲み込まれても、自分の大切なラケットを壊して何の呵責も覚えないなんてのは絶対にない!」

 

 

 だけど、彼がそんな事をするなんてのは絶対に間違っている。

 

 

「まさか…! 比企谷くん、さっき覚えた魔法を!」

 

「アマノジャク! 『エネミーサーチ』!!」

 

『は? なにヲ…あ? アァアアアアアアア!!!!』

 

 

 八幡のペルソナが魔法を放った瞬間、今までの余裕がかき消える悲鳴をあげる。

 

 隠れたシャドウを強制的に見つけ出すその魔法が嘘に隠れた正体を暴きだす。

 

 大量の湯気が音を立てて舞い上がる。

 

 静止していた膨らんだスカート部分が溶けるように縮み、逆に締まっていたスーツ部分がぶくぶくと膨れていく。

 

 そして縮んでいく布部分が人型に盛り上がり、そのままズルリと銀髪の彼が湿った床に放り出される。

 

 顔色は真っ青だがその姿は黒く染まっておらず、見るからに生身の姿だった。

 

 

「戸塚!」

 

「戸塚くん!」

 

 

 まるで漂う湯気に焼かれるように苦痛で暴れる巨体に巻き込まれないようにと急いで彼を確保し、そのまま壁際に退避させる。

 

 流石にそこまですれば状況も変わる。

 

 気を失って呻く彼を名残惜しそうに横目で見て、正面に向き直す。

 

 

『やってくれんじゃん。あーしの正体、見抜くんだ』

 

 

 そこには女性的な身体つきに変貌した異形。

 

 趣味の悪い金色で統一された女性服。

 

 長すぎた腕は正常に戻り、代わりにただでさえ大きかったカラダがさらに肥大化している。

 

 ストレートな流れる金髪で顔が隠れてしまったシャドウが居た。

 

 

「自分が傷つかない所から、まるで猿のような叫びで縄張りを主張する。

 考えてみればあなたにピッタリだったのかもしれないわね…三浦さん」

 

『ほんっとムカつく』

 

 

カカカッ 虚濁礼賛 ミウラ ユミコ LV25 ガ ショウタイ ヲ アラワシタ

 

 

 




ペルソナメモ

 少し裏話をすると今回のパレスは戸塚のパレスです。しかし悪神の欠片がどれだけ肥大化させてもあまり闇の無かった戸塚では維持する事が出来ずに直ぐに消滅する可能性が、そこに比較的負の感情を大きく持つ優美子が一緒に飲み込まれた事で寄生主を乗り換える。
 そんな流れでガワだけが戸塚パレスで中身は優美子パレスというのが今回のパレスの正体です。シャドウも性格の苛烈さを象徴する火炎属性のシャドウばかりで、たまに慈悲深さを象徴する天使が出てくるのも特徴でした。
 あと、エネミーサーチを活躍させる予定も無かったです。デバフ探索特化だから適当に無駄魔法も入れとけと作ったデータなので活用予定も無かったのに。本来はまたしても口撃で相手を揺さぶっていくつもりでした…これが筆が滑るってやつですか。
 でも戸塚がトツカではないのは最初から決めてました(深層零嬢→真相、真実はゼロな女の子)。だからこれは全部予定通りと言う事で構わないですね! 多分本編に入れられない裏話でした。


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三浦優美子は若干寂しがりの女の子である

4月27日(金) トツカパレス

 

カカカッ 虚蜀礼賛 ミウラ ユミコ LV25 ガ ショウタイ ヲ アラワシタ

 

 

『ほんっとムカつく』

 

 

 異形が頭の痛くなる響く声で呟く。

 

 上半身が女性的な膨らみを持ち、下半身は代わりのように細く長い。

 

 現実、物質界での姿ではゆるふわウェーブをかけていた金髪も流れるようなストレートに。

 

 ただしあまりに伸びたそれが頭部を埋め尽くして仮面のように顔を隠してしまっている。

 

 

「戸塚くんは」

 

「いまんところは大丈夫、だと思う…多分あんま時間をかけてなかったから」

 

「そう」

 

 

 パレスの主に取り込まれていた、今は壁際にもたれかかっている戸塚彩加の容体を確認する。

 

 モルガナの言によれば精神世界であるパレスに生身のまま、心の鎧たるペルソナを持たないまま居続けると命の危険がある。

 

 その懸念を考えれば、奥の階層まで落とされたと言うのも不幸中の幸いと言える。

 

 なにせ最短時間でその身を確保できて、なおかつ『アナライズ』で観る限り大きな危害を加えられてもいないのだから。

 

 

『ヒトの心配出来る余裕なんてある訳? はっ、あんま甘く見ないでくれる』

 

 

 しかし良かった点が見つかろうが現状が何か変わるわけではない。

 

 じり、肌が焼けるような錯覚を覚える圧力。

 

 レベル差からくる重圧がたった二人に向けられる。

 

 ただでさえ悪神の欠片、しかも前回のザイモクザパレスのユイのようにリソースを分散させられていない。

 

 必然パレスの主としての厄介さは上であり、尚且つまともに戦闘できるのは雪乃のみ。

 

 八幡もデバフでフォローできるだろうが、明確な脅威となりえないのであれば優先度は下がる。

 

 つまり雪乃に集中放火されて戦闘不能になればそこで詰みだし、全体攻撃を繰り返されればそれだけで終わる。

 

 今更体が震えて来る。

 

 明確な殺意を浴びせかけられるのは野良シャドウでのみ、それもモルガナと言う庇護者が居ての余裕があった時だけ。

 

 いやさ八幡だけはシャドウ雪乃の時に味わったか。

 

 ぽたり、汗なのか湯気なのか分からない雫が床を打った瞬間

 

 

「っ、ペルソナ!」

 

「くっ、甘く見ないでちょうだい!」

 

『へぇ~今の防ぐんだ。なら、ギア上げてくし!』

 

 

 その巨体に見合わない一瞬の加速で雪乃の目前まで移動したユミコが大振りに腕を叩きつけようとする。

 

 それを跳ね上げ横の男に視線だけを送り、黒の狩衣を前面に押し出す。

 

 白の狩衣を視界の端に捉えたまま、意識を巨体に集中させる。

 

 今の移動は眼に見えない程の速さではなかった。

 

 しかし鬼神義輝の際に分かった通り、身体の巨大さはそれだけで脅威である。

 

 それが見えない程ではなくとも、意識しておかないとついていけないかもしれない速度で動く。

 

 

『アハハハ! アーシに着いてこれるって!? 思い上がってんじゃねえし!』

 

「はっ! あなたのような単細胞のやりそうなことは手に取るようにわかるわ」

 

『~~~~っ!! ムカつくムカつくムカつくムカつくムカつく!!!』

 

 

 直線的な軌道で振り下ろされる腕を、相手からすれば爪楊枝ほどの大きさのナイフでいなす。

 

 それだけでぶわりと汗が噴き出す。

 

 それでも挑発として口調は努めて軽くする。

 

 彼女の背後には守るべきものが在るのだから。

 

 再度の振り回しをまたしても受け流す。

 

 受け流す。

 

 いなす。

 

 合間にペルソナでの迎撃を挟みながら、闇に落ちたユミコに対して雪乃は劣勢ながらも対応して見せた。

 

 言葉通り徐々に速度が上がる苛烈さを冷静さで対処し続ける。

 

 トツカを騙っていた時は長い腕から繰り出される、まるで鞭のような攻撃に翻弄された。

 

 それもそうだ。

 

 鞭のように長い物体を振り回すと、その先端部分の速度は軽く時速100キロを超える。

 

 巨体から導き出される質量の破壊力は上がったが、その分比較すれば遅くなったとも言える。

 

 加えて

 

 

「『タルンダ』」

 

 

 ぼそりと殆ど聞こえないように呟く背後の彼が的確に弱体を加える。

 

 露骨にならないように、タルンダ、攻撃弱化をメインにごくまれにスクンダ、精度弱化を。

 

 破壊力を抑えて局所的に命中率を下げる。

 

 これがばれてしまえばユミコの狙いが雪乃以外に向けられてしまうので、あくまで隠れてのフォロー。

 

 合間に差し込まれるペルソナの魔法も先ほどまでとは違い明確なダメージリソースになっているのか、警戒してくれているのも有利に働いている。

 

 雪ノ下雪乃は秀才であり、それは武道においても例外ではなかった。

 

 多少かじっただけの相手ならば空気投げを成功させるほどには見切り、身体の動かし方を熟知していた。

 

 そのおかげで決定的な事態にはなっていない。

 

 

『ムカつくムカつくムカつく! ほんっとムカつく!

 なんであんたが…あんたなんかが!』

 

「くっ、うっ…ぅ!」

 

 

 決定的な事態になっていないだけでそれは状況を打開できると言う訳ではない。

 

 現状ではユミコの猛攻をヘイトを稼いでいる雪乃が防御しつづけ。

 

 稀に外れて隙が出来た瞬間にペルソナを差し込むことでダメージを与えている。

 

 しかしいくらいなし、受け流そうともその衝撃は蓄積し続け気力を奪い続けている。

 

 せめてこの場にモルガナか結衣が居ればじり貧の状況を回復魔法でリセットできたのだが、今この場に居るのは八幡のみ。

 

 彼は足を引っ張る事、見破る事しか出来ないのだ。

 

 であるならば、状況が有利に転ぶ方向は必然的に彼女に向けてであった。

 

 

「あっ…」

 

「雪ノ下!」

 

『はぁあ! 隙ありってやつじゃん! おまけにこいつも『アギラオ』!!』

 

「ぐっ! げほっ、っごほ、あっぁああああ!」

 

 

 衝撃が蓄積し、痺れた腕が握りしめていたナイフを取り落とし、それを拾いに行くかペルソナで防御を固めるかの逡巡をつかれ直撃。

 

 木の板に転がる事になる。

 

 緊張の糸が途切れ呼吸が途切れていた事に気付き、倒れたまま咽込む。

 

 そのまま追撃に火炎中級魔法を放たれ、悲鳴を上げる。

 

 辛うじてペルソナを出し続けていた事で火だるまにもならず、全身が火傷を負う事は無かったものの焦げ臭いにおいがちらつく。

 

 

「ゆき「さがってなさい!」っ!」

 

『…へぇ…そういうこと。雪ノ下さんってさ趣味悪いよね』

 

 

 一気に劣勢に傾いた情勢にターゲットにならないよう控えていた八幡が前に出ようとするが、檄を飛ばし制止する。

 

 その激しさにびくっと硬直する様子をみて、雪乃の回りを駆けていたユミコが立ち止まりなにやら粘ついた口調で話しかける。

 

 

「何を言いたいのか簡単に想像がつくけれど、下卑た妄想は止めてもらえるかしら」

 

『そんだけ必死になってて違う訳ないじゃん、ウケる』

 

「この男には借りがある、それだけよ」

 

 

 力が抜ける身体を無理矢理奮い立たせて立ち上がる。

 

 口だけは軽いけれど、これは精神的な面が上位に在るパレスだからこその強がり。

 

 雪乃の気力はもう残っていない。

 

 強がりを張る意地が切れてしまえばそのまま倒れ伏して動けなくなるだろう。

 

 

『思ってたけど、あんたって大分子供っぽいよね。我儘放題許されてきた末っ子っしょ。

 小っちゃいころから周りに気ぃつかってもらって、お姫様扱いされたんでしょ。

 だからそんなに恵まれてんのに不幸面出来んじゃん?』

 

「あなたのざれごと程度、そこの男のたわごとと比べればなんてこともないわ」

 

『負けず嫌いで、意地っ張り、周囲見下して、女王様気分』

 

「自己紹介かしら?」

 

『だから、結衣もそんな子供っぽいあんたに嫌々付き合ってんだし』

 

「っ!!」

 

 

 余裕の表情を張り付けていた仮面が歪んだ。

 

 

『なに図星? そりゃそうだよねぇ、雪ノ下さんみたいに人の事、ナチュラルに見下してる人にさ。

 結衣みたいな子が付き合ってるなんて、そりゃ、憐れみ以外にないよねぇ』

 

 

 ぎり

 

 

 歯ぎしりの音が後方、万が一の事を考えて肉盾になるべく戸塚の近くに控えていた彼の元にも聞こえてきた。

 

 

『自分は特別だって思ってるやつってさぁ。すっごいうざいし。

 なのに結衣に優しくされて勘違いしちゃった? 『自分は特別だから、特別に優しい友達が出来たんだ』って?』

 

『でもさ、それって『あんたが特別』って訳じゃなくて『結衣が特別優しい』から成り立ってる関係だよね。

 つまり、あんたにとって結衣は友達かもしんないけど、結衣にとってはあんたって友達じゃないんじゃない?』

 

 

 実際、キツイ性格をしている雪乃や、捻くれて面倒くさい性格をしている八幡、話すだけで疲れる材木座。

 

 そんな三人とまともな交友関係をはぐくめているのは、結衣の寛容な性格に要点がある。

 

 きっと雪乃と八幡だけなら最初のように言い争いがヒートアップしたり。

 

 雪乃と材木座、八幡と材木座だけなら材木座が死んだりする。

 

 なら、ユミコの言っている事は完全に否定できない。

 

 彼ら彼女らの要は由比ヶ浜結衣の優しさで構成されているのは間違いない。

 

 その自覚を当然彼女も持っていて、言い返せるだけの論は持っていなかった。

 

 

「なんだよ、ただのかまってちゃんか」

 

『は?』

 

 

 しかし、その言を看過するには彼は彼女の事を知りすぎていた。

 

 

「こいつが由比ヶ浜の優しさにつけこんで友達面してっから気にくわねえって話だろ。

 んで、最近付き合いが悪くなったのは雪ノ下の所為で、寂しいけどあいつに原因がある訳でもなく無理矢理付き合わせるにも気が引ける。

 だから雪ノ下を悪者にしてこいつを排除すれば由比ヶ浜は戻ってくるって寸法か」

 

『な、ぁ、なに、何的外れな事いってんだし! ぁ『アギラオ』!!』

 

「残念、さっきまでの間に『スクンダ』三積しといたから」

 

 

 

 震える身体を無理矢理に動かす。

 

 そうしなければ今にも崩れ落ちそうだったから。

 

 

 

 冷や汗が止まらない。

 

 間違えなくとも死につながっている綱渡りだ。

 

 それでも言わずにはいられなかった。

 

 

「最近、彼女に元気が無かったのは」

 

「それかもしれねえな」

 

 

 それは嘘だ。

 

 結衣の最近の悩みは雪乃の隠し事である。

 

 しかしそのことを知っているのはこの場には一人だけしかいないし、その一人は信頼できない語り手であり真実を告げる訳も無かった。

 

 

『ち、違うし! ユイが、ユイは、アーシと、アーシらと居るのが』

 

 

 ふるふると顔を隠した金髪が揺れる。

 

 別に結衣が誰と共に過ごそうと彼にはどうでもいい。

 

 昼休みに放課後に、優美子たちと過ごそうが、雪乃と過ごそうが。

 

 ボッチの彼がそこに関与する事はないのだから。

 

 けれど

 

 

「案外まじめで、ちゃんと謝る事が出来て、俺やこいつみたいな面倒なヤツと付き合えて、キョロ充っぽいけど陽キャグループで立ち回れて、不満があっても見せずに飲み込めて、友達に正面から向き合えるあいつを理由にしてバカやろうって根性が気にくわねえ!

 リア充の癖にコミュミスってんじゃねえよ! つか普通にその不満をあいつに言ってりゃどうとでもなっただろうが!

 どうせお前も雪ノ下も両方大事とか言ってなんだかんだ絆されてりゃそれで終わってた事態じゃねえかよ!」

 

 

 渾身の叫びだった。

 

 ただでさえ悪神の欠片なんて言う超常物体に振り回されて、大分高校生活が歪まされているのだ。

 

 現状の危機が少し話し合っていれば避けられていたと分かればキレてしまいたくなるのも分かる。

 

 そんな魂の叫びに背後の少年がピクリと瞼を動かす。

 

 

「ひき、がやくん」

 

『ち、違うし! アーシはユイを言い訳にしてとか。そ、そう…そうだし。

 全部全部悪いのはその女で、アーシの領域に無遠慮に手つっこんでくるから』

 

「人には本音を曝け出せって言っときながら結局自分自身が嘘塗れじゃねえか」

 

 

 最初からずっと彼女の敵意は雪乃に向いていた。

 

 結衣と仲良さげにテニスをしていれば、取り巻き達を連れて本音を隠してつっかかり。

 

 隼人との接点が自分には得ることのできない物だと分かれば隔離にかかり。

 

 いざ目の前にすれば加虐性にかまけて周囲を傷つけて反応を見て。

 

 傷つけるだけ傷つけて精神をも追い詰めようとする。

 

 

「あいつは良い奴だ。こいつや俺にはもったいない。正論だ。

 だけど、それを正当性に使ってんじゃねえ。女々しいんだよ」

 

 

 少なからず、彼は由比ヶ浜結衣と言う少女に向き合ってきた。

 

 事故の原因であることに苦悩し、それでも踏み出し。

 

 秘密に気付きながらも、気を回して踏み込むか考え。

 

 何の得も無いこんな騒動に自分から巻き込まれてくれた。

 

 その理由に罪悪感や彼女の自分本位な面が無かったとは言わない。

 

 だが、結衣が優しい理由は彼女がそういう人間だからであり、その善性が踏みにじられているのを見逃すほどには羞恥心が欠如していなかった。

 

 

『知った口きいてくれんじゃん』

 

「知った口きくのが今の俺の役目だったからな」

 

『は? なに…っ!』

 

 

 そして、彼らの目的は最初からずっと一つだった。

 

 雪乃がずっと防戦一方だったのも、八幡が動かないようしていたのも。

 

 全てはたった一つの目的を達成する為だった。

 

 その目的は今達成される。

 

 ナビの役割をこなしていた彼とその半身には分かった。

 

 遅れて仮の主であるユミコもその気配を感じ取る。

 

 

バンッ!!!

 

 

 大きな音を立てて、引き戸が勢いよくスライドされる。

 

 

「ゆきのん! ヒッキー!」

 

「無事か!?」

 

「ぶ、ぶふぅ…ま、待ってくれ早すぎる」

 

「あれは…ヒキタニくんの後ろに居るのは戸塚? ならこれは」

 

「時間をかけ過ぎた様ね、形勢逆転といったところかしら」

 

 

 加勢の宛がない籠城、防戦などという愚策を彼女が取るだろうか。

 

 否

 

 こうして後を追いかけてくる友人たちを始めから雪乃は信じていたのだ。

 

 なだれ込んでくる同行者たちを認めてようやく彼女はへたり込んだ。

 

 既に戦闘不能な状態を精神力だけで持ちこたえていた身体は、援軍を確認したことで糸が切れた。

 

 

「ゆきのん!?」

 

「気にしないで、パレスの主は三浦さん。モルガナちゃん!

 戸塚くんは既に救出済みよ。

 あとは彼女を叩きのめせばそれで終わり、任せていいかしら」

 

「任された!!」

 

「優美子…」

 

『は、隼人…結衣…』

 

 

 息せき切らして乗り込んできた面々に聞こえるように、簡素に現状を伝達する。

 

 やるべきことを把握したモルガナはシミターを構え直し、巨体をねめつける。

 

 しかしその巨体は目前の猫ではなく、少し後ろの男女へと意識を向けていた。

 

 今にも倒れた少女の元に走り出しそうな結衣。

 

 威圧感のある偉丈夫のペルソナをもって対峙する隼人。

 

 

『…なんで』

 

『なんでアーシの味方じゃないの』

 

「優美子?」

 

 

 紅い童女で回復させようと意気込んだ彼女の耳にその呟きが聞こえる。

 

 

『いいよ、もう…アーシの敵に回るってんならもう、容赦しないから』

 

「優美子! 違う、俺は」

 

『煩い五月蠅いウルサイうるさい! アーシの思い通りにならないならあんたら全員モブでしかないし!』

 

「雪乃殿、ハチマン下がってろ! こっからはワガハイたちの踏ん張りどころだ!」

 

「我の武勇伝を語り継ぐ役目を与える! 背中は任せたぞ八幡!」

 

 

 口撃で萎んでいた敵意が膨れ上がる。

 

 聞く耳ももたない様子に拳を握りしめて隼人のペルソナも構える。

 

 

「たぶん優美子がそうなったのはあたしも原因なんだね。

 でも、ううん、だったらあたしが優美子を助けてみせるから。いくよ『ザシキワラシ』!」

 

『うっさいし! 仲間割れでもしてなよ! 『セクシーアイ』」

 

「ぬぬ、そこに居たか怨敵松永! 我の仇ぃい! 『ムド』!」

 

「どわぁ! なにしやがるザイモクザ!」

 

「いけない、『ツチグモ』彼を治してやってくれ『パトラ』!」

 

「はぽん? 我は何を『『プリンパ』』はらひれひれはら~~~?」

 

「くそ、もう一度だ『パトラ』!」

 

「中二状態異常に弱すぎない!? 邪魔なんだけど!」

 

『隙ありっしょ『マハラギ』!』

 

「え? きゃぁああああ!」

 

「あちい! くそっ結衣殿! 『メディア』! もっぱつ『メディア』!」

 

 

 開幕、今まで使ってこなかった状態異常魔法を連発し戦線を乱される。

 

 魅了されてモルガナに攻撃を向けた材木座が隼人の行動も制限し、注意力を低下させて全体魔法を放つ。

 

 特に結衣のペルソナ『ザシキワラシ』は火炎弱点の為大きく怯んでしまう。

 

 一度の全体回復では間に合わず、モルガナも回復に専念するしかない。

 

 

『…次はこれだし『マハブフ』!』

 

「『ツチグモ』、がぁああああ!」

 

「ハヤマ?! ちくしょう『メディア』!」

 

「『癒しの風』!」

 

「材木座! 弱点は呪殺だ!」

 

「殊勲賞だ! 今度こそ我の活躍を目に焼き付けるがよい! 『エイハ』!」

 

『っちぃ! 『シバブー』!』

 

「か、かか、から、からだ、からだが、し、しび、しびれ痺れる~~~~!」

 

「くっ、『パトラ』!」

 

「ダメだ! 怯ませても畳みかけられねえ、このままじゃじり貧だぞ!」

 

 

 火炎と正反対の性質の氷結魔法を全体にばらまかれ、今度は氷結弱点の隼人が怯む。

 

 モルガナに加えて結衣が回復にあたるが、専念しなければいけない分距離が開いていた。

 

 モルガナと材木座の二人だけではダメージソースとしては弱く、折角のチャンスを活かせない。

 

 一番邪魔になるのが材木座だと狙いをつけて、またしても状態異常で行動を制限する。

 

 

 最もダメージを与えられるモルガナは全体攻撃の回復に専念しなければならず。

 

 弱点を突ける材木座は状態異常で頻繁に動けなくなる。

 

 それを回復する為に隼人の動きも固定されて、結衣もモルガナのフォローに回ってしまえば攻撃に参加できない。

 

 せめてここにもう一人の攻撃役として雪乃が参戦できれば徐々に押し込めた。

 

 しかし、彼女の身体は戦意に反して頑として動こうとしない。

 

 せめてモルガナの力がもう少し戻っていれば戦闘不能を回復させる魔法『リカーム』が使えて、雪乃が戦線復帰できたのだがないものねだりか。

 

 八幡もせめてもと『タルンダ』で攻撃を弱めているが焼け石に水。

 

 特に今まで役に立っていた『スクンダ』が飽和的な全体魔法の所為で意味をなしていないのが痛い。

 

 足を引っ張るしかできず、誰かの助けになれない己の無力感に歯がみする。

 

 徐々に押し込まれ、このままでは敗北が迫り死へと繋がるのは時間の問題…

 

 

「ぺる、そな」

 

 

 かと思われたその時、八幡の後ろ、誰もいないはずのそこから鈴の音がなるような涼やかな声が聞こえてきた。

 

 ばっと振り返り、その正体を確認しようとして…目じりに雫が浮かぶのを止められなかった。

 

 

「『ノヅチ』…僕らを助けて! 『リカーム』!!」

 

「戸塚!!」

 

 

 そこには安静にするよう置かれていた筈の戸塚彩加がしっかりとした足取りで立ち上がっていた。

 

 その背後にはペストマスクのような特徴的な仮面で逆立つ毛皮のマントを羽織ったペルソナが屹立していた。

 

 

「事情はよく分からないけど、比企谷くんの声が聞こえたよ。

 僕はこのままカッコ悪い、女々しくて男らしくないままでいたくないから!

 だから、僕も戦うよ『ノヅチ』! 『コウガ』!!」

 

『ぐっ! 調子こいてくれんじゃん! だけど、あんたみたいな根暗が一人増えたところで何かできる訳ないっしょ』

 

 

 初めてのペルソナ、例え使い方を無意識の海から与えられていると言っても限界がある。

 

 勢いよく放たれた祝福属性の初歩魔法『コウガ』が不意を打つことで直撃するが、次が続かない。

 

 ぎこちなさが拭えない戸塚をフォローすべく結衣たちが立ち位置を変える。

 

 しかし、更なる反抗的存在に、しかもさっきまでは明確に自分の下位に位置していた存在に反抗される事は余程癪に障ったのか。

 

 ユミコのターゲットが全体から戸塚を主体に切り替わる。

 

 その隙に、結衣の全体回復魔法『癒しの風』やモルガナの『メディア』などで態勢を整える。

 

 

「弱い僕、男らしくない僕、言いたい事も言えない僕とは、もうさよならしたいんだ! だから負けない!」

 

『ヒトがんな簡単に変われるわけないし! モブはモブのまんま、アーシの人生を邪魔すんな! アーシの、アーシの友達を奪わないでよ!』

 

 

 歯を食いしばって雪乃ですら防戦一方だった猛攻を我慢する。

 

 いなすとか、受け流すとか、そんな器用な真似は出来ない。

 

 けれど、ただひたすら根性のみでダメージを我慢する。

 

 隼人やモルガナが半分以上をそらしてくれ、材木座が肉盾となってかばっている事も大きい。

 

 それでも戸塚の根性も大きかった。

 

 その姿を見てあれだけ指導者面していたあの人が奮起しない訳が無かった。

 

 

「そうね、その言葉をそっくりそのまま返してあげる」

 

「ゆきのん!」

 

 

 そして乱入者に注意が取られていた間に戸塚の『リカーム』とモルガナの回復で態勢を整えた雪乃が戻る。

 

 視野狭窄に陥っていたユミコには目の前の邪魔者しか見えていなかった。

 

 

『ぐっ』

 

「よし、これでワガハイと結衣殿が回復に専念しても押し切れるぞ!」

 

「…すまない、優美子。だけど、すぐに解放して見せるから」

 

『隼人…』

 

 

 いくら全体魔法でリソースを削ったとしても、回復に憂いが無い状況。

 

 そして弱点の呪殺を放つ材木座、モルガナを除いて最もレベルの高い雪乃がダメージディーラー。

 

 状態異常も隼人が治し、状態異常にならないなら攻撃役に回る。

 

 デバフを積み続ければ、万が一の逆転劇もなくなるだろう。

 

 ここに対ユミコ戦の消化試合が決まった。

 

 

『アァアアアアアアアアアア!!!!』

 

 

 

 




ペルソナメモ

 対トツカ戦、ゲームならまず雪乃八幡ペアでの戦闘から始まり、○ターン生き残れ! がミッション。ターン経過もしくは八幡が『エネミーサーチ』を使うと正体を現しますので、一旦戦闘終了。すぐさまユミコ戦に移行します。特殊コマンドで雪乃は『挑発』を使えるのでヘイトを稼いで防御しましょう。挑発しないと全体魔法や状態異常魔法で八幡(主人公)が直ぐに死んでパトってしまいます。
 ターン経過もしくは雪乃の戦闘不能で分断されていたメンバーが駆けつけます。八幡くんには回復アイテムでの回復役に専念してもらえば難しくありません。無駄にデバフするのは避けましょう。
 雪乃の戦闘不能での合流の場合、材木座、結衣、モルガナ、隼人が戦闘メンバーになり雪乃と八幡は一時戦線離脱の為、どの全体魔法でも弱点を突かれてしまうので回復が間に合わないです。この場合は特殊戦闘の為、ターン経過でムービーイベント戸塚覚醒からそのまま戦闘終了します。経験値無しの為オススメしないです。
 ターン経過で合流した場合、そのまま雪乃、八幡、材木座、隼人が戦闘メンバーで戦闘再開、結衣とモルガナは控えに回ります。ターン経過の戸塚覚醒ムービーイベントは変わらないですが戦闘は続行します。材木座が戸塚(固定)と入れ替わりますが、ユミコは祝福属性に耐性を持つので戸塚は回復役と割り切りましょう。隼人を材木座に変え直して、雪乃は挑発を続行、八幡はデバフ、戸塚は回復、材木座で弱点突いて総攻撃を繰り返しましょう。ここまでくればレベルが余程低くない限り普通に勝てます。

 ノヅチ(野槌)…ツチノコの語源(槌の子)。頭部に口があるだけで、目も鼻も無いクリ○ン的なニュアンス。草木の精霊としても扱われるが、野槌に見つけられただけで病気になるとか言う厄災である。
 身体の一部が無い、天使は性器と言う身体の一部が無い。関わってしまうと病気になる、ホモは病気。つまり、野槌とはホモに走らせる天使である。QED。と言う訳では全くないが、己に欠けている部分を強く自覚している戸塚に共鳴したのは間違いない。


 アルカナ…運命

 ステータス…火炎、電撃、衝撃弱点。物理、氷結耐性。

 初期スキル…ブフ、コウガ、マハコウハ、ディアラマ、リカーム


 魔法偏重祝福特化のペルソナ。地獄突きを覚えるし、最終的には刹那五月雨撃ちにもなるが、殆どダメージソースにはなりません。切なさ乱れ撃ちの名は伊達じゃない。
 更に、元々ペルソナの才能が無い所を、ユミコに取り込まれる事によって強制的に覚醒させられている副作用で耐性が酷い事になっている。メタ的に言えばノヅチ自体がメガテンにおいて序盤の雑魚悪魔のせい。祝福と回復が主体なので前線での回復を任せて結衣はサブメンバーに回せて、念動弱点が多く出ない限りサポートに専念できるぞ。


運命のアルカナの正位置には『転換点、一時的なチャンス』、逆位置には『急速な運気の落下と悪化』と言う意味が含まれる。


 毛皮を羽織り、ペストマスクのような特徴的な仮面をかぶったペルソナ。



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これからを想うと葉山隼人は道を違える

連日投稿はひとまずこれまでです。
また10~15話くらいストックが溜まったら、一区切りつくまで連日投稿します。


4月27日(金) パレス内部

 

「さて三浦さん」

 

『………なに』

 

 

 ぶすっとした、不機嫌さを隠そうともせず肥大化した身体を元の人間大にまで戻したユミコが顔を背けながら返事する。

 

 結局、ユミコは多勢に無勢。

 

 傾いた天秤を戻すことかなわず、力尽きた。

 

 その身体は力なく浴槽のへりにもたれかかり、けだるそうにしている。

 

 しかし、一旦落ち着けたところで悪神の欠片の癒着が自然とはがれるわけでもない。

 

 であるならば、ここは普段通りに肉体的なダメージの後の精神的なダメージ…

 

 

「私とそこの男どもは外に出ているわ。話し合いたいならお好きにどうぞ」

 

 

 と思いきや、最も口が達者で、精神攻撃を得意分野と言って憚らない雪乃がさっさと浴場の出口に向かう。

 

 その顔は浮かない顔つきの八幡と強行軍の後の激戦で疲弊しきった材木座を視線だけで退室を促していた。

 

 手元には通り道に立っていたモルガナを拾い上げ、柔らかく抱かれ「うなぁ」とうなだれている。

 

 

『情けでもかけようっての!?』

 

「勘違いしないでほしいのだけれど、私はあなたの事なんてどうでもいいのよ。

 好きでもなく嫌いでもなく…関わってこないのであればそれで良しとでも言えるかしら。

 いえ、少し嫌い寄りかも知れないわね」

 

『あ゛?』

 

 

 精一杯の低音ですごむ、が浴槽の縁に深く背中をもたれかけている体勢だとすごみきれない。

 

 そんな中途半端な状態の彼女を歯牙にもかけない様子で、しかしふと横を見る視線はとても優し気であった。

 

 

「けれど、どうでもよくないと思っている人が居るのなら。

 あなたの事を心底心配している人が居るのなら、それはとても素晴らしい事だと思うから」

 

『どういう』

 

「優美子」

 

「話そうよ。あたし、優美子が何に怒ってたのか、何を我慢してたのか、知りたいから」

 

 

 彼女の心境の一部は先んじてそこの腐り眼野郎が蔑んでしまっていたから。

 

 雪乃にとってそれ以上の深みを知る必要はなく、十分以上だった。

 

 まぁ走りまわされて酷使された材木座からすれば、リア充に優位に立てる材料の一つや二つ欲しい所だろうが…

 

 

「あとは、あなたとそのお友達で話し合って済ましなさい。

 これ以上、世話焼きなんてしていられないから」

 

『ほんっと、あんたムカつくね』

 

「知っているわ」

 

 

 それだけ返して、湿気で束になった髪を普段通りに払いのけさっさと扉をくぐってしまった。

 

 あるいは弱みを見られてしまった彼女への気遣いなのかもしれないが…

 

 とにかく、雪乃はこの場を離れ、それに続いて八幡も続き、材木座は引っ張られて出て行った。

 

 いまだ詳細を知らず、雰囲気で参戦していて今どうすればいいのか逡巡しておろと周囲を見回した戸塚に

 

 

『戸塚』

 

「あっ、う、うん。何かな三浦さん」

 

『ごめん。そんだけ』

 

「…うん。わかった。僕も出てるね」

 

 

 ユミコは一言だけ謝罪の言葉を告げた。

 

 謝意を受け取って心に一つ区切りをつけられたのか、にっこりと笑って先に出た三人を追いかけた。

 

 残されたのはユミコ、隼人と結衣。

 

 しかし、彼女たちが何を話したのかは語る事は出来ない。

 

 語り部たる主人公がこの場から完全に遠ざかってしまったのだから。

 

 一つだけ言えるのはこの日以降、結衣の笑顔は大分魅力的になった。それだけだ。

 

 そう長くかかることなく、トツカのパレス兼ユミコの居城は跡形も無く消えるのであった。

 

 

 

4月27日(金) 夜 サイゼリヤ店内

 

「ごめん、遅くなってしまった」

 

 

 爽やかな笑顔で大きなエナメルバッグを肩にかけた隼人がサイゼに現れる。

 

 その後ろには気まずそうな様子をした優美子と、後ろから背中を押している戸塚の姿もある。

 

 少しだけ店内を見渡した後迷うことなく、既に席に座っている4人の元に近づき彼らも座る。

 

 

「仕方ないよ、隼人君も彩ちゃんも部活してるんだし。でも、よくあの後に部活出来たね。現に優美子は今まで寝込んじゃったし」

 

「ちょっ、結衣」

 

「ははは、恥ずかしながら今日の部活は散々だったけどね。あんなに疲れる物なんだな、ペルソナって」

 

「僕も今日は殆ど流すだけになっちゃった」

 

 

 ペルソナ、精神世界では現実世界の体力と関係なく動ける。しかし、一旦現実に戻ればそのフィードバックで疲労困憊になってしまう。

 

 もちろん、あまり体力のない、運動しない人間だと動けなくなってしまう。

 

 そう、一般的な女子高生であり慣れていない優美子だとか、極端に体力の少ない雪乃だとか。

 

 逆に言えば運動部で体力のある目の前の二人にとって、どうにかできなくも無い消耗であったということだ。

 

 

「俺的にはペルソナの疲れよりか、現実に戻った後の方が疲れたがな」

 

「私は疲れで対応できなかったから、引け目を感じてしまうわね」

 

「気が付いたら5限目も終わっててあたしら丸々一限さぼったことになっちゃったし」

 

「巻き込まれてしまった人たちには申し訳ない事になってしまったな」

 

 

 トツカ・ユミコパレスはザイモクザパレスの時より圧倒的に短い時間で攻略できた。

 

 道中はシャドウの波状襲撃で消耗したものの、落とし穴の所為で第一フロアから最深部まで直通でボス戦になったのだ。

 

 これ以上を目指すならパレスの本拠地の外から飽和攻撃で更地にするしかないが、そんな火力を発揮できるわけもなく。

 

 つまり最短経路で最短時間の攻略ではあったが、それでも1時間以上をかけてしまった。

 

 ならば現実に戻って来たらそのまま時間が過ぎているのは自然の摂理。

 

 おしなべて地味に内申ダメージが痛い事になってしまった面々であり、それに巻き込んでしまった野次馬への罪悪感も一入だった。

 

 優美子と雪乃が倒れ込んでしまい、その対処の為と言い訳を並べて何とか事を収めたのである。

 

 その原因となった奉仕部の依頼と言う点で、後日説明(言い訳ともいう)の為にと正式メンバーが平塚先生に呼び出されたのは必要経費だろう。

 

 とにかく済んでしまった事に拘泥していてもどうにもならない。

 

 

「それで、詳しい事を説明してくれるんだよね」

 

「俺は事前にざっくりと聞いただけだし、練習に身が入らなかった原因の一つでもあるからね。納得させてほしい」

 

「あーしは隼人の付き添いってだけだから」

 

「比企谷くん」

 

「もるが…ちきしょう、ここが飲食店だから。ちきしょう」

 

「はぁ…あなた達が来るまでに詳細は資料に纏めておいたわ。

 説明と資料で分からない所は随時質問してちょうだい」

 

 

 説明を求めてくる三人(厳密には隼人と戸塚だけだが)への説明をまたしてもキラーパスされ、スルーしようとしてモルガナが使えない事に気付き嘆く。

 

 とはいえ、それもただのじゃれ合い。後からくる三人に向けての資料は、直前まで雪乃がポチポチと作成していた。

 

 もちろん、こういう事もあろうかと、とこれよりも前に作ってあった草案があったからこその短時間作成ではあったが、結衣の尊敬のまなざしはさらに強くなった。

 

 スマホで作成されたそれを、結衣にメールし転送されたそれを隼人、優美子、戸塚が受け取り各々が読み進める。

 

 モルガナの通訳で補足する八幡と優美子の理解しやすい表現に置き換える助言をする結衣、所在無げにドリンクバーと往復する材木座。

 

 隼人は事前の説明と重複する内容が多いのと、優美子はあまり関心が無く戸塚は一度全部聞く姿勢だからかスムーズに説明は終わった。

 

 

「ふぅん、つまりその猫が全部悪いって事っしょ」

 

「優美子。モルガナくんもわざとこの事態を巻き起こしたわけじゃない。

 未必の故意とすらいえないのなら、彼に責を負わせるのは傲慢だよ」

 

「わ、分かってるし! でも文句位はいってもバチ当たんないでしょ」

 

「あたしはおかげでゆきのんと友達になれたし、優美子と本音で話し合えたからプラマイ的にはプラスだとは思うけどね」

 

「…モルガナがカバンの中で色んな意味で泣いてるからあんまり言わないであげて?」

 

 

 確かにこうなった原因はモルガナに端を発する。

 

 それを自覚しているから何も言えないし、結衣の優しさに感動している。

 

 

「でも、問題は僕たちが巻き込まれた事じゃない、よね」

 

「そうね、ざい…木座くんの件は偶然だと考えられるけれど、今回は明確な悪意で引き起こされた人災」

 

 

 ペルソナの事はもうどうにもならない。

 

 目覚める機会が無かっただけで、ここに集まっている面々には元々その才能が有ったのだからひょんなことで覚醒していたかもしれない。

 

 それを考えれば、何の標も無い状態で戸惑うなんてこともなくこの力を受け入れられる現状は恵まれている。

 

 ならば問題となるのはそう言った超常の力を悪用する誰かの存在が明確に判明したことだ。

 

 

「…そう言えばフィクションではこういうのに対抗する国家機関などがあるのはお約束なのだが。そう言うのは存在しないのか?」

 

「オカルトの警察、みたいなものか。確かにあればそれに頼る事が出来るし。ヒキタニ君」

 

「ちょっと待て。確かその辺はこっちのカンペに」

 

 

 黙っていた材木座が手持無沙汰にふと思いついたと尋ね、少し顔を明るくした隼人が追従する。

 

 

「えっと、何々。日本には大正時代に超國家機関ヤタガラスと呼ばれるオカルト対策組織が存在していたが、第二次世界大戦の終戦を境にその存在を確認する事が出来なくなっている。

 並行世界ではオカルト対策組織としてジプスやベテルと言った名前のモノが存在しているが、現状で調べる限り表に出てきていない。

 つまり、存在しているかも知れないがコンタクトを取る方法が無いし、そもそも存在していない可能性もあるってことだそうだ」

 

 

 この世界に歴代最強なあのライドウが存在していたかどうかすら分からないが、現在分かっているのは存在していても一高校生がその所在を掴むことはできないと言う事。

 

 もしかすればかつて帝都と呼ばれた場所の暗部には今もオカルトを駆使して日本を守っていたり、世界を崩壊させようと何かが動いているかもしれないが、知るすべも無ければ関係もない。

 

 

「頼れるのは自分たちだけ、ということね」

 

「それでも…」

 

 

 その回答に難く口を結ぶ。

 

 

「とにかく、俺らは自衛を主体にモルガナの望み通りに悪神の欠片を消滅させていく。そんな感じだ」

 

「あたし的にはこういう危ないのは一気に終わらせちゃいたいな」

 

「手がかりもないのだから、仕方ない所だけれど…そう言えば、今回の悪神の残滓はどうなったのかしら」

 

「あっ、それなら僕が三浦さんから預かってるよ。えっと、はいこれ」

 

 

 そう言ってジャージのポケットから取り出したのは、一つのテニスボール。

 

 特筆して変な所も無い、それをそうと知らなければ疑問にも思わないただのボールだった。

 

 しかし、それを知っている奉仕部のメンバーからすると、錯覚でも嫌な威圧感を覚えるのであった。

 

 ここから今回の不審者へと繋がる線はないだろうし、もしも見つかってもただ飛んできたボールを投げ入れただけと言われればそれで終わりだろう。

 

 背後にある悪意と周到さに少しだけめまいを覚えてしまいそうだ。

 

 

「ほれ、餌だぞ…って、痛ぃ」

 

 

 受け取ったボールをこそっとカバンの中に突っ込むが、そのタイミングで手の甲をひっかかれた。

 

 流石に扱いが雑過ぎたか、とひりひりする手をふりふりする。

 

 ひとまずはこれで優美子の乱入から始まった今回の一件は終わりを告げた。

 

 戸塚の依頼は、ペルソナに目覚めたことで何か吹っ切る事が出来たのか取り下げになったので、差し迫って何かしなければいけない事はない。

 

 

「それで、これからなんだけどさ」

 

「あっ、それなら僕から言っていいかな」

 

 

 空気を変えようと普段より少しだけ明るめの声で結衣が先の話をしようとすると、機先を制して戸塚が控えめに手を挙げる。

 

 

「今回みたいなことはちょっと怖いけど、それでもこんな目に他の人が遭うって言うのは良くない事だと思う。

 どうして僕にペルソナって力が授かったのかは分からないけど、この力を使ってモルガナくんの目的を手伝うのはいいことだと思うんだ。

 だから、僕は雪ノ下さんや比企谷くんのお手伝いをしたい。

 もちろん、部活があるときとか都合のつかないこともあるかもしれないけど、出来る限り力になりたいから。

 だから僕も仲間に入れてくれないかな。そうすれば僕も自分に自信が持てると思う」

 

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、運命のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

「戸塚くん…ええ、あなたの参加は心強いわ。歓迎しましょう」

 

「盛大にな。とりあえず歓迎会か歓迎会をしようそうだろうピザかチキンかポテトか好きなものを選んでくれ奢るぞ懐は寒くないんだ遠慮しないでくれ」

 

「早口きもっ! ヒッキーどんだけ嬉しいの?!」

 

「むむぅ、月末でなければ我も出したいところだったのだが…お小遣いが」

 

「あはは、別にそんな気を使ってくれなくてもいいよ。入れてくれるだけで嬉しいから」

 

 

 奉仕部の仲が深まった気がする。

 

 

「盛り上がっている所悪いけど、君たちはこれから具体的にはどうするつもりなんだ」

 

「具体的、って?」

 

 

 話も一段落、と思いきや隼人が話の流れを切り質問する。

 

 

「明確な原因は悪神だっていうのとそれが誰かに悪用されていると分かっている。

 だけど、分かっているのは言ってみればそれだけだ。

 誰が持っているのか、持っている人は操られているのか、それとも自分の意志で悪用しているのか。

 目的は、ターゲットは…他にもいろいろあるけど分からないことだらけだ」

 

「まぁ、今まで我らも受け身であったからな。知るすべも無かったと言うか」

 

「そうだ。君たちは今まで手がかりも無い状態で、ただヒキタニ君のトラブル集約効果で待っていただけ。

 それが今回の戸塚達の一件で、手がかりが向こうからやって来たし、なんならこれからも向こうからちょっかいを出してくる事も考えられる」

 

「…今回、不審者として姿を現した相手を調べる事で追い詰める事も出来なくも無い。手段を選ばなければ、だけれど」

 

「あっ、そうか。今までと違って、調べる対象が居るんだね」

 

「まぁこれ以上の被害を受けない為にもこっちから攻める必要もあるだろ。押してダメなら押しつぶせって言うしな」

 

 

 そう言って隼人の疑問から思いつく事を一同は口々に乗せる。

 

 その内容を確かめた彼は一つだけ頷いて、切り出した。

 

 

「そういう方向に行くのなら、戸塚には悪いけど俺は君たちに全面的に賛同する事は出来ない」

 

「隼人君?」

 

 

 和やかな空気がその一言で一変する。

 

 ぴたりとそれぞれが止まる。

 

 

「考えてたんだ。今回の事に巻き込まれて、ペルソナって力を使えるようになって、戸部達の姿を見て、優美子と戦わされて」

 

「…」

 

 

 両の手を握り合わせて口元を隠す。表情は全て見えていないが、それでも目付きは険しいのは分かる。

 

 悩んでいるのだろうか、目を合わせようとしていないが決意を滲ませている言葉の強さに巻き込んでしまったと言う意識が有った戸塚が眼を逸らす。

 

 同じく引け目を覚えている八幡も何も言えず、リア充率が増えない方が助かる材木座も割り込もうとはしない。

 

 

「これはもう子供の手に負えるものじゃない。可能ならしかるべきところに任せるべきものだ。

 そう言う類がないのは残念だけど、俺も、君たちもこんな危険なモノからは手を引くべきなんだ。

 だってそうだろ。一歩間違えれば今回ヒキタニ君も雪ノ下さんも死んでいたし、戸塚も時間をかけていたら危なかった。

 確実に降りかかる訳ではないならこんな危険からは身を引いて、関わりは必要最低限にするのが一番だ」

 

「…あなたが臆病風に吹かれてもどうでも良い事よ。

 私には悪神に借りがあるし、何もしなくても降りかかってくる火の粉は積極的に殲滅するのが信条。

 それをあなたに強制はしないけれど、差し出口を挟まれる筋合いも無いわ」

 

「はぁ?! 隼人はあんたらの事心配してやってんでしょ、それを」

 

「いいんだ、優美子」

 

「でも」

 

「いいんだ」

 

 

 隼人をこき下ろされたと激昂する優美子の肩を抑えて、強い口調で首を振る。

 

 その反応は予想できていた。

 

 だからこの先の言葉も用意するのが当然だった。

 

 

「あまりとりたい手段ではないけど、俺はこの事を両親やその繋がりに相談する事も出来る。その意味が君には分かるだろう」

 

「っ、それ、は」

 

 

 隼人の言葉の意味を直ぐに理解できたのは雪乃と八幡だけだった。そしてすぐ後に優美子が続く。

 

 隼人と雪乃の関係を知ってしまった八幡と優美子だけがおぼろげに先を予測できた。

 

 

→異議あり!

 静観する

 そんなことよりピーナッツ食べたい

 

 

「…なぁ。例え関わりを最小限にしたとしてだ」

 

「比企谷くん?」

 

「そうしてみないふりをしても俺はアルカナの所為で放っておいても巻き込まれる可能性が高い。

 で、いざという時に抵抗できないってのは余計危険なんじゃねえの」

 

「だから、それを何とかする為に大人に相談する事で」

 

「これはモルガナの世界の話だが、ペルソナ、って言うか精神世界『認知の世界』を知った政治家が自分にとって都合の悪い奴を排除する為に、その力を悪用したらしい」

 

「っ!」

 

 

 八幡の言葉を聞いて、全てを説明するまでも無く隼人は理解してしまった。

 

 こう言いたいのだ、法に縛られないオカルトの実在を証明してしまえば、誰に悪用されてもおかしくない。

 

 しかも隼人が考えている大人、というのが多少とは言え政治と言う一面に関わっているのならそう言った懸念を考慮すべきではないのか。

 

 廻り回って余計な危機を呼び込まないと誰が保証すると言うのか。

 

 

「それでも、俺は」

 

「ひ、ヒッキーも隼人君も難しい事言ってるけどさ。簡単に言えばヒッキーは自分の身を守るのに頑張る。

 あたしとゆきのん、中二とさいちゃんはモルちゃんを手伝う

 隼人君はそう言う危ないのには関わらない方が良いと思うから、手伝えない。それだけでしょ」

 

「あ、ああ。そう、だな」

 

 

 結衣の言葉通りだ。

 

 モルガナ、悪神の件が無くとも愚者のアルカナには騒動がつきものである以上、自衛手段は磨く必要がある八幡は今更他人に任せられない。

 

 雪乃は責任感から、結衣は友達の為に、材木座は趣味の為に、戸塚は己の成長の為に。

 

 三者三様、各々がそれぞれの理由で覚悟を持って関わっている。

 

 だからと言って隼人の言葉も間違っていない。

 

 法治国家であり、生命の保証は国で担保される物なら未成年の彼らがこう言った危険に巻き込まれること自体おかしい。

 

 ならば大人や社会に頼るのも当然なのだ。

 

 いうならばスタンスの違いでしかない。

 

 自助努力で己の身を立てるのか、他者に依存してでも身を守るのか。

 

 そのスタンスが違えてしまえば歩む道はおのずと分かれるのも道理である。

 

 スタンスを他者に強要しようとしない限りそれは信条と呼べるのだから。

 

 

「…それでも、俺は積極的に協力したいとは思えない。

 もちろん、巻き込まれてしまう人は助けたいし、君たちが困っていたら手を貸そう。

 誰かに告げ口みたいに報告するのもしないと約束するよ。

 だけど、この先君たちが自分たちから進んで首を突っ込んでいくと言うのなら、そこに俺は付き合いきれない」

 

「優美子は? どうする」

 

「あーしは隼人に賛成。華のJKの青春を切った張ったで浪費したくないし。

 ま、結衣はやりたきゃやればいいし。そっちは何も言わないけど、あんま危ないことばっかしないようにね」

 

「そっか。うん、ありがと」

 

 

 結局のところ隼人が静観のスタンスを示して道を違えたという事実が横たわった。

 

 そこに理解を示さない訳ではなかったものの、水を差された形になり騒ぐ空気でもなくなった彼らはそのまま解散する。

 

 

 

 




ペルソナメモ

 メガテンシリーズでは多くの作品でLaw、Chaos、Neutralと三つのスタンスがあり、法と秩序を重んじるか、力と自由を重んじるか、うるせえ両方死ねという特徴がある。メガテンでは全く異なるルート、エンディングになるが、ペルソナではあまりその要素が強くない。超常、アクマ、世界への関わり方のスタンスの違いだが、ペルソナシリーズでは人間関係の方が主体になっているからだろうか?
 なお、作中の悪用した政治家とはP5の獅子堂。こいつのせいで主人公は屋根ゴミと言われる騒動に巻き込まれる事となった。


俺ガイルメモ

 原作の葉山隼人は周囲の和を重んじ、人の良い面を信じる人間である。一見秩序(Law)を重んじるかのような彼だが、周囲を混乱させるチェンメ騒動では犯人を捜そうとせずに情実を優先する面は感情(Chaos)に傾倒しているややこしい奴である。
 今回はペルソナと言う超常現象に対して積極的に首を突っ込むのは愚策と考えてのメンバー離脱である。ペルソナシリーズには何故か主人公グループと思想を異にするグループがほとんど存在しない。個人ならあるのだが、それも大体別ルートへの象徴でしかない。あえて言えばP3でのストレガがそれにあたると言える? 加入しなかった隼人たちはこの先どうなるのか…


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank1
女帝
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank1 New
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽
審判
世界…奉仕部 Rank2 Up



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いみじくも平塚静は信じている

あなたがこれを読んでいる頃には18日を過ぎているだろう。
自分が思うよりも少し予定より早い更新だから、あまり話数には期待しないでほしい。
何故ならこれから先最低でも2週間、長ければ一ヶ月程は更新が難しいと思うんだ。
だから、更新が滞る前にすこしだけでも更新しておこうと思って。
何が言いたいのかは、つまりポケモンの旅に出るから、次の更新が大分遅れるので許して頂戴ということです
皆もポケモンゲットだぜ!


4月28日(土)

 

 強行軍、強敵との連戦から殆ど休まずに説明会と無理を通したせいだろうか。

 

 身体を動かす気力が出ない。

 

 家から出ないならとモルガナがカレーの特訓に筋トレをしろとうるさい。

 

 積み本を消化するのに忙しい。

 

 妹が放置している雑誌のクロスワードパズルを与えると静かになった。

 

 今日は安静にしておこう。

 

 

4月29日(日) 昼 総武高校

 

 学生の何が素晴らしいのかと言うと、勉強をしていれば基本的には何も言われない点。

 

 平日の朝9時前から夕方16時頃と言う7時間ほどの拘束時間はあるが、合間合間に休憩時間も挟まり実質はもっと少ない。

 

 何よりも基本的に土日祝日は休みで、春夏冬はそれぞれの時期で長短は有るが長期休みが存在している。

 

 なんで秋には長期休みが無いんですか、仲間はずれにされる秋くん、秋ちゃんの気持ちを考えたらそんな酷い事は許されていいはずはないでしょう。

 

 

「GWしかり祝日をまとめてさらに土日と繋げて長期休暇にする前例もある日本には春夏秋冬全てにおいて長期休みを作りそれをすべて繋げて、全日休養日を設定して働かずに生きていける仕組みを作るべきであると俺が総理大臣になったらそんなマニフェストを掲げたいとですね」

 

「私は君のそんな戯言を聞くために休みに呼び出したんじゃないんだが…40秒くれてやろう。素直になるか、身体に聞かれるのがお好みか」

 

「んな、ドーラみたいな台詞でこぶしを鳴らさないでくだしゃいよ。そ、そういえば劇中にはドーラの若いころを描いたっぽい絵が映るんですけど、マジでシータにそっくりって知ってました? あれは監督の年を取るって事はこういう事なんだぞって示唆を示していて女の旬はみじk「抹殺のラストブリット!!!」げぶぅう!!」

 

「教えてやろう、比企谷。女に年齢に関しての言及をすると、戦争しか残っていないのだと。あと、ドーラはいい女だ、間違えるな小僧」

 

「おバカ」

 

 

 しゅぅ、と呼気を溢して残心を構えながら瞳を怪しく光らせた平塚教諭が進路指導室に備え付けられた椅子に座り直す。

 

 横で我関せずを貫いていた雪乃が呆れたようなため息を溢す。

 

 げほっ、げほっ、と本気でせき込む八幡が「あれ? 俺パレスで鍛えられてたよな?」と推定一般人のはずの拳で悶絶したことに幾度目かの疑問を覚える。

 

 だから、多少ペルソナに覚醒したからと言っても生身はそこまで鍛えられていないと何度言えば学習するのか。

 

 結局フィジカルは一般人に毛の生えた程度である。慢心ダメ絶対。

 

 これが悪魔人だとか、ハーモナイザー所持とか、マガタマ埋め込まれたとかで人類の枠を飛び越えていると話は変わる。もしくはライドウみたいな超越者。

 

 閑話休題

 

 先日の集団サボり(結果的にそうなってしまった)の当事者、それも中心人物と独断と偏見で決めつけられた八幡と雪乃が奉仕部部員として土曜日と言う休日に呼び出されてしまった。

 

 なお、結衣は入部届を出していなかったので正式な部員ではなかったらしいので不参加である。

 

 多分、週明けにルーズリーフに丸っこい字で書かれた入部届を泣きながら持ってくるだろう。

 

 一応、嘘は極力避けて説明できる限りをそれっぽく説明する二人。

 

 

「つまりなんだ? 君たち奉仕部は部活動として戸塚の依頼を遂行している最中に、葉山たちが練習に参加してきて?」

 

「気合の入りすぎた戸塚がダウンして、つられるように雪ノ下と由比ヶ浜も疲労困憊で動けなくなった?」

 

「で、その原因を作ってしまった葉山達は動けるようになるまで付き合っていたらいつの間にか時間が過ぎていた。そう言いたいのかね」

 

 

 未だにずきずきと痛むのか、横腹をさすりながら口数少なくコクコクと頷く。

 

 その様子に、ん? 間違えたかな。と軽い調子で一本の煙草をパツンと張った胸ポケットから取り出して流れるように火をつける。

 

 一切気にしない八幡だが、横に座る雪乃は露骨に顔をしかめる。

 

 嫌煙の声は大きくなってきたが、未だに完全禁煙とはいかないから学校内でも場所を選べばまだ吸えている。

 

 しかしそれも長くないだろうなぁ、としみじみ思う。

 

 たとえ学校と言う特殊空間において上位者と振る舞える教師であっても、民意と言うモノには無力なのだから。

 

 具体的には保護者の声とか周辺住民のクレームとか、教育委員会など上から指示。

 

 

「君は、いや君たち以外がそう告げてきたのなら、まぁ誤魔化されてやっても良かったのだがね」

 

「誤魔化すだなんて人聞きの悪い事をいわないでください。嘘は一つも言ってないですよ」

 

「どうだか」

 

 

 実際、休日にわざわざ登校させられた彼らは『嘘は』ついていない。

 

 練習に熱が入っていたのも、葉山達が乱入してきたのも、戸塚、雪乃、結衣のダウンも、葉山達が原因の一端を担っているというのも全て真実だ。

 

 しかし、その間に存在する『ペルソナ』と言う核心部分がすっぽり抜けているのだ。

 

 前日、疲れた身体を押して奉仕部のlineでどういう説明をするか、その辺を備えての今日なのだ。

 

 確かに他の野次馬たちも巻き込まれている点から、納得してもらえるとは思っていない。

 

 だが、以前平塚教諭が巻き込まれた時と同じように、ペルソナ持ち以外の、言っては何だがその他大勢の記憶は曖昧なのだ。

 

 野次馬に来ていた学生の中に、数少ないテニス部が居て部活の際に戸塚が確認したので間違いない。

 

 そこを最大限利用してサボりへの言い訳を作ったのであった。

 

 

「生徒の事を信用できない教師なんて信用できるか! 俺は帰らせてもらう!」

 

「このまま出て行くのならば、君の家に帰るのは物言わぬ袋だけになるだろう」

 

「ご家族は嘆かれる…嘆かれるのかしら。あなたいつも返事をしない屍みたいなものでしょう」

 

「この人露骨に殺害予告してきたよ。つか、なんでそこまで疑うんですか。別に不自然な所はないと思うんですが。

 大体のまともな人はそう言う状況になったらそうするでしょう。あとお前はどっちの味方だ」

 

「遺憾ではあるけれど少なくとも、この場に限ればあなたの味方ではあるわよ。大変遺憾だけれど」

 

「比企谷も雪ノ下も大前提として勘違いしている。君たちがまともと言える人間なのかね。

 このような口裏を合わせる必要がある場にあっても外面を取り繕えないような君たちが」

 

「…っち」

 

「…ちくしょう、なんもいえねえ」

 

 

 まぁ、由比ヶ浜や戸塚、葉山だけなら説得力もあったがね。とは口に出さずに代わりに紫煙のみを吐き出す。

 

 やっぱり疲れた頭で考えると碌な事にならねえな、とか俯きながらブツブツ呟く一人の男子生徒のつむじを見る。

 

 柔らかく細い髪質を見ながら将来が本当に心配だなぁ、とかなんとかぼんやり思う。

 

 いや、別に今のところは問題ないよ? でも、こいつストレス貯めるタイプって言うか、人生の常がストレス掛かってそうだから身体に悪いだろうな、なんて。

 

 と言うか、雪ノ下、この子今舌打ちした? だんだん打ち解けてきたと喜ぶべきか、俗に染まって来たと嘆くべきか。ともあれ…

 

 

「…さて、以上の事を踏まえて、だが」

 

「うす」

 

「はい」

 

 

 四方に散らばってしまいそうな思考を纏める為に、短くなって不味くなる前にギュッと灰皿に押し付けながら顔を上げるように促す。

 

 諦めきったのか、その顔には何の色も浮かんでいない。だが、油断はしない。

 

 こういう輩は何でもないような顔をして、とんでもないような事をしでかすんだ。

 

 長いと言えない人生経験と、短い教師生活と、わずかに残った女の勘が叫んでいる。

 

 だけど、今回はそこまで警戒しなくても良い。

 

 

「集団サボりの原因となったのが奉仕活動だと言うのなら、その挽回も奉仕活動にて行われるのが道理だろう。

 君たちには次の連休で地域の清掃ボランティアへの参加をしてもらう事にしよう」

 

「…そんだけ、ですか」

 

「そんだけ、とは何だ。奉仕活動、正に君たちの部活動の本領だろう。

 地域によし、内申によし、私の評価にもよしの三者全得の良案だと思うがね」

 

「拘束される時間は青春という名のかけがえのないモノなんですよ! 先生にそれを浪費させる権利があるんですか!」

 

「あなたの青春の内訳を言ってみなさい」

 

「主に世界がモンスターだらけになった時における双剣の使い方を予習しておくとか、あとはあれだな…世界平和とか?」

 

「君は世界がそうなったとしてもハンターになるよりもオトモを志望するに決まっている」

 

「つか、そうじゃなくて」

 

 

 更なる追及を覚悟していての所に、肩透かしを食らう。

 

 思わず眉根にしわが寄ってしまうのも無理がない。

 

 

「もっと直截に追及が来るものかと思っていたので、少し拍子抜けしていると言うのが正直なところでしょうか」

 

「ふむ…」

 

 

 二本目に手を伸ばそうとして目つきが鋭くなった彼女に苦笑して、代わりに白衣のポケットに落ち着かせる。

 

 さて、疑わし気な目つき、まるで死んだチベットスナギツネのような眼で見つめて来る彼に対しどう伝えようかと考えようとして直ぐに放り投げた。

 

 

「で、私がストレートに聞いて君たちは素直に話すのかね」

 

「言わない、ですね」

 

「だろう? なら無駄な労力は払わないに限る。それに…生徒の事を信じる、というのも教師の役目だと私は思うのさ。

 さっき、君も言っただろう? 『生徒の事を信用しない教師の事を信用できるか』とな。なら、まずは私から信じてみる事にしよう」

 

 

 ちょっとカッコつけすぎたかな? と思わなくも無いが、本音でもある。

 

 目の前に座るこの男女2人は捻くれ過ぎだし、素直さをどこから拾ってきたのか分からない程ストレートだ。

 

 誰かに頼ると言う事も出来ないし、自力に過信しているし、子供らしいと言えば子供らしい。

 

 …考えてたら不安になってきた。

 

 

「それに、君たちは本気で不味い事をしないと思っているし、君たちはその期待を裏切れない。

 自称、常識的な判断の出来る男と、…将来の事を考えずにいられないだろう君からしてみれば」

 

 

 さっきまでの不安を振り切るように、言い聞かせるように、ちら、と雪乃へ視線を向けて濁すような言葉を向ける。

 

 怪訝な表情をする彼には悪いが、これより先は個人情報だ。

 

 

「まっ、君たちがどうしようもなくなったり、話したいと思った時には遠慮なく頼ってきたまえ。

 私は、君たちの期待に応える。それが教師の役割だし、そう出来るだけの大人でありたいと思っているからな」

 

 

 わかったらさっさと帰りなさい。詳細はまたメールで伝えよう。

 

 そう言いきって平塚教諭は指導室から白衣をたなびかせて去って行った。

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、女帝のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

「…帰るか」

 

「…そうね」

 

 

 大人の貫禄を見せつけられた気分で、そんな彼女を口先だけでどうにかしようとしていた自分たちが酷く幼く思えた。

 

 やりこめられた感が拭えないまま、二人はそのまま帰宅する。

 

 

「そういや、あの不審者の件って」

 

「残念ながらあそこには監視カメラが設置されていなかった。

 目撃証言も黒目のスーツを着た成人男性という手がかりだけではどうしようもなかったわ」

 

「そう、うまくはいかねえか」

 

 

 別れ際、戸塚と優美子を巻き込んできた不審者の情報に関して水を向けてみる。

 

 返ってきたのは色好い物ではなかったが、過剰に期待していたわけでもなく受け入れた。

 

 そういえば、と流れで先日のパレスの戦利品を処理しないといけない事を思い出し連絡してみた。

 

 結果的に電撃戦になったとはいえ、戦闘の密度そのものは高かったのでそこそこの量になっているから、額面にはちょっぴり期待できる。

 

 即日予定が空いているというわけでもないらしく、祝日の明日、今石燕と会う事になった。

 

 その後、教諭からの追及がどうなったかを気にした戸塚から連絡が入り、何故だか明日デート…ではなく気晴らしに遊びに行くことになった。

 

 人生山あり谷ありだぜひゃっほーい! と叫んで、帰宅したモルガナにひっかかれた八幡なのであった。

 

 

 

 

4月30日(月) 祝日 昼 コーヒーショップ

 

「…そうあからさまにそわそわせずとも、そんなに時間はかけないさ。私も最近忙しいからね、長居させないよ」

 

「え? ばれました」

 

 

 全国に展開されているコーヒーチェーン店で向かい合って座る男女、普段通りにひっつめ髪に分厚い眼鏡をしたオシャレなにそれ? な今石燕。

 

 普段通りならオシャレ? オサレなら知ってるな八幡がちょっとだけ身だしなみに気をつかってみましたな様子。

 

 具体的にはパリッとアイロンをかけているのが見て取れるし、柔らかい香りもしてくる。(妹セレクション)

 

 更に時間を気にするようにスマホをちょくちょく触り、ぴょこんと跳ねたアホ毛を頻繁にこねくりまわしているのだ。

 

 多少鈍感であったとしても一目瞭然だろう。

 

 

「デートかい? 逢引?」

 

「それを判定するにはデートと言うモノの定義をしてもらわないといけないんですが」

 

「あぁいいや」

 

 

 一瞬だけ女性らしくコイバナに喰いつこうとしたが、ニヤケ半分で返ってきた言葉に「あぁ、この子本当にモテないんだな。頑張れ初デート」と呆れ半分、微笑ましさ半分でぶった切る。

 

 なにやら「いや、だって女子みたいに可愛い男の子と一緒に遊びに行くってデートって言っていいのかちょっと本気でなんて言っていいのか分かんないでしょ」とかぶつくさ言っているが、こっちがちょっとなに言ってんのか分からないよ。

 

 

「しかし、今回は中々に大漁だね。大豊作さ。嬉しい悲鳴をあげたくなる、うひょー」

 

 

 エンジェルの羽根、カハクが落とした香油、アプサラスの身に着けていた羽衣、カソの落とした毛皮、そして…

 

 

「だけど、なんでこんなものもあるんだね? いや、本当に」

 

「存じ上げません」

 

 

 ひょいとつまみあげられた布。

 

 一際大きな穴とその反対側に半分ほどの穴が二つ、裾の部分にはレースがあしらわれている。

 

 まごうことなくドロワーズ、一般的に言えば女性用下着。

 

 もっと俗にいえば

 

 

「かぼちゃパンツじゃないか」

 

「かぼちゃ(のシャドウ)が落としたからじゃないっすかね」

 

「かぼちゃ…」

 

「かぼちゃ…」

 

「私は不用品回収業者じゃ」

 

「オカルト品です」

 

「…そうかい」

 

 

 そう言う事になった。

 

 ともかく、色とりどりのドロップ品(香油などは複数個ある)をじっと見て今までの物と同じく『実在している事を確信できない実在物』である事を確認していく。

 

 もちろんかぼちゃパンツもである。

 

 しかし、周囲から見れば若い燕に特殊コスプレさせられそうな妙齢女性というどちらを通報すればいいのか分からない状況。

 

 傍観者効果(誰かが通報するから自分は通報しない)があって助かったな。

 

 

「ふむふむ、ひぃふぅみぃよぉいつむぅななやぁ、ちゅうちゅうたこかい。しめて8点か。

 なら、ご破算願いましては~キリ良く10万円といこうか、計算しやすくピッタリ」

 

「ぅぇ?」

 

「しかし、全て買い取るには個人のお財布ではちょっと厳しいラインになってきたね。金額的に、あと頻度的に」

 

 

 予想以上、というか、普通の高校生がポンと持たされる額ではない数字に思わず喉の奥から変な声とも息とも呼べない音が漏れる。

 

 お財布と常に相談をしないといけない学生の身からすれば、5000円でも生唾を飲む額であるのはかつての彼の態度が表している。

 

 今回示されたのはその20倍。

 

 余程の金持ち家庭に生まれるか、後ろ暗い『バイト』でもしていない限り大金と言える額。

 

 それをポンと示されて絶句するのは至極当然だ。

 

 

「ほ、本当にいいんですか。こ、こんなに」

 

「構わないとも、オッケー牧場さ。もちろんこれだけの金額を支払う理由はある、事情がね」

 

 

 予想だにしない金額に喜ぶどころか、むしろ引いた様子を見せる八幡に、学生の金銭感覚を思い出す。

 

 これは少しは説明しないと受け取らせるのも面倒だ、と考えくしゃりとまとめた髪を掻きながらコーヒーに手を伸ばす。

 

 デートと言っていたから、がんばるDKへの餞別だと言えれば格好良かっただろうにと思いながら。

 

 

「前回までに君から買い取った物を個人的に職場で調べていたら、どうにも行き詰まってね。文系の限界さ。私も勉強してるんだけど。

 職場の人に相談しながら研究していたら、どうにもこれがちょっと大事になりそうなんだ。誰かは世紀の発見だとかなんだとか大げさにね」

 

「はぁ」

 

「つまり、こういうオカルト物を今までは私の趣味で、自分の裁量の中で扱っていたんだがこれから先は会社名義で扱う事になりそうなんだよ。酷いジャイアニズムだね」

 

「代わりに予算は気にしなくて済む。若しくは研究に使う機材とか、そう言うモノへの便宜とかも?」

 

「察しが良くて大変よろしい、よく気が付く」

 

 

 だから、きにしないで受け取ってくれたまえ、後ろめたくなくね

 

 何ともない様な顔で軽くそう告げる彼女に嘘の空気は感じられない。

 

 それこそ、正式に一つの企画として動くのなら予算がつくだろうし、下手をすれば今のこの金額も経費として扱われたり、もっと高額に会社に買い取らせることもできるだろう。

 

 そう考えれば、今石燕個人の財布から度々かっぱぐことになるよりも精神衛生的には楽になる。

 

 

「なら、ありがたく」

 

「多分、来週中、早ければGW明け前後にでもこの辺もはっきりするだろう。

 その結果次第では更に高額に、大量に買い取る事が出来るかもしれない。

 ただ、逆にもっと少量を細々と取引することになるかもしれない。

 代わりに、それまでは買い取りは難しいから、その点も考慮に入れてだね、取引一旦停止。

 これはそうなったとしても是非ごひいきにと言う意味も込めたものだと思ってくれたまえ。汚い大人の駆け引きさ」

 

「確かにこんだけ貰ってはいさよなら、は流石にやりづらいですからね」

 

 

 全然そう言う汚さを、強いて言えば固執感を出さないものだから、言動のアンバランスで思わず苦笑する。

 

 昨日はあんなにカッコいい大人を見たものだから少し思う所が有ったのだが、まぁ人間ってこんなもんだろ。

 

 期待を持たない信念な彼からすれば失望するほどでもない為、何か言及することなく別れる。

 

 予定外に膨れ上がってしまった中身に、流石にこれは相談しないとダメかもしれん。

 

 ひとまず手を付けないようにカバンの奥に押し込む。

 

 シャツやズボンにしわがついていないか確認しながら戸塚との待ち合わせ場所に急ぐのであった。

 

 




ペルソナメモ

 ペルソナにも様々な人間、大人が登場する。カモシダーマンしかり、キャベツしかり、理事長しかり。己の欲望を抑えられない醜かったり頼りの無い大人もいる。マスターしかり、デカしかり、渋いオッサン的に魅力的な大人もいる。他にも情けない大人、ここぞで頼れる大人、様々な大人がいる。だけれど、彼らを単純な良い悪いの二元論で区別する事はできないだろう。平塚であっても原作中で提言されている通り欠点は幾らでもあるのだから。

女帝のアルカナの正位置には『包容力、愛情』逆位置には『挫折、嫉妬』と言った意味が含まれる。

愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank1
女帝…平塚静 Rank1 New
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank1
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽
審判
世界…奉仕部 Rank2



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雪ノ下雪乃が一人で映画を観ても構わないだろう

連日更新は今回のを除いてあと三話分続きます
ところでどん兵衛CMのキツネ少女(CVはやみん)が癒やしすぎる
裏切りの音がする!からのハッハッハッ(木登り)がマジ愛おしい


4月30日(月) 昼 駅前

 

「ごめん、比企谷くん待った?」

 

「いや、今来たとこだ」

 

 

 てってっ、と弾む身体の前で小さく手を挙げて戸塚彩加が一人佇む八幡に声をかける。

 

 いつものちょっとダサい学校指定のジャージではなく、タイトな黒のパンツに少しだぼっとした白シャツ。

 

 普段とは違う非日常なそのやり取りに内心非常に見苦しい感情を抱いているが、武士の情けで秘密にしておこう。

 

 

「ごめんね、急に付き合わせちゃって」

 

「戸塚のラケットが壊れたのは不用意にパレスで持ち歩いた俺の所為だからな。

 それを買い直すなら当然付き合うさ。なんなら俺に奢らせてほしいが」

 

「ううん、こういうのは自分でお金を出さないと本当に愛着って湧かないから。

 それに友達に貰ったものだと、大事にし過ぎて使えなくなっちゃうかもしれないし」

 

 

 にっこりと笑って提案をやんわりと断る。

 

 そのあまりの天使っぷりに『え、待って、マジ無理、尊い』と限界オタク化する。

 

 そう、今日のこの買い物は前回のパレスで修復不可能までに破損したラケットの買い替えの為。

 

 他にも時間が余るだろうから、適当に遊ぶのも目的に入っている。

 

 きっとこの後一緒にお茶したり、ウィンドウショッピングしたり、服を試着し合ったりイチャイチャするのだろう。

 

 そして調子に乗った八幡がさっき貰ったばかりの10万を貢ぐように溶かすのが目に見えて想像がつく。

 

 

「いいからサッサと再起動しろハチマン。人通りの多い所で醜態を見せるんじゃねえぞ」

 

「あっ、モルガナくんもこんにちは」

 

「くんづけはむず痒いから呼び捨てにしてくれねえか」

 

「うん、よろしくね。モルガナ」

 

「…………けっ」

 

 

 もちろんそんな事にならないようなお目付け役が存在しているので、そう言った事は心配無用だ。

 

 かつてトリックスターを導いた、かの水先案内人である黒猫に任せればどうという事はあるまい。勝ったなガハハ!

 

 最近妹に押し付けてばかりでモルガナを振り切っていたからか。

 

 小町から逃れるコツを掴んできた猫の追跡を巻けなくなってしまって、一人の時間が少なくなって不満を感じる生粋のぼっち。

 

 カバンの中からひょこんと顔を出すモルガナに心底『こいつ邪魔だな、消すか』と言わんばかりの視線を送りながらため息をつく。

 

 調教の結果、飲食店では静かにするようになったため面倒ならどこか喫茶店にでも入ろうと決意しながら二人と一匹は歩き出すのであった。

 

 俺もくんづけはむず痒いから呼び捨てにしてくれねえかなとかなんとか考えながら。

 

 

「なぁ戸塚、マジで金出すぞ。いや、本当に。せめて半分くらいは」

 

「あはは、そっちは流石に手が出ないけど、こっちにはお手ごろなのがあるから」

 

「いや、でもなぁ」

 

 

 そうして入ったテニス用品店で飾られているラケットの値段を見て、壊してしまった罪悪感が蘇って戸惑ったり。

 

 

「代わりにこれプレゼントしてくれると嬉しいな。動いてると汗かいちゃうし」

 

「リストバンド、まぁそれでもいいなら」

 

「ありがとう。じゃあ僕からもハイ。色違いだけどね」

 

「と、いや彩加。大事にする。家宝にするよ」

 

 

 お揃いのリストバンドに興奮した事を切っ掛けに名前呼びに切り替わったり。

 

 

「ああいうがっしりした体格の人って憧れるんだよね。

 プロテイン飲んで筋トレもしてるんだけどなぁ」

 

「体質はどうしてもあるからな、俺も細マッチョ目指したこともあったがめんどくてやめた」

 

「そう言えば八幡は運動神経良かったよね。体育の時間とか目立ってないけどポジショニングが良かったり、的確に動けてたり」

 

「ま、まあ運動音痴って訳ではないな」

 

「どっちが接待してるんだか、一目瞭然だな」

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「何もねえよ」

 

 

 ともかく双方ともに充実した時間を過ごしたと言っても良い。

 

 そうこうしているうちにある程度の時間が経ち、小腹がすいたからと喫茶店で小休止する。

 

 季節のフルーツを使ったタルトとカフェラテ、シンプルなパンケーキとブラックを頼んで人心地をつける。

 

 

「ん~~、柑橘系の酸味がジャムにされてるフルーツの甘さと合わさってとっても美味しい!!」

 

「アぁ…美味いな」

 

 

 ほっぺに手を当て若干大げさにリアクションする戸塚と、その様子を見て満足げに口数少なに同意する八幡。

 

 二人で買い物してカッフェで可愛らしい子とスイーツを食べるとかこれはデートでもういいよね。

 

 まぁお邪魔虫が一匹いるけどその辺は四捨五入すれば切り捨てられるから誤差だ。

 

「あぁ…いい」

 

 とか語彙が消滅しかかって感慨にふけってコーヒーを啜っているだけで深い意味など一切ない。

 

 しかし、そんな様子を見てピタリと舌鼓を打っていた彼の手が止まる。

 

 

「………」

 

「どうかしたか」

 

 

 もご、と口の中の物を咀嚼し嚥下する。

 

 小さく動く喉仏にあぁ、そうだこいつは男だったと再認識する。

 

 逡巡を見せながらも、柔らかい味わいのカフェラテで口を湿らせて口を開いた。

 

 

「ねえ、八幡。なんで八幡はそんなにカッコいいの?」

 

「「は?」」

 

 

 おもわず、飲食店で喋らないようにしていた筈のモルガナまで呆気にとられた。

 

 

「…あっ、そ、そうじゃなくて! どうしてそんなに一本芯があるって言うか、頑固って言うかえっとその」

 

「………まぁ、とりあえず落ち着いてくれ」

 

 

 たっぷり10秒フリーズして『こく、はく? じゃないな、うん知ってた』と再起動する。

 

 目の前でワタワタと慌てているのに逆に落ち着くまである。

 

 

「なんていうか、僕って周りから『可愛い』とか『綺麗』とか『王子』とか。

 そう言う風には言われるんだけど、『渋い』とか『カッコいい』とか『漢らしい』とは一度も言われたことないんだ」

 

「そりゃ、まあ。うん」

 

 

 曖昧に濁すような返答だが、確かにそういった形容とは対極に位置しているのが戸塚彩加と言う少年だ。

 

 小柄で、線も細く、渋さよりも甘さが似合う。

 

 もしもそう表現する人が居れば眼科を紹介してしまうだろう。

 

 

「だけど、八幡は違うよね。寡黙で、人に何を言われても自分が動かなくて、すっごく漢らしいと思う!」

 

「ただのぼっちで陰キャなだけじゃねえか」

 

「やかましい、否定できないから突っ込むな」

 

 

 寡黙なのは話す相手が居ないから。

 

 言葉が心に響かない関係性しか築けていないから動じないように見えるだけ。

 

 戸塚が八幡に見るそれは、いわばただの幻想でしかない。

 

 

「曖昧にしか覚えてないけど、パレスで三浦さんに大声で言ってた時ぼくはすごく八幡がかっこよく見えたんだ」

 

 

 だけれど、その幻想が実態を持っていた瞬間が確かにあった以上、それを全面的に否定するのも憚られる。

 

 

「ごめんね。本当はあの時、起き上がるよりも前に目が覚めてたんだ」

 

 

『案外まじめで、ちゃんと謝る事が出来て、俺やこいつみたいな面倒なヤツと付き合えて、キョロ充っぽいけど陽キャグループで立ち回れて、不満があっても見せずに飲み込めて、友達に正面から向き合えるあいつを理由にしてバカやろうって根性が気にくわねえ!』

 

 

 あれは彼の感情のままの叫び。

 

 結衣を深くは知っていないものの、それでも他人と称するには近すぎる彼女を侮辱されたと憤ったその姿は確かに素の比企谷八幡の叫びだった。

 

 今も覚えられているのは顔からアギラオ出る位に恥ずかしい気分だが。

 

 

「『女々しいんだよ』ってまるで僕に言われてるみたいで、だからあの時本当はすごく怖かったけど。

 でも、そんな僕自身に負けたくなくて、立ち向かう為の勇気を振り絞る事が出来たんだ」

 

 

 それを評価されて嬉しく思わない訳ではなかった。

 

 

「八幡みたいに『引っ張ってくれる漢らしい人』に僕もなりたいんだ。

 だから、八幡にも協力してもらえると、嬉しい、んだけど…どう、かな?」

 

 

 つい熱くなってしまい夢中に語っていた事に気付き、急激にごにょごにょとしりすぼみになる。

 

 それでも撤回することなく言い切り、緊張で瞳を潤ませて上目遣いをする返事を待つ。

 

 そんな彼に返される言葉など一つしか存在していない。

 

 

「俺で良ければ、幾らでも協力するさ」

 

「ほんとう?! 嬉しい!!」

 

 

 戸塚との仲が深まった気がする

 

 

 さしあたって一朝一夕に『漢らしく』なる為に、何かできる事も思い当たらず(髭でも伸ばしてみるか? と冗談で言ったら「僕体毛が薄くて、試したんだけどみっともなくなっちゃって」と試行錯誤を垣間見ることになった)。

 

 ホラーに耐性があるのは男っぽいなという偏見で映画を観ることになった。

 

 なお、戸塚にホラー耐性は既にあり、お化け屋敷でも一切悲鳴を上げずに回り切れる。

 

 うんうんと唸って考えていた八幡に気を使って、とりあえず実行してみるだけである。

 

 本当、この子気遣いの鬼だわ。

 

 

 

4月30日(月) 夕方 映画館

 

「いらっしゃいませー」

 

 

 朗らかな販売員のお姉さんの声が響く。

 

 日曜の夕方とあってそこそこ多い人ごみに負けない位に良く通る声だ。

 

 彼女の背後の壁には一枚の映画宣伝のポスターが貼られている。

 

 特に言及するような特異性も無く『ハイセンスなフランス映画』と銘打たれた面白味も無いポスター。

 

 数年前のリバイバルの映画らしい。なんとなく、鑑賞すると魅力が上がりそうな気がするが…

 

 残念ながら八幡のパラメータに『魅力』は存在していない為、何の効果も出ないだろう。

 

 

「今、ホラー系やってたっけ?」

 

「プリキュアがオールスターやってることしか知らん」

 

 

 場所を移して映画館へと赴いた。

 

 ホラー映画を観る、と大雑把な行動指針だが観たいものがある訳でもなく。

 

 適当に怖そうな奴がやってたら観てみるか位のノリ。

 

 SAWっぽい生き残りゲームがホラー系かな、と上映リストを見ながら小首をかしげる。

 

 プリキュアしか勝たん、と至上主義者が適当に勧められるままに決めようと流される。

 

 にこやかに接客する販売員のお姉さんからすればどうでもいい二人組。

 

 

「あっ、あれ雪ノ下さんじゃない?」

 

「雪乃殿?」

 

「は? いやいや、流石にいくら雪ノ下でも休日に一人で寂しく映画館に来るとか言う平塚先生ムーブはせえへんやろ居るわ」

 

 

 そんな二人の片割れがピッと指を指す先を見た途端、まるでどこかの漫才師のようなノリになってしまった。

 

 いや、これは多分見えない所に由比ヶ浜が居る展開だな。

 

 と、気付かれないようにシュババッと周囲を見回してみるが特徴的なお団子ヘアは見当たらない。

 

 よく見てみると、彼女の手には何とも可愛らしいアニマル系のパンフが握られている。

 

 きっとモルガナで中途半端に摂取してしまった猫分が中毒症状を引き起こしているに違いない。

 

 それを落ち着かせるために一人映画鑑賞なんていうちょっと寂しい事をしてるんだ。間違いない。

 

 

「せめて見なかった振りをしてやるのが情けってやつだろ」

 

「え? そうかな」

 

「もしもあれが俺なら『くっ殺せ』って言っちゃうまである。畢竟、スルーしてあげるのが…「おーい雪乃殿!」おいバカ止めろ」

 

 

 止める間もなくパンフを持ってじっと館内図を睨み付けていた彼女の名前を呼ぶ黒猫。

 

 その声にビクンと肩を震わせ、こわごわと振り返り一瞬だけヒクッと頬を引きつらせる。

 

 

「…あら、ゾンビ映画なんて今やっていたかしら。精巧なポスターね」

 

「今はやりの3Dでもここまで立体的には出来んだろ」

 

「こんにちは、雪ノ下さん」

 

「ええ、こんにちは」

 

 

 脛程の長さの淡い色のフレアスカートと白いトップスを、緩く後ろでまとめた長髪と一緒に揺らめかせて近づいてきた美少女。

 

 そんな彼女は流れるような手つきで八幡の下げるカバンをひったくり、中でおとなしくしているモルガナをかいぐり回す。

 

 しまった、と猫可愛がりされながら呼んでしまった事を後悔する。

 

 ひとしきり撫でて満足したのか、カバンごとぐったりしたモルガナを返す。

 

 

「あなたたちは何を見に?」

 

「ホラー映画でも見ようかって事になってな」

 

「度胸試し的にね。雪ノ下さんは?」

 

「…面白そうな映画の広告がポストに入れられていて、暇をつぶしにきたのよ」

 

 

 手に持つパンフにはいたる所から付箋がはみ出ていて、どう見ても衝動的な行動と言うよりも計画的な行動なのだが追求しない優しさが二人にはあった。

 

 当の本人はホラー映画と聞いた瞬間、ピクッとまなじりを動かしたがそれだけだった。

 

 

「良かったら一緒に見ない? ほら、親善というか、懇親会的に。

 あっ、もちろんホラー物じゃなくて、雪ノ下さんが観たい奴でもいいよ。

 実は、ホラー系って僕あんまり怖くなくて」

 

「えっ、そうなの?」

 

「あはは。うん、実は、ね」

 

 

 明かされるホラー耐性。ちくしょう! 実は『きゃーこわーい』されるのを期待していたのに!

 

 と内心嘆く愚かな男子高校生がそこに一人。

 

 

「私は同行者が居ても気にはしないけれど…」

 

「露骨に嫌そうな顔でこっちを見てて気にしないもクソもねえだろ」

 

「人の表情を察するスキルはあるのね。どこで身に着けたの? 前世?」

 

「死んだ経験とかねえから」

 

 

 ともかく、二人と一匹が三人と一匹に増えたが、結局することは変わりない。

 

 にこやかに営業スマイルを浮かべるお姉さんからチケットを買って、指定されたホールに向かうだけ。

 

 

「ごゆっくりどうぞー」

 

 

 その道すがら横に抱えたカバンから軽い衝撃が伝わってくる。

 

 

「おい、なんか変な感じがしねえか。なんだか鼻がムズムズするぜ」

 

「映画館って独特な臭いがするからね、もしかしてくしゃみしちゃいそうなのかな」

 

「そう言われれば、そう…か?」

 

「…一応、気を付けておきましょう」

 

「うん、カーディガン持ってたかな?」

 

 

 ぽしょぽしょと聞こえてきたモルガナの警告。

 

 この猫の独自の感覚を知らない戸塚はのんびりしている。

 

 だが、以前そういった警告が真実だったことを八幡は覚えていた為、少し怪訝に周囲を見渡す。

 

 しかし、目に見えて異変がある事も無く、ペルソナの力も使える気配も無い。

 

 気のせいだとは思いつつも、雪乃は己の警戒レベルを一段階引き上げる。

 

 念の為、手がふさがるようなポップコーンや飲み物の購入はやめておく。

 

 何事も無く指定されたホール前に到着し、独特の重みのある扉に手をかける。

 

 これも平常であった。

 

 そして、平常なのはそこまでであった。

 

 会場へと入室した瞬間、ブザーが鳴る。

 

 

「え、嘘! 開演時間までもうちょっと時間あったよね」

 

「急いで席に着くぞ」

 

 

 スクリーンには「No More 映画泥棒!」とブレイクダンスを踊っているカメラ怪人。

 

 少しだけ違和感を覚えるが、スクリーン以外は真っ暗なホール内を足早に指定された席へと急ぐ。

 

 全く人の居ない(・・・・・・・)席を横切り、無事に指定席に着く。

 

 予告や本編が始まる前に何とか落ち着けたと一息つき、スクリーンを注視しようと集中しようとし気付く。

 

 

「人が、居ないわ」

 

「えっ」

 

 

 日曜の夕方、しかもさっきまでは確かに混雑していた。

 

 扉を開けるその直前までは雑然とした喋り声や雑音がひしめき合っていた。

 

 なのに、今は前にも後ろにも人っ子一人見当たらない。

 

 上映時に静かになると言っても、それで説明がつかない程に『人の気配』が感じ取れない。

 

 バッと振り向いても映写機の光がスクリーンを照らすばかりで、並ぶ席に座っている人影は見えやしない。

 

 

「モルガナちゃん!」

 

「これは、いや、なんだ…パレスとも、ベルベットルームとも異なる」

 

「………………」

 

 

 明らかな異常事態に大人しくカバンの中に納まっていたモルガナが飛び出てくるが、館内に立ち込める異様な気配にきょときょとと首を振るばかり。

 

 人工物に囲まれたその場所にまるで似つかわしくない、太古の自然にかこまれた圧倒感だけが感じ取れる。

 

 

「戸塚、逃げるぞ」

 

「サイカ殿…サイカ殿?」

 

「………………」

 

 

 何が起こっているのか、またしても悪神なのかと考えるがとどまっているよりも逃げる方が良い。

 

 そう考え、戸塚に促そうと声をかけるが返事が返ってこない。

 

 訝しく思い様子を窺ってみるが、当の本人は声を掛けられている事に気付いていないようにボーっとスクリーンにくぎ付けになっている。

 

 

「いったい、何を…」

 

「雪乃殿? ん? …」

 

 

 何が映っているのか、疑問に思いスクリーンを見た瞬間。

 

 先までの警戒心が一切抜け落ちた表情で、雪乃も、八幡も、モルガナもがストンと席に腰を落とす。

 

 真っ暗な一室で、三人と一匹が何も映されていない幕を虚ろな瞳でじっと見つめていた。

 

 

 




ペルソナメモ

 ペルソナにて映画館とはデート場所であり、パラメータを大幅に上げる場所であり、意識しなければ殆ど行かずに終わってしまう場所である。なおQ2は除く。
 月ごとに公演は変わり、ツッコミどころの多いタイトルなどもあるが、総じて何かおかしいイベントが入る余地のない平和な日常イベントだけが存在している場所である。
 しかし、過去、アトラスはペルソナではない作品でシアターに一つの重大な要素を入れていた事がある。キーワードはソウル。彼らは一体何を鑑賞するのであろうか?
 なお、数か月前にそのタイトルの続編が出ているが、正直シナリオ的にはナンバリングを名乗らないでほしい出来であった。ゲームの出来的には別タイトルとしてなら十分面白いが、あの作品の続編では断じてないと思う。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank1
女帝…平塚静 Rank1
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2 Up
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽
審判
世界…奉仕部 Rank2


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見てはいけない物を比企谷八幡は見てしまう

ポケモン購入前の予約投稿なので、ポケモンを楽しんでいるかは分かりません


4月30日(月) 夕方 ???

 

 さっきまでカメラの頭をした変態が躍っていたスクリーンに、今は街並みが映されている。

 

 その光景自体は全くおかしい物じゃない。

 

 その景色が流れるように移り変わることで、そこそこの速度で移動している事が分かる。

 

 何の変哲も無い景色、見慣れた千葉の街並み。

 

 左右には住宅が有り、電柱があり、ガードレールがある。

 

 畢竟、車に乗っているのだろう。

 

 視点が街並みから変わる。

 

 運転席の背中と、バックミラー、道路が視界に入る。

 

 

「新入生代表としての挨拶をされるとのことですが、気負いはございますか」

 

 

 正面から渋みのある男の声が聞こえてくる。

 

 その声音にはからかうような陽気さに隠れてわずかばかりの心配が透けて見えた。

 

 心配の気配もわざと分かるようにしているのだろうと察する。

 

 そして()の口は意識とは裏腹に勝手に開かれる。

 

 

「愚問ね。たかが壇上で決まり切った定型文を読み上げるだけ。

 何か起こるわけも、特別な事も一切ないのだから、都築が気にする必要はないわ」

 

 

 そう言ってまた視線を横に流す。

 

 薄ぼんやりとガラスに映った姿は、普段の俺の顔かたちではなくなっていた。

 

 代わりに視界に入ったのは普段は横目で見たり、真正面から見ないようにしている彼女の顔。

 

 つまりは

 

 

「陽乃様もお母様も、お気を配られていましたよ」

 

「母さんは、姉さんがやらかした事態を心配しているだけでしょう。

 心配されなくとも、破天荒を通り越して非常識な事なんてするわけがないわ」

 

「左様でございますか」

 

 

 奉仕部部長、雪ノ下雪乃の姿が映されていた。

 

 訳が分からなかった。

 

 ついさっきまで俺の横に座っていた雪ノ下が、何故かスクリーンに映されていて、

 

 何故か俺の意識は俺のままだと言うのに、雪ノ下の思考がまるで自分の物のように思えてしまう。

 

 

「陽乃様もあの時分は元気が有り余っておられましたから」

 

「傍若無人でトラブルメーカーだった、というのを言い繕うとそうなるわね」

 

「今は随分と大人に相応しい落ち着きを持たれました」

 

「その分悪辣さと面倒くささは増したけれど」

 

 

 心底嫌そうな気持ちで吐き捨てる。

 

 未だ見ぬ雪ノ下陽乃とやらの心象が「うわぁ、関わりたくねえ」と思ってしまう位。

 

 こいつどんだけ姉貴の事嫌いなの?

 

 運転手さん、なんて言っていいのか分かんないって感じで困った顔してんじゃん。

 

 人に迷惑かけるくらいなら関わるな、これボッチの鉄則な。

 

 関わらない事で結局迷惑をかけてしまうのは不可抗力だから仕方ない。

 

 

「もう少し、雪乃様が歩み寄り、陽乃様が距離を置いてくだされば理想的な姉妹仲になると思うのですが」

 

「姉さんは可愛がりながらプレッシャーで猫を殺すタイプだから無理ね」

 

 

 バックミラー越しに雪ノ下の顔を窺い、なんとも言えない表情に運転手はくつりと笑い、指で口元を押さえた。

 

 

「っ、都築!!」

 

「むぅ!!!」

 

 

 刹那だった。

 

 視界を前に戻した瞬間、道路に茶色い塊が飛び出してくるのが目に入った。

 

 それは小さな犬で、あまりの急な事態にブレーキも間に合わない。

 

 慣性の法則は正しく動作し、その結末は眼に見えていたのかもしれない。

 

 あまりの事に目を閉じる事さえできず、逆に見開いてしまう。

 

 スローになる景色、こちらを見つめるつぶらな瞳、ガードレールの向こうから伸ばされる腕。

 

 そして、飛び込んでくる「比企谷八幡()

 

 我がことながら、その顔は必死さが滲み出すぎて超不細工。

 

 例えるなら普段がフォトショ八幡だとしたら、今映っている俺は証明写真八幡。

 

 真実が写される証明写真でここまで必死とか、ダイ・ハード位じゃないだろうか。

 

 つまり俺マジブルースウィリス。

 

 クリスマスの夜には駐禁キップ切られちゃう。

 

 ゴンと鈍い音に衝撃と急旋回、急ブレーキと騒音が響く。

 

 細い指が扉へと伸び

 

 

「雪乃様は車中でお待ちを!」

 

 

 運転手が咄嗟にロックを掛けて後部座席の扉が開かなくなる。

 

 

「わた…」

 

「くれぐれも、外には出ようとしませぬよう」

 

 

 そう告げて老紳士らしい運転手は外に向かった。

 

 伸ばされた指は掴みどころを失い、ただ空をさまよった。

 

 けたたましいサイレンが鳴っても、外で同年代らしき女の子がわんわん泣いても。

 

 雪ノ下雪乃()は何一つ動く事が出来なかった。

 

 

 

 

「母さん、昨日の事だけれど」

 

「あら、雪乃は気にしなくてもいいのよ」

 

 

 景色が変わり、どこかの部屋で座る女性に雪ノ下が声をかける。

 

 和装の鋭い雰囲気を匂わせる美人が雪ノ下の声で振り返る。

 

 雪ノ下に母と呼ばれたその女性は何か事務処理をしていたのか、

 

 書類を持ったまま雪乃に相対する。

 

 そうしてにっこりと、そつのない、当たり障りのない表情で安心するように言う。

 

 

「ただ車に乗っていただけで、雪乃は何も悪くないんだから」

 

「それでも、居合わせた一人として顔を出すくらいは」

 

 

 へぇ、雪ノ下もお見舞いに来てくれてたんかね。

 

 まぁ、1ヶ月くらい意識が戻らなかったから、来てくれてたとしても俺は知らないんだけど。

 

 と言うか、例え意識があったとして、来てもらってもこっちとしては困っただろうけどな。

 

 別に雪ノ下に含むものが在るわけじゃないが、正直何を言われても「あっ、はい」としか返せなかったし。

 

 どうせ気まずい時間にしかならないなら、それはただの時間の無駄だ。

 

 

「雪乃」

 

 

 けども

 

 

「先方の被害者の男の子は意識不明の重態だそうよ」

 

「っ」

 

 

 手に持っていた書類を静かに置いて、雪ノ下母は落ち着いた様子で宣言する。

 

 

「もちろん、こちらが車である以上一定の有責は仕方ないわ。

 でも、急に飛び出した犬を助けるためとはいえ、飛び込んできたのは向こうよ。

 一般論としてある程度の慰謝料は払う事はあっても、全面的にこちらに非があるわけではないの」

 

「それと何の関係が」

 

「恨むに恨めない被害者家族の複雑な感情を飲み込む覚悟はあるのかしらと、聞いているの」

 

「………!」

 

「多少の想像はつくでしょう。

 事故の原因となった女の子を恨めばいいのか。

 直接の被害を与えたうちを責めればいいのか。

 無茶をしでかした身内に対し怒ればいいのか。

 万が一、彼がそのまま息を引き取ったり、このまま意識が戻らなかったり。

 最悪の事態を考えてしまうでしょうね。

 そんなぐちゃぐちゃな心を受け止める事なんて出来ないでしょう?

 当然よね。こんな事、普通の大人の人でも難しいわ」

 

 

 正論だ。

 

 俺が目を覚ました時、妹は随分と憔悴した顔つきだったし、目の下には隈が出来ていた。

 

 ものすごい勢いで抱き着かれておいおいと泣かれもした。

 

 両親も「死に損なったな」と軽口を言ってきたけど、それでも病室から出てすすり泣いていたと妹から告げ口があった。

 

 あにはからんや、事故近日における比企谷家の心境は、それはもう複雑すぎて素人が触った知恵の輪レベルだっただろう。

 

 法に寄りすぎる意見でも、感情に支配された衝動でもない。

 

 雪ノ下母の見解は正しく、人間的と言っても過言ではない。

 

 それでも

 

 

「それでも、私は」

 

 

 けれども、それが子供の選択を潰すモノならば、正解だなんて言えるわけがない。

 

 

「はぁ…仕方ないわね」

 

「えっ」

 

 

 大きくため息をついて、雪ノ下母は小さく首を振った。

 

 品のある扇子を取り出し、口元にゆるりと当てる。

 

 

「あなたが単独で直接先方に接触するのは許可できないわ。

 これは事故当事者間の拗れを予防する必要な処置。

 だけれど、私は何度か大人として顔を見せる必要もあるの。

 そこに当事者であるあなたが居ても、監督者が居る以上うるさく言われないでしょう」

 

「母さん」

 

「本当は、責任なんてものは大きくなれば嫌でも直面するのだから、急ぐ必要も無いとは思うけれど、一つの糧になさい」

 

「ええ、ありがとう」

 

 

 己の意見が条件付きとはいえ、通ったことで沈んでいた心が少しだけ浮き上がる。

 

 だから、きっと雪ノ下はちゃんと理解できていなかったのかもしれない。

 

 

「それが良きにしろ悪きにしろ」

 

 

 小さく呟かれた、その言葉に。

 

 いや、理解できるのなら、雪ノ下母の忠告の時点で悟っていた筈なのだ。

 

 それが出来ていなかった以上、この先の展開は必然。

 

 子供が、現実に打ちのめされると言うだけ。

 

 

 

 

「帰ってくれませんか?」

 

「え?」

 

 

 親の顔より良く見たとか言う定型文があるが、比企谷家ではあまり比喩表現にならない。

 

 なぜなら、朝は子供が起きるよりも早く出社し、晩飯も家族そろって食えることも少ない。

 

 更に休日は死んだように眠る事も多い。

 

 そんな「こんな世界で働くとかやってらんねえ」みたいな感想しか抱けない社畜が我が両親だ。

 

 だが、そんな俺でも見たことが無いような程に、雪ノ下の前にいる見慣れた筈の両親の顔は変貌していた。

 

 

「私は比企谷さんにせめてお見舞いを」

 

「雪乃」

 

 

 制止の声も一歩遅く、口をついた言葉は戻るわけが無く。

 

 

「あなたたちが悪くないことは分かっています。

 それでも、私たちは当の加害者に恨みつらみを覚えない程に聖人君子ではないですし、

 ただ居合わせた息子と同じ年の子供に八つ当たりできる程に醜くはなりたくないです」

 

「このたびは」

 

「慰謝料はいただきます。息子の治療にいくらかかるか、今後入用ですから。

 ですが、長引かせるつもりも無いですから、額に関しては気にしませんのでとにかく手早く済ませてください」

 

 

 湿ったハンカチを握りしめて淡々と告げる俺の母親に言葉を遮られた雪ノ下母は何も言わない。

 

 むしろ当然のことだと、一切表情を変えず、沈痛そうな様子を崩さないだけだった。

 

 

「今後、全てのやり取りは保険会社や弁護士等の第三者を通してお願いします」

 

「本日は失礼しました。保証は可能な限りをお約束いたします」

 

 

 言葉少なに雪ノ下母は一つ頭を下げて病室を後にする。

 

 おぼつかない足つきの雪ノ下の背中を押して退出した扉を閉める。

 

 そのまま待たせていた行きで使ったタクシーに乗り込み、口を開く。

 

 

「責められると思った? 許してもらえると思った?

 泣いて糾弾されるか、苦笑いで気にしないでいいと言われるとでも?」

 

「わた、しは」

 

 

 品のある扇子をパチンと叩き、現実を突きつける。

 

 それでも声音は厳しさだけではないように思えた。

 

 

「どんな事態でも感情の拗れは厄介なの。

 だから、人は必要な手続きで処理する。

 そうすれば感情が介さないから、自分だけの感情だけを気にしていればいいから。

 決まった事をしていれば感情に飲み込まれないで済むから。

 あなたがやったことは自分の感情だけにしか目が行っていない。

 そう言う無責任な事をする人はね、子供と言うの」

 

「感情に呑まれずに、粛々と動く」

 

 

 手元にだけ目をやっていた雪ノ下が目をつむる。

 

 それだけで俺の視界には何も入らなくなる。

 

 雪ノ下母もこれ以上何か言うつもりも無いのか、エンジンの音だけが聞こえる。

 

 その音もドンドンと小さくなっていき、俺の意識が雪ノ下の身体から離れていくのが分かった。

 

 真っ暗な視界が徐々に薄ぼんやりとした暗さに移り変わっていく。

 

 それと同時に、俺の意識が身体を動かすのが分かる。

 

 自分の意志で瞬きをする、指が動く。

 

 

「元に戻ったの、か? さっきのは一体…っ!!!」

 

 

 

 

 

 戻ってきた八幡の視界には何も映されていないスクリーン。

 

 そして何も映っていない幕の前に小さな体躯で、しかし、巨大な存在感をした猫が一匹。

 

 その猫の周囲には溢れんばかりのエネルギーの流れがある。

 

 人間の眼では見えるはずのない非実体であるエネルギー、それが実体化しているように見える。

 

 

「もる、がな…じゃないよな」

 

 

 異様な雰囲気の猫と言う事で彼の黒猫を思い浮かべるが、当の本猫は彼の足元で伸びている。

 

 改めて、不可思議なエネルギーを纏う猫に目を向けると気付く点が出てくる。

 

 猫の身体からエネルギーが出ているのではない。

 

 その猫の背後に空いた大きな穴。

 

 まるで仙水が開けた次元トンネルのように、暗く、先が見えない穴。

 

 穴からとんでもない熱量が八幡の内に潜むペルソナに叩き付けられている。

 

 もしかすると、それはほんの残滓なのかもしれない。

 

 それでも、切れ端が燃えた後の灰の一粒が発する残り火ですら、世界一つ焼き尽くせると思ってしまう圧倒的なエネルギー。

 

 その穴と八幡を遮るように、なんともないように佇む黒毛の猫が八幡に顔を向ける。

 

 

「私はレッドマン。魂と語り、魂を導く者」

 

「うぉ、猫が喋った!!? しかもバリトンボイスで!?」

 

「ねこ? ねこですって? どこ? ここ?」

 

「むにゃむにゃ、もう食べられねえぜ」

 

「しかも、よく見ると猫浮いてる!!」

 

「空飛ぶ猫、22世紀のロボットかしら?」

 

「あれ? 僕がモルガナで、モルガナが僕で!? …なんだっけ?」

 

 

 落ち着きのない子供たちを前に、レッドマンと名乗った黒猫は一切動じずフワフワと浮いているだけだった。

 

 

 

 




アトラスメモ

 レッドマン、彼はソウルハッカーズにて主人公をヴィジョンクエストに導いた、かつてネイティブアメリカンと呼ばれた者の魂。
 過去、存在していた戦士の魂と主人公の魂を触れ合わせることで真実と記憶を言葉に寄らず余さず伝える事で迫る世界の滅びを回避させようとした。
 彼がヴィジョンクエストに誘う場所として選んだ舞台は映画館であり、パラダイムXと呼ばれる電子空間(今風に言えばVR)、つまり現実と仮想の間と言う状況を利用して、実体と非実体の狭間の存在である魂と接触させた。詳しくはデビルサマナー・ソウルハッカーズをプレイしよう。
 ちなみにメガテン系列では非日常が日常となった(例:崩壊した世界)のが女神転生、非日常が日常を侵食してくる(例:霧が立ち込める稲羽)のがペルソナ、日常に非日常が既に侵食している(例:探偵事務所が悪魔事件解決所)のがデビルサマナーだと個人的に考えています。
 滅んだ世界でイベントが起きるのがメガテン、現代世界でイベントが起きるのがペルソナ、週刊世界の危機が起きるのがデビサマ


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世界に自慢したい妹が比企谷小町であると思っている

明日あともう一話更新して今回の連続更新は終わりです


4月30日(月) 夕方 ???

 

「私はレッドマン。魂と語り、魂を導く者」

 

 

 八幡たちがようやく落ち着きを取り戻してから、黒猫が渋いバリトンボイスでもう一度同じ言葉を告げる。

 

 可愛らしい姿かたちに不釣り合いな声ではあるが、流石にそこに突っ込むほどの余裕はなかったようだ。

 

 

「レッドマン、ね。共産主義に染まった者とでもいうのかしら。

 あなたがこの悪趣味な催しに私たちを巻き込んだと言う事で相違ない?」

 

「おい、喧嘩売るにも相手選べよ。すいませんね、こいつ負けん気だけは富士山よりも高くて、千葉の海より我慢の限界が浅いもんで、いたっ!」

 

 

 姿勢よく座席に座り直した雪乃が、レッドマンと名乗った猫へと攻撃的な態度を崩さない。

 

 パレスで何度もアナライズをしているからか、朧気ながらも気配に敏感になり始めた八幡。

 

 その感覚が警報を鳴らしているが、横の少女に対する警戒も忘れるべきではなかったな。

 

 やめなされやめなされ。八幡は耳が弱いんだから、つねるのはやめなされ。

 

 

「否。私は魂の邂逅と言う役割を終えたこの場を悪用されないように始末していたのみ。

 そも、私の居た世界線と君たちの居る世界線は遠く離れている。

 例え私が生と死の狭間、現実と仮想の境界、実と虚の路に立っているとしても、呼び込むのは不可能だ」

 

「あくまで、偶然、事故だと言い張るのね」

 

「それも否である」

 

 

 どれほどの無礼さも風吹くように流し、淡々と雪乃の言葉に答える。

 

 ちなみに、戸塚は話が難しい事と自分が口を突っ込むよりも雪乃と八幡に任せた方が良いと黙っている。

 

 モルガナは何か思う所があるのか、ジッと目の前の超常を観察していて問答どころではない。

 

 

「私は過去、精霊と魂を繋げる事ができただけの存在であり、自然に生きる事をこそ重視する。

 共産主義とは関係が無く、我らの中の一人がかつてそう呼ばれたからそう名乗っているだけで固体名ではないし、そこに拘らない。

 例えば、自然と生きる同胞の形ならば…このように変わったとしても私は私であることに変わりない」

 

 

 そう言うやいなや、猫の形がぐにゃりと輪郭が揺れると犬に変わり、トカゲに変わり、樹木に変わり、

 

 

「もっとも、慣れ親しんだ形と言うモノも存在する」

 

 

 更にウサギ、コンドルと変容し、コヨーテの形で固まった。

 

 

「不自然に君たちを呼び込むことはしないし、出来ない。

 だが、何らかのきっかけが君たちの世界からあればここに紛れ込んでしまう事はありうる」

 

「ワガハイに何か原因でもあるってのか?」

 

 

 咄嗟に浮かんだ疑問がモルガナの口をつく。

 

 

「肯定でもあり否定でもある。

 君たちに隙間へと落ち込む要素はある。そのような契約だ。

 無意識の海へと繋がるペルソナとはそう言うモノだ。

 異界から間接的に呼ぶのではなく、自らが接続する事にそう言った要素が内包される。

 しかし、それだけではただ落ちてくるだけであり、このような混線が起きるとは考えにくい。

 ただ、何らかの要素が介在せずとも必然と呼べる可能性としては存在する」

 

「雪ノ下、どういう意味なのか分かるか?」

 

「…さぁ。曖昧な言葉に終始しているせいで具体的に話すつもりも無いと言う事だけが分かることかしら。

 あとは私たちがペルソナと言うチカラを持っている事を把握している事。何故知っているのかも話すつもりはないのでしょうけれど」

 

 

 超自然的な存在なのか、人間に分かる言葉で話している。

 

 出来る限り理解できるような内容で説明してくれてもいる。

 

 だが、根本的な部分で理解し合おうと言う意志が存在していない。

 

 

「言葉はその姿を伝え、その心をぼかしてしまう。深く考えずともいい。

 子供たち。そして青き部屋の住民よ。

 君たちにとって重要なのはここが追体験の出来る場所であり。

 それによって魂を錬磨する事が可能だと言う事だ」

 

「つまりどういう事なのかな」

 

「簡単に言えば、君たちがパレスと呼ぶ場所。

 それも君たちが経験したところなら再現した場所へと訪れる事が出来、そこでペルソナの力を鍛えられる」

 

「あっ、ご丁寧にどうも…って、そう言うのが丁度欲しいと思ってたところだったよね八幡」

 

「…そうだな」

 

 

 戸塚が理解しきれず思わず溢した疑問にレッドマンを名乗るコヨーテからの回答がくる。

 

 その回答が自分たちのまさしく求めていた物だとわかり、喜色を浮かべる。

 

 

「つまり、あなたもこの先、私達の力が不足すると予想しているのね」

 

「断言はしない。マニトゥが居ない世界に私の力は届かない為、先を見通す事も出来ない。

 しかし、異能の力を携えた者の多くは波乱が身近であった。

 悪魔を操る術を与えられた者も、君たちのように目覚めた者も。

 他者の魂を身に宿した者も、悪魔に目をつけられた者も」

 

「まあ、モルガナに協力していくことは既定路線だろ。あって損するわけでもないしな」

 

 

 どうにも無責任な言ではあるが、レベル上げの手段は望んでいた物でもあるのだ。

 

 深く考えたところで、先の事など分からないし、考えすぎては身動きが取れなくなる。

 

 なにより、怒涛の展開過ぎて上手く考えられていない現状ならなおさらだ。

 

 

「それで、ここから出るにはどうすればいいのかしら」

 

「そう言えば、ここにまた来たくなったらどうしたらいいのかな?」

 

 

 もう訊く事も無いと席を立つ雪乃。

 

 それに続き戸塚も立ち上がるが、雪乃の言葉に連想してレッドマンへと尋ねる。

 

 

「来る、と魂が意識する事が契機となる。

 が、意識が現実に拠っている者には難しいだろう。

 扉であればどこでもいい。切っ掛けとしてこれを使いなさい」

 

 

 レッドマンがそう言うと雪乃の正面に赤い色をした鍵が唐突に出現する。

 

 訝し気にそれに伸ばした手が触れた瞬間、すーっと指先から溶け込んでいった。

 

 

「わわ、消えちゃった?」

 

「いえ、出そうとすればいつでも出せるみたいね…こんなふうに」

 

 

 さして困惑する事すらなく掌に赤い鍵を出現させた。

 

 

「帰ることも同じだ。もとの場所に戻ると魂が意識すればいい。つまりは」

 

「扉をくぐればいいって事だな。そっちは単純でよかった」

 

 

 そう言って、扉へと足を向ける。

 

 その足取りは早歩きと言っていい速度だった。

 

 八幡は目が覚めてからずっと気まずかったのだ。

 

 レッドマンの言葉を信じるならここは魂と触れ合える場所である。

 

 ならば、さっきの白昼夢のような一幕は実際にあったことなのだと分かってしまった。

 

 自分の意志ではないにしても、勝手に女子の過去を覗き見てしまったと言う事実に気後れする。

 

 モルガナは己と似たような存在に対して何か思う事があるのか、ジッと見つめていたがそれでもふいと視線を切り駆け足で彼を追いかける。

 

 

「過去のパレスへと行きたいときは今回と同じように幕を注視するのだ。

 そうすれば魂が君たちの身体をパレスへと誘うように調整しておいた。

 もう会う事も無いだろう。私はレッドマン。魂と語り、魂を導く者。

 さらばだ。意識と無意識の狭間の世界から私も見守っている」

 

「え?」

 

 

 ぎぃと後ろ手に閉まる扉から聞こえてきた言葉に三人ともが振り返る。

 

 慌てて扉を開こうとするが、手を掛けた瞬間向こう側から力が加えられてぶつからないように身を引く雪乃。

 

 出てきた人にぶつかりそうになり、謝りながら扉の隙間に滑り込む。

 

 しかし、そこはさっきまで三人と一匹しか居なかった会場ではなく、数十人が観客として座っている普通の映画会場だった。

 

 戸塚と八幡が追いかけてくるのを認め、視線で再度退出する事を示す。

 

 扉から出るときに改めて赤い鍵を使い、レッドマンと出逢った映画館へと戻る。

 

 そこにはスクリーンと客席だけが鎮座していて

 

 

「レッドマン?」

 

 

 しかし、そこには誰もいない

 

 

 返事が返ってくる事は無かった。

 

 

「………一度、落ち着いたところで話しましょう」

 

 

 三人と一匹は何の気配もしない会場を後にした。

 

 

「またのご来場お待ちしております」

 

 

 販売員の挨拶がどこか空々しく響いた。

 

 

 

4月30日(月) 夜 カラオケボックス

 

「材木座は近くのゲーセンで時間潰してたらしいからすぐに来るってよ」

 

「そう。由比ヶ浜さんは家がそんなに遠くないから彼女もそう遅くならないでしょう」

 

「一応、葉山君と三浦さんにも連絡してみたけど、二人とも急には無理だって」

 

 

 一旦落ち着こうと座れる場所へと向かう最中、ペルソナ関連の事ならばと関わりのあるメンバーを招集しようと連絡を回す。

 

 モルガナは取り急ぎ、主とやらに相談しに走って行った。

 

 とにかく先ほどの事態に巻き込まれた全員が混乱していた。

 

 当事者以外のフラットな人間が居ないとまともに話も出来ないだろうという判断で、陽が沈み始めた時間に急な連絡が飛ぶ。

 

 良い返事は結衣と材木座のみだが、突然の連絡で捕まえる事が出来ただけ御の字だろう。

 

 なお、或る程度内密な話をすると言う事で、学生でも個室が取れて騒がしくしてもいいと言う理由からカラオケボックスが選ばれた。

 

 程なくして材木座が、少し遅れて結衣が到着する。

 

 二人が揃ってから三人と一匹がそれぞれの動揺を整理するように、遭った事を説明していく。

 

 最初は疑っていた二人だが、カラオケルームの扉に雪乃が赤い鍵を挿して開くとそこには何故か映画館のホールが広がっているのだ。

 

 否が応にも信じざるを得なかった。

 

 

「まぁ、もともと悪神と言う巨悪に対して力をつける必要性を感じておったところだ。

 渡りに船と言うべきであろう。何故そのような不可思議な場所へと繋がったのかは不明。

 だが利用できるなら利用する、それで良いのではないか」

 

「あたしもそう思うけど、ゆきのんは何が気になるの?」

 

「いえ、気になると言うか…強いて言うならば気にくわないと言う表現がしっくりくるかしら」

 

 

 普段通りの考え込むポーズで眉間にしわを寄せる雪乃に、結衣が問いかけるがその返答にはいつものキレがない。

 

 おそらく、彼女自身もどう表現していいものなのか捉えあぐねているのだろう。

 

 

「俺たちにペルソナを鍛える必要があったのは事実だ。

 だけど、正直それを本気で強く意識したのはこの前のパレスで死にかけてから。

 それなのにこうも簡単に解決策がポンと出て来たら怪しんでしかるべきだろ」

 

「都合が良すぎる、って事?」

 

「言語化するならそう、だと思うわ」

 

 

 しかし、そんな疑念も結局はただの偶然だと結論付けるしかない。

 

 あえて言うのならばこれも『愚者』による運命の一部なのかもしれないが、そこまで気にしては身動きが出来なくなる。

 

 シャドウからのドロップ品である情報物質も需要が増えそうなのだ。利用できるのなら利用する。

 

 レッドマン本人も要約すればこの邂逅は必然かもしれないし、偶然かもしれないからひとまず便利に使えと言っていたのだ。

 

 矮小な人類の一人として、ああいった超自然的な存在がどうの、超常現象がどうのと理屈をこねくり回しても結論は出ないに違いない。

 

 そうと決まれば折角のカラオケだからと結衣が歌い始め、戸塚が続き、材木座が八幡をデュエットに誘い振られる。

 

 手持無沙汰になった八幡がドリンクバーに立ち上がり、面々の注文を押し付けられて部屋から出る。

 

 すると

 

 

「あれ? お兄ちゃんじゃん。何してんの?」

 

「は、って小町?」

 

 

 横から能天気な声がかけられ、聞き覚えのある声に思わず振り向く。

 

 そこにはセーラー服に身を包み、八幡と同じ箇所でぴょんと跳ねたくせ毛。

 

 公立らしい学校指定のカバンを肩に下げた女子中学生がひょこひょこと近づいてくる。

 

 彼女は比企谷八幡の妹、比企谷小町。

 

 完全無欠(兄の贔屓目)な千葉に誇る妹である。

 

 

「いや、何してんのはこっちのセリフだし」

 

「まあまあ、細かい事は気にしないの。あっ、小町オレンジ飲みたいなぁ。

 お兄ちゃんよっろしくぅ…部屋はそこか」

 

「ついて早々兄をパシるな、くっつくな、うぜえ猫なで声止めろ。

 で部屋に乱入しようとするの止めろ」

 

「ふーん、そっか…じゃあ小町これから男子に相談を受ける約束があるから」

 

「待て、オレンジだな。ついでにドーナツも買ってきてやる。

 だから、その約束はキャンセルだ、良いな、よし買って来るからおとなしく座ってろよ」

 

「…やー、我が兄ながら単純で嬉しいやら悲しいやら」

 

 

 ほ、ほこ…誇る妹である(目逸らし)。

 

 あと、男子との約束は既に終わっているので、手遅れなのは口にしない。

 

 やれやれと頬に手を当てて、将来悪女に騙されないかなぁと心配になる小町。

 

 そのためにもこの潜入ミッションは必要悪なのだよ!

 

 誰にともなく内心で言い訳しつつ「失礼しまーす」とクソ度胸で扉を開ける。

 

 

「ヒッキー、早いね…え?」

 

「やー、どもども」

 

「…どなたかしら」

 

 

 八幡が抜けたことで空いた席にちゃっかり座る。

 

 突然の闖入者にピタッと空気が固まる。

 

 戸塚の声援(幻想)に酔いながら熱唱していた材木座など可哀想な位に狼狽えてマイクを落としてハウっている。

 

 そんな分かり切っていた展開になんら頓着せず、姿勢を正す。

 

 

「どうもみなさん、はじめまして。今ドリンクをパシられてる愚兄の賢妹。

 比企谷小町と言います。兄がいつもお世話になっております」

 

 

 そう言って、ポカンと固まる四人に改めて挨拶をする。

 

 ちら、と雪乃、結衣、戸塚に視線を向けて「うはー、疑似ハーレムだよ」と溢す。

 

 残念さは兄とあまり変わらないのかもしれない。

 

 

「あっ、うん初めまして。僕戸塚彩加って言います」

 

「わ、我は剣豪将軍材木座義輝! 八幡とは無二の親友で」

 

「あっはい。で、そちらは」

 

 

 材木座が年下の女子にアピールしようとした瞬間に水を差し、話をぶった切る。

 

 どうでも良いものへと向ける視線が兄そっくりで、こやつ本当に八幡の妹だわと確信する。

 

 

「あたしは…」

 

「結衣さんですよね。お久しぶりです」

 

「あっ、うん。覚えてて、くれたんだ」

 

「兄にも言伝を頼みましたし、そりゃ覚えてますよ」

 

 

 含むものもないあっけらかんとした口調でワントーン低い結衣に返す。

 

 初めて会った時はもう少し地味な容貌だったので、内心合っててよかったと胸をなでおろしているのは秘密だ。

 

 事故の経緯を知らない戸塚と材木座はその流れが腑に落ちないようにしている。

 

 そして最後に残った一人に視線を向ける。

 

 

「私は…雪ノ下雪乃よ」

 

「えっ…あぁ」

 

 

 一呼吸いれて、雪乃はしかしはっきりと宣告する。

 

 自分こそが雪ノ下雪乃だと。

 

 その名前を聞いて、小町は一瞬首を傾げ、すぐに合点がいったと頷く。

 

 

「雪乃さん、別に小町は事故の事もう気にしてないですから。

 多分、兄も特別気にしてないから一緒にいるんだと思いますから、そんな思いつめたような顔しないでください」

 

「え?」

 

 

 不意の言葉に衝撃の声が漏れる。

 

 

「ちょ、ちょっと待って頂戴。あなた、いえ、比企谷くんも私があの事故の当事者だと知って」

 

「へ? はいそりゃまあ知ってますよ」

 

 

 キョトンと、何故そんなに慌てるのか分からずに目を丸くする。

 

 雪乃からしてみれば青天の霹靂だ。

 

 きっと比企谷八幡は自分が1年と少し前のあの事故で自分があの車に乗っていた事を知らない。

 

 だから、あんな風に普通な対応だったのだと、そう思っていたのだ。

 

 知らないからこそ、まともな(と言っても独特ではある)付き合いが出来ていたのだと。

 

 しかしその前提が全くもって違っていれば。

 

 

「あぁ彩加さんと材木座さんは知らないかもしれませんが、うちの兄は高校の入学式初日に交通事故に遭いまして。

 まぁ、その原因が結衣さんの飼い犬を助ける為っていうどこの英雄志願者かって感じで誰を責められるってモノじゃないんですけど。

 ただ、頭の打ちどころが悪くって一時は意識不明になって、すわ植物人間か! って事にもなりまして」

 

「えっ! は、八幡、大丈夫だったの??!」

 

「大丈夫だったから今も小町のおねだりに答えてくれてる訳でして…こほん。

 その事故の時、兄がぶつかった車に乗っていたのがそちらの雪ノ下さんってわけです。

 いや、普通に雪ノ下家の代理人って名乗った弁護士さんとか何回もうちに来ましたし。

 雪ノ下さんのお母さんは兄が目を覚ましてからお見舞いにも来てくださいましたし」

 

 

 世間って狭いですねぇ、と訳知り顔で頷く。

 

 そんな小町の説明に口が半開きで止まってしまう雪乃。

 

 それだけの驚愕だったのだ。

 

 彼女自身も当時の事故当事者としての心情をひたすら明かさないようにしていた。

 

 だが、彼が同じように複雑な心情を見せないようにしていたのだとしたら…

 

 いや、結衣の様子は気まずそうではあるが、自分のように驚いていない。

 

 ならば、彼女もそれを知っていたと言う訳で。

 

 

「なら、私はとんだピエロだったと言う訳かしら」

 

「んなわけねえだろ」

 

 

 力なくうなだれそうになった時、一人出ていた彼がトレイに注文分のドリンクとドーナツを持って戻ってきた。

 

 ちなみに、その顔は「やだなぁ、面倒だなぁ、ここに戻らなきゃダメ?」感がひしひしと出ている嫌そうな顔だった。

 

 

 

 




ペルソナメモ

 RPGのお約束、フリーダンジョン。レベル上げだったり、ペルソナの材料集めだったり、サブクエだったり、金策だったりと寄り道の一種。
 EasyだったりNormalだったり、本編のみ攻略するだけならそこまで必要ではないが、難易度を上げたり隠し要素などをコンプリートしたいなら必須のレベル上げ。全書からペルソナを召喚するのにも武具にも必要なお金。小ネタ回収のサブクエ。それらが出来るんです。そう、フリーダンジョンならね!
 3ではタルタロス、4ではクリア済みダンジョン、5では大衆のパレスとあるが、今回は4と同じように過去クリアしたダンジョンを再利用する事となる。レッドマンはその為だけに出したチョイ役なのでこれ以上今作には関わりません、あしからず。
 あと、彼が居た場所が魂を追体験する性質を持っていた為、彼らはビジョンクエストのように魂が混線してしまった。八幡と雪乃、戸塚とモルガナがそれぞれに追体験したのだが、モルガナは記憶に封印をかけている。戸塚はモルガナの過去、P5を追体験したが封印の所為で一切覚えていない。ただし経験値が増えてレベルが上がった。なお、雪乃は彼の普段語る黒歴史が誇張ではない事に少し泣いた。

俺ガイルメモ

 原作では足を折る怪我ですんだが、今作では頭を打って意識不明になってもらいました。


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彼/彼女らはつまびらかに明かす

連日更新はこれで一旦終わります
多分次の更新は一ヶ月単位で先になると思いますので、気長にお待ちください
なにも無くても二週間で三話くらいしか書けない遅筆なもので、それが更にポケモンで遅れていると考えたら今年中の更新も難しいかと
書き溜めも殆どなくなったので


4月30日(月) 夜 カラオケボックス

 

 トレイをテーブルに乗せて、座る場所が小町に奪われている事を確認して手近にあった椅子を引っ張ってきて座る八幡。

 

 

「つか、人の過去を勝手に喋らないでくれる?

 自慢じゃないが、今までの人生9割黒歴史なんだよ。

 自分で言うならともかく人に言われるとダメージがでかいんだけど」

 

「ほ、ほんとに自慢になってない」

 

「知ってる。だが、小町は反省しない! お兄ちゃんってば貯め込むばっかりで小町がこうやって世話やかないと。

 じゃなきゃ勝手に完結して人間関係までおしまいになっちゃうんだから。あっ今の小町的にポイント高い」

 

 

 正鵠を射ている言に、へいへいと生返事する八幡。

 

 別にその程度で終わる人間関係なんて最初から終わらせてしまっても変わらない。

 

 そんなひねた考えを持つ八幡に大きくため息を溢す小町である。

 

 何度言っても治らないこの悪癖をどうにかできない物か…できないかなぁ、これ一種の病気だよ。

 

 

「とにかく、俺が今まで事故の事を雪ノ下に言わなかったのはそんな事どうでもよかったからで、それ以外の理由はない」

 

「うわっ、デリカシー0回答。ポイント低いよ」

 

「やかましい」

 

 

 お気楽な兄妹の掛け合いがモニターから流れるCMと通路から聞こえてくる音漏れ以外に音がしない部屋に反響する。

 

 実際、八幡は雪乃が事故の事を黙っていた事に対してなんら思う所はなかった。

 

 結衣が(八幡の失言の所為で)気付いたからこそ気まずい思いをしたが、言ってしまえばそれだけ。

 

 

「実際、示談は成立してて比企谷家はお金をもらってハッピー、雪ノ下家は裁判沙汰にならなくてハッピー。

 俺は事故以降、実はちょっとだけ小遣いアップしたからハッピー」

 

「あっ、それ高校生になったら元々上げる予定だったらしいよ」

 

「なん、だと」

 

 

 通常運転の彼に口を抑えて絶句してしまう。

 

 何だと言うのだ。

 

 普通はもっと違うのではないのか。

 

 加害者は糾弾されてしかるべきで、罪を隠していた嘘吐きは弾劾されてしかるべきではないのか。

 

 たとえ己にできたことなど皆無だったとしても、それでも何かしらの感情を持つのではないのか。

 

 例えば、そこで気まずそうな表情をしている彼女のように。

 

 

「だから…「あのぉ」戸塚?」

 

 

 三者三様な感情の坩堝に陥りかけたその時、控えめな自己主張が挙げられる。

 

 戸塚はおずおずと小さな身体を更に縮こませながら白い手を肩先まで上げている。

 

 

「込み入った話をしてるんだろうけど、これって僕たちが聞いちゃってよかったの…かな?」

 

「は、はぽん。空気が、空気が薄く」

 

 

 陸ではねる魚めいた窒息死寸前の材木座が空気を求めている。

 

 確かに、有無を言わさず突然ぶちまけてしまったが、デリケートな話題なのは間違いない。

 

 彼ら二人は場違い感をひしひしと受けながら、壁の一部になろうとした。

 

 しかし、これを放っておけば更に込み入った内容に踏み込んでしまう。

 

 それを居合わせただけの自分たちが聞いていいものか。

 

 もちろん、気にしていないと公言している八幡はいいのかもしれないが、自分含む他の人からすれば違うかもしれない。

 

 そう危惧した故の主張だった。

 

 

「そう、だね。出来ればこの件は、あたしはゆきのんとヒッキーとだけ話したい、かも」

 

「…由比ヶ浜さんがそう言うのであれば、それを…いえ、私もあまり余人に聞かせたくはないわ」

 

 

 結衣の意見に便乗しようとして、その弱さを振り切って自分の意見だと言い直す。

 

 

「だよね。じゃ、今日はこれで解散って事で」

 

「異議なしである!!」

 

 

 そうして解散する。

 

 最終的に気まずい事になってしまったが、当初の目的であるテニスラケットの買い直しが出来たことに改めてお礼をして戸塚は材木座と連れたって帰宅する。

 

 雪乃はすぐそこの駅に、結衣は近くだからと(小町から促された)送りを断り帰る。

 

 妹と二人歩いていると、ポケットがバイブする。

 

 

―――――――――――――――――――

To 比企谷八幡

To 由比ヶ浜結衣

―――――――――――――――――――

From 雪ノ下雪乃

―――――――――――――――――――

Title事故の件に関して

―――――――――――――――――――

 表題の件について少し話がしたいのだ

けれど、明日の放課後、部活が終わった

後、予定は空いているかしら

 多分、今後の私たちの関係について重

要な内容になると思うから、三人で話し

たいと

―――――――――――――――――――

 

 

―――――――――――――――――――

To 比企谷八幡

To 雪ノ下雪乃

―――――――――――――――――――

From 由比ヶ浜結衣

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Title Re:事故の件に関して

―――――――――――――――――――

大丈夫空いてる

ううん空けとく

 

―――――――――――――――――――

 

 

 大きくため息をついて短く一言「了解」とだけ返信する。

 

 

「ちょっとしか話せなかったけど、皆良い人たちだね。うん、お兄ちゃんにはもったいないくらい」

 

「知ってる」

 

 

 言葉少なに覗き見てきた小町の頭を押しのける。

 

 

「ちゃんと、向き合いなよ」

 

「善処する」

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、太陽のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 明日は大切な約束がある。

 

 疲れもある、今日は早めに寝よう。

 

 

5月1日(火) 夕方

 

 数週間前には同じ時間でも斜陽の差していた特別棟の一室。

 

 少しずつ陽の出ている時間が長くなり、真昼よりも落ち着いた陽光が照らす。

 

 いつもと同じように開店休業の奉仕部。

 

 その内部はいつもと異なり、重苦しい空気が蔓延していた。

 

 結衣は携帯を、八幡と雪乃はそれぞれ本を手にしているが集中しきれていないのは明白。

 

 普段はぬるぬると動く指はスクロールも忘れ、ページは一枚もめくられない。

 

 モルガナは結局、あの後帰ってきていないし、戸塚はテニス部、材木座は元々来たり来なかったりで不定期。

 

 もっとも、昨日の件もあって寄らないようにしていると言うのもあるだろう。

 

 そうしてチラリと本日何度目かの時刻確認をしてパタンと本が閉じられる音がする。

 

 

「少し、早いけれど」

 

「…うん」

 

 

 具体的には告げずともそれだけで察し、帰る準備をする。

 

 元々片付けるものも殆どなかった為、すぐに終わり最後に雪乃が部室を退室し鍵をかける。

 

 職員室に鍵を返し、靴箱へ向かう。

 

 

「少し、歩きましょう」

 

 

 同じクラスの棚から来る二人に振り向き、踵を返す。

 

 そのまま先導していく。

 

 視線を交わし、頷き後に続く。

 

 

「あの時。一年前の入学式の日、私は親が手配した車で通学していた。

 それは首席で入学できた私に向けた父親の心遣いだった」

 

 

 唐突に雪乃が語り始める。

 

 その口調は訥々と感情を排された口調だった。

 

 しかし、ぽそりと続いた「父さん、娘には甘いの」には少しだけ笑みがこぼれる。

 

 少しだけ曲がったままの白いガードレールに指を這わせ、少し汚れた指をこすり合わせる。

 

 

「その時に起こったことは、詳しく説明する必要も無いでしょう。

 ただ結果を語るのなら、突然の出来事に私は何も出来なかった」

 

「それは」

 

「事実よ。私はその時も、その後も何も出来なかった」

 

 

 言い訳になりそうな弁護をする気はないのだろう。

 

 結衣の言葉をバッサリと切り、断言する。

 

 ビジョンクエストでの体験から想像が、いや実感がある彼もまた言及しない。

 

 

「だけれど、私はそれが許せなかった。

 自分が何も出来ない子供だと言う事が、何も背負う事の出来ない弱い自分が」

 

 

 独白は続く。

 

 寂し気な、諦観を滲ませた静かな口調で粛々と。

 

 

「だから私は平塚先生に誘われるまま奉仕部に入部した。

 誰かに何かを出来る人間なのだと証明したくて。

 自分には人を導くに値する価値があるのだと言い聞かせたくて」

 

 

 それはまるで懺悔するように

 

 罪を雪ぐ為のように

 

 うなだれているようにも見えた。

 

 

「そんな様は余程痛々しく見えたのか、平塚先生が荒療治にと比企谷くんを連れて来て、由比ヶ浜さんも送り込まれてきた。

 情けないわよね。自分の身の丈を大きく見積もりすぎて、溜め込んで、比企谷くんと会った瞬間に感情がぐちゃぐちゃになった」

 

 

 ようやく振り向いて顔を見せる雪乃。

 

 その瞳に涙は見えなかったが、まるで迷子が泣きはらした後のように痛々しさが浮かんでいた。

 

 

「自分は何も変わっていない、変われていないと突きつけられるようで八つ当たりして。

 本当の事を明かす勇気すらなくて、生ぬるい馴れ合いに心地よさを感じて。

 ペルソナなんて特別な力に酔いしれて、ひたすら逃げ続けた」

 

 

 一瞬手が正面へと浮かびかけて、そして浮かぶ事無くだらんと投げ出される。

 

 

「これが私。弱くて、汚くて、幼稚な駄々をこねる醜い嘘吐きが雪ノ下雪乃っていう人間よ」

 

 

 言わなければいけないことは全て言ったと、晴れやかな笑みを浮かべる。

 

 しかしその笑顔は普段のそれとは違い、むしろ投げやりにしか見えなかった。

 

 だから

 

 

「ゆきのん、今からあたしすっごい酷い事言うね」

 

「ええ、私はあなた達にはどれだけの罵詈雑言を浴びせかけられても当然だもの」

 

 

 寂寥感に満ちた告白に「そう」とだけ頷いて、大きく深呼吸する。

 

 ゆっくりと息をした結衣はキッと雪乃を正面から射抜いて

 

 

「それ普通じゃん」

 

「え?」

 

 

 ほにゃんと力を抜いて言い切った。

 

 

「ゆきのんは自分がもっと出来る子だと思ってて、だけど上手く出来なくてそれが悔しかった。

 あたしも、もっと料理とか出来ると思ってたし、テストも平均点取れないとか思ってなかった」

 

「そう言う事じゃ」

 

「同じだよ」

 

 

 否定しようとする雪乃を否定する。

 

 有無を言わさぬ力があった。

 

 

「弱い自分が嫌で、もっともっと強いはずだって信じてて。

 でも、本当は知ってるの。自分は自分の思ってるほど頭良くなくて強くも無いって事」

 

 

 ストレートに貫くように言葉で突く。

 

 

「でも、それって誰でもおんなじだよ。あたしもそうだし、優美子もそうだし、隼人君もそうで、多分…ヒッキーも同じ。

 ゆきのんは自分の内面を特別視しすぎてるだけで、そんなのなにも特別じゃないの」

 

 

 真実なのだろう。

 

 子供は自意識を成長と共に少しずつ大きくしていく。

 

 そして指数関数的に肥大化していく自意識を周囲との付き合いでコテンパンに打ちのめされ萎ませる。

 

 そうやって自分に出来る事と出来ない事を理解し、己を知った後の成れの果て事こそが大人と呼ばれるのだ。

 

 しかし、雪乃は肥大化した自意識が萎んでなお他人よりも大きかった、ただそれだけなのだ。

 

 理想と現実のギャップにあげた魂の悲鳴こそが、あの映画館で彼が観た雪乃。

 

 

「自分に自信を持ってるゆきのんはカッコいいと思う。

 だけど、そんなゆきのんにとって本当に酷い事を言うと、ゆきのんの悩みって別に珍しい事ないからね。

 何となく言いづらくて後回しにしちゃった、だけど悪気はなかったの、ごめんね。で済んじゃうんだよ、今回の件は」

 

「…たったそれだけで済む話じゃ」

 

「済むんだよ」

 

 

 ふるふるとお団子頭を揺すって、断固として雪乃の言葉を切り捨てる。

 

 彼女の悩みは確かに特別ではないかもしれない。

 

 隠して、装って、そして偽ったことに罪悪感を覚える。

 

 誰にでもあるし、星の数ほども存在しているだろう。

 

 だが、それでも当人にとっては特別でない事ではないのだ。

 

 特別でなければならないのだと頑なになってしまう位に、一年と言う空白期間は長かった。

 

 それを由比ヶ浜結衣は肯定しない。

 

 なぜなら雪ノ下雪乃が絶対的に特別な存在ではないとしても

 

 

「だって、それで許せちゃうくらいにはあたしにとってゆきのんが特別なんだよ」

 

「え」

 

 

 雪乃が特別な人間ではないとしても、結衣にとって大切な存在ではないと言う訳ではないのだから。

 

 

「特別な事情があるから許せるんじゃないの。

 特別な事情が無いから許せないんじゃないの。

 ゆきのんがあたしにとって友達で、大切で。

 だから仕方ないなって思っちゃうの。

 たった一ヶ月しか過ごしてないけど、たった一ヶ月で済ませちゃいたくないくらいあたしはこれからも一緒に居たいから」

 

「だから、私を許したいと、そう言うの?」

 

「うん」

 

「そんなの、そんなの理屈に合ってないわ。許せる事情があるんじゃなくて、許したい感情があるからなんて…」

 

 

 結衣が語るのは筋道ばった理論の話ではない。

 

 彼女はずっとそうだった。

 

 由比ヶ浜結衣と言う女の子は『すべき』というものではなく、いつだって『したい』という感情で動いてきた。

 

 だからこそ、彼女は『雪乃を許したい』と思ったのなら既に許しているのだ。

 

 それは雪乃と、あと後ろで背景になっている八幡とは真逆の性質だ。

 

 正反対の彼女らは『すべき』という理屈で生きてきた。

 

 そんな二人にとって、彼女は眩しくして仕方ない。

 

 視界が滲むのも、その眩しさに当てられたが故。

 

 

「もちろん、これはあたしだから言える事だし、そもそもあたしがあの事故の原因なんだから、むしろゆきのんじゃなくてあたしがそうやって悩むはずのポジじゃない?」

 

「あ、あなたが悩まないから、私が代わりに悩んでいるのよ」

 

「それはそれでなんかおかしくない!?」

 

 

 グシグシと零れそうな涙を拭いながらいつものようなやり取りをする。

 

 もしも雪乃の事情を知るのがもう少し遅れたら。

 

 もしも雪乃が自分から明かさずにいたのなら。

 

 もしも雪乃ではない第三者が関わってきたなら。

 

 もっともっと面倒な関係になってしまったかもしれない。

 

 だが、それはあくまでIf…であり、切っ掛けがあれだったとはいえ、自分から真実を告げた。

 

 真実と共に実情を吐露し、謝罪したからこそ結衣は許した。

 

 つまり雪乃は間に合ったのだ。

 

 

「で、ヒッキーはどうするの?」

 

 

 そして結衣は八幡へと水を向ける。

 

 4つの眼に見られた彼は自分に話を振られると思っていなかったのか、びくっと身体を強張らせる。

 

 雪乃の眼を見て結衣の眼を見て、二人の眼から顔を逸らす。

 

 

「前も言ったけど、こういう話の持って行き方されたらここで俺が許さん! って言えなくない? ずるくない?」

 

「女の子はみんな、ずるいんだよ?」

 

 

 まるで小町のような言い草に頭をガシガシとかいてしまう。

 

 本当にずるい。

 

 いくら周りに迎合する事を嫌悪するボッチであっても、ここで自分だけ拒否できるだろうか。

 

 いや、常ならば、それでも拒否できただろう。

 

 しかし

 

 

「つか、事故の直接的な原因になった由比ヶ浜の事を不問にしてるのに、ここで雪ノ下を責めたりしたら、それこそ理屈に合わないだろ」

 

 

 既に八幡自身が雪乃を許しているのならば、それはただ場の雰囲気に流されたのではない。

 

 自身の中の信念が出す声に曇りなく従っている。

 

 だからこうして軽口を叩ける。

 

 

「それに、雪ノ下が心の底でドロドロ考えてるとか、ペルソナ覚醒した初っ端で暴露されてるから今更言われても幻滅のしようがないというか」

 

「ちょっと、その事を今言及するのは反則でしょう!」

 

 

 世界が変わらない事を、自分が報われない事を、彼女は初対面でぶちまけているのだ。

 

 醜態なら初めから知っていた。

 

 普段からどれだけ自分を高く見せようとも、初めから等身大を知っていた。

 

 幻滅するまでもなく、彼の中の彼女は誇張無く彼女自身だった。

 

 大前提からひっくり返された雪乃が、顔を真っ赤にして八幡に殴りかかる。

 

 ちからなくぺしんと肩を叩かれて、いやでもなぁ、となんとも言えない顔をする。

 

 

「えへへ」

 

 

 余計なモノから解放された特別ではない大切な彼女をみて、にへらと笑うのであった。

 

 

 雪乃との仲が深まった気がする

 

 

5月1日(火) 夜 自宅

 

「結論から言うなら、レッドマンとやらが言っていた事は本当らしい。

 だからあそこを利用する分には危険は、まあシャドウと戦うと言う点を除けばないってよ」

 

「…お帰り」

 

 

 先月の半ばからずっとわだかまっていた懸念が解消されて気持ちよく寝れる。

 

 布団に入り込んでいざ夢の世界に旅立とうとした彼の腹に適度な重みが加わると同時。

 

 最近聞き慣れてしまった黒猫の声が聞こえて来て、ちょっとだけ不機嫌になりながらお帰りだけはちゃんと告げる。

 

 

「お前がよく言ってる主の情報ってのがどこまで信用できるのかはともかく」

 

「てめえハチマン、主を馬鹿にしたらただじゃあおかねえぞ。

 異界、悪魔、世界の理に関して我が主以上に詳しい存在はそういねえんだ」

 

「ともかく、問題はないってことでいいんだな」

 

 

 念を押すように懐に座る黒猫に尋ねる。

 

 その返答は頷きだけであったが、余程『主』とやらを信用しているのか。

 

 表情には一欠けらの疑念も浮かんでいない。

 

 

「ただ…」

 

「なんだよ、他に何かあんのか」

 

 

 だが、続けられた言葉に孕む感情は信頼だけではなさそうだった。

 

 

「いや、あそこを利用する事に問題がねえのは変わらねえよ。

 実際、そう言う過去を記録する場所ってのは世界各地に点在してるもんだし、愚者の近くならなおさらだ。

 だが、レッドマンって奴の存在は話が違う」

 

「俺からすれば珍妙な存在って意味なら何も変わらねえけどな」

 

 

 またしても愚者、自分のアルカナかと悪態をつきたくなる。

 

 このままだと地球温暖化までも己が原因だといわれかねないな。

 

 そんな内心の八幡の言葉に、今度はフルフルと首を横に振る。

 

 ジッと見つめて来る瞳に滲む真剣味に軽く返した事を少し悔やむ。

 

 

「そう言った役目の場所があるのはおかしくねえ。

 悪神の欠片やワガハイ、愚者の近くに在るのも当然だ。

 だが、あのレッドマンは『この世界に存在しないはず』で。

 そんな存在がこの世界で役割を持った事は有りえない、ってのが主の意見だ」

 

「…なら、なんであの不思議動物は居たんだよ」

 

「分からねえ」

 

「はぁ?」

 

 

 疑念を煽るだけ煽って、結局は何も分からないのでは意味が無いではないか。

 

 そんな苛立たしさもあって、つい返答にトゲが混じってしまう。

 

 しかし、その反応に頓着せずに黒猫は独白するように紡ぐ。

 

 

「元々、この場に存在しない筈のワガハイと言うイレギュラーが作用したのか。

 それともあの場にあった極限のエネルギーが金剛神界のように時空間を捻じ曲げたか。

 もしくは、他の超常存在が関わっているのか、主にも見通せない運命が渦巻いているのか。

 とにかく、油断だけはしないでくれってことだ」

 

 

 言う事はそれだけだと言わんばかりに、くぁと欠伸をして身体を伸ばしごろんと寝る態勢に入る。

 

 あまりの身勝手さに一言苦情を言わせろとは思ったが、これ以上ケチがついても夢見が悪くなる。

 

 諸々の感情を飲み込んで、ため息一つで済ませ目をつむる。

 

 自覚しておらずとも心労があったのか、そのまますぐに意識は黒くそまっていく。

 

 どこかから透明な声が聞こえた気がするが、多分夢だろう。

 

 





俺ガイルメモ

 原作では成績優秀、眉目秀麗、一匹狼、立身独歩の雪ノ下雪乃に一種の親近感を得て、理想の一つを見た比企谷八幡は、しかし現実には弱い女の子であることを知って幻滅する。そして勝手に理想を押し付けて幻滅したと言う自分を嫌悪する。
 これこそが原点であり、奉仕部が拗れに拗れてしまう始まりだった。原作でお前ら本当に面倒くせえな! となる展開の大部分が三人の自己嫌悪にこそ求められるのではないだろうか。
 もっと早くそれぞれが謝っていれば、ああまで誤っていかずに済んだのではないか…いや、でもなぁ、あの子達本当に面倒くさいからなあ、無理かなぁ? 無理かもしんない。
 なお、理想と言う名の幻想を持つ以前の問題だったため今作ではその辺の問題はオミットします。詳しく知りたいなら是非原作を買おう。(ダイマ)拙作より億倍面白いので。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2 Up
女帝…平塚静 Rank1
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1 New
審判
世界…奉仕部 Rank2


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彼にとってそれは大変恐ろしい

 久しぶりの更新と言う事で、今までのおさらい(自分の為の)と嘘ネタと、簡単なペルソナデータ(スキルとビジュアルのみ)をざっと書いておきます。



 何処にでもいるような捻くれ者のDK比企谷八幡は教師・平塚静に連れられ謎の部活である奉仕部の雪ノ下雪乃と言う美少女と出会う。

 

 しかし、雪ノ下雪乃との舌戦の途中、彼女が突然物理的に黒く染まり暴走! 死にかけた八幡は「死にたくないでござる」と叫んだら何か黒猫と変な仮面付けた奴に助けられる。

 

 黒猫・モルガナの言では変な仮面(ペルソナ)に覚醒した八幡は『愚者』と呼ばれるアルカナで、その『愚者』にはトラブル誘因要素が?!

 

 モルガナの目的、かつてモルガナが仲間と共に倒した悪神、そしてそれが巻き起こすトラブルに対処する為、同じくペルソナに目覚めた雪乃と共に戦う!

 

 お前はクラスのキョロ充なのにトップカーストグループの由比ヶ浜?! 八幡と同じぼっちな材木座。二人が悪神の欠片で雪乃みたいに暴走、解決、ペルソナの覚醒。

 

 同じクラスで女子じゃないのがおかしい可愛さの戸塚が己の弱さにまたも悪神の欠片で暴走か?! 巻き込まれた葉山と共に解決と思いきや本当は由比ヶ浜と疎遠になりかけて寂しかった三浦が本体かよなんてどんでん返し。

 

 三浦も葉山もペルソナなんて危険、面倒な事は御免だと離れたが、それが当然だよな。

 

 新しく戸塚を仲間に、映画館なんて新しい修行場所も見つかり、奉仕部の初期面子が一年前、入学初日に事故を起こしていて実は因縁があったらしいが、そんなギクシャクは無くなった!

 

 外部協力者、今石燕と名乗る変なおば、お姉さんも仲間に今日も八幡は振り回される!

 

 

 

 以下 嘘ネタ

 

 暗闇の中から声が聞こえる

 

 

「…きろ――お…ろ、ひ…がやは…まん」

 

 

 微睡む意識が少しずつ覚醒していく

 

 

「おい、おき…―――」

 

 

 徐々に、徐々にふわりふわりと意識が浮かび上がり

 

 

「おい、いい加減に起きろ比企谷八幡()

 

 

 その言葉に完全に覚醒する

 

 横たわった身体を億劫ながらも起き上がらせる

 

 

「ようやくお目覚めか、とんだ寝坊助野郎だぜ」

 

「―――おまえ、は」

 

 

 ぼやけた視界の先にあるその顔は毎朝寝起きに見かけるそれで

 

 

「いわずとも分かるだろう。なぁ、(比企谷八幡)

 

「なんでさ」

 

 

 正しく、自分自身だった

 

 

「時が来たのさ。運命の始まる鐘が鳴る」

 

「あれ、俺もう高校二年だよな。中二は卒業したんだけど」

 

 

 その物言いに忘れかけた筈の左わき腹にある錆付いた何かが疼く

 

 具体的には左腕に包帯巻いちゃうとか、眼帯しちゃうとかのあれ

 

 あまりの荒唐無稽な状況にこれが夢であることを確信する

 

 俗にいう明晰夢だろうと

 

 

「見てみろ、お前()の回りを―――悲惨なモノだろ」

 

「これは」

 

 

 もう一度寝直そうと、夢の中で寝転がろうとする彼を制止するように声をかけてくる自分

 

 夢ならもうちょい楽しい夢にしてくれよと思いながら

 

 言われて初めて周囲に視線を向ける

 

 そこには

 

 

「見るも無残、みっともない、無駄な努力、既に死滅した後」

 

「うそ、だろ」

 

 

 真っ黒な海とそこにぷかぷかと浮かぶ輝く頭が!

 

 その数1、2、3、4…無数にどこかからの光を反射するつるぴかりん!!

 

 あまりの異様な光景にへたり込んでしまう

 

 

「23を滅ぼす時が来たのだ」

 

「なんて?」

 

 

 あまりの光景に言葉を失う

 

 絶句した彼の耳に飛び込んできた言葉への理解を脳が拒否した

 

 

「だから23(ふさ)だ、2323(ふさふさ)を滅ぼすんだよ、(お前)が!」

 

「―――――――――」

 

 

 見下ろしてくる己の顔から放たれる言葉

 

 返す余地も無かった

 

 なぜなら

 

 

「いずれ約束されし頭に至る今は(・・)23である俺」

 

「ちょっと待て、親父は確かに最近頭頂が寂しくなってきたって言ってるし、その父親、つまりじいちゃんはつるっぱげだがおふくろの方は23だろうが、男の子は母親に似るっていうからつまり俺の頭は約束された23の頭だろうが百歩譲っても薄毛で踏みとどまるから」

 

 

 若干早口

 

 その勢いが何よりも雄弁に彼の懸念を表している

 

 目の錯覚だろうか、見下ろしている彼の頭頂部が最初よりもドンドンと寂しくなっている気がする

 

 

「分かっているだろうにのう、八幡()よ」

 

「違う! 俺はあんなみじめな姿にはなりはしない!

 そ、そうだ、今はア○トネイチャーだってあるし、植毛の技術だって日進月歩だ!!

 将来的にあそこに近づくとしてもその時には再生技術だって」

 

「そこにお前の物がないのなら、それはただの偽りだ」

 

 

 ぐうの音も出ない

 

 一人立ち続ける彼の頭は既にバーコードに近づいている

 

 目の前の彼の将来が自分の姿だと言うのか

 

 制服姿にポケットに手を突っ込んで威風堂々と頭を散らかしているその姿が!

 

 我知らず瞳から涙がこぼれる

 

 そんな辛い真実ならば知りたくなかった

 

 

「だけど、救いはまだある、あるんだよ、俺」

 

「すく、い?」

 

 

 そこに掛けられる蜘蛛の糸

 

 差し伸べられる腕、優し気な目をした彼は八幡ではありえない程柔らかな雰囲気をしていた

 

 茫然としながら涙を垂れ流す彼はぽつりとつぶやく

 

 こくんと頷き目の前の顔もハラハラと雫を落とす

 

 頭からもパラパラと落ちる

 

 

「この世に絶対なんて言葉はないけれど、相対ならば存在しているのは絶対なんだ」

 

「なにを」

 

 

 それはまさしく悪魔の誘惑

 

 絶望を見せつけて希望をちらつかせる

 

 人はその落差に耐え切れずに縋りついてしまう

 

 たとえそれが

 

 

「お前がいずれ辿り着く先があの昏い海に浮かぶ満月だとしても、全ての人類が満月であるのなら」

 

 

 海に浮かぶ月を指さす

 

 

「例えお前に光り輝く頭を約束されていたとしても、この世に23が存在しなくなるのなら」

 

 

 ぐっと拳を作る

 

 

「それは相対的にお前が23であるという証明になるだろ」

 

 

 たとえそれが偽りだとしても掴んでしまうのが人間なのだから

 

 

「だから、お前にはこれから23を滅ぼすためn」

 

「いや、ならないから」

 

「えっ」

 

 

 だけど、その論は違うから

 

 

「なんだよ、その全員寂しくなれば寂しくないよねって何処の地獄だよ男も女も全員スースーするとか視覚の暴力じゃねえかいや男はまだいいよ渋めのオッサンなら超似合うからダイ・ハード知らねえのかよ、だけど女子は違うじゃんロング、ショート、ボブ、巻き髪、三つ編み、ポニテそれを捨てるなんてとんでもないし清楚黒髪、明るめ茶髪、派手な金髪、艶のある銀髪とか萌えじゃん人類の損失にしかなんねえよ」

 

 

 こだわりの緩い奴はこれだから

 

 ボブ位までの長さのゆるふわウェーブこそ人類の宝でしょ、具体的にはシャニマスの樋口とかトラブルの籾岡とか

 

 

「いや、だからな? この先に不幸が確定してるなら、周囲がお前より不幸になれば相対的にお前は幸福に」

 

「ならねえよ、絶対的な不幸って存在してるし、絶対的にゲーハーなのも存在してるから、そこに相対的とか入り込む余地は存在してないからな、あと相対的な幸福なんて物の方がよっぽど偽りじゃねえか」

 

「それでも」

 

「去れ! 悪魔! 例え未来で俺の頭が残酷な事になると決まっていたとしても、お前の誘惑には負けん! 何よりつるっつるの小町とか幾ら可愛くても今までと同じようには愛せなくなる!!」

 

「ぐわぁああああああ!!!」

 

 

 両手をかざして太陽拳のポーズを取った彼の額からあふれる光が、完全に黒くなくなった頭の八幡らしき存在を焼き尽くしていく

 

 

「ふ、ふふふ、いいぜ、今日の所はここまでにしてやろう、だが、油断するな「氏ねえ!!!」ぐあああああああ!!!!」

 

 

 置き土産にと何か喋っていたがそれを無視

 

 哀れ追撃のシャイニングバイパで爆発四散

 

 残されたのは黒い海に浮かぶ幾つもの月と、寂し気に佇む

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこで俺は自嘲気味にわらうんだよ、俺はこの業を抱えて生きていくんだってな。そうしたら何かペルソナ使えるようになってた」

 

「絶対ウソじゃん」

 

「大丈夫よ、比企谷くん。今はカツラも大分出来が良くなっているから…その、ごめんなさい、こんな時どういう顔をすればいいのか。とりあえず明日父の使っている増毛材を持ってきてあげるわね」

 

「もしそれが本当だったら過去現在未来全てのペルソナ使いが救われないぜ」

 

 

 そんななんてことの無い奉仕部の一日であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     *      *

  *     +  うそです

     n ∧_∧  n

 + (ヨ(* ´∀`)E)

     Y     Y    *

 

 

 忘れそうになるので、24話現在での各ペルソナの耐性、スキルその他情報まとめ

 

 全員レベルは20前後位(あやふや)とします、モルガナだけ20半ば想定

 かっちりしたステータスは管理が面倒なのでふわっとしてますご了承を

 作中にはまだ三浦優美子のペルソナを出してませんが、ユミコ戦のスキルがそのままなのでデータだけ名前なしで出してます

 

基本的にペルソナは和風テイストだと思ってください

あまりオリジナルを考えるのが得意ではないので、デザインは脳内補完よろしくお願いします

今ならお絵かきAIとかで何とか出力できるかな? とは思いましたが、気力やる気頑張る気意欲モチベ知識何よりもお金が足りないので断念しました

 

 ゾロ

モルガナのペルソナ、原作参照

所持スキル…ガルーラ、ディアラマ、メパトラ、メディア、マハガル、ラッキーパンチ、プリンパ

 

 アマノジャク

比企谷八幡のペルソナ、白い狩衣にカギヅメ、アルカナは愚者、戦闘も探索も出来なくはないデバフ属性のペルソナ

耐性…物理、呪殺

弱点…破魔

所持スキル…タルンダ、ラクンダ、アナライズ、スクンダ、エネミーサーチ、トラフーリ

 

 ライジン

雪ノ下雪乃のペルソナ、黒い狩衣に後背に鼓、アルカナは女教皇、単体攻撃特化の電撃疾風属性のペルソナ

耐性…電撃、衝撃、呪殺

弱点…破魔

所持スキル…ジオンガ、毒針、猛勉強、ザンマ、子守唄

 

 ザシキワラシ

由比ヶ浜結衣のペルソナ、赤い着物を着崩した童女、アルカナは恋愛、戦闘も出来なくはない探索用念動属性のペルソナ

耐性…念動、破魔、呪殺

弱点…火炎

所持スキル…サイオ、癒しの風、浄化の雨、久遠の調べ

 

 ギュウキ

材木座義輝のペルソナ、四本腕に角がある、アルカナは魔術師、単体全体のバランスが良い呪殺衝撃属性のペルソナ

耐性…呪殺耐性、破魔無効

弱点…物理

所持スキル…ムド、マハガル、夢見針、エイガ、マハエイハ

 

 ツチグモ

葉山隼人のペルソナ、六本腕の阿修羅像、アルカナは皇帝、単体全体物理魔法全てのバランスが良い電撃念動属性のペルソナ

耐性…電撃、念動

弱点…氷結

所持スキル…ジオ、サイ、バウンスクロー、マハジオ、マハサイ、パトラ

 

 ノヅチ

戸塚彩加のペルソナ、ペストマスクに獣の毛皮を羽織る、アルカナは運命、祝福回復属性のペルソナ

耐性…物理、氷結

弱点…火炎、電撃、衝撃

所持スキル…ハマ、コウガ、マハコウハ、ディアラマ、リカーム

 

 ???

三浦優美子のペルソナ、長いファーと黒い隈取の仮面、アルカナは戦車、氷結火炎属性の戦闘用ペルソナ

耐性…氷結、破魔

弱点…呪殺

所持スキル…ブフーラ、アギラオ、シバブー、セクシーアイ、マハブフ、マハラギ

 

 



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誰もが嫌な事はしたくないと思っている

 コロナだったり怪我だったりパソコン古くなったりと言った不調。ポケモン新作に始まりサモンナイト、デジモン等のレトロゲー、他の二次創作読み漁り等でモチベが消えていたのですが、6月に入ったのと、暖かくなったのと更新無くてもお気に入り評価がじわっと増えている事と、フィクサービームでモチベが回復したので少しずつ更新再開します。
 グリッドマンユニバースは最高だったぜ!
 本日二話目の投稿ですが、前話はちょっとした振り返りと嘘ネタしかないので読まなくても支障はないです。
 今回の更新はしこしこ書き溜めてた分全ぶっぱするので、本編はこれ含めて9話分(GW~川なんとかさん)くらいです。


5月2日(水) 朝 総武高校

 

「え~、であるからして」

 

 

 春眠暁を覚えず、とは全く正しい。

 

 ぽかぽか陽気は副交感神経を優位にし、涼しい風はゆりかごに揺られるがごとく。

 

 更に朝ごはんで血糖値を上がったことにより、脳に運ばれる血液も少なくなる。

 

 

「このとき用いられる公式は~え~、葉山君」

 

「はい、破壊力=体重×握力×スピードです」

 

「その通りです。重く、力が強く、素早ければその結果は分かるでしょう」

 

 

 だから、朝一の授業を寝てしまっても『俺は悪くない』。

 

 昼前は空腹で集中できないし、昼直後とかまた血糖値が上がってる。

 

 最後の授業なんて後は放課後か帰ることしか考えられない。

 

 まったくもって自然の摂理だから、放課後になって由比ヶ浜に起こされるまで寝てても仕方ない。

 

 

「いや、それは無理がある事ない?」

 

「全くだぜ」

 

「文系科目は予習してるし、理系科目は捨ててる。ほら問題ない」

 

 

 処置無し、と言わんばかりのため息を努めて無視する。

 

 あんな事が有った次の日でも、そんな平常運転だった。

 

 雪ノ下が持ち込んで淹れた柔らかな紅茶の香りが漂う部室。

 

 戸塚の件以降、悪神の欠片に関しての手がかりもない停滞の状況。

 

 2年になって初めての中間テストも視野に入り始める時期だから、むしろありがたくも感じている。

 

 雪乃がまたぞろ『特訓』と呟いているが、あまり面倒事を増やさないでほしいのも本音だろう。

 

 連休の合間に挟まる平日はそうやって過ぎて行った。

 

 

5月3日(木) 朝

 

 最高気温は20℃を越える日が続くが、夜に晴れていたせいか。

 

 夜の肌寒さが残る春の日の朝。

 

 陽光が差し込み続け、ようやく気温と一緒に意識が暖かくなる。

 

 羽毛布団をのそりとどけて意識をぼんやりさせたままトイレへと起き上がった。

 

 朝起きてまず何をするか、その次に何をするか、そう言った決まり切った行動を多くの人は持ち合わせているのではないか。

 

 八幡もその例に漏れず、そんなルーチン通りに半覚醒した身体が勝手に動く。

 

 

「およ、お兄ちゃん今日は早いね。どうせ昼まで寝るかと思ってたから朝ごはんとか作ってないよ?」

 

「ん~~、そうか」

 

 

 ジャムをたっぷりと乗せたトーストを咥えた八幡の妹、比企谷小町がフラフラとする兄に声をかける。

 

 振り向いた時に焼いたトーストからぽろぽろとパンカスが零れるが、どうせ後で掃除するからいいかと見て見ぬふり。

 

 生返事をして洗面所に向かい、トイレ、洗顔、歯磨きをしてようやくはっきりと目覚める。

 

 小町が朝ごはんを食べながら見ているのか、アナウンサーの声がニュースを読み上げる声が聞こえてくる。

 

 まったく、行儀の悪い。と思いながら、自分の朝飯が無い事にようやく気づき、適当でいいかとスナックパンとコーヒー(激甘)で済ませようとする。

 

 

「小町ちゃん、テレビを見ながらご飯食べるのはお行儀が悪くてよ」

 

「ん~? お兄ちゃんも同じことしながら言ってなかったらもう少し説得力あったかもね」

 

 

 小生意気に反論してくる妹に、そりゃそうだ、と納得して自分もテレビを見ながらコーヒーを啜る。

 

 濃い目のインスタントコーヒーに牛乳、練乳、砂糖を混ぜた、意識を一発でアゲる合法のエナドリである。

 

 ついでに血糖値とかその辺も一気に上がるので、若いころだけに許される無茶であるのは言い逃れも出来ない。

 

 面白い番組が無いかと、ポチポチチャンネルを切り替える小町を横目に、だけどやめられないとまらない。

 

 軽快な音楽が流れたり、凄惨なニュースが報道されたり、一通りの番組を見てもピンとこないのか適当な通販番組でチャンネルを止めてリモコンもテーブルに戻す。

 

 

「およ。またやってるね、じかネット」

 

「しかし、考えてみたら全ての商品が時価とか恐ろしいな」

 

「直にもらえるならそれでいいじゃん」

 

「………時価って、その時々で値段が変わるって事で、直接って訳じゃないからな」

 

 

 八幡のツッコミに、一瞬「ん?」と首をかしげて、理解が及んだ瞬間、テヘペロと誤魔化す小町。

 

 この子、今年で受験生の癖に大丈夫なのか? そう思ってしまうのも無理はない。

 

 猫の根付を紹介している若干オネエ臭い喋りの社長の右上に表示されている時刻に目をやり、そろそろ準備するかと立ち上がる。

 

 

「あれ? 珍しいね、お休みなのに外出するんだ? 小町、嬉しいよ。

 お兄ちゃんが引きこもりから立ち直ってくれて」

 

「俺は引きこもりじゃねえよ。用事が無い時に出かけるとか、省エネを叫ばれる昨今の経済状況を鑑みてだな」

 

「あっ、そう言う戯言はどうでもいいから。あんな美人な友達が3人も出来て。

 これは更生もそう遠くないのかもしれないね。

 小町としてはお兄ちゃんの手がかからないのは、嬉しくもアリ寂しくもアリ。

 あ、今の小町的にポイント高い!

 で、どこ行くの? コンビニ? スーパー? コンビニなら小町、プリンが食べたいな! ちょっとお高いやつ」

 

 

 ナチュラルにタカリに来る妹に、財布の中身を考える八幡。

 

 しっっぜんに、奢る事に違和感を感じていない。

 

 これが調教の成果なのか。

 

 

「って、コンビニとか、買い物じゃねえよ。

 部活だ、部活。不本意ながらな」

 

 

 背後から驚愕の声をあげるのを聞きながら、動きやすく、汚れてもいい服に着替える。

 

 朝は冷えると言っても、日中は日差しで気温も上がるし体温調節はしやすい方が良い。

 

 ジーンズって、元々はゴールドラッシュで炭鉱夫に使いやすい事で広まったんだよな。

 

 そんな無駄マメ知識を思い起こしながら、古くなった少し厚いワイシャツとジーンズを纏う。

 

 タオルと軍手は前日に用意しておいたカバンに入れているから、後は出るだけだな。

 

 動き回ると汗が出る事を考えて飲み物を買うための財布も忘れないように持つ。

 

 

「お勤めご苦労様であります!」

 

「いや、なんで出所してる風なの? なに、極道なの? エンコ詰めたの?」

 

「お兄ちゃんって、本当に良く分かんない事言うよね」

 

 

 家を出る直前、嘘くさい涙まで流しながら、敬礼して見送りする小町にそう突っ込むが、呆れられた。

 

 呆れたいのはこっちなんだよなぁ。と言う言葉を飲み込んで、靴を履いて出発する。

 

 あっ、火打石とかやった方がいいかな? とか、なんだか知識の偏りが自分よりも酷い妹に一抹の不安を抱きながら。

 

 

「いってきます」

 

「いってらっしゃーい…ってモーくん!」

 

「そう何度も捕まるワガハイじゃあねえ!」

 

 

 無駄に華麗なステップを踏んで伸ばされる腕を回避する黒猫を従えながら集合場所へと向かう。

 

 今日は清掃ボランティアの日だ。

 

 

「あっ、八幡! おはよう!」

 

「俺の為に毎朝味噌汁を作ってくれ」

 

「え?」

 

「すまん、間違えた」

 

 

 待ち合わせ場所に辿り着くと、一足早く着いていた戸塚がニッコリと笑顔で出迎えた。

 

 八幡は魅了された。混乱している。緊縛状態に陥った。魔封の為魔法は使えない。

 

 戸塚から名前で呼んでもらえるようになった事を噛みしめ、気分は絶頂期を迎える。

 

 

「そろそろ、みんな集まってるかな」

 

 

 つまりは、これからは下がっていくと言う事である。

 

 集合場所には既に数十人が集まっており、老若男女の統一感がない。

 

 

「お聞きになりました? 3丁目の所で小火ですって。怖いわねぇ」

 

「物騒よねぇ。物騒と言えば、最近援助交際で補導される女子高生が増えてるとか」

 

「携帯の電波悪くない? 今どき珍しいよね」

 

「地域の皆さんに貢献できるこの機会を大切にして頑張りましょう」

 

 

 まぁ、地域のボランティアで清掃活動とかに参加するのは意識の高い大学生とか。

 

 張り切り過ぎた教師に連れられた学生、繋がりを求めている老人だとか。

 

 そんな色んな人が参加するのだから、八幡たちばかりのはずがないのだ。

 

 きゃいきゃいと甲高い声で女子小学生が話しているのを、耳が痛いと顔を背けて他の奉仕部関係者はいないかと探す。

 

 

「あら、特大のごみを早速見つけてしまったわ。ゴミ袋に入るかしら」

 

「所有権は比企谷家に存在しているため、不法投棄は止めろ」

 

「今にも死にそうな雰囲気出してるからじゃん」

 

「分類的には燃えないゴミだな、ハチマンの性格的…に”ゃ”っ!」

 

「言ってやるな、雪ノ下、由比ヶ浜。久しぶりに外に出たりすると太陽が煩わしくなるものさ。

 ネトゲとか、迎え酒とか、テスト前後での徹夜とかな」

 

 

 動きやすく涼し気な恰好をした雪乃と、アームカバーとかつけて事務員のおばちゃん的な結衣。

 

 更に、サングラスとキャップをつけて遠い眼をしている気合十分な平塚教諭が集まっている所にのそのそと近寄る。

 

 開口一番飛んできた罵倒を受け流し、上手い事言ったつもりのカバンの中のなまもののしっぽを強く握る。

 

 一応、部活動(戸塚は部員ではないが)と言う事になっているので、固まったほうがいいかと言う判断である。

 

 そうして八幡と戸塚が女性三人の集まり、文字通りに姦しい集団に程近くなると、

 

 

「うむ、遅かったな。八幡よ、この滅塵滅相の宴が終わりし時には、我の書き上げた新たなる伝説を読むことをゆるぅす!!」

 

 

 材木座がどこからともなくぬるりと加わった。

 

 遅刻するのが嫌だから早めに来たが、知らない人間ばかりで委縮。

 

 ようやく見つけた奉仕部の面々も女子ばかりで合流を躊躇ったのがおよその真相だろう。

 

 制服ではないが、やはりその恰好は指ぬきグローブに厚手のコートと言う暑苦しい。

 

 八幡は露骨に距離を置いた。だが、材木座は追いすがった。

 

 そうこうしているうちに、今回のボランティアを主催した団体から代表者が出て来て説明を始め、各自に回収する為のごみ袋が渡された。

 

 

 材木座、戸塚行こうぜ

 雪ノ下、由比ヶ浜行こうぜ

→効率優先で解散しようぜ

×先生、一緒に回りましょう(度胸が『ここぞで違う』以上必要なようだ)

 

 

「じゃ、俺こっち行くわ」

 

「ええ。私はあっちに。解散は各自でいいわね」

 

「待て待て待て、待ちたまえ君達」

 

「お前ら…」

 

 

 そしていざゴミ拾いを開始しようとした瞬間、八幡と雪乃が示し合わせたように散開しようとする。

 

 平塚教諭がそれにストップをかける。

 

 カバンの中から呆れ声も聞こえてくる。

 

 これにはほかの面々も思わず苦笑い。

 

 

「いったい何のためにこうして皆で参加していると思っているのかね。

 せめて表面上は協力している風を装うスキルを身に着けたまえ」

 

「いや、俺はあれですよ。おじいさんとかおばあさんとかの後ろで安全確認をするためにですね。

 決して、働いてるふりをしながら適当におしゃべりな老人たちに付き合う真面目な僕を演出したいわけではなくて」

 

「貴様の言い訳は聞きあきた。それにそっちに居るのは他校の高校生、しかも君の嫌いそうなリア充たちだが、いいのか?」

 

「よし、材木座。お前適当にあっちのグループに加わってきて打ちのめされろ。それを俺が回収して特大ごみとして提出するから」

 

 

 自分がゴミ扱いされた後だと言うのに、他人をゴミ扱いするのに躊躇も無い。

 

 そのやり取りに面倒くさそうな雰囲気を隠さない雪乃がため息をつき、結衣があははと愛想笑いを溢す。

 

 普段と変わりない様子に、杞憂だったかなといつもの癖で胸ポケットに手をやり一服する。

 

 

「だからさぁ」

 

「えぇ、でもぉ」

 

「はぁい。みなさん、お喋りばかりじゃなくてゴミを拾いましょう」

 

 

 一際甲高い子供特有の甲高い声に、つけたばかりのタバコを携帯灰皿に押し付ける。

 

 背後からの声に振り向くと、数人グループをいくつか作っている小学生集団。

 

 

「どうも」

 

「どうも」

 

 

 おそらく引率らしい平塚教諭と同じ職種の人間がぺこりと会釈してくるので、会釈し返す。

 

 教師の合図に、各グループがある程度の距離を置いて道に広がり、タバコの吸い殻や空き缶等のゴミを拾い始める。

 

 

「ほれ、小学生も仕事をしていると言うのに、高校生のキミたちは何をしているのかね」

 

「小学生すら仕事をしないといけないとか、産業革命以前かよ。現代人らしく余暇を満喫、あいたたた!」

 

「抗弁は聞かんといっているだろう、学習したまえ」

 

 

 反面教師役にした大げさに痛がる彼も、ぶつくさ言いながら他の面子と合流してゴミ拾いを開始する。

 

 やれやれ、本当に面倒くさいやつらだ。

 

 

5月3日(木) 昼

 

 がさ、とコンビニの袋を掻き分けコーヒーとサンドイッチを取り出す。

 

 横では大盛パスタのふたを開けようとして、蒸気に「あつぅい!」と叫んでいるデブ。

 

 運動部なのにそんな大きさで大丈夫か不安になる弁当箱を取り出す戸塚。

 

 

「案外、ゴミって多いんだね」

 

「我らの拾った分を一袋に集めたら、パンパンになりそうであるな」

 

「行儀の良い奴らばかりってわけでもないからな」

 

「風で飛んじゃったって事もあるんじゃない? あたしも歩いてるときにお菓子の袋とか偶に飛ばされるし」

 

「歩きながら食べようとしていたのが問題じゃないかしら」

 

 

 昼休憩になり、なんとなく全員が横並びに座り昼ご飯を食べる。

 

 某少年が一人になろうとした瞬間、平塚教諭の瞳が怪しく光ったのは無関係ではないだろう。

 

 もっとも、その本人はタバコ休憩も兼ねる、と単独行動しているのだが。

 

 

「だけど、子供って元気だよね」

 

「遠くで聞いてると猿と間違えるな」

 

「疲れた身体には響くわね」

 

「二人ともひどくない!?」

 

 

 そんな彼らの少し離れた場所には先ほど平塚教諭が挨拶していた教師が引率していた小学生たちがキャイキャイ騒いでいる。

 

 自分たちも数年前はあんな無邪気だったなぁとか感慨にふける者もいれば。

 

 俺/我ならどんな言い訳しても来ないか、来ても一人行動だっただろうなと思う者もいる。

 

 そんな様を見ながら、視線を寄せていた雪乃の眉間にしわが寄る。

 

 

「どしたの、ゆきのん」

 

「…いえ、どこにでもあるのね。それだけよ」

 

 

 敏感に察知した結衣に緩く頭を振って何でもないと答える。

 

 ん? と視線を辿ると、そこには小学生のグループの一つ。

 

 小さく車座を作って親が作ったであろう弁当をつついている。

 

 なんでもないような光景じゃないだろうか。

 

 

「…まっ、小学生でも人間だ。なら、必然あるもんじゃねえの」

 

「ほむ、そう言う事か」

 

 

 他のメンバーも釣られて観てみると、材木座が納得したように頷く。

 

 結衣と戸塚、あと一足先に昼飯を終わらせてカバンに戻っていたモルガナは何のことか分からず首をかしげる。

 

 

「あそこの女子グループ。よく見てごらんなさい。

 他の子は騒がしく話しているのに、一人だけずっと俯いてお弁当を食べているわ」

 

「あっ、あぁ。そういう」

 

 

  人ほどの女子小学生の塊。

 

 なんとも騒がしく、賑やかに、楽しそうに話している。

 

 一人は性格なのか、相槌を打ったりしているだけだが、一人は違う。

 

 一人だけもそもそと肩身が狭そうな様子で、おずおずと口を挟もうとしてはうなだれる。

 

 

「むしろ子供だからこそ残酷って面もあるかもな」

 

「やりきれないわね」

 

「うん。ちょっと寂しいね」

 

 

 あと数時間もしないうちにボランティアも終わる。

 

 そうすれば関わりも無くなってしまう自分たちが何かをしても意味が無い。

 

 むしろ悪化させてしまうかもしれない。

 

 関わりを持つ理由もない通りすがりに何が出来ると言うのだろうか。

 

 せめて『泊りがけで関われる機会』があれば話は別だったかもしれない。

 

 

「………そろそろお昼も終わるね」

 

「で、あるな」

 

 

 出たゴミは支給のゴミ袋に入れて、軍手を付け直したり、伸びをする。

 

 今は席をはずしているあの人が居ればなにか違っただろうか。

 

 変わらず何も出来ない自分から目を背けて。

 

 

5月3日(木) 夕方

 

 そろそろボランティア活動も終わりが近づいてきた。

 

 大学生やママさんグループは既に終わった後にどこで打ち上げをするか、一足早く相談している。

 

 ジジババ達は一貫して無理なくお喋りしながら活動しているので、ペースは変わっていない。

 

 奉仕部の面々も、見えてきた終わりにやっとか、という空気を隠さない。

 

 

「葉山と三浦達の所為でとんだ災難だったな」

 

「当の本人たちはちゃっかり回避している事が余計に腹立たしいわね」

 

「ごめんね、僕の所為で」

 

「彩ちゃんは悪くないよ! えっと…先生を説得できなかったヒッキーが悪い!」

 

「その言で言えば雪ノ下嬢にも責任の一環が…いえ、なんでもないです」

 

「俺は悪くぬぇ、おのれディケイド!」

 

「ハチマンもザイモクザもよええな」

 

 

 空気が緩み、あとはもう帰るだけだろうと全員が思っている。

 

 そんな彼らに、こわごわと近寄る小さな影。

 

 何か小さな包みをレジ袋に入れて突き出すようにしている。

 

 小さな身体は確実に迫り、奉仕部の面々までもうあと3m程に近付きギリギリ聞こえる程の大きさの声で

 

 

「あ、あのぉ」

 

「あれ? どうしたのかな、何か用事かな?」

 

 

 呼びかけられた中で、最も素早く人当たりの良い結衣が返答する。

 

 

「そ、その。あの」

 

「焦らなくてもいいよ。あたしはちゃんと聞くから」

 

 

 目線を合わせてしゃがむ。

 

 にっこりと微笑む、柔らかな雰囲気に徐々に気持ちが落ち着いてきたのか、声がはっきりとし始める。

 

 

「…あの子」

 

「どうしたの雪ノ下さん」

 

「あの子、お昼の時に無視されていた子ね」

 

 

 訝しむ雪乃に戸塚が声をかけ、その事実にあっと気付く。

 

 周囲を見てみると、そこそこ離れた場所からこちらを見ている。

 

 黄昏に紛れて全員は見えないが、ニヤニヤと意地の悪そうな目をしている子も居る。

 

 

「向こうの、路地でちっちゃいイヌがね、倒れてて。で、どうしたのかなって思って触ったら冷たくて」

 

「そっか、どうしたらいいのか分かんなくてお姉ちゃん達に聞きに来てくれたんだね。ありがとう」

 

「う、ううん。別に。だから…それだけ!」

 

「あっちょっと!」

 

 

 持っていたレジ袋をひょいと地面に置いて、その女の子は走ってこちらを見ている4人の元へ戻った。

 

 一人はその姿を見て直ぐ3人から少し距離のある自動販売機に向かっている。

 

 

「なんだろ、これ」

 

 

→結衣を止める

 結衣を止めない

 

 

「触るなよ」

 

「え? ヒッキー」

 

「条例はどうなってたかな? 責任者の人に相談した方が良いよね」

 

「由比ヶ浜さんは出来るだけ見ないで。…ショックだろうから」

 

 

 小さく膨らんだレジ袋に手を伸ばしかけた結衣を止めて、その間に身体を挟み込む。

 

 戸塚が少し思案して、今回のボランティア活動の代表者、朝に挨拶していた人の所に走る。

 

 ぬぅ、と立ち尽くし唸る材木座もその袋の中身に予想がついているのだろう。

 

 彼らの様子と走り去った女の子との会話を思い出して、ようやくそこにある物に予想がついたのか結衣は顔を青くする。

 

 

「…やっぱりな」

 

「最後の最後で、とんだ爆弾を放り投げられた気分だわ」

 

 

 一応、と嫌々ながらもレジ袋の中身を確認する八幡が、その中身を見た途端に顔をしかめる。

 

 大きくため息をつく雪乃はけして近寄ろうとはしない。

 

 彼女はそれに対して大きな苦手意識を持っているから。

 

 いや、それが動いている時こそが真に苦手なのだが、それでもだ。

 

 

「流石にこれをゴミ袋に入れる訳にもいかねえしな」

 

「それをした瞬間、ワガハイの牙がおめえの喉に向かう事になるぞ」

 

「あぁ、おっかねえ」

 

 

 小さな身体はとうに冷たくなり、無機質な袋の中で眠るだけだった。

 

 走ってくる戸塚と、相談を受けた責任者らしき人物、なにかあったのかと着いてくる平塚教諭。

 

 

「嫌がらせにもほどがあろう」

 

 

 全員の心境を材木座の独り言が代弁したのだった。

 

 

 中身を予想した状態で結衣をかばった事で八幡の度胸が『なくもない』に上昇した。

 

 

 




 ペルソナメモ

 ペルソナの授業では雑学を出題され当てられる事がある。その回答があっていると知識のパラメータが上がるし、その知識を元にテストの出題がされる。パラメータが高くないとコミュを取れないキャラも居る為、パラメータを上げるチャンスは逃さないようにしないといけない。

・知識………偏りがある
・度胸………びびり→なくもない
・コミュ力…つっかえる
・根気………ゆとり
・器用さ……ぶきっちょ



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鶴見留美は被害者であり加害者である

昨日の投稿してから、嘘予告の振り返りにはフェスの自己紹介ネタ使えばよかったなぁと少し後悔。


5月3日(木) 夜

 

「はふ、はふ。んっ、んっ、ずるる…はぁ~! うんまかったなぁ!」

 

「すみません、僕らにまでごちそうして貰っちゃって」

 

「かまわんよ。大人になってしみじみと実感するのは、ラーメン屋くらいの金額の外食時に財布の中身を確認しなくなった点だな」

 

「でも、こういうのって良かったんですか?」

 

「いいわけが無いだろう。最近は教師が生徒と飯を食うだけでもとやかく言われる時代だ。

 だが、ああいったショックの強い出来事の後に放り出して帰らせるのは私の信条に悖る」

 

 

 かちゃんと空になった器にレンゲを放り込み、お冷に手を伸ばす。

 

 清掃ボランティアの終わった後、あの小学生が置き逃げした物体の後始末を代表者に押し付け…任せた彼らは平塚教諭の誘いによりラーメンを啜っている。

 

 

「しかし、色んな意味で厄介だったな」

 

「ぬぅ、いかに我に室町を愛す気持ちがあると言えど、死を側にするは感覚が追いつかん」

 

「しかも、無視されてたあの子へのいじめって断言できないラインだし」

 

「死と言う非常事態に動けない、そう言う事を言われてはね」

 

 

 流石に何もなしに終わる事は出来ず、平塚教諭と会釈していた向こうの教師。

 

 彼と軽く話して事情説明をしたが、「犬が死んでてパニックになって、どうしたらいいか分かんなかった。そしたらその子が年上の人に伝えに行くって自分から言ったの」と。

 

 ここまで筋道立っていたわけではないが、そう言う旨だった。

 

 特におかしい所がある訳ではなく、対処としても間違っていない。

 

 違っているのは、事前にハブにされていた状況を見ていた彼らの心情だけだ。

 

 

「ま、どこにでもあるものだし、無関係のキミたちがどうにもできなくとも仕方がない。

 かくいう私だって、赴任先ならともかく別の学校と言う事だと手を出せん」

 

「世知辛いですね」

 

「口だけは出しておいたが、それ以上はな。一応、連絡先は交換しておいたがどうにもならんだろうな。

 こういう時、大人だと言ってもやはり限界と言うモノを感じるよ。

 一人の人間が出来る事に限りがあることを実感してしまう」

 

 

 お冷を飲み干して空になったグラスを手元で転がす。

 

 

「社会人って言うか、教師ってストレスすごそうですね」

 

「ん~、まぁ少ないとは言わないが、それよりもやりがいを感じられるから続けられる。

 こうして皆でラーメンを喰ってると、それも実感するよ。

 それに、ストレスの発散方法なんて幾らでも持っているからな」

 

 

 戸塚の問いかけにアンニュイな空気になりかけたのを察し、努めて明るめの声を出す。

 

 

「例えば、酒、たばこ、車…まぁ女としてはどうかと思われるのは知っているが、そんな目でみるなよ。

 一大人としては健全な趣味だろうが、そうだよね、ふつうだよな、違うのか?

 女生徒の中には、サバゲーしてストレス発散している奴だっているんだぞ!」

 

 

 最後の方はちょっと声が震えていたのを見ないふりをする情けがあった。

 

 それぞれが食べ終わったのを確認して、勘定を済ませると遅くならないようにだけ言づけて去っていった。

 

 その背中が赤提灯に吸い込まれていなければ本当にいい先生なのに…と誰かが思った。

 

 補導されるような時間ではないが、既に周囲は暗く染まっている。

 

 

「じゃあ、僕はちょっとスクールに寄ってくるから。またGW明けたら学校で」

 

「やっば、ママに遅くなるの言うの忘れてた! あたしも帰る! ゆきのん、ヒッキーまたね」

 

 

 戸塚と結衣が分かれ、ちょっと本屋に寄りたい八幡と材木座だが…

 

 

「私たちだけが美味しい物をいただいたのは気が引けるとは思わないかしら」

 

「ゆ、雪乃殿ぉ!」

 

「は、はちまぁん!」

 

 

 平塚教諭の手前ずっと黙ってカバンに押し込められていたモルガナへ差し入れをしたいと八幡を引きずっていくのであった。

 

 感涙するモルガナはともかく、手を伸ばしてくる材木座は演技臭くて暑苦しいなとしか思わない。

 

 

「ふんふふん。寿司か、肉か…フレンチとやらも試してみてえな」

 

「あんまり高い物は止めて…あっ」

 

「どうかしたかしら。成仏したの? それとも解脱?」

 

「ことあるごとに死亡確認しなくても生きてるからね。

 じゃなくて、前の戦利品が大分高く売れてだな」

 

 

 高額、と連想してそう言えば相談しなければいけない事があったと思い出す。

 

 そう言って、なくさないようにとカバンの底に押し込んでいた封筒を取り出し、今石燕とのやり取りを説明する。

 

 ひょいっと、身軽にカバンの中から黒猫が地面に降りたち歩きながら聞く姿勢に入る。

 

 今石燕の会社で本格的に戦利品、情報物質を研究し始めるかもしれない事。

 

 その結果如何で買い取り額が上下に変動する事。

 

 買取が一時停止になっている事、その代わりに高額で買い取ってもらえた事。

 

 彼女は横で足を止めないまま聞き手に専念している。

 

 一度だけ頷き、理解を示す。

 

 

「そうならせめて報告だけはしてほしかったわね。

 戦利品の売却結果に関してはあなたに一任していたから、愚痴でしかないのだけれど」

 

「額が額だから相談はしようと思ってたんだが、そのあとほれ。

 あれだ、カラオケ、とか、まぁ色々あったから完璧に忘れてたんだよ」

 

「つまり、あれか。特上を頼んでも良いって事か?!」

 

「食欲に支配されてんじゃねえよ」

 

 

 ぽつり「カラオケ…そう、あの日」と口の中で呟き、納得した。

 

 流石にあの流れで金の事を言うのは違っただろう。

 

 

「先の見通しがつかないなら、一旦そのお金はプールしておきましょう。

 折角、過去のパレスに再度行ける。鍛錬と金策になる術が見つかったばかりなのに、もしかすると金策は別で考えないといけないなら余力は残しておきたいから」

 

「仰せのままに」

 

「あと、次にその人と会う時は私も同席させてもらうわ。

 結果次第でしょうけど、これ以上額が上がるとなると少し話をしておかないと面倒になるでしょうし」

 

「そういや、税金とかその辺も考えないといけないのか。了解」

 

「そんな固い話はともかく、まとまった金が入ったらビュッフェに行ったり、寿司を食うのがだな…ん?」

 

「だから、そんな無駄遣いできる額でもねえよ。あと、人間社会を甘くみんなよ、税金滞納とかめちゃ怖いらしいから」

 

「どうしたの、モルガナちゃん」

 

 

 足音無く歩いていたモルガナが立ち止まり、怪訝な声を出すものだから横の彼らもつられてしまう。

 

 なんだなんだと見つめる先を辿ってみるが、何に注目しているのかが分からない。

 

 

「おい、あれ。あそこに一人で座ってる女の子…ありゃ、ボランティアの時の子じゃねえか?」

 

「…んん? あぁ、あれか?」

 

「確かに、あの子は見覚えがあるわね。多分だけれど、無視していた中の一人だったと思うわ」

 

「いたか? いた、ような。居たんだろうな、多分。知らんけど」

 

 

 どの事を言っているのか、ようやく理解した雪乃がその少女の姿と記憶を突合させる。

 

 彼女の言にそう言えば居たような気がする、と曖昧な記憶で相槌を打つ。

 

 

「私達が言うのもなんだけれど、子供が一人で出歩くのも不用心ね。

 少し、声をかけてみましょう。気になる事もあるし」

 

「…さいで。じゃあ」

 

「おら、ハチマン。お前も行くんだよ」

 

 

 正直どうでもよかった彼も、促されてしまえばついていかざるをえない。

 

 どうでもいいというのは、行ってもいいし行かなくてもいいと言う事だから。

 

 

「そこのあなた」

 

「………なに?」

 

 

 淀みなく、一人座り込む少女の元へ進み、躊躇いなく声をかける。

 

 一足遅れて残りの彼らも追いついた。

 

 雪乃の声かけにゆっくりと顔を上げて返事をするその少女。

 

 まるで目の前の彼女のように腰まで届くほどの長い髪は少し紫がかっている。

 

 ボランティアの時に動きやすいように選んだ服が若干スポーティだが、纏う雰囲気は落ち着いている。

 

 年齢よりも大人びてみえ、フェミニンな空気を纏っている。

 

 総じて、年齢が長じれば可愛いよりも美人系になるだろうと言うのが印象だろうか。

 

 

「とりあえず、これを使いなさい」

 

「………どうも」

 

 

 その年齢相応に可愛らしさが残る顔は、しかし今は痛々しさに影を落としていた。

 

 手渡されたハンカチでごしごしと目元を拭い、更に真っ赤になる。

 

 

「どうしたんだ?」

 

「あっ、猫だ」

 

「モルガナちゃん、って言うの」

 

「へぇ。にゃ~」

 

「おっと、ワガハイの声は聞こえないんだったか。

 構わねえぞ、乙女の心を癒せるなら動物扱いなんのそのだ」

 

 

 近寄るモルガナに手を伸ばし、柔らかく輪郭を撫でる。

 

 ようやく笑いを取り戻した様子に、人知れず安堵する。

 

 

「それで、こんなところに一人でどうしたんだ。

 掃除の時に居たお友達とかはどっかに居るのか」

 

「あっ」

 

「愚か」

 

 

 なのに、無遠慮、無思慮、無神経に踏み込む。

 

 今まで散々人から傷つけられてきたくせに、もうちょっと気を使えないのかこの男は。

 

 じわり、と止まった筈の涙がにじみ出す。

 

 だが、無配慮に口に出したと言う訳ではない。

 

 むしろ、わざとそういう言い方をしたのだとも思える。

 

 初めから、それも一人の同級生を意図的に無視していた姿を見た時から、印象が悪かった。

 

 その点が、きっと彼の言葉にトゲをつけているのだろう。

 

 しかし、そのささくれも今は的外れなモノである。

 

 なぜなら

 

 

「かなちゃんも、こはるちゃんも…帰った。

 ………なおちゃんも一緒に。私だけ置いてかれたんだ」

 

「なお、というのはあの時、私達にあの袋を持ってきた女の子の事?」

 

「うん。私、失敗しちゃったから…だから、次は私が無視される番」

 

 

 この加害者の少女は既に加害者というだけではなく、被害者にもなってしまっていたからだ。

 

 もう一度握ったハンカチでふき取り、次は気丈にはっきりと断言した。

 

 

「よくある事だし。なんとなく無視しようとか、嫌な事を押し付けられる係とか。

 そう言うの。だから、なんともない。我慢してればすぐ終わるから」

 

「なんともねえ、って顔じゃねえだろ。辛いなら辛いって言っていいんだ。

 ワガハイは女性の涙を止める為なら出来る限りの事をしてやりてぇ」

 

「ん、可愛いね」

 

 

 見え透いた強がりに、悲しそうな顔でモルガナが近寄るも『モルガナが喋る』認知を持たない少女には通じない。

 

 うなぁ! と言葉が伝わらない事に叫ぶが、どうしようもない。

 

 もう少しだけ詳しく事情を聴いてみるが、かいつまんで言うならば、今日の清掃ボランティアで奉仕部に声をかけて荷物を渡したことであの少女の無視される番が終わった。

 

 これは一種の度胸試しをクリアしたご褒美的なニュアンスらしいが、おそらく部外者には完全に理解できる類いのものではなく、ふんわりとだけ理解した。

 

 だが、その無視されていた少女が戻ってきたとき、無視が終わった事にこの少女は気付かずに以前の通りに無視してしまった。

 

 空気が読めていない行動をしたら、ターゲットにされる。

 

 因果応報、つまりは今までしてきた事が、今度は自分に返ってしまったと言う話。

 

 

「私、せめてボランティアが終わった後でもいいから何かしてあげたくて、自販機に行ってた。

 その間にもう変わってて、私気付かなくて。みんな、なおちゃんも…私の事無視するようになった」

 

 

 声が震えないようにだろうか、ずっと肩に力が入っている。

 

 後悔も多分に含まれているだろう。

 

 己のしてきた事が自分に降りかかって、どれだけ酷い事をしたのか。

 

 自覚を持ってしまった罪悪感、そしていつ終わるのか分からない恐怖、友達に裏切られる悲しみ。

 

 負の感情が押し寄せて、とにかくボーっとしていなければもっと泣いてしまうから。

 

 そうやって感情の波をやりすごしていた所に顔だけは知っている他人が現れた。

 

 泣き言でも言わなければどうにかなってしまいそうだった。

 

 だから、つい零れてしまった。

 

 

「ありがと。ハンカチ返す」

 

「いえ、別に。帰りは」

 

「お母さんが迎えに来るから」

 

 

 ひとしきり吐き出すだけ吐き出して少しは心が落ち着いたのか、見つけた当初よりはマシな顔つきで立ち上がる。

 

 湿った皺だらけのハンカチをカバンに仕舞い、一礼して立ち去ろうとする少女を呼び止めるが固辞される。

 

 それが本当なのかはともかく、あくまで他人な以上、一線を引かれてしまえば踏み込むのは躊躇われる。

 

 

「私の名前は雪ノ下雪乃、こっちの死んだ魚のような眼を「ことあるごとに変な形容詞つけるのやめろ、比企谷八幡だ」

 可愛らしい猫ちゃんはモルガナちゃんって言うの。あなたの名前は?」

 

 

 だけれど、せめて繋がりだけは在るのだと示したくて名前を告げる。

 

 返ってこないかもしれない。

 

 もう会うこともないかもしれない。

 

 けれど、彼女は過去の自分でもある。

 

 放っておけなかった。

 

 

「鶴見留美」

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、正義のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 

「…この前、少し話したことがあったでしょう。私が昔虐められていたって」

 

「そうなのか、雪乃殿」

 

「戸塚を助けに行ったときか」

 

 

 小さな背中が見えなくなってしばらくして、かけられた唐突な問いかけ。

 

 その問いに脳内から『あまり覚えておくべきではない記憶フォルダ』から引っ張り出す。

 

 

『けれど、それが崩れたのは小学校3年の時。ほら、私って美人でしょう? 小さい時もそれはそれはかわいらしくてね、虐めの対象にもなったの。

 きっと、彼への嫉妬だとかそう言うのもあったのでしょうね。それをあの男は…』

 

 

 確かに彼女はユミコのせいではあるが、そう言っていた。

 

 

「もちろん、私がやられっぱなしで終わる訳がないのは分かるでしょう。

 佐川さんも下田さんも一切私に関わる事は無かったわ」

 

「誰だよ、佐川さん下田さん。いや、予想はつくから返事はいいわ」

 

「何をされて何をし返したのか、知りたいが怖さが勝っちまうな」

 

「だけど、私には何故人の足を引っ張るのか、己を磨こうとせずに他者に原因を求めるのか…

 そういう気持ちが分からないの。だから、彼女に聞いてみたかったのだけれど…」

 

 

 少し寂しそうに「失敗だったわね」と溢す。

 

 

「けれど、代わりに彼女を少しは救う事は出来たのではないかしら…

 自己満足かもしれないけれど、何も出来ないままではいられない」

 

 

 そうかもしれない

 あの子も気は楽になったかもな

→ただのおためごかしだ

 

 

「分かってるじゃねえか。あんなのはただの自己満足、ただのおためごかしだ」

 

「ハチマン!」

 

「…あなたならそう言うかもしれないと思っていたわ」

 

 

 彼の過去の出来事と照らし合わせてみる。

 

 ただの一人も友達とよべる存在が居なかった今まで。

 

 たった一人で悪意に晒されていたあの時、今のように吐き出せる相手が居たら彼は救われていただろうか。

 

 否。

 

 何にもならなかっただろう。

 

 強風から自身を守る為に縮こまっていた身体に一瞬だけ風よけが出来たところで何の解決にもならない。

 

 その後に続く苦痛が余計に苦しくなる。

 

 ならば最初からそんな無責任な救いなんて無い方がマシだと断言できる。

 

 …それがその場限りであるのならば。

 

 

「自己満足で終わるつもりがねえって顔してんな」

 

「へっ?」

 

 

 モルガナがむすっとした表情のまま横の彼女に向き直ると、さっきまでのしおらしい様子はどこへやら。

 

 挑発じみた目つきがそこにあった。

 

 

「当然でしょう。手始めに、今日のボランティアの代表者にでも彼女の通う小学校を聞いてみましょうかしら。

 個人名と紐づけられなくても、参加団体くらいなら調べるのは難しい事はないでしょう。

 その後は、彼女の下校のタイミングでも見計らって行動パターンを把握したら、また声をかけてみるわ」

 

「発想がストーカーじゃねえか。そこは平塚先生があっちの先生と話してたし、そっちの線から行く方がまだ穏便だから」

 

 

 ドン引きする彼に、小首をかしげながら「そう? ならそうしましょうか」と普段通りの調子で掛け合う。

 

 独特なやり取りにモルガナが置いてけぼりを食らい目を白黒させている。

 

 だが、彼と彼女にしてみれば、自明の理だった。

 

 中途半端こそが一番害悪なのだと理解している彼らからしてみれば。

 

 

「何も出来ないままではいられないけれど、何か出来たつもりでいるつもりも無いから。

 彼女との繋がりは継続していくわ」

 

「雪乃殿」

 

「もちろん、偉そうなことを言っていたあなたも、強制参加だから」

 

「藪蛇」

 

 

 にっこりと満面の笑みを作って巻き込んでくる彼女にうげっと返す。

 

 モルガナが「絶対に協力させるぜ!!」とか俄然乗り気なので逃げる事は出来ないだろう。

 

 これはどうあっても付き合うしかないか、と諦める。

 

 人生なんて言うたかて諦めが一番や、心の中の似非関西人が同意してくる。

 

 それは達者が一番じゃねえのかよ、と内心で突っ込みながら帰路に着くのであった。

 

 なお、帰った後にモルガナが「結局ワガハイ飯食ってねえぞ!」と叫んだのはまた別のお話

 

 

 





愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank1
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義…鶴見留美 Rank1 New
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判
世界…奉仕部 Rank2



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大人の女性が求めているモノは往々にしてややこしい

9日までの連続更新を予約投稿完了しました。あと一週間是非お付き合いください。
さあ書き溜めないと…FGOボックス周回した後で


5月6日(日) 昼

 

 今日も今日とて朝のプリッとキュアでヒーロータイムを満喫していた八幡の元にスマホのバイブレーションが鳴り響く。

 

 ボランティアが終わってから金土の二日、留美の件を契機に雪乃が張り切り過去パレスへと連れまわされていた。

 

 もちろん、既に予定が有ったメンバーはそれを優先されたが、予定が無い八幡(とセットのモルガナ)は二日ともナビ役として振り回された。

 

 モルガナも連日のパレスには疲労して、今も日向で寝ころんでピクリともしない。

 

 今日が日曜でなかったら彼も昼過ぎまで確実にベッドの住民になっていただろう。

 

 今日一日は完全に休養日の予定だったのに誰が邪魔しに来たのだと不機嫌になりながらスマホを確認する。

 

 

―――――――――――――――――――

From 佐々木三燕

―――――――――――――――――――

Title 買取に関して

―――――――――――――――――――

朝早くに失礼するよ。

前回伝えていた買取の件だがなんとか目処

が立てられたからその報告さ。

時間があるなら今日にでも話したいのだが

予定はどうだろうか?

―――――――――――――――――――

 

 

 その内容をチラ見して一瞬「誰?」となるが、今石燕の本名だったかと思い出す。

 

 まだGW明けても無いのに決まったって事は祝日も休みなく働いていると言う証左であり、ますます大人になりたくなくなる。

 

 今日の予定はないが、気が向かない。

 

 家から出る気力が無いのだ。

 

 既読スルー、いや、気が向いたら行くわと…いや流石に親しくない大人に対しては失礼か。

 

 ならたった今脳裏にあふれ出した、存在しない予定をでっちあげて…

 

 そんな無気力な事を考えていたからだろうか、背後から忍び寄る影に気付かなかった。

 

 

「う~ん、連日出かけて小町的には寂しいけど、新たなお義姉ちゃん候補の匂いがする。

 と言う訳で、スマホ借りるねぇ…ほいほいほいっと。送信完了」

 

「おい、勝手に…もう送っちゃってるし」

 

 

 取り上げたスマホをさらさら~っと流れるように操作する妹。

 

 のったり取り返すが、既に取り返しのつかない事態になっていた。

 

 

「お兄ちゃん、小町は嬉しいよ。休みに予定も無くゲームと読書、勉強しかやることなく。

 イベントがあっても一人か妹としか行けない寂しい人生はもう終わったんだね」

 

「充実してたよ、してたんだよ。分かれ、分かってくれよ」

 

 

 無情な送信済みフォルダの画面にがっくりと落ち込む。

 

 結局、連休の全てに予定を入れられてしまった。

 

 明日の月曜日が更に憂鬱になってブルーマンデー通り越しブラックマンデーになって日本経済が死んじゃうまである。

 

 大げさにぐったりする兄の様子に頓着する事無く、「じゃ、小町も友達と遊んでくるから」と言い切って出かけてしまう。

 

 折角のニチアサタイムで上がったテンションがどん底まで落ちてしまうが、既になってしまった事はどうにもならない。

 

 既にヒーロータイムも終わり、いつもの独特なオネエっぽい喋り方の通販場組が始まっているテレビの電源を切る。

 

 諦めて出かける準備をするかと立ち上がり。

 

 そう言えば、次に今石燕と会う時には呼べと言っていた奴が居たな、と思い浮かべる。

 

 先日までは自分が振り回されたのだから、やり返しても構わないだろう。

 

 そう考えてメールアプリを立ち上げ直す。

 

 ぬるぬるくぱぁと送信して、ベッドの上に放り投げた。

 

 

「アぁ…息をするのも面倒くせえ」

 

 

5月6日(日) 昼 ドーナツショップ

 

「今日は違う女の子か、キミ案外モテるのかね? 意外と」

 

「私は喧嘩を売られていると判断しても構わないかしら」

 

「違うよ、違うから、違うんだってばだよ」

 

 

 毎度の如く、定番となった全国チェーン店に連れたって入店し、目的の人物の元に着くや否やの言葉にニッコリ、瞬間湯沸かし沸騰機と化す雪乃。

 

 本来笑顔とは以下略。

 

 腰を引かせながら、席につく。

 

 いつもの分厚い眼鏡の奥でにやにやと悪趣味な笑みを浮かべる姿に超絶イラッとするが我慢である。

 

 

「本題ですが」

 

「うん? もう少し楽しくお喋りしようよ。愉しくね。

 ほら、この前の彼女との愁嘆場が結局どうなったのか、そう言えば聞いていなかったね。いや修羅場だったか」

 

「比企谷くん?」

 

「本題なんですが」

 

 

 しらーっとした視線から逃げるように気持ち声を大きくする。

 

 やましい事なんて無いのに、と言うか原因は雪ノ下に在ると言うのに、何故自分はこんな目に合わなければいけないのか。

 

 戦わなくちゃ、目の前の現実と。

 

 しかし、八幡の本質は戦闘者ではなく逃亡者寄りなので『たたかう』コマンドは現実にまで実装されていないから無理だった。

 

 そんな彼の慌てる様子を見て満足したのか、今石燕は一口コーヒーを飲んで「さて」と話題を切り替えた。

 

 

「お望み通りの本題に入りたいと思うのだが、まずはそちらのお嬢さん…もし間違っていたら悪いのだが、私の思い違いならともかく」

 

「お察しの通り、あなたの上役の娘。雪ノ下雪乃よ」

 

「わ~お、これは下手な扱いは出来なくなったね。元からするつもりもないけどさ、最初からね」

 

 

 何かしらの接点があったのか、彼女は雪乃の事を少なからず知っていたようだ。

 

 訊ねられた本人も気付かれる可能性に勘付いていたのか、簡単に流す。

 

 本人確認をさらっと終わらせると、ようやく本日の要件に入り始めた。

 

 

「上司の娘さんの前で、悪い報告ならとてつもなく言いづらかっただろうが、その心配がいらなくて安堵しているよ。ホッとした」

 

「ってことは」

 

 

 口の端をにやりと歪めて、彼の確認に雄弁に返答する。

 

 

「正式に会社の企画として取り上げられることに決まったよ。予算が付いたのさ。

 だから、これからも君からのそれを買い取る事は継続できるし、その額も安定して高値を付けられると思うよ」

 

「っし」

 

 

 思わず机の下でガッツポーズを取ってしまう。

 

 たとえ彼女に買い取りを拒否されたとしてもどのみちペルソナの鍛錬、パレスの攻略はしなければいけないのは眼に見えている。

 

 ならば戦利品は必ず手に入るし、それを有効活用できるのなら万々歳なのだ。

 

 未だにペーパーナイフや木の棒、よくて警棒や木刀を認知の力で武器化して、それでシャドウに殴りかかる。

 

 そんな状況から、せめてもうちょっと格好のつく武器が欲しかった。

 

 しかしそれも金が無ければ手に入らない。

 

 もしかすると結衣の使っている『扇』のようなものがこの先手に入るかもしれないが、取らぬ狸である。

 

 あとは単純にお金を嫌いな人なんて存在しません!

 

 

「そして、君が持ってきてくれるあの物質を調べたところ。不思議物質のことさ。

 まるで存在していないかのように振る舞い、その形質(フォルム)を刻々と変容する性質から私たちはそれを『フォルマ』と呼称する。名前ないと不便だからね」

 

「フォルマ」

 

「今分かっているのは、様々な形質へと変容する事。ぐにゃぐにゃ変幻自在。

 見た目が違ったとしても、どんな種類のフォルマでも構わず同化しようとする力を持つことだけだね。節操なしさ」

 

 

 それが物理学的にどういった意味を持つモノなのかは文系からしてみればさっぱりわからない。

 

 もしかすると以前渡したあのドロワーズと皮衣が合体して燃えない下着ができているかもしれないが、それを聞く勇気はなかったし、聞いて理解できるとも思えなかった。

 

 その呼称が、経緯は違ったとしてもモルガナの言っていた呼び名と同じなのはいったい何の意味があるのだろうか? 多分、無い。

 

 

「そういう振る舞いを持つという事が分かっただけで、まだまだ先は長いだろう。時間はかかるとも。

 でも、こういう不思議を味わいたくて私はこういうオカルトを求めていたんだ! 君には感謝しているよ。

 本当に、あの時君に声をかけてよかった。心の底からね」

 

 

 今石燕からの強い感謝を感じる。

 

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、審判のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 

「だけど、今まで買い取った分だけだと中々研究が進まないから、じゃんじゃん持ってきてくれたまえ。た~っくさん。

 お金だけではなく、その研究成果から君たちにフィードバックできるかもしれないしね。

 具体的にはこの前言った藁人形とか、聖別された水だとかお米とか」

 

「だから、そんな物を貰っても物置の肥やしにしかなんないですって。

 フォルマに関しては俺が持ってても持て余すだけですから」

 

「あっ、今まで見たことも無い新規のフォルマなら初回買い取りって事で、更に色を付けていいって言われてるからその辺もよろしく。求ム新素材!」

 

「正式に予算が付いたと言うのなら、会社から支払われる正当な収入になると言う事でしょう。

 事前に話しておきたい事が色々とあるのだけれど。税金とか、扶養とかその辺を」

 

「おっと、その辺は経理の人間を紹介(生贄に)するからそっちに当たってくれ。実験畑の人間なんだ私」

 

 

 話が一段落ついたと判断して、今日自分がついてきた本題に切りかかる雪乃。

 

 例え税処理に関しては躱されても、この先八幡が窓口を継続するのだ。

 

 金銭の受け渡しはどうなるのか、買い取りの基準は何なのか、

 

 諸々を詰めておかねば安心できるわけがない。

 

 その条件闘争は2時間を超えて白旗を上げた今石燕の悲鳴に満足したところでようやく終わったのであった。

 

 満足そうな顔で「今日の所はここまでにしておきましょう」なんて、いってるもんだから、いずれ価格面でもかの女史をやりこめることになると彼は確信した。

 

 鬼! 悪魔! 雪ノ下! お前も蒸してやろうか! いいぞ、もっとやれ。

 

 

5月6日(日) 夕方

 

 陽が暮れる時間がどんどんと遅くなっていく自覚がある、

 

 ほんの少し前には厚手のアウターがないと寒さを感じていたのに、既に薄手に変えている。

 

 雪乃とも今石燕とも別れ、一人のんびりと帰路を辿る八幡。

 

 先日までに雪乃に振り回されて確保しておいた戦利品、フォルマを早速買い取ってもらった財布も今は厚い。

 

 用途的には消耗した消毒薬や包帯、エナドリ等の補充に回す。

 

 しかし、それでも少し使いきれない位には余りが出ている。

 

 どんどんと封筒の中身が分厚くなっていくのは、自分が自由に使えないとしてもワクワクするものがあるな。

 

 これは今まで諦めていたトッピング盛りが食えるんじゃないだろうか。

 

 晩飯はこれで決まりだな。

 

 そんな思惑で帰り道のラーメン屋の暖簾をくぐると…

 

 

「うん? 比企谷じゃないか」

 

「なんでこんなとこにせん…こんなところだからか」

 

「ほう、良い度胸だ。休み明けは覚悟しておけよ」

 

 

 ラーメンの器に髪が入らないようにポニーにまとめ、透けにくいが色気も感じられるシャツを肩までがっつり上げて気合を入れ、一口目のスープに取り掛かろうとしていた平塚教諭だった。

 

 5分後

 

 白く薄く濁った白湯系のスープ、その中で泳ぐ替え玉麺と格闘するカウンターに座る女教師。

 

 男子なら油でしょう、と言わんばかりに真っ白に染まり、ラー油の赤と菜っ葉の緑が鮮やかな豚骨にチャーシューきくらげ味玉ねぎ。

 

 様々なトッピングを乗せ、チャーシュー丼も傍らに備える欲張りセットがその横。

 

 

「やはり、君も男の子だな」

 

「ずるるる…あにがっすか」

 

 

 一足先に替え玉も無くなってしまった彼女が横で微笑みながらガツガツと貪る姿を眺めている。

 

 そんな優しそうな目で見られて居心地が悪いのか、麺を啜りながら行儀悪く口ごもりながら半目で視線を向ける。

 

 

「私もまだ若いが、二十を半ば過ぎると身体が大丈夫でも意識がブレーキをかけてしまう。

 昔はよくやったなぁ、ラーメンと半チャーセットに餃子。

 今は、食えても注文の際に将来とか、口臭とか気にしちゃってなぁ…はぁ結婚したい」

 

 

 男の子だなって言いながら、自分も昔はその男の子セットを頼んでたんですね。

 

 口の中にスープが残っていたから辛うじて口に出さないで済んだ。

 

 

「…先生なら趣味が合う人見つければ一発じゃないですか…いや知らないですけど」

 

 

 代わりに出た台詞に、一瞬でぱぁああ! と顔をきらめかせるものだから、瞬時に逃げ(知らんけど)をうってしまう。

 

 

「しかし、それが難しいんだ。教師と言う仕事に満足はしているが、不満な点がある。

 それはとにかく出会いが無い! 時間が無い! 給料もそんなに無い! ないない尽くしだ!」

 

「そんなもんっすか…」

 

「そうなんだよ。出会いは職場で? 言っちゃなんだが教師なんて学校と言う特殊環境でしか適応できない奴らの集まりだ。

 んで、学校にいる間は授業、終わっても放課後どころか家に帰っても次の授業の準備とか仕事は終わらん。

 公務員だから安定はしているが、それはつまり大幅な昇給も見込めないって事だ」

 

 

 大きなため息で「ビール…頼んじゃうか? いや明日は学校だし」とチラチラとメニュー表を見る。

 

 断腸の思いといわんばかりの表情で、何とか伸ばされかけた腕を空になったお冷のグラスにかけるにとどまった。

 

 

「そういや、この前の小学校の教師の人は出会いに入れても良かったんじゃ。

 …ほら、子供を相手に出来るって懐深そうじゃ」

 

「既婚者だったよ…別にいいもん、教師なんて社会不適合者ばかりなんだ、だから悔しくないもん、私より年下だったのに」

 

 

 グスンと鼻をすする音に、豪快に選択肢をミスった事を悟る。

 

 あれは酸っぱい葡萄に違いないと己を慰めるのはいいが、それがどんな葡萄でも他の人が既に食っている以上、その誰かにとっては甘い葡萄だった証拠では?

 

 八幡は死体撃ちするのは趣味ではないから口に出していないが、どうにも肩身が狭そうである。

 

 

「そ、そう言えば、最近マッチングアプリって言うのが流行り始めたらしいですよ。

 クラスで何かそう言うのがあるって事を聞いただけなんで詳しくは知らないですけど」

 

 

 言わなくても分かると思うが、クラスで聞いた=寝たふりをしている、読書している時に耳に入っただけなので本当に聞きかじりしか知らない。

 

 どうにもカジュアルに、気楽に人と出会うアプリが出始めて話題になっているらしい。

 

 出会いが無いと嘆くのなら、そういう物であっても活用したらどうかという提案じみた話題転換だった。

 

 しかし、その単語を聞いた瞬間、平塚教諭の顔が少し歪む。

 

 

「またぞろ、変なものが流行り始めているのか。どうせ出会い系が名前を変えただけだろうが。

 君の耳にまで入っていると言う事は、注意喚起の準備をしなければいかんな」

 

「いやいや、そもそも日本では出会い系と言う名前で忌避感が強いモノですけど、こういうマッチング系ってアメリカとかでは本来健全なものとして扱われているんです。グローバリゼーションが強く叫ばれるクールジャパンとしてはそのフォロワーとしてですね」

 

 

 彼女からしてみればどんな名前になったとしても、それは結局出会い系の延長でしかなく。

 

 そして、学生という自分で責任を取れない子供がそれを利用してトラブルを起こさない訳が無い。

 

 つまりはまた仕事が増えるとしか結論付けられない。

 

 心にもない事をぺらぺらと口に出している目の前の男の子ならば、その辺のリスク管理は間違わないだろうな、と考えながら。

 

 いや、それ以上に面倒くさいからなぁ、こいつら。

 

 大きな問題にはならないが、簡単な問題にしようとしない問題児たちを思い出して苦笑い。

 

 なんだか良く分からないが、隠して何かしているようだし…

 

 とにかく、そんないかがわしい物が在ると言うのなら実態を掴むために少し調べてみるか。

 

 どうせこういう系の問題は若手の、そう若い私に回されるだろうし! そう決まったら…

 

 

「よし、景気づけに一杯頼むか。ビールと餃子だな」

 

「Aを求めるならBと言う対価をですね…えっ、まだ食うんすか」

 

「流石にこれ以上は付き合わせるわけにもいかんから、君は頃合いを見て帰りなさい」

 

「はぁ。まぁそうしますけど…大丈夫ですか?」

 

 

 一瞬、キョトンとして少し吹き出し「大人の心配をするなんて10年早い」と綺麗な右手の指でコツンと額を小突く。

 

 

 平塚教諭との仲が深まった気がする。

 

 

 その後、ハブられの標的になった少女の件を伝えたが、既に雪乃が連絡していたらしい。

 

 もう行動を起こしているとは動きが早い。

 

 もしかすると、既に彼女はあの鶴見留美と二度目の再会を果たしているかも知れない。

 

 





愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2 Up
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義…鶴見留美 Rank1
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank1 New
世界…奉仕部 Rank2


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川崎沙希にとって母性は標準装備のようだ

5月?日 ???

 

 世に曰く、丑寅の方角と言うモノがある。

 

 おおよそ北東を示すそれは、風水だとか陰陽的に言えば鬼門とも言われる。

 

 今では強くイメージされる『虎』の腰布(パンツ)に『牛』の角をした姿。

 

 『鬼』と呼ばれる架空生物は鳥山石燕がそうイメージしたと、以前購入したオカルト本に書かれている。

 

 一般的に鬼と言うのは大柄で肌の色も紅く髪の色も黒ではない。

 

 おおよそ黒髪黒目の短駆な過去の日本人が漂着した異人、もしくは突然変異に色素が薄かったりしたのを、そう呼び我ら(身内)ではないと差別するように使われたというのも考えられる。

 

 髪を染色する事が市民権を得て、肉食や栄養の豊富化によって平均身長が高くなった現代日本において、そうした存在を異物であると排斥する風潮は薄れてきた。

 

 しかし、薄れてきたとはいえかつて、例えば今の40、50代の親世代が子供の時には金髪=不良とみなし。

 

 女はスカートを長くし、男は詰襟を長くして『ツッパル』。

 

 髪を染めて、盗んだバイクで走り出すなんていう、世間に反抗する子供が取りざたされた世代。

 

 もちろん、現代においても形を変えて『ツッパリ』は存在しているだろう。

 

 人間の成長する過程において反抗期と言うモノが生態として組み込まれている以上、無くなりはしない。

 

 長々と何が言いたいのかと言えば、髪の色が黒に寄っていたとしても抜けて見え、男子とそこまで大きく変わらない身長で、寡黙な取っ付きにくい女子は超怖いと言う事だ。

 

 

「顔はやばいでしょ。ボディにしろ。ボディに」

 

『でゅふふ、あぁ………いい』

 

「やっぱり、ワガハイの決断は間違ってなかった」

 

「あ、あはは。お手柔らかに頼むよ」

 

「どうしてこうなった」

 

 

 モルガナと隼人と一緒にドン引きしている八幡が現実逃避に意識を飛ばす。

 

 そう、今思い返すならば始まりはちょっと物騒な噂を小町から聞いたあの時からだったのだろう。

 

 

5月14日(月) 朝 比企谷家

 

 中間テストも残すところ一週間となった。

 

 先週はテストが終わった後の職場見学が話題になっていたが、自宅と書いて提出した際にボッコボコにしてやんよされるイメージが即座に書き直させた。

 

 かと言ってどこかに行きたいところが有ったわけも無く、そう言えばと財布の中に死蔵されていた一枚の名刺。

 

 つまりは今石燕のそれに記載されていたシンクタンクとやらを記入して提出し、トラブルを回避したと思いきやまた別のトラブルに巻き込まれた一幕があったのだが、それはまたいつか。

 

 テスト勉強でやれなくなる前にペルソナの特訓だと雪乃が息巻き、またしても土日が潰れて目がどんよりしている。

 

 黙々と朝食を食べながら、目の前の妹の姿に聞いておかなければいけない事を思い出す。

 

 

 何か欲しい物が無いか聞く

→この前の件を言及する

 小町ちゃんや飯はまだかの

 

 

「そう言えば、あの相談がどうのってのはどうなったんだ」

 

「…?」

 

 

 目の前の妹に訊ねてみるが、コテンと首を傾けるだけ。

 

 彼が聞いているのは以前、ビジョンクエストの件で内密な話をしようと奉仕部プラスアルファのメンバーがカラオケに集まった時の事。

 

 小町の合流を拒んだ八幡に言った一言。

 

 

『ふーん、そっか…じゃあ小町これから男子に相談を受ける約束があるから』

 

 

 結局は勢いに任せて奉仕部たちに合流したが、その後はどうなったのか?

 

 そう問い詰めてみるが、張本人の小町はきょどきょどと視線を彷徨わせている。まさか…

 

 

「あ、あぁ、うん。そんなこともあったっけなぁ!」

 

「おい、まさか全部ウソだったのか」

 

 

 完全に記憶の彼方に放り投げられていた様子で、てへっと頭に手をやる。

 

 ジトっとした眼で睨み付けるが、そんなものどこ吹く風。

 

 

「いやいや、小町は冗談を言う事はあっても嘘は言わないよ。

 もし言ったとしてもそれは嘘じゃなくて間違っただけだし。

 お兄ちゃんには正直でいたいからね。あっ、今の小町的にポイント高い!」

 

「そうだな、正直に言ってれば万が一があっても怒られるときには『お兄ちゃんには言ったもん』と言う防波堤が出来るからな」

 

「もう、お兄ちゃんってば捻くれてるなぁ」

 

 

 その捻くれた性格の形成に少なからず加担しているだろうに、どの口が。なんてことは何があっても口にしない。

 

 代わりに、コーヒー(と言う名の乳飲料)を口に運ぶ。

 

 

「まぁ、話の内容的には総武に通うお姉さんが最近不良化しちゃって困ってるから、同じ学校に通うお兄ちゃんが居る私に相談してきたっぽいんだよね」

 

「それをお前経由で相談されたところで、何も出来んからな。だから、そんな事を口実に話しかけてくる男とはこれ以上会っちゃいけません」

 

 

 はぁあああああ。と大きな吐息。

 

 早く妹離れしてくんないかな、このごみいちゃん。とか思ってるぞ、きっと。

 

 

「で、具体的にはどんな感じなんだ? 内容次第では積極的にその『お姉さん』とやらを避けんといかんからな」

 

「ほんと、捻くれてるように見えてデレるんだから…」

 

 

 ぼそりと続けられた言葉に、うっせえと返し少し詳しく聞いてみる。

 

 かいつまんで言うなら、

 

 

・川崎大志とやらが相談してきた内容は姉の不良化

・姉は総武高校の二年生で八幡の同級生

・不良化と判断したのが、急に朝帰りを繰り返すようになった為

・男が出来たのか、香水もつけ始めたし化粧も濃くなった

・たばこの臭いをつけてくることもあり、酒臭い時も

・いかがわしい名前の店から家に電話がかかって来た

・姉らしき人物が繁華街の方に男と一緒に消える目撃証言があった

・元々は真面目で、家事も弟妹の世話も率先する自慢の姉

 

 

「こんな感じかな。小町もその大志くんから聞いただけだから噂の方までは知らないけど」

 

「あぁ…それは」

 

 

 明晰な頭脳に走る推理の結論。

 

 これ、やってますねぇ。黒では? いや、グレーか?

 

 彼の脳裏に思い浮かぶのは、先日のラーメン店での平塚教諭との会話。

 

 マッチングアプリなるものが流行っている事。

 

 これは情報源が噂話しかない八幡ですら知っている程に、現役高校生からすれば周知の事実である。

 

 そして、もう一点。

 

 清掃ボランティアの時に井戸端会議していたおばさま方の『最近援助交際で補導される女子高生が増えてる』なんて証言。

 

 断言はできないまでも、ここから導き出される結論は『川崎大志の姉はエンコーしている』もしくは『金づるになるパパを見つけた』…かもしれない。

 

 彼の脳裏には家庭的で地味な大人しめな女子、例えばデレマスのふみふみがNTR系同人で闇堕ちした姿。

 

 もしくは意外と闇が深いシンフォギアの元気娘ビッキーからのグレビッキーのイメージが思い浮かぶ。

 

 これで服装や身なりが派手になったり、金遣いが荒くなっていればもっと断言できたが、今までの情報では推測が限界。

 

 しかし、これは早々に見切りをつけて避ける方向に舵を切らなければ大火傷してしまうだろう。

 

 そう判断したら八幡の行動は早い。

 

 

「とりあえずお前はその川崎なんとやらとは距離を置いとけ。

 最悪警察沙汰とかになったらどうにもならんからな」

 

「や、」

 

「いいから、これはマジで聞いとけ。俺もその川崎何某には近づかんようにする。

 …俺はもう行くから、小町も遅れんように出ろよ」

 

 

 彼女の様子を見るに納得したように見えないが、手短に断言して皿とコップを流しに置いてさっさと家を出る。

 

 流石にこんだけ真剣な様子を見せれば要領の良い妹はある程度忠告に従うだろうと思って。

 

 

「面倒事に巻き込んでくれたら承知しねえからな」

 

 

 ぼそりと呟いて自転車のカギを開けた。

 

 残されたのはあまりの唐突さにぽかんとした小町。

 

 バタンと扉が閉まる音に再起動して、冷めてきた朝食を口に入れる。

 

 兄の好みに引きずられて甘く淹れたコーヒーをずずっと啜りながら、はぁと小さくため息。

 

 

「不良化って問題はもう解決してるから、そんなに警戒しないでいいのに。

 ま、人の話を最後まで聞かないお兄ちゃんが悪いって事で」

 

 

 つまり、この話を聞いた時に空回りしてしまうことは決定したのだ。

 

 

5月14日(月) 夕方

 

 戸塚の依頼が取り下げになった為、差し迫って対処しなければいけない依頼は無い。

 

 尚且つ、GWと先週のうちにある程度の鍛錬をしたので、もう少しは間をあけようと言う主張が通ったためパレスに通う必要も無い。

 

 であるなら、特に用事も無い以上帰路を急ぐだけである。

 

 

「朝、小町殿が言っていた件はどうすんだよ」

 

「君子危うきに近寄らずって言葉を知らねえのかよ。賢明な人間は危機を避ける。

 畢竟、危険に首を突っ込む人間は愚か者であり、俺は人生波風立てずに養われて生きていたい」

 

 

 お前のアルカナ愚者じゃねえか、というツッコミは聞こえない。

 

 まるで人が変わったかのように問題行動をし始めたとか、突然超能力に目覚めた。

 

 そんなまさしく『悪神が関わっている』に違いない異常ならともかく、一人の非行少女に何故積極的に首を突っ込まないといけないのか。

 

 彼からすればトラブルが勝手に追尾してくるという事情が無いなら、可能な限り波風立たない人生を送りたいのだ。

 

 波風絶てない船酔い必至な人生は断じてお断りだ。

 

 

「だが、ワガハイの経験則からするとこういう小さい事件から手がかりが見つかる事も」

 

「記憶喪失の奴に言われてもなぁ」

 

 

 そこは言わねえ約束だろうが! と声を荒げる猫を放ってスタスタと歩く。

 

 さて、帰ったら何をしようか。

 

 読みかけのガガガ文庫の続きを読もうか、あまりにも五月蠅く言われすぎて上達し始めたカレーでも振る舞おうか。

 

 

 家に帰る

 一人でもパレスに行くぜ

→買い物で寄り道する

 

 

 思案していると、そう言えばトイレットペーパーが少なくなっていた事を思い出して、ちょっとだけ寄り道して帰ろうとする。

 

 近くに薬局でもあっただろうか、なければ適当にスーパーにでも…

 

 スマホの地図アプリを立ち上げて近場を調べようと画面をピンチして見ながら歩く。

 

 今いる住宅街への通りには目立った店舗が見当たらないが、通り一本外れればいくつかは有りそうだ。

 

 その足は大通りから外れてドンドンと細い道に進んでいく。

 

 意識せずに進んでいるせいで、その向かう先は繁華街と称される場所に続く路地へと向かっている。

 

 

「っ! …!」

 

「?」

 

 

 歩きスマホをしている彼の耳に騒がしい声が聞こえてきた。

 

 もう少しすれば住宅街も抜けるから、その喧噪でも聞こえてきたのか? と思うが、どうにもトラブルの匂いがしてくる。

 

 幾度かの悪神関連の経験でそういった嗅覚が磨かれたのだろうが、彼からすれば全く嬉しくない。

 

 横で耳をヒクヒクさせている猫にも聞こえているのだろう。

 

 トラブルはごめんだ。

 

 そう思って踵を返そうとしても「ハチマン? こっちだぞ」と身体をグイグイと押し付ける。

 

 

「だから、ほんと迷惑なんだけど」

 

「僕にはもう君しかいないんだ!!」

 

 

 痴情のもつれらしき言い争いが聞こえて余計に辟易する。

 

 本当にこっちに行くの? もう良くない、帰らない? 帰ろうよ。生きてればまた来ることも出来るんだよ?

 

 とひきつった顔で渋々重い脚を動かす。

 

 

「あんたとの関係はただの客で、それも終わったじゃない。なんであたしが」

 

「それでも僕は君に癒されたいんだ! 金なら払う! いくらだ、いくら払えばいい!?」

 

「だから…そう言う問題じゃなくて」

 

 

 おっと、痴情のもつれよりももっと厄介そうな匂いがしてきたぞ。

 

 具体的には朝、小町との会話で連想した援助を目的とした交際関係やらなんやらの匂いだ。

 

 彼の脳裏には以前、雪乃との会話で交わしたそういう手軽でよろしくない手法を取る事に対して述べた『金は手に入っても安い人間になる』という言葉が思い出される。

 

 そう言う事をしているから、こんなトラブルが舞い込んでくるのだ。自業自得じゃねえか、なんて気分。

 

 たとえモルガナが何を言っても相手には声が聞こえないのだから、そのままスルーしてしまばいい。

 

 そうと決まれば、と重かった脚を無理矢理速めて駆け足気味で通り過ぎるぞ! と曲がり角に差し掛かり

 

 

「お願いだ川崎さん! 僕にできることなら何でもするから」

 

「川崎?」

 

「は?」

 

「ひっ」

 

「えっ?」

 

 

 曲がった瞬間、耳に飛び込んできたどこかで聞いた名前につい反応を示してしまった。

 

 そこに居たのはどこにでもいるような中肉中背、特徴らしい特徴も無い男性。

 

 ただ、縋る様に膝を地面につけて目の前の女子、それも八幡が普段見慣れている総武高校の制服を着た彼女に懇願していなければの但し書きが付くが。

 

 その女子は若干青みがかった髪を、雪乃よりも更に長く腰当たりまで伸ばしてシュシュで後ろにまとめている。

 

 カッチリと着こなしたくないのか着崩し、少し改造しているようにも見える。

 

 きつそうな目付きをしているが、顔の造形は整っており美人と言っても過言ではない。

 

 特に泣き黒子がセクシーさを際立たせている。

 

 おそらくこの女子が『川崎』と呼ばれたのだろう。

 

 目つきはどうにも睨み付けるようで、気の強さを見て取れる。

 

 彼がイメージした姿とは全く違うが、この女子がそうなのか?

 

 もちろん、突然現れた変な男子が急に名前を呼んだのだ。

 

 呼ばれたその女子も顔を向けて自分の名前を口にした相手を確かめようと半目になるので、余計に目つきが悪くなる。

 

 あまりの事につい悲鳴をあげちゃったけど、責めないで上げてほしい。

 

 

「って、あんたクラスの」

 

「へ?」

 

 

 びくっと身体を震わせた彼にぽそりと溢す彼女。

 

 彼は何のことか理解していないが、どうやら顔見知りのようだ。

 

 ただの通りすがりなら無視していただろうが、関係者(違うが)と思しき存在に気まずくなったのか跪いていた男性はすっくと立ちあがる。

 

 

「とにかく、僕は君を諦めないから! また、会いに来るよ」

 

「だから! …はぁあああああああぁ」

 

 

 一方的に言い捨てて男性はさっさと場を後にした。

 

 残されたのは大きくうなだれた川崎大志の姉である川崎(推定)とあまりの展開に吃驚して立ち止まってしまった八幡。

 

 

「なんだ、ありゃ」

 

 

 よく理解が出来ない、と首をかしげるモルガナだけだった。

 

 

「はぁ…ま、いいか。…あんた」

 

「あっ、はい。電車賃だけは勘弁してください」

 

「あ”? んなわけないでしょ。しつこくされてて困ってたんだ。とにかく助かった」

 

「あっ、はい」

 

 

 ついつい、頭に「あっ」ってつけちゃうの何でだろう?

 

 通学用カバンを担ぎ直し、乱れていない制服を念のためにパンパンと払う。

 

 

「ついてきな。一応助けられたんだから礼くらいはするよ」

 

「いや、そのお構いな「ハチマン! ここで彼女を放っておくとか例え神が許してもワガハイが許さねえぞ!」あっはい、いただきます」

 

 

 急な変節に怪訝そうに目を細めるが、気にすることなく先導する。

 

 ゆらゆらと動く青みがかったポニーテールに着いていく一人と一匹。

 

 もしかして、礼(口封じ)とかじゃないだろうな、とか警戒しながらびくびくする一人。

 

 近付こうとしても何故かするっと躱されて??? となる一匹だった。

 

 

「高いもんは無理だけど、せめてジュース位はね」

 

 

 近くの自販機にサッと小銭を入れて、迷う素振りも無くボタンを押す。

 

 ガシャンと音を立てて落ちてきたアルミ缶を取り出して、何気なく放り投げる。

 

 危うく落としそうになりながらも、果汁少なめのジュースをキャッチ出来た。

 

 もう一本を取り出し、軽い音を立ててプルタブを開けコクリと形の良い喉を動かす。

 

 流石に一口も飲まないのも失礼が過ぎると、八幡も口をつける。

 

 彼の中でこういった筋の通らない施しみたいなものには抵抗感はあるが、無理に固辞するにも彼女とは距離感が開き過ぎている。

 

 

「………………はぁ」

 

「なぁ、一体何があったんだ? ワガハイで良かったら話を聞かせてはくれねえか。そんなため息と沈んだ表情じゃ美しい顔が台無しだぜ。微力だが、ワガハイもこいつも力になるからさ」

 

「あんまその猫近づけないで貰える? あたし、猫アレルギー」

 

「がーーーーん!!」

 

 

 モルガナが彼女の元に近づきながら、言葉を発するが、彼の言葉はパレス等で喋る事を認知しないとただの猫の鳴き声にしか聞こえない。

 

 八幡は無駄な事をしているな、と思っていたが、更に距離を開けられ猫アレルギーを理由と聞いてショックを受ける姿に吹き出しそうになっていた。

 

 正確には猫の姿をしているだけの認知存在なので、アレルゲンを持っていない可能性も高いと思っているがわざわざ口にする事も無い。

 

 

「おい! ハチマン!! ワガハイの代わりにこの女性のお悩みを解決しろ!! いいか、絶対だぞ!!!」

 

「やだよ、なんでだよ、面倒じゃねえか」

 

「何か言った?」

 

「いえ、何も!」

 

「ハチマン!!」

 

 

 フシャーとがなり立てる猫を無視して、たいして多くない缶の中身をさっさと飲み切ってしまおうとぐっと呷る。

 

 ただ通りすがっただけなのに、何故こんな風に礼なんてしてくるのか。

 

 どうしても嫌な予感がして仕方ないので早くこの場を後にしたいと気が逸っている。

 

 しかし、彼の警戒は無駄に終わる。

 

 

「で、あんた。うちのクラスだよね」

 

「へ?」

 

「あたしと同じ総武の2年F組でしょ。いっつも一人で本読んでニヤニヤしてる。

 最近、あの煩いグループの由比ヶ浜とつるんでたり、カバンに話しかけてて目立ってたから思い出した」

 

 

 内心「モルガナぇ!!! 由比ヶ浜ぇ!!!」と絶叫した。

 

 察するに、彼女は教師や保護者にこの件がバレたくないのだ。

 

 だから、口止めする為にただ通りすがった彼を引き留めたのだろう。

 

 

「一応、口止め料も含めてるから、それ。他言したらタダじゃ置かないからね」

 

「へ、へい。承知しやした」

 

「三下ムーブが板につき過ぎだろ、情けねえ」

 

 

 うるさい、モルガナうるさい。

 

 実際、吊り眼がちな目つきと、ドスの効いた声質にビビらない陰キャは居ないに違いない。

 

 下手に顔が整っているから、余計に威圧感が強い。

 

 彼も雪乃で耐性を付けていなかったら致命傷だった。

 

 

「せめて事情だけは聞いておけ! また小町殿に粉をかけられても知らねえぞ」

 

 

 彼女で馴れていたから、妹という守るべきものの為に動く事が出来た。

 

 モルガナの言葉に、はっと顔つきが変わる。

 

 そう言うシチュエーションって、もう少し重要な場面で発揮してほしいのだが…

 

 とにかく、黒猫のファインプレーで言い逃げは食い止められた。

 

 

「最低限、聞く事を聞いとかないと注意も出来んのだが…」

 

「別にあんたには関係な」

 

「川崎って呼ばれてたよな、うちの妹が川崎大志って奴から姉の不良化で相談を受けたらしい。

 こっちとしても、あんたの事に深入りしたいとも思ってない。

 …だけど、知らなかったら知らず知らずに巻き込まれてるって事もあるかもしれないだろ」

 

 

 腹を括って、一息にまくしたてる。

 

 関係ないと言われたら、彼には否定できない。

 

 だから、最初から最強の手札(家族からの心配)をぶっ放す。

 

 内容に理解が及んだ川崎(おそらく)が「ちっ、あの子は」と溢しているので、この女子が小町の話に出た川崎(確定)なのだろう。

 

 半分当て推量だったから、当たってホッとしているのはここだけの話。

 

 川崎(絶対)は視線を少し迷わせて、ここで黙っているよりも巻き込んでしまった方がマシだと判断したのか、壁に寄りかかり一息ついて話し始めた。

 

 

「あたし、(ホテルのバーで)バイトしてたんだよ」

 

「おう(いかがわしい系の店でか)」

 

「で、その客の一人があれ」

 

「ふむ(太客だったとかか?)」

 

「酒が入るとグチグチ煩いし、ダウナー系でさ」

 

「ほう(未成年お断りは確定だな)」

 

「面倒だけど仕事だったから付き合ってたわけ、金払いも悪くなかったし」

 

「へぇ(派遣型の大人の遊び系…えんじょいな交際、いや判別できんな)」

 

「最近、なんかあったのか悪酔いするようになって、この前殴られそうになってさ」

 

「はぁ(殴り返しそうに見えるが)」

 

「咄嗟に殴り返しちゃって」

 

「あぁ(やっぱり)」

 

「そん時は(バーの)オーナーとか(ホテルの)ガードの人が何とかしてくれたんだけど」

 

「ん?(ガード…ボディガード? 用心棒…強面の兄ちゃん。バックが怖いキャバ系?)」

 

「警察沙汰にはならなかったけど、あたし歳誤魔化してたから」

 

「なるほど(黒、いやグレー? いや黒?)」

 

「その店、年齢確認はおざなりだったけど、あんま人に言えない客(有名人とか地元の名士)とかも来るから続けられなくなってさ」

 

「うぅん(大人がお風呂場で恋に落ちちゃうやつ?)」

 

「お金は必要だったから別の店で働こうと面接行ったら、あいつがオーナーで」

 

「げっ(それはマジで気の毒だな)」

 

「履歴書に本名も住所も書いてたから、それもバレて」

 

「うわ(それまでは名前を知られてなかったって事は源氏名で働いてたってことか)」

 

「流石に家までは来ないけど、ストーカーみたいに付きまとってきて」

 

「えぇ(ひと時の疑似恋愛を勘違いしたのか)」

 

「言うに事欠いて『あなたの拳にバブミを感じました。僕のお母さん、いやママになってください』とか気持ちの悪い事言い出すんだよ」

 

「なにそれこわい(なにそれこわい)」

 

「あたしも怖いよ。前まではグチグチ根暗っぽかったけど真面だったのに、急にそんな事言い出して本当キモイっつか怖い」

 

「うへぇ(色に溺れるってよく言うが、典型なのかもな…いやバブミってなんだよ)」

 

「咄嗟に伸ばしてきた手を振り払ったら手が当たったところを押さえて『アぁ…イイ』って気持ち悪い顔で興奮してんの」

 

「重症だな(処置無し)」

 

「まともな時に酒の勢いで愚痴聞いてたから事情も知ってるし、流石に警察沙汰にするには忍びなくてずるずると、って感じかな」

 

「そうか(ストックホルム症候群? それとも身体の関係があって情を持ったとか?)」

 

「あと、バイトの件であたしも説明できない事もあるから、そもそも無理だし」

 

「………ドツボにはまってね?」

 

「だから言いたくなかったんだよ」

 

 

 はたで聞いていたモルガナが「何かこいつ誤解してる気がする」と歯に物が詰まった表情をしている。

 

 脳裏に浮かんだ『アンジャッシュ』という単語は何なのだろうか。

 

 念のため小声で「(悪神関連?)」と聞いてみるが、あの男からはそう言った臭いはしなかったと断言された。

 

 一通りの事情を聴いて、八幡の感想は「いや、無理でしょ。ガチ警察案件だよこれ」だった。

 

 川崎(間違いなく)の問題は3点

 

・夜の仕事を選ぶ(誤解)くらいに金銭面に不安を抱えている事。理由は知らない

・ストーカー(多分)被害を受けている事。バブミってなんだよ(哲学)

・上記の問題に対して軽々に法的措置を取れない事。法は法を守る者の味方ってそれ昔から言われてるから

 

 これをただの男子高校生がスパッと解決できるはずも無い。

 

 何度も言うが比企谷八幡という男子はペルソナという能力があっても、こういう直接的な問題に対処するには口先で何とかする以外に手段は無い。

 

 相手の矛先を例えば別の方向に逸らす事ならなんとか出来なくはないだろうが、再発の危険性はなくならないし彼女の後ろめたさと金銭面はどうにもならない。

 

 よって、彼の取れる手段はそれとなくふわっと関わらないように、フェードアウトする事しかない。

 

 彼からすると、そこまで深入りする必然性など一切ないのだ。

 

 

「だから、その目を向けるのを止めろ。超絶嫌な予感がビンビンにしてくる、聞きたくない、口を開くな」

 

「あんた、何言ってんの」

 

 

 ダラダラと冷や汗を流して腰が引けた状態で足元に顔を向けている男子を睨む。

 

 その視線の先には、アレルギーだからとさっき遠ざけた黒猫がじーっと彼を見つめている。

 

 その緑色の瞳は心なしか、さっき見た時よりも煌めいているようにも見えて。

 

 

「ふっふっふ…決まりだな」

 

 

 彼女からしたら猫の鳴き声にしか聞こえないが、彼の耳には地獄の判決のような低い声が聞こえる。

 

 

「これはワガハイの! いや、心の怪盗団の出番だぜ!!!!」

 

 

 言葉の意味は分からずとも、ろくなことにならない事だけは確信できてしまう響きに内心悲鳴を上げる八幡であった。

 

 

 




俺ガイルメモ

 原作のおおよそ5月の半ば、職場見学のアンケートで川崎沙希(黒のレース)と出逢い、チェーンメール騒動を終えた後に小町を介して川崎弟の大志から不良化した姉の原因を探る依頼へと繋がり、5月末の中間テスト前に川崎沙希の事情(塾に通う為の夜勤アルバイト)を探り、家族に心配をかけている事実を自覚させて、スカラシップ(塾の奨学金)を紹介する事で問題を解消する。
 その後、事故の件で結衣との不和に繋がるのだが、今作では事故の件は解決済み。川崎のバイトも実は辞めて朝帰りは無くなっているので、大志の心配も(表向きは)なくなっている。小町の話を最後まで聞いて、寄り道しなかったら避けられたのに…ちゃんとヒントは出してたんですけど(クソGMムーブ)。代わりに変な輩が生えてきた。何故モルガナが戯言を言っているのかは待て次回。



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どうあってもモルガナは改心させたい

P5続編というか、スピンオフが出るかも?って情報でテンション上がりました


5月14日(月) 夜

 

「問題を整理しよう」

 

 

 神妙な声でモルガナが机に向かう八幡に語り掛ける。

 

 テスト前だから勉強しながらで許してほしい。

 

 だけど、彼からすればただでさえ厄介事を抱えているのだ。

 

 そこに更に面倒事を放り投げられて気分が良い訳が無い。

 

 

「まず、あの酒井(さかい) 栄枝(さかえ)と呼ばれる男は川崎殿に迷惑行為をしている」

 

「そだな」

 

「詳しい事情はともかく、以前はそんな事はせず、酒に酔って愚痴を吐いても素面に戻れば迷惑をかけたことを謝罪するくらいには真面だった」

 

「らしいな」

 

「二週間ほど前、つまり今月頭くらいから急変し始めて、一種のストーカー行為に及ぶ。

 そうなってからはいくら言っても止めずに半ば暴走している。

 警察には川崎殿の事情から相談できていない」

 

「つまり、やれることはないってことだ。閉店ガラガラ」

 

「つまり、ワガハイ! 心の怪盗団の出番って訳だ!」

 

 

 なんでだよ、と突っ込む。

 

 だが、話しているうちに興奮して鼻息荒くなっている黒猫には通じない。

 

 

「わからねえか? わからねえだろうな! だから説明してやる!

 ワガハイたち怪盗団は悪を見逃さない正義の怪盗団!

 西に困る人が居れば駆けつけ! 東に泣く人が居ればそっと涙を拭いてやる!」

 

「具体的に言えば、原因も無く素行が急変する奴の多くは認知の歪みが原因だ。

 あの酒井って男の心の中に生まれた認知の歪みが徐々に形を取り始める。

 それこそがオタカラってもんだ!

 歪みから生まれたオタカラはそれ自体が歪みを強くして、現実を侵食し始める」

 

「つまり、元の性格から豹変しちまったり、普段ならしない問題行動を簡単にやっちまうようになる。

 だからそのオタカラを盗み出す事で、認知の歪みを正してやるのさ!

 ワガハイたちはそれを改心と呼ぶんだ」

 

「悪神は関係ないんだよな?」

 

「まぁ、今回の件は関係ねえな」

 

「じゃあ、ノータッチでFAで」

 

「ハチマン!!」

 

 

 早口で何か言っている黒猫に「でもそれ根本的な解決には…なるだろうけど俺には関係から」とスルー。

 

 その後もあまりにも五月蠅く強請ってくるものだから、横の妹の部屋から壁ドンされてようやく八幡が折れた。

 

 

「とにかく、酒井のオッサンの居所と名前は分かってるんだ。

 あとはあのアプリを使って、パレスが出来てるかどうかを確かめるだけでいい!

 もし、パレスが無かったら諦めるから、な?」

 

「金曜までになんとかならなかったら、マジで手を引くからな。

 来週の頭からテストが始まるから、テスト直前の土日はちゃんと勉強したいし」

 

「それはしかたねえ」

 

 

 認知の歪みを抱えていて悪神の欠片が関わっていない今回のケース。

 

 対象の精神世界にアクセスする方法が無いかとおもいきや、材木座の時に手に入れた異世界ナビ。

 

 あのアプリは悪神の関与が無いなら、対象の名前だけでパレスに侵入できるようになっているらしい。

 

 なんでも、怪盗団も似たようなアプリを使っていたようだが、その時は対象の名前、パレスのカタチが必要で。

 

 それを調べるのに手こずった事からモルガナの主とやらが改良したのだとか。

 

 そんな便利機能はいらなかった。

 

 もっとも、オタカラを核とするパレスが存在せず、ただの困ったちゃんには意味が無いらしい。

 

 最後のあがきにとせめてもの譲歩を引き出して、次の日の為に床に就くのであった。

 

 空回りが決まり切った憂鬱な一週間が始まる。

 

Misson Start!!!

 

 

5月15日(火) 夕方

 

「よし、ハチマン。ターゲットの店に急ぐぞ」

 

「ほんとに行くの? 別に良くない? もう帰ろうって」

 

 

 放課後になるや否や、カバンの中から小さくせかしてくる声。

 

 口だけは往生際悪く引き止めているが、身体の方は正直だぜ。

 

 足取りは重くとも、本気で帰ろうとはしていない。

 

 しかし、その行く先には一つの関門が存在していた。

 

 

「あれ、ヒッキー。部活だよ?」

 

 

 そう、忘れてはいけないのが奉仕部の活動は放課後に行われていると言う事。

 

 いくら開店休業状態だとは言え、無断欠席は後が怖い。主に女傑二人。

 

 

「すまねえ、結衣殿。こればかりは譲れねえんだ。

 悪いが、今週はハチマンを借りてくぜ」

 

「モルちゃん? ちょっとこっち…もしかして、あれ?」

 

 

 辺りを見回して、人目が多い事を確認してから廊下の隅に移動。

 

 身を出来る限り近づけてひっそりと尋ねて来る結衣。

 

 誰にも聞こえないようにと警戒しているが、距離感の警戒もできれば維持して欲しかったとは彼の内心。

 

 ふわりと香る甘い匂いに、出来る限り身体を逸らしてしまう。

 

 

「いや、悪神とは無関係だ。だが、事態はちょっとややこしくてな」

 

「なんだったら由比ヶ浜にも手伝って…「申し訳ねえが、ワガハイたちだけで何とかしないといけねえ! 今は何も言わずに見送ってくれ!」おい」

 

 

 パレスへの侵入を考慮に入れるのなら、奉仕部のメンバーも巻き込んでしまえば一人当たりの労力は少なくなる。

 

 そもそもモルガナはともかく、八幡のペルソナは戦闘に向いていないのだ。

 

 万が一を考えれば、いつも通りに結衣や雪乃に声をかけるのは良案のはずなのだが、何故かモルガナが血相を変えて拒絶する。

 

 詳しく知らないが、改心と言うのは女子には刺激の強いモノなのかもしれない。

 

 全てを把握しているこの猫がここまで強い意志を示すのだ。

 

 なにかしら理由があるのだろう、と最終的には「ほんとに大丈夫?」と不安げな結衣を振り切る。

 

 ひとまず、雪乃宛に部活を休む伝言だけはお願いしたが、随分怪しく感じていただろう。

 

 

「なんで、あいつの協力を断ったんだ?」

 

 

 彼女の姿もなくなり、周りが程よい雑音に囲まれた時を見計らって改めて確認する。

 

 しかし、その疑問への回答はひどくしょうも無い理由だった。

 

 

「怪盗っつうのは、ミステリアスで、紳士で、時にワイルド、時にキュート、なによりエレガントに決めなきゃいけねえ。

 そっちの方がカッコいいだろ。だから、雪乃殿や結衣殿の観てない所でガツンと活躍してワガハイに惚れ直してもらおうと思ってな」

 

「えっと、奉仕部のlineはと「てい!」電波が届かない、だと」

 

「広範囲には無理だが、おめえの携帯だけを不通にさせる位ちょっとした認知の応用でちょちょいのちょいだ」

 

 

 あまりの身勝手な理由にすかさずヘルプ要請をしようとしたが、意味不明な理屈で連絡手段を潰された。

 

 多分、『電波をかく乱する体質を持つという認知』を強く持つことで己の体質を一時的に変化させたのだ。

 

 認知によって存在を確立しているモルガナのちょっとした小技なのだろう。

 

 フィクションとかでよくある『強大な敵の近くで電波が乱れる的なお約束』

 

 逸話の再現ともいえるのかもしれないが、盛大なスペックの無駄遣いである。

 

 

「…無理そうなら有無を言わさず、連絡するからな」

 

「もちろん、構わねえさ。まっ、そんな心配すんなって」

 

 

 一応の釘差しもどこ吹く風。お気楽な調子で機嫌よく鼻歌を歌っている。

 

 ぶん殴りてぇと、殺意が沸いてしまう。

 

 そんなやりとりをしながら、陽が暮れる直前に目的地にたどり着く一人と一匹。

 

 モダンな木製の扉、そこには小さく『OPEN』と木札がかかっている。

 

 横にはメニュースタンドが立っており、そこには良く分からない筆記体の外国語が書かれている。

 

 もちろん八幡にも読めないが、視線を上げればここが何を扱っているかは一目でわかる。

 

 

『 BAR SaSa 』

 

 

 バーという単語を見た瞬間、ハイソなオーラが漂ってきたように錯覚してしまう。

 

 主に酒類を提供する空間だが、未成年が入ってはいけないと言う訳ではないのだろう。

 

 しかし、八幡は見るからに未成年…というか

 

 

「制服のまま入ってもいいの? いいんだ…

 つか、あいつ、援助交際の次はバーって…結局歳誤魔化さないとダメなとこじゃねえか」

 

 

 未だに彼の中では川崎が以前バイトしていたのはそっち系だと誤解したままである。

 

 彼女からしてみれば、前回がホテルの高級バーでのアルバイトだったから経験を活かしての選択だったのだが、誤解が解けていない彼からしたら「やっぱあいつ不良なんだな」と再認識してしまう。

 

 カバンの中から「確かジョーカーはダーツバーに制服で入ってたと思うから、当たって砕けろだぜ! 侵入開始だ。ちゃんと隠密しろよ」と軽く無茶ぶりしてくる猫に何度目かの拳骨をくれてやる。

 

 

「入店拒否されたら帰るからな」

 

 

 念押しだけして、へっぴり腰のまま扉に手をかけて引っ張る。

 

 入店のベルと共にスムーズに開いたその先に、おどおどとしながら入っていく八幡。

 

 しかし、忘れてはいけない。

 

 比企谷八幡と言う男子はクラスではぼっちであり、普段から挙動不審気味であった。

 

 そんな彼が、急に人様の事情に首を突っ込んできて、更にいつもより怪しい言動をしているのだ。

 

 

「あいつ、余計な真似するつもりじゃないでしょうね」

 

 

 それを要らん事をするのではないかと尾行されても、残念ながら当然だろう。

 

 薄く青に見えるポニーテールを掃って、近付く影。

 

 

 5月15日(火) 夕方 BAR SaSa

 

「おや、いらっしゃい。どうぞカウンターへ」

 

「し、しつれいいしましゅ」

 

 

 来店を告げるベルの音と共に八幡が足を踏み入れる。

 

 薄ぼんやりとした間接照明に落ち着いた雰囲気が漂う店内。

 

 木とアルコールの匂いが混ざり合い、なんとも言えない空気。

 

 定時前だからか、カウンターに人影はない。

 

 見えるのは映画なんかでは定番のように表現されるグラスを拭くバーテンの男。

 

 その空気に気圧されて、どもる。

 

 こちらを見て一瞬目を見張るが、何事も無かったかのように接客するバーテン。

 

 流石に制服そのままで来店されるとは思っていなかったのだろう。

 

 彼の姿を見てモルガナが「早速ターゲット発見。幸先良いぜ」と呟いている。

 

 前回のくたびれたスーツ姿からピシッとした黒のベストを着て、髪もがっちり固めているので分かりにくい。

 

 だが、このバーテンこそが川崎(姉なる者)に迷惑行為を繰り返す酒井 栄枝に間違いない。

 

 幸い、八幡の事を覚えている様には見えない。

 

 

「ノンアルのメニューはあまり多くないですけど、こっちにまとめてますので」

 

 

 足元にカバンを置き、カウンターに腰掛ける。

 

 するとすぐに表に出ていたメニューよりも幾分か読みやすいメニュー表を渡されて目を通す。

 

 ワンドリンクの金額じゃないでしょ、と内心冷や汗ダラダラだが、軍資金だけは十分にある。

 

 先週は何度もパレスに向かい消耗品で出費が有ったが、それよりも収入の方が多かった。

 

 そうでなければ、こんなところに入る事すら彼は拒否していただろう。

 

 それでもビビっているのは根が小心者の証左である。

 

 なお彼の感覚からのワンドリンクとはワンコイン(500円未満)を指す。

 

 

「じゃ、じゃあ、このサラトガ・クーラーってやつで」

 

「かしこまりました」

 

 

 何となく音の響きがかっこよさげに見えるカクテルを注文する。

 

 なんだよ、サラトガって、カッコいいな。

 

 普通のグラスよりも細長い物に鮮やかな緑色のグラスから少量注ぐとふわりと柑橘類の匂いが香る。

 

 とろみのあるシロップを更に少々、そこに氷を三つ、とくとくとジンジャーエールを流し込み軽くステア。

 

 仕上げにカットライムを差し込み、完成。

 

 流れるような手際に、目的すら忘れて見入ってしまう。

 

 憧れるよな、バーのマスターって。なんつーか、男の子って感じだ。

 

 

「お待たせしました」

 

「ども」

 

 

 口に入れると辛めのジンジャーにライムの爽やかさが相まってとても大人味を感じる。

 

 カクテルが八幡の脳を刺激して、知識が『そこそこ』に上昇した。

 

 

「美味い…と思います」

 

「どうも」

 

 

 通り一遍の感想に微笑んで氷を用意した時に着いた水滴を拭く。

 

 喉を潤して一息ついてみれば、落ち着いたJAZZが流れていてそれが本当に『らしい』のだ。

 

 ここでウイスキーをロックで嗜んでいればサマになっていただろう。

 

 将来は奥さんの稼いだ金でこういう店をやってみるのもいいかもしれない。心に浮かんだ世迷言であった。

 

 ふと視界の端にキラリと光る物を捉え、見てみると左薬指にはしっかりとした指輪が。

 

 こんな成功した人生送っていながら、JKに『バブみ』とやらを求める変態になるんだなぁ。

 

 だからバブみってなんだよ。

 

 

「おい、ハチマン。目的を忘れるなよ」

 

「―――へいへい」

 

 

 空間がもたらす一種の酩酊気分に浸っていた彼の足元から現実に戻す一言。

 

 と言っても一部意識が遠くなっていたので、ナイスフォローでもある。

 

 もうちょい気分よくいさせろよな、と内心で愚痴りながらスマホを取り出す。

 

 今はどんな時でも携帯、スマホを取り出しても不自然ではない社会になりつつある。

 

 ゲームに熱中している時でも、バーで酒を嗜んでいる時でも、なんならトイレでも。

 

 携帯依存症なんて言葉も言われ始めてもう随分と経っただろうか。

 

 彼にしてみれば、そんな社会に何かしら思う所が無い訳ではないが、その恩恵は存分に与るに難くない。

 

 八幡、心に棚を作るのは得意分野。

 

 

「異世界、ナビ…起動。名前はえっと「酒井 栄枝」そうそう、さかい さかえっと」

 

 

 口を殆ど動かさずにもごもごと口の中で独り語り、目当ての怪しげなアプリを操作してみるが、あまり慣れていないので手間取っているとモルガナからフォローが飛んでくる。

 

 助言通りに対象の名前を呟いてみると…

 

 

『パレスを発見しました。ナビゲーションを開始しますか?』

 

「うわっ、キャンセルキャンセル!」

 

「うん?」

 

「い、いえ、なんでも。あ、あははは」

 

 

 何の感慨もなく、パレスが見つかってしまった。

 

 慌ててアプリからの誘導に「いいえ」を押すが、思わず声にまで出てしまった。

 

 不思議に思って見つめられるが愛想笑いでやり過ごす。

 

 バーに来て独り言を漏らす人も少なくないのか、曖昧に笑って視線を外してくれる。

 

 

「よし、パレスの情報は保存できたな。ひとまずミッションクリアだ。

 あとはここまで近くに居なくても、潜入できるだろ。一旦引き上げるぞ」

 

「えっ、もうちょいゆっくりしようぜ。ほら、奥にはダーツあるし。

 陽気なパリピが居ないなら一人でやる分には面白そうじゃない?」

 

「潜入捜査に来てはまってんじゃねえよ! いや、ダーツも良いと思うが、今回は我慢しろ!!」

 

 

 見てみると、カウンターの奥。ひっそりと遊戯スペースが設けられている。

 

 しかし、そこは一般的に言われるダーツバーのような煌びやかさは少なく、申し訳程度に設備だけがあるようにも見える。

 

 彼が嫌いなのは群れて猿叫をあげる輩で、周囲が静かで一人ならこういう場所は案外ツボにはまったようだ。

 

 特にバーと言う存在の敷居の高さから同学校、同年代と出くわす危険性が少ないのがとてもいい。

 

 ファミレスやチェーンの喫茶店は入りやすいが、どうしても顔見知りとかに遭遇する可能性があるのがネックだったので、これから先は未成年でも入れるバーも緊急避難先として彼の選択肢に入るようになるだろう。

 

 もちろん、一人になれる時間を作る、という意味での避難である。

 

 しかし、今日の目的は彼の御一人様タイムの過ごし先発見が目的ではない。

 

 渋々と財布からさっきのメニュー表に書かれていた金額ぴったりを出し、退店する。

 

 店から出て、すぐ横に在る路地裏に入りカバンを開く。

 

 

「よぉし、よし! やるじゃねえか、ハチマン。前々からお前の影の薄さには目を付けてたんだ。

 一回だけとは言え、会った奴にもばれずに正面突破できるとか、将来有望だな!」

 

「影が薄くて将来有望ってなんだよ、黒子のバスケしちゃうの?」

 

 

 これ、モルガナが迷い込む態でスマホホルダーを背負わせて突撃させても良かったんじゃないだろうか。そんな疑念が沸いてしまう。

 

 しかし、終わったことに拘泥しても仕方がない。

 

 ひとまず目的は達成できたのだ、それを喜ぶべきだ。

 

 陰に潜む一人と一匹がスマホの前でうんたらしている様子はどう見ても怪しい。

 

 

「じゃ、とりあえず偵察だ。悪神の欠片無しでの認知の歪みならパレスの規模もちっちぇえだろうし、オタカラまでのルートもすぐに確保できるだろ」

 

「必要な手順としては、オタカラとやらまでの道順確認。

 オタカラを見つけたら実体化させるための予告状布告。

 潜入してオタカラを守るシャドウを撃退してオタカラ持って逃げる、だよな」

 

「間違いねえぞ」

 

「改めて確認すると、やる事多いな」

 

 

 事前の説明を確認して、認識の共有を図る。

 

 やらなければいけないロードマップの面倒さに舌を出す。

 

 やることが、やることが多い。

 

 オタカラと便宜上呼称しているが、その正体は人の思い込みが具現化したもの。

 

 人の認識なんていうあやふやな物が、いくら認知の世界でもそのまま安置されている訳ではない。

 

 何もしない状態だと、パレスの中でも不定形の霧にしか見えない。

 

 だから予告状を出して、歪みを具体化させる必要があるんですね。

 

 なお、パレスの核であるオタカラを取られて無事であるわけもなく、そのまま崩壊するので逃げるのも必須だが、悪神の関与が無ければパレスも小さいと予想しているので直ちに支障はない(大本営発表)。

 

 

「いいから、いくぞ。異世界ナビを起動しろ」

 

「へいへい、おおせのままに…『パレスを発見しました。ナビゲーションを開始しますか?』はいはいっと」

 

 

 ホームセンターで買った警棒がカバンの中に在る事を確認してから画面をタップする。

 

 途端に、現実が歪み始める。

 

 ぐにゃり、と景色が歪むと同時に極彩色に変わり、どんなに慣れてもやはり少し気分が悪くなる。

 

 こんなもん見たらそりゃ、耐性無い奴は気を失うし、耐性があっても悲鳴を上げるだろと思いながら落ち着くのを待つ。

 

 そんな彼のすぐ後ろで

 

 

「ひっ、な、なにこれっ! お、おばけ屋敷!!?」

 

「えっ」

 

「にゃっ?!」

 

 

 可愛らしい悲鳴が上がった。

 

 突然の声にバッと振り返ると、一時の空間の歪みが収まって真っ暗な空間の中にポツンと一軒だけ佇む先ほどのバー『SaSa』と

 

 

「こ、腰が―足、立て」

 

 

 いわゆる女の子座りでぺたんとへたり込み目じりに涙を滲ませた川崎(姉ちゃん)。

 

 その声は盛大に震えていたのであった。

 

 

 

 




俺ガイル&ペルソナメモ

 川崎沙希は戸塚とは違い、ホラー耐性がない。お化け屋敷に入ったら顔を青くしてダッシュで逃げる位に弱い。なお、彼女の尾行は世紀末生徒会長程の杜撰さではなかった事を明記しておきます。原作では結衣が沙希の名前を教えてくれるが、今回は結衣が関わっていないので八幡が川崎なんとかと曖昧なのはそもそも知らないから。原作からして「川崎大志の姉の川なんとかさん」とか内心ではよく弄られているので原作再現ではなかろうか? しかし、カレンと言いサキサキと言い小清水亜美さんのキャラはカッコ可愛いなぁ! あと、アサマチもだが胸部装甲が厚い。



・知識………偏りがある→そこそこ
・度胸………なくもない
・コミュ力…つっかえる
・根気………ゆとり
・器用さ……ぶきっちょ




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予想外な強敵には助っ人こそが手っ取り早い

評価、お気に入り、感想、ここ好き
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5月15日(火) サカイパレス

 

「ひとまず、理解はしたよ。…納得はしてないけどね」

 

 

 はんっ、と息をつく沙希の様子にほっと安堵する八幡。

 

 腰を抜かして涙目になっている彼女をなんとか落ち着かせ(モルガナが)。

 

 ざっとだが認知世界の概要を伝え(やっぱりモルガナが)。

 

 自分たちにまかせてくれれば万事解決だと請け負った(モル以下略)ところ、ようやく拳を収めた。

 

 そうなるまでに顔を紅くした沙希が「記憶を失えぇ!」と振り下ろした拳骨で八幡がダウンしたり。

 

 沙希に猫アレルギー症状があらわれない事を不可思議に思ったり。

 

 蹲る彼が「やっぱ不良って駄目だわ」と呟いたら追撃のグランバイパくらったり。

 

 半分自業自得、半分八つ当たりな顛末だったが、それは置いておこう。

 

 ちなみにここでようやく彼らは彼女のフルネームを知りえた。

 

 

「ここまで話して良かったのか?」

 

「パレスで認知存在になり替わってないって事は、沙希殿にもペルソナの素養があるのとイコールだ。

 下手に誤魔化してまた後をつけてこられても困るだろ。ハヤマみてえに切羽詰まった状況でもねえしな」

 

 

 前回のパレスは時間を掛ければ優美子(実際は戸塚だったのだが)の命が危ない事が前提だった。

 

 だからこそ、不確定だったが隼人と言う戦力を遊ばせている余裕はなかった。

 

 しかし、今回の状況では話が違う。

 

 

「なぁに、ワガハイも大分力が戻って来たし、ちょっとしたパレス位なんてことねえさ。

 悪神みたいな外圧も無い状態から人一人の歪みから生まれたシャドウに後れを取るはずもねえ」

 

 

 自信満々のモルガナに「ほんとにござるかぁ?」と胡乱な目になってしまうが、事ここに至って援軍を要請するには遅すぎる。

 

 内緒話をしている二人を腕組みしながら指トントンしている沙希も、普通の喧嘩みたいな腕っぷしは強そうだが、即ボス戦になりそうな状況でいきなりペルソナを使わせてみる博打は打つ必要も無いと言うのは同意できる。

 

 結局はモルガナの思惑通りに、八幡とモルガナだけで対処する事になるのだろう。

 

 やだなぁ、こわいなぁ、絶対なんか予想外の事が起きるって。

 

 嫌な予感を覚えながらも、沙希を口八丁で丸め込んで待っていてもらうように頼み。

 

 気を取り直してパレスとなった『SaSa』の扉に手をかける。

 

 現実の時と変わりない入店のベルが鳴り

 

 

『歓迎しよう! 盛大にね!!』

 

「「えっ」」

 

 

 大げさに腕を広げたポーズで待ち構えていた男性の叫びと共に、扉を踏み越えた二人へと一斉にシャドウが襲い掛かる。

 

 

 モンスターハウスだ!!

 

 

『キャハハ! ジオ』

 

『ガル ジャ』

 

『グルルル アギ』

 

『シニナサイ ブフ』

 

『ダメダメダヨ ムド…アレ キカナイ? シカタナイネ アバレマクル シカナイ ネ』

 

 前方、側方、上方、下方から無数の炎、氷、風、雷が巻き起こり

 

 その陰に隠れ小さなシャドウが何体も突貫

 

 盛大な爆発音を立てて、二人は一瞬で入って来た扉から叩き出された。

 

 

「なにやってんの、あんたら」

 

「卑劣な罠だ」

 

「あばばば。じ、ジオが効くぅ」

 

 

 大口叩きながら速攻で真っ黒焦げになってヤムチャしてる二塊を醒めた目つきで見下ろす沙希。

 

 案外優秀な耐性を持つ『アマノジャク』は破魔属性でない限り簡単に崩れないが、奇襲されれば全部が弱点になると言う説話を由来とする欠点があるし、モルガナの『ゾロ』は電撃弱点。

 

 開幕のジオでweakをつかれ、怯んだ隙にフルボッコになっていた。まえがみえねえ。

 

 電撃と炎熱のコンボの所為なのか、髪の毛がチリチリになってしまっている。大ダメージだ(八幡の将来的な毛根に)。

 

 現実で迂闊な言動でボコられた経験が地味に八幡に苦痛耐性をもたらしていたのは幸か不幸か。

 

 攻撃してきたシャドウはピクシーやドワーフ、ガキなどの雑魚ではあった。

 

 イヌガミ(Lv10半ば)も見えたが、それでも予想の上限を越えてはいない。

 

 その点はモルガナの見込み通りだった。

 

 しかし、その数が想定外。

 

 

「おい、こら。これのどこが楽勝なんだよ」

 

「妙だな」

 

「意味深な態度を取れば何とかなると思ってんじゃねえぞ」

 

「あいたたたあ!!」

 

 

 ゲーム的に言えば、彼らのレベルは20を超えている。

 

 ピクシーやドワーフのレベルは5前後。

 

 存在の格を示すレベルが10以上も離れれば痛痒も…まぁ少しは感じるだろうが、致命打にはなりえない。

 

 具体的に言えば、weakをつかれてもHPダメージが10以下に抑えられるし、耐性属性なら0だ。

 

 だからこそ、それを予期していたモルガナはああも自信満々だったのだろう。

 

 だからこそ、八幡がアイアンクローでモルガナを責めるのも当然。

 

 

「妙だな。ワガハイの見立てだと、精々イヌガミクラスの中ボスが1体か取り巻きの雑魚数体。それくらいが限界だと思ったんだが」

 

「妙だな、で済ますんじゃねえよ。マジで死にかけたんだが、分かってる? この罪の重さ」

 

「待て、話せばわか…う”な”ぁ”!」

 

 

 プラーンと吊るされたモルガナが汚い悲鳴を上げて沈黙する。

 

 

「とにかく、俺とお前だけだとどうにもならんことは分かったんだ。あとは雪ノ下達に救援出して「そいつはダメだ!」は?」

 

 

 ぺっ、とモルガナを放り投げて、スマホを取り出して最も簡単な解決法を取ろうとした彼に制止の声がかかる。

 

 現状を認識するのなら、戦力である八幡とモルガナ。

 

 その一方である八幡はデバフ、アナライズ特化で打点を持たない。

 

 一瞬の侵入ではあったが、パレスの大きさはさっき見えたバーの一室だけ。

 

 つまり、ナビをする必要も無く、レベル差によって取り巻きに負けはなくとも数の差によって足止めしかできない。

 

 更にもう一方であるモルガナはマハガルで雑魚を退ける事は出来るだろうが、中に混じる中ボス個体に足を止められる。

 

 つまり、最も重要なパレスの主に手が届かないのだ。

 

 モルガナが初手で雑魚を殲滅してから中ボスを八幡に任せればもしかすると? と考えても、増援がくるかもしれないし、ピクシー筆頭に『ガル』に耐性を持つシャドウが居ればじり貧。

 

 無茶をすればどうにかなるかもしれないが、する必要のある無茶かと言われれば断じて違う。

 

 ここに至って、広域攻撃手段が『マハガル』しかないのが痛恨の極みだった。

 

 

「絶対的に手が足りないだろうが。相手の数が少なかったら俺が足止めして、その隙にお前がボスをどうにかできたんだろうが、その計算はもう狂ってるんだろ。最初の手段に固執して同じ失敗を繰り返すのは嫌だぞ、俺は」

 

「だが、あぁも啖呵を切った手前、今更助けてくれなんて言うのはカッコ悪いじゃねえか」

 

「死ね。タヒねじゃなくて、死ね」

 

「だぁ! 躊躇なく雪乃殿たちに連絡しようとするんじゃねえ!!」

 

「ええい、離せ! お前の下らんプライドで俺の腹は膨れんのだ! それに無理そうなら連絡するって約束だろうが!!」

 

「後生、後生だ! ハチマン、お前のその良く回る舌と斜め下にいく発想力で雪乃殿や結衣殿に知られることなく何とかしてくれ!!」

 

 

 なんとも言い難い理由が返ってきた瞬間スマホを構えるが、必死の形相でモルガナが縋りつく。

 

 まぁ、言いたい事は分かる。

 

 わざわざ隠し事をしていると宣言して、独力で(八幡は巻き込まれているが)なんとかすると大見得を切っておきながらのヘルプコールは確かに情けない。

 

 しかし、彼にとってしてみれば、プライド? なにそれ俺の人生にそれが必要なの? といわんばかりの人生だったのだから、こういう時に躊躇を覚える事はない。

 

 もちろん、ただの難事なら八幡も人に頼ろうとは思わなかったが、ことは命にかかわるのだ。

 

 もしかすると、そう言った人を頼れるような選択肢を選べるようになったのは一つの成長とも言えるのではないか?

 

 以前の彼ならば、抱え込んでしまっていただろうから。

 

 

「で、あんたら、どうすんの」

 

「「あっ」」

 

 

 蚊帳の外に放っておかれて、どんどんと目つきが鋭くなっていた沙希がもみくちゃになっている二人に声をかけることでようやくその存在を思い出された。

 

 頭の冷えた(強制)一同は今の状態ではどうにもできないと、一度現実に戻ることにしたのだった。

 

 

5月15日(火) 夜 ファミレス

 

 

「で、説明してくれんでしょ」

 

「はい、させていただきます…なんで俺が」

 

「なんか言った?」

 

「いえ、何でもありましぇん」

 

 

 ぎろり、強い視線に反骨心がへし折れる。

 

 そうして、パレス内部では軽く済ませた説明を詳細に話す。

 

 ドリンクバーから二杯目のおかわりを持ってくる頃には大事な点は伝え終えたが、視線の鋭さは変わっていない。

 

 初めて会った時からこうだから、もしかすれば、彼女の普段通りの素顔がこうなのではないだろうか。

 

 沙希は現実に目にした事態に対してあぁだこうだと反論するよりも、とりあえずはと受け入れたので話は大分スムーズに進んだ。

 

 

「その『おたから』ってのをどうにかしたら、あいつの奇行は収まるんだね」

 

「多分」

 

「多分?」

 

「いえ、絶対に!」

 

「…ふぅん」

 

「だから、なんで主犯のモルガナじゃなくて、俺が詰められるんだよ」

 

 

 暴走したのも、安請け合いしたのも、戦力を見誤ったのも、どうにかなる助っ人を拒んでいるのも、全部モルガナのせいなのに、とグチグチ思ってしまうのを止められない。

 

 腰を落ち着けたのが、モルガナが顔を出せない飲食店だったのが悪い。

 

 シャリとグラスに浮かぶ氷をストローでつつき、眉間にしわを寄せて思案気な表情を作る沙希に居心地悪さを感じながら、彼女の返答を待つ。

 

 八幡とモルガナだけでは相当な無茶をしなければどうにもならない。

 

 だが、モルガナの独断で救援は望めない。

 

 ただでさえ現実離れした事態に沙希が取れる手段は無いハズで、そもそも理解を示そうとしているだけでも適応力が高いと言える。

 

 なお、雪乃と結衣にばれないように出来て、八幡が取れる手段として材木座と言う存在が居るのだが、二人とも忘れてしまっている。

 

 まぁ、彼のペルソナ『ギュウキ』も得意属性が衝撃でモルガナと一部被っていて、もう一つの得意属性の呪殺『マハエイハ』は天使系には突き刺さるが弱点とするシャドウが多くない。

 

 それでも、無茶が無茶ではなくなるだろうに選択肢として昇らないどころか、思い出されないのはなんとも言えない。

 

 戸塚? 彼をこんな面倒くさい事に巻き込めるか! と過保護を発揮した誰かさんが真っ先に却下している。

 

 

「ちっ。一つだけ質問」

 

 

 露骨に舌打ちをして、下を向いていた視線をあげて向き直った沙希が質問を投げかける。

 

 

「もう一人、戦力が有ればなんとかなるんだよね」

 

「まぁ。出来れば広範囲に群がる雑魚を何とか出来れば一番だが」

 

「それは…だけど。ぅん」

 

 

 八幡の返答は望んでいた答えではなかったのか、またしても思案気に顔をしかめる。

 

 単体系の戦力が居れば取り巻きをモルガナに任せられるが、モルガナの意気込みからして対ボス戦を譲るかどうかは不明。

 

 意固地になってしまっている様子を思い出してため息をつく。

 

 また長考に入るかも、とカバンの中に手を突っ込んでスマホに触ろうと

 

 

「フシャーーー!!(スマホを抱きかかえながら)」

 

「クソわよ」

 

 

 した瞬間、モルガナの反発にあって断念する。

 

 どうあっても連絡させる気はない様だ。

 

 予想通り、沙希は再度長考に入ったため、自分もおかわりを淹れてこようと立ち上がる。

 

 のそのそと気乗りしない、とにかく不本意な状況に落ち込みながらグラスをドリンクサーバーに置いてこの先をどうするかと考える。

 

 ボーっとグラスに充填される黒い炭酸飲料を眺めながら立っていると不意に背後から気配を感じ順番待ちかと振り返った。

 

 

「あれ、ヒキタニ君じゃん」

 

「げっ」

 

「どうした、戸部」

 

「げっ(1秒ぶり2回目)」

 

「あぁ。やっ、この前はありがとうな」

 

「いや別になんでもないんで」

 

 

 そこには明るく染めた茶髪をカチューシャで止めたお調子者のクラスメート戸部がグラスを2つ持って立ち、その後ろで手透きの隼人が首を伸ばして様子を窺っている。

 

 八幡の姿を認めると軽く手を挙げて挨拶してくるが、出来るならば関わりたくないのが本音。

 

 ただでさえクラスカーストトップのグループで、更に言えば最近の職場見学のグループ分けでひと悶着あった彼らに校外で出会うのは、八幡からしてみれば面倒の一言でしかなかった。

 

 しかし、その瞬間八幡の灰色の脳細胞に確かな閃きが!

 

 

「…そう言えば、葉山。お前には一つ貸しが有ったよな」

 

「うん? 確かに君にはお世話になったけど…あんまり無茶ぶりはしないでくれよ」

 

「大丈夫大丈夫、何があっても責任は(モルガナが)取るから」

 

「何のハナシ、隼人くん?」

 

 

 店内のどこかで「濃厚なお腐れの匂いがする!」とか聞こえてきたが、多分幻聴。

 

 都合の悪い事は放り投げ(押し付け)て、にやりと目の前の葉山隼人(生贄)を見るのであった。

 

 ナイスタイミングだぜ、はやまくぅん。

 

 そんな八幡の邪悪な思考を察したのか、冷や汗を流す隼人。

 

 残念、逃げられない。

 

 

5月16日(水) サカイパレス

 

 

「まったく、少しの頼みごとのつもりが高くついたな」

 

「タダより高い物はないって経験だ。良かったな、良い人生経験を積めたぞ」

 

「うむむむむ、ハヤマ。絶対にこの事は雪乃殿や結衣殿には秘密だからな」

 

「あはは、うん。男と男の約束だ」

 

 

 明けて翌日の夕方。

 

 昨日と同じサカイパレス、認知世界のBar『SaSa』の前に昨日と同じメンバーの八幡とモルガナが立つ。

 

 その横には苦笑いを抑えきれない隼人の姿が。

 

 

「職場見学の行先にヒキタニ君の手を借りたばっかりに…まぁ仕方ない。こういう危険な事には関わりたくはなかったけど、クラスメートが困っているのなら助けない訳にもいかないからね」

 

「けっ、回答までイケメンかよ」

 

「ひがむなひがむな、ハチマンはそのひん曲がった性格をまずは何とかしねえとな」

 

 

 言及するのを後回しにしていたが、近くに迫る中間試験。

 

 そのすぐ後に予定されている職場見学において、自宅を希望して「却下だ小僧」される事を予期した八幡は以前貰った名刺に書かれた場所を書いて提出した。

 

 その際、何故か隼人が同行を希望し、更に今石燕に繋ぎを付けてほしいと言ってきたのだ。

 

 断る必要も無かった(気分的には嫌だが、もう一人の同行者戸塚が賛成した)為、一つ貸しだとした顛末があったのだが、今は置いておこう。

 

 

「川崎さんも、安心して待っててね。俺が守ってみせるからさ」

 

「は? 余計なお世話なんだけど。つか、自分の心配でもしてな」

 

「あ、あはは。振られちゃった、のかな」

 

 

 その後ろでは腕組みをして仁王立ちする沙希。

 

 事の次第を見届けない限りは安心できないと、どう説得しても譲らなかった彼女も昨日と同じくパレスに侵入している。

 

 自信満々な隼人への塩対応も、昨日の無様な二人の一部始終を見ていれば納得のいく対応なのだが、それに巻き込まれる立場からすればより一層苦笑いが深くなるだけだった。

 

 

「とにかく! 予告状は既に出してサカイに読まれた事も確認した! 後はこの中にいるボスを倒してオタカラを盗み出せば万事解決だ!」

 

 

 ぴっ、と懐から1枚の紙きれをかざす。

 

 真っ赤な紙に黒いシルクハットを主体としたデザイン、その裏にはモルガナが予告状と称した文章が書かれていた。

 

『倒錯した性癖を持つ色欲の大罪人 サカイ サカエ 殿

 己の欲望を満たす為、未成年への無茶ぶり

 我々は貴様の迷惑行為を正す事を決めた

 その歪んだ欲望を、頂戴する。

 心の怪盗団 サブリーダー『モナ』』

 

「何か、ちょっと悪趣味じゃないかな」

 

「そうか、カッコいいだろ」

 

「おっ、ハチマンいける口だな。ワガハイも、このデザインはお気に入りなんだぜ」

 

 

 かつての怪盗団の思い出を流用するようだが、モルガナにとっては改心をするのならば『これ』なのだ。

 

 今は奥底に眠らせていて細部は思い出せないが、それでも燦然と輝く絆に想いを馳せる。

 

 軽口を叩いていたが、そろそろ背後からの圧力が無視できないレベルに高まってきたので、よし、と一呼吸いれてバーの扉に手をかける。

 

 

「いいか。扉が開ききったらワガハイとハヤマが同時に入って、周りの雑魚シャドウを全体魔法で蹴散らす。ワガハイが『マハガル』、ハヤマは『マハジオ』、衝撃耐性のシャドウは電撃に弱い事が多いからな。

 ハチマンは射線が通った瞬間を見計らってボスか中ボスに弱体化を飛ばせ。地力はこっちのが上なんだ、力比べになったら順当に勝てる」

 

「分かってるさ、俺は俺の出来る事を全力でやるだけさ」

 

「開けるぞ」

 

 

 開くドア、半分も動く前に一際小さな身体をしたモルガナがするりと滑り込み

 

 

「『マハガル』!!!!」

 

『いま…なにっ!!?』

 

「続け!!」

 

「言われなくても! 『マハサイ』!!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()タイミングを図っていたサカイが、ずらされたタイミングに驚愕し、体勢が整っていないシャドウの群れに『マハガル』がぶちこまれる。

 

 そのすぐ後に『マハサイ』が突き刺さり、衝撃で隊列を乱された状態のシャドウ達と共にサカイも千々に飛ぶ。

 

 

「ハヤマの予想通りだったようだな!」

 

「お役に立てて光栄だよ。それに、これはヒキタニ君の対策も刺さったんだから」

 

「お喋りしてねえで、トドメさせ。役目でしょ」

 

 

 シュタっと立ち位置を調整して格好つけるモルガナと、久しぶりのペルソナに何とも言えない表情の隼人、やることが何もなくなったので後ろからヤジを飛ばす八幡とそれをしらーっとした眼で見る沙希。

 

 彼らはこのパレスに入る前、隼人に事情を説明する時に立てた策が嵌った事にそれぞれ満足していた。

 

 

『そのパレスの規模はすごく小さいんだよね。だったら、外でしていた君たちの会話が聞かれていたんじゃないかな。だから入るタイミングを図られて奇襲された』

 

『それはあるかもな。ワガハイは建物の中だけがパレスだと思ってたが、もしかしたらあの空間全てがサカイのパレスなのかもしれねえ。なら、迂闊な事は言えねえぞ』

 

『じゃあ、欺瞞情報をわざと聞こえるように言ってタイミングをずらして奇襲し返す。やられたらやり返す、目には目を歯には歯をピーナッツには落花生をって昔から言うもんな』

 

『それは言わない』

 

 

 開幕弱点からの集中砲火さえなければこんなもんさ、と言わんばかりのモルガナも。

 

 自分の心情と今やらなければいけない事への対応は別だと割り切る隼人も。

 

 こっそりデバフを継続させている八幡も。

 

 何でもいいから早く終わってくんないかな、と一芝居に付き合った後の役割が無く手持無沙汰な沙希も。

 

 

『あぁ、やはりだ。やはり、僕の考えは間違っていなかった。痛い、痛いよ。こんなにも腕が痛い、足が痛い、胸が痛い、顔が痛い』

 

 

 衝撃魔法で吹き飛ばされた勢いでぶつけられ、割れて散乱したアルコールの臭いとガラスの山の中からガシャガシャと音をさせながら立ち上がる薄暗く瞳が紅いサカイ。

 

 現実でも見た通りのビシリと決まっていたバーテンの姿は滴る水分で台無しになっていて、魔法のダメージと衝突の際に傷ついた箇所からシャドウの証、黒い血が流れている。

 

 フラフラとした様子のサカイに八幡の言う通りこれ以上の油断をしてなるものかと、汚名返上を狙うモルガナが『ゾロ』を出現させてトドメをさそうとする。

 

 見るからに弱り切った状態で、あと一手で終わりだと誰もが思っていた。

 

 

『やっぱり、痛みって言うのは何よりの教訓だ!!』

 

「力が、一気に膨れてっ!?」

 

 

 しかし、その一手が届く寸前。

 

 周囲に飛び散った液体が、サカイから流れ落ちた黒い血が混ざったそれが、ぞる、と不気味な音を立てて急速にサカイの身体を覆い尽くす。

 

 まるで、悪神の欠片が現実の人間を侵食し、パレスを展開する時のように。

 

 

『僕の妻は知らぬ間に他の人を好きになり、元妻になった! その痛みは僕に愛が永遠ではないと教えてくれた。

 僕の子供はもう新しい男をお父さんと呼んでいる! その痛みは記憶がはかないものだと教えてくれた。

 自棄になって酒に溺れていた時に、川崎さん。君は暴れそうになった僕を押さえつけてくれた! その痛みは僕に正気を取り戻してくれた』

 

 

 唯一事情を知る沙希へと目を向けるが、その叫びを肯定するように一つ頷く。

 

 サカイのシャドウが言っている事は事実らしい。

 

 ありふれた…と言うのは乱暴ではあるが、そういう何処にでもある浮気され離婚された男の悲哀。

 

 少し違うのは、そうした何処にでもある痛みをこらえきれずに拗らせて暴走させかけた時に止められた相手が沙希で。

 

 

『痛みは教訓なんだ。僕は、痛くないともう歯止めが効かない。だから、僕にちゃんと痛みを伴わせて止めてくれるママ(沙希さん)が必要なんだ!』

 

 

 止められた相手(沙希)に変な依存の仕方をしてしまった事かなぁ。

 

 同情しかけた各々が、最後の一言でズルッとこけかけた。

 

 

 



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かねてから川崎沙希に力はあったようだ

5月16日(水) サカイパレス 

 

『だから、僕にちゃんと痛みを伴わせて止めてくれるママ(沙希さん)が必要なんだ!』

 

 

 ずっこけかけた面々の前で割れて飛び散ったアルコールと自分の身体から出された黒い血が混ざったナニカに包まれ、球体となっていたサカイが人の姿を取り戻す。

 

 彼は先までの薄暗い雰囲気で、紅い瞳だけが現実からかけ離れた状態ではない。

 

 

『腕が痛い、足が痛い、胸が痛い、顔が痛い』

 

 

 頭に沿うように角が生え、首から胴体にかけて縛りつけるように縄を掛け、その下には真っ白な衣装を身に着けている。

 

 しかし、それらの特徴が目に入らない程、更に特徴的なのは両の腕が根元から存在していない事。

 

 

『なによりも』

 

「アナライズ完了だ。あいつは」

 

 

 日本神話においての国譲りを迫られ、最後の最後まで国を守る為に抵抗し両手を失った神。

 

 大国主命(オオクニヌシノミコト)の子供であり、諏訪へと流れた龍神とも狩猟神とも呼ばれる事もある一柱。

 

 

『心が痛い』

 

「タケミナカタ! 弱点は破魔、呪殺! 耐性は電撃と物理!」

 

 

 カカカッ サカイ 暴走体 タケミナカタLv21 ガ アラワレタ !!!

 

 

「ワガハイが! 『ゾロ』!!」

 

「援護するよ。『ツチグモ』!!」

 

『貧弱!!!』

 

「ダメだ、押され、がぁあああ!!」「うわぁあああ!」

 

 

 八幡のアナライズ結果が伝わると同時にサカイ/タケミナカタが勢いづけた脚を振り回す。

 

 一歩前に出ていたモルガナがそれを受け止めようと更に前に進み、隼人も続くが纏めて吹き飛ばされる。

 

 

『痛みは何よりの教訓。それは君たちが前回の失敗で痛い目を見て、僕に対処した事からも明白だ』

 

「『アマノジャク』! 『タルンダ』『タルンダ』『タルンダ』ぁ!!!」

 

『鬱陶しい!!』

 

「がっ!!!」

 

「ハチマン! 『メディア』!」

 

『邪魔だぁ!!』

 

「まけ、るかぁ!! 『サイ』!」

 

「踏ん張れ! 『ガルーラ』!!」

 

 

 神話の中ではタケミナカタと言う神はタケミカヅチと言う敵にあっさりとやられてしまっている。

 

 力自慢の腕をまるで藁のように千切られ、国を奪われる。

 

 ならば、その神は弱い存在だったのか?

 

 そうではない。ただ、タケミカヅチと言う相手が規格外であったと言うだけで、その力は余人の及ぶ領域にはない。

 

 千人でようやく動かせる岩を一人で持ち上げる事の出来る神が、その力を振るう腕を失ったからと言って力自慢で無くなる訳でもない。

 

 

「うそ、だろう。俺がペルソナに慣れていないとはいっても二人がかり、だぞ」

 

「ハチマンの弱体化が効いてねえって訳でもねえ」

 

「げほっ。モルガナと葉山で逸らすのが精一杯って、それもう反則だろ。やっぱもっと人数そろえるべきだったんだって」

 

 

 先のサカイとは逆に八幡が叩き込まれたカウンターの壁からせき込みながら何とか立ち上がる。

 

 脚は腕の三倍の力を発揮できると言う話がある。

 

 タケミナカタと言う神の腕に千人以上の力があったとして、それが単純に三倍されれば三千人分以上の力が振るわれる。

 

 シャドウとなった雪乃のようにデバフをトリガーにして強化したり、デバフを弾いている訳ではない。

 

 ただ、単純に力が強すぎる。

 

 八幡のデバフで極限まで力を落として、葉山が一番力を逸らすのに適した魔法で、最も戦上手なモルガナが後押しして漸く矛先をずらせる。

 

 

『一息つく暇なんてあるのかい?』

 

「立ち止まるな、動き続けるんだ! 隙を見てワガハイが最大火力を、うわわっ!!!」

 

『あぁ、もっともっと、もっとだ! もっと痛みを与えてあげる! だから、僕にも痛みをくれよ』

 

「『サイ』!! …くそっ、この中であれをまともに相手が務まるのはモルガナ君だけ。俺はペルソナの扱いに慣れていないし強力な一撃を放つよりも力を拡散させる方が得意、ヒキタニ君は弱体特化

 …有効打を与えられるのがモルガナ君しかいないのがどうしようもなく、打つ手を狭めさせられる」

 

 

 ペルソナ『ゾロ』のレイピアと自身のシミターを同時に叩き付ける事で何とか拮抗させて、場を保たせるモルガナ。

 

 膠着状態に持ち込めているが、最大火力である彼がかかりきりである現状が酷く綱渡りになっている。

 

 八幡が『タルンダ』を切らしてはそれだけで致命傷に繋がる為、他のデバフを打つ隙が無い。

 

 とにかく力が強い。

 

 ただそれだけがひたすらに三人を追い詰める。

 

 

「破れかぶれだがやらんよりマシ、失敗したらすまん『スクンダ』」

 

『おやっ脚が…』

 

「ナイスだぜ、ハチマン。『ガルーラ』!!!」

 

「『サイ』!!」

 

 

 二度目の撤退が頭に過りながらも、タルンダからスクンダへと変更、運よくモルガナへと狙いを付けて振るわれた脚が空振り壁に埋まる。

 

 もしもスクンダが効果を発揮せず、もしくはタケミナカタが幸運にも、八幡たちにとっては不運にもそれが当たっていたら、酷い事になっていたのは頑丈なはずの壁を突き抜けた脚が証明している。

 

 賭けに勝って生まれた隙を突いてモルガナの現在の最大火力、中級衝撃魔法『ガルーラ』と隼人の初級念動魔法『サイ』がぶち込まれた。

 

 誰もがフラグを気にして「やったか」と言わないが、「やっていてくれ」と思わずにいられない数秒。

 

 しかし、その期待は裏切られる。

 

 

『あぁ、この小賢しい感じ。もしかして、君が最初の不意打ちを考えたのかな』

 

 

 風と念動が巻き起こした土煙の向こう側から、何の痛痒も感じていないような様子でタケミナカタが戻ってくる。

 

 効いていないと言う訳ではない。

 

 モルガナが攻防の合間に付けた傷も、今の魔法も直撃し体中から血は流れている。

 

 されど、その傷を、その痛みを望んでいるサカイからすれば、無視できるものだったと言うだけの事。

 

 

「もう一回、仕切り直すぞ! 『トラフーリ』で逃げ『無駄だよ』…はっ?」

 

「まさか…発動しねえ! 『トラフーリ』『トラフーリ』!!!」

 

「こいつは認知の応用!!?」

 

『ほら、良く言うだろう? ボスからは逃げられないってね』

 

 

 決定打にかける。

 

 そう判断した八幡の逃げの一手が発動しない。

 

 モルガナが八幡の携帯を不通状態にした事を覚えているだろうか。

 

 認知に寄っている存在は、その肉体の性質をある程度自由に弄る事が出来る。

 

 猫が人間の姿になる事も出来れば、電波を遮断する体質になる事も。

 

 自分の体内と言っても良い己のパレスを、逃亡不可能な空間に変える事も。

 

 

『そして! 『ジオンガ』!』

 

「やべえ!!」

 

「はっ? うわ!」

 

『あれ? 川崎さん狙いだったんだけど…まあいいか』

 

「「ハチマン(ヒキタニ君)!!」」

 

『これで君たちは逃亡魔法も使えない。物理的な扉は僕が抑えた。彼を人質に取った以上、逃げるって選択肢を許さない』

 

 

 タケミナカタの頭頂部、生えている角から扉付近で見守っていた沙希へと狙いが向けられる。

 

 経験則から強力な魔法が使われないよう立ち回っていたモルガナも間隙をつかれてしまった。

 

 直接ぶつかり合わないよう離れていた八幡が、近くに居た彼女を咄嗟に押しのけて代わりに『ジオンガ』の直撃を受け、倒れた彼をタケミナカタが脚で抑えつけ人質とする。

 

 

『僕の力はすごいだろう? これも痛みと言う教訓がもたらした強さだよ。

 分かっただろう? これが痛みを受け入れるしかない立場の弱さだよ。

 さぁ! 君たちも僕の痛みを受け入れて! 僕に痛みを与えて! 互いに落ちぶれて行こうよ!!』

 

「うげっ」

 

「ちきしょう、人質とか卑怯だろうが!!」

 

『卑怯、何が悪いんだい? これで君は誰かを盾にする事を学べた。よかっただろう』

 

「人としてやってはいけない事を躊躇わずに出来る事を、俺は成長とは言わない。

 例え負け惜しみと言われても、人間には矜持があるんだ」

 

『矜持、プライドが何になるって言うのさ。君なら分かるだろ?』

 

「…」

 

 

 八幡を踏みつけながら、目を向けるタケミナカタ。

 

 

『君は僕の策を見破って逆手に取った。もっと数を揃える事だって出来たんだろう?

 時間をかけて自分たちの力を鍛える事だって出来た筈だ。なのに、君は搦め手を使おうとした』

 

「それは…モルガナが居れば最終的には力押しが出来るから」

 

『違うね。君はいざという時、手段に拘らない強さがある。君にどんな過去があったのかは知らないけど、手段を選ばない人は大抵痛みからの教訓を胸に秘める。プライドに縛られず逃げを選べる。

 最初で君にはうっすらと分かっていた筈だ。僕の心の中(パレス)は簡単には終わらないかもしれないと。だけど、「なりふり構わないならどうとでもなる」と軽んじた』

 

 

 雪乃なら相手がどれ程の力を持っていても叩きのめせるように己を伸ばすだろう。

 

 結衣なら相手の力を知ろうとし、どうにかできるように、仲間を募るに違いない。

 

 戸塚なら相手の事が分からなくとも、出来る限りを準備して万端を整えるはずだ。

 

 

『痛みを知っていた君だけは少し卑怯な手段でも躊躇わずに使って、僕の裏をかいた。

 それよりも痛みを知っていた僕は、それをどうにかできた。ほら、やっぱり痛みは何よりの教訓だよ』

 

 

 しかし、隼人には自分の力に自信があった。

 

 慣れない力であっても、大体の事がなんとかなっていた人生の多くを占める成功体験が。

 

 しかし、八幡には自分の弱さに自信があった。

 

 例えどんな相手であっても、極限にみっともなくなればどうにかはなってきた失敗体験が。

 

 

『自覚するんだ。君たちの危機は君たち自身の怠慢が巡ってきたんだと』

 

 

 隼人も、モルガナも、八幡も言い返す事が出来なかった。

 

 三人ともがそれぞれの理由で「何とかなるだろう」と軽く見ていた事を自覚した。

 

 これが痛みからくる教訓と言うのならそうなのだろう。

 

 これが成長と言うのならそうなのだろう。

 

 痛みを知り、慎重に事を運び、無難に成し遂げられるようになるのを大人になると言うのならそうなのだろう。

 

 けれど

 

 

「さっきからグチグチグチグチうっさい」

 

『えっ』

 

 

 けれど、だ

 

 それを言及する資格が、目の前のタケミナカタ(サカイ)にあるのだろうか。

 

 あるのかもしれないが、それを聞いてやる必要がどこに在るのと言うのか。

 

 

「そう言うくっさいお説教あたし…だいっきらいなんだよね!!!」

 

『ガッ!!! グベッ!!!』

 

 

 八幡を人質に留めようと踏んでいた脚が、戦力になるはずがないと思い込んでいた沙希に思い切りぶん殴られる。

 

 唐突に、予想以上の痛みを受けて、思わずたたらを踏みグラリと身体が揺れ、(かし)いだ頭に沙希のすらりと長い脚がグルンと回し蹴りで突き刺された。

 

 倒れていた八幡を起こし、パンパンとついた土埃を掃うように立ち直らせる。

 

 

「えらっそうにお題目並べてたけどさ。結局あんたの言いたいのは『自分だけが不幸なのは気にくわない』ってだけの八つ当たりでしょうが。他人巻き込んでんじゃねえよ」

 

 

 川崎沙希。彼女は弟妹の多い大家族の長女として育った。

 

 両親が共働きで、必然と下の子の面倒は彼女が見ることになる。

 

 それが苦痛であると言う訳ではない。

 

 若干ぶっきらぼうかつ、第一印象がキツク見られるが、沙希の生来の面倒見の良さと家族への愛がそれを苦しみに思わせなかった。

 

 けれど人付き合いは得意と言えず、ぼっちの生態によくあるように沙希は己の中で自己完結する事が多い。

 

 例えば家計に苦労をかけたくないからと、年齢詐称してアルバイトをしたり。

 

 問題が起きても周囲に頼らず、自分が我慢しようとしたり。

 

 案外心優しい沙希は自分の身代わりになった、盾となった男の子が無碍にされているのに黙っていられるような女の子ではなかった。

 

 そんな彼女の座右の銘は

 

 

「顔はやばいでしょ、ボディにしろ。ボディに」

 

 

 うん。まぁ、ちょっと物騒な感じなんだ。

 

 崩れ落ちるタケミナカタを見下ろしながら、後ろで一つにまとめた長い薄青の髪を面倒くさそうに払った。

 

 なお、彼女の恰好は総武高校の制服であり、体勢が崩れていたとはいえそこそこの高さにあったタケミナカタの頭に回し蹴りをぶちかましたので、スカートの中身は正面からは全開。

 

 位置関係的にジッと見つめちゃう床ペロしてた男が若干気まずそうだった。

 

 あんまりに気まずいからボソッと沙希の座右の銘を呟いちゃうまである。

 

 

『でゅふふ、あぁ………いい』

 

 

 倒れ込んで頭を抱えていたタケミナカタが中身の気持ち悪さを全開に呟いているのに、ドンびいてしまう。

 

 

「やっぱり、ワガハイの決断は間違ってなかった」

 

「あ、あはは。お手柔らかに頼むよ」

 

 

 沙希を無理矢理帰さずにつれてきた(帰す説得が出来なかったともいう)モルガナが目を遠くし、隼人が躊躇いの無さに腰が引けている。

 

 

「どうしてこうなったんだか」

 

 

 憮然とした立ち姿で沙希が吐き捨てるが、多分ここにいる全員がそう思っている。

 

 

「そこのあんた!!」

 

「ひ、ひゃい!!」

 

「手こずってたのは単純に力負けして、抑えが効かなかっただけなんだよね」

 

「そ、しょうです」

 

 

 最も沙希の近くに居た八幡に沙希の怒号が飛ぶ。

 

 敬礼せんばかりの勢いで姿勢を正し、求められた返答をする。

 

 答えを聞いて、「あっそ」と気の無いような声と裏腹に沙希の気配がグンと強くなる。

 

 

「なら、これでなんとかなるでしょ」

 

「う、うそだろ…これって」

 

 

 存在感が増した沙希がギュルンと()()()に包まれる。

 

 そして決定的な一言が黒く染まった沙希の口から出された。

 

 

()()()()

 

 

 黒一色のそれがピシとひび割れた瞬間、爆散

 

 仁王立ちする沙希の背後に浮かぶ般若のような仮面をした存在

 

 肌蹴た着物に真っ赤な体に急所だけ守ればいいと申し訳程度につけられた虎縞の鎧

 

 トゲのついた棍棒のような物をブンと振り回し、見得を切る

 

 

「『オニ』」

 

 

 非常にシンプルな呼び名のペルソナがそこに在った。

 

 

 

 

「なんで使えるのかとか、戦力になるのかとか。無駄な事は聞かないで。目的はあのキモイのをぶっ飛ばして『おたから』をぶんどる。大事なのはそれだけでしょ」

 

「…シンプルなのな」

 

「難しく考える方が面倒じゃん」

 

「それもそう、かもね」

 

「使えてもおかしくはねえ…ねえんだが。うにゃー」

 

『いい、いいよ、川崎さん。僕にこんなにダイレクトな痛みを与えてくれる君はやっぱり僕のママになるために居るんだよ!!』

 

「きっしょ」

 

『アガッ!!!』

 

「怯んだ!? ただの拳で?!!」

 

「物理耐性だった、よな」

 

「『アナライズ』ふぁっ?! ぅ~ん」

 

「意識飛ばしてんな! ハチマン!!」

 

 

 沙希以外の誰もが戸惑っていた中、タケミナカタが沙希へ欲望を満たさんと飛びかかる。

 

 しかし、それを沙希のペルソナが真正面からぶん殴って吹き飛ばす。

 

 八幡のアナライズでタケミナカタの物理耐性を覚えていた隼人の口元がひくつき、沙希へと解析を回した途端意識が飛びそうになる八幡と押しとどめるモルガナ。

 

 端的に言ってカオスだった。

 

 

「耐性とか、よくわかんないけどさ。ぶん殴って効かないって事はないでしょ。なら、効くんだよ」

 

 

 原初の人類の武器である拳が効かない訳が無いから、拳は効くんですね。

 

 そんな当然のことのように、沙希は冷めた眼で吹き飛んだタケミナカタを睨み付ける。

 

 もちろん、そんな沙希の態度だから効果が出ている訳ではない。

 

 彼女のペルソナが物理耐性を持つタケミナカタを物理で圧倒した理由。

 

 

「あのペルソナのスキルの効果だ。『貫通』、物理耐性を貫通する効果…こんなピンポイントなメタがこんなドンピシャな状況で…? ええェェ」

 

 

 そう、彼女のペルソナである『オニ』のスキルの効果なんですね。

 

 見た目通り、沙希のペルソナは物理特化らしくそのスキル構成は『牙折り』『タルカジャ』『貫通』『チャージ』

 

 申し訳程度に初級火炎魔法の『アギ』もあるが、おそらく『鬼』と言う存在が地獄の官吏としての伝承を持つ為だろう。

 

 とはいっても、その『貫通』の効果の範囲は物理のみであり、『アギ』が火炎耐性を貫通するわけではない。

 

 アトラスに詳しい方なら伝わるだろうが、デビサバ仕様の効果である。

 

 

『い、いくら川崎さんの攻撃が効くからって、形勢は簡単に変わりは』

 

「いや、チェックだ『スクンダ』」

 

『はぁ?』

 

「なるほどね。確かに、負けは無くなったかな」

 

 

 さっきまでの醜態はひとまず捨てて、八幡と隼人が立ち直る。

 

 

「ワガハイらがお前に押し込まれてたのは、単純にお前の力に振り回されてたからさ。なら、それと同等かそれ以上の力を持つ助っ人が居て負けるわけがねえだろ」

 

「川崎が『牙折り』するじゃろ、力が弱まる。

 俺が『タルンダ』しなくて済んだらその分『スクンダ』で狙いがずれて被ダメ減少、『ラクンダ』も使えて与ダメ上昇。

 モルガナは回復に手間取らないし、葉山は電撃耐性だから肉盾にもフォロー役にも回れる」

 

『あっ』

 

 

 レベル的にも上回っているモルガナが攻め切れていなかったのは、モルガナのペルソナが力よりもサポートに寄っていると言う点と弱点属性である電撃への警戒。

 

 力で同等、更に『牙折り』で相手の力を弱められる沙希の『オニ』、電撃耐性を持つ葉山の『ツチグモ』、デバフと地味に『物理耐性』な八幡の『アマノジャク』。

 

 表だって言うつもりも無いだろうが、勝利が確定したこの期に及んで我が身を盾にする事への惜しみはしないだろう。

 

 そうして、順当に、正当に、じりじりと体力を削られたタケミナカタはあっけなく消え去り、核となっていたサカイだけが残された。

 

 

 

 

 

 

『本当は、気付いていたんだ。僕の元から妻も子供も去って行った理由。最初から彼女たちの愛は僕に向いていなかった。

 ただ、幼馴染と言う枠に居たから。ただ、彼女を疑うなんて思いもしない愚か者を利用しやすかったから。

 僕が浮気されたんじゃない。僕が彼女の人生にとってスパイスとなる為の浮気相手だったんだ』

 

 

 うなだれてポツポツと溢す。

 

 気付いていなかった、いや、気付こうとせずに見ぬふりをしていた事実を。

 

 

『でもさ、それでもさ。仕方ないじゃないか、可愛かったんだ。好きだったんだ、一緒に居たかったんだ。僕が頑張ればなんとかなればよかった。

 だけど、彼女は僕の愛には愛を返してくれなかった。ただ痛みしかくれなかった。だからその痛みこそが愛なんだって思うしかないじゃないか!!』

 

 

 何処にでもある不倫と男女のすれ違い。

 

 受け入れらない現実を少しでもダメージが少なくなるように置き換える。

 

 そうしないと過酷な現実に耐えられないから。

 

 歪んだ認知でないと我慢できないから。

 

 

「でも、自分が浮気して離婚するのに『女なのに私が慰謝料払うんですか』とか言っちゃうようなバカ女選んだあんたも悪いと思うけどね」

 

『それは自分でもそう思う』

 

「伝説の92?!!」

 

「伝説?」

 

 

 それでも、迷惑かけられた側(沙希)からすれば知らんがな、な話なんだけどね!

 

 

「とにかく、あんたが現実であたしをつけ回さなかったらどうでもいいからさ。SMに通っても、円光しても、居もしないママ(理想)を追いかけようがあたしに関係ないならご自由に」

 

『…居もしない理想、かぁ。本当に、川崎さんの言葉は痛いや』

 

「事実じゃん。自分の望む通りだけに動く相手なんてただの人形でしょ。思う通りになる所も、ならない所も。

 全部まとめて、まあ仕方ないかって思えるのが愛情。それに、あたしは夢とか理想に溺れてる暇も無いんだよ」

 

『塾の学費だっけ、その年で自立しようなんて偉いなぁ』

 

「あんたも早く自立しなよ。良い歳こいた大人でしょ」

 

 

 沙希の言葉にうなだれていたサカイが力ない笑顔を浮かべる。

 

 その身体はタケミナカタが消えた時のように、しかしゆっくりとサラサラ崩れていく。

 

 

『ごめんね、川崎さん。直ぐには立ち直れないだろうけど、きっとこれ以上君に迷惑をかける事はないと思う』

 

「あっそ」

 

『迷惑料ってわけじゃないけど、これ。未練がましく着けてた物で悪いけど、売ればちょっとした金額にはなると思う』

 

 

 崩れる身体に頓着せず、薬指に嵌められていた指輪を抜き取り沙希に差し出す。

 

 

「要らない。あたしは出来る限り自分の事は自分の力で何とかするし、何よりそれ縁起悪いじゃん」

 

 

 しかし、バッサリと断る。

 

 

『…そりゃそうだ』

 

 

 キョトンとした顔でその返事を受け止め、やはり力なく笑うとサカイの身体は完全に消えてなくなった。

 

 ようやく終わったかと沙希が大きな伸びをして出口へと向かい、瓦礫で埋まっているのに悪態をつきペルソナで瓦礫撤去させる。

 

 その後ろではからんと指輪だけが残り、それを八幡が回収する。

 

 愛情と言うモノへの歪みの象徴、彼にとって指輪こそがそうだったのだろう。

 

 『オタカラ』を回収したからか、パレスの主が居なくなったからか、Bar SaSaが揺れ始め、完全に崩れる前にと全員がパレスを脱出する。

 

 一室しかないパレスでは間に合わないと言う事も無く、全員無事に現実へと帰還する事が出来た。

 

 

 

5月18日(金) 夕方 奉仕部

 

「そう。そんな事があったの」

 

「いやいやいやいや、そんな軽い感じで終わらせていい奴じゃなくない?!! ヒッキーなに勝手に無茶してんの?!!」

 

「俺は悪くない。悪いのはこの猫と浮気する女と馬鹿が平然として居られる社会で、つまり世界が悪い」

 

「主語大きくして誤魔化すなし!」

 

「モルガナちゃん?」

 

「今回ばかりは全部ワガハイの責任だ。本当にすまねえ」

 

「猫は悪くないから、バカ女とストーカー、ついでに比企谷くんが悪いって事にしておきましょう」

 

「ゆきのんはモルちゃんに甘すぎ!! てか、雑にヒッキーが悪い事に?!」

 

 

 後日、奉仕部にて連日のさぼり、ならぬモルガナからの強制欠席をようやく解かれて、ここ数日の出来事を説明する事に。

 

 予想通り、結衣が爆発して八幡に詰め寄り、雪乃も静かに激怒してモルガナを膝の上から動かそうとしていない。

 

 

「騒がしいね」

 

「あっ、ごめんね川崎さん」

 

「ごめんなさい。うちの部員が迷惑をかけて。これからはこんなことが無いようしっかりと管理させてもらうわ」

 

 

 そして、その中に一人馴染みのない女子、川崎沙希も同席している。

 

 他のメンバーは戸塚も隼人も部活が有り欠席。なお、材木座はやっぱり呼ばれていない。

 

 

「あの時、戸塚くんや三浦さんのパレスの時、巻き込まれていただなんて…」

 

「そういやヒッキーあの時、なんか気配が何個かするって言ってたっけ。隼人君と姫菜たちが居たからそれかと思ってた」

 

 

 

 『多分、あっちだな。だが…この力の数は』

 『何かあったのか、ハチマン』

 『いや、でかい力の方向に、それ以外の小さい力が…二、三、四? すまんが詳しくはわからん』

 『戸塚くん以外に、巻き込まれた人が心の闇を暴走させているのかしら…面倒ね』

 『いや、そう言う不安定な暴走している雰囲気じゃないが…とにかく、一方向に固まってるから向かう先は変わらん』

 

 

 

「考えてみれば、あの時の葉山以外は認知の存在だったわけで、俺が感知したのとは違ったのか」

 

「無理もねえ。あの時のでけえ力は戸塚殿とユミコ殿の複数の気配が含まれてややこしかっただろうし、ハチマンのペルソナは解析特化ってわけじゃないからな」

 

「見るからに怪しい感じだったから、近寄らなかったのはあたしだからね」

 

 

 あのテニス事件の時、パレスに侵入した彼らのすぐ近くに沙希は居たのだが、警戒心が勝り遠目で見過ごした。

 

 

「そんで、よくわかんないまま居たら、あたしのカッコしてグチグチ煩い黒い変なのが出たからぶん殴ってやったら使えるようになってた」

 

「己の弱さ、心の弱みを司るシャドウを屈服させてペルソナに目覚めたタイプだな。まぁポピュラーな覚醒方法だ」

 

「こんな非日常でポピュラーとはいったい、うごごご」

 

 

 力イズパワー、なんとも単純明快な解決手段で覚醒していた沙希がすごいやら引くやら。

 

 とにかく、そう言った経緯で彼女はペルソナを使えるようになり、その時にある程度シャドウと戦ってペルソナの使い方に慣れていたようだ。

 

 本当は今回もこんな変な力を使わずに済むのなら良かったのだが、あれだけ自信満々な一行があまりに不甲斐なく使わざるを得なかった。

 

 

「とにかく、あたしは新しいバイトも探さなくちゃいけないし、こんなヘンテコな事はどうでもいいんだよね。事情も説明したし、帰るよ」

 

 

 先日、サカイ、現実の酒井へと念のために会いに行き、沙希への執着が無くなっていた事を八幡とモルガナが同行し確認した。

 

 しかし、年齢の事がばれてしまっている為、バイトは断られた(そもそも沙希の存在がばれた理由がバイトの面接)のでまた違う所を探さないといけない。

 

 その為、彼女は若干焦っていた。

 

 高二となり、少しずつ受験へとシフトし始める意識がありながらも、金銭的に塾へ通うのは厳しい。

 

 それなのに、ここ一ヶ月はまともな金策が出来ていない。

 

 夏休みまでにはまとまった金額を用意しないと、良い予備校も選べないかもしれない。

 

 そんな悩みを僅かな欠片から推測する男が一人、ここに居た。

 

 

「なぁ、川崎。PMC、もしくは傭兵家業ってしってるか?」

 

「は?」

 

 

 苦難を共に乗り越えた事で沙希と絆が生まれた

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、法王のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 




ペルソナメモ

オニ…言わずと知れた鬼である。様々な分類が成された人型妖怪と言うくくりの一つ。祖霊地霊、天狗、夜叉、無法者、人里から離れて住む人、修羅となった人等。ただしナマハゲや泣いた赤鬼など、人に益をもたらす存在とも描かれている事もあり、一概に悪とは言えない。明るい髪や目の色で体格が良い人も鬼とされたとも言われる。青髪、高身長、コミュ障…まさか、ね

 アルカナ…法王

 ステータス…物理耐性。電撃弱点。

 初期スキル…牙折り、タルカジャ、アギ、貫通

 性能的には物理偏重、火炎魔法も使えるが物理の方が得意。レベルを上げればチャージも付くぞ。貫通はデビサバ仕様で物理耐性、無効、吸収を無視してダメージを与える。地味にタケミナカタに電撃連打されたらヤバかった。と言ってもタケミナカタも物理偏重のシャドウの為、葉山シールドでなんとかなった。反射だけはどうにもできないので天敵はやっぱりギリメカラとかランダ。その頃にはアギも成長してるだろうから手も足も出ないと言う訳ではないだろうが。

法王のアルカナの正位置には『慈悲・信頼』逆位置には『虚栄・お節介』と言った意味が含まれる。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王…川崎沙希(オニ)Rank1 New

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義…鶴見留美 Rank1
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank1
世界…奉仕部 Rank2


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どうしても比企谷八幡は彼女が欲しい

仲間として、だけどね


5月19日(土) 昼 駅前の喫茶店

 

「…この前、『モテるの?』なんて聞いたのは完全に冗談だったんだけど、もしかして君本当にモテるの? えっ、今どきの流行は死んだ眼男子なの? 魚眼系が熱いの?」

 

「開口一番失礼なやっちゃな」

 

「これが金づる?」

 

「君も口に気を付けてね? 小声でも聞こえてたら大変でしょうが」

 

 

 いつもの店で八幡と沙希が向かい合わせでコーヒーを啜りながら時間を潰していると分厚い眼鏡の奥で狼狽した様子を隠せない白衣の女性が大変よろしくない言葉を放ちながら近づいてきた。

 

 そうだね、奉仕部たちのかねづ、ゲフンゲフン今石燕さんだね。

 

 ピチリとしたデニムパンツと白シャツにクリーム色のジャケットを羽織り、胡乱気な目つきで女性を見つめる沙希。

 

 目つきが悪く睨んでいるように見えるのと、口が悪いのは標準装備なので、ご寛恕くださいますようお願い申し上げます。

 

 今石燕が来たことで隣り合わせに席を移動する。

 

 簡単に紹介しあい、それぞれが落ち着いた段階で今石燕は大きなため息をついてオレンジジュースをグビリ。

 

 ちなみに今日、モルガナは欠席です。流石に今回の件は反省が必要だからと、頭を冷やしに出かけている。

 

 

「冗談抜きで修羅場は止めてね。前も言ったけど、そっち方面は私、苦手だから。管轄外です」

 

「冗談でも止めてよね。あたしにも選ぶ権利があるって」

 

「傷つけられない権利は守ってもらえないんですかねぇ」

 

「はっはっはっ」

 

「乾いた笑いしてないで、本題入りましょう本題」

 

「よろしい。じゃ、今回のビックリドッキリメカは!?」

 

「?」

 

「古すぎて通じないですから…とりあえず、これらです」

 

 

 沙希の反応にジェネレーションギャップを感じて落ち込む今石燕を放置して、前回のサカイパレスのドロップをザラッと取り出す。

 

 と言うか、その番組の放送期間的にこの人も産まれてないはずなんだが、と思いながら、再放送だなと一人解決する。

 

 前回のサカイパレスではフロアが狭く、探索は全くできなかった。

 

 しかし、ボスが最初は雑魚シャドウを大量にけしかけてきた事で、普段の探索よりは少なくとも、そこそこの量が手に入った。

 

 パレスが完全に崩壊する前に、必死に急いで集めた男子高校生の奮闘に乾杯。

 

 

「これも、これも、これも…どれも今までに買い取った物と同じものだね」

 

「まぁ、今回は新発見はなかったんで」

 

 

 未知の物質、今石燕がフォルマ(変化するモノ)と定義づけたそれら。

 

 その研究に会社からの予算が回されて、買い取ってもらえる。

 

 中でも今まで見つかっていない物を割り増しになる契約。

 

 量はそこそこ、新規発見物は無しの為、今回はそこまで高額にはならない。…が

 

 

「ちゅーちゅーたこかいな。うん、新規が無くてもこれだけの量なら…買い取り価格はこうかな。お値段はうまっち」

 

「えっ」

 

「…悪くないですね」

 

「そうかい? そう言ってもらえるとこちらとしてもありがたいよ、両者両得」

 

 

 提示された額に沙希が呆け、八幡はその様子にグッ、と机の下で握りこぶしを作る。

 

 実際、彼女の先月分の給料より少し足りない程度の金額。

 

 八幡、モルガナ、隼人、沙希と言う4人での結果なので、四等分するなら更に低くはなる。

 

 しかし、準備や危険もあったとはいえ、実質1時間も稼働していないと考えれば破格の額。

 

 

「で、新発見が無かったって言うのは本当なんですけど。もし、もしもですけど。

 仮にそのフォルマと同じ性質で出来た貴金属とかが出ちゃったりしたら買い取り額って跳ね上がったりします?」

 

「貴金属のフォルマか…ふむ、考えたことは無かったけれど、そうだね。多分上がるとは思うけど、私の一存だけではねぇ。しがない一研究員の考えだけだし。

 だから、最初はちょっと色を付けて、実物をちょっと研究して他のと明確に違えば更に追加って形になるかも? 知らないけど。…もしかして在るのかい? とびっきりのが、在るのかい?」

 

「いえ、色んなモノが出てくるんで、そんなのが出てもおかしくないよなって疑問に思っただけですから」

 

「そうか、残念無念。じゃ、またある程度溜まったら呼んでくれたまえ。

 だけど、くれぐれも貯め込み過ぎないようにしてくれよ。一気に持ち込まれても経理が困る。

 あの子は本当に加減って物を知らないからさ、ほどほどにね」

 

「前向きに善処します」

 

「それ、しないやつじゃないか。絶対にしないね」

 

「まぁ、俺は振り回されるだけなんで」

 

「そりゃそうか」

 

 

 普段から雪乃に振り回されている(主にパレスとか、溜め込んで一気に換金とか)二人が共通認識を確認し合う。

 

 カラカラと笑って、茶封筒に諭吉を突っ込んで八幡へと渡すとそのまま店を出てしまった。

 

 姿が完全に見えなくなってようやく、沙希がギンとキツイ眼で八幡を睨む。

 

 

「で、どういう事」

 

「簡単に言うと、あのシャドウからのドロップ品な不思議物質(フォルマ)を買い取ってくれる人。何か研究に使うからって大分高い値段でな。

 で、雪ノ下が交渉して税金とかそっち方面は向こうの事務員さんがなんとかしてくれるって形だ。これはそう言う諸々差っ引いた額な。

 つまり、適当にあのシャドウをたおしゃバイトとは比べ物にならない額を、簡単じゃないが稼げるって訳だ」

 

 

 命の値段と比べてどちらが安いか、と言えばまさしく比べ物にならないだろう。

 

 二日前に丁度、危機的状況を味わったばかりの沙希にとって判断材料が足りないと言う事はない。

 

 

「ちなみに、あぁいう力を使えるのは俺とモルガナの他にも、部室に居た雪ノ下、由比ヶ浜だけじゃなく、もう二人いる。

 正直、あのタケミナカタに手こずったのはまともな戦闘要員がモルガナだけだったせいで、弱点をつけるペルソナ持ちが居たら簡単に勝ててたのはマジな話だぞ」

 

 

 実際、あまりレベルの高くないタケミナカタだと、たまに電撃を使うただの力自慢。

 

 八幡のデバフで耐えられるようにして、材木座が弱点をついて怯ませ、その間にフルボッコ(総攻撃)で苦戦する事無く勝てていた。

 

 もしかすると戸塚の『ハマ』や材木座の『ムド』が効いて一発で終わっていたかもしれない。

 

 でなくとも、ペルソナに慣れていない隼人の助力で対処できるのなら、それ以上に習熟している雪乃とモルガナのペアなら押し負けることもなかっただろう。

 

 あの危機的状況は、(ひとえ)にモルガナの意地を張った結果であり、早々起こる事も無いのだ。

 

 ビジョンクエストに限らず、ひたすら何度もパレスに連れ回されているからこその正確な分析だった。

 

 

「…なら、あたしを誘う理由も無いと思うけど」

 

「物理に強い奴がいないんだよ。雪ノ下は雷風属性、由比ヶ浜はサポートと念動、材木座は呪いと風。

 モルガナと戸塚は回復の方が得意だし、葉山は助っ人には呼べても戦力にはならんからな」

 

「戦力的な穴を埋めたい、ってこと」

 

「そんなとこだ。安全マージンは…モルガナみたいな暴走を見られたから多少説得力に欠けるが、可能な限り雪ノ下が確保してる。

 因みに、これが前回のパレス攻略での売却額の個人の取り分の額だ」

 

「んっぐ…あんた、これ高校生が持つ額じゃ」

 

「怖いだろ、俺も怖い。特に扶養を外されるのが一番怖い」

 

「そう言うレベルじゃ…はぁああああああ」

 

 

 ひたすらに大きなため息で目の前でズレた言葉を吐いている同級生に呆れる。

 

 いや、現代日本で住む子供なら気にしないといけないのかもしれないが「なんでだよ、大事だろ。扶養は。手続きめっちゃ面倒だからな。親にそれをしてもらうように頼むとか面・胴通り過ぎて突き・リバーブローに行っちゃうまである」じゃないんだよ。

 

 ここから消耗品代なども必要経費として出費があるのだが、それでも十分に拘束時間に対して破格の報酬になる。

 

 

「正直、危ない事にはなると思う。だけど、まぁ本気で面倒な件には付き合わなくても構わん。

 偶に雪ノ下から招集からかかった時にヘルプしてくれるだけで十分だし、それだけである程度まとまった金にはなる」

 

「だから、傭兵ってわけね。葉山とかとは違うんだ」

 

「あいつはそもそもペルソナを毛嫌いしてるからな。取り分も要らんって言うし、こっちが頭下げない限り関わりたくも無いんだろ。知らんけど」

 

「つまり、これはあんたとあたしとあの猫の三等分…」

 

「モルガナは今回の件でやらかしたから取り分は無し」

 

「二人で山分け…ふぅん」

 

 

 八幡がこうも熱心に勧誘しているのにはペルソナの相性的な一面だけが理由ではない。

 

 熱くなりやすく、負けず嫌いな雪乃

 

 いざとなれば雪ノ下のストッパーになるが、逆を言うといざという時以外は止めない結衣

 

 今回の件で大人しくなったと言っても、変な所で暴走するモルガナ

 

 材木座は適当にあしらえばいいとして、戸塚は押しが弱いのと八幡の方がアクセルになってしまう

 

 つまり、常識的なストッパーが誰も居ないのだ。

 

 普段からは真面な雪乃や、八幡がブレーキになればいいのだが、それが機能しない場合に致命的な事態になってしまう恐れが付きまとう。

 

 奇しくも今回の一件でそうした危機感を八幡は抱いた。

 

 だからこそ、見た目は怖くとも家族を思いやって、危地でも冷静な判断が出来ていた沙希を出来るだけ仲間に引き入れたいのだ。

 

 咄嗟の時に物理耐性だからって、肉盾にされるのは嫌でござる!! と言う、ペルソナの耐性からくる扱いへの不満はそんなにない、ないってば、無いって言ってんだろ!

 

 そんな八幡の目論見を知ってか知らずか。

 

 沙希は彼を見て、少し考える…が、あまり悩む事無く彼女は答えを出した。

 

 

 

 

 鬼、それは我らとは違う異人を示す。

 

 この世ならざるモノであり、大柄で凶暴である。

 

 地獄の兵卒でもあると言う逸話もあり、どうしても忌避感を覚えてしまう。

 

 だが、世間一般的に言えば泣いた赤鬼、般若の面も鬼と分類されるし、少し離れるが神話で言えば鬼子母神も鬼だろう。

 

 これらは全て情が深いと伝えられている。

 

 青鬼という身内の為にわが身を犠牲にする精神。

 

 般若とは情が深いが故に裏切られた事を切っ掛けに反転した愛憎。

 

 我が子の為ならばどのような事も出来る存在を鬼子母神とも称す。

 

 つまり、鬼とは我らならざるが思いやりの強い存在であるのだ。

 

 その思いが身内に向いている為、外敵には容赦がない証明でもあるのだが。

 

 大衆に迎合するよりも己を貫き、何よりも身内を大事にする。

 

 ならば、彼女のもう一人の自分(ペルソナ)は正真正銘、彼女自身と言ってもいいのではないだろうか。

 

 

 

 

「ま、そこまで言われたら仕方ないね。で、次の予定は決まってんの? あたし他にもバイト入れたいから不定期だと行けない時もあるかんね」

 

「はやい、早いよ。ひとまず今週来週は試験があるから活動は無し。

 職場見学終わったら来週末由比ヶ浜はクラスの奴らと遊ぶって言ってたから、多分早くても再来週のどこかか、その土日だな」

 

「おっけ。予定あけとく。じゃ、コンゴトモヨロシクってことで」

 

 

 さらりと、自分の携帯番号とアドレスを書いたメモを突き出す沙希。

 

 話も一段落し、これと言ってやることも無いが、折角のコーヒーを残すのも勿体ないと、二人して残っていた物を片付けていく。

 

 そんな中、不意に八幡が何かを思いついたようにカバンを漁り、小さな何かを握って取り出す。

 

 

「そういや、これ」

 

「なに」

 

「い、いや、そのだな。試験もあるから今週来週まともに活動できないんで、その補填って訳でもないんだが…一回受け取り拒否してたのを蒸し返すのも何なんだけど」

 

「だから、はっきり言いなよ。うじうじと」

 

 

 そう? はっきり言っちゃっていいの? と念押しするような顔の八幡をいいから、と眉間にしわを寄せて急かす。

 

 そして、目前の握りこぶしの下に手の平を差し出すと、その手が開かれて小さな金属が落とされた。

 

 一瞬、何? と眉根を釣り上げて、その存在に理解が及んだ瞬間

 

 

「あ、あんた、これ…! は、は、はあ?! なん、なんであたしに!!?」

 

 

 小さな金属の輪っかにちょこんと更に小さな宝石があしらわれた、綺麗な指輪が沙希の掌に握られた。

 

 まさか目の前の男子に贈られるなんて予想もしていなかった沙希の思考が明後日の方向に暴走し、頬を紅潮させる。

 

 

「物は物でしかないだろ。要らねえって断ってたけど、それの処分するのは多分お前しかやっちゃダメだと思ってな」

 

「へっ、あ。あぁ、あの時の指輪か」

 

「それがオタカラだったからな。持ってこざるをえなかったのと、他のと纏めてあの人に売り払うのも気が引けてんだよ」

 

 

 かーっ、と顔に血を昇らせた沙希がその正体に気付き、しゅるしゅると冷静に戻っていく。

 

 そりゃ、そうか。と納得し、変な所にコーヒー入りかけたじゃんと内心悪態をつきながら、渡された指輪をつまんで店のライトに透かして見る。

 

 確かにあの時、沙希は『自分の事は自分の力で何とかする』と啖呵を切ったわけで。

 

 それをいきなり前言撤回するのも何だかカッコ悪いが、かと言ってぽいと捨てるのも何かが違う。

 

 それに、話を聞く限り、これは普通に貴金属店に持ち込むよりも高く買い取ってもらえる可能性があるのだ。

 

 中古の指輪、しかも結婚指輪なんて大した額にはならないと思っていたが、いざ現実で高値が付くと聞くと揺れるものがでてしまうのは人間だから仕方ない。

 

 

「それに…」

 

「ん、なにさ」

 

 

 この悩みの種をどうしてくれようか、と眺めていると、視界の端でモジモジする気持ちの悪い動きをしている男子が。

 

 なにこいつ、と胡乱な目で見ると、その男子は口元に手をやり、ヒソヒソ話をするように声のトーンを落として

 

 

「それ売ったらすぐにまとまった金が入るだろうから、もう援助とかパパとかお風呂屋さんで働かないで済むだろ。流石に高校生がそう言うのに手を出すのはヤバいと「死ね!!!」たらちね!!!!」

 

 

 非常に失礼な事を言って来たので拳で机に沈めてきた。

 

 

 しね、本気でしね

 

 

 誰が尻軽女だ! 弟が迷惑かけたと聞いていなかったら本気で千葉の海に沈めていた。

 

 ぷりぷりと、周囲から見るとギラギラした目つきで店を出る。

 

 

「あんときはカッコよかったくせに」

 

 

 

 川崎沙希との仲が深まった気がする

 

 

 

 後日、八幡の誤解は解けたが、試験期間中、結衣からすらも冷たい眼で見られることになった。

 

 だって、そう言う噂が流れてたんだもん! 八幡悪くないもん!!(悪いです)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

5月19日(土) ???

 

「よっと、夜分に悪いな。今回の件での報告だ」

 

「―」

 

「今回、わざと危険にさらしてみたが、特に怪しい所は見当たらなかったな」

 

「―――」

 

「本気の命の危険って訳じゃなかったのも一因かもしれねえ」

 

「――――」

 

「もちろん、的外れな可能性もある」

 

「…」

 

「だけど、どう考えてもあいつ、いやあいつらはおかしい。何かしら隠されているのは間違いねえ。

 それが、もしも致命的な事態に繋がったら悔やんでも悔やみきれねえだろ」

 

「――――――」

 

「他の世界線でも僅かな油断、見逃しが深刻な事態になったってことは多いんだ。油断大敵。今回、予想よりも手こずったのはまさしく油断だったんだろうな」

 

「―――――」

 

「思っていたよりも余裕はないのかもしれねえ。だからこそ、心苦しいだろうが、隠しきるしかねえ」

 

「…」

 

「悪いが、そろそろ行かねえと怪しまれるからもう戻るぜ」

 

 

 ヒラリとその姿を消した扉を見つめながら、瞳を伏せる。

 

 垂れてきた髪を耳に掛け、こそこそと動いている自身を嫌悪する。

 

 青が深まり黒くなった空に浮かぶ月を見つめ

 

 

「また、嘘をついてしまうのね」

 

 

 サボンの香りが漂うその部屋で、一人溢したその言葉を聞き届ける存在は誰もいなかった。

 




 俺ガイルメモ

 実は前話、サカイパレスにてタケミナカタの攻撃から庇った事で若干、沙希からの好感度が上がっていた。案外彼女、乙女なんすよぉ。白馬の王子サマ的なシチュ、男に庇われるとかトキめいちゃう。なお、その後で台無しにするスタイル。
 多分原作の八幡なら咄嗟に誰かをかばうとかはしないし、出来ない。もちろん考えに考えきったらするかもだが、身体が自然と動くのは解釈違い。ただ、今作の八幡はとある事情により、そうした行動を率先して取ってしまう。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)
法王…川崎沙希(オニ)Rank2 Up

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義…鶴見留美 Rank1
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank1
世界…奉仕部 Rank2


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葉山隼人の願いはちっぽけで大きい

ひとまず連続更新はこれで一旦終わります。
また書き溜め増えたら一区切り分、次は陽乃登場を更新する予定ですが、更新履歴みたら6月と11月にしか更新してないので、もしかしたら暑さに負けて過ごしやすくなるまで放置する可能性は高いです。あまり期待しないでお待ちください。


5月21日(月)

 

 遂に試験が始まった。

 

 総武高校では一週間丸々試験期間に当てられる。

 

 今までの勉強の集大成を見せる時だ。

 

 雨の日も風の日も、パレスの在った日も、ビジョンクエストに連れ回された日も。

 

 結衣の提案で、ファミレスで勉強会(勉強になったとは言っていない)した日も。

 

 負けずに日々積み重ねた努力の結果を見せてやるぜ! と八幡は意気込む。

 

 そう言えば、モルガナはどこに行ったのだろうか。

 

 最近ちょくちょく姿を消すが、また雪乃の家に行っているのか、(あるじ)とやらに報告に行っているのか…どうでもいいか。

 

 

 試験一日目

 

現代文からの出題

 情熱思想理念頭脳気品優雅さ勤勉さそして何より…

何が足りないでしょう

 

 パワーが足りない

→速さが足りない

 初めてですよ私をここまでこけにしたおバカさん達は

 

 手ごたえを感じる

 

 

5月22日(火)

 

 試験二日目

 

数学からの出題

 極道の花山君はちょっかいをかけてきた半グレをぶちのめす為に300の破壊力が必要です。

 極道の花山君はどれだけの握力でこぶしを握ればいいでしょうか。

 なお、花山君の体重は166kgとし、スピードは重力加速度とします

 

 握力は300必要

 握力×体重×スピードの公式を利用する

→真の英雄は眼で殺す

 

 何か違う気がする

 

 

5月23日(水)

 

 試験三日目

 

世界史からの出題

 エジプト文明で使用されていたとされる筆記具の名前を答えよ

 

→パピルス

 葦のペン

 青銅製のペン

 

 何か違う気がする

 

 

5月24日(木)

 

 試験四日目

 

地理からの出題

 千葉の名物と言えば

 

 みすピーとゆでピー

 京葉線の運航中止

→祭りと踊り

 

 手ごたえを感じる

 

 

5月25日(金)

 

 試験最終日

 

政治経済からの出題

 無気力症候群が発生したのは何年か答えよ

 

 2000年

→2009年

 未だに判明していない

 

 何か違う気がする

 

 

 ペンが全く進まない!

 

 

 

 

 

 

 紙のめくる音と、キュキュとペンが擦れる音が鳴る。

 

 真剣な目で複数枚の紙束を流れるように処理するのは雪乃。

 

 そして雪乃の様子をごくりと喉を鳴らしながら見つめている結衣。

 

 我関せんずとふぁと欠伸をする八幡と材木座。

 

 えっと、と何故結衣がこんなに真剣なのか分からず戸惑う戸塚。

 

 いつものメンバーが奉仕部の部室で集まっている。

 

 

「………終わったわ」

 

「ごくり」

 

 

 そんな一種、緊迫感を持っていた空間に雪乃の静かな声が通る。

 

 さっきまでペン入れをしていた紙束をもう一度ざっと流し見して、閉じ直す。

 

 

「で、どうだったんだ。テストの結果は」

 

「ギリギリね。予想平均点を大きく下回る科目はあったけれど、赤点は無し。

 大分厳しく採点したから、先生の裁量によってはもう少し上がることはあっても、下がる事はないと思うわ」

 

「ぃ、っやったーーーー!!!」

 

 

 そう、雪乃はつい先ほどまで総武高校で実施されていた中間テストの採点を行っていたのだ。

 

 

「ただし、あくまで、これは由比ヶ浜さんが『多分こう回答したはず』と言う記憶だよりの写しを採点しただけだから、予断は許さない事は」

 

「いや、普通の人は一回やっただけのテストを、問題から自分の回答まで完璧に覚えてられないからな」

 

 

 ぴょんぴょん跳ねて身体全体で喜びを表し、よくわからないけどノリを合わせている戸塚にハイタッチしている結衣。

 

 八幡はそんな彼女に水を差すように告げる雪乃に、呆れたような口調で突っ込む。

 

 材木座は、結衣が自分の所にも来ないかな? 来られても困るけど。しかし、お山は素晴らしいな! と色んな感情で複雑そうな目で喜ぶ様子を見ている。

 

 

「じゃ、約束通り、行こう!」

 

 

 ひとしきり喜び終わった後、息を整えて大きく手を上げて告げる。

 

 ワクワクと、興奮を隠しきれないその背後にブンブン振り回される尻尾が見える。

 

 まるで「散歩? 散歩だよね、散歩!」とリードを咥える犬の様だ。

 

 

「はぁ」

 

「自己採点で赤点一つもなかったら打ち上げする約束!」

 

「分かってるわよ」

 

 

 ある日、中間テストに向けた勉強会をしていた最中。

 

 あまりにもモチベーションが低く、成果につながらない事に段々と焦れ始めた結衣。

 

 彼女はそれを「ご褒美が無いから」だと主張。

 

 そうしてなんやかんやと却下しようとした雪乃だが、結局雪乃の甘さと結衣の押しの強さで打ち上げを条件付きで約束させられたのであった。

 

 なお、残りの男三人衆には拒否権すらなく、勝手に参加が決まってしまっている。

 

 

「じゃ、何しよっか。ボーリング? カラオケ? ダーツ? えっとスポッチャ? あ、沙希も呼ぼっか」

 

「最後の一つだけで全部できそうだな」

 

「川崎さんはお家の用事があるって言ってなかったっけ?」

 

「あまり体力を使うのは…」

 

「とにかく、行こう! 行けばわかるって誰かも言ってたし!!」

 

 

 さあ行こう、やれ行こうとグイグイ押す勢いで部室を後にする一行であった。

 

 

5月25日(金)昼

 

 

「う~ん、どこで打ち上げる?」

 

「河川敷でも宇宙ステーションでも何でもいいから手早く済まそうぜ。

 土日挟んで週明けには職場見学なんだから、家に帰って準備しないとな」

 

「職場見学で準備しないといけない物とかあったっけ?」

 

「そりゃあるだろ。体力とか、気力とか、やる気とか」

 

「前提からして活力が足りなさすぎる!!?」

 

「あなたはまず生気を確保する所から必要じゃないかしら」

 

「生き血を啜る趣味はねえよ」

 

「こぷん、生ける屍(リビングデッド)の相棒には生に満ちた勇者が居ればいい、違うか、八幡よ」

 

 

 とりあえずどこに行くにしても交通の要所を抑えるかと千葉駅までダラダラ歩き到着する。

 

 そうして適当な壁にもたれかかり、さてなにをしようかと途方に暮れる。

 

 この中で主体的に音頭を取れるのが結衣くらいしかおらず

 

 そしてその結衣も5人のまとまりを引っ張れるだけの主導性を持っていない。

 

 開始早々グダグダっぷり、これはもう終わりですね。と八幡ではなくとも言いたくなる。

 

 

「…」

 

「ん? ゆきのんどうしたの?」

 

 

 そんな迷える子羊たちの内、一匹がじつと特に目立つものが何もない壁に視線を取られる。

 

 子羊、もとい雪乃の様子に気が付いた結衣が問いかける。

 

 

「え? あぁ、いえ。映画、と見えてちょっと思い出しただけよ。そう言えば映画観れていなかったなって」

 

 

 雪乃の言葉につられて面々が視線を向けると、壁には一枚の映画宣伝のポスターが貼られている。

 

 確かに前回、映画館に戸塚と行った際はレッドマンやビジョンクエストといったあれこれで、結局映画は観れていない。

 

 

「そう言えば我も最近公開された仇討ちモノが気になっておってな。八幡よ」

 

「そうか、俺の気分はホラーだな」

 

「僕的にはラブストーリーとかアクション系が無難かなって」

 

「「ラブストーリーは無理、蕁麻疹が出る」」

 

「ヒッキー、中二とハモる位嫌なの?!」

 

 

 それぞれが何となく映画の話題にシフトしていく。

 

 胸元に手を当てて思案気な顔でボーっとしている雪乃にこてんと首をかしげる結衣。

 

 結局、その後は以前、前回の分を取り返そうと結衣が音頭を取り、改めて映画を観ることにした。

 

 その際、どの映画を観るかで

 

 「あたし、これ見たい!」

 「じゃあ、私はこれを観るわね」

 「そうか、なら俺はこれ観るわ」

 「我はこっちだな」

 「え、えっと」

 「じゃあ、各自観終ったら解散」

 「って、ストップストップストップぅうう!!」

 

 なんて変に息の合ったぼっち特性を発揮して、受付のお姉さんに飛び切りの愛想笑いをされてしまうのであった。

 

 結局決まり切らずに適当な話題の映画を全員で観て、喫茶店でグダグダと映画の感想を言い合って解散となった。

 

 打ち上げって、こういう物なの? と帰宅後に妹の小町に聞いてみたが「そんなもんなの…うぅ、お兄ちゃんが何か普通の高校生っぽい事してて、小町嬉しいよ」とかほざいていたので、そんなもんかと納得した。

 

 そろそろ寝るかと、ふとベッドを見てみると姿を見せなかったモルガナが寝息を立てている。

 

 家主よりぐーたらしてるんじゃねえとピキっと来たが、まぁ畜生のやることだ。多めに見てやるよ、と額にホワイトで「紳士」と書くだけにとどめた。

 

 来週は職場見学だ。

 

 

5月26日(土)

 

 沙希が月末で金欠がヤバいと言う事で急遽八幡、材木座、戸塚の4人でレベリングする事になった。

 

 モルガナが来ないのは珍しいな、と思った。

 

 翌日の買取であの指輪はやっぱりそこそこの値段で買い取ってもらえたので、男どもの財布が少し潤ったのは良かったと思います(小並感)。

 

 

5月28日(月) 昼

 

 先週受けた試験の結果が返って来た。

 

 八幡は文系科目は十分な点数を取っているが、理数系科目は壊滅に近い。

 

 ぎりぎり赤点ではないというだけで、一歩間違えれば後ろで「やった、見て見て優美子!」と騒いでいる結衣にすら負けている可能性がある。と言うか数学は確実に負けている。

 

 

「俺の志望校は私立文系だから(震え声」

 

「もう、進路決めてるんだ。早いね、八幡」

 

「まあな。それに、総合順位的に言っても学年で真ん中より上だし。戸塚はどうだった」

 

「えへへ。今回は僕、ばっちりだったよ。じゃん、学年50位以内に入ったの初めてだよ」

 

 

 テスト結果で一喜一憂。

 

 いかにも学生らしいやり取りをしながら荷物を纏める。

 

 テスト明けの月曜日は午前にテスト返却、昼からは職場見学となっている。

 

 八幡たちが選んだ会社は近場にある為、移動時間もあまりかからないので、少しゆっくりしていられる。

 

 そんな和気あいあいとしている二人のそばに一人の男が近寄ってくる。

 

 いつものように、人のよさそうな笑みを浮かべている葉山隼人だ。

 

 

「や。今日はよろしく」

 

「あっ、葉山君。こっちこそよろしくね」

 

「…じゃ、適当に行くか」

 

「戸部! 大和、大岡も、終わったら連絡するな」

 

 

 隼人の声に三者一様、「うぇーい」と気の抜けた大学生のような返事に苦笑する。

 

 優美子は「隼人ぉ、用事とかさっさと終わらせてよね」と愚痴っているが、他の二人、結衣と海老名になだめられ、隼人を抜いたクラスカーストトップグループの六人は一足早く教室を出て行った。

 

 

「待たせてごめん。行こうか」

 

「ううん、気にしてないよ」

 

「…やっぱ、俺こいつ嫌い」

 

「ほら八幡、いこ」

 

「そだな! 逝こうぜ戸塚!」

 

 

 戸塚との蜜月(八幡の中では)を邪魔されて、しかもいきなりリーダーシップを取られて、と根っからの陰キャ八幡が陽キャへの苦手意識を再確認し、戸塚に浄化される。

 

 そう、今回の職場見学は八幡、戸塚、隼人の三人が一組になって向かうのだ。

 

 

「つか、今石燕の所って雪ノ下の傘下だろ。お前なら親に頼んだりとか、どうとでも出来たんじゃねえの」

 

「そう言う所でコネを使うのは好みじゃないって言うのもあるんだけど…あまり知られるべきじゃないんだろ? ペルソナの力って」

 

「だから、わざわざ八幡に頼んできたんだね」

 

 

 そして、彼らが向かうのは今石燕の所属するシンクタンク。

 

 

「腑に落ちない所はあるけどな」

 

「今石燕って人に相談があるんだ。君たちになら隠す事でもないけど、オカルト(ペルソナ)方面の事だから皆には遠慮してもらったんだ」

 

「そこじゃねえよ。俺に借りを作ってまですることか、って意味だよ。分かってんだろ」

 

「前回の件で、貸し借りは無しじゃなかったか。それに、しらを切られたり、嘘を言われない為にもね。紹介するってそう言う事だろ」

 

「ウソ発見器じゃねえぞ」

 

「まあまあ、八幡。保証人として信じて貰えてるって事でいいでしょ」

 

 

 けっ、と悪態をついて歩を進め、目的地に着く。

 

 受付でアポを照会し、会議室らしい部屋へと通された。

 

 

「ほぼ連日だね、昨日ぶり。そちらのお二人とは初めまして、初対面だよね。ひとまず、私の職場に関しての説明と簡単な質疑応答をしたいと思う。

 …あぁ。もちろん、事前に聞いていたあの件に関しての時間も確保しているから安心してくれたまえ、乞うご期待」

 

 

 ホワイトボードの前で会社の概要を纏めていたいつもの恰好、白衣と分厚い眼鏡をかけた今石燕が早く、と急かすのに合わせて今回の職場見学と言う表向きの目的を果たす。

 

 長机に並ぶキャスター付き椅子に座り、今石燕の説明が始まる。

 

 後日、レポートだとか感想文的なのを提出しなければいけない為、ここをさぼる訳にはいかない。

 

 建築に何故民俗学やオカルト方面の知識が必要なのか、その具体例と、その業務の一部を開示してもらい、更に最近では()()()()()の研究も開始している。

 

 そこに言及されてようやく、隼人は本題に入る事が出来た。

 

 

「あなたに訊きたい事は一つです。その未知の物質―フォルマ―の研究を進めれば、それを生み出す存在を消し去る事が出来るのか。

 いいえ、この世から消す事は出来ずとも封印だとか、人間社会への干渉を遮断するとか、そういう事は可能なのでしょうか」

 

「ふむ…」

 

 

 葉山隼人は家庭的にも経済的にも恵まれた家庭に生まれた。

 

 親は高給取りの代名詞である弁護士と医者。

 

 弁護士である父親は太い顧客を持ち、誇りと正義を胸にしている。

 

 一人っ子であり、家庭内では上にも下にも気を使うべき存在が居ない為、父母のどちらの跡を継ぐのかはプレッシャーになるものの、過剰な押し付けがましい期待はされておらず、隼人本人の意思を優先してくれている。

 

 おそらく、何事も無ければ法学関係に進み父の跡を継ぐか、もしくは跡を継がずに似た別の道を選ぶだろうとぼんやりと考えていた。

 

 隼人自身も才能に恵まれ、その道を歩むことに苦労はしても不可能ではないと確信を持っていた。

 

 そうした16年ほどの人生で子供らしく過信によって間違ったり、正義感でから回ったりしたこともある。

 

 しかし、彼の歩みのほぼ全てで、一つ自信を持って言えるのは、行動が間違っていたとしても自分の信念は間違っていないと言う事だ。

 

 正しさは報われるべきだし、弱きを虐げるのは悪い事だし、理不尽へと吠えるのは決して間違っていない。

 

 変えられない事もあるし、無駄な努力に終わるかもしれない。

 

 それでも、葉山隼人は理想に向かって疾走(はし)る事を諦めきれないのだ。

 

 最も自分の理想を体現する理想の背中、正義を求める父親の姿をずっと見て来ていたから。

 

 

「持ち込んできた物を得る為に、彼らは危険を冒しています。もちろん、これは彼らの事情であり金銭を得る為にそうした危険に飛び込んでいる訳でもなく、止むを得ない事情であって、そうした物を得るのはあくまで副産物に過ぎない。

 だけど、そうした危険があると言う事が、そんな危険な状況を子供が対処しなければいけないと言うこと自体が間違っていると思うんです。なら、根本的な解決手段を模索するのは当然だと…俺は考えます」

 

 

 そうなのかい? と視線で疑問をぶつけてくる今石燕に頷き首肯する八幡。

 

 安全マージンは極めて高く確保しているからと言って、危険が無いと言う訳ではない。

 

 具体的に言えばLv5位は上回るだとか、複数体は可能な限り避ける程度のマージンだとかで、石橋を叩くようにしている。

 

 けれど、八幡のナビがあるとは言え完璧に奇襲を防げるわけも無く、奇襲されれば全属性弱点なんて言う八幡が真っ先に死にかけるし、安全策を取りすぎて時間がかかり過ぎる事も多々。

 

 もしも、悪神なんていう不安要素が無ければ、八幡も雪乃も関わる事は無かっただろうし、そうなれば結衣も戸塚も関わらないだろう。材木座は知らん、嬉々として飛び込んで『前が見えねえ』と懲りるんじゃない? 知らんけど。

 

 だからこそ、隼人は憤るのだ。

 

 こんなモノ、無い方が良いんだと。

 

 危険からは遠ざかるのが一番なのだと。

 

 

「…結論から言うと、出来るかもしれないし出来ないかもしれない、まだ未知だとしか言えない」

 

「…」

 

「フォルマの研究をしていて見つかった性質に、何にでも成ろうとする特徴があるからね。例えばフォルマを作り変えてそれそのものを抑制する事は不可能じゃないと思う。

 だけど、フォルマによって特性、例えば君、比企谷君が持ってきてくれたのだと天使の羽根っぽいの。

 これの変動は秩序、法則性があるように見えるが、翻って先日の皮(モコイ産)なんかは無秩序に動く、まるで混沌にね。

 けれど、どちら付かずに動くかと思えばどっちをも殲滅に動く性質のものなんかもある。

 簡単に言うと、サンプルの少ない今の段階では断言できないと言う訳、はっきりとはね」

 

「つまり、もっとフォルマを持って来いって事ですか」

 

「強要はしないよ? する必要もないし、する意味を見いだせない」

 

 

 雪乃が、八幡が、結衣が戸塚が材木座が沙希が

 

 友達が、クラスメートが危険にさらされる。

 

 こんな理不尽に抗わないと言うのは隼人にとって不自然な事だった。

 

 だから、抜本的な改善を。危難からの解放を望んで、今石燕との会談に臨んだ。

 

 けれど、望んだ答えは返ってくる事は無く、逆に危難へと飛び込めと言われる始末。

 

 戸塚との雑談で出た話では八幡たちは一部、金儲けの手段として見始めている。

 

 この非常識を日常に組み込み始めているのだ。

 

 とても怖い事だと思う。

 

 クラスの友人に降りかかるとても怖い事を、いつまでも自分に降りかかってこないと思い込み続ける事は難しい。

 

 隼人は人の痛みに共感できる。

 

 他人の事も自分事のように考えられるからこそ、よそ事だと切り捨てられない。

 

 自分の周りの世界が、彼らの日常(非日常)に侵食されるのがとても怖いのだ。

 

 

「…すこし考えてみます。また、お時間をいただければありがたいのですが」

 

「うん、私としては別に構わないよ。はい、名刺」

 

「ありがとうございます」

 

 

 話の成り行きを見守っていた八幡と戸塚が、話が終わった事を確認して少し息をつく。

 

 八幡はぐっ、と背伸びをして立ち上がり、スカスカなカバンにもらったお茶のペットボトルを片付けて帰り支度をする。

 

 

「あぁ、そうだ。君、比企谷君。封印だとか根絶だとかは無理だけど、フォルマの研究がある程度結果を出してね。君に売れるモノが少し増えたよ。

 具体的に言えば、チャッカマン代わりだったり、静電気発生装置的な? まぁ、君に必要かどうかはわかんないけど、是非ごひいきに」

 

 

 今までのフォルマ取引量が彼女たちの研究成果を導いたようで、今石燕からそう告げられる。

 

 どうやら今石燕から買える物のラインナップが増えたようだ。

 

 パレスで使えばアギ等の初級魔法の効果を持つ使い捨てアイテムが追加された。

 

 

 

 今石燕との仲が深まった気がする

 

 

 

「君たちはこれからどうする? 俺は、優美子や戸部に合流してそのまま適当に遊ぶ予定だけど。よかったら二人もどうかな」

 

「僕は学校に戻って練習するから、ごめんね。八幡は?」

 

「予定はないが、行くつもりも無い」

 

「…そうか。じゃ、また明日」

 

「葉山」

 

 

 解散する直前、それぞれが分かれようとした背中に八幡が呼び止める。

 

 振り返るその顔は常の微笑みを浮かべているが、一体どんな心境なのだろうか。

 

 

「頭下げるんなら、仲間に入れてやっても良いぜ」

 

「…はっ。ナイスジョーク」

 

 

 意地の悪い顔で吐かれた言葉に、一瞬キョトンとしてやはり意地の悪い顔で拒絶する。

 

 危険は避けるべきという隼人の信条からすれば八幡や雪乃は相いれない。

 

 けれど、そこに友達である結衣や戸塚が含まれている。

 

 友達が危険に飛び込むことも出来るならば許したくない。

 

 その根本的な解決法を探る手段として虎穴に飛び込む必要が出てきた。

 

 だからと言って隼人が協力しようものなら、必ず優美子が追いかけてくる。

 

 友達を危険から遠ざけたいのに、自分から近づけさせてしまうのでは本末転倒。

 

 だからこそ、八幡の申し出を口実にする手段は、一つの方法としてよかった。

 

 優美子は決して彼女らに頭を下げようとはしないだろうから。

 

 

「君に下げる頭は無いよ」

 

 

 一人、皆との待ち合わせ場所に向かう中、独りごちる。

 

 スタンスも違えば信条も違う。

 

 自分を曲げるのは出来ればしたくないし、自分までも変な行動をとってしまえば誤魔化しがきかなくなってしまう。

 

 それが何よりも嫌だった。

 

 けど、その気遣い(とてもひねくれた)には内心、感謝しないでもなかった。

 

 

「ほんの少しだけ、だけどね」

 

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、皇帝のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 




愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)Rank1 New
法王…川崎沙希(オニ)Rank2

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義…鶴見留美 Rank1
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank2 Up
世界…奉仕部 Rank2


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惜しむらくは比企谷小町の策略は詰めが甘い

6月も7月も8月も!9月も10月も!僕は!
待ってた!!!
…何を?
お気に入り数150(本人除く)だろぉ!?

………半分冗談です

やっぱり11月までかかりました
と言うかまだ書き終わってないです
何度も書き直して、そのたびにやっぱ違うってなってました
江戸で聖杯戦争してたり、積みゲー消化に忙しかったんです許して(まだまだ積んでるけど)
P5Tが発売されるから諦めて、急いで投稿してます

あらすじ
川なんとかさんと一緒に改心したり、
期末テストと職場見学に行った
葉山隼人がなんかこじらせてそうだった

6月といえば? そうだね結衣の誕生日にともなう名前を出してはいけないあの人だね!
と言う訳で7話分くらい(書き終ればもう1,2話増)投稿します


6月8日(金) 夕方

 

 初夏の匂いが漂い、過ごしやすかった春の終わりを実感しながら週の終わりをしみじみと思考を馳せる。

 

 中間テストも(つつが)なく、とは結果的には言い難いが終わり、職場見学も隼人が少し落ち込むだけで済んで万々歳。

 

 直近で憂鬱になるイベントは来月の頭に迫る期末試験位かと、学校行事を思い起こし、えっ、中間終ってすぐなのにまた直ぐに期末でござるか? と呆気に取られてしまう。

 

 特に6月なんて祝日も無いブラックマンデーならぬブラックマンスで、あまりにブラック過ぎて社畜適正強化月間なのかなと思っちゃうまである。

 

 そんな折角の週末を鬱鬱とした気持ちで一人帰宅している八幡。

 

 普段ならここに黒猫のモルガナが居るのだが、今日の彼の周囲には誰も居ない。

 

 部活と言う名のグダグダタイムが終わって、彼の黒猫はまたも猫好きの部長様にとっ捕まってしまったのだ。

 

 4月からほぼ二ヶ月の間、八幡がモルガナを(望まずとも)占有していた為か、猫中毒の禁断症状が出始めたのか、最近の雪乃はモルガナを構い倒している。

 

 そのおかげで八幡は一人の時間を満喫できているのだが、ただでさえ軽いカバンが更に軽くなったことで少し違和感を覚えている。

 

 そんなちょっとした感傷は目前に迫る梅雨の時期の所為だと納得しながら、テストも頑張ったしこれからジメジメする季節だし夏バテに負けないように自分にご褒美でもあげようかと、丸の内のOLのような言い訳をしながら、カラコロ転がしていた自転車を停めて書店に入る。

 

 何か面白そうな新刊は出ていないだろうかと、真っすぐに新刊コーナーを目指していくと、ふと「うんしょ、うんしょ」と背伸びして棚の高い位置に置いてある本に手を伸ばしている小学生くらいの女の子が視界に入った。

 

 店員なりを呼べば一瞬なのだろうが、そういう年頃なのか性格なのか。

 

 妹もほんの数年前まではあれくらいの背丈だったし、その頃はやっぱりああして自分で何もかもやろうとしてたなと感慨にふける。今は自分の事もしっかりしているし、兄の世話までしっかりしているし、成長ってのは早いもんだな。

 

 とかなんとかダメな感想を抱きながら止まっていた足を進めようとしたその時、少女の指に引っかかっていた本がバランスを崩して落下する。

 

 

→本を支える

 身体を押しのける

 抱きしめる

 

 

「う、ん…あっすみません」

 

「いえ、別に…? るみるみか?」

 

「その言い方、バカっぽい」

 

 

 それを間一髪、背後から支えた八幡。年下へのお節介は慣れてんだ、家庭の事情でな。

 

 一歩間違えれば通報間違いなしな己の事情を思い出してやっべ、と内心焦りながら「別に」ムーブをしてさっさとスタコラサッサしようとしたが、振り向き見上げるその顔に見覚えがあり中断される。

 

 それはおよそ一ヶ月前のGW、清掃ボランティアでいじめの加害者から被害者へとクラスチェンジした女子小学生、鶴見留美だった。

 

 なお、一瞬キョトンとした顔が即座にじとりとした目つきに変貌したのだが、雪乃に慣れた八幡には何の痛痒も感じなかった。

 

 

「何してんの」

 

「そりゃ、こっちのセリフなんだが…お母さんはどうした? 迷子か? あめちゃん要る?」

 

「変質者…」

 

「おいばかやめろ防犯ブザーはマジでシャレにならん。ただでさえちょっとオシャレな店に近づくだけでゾーンディフェンス敷かれるのに、本屋でも警戒対象になったら俺は今後何処で暇つぶしできるんだ」

 

 

 けど、八幡も悪いんですよ。そんな気持ち悪い事言ってノータイム防犯ブザーされない訳ないでしょう。

 

 

「そ、それより、何の本を買おうとしてたんだ」

 

「話の誤魔化し方下手くそ…これ」

 

「『黒魔術大全』? ………ははぁん、成程な。分かる、分かるぞ。そう言うの、はまっちゃう時期だもんな」

 

「気持ち悪い言い方しないでくれる。あと、その優しさとキモさと憐れみをブレンドした目つきも酷いから。なにより八幡と同類にみられるのは流石に無理なんだけど」

 

「呼び捨てかよ…っつか、おまえ雪ノ下とよく会ってるだろ」

 

「? 雪ノ下さんとはこの前お茶したけど…あと、おまえって言うの止めて」

 

「プチのん発生してんじゃねえか」

 

 

 首をかしげる留美に、雪乃の面影、というか辛辣な口調がうつり始めているのに戦慄する八幡。

 

 そう言えば、雪ノ下さんも「おまえ」って言われるの嫌いでしたね。

 

 さっと手に持っていた本を後ろに隠す留美を見る目が幾分か遠くなる。

 

 

「で、マジな話、親御さんはどうしたよ」

 

「買い物位一人で出来るから」

 

「むくれんなよ。その辺の趣味本って高いだろ、だから金出してくれる親が居るかと思っただけだ。つか、えっ、それ買えるの? お小遣いで? 小学生なのに? 俺のガキの頃の小遣いって駄菓子買ったら終わりだったんだけど。いやそのおかげで親を説得するのに口が回るようになったからプラマイゼロどころかプラスまであるけど…えぇえぇぇ」

 

「八幡うるさい」

 

 

 八幡の物言いに不機嫌になった留美が手に持った本をカウンターへ持ち込み、可愛らしいポーチからこれまた可愛らしいがま口から樋口さんと英世さんをポンと出すのに内心穏やかに居られない元貧乏男子。

 

 放任主義な親を良い事に、口八丁で差額と言う名の小遣いをせしめる小金の錬金術師が戦慄する。

 

 紙袋に入れられた大判書を抱えて、目的の物は手に入れたからとさっさと立ち去る。

 

 

「学校はどうだ」

 

「………別に、普通」

 

 

 去り際、一応という感を丸出しで訊ねてみたが、その返答はどう見ても強がりにしか見えない湿気た顔をしていた。その原因が梅雨ではないのだと気付きながら、何をするでもなく、ただ彼女の背中を見送った。

 

 まぁ、話題に困った親父のような話題だしな。なんてことを考えながら。

 

 

 鶴見留美との仲が深まった気がする

 

 

6月9日(土) 昼

 

「で、今回のプロットはダウナー系のヤレヤレ男子が全ての能力を『否定』しながら説教パンチくらわすのな…だから、もうちょいパクリの臭さを隠そうとしろよ。あと、名前を自分の名前を弄ったのにするのも止めろ、紋切り型のヒロインがマンセーするのも無味無臭感半端ない」

 

「ほむん、これでも那由他の書物に触れテンプレを踏襲する事の重要さに気付いたが故なのだが」

 

「だから、テンプレってのは王道だけどそれはあくまで話の流れであって、キャラも話の流れもヒロインも全部他の作品の切り貼りにしか見えないとパクリなだけだろうが。せめてアンチテーゼを設定しておくとか」

 

「そう言えばだな、八幡よ。声優さんだが、手始めに1000通程様々な声優の卵にファンレターを送ってみたのだが、返事が一切返ってこない件」

 

「同じ会社とか所属の人に送ってないだろうな。節操なしなのがバレてんじゃねえの? つか桁が(頭)おかしい」

 

「あがっ…痛恨の極み! これでは剣豪将軍の名が廃る!! だが室町の魂を持つ我は一度の失敗でめげはしないぞ! して八幡よ、他に案はないか」

 

「マルチタレントとか、売れる為なら何でもするような人なら声優をすることもあるじゃねえの、知らんけど」

 

 

 ずぞぞ、と二人がそれぞれ豚骨と醤油のスープにつかる麺を啜る。

 

 なんで、休みの日にこんなクソ豚の共食いを世話しなければいかんのか、疑問に思いながら材木座の戯言に陽が暮れるまで付き合わされるのであった。

 

 

 材木座との仲が深まりそうな気がする

 

 

 

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From 雪ノ下雪乃

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Title明日なのだけれど

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 明日、予定を空けておいてもらえるかし

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From 比企谷八幡

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TitleRe:明日なのだけれど

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またパレスか

頻度多くない?しんどくない?お肌に悪い

わよ?無理してない?ちゃんとお野菜食べ

てる?

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From 雪ノ下雪乃

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TitleReRe:明日なのだけれど

―――――――――――――――――――

 何故一人暮らしを心配する母親目線なの

かしら

 非情に不愉快だから止めて

 あと、パレスと言う訳ではないわ

 付き合ってほしいのよ

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From 雪ノ下雪乃

―――――――――――――――――――

TitleReRe:明日なのだけれど

―――――――――――――――――――

 買い物に荷物持ちは必要でしょう

 出来れば由比ヶ浜さんには内緒にしてち

ょうだい他意はないのだけれど絶対よ後可

能であれば小町さんも呼んでくれるとあり

がたいのだけれど年頃の女の子がどう言っ

た物を好むかどうか意見の参考にしたいの

よだから変に勘違いしないでもらえる?

―――――――――――――――――――

 

 

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From 比企谷八幡

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TitleReReRe:明日なのだけれど

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了解

小町は予定があるから無理だと

戸塚呼んどくか?戸塚は必要だろ、年頃の

女子よりも女子の事分かるだろうしな

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From 雪ノ下雪乃

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TitleReReReRe:明日なのだけれど

―――――――――――――――――――

 非情に悩ましいけれど、今回戸塚くんは

呼ばないでおきましょう

 彼、今日テニスの大会だったみたいだし

疲れてしまっているでしょうから

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From 比企谷八幡

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TitleReReReReRe:明日なのだけれど

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えっ、戸塚がテニス大会で頑張ってる時に

俺は材木座の戯言に付き合わされてたの?

何それ酷くね

つか、なんでそれを俺が知らないんだよ

虐めか

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From 雪ノ下雪乃

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TitleReReReReReRe:明日なのだけれど

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 クラスで話題になったと由比ヶ浜さんは

言っていたけれど、どうせ寝て聞いていな

かっただけでしょう

 存在感を消し過ぎて居ない物とされてた

のもあるかもしれないわね

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 夜が更けていく。

 

 一足先にベッドに潜り込んだモルガナがくぁと欠伸をしたのだった。

 

 

6月10日(日) 梅雨

 

 じめっとした空気が広がり、しとしとと雨まで降ってしまう日に出かける予定が入っていること程気分が滅入る事はない。

 

 昨日から梅雨入りした天気がどうにもうらめしい。

 

 傘をさして待ち合わせ場所である駅前へとダラダラと歩きながら、八幡は遅刻確定な時刻を示すスマホをポケットに突っ込む。

 

 カバンの中には水を嫌って顔を出そうとしないが、久しぶりに着いてきたモルガナが入っていて早くしろと急かしてくる。

 

 本日のお出かけ先は千葉高校生みんな大好き東京BAYららぽーと。

 

 あそこすごいからな、なんでもある。今はもうなくなったけど万年スキー場まであった。もう10年近く前に潰れたけど、GTOで読んだから知ってる。麗美ちゃんエロかったよね。

 

 そんな事をつらつらと考えながらようやく待ち合わせた駅前へと辿り着くが、お目当ての少女は見当たらない。

 

 5分前行動を息をするように習慣づけている彼女が遅れているとはなんとも珍しいと携帯を取り出したところで、少し小走りにこちらにむかってくる姿を見つける。

 

 

「ごめんなさい、雨で道が混んでいて。親に言って車を回してもらったのだけれど、裏目に出たわ」

 

「い、いや、俺も今来たところだ」

 

「本当に、たった今着いたところだから雪乃殿は気にしないで構わないぜ」

 

 

 腰をリボンでまとめたフェミニンなワンピースがほんの少し濡れているのに普段とは違う色気を感じてどぎまぎとしながら顔を逸らす。

 

 少し高い位置に結ばれて揺れているツインテールに、ユキノスタイル(休日Ver.)は手間暇かかってんなと内心思いながら足を動かす。

 

 二人と一匹が電車に揺られながら、ららぽにたどり着く間に今日の目的を聞き出した。

 

 

「ほら、由比ヶ浜さんは来週頃に誕生日でしょう。だから、何かプレゼントを渡したいのだけれど…私、一般的な女子の感性とはかけ離れている自覚はあるから。防弾チョッキを貰っても彼女、嬉しくないでしょう?」

 

「実用性第一で、案外使うかもしれねえけどな。『わぁありがとう、ゆきのん。これでバリバリシャドウやっつけちゃうね!』とか気を使って喜んだ振りはするだろ。つか、由比ヶ浜誕生日なんだ」

 

「アドレスに0618とついているからおそらくだけど。あと壮絶なまでに似ていない真似は止めて。折角渡すのだから、喜んでほしいのよ…彼女は私にとって初めての、その…友達だから」

 

「かぁ~! 女性のこういういじらしい気遣いってのはやっぱすげえよな。ハチマン、おめえももう少しこうした繊細さを身に付けろよ」

 

「前向きに善処する事を検討するわ」

 

「それ、絶対にしないやつじゃない」

 

 

 目的地に到着した所で「じゃ、俺はこっち見るわ」「なら私はこちらを」「この期に及んで別行動する意味がどこにあるんだよ!」なんてやり取りもあったりしたが、ひとまずそれぞれが結衣へのプレゼントの目星をつけた。

 

 雪乃は結衣に似合うようなファンシーな色合いをしたエプロンを。八幡は飼い犬につけられる首輪を。

 

 

「はぁ~~~~~、ダメだなハチマン。結衣殿への贈り物だってのに本人への物じゃなくてペットへのってが如何にも逃げに走ってるぜ。

 ここはいっちょ、ワガハイがビシッとセンスの良いプレゼント選びってやつのお手本を見せてやる」

 

「いや、そんな仲の良くない男から気合入れたプレゼント渡されても困るだろ。

 こういう時、本当にセンスがいいって言うのは消えモノ、失せモノ、失くしモノって相場が決まってるんだよなぁ」

 

「それだとただ紛失物を拾っただけじゃない。しかも消えモノでもないし。

 もしかして、それはあなたの存在感が消えている事に掛けているのかしら。

 なら、見つかる物でもないのだから、捜すだけ無駄な努力よ」

 

「俺の存在感は母ちゃんの腹の中に落としてきて、妹が代わりに受け取ってるから探す必要なんてない。

 むしろ、世界に誇れる愛らしい妹になった分だけ俺の存在感の薄さが逆に胸を張れるまである」

 

 

 そんなやり取りをしながら、黒猫の後を追って雪乃が買い物をした店よりも更に色合いがパステルカラーの雑貨屋に入る。

 

 ぬいぐるみやキャラ物、調理グッズにクラフト用品等が並ぶ、ファンシーな雑貨屋に独特な甘い香りに一瞬クラっとなりながらも続く八幡。

 

 

「あれ、ヒキオと雪ノ下さんじゃん」

 

「んー、優美子どしたの? 何か掛けられる組み合わせでも見つけたのかな」

 

「海老名と一緒にしないでくれる」

 

「ちなみに優美子ってばサッカー部の試合後の打ち上げにハブられて機嫌斜めだから要注意だよ」

 

「え~び~な~? いくらあーしでも身内ばっかのとこにお邪魔するほど厚かましくないし!」

 

「でもでもそれをこれ見よがしに伝えてきたあのマネージャーの子は?」

 

「そりゃいつか一回泣かす…って本音を言わせんな」

 

「あいたっ!」

 

 

 その店内にはふわりとウェーブを掛けた金髪と気の強さを現した目つきが特徴な三浦優美子と、半フレームの眼鏡の奥に隠しきれない鈍い光を灯してお腐れを見逃さない海老名姫菜が居た。

 

 オープンな貴腐人であり、同類を増やす事を躊躇しない海老名に反論しながら優美子が海老名の頭を叩いてツッコむ。あまり野放しにして生物(ナマモノ)で被害を出したり、無機物で駆け合わせたりし始めたら流石に着いていけないし、そこまで手遅れにさせたくないといった面倒見の良さが優美子にはあった。

 

 ただし、図星を突かれて何もなしで許すほどには優しくないのでスパーンと叩かれて痛みにうめく海老名であった。

 

 

「う~ん。綺麗めなラッピング…もしかして、ヒキタニくん達も結衣のプレゼント選びかな?」

 

「そなん?」

 

「え、ええ。そうだけど」

 

 

 気を取り直した海老名たちの問いかけに戸惑いながらも返答する。

 

 

「ふぅん、何選んだの。かぶんのは嫌なんだけど」

 

「私はエプロンと彼は犬の首輪を」

 

「へぇ。なら、あーしらはもうちょいさがそっか」

 

「そだね。最近、結衣ネイル関係とかも手だしてなかったっけ?」

 

「それよくなくない。あれ系手出し始めたらガッツリかかるし、ちょい良い目のやつにしよ」

 

 

 まるで以前のいざこざが無かったかのような、当たり障りのない会話に雪乃は戸惑いながらもやり取りをして優美子も海老名もそのまま店を後にした。

 

 普通、もう少しぎくしゃくする物ではないのかしら。そもそも彼女、私の事嫌っていたような…なんて内心首をかしげる。

 

 

「おい、ハチマン。良いのを見つけたから、金出してくれ」

 

「…あいよ。で、何買うの? 猫じゃらし? バウリンガル? それとも猫耳カチューシャ?」

 

「ふふん、バラの香りが広がるバスセットだ。この辺、ワガハイとハチマンのセンスの差ってやつだよな」

 

 

 そんなやり取りをベガ立ち後方無関係者面して空気になろう…として店員にカバディカバディと警戒態勢を敷かれそうになっていた八幡の足元にモルガナがすり寄って来たのを機にとっくに離れていた。

 

 買い物も終えてどうにも納得いっていない、というか歯にモノが挟まったような面をした雪乃を何とか誘導してフロアのベンチでいったん休憩しようと歩かせる。

 

 目的も果たして、これはもう各自解散でよくないかしらん? とか思いながら歩いているとブブっとスマホちゃんが震えて『私のこと忘れないで』と自己主張するので見ると小町からのメールで

 

 

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From まいらぶりぃえんじぇるこまち

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Titleミッション

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お兄ちゃんの分のお昼ごはんはないから!

むしろ、冷蔵庫の中身も、乾麺も缶詰も!

なんなら、かーくんのご飯も無いからね!

だから、お兄ちゃんはお外で食べてくるよ

うに!

ファストフードなんかで済ませてたり、健

康に悪いモノはダメだよ

これ、小町的にポイント高い所だからね

オシャレなお店でカップル向けのランチと

かオススメだよ

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 食材を完全に切らすなんて主夫的にポイント低い内容で何とも言えなくなる。

 

 猫と一緒にカップル向けランチとかどんだけ痛いんだよ。なんて思いながらスマホをポケットに戻し、後ろを歩いていた雪乃の様子を窺うとゲームコーナーのUFOキャッチャーをじっと見つめていた。

 

 視線の先には真っ白な体に青い帽子をかぶった雪だるまと、逆に黒い体に紫の帽子をかぶった雪だるまが並んでいて、変なぬいぐるみだなと思う。

 

 しかし、あまりにもボーっとしている雪乃の様子に少し違和感を抱き、声を掛けようとするのを遮るかのように無遠慮な声が響いた。

 

 

「あれー? 雪乃ちゃんじゃない。どうしたのこんな所で」

 

 

 なんだか聞き覚えのあるような、誰かによく似た声の主を見て八幡は絶句した。

 

 艶やかな黒髪、きめ細かく透き通るような白い肌、そして整った端正な顔立ち。輝くようなオーラを放ちながらも人懐っこい笑顔が、カリスマだけではなく付き合いやすさを現している。

 

 そんな超絶なまでの美人が、こちらに、正確に言うならば雪乃の元へと近づいてくる。

 

 その声にボーっとプライズをみつめていた雪乃は一瞬顔を歪ませて、声の発生源へと視線をやり一言溢す。

 

 

「姉さん…」

 

「へっ、姉さん? って、陽乃って人か…げっ」

 

「初対面なのにゲッ、って酷くないかな。そこのだんしー! もうお姉さんプンプンだよ?」

 

 

 八幡のボッチゆえの警戒心をまるで無いモノのようにスッと潜り抜け、至近距離まで近づかれ、以前のビジョンクエストでの事で陽乃の事を断片的に知り、少なからずの苦手意識を持っていた為にぽつりと溢してしまった声を拾われてしまう。

 

 

「ていうか、雪乃ちゃん。お姉ちゃんの事、彼氏に話してたんだね。いっがいーー!」

 

「彼氏ではないわ」

 

 

 そう、雪ノ下雪乃の姉。

 

 傍若無人のトラブルメーカー。

 

 雪ノ下陽乃が休日を過ごす彼らの元に現れたのだった。

 

 

 




 ペルソナメモ

 コミュにおいて、原作ではRank10まであるが一度コミュればすぐに上がる訳ではない。コミュや選択肢、プレゼントで好感度を稼いで一定以上の好感度を稼がないと次のランクに進めない。もしも足りていたとしても、時期によっては上がらない事もある。
 プレゼントとしてのローズバスは高巻杏の好感度アップアイテムの一つ。同じ恋愛アルカナ繋がりで考えて、杏も結衣もどちらかと言えば食い気のプレゼントの方が好感度上がる率が高いだろうけど、美顔器よりは良いかとのモルガナチョイス。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)Rank1
法王…川崎沙希(オニ)Rank2

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(???)
正義…鶴見留美 Rank2 Up
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank2
世界…奉仕部 Rank2




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三浦優美子の決心の理由を今はまだ誰も知らない

死の安らぎは等しく訪れよう
人に非ずとも悪魔に非ずとも
大いなる意思の導きにて

新女神転生Ⅲ-NOCTURNE


6月10日(日) 梅雨

 

 千葉が誇る大型商業施設、東京BAYららぽーと、通称ららぽの一角に何とも楽し気な声が響く。

 

 

「初対面なのにゲッ、って酷くないかな。そこのだんしー! もうお姉さんプンプンだよ?」

 

 

 腰に手を当て、眼に見えて「私怒ってます」なんてイメージ図に描かれているようなポーズで少し頬を膨らませて八幡の至近に近寄り、ずいっと顔を近寄らせる。

 

 あまりの急接近に反射的に身を反らし顔も逸らし、なんなら意識そのものまで逸らし。なんとかパーソナルスペースを少しでも確保しようとするも、その反応に意外そうな顔をした陽乃が何とも面白そうなモノを見る目で笑う。

 

 

「ていうか、雪乃ちゃん。お姉ちゃんの事、彼氏に話してたんだね。いっがいーー!」

 

「彼氏ではないわ」

 

「えー、そんなオシャレして男子と二人きりでお出かけして彼氏じゃないなんてうっそだー。

 ね、君知ってる? 二つ結びって案外難しいんだよ。特に雪乃ちゃんみたいなさらさらした髪だと特に」

 

「はぁ、まあ知ってますけど。と言うか近いんで離れてもらえます」

 

「…正確には二人きりと言う訳でもないし、元々他の人も呼んでいたのだから姉さんのそれは邪推と言うのよ。良いから離れなさい」

 

「あぁん、つまんなぁい」

 

 

 ぺいっと、八幡の超近距離に迫り寄る陽乃を身内故の無遠慮さで引きはがす雪乃。

 

 実際、雪乃、八幡に加えてモルガナも居るし、小町も呼ぶ予定だったのだからこれはそう言った物ではないのはまぁ嘘ではない。

 

 そのまま離れてくれればと、雪乃の淡い期待とは反対に、陽乃は手に持っていた買い物袋をベンチに置いて改めて二人に向き合った。

 

 

「姉さんの方こそ、こんな所でどうしたのよ」

 

「んー。ちょっとお家の付き合いってやつ。まぁ、うちのお母さんとは反対な、女所帯のうちが隣の芝生な小父様とショッピングしてたんだ。で、途中で雪乃ちゃんを見つけておもし、楽しそうだなって」

 

「本音が隠れてないんだよなぁ…いや、隠そうとしてないのか」

 

 

 ぼそりと呟いたそれに「んー?」と顔を向けてくるが「何か言った?」と副音声が聞こえてくる満点の笑顔に「いえ、何でもないです」と冷や汗をかきながら視線を逸らす。

 

 八幡にとって、雪ノ下陽乃の事はビジョンクエストで雪乃と都築という運転手の会話でしか知らない。

 

 

 『陽乃様もあの時分は元気が有り余っておられましたから』

 『傍若無人でトラブルメーカーだった、というのを言い繕うとそうなるわね』

 『今は随分と大人に相応しい落ち着きを持たれました』

 『その分悪辣さと面倒くささは増したけれど』

 『姉さんは可愛がりながらプレッシャーで猫を殺すタイプ』

 

 

 そうしたある種一面的な情報しかないが、それでも事前情報と目の前の実物を照合すればある程度八幡にも雪ノ下陽乃と言う女性の為人(ひととなり)は分かる。

 

 見るからに陽キャで、誰にも分け隔てなくスキンシップを取れる距離感の近いモテない男の理想像…を演じる、その奥底は誰にも興味が無い、もしくは全てを娯楽とする愉快犯。

 

 好きの反対は無関心とはよく言われる事ではあるが、おそらく人好きのするこの性格はそうした仮面。パレスの中でもないのにペルソナ大活躍じゃねえかよ。とかなんとか思ってしまう。

 

 八幡が思わずうへぇと舌を出したくなるのもむべなるかな。

 

 こんな強烈な身内が居ては気が休まる暇も無く、だから妹さんはこんなキレッキレな性格に育ったんですね。やっぱり放任主義こそ至高、金と家事とお世話される放任主義…あれ、それ畜産業じゃない? とか考えている。

 

 そんな益体も無い考えに勘付いているのか、ますます陽乃と八幡の距離が短くなる。まるで珍しい実験動物でも見つけたような興味津々さで。

 

 だからこそ、その横でコソコソとしている陰に直前まで気付かなかった。

 

 

「君、面白いね。よかったら、これから雪乃ちゃんと一緒にご飯でも―って猫ちゃん? 人の荷物に悪戯しちゃダメだぞ?」

 

「うげっ!」

 

「はっ? 何してんのモルガナ?」

 

 

 ベンチに置いていた買い物袋に、誰にも気づかれないうちに頭を突っ込んでもごもごとしていた黒猫がヒョイと白い腕に捕まれ、うにょーんと抱き上げられる。

 

 じたばたと掴まれた腕から逃れようとするその口には鋭い目つきと爪を携えた白黒のパンダのぬいぐるみが咥えられていて、雪乃が「パンさん? どうして、姉さんが」と訝しんでいる。

 

 

「もう悪い子だなぁ。君の猫? ダメでしょ、ちゃんと躾、しておかないとね」

 

「あぁ、すみません。ほれ、モルガナ何をそんな必死になって「ふぉ、ふぉれが(これが)! あくひんの(悪神の)はへら(欠片)あんあよ(なんだよ)!!」あく?」

 

「っ! そのままかみ砕いて!!」

 

「雪乃ちゃん? えっ」

 

 

 百点満点の笑み、まるで舞台女優のような笑顔ではい、と伸ばした腕と一緒に差し出された黒猫を受け取ろうとした瞬間、モガモガと動かしづらい口で精いっぱいの主張が叫ばれる。

 

 よく聞き取れなかった八幡とは異なり、一瞬の思考のすぐ後に正しくモルガナの言葉を理解した雪乃が僅かに逡巡しながらもモルガナへ指示を飛ばすが、普段の様子から豹変した妹の様子にどうしたのかとビクッと腕を引っ込めてしまい、その拍子にパンダのぬいぐるみが陽乃に接触してしまう。

 

 その途端、白と黒の身体がギュルンと渦巻き、真っ黒な球体を形作ると

 

 

「なに、これ…」

 

 

 あまりの事に、雪乃からすると非常に珍しい呆然とした陽乃の身体を瞬く間に飲み込み

 

 

「くそっ、間に合わなかったか!!」

 

 

 取り落とされ着地したモルガナの叫びと共に黒が爆発的に周囲全てを巻き込んだ。

 

 

6月10日(日) パレス内部 梅雨

 

「すまねえ。悪神の気配を感じて直ぐに確保に動いたんだが、そいつを目前にして欲をかいちまった。

 もしも、雪乃殿の姉上殿。陽乃殿がこいつをどうやって手に入れたのか分かれば、一気に進展するかと思って現物を前に躊躇っちまった」

 

 

 ちょこんと短い体躯を更に縮こまらせてモルガナが誠心誠意頭を下げる。

 

 実際、モルガナの言う通りに入手経路が分かれば、犯人、もしくは悪神本体へと一気に近づけたのも事実。

 

 そうであるならば、あまり責める訳にもいかず、仕方のない事だったと納得するのは八幡にも雪乃にも難しい事ではない。

 

 理性と理論で感情に蓋をするのは慣れている面子だ。

 

 だから、モルガナの謝罪はある種儀礼めいた一面を持っている。

 

 謝罪したと言う事実があれば、それを許す事に躊躇は無い。

 

 けれど、それで納得しない人間が一人居る。

 

 

「ほんっと、ありえないんだけど! マジめーわくだし」

 

「ごめんなさい、三浦さん。あなたまで巻き込んでしまって」

 

 

 そう、同一施設内で海老名と共にぶらついていた三浦優美子その人は、結衣の友達らしく理性よりも感情に大きく振れている人間だから、むかついたらむかつくと直情的に表現する。

 

 折角の楽しい時間をぶち壊されたら怒るし、友達が危ない場面に巻き込まれたら(いきどお)る。

 

 海老名と二人、あれこれ相談しながら楽しんでいた所、案外雪乃達の近くに居た優美子は気付けば巻き込まれていた。

 

 しかも、最低でも安全地帯を見つけるまではパレスからは出ることが出来ないと言うのも優美子の機嫌を損ねた。

 

 予想できなかったとはいえ、責任感の強い雪乃と最近あまり良いところが無くしょぼくれたモルガナは揃って優美子に頭を下げている。

 

 

「…まぁ、ふかこうりょくってやつじゃん? 雪ノ下さんとそっちのヒキオには怒ってないし。でもそっちの馬鹿猫はいつか絶対〆るかんね」

 

「そん時は甘んじて受けるさ。言い訳のしようもねえくらいにワガハイが悪い。優美子殿の気が済むまでやってくれ」

 

「でも三浦さん、幼気(いたいけ)な猫なのだから手心だけは」

 

「あぁ!! もう! これだとあーしがわがまま言ってるみたいじゃん! ひとまずこっから出る! んで、猫には一発ゲンコ! それでおしまい! いい!?」

 

 

 そして、彼女はKYだったり立場をかさに着て態度が大きくなることは有っても、(余程の事が無い限り)あからさまに弱気な存在をいたぶるほどには性格が悪くない。

 

 

「つか、リアルだとこいつマジな猫だから、それをおもっきし張っ倒したら動物虐待じゃん。はぁ、もう。とにかくそっちのヒキオも落ち込んでないでいい加減切り替えなよ」

 

 

 あと、まぁトップカーストの女子リーダーとして、下の立場な人間への面倒見の良さが身についているのが憎み切れない所か。

 

 下げられていた頭をあげさせて、横で気落ちした様子の八幡にまで気遣おうと声をかける。

 

 

「…いや、俺は落ち込んでるとかじゃなくて」

 

「はぁ?! んな露骨にテンションぶち下げてて何言ってんの。良いからサッサと行くよ。

 今回は海老名も巻き込まれてないから一人だろうし心配じゃん。早くリアルに戻りたいからグダグダしてんなし」

 

「唯一良かった点を挙げるなら、姉さんのパレスはペルソナ持ち以外には作用していない事ね」

 

 

 そう言ってグルリと周囲を見渡す雪乃。

 

 周りには先ほどまでとまるで変わらない景色、ららぽーとの景観が残されている。

 

 店も、商品も、若干暗くなった色彩以外は変わりなく、そのまま。

 

 違うのは、雪乃、八幡、モルガナ、優美子以外の存在。

 

 さっきまでは休日らしく様々な来客で賑わっていたそこに、三人と一匹以外の気配が()()しないと言う事だった。

 

 雪乃の時のように他の人は象徴化して鉱石に挿し代わる事も、戸塚/優美子の時のようにNPCのような改変がされているわけでもない。

 

 したがって優美子と共に居た海老名も巻き込まれておらず、突然消えた優美子を心配しているだろうが、危険な目には合わない事は不幸中の幸いと言えるだろう。

 

 

「お前の姉ちゃん、どんだけ人の事嫌いなの。いや、雪ノ下も人嫌いだから似た者姉妹か」

 

「あーしも、流石にちょっとこれは引くわ」

 

「ノーコメントで。あと、比企谷くん。あとで覚えてなさい」

 

「人っ子一人、どころかシャドウまで気配がしねえぜ」

 

 

 ひたすらに無人の静寂な空間に成り替わっていた。

 

 それこそ、普通ならば絶対に居る筈の情報存在であるシャドウまで影も形も見当たらない。

 

 静謐さと商業施設の広大さに、耳鳴りまでしてしまうまである。

 

 あまりのあまりさに、妹である雪乃も絶句してしまった。

 

 

「とりま、こっから出られるまでは着いてくから。途中、バトんなきゃいけないなら無理しない程度には手伝ってあげるし」

 

「ええ。責任を持って無理はさせずに三浦さんを現実まで送り届けるわ…比企谷くんが」

 

「俺かよ」

 

「あら、普段から人を嫌って避けているのだから、接敵せずに逃げる位できるでしょう?」

 

「さっき、似た者姉妹って言ったのめっちゃ根に持ってるじゃん。ちなみに俺は人を嫌って避けてるんじゃなくて、人が俺を嫌って避けられているんだからな。甘くみんなよ」

 

「威張っていう事じゃないぜ。どこに誇らしさを見出してんだおめえは」

 

 

 それぞれがようやく落ち着きだし、雪乃と八幡の掛け合いも普段の調子を取り戻している事にモルガナもホッとする。

 

 

「警戒だけは怠らないように、進むぞ」

 

 

 気を取り直して立ち上がったモルガナが鼻をフンフンとしながら、シミターを担いで先導し始める。

 

 雪乃がツインにしていた髪をほどいて手早く後ろで一つに纏めその後に続き、優美子もしゃーなしとスカートを一度はたいてついていく。

 

 最後に八幡がのそのそと歩き始めるが、その顔は声の調子とは違っていつも揶揄される眼と同じように死んでいるように蒼白だった。

 

 言いようも無い、漠然としたナニカが硬質な音を立てて這寄ってくる気がして、開きそうになった距離を慌てて縮めた。

 

 

6月10日(日) 梅雨

 

比企谷八幡の独白

 

 言い訳だとか後だしじゃんけんになるかもしれないが、今日は朝からとにかく気が乗らなかった。

 

 別に由比ヶ浜への誕プレ買い出しがどうのだとか、雪ノ下と一緒に買い物がどうのだとか言う訳ではない。

 

 いや、それはそれで気分が乗る話ではないのだが、そんなのはいつもの事だ。

 

 なんなら息をして食べて生きているだけで十分重労働なのだから、休みなのに出かけなければいけないなんて褒められてもいい偉業に違いない。

 

 世の労働者はもっと自分を褒めてあげるべきであり、働く事を生きがいだとかそんなおためごかしで自分を誤魔化さずに素直になるのが一番だ。

 

 大抵の人は仕事が楽しくて働いている訳が無く、休日の為に働いてるんだよ。その辺ちゃんと管理側の人間は理解してほしい。ホイホイ仕事積み上げんな、調子に乗ってんじゃねえぞbyうちのダメ親父。

 

 であれば、俺が二つ返事で了承してしまった雪ノ下の誘いを直前になって行きたくなくなるのはなんらおかしい事ではない。

 

 ただ、いつもならいざ家を出てしまえば、もしくは現地に着いてしまえば諦めの境地に至ってしまうのだが、今日だけは違った。

 

 足取りが普段よりも重かったのは雨の所為だけだったのだろうか。

 

 由比ヶ浜へのプレゼントをあまり悩まずに選べたのは俺のセンスが磨かれたからだろうか。

 

 三浦達と偶然出会った時に、言葉に詰まって何も反応しなかったのはスタンスの違いの所為なのだろうか。

 

 それとも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝起きてからずっと続いている、謎の既視感のせいなのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雪ノ下の姉が声を上げて、その存在を認識した時からどんどん鮮明になり続けているデジャブ。

 

 まるで、既にこの時を一度経験しているかのような不快な感覚がずっと付きまとっていて…

 

 

「ふっ…ふっ…」

 

「む、むぅ(ヒキオ)」

 

 

 俺の腕の中にすっぽりと包まれている三浦が何かを主張しようとしているが、止めてくれ。

 

 三浦の口を抑えている掌が湿ってくるのは、彼女の呼気なのか、それとも俺の手汗か。

 

 全身に流れる冷や汗の気持ち悪さも、カタカタと震えてしまうのも、そんな事はどうでも良い。

 

 今はただ

 

 

ジャラリ

 

 

「お願い…そのままどこかに行って」

 

 

 雪ノ下の小さな祈りに同調して、浅くなっている呼吸が更に早く浅くなる。

 

 今はただ、物陰に隠れて、身をすくめて、縮こまって。

 

 とにかく小さくなって、恐ろしいそれにひたすら見つからない事を祈る。

 

 ()()()を響かせて徘徊する、それに見つからないよう

 

 

ジャラリ…ジャラリ…

 

 

 血まみれのコートと、両腕のある場所からズイと伸びる銃身、身体の周囲には鎖が浮かぶそれの気配をペルソナの感知で感じ取った瞬間、雷に打たれる様な死の恐怖が直撃した。

 

 戦おうだなんて考えは一かけらも思い浮かばなかった。

 

 ただ、()()を感じ取った瞬間

 

 鎖の音が聞こえた刹那『トラフーリ』を使って、少しでも安全だと思える場所に飛び込んだ。

 

 唐突な出来事に目を白黒させる三浦を押し倒し、余計な音をたてないよう口を手でふさいで。

 

 もちろん、三浦は騒ぎそうになった。

 

 が、普段の俺なら決してしない行動、切羽詰まった様子を感じ取って。

 

 更に雪ノ下とモルガナの様子もおかしい事を悟って静かにしてもらえたのは非常に助かった。

 

 そうして鎖の音が近づいてきて三浦も今の非常事態を、わが身を持って実感している事だろう。

 

 

 

 

 あれは

 

 ダメだ

 

 

 

 

 見た目のおどろおどろしさではない

 

 圧倒的な強さを感じ取れるプレッシャーでもない

 

 あの鎖を纏うそれ自体が放つ気配が、異常なまでに『死』であることが致命

 

 ただあれの前に立つだけで、自身の身体が自死を選んでしまいかねない

 

 もしくは死んでしまったと勘違いして、そのまま本当に死んでしまいかねない程にまで圧縮された『死』

 

 無理矢理言語化するのなら、そんな『死』に対する根源的恐怖が俺達を襲っている。

 

 

ジャラリ…ジャラリ…ジャラ………ジャ

 

 

 1分か2分か…おそらくその程度しか経っていないが、あまりに長く感じる時間で鎖の音が遠ざかっていった。

 

 そこからたっぷり5分ほどかけて、俺達は恐怖に強張る身体を何とかほぐせたのだった。

 

 その後は三浦に苦言を呈されたが、まぁあれの事を考えれば緊急避難的に仕方のない事だと拳骨一発で許してもらえたのは喜ばしい事なのだろう。

 

 握った拳が震えていたのは、武士の情けで言及しないでやるよ! と一応の切り替えを済ませて足早に鎖の音が消えていった方向とは逆方向へ進む。

 

 しかし、ペルソナと言う異常現象に慣れたことで『死』が待ち受けていたのをほんの僅かにでも感じ取れていたのなら、今日一日の自分にあった不調も当然だと。

 

 

 

 

 

 

 そう誤解した。

 

 

 

 

 

 

6月10日(日) 梅雨 陽乃パレス

 

「あれは『刈り取るもの』って言う特別なシャドウだ。

 恐怖、悲しみ、怒り、様々な負の感情が凝り固まって発生する。

 通常のシャドウよりも膨大な力を持ち、特殊な『死神』のアルカナが特徴だな。

 メメントスのようなあらゆる人間と接続できる場所じゃなけりゃ発生もしないはずなんだが…

 おそらく、このパレスの広大さとシャドウの影も無い状況は無関係じゃないだろうぜ」

 

「ほんとはもっとシャドウに溢れてるが、それが凝縮されてあれになったってわけか」

 

「多分な。あれに関しちゃ、分かってることの方が少ねえからあくまで推測だ。

 分かってるのは、悪神本体に負けず劣らず強力だってことくらいだ」

 

 

 無人の、象徴化された人どころかシャドウの姿すら見えない異様なパレスを突き進む。

 

 モルガナがあの鎖の主に言及しながら、せかせかと進むのに合わせて雪乃、優美子、八幡がおなじように早足で続く。

 

 全員が『刈り取るもの』に対する恐怖を忘れられず、とにかく動く事で紛らせている。

 

 シャドウが出ないから脚が鈍くなる事も無かったが、それでも時間がかかっているのはこのパレスの広さ。

 

 現実と変わらない商業施設と同じ広さなのでとにかく時間を取られる。

 

 そんな広々としているのに、閑散とした空間が広がっているので余計に空虚さを感じざるを得ない。

 

 全員の心中が穏やかになれず、口数だけが増えていく。

 

 八幡、雪乃、優美子、モルガナの隊列で横に膨れながらも一列に歩いてる中、優美子が一つの話題を挙げた。

 

 

「そいえばさ、雪ノ下さんって隼人と幼馴染って事だったよね」

 

「…それがどうかしたかしら」

 

 

 それは以前のユミコのパレスで明かさざるを得なかった事実。

 

 この場には既に事情を知っている人だけだと、雪乃も変に誤魔化さず肯定するがあまり愉快そうではないのは表情から透けて見える。

 

 

「ん~、小っちゃいころの隼人の事とか知りたかったんだけど…話したくないなら別にいいし。

 あっ、もういっこ。幼馴染ってやっぱ家族ぐるみの付き合いとかあったりすんの?」

 

「まあ、そうね。親同士は仕事の話をする事も多かったし、そう言う時は年齢も近い子供はひとまとめにされていたわ。ああいうのって酷く気が重かったわ」

 

「ふぅん」

 

 

 どうにも声の節々から話したくないオーラを滲ませる雪乃に、これ以上言及しても空気を更に悪くするだけかと引き下がる優美子。

 

 二人の女子の何とも言えない空気感にやだなぁ、怖いなぁとなる八幡。

 

 さて、優美子の質問に何の意味があったのか。

 

 そのあたりを追求するよりも前に、またしても鎖の音が聞こえようとして

 

 

「まぁ、逃げるだけなら何とかなるってのは朗報だな」

 

 

 すぐさま『トラフーリ』を唱えて、聞こえてきた方向、濃厚な『死』の気配がする方向とは逆方向に突っ走る。

 

 逆送の直前、雪乃の『ライジン』が『毒針』を浮かせ、モルガナの『ゾロ』が『ガルーラ』で出鱈目な方向に飛ばす。

 

 直ぐに『アマノジャク』が沙希の一件で新たに覚えた魔法、『エストマ』で自分たちの気配を消す。

 

 

「あれから、何度遭遇しそうになったかしら…」

 

「3回から先は数えんの止めたし」

 

「5回は先回りして逃げられたが、2回くらいニアミスしかけた時はマジで死ぬかと思ったぜ」

 

「普通のシャドウの代わりに出てるんじゃねえのって頻度。

 戦闘もしてないのに、『トラフーリ』と『エストマ』からの全力疾走とかめっちゃ疲れるんだが」

 

「そのおかげで何とか誘導も出来たでしょ」

 

 

 これで数えて8回目の刈り取るものとの接触寸前と言う事で各々、少しずつ感覚が慣れ(マヒし)てきている。

 

 けれど、何度も刈り取るものとエンカウントしかけた精神的な疲労で、全員が疲れ切っている。

 

 その中でも索敵、ナビ、逃亡と全ての感覚をフル活用し続けた八幡の疲弊度は一際激しい。

 

 途中からは八幡の思い付きで雪乃とモルガナの魔法を使って、気配を誤認させると言う小技で更に安全に逃げられているが、その分疲弊度は加速度的に溜まる。

 

 だが、そうした無理の甲斐もあって、ようやく希望の気配をモルガナが見つける。

 

 

「スンスン…どうやら、この先の店舗は陽乃殿の認知が弱い場所のようだ。ここからなら現実に戻れるぜ!」

 

「マジ?! ようやく帰れるし…」

 

 

 どうやらキッズ用品の店には陽乃の注意が向いていないようで、パレスからの帰還ポイントとして利用できるようなのをモルガナが見抜いた。

 

 パレスの中では実際の体力に依存しないからと言っても、刈り取るもののせいで精神的疲弊も負いながらの逃走劇を何度も繰り返したのだ。

 

 JC時代のスポーツ女子として昔取った杵柄で平均的なJKよりも体力はあっても、パレスに慣れていない優美子にとっては限界も近かった中での安全地帯だ。

 

 喜びも一入(ひとしお)と言った様子で、そのショップに飛び込み、雪乃達も後に続く。

 

 

「とりあえず、少し休憩してから現実に戻るから、優美子殿は身だしなみを整えて待っていてくれ。ハチマン、ワガハイたちはちょっと話し合うぞ」

 

「へいへい」

 

 

 元々、巻き込まれた優美子を現実に戻すのを優先目標にしてきたのだ。

 

 いくら陽乃と言う雪乃の身内がパレス、悪神に囚われているからといって、これまでの経験上すぐに陽乃の命が危ないと言う訳でもないと知っている。

 

 無関係の優美子をなし崩しに巻き込み続ける訳にもいかないので、一旦ここから出るのは既定路線。

 

 だが、すぐに現実に戻っては悪神の欠片に支配された陽乃にまた捕まると八幡たちがウンウンと額を突き合わせているのを横に、一息ついて座り込んだ優美子がボーっと宙を見つめる。

 

 彼女もどうやら何かを考え込んでいるようだが?

 

 

「正直、現実の姉さんを煙に巻くのは非常に面倒だと…」

 

「その辺は性格を知ってる雪ノ下にだな…」

 

「口八丁はおめえの得意分野だろ…」

 

「次、再侵入した時に、またあの鎖の化け物が同じように出たら…」

 

「可能性は高いが、同じようにハチマンに頑張ってもらう…」

 

「余力を残しておかないと、姉さんの変異体はきっと強力でしょうから…」

 

 

 そんな話し合いをしている中、ぼうっとしていた優美子の眼に力が戻り、パンとスカートをはたいて力強く立ち上がり宣言する。

 

 

「うし! 決めた。次、あんたらがここに来るとき、あーしも手伝ってあげるし」

 

「「「は/へ/え?」」」

 

「あーしと、このペルソナ『ムジナ』でね」

 

 

 唐突な言葉に三人ともがキョトンとした声をあげるが、それを無視して「決まりね」と断言する。

 

 優美子の瞳とその後ろに立つ『ムジナ』はメラメラと燃えていた。

 

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、戦車のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 

 




 ペルソナメモ
 鎖の音が聞こえてくる。それは恐ろしい気配と共にやってくる。そのモノの名前は刈り取るもの。Pシリーズ3以降でダンジョンにやってくる裏ボス。生半可なレベル、ペルソナでは100%勝てない。最低でもレベルは60後半必要、カンストでも下手しなくても普通にパトる。上級全体魔法『マハ~ダイン』上級万能魔法『メギドラオン』を『コンセントレイト』でぶちかましてきたり、シリーズや条件によっては二回行動してくるし、油断したら破魔呪殺で全体即死もバンバンしてくる。ただ、無印P5ではインフルエンザの時期には確率で絶望状態になって勝手に自滅するらしい。もちろん、今作ではそんな仕様ではないが、そもそも戦う事はないので勝ち負けにもならない。


 ムジナ…狸や狐と言った人を化かす妖怪の総称である。下総(千葉、茨城)にもかぶきり小僧という人に化ける怪異が伝わっているらしい。狐であれば傾国の妖狐、狸であれば刑部狸などが挙げられ、東洋にて知名度の高い妖怪の一種と言える。余談として、デビルチルドレンでは柴田○美のキャラがタヌキのナマモノとして登場する。

アルカナ…戦車

ステータス…氷結、破魔耐性。呪殺弱点

スキル…ブフーラ、アギラオ、シバブー、セクシーアイ、マハブフ、マハラギ

 完全に魔法特化のペルソナ。物理スキル? なんで自分から動かないといけないんですか? とか言っちゃうまである。氷結、火炎の相反する属性を得意とするが、メドローアは打てない。心はクール、頭(性格)はホットな彼女の性質からくる。雪乃は多分それと反対の性質なので相性は良くないが、原作初期に比べてある程度折り合いをつけている。詳しくは次話以降。状態異常も得意。長いファーを天女の羽衣のようにひらひらと浮かべて黒い隈取の仮面をしている艶やかなペルソナ。丸い耳が頭部にひょこんと着いているので恐らく狸のほうのムジナ。

戦車のアルカナの正位置には『行動力、独立性』逆位置には『暴走、独善』と言った意味が含まれる。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)Rank1
法王…川崎沙希(オニ)Rank2

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(ムジナ)Rank1 New
正義…鶴見留美 Rank2
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank2
世界…奉仕部 Rank2






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案外三浦優美子はとても義理堅く強い女の子である

P5T発売ですね
予約投稿なので、まだ実物を見てませんが楽しみです
初めてエビ○ンを使ったんですが、ちゃんと届いてるかなぁ(ワクワク
DXパックだから置き配されなかったら再配達が必要かもしれないので、その点は心配

あと、今まで投稿したのを読み返すと話を早く進めたくて全体的に性急になってます
その癖、要らない描写多くてとっ散らかってアバー!と悶々、悲しい
もっと上手く書きたい

そんな拙作にもわざわざ感想や評価をくれる方には感謝しかありません
ありがとうございます


6月12日(火) 夕方 ビジョンクエスト 過去のパレス

 

 

「『ペルソナ』…おもっきしいくし『ムジナ』!!!」

 

「ぬぅん! 我の隠されし力よ今こそ覚醒(めざ)めし時! ゆけい、『ギュウキ』とっかーーーーーーんぬわあああああああ」

 

 

 おおっと材木座君ぶっとばされたーーーー!

 

 レッドマンに貰った鍵を使用してのビジョンクエストにてザイモクザのパレスが再現された一角。

 

 風雲義輝城の外、広場のような場所に即堕ち二コマで焼け焦げた材木座が転がる。

 

 

「っし、楽勝楽勝。やっぱあーしって、何でもできるじゃん。才能って奴?」

 

「わ、我の弱点(物理)ばかりつきおって…ひ、卑怯なり。八幡よ、我の骨は剣豪将軍の御霊の眠る某市に寄贈してくれ。がくっ」

 

「さっさと起きて。はいもう一回、もう一回。もう一回ったらもう一回」

 

 

 自信をつけて彼女の認知の武器である鞭を手にして壮絶な笑みをたたえる優美子を尻目に、八幡が熱量の感じられない手拍子で材木座を起こしつける。

 

 現在、陽乃のパレスから脱出し一日挟んで、ペルソナに慣れていない優美子の特訓としてザイモクザパレスで模擬戦をしていた。

 

 ここを選んだ理由としては、ザイモクザパレスはシャドウが弱い。

 

 他にもザイモクザが最初に設定した、こちら側から攻撃しない限り襲ってこない点もある。

 

 

「雑なコールは止めい!!! せめて、熱き想い(パトス)を曝け出すようにだな。

 というか、物理弱点の我のペルソナではスパーリングに向かんと言うておろうに。

 物理で怯んで黒炎覇(アギラオ)絶対零度(ブフーラ)でやられるのがパターンになっておるではないか! ここは物理耐性の八幡、お主がだな」

 

「オタクー、いいからさっさと次。なるはやでこの子の使い方極めて、とっとと終わらせるし。隼人と結衣、勘良いとこあっからモタモタしてっと気付かれるしね」

 

「材木座、ご指名入りまーす」

 

「ぶひぃい!!! 鞭を武器にするとか本気で女王様ではないか!!! ええい、やられてばかりと思うなよぁお!」

 

「っし、行きな『ムジナ』!!」

 

 

 物理耐性(サンドバッグ)ならともかく、戦力(スパーリング相手)としては眼中にも入れられない己のペルソナの無力さに少し悲しくなる八幡。

 

 模擬戦に奮起する二人を見送り、手持無沙汰にボーっとするしかない彼の背中、木々の合間からガサリと音が鳴り、それと同時に声が聞こえる。

 

 

「あれが終わったら彼女もシャドウ相手の実戦に移りましょうか」

 

「ん? 帰ってきたのか」

 

 

 聞こえてきた方に目を向けると、ぐだっとしたモルガナを抱いて満足げな様子でこちらにむかってくる雪乃の姿。

 

 

「猫分の補給はもういいのか」

 

「分かっていないわね。猫分は常に補給されるべきものであって、満足するものではないのよ」

 

「さよけ」

 

 

 戯言をほざく雪乃を放っておいて、ワンパターンにならないように必死の形相で『ムジナ』の物理攻撃を避ける材木座に視線を戻す。

 

 この我儘お嬢様は優美子のペルソナ特訓が始まってから幾度となく「猫分が切れた」とかのたまって、モルガナを連れてこの場から離れているのだ。

 

 あまりに何度も行くものだから訝しく思った八幡が一度だけ様子を盗み見た所、虚空に視線を飛ばして「にゃー…にゃー…」と死んだ眼をしたモルガナに話しかけていたので、ドン引きしてそれから放置している。

 

 モルガナの外見(そとみ)が、小町が猫吸いした後と酷似している事もあったので、おそらくそう言う事なのだろうと言及する事もなかった。

 

 知ってるか。モルガナに含まれる猫成分は猫一匹分よりも少ないんだぞ(沙希のアレルギー反応無しを論拠に)。だから何度も補給しないと耐えられないんですね(白目)。

 

 

「決戦は次の金曜日。幸い、三浦さんのペルソナは最初から強い魔法を使えたから力の底上げはそこまで必要ではなかったけれど、魔法主体なペルソナのせいか直接戦うのは苦手だからその点は彼女に頑張ってもらわないと」

 

「まぁ、あの様子(鞭を振り回す優美子を見ながら)だったらそんな時間もかからずに慣れるだろ。つか、俺的には懸念点がるとしたら三浦じゃなくて雪ノ下の姉ちゃんの方なんだがな」

 

「…」

 

「いくらパレス内部の事を知覚出来ないからって、悪神の欠片に寄生されたにしてはあっさりとしすぎてなかったか?」

 

「普通なら現実でもザイモクザみてえに暴走したりするもんなんだがな」

 

 

 そう、陽乃のパレスから現実に戻った時。

 

 彼らの目の前には悪神の欠片に寄生されたはずの陽乃が居た。

 

 しかし、彼女の様子は悪神の欠片に寄生される直前までと()()変わる事無く、ひたすら人好きする立ち居振る舞いで去って行ったのだ。

 

 現実に戻る前にとにかく警戒して、どのように暴走する陽乃の気を逸らして再度パレスに取り込まれないようにするかを話し合っていたのに、拍子抜けするほどだった。

 

 しかも、今度は次の金曜にまたららぽを訪れると去り際に零して。

 

 

「悪神にすら影響されない程、我が強いのか。もしくは内心がどんな状態でもあの仮面を被り続けられる程に強固に作ってるのか。どっちにしろ強烈だな」

 

「身内を貶されているのだけれど、否定する余地も無いのが言葉に困るわね」

 

「いやいや、むしろめっちゃ褒めてる。あそこまで頑固な仮面持ってたら、さぞかし生きるのが楽だろうな」

 

「むしろ、そんな物を持たざるを得ない人生なのだから逆に生き辛いのではないかしら。あなたもやってみる?

 先生と呼ばれて自意識を肥大化させた化け物たちの群れに放り込まれて、失言一つ出来ないパーティに何度も御呼ばれされるのよ」

 

「残念ながら俺の目つきはドレスコードに引っかかるから参加したくともできないんだよなぁ」

 

 

 例えどういった理由であろうとも、陽乃が悪神の欠片に侵されている点とそれをどうにかする日程が決まっているのは変わらない。

 

 先回りや、奇襲気味に突撃する事も考えた。

 

 だが陽乃は自由時間が多い大学生らしく講義もサボり気味にフラフラとしている為、行動原理を予想するのは難しく。

 

 であるなら、確定で捕まえられる日が分かっているのなら利用するしかない。

 

 そうと決まればやれる事は出来る限りやるのが雪乃のジャスティス。

 

 逃げ続けていたがバテて、またもぶっ飛ばされた材木座を介抱させるためにモルガナと八幡をけしかけて、これからの行動予定を立てる。

 

 

「それより、比企谷くん。あの刈り取るものへの対策は本当に大丈夫なのよね。あなたが、秘策があるからと一任しているのだけれど」

 

「任せろ、多分大丈夫だ。最悪、奥の手の一つを二三個切る事になるかもしれんが、なんとかなるだろ。非常にみっともない姿になったら、きっと、めいびー」

 

「多分あなたの土下座は意味が無いと思うのだけれど」

 

「甘いな。俺のみっともない姿は媚売り土下座靴舐めまでスムーズに移行するぞ。つか、俺のみっともない姿イコール土下座に繋がる雪ノ下の俺への解像度が高すぎて微妙に引く」

 

「あなたが分かりやす過ぎるのではないかしら…底知れぬ不安が残るわね」

 

 

 あまりの内容の無さに思わず手を頭にやり、頭痛をこらえる雪乃。

 

 とはいっても、前回は八幡の消耗を度外視すれば何とかなったのだから、そこまで切羽詰まっていない。

 

 しかし雪乃的には、相手の足を引っ張る事に特化している彼をあまり消耗させずに姉へと挑みたいのが実の所。

 

 …本当に最悪の場合、自分が何とかするしかない。と覚悟を決めた。

 

 こうして直前の特訓が出来ているだけ、前回よりもずっとマシな状況なのだから、やれることをやるだけだと意識を切り替える。

 

 

「由比ヶ浜さんを誤魔化すのは戸塚くんに任せっきりなのが心苦しいのだけれど。他に当ても無いのが厳しいわね」

 

 

 優美子が参戦する条件として提示したのは結衣と隼人の不参加であった。

 

 勘の鋭い結衣の、特に仲の良い友達が二人して捕まらない事への違和感をどうにかする為に奮闘している彼を思い浮かべて健闘を祈る。

 

 

6月13日(水) 奉仕部部室

 

「最近、ゆきのんの様子変じゃないかな」

 

 

 席に座ってスマホを弄っていた不意に結衣が近ごろ抱いている疑問を戸塚へと投げつける。

 

 唐突に核心に触れられそうになって一瞬言葉に詰まりそうになるも、何も知らない顔を崩さずに済んだ。

 

 

「ほら。今日もだけど、急に部活来れなくなったとか言うし、他にも何か…変」

 

「僕はあんまり雪ノ下さんと一緒に居る時間長くないから詳しくは分からないけど、そんなに変なの?」

 

「変って言うか…なんていうか。う~ん、何となく距離を感じるって言うか。上手く言えないんだけどさ。

 あ、あとヒッキーも、かなり変。いや、ヒッキーは普段から変なんだけど。もしかして二人とも隠し事…なのかな?」

 

 

 少しだけ落ち込んだ様子で、ため息をつく結衣に「ひーん、はちまんー。雪ノ下さーん。怪しまれてるよー!」と内心で叫ぶ戸塚。

 

 にっこりとポーカーフェイスを保ったまま、そんな事はないとおもうけどな、なんて慰めているが焦りまくり。

 

 

「二人ともおんなじことを隠してるって感じもするけど、違う事で悩んでそうでもあるし。

 ねえ彩ちゃん、あたしって相談する相手としてそんな頼りないかなぁ」

 

「そんな事ないよ! 由比ヶ浜さん、すっごい話しやすいから悩みを打ち明けるならきっと頼りになるよ」

 

「でもさぁ…あっ、ごめんね。折角テニスの部活より優先してもらってるのにこんな愚痴ばっかりで」

 

「ううん。この前の大会の後からちょっとスランプ気味でさ、少し気分転換したかったんだ」

 

「なら、今日はもう終わってどっか食べ行く? 最近パイが美味しいって噂の喫茶店見つけてさ」

 

「いいかも。じゃ、帰る準備してくるね」

 

「うん。あたしは部室の鍵かけて返してくるから。玄関で待ち合わせよっか」

 

 

 決まれば行動が早いのはこの二人の美点というべきか。

 

 さっと片付けて、それぞれ一旦分かれる。

 

 鍵を握ってリノリウムの廊下を歩きながら、夕暮れに染まる校舎を眺める結衣。

 

 

「ほんと、なんだろな」

 

 

 どうにも言葉に出来ない距離を感じ取って、またしてもため息をついてしまうのであった。

 

 そんな結衣に近づく一つの影。

 

 

「ちょっと時間、良いかな?」

 

「うん?」

 

 

6月13日(水) トツカ/ユミコパレス

 

「今更だが、何故(なにゆえ)三浦女史はこのような戦に参戦する気になったのであろう?」

 

「は?」

 

「俺を向いて聞くな。そう言うのは本人に向かって言え」

 

「いや! そこまで気になっておるわけではない! ただ、なんでかなぁ?

 しかもあのリア充の王略してリア王と由比ヶ浜嬢にも秘密とか我気になります! 位の好奇心だけだ!

 好奇心は猫をも殺す、故に回答は不要だぬははは! では、我は哨戒の任に着こうではないか!!」

 

 

 パレスの内部にてレベル上げの為に片っ端からシャドウをぶちのめしながらの行軍をしている最中、材木座が八幡に向かって声をかけるがシャドウを倒した後に戻ってくる優美子に聞きとがめられすごすごと場を離れる。

 

 なにあれ? と視線と言葉で同時に主張する優美子に、ドロップ品を拾いながらさぁ? ととぼけるしかない。

 

 だってあいつの事とか知らんし。

 

 けれど、材木座の疑問は八幡自身も持っている。

 

 どうして彼女は陽乃のパレスを攻略するまでの期間限定とはいえ、協力する気になったのだろうか。

 

 あんたも気になんの? と視線で聞いてくる優美子に、まあそれなりに? と態度で示すが「はっきり言えし」と理不尽な責めをくらう。えぇ、あなたも言葉にしてないのに…と嘆くが八幡の性格で逆らえるわけも無い。

 

 

「…まぁ、気になるっちゃ気になるよな。そもそも、三浦の性格からして雪ノ下とも相性悪いだろうし、その姉ちゃんとなると助ける理由なんてないだろ。

 あと、葉山が関わるべきじゃないと判断してるのに、それを隠して裏切るような形になるのも意外といえば意外だとは、まぁ思うだろ」

 

「あーし、別に隼人のイエスマンって訳じゃないんだけど」

 

「い、いや。ほら、その好…気になる人の意見には合わせたくなるもんじゃないんですかね。共感性は比較的好意に繋がりやすいってよく言うし」

 

 

 ギロリと睨まれてあたふたする八幡に、一つ舌打ちをしてどう答えようか。いや、そもそも答える必要はあるだろうかと逡巡する優美子。

 

 しかし、必要はなくとも()()はあるか、と渋々と口を開く。

 

 

「…正直、あーし的にも別にやんなくていいことしてるなって思いはそりゃあるよ。けどさ、前、雪ノ下さんにはちょっと悪いことしちゃったし。

 その辺、ずっと気になってたんだよね。言わなくていい事、言いたくなかった事。いわせちゃったじゃん。

 まぁなんてーの? その罪滅ぼしって訳じゃないけど、あんま負い目持ったまんまだとやりにくいしさ。

 だから、これ手伝って、あーしの心持ち的に貸し借りゼロにすんのが目的」

 

 

 その言にようやく八幡はこれまでの優美子の言動を理解できた。

 

 なるほど、確かに前回のトツカ/ユミコパレスの時、雪乃はユミコのせいで言いたくなかっただろう事実をパレスの特性、もしくはユミコの悪性によって開示させられた。

 

 もちろん、それが悪神の欠片に起因するものだとは言え、雪乃が対象として選ばれたのはあの時点での優美子の敵意が雪乃へと向いていた事が原因だ。

 

 しかも、その敵意を抱く原因は結衣と胸襟(きょうきん)を開いていれば回避できたものでもあった。

 

 

「もしかして、あいつに一歩譲るような感じだったのって、その辺が?」

 

「まぁ、あの件に関しちゃあーしの所為だし。こっちが引いてもしゃーなしっしょ。

 …ついでにあんたも巻き込んじゃったってのもあって話したんだから、変に話し回らないでよね。

 その辺の義理もあっけど、隼人と結衣を巻き込まないのがあーしの手伝う条件なの忘れんなし」

 

 

 若干、今も後ろめたいのか。それともこうして胸の内を打ち明けるのが恥ずかしいのか。照れ隠しに睨み付ける優美子にこくこくと頷く。

 

 成程。

 

 確かに、優美子と雪乃は性格的にはあまり相性は良くないだろう。

 

 二人とも、自分が他者よりも上の立場に立っていないと不満を覚えるタイプ。

 

 しかし、優美子からすれば雪乃が隼人の幼馴染であり家族ぐるみの付き合いがあるからと言って、現時点での雪乃の矢印は隼人へと向いていないとパレスでの暴露から断言できる以上、恋敵と言う訳でもなく。

 

 結衣との付き合いへの嫉妬も結衣本人とのぶつかり合いで解消している。

 

 更に、無理矢理内心を暴露させてしまった負い目もある。

 

 その後も戸塚には謝罪したが、ゴタゴタとしていたせいで雪乃には正式に謝っていない。

 

 であるがゆえに優美子が一歩譲り、自身の苦手意識やプライドを押し殺して『当たり障りなく上手くやっている』だけなのだ。

 

 そうしたコミュ力に関して言えば雪乃と優美子は比べるだけ失礼な程、雲泥の差がある。伊達にクラストップカーストグループの頭を張っていない。

 

 結衣と隼人を今回の件から引き離したいのも、折角の誕生日に危険から遠ざけたいのと彼の信条を(おもんばか)った結果なのだろう。

 

 簡単に言えば、三浦優美子と言う女の子はとても義理堅く強い女の子なのだと言う事だ。

 

 

「ほんと、すげーよな」

 

「は? なんか言った?」

 

 

 パレスの熱気か羞恥か。紅くした顔をパタパタと扇ぐ優美子に、何でもないと答えて離れていった材木座を連れ戻しに向かう。

 

 周囲にはシャドウも罠も無く、別行動していた雪乃達ももうすぐに優美子と合流するから場所を変えなくはいけない。

 

 彼は拾い上げたドロップ品を確認しながら、己の心の海に宿るもう一人の仮面へと意識を向けながらも足を動かすのであった。

 

 

「…まぁ、それだけが理由って訳でもないんだけどね」

 

 

 

 優美子との仲が深まった気がする。

 

 

6月14日(木)

 

 明日は陽乃パレスの攻略だ。

 

 心身を休める為にも、あと結衣のフォローを戸塚だけに任せない為にも一日休養する。

 

 数日ぶりの奉仕部だが、雪乃は先の事で気もそぞろ。

 

 そんな様子を寂し気な瞳でちらりと盗み見る結衣。

 

 モルガナも流石に大一番と言う事で気合が入っているため、そうした機微には気付けない。

 

 なお八幡は材木座と一緒にゲーセンに向かっている為、不在である。

 

 なんとも言えない状態でその日は終わるのであった。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――

From 雪ノ下雪乃

―――――――――――――――――――

Title経費支出報告書

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 夜分にごめんなさい。

 少しあの人の所で買い足したものがある

から、経費として精算をお願いするわ

 あと、どうして今日ゲームセンターで使

ったお金が経費になるのか、ちゃんと説明

してもらえるのよね

―――――――――――――――――――

 

 

 八幡の背中に悪寒が走った。

 

 

6月15日(金) ららぽーとBAY

 

「それで、結局あの鎖の化け物どうすんの」

 

 

 ららぽにて人の邪魔にならない場所を見つけて異世界ナビを起動させる直前。

 

 優美子が疑問の声を上げる。

 

 刈り取るものの恐怖は八幡、雪乃、優美子、モルガナは身に染みている。

 

 新たに突入メンバーに参戦した戸塚、材木座も話に聞くだけだが、その脅威は散々に聞かされているので対策の必要性は理解しているだろう。

 

 前回は普通のシャドウはおらず刈り取るものだけだったが、今回も同じならば目的を果たす前に消耗しきるか不意に全滅する事も有り得る。

 

 もしも前回が特別で、今回は刈り取るものがいなければそのまま攻略するだけだが、警戒はしてもし足りない。

 

 

「あんたがどうにかするって言ってたんだから、ちゃんとやるんだよね」

 

 

 我に秘策ありと自信満々(本人比、普段より11%増し)にしていた八幡を雪乃が一先ず信用したので優美子も任せていたが、もとより優美子の八幡への評価はあまり高くないので信用されていない。

 

 彼女からしてみれば八幡の活躍は魔法で足を引っ張るか、知ったような口を利いて時間稼ぎをしていただけの弱者だった。

 

 もちろん、役割として必要になる場面もあるだろうが、ペルソナの特訓に付き合わせた時もナビ役ばかりで、全体的には戦力として役立つイメージが無い。

 

 八幡に比べれば、キモくて物理に弱いが材木座の方が戦力になるとすら思う、キモイけど。

 

 

「ふっふっふ。八幡よ! 我との共同戦果、見せてやれい、そして括目せよ! しかして希望せよ! これぞ我と相棒が丸一日ゲーセンで荒らし回った秘策である!!!!」

 

「いや、まぁ、お前にも大分手伝ってもらったからひけらかしてもいいけどさ。ひとまずうるせえ、声のボリューム抑えろ」

 

「あふん」

 

「気持ち悪いぞ、ザイモクザ」

 

 

 そんな八幡と材木座が手に持った袋から取り出したのは

 

 

「ゆきだるまの…ぬいぐるみ?」

 

「それだけではないわね…これはハンバーガーに、犬? 奇妙な猫…猫? 猫、ではないわね、あと羊?」

 

 

 種々多様なぬいぐるみだった。

 

 その中には雪乃が見つめていたと思われる雪だるま(フロスト)人形の姿もある。

 

 ガサゴソと取り出され続けるぬいぐるみの数々に圧倒されるメンバーたち。

 

 その様子に調子に乗る材木座。

 

 

「ゲーセンのクレーンゲームでガッツリ取ってきたのである! ふははは、褒めるがいい、称えるがいい、称賛せよ!」

 

「で、これが何の役に立つわけ」

 

「え? そ、それは知らぬが…我は八幡の言う通りにやっただけだし?」

 

「ヒキオ?」

 

 

 ジロリと睨み付ける優美子と目を合わせないようにしながらも、それらを袋に仕舞う八幡は焦る事はなかった。

 

 

「ま、仕込みは流々、あとは仕上げをってな。一応虎の子だが、二の矢も準備してるし」

 

「また、なんだか訳のわからない事になりそうね」

 

「けど、八幡ならきっと何とかしてくれるよ」

 

 

 無邪気に笑う戸塚に、正直半々ぐらいの確率の博打だとは明かせないまま異世界ナビを起動してパレスに突入するのであった。

 

 

『ターゲット…雪ノ下陽乃 悪神の欠片…パンさん人形………パレスを発見しました。ナビゲーションを開始します』

 

 

 




 ペルソナメモ
 最後に出てきたのはペルソナ5に出てくるクレーンゲームで入手できるインテリアの人形、ジャックフロスト人形筆頭に各種揃っている。雪乃が猫と勘違いしたのはレキシー人形。ジャイニャン人形は人形内で唯一クレーンゲームではなく、マコトとの水道橋デートが必須の為、未入手である。しかし、何故ペルソナシリーズでは人形のみならずカード等といった悪魔(シャドウ)関連のグッズがあるのだろうか?
 あと、沙希が不参加なのは最初の契約、やばそうな相手には参加しなくていいと言ったから誘っていない為。現時点ではあくまでフリーダンジョンかサブクエでの傭兵。コミュランクが低いままだとスポット参戦のみである。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)Rank1
法王…川崎沙希(オニ)Rank2

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(ムジナ)Rank2 Up
正義…鶴見留美 Rank2
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank2
世界…奉仕部 Rank2



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隠す事も無く雪ノ下陽乃は最強格である

はるのんはラスボスを除けば最強です
原作でもそうだったからね!

ところで今グリッドマンユニバースがアマプラで観れますよ!ぜひ見よう!

p5tはうーん、今の所は言及しないでおきます


6月15日(金) ハルノパレス

 

 人の気配、生き物の息吹すら感じられない、死が充満しているかのように錯覚する空間。

 

 人が生きる場所ではなく魔の住み着く場所と化した、外観だけは現実と寸分違わない商業施設を模したパレス。

 

 その施設の一角、通路の曲がり角からアホ毛が主張する頭がひょこっと生えて三白眼じみた目つきで周囲を窺い、背後へと合図を送る。

 

 クリアリングの役割をこなす八幡が出てくると、それに続き一人、また一人と曲がり角から現れる。

 

 先頭に警戒兼ナビ役として八幡。その護衛の為、すぐ後ろから最高戦力に近い実力を持つ雪乃と火力特化の優美子が続き、回復役の戸塚、範囲攻撃を得意とする材木座、最後尾に全体を見守るモルガナ。

 

 ザイモクザパレスでの訓練でこれが雑魚シャドウに最も不意を打たれづらい、かつ不意打ちされても幾らでもリカバリーできる隊列だった。

 

 しかし、最善を尽くした行軍であると言うのに、後ろから二番目三番目の彼らの顔色はあまりすぐれない。

 

 それもそのはず。

 

 たとえペルソナと言う非現実に少しずつ慣れてきたとはいっても、今回のパレスは特別だ。

 

 

「は、八幡よ。ほ、ほん、本当にこの禍々しい気配の(みなもと)は、ち、近くに居ないのであろうな」

 

「…居ない、はずだ。よな、モルガナ」

 

「スンスン…ワガハイの鼻にも引っかからねえぞ」

 

「で、であるか。そうか、そうであるか。…………………はふぅ」

 

「ざ、材木座君もやっぱり、怖い…よね。僕もパレスに入ってから震えが止まらないや」

 

「あんまびびりすぎてっと、いざって時うごけないから。適度に息抜いときな」

 

 

 材木座と戸塚だけは前回、このパレスで雷に打たれるような死の予感に出会っていない。

 

 刈り取るものとの遭遇の経験が無い。

 

 しかし、パレスに満ちた死の気配だけは、感知型ではない彼らのペルソナでも敏感に感じ取ってしまう。

 

 結果、具体的な対象も無いのに、酷く恐怖心だけが駆り立てられるのだ。

 

 あるいはそれを本能と呼ぶのかもしれない。

 

 とは言っても、他のメンバーに余裕がある訳でもないが、既知である事が比較的マシに(強がって)振る舞えている大きな要因なのは変わらない。

 

 そんな全員がおっかなびっくり、遅々とした歩みをしていれば逃れようも無い事態と言うのは自然とやってくる。

 

 

「…前方二時方向。こいつは刈り取るもの、だな」

 

「後方八時方向にも同様の気配がするぜ。ちんたらしてたら挟み込まれるぞ」

 

 

 ついに死の恐怖との遭遇が避けられなくなった。

 

 もしかしたらこの異様な気配は前回の残り香で、居ない事を1%くらいは期待していた面々もごくりと喉を鳴らす。

 

 

「…姉さんが居るのは恐らく、上階。屋上だとか、その辺りだと思うのだけれど、その方向へ向かうにはどちらの方へ行けばいいかしら?」

 

「二時方向の気配の奥にフロアの切り替わりが感じられるから、多分、そっちだな」

 

 

 八幡の返答に一度だけ目をつぶり胸元を押さえて深呼吸する雪乃。

 

 ぎゅっと手を握り、眼を開く。

 

 そして宣言する。

 

 

「なら、そのまま前方の刈り取るものを突破して一気に突っ切るわ。…分かっているでしょうけれど、僅かにでも交戦しようとは思わない事。なりふり構わず、走り抜けなさい」

 

「「りょ、了解/しょ、承知した」」

 

 

 ことさら、材木座と戸塚へと言い聞かせるように、二人を見つめて釘を刺す。

 

 いざ、接敵した瞬間、恐怖からパニックになってもらわれては困る。

 

 実際、八幡はパニックになって普段の彼ならしないような真似をしたのだから。

 

 

「モルガナちゃん。彼らのフォローをお願いね」

 

「任された」

 

「三浦さん、遅れないように」

 

「誰に物言ってんだし」

 

 

 強気な返事にふっ、と努めて軽い調子を作って笑顔を取り繕う。

 

 そして、最後に

 

 

「…比企谷くん」

 

「おう」

 

「信じて…いいのね?」

 

「いや、そんな期待されても困るんで、出来れば上手くいけば儲けものとでも「信じるわ。だから、確実に為すべきことを為しなさい」へ、へい」

 

 

 虚勢を張る自分とは違い、普段通りの彼。いつもの調子を崩さない様子を確認して、断言する。

 

 がちがちに固められた手を開いて、スムーズに走り抜けられるよう靴の調子を確認する。

 

 徐々に強まる恐ろしい気配と微かに聞こえてきた鎖の音に、今立ち止まれば足は震えが止まらなくなるだろう。

 

 それでも、彼女には先へと進む理由が存在した。

 

 

「行くわよ…全員、走れ!!」

 

 

 告げ、一気呵成に走り出した。

 

 

 

 

「前方、距離150、125、100…目視確認!」

 

「ヒッ…あいたぁあああ!」

 

「ぼさっとしてんなザイモクザ! 走れ(Run!)! 走れ(Run!)! 走れェェえええ(Ruuuuuaaan!!!)!!!」

 

「怖い…すごく怖い。けど! 僕は臆病者じゃ、ない。男なんだぁ!!!」

 

「接敵まであと50!」

 

「って、あいつ何か銃構えてんだけど!!!?」

 

「比企谷くん!!!」

 

「止まるんじゃねえぞ、走り抜けろ。残り30、20」

 

 

 ドタバタと走り続ける高校生たち。

 

 肉体的疲労が反映されないパレスの特性を活かして、全力疾走を続ける。

 

 目前に血に塗れたコートを羽織り、極大の威圧感を与える特大の銃を構えた、刈り取るものの姿が近づいてくる。

 

 異様な大きさの銃口が駆けてくる面々を屠ろうと向けられ、何かの力が光となってその銃先に収束していく。

 

 コンセントレイトされているわけではない。

 

 眼光を光らせ、多重行動しているわけでもない。

 

 ただの()()()()()()()を放とうとしているだけ。

 

 それを一発でも放たれ無防備に食らえば、彼らは塵も残らず三途の川を渡ることになるだろう。

 

 それほどまでに存在の格が違う。

 

 必死に足を動かす全員の瞳が妖しげな光を携える銃口に吸い込まれ、もう何をするにも間に合わない。

 

 視界がスローモーションに動き、走馬燈が流れるのを覚悟したその時。

 

 

「距離10…今! これでも、くらえぇ!!!」

 

 

 八幡が懐から取り出した人形をオーバースローで投げつけた。

 

 

「は?」

 

 

 誰の口からか、戸惑った声が漏れ出た。

 

 ふわりと、しかし素早く投げつけられたその金色の猫らしき人形は、今にも致命の一撃が発射されそうな銃口を通り抜け、その先。

 

 刈り取るものの、のっぺりした白い仮面にぺちっと軽い音を立てて当たった。

 

 そして…攻撃は、発射されない。

 

 ぼんやりと、自分に当たって転がり落ちた人形を不思議そうに見つめている。

 

 

「…よっし。今だ、逃げろぉおおおおおお!!!! 一応使っとくぞ『アマノジャク』! 『トラフーリ』!!」

 

 

 八幡の叫びにあまりの事態に止まりかけた足が再起動する。

 

 トラフーリの魔法の効果で一気に距離を稼ぎ、それでもなお全員が走り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうか、人形…人形(ひとかた)か。古くは人の厄を身代わりにする為、作られた概念。日本だとひな人形だとか藁人形が有名だったか。

 厄を押し付け、対象を誤認させるって役割としちゃあ、最適だな。懐に入れておくことで限界まで自身と見分けがつきにくくさせる。

 概念として存在してるシャドウからすりゃ、一瞬じゃ判別つくわけがねえし戸惑うのは当然。ハチマンおめえ、すげえじゃねえか!」

 

 

 走り続け、脇に認知の外れ、帰還スポットとして使えそうな場所を見つけてなだれ込み、ようやく落ち着いて話せるようになった時、モルガナが手放しに八幡を褒める。

 

 あ、うん。まぁな。うん、そうだろ。とか言って珍しく手放しに褒められている事に戸惑っている様子。

 

 それを「へぇ、やるじゃん」と見直している優美子に、「やっぱり八幡はすごいや」と頬を緩ませる戸塚。

 

 最も雪乃と材木座は「そこまで考えてたのかしら」「多分こやつそこまで考えておらんぞ」と訝し気に、けれど空気を悪くするのもなぁと黙っている。

 

 なお、真相は「いや、ほら。あるじゃんポケモン。ピ○ピ人形。あれってもう日本人的には共通認識じゃん? ニンテ○ドーは日本人だったら誰でも知ってるし、なんなら世界でも知られてるし。だからワンチャンいけるかなぁって」と言う雑な思い付きだった。

 

 知ってるか、ポケモン初代の発売は1996年…そんだけの時間があれば人の語り継ぐ神話としての格を得てもおかしくないだろとかなんとか。

 

 それが失敗したとしても、ギリギリまで引きつけてからの『トラフーリ』で目の前から急に消える事で逃げるデビルバットゴーストもどきとか、他にもう一つ奥の手を考えていたが、一発目で、しかも最も消耗の少ない策が成功して良かったと内心でホッとしながらポケットの中で握りしめる八幡。

 

 

「ともあれ、確実にあれから逃げられる手段が確立したのだから、懸念事項はクリアされたも同然ね。後は、目的地までひた走るのみ」

 

「うっし、ハチマン。ナビはワガハイに任せろ。その代わり、刈り取るもの対策は任せたぜ」

 

「…おう」

 

 

 咄嗟に取り出せるよう、ぎゅうぎゅうに詰められたカバンから人形を懐に忍ばせて、一行は気分新たに出発する。

 

 なお、材木座が「そのような効果のある切り札ならば我にもよこせ!」と所有権を主張して幾つか取り戻していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『およ? 遅かったねぇ。お姉さん、待ちくたびれちゃった』

 

 

 ようやくたどり着いたハルノの待つ場所の直前、階段の踊り場で準備を整え屋上に繋がる扉を開く。

 

 晴天の空の下、佇んでいたのは予想通りのハルノ。パレスの主の姿。

 

 

『まぁ刈り取るもの(あれ)は流石にやりすぎたとは思ったけど、今更設定変えるのも面倒だし、()()()()()()()()()()仕方ないっちゃ仕方ないか』

 

 

 陽気な様子でけらけらと笑う。

 

 その姿は現実と変わる事無く、ひたすらに自然体。

 

 

『雪乃ちゃん、案外負けず嫌いだからね。突撃しちゃったらヤバいかもって思ってたけど…予想より慎重に動けたね、偉い偉い』

 

 

 パチパチと軽い手拍子で上から目線で褒めるハルノにイラッと来る雪乃。

 

 しかし、その言動を止めようとする事はない。

 

 

『でも、雪乃ちゃんがそんな風に慎重になったのはもしかして、そこの友達の為? それとも…他の人の為?』

 

 

 なぜなら、彼女の成形(なりかたち)は本当に、誇張無く、現実と変わりが無かったのだから。

 

 通常、とは言ってもユキノ、ユイ、ザイモクザ、ユミコの経験則ではしかないが、悪神の欠片に寄生されパレスの主となった人間の様子は精神的に暴走し、肉体的には暗く染まり明らかに異常が見て取れた。

 

 これはモルガナの思い出せる記憶とも一致しており、メメントスやパレスで精神暴走を起こしている対象は見るからに現実の姿とは異なっていた。

 

 なのに、ハルノの様子は現実と同じ。強いて言えばうっすらと瞳が光っている様に見えるくらいだろうか?

 

 思わず、モルガナに確認を取ってしまう程にはハルノの状態は異常(現実と同じ)だった。

 

 

「モルガナちゃん。本当に、姉さんに悪神の欠片が?」

 

「間違いねえ。悪神のアンチとして生み出されたワガハイの鼻は陽乃殿にビンビンに反応してるぜ」

 

『もう、雪乃ちゃん! 無視は私でも傷ついちゃうんだぞ。こんな事になって戸惑うのも分かるけど、幾らなんでもそんなザマじゃ…』

 

「…っ!」

 

 

 ぷんすか、と私怒ってますポーズを取るハルノに、直前まで死の恐怖そのものから逃げ続けてきた緊張感が緩んだ。

 

 非日常で張り詰めていた彼らに、問答無用に戦闘に入るのでもなく、見た目が普通で日常的な会話に拍子抜けしたと言っても良い。

 

 戸塚が、材木座が、優美子が「これはもうすぐにでも終わるんじゃないか」と油断したその瞬間。

 

 

『キョトンとした顔で死ぬことになっちゃうよ?』

 

「散開!!!」

 

 

 ギュンとハルノの身体が飛び出し、彼らの間に存在していた距離が一瞬で縮まる。

 

 

 ガァン!!

 

 

 ギリギリまで緊張感を張り続けていた雪乃とモルガナ。そして、あまりのうさん臭さに微塵も気を抜いていなかった八幡がペルソナで、突然の急襲に着いてこれずボケっとした他三人を突き飛ばす。

 

 彼らの立っていた場所に飛び込んできたハルノの拳がものすごい音を立てて突き立てられ…

 

 拳は現実味の無い程の勢いで音を立てて地面を抉り、陥没させた。

 

 最も周囲に気を払っていた八幡だけがその様からまともに当たっていた時を想像して、背筋が凍りつく。

 

 回避行動に移った全員が思っていた以上に衝撃で吹き飛ばされ、ハルノとの距離を取り直す。

 

 

『ありゃ、失敗失敗。うーん、中々難しいね、これ』

 

「げほっ、げほっ。不意打ちとか調子こいてくれんじゃん! 『ムジナ』!!!」

 

『…ふぅん』

 

「『アギラオ』!!」

 

 

 冷静さを取り戻すより先に、突き飛ばされた痛みと鬱憤を目の前の女をぶちのめす原動力に変え、優美子の指示で長いファーが躍り火炎中級魔法(アギラオ)がハルノへと撃ち出される。

 

 轟っと、まともに当たれば全身大火傷では済まない火力がハルノの目前まで迫る。

 

 よっしゃ! と直撃を確信した優美子。

 

 

『こうかな?』

 

「えっ」

 

 

 しかし、その焔がハルノを焼く事は無く、ヒョイっと軽く身をずらすだけでカスる事すらせずに通り過ぎた。

 

 

「ぬぅん、幾ら女人であろうともアンブッシュは許すまじ! 我の叫びを聞けえぃ!! 『ギュウキ』『マハガル』!!」

 

「合わせるよ、材木座君! 『ノヅチ』『マハコウハ』!!」

 

『うんと、ここ』

 

 

 起き上がって直ぐに八幡と同じ衝撃を感じて腰が引けていたが、優美子に触発され一足遅れで材木座と戸塚が初級範囲魔法で衝撃と光をまき散らす。

 

 先ほどの炎と比べて弱いが、それでも触れれば傷つき身体が揺らぐ風と光が薄く広がり、ハルノへと殺到する。

 

 しかし、それらもちょっとだけ考えたそぶりを見せたかと思うと小走りして、或るポイントで立ち止まり

 

 

「ウソでしょ」

 

「我らの魔法が…まるでモーセのように、あやつを避けておるだとぉ!?」

 

 

 範囲を広げた所でフォローしきれない場所はどうしても出てくる。

 

 元々威力の高くない魔法でもあり、ポイントポイントで凪のような場所が生まれる為、範囲魔法でもシャドウに避けられる事は普通にある。

 

 しかし、それを補うため隙を埋める二連続魔法だったのに、難なく見極められハルノの身体に一筋の傷すらつけることなく終わった。

 

 

『………びびったら、負け。だよ? 雪乃ちゃん』

 

「っ、『ライジン』!」

 

「雪ノ下!!」

 

 

 事態に着いていけず、呆然とする彼女たちにクスリとあざけるような笑みを浮かべハルノが身体を躍らせる。

 

 

「だ、大丈夫。けれど、生身、だとは、思えない程」

 

 

 ふわりふわりとまるで舞踊でも舞っているかのように、軽やかな動きでハルノが雪乃に襲い掛かり『ライジン』の腕を掴み、極めようとするのを咄嗟に躱し、その動きを逆手にとって脚を払い重心を崩す。

 

 しかしペルソナは脚を地面に着けていない為、思ったよりも効果が出ない事に『およ?』と軽く驚きながらも掌底を肩に叩き付ける。

 

 

『うん、案外難しいね。実戦って』

 

「っ、うっ。くぅ」

 

「フォローするぜ! 威を示せ『ゾロ』!!」

 

『ありゃ、刃物は怖いなぁ』

 

 

 そう言いながらも、『ゾロ』のレイピア、モルガナのシミターの連続攻撃をひょいひょいと避け、時には素手でいなし。

 

 そんな中でも雪乃への猛攻は止まらない。

 

 最も白兵に長けたモルガナを相手取りながらも、次点で強い雪乃の自由を奪い続ける。

 

 しかも

 

 

「だぁ! もう、あんたら邪魔だし!」

 

「ど、どうしよう。援護したくても、雪ノ下さんとモルガナの動きを避けて魔法を当てるのは僕には」

 

「我の照準は戦国の火縄レベルである故、スナイパーがごとき精密射撃は適わんぞ!」

 

 

 援護射撃を試みる三人の射線を常に意識しながらの動作を保ち続けてすらいる。

 

 最も立ち回りに長けている雪乃と経験からの技巧を持つモルガナ二人をして互角。

 

 いや、明確に

 

 

「二人がかりで手も足も出ないとか。雪ノ下の姉ちゃんは…化け物か」

 

 

 格上だという証左だろう。

 

 驚愕の声を溢す八幡の呟きが彼らの偽らざる心情だった。

 

 

『酷いなぁ。その言い草。そんなこと言う悪い口には』

 

「避けろ、ハチマン!! っぐ」

 

「やべっ」

 

 

 打突音と金属音が響く中、ハルノの腕がひょいと軽い調子で八幡の方へと振られる。

 

 その腕の先、手の平から小さな石が飛ばされ、床を陥没させる膂力から予想される威力に横っ飛びで逃げる。

 

 勢いあまってごろごろと転げながら中衛位の位置から魔法を飛ばしていた後衛までみっともなく後退した。

 

 咄嗟に警告を出したモルガナが腕を戻すついでとばかりのハルノに掴まれ、八幡の居たスペースに投げられ距離を離された。

 

 

『あれ?』

 

 

 変わらず雪乃へと襲い掛かりながら、ハルノは小首をかしげる。

 

 

「やべえ。なんだよ、あの怪物。マジでやべえ」

 

「だが、やってやれねえことはねえ」

 

『さっきから、思ったよりもあんまり力が出て無いような』

 

 

 放たれた石が当たらなかったのはともかく。

 

 それが狙いよりもずっと近くに落ち、後ろの目障りな有象無象ごと潰すつもりだったモルガナも途中で失速し、クルンと空中で姿勢を取り戻して再突貫してくる。

 

 最初の一撃はともかく、それ以降は自身の想定以下の結果しか出ていない事を訝しむハルノ。

 

 攻勢を緩め、少し防御へと意識を傾けながら自分の想定を外す事になった要因を探す。

 

 

 

 雪乃、緩めた攻勢ですら必死になっている。余計な事をする余裕もないし、過去の経験からも自身の想定を崩すのは無理。

 

 猫、自分の知らない技術があるかもしれないが、見る限り搦め手よりも正々堂々と挑む性質。違う。

 

 後ろの女の子、自分たちの攻防に何とかして隙を見つけられないか目を凝らしているだけ。あと短気そう。違う。

 

 中性的な子、自分のやる事を決めてる感じ。だけど、こっちに割り込もうって意識はないね。多分違う。

 

 太ったの…は、オロオロしてるだけだし、100%違うね。

 

 

 

『…じゃあ、キミだ』

 

「っ!!」

 

 

 じとり、と消去法で残った男の子を、八幡を睨む。

 

 考えてみれば、最初から彼は周囲を庇ったり、声をかけて警戒を促したりと視野を広く保っていた。

 

 このパレスと言う『らしい』空間に満ちさせた気配に惑わされず、冷静さを保てている点だけでも注意に値するのに、今まで注目できなかったのは彼自身の影の薄さに起因するのだろうか。

 

 …あと、みっともない堂々とした逃げ姿とか、隠しきれない情けない様子もカモフラージュとして働いていたのが多分にある。

 

 己に向けられた視線に気付き身をすくませ、こそこそとするがもう遅い。

 

 

『…へぇ。力を弱くする魔法かぁ』

 

「ばれてしまったようね。けれど、気付かれたところで意味はないわ。

 彼が重ねた弱体化で、既に姉さんの力は私一人でも対処可能な範疇に収まっているのだから」

 

 

 自慢気にする妹をあしらいながら、ふむと思案する。

 

 確かに、ハルノの攻勢は眼に見えて落ちている。

 

 とは言え、目の前の雪乃とモルガナへの対処はハルノにとっては()()()()()()()

 

 

「さあ。姉さん。少しは痛い目を見なさい。これまでのあれこれを反省させてあげるわ」

 

「ゆ、雪乃殿。私怨が混ざってねえか?」

 

「結局、いつものパターン(弱体フルボッコ)であるな。勝った第三部完!!」

 

「最初のあれからすれば拍子抜けじゃん」

 

 

 けれど、それは端的に言って

 

 

『面白くないんだよね』

 

「えっ」

 

 

 ぼそりと呟いた瞬間、ハルノの現実と変わりない身体が二重にブレ

 

 須臾(しゅゆ)にして消えようとする隙間からドロリと黒が湧き出し

 

 刹那の間に黒の汚濁がハルノを染め上げてしまう。

 

 ハルノの姿は今までのパレスの主のように黒くなり、そして

 

 

「あ、あぁ…」

 

「ウソ、だろ」

 

 

 パレスで何度も逃げ回ったあの()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()噴き出していた。

 

 

 

 確かにパレスの主であるなら、そのパレスに徘徊するシャドウより強くともおかしくない。

 

 けれど、それでも、いくらなんでも

 

 刈り取るものと言う存在は規格外にすぎた。

 

 死の気配を振りまき、見るだけで圧倒的な格の違いを感じ取らせる。

 

 生物として立ち向かっては、いいや関わる事すらするべきではないと理解してしまう理外の枠。

 

 それを越える訳がないと、あれが居たのは何かしらの間違いだと、全員が内心、眼を逸らしていた事実が目の前にある。

 

 であるならば、気のゆるみと言う隙間に浸透してしまった恐怖は必然

 

 

「ぁ、ぁぅ、わあああああああぁああ!!! 『コウガ』ぁ!!!」

「ぬぁああああ『エイガ』!!!」

「っきしょうがぁ! ぶっ飛ばすし『アギラオ』!」

 

 

 恐慌をもたらす

 

 

 戦闘・遭遇回数(経験)の不足していた三人が突発的な死の顕現にパニックを起こし、己の出し得る最大火力を振り絞って殺到させる。

 

 光が、闇が、炎が

 

 異常な空気を生み出す元凶を消し飛ばさんと限界を超えて力を注ぎこんだ一撃がハルノに叩き込まれる―――

 

 

『『マカラカーン』』

 

「えっ」

 

 

 直前、僅かに身じろぎしてぽそりと呟くようにハルノの口が動き、彼女の前に光り輝く鏡のようなナニカが歪な形をして現れた。

 

 それぞれが周囲を気にすることなく勝手に放った、バラバラに飛んでいた魔法が歪な鏡に()()()()()着弾し

 

 

―――反転

 

 

 万能属性以外の魔法を問答無用に反射させる魔法『マカラカーン』

 

 これが作用するのはたった一度限り

 

 一回の使用で一回分の魔法だけを反射する。

 

 もちろん、範囲魔法に使えば、その規模までを反射する。

 

 しかし、単体魔法であるならば、その魔法を放ってきた持ち主へと反転するのが()()()『マカラカーン』である。

 

 だと言うのに、ハルノの出現させた反射鏡はデコボコと歪な形をし、立ち位置の調整と併せて三発の魔法を全く同時に受け止め、一度の魔法行使で全てへと対処してしまった。

 

 それだけで筆舌に尽くしがたい絶技である。

 

 一度で最大限の結果を得る事の出来る才人、超人と言い換えても良い。

 

 ならば、それを更に

 

 

「逃げろ! ハチマン!!」

 

 

 三つの魔法を()()()()()()()()()()()()()()()などと言う芸当を為した者をどう表現すればいいのか。

 

 別々のタイミングで放ったはずの魔法群は、全く同時のタイミングで反射され、すべての破壊力をそのままに後方でとにかく弱体化の為『タルンダ』を連発していた八幡へと殺到し

 

 

「ぺる…」

 

 

 モルガナの叫びにギリギリで出せたペルソナ、『アマノジャク』の姿が

 

 

「あっ」

 

 

 狩衣姿のもう一人の彼が現れたのと同時に中級魔法三発(コウガ・エイガ・アギラオ)が一斉に着弾、不意を打たれた事で全属性弱点となってしまった事で拮抗すらできずに消し飛んだ。

 

 

「…八幡?」

 

 

 そもそも大きくない、他者評では腐っただとか死んだようなと形容されるその目、黒目の部分がグルンと反転して白目をむき

 

 膝からカクンと力が抜けるように、どさりと崩れ落ちた。

 

 

「八幡? 八幡、八幡ったら!」

 

 

 戸塚の声にも、揺さぶりにも応えることなく、倒れた身体は為すがままにされていて

 

 

「ウソであろう…そんな馬鹿な事があってよいわけがない。こんなあっさりと、なにを為す事も無くお主が! 道半ばで倒れる訳が無かろうが! 八幡! 眼を開けよ!!」

 

 

 材木座の叫びを鬱陶しがることもなく

 

 

「息、してないし」

 

 

 確認する為に手を口元にかざした優美子が確認した通り

 

 

 

 比企谷八幡は死んだ

 

 

 







比企谷八幡は三度死す



ペルソナメモ
 P2の時点で歴史の浅い都市伝説が敵として出現(ツチノコ、テケテケ等)しているのであれば、ポケモン初代も十分認知の範疇だろうとピッピ人形的な効果で刈り取るものを回避しました。もちろん、これはペルソナ原作にはないし、なんならトラフーリだけでも十分なはずだが、それだけで安心できない位には恐怖心が掻きたてられた。仕方ないよね、刈り取るもの(裏ラスボス)なんだから!


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比企谷八幡と青い部屋

視点がコロッコロ変わります
ご注意ください

因みにグリッドマンに嵌ったのは当サイトのルシエドさんの短編読んでから
あの歌詞の解釈好き
そこからリコリコ(千束&たきなを見てあかねと六花じゃん!)、ダイナゼノン(夢芽&ちせの声を聞いてたきなと千束じゃん!)、ユニバース(オーイシさんの主題歌、いいよね)って流れ
なのでルシエドさんは神です

どこかで見たちせ=恋愛弱者千束、夢芽=恋愛強者たきな的な解釈笑いました
自分の中では、たきなはしれっとゴールインしそうなイメージなので解釈一致です


????

 

 白い白い螺旋階段を昇っていく

 

 一段一段を淀みない足取りで

 

 ぐるぐると柱の周囲を回るように少しずつ

 

 昇る

 

 昇る

 

 昇っていく

 

 比企谷八幡は上に逝く

 

 

「今、考えてみればって話だが、多分あれだったんだろうな」

 

 

 独り、何処とも知れない場所で足を動かす彼はそうひとりごちる

 

 刈り取るものと言う『死の気配』をこれでもかと主張する存在

 

 それこそが雪乃との買い物から続くデジャブの原因だと、勘違いした

 

 けれど、あんなものは言ってしまえばどうとでも回避が出来るものだった

 

 機転を回して逃げる事が出来るのなら、脅威ではあっても障害にはならない

 

 

「あんな露骨な強敵のくせして、本命は別にありました。しかも逃走不可の不意打ち一発で確定死亡とか…それはズルくねえか」

 

 

 ぶつくさと文句を言いながら自分たちの見落としの結果を受け入れる

 

 コツコツと一定のリズムで足音を立てながら心の整理をつけるように

 

 彼が昇っていた階段はいつの間にか姿を変え、平坦な暗い道となり、遥か先には大きな川が見える

 

 川はぼんやりと揺らぎ、その姿は駅や洞窟にも見えるが、おおよそあらゆる神話やお伽噺で冥界に繋がるとされる姿にダブって見える

 

 多分あれがあの世への道(三途の川)なんだろうな、と何となしに理解した

 

 唐突な死への愚痴は吐きながらも、彼の心は不思議と落ち着いていた

 

 いいや、納得していたとも言っていい

 

 やっべ、六文銭とかねえぞとか、クッキーでケルベロスがどうにかなるならマッカンでどうにか代用できないかなとか、そんな事を考えながらも止まる事無く足を進めていく

 

 

…ホー……………ヒー

 

 

 そんな彼の耳になんとも言いにくい声が聞こえてくる

 

 少しずつ大きくなってくるその声はどこか愉快そうで、頭が空っぽになりそうな響きをしているようなしていないような

 

 具体的に言えば

 

 

「ひー……ほー……ひー…ほー…」

 

 

 なんだか気が抜けるような

 

 

「ヒホ?」

 

 

 そう、ヒホ…ひほ?

 

 

「………」

 

「………」

 

 

 滑らかに動いていた八幡の脚がピタリと止まる

 

 立ち止まった彼の目の前には白色と青色が特徴的な、しかしその配色よりも更に特徴的な(異彩を放つ)蝶を模した仮面を着けた雪だるまが存在していて

 

 その雪だるまは指をアゴ(らしき場所)に指を当て、見上げるように彼をみつめ

 

 

「ひほ?」

 

「お前さん、なんでまたこんなとこに来てるホ!???」

 

 

 内心「ひほってなんだ?」が口をついてしまった八幡を他所に、ピョーンと跳ねるように驚愕を全身で表現した

 

 八幡は身体がビクッてなった

 

 

「あぁそういう…世話が焼けるホね! あなたのいく所はこっちじゃない、というか何を高速成仏しようとしてるホ」

 

「えっ、えっ?」

 

 

 自身の身体を反転させ、グイグイと尻を押してくる雪だるま(?)に困惑を隠せない八幡

 

 しかし、雪だるまはその困惑を一顧だにせず無理矢理に方向転換させ、階段のあっただろう方向とは、また別の方向へと八幡の身体を押し込む

 

 

「ひとまずあっちの部屋で時間を潰してるホ。ペルソナ(精神の一部)の死を勘違いして本当に死んじゃうアホの居場所はこっちにはないホー!」

 

「え? 勘違い? ちょっと、その辺くわしく」

 

「諦めが悪い方が良い男ってもんだホ。じゃ、当分こっちに来るなよ~ひほ~」

 

 

 取って付けたような語尾にわざとらしさとうさん臭さを感じながら、強制的に向けられた方へと最後の一押しと言わんばかりに蹴り飛ばされる

 

 たたらを踏みながらも、止まっていた足は直ぐに淀みなく彼の身体を運んでいく

 

 謎の雪だるまを確認しようと後ろを振り返ろうにも、何故か身体は自由が利かずにひたすら前に前に進むしかない

 

 諦める事に関しては一家言ある八幡は光速で考えるを止め、その流れに逆らわない事を決めた

 

 

 

6月15日(金)ハルノパレス

 

 

「ウソであろう…そんな馬鹿な事があってよいわけがない。こんなあっさりと、なにを為す事も無くお主が! 道半ばで倒れる訳が無かろうが! 八幡! 眼を開けよ!!」

 

「息、してないし」

 

 

 崩れた身体に後衛として下がっていた三人が群がり、あっけない死と言う結果に騒然とする。

 

 特に戸塚、材木座の焦り様は尋常ではなく、先までのハルノにパニックを起こしていた事を忘れて八幡の死体へと縋りついていた。

 

 唯一、そこまで親交の無かった優美子は比較的冷静に見えるが、理不尽()をもたらした対象に強い目線を投げている。

 

 あまりの呆気なさと、そしてハルノと言う存在の正体に気付いたモルガナも固まってしまっていて…

 

 

「総員傾注!! 戸塚くん『リカーム』!!」

 

 

 冷静さを保っていたたった一人、雪乃の叫びにその場の全員が驚きを覚えた。

 

 

「えっ、でも」

 

「いいから早く!!! 本当に間に合わなくなるわよ!」

 

「う、うん…分かった! お願い八幡を助けて『ノヅチ』!!」

 

 

 ペストマスクをかぶったペルソナが八幡の身体に光を降らせる。

 

 『リカーム』それは復活の魔法

 

 しかし、その魔法は死者を復活させる効果ではない。

 

 本質は

 

 

『な~るほど、精神の回復効果を持つ魔法ってわけね。

 なら、ペルソナ(精神の一部)消し飛ばされ(殺され)た彼も生き返るってこと』

 

 

 ハルノの呟きに萎えかけた戦意が盛り返す。

 

 そう。リカームの効果は死者の蘇生ではなく、()()()()()

 

 気力が足りずにペルソナを使えなくなった、立ち上がる事すら困難。

 

 精神が上位に位置するパレスと言う空間での、そうした状態を回復させる魔法なのだ。

 

 ペルソナと言う精神の、心の一部が死んだと言う事で八幡の身体は『本当に自分が死んだ』と勘違いしてしまった。

 

 言ってしまえば、思い込みで死んだのだ。

 

 だからこそ、精神(ペルソナ)を復活させればつられて生き返る事も有り得る。

 

 それもまた、精神(認知)が主体となるパレスならではの現象だ。

 

 事実、八幡の呼吸は再開し頬に赤みがさした。

 

 後は意識を取り戻すだけだろう。

 

 戸塚は後ろに立つもう一人の自分(ノヅチ)に目を潤ませながら感謝する。

 

 そう。『リカーム』とはそうした効果を持っていて、ユミコ戦の時に実際に同様の魔法を受けた()()()()そこに一縷の望みをかけるというのはおかしくない。

 

 けれど

 

 

『どうやったらそんな発想が咄嗟に出てくるのかな。お姉ちゃん、ちょっとびっくりしちゃった』

 

 

 それは尋常な考えをしていては出てくることも無い突拍子の無い発想だ。

 

 心を要因として死んだ人間は、心が復活すれば蘇生する。

 

 そんな事を思いつき、()()()()()()()程に確信を持つのはなおの事。

 

 

「姉さんこそ、()()()()()()()()()()()かのような考察ね」

 

『そりゃ、私は雪乃ちゃんのお姉ちゃんだからね。雪乃ちゃんが考えそうなことは大体わかっちゃうんだよ』

 

 

 全く笑って見えない眼をした笑顔で睨み合う姉妹。

 

 寸毫の沈黙を破ったのは妹(雪乃)だった。

 

 

「いえ、実際に心を読んでいるのではないかしら? その身に宿した()()()()で」

 

『………………へぇ』

 

 

 張り付けた笑顔が抜け落ちる。

 

 

 

 

 

 

 ?????

 

 八幡の歩んでいる道はいつの間にか平坦な道ではなくなり、かと言って最初に昇っていた階段でもなくなっていた

 

 気が付けば彼の脚は歩く事を止めていて、それでいて身体は止まる事無く進み続ける

 

 上に、上に

 

 静かな駆動音をたてながら

 

 ゆっくりとゆっくりと

 

 動く階段、エスカレーターが八幡を押し上げていく

 

 周囲には八幡が乗っているのと同じ色形をした夥しい数のエスカレーターが縦横無尽に走っている

 

 それぞれの行先は霞んでいて見えないが、先ほどの雪だるまの言を信じるなら八幡が乗っているエスカレーターの先は何かしらの空間に通じているのだろう

 

 一体いつまで乗っていればいいのかとうんざりし始めてきた彼の目の前に、道の途中だと言うのに、まるで踊り場かのような佇まいをした部屋が現れる

 

 彼は流れのままその踊り場めいた、エスカレーターの途中で流れに逆らいその場に止まり続ける部屋の扉の前に投げ出され

 

 

「青い…扉?」

 

 

 きっとこれが雪だるまの言っていた時間潰し用の部屋なのだろうと、テレビゲームでもあればいいなと若干の期待をしながらドアノブを回し軽い気分で入室した

 

 

「はて?」

 

「はい?」

 

 

 そして、扉から直線距離2mに鎮座する鼻長の老人と互いに見つめ合い

 

 双方ともに首をかしげ、ピタリと静止するのであった

 

 

「………いやはや、なんともなんとも。これはまた懐かしい限りですな」

 

「あ、す、すんません。何か勝手にお邪魔しちゃって。こっちに行けって言われたんです俺は悪くないんです、変な蝶の仮面した雪だるまがここで時間潰せって。だから、不法侵入で通報するのは止めてくださいお願いします」

 

 

 沈黙を破った老翁に対し、八幡が起こした行動は雪乃に宣言した通り超絶にみっともないスムーズな土下座姿だった…流石に靴舐めはしてない

 

 こんな不思議空間(しかも死出の旅路の途中)に居る存在がまともな訳がないだろ、いい加減にしろ

 

 なんとも判断の早い事で、これには鱗滝師匠もにっこりするに違いない

 

 

「いえいえ。構いませんとも。ここに偶然と言うモノは存在しえない。

 で、あるならば貴方様がここにいらっしゃるのもまた必然。

 そう、ここベルベットルームにおいて起こる事は、全て必然なのですから」

 

 

 そう言って可愛らしいセンスをした木製の机上で手を合わせて普段通りの表情を崩さない老翁は―ベルベットルームの主であり、モルガナの主でもあるイゴールは―しわがれた甲高い声でそう告げたのであった

 

 なお、八幡の内心は「なんだこの爺さん、イカレテンナ」位の物だった

 

 

 

 

 

6月15日(金)ハルノパレス

 

「どうしたのかしら、姉さん。図星だった、いえ、見破れるはずがないと思っていた私に指摘されるのは余程堪えたというところ?」

 

 

 表情の抜け落ちたハルノに向かい、笑みすら浮かべたまま雪乃が言い募る。

 

 雪乃の言を信じるのなら、ハルノは悪神の欠片に寄生されながらもペルソナ能力を使っていると言う事になる。

 

 しかし、そのような事が可能なのだろうか?

 

 この場で悪神の欠片に被害を受けていない者は居ない。

 

 特に実際悪神の欠片に取り込まれた彼らは(戸塚は実際悪神に寄生されていないが)、当時の事を思い返してその実行可能性を訝しむ。

 

 そこにモルガナの叫びが重なった。

 

 

「っそうか! そう言う事か! おかしいんだ! いくら断片、欠片って言っても悪神の影響下でまともな精神を保てるわけがねえ!

 それはいくらペルソナ能力(精神の取り扱い)に熟知していても不可能だ! 余程、相性の良い人間でも変質は免れない!

 だけど、元からペルソナの才能があれば! そしてそのペルソナが心を司る権能を持っていたとしたら!

 悪神の影響を最小限に、自分の心を、精神を保持して力だけを引き出してしまえば! それを利用して存在の位階を無理矢理に引き上げたってのか!!」

 

 

 悪神が人を利用する時、人の心に、精神に潜り込み変質させる。

 

 そして、変質した箇所を己の物として心の海、集合無意識から力を引き出す。

 

 しかし、その変質を受け入れた上で、自己を保つことができたなら。

 

 愚者から異能者へと、更にその上の階梯の頂点たる超人等と言う枠組みに収まり切らない程の力を持つこととなる。

 

 なぜなら、悪神とはそもそもがそう言った枠の外側に存在するモノなのだから。

 

 

 

 人を越えし人、()の化身と融合した()()()()()()()()()()()

 

 

 

 オカルト業界に属す人々はそうした理外の存在を総じて、こう呼ぶ

 

 

 

 

魔人

 

 

 

 

カカカッ 魔人 ハルノ ノ 正体 ヲ 見破ッタ

 

 

 

 

 

6月15日(金) ベルベットルーム

 

 

「事情の方は説明いただかなくても結構でございます。

 貴方様の事に関しては既に存じ上げております故。ええ、ええ。

 比企谷八幡殿とその周囲の内情は、モルガナを通して見聞きしておりますれば」

 

「…あぁ、あんたがあいつの言ってた(あるじ)って人か」

 

「そのようなものでございます。我が名はイゴール。

 ここベルベットルームにいらっしゃるお客人に、道を示したりなどしております」

 

 

 どうぞ、と勧められたイゴールの正面に在る椅子へと腰を下ろしながらようやく八幡は周囲の状況を把握に動けた

 

 きょろきょろと忙しなく視線を動かして観れば、青一色で染め上げられた色彩は狂っているとしか言いようがない

 

 しかし、色彩以外の家具のセンス、例えばイゴールと名乗る老翁の座る机は勉強机であり、ベッドの上にあるぬいぐるみだとか、収納棚に見える茶器と言った物は高級感と持ち主の趣味とが入り混じって、かつ融和して見える

 

 なにより、全体的に

 

 

「(所々に垣間見える趣味系、机の上の小物を見る限り爺さんっぽくない部屋だな。あと、何か良い匂いする」

 

「そう言った類の事はあまり口に出さない方がよいかと、老婆心ながら」

 

「ひ、ひゃい」

 

 

 スンスンと鼻を鳴らしているところにツッコミを入れられて恐縮するのであった

 

 なお、心が読まれたのではなく八幡の内心が口からこぼれていたせいである

 

 

「ふむ。しかし…これはまた難儀な事になっていますな。魔人、でございますか」

 

「魔人?」

 

「貴方方が直面しているモノを我々はそう呼びます。

 人にして人に非ず、悪魔にして悪魔に非ず、存在そのものが死を振りまき、圧倒的なチカラを持つ。

 恐らく、悪神を利用し、自身への影響を最小限に、自分の本質を曲げぬ(ペルソナが使える状態の)まま己の位階の枠組みを壊したのでしょうな。

 であれば、今の皆様方には荷が重いと言わざるを得ないでしょう」

 

「それは…」

 

 

 ()()()老翁が諭すように八幡に真実を突き付ける

 

 実際、弱体化に特化している彼のペルソナが最大限力を発揮できる、不意打ちでのデバフを物ともせずに殺された(死んでない)のだ

 

 極端に強い膂力だけで戦いあぐね、デバフを重ねて勝てると思った瞬間に魔法の反射、しかも超技巧を見せつけられた

 

 タケミカヅチの時とは違い、力自慢をどうにかすればいいと言う訳ではない

 

 今すぐに意識を取り戻し、助力に回ったとしても勝てるイメージがわかない

 

 むしろ、濃密な死の気配を纏っていた彼女に、今度はペルソナではなく生身の肉体を消し飛ばされて死ぬ想像の方が容易に思い浮かべられる

 

 雪乃、モルガナと言う主戦力が合わさって素の雪ノ下陽乃と同等として、その雪ノ下陽乃がペルソナの力と魔人とやらの力を本気で振るえば、勝ち目は薄い

 

 何せ、最大火力の魔法の一斉射が通用しないのだ

 

 あとは物理しかないが、そもそも魔法が反射(マカラカーン)されたのだから、物理も反射(テトラカーン)されないとも断言できない

 

 一度撤退して前言を翻す恥を忍んで物理特化の沙希に助力を乞うても、有効打にならないかもしれない

 

 意表をついてどうにかできないかと考えるも

 

 

「多分、あの人のペルソナは人の心を読むんだろうな。それが深層心理まで読めるのか、表層までなのかは分かんねえが」

 

 

 雪乃と同様の結論に至った彼には非常に難しい問題だった

 

 

 

 

 

 6月15日(金) ハルノパレス

 

『どうして私が心を読むだなんて思ったのかな』

 

「本気でそれを聞いているのならとんだ侮辱ね。

 そもそも姉さん、本気で隠そうともしていなかったじゃない」

 

 

 嘲笑うかのようにふふんと返す雪乃と、それを無表情に受け取るハルノ。

 

 

「1つ、私と姉さんの柔道を始めとする武道の心得は姉さんに分があるとは言え、圧倒的な差はない。モルガナちゃんと同時に攻めて押し勝てないなんてことはない。

 2つ、魔法での斉射の際、彼らの魔法が放たれる前から動かなければ、無傷で済むのは有り得ない。事前にどのような効果があって、どのような狙いなのか分からなければ」

 

 

 一つ、また一つと指を立てて雪乃は今までの攻防で生まれた疑問を挙げていく。

 

 

「3つ、前回のパレスで、私はそう言う(心を読まれる)経験があったから、荒唐無稽な考えも想像の埒外に置かなかった。

 4つ、最後に『リカーム』に関して私の思考と()()()()()()()()()()を口にしておいて、バレないだなんて本当に思っていたのかしら」

 

『…ふふふ、ふふ、あはははは! そーかそーか! そりゃそうだ。あんまりにも突拍子も無い発想だからついつい雪乃ちゃんの心を読んだまま口にしちゃったのはダメだったか』

 

 

 少しだけ眼を丸くしたと思えばお腹を抱えて笑い出すハルノ。

 

 その身は悪神に呑まれた時に染まった黒ではなく、既に元の状態、薄ぼんやりと瞳だけが光る状態に戻っている。

 

 おそらく、人の心を読む能力を応用し、認識を弄っていたのだろう。

 

 理由? そっちの方が相手の虚をつけるから。

 

 

『うん。正解正解、だいせいかーい。私は正気だよ。と言っても変なモノが入ったせいで、狂ってるって言えば狂ってるんだけど。

 普段の私だったらこんなムカつく状態なんて絶対我慢できないのに、悪神ってやつと共存しても悪くないなぁって思ってるし、力が溢れる高揚感で暴力的になってたり、衝動的に死を振りまきたくなる。

 だけど、根っこは私、雪ノ下陽乃のまんま。だから、こうしてペルソナも使える…おいでなさい『サトリ』』

 

 

 ハルノの言葉に合わせて身体が二重にブレ、その隙間からどろりと黒い泥が溢れ人型となり、ひび割れ爆散。

 

 ひょこんと浮かぶマネキン然とした人形がカタカタと球体関節を鳴らす。

 

 

『この子の能力はすっごく単純。人の心を読んで、相手の行動をそのままお返しするだけ。シンプルで、だからこそとっても強いでしょ。

 でも、もっと力を引き出せる感覚なのに、実際は中途半端にしか出せない。これは慣れかなぁ?』

 

 

 う~ん、と腕組みし(おとがい)に指をトントンと当てながら思案する。

 

 救命行動に専念している戸塚はともかく、材木座と優美子は先ほどの魔法反射から二の足を踏み、モルガナも警戒心から観察に重点を置いている。

 

 ならば雪乃はどうしているのか?

 

 

『けど、一番意外だったのはあの男の子が君たちの中心だったってことかな』

 

「…何を言っているのかしら」

 

『まったまた~。雪乃ちゃんが全体の指示を出してるし、それを立てるように猫ちゃん達も雪乃ちゃんをフォローしてる。

 だけど、彼が倒れた後のあれこれは覚悟が出来てなかった云々じゃないでしょ。そっちの彼女は違ったみたいだけど…

 あのまま本当に死んじゃってたら総崩れしちゃってたんじゃない? なにより…』

 

「なにより?」

 

『そこまで表面上は冷静を装いながら、彼が一度死んでからいっちばん感情的になっているのは雪乃ちゃん自身。私のペルソナは心を読めるんだよ? お・見・通・し、だぞ』

 

 

 今この場で最も責任感が強く、なにより身内の暴走に付き合わせてしまった雪ノ下雪乃が冷静に言葉を交わしている?

 

 何の冗談だ。

 

 彼女の内心は比企谷八幡を死の淵に追いやってしまった義憤と、そうした危険に巻き込んでしまった後悔と

 

 

「…ふぅ。そう。なら、冷静ぶっている必要も無いわね。さっきから姉さんのその減らず口ごと叩き潰したくて仕方なかったの」

 

『やれるもんならやってみなさい』

 

 

 自分の弱さと目の前の敵に対する憤怒ではちきれそうになっていたのだから。

 

 

「叩きのめしなさい『ライジン』!」

 

『反照しちゃって『サトリ』』

 

 

 雷による光と轟音が響き渡った。

 

 

 

 

6月15日(金) ベルベットルーム

 

「しかし、なんともまあこじれてしまっていますな。いやはや、そのような有様で良くも」

 

 

 ヒッキー知ってるよ。こんな思わせぶりな言動する輩って基本直接的に手助けしてくれる事はないんだって。俺は詳しいんだ! いやでもワンチャン…

 

 

「モルガナのご主人様って事で、何か助けてもらう事とかできないっすかね」

 

 

 色々考えながらも、まともな手段ではどうにもならないと結論付けた八幡は即座に助けを乞うた

 

 だってだって責任者なら責任を取るべきだもん、モルガナの不始末は責任者であるこの爺さんがどうにかすべきだもん

 

 うーうー言うのは止めなさい! と言わんばかりの内心の駄々っ子っぷりを卑屈さに変えて腰低く八幡は尋ねる

 

 

「はて?」

 

「いやいや、はて? じゃなくって。魔人ってのはすごく強い。それは分かった、身に染みて分かりました、分かりたくなかったけど分かっちゃいました。

 だったら、勝ち目のないどんづまりになってる俺、というかモルガナを助ける意味でも、ちょっとばかし手助けしてもらえないかなぁと」

 

 

 察しの悪い老翁イゴールにヒクヒクと頬を引きつらせながら丁寧に助力を要請するも

 

 

「勝ち目がない、ですか」

 

「いや分かるでしょ。あれ、格が違い過ぎてまともにアナライズ通らなかったですけど、ゲーム的に言えばこっちのレベルが20位だとすれば、あっちは40越えてましたよ。ダブルスコアでしょ、レベル5位下のシャドウとか雑魚に感じるのに、レベル差20位感じるんすよ。鎧袖一触にしかならんでしょ、無理でしょ、逃げられないのがなによりクソゲー。イゴールさんも俺には荷が重いって言ってたでしょ」

 

 

 だからオナシャス! ヘルプミー! と恥も外聞も無く頭を下げる八幡

 

 彼の予想図では意識を取り戻して力を合わせても、全員が倒れ伏す未来しか見えない

 

 刈り取るものではなかった

 

 雪乃との買い物に出かけるときから続いていたデジャブは

 

 これ以上進んではいけないと本能が警告していたのだ

 

 魔人ハルノと言う絶望が待つ未来を、ペルソナと言う超能力で感じ取っていた生存本能

 

 いざ目の前にして何も出来ない己の無力を嘆く

 

 けれど、無力なのは今までの人生でずっと続いていた事だ

 

 ならば、それは比企谷八幡が立ち止まる理由にはならない

 

 生存を諦める理由にはなってはいけない

 

 だったら、残る道は外部からのイレギュラーしかありえない

 

 

「荷が重いとお伝えしたのはあくまで、今対処なされている皆様方だけの話でございます。

 勝ち目と言うならば、()()()()()()()()()()()()でしょう」

 

 

 そんな無力な比企谷八幡だからこそ

 

 彼と彼のペルソナ『アマノジャク』だからこそ、比企谷八幡は魔人ハルノに勝機を生み出す事が出来ると言う事を

 

 

「は??」

 

 

―――彼だけが自覚していなかった

 

 

 




 ペルソナメモ
 リカームの仕様は言うまでも無く独自設定。メガテン系列の創作だと普通に死者の復活に使われる事も多いが、今作ではペルソナや気力の復活にだけ効果がある。簡潔に言えば死者には効かない。あくまでペルソナ(精神)を回復する魔法。ディア系統は普通に怪我を治すだけなので、肉体的損傷からの死は覆せない。

 なお、ペルソナが戦闘不能、消し飛んだりしても普通は死なない。八幡の思い込みが強すぎただけ。あと、地味に不意を打たれる事で神話再現による強制弱点で心神喪失状態に一気に持って行かれた事も大きい。

 アトラスメモ
 ベルベットルームの主イゴールは言葉少なと言う訳ではないが、そこまで饒舌ではない(彼の僕、造魔たちが基本的に応対するから)。また、比企谷八幡がベルベットルームを訪れるのは正真正銘初めてです。赤の真実で断言してもいいです(誰も聞いてない)。


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きっと比企谷八幡がアマノジャクな理由はこの為に

バトル(描写)嫌い
難しい

推しの子二次多くなったなぁ
せや!押しの子二次で主要キャラ全員原作知識持ち転生者(カミキ役だけそれを知らない勘違い物)とか、さりなちゃんが逆行してアイに転生!とか思い付いて、自分には面白く調理する腕がねえやと諦めました

同じく呪術廻戦の夏油()が本誌でいいリアクション(顔芸)してるのを見て、リアクション…パン屋…焼きたてジャパン?
あの世界を焼きたてジャパンだと思いこんだ主人公がパンを食わせてリアクションで色々解決するギャグとかも考えましたが、焼きたてジャパンが記憶の彼方で無理でした。あと、今週のvs夏油()さんが面白すぎてダメだ、ちょっと勝てない
天内に見張り役(天元様同化を躊躇わないよう洗脳の為に幼い頃から)オリ主を付けてどんどん絆されていくやつとか!誰か書いて


6月15日(金) ハルノパレス

 

 商業施設の屋上、邪魔のない空間に微かな音が断続的に響く。

 

 それは衣擦れの音だったり、位置取りを変えようとして動かされる足音だったり。

 

 けれど、打突音だとか、衝撃音と言った強い音は聞こえない。

 

 その理由は至極単純だった。

 

 

「す、すごい」

 

「ぬ、ぬぅん。ま、まぁ我が真の魂が覚醒(めざ)めればなんという事もない。が、称賛に値するであろう」

 

「うっそでしょ」

 

 

 感嘆の声を上げるのは三人。

 

 戸塚、材木座、優美子はそれぞれペルソナを使えるようになってからあまり経験を積んでいない。

 

 優美子は単純にペルソナを使えるようになってからの時間が短く。

 

 材木座はこれでもプライベートで遊んだり、執筆時間(原作よりも真面目に取り組んでいる)、戸塚も部活動優先なので、雪乃の行動に付き合えない事が多く。

 

 結果的に習熟度的には似たり寄ったりと言っても良い。

 

 頭一つ抜けるのは記憶が封印されていても経験の一部で優越するモルガナと、とにかく便利屋扱いされ振り回されまくる八幡。

 

 もっとも、八幡のペルソナは打点が無いため、宝の持ち腐れなのは言うまでもない。

 

 結衣も前者三名に比べれば慣れているのだが、優美子との付き合いを優先したり、そもそもが争いに向かない性格なのもあり、やはり一歩劣る。

 

 ならば、最も好戦的で、努力家で、負けず嫌いで、更に天に二物どころかもっと与えられている天稟とも言える雪乃は?

 

 

「投げ、いや締めようとしたのか? それを雪乃殿が躱して、打撃をフェイントに足元を崩そうとしたのをカウンターで崩し返そうとしたのを読心で読み切った…???? ワガハイでも出来んぞこんなの」

 

「掴まれもしない、当たりもしない、こんな静かな攻防…すごすぎるよ」

 

 

 何を教わっても三日もあれば卒なくこなし、本腰を入れれば経験者が泣きを入れる。

 

 原作にて雪ノ下雪乃はテニスで無双し、柔道で経験者に空気投げを実践した。

 

 才に溢れた雪乃の特大の弱点は、体力の無さ。

 

 テニス一試合分どころか数回点の取り合いになっただけで動けなくなる程。

 

 そんな雪ノ下雪乃がパレスと言う体力ではなく精神が優位となる空間で、本気となったら。

 

 そして、その相手が雪ノ下雪乃をして勝ちを奪えないと半ば諦めきってしまっていた人物なら。

 

 苛烈な性格となり、変化への強迫観念を持った原因の一つ。

 

 雪ノ下陽乃(越えられない姉)であれば。

 

 そう、至極単純だ。

 

 本気で攻める雪乃とそれをいなしながら反撃しようとするも(ことごと)くをスカされるハルノ。

 

 互いに有効打どころか全てを見切ってカスリもしない沈黙の舞踏が繰り広げられているのだった。

 

 

『本当、オカルトってすごいね。こんな使い方で追いつかれるとは思っても無かったや』

 

「姉さんの真似事みたいで大変遺憾ではあるのだけれど、この際手段を選んでいられないわ。なんとしてもそのスカした綺麗な顔をグシャグシャにしてあげる」

 

『きゃーこわーい』

 

 

 軽口を叩きながらも、手も足も流れるように動く身体は一瞬たりとも止まりはしない。

 

 さて、雪乃はどのようにしてハルノに追いすがっているのか。

 

 火事場の馬鹿力だとか、真の力に目覚めたり、怒りで覚醒したとかではない。

 

 彼女は勤勉家である。

 

 目の前にあるものに対し、思考し、理解し、自分に取り込む。

 

 普段から勉学に励む彼女の精神性はペルソナ『ライジン』に一つのスキルを所持させた。

 

 それは『猛勉強』。ゲームで言うなら獲得経験値上昇でしかないスキル。

 

 しかし、現実で経験値を多めに貰えるとはどのような事か?

 

 眼で見て、肌で感じて、頭で理解し、身体で実践する事に多大な補正がかかると言う事。

 

 そんな雪乃の目の前に悪神の欠片を利用したとはいえ、『ペルソナと同一化して存在の枠組みを乗り越えた』実物が存在する。

 

 

『そんな簡単に真似できるものじゃないと思うんだけどなぁ。もう一人の自分(ペルソナ)を自分に憑依させるって』

 

「ペルソナに関して言えば、姉さんよりも私の方がよほど一日の長があるのよ」

 

 

 ジト目で睨んでくる姉を鼻で笑いながら押し込もうとする雪乃の身体はボンヤリと光り、制服姿の身体にうっすらと重なる様に黒の狩衣が、背後にはライジンの物である鼓が浮かんでいるのがチラチラと見える。

 

 そう、単純な出力差を補うために、雪乃は不倶戴天とまで認識する姉の真似をしたのだ。

 

 悪神の欠片を利用してペルソナと合体した? よろしい。ならば私は自力でやってみせよう。

 

 そんな負けず嫌いと怒りがミックスして、連日のようにペルソナを使いまくっていた経験が悪魔合体した……と言う訳でもない。

 

 実際はハルノのようにペルソナ(自己の別側面)を触媒(悪神)で一体化したわけではなく、ペルソナを完全に出し切る直前で押しとどめてペルソナの能力を生身で発揮しているだけ。

 

 シャーマンキングを知っている人ならば、雪乃は憑依合体のみ、ハルノは憑依合体(悪神)しつつO.S.(ペルソナ)してると言えば少しはイメージが出来る…いや余計にややこしいか。

 

 

 

 

 ともかく八幡の分析のように、ハルノのレベルをおおよそレベル40程と仮定しよう。

 

 レベル40程のシャドウの力のステータスは特化型でも35程。バランス型であれば30を切る。

 

 見るからにハルノのペルソナ『サトリ』は物理特化型どころか、直接戦闘にすら向いているとは言いにくい。

 

 読心による回避や、反射魔法等のトリッキーな動きで相手を翻弄するタイプなら、高めに見積もっても25。

 

 であれば、雪乃のペルソナが魔法偏重物理併用型で大体レベル25前後と考えて20位。

 

 レベル差が20(ダブルスコア)あっても、能力値的に言えば5離れているかどうか。

 

 もちろん、生身で発揮できる力としては脅威だろう。

 

 魔人としての格から底上げもされているだろう。

 

 実際、屋上の床の一部、ハルノの開幕の一撃で陥没した箇所を見て油断などしていられない。

 

 

「けれど、自分が同じステージに立てるのなら、負けはしないわ」

 

 

 自分の動きと全く同時にペルソナと言う超常の力を動かし、生身の力とペルソナの力を合わせられるのなら手も足も出ないと言う訳ではなくなる。

 

 

『だけど、勝てもしない。違う?』

 

「…」

 

 

 ハルノの指摘に思わず沈黙してしまう雪乃。

 

 生身で超常の力を使えるとはいえ、それもあくまで紛い物。

 

 ペルソナの膂力と昔取った杵柄である技巧は十全に使えるが、中途半端なペルソナの顕現は代償として魔法の使用ができない。その余裕が無い。

 

 魔法に偏重したペルソナ『ライジン』が魔法を使えないと単純に火力不足、つまり千日手。

 

 ならば他の面子に火力を頼ろうにも、下手に遠距離から魔法を放てば反射(マカラカーン)されてしまう懸念が拭えずに動けない。

 

 

『後ろのあの子達、私達の動きに全くついてこれてない。つまり、援護は無理。

 私も慣れてない力で疲れては来るけど、私には外付けの回路(悪神の欠片)があるから、一人で無茶してる雪乃ちゃんと比べて段違いに疲労度は軽い。

 負けはしない、って言っても疲れてくれば結局は眼に見えてるでしょう?

 なら、今あなたがやっているのはただの悪あがきにしかなっていない』

 

「それがどうかした?」

 

『…足手まとい連れて勝とうとも思わずに相手されるのは、流石にお姉ちゃんもムカついちゃうなぁってね』

 

「言ってなさい。吠え面かくのは姉さんよ」

 

『なら、やってみなさい。お姉ちゃんが優しく殺してあげる』

 

 

 一層激しく、けれど反面静かに攻防は続いていく。

 

 

6月15日(金) ベルベットルーム

 

「確かに、魔人は強敵でございます。死と災厄をまき散らす存在。

 ただの異能者とは存在の格が違う。正面から打倒できるのはそれこそ、運命に愛されし者(人修羅やハーモナイザー所持者等)だけでございましょう。

 けれど、未だ彼の者は力に慣れておりません。現に、今も攻めあぐねて良い勝負になっております」

 

「それだけで勝てるんすか」

 

「いいえ、勝てません」

 

 

 八幡の疑問にきっぱりと断言するイゴール

 

 かてへんのかーい、と心の何処かに存在するかもしれない関西弁八幡が内心でずっこける

 

 

「魔人はそれぞれ特化したナニカを持ちます。例えば、周囲に攻撃()をばらまく事に、音に乗せて弱体()を運ぶ事に、そのものずばり、問答無用の死を強制する事に。

 貴方達の相手をしている者の恐ろしい所は、魔人(死をもたらす者)としては未熟であっても己の別側面(ペルソナ)を合わせる事でそれを超越している所です」

 

「読心」

 

 

 まさしく、としわがれた甲高い声で同意を示す

 

 ハルノの格は雪乃達を圧倒的に上回っているが、魔人としては大分格下である

 

 例えば黙示録の四騎士等には到底及ばない

 

 なら、少しは勝ち目があるかと言えば、無い

 

 それがハルノのペルソナ『サトリ』の能力の強みだ

 

 

「例え有効な攻撃を当てようとしても、読まれてりゃ当たらない。当たらなかったらそれは意味が無く、存在しないのと同じ。下手すりゃ反射されて硬直してる状況が一気に壊滅する」

 

「読まれても意味が無い、当たるしかないと言う状況に追い詰める事が出来れば話は変わりますが…」

 

「今の戦力じゃ無理無茶無謀ってやつですか」

 

 

 飽和攻撃も、戦術的追い込みも、ハルノとまともに戦いとなるのが無茶している雪乃だけである今のメンバーの戦力では不可能

 

 

「で、あるからこそ、貴方様の力が勝ち目を生むのでございます」

 

「…『アマノジャク』」

 

 

 自分の心の海に沈む別側面に意識を向け、確かにこいつだからこそ打てる手が存在している事を理解する

 

 

「ええ。『アマノジャク』の逸話は調べておられますかな? 結構。

 では、『サトリ』と言う怪異については? よろしい。

 ならば、もう答えは明白でございましょう」

 

 

 そう告げて、イゴールは扉を指さす

 

 答えは得た

 

 ならば後は実行するだけだ

 

 長々と居座り続けていた身体を起き上がらせ、入って来た扉へと向かう

 

 扉を開き、そこをくぐれば現実

 

 出来れば相対したくも無い、恐怖の化身と向き合わなければいけない現実

 

 けれど、扉を開く彼の手は震えることなく、しっかりとノブを回すのであった

 

 

「…そう言えば、何でこんな親切にしてくれたんですか」

 

「………では、いってらっしゃいませ」

 

 

 扉をくぐる直前、ふと気になった事を訊ねてみるも、答えられることなく送り出される

 

 八幡の身体が光に包まれ、意識がグルグルと遠くなっていく

 

 そうして彼が完全に居なくなった後、青い部屋に一人残る老翁はぽつりとつぶやく

 

 

「変わりなく、お元気そうでなによりでございます」

 

 

 三日月に弧を描いた常の口元は、普段よりも更に曲がって見えるのであった

 

 

 

 

6月15日(金) ハルノパレス

 

 三浦優美子は自分の事が好きだ。

 

 だから本気で頑張っている人が好きだ。それは自分が何より本気だから。

 

 中学ではテニスを本気でやった。やりきったから止めた。

 

 今は本気で女子高生を楽しもうとしている。

 

 その時その時で目の前にある事に対して彼女は本気なのだ。

 

 だから本気で幸せになろうとしている人はそれだけで好感を覚える。

 

 今のクラスのグループのメンバーも全員が『ちゃんとした高校生』を本気でやっている。

 

 同じ位に一癖あったり生き方が不器用だったり面倒な奴も嫌いではない。

 

 人付き合いが器用なくせに好みに癖がある結衣だったり、生き方が器用なくせに心持ちが面倒な海老名だったり。

 

 

 だから、三浦優美子は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 もちろん性格の相性的には良くないし、苦手ではある。

 

 かと言って無理矢理に引き出した本音を聞いた時に思ったのだ。

 

 ―あぁ、こいつはとんでもなく生き方が不器用でも色々本気で生きてきたんだなと。

 

 だから、突っかかり続けるのは止めて(負い目もあるし)一歩譲るのはそれもまた良しと思えた。

 

 しかし、雪乃とは逆に…

 

 

「何でも出来ますって(ツラ)して、マジになったら何でもやれんだって勘違いしてる思い上がり女ってほんっとに嫌いなんだよね」

 

 

 本気にもならずに片手間で、まるで自分の事をモブのように見下してくる上から目線。いいや、視野にすら入れようともしない陽乃の事は雪乃以上に相性が悪く、ぶっちゃけ嫌いだった。

 

 更にもう一つ言えば

 

 

「これで隼人がこの場に居たらピンチを救われるヒロインってシーンなのがもっと気に入らないし」

 

 

 今回の件を隼人に伝えなかった理由の一つ、()()()()()()()も多分にある。

 

 端折って言えば、敵に洗脳される幼馴染ヒロイン救出シーンとか許してたらルート爆走しちゃうでしょってこと。幼馴染ヒロインはそこで乾いていくべきそうすべき(暴言)。

 

 

 

 三浦優美子は激情家だ。

 

 熱しやすく冷めやすい。

 

 機嫌の良し悪しは直ぐに表情に出るし、自分の思い通りにならない事には簡単に激発してしまう。

 

 けれど、この性格はクラスのカーストを維持する為に、多少なりとも誇張して演技している面もある。

 

 上に立つ人間は分かりやすい方が周囲も対応が楽だろうと。

 

 実際、彼女の言動がクラス内の秩序に対して、ある種の指標になっている事も否めない。

 

 意思表示を明確にする方が、女子特有のドロドロした面を隼人に近づけずに済むと言う打算もある。

 

 だからこそ、彼女は必要とあらば自分の感情を律する事も、それを貯め込んで発するタイミングを図る事も出来る。

 

 ずっと、ずっと、溢れそうになる感情に蓋をしたまま激発するチャンスを虎視眈々と窺っている。

 

 そして、その時はすぐそこに迫っていた。

 

 

 

「むむむ! 雪ノ下嬢の精神のすり減りが眼に見えて厳しくなってきておるぞモルガナ! 手出し無用と言っておる故従っているが、これで本当に良いのか?!」

 

「まだだ、まだ。…ワガハイですら下手に手を出したら雪乃殿の足を引っ張っちまう。せめて、大きな隙が出来ない限りは逆効果にしかならねえ」

 

「しかしだなぁ」

 

「材木座君」

 

 

 一進一退の硬直状態に材木座の我慢の限界が近く、焦れて貧乏ゆすりが止まらなくなってきている。

 

 モルガナが変わらずに制止するが、終わりが目に見えて来てしまう状態は彼らの共通認識で、共通のストレスだった。

 

 しかし、一人だけ、揺らがずにじっと待ち続けている戸塚が材木座に声をかける。

 

 未だに意識が戻らない八幡を膝枕しながら、己のやるべきことを定めている戸塚は動揺しない。

 

 戸塚彩加は雪乃や優美子に比べて火力を出せないし、材木座に比べて殲滅に向いている話でもない。

 

 八幡のように柔軟な思考はできないし、モルガナや結衣のような攻守別だが補助役にも一歩劣る。

 

 だから、戸塚は自分のやる事を定めている。

 

 それはひたすらに人を助ける事。怪我をしたら治し、あと一歩の火力が必要なら後押しする。

 

 出来る事は決定的なキーマンになる事ではなく、穴を埋める事だと。

 

 やる事を決めている人間の行動は迷わない分、いざという時速い。

 

 そう決心してひたすらに我慢する戸塚の膝上がぶるりと震えたのを感じ、彼はようやく戦況が動く事を予感したのだった。

 

 

 

 

『いい加減、しつっこい!』

 

「まだっ、まだよ! ぜぇ…まだまだ、倒れてなるものですか…ぜぇ」

 

 

 最初の静かな攻防とは異なり、鈍い音が混じり始め、呼吸も怪しくなって幾分か経つ。

 

 矛としても盾としても振るい続けた腕は青黒く染まり、顔色は白く髪は振り乱れ、足元は最低限致命傷を避けるようにしか動かず、その様はさながら幽鬼の如く。

 

 明確な格上に、無茶を冒して死力を振り絞って相対し続け精神は極度に疲弊している。

 

 幾ら現実の体力とは関係なく動けるパレスであっても気力の限界を超えてしまっている。

 

 今も動けているのは一重に雪乃の意地だった。

 

 そんな満身創痍の雪乃とは対照的に、ハルノは目立つ傷も一切なく疲労感は見えても顔も歪まず、ただ辟易した態度。

 

 強引に引導を渡そうとするも、雪乃は無理矢理に躱そうとして躱し切れず、それでも直撃よりは結果ダメージは抑えられる。

 

 勢いで押し込もうとするも、後方から支援(回復魔法)が飛び、雪乃の命脈を繋ぎとめる。

 

 さっきから今一歩と言う所で押し切れないフラストレーションがハルノに蓄積されていく。

 

 

『こんなに無理して何になるって言うの。雪乃ちゃん、分かってるでしょ。

 どんなに頑張っても私には敵わないって。あなた達に打てる手はもうないんだって』

 

 

 一歩下がり、満身創痍の雪乃から少しだけ離れて心底鬱陶しそうな口調。

 

 その顔をちらりと疲労から俯きかけた眼に写して一呼吸だけ取り直し、気合だけで再度突撃する。

 

 返事も無かったことで更に苛立ちを覚えながらも、雪乃の内心を読み戦況を覆す策が皆無な事を確認するハルノ。

 

 

『(こんな無謀な突撃、何の意味も無い。破れかぶれ? けど、雪乃ちゃんだし一発逆転の策を、私の『サトリ』で読めない位の深層心理で組み立ててる事を考えたら油断もしたくない…

 後ろの有象無象は成り行きを見守ってるだけで、いざという時は特攻する覚悟は見えても具体策は無し。唯一、あの猫ちゃんだけは読み辛いけど、元々『サトリ』って人の心を読む妖怪だし仕方ない。

 なら、油断なく雪乃ちゃんを相手しながら、猫ちゃんの挙動に注意していれば負けは無い)』

 

 

 雪乃の攻撃を読心で見切り、カウンターを合わせる。

 

 ヤスリで削るように、徐々に徐々に追い詰めていく。

 

 後方でたむろするメンバーに最低限の警戒を残したままですら、雪乃は追いすがれない。

 

 悪神を身に宿したことで増した加虐性と、魔人の特性である破滅性が彼らを壊滅させるのも時間の問題。

 

 そんなリンチとでも言える状況で、ハルノの感覚野が一つの動きを察知した。

 

 

『(これは、さっき殺し損ねちゃった男の子…ふぅん、目が覚めたんだ。けど、今更さっきの魔法で私の力を弱めても遅すぎる。

 どれだけ弱体化させられても雪乃ちゃんって言う、私を何とか出来たかもしれないたった一人の戦力はもう、使い物にはならない。

 雪乃ちゃんの気力が尽きた後は、すりつぶすだけの作業でしかない。…折角面白い事見つかったと思ったんだけど、結局はつまんない結果で終わり、か)』

 

 

 倒れていた男の子がおもむろに立ち上がろうとする気配を感じ、それでも変わらない結末を予知したハルノは、粛々と、けれど退屈そうに予定調和な攻撃を躱し、同じようにカウンターを当てようとした所に、雪乃の膝がカクンと折れた。

 

 ようやく訪れた限界にため息を吐きそうになり、せめて最後は一撃で終わらせてあげようかと慈悲の心を思い浮かべ…

 

 

『(ん?)』

 

 

 倒れかけた雪乃がほんの少し視線を後ろにずらし、後方を見て

 

 

「…ふっ」

 

『っ?! 何を笑って』

 

 

 

 ふわりと微笑んだ

 

 

 

 その笑みを見た瞬間、ハルノは見落としが無いか()()()()()()()

 

 トドメを刺す為の拳はピクリと止まり、咄嗟に『サトリ』で全周囲の読心を行使。

 

 

 探査

『全員の意識が攻撃に向いている』

 

 精査

『切っ掛けはあの男の復活』

 

 考察

『なら、彼の取り得る行動こそが要になる』

 

 対策

『読心で、彼の心を全力で無色透明にすれば(読み切れば)いい!』

 

 実行

 

 

『ペルソナ! 『サトリ』!!! 「残念無念」っ!!??』

 

 

 刹那の思考で最も妥当な行動を取ったハルノが立ち上がった男の子、八幡の思考を読み取ろうと全力の読心を実行。

 

 しかし、八幡の思考を読むことは無く()()()()()()()()()()()()がハルノの頭に走る。

 

 想定外の痛みに先程の雪乃と同じく、グラリと体勢が崩れ…

 

 

「今だ! いいか、やるぞ!!!」

 

 

 僅かな隙も見逃さない様に注視していたモルガナが号令をかけ

 

 その瞬間をずっと待ち続けていた各々が、寸分の遅れも無く

 

 

「『コウガ』!!」

「『エイガ』!!」

「『アギラオ』!!」

「『ガルーラ』ァ!!!!」

 

 

 それぞれが出せる最大火力を一斉にハルノ目掛けて撃ち出した。

 

 

『(~~~っ! 痛ったいなぁ!! なんで、私の読心が!? けど、一瞬の隙だけで何とか出来ると思ったら大間違い!)』

 

 

 最初の焼き直し、いいや多少消耗しているのと、少しばかり火力が増えている点は違うけれど、そんな事は彼女には関係が無い。

 

 心を読めると言う事は、ペルソナ(心の力)を読めると言う事。

 

 例え放たれた後であっても、魔法の軌跡と所有者の狙いさえ分かっていれば、凪のポイントを見つけることも、または自分の心(ペルソナ)を歪ませて精密な(いびつ)さをつければ全反射(反則マカラカーン)する事も可能。

 

 そして、その実行には秒の時間すら要さない。

 

 どれ程の高火力の魔法であっても、距離を一瞬で縮める程の勢いはなく、であるならば対処するには十二分な時間があった。

 

 壮大な威力と衝撃から逃れるように、崩れかけた身体をそのままに、ポケットからポロポロと焼き菓子(回復アイテム)()()()を溢しながら転がり逃げる無様な姿の雪乃を鼻で笑い、持ち直した精神でマカラカーンを張るタイミングを測り…

 

 

「ピッチャー振りかぶって…投げました!」

 

 

 攻撃に参加していなかった男の子(八幡)が一斉射から少し遅れたタイミングで横から何か、小さな石ころを投げてくる様子を『は?』と呆れながらも察知した。

 

 何だろうか、魔法の対処に専念してる所に集中を阻害させるための苦肉の策か?

 

 それとも、たかが石ころが、万が一にも頭にでも当たれば致命傷になるとでも?

 

 既に人間と言う枠を飛び越え、魔人となった身体にただの石ころがなんの効果をもたらすと言うのか。

 

 何とも涙ぐましい努力に一応警戒して魔法への対処が出来つつ、当たらない位置に移動し

 

 

「『()()()()()()』!!」

 

『っ!』

 

 

 少年のペルソナを励起する為の呼びかけの名に、自身のペルソナの読心が効かなかった訳を悟った。

 

 

『(『サトリ』も『アマノジャク』も両方『心を読む』妖怪! しかも他に有名な逸話も無い単特徴な特化型、私は彼の心を読もうとして鏡合わせみたいに跳ね返された。つまり呪詛返し!)』

 

 

 人を呪わば穴二つ

 

 遥か昔から、呪いで人を不幸にした者は自分にも不幸が返ってくるとされていた。

 

 転じて陰陽道等でも人を呪った際、失敗すると二倍返しになると言った説話もありふれている。

 

 読心と跳ね返す事に特化した『サトリ』の能力では、解析と歪ませる事に特化した『アマノジャク』は一種の天敵。

 

 もちろん、双方向に向けての相対関係ではあるが、今重要なのは『ハルノは八幡が何をしようとしているのかを決して読む事が出来ない』点。

 

 

『(何をするつもり? 石は陽動? 二の矢三の矢は? 弱体はさっきのアレが限界なの? 他の魔法の爆炎に紛れて攻撃するつもり?)』

 

 

 何をするのか分からない対象に注意が向き、思考も焦点が合わさり、例え何をされても対処できるように注視する。

 

 必然、他への注意は散漫となり、

 

 

「ブフストーン、起動」

 

『っ、冷たっ!』

 

 

 雪乃が転がりながら逃げる際にまき散らしていた小石から吹き上げる冷気をまともに食らってしまう。

 

 

『(魔法を放つ石!? なんて隠し玉を持ってるのよ雪乃ちゃん! …待って、じゃあ今こっちに飛んできてる石も何かしらの魔法を? それが、今みたいな弱い魔法じゃなかったら?)』

 

 

 グングンと迫りくる多種多様な中級攻撃魔法の群れへの対処を最優先にしながらも、今は警戒対象に繰り上がってしまった小石と男子に、これ以上何があっても誤らないようにともう一度気を取り直そうとしたその時

 

 

「『スクンダ…」

 

 

 ()()()、とまるで自分の身体じゃないかのように、感覚が鈍り一瞬だけ身体が沈む。

 

 奥の手はこれ(精密性ダウン)か! と、もう目前まで迫った爆炎に冷や汗を垂らし、確かにこのタイミングでやられるのが一番効果的だと評価する。

 

 自分の心を無理なく歪ませて全反射できる構造を作るのに必要な集中力を途切れさせ、着弾させられる直前の瞬間に精密性を下げられたら流石に自分も負けることだろう。

 

 この手段の有効性は確かだった、けれど…

 

 

『タイミングが悪「デクンダの石、起動」「…ダダダ(もってけ! おかわりだだだだ!!)』!!!!!」…えっ』

 

 

 下がり切った自身の精密性をすぐさま再確認、掌握

 

 改めて全反射マカラカーンを張ろうとした、まさにその時…

 

 八幡が投げ、ハルノのすぐ横を通り過ぎようとした石からチカッと光が瞬くと、把握し直した自身の身体の感覚がまたしても狂い(弱体化解除)、何が起こったのか理解する前に、またしても―それもさっきよりも更に―自身の身体の感覚が最低ランクまで鈍る(三連続スクンダ)

 

 急激な感覚の変化に、精密な動きを取ろうとしていた反動が抑えきれずにとうとう地面へと膝が着き、キョトンとした顔で聞こえてきた雪乃の声の方へと眼を向けると

 

 

「…ざまみなさい」

 

 

 疲労困憊で倒れ伏し、中性的な少年に起こされて見えるその顔に、それでもなお爛々と輝く瞳と勝ち誇った笑みを称えた表情に

 

 

『…あ~あ、負けちゃった』

 

 

 自身の敗北を受け入れるのであった。

 

 

「弾着! 今!!!」

 

 

 材木座の叫びに合わせるよう、轟音と衝撃がハルノの身体を包み込んだ。

 

 

 




 ペルソナメモ
 雷の魔法が得意なペルソナ(シャドウ、悪魔)は大抵雷の耐性がある。氷なら氷、炎なら炎。ならば、心を読むのが得意な彼らのペルソナは、相互に耐性を持ち合うのが自然ではないだろうか。『サトリ』は心を読んでそれをストレートに利用する、『アマノジャク』は心を読んで正反対に利用する。素直なのか、捻くれてるのかの違いしかそこにはないのではないか? ならば、その心(ペルソナ)は同質と言っても構わないだろう。
 
 ところで、雪乃は自分の弱さを克服、八幡は開き直り、結衣は自分の弱さの受け入れ、材木座は自分の夢の再確認、戸塚は情けない自分への奮起、優美子は情けない自分を認め、沙希は物理、葉山は成り行きでペルソナを使えるようになっています。仲間はずれはだーれだ?



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雪ノ下陽乃の敗北宣言…?

あとは閑話と顛末で三話くらい投稿したいです
閑話二話分は書きあがったので追加で投稿できますが、顛末が間に合いませんでした(11月20日現在)

多分今はP5Tに取り掛かり、終わったらDQM3が待っているので年内は無理だと思います
これ以上積みゲーを増やしたくないんです(アライズ、モナーク、メガテン3、13防衛、ポケモン追加DLC)おじさん許しちくりぃ
P3Rも待ってるし、いやぁ忙しいですね!(白目)
これはまた6月までかかるかもしれんな!ガハハ!
………彼らにヘイト貯め過ぎたくないのでできる限り早く書き上げます


6月15日(金) ハルノパレス

 

『負けた負けたぁ! 負けちゃったぁ!』

 

 

 身体中に焦げ跡と切り傷、そして削られた気力と負けを認めてしまった故の無力感に、大の字に倒れるハルノ。

 

 その周囲に回復の為陰から支え続けて疲労困憊の戸塚や、機を窺い続けて気疲れしたモルガナ、決定的な瞬間だけ火力を出す事に専念して比較的顔色がマシな材木座、同じくマシで唯一の女子として動けない雪乃を支える優美子たちが近寄る。

 

 その中でも一人、一度死んで生き返ったせいなのか、顔色が真っ青なまま這う這うの体で寄ってくる八幡に目を向けて、君さえ居なければなぁと思うも後の祭り。

 

 力の入らない身体を起こして座り込むのが精一杯。

 

 

「姉さんは」

 

『うん?』

 

「姉さんは、何がしたかったの?」

 

 

 さて、これ以上の悪あがきはみっともなさすぎるかと、素直に敗戦の将に甘んじようとするハルノに雪乃からの質問。

 

 この期に及んで別に嘘を吐く必要も、誤魔化すような意味も無く。

 

 

『…う~ん、何が、って言うと難しいけど。思い通りにならない人生、どうせなら滅茶苦茶になればいいって思ってた願望が膨れ上がった、って言うのが正直な所?』

 

 

 けれど、自分の内心程分からない物はない。

 

 特に自分の心にも嘘を吐くのが癖づいている彼女のような人間からすればなおさら。

 

 だからこそ、せめて他人の心を掴みたいとでもいう欲望が、彼女を『サトリ』と言うペルソナに目覚めさせたのだとも言える。

 

 レールの上を歩くような人生で多少なりとも抱いていた、自分の中に潜む破滅願望が悪神の欠片によって増幅させられた。

 

 そして、強力なチカラと、万能感に酔いしれたのが実態…

 

 

『あとはまぁ、私とは違って昔っからやりたい事、好きな事をやって来た可愛くも憎たらしい妹が、こんな面白い事を秘密でやってたって事もトサカに来たって面もなきにしもあらず?』

 

 

 悪戯っぽい笑顔で、皮肉気な言い回しで、ハルノはそう断言した。

 

 その言に思い当たる節はあれど、実感が伴わない雪乃が訝し気な様子を見せるが、ハルノの注意は既に妹から離れていた。

 

 今の彼女にとって最も注目する対象は

 

 

『そ・れ・よ・り……ねえ君、そうそこで死んだ眼と顔色してる男の子。雪乃ちゃんとデートしてた君』

 

 

 ギュルンと効果音が付きそうな目の色の変わりようで、八幡へと身体を向き直し、動かない身体をズリズリと無理くりに動かした。

 

 なお、『デート』の一言に雪乃が「だから違うと」とため息を吐き、材木座が「デートって、お主…嘘だよな。嘘だと、嘘だと言えぇ!!!」と八幡が死んだ時以上の嘆きで問い詰めようとしているが一先ず脇に避けておこう。

 

 

『私のペルソナが効かなかった理由は君のペルソナの名前を聞いた瞬間に理解したけどさ。でも、まだ気になる事はいっぱいあるんだよね! ねえねえ、教えてくれない!?

 君が投げて雪乃ちゃんが起動したあの石の効果は? 直前まで意識が無かったのにどうやって示し合わせたように雪乃ちゃんと息を合わせたの? 愛の力だったり?  なんで一歩間違えたら死にかねないのにあんな大胆な事やれたの? まだ奥の手とか残ってたりする? 死後の世界ってあった? 名前は?何処住み?年収は?好きな娘いる?雪乃ちゃん?私はどう?』

 

「比企谷ですけど…いや、あの、近いですヒィッ」

 

 

 キラキラとした眼で怒涛の勢いで質問をぶつけながらにじよってくる筆舌に尽くしがたい美人(なお、立ち上がれないので姿勢的に貞○子に近く、八幡自身も復活直後であまり動けない)にドン引きしながら悲鳴を上げる。

 

 読心によって周囲を把握し続けていた今のハルノにとり、今なお欠片も読心出来ない八幡と言う未知はそれ程にまで興味を覚えるものであったのだろう。最後の方はたちの悪いナンパの常套句になっているが気にしてはいけない。

 

 なお、ハルノの意表を突いた八幡と雪乃の即席コンボは、意識を取り戻した八幡(戸塚の膝枕でもう一度昇天しかけたのは内緒)が、戸塚に雪乃宛の伝言を頼んだことで実行できた面がある。

 

 もちろん、普段からコンビネーションを取らざるを得ない程に振り回されている経験が多々あった事は大前提だが、戸塚や雪乃が読心の対象となっていない瞬間を見計らったのは八幡(ぼっち)の面目躍如。

 

 更に、あのデクンダの石は優美子のペルソナ訓練中に偶然拾った、一つ限りの虎の子。

 

 雪乃が事前に経費で買い込んでいた初級魔法の石とは異なり、外せば後は無かった。

 

 この秘策も元々はピ○ピ人形作戦、デビルバットゴーストもどきと同じく、刈り取るもの対策の最後の一つであり、他に策はなく、八幡の閃きは既に払底していた。

 

 更に加えて、イゴールの断言が無ければ自分のペルソナがハルノのペルソナにとって一種の天敵であると確信する事は出来ず、あそこまで果断になれはしなかった事は想像に難くない。

 

 しかも、その天敵、読心を阻む特性も冷静に対処されてしまえば、唯一戦力として加算できた雪乃の疲労度も考えると、他に打開する策はなくどんづまりになっていただろう。

 

 そう言う意味でも、最後の総攻撃がハルノの不意を打てる最初で最後のチャンスであり、ある種やけっぱちに近い自暴自棄も合わさり、やるしかなかったからやったと言うのが真相である。

 

 断じて愛の力だとかではないし、ついでに死後の世界は存在してた。あの世は青かった(ベルベットルーム並感)。

 

 

「いい加減にして姉さん」

 

『やぁん、もう雪乃ちゃんのけちんぼ』

 

 

 ズリズリと這寄れハルノさんしていた身体を、優美子の支えから抜けて雪乃が残り少ない力で近寄り身内の恥は身内で(そそ)ぐと言わんばかりにひっぺがし、放り投げる。

 

 両名それで最後に残っていた力も尽きたのか、どさりと二人ともが倒れ伏してしまい、今度は起き上がろうとも出来ない様子だ。

 

 戸塚とモルガナが慌てて雪乃の下に駆け寄り、気休め位にはなるだろうと回復魔法を施す。

 

 

『…まぁ、ちょっと不完全燃焼感は残るけど、仕方ないよね。お姉ちゃんの負けよ。

 結局、私の敗因はジョーカー(天敵)の君をフリーにしちゃった事か……』

 

「ずるみたいなもんでしたから、こっちとしてもあんま勝ったって感じでもないですけどね」

 

「ふははは! 八幡よ、良い言葉を教えてやろう。『勝てば官軍』!! 『終わりよければ総てよし』これが武家の習いよ!」

 

「オタクに同意するわけじゃないけどさ。最終的に良けりゃまぁそれでいいじゃん」

 

『そうそう。勝った方はその位でいいのよ。じゃ、私の心に寄生してるお邪魔虫は君たちにプレゼントしてあげよう』

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、刑死者のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 そう言ってハルノは事もなげに悪神の欠片を自身から分離し、ふわりと浮かんだパンさん人形の姿をしたそれを見て、ようやく区切りがついた。

 

 こうして、雪乃との結衣への誕生日プレゼント選びに始まる雪ノ下陽乃とのゴタゴタは終焉を迎えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヒッキー!! はあ…はあ…! よかった、間に合った」

 

「由比ヶ浜?」

 

 

 しかし、陽乃の一件が終わったとしても忘れてはいけない

 

 

「それが、悪神の欠片、なんだね」

 

「どうして貴女がここに…?」

 

「ちょっと、結衣には内緒ってあーし言ったよね」

 

 

 雪ノ下陽乃が悪神の欠片を手にしてしまった原因を

 

 

「…ふぅん、そっか。もう最後の最後って所なんだ。だったら()的には手間が省けてラッキーだったかも」

 

「結衣殿? さっきから何を言ってるんだ」

 

 

 悪神に飲み込まれる前の陽乃が雪乃との会話で言っていた

 

 

『ちょっとお家の付き合いってやつ。まぁ、うちのお母さんとは反対な、女所帯のうちが隣の芝生な小父様とショッピングしてたんだ。で、途中で雪乃ちゃんを見つけておもし、楽しそうだなって』

 

 さて、ここで一つ。原作で雪ノ下母が八幡と一緒に会食した際、ははのんは男の子と一緒に食事する事に(演技とは言え)舞い上がっていた(風説の流布)。

 ともあれ、女所帯の雪ノ下家は『男子との団欒』に一定の憧れがあるのは確かである。

 

 なら、その逆に『娘がおらず』『雪ノ下家と家族ぐるみの付き合いが有り』『陽乃が途中退席を躊躇わない仲』の人間とは?

 

 

「ごめんな、優美子。君の気遣いは嬉しかった。だけど、俺にはこうしなきゃいけない理由が出来てしまった」

 

「葉山君まで? えっ、えっ?」

 

 

 ようやく終わりが見えてきたパレスに、静かな足音と共に葉山隼人が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 6月15日(金) ハルノパレス

 

 前触れも無く現れた結衣。急いできたのか、息を切らしている彼女の登場に誰もが呆気にとられて固まる。

 

 その結衣の後ろからゆっくりと歩いてくる彼の姿に更なる戸惑いが隠せないメンバー。

 

 悪神を分離してブーストがなくなり読心が出来なくなったハルノも、眉間に皺を寄せて何が起こっているのか事態の進展を見極めている。

 

 ある種硬直している状況で、やはり最初に動くのは彼女だった。

 

 息を弾ませて隼人の先を進んでいた結衣が、唐突に怪しげな笑みを浮かべ…

 

 

「誰もそれ、取らないの? じゃ、私が貰っちゃうね」

 

「なにを…っ!?」

 

 

 宙ぶらりんになっていたパンさん人形(悪神の欠片)へと手を伸ばした。

 

 

「あははは! 回収おわりっ! なんだ、()()()()()()

 

 

 結衣の唐突な行動に、疲労感も合わさり誰もが反応する事も出来ずに呆気なくその手にオタカラ―悪神の欠片―が納められた。

 

 普段の結衣の様子と比べると狂笑と言わんばかりの様相で笑う彼女に、その友人がまず初めに気付き指摘する。

 

 

「…あなた、誰。由比ヶ浜さんではないわね」

 

「あーしの友達の振りして、舐め腐った真似してくれんじゃん」

 

「え~。私だよ、私。優美子。私は由比ヶ浜結衣」

 

 

 きゃぴるんとした様子で、普段の由比ヶ浜結衣では絶対にしないような仕草で主張するそれに、白けを通り越して怒りの形相を隠せない二人。

 

 

「由比ヶ浜さんはおバカだけれど、あなたの様に人を小バカにしたような態度を絶対に取らないし、なによりもう少し品と言うモノがあるわ。ふざけているのかしら」

 

「つか、誰に許可とってあーしの名前呼び捨てにしてんだし。いい加減はっきりしな!」

 

「……ふふっ。やーん、葉山せんぱぁいばれちゃいましたぁ」

 

 

 雪乃と優美子の激発に口の端だけを歪ませて笑みを浮かべ、次の瞬間にはしなを作り媚びるかのような声で隼人へと走り寄る。

 

 その一幕だけとっても、彼女が由比ヶ浜結衣ではないという証明であった。

 

 結衣が葉山隼人にそうした態度を、しかも()の目の前で取るなどと言う事は決してあり得ないのは優美子などからすれば自明の理。

 

 だと言うのに、その女の顔も身体も声も。

 

 仕草以外の全てが由比ヶ浜結衣を主張していて、違和感が天を突いていた。

 

 

「はい、どうぞ。葉山先輩」

 

「………ありがとう、()()()

 

「むぅ! 折角変装してるのに、名前言っちゃダメじゃないですかぁ…まぁいいですけど」

 

 

 視線の集中砲火を浴びながらも淡々とした態度を取っていた隼人が結衣擬きに、そう呼びかけると「ぽんっ」と軽い音を立てて結衣の姿が煙に包まれ、その煙が晴れた場所には結衣とは似ても似つかない少女が一人。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿に優美子の視線が細められる。

 

 

「あ~、肩凝りました。ヤバいですね結衣先輩。あれ程のモノをお持ちとは」

 

「いろは?」

 

「けぷん。ともかく、はい葉山先輩。ご所望の品ですよ?」

 

 

 自分の軽口に視線が鋭くなった事に少しだけ焦ったようにしながら「いろは」と呼ばれた女の子は雪乃や優美子たちの姿は一切眼中に入っておらず、小首をかしげながら隼人へと奪い取った人形を差し出す。

 

 

「いろは…? それって。でも、あれとは」

 

 

 その様子を優美子は渋い表情で考え込んでいた。展開についていけない男どもも、この時点でようやく隼人やもう一人の女がこちらに敵対するような行動を取っている事に自覚しペルソナと武器を構え直した。

 

 

『…隼人、後からやってきて美味しいとこどりなんて横紙破りを私が許すと思ってる訳?』

 

 

 その中でぐぐっ、と困憊の身体を少し前までの雪乃と同じように気力だけで立ち上がらせて、睨み付ける。

 

 その様に目を細めながらも、隼人は意に介する事無く差し出してくるいろはと言う少女を見つめ、少し躊躇しながらも悪神の欠片を意を決したように受け取った。

 

 

「僕は、僕の正義を貫くためにどんな事でもやってみせる。

 どれほど醜くても、非難されても、許さない、許せない」

 

 

 その顔つきはほんの一週間前、サッカーの試合に応援に行ったときに見たものとは全く異なっていて、あまりの変貌に言葉が出ない優美子。

 

 疲労、戸惑い、コミュ障、それぞれの理由で気圧されている中、八幡だけが口を開いた。

 

 

「……こういうオカルトだとかは関わるべきじゃなくて、もっと大人とか責任の取れる組織に任せるべきとか言ってたのに、随分な変わり様じゃねえかよ」

 

「そう言われても仕方ないとは思う。だけど流されているだけの君が、そう言うのかい?」

 

「目で『何か言わないのか』って露骨に問いかけて来ておきながら、いざ言ったら梯子外すのってリア充っていつもそう。『誰か意見とかないですか』って聞いておきながら本当に意見が出てきたら『うわ面倒なやつが出てきたし』って顔に出すのマジで失礼だからな気を付けろよ」

 

「あっ、う、うん」

 

 

 いいや、隼人自身これが非難されるべきだと理解しているからこそ、最も憎まれ口をたたくであろう八幡を促した結果だったのだろう。

 

 少しでも時間を稼いで状況を改善したい八幡がその誘いに乗ったと言う、どこぞの貴腐人が見たら発狂する一幕だったが、それはさておく。

 

 予想だにしない反撃に、張り詰め過ぎた様子だった隼人が一瞬だけポカンとするが、直ぐに気を取り直す。

 

 

「ともかく、この悪神の欠片は僕がもらう。僕が、僕の為に、そしてついでに人類の為にも有効に活用させてもらう」

 

「今までの犠牲者を見ておきながらそう言っているのなら、貴方にはコメディアンの才能が欠如しているわね」

 

「冗談なんかじゃないさ」

 

 

 気を取り直して宣言し直した隼人の眼は真剣で、雪乃の言葉にも揺らがない。

 

 

『だから、そんな自分勝手を私が許すと』

 

「ごめん、陽乃さん」

 

 

 ただ、ハルノの姿だけは直視しきれず、目線を逸らした。が、それだけだった。

 

 

「例え、これが()()()()()()()()()()かもしれなくても、僕は、これを利用して復讐を成し遂げる! それが、僕の正義だ!」

 

「はぁ!? 悪神の!?? ハヤマ、おめえ何を言って」

 

 

 隼人の言葉に思わず叫ぶモルガナだったが、それもそのはず。

 

 モルガナがこうして悪神の欠片に対処しているのは、あくまで悪影響を起こす被害を防ぐ為であり、悪神の復活だなんて世迷言は最初から想定していない。

 

 詳細を問い詰めようと勢いづけて迫ろうとするも

 

 

「はぁい、猫ちゃんは話の邪魔しないでねえ」

 

「やが、うなぁあ!」

 

「わわわっ、おっと」

 

「戸塚殿、ナイスキャッチである」

 

 

 間にすっと割り込んできた『いろは』と呼ばれた少女がモルガナをヒョイとつまみあげて、何でもない様に放り投げられ、戸塚が受け止める。

 

 そうして全員の視線がそれた瞬間を見計らって

 

 

「……ふん!」

 

 

 稼いだ時間で僅かでも動けるようになった雪乃が隼人へと襲い掛かる。

 

 その身体にはうっすらとライジンの姿が重なって見え、ハルノとの戦いと同じく異能の力を宿した、人間を超越した膂力から発揮される速度は意識しても見失いかねない程。

 

 無理に無理を重ねて絞り出した彼女の狙いは、ハルノから排出され今は隼人の手に握られる悪神の欠片(パンさん人形)の一点。その回収だけを目的とした不意打ち。

 

 限界を超えて倒れかけた直後の更なる無理は、その後の事を考えない無謀であっても正しく意識の隙間を突く奇襲となり……

 

 

「え?」

 

「ありがとう『アラハバキ』……ごめん雪乃ちゃん」

 

 

 反応出来るはずの無い完璧な奇襲は隼人の腕へと吸い込まれ、雪乃の手が触れる直前、ガンと言う硬質な音を立て弾かれた。

 

 絶対に決まると確信した直後の顛末に雪乃の身体が硬直、そこに隼人の背後から阿修羅像の様な姿…ではない、まったく異質な土偶のようなずんぐりとした体格をした異形が振り下ろした拳に打ちすえられ

 

 

「あっ」

 

「雪乃殿!!」

 

『雪乃ちゃん!! このっ』

 

 

 限界以上を振り絞った疲労と、不意を突かれ返した事で呆気なく意識が沈み倒れてしまう。

 

 案外妹愛の強い(シスコン気味な)ハルノが、幾ら幼いころからの弟分とは言え、越えてはいけないラインを越えたことで直接的な暴力へと訴えかけようとした。

 

 

「お姉さんの相手は私でぇす」

 

『なに』

 

「『テトラカーン』」

 

『を…』

 

 

 後悔の色をした瞳で沈む雪乃を見つめる隼人に飛びかかろうとしたハルノとの間に、またしてもいろはが躍り出て『物理攻撃反射魔法』を唱える。

 

 その精度はハルノが行使した『マカラカーン』とは比べるべくも無く、単純で真っすぐな鏡だった。

 

 しかし、頭に血が昇り、なおかつハルノの能力をブーストしていた核(悪神の欠片)が分離したことで弱体化していた彼女を地に沈めるのには十分な効果を発揮する。

 

 

『ぐっ』

 

「は、はやま何某のペルソナはツチグモであったはずであろう! その力も我らとそこまで変わらなかったはず! 何故(なにゆえ)姿を変えておるのだ! 幾ら弱っていたとはいえ雪ノ下嬢をこうも簡単に下せる! わ、訳が分からんではないか!」

 

 

 隼人の様子、そしてもう一人の自分と呼べるペルソナの変貌、それがもたらした光景に固まり続けていた材木座の叫びが響き渡る。

 

 その叫びはこの場に居る全員の代弁であった。戸塚も、優美子も、八幡も、モルガナでさえもが理解に及んでいない。

 

 その様子をやはり悲しそうな目で見ながらも、隼人は自分の手の中に視線を戻し

 

 

『あっ』

 

 

 人形を握りつぶした。

 

 

「陽乃殿!?」

 

 

 原形を保てなくなったそれは光の粒となって隼人の身体へと吸い込まれていく。

 

 悪神の欠片と言うパレスの核、延いてはハルノの核と呼べるそれを形はどうあれ破壊したのだ。

 

 弱り切っていたハルノが、自身の核を砕かれて存在を維持できるわけも無く、倒れ込んでいた彼女の身体はあっけなく消え去った。

 

 

「うそっしょ」

 

 

 呆然とする優美子、その視線の先に居る隼人は周囲の光の粒を吸い込み続け、数秒もかからず吸い込み終わった。

 

 

「あっ…ぐぅ! があ!!」

 

 

 直後、隼人は身体を折り苦しみ始め、その側にはいつの間にかいろはという少女が控えていた。

 

 同時にパレスである商業施設がゴゴゴゴと音を立てて揺らいでいく。

 

 

「いけねえ! パレスの崩壊が始まった!」

 

 

 モルガナの叫び通り、パレスの主であるハルノが消えパレスが崩壊し始める。

 

 だと言うのに、もう一方のパレスの核である悪神の欠片が隼人に取り込まれた事で、パレスが物理的に崩れ始めていると言うのに。

 

 隼人といろはと言う女子の周辺だけはグニャグニャと歪んでいるが、足場は安定しているように見える。

 

 

「陽乃さんが、あの人が、筋道を立ててくれ、た…心を、侵食されて、も…!

 (ペルソナ)を、隔離して、おけば…俺は、俺の、ままに!

 そして、陽乃さんへの、侵食と…君たちへの、対処に消耗した、状態なら!

 この力を、純粋な…力として、使える、はず、だ!」

 

「隼人!! っ、なん、これ! 近付けないし!!」

 

「早く脱出した方が良いと思いますよ? これ(崩壊)に巻き込まれてどうなるのかは私知らないんで」

 

「おいおいおい、直ぐに逃げないとやばくねえか」

 

「なんと!?? 我、出来ればもう走りたくないと言うか、歩く事は出来ても走るのはちょっと遠慮願いたいんだが!?」

 

 

 優美子が隼人へと手を伸ばすも、崩壊し始めた事で生じたひび割れがそれを阻み、その様子を興味なさげにしっしっと手を振る少女に噛み付こうとするも八幡たちの言葉に、それをしていられる余裕が無い事を理解する。

 

 

「戸塚のペルソナでも雪ノ下の意識が戻らん」

 

「ごめん、僕のペルソナがもっと強力な回復が出来れば」

 

「このままでは我ら生き埋めになってしまうぞ」

 

「ここはワガハイに任せてくれ!」

 

 

 全員が疲労困憊で万事休すか、と思ったその時、モルガナの叫びが聞こえて来る。

 

 何か考えがあるのかと、振り返った全員が

 

 

「さぁ! ネコバス(ワガハイ)に乗れ!!」

 

「「「「((((ネコバス???))))」」」」

 

 

 危急の状況に似つかわしくない軽バンの姿をした可愛らしい()()からモルガナの声が聞こえてきた事に、驚愕と疑問符で一杯になった頭をかしげたのだった。

 

 

「隼人!!」

 

「優美子…雪乃ちゃんも! 君たちは、無力だ…だから、俺は…これを、選んだ! 力のないままでは何も出来ないから!」

 

「三浦さん! 今は逃げるしかないんだ!」

 

「例え俺に残された道がこれしかないとしても、俺は俺の意志でこの道を選んだ。無力な俺には…だから悪神! 力を! よこせぇ!!!」

 

「っ! 離して!」

 

「ごめん!」

 

 

 必死に隼人へと近づこうとする優美子は、見かけによらず運動部らしい力強さで戸塚が押し込み、倒れ込んでいる雪乃を抱えて八幡も続く。

 

 一足早く運転席に座った材木座がハンドルを握り、モルガナから最低限の運転方法を教わる。

 

 二人、隼人といろはと呼ばれた眼鏡の少女を残したまま、モルガナカーは発進した。

 

 優美子が伸ばした手は届くことなく、崩壊していくパレスを脱出するのであった。

 

 

「……なんだってんだよ」

 

 

 全員に言いようのない不和だけを残し、ハルノパレスは崩壊した。

 

 




 ペルソナメモ
 ハルノパレスの流れでは全体的に選択肢が無かったが、これは八幡がそれ以外の行動を選んだ瞬間、ガメオベラしてたから。優美子を押し倒したり、積極的に行動したりしてたのも、それ以外の行動を取った場合漏れなくパトっている為。キャラ崩壊しなければ勝てないはるのんであった。
 なお、あくまで魔人としては出来損ない。人間の位階を飛び出した故の魔人だが、結局人の心、ペルソナを捨てきれなかったので魔人としては格下。吹っ切って行き着く所まで行けばテトラオート、マカラオート、スクカオート常備で必中、回避率超高、読心耐性持ちには開幕アンティクトン五連打とかする鬼畜魔人(メガテン4仕様)になるに違いない。今作ではそんな理不尽ボスにはならないので安心である。


サトリ…覚とも。人の心を読み、脅かし、隙を見て食おうとするが、意想外の出来事があると逃げてしまう。また、人を害そうとしないと言う説もあり、山神の化身ともされるとかなんとか。余談ではあるが、東方二次ゲーム、車椅子探偵さとりの第6話のOPはメガテン風にメイクされている。本当に何の関係も無かった

 アルカナ…刑死者

 ステータス…耐性無し、全属性弱点

 スキル…マカラカーン、テトラカーン、サトリ(全ての攻撃を回避し、一部魔法を強化する)

 当たらなければどうという事も無いを体現するペルソナ。八幡のアマノジャクと同類で補助に傾倒した性能。攻撃方法がないのも、弱点が多いのも、陽乃自身が根っこの方で『オカルトなんて有り得る訳が無い』と言う現実主義を捨てきれないから。『有ればそれはそれで楽しいよね』とロマンも捨てきれない為、最低限のペルソナの資質は持ち合わせていたのと、悪神の欠片と言うショックでこんな歪な形になった。
 ゲームでバトルするなら、サトリが有る限り全反射(無制限)、全回避(超高確率)なので勝機は無くなる。八幡が戦闘メンバーに居る限り、サトリが無効化されるという完全に八幡がメタ存在になるボス戦。なお、八幡のアナライズ、エネミーサーチ等の分析系も同じように効かなくなるので、弱点も分からない…が全属性弱点なので『八幡→デバフ、モルガナ→魔法ストーン、雪乃or優美子→魔法、総攻撃、戸塚→回復』で勝てる。ただし、八幡はイベントで途中まで退場させられるので、負けイベだと勘違いして全滅しない様にしましょう。悪神の欠片は全てステータスアップに費やされているので、物理一発、魔法反射だけで下手しなくても壊滅します。

刑死者のアルカナの正位置には『忍耐・抑制』逆位置には『徒労・自暴自棄』と言った意味が含まれる。


愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ)Rank1
法王…川崎沙希(オニ)Rank2

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(ムジナ)Rank1
正義…鶴見留美 Rank2
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者…雪ノ下陽乃(サトリ)Rank1 New
死神
節制
悪魔




太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank2
世界…奉仕部 Rank2




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いつになく沈む比企谷八幡と出会う少女

何かつべのおすすめにすっごい来るから葬送のフリーレン観ました
フリーレンとフェルンがかわいい
あと作画も良いですね
断頭台のアウラ見て………命令者ちゃん好きな人が好きそう(ジガ知らない人並の暴言)


6月17日(日) 比企谷家 朝

 

「いいか、バカ息子」

 

「なんだ、クソ親父」

 

「男にはな、意地だとか、見栄ってもんがある。そう言うプライドは張り時ってのを間違えちゃいけねえ」

 

 

 珍しく、本当に珍しく。

 

 比企谷家のリビングにて、普段であれば昼まで寝ている筈の比企谷家の大黒柱、八幡や小町たちの父である男が座ったまま、同じく座っている八幡に声をかける。

 

 どうにも神妙な声で、常ならざる雰囲気を醸す状況にむず痒さを覚えた。

 

 

「間違った時に突っ張ったり、要らねえ意地を張っちまうと、取り返しがつかなくなるもんだ。

 例えば、意地を張って手前のプライドを守るか、見栄を捨ててでも大切なモンを受け入れるか…

 なんて状況は男として生きてりゃいつか来るもんさ」

 

「はぁ……?」

 

「もしも意地を張る時と場所を間違えちまったら、後悔してもしきれねえ事になるからよ」

 

「そうか」

 

「だから、お前は正しい意地の張り方ってやつを学べ」

 

 

 しかし、その内容はなんとも言いにくい物で、生返事をするしかない比企谷家の長男。

 

 それ、今言うべきことか? と思いながらも邪魔する事も出来ず、ただ聞き流す。

 

 

「つまり、男のプライドってのは有って悪いもんじゃないが、往々にして手前の脚を引っ張る事もあるってことを忘れんなって」

 

「さっきから何ボソボソ言ってる、この宿六」

 

「ひゃい!」

 

 

 リビングの床に正座して幾分か経ち、曲がり始めた背中をビクンと伸ばして返事をする父親。

 

 

「私が聞きたいのはただ一つ、このピンク色の名刺は何だってことだ。簡単だろ?」

 

「えーと、そのですね。そ、そう! 取引先の接待で」

 

「その言い訳は前回聞いた。その前は後輩への社会勉強、その更に前は上司に無理矢理、もっと前は社長からの紹介で断れきれずとか法螺吹いたか?

 おうおうおう、この不景気の中、広告会社ってのは何とも景気の良い事じゃない」

 

 

 一段高いソファーにどっかりよりかかり父を見下ろしながら、人差し指と中指につまんだ名刺(手書きの電話番号、アドレス、お店に来たことへの感謝の言葉)をピラピラさせて言い募る母親の姿に冷や汗が止まらない。

 

 死の幻覚を見ちゃうまである。パレスにおいて死の象徴は刈り取るものであるが、家の中において死を象徴するのは多分『母』なのだろう。

 

 家計簿的にも、飯的にも、家事的にも。

 

 さて、こんな情けない父親の姿を見た以上、男の意地だとかなんだとか、そんな無駄なものはさっさと捨てて全面降伏した方が良い。

 

 わかったぜ、クソ親父! 張り時を間違えた男の末路ってやつを! 『言葉』でなく『心』で理解できた!

 

 と言う訳で、スピード八幡はクールに去る「ゴミいちゃん? 何逃げようとしてるのかな? かな? 小町のターンはまだ終わってないよ?」「ひゃい」

 

 痺れ始めた足を崩して立ち上がろうとしたが、正面に立つ妹からのプレッシャーで座り直す八幡。

 

 そう言えば、家事的にはあなたも比企谷家の象徴でしたね。と据わった眼の妹小町のすごみに負ける。

 

 

「まぁね、ゴミいちゃんも高校男子なわけだから、こういうのを持ってても仕方ないってことは小町も分かるよ?

 男子ってそう言うもんなんだって知ってるから、小町の見えない所でなら何も言わないし、気付かないふりもしてあげる。あっ、今の小町的にポイント高い。

 でもね、幾らなんでもこういうのを見えるところに置かれてると、小町も掃除したりとかで入るのが億劫になっちゃうんだよ?」

 

 

 汚い物でも触るかのように、人差し指と親指で端っこをつまみ、ひらひらと見せびらかす小町。

 

 その指の間には薄い本、薄いのに高い、薄いのに1000円とか普通にする本が挟まれていて、広い肌色面積が描かれたページがチラチラと見えて()()に悪い。

 

 なお、その本の対象年齢はR18(ガチエ□)ではなく、R15(微エ□)であり、内容自体八幡の趣味とは少々ばかり趣が違う事をここに記す。

 

 

「違うから、それは知り合、と、友達のだから(男の見栄)」

 

「ゴミいちゃんに友達とか居ないでしょ(断言)。あっ、それとも次からは本棚の後ろに置いてるのとか、カバーだけ変えてるのとかも整理してから机の上に置いといてあげよっか?」

 

「止めろ、お前は俺の母ちゃんか!」

 

「あんたの母ちゃんは私だ」

 

「ゴルルァ(巻き舌)!! てめ、ボケ息子! マイ・ラブリー・エンジェル・ドーター小町になんてもんを見せて「あんたはこっちでしょうが」クゥーン」

 

 

 そんな平和な比企谷家の一幕であった。

 

 

「まったく、ヤレヤレだぜ」

 

「うなぁ~」

 

 

 

 

6月17日(日) 昼

 

「まったく、朝の早くから酷い目に遭った」

 

「自業自得だろ」

 

「うるせえぞ」

 

 

 外に出て梅雨のまだ明けぬ空模様からパラパラと降る雨を持ち手が赤い傘で防ぎながら、肩にだらんと垂れて説教もたれてくるモルガナを厄介者の様に振り落とそうとして失敗する。

 

 ぴちゃぴちゃと路面に溜まった水面を揺らしながら、しばらく喋る事無く進んでいると、意を決したように八幡が口を開いた。

 

 

「……あの人、パレスの事覚えてなかったな」

 

「まぁ、言っちまえばパレスの中の事は夢の中みたいなもんだからな。()()()()()使()()()()()()が、覚えてられる道理はねえってことさ」

 

「…そうか」

 

 

 それだけ告げて、またしても沈黙の中歩き続ける。

 

 そう。昨日、雪ノ下陽乃に発生したパレスの対処をし、現実へと戻った際に意識を取り戻した雪乃が無理を押して陽乃と顔を合わせたが、彼女はパレスの事を一切覚えていなかったらしい。

 

 モルガナが推理する所では、パレスの核になっていた悪神の欠片に異様な対処をしたせいでペルソナ運用を司る心の部分とコンフリクトを起こしたのではないか? とのことだった。

 

 悪神の影響から逃れて魔人と呼べるまで強力な力を振るったが、逆に、悪神が無くなったことでペルソナの才が目覚めたことも無くなったと考えられる。

 

 切っ掛けさえあれば陽乃もまたペルソナに覚醒できるだろうが、その時、今回の事件の影響がどう現れるのかは分からない。

 

 つまり、現在の雪ノ下陽乃は一瞬だけ悪神の欠片に寄生されて、そのまま解放された一般人であると言うのが、彼の下した判断だ。

 

 それが正しいのかどうかは分からないが、状況的にはそう判断するしかなかったとも言える。

 

 なにせ、考えなければいけない事は陽乃の事だけではなく、もっと喫緊な問題が噴出したのだから。

 

 

「悪神の復活ってのは…」

 

「わりい、それも断言できねえ。ワガハイもその可能性はほぼ皆無だと思っていたし、主も対処されていると仰っていたが…ハヤマは一体何を根拠にあんなことを」

 

「ふぅん」

 

 

 そっけなく、むしろ雑さを隠すことなく八幡はモルガナの返事を聞き流す。

 

 役に立てていない、迷惑をかけているとはモルガナも自覚する所なので、その態度に何も言えない。

 

 けれど彼がこうして怪盗団達と離れている原因を考えると、その可能性の有無を軽々に断言しきってしまう事は無理なのを考慮してほしい。

 

 例えモルガナの考えでは皆無な可能性でも、イゴールが対処していても。

 

 こうして悪神がよそ様に迷惑をかけているというありえない現状が存在してしまっているのだから。

 

 

「明日、他の皆にも説明するが…

 今回おめえらに対処してもらってるのはあくまで悪神の残滓で、核と言える物は怪盗団のリーダー。ジョーカーが完全にぶっ壊した。

 だから、悪神の影響力は酷く限定的になってるはずで、直接的に及ぶ一人、それに巻き込まれて間接的な被害が増えはするが………」

 

「盛大に復活するってのはなし、ってことか」

 

「集合無意識の中で人間の歪んだ欲望が長年蓄積された結果生まれた偽神だぜ? そうホイホイ生まれねえし、核もねえ残滓から復活してたまるかよ」

 

 

 もちろん可能性としては0ではないのだろう。

 

 長く時をかけ、同じような怠惰の願いを蓄積させ続ければ、悪神の復活につながるかもしれない。

 

 そうならないよう、小さな影響で収まる様にこそ早急に対応する為にモルガナが今こうして、絆を結んだかつての仲間たちから離れてまで奮闘しているのだ。

 

 ベルベットルームの住人が導き手としてではなく、先手を打って対処している現状。0ではないかもしれないが、コンマの後に9個の0が並んでいる位の確率だ。

 

 結局、隼人の話を聞かない限り話は進まない。

 

 そして、問題はその隼人に関しても存在しており…

 

 

―ブブッ

 

 

「…雪ノ下も三浦も葉山には連絡が付かないとさ」

 

「そうか」

 

 

 ちらっとバイブしたスマホを見ると、そこには空振りの報告が届いていた。

 

 彼女たちは昨日から何度か隼人へと連絡を取ろうとしていたが、それは今の所叶っていない。

 

 ちなみに、結衣への安否確認を兼ねた連絡は呆気なく取れた。

 

 いろは、と呼ばれた少女が結衣の姿をして現れたことから悪い想像をしていたが、雪乃のかけた電話は即座に繋がったので杞憂でしかなかった。

 

 まぁ、そのせいで今回隠していた件を話さざるを得なくなり、結衣の機嫌という意味ではまたしても修羅場だったのだが、親友二人(雪乃&優美子)がなんとかしただろう、多分。知らんけど。

 

 八幡の元に来たのは怒りのスタンプだけだから、きっとなんとかしてくれたのだろう。だったらいいなあと思いました まる

 

 

「週明け、ハヤマが学校に来るのを祈るしかねえか」

 

「だな」

 

 

 とまれ、今の八幡にとってはそんなことはどうでも良い。大事なのは他の事だ。

 

 

「ところで、ペルソナってのはあんな風に変わったり、強化されたりするものなのか」

 

 

 あの日、悪神の力を失くした直後とは言えあのハルノを、倒れる直前まで疲労していたとは言えあの雪乃を一蹴した彼の変貌こそが八幡にとっては重要だった。

 

 若干、話が飛んだことに一瞬だけ戸惑うが、疑問に思う事も当然だろうと考え、モルガナは質問に答える。

 

 

「ペルソナってのは前に言った通り、自分の心の一側面を集合無意識から神話の型に嵌めて出現させる力だ。

 あくまで一側面である以上、別の側面が強くなれば有り得ることさ。人間の心がたった一つの仮面だけで出来てるとか、おめえも思っちゃいないだろ」

 

「一方からだけ見て理解できるくらい単純なら、よっぽど楽なんだろうがな」

 

 

 ちがいねえ、と軽く笑う。

 

 

「実際、ワガハイのペルソナもゾロとは違うカタチになって強化された事もあったぜ。

 だけど、ペルソナにまで昇華出来る人の側面ってのはそうそうあるもんでもねえし、ワガハイのそれも時間をかけて真の覚悟と大切な絆から生まれたもんだ。

 一朝一夕でペルソナ(心のカタチ)を変えるなんてのはそれこそ、前に言ったワイルドって特別な才能が必要だな」

 

「お前が最初に俺をそうだと勘違いしたやつか」

 

「おめえが愚者なのがややこしいんだよ」

 

 

 才能…ペルソナを扱うというだけで既に一種の才を開いていると言っても間違いはない。

 

 事実、葉山のグループはユミコパレスの際に巻き込まれて優美子と隼人が開花したが、それ以外の海老名や戸部、大岡等といった面々は目覚めなかった。

 

 しかし、才能の有無で上下があるとしたら、その才能の中でも上下は生まれる。

 

 力を揮う事に特化したペルソナ、攻守のバランスが良いペルソナ、周囲に影響を振り巻く事の得意なペルソナ、人を癒すペルソナ。

 

 そのどれにも最低限の力が、シャドウという敵と直接戦う事の出来る力が備わっている。

 

 だと言うのにだ

 

 

「(結局、俺のペルソナは誰かの足を引っ張る事しかできてねえじゃねえか)」

 

 

 八幡のペルソナが役に立っていないとは口が裂けても言えない。

 

 敵の弱点を見抜き、弱体化させるその能力があればこそ打開できた局面は多かった。

 

 けれど、比企谷八幡に取ってみれば雪乃や優美子、なんなら材木座だって。

 

 直接的に戦う事の出来る能力(隣の芝生)の方が羨ましい。

 

 それこそが朝の比企谷家で父が言っていた、男の意地だとは全く気付かない。

 

 特別な力を直接奮いたいと思う、男の子の欲望。言ってしまえば抜けきらない厨二病。

 

 戦力として負けている現実の情けなさを改めて考えてしまう。

 

 

「(今までは俺のペルソナが弱くても、自衛力すら低くてもなんとかなった。

 だけど、雪ノ下さんのように俺の能力がメタをはれるなんてピンポイントな奇跡がまた起きるなんてのは望むだけ無駄だ。

 彼女のような、もしくはそれ以上の力を持った存在に対処しないといけないのなら。悪神とやらが本当に復活するのなら)」

 

「ハヤマのペルソナが変わったのが心境の変化なんだったら…よっぽどショックな事があったんだろうな。それこそ、人が変わっちまう位に衝撃的な事がよ」

 

「(葉山の言う通り、もっと力を求めるべきなんじゃないだろうか…そう、もしも俺に、本当に『ワイルド』なんていう力があれば)」

 

 

 一人、男の子は心に(おり)を降り積もらせていくのであった。

 

 

 

 

6月17日(日) 雨 昼

 

 あてどなく歩いている八幡とモルガナ。

 

 どうせ明日の学校が始まるまでは動くに動けないのだ。

 

 ならば、いっそ開き直って気分転換するのも手だ、と散策している。

 

 お財布の中身は今までの売却益で十分にあるし、朝の一幕で僅かではあるが少し増えてもいる。

 

 基本あのクソ親父は母と妹が大好き(嫌われたら死ぬ)で、そして案外ちゃっかりものな小町はお小遣いをせびる(脅す)機会を逃しはない。

 

 しかし、そんな女子()が主役となった家中で身の置き場が無い(こういう時は居ない子扱いされるのがデフォ)八幡は父から(小町のおこぼれで)貰った野口さんをいそいそと仕舞いながら時間を潰せる場所を探す。

 

 せめて雨がなければなぁと思うもお天道様の気分次第であり、明日明後日は晴れてそのあと一週間は梅雨も続くようだ。

 

 この前のバーにでも行ってみようかと考えるも、こういう時は落ち着いて過ごせる喫茶店なんかを新規開拓するのが良いかもしれん、と普段行かない方へと歩いていく。

 

 雨を嫌ってカバンに引っ込んでしまったモルガナを良い御身分なこって、とわざと揺らしながら。

 

 

「うん? こんな所に良いふいんき(何故かry)な喫茶店が…千葉なのにオシャレな店とか在っていいと思ってるんですか、良いぞもっとやれ」

 

 

 ひんまがった千葉愛の発露が非常に気持ち悪い。

 

 外に置かれたミニ黒板には当店のオススメとしてさっくり生地のクリームパイが描かれており、とても美味しそうだ。

 

 この天気だからか、店内の様子も見る限りでは混雑もしておらず、静かなひと時を過ごせるだろう。

 

 うん、あんまり外で居続けるのも嫌だな、とフィーリングで入店を決定し扉に手を掛けたその時

 

 

「あら?」

 

「げっ」

 

「珍しい事もあるものね。土左衛門が動き回っているなんて、市中引き回しでもされているのかしら」

 

「水も滴る良い男って言葉を知らねえのかよ、何処がデコボコ顔で観るに堪えないって?」

 

「私の口からそんな酷い事を言えるわけがないじゃない。ところで、普段の焼き魚定食のような眼は何処に行ったの? 鳥に食べられた? 腐乱で膨れて見えないのかしら」

 

 

 傘を畳んで入店しようとしたその扉の向こうから、雪乃が退店してきたのだった。

 

 彼女も葉山の件で進展は見込めないと切り替え、どうやらこの雨の中、部屋でジメジメと過ごすよりはと外に出たらしい。

 

 

「由比ヶ浜さんがオススメだって言うから、来てみたのだけれど…」

 

「えっ、何? なんか言いづらい位に微妙なの」

 

「いえ、そう言う訳でもないし味もとてもよかったわ。今からなら特に何もないだろうし貴方を引き留める理由も無いわ」

 

 

 口さがない雪乃にしてはどうにもはっきりしない態度だが、店としては良いものだったのだろう。

 

 何とも言えない微妙な表情で雪乃はそのまま帰って行った。

 

 モルガナが引き留めようとしたが、流石に退店してすぐUターンするのは面の皮が厚い雪乃でも嫌だったようだ。

 

 彼女をしてモヤモヤを抱えてしまう喫茶店と言う事に逡巡するが、怖いもの見たさというものもあり扉を開いて入店する。

 

 コーヒーの香りが漂う店には幾つかのソファ席とカウンター席、コポコポと小さな音を立てるサイフォンが静かなBGMとして流れている。

 

 小さな店内はこざっぱりしており、申し訳程度におかれた観葉植物がちょこんと置かれていてなんというか『ザ・喫茶店』という感じでコーヒーを飲ませる空気が充満している。

 

 こうした所での注文は決まっている八幡は迷うことなく誰も居ないカウンターの一番奥に座り、ブレンドとオススメのパイを頼む。

 

 いぶし銀な老年の男性が手際よく淹れる様を見ながら、バーでアダルトな紳士として働くのも良いがこうして道楽気味の喫茶店のオーナーも捨てがたい。

 

 いつか連れ合いに養ってもらえるようになったら我儘でやらせてもらえないかしらん。

 

 そんな戯言を考えながら不意に壁に貼られてあるチラシが目に入った。

 

 バイト募集…ふむ、パレスのおかげでお金には困っていないが、こうしたのも経験か。

 

 なにより、今までバックレ続けたバイト経験しかないが、ここでなら続くかもしれないし、モルガナ監督の週末カレー&コーヒー修行に役立つかもしれん。

 

 いつになく積極的なことで、お客が少なく暇しているマスターにバイトの詳細を聞いた所、単発でもOKだとか。

 

 本当にバイトするなら履歴書だけ持ってきてくれれば良いよ、と言われ前向きに検討するのであった。

 

 オススメされるだけあって美味しいパイで小腹を満たした八幡は貰ったばかりの野口さんと元々持っていた分で追い野口さんで支払い退店する。

 

 しかし、雪乃はこの店のどこに言い難いナニを感じ取ったのだろうか。不思議だ。

 

 

 

 八幡の選択肢にアルバイトが追加された。

 

 

 

 

6月17日(日) 雨 午後

 

 人間現金なモノで、悩みが有ろうとなかろうと。

 

 美味いもの食って一息ついたら大抵のストレスがある程度どうでもよくなってくるものだ。

 

 朝しっかり食べて、昼に充実した仕事をして、夜ちゃんと寝る。

 

 健康的で文化的な日本人的に幸福な生活である…いや、昼の仕事はいらないな。

 

 感謝される仕事だろうが、充実した仕事だろうが、不可欠な仕事だろうが、仕事って単語が後ろに着くだけで、もうそれ要らなくない? って反射的に言っちゃうまである。

 

 そう、生活って言うのはもっとこう、静かで癒されて救われてないとダメなんだよなぁ。

 

 趣味的、道楽的な仕事なら可。百歩譲って喫茶店のマスター位。

 

 えっとぉ、私の希望的にはぁ、一年くらい適当にぃ、お茶くみだけしてぇ、あとはオッパイついたイケメンかぁ、超出来る美人な上司に「婿に、いや、嫁に来い」って言われてぇ、寿退社がいいなぁって、キャハッ言っちゃった!(クソキモボイス)

 

 腹ごなしにと傘片手に歩いているだけで、甘い物で回復したメンタルが勝手に削れていく八幡。

 

 徐々に雨脚が緩まり、空模様もマシになっているが、反比例するかのように落ち込んでいく。

 

 伴って目もまた死んでいく。

 

 はぁ。。。もうマヂ無理。。。マッカン飲も。。。

 

 甘い物の後に甘い物とはこれ如何に?

 

 目についた公園に自販機を目当てに入り、お釣りの小銭を取り出す。

 

 将来的にデブまっしぐら、若いころに「私って太らない体質なんで」とか言ってる奴、大抵自制できなくて年取って基礎代謝減ったらぶくぶく太るからな気を付けろ!

 

 

「マ、マ、マ、マッカンのマ~はママの愛情のマ~…?」

 

「じーーーー」

 

 

 雨が止んだからと傘を閉じ訳の分からない鼻歌を歌いながら、銀色の小銭を筐体に入れようとする彼の側面からふと視線を感じ「やっべ、聞かれてたら恥ずかし過ぎて死ぬんだが」と横を見ると、八幡の腰位の高さと、それよりもう少し上から見上げる二対の眼。

 

 黄色い雨合羽を着た未就学児程の女児と、金髪で少し浮世離れした就学児程の女子が彼を見つめていた。

 

 二人の女の子に見つめられてヒクッと頬を引きつらせて及び腰になる。

 

 説明しよう! 昨今の社会情勢で権力を付与され続ける存在。

 

 この人痴漢です! なんて言われようモノなら碌に捜査もされず冤罪からの社会的死を簡単に与えられる程に発言権を持ち。

 

 どうしたの? 迷子? って心配して声掛けしても不審者です! って通報される。

 

 それが女の子って存在なんですよね(偏見と悪意に満ちた一部を誇張した表現)。

 

 

「じーーーーー」

 

「………っ」

 

 

 自販機で飲み物を買おうとしているだけの何の落ち度も無い男子高校生に何の用だろうか?

 

 留美の時とは違い、傍らに己の無罪を主張できる存在(前回で言えば雪乃)も、雨の中の公園という事で他に誰も居ない状況。

 

 唯一の証言者は雨が上がったことでカバンから顔を出してきたモルガナしか居ない。

 

 ただしモルガナの言葉が通じるのはパレスでモルガナが喋ると言う認知を得た人だけなので、片っ端からパレスに放り込むしかないんですね(大半は象徴化するので意味が無い)。

 

 下手な行動でも取ろうものなら即座に死亡が確定してしまう状況。

 

 これはもう「いっけなぁい! これ100円玉じゃなくってアルゼンチンペソだったぁ、うっかりぃ」とか言って退却するしかないとか明後日の方向に思考を飛ばす八幡。

 

 そうしてそそくさと取り出した小銭を財布に戻そうとした瞬間、横からじっと見続けている青みがかった髪を二つ結びにした幼女が金髪の姉らしき少女の腕を引き、もう片方の指を八幡に指しながらおもむろに口を開けて

 

 

「パパ?」

 

「ちゃうわぁ!」

 

 

 余りの衝撃発言に日本人なら誰しもが心の中に飼っている(ファ○通調べ)関西人が顔を出してツッコミを入れてしまう。

 

 キョトンとした顔が大声によって泣きそうに歪むのを見て大慌てで甘い紅茶(女の子は絶対紅茶が好き)を与えて事なきを得るのであった。

 

 なお、もう一人の金髪の女の子は慌てふためく八幡をケラケラ笑っていた。

 

 なんだ? 「お兄さん、私にもちょーだい」? 分かった、缶ジュースの一本二本…9本で良い? 謙虚だな(震え声)

 




 ペルソナメモ
 ペルソナではアルバイトが出来る。金策によし、新規コミュ探しによし。家庭教師? 清掃員? コンビニバイト? いっぱいあるぞ! ただし、八幡のアルバイト適正は最低ランク。原作でもコンビニバイトを三日でバックレた(あくまで最速タイムではあるが)。しかも金欠ではないので、動機づけが難しい。なので、喫茶店(レトロ風)以外だと単発しか無理だろう。

 八幡はどれだけ願ってもワイルドにはなりえない。『ワイルドは愚者のアルカナ持ちである』は真である。しかし『愚者のアルカナ持ちは必ずしもワイルドではない』彼が持つ役割はそんなものではない。


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川崎沙希は家族が一番大事

もう1話更新してハルノパレスの顛末、葉山達のあれこれを書きたかったんですが、やっぱりちょっと難しいです。
また、書き溜めていきますので気長にお待ちください。
できれば来年中には完結させたいなぁ…無理だろうなぁ。


6月17日(日) 曇り 午後

 

「けーか、こうちゃよりこーひーが良かった」

 

「だめよ京華ちゃん。お兄さんが折角奢ってくれたのだから。それにコーヒーってすっごい苦いのよ?」

 

「にがいの? かぜひいた時にのむやつより?」

 

「すーっごく苦いわよぉ。ほら、お兄さんなんてコーヒーにいっっぱいお砂糖と牛乳入れないと飲めないって言ってるわ」

 

「ブラックでも飲めるわ」

 

 

 クスクスと笑う金髪の少女が八幡を弄りながら幼女を宥める。

 

 その言葉にぶすくれそうになった幼女が紅茶を飲み「あまーい! おいしいよ、あーちゃん!」と顔をほころばせた。

 

 なお、ブラックで飲める事は事実だが、好んで飲むのはやはりコーヒーという名の激甘乳飲料であるのは否定できないだろう。

 

 幼女にミルクティーを、少女は9本…は流石に要らなかったようでお茶を一本買い与えて事なきを得た八幡は安堵の息を漏らす。

 

 

「で、お前さんらは迷子なのか?」

 

「にゅ?」

 

「この子はね。私はこの子のお姉さん達を探しているのよ」

 

「ちがうよ。けーか、まいごじゃないもん。さーちゃんとたーちゃんがまいご。あーちゃんもまいご」

 

「そうだったかしら。ふふふ、そうだったかもしれないわね」

 

 

 日本人離れした容姿、金髪で真っ白な肌にふわふわと浮いた雰囲気。

 

 幼女に「あーちゃん」と呼ばれた少女は、京華と呼んだ幼女の言葉にクスクスと受け流す。

 

 恐らく、幼女こそが迷子で、その面倒を見ていると言うのが真相か、と八幡が推察する。

 

 

「てっきり、姉妹かと思ったが」

 

「あははは。残念だったわね。私は一人っ子よ。ねえ京華?」

 

「けーか、新しいナガグツで遊んでくる!」

 

 

 あら? と話題が空振りさせられて眼を瞬かせるが、すぐにニッコリと笑って「すぐそこに水たまりがあるわ」と指さす。

 

 幼い子供らしい無軌道さを発揮して飲み挿しの缶を放り出し、トタトタと離れるのを見ているのは本当に姉の様だが違うらしい。

 

 ぱちゃぱちゃと水たまりで長靴を入れたり出したり、飛び跳ねたりしているのはとても無邪気だ。

 

 何が面白いのか、きゃいきゃいと何度も跳ねる…あの年ごろの子供は何でもない事を楽しむ天才だ。

 

 新しく買ってもらった長靴を使えると言うのが、嬉しいのだろうな。

 

 一応見張りも出しておこうと、カバンからそぉい! とモルガナを放り投げる。カバンの中でも聞こえていたんだろ、行け。

 

 扱いの悪さにグルグル唸るのを無視していると、諦めたようにはしゃぐ京華に近づいた。

 

 

「可愛らしいボディガードさんね。で、迷子の子を保護してたんだけど…近くにお兄さんしか見当たらないから、あなたが『さーちゃん』か『たーちゃん』かと思ったのよね。違ったのは残念」

 

「自然さんとお友達になった覚えはねえな」

 

「お兄さんじゃあ銃弾を躱す事も、素手で岩を砕く事も出来なさそうよね」

 

 

 こやつ、出来る! あまりのネタの古さに言ってから通じる訳が無いと思った八幡の顔が戦慄で染まる。

 

 ターちゃんネタとか今どきの子で分かる奴おらんやろ…おったわ。とかなんとか。

 

 多分平塚先生でも怪しい。

 

 

「つか、それで出てくる言葉がなんで『パパ』なんだよ。危うく社会的に致命傷だったんだが」

 

「う~ん。なんでかしらね…? くすくす、私にはさっぱり分からないわ。うふふ」

 

「ははは」

 

 

 良い性格してる女の子に乾いた笑いが止まらない。

 

 たぶん、京華の爆弾発言はこいつのせいだ。と確信を得る八幡。

 

 だが、それを言及した所で何になると言うのか。

 

 諦めて嘆息するだけに留めるのであった。

 

 

「まぁ、公園もそんなに広くないし、待っていれば探しに来るでしょうから、のんびり…」

 

「けーちゃん!!」

 

「? あっ、たーちゃん!」

 

「…している暇も無かったわね」

 

 

 くぴっ、とペットボトルのお茶を傾けようとした瞬間、声変わり前の少し高めな男子の声が響いてきて、そちらに目を向けると走ってくる八幡より年下で、横の少女よりは年上に見える男子が居た。

 

 少し青みがかったその髪は確かに幼女と繋がった遺伝子を感じさせ、くりっと丸い目もよく似ている。

 

 その声に振り向き、パーッと華やぐ笑顔を浮かべる京華に保護者が見つかってよかったよかったと安心した。

 

 

「よかった…けーちゃん、勝手にどっか行っちゃダメだろ」

 

「だって、さーちゃんとたーちゃん、いっしょに水あそびしてくれないもん」

 

「お気に入りの靴だったんだよ…ねーちゃんも傘とか荷物で手離せなかったし、ご近所さんに話しかけられちゃったから」

 

「むー! あっそうだ! あーちゃんとあとパパと友達になったの!」

 

 

 しかし、その安心はほかならぬ京華の言葉によって切り裂かれる事となった。

 

 パパじゃありません!

 

 そんな内心のツッコミが通じる訳も無く、たーちゃんと呼ばれた男子が京華の指が向く方向、つまり八幡たちの方へと顔を向ける。

 

 

「言われているわよ『パパ』? クスクスクス」

 

「黙れ性悪。俺はお前のようなデカいガキを持った覚えはない」

 

「いたっ…お兄さんってば暴力的ね。これがあれかしらDVってやつ?」

 

「どこがドメスティック(D)だよ。初対面だよ」

 

「ええ、そうね。そうね。そうよね、あははは!」

 

 

 完全におもちゃにされている。

 

 お腹を抱えて笑いを押し殺そうともせずに爆笑している少女についに手が出てしまうが、それもまたおかしそうに笑う。

 

 そんな二人の元に京華を後ろに隠した状態で、程よい(直ぐに逃げれる)距離を保つたーちゃんとやら。

 

 モルガナは面倒くせえとさっさと逃げ去ってしまったようだ。逃げるなァァァ! 現状説明の責任から逃げるなァァァ!

 

 

「えっと、その…妹がお世話になりました」

 

「いや、俺は何もしてねえよ。マジで。面倒見たのはこの子。その子の保護者を探して不審な見ず知らずの俺にまで声かける位には面倒見のいいお姉ちゃんしてたぞ」

 

「そうなんすか。ごめんな、迷惑かけちゃったよな」

 

「ふふっ。ええ、お世話様でした。でも、私もけーちゃんと一緒に遊べて楽しかったわ」

 

「たのしかったねー」

 

「ねー」

 

 

 どう見ても小学生、高く見積もっても高学年程の見た目なのに、どうにも人を食ったような態度や言葉遣いの節々などから、大分大人びて見える。

 

 なのに、京華と同じように声を掛け合うのは本当に年が近い姉妹の様にも感じられ、なんとも不思議な少女だ。

 

 

「けーちゃん! 大志も!」

 

「あっ、さーちゃんもきたよ!」

 

「ねーちゃん! こっち! けーちゃん、こっちでお姉さんに遊んでもらってたって!」

 

 

 京華の声に目を向けてみると、息を切らしながら走ってくる青みがかった長髪をシュシュで後ろに纏めて流している、泣きぼくろが色気を纏わせる女子の姿。

 

 汚れても良いようなラフなシャツが汗と雨が残った水しぶきなどでぐっしょりと濡れているが、元々濡れても良いように準備していた為か透けてはいない。

 

 手元には大志が使っていただろう傘と併せて二本、大きなカバンからはチャプチャプと水筒が揺れる音と、濡れずに座れるように準備していただろう小さなレジャーシートがはみ出ている。

 

 多分、この準備の良さを察するにタオルとか救急セットとかも用意しているだろう…完全に休日のお母さんスタイルじゃん。

 

 そんな彼女こそ

 

 

「はぁ…よかったぁ。ありがとうございます、本当にたすかり…ってあんた、比企谷じゃん」

 

「川崎か」

 

「ひきがや…?」

 

 

 そう、川なんとかさん…なにぃ! 八幡が川崎沙希の名前ネタを擦らんだとぉ!?

 

 

「あんた何で。って、まぁいいか。京華見つけてくれてありがと。妹なんだ」

 

「そっちの弟にも言ったが俺はなんもしてねえよ。功労者はこっちの子だ」

 

「そう。でも、一応ね。そっちの子も本当にありがとうございます」

 

「そう何度もお礼ばっかり言われても、私困ってしまうわ。当然のことをしたまでだもの。

 それでも、功労者って言ってくれるなら、是非私のお願いを聞いてもらいたいのだけど…いいかしら?」

 

 

 ニコニコと笑顔を崩さない少女の言葉に少し戸惑いながらも、沙希たちは出来る限りならと了承する。

 

 

「なら、あまり京華の事、けーちゃんをあまり怒らないであげてほしいのよ。大人、保護者に見てもらえないのが寂しいって言うのは私もよく分かるから」

 

 

 そして続けられた言葉に、思わず「あーっ」っと唸ってしまう沙希。

 

 元はといえば、水を嫌って離れて見ていた大志や、近所づきあいの為に目を離した沙希にも負い目があった。

 

 目が届かない所に勝手に行くには幼過ぎるとは言え、自分も同じ位の時分には親に迷惑をかけた記憶がある。

 

 それを考えれば、この少女の言う通りに注意はしても怒るのはやりすぎかとも納得してしまう。

 

 そこまで考えて、なんとも大人びた不思議な少女だ、と奇しくも八幡と似たような感想を抱くのであった。

 

 ひとまず、注意するのも叱るのもこの場でする事ではないと、少女の言を受け入れて、もし叱るにしても軽くで留めると約束した。

 

 その段になって、さっきから話そっちのけで腕組みしながらうんうんと唸っていた大志がポンと拳を叩き…

 

 

「比企谷って、そう! お兄さん!」

 

「お前にお義兄さんと呼ばれる筋合いはねえ!」

 

「そっちのお姉さんと結婚したらおにいさんじゃないかしら?」

 

「さーちゃんけっこんするの?」

 

「っは、はぁあああ?!!! あ、あたしが!? こいつと!??」

 

 

 爆弾発言を投下してしまい、少女が油を注いだことで騒然となるのであった。

 

 もちろん、彼はそう言う意味を込めて申し上げたのではない。

 

 ではないのだが、実は彼、比企谷八幡の妹、比企谷小町の通う塾の知り合い…いや、まぁ一応彼女のカテゴリ的には友達枠ではあるのだ。

 

 なんなら、『ずっと友達、永遠に友達』枠という若干不憫な枠でもあるのだが…

 

 ともあれ、川崎大志という少年は比企谷小町と関わりがあり、以前悩み相談(姉・沙希の非行の疑い)の際、話の内容的に八幡が話題に挙がっていた為、一方的に知っていたのだ。

 

 じゃあなぜ「お兄さん」なのか? そりゃまぁ知り合いの兄貴とか、そう呼ぶよね。将来的な願望が滲んでしまっているかも知れないけど、おにいさんって呼ぶよね。

 

 と言うか、そっちで爆笑している少女もさっきから「お兄さん」って呼んでいるじゃあないか。

 

 何の問題があると言うのかね?

 

 まぁひとまず、その呼び名論争は横に置いておくとしよう。

 

 川崎大志は改めて小町の友達(知り合いではなく友達)であると自己紹介し、めでたく八幡から敵性存在認定を授かるのであった。

 

 もちろん、家族の事が大好きな怖いお姉ちゃんがそこで「弟になんの文句が?」と睨みを効かせれば終わる話………

 

 なのだが、からかい上手な女の子が煽った結果、顔に血が昇ってあたふたと妹に言い訳するに終始し、場の混迷は中々収まらないのであった。

 

 つまり? 少女だけが勝者となった。

 

 

「比企谷さんには仲良くしてもらってまして!」

 

「がるるる!」

 

「さーちゃん! ウェディングドレスきようね!」

 

「いやだから、けーちゃん(泣」

 

「あはははは! すっごく面白いわ!!」

 

 

 

 その時、八幡の頭に不思議な声が囁く

 

 

<汝は我、我は汝>

 

<我、新たなる繋がりを得たり>

 

<繋がりは即ち、前を向く支えとなる縁なり>

 

<我、星のペルソナに一つの柱を見出したる>

 

 

 

「はぁ…疲れた」

 

「あたしも…」

 

 

 京華と大志、少女が改めて公園の遊具で遊んでいる中、レジャーシートの上に座る八幡と沙希はがっくりとうなだれているのであった。

 

 帰ったらモルガナに折檻しなくては…と考えながら、ようやく人心地ついた彼と、無邪気に振り回されるのが日常の彼女は気の持ち直しが案外早い。

 

 

「まぁ妹に大事が無くてよかったってことにしとくよ」

 

「それな」

 

「ていうか…」

 

「ん?」

 

 

 良かった捜しをするまでもなく、家族の無事という一点のみで沙希にとっては万事支障なしなのだ。

 

 困ったような苦笑いで、はしゃぐ弟妹の様子をみやる彼女は不意に横の彼へと視線を向け、眉に皺をよせて口を開く。

 

 

「なんかあった?」

 

「…なんか、ってなんだよ」

 

 

 質問に質問で返すなぁ! と怒られそうなやり取りだが、自分の質問があまりに大雑把過ぎたかと改めて問い直す。

 

 

「何て言うか、間違ったら悪いけどさ。ちょっと空元気に見えたから…そんだけなんだけどさ」

 

「あぁ。いや、なんでも…そりゃ、まあ…うん」

 

 

 沙希の疑問に否定の言葉を返そうとしたが、パレスやペルソナの事情を知っている彼女に、それもこの先頼る事もあるだろう人に黙っておくことは不義理ではないだろうかと悩む。

 

 

「(特に、葉山が最後に残した捨て台詞。モルガナはないと断言したが、悪神の復活ってのがマジなら情報の共有はしておくべきなのか)」

 

 

 家族をこうも愛している彼女が、悪神の復活という、下手をせずとも世界に混乱を招く事態。

 

 延いては家族に危険が及ぶ可能性を話さないと言うのは不義理にあたるのではと考える。

 

 何故なら、妹の小町に危険があるのなら、それを自分は知っておきたいと彼自身が考えるからだ。

 

 あとは、案外、最近関わりが増えた義理堅くパレスに巻き込まれてくれた少女(優美子)の影響も少しはあるかもしれない。

 

 ともあれ、彼は詳細までは言及せずとも、ざっくりと前回のハルノパレスでの出来事を沙希に打ち明けた。

 

 そして、月曜、つまり明日の学校で隼人の様子を確認しないと進展は望めない事も。

 

 そこまで聞いて沙希は即決で明日の状況次第では無条件での協力を申し出てくれた。

 

 金も大事だが、家族の無事に勝るものはないのが彼女の信条だから。

 

 何が有るか分からない為、警戒と、明日学校が終わった後に用事を入れないで時間を空けておくことを約束するのであった。

 

 そうこう話している間に時間が経っていたらしく、遊び疲れた京華を伴って三人ともこちらに戻ってこようとしている。

 

 

「あら?」

 

 

 その途中、金髪の少女がふと視線を遠くに向ける。

 

 視線の先にはこれまた金の髪…ザッ…ザザッ……いや、ウェーブのかかった黒髪の女子高生…青いタイを蝶々に結んだその制服に八幡は見覚えが無いが、近隣の学校の制服を全て知っている訳でもない。

 

 どこにでも居るだろう、そんな女子だ。

 

 

「(しかし、どこかで見覚えがあるような…どこだったか? これを口に出したら下手なナンパにしかならねえな)」

 

 

 八幡の頭が鈍い回転をしている中、金髪の少女が声を上げる。

 

 

「あら、…残念ね。もうお迎えが来ちゃったみたい」

 

「あぁ、お姉さんか」

 

「そんなところね」

 

「? とにかく、今日はけーちゃんを見つけて、一緒に遊んでくれて助かったよ。ありがとね」

 

「いいえ。さっきも言った通り当然のことをしたまでだもの、気にしないでちょうだい」

 

 

 どうやら少女の身内らしい。

 

 夏だからまだまだ明るいが、既に良い時刻になっている。

 

 小学生ほどの彼女も帰る時間だ。

 

 沙希のお礼の言葉に、ごく自然と社交辞令を返す事が出来る姿に違和感はあるが、そういう大人びた小学生も少なからずいる。

 

 というか、年齢不相応な態度でこちらをおちょくってくる少女に、まぁそんな子供なんだろう、と一人納得している八幡の方へと視線を変え…

 

 

「ねえお兄さん」

 

「うん? なんだ」

 

 

 ニッコリと満面の笑みを浮かべ

 

 

「私、よくこの公園にいるから。また会いましょうね」

 

「は?」

 

「黒と赤のお兄さん…じゃあね?」

 

 

 ギュっと八幡の腰当たりへと抱き着き、別れの挨拶とするのであった。

 

 八幡の着ている服は黒く、傘の持ち手は赤であるが…それが一体何だと言うのだろうか?

 

 それよりも、小学生女児にスキンシップを取られた(取ったわけではないが)彼にとっては「ロリコン?」とドン引きしている沙希への釈明のほうが先にしなければいけない。

 

 クスクスと笑いながら、走り去る少女はいつの間にか見えなくなっていたのだった。

 

 そう言えば、あの少女は雨具を持っていなかったのに、濡れた様子もなかった事に気付く…とことん不可思議である。

 

 

 

 雨か曇りの日に近所の公園に来ればまた会えるかもしれない…

 

 

 




 アトラスメモ
 黒と赤に言及する人形のような容姿で無邪気な少女…いったい誰なんでしょうね。ご安心ください、とても無茶な『お願い』をしてくる事は有りませんし、ハルノと同類という訳でもありません。もしそうなら、コミュのアルカナは『星』ではなく、『死神』でしょうから。



愚者……比企谷八幡(アマノジャク)
魔術師…材木座義輝(ギュウキ)Rank2
女教皇…雪ノ下雪乃(ライジン)Rank2
女帝…平塚静 Rank2
皇帝…葉山隼人(ツチグモ?)Rank1
法王…川崎沙希(オニ)Rank2

恋愛…由比ヶ浜結衣(ザシキワラシ)Rank2
戦車…三浦優美子(ムジナ)Rank1
正義…鶴見留美 Rank2
隠者
運命…戸塚彩加(ノヅチ)Rank2
剛毅(力)

刑死者…雪ノ下陽乃(―――)Rank1
死神
節制
悪魔

星…八幡をお兄さんと呼ぶ少女 Rank1 New


太陽…比企谷小町 Rank1
審判…佐々木三燕(今石燕) Rank2
世界…奉仕部 Rank2


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