五等分の花嫁と約束と (無限の槍製)
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第1話 出会いは食堂で

五等分の花嫁の映画を見る→再燃→書こう!→書いた!←イマココ


 

「焼き肉定食、焼き肉抜きで」

 

「あ、俺カレーライスと唐揚げで」

 

ごく普通の高校でごく普通の高校生な俺、幸村隼人は友達…いや向こうは友達と思ってるのかは分からないが、上杉風太郎と一緒に昼ごはんを食堂で食べようとしていた。

 

「この前のテスト良かったんだから、ご褒美とか考えないの?」

 

「ご褒美なら家でらいはのカレーが食べれたら充分だ」

 

「相変わらず妹ダイスキーなことで。唐揚げ一個やるよ」

 

「悪いな」

 

風太郎はこの焼き肉抜き焼き肉定食がこの学食の最安値と言う。ライス(200円)だけ頼むより焼き肉定食(400円)から焼き肉皿(200円)を抜くと同じ値段で味噌汁とお新香が付くと。何回も聞かされたから覚えちまったよ。

 

「水は飲み放題だしな」

 

「?確かにそうだが、いきなりどうした?」

 

「いやなんでも。ほら、お前の特等席空いてるぞ」

 

風太郎はいつもの席を見つけると足早にその席へと向かう。あそこを特等席にしてるせいかあそこを利用している生徒を他に見たことがない。あいつ特有のオーラが他の奴らを遠ざけてるのかもしれない。

 

だけど、今日は違った。

 

なんと他の生徒、しかも女子がその席に風太郎とほぼ同時に昼ごはんを置いたのだ。

風太郎がお構いなしに席に座ろうとすると、

 

「あの!私の方が先でした。隣の席が空いてるので移ってください」

 

と風太郎に言い放った。こんなことは初めてじゃないか?

 

「ここは毎日俺が座ってる席だ。あんたが移れ」

 

「関係ありません!早い者勝ちです!」

 

「おいおい飯時に言い争いするなって」

 

そうこう言ってるうちに俺が隣の席に座る。俺としては別にここを特等席にしてるわけじゃないが、まあ何も置かれてないし?

 

「……じゃあ俺の方が先に座りましたー!!はい俺の席ー!!」

 

「ちょっ!」

 

「子供か」

 

「……ッ!」

 

イスを奪われた女子はなんと向かい側のソファに座った。この学食史上初、上杉風太郎が女子と相席しているのだ!周りからもやべぇだのやべぇだの聞こえてくる。

 

「午前中に歩き回って足が限界なんです」

 

「そういえば君、ウチの制服じゃないけど」

 

「あ、はい。私は黒薔r「250円のうどんに150円の海老天が2つ、100円のイカ天、かしわ天、さつまいも天、デザートに180円のプリンだと!?昼食に1000円とかセレブかよ……」

 

「声出てるぞ風太郎」

 

「人のお昼を計算するのはやめてください!それにあなた、行儀が悪いですよ」

 

行儀が悪い、というのは風太郎はいつもご飯を食べながら簡単に勉強しているのだ。まあ確かに良いとは言えないわな。

 

「なに?『ながら見』してた二宮金次郎は称えられるのに俺は怒られるの?」

 

「状況が違います!」「状況が違うわな」

 

「テストの復習をしてるんだほっといてくれ」

 

「食事中にまで勉強をするなんて、よほど追い込まれているんですね」

 

「あー、コイツ100点だったよ」

 

「はぁ!?」

 

驚きの声を上げながらトレーに乗っていた風太郎のテストの点数を読み上げる。更にデカい「はぁ!?」が出てきたのは言うまでもない。

 

「あー!!めっちゃ恥ずかしいわー!!」

 

「……ッ!!」

 

「ほらほら、そんなに怒らないでやってよ。お兄さんの唐揚げあげるから」

 

「べ、別に怒ってなどいません!!あと、唐揚げはいただきます!」

 

「食い過ぎだろ。太るぞ」

 

「ふ、ふとっ!?…あなたみたいな無神経な人は初めてです!」

 

「あっそ、ご馳走様。先に戻るぞ隼人」

 

焼き肉定食を食べ終えた風太郎はそのまま食堂を後にした。残されたのは頬を膨らませた隣の女子と丁度カレーを食べ終えた俺だけだった。

 

「ま、まあ。風太郎も悪い奴じゃないし、少しは仲良くしてやってよ」

 

「無理です!あんな無神経な人……せっかく頭の良い人を見つけたのに…」

 

「頭の良い人?もしかして勉強教えてもらおうとしてた?」

 

「うっ…お恥ずかしい話、勉強は得意ではいので……彼の点数は羨ましいです」

 

「まあ全国一位だしなぁアイツ」

 

「で、でも!あんな無神経なら頼まなくて正解でした!!」

 

「相当嫌われたねぇ風太郎…」

 

「それに比べてあなたは人当たりも良くて、唐揚げまでくださって、本当に良い人です!!」

 

良い人のハードルがかなり低い気がする。大丈夫?将来騙されたりしない?

 

「彼がテストの復習をしていたということは、あなたもテストが帰ってきてますよね。何点だったんですか?」

 

「この前のテストなら74点だよ。平均だよヘーキン」

 

「74……羨ましいです…」

 

見るからに落ち込んでる。そんなに酷いのかな。

 

「俺で良かったら教えてくれそうな人探そうか?」

 

「教わるなら、できればあなたがいいです……この学校も来て間もないので知り合いがいなくて…」

 

そうきたか。俺は教えるのはどっちかというと苦手なんだけどなぁ……でもこんな可愛い子が頼んできてるのに、それを断るのもなぁ。

 

「分かったよ。お兄さんでよければ教えれそうなやつは教えるよ。ただし点数アップは約束出来ないからね?」

 

「ありがとうございます!!では今日の放課後、少しお時間をいただけますか?」

 

「いいよ放課後ね。それよりほら、早く食べないと冷めちゃうよ」

 

こうして勉強を教える約束をしてしまった俺なのでした。ま、可愛い女の子と一緒の時間を過ごせると考えたら、これくらいしないとねぇ?

 

◇ーーーーー◇

 

「聞いてくれ隼人……人の腎臓は片方無くなっても大丈夫らしい…」

 

「いきなりだな……どうしたの」

 

「実は新しいバイトを始めることになってな。家庭教師なんだ」

 

「へー。お前の頭の良さなら生徒さんも100点間違いなしってやつじゃん」

 

「お前なぁ……俺のことを多少は理解してるなら「仕事だ。割り切れ」

 

まあ風太郎の顔色が悪くなるのも若干わかる。人付き合いが苦手で知り合いが俺くらいな風太郎には精神的にキツいのだろう。

 

「くっ……なぁ、明日からそのバイトなんだが、ちょっと着いてきてくれないか?」

 

「あのね?僕は保護者じゃないんだよ?生徒だって教わる立場なんだからいきなり鈍器で殴ることなんてしないさ」

 

「そういう心配じゃ」

 

タイミング良くチャイムが鳴り風太郎の言葉が遮られる。まあ相当困ってるみたいだし、着いていくだけなら……まあいいっしょ。

 

「ねえねえ幸村くん。今日午後から転入生が来るみたいだよ」

 

「へぇ。そういや他のクラスにも来るんだっけ転入生。この時期に珍しい……」

 

席に座ったタイミングで隣の席の人が話しかけてきた。そういえば食堂の女の子、ウチの制服じゃなかったよな。

 

 

 

 

「中野五月です。どうぞよろしくお願いします」

 

まさかの同じクラス。そして示し合わせたかのように俺の隣が空席になってるぅ!

周りからは「女子だ…」「黒薔薇女子の制服じゃない?」「超お金持ちじゃん!」「幸村許せねぇ!」などなど声が聞こえる。

悪いね諸君、お兄さんは一足先に勝ち組になるぜ!

 

「さっきの食堂ぶりですね。改めて、中野五月です」

 

「幸村隼人だよ。幸村でも隼人でもお好きな方で」

 

「はい、よろしくお願いしますね幸村君」

 

周りからの視線が痛いが、俺は挫けない。俺だって可愛い女の子は好きなんだよ!

 

◇ーーーーー◇

 

「隼人……隼人!」

 

「なんだよ小声で気持ち悪いな…どうしたの」

 

「お前、中野五月と仲良くなったのか?」

 

「仲良く……なれてたらいいな」

 

放課後、風太郎がコソコソ話で話しかけてくる。その間中野ちゃんは他の女子に囲まれて話をしている。転入生が受ける宿命というやつだ。

 

「実は……バイトの家庭教師の生徒がアイツなんだ」

 

「わぁお。運命の赤い糸で結ばれてる?」

 

「やめろ!考えたくもない!ンンッ、そこでお前に頼みたいことがある」

 

「ご機嫌取りでしょ?怒らせたのは上杉君だもんねぇ〜」

 

「うぐっ!……流石に昼からの今じゃ向こうも引きずってるだろうからな。俺自身は明日仕掛けてみる」

 

「仕掛けるのはいいけど、女の子に対する言葉選びは慎重にな風太郎」

 

「分かってるよ…じゃあ今からバイトだから、頼んだ」

 

「はーい、いってらっしゃーい」

 

中々人に頼らない風太郎の貴重なお願いだ。報酬は弾んでもらおう。

 

「すみませんお待たせしました!」

 

「お、もういいの?転校初日なんだしもう少し周りと親睦を深めても」

 

「いえ、私としては一刻も早く勉強をしたいんです」

 

真面目だ。これで風太郎の性格と風太郎の問題発言がなければ良い生徒と先生の関係を築けただろうに。仕方ない、アイツの生活のためだ。ここは一肌脱ごうじゃないか。

 

「案内も兼ねて図書室に行こう。そこなら落ち着いて勉強出来ると思うよ」

 

「はい、よろしくお願いします幸村君」

 

◇ーーーーー◇

 

「いきなり闇雲に勉強するのもアレだし、まずは少し解いてみようか。苦手な科目とかある?」

 

図書室…と言ってもこの学校は図書室というより図書館みたいな規模だ。まあデカいことで。そして同じように勉強をしている生徒もいるおかげで多少の会話は許されている。

 

「苦手な科目……理科は割と得意です!」

 

「つまり理科以外が苦手と……OK。とりあえず今日は国語…漢字問題からやってみようか」

 

【秀才】

 

「これなんて読むか分かる?」

 

「ええっと……ひでさい?」

 

「これはしゅうさい、ね。じゃあ秀才の意味は分かる?」

 

「確か…優れた才能……とかそのような意味だったような」

 

「そうそう!秀才と天才は似たような意味なんだけど……今は置いとこうか」

 

あまり情報を一度に放り込むのもよろしくない。少しずつでも着実に頭に入っていけばいい。

 

それからというもの、

 

「これ!」【翁】

「じい!」「おきな、ね」

 

「これは!」【糾弾】

「きょうだん!」「惜しい!きゅうだん!」

 

「これならどうだ!」【忍者】

「これは分かります!にんじゃです!」「正解!」

 

色々な漢字問題を出してみたけど。

 

「うん、解ける問題は割とあるね。正解不正解を見るに中野ちゃんは中学3年以降の漢字が苦手かな」

 

「うっ……なんというか…ここまでは出かかってるんです!」

 

中野ちゃんが喉を指差しながら訴える。分かる分かる。俺もそんな時あるもん。

 

「幸村君はいつも漢字はどのように覚えているのですか?」

 

「俺?うーん、お兄さんはなるべく分からないのは調べてるかなぁ」

 

「調べる、ですか?」

 

「うん。まあ新聞でも小説でも、たまにこの漢字なんだっけってなったら調べてるね」

 

「ですが、分からないものを調べるにしても、読み方が分からないのでは調べようがないのでは?」

 

「そこは文明の利器だよ。分からないなりに『この読み方かな?』ってヤツを携帯に入力してみれば、たまに予測変換でヒットすることがあるんだよ。それでも分からなかった時は人に聞く。これも情報収集、調べることだよ」

 

「なるほど……私も転校前の学校では分からない箇所は先生に聞いていました」

 

「そうそう、それが良いんだよ。分からないをそのままにするのが一番ダメなんだ。その点、中野ちゃんは放置しないから偉いねぇ。お兄さん感動しちゃう」

 

「もう、茶化さないでくださいよ」

 

「何事も継続することが大事だよ。勉強も人付き合いも。話は逸れるけど、転校初日で喧嘩したままってのはスタートしてあまりよろしくないんじゃない?」

 

中野ちゃんもそれを少し感じていたのか顔を逸らしてしまう。転校初日でいきなり無神経なこと言う風太郎もだが、ここまで踏み込む俺も大概だな……

 

「私も、疲れていたとはいえ少し乱暴な口調になっていました。彼については明日謝ろうと思います」

 

「お節介が過ぎたかな。話が逸れてごめんね。続きをやる……にしても時間が時間だな」

 

「本当ですね。ここまで集中出来たのは久しぶりです。ありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

転校初日の可愛い女の子とここまでおしゃべりできるとは、そろそろ何か痛い目に遭いそうだな。下心丸出しな考えも改めないとな。

 

「それでは、また明日」

 

「おう、また明日ー」

 

とまあ、今日は今日で楽しい一日で終わって良かったぜ。明日以降、今日ほどでなくてもいいから楽しい日々を過ごしたいもんだねェ。

 

◇ーーーーー◆

 

「懐かしいなぁ。最初に会ったのって」

 

「五月だよ。あの時は俺も中々酷いこと言ったな」

 

「お、流石に結婚する身となればあの時の発言が無神経だってなるか?」

 

「そりゃあ……まあ…」

 

「まあ無神経なところがお前らしいってのもあるし、無神経なところがあったから今こうしてお前は結婚出来てるんだ風太郎」

 

「……ありがとな隼人。お前のおかげだよ、俺があの姉妹に出会えたのは」

 

「着いていっただけ、だけどな。俺としてもいい出会いだったよ」

 

◆ーーーーー◇

 

こうして中野ちゃんこと中野五月との出会いを終えた俺と風太郎。

 

でも本当の戦い……色んな意味でのバトルはここからだった。

 




簡単なオリ主紹介
幸村隼人 ゆきむらはやと
誕生日 3月10日
身長 180
風太郎の友達。勉強はそこそこ。一人称は基本俺だが、たまにお兄さんや僕になったりならなかったり。男子は呼び捨て、女子はちゃん付け。過去に何か重大なことがあったりなかったり!


基本隼人目線の話になるので所々話を飛ばすかもしれませんし、オリジナルの話をぶち込むかもしれません。
次回は原作1話の後半部分です。


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第2話 お宅訪問

幸村隼人の秘密

好きな食べ物はカレー(揚げ物があると更に食べる)


「終わった……」

 

「凄い沈み様だな。中野ちゃんと仲直り出来なかったの?」

 

昼食を終え午後の授業が始まる前のひと時。机に突っ伏してこの世の終わりの様な顔をしている風太郎を発見した。俺は先生からの用事で食堂には一緒に行っていないのだが、この様子だとまた何かやったのだろう。

 

「今度は何したの。見る痴漢ってやつ?」

 

「バカ言うな。そこまで落ちぶれていない……昨日の詫びを入れようと思って中野五月を探したんだ……で…」

 

 

  『……またたくさん食ってる…』

 

 

「つい口に出てしまった……しかもそれを聞かれた…」

 

「まさか、それでまた嫌われた?」

 

「嫌われ……たよな…今日から家庭教師なのに空気が最悪だ!」

 

わざとやってるのだろうか。確かに風太郎の良いところでもあり悪いところでもあるハッキリと言う癖。今回ばかりは悪い方向に向いた様だ。昨日のが無駄になった可能性が大だ。

 

「で、あそこで覗いてる人と関係はあったりするの」

 

「え?……あー、悪目立ちリボンか。中野の友達だな」

 

「なんだ、もう友達出来たんだ中野ちゃん」

 

教室を除く1人の女の子。黄緑色のリボンをつけたオレンジっぽい髪色。見たことないような、あるような。多分他のクラスに来た転入生だろう。

 

「俺のテストを拾ってから何故か付いてくる」

 

「なにそれ。風太郎のテストはきび団子か何かかな?」

 

「知らねぇよ…それより次は体育だろ。そろそろ行こうぜ」

 

体育は更衣室で着替えてから授業を行う。そこまで行けば着いてこないと思ったのだろう。

 

 

 

 

「いつまで付いてくるの!?」

 

意外にもその女の子は更衣室まで付いてきた。しかも覗いてる。いやん恥ずかしいー。

 

「まだお礼を言われてません!落とし物を拾ってもらったら『ありがとう』です!天才なのにそんなことも分からないんですか?」

 

「ハハハハハッ。言われてるぞ天才上杉君」

 

「ったく………」

 

リボン少女に指摘されムッとした風太郎は紙を押しつけた。

 

「え?私の……」

 

「たまたま拾った。これで貸し借りなしだな」

 

「そっか!ありがとうございます!」

 

「お礼言っちゃったねこの子。ていうかなんでこの子のテスト持ってたの?」

 

「俺のテストと一緒に押し付けられた。0点のテストなんて初めて見たぜ…」

 

0点か。流石に俺もそこまでの点数は取ったことがない。酷い時は酷いが0点はないなぁ。

 

「そうだ…お前中野五月と仲いいんだろ?俺が悪かった、謝ってたってあいつに伝えてくれないか」

 

「ダメですよ上杉さん!そういうことは五月本人に言わないと!」

 

◇ーーーーー◇

 

「五月食い過ぎじゃない?」

 

「そうですか?まだ2個目ですが」

 

放課後。昨日の約束通りこれから風太郎の家庭教師の現場まで付いていくことになった。まあ流石に玄関までだろうし…ていうか頼んでもないオマケが来るとなると中野ちゃんも困るだろう。

 

そして家庭教師である風太郎本人はというと、顔出し看板に顔をはめて中野ちゃんと(風太郎曰く)中野ちゃんの友達2人を観察していた。バレないと思ってるのだろうか。

 

「この肉まんおばけ!男子にモテねーぞー!」

 

「やっ、やめてください!」

 

 

   「悪くない光景だ」

  

   「いつかお前が逮捕されないか俺は心配だ隼人」

 

 

「私だって昨日は男子生徒とランチしたんですからね!それに放課後は勉強まで教えてもらいました!」

 

「マジ!?だれだれ〜!一年?先輩?頭文字だけでいいから教えて〜!」

 

中野ちゃんと赤髪の友達の会話は終わることを知らない。というか1人いなくなってない?

 

「あ」「ん?あ」

 

とか言ってたらいつの間にか風太郎の目の前にいた。足音もなく近づくとは、忍者の類だろうか。ヘッドホンが目立つロングヘアの女の子だ。

 

「それ、楽しい?」

 

「…割と。こういうのが趣味なんだ…」

 

「ふぅん。女子高生を眺める趣味…予備軍…しかも2人」

 

「あ、お兄さんも入ってる??」

 

「……」

 

「ちょっと?無言で通報するのやめてもらってもよろしくて?あと俺も予備軍になってるの??」

 

「友達の中野にも言うなよ!?」

 

「……わかった。でも、あの子は友達じゃない」

 

「えー……」

 

そう言ってヘッドホンの子はそのまま二人と一緒に去っていった。中々ミステリアスだ。最近はヘッドホンが流行ってるのか?

 

「仲良く見えるんだけどな。やっぱり人付き合いって面倒くせぇ」

 

「人付き合いはめんどくさいものって偉い人も言ってるさきっと」

 

2人で3人の歩いて行った道を辿る。ここら辺はあまり来たことがないがお金持ちが住んでるイメージだ。特にあのデカいマンションなんかはまさにその象徴。靴を舐めさせられても入れるか怪しいレベルだ。いやそこまでではないか。

 

「おい…あそこが中野の家なのか?」

 

「風太郎が言ってた住所はここなんだわ。近づいただけでセレブになった気分ざますねぇ」

 

例のバカでかいマンションがどうやら中野ちゃんの家みたいだ。俺まで罵倒されそうな気がするが覚悟を決めてマンションへいざ突入!

 

「何君達、ストーカー?」

 

さっきの赤髪の女の子が車侵入禁止の看板に足を乗せて俺たちを通行止めしていた。

 

「げっ……まさかお前…」

 

「五月には言ってない」

 

風太郎が疑念の目を向けるがヘッドホンの子は言っていないみたいだ。俺もあんまり怪しむなんてことはしたくないんだけどなぁ。

 

「ほらほら、女の子がそんなに足上げないの」

 

「ストーカーが来なきゃこんな格好してないわよ。それより、五月に用があるならアタシらが聞くけど」

 

「お前たちじゃ話にならない。どいてくれ」

 

「コラ言い方。ごめんねコイツ思ったことがダムの放流みたいにドバドバ出てくるんだよ」

 

「ふぅん。君はともかく、アンタはしつこい。モテないっしょ。早く帰れよ」

 

何故か俺は大丈夫みたい!嬉しい!ていうか家の目の前まで来てるしぶっちゃけ帰ってもいいはずなんだよねぇ僕。

 

「まあまあ、コイツの家ここだから」

 

「そ、そうなんだよ!ここ僕の家なんだよ!全く失礼な人たちだ!」

 

「え、マジ?ごめん…」

 

騙して申し訳ない!同じ学校だろうしご希望なら埋め合わせするから!

それより君素直に謝ったね。結構キツい言葉投げてたけど実は優しい系かな?大丈夫?将来イケメンに騙されない?

 

「焼き肉定食焼き肉抜き。ダイエット中?」

 

「たまには別のもの食えって風太郎!!」

 

嘘はすぐにバレる。嘘の様なほんとの話。現に今バレた!

俺と風太郎は急いでマンションの中へと駆け込む。ここ番号入れないと入れないタイプのマンションか……

 

「ま、待て中野!」

 

風太郎がエレベーターに乗り込む中野ちゃんに声をかけるも間に合わず。エレベーターは非常にも上へと向かって行った。

 

「階数とか分からないのか?」

 

「えっと確か……30階…」

 

「…………階段だ!」

 

「うわあああっ!!!」

 

階段を駆け上がる俺と風太郎。30階まで駆け上がるとか正気の沙汰じゃないねぇこれ!お兄さんの足爆発しそう!

風太郎の姿はもう見えなくなってる。こうなったら俺が先に中野ちゃんに詫びを入れるしかない。少しでも穏便にことが進めば万々歳なんだけど!

 

「な、中野ちゃん!」

 

「え?幸村君!?何故あなたがここに?」

 

「えっと……ごめん、ちょっと待って…息が…」

 

最近運動してなかったな。苦しい。

 

「大丈夫ですか?ちょっと待っててください。すぐにお水を」

 

「いや、大丈夫!お兄さん体頑丈だから…これくらいじゃ死にはしないよ……」

 

「今にも死にそうな人のセリフではありませんよ!?」

 

いやぁ恥ずかしい。女の子の前で死にかけの姿を見せるとは、不覚ッ!

 

「お、追いついた……飛ばしすぎだ隼人!」

 

「な!?上杉君まで!」

 

「中野!…丁度よかった。昨日と昼のことで…その……わ、悪…」

 

風太郎も追いついたが息が続いていないのとあまり面と向かって謝った経験が無いのか目を逸らしながら喋っている。

 

「何ですか。用件があるなら早くしてください。これから家庭教師の先生が来てくださるので「それ、俺!」………は?」

 

「家庭教師……俺」

 

「ガーーン!!」

 

ガーン!って口にする子初めて見たかも。でもまあ今のところ印象最悪な風太郎が家庭教師の先生となるとそうなるよねぇ。俺が少しでもフォローしないと。

 

「だ、断固拒否します!」

 

「そうはいかない!俺だって引き下がれないんだ。昨日と昼のことは俺が全面的に悪かった。謝る」

 

「そんな……無理…」

 

「無理まで言われてるじゃないの……大丈夫中野ちゃん?ほら、風太郎は……ほら……ね?」

 

「フォローの言葉が見つかってないじゃないですか!よりによってこの人が私たちの家庭教師だなんて……」

 

「「!?」」

 

『私たち』?今なんかとんでもないことが聞こえたような気がする。もしかして生徒って複数人!?

俺と風太郎が精一杯思考を巡らせていると、もう一機のエレベーターが到着して、中から4人降りてきた。

 

「あれ?優等生くん?」

 

「いたー!コイツらがストーカーよ!!」

 

「え?上杉さんとそのお友達さん、ストーカーだったんですか?」

 

「ニ乃、早とちりしすぎ」

 

今初めて見る新顔を含めた4人。リボンの子を見たときに感じた違和感。初めて会ったのに何処かで会ったような感覚。見たことあるような無いような顔。

 

「まさか……君たち」

 

「夢だ…夢に違いない……ッ!」

 

 

 

 

「何も違いませんよ。私たち五つ子の姉妹です」

 

ただ風太郎に付いてきただけ。

それだけのことだったはずなのに。

 

俺の本能が訴えかけている。俺はとんでもない事に首を突っ込んだのかもしれないと。




次回は2話の内容に触れていきます


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第3話 五等分の生徒

幸村隼人の秘密

人の呼び名を簡単に変えられない(意識しないと変わらない)


 

「お茶です幸村さん!」

 

「ありがとう四葉ちゃん。ていうか俺がいてもいいのかな…」

 

「五月から名前以外のことは聞いてますよ!勉強を教えてくれる優しい人だって!あと唐揚げもくれるって言ってました!」

 

俺は唐揚げ屋さんじゃないんだけどなぁ。

今現在この中野家のリビングには俺と中野家の四女、リボンちゃんこと中野四葉がお茶を飲みながら風太郎の電話が終わるのを待っている。

 

「ま、全く問題ありません!こらこら押すんじゃないよ!全く困った生徒たちだ!ハハハハハッ!」

 

「ああいう状況って他人だから笑えるんだよね。当の本人は絶対笑えないんだよね」

 

「上杉さん、顔が引き攣ってますね……」

 

電話を切った風太郎は項垂れながらソファに座った。相当ダメージがあるみたいだな。それもそうか。担当する生徒とは喧嘩するし、担当が1人だけと思ったらまさかの五つ子、5人も生徒がいるのだ。お兄さんなら家庭教師やめてるかも。

 

「はぁ……みんなどこ行ったんだ…」

 

「他のみんななら自分の部屋に戻りましたよ」

 

「お前は…四葉だったか……ってか何でお前は逃げないんだ?」

 

「心外です!上杉さんたちの授業を受けるために決まってるじゃないですか!怖い先生が来るかと思って嫌だったんですけど、同級生のお二人なら楽しそうです!」

 

「え?ちょっと待って?俺も家庭教師になってない??」

 

「この際だ!お前も俺の手伝いをしてくれ頼む!!五月もお前には心を開いてるみたいだし!」

 

「普通にタダ働き求めるのやめなさいよ…というより心開いてるっていうか、アレが普通のクラスメイトの接し方でしょ??風太郎が一言多いだけなんだって」

 

「くっ、正論過ぎるッ」

 

「と、とにかく!他のみんなを呼びに行きましょう!」

 

何故か俺まで巻き込まれてしまった。お兄さん、付き添いだけのはずだったのになぁ。

仕方ない、部屋から引っ張り出すぐらいは手伝うか…

 

「手前から五月、私、三玖、二乃、一花の順ですね」

 

「まさか5人集めるところから始めるとは……」

 

「中野ちゃんなら大丈夫でしょ。あの子真面目だし、流石に家庭教師と生徒の立場になればねぇ?」

 

「そうですよ!余程のことがない限り協力してくれますよ!」

 

 

 

「嫌です。そもそも何故同級生の貴方なのですか。この町にはまともな家庭教師はいないのでしょうか」

 

「………」「あれー……」

 

「まあまあそう言わずに中野ちゃん。お金払って家庭教師雇ってるんだから……ね?」

 

「教わるなら幸村君から教わります!あなたからは教わりません!!」

 

初手、中野五月、勉強拒否。

ここまで嫌われてるとなるとかなり大変だな風太郎……俺としては頼られるのは嬉しいし勉強を教えるのも別に構わないのだが、風太郎と比べると俺も成績は下だ。教わるなら風太郎の方が絶対にいい。

 

「落ち込むな少年。中野ちゃんは俺からも説得続けてみるから」

 

「すまん……もしダメそうなら…ホントに頼んでもいいか…?」

 

「まあ、出来る限りはお兄さんに任せなさい」

 

「あはは…5人もいれば1人くらいこうなりますよ。上杉さんの嫌われ具合は凄かったですけど…」

 

「次行こう!次!次は三玖ちゃんだっけ?」

 

「はい!三玖は私たちの中でも一番頭がいいんですよ!」

 

中野三玖。ヘッドホンをつけた女の子だ。頭がいいとなると風太郎とも気が合うんじゃないかな。

 

「嫌。なんで同級生の貴方なの?この町にはまともな家t「わかった!さっきも聞いたそれ!」

 

「中野ちゃんと一緒の文言が飛んできたねぇ」

 

「つ、次行きましょう」

 

中野三玖、勉強拒否。

次に向かうのは中野二乃。なかのにの、って名前の響き可愛いね。俺らのことストーカー呼びしてたけど大丈夫かな…

 

「部屋にもいないってどういうこと!?」

 

中野二乃、不在。

まさかこの短時間で部屋からもいなくなるとは。三玖ちゃんといい忍者の末裔かなここは??

 

「まだ一花がいます!一花が……………」

 

「何その間!不安しかない!」

 

「驚かないでくださいよ…?」

 

中野一花。この五つ子の長女であり一番大人びた雰囲気を纏っている。確かに『お姉さん』と言った感じだ。

 

「……ここに人が住んでるのか…?」

 

前言撤回。目の前の汚い部屋、通称汚部屋を見て考えを改める。一花ちゃんは『お姉さん』ではなく『ダメなお姉さん』に変更だ。

 

「人の部屋を未開の地扱いしないでほしいな〜」

 

「布団が喋ってる…」

 

「よくこの短時間で寝られるね一花ちゃん。隣のクラスの野比くんにも勝てそうだね」

 

「もー…この前片付けたばっかりなのに」

 

散らかった部屋には本や衣服、下着まで落ちてる。これ俺ら入って良かった?ダメだよね?大丈夫?

 

「ったく、いいから居間に戻るぞ」

 

「あー、今すぐはダメダメ。服着てないから照れる」

 

「なんでだよ!」「なんでぇ?」

 

「ほら、私って基本寝る時裸じゃん?「いや知らないよ」あ、ショーツは穿いてるから安心して「うーん、お兄さんが思うにそういう問題じゃないかなぁ?」

 

四葉ちゃんに服を渡されモゾモゾと着替える一花ちゃん。うーん、まさか彼女との初会話でこんな状況になるとはこの李白の目をもってしても分からなんだ。

 

「お前なぁ少しは片付けろよ。この机なんて最後に勉強したのはいつのことやら」

 

「もー勉強勉強って。せっかく同級生の女の子の部屋に来たのにそれでいいの?」

 

「風太郎、考えなおせ。このままでいいはずがない」

 

「そうだな。でもお前が考えてることと俺が考えてることは絶対に違うぞ。それより一花はさっさと着替えて居間に来い」

 

これ以上は身が持たないと判断した風太郎は足早に部屋を出ていく。確かに時間は有限。生着替え中だがお兄さんも退散しよう。

 

「!?三玖…」

 

「あら、三玖ちゃん。どうしたの?」

 

「フータロー、ハヤト。聞きたいことがあるの。私の体操服が無くなったの。赤のジャージ」

 

部屋から出てすぐに三玖ちゃんから尋問される。それより何気にこの子下の名前で読んだな……俺が言えた義理じゃないか。

 

「俺たちは見てないぞ。なあ?」

 

「赤いジャージなら目立つだろうしね。そこの汚部屋なら埋もれてるかもしれないけど」

 

「冗談じゃない…そんなことしてたら明日になっちまう」

 

多少オーバーだけど、まあこの汚部屋からジャージだけを探すとなると確かに日が暮れる可能性はあるね。

 

「前の高校のジャージでいいんじゃない?」

 

「ナイスアイディアだけど下着姿で男子の前に現れないで一花ちゃん」

 

「あんな学校の体操服なんて捨てた」

 

「勿体ねぇ……なんか恨みでもあんのかよ」

 

瞬間、その場の空気が少し変わった。これは知らず知らずに風太郎が地雷を踏み抜いたと見える。爆発に巻き込まれる俺のことも考えてよねぇ〜。

 

「おーい、そこで何やってんの?」

 

「二乃ちゃん?」

 

「クッキー作りすぎちゃった。食べる?」

 

「二乃…今それどころじゃ「あ!!あのジャージ!」

 

「二乃が三玖のジャージ着てたのか……」

 

救世主だ。この場の空気を変えてくれた救世主だ。というか三玖ちゃんのジャージの件も解決してしまった。姉妹だから勝手に借りたりするのかな。

 

◇ーーーーー◇

 

「よぉし!これで4人だな!五月はいないが始めてしまおう!まずは実力を測るためにも小テストをしよう!」

 

恐らく中野ちゃん用に作ってきたであろうプリントを一花ちゃん、二乃ちゃん、三玖ちゃん、四葉ちゃんに配る。

 

『いただきまーす!』

 

その4人は絶賛クッキー食べてますけどね!

 

「おいし〜これ何味?」

 

「あ、ホントだ。二乃ちゃん料理上手だね」

 

「当然よ!この家の台所事情はアタシが握ってるんだから」

 

「それよりジャージ、今すぐ脱いで」

 

家庭教師が目の前にいて尚且つプリントをやれと言っているのにこの自由度。これは中々の強敵だねぇ風太郎。あ〜クッキー止まらな〜い。

 

「上杉さんご心配なく!私はもう始めてます!」

「よーし!名前しか書けてないがいいぞ!」

 

「クッキー食べたら眠くなってきた」

「お前はさっきまで寝てただろ!」

 

「三玖、体操服見つかったんだからやってくれよ!」

「勉強するなんて言ってない」

 

「ねーねーせっかくだし幸村も一緒に遊びに行かない?」

「絶対ダメ!!」

(俺は問題無いしむしろウェルカムだけどね)

 

風太郎はツッコミが似合う。様になってるとはこの事だ。

しかしここまで来ると風太郎が少し可哀想だ。少しぐらい手伝ってやれればいいんだが。

 

「俺ちょっと中野ちゃんに声かけてくる」

 

「ああ、すまん頼む」

 

なら俺が出来る事をやろう。これくらいしか出来ないけど。

 

「中野ちゃん。今ちょっといいかな?」

 

「幸村君?どうかされましたか?」

 

部屋から顔を覗かせたのは眼鏡をかけた中野ちゃん。風太郎が隣にいないか警戒しているみたいだ。

 

「ごめんね勉強してた?」

 

「ええ。今日の授業の復習を。それより下が少し騒がしいですが」

 

「今二乃ちゃんが作ったクッキー食べてt「なんで呼んでくれないんですか!今から休憩に入ります!頭を使うとお腹が減りますので!ええ!」

 

中野五月、部屋から飛び出す。

いやまさかクッキーで釣れるとは思ってなかった。嫌いな人よりもクッキーか……クッキーに負けたねぇ上杉殿。

 

「あれ」

 

「あら風太郎寝てるじゃん」

 

中野ちゃんを追ってリビングに戻ると風太郎が寝ていた。おいおい家庭教師が寝るなよ。

 

「っても、不自然だわなこれ。生憎お兄さんは近年のハーレム主人公みたいな難聴じゃなくて、むしろ耳は良い方なんだよ。家庭教師いらないからってここまでする二乃ちゃん?」

 

「何?やっぱりキミもそっち側なの?」

 

「いやいやまさか。僕は家庭教師なんて柄じゃないし、今日も風太郎の付き添いで来ただけだよ。クッキーもご馳走になったしね。でもね…………風太郎は二乃、お前ら生徒のために時間を割いてここに来てんだ……それを忘れないでね」

 

寝ている風太郎を担いで荷物をまとめる。コイツホント軽いな。まあ毎日焼き肉抜き定食食ってたらこんなもんか。

 

「待ってください」

 

「中野ちゃん?」

 

「彼を送るの、私もついて行きます」

 

◇ーーーーー◇

 

「風太郎。おい風太郎!」

 

「!?……えっ」

 

「家、着いたぞ」

 

俺たち3人を乗せたタクシーが風太郎の家に着いた頃には外は真っ暗だった。暗くなるの早いねぇ。

 

「な、なんで??」

 

「いいからさっさと降りるぞ。すいません代金は」

 

「4800円になりますね」

 

「流石タクシー……すいません1万d「大丈夫です。カードで」

 

俺が諭吉を出そうとしたら中野ちゃんがカードで払ってくれた。カード払い……恐ろしい……

 

「なんで五月まで…」

 

「貴方を送ったついでに買い物です。それより、一泡吹かされましたね。これに懲りたなら私たちの家庭教師は諦めることです」

 

「中野ちゃん…」

 

「それは出来ない」

 

「……何故そこまで」

 

「あ、お兄ちゃん!」

 

風太郎と中野ちゃんの会話に後ろから飛び入り参加してきたのは風太郎の妹のらいはちゃんだった。

俺自身、風太郎と友達やらせてもらってる分、家の事情を少しは知ってるし、ここの親父さんとも仲良くさせてもらってる。

 

「隼人さんこんばんは!あ、その人女の人って生徒さんでしょ!」

 

「なんでもない人だ!帰るぞ!」

 

「よかったらお二人ともウチでご飯食べて行きませんか?」

 

「え?いいの?」「えぇ!?」

 

「それは…ほら!このお姉さん忙しいらしいから!」

 

「ダメ…ですか?」

 

誰もらいはちゃの頼みからは逃れられない。

 

 

 

 

 

「まさか風太郎が女の子を連れてくる日が来るなんてな!!お?この牛乳消費期限1週間前じゃねーか!危うく飲めなくなるところだったぜ…」

 

「親父…」

 

風太郎の家に上がらせてもらうなりこれだ。親父さんの上杉勇也さんはこういう人だから半ば諦めてるけど。流石に消費期限は気にしてほしい。

 

「もうすぐ出来るからねー!お兄ちゃんが予定より早く帰ってきたから間に合わなかったよ。でも量はいつもより多いからたくさんおかわりしてね!」

 

「らいはちゃんは良いお嫁さんになりそうだねぇ」

 

「らいはがいない生活……考えたくない…」

 

「そうだお兄ちゃん、家庭教師どうだった?」

 

まあ聞くよねそれ。家庭教師に限ったことじゃない。テストや運動、バイトなどなど初めてやったことに関して『どうだった?』って聞くのは普通のことだ。まあ睡眠薬飲まされて帰ってくるのは普通じゃないと思うけどね!

 

「それに関しては「勿論ベリーバッチグーよ!な隼人!!」

 

「そうだね。この先が楽しみではあるね」

 

「そーなんだ!安心したよー。これで借金問題も解決だね」

 

「らいは、お客さんの前だぞ」

 

「あ、ゴメン」

 

◇ーーーーー◇

 

「今日はご馳走さまでした」

 

「すいません、俺までご馳走になって」

 

「気にすんな!俺らとお前の仲だろ隼人!風太郎、2人を通りまで送ってやんな」

 

「ああ」

 

カレーと卵焼きをご馳走になった俺たち。中野ちゃんは4杯目で行くかどうか迷ってたな。

 

「五月さん……お兄ちゃんはクズで自己中で最低な人間だけど……良いところもいっぱいあるんだ!だから…その……」

 

「私からも一言いいですか」

 

「え?あ、はい」

 

「頭を使うとお腹が空きますから、よろしければまた来てもいいですか?」

 

「!!はい!その時もご馳走しますね!」

 

 

 

 

 

中野ちゃんが帰るためのタクシーを待っている間、なんとも言えない空気が流れていた。

 

「勘違いしないでください。貴方の事情は察しがつきましたが協力は出来ません」

 

「そうかよ。別にお前が気にすることじゃない」

 

「勉強はしますが教えは乞いません。私達のために時間を割いてくれているとはいえです。貴方の手は借りたくありません」

 

「ホント嫌われてるな風太郎。あと中野ちゃん、俺から見ても風太郎は勉強出来るし教えるのも上手だ。家で教わるなら俺からがいいって言ってたけど、俺じゃ成績アップは約束出k「そうか!!それで良いのか!!条件は卒業だけなんだ!!五月サイコー!!」

 

突然風太郎が声を上げた。秘策が思いついたような顔してるけど。

 

「明日同じ時間にまた行く。他の4人を集めておいてくれ」

 

「………分かりました。それでは」

 

丁度タクシーが来て中野ちゃんが乗り込む。俺はここから歩きだ。自転車通学したいなぁ。

 

「幸村君、貴方に言い忘れてました」

 

「え?俺?……ンンッ、この隼人ちゃんに何か御用かな?」

 

「幸村君、貴方は自分を卑下してませんか?貴方の教え方はとても分かりやすいんです。貴方が自分で思っているより凄い人なんです。だからどうか、自分を下げないでください」

 

「俺は卑下なんかしてないよ。これが俺なんだから」

 

「そう…ですか……では、これで失礼します。おやすみなさい」

 

最後、中野ちゃんの顔が少し寂しそうだったのは気のせいだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

「今日は迷惑かけたな隼人。明日からは大丈夫だ」

 

「そうか。まあ俺にとっちゃ他人事だからこんなことしか言えないけど、頑張れよ」

 

「おう。お前もまたらいはのカレー食いに来いよ。らいはも喜ぶ」

 

「そうだな。俺もカレーは好きだし、またお邪魔するよ」

 

「そうしてくれ………それじゃ、またな」

 

「ああ、またな」

 

 

 

こうして俺はあの五つ子達との邂逅を終えた。きっと五つ子全員と関わることはないだろう。あんな可愛い子に囲まれるのは悪い気はしないけど、向こうからしたら俺の印象も悪いだろうし。

 

「はぁ、昔の言葉遣いは改めないとなぁ」

 

後悔80%で俺は家路についた。

 




次回は原作3話の内容になります。三玖の貴重な生脚魅惑のマーメイド回です。


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第4話 キミが出来ることは

幸村隼人の秘密

たまにbとdを間違える


 

「聞いてくれ隼人。この3日間で分かったことがある。あの5人は極度の勉強嫌いで俺のことも嫌いっぽい」

 

「……1日しか関わってない俺が言うのもアレだけど、やっと気づいた?」

 

「ぬぁぁぁ!!考えないようにしてたのに!!」

 

自信満々で『明日からは大丈夫だ』なんて言っておきながら何なんでしょう。とりあえず話は聞いてみよう。

 

「俺はとりあえず五つ子全員にテストをさせたんだ。俺が決めた合格ラインを超えた奴は金輪際関わらないことを条件にな」

 

「それまた大きく出たねぇ。風太郎のことだから、点数のいい奴の面倒は見なくていいって算段かな?」

 

「馬鹿正直に全員を教えるより、赤点候補の奴に教えてやればいいと思ってな。まあ、俺のその考えも甘かったんだが」

 

そう言って風太郎が渡してきたのは一枚の紙。やけにバツの多いそれには第一回実力テストと書かれている。

 

一花 12点

二乃 20点

三玖 32点

四葉 8点

五月 28点

 

「……合格ラインは30点か?「50点だ」

 

これは中々凄いものを見た。多分教科はごちゃ混ぜなんだろうが、それにしても凄いな。

 

「四葉ちゃん、8点も取れてるね。大きな前進じゃない?」

 

「8点じゃ喜べないだろ………そうだ、お前もちょっと解いてみてくれ」

 

「えぇ…朝からお兄さんにテストさせないでよ」

 

「いや、もしかしたら俺が出した問題が実はかなり難しい部類かもしれない」

 

そんなことはないと思うけどねぇ。全25問の100点満点だから1問4点か。それなら適当にやっても50以上は取れそうだな。

 

 

 

 

 

「68点……お前、英語と数学はホントダメだよな」

 

「数学はヤマカンが当たらないからねぇ」

 

「幸村君にも苦手な科目があるのですね」

 

横から覗いてきたのは中野ちゃんだった。風太郎がいたら寄ってこないと思ってたけど、案外そんなこともないんだね。

 

「俺がいたら寄ってこないと思ったぞ」

 

「私はただ幸村君がテストをすると聞いて見に来ただけです」

 

「1問目の答えを覗き見るな未復習者め!」

 

「な!?あの時はたまたま忘れていただけです!陶晴賢(この人)ですよね!えっと読み方は…」

 

「すえはるかた、ね……1問目の答えがどうかしたの?」

 

「今朝、コイツらと丁度出くわしてな。その時に俺がいなくても勉強は出来るって言ったもんだから、復習したと見て聞いたんだ。厳島の戦いで毛利元就が破った武将を答えよ、ってな」

 

確かに答えは陶晴賢だ。1555年に安芸国厳島で毛利元就と陶晴賢との間で行われた合戦。毛利元就はこの時陶晴賢より軍は少なかったが、その頭の良さをフル活用して陶晴賢を討ち取った。いや、正確にはそのあと陶晴賢は自害したみたいだけど。

 

「俺は歴史のゲームとか漫画を読んだことあるから多少は知ってるけど、でも正直分かんないよねぇ。名前の画数多いし。長宗我部元親とかそういうところ出してもらわないと」

 

「そうですよ!問題に悪意があります!」

 

「悪意のある問題を出すのが先生だ。それを見越して勉強しろ」

 

「ぐうの音も出ない」

 

「ちょっと幸村君!負けないでください!」

 

「因みに本多忠勝ってガンダムだったんだよ。知ってた中野ちゃん?」

 

「え!?つまり、ロボットなんですか!?」

 

「ンなわけあるか!!」

 

「もー!幸村君!!!」

 

◇ーーーーー◇

 

食堂

 

「私は幸村君が本当に頭が良いのか分からなくなりました」

 

「だから俺は風太郎ほど頭良くないって。平均だよへーキン」

 

「むぅ……そういえば上杉君は」

 

「風太郎ならやることがあるって言ってたけど……風太郎が気になる?」

 

「そ、そんなんじゃありません!」

 

そういえば三玖ちゃんが〜とか1問目の日本史がどうとかボソボソ言ってたな。確かにテストの結果表を思い返せば1問目の陶晴賢を正解してたのは三玖ちゃんだけだったけど。そこからどうするつもりなんだ…?

 

「お兄さんとしてはもう少し風太郎のこと気にしてやってほしいけどねぇ」

 

「幸村君は私にどうしてほしいんですか」

 

「俺もあんまりガミガミ言わないし、この際少し気にかけるだけでいいんだよ。そしたら、嫌いなりに付き合い方っていうのが分かるもんだからさ。はい唐揚げあげる」

 

「嫌いなりの付き合い方ですか……唐揚げいただきます」

 

1番デカいの持っていったな。まあいいけど。

生きているうちに嫌いなやつと巡り合わない、なんてことはないんだ。今後の人生のためにも嫌いな人との付き合い方っていうのを知ってほしいねぇ。大事なことだよ?割とね。

 

「あー!五月と幸村さん!」

 

「やっほー2人とも」

 

「一花ちゃんに四葉ちゃんじゃん。どうしたの2人とも」

 

「いやーお昼一緒にどうk「いやーたまたま見かけたから声かけただけだよ〜!そういえば四葉!英語の宿題帰って来たんでしょ?」

 

「あ、そうなんですよ!見てくださいこれ!全部間違えてました!あははははは!!」

 

「こらこら、0点ではしゃがないの。この前のテスト8点取ったんだから、宿題が出来ないってことはないんだよ。千里の道も一歩からってやつさ」

 

「ふむ、幸村さんは褒めて伸ばすタイプとみました。まあテストの英語の部分は全部間違えてたんですけどね!」

 

確かに、最後の方の2問しか正解してなかったな。それも国語。文系っぽい雰囲気してるから英語の飲み込みも早そうだけど。

 

「ほらそろそろ行くよ四葉。五月ちゃんの邪魔しちゃいけないからね」

 

「ちょ、一花!!私と幸村君そういうのじゃ」

 

「じゃあねハヤト君。五月ちゃんを泣かせないでね」

 

「もーー!!一花!!!」

 

◇ーーーーー◇

 

中野ちゃんと別れた後、先生からの頼まれごとを終えて1人図書室に来た。今朝の毛利元就と陶晴賢が気になって伝記物でも無いかと探しに来てみたのだ。ていうか陶晴賢の伝記ってあるのか?

 

「あれ、日本史が丸々無い…」

 

日本史の本がごっそり無くなっていた。こんなに一度に借りられることある?そんなブーム来てるなら乗り遅れる前にこのビッグウェーブに乗るしかないんだけど………目の前に犯人がいた。

 

「どうした風太郎。そんなに日本史の本持って」

 

「隼人か…ッ丁度いい、少し持ってくれ」

 

「パワー無いのに一気に持ちすぎでしょ。っていうかどうしたのこんなに」

 

「ちょっと三玖にしてやられてな……なあ隼人。お茶に鼻水入ってる逸話って何か知ってるか?」

 

「お茶に鼻水??なーにそれ」

 

「知らないよな……俺も知らなかったんだ。あと少しで三玖を堕とせたのに!」

 

言い方が最早悪役だ。ただでさえ目つきが悪いのにまったく。

とりあえず携帯で調べてみるか。えーっと、『お茶 鼻水 逸話』っと。

 

「検索したら1番最初に見つかったよ。この逸話知ってるとは凄いね三玖ちゃん。お兄さんにも教えてほしいくらい」

 

「マジか………さすが文明の利器、いんたーねっとだ」

 

そう言いながらも目線は本に向いている。こりゃしばらくは本の虫だな。

 

「答え聞くか?」

 

「まだ探し始めたばっかりだ。何処にも答えがないなら聞く」

 

「りょーかい。あんまり無茶するなよ風太郎」

 

「無茶なんてしねぇよ」

 

そんなこと言って……今朝死にかけの顔で登校してきたの何処の誰ですかって話だよまったく。

 

◇ーーーーー◇

 

「あら、三玖ちゃん」

 

「ハヤト…何か用」

 

放課後、校舎の中、三玖ちゃんに、エンカウント。クラスも違うし今のうちに聞いてしまおうか。

 

「風太郎となんかあった?」

 

「別に……フータローの知識はその程度なんだって口にしただけ」

 

「随分ストレートに言ったね。そりゃああなるわ。それで『石田三成と大谷吉継』のことでいいのかな?」

 

「……フータローから聞いた?それと知ってたの?」

 

「風太郎から聞いたんだ。ぶっちゃけお兄さんも分からなかったから携帯で調べたよ。よく知ってるね」

 

「そういう歴史のゲームしたり漫画読んだりしてるから」

 

ゲームや漫画も意外と馬鹿にできない。得られる知識は一定量は必ずあるものだ。ある意味では親しみやすい教科書とも言えるのかもしれない。

 

「フータローに答えは教えた?」

 

「いや、まずは自分で探すってさ。ああなった風太郎は止められないぞ〜?止めたら止めたで不機嫌になるしね!」

 

「勉強虫…」

 

「まあそう言わないであげてよ。そんでもって、風太郎がリベンジにきたら受けてあげてほしい。その時は家庭教師としてじゃなくて、上杉風太郎として見てあげてね」

 

「どういう…」

 

「風太郎も男で、男は決まって負けず嫌いなんだよ。それじゃね」

 

「ちょっと待って」

 

おっと花京院はクールに去れないみたいだ。呼び止められるとは俺も罪な男だぜ。

 

「ハヤトにも言っておく。私が武将好きなのは…他の姉妹には黙っててほしい」

 

「……分かったよ。深くは聞かない。秘密は1つくらい持ってる方が楽しい人生が送れるってね」

 

「なにそれ」

 

「ハヤト・ユキムラの言葉だよ。それじゃ、今度こそ幸村はクールに去るぜ」

 

◇ーーーーー◇

 

風太郎が本の虫になってから2日後。

 

「わぁ、どうしたのその荷物」

 

「わお幸村さん。今は先生から頼まれて理科室に荷物を持って行くところです」

 

「そんなダンボール積んで危ないよ。ほら貸して」

 

「すみません。流石の私もちょっと危なかったです」

 

放課後、大きなダンボールを3つも積み上げて歩いてる四葉ちゃんと出会った。これから中野ちゃんと図書室で勉強することになってるが、流石にこれは見過ごせない。

 

「すみません助かりました!」

 

「いいよこれくら……い……ッ!」

 

積み上げられたダンボールで分からなかったが、今四葉ちゃんの持ってるダンボールは1つだけ。そしてそのダンボールの上に、乗っている。乗っている。これはよろしくないですねぇ。

 

「??どうかしm「いやなんでも」

 

「そうですか?それじゃあ早く終わらせましょう!私もこの後上杉さんに宿題を見てもらう予定にしてるんです」

 

「今日は家庭教師の日じゃないって聞いたけど?」

 

「私が頼んだんです。姉妹の中では1番バカなので!」

 

「そうかなぁ…」

 

「あれ?上杉さんじゃないですか。ちゃんと前向かないとダメですよ」

 

ふと四葉ちゃんの横、といっても四葉ちゃんが窓側を歩いてるから外になるんだけど、そこを風太郎が走って行こうとしていた。珍しいな風太郎が汗だくなんて。

 

「隼人に四葉か……ん、四葉?」

 

「はい!この後宿題を見てもらう四葉ですよ!」

 

「………すまん、落ち着いて聞いてくれ。そこにドッペルゲンガーがいる。お前もうすぐ死ぬぞ」

 

「ええええっ!?死にたくないです〜!!」

 

外を見ると確かに少し離れた場所に四葉ちゃんがいた。うそん、そんなことあるぅ?……っとちょっと待って、

 

「あの四葉ちゃん、なんか髪長くない?」

 

「リボン取っちゃいましたね」

 

「ヘッドホンを付けて……お前三玖だろ!トリッキーな技使いやがって!」

 

四葉ちゃんのドッペルゲンガーの正体は三玖ちゃんでした。姉妹だからこそ出来る技……そうしたら四葉ちゃんも二乃ちゃんとかに変装できるのかな。1人が出来るから他の姉妹も出来る的な。やっぱり忍者なのでは?

 

それよりなんであの2人追いかけっこしてるんだろ。風太郎も体力無いのに大丈夫かな。

 

「仲良しですね」

 

「二乃ちゃんあたりに見つかってストーカー容疑で通報されて逮捕されなきゃいいけどね…」

 

◇ーーーーー◇

 

「お待たせ中野ちゃん」

 

「いえ、事情は四葉からメールで聞いていたので問題ありませんよ」

 

待ち合わせより少し遅れて図書室に到着した。そういえば中野ちゃんの連絡先知らないな。今後風太郎との仲が改善されなかった場合を見越して連絡先を交換するべきか。

いや、変な理由つけるよりダイレクトに聞いた方が

 

「そういえば幸村君の連絡先知りませんでした。よければ連絡先を交換しませんか?」

 

「是非お願いします」

 

「じゃあ私のも交換しましょう幸村さん!」

 

「是非お願いします」

 

幸村隼人は美女2人の連絡先を交換した!!

この連絡先は大事に使わせてもらいますとも。

 

「それじゃあ早速やろうか。四葉ちゃんはどうする?」

 

「いえ、私みたいなバカが一緒だと五月が集中出来ないでしょうし」

 

「四葉、そんなことは「四葉ちゃん、さっきもそんなこと言ってたけど、それはちょっと違うな」

 

「え…どういうことですか?」

 

「多分風太郎も気づいてるだろうけど、この前のテスト。点数はまあ……この際置いといて、注目なのは正解した問題が誰1人被ってなかったってこと。例えば中野ちゃんが正解した2問目は他の姉妹は不正解。四葉ちゃんが正解した23問目は他の姉妹は不正解だったんだ」

 

「そうだったんですね!」

 

「そこまでは気がつきませんでした…」

 

「あの凄まじい数のバツの分、正解のマルがよく目立ったよ。多分今頃風太郎も可能性が見えてるんじゃないかな」

 

五つ子だから1人ができることは他の4人もできる。俺はそう思うな。

でもこの答えを導き出すのは生徒、この答えを教えるのは家庭教師の仕事だ。俺が出来るのはヒントをあげるぐらいだよ。

 

「可能性ですか…」

 

「今は分からなくても、いつか分かるよ。それこそ勉強みたいにね」

 

「おお!なんかそれっぽいですね!」

 

「照れるな〜よせやい」

 

「私もなんだかやる気が出てきましたよ!五月!頑張ろう!」

 

「その前に、ライスはLじゃなくてRだ。お前はシラミを食うのか」

 

「わあ、Rなんですね!って上杉さん!?」

 

四葉ちゃんの宿題を指摘しながら現れたのは汗だくの風太郎と三玖ちゃんだった。2人ともずっと追いかけっこしてたのかな。三玖ちゃんタイツ脱いで生脚魅惑のマーメイドじゃマイカ。

 

「三玖、貴女…」

 

「フータローのせいで考えちゃった。私にもできるんじゃないかって」

 

「出来るさ。さっき伝えた通りだよ」

 

「……責任、取ってよね」

 

「任せろ」

 

これはこれは。いつの間にか進展したみたいだな。あの大量の日本史は無駄じゃなかったわけだ。お兄さん感動で涙出そう!

 

「それより三玖、貴女タイツは…」

 

「…………ッ!」

 

「え、今恥ずかしがる!?俺の眼の前で脱いだのに!?」

 

「風太郎」「上杉さん」「上杉君」

 

「な、なんだよ」

 

「「「最低(です)」」」

 

何はともあれ、頑張れ風太郎。信頼構築、あと4人だ。

 




ウォォオォォォンォォン!二乃の出番が作れないッ!これは由々しき事態だ!

次回は原作5話の内容になるので少しは二乃が出てくれる!もう少し出したいッ


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第5話 踏み込む余地

幸村隼人の秘密

得意科目(5教科)は国語


 

「あれ、三玖ちゃん」

 

「ハヤト。ここのコンビニ使うんだ」

 

「今日はたまたまね。ちょっと本屋行ってだんだけど、目当てが無かったからとりあえずコンビニでおにぎりでも買って腹ごしらえして図書館行こうかなって」

 

休日である今日は少し羽を伸ばして街中の本屋に行っていた。目当ては漫画の新刊と毛利元就の伝記。なんか気になって普段行かない本屋に行っちゃったよ。で結局無いし。

 

「三玖ちゃんは……抹茶ソーダ?なぁにそれ」

 

「美味しい」

 

「まあ好きなんだろうからそんなにカゴに入ってるんでしょうけどね」

 

抹茶ソーダが8本くらいカゴに入っている。いくらなんでも飲みすぎな気もするけど……まあ1日で飲むわけじゃないだろうし大丈夫か。

 

「二乃がジュース買ってこいって言うから」

 

「二乃ちゃんも飲むんだコレ。俺も買ってみようかな」

 

「オススメ。あと二乃は多分飲んだことない」

 

「え?」

 

「前に私が間違えて二乃のジュース飲んだから、その代わりに買ってる。何本かは私のだけど」

 

多分二乃ちゃん的にはその時三玖ちゃんが飲んだやつを買ってきてほしいんだろうけど……新しい味を開拓するチャンスだな!

 

「いいと思うよ!!」

 

「じゃあフータローがもうすぐ来るから」

 

「今日は家庭教師の日か。頑張りなよ」

 

「ハヤトは?」

 

「え?」

 

「ハヤトは来ないの?家に五月いるけど」

 

なんだろう。俺は中野ちゃんの家庭教師になったのかな?いつの間に?まさか中野ちゃんが勝手に言ってる??いやそんなバナナ。

 

「まあ勉強なら学校でも教えられるし。中野ちゃんも1人で勉強する時間が欲しいだろうし」

 

「………一花の言った通り…」

 

「ちょっと待ってそれはどういう意味ですか??」

 

「教えてあげない」

 

風太郎との武将しりとり(後から風太郎から聞いた)を経て三玖ちゃんはなんだか雰囲気が変わったような気がする。なんだかんだで仲良く出来てるじゃないか風太郎。

 

「じゃあ今日は来ないってこと?」

 

「その言い方だと他の日は行くみたいになるけど……まあお呼ばれしたら行くよ」

 

「分かった。じゃあ今日はさよなら」

 

抹茶ソーダをレジに持っていく三玖ちゃん。俺もさっさと手軽に食えるやつ買って図書館行くかぁ。

 

「ん、電話……風太郎?あい幸村さんですよー」

 

『隼人、自動ドアのセンサーって貧乏人は反応しないのかな』

 

いきなりの風太郎。オートロックの存在を知らないのだろうか。いやいやそれなら今までどうやって部屋に入ってた。

 

「……五つ子のところのマンションでしょ。オートロックだから部屋番入れたら中野家に繋がると思うけど」

 

『部屋番?知らねぇ…』

 

「あー、今三玖がコッチにいるから聞こうか?」

 

『なんでそっちにいるんだよ……隼人は知らないのか?』

 

「知らないよ。本来風太郎が知っておかないとダメなことだよ?お分かり?」

 

『それもそうなんだが……そうだ、お前も来てくれ。今日はやっとまともに勉強出来そうなんだ。お前も五月を見てやってくれ』

 

「五つ子の家庭教師は風太郎でしょうが……わかったよ、とりあえずそっちに行くよ」

 

風太郎からの電話を切り抹茶ソーダとレジ横の唐揚げ5個入りを6つ買ってコンビニを後にする。今日の休みは五つ子と過ごすことになりそうだ。

 

◇ーーーーー◇

 

「やっほーマンションの門番さん」

 

「何やってるのフータロー」

 

「よぉ……9月でも暑いな…」

 

マンションの門番と化した風太郎は暑さで若干やられていた。何分いたのか知らないけどもう少しこういうところをしっかりしてほしいところだ。

 

「フータロー、オートロック知らないんだ」

 

「部屋番入れたら繋がるんだろ?知ってたけどな!!」

 

じゃあそこで何をしていた、って思ってるんだろうなぁ三玖ちゃん。他人にはあまり弱みを見せたくない風太郎。そこも直したほうがいいと思うな!

 

 

 

 

 

中野家の部屋に入ると一花ちゃん、四葉ちゃん、中野ちゃんが勉強の準備をしていた。やる気満々じゃん良かったねぇ風太郎。

 

「おはようございます上杉さん!幸村さんも来てくれたんですね!」

 

「ゆ、幸村君!?どうしてここに!?」

 

「このマンションの門番に呼び出されたのよ。はい、みんなに差し入れ」

 

「わあ!唐揚げでs「さあ!早く勉強を始めましょう!幸村君お願いします!!」

 

中野ちゃんのやる気が凄い。そして俺はもう逃げられないらしい。差し入れ入れたら帰ろうかなって思ったのに。そしてこのやる気を風太郎に対して向けたらもっと良かったのに。

 

「そうですね!唐揚げは勉強が終わった後に皆さんで食べましょう!さあ上杉さん、今日は準備万端ですよ!」

 

「私も見てよっかな」

 

「約束通り、日本史教えてね」

 

「よーし!やるかー!」

 

今日はみんな従順だ。風太郎の努力が実を結んだのだろう。優しく接すれば理解しあえるんだろうね。

 

「なーに?また懲りずに来たわけ?」

 

「二乃…」

 

2階から見下ろしていたのは二乃ちゃん。あの子だけは相変わらず反発してるみたいだなぁ。

 

「先週みたいに途中で寝ちゃわなきゃいいけど」

 

「あれはお前が……ンンッ、二乃も一緒に勉強を「死んでも嫌」

 

「………」

 

「まあまあ。二乃ちゃんもとりあえず差し入れぐらいは食べる?」

 

「今は揚げ物の気分じゃないからいいわ。五月にでもあげて」

 

中野ちゃん、今いいんですか!!って顔したね?すぐに顔戻ったけど視界に入ったからね?さっきも団子食べてたよね?

 

「あ、そうだ四葉。バスケ部の知り合いが大会の臨時メンバーを探してるんだけど。あんた運動できるし今から行ってあげれば」

 

「え、今から!?でも今日は上杉さんと約束が……」

 

「なんでもこのままだと大会に出られないらしいのよ。頑張って練習してきただろうに、あーかわいそう」

 

「すみません上杉さん!困ってる人をほっといてはおけません!」

 

「ええぇっ!?」

 

中野四葉、バスケ部の助っ人のため外出。断れない性格なんだろうなぁあの子。

それにしてもこのような手段で勉強を妨害するとは。中々頭キレるね二乃ちゃん。

 

「一花も2時からバイトじゃなかった?」

「あー忘れてた」

 

「五月もこんなうるさいところより図書館の方が集中出来るんじゃない?」

「それもそうですね。行きましょう幸村君。唐揚げは図書館への道中にいただきます」

「え?俺も行くの?ちょ、ちょっと!?」

 

一花ちゃんと中野ちゃんも二乃ちゃんによって部屋から出て行くことに。そして俺も中野ちゃんに引っ張られて出ていくことになった。ごめんね風太郎、頑張って〜。

 

◇ーーーーー◇

 

「ちょっと中野ちゃん、あれで良かったの?」

 

「元々自習をするつもりだったので問題はありません。それに二乃はただ理由もなくあんなことをする子ではありません」

 

図書館に行く道中、唐揚げを食べる中野ちゃんは二乃ちゃんには何か理由があると言う。確かに理由無しであんなことするとは思えないけどさぁ。

 

「私の予想でしかありませんが、多分二乃は私たちの居場所を守ろうとしているのかもしれません」

 

「居場所?」

 

「二乃は口が悪い時がありますが家族のことを1番に思ってます。二乃はきっと大事な家族の居場所に幸村君や上杉君が入ってくるのが許せないのだと思います」

 

「まあ、誰だって大事なところには踏み入ってほしくはないからね。二乃ちゃんの気持ちも分かるよ」

 

「だからああやって幸村君や上杉君に当たりが強いのだと……私も上杉君に対しては当たりが強いのであまり二乃のことは言えないのですが…」

 

二乃ちゃんの俺たちに対するあの態度は姉妹達への愛情とも言えるのか。姉妹達を大事にしてるからこそ俺や風太郎みたいな部外者には入ってきてほしくないと。

 

「でもまあ、家庭教師を雇ってしまった分、風太郎にぐらいは優しくなってほしいかなぁお兄さんは」

 

「……幸村君はどうしてそこまで上杉君と私達を仲良くさせようとするのですか?」

 

「そりゃあ、仲良いほうが楽しいじゃん?勉強するにしても何にしてもね」

 

「そういうものでしょうか……勉強は真面目にするものでは」

 

「たまには肩の力を抜くのも大事ってこーと」

 

そうこうしているうちに図書館に到着した。二乃ちゃんのことに関しては風太郎が問題解決するのが1番なんだろうけど、多分1番苦戦するだろうからなぁ。手伝えることがあるなら手伝うか。

 

◇ーーーーー◇

 

時は流れ、

 

「最低」

 

ドスの効いた中野ちゃんの声が目の前の惨状に向けて浴びせられる。

 

 

 

 

 

遡ること数十分、

 

「あ、抹茶ソーダ置いてきちゃったな」

 

「いつも三玖が飲んでいるやつですか?あれ美味しいんですか?」

 

「いや俺も飲んだことなかったから。飲まず嫌いもダメかなって思って買ったんだけど…ごめんちょっとお邪魔してもいいかな?」

 

「問題ありませんよ。ちょうど今から帰れば二乃はお風呂に入ってると思いますので、抹茶ソーダを取るくらいの時間はあると思います」

 

図書館で勉強を終えた俺と中野ちゃんは中野家に戻ることになった。抹茶ソーダは三玖ちゃんの好物だし置いて帰っても飲んでくれてると思うけど、一応自分で飲むためにお金払ってるからなぁ。

 

「結局風太郎は授業できたのかな」

 

「どうでしょう。二乃があの調子だと上杉君が追い出されてるか、三玖と喧嘩してるかのどちらかですね」

 

「三玖ちゃんと喧嘩?仲悪いの?」

 

「なんと言いますか、性格が反対なんです。それで口論になることがたまに」

 

「まあ今は三玖ちゃんが風太郎側に付いてると言っても間違いじゃないからね。二乃ちゃんにとっては嬉しい状況とは言えないだろうね」

 

「……気になってきました。急ぎましょう」

 

少し早歩きになる中野ちゃん。よくよく考えたら風太郎が追い出されても三玖ちゃんからしてみれば勉強の邪魔をされたわけだから二乃ちゃんに噛み付く可能性があるのか。

 

確かにちょっと急いだほうがいいかも。

 

 

 

 

 

で、急いで戻ってきたら。

 

「不法侵入ー!!」

 

「ち、違う!俺は取りにきただけだ!」

 

「と、撮るって何をよ!?」

 

風太郎がバスタオル姿の二乃ちゃんを押し倒してる状況に出くわしたのだ。それを中野ちゃんが携帯で撮影して一言、

 

「最低」

 

とここに繋がるのだ。

 

 

そして更に時は流れ、今現在裁判長に俺と一花ちゃん、原告の二乃ちゃん、原告側弁護士の中野ちゃん、被告人の風太郎、被告側弁護士の三玖ちゃんで裁判が行われていた。

 

「裁判長、被告は家庭教師という立場でありながらピチピチの女子高生を目の前に欲望を爆発させてしまった……この写真は上杉被告で間違いありませんね」

 

「被告人、前へ。判決、死刑」

 

本当にダメだよこれは。ベジータに投げ飛ばされて消し炭にされても文句言えないよ。

 

「おいちょっと待て隼人!なんでお前がそっち側なんだ!」

 

「いやお兄さん…裁判長だって状況がよく分からないザマス。こんなけしからん事をする奴はウマキックの刑に処すしかないザマス。ねえ一花裁判長」

 

「たいへんけしからんザマスねぇ」

 

「一花!俺は財布を忘れて…」

 

「……」

 

「さ、裁判長…俺は財布を忘れただけなんです………ていうかなんで裁判長が2人もいるんだ…」

 

バイトから帰ってきてすぐにこの茶番に乗っかってくれる一花ちゃんはノリがいい。アドリブとか強そうだよなぁこの子。

 

「裁判長、この男は一度マンションから出たと見せかけて私のお風呂上がりを待っていました。悪質極まりない犯行に我々はコイツの今後の出入り禁止を要求します」

 

「うんうんこれはよくないザマスねぇ。どう思いますハヤト裁判長」

「出入り禁止ならもうここから出れないザマス」

 

「意義あり。フータローは悪人顔してるけどこれは無罪。私がインターホンで通した。録音もある。これは不運な事故」

 

「録音あるなら決着じゃない?」

「確かにそうなんだけどね。三玖の言う通りだとしてもこんな体勢になるかな…?」

 

一花ちゃんが携帯の画像を見ながら首を傾げる。流石に俺がバスタオル姿の二乃ちゃんの画像をマジマジと見るのもそれはそれで別の裁判が起こりそうだからやらないよ。

 

「うーん……ん?あそこの散らばってる本、あそこの棚から落ちたやつ?」

 

「本……もしかして、棚から落ちた本から二乃を守った…?この画像もよく見ればそうとも受け取れますが、違いますか?」

 

ここで名探偵中野五月が登場した。なるほどそういうことなら風太郎が二乃ちゃんに覆いかぶさったのも納得がいく。

 

「ありがとう五月、その通りだ」

 

「お礼を言われる筋合いはありません。あくまで可能性の一つを提示したまでです」

 

「凄いね中野ちゃん。国語の勉強が活きてきた?」

 

「茶化さないでください幸村君!」

 

「ちょ、ちょっと!何解決した雰囲気だしてんの!?適当なこと言わないで!」

 

二乃ちゃんからしたら合法的に風太郎を追い払って2度と干渉できないようにする絶好のチャンスだ。そりゃ物にしたいんだろうけど、

 

「風太郎に押し倒す度胸なんて無いし、今回はお互いの不注意ってことで終わりにしない?」

 

「二乃もそうカッカしないの。私たち昔は仲良し五姉妹だったじゃん」

 

「ッ……昔はって………私は…」

 

唇を噛みながら二乃ちゃんは部屋を出て行った。本当に悔しいんだろうな。大事な居場所に異分子の俺や風太郎がいても他の姉妹は追い出そうとしない。中野ちゃんですら風太郎を追い出そうとはしないのだから。

 

「はぁ……風太郎、財布が見つかったなら早く帰りな。らいはちゃん待ってるだろ」

 

「あ、ああ。騒ぎになってすまなかったみんな。今日はこれで失礼する」

 

「俺もそろそろお暇……抹茶ソーダ…」

 

「冷蔵庫で冷やしてる。多分いい感じに美味しい」

 

「ありがとう三玖ちゃん」

 

抹茶ソーダを受け取り今度こそ中野家を出る。先に出た風太郎はエレベーター前で待っていてくれた。

 

「これからどうするおつもり?」

 

「時間が解決してくれないものか…」

 

「二乃ちゃんはねぇ、何かアクションが無いと関係は変わらないよ。中野ちゃんもね」

 

「…少し前から思ってたんだが、お前が五月を名前で呼ばないのって」

 

「まぁねぇ……まだ引きずってる」

 

「あれは別にお前が悪いわけじゃ「だとしても、やらかしたのは俺だ。ケジメは俺がつけなきゃいけねぇんだよ」

 

 

 

 

 

「あ」「あ」

 

マンションを出てすぐのところに二乃ちゃんは座り込んでいた。俺と風太郎が出たのを確認すると急いで立ち上がりマンションに入……ろうとして間に合わなかった。

 

「チッ…使えないわね」

 

「えー……」

 

「鍵も持たずに出ちゃって、勢いよく出た手前中の3人に開けてもらうのもバツが悪いとみた」

 

「うるさいわね!あんたたちの顔なんて見たくないわ!」

 

「そこまで言うなら仕方ない。行こうぜ風太郎」

 

「あ、ああ…」

 

風太郎とその場を離れる。二乃ちゃんはそれでもその場に座り込んだままで動かない。

 

「……悪い隼人」

 

「1人で帰れるから心配しなさんな」

 

小走りで二乃ちゃんの元に戻る風太郎。上杉風太郎という男はなんだかんだ優しいのだ。初日に薬を盛られようが、勉強する時間を潰されようが、変態扱いされようが、風太郎は彼女達と向き合うだろう。

 

確かに風太郎にとっては生活がかかった仕事だから嫌でも向き合うのだろうが、それでも風太郎の根っこにはお節介精神が根付いてるんだろうね。

 

「……あ、もしもし中野ちゃん?二乃ちゃんなんだけど、今マンションの玄関のところにいるから……鍵忘れたみたいで。うん、タイミング見てさりげなく中に入れてあげて」

 

お前がお節介焼くなら俺だって焼かせてもらいますよ。少しずつ寒くなってるんだから外に出たら風邪ひいちゃうしね。

 

「そういや………もうすぐ花火大会か」

 

来たる9月30日、花火大会が近づいてきていた。

 




こうして1巻分の話が終わりました。次回から2巻、花火大会になります。隼人の過去が少しだけ明らかに?


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第6話 私たち、今日はお休みです

中野五月の秘密?

実は隼人に苦手科目があることを知って内心ホッとしている?


 

こんばんは。中野五月です。

 

今私は花火が打ち上がって夜空を照らす様をを1人で見ています。

 

みんなとはぐれてしまったから。

 

「もう…みんな何処に……」

 

今日は毎年行われている花火大会です。私たち中野家は毎年姉妹揃ってこの花火大会を見に来ます。それは今年も同じ。でも今年は少しだけ違います。家庭教師の上杉風太郎君とその妹のらいはちゃんも一緒なのです。

 

「あれだけ人数がいて私1人孤立するなんて……自分の方向音痴が嫌になります…」

 

花火が始まる少し前に人の流れによって私たちははぐれてしまいました。こんな時に幸村君がいてくれたら………いやいや!私は何を考えて!

 

「あれは……幸村君?」

 

そんな中、人混みの中に見知った顔を見つけました。最近私に勉強を教えてくれている幸村隼人君。上杉君と違って優しく丁寧な人です。

 

「幸村君!」

 

「ん?中野ちゃんじゃない。花火見に来たの?浴衣似合ってるね」

 

彼は私のことを『中野』と苗字で呼びます。他の姉妹は名前で呼ぶのにそこだけは少し複雑です。今度何故私だけ苗字なのか聞いて見ましょう。

 

「幸村君は1人で来られてるのですか?」

 

「いや、待ち合わせしてるんだけど……中野ちゃんこそ1人?」

 

「私は他の姉妹と上杉君とらいはちゃんの7人で見に来たのですが、はぐれてしまって」

 

「この人だかりだからなぁ。携帯は?」

 

「それが…実はお昼から出掛けていて携帯の充電が無くて……」

 

今日はお昼に上杉君に家庭教師の給料を持って行ってました。上杉君としては『俺はまだ何もしてねぇ』と受け取りを拒否しましたが私も返金は拒否しました。

 

そして上杉君はらいはちゃんに何かしたいことはないかと尋ねると『ゲームセンターに行ってみたい』と、給料のお金を使って3人でゲームセンターに行きました。

 

その後他の姉妹と合流、一度家に戻され宿題を終わらせてから花火大会に来ました。

宿題の合間に携帯を充電するべきでした……

 

「そうだ。俺の携帯に四葉ちゃんのアドレスあるから電話してみるよ」

 

「すみません、お願いします…」

 

休みの日にまで彼に迷惑をかけるハメになるとは。一度幸村君にも何かお礼をしなくては。

 

「うーん、繋がらないなぁ。こうなりゃ風太郎に電話して」

 

「あれ、隼人?おーい!」

 

四葉に電話が繋がらないと判断した幸村君は上杉君に電話をかけようとしました。

そんな時、幸村君に声をかける浴衣の女性が現れました。

 

「……五月ちゃん?」

 

「え?」

 

「やっぱり隼人だ!ヤッホー!元気してた?」

 

どういうことでしょう。彼は今確かに私の名前を言ったはずなのに、何故この女性が反応しているのでしょうか。

 

「ああ、高梨五月………えーっと、元カノです」

 

「え!?」

 

「こんばんは!アタシ高梨五月って言います!もしかして貴女が今の彼女?」

 

「え!?!?!?」

 

「違うって…この子はクラスメイト。友達だっての」

 

「アハハハ、ごめんごめん」

 

元カノ?今幸村君は元カノと言いましたか?元カノ?もとかの?モトカノ?MOTOKANO?????

 

いやいや、落ち着きなさい中野五月!人間生きてるなら恋愛の一つや二つあるかもしれません!いや、どうなのでしょう……ちょっと不安になってきました…。

 

「え、えっと。もしかして幸村君が今日待ち合わせをしていた方は……」

 

「ああ、違う違う。今日は後輩と遊ぶ約束しててね」

 

「そ、そうですか……」

 

 

あれ…私は何故ホッとしてるのでしょう……

 

 

「もしかしてまだ猿ちゃんと遊んでるの?もうそのせいで大変なことになったのに」

 

「それでも貴重な友達なんだわ。俺にとってもアイツらにとってもね」

 

「お友達ですか?」

 

「うん、みんな後輩なんだけど、中学から遊んでたから。10人くらいだからすぐに見つかると思ったんだけどなぁ」

 

「あ、隼人あれ猿ちゃんじゃない?ほら行ってきなよ」

 

「え、いや中野ちゃんがはぐれたままだし「そうなの?じゃあアタシが探すの手伝うから、ほら行った行った」

 

「私は大丈夫ですので、幸村君は行ってください」

 

幸村君は申し訳なさそうな顔で『ごめん』とだけ私に伝え、そのまま人混みの中に消えていきました。

何故でしょう。なんだか少し寂しい気持ちが。

 

「ふふーん、その顔、隼人のこと好きなのかな?」

 

「え、えぇ!?と、突然何を言うのですか!不純です!ハレンチです!」

 

「キャー!可愛いー!私が貰いたいぐらい!!」

 

そう言って私に抱きついてくる高梨さん。初対面なのに距離がかなり近い気がします!!

 

「隼人のやつもこんな可愛い子がいるのに手を出さないなんて。奥手になったねーアイツ」

 

「えっと……昔は違ったのですか?」

 

「うん、昔はもっと凄かったよ。中学の頃から付き合ってたんだ。別れたのは去年の……夏頃だったかな。向こうから別れようって言われたんだ」

 

意外にも別れを切り出したのは幸村君だという。なんだかあまりイメージが湧きませんね。

 

「中野ちゃん、だっけ。アタシ中野ちゃんの恋応援するから!!」

 

「え、ええ!?高梨さんはその…まだ幸村君のことを」

 

「え?ああ、別れた頃は友達としての付き合いは多少あったけど、今は全然。それにアタシも最近彼氏出来たからね。つまり中野ちゃんの恋を応援するのに変な障害は無いからね!」

 

何故でしょう。この人は私が恋をしていると思い込んでおり、それに対する勢いと圧が凄いです。確かに幸村君には勉強を教えてもらってる手前、何か恩返しはしたいと考えてはいますがそれ以上のことは、

 

「ま、いきなり言われても困るよね。たまにでいいから会わない?アタシのアドレス送るね」

 

「あ、すみません。今携帯の充電が無くて」

 

「え、マジ?じゃあ紙に書いとくね」

 

鞄からメモ帳を取り出してスラスラとアドレスを書いていく高梨さん。鞄にメモ帳常備とは備えが凄いですね……

 

「五月!」

 

「!………なんだあなたですか」

 

「残念さを少しは隠しなさい」

 

私の名前を呼ぶ声がしたので振り向くとそこには上杉君の顔がありました。知り合いに再び会えて少しだけ安心しました。

 

「ん?五月の友達……あんた高梨か!」

 

「お、誰かと思えば風太郎君じゃん!やー元気そうだね!」

 

「上杉君も知っているのですか?」

 

「あ、ああ。俺も数回顔を合わせた程度だけだし、今も久々の顔合わせだ」

 

確かに幸村君の友達の上杉君なら会っていてもおかしくはありませんね。

 

「中野ちゃんとはどういう関係なの風太郎?」

 

「関係?……俺たちってどういう関係?」

 

「逆に私に質問しないでください。そうですね…百歩譲って知人でしょうか」

 

赤の他人、と口にしそうになりましたが……まあ今は知人がちょうどいいかもしれませんね。

 

「あなたなら幸村君みたいにもう少し頭を柔らかくすれば答えは自ずと分かるはずですが」

 

「なんでそこで隼人の名前が出てくるんだよ……」

 

「お?やっぱり隼人のことが「違います!違います!違いますー!!」

 

「アハハハ!やっぱり中野ちゃんは面白いなー!とにかく、風太郎と知り合いみたいだし後は任せていい?」

 

「ああ、俺もコイツを探してたんだ。お前が捕まえてくれて助かったぜ」

 

人を犬猫みたいに言わないでほしいのですが、今ばかりは確かに高梨さんと出会って助かったと思っています。

 

「それじゃあね!花火楽しんでー!」

 

「まったく……とにかく、脇道で三玖が休んでるから合流しよう。三玖が動けそうなら2人で二乃と合流してくれ」

 

「あと見つかっていないのは?」

 

「あとは一花だけだ」

 

「まったく、何処に行ったのでしょうか……そういえば、上杉君は二乃が予約しているお店を知って……え!?上杉君!?何処行ったのですか!!?」

 

なんということでしょう。上杉君の姿が消えてしまいまたしても1人になってしまいました。これも私の方向音痴のせいでしょうか……とにかく脇道に三玖がいるというのでそこに向かいましょう。

 

◇◇◇◆◆◆

 

「わぁぁぁん、二乃〜!四葉〜!」

 

「い、五月!?ちょ、あんた何半ベソ「やっと会えました〜!脇道に三玖はいないし上杉君も何処かに行ってしまいましたし!」

 

時計塔でらいはちゃんと一緒に二乃と合流して私たちの元に五月が泣きながらやってきました。これであとは一花と三玖だけですね。

 

「一花は上杉が連れてくるから、あとは三玖ね。まったく何処に行ったのかしらあの子は」

 

「私ちょっと周り見てくるよ!」

 

「また迷子になるんだからあんまり遠くに行くんじゃないわよ!」

 

二乃は家族思いで心配性です。でも私なんかのことを心配してくれて嬉しいです。花火大会が終わるまであと10分ぐらい。なんとしても見つけて見せます!

 

「あれ、上杉さんと三玖?」

 

「だが、ここでお前を1人にするわけには…」

 

「私はもう大丈夫だから」

 

2人で何か話をしているようですが、上杉さんはなんだか焦っているみたいです。それはつまり困っている!!

 

「どうやらお困りのようですね…!」

 

「お、お前は…四葉!!」

 

「お困りごとがあるなら私に話してください!」

 

「えっと……一花がまた迷子になってな!三玖をここで1人にするわけにもいかないからどうしようかって困ってたんだ!お前、三玖を連れて二乃と合流してくれ」

 

「そういうことなら私が一花を探して「いや、俺が行く。俺はお前らとの協力関係にあるパートナーとして、果たすべきことがある」

 

上杉さん…私たちのことをパートナーって…そんな風にに思っててくれたなんて……

 

「……そうだ。四葉お前花火買ってたよな!」

 

「え?ああ、はい。らいはちゃんがまだ持ってますけど」

 

「花火には多分間に合わない。だからお前の買った花火を持って近くの公園に向かってくれ。俺も一花を見つけたらそっちに連れて行く」

 

「え、あ、はい!私に任せてください!」

 

上杉さんはそのまま走り去って行きました。大丈夫、上杉さんならきっと一花を連れてきてくれる。なら私は私のやるべきことをやろう。

 

「行こう三玖!」

 

◆◆◆◇◇◇

 

「おーい、風太郎ー何やってんだー?」

 

「………ッ!!え?寝てないけど!?目を閉じてただけだけだけだけど!?!?」

 

「落ち着け、まずお前は目を閉じてない目を開けてたぞ」

 

花火大会が終わり後輩と別れた帰り道、腕を組んで寝ている風太郎を見つけた。何をやってるのこんなところで……

 

「あれ、ハヤト君?」

 

「一花ちゃ……誰隣の髭おじは?まさかパ、パパパ、パパ活!!?!?」

 

「違うよ落ち着いて!?」

 

「そ、それよりあいつらが待ってる。用事が終わったなら一花借りてくぞ!隼人も時間あるなら来てくれ!」

 

「え?ああ、いいけど」

 

「ま、待ちたまえ!何処へ行くんだ!」

 

風太郎は一花ちゃんの手をとって足早にその場を離れる。髭のおじさんは口では止めようとしたけど距離が離れるに連れて諦めたようだ。

 

「待ってるって…まだみんな会場にいるの?」

 

「いや近くの公園だ。他の奴らも着いてるはずだ」

 

「一花ちゃん、何かあったの?」

 

「えっとね…私の用事でみんなで花火見られなかったからさ……みんなに謝らなくっちゃ」

 

「ま、そうだな…だが花火を諦めるにはまだ早いんじゃないか?」

 

話をしているうちに公園に着いた。公園には人影が四つ。それになんだか花火してるみたいだけど。

 

「あ、一花に上杉さん!それに幸村さんも!」

 

「ゆ、幸村君!?」

 

花火をしていたのは二乃ちゃん、三玖ちゃん、四葉ちゃん、中野ちゃんの4人だった。近くのベンチではらいはちゃんが寝ている。

 

「さあさあ!3人も早く花火始めましょう!」

 

 

 

 

 

「なんか色々あったみたいだな風太郎」

 

「え?ああ、まあな」

 

5人が花火をしている様子を俺と風太郎はベンチに座って眺める。あれから二乃ちゃんが珍しく風太郎に労いの言葉を送ったり、一花ちゃんがみんなに謝ったりと色々あったけど、今では仲良く花火を楽しんでいる。

 

「花火って、コイツら5人にとっては大切なものらしい」

 

「なるほどねぇ。そこで風太郎は迷子になったみんなを集めて花火を……優しいじゃん上杉センセー?」

 

「せ、生徒のモチベーション維持のためだ!………いや…あいつらにとって本当に大事なものってのが伝わったからな」

 

この前の二乃ちゃんの一件から仲が少しは進展したのかなこれは。それだったらお兄さんも嬉しいよ。

 

「幸村君と上杉君もどうです花火」

 

「俺は疲れたから、隼人行ってこいよ」

 

「姉妹水入らずの場にお兄さん行っちゃダメでしょ〜」

 

「せっかく来たんですから!ほら、こっちに来てください!」

 

中野ちゃんに花火を手渡される。二乃ちゃんも三玖ちゃんも四葉ちゃんも楽しそうにしている。一花ちゃんも風太郎と何か話をしている。

 

「ほら、しっかり持ってくださいよ幸村君!」

 

「はいはい、ちゃんと持ってるよ」

 

去年まではこんな日を過ごせるなんて思っても見なかった。悪くないね、こんな日も。

 




簡単なオリキャラ紹介
高梨五月 たかなしいつき
誕生日 2月11日
身長 158
隼人の元カノ。ノリと勢いが強く大体肯定してくれるウーマン。

まさかの元カノ参戦です。隼人と高梨の関係もこの先大事になります。多分。

次回ですが、やはりこれは『幸村隼人の物語』ですので中間試験になります。風太郎、遂に動きます。


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第7話 中間試験・中間試練①

幸村隼人の秘密

好きな飲み物はリンゴジュース。最近飲んでいるのは抹茶ソーダ。


 

「来週から中間試験が始まります。念のために言っておきますが、今回も30点以下は赤点とします。各自復習を怠らないように」

 

いよいよ中間試験が始まろうとしている。この時期になると部活もいくつかは活動を自粛したり図書室の利用者なども増える。

 

俺としては数学と英語だけ重点を置けばなんとかなるけど、例の五つ子はそうはいかないだろう。現に風太郎も試験モード発動中だ。

 

「五月」

 

「なんですか?今予習中なのですが」

 

「いやー頑張ってるなーと思って。休み時間なのに予習してるなんて偉い!」

 

「……」

 

「家でも自習をしていると聞いているぞ。無遅刻無欠席で忘れ物も無し。同じクラスだからわかる。お前は姉妹の中で1番真面目だ!」

 

「そ、そうでしょうか…」

 

「ああ!ただ馬k「ちょちょちょーい!!わーわー!!」な、なんだよ隼人」

 

なんなの?途中までいい雰囲気だったのにそれをぶち壊すような台詞をなんでそうポンポン吐けるかな君!?

 

「お前、もっとこう手心というかさ」

 

「手心?俺としては五月に勉強会に参加してもらいたいと」

 

「言い方にトゲが微妙に含まれてるの!」

 

ヒソヒソと風太郎にアドバイスを送るも風太郎としてはあまり納得が行ってないみたいだ。思ったことを直球で投げすぎなんだ、それで何回痛い目にあったんだまったく。

 

「ちょうどよかった幸村君。この問題を教えてもらってもいいですか?」

 

「え?ああ、勿論いいけど」

 

「あ、あのー俺は…」

 

「ストレートに馬鹿と言われかけた人の気持ちを少しは考えたらどうですか」

 

「…………」

 

上杉風太郎!正論で撃沈!!!

 

◇ーーーーー◇

 

「あらあら、どうしたのその紅葉」

 

「二乃にビンタされた。俺は普通に勉強会に誘っただけなのに」

 

放課後の図書室。流石にまだ中間試験まで時間があるためか今日は人はまばらだ。これがだんだん増えてくるんだよねぇ。

 

「上杉さん!幸村さん!問題です、今日の私はいつもとどこが違うでしょーか!」

 

「お前らもうすぐ何があるか知ってるのか?」

 

「無視!!幸村さ〜ん!」

 

「うーん、どこだろーなー」

 

「見てください上杉さん!幸村さんはちゃんと真剣に考えてくれてるんですよ!少しは見習ってください!!」

 

そりゃ俺まで無視したら可哀想だし……それにどこが違うかなんて聞かれたら探したくなるのがお兄さんの性なんだよね。

 

「あ、林間学校だ!」

 

「楽しみ」

 

「試験は眼中にないってか?頼もしいな」

 

「あはは、わかってるってー」

 

中間試験が終われば次は林間学校だ。まあその林間学校が終われば今度は期末試験なんだけどね。

 

「あ、リボンの柄かな」

 

「正解です!今はチェックがトレンドらしいので取り入れてみました!!」

 

「お前の答案用紙もチェックが流行中だよかったな」

 

「わーお最先端〜〜」

 

風太郎が焦るのも分かる。確かにこのままじゃ試験は乗り切れない。林間学校など夢のまた夢だろう。いやまあ行けるっちゃ行けるけどさ、焦っても仕方ないだろうし。

 

「中間試験は国数英社理の5科目!これから1週間徹底的に対策していくぞ!」

 

「「「え〜」」」

 

「なんで隼人まで嫌がるんだよ!お前もやるんだよ!」

 

「でもそんなに焦っても仕方ないでしょ?言い方キツくなるけど、みんな点数はあんまり変わってないんだ。無理に急かすのも良くないんじゃない?」

 

「そーそー。私たちも頑張るからさっ、じっくり付き合ってよ。ご褒美くれるんだったらもっと頑張るんだけどね」

 

「駅前のフルーツパフェがいいです!」

 

「私は抹茶パフェ」

 

「俺が奢るみたいな流れやめろ!それより手を動かせ!」

 

ガミガミ怒りながらも風太郎は三玖ちゃんに英語を教える。苦手な科目にも積極的に取り組むようになってよかったじゃないの風太郎。お前の頑張りがこうやって一歩ずつ成績に繋がっていくんだ。

 

◇ーーーーー◇

 

「うーん、まさか五月が来ないなんて…」

 

「案外ハヤト君の名前出せば来たかもよ?」

 

「やっぱり五月はハヤトのことが」

 

「本人の前でそういうお話はお控えなすってお嬢様がた」

 

駅前のお店でパフェを頬張るお嬢様3人と俺。今日は勉強頑張ってたしこれがそのご褒美になるのならお兄さんも財布の紐を緩めるけど、色恋沙汰の話となるとまた変わってくるよ?

 

「三玖としてフータロー君に来てほしかったんじゃない?」

 

「そ、そんなことは」

 

「上杉さん普通に『勉強するから帰る』って帰っちゃいましたもんね」

 

「風太郎はそういう奴だもんねぇ。なんとなく予想はしてたよ」

 

「そういえばハヤト君ってフータロー君と仲良いけど、いつからの付き合いなの?」

 

「確かに!」「気になる」

 

俺と風太郎の馴れ初めねぇ。そんな大したもんじゃないけど、この子達も興味津々だしなぁ。

 

「知り合ったのは高一の時、同じクラスだったんだよ。そんでまぁ、色々あって今に至る」

 

「その色々を聞きたいんですよ!!」

 

「色々は色々だよ……そうだ、今度の中間試験で赤点取らなかったら教えてあげる」

 

「フータローみたいなこと言ってる」

 

「その約束忘れないでよ〜?赤点回避ならなんとかなるもんね」

 

「そうですよ!私たちだってレベルアップしてるんですから!!」

 

俺としては赤点回避してほしいけど、もし話すとなると何処まで話をすればいいか分からないなぁ。

 

「あ、幸村さん携帯鳴ってますよ」

 

「風太郎からだ。ちょっと席外すね」

 

「フータロー君だったら別にいいのに」

 

「そういうわけにはいかないのよ。あい幸村ですよー」

 

『隼人、助けてくれ………』

 

◇ーーーーー◇

 

「私結婚しました!ご祝儀ください!」

 

翌日。中野家で人生ゲームをする俺、風太郎、一花ちゃん、三玖ちゃん、四葉ちゃん。今は四葉ちゃんが結婚して三玖ちゃんのターンだ。

 

「スカウトされて女優になるだって」

 

「もーそれ私が狙ってたのにー!」

 

「ゲームでも貧乏な俺…ハハ………ってエンジョイしてる場合かー!自分の人生をどうにかしろ!!」

 

爆発する風太郎。言ってることはごもっともなんだがな……

 

 

 

 

 

「はぁ!?お前…それホントか?」

 

『中野父に言われた……次の中間試験、誰か1人でも赤点を取ったら解雇だって』

 

あの時電話で風太郎から伝えられたのは中野父からの試練とも言える内容だった。確かに自分の子供に赤点を取らすような教え方をする家庭教師なら解雇するだろう。分からなくもないが…

 

「いくらなんでも……厳しくないか?」

 

『厳しいどころの話じゃない!このままだと全員赤点で俺は解雇される……そこでだ』

 

「まさか……」

 

『頼む!中間試験の期間中、五月のことを見てやってくれ!この期間中に五月との関係を修復するのは難しい。俺も出来る限りのサポートはする!だから』

 

「……分かった。高くつくぞこれは」

 

『すまん!』

 

 

 

 

 

こうしてテストまでの家庭教師補佐として中野家にお邪魔しているのだが、担当の中野ちゃんが二乃ちゃんと出かけていていない!これは困ったぞ!

 

「でも今日はたくさん勉強したし休憩しようよ」

 

「もう頭がパンクしそうです〜」

 

「そうだが…」

 

「フータロー、なんかいつもより焦ってる…私たちそんなに危ない?」

 

家庭教師生活がかかっている。それはつまり上杉家の運命がかかっていると言っても過言ではない。風太郎としてはなんとしても彼女達に赤点を回避してもらいたい。だけど今日はもう集中力も切れてるしこれ以上は、

 

「あ、それなら私から提案があるんだけど「あー!なんだ勉強サボって遊んでるじゃない」

 

「幸村君!?今日は何故こちらに!?」

 

あーだこーだ考えてるうちに中野ちゃんと二乃ちゃんが帰ってきた。さあさあどうしたもんか。

 

「私もやるーあんた代わりなさいよ」

 

「お、おい「うわお金少なっ!あんたも混ざる五月?」

 

「五月…昨日は「これから自習をがあるので失礼します」

 

風太郎のやつまた何かやったのか?この2人は喧嘩しないと気が済まないのだろうか。そんな関係はよろしくない。今後のためにも。

 

「あんたは今日のカテキョー終わったんでしょ!ほら帰んなさいよ!」

 

「待って二乃。今日は泊まりこみで2人が勉強教えてくれるんだよ」

 

「え?」「えっ」「「「「ええっー!!?」」」」

 

二乃ちゃんを引き止めた一花ちゃんからの爆弾発言。ちょっとお兄さん聞いてないなーそれは!!

 

◇ーーーーー◇

 

結局泊まることになった。正直に話すと俺としては泊まるのは賛成だ。こんなこと滅多にあるものじゃないから。でも女の子たちはいいのか?五月ちゃんと付き合ってた頃も泊まったことはあるけど、今は正直彼女たちとの関係も状況も全然違う。

 

「上杉さんお風呂長いね」

 

「きっと美少女たちの残り湯を堪能してるんだよ。幸村君は堪能できた?」

 

「ノーコメントで」

 

「あ、帰ってきた。おかえりなさーい」

 

「ああ…おあとー…」

 

風呂に入った後なのに顔色悪すぎる。さっき二乃ちゃんが風呂場の方から帰ってきたのと関係あるのか?

 

「どうした風太郎」

 

「二乃に赤点解雇がバレた…」

 

「マジかぁ……絶対勉強に勤しまないよ…勤しまないことに勤しむよあの子」

 

二乃ちゃんにとって赤点解雇は好都合。このチャンスをモノにするために全力で妨害してくる可能性もある。いや勉強しないことが妨害にはなってるけども!

 

「フータロー君、そろそろ初めない?三玖も分からないところがあるって」

 

「そうですね。幸村君、今日はよろしくお願いします。二乃、勉強するので少し教材を広げますよ」

 

「どうぞご自由にー」

 

「ったく…ああ!答えてやるぞ!分からないことがあったらなんでも聞いてくれ!五月も質問してくれてもいいからな!」

 

「幸村君に聞くので問題ありません」

 

これは相当ですね!確かに今回ばかりは俺に任せるのも頷ける。

 

「教えてほしいこと……好きな女子のタイプは」

 

「ブッ!?」

 

そして向こうの机では三玖ちゃんの更なる爆弾が投下された。ほら風太郎もそれ今関係ある?みたいな顔してるよ。

 

「私も興味あります!あ、幸村さんのも興味あります!」

 

「え、俺も!?」

 

「ゆ、幸村君!こ、こここここの問題なんでですが!!!」

 

「中野ちゃんも一旦落ち着こうか!」

 

「よし!そんなに知りたいなら教えてやる!俺と隼人の好きな女子の要素トップ3を!!ただしノートを1ページ埋めるごとに発表します」

 

「おい!俺を巻き込むな!中野ちゃんも必死にならないで!?」

 

いや、これでやる気に火がついたならある意味で風太郎の作戦勝ちだろう。彼女たちの興味を利用して悪い気がちょっとするけど、背に腹はかえられないか。

 

それから大体1時間。

 

「3ページ埋めました!」

 

「3ページ埋めた」

 

「3ページ埋めたよ」

 

「3ページ埋めました」

 

4人はそれぞれノートを埋め終わったようだ。中野ちゃんもそれなりに集中出来てたし、ノートも綺麗にまとめられている。真面目なんだから本当は風太郎と相性いいと思うんだけどなぁ。

 

「よし、言い出しっぺだ。俺から発表するぞ」

 

「お願いします!」

 

「第3位!いつも元気!」

 

「次…」

 

「第2位!料理上手!」

 

「1位はなにかな〜?」

 

「第1位!お兄ちゃん想いだ!」

 

「それあんたの妹ちゃん!!」

 

まさかの二乃ちゃんからのツッコミだ。これは貴重だ。

まあ風太郎の恋愛に対するスタンスは前々から知ってたからなんとなくの予想はできたけど。

 

「隼人、次頼む」

 

「俺かぁ……第3位は明るい子、第2位はよく食べる子、第1位は………」

 

「1位は……」

 

「みんなが赤点を回避したら教えます」

 

「「「「「えぇぇー!!!」」」」」

 

「その手があったか……この手の話題はお前が一枚上手だったな…」

 

 

 

 

 

それからまた1時間。意外にも勉強会は滞りなく進み、そろそろお開きになろうとしていた。

 

「うん、解けてる解けてる。お兄さんの教えが生きてるようで嬉しいザマスよ」

 

「これも幸村君が親切に教えてくれたおかげです。二乃も幸村君から教わってはどうです?」

 

「パス。どうせあんたもテストまでの臨時でしょ」

 

「まあね。正直俺も数学と英語は教えられる立場じゃないから」

 

「そうですか?このプリントの数学の問題なんて随分解きやすかったですよ。まるで私のレベルに合わせてくれてるようで」

 

「ああそれね。風太郎が中野ちゃん用に俺に渡したんだよ」

 

「えっ」

 

そりゃ驚くよな。風太郎も風太郎で中野ちゃんのことを完全に諦めたわけじゃない。見捨てたわけじゃない。あいつなりに考えてるんだ。

 

「これは二乃ちゃんの。二乃ちゃんは英語が得意そうだから気持ち難しくなってるって」

 

「いらないわよこんなの……」

 

「ま、煮るなり焼くなり解くなり後で好きにしたらいいよ。だから受け取って」

 

「………くだらないわ」

 

二乃ちゃんはプリントを受け取るとそのまま自分の部屋へと戻っていった。中間試験までの間にあの子が勉強に対して前向きに取り組むとは……申し訳ないが思えない。だけど次の期末試験までは期間がある。その間にケリをつけないとな。

 

「君もね」

 

「え?何がですか?」

 

「風太郎に中野ちゃん、2人揃って意地っぱりなんだから。確かに素直になるのは簡単なことじゃないけどさ…………一度素直になればそんなに苦しむこともないんだから……辛かったでしょ」

 

中野ちゃんの瞳からは涙が溢れかけていた。幸い…なのか、他の姉妹は気づいていないみたいだけど。きっと根が優しいから、風太郎に対して怒っていてもどこか後悔がつきまとって辛い思いをするんだろう。

 

「私だって些細なことでムキになる自分が嫌なんです……でも、上杉君とは馬が合いません…昨日も諍いを起こしてしまいました…」

 

「ホント似た者同士なことで。ちょっと妬けちゃうなぁ」

 

「茶化さないでください…」

 

似た者同士だから謝りたくても謝れない。そんでもってお互いずっと気にしてるんだから。

 

「ま、今日はゆっくり休んで明日また頑張ろう。ね?」

 

「はい……」

 

中野ちゃんは目を擦りながら自室に戻っていった。こっからは俺じゃなくて風太郎の出番だからな。

 

「そういえば上杉さんと幸村さんは何処で寝るんですか?」

 

「そこのソファで…」

 

「なんか敷く物貸してくれるなら床ででも寝れるけど」

 

「お客様を床やソファで寝させられません!」

 

「フータローは私のベッド使っていいよ」

 

「じゃあ幸村さんは私のベッドを使ってください!」

 

それでいいのか花の女子高生よ……お兄さんは先行きが心配だよ。ヨヨヨ…

 

◇ーーーーー◇

 

「風太郎、ちょっといいか?」

 

「どうした隼人」

 

深夜1時を回った頃、明日の準備を終わらせた俺と風太郎はベランダに出た。

 

「ハハッ、流石に冷えるな」

 

「……大事な話か?」

 

「まあな。中野ちゃんはお前と似た者同士なんだよ。どっちも意地っぱりでどっちも不器用でどっちも素直になれない」

 

「……それ一花にも言われた。そんで俺にしか出来ないことがある、とも言われた」

 

「なんだ先に言われてたか。じゃああとは任せてもいいよな?」

 

「………俺だって、いつまでもこの状況でいるわけにはいかないしな」

 

どうやら風太郎は自分にしか出来ないことを分かってるみたいだ。素直になれないからこその解決法だろう。

 

「俺も俺が必要とされる限り、やれることはやり続けるよ」

 

「ああ、これからも頼むぜ隼人」

 

まだまだ問題は山積みだけど、支えあえばきっと問題は解決できる。俺はそう信じてるぞ。

 

 

 

 

 

「………ホントにベッドで寝ていいのかな…」

 

なんだか申し訳ない気持ちになる。大丈夫?俺臭わない?大丈夫?大丈夫?

 

「失礼しまーす……」

 

あ、いい匂い

 

案外布団に潜ってすぐに眠りにつけた。そんな夜だった。

 




1人家庭教師が増えればきっと変わるものもある。ということで臨時家庭教師補佐が爆誕しました。

次回は中間試験当日まで……いけたらいいな!


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第8話 中間試験・中間試練②

幸村隼人の秘密

好きなおにぎりの具は鮭


 

「………ん…」

 

一瞬見知らぬ天井という新世紀な朝を迎えたかと思ったが頭が覚醒した今ではちゃんと四葉ちゃんの部屋だと認識できる。

 

「ゆ、幸村さん!?お、おはようございます!!」

 

「ああ……おはよ〜………お?」

 

再度確認しよう。俺は昨日四葉ちゃんの部屋に泊まった。そして今目の前で着替えているのは四葉ちゃん。ここは四葉ちゃんの部屋。何もおかしくはない。

 

おかしくないけどこの状況はマズイでしょ!

 

「「わぁぁぁぁぁぁ!!?ごめんなさぁぁぁぁぁぁい!!!!!」」

 

急いで部屋から出る。朝からご利益のあるものを見たけど下手したら寿命が一気に0になっていたところだった。

 

「何よ朝からうるさいわね」

 

「ああ…ごめんね二乃ちゃん。あとおはよ」

 

「結局泊まったのね。まあいいわあんた朝はどうするの」

 

「朝……朝は白ライスと味噌スープ」

 

「変な言い回しね……食べるのか食べないのかを聞いてるのよ」

 

「え、食べていいの?やったー!」

 

「しまった。聞くんじゃなかったわ」

 

リビングに向かうと二乃ちゃんが人数分の朝食を用意していた。朝は二乃ちゃんが用意してるのね。朝から手が込んでるねぇこれ。

 

「凄いねこれ…いや凄……え、凄くない?」

 

「語彙力無くなってるわよ。いいからさっさと食べて帰んなさいよ」

 

「凄いこの、なんだろ、卵…たまご……たまごぶわーって………美味しい!!」

 

「昔の五月みたいな反応ね」

 

とにかくおいしい。朝からこんな豪勢なものを食べられるとはやはりお嬢様だ。

 

「朝は二乃ちゃんがいつも作ってるの?」

 

「前に当番制にしたことがあるわ。一花は出前を取ろうとして、三玖は論外、四葉はフィーリングで作るし、五月はご飯1人三合も炊こうとしたのよ」

 

「なるほど、二乃ちゃんが料理上手な理由がわかったよ」

 

「二乃ー!三玖探してくるねー!」

 

「あんた、まったくパンくらい食べて行きなさいよ!」

 

「ありふぁふぉー!」

 

バタバタ足早に階段を駆け降りた四葉ちゃんにパンを咥えさせ送り出す二乃ちゃん。いいお母さんになりそうだ。

 

「三玖ちゃんいないの?」

 

「朝起きたらいなかったよ」

 

「おはようございます二乃、幸村君」

 

次に階段を降りてきたのは一花ちゃんと中野ちゃん。2人ともしっかり着替えて偉い!俺ジャージのままなんだけど!!申し訳ない!

 

「上杉君は」

 

「まだ寝てるんじゃないかな?」

 

「あ、五月ちゃん髪の毛ハネてるよ」

 

「え、本当ですか!?」

 

「まったく、シャンとしなさいよ五月。ほらジッとして」

 

中野ちゃんの寝癖を直す二乃ちゃん。こうしてみるとホントに仲の良い姉妹なんだけどなぁ。やっぱり俺たちが介入したせいで分断されちゃってる感あるなぁ。そこはホントに申し訳ないと思ってる。

 

「そうだ!ちょうど三玖もいないし五月ちゃんの髪変えてみようか」

 

「え…マジ?あいつに私たちの区別なんてできるわけないでしょ」

 

「ハヤト君はわかる?」

 

「うーん、喋ってくれたらわかる」

 

「それは誰でも分かるでしょ」

 

「ちょっと!私で遊ばないでください!!」

 

時間にして3分ぐらい。三玖ちゃん(中野ちゃん)が完成した。確かにパッと見分かんないな。まだ髪色と、中野ちゃんと三玖ちゃんの場合は目の開き具合でなんとか分かる感じかな。

 

「どうなると思う?私は気づくと思うけど」

 

「気づかずに五月を怒らせる」

 

「混乱してとりあえず部屋から追い出す、かな」

 

そして中野ちゃんが風太郎の寝ている三玖ちゃんの部屋に向かい部屋をノックする…前に風太郎が起きてきた。

 

「ど…どうした五月」

 

「わかるんですね……」

 

「よ、用がないならもういいかな!?着替えるから!」

 

「ええっ!?………もう結構です!」

 

結果、風太郎は中野ちゃんに気がついたけど追い出した。それで怒らせて中野ちゃんは部屋に戻ってしまう、だった。

 

「あーあ、やっぱり怒らせた」

 

「風太郎って感じはするけどね…」

 

◇ーーーーー◇

 

その後三玖ちゃんが朝から図書館に行ったと言うので風太郎と一花ちゃんは図書館へと向かった。

中野ちゃんはまだ整理がつかないようで、とりあえず家で俺が勉強を教えることになった。二乃ちゃんは部屋に戻っている。

 

「ここはね……中野ちゃん?」

 

「……えっ……ああ!すみません!」

 

「うたた寝とは珍しいね。もしかしてあんまり寝れなかった?」

 

「いえ、そんなことは……」

 

「うーん、じゃあちょっと休憩しようか。俺も小腹空いたし。コンビニ行くけど何か欲しいものある?」

 

「それなら私も「いいからいいから、中野ちゃんは休んでて。欲しいものがないならお兄さんのセンスになるけどいい?」

 

「…でしたらおにぎりを……」

 

「お任せあれ」

 

流石に中野ちゃんだけに買ってくるのもなんだし、二乃ちゃんにも何か買ってこよう。

 

「二乃ちゃん、コンビニ行くけど何かいる?」

 

「それなら何か甘いもの買ってきて。あんたのセンスに任せるわ」

 

「りょーかいお嬢様」

 

出て行ったついでにそのまま帰れ、なんて言われると思ったけどそんなことはなかった。流石に頼むだけ頼んで締め出すなんてことはしないか。

 

「それじゃ行ってくるから…………素直になるんだよー中野ちゃん」

 

「え?」

 

中野ちゃんはキョトンとした顔をしていたけど、まあここいらが丁度いいタイミングというものだ。俺はメールで風太郎に一言、

 

『急げよ意地っぱりカテキョー』

 

と送った。

 

 

 

 

 

◇ーーーーー◇

 

 

 

 

 

 

それからしばらく経って、

 

「わぁぁぁぁぁ!!起きろお前らぁぁ!!」

 

風太郎の怒号で目を覚ました。体が痛い。あとなんか重い。お腹の上になにかが乗ってるような……

 

「あれ…中野ちゃん……中野ちゃん起きて…」

 

「………ん…」

 

「モゾモゾしないで…お兄さんのお腹は枕じゃないのよ……それより下にいっちゃダメダメ!」

 

「………!!ご、ごめんなさい幸村君!!」

 

慌てながら起きる中野ちゃん。それに合わせて他の姉妹も目を覚ました。

 

昨日俺たちは中野家で効率度外視で一夜漬けを敢行、そのままリビングで寝落ちをしてしまったようだ。

 

「なあ隼人。確認だがうちの学校は8時半登校だよな」

 

「そーだね。テストの時はそっから15分後に開始だ」

 

「あの時計、壊れてるとか…ないかな?」

 

8時15分。7時15分ではない。おっとこれはタチの悪い夢かな?

 

「急げ遅刻だ!!」

 

そこからのみんなの行動はとても早かった。他の姉妹が部屋に戻って着替えている間に俺と風太郎はリビングで着替え、机に散らばった姉妹たちの勉強道具も片付ける。

 

「風太郎、先に行ってエレベーター呼べ!」

 

「分かった!」

 

降りてきた姉妹たちに勉強道具を渡して家を出る。エレベーターもちょうど来てくれたみたいだ。

 

「お前ら確か車通学だったよな。これなら間に合いそうだ」

 

「江端さんはお父さんの秘書だから」

 

「……つまり、車は無し?」

 

「お父さんが家にいたら良かったのにね」

 

それはそれで俺と風太郎が気まずい。それにしてもここから走りとなるとギリギリだな。

 

「みんな遅いよー!」

 

「四葉ちゃん早くない!?」

 

「今はテストが大事だ!俺らに構うな!行け四葉!!」

 

あっという間に姿が見えなくなった四葉ちゃん。足早いねあの子。

 

「あー、やっぱメイクしたいわ。スッピン見せたくないし」

 

「他の姉妹がバンバンスッピンだろ!」

 

「スッピンでも可愛いから、たまにはスッピンもいいんじゃない!?」

 

走りながらメイク道具と睨めっこする二乃ちゃん。オシャレ上級者は意識が違うね!今は走るのに集中してほしいけど!

 

「最近学校の入り口に生徒指導の先生立ってなかった?」

 

「怖そうな先生だし遅刻したらテストどころじゃないかも」

 

冗談じゃない。俺も少ししか手伝えてないけど彼女たちは頑張ってたんだ。それなのに遅刻してテスト受けれませんでしたからの赤点解雇コースは流石の俺も納得がいかないね。

 

「も、もうダメです……」

 

「諦めないで中野ちゃん!」

 

「いいえ…もう限界です……お腹が空いて力が出ません…」

 

「………コンビニ寄ろっか」

 

◇ーーーーー◇

 

風太郎と中野ちゃんがおにぎりを吟味している間、俺と二乃ちゃんは外でパンを食べていた。

 

「あんた、あの2人に何吹き込んだのか知らないけど」

 

「うん」

 

「まあ……あいつと五月が仲良くしてるのはちょっと気に入らないけど………五月が辛そうにしてるのは見てられなかった…あいつと五月が仲直りしたの、あんたのおかげなんでしょ」

 

あの日以来2人はそれなりに距離を近づけた気がする。俺がコンビニから帰ってきた時なんか風太郎が中野ちゃんに普通に勉強を教えていたのだから。やっぱり仲良しが1番だね。2人とも素直になれてよかったよ。

 

「仲直りしたのは本人たちがこのままじゃいけないと思ったからだよ」

 

「……あっそ、じゃあそういうことにしといてあげるわ………ありがと」

 

「……まさか二乃ちゃんかお礼の言葉を聞けるとは」

 

「お礼くらい言うわよ!てか一花と三玖は何してんのよ!」

 

話題を変えたいのか一花ちゃんと三玖ちゃんに話を振る。2人は少年と話をしてるみたいだ。

 

「迷子みたい」

 

「ママとはぐれちゃったのかな〜?お姉さんたちにお話聞かせて?」

 

お母さんに会いたい…(I wanna meet my mommy….)

 

まさかの英語!!不味いな…俺も話を聞いてやれる可能性が限りなくゼロに近い。こんな時に役に立たないな俺!!

 

「時間無いわよ。どうすんの」

 

「風太郎はまだレジだ。こうなりゃ一か八か俺が」

 

病院はどっち?(Where is the hospital?)

 

「今、ホスピタルって言わなかった?」

 

「ホスピタル…中央病院なら近くにあるけど」

 

「うーん……お母さんと一緒に病院に行ったのかな?(Did you…go to the hospital with your mother?)

 

頷く少年。一花ちゃんの英語が通じたのだ。まさかこんなタイミングで勉強の成果が発揮されるとはね。風太郎の教えがちゃんと生きてる証拠だね。

 

 

 

 

 

「無事お母さんの元に届けられてよかったね」

 

「うんうんよかったね。ところで君たち何か忘れてないかな?」

 

少年を無事お母さんの元に届けられたが、残念なことに風太郎が見せた携帯には8時33分の文字が映し出されていた。

 

「ど、どうしましょう!」

 

「言っとくけど、あんたたち2人もおにぎり選ぶのに時間がかかってるんだからね!」

 

「それについてはすまん……だが俺に案がある」

 

そう言うと風太郎は誰かに電話をかける。風太郎のアドレスとなると…四葉ちゃんか?

 

「四葉か?もう学校に着いてるか?いやいい、そのまま学校にいてくれ。ああ、任せろ」

 

「フータロー君、どうするつもり?」

 

「四葉が学校にいるのは確認できた。一度登校した生徒なら生徒指導も厳しくいえないだろ。そこでだ……お前たち全員、四葉のドッペルゲンガーになれ」

 

「フータローとハヤトは?」

 

「俺たちは……まだアテがあるよな」

 

「アイツか……任せな」

 

◇ーーーーー◇

 

「あ、良かった!みんな入れたんだね!」

 

「フータロー君がドッペルゲンガー作戦を思いついてくれてね」

 

「でも、肝心のフータローとハヤトがいない」

 

「あの2人、自信満々って雰囲気だったけど、入れたのかしら」

 

「心配は無用だ」

 

俺たち2人のことを心配してくれているところに俺と風太郎も合流できた。5人とも何故俺たちが廊下を歩いてきたのか、不思議そうな顔をしている。

 

「隼人の後輩に頼んで裏ルートから入ったんだ」

 

「猿渡佐助って名前だ。俺の名前出せばみんなのことも助けてくれると思うよ」

 

「幸村に佐助……真田十勇士みたい…」

 

確かに他にも9人ぐらい頼れる後輩がいるけど、今はそのことは置いといて。

 

「あと俺がお前らに伝えられる事は1つだけだ。努力した自分を信じろ」

 

「全員力を出し切ろう。約束だ」

 

「いい点とって2人を驚かせよう!」

 

「手は抜かないけど、あんたたちの為じゃないわよ」

 

「ここまで頑張ってきた。全力を出し切る」

 

「みんなでまた笑顔で会いましょう!」

 

「死力を尽くしましょう!」

 

『頑張るぞーっ!おーーっ!!!』

 

 

努力と絆の集大成。中間試験・中間試練本番、ついにスタートだ。

 




やはりこの物語はどっちかというと『幸村隼人』の物語になりますので原作での名場面が書かれないことがあると思います。今後もそのような場面があると思います。ですので原作を買ってください!!!この物語を読む前に原作を読もう!!!!隼人のシーンは名場面の裏側でもしかしたらこんなこともあったかも程度に考えてください。

途中の一花と少年の英語のやりとりはGoogle先生を頼ったので多分あってると思います!私自身英語がダメなのでなんとも言えません!

次回、中間試験・中間試練、完!!


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第9話 中間試験・中間試練③

幸村隼人の秘密

少し前までテスト1週間前はまったく勉強していない。


 

「よぉ、集まってもらって悪いな」

 

中間試験から数日後。俺と風太郎と五つ子は図書室に集まっていた。勿体ぶるつもりはない、中間試験の報告だ。

 

「早速で悪いが、答案用紙を見せてくれ」

 

「見せたくありません!」

 

答案用紙を見せることを拒否したのは意外にも中野ちゃんだった。二乃ちゃんあたりが拒否しそうと思っていたけど、その二乃ちゃん本人は頬杖をついて黙り込んでいる。

 

「テストの点数なんて他人に教えるものではありません!個人情報です!断固拒否します!!」

 

「中野ちゃん……その口ぶりだと」

 

「はぁ……なんだ知ってるのか……ありがとな、だが覚悟はしている。見せてくれ」

 

五つ子たちが答案用紙を机の上に出す。それぞれの点数は、

 

中野一花

国語 19 数学 39 理科 26 

社会 18 英語 28 合計 130

「私は数学だけ。今の私じゃこんなもんかな」

 

中野二乃

国語 16 数学 24 理科 28

社会 14 英語 43 合計 125

「国数理社が赤点よ。言っとくけど手は抜いてないから」

 

中野三玖

国語 25 数学 29 理科 24

社会 68 英語 21 合計 167

「社会は68点。その他はギリギリ赤点。悔しい」

 

中野四葉

国語 31 数学 09 理科 19

社会 22 英語 18 合計 99

「他の四科目はダメでしたが国語は山勘が当たって30点を超えました!こんな点数初めてです!」

 

中野五月

国語 29 数学 22 理科 58

社会 22 英語 23 合計 154

「合格ラインを超えたのは一科目…理科のみです……」

 

「そうか……隼人、お前は」

 

「え、俺も出すの??」

 

幸村隼人

国語 90 数学 38 理科 52

社会 66 英語 40 合計 286

「なんか社会難しくなかった?」

 

「それより数学と英語をなんとかしろ……」

 

「そんなこと言うなら風太郎も……いやいいわ。どうせ全部100なんでしょ!」

 

「ああ。それにしても短期間とはいえあれだけ勉強したのに30点も取ってくれないとは……改めてお前らの頭の悪さを実感して落ち込むぞ…」

 

それでもみんな最初の全員合わせて100点の頃に比べたら確実にレベルアップしている。多分それは風太郎も実感しているだろう。でもみんながこの点数となると……

 

「三玖、今回の難易度で68点は大したものだ。隼人に勝ってるんだぞ。今後は姉妹に教えられる箇所は自信を持って教えてやれ」

 

「え?」

 

「四葉、イージーミスが目立つぞ勿体ない。お前は勉強に対して前向きなんだ、このまま続ければ隼人に追いつける。焦らずに慎重にな」

 

「了解です!」

 

「一花、お前は一つの問題に拘らなさすぎだ。最後まで諦めなかったら隼人をもっと引き離せれるぞ」

 

「はーい」

 

「二乃、お前は最後まで言うことを聞かなかったな。でもお前なりに頑張ってくれたんだと思う。英語は隼人に勝ってるしな。だけど油断すんなよ」

 

「ふん」

 

「五月、お前は本当にバカ不器用だな!一問に時間かけすぎて最後まで解けてねぇじゃねぇか!!」

 

「は、反省点ではあります……」

 

「自分でわかってるならいい。次から気をつけろよ。隼人からもコイツらになんか言ってやれ」

 

風太郎からの評価が終わったと思ったらまさかの俺!家庭教師じゃない俺が評価してもいいものだろうか……いや、これも教えた者としての責務か。

 

「じゃあ手短に。みんなお疲れ様。勉強のせいかは絶対に出てる。これからも続けていけば俺なんか追い越せるよ」

 

「そういえば赤点取ったから隼人さんの好みの女性が分からずじまいですね」

 

「フータロー君との馴れ初めもね」

 

「なんだそれ」

 

「風太郎は気にしなくていいから。とにかく!俺から言えるのはみんな100点取れる素質はあるんだ。諦めないでね。俺との約束だ」

 

「隼人はテストが終わるまでの臨時だし、俺は他のバイトで来れなくなる。俺たちがいなくても勉強しろよ」

 

「フータロー?他のバイトってどういうこと?来られないって…なんでそんなこと言うの?私は「上杉君、父から電話です」

 

三玖ちゃんの言葉を遮るように中野父からの着信が入る。これで風太郎が報告すれば家庭教師生活は終わる。

 

「上杉です………つきませんよ、ただ……次からコイツらにはもっと良い家庭教師をつけてやってください」

 

「風太郎…なんとかならn「ちょっと貸しなさい」

 

試験結果を伝えようとした風太郎から携帯を奪ったのはまさかの二乃ちゃんだった。

 

「パパ?二乃だけど。一つ聞いていい?なんでこんな条件を出したの?………私たちのためってことね。ありがとうパパ…でも相応しいかなんて数字だけじゃわからないわ」

 

確かに中野父も娘を預ける親としての責任があるのだろう。相応しいかどうかを判断するなら数字、赤点回避が1番の判断基準だ。

 

「……あっそ、じゃあ教えてあげる。私たち五人で五科目全ての赤点を回避したわ」

 

「「!?」」

 

嘘じゃないわ、と伝えて二乃ちゃんは電話を切った。いやはや思い切ったねぇ。

 

「一花ちゃんは数学、二乃ちゃんは英語、三玖ちゃんは社会、四葉ちゃんは国語、中野ちゃんは理科……確かに五人で五科目赤点回避だ」

 

「そんなのありかよ…」

 

「嘘はついてないわ。でも結果的にパパを騙すことになった。多分2回目は無いわ…次は実現させなさい」

 

どうやら、風太郎と五つ子たちの付き合いはまだまだ長くなりそうだ。

 

 

「風太郎、ちょっといいか」

 

中間試験お疲れ様会ということで風太郎の奢りで駅前のファミレスに向かう途中、

 

「なんだ、今更奢れって言われてもお前の分は奢らないからな」

 

「それはいいよ。それよりだ……いや、回りくどい言い方は面倒だ。家庭教師の補佐、もう少しやるよ」

 

「え……いいのか?」

 

風太郎が驚くのも無理ないだろう。元々テストが終わるまでの期間限定で風太郎が頼んできたのだ。それを俺自らが延長しようって言ってるのだから。

 

「ここまで来て1人で引き返すのも……なんか嫌だからな。それに風太郎は中野ちゃんの担当を俺に任せたってのに、俺は中野ちゃんに30点以上を取らせることが出来なかった。このままで終わりたくない」

 

「俺は助かるけど…お前だってお前の勉強があるだろ」

 

「両立させてみせるさ。それに数学と英語なら一花ちゃんと二乃ちゃんに教わるって手もある」

 

「生徒から教わるってお前な……でもその手はありだな。五つ子たちで得意科目を教え合う……早速組み込んでみるか」

 

『テストの後の勉強が大事だけど、直後じゃなくてもいいな』って言ってた張本人がもう家庭教師モードだ。随分板についてきたな。

 

「言っとくが、タダ働きだぞ」

 

「教え子がいい点取ってくれるのが教える側としての報酬だろ?」

 

「似合わないセリフ吐きやがって……まあなんだ…これからもよろしくな」

 

「頑張ろうぜ、上杉センセー」

 

ここからは俺も教える立場としての責任が伴う。絶対に五つ子にいい点を取らせる。約束する。

 




今回は短めですが、これにて中間試験終了!五つ子たちのテストですが隼人が少しの間教える側に立ったこともあり多少点数アップしています。そして隼人が本格的に補佐につきます。

次回から林間学校です。四葉ファンの皆さんごめんなさい。『嘘』はありません!作者が腹を切ってお詫び申し上げます。


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第10話 いざ林間学校へ

中野五月の秘密?

もしものことを考えて下着を新しくしようとしたが思いとどまった。


 

林間学校。それはまあ……林間学校だ。スキーしたりカレー作ったり肝試ししたりキャンプをファイヤーしたり。キャンプをファイヤーしたらダメか。

 

中間試験が終わってからしばらくたって、俺や風太郎や五つ子達の間では林間学校の話題で持ちきりだった。そしてそれは今もなんだけど、まあ林間学校が明日に迫れば話題もそれ一色になるよね。

 

そして今は下校途中に買い物に来ている。

 

「上杉さんが林間学校に着ていく服を見繕いました!地味目な顔なので派手な服をチョイスしました!」

「多分だけどお前ふざけてるよな?」

「たべっ子どうぶつみたいだね」

 

「フータローは和服が似合うと思ってたから和のテイストを入れてみた」

「和そのものですけど!」

「落語家みたいだね」

 

「私は男の人の服はよく分からないので男らしい服装を選ばせていただきました」

「お前の男らしいはどんなだ!」

「世紀末だね…………フフッ」

 

「あ、二乃本気で選んでる」

「ガチだね」

「あんたたち真面目にやりなさいよ!」

 

まさか風太郎の服選びでここまで笑えるとは。中野ちゃんのチョイスは中々面白かったね。

 

「ふー買ったねー!」

 

「3日分となると大量ですね」

 

「洋服に1万、2万って…俺の服40着は買えるぞ」

 

「こんなの安い方よ」

 

「ブルジョワ……」

 

みんな林間学校を楽しみにしているのだろう。少し前から四葉ちゃんからはキャンプファイヤーのダンスの伝説とか、中野ちゃんからは肝試しが怖い、でもカレーは楽しみだなどと話を聞いている。

 

「うーん、男の人と一緒に服を選んだり買い物をするってデートって感じですね!」

 

みんなの動きが止まった。三玖ちゃんと四葉ちゃんはともかく二乃ちゃんと中野ちゃんの2人と風太郎のことを考えるといい表現じゃないよなぁ。

 

「こ、これはただの買い物です!学生の間に交際だなんて不純です!上杉君とは教師と生徒!一線を引いてしかるべきです!」

 

「言われなくても引いてるわ!」

 

「じゃあ幸村さんは?」

 

「ゆ、幸村君ですか!?幸村君も正式ではありませんが今では一応私たちの家庭教師補佐になってくれたわけですし、それは勿論……一線をh「ほら何やってんのよ。さっさと残りの買い物済ますわよ」

 

中野ちゃんの言葉を遮りながら二乃ちゃんが中野ちゃんの手を引いてズンズン進んでいく。流石次女、妹を引っ張っていくのはお手のものってやつね。

 

「風太郎、その先に行くなよ」

 

「は?なんでだよ、俺の服を勝手に選ばれたんだ。あいつらの服も選ばs「そっから先は下着売り場だぞ」待ってまーす」

 

「良かったわ幸村がいて。デリカシー無い男にビンタするところだったわ」

 

「風太郎、こういう場所に滅多に来ないから場所を把握してないんだよ。許してやって〜」

 

「2回目はありませんよ」

 

二乃ちゃんと中野ちゃんの鋭い視線が風太郎を貫いた。フォローするならこの位置から下着売り場は見えにくいから仕方ない。フォローしないなら最初にどの店に行くか二乃ちゃんが言ったのだからそれを覚えとけよって話。

 

「そういうことなら俺は帰っていいんじゃ「上杉さん!!」

 

「明日が楽しみでもしっかり寝るんですよ!」

「言われなくても寝るよ」

 

「幸村さん!しおりは一通り読みましたか!」

「ま、まあ読んだっちゃあ読んだけど」

 

「2人とも元気よく来てくださいね!!」

「あーわかったわかった」

「寝坊はしないようにするよ」

 

「最高の思い出を作りましょうね!!」

 

四葉ちゃんの笑顔が眩しい。この子は本当に楽しみにしているのだろう。でもここまで楽しみにしているのなら四葉ちゃんが寝れなさそうだけど。

 

「ん、悪い電話だ。はい上杉です…え?」

 

◇◇◇◆◆◆

 

上杉君が林間学校に来られない。そんな連絡を受けたのはバスに乗り込む直前、先生から『肝試しの実行委員を代わりにやってくれないか』という相談の時。

 

「ど、どうしましょう…」

 

「中野ちゃん暗いところで1人で待つの、大丈夫?」

 

「む、無理です!!怖いですよ!」

 

「じゃあ仕方ない………ちょっと風太郎に電話するか」

 

 

 

 

 

「こんなことをしてよかったのでしょうか…」

 

「まあ先生もOKしてくれたし、いいんじゃない?」

 

「よく先生も許可をしてくれましたね…」

 

今私と幸村君は江端さんの運転する車で上杉君の家に向かっています。

幸村君は上杉君に一言『来れるか?』とだけ聞き『じゃあ迎えに行く』と二つ返事で電話を切りました。

そして先生にも『上杉来れそうなんで迎え行ってきまーす』と伝えて許可を貰い、私を連れて上杉君の家に向かうことになりました。

 

「それより他のみんなが付いてきたのにビックリだよ。違うクラスなのに大丈夫なの?」

 

「妹が心配って言ったらOKしてくれたわ。もし上杉も乗るってなったら五月と男2人の3人だけに出来ないわ」

 

「江端さんいるけどね…」

 

上杉君の家に行くのに他の姉妹も付いてきました。二乃は私が心配だと言い、一花と四葉はみんなと一緒の方が楽しそうと言い、三玖は上杉君を心配しているようです。

 

「着いたね。じゃあ私たち待ってるから2人で呼んできて」

 

「行きましょう幸村君」

 

幸村君と一緒にアパートの上杉君の部屋に向かう。近づくにつれて上杉君と勇也さんの声が聞こえてきました。

 

「だからもうバスが…」

 

「バスはもう出発してしまいましたよ」

 

「五月!?それに隼人まで」

 

「勝手に上がってしまって申し訳ございません」

 

「よっ、電話した通り迎えに来たぜ」

 

「電話した通りって……適当に返事した俺も悪かったよ…まさか本気で迎えに来るなんて思わなかったぞ」

 

「『行けたら行くは来ない』の法則は俺には通用しないぞ」

 

上杉君は私たちに呆れながらもどこか嬉しそうな顔をしています。部屋の状況を見るにらいはちゃんは少しは元気になったみたいですし、勇也さんもいるので大丈夫そうですね。

 

「すみません、上杉君お借りします」

 

「はーい!」「楽しんでこいよ!」

 

上杉君の手を引いて階段を駆け降りる。1日目は移動と旅館がほとんどですがやっぱり時間は有限です。

 

「お前ら…バスは」

 

「見送らせていただきました」

 

「なんでうちに来たんだ」

 

「そりゃ風太郎の家を知ってんのが俺と中野ちゃんだからさ」

 

「私たちにしか案内出来ませんから」

 

降りた先の江端さんの車には一花たちが待ってくれています。上杉君も一花たちを見て驚いてますね。

 

「みんな風太郎を心配して集まったんだぞ」

 

「違うわよ!あんたら2人が五月を襲わないか監視のためよ!監視!」

 

「やっぱりみんな揃った方が楽しそうだからさ」

 

「上杉さんのいない林間学校なんて楽しくないですよ!」

 

「フータローも楽しみにしてたんでしょ。しおりに付箋がいっぱい」

 

「こ、これは……」

 

「肝試しの実行委員ですが、1人で暗い場所に待機するなんて私には出来ません。オバケ、怖いですからあなたがやってください」

 

「…………仕方ない、行くとするか!」

 

 

 

 

 

先の試験で指導してくれる人の必要性を改めて感じました。ですが上杉君、あなたは私の理想とする教師像とはかけ離れています。

そんなあなたの家庭教師としての覚悟を確かめさせてもらう………林間学校で私はそれを目的としていました。

 

ですが今は……楽しそうに笑う幸村君や他の姉妹を見て、そんな気持ちも少しだけ薄れてしまいました。

 

「それじゃあ、しゅっぱーつ!!」

 

「「「「「「おー!!!」」」」」」

 

勿論本来の目的は忘れません。でも、少しだけ…今だけは楽しもうと思います。

 




林間学校編に突入しました。ここは大きな分岐点になります。お互いの意識が少しずつ変わる林間学校、平和に終わるわけもなく…

次回は林間学校1日目です!


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第11話 結びの伝説 1日目

中野二乃の秘密

前に隼人から貰ったプリントが少しだけ難しくてちょっとだけ恨んでる。


 

車の外は一面雪景色。都会ではこんな景色は中々見れないだろうね。これだけでも林間学校に来た甲斐があるってもんだよ。

 

「くそー!次俺な!」

 

「やけにハイテンションですね」

 

「お前たちの家を除けば外泊なんて小学生以来だ!もう誰にも俺は止められないぜ!」

 

「まあ、もう1時間も足止め食らってますけどね」

 

車の外は一面雪景色って言ったね。訂正、雪と車だらけだ。

 

◇ーーーーー◇

 

「おおっ!中々いい部屋だな!」

 

想定以上の雪でこれ以上は進めない可能性が出てきた為、完全に動けなくなる前に近くの旅館に一泊することになった。勿論先生たちには連絡済みだ。

 

「でも4人部屋ですよ?」

 

「4人部屋に7人か……」

 

「ねぇ、本当にこの旅館に泊まるの?それにコイツと同じ部屋なんて嫌!」

 

「俺がダメで隼人が良い理由を教えてくれ」

 

他の大部屋は急に団体の客が入ったとかで取れなかった。江端さんも午後から仕事があるとかで帰っちゃったし、ここに泊まるしかないんだけどまあ女の子達からしてみれば困るというか嫌というか、

 

「良い旅館だ!文句言ってないで楽しもうぜ!」

 

「ホントテンション高いね風太郎」

 

「女子集合!」

 

風太郎がテンションガン上げなのに対して中野姉妹は部屋の隅に集まって何やら話をしている。

 

「隼人!トランプやろうぜ!」

 

「2人でやっても仕方ないでしょ」

 

「それもそうだな!お前ら!トランプやろうぜ!七並べ!!」

 

これはこれで後先不安になるなぁ。

 

◇ーーーーー◇

 

この旅館に到着したのが夕方というのもあって夕飯はすぐに出てきた。いかにもザ・旅館!と言った感じの豪勢な料理。明日のカレーが見劣りしそうなレベルだ。

 

「三玖、あんたの班のカレー楽しみにしてるわ」

 

「うるさい。この前練習したから」

 

「そういえばスケジュール見てなかったかも」

 

「2日目の主なイベントは10時オリエンテーリング、16時飯盒炊飯、20時肝試し。3日目は10時から自由参加の登山、スキー、川釣り、そして夜はキャンプファイヤーだ!」

 

「何でフータロー君暗記してるの?」

 

本当は1日目である今日もイベントがまったくなかったわけじゃないが、どのみちこの雪での足止めがなくても間に合わなかった可能性が高い。まああと2日あるんだし、2日間を楽しめればいいでしょ。

 

「あとキャンプファイヤーの伝説の詳細が分かったんですけど!」

 

「またその話か」

 

「伝説?」

 

「関係ないわよ。そんな話したってどうせこの子たちにそんな相手いないんだからしょうがないでしょ」

 

最終日のキャンプファイヤーのダンスで一緒に踊った男女は生涯結ばれると、大体こんなニュアンスの伝説だ。四葉ちゃんから何回も聞かされた身ではあるけど、俺も相手がいないしアッタカーイで終わらせようと思ってたくらいだ。

 

「ま、伝説なんてくだらないことどうでもいいけど」

 

「多分二乃、誰からも誘われなかったから拗ねてる」

 

「へー、意外。二乃ちゃんなら誰かに誘われてるんだと思ったけど」

 

「幸村さんはどうですか?お友達も多そうですけど」

 

「特に誘われてないね。なんなら一緒に踊る二乃ちゃん?」

 

「えぇ?アンタはなんか嫌。上杉よりはマシだけど……なんか嫌」

 

お兄さんのガラスのハートが割れそうだよ。なんか嫌て……

 

「あ、そういえばここ温泉があるみたいだよ。えーっと……えっ、混浴…」

 

突如一花ちゃんによって投げ込まれた爆弾が爆発して二乃ちゃんと中野ちゃんが立ち上がった。

 

「はぁ?こいつらと部屋のみならずお風呂も一緒なの!?」

 

「ご、言語道断です!!」

 

「なんで一緒に入る前提?」

 

「二乃…一緒に入るのが嫌だなんて心外だぜ。俺とお前は既に経験済みだろ〜?」

 

「わざと誤解招く言い方すんな!!」

 

◇ーーーーー◇

 

「はぁ……」

 

夕食のバタバタが嘘のような静けさ。風太郎も静かになってるし温泉には人を落ち着かせる効果があるのだろう。

 

「少しは落ち着いた?」

 

「まあな。俺らしくもなくはしゃぎ過ぎた」

 

「混浴じゃなかったからってテンション下がるのも考えものだよ〜」

 

「別に混浴じゃなかったから落ち着いたわけじゃないぞ!このままだと最終日まで保ちそうにないからな」

 

「そういえば風太郎はキャンプファイヤーの時誰かと踊るのか?」

 

「ああ…ちょっと色々あって一花と踊ることになってる」

 

なんとなんとまさか風太郎が踊ることになっていて、しかもその相手が一花ちゃんときたもんだ。二乃ちゃんが聞いたらどんな反応するかな……

 

「風太郎は伝説は信じてるか?」

 

「まさか。非現実的すぎる。隼人はどう思ってるんだ」

 

「ロマンチックだとは思うけどねぇ。でもそれってある意味では呪いと一緒でしょ」

 

「呪いときたか。確かにこのキャンプファイヤーで生涯が決められてしまうなら、ある意味呪いだな」

 

勿論これは伝説だから呪いっていうのも半分冗談だ。だけど伝説だって現実になることだってある。そう考えると呪いって考えも馬鹿には出来ないと思う。

 

「やっぱり、今は彼女がいないからこんなこと考えてしまうのかね。お兄さんも心が荒んできたよ」

 

「まあ、普通は考えないかもな。俺たちが捻くれてるだけだろ」

 

「彼女欲しくなった?」

 

「ならない」

 

「やっぱ捻くれてるのお前だけだわ」

 

◇◇◇◆◆◆

 

「あの狭い部屋にギリギリお布団が7枚。なんとか布団を4、3で置くとして、誰があいつらの隣で寝るか。今はこれが問題よ」

 

私が提示した問題に他の姉妹は目を逸らした。それもそう、誰もこんな事態になるなんて予想なんてしなかったし、あの部屋に泊まることになってもみんなその事実から目を逸らしてきた。

でもいつまでも無視は出来ないわ。ここで問題を解決しないと。

 

「二乃考えすぎじゃない?私たちただの友達なんだし」

 

「そうだよ!上杉さんと幸村さんはそんな人じゃないよ!」

 

「じゃあ四葉、あんた2人の間で寝る?あいつらはそんな奴じゃないから心配ないんでしょ?」

 

「……それは…ちょっと……どうなんだろうね…」

 

四葉だって私たち姉妹と同じ顔をしているのだから可愛いに決まっている。そんな子が隣で寝ていたらあいつらだって獣になるわ………あら、これは詰みってやつかしら。

 

「それでは二乃はどうでしょうか。二乃なら殴ってでも抵抗してくれそうなので」

 

「……それなら幸村の隣は五月でいいんじゃない?あんたら仲良いじゃない」

 

「ゆ、幸村君ですか!?それは……」

 

正直な話、上杉よりは幸村を少しだけ信頼している。人当たりは良いし好かれそうな性格だし。だけど私は少し引っかかる。あいつ何か隠してるんじゃないでしょうね。

 

「一花、あんたは気にしないでしょ。ただの友達なんだから」

 

「私に来たか〜…うん、フータロー君はいい友達だよ」

 

「なら決まりね。上杉の隣に一花、幸村の隣に五月。私と三玖と四葉は3人並んで寝るわ。上杉と幸村を一花と五月で挟んで、三玖と四葉の間に私が入ればいざという時すぐに殴れるわ」

 

「殴る前提ですか…それよりわ、私の隣は幸村君で確定なのですか!?」

 

「顔真っ赤ね五月。そんなに嫌なら私が「待って!」どうしたのよ三玖」

 

「平等…みんな平等にしよう」

 

三玖が提案してきたのは『髪型を同じにすればきっと2人は誰が誰か分からない』作戦だった。まあ誰かも分からない相手に手は出さないでしょうね。

 

そして温泉から出た私たちは髪型を同じにして部屋に戻った。そこで私たちが目にしたのは、

 

「……えーっと…」

 

「普通に寝てるね…」

 

私たちの悩みも気にする様子もなくスヤスヤと寝ている2人だった。

 

◆◆◆◇◇◇

 

「んー……うおっ…なんじゃこりゃ…」

 

昨日は温泉から上がってすぐに眠くなって寝てしまった。そして目を覚ました俺は目の前の惨状に苦笑いを隠しきれなかった。

部屋が一緒だから布団を4、3で並べるのは分かるけど……女の子がしていい寝相じゃないね。服もはだけてるし。

 

「ふぁぁ……幸村君、おはようございます…」

 

「おはよう中野ちゃ……」

 

「?どうかしまし……ッ!!」

 

「ごめん…」

 

「いえ…こちらこそ……」

 

詳しく話すのも野暮ってもんだ。

 

本当なら林間学校2日目の今日。予定では朝食を食べたあと江端さんが迎えに来てくれることになっている。江端さんには迷惑かけちゃったなぁ。

 

「朝食、先にいただきましょうか」

 

「起きる気配無いしね。先に行こうか」

 

起きる気配の無い風太郎と四姉妹を部屋に残して2人で食堂に向かう。朝食は確か好きなもの食べれたんだっけ。

 

「何食べる?」

 

「悩みますね……カレーも捨てがたいですし、焼き鮭定食も食べてみたいですね…むぅ…」

 

「じゃあ俺がカレー頼むから食べれるだけ食べる?」

 

「いいんですか!?」

 

「モチのロンだよ」

 

食堂のおばちゃんにカレーと唐揚げ、そして焼き鮭定食を頼む。中野ちゃんが凄いワクワク顔になってる。可愛いなぁもう。

 

「はい、食べれそうな分だけ取ってね」

 

「すみません幸村君。やはり朝は食べないと力が出なくて…」

 

「気にしない気にしない……あ」

 

「どうかしましたか?」

 

「……そういえば林間学校でカレー作るね」

 

「あぁ……そうでしたね」

 

今更ながら今日の夕方にカレーを作って食べることを思い出し、2人で笑う。まあ気にしても仕方ないよね。好きなものは連続3回までは飽きないって言うしね。言わない?ソンナー。

 

「ん……メールだ」

 

「もう幸村君、お行儀が悪いですよ」

 

「ごめんごめん………………あの野郎…」

 

「幸村君?」

 

「ああ、なんでもないよ。それより早く食べちゃお」

 

◇ーーーーー◇

 

朝食を食べ終わった俺は1人廊下でメールと睨めっこをしていた。差出人は昔の友達……とは言えないか。

 

「真田……お前も林間学校に来てるのか」

 

これから向かう林間学校のコテージには他の学校の生徒も来ている。どうやら久しぶりの顔合わせになりそうだな……

 




林間学校1日目終了!次回から2日目になりますが、ここから大きく物語が変化していく気がします!多分変わる!多分、きっと、maybe


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第12話 結びの伝説 2日目①

幸村隼人の秘密

料理は簡単なものなら作れる


 

林間学校2日目。俺たちと同じように雪で足止めされていたクラスメイトと合流しコテージに到着、そして今はみんなでカレー作りだ。

 

「じゃあ私たちでカレー作るから、男子は飯盒炊飯よろしくね」

「わっ、二乃野菜切るの速っ」

「家事やってるだけあるね」

「これくらい楽勝よ(さて、あの子たちうまくやれてるかしら)」

 

 

「これもう使った?」

「は、はい!」

「じゃあ片付けておくね」

「美人で気が利いて完璧超人かよ中野さん…」

「俺の部屋も片付けてほしいぜ…」

 

 

「よいしょー!あはは、これ楽しいですね!」

「いや、もう薪割らなくていいから!」

 

 

「そろそろ煮込めてきたかな」

「待ってください。あと3秒で15分です」

「細かすぎない五月ちゃん…?」

 

 

「三玖ちゃん何入れようとしてるの!?」

「お味噌。隠し味」

「自分のだけにしてー!!」

 

とまあ随分と賑やかで楽しそうなことで。俺と風太郎は飯盒炊飯の担当で炊けたかどうかを確認しにいくところだ。

 

「あ」

 

「どうした風太郎」

 

目元を抑える風太郎。目の前には別のクラスの男子が座っている。アイツもご飯の様子を見ているのだろう。にしてもどっかで見た顔だな。

 

「……さてご飯炊けたかなー」

 

「おいコラ。気づかないフリしてんじゃねぇぞコラ。俺を忘れたとは言わせねぇぞコラ」

 

「そんなわけないさ、名前だって覚えてる」

 

「まだ名乗ってねーよコラ」

 

「あ、思い出した。コイツ前田だ」

 

「あぁ!!って幸村!!?な、なんでお前が…まさか俺らのコメを!」

 

「そんなわけないから」

 

フルネームは知らないがコイツは色々と喧嘩をして名前が知れ渡っている。顔もコワモテの部類に入るテンプレ型ヤンキーだ。

 

「一…中野さんとは順調なんだろうな」

 

「順調…まあな」

 

「前田、お前一花ちゃんと同じクラスか」

 

「一花ちゃんってお前どういうことだコラ!!なんでちゃん付けで呼んでんだコラ!!どういう関係なんですかコラ!!」

 

「友達だけど。あと顔近いから離れて」

 

まさかの一花ちゃんガチ勢というやつか。下手に刺激すると今まさに炊き上がろうとしているご飯みたいに湯気が出るかもしれない。

 

「なんでご飯焦がしてんのよ!」

 

そんな中聞こえてきたのは女の子の怒鳴り声。声のした方を見てみると何やら言い争っている。あれは確か二乃ちゃんのクラスの子か。

 

「どーせほったらかしにして遊んでたんでしょ!」

 

「ち、ちげーよ!少し焦げたけど食えるだろ!やったことねぇんだから誰だってこーなんだよ!」

 

「こっちは最高のカレーを作ったのに!二乃、どうする」

 

「じゃあ私たちだけでやってみるから、カレーの様子見てて?」

 

 

 

「二乃ちゃん…あれ結構頭にきてるね」

 

「ああ、素直に謝れば多少はマシだったろうに」

 

「そうか?」

 

きっと二乃ちゃんがバトルキャラだったら擬似超サイヤ人みたいなオーラを纏ってるかもしれない。それだけの凄みがある。俺たちじゃなきゃ見逃しちゃうね。

 

「あ、上杉さんに幸村さん!肝試しの道具運んじゃいますね」

 

「あれ、もうそんな時間だっけ」

 

「そろそろ準備はしたほうがいいが…四葉お前、確かキャンプファイヤーの係だろ」

 

「はい!でも上杉さん1人じゃ無理だと思ってクラスの友達にも声をかけました!勉強星人の上杉さんがせっかく林間学校に来てくれたんです!私も全力でサポートします!」

 

肝試しは俺も一応手伝う予定にはしていたけど、ここで四葉ちゃんが手伝ってくれるなら結構助かる。これはこれで楽しい肝試しになりそうだ。

 

「前田、肝試しは自由参加だ。彼女が欲しいならクラスの女子でも誘ってきてみろ。ただしこっちも本気でいくからビビんじゃねーぞ」

 

◇ーーーーー◇

 

「このようになぁ!!!」

 

「「うわあああああっ!!!!」」

 

「くくく…」

 

「絶好調ですね上杉さん!」

 

「肝試しは風太郎のストレス発散方法だったか……」

 

現在20時半過ぎ。肝試しの脅かし役でスタンバイする俺と風太郎と四葉ちゃん。風太郎は金髪のピエロで四葉ちゃんはミイラ、俺はホッケーマスクを付けて驚かしている。

 

「私嬉しいです。いつも死んだ眼をしていた上杉さんの眼に生気を感じます」

 

「そうか、甦れて何よりだよ」

 

「幸村さんも一緒に、後悔のない林間学校にしましょうね!」

 

「そうだね、思い出に残そう」

 

1日目からある意味忘れられない思い出にはなってるけど、ちゃんと林間学校本番も思い出になりそうだ。

 

「あ、次の人来ましたね」

 

「や、やってやらぁ!」「食べちゃうぞー!!」

 

「フータロー」

 

「四葉にハヤト君もいるじゃん。わあビックリ予想外だー」

 

「お気遣いどうも」

 

次に来たのは一花ちゃんと三玖ちゃんだった。やっぱりネタがバレているとリアクションも薄いね。

 

「ったく、脅かし損だぜ。お前らも肝試しに参加してるから知ってると思うがこの先は崖があって危ない。看板が出てるからルート通りに進めよ」

 

「わかってる。行こう一花」

 

「え?もう行くの?」

 

三玖ちゃんは一花ちゃんを連れてその場を後にした。なんだかいつもより素っ気ないような気もするけど……内心ビックリしてて平常心を保とうとしてた…とか?

 

「上杉さんはまだ驚かし方に迷いがありますね。もっと凝った登場しないと!」

 

「よし、ここは俺が手本見せてやるよ風太郎。カツラ貸してくれ」

 

風太郎から金髪のカツラを受け取り木の上に登る。さーて次は誰かなー。

 

「ううっ…やっぱり参加するんじゃありませんでした…」

 

「ちょっと離れなさいよ。あんたも行くって言ったんだから」

 

「だって幸村君が怖くないって言ったんですよ!」

 

次のターゲットは二乃ちゃんと中野ちゃんだった。多分最初は4人で出発したんだろうけど、途中から2人ずつに分かれたんだろうな。

 

「クラスメイトが言っていたのですが、この森には出るらしいのです。森に入ったっきり行方不明になった人が何人もいるのだとか」

 

「デマに決まってるじゃない。伝説もそうだけど信憑性が無さすぎるわ」

 

「二乃は信じないのですか…?」

 

「もしそれが本当ならこんなところで肝試しなんてしないわよまったく」

 

確かに。まあ森という自然の中だから行方不明に絶対にならないなんてことはないだろうけど、ここでの行方不明なんかは聞いたことがない。そりゃ今から30年40年も昔となると知らないけどさ!

 

さて、そろそろタイミングもいいかな。

 

「二乃ぉ〜もう少しゆっくり歩いてくださいよ〜!」

 

「これでも充分ゆっくりよ!あんただってクラスに友達がいないわけじゃないんだし、向こうでゆっくりしてれb「お嬢さん」………は?」

 

「なななな何か聞こえましたよ!?」

 

「こっちこっち……」

 

「な、何よ!仕掛けよこんなの!上杉か幸村がどっかに隠れてんのよ!」

 

「ど、何処ですか!?どこにいるんですか幸村君!!」

 

「上だよぉぉぉぉ!!!!」

 

「きゃあああああああっ!!!!」

「わああああっ!!もう嫌ですぅぅ!!!」

 

木の上から飛び降りて驚かしたのだが、2人には…主に中野ちゃんにはダメージが大きすぎたのかもしれない。2人ともそのまま走り去ってしまった。

 

「驚かしすぎたかな」

 

「今のは色んな意味で驚いたと思いますよ…」

 

「あれ…あいつらどっち行った?」

 

慌てて走って行ったから、もしかしたら看板を見てない可能性もあるか。やりすぎたな。

 

「俺の責任だ。2人探してくる」

 

「私も探してきます!上杉さんは2人が戻ってくるかもしれませんからここにいてください!」

 

「実行委員でもあるしな。脅かし役がいなくなるのもそれで問題だろうし」

 

「すまん」

 

風太郎を残して四葉ちゃんと2人で探しに向かう。四葉ちゃんには肝試しエリア周辺を、俺はもう少し奥まで進んでいく。

 

「……45分か」

 

実は21時にある約束をしている。近くの川で待つという約束だ。約束を破るわけにもいかないが、まずは2人の安否が重要だ。

 

「いやっ!」

 

「…二乃ちゃんの声か…?」

 

遠くから二乃ちゃんの声が聞こえた。声の聞こえた方角に歩いていくに連れて月明かりが森を照らし始めた。そのおかげもあって二乃ちゃんはすぐに見つかった。

 

「見つけた!大丈夫!?」

 

「……嘘…キミ……写真の…?」

 

「……え?」

 




風太郎から金髪のカツラを借りる。まだ原作通り進んでいた本作が完全に分岐したタイミングです。

次回も林間学校2日目です!


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第13話 結びの伝説 2日目②

幸村隼人の秘密

実は目が少し悪い


 

少し前、風太郎の生徒手帳に挟まっている写真を見せてもらったことがある。

 

「誰これ」

 

「俺」

 

「お前ぇ!?これが!?ウッソだー」

 

「嘘じゃねぇよ…親父知ってるならわかるだろ」

 

「………あー、そう言われたら遺伝だなこの金髪は」

 

とても目の前にいる黒髪勉強星人がこのいかにも成長したら校舎壊しまくりそうな金髪少年の成長後とは思えなかった。

 

「目元はお前にも似てるんじゃないか?」

 

「俺こんなに目つき悪い?」

 

「目細めた時とかこんな感じだろ」

 

「そーかー?」

 

◇ーーーーー◇

 

「やっぱり…あの写真の子だ」

 

「な、なんのことかな?それより立てる?」

 

「うんありがとう……ねぇ、キミの名前を教えて!」

 

「え?」

 

二乃ちゃんを立ち上がらせると、彼女は俺に名前を聞いてきた。まさか幸村隼人は俺の名前じゃなかったのか??本人すら知らない衝撃事実なんだけど。

 

「あ、ごめんね。前にキミの写真を見てカッコいいなーって思ってたんだ」

 

「写真…」

 

「ここのコテージ、他の学校の生徒も林間学校で使ってるのは知ってたけど…まさか上杉の親戚に会うなんて思わなかったわ」

 

「風太郎の親戚……」

 

状況を整理しよう。

まず二乃ちゃんは俺を風太郎の親戚と勘違いしている。

二乃ちゃんは風太郎の親戚の写真を見たことがあるという。

でも二乃ちゃんが風太郎の家に行ったとは考えられないし。

そうなると風太郎は自分の持ってる何かの写真を自分の親戚だと言った。

 

風太郎の持ってる写真って……生徒手帳のアレか!?あれ風太郎じゃないか!!あいつ昔の自分のことを親戚だって言い張ったのか。

確かに今の俺は金髪(カツラ)で暗いから若干目を細めてる。

 

二乃ちゃんの夢を壊したくないし、ボロが出る前に四葉ちゃんに合流したいところだ。

 

「ねぇ、初対面でこんなこと頼むのも悪いんだけど…姉妹と逸れちゃったの。一緒に探してくれないかな」

 

「え、あ、ああ……」

 

 

 

 

 

2人で森を歩いて数分。とりあえず俺のことは「信繁」と名乗った。風太郎の親戚だから上杉信繁ってことになるのかな…もう歴史上の偉人じゃん!

 

早く出てきてくれ中野ちゃん!

 

「中々見つからねぇな……星もよく見えるしアレが出来るか」

 

「アレ?」

 

「星から方角を割り出すんだ。北斗七星のあの星間を5倍にした先が北極星、つまり北だ」

 

「へー、意外と物知りなんだね。頭いい人って憧れちゃうなー」

 

嘘でしょ!?貴女家庭教師のこと凄く嫌ってるじゃないのよ!?

 

「自分の成績をこれ見よがしにひけらかす奴とは違うわー」

 

「そんなことする奴がいんのか…」

 

「知ってるでしょ?キミの親戚の…あれ……キミ、顔見せて」

 

「えっ、なっ…まさか」

 

「ほら!おでこ怪我してる!」

 

バレたかと思ったぜ……探してる時に怪我したのかな気が付かなかった。

 

「ウチにもすぐ怪我して帰ってくる子がいてね。うん、これでよし!可愛い絆創膏だけど我慢してね」

 

「用意がいいんだな…わざわざすまん」

 

「これくらいなんて事ないわ」

 

きっとこれが二乃ちゃんの本来の優しさなんだろう。俺や風太郎みたいに踏み込んでくる奴に当たりが強いのであって、誰にでも当たりが強いわけじゃないんだ。

 

「ねぇ、何か声みたいなの聞こえない?」

 

「え……女の声か?」

 

「五月かも!」

 

中野ちゃんの声に聞こえなくもないが、確証がない。そんな中二乃ちゃんを1人で向かわせるわけにもいかない。

 

「こっちの方が楽そうね。こっちから行こう!」

 

「そっちは……」

 

「ほら、森もすぐに「待て!そっちに行くな!!」

 

どうやら俺も頭が回ってなかったらしい。さっさと二乃ちゃんに状況を説明するべきだった。こんな時ばっかり頭が回らない。ホント、

 

「自分が嫌になるぜ!」

 

二乃ちゃんの手を取って、俺の力を全て使って引っ張る。なんとか二乃ちゃんは落ちずにすんだ。だけど今度は俺が落ちそうだ。幸村隼人ここまでってか?

 

「手っ!」

 

でも天は俺を見捨てなかった。俺の手を二乃ちゃんが掴み力いっぱい引き上げてくれた。その反動で二乃ちゃんを押し倒す形にはなってしまったが。

 

「悪い…助かった」

 

「こちらこそ…ありがとう…」

 

「立てれるか?」

 

「ごめん…ちょっと動けないかも」

 

「もしかしてさっきの」

 

「違う、そうじゃないの…そうじゃない…けど、怖いから……手、握って」

 

いつもの二乃ちゃんからは想像も出来ない弱々しい声。差し伸べた手も震えている。そりゃあんな思いしたら誰だって怖いだろう。

 

「って、初対面の男の子に何言ってんだろ!今のなしなし!」

 

「いいよ」

 

「え?」

 

「約束する。キミが怖くなくなるまで側にいる。絶対に」

 

震える彼女の手をしっかりと握る。夜風に当たった彼女の手は少し冷たかったが、震えはすぐに無くなった。

 

「信繁君……キミは明日もここにいるのかな?」

 

「え?ああ……」

 

「私たちの学校、明日キャンプファイヤーがあるんだ。その時やるフォークダンスに伝説があって、フィナーレの瞬間に手を繋いでいたペアは結ばれるらしいの」

 

「へ、へーそうなんだ…」

 

「結構大雑把な伝説だから手を繋いでいるだけで叶うって話もあったりで、人目を気にする生徒たちは脇でこっそりやってるみたい」

 

「それでいいのか…」

 

「ほんと大袈裟で子供じみてるわ……」

 

月明かりに照らされた二乃ちゃんは俺の手を両手で握り、

 

 

 

「信繁君、私と踊ってくれませんか?」

 

 

 

俺の目を見つめながらそう言った。

 

◇◇◇◆◆◆

 

「わぁあぁあ!!二乃ぉぉ〜よかった〜心細かったんですぅぅ〜」

 

「まったく、あんたが1人で逃げるからでしょ」

 

「二乃はよく1人で平気でしたね」

 

「違うわ、私は………

 

 

…待ってるから」

 

◆◆◆◇◇◇

 

「まずい…まずいまずいまずい!」

 

今、幸村隼人は色々な意味でまずいことになっていた。

 

1つ、二乃ちゃんにとんでもない嘘をついてしまったこと。なんでさっさと正体を明かさなかったんだ俺は!

 

2つ、二乃ちゃんと信繁としてダンスを踊る約束をしてしまったこと。これはまだなんとかなるかもしれないが……二乃ちゃんが伝説を信じてるなら、それはそれでまずいことになる。

 

3つ、21時に約束していたが……現在21時10分!!遅れてしまった。でも約束の場所まではもう少しだ。

 

「着いた!」

 

「おいおい久しぶりの再会だってのに、いきなり約束すっぽかされたかと思ったぜ」

 

俺に声をかけてきたのは朝にメールを飛ばしてき、俺をここに呼んだ張本人。

 

「真田…久しぶりだな」

 

「あの時以来だな幸村」

 

真田龍我。勇翔高校2年で俺の……旧友ってところか。

 

「わざわざ呼び出してなんの用?お兄さん忙しいんだけど」

 

「ハッ、すっかり牙が抜けちまったみてぇだな。1発殴れば前みたいになるか?」

 

「冗談。俺はいつだって俺を忘れたことはねぇよ」

 

「そいつは安心だな。まあ今日ばっかりはただの挨拶だ。また昔みたいに仲良くしようぜってな」

 

「そういう挨拶なら別にメールで終わる話でしょ」

 

「………それもそうだな」

 

真田はハッキリ言ってヤンキーだ。気に入らない奴は殴って黙らせる。邪魔な奴は殴って退かす。そんな奴だ。

 

そんでもってバカだ。かなりのバカだ。多分真田にも家庭教師つけた方がいいと思う。苦労度は五つ子のほうが上かもしれないけどさ、ほら可愛いじゃない五つ子たちは。コイツ可愛くないもん。

 

「もういい?俺明日の準備しないといけないから」

 

「ああ、そうか。頑張れよ。俺も寒いし帰るわ」

 

クソッ!話これだけかよ!短かったなぁ!まあでも風太郎に相談できる時間は出来たな。

 

 

 

 

 

「……何かあった?」

 

コテージに戻ってきた俺が見たのはずぶ濡れの風太郎が先生に怒られているところだった。

 

「中野ちゃんに三玖ちゃん、風太郎に何かあった?」

 

「幸村君。キャンプファイヤーで使う木材を置いている蔵で一花と上杉君が2人で閉じ込められたみたいなんです」

 

「何でびしょびしょ?」

 

「中で焚き火してたみたい。寒かったからだと思うけど、確かに危ない」

 

「よく助かったね……」

 

閉じ込められて、寒さから焚き火をした。まあ怒られることだけど仕方ない事というか、なんとも難しい。

こういった場合先生などからは『閉じ込められた』ことさえ悪いことにされて怒られてしまう可能性が高い。理不尽だが確かに避けようはあることだ。

 

「先に戻るね」

 

「はい、おやすみなさい三玖」

 

「おやすみ三玖ちゃん。中野ちゃんはまだ部屋戻らないの?」

 

「私は一花の様子を見てきます。一花も濡れていましたから」

 

「そっか……あ、二乃ちゃんとは合流出来たみたいだね」

 

「その節はご迷惑をおかけしました……ですが怖くないと言った幸村君にも非があると思いますが!」

 

「あそこまで怖がるとは思わなくって……いや言い訳だね。ごめん、怖い思いさせて」

 

肝試しに誘って怖がらせて1人にさせてしまったのは俺の責任だ。ここは謝るべきだろう。

 

「お詫びと言っちゃなんだけど、俺に出来ることならなんでも言って。お兄さんがお願いを叶えちゃうゾ!」

 

「なんですかそれ。そうですね、でしたら

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日のキャンプファイヤーのダンス、一緒にどうですか?」

 

 

「え?」

 

◇◇◇◆◆◆

 

「なーんて、冗談ですよ!駅前のファミレスで大丈夫です」

 

「び、ビックリした…それでいいなら任せて。それじゃ」

 

その場を後にする幸村君。その背中を見ながら私は思い返す。

 

『明日のキャンプファイヤーのダンス、一緒にどうですか?』

 

「私は…どうしてあんな事を言って……」

 

無意識だった。あんな言葉が平然と出てくるとは思わなかった。そしてこの気持ちはなんだろう。私は彼のことを……?

 

いいえダメです……ダメなんですそれは。

それに私は彼のことを知った気でいるだけ。

 

 

 

男の人はもっと見極めて選ばないといけないんですから。

 




簡単なオリキャラ紹介
真田龍我 さなだりゅうが
誕生日 3月11日
身長 181
隼人の旧友。バカで喧嘩っぱやい。

二乃と信繁(隼人)の約束、真田と隼人の約束、五月と隼人の約束。
この物語はこれから【約束】が大事になってきます。

次回はいよいよ3日目です。スキーも内容が少し変わります!


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第14話 結びの伝説 3日目

幸村隼人の秘密

風邪にはあまりならない


 

「へっくしっ!ぬぁぁぁ!くしゃみ止まんねー」

 

林間学校3日目。朝からくしゃみが止まらない。しかもちょっとダルい。昨日夜風に当たりすぎたかな。

 

今日は自由参加の登山、スキー、川釣りのどれかを体験することになっている。まあ自由参加だから参加しなくてもいいらしいけど。

そして夜にはキャンプファイヤーだ。今からカツラ用意しとくか。

 

「幸村さん!おはようございます!」

 

「うおっ!?四葉ちゃんかビックリした…」

 

「上杉さんよりお寝坊さんですね!早く準備してスキー行きますよスキー!」

 

「分かったから部屋から出ようか。前の二の舞になるよ」

 

 

 

 

 

「さあ!滑り倒しますよー!」

 

「寒いし寝かせてくれ…というか俺滑れねーし」

 

「安心してください!どうしても無理なら私が手を引いて滑ってあげます!」

 

「よーし隼人!練習頑張るぞー!」

 

「俺は少しは滑れるけどね」

 

スキーに参加している生徒は登山や川釣りに比べて遥かに多い。まあ登山や川釣りよりスキーの方が出来るタイミング少ないし、ここまで多くなるのも必然か。

 

「他の四馬鹿はどうした?」

 

「一花は体調を崩して五月が看病してくれています。二乃はもう滑ってて、あと三玖なんですけど…あ、来た来た!」

 

「どーも」

 

「「誰だ!?」」

 

「三玖」

 

三玖ちゃんも四葉ちゃんも同じ服装で声聞いて顔をしっかり見ないとよく分からない。黙ってたらホントに分からない。

 

「普段教わってばかりの私ですが、今日は教えまくりますよ!!」

 

というわけで四葉ちゃんに教わりながら滑ることになったのだが、

 

「上杉さん!もっとスイィ〜っと進んでください!」

「幸村さん!クルクル回りながら滑らないでください!」

「三玖!雪だるま作ってないで滑らないと!」

 

 

「わーん!誰もいうこと聞いてくれない!」

 

「それは俺がいつもお前に思っていることだ」

 

体育会系というか、四葉ちゃんらしいというか。これでも真面目に聞いてるつもりなんだけどね、なんでかクルクル回っちゃう。

 

「わー、ぎこちないねー」

 

「ッ!ホントに誰だ!?」

 

「一花だよ」

 

スキーに悪戦苦闘する俺たちの前に現れたのは一花ちゃん。昨日風太郎と一緒にずぶ濡れになったって聞いたけど大丈夫なのかな。いやそうなると風太郎も大丈夫なのか?

 

「体調は良くなったのか?」

 

「まあ万全じゃないけど心配しないで。あと五月ちゃんは顔を合わせづらいから1人で滑ってるってさ」

 

「そうか…」

 

中野ちゃんは1人で滑ってるのか…顔を合わせづらいってなんかあったのかな。昨日はそんな風には見えなかったけど。

 

「ねー一花!この3人全然言ったこと覚えてくれない!」

 

「それは俺がいつもお前に思ってることだ!さっきも言ったろ!」

 

「じゃあ楽しく覚えよう…例えば追いかけっこ、とかね!」

 

そう言って滑り出す一花ちゃん。一花ちゃんや三玖ちゃんが普通に滑れるのを見るに元々の運動神経はみんな良いんだろうな。四葉ちゃんはそこから特化して良くなった。努力の賜物ってやつだ。

 

「じゃあ私が鬼やるね!いーち、にーい」

 

「ようやく進めるようになったってのに…隼人!「お先〜」クソッ、三玖一緒に…ってああ!あいついつの間に!!」

 

とりあえず今は逃げますかね。遊ばなきゃ損損ってやつだ。

 

「一花ちゃん、滑るの上手いね」

 

「四葉には負けるけどね」

 

「一花!隼人!お前らに聞きたいことがある!」

 

「もう追いついたのか風太郎」

 

「どうしたのー?」

 

「これ、どうやって止まんの?」

 

「風太郎!?」「えええっ、上杉君!?」

 

俺たちに追いついて急激な上達を見せたと思ったらそのまま雪景色の中に消えていった。

 

◇ーーーーー◇

 

「ふぅ…だいぶ滑ったね」

 

「そうだねー。少し動いたらお腹空いたかも」

 

「じゃあ何か食べに……そういや財布部屋だな」

 

「じゃあ一緒に取りに行こうか」

 

「そうだね。病人1人置いては行けないから」

 

「そこまで心配しなくていいのに」

 

四葉ちゃんから逃げながら2人でコテージに戻る。スキーって結構動くんだね。滑るだけだと思ってたよホント。あんなに回転するとは。

 

「へっ、くしゅん!ぬぁぁぁあ……」

 

「もしかして風邪引いた?移しちゃったかな…」

 

「まあまあ、風邪引いてても大したことないよ。それより自分の心配したら?」

 

「私は大丈夫だよ〜。これでもお姉さんだからね」

 

「何言ってんのまったく………お姉さんじゃなくて妹でしょ」

 

「え?」

 

 

 

「もういいでしょ中野ちゃん」

 

 

 

フードを外すと一花ちゃんには無い長さの髪が姿を現した。ゴーグルしてマスクしてフード被ってたら見てくれだけじゃ分からない。それに風邪気味なら声が少し変わってても喉をやられたんだと思わせることができる。

 

「ど、どうして…」

 

「一花ちゃんは普段風太郎をフータロー君って言うだろ。上杉君って呼ぶのは中野ちゃんだけだよ」

 

「お見通し…なんですね……」

 

「風太郎程じゃないけど、君たちと過ごした時間は多いつもりだよ」

 

「やはりあなたは上杉君とは違いますね」

 

「いや、多分風太郎もすぐに気づくさ。中野ちゃんが何のためにこんな事をしているのか話したくなかったら話さなくてもいい。だけどね、風太郎は君たちのことをちゃんと見てる、それだけは覚えといて」

 

中野ちゃんなりの理由があって一花ちゃんの変装をしているのだろう。これは彼女自身の個人的な理由。俺が問いただすことじゃない。

 

「幸村君…私……確かめたくって…」

 

中野ちゃんが何かを伝えようとした時、中野ちゃんのポケットから携帯の着信音が鳴り響いた。

 

「すみません三玖からです」

 

「分かった。俺は財布取ってくるから、電話出てあげて」

 

「すみません……幸村君!」

 

「ん?」

 

「……ありがとう…ございます」

 

お礼を言う中野ちゃんは少しだけ明るくなっていた。

 

◇ーーーーー◇

 

「あー!一花と幸村さんみーつけた!!」

 

コテージからスキー場に戻る時に四葉ちゃんに捕まった。隣には二乃ちゃんもいるけど、もしかして巻き込まれた口かな。

 

「ねぇ2人とも。金髪の男の子見なかった?」

 

「金髪?見てないなぁ。ゆき…ハヤト君はどう?」

 

「ミテナイナー」

 

不味い。もしかしてこの時間ずっと信繁探してたのかな。だったら悪いことしちゃったな……キャンプファイヤーの時だけ姿を現せばいいと思ってたけど、二乃ちゃんの信繁に対する思いはかなり大きいみたいだ。

 

「名前なんて言うの?」

 

「ノブ君よ」

 

「ノブ君??」「ブッ!?」

 

「あ、ノブ君ってのは私が一方的に言ってるだけで…信繁君って名前なの」

 

ちょっと待ってちょっと待って。ノブ君??俺はお笑い芸人になったのか??あと本人がいないところで勝手にあだ名をつけるのはよろしくない!うん、そこだけ指摘しよう!

 

「その、ノブ君は信繁君って人に許可もらってから使った方がいいんじゃないかな??」

 

「それもそうね…!ありがとう幸村。上杉じゃこういうアドバイス出来なさそうね」

 

「アハハハ……」

 

心が痛い。本当にごめんよ二乃ちゃん。

 

「あとは三玖と上杉さんだけど……あ!あそこにいた!」

 

四葉ちゃんが指差す方にはフードコートから出てくる風太郎と三玖ちゃんがいた。風太郎のやつちょっとふらついてないか?

 

「三玖と上杉さんみーっけ!!こんなところで油断してちゃダメですよ!」

 

「なんだ四葉か」

 

「残るは五月を見つけるだけだね!」

 

「これだけ動き回って会わないのは不自然だな…」

 

鋭いね風太郎センセー。まあ中野ちゃんなら横にいるんだけど。とにかく中野ちゃんに何か目的があって下手に動けないのなら、ここは俺がなんとかするしかないな。

 

「よし、こうなったら手分けするか。風太郎と一花ちゃん、三玖ちゃんと四葉ちゃん、俺と二乃ちゃんで手分けしよう」

 

「まあ、アドバイスくれたわけだし…五月が何か危ない目に遭う前に見つけましょう」

 

「コテージに戻ってないか三玖と見てくるよ!」

 

「なら俺たちは……ッ」

 

「フータロー、もう休んだほうがいいよ…」

 

思った以上にふらついてるな。やっぱりらいはちゃんから貰ってたか。それが俺にも移った感じかな……風太郎程じゃないにしろ俺も長時間は動けないか。

 

「いや……五月の奴、迷子になって泣いてるかもしれないしな……これでもお前らを任された立場なんだ。探し出してみせる」

 

「……中野ちゃんのことをそこまで」

 

「……五月が行きそうなところ…五月ならフードコートだと思ったんだがな……もっとアイツのことを考え………て…」

 

「上杉さん、フラフラじゃないですか!私たちとコテージに「待ってくれ!…五月が行きそうなところ…俺に心当たりがある……」

 

「……信じていいのね上杉」

 

「ああ…一花、付いてきてくれ」

 

「風太郎、頼んだ立場が言うのもだが、無理だと思ったら俺を呼べ。すぐに行く」

 

「おう、頼むぜ…」

 

こうして俺たちは別れて中野ちゃんを探すことにした。

 

 

 

それから20分もしないうちに、中野ちゃんから、風太郎が倒れたと言う連絡があった。

 

◇ーーーーー◇

 

「よく連れてきてくれたな。上杉は一旦この部屋で安静にさせて様子を見る。これ以上悪化するなら私が病院に送ろう。上杉の荷物を持ってきてくれ」

 

「はい…」

 

キャンプファイヤー目前。風太郎の体調が悪化して離脱することになった。

 

中野ちゃんから連絡があって、二乃ちゃんと駆けつけた時には風太郎の意識は半分無かったようなものだった。

それから風太郎を担いでコテージまで運ぶのはいいけど、二乃ちゃんは中野ちゃんに説教するし、三玖ちゃんと四葉ちゃんは大慌て、更には本物の一花ちゃんも体調が悪いのに部屋から出てきて更に二乃ちゃんが怒るハメに。

 

「お前たちは着替えて広場に集合だ。時期にキャンプファイヤーが始まる」

 

「わ、私も残ります!」

 

「ゴホッ…お前たちがいても仕方ないだろ…1人にさせてくれ」

 

「ちょっと、いくらなんでも冷たいんじゃ「二乃ちゃん」……ッ」

 

「ということだ早く行きなさい!これよりこの部屋は立ち入り禁止とする!見つけたら罰則を与えるからな!」

 

風太郎と先生はそのまま部屋に入っていった。はぁ……今回は俺のせいだな…

 

 

 

 

 

キャンプファイヤーまでもう少し。他の生徒が意気揚々と広場に向かう中、コテージの廊下で1人佇む二乃ちゃんを見つけた。

 

「二乃ちゃん、今1人?」

 

「幸村…あんたはお呼びじゃないわ。せめて信繁君を「その信繁君の話なんだけど。今風太郎から連絡があった」

 

「なんで上杉が…ってあいつの親戚だから当然か…」

 

「たまたまスキー場で会ったみたいでね。外せない用ができてキャンプファイヤーには行けないってさ。伝えるのが悪くなってごめんとも言ってた」

 

本当にごめん。今のこの状況で信繁として君と踊ることは俺には出来ない。無責任なのは分かってる。だけど俺には友達を離脱させといてキャンプファイヤーを楽しむほどの余裕はない。

 

「そう……嫌われちゃったかな…少し重かったかしら…」

 

「……そんなことないよ。行けなくなったことを伝えたってことは、行くつもりではあったはずだよ。行くつもりが無いなら言伝なんて頼まないよ」

 

「それも…そうなのかしら……」

 

「なんの気休めにもならないかもだけど、元気出して」

 

「何よ……あんただって見るからに元気が無いくせに……ムカつく…」

 

 

 

 

 

「私のせいです…私が余計なことを考えて一花のフリなんかしたから……」

 

「違うよ五月!私が…私が具合の悪い上杉さんを無理矢理連れまわして台無しにしちゃった…」

 

風太郎の荷物を取りに向かうと四葉ちゃんと中野ちゃんが部屋で落ち込んでいた。四葉ちゃんも中野ちゃんも優しい性格だから、きっと自分を責めてしまうんだろう。

 

「2人とも大丈夫?」

 

「幸村さん……私はなんてことを……」

 

「風太郎をあんな風にさせてしまったのは俺の責任でもある。中野ちゃんが一花ちゃんのフリをしていたのを知っていたのに…風太郎が苦しい思いをしてるのにすぐに伝えなかった俺の責任でもあるんだ」

 

「幸村君は私のわがままを「心のどこかで、多分大丈夫だろう、って思ってたんだと思う」

 

なんとかなる。俺はそう考える時が多い。

昨日だって、怖がりの中野ちゃんを肝試しに誘った。他の姉妹がいるから大丈夫だろうと。

 

二乃ちゃんのダンスの誘いを受けてしまったこと。きっとダンスが終われば2度と信繁と会うことはないだろうと考えた。

 

真田との約束だって、走れば間に合うと、なんとかなると心のどこかで考えていた。

 

中野ちゃんを探す時だって、風太郎の体調が悪いのが目に見えて分かっていたのに…どこかで『まあ、大丈夫だろう』って考えていた。

 

五つ子の家庭教師補佐を受けた時も、まあなんとかなるだろう、って

 

「俺は……どこまで行ってもヘラヘラしたテキトー人間だって改めて実感したよ」

 

「そんなことありません!幸村君は私たちのこともちゃんと考えてくれているじゃありませんか!」

 

「それに上杉さんのことを適当に思っているのなら、そんなに思い詰めた顔はしませんよ」

 

「2人とも……ッ…ダメだなぁ俺は」

 

あの時から何も変わってない。俺はあの時のまんまだ。あの時のままじゃダメなのになぁ。

 

「3人で上杉さんに謝りに行こ!」

 

「え、今からですか!?」

 

「こっそり行けば大丈夫だよ!ほら、幸村さんも!」

 

「……うん、そうだね。まずは風太郎に謝らないと」

 

◇◇◇◆◆◆

 

「主任…主任…主任!起きろハゲネズミ!」

 

「!?」

 

「キャンプファイヤーも終盤です。手伝ってください」

 

「あ、ああ…今行こう」

 

真っ暗な部屋から学年主任の社会の先生が出ていきました。

私は今上杉君が安静にしている部屋に忍び込んでいます。私はなんてことをしているのでしょう……少し前ならその気持ちに囚われていたでしょう。

 

でも今は…

 

「行ったかな?」

 

「早く電気付けなさいよ!」

 

「何処にあるか分からない」

 

「うーん…あ、これだ!」

 

明かりが部屋を照らす。私たち五姉妹はみんな揃いに揃って部屋に忍び込んだのです。

心配する人、謝りたい人、想いはそれぞれですが、みんな上杉君のことを思っている。私にはなんとなく分かります。

 

「二乃が来るのは意外だったね。やっぱり上杉さんが心配なんだね」

 

「一緒にしないで!私は信繁君からの言伝をコイツから聞いて……そのお礼よ!礼儀よ!心配なんかしてないわ!!」

 

「照れてる」

 

「私と三玖はフータロー君が心配でね」

 

「私と四葉は、上杉君に謝罪をしようと思って」

 

「でも完全に寝ちゃってるね…起こす?」

 

「病人を無理矢理起こすわけにはいかないでしょ!」

 

「病人……そうだ、手握ってあげようよ」

 

「私たちが病気の時、お母さんがよく手を握ってくれた。元気になるおまじない」

 

キャンプファイヤーも終盤なのでしょう。窓から明るい光が差し込んでいます。上杉君の顔がハッキリ見えるくらいの明るさでした。

 

「あの時もずっと耐えてたんだね。私も周りが見えてなかったな…ごめんねフータロー君」

 

「あんたのそのナリ、らしくないんだから…早くいつもの調子に戻りなさい」

 

「私たち5人がついてるよ。だから安心してねフータロー」

 

「上杉さんごめんなさい。そして早く元気になってください」

 

「その時は改めて謝罪を。本当に申し訳ございませんでした。早く良くなってくださいね」

 

 

 

私たちの、この思いがあなたに届きますように。

 

 

 

 

 

◆◆◆◇◇◇

 

「ッ……あれ…俺なんでこんなところで」

 

頭が痛くて目を覚ました。なんで床で寝てるんだ俺は。確か風太郎に謝りに行く前に自分の泊まった部屋に戻ってそれから……それからの記憶が無い。

 

「うわっ、もうこんな時間…はやいとこ…いかねぇ……と…………」

 

薄れる意識。ギリギリだったのは俺もだったか。すまん、風太郎…

 




これにて林間学校編終了になります。アニメでいえばこれで一期が終わりました。ペースがアニメとほぼ一緒になってる気がしますが多分気のせいです。多分。

次回は風邪でぶっ倒れた隼人のお話、つまりオリジナル回です。


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第15話 五等分の0点?

幸村隼人の秘密

アニメはよく見る


 

「ふぁぁ〜〜っくしっ!ぬぁぁぁ…」

 

1人寂しくクシャミをしては鼻水を拭き、ゴミ箱に放り投げる。外れた。これで外した数は8個。今日はまあまあの精度だ。

 

林間学校の最終日、俺は結局風邪でノックダウン。キャンプファイヤーにも間に合わず、風太郎に謝るのも遅れてしまった。その風太郎本人は念には念を込めて入院している。入院費は中野家持ちだ。

 

それに比べて俺はアパートの自室で1人寂しく寝込んでおりましたとさ。

 

「37.8…だいぶ下がったな」

 

これなら学校にも行けるだろう。明日は休みだけど。まあ体も少し楽になったしちょっとコンビニで何か買ってこようかな。

 

『すみませーん。幸村君のお家であっていますでしょうか?』

 

「中野ちゃん??」

 

部屋のドアをノックしながら俺の部屋かと尋ねる中野ちゃんの声が聞こえた。俺の家の場所は知らないはずなんだけど…

 

「あらいらっしゃい。どうしたの?」

 

「上杉君にご自宅の場所を聞きまして、お見舞いに来ました」

 

そういえば一度だけ風太郎を招いたことがあった。去年の話だったな。

 

「とりあえず玄関で話すのもなんだし」

 

「すみません、お邪魔します。幸村君は1人で生活しているのですか?」

 

「うん、高校に入学する時に親元離れて1人でね」

 

「高校入学のため……何か理由が?」

 

「よくある話、五月ちゃんと同じ学校に通うためだよ」

 

「え!?私とですか!?」

 

「ああ!違う違う、高梨のほうね」

 

なんだかややこしいな。中野ちゃんのことも他の姉妹みたいに名前で呼んだ方がいいのかな。意識しないと変えられないからなぁこればっかりは。

 

「結局五月ちゃんは落ちて別の高校に行ったんだけどね…まあ、ある意味では五月ちゃんがいたら中野ちゃんとは出会わなかったかもしれないね」

 

「大袈裟ですよ。きっと幸村君と高梨さん、そこに上杉君もいて、私たち5人も揃ってますよ」

 

「そうかなぁ…そうだといいなぁ」

 

随分長い付き合いに見えて実はそこまででもない。でも俺の生活に彼女たちが不可欠になってる気もする。五つ子ちゃんに染められちゃったかな。

 

「麦茶ぐらいしか出せなくてごめんね」

 

「いえ大丈夫ですよ。そうだ、上杉君明日には退院出来るそうですよ」

 

「もう少し長引くと思ったけど案外早かったね。俺ももう大丈夫だから、明日の家庭教師補佐は顔出すよ。確か風太郎から小テスト出てなかった?」

 

「はい。今日は小テストの件もかねて伺いました」

 

中野ちゃんが差し出してきたのは大量のプリント。例の小テストだろう。答えは既に風太郎がメールで送ってくれている。

 

「上杉君が採点は幸村君に任せておけと」

 

「いいよ。それくらいちょちょいのちょいさ」

 

少しでも家庭教師補佐として貢献せねばね。まずは一花ちゃんから……

 

 

 

 

 

「おかしいな。0点が1人につき1枚ある」

 

採点は思った以上に早く終わった。五つ子、1人につき0点が存在してしまっている。自分でも問題を解いてみたり、再確認してみたけど0点だった。

 

「………」

 

「顔背けないの中野ちゃん。他の姉妹は分からないけど、中野ちゃんのことだから俺たちがいない間でも復習はしてたんでしょ?」

 

「しました…してこの結果なんです!途中から何が何だか分からなくなって…」

 

「全問埋まってはいるんだけどねぇ……やっぱり理科以外は難しい?」

 

「はい……」

 

理科となると数学なんかと違って暗記が多いような気がする。分子記号とかの覚え方はあるし、中野ちゃんが理科が得意ってことは『覚える』こと自体が得意なはずだ。

 

「国語は漢字、数学は公式を覚えれば高得点は狙えると思うから。社会も語呂合わせがあるし、問題は英語かな…」

 

「何故日本人なのに英語を学ばなければいけないのでしょうか…」

 

「全世界で通じる言葉ってことになってるからねぇ。英語となると俺も教えれる立場じゃないからなぁ」

 

「分かりました。英語は上杉君に聞いてみます」

 

驚いたな。中野ちゃんのことだから英語の先生に聞きますなんて言うかと思ったけど…ちゃんと風太郎のことを信用し始めてるんだな。

 

「明日はこのテストの復習をしょうか」

 

「0点を見たら、上杉君怒りそうですね」

 

「0点なっちゃったもんは仕方ないよ。次の期末でこの点数取らなきゃ大丈夫だよ。切り替えていこ」

 

「はい、分かりました。明日はよろしくお願いしますね」

 

小テストを受け取って帰ろうとする中野ちゃん。だけどその足は玄関に向くことはなく、

 

「幸村君、一つ聞いてもいいですか?」

 

「ん?」

 

「あなたの勉強をする理由です。高梨さんと同じ高校に行くためだけではありませんよね」

 

「んー………期末テスト、全科目俺に勝ったら教えてあげる」

 

「ぜ、全科目……前々から思っていましたが、幸村君も上杉君みたいに意地悪な時がありますよね……分かりました!私だって成長するんです!必ずあなたに勝ってみせます!勝ったら教えてくださいよ!約束ですからね!」

 

「うん、約束だ」

 

◇ーーーーー◇

 

次の日、家庭教師補佐として中野家にお邪魔した。そこで俺が目にしたのは同じ髪型にした五つ子をジーッと見つめる風太郎だった。

 

「一応聞いとくよ。何やってんの?」

 

「コイツがいきなり同じ髪型にしろって言ってきたのよ」

 

「ちょうどいいところに来た隼人。お前にも当ててもらいたい。誰が誰なのかを!!」

 

「いきなりだな。えーっと、俺から見て右から一花ちゃん、四葉ちゃん、中野ちゃん、三玖ちゃん、二乃ちゃん」

 

「このように!何のヒントも無ければ俺たちは誰が誰か分からな、え分かったの?」

 

「いや髪の長さとかあるでしょ」

 

五つ子だけあってやっぱり顔はそっくりだ。それでも一人一人特徴があって、例えば三玖ちゃんとか他の子と比べて眠そうな目をしている。顔のパーツ以外なら髪の毛が1番分かりやすい。中野ちゃんなんか飛び出てるもん。

 

「何でいきなりこんなことしてるんだ?」

 

「これを見てくれ…いや採点したのはお前だから分かるか」

 

「ああ、昨日採点した……なんで名前部分破れてるの」

 

風太郎から渡された5枚のプリント、それは昨日俺が採点した小テストだ。国数英社理それぞれ一枚、それも0点。確かに俺なら誰が誰か分かるけど、

 

「はぁ、怒らないから名前の部分破った人手あげて」

 

「幸村さん!それ絶対怒るやつじゃないですか!」

 

「怒らない怒らない。お兄さん優しいから」

 

(初日で説教した奴が何言ってるのかしら…)

 

「この小テストは風呂上がりの奴が俺にぶん投げてきたものだ。バスタオル姿で分からなかったが犯人はこの中にいる!四葉、白状しろ」

 

「犯人はこの中にいるとか言いながら、当然のように私を疑っている!?」

 

確かに四葉ちゃんは数学が0点だった。だけど名前の部分を破るような子じゃないと思うけどなぁ。

 

「お前らの顔の判別が付けばなぁ。お前らが間違えないのが不思議でたまらない」

 

「こんな薄い顔三玖しかいないわ」「こんなうるさい顔二乃しかいない」

「うるさいってなによ!」「薄いってなに?」

 

「良いことを教えてあげます!私たちの見分け方はお母さんが昔よく言ってました。愛さえあれば自然とわかるって!」

 

「…道理で俺は分からないはずだ。逆に言えば隼人は愛があるってことか」

 

「どうも愛の伝道師ですよ。それよりテストもう少しよく見てみたら?」

 

意外とプリント1枚で個性というものはわかるものだったりする。

一花ちゃんはプリントがよれていることが多い。

逆に二乃ちゃんは丁寧にファイリングしているから四つ折りにすることはない。

三玖ちゃんは字が他の4人より綺麗だ。

四葉ちゃんは国語は得意な方だけど漢字が得意なわけじゃない。

中野ちゃんは間違えたら塗り潰したりせずに消しゴムを使う。

 

「一貫性がない……」

 

「となると?」

 

「……わからん!ややこしい顔しやがって!!」

 

「……時間も惜しいから正解を言うと「待ってくれ隼人。ここまできたら俺が犯人を突き止める。どうにもならなかったら教えてくれ」…分かったよ。りょーかいりょーかい」

 

勿体ぶるものでもないが、風太郎が自分で犯人を見つけると言うなら俺も言わない。

それにしても惜しいところまではきてるんだよな。一貫性が無いことに気がついているなら、1人ずつ0点の犯人だってのに気がつくのも遅くはないはずだ。

 

「最終手段だ!これは小テストの問題を集めた問題集。これが解けなかった奴が犯人だ」

 

「そんな無茶な!」

 

「私も分からない自信があります!」

 

「1番最後の奴を犯人とします。はいスタート」

 

まさかのゴリ押し!いや、これはこれで問題集の筆跡を見れば自ずと犯人が分かると考えているのか。流石頭の回転が早い奴だ。

 

「なんでこんなことになるのよ……」

 

「今日のフータロー、ちょっと強引」

 

「はーい、一番乗り〜」

 

「一花ちゃん早いね」

 

「私だってやれば出来るんだからね」

 

「ふむ…お前が犯人か」

 

一花ちゃんの答案用紙を受け取ってすぐに風太郎は犯人探しの答えを出した。

 

「ここ、bの書き方。1人だけ筆記体で書くことは覚えてた。俺はお前たちの顔を見分けられるほど知らないが、お前たちの文字は嫌というほど見ているからな」

 

「流石だな風太郎」

 

「やられた〜!」

 

崩れ落ちる一花ちゃん。と言っても彼女と犯人の1人なだけであって、

 

「一応私たちも終わりました」

 

「ご苦労。まずは採点を……五月の『そ』犯人と同じ書き方だ…よく見たら二乃の『門構え』、三玖の『4』、四葉の送り仮名……みんな犯人と同じ……お前ら、1人ずつ0点の犯人じゃねーか!!」

 

お見事、風太郎は正解に辿り着いた。ある意味簡単で、ある意味難しい問題。彼女たち五つ子をよく観察していたら簡単に解ける問題だったり。

そもそも考えてみたら俺と風太郎が教えているのに全教科0点なんてことはありえないんだ。彼女たちも着実にレベルアップしているのだから。

 

「まあ0点の犯人は分かったけど、名前の部分を千切って隠そうと持ちかけた犯人がまだ見つかってないんだけど、名乗り出る人はいる?」

 

「私よ。私が一花に隠してって頼んだのよ」

 

「二乃……」

 

名乗り出たのは二乃ちゃんだった。失礼だけど確かに彼女なら隠そうと提案しそうだけど、

 

「0点で怒られるのが嫌だったのよ。いっそ隠して、万が一見つかっても名前が分からなかったらバレないと思ったのよ」

 

「0点で怒るわけないでしょ。ねぇ?」

 

「俺は怒るz「怒らないってー!!それに良い点も悪い点も俺たちに見せてもらわないと、これからの方針が立てられないからね。もうやらないこと、いい?」

 

「はぁ……分かったわよ。あんたの正論説教の方が嫌ってのが改めて身に染みたわ」

 

多分二乃ちゃんは他の姉妹誰か1人が0点を取っても隠したと思う。家族想いの彼女だからこそ姉妹が怒られるのを見たくないはずだから。

 

「まったく…俺が入院した途端これか……密かにお前らの誰かと昔会ったことがあるんじゃないかと思ったが、あの子がお前らみたいなバカなわけねーしな」

 

「ば、馬鹿とはなんですか!」

 

「間違ってねーだろ五月。今日はお前らみっちり復習だからな!」

 

今日も今日とて家庭教師日和。

迫る期末試験に向けて今日も勉強開始だ。

 




次回は勤労感謝ツアーか期末試験に突入します。どっちになるかはまだ決めてません!


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第16話 幸村君との勤労感謝ツアー

中野五月の秘密

ホラーコメディを見てホラーを克服したと思い込み、1人で夜中にホラー映画を見て大泣きした。


 

どうしましょう……

 

明日は勤労感謝の日。特に用事は無いのですが……無い故にふと思ってしまいました。

 

幸村君への日頃の感謝を伝えるべきではと。

 

そう思って今現在携帯と睨めっこを続け早10分。完成した文が、

 

《明日、駅前のファミレスに行きませんか?》

 

「うぅ…これではデートみたいではないですか」

 

それにいきなりファミレス行きませんかなんて自分勝手と思われないでしょうか。幸村隼人にも予定があるかもしれませんし……とりあえず彼と連絡を取らないことには始まりませんね…

 

幸村君《中野ちゃん、今大丈夫?》

 

「ひょわっ!?!」

 

『五月!?大丈夫、変な声したけど!?』

 

「だ、大丈夫です!なんでもありません!!」

 

いきなりの幸村君からの連絡で思わず変な声が出てしまいました。夜中にすみません四葉。

どうしましょう。すぐに返事を返して大丈夫でしょうか…画面をずっと開いていたせいですぐに既読マークがついてしまいましたし……彼からの連絡をずっと待っていた変人と思われないでしょうか…いえ、返さない方が失礼ですよね!

 

五月《はい、問題ありません》

 

幸村君《明日って予定あったりするかな?予定無いなら約束してた駅前のファミレスでもどうかなって》

 

そういえば林間学校で彼と約束しましたね。これは私からも日頃のお礼をするチャンスですね!

 

五月《問題ありません。11時ごろに駅前に集合でどうでしょう》

 

幸村君《りょーかい。それじゃ明日ねー》

 

「………」

 

幸村君とただの連絡をするだけでこんなに緊張するのは何故でしょう。今までこんなこと無かったのに。

 

◇ーーーーー◇

 

勤労感謝の日 10時50分の駅前

 

祝日というのもあり駅前には大勢の人が行き交ってます。約束の時間10分前。幸村君ももう来てるのでしょうか。

 

『出かけるの?待ち合わせに時間があるなら身だしなみでもチェックしてなさい。三玖と四葉ほどじゃないけど、あんたもたまに髪の毛ハネてるわよ』

 

二乃に言われた通りに髪の毛がハネてないか確認。家を出る前も確認しましたが大丈夫ですね。

 

「中野ちゃん、おはよー」

 

「あ、おはようございます幸村君」

 

駅の方から歩いてきたのは幸村君。まだ予定の時刻より10分もあるのに早いですね。遅刻するよりよっぽどマシですが。

 

「ごめんね。結構待ったかな?」

 

「いえ、私も今来たところです。それより幸村君の家は駅とは反対の方では」

 

「まあ色々とね。人も多くなってきたし席が埋まらないうちに行こうか」

 

駅前のファミレスはやはり駅前というのもあって人の出入りが多いです。街の方のお店と比べて少し安いというのも決め手の一つでしょう。

 

「いらっしゃいませー何名様……兄貴ッ!!」

 

「え、幸村君の弟さんですか?」

 

「はい!自分兄貴の下d「ああなんでもないなんでもない!2名です!禁煙席で!」

 

オホホと笑う幸村君に押されながら席に移動しましたが、まさか幸村君のご兄弟がここでアルバイトをしていたとは。

 

「はぁ…ビックリした。アイツここでバイトしてたのか…」

 

「知らなかったのですか?」

 

「え?まあ、俺もなんでも知ってるわけじゃないってことだよ」

 

弟のことでもなんでも知ってるわけじゃない。確かに私も他の姉妹のことを完全に理解しているとは言えませんね。

 

「さ、何頼む?」

 

「迷いますね…カレーにパスタにハンバーグ……」

 

今更ですが幸村君は私みたいにたくさん食べる女性をどう思っているのでしょうか。少し気にはなりますね。

 

「そうですね、今日はハンバーグランチにします」

 

「じゃあ俺はカレーと唐揚げにしよ。すみませーん」

 

「はいお待たせしましたー!!」

 

オーダーを取りに来てくれたのは先ほどの弟さん。幸村君は落ち着いている性格ですが弟さんは対照的に元気ですね。

 

「まさか兄貴が彼女さんを連れてくるなんて驚きッスね!五月の姐さん以来じゃないッスか?」

 

「そんなんじゃないっての。ハンバーグランチとカレーと唐揚げ10個の、あと食後にジャンボパフェね」

 

「ランチのライスのサイズどうしますー?」

 

「えっとライス大で」

 

「ライス大ですねー。カレーはライスのサイズと辛さどうします?」

 

「1番でかいやつで辛さは普通で」

 

「わかりました!モリモリにしてきますね!「いいよそんなことやらなくて!」

 

「ハハハ、分かってますって!それじゃあご注文確認しますね!ハンバーグランチ、ライス大がお一つ、カレーのライス特大、辛さ普通がお一つ、唐揚げ10個に食後にジャンボパフェッスね!パフェは兄貴たちの食事が終わりそうなタイミングで作ってお持ちしますね!」

 

随分仲が良いのですね。私たちも昔は仲が良かった…いえ今も良いのですが、やはり衝突も多くなってきました。

 

「ごめんねホント。アイツ前に話した猿渡佐助って奴でさ」

 

「……え、弟さんでは」

 

「ああ、アイツが勝手に兄貴兄貴って言ってるだけで」

 

「…………え"」

 

 

 

 

 

「お待たせしましたー!ハンバーグランチとカレーと唐揚げでーす!」

 

「随分早いな」

 

「他のオーダー無視して先に作らせました!」

 

「うん、そういうのやめろよ?」

 

料理が到着したのは注文から10分もかかりませんでした。

猿渡君、確かによく見れば幸村君とは似てませんね。

 

「猿渡君とはどういった関係で?」

 

「佐助とは中学からの付き合いなんだよ。それこそ五月ちゃんよりも長いかな」

 

「随分慕っているようですが」

 

「先輩後輩なんてあんなもんだよ」

 

「なんだか前に二乃が観ていたドラマみたいです」

 

「二乃ちゃんだから…イケメンが出てるのはなんとなく読めた」

 

「二乃の好きな俳優が出ているヤンキードラマというやつです」

 

ドラマや映画、数あれどやはり喧嘩をするものは苦手です。第一暴力はいけません。二乃はワイルドでカッコいいなんて言っていましたが、あんなの痛いだけじゃないですか。

 

「幸村君は喧嘩とは無縁そうですね」

 

「いやぁ?お兄さんも昔はバリバリだったかもよ?」

 

「そんな風に言っている人は喧嘩慣れしていません。二乃に付き合わされて一緒にドラマを見た私が言うんです。間違いありません」

 

「中野ちゃんもドラマに影響されるタイプだね」

 

「まだ上杉君の方が喧嘩してそうです」

 

「ハハハ。まあ風太郎は目付き悪いから何回か喧嘩売られてたよ」

 

意外でした。上杉君は確かに挑発に乗りやすい人だとは思いましたが、まさか喧嘩を売られてそれを買うだなんて。

 

「上杉君なら正論で上手く逃げそうですが」

 

「珍しく買ったね。でもそれくらいじゃないかな風太郎が喧嘩したの」

 

「喧嘩なんて何回もするものじゃありませんよ。幸村君は喧嘩しないでくださいよ?」

 

「いや俺も男の子だし約束は「約束してください」……はい」

 

暴力沙汰で万が一ということもあります。そうなると幸村君から勉強を教わることができませんからね!いたって普通の理由です!

 

「約束はなるべく守るけど…もし喧嘩して怪我したら手当てしてくれる?」

 

「なんで喧嘩をする前提なんですか。勿論手当てはしますけど、幸村君は野蛮な人ではないでしょう?」

 

「ほらそれこそドラマみたいに何かあるかもよ?」

 

「ドラマの見過ぎです。一花や二乃は好きそうですが」

 

一花の名前を口にして思い出しました!一花から出演している映画のチケットを貰ったのでした。幸村君、時間大丈夫でしょうか…

 

「そういえば幸村君はテレビや映画はよく見ますか?」

 

「そうだねーテレビだとアニメとかよく見てるよ。映画は誘われないとあんまり行かないかな」

 

「そうなんですね……あの、もしお時間があるようでしたら、この後映画に行きませんか?一花からチケットを貰っていまして」

 

「いいね、行こう行こう!どんな映画なの?」

 

「えっとですね…………」

 

私としたことがなんというミス!この映画ホラーじゃないですか!!ああ、チケットをよく見ておけばよかった!!

 

「これなんですが…」

 

「ああ、最近公開したやつね。CMはよく見てるよ。でもこれホラーじゃない?大丈夫?」

 

「だ、大丈夫……かもしれません…」

 

「無理はしないでね。とりあえず映画館に行って、中野ちゃんが無理そうだったら「いえ!大丈夫です!一花が出てるんです!この目で見ないとですよ!!ね!」

 

ああ、言ってしまいました……私のバカ、なんで強がってしまうんですか…

 

「……え、この映画一花ちゃん出てるの?」

 

「え?そうですね。出演時間は短いと言っていましたが、これも大事な一歩だと」

 

「………え、ごめんちょっと待って。何、一花ちゃんって……役者さん?」

 

「女優ですよ?まだ駆け出しと一花は言っていますが……もしかして幸村君」

 

「ええ…聞いてない聞いてない初耳なんだけど!?」

 

驚く幸村君の顔は新鮮でした。

 

◇ーーーーー◇

 

「まさか女優とは…今度サイン貰おうかな」

 

「私も最初聞いた時は驚きましたよ本当に」

 

ファミレスを出て映画館へ向かう道中。お昼時もあって人通りが多いです。ここまで人通りが多いと知り合いにでも出合いそうですね。

 

「あらあんた達、これから映画館かしら?」

 

「二乃?」「二乃ちゃん?」

 

早速出会いました。今日は一花と三玖は2人でお買い物、四葉も出かけ、私も幸村君とこうして出かけているので予定が無い二乃がお留守番をすることになっていました。

 

「暇すぎたから出て来ちゃったわ。それにしても五月の待ち合わせ相手が幸村だったとはね」

 

「そうです!予定が無いなら二乃も映画行きましょうよ!」

 

「はあ?映画ってまさか一花から貰ったヤツじゃないでしょうね?あれホラーじゃない。あんた大丈夫なの?」

 

「だ、大丈夫ですよ!私だって成長するんです!」

 

(肝試しの時のはなんだったのかしら)(肝試しでかなり怖がってたよね中野ちゃん)

 

「昔は他の姉妹に手を握ってもらっていましたが、もう高校生なんです!そんな必要はありません!!」

 

 

 

 

 

「うわ〜〜ん!怖かったですぅ!!」

 

「言わんこっちゃない」

 

「割と序盤から俺と二乃ちゃんの手握ってたね」

 

ダメでした。めちゃくちゃ怖いじゃないですか!林間学校の肝試しと違って逃げることが許されない劇場内……大丈夫と言ってしまった手前引くに引けない状況にしてしまった自分を呪いたいです。

 

「まあ割と怖かったわね。一花はさっさと死んじゃったけど」

 

「結構面白かったね。一花ちゃんかなり早く死んだけど」

 

「怖すぎて覚えてません!!」

 

「あれー?隼人に五月ちゃん?」

 

映画館を出た私たち3人に声をかけてきたのは高梨五月さんでした。

 

「五月ちゃん」「高梨さぁぁん」

 

「わお凄い顔。さっきの映画が怖かったのかな?」

 

「思った以上に怖かったみたいで」

 

「ちょっと幸村、この人誰なのよ」

 

「ああ、高梨五月。俺の元カノ」

 

「へー元カノね……は?元カノ!?あんたが!?嘘でしょありえない!!」

 

「ちょっとお兄さん傷ついちゃうよ?」

 

二乃も私と同じような反応をしていますね。やっぱり信じられないという気持ちが1番にくるのでしょうか。ごめんなさい幸村君。

 

「五月と同じ名前なんてね…私は中野二乃、五月の姉よ」

 

「やっぱり姉妹だったんだ!もしかして映画の中野一花ちゃんも姉妹だったりする?」

 

「ええそうね。一花は私の姉で「キャー!!やっぱりそうなんだ!ねぇねぇサインって貰えるかな!?私この映画で一花ちゃんの演技がすっごい好きになってね!いやぁあの子は将来大物になるよ!間違いないね!」…ちょっと幸村なんとかしなさいよ!」

 

「はいはい離れてね五月ちゃん」

 

「あぁおごめんね。ていうか隼人はいつまで私のこと五月って呼ぶわけ?五月ちゃんがいるんだから私のことは高梨って呼びなよ!」

 

「意識しないと中々変えられないの知ってるでしょ?」

 

「じゃあ意識して!高梨ちゃんと五月ちゃん!さんはい!」

 

「た…高梨ちゃん……五月ちゃ…ん…?」

 

「これからちゃんと意識すること!いい?」

 

「努力します…」

 

私も二乃も高梨さんの勢いには負けてしまいますね。四葉も勢いが凄い方ですがそれとはまた違った勢いというか、こちらに何もさせないぞという圧力と勢いを感じます。

 

「じゃあ私これからバイトあるから。クリスマスの時は是非ウチのケーキ屋に来てね!」

 

「ケーキッ!」

 

(目の色変わるの早すぎるのよ五月…)

 

「隼人も風太郎によろしくって言っといて!」

 

「分かったよ。2人ともなんかごめんね、嵐みたいな人だからいつk……高梨ちゃん」

 

「ずっと相手するのは疲れるわね。それじゃあ私達も帰るわよ五月」

 

「え、もう?」

 

「なに?あんた幸村とまだいたいの?」

 

「そういうわけでは……」

 

今日なんてただご飯を食べて映画を見て、挙げ句の果てに怖すぎて手を握ってもらっただけですよ?勤労感謝の日として彼に何か日々のお礼をしたかったのですが、これでは何も……

 

「五月ちゃん」

 

「は、はい!!」

 

「今日は楽しかったよ。休みの日に誰かと出かけるの久しぶりだったから尚更ね。二乃ちゃんもありがとう」

 

「次はもう少しプランを練ることね。五月のお腹はこの程度じゃふくれないわよ」

 

「もう余計なこと言わないでくださいよぉ!」

 

「じゃあ次は姉妹全員に奢れるぐらい用意しとくよ。その為にもテスト頑張ってね」

 

「余計な一言が多いのは上杉と一緒ね幸村」

 

「そんなこと言わずに頑張りましょう二乃」

 

よく考えてみたら、赤点を回避して良い点数を取ることが彼に対するお礼になるのではないでしょうか。特に私は幸村君から教わってますし。

 

「全教科俺に勝てるといいねぇ?五月ちゃん」

 

「余裕ぶっていられるのも今のうちですよ幸村君。勝って見せます、約束しましたから」

 

(なんかすっごいやる気になってるわね…)

 

頑張りましょう。将来のためにも、勉強を教えてくれる幸村君と上杉君のためにも!

 




猿渡佐助 さわたりさすけ
誕生日 1月8日
身長 176
隼人の後輩。隼人に懐いている。

思った以上に時間がかかってしまいました。一億五千年前に実際に体験したデートを思い出しながら書いたような気がします。多分気のせいです。

次回はリビングルームの告白……という名のおままごと大会になるのかしら…ならなかったら七つのさようならになります


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第17話 いつものリビングルーム

幸村隼人の秘密

実は一年の頃は部活に入っていた


 

明日からいよいよ期末試験のテスト週間に入る。これまでの伸び率を考えれば何事もなかったら問題なくいけるだろう。

 

問題がなかったらの話なんだけどねぇ…

 

「……」

 

「フータロー、顔が死んでる」

 

「四葉ちゃんは部活で今日は参加出来ないってさ。二乃ちゃんも試験勉強は明日からだろって友達と遊びに行ったよ」

 

「どうするんですか上杉君。今日は4人でやりますか」

 

「全員揃った状態が1番いいからな……仕方ない、今日は各自自習で………ちょっと待て一花は何処行った」

 

現在図書室には俺と風太郎、三玖ちゃんに中野ちゃん……五月ちゃんの4人だけが集まっている。二乃ちゃんと四葉ちゃんの所在が分かっているが一花ちゃんは行方知らずだった。

 

「用事があるから家で自習するって」

 

「怪しいな……予定変更だ。お前らの家で勉強するぞ」

 

「しばらく帰ってこない方がいいって言っていましたが」

 

「ますます怪しいな。こうなりゃ突撃するか」

 

勉強のことになると結構強引になる風太郎。今のところは良い方向に進んでるけど、後が怖いねぇ。

 

◇ーーーーー◇

 

というわけで中野家に来てみたわけだが、

 

「事務所の社長の娘さんの面倒を見るって伝えたじゃん」

 

「誰に伝えた」

 

「えーっと、四葉」

 

「ダメじゃねぇか!!」

 

家には一花ちゃんだけではなく、事務所の社長の娘、菊ちゃんもいた。今は熱心にお絵描き中と言ったところか。

 

「菊ちゃん大人しくしてて偉い」

 

「急な出張が入った社長の代わりに面倒を見ることになったんだ」

 

「あのおっさん結婚してたのかよ……って今はそんなことはどうでもいい。子供は静かにさせて勉強を」

 

「おいお前」

 

ここでお絵描きを終えた…否お絵描きが飽きた菊ちゃんが風太郎に声をかけた。

 

「お前、アタシの遊び相手になれ」

 

「………菊ちゃんあそぼー」

 

「子供扱いすんな!人形遊びなんて時代遅れなんだよ。今のトレンドはおままごとだから」

 

(子供だな)(子供!)(子供だな〜)(子供…)(今のトレンドはおままごとなんですね)

 

「お前私のパパ役。アタシ、アタシ役」

 

「じゃあ私ママ役やる」

 

「ウチにママはいない。浮気相手と出ていった」

 

リアルすぎる…よく知らない社長さんのシリアスな過去を知りたくなかった。

 

「どうするんだ風太郎」

 

「所詮子供の戯れだ。俺が適当に相手するからプリント解かせてやってくれ」

 

意外にも風太郎が相手をするという。こういうこと他の人には任せないよな。風太郎特有の引き受けたからにはとにかくやってみるの精神だ。

とりあえず風太郎が相手してくれるなら俺は3人に出来る限り勉強を教えよう。

 

「大丈夫でしょうか…」

 

「まあフータロー君が珍しく勉強以外のことをやるって言ってるんだし。見守ってみようよ」

 

「こらこら、貴方達は勉強ですよ」

 

正直俺も気になるけど期末試験も近いし勉強しないとね。

 

「オホン…菊、幼稚園で友達ができたかパパに聞かせてごらん!」

 

「あいつらガキばっかりだ」

 

「コラコラ、お前もクソガキだろ?お勉強の方はどうなんだ?パパが教えてあげてもいいぞ」

 

「断る。やってもどうせすぐ忘れるんだ」

 

「いけないぞ菊。失敗を恐れてはいけない。諦めず続けることで報われる日がきっとくる。成功は失敗の元にあるんだ」

 

「綺麗ごとを」

 

「このクソガキィ!!」

 

風太郎、キレた!小さい子の相手をすることがなかったけど、まさかここまで現実を見てるとは思わなかった。小学生で携帯持つわけだわ。

 

「まあまあ、子供の戯れなんでしょ?そうムキにならないの」

 

「良いこと言ってたと思う」

 

「2人はパパの会社の事務員さん」

 

「ええ!?私たちもやるの?」

 

「事務員さん…」

 

「2人ともパパに惚れてる」

 

「「!!」」

 

これは勉強どころじゃないかな。まあ二乃ちゃんも言ってたし、本腰入れるのは明日からでもいいだろう。今日のところはプリントだけ渡して明日採点から入ろう。

 

「そこの2人は事務所のラブラブ社員」

 

「「ブッ!?」」

 

「あー……里中さん夫妻…」

 

「えぇ!?ホントにいるの!?」

 

「もう!心臓に悪いのでやめてください!」

 

ホント心臓に悪いよ。菊ちゃんには俺たちがそういう風に見えたのかなぁ?いやたまたまだろう…うん、そうだよきっと。

 

「五月ちゃんもハヤト君も満更でもないんじゃない?」

 

「そ、そんなことありませんよ!」

 

「えー?ハヤト君も五月ちゃんのこと名前で呼ぶようになってるよ?」

 

「それは高梨さんが…」

 

「まあまあ、とりあえずおままごとだから、ね?」

 

今はそう割り切ったほうが気持ちが楽な気がする。ちょっとモヤモヤが晴れないけど。

 

「まったくなんなんだこの設定は…」

 

「社長、いつになったらご飯連れてってくれるの?今夜行こう今夜」

 

「菊ちゃん、新しいママ欲しくない?」

 

「社長!僕たち夫婦のラブラブハネムーンのために給料上げてください!」

 

「あ、上げてくだ…は、ハネムーン!?!?」

 

「やめろやめろ!カオスすぎる!なんなんだこれは!」

 

うーん確かにカオスだ。菊ちゃんも流石に困惑気味だね。俺自身も困惑してるもん。

 

「じゃあ事務員2人はパパのどこが好きか言え」

 

「好きなところ…えーっと、こう見えて男らしい一面があったり…」

 

「頭が良い、頼りになる、背も高い、カッコいい」

 

「パパそんなに背が高いほうじゃないんだけど」

 

「そうだったね…社長のことだったね…」

 

「菊ちゃんはどっちが良いと思った?」

 

「アタシは…ママなんていらない。ママのせいでパパは大変だった。パパがいれば寂しくない」

 

「…無理すんなよ。お前くらいの子供が母親がいなくなって寂しくないわけがない。可愛げもなく大人ぶってないで、ガキらしくわがまま言ってりゃいいんだよ」

 

風太郎が菊ちゃんの頭を乱雑に撫でる。菊ちゃんの瞳に涙が浮かぶが、それは雑に頭を触られたからじゃないだろう。

 

母親がおらず、父親も社長となると家にいる時間も少ないだろうし、そんな中で生活すれば自然と我慢するようになるんだろう。

甘えることもせずただ我慢して…我儘を言っていいと言ってくれる大人も身近にいなかったのかもしれない。

 

「人の気持ちに寄り添える…風太郎はそういう奴だからな」

 

「ええ、口は悪いですがそこは認めざるを得ません。上杉君自身は分かってないと思いますが」

 

「あ?なんか言ったかお前ら」

 

「「何も?」」

 

「うん…フータローの温かさが私を……ねえフータロー、

 

 

 

 

 

 

 

 

私と付き合おうよ」

 

「!?」「!!」「!!!」

 

「三玖、お前何言ってんだ」

 

「え、あっ……えっと…」

 

「違うだろ三玖……結婚しよう!!」

 

「ンンッ!!」「ええっ!?」「えぇ"!!!」

 

急展開のジェットコースターだ。俺の首が飛んで事件発生、五月ちゃんが薬を飲まされて小さくなって、一花ちゃんが江戸川を名乗ってしまうぐらいの急展開のジェットコースターだ。

 

「けっこん…って……ええっ!?ど、どうしたら…」

 

「良かったな菊!これでママができたぞ!といってもままごとの中だけどな」

 

「あー」「はぁ…」「あはは…」

 

なんとなくそんなことじゃないかと思ったけどさ。だけど俺としては三玖ちゃんのは実弾発射された感じがしたんだけどなぁ。まあ風太郎に恋愛ごとはなぁ。

 

「ただいまー。ってあれ!?可愛い女の子だ!どうしたんですか!?」

 

「何結局家で勉強してたわけあんたたち」

 

「ままごとだ。ちょうど俺と三玖が結婚したところだ」

 

「ホントに何やってんのよ…」

 

二乃ちゃんと四葉ちゃんが帰ってきた。もうそんな時間かぁ。ホントに勉強出来なかったな。

 

「私もまぜてください!誰の役が余ってますか?」

 

「ウチの犬!」

 

「ワンちゃん!?わんわん!」

 

それでいいの四葉ちゃん……?

 

「おばあちゃん!」

 

「ブッ」「ふふっ…」

 

「あらぁ私も混ぜてくれるのありがとー…その前に笑った五月と幸村!あんたたち覚えておきなさいよ!」

 

「よろしくなお袋」

 

「あんたの母親なんていやー!!」

 

「おかーさんッ!!!」

 

「あんたは違うでしょ幸村!!」

 

いつの間にか賑やかになった…というよりはいつものメンバーが集まった感じだな。

 

7人の時間。いつしかそれが日常になったんだな……

 

◇◇◇◆◆◆

 

「よお幸村ンとこの猿じゃねぇか」

 

「誰かと思ったら真田の旦那。なんか用スか」

 

「お前にじゃないんだけどな。幸村に伝えといてくれや。ちょっと面倒なのが来るってな」

 

「自分で連絡すりゃあいいじゃないッスか」

 

「連絡先しらねぇ」

 

「あー……兄貴にまた言っときますね」

 

「おう、頼むわ!」

 

「それでご注文どうします?」

 

「じゃあこのミルフィーユを…」

 




アニメでリビングルーム観たかった(白目)

次回から七つのさようならになります。隼人目線の話が多くなるのでオリジナル展開が多くなります。裏では原作通り進んでいると思っていただければです。


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第18話 八つのさよなら①

幸村隼人の秘密

実は昔───だった


 

「くぅ……しんどいッ!」

 

今日は家庭教師補佐の日。期末試験まで残り1週間となった。俺も風太郎も中間試験のような点数は取らせまいと今回の範囲をカバーした想定問題集を作ってきた。一通りこなせば問題ないはず。

 

「や、やっとついた!起きろ風太郎」

 

「あ…ああ……」

 

「幸村君!?どうして階段で…上杉君はどうしたんですか!?」

 

「え、エレベーター、死んでる…」

 

「ああ…そういえば点検日でしたね」

 

エレベーターが使えなかったため中野家のある30階まで階段で上がってきた。それも風太郎を背負って。途中までは一緒に上がってたんだよ?途中までは!!

 

『無理』

 

『風太郎ォォ!!』

 

どうやら朝勉(朝まで勉強)していたらしい。無理するなって話だよまったく。

 

「2人揃ってあまりにも遅いのでみんなで先に始めてますよ」

 

「みんなやる気だね」

 

「こっちも家庭教師しがいがあるってもんだ。試験まであと1週間、そこで今回の試験範囲をカバーした想定問題集を用意した」

 

「な、なんですかこれ!?」

 

「これを一通りやればなんとかなりそうだよ」

 

「こ、この量を………上杉君これ」

 

「お前らだけにやらせるのもフェアじゃない。俺や隼人が手本にならないとな」

 

想定問題集、まさかのオール手書きだったりする。これは風太郎がプリンターもコピー機も持っていないのが原因の一つでもあるけど、さっきも言った通り自分達も解いてこそだ、という風太郎の意志の表れでもある。

 

俺はコンビニでコピーしようと思ったけど、自分で書いて頭で解いてるうちに人数分手書きで書いてしまった。腱鞘炎になっちゃうよ。

 

「ま、今回は俺たちにとってもリベンジマッチだからね」

 

「そうですね。今度こそ赤点を回避して高得点を取ってみせます!」

 

意気込みバッチリ!いざ勉強会の始まり始まり〜!

 

 

 

 

 

「三玖、この手をどけなさい」

 

「二乃こそ諦めて」

 

意気揚々とリビングルームに行くと二乃ちゃんと三玖ちゃんがリモコンの奪い合いをしていました。

 

「勉強してたんじゃないの?」

 

「チャンネル争いかよくだらねぇ。勉強中はテレビ消しまーす」

 

リモコンを奪った風太郎がテレビを消した。勉強中は消しといたほうがいいかもね。シャーペンの音だけ響くのも正直嫌だけど。

 

「はーい、みんな再開するよ。それじゃフータロー君、ハヤト君。これから1週間、私たちのことをよろしくお願いします」

 

「ああ、リベンジマッチだ」

 

「肩に力入れすぎない程度に頑張ろう」

 

◇ーーーーー◇

 

こうして始まった期末試験対策勉強会1日目。漢字って並ぶとカッコいいけど書けって言われたら面倒だと思う。

 

「全員集まるようになったのはいいが、新たな問題発生だな」

 

俺と風太郎は五つ子たちから少し離れたテーブル席で五つ子たちが終わらせた課題の採点を行なっている。

 

「あの2人のこと?」

 

「二乃と三玖…前から思ってたが仲悪いのか?もしこいつらがこのタイミングで仲違いしてみろ、目標達成が一気に遠のくぞ」

 

「お互い自分のテストのことで精一杯だからねぇ。俺も人のこと言える立場じゃないけど」

 

二乃ちゃんなんか多分姉妹の中で1番繊細だろうから衝突も多そうなんだよなぁ。

 

「どうしたら喧嘩も起きずにスムーズに事が進むと思う」

 

「フォフォフォ、お兄さんに任せなさい!」

 

 

 

 

 

【みんな仲良し作戦 by隼人】

 

「はっはっは、いやぁいいねぇ!」

 

「「!?」」

 

慣れてない勉強でいつもより神経質になっているはず。風太郎がいい気分に乗せてやれば喧嘩なんかも起きないはずだ。

 

「素晴らしい!2人ともいい感じだね。なんというか凄く良い。しっかりしてて…健康的で…良いね…うーん……偉い!」

 

褒めるの下手くそー!!いや風太郎がこういう奴だって俺が1番知ってるはずじゃんか。人選ミスだなこれは。

 

「どうしたのフータロー?」

 

「気持ち悪いわね」

 

「気持ち悪くはないから」

 

「本当のことを言っただけよ」

 

「それは言い過ぎ。取り消して」

 

「あれー?ってことはあんたも少しは思ったんじゃない?」

 

作戦失敗!!こうなったら次の作戦だ!

 

 

 

 

 

【第3の勢力作戦 by隼人】

 

「おいおい!まだそれだけしか課題終わってねーのかよ!」

 

あえて厳しく当たることでヘイトが風太郎に向くはず。共通の敵が現れたら2人の結束力が強まる、はず!

頑張ってる2人には申し訳ないがみんなが赤点を回避するためにはやむを得ない。

 

「まあ半人前のお前らは課題を終わらせるだけじゃ足りないけどな!あ、違った!半人前じゃなくて五分の一人前か!失礼なことを言ったな、訂正するよすまなかったな!!」

 

なんだか生き生きしてるな。

 

「言われずとももう終わるところよ!ほら」

 

「え、ああそうか……どれどれ………ん?そこテスト範囲じゃないぞ?」

 

「あれぇ!?やば…」

 

俺と風太郎の作戦が展開されている中でも勉強はしてくれていたみたいだ。範囲間違えてても知識にはなるからセーフセーフ。

 

「二乃、やるなら真面目にやって」

 

「…ッ……こんな退屈なこと真面目にやってられないわ!部屋でやるからほっといて!」

 

「おい!」

 

「二乃ちゃんちょっと待っ」

 

タイミング悪く電話が鳴った。確認すると電話主は佐助だった。この時間はバイトしてるんじゃないのかアイツ。

 

「ごめんちょっと電話」

 

「二乃は俺に任せろ」

 

二乃ちゃんを風太郎に任せて電話に出ると何やら焦った声で佐助が話し始めた。

 

「どうした佐助」

 

『兄貴ヤバいッスよ!いま真田の旦那が来てミルフィーユ食ってんすけど』

 

「切るぞ」

 

『待ってください待ってください!真田の旦那よりヤバいんスよ!兄貴、京都の近藤たち覚えてます?』

 

「ああ、中学の修学旅行以来か」

 

『近藤たち…やられたみたいなんスよ。しかもやった奴らがこっちに来てるって』

 

「はぁ?何が目当てで……真田か?」

 

『兄貴も含まれてるみたいッス…』

 

「マジかよ……」

 

この時期に聞きたくなかったなぁこういうの。だけど大人しくしてりゃ向こうも勝手に帰ってくれるだろ……

 

『どうしましょう兄貴…こっちから行きますか?』

 

「やらないっての……でもなんかあったらすぐ連絡しろ。いいな」

 

『りょーかいッス!』

 

下手したら期末試験どころじゃなくなるかもしれない。それどころか学校生活すら怪しくなるぞ……とりあえずは勉強会、あとはしばらくの間家庭教師補佐以外で彼女達にあまり関わらないほうがいいか…変に巻き込まれる可能性もなくなるだろ。

 

「あんなドメスティックバイオレンス肉まんオバケとは一緒にいられないわ!!」

 

「なっ…そんなにお邪魔なようなら私が出て行きます!」

 

「あっそ!勝手にすれば!」

 

電話を終えて戻った俺が目にしたのは喧嘩をしている五月ちゃんと二乃ちゃんだった。

 

「なぁにがあったのこれ……」

 

◇ーーーーー◇

 

スタートダッシュの失敗は陸上選手にとって致命傷になりかねない。

初級ホームランはピッチャーにとってモチベーション維持の低下になりかねない。

 

姉妹同士の喧嘩は勉強のモチベーションの低下になり、期末試験で致命傷になりかねない。

 

「日曜なのに呼び出してごめんフータロー、ハヤト」

 

「三玖!あれから何があったんだ。他の4人は」

 

「わざわざ俺にも連絡してくるんだから相当大変なことになったみたいだね」

 

昨日、俺が電話をしている間に五月ちゃんと二乃ちゃんが喧嘩をしたのは分かっている。昨日はその後お開きになってしまったのだが、

 

「あのあと一度収まったんだけど、2人が帰った後にまた喧嘩しちゃって。2人とも出ていっちゃった」

 

「2人ともかよ…」

 

「連絡は取れてる?」

 

「うん、一花と四葉が説得してくれたんだけど、お互いに意地張って先に帰ったら負けみたいになってる」

 

「馬鹿野郎が…でその2人はどこ行った」

 

「2人とも外せない用事があるって。一花は多分仕事」

 

「動けるのは俺たち3人か……」

 

昨日までは7人揃ってたのに。4人もいなくなるとこのリビングルームもかなり広く感じるなぁ。

 

「とりあえず、五月ちゃんは俺が探すから二乃ちゃんは2人でお願い」

 

「動かないことには始まらないか…」

 

 

 

 

 

「……電話には出ず………昨日からなら充電も切れてるか」

 

ひとまず行きそうな場所、図書館や学校には行ってみたが姿はなかった。それからもひたすら街を探してみたが姿はなかった。

 

少ししてから風太郎から二乃ちゃんがホテルに泊まってること、信繁に会わせろと言ってきたこと、そして五月ちゃんは財布を持っていないことを聞いた。

 

『ひとまず二乃は大丈夫だが、五月と信繁のことどうするつもりだ』

 

「信繁もいつかバレるだろうからな…なるべく早く謝るよ。それよりは五月ちゃんだ。一回財布受け取りに行くよ」

 

『分かった。とりあえず俺と三玖はマンションに戻る』

 

電話を切りマンションへと向かう。一文なしで一晩過ごしたとなると肉体的にも精神的にも辛いはずだ。しかもそれが喧嘩による家出なら尚更。流石に誰かの家に行ってると思いたいが……

 

「橋の下……いやいやそんな…」

 

念のため覗いてみる。ここら辺はホームレスもいないが、寝ようと思えば寝れるスペースは存在する。冬本番が近づいてるから虫なんかも少ないと思うけど…

 

「………あ、いた」

 

「………え、幸村君!?」

 

中野五月、確保。

 




デュエプレでごとよめコラボ始まってますよ!私は早くモルネクで戦略的ハートバーンしたいです。

次回は月が綺麗だと思います。


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第19話 八つのさよなら②

中野五月の秘密

実は隼人が風呂の準備をしている間に更にご飯をおかわりしている。


 

「というわけで俺の家に今いるよ」

 

『そうか。とりあえず2人の所在がわかっただけヨシとするか…』

 

「落ち着くまでは家にいてもらうよ。今帰っても喧嘩になりそうだし」

 

『分かった。また何かあったら連絡してくれ』

 

時刻は夜の9時。晩ご飯を食べて五月ちゃんはお風呂に入っている。狭いお風呂で申し訳ない。

 

これからどうするべきか。ひとまず勉強を優先させるべきか。それとも仲直りをさせるべきか。勉強がある程度進んでいるなら仲直りなんだろうけど…今の状況で勉強をしても身につかないだろう。

 

「すみません、お風呂お先にいただきました」

 

「狭いお風呂で申し訳ない」

 

「いえそんな。食事とお風呂をいただけただけありがたいですから」

 

やっぱり昨日から何も食べてないのか…さっきもいつもより食べてたし。

 

「あの…幸村君」

 

「どうしたの?」

 

「月が綺麗ですよ。少し……歩きませんか?」

 

 

 

 

 

少し肌寒いが普段よりはマシに感じる。だけど長居するほど俺も五月ちゃんも元気ではない。

 

「少し月が隠れてしまいましたね。せっかく月が綺麗に見えていたのに」

 

「ああ…そうだね。このまま時が止まれば良かったのにね」

 

月が綺麗……いや、そんな意味は無いだろう。無い…はず。多分。

 

「俺の家は他の子たちは知らないから隠れ蓑にはピッタリだけど…いつまでもは無理だよ」

 

「わ、分かってます…分かってますが、今回ばかりは二乃が先に折れるまで帰れません」

 

「意固地」

 

「うぅ…お願いします!なんでもお手伝いしますのでもう少しだけいさせてください!」

 

正直な話、俺としては別に問題はない。でも帰るべき家があるなら帰るべきなんだ。家出なんて自分が苦しくなるだけなんだ。

 

「ウチの生活、五月ちゃんに耐えれるかな〜?」

 

「大丈夫ですよ。私たちだって数年前まではあのマンションにいなかったんですから」

 

「そうなの?つまりアパート暮らしだった?」

 

「今の父と再婚するまでは。家庭の金銭状況を考えれば、上杉君と同じぐらいの極貧生活でした。当然です、五つ子を同時に育てていたんですから。それから女手一つで育ててくれた母は体調を崩して……だから私は母の代わりになってみんなを導くと決めたんです」

 

決めたはずなのに……と落ち込む五月ちゃん。上手くいっていないのだろう…まあ上手くいっていればこんなことにはなっていないか。

 

「中々難しいねぇ。誰かの代わりになるって簡単なことじゃないし、俺もこうすればいいよ、なんて簡単に言えないよ」

 

「やると決めたのは私です。途中で投げ出したくないんです」

 

「五月ちゃんは凄いなぁ…俺なんか何回逃げ出したか分かんないや。嫌なこととか面倒なことからは割と逃げてきた男だから僕」

 

「でも今は家庭教師の補佐という立場からは逃げていないではないですか。私のような頭の良くない生徒を面倒とは思っていないのですか?」

 

「今の家庭教師補佐はね……楽しいんだ。7人でいるのが、君といるのが楽しいんだよ。だから頑張れる」

 

「ゆ、幸村君!?」

 

「月のお返し」

 

「月の…お返し?それはどういう…」

 

「分からないなら勉強しよう!ちゃーんと意味を知ってから使おうね!」

 

「教えてくれないんですか!?もぉ幸村君!!」

 

君が誰かを憧れている間にも、俺は君の諦めない姿勢に憧れているんだよ。まあこんなこと恥ずかしくて言えないんだけどさ。

 

雲が晴れて顔を出した月は本当に…本当に綺麗だった。

 

◇ーーーーー◇

 

「それではおやすみなさい」

 

「おやすみ」

 

家に帰った時には時刻は夜の11時を過ぎていた。あれから他愛ない話を続けて、家に帰ってからも眠気が来ないため話を続け、今になってやっと眠気がきたので布団に入ることになった。

 

疲れた。期末試験の対策を始めてからゆっくりとした睡眠時間を取れていない気がする。やっぱり五月ちゃんと二乃ちゃんの仲直りを優先させた方がいいかな。

 

「……ん?佐助か」

 

意識を手放そうとしたその時、佐助から電話が来た。幸いマナーモードにしていたため着信音で五月ちゃんを起こすことはなかった。

電話で五月ちゃんを起こすわけにもいかないし、とりあえず外に出るか。

 

「どうした佐助。何かあったか」

 

『おう、お前が幸村隼人か?』

 

「……人違いじゃありませんかね」

 

『ええねんそんなつまらんボケ。早よ出てこいや。誰の携帯か分かっとんやろ?』

 

「………場所が分からないんじゃお兄さんそっち行けないよぉ?」

 

『何処やろなここ。俺も地元ちゃうけんよぉ分からんわ。そこら辺の河川敷歩いて来いや。早よ来んかったらツレみーんな寒中水泳やで!』

 

それを最後に通話は切れた。いやホント久しぶりだねぇこんな電話。それこそ去年以来か…そう考えたらそんなに時間経ってないな。

すぐに乗り込もうと軽く着替える中、静かに寝息を立てる五月ちゃんを見て彼女との約束を思い出して手が止まった。

 

 

 

『幸村君は喧嘩なんかしないでくださいよ?』

『約束してください』

 

 

 

「……やっぱり、俺はダメ人間だなぁ……ごめん…本当にごめん」

 

俺はまた約束を守るために約束を破る。

あいつらを救うために君を傷つける。

楽しいと言った居場所をまた自分の手で遠ざける。

 

「……ああ、風太郎。夜遅くにホントごめんねぇ?ちょっと隼人ちゃんのお願い聞いてくれる?」

 

 

◇◇◇◆◆◆

 

 

河川敷で4人の男がタバコを吸いながら談笑していた。その傍らには倒れた何人かの男。その中の1人猿渡佐助はある事をずっと考えていた。

 

(兄貴…頼むから来ないでくれよ……)

 

兄貴こと幸村隼人が最近楽しそうにしているのを佐助は知っていた。学校で見かけるときも、この前のファミレスでも隼人は楽しそうだった。

もうこちら側の人間ではないことを佐助も感じていた。だけど今ここに来れば隼人はまた足を踏み入れてしまう。佐助はそれが、また笑顔じゃなくなる隼人を見るのが嫌だった。

 

「お、来たぞ!なんや早かったな!」

 

「いやぁ運良くタクシーが捕まってねぇ。お前ら、そこにタクシー待たせてるから乗って家帰んな。学校には俺から言っとくから明日は休め」

 

「兄貴……なんで来たんスか!」

 

「ほら、隼人ちゃんってばお前らと約束してるでしょ?『何かあったら絶対助ける』って」

 

佐助は知っている。

隼人の一人称はいつもは『俺』。ふざけてる時やゆったりしてる時は『僕』『お兄さん』。

 

完全に怒ってる時は『隼人ちゃん』だ。

 

「お前ら、逃げるなら今のうちに逃げとけよ?」

 

「アホ言うなや。俺らお前殺しに来たんじゃわ。こっちの方で『無敵』や言われとんやろ?たいそーな名前つけてホンマ」

 

「あ、そっ……じゃあ一つだけ。俺の無敵って呼ばれてるのは文字通り負けたことがないから。でも俺はね、俺より弱い奴としか戦わないんだわ。この意味がわかるか?」

 

隼人は自分より弱い奴としか戦わない。それはつまり、この4人を自分より弱いと見做して、この喧嘩で勝つつもりなのだ。

 

「よくも俺の後輩に手出したな…覚悟出来てんだろうなテメェら」

 

 

◆◆◆◇◇◇

 

 

「はぁ…ホテル暮らしも悪くはないけど、学校まで少し遠いのが面倒ね」

 

私が泊まっているホテルは学校まで少し距離がある。家から学校まで大体30分前後、ここからだと40分ぐらいはかかるでしょうね。

 

学校に行ったら行ったで上杉やら一花やらに説得されるのかしら。面倒ね…私は五月が先に謝るまで帰るつもりはないっていうのに。

 

「少し冷えるわね……あら?」

 

見知った顔が歩いている。幸村隼人だ。上杉ほどじゃないにしても私たちの中に踏み込んでくる、言ってしまえばコイツも部外者だ。まさか朝から説得に来たってわけ……でもないのかしら。鞄も持ってないわね。

 

「……おっ…五月ちゃん…?」

 

「あんたね、私は二乃….ってどうしたのよその顔!?」

 

思わずカバンを落としてしまった。幸村の顔は殴られた跡がくっきり残っており、鼻血が流れて服を汚してしまっている。

 

「4人とも大したことなかったけど………バットは…想定外だったぁ……」

 

「ちょ、しっかりしなさいよ!えっと、救急車を「大丈夫だから…少し休めば良くなるから……」

 

腕を掴まれる。怪我をした男の人に腕を掴まれるなんて初体験すぎて頭が混乱したわ。

 

とにかく私は幸村を自分の泊まってるホテルへと連れて行くことにした。

 




五等分の花嫁の一番くじ、五月のフィギュアが残ってましたが見事に外しました。爆発しました。

次回は隼人の過去が少し明らかになるかも。ならないかも。


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第20話 八つのさよなら③

中野二乃の秘密

今泊まっているホテルからコンビニまで地味に遠くて困っている。


 

「おい…起きろ五月」

 

「うぅ……幸村君…あと五分」

 

「俺は隼人じゃない上杉だ」

 

「上杉君………えぇ!?上杉君!!!?」

 

俺の呼びかけで目を覚ました家出少女の五月は布団の上で正座をした。何が起きているのか理解できてなさそうだな。

 

「隼人からお前の面倒を見てやってくれって電話があったんだ」

 

「幸村君から?そういえば彼はどこに…」

 

「知らねぇよ。ただ分かってるのは、隼人かなりキレてたぞ。お前何やったんだ」

 

「ええ!?わ、私は何もしていませんよ!いえ、逆に何もしなかったのがダメだったのでしょうか……でも幸村君があっという間に全てやってしまいましたし…やはり少しでも家事を手伝うべきでした…」

 

まあコイツが隼人を怒らせることなんて無いだろうが……何にそんなにキレてたんだ隼人…

 

「ど、どうしましょう上杉君!私のせいで幸村君が出て行ったとしたら」

 

「自分の家なのに家主が出て行くわけないだろ…理由もなくいなくなるなんてのは隼人じゃない。何か理由があるんだろ。怒ってやるなよ」

 

◇◇◇◆◆◆

 

「いやぁごめんね。バットで殴られてからずっと視界がぼやけててね」

 

「色々聞きたいことがあるけど、とりあえず氷」

 

「ありがと〜」

 

殴られたであろう箇所に氷嚢を当てる幸村。コイツを連れてホテルに戻るの気まずかったわまったく…

 

「随分辛気臭い顔してるね。一人暮らしは快適じゃない?」

 

「死にそうな顔のあんたに言われたくないわよ……そうね、テレビは見放題だしエアコンの温度は自由自在、誰も散らかさないし自分の分だけご飯を用意したらいいから楽よ。学校までが少し遠いのがネックだけど」

 

「確かに、この辺だと40分はかかるんじゃないかな」

 

「それに目を瞑ればちょー最高よ。べ、別に寂しいからあんたを入れたとかじゃないから。休みたいって言ってたから入れただけよ」

 

「でも助かったよ〜ごめんね、学校休ませちゃ……あ、俺も連絡しないと」

 

「あんたの分もついでに連絡したわよ」

 

「いや、俺の後輩の分。俺が連絡するって言っちゃったからさ」

 

こんな時まで他人の心配なんて…いっつも自分のこと後回しにしてないかしらコイツ。どうしてそこまでするのかしら。

 

「あーい、お願いしまーす……よし、これで一安し…二乃ちゃん顔怖いよ?」

 

「別に睨んでるわけじゃないわよ!あんたが血生臭いからさっさとシャワー浴びてほしいだけよ!」

 

「そんなに匂うかな…くっさ。シャワーかりまーす」

 

ひとまず幸村をシャワーに追いやることはできた。ここからどうするかね。このままコイツをここに置いておくか、それともさっさと家に帰ってもらうか。

 

正直帰ってほしい気持ちはあるけれど、怪我人をそのまま家に帰すのも…なんか嫌。だからってここに置いておくのもなんか嫌だし…

 

「ねー二乃ちゃん、どっちがシャンプーでどっちがトリートメント?」

 

「緑のラベルがシャンプーで、ってなんで裸で出てきてんのよ!!露出魔!!」

 

「えー?下にタオルは巻いてるけど…ってか風太郎と裸の付き合いしたんでしょ〜?」

 

「警察に連絡するわよ!」

 

「ごめんなさい」

 

まあコイツといるのは…悪い気はしないけど、なんだか居心地が悪いような良いような…どっちかと言えば悪いほうだけど。

 

「ねぇ、ここに来る前に何があったの」

 

「車に撥ねられた」

 

「さっきバットで殴られたって言ってたじゃない。ふざけないで答えて」

 

「……ちょっと喧嘩しただけだよ」

 

「バットで殴られたのをちょっととは言わないわよ。それにしてもあんた、喧嘩なんてするんだ……なんか意外」

 

「二乃ちゃんが俺のこと心配してくれてるのも意外だよ」

 

「一人は楽だけど話し相手がいなくて暇なだけよ」

 

「……じゃ、一つ昔話でもしましょうかね」

 

それから私は幸村が話すのをジッと聞いた。

 

◇ーーーーー◇

 

「俺って中学の頃って結構ヤンチャしてたんだよ。地元じゃ負け知らずってね。いろんなところに出かけては喧嘩してたよ」

 

「中学でよくそんなことして高校入れたわね…」

 

「ホントだよ。まあ勉強頑張ったからね。五月ちゃん…高梨ちゃんの方に色々教えてもらったんだよ」

 

「あの子も頭良いのね。同じ五月でも大違いだわ」

 

「高梨ちゃんとは中学2年の時に俺から告白してね。最初は断られたよ」

 

「意外と積極的なのね」

 

「恋は攻めてこそ、ってどこかで聞いたから。それでも諦めきれなくて何回か告白したんだけど、高梨ちゃんから付き合う条件を出されたんだよ。それが喧嘩しないって約束」

 

「でもあんた、確か別れてたわよね。それってつまり」

 

「去年の夏にねぇ〜俺の後輩や風太郎も巻き込んだ喧嘩が起きてね」

 

「上杉も!?あいつ喧嘩出来るの!?」

 

「いや全然。結局俺と俺の旧友が暴れてなんとかなったんだけど……俺は約束破ったわけで」

 

「まさかそれが理由で?」

 

「そ、約束守らない奴に付き合う資格なんて無いから」

 

「約束……あんた結構律儀よね。五月とも色々約束してるんじゃないの?」

 

「そーだね。五月ちゃんとも喧嘩しないって約束した」

 

◇ーーーーー◇

 

それを聞いた瞬間、私は思わず手で口を覆った。律儀なコイツはもしかして約束を破ったから…

 

「あんたまさか…」

 

「五月ちゃんも多分1人で大丈夫だろうし、何かあっても風太郎がいるんだし「ちょっと待ちなさいよ!」

 

「あんたそれ、ちょっと勝手すぎるわよ!確かに約束を守るのは大事よ。約束を破るのはもってのほか。だからって一方的に目の前から消えるのは違うわよ!残された人のことも考えなさいよ!」

 

「二乃ちゃん……もしかして泣いてる?」

 

涙が止まらなかった。思い出して重ねてしまったのかしら。私たちを置いて先にいなくなってしまった人のことを。

仕方ないことだとしても、残された人は何で置いて行ったのと少しは感じてしまう。

 

「どうせあんたのことよ、五月に勉強を教えるって約束もしてるんでしょ!その約束まで破ったら本当に最低な男よ!約束破ったぐらいで五月は怒ったりしな………怒るときもあるけど、あの子は許してくれる。私なんかよりよっぽど物分かりがいいんだから」

 

「二乃ちゃん…」

 

「あんたみたいな律儀でめんどくさい奴でも頼りにしてる人がこの地球上に1人はいるってことよ」

 

幸村は幸村なりの覚悟を持って挑んでくれてるんだ。上杉とは多少違うとしても私たちのためを思って動いてくれてる。

 

今なら五月が言ってたことも、私にも分かる気がする。

 

「二乃ちゃんって、ホント優しいね」

 

「私は五月のことを思って、ってなんでまた裸で出てきてんのよ!!」

 

「いやバスローブとかないかなって」

 

「着てきた服を……ちょっと待ってなさい取ってくるわよ」

 

◇ーーーーー◇

 

シャワーを浴び終えた幸村はバスローブ姿でくつろいでいる。着ていた服は洗濯に出した。夜にはびちょびちょでも着て帰ってもらうわ。

 

「ルームサービス呼ぶけど何かいる?」

 

「じゃあ飲み物貰っちゃおうかな」

 

「はーい、じゃあこっちで勝手に選んじゃうわねって何普通にくつろいでるのよ!」

 

「正座しといた方がよかった?」

 

「それはそれで居心地悪くなるわよ!」

 

図々しいというか、さっきの今でマイペースすぎるのよコイツは。掴みどころがないというか…まあでもコイツの秘密を知れたのはなんだか得した気分だわ。これで五月にマウントでも取ってやろうかしら。

 

「……なんで五月のことばっかり」

 

「…そりゃあ、二乃ちゃんが五月ちゃんのこと大事に思ってるからでしょ?そろそろ仲直りしてくれた方が風太郎も期末試験対策に専念できると思うんだけど」

 

「あいつの作ったプリントを破ったのは悪いと思ってるわよ…」

 

「そんなことしたのね…その調子で五月ちゃんにも謝ろう。俺も謝るから」

 

「昔は人を叩いたりする子じゃなかったわ。まるで知らない子になったみたい……そうよあんたと関わってから変わったのよ!五月を返しなさーい!」

 

「痛い痛い、傷口に普通に大ダメージだから」

 

「あ、ごめん…てかおでこの傷に絆創膏貼り忘れてるわね」

 

シャワー終わりに手持ちの絆創膏を駆使して傷の手当てをしたけど、傷が多くなくて良かったわ。上半身の手当てはなんだか緊張したけど……

 

「随分可愛らしい絆創膏なことで」

 

「普通の絆創膏が無くなってるのよ。全部それにしなかっただけありがたいと思ってちょうだい」

 

「はーい。ありがとね」

 

はあ、服が乾くまでどうしたらいいのかしら……

 

「そうだ、二乃ちゃんが良かったら勉強教えようか?」

 

「お断り……って言ってもやることないし、いいわよ」

 

「……わぁお」

 

「何よその顔!」

 

「いや、なんでもないよ。頑張ろうか」

 

こうしてワンツーマンの勉強が始まった。幸村が教えてくれるたびに怪我した手が気になったけど、途中からそんなことは気にならなくなった。

 

途中から、こんな雰囲気も悪くないって思ってしまっていた。

 

◆◆◆◇◇◇

 

次の日、学校に来た俺は教室に入るところで立ち止まってしまった。うぅ…気まずい。

 

昨日は結局夜まで二乃ちゃんのところにお邪魔して家に帰った時には五月ちゃんは風太郎の家に泊まっていた。風太郎に頼んだのは俺だから別に問題はないんだけど。

 

『女の子を1人残していなくなるなんて、最低です。幻滅しました』

 

「いや落ち着け。こんなこと言われるはずないよ多分…うん大丈夫大丈夫」

 

「幸村君?」

 

「はい幸村ですよっどわっふぅ!?」

 

「な、なんですかもうビックリしましたよ!」

 

声をかけてきたのは例の五月ちゃん。見た感じあんまり怒ってなさそうだけど…いや顔だけで判断はよくないな。

 

「き、昨日…一昨日か?とにかくごめん!勝手にいなくなっちゃって」

 

「一昨日…ああ、夜中のうちにいなくなっていたことですね。私もビックリしたんですからね?」

 

「ごめんなさい……」

 

「朝上杉君がいたのもビックリしましたが、上杉君が『隼人は理由も無しに出て行く奴じゃないから、怒ってやるな』と言っていました。上杉君に言われなくても怒るつもりなどありませんでしたが」

 

「五月ちゃん…」

 

「だって幸村君、理由がない事はしないじゃないですか。それくらいは幸村君のことを分かってるつもりですよ」

 

今俺はとてつもなく泣きそうである。五月ちゃんは俺のことを信頼してくれている。なのに俺は約束を破って、しかも彼女の前からいなくなろうとした。

『勉強を教えてほしい』と頼んできた彼女の気持ちを完全に踏み躙るところだった。

 

「さ、今日も勉強頑張りましょうね」

 

「うん、頑張ろうか」

 

◇ーーーーー◇

 

「そんなことが…よくそれだけの傷ですんだな」

 

「日頃の行いが良かったのかもね〜」

 

「関係ないだろ」

 

風太郎と情報共有で一昨日の一件を伝える。俺が狙われた以上風太郎も狙われないとは限らないからな。あの後泣きながら消えてったから地元に帰ったと思いたいけど。

 

「そっちも大変そうだね。よりによって陸上部か」

 

「ああ。お前からなんとか言えないか?」

 

「高校は1年から真面目に過ごそうと思った俺がすぐに辞めた部活だぞ?アイツとは相性最悪だよ」

 

「どうしたものか……とにかく目の前の障害から片付けるとしよう。まずは二乃と五月を仲直りさせる」

 

「出来るの?」

 

「俺に任せろ。これでもあいつらのパートナーだからな」

 

頼もしい言葉が風太郎から出たが、

 

 

 

 

 

『頼みを聞いてくれるか、ノブくん』

 

「……あいよ」

 

すぐに俺が出張ることになった。

 

 

期末試験まであと3日と迫った夜の出来事だった。

 




デュエプレで五月のスキン分課金してパックを引いたら、二乃1枚、五月3枚の結果でした。デイガ超次元組みました。

次回は信繁と二乃の話です。五月の出番が少なくて苦しんでいます。助けてください。


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第21話 八つのさよなら④

幸村隼人の秘密

甘いものは頻繁には食べない。


 

「前のカツラと違うけど…どうよ」

 

「まあ、前も暗かったし二乃もハッキリは覚えてないだろ」

 

ホテル1階のカフェで風太郎からカツラを受け取り装着する。二乃ちゃんが信繁のことを忘れられないと言っていたのは風太郎から聞いていたが、まさかこのタイミングで来るとは。

 

「んじゃま、行ってきますかねぇ」

 

「悪いな隼人」

 

「いや、信繁名乗ったのは俺だしな。俺がケリつけないといけない問題だよ」

 

エレベーターで二乃ちゃんの泊まっている階まで向かう。

俺が今日行うべきことは、

A.信繁を演じ抜き二乃ちゃんの未練がなくなるまで付き合う。

B.全てを告白して二乃ちゃんに許してもらう。

 

今後のことを考えると前者なんだろうけど…

 

「いらっしゃい信繁君」

 

「お、おう。邪魔するぜ」

 

部屋に入るのは2回目。だけど今回は信繁としてだ。緊張感は今の方が痛いほど感じている。刺されたりしないよね?

 

「ねえ信繁君、私に言うことあるでしょ」

 

「っ……そうだな、言わなきゃな…悪かった。実は俺「いいよ」…え?」

 

「キャンプファイヤーをすっぽかされた剣は水に流してあげます。ま、流すも何も私が一方的に言っただけなんだけどね」

 

「あ、あ〜…」

 

林間学校の頃の話か。アレも俺が一方的に断っただけなんだけど…

 

「はいこの話はこれで終わり。今日はずっと付き合ってくれる約束でしょ?あの約束馬鹿じゃないけど、今度約束破ったら許さないんだからね」

 

「約束馬鹿……」

 

「じゃあ適当に座ってて。お菓子作ってる途中なの。本当は信繁君が来るまでに作っておきたかったんだけど、思ったより早かったわね」

 

そう言ってキッチンの方へと引っ込んでしまった。俺の時は何も作ってくれなかったのにぃ!いやそんなわがまま言ってる場合じゃないでしょうが。

今は正体を打ち明けるにもタイミングが悪すぎるし…ならば、

 

「手早く終わらせよう。何を作るんだ」

 

俺が手伝えばすぐに終わる!1人より2人!2人より3人だけど3人目はいない!

 

「ご、ごめん!ちょっと電話!」

 

「え?ああ、おう」

 

◇〜〜〜〜〜◇

 

「もしもし上杉!?信繁君ちょー優しいんですけど!っていうか緊張してまともに顔見れないわ!」

 

『な、なんの用だ…?』

 

「ああ、ごめんごめん。信繁君ってシュークリーム嫌いじゃないよね?」

 

『大好きだと思うぞ…多分』

(あいつ甘いの食べるよな……多分)

 

「オッケー、ありがと」

 

◇〜〜〜〜〜◇

 

「シュークリーム作ろうと思うんだ」

 

「いいね、大好き」

 

こうして2人でシュークリームを作ることになった。なるべく腕と手の怪我が見えないように手伝うが、二乃ちゃんの手際が良すぎて俺の手伝うことがほとんどない。

 

元々手際は良い方なんだろう。それが料理を通して更に良くなっている。手際が良くて面倒見のいい姉となると頼りたくなるものだ。1番上の姉がズボラなら尚更。

 

「あとは焼くだけね」

 

あっという間に焼くだけになってしまい、現在待ち時間。二乃ちゃんは顔を合わせてくれない。それどころかまたしても電話と言って席を外してしまった。

 

◇〜〜〜〜〜◇

 

「会話が続かないんだけど、信繁君の趣味って何?」

 

『本人に聞けよ!読書かなんかだろ…多分!』

 

◇〜〜〜〜〜◇

 

「この前見た映画面白かったなー。あの原作って小説だったかなー。詳しい人いないかなー」

 

「ど、どうした??」

 

あからさまにコチラをチラチラと見てくる。なんだろう、これはこれで二乃ちゃんの貴重な一面を見れた気がする。

 

そんなこんなでシュークリームは完成……したのだが、なんか薄くなってしまっている。こういうものなのか?ここからクリーム詰め込んで膨らませるのか??佐助とか真田に聞けば答えてくれそうだが。

 

「嘘…失敗してる。霧吹き忘れたかも……」

 

「二乃が料理を失敗するとは」

 

「え、今…なんて?」

 

「え"ああ、いや風太郎から二乃が料理上手だって聞いたから!」

 

「そこじゃなくて…」

 

◇〜〜〜〜〜◇

 

「ねぇ、彼私のこと名前で呼んだわ!」

 

『どうでもいいことで電話してくんな!』

 

◇〜〜〜〜〜◇

 

それからもう一度作り直しシュークリームは完成した。よく見るコンビニで売っている食べたらクリームが溢れてくるタイプのシュークリームではなく、なんか……ハンバーガーみたいな、そんなやつ。

 

「凄いな……すっごい美味いし、お店でも出せそう」

 

「そ、そう?どんどん食べてね!たくさん作ったから!」

 

「いや本当にたくさんだね。男信繁、頑張ってたくさん食べることを約束します!」

 

机いっぱいに並べられたシュークリームは正直胃もたれを起こしそうな量だった。でも二乃ちゃんは信繁のために作ってくれたんだ。誰かのために頑張れる二乃ちゃんはやっぱり凄い人だよ。

 

「……やっぱりこんなにたくさんあるんだ。二乃の姉妹も呼んでみんなで食べようぜ」

 

「え……そんなこと言わないで…せっかく2人きりなんだもん。邪魔されたくないよ……私は信繁君さえいれば」

 

「二乃、キミが一緒にいるべきなのは俺じゃない。姉妹達4人だ。5人で一緒にいるべきなんだ」

 

確かに俺や風太郎は彼女達を支える家庭教師、パートナーだろう。だけど本当に必要な支えっていうのは家族だと思う。

 

母親の代わりになろうとしている五月ちゃんも、信繁を忘れられない二乃ちゃんも、陸上部に縛られてしまっている四葉ちゃんも、トラブルを解決しようとする一花ちゃんと三玖ちゃんもみんな辛そうにしている。

 

そんな時こそ必要なのは家族、姉妹同士の支えだと俺は考える。

 

「二乃、俺は…「ごめん信繁君。ちょっと席外すね」

 

俺の言葉を遮って二乃ちゃんは部屋から出て行ってしまった。確かにずっと会いたがってた男からこんなこと言われちゃって感じだな。もう少し言葉選びに気をつけるべきだったな。

 

「……?二乃ちゃんから電話……はぁいこちら幸村の携帯ですよ〜」

 

『あんた電話だとそんなテンションなのね。まあいいわ、今どこにいるのかしら』

 

「今?あー、期末試験対策でシャドーボクシングしてるよ」

 

『要するに暇ってことね。私の泊まってるホテルの1階に来なさい。そこのカフェで待ってるから』

 

◇ーーーーー◇

 

「遅いわよ」

 

「これでも全力で走ってきたんだよ?」

 

「だからそんなに汗かいてるわけ?すみませーん、こいつにアイスコーヒーお願いします」

 

信繁の格好をなんとかやりくりして幸村隼人の格好にし、更に全力で走ってカフェに向かう。時間にして10分もかからなかったがかなり疲れた。肉体的にも精神的にも。

 

「私、信繁君に告られるかも」

 

「随分思い切った話の入りだね…」

 

「だってあんな真剣な顔して大切な話って何よ。そんなの1つに決まってるわ」

 

「そうかなぁ…?」

 

「あんたはどう思う?」

 

「俺はなんとも言えないかなぁ」

 

「つまらない答えね。ま、あんたの意見なんてどーでもいいわ。ただ人に聞いて貰って自分の状況を整理したかっただけだもの」

 

「まさか、ここの飲み物代節約のために俺を呼んだ?」

 

「これから彼の話を聞くことにするわ」

 

無視された。それよりここからどうやって二乃ちゃんより先に戻って変装するか。どうあがいてもエレベーターには勝てないぞ。

 

「この先どういう結果になっても、彼との関係に一区切りつけるわ。だから話して幸村…いいえ、信繁君」

 

◇◇◇◆◆◆

 

お願い、否定して。自分は信繁じゃないって、否定して。この際嘘でもいいから…お願い。

 

「……いつから?」

 

「否定しないのね……シュークリームを作る時、やけに手を庇ってたじゃない」

 

「なるほどね…」

 

幸村はアイスコーヒーを飲んでいる。

私は平静を保つのがやっとだった。

 

「もし信繁君が上杉だったら、睡眠薬でも飲ませてたところよ」

 

「怖いこと言わないの」

 

「上杉に今日私が言ったこと伝えてくれる?っていうかあんたは覚えてる?」

 

「どれだったかな」

 

「約束を破ったら許さないって言ったはずよ。こんな明るいところで会わせるなんて詰めが甘いわね。おかげでよーく顔が見えたわ」

 

だけどあの時、一緒にいる時に見せたあの顔が信繁としてなのか幸村としてなのか、それだけが分からなかった。なんであんなに楽しそうに笑うのよあんた。

 

「変装なんてすぐにバレるのよ。五つ子じゃないんだから」

 

「身をもって実感した……ごめん」

 

「泣いて謝ったって許さないんだから……バイバイ」

 

頭を下げる幸村を置いて私は自分の部屋へと戻った。

 

『5人で一緒にいるべきなんだ』

 

信繁君の、幸村の言葉が頭の中にこだまする。

部屋に戻ると机いっぱいに置いてあったシュークリームは5つだけ残して無くなっていた。エレベーターで降りてくるだけなのにやけに遅いと思ったら……

 

「なによ……信繁君としての約束、守ってるじゃない…………」

 

大粒の涙が、頬を伝った。

 

◆◆◆◇◇◇

 

「市販ので悪いな。ほれシュークリーム。それと二乃ちゃんから、約束破ったら許さないってさ」

 

「まあ、信繁に会わせるって約束は守ったとも言えると守ってないとも言えるからな…」

 

「これからどうしたらいいんだろうな」

 

「…………俺に少し考えがある」

 

「……どんな?」

 

「…………期末試験が終わったら、家庭教師、辞めようと考えてる」

 




い、五月の霊圧が消えている!?あ、やめて!次回はちゃんと出ますから!肉まんを投げないでください!

次回からは四葉の問題を解決だぁ〜


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第22話 八つのさよなら⑤

中野三玖の秘密

『幸村』隼人の後輩に猿渡『佐助』というだけで若干テンションが上がっている。


 

「よお」

 

「おはよう2人とも」

 

「おはようございます幸村君」

 

朝早くから学校に集まった俺と風太郎と五月ちゃん。この時間となると登校する生徒もあまりいないのだが、朝練をしている生徒は意外とたくさんいる。

例の陸上部も現在朝練中だ。

 

「しかし驚きました。幸村君が元陸上部だったとは」

 

「江場と馬が合わなくてね。オレ、アイツキライ」

 

「幸村君がそこまで言うとは…」

 

「俺も興味がないからあまり知らないが、なんか凄いんだろ?」

 

「あなたはもう少し他人に興味を持つべきです…」

 

「確かに足は速いけど、正直に言ってそれだけ」

 

「お前がそこまで言うのか…」

 

何より気に入らないのがあの性格だ。他人の意見を無視して自分の意見を押し通そうとするあの性格。四葉ちゃんじゃ断れないと思う。いや現に断れてないからこうなってるのか。

 

「頼むから喧嘩するなよ?」

 

「しないって……多分」

 

「おい!」「ちょっと!?」

 

なんとか高校に入学出来て、1年から頑張ろうと思って入部した陸上部で早々にアイツと問題を起こしそうになって辞めたのだ。今でも自分を抑えられるか心配だ。

 

「いたぞ」

 

「あらまあ、ご丁寧に四葉ちゃん取り囲んじゃって。人気者だなぁこりゃ」

 

朝練中の陸上部を発見した。部長の江場を筆頭にぞろぞろと歩いている。この調子だと振り回してそうだなアイツ。

 

「来週はいよいよ駅伝大会本番だ。中野さんがいなければ参加できなかった。走りの天才を頼りにしてるよ」

 

「お前が天才とは世も末だな」

 

「上杉さん!?五月に幸村さんまで!」

 

「久しぶりだね幸村」

 

「相変わらずだな江場」

 

「あんたが部長か。期末試験があるのに大会の練習なんてご立派だな」

 

「うん、大切な大会なの。試験なんて気にしてらんないよ」

 

「あ?試験なんて?」

 

だからと言って大会如き、なんてことは流石に言えない。大会にかける思いというのは他の部員も少なからず持っているのだがら。だけど試験を大切に思っている部員もいるはずだ。その思いを無視することが許されないことなんだ。

 

「わー!大丈夫です!ちゃんとやってますよ!」

 

「四葉…無理してませんか?」

 

「うん大丈夫!」

 

「もういいかな?まだ走っておきたいんだ」

 

「…まあ、四葉がそう言うなら止めねぇよ」

 

「ちょっと、いいんですか?」

 

「俺も一緒に走ろう。それなら邪魔じゃないだろ」

 

上着を脱ぎ捨てた風太郎が立ちはだかる。まさか走りながら勉強を教えるっていうのか?無茶するなぁまったく。

 

「俺も走る。久々に運動が必要と思ったんでね」

 

「俺の真の力を発揮する時が来たようだな」

 

 

 

 

 

「死ぬッ!!」

 

「やっぱりこうなったか」

 

軽い流し程度の走りでもインドア派の風太郎には地獄のようなものだろう。もうだいぶ冷えてきた頃だというのに汗だくだ。あと5周残ってるぞ?

 

「上杉さん、もうやめたほうが…」

 

「まだだ……まだ…」

 

「いいから戻ってろよ。あとは俺がやるから」

 

「す、すまん……」

 

風太郎、脱落。いやなんとかついてこれただけ立派だ。

 

「さぁて四葉ちゃん、今度は俺から問題タイムだ」

 

「ど、どうぞ!」

 

「フランスのルイ14世が造営した宮殿は!」

「ベルリンの宮殿!」

「残念!ヴェルサイユ宮殿!」

 

「『走れメロス』の著者は!」

「太宰龍之介!」

「混ざってる!太宰治!」

 

「周期表4番目の元素は!」

「すいへーりーべー…ベリウム!」

「惜しい!ベリリウム!」

 

全部微妙に間違えている。だけどそれなりに自信を持って答えれている。もう少しだけ詰めれば赤点回避は簡単だろう。

 

「ふぅ…幸村さん最後までついてきましたね!凄いです!」

 

「はぁ…喋りながら走るのってしんどいね……もう無理…」

 

「無理しちゃダメですよ。私は大丈夫ですから」

 

疲れから膝をついてしまう。少し前ならここまで疲れることはなかっただろうけど、やっぱり適度な運動は必要だな。

 

今後のためにもう少し、鍛えないとな。

 

◇ーーーーー◇

 

結局今日は四葉ちゃんを陸上部から引き抜くことができなかった。二乃ちゃんも今日は休んでいるみたいだし…というより今のホテルから別のホテルに移ったみたいだ。

 

正直合わせる顔がないんだけど…でも俺が原因だからこそ二乃ちゃんのことを途中で諦めるわけにはいかない。

 

「よお、幸村」

 

「真田…相変わらず甘いもの食ってるな…クレープ似合わねぇ」

 

「うるせぇ」

 

街をブラついている俺に声をかけてきたのは真田だった。甘いの好きなんだよなぁコイツ。確か作るのも得意だったよな。

 

「景気の悪い顔してんぜ?腹でも壊したか?」

 

「簡単な問題じゃねぇの。そういやお前ってテストとかどうしてんの」

 

「どーいう意味だよ」

 

「いやだってバカじゃん」

 

「ああ、そういうことか。赤点取ったら提出物でカバーしてるぜ!」

 

他の学校だとそういうカバーが出来るのか。つまり真面目に過ごしていれば留年することなく卒業は出来ると。

 

「お前は高梨に勉強教わってたよな。今でも勉強してんのか?」

 

「今は教える立場だよ。補佐だけど」

 

「はぁ!?お前が!?マジかよやっべぇな」

 

「今はそれで困っててなぁ……教え子が5人いるんだけど、そのうちの2人が喧嘩して家出しちゃってさ。オマケに更にその1人と喧嘩……っていうか俺が全面的に悪いんだけど、喧嘩しちゃってさ」

 

「ツッコミどころだらけだな。それで結局何に困ってんだよ」

 

「その2人を仲直りさせる方法。お互い譲らなくてさ」

 

真田はクレープを食べながら頷いている。コイツなりに考えてくれてるのか。ありがたい。

 

「クレープうめぇわ」

 

「考えてくれてないのか」

 

「ンなもん、お互いにごめんなさいすりゃあいいんだよ。難しく考えすぎなんだっての。どうせ先に謝りたくないーとか言ってんだろそいつら。だったら同時に謝らせたらいいじゃねぇか」

 

「…そういうもんか」

 

「そーいうもんだ」

 

もっと簡単に考えれば良かったのか。先に謝りたくないなら同時に謝ればいい。あの2人のことだから僅かなズレも指摘してきそう……いやそこまで子供じゃないはずだ。そこは2人を信じよう。

 

「アドバイスサンキュ。機会があれば今度美味いシュークリーム食わせてやるよ。そこらの店より美味いぞ」

 

「お、マジか。やったぜ〜」

 

◇◇◇◆◆◆

 

私は今、二乃が泊まっているホテルでハサミを持って立ち尽くしている。

 

まず私は二乃と話がしたくてこのホテルに来た。ホテルにはフータローやハヤトも来ていたみたい。

そこで二乃は好意を抱いていた信繁という人がハヤトだったことを知ったみたいだ。

正直信繁って名前だしハヤトと関係があるのかと思ってたけど、まさか本人だったとは。

 

変装して騙してたことを二乃は怒っていたけど、それは私たちがフータローやハヤトにしていたことと一緒だ。

 

それから二乃はハヤトから『5人でいてほしい』と言われたみたい。フータローが私たちのために頑張ってくれてたのは知ってたけど、ハヤトも私たちのことを考えてくれているんだと思った。

 

だけど二乃は戻りたくない、昔と違ってすれ違いも多くなってストレスが溜まる、一緒にいる意味がわからないと言った。

だけど私は昔と違って、一人一人が違う経験をして足りないところを補え合える、だから違っててもいいと思う。そう二乃に伝えた。

 

そして二乃は、

 

「過去は忘れて今を受け入れるべき、いい加減覚悟を決めるべきなのかしらね」

 

と私にハサミを渡してきた。

 

「どういう意味?」

 

「……我ながらドラマの見過ぎよね………さようなら、信繁君」

 

◆◆◆◇◇◇

 

次の日。風太郎から四葉ちゃんが陸上部の土日の合宿に巻き込まれたことを聞いた俺は風太郎、五月ちゃん、一花ちゃんと合流していた。今度こそ四葉ちゃんを陸上部から解放するために。

 

しかしこんな時でもトラブルは付き物らしい。

 

「え、どうしたの三玖。助けてほしい?」

 

「おいおいこんな時に何やってんだよ…」

 

「どうする。陸上部そろそろ出そうだぞ」

 

「どうしましょう。直接お願いしに行きますか?」

 

「………そうだ、良い作戦を思いついたぞ。一花、三玖を連れてきてくれ。隼人は少し時間を稼いでくれ」

 

「どうするつもりだ?」

 

「コイツらの得意技を使う」

 

 

 

 

 

「よお江場。朝から元気だな」

 

「誰かと思えば幸村。昨日の今日でまだ中野さんを引き抜こうとしてるの?」

 

風太郎に言われた通り時間稼ぎをするために陸上部の、いや江場の前に立ち塞がる。なんならコイツには言いたいことがあるからちょうど良い機会だ。

 

「それもあるが、お前に一つ言いたいことがある」

 

「何かな。急ぐから手短にしてくれる?」

 

「お前、他人の意見聞いたことあるのかよ。確かに駅伝はお前にとって大事な大会だろうけど、他の子には期末試験が大事な子だっているんだぞ」

 

「そんなわけないよ。だってみんな期末試験より駅伝大会の方が大事だからここにいるんだよ」

 

「お、落ち着いてください2人とも!幸村さんも私は大丈「四葉ちゃんは少し黙ってて」…ア、ハイ」

 

「テメェは自分の意見を押し付けてるだけだろうが。テメェの一方的な押し付けをするんじゃなくて、ちゃんと他の奴の意見も聞いてやれよ!」

 

この期末試験期間で痛いほど味わった。約束を破った俺が五月ちゃんに一方的に押し付けようとしたさよなら。約束を破った俺にはそうするしか脳がなかったが、二乃ちゃんは少しは考えろと怒ってくれた。

 

一方的な意見も誰かの言葉で変わったりする。だけど江場は自分の意見を一方的に押し付けるだけで誰かの話を聞きやしねぇ。

 

「四葉ちゃんのためだけじゃない。この陸上部のためだ。お前みたいなスカポンタンに付いてきてくれる奴らのために言ってるんだよ俺は」

 

俺の言葉が江場に届くとは正直思っていない。だけど何も言わないと何も始まらない。

 

「痴漢だー!痴漢が出たぞー!」

 

「え、痴漢…?」

 

「あ!ちょっとそこの人!止まりなさーい!」

 

「(準備できたか)言いたいこと言ったし、俺は帰らせてもらうよ」

 

いきなり現れて好き放題言っていなくなる。側から見ればただの変人だが、正直もう関わることもないだろうし、俺は別にいいかな。

 

 

 

 

 

「捕まえましたー!」

 

「ぐぇーッ!」

 

「さぁ観念して…って上杉さん!?」

 

合流出来たタイミングでちょうど四葉ちゃんタックルで捕まった風太郎。痛そうだな。

 

「ど、どうして痴漢なんて…」

 

「う、うっそー!お前を誘き寄せるための嘘でしたー!!」

 

「え、私を?何のために……幸村さん」

 

「君の代わりに五月ちゃんが退部を申し込んでる」

 

四葉ちゃん本人が断り辛いなら代わりに五月ちゃんが断ればいい。変装してね!という作戦だ。髪の長さや五月ちゃんの性格を考えると正直不安ではあるが。

 

「戻らないと…私はへっちゃらですから」

 

「お人好しもいい加減にしなよ。どっちも大切なのはわかるけど、今の自分が1番大切にしたいのは…なんなの?」

 

「私は……でも「隠れろ!様子がおかしい…」

 

風太郎が咄嗟に四葉ちゃんの口を塞ぎ、俺も隠れる。どうやら五月ちゃんが上手くいっていないようだ。

 

「わ、私は四葉ですよー。このリボンを見てください〜」

 

「うん、似てるけど違うよ。だって髪の長さが違うもん」

 

クッソ!よくよく考えたら分かることをアイツに当てられるのが妙に腹立つ!何でそれは分かるのに他の部員の意見を聞けないんだ馬鹿野郎!!

 

「あんなにやる気のあった中野さんがそんなこと言うはずないもん。中野さんは五つ子って聞いたよ。あなたは姉妹の誰なのかな。幸村と何か繋がりがあるわけ?」

 

「あのアマ……」

 

「上杉さん!幸村さんが怖いです!」

 

「落ち着け隼人、ここで出ていったら逆効果だ!」

 

正直このまま五月ちゃんを回収して4人で立ち去りたい気分だった。でもそれは色んな方面に迷惑がかかるからなぁ。

 

「すみません!お待たせしました!」

 

五月ちゃんと陸上部の元に四葉ちゃんが現れた。いや違う。だって本物は隣にいる。

 

「あはは、ちょっとした五つ子ジョークですよ」

 

「何だ冗談だったのね。でも笑えないからやめてよ。中野さんの才能をほうっておくなんてできない。私と一緒に高校陸上の頂点を目指そう」

 

「アハハ。まあ私が辞めたいのは本当ですけど」

 

まさかの発言。いやあれが五つ子の誰かならこの作戦の意図は分かっているはずだからあの発言は間違いじゃない。むしろ江場にダメージを与えられているからこっちからしてみればスカッとしている。

 

「調子のいいこと言って私のこと考えてくれないじゃないですか。そもそも前日に合宿を決めるなんてありえません。マジありえないから」

 

「はい……ご、ごめんなさい…」

 

あの圧力。俺の予想が正しかったら……

 

◇ーーーーー◇

 

「ふぅ、間に合ったみたいだね」

 

「お前が三玖を連れてきてくれたおか…って三玖!?」

 

「私は何もしてない」

 

「やっぱりあの子…」

 

「あ、ハヤト君はわかった?私がホテルに着いた時、ハサミを持って三玖が立ち尽くしてたの。詳しくはわからないけどきっと、何か気持ちの変化があったんだね」

 

俺たちの元に戻ってきた五月ちゃんと、リボンを外して元の髪型……とは違うね…

 

「やっぱり、二乃ちゃんだ」

 

「あんた、私だって分かったんだ」

 

「まあ、これだけ明るいところなら、ね」

 

「ふん、言うじゃない」

 

あれだけ長かった髪の毛をバッサリと切った二乃ちゃん。気持ちの変化か……

 

「まさか二乃がそんなにサッパリいくなんて、もしかして失恋かなー?」

 

「ま、そんなとこ。言っとくけどあんたじゃないわよ幸村」

 

「え、あ、はい」

 

俺を指差す二乃ちゃんはどこか清々しい表情で四葉ちゃんの元へ歩み寄った。

 

「四葉、私は言われた通りにやったけど、こんな手段取らなくても本音で話し合えば彼女たちも分かってくれるわ。あんたも変わりなさい。辛いけどいいこともきっとあるわ」

 

「…うん、私行ってくる!」

 

四葉ちゃんは陸上部の元へと歩いて行った。二乃ちゃんのおかげで江場も話を聞くようになってくれてたらいいけど…いや、気にしすぎるのも良くないか。

 

「あとはお前らだぞ二乃に五月。さっさと仲直「ほーらフータロー君、私たちはこっちだよ」

 

「期末試験の対策練ろ」

 

「お、おいお前ら!」

 

風太郎は一花ちゃんと三玖ちゃんに連れられその場を離れた。だけど俺は2人に伝えたいことがある。

 

「2人とも、お互い先に謝るのが嫌なら同時に謝ろう!そうすれば「幸村、あんたってホントお節介よね」え?」

 

「少しだけ、感謝してるわ。ありがと」

 

「私もです幸村君。あなたや上杉君がいなかったら、私たちは仲直り出来ませんでした」

 

「………」

 

「何ボケっとしてんのよ。補佐としての仕事をやりなさい」

 

「帰ったら試験対策、頑張りましょうね」

 

「………うん、頑張ろうね」

 

どうやら彼女たちはそれぞれ答えを見つけたようだ。色々トラブル続きの期末試験週間だったけど、なんとか残る障害を期末試験だけにすることができた。

 

さあ、もう一踏ん張りだ。

 




八つのさよならももうすぐ終わりが見えてきました。やっぱり隼人目線の話が多くなるのでどうしても端折ってしまう場面が出てしまいます。そんな時は原作を読もう!ヨシ!!

次回はどこまでいくかなー。テスト終わりまでいくのかなー?


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第23話 八つのさよなら⑥

幸村隼人の秘密

冬のアパートは若干冷える


 

陸上部との一件を終えた俺たちは中野家にて朝食のおにぎり(四葉ちゃん作)を食べながら今後について話をしていた。

 

「それで陸上部とはどうなったの?」

 

「ちゃんとお話して大会だけ協力してお別れすることになりました」

 

「大会も断っちまえばよかったのに」

 

「一度引き受けた以上、四葉ちゃんにはそれは出来ないだろうなぁ。江場も諦めが悪いだろうし」

 

「また何か言われたら教えなさい。今度こそ教育してやるわ」

 

姉妹がこうしてまた揃った以上、陸上部とのトラブルが起きることはないだろう。

まずは目の前の期末試験をなんとかしないと。

 

「とりあえず問題集のことだが、お前らは終わらせてるみたいだな」

 

「お前ら?」

 

「隼人、お前は」

 

「………終わってません」

 

リビングに姉妹5人の驚きの声が響き渡る。テストまで1週間、五つ子分の問題集を作る途中で解いてはいたけど、自分の分は全然手をつけていない。すぐ終わると思ったけどまさかこんなトラブルだらけに見舞われるとは思わなかった。

 

「まあ終わってないことに言い訳はしないよ。この土日で追い込むから」

 

「お前らも問題集をクリアしてやっとザコを倒せるようになっただけだ。この土日で追い込むぞ」

 

「でもフータロー、秘策があるって言ってた」

 

「ああ、これは村人レベルのお前らでもボスを倒せるチートアイテムだ。俺と隼人からのカンニングペーパーだ!!」

 

ドドン!と小さなカンニングペーパーを取り出す風太郎。数は10個、俺と風太郎の2人で5つずつ作ったのだ。

 

「あ、あなたたちはそんなことしないと思っていたのに…」

 

「そんなことして点数を取っても意味ないですよぉ」

 

「じゃあもっと勉強するんだな!こんなもの使わなくてもいいように最後の2日間でみっちり叩き込む!覚悟しろ!」

 

「二乃ちゃんもそれでいいでしょ?」

 

「分かってるわ。やるわよ、よろしく」

 

五つ子全員が机に集まって勉強を始める。最初は反発だらけで勉強どころじゃなくて、やっと向き合うようになり始めた頃に姉妹同士で喧嘩をし離れ離れになって、それも乗り越えて再び5人が集まった。

 

「よかったな、風太郎」

 

「まだ、こっからだぞ隼人」

 

◇ーーーーー◇

 

この土日で詰め込む為に俺と風太郎は中野家に泊まり込みで勉強を教えることになった。朝昼晩でそれぞれ時間を設けて勉強を教える。これでどこまで点数を取れるか分からないがやれることは最後までやろうと思う。

 

「幸村君、この公式なんですが」

「うん、その公式であってるね。あとはその公式を使うときはね」

 

「フータロー君、この漢字って送り仮名はこれでいいのかな」

「いや、送り仮名を一つ減らせ。だが漢字はしっかり覚えられてるな。その調子だ」

 

「フータロー、この英文何回読んでも『ナンシーは川で牛乳を飲んでます』になるんだけど」

「なんでだよ。いいかまずここの部分は」

 

「ちょっと幸村、これあってるのかしら」

「あ、ちょっと違うね。そこの求め方は」

 

「上杉さん、これでどうでしょう!」

「……よし、ちゃんと覚えれてるな。この語呂合わせなら覚えやすいだろう」

 

こんな調子で進んでいき………

 

「もう無理…」「限界よー!」「疲れた…」「ぐぇぇ…」「流石にもう…」

 

「俺たちも疲れたな…」

 

「あとは明日に持ち越すか…さっさと風呂入って寝ろよ」

 

「フータロー君、先生みたいだね…」

 

「じゃあ久々にみんなで入ろうよ!」

 

「流石に狭いのでは…?」

 

「二乃、髪洗って」

 

「子供じゃないんだから自分でやんなさいよ!」

 

あーだこーだ言いつつ5人全員でお風呂に向かう姉妹たち。俺と風太郎は机の上を片付けしながら今後のことについて話をしていた。

 

「隼人、本当にいいのか」

 

「非公式とはいえ風太郎の補佐としてここにいるからな。家庭教師やめるなら俺も同時にいなくなるだろ」

 

「お前を家庭教師に推薦とかは…無理か。元々向こうも俺が学年一位ってのを知って依頼してるだろうからな」

 

「何も家庭教師だけが教える機会じゃないよ。教える教わる立場はそう簡単には終わらないんじゃない?」

 

「だといいがな…」

 

風太郎が家庭教師を辞めると決めた以上、俺が止めることはできない。だけど勉強を教えることは家庭教師や補佐じゃなくても出来ることだ。学校の休み時間でも放課後でも時間さえ合えば俺たちが教えることはできるんだ。

 

「腑に落ちない顔してるぞ隼人」

 

「そう……かもな…なんとか自分に言い聞かせてる気がする。この7人でいるのが楽しかったからさ」

 

「それは……」

 

「あーあ……もう少しみんなでいたいな…」

 

◇ーーーーー◇

 

夜遅く、リビングで寝ていた俺はトイレに行きたくなって目を覚ました。こんな夜遅くに目が覚めるなんて俺も歳かな。

 

「トイレってこっちだよな…暗くて見えにく「わっ、幸村君!?」

 

「わお、五月ちゃんか…ビックリした」

 

「私もですよ…お手洗いですか?」

 

「あー、そうなんだけど…」

 

どうしよう。今五月ちゃんトイレから出てきたよな。ここでトイレ行ったら俺変態扱いされるとか…ないよね?いやこの世の中には女の子の入ったお風呂の残り湯を使って米を炊く人もいるらしいし……俺をそれと同類と見られる可能性も…

 

「幸村君?」

 

「あ、いや……あれ、もしかして五月ちゃん勉強してた?」

 

「え!?な、なんのことでしょー」

 

「眼鏡かけてる」

 

「あ…」

 

五月ちゃんは勉強をするとき眼鏡をかけている。よく勉強の時だけ眼鏡をかける人、眼鏡を勉強モードに移行するためのスイッチにしてる人がいるから五月ちゃんもその類いだと思っていたけど、実際は視力が悪いだけらしい。

 

今眼鏡をかけている。それはつまりさっきまで勉強をしていたということだろう。

 

「私ってそんなに分かりやすいですかね…」

 

「何も分からない人よりは全然良いよ。でも無理はダメだよ」

 

「分かっています。ですが幸村君や上杉君がカンニングペーパーを渡してきた時に、もっと頑張らないといけないのだと実感してしまって…」

 

「ああ………確かに頑張らないと赤点回避は難しいかもしれない。だけど無理した分知識が身につくかと言われたらそれも違うと思うでしょ?肩に力が入りすぎてるよ。ほら〜力抜いて〜」

 

「幸村君はいつも私に肩の力を抜けって言いますよね。そういう幸村君も肩に力が入ってることに気がついてますか?」

 

「そりゃあ可愛い子5人に囲まれてるんだもん。肩に力だって入るよ」

 

「もー!不純ですよ!」

 

だけど実際肩に力は入っている。補佐とはいえ言ってしまえば五つ子の将来を預かっているのだ。手は抜けないし肩に力だって入るさ。

 

「ですが、あなたと話をすると自然と力が抜けるのも事実です…あなたにはとても感謝しています」

 

「俺の方こそ、みんなと出会えて良かった」

 

「もう、まるでお別れみたいじゃないですか。まだまだ付き合ってくれますよね」

 

「……勿論さ」

 

「明日からも、これからもよろしくお願いしますね幸村君」

 

そうだ。何も間違ってはいない。間違ったことは言っていない。だけど、

 

 

俺は正解を言っているわけでもないんだ。

 

 

◇◇◇◆◆◆

 

「ついに当日だね」

 

「大丈夫かなー」

 

「やれることはやったよ」

 

「じゃあみんな健闘を祈るわ」

 

「あれ?上杉さんと幸村さんがいないよ?」

 

「上杉はらいはちゃんに電話ですって」

 

「ハヤトはお腹すいたから食堂行ってくるって言ってた」

 

「この時間に空いてるんだね…」

 

「上杉君も急ぎなのでしょう。自分の携帯は充電切れなのに私のものを借りて行ったほどですから」

 

◆◆◆◇◇◇

 

学校の屋上で風太郎が中野父に電話をかけ近況報告をする。スピーカーモードにしてるから俺にも話の内容は聞こえている。

 

『そうかい、報告ありがとう』

 

「ええ、5人とも頑張ってますよ。これは本当です」

 

『江端から幸村君のことも聞いている。君もありがとう、後日になるがこれまでの分も含めた給料を払おう』

 

「いいえぇ、僕は自己満足でやってただけなんでぇ」

 

『何はともあれ、期末試験頑張ってくれ』

 

「あの、勝手ながらお願いがありまして」

 

『なんだい』

 

「今日をもって家庭教師を退任します」

 

『……』

 

「あいつらは頑張りました。この土日なんてほとんど机の前にいたと思います。しかしまだ赤点は避けられないでしょう」

 

「苦し紛れの策も用意したんですけどね。まああんなものに頼らないってのは僕たちもよーく知ってますんで」

 

『今回はノルマを設けてなかったと思うが』

 

「本来は回避できるペースだったのをこんな結果にしてしまったのは自分の力不足に他なりません。ただ勉強を教えるだけじゃダメだった。あいつらの気持ちも考えてやれる家庭教師の方がいい。俺にはそれが出来ませんでした」

 

『そうかい。引き留める理由はこちらには無い。君たちには苦労をかけたね。今月の給料は後ほど渡そう』

 

「ええ、助かります」

 

『それでは失礼す「ちょーいちょいちょいちょい待ちよパパさん」

 

「一回パパさん自身が教えてみたらどうです?赤の他人の家庭教師や補佐じゃ限界があるんでねぇ。父親じゃなきゃ出来ないこともあると思いますよ?」

 

『私も忙しい身でね。それに他人に家庭のことをどうこう言われたくないな』

 

「……五月ちゃんと二乃ちゃんが喧嘩して家出した話って知ってます?」

 

『いや、初耳だね。もう解決したのかい?』

 

「大変でしたよ〜?解決はしましたけどね」

 

『それならいい。教えてくれてあり「それだけか?なんで喧嘩したとか、何を考えて何に悩んでるか知ろうとしねぇのか?」

 

『……』

 

「すいません俺の補佐のくせに雇い主に生意気なこと言わせちゃって〜あとでしっかり言っとくんで……って、もう辞めるんだった………少しは父親らしいことしろよ!馬鹿野郎がッ!!」

 

風太郎が通話を切った。それと同時に笑いが込み上げてきた。荒れてた時期の言いたいこと言ってやって少し気が晴れた時と同じ気持ちだ。

 

「ハッハハハハハ!お前これ、給料貰えんのかよ!」

 

「ハハッ、知らねぇよったく!……一花、二乃、三玖、四葉、五月。お前ら5人が揃えば無敵だ」

 

「頑張れよ…みんな」

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆

 

 

 

 

 

期末試験から数日後、私たちの試験用紙が全て返ってきた日。

 

中野一花

国語 28 数学 47 理科 41 

社会 28 英語 36 合計 180

 

中野二乃

国語 19 数学 22 理科 42

社会 27 英語 47 合計 157

 

中野三玖

国語 35 数学 41 理科 40

社会 70 英語 26 合計 212

 

中野四葉

国語 35 数学 15 理科 22

社会 38 英語 26 合計 136

 

中野五月

国語 43 数学 36 理科 68

社会 26 英語 34 合計 205

 

「あんなに勉強したのにこの結果かー」

 

「改めて私たちって馬鹿なんだね」

 

「元気出して二乃」

 

「あんたは自分の心配しなさいよ…」

 

「今日は丁度家庭教師の日ですし、期末試験の反省がメインになりそうですね」

 

期末試験が始まってから試験用紙が返却されるまでの間は中間試験同様に家庭教師の日はありませんでした。つまり幸村君や上杉君としっかりお話するのは日曜日ぶりになります。

 

「お、噂をすればだね」

 

「今日もハヤトがフータローをおんぶしてきたりして」

 

「上杉さんだからありえそうだね」

 

「あれ、幸村君たちじゃありませんでした」

 

インターホンを押したのは幸村君でも上杉君でもなく江端さんでした。この家の中に入るのは初めてでしょうか。

 

「失礼いたします」

 

「江場さんこんにちはー」

 

「今日はどうしていらしたのですか?」

 

「本日は臨時の家庭教師として参りました」

 

臨時の家庭教師。つまり今日は幸村君と上杉君は来ないということでしょう。江端さんは学校の先生もやられていたようなので適任ですね。

 

「なんだ幸村たちサボりか」

 

「体調でも崩したのかな?」

 

「お嬢様方にお伝えせねばなりません」

 

江端さんは改まってこう言いました。

 

「上杉風太郎様は自ら家庭教師をお辞めになられました。それに伴い補佐として来られていた幸村隼人様も解任ということになります」

 

◆ーーーーー◆

 

「これ終わったら行ってもいいのよね」

 

「ええ、ご自由になさってください」

 

今私たちは江端さんが用意したプリントを解いています。

 

江端さんから幸村君と上杉君が家庭教師を辞めたことを伝えられた私たちは彼らの元に向かおうとしましたが、

 

『臨時とはいえ家庭教師の任を受けております。最低限の教育を受けていただかなければここを通すわけにはいきません』

 

とブロック。とにかく出された問題を片付けることにしました。

 

「まったく…どういうつもりなのよ」

 

「私はまだ信じられないよ…」

 

「本人たちの口からちゃんと聞かないとね。誰か終わった?」

 

「私はもうすぐ……五月、手が止まってる」

 

「え、ああ、すみません!私ももうすぐ終わります」

 

私の頭の中には『何故』という単語が頭の中を駆け巡っていました。何故家庭教師を自分から辞めたのか。幸村君はそれで良かったのか。疑問は尽きませんでした。

 

「この問題比較的簡単だよ。きっと江端さんも手心加えてくれてるんだよ」

 

「そうね。でも前の私たちなら危うかった。悔しいけど全部あいつらのおかげよ。自分でも不思議なほど解ける」

 

それから時間は進み、私もなんとか最後の一問まで終わりました。しかしその最後の一問が解りませんでした。それは他の姉妹も同じ。このままだと特別授業に移行されかねません。

 

「これ前にやったよね…なんだっけー!」

 

「うーん…」

 

この問題…この問題は………

 

 

『肩に力が入りすぎてるよ』

 

 

「あの…カンニングペーパー見ませんか」

 

「それって期末の?」

 

「はい、全員筆入に隠したはずです…有事ですから、なりふり構ってられません」

 

ああごめんなさい幸村君。きっと肩の力を抜けというのはこういうことではないのは分かっているのです。ですがどうしても分からなかったら答えを見るのも一つの選択肢だと私は思います!

 

自分でもこんな答えに辿り着くなんて思いませんでした。肩の力を抜くとこんなことになるのですね…………あなたの言葉を、いいえあなたのことを思うだけで───

 

「江端さん離れた、今だよ!」

 

「……」

 

「どう?」

 

「これは……どういうことでしょう…私のはミスがあったみたいです」

 

「じゃあ私の使お………安…?」

 

【安易に答えを得ようとは愚か者め】

 

上杉君からのカンニングペーパーは答えではありませんでした。ですがこれはこれで上杉君らしいというか。

 

「待って、②へって書いてる」

 

「じゃあ私のかしら」

 

【カンニングする生徒になんて教えられるか→③】

【これからは自分の手で掴み取れ→④】

【やっと地獄の激務から解放されてせいせいするぜ→⑤】

 

「これ…上杉さんの最後の手紙だよ…」

 

「やっぱり辞めたかったんだ」

 

「私たちが相手だもん。当然と言えば当然だよ」

 

「…五月?」

 

「だが……【だが、そこそこ楽しい地獄だった。じゃあな】…」

 

「……フータロー…」

 

「幸村君のも見てみましょう…」

 

今度は幸村君から貰ったカンニングペーパーを開くことにしました。そこに書かれていたのは、

 

【まず、君たちの気持ちを考えてやれなくてごめん→②】

【これは風太郎なりのケジメの付け方だ→③】

【こうなった以上俺もそっちには行けないと思う→④】

【それでも、風太郎や俺が必要なときは→⑤】

【聖なる日に会いましょう 幸村隼人より】

 

「ねぇ、これって」

 

「聖なる日…クリスマスってことかしら」

 

「クリスマスにフータローとハヤトは一緒にいる」

 

「まだチャンスはあるよ五月!」

 

「ええ…ええ…っ!」

 

こんな置き手紙をするぐらいなのですから、次学校で話しかけてもダメでしょう。まったく、気がつかなかったらどうするつもりだったんですか…

 

「ねえ、私ずっと考えてたんだけど、みんなに提案があるんだ」

 

ふと一花が提案してきました。私たちはそれを聞いて驚きと同時に、確かに私たちには必要なことだと思いました。

 

 

 

 

「お願い、江端さんも協力して」

 

「……大きくなられましたな、お嬢様方」

 

◆ーーーーー◆

 

12月24日

 

雪降るクリスマス。あの日から幸村君と上杉君とは話をしていません。上杉君は相変わらず他の方とも話をしていませんでしたが、幸村君は変わらず他の方とも仲良くお話をされていました。

 

しかし私にも声をかけてくださったのに、私はそれに応えることができませんでした。

 

「それでは行ってきますね」

 

「お金無いんだから、2ホールも買ってきちゃダメよ!」

 

「わ、わかってますよ!」

 

家を出て一歩、ザクザクと雪を踏み締める音が響く。私は今から幸村君と上杉君とケーキを家に持って帰る…これだとお2人が荷物みたいですね……

 

「あのぉ、中野五月さんですか?」

 

「?はい、そうですが」

 

 

声をかけられ振り向いたとき、私の目の前が真っ暗になりました。

 

 




次回、八つのさよなら ラストです
補佐を辞めることになった隼人は何を思うのか……


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第24話 八つのさよなら⑦

幸村隼人の秘密

サンタを信じている


 

「へーい、風太郎こうたーい」

 

「やっぱり冷えるな…」

 

新しくケーキ屋のアルバイトを始めた俺と風太郎は早速クリスマスのケーキ販売に苦しめられていた。俺たち2人ともこういう店で働くのは初めてではないがやはり数の暴力というのはどの職場でも苦しいものだとつくづく感じる。

 

「今日は早めに終わるんだよな」

 

「ああ、従業員にもクリスマスは必要だって店長が言ってたぜ」

 

「優しい店長だことで。まあ頑張れよ。俺は中でぬくぬくさせてもらうぜ!」

 

俺は今から営業終了の19時まで中で厨房担当だ。作るのもケーキぐらい、しかも予約客の分は取りに来る時間に合わせて作ってるから俺が作る店内注文分はさほど多くない。

 

「店長、水飲んできまーす」

 

ロッカールームで水を飲みながら携帯を触る。最近携帯を触る時間が増えてきた気がする。今まで家庭教師補佐で触る時間もあんまりなかったからかな。

 

「ん、五月ちゃんからメール!?」

 

学校でも話しかけても避けられていた五月ちゃんからメールが来た。なんだろうこの気持ち……あれだ、付き合いたての頃に高梨ちゃんからのメールでウキウキしてたのと一緒だ。

 

「……………は?」

 

メール内容は簡単だった。

一枚の画像と指定の場所に来いというもの。メールの文面、指定した場所を見るにこの前の奴らだ。

 

「…………ぶっ殺してやる」

 

◇◇◇◆◆◆

 

「悪い風太郎!あと頼んだ!」

 

「え???あ、おい隼人!!」

 

鬼気迫る表情で隼人が店から出て行きバイクに乗って走り去ってしまった。何があったのか店内に入ると店長はいつも通りの表情で接客していた。

 

「店長!隼人に何かあったんですか!」

 

「ん?あー、なんか切羽詰まって『行くとこできました!』って言うから行かせた。ウチももうすぐ閉めるしいいかなーって」

 

「適当かよ」

 

◆◆◆◇◇◇

 

指定された場所はケーキ屋から遠くなかった。それも分かって指定してきたのだろう。向こうは俺を完全に潰す気でいる。だったら俺もそれ相応の答えを出さないといけない。

 

「ここか…」

 

薄暗い廃工場。ここら辺は不良の溜まり場として有名だ。しかしクリスマスの時期にここを使う奴らはいない。有名だからこそ警察が巡回しているのだ。こういうイベントのタイミングでバカする奴らが多いからだ。

 

だけど今警察はここら辺を巡回していない。来るのも時間の問題だろうが、事を大事にしないためにも来ないでほしい。

 

建物の中に入るとこの前河原で泣かせた奴らを中心に多くの男たちがいた。数は20ぐらいか。流石に1人でこの数はしんどいな。

そして男たちに囲まれて椅子に座っている女の子が目に映った。五月ちゃんだ。

 

「……おい、来たで」

 

「幸村君!」

 

「よお幸村ァ!この前は随分やってくれたなぁ!」

 

「雑魚は黙ってろ。五月ちゃんを離せ」

 

「口の聞き方に気ぃつけぇや幸村!俺たちのご機嫌次第でこの子の顔に傷がついちゃうぜ〜?」

 

「………何が目的だ」

 

「まずは土下座、その後に死ねや」

 

ナイフをちらつかせる男。五月ちゃんの顔は怯えきっている。

 

「五月ちゃんのためなら土下座だってするし靴だって舐めてやるよ。まずは彼女を離せ。話はそこからだ」

 

「さっきの話聞いとらんかったか幸村。まずは土下座や。頭地面に擦り付けろやって話」

 

無理矢理にでもさせるけどな!と男が言った瞬間後頭部に衝撃が走った。意識が一瞬ぶっ飛びそうになったがなんとか踏ん張る。

しかしそこに膝蹴りが俺の顔面に叩き込まれ、俺は地面に倒れた。

 

「ッ…ァァ……」

 

「幸村君!彼を殺す気ですか!やめてください!」

 

「殺す気じゃなくて殺すんだよ」

 

「舐めんじゃねぇ……ぞ!」

 

倒れた俺目掛けて振り下ろされたバットを回避してすぐに立ち上がり、バットの男を蹴り飛ばし馬乗りになって顔面を殴……

 

瞬間五月ちゃんの顔が視界に入った。怯えきって今にも泣き出しそうな顔。そして思い出した、彼女との約束を。

 

「……ガッ!?」

 

顔を殴られた。腕を踏まれて、腹も蹴られた。髪の毛を掴まれて更に顔を殴られた。

視界がボヤける。こんなに痛めつけられたのは久しぶりだ。

 

「君も散々やねぇ。あんなのに関わっちまったからこ〜んな怖い目にあっちまって」

 

「やめて…お願いだから……」

 

「あんなの捨ててまえや。俺らと遊んだ方が楽しいぜ〜?今日はクリスマスだし楽しい夜にしようや〜」

 

「………そうですね…」

 

「おっ?話が早いやん」

 

「もう知りません……あの人との約束なんて!もう知らないんだから!!!」

 

その瞬間、俺の中で何かが切れた。

 

「ッ…らぁっ!!!」

 

俺を殴っていた男を蹴り飛ばす。鼻血が止まらないが折れてるわけではなさそうだ。

 

「……ふぅ………散々殴りやがって……仕返しされても文句は言わせねぇぞ」

 

「な、なんやねんいきなり!」

 

「入ってこいお前ら!」

 

俺が手を叩くと倉庫の入り口が開かれて男が11人ほど入ってきた。1人は俺の旧友の真田。残りは佐助を筆頭に集まった俺の後輩たちだ。

 

「遅いッスよ兄貴!」

 

「久々にボコボコにやられてんな幸村」

 

「うるせぇ。頭から血が流れてないうちは怪我じゃねぇよ」

 

「お前…真田龍我か!じゃあコイツらは…テメェの!!」

 

「前は俺ら2人のチームだったんだけどよ。今は俺のチーム、真田十勇士ってやつだ。イカすだろ?」

 

「テメェら、覚悟出来てんだろうな」

 

11人が一斉に走り出す。1人2人ずつ相手すれば俺の出番はないだろう。俺はゆっくり五月ちゃんの元へと歩いて行った。

五月ちゃんの側に立っていた男は逃げ出していった。

 

「幸村君…ごめんなさい…ごめんなさい……」

 

「俺の方こそごめん。怖かったよね…」

 

「…貴方は優しい人ですから…きっと私との約束を…喧嘩をしない約束を守ってくれていたのでしょう?それが貴方を傷つけてしまいました…本当にごめんなさい…」

 

「……いいや、実は守れてないんだ。守れてないから君をこんな目にあわせてしまった」

 

あの時だっていくらでもやりようはあったはずだ。だけど殴り合いという手段を取ったのは俺だ。誰に言われたでもない。俺自身がそれを選んだんだ。

 

「謝って許されることじゃない………俺が1番分かってることだ」

 

「いえ、私の方こそあんな酷いことを…」

 

「俺は約束を破ったんだ…正直君に合わす顔がなかった」

 

「それでしたら、私も今後あなたとどう接すればいいか…」

 

「何夫婦漫才してやがんだ」

 

「誰が夫婦だよ」「誰が夫婦ですか!」

 

「兄貴、コッチは全部終わったんで早く帰りましょう!あ、タクシー呼ぶッスか?」

 

いつの間にか喧嘩は終わっており、真田達が全員倒してしまった。頼りになるなこういう時は。

 

「ありがとなみんな。俺は五月ちゃん送って帰るから、お前らも気をつけて帰れよ」

 

「次からはもっと早く連絡寄越せよ幸村。ケーキ予約してんだからよ」

 

「悪かった。ありがとう真田」

 

「へっ、シュークリーム忘れんなよ!」

 

颯爽と現れて颯爽と消える。真田らしいといえば真田らしい。今回ばかりは本当に助かった。

 

「……帰ろっか」

 

「…はい」

 

◇ーーーーー◇

 

流石にバイクを運転して帰る自信がなかったので、五月ちゃんには申し訳ないが2人で歩いて帰ることにした。

 

「え、引っ越ししたの!?俺の住んでるアパートに!?」

 

「はい…何処かいい場所がないかと姉妹で探した結果、あそこが家賃も比較的安い方でしたので」

 

「いや誰か引っ越ししてるなとは思ったけど…まさか中野家だったとは」

 

「……家庭教師補佐の件ですが」

 

「俺も、辞めるのが嫌だったからさ。今日みんなで集まってどうにか出来ないか話そうと思ってたんだ」

 

「それであのカンニングペーパーですか」

 

「風太郎が『あいつらはテスト中に見ることはしないが、必ず見る』って言っててさ。家庭教師っていう立場で教えることはできなくても、教えることはできると思ったんだ」

 

きっと大事なのは『何処でやるか』じゃなくて『7人で集まる』ことだから。

 

「2回も約束破った俺が言えた口じゃないけど、もう一度君に勉強を教えたい。約束を今度こそ守りたい」

 

「……何言ってるの。私は君から勉強を教わりたくないなんて言ってないし、言うつもりなんて無い。改めて、私に勉強を教えてください幸村君」

 

「いいのか…?」

 

「うん、よろしくお願いします幸村君」

 

「…ありがとう五月ちゃん………ってあれ?今喋り方」

 

「どうかしましたか?早く帰りましょう。ケーキが待ってま………ああ!!!ケーキを受け取りに行く予定でした!!」

 

「ハハッ、じゃあ急いで帰ろうか」

 

俺のしたことは到底許されることじゃないだろう。だから俺はそれをしっかり胸に刻んで、今度こそ約束を守ろう。

それが彼女を怖い目に合わせてしまった俺に出来る唯一の償いだから。

 

「え、幸村君あれ!二乃が溺れていませんか!?」

 

「え??ええ!?なん、な、なんでぇ!?てか風太郎と他の姉妹も川の中にいるし!!」

 

 

 

 

トラブル続きだった今年。これでも彼女達と出会ってから半年も経っていない。

 

今までの自分達にさよなら。

そして俺達の新しい年が始まる。

 




これにて八つのさよならは終わりになります。八つのさよならなのに7話で終わりました。次回からは新年、そして最後の試験に入っていきます。

あとお気に入り150件にいってました。二十数話でここまで行くのは初めてです。これもごとよめパワーの賜物…これからも頑張ります!


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第25話 初の春

幸村隼人の秘密

おみくじで凶を引いたことがない。


 

新年あけよろ。クリスマスの日にボコボコにされたあと川で溺れてる二乃ちゃんを助けてから体が全く動かない。

いや流石にあの日から動いていないというわけではない。動ける範囲でちゃんと動いている。

 

「っでぃくし!あ"〜鼻水止まんねぇ」

 

あの時風太郎も他の姉妹たちと家庭教師のことを話したらしく、2回の失敗で諦めないでほしい、謙虚な風太郎なんて気持ち悪い、最後まで身勝手でいろと色々言われたらしい。色々言いそうだな彼女たちなら。

 

俺も五月ちゃんと話をした結果を風太郎に伝え、やりたいことをやらせてもらうことにした。

 

これで俺と風太郎はまた家庭教師と補佐の立場として彼女たちに勉強を教えることになったわけだが、なんだかんだクリスマスの日から今日まで宿題を出しただけで勉強を教えたわけではない。

というのも五月ちゃん以外みんな川に飛び込んで風邪をひいたor引き気味になってしまったからだ。現に俺は年が明けても体がダルいままだ。

 

「はぁ…こんな日に誰か来たらちょっとめんどいな…」

 

タイミングを見計らったようにインターホンが鳴った。これで真田だったらぶん殴ってやろうか。あけましておめでとうパンチだ。

 

「幸村君、あけましておめでとうございます」

 

「ああ…あけましておめでとう五月ちゃん」

 

玄関を開けると立っていたのは振袖姿の五月ちゃんだった。新年1発目からいいものを拝ませてもらいました。

 

「幸村君、今日は予定などございますか?予定がありませんでしたらこれから神社に行こうと思いますのでご一緒に」

 

「気持ちはありがたいけど、こういう日ぐらい家族だけの時間を過ごさないと。ね?」

 

「そうですか…でしたら戻りましたらご一緒におせちなど如何でしょう!それならいいですよね?」

 

「ハハッ、分かったよ。その時にお邪魔させてもらうよ」

 

「はいお待ちしてますね!それでは行ってきます!」

 

「うん、行ってらっしゃい」

 

新年1発目から中野家の姉妹達と過ごせるとは、運が良いのかここで運を全て使い果たしたのか分からないな。

 

◇ーーーーー◇

 

それから少し時間が経って、

 

「キスしました…」

 

「ロマンチックだわ」

 

「録画してよかったね」

 

五つ子たちは録画していた年末のドラマを見ていて、

 

「何のために俺を呼んだんだ。らいは帰るぞ」

 

「まあまあ、正月ぐらいゆっくり過ごそうぜ風太郎」

 

「そうそう、三玖がおせち用意してくれたからみんなで食べようよ」

 

お呼ばれしたであろう2人、風太郎は呼ばれた意図が分からず帰ろうとし、らいはちゃんは想像と違う家に少し困惑していた。まあお金持ちって聞いてたら想像と違うって思うよね。

 

「何もない部屋でごめんねー。今は必要なものから揃えているんです」

 

「じゃあテレビは後でいいだろ…お前ら本当に大丈夫か?」

 

「ちょっとあんたら、なんでそこに座んのよ。寒いでしょ、炬燵入んなさい」

 

炬燵は確かに詰めて座れば8人座れる。こうなれば俺が風太郎の隣に座ればいいか。

 

「幸村君、隣どうぞ」「隣空いてるわよ幸村」

 

「フータロー、こっち」「お姉さんの隣空いてるよフータロー君」

 

「こ、これは…!」

 

「お兄ちゃん達に春が来ました!」

 

言われるがまま座り、俺と五月ちゃん、二乃ちゃんと一花ちゃん、風太郎と三玖ちゃん、四葉ちゃんとらいはちゃんで座ることになった。なったんだけど……

 

「テレビ見えにくくない?大丈夫?」

 

「大丈夫よ気にしないで」

 

「えっと、フータローとハヤトに渡したいものが「そ、それはまだ早いよ!」

 

「みんな隣の部屋行こっか!」

 

ドタバタしながら五つ子たちは隣の部屋へと入っていった。俺たちに炬燵に入れと言いながら結局自分たちが炬燵から出て行っている。なぁに企んでるのかなぁ?

 

「何を企んでやがんだあいつら…ん、このおせち美味いな」

 

「本当だ!」

 

「料理も少しずつ上達してるのかね…あと何でシュークリームもあるんだろ」

 

「このシュークリームも三玖が作ったのか?これはこれでかなり美味いな」

 

「うん………これ二乃ちゃんのだな」

 

勉強だけじゃなくてこういった料理などの他に苦手なこともみんな得意になっていってる気がする。風太郎が親身に接したおかげってやつなのかね。

 

「不純です!!」

 

「あんたも同じこと考えてたでしょ!!」

 

「……何やってんだろうね」

 

「気にするだけ後が怖いだけだぞ……お、なんだこれ」

 

隣の部屋の五つ子を気にしつつ風太郎が何かを見つけた。これは福笑いか…でもパーツが凄く見覚えがある。具体的に言うと隣の部屋の方々と同じパーツがいくつかある。

 

「これ、五つ子バージョンってやつじゃない?」

 

「難しすぎる…でも時間もあるしやってみるか」

 

とりあえずパーツを机に並べてみる。パーツだけでいうとかなり難しい。髪は何とかなる。目や口がかなり難しい。ご本人たちに並んでもらったら分かりやすいんだろうけど。

 

「とりあえず一花から作るか……こうか?」

 

「えー?一花さんの口はこっちだよ」

 

「目はこれじゃないか?」

 

「全然分からん」

 

反面、風太郎はまだ五つ子の見分け方が分からないらしい。流石に今五つ子に並んでもらったらわかるだろうが、髪型を同じにされると全く分からないらしい。カツラなんてつけられた日にはどうなることやら。

 

「決まりだね、フータローく…「動くな一花!」え!?…ちょ、なに……ん……」

 

「いきなりセンシティブやめなさい。らいはちゃんはまだ早いんだから」

 

「え?え?前が見えないよー」

 

タイミングが良いのか悪いのか隣の部屋から出てきた一花ちゃんに顔を近づける風太郎。福笑いのために顔を近づけすぎだっての…

 

「やはり!これが一花の口だ!間違いない!」

 

「わー!福笑いで遊んでくれてるんですね!」

 

「これで一花が完成したはずだ。四葉、これでどうだ」

 

「えーどれどれ…あ、上杉さん。顔にクリームついてますよ」

 

予想外なことが起きた。四葉ちゃんが風太郎の顔についていたクリームを舐めとったのだ。これには後から部屋から出てきた姉妹たちもビックリ。俺も勿論、風太郎にいたっては驚きすぎて今まで見たことない顔になっている。

 

「あ、い、今のほっぺにチューが家庭教師のお礼ということで……と、となると幸村さんにも…ハッ!殺気!!」

 

「その件ですが、今の私たちでは十分な報酬が差し上げられない状況でして、せめてもと…」

 

「な、なんだそういうことね…何事かと思ったよ……」

 

「そういうことは早く言え。ずっとそんなこと気にしてたのか。俺たちがやりたくてやってるんだ。給料のことなら気にするな」

 

「そうそう。お金のことはいいから「出世払いで結構だ!その代わりちゃんと書いとけよ!1人1日5千円!1円たりともまけねぇからな!!」

 

そういえば風太郎はこういう奴だった。そりゃ給料が欲しいか欲しくないか言われたら欲しいよ?お金だし。でも俺は補佐だし貰えるほど彼女たちに教えられているかと言われたら違うし。

 

「風太郎は少しは…なぁ?」

 

「な、なんだよ」

 

「まあ、そうだよねぇ」「期待はしないわ」「フータローらしいけど…」「確かに上杉さん!って感じはしますね」「正直すぎるんですよ」

 

「お兄ちゃん」

 

「な、なんだらいは」

 

「………」

 

「なんとか言ってくれらいは!!」

 

◇ーーーーー◇

 

その日の夜、俺は五月ちゃんにとあるものを渡していた。

 

「はいこれ。約束の品でございます」

 

「いよいよですね……今回は自信がありますよ」

 

「さあ、どうかなぁ?」

 

全科目俺に勝てれば俺が勉強する理由を教えるというものだ。なんだかんだで俺は五月ちゃんの点数を知らないのだ。

 

お互いに解答用紙を見る。五月ちゃんの顔が少しずつ険しくなっていく。

 

幸村隼人

国語 92 数学 56 理科 66

社会 70 英語 42 合計 326

 

中野五月

国語 43 数学 36 理科 68

社会 26 英語 34 合計 205

 

「勝てたのは理科だけ…」

 

「五月ちゃん凄いね。あと社会だけで赤点回避じゃない」

 

「そうですが…今回は貴方に勝つのも目的にしていたので」

 

「着実にレベルアップ出来てる。この調子なら学年末は大丈夫かな」

 

3月にある学年末試験。三学期期末試験とも呼ばれる進級がかかった大事なテストだ。これで赤点を取ると進級出来ない…わけじゃないと思うけど、危うくなるのは間違いない。

 

「正直不安はあります。進級がかかってますし、何より3年生になれば進路のこともあります。それを決める判断材料にもなる大事な試験ですので…」

 

「そうだよねぇ。一筋縄じゃいかない、2年生の集大成のテストだもん。だけど難しく考える必要はないよ」

 

「そうでしょうか?」

 

「今まで通り、学んだことをぶつけてやればいい。五月ちゃんもそうだし他の子もそれが出来るんだ。あとは「肩の力を抜く、ですよね?」……うん、そうだね」

 

「どうやら貴方に染められてきたようです。今年もよろしくお願いしますね、幸村君」

 

「こちらこそよろしく、五月ちゃん」

 

きっと今年は去年よりも大変な1年になるだろう。それでも俺は約束を守るために彼女たちと共に行けるところまで行こう。それが俺のやるべきことだ。

 




少し時間が空いてしまいました。申し訳ございません。FGOで姫君が参戦して、急いで手持ち鯖を最終再臨させて天井しました。私は悲しい。

次回なんですが、原作通り一花の話をするか、一花ファンには申し訳ありませんが最後の試験に突入するかのどちらかになります。
最後の試験も所謂『最後の試験が隼人の場合』といった感じになりますので、三玖のバレンタインや四葉の過去に触れるのがかなり怪しいです。ご了承ください。

そして私、別の場所で別の作品を書いていまして、そちらの方も進めなくてはいけませんでして、まあ更新が遅れます!大変申し訳ございません!!今月スクランブルエッグまで進めるか怪しいです…来月はキチンと進めますので!マジごめんなさいでございます。

最後に、五月のVRゲームしたい


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第26話 今日はお疲れ

中野一花の秘密

最近就寝中に下着は脱がなくなった。


 

「やっほー、外までドタバタ聞こえてたよ?」

 

「隼人か。あいつら今起きやがった」

 

五つ子たちがアパートで暮らし始めて少し経った。冬休みももうすぐ終わる今日この頃、迫る学年末試験に備えて勉強会というわけだ。

 

「5人一緒に寝てるんだね…そこの部屋5人だと結構キツキツだと思うんだけど」

 

「そういや隼人は下だったな。朝は隼人が起こしに行ってくれないか」

 

「いや〜お兄さん朝弱いから」

 

「朝にバイト入れてるくせによく言うぜ」

 

クリスマス時期に始めたケーキ屋のバイトはまだ続けている。貴重なホールだと店長が手放してくれないのだ。嬉しいけど俺としては彼女たちの勉強を見る時間に回したいんだよなぁ。

 

「ふぁ〜あ、おはようハヤト君」「朝からご苦労ね」「おはようハヤト」「おはようございます幸村さん!」「おはようございます幸村君」

 

「はいはいおはよう。一斉に喋らないでねー」

 

隣の部屋から五つ子たちが出てきた。だけど一花ちゃんはまだ眠たそうで、炬燵に入るなりウトウトし始めた。

 

「一花」

 

「あっ、ごめんごめん。フータロー君もさっきはお見苦しいものをお見せして申し訳ない。あ、それともご褒美だったかな?」

 

「冬くらい服着て寝ろ!」

 

「習慣とは恐ろしいもので、寝てる間に着てる服を脱いじゃってるんだよ。あ、家限定だから安心してね」

 

「一花ちゃん、それだと授業中寝てるって言ってるようなもんだよ」

 

鬼の形相で風太郎が一花ちゃんを睨むが、まあ仕方ない部分もあるのかなと思う。

父親に頼らずアパートを借りて生活をするということはお金は自分たちで払わないといけない。そうなるとやっぱり現在唯一稼いでいる一花ちゃんの負担が少し大きくなる。多少の貯金はあるだろうけど、貯金だって無限じゃないわけだしね。

 

「これからは勉強に集中できるように仕事もセーブさせてもらうよ。次こそ赤点回避してお父さんをギャフンと言わせたいもんね」

 

「やる気満々だねみんな。早速始めるか風太郎?」

 

「やれやれ。赤点なんて低いハードルにここまで苦しめられるとは思っていなかった。しかし三学期末こと学年末が正真正銘最後のチャンスだ!まずは俺たちと冬休みの課題を片づけるぞ!」

 

「え?」

 

「え?」

 

「フータロー…」

 

「あんた舐めすぎ。課題なんてとっくに終わってるわ」

 

炬燵の上に出されたのは冬休みの課題。夏休みと比べて流石に少ないとはいえ引越しとかでバタバタしていたはずなのにもう終わっているのだ。正直な話、失礼だが彼女たちの課題を終わらせることが残りの冬休みでやることと思っていた。風太郎も驚きの顔を隠せれていない。

 

「あっ…そう……隼人お前は…」

 

「いや教える側が終わってないのは…ねぇ?」

 

「…………」

 

「あなたは今まで何をしていたのですか…?」

 

「私たちが教えてあげましょーか?」

 

「うっ、うっせー!通常通りやるぞ!!」

 

◇ーーーーー◇

 

「幸村君、確信犯の意味はこれであっていますでしょうか?」

 

「どれどれ~?あー、確信犯って『悪いことと知っていながらやった』って意味じゃないんだよ」

 

「そうなのですか!?」「えっ、嘘」「初めて知った…」「幸村さん流石ですね…!」

 

「俺も驚いたな。隼人知ってたんだな」

 

「たまたま知ってただけだよ。で実際の意味だけど『法に照らし合わせると犯罪だけど、本人は正義であると本気で信じてやっていること』。結局犯罪者ってことに変わりはないけどね」

 

「むぅ、なんだか難しいですね…」

 

「『悪いことを悪いと思いながら犯罪する』か『悪いことを正しいことと信じながら犯罪する』の違いかな。正直俺もどっちも同じゃんって思っちゃったけどね」

 

「因みに間違った方の確信犯を類語で言い換えると故意犯になる」

 

「わー!上杉さん物知りですね!!」

 

「じゃなかったら家庭教師なんてしてねぇよ!」

 

新年明けて早々勉強となると正直面倒、ダルい、やりたくないという気持ちが勝つと思う。だけど彼女たちの集中して取り組む姿は去年からは想像つかない。

 

「おい、一花起きろ」

 

「あ…いやーごめん…寝て……ない…よぉ…」

 

「寝てるね」

 

「一花、前より仕事増やしてるみたいなのよ。貯金があるからって言っていたけれど、生活費のほとんどは一花が払ってるし」

 

「だからって無理して勉強に身が入らなきゃ本末転倒だ」

 

風太郎の言い分も分からないことはないが、こればっかりは難しい。俺も少しは手伝いが出来ればいいんだけど生憎俺も生活に余裕があるわけじゃない。

 

「あの…私たちも働きませんか?」

 

「え?」

 

意外にも働くことを提案してきたのは五月ちゃんだった。真面目な彼女のことだから勉強に集中したいはずだろうに。

 

「少しでも一花の負担を減らせたらと思いまして…」

 

「今まで働いた経験が無いであろう赤点回避で必死なお前らが勉強と両立できるのか?」

 

「うっ…それなら!私もあなたたちのように家庭教師を目指します!教えながら学ぶ!これなら自分の学力も向上し一石二鳥です!」

「やめてくれ、お前に教えられる生徒がかわいそうだ」

 

「それならスーパーの店員はどうでしょう!近所にあるのですぐに出勤できますよ!」

「四葉ちゃん、人が良いからレジ抱え込みそうだね…」

 

「私…メイド喫茶やってみたい」

「い、意外と人気出そう…」

「却下却下!」

 

「二乃ちゃんはやっぱり女王様?」

「やっぱりって何!?」

 

「二乃はお料理関係だよね。だって自分のお店を出すのが夢だもんね」

 

「へぇ、初めて聞いたな」

 

今の二乃ちゃんがあの腕前なのだ。勉強して練習したら大繁盛間違いなしのお店を構えられるだろう。

やっぱり真田とは気が合いそうだ。今度紹介しよう。

 

「居酒屋、ファミレス、喫茶店、和食に中華にイタリアン、ラーメン、蕎麦、ピザの配達。様々なバイトを経験してきたがどれも生半端な気持ちじゃこなせなかった」

 

「食べ物系ばっかりですね上杉さん」

 

「幸村は今までなんのバイトしてたのよ」

 

「ん〜?軍手を指定された場所に落とすバイト」

 

「は?何よそれ」

 

「ハハハ冗談だよ。数は少ないけどバイトは風太郎と似たようなもんだよ。コンビニにケーキ屋さんぐらい」

 

「とにかく!仕事を舐めんなってことだ!試験を突破してあの家に帰ることが出来たら全て解決する。そのためにも今は勉強だ。一花の女優を目指したい気持ちもわからんでもないが、今回ばかりは無理のない仕事を選んでほしいものだ」

 

風太郎も変わったと思う。以前ならそんなことより勉強だ!なんて言ってたかもしれないのに。今は他人の夢のことを考えながら家庭教師として接している。

そして件の一花ちゃんは服を脱ぎ始めていた。これが癖ねー

 

「フータロー!」「一度までならず二度までも!」「変態!」

 

「俺!?隼人は!」

 

「幸村君も見てはいけませーん!!」

 

デスヨネー

 

◇ーーーーー◇

 

次の日。今日は今日でケーキ屋のバイトだ。俺と風太郎は厨房でパイを作っていた。

 

「どうです俺の作ったパイ!店長のにそっくりだ!ランクアップして給料上げてくださいよ!」

 

「……幸村君、食べてごらん」

 

「…………生!」

 

「厨房に入れるのはまだまだ先、しばらくは幸村君に任せるよ。自分の片付けといてね」

 

上杉風太郎は勉強以外のステータスを全て置き去りにしてきたような男だ。その分勉強に特化してるからまあ……何も出来ないよりはね。

 

今日は午前でバイト、というよりお店が終わりだ。なんでも映画の撮影でお店を貸すことになっているのだ。主演の人はテレビで見たことがある人で、それ以外の人もまあ知らないわけじゃなかった。風太郎ほどじゃないけど俺もあんまり詳しくはない。

 

「失礼します。今日はよろしくお願いします」

 

「来た。サイン貰っちゃお…」

 

「ミーハーかよ」

 

「俺も貰ってこようかな」

 

「お前もか」

 

「風太郎のも貰ってこようか?」

 

「いらねぇ。それより早く帰ってあいつらの勉強を見たい。特に一花の遅れを取り戻すチャンスなんだ。隼人もさっさとサイン貰って合流してくれ」

 

「見学しないのかい上杉君」

 

「1人たりとも知らないんで!お疲れっしたー!」

 

意気揚々と帰る準備を始める風太郎。しかし風太郎が足を止める出来事が起きてしまう。

 

「よろしくお願いしまーすぅ………!?あっ、この店!!」

 

「………店長、やっぱ見学していきますわ。よーーーーーく知ってる女優がいたもんで」

 

◇ーーーーー◆

 

「ここのケーキ屋さん、一度来てみたかったのです〜」

 

私は今をときめく…なんてことはない女優の卵…にもなれてるかわからない高校生中野一花。

 

「え〜なんの話です〜?」

 

自分の夢のため、姉妹の生活費のために今日も今日とて女優の仕事。今回もホラー映画のチョイ役ってやつだけど。

 

「う〜ん、タマコには難しくてよく分からないのです〜」

 

仕事をこなして裏で勉強もして、我ながら順調に事が進んでると思ったけど、やっぱり何もかも上手くいくことなんてない。

 

「次一花だよ」

 

「あっ……すみません、少しだけいいですか…」

 

「カットー」

 

なんでよりによってフータロー君とハヤト君がいるのぉ!!!

 

 

 

 

 

「なんだよタマコちゃん」

 

「どうしたのタマコちゃん」

 

「2人とも…恥ずかしいから見ないでくれるかな…?」

 

なんで2人に壁ドンしてるの私ぃ!?普通は逆だと思うのになぁ!!

 

「恥ずかしがるような役やるなよ」

 

「あの子たちのためにも私が頑張らないといけないんだよ。だからどんな仕事も引き受けるって決めたんだ」

 

「俺も風太郎もその努力は否定しないよ。それに俺たちが家庭教師を続けられるチャンスを作ってくれた一花ちゃんには感謝してるよ。ね!!」

 

「まあな。だがお前ならもっと器用に出来るだろ。今だけは女優に拘らなくても」

 

フータロー君とハヤト君は私のことを心配してくれてるんだ。イケメン2人から心配されるのも悪い気はしないけど、だからといって引き下がるわけにはいかない。

アレを出すしかないか。

 

「いいから言うこと聞いて。でないとこの写真バラ撒くよ」

 

「なんこれ?」

 

「私のふとももの上ですやすや眠ってるところ」

 

「なんそれ!うらやまか風太郎」

 

「あの感触…そういうことか…ッ」

 

「因みにハヤト君のもあるよ。ほら」

 

「え?あ、え、嘘。なんこれ!」

 

私が見せたのは五月ちゃんとハヤト君が2人並んでソファで寝ている写真。写真を撮ってから少しして起きたからあの場面は私しか知らないのだ。

 

「いつ!?いつ撮ったの!?てかいつだこれ!?」

 

「去年の話だよ」

 

「でしょうね!!これは……お兄さんのピンチというより五月ちゃんにも被害が出るよね」

 

「そういうこと。五月ちゃんのためにもお姉さんの言うことを聞いてほしいな2人とも」

 

脅迫まがいだけど、なりふり構ってられない。私にも夢があるんだから。

 

 

 

 

 

「う〜ん、おいしいのです〜!」

 

「はいカットー。今のもいいけど、もう1パターンやってみようか」

 

「はい!」

 

撮影は順調。なんだか監督やスタッフとも違う視線を感じるけど……フータロー君かな?だったら私の演技力を見せてあげたい。私だって成長する女だって証明したい。

 

「スタンバイできました!」

 

「本番!……アクション!」

 

テーブルの上の新しいパイを口に入れる。その瞬間口の中に広がったのは、生っぽさ。少し前までの三玖の料理のような味。正直あまり口にしたくないタイプだけど……

 

「う〜ん!おいしいのです〜!!」

 

 

 

 

どうかな、私、演技出来てるかな。

 

 

 

 

◆ーーーーー◇

 

「先上がりまーす」

 

「あれ、最後まで見ていかないのかい?」

 

「すいません、俺らこの後家庭教師があるんで」

 

一花ちゃんの演技が終わって撮影は一旦休憩に入った。俺も最後まで見学するつもりはなかったのでこの辺りで退散させてもらうことにした。

 

一花ちゃんの演技は…その、語彙力が無いんだけど、とても凄かった。ただただそう思わされた。女優の仕事を始めてから時間はそこまで経っていないと思う。だけどあの演技力はズブの素人な俺たちでも『凄い』と思わされるものだったんだ。

 

「ん、これ台本か…?」

 

「一花ちゃんの名前書いてない?」

 

「マジで物の扱いが雑だな…」

 

「そんじゃ、2人で褒めに行きますかぁ」

 

「そうだな」

 

スタッフさんによると一花ちゃんはお客さんが待つ長椅子の場所にいるらしい。他の人たちがお互いにセリフ確認している中、1人で何をしているのだろうか。

 

「いた」

 

「あれ…勉強してんのかな」

 

長椅子で1人に数学の問題を解いている一花ちゃん。集中している彼女は俺たちが近づいているのにも気がついていなかった。

 

「問5、間違えてるぞ」

 

「!あ……はは、見られちゃったか」

 

「隠す必要はないんじゃない?」

 

「こういうのは陰でやってるのがカッコいいんだよ」

 

「これお前のだろ。台本は見なくていいのか?」

 

「あ、ごめんありがとう。台本はもう全部覚えたんだ。私は序盤で呪い殺される役だから台詞も少ないんだよ」

 

「なんか一花ちゃんよく殺されてる気がするんだけど」

 

それも駆け出しの運命というやつだろうか。出番は短くとも必要な役割、欠けてはいけない歯車の一つ。それを担うには一花ちゃんのような売れ出した駆け出し女優という存在が必要になってくるのだろう。

 

「それよりここのケーキ大丈夫?さっきのケーキ、結構個性的…?な味がしたんだけど」

 

「あー……それはすまん。しかし助かった。大した嘘だ驚かされたぜ」

 

「演技って言いなよ。でも驚かされたのは本当だよ」

 

「なんというか…そうだな……女優らしくなってきたんじゃ…って寝てるし!」

 

「あらら。まあ今は休憩中だし、少しはお休みが必要でしょ」

 

「ったく……しかしあんな大勢の前でよく恥ずかしげもなくできるもんだ。本当にアイツらに見せてやりたいぜ。チケットが余ってたら観に行ってやるか」

 

「なぁに言ってんの。教え子の晴れ舞台なんだからチケット買わないと、ねぇ上杉先生??」

 

「俺が貧乏人なの忘れたか?…………お疲れ、一花」

 

風太郎の肩にもたれかかって寝る一花ちゃんの顔はどこか安らかで……それでいて本当に演技が上手だと思い知らされた。

 

◇ーーーーー◇

 

因みにあの映画は爆発的大ヒット!

 

なんて都合のいいようにはならなかったが、とあるシーンで男の霊が映っていると噂になり、バイト先は心霊スポットとして一部ファンの聖地となったのである。

 

「銀幕デビューおめでとう」

 

「嬉しくねぇ」

 




うぉぉぉぉ!!ギリギリセーフ!ということでお待たせしました。まさかここまでギリギリになるとは思ってもみませんでした。

次回は愚者の戦いをダイジェストで挟み、最後の試験に突入します。と言っても『最後の試験が隼人の場合』となると思います。

そして次回も少し遅れるかもしれません!申し訳ないです!幸村隼人が腹を切ってお詫び申し上げます!
五等分の花嫁の新しいゲーム楽しみですねぇ!!


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第27話 最後の試験が隼人の場合

幸村隼人の秘密

最近中野家のドタバタ音が誰の足音か少しだけ分かる気がしている。


 

3月某日

 

今日は期末試験の1日目。2年の集大成のようなテスト。進級がかかった大事なテスト。だけど俺としては他にも気になることがあった。それはやっぱり五つ子たち。

 

いや1月からみっちりやったんだ……きっと大丈夫、今は俺自身の心配をしよう。

 

◇ーーーーー◇

 

1月

 

「こんな時間に呼び出されたと思ったら、まさか荷物持ちとはね」

 

「アイツと同じこと言ってるわね。でも荷物持ちとしてはアイツよりよっぽどマシよ。力学的にー、なんて言いながらへばってたわ」

 

「まあ、お兄さんはそれなりに鍛えてますから」

 

夜の6時。二乃ちゃんが俺の部屋に訪ねてきたと思ったら買い物に付き合っての一言。断る理由もないのでついて行ったらただの荷物持ちだった。

 

「昨日が特売日じゃなかったっけ?」

 

「そうよ。今日はちょっとした買い物よ。目当てはコレ」

 

「チョコレート?そんなに??食べるの?」

 

「鈍いのはアンタも?察しが悪いわよ」

 

「察しが悪いって……あぁ、バレンタインか。バレンタインなら2月だし今から買わなくてもいいんじゃない?」

 

「必要としてるのは三玖よ。今日も上杉にたくさん食わせてたわ。アイツの好みでも調べてるんじゃない?」

 

来たる2月14日はバレンタイン。高梨ちゃん曰く『女の子の関ヶ原』なんて言われたこともある。それだけ女の子には大事なイベントなんだろう。

俺としては正直、お返しに困ったりするのでチョコを貰えて嬉しい反面、悩むイベントだ。

 

「いつから食べさせてたのか知らないけど、上杉鼻血出してたわ」

 

「実はチョコレートと鼻血って医学的には関係ないらしいよ?ただ血行をよくする物質があるから、体質によっては鼻血の原因になるかもしれないけど」

 

「そうなのね。じゃあ本当にエロいことを考えてたのかしら…」

 

「可能性がゼロじゃないのがねぇ。特に刺激的なのが1人いるから」

 

「一花のアレに関しては私からも言っておくわ…流石にアレの繰り返しでアンタたちに怒るのも、ねぇ?」

 

流石に二乃ちゃんも一花ちゃんの脱ぎ癖には困っているようだ。癖は中々治らないと思うけど、もう高校3年生になるし、なにより女優だしね。

 

「…幸村、アンタに話すことがあるわ」

 

「なになに改まって。お兄さんにもチョコレートくれるの?」

 

「茶化すな。上杉からもう聞いてるかもしれないけど、昨日五月とパパが話をしてね……次の試験で落ちたら転校することになったわ」

 

「ちょいちょいちょい、スーパーいきなりすぎない??」

 

昨日今日はケーキ屋のバイトに入っていて家庭教師に行けていない。その間にそんなことが起きてたなんてねぇ。

 

「この前の試験結果を見ての話でしょうね。パパの言ってることは正しいわ。アンタと上杉の2人じゃカバーしきれない部分もある。パパはそれを分かっているわ」

 

「正論で殴られてる気分だ……」

 

「でもあの人は正しさしか見てないわ。五月たちはアンタたちと成し遂げたいって意見で固まってるわ」

 

「二乃ちゃんの気持ちは?」

 

「……勉強してテストでいい点を取るならパパが紹介しようとした家庭教師に教わるわ。だけど私はパパが嫌ってるアンタたちから教わった知識でテストを受けて、赤点回避していい点を取ってパパを見返してやりたいの。それだけよ」

 

「……それじゃあ!お兄さんも頑張らないとね!」

 

「話はそれだけ。これでも頼りにしてるのよ幸村」

 

より一層責任重大になったわけだけど、成し遂げてやるさ。これも約束だからな。

 

◇ーーーーー◇

 

「春休みのバイトどうするッスか」

 

今日俺はバイト先のケーキ屋に客として訪れている。家庭教師は午後から風太郎と交代だ。

俺以外にも高梨ちゃん、真田、佐助の3人が席についている。

 

「もう3年生になるんだし、いつもみたいに1週間は出来ないね」

 

「まあ俺は家庭教師も控えてるから取れても3日4日くらいかなぁ」

 

「すいませーん!チョコレートケーキ1つー!」

 

俺たち4人は春休みに1週間程度の短期バイトに参加するというのを去年やったことがあった。それが思った以上に楽しかったし、勉強にもなったし、何よりお金が結構貰えたので今年も短期バイトを探してみることにしたのだ。

 

「遊園地のアルバイト…レストランのホール……色々あるッスけど、なんかどれも専門職臭が強いッスね……」

 

「仕事なんてそんなもんだろ。なるべく4人で参加したいけど、都合よく見つかるかねぇ」

 

「去年のやつはもういっぱいだって言われたしねー。あそこ割と楽しかったのになぁ」

 

「すいませーん!チーズケーキ1つ!」

 

「お前さっきからケーキばっかりじゃねぇか!タルト食えタルト!」

 

春休みの短期バイトを探すも人数が集まって募集を終了してるか、募集人数が3人で4人で参加できないなど中々見つからない。

 

「あ、これなんてどうッスか。温泉旅館で4人募集ってあるッスよ!」

 

「期間も5日間だって。これならちょうどいいんじゃない?」

 

「よし決まりだな。すいませーん!フルーツタルト1つ!」

 

「ちょいちょいちょい、勢いで決めるな決めるな!日にちとか時間帯とかもう少し見るもんがあるでしょ」

 

「えーっと、期間は3月の14日から18日で14日と15日は実質インターン期間ってやつで、本格的な業務は16日から18日みたいッス。時間は9時から17時でそれ以降は夜間担当の従業員に変わる温泉食事付きの泊まり込みッス」

 

ちゃんとインターン期間を設けてるとはしっかりしてるな。バイトだしそこまで重要な役割は与えられないだろうし温泉と食事付きでお金が貰えるのは正直嬉しい。温泉旅館のバイトなんてよく見つけたな……というよりよくバイトを募集したな…

 

「ここの温泉旅館、一応ネット評価はついてるけど件数は少ないね。でも高評価だから隠れた名湯ってやつなのかも」

 

「金貰えりゃなんでもいいっての。どうすんだ隼人」

 

「……ま、評判がいいってことはスタッフさんの対応がいいってことだから、色々勉強になるかもね。他に見つかりそうもないし……とりあえずは応募してみるか」

 

「決まりッスね!んじゃ連絡いれてくるッス!」

 

そう言って席を外し女性客2人と入れ替わりで店を出た佐助。

春休みの短期バイトだが、結局は期末試験の結果次第なところはある。赤点があるなら当然バイトは無くなる。いや短期バイト以前に五つ子たちの家庭教師に立つ側なのに赤点とか笑えないから。

 

「そうそう。あれから五月ちゃんとはどうなの?」

 

「あ?お前自分のこと五月ちゃんって言ってんのか?」

 

「龍我うるさいよ!でどうなの隼人」

 

「どうって……まあ変わらずだけど」

 

「えーー!?進展無し!?短期バイトの話してる場合じゃないじゃん!お互い忙しくなるんだろうし遊びに行く計画立てたら?」

 

「今は期末試験が迫ってるし、五月ちゃんの集中をなるべく切らせたくないんだよ」

 

「これから楽しみがあれば頑張れると思うよ?私はそうだし」

 

「みんながみんな高梨ちゃんじゃないんだからさ」

 

「うーん…じゃあ私が誘おっかなぁ〜」

 

「別にいいんじゃない?五月ちゃんも高梨ちゃんのこと嫌いじゃないでしょ」

 

「コラー!!そうじゃないでしょ!!」

 

「情緒不安定かよ。生理か?」

 

「龍我ァァァ!!!」

 

高梨ちゃん、元気なのはいいけど店の中でアイアンクローをするのはやめてほしい。でも面白いから黙っておく。

 

でも息抜きは必要だよなぁ。タイミングを見計らって遊びに行けたらいいけど。

 

◇ーーーーー◇

 

2月

 

1月は行く、2月は逃げる、3月は去るといったように時間の経過が早く感じる。

 

バレンタインの日にみんなからチョコレートを貰ったり。五月ちゃんからのチョコレートは貰った瞬間に謎の圧を感じたので五月ちゃんと半分こした。すっごい笑顔だった。

 

勉強に行き詰まった時は俺と風太郎でお金を出して遊園地にも遊びに行った。

一花ちゃんと四葉ちゃんとジェットコースターで叫んだり、五月ちゃんと二乃ちゃんとお化け屋敷に入って五月ちゃんが号泣したり、三玖ちゃんと2人してベンチで魂が抜けたり。

最後風太郎と四葉ちゃんが中々観覧車から降りてこない珍事が起きたが、いいリフレッシュになったのか次の日から勉強に力が入っていた。

 

 

 

 

 

そして更に時は流れ、

 

3月

 

「やーやーどーもどーも幸村さんが来ましたよ〜」

 

バイト先のケーキ屋に集まった五つ子と風太郎と俺。いや二乃ちゃんがまだ来てないか。

 

「それでどう?皆さんのテストの結果は」

 

「今のところは一花が1番ですね。私はてっきり今回も三玖が1番かと」

 

「お仕事もあったのに凄いよ一花!!」

 

「え、あっ…三玖、私そんなつもりじゃ」

 

「一花、おめでとう、私もまだまだだね」

 

「今のところ全員赤点を回避しているな。次はお前の番だ隼人」

 

「俺?お兄さんのは後でいいじゃないもぉ〜」

 

別に見せられない点数というわけじゃないけど、なんか今は見せたくない。

 

「試験突破おめでとう。今日はお祝いだ。上杉君の給料から引いておくから好きなだけ食べるといい」

 

「もー店長ったら冗談ばっかり〜。俺と隼人でしょ?」

 

「ありがとうございます。でもまだ1人来ていなくて」

 

「二つ結びの子なら君たちより先に来てこれを置いていったけど。それと君たち2人に伝言」

 

 

『おめでとう。あんた達は用済みよ』

 

 

店長が見せたのは二乃ちゃんの試験結果の紙。これだけ置いて二乃ちゃんは何処に行ったのか。いや1箇所だけ心当たりがある。あの子が今回、何の為に勉強をしたのか。

 

「わーっ!二乃も赤点回避だ!!」

 

「見事全員赤点回避、成し遂げましたね!」

 

「よくやったお前ら。特に三玖、お前はいち早く安全圏に入り教える側に立ってくれた。助かったぜ」

 

「よし、それじゃ二乃ちゃん連れてくるよ。祝賀会は全員参加でしょ?」

 

「ああ、悪いな。二乃のこと頼む」

 

「任せな。店長、バイク借りますね〜」

 

リュックを風太郎に預け店を出る。勿論試験結果を盗み見られないように紙はポケットに突っ込んできた。

さてさて、迎えに行くとしますか。

 

◇◇◇◆◆◆

 

「帰ってきたか二乃君」

 

マンション前に止まった車からパパが降りてくる。パパはいつも私たちのことを君付けで呼んでくる。それがまた私たちとの距離を感じる。

 

「パパ、その君付けはやめてって言ってるでしょ」

 

「悪かったね二乃。先程全員赤点回避の連絡をもらったよ。君たちは見事7人でやり遂げたわけだ。おめでとう」

 

「あ、ありがとう」

 

パパは結果しか見ていない。だから全員赤点を回避すれば褒めるのは当たり前のことと思っている。だけどパパからの褒め言葉っていうのはなんだかムズムズする。

 

「どうやら上杉君と幸村君を認めざるを得ないようだ。だから明日からはこの家で「あいつらとはもう会わない!それと……もう少し新しい家にいることにしたわ」

 

パパの表情が少し険しくなった気がする。分かりにくいけど。

 

「試験前に5人で決めたの。当然一花だけに負担はかけない。私も働くわ。自立したなんて立派なことをしたつもりはない。正しくないのも十分承知の上。でもあの生活は私たちを変えてくれそうな気がする……少しだけ前に進めた気がするの」

 

私をこんな気持ちにさせたのはあの家での生活……だけじゃない、きっとあの2人がいたから……特にあいつがいたから。

 

「理解できないね。前に進むなんて抽象的な言葉に何の説得力もない。それに君たちの新しい家とやらも見させてもらった。僕にはむしろ逆戻りに見えるね」

 

パパはバッサリ切り捨てた。いつもそうだ。幸村も言っていたけれどパパはいつも正論で殴りつける。私もそれが正しいと分かる。だけどただ正論を言われ続けるのは嫌。

 

「5年前を忘れたわけではあるまい。いい加減我儘を言うのはやめなさい」

 

「パパ……私はッ」

 

パパに反抗しようとしたその時、バイクが私たちの前に止まった。ライトが眩しくて目を逸らしてしまうけど、改めてバイクに乗っている人を見るとその人は白馬の王子様に見え……

 

「やっぱり、ここにいたんだ二乃ちゃん。帰るよ」

 

「は、はぁ!?ゆ、幸村ぁ!?」

 

白馬の王子様じゃなかった。にへらと笑う間の抜けた顔の幸村。バイクに乗る姿は様になってるけどその表情とバイクは似合ってないわ。

 

「ほら、みんなとケーキが待ってるよ」

 

「えっ…ちょっ……」

 

「二乃。君たちが行こうとしてるのは茨の道だ。上手くいくはずがない。後悔する日が必ず訪れるだろう。こちらに来なさい」

 

「………パパ、私たちを見てて…行って」

 

「お父様、娘さんを頂いていきまぁす。そんじゃまぁしっかり掴まってな二乃ちゃん」

 

私は幸村の後ろに乗り、幸村は鋭い目つきでパパに宣戦布告とも言える言葉を残しバイクを発進させた。

 

◆ーーーーー◆

 

「なんであそこにいるって分かったの!?」

 

「そりゃあ!二乃ちゃんのことだから勝利宣言すると思ってさ!」

 

「ていうかあんたらは用済みって伝えたはずだけど!」

 

「あー聞こえない聞こえない!風で聞こえませーーん!!」

 

絶対聞こえてるでしょ。確かにバイクと風とヘルメットで聞こえにくいけど。

 

「知って───けど、他の4人────よ!!」

 

「えー??他の4人が何!?風で聞こえない!!」

 

他の4人ってことは一花たちのことでしょうけど…もしかして試験のこと?。となると幸村のポケットからはみ出してるこの紙のことかしら。そっと紙を抜き取ってみる。

でもその紙は4人の試験結果の紙じゃなくて、

 

幸村隼人

国語 89 数学 49 理科 57

社会 72 英語 33 合計 300

 

「あんた……これ」

 

「1番最初に見られたのが二乃ちゃんとは。ハハッ、みんなにはしばらく内緒ね」

 

赤信号で止まった幸村は私に困り顔のような笑みを浮かべる。

 

「もしかして私たちのせい?」

 

「違うよ。そんなことよりケーキ何食べるか考えときなよ?早い者勝ちだからね〜」

 

◆◆◆◇◇◇

 

こうして長いようで短かった高校2年の試験が終わった。結果はみんな赤点回避。これで一区切りだ。

 

卒業まで、となるとまだ不安はあるけど…でも五つ子は一つの壁を乗り越えたんだ。きっとそれは進級してからも糧になるだろう。

 

そうなると、俺たちは本当に用済みになるのかな………

 

「寂しくなる、な……」

 

不意に口からこぼれてしまった。まあ今は走り出してるし風で聞こえてないだろう。もし聞こえていたら『あんたとやっと離れられるわ!』なんて言われる………ことはもうないと信じたい。いやないだろ。うん、ないない。

 

「女子にスイーツの話を振るのはよしなさい。甘いものが好きとは限らないんだから。三玖みたいにしっぶいお茶を飲んでる子だっているかもしれないし」

 

「あー、ごめんごめん。次からは気をつけるよ」

 

「全く…上杉よりはマシとはいえ、あんたもデリカシーに欠けるわね。ほんとそういうところが嫌い、最低、最悪、あとは……そうね

 

 

 

 

 

◇◇◇◆◆◆

 

 

 

好きよ」

 

 

 




駆け足になりましたが期末試験終了になります!ここから恋のダービーが始まるわけです。

それから更新スピードですが徐々に戻していけたらなと思っております。巻数で言えば7巻がこれで終わりましたからね。残り半分と言ったところです。

次回からはスクランブルエッグになります。隼人一味と五つ子の絡みも色々と考えておりますので!


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第28話 スクランブルエッグ①

中野一花の秘密

姉妹や風太郎、隼人に「タマコ」を真似されて複雑な気持ちになっている


 

男幸村隼人はとても悩み考えていた。

春が近づいてきている3月の某日。春休み真っ只中、温泉旅館で短期バイトに励む俺は頭を痛めていた。

 

それはスイーツしか作らない真田でも、他の女性従業員達との会話が弾みすぎて業務が進んでない高梨ちゃんでも、風呂場で滑って体を強打し早々にリタイア気味になった佐助のことでもない。

 

あの日…期末試験が終わり祝賀会を開いたあの日…俺が二乃ちゃんを迎えに行ったタイミングのこと。

 

『好きよ』

 

あれってどういうことなのぉ!!!!?!?

え、嘘、マジなの??パニックになりすぎてあの日以来二乃ちゃんとまともに顔を合わせられてないし話も出来てない。つまり返事を返せていない。

こんな事高梨ちゃんに言ったらアイアンクローが俺の頭を破壊するのは間違いない。

だけど俺はあのタイミングですぐに返事を返せるような人間じゃない。先延ばし先延ばしにして今日までやってきてしまったのだ。

 

「あぁ……」

 

「さっきからシケたツラしてんな。そろそろ客来んぞ。ジイさんと変わって来い」

 

「え?あぁ、もうそんな時間か……次のお客さんは…上杉……3名……」

 

3名の上杉となると心当たりがある。それと俺が休憩中に入館した中野6名もなんとなく心当たりがある気がする。まあこんな山奥のお化け屋敷みたいな旅館にみんなが来るとは思えないけど。

 

「すいません、時間来たんで交代します」

 

「………」

 

受付の中野さんと交代する。初日から思った事だがこの人声が小さい。お爺さんだから仕方ないレベルを超えている。そういえばこの人も『中野』だな。

 

「………いやまさかね」

 

「わぁ、お化け屋敷みたい」

 

「やってるよな……?」

 

「いらっしゃいまぁ………風太郎!」

 

「隼人!?お前ここがバイト場所だったのか」

 

入館したのは俺の知ってる上杉3名、風太郎にらいはちゃん、勇也さんの上杉家御一行だった。

 

「隼人、あいつらの部屋って何処だ?」

 

「あいつらって誰よ」

 

「五つ子だ。あと中野父もいるが」

 

「………」

 

中野6名、知り合いでした。対戦ありがとうございます。

 

◇ーーーーー◇

 

「それじゃおやすみ〜」

 

「おやすみー」「おやすみなさいッス!」

 

もうすぐ日が変わる夜11時半。高梨ちゃんも自分の部屋に戻り俺たち3人も寝る支度をしていた時、

 

「ん……」

 

「どうした幸村」

 

「ヤバいな……」

 

「な、なんかあったんスか!?」

 

「……トイレ…ッ!」

 

「なんだクソか」

 

春が近づいているとはいえまだ夜は冷える。そんな中冷たいジュースを飲めばお腹にダメージがいくわけで。最近考えすぎなところもあってよりお腹にダメージが出てる気がする。

 

「はぁ……色々考えすぎ…だとしても考えないといけないことだし…」

 

部屋とトイレは少し離れている。廊下は中庭を覗け月明かりもよく差し込む。あまり暗さを感じないいい設計だ。

そんな中庭に彼女はいた。

 

「あれ、五月ちゃん?」

 

 

 

 

 

「やっほ、こんな夜中に何してるの」

 

「幸村君!私は上杉君を呼んだのですが…」

 

「あら、そうだったの。っても道中風太郎の姿は見てないな」

 

五月ちゃんは中庭で1人風太郎を待っているようだった。この後に風太郎が来るなら…なんで少し思ったが、旅館とはいえ真夜中に1人にさせるのは気が引ける。

 

「あ、そうそう。二乃ちゃん、俺のこと何か言ってなかった?」

 

「二乃ですか?そういえば最近幸村君のことを聞いてくるようになりましたね。姉妹の中では私が1番付き合いが長いですし」

 

「ああ、そう…」

 

「二乃と何かあったのですか?」

 

「ん!?いや大丈夫大丈夫こっちの話だから!それより五月ちゃんは?こんな夜中に風太郎を呼び出すなんて只事じゃないと思うんだけど……」

 

「そうですね……幸村君にも知ってもらった方が良いかもしれませんね。他の姉妹のことなんですが」

 

五月ちゃんの話によると最近4人の様子がおかしいようだ。一花ちゃん、三玖ちゃん、四葉ちゃんは妙にソワソワしており、二乃ちゃんは俺のことを知りたがっている。特に二乃ちゃんなんかは俺や風太郎のことを嫌っていたのにどういう風の吹き回しなのか、と。

 

「(二乃ちゃんはともかく…)いや、ちょっと分かんないな…直接聞いてみたりとかは」

 

「身内の私より幸村君の方が適任かと…」

 

身内だからこそ聞きにくいこともあるだろう。それなら俺や風太郎が適任かもしれないが……まずは俺が二乃ちゃんのことを解決した方がいいよな。絶対。

 

「分かった。俺の方から色々聞いてみるよ。とりあえず今日はもう遅いし部屋に戻りな。風太郎が来たら俺から説明するよ」

 

「ありがとうございます幸村君。それにしても約束した時間ギリギリになっても来てくれないなんて」

 

「まあ風太郎も家族の時間ってのがあると思うからさ。明日の朝また連絡してみてよ」

 

「分かりました。そうしてみます。幸村君も早く寝てくださいね。私の予想だと上杉君は来ないと思いますので」

 

「なんだかんだ来るかもよ〜?5分ぐらいすぎて息切らしながらね」

 

「だといいのですが」

 

五月ちゃんと別れた俺はしばらく風太郎を待つ事にした。結局風太郎は来なかった。

 

◇ーーーーー◇

 

次の日

 

予定通り朝ご飯の準備を手伝い、銭湯の掃除をして、館内の掃除をして……かれこれ3時間ぐらいの睡眠となった。あの後部屋に戻っても中々寝付けなかったのが痛い。

 

「隼人」

 

「あ、風太郎か……ふぁぁ…」

 

「デカい欠伸するなよ…それより、五月から例の件聞いたぞ」

 

「ああ、アレね。どうする?二乃ちゃんは俺の方から聞いてみるけど」

 

「なんで二乃だけなんだ?」

 

「えぇ!?いやそれは…ほら、風太郎よりは嫌われてないから」

 

「ぐ…それもそうだが……俺はこれからあいつらの部屋に行く。どうせ大したことない悩みだ。二乃のも解決してきてやるぜ」

 

大丈夫かなぁ。俺はこのまま受付の手伝いだから風太郎について行けないけど……佐助に頼んで交代してもらうか?

 

色々考えているうちに風太郎はその場を去り、俺は受付業務の手伝いに入ることになった。

 

それから20分ぐらい。

 

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ね」

 

「やっほー頑張ってるー?」

 

「………?????」

 

俺は疲れてるのだろうか。俺の目の前に五月ちゃんが2人現れたのだ。

 

「あ、ハヤト君って私たちのこの状況知らないんじゃない?」

 

「ちょっとした事情よ気にしないで」

 

「あ、ああ一花ちゃんと二乃ちゃんか………二乃ちゃん!?」

 

目の前の五月ちゃん風二乃ちゃんは悪戯な笑みを浮かべ俺の耳元で、

 

「よく分かったわね。偉いわ」

 

と囁いてきた。悪魔である。眠気マックス、脳はパンク寸前のところに投与された麻薬、いや魔薬である。俺をぶち殺すつもりなんだろうか。

 

「二乃ちゃん、お兄さん今仕事中だから…」

 

「そうね。一花と朝風呂に行くつもりだったし、また後でねユキ君」

 

「ブッ!?」「えぇ!?」

 

言葉の暴力である。次から次へと俺に向けてパワーワードが投下される。HPゲージが5本あっても10本ぐらい削られた気分だ。

 

「ハハ……ハハハハハハ…」

 

「アハハ……は、ハヤトくーん?大丈夫ー?」

 

完全に白目をむいた俺と苦笑いをする一花ちゃんを置いてお肌ツヤツヤ元気ハツラツ二乃ちゃんは温泉へと向かっていった。

 

◇◇◇◆◆◆

 

「痒いところはございませんか〜?」

 

「もーここまでしなくてもいいのに」

 

「せっかく女優の体を洗えるのよ。今のうちに堪能しないと」

 

二乃に朝風呂を誘われた時は物珍しいこともあるのだと思った。昔は5人で入ったこのお風呂も2人だと妙に広く感じる。

 

「それで、なんで私なのかな?」

 

「あら、やっぱりお見通しなのね。一花の話が聞きたくなったのよ。ほらあんたってたくさんされてるらしいじゃない。告白とか」

 

やっぱりかー!

さっきのハヤト君に対する態度でなんとなく分かった。ううん、あの期末試験が終わった時ぐらいから五月にハヤトさんの事を聞いているのは知ってた。その頃からもしかしてって思ったけど……

 

「こんなこと他の子には言えないわ…私好きな人ができたの」

 

うん知ってる!さっきのを見たら誰でも分かると思う!!

 

「出会いは良くなかったわ。でも気づいちゃったのよ。あいつが好きだって」

 

二乃の顔はそれこそ三玖と同じ、恋する乙女と言った感じ。姉として嬉しいし、応援したい……だけど何処か『よかった』と安心してしまってる私がいる。最低だよこんなの。

 

「つい先日告白しちゃったけど、それが正解だったか自分でもわからない。多分あいつも困ってるんだと思う。そこで聞きたいの。告白されたら多少意識したりするのかしら」

 

「私の意見としては、やっぱり告白されても告白した人をどう思ってるかで変わってくると思うんだ」

 

「付き合いの長さとか…かしら?」

 

「うん。二乃も会って1日2日の人に告白されても嬉しいって思えないでしょ?」

 

「…………多分」

 

「私の場合はね、意識することはなかったよ。だって相手のことをよく知らないのに意識も出来ないよ」

 

「それもそうね……」

 

二乃は真剣に話を聞いてくれている。もう少し手助けが出来たらいいんだけど。

 

「二乃はどうしてその人が好きになったの?」

 

「…あいつは私の大切なものを壊す存在として現れたわ。だけどあの夜、王子さまみたいなあいつを別人と思い込んだまま好きになっちゃった。そして理解したわ。私が拒絶していたのは彼の役割であって彼個人ではなかった……そこからはもう歯止めが効かなかったわ」

 

「二乃らしいっちゃ二乃らしいね……じゃあ、もし同じ人を好きな人がいたらどうする?その子の方が自分よりずっと彼のことを想ってるとしたら?」

 

「それは……そうね、悪いけど蹴落としてでも叶えたい、そう思っちゃうわ」

 

二乃は本気だ。愛の暴走機関車になりかねない程に本気だ。

そして私は二乃から答えを得ようとしている。他の人ならどうするんだろうって、模範解答を欲している。自分で解くことが大事だって、常日頃から彼に教わってるはずなのに。

 

「そうだわ!あんたもうキスシーンとかしたのかしら!?」

 

「ななな、何をするつもり!?」

 

「いいじゃない姉妹なんだから!」

 

「姉妹だからダメなのーーッ!!」

 




今回からスクランブルエッグになります。
原作と違って二乃が隼人に告白しているので原作ほど一花が苦しい思いをしないと思います。その分他に回ってくるかもしれませんが、コチラもオリキャラというお助けキャラがいますから。多分大丈夫です。多分。

スクランブルエッグは隼人視点の話が多くなるので原作みたいに⑧まではいかないと思います。8巻ってほぼスクランブルエッグなんですね。専門料理本みたい。


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第29話 スクランブルエッグ②

中野四葉の秘密

スポーツ知識は豊か


 

「兄貴、俺思ったんスけど」

 

「どうした?」

 

「兄貴が家庭教師してる五つ子って、ホントそっくりなんスねー」

 

昼休憩。今は俺と佐助が昼ご飯を食べる時間だ。あと30分もすれば高梨ちゃんと真田と交代だ。

 

「俺めちゃくちゃビックリしたッスよ!みーんな五月さんに似てるんスよ?」

 

「今は事情があって五月ちゃんの格好してるみたいだけどな。このこと中野さんに言うなよ?」

 

「中野の爺さんスよね!りょーかいッス!そうだ兄貴。俺のことも紹介してくださいよー!」

 

案外佐助は可愛い子に弱い。デレデレしすぎた結果財布の金だけ取られて逃げられたことがあるらしい。それでも佐助は『まあ、そういうこともあるッスよ!』と言っていた。正直心配だ。

 

「紹介はした。紹介はしたけど…詳しく話はしてない」

 

「こうなったら俺が直接声をかけるしかないッスね!」

 

「誰が誰なのか分かるのか?」

 

「なんてーか、匂いで分かります」

 

「…………それはかなり問題発言だぞ?」

 

「あー!違うッス違うッス!雰囲気!そう、雰囲気ッス!でも違いはちゃんと分かるッスよ?」

 

これは驚いた。元から観察眼は優れてると思っていたが、まさか俺や風太郎よりも先にあの五等分の五月ちゃんを見破っているとは。

 

「四葉さんは元気な雰囲気、一花さんは大人な雰囲気、三玖さんはミステリアスで、二乃さんは……香水で、五月さんは美味しそうな感じッス!」

 

「香水…美味しそう……?あとの2人は最早ただの匂いだろ」

 

「それもそうッスね……ハハハハ!」

 

「ハハハハ!じゃないよ、絶対五月ちゃんの前で言うなよ!分かったな!」

 

念には念を押しておかないと口を滑らせかねない。

あーだこーだ話したらなんか気になってきたな……確かみんなで海に行くって聞いたな。俺も行くか?いや、二乃ちゃんへの返事がまだ定まってない状態で行ってもあの子に対する態度が悪くなるだけだ。

 

「ふぅ……もう時間はない…な」

 

明日には俺の短期バイトも中野家の宿泊も終わる。終わるまでに一度、二乃ちゃんに俺の考えを伝えなくては。

 

◇◇◇◆◆◆

 

「兄貴………五月さんの時だけすっごい剣幕になってたの、自分でも気づいてないんだろうなぁ」

 

◆◆◆◆◆◆

 

『夜になったらここを抜け出して彼に会いに行くわ。手助けしてちょうだい』

 

二乃はそう言って旅館を抜け出した。時刻は23時過ぎ。お父さんに見つかれば絶対に怒られる。今はお爺ちゃんと話をしてるけど私たちの部屋を一度見にくるのはほぼ確定。でも私が足止めすれば二乃は見つからない。

 

観光スポットの『誓いの鐘』。その鐘を2人で鳴らすと2人は永遠に結ばれるという伝説がある。

きっと二乃はあの鐘の下でハヤト君と会って鐘を鳴らすだろう。本気で恋をしてるんだ。そして私は応援するって決めたんだ。

 

「なのに私って……」

 

「お客様、どうかされました?」

 

トイレ横で座り込んでお父さんを監視していた私を心配したのか従業員の方が声をかけてきた。

 

「あ、すいません大丈夫です」

 

「あぁ!!中野一花ちゃんだよね!?女優の!それと生徒さんの!」

 

「は、はい。え、生徒…?」

 

「ああ、ごめんごめん。私隼人の元カノの高梨五月。今は短期バイトでここで働いてるんだ」

 

五月ちゃんから聞いたことがあった。ハヤト君の元カノが同じ名前だって。ハヤト君に元カノがいたっていうのがもう驚きなんだけど。

 

「あ、そうだ!あとでサイン貰ってもいい…かなぁ?私一花ちゃんのファンで!」

 

「サイン?ああ、大丈夫ですよ。あとでなら…」

 

「………ねぇ、ちょっと話さない?」

 

◆◆◆◇◇◇

 

「どぉこ行ったんだ真田の奴」

 

「見て回れそうなとこは全部見たんスけど……あとは外ぐらいッスよ?」

 

「着替えたみたいだし、やっぱり外なのかなぁ。行き先ぐらい伝えてから行けっての」

 

23時25分。いつの間にか部屋からいなくなっていた真田を探して旅館内をぐるぐる歩いていた。結果旅館内に姿はなく、恐らく外に出たのではという結論に至った。

 

「0時過ぎたらさすがに正面玄関も鍵するからなぁ。外にいるなら早く帰ってきてほしいんだけど」

 

「携帯も置いてってますからね…」

 

「あれ、幸村君?」

 

俺たち2人に声をかけてきたのは五月ちゃんだった。それも2人。もう片方は誰だぁ??

 

「五月さんと…そちらは三玖さんッスね!初めまして俺、猿渡佐助って言います!いつも兄貴がお世話になってます!!」

 

「お前、分かるのか?暗くて顔も見づらいのに」

 

「私も驚いてる…」

 

「はい……猿渡君はどうして分かったのですか?」

 

「え?そりゃあ三玖さんからミステリアスな雰囲気がしましたからね!五月さんからは美味しそうな匂いが」

 

「美味しそうな匂い!?」

 

「バカ言うなっていったろーが!!ごめんね五月ちゃん、コイツにはちゃーーんとお兄さんから言っておくからぁ」

 

複雑な表情を浮かべる五月ちゃんとちょっと嬉しそうな三玖ちゃん。しかしこんな時間に何処へ行くのだろうか。

 

「私たち少し温泉に入ろうかと思いまして」

 

「ああ、なるほどね。他のみんなは?」

 

「一花と二乃は分からない。二乃は着替えてたから外に出たのかも。四葉はトイレ」

 

「兄貴、着替えて外に出たって……状況的に真田の兄貴と一緒じゃないッスか?」

 

「真田と二乃ちゃん……どういう関係だ??」

 

俺の知る限り2人に接点は無い。2人ともスイーツ関連の共通点があるが俺はまだ2人を合わせたことはない。もしかしたらこのバイト期間で顔を合わせて意気投合したとか………ありえない話じゃないけど…なんか複雑!

 

「外行ってみるかぁ。入れ違いになるかもしれないから佐助は旅館で待っててくれ」

 

「分かりました兄貴!」

 

「五月ちゃんと三玖ちゃんも、温泉は0時には閉まるからそれまでには出るんだ」

 

「そうだ。お父さんも探しに行ったから。外で会ったら………」

 

「ちょっとその沈黙やめてよ!なんか怖いじゃんか!」

 

「幸村君、美味しそうな匂いの件、またお話しましょう」

 

「あ…ハイ……」

 

なんだかここ最近ダメージが蓄積されてる気がする。できれば外で中野父に会いませんよーに!!!

 

◇◇◇◆◆◆

 

「それで隼人ったら、思いっきり滑って転んでね!あの時はすっごい笑ったな〜」

 

「ハヤト君が…なんだか意外かも」

 

「隼人って結構ドジなところあるから見てて飽きないんだよね……あ、ごめんね私ばっかり話しちゃって!」

 

あれから高梨さんの泊まっている部屋で2人で話を続けていた。内容はもっぱらハヤト君のこと。私の知ってる一面から知らない一面まで高梨さんは楽しそうに話をしてくれた。

 

その一方で私は気が気じゃなかった。話を始めてから15分強。流石に私や二乃が部屋にいないことにお父さんは気づいているはず。三玖たちにもこのことは伝えてないから足止めは期待できない。

 

ごめんね二乃…応援するって決めたはずなのに……

 

「ねぇ…何か心配事?」

 

「え、いえそんなことは」

 

「……一花ちゃんって1番上なんだよね?」

 

「はい。5人姉妹の1番上です」

 

「1番上のお姉さんだから、我慢しなくちゃ、頑張らなくちゃって思ってない?」

 

そんなの……思ってないわけがない。お母さんが死んじゃった後の五月ちゃんを見てたら尚更。私はお姉ちゃんなんだから、姉妹の幸せを応援しなくちゃいけない、邪魔しちゃいけないんだって、ずっと思ってた。

 

それが当たり前、それがお姉ちゃんの責務なんだって言い聞かせてきた。

 

「無理してない?」

 

「無理なんかは…」

 

「私も一応一花ちゃん関係者の関係者だから。話せることがあったら話してほしい。我慢しないで」

 

優しく私に微笑む彼女はなんだか、お姉ちゃんに見えて………

 

「すみませーん、ここに私の姉が来てませ…あー!一花いたー!!」

 

「え、四葉!?」

 

「あ、一花ちゃんお借りしてまーす!隼人の元カノの高梨五月でーす!」

 

「幸村さんの元カノ!それに五月!!凄い、情報が渋滞起こしてますよ!!」

 

部屋に訪れたのは四葉だった。少し息を切らした様子から結構探して回ったのかもしれない。

 

「ごめんね夜遅くまで引き止めちゃって」

 

「いえそんな。ハヤト君の話が聞けて楽しかったです」

 

「え?幸村さんの話ですか?私も聞いてみたいです!」

 

「夜も遅いから……また明日の時間がある時にね」

 

「はい!お願いします!」

 

「それじゃ、おやすみ2人とも!」

 

「おやすみなさい」「おやすみなさい!」

 

高梨さんの部屋を後にした私たちは2人で少し冷える廊下を歩く。少し沈黙が続く中、四葉が口を開いた。

 

「三玖と五月は温泉に行ったみたい。でも二乃が何処に行ったのか分からなくて…お父さんが探しに行く途中だったんだけど、私もこの暗い中1人でトイレに行くのが怖くてお父さんについて来てもらっちゃった」

 

「そうだったんだ……」

 

図らずも四葉がお父さんの足止めをしてくれていた。ありがとう四葉。

 

「ねぇ四葉、一つ聞いてもいい?」

 

「ん?なぁに一花」

 

「私も……我儘言っていいかな?したいことしていいかな?お姉ちゃんだからって、我慢しなくても…いいかな?」

 

「一花……一花はお姉ちゃんでずっと頑張ってたもん。幸せになる権利はあると思うな私」

 

「四葉……」

 

私はこの言葉が欲しかったのかもしれない。誰かからの許しが欲しかったのかもしれない。

 

「ありがとう四葉」

 

「ししし。どういたしまして!」

 

「そうだ、私たちも温泉行こっか。まだ時間もあるし」

 

「そうだね!みんなでお風呂だー!って二乃はいないんだった…」

 

二乃、私も頑張るよ。

だから二乃も頑張ってね。

 

◆◆◆◇◇◇

 

「ハァ…ハァ……やっと見つけたぁ!」

 

「ユキ君!」「幸村。お前何やってんだ?」

 

「それはこっちのセリフだーッ!!」

 

山道を右往左往すること10分。やっと真田と二乃ちゃんを見つけることが出来た。案の定2人一緒だった。何故にぃ??

 

「なんで2人が一緒に??」

 

「俺はコイツに呼び出された。鐘の下に来いって」

 

「私が呼んだのはユキ君よ!黒いバックに手紙が入ってたでしょユキ君!」

 

「え?いや俺のバックパックには入ってなかったけど……もしかして真田のボストンバックとか?」

 

「おう、俺のバックに入ってた」

 

「えーーー!?四葉に黒いバックに入れてって任せたのに!!」

 

この短期バイトに俺はバックパックに着替えなどを詰め込み、手提げ鞄にゲームや漫画などの娯楽を詰め込んで来た。真田は黒いボストンバックに全て詰め込んで来ている。

 

つまり二乃ちゃんは『黒いバック』に手紙を入れてきてと四葉ちゃんに頼み、四葉ちゃんは『黒い(ボストン)バック』に手紙を入れた。スポーツ系の彼女ならバックはイメージ的にボストンバックなのかもしれない。

 

「ああ……そういうことなのね………四葉は悪くないわね……」

 

「おう、なんか悪りぃな」

 

「まあ、話は意外と弾んだから悪い気はしなかったけど…」

 

「それは確かにな」

 

「ンンッ!!ひとまず、2人が見つかってよかった。早く戻ろう。中野父が探しにく「私が、なんだって?」キターー!」

 

聞き覚えのある声に俺と二乃ちゃんの背筋が伸びる。振り返ると鋭い眼差しの中野父が立っていた。恐怖映像かな?

 

「こんな時間に出歩くとは、しかも男2人を連れて…感心しないな」

 

「ああ?なんだテメェ」

 

「やめろやめろやめろ!すみませんお父様〜これには色々ワケがありまして〜」

 

「君にお父様と呼ばれる筋合いはない」

 

「確かに!ごめんなさい!」

 

「パパ、これは私が悪いの!2人は悪くないわ」

 

「………夜も遅い。話はまた明日聞こう」

 

ああ、明日も中野父と面と向かって話をしないといけなくなった。怖いなぁお兄さんチビっちゃいそう。

 

「それはそうと二乃ちゃん」

 

「どうしたのユキ君」

 

「………明日、話がある。2人で」

 

「……分かったわ」

 

二乃ちゃんは俺を鐘の下に呼び出そうとしたんだ。それはつまり2人きりで大事な話があるということで。

二乃ちゃんがここまでして俺が腹を括らないわけにはいかない。むしろここで逃げたら俺は一生俺を恨むことになるだろう。

 

確かな答えが見つかってなくても、彼女と一対一で誠心誠意向き合って話すことに意味がある。

 

「待ってるわユキ君……そうだ、ユキ君意外にも隼人ちゃんとハー君があるんだけど」

 

「………今は保留で…」

 




風太郎関連の出来事がほぼほぼカットされてますが、二乃とのイベントが無くなった原作の流れと思っていただければ。三玖と五月が風太郎と出会うのは隼人と佐助と会った後です。

スクランブルエッグが思った以上に早く終わりそうです。多分次回、終わらなくてもその次には終わります。これで二年生のイベントが全て終わる……


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第30話 スクランブルエッグ③

隼人の秘密 


 

「はぁ〜バイトも終わったね〜!温泉入ってから帰る?」

 

「あ、幸村何処行った」

 

「兄貴なら用事があるからちょっと出てくるって早めに出て行ったッスよ」

 

◆◆◆◇◇◇

 

「確かに話がしたいって言ったけどさ……なんで混浴なの!?」

 

「あら、ここ以外に落ち着いて話ができる場所があるのかしら?」

 

「探せばあると思うなぁお兄さんは!?」

 

翌日。俺と二乃ちゃんは話をするために2人で会うことにした。その場所がまさかの混浴なのは置いといて。

 

「それで、話って何よ」

 

「……では単刀直入に。二乃ちゃんが言ってたことだけど「タンマ。やっぱり今はいいわ」

 

「えぇ……理由聞いとこうか」

 

「……気持ちの準備ができてなかったわ。その導入だと答えは決まってそうだし。やっぱりライバルは強敵ね」

 

そう言って二乃ちゃんは温泉から出て行こうとする。

 

「今は答えようとしてくれたことに感謝するわ。正直あの時聞こえてなかったんじゃないかって思ってたんだから。私のこと、しっかり考えてくれたんだって嬉しくなったわ」

 

「それはどうも」

 

「あと、諦めたわけじゃないから。むしろこれからが本番って思ってるわ。覚悟しておくことねユキ君!」

 

「あはは…3年はもっと大変になるな……」

 

◇◇◇◆◆◆

 

「………二乃、どうしたのですか?」

 

温泉に遅れてやってきた二乃は私の隣に来るなり口元まで温泉に浸かってブクブクし始めました。

 

「色々な人が入っているのですから、その……衛生上良くは」

 

「五月!」

 

「は、はい!?」

 

「あんたは私に内緒にしてること、無いわよね?」

 

いきなり立ち上がった二乃は私に聞いてきました。二乃に隠していること……

 

「…あったとしても、知られたくない、言いたくないから内緒事なんですよ」

 

「…それもそうね。でもね五月。ボケッとしてるとあっという間に食べられるわよ」

 

「た、食べ!?え、バイキングの話ですか!?」

 

「…………少し同情するわ」

 

苦笑いをする二乃の表情を見て不安になってきました。私、何か料理を見落としていたんですかぁ!?

 

◆◆◆◇◇◇

 

温泉から上がった俺は3人と合流して中野さんへ挨拶に向かった。長かったようで短かった短期バイトもこれで終わりだ。案外いい経験になったと個人的には思う。

 

「今更だけど忘れ物とか無いよね?」

 

「隼人が朝風呂行ってる間に確認したから無いよー。もう1人で先に入るなんてさー」

 

「朝風呂入るなら俺も行きたかったッスー!」

 

「確かに、最後ぐらいさっぱりしたかったな」

 

「ごめんごめん。次からはちゃんと言うからさ」

 

「次ってもう今から帰んだろ!」

 

まさか俺の分の荷造りまでしてくれていたとは。二乃ちゃんが出て行ってからしばらくゆっくりしてた俺がいけないんだけど。

 

この時間中野さんは受付にいた。そしてそこにはもう1人いた。

 

「あれ、風太郎?」

 

「お前ら。そういえば短期バイトも今日までか」

 

「ああ。それで挨拶に来たんだけど…取り込み中だったり?」

 

「いや。俺の方はもう大丈夫だ。色々世話になったな」

 

風太郎がその場を離れ旅館の外へと出ていく。外では上杉家と中野家が集まっていた。

 

「中野さん、短期バイトお世話になりました」

 

「お世話になりましたッス!!!」

 

「色々経験出来て勉強になりましたし、何より楽しかったです!」

 

「世話になったな爺さん」

 

「………」

 

相変わらず表情の動きが無いから生きてるか死んでるかも分からないレベルだ。耳をすませばなんとなく聞こえはするんだけど……今は何も言ってないよな…?

 

「…若いの」

 

「……みんな若いんですけど……」

 

「さっきのにも伝えたが、孫たちはわしの最後の希望だ。零奈を喪った今となってはな」

 

「……俺が、いや俺たちが、彼女たちを導きます。いや導きますってなんか偉そうだな…」

 

「ま、話のウマはあったな」

 

「確かに!話をしてて楽しかったッス!」

 

「次はみんなで来ようか!その時は中野家のお爺さんとして、みんなで思い出作りましょう!」

 

「とにかく!俺たちに、任せてください」

 

これにて俺たちの短期バイトは終わりを迎えた。最後にバイト組、上杉家、中野家、そして中野爺さんを含めて写真を撮った。その後に風太郎は何かあったらしいが…それは置いといて。

 

こうして俺たちの2年生生活も終わりを迎えたのだった。

 

◇ーーーーー◆

 

「あなたは新郎を、病める時も健やかなる時も、富める時も貧しき時も、夫として愛し敬い慈しむことを誓いますか?」

 

「はい、誓います」

 

「それでは指輪の交換を行います」

 

「あ」

 

式場に間抜けな風太郎の声が響く。アイツ指輪持ってきてもらったのに受け取ってないな?

 

こんな結婚式前代未聞だぜ。

 

「えー…気を取り直して、それでは誓いのキスを」

 

誓いのキスか……そういえばアイツが初めてキスしたの、俺が短期バイトで入ってた時だったな。まさか5年前に初キスした相手と結婚するとは、タイムスリップして教えても信じないだろうなぁ。風太郎も俺も。

 



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第31話 ようこそ3年1組へ

幸村隼人の秘密

好きなジャンプ漫画はBLEACHとドラゴンボール


 

雪が溶け、桜が見頃になった今日この頃。一花が突然私たちに告げたのは『来週から3年生、頑張ろう!』なんて生優しいものじゃなかった。

 

「これからはお家賃を5人で五等分します。払えなかった人は前のマンションに強制退去だから、よろしくね♡」

 

◇ーーーーー◇

 

とりあえず私たちは一花の前から一時撤退し、カフェでアルバイトの求人を見ることにした。

 

「コンビニ…新聞配達…どれも大変そう…」

 

「全員で同じところで働けたら安心するのですが…以前の幸村くんたちのように」

 

「あれは長期休み中の短期バイトだから出来たことよ。それに私たちは得意なことがバラバラなんだから」

 

「私に接客業なんて出来るかなぁ。悪ーいお客さんとか来たらどうしよう」

 

なんとなく想像してみる。うん、四葉があたふたしてるのが目に浮かんだ。

 

「まさか一花がいきなりあんなこと言い始めるとはね。どのみち働くつもりだったから求人を集めておいてよかったわ」

 

「でも一花のあの感じ、懐かしかった」

 

「あ、私も思った!」

 

「むしろ今まで一花1人に無理をさせ過ぎてましたからね」

 

「ああなった一花は頑固よ…それにしても強制退去ってことは、あのマンションで1人……それはそれでちょっと優雅ね……」

 

「でもお父さんと2人っきりかもしれませんよ…」

 

スリルがありすぎる。

確かに二乃の言う通り、あの部屋を1人で使うとなるとそれなりに優雅な生活にはなる。だけど1人は寂しい。

 

やっぱりアルバイト見つけないと。やるならやっぱり自分のやりたいことをやりたい……

 

「あ、そういえばこんなバイトを見つけたよ!ここって上杉さんと幸村さんの働いているケーキ屋さんだよね」

 

フータローとハヤトが働いてる…ケーキ屋さん………

 

私がその求人に手を伸ばした時、二乃も同じタイミングで手を伸ばしていた。

 

「二乃、それ渡して」

 

「なんでよ。これは私の得意分野よ」

 

「なんでわざわざそこなの」

 

「なんでって……別にいいじゃない!あそこのケーキが美味しかったんだもん…味音痴のあんたの出る幕じゃないわ」

 

「むむむ…」

 

でも、ここで諦めたくない………

 

◇ーーーーー◇

 

「えー、今日は面接ということでね。まずは募集を見て来てくれて嬉しいよ。しかし、2人同時に来るとはね」

 

私と二乃は同時に面接を受けることになった。これはたまたま。そうたまたま。

 

「何故お前らがここのバイト受けてるんだ!」

 

「なんでこの子がここにいるのか私も知りたいわ」

 

「?面接を受けに来た」

 

「いやそれは分かってるんだけど!」

 

「できることなら2人とも採用してあげたいけど、生憎ウチも向かい側のパン屋にバイトを1人取られ、売り上げも少し怪しくなって定員は1人だけなんだ。上杉君が辞めてくれたら…」

 

「ハハハ!店長何言ってるんですかー!」

 

ここの定員は1人……出来ることなら二乃と一緒の方が気が楽になると思ったけど…

 

「ケーキ、作りたいです」

 

「へぇ得意なんだ。じゃあ君に「私の方が得意です!!」

 

「今年に入ってから何度もチョコを作りました」

 

「あんたねぇ、それだって私の手助けがあってじゃない!」

 

「最後は1人で作れた」

 

「……本気なのね」

 

「本気。だから勝負しよう」

 

私は負けるわけにはいかない。私のやりたいことはこれなのだから。

 

「上杉君、君の友達でしょ?なんとかしてよ」

 

「ハハハ、自分の死ぬ時ぐらい自分で決めますよー」

 

◇ーーーーー◇

 

「それじゃあ来週からよろしく」

 

「何の勝算があって料理対決なんて言い出したのよ……」

 

結論から言って私は負けた。味は悪くないって言われたけど、流石に二乃にはまだ勝てなかった。

 

「あ、向かい側のパン屋も募集してるんだ」

 

「切り替え早いわね!?そのパン屋にはあいつはいないわよ?」

 

「うん、私の目的はフータローじゃないから。そっちこそケーキ屋にハヤトはいないけど」

 

「誤算だったわ。まさか引き抜かれたアルバイトがユキ君だったなんて。でもいいわ。向かい側にはいるもの。それに……これからも美味しいって言ってもらいたいもの。まだまだ腕を上げるわ」

 

「そっか。私も今日ケーキを作って改めて思った。作るのは好きみたい」

 

それに……料理上手になって、フータローに好きになってもらえる私になるんだ。

 

◇◇◇◆◆◆

 

「ということがあった」

 

「俺もパン屋の店長から連絡きたよ。三玖ちゃん、なんかやる気満々って感じみたいだよ」

 

過ごしやすくなってきた今日この頃。3年生一発目の授業の日、俺と風太郎、そして一花ちゃんは3人で学校に向かっていた。

 

「みんなには困らせること言っちゃったかな。でも仕方ないんだ。今日までは家賃のために必要な仕事だけをしてきたけど、そろそろ私もやりたいことに挑戦しようかなって」

 

「…そういうことか」

 

「五月ちゃんと四葉ちゃんは?」

 

「四葉もお掃除のアルバイト見つけたみたい。元々私の部屋も掃除してくれてたしお手のものだよね。五月ちゃんはまだ踏み出せてないみたいだけど……君がいるなら大丈夫かな?」

 

「お兄さんに期待しないの。こればっかりは五月ちゃんのやりたいことをやってもらわないと」

 

多分、彼女自身それが分かっているから俺には何も言わなかったんだろう。分かっているのはいいんだけど抱えがちなのが難点だ。少し気にかけたほうがいいのかも。

 

「何してくれたっていいさ。成績さえ落ちなきゃな」

 

「あはは。ここまで来たらみんな揃って卒業したいからね。頼りにしてるよ2人とも」

 

これからはアルバイトもあってみんな揃うことが少なくなるのだろう。それに3年生なんだ。きっと去年よりもっと忙しくなる。たくさん気合い入れないとね。

 

◇ーーーーー◇

 

新学期のお楽しみ、そして不安となるとやはりクラス発表だろう。誰と一緒になるのか、誰と離れてしまうのか。俺だって少しばかり不安がある。このドキドキは少し慣れないな。

 

「風太郎何組だった?」

 

「1組だ。お前も1組だな」

 

「そうなんだよー!よかった〜知り合いがいてくれて」

 

「お前は割と誰とでも仲良くしてるだろ…」

 

「ね!フータロー君!ハヤト君!あれ見て!」

 

「あ?」「ん?」

 

一花ちゃんの指差す方を見た時はほんと驚いたね。そんでもってクラスに行くと実感しつつもやっぱりビックリ感があった。

 

まさか五つ子みんな同じクラスになるなんてね。

 

やはりと言うべきかなんと言うべきか。双子でもそれなりに珍しがられるというのに、彼女たちは五つ子だ。その五つ子が全員同じクラスとなればすぐにクラスの注目の的になった。

 

「苗字だと分かりづらいから名前で呼んでいい?」

「うん、そのほうが私たちもありがたいかも」

 

「あれやってよ!同じカード当てるやつ!」

「ごめんねーテレパシーとかないからー」

 

「三玖ちゃんも似てるんでしょ?もっと顔見せてよ!」

「………」

 

「わわっ、皆さん落ち着いて!幸村さん助けてください!!」

 

「え、ああはいはい。はーい皆さん一列に並んでお触りは禁止ですよー」

 

まるで動物園のパンダ、アイドルの握手会のような賑わいだ。もう少し鶴の一声でもあればいいんだけど。

 

「退いてくれ。通行の邪魔だ」

 

鶴の一声ならぬ風太郎の一声。風太郎は自分では気がついてないかもしれないが声に圧がある。だからこうして眼力強め語気強めで一声放てばモーセのように人の波をかき分けることができるのだ。

 

「何あの人、感じ悪」

 

まあ印象は悪くなるけど。

 

「上杉君は2年の時からあんな感じなんです。クラスの人とは極力関わらないようにしているというか」

 

「根はいい子なんだけどね」

 

「あれはあんな態度とってるあいつが悪いわよ…」

 

五月ちゃんたちのフォローが入るが、正直どうなることやら。でも風太郎も少しずつ変わってきている。クラスメイトとの関わり方も変わればいいんだけど。

 

「ねぇ中野さん、あれやったことあるでしょ。幽体離脱〜ってやつ!」

 

「……いい加減に「みんな、やめよう。ね?」

 

二乃ちゃんが限界を迎えようとしたその時、今度は別の鶴の一声が轟いた。見た目爽やかイケメンって感じの男子。んー、見たことはあるんだけど名前が思い出せないな。

 

「そんなに一気に捲し立てたら中野さんたちも困っちゃうよ。ね?」

 

「武田君!」

 

「確かに武田の言う通りだな」

 

「はしゃぎすぎちゃった。ごめんね」

 

「だけど気持ちは分かるよ。みんな君たちのことを知りたいんだよ。ね?」

 

爽やかスマイルに一花ちゃんは営業スマイル、二乃ちゃんは半分呆れ顔で対応する。

 

「んー、名前聞いて思い出した」

 

「彼は誰なのですか?」

 

「武田っていう頭のいい奴だ。どれくらいかって言えば風太郎と同じぐらいのね」

 

それを聞いた五つ子は驚いていた。俺も正直武田の存在を知るまでは風太郎が独走してるのかと思っていた。だけどちゃんと同レベルの人間はいたのだ。

 

「まあ悪い奴じゃないと思うよ。話したことないけど」

 

「確かに!親切な人です!」

 

「そう?胡散臭いだけじゃない」

 

「席につけー。オリエンテーション始めるぞー」

 

先生がやってきて授業という名前の新学期一発目のオリエンテーションが始まる。新学期一発目とか長期休み前は授業が楽だから嬉しいよね。

 

「今日からお前たちは3年生だ。最高学年になった自覚を持ち、後輩たちの示しに……なんだ中野…えーっと、四葉」

 

「このクラスの学級長に立候補します!!」

 

四葉ちゃんが勢いよく手を上げ、そのまま学級長に立候補した。突然の出来事に先生も周りも唖然としている。

 

「……まぁ、他にやりたい人がいないなら…」

 

「皆さん!困ったら私になんでも言ってくださいね!!」

 

「じゃあついでに男子の方も決めるか。立候補する奴はいるか?推薦でもいいぞー」

 

クラスの学級長かぁ。一年の時に内申点気にして立候補したことはあるけど、やることたくさんあって結局辞退したんだよなぁ。

リベンジしてもいいんだけど…どうやら周りは武田が推薦されると思ってるみたいだ。愛想良くて頭も良いならそりゃ選ばれるよねって。

 

「先生!学級長にピッタリな人、私知っています!!」

 

おや、これはもしかして。

 

「上杉風太郎さんです!!!」

 

ガコンッ!ガタタタタッ!

突然の推薦に風太郎が新喜劇のようなずっこけ方をしてしまった。

慌てて風太郎がやらないと言うも時すでに遅しと言うかなんと言うか。事はトントン拍子に進んでいき無事風太郎は3年1組の学級長になったのだった。

 

◇ーーーーー◇

 

「上杉風太郎くん、学級長おめでとう〜」

 

「すぐにお前を推薦しなかったのを後悔しているところだ。ったく四葉の奴余計なことを…」

 

「クラスの人を自分の思い通りに動かせると思うと楽しくない?」

 

「学級長最高だな」

 

まあそんな風に動かせるとは思えないけどね。なってしまったものは仕方ないんだし、少しでもモチベーションになればいいけど。

 

「フータローとハヤト、ちょっといい?聞きたいことがある」

 

「三玖?どうした」

 

「ここに魔法のランプがあります」

 

「無いが?」

 

「心理テストじゃない?」

 

「五つの願いを叶えてくれるとしたら何をお願いする?」

 

神龍より気前のいいランプだ。5つかぁ、何をお願いするかなぁ。

 

「そんなの金持ちになる以外を答える奴いないんじゃないか?」

 

「確かに、俺もお金は欲しいかな〜」

 

「お金……あと4つ」

 

「んー、体力が上がったらと考えたことはあるが…おかげで疲れは溜まる一方だから疲労回復もありだな。最近寝つきも悪いし…ついでに運気も上げてもらおうか」

 

「……わかった。ハヤトは」

 

「迷うなぁ。やっぱりお願いを保留できるお願いはするよね。それからかめはめ波は撃ちたいし、卍解もしてみたいし。あとあと頭良くなりたいな」

 

「最後だけ普通……うん、分かった」

 

え、あれでいいの?確かにかめはめ波とか卍解はしたいけどさ。

 

「あー!見つけた!こんな所にいたんだ!」

 

「先生が呼んでたよ四葉ちゃん」

 

四葉ちゃんを呼びにきたクラスメイト2人が三玖ちゃんに声をかけてきた。確かに最初のうちは間違えるよね。仕方ない。

 

「そいつは四葉じゃないぞ。三女の三玖だ」

 

ここで助け舟を出したのは意外にも風太郎だった。流石に半年の付き合いがあるんだ。旅館の時みたいなことにならない限り風太郎は誰だ誰なのかはっきり分かるだろう。

 

「ごめんねー、まだ覚え切れてなくて」

 

「問題ない。慣れてる」

 

「あ!今度こそ四葉ちゃんだ!」

 

そう言って声をかけたの相手は五月ちゃんだった。

 

「ニヤピンで外すな!!いいか、見分けがつかないなら身につけてるアイテムを覚えろ。この星のヘヤピンが五月でヘッドホンが三玖。お前らの探してる四葉はバカデカリボンだ!!」

 

「他にも髪型とか髪色とかね。まあゆっくり覚えていったらいいと思うよ」

 

俺も風太郎も時間かかったもんね〜なんて言えば風太郎にどつかれかねない。

 

「上杉君凄いね!ちゃんと中野さんのこと見てるんだ!さすが学級長だね!」

 

「幸村君もありがとう!そうだ、5人のこともっと教えて!」

 

「「え」」

 

「向こうにもう1人いたんだ。おーい四葉ちゃん!」

 

「いやあれ二乃!!」

 

風太郎も変わってきてる。四葉ちゃんが推薦したのも間違いじゃなかったのかもしれないねぇ。

 

そういえば心理テストの診断結果聞いてないな……ま、あとで聞けばいいか。これからも付き合いは長そうだしね。

 

◆◆◆◇◇◇

 

「聞けたよ。フータローとハヤトのお願い5つ」

 

「お金持ちになりたい。体力の向上。寝つきをよくして疲労回復…運気アップとかどうしろって言うのよ」

 

「ハヤト君も中々だよこれ」

 

「お金持ちになりたい。願いを一つ保留。かめはめ波?を撃ちたい。ま、まんじかい?「卍解だよ五月」をしたいですか……あと頭が良くなりたい…今以上に頭が良くなりたいのですが幸村君は……」

 

「やー、上杉さんは現実的で、幸村さんは男の子って感じですね!」

 

「所々どうすんのよこれ…運気とかかめはめ波とか」

 

「いずれにしても急いだ方がいいかもね」

 

「うん、もうすぐだもんね。フータローの誕生日」

 

「それと幸村君の誕生日……思いっきり過ぎているとは………」

 

迫る4月15日は風太郎の誕生日。そして過ぎ去ってしまった3月10日は隼人の誕生日。

いつもお世話になっている2人にプレゼントを贈るため各々準備を進め始める五つ子であった。

 




勢いに乗って進めていきます。風太郎や隼人と五つ子達の絡みにもバランスを持たせたいので隼人には隣のパン屋に行ってもらいました。

一、二話書いたあとはいよいよ修学旅行です。原作とは違うシスターズウォー、そしてもう一つの戦争も?


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第32話 凡人なりの抵抗策

上杉風太郎の秘密

初めて隼人の成績を見た時、本気で留年を心配した。なお当時の隼人の成績は学年で中の下。


 

「やあ上杉君、幸村君」

 

「またコイツか…」

 

「そりゃ同じクラスなんだから挨拶ぐらいするでしょ?」

 

毎朝登校すると必ずと言っていいほど武田に声をかけられる。まさかトイレで声をかけられるとは思わなかったけど。まあ人当たりは良いし挨拶ぐらいはするんだろうけど、風太郎の方はあまり良い印象は持っていないようだ。

 

「大変そうだね中野さん達の家庭教師」

 

はい、お兄さんも少し警戒モードに入ります。

家庭教師のことを知っている人は俺の知ってる限りクラスにはいないはずだ。もしかしたら五つ子の誰かが言ったのかもしれないけど…

 

「ふふっ、どうだい?僕が代わってあげてもいいけど、ね?」

 

「それより、なぁんで俺たちが家庭教師してるって知ってんの」

 

「ああそのことかい?中野さんのお父様から話を聞いてね。成績不良の五つ子の皆さんを赤点回避させるべく、学年一の成績を持つ上杉君に白羽の矢が立った。幸村君はオマケだとね」

 

「オマケ……」

 

「なぜお前があの父親と面識があるんだ」

 

「僕の父がこの学校の理事長でね。お父様とはかねてより懇意にさせていただいている」

 

ボンボンコミュニティーめ……まさかそこから情報が流れ込んでくるとは…そして俺がオマケ扱いとは…

 

「そんな事は置いといて、君達は他にもバイトをしているみたいじゃないか。大変だろう?僕が代わってあげるよ」

 

「代われるもんなら代わってほしいくらいだが、生憎俺たちの雇い主はあいつら五つ子だ。俺たちが決める事じゃねぇ」

 

「ふぅん、確信しているんだね。彼女達が君たちを手放さないと。しかし君達はこんなことをしている場合じゃないだろう?特に上杉君は」

 

「?なんのことだ」

 

「…失望したよ。腑抜けた君にもう用はない」

 

お先にとトイレを後にする武田。あんなこと言われたら出るものも出ないってもんだ。

 

「どうすんの」

 

「どうって言っても……俺はいつも通りにやるだけだ」

 

マイペースといえばマイペース。風太郎もやはりブレないね。

 

 

その日の放課後。いつも通り集まって勉強をしていた時のこと。

 

「一花ちゃんは今日も仕事かぁ。確か試写会だっけ」

 

「そうなんですよ!あー私も行きたかったなー!」

 

「仕事で思い出したけど、五月……あんたバイトは…」

 

「ギクリ!!!」

 

口でギクリ!!!って言う人初めてみた。それはそうとして五月ちゃんはまだバイト先を決められていないみたいだ。

 

「あんたまだ決めてなかったの?」

 

「も、もう少しだけ考える時間をください!」

 

「まあもう少しゆっくり考えたら?今は全国模試も近いしね」

 

「そうだぞお前ら。口を動かす前に手を動かせ」

 

正直な話!『卒業するだけ』なら全国模試はさほど重要ではなかったりする。だけど今は華の高校三年生。進路次第ではこの全国模試が重要視されることもあったりする。

 

「一通り埋めたわ。はい、答え合わせよろしくユキ君」

 

「私も終わった。採点お願いフータロー」

 

「模擬試験結構難しかったねー!」

 

「そうですね。しかしそれほど不安でもないというか…一度乗り越えた壁ですし、少し余裕があるのかもしれませんね」

 

「こうなるといよいよ卒業も見えてきましたね!上杉さん!幸村さん!」

 

初めて会った時は正直いかがなものかと思ったけど、確かに見えてきた。薄ぼんやりだったゴールが割とはっきり見えてきたのだ。

 

「ううっ……お兄さん嬉しいよぉ〜ヨヨヨ…」

 

「よっしゃ!答え合わせするぞ!!!」

 

 

家庭教師採点中……

 

 

「う、嘘だろ…ほとんど赤点じゃねぇか…」

 

「お兄さんの涙を返してほしい」

 

採点結果は壊滅的!というわけではないが学年末試験から比べたら確かに下がっている。だけど五月ちゃんだけはさほど変動がないところをみるにやっぱりバイトの影響かな。

 

「んー、バイトも大事だけどこの点の下がり方は不安になっちゃうね…」

 

「すみません!すみません!」

 

「ふざけんな!お前らは学年が上がると頭の中がリセットされるのか!」

 

「なるほど!どうりで!」

 

「無事卒業とか言った途端これだ。俺の試験勉強もあるってのに……じゃあ間違えた箇所を順番に確認していくぞ」

 

少し前なら怒鳴り散らしてた風太郎も随分と角が丸まったもんだ。

 

それから勉強会を続けて午後7時。中野家のチャイムが鳴らされた。こんな時間に来るんだからなんとなく予想はできるんだけど……

 

「失礼するよ」

 

部屋にやってきたのは中野父だった。突然の来訪に風太郎や姉妹たちは驚いている。この人のことだし彼女たちがこの部屋にいることも分かっていたんだろう。

 

「ど、どうしたのよ急に…」

 

「もうすぐ全国模試と聞いてね。彼を紹介しに来たんだ。入りたまえ」

 

「お邪魔します。申し訳ない、突然押しかける形になっちゃって」

 

中野父が紹介したのは武田だった。この流れ…まさかとは思うけど、

 

「今日からこの武田君が君たちの新しい家庭教師だ」

 

「はあ!?」

 

みんなの気持ちを代弁するかのように二乃ちゃんが声をあげる。確かに今更なんで感はあったりするけど……妙に納得してしまってる自分もいたりする。

 

「どういうことでしょう?説明してください」

 

「上杉君、幸村君。先の試験では君たちの功績は大きい。成績不良で手を焼いていた娘たちだが、優秀な同級生に教わることで一定の効果を生むと君たちは教えてくれた。もっとも幸村君はイレギュラーだがね」

 

「それならフータローもハヤトも代える必要なんてない」

 

「いや、それは俺はともかく風太郎が今も優秀だったらの話なんだろうね。風太郎、お前の順位が少し落ちてるのは流石に知ってんぞ。それってつまり点数も下がってるってことだ」

 

「ったく、いつ知ったんだか……」

 

「物の管理が出来ていないからテスト用紙を落とすんだと思います!」

 

「痛いとこつくな四葉…」

 

「そして新たに学年一位の座に就いたのが彼だ。ならば家庭教師に相応しいのは彼だろう」

 

中野父も痛いところをついてくる。確かに言いたいことは分かるし正論だと思う。成績だけ上げるならそれが最効率だろう。

でも言葉は悪いけどある意味ポッとでの武田の授業をこの子達がまともに受けてくれるか……いや流石に受けるとは思うけど。

 

「上杉君!長きにわたる僕らのライバル関係も今日で終止符が打たれた!ついに僕は君を超えた!この家庭教師も僕がやっ「いやお前誰だよ」

 

風太郎の一言が時を止めた。

これは煽りでもなんでもなく、風太郎は本気で武田のことが分かっていないのだろう。

 

「風太郎、流石に……酷くない?ほら武田冷や汗かいちゃってるよ。可哀想だよ流石に」

 

「いやクラスにいるのは知っている。だがそれ以上は知らん」

 

「いや、ほら…ずっと二位で君に迫っていた武田…」

 

「ああ。あんなに突っかかってきたのはそういうわけか。ずっとわからなかったんだ。今まで満点しか取ったことなかったから二位以下の順位も隼人のしか気にしたことなかったわ」

 

最近はコイツらのも気にしてるがな!と謎のドヤ顔をぶちかます風太郎。それはそうと憐れだな武田。五つ子との出会いで少しは丸くなったと思ったけど、やっぱり根は上杉風太郎だった。

 

「わかりました。学年で一番優秀な生徒が家庭教師に相応しいというのなら構いません。恐らくそれだけが理由なのではないのでしょうが。しかしそれなら私にも考えがあります」

 

五月ちゃんの中野父に詰め寄る姿はまるで母親のようだ。迫力と説得力を感じる。

 

「私が三年生で一番の成績を取ります」

 

「ふむ。いいだ「ちょちょちょちょ待って待って!!タイムタイム!!」

 

中野父から五月ちゃんを引き離す。なんかとんでもない事口走ってない!?それってつまり今の風太郎以上の成績出すって事だからね!?

 

「お父さんに何言われても関係ない!フータローとハヤトは私たちが雇ってるんだもん!」

 

「そうよ!ずっとほったらかしにして今更「いい加減気づいてくれ」

 

二乃ちゃん、三玖ちゃんと中野父の間に入ったのは武田だった。真剣な表情にはさっきまでの憐れな武田はいなかった。

 

「上杉君と幸村君が家庭教師を辞めること、それは他ならぬ彼らのためだ。君たちのせいだ。幸村君はともかく君たちが上杉君を凡人にした」

 

「あの、さりげなくお兄さんのこと凡人呼ばわりにするのやめない?」

 

「彼らには彼らの人生がある。解放してあげてはどうだい」

 

うん、まあ言ってることは分かるよ。そりゃあ何より大事なのは……

 

「確かに自分の人生のほうが大事ですよ。でも、解放してあげたら…なんて、まるで俺が縛られてるみたいじゃないですか。この家庭教師も俺の人生なんです。自分の人生なら逃げ出すことなんてしないでしょ?それに決めたんですよ。もう2度と目を背けない、約束は破らないって」

 

「こいつらと出会わなかったら、俺は凡人にもなれていなっただろうよ。教科書を最初から最後まで覚えただけで俺は知った気になっていた。知らなかったんだ。世の中にこんな馬鹿どもがいるってことを。俺がこんなにも馬鹿だってことも。こいつらが望む限り俺は付き合いますよ」

 

「そこまでする義理はないだろう」

 

「義理はありません。ですが」

 

「この仕事は俺、幸村隼人とこいつ、上杉風太郎にしかできない自負がある」

 

「こいつらの成績を二度と落とすことはしません。俺の成績が落ちてしまったことに関してはご心配をおかけしました。俺はなってみせます。そいつに勝ち、学年一位……いや全国模試一位に!」

 

俺も姉妹たちが言ってやったぜドヤ顔風太郎を押さえつける。

 

「う、上杉さん!?」

 

「全国は無茶ですって!」

 

「フータロー、もう少し現実的に…」

 

「あ!?校内一位だけじゃ今までと変わんないだろ!」

 

それから少し話し合い……

 

「全国で十位以内!これでどうですか!」

 

「俺は校内で十位以内で。って……なんでお兄さんまで…」

 

「……大きく出たね。無理に決まっている。それも5人を教えながらなんて」

 

「……わかったよ。もしこの全国模試でそのノルマをクリアできたのなら、改めて君が娘たちに相応しいと認めよう」

 

VS中野父も何度目だろうか。いや、何度だってかまいはしない。何度でも乗り越えるだけだ!

 




迫る誕生日と全国模試。ここからは男の戦い、そして近づくのは女の戦い。全国十位はともかく校内十位もかなりなもの。私はそんな順位を気にする前に赤点取らないことで必死でした。


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第33話 六羽鶴

幸村隼人の秘密

風太郎の誕生日には当日気がついた。


 

朝、新作のドリンクを買いに早めに家を出て味わっていた時、見知った顔が凄いオーラを纏いながら何かぶつぶつ呟いていた。

 

「前見て歩かないと危ないよフータロー君」

 

「む、一花か」

 

「おっはー」

 

全国統一模試の参考書?みたいなものを読みながら歩く姿はさながら二宮金次郎みたい。付箋だらけの本っていうのも今では見慣れたものだね。

 

「お前とはよく登校時に会うな。今日も他のはいないのか」

 

「今日はコレを買いにね。先に働いてる分財布は少し潤ってるんだ。あ、フータロー君の分はないよ」

 

「期待してねぇよ。ほら、遅刻する前に行くぞ」

 

フータロー君と並んで歩く。なんてことない…ことかもしれないけど、私にとってはこれはとても幸せなこと。今のこのポジションだけは……うん、譲りたくないかな。

 

「みんなから聞いたよ?またお父さんと一悶着あったみたいだね」

 

「まあな。家庭教師云々の話もこれで何度目か」

 

「それに相手は武田君なんでしょ?2年の時に同じクラスだったんだ。ザ・好青年って感じだね。あれはあれで大変そうだけど」

 

「誰が相手だろうが負けるつもりは毛頭ない。これから試験まで勉強漬けだ、覚悟しろよ」

 

「私たちもかぁ……」

 

フータロー君、もうすぐ誕生日なのに大変なことになったなぁ……無理しなきゃいいけど…

 

「とはいえ、他の姉妹と違って学年末試験から働きながら勉強してたお前のことだ。何も心配してないがな」

 

……ホント、乙女心を掴むのが上手くなってきたね…

 

「ん?お前眼鏡なんかしてたか?」

 

「………一応変装で付けてるんだ。昨日私が出た映画の完成試写会があってね。そこそこテレビで取り上げられちゃったからさ」

 

「それってあれか、タマコか」

 

「もうなんでそこは覚えてるの!!!」

 

「くくく…声をかけられないように変装してたのか。まあ変装はお前らの十八番みたいなもんだしな」

 

「まあね。いざって時のために変装アイテムは常備してるんだよ。三玖や四葉ならすぐに出来るけど……そんなことしたらフータロー君じゃ見分けつかないか!」

 

「くっ…いつまでも昔の俺と思うなよ…」

 

そんなことを話していると、他の姉妹に追いついたみたい。ハヤト君も一緒みたいだね。どうやら今日はここまでかな。

 

「おいおい五月のやつまたなんか食ってるぞ。隼人の奴、五月には妙に甘いんだよな。四葉も声デケェし」

 

「こらこらそんなこと言わないの。乙女の心がほんと分かってないんだから」

 

「乙女ねぇ…」

 

ホント、変わったよねフータロー君。

 

 

正直な話。完成試写会がテレビで流れたからって私のことに気がつく人なんて2、3人ぐらいだと思ってた。でも甘かった。

教室に着いた途端に私はクラスメイトに囲まれてしまった。テレビに映る、女優になるということを改めて実感させられた朝だった。

 

それから放課後。結局私は一日中ひっぱりだこだった。嬉しいのは嬉しい、だけど流石に疲れた。だから今は三玖に変装し、なんとかその場を離れることに成功した。

 

「予想以上だったね……この後勉強会なのに大丈夫かな……」

 

「大丈夫なもんか。これからみっちり勉強するぞ三玖」

 

後ろから声をかけられビックリする。神出鬼没とはこのことなんだろう。恐るべし上杉風太郎。

でも私の変装には気がついてないみたい。まったく、昔の俺とは違うんじゃなかったのかな?

 

「もう公開とかはぇーよな」

 

「ん?なにが?」

 

「一花の映画の話。昨日試写会だったろ?隼人がネットで記事を見せてくれたが、結構話題になってたな」

 

「あー、そうだね。有名な女優さんが主演だから」

 

「その有名な女優が誰なのかはよく知らんが……オーディション受けてよかったな一花」

 

「え…」

 

もしかして…バレてる?

 

「って、一花には言うなよ!?絶対ニヤニヤされるんだ。そんなことになってみろ、絶対隼人までニヤニヤし始めて勉強どころじゃないからな!ったく柄でもないこと言うもんじゃないな」

 

「あはは…そうだねー」

 

ズカズカと歩き出すフータロー君。

柄でもないことって君は言うけど、君が私を気にかけて覚えてくれた。たったそれだけがクラスメイトのどんな賛辞より胸に響いてしまうんだ……こんな単純でいいのかな…

 

うん、きっとこんな……こんな単純なことがいいんだ。

 

「ありがとねフータロー君。おかげで演技に自信がついたから、まだまだ頑張れそうだよ」

 

「あ、おま……ったく………さっさと行くぞ一花」

 

◇ーーーーー◆

 

中野父とのバトルが始まったあの夜から……しばらくたって。今日は4月15日。あれからというもの、自分でもビックリするぐらい勉強をしている。校内で十位以内なんて言ってしまったもんだから……百位ぐらいにすればよかった。

 

「……い、一旦休憩にしない?ハヤト君白目向いてるよ…」

 

「……そうだな…悪い、外の空気吸ってくる」

 

「上杉さんも死にかけですね……やっぱり誕生日の件はずらして正解だったね…」

 

「まさかフータロー君があんな風になるなんて……ちょっと心配だから見てくるよ」

 

「私も行く」

 

一花ちゃんと三玖ちゃんが風太郎を追って図書室を出ていく。俺も何か飲み物でも買ってこようかな。

 

「飲み物買ってくるけど、四葉ちゃん何か飲む?」

 

「あ、いえ。お気遣いなく!幸村さんも大変でしょうしゆっくりしてください!」

 

「教える側が心配されるとは…ごめんね、少しゆっくりさせてもらうよ」

 

図書室を後にして自販機へと向かう。歩きながら肩を回してみると凝り固まってるのがなんとなく分かる。昔はもう少し肩軽かったのになぁ。

 

「あ、兄貴!お疲れ様ッス!」

 

「あれ、佐助がこんな時間までいるの珍しいな。いつもならゲーセンとか行ってるだろ」

 

道中出会ったのは佐助だった。珍しく放課後に校内に残っている。

 

「それがですよ兄貴。最近歴史の勉強にハマってるんスよ!」

 

「………エイプリルフール?」

 

「違うッスよ!!聞いてください?最近クラスのやつと歴史上の人物の名前を組み合わせて遊ぶカードゲームみたいなのをやったんスよ。あ、最強なのはナイチンゲールとチンギスハンッス。クソ笑ったッス」

 

「……まさかそれで歴史にハマった…のか?」

 

「そうなんスよ!なーんか妙に頭に残っちゃって。それで調べてみたら、結構面白くて!カードにもその人物がどんなことをしたかってのが載ってて勉強になるんスよ!兄貴も家庭教師の合間に五つ子のみなさんとやってみてくださいよ!」

 

「んー、まあ全国模試が終わったらな?それが終われば修学旅行も近いし遊ぶ機会は多いだろ」

 

理由はどうあれ佐助が勉強をするようになったのは凄いことだ。それに歴史なら三玖ちゃんとも相性がいいかもしれない。

 

「また機会がありゃ、三玖ちゃんから色々教わってみるか?お前の勉強にもなるだろうし、三玖ちゃんも教えることで新たな知識を得るかもだし。勿論あの子がやってくれることが前提だけどな」

 

「いいんスか!?いやぁ美女から教わりゃ更に身につくってもんスよ!」

 

「やっぱやめるか」

 

「じょ、冗談ッスよもぉ〜!にしても兄貴がここまで勉強に対して前向きになるなんて思わなかったッス。人間変わるもんなんスね」

 

「………まあ……な…」

 

言われてみれば確かにそうだけど。ここまで勉強を続けられるのは………

 

「やっぱり五つ子ッスか?」

 

「……かもな………っし戻るわ。じゃあな」

 

「はい!お疲れ様ッス!」

 

肩は未だ重いまま。だけど気持ちは少し軽くなった。だから俺はまだ前に進める。

 

 

その日の放課後……夕方ではなく外は暗くなっている時間だ。図書室には勉強を続ける俺と風太郎以外おらず、図書委員も俺たちに戸締りを任せて先に帰っている。

 

「2人ともまだ帰ってなかったんですね。こんな時間までご苦労様です。差し入れです」

 

俺と風太郎の元に現れたのは五月ちゃん。今日は用事があるからと図書室での勉強会には顔を見せていなかった。

 

「何を言ってるんだ。別に苦労なんかしてねぇ。俺を誰だと思ってる」

 

「用事とやらはもう大丈夫なの?」

 

「はい。そのことで一応の報告をしておこうかと」

 

五月ちゃんは改まって俺と風太郎を見据える。

 

「塾講師の下田さんという方の元へ出向いてまいりました。アルバイト…と言えるかわかりませんが、下田さんのお手伝いをしながら更なる学力向上を目指します」

 

驚いた。少し前にも用事で勉強会を外していたが、恐らくその下田某のところに行ってお願いをしていたのだろう。これで一応は五つ子全員が何らかの形でお金を稼ぐことができるということなんだろう。

 

「俺らじゃ力不足かよ」

 

「拗ねないでください。そうではありませんよ。模試の先、卒業の更にその先の夢のために教育の現場を見ておきたいのです」

 

「それはつまり……五月ちゃんは」

 

「まだ完全に決まったわけではありません。ですが今は目指す方向で進んでいます」

 

「……なるほどね。卒業の更にその先か………」

 

目先の模試に気を取られていたが、確かに俺たちはもう3年生。卒業した後のことを本格的に考えないといけない時期だ。

 

 

正直、1番目を逸らしてたところだ。

 

 

「詳しくはまた後日……って、寝てしまってますね」

 

「あら。ま、今日ぐらいは風太郎にはゆっくりしてほしいもんだけど」

 

「誕生日…ですものね。私たちもプレゼントを用意していたのですが、流石に今は勉強の妨げになるのではと日を改めることにしたんです」

 

そう言いながら五月ちゃんは風太郎のそばに五羽鶴を置いた。うっすらと風太郎が作ったであろう答案用紙が見える。

 

「ですが、誕生日当日に何も無いというのも寂しいですから」

 

「こういうのって病気の人にあげるもんじゃない?まあ幸運の効果はあるって言うか…」

 

「それと…こちらは幸村君の分です。それからごめんなさい。幸村君の誕生日からかなり遅れてしまいまして」

 

「え?ああ、いいよそんなの。俺も言ってなかったし。でもありがと」

 

五月ちゃんから五羽鶴を受け取る。こっちは俺が作った答案用紙か。

 

「幸村君も上杉君も1人ではありません。手伝えることは少ないかもしれませんが、7人だからこそ成し遂げられることもあります。共に頑張りましょう」

 

「1人じゃない…か。そうだね、もう一踏ん張りしようか」

 

◆ーーーーー◇

 

「ん…いつのまに……」

 

メール音で目を覚ました俺は時間を確認する。完全下校時間まであと30分も無い。正直今から片付けて図書委員の代わりに図書室閉めて鍵を返してとやることやってたら30分はかかりそうだ。

 

「隼人は……先に帰ったのか。まあ時間も時間だしな」

 

メールはらいはからだった。内容は誕生日会の準備をしているから帰ってきて、というもの。らいはと親父とケーキの写真付きだ。

 

「帰るか…ん?六羽……鶴か?」

 

机に置かれている六羽の鶴。一つだけやけにデカい足の生えた鶴がいるが…一体誰がこんなものを。それに見覚えのある文字が薄っすら透けて見えている。

 

「これは………ったく、テスト用紙で遊ぶなっての」

 

小さい五羽鶴を広げてみるとそれは俺が作った小テストの答案用紙だった。学年が上がってすぐにやったテストより点数が良くなっている。学年が上がって頭がリセットされた、なんてことはなかったようだ。

 

足の生えた鶴を広げてみると、デカデカと「誕おめ!!好きなお菓子交換券!!」と隼人の文字が書かれていた。

 

「ったく、ノートの無駄遣いだろ」

 

今までなら悪態をついてそれらを全部カバンに雑に詰め込むだけだっただろう。だけど今はこれらを見て、もう少し頑張ろうと、そう思えるぐらいにはアイツらに染まってきたと思う。

 




連載当時やアニメ放送時、この頃の一花は結構ヒートアップしてて、一部の読者や視聴者からはうーんって感じだったと思います。私は人間らしくて面白いと思ったんですが、この話は二次創作ですので一花には少しお姉さん味を強くしてもらいました。
「いや、この時の一花の展開は漫画やアニメみたいな方がいい!」って方もいらっしゃると思いますが、ご了承ください。こんな一花もいかが?って感じでお願いします(刺さり座)

次回はテスト本番になります。


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