ドラえもん のび太と織田信奈の野望 ~ヒーローと共に~ (明星)
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設定

◇登場人物

 

野比のび太

 

17歳。本作の主人公。小学高学年及び中学生時にドラえもんや戦友と共に数々の大冒険を潜り抜け、地球や国、異星、はたまた異世界を救ってきた大英雄。小学5年生までは全く勉強が出来なかったが、小学6年生時のとある大冒険の際にドラえもんの居た未来まで繋がる世界を作るという明確な夢が見つかった為に様々な分野の勉強を行い、タイムスリップ時には天才と呼べるレベルになった。ただし、歴史については現代、近代、近世を中心として学んでおり、戦国時代の事は障り程度しか知らない(具体的に言えば、桶狭間の戦いや姉川の戦い、本能寺の変などの教科書に乗るレベルの事は知っていても少し専門的に勉強しなければ分からないようなレベルの墨俣一夜城や金ヶ崎の退き口などは知らない)。また語学も中学時の大冒険や高校1年生の頃の留学であちこちの国を回って身につけ、今では日本語、英語、フランス語、ドイツ語、ロシア語、イタリア語の6ヵ国語が出来るようになった(あとスペイン語やポルトガル語も少しだけ話せる)。運動は大冒険に散々強制的に鍛えられたせいで戦国時代でも普通にやっていけるほどになっており、特に反射神経に関しては超人的なレベルになっている。戦闘能力に関しては射撃は言うに及ばず、近接戦でも中学時代の大冒険で格闘技を初段レベルの剣の腕前を持っており、近接戦能力は達人とまでは行かないまでも結構高い。中学時の大冒険時~転移前までの間に人を殺したことがあり、そのせいで精神を病んでいる。本来の歴史では大学時代にしずかに告白して受け入れられ、そのまま結婚まで行く筈だったが、この世界では中学校で告白して振られてしまった上にしずかが相良良晴と結ばれるという異常事態が起こってしまったが為に“歴史の修正力”に相良良晴に代わるタイムスリッパーとして選ばれてしまった。恋愛に関してはしずかに1度振られた事と、とある少女の死によってヘタレではなくなっており、好きな相手に気持ちをしっかりと伝えられるくらいに成長しているが、前述したように精神を病んでいることから、好きになった人に依存しがちな精神状態となっている。ちなみに相良良晴とはタイムスリップ前に何回か会ったことがあるが、そのハーレム思考に自分の好きだった人の心が弄ばれているような感覚を覚え、あまり良い感情を抱いていない。

 

相良良晴

 

17歳。原作織田信奈の野望の主人公。本来の歴史では戦国時代にタイムスリップをして織田信奈と結ばれる筈だったが、高校一年の時に出会った源しずかと交際してしまった結果、タイムスリッパーの候補から外された。その後、大学時代にしずかと結婚し、幸せな人生を送っているらしい。のび太の感情とは裏腹に意外と一途でしずか以外に恋人は作っていない。

 

源しずか

 

17歳。この世界の相良良晴の嫁であり、本来の歴史が狂い、のび太が戦国時代に飛ばされ、相良良晴が織田信奈と結ばれなくなった未来を作った元凶の少女でもある。ただし、当たり前だが本人にその自覚はない。

 

ドラえもん

 

のび太の人生に最も影響を与えた22世紀の高級(本当か?)猫型ロボット。のび太が卒業するのとほぼ同時に未来に帰っている。

 

織田信奈

 

16歳。織田家の当主であり、原作織田信奈の野望及び本作のメインヒロイン。勝ち気な性格で当初はのび太に本来来る筈だった相良良晴と同じ対応をしようとしたが、のび太に一括されたことによって友達という関係に収まった。しかし、一方でのび太の英雄としての気質と人柄に無意識のうちに惹かれている。

 

柴田勝家

 

織田家の筆頭家老。信勝の危機を救ってくれたことと相良良晴とは違ってスケベな目線で見なかったことによって、のび太とは良好な関係を保っている。

 

浅井長政

 

浅井家の当主であり、北近江の国主。幼少期にのび太と出会ったが、その際、年頃の少女らしい姿とお市という偽名を名乗っていたため、のび太は浅井とお市が同一人物であることに気づいていない。のび太のことを高く評価しており、また彼を未来人だと知る唯一の人物でもある。

 

 

本編オリジナルキャラ。のび太の部下。幼いながらも整った顔立ちをした美少女で元は農民の娘だったが、父親から性的虐待を受けていたところをのび太に救われる。のび太の腹心という地位に着いており、現在はのび太から戦術を学んでいる。更に小太刀等を使った近接戦闘能力も元々才能があったのか、メキメキと上達している。親から性的虐待を受けたせいで精神が歪んでしまったのか、残虐な一面も持っており、敵には容赦しない。のび太にはもはや崇拝というレベルの忠誠を誓っており、曉という名も彼に貰った名前。聡明な頭脳をしているためか彼の器の大きさを読みきっており、信奈が彼に相応しいとは思っていない。ちなみに本来の世界(原作)では虐待していた父親の下から自力で抜け出し、その後、信奈の小姓の1人になるが、15巻終盤の六角率いる甲賀との戦闘で死亡している。

 

◇登場用語

 

歴史の修正力

 

簡潔に言ってしまえば人間が紡ぐ大きな歴史を修正しようとする力を表す。従来の歴史では相良良晴が戦国時代にタイムスリップし、彼が織田信奈を選んで戦国時代に残るという未来を辿る筈だったが、この世界では彼が源しずかという恋人を作ってしまった為に“戦国時代に残らない”という選択肢を取る可能性が高くなってしまい、その結果、相良良晴は歴史の修正力によってタイムスリッパーには選ばれず、代わりに相良良晴と同じく源しずかの存在によって運命の歯車が狂わされた野比のび太が相良良晴に代わるタイムスリッパーとして選ばれた。

 

タイムスリッパー

 

歴史の修正力に選ばれたタイムスリップをする人間のことを表す。基準としては元の世界に然して心残りがなく(有ったとしても、飛ばされた先の世界で恋人を作ればそちらを優先する)、英雄の資質を持つ者が選ばれ、正史ではのび太は前者の項目に引っ掛かった為に選ばれなかったが、この世界ではのび太がしずかに振られてしまった上にドラえもんが未来に帰ってしまい、さらにはジャイアンやスネオなどの戦友や両親が亡くなるなどの事象が重なってしまった結果、前者の条件を満たしてしまい、更には相良良晴がしずかという恋人を作った事で前者の項目に引っ掛かるようになってしまった結果、歴史の修正力が相良良晴ではなく、野比のび太をタイムスリッパーとして選んだ。



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プロローグ

◇21世紀 冬 日本国 東京都 練馬区 野比家

 

 

「・・・ふぅ。久々に実家に帰ってきたな」

 

 

 眼鏡を掛けた高校2年生の少年──野比のび太はそう言いながら家の中へと入る。

 

 出迎えてくれる家族は、居ない。

 

 両親は1年前に事故で死んでしまったし、かつて居候していた青い親友もまた中学卒業と同時に未来へと帰ったからだ。

 

 

「中も埃だらけだ。後で掃除しないと」

 

 

 のび太は1年以上もの間、留守にしていた我が家の中の様子を見てそう言いつつ、靴を脱いで2階へと上がっていく。

 

 そして、自分の部屋へと入ると、真っ先に畳の上に寝転がった。

 

 

「・・・やっぱり、1人きりの我が家は寂しいな」

 

 

 今ののび太に家族は居ない。

 

 ほんの2年前まではドラえもんと両親と自分の4人家族でこの家で暮らしていたが、前述したようにドラえもんは未来に帰ってしまったし、両親も1年前に事故で死んでしまっている。

 

 そして、両親の死後、父親の弟であるのび郎叔父さんがのび太の後見人を買って出てはくれたが、自立したいからとのび太は一緒に暮らす誘いをキッパリと断っていた。

 

 だが、こうして久々に実家に帰ってきたのにも関わらず、誰も『お帰り』と温かく出迎えてくれない現状を鑑みると、やはりあの時の誘いを受けた方が良かったんじゃないか?

 

 そんな思いがのび太の脳裏に浮かんできていた。

 

 

「はぁ、なにを今さら女々しいことを言ってるんだろうな。立派な大人になるってドラえもんと約束したのに、こんなんじゃ益々それから遠ざかっちゃうよ」

 

 

 そう、のび太はドラえもんが未来に帰る際、彼に向かって立派な大人になると宣言していたのだ。

 

 そして、その為に自立が必要だと考えて高校から1人暮らしを始め、両親が死んでからは学費を工面するためにアルバイトも始めていた。

 

 もちろん、アルバイトを理由に勉強も疎かにしていた訳ではなかったし、学校で出来た友達と遊びに行ったりしなかった訳ではない。

 

 立派な大人になるための備えをしなければならないからと言って、人生で一度しかない学生時代を存分に満喫しなければ、それこそドラえもんに顔向けが出来ないからだ。

 

 もっとも、ジャイアンやスネオなどの大冒険時代を共に過ごし、そして、亡くなってしまった仲間達ほど親密な関係になることは出来なかったし、恋愛面でも本来自分が結婚するはずだったしずかやジャイ子とは違う結婚を誓った婚約者が居たものの、その人物も半年前に亡くなってしまっているのだが。

 

 

「あの冒険の数々は今までの人生の中でもかなり刺激的だったからなぁ。やっぱり、あれを共有できるような人間じゃないと親友や恋人、ましてや夫婦になるのなんて無理かもしれないな」

 

 

 のび太は自分の将来の人間関係への不安を口にしつつ、ふとカレンダーを見たのび太。

 

 そのカレンダーは古くなっていて既に今年のものでは無くなっていたが、のび太に今日の日付を思い出させるには十分だった。

 

 

「・・・△年○月X日。そう言えば、今日ってあの日だったな」

 

 

 カレンダーを見たことで今日の日付を思い出したのび太は数年前にドラえもんとしたある会話を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数年前

 

 あれはしずかに告白して振られた日の翌日の話だった。

 

 

「良いかい、のび太君。昨日、しずかちゃんに振られたことによって今から△年後の○月X日に君にある試練が襲い掛かる。怖いだろうけど、君はその試練をどうにか生き残るんだ」

 

 

「いきなりどうしたの?ドラえもん」

 

 

 のび太はドラえもんの言っていることが全く理解できなかった。

 

 まあ、当然だろう。

 

 しずかに失恋した結果、数年後に試練が自分に対して襲い掛かってくるなど、訳が分からないのだから。

 

 

「残念だけど、詳しくは説明できないんだ。とにかく、その事だけは覚えておいて欲しい」

 

 

「はぁ、分かったよ。でも、その日まで覚えているかどうかは分からないよ。僕は忘れっぽいからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇回想終了

 

 

「あの時はああ言ったけど、結局は忘れなかったんだなぁ」

 

 

 と言うより、『忘れることが出来なかった』と言った方が正しいだろう。

 

 あの時のドラえもんののび太を見る目は大冒険で危機的状況下に陥った時と同等なくらい真剣だったのだから。

 

 

「とすると、今日はもしかしたらドラえもんの言った“何か”が起こる日なのかもしれないな。・・・良いことだと良いんだけど」

 

 

 そうは言いつつもなんだが嫌な予感がしたのび太は押し入れを漁り、何かを探し始めた。

 

 すると──

 

 

「有った有った。これこれ」

 

 

 そこに有ったのはベルト型のホルスターとそれに収められた青い銃。

 

 それはかつてのび太がロップルに貰ったショックガンだった。

 

 

「これを装着してれば大丈夫だ」

 

 

 数年ぶりにこのホルスターと銃を身に付けたのび太は自信を以てそう言うが、それは決して自信過剰な言葉ではなかった。

 

 なにしろ、今ののび太はオリンピックの金メダリストであるのに加え、世界ファストロウ(早撃ち)大会の優勝者でもあり、名実共に世界一のガンマンだ。

 

 更に実戦経験に関してもあの大冒険を潜り抜ける過程で散々に培っている。

 

 そんなのび太に銃が与えられたのは正に鬼に金棒と言っても良い。

 

 唯一、懸念があるとすればのび太の身に付けているショックガンがコーヤコーヤの重力に合わせているために地球では威力が低すぎることだったが、それも数年前にあることで使用する過程でドラえもんが技術手袋を使って解決してくれている。

 

 つまり、実戦経験があり、尚且つ相手を気絶させるのに十分な威力の銃を持たされた今ののび太にはちょっとやそっとの相手では敵わないのだ。

 

 

「ついでだ。これも着けていこう。あとお守り代わりにこれも」

 

 

 そう言うと、のび太はホルスターの横に置いてあった祖母から貰った達磨とクレムから雪の花を手に取り、達磨をズボンのポケットに入れ、雪の花を左胸に着ける。

 

 

「よし!これで怖いものはない。・・・そうだ、せっかくこの辺りに帰ってきたんだから、このままジャイアンやスネオの墓参りにでも行こう」

 

 

 そう考えたのび太は雪の花とシュックガン付きのホルスターを身に付けた状態のまま、青色のジャンパーを着て部屋を出ていく。

 

 そして、玄関に到着して正に外に出ようしたその時──

 

 

 

 

 

 

「──えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 世界が、回った。

 

 

 

 

 否。

 

 

 

 

 厳密に言えば回っていたのはのび太の視界だけで世界そのものは回っていない。

 

 

 

 

 だが、それでもその幻覚じみた視界によってのび太の意識は徐々にだが薄れていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ドラえ、もん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 意識が完全に途切れる直前、のび太はかつて居候していた青い親友の名を呟いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして、完全に意識が途切れた直後、のび太の体は完全にこの世界から忽然として消える。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これ以降、野比のび太という男が21世紀の人間として生きた記録はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、戦国時代のことが記された歴史書には、確かに17歳までの経歴が不詳だった男が存在し、ある人物と共に戦国の世を駆け抜けた記録が存在していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇22世紀 某所

 

 

「──そうか。野比のび太は無事に戦国時代へと行ったか」

 

 

 のび太の居た時代から100年ほどが経った未来の某所。

 

 そこでは複数人の男達が集まり、ある重要な会話を行っていた。

 

 

「はい、彼が戦国時代に行ったことは確かに確認しました。それと例のバッグも彼の下に渡っている筈です・・・しかし、本当によろしかったのですか?」

 

 

「それについては何度も話し合っただろう?それに1度送り出してしまったのだ。後はなるようになるしかない」

 

 

「ですが・・・彼ははっきり言って劇薬です」

 

 

「それは否定しないが、相良良晴がタイムスリップの対象に彼が選ばれてしまった以上は仕方あるまい。それとも他に適任でも居るのかね?」

 

 

「それは・・・」

 

 

 男は言葉に詰まる。

 

 そう、実はこの世界の日本の戦国時代の歴史は相良良晴というタイムスリッパーによって作られており、彼がタイムスリップした後に織田信奈と作った歴史(物語)こそが正史となっていたのだが、突如として相良良晴がタイムスリップする年の2年ほど前に彼が源しずかと付き合うという異常事態が起こってしまったせいで、歴史は大きく狂い始めたのだ。

 

 そして、こういった場合、歴史の修正力という歴史を本来のものへと修正しようとする力が働く。

 

 まあ、人類が滅亡するといったような生態系の根本を覆すような問題に関しては働かないのだが、逆に言えば重要な働きをする人間が1人消えた程度の問題であれば修正が働くのだ。

 

 そして、今回の場合、相良良晴に変わるタイムスリッパーとして歴史の修正力が選んだのが野比のび太という少年だったのだが、これが判明した時、未来では激しい激論が交わされることになった。

 

 そもそも野比のび太と相良良晴が英雄としての“格”が違う。

 

 相良良晴はどう頑張ったところで日本史や世界史に名を刻むのが精一杯で、地球という星レベルの問題を解決できる力はなく、しかも彼がその力を発揮できるのは戦国時代と限定されている。

 

 が、野比のび太の場合、21世紀の時点に居る時点である程度秘密道具や仲間に頼ったとはいえ、地球や異世界や異星、地底、海底などで星や国の危機を実際に救ってしまい、場所によっては英雄や神として崇められてさえいるのだ。

 

 こんな人間が戦国時代に送り込まれたらどんな化学反応が起きるのか分かったものではない。

 

 歴史の修正力に逆らってでも、彼のタイムスリップを阻止する、あるいは別の人間を送るべき。

 

 そういった意見も決して少なくはなかった。

 

 だが、結局、野比のび太に人格的な問題が存在しないことや彼が関わってきた過去の歴史が1つとして悪い方向に働かなかったという実績が重視され、更には戦国時代にいきなり(それも戦場の真っ只中に)送り込まれて生き残れる人間などそうそう居ないことから、最終的に歴史の修正力に従うという意見が勝ったのだ。

 

 

「まあ、彼ならば歴史を悪いようにはしないさ。その為に少数ながら秘密道具まで持たせたのだからな」

 

 

 過去にのび太と関わった男はそう言って未来製の煙草をくわえ、それに火を点けた。



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第一巻
契約


 戦国時代。

 

 それは21世紀の時代では国内で行われた群雄割拠の内戦の時代を意味する言葉であったが、日本史では16世紀頃の大名が天下を手にするために争った時代を表す事が多い。

 

 さて、この時代には姫武将と呼ばれる者達が存在する。

 

 姫武将とは大名や武将の跡継ぎ問題の拗れによって他国へ隙を見せないために登場する存在であり、この姫武将の登場によってこの戦国時代では“性別に関わらず、第一子が家督を継ぐ”というある意味現代並みに進んだ性別平等制度が誕生していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦15X0年 4月 濃尾平野 某所

 

 

(くそっ!!どうしてこうなった!!)

 

 

 先程死亡した足軽の男──木下藤吉郎の遺体を前に、野比のび太は今起こっている状況を必死に頭の中で整理しようとする。

 

 遡ること数時間前。

 

 21世紀で突如意識を失ったのび太は気がつけば見覚えのない鞄と共にこの戦国時代に居たのだ。

 

 しかも、運の悪いことにここら一帯では丁度今川軍の兵士と織田軍の兵士が合戦を行っており、いきなり戦場に放り込まれる羽目になったのび太は混乱しつつも状況の把握に務めようと、一旦戦場から離れようとしたのだが、その途中で今川から織田に寝返ろうとした木下藤吉郎という男と出会い、行動を共にしていたのだが、どうやら木下という男はのび太以上に運が悪かったのか、流れ弾の火縄銃の弾丸に当たってしまい、のび太の必死の救命活動も虚しく、先程天に召されてしまっていた。

 

 数々の大冒険を経験したのび太ではあったが、流石に出会ってばかりの知り合いがすぐにこの世から退場したというのは初めての経験であり、そのショックも有ってかのび太は何時もより状況の把握が遅れていたのだ。

 

 ・・・とは言え、のび太も歴戦の戦士。

 

 現在戦場となっているこの場にじっとしているのは不味いということは頭では追い付かなくとも本能では理解している。

 

 その為、のび太は木下藤吉郎の遺体に対して手を合わせて冥福を祈りつつ、速やかにその場から去ろうとして──

 

 

 

 

 

「失礼。ちょっとよろしいでござるか?」

 

 

 

 

 

 忍び装束を着た銀髪赤目の少女(幼女)に声を掛けられた。

 

 

「!? 君は?」

 

 

 いきなり現れた小学5年生くらいの少女に驚いたのび太であったが、すぐに冷静さを取り戻し、少女にそう尋ねた。

 

 

「拙者の名は蜂須賀五右衛門でござる。先程までそなたと一緒に居た木下藤吉郎氏の相方でごじゃった」

 

 

「ええっ!?この人と君が相方!!」

 

 

 噛んだ部分には敢えて突っ込まず、のび太は目の前の少女と先程亡くなった木下藤吉郎が相棒であるという事実に驚いた。

 

 相棒というにはあまりにも年が離れすぎていたからだ。

 

 

(もしかして、木下さんってロリコンだったのかな?)

 

 

 そんな失礼なことをのび太が思っているとは露知らず、五右衛門は話を続ける。

 

 

「しかし、木下氏が亡くなってしまった以上、新たな主人が必要でごじゃる。そこじぇ、そなちゃに新たにゃ主人となっちぇいただきゃたく」

 

 

「・・・途中から聞きづらくなってるけど、話の内容はなんとなく分かったよ。でも、なんで主人?自分でやっていこうとは思わないの?」

 

 

 のび太はそれを疑問に思う。

 

 目の前の幼女は明らかにただの幼女ではない。

 

 なにしろ、殺しの経験こそほとんど(・・・・)無いものの、実戦経験が多々ある自分の気配察知能力を掻い潜ってここまで気づかれずに接近してきたのだ。

 

 これだけの実力があるのならば、地力でもやっていける筈であり、少なくともこの時代、あるいは世界の金も持っていなさそうな自分を主人と仰ぐ必要など無い筈。

 

 のび太はそう考えていた。

 

 だが、そんなのび太の疑問に対して、五右衛門はこう答える。

 

 

「忍びは決して世間に出てはならぬという定めがあるでござる。だからこそ、その為にわりぇわりぇは藤吉郎うじを寄木としてごじゃった」

 

 

「・・・ああ、なるほど」

 

 

 のび太はその説明を聞いてだいたい納得した。

 

 確かに忍者という存在はのび太が生きていた時代でこそ広く知られているが、本来、忍者というのは隠密行動を取る関係上、世間にその存在が知られていない方が都合が良いのだ。

 

 だからこそ、忍者は表の人間に仕え、その人間を裏で支える事によって存在を露にせずに仕事を行って報酬を得て、表側の人間は忍者を使うことによって世の中の裏側の手に入れる。

 

 この五右衛門という少女と先程亡くなった藤吉郎という人物はそんな利害関係を築いていたのだろう。

 

 そういう事情ならば、主人となるのも吝かではない。

 

 が──

 

 

「でも、僕、お金なんて持ってないよ?君の主人になったところで給料なんて・・・」

 

 

「織田家に仕官すれば良いでござるよ。あそこは給料の支払いが良い」

 

 

「織田家?織田家って、あの織田信長が居る?」

 

 

 その名前を聞いてのび太は眉をしかめる。

 

 のび太は小学6年頃から“ドラえもんの居る未来”を作るためにその社会体制の基盤となる政治学と経済学、ドラえもんそのものを作るために必要となるであろう工学を学んできた。

 

 しかし、歴史については元々銃に興味があったことから趣味同然ではあったものの、ある程度の勉強はしていたが、その知識は現代及び近代、そして、現代や近代の科学技術発展の基盤となった近世に集中しており、戦国時代については障り程度しか知らない。

 

 が、そんなのび太でも天下三英傑の1人である織田信長の名前くらいは知っている。

 

 楽市楽座などの新しい経済観念を市場に普及させ、また軍事では南蛮から渡来してきたばかりの火縄銃を重要視するなど、新しい事に積極的に取り組んできた戦国時代の革新者だ。

 

 まあ、本人は結局天下こそ取れなかったが、後に続く豊臣政権と徳川幕府の道標になった。

 

 ──しかし、その一方で他の戦国大名と比べて過激な印象があることから、のび太としてはあまりお近づきになりたくない人種でもある。

 

 だからこそ、仕官することに嫌そうな顔をしたのだ。

 

 が──

 

 

(とは言っても、他に伝手が有るわけでもないしな)

 

 

 元々、身一つで戦国時代?に放り出された身だ。

 

 他の戦国大名への伝手など有るわけがないし、それ以前にのび太の居た21世紀と戦国時代ではあまりに光景が違いすぎて地理が全く分からない。

 

 そして、先程藤吉郎の今川から織田に寝返ろうとしたという言葉を鑑みるに、この近くにある大名は間違いなく織田と今川だ。

 

 しかし、今川は桶狭間の戦いによって衰退することが既に確定している。

 

 織田信長はあまり好きな人間ではないが、だからと言ってこれから泥船となる船にわざわざ乗ろうとするほどのび太も馬鹿では無い。

 

 加えて、織田の尾張は弱小ゆえに新参者には比較的寛容であるが、今川の方は既に完成している大名であるゆえに新参者には厳しく、これから仕官することを考えると、やはり織田を選ぶのが最善と言えるだろう。

 

 

(是非もなし、か)

 

 

 そう思い、内心で溜め息をついていると五右衛門がこんなことを言ってきた。

 

 

「信長?信長とは誰の事でござるか?今の当主は信奈殿で、織田家にそんなじんぶちゅは居なかったでこじゃるが?」

 

 

「えっ?」

 

 

 のび太は織田信長の名を知らないという五右衛門の言葉に驚いた。

 

 

(織田信長を知らない?もしかして、まだ織田家の当主になっていないのか?それともここは織田信長という人物そのものが存在しない僕の居た世界とは違う別な世界なのかな?)

 

 

 どちらが真実なのかは今の段階では分からない。

 

 が、いずれにせよ織田信長が居ないとなれば、心情的に近づきやすいことは確かだった。

 

 

「分かった。まあ、取り敢えずその信奈って人に会ってからになるけど、仕官することは一応考えておくよ。で、織田陣営ってどっちだったっけ?」

 

 

「あっちでござるよ」

 

 

「じゃあ、そっちに行こう」

 

 

「うむ。・・・ああ、忘れていたでござるが、髪の毛を1ついただけぬでごじゃるか?」

 

 

「? 別に良いけど、何に使うの?」

 

 

「藁人形の中にそれを詰めて契約の証にするでござる」

 

 

「なんか呪いの藁人形みたいで嫌な感じだなぁ」

 

 

 そう言いつつも、のび太は五右衛門に言われた通り髪を1つ抜いて彼女に手渡す。

 

 

「はい、これで良い?」

 

 

「確かに受け取ったでござる。では、これより蜂須賀五右衛門以下川並衆、貴君・・・しちゅれい、にゃまえをきいちぇいなかったでごじゃるな」

 

 

「ああ、そうだったね。野比のび太。それが僕の名前だよ」

 

 

「では、野比氏。これからよろしくでござる」

 

 

 ──かくして、野比のび太は蜂須賀五右衛門率いる川並衆と主従契約を交わした。



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出会い

 

 

「それで、仕官って言っても具体的にどんなことをすれば良いの?」

 

 

「まだ合戦は続いているから槍働きでもするが良いでござるよ」

 

 

 のび太の問いに対して、五右衛門はそう答える。

 

 まあ、妥当なところだろう。

 

 いきなり『仕官したい!』などと言ったところで、『怪しい奴!』と刃を向けられるのがオチであるし、それどころか問答無用で斬りかかられる危険性もある。

 

 やはり信用させるためには敵兵を倒して見せるのが一番だ。

 

 しかし──

 

 

「でも、武器なんて無いよ?」

 

 

 そう、問題は武器がないことだ。

 

 いや、厳密に言えばこの世界に来る前にのび太が装着したショックガンが有るのだが、こんなところでそんなものをぶっぱなしたらあまりにも目立ちすぎて敵側の攻撃が集中し、こちらが蜂の巣となってしまう可能性が高い。

 

 また戦国時代には当然の事ながらレーザービームなど無いし、それどころか概念そのものも存在しないので、ショックガンから放たれる青白い光線が恐怖の対象となり、下手をすれば味方となる予定の織田軍からも攻撃される危険性もある。

 

 となると、別の武器を用意しなければならないのだが、あいにく今ののび太はショックガンしか装備していないのだ。

 

 だが、それに対して五右衛門は平然とこう言った。

 

 

「槍ならそこら辺に有るであろう?」

 

 

「・・・僕は剣についてはある程度覚えがあるけど、槍に関しては1度も使ったことがないんだ。・・・それに人を殺すのにも少しだけ抵抗があってね」

 

 

 五右衛門の言葉にのび太は少々顔色を青ざめさせながらそう答える。

 

 そう、実はのび太は中学時代の大冒険で人を殺してしまったことがあり、今ではそれがトラウマとなって時々その時の悪夢を見るようになってしまったのだ。

 

 とは言え、ここは戦国時代であり、相手も殺される覚悟があることはのび太も分かっているので、仮に装備しているのが間接的に相手を殺傷する銃であれば相手を殺す覚悟を決めることが出来ただろう。

 

 しかし、槍や剣となると直接的に殺傷しなければならない上に相手の死に様を直に見ることになってしまうのだ。

 

 銃ですらある程度抵抗があるのび太に、剣で相手を殺す覚悟が出来よう筈も無かった。

 

 

「そんなこと言っていたら、戦場で戦うことなど出来ぬでござる。ここは覚悟を決めて──」

 

 

 その五右衛門の言葉は途中で途切れた。

 

 何故か?

 

 理由は簡単。

 

 のび太と五右衛門の2人が居た場所に一騎の騎兵が突っ込んできたからだ。

 

 そして、それを視認した直後、のび太と五右衛門はほぼ同時に左右へと散り、突っ込んできた騎兵との衝突を回避する。

 

 

(・・・危ない、危ない。ついここが戦場だって事を忘れてた)

 

 

 のび太はここ半年の間に実戦を経験していなかったせいで戦場での感覚を鈍らせてしまった自分の不甲斐なさに舌打ちしつつ、先程突っ込んできた騎兵の動向を確認する。

 

 すると──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(──えっ?)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには先程の騎兵が居た。

 

 が、のび太が驚いたのは騎兵そのものにではない。

 

 その馬の上に乗っている茶色がかった髪をした少女に対してだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドクン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 心臓の高鳴りの音が響く。

 

 それほどまでに馬の上に乗った少女の姿は美しく、のび太はここが戦場で先程彼女の馬に衝突しそうになったばかりであるということを忘れ、暫しの間、彼女のその美しい容姿に見惚れていた。

 

 ──だが、そんな瞬間が永遠に続く筈もなく、突如として彼女とは別な騎兵が突っ込んでくると、のび太の意識は現実に引き戻される。

 

 

「うおりゃあ!!」

 

 

 後からやって来た騎兵はその掛け声と共に少女騎兵に持っていた槍を突き刺そうとする。

 

 だが、少女騎兵はその突きを悠々とかわし、馬から飛び降りて体を回転させながら相手の騎兵が着ていた鎧の隙間を持っていた刀で斬撃する。

 

 当然そうなって無事でいられるわけもなく、その騎兵は馬から落馬するが、その直後にもう1人の騎兵が現れ、馬から飛び掛かる形で刀を降り下ろす。

 

 それを見た少女は自分の刀で受け止めるが、高い位置から降り下ろされた斬撃の衝撃はかなり強く、それを受け止めた少女の刀は真っ二つに折れ、その折れた部分がのび太のすぐ目の前の地面に突き刺さる。

 

 

(ちっ、もう仕方がないか)

 

 

 もう四の五の言っている余裕はない。

 

 そう判断したのび太は、ここでショックガンを使ってしまうことにした。

 

 そして──

 

 

 

 

 

御首(みしるし)、ちょうだギャアアアア」

 

 

 

 

 

 少女の首を取ろうとした男──岡崎忠実は、哀れにも完全に台詞を言い切らぬまま、のび太の放ったショックガンの光線に撃たれて気絶する。

 

 それにビックリしたのか、少女は岡崎が倒れた後、その光線が放たれた方向──つまり、のび太の方──へと振り向く。

 

 

 

 

 

「──あっ」

 

 

 

 

 

 彼女と目があった瞬間、のび太はまたもやその容姿に見惚れてしまい、思わず体が固まってしまう。

 

 対して、少女の方もまだ完全に状況を把握できていないのか、何か行動する様子はない。

 

 ──つまるところ、両者は計らずしもお互いの姿を見て膠着してしまったのだ。

 

 だが、その膠着はまたもやすぐに終わる。

 

 何故なら──

 

 

「うおおおぉぉお!!!!!!」

 

 

 1人の女性に率いられた織田軍の兵士達が彼らが居る場所の周辺へと突っ込んできたからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、名前は?」

 

 

 戦いが織田軍の勝利で終わった後、先程のび太が助けた少女がのび太に対して名前を尋ねてきた。

 

 

「えっ、ああ、僕はのび太。野比のび太だよ」

 

 

「野比のび太?変わった名前ね。まあ、眼鏡ザルでいっか」

 

 

「良くないよ!!ちゃんと名前で呼んでよ!!」

 

 

 ちゃんと名前を名乗ったにも関わらず、理不尽な異名を勝手に付ける少女にのび太は抗議を入れるが、少女の方はそれを意に返さずにこう言った。

 

 

「うるさいわね。あんたは眼鏡を掛けてる猿だから、眼鏡ザルで良いの。分かる?」

 

 

「分かるわけないだろ!?」

 

 

「それより、あんたは一応私を助けたんだから褒美をあげるわ。感謝しなさい、眼鏡ザル」

 

 

「それ、感謝しているって態度じゃないよね?絶対」

 

 

 なぜ自分が助けた立場だというのに感謝を強制されなければならないのか?

 

 少女が呼ぶ自分の異名について遂に突っ込むのを諦めたのび太が呆れた様子でそう思っていると、先程騎馬隊を率いていた女性がこちらへとやって来た。

 

 

「ご主君、戦はお味方の大勝利です!ご無事ですか!」

 

 

「ええ、大丈夫よ(りく)。こいつが助けてくれたから」

 

 

「そうでしたか。おい、お前。姫様を助けてくれて感謝する」

 

 

「あ、ああ、うん。どういたしまして」

 

 

 偉そうではあったが、それでもこの傲慢が服を着ているような茶色の髪の少女よりは話が通じそうだと内心安堵しつつ、のび太は六と呼ばれた女性に対してそう答える。

 

 

「それで六。褒美をあげたいからこいつを城まで案内したいんだけど」

 

 

「城までですか?確かに姫様を助けたのであれば褒美は必要でしょうが、城まで案内する必要は・・・」

 

 

「人語を喋る珍しいサルなのよ?もしかしたら、天から降ってきた珍しいサルかもしれないわ。決めた、私、こいつを飼う。色々と聞きたいこともあるし」

 

 

「だから、サルじゃないって言っているだろうが!?」 

 

 

「うるさい!私がサルと言ったらサルなのよ!!」

 

 

 何度もサルサルと言われてキレたのび太は普段の口調をかなぐり捨ててそう叫ぶが、それに対して少女は理不尽な言葉を吐きながらのび太を蹴り飛ばそうとする。

 

 しかし、のび太はアッサリとそれをかわす。

 

 

「なんでかわすのよ!!」

 

 

「いや、理不尽な暴力なんて誰も受けたくないでしょ」

 

 

 少女の言葉に対して、のび太は冷静にそんな突っ込みを入れるが、いい加減突っ込むのに疲れたのか、何処か窶れた様子になっていた。

 

 

「もういいよ、褒美なんて。人のことをサルなんて言う人に恵んで貰うほど、僕のプライドは安くないから」

 

 

 のび太はそう言ってその場から立ち去ろうとする。

 

 が、当然の事ながら少女はそれを呼び止める。

 

 

「ちょっと、何処に行くのよ。あんたは私に飼われるって決まっているんだから!!」

 

 

「いい加減にしろ!!!!!」

 

 

 相変わらずの少女の傲慢な態度に、のび太は今度は怒気を発しながらそう叫んだ。

 

 そして、21世紀の時代で大英雄と呼ばれるに相応しいほどの功績と実戦を潜り抜けてきたのび太が発する怒気はそんじょそこらの人間が発するものとは格が違い、それなりの実戦を経験している筈の少女はおろか、その近くに居た鬼柴田と異名を取るほどの剣豪である六と呼ばれた女性──柴田勝家もまた金縛りにあったかのように動けなくなった。

 

 

「今までどんな人生を送ってきたかなんて知らないけどさぁ、お姫様だからってなんでもかんでも自分の思い通りに出来ると思うな!!!そんな人を馬鹿にした態度を取っていたら、何時か絶対に破滅するぞ!!」

 

 

 のび太はそこまで言ったところでようやく頭が冷えたのか、少し言い過ぎたと後悔するが、それでも謝る気は更々なかった。

 

 それほどのび太は少女の態度にキレていたのだ。

 

 

「ちっ!」

 

 

 のび太は若干怯えた様子の少女を一瞥して大きく舌打ちすると、そのまま彼女達の前から去っていった。



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生け贄を捧げる池

 

 

「野比氏、どうするのでござるか?」

 

 

 主人であるのび太に対して五右衛門はそう尋ねる。

 

 その視線はのび太の事を何処か咎めているような感じだ。

 

 まあ、それは仕方ないだろう。

 

 なにしろ、織田家への仕官という話を反故にしてしまったのだから。

 

 いや、それどころか織田家の当主(のび太があの場から立ち去った後、五右衛門から自分が怒鳴った相手が織田信奈だということを聞いた)にあんなことを言ってしまったせいで、彼女の領地である尾張に居られるかどうかも怪しくなった。

 

 

「今考えているよ」

 

 

「・・・織田家への当主に喧嘩を売ってしまったのは不味かったでござるよ。ありぇで、おわりにはゃいづりゃくなってしまっちゃじぇごじゃる」

 

 

「うるさいな、分かってる。だけど、あんな当主に仕えたところですぐに死んでたさ。それにもしかしたら大した給料も貰えなかったかもしれないしね」

 

 

 のび太は吐き捨てるようにそう言う。

 

 それは私情も混じった言葉ではあったが、後者に関してはあながち間違いとも言い難い。

 

 なにしろ、織田家の人件費は当主である信奈によって本当に必要最低限にされており、重臣ですら薄給だ。

 

 そして、重臣で薄給ならそれ以下はどうなのかは言うまでもなく、そういう意味ではのび太の言うことは正しい。

 

 ・・・もっとも、今ののび太は文字通りの意味で無一文なので、そんな文句を言っていられる余裕はないのだが。

 

 

「それより何処かに腰を落ち着けられる場所はないかな?一旦、休息を取りたい。荷物の確認もしたいし」

 

 

 そう言ってのび太は鞄をポンポンと叩く。

 

 そう、戦場から逃げ続けていたせいですっかり忘れていたが、のび太はこの鞄がなんなのか知らないのだ。

 

 しかし、確かに21世紀に居た時には持っていなかった事は記憶しており、この鞄を調べればこのタイムスリップ?に繋がる手掛かりを何か得られるのではないかと思っていた。

 

 だが、のび太の事情を知らない五右衛門からすれば、呑気なことを言っているようにしか聞こえない。

 

 とは言え、一度主人と仰いだ人間の頼みを断るわけにはいかず、五右衛門はため息をつきながらもこう言った。

 

 

「それならこの先に池があるでござる。その畔で休まれるが良かろう」

 

 

「池、か。じゃあ、そっちに進もう」

 

 

 そう言って五右衛門の言った通り池へと進むのび太。

 

 だが、彼は知らない。

 

 行った先で先程別れた少女と再会するということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事に池へと着いたのび太。

 

 しかし、そこに居たのは先程出会ったあの傲慢な少女──織田信奈だった。

 

 

「あっ」

 

 

「あっ」

 

 

 目が合うと同時にのび太は嫌そうな顔を、少女は何処か気まずそうな表情をそれぞれ浮かべる。

 

 ちなみに今の信奈は先程の甲鎧姿とは違い、湯帷子を片袖脱ぎにし、黒の見せブラという何処か目のやり場に困る服装をしており、服装に厳格な者が見れば『はしたない!』と怒鳴ることは間違いないだろうが、のび太はそんなことを言うつもりは無かった(言っても無駄だと思ったので)し、ついでに言えば先程の傲慢な態度を見ている事もあって欲情する事は一切無かったが。

 

 

「・・・なんであんたがここに居るのよ」

 

 

「別に。ちょっと休もうと思って何処か人の居ない場所を探したら偶然ここに来ただけだよ」

 

 

「そう」

 

 

 そう言うと、少女は持っていた瓢箪を池に沈め、水を汲むと、その汲んだ水をそこらへとぶちまけ、再び瓢箪を池に沈めて水を汲み、汲んだ水をぶちまける。

 

 この動作を何度も繰り返す。

 

 そのあまりにも不思議な行動を取る少女に首を傾げたのび太は、思わず彼女に向かってこう聞いた。

 

 

「なにやってんの?」

 

 

「見れば分かるでしょう?池の水を抜いてるの」

 

 

「いや、それは分かるけど、なんでそんなことを?」

 

 

「決まってるでしょう?池を無くすのよ」

 

 

「はっ?」

 

 

 少女のあまりにも突拍子もない解答に、のび太は彼女の言っていることが一瞬理解できずに硬直してしまう。

 

 

「はっ?池を無くす?なんで?」

 

 

「この池はおじゃが池って言うんだけどね。龍神が棲み着いているって噂があるの」

 

 

「へぇ」

 

 

「それで、これまで村の人達が池に人柱として乙女を沈めたりしてきたわけ」

 

 

「それは酷い話だな」

 

 

 のび太はそんな感想を口にする。

 

 別に龍神の存在を村人達が信じるかどうかは自由だ。

 

 第一、のび太自身も過去に龍神と会ったことがあるのだから、それを迷信だと一笑することは出来ない。

 

 が、それでも生け贄を捧げるという行動を容認できるかと言われれば、答えは否だ。

 

 

「なるほど、それで池の水を全部抜いて龍神なんて居ないことを証明しようっていう訳か」

 

 

「そうよ。まったく、神だの仏だのなんて居るわけないのにね。そんなもの、人間の頭の中に棲み着いているだけの気の迷い。要は幻じゃん」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太はそれに関しては何も言わない。

 

 実際に神を何度か見たことがあるのび太だが、それは別の惑星や宇宙船の話であって地球ではついぞ一回も見たことがなかった(それに近い存在なら居たが)ので、信奈の言うことも間違いではないと思っていたからだ。

 

 

「まあ、神を信じるか信じないかは人の自由だけどね」

 

 

「なに?あんたも神の存在を信じているクチ?」

 

 

「う~ん、そうだね。神が居るかどうかは分からないけど、少なくとも人間の社会に神は関わらないとは思っているよ」

 

 

「なにそれ?」

 

 

「まあ、要するに神は居るかもしれないけど、人間のやることには関わらないってことさ。それより、池の水を抜くって言っていたけど、それ、全部君一人でやるの?」

 

 

「・・・本当は家来とかにも手伝って貰おうと思ったんだけどね。今川との戦いで死んじゃったし、それにさっきあんたに言われてこれが自分の我が儘だって分かっちゃったの。だから、村人達の足止めは家臣達に任せてるけど、この水抜きの作業は私1人でやることに決めたの」

 

 

「・・・」

 

 

 それを聞いたのび太は、最悪に近かった信奈に対する評価をかなり上方修正した。

 

 どうやら彼女は傲慢ではあるようだが、人をある程度思いやれる程度には優しい性格ではあったらしい。

 

 でなければ、領主という身分でありながら生け贄に捧げられる少女を助けるためにこのような行動は取らないだろうし、のび太の言ったことを聞き入れることもなかっただろう。

 

 まあ、それでも村人の足止めのために兵隊を使ったのはあれだが、水抜きを終えるまでは儀式を止めさせなければならない関係上、それは仕方のないことだ。

 

 だが、このおじゃが池は広さはそれほどでもないが、少女とは言え、人が1人生け贄となってしまう事からも分かるようにそれなりに水深は深い。

 

 そして、少女は戦場でやっていけるほどの腕を持つだけあって鍛えられてはいるが、それでも女の子の体格と腕力では池の水を全部抜くまでに相当な時間が掛かるだろう。

 

 となると──

 

 

「僕も手伝うよ。水抜き」

 

 

 のび太はそう言うと、ジャンパーの裾を上げながら池へと近づいていく。

 

 

「えっ?良いの?」

 

 

「うん。訳を聞いちゃうと見過ごせないし、それに女の子がこんなに頑張っているのに、男である僕がなにもしないのは僕の男としてのプライドが許せないから」

 

 

「ぷらいど?」

 

 

「ああ、この時代の人はプライドって言葉を知らなかったか。プライドはイギリスっていう国の言葉でね。日本語で誇りって意味だよ」

 

 

「へぇ。ねぇ、そのイギリスっていう国、もしかして南蛮の国?」

 

 

「まあ、そうだね。この時代ではそういう言い方をするね」

 

 

「じゃあ、あんた、南蛮語を話せるの?」

 

 

「うん、幾つか話せるよ」

 

 

「そっか。・・・ねぇ、話は戻るけど、本当に良いの?さっきはあんなこと言ってたのに。それに家臣達にはさっき手出し無用と言っちゃったから、2人で池の水抜きをすることになるわよ?」

 

 

「構わないよ。元からそのつもりだったし。それに」

 

 

「それに?」

 

 

「一足す一が一よりも小さいなんて事は絶対にないから」

 

 

 のび太はかつてマヤナ国の王子であるティオに向かって言った言葉を口に出し、同時にその王子もまた目の前の少女と同じくらいに傲慢で、尚且つ立場も同じようなものであったことを思い出し、偶然とは言え当時のティオと少女の立場と性格が被っている事に思わず笑いを溢す。

 

 

「な、なに笑ってんのよ!?」

 

 

「いや、別に。大切な思い出の1つを思い出しただけだよ。さっ、それより急がないと日がくれちゃうよ」

 

 

「う~、分かったわよ」

 

 

 少女は何処か納得いかない様子でありながらものび太と協力する形で池の水を汲んでいく。

 

 ──そして、作業が完全に終了したのはその日の夕方頃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんた、思ったより根性あったのね。体つきがひ弱だったから途中で投げ出すかと思っていたわ。ぷっ」

 

 

「それはこっちの台詞だよ。そっちこそ我が儘お姫様だと思っていたのにやるじゃないか。ふっ」

 

 

「「あはははははは」」

 

 

 2人はそう言って互いの姿を見て笑い合う。

 

 結果を言えば龍神は居なかった。

 

 池の水を汲み終わった(ちなみに途中から五右衛門がこっそり手伝った)後、池の底に存在したのは1匹の大きな鯉であり、龍などという大それた存在など何処にも見受けられなかったのだ。

 

 信奈はその光景を村人達に見せ、今後の生け贄儀式の禁止を命じたのだが、何時間も水を掻き出す作業をしたせいで2人の姿は泥だらけになっており、更には良いことをしたという満足感と開放感も有ってか、2人はお互いの姿を見て馬鹿笑いをしていた。

 

 そして、一頻り笑った後、少女はのび太に向かってこう話を切り出した。

 

 

「さっきはごめんなさい。お詫びも兼ねて城に招待したいんだけど、来てくれる?」

 

 

 信奈のその言葉に会話を聞いていた家臣達は『姫様が謝った!』と大騒ぎしていた。

 

 どうやら彼女が謝るということはそれほど稀なことであったらしい。

 

 そして、そんな彼女の誘いに対してのび太はこう答える。

 

 

「分かった。ちょうど行く宛も無かったところだし、その誘いに乗るよ。それと、こちらこそさっきはごめん。ちょっと大人げなさすぎた」

 

 

「良いのよ。第一、私のほとんど同い年のあんたに大人げなんて有ったら、私の立つ瀬がないじゃない。それよりあんたは馬に乗れる?」

 

 

「いや、ごめん。乗馬の経験はないんだ。でも、歩いていくから大丈夫だよ」

 

 

「ダメよ。お客様なんだから。それに私の城はここから少し離れたところに有るから、馬無しではキツいわよ?」

 

 

「それでも良いさ。歩いていた方が何か有った時に対応も取りやすいしね」

 

 

「そっか。そこまで言うなら仕方ないわね。じゃあ、六にはあなたに合わせて馬を歩かせるように伝えるから、歩くのに疲れたら六の馬に乗ってね」

 

 

「うん、分かった」

 

 

「じゃあ、また後で会いましょう」

 

 

 そう言って少女は自らの乗る馬へと向かうためにのび太の前から去っていく。

 

 ──その後、のび太を加えた織田軍一行は少女──織田信奈の居城である清洲城へと帰還していった。



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正徳寺の会談

◇西暦15X0年 4月 門前町 正徳寺

 

 

(なんでこうなった?)

 

 

 のび太は自分と同じく護衛としてこの場に居る顔立ちの整った少女──犬千代と共に織田信奈の会談相手である斎藤道三とその一行の姿をその目で見つつ、何故自分がこんなところに居るのかと自問し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数時間前 清洲城 広間

 

 

「えっ、僕が信奈ちゃんの護衛?」

 

 

「ええ、そうよ」

 

 

 のび太の言葉に対し、信奈はそう肯定しつつ、持っていた茶碗の中の茶を啜る。

 

 あののび太が戦国時代へとやって来た日から1週間。

 

 清洲城に招待されたのび太は信奈が約束した通りの謝礼(お金)を貰ったものの、信奈に仕官するという話に関しては返事を保留にしていた。

 

 信奈が優しい少女であるということはあの出会った日に分かったものの、まだ仕事先として適切かどうかの判断がつかなかったからだ。

 

 まあ、仕官しなかったことで五右衛門やその配下の川並衆の者達からやいのやいの言われたが、戦国時代で何処かの領主に仕官するというのは文字通りの意味で領主やその重臣達に命を預けねばならず、だからこそのび太は慎重に判断したかったのだ。

 

 幸い、そののび太の判断に関して信奈は煩く言ってくることはなく、気が変わったら言ってくれと割と冷静な反応をしてくれた。

 

 だが、今日、のび太は何故か信奈によって清洲城に呼び出され、前述した護衛の仕事を持ち掛けられていたのだ。

 

 

「とは言っても、仕官してくれって訳じゃないの。実はある寺で別の国の国主と会談が行われるんだけど、その場の護衛としてここに居る犬千代と一緒に同行して欲しいの」

 

 

「なんでそんな重要そうな仕事を僕が?自分の家臣にやらせた方が良いんじゃ・・・」

 

 

 のび太の返答に、その信奈の家臣の1人である勝家がその通りだと言わんばかりに首を縦に振る。

 

 ・・・もっとも、全員がスルーしていたが。

 

 

「良いの。私があんたが良いって言ってるんだから」

 

 

「でも、僕にだって用事が──」

 

 

「そう言えば、あんた最近うちの領地の市場を散々荒らしているみたいね」

 

 

「!?」

 

 

 ニッコリと笑いながらそう言う信奈にのび太は驚愕に目を見開き、次いで夥しい冷や汗を流す。

 

 実は信奈から謝礼としてそれなりの金額の金を貰った後、のび太は信奈に仕官するにせよしないにせよ、先立つものが必要になると考え、金の元手を増やすためにまず五右衛門に尾張の国中の市場を調べさせ、相場の安いところで米を買い、相場の高いところに売る(ちなみにこの米を売る作業は足下を見られては困ると、川並衆のゴツいお兄さんにやらせている)ということを繰り返し、僅か1週間足らずで元手となった謝礼金を30倍以上に増やす成果を挙げていた。

 

 だが、その結果、米全体の相場が以前より高くなってしまい、兵糧の調達に余計な金が掛かってしまっていたのだ。

 

 そして、それはとある守銭奴姫の血圧を盛大に上げていた。

 

 

「おかしいと思ったわ。なんだか急に兵糧の調達に掛かる銭が多くなったんだもの。それで調べてみたら安い市場の米が軒並み無くなって高い相場の市場でしか売られなくなっているし、しかもその安い市場の米を買い占めたのはあなたみたいじゃない」

 

 

 相変わらずニコニコと笑いながらそう言う信奈。

 

 それが幸せを表す笑みではなく、怒りを表す笑みであるということは流石ののび太にも分かる。

 

 

「そ、それについては色々と深い事情が・・・」

 

 

「うん、きっと深い事情が有るのよね。だから、それを聞いてあげるためにも今回の護衛、引き受けてちょうだい。そうじゃなかったら私、あなたとあなたの仲間を他所の国から来た間者として捕らえなきゃいけないわ。だから、選んで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

返事は、はい?それとも、はい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 選択の余地は、無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇回想終了

 

 

(流石に荒稼ぎしすぎたか。失敗しちゃったな)

 

 

 のび太は調子に乗ってしまったことを反省していた。

 

 手っ取り早く金を稼ぐためにこの時代では税として取られている米を現代の株に見立てて売買を行って儲けたのだが、あまりにも上手く行き過ぎて調子に乗ってしまったのだ。

 

 その結果、おそらくは自分のことを何処かで監視していたであろう尾張の間者の目に留まり、信奈にバレてしまうことになったのだろう。

 

 

(しかし、やっぱり僕をここに連れてきた理由が分からないな。いったいどうしてだろう?)

 

 

 そう、何度考えてもその理由がよく分からなかった。

 

 そもそも自分はまだ織田家の家臣ですらないのだ。

 

 そんな身元不明な人間を国家間の重要な会談に連れていく意味が分からないし、少なくとも自分が信奈の立場だったら絶対にやらない。

 

 

(こんなことをするのはよっぽどの大物か馬鹿だけ。いったい信奈ちゃんはどっちなんだろうなぁ)

 

 

 奇しくも会談相手である斎藤道三と同じようなことを考えていたのび太。

 

 そんな時、ようやく自分の護衛対象である信奈がやって来た。

 

 

「美濃の蝮!待たせたわね!」

 

 

 突然、信奈が本堂に姿を現す。

 

 だが、彼女の姿を見た道三は口にしていたお茶を噴き出し、のび太は──

 

 

 

 

 

「誰?」

 

 

 

 

 

 ──という訝しげな目を向けた。

 

 なにしろ、今の彼女は何時ものうつけ姿ではなく、艶々と輝く茶色がかった長髪を下ろし、最高級の京友禅の着物を艶やかに着こなしたその姿は正に姫君と言っても差し支えはない。

 

 顔立ちもまた今までのび太が大冒険の過程で出会ってきた王女達(ソフィアなど)と良い勝負であり、そういう意味でも姫君に相応しい容姿をしていると言えるだろう。

 

 ・・・まあ、だからこそ普段の信奈の印象と乖離が有りすぎて現実逃避してしまったのだが。

 

 

「誰って・・・私よ!織田信奈よ!」

 

 

「またまた。信奈ちゃんがこんな美人な訳無いでしょ。幾ら普段の姿が不味いからってこんな重要な場で影武者は不味いんじゃ・・・」

 

 

「あんた、後で覚えていなさい」

 

 

 信奈はのび太を睨みながらそう言うが、美人と言われたのは嬉しかったのか、その頬は少し赤い。

 

 一方ののび太は表面上こそポーカーフェイスを保っていたが、内心は心穏やかではなかった。

 

 胸はドキドキしていたし、油断すれば顔も赤くなりそうなので目も合わせられない。

 

 そんな感じに2人は微妙な雰囲気になるが、それを断ち切るように道三はわざとらしく咳をする。

 

 

「コホン。私語は止めてくれんかのぅ」

 

 

「あっ、す、すいません」

 

 

「ごめんなさい」

 

 

「うむ。それでお主が尾張国の当主織田信奈氏という認識で良いのか?」

 

 

「ええ、私が織田上総介信奈よ。幼名は吉だけど、まあ、そんなことはどうでも良いわ!」

 

 

「そ、そうか」

 

 

 道三はそう言いつつも年甲斐もなく照れてしまったせいか、茶器を掌の上で回すという珍妙な行動を取り始める。

 

 

「わ、ワシが斎藤道三じゃ。美濃の国主をやっておる」

 

 

「デアルカ」

 

 

 道三の言葉に信奈は女の子らしい甲高い声で彼女独特の口癖を口にする。

 

 そして、優雅な足取りで本堂の中を進み、道三の正面へと腰を下ろすと、これまた置いてあった茶を上流階級の人間に相応しい所作で一杯口にする。

 

 のび太はその一連の流れに思わず感心していた。

 

 小学6年の時に母親の友達に誘われる形で(お菓子目当てだったが)茶道を少しかじったことがあり、彼女がどれだけその所作に優れているかが分かったからだ。

 

 ──その後、信奈の先制パンチと道三の立ち直りから会談は始まったものの、なかなか纏まる様子はない。

 

 

(会談の流れは流石に年を食ってるだけあって向こうの方が有利だな。大胆な交渉をする信奈ちゃんも凄いけど、完全に向こうに遊ばれていることに気づいていないな)

 

 

 のび太はそう思いながらも他人事のように会談の様子を見ていたが、その直後に道三がとんでもない事を言い出したことでその余裕は一気に崩れ去った。

 

 

「ふむ、埒が明かんの。ここは当主同士ではなく、家臣の質も見てみようか。・・・そこの小僧、今から言う質問に答えてみよ」

 

 

「えっ?ぼ、僕ですか?」

 

 

「うむ、先程、信奈ちゃんが言った美濃の重要性と世界についてどう思った?」

 

 

「それは・・・」

 

 

 のび太は信奈の方をチラリと見る。

 

 彼女の許可無しに勝手に言っては不味いと思ったからだ。

 

 そして、その意を汲んだ信奈が口を開こうとするが、道三は先んじてこう言った。

 

 

「構わん。お前がなにを言おうとそれで会談を中止することはないとワシが約束しよう」

 

 

「・・・分かりました。では、少しだけ」

 

 

「うむ」

 

 

「まず美濃の重要性について前提として1つ質問をしますが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──先程の信奈ちゃんが言った美濃で天下を伺っているという推測は本当に合っているんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その言葉に会談の場の雰囲気は一気に凍り付く。

 

 その発言は自分達の主人の言葉を否定するに等しかったからだ。

 

 

「・・・どうしてそう思った?」

 

 

「美濃の位置はどう見ても天下を伺う位置には適していないと思ったからですよ」

 

 

 そこでのび太は目の前に置いてあったお茶を昔習った茶道の作法で啜り、続きを話し出す。

 

 

「まず前提条件として美濃は先程も信奈ちゃんが言ったように、東国と西国を繋ぐ重要な道路です。ここを落とすことが出来れば、幾内と関東双方を狙えると言っても良いでしょう。・・・しかし、それ故に関東進出を計る西国、上洛を計る東国双方に狙われる」

 

 

 それを聞いた道三の視線は益々鋭くなっていくが、のび太は気にせずに更に話を続ける。

 

 

「ましてや、美濃は尾張を始め、近江、伊勢、飛騨、越前、三河、信濃とざっと数えても7つもの国境を持っています。隣国を攻めて背後を突かれる危険性がある以上、美濃はそれらの国境を接する勢力の殆どが戦争中、あるいは戦争後で兵力を大きくすり減らしているというような状態でも無い限り、身動きが取れない。・・・とてもではないですが、美濃は天下を伺うという上から目線の行動が取れるような余裕のある場所とは思えません」

 

 

「ほう。では、何故ワシは美濃を取ったと思う?」

 

 

「それはあなたの頭の中にしか正解が有りませんので推測になりますが、可能性は幾つか有ります。まず1つ目にあなたは最初は天下取りなど考えておらず、単純に美濃でのしあがりたいと考えて美濃を手に入れ、その途中、あるいは後で天下を目指してみようと考えるに至った」

 

 

「・・・」

 

 

「二つ目に、さっき信奈ちゃんが言ったように天下取りの為に重要だと考えて盗った。でも、盗った後に重要であると共に狙われやすく、隣国の隙を突きにくい場所だと気づいてしまった。しかし、一度盗ってしまった以上、簡単に手放すことも出来ずに今に至る」

 

 

 その言葉に道三の眉がピクリと動く。

 

 どうやらこれが正解だったらしい。

 

 

「・・・図星ですか」

 

 

「ふむ、なかなか視野が広いな。それに敬意を表して答えを言うが、お主の推測はだいたい合っとる。ワシは天下取りに重要な場所だと美濃を盗った。その推測は合っておったが、実際に盗ってみると美濃そのものだけでは天下取りには適していない土地だと後で気づいてしまった」

 

 

「十手先を見る余り、2手、3手先を読み違えるなんてよくある話ですから」

 

 

 要するに先を見すぎる余り、すぐ先の状況が読めなかったのだ。

 

 そして、進んだ先でそれに気づいたが、その時には既に手遅れになっていた。

 

 大層な野望を抱き、尚且つそれを中途半端に実現できる能力のある人間に有りがちな失敗だ。

 

 

「ほう。お主もそういう失敗をしたことがあるのかね?」

 

 

「ええ、昔にね」

 

 

 のび太は遠い目をしながら、小学生時代にドラえもんと一緒にやった幾つかの秘密道具を使った商売の事を思い出す。

 

 今思えば、あの時行った商売の大半が途中まで上手く行ったにも関わらず、最終的に失敗してしまったのは、儲けることに拘る余り、その儲けるまでの過程を甘く見すぎていたせいだろう。

 

 ──そして、信奈の天下取りの野望もまたそれに当てはまる。

 

 その事にのび太は薄々気付いていたが、流石にこの場でそんなことを言うほど馬鹿ではない。

 

 

「では、世界については?」

 

 

「確かに彼女の言っていることは正しいです。ヨーロッパ、じゃなかった南蛮諸国は日本よりも遥かに発展していますから。侵略を危惧するのも当然で、その為に日ノ本を統一する重要性も理解できます。しかし、日本と南蛮間の距離がとんでもなく離れている以上、“今のところは”南蛮諸国が日本に侵攻してくる可能性は“ほぼ”有りません」

 

 

「ほう。では、仮に貴様が天下を統一したとしよう。その後はどうする?」

 

 

 呼び方が“小僧”から“貴様”に変わっている。

 

 どうやら良くも悪くも注目されてしまったみたいだ。

 

 面倒だなと思いながらも、ここで答えないわけにはいかないとのび太は腹を括って話をする。

 

 

「まず海外進出の準備をします。具体的には国内の安定化と海外進出が可能な船の建造と人員の育成、それから軍事力の増強はもちろん、技術革新も進めなくてはいけませんね。あとは政治体制の改革と経済力の増強、それから──」

 

 

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

 

 そう説明し続けるのび太だったが、途中から信奈を含めた皆が唖然としていることに気づいていなかった。

 

 当然だろう。

 

 異端だと思われていた信奈ですら日ノ本統一後は世界に進出するという曖昧な目標しか持っていなかったのに、のび太はそれを当たり前なものとしているどころか、具体的な計画や案を提示しているのだから。

 

 ちなみにのび太がここまで具体的な話を即座に提示できたのには理由がある。

 

 実はこの世界に来る数ヶ月前にのび太の通う高校で夏休みの自由論文を書けという宿題があったのだが、そこでのび太が書いたのは『歴史でもし織田信長が天下を統一していたらその後どうするべきだったか』という内容についてだったのだ。

 

 実はのび太は戦国時代については然したる興味はなかったのだが、こういう歴史のifについて考えるのは結構好きで、割りとマジに勉強して論文を書いた。

 

 そして、今ここで話しているのはその論文の内容そのものだったのだが、そんなことをこの場に居る面々が知るよしもない。

 

 ・・・まあ、のび太は元の世界でもドラえもんが居た未来に繋げる為に今の世界を変えるという野望を抱いており、その為に政治、経済、技術を猛勉強して中には自分独自の考え方を付け加えるなど、もはや変身と言えるレベルでかなり有能(昔も別な意味で有能だったが)な人間になっていたので、論文を書いてなかったとしても今言っているような日本の海外進出案を提示出来ただろうが、流石にここまで即座に答えることは出来なかっただろう。

 

 

「──そして、最終的に海洋超大国日本を作り上げる。とまあ、こんな感じですね」

 

 

「「「「「・・・・・・」」」」」

 

 

 説明を聞き終えた面々は圧倒されていた。

 

 そして、自然と理解する。

 

 野比のび太は織田信奈を越える圧倒的な怪物だ、と。

 

 それは半分程(・・・)誤解なのだが、そんなことが皆に分かるわけもない。

 

 

「──素晴らしい」

 

 

 道三は猛烈に感動していた。

 

 ──正直言って彼は信奈だけでは自分より良いところまでは行くだろうが、同じ夢を見る“同志”が居ない以上、最終的には自分の二の舞を演じるだけだと感じていたのだ。

 

 だが、彼女の家臣(これは誤解でのび太はまだ家臣ではないのだが、道三はそれを知らない)はこれほどの具体性を持った計画を立て、日本という狭い枠組みではなく世界を見据えている。

 

 いや、説明してないだけでもっと先を見据えているかもしれないが、どちらにしても自分の夢を託すに相応しい人間であることは明らかだった。

 

 

(これなら美濃を託しても良いかもしれぬな。いや、それだけでは足りぬ)

 

 

 道三は年甲斐もなく興奮していた。

 

 だからこそ、彼女を美濃を託すだけでなく、彼には美濃に存在する有能な人材を託すべきではないか?

 

 そう考えるようになっていた。

 

 ちなみにこの時の道三の考えは美濃の歴史を2つの正史(原作&現実)から更に分岐させることになるのだが、その事を知る者はこの場には誰も居ない。

 

 

「いや、良い話を聞かせて貰った。信奈殿、君は良い家臣をお持ちのようだ」

 

 

「あっ、い、いえ」

 

 

「ワシの娘を妹にするというお主の提案。是非、受けさせてもらおう。それから1つ聞きたいが、あの家臣には部下が居るのかな?」

 

 

「えっ?居ないけど・・・」

 

 

「では、ワシが見繕った人材を何人か奴にやろう。天下取りの為に上手く使ってくれ。それと美濃譲り状もこの場で書く。ワシはそなたに──我が娘に美濃一国を譲って隠居するぞい」

 

 

「蝮!?」

 

 

 その言葉に信奈の瞳が一瞬潤む。

 

 知恵者・斉藤道三であるならば自分の志を語っても理解して貰えるとは思っていた。

 

 だが、これほどの無防備な好意を寄せられるとは思っていなかったのだ。

 

 

「これより信奈ちゃんは我が娘じゃ。娘に国を譲るのは父として当然のこと」

 

 

「本当に、良いの?」

 

 

「蝮と憎まれたワシの国盗りにもかような意義が有ったのじゃと思わせてくれ」

 

 

 そう言うと、道三は美濃譲り状をさらさらと達筆な筆跡で書いてみせた。

 

 その光景と道三の思いきりの良さに少々の感動を抱いていたのび太だったが、それはすぐに台無しになる。

 

 

「・・・という訳で、ちょっとだけお尻を触らせてくれんかの。我が娘よ・・・ふぎゃっ」

 

 

「なんであんたなんかにお尻触らせなきゃならないのよ、このエロジジイ!」

 

 

 セクハラを働こうとした道三の側頭部にすかさず立ち上がった信奈が強烈な回し蹴りを入れる。

 

 

(あははは、これまた過激な親娘のスキンシップだな)

 

 

 それを見たのび太は何処かずれた感想を抱きつつ、会談が終わったことに安堵する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、彼は知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この会談で織田信奈の彼を見る目が大きく変わったということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、本来の歴史にはない“第4の天下人”が産声を上げ始めていたということを。



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織田信勝

 

 

「弱っ!なんだこいつら」

 

 

 のび太はそう言いながら、地面に伸された若侍達を呆れた目で見ていた。

 

 あの正徳寺の会談からの帰り道、のび太はまたもや信奈から家臣にならないかという誘いを今度はしつこく受けたのだが、のび太は“前向きに善処する”という現代の役人がよく使うどうとでも取れる言い回しで上手くその話をかわす。

 

 その後、信奈と別れて宿へと向かったのだが、その先で信勝の親衛隊と名乗る若侍達に絡まれてしまったのだ。

 

 そして、信奈の弟だという信勝が現れると延々と信奈に対する悪口を聞かされ、友人である(と同時に無意識ながら好意を抱いている)彼女の悪口にのび太は当然の事ながら不快になったが、ここで怒れば信奈に迷惑が掛かるとどうにか耐え、適当にスルーしていたのだが、どうやらなにも言い返さないことで調子に乗ったのか、1人の若侍がのび太に暴行を働こうとしてきた。

 

 そうなると、流石ののび太も黙ってはいられない。

 

 元々、のび太は殴られたらそのままにしておく聖人ではなく、機会があったらやり返す主義だ。

 

 そして、今ののび太にはそんじょそこらのチンピラでは逆立ちしても勝てない格闘スキルがある。

 

 だからこそ、暴行を働こうとしてきた侍を叩きのめし、その後は流れ作業的に他の若侍達と喧嘩をする羽目になった。

 

 だが、この戦国時代は近世以降の時代と違って近接戦闘が主流。

 

 同じ土俵で戦う以上、自分より近接戦に慣れているであろう向こうの方が有利なので、こちらは交戦しつつなんとかここから逃げ出さなくては死ぬ。

 

 ・・・というのが、戦闘が始まった当初ののび太の考えであったのだが、蓋を開けてみれば想像以上に弱く、若侍達は刀まで持ち出したにも関わらず、あっさりと制圧されてしまった。

 

 

「あっ、ああ・・・」

 

 

 取り巻きの侍達があっという間に倒されてしまったことで信勝は恐怖に震えていたが、この場で一番困っていたのは侍達を倒してしまったのび太自身だった。

 

 なにしろ、侍達を倒してしまったせいで残った信勝の処分を決めなくてはならなくなったのだから。

 

 

(どうしようかな?)

 

 

 もちろん、当初の予定通りにこの場からすぐに逃げ出すという手もあるにはある。

 

 だが、後日、ちょっかいを出してこられても困るので、優位な状況である今のうちに脅して手出しをしてこないようにしておきたいという思いもあった。

 

 だが、信勝は信奈の弟。

 

 あまり手荒な真似をすれば、信奈が悲しむことになるだろうし、それ以前に権力者の親族に手を出したとなれば面倒なことになりかねない。

 

 

(なんて面倒な奴だ。僕にとっては存在そのものが疫病神みたいなものだな)

 

 

 のび太は信勝に冷ややかな視線を向けながらそう思い、この場をどうするかを考える。

 

 ──だが、その時、思いもよらない人物がその場に現れた。

 

 

「これは・・・いったいどうしたんだ!?」

 

 

 そこに立っていたのは信勝付きの家臣──柴田勝家だった。

 

 

「どうもこうもないよ。いきなりそいつとそこに転がっている奴等が僕に絡んで襲ってきたんだよ」

 

 

「! そ、そうか。すまない」

 

 

「・・・やけにあっさりこっちの言い分を信じるんだね?」

 

 

 のび太はあまりにあっさりとこちらの言い分を信じた勝家に疑問を抱いた。

 

 今の状況はなにも知らない第三者から見れば、のび太が信勝を襲うために彼の護衛を全滅させて今まさに標的である信勝を襲おうとしていると取られても可笑しくない場面だ。

 

 もちろん、それは誤解なのでそう取られて嬉しいわけではないが、こうもあっさりとこちらの言い分を全面的に信じられると流石に拍子抜けしてしまう。

 

 

「以前にもこのような事が何度か有ったからな。幸い、取り返しのつかない事態にまで発展したことはないが・・・」

 

 

「そりゃそうだ。取り返しのつかない事態になっちゃったら、信奈ちゃんが黙っているわけがないからね」

 

 

 なにしろ、信奈はあの通り、苛烈な性格をしている。

 

 もし自分の弟が町で取り返しのつかないことをやらかして織田家に泥を塗ったとあれば、下手をすれば自分自身の手で処刑してもなにも可笑しくはない。

 

 

「それよりとっととその子を連れていってくれない?何時までもここに居られるとお互いに不味いことになりそうだからね」

 

 

「・・・すまない」

 

 

 一言そう謝り、勝家は信勝を連れていこうとするが、そこでようやく我に返ったのか、信勝が急に喚き出した。

 

 

「か、勝家!な、なにをやってるんだ!!早くそいつを斬ってくれ!!」

 

 

「・・・アホらしい」

 

 

 そんなんだから、信奈から家督の座を自力で奪い取れなかったんだよ。

 

 信勝の他人頼みな態度にもはや怒る気も失せたのび太はそう吐き捨てながらその場から立ち去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇1週間後

 

 あの正徳寺での会談と信勝の騒動から1週間。

 

 のび太は尾張で正式に川並商会と呼ばれる商会を立ち上げ、時折津島にやって来る南蛮商人とも交流しつつ、先の米の売買と同じような市場を席巻していた(荒らしていた)

 

 その間、あの日に取り巻きの侍達を叩きのめした事が効いたのか、信勝とその取り巻きがこちらに手を出してくることはなく、平和な日々が続いていた頃、のび太は美濃方面の諜報活動に出ていた五右衛門からある報告を受けていた。

 

 

「そっか。やっぱり、あのお爺さん。美濃譲り状の一件で家臣達から反発を受けちゃってたか」

 

 

 道三が美濃譲りについて家臣達から反発されているという報告に、のび太は納得したように頷く。

 

 考えてみれば当たり前の話だった。

 

 のび太は斉藤道三という人物のことについて直接会って話した以外の事はよく知らないが、それでも下克上で有名な人物であったのは知っている。

 

 なんせ、下克上の象徴として教科書に載っているほどだったのだから。

 

 しかし、これは逆に言えば、教科書に載るほど下克上をやりまくっているということでもあり、当然の事ながら彼を恨んでいる人間は多い。

 

 いや、仮に慕われるような人間であったとしても他国の人間、それもうつけと評判の悪い人物に国を譲るなどと言えば、正気を疑われるのは当然だ。

 

 

「それで反発している家臣ってどれくらい?」

 

 

「分かっているだけで8割以上、中立は殆ど居らず、道三殿についちぇいるにょは、のきょりいちわりほじょでごじゃる」

 

 

「・・・味方少なすぎない?どんだけ嫌われているんだよ」

 

 

 普通、国内の派閥や勢力争いというのは中立派がそれなりに居るものなのだが、それが全く居らずに道三の決定に反発している者ばかり。

 

 ・・・どうやら想像以上に道三という人間は嫌われているらしい。

 

 

「それを言ったら信奈殿もでござるよ。先日会ったあの美濃三人衆の御仁達も言っていたでありょう?もしどうしゃんどのがにょぶなどのではなく、のびうじにみにょゆじゅりわたしじょうをわたしちゃのであれば、すにゃおにしちゃがっていちゃと」

 

 

「うん。自分で言うのもなんだけど、何処の馬の骨とも知らない僕の人柄の方が信じられるなんて思わなかったよ」

 

 

 そう、先日、のび太は斉藤道三が言った“彼が見繕った家臣”である美濃三人衆──稲葉良通、安藤守就、氏家直元と会談した。

 

 結果的に家臣に着けることには失敗したが、それでものび太の天性の人柄が評価されたのか、好印象を与えることには成功しており、何らかの切っ掛けがあれば家臣になる可能性は残っている。

 

 

「・・・ところで野比氏。拙者は川並衆を侍にすることを望んでいたでござるが、なじぇしょうばいにんになっちぇいるでごじゃる?」

 

 

 五右衛門はジト目でのび太にそう問いかける。

 

 確かに今の生活も悪くはないが、元々の約束はのび太と五右衛門(と川並衆)で立身出世を果たすことだったのだ。

 

 それを事実上反故にしているとなれば五右衛門が咎めるのも当然と言えば当然だった。

 

 

「分かっているさ。だけど、今の尾張は政情が安定していないから。間違った主君に仕えちゃ大変なことになるし、もう少し政情が安定してからの方が良い」

 

 

「それも一理有るでござるが・・・あまり遅いと手遅れになるかもでござるよ?」

 

 

「大丈夫さ。尾張の侍はどうやら僕が素手で勝ててしまうほど弱いみたいだからね」

 

 

「・・・なにかあったのでござるか?」

 

 

「いや、別に。ああ、それよりこれを見てくれ」

 

 

 のび太はそう言って棚に置かれていた1つの銃を五右衛門に見せる。

 

 

「これは・・・種子島(火縄銃のこと)でござるか?しかし、何か違うようにゃ・・・」

 

 

「これは僕が自作した銃でミニエー銃と言ってね。今から300年くらい後に・・・いや、なんでもない。とにかく、この銃は雷管というものが内蔵されていて火縄銃と違って火縄抜きでも発射できるんだ。ついでに銃身も火縄銃とは違う作り(ライフリング)をしていて弾丸も特殊なものを使っているから射程が何倍も長いし、威力も高い」

 

 

「! ほう、それが本当なら凄いものでござるな」

 

 

「だろう。それで将来的には──」

 

 

「のび太、ここに居た!」

 

 

 突然、のび太の説明を遮る形で現れたのは信奈の家臣の1人──犬千代だった。

 

 

「君は・・・確か犬千代だっけ?どうしたの?そんなに慌てて」

 

 

「急いで城まで来て!姫様が信勝を殺そうとしている!!」

 

 

「──は?」

 

 

 犬千代が発した物騒な発言の内容に、のび太は目を丸くしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇清洲城

 

 

「信勝、最後に何か言い残したいことはある?」

 

 

「うわあぁああん。姉上、2度と逆らいませんからお許しください!僕は目が覚めました!名古屋名物のういろうを全国区にしようだなんてちっちゃい野望を抱いて謀反ばかりを起こしていた僕の方がうつけでした!あねうえええええ~!」

 

 

 家臣に煽られて謀反未遂を起こしてしまった信勝はいよいよ命の危機が迫ったせいか、泣きながら命乞いを始める。

 

 信勝付きの家臣である勝家も必死に信勝の助命を乞うが、そんな彼らに対し、信奈は冷たい声でこう告げた。

 

 

「もう沙汰は決まっているの。六は本日よりわたし付きの家老に配置換え。信勝の取り巻き達は処刑。あんたも本当は処刑にしたかったけど、一応は家族としての情もあるから切腹にしてあげる」

 

 

「切腹?そんな痛そうな死に方はイヤです無理です姉上っ!」

 

 

「そう。拒否するなら、私直々に打ち首にするまでよ」

 

 

 そう言って傍に控えていた小姓から太刀を受け取った信奈が立ち上がり、信勝の正面へと降りてきた。 

 

 それを見た勝家は慌てた様子で再度助命を乞おうとする。

 

 

「姫様、信勝は実の弟君です。なにとぞ」

 

 

「くどい、六!身内の反乱1つ鎮められないで天下なんて言えないでしょう!みんなもよく聞きなさい!今後、私に逆らった者はたとえ家族であろうとも殺すわ!わたしはこれから私情を捨て、第六天の魔王になるの。それが天下のため、民のためなんだから!」

 

 

 既にうつけの信奈の顔は消えている。

 

 今の信奈はゾッとするような鋭い視線を持った絶世の美少女と化していた。

 

 その手には太刀が握り締められている。

 

 信奈は私情を捨て、天下盗りのために戦う女神そのものと化していた。

 

 

「まるで、軍神・摩利支天じゃ」

 

 

 そう誰かが声を漏らす。

 

 あまりにも美しく、あまりにも神々しく、それ故にあまりにも恐ろしかった。

 

 もはや、誰も異を唱えられない。

 

 家臣達が顔を伏せて震え上がる中、信奈はゆっくりと刀を構える。

 

 そして、降り下ろそうとした正にその時──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

パン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 1発の銃声が響き渡り、それに驚いた信奈と家臣達がそちらを向くと、そこにはミニエー銃を天井に向かって放ったのび太の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お取り込み中失礼。だけど、ちょっとその子の処分は待って貰えるかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 驚いた様子の信奈(魔王)に対して、のび太(勇者)はニッコリと笑いながらそう言った。




原作では信勝の取り巻きの処分は追放でしたが、この世界ではとある事情で処刑になりました。


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勇者と魔王の論戦

5話を越えた辺りから急に評価者とブックマーク登録者が増えてきていつの間にか総合評価が300を越えていました(驚愕


◇清洲城 広間 

 

 清洲城の広間で対峙するのび太と信奈。

 

 ちなみにその場に居た家臣達の一部はのび太が侵入者であることを認識した直後に立ち上がって刀を抜こうとするが、のび太が一睨みするとあっという間にその行動を抑制される。

 

 まあ、元々、ここに居る家臣達は魔王になりかけている(・・・・・・・・・・)16歳の少女にビビる程(・・・・・・・・・・)度の者(・・・)しか居ないのだ。

 

 そんな人間達が大冒険の修羅場を潜り抜け、完成された英雄の濃縮された殺気に耐えられる筈もなく、彼らに残されたのはこの場の傍観者になることのみだった。

 

 そして、英雄の放つ威圧感から逸早く立ち直った信奈はその気迫に圧倒されながらものび太に対してこう言う。

 

 

「あんた、なにしに来たのよ」

 

 

「いや、ある人から信奈ちゃんが弟を処刑しようとしている話を聞いてね。一応、止めに来たんだよ」

 

 

 犬千代の名前は出さなかった。

 

 もしここで名前を出したら、どう終息するにしても今後の彼女と信奈の関係は微妙なものになってしまうと感じたからだ。

 

 

「・・・止めても無駄よ。こいつは私が直々に斬るって決めたんだから。そもそもあんただってこいつにちょっかいを出されたそうじゃない」

 

 

「まあ、そうなんだけどね。それほど恨むことでもないし、なによりその子を斬ることで友人の心が殺されるって言うんだったら流石に捨て置けないよ」

 

 

「綺麗事ね」

 

 

「ああ、綺麗事だよ。でも、その綺麗事を完全に切り捨てた人間に対して、他の人が感じるのは化け物を見たかのような恐怖でしかない。・・・丁度、今ここに居る信奈ちゃんの家臣達のように、ね」

 

 

 その言葉に信奈はのび太から一瞬だけ視線を外し、自らの家臣達を見て・・・そして、鼻で笑った。

 

 

「そうね。でも、それで良いじゃない。天下万民の為にも、私は天下統一をしなければならないわ。でも、家臣達が私の命令に忠実に従わない限り、天下統一なんて無理に決まっているでしょう?」

 

 

「確かにね。でも、その子を斬ったところで天下が直接自分の手元に転がってくるわけではないし、家臣達が信奈ちゃんのことを根本的に理解してくれるわけでもない」

 

 

「そんなこと分かっているわよ!でも、どうせ私の言っていることが理解できない馬鹿ばかりなんだから、黙って私の言うことを聞いていれば良いの!ましてや、私に逆らう弟なんて要らないわ!」

 

 

「・・・本気でそう思ってる?」

 

 

 そのあまりにも傲慢な台詞を聞いたのび太はスッと目を細めて信奈を睨み付ける。

 

 その視線は鋭く、魔王となりかけていた信奈の心の中に存在したどす黒い炎は忽ち弱まっていく。

 

 だが、それでも普段からの負けん気の強さによってどうにかそれを維持すると、逆にこう言い返した。

 

 

「そ、そうよ!だいたい信勝を身内だからって許してたら戦で命を落とす兵や民達に対して不公平よ。人の命の価値は侍だろうが、農民だろうが町人だろうがみな同じだわ。こいつを斬って尾張の民達の命を守れるなら、そっちの方が誰にとっても得になるでしょう。違う?」

 

 

「民達の為ねぇ。為政者がなにかとよく使う言葉だけど、そんな感情は心に余裕があるからこそ持てるんだよ。ここで弟を自分の手で殺しちゃったりなんかしたら、心に余裕が無くなって口では民のためと言い続けるだろうけど、内心ではどうでも良くなるさ」

 

 

「うるさいわね!あんたに何がわかるのよ!?」

 

 

「分かるさ。僕も前に居た場所で心の余裕が無くなって気づかぬうちに愚かな政策をし始めた為政者を多く見ているからね」

 

 

 代表的なのは小学5年生の時に出会ったロボット王国の女王ジャンヌだろう。

 

 彼女は元々は優しい性格で為政者として十分な素質を持っていたが、父をロボットが原因の事故で亡くして心の余裕が無くなり、その心の余裕の無さをデスターに漬け込まれたせいで、“ロボットの感情を抜き取る”という政策を許可してしまった。

 

 まあ、あれは最終的に肝心の感情回路が無事だったからこそ引き返すことが出来たが、もし感情回路が壊されていたら“ロボットの感情を殺したことを意味のあるものにしたい”という強迫観念が生まれ、引き返すことは出来なくなっていた筈だ。

 

 そして、今回の場合、もしこのまま信奈が信勝を斬り殺した場合、心の余裕が無くなってしまい、最終的には護ると言った民でさえ自分に逆らうのであれば簡単に斬り殺すようになる可能性が高い。

 

 そうしなければ、信勝が死んだ意味が無くなってしまうと彼女は思うであろうから。

 

 

「とにかく、引き返すなら今のうちだ。幸い、今回の謀反は未遂なんだろう?だったら、家からの追放とか、改名とかその辺が妥当だと思うよ」

 

 

「・・・」

 

 

 のび太の言葉に、信奈は俯きながら沈黙する。

 

 今のび太が言った罰の内容は現代日本の価値観からすれば甘すぎる処置(21世紀の日本ではこういった反乱未遂行為は重い処罰が下る)であろうが、この時代の出家や改名というのはとても重い意味を持っており、これを受け入れるということは家督を継ぐ権利を失うということでもあるのだ。

 

 それは今回のような反乱未遂に対する罰としては妥当なものだろう。

 

 

「確かに為政者として非情な決断をしなければいけない時もあるだろうけど、ここで信奈ちゃんの弟を斬り殺すのは幾らなんでも意味が無さすぎるよ」

 

 

「・・・」

 

 

「なんだったら、信勝君を僕の下に預けてくれても良い。家督争いには絶対に参加させないから」

 

 

「ええ!?ちょっとそれは流石に困る。母上に怒られてしまう!」

 

 

「ちょっと黙っててくれないかな?」

 

 

 せっかく話が纏まりそうだったところに水を差された形になったのび太は苛立ちを込めた声でそう言った。

 

 そもそも今回の一件は彼が若侍達に唆されずに大人しくしていれば起きなかった話なのだ。

 

 しかし、それでも命だけは助かるかもしれないという話をしているにも関わらず、我が儘を言って状況を掻き乱す信勝の行為は先日の出会った時の一件も合間って、のび太を苛立たせるには十分だった。

 

 

(まあいいや。今はこんなやつに構っていられる余裕はない。とにかく、今は信奈ちゃん自身がこいつを処分することを全力で止めなきゃ)

 

 

 のび太は万が一の時は自分自身の手で信勝を始末する事を決めた。

 

 元々、のび太は信勝が信奈の弟だから気を使っていたにすぎず、この場に乱入したのだって彼を殺せば彼女の心が壊れるという事を懸念したからにすぎない。

 

 だからこそ、自分が殺すことで例え彼女に恨まれることになっても、彼女の心だけは保てるようにしよう。

 

 のび太はそう考えたのだ。

 

 ・・・何時もののび太らしくない過激な考え方だったが、逆に言えばそれくらい信奈という少女に惹かれ始めているという証でもあった。

 

 そして、のび太は先程から俯いたまま黙っている信奈に対して更に口を開く。

 

 

「信奈ちゃん。とにかく自分で弟を討つなんて事は止めた方が良い。それをやったら君の心が──」

 

 

「──さい」

 

 

「えっ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うるさいって言ってんのよ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 信奈はそう叫んだ後、太刀を握り締めながらのび太の方に向かって走り出す。

 

 それを見たのび太は慌ててかわそうとするが、不意を突かれたことと先程の叫びに一瞬だけ怯んだことで回避が間に合わず、そのまま突っ込んできた信奈に押し倒される。

 

 そして、その状態のまま信奈は持っていた太刀をのび太の首へとあてた。

 

 

「そうよ!私は尾張の国の国主!!その気になれば、あんたの首なんか跳ねるの簡単なんだから!」

 

 

 口元を歪ませながらそう言う信奈の瞳は明らかな狂気を宿しており、さしもののび太も怯んだが、それでもその視線は信奈の視線とピッタリ重なり合わさっていて表面上は動揺した様子は見られない。

 

 そして、表面上は変わらないのび太の様子に信奈はイラついたのか、このような最後通諜を突き付ける。

 

 

「最後の警告よ。今すぐ消えなさい。今なら見逃してあげるわ」

 

 

「それは出来ない。ここで引いちゃったら絶対に後悔するから」

 

 

 信奈の言葉にのび太は強い意思を宿した瞳でそう返すが、その反応は益々信奈の癪に障った。

 

 

「そう。じゃあ、あんたは殺すわ。何か言い残したいことはある?」

 

 

「そうだね。・・・じゃあ、せめてこれだけは許して欲しいな」

 

 

 いよいよ死を覚悟したのび太は言葉を発する代わりに右手を信奈の頭へと伸ばし、そのまま撫で始める。

 

 

「えっ!?ちょっ、なにすんのよ!!」

 

 

「最後なんだろう?だったら、これぐらいは勘弁してくれよ」

 

 

「そ、それは・・・うっ、う~~~」

 

 

 のび太のあまりと言えばあまりに意外な行動に、すっかり毒気を抜かれてしまった信奈は戸惑い、目をキョロキョロと泳がせる。

 

 そして、一通り撫で終える頃には狂気を帯びていた瞳はすっかり元の状態へと戻っており、のび太はそんな彼女に対してこう告げた。

 

 

「じゃあ、良いよ。一思いにやって来れ。ああ、ただ、僕が死んだ後、川並商会の面倒だけは見てやって欲しいな」

 

 

「──なんでよ」

 

 

「ん?」

 

 

「なんで、あんたはこんなことで自分の死を受け入れられるのよ」

 

 

 信奈は悲しそうな声でそう言った。

 

 よく見ると、涙目にもなっている。

 

 確かに端から見れば自分の行動はちょっかいを出してきた信勝の為にこの場に乱入し、信奈に殺されそうになったという状況だ。

 

 道理が通っているわけでも、合理的な判断でもない。

 

 それはのび太にも分かっている。

 

 だが──

 

 

「それでも信奈ちゃんが悲しむのは嫌なんだ。・・・友達だから」

 

 

「っ!?」

 

 

 その言葉に信奈は大きく目を見開き、じっとのび太の目を見る。

 

 のび太はそれに戸惑いつつも、信奈の視線から目を逸らさずに信奈の目を見つめ返す。

 

 その後、暫しの間、見つめ合っていた両者だったが、やがて信奈はゆっくりとのび太から体を離していく。

 

 そして、先程の小姓の下に行って鞘を受け取り、太刀を納めると、信奈はのび太に向かってこう言った。

 

 

「気が変わったわ。信勝の処分についてはあんたに任せる。煮るなり焼くなり好きにしなさい」

 

 

「・・・ありがとう」

 

 

 のび太の言葉に信奈は『ふんっ!』と鼻を鳴らし、広間から去っていく。

 

 そして、のび太は命が助かった事に安堵しつつ、何が起こったか分からずに呆然としている信勝の方を見ると、悪魔のような笑顔を浮かべながらこう言った。

 

 

「さて、信勝君。君に選択肢を上げよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今すぐ僕に殺されるか、それとも出家して僕の下に着くか。好きな方を選べ」



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月下の告白

 

 清洲城で信勝の処刑騒動があったその日の夜。

 

 珍しく夜更けの時間に目が冴えてしまったのび太は、ちょっと散歩をしてみようと外を出歩いていたのだが、とある坂道を上っている途中で寝具を着た姿の信奈とばったり鉢合わせしていた。

 

 

「なんだ。これからあんたを呼びに行くところだったのに」

 

 

「僕を?こんな夜更けに?」

 

 

「ええ、ちょっとついてきなさい」

 

 

「・・・分かった。どうせ眠れそうにないし、良いよ」

 

 

 のび太はそう言って信奈の案内の下、清洲城の方へと歩いていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇清洲城 本丸 信奈の部屋

 

 

「へぇ、地球儀か」

 

 

 清洲城の本丸にある信奈の部屋へと通されたのび太は彼女が大事そうに懐に抱える地球儀を珍しそうに見ていた。

 

 その地球儀はかつてのび太が持っていた地球儀と比べると酷く大雑把な地形しか描かれていなかったが、この時代は人工衛星はおろか、近代並みの航海技術すら存在しないので、それも仕方の無い話と言えるだろう。

 

 

「これは私の宝物なの。子供の頃、父上が津島の港から連れてきた南蛮の宣教師に貰ったの。その青い目の宣教師から、色々なことを教わったわ。日ノ本は地球の上ではちっぽけな島国にすぎないってこと、その島国で同じ日ノ本の人間同士がいがみ合って戦っていること、科学が盛んな南蛮では種子島を始め、色々な発明が次々と成されていて、いずれ強大な武力と経済力で日ノ本も飲み込んでしまうだろうってこと・・・あいつらの国の王様達はみんな日ノ本のことを“黄金の国じぱんぐ”って呼んでいて欲しがっているんだって」

 

 

「まあ、それは知っているよ」

 

 

 なんせ、世界史で習ったからね。

 

 のび太はその言葉を必死で呑み込んだ。

 

 未来の歴史を話すのは決して良いことばかりではない。

 

 前の世界ではのび太はそれが原因でしずかに心を引き摺られてしまい、結果的に1人の少女を死なせてしまったことがある。

 

 だからこそ、のび太はこの時代に来てからこれまで未来人であることを一切喋らず、“様々なことを知っている奇妙な風来坊”として通してきたのだ。

 

 そして、未来人であることを明かす気は今のところ無かった。

 

 

「・・・そう言えば、あんた南蛮に行ったことがあるんだっけ」

 

 

「ああ、正確には南蛮じゃなくて向こうの言葉で言えばヨーロッパ。日本語で言えば欧州だけどね」

 

 

「欧州?なんか奥州と間違えそうな名称ね。まあ、良いわ。それよりどんなところだった?」

 

 

「日本には無いような様々な文化があって、とても良いところだったよ」

 

 

 そう言いながら、のび太は前の世界で大冒険や留学の際に行った欧米諸国の文化を思い出す。

 

 何処の国も日本には無い素晴らしい文化を持っており、初めて行った時は感動したものだ。

 

 その中でも特にのび太と縁が深かったのはアメリカとドイツであったが、その他の国との縁も決して薄いというわけではなく、むしろ、上流階級との交流という意味では日本よりも縁が深かったと言えた。

 

 だが──

 

 

「それでも僕は日本の文化が一番だったと思うな。まあ、故郷であるからという贔屓目も有るんだろうけどね」

 

 

「そっか。じゃあ、まだ日ノ本の文化も捨てたもんじゃないってことね」

 

 

「それに軍事力もね。確かに船の技術に関してはかなり遅れを取っているけど、陸上戦力に関しては日ノ本と南蛮は今の時点ではほとんど大差無いよ」

 

 

 これは本当の話だ。

 

 “例の論文”を書いた時、海外進出の際に脅威となるであろう南蛮(特にスペイン)の軍事力を調べたのだが、この時代は日本も南蛮もマッチロック式の銃が主力であり、マッチロック式の次の世代の銃であるフリントロック式の銃が南蛮で登場するのは17世紀初頭だ。

 

 まあ、一応、フリントロック式の銃の原型であるホイールロック式の銃は既に登場しているのだが、高価なのと信頼性が低くてほとんど使われていない。

 

 つまり、銃に関しては日本と南蛮ではほとんど差はなく、むしろ戦争続きの関係で大量の銃器を生産している分、日本の方が戦力が上だったりするのだ。

 

 ちなみにのび太が使っている銃はパーカッションロック式といってフリントロック式の更に次世代の銃だったりする。

 

 まあ、史実の織田信長やこの世界の織田信奈は後にパーカッションロック式の更に先であり、現代の銃にも使われているメタリックカートリッジの原型を作り上げる(嘘だろ!?おい!!)のだが、それは取り敢えず置いておく。

 

 

「・・・私のやっていることって無駄なのかな?」

 

 

「えっ?どうして?」

 

 

「だって軍事力に差はない上に日ノ本に攻めてくる可能性は低いんでしょう?だったら、私の天下盗りって無駄なのかなって」

 

 

「そんなことはないさ。さっきも言ったろう。船に関しての技術はかなり遅れを取ってるって」

 

 

「でも、それだって技術が手に入れば作れるようになるんでしょう?」

 

 

「それは・・・」

 

 

 否定はしない。

 

 この時代はガレー船が主流で一部でガレオン船が使われているといった感じになっているが、どちらにしろ今の日本で作ることはその気になれば可能(実際、史実では作っている)だ。

 

 科学力の向上が著しかった近世頃からならばいざ知らず、中世の現在では日本と南蛮ではそれほど科学力の差は開いていないのだから。

 

 しかし──

 

 

「それでも信奈ちゃんのやっていることは無駄なんかじゃないよ」

 

 

「どうして?」

 

 

「だって今の日本に南蛮の脅威に気づいている人間なんてほとんど居ないもん。みんな天下を獲るのに夢中で日本の外のことなんか目もくれてない」

 

 

「・・・」

 

 

「それに・・・天下を獲った後、海外進出しようなんて考える人間はおそらくほとんど居ないと思う。いや、大名くらい偉い人なら興味は持つかもしれないけど、それより下となるとね」

 

 

 のび太の言っていることは間違っていない。

 

 実際、史実で最終的に戦国時代を終わらせた徳川家康は東南アジアなどに日本人を移民させて日本人街を作らせたりしたが、その次の世代になった途端に鎖国政策を取ったりしたのは、おそらく家臣レベルの人間が海外進出に興味を持つどころか、日本列島から日本人が出ていくのを恐れたからだろう。

 

 明らかにのび太の知っている歴史とは違うこの世界では誰が最終的に日本の覇権を握るのかは分からないが、それでもおそらく信奈やあるいは極一部の海外進出に興味がある大名以外が政権を握った場合、最終的に徳川政権と同じような鎖国政策を取る可能性が高い。

 

 まあ、鎖国政策には鎖国政策の良いところがあったので、それが丸っきり間違いであったとは思わないが、海外進出をした日本の歴史も見てみたいという思いが少しは存在することも確かだった。

 

 そして、それが出来るのはのび太の知る限りでは信奈しか居ない。

 

 

(まっ、それでも信奈ちゃんになにがなんでも天下を取って欲しいとは思わないけどね)

 

 

 そもそも夢というものは自分の力で叶えるものなのだ。

 

 他人の夢に自分の夢を重ねるなど、間違ってもやってはいけない。

 

 だからこそ、のび太はこの時代で出来た自分(・・・・・・・・・・)の夢(・・)を持ちながらも、本来の主人公(相良良晴)とは違い、信奈の海外進出構想を聞いてもそれを一歩引いたところから見ており、彼女に必ず天下を取って欲しいとも、天下人の姫武将として輝かせたいとも考えていなかったのだ。

 

 

「あなたはどうなの?」

 

 

「僕?僕が天下を取ったらってこと?」

 

 

「そうよ。まあ、あり得ないと思うけど一応聞いておきたいの」

 

 

「・・・そうだねぇ。僕は海外進出よりも技術革新を優先して進めるかな。僕の夢のこともあるしね。まあ、その過程で日本全体が経済的な捌け口を求めて海外進出するかもしれないけど、その時はその時だ」

 

 

「へぇ、やっぱりあんたもあんたなりに考えているんだ。・・・それで、あんたの夢ってなんなの?」

 

 

 そう言われたのび太はどう答えるべきかと一瞬迷ったが、素早く考えを纏めるとこう言った。

 

 

「僕は昔ね。とあるからくり仕掛けの子と友達になったことがあるんだ。それで普通の人とそういう子が仲良くなれる世界を作る。それが僕の夢なんだ」

 

 

「・・・そっか」

 

 

 寂しげにそう言う信奈。

 

 そんな彼女を見たのび太は自分のもう1つの夢を語るか一瞬だけ迷ったが、やはり勇気を出して言ってみることにした。

 

 

「まあ、もう1つの夢も諦めていないんだけどね」

 

 

「もう1つの夢って?」

 

 

「好きな子と結婚して小さくても良いから家を買って子供を作って家族一緒の生活を送る。・・・まあ、この夢を抱いた時の好きな人にはフラれちゃったから一時は保留になっちゃったんだけどさ。最近、好きな人がまた出来たんだ」

 

 

「・・・そう」

 

 

 その言葉に信奈は胸の奥がズキッと痛むのを感じるが、表面上は気にすることなく、彼女は前にもしたある提案をのび太に対して行った。

 

 

「ねぇ、何度か提案した家臣になるって話。受けてくれない?」

 

 

「・・・」

 

 

「あなたが来てくれれば、私の夢はたぶん叶う。私もあなたの夢を手伝える立場に居る。お互いにとって利益のある話だと思うわ」

 

 

 信奈はそう言ってのび太を誘う。

 

 この時点で信奈はのび太をかなり高く買っていた。

 

 なんせ、尾張にやって来てから僅か2週間程の間で川並商会という商会を設立して繁盛させている上に、どうやってかは分からないが、種子島(厳密にはミニエー銃)と火薬を大量に調達しており、更には独自の私兵集団(川並衆+のび太があちこちで自ら集めた人間達)も保持している。

 

 これだけ有能で使い勝手が良さそうな存在は、この先、なかなか出てこないだろう。

 

 そういう意味でも織田家が彼を取り込む意味はとても大きい。

 

 それに彼の世の中を作り替えたいという思いは自分の思想とほぼ一致している。

 

 そして、もし出世して織田家の重臣となれば結婚相手も選り取りみどりだろう。

 

 ・・・何故かのび太の結婚相手を想像すると心が痛むのが気になったが。

 

 

「あんたの要領の良さなら運が良ければ大抵のものは手に入るわ。・・・その好きな人と結婚も出来るわよ」

 

 

「それが君だったとしても?」

 

 

「そうよ。・・・・・・えっ?」

 

 

 のび太の言葉を聞いて、一旦肯定してしまった信奈だったが、改めてその発言の内容を見直すと途端に慌て出した。

 

 

「ちょっ、ちょっとなに言ってんのよ!?」

 

 

「冗談で言った訳じゃないよ。僕は信奈ちゃんが好きだ」

 

 

 そう言うのび太の視線は本気で、そんな彼の吸い込まれるような黒い瞳を見た信奈は思わず言葉を失い、その頬は徐々に赤くなっていく。

 

 

「もちろん、身分違いだということは分かっているさ。でも、そんなことを理由に諦めたくはない」

 

 

「・・・本気で言ってるの?大名と家臣じゃ絶対に結婚できないのよ?」

 

 

「だったら、その常識そのものを書き換えれば良い。世の中の常識を書き換える権利は勝者、つまり、日本で言えば天下人に有るんだから」

 

 

 これは小学生時代ののび太なら考えられないほどの大胆な発言であったが、元々、のび太は元の世界でもこの世界でも“ドラえもんの居る未来を作る”という一種の既存社会の一新の為に活動する予定だったのだ。

 

 今さら1つ常識を書き換えることに躊躇うわけがなかった。

 

 

「・・・」

 

 

「なんなら、逆に全てを放り出して1人の女の子として生きるのも有りかもしれないね」

 

 

 のび太は冗談混じりにそう言うが、実のところ、彼女が本気でそれを望むならば叶えるつもりだった。

 

 何故なら、のび太が惚れたのは姫武将としての織田信奈ではなく、女の子としての織田信奈なのだから。

 

 

「少し、考えさせて」

 

 

「・・・分かった。急にこんなことを言っちゃってごめん。僕はもう帰って寝るよ。お休み」

 

 

 そう言うと、のび太は信奈の部屋を去っていく。

 

 そして、それを見届けた信奈は暫し呆然としていたが、やがてゆっくりとその視線を移動させ、夜空の月を見上げる。

 

 

「・・・どうしよう?」

 

 

 困ったようにそう言う信奈だったが、その胸の鼓動は確かに高鳴っていた。



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蝮の亡命

◇西暦15X0年 5月2日 尾張 清洲城 広間

 

 のび太がこの世界に来て1ヶ月程の時が経った頃、清洲城の広間ではとある評定が行われていた。

 

 

「・・・」

 

 

 しかし、上座に座る尾張の国主──織田信奈は家臣達が評定で話し合う内容がほとんど頭に入っていなかった。

 

 あれからもう2週間も経ったというのに、未だにのび太に告白されたことが頭を過っていたのだ。

 

 そんな様子の信奈を見た家臣の1人──丹羽長秀は溜め息をつきながらこう考える。

 

 

(ここ最近の姫様は可笑しいですね。何があったんでしょうか?)

 

 

 丹羽には信奈がそうなっている原因に心当たりがある。

 

 おそらく、あの眼鏡の少年の事を考えているのだろう。

 

 

(いったい何者なのでしょうか?あの男は)

 

 

 突然現れて信奈を助けて川並商会を立ち上げて繁盛させ、この前は信勝の処刑を止めに現れたあの野比のび太という少年。

 

 更に犬千代が言うにはあの道三にも一目置かれており、彼の家臣達とも接触して友好な関係を築き上げたらしい。

 

 そして、織田家の重臣である勝家や犬千代とも悪くない関係を築いている。

 

 ・・・正直言って得体が知れなさすぎて不気味な存在だった。

 

 

(彼が立ち上げた川並商会や私兵の評判は悪くないですが、素性を調べさせても姫様の前に現れるまでの情報は全く集まらないというのは気になりますね。火薬の入手経路も全く分かりませんし)

 

 

 丹羽はそう考える。

 

 そう、尾張での川並商会やのび太の私兵集団の評判は結構悪くない。

 

 確かに川並商会の会員は川並衆がやっているだけあって恐面の人間が多く(元は川賊なのだから当たり前だが)、最初は街の人間に恐れられたのだが、彼らは性癖はともかく質は一流であり、また武家に有りがちな変なプライドも持っていなかった(持っていたら、そもそもロリコンになどならない)ので、意外とすぐに街の人間と上手く付き合えていたのだ。

 

 また私兵集団の方ものび太が直々に集めたのと入念な“教育”を行ったお蔭で個人の技量はまだ二流の者が多いが、集団での練度や人格面ではほぼ全員が一流であり、更には主力武器として全員に鉄砲(ミニエー銃)が配備されている為、合計70人という少数兵力ながらも強力かつ高潔な武力集団となっていた。

 

 これだけ聞けば、強力で高潔な傭兵集団と評判が良くて繁盛している商会が尾張国内にやって来たという話で済むのだが、野比のび太という人物の詳細や彼らの装備する鉄砲に使う火薬の入手経路が不明であること、更に最近になって彼に対する防諜体制が強化され、こちらの間者が次々と消息を絶っている事(それまではたまに大怪我をしない程度に痛めつけられるのみだった)が長秀のこの集団に対する目線を厳しくさせていたのだ。

 

 

(まさか他国の間者ということは無いでしょうが、彼の集団が危険であるということと姫様が骨抜きされてしまったのは事実)

 

 

 しかし、だからと言ってそれだけで排除するわけにはいかないというのも事実だった。

 

 なにしろ、それらの推測は現時点では憶測の域を出ないどころか、妄想でしかない。

 

 加えて、南蛮商人との交渉で手に入れたという種子島(火縄銃)を200丁も格安で織田軍に売ってくれるなど、こちらへの配慮も怠っておらず、お蔭で織田軍の種子島は合計で700丁にもなった。

 

 その恩もある以上、確かな証拠もないのに排除したりすれば流石に良心が咎めるし、場合によっては大問題になる危険性すら孕んでいる。

 

 

(困りました。どうするべきか分かりません。・・・自分自身思考力の無さに0点です)

 

 

 長秀はそう思いながら再び溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇同時刻 美濃 

 

 尾張の清洲城で評定が開かれていた頃、ここ美濃では国主である斉藤道三が家臣であり、自らの護衛でもある少女──明智十兵衛光秀と共にある少年に会うためにとある街の茶屋へとやって来ていた。

 

 

「久しぶりじゃの、小僧」

 

 

 道三は藁で出来ているように見える妙に鍔の広い帽子(麦わら帽子)を被った少年──野比のび太にそう声を掛ける。

 

 ちなみに彼の傍らには黒髪を肩口で切り揃え、それなりに値が張るであろう着物を着た小柄な少女が居り、のび太に近寄ってきた道三達に警戒する素振りを見せていた。

 

 

「お久しぶりです、斉藤さん。・・・ああ、この子は僕の護衛の曉です」

 

 

 のび太はそう言って自分の傍らに居る少女を道三に紹介する。

 

 そして、声を掛けてきた相手がのび太(主人)の面会相手である道三だと分かった曉と呼ばれた少女は慌てて警戒を解いて自己紹介を始めた。

 

 

「初めまして、曉と申します」

 

 

 曉はそう言って軽く会釈をする。

 

 それを見た道三は少々の唸り声を上げながらこう言う。

 

 

「ふむ、ワシの趣味ではないが、将来は美人になることは間違いないのぅ。小僧、こいつはお前さんの恋人か?」

 

 

「ご冗談を。彼女とはそんな関係ではありません。それに既に別に好きな人は居ますから」

 

 

 苦笑しながらそう言うのび太。

 

 しかし、道三は見ていた。

 

 のび太の言葉を聞いた曉という少女が悔しげな表情を浮かべているのを。

 

 

「・・・そうか、まあいい。取り敢えず、女性関係には気を付けた方が良いとだけは言っておこう。それで、今日呼び出した用件はなんじゃ?」

 

 

「はい、2つ程有ります。まず1つ目ですが、単刀直入に言います。尾張に亡命してくれませんか?」

 

 

 肝心の用件を尋ねた道三に対して、のび太はまずそう切り出す。

 

 その発言に道三の傍らに居た光秀が息を呑んだ。

 

 

「ほう、なにゆえに?」

 

 

「あなたの息子である斉藤義龍が近々蜂起するという情報を入手しました。おそらく、美濃は近々内戦になるでしょう。そして、あなたは絶対に負けます」

 

 

「断言するか。して、その根拠は?」

 

 

「敵が多すぎます。これでは反乱を完全に鎮圧するには国人や領主の軍のほとんどを撃破する必要があります」

 

 

 そう、道三はとにかく敵が多い。

 

 なにしろ、現在分かっているだけで美濃内の国人や領主の85パーセントが義龍を支持することを既に決めているのだ。

 

 これだけ戦力差があれば勝つのはほぼ不可能だろうし、仮に奇跡が起こって勝ったとしても今度は隣国から侵攻を受ける可能性が高い。

 

 

「つまり、どう足掻いても詰みです。ここは尾張に逃げ込むのが最善です」

 

 

「じゃが、ワシは曲がりなりにも美濃の国主じゃ。ワシが逃げ出したらワシを支持している輩が失望してしまう」

 

 

「・・・このようなことはあまり言いたくはないですが、斉藤さんが美濃から逃げて失望するような人間はほぼ全員が義龍側についています。あなたについているのはあなた個人に最後まで忠誠を誓っている人間と美濃三人衆のように途中から裏切る腹積もりな人間しか居ません」

 

 

「・・・そうか」

 

 

 自分が嫌われていることに改めて気づいたのか、道三は寂しげにそう呟く。

 

 

「念のために聞いておくが、今から義龍を斬ったらどうなると思う?」

 

 

「その場合は戦争理由が“義龍を支持する”から“義龍の仇を討つ”に変わるだけだと思います。・・・さっきも言ったように敵が多すぎますので」

 

 

 そう、普通の内戦ならば相手の大将となる人間の首を獲れば相手は大義名分を失う上に総大将が戦死してしまったことで軍全体の士気が落ちるため、そのまま勝ちに持っていけるのだが、今回の場合は敵が多すぎて大将である義龍が居なくなったとしてもなにかと理由をつけて戦争を続行する可能性が高い。

 

 つまり、どうやったところで道三の敗けは戦う前から確定しているのだ。

 

 だからこそ、のび太はこうして信頼できる家臣だけを連れて尾張に亡命するように道三に薦めていた。

 

 

「・・・そうか。つまり、ワシは結局、美濃の人間の心を掴むことは出来なかったのだな」

 

 

 嫌われていることは分かっていた。

 

 なにしろ、主人を裏切り続けて下剋上ばかりを行ってきたのだ。

 

 恨まれて当然だったし、何時かは自分が同じ目に遭うのではないかという恐怖も持っていた。

 

 しかし、それでも自分は苦労して美濃の国主となったという自負があったのだ。

 

 だからこそ、自分が嫌われていると改めて突き付けられて道三はショックを受けていた。

 

 

「・・・それで、もう1つの用件なのですが」

 

 

「ああ、そうだったな。なんじゃ?そのもう1つの用件というのは」

 

 

 疲れた様子でそう尋ねる道三だったが、次ののび太の言葉には流石に驚かされることになった。

 

 

「あなたが以前正徳寺で信奈ちゃんに渡した美濃譲り状なのですが──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ、僕にも書いてくれませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──斉藤道三とその側近の家臣や兵士達が纏めて尾張へと亡命したのはそれから3日後の事だった。



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のび太の野望

◇西暦15X0年 5月6日 尾張 清洲城

 

 

「う~ん」

 

 

 信奈は珍しく悩んでいた。

 

 その理由は言うまでもないかもしれないが、3週間ほど前にされたのび太の告白についてだ。

 

 のび太の自分を好きだという言葉が本当だというのはあの瞳に込められた熱意から信奈にも分かっていたし、その熱意に応えることに満更でもない自分が居ることも自覚している。

 

 しかし、だからこそ、思い悩んでいるのだ。

 

 

(あいつは有能だから家臣にはしたい。でも、結婚は・・・)

 

 

 元々、織田信奈という少女は革新的な思想を持っているとされているが、それは実のところ、経済と軍事、そして、外交の一部に限定されており、政治的なところは意外と保守的な考えを持っていたりする。

 

 実際、正史(原作)で彼女が関ヶ原の戦い後に行った政治体制は史実の江戸幕府よりは進んでいたものの、武家社会という枠組みからは抜け出せていなかったし、結婚に関しても正史(原作)では姫巫女に(相良良晴と結ばれるために)身分の垣根を無くしたいと宣言しているが、結局、身分違いであることから祝言を挙げられないのではないかという疑念を強く持っていた。

 

 要するに、彼女はのび太のように民衆の生活に直接影響しないならば勝者の裁量でルールそのものを書き換えてしまおうというところまで割り切れなかったのだ。

 

 まあ、それでも正史(原作)では最終的に良晴が次期関白候補となって信奈との身分差を大きく詰めたことによって祝言を挙げることが出来たが、それが無かったら結婚できていたかどうかは微妙なところ(子供はこっそり作っていたかもしれないが)だった。

 

 

(でも、手柄を挙げて高い地位を得られればなんとかなるかも・・・それがダメでも海の外に出さえすれば)

 

 

 信奈はそう考えるが、どうしても主人と家臣という関係が邪魔をしてその結論が正しいと断言することが出来なかった。

 

 ここら辺が彼女の優柔不断なところであり、正史(原作)でもこれが原因で恋人であった相良良晴との関係が一時的とはいえ面倒な事になったのだが、当然の事ながらそんなことを彼女は知らないし、自分が優柔不断であるという自覚も彼女にはない。

 

 

「・・・やっぱり、結論は出ないわね。このままじゃ埒が明かないし、誰かに相談した方が良さそうね」

 

 

 3週間も思い悩んだ末、信奈は遂に家臣の誰かに相談することを決めた。

 

 実のところ、誰にも相談せずにこれほどの長期間、1つのことに思い悩んだのは信奈にしては珍しいことであったのだが、それだけのび太の告白は彼女にとって衝撃的であったのだ。

 

 

「さて、誰に相談しようかしら」

 

 

 ここで真っ先に思い浮かんだのは幼い頃からの付き合いがある犬千代、長秀、勝家、そして、昨日美濃から尾張へと亡命してきた義父──道三だった。

 

 

「まず六と犬千代は却下ね。こういう話には縁がなさそうだし」

 

 

 本人達が聞いたら怒るか複雑な顔をするかのどちらかの反応をするであろう発言をする信奈だったが、実際、彼女達にこの手の事を相談してもろくな解答が返ってこないことは馬鹿にでも分かることであったので、彼女の考えそのものは間違っていない。

 

 

「あとは蝮か、万千代だけど、蝮はスケベだからまともな解答をしてくれないと思うのよね」

 

 

 蝮こと道三は信奈の脳裏に思い浮かんだ人物の中で唯一所帯を持った人間であったのだが、どうもスケベなところが今一つ信用できず、彼にこの事を相談する気にはなれなかった。

 

 となると──

 

 

「やっぱり、万千代に相談するのが一番ね。私の家臣の中では一番大人っぽいから良い結論を出してくれるかもしれないし」

 

 

 信奈はそう考え、万千代を城へと呼び出してこの事を相談することを決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──だが、彼女は後に思い知ることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これが最悪の選択であったということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦15X0年 5月11日 丹羽邸

 

 道三一行の亡命など、美濃での調略を一通り終え、尾張に帰ってきたのび太は長秀に呼び出されて丹羽邸へとやって来ていた。

 

 

「で、なんのようですか?長秀さん」

 

 

 のび太は投げ遣りな態度で自分を呼び出した理由を尋ねる。

 

 何時もなら例え自分に対して陰口を叩いている相手でもそこまで失礼な態度を取らないのだが、のび太にとって丹羽長秀という人物はそれほどまでに嫌いな相手だった。

 

 のび太は小学生時代にテストの点を散々に馬鹿にされたという過去があるために点数というものに対して激しいコンプレックスを持っている。

 

 まあ、それでもテストやスポーツの点に関しては仕方がないと割り切っていたし、日常生活で人の行動に一々点数を付けてくるような奇異な人間は居なかったので、21世紀に居た時はそのコンプレックスが露呈することは一切無かったのだが、不幸なことにこの時代に来てからその“日常生活で人の行動に点数を付ける奇異な人”に出会ってしまい、それがこの人の行動や状況に点数を付けることを自身のアイデンティティとする丹羽長秀という人物だったのだ。 

 

 その為、のび太は自分のコンプレックスを思いっきり刺激する長秀を嫌っていたし、長秀の方もまたのび太を怪しく思っている上に会話をする度に自分のアイデンティティを否定するような事を言ってくるので嫌っていた。

 

 ・・・とどのつまり、野比のび太と丹羽長秀の相性は致命的に悪く、両者の関係は正に水と油であり、今回の会見ももし長秀から送られてきた使者が土下座をしなければ、のび太は長秀の呼び出しをそのまま無視していたかもしれない。

 

 初めて顔を会わせてから僅か1ヶ月あまりの期間で両者の仲はそれほど険悪になっていたのだ。

 

 もっとも、その事実は両者とも周囲の人間には極力隠していた為に、本人達とその側近以外は信奈ですら知らないのだが。

 

 

「話というのは1つだけです。姫様に求婚したというのは本当ですか?」

 

 

「・・・だったら、どうするんです?」

 

 

 能面な顔で尋ねてきた長秀に対して、のび太はふんっと鼻を鳴らしながらそう返す。

 

 

「姫様は由緒正しき織田家の当主です」

 

 

「そんなこと知っているよ。そして、あんたが言いたいことも分かっている。身分違いだって言いたいんだろ?」

 

 

「分かっているなら、どうして求婚などを?正直言ってその判断は0点だと思いますが?」

 

 

「ふんっ、あんたがそんな点数を付けたところで、僕にとってはなんの意味もないよ。そもそもどんな名家だって初代は僕と似たような立場だ。僕が功績を挙げて並び立てば済む話さ」

 

 

「それがどれだけ無謀なことか分かっているのですか?」

 

 

「分からない人だね。それが出来るという自信があるから求婚したんじゃないか」

 

 

 のび太は呆れたといった感じの目線を長秀に向ける。

 

 別にのび太は現代の価値観だけでものを言っているわけではない。

 

 この時代の事をきっちり勉強し、そして、身分違いの恋がどれだけ大変かもしっかりと理解している。

 

 だが、それを理解しても尚、のび太は信奈との恋が実現可能だと考えていた。

 

 

「確かに今が平和なときだったら駆け落ちでもしなかったら絶対に無理だったかもしれないね。でも、今は幸いと言っては不謹慎だろうけど、戦乱の世だ。勝者は常識を自由に変更できる。それに・・・いや、なんでもない」

 

 

 のび太はあることを言おうとして、途端に口をごもらせる。

 

 いまのび太が言おうとしたのは、自分が信奈に協力すれば武家社会を終わらせるのを早められるかもしれないということだった。

 

 今の世の中は武家社会だ。

 

 しかし、19世紀に徳川政権が黒船が来てから僅か15年程で崩壊したことからも分かるように、武家社会はいずれ時代遅れになるし、そもそも武家社会のままでは自分と信奈が添い遂げるのは不可能ではないが結構難しい。

 

 故に、既存の武家社会を壊す必要があるのだが、幾ら織田信奈が革新的な考え方を持っているとは言っても所詮はこの時代の人間であり、しかも彼女自身が武家である以上、仮に天下統一を成し遂げたところで彼女が武家社会を終わらせられる可能性は低いとのび太は見ていた。

 

 とは言え、武家社会に慣れた民衆に対していきなり民主主義を持ち込んだところでろくなことにならないのは現代の歴史(中東諸国)が証明しているし、それ以前にこの時代の民衆は江戸時代の頃とは違って寺子屋の数が少ないので、民衆全体の教養レベルが不足している。

 

 その為、自分がどう頑張ったところで日本国のような完全な民主主義国家をこの時代で作ることは不可能なのだ。

 

 が、それでも自分が信奈に協力すれば大日本帝国擬きか、その劣化版程度の国家を作ることは可能かもしれないし、仮にそこまで行かなかったとしても身分体制を一新させることが出来れば、身分差の問題を解消させることが出来るので、自分と信奈の結婚も一気に現実的になる。

 

 ついでに技術革新と社会体制の構築さえ行えれば、自分のもう1つの夢も叶う。

 

 ──つまり、のび太は本来の主人公(相良良晴)のようにこの世界の社会で出世して身分差を詰めるのではなく、一度既存の日本社会の制度を全て破壊して新しい身分体制を作ることで彼女との身分差の問題の解決と自分の夢の達成を同時に行う事を考えていたのだ。

 

 そして、だからこそ、のび太は長秀にこの事を説明するわけにはいかなかった。

 

 何故なら、彼女の家はのび太が終わらせようと考えている武家そのものなのだから。

 

 

「とにかく、僕が信奈ちゃんと結婚できる世の中を作ることは決して不可能ではないんだよ」

 

 

「そんな大言壮語、実現できると本当に思ってらっしゃるのですか?だとしたら、妄想家としては100点ですね」

 

 

「これを大言壮語だと思っているようだったら、長秀さんは一生、信奈ちゃんの同志にはなれないね」

 

 

「っ!!」

 

 

 その言葉に長秀は激しい殺意に駆られ、横に置いてあった槍に手が出そうになるが、それを必死で理性で押し留める。

 

 

「・・・良い判断だ。それに手が出ていたら僕の銃が先に火を吹いていたところだからね。でも、この会談で改めて分かった事がある」

 

 

「ええ、あなたがとんでもない妄想家だという事はよく分かりました。そういう意味ではこの会談の場を設けた自分自身に300点をあげたいくらいです」

 

 

「こっちも長秀さんが信奈ちゃんの家臣にはなれても同志にはなれないということがよく分かったよ。じゃあ、これで失礼するから」

 

 

「そうですか。見送りは要りますか?」

 

 

「要らないよ」

 

 

 そう言うと、のび太は部屋から退室し、玄関に向かって歩いていった。

 

 そして、彼が部屋から去った後、一人残された長秀はこう呟く。

 

 

 

 

 

「あの男は危険です。・・・速やかに排除しなければ。姫様のためにも」

 

 

 

 

 

 ──そう言う彼女の瞳には、あの日、清洲城で信奈がのび太に対して向けた視線同様の狂気が宿っていた。



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不穏な動き

◇西暦15X0年 5月15日 桶狭間 

 

 桶狭間山の東の麓に存在する平地──桶狭間。

 

 正式な地名は『寿限無寿限無ごこうのすりきれあかまきぎゃみきみゃきぎゃみ狭間』というのだが、長い上に噛むので誰もその名称で呼んでおらず、単純に桶狭間山の麓にあることから桶狭間と呼んでいる。

 

 さて、その桶狭間では現在、のび太が川並衆を30人程率いてある作業を行っていた。

 

 

「大将!こっちは終わったぜ」

 

 

 のび太を大将と呼ぶその男の名は前野長康。

 

 川並衆の副将を勤める男であり、本来の歴史(原作)では相良良晴から“真正のロリコン”と評される男だ。

 

 もっとも、のび太はロリコンだろうがなんだろうが、自分に危害を加えたり、犯罪を犯したりしない限りは気にしない性格なので、彼をロリコンだからと言って差別するようなことはないのだが、流石に“五右衛門の言葉が絶対”という彼らの一糸乱れぬ揺るがぬ姿勢については疑問に思っていたりする。

 

 そして、そんな彼らに現在頼んでいるのは、表向き“秘密の火薬貯蔵庫の設置”なのだが、実のところそれは半分嘘で、本当の狙いはここでいずれやって来るかもしれない今川軍を撃破することだ。

 

 何度も言うように、のび太は戦国時代の歴史にあまり詳しくはなく、桶狭間の戦いについても『雨の中、桶狭間という場所で織田軍が今川軍を奇襲し、今川軍の大将である今川義元を討ち取って逆転勝利した』という大雑把な情報しか知らない。

 

 だが、桶狭間という場所で戦いが行われたのは確かなので、取り敢えず桶狭間に行ってみたのび太だったが、そこは山だった。

 

 幾ら雨の中だったとはいえ、山中で奇襲されたとは考えにくいので、本当の戦いの場所はその山の付近だと考えたのび太は地元民に桶狭間の付近の地名について尋ね、その結果、桶狭間山の東の麓の地名が桶狭間だと分かり、そこに今川の本陣が来るのだとあたりをつけ、今川の本陣が展開するであろう場所の地面の下に爆薬を仕掛けることにしたのだ。

 

 とはいえ、ただ爆薬を仕掛けるだけで今川の本陣がその上に来てくれるなどという都合の良い展開がある筈もないので、心理的に誘導するために本陣を設置するのに(・・・・・・・・・)都合の良い場所(・・・・・・・)を作り上げ、その下に爆薬を埋めることにし(ちなみに起爆方法は有線にする予定で、今川側の斥候にバレないように入念なカモフラージュも施す予定)、その作業を川並衆の者達と共に行っていた。

 

 

「ご苦労様です。じゃあ、ここの作業を手伝ってください」

 

 

「はいよ。しかし、なんでこんなところに火薬貯蔵庫なんて作るんだ?もう少し本拠地に近い場所の方が良かったんじゃねぇか?」

 

 

「逆ですよ。本拠地に近いと何かの拍子にバレる危険があります。なので、その裏を掻くためにも相手が予想していないであろう場所に作る必要があるんです」

 

 

「ほぅ、なるほどね」

 

 

 それっぽい理由を言うのび太だったが、それが建前にすぎないことは前野にも分かっていた。

 

 そもそも何かの拍子に火薬の隠し場所がバレる可能性など、何処に火薬を隠そうが大して変わらない。

 

 加えて、何か起きた時にすぐに取りに行けない場所に置いたら、折角作った火薬が丸っきり役に立たなくなる。

 

 第一、ただ火薬を隠すだけならばわざわざ地形を特定の形に変えるような作業が必要な筈がないのだ。

 

 それをのび太が分かっていない筈もなく、ここに火薬を置いてわざわざ地形を変えさせているのには何か訳があると前野は睨んでいた。

 

 だが、そこまで分かっていても前野はその事についてのび太に追求するつもりはなかった。

 

 仕事仲間として信頼していたし、それに極秘の計画か何かであれば、何処から情報が漏れるか分からない以上、下っ端の自分達に詳細を知らせないのも分かる。

 

 まあ、自分達に危害が及んだりするならば別だが、今のところそういうわけでも無さそうなので、敢えて藪をつついて蛇を出す必要はない。

 

 前野はそう考えていたのだ。

 

 

「それと、くれぐれも周囲の警戒は厳重に。誰かが見ていたら大変ですから」

 

 

「分かってる。秘密の場所にするのに埋めているところ見られたなんて言ったら笑えねぇからな」

 

 

「では、お願いします。僕は向こうの作業を手伝ってきますので」

 

 

 そう言うと、のび太は別の作業をしている川並衆の方へと向かっていく。

 

 ──川並衆の今川軍を迎え撃つ準備は着々と進んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦15X0年 5月16日 清洲城 

 

 のび太と川並衆が桶狭間にて今川軍を迎え撃つ準備を進めていた頃、清洲城では長秀がある進言を信奈に対して行っていた。

 

 

「ですから、速やかに野比のび太と川並商会を排除するべきです」

 

 

「落ち着きなさい、万千代。あんたの言っていること、さっきから滅茶苦茶よ」

 

 

 目を血走らせながらそう言う長秀に対して、信奈は内心引きながらもそう答える。

 

 そう、長秀の進言とは織田軍を使った野比のび太と川並商会の排除だった。

 

 5日前の会談で野比のび太の排除を強く決意した長秀は、この4日間、様々な方法で彼を排除することを目論んだ。

 

 ある時は刺客を雇って野比のび太の暗殺を行おうとし、ある時は自前の配下を使って川並商会に対する嫌がらせを行い、またある時はのび太と川並商会双方の評判を落とそうと、でっち上げた悪評をあちこちの街で広めた。

 

 この陰湿な行為は一定の効果を上げ、尾張領内での川並商会の売り上げと評判をセットで落としていたものの、それで致命的になることは無かったし、それら一連の工作をやった下手人の正体が分かるや否や、報復(長秀を描いた春画の流布)もしっかりと行われている。

 

 そして、工作が思っていたより上手くいっていない事と川並商会による報復(ただし、川並商会がやったという明確な証拠はない)は長秀の精神は徐々に追い詰めてられており、こうして信奈に対して織田軍を使っての川並商会殲滅を進言するようになってしまったのだ。

 

 もちろん、当たり前のことだが、そんなことを信奈が許可するわけもない。

 

 たかだか一商会を壊滅させる為にわざわざ軍隊を使うなど前代未聞であったし、第一、大した大義名分も無しにそんなことをしてしまえば彼女の楽市楽座政策は破綻してしまうのだから。

 

 

「昨日あなたを追い出した時の評定でも言ったけど、確かに最近の川並商会は少し評判が悪くなってるけど、許容範囲だし、それにのび太と川並商会が万千代の春画を流布させたっていう証拠は無いんでしょう?だったら、もうちょっと慎重に調査を──」

 

 

「こんなことをするのはあの男しか居ません!!」

 

 

「・・・根拠が乏しすぎて話にならないわね。それとも、あいつにこんなことをされるような心当たりが万千代にはあるの?」

 

 

「そ、それは・・・」

 

 

 実のところ大有りだ。

 

 だが、それを信奈に話すのは死んでも御免だった。

 

 なんせ、自分がやった工作は敵対国家が相手ならば、“悪どい”程度の言葉で済ませられるようなものではあったが、一応の味方勢力にやる行為にしてはあまりにも陰険すぎたのだから。

 

 

「ねぇ、最近の万千代。なんかおかしいわよ。いったいどうしたの?」

 

 

 本当に心配そうな声でそう言う信奈だったが、それが却って長秀の心を傷つけていく。

 

 

(うぅ、いつの間にか姫様に心配を掛けてしまっていました。10点です)

 

 

 だが、それでもあの男(のび太)の魔の手から信奈を救うには、もはや武力的な解決をするしかない。

 

 なにしろ、のび太の暗殺は失敗した上に川並商会への妨害行為は既に排除されたし、川並商会の悪評の流布をした時には前述した手痛い反撃を受けてしまっている。

 

 更に言えば、これ以外の武力に頼らない手段は思い付かない。

 

 となると、最後の手段である武力に頼るしかないわけなのだが、私兵集団は鉄砲を持っており、自分の家臣だけでは心許ない。

 

 そこで信奈に許可を貰って織田軍を使おうとしたのだが、それも彼女が拒否してしまったので、どうやら正攻法では織田軍を使ってのび太の殺害と川並商会の壊滅を行うのは無理そうだと長秀は見切りをつけた。

 

 

(こうなったら、最後の手段しかありませんね)

 

 

 長秀はそう考え、この場は一旦引き下がることにした。

 

 

「・・・いえ、大丈夫です。申し訳ありません。少し疲れて頭がおかしくなっていたようです」

 

 

「そう?なら、今日はもう帰って良いから、家に帰ってゆっくり休みなさい

 

 

「はい、失礼します」

 

 

 長秀はそう断りを入れ、“準備”を行うために自分の屋敷へと帰っていった。



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丹羽長秀の乱

◇西暦15X0年 5月17日 夜 尾張 某所 

 

 西暦15X0年5月17日の深夜。

 

 本来の歴史(原作)では長良川撤退戦真っ最中の時間軸であったが、この世界では道三達が義龍の蜂起前に尾張に亡命したお蔭で長良川撤退戦どころか、美濃の動乱そのものが起こらず、また当然の事ながら信奈が尾張の全兵士を率いて尾張と美濃の国境に向かうなどということもなかった。

 

 だが、同時にそれは尾張国内が平和であることを意味しない。

 

 何故なら、尾張の国内に存在する川並商会が作った訓練場では織田軍とのび太の私兵集団が現在進行形で戦っていたのだから。

 

 

「のび太様、状況は大変よろしくないです」

 

 

「分かってるさ」

 

 

 反撃を受けて敗走していく織田軍の様子を見ながら、のび太は曉の言葉にそう答える。

 

 状況は良くない。

 

 どういう訳だか、今日になって急に自分達は織田家に討伐対象と指定され、織田軍に攻撃を仕掛けられている。

 

 幸い、川並商会の私兵集団はのび太の“軍事教育”を受けただけあって統率を失ってはおらず、今のところは撃退に成功しているが、元々自分達の現在の手持ちの戦力は曉達私兵集団80人と川並衆30人の110程。

 

 対して、相手はついさっき押し寄せてきた数だけでも1000人以上、後方に居る兵も合わせれば2000は確実に居る。

 

 加えて、こちらは他の国や尾張の各地に散らばった戦力を全てかき集めても200人強程なのに対して、向こうは国中からそれ以上の兵力をすぐに集められるのだ。

 

 更にこちらの主力銃であるミニエー銃は構造上、火縄銃同様に発射用の火薬と弾丸を別々に詰める必要があるのだが、“例の山の麓”の仕掛けに大量の火薬を使ってしまった為、こちらの保有する火薬には限りがあり、今と同じ戦闘があと2回ほど繰り返されれば火薬が尽きてミニエー銃は使用できなくなる。

 

 今月に入って開発に成功した60ミリ迫撃砲や90ミリ野砲、更にはボルトアクションライフルである99式小銃(ちなみにのび太はこれを使用している)は実包を使用しているために弾薬さえあれば使えるが、それらの兵器は数そのものがあまり無い。

 

 その為、ミニエー銃が使用できなくなれば、数に押されてあっという間にジ・エンドとなってしまうのだ。

 

 考えれば考えるほどヤバい状況なのが分かり、流石ののび太も少し焦っていた。

 

 

「くそっ!どうしてこうなったんだ!!」

 

 

 のび太はなんでいきなりこんなことになったんだと今の理不尽な状況に苛立つ。

 

 だが、それも仕方ないだろう。

 

 まさか、のび太を嫌っていた女性が被害妄想を拗らせて主君に対してクーデターを起こして兵権を掌握した挙げ句、尾張中の兵士をかき集めて自分を討伐しくるなどというウルトラCな展開など予想できるわけも無かったのだから。

 

 ──こうなった経緯を説明するためには6時間ほど時系列を遡る必要がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇6時間前 清洲城 広間

 

 最近の長秀の様子が可笑しい。

 

 そう感じた信奈は勝家と犬千代を呼び、2人にその事を相談していた。

 

 

「ねぇ、最近、万千代の様子が可笑しい気がするんだけど、2人は何か知らない?」

 

 

「・・・知らない」

 

 

「私も存じておりません。ですが、確かに可笑しかった事は確かです。最近は事あるごとに野比のび太の排除を主張していましたから」

 

 

 勝家がそんな感想を抱くほど、最近の長秀は可笑しかった。

 

 なんせ、評定の度に明らかに正気ではない目で野比のび太の排除ばかりを主張していたのだから。

 

 そのせいで、昨日の評定では話が進まないと信奈によってその場を追い出された程だ。

 

 

「のび太と何かあったのかしら?」

 

 

「あいつに話を聞いてみては?」

 

 

「そう思って川並商会の方に使者をやったんだけど、ここ数日留守にしているらしいのよ。なんでも、山に行くとかなんとかで」

 

 

「山?道三殿の件と言い、あいつは何を考えているのかさっぱり分かりませんね」

 

 

 勝家はそう言いつつも、のび太の事を悪くは思っていなかった。

 

 確かに道三の件は信奈にすら秘密にして行われたが、そのお蔭で信奈の憂いの原因が1つ減ったのも確かであったし、信勝の命を助けてくれた恩もある。

 

 加えて、勝家は長秀とは違ってあまり物事を難しく考える性格ではない。

 

 恩もあり、自分達に益をもたらしてくれる人間相手に余計な疑いを持つような恩知らずな真似は出来なかった。

 

 そういうわけで、勝家はのび太の事を悪く思っておらず、むしろ、好意的な感情を抱いていたのだ。

 

 

「そうね。でも、私を裏切ることはないと思うわ」

 

 

 少なくとも、私を好きでいてくれる間はね。

 

 信奈は頬を少し赤らめながらそう考えつつも、一方で仮に自分に恋心を抱いていなくても頼めば協力はしてくれたのではないかという思いもあった。

 

 ここ1ヶ月の付き合いで分かったが、あの少年は友達の為に本気で命を賭けるような優しい人間だ。

 

 自分があまりにも暴走しているようであれば止めるだろうが、そうでない限りは友達として自分に協力してくれたかもしれない。

 

 

「・・・まあいいわ。2人が知らないと言うんだったら、のび太が帰ってくるのを待って改めて──」

 

 

「失礼します」

 

 

 信奈の言葉を遮る形でそう言って広間へと入ってきたのは、たった今話題となっていた女性──丹羽長秀だった。

 

 

「・・・どうしたの?」

 

 

 信奈は警戒した様子でそう尋ね、犬千代と勝家は側に置いてあった槍を掴む。

 

 それはいきなりやって来たとはいえ、昔馴染みの人間に対して行う対応ではなかったが、今回に限ってはそんな反応をするのも仕方ないだろう。

 

 ──なにしろ、彼女の手には槍が握られており、その後ろには数十人の兵士が居たのだから。

 

 

「まずは突然のご無礼を謝罪します。しかし、申し訳ありませんが、信奈様の兵権を一時的に貸して頂きます」

 

 

「分かっているの?これは謀反よ!?」

 

 

「分かっております。事が終われば、処分は如何様にも。しかし、今だけは絶対に為さねばならないことがあるのです」

 

 

「万千代!!」

 

 

「今は姫様のためにも野比のび太を殺害する必要があるのです!!」

 

 

 そう言いきった後、長秀は配下の兵士に信奈達を信奈の部屋に軟禁するように命じる。

 

 それに対して犬千代と勝家が抵抗しようとしたが、それは長秀が行ったある行為によって制された。

 

 

「い、犬千代様」

 

 

「ねね!?」

 

 

 犬千代は驚いた。

 

 何故なら、自分の家の近所に住む今年8歳になる少女──ねねが長秀の家臣に刀を突き付けられていたからだ。

 

 

「抵抗するならこの子の命は有りません。ここで抵抗するという選択肢は0点です」

 

 

「くっ!長秀、貴様、そこまでの外道に堕ちたか!!」

 

 

「なんとでも。あなた達を速やかに拘束するにはこうするしか有りませんので。では、私はこれで失礼しますが、素直に投降されることをお勧めします」

 

 

 そう言うと、長秀はその場から去っていく。

 

 流石に幼い子を人質にされた状態で抵抗する程冷酷ではなかった信奈達は素直に長秀の配下の者達に拘束され、彼女らは信奈の部屋へと押し込められることになった。

 

 そして、信奈達の軟禁に成功した長秀は兵権を掌握、尾張中から数千の兵をかき集めて野比のび太討伐へと向かわせ、その知らせを聞いたのび太もまた川並商会の私兵集団の訓練場へ集められる兵力を集め、これを迎え撃とうとする。

 

 ──後に“尾張の奇跡”と呼ばれる一大事件の第一幕──“丹羽長秀の乱”が始まった瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇尾張 某所 織田軍陣地

 

 丹羽長秀率いる織田軍の陣地は件の訓練場から少し離れた位置に設置されている。

 

 だが、その陣地の本陣では長秀がのび太達の反撃を受けてほうほうのていで逃げてきた織田家の家臣に向かって一喝していた。

 

 

「いったいどうなっているのです!?これは!!」

 

 

 長秀がそう叫んだのも無理はなかった。

 

 なにしろ、全兵力の4割以上の戦力にあたる1200もの兵力で第一波攻撃を行ったにも関わらず、帰ってきたのは400にも満たなかったのだ。

 

 

「・・・申し訳有りません」

 

 

 怒鳴られた家臣は不貞腐れたような態度でそう言った。

 

 まあ、元々、主君を人質に取られて仕方なく命令に従っている上にいざ突撃してみれば散々な目に遭い、更にそこから命辛々逃げ出してみれば主君を人質に取った謀反人にこうして叱られているとなれば、彼がそんな態度を取るのも無理は無い。

 

 ついでに言えば、第一波攻撃が失敗したのも彼のせいではない。

 

 そもそも攻撃開始前から織田軍には色々と誤算があったのだ。 

 

 まずそもそものび太の私兵集団が主に使っているのはマッチロック式の滑空銃身の火縄銃ではなく、パーカッションロック式のライフリングが施されたミニエー銃であり、装填速度こそ火縄銃より少し速い程度なのだが、威力と射程は桁違いで、更に火縄銃と違って火縄が引火する危険性もない(これはマッチロック式とパーカッションロック式の間に出てくるフリントロック式も同じ)ために密集体形で撃つことが出来る。

 

 特に密集体形での射撃が産み出す濃密な弾幕と火縄銃の数倍の射程は驚異であり、そのせいで織田軍は私兵集団との距離を200メートル以内に詰めることすら出来なかった。

 

 次にのび太が開発した数門の60ミリ迫撃砲、そして、色々と運用に制限はある上に今のところ1門しか出来ていなかったものの、馬2頭でどうにか運べるように軽量化された90ミリ野砲の榴弾攻撃。

 

 この時代、日本人にとって大砲は未知の兵器であり、榴弾に至っては南蛮諸国ですら完成に至っていない。

 

 その為、織田軍の兵士達はなにがなんだか分からないうちに砲弾の爆風と破片によって次々と死傷していき、更にはのび太達数名の99式小銃を装備した狙撃兵が敵指揮官らしき人物を片っ端から射殺したことによって、次々と指揮官を失った織田軍は大混乱に陥った。

 

 ちなみにたった今、長秀に報告した家臣は戦闘が始まってから割りと早いうちに撤退してしまったものの、逆に言えば彼があの段階で周囲に居た兵士を纏めて撤退しなければ、400弱の兵士すら帰還できなかっただろう。

 

 実際、勇敢に戦おうとした林道勝を始めとした先陣の指揮官の殆どはのび太達狙撃兵によって弾丸を頭に叩き込まれて冥府へと送られてしまった上に、訳の分からない攻撃(砲撃)に恐れを成して逃げてしまった兵士も多かったのだから。

 

 だが、そんなことを長秀は知らない。

 

 彼女が分かっていたのは戦場でなにやら大きい音(長秀は知らないが、大砲の音)が鳴ったことと、先陣の兵力が3分の1以下にまで減ってしまったことだけだ。

 

 

「もう結構です。私が直々に兵を率いて総攻撃を掛けます。あなたの指揮ぶりは0点以下です」

 

 

 そう言うと、彼女は天幕を出ていき、自ら1800の兵士を率いてのび太達私兵集団に対する総攻撃を行おうとする。

 

 が──

 

 

「嫌だ!おらは生きたくねぇ!!」

 

 

「そうだ!あんなところに行くくらいだったらここで首をかっ切られた方がましだ!!」

 

 

 先陣で生き残り、帰ってきた400弱の兵士達の殆どはそう言って出撃を拒否し、何人かは既に逃げ出してしまっていた。

 

 彼らは大砲という武器の事を何も知らない状況下で大砲の洗礼を受けてしまったことによって現代で言うところのPTSDに掛かってしまっていたのだ。

 

 もちろん、PTSDのことなど全く知らない武将達はその内何人かを処刑することで統制を取ろうとするが、その行為は却って火に油を注いでしまい、脱走を計る者が続出し、中には武将達に襲い掛かる者すら居る。

 

 それを見た長秀が慌てて騒動を治めた頃には1800の兵力は1500程までに減ってしまっており、更にはこんな騒動が起きてしまったことによって全軍の士気も低調になってしまい、長秀は先行き不安の状態で残った1500の兵士を率いてのび太達の陣地へ総攻撃を掛けた。




林道勝

原作アニメで信勝の謀反に加わったが、信奈に許された人物。この世界では謀反そのものが起きる前に鎮圧されてしまった為に謀反人という汚名は着なかったものの、丹羽長秀の乱にて戦死した。


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尾張の危機

◇西暦15X0年 5月18日 未明 尾張 某所

 

 

「これは!?」

 

 

 長秀は目の前で起きている信じがたい光景に絶句していた。

 

 

「ぎゃあああ!!俺の腕がぁ!!」

 

 

「たす・・・け・・・て」

 

 

「雷神様だ!雷神様のお怒りじゃあ!!」

 

 

「逃げろぉ!!」

 

 

 そこには様々な人間が居た。

 

 砲弾の衝撃によって四肢を失った者や腸が外に飛び出てしまった者、更に砲撃の恐ろしさに屈服して居もしない神に祈る者、逃げ出そうとする者。

 

 もちろん、それが全員という訳ではなく、中には勇敢にも敵の陣地に向けて突撃していく兵士達や武将も居たが、そういった者達はミニエー銃の弾幕と狙撃兵によって次々と撃ち倒される。

 

 そんな地獄のような光景を目にした長秀の精神はようやく正気に戻り、自分が早まった行動をしてしまった事に気づいた。

 

 

「わ、私は・・・なんてことを」

 

 

 それは兵士を無駄に死なせてしまったことへの懺悔だけではない。

 

 実はここに居る兵士は織田軍の総兵力の殆どであり、ぶっちゃけこれが殲滅されれば織田軍は壊滅状態となってしまい、国防に支障が出るどころか、国防そのものが不可能になってしまうのだ。

 

 のび太は時間を掛ければ尾張中から増援がやって来ると考えていたのだが、そんなことは全然無かったのである。

 

 

「長秀殿、すぐに撤退命令を!!某が殿を勤めます!!」

 

 

 そう言ってきたのは信奈の父である織田信秀の代から織田家に仕える老将──佐久間信盛だった。

 

 主に殿や退却戦で実力を発揮することから、“退き佐久間”を自認する人物であり、実際にその名称に相応しいほどの能力を有している。

 

 そんな彼から見てこの戦いはもう負けだった。

 

 ミニエー銃の弾幕によって進撃は上手く行かず、それどころか敵の未知なる兵器(大砲)によって兵や馬は恐慌状態に陥ってしまい、統制を取り戻そうとした指揮官は狙撃によって次々と命を落としている。

 

 おそらく、第一波攻撃隊もこれと同じ目に遭い、自分達はその二の舞を演じてしまったのだろう。

 

 となると、ここから選べる道はただ1つ。

 

 先の第一波攻撃にて逃げ帰った家臣のように無様に撤退するしかない。

 

 ・・・もっとも、実のところ、のび太達の方も火薬に余裕があるわけではなかったので、全軍を死ぬ気で突っ込ませればギリギリで勝てていたかもしれない(そんな勝利に意味があるかどうかは別として)のだが、そんなことを佐久間が知るよしも無かった。

 

 そして、正気に戻っていた長秀も今は野比のび太の討伐よりも兵力の保全を優先しようと、佐久間の提案に乗って撤退命令を下そうとする。

 

 だが、その直後──

 

 

 

パーン!

 

 

 

 のび太が放った99式小銃の7、7ミリ弾が佐久間の頭部に命中し、その脳髄を周囲へとぶちまけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?あれは・・・」

 

 

 私兵集団の陣地から少し離れた高台で狙撃を行っていたのび太は、1人の武将らしき男(佐久間信盛)を射殺した後、スコープで次の標的を探そうとしたのだが、そこで見覚えのある顔を見かけ、その行動を一旦停止させる。

 

 

「長秀さん、か」

 

 

 丹羽長秀。

 

 織田家の家臣の中で自分と一番不仲である人物だ。

 

 正直言って、のび太は今回の一件の背景が全然分からない。

 

 なにしろ、今回の一件に関してのび太達が現在手に入れている情報は『織田家が自分達川並商会を討伐対象と指定し、数千の軍を差し向け、現在交戦中』。

 

 たったこれだけなのだ。

 

 なぜ自分達がいきなり討伐対象に指定されたのかも、織田家の当主である信奈がどんな意図を持って自分と敵対することにしたのかも全く分からない。

 

 ちなみにこの時点でのび太は清洲城でクーデターがあり、目の前に居る丹羽長秀が兵権を握って自分達を討伐対象としたという情報を掴んでいなかった。

 

 五右衛門は他の国に出掛けていたし、そもそものび太も織田家と敵対することになるなど思ってもいなかったので、清洲城に諜報員など潜伏させていなかったのだ。

 

 だからこそ、信奈が清洲城の自室に軟禁されていることも知らなかったし、既に2度の攻勢で撃退した敵が織田軍のほぼ全力であり、これ以上の増援が来ないということも知らなかった。

 

 が、それでも彼女が今回の一件に大きく関わっているということは想像に難くない。

 

 

(撃ち殺してやろうか?)

 

 

 一瞬だけそう思ったのび太であったが、長秀は信奈の重臣であるので、もし彼女を殺したら信奈との関係が修復不可能になる可能性が高く、そうなったらのび太の精神的にも川並商会の未来的にも大打撃だ。

 

 それに火薬も残り少ない。

 

 情報を集めるためにも捕虜にした方が良いだろう。

 

 問題はその手段だが、幸い、向こうは大混乱で統率は殆ど取れておらず、今ならどさくさ紛れに捕縛出来るかもしれない。

 

 そうのび太は考えた。

 

 

「前野さん。ちょっとこれ持っててくれないかな?これから敵将を捕らえに行く」

 

 

「えっ?ちょっ、た、大将!?」

 

 

「──野比氏!」

 

 

 のび太は自分の傍らに立っていた川並衆の副将──前野長康に99式小銃を押し付けると、長秀を捕らえるために敵陣地へと突撃しようとしたが、そこに他国に行っていた筈の五右衛門が現れる。

 

 

「五右衛門か!?丁度良かった、長秀さんを捕らえるのを手伝ってくれ!」

 

 

「それどころではないでござる!!」

 

 

「・・・どうしたの?」

 

 

 その只ならぬ様子に嫌な予感がしたのび太は、長秀を捕らえるよりも先に五右衛門の報告を聞くことにした。

 

 そして、彼女は慌てた様子で、ある急報の内容を口にする。

 

 

「実は──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「急いで撤退を!敵は馬を持っていません!!撤退すれば追ってはこれません!!」

 

 

 佐久間が死んだことで自ら撤退の指揮を執ることになった長秀は、まだ生きている武将や兵士達にそう声を掛ける。

 

 それによって織田軍は撤退を開始したものの、その動きは秩序だったものとは口が裂けても言えず、負傷者を置いてバラバラに逃げているという有り様だった。

 

 そして、それを秩序だったものに変える能力は長秀にはない。

 

 元々、長秀は参謀型の人間であって指揮は得意ではなかったし、そうでなかったにしても大砲の洗礼と濃密な弾幕という未知の体験をした直後では秩序だった撤退を行うのはよっぽどの名将でも無い限り、不可能なのだから。

 

 だが、それで良い。

 

 どんな形であれ、撤退することが出来れば次はある。

 

 まあ、これが普通の合戦ならば確実に敵軍に追撃されるので、秩序だった撤退は必要不可欠であるが、今回の相手の敵数は100程であるし、馬もないので追撃しようにも出来ない。

 

 それに鉄砲は基本的に防御用の兵器だ。

 

 攻撃に転ずるとあまり上手く生かすことが出来ないので、追撃してくる可能性は低い。

 

 長秀はこの時代の常識を交えながらそう考え、自らは撤退する軍の殿へと立つ。

 

 そして、夜明け直前の時間帯となり、あと少しで生き残った軍勢が皆撤退できるといった段階になった時、敵が突如として動き、それを見た長秀は自分の予想に反して追撃を行うのかと少し驚きながらも身構えるが、その敵が進んだ方角を見て彼女は更に驚くことになった。

 

 

「えっ?どうしてそっちに・・・」

 

 

 なんと敵軍は自分達の居る西の方角ではなく、南の方角に進み始めたのだ。

 

 明らかに追撃ではないが、進んだ方角からして撤退でもない。

 

 いったいどういう意図で南へと進んでいるのか?

 

 長秀がそう考えた時、1人の伝令兵がこんな報告を持ってきた。

 

 

「伝令!今川軍約2万5000、尾張領内に侵攻を開始しました!!」

 

 

「なんですって!?」

 

 

 どうしてこのタイミングで。

 

 そう考えたところで長秀はハッと気づく。

 

 この場所は尾張北部に近い位置に存在する場所だ。

 

 そして、今川と織田の国境線である尾張・三河の国境は尾張南部にある。

 

 織田軍にどういった意図があれ、自分達の国境と反対側の位置に兵力を集中させた隙を今川側が見逃すはずもない。

 

 

(やられました。迂闊な自分に0点以下の点数をあげたい気分です)

 

 

 しかも問題はそれだけではない。

 

 今晩の戦闘で味方の軍は大打撃を受けてしまっており、味方の軍はもはや1000揃えられるかどうかも怪しくなっているのだ。

 

 この瞬間、長秀は自分の行動が尾張と織田家を亡国の危機に陥れてしまったことを改めて理解した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、これこそが“尾張の奇跡”の第2幕──“桶狭間の戦い”の始まりであったことを知る者はまだ居ない。




佐久間信盛

原作では長篠の戦いで信奈の側近として従軍していたが、突然の徳川家の同盟破棄によって窮地に陥った織田軍を救うため、“ある将が勝手に退却し、織田軍の防衛線が崩壊した為、撤退せざるを得なくなった”という筋書きを作り上げ、その将に志願する。その後、断腸の思いの信奈に一族老党、高野山追放を命じられた。この世界では丹羽長秀の乱にて撤退を長秀に進言した直後にのび太の狙撃によって戦死した。


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桶狭間の戦い

◇西暦15X0年 5月18日 昼 桶狭間山 東部

 

 

「居た居た。本当にこんな都合良くやって来てくれるとはね」

 

 

 丹羽長秀率いる軍勢を撃退した後、今川軍を倒すために桶狭間へとやって来たのび太達は予想通り、桶狭間山の東の麓に居る今川本陣を見つけ、自分の思惑通りに事が進んだことに喜びつつも、同時に何処か呆れてもいた。

 

 確かに心理的に本陣を爆薬が仕掛けられている場所の上に誘導するように本陣を築き上げるのに都合の良い地形を作ったりはしたが、それを今川軍が罠だと思い、その場に本陣を築くのを避ける可能性は十分にあったのだ。

 

 だが、現実にはこちらに都合よく今川軍の本陣は自分達が爆薬を仕掛けた場所の上に密集しており、更に今川義元の姿もそこには有るらしい。

 

 後はのび太が信煙弾(銃のような形状をしている煙玉を発射する装備。要するに進○の巨人に出てくるアレ)を上空に発射し、自分の手元に有るものを含めた有線で繋がっている6つの起爆装置(流石に爆薬を一点に集中するのはリスクが有りすぎたので、爆薬を幾つかの区画に分け、それぞれの区画毎に別々な起爆装置を用意した)の近くで待機している川並衆に合図を出して仕掛けられている爆薬を一斉に起爆させれば、のび太達の勝ちはほぼ決まりだ。

 

 

(ここまで都合が良いと、却って怖いな)

 

 

 のび太は戦場での悪運が強いが、同時に普段はとんでもなく運が悪い。

 

 そして、のび太のこれまでの経験では、こういう事が都合よく運ぶ時に限って特に痛い目に遭ってきたので、今回もその前触れではないかという不安があった。

 

 が、そんな理由で今さら作戦を中止するわけにはいかなかったし、なにより義元の首を取ってそれを手土産にして丹羽長秀によって貶められてしまった尾張国内での自分達の立場を回復させる事が出来なければ、おそらく川並商会は尾張から追放されてしまうことになるだろう。

 

 どういった経緯であれ、のび太達は織田家の大半の家臣と1000は確実に越える兵士を殺害してしまったのだから。

 

 

(まったく、長秀さんのせいでこっちの計画が狂っちゃった。幾ら僕が気に入らなくて向こうの工作のお返しにあんな報復をしたからって、クーデターやってまで僕達を排除しようとするか?普通)

 

 

 あの織田軍との戦いの後、のび太は今川軍と戦うために南下したが、その過程で五右衛門を清洲城へと送り込み、どういう意図で自分達を討伐しようとしたのかを調べた。

 

 場合によっては今川軍と戦わずにこのまま尾張を出ていくことも考えていたのび太だったが、帰還して帰ってきた五右衛門のクーデターが起きて信奈達が軟禁されているという報告を聞いてそれを考え直し、今川軍を撃破した後に信奈達を助けることに決めたのだ。

 

 しかし、長秀に対して怒りの感情があるというのも確かだった。

 

 なにしろ、本来の計画では今川軍を自分達の手で倒し、尾張での自分達の名誉と立場を向上させ、自分と信奈との婚姻を少しでも現実的に近づける筈が長秀のせいで今川軍を倒しても名誉と立場の回復が手一杯という状況になってしまったのだから。

 

 更に言えば、ここまでされるような仕打ちをしたという自覚ものび太には無い。

 

 確かに本人の春画をばら蒔くというあの報復行為は陰険だったとは思うが、先に手を出してきたのは向こうだし、それに向こうのやった工作の内容もこちらに負けず劣らず陰険であったのだから。

 

 

(まあいいや。今は今川軍を倒すのが先だ。これを倒さないと尾張は滅亡して信奈ちゃんの救援どころではなくなるからね。そして、今川軍を倒した後、信奈ちゃんの救援さえ行えば状況は一気に好転する)

 

 

 なにしろ、長秀のクーデターには明確な旗頭が居ないのだ。

 

 短期間ならともかく、長期間尾張の政権を握り続けられるとはとても思えない。

 

 なので、織田家の当主である信奈を解放さえしてしまえば、長秀の天下は終わるとのび太は確信していた。

 

 

(さて、今川義元。あんたに恨みはほとんど無いけど、僕たちの明日のために死んでくれ)

 

 

 のび太は小学生時代には決してしなかったであろう黒々とした笑みを浮かべながら、他の起爆装置の近くで待機しているであろう川並衆に合図を出すために持っていた信煙弾を上空に向かって発射した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数分後 桶狭間山東部

 

 

「・・・」

 

 

 今川本陣の存在する桶狭間山の東の麓付近の哨戒を行っていた今川方の忍衆の棟梁──服部半蔵は現在目の前で起こっている光景に絶句していた。

 

 今から四半刻(30分)程前、半蔵他複数の忍達は今川本陣に近づく複数の集団を発見し、これを敵の間者か偵察部隊と判断した忍達は、敵が油断するであろう帰り道で襲撃するべく網を貼ったのだが、その集団の1人が空に煙のようなものを打ち上げた直後、凄まじい轟音と共に今川の本隊がいきなり爆発したのだ。

 

 これによって多数の兵士が死傷し、生き残った兵士もまた突然起きた巨大な爆発に混乱してしまい、逃げ出す者すら出る有り様だった。

 

 もっとも、突然の爆発に混乱したのは自分達も同じであり、暫くの間は何も動けなかったので、人の事を言えた義理ではないのだが。

 

 そして、そうこうしているうちにがら空きになった今川本陣にその集団は突撃していき、その光景を目にして我に返った忍達はその集団を背後から奇襲しようとするが、そんな彼らの行動を半蔵は腕1つで制止させた。

 

 

「止めておけ。あれは化け物だ、人ではない。我々はなにも見なかった」

 

 

 このまま行けば、義元はあの集団によって捕らえられるか、殺されるかのどちらかの結末を辿るだろう。

 

 そして、自分達が背後から奇襲すれば確かにそれらの結末を阻止できる。

 

 ──だが、それをしたところで自分達にとって大した意味はない。

 

 そもそも半蔵とその部下達は義元の命令でこの場の配置に着いているが、元々は義元に従属を強いられている三河の国主──松平元康の部下なのだ。

 

 例え今回、あの集団の魔の手から義元を守ったところで言葉だけの称賛で終わってしまう可能性が高く、主君(元康)が望んでいる三河の独立など夢のまた夢。

 

 だが、ここで義元が捕らえられるか殺されるかすれば、今川家は東海道一の弓取りとも言われている人材を失って大きく揺れる。

 

 そうなれば三河の事など構っていられる余裕は無くなり、そのどさくさに紛れて三河を独立させる事は十分に可能。

 

 半蔵はそう算盤を弾いた。

 

 

(さて、この場を上手く処理するためにも織田の間者には義元を捕獲なり殺害なりして無事に帰って貰わなくてはならんからな。上手く立ち回らねば)

 

 

 今川義元の殺害あるいは捕獲と織田の間者の帰還は自分達の目論見を成功させるためには絶対に必要な条件だ。

 

 何故なら、もし織田の間者がしくじって今川義元が無事であれば、この戦が終わった後に自分達は義元から責められる事になるし、仮に義元が殺害されたとしても織田の間者が無事に帰還しなければ、義元が討たれたという情報は拡散されなくなる。

 

 そして、そうなれば義元の危機に際してなんら動きを見せなかった自分達に疑いの目が向くことになるので、結果的に主君にも迷惑が掛かってしまうのだ。

 

 故に、状況をよく見て上手く立ち回る必要がある。

 

 半蔵はそう考えながら、事のなり行きを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇桶狭間山 東の麓

 

 

(ふぅ。・・・流石に今回のは肝を冷やしたな)

 

 

 捕らえられ、縄で縛られた女性──今川義元が川並衆の屈強な男達によって運ばれる様子を見ながら、のび太はそんな感想を口にする。

 

 本来の予定では義元を捕らえる事にはなっておらず、6つに分けられていた爆薬の設置された区画の上に居た為にそのまま殺害するつもりだった。

 

 が、この今川義元という人物は意外にも悪運が強かったのか、6つの区画の内5つの爆薬が無事に爆発したにも関わらず、本陣の下に仕掛けられていた爆薬だけは爆薬と起爆装置を結ぶ電線の1つが偶々切れていたことによって爆発しなかったのだ。

 

 そして、不発の爆薬がよりにもよって肝心な本陣の下に仕掛けられた爆薬だった為に、それを見たのび太は流石に焦った。

 

 当然だろう。

 

 幾ら今川軍の兵士を吹き飛ばしたところで、肝心の本陣が残っていれば意味はないのだから。

 

 そして、作戦を変更し、今川軍の本陣に突撃して義元を捕らえることを決め、私兵集団と共に突撃していった。

 

 ちなみに義元を殺害するのではなく、捕らえようとしたのはこの場から抜け出す為の人質にしようと考えたからだ。

 

 なにしろ、初撃で大勢の今川軍の兵士を吹き飛ばしたとは言え、元々が5000人も居た為に生き残った兵士も大勢居る。

 

 その残敵を全て相手にするほどの余裕はのび太達にはなく、だからこそのび太は義元を捕らえることで今川軍相手の人質にしつつ、手柄として織田家へと連れ去ることを決めたのだ。

 

 ──もっとも、生き残った今川軍の兵士は大半が突然地面が大爆発したことに驚いて逃げてしまったので、その心配は結果的には全くの杞憂であったのだが。

 

 そして、本陣に残る僅かな今川軍の兵士を排除した後、のび太達は降伏を促したのだが、降伏も殺害も拒否すると喚く義元の態度が面倒になり、腹が立ったのび太はそのまま彼女の鳩尾を殴って気絶させた。

 

 ちなみにその時ののび太の問答無用ぶりは、傍らに居た私兵集団の兵士達をドン引きさせたのだが、まあ、それは別の話だ。

 

 

(それにしても、なんであそこに隠れている奴等はこちらを襲ってこなかったんだろうな)

 

 

 のび太は桶狭間山東部に居た服部半蔵率いる忍衆の存在に気づいていた。

 

 もっとも、向こうがこちらに手出しをしてくる様子がなかったので、そのまま爆破作業を行ったのだが、流石に今川軍に突撃していく時は手を出してくるだろうと思っていたのだ。

 

 しかし、現実は突撃後もこちらに手出しをしてくる様子は一切なかった。

 

 

(もしかして、今川軍の哨戒部隊じゃなくて他国のスパイだったのかな?・・・となると、この後、義元をかっさらってくる可能性もあるから注意しないと・・・ん?)

 

 

 そう思っていたのび太だったが、その直後に自分の体が震えていることに気づく。

 

 

(ちっ、またか)

 

 

 のび太は内心で舌打ちする。

 

 小学校高学年頃から、のび太は数えきれない程の戦いを経験してきたのだが、何故か人を殺した戦場では毎回戦いの直後になると急に体が震え、途端に人を殺したという罪悪感と自分への嫌悪感に心が押し潰されそうになってくるのだ。

 

 そして、それは初めて人を殺した中学生時代の頃から今に至るまで全く変わらなかった。

 

 これはおそらく自分の体が人殺しの空気に慣れることを拒絶しているのだとのび太自身は推測しており、現にそういった体質を持つ者は稀ではあるが居ないわけではない。

 

 しかし、何度も人殺しを経験して人殺しに全く慣れないという特異な体質を持っている者など、おそらく世界中を探してものび太しか居ないだろう。

 

 だが、同時にこの体質が有るからこそのび太は人殺しに慣れることなく、一般人としての感性を保っていられるともいえ、当初は人を殺したことで自分を見失うことが無さそうなこの体質をありがたいと思っていたのだが、ジャイアンやスネオといった戦友を亡くしてからはこの体質に関してそういった感情を抱くことは一切無くなり、むしろ、憎むようにすらなっていた。

 

 

(落ち着け。まだ信奈ちゃんを助けるという作業が残っているんだ。それまで持ってくれ)

 

 

 のび太はそう思いながら歯を食い縛り、必死に込み上げてくる罪悪感と嫌悪感を無理矢理抑え込んだ。



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月下の誓い

◇西暦15X0年 5月18日 夜

 

 あの桶狭間の戦いから五刻(10時間)程の時が経った。

 

 あれからどうにか残された戦力を振り絞り、清洲城へと向かったのび太達だったが、その途中でどうやらあの訓練所での戦いの後に長秀が解放したらしい信奈率いる織田軍残存兵と遭遇する。

 

 その後、彼女等に捕らえた今川義元を引き渡したのび太達は桶狭間の恩賞と長秀が行ったことの慰謝料を支払うために清洲城へと向かう。

 

 ──そして、現在。

 

 報酬と慰謝料を受け取ったのび太は信奈の私室へと招かれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇清洲城 本丸

 

 

(ああ、綺麗だな)

 

 

 今日、信奈の部屋の縁側から覗くことの出来た月は偶然にもあの告白した日と同じ満月だった。

 

 そして、大切にしているらしい地球儀を懐に抱きながらその月を見上げる少女──信奈の月光に照らし出された真っ白い素肌と整った横顔、長い睫、凛とした目差しを見たのび太は、そのあまりに幻想的な少女の美しさに胸を高鳴らせる。

 

 

(他人のために命を捨てるなんて柄じゃないとは思うけど、多分今の僕は信奈ちゃんを幸せに出来るんだったら自分の命を平然と投げ出せるんだろうなぁ)

 

 

 どうやら自分はどうしようもないくらいに目の前の少女に惚れてしまっているらしい。

 

 彼女の為ならば自分は平然と命を投げ出せるだろうし、どんな命令でも(・・・・・・・)やってのけるのだろう。

 

 のび太がそう思っていた時、ずっと月を見上げながら黙っていた信奈が口を開く。

 

 

「悪かったわね。迷惑掛けた上に今川軍の撃退までやって貰っちゃって」

 

 

 開口一番、のび太に向かって信奈はそう謝罪する。

 

 普段なら多少の迷惑を掛けた程度では謝罪など絶対しない信奈だったが、今回の場合はどうしても謝罪しなければ気が収まらなかった。

 

 その理由は2つある。

 

 まず1つ目が長秀の暴走を防ぐことが出来ずに川並商会を軍で襲わせてしまったこと。

 

 前にも書いたが、一商会を軍で襲撃して取り潰そうとするなど前代未聞だ。

 

 幸い、この一件では川並商会側に死人が出なかったからこそ慰謝料を支払うことでなんとかなったが、もし死人が出ていたら川並商会との関係どころか、確実に信奈が奨めている楽市楽座(自由経済)政策に支障が出ることになっていただろう。

 

 そして、2つ目の理由。

 

 それは──

 

 

「結局、こっちの事情が原因であんた達に渡す筈だった今川軍撃退の報酬もあんなに減っちゃったわね。・・・それに万千代の事も」

 

 

「いや、大丈夫。むしろ、こんな状況で1万貫なんて金額を貰っちゃったら信奈ちゃんが許しても、信奈ちゃんの家臣達が許さなかったよ。それにさっきも説明したけど、長秀さんの助命についてもちゃんと僕にも考えがあって言ったんだ。信奈ちゃんが気にすることはないよ」

 

 

 のび太はそう言いながらも、少々苦い顔を浮かべた。

 

 今回の一件でのび太が受け取った物は2つ。

 

 褒賞金5000貫と長秀が起こした騒乱に対する全面的な罪の免除であり、前者は義元の捕縛と今川軍の撃退の報酬として、後者は長秀が起こした騒乱の迷惑料の対価として貰ったものだ。

 

 ──だが、ここで誰しもが思うだろう。

 

 なぜ国家滅亡の危機を救い、国主(それも大名クラス)を捕らえたにしてはこれほど報酬が少ないのか。

 

 そして、クーデターを起こして軍を動員するという破天荒な形で自分達に危害を加えようとした万千代の罪の免除を願ったのか、と。

 

 実はこれには今回の一件(尾張の奇跡)で“利益を得た者”と“不利益を被った者”が大きく関わっている。

 

 まず今回の件に関わった者は大まかに分けると、のび太率いる川並商会と私兵集団、織田家、今川家、松平家の四勢力だ。

 

 この内、利益を得たのは織田家のクーデター政権に討伐対象にされながらも尾張のために軽微な損害で今川軍の撃退と今川義元の捕縛という戦功を挙げたことによる名誉と同情、そして、それについての報酬と長秀が起こした騒乱の迷惑料という物理的な利益を織田家から得ることが約束されたのび太達、そして、今川家が混乱したことによって三河独立の機会を得た松平家の2つ。

 

 反対に不利益を被ったのは、家臣にクーデターを起こされた上にそのクーデターを起こした家臣によって討伐対象に指定された組織に国を救われるといういっそ哀れなほどに無様な醜態を晒してしまった織田家、そして、国主を捕らえられて国と軍が混乱した結果、本国である駿河を武田に取られてしまった今川家だ。

 

 ただし、松平家の三河独立については大名クラスの人間以外ではほとんど誰からも注目されていなかった為、大衆の目から見れば実質のび太達の1人勝ちということになっており、これによってのび太達は様々な勢力から注目されるようになったのだが、当然の事ながらそれを面白くないと考える者も居て、その筆頭が織田家の家臣達だった。

 

 当然だろう。

 

 なにしろ、のび太達は正当防衛で仕方がなかったとはいえ、あの戦場に出ていた織田家の家臣を片っ端から殺している。

 

 そんな彼らが国を救って民から称賛され、逆に彼らによって大勢の家臣が殺された上に今川軍侵攻を許した挙げ句、今川軍との戦いでなにもできなかったという不名誉を被ったという事実は殺された家臣の遺族や戦友からすれば色々と思うところがありだろうし、彼らの恨みと妬みは今回の一件で実質1人勝ちしたのび太へと集中するだろう。

 

 だからこそ、その空気を敏感に察したのび太は、当初は今川軍の撃退と今川義元の捕縛の報酬として1万貫を与えようとした信奈に対して半分の5000貫程に減額してくれるように頼み、更には長秀が起こした迷惑料として長秀の全面的な罪の免除を嘆願した。

 

 報酬を減らすことによって彼らの妬みの感情を軽減させ、更には長秀の罪を免除することによって彼らの恨みの感情を分散させようと考えたのだ。

 

 だが、こののび太の提案を信奈は渋った。

 

 それはそうだろう。

 

 現在の織田家は只でさえ評判が落ちているのだ。

 

 ここで十分な報酬を与えず、尚且つ長秀の罪の免除などしたりすれば織田家の世間からの評判は地に落ちる事になる。

 

 だが、その理由と原因が自分達であることから強く断ることも出来ず、結局、報酬はのび太の言う通り予定されていた額の半分、長秀の罪もまた数日の謹慎で済まされることになった(ちなみにこの措置に対して生き恥を晒されることになった長秀がごねたものの、信奈の説得によってどうにかその“罰”を受け入れている)。

 

 

「・・・デアルカ。でも、謝るくらいはしないと釣り合いが取れないのよね」

 

 

「信奈ちゃんがそう言うなら良いけど・・・でも、僕達はまだ利益を得たからマシな方だよ。むしろ、信奈ちゃんの方こそ大丈夫?」

 

 

「・・・はっきり言って良くないわね。元々、私はうつけと言われてきたけど、今度という今度は致命的ね」

 

 

 そう、本来の歴史(原作)では桶狭間の戦いに勝利したことによって尾張領内に蔓延っていたうつけという評判を覆した信奈だったが、この世界でその名声を得たのはのび太であり、信奈の方はむしろ今川軍が侵攻してきた際になにもしなかった(正確には出来なかったのだが、そんなことは民衆には関係ない)せいで、前よりも評判が悪くなっていた。

 

 

「最近では信勝を川並商会から呼び戻して織田家の当主に据えようなんて動きがあるわ」

 

 

「また?でも、一度出家すれば当主になるのは難しいんじゃ・・・」

 

 

「普通ならそうなんだけど、私の名誉が落ちちゃった上に結果的に川並商会に属している信勝の名誉の方が上がっちゃったから、そういう動きが有るのも仕方ないわ」

 

 

「ええ!?でも、あいつ、今回の一件ではなんの功績も挙げてないよ」

 

 

 のび太は信奈の発言に驚いた。

 

 そもそも織田信勝こと津田信澄は川並商会の一員になって以降、一応の戦闘訓練はさせていたものの、織田家の立場を考えて基本的に非戦闘員として扱っており、彼の主な仕事は川並商会の本業である商売だ。

 

 そして、今回の一件では信澄は戦場とは離れた場所に避難させており、丹羽長秀の乱、桶狭間の戦い双方に参加しておらず、当然の事ながらなんの功績も挙げていない。

 

 にも関わらず、川並商会に属しているというだけで勝手に信澄の名声が上がってしまっているという現状にのび太は困惑していた。

 

 

「そうね。でも、民衆にはそんなこと分からないわ。それに・・・」

 

 

「それに?」

 

 

「いえ、なんでもないわ。とにかく、信勝の復活の可能性っていう火種を抱えている以上、暫くは尾張は動けない。それで、厚かましいとは思ったけど、あんたに1つ頼みがあるの」

 

 

「なに?あんな無理を言って信奈ちゃんに迷惑を掛けちゃってるんだ。僕に出来ることならなんでもやるよ?」

 

 

「相変わらずのお人好しね。・・・まあ、そういうところが良いんだけど」

 

 

「えっ?なにか言った?」

 

 

「いいえ、なんでもないわ。それより頼みというのはあんたに美濃攻略の指揮を取って欲しいのよ」

 

 

「・・・・・・は?」

 

 

 のび太は一瞬何を言われたのか理解できなかった。

 

 

「えっ?なんで?」

 

 

「あんたじゃないと道三の家臣の方が従ってくれないのよ。ほら、今回の万千代の件で私の家臣は結構居なくなって人材の質が下がっちゃったから、蝮のところから引き抜こうと思ったんだけど、誰も私の下につくことを了承してくれないのよ」

 

 

「・・・」

 

 

 信奈の言葉に、のび太は返答に窮した。

 

 この時代、家臣というのは現代の軍隊で言うところの士官、または下士官的な立場だ。

 

 そして、現代でもそうだが、ある程度リーダー的な気質が有れば務まる下士官とは違い、士官という存在は全体の戦況を見渡さなければならない関係上、専門的な教育を受けているために簡単には補充できない。

 

 ましてや、この時代は人口の大半を占める平民を教育させて士官を募るという考えそのものがないのだから尚更だ。

 

 そして、先の戦いでそんな簡単に補充できない人材を殺しまくったのは他でもないのび太であり、そのせいで信奈は家臣団の再建に追われていた。

 

 だが、どう再建したところで尾張内から集めたのでは家臣団の質が落ちてしまうことは確実であり、そこで信奈は道三と一緒に亡命してきていた道三の家臣を引き抜いて登用しようとしたのだが、無下にされることはなかったものの、全員がなにかと理由をつけて断っている。

 

 まあ、考えてみれば当たり前だった。

 

 道三の家臣団は堀田道空のように道三個人に忠誠を誓う者、明智光秀のように出世は重要だが筋を通すことはもっと大事と考えている者など、道三についてきた理由に違いこそあるものの、うつけと呼ばれており、尾張の奇跡でなんの功績も挙げられなかった信奈へ不信感を抱いているという点では一致しているのだ。

 

 そんな将来性や人間性という意味で疑問を持たれている信奈に、道三の家臣達が彼女の下につくのを了承するわけがなかった。

 

 だが、自分が原因であるにも関わらず、そんな指摘をはっきりとするほどのび太も無神経ではない。

 

 が、問われている以上、せめてなにか言わなければと口を開こうとするが、その前に信奈が言葉を続けた。

 

 

「まあ、とにかく。美濃の攻略はあんたが担当して。上手く行ったら、美濃の統治は全てあんたに任せるから」

 

 

「・・・魅力的な提案だけど、1つ質問良いかな?」

 

 

「なに?」

 

 

「その場合、僕の立場はどうなるの?」

 

 

 これは結構重要な問題だ。

 

 信奈の家臣という立場なのか、それとも協力者という立場なのかでのび太の美濃攻略のやり方も大きく変わってくるのだから。

 

 

「・・・協力者という立場かしらね。家臣にするのは無理があるから」

 

 

「そりゃそうだ」

 

 

 信奈の言葉にのび太はそう言って苦笑する。

 

 何度も言うようだが、のび太は織田家の家臣を多数殺してしまったのだ。

 

 これから領土を拡大して尾張以外の家臣が多くなればのび太が重臣になったとしても問題は少ないだろうが、尾張出身の家臣しか居ない今の段階では重臣にするには無理があるし、かといってのび太ほどの人間を重臣にしなければ出世を夢見ている家臣が織田家が正当に功績を評価するのか不安に思う事になるだろう。

 

 それを考えれば、協力者という立場は正しく打ってつけと言えた。

 

 

「分かった。美濃は僕が取る。まあ、少し時間は掛かると思うけど、早ければ夏が終わる頃までには」

 

 

「そう、お願いね」

 

 

「うん。あっ、そう言えば、月が綺麗ですね」

 

 

「えっ?なによ、急に敬語で。まあ、確かに綺麗だけど」

 

 

「ふふっ、なんとなく言ってみたかっただけ」

 

 

 月が綺麗ですね。

 

 それは夏目漱石が言ったとされるI love youの日本語版表現だった。

 

 まあ、俗説という説もあって信憑性も低いし、そもそも戦国時代の今ではまだ言葉そのものが存在していないが、だからこそのび太は信奈に対してそう言ったのだ。

 

 ──そして、言葉の意味が分からずに首を傾げる信奈の様子を見たのび太は微笑みながらも内心でこう決意する。

 

 

(絶対にこの子は僕が守って見せる。他の誰にも渡すもんか)

 

 

 

 

 

 ──満月の下、のび太の執着にも似た密かな誓いは、誰にも知られることなく彼の心の中に焼き付いていった。




第一巻終了です。第二巻からはもはや原作が息をしていない(今でも若干原作崩壊気味ですが)状態になるやもしれませんが、どうぞこれからもよろしくお願いいたします。


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第二巻
雪花隊


堀田道空

道三の家臣。原作アニメでは長良川撤退戦の最中に戦死してしまったものの、この世界では美濃動乱そのものが起こらなかった為に生存。


◇西暦15X0年 5月18日 夕方 北近江

 

 のび太が満月の下で少女(信奈)を守ると誓う少し前。

 

 今川を混乱させることを狙った半蔵の手によって急速に広まった桶狭間の戦い詳細は、ここ北近江の国主──浅井長政の元にも届いていた。

 

 

「なに?野比のび太だと?間違いないのか?」

 

 

 聞き覚えのある名前(・・・・・・・・・)を聞いた長政は思わず目を見開いていた。

 

 現在の(・・・)日ノ本の多くの人々にとって、野比のび太という名を聞くのは初めてだろう。

 

 だが、長政にとっては違った。

 

 何故なら、彼女(・・)にとって野比のび太という名前の人物は昔の恩人であり、友であり、そして、初恋の人だったのだから。

 

 故に、長政は報告してきた家臣に対して確認するようにそう尋ねたのだ。

 

 

「はい、間違いありません」

 

 

「そう、か」

 

 

 家臣の返答を聞いた長政はそう言いながら目を瞑った。

 

 

(同姓同名の別人か。それともあいつの先祖に同姓同名の名前を持つ者が居たのか。あるいは・・・本当に本人なのか)

 

 

 いずれにしても確かめなければならない。

 

 そう考えた長政は近いうちに尾張を訪問することを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦15X0年 6月5日 尾張 訓練所

 

 尾張内に存在するのび太が作った私兵集団の訓練所。

 

 丹羽長秀の乱の際に一度放棄してしまったものの、その後の信奈の許可と桶狭間の戦いの報酬で得た5000貫の予算を使い、再建・増築が行われ、今では雪花隊という名称に改名されたのび太の私兵集団の訓練所として機能している。

 

 さて、そんな場所では現在、とある新兵器の発射実験が行われており、のび太と曉を初めとした数名の雪花隊の重鎮達はその光景を固唾を飲んで見守っていた。

 

 そして──

 

 

「・・・一応は成功だな。取り敢えず、真っ直ぐには飛んでいった」

 

 

 のび太はそう言いながら、実験は成功だと評価していたが、曉は何処か納得いっていない様子でこう言った。

 

 

「しかし、確かに真っ直ぐには飛びましたが、落ちた位置はバラバラです。明らかに大砲と比べて弾道が安定していません」

 

 

 そう、今回実験が行われた試験兵器。

 

 それは後の世でロケット弾と呼ばれる兵器であり、その値段の安さと高い火力から21世紀でも使われている代物だった。

 

 まあ、とは言っても、この時代に存在する設備ではどうやってもロケットエンジンを作ることは不可能なため、ブースターの部分を花火で代用し、竹と木で作ったカタパルトから火薬で打ち出すという原始的なからくりになっている。

 

 だが、ロケットエンジンが搭載されていないことによって打ち出されるロケットの軌道が安定しないため、当然の事ながら命中率は悪い。

 

 

「まあ、そうだけど、大砲に比べれば安いし火力も高く、射程もそれなりに長い。そして、なにより持ち運びがしやすいからね」

 

 

 そう、確かに今回のび太達が作ったロケット弾は命中率は劣悪ではあったものの、火力はそれなりに高い(だいたい75ミリ砲弾と同じくらい)上に射程は1キロを軽く越え、更に発射機そのものは簡易的な構造かつ(耐久性は少し犠牲にしているが)軽く作られているために簡単に持ち運べ、そして、なによりも安いというのは大砲の運用で散々自転車操業を強いられていたのび太からすればとんでもなく助かっていた。

 

 もっとも、砲弾のみは耐久性の関係上、鉄製である必要があるために60ミリ迫撃砲弾とほぼ同じ値段になってしまったが、威力の割りに安い値段ではあったし、逆に言えばそれ以外金は然程掛かっていない。

 

 そういうわけで、のび太はこの実験でロケット弾──後に火中車と名付けられる──が真っ直ぐ飛んだその瞬間からこの兵器を採用することを決めていたのだ。

 

 

「・・・のび太様がそう仰るなら」

 

 

「うん。・・・ああ、そうだ。防諜活動の方はどうなってる?」

 

 

 のび太はこの場に居る他の人間には聞こえないように曉の耳元に口を近づけ、小声でそう尋ねた。

 

 桶狭間の戦い以降、のび太の私兵集団の存在は周知され、雪花隊に入団したいと言ってくる人間が徐々に出てきていたのだが、そこには他国の間者も混じっていた為に容易に入隊させるわけにもいかず、かといって美濃攻略の為には組織拡大の必要性がある以上、完全に入隊を拒否するという訳にもいかない。

 

 そこで考えたのが、腹心である曉を一時的に実戦部隊から外し、更には五右衛門を顧問として桶狭間の戦い以前から居る人材で構成された防諜部隊を作り上げる事だった。

 

 これによって新規入隊した者の中に居るかもしれない間者の摘発と情報漏洩を出来る限り防ごうと考えたのだ。

 

 まあ、ノウハウが不足しているのと人数の関係からその防諜能力はあまり高くないと予想された為に最終的に新規入隊者は50人程に留めることで間者が入るリスクを出来る限り小さくすることにしたのだが、それでも1人か2人くらいは間者が入っている可能性があった為に、のび太は念のため、防諜部隊の責任者である曉に防諜活動の様子を尋ねていた。

 

 

「はい、今のところ間者らしき存在が入り込んだ気配は有りません。これは私だけではなく五右衛門様も同様の見解です」

 

 

「そうか、分かった。でも、油断しないでね。間者であることを上手く隠しているだけかもしれないし、仮に今間者ではなかったとしても金を積まれたら間者になる輩も居るかもしれないからね」

 

 

「心得ています」

 

 

「なら良いんだ。・・・ああ、それと“例の作戦”だけど、僕たちと美濃から亡命してきた人達だけで行うことが決まったよ」

 

 

「・・・幾らなんでもそれは無謀では?我々だけでは兵力が少なすぎます」

 

 

「分かっているさ。でも、“囮”の方も場合によっては進撃する必要があるから突破力のある勝家さんは抜けないし、かといって長秀さんはこの前の事を抜きにしても僕たちとは相性が悪すぎる。そして、犬千代は信奈ちゃんを守るために必要だから引き抜きは無理。他の家臣達は大半が論外。・・・僕たちと斎藤さんの家臣の人達だけでやるしかない」

 

 

 のび太はそう言いながら、苦虫を噛み潰したような顔をする。

 

 実はのび太は美濃を落とす戦略を既に考えていて、それを纏めた計画書を信奈に提出しており、その内容の大胆さに信奈は驚いたものの、リスクはあれどその分効果的であるのは認め、作戦そのものはすぐに承認された。

 

 ただ、問題となったのは作戦に使う兵力であり、当初は自分達と道三の家臣団、あとはあの一件(丹羽長秀の乱)に偶々関わっていなかった織田家の家臣とその配下の人間を使おうとしたのだが、道三の家臣団の方からは道三の説得もあって意外とすんなり了承を得られたものの、織田家の家臣達の方は取り付く島もなく協力を拒否してきたのだ。

 

 

「・・・あの一件の爪痕はそこまで大きいということですか」

 

 

「そういうこと。まっ、元々この作戦の性質上、大兵力の投入は不可能だったから兵力は最低限で良かったんだけど、その最低限の兵力すら確保できなかったのは結構キツいな」

 

 

「まったくです。織田家の家臣達も過去の遺恨なんか捨ててこちらに協力してくれれば良いものを」

 

 

 曉は吐き捨てるようにそう言った。

 

 そもそも彼女からすれば織田家の家臣達が自分達に抱く感情は逆恨みも良いところであり、そんな彼らの下らない感情で自分達が苦労する羽目になるなど堪ったものではない。

 

 だが、そんな曉の言葉に対して、のび太はこう返した。

 

 

「仕方ないさ。あの戦いではこっちの被害は0で向こうの被害は甚大だったんだ。過剰防衛だと思う向こうの気持ちも分からなくもない」

 

 

「ですが、あの戦いは私達もギリギリで勝ったようなものです!!」

 

 

「分かってる。でも、向こうは被害者の人数でものを見ているから僕達が余裕で勝ったと錯覚しているんだよ。例え僕達が幾ら余裕がなかったと言ったところで、それは“勝者の余裕”としか思われない」

 

 

「くっ!」

 

 

 曉はその指摘に悔しげな表情を浮かべながら歯噛みする。

 

 のび太の指摘は正しい。

 

 実際、丹羽長秀の乱ではのび太達はほぼ無傷の損害で織田軍に甚大なダメージを与えているし、その後、やって来た今川軍相手に連戦したにも関わらず、僅かな損害で本隊に大ダメージを与え、敵将を捕らえることにも成功している。

 

 これで余裕が無かったと言ったところで誰も信じないだろう。

 

 

「まあ、今のところ恨みの感情は長秀さんのところにも行ってるだろうから、気にする必要は無いさ。・・・もっとも、なにかあったら報復を考えなきゃならないけどね。それより曉、さっきからみんなが見てるよ」

 

 

「あっ、す、すいません」

 

 

 その言葉に周囲を見渡した曉は、先程自分が叫んだせいで他の幹部達から注目されることになっていた事に気づき、慌ててのび太に対して謝った。

 

 それに対して、のび太は『気にするな。そういうこともあるさ』と言いつつも、今回採用を決定したロケット弾の活用法について考え始めた。




のび太の現在の手持ち戦力

総戦力280人

・内訳

雪花隊130人。

川並衆150人(原作ではこの頃は100人余り程だったが、この世界では五右衛門が諸国を回るうちにどうやってかは知らないが、集めてきた結果、ここまで増えた)。


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初恋の人

◇西暦15X0年 6月8日 尾張 清洲城 城下町

 

 

(いったいこの世界はどうなっているんだろう?)

 

 

 清洲城・城下町の茶屋で団子を食べながら、のび太はこの世界の事について考える。

 

 のび太は既にこの世界を自分の世界の戦国時代によく似た平行世界である可能性が高いと推測していたが、それ故にこの世界の歴史がどう推移していくのか全く予想がつけられずにいた。

 

 もっとも、のび太は何度も言うように戦国時代の歴史には詳しくないので、仮にタイムスリップした世界が教科書に載っていた通りの歴史を辿ったとしても、何が起こるのか分からないという点では一緒なのだが。

 

 

(今川義元を生かしちゃった時点でこの世界の歴史は僕の世界の歴史から更に解離するということは確実だ。ここからは更に慎重に行動する必要があるな)

 

 

 のび太はそう思ったが、実のところ、今川義元を生かす前の段階で、既にこの世界の歴史は史実・正史(原作)双方の歴史から大きく変わり始めていた。

 

 その最大の例が斎藤道三の一件であり、史実では彼は長良川の戦いで死に、正史(原作)でも長良川撤退戦を経て尾張に亡命するのだが、この世界では美濃動乱が起きる前にのび太が道三に亡命を促したせいで長良川の戦いどころか、美濃動乱すら起こっていない。

 

 つまり、のび太は市販の歴史書に載るレベルの内戦を1つ完全に消滅させてしまったのだが、当の本人は美濃動乱の歴史については知らなかった為に、この事実に全く気づいていなかった。

 

 

(あとお市の存在がそもそも無かったのも予想外すぎる誤算だったな。これで浅井家との同盟は出来ないかもしれないな)

 

 

 そう、天下一の美女と言われた人物であり、史実では浅井家に嫁いだお市の存在もまたこの世界には無かった。

 

 いや、もしかしたら信奈の存在がそれにあたるのかもしれないが、のび太は信奈を諦めるつもりは更々無いので、この世界での織田と浅井の同盟は無いと見た方が良いだろう。

 

 

(いや、それでも何かしらの切っ掛けで政略結婚しなきゃいけないような状況に追い込まれるかもしれないな。そうならないように頑張らないと)

 

 

 のび太は信奈を守ることを改めて決意しつつ、ふとお市という名前に関して、過去にあった“ある思い出”を思い出す。

 

 

「そう言えば、小学6年生の頃、戦国時代を訪れた時に確かお市って名前をした女の子に会ったな」

 

 

 あれはまだドラえもんが居た頃、のび太はとある切っ掛けで戦国時代の琵琶湖を見てみたいとドラえもんにねだり、タイムマシンを使って戦国時代の琵琶湖を訪れたことがあったのだが、その時にお市と名乗る少女と出会ったのだ。

 

 最初は織田信長の妹であるお市かと思ったのだが、実際は同名の別人だったようで、織田家の事は知っていても信長の事は知らなかった。

 

 

「懐かしいな。あの子、成長すれば美人になっただろうなぁ」

 

 

 とは言え、あれはのび太達の世界の戦国時代に居た女の子であってこの世界の女の子ではない。

 

 なので、この世界で幾ら探そうとも会うことは無いだろう。

 

 のび太はそう思いながら、団子を食べ終えて店を出ようと席を立とうとする。

 

 だが、その時──

 

 

 

 

 

「──失礼。もしやあなたは野比のび太様ではございませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこには黒髪ロングの絶世の美少女が居た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇数時間後

 

 先程、のび太に話し掛けた黒髪ロングの絶世の美少女──お市こと浅井長政は、複雑な表情をしながら家臣達の元へと戻るために街を歩いていた。

 

 

(本人だった。それに私の事も覚えていてくれた。それは嬉しかった。だが──)

 

 

 なぜ彼は織田家の姫などに惚れてしまっているのか。

 

 長政はその事実に憤り、思わず歯噛みしてしまう。

 

 元々、彼が恋愛に関して一途であるのは知っていた。

 

 のび太とは過去に自分がお市という偽名を名乗っていた頃に出会い、それからだいたい一週間ほど共に過ごしているうちに段々彼のことが好きになっていき、冗談半分で求婚した事もあったが、それに対してのび太は『自分には“源しずか”という好きな人が居るから』と真剣に答えを返してくれ、それによって自分の初恋は強制的に終わらせられたものだ。

 

 しかし、その事で彼を恨んだことはない。

 

 元々、好きな人との結婚など戦国大名である自分とは縁のないものであると考えていたし、むしろ、キッパリと断りの返事を入れた彼に益々好感を抱いた程だ。

 

 そして、のび太が未来へ帰る時、長政は胸が引き裂かれそうな思いに駆られながらもそれを見送り、未来に居るというしずかという少女と彼の幸せを祈った。

 

 だが、原因こそ分からないらしいものの、彼は再びこの時代へとやって来て、先日の桶狭間の戦いで功績を挙げてその名を広めたようだ。

 

 そして、その戦いの詳細を本人から聞いた時、一番驚いたのはその戦いであの不思議な道具(秘密道具)を一切使わなかったという点だった。

 

 こう言ってはなんだが、あの頃から戦闘能力は地味に高く、危機対処能力に優れてはいたものの、基本的に間抜けで知力に多大な欠点を抱えていたのび太がそんな大々的な功績を挙げるとしたら秘密道具を使わないと無理だと思っていたからだ。

 

 どうやら自分と再会するまでのこの5年間の間、彼はあらゆる面で驚異的な成長を遂げていたらしい。

 

 彼の居た時代の日ノ本は全く戦争が無い平和な世界と聞いていたので、何をどうすればそこまで成長できるのか首を傾げたが、まあ、それは良いとして、問題は今ののび太が尾張の国主である織田信奈という少女に惚れてしまっているということだ。

 

 詳しく話を聞けば、どうやらこの5年間の間で彼は話に聞いていたしずかという少女に振られてしまい、その後に出来た南蛮人(外国人)婚約者とも死に別れ、そして、この時代にやって来た直後に信奈と出会って彼女に惚れてしまったらしい。

 

 そこら辺の有象無象であれば“身分違いの分際で姫に懸想するなど笑止”と言ったところだが、昔馴染みの友人にそんなことを言うわけにはいかないし、なにより笑えないのがのび太がそういった不可能を可能にする“何か”を持っているという点だった。

 

 

(あいつが織田家の姫に本気で惚れているとしたら、添い遂げるために既存の身分制度全てをひっくり返すくらいの事はやりかねない)

 

 

 これは他の人間に話せば一笑に付されるであろう話だが、もしのび太がこの時代の身分制度を完全に理解しているならば、必ずやそうしようとしてくると長政は確信していた。

 

 この点、長政はこの世界でのび太の事を誰よりも高く、そして、正しく評価していたと言えるだろう。

 

 何故なら、のび太は正に長政が考えた通りの事を構想していたのだから。

 

 

(それをやれば多くの血が流れるかもしれん。いや、仮に大して流れなかったにしても時代に乗ることが出来なかったものは悲惨な運命を辿ることとなるだろう)

 

 

 そう考えれば、この時代の人間として未来人であるのび太の企みは事前に阻止した方が良いのかもしれない。

 

 長政はそう思いつつも、同時にそれを楽しみにしている自分が居ることに気づいていた。

 

 

(可笑しな話だな。あいつに振られたあの時から私は天下を取るために邁進する筈だったのに、今はあいつの作る天下というものを見てみたくなった)

 

 

 だが、信奈に惚れている以上、当の本人には今のところ天下を取る意思はないだろう。

 

 おそらく信奈の下で功績を挙げ、彼女の天下取りを支えつつ政治に口を出していき、自分の考えた通りの政治体制を作り上げようと考えている筈だ。

 

 

(となると、私はどうするべきなのだろうな)

 

 

 当初の計画では信奈と婚姻同盟を結び、尾張と織田家を従属させる筈だった。

 

 だが、このまま計画を続行すれば間違いなくのび太が邪魔をしてくるであろうし、万が一にも自分の正体がバレたりすれば色々な意味で致命傷になる。

 

 そして、自分のやって来た所業──女を利用しては捨ててきたこと──を信奈に対して行えば、まず間違いなくのび太の怒りを買って自分は最終的に破滅することになるだろう。

 

 

(・・・考えれば考えるほど、野比のび太という男は味方であれば頼もしいが、敵にすればかなり厄介な存在だと分かるな。下手に敵対すれば超常的ななにかで破滅するような気がしてならない)

 

 

 そう考えると残った選択肢は尾張に手を出すのを完全に止めるか、改めて父を説得して通常の同盟関係を結ぶかのどちらかなのだが、どちらにしろ信奈を利するのは明らかあったので、正直言ってどちらの選択肢も嫌だった。

 

 それが私情だというのは分かっているのだが、とにかく悔しいのだ。

 

 どうにか上手い方法はないものか?

 

 そう考える長政だったが、その時、考え込んでいた彼女は気づかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 先程、のび太と長政の会話を聞いて、彼女を尾行する1人の少女が居たことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そして、この少し後に少女と長政が行うある会談こそがのび太の存在によって大きく変わりつつあった史実・正史(原作)の歴史を更に掻き乱す事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 




この作品の小学六年生時ののび太の頭脳レベルは原作の相良良晴とどっこいどっこいです。


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婚姻の壁

◇西暦15X0年 6月8日 夕方 清洲城・城下町

 

 

(お市ちゃんがこの世界、いや、この時代に居た、か)

 

 

 長政と別れた後、のび太は自宅への帰路に着きながらこの世界の事について再び考え始めた。

 

 

(お市ちゃんが居て、僕の事を知っているということはこの世界は本当に元の世界の戦国時代なのか?)

 

 

 のび太は最初、この世界を自分の世界とよく似た平行世界だと思っていた。

 

 奇しくもそれは本来の世界(原作)で相良良晴が当初出した結論と全く同じだったが、おそらくのび太や良晴でなくとも誰もが同じ結論を出しただろう。

 

 いや、むしろ、歴史に詳しい人間程、この世界が平行世界だと思い込む傾向が強かったかもしれない。

 

 なにしろ、史実では正徳寺の会談は1553年、長良川の戦いが起きたのは1556年、信勝の反乱は1556年と1558年、桶狭間の戦いは1560年と、それぞれの出来事は7年に渡って起きているのだが、本来の歴史(原作)では僅か2ヶ月間でそれらの出来事が全て起きていたし、そもそもこの世界に居る武将は歴史の教科書に載っていた人物像と全く違うどころか、性別すら違う人間も多かったのだから。

 

 

(いや、この世界にも別に僕が居て、それがお市ちゃんと会ったという可能性もあるか)

 

 

 しかし、のび太は歴史家とはまた別な根拠によって、この世界を平行世界と思い込む傾向が強かった。

 

 そもそものび太達の世界では時間に関する法律が厳格に決められており、過去の人間が未来を変えるのは許されているのだが、その反対は基本的に許されていない。

 

 それを合法とするにはタイムパトロールに歴史改変の許可を取らなくてはならない(と言うか、そうでなくてはドラえもんのやっていたことは犯罪ということになってしまう)のだが、この許可は滅多に降りることがないのだ。

 

 そして、のび太は勿論この許可を取っている訳ではないので、もしこの世界が自分の世界だとしたら、今川義元を生かすという大々的な歴史改変を行った段階で自分はタイムパトロールに見つかって時間犯罪者として逮捕されている筈。

 

 だが、そうならないということは自分は元々この世界の人間ではなく、別世界の人間であるので、この世界のタイムパトロールにはこの時代の人間として認定されている。

 

 のび太はそう推測していた。

 

 まあ、実際にはこの推測は全くの検討違いであり、タイムパトロールは既にこの事を知っていて、“歴史の修正力”に選ばれたこともあって歴史改変の許可を取った人間同様に扱っている。

 

 だが、歴史の修正力の事を知らないのび太がそんなことを知るよしもなかったし、そうでなかったにしてもまさかしずかに振られたことが切っ掛けで相良良晴がする筈だった役割を自分に割り振られたなどというあまりにも斜め横な現実を推測するのは、幾らドラえもんによる歴史改変の結果、21世紀有数の天才となっていた上に大冒険によって非日常にも耐性があるのび太であっても不可能だった。

 

 

(・・・どっちにしろ、未だにタイムパトロールが出てこないという事はこのまま僕が歴史に関与しても問題ないと判断されているってことだよな。それなら気にすることもないか)

 

 

 のび太はそう考えながら、この問題に対して敢えて目を瞑ることにした。

 

 ここが異世界にしろ、元の世界の戦国時代であるにしろ、自分は元の世界・時代に帰るつもりは更々無かったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇西暦15X0年 6月12日 夜 清洲城 広間

 

 

「・・・はぁ」

 

 

 清洲城の広間。

 

 そこでは寝具を着た信奈が溜め息をつきながら月を見上げていた。

 

 

「どうしたんじゃ?元気がないのう」

 

 

 そんな信奈に話し掛けてきたのは、偶々ここを通り掛かった信奈の義父──斎藤道三だった。

 

 

「蝮。・・・あんたは最近、やけに元気ねぇ」

 

 

「うむ。あの坊主の作った薬のお蔭で肺の調子が良くなってきたからのぅ。いやはや、大したもんじゃよ」

 

 

 そう言いながら、道三は自分の肺を治した薬を作ったのび太の事を誉め称える。

 

 本来の歴史(原作)では結核によって今年のクリスマスを待たずしてこの世を去った道三だったが、この世界ではのび太が作った抗生物質──ストレプトマイシン(試作品で少なからず危険があった為に使用するのを当初はかなり渋ったが、道三自身の強い押しに根負けして投与した)と注射(ストレプトマイシンは性質上経口投与が不可能なために用意された)によって結核をほぼ完治させていた。

 

 

「やっぱり、あいつは凄いわね。もう全部あいつに任せた方が良いんじゃないかってくらい」

 

 

「なにか有ったのか?今日、元康と行った会談で三河との同盟締結は無事済んだと聞いておるが・・・」

 

 

「・・・最近ね。うちの家臣達が煩いのよ。あいつを追い出せって」

 

 

「そうか。まあ、あんなことが有った後だ。それも仕方ないと言えるが、だからと言って焦って功績を挙げようとするのは良くないと思うの」

 

 

「焦ってないわよ」

 

 

「焦っていなかったら、家中がこんな状況で今年中の美濃攻略など考えんよ。もっとも、坊主は本気でそれを出来ると考えて達成させようとしているみたいじゃが」

 

 

 信奈の発言に対して、道三は厳しくそう指摘する。

 

 そう、本来の歴史(原作)では清洲同盟締結後、道三の命が長くないと悟った信奈が焦って美濃攻略を推し進めたのだが、この世界では前述したように道三の病が治ったことによってその事で焦る必要は無くなっていた。

 

 が、それで信奈の心に余裕が出来たのかと言われれば答えはNOで、信奈は先日の尾張の奇跡の戦後処理に関して家臣団から突き上げられていたのだ。

 

 どうにか突き上げをかわそうにも、本来の歴史(原作)と違って桶狭間で大々的な功績を挙げられなかったどころか、部下にクーデターを起こされて今川との戦いそのものに間に合わなかったという醜態を晒してしまっていた為に、流石の信奈であっても突き上げを完全に回避するのは不可能だった。

 

 故に、早急に成果を得るために今年中の美濃攻略を計画していたのだ。

 

 しかし、その結果、戦略を練る時間がほとんど無かったこともあって、攻略の手段は原作同様、『力押しで美濃に侵攻して稲葉山城を攻略する』というお粗末極まりない代物となってしまっており、もしのび太が先日信奈にある作戦を提案していなければ、今年中の美濃攻略は始まる前から失敗が確定していただろう。

 

 

「いつまでも坊主に甘えてばかりではいかんよ。あれはお主の夫に相応しい器量を持っておるが、だからと言ってそれに甘えてばかりではお主は坊主の作った道をただ歩くだけの人間になってしまう」

 

 

「な、な、なに言ってるのよ!?あ、あいつと結婚なんて・・・」

 

 

 信奈は顔を真っ赤にしながらそう言うが、実のところ結婚自体は満更でもなかった。

 

 自分が好きになった男の人と結婚したい。

 

 それが信奈の夢の1つであり、のび太は今のところその条件にピッタリと当てはまっている。

 

 だが──

 

 

「・・・ねぇ、蝮。やっぱりあいつとは結婚できないと思うわ」

 

 

「どうしてじゃ?身分違いということならお主たちなら乗り越えられると思うぞ」

 

 

「ううん。もちろん、それも有るんだけど、今まで私の好きになった人ってみんな死んじゃってるのよね。だから、のび太もそうなるんじゃないかって不安なの」

 

 

 そう、信奈がのび太に出会うまで頼りにしてきた男は父親である信秀、初恋の人であるザビエルと、建て続けに死んでしまっている。

 

 だからこそ、のび太もまた自分が好きになったせいで死んでしまうのではないか?

 

 そんな不安を信奈は抱いていたのだ。

 

 

「なるほど。しかし、こう言ってはなんじゃが、そんなものは偶然の連続にすぎん。気にするなとは言わんが、下手に気負いすぎる必要も有るまい。それに──」

 

 

「それに?」

 

 

「坊主はそんなことではお主を諦めんよ。あやつの心は既にお主に虜にされ、身分差を自覚しても尚、お主と結ばれようと必死に足掻いておる。むしろ、お主にフラれたら死んでしまうのではないかというほどにな」

 

 

 道三は冗談半分にそう言うが、内心ではそれほど間違ってもいないとも思っていた。

 

 何故なら、道三自身、のび太と何度か信奈の事について話したことがあったが、彼の信奈に掛ける熱意は本物だ。

 

 おそらく信奈と結ばれるためならば、のび太は命すら平然と賭けるだろうし、彼女を守るためなら命すら捨てかねない。

 

 それはのび太がそれだけ信奈のことを大切に思っているという証でもあるので、そういう意味では彼女の義父である道三からすれば大変好ましいことであったが、同時にある懸念も抱いていた。

 

 

(ここ最近になって分かったが、坊主には信奈ちゃん以上の天下人の器がある。そして、今は大きな器が小さい器を支えるという歪な状態になっておる。・・・これは少々よろしくないかもしれんのぅ)

 

 

 道三は何度か会話をしているうちに野比のび太には織田信奈以上の天下人の器があると見るようになっていた。

 

 故に、今はのび太の“器に納まる水(家臣や兵力・財力など)”が少ないから良いが、いずれ水が器に相応しいくらいに溜まってしまえば、それが切っ掛けとなって2人が戦い合うような状況を強いられてしまうのではないか?

 

 そんな危機感を道三は抱いており、それを回避するためには信奈とのび太の婚姻を早めに行っておく必要があると考えていたのだ。

 

 そして、この道三の懸念は笑えないことにあながち間違ってもいない。

 

 実際、道三は当然の事ながら知らないが、本来の歴史(原作)の関ヶ原の戦いにおいて、相良良晴に“天下人の器有り”と見出だしていた毛利家の外交尼僧──安国寺恵瓊が合戦で苦戦していた相良良晴に対して西軍でも東軍でもない第3勢力を発足させて天下人となることを促している。

 

 まあ、この話自体は恵瓊に切腹して欲しく無かったのと小早川隆景に裏切りの汚名を着せたくなかったことから最終的に相良良晴自身に断られたのだが、逆に言えばそういった問題が無ければ恵瓊の案に乗り、信奈と戦うことになっていた可能性もそれなりに有ったのだ。

 

 そのifの話がのび太と信奈の間に起こってもなんら不思議では無かった。

 

 ましてや、今回の場合、より器の大きい側(のび太)器の小さい側(信奈)(と言っても、それでも天下を取るには十分な器だったが)を支えているという歪な状態であるのだから尚更だ。

 

 

(とは言っても、今のまま婚姻を結ばせても今度は別な問題が起こる。まあ、坊主の方は気にしないじゃろうが、信奈ちゃんの方は確実に気にするであろうな)

 

 

 この時代、身分には結構煩い。

 

 どれほど煩いかと言えば、あの自由奔放な信奈が本来の歴史(原作)で良晴と結ばれる際に、現代人から見れば過剰じゃないかと思えるくらい気にしていたと言われれば、この時代の人間がどれほど身分というものを重視していたか分かるだろう。

 

 だからこそ、身分がよく分からないのび太と尾張の姫君である信奈が結ばれる際には反発が起こる。

 

 いや、そうでなくとも今の織田家の雰囲気では結ばれるのは難しいだろう。

 

 なにしろ、織田家家臣ののび太に向ける目は憎悪すら籠っているのだから。

 

 

(難儀なものじゃ。まあ、今すぐ問題になることではないから、もう少し後になってから改めて考えた方が良さそうじゃな)

 

 

 そう考えると、道三は一旦思考を打ち切り、信奈に向かってこう言った。

 

 

「まあ、今すぐ結論は出さなくてよい。坊主もそれを望んではいないじゃろうからな。しかし、美濃を取った後はお主からなにかしらの話をしてやれ」

 

 

「・・・分かったわ。美濃取りに成功したら、ね」

 

 

「うむ」

 

 

 信奈の言葉に、道三はそう頷いた。



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怪しい使者

◇西暦15X0年 6月28日 昼 尾張 某屋敷

 

 尾張国内に存在するとある屋敷。

 

 そこは今月に100丁の火縄銃を織田家に献上した対価として信奈より与えられたのび太の自宅であり、現在はのび太と曉、五右衛門の他、数人の使用人がそこに住んでいる。

 

 さて、今日は訓練を休みにした為にのび太は怠け者としての本領を発揮し、自室でゴロゴロと寝そべっていたのだが、昼頃に急にやってきた信奈の使者を名乗る人物がある通達をしてきたことによって、その余裕は一気に消え去った。

 

 

「──はっ?いまなんて言った?」

 

 

「ですから、信奈様から数日後には美濃への侵攻に加わって欲しいとの通達が」

 

 

「いや、無理でしょ」

 

 

 のび太はそう切って捨てる。

 

 そもそものび太達は作戦開始時期を農繁期直前の8月に見積もって準備しており、これから雪花隊隊員の第二次募集をして兵力増強を計ろうとしていたのだ。

 

 一応、先月の終わり頃に入隊した新規隊員の錬度は十分なほどに仕上がってはいたが、それだけでは戦力が少なすぎる。

 

 まあ、それでも無理をすれば美濃攻略は不可能ではないが、リスクはかなり大きいものになってしまうだろう。

 

 加えて──

 

 

「第一、織田軍の方だって動員も調練もまだ完了してないでしょ。そんな状況で美濃を攻めたって失敗するだけだよ」

 

 

「そう、言われましても・・・」

 

 

 使者は少々焦った様子でなにか言い返そうとするが、的を射た指摘だけになかなか言い返せない。

 

 そして、そんな使者に対してのび太はこう言った。

 

 

「と言うか、命令書とか暗号はどうしたの?信奈ちゃんが僕たちに命令する時は途中で命令を摩り替えられるのを防ぐために命令書を使者に持たせてこちらに送るか、特定の暗号を言ってくれるように頼んだ筈なんだけど?」

 

 

「そ、それは・・・も、申し訳有りません。なにぶん、慣れない習慣なので忘れていました」

 

 

「2つとも?・・・まあ、いいや。とにかく、僕があとで直接信奈ちゃんに話をしに行くよ。君は戻って信奈ちゃんにそう伝えて」

 

 

「そ、それは困ります!」

 

 

「えっ?なんで?」

 

 

 命令を直接確認しにいくだけなのに何故困るのか?

 

 不審げにそう尋ねるのび太に、使者は慌てた様子でこう答えた。

 

 

「の、信奈様はただいま軍の編成に大変お忙しく、お会いすることは叶わないかと」

 

 

「あのねぇ。これは軍事作戦っていう重要案件なんだよ。本人に直接作戦内容を確認しなくてどうするの?」

 

 

 のび太は呆れたような目線を使者に対して向けつつ、この使者が何処の間者かと考える。

 

 まず本当に信奈の使者でないということは断言できた。

 

 何故なら、暗号や命令書を持っていないこともそうだが、信奈の使者ならば真っ先に“例の作戦”について言及する筈であり、それが無いという時点で信奈の使者であるという可能性は皆無だ。

 

 次に信奈の側近である長秀、勝家、犬千代の間者である可能性もまた無い。

 

 彼女らも信奈同様に例の作戦については知っている筈だからだ。

 

 なので、残る可能性は他国の間者か、それとものび太に恨みを持ち、尚且つ作戦を知らされていない織田家家臣の誰かということになるのだが、他国の間者がこんなお粗末な工作を仕掛けてくるとは考えにくく、のび太はその可能性は低いと見ていた。

 

 となると──

 

 

(僕達の作戦を知らされていない他の織田家家臣達の誰かの可能性が高いな。そうなると、この使者の言う通りにすると僕たちにとってマイナスになるなにかが起きるといったところか)

 

 

 その起きる何かの可能性については色々ある。

 

 信奈との連絡を遮断させた状態で数日後に“通達の無い”出陣を自分達にさせることで、その行為を“蜂起”であると信奈に誤認させ、雪花隊及び川並商会を逆賊として討伐するか、あるいは集合場所を美濃と尾張の国境付近にして斎藤軍に情報を流して潰させる。

 

 それとも単純に自分達に都合の良いところに誘き寄せ、集合場所に着いたところでこちらに奇襲を掛けてくるか。

 

 様々な可能性がのび太の頭の中に過ったが、いずれにしてもこの使者の言う通りに行動する事は自分達にとってプラスにならないという事だけは確かだった。

 

 

(やれやれ、長秀さんに恨みの一部を押し付けて尚、こんな嫌がらせをされることになるなんてな。よっぽど、僕は織田家の家臣達にとって目障りな存在らしい)

 

 

 のび太は内心で溜め息を吐きつつも、自分が思考している間にも自分と信奈を会わせないようにあーだこーだと喋り続ける使者に対してはっきりとこう告げた。

 

 

「悪いけど、あんたの言葉は信用に値しない。僕たちに正式に命令を下したければ、命令書を持ってくるんだね」

 

 

「・・・分かりました」

 

 

 使者はそう言うと、不貞腐れた様子で屋敷を去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ拘束して尋問しなかったのです?」

 

 

 使者が帰った後、のび太の傍らで2人の会話を聞いていた曉はのび太に向かってそう尋ねる。

 

 どうやら彼女もあの使者と名乗った人物が信奈の使者ではないということに途中で気づいていたらしく、命令があればすぐに取り抑えようと小太刀を抜き掛けていたのだが、結局、拘束命令は下ることがなく、あの使者擬きはそのまま帰っていってしまった。

 

 曉にはなぜのび太があの使者が偽物であると気づいていたにも関わらず、なにもせずに帰したのか分からなかったのだ。

 

 そして、そんな曉の問いに対して、のび太はこう答えた。

 

 

「拘束しても意味がないからね。尋問したところで大した情報は持っていないだろうし、それとて喋るかどうかも怪しい。むしろ、拘束したことで何かデメリット、じゃなかったこちらに不利になるようなことが発生しても可笑しくない」

 

 

「ですが、それでは今回の件の裏側が何も分からないのでは?」

 

 

「それに関しては心配ない。さっき五右衛門に使者の後をつけるように合図を出した。数刻後には何か報告してくるさ。それより、曉には別にやって欲しいことがある」

 

 

「なんでしょうか?」

 

 

「犬千代のところに行って、あの子と一緒に信奈ちゃんにさっきの人が言ったような命令が本当に有ったかどうか確認してきて欲しい。無いとは思うけど、万が一、本当にあったら大変だからね」

 

 

「かしこまりました。しかし、どうしてそのような回りくどいことを?確かに私は織田家の家臣達には顔があまり知られていないので犬千代と一緒でないと門前払いをされるでしょうが、それならばのび太様が直接行った方が確実なのでは?」

 

 

「まあ、確かに回りくどいんだけど、僕が直接行ったところで多分今回の件に関わっている奴に妨害される。だけど、顔があまり知られていない曉なら犬千代と一緒に行けば大丈夫だと思うんだ」

 

 

 もちろん、必ずそうだという保証はない。

 

 流石にこんな回りくどいやり方をすることを向こうが読んでいるとは思えないが、もし曉の顔を知っていたならば犬千代と一緒に居たとしても強引に信奈と接触するのを止められる可能性も少なからず有るからだ。

 

 だが、そうだとしてもどうにかして信奈と接触を計らなければ、あの丹羽長秀の乱の二の舞になってしまうだろうし、そこでこちら(雪花隊と川並衆)に死者が出てしまえば、のび太も彼らの主という立場上、報復を行わなければならない。

 

 のび太としてもそれだけはやりたくなかった。

 

 

(しかし、これを仕掛けてきた連中は何を考えているのかね)

 

 

 のび太としてはこれを仕掛けてきた人間が何を考えているのか全く分からなかった。

 

 今回の件が信奈の耳に入れば、間違いなくその家臣達は何らかの形で処分を受けることになるし、下手をすれば粛清の対象にもなる。

 

 そもそも信勝を自らの手で処刑しようとしていたことからも分かるように、本来、彼女は苛烈な性格をしているのだ。

 

 信勝が助かったのだってのび太が命懸けの説得をしたからであるし、長秀が助かったのものび太に家臣達の恨みを一部引き受けて貰おうという打算があったからで、そうでなかったらとっくの昔にこの世から退場していただろう。

 

 ──しかし、そこまで考えたところでのび太はあることに気づいた。 

 

 

(・・・ああ、なるほど。舐めているのか、信奈ちゃんを)

 

 

 確かにあの時の事情や魔王になりかけた信奈を知る人間からすれば、あの処分は異例であって自分達が同じことをすれば粛清されるというのはすぐに分かるだろう。

 

 しかし、その事が分かる人間の大半は先の丹羽長秀の乱の際にのび太達によって冥府に送られてしまっており、今の家臣達の半数以上は桶狭間の戦い後に居なくなった家臣の補充として入ってきたものばかり。

 

 そして、新しく入ってきた家臣達は当然の事ながら信奈の恐ろしさを知らず、彼らが知っているのは信奈が謀反や謀反未遂を起こした人間に対して甘い処分を下したという事実だけ。

 

 ──要するに、彼らは織田信奈という人物を甘く見ているのだ。

 

 身内に“しめし”をつけられなかった以上、自分達を厳罰に処する度胸はないと。

 

 それが大きな勘違いであるということにも気づかずに。

 

 

(まっ、仕掛けてきた家臣達の生死なんかどうでも良いんだけど、流石に信奈ちゃんが自分で手打ちにするようであれば止めなくちゃな。信奈ちゃんへの精神的な影響もそうだけど、どんな経緯があれ、主君が家臣を直接手打ちにするというのは禍根になるし)

 

 

 のび太はそう考えながら、曉に追加の指示を出す。

 

 

「それからもし万が一、信奈ちゃんに今回の事を伝えられなかったら、雪花隊へ訓練所への召集命令を出しておいて」

 

 

 これは万が一、丹羽長秀の乱の時と同じような展開になってしまった時のための備えだ。

 

 もちろん、無駄になって欲しくはあるが、丹羽長秀の乱という前例がある以上、用心するに越したことはない。

 

 

「ここに集合させるのではないのですか?」

 

 

「いや、ここに集合させると蜂起だと言い掛かりをつけられた時の言い逃れが難しい。だけど、訓練所なら抜き打ち訓練ということでなんとか誤魔化せる」

 

 

「分かりました。他に指示は?」

 

 

「無いよ。ああ、ただ雪花隊に召集指示を出し終えた後はこの屋敷に来て欲しい。状況を把握したいからね」

 

 

「分かりました。では、行ってきます」

 

 

「うん、頼んだよ」

 

 

「はっ」

 

 

 曉はそう言って手を顔のすぐ横の位置に持ってくるという現代で日本を含めた大半の国の軍隊・警察が行っている形式の敬礼(もちろん、のび太が教えており、雪花隊全体で採用されている)を行うと、のび太の指示を実行するために屋敷を出ていき、犬千代の元へと向かっていく。

 

 ──だが、この時、彼らは知らなかった。

 

 事態が彼らの思っているよりも早く進行しようとしているということを。



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真夜中の襲撃

◇西暦15X0年 6月28日 夜 尾張 野比邸周辺

 

 

「な、なにが起こっておるのだ!?」

 

 

 織田家の武将の1人──佐々徳盛は錯乱した様子で次々と倒されていく家臣や足軽達の光景を見ていた。

 

 今から一刻(二時間)程前。

 

 “とある織田家直属の家臣”から野比のび太を討ち取るように命令された佐々徳盛は300人の兵を率いて、のび太の暮らす屋敷──野比邸への襲撃を行った。

 

 正直、300人という兵士の数は過剰だとも思われたが、確実に討ち取るためとどのような仕掛けが屋敷に施されているか分からなかったことからこの数で襲撃することになったのだ。

 

 ──そして、四半刻(30分)程前に襲撃した時、徳盛は勝利を確信していた。

 

 あらかじめ偵察を兼ねて派遣されたこちらの使者が確認した限りでは屋敷にはあの厄介な雪花隊の護衛は確認されておらず、また屋敷中に仕掛けられていると思われていた罠も存在していなかったし、更に言えばその屋敷は現在進行形で燃えている。

 

 例え突入した兵士と炎を掻い潜って屋敷からの脱出に成功したところで屋敷を包囲している兵士に討ち取られるのが落ちだ。

 

 これなら、あの丹羽長秀の乱で散ってしまった叔父の仇を取ることが出来る。

 

 佐々徳盛はそう考えていたのだ。

 

 ──つい先程、使用人を殺された事に激昂したのび太が鬼神のような、否、鬼神も裸足で逃げ出す化け物に変化し、配下の家臣や兵士達を次々と薙ぎ倒していくまでは。

 

 そして、あれよあれよという間に兵士の数は200を切り、100を切り、遂には両手で数えられる程度にまで減っていた。

 

 何も知らない人間が見れば、ここまで倒され続けて逃げ出さない兵士も大したものだと思われるだろうが、実際はあまりにも凄まじい速度で兵士達を倒していくのび太が恐ろしすぎて、“逃げる”という選択肢すら忘れていたというのが正しい。

 

 

「さて、あとはあんた達だけだね」

 

 

 300近くもの敵兵士をショックガン(コーヤコーヤ)と小太刀のみで倒した怪物──のび太は冷たい声でそう告げる。

 

 そのゾッとするような声と視線に徳盛は金縛りにあったかのように体を硬直させた。

 

 ──彼にとって不幸だったのは、屋敷に突入した配下の兵士が使用人を殺してしまったことだろう。

 

 基本的に野比のび太という男は、身分に関わらず目の届く範囲に居る仲間や共闘者を全て救おうとする人物だ。

 

 だが、同時にそれが失敗してしまった時、仲間や協力者が殺されたことに対して激しい怒りに駆られ、何がなんでも殺した相手を何らかの形で破滅へと追い込もうとする苛烈な性質も持っており、彼を怒らせてしまったことで破滅へと追い込まれた勢力は個人・組織問わずにごまんと居る。 

 

 更に言えば、300人という兵士の数は数々の大冒険を潜り抜けてきたのび太にとっては対処可能な数(・・・・・・)であり、仮に怒っていない状態だったとしても最終的に全員がショックガンで気絶させられる事になっていただろう。

 

 しかし、今回、自分が雇っていた屋敷の使用人達が殺されてしまったことでのび太は激昂してしまい、襲撃者達は下っ端である足軽こそのび太の中に残っていた理性によってショックガンで気絶させられる程度で済んでいたが、彼らを指揮する立場の武将については格闘術と小太刀を使った斬撃によって容赦なく殺害されていた。

 

 

(この化け物め!!)

 

 

 内心でそう罵りつつ、徳盛はなんとか打開策を練ろうとする。

 

 だが、それよりも早くのび太が動き、青色のショックガンの閃光が自分の周囲に居た足軽達を次々と撃ち倒していく。

 

 そして、どうにか立ち直った徳盛は彼らが撃ち倒されている間に逃げようとしたが、そこにのび太の構えた小太刀の刃が迫り──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──10秒後。

 

 その場に立って意識を保っているのは野比のび太ただ1人となり、その足下には佐々徳盛という名の武将が死体となって転がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇5分後

 

 

「これは・・・」

 

 

「死屍累々だみゃあ」

 

 

 佐々徳盛がのび太によって仕留められた5分後。

 

 野比邸が数百人の兵士達に焼き討ちされているという報せを聞き、鎮圧と救援のためにやって来た柴田勝家率いる織田軍の精鋭部隊は目の前の光景に絶句していた。

 

 弱兵と名高い織田軍ではあるが、それはあくまで軍全体での話であって中には他の国の精鋭と比べてもそれに並ぶ、あるいは凌駕する個人や部隊も存在する。

 

 柴田勝家の率いる部隊もまたその1つであり、彼らは柴田勝家という猛将が率いる部隊だけあって弱兵はほとんど居らず、技量や練度という点では織田軍最強の部隊だと言っても過言ではない。

 

 だが、そんな彼らを以てしてもこの目の前の光景には驚かざるをえなかった。

 

 なにしろ、彼らが見ているのは焼き討ちされたことによって燃え盛る屋敷とその周囲に倒れる数百人の兵士という一見すれば凄惨な光景だったのだから。

 

 そして、そんな凄惨な光景の半分ほどを産み出した人物──野比のび太はやって来た柴田軍を見て、冷たい声でこう尋ねた。

 

 

「勝家さん。念のために聞きたいんだけど、あんたは僕の敵?それとも味方?」

 

 

「み、味方だ!お前の家が焼き討ちされていると聞いて助けに来たんだよ」

 

 

 地獄の底から聞こえてくるかのような冷々としたのび太の声に勝家は言葉をどもらせながらも、同士討ちだけは避けようと必死にそう弁明する。

 

 そして、その勝家の必死さが通じたのか、のび太は若干警戒を緩めた。

 

 

「そっか。ところで、信奈ちゃんは無事?」

 

 

「ん?あ、ああ。元々、私にこっちに向かうように命令したのは姫様だからな。今ごろは長秀達と一緒に後詰めの兵士をかき集めてこちらに向かっている筈だ」

 

 

「そう」

 

 

「・・・ところで、1つ聞きたいんだが、こいつらはお前がやったのか?」 

 

 

「そうだよ。ああ、でも、ここに倒れている中で実際に死んでいるのは武将だけで足軽の殆どは気絶しているだけだけだよ。まあ、もっとも──」

 

 

 のび太は現在進行形で燃え盛る屋敷の方をチラリと見る。

 

 

「あの中に居る足軽達だけは全員助からないかもしれないけどね」

 

 

「そ、そうか」

 

 

 勝家はのび太の言葉を聞いて内心でドン引きしていた。

 

 それは燃え盛る屋敷に居る足軽達を容赦なく見捨てたからではない。

 

 それについては襲撃してきた方が悪いし、勝家であったとしても同じことをするからだ。

 

 では、のび太の何処にドン引きしているのかというと、それは彼の技量という部分についてだった。

 

 普通、戦闘において相手を気絶させる為には、その相手と自分との間にある程度の技量差がなければならない。

 

 何故なら、戦闘というのは相手を殺すよりも気絶させるに留める方が難しいからだ。

 

 ましてや、今回の場合、のび太は大多数の足軽を気絶に留め、少数の武将を殺すという超がつきそうな程の難題をやってのけている。

 

 自分であればその逆は出来るかもしれないが、のび太がやったような事は出来ないだろう。

 

 これだけでも自分よりのび太の方が強いという事が分かる。

 

 

(絶対にこいつは怒らせないようにしよう)

 

 

 初対面時に畏怖の感情を植え付けられたことも合間って、猛将・柴田は無意識のうちにのび太に屈服し、内心でそう固く誓った。

 

 

「ああ、そうだ。参考までに聞きたいんだけど、今回の一件でさっき殺した人達とは別に黒幕が居た場合、その人達はどうなるのかな?」

 

 

「ん?ああ、勿論、入念な精査をした上での事になるだろうが、こんなことをしたんだから首謀者は良くて切腹、悪くて斬首ということになるだろうな。・・・もっとも、今回の被害者もお前だからお前が長秀の時みたく助命を嘆願すれば別かもしれないが」

 

 

「それは無いから大丈夫だよ。いや、仮にそうしたとしても今回ばかりは信奈ちゃんも処罰を断行するだろうけどね」

 

 

「何故だ?」

 

 

「簡単だよ。以前の処罰が甘かったからこういうことが起きたということはたぶん信奈ちゃんも分かっているだろうし、例え今の時点で分かっていなかったとしても、それを理解するのは時間の問題だ。同じことを2度と起こさないようにするためにも信奈ちゃんは処罰を断行するよ」

 

 

「・・・お前は会って二月くらいしか経っていないのに、姫様の事をよく分かっているんだな」

 

 

「まあ、ね」

 

 

 勝家の言葉に頷きながらも、のび太は何故これほど信奈の考えていることが簡単に予想できるのか不思議に思ったが、少なくとも好きな人だからという理由ではない事はすぐに分かった。

 

 その証拠にのび太は過去に好きになった2人の女の子の気持ちはなんとなく分かっても、その考え方までは完全には分からなかったのだから。

 

 だが、信奈に関しては何故だかは分からないが、考えていることが手に取るように分かる。

 

 

(・・・まあいっか。考え方が分かるのは悪いことじゃないし)

 

 

 先程まで行っていた苛烈な戦闘で疲れていたこともあってか、のび太は一旦思考を放棄すると、再び屋敷の方に目を向け、今回の襲撃で犠牲となってしまった使用人達の冥福を祈った。




佐々徳盛

本編オリジナルキャラ。織田家の武将の1人で、野比邸襲撃部隊の指揮官だったが、使用人を殺されたことで激怒したのび太によって討ち取られた。


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ある家臣の破滅

◇西暦15X0年 6月29日 昼 尾張 清洲城

 

 野比邸焼き討ち事件から一夜が明け、信奈は早速兵士を動員して今回の一件の捜査へと移り、焼き討ちを指示した人間を探し始めた。

 

 襲撃された武将クラスの人間は全員がのび太によって殺されてしまったものの、幸い、あの怪しい使者の後をつけた五右衛門が指示した人間を特定したことと殺された武将の中に見知った顔の人間が居たことから黒幕である人物達は意外とあっさりと特定される。

 

 そして、その家臣達は犬千代と複数の兵士によって拘束され、そのまま信奈の前へと連れてこられていた。

 

 

(なぜ私がこんな目に遭わなければならないのだ?)

 

 

 引っ立てられた家臣の1人──刈沼俊道は憤慨していた。

 

 俊道の父親は信奈の父である信秀の代から仕える家臣であり、同時に息子である彼自身の憧れでもあったのだが、だからこそあの丹羽長秀の乱にて戦死して以来、父親を殺害した雪花隊(当時は名前のない私兵集団)とその首領であるのび太に対してずっと恨みの感情を向けていたのだ。

 

 そして、今回の一件では当初、のび太と雪花隊を特定の場所まで誘き寄せて自らの私兵集団を使って奇襲、それが失敗した場合は信奈にその戦闘の事を自分が被害者であるかのように偽装して報告し、逆賊の汚名を着せようと考えていた。

 

 もっとも、その試みは初っぱなで躓き、更にはことが信奈にバレそうになった為に慌てて誤魔化すかのように野比邸を焼き討ちしてしまった訳だったのだが。

 

 

(まあいい。今回の件で俺が処刑されることはないだろうし、厳罰を受けることもないだろう。仮にそうなったとしても、その時は丹羽長秀や信勝様の事を引き合いに出すだけだ。そして、うつけ姫の甘い処罰が終わった後、再び奴を殺すための計略を練れば良い)

 

 

 俊道はそう考えながらニヤリと笑う。

 

 のび太の予想通り、俊道という男は信奈の事を舐めていた。

 

 故に、先の乱の首魁であった丹羽長秀や何度も謀反を起こしている織田信勝を処刑しなかったことから、それを引き合いに出せば自分を擁護する家臣も現れるだろうし、その声が大きければ信奈もそれらの意見を無視できず、自分が厳罰に処されることはなく、処刑されることはもっとない。

 

 そう考えていたのだ。

 

 ──そして、その甘い考えは直後の信奈の言葉によって覆されることになる。

 

 

「今回の乱に関わった人間は全員死刑よ。慈悲はないわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これまたのび太の予想通りと言うべきか、信奈は今回の件に関わった家臣達を処刑しようとした。

 

 まあ、織田家の協力者である家を勝手に襲撃して焼いた挙げ句、複数の使用人を殺してまでいるのだから当然と言えば当然の処置であったのだが。

 

 しかし、俊道の考えていたように擁護する彼を擁護する者も居り、その筆頭はやはりと言うべきか桶狭間の戦い後に入ってきた一部の若手家臣達だった。

 

 

「お待ちください、姫様!これだけの家臣達を一斉に処断したら、織田家が立ち行かなくなってしまいます!」

 

 

「そうです!それに、聞けばこの者達は織田家を害そうとする者に罰を与えようとした忠義の臣!過去に謀反を起こした信勝様や長秀殿が処罰されず、この者達が処罰されないのは筋が通りませぬ!!」

 

 

 口々に信奈に向かってそう言い立てる若手家臣達。

 

 それを見た俊道は自分の目論見通りだと内心でニヤリと笑い、他の首謀者である家臣達もこれで助かると安堵していたが、それを桶狭間の戦いの前から織田家に仕える家臣達は冷ややかな目で見ていた。

 

 

(馬鹿め!お主らと長秀殿達の場合とでは状況が全く違う!!)

 

 

 そう、信奈の本質と信勝と長秀の件の顛末を知る彼らはよく理解していたのだ。

 

 長秀や信勝が助かったのは、信奈のお気に入りであるのび太の助命嘆願が有ったからこそだということを。

 

 だが、今回の彼らをのび太が助命嘆願するとは思えなかったし、なにより燃やされたあの屋敷は信奈が直々に与えたものであり、幾らのび太に所有権が移っていたとはいえ、与えてから1ヶ月も経たずに自分の家臣達によって燃やされたという事実は信奈の面子を十分なまでに潰してしまっている。

 

 今度という今度は流石の信奈も彼らを厳罰に処するだろう。

 

 古参の織田家家臣達はそう予測していた。

 

 ──が、その見込みは甘かったという事を彼らはすぐに思い知ることになる。

 

 

「あっそ。でも、今回の件の罰については私はもう決めてあるから。関わった首謀者は問答無用で全員処刑。あっ、それと庇ったあんたらもついでに一族共々追放よ」

 

 

「「「「「なっ!!!??」」」」」

 

 

 これには信奈に言い立てていた若手家臣だけではなく、古参家臣達も目を剥いて驚く。

 

 今回の一件はこの世界の常識に照らし合わせれば、首謀者の処刑は妥当だ。

 

 それは分かる。

 

 しかし、口頭で庇ったというだけで若手家臣達の一族共々の追放というのは幾らなんでもやりすぎであり、古参家臣達の1人が反論しようとした。

 

 が、その前に信奈はこう言葉を重ねる。

 

 

「今回のことで分かったわ。あんた達を残しておくと国盗りをする以前に尾張という国そのものが自滅しかねない。だから、そうなる前に出ていって貰うわ」

 

 

「し、しかし、それでは家臣が足りず、軍全体の能力が低下の懸念が・・・」

 

 

「暴走する方がよっぽど危険よ!むしろ、大将の言うことを聞かない強軍より、大将の言うことをちゃんと聞く弱軍の方が大分マシだわ!」

 

 

 少々怒気を孕んだ声で信奈はそう言った。

 

 そもそも幾ら軍の能力が高かったところで、その軍が命令を聞かなければ意味はないのだ。

 

 それなら多少軍の能力を低下させてでも、言うことをちゃんと聞くように軍を再編成するべき。

 

 信奈はそう考えてその事を口にしたのだが、実のところ、彼らを追放するのにはもう1つ理由があった。

 

 それは──

 

 

(そもそもこいつらは分かっていないんでしょうけど、今回の件でもしのび太が死んでいたら今年中の美濃攻略は不可能になってたのよ!あんた達の突き上げで今年中に美濃を攻略する計画を立てたんだから、不満があっても少しは我慢しなさいよ!!)

 

 

 そう、信奈は怒っていたのだ。

 

 元々、今年中の美濃攻略というのは彼ら若手家臣達の突き上げをかわすために計画されたものであり、ぶっちゃけこれさえ無ければ美濃攻略を今年中にする理由は特に存在しなかった。

 

 しかし、突き上げを完全に無視するわけにもいかなかったし、さりとてなんの前触れもなく彼らを追放する訳にはいかなかったので、仕方なく今年中の美濃攻略を計画したというのにそれをぶち壊しにされそうになり、あまつさえ既に桶狭間の戦い後に(半ば無理矢理ではあったが)解決させた問題を蒸し返してのび太を殺そうとしたことに信奈は腹を立てていたのだ。

 

 とは言え、それを家臣の前で口にするのは不味いということは信奈も理解していたので、どうにか(少ない)理性を総動員してその事を口には出さなかった。

 

 しかし、だからと言ってなにもしないというのは当主の立場的にも信奈の精神的にも許容できなかったので、信奈は家臣達の粛清を行う口実を得た今回の一件を奇貨とし、思い切って彼らを取り除くことで今年中の美濃攻略を中止し、来年、改めて美濃攻略を行おうと考えていたのだ。

 

 加えて、彼らを排除することによってのび太に悪感情を抱いている者達を一掃し、のび太を軍事顧問として迎え入れたいという狙いもあった。

 

 これまでの経緯でのび太が武勇に優れ、更には兵士への適切な教育を行える上に戦略や戦術構想も立てられるという織田家にとってかなり有用な人材であるということは明らかであったからだ。

 

 

「とにかく、今回の件で関わった人間は全員死刑で、あんたらは家族共々全員追放。これは決定事項よ」

 

 

 信奈は容赦のない裁断を再度下す。

 

 ──かくして、俊道達今回の件に関わった織田家の家臣達は全員が処刑され、それを擁護した家臣達は追放されることが決まった。

 

 これにより、反のび太派の家臣達はその殆どが織田家内から一掃され、桶狭間の戦い以降、織田家家臣達の敵意の視線を向けられていたのび太はようやくその環境から解放されることとなる。




刈沼俊道

本編オリジナルキャラ。桶狭間の戦い後に入ってきた織田家の家臣。父親を丹羽長秀の乱にて殺されたことからのび太の事を恨んでいた。本来の歴史(原作)では桶狭間の戦いから信奈に心酔し、兵士として活躍しながら最後まで生き残ったが、この世界では野比邸焼き討ち事件の黒幕として処刑された。


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織田家政治顧問・野比のび太

◇西暦15X0年 6月30日 昼 東海道 尾張 清洲城 広間

 

 反のび太派の織田家家臣達が信奈の粛清によって一掃された翌日。

 

 のび太は信奈によって清洲城へと呼び出され、彼女からあることを打診されていた。

 

 

「えっ?僕達の使っている銃を買いたい?」

 

 

「ええ。ついこの前気づいたけど、あんた達の使っている銃って種子島となんか違うわよね?もしかして種子島とは別種の銃なんじゃない?」

 

 

 そう、信奈が打診したのは雪花隊が使っているミニエー銃と99式小銃の売却だった。

 

 実は彼女は信勝の一件の際にのび太が天井に撃ち込んだ弾丸の形状を見て、のび太の使っている銃が従来の火縄銃とは違うということに薄々気づいていたのだ。

 

 しかし、その時見た弾丸の形状が天井に当たった際に偶々そのように凹んだだけという可能性も少なからずあったことから、その時はあまり深くは考えなかったものの、その後の丹羽長秀の乱や桶狭間の戦い後に訓練所の射撃場付近を偵察したこちら側の間者の報告を分析した結果、信奈はのび太の使っている銃が従来の火縄銃ではないという確信を改めて抱き、清洲城に呼び寄せてその事を尋ねたかったのだが、例の若手家臣達を刺激したくないという信奈自身の思惑もあって断念していた。

 

 だが、今回、そういった煩い家臣達がまとめて粛清されたことによって清洲城に呼び寄せることが可能となり、こうして銃の詳細の説明と売却を求めていたのだ。

 

 

「うん、そうだよ。確かに僕達の使っているミニエー銃や99式小銃は種子島とは違う」

 

 

 信奈の問いに対して、のび太はあっさりとそう肯定する。

 

 元々、幾ら秘匿したとしても何時かはバレると思っていたし、むしろ、問われるタイミングは自分の予想より遅かったくらいだ。

 

 それを今さら問われたところでのび太が動揺する筈もなかった。

 

 

「デアルカ。それで売却の話は?」

 

 

「まあ、売却するのは構わないよ。でも、分かっているとは思うけど値は張るよ?」

 

 

「それくらい分かっているわよ。具体的にはどれくらい掛かるの?」

 

 

「そうだね。まずミニエー銃が銃単体の原価だけで火縄銃の2倍、99式小銃の方は5倍ってところかな」

 

 

「・・・やっぱり高いわね」

 

 

「まあね。ああ、それと2つの銃の弾丸はそれぞれ特殊なものを使っているから、それも別途で掛かるよ」

 

 

「そっか。じゃあ、無難に種子島の数を揃えた方が懸命かしら」

 

 

 戦いというのは基本的に数がものをいう。

 

 信奈は鉄砲という武器が有用な武器であるということには早くから気づいていたが、幾ら有用であっても数が揃えられなくては意味がないという事もよく理解しており、それ故にのび太達が使うミニエー銃や99式小銃は少数の部隊が運用するのには有用だが、大軍で使うのには向いていない。

 

 本来の歴史(原作)で相良良晴から時代を超越した天才少女とも評される彼女の頭脳はそのような答えを弾き出す。

 

 ──そして、その答えは基本的に間違っておらず、また性能よりも思い切って数を揃えることを考えられるという点は、彼女が天才と呼ばれるに相応しい頭脳を持っているという証でもあった。

 

 ・・・ただ、惜しむらくは彼女にランチェスターの法則の知識が無かったことだろう。

 

 ランチェスターの法則では戦闘力において、“数”は勿論だが、“武器の性能”もまた重要な要素とされている。

 

 だが、この16世紀の世界では鉄砲や大砲はまだ登場したばかりの兵器であり、日本はおろか南蛮においても“武器の性能”という点には着目されておらず、精々が剣の切れ味が良いとか悪いとか、その程度だ。

 

 そして、如何に鉄砲の有用性を見出だした“時代を超越した天才少女”と言えども、流石になんの知識もなしに“武器の性能”の重要さを見出だすというのは不可能だった。

 

 

「まあいいわ。じゃあ、取り敢えずみにえー銃は種子島の5倍の値段で10丁、99式小銃とかいう銃の方は10倍の値段で1丁買うから。それと、弾の方はそれぞれ100発と10発で、弾代は2つの銃と同じ比率で割増して良いわ」

 

 

「・・・良いの?それだと大分僕が得をすることになるけど」

 

 

「構わないわ。いつもなら絶対やらないけど、今回は一昨日、うちの()家臣達があんたの屋敷を全焼させた詫びの意味も込めてるから」

 

 

「分かった。そういうことなら遠慮なくその値段で売らせて貰うよ」

 

 

「ありがと。それであと2つ程問いたいことがあるんだけど、良いかしら?」

 

 

「なに?」

 

 

「まず1つ目だけど、万千代が起こした乱でこっちの軍の兵士の地面が突然爆発したなんていう話があったのよね。あれはどういうからくりなの?」

 

 

「万千代さんが起こした乱での爆発?・・・ああ、大砲のことか」

 

 

 一瞬、桶狭間の事と間違えたのではないかと思ったのび太だったが、すぐに今の時代の日本には大砲がないことを思い出した。

 

 大砲は南蛮では今から100年程前に登場しているのだが、それが日ノ本に伝わってくるのはもう少し先の話であり、この時代の日ノ本の人間はまだ大砲の存在を知らないのだ。

 

 

「大砲?それってどんなものなの?」

 

 

「・・・そうだね。簡単に言えば、鉄製の炮烙弾(戦国時代の手榴弾のようなもの)を遠くに打ち出す兵器かな」

 

 

「・・・なによそれ!戦の形態が丸っきり変わってしまうじゃない!!」

 

 

 信奈はのび太の言った意味を理解して驚きの声を上げるが、もっと驚いたのはのび太の方だった。

 

 

(えっ?これだけでそこまで分かるの!?)

 

 

 確かに大砲という存在は聡明な人間ならばとんでもない兵器であることはすぐに分かるだろう。

 

 しかし、それが“戦争の形態を丸っきり変える”という結論までに、それもほんの数秒考えただけで辿り着ける人間など、どれくらい居るだろうか?

 

 それは近代で例えるなら20世紀以前の人間がライト兄弟が作った飛行機を見て『これからは航空機が戦争の主力になる』と予言するようなものだ。

 

 少なくとも、のび太には絶対できない。

 

 

(凄いな。・・・思ったより、僕と信奈ちゃんの間には頭脳面でのアドバンテージは無いのかもしれない)

 

 

 のび太は思わず冷や汗を流す。

 

 信奈がこの時代の人間としては桁違いに聡明であることは前々から気づいてはいた。

 

 なんせ、この時代の日本人はのび太の時代での“県”を“国”と呼称していることからも分かるように、“天下(日本)に存在する国=全ての国”と思う傾向があり、南蛮などはそもそも国扱いされていない。

 

 そんな中で信奈は日ノ本を1つの国として統一し、南蛮諸国に対抗する為の国作りを考えているのだ。

 

 これを聡明と言わずしてなんと言うのだろう?

 

 だが、幾ら聡明と言っても流石に自分の頭の中にある450年以上分の知識を埋める程ではない。

 

 そう考えていたのだ。

 

 つい先程までは。

 

 だが、この分だとどうやらそれも怪しいらしい。

 

 

(これは油断しているとあっさりと追い抜かされるな。絶対に信奈ちゃんより常に一歩、いや、二歩は先を行くようにしないと)

 

 

 最低でも信奈と並び立つ。

 

 そうでなければ、自分に信奈と添い遂げる資格はない。

 

 のび太はそう考えており、それ故に彼は最低条件より一段高い目標を設定することで慢心を戒めていた。

 

 それは本来の歴史(原作)で相良良晴が行った『信奈についていく。そして、支え続ける』という方針とは全く違うものであったが、これは良晴とのび太の2人の考え方と経験の違いが顕著に出た結果だったと言えるだろう。

 

 ──そして、そんな事をのび太が考えているとは露程も知らない信奈は更にこう言葉を重ねた。

 

 

「道理で数千の兵士を率いていた筈の万千代があっさりとやられるわけだわ。そんなものが有ったら全く戦いにならないわね」

 

 

「いや、そんなことは無いと思うよ?あまり数は揃えられてないし」

 

 

「そうなの?」

 

 

「ああ、とんでもなく高いからね。迫撃砲(60ミリ)だけで火縄銃の20倍、野砲(90ミリ)で50倍。最近作った(155ミリ)榴弾砲だと100倍はするかな?」

 

 

「そんなに・・・じゃあ、買うのは止めておいた方が良いかも。あっ、でも、迫撃砲や野砲くらいならなんとか・・・」

 

 

 ぶつぶつと呟きながら思考を巡らせる信奈だったが、先に聞いておくべき事があったことを思い出し、一旦思考を打ち切ることにした。

 

 

「・・・まあいいわ。一旦それは後にするとして、最後に1つあんたに聞いておきたいんだけど、あんた、うちで軍事顧問をやる気はない?」

 

 

「軍事顧問?それって家臣とは違うの?」

 

 

「ええ、立場的には客分だから厳密には家臣とは違った扱いになるわね。軍全体の面倒を見るわけだから自由度も高いわ。ただ、給金は出来高にする予定で、しかも雇用は契約制だから安定した職とは言えないわね」

 

 

「なるほど。ある意味、僕向きの仕事と言えるね」

 

 

「受けてくれる?」

 

 

「・・・いや、確かに顧問という立場そのものは良いかもしれないけど、軍事顧問というと軍のやり方とかそういうのに口を出すわけだから、幾ら信奈ちゃんの家臣の中で僕に敵意を向ける人が減ったと言っても、残った家臣達に良くは思われないと思う」

 

 

 そもそも武家が治める国というのは一種の軍国主義国家だ。

 

 そして、当たり前だがそういった国家は自分の軍の力に誇りを持っており、口を出されるのを嫌がる。

 

 ましてや、のび太は丹羽長秀の乱のこともあって信奈の家臣達にあまりよく思われていない。

 

 そう考えると、やはり信奈の言う通りに軍事顧問の話をそのまま受けるというのは大きな地雷のように思えてくる。

 

 とは言え、仕官の話を断ってばかりだと信奈の心証が悪くなるというのも事実。

 

 故に、のび太は代案を出すことにした。

 

 

「そこで僕から提案があるんだけど、僕は軍事だけじゃなくて政治とか経済も詳しいんだ。だから、僕を政治顧問として雇ってくれないかな?」

 

 

「それは悪くないわね。私は政治の事にはあまり詳しいとは言えないし。ただ、商いの方についてはかなり煩いわよ?」

 

 

「構わないよ。それに元々、信奈ちゃんのやっている経済政策を変えるつもりは無いし」

 

 

「・・・分かったわ。じゃあ、あんたはいまこの場で政治顧問として登用よ。仕事でへまをしたら容赦なく首を切るから覚悟しなさい!」

 

 

「分かっているさ。やる以上は全力でやるつもりだ」

 

 

 信奈の脅し文句に対して、のび太も(内心では少しビビっていたが)不敵に笑いながらそう答える。

 

 ──かくして、野比のび太は織田家に政治顧問として登用されることになった。

 

 しかし、彼は知らない。

 

 この数日後、とんでもない報せが尾張に届き、それが桶狭間の戦いに続く織田家の存亡を賭けた第二のターニング・ポイント(分岐点)となるということを。



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