この花を貴方に (若杉優太(テト/teto))
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夢か、現実か?

 fate以外の物も、今回挑戦してみました!


 ――刹那、起きて……

 

 誰だ……?俺を呼ぶのは?

 声からして、女か……?

 

 ――刹那……早く起きて……

 

 分からない。お前は、一体誰だ?

 そもそも、ここは一体何処なんだ……?

 暗闇の中で目を瞑らされ、身体を寝させられている今。状況の把握すらできない。

 身体の感覚はあるが、とにかく寒い。全身から体温を奪われてしまったと錯覚してしまいそうな程に、身体は冷え切ってしまっている。

 俺は、死んだのか?

 

 ――大丈夫よ、もう戦わなくていいの……

 

 そうか。やはり、俺は死んだようだ。

 でなければ、”戦わなくていい”そんな声など聞こえるはずがない。

 

「(ティエリア、アレルヤ、ロックオン……いや、ライル、それに沙慈……すまない)」

 

 死んだと分かった瞬間、身体が浮くような感覚が全身へと広がる。

 なるほど。死んだ後はこうして、あの世へと送られるようだ。

 天国へ行けるか地獄へ行くかなど、初めから決まっているだろうが、正直そんな事に微塵も興味は湧かなかった。

 だが、生まれ変わりを信じるならば、次は……次こそは――

 

「武器を、捨てたいものだな……」

 

 ようやく開いた口から出た言葉は、誰の耳にも届くことなく、虚空へと消えていく。

 同時に、身体の感覚も意識すらも薄れ始めてきた。

 大事な何かを忘れているような気がするが、もうどうでもいい。

 今はただ、この包み込まれるような温かな感覚に身を任せることにしよう。

 

 ――ソラン、また会いましょうね?待ってるから……

 

 ああ。また、いつか……いつか……な……。

 

 

 

 

 

 暗闇にあった意識が、徐々に覚醒していく。

 先程までとは違い、目もしっかりと開けることができる。

 

「(眩し、い……)」

 

 照明の光なのか、太陽の光なのかは分からないが、とても視界が眩しく感じる。目をしっかりと開けて、その目で新しい世界を目に移し出したい。

 きっとそこには、素晴らしい世界が広がっているはずであるから。

 そう思い、眩しさを我慢して一気に目を開けてみる。

 だが……その思いは、ある意味で裏切られた。

 

「ここは……?」

 

 うつ伏せの状態から起き上がり、刹那は白く靄のかかる視界で辺りを見渡す。

 ここはどうやら普通の民家らしい、自身が寝ているベッドに加え、備え付けのテーブル、ソファー、本棚、観葉植物など……ごく普通の家に置いてある家具が部屋には置いてあった。

 特に不自然な点は見当たらず、自身の着ているソレスタルビーイングの私服を見ても、敵に捕まって捕虜にされたわけではなさそうだ。

 しかし、一つだけ気になる所が刹那にはあった。

 

「太陽が射している……」

 

 ガラスで一面覆われた反対側の壁を見つめると、太陽が突き刺す様にして部屋へと射してくる。

 太陽が射す、ということは即ちここが宇宙ではないということであり、ここが地球であるということの証明でもあった。

 

「おかしい、何かがおかしい……俺は確かに宇宙にいたはず――ぁ……ッ!?」

 

 疑問を呟いていた刹那の頭に、突如として電流が走ったかのような痛みが襲う。

 

「ぁ……ッ!ぐぅ……ぅ……!頭が……割れる……ッ!」

 

 頭を鈍器で何回も殴りつけられていると錯覚してしまう程の痛みが、何度も何度も刹那の頭へと走る。

 それに対して、刹那はベッドの上で頭を抱えて悶絶することしかできない。

 

「俺は……今まで何を、していたんだ……!?」

 

 過去の記憶を必死に思い出そうとする刹那だったが、それを邪魔するかのようにして頭の痛みも激しくなっていく。

 助けを呼ぶにしても、人の気配を感じなかったこの家ではそれも無駄で――

 

「ソラン!大丈夫!?」

 

 突然、開け放たれた部屋のドアと同時に部屋へ響く女性の声。

 もしや敵か?そんな事を瞬時に考え、刹那は頭を抑えながら声のする方へと目を向ける……すると、次の瞬間にその目を見開かせた。

 

「マリナ、イスマイール……?」

 

 一瞬だけ頭の痛みを忘れ、呆然とした様子で刹那は”マリナ”と呼んだ黒髪の女性を見つめる。

 髪を下ろしていなかったり服装も宮殿での服装になっていたりと、違和感を感じるものではあったが、その顔は間違いなくアザディスタン王国の第1皇女であるマリナ・イスマイールであった。

 何故、ここに?そんな困惑と疑問、どちらもが入り混じった感情を向けられるマリナであったが、それに気付くことなく刹那の元へと駆け寄る。

 

「大丈夫……ッ!?また、あの夢を見た……?」

「夢?それは、一体何のこ――……ッ!?ぅぐ……ッ!」

「ソラン……!?」

 

 再び頭を押さえて苦しみ始める刹那、そんな姿に気を動転させながらもマリナは、咄嗟にベッドの上へ乗り、刹那の身体を抱き締めた。

 

「ぁ……ッ!がッ……ぁ……ッ!頭が……ッ!」

「大丈夫よ、ソラン……!私が、私が居るから……ッ!」

 

 マリナに背中をさすられつつ、刹那は発狂したように彼女の胸元で悶えた。

 正直、先程の頭痛とは比較にならない程の痛みだ。

 さっきのように殴りつけられているような頭痛というよりは、脳を何かが這いまわっているような痛みへと変化している。

 

「ぁあああああ……ッ!!ぐぁ、ぁ……ッ!ぁ……!」

「落ち着いて、大丈夫よ……ソラン。大丈夫、大丈夫だから……」

 

 もう、いっそのこと死んだ方がマシだ。そんなことまで考えてしまっていた刹那であったが、マリナの包み込むような抱擁と柔らかな声に落ち着きを取り戻したのか、不思議と頭痛は段々収まっていく。

 

「(マリナ……)」

 

 痛みから解放された反動で、今にも意識を途切れさせてしまいそうになりながらも、刹那は自身を抱き締めてくれるマリナを見つめる。

 元々、そこまで深い関係ではなかったはずだ。スコットランドで偶然出会い、彼女とは国が近いというだけで軽く話をしただけ……いや――軽くと言っても、そこで自分がソレスタルビーイングのガンダムマイスターだと明かしたのだから、軽いはずがあるわけない。

 戦いを嫌うマリナとは、むしろ最悪な形での出会いであった。

 それでも、彼女が自分の事を気に掛けるのは何故なのだろう?

 

「ソラン……おやすみなさい……」

 

 そんな刹那の疑問も彼女の聖母のような笑みを見た瞬間、どうでもいいことのように思えてきてしまった。

 今はただ、混濁する意識に身を任せ、そのまま眠ってしまいたい。

 

「マリ、ナ……」

 

 名前を呟き、彼女の顔へと伸ばした手、最後にその手をマリナに優しく握られると、刹那の意識はゆっくりと闇へ落ちていく。

 その顔を無垢な子供のように穏やかなものへと変えて……



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目覚め

 鳥のさえずりが聞こえた気がした。

 さっきまで痛んでいたはずの頭はすっかり軽くなり、瞼もすんなりと開けることができる。

 ゆっくりと身体の感覚が戻って来るにつれ、自分はベッドで寝ているのではなく椅子へ座っている状態であることに刹那は気づいた。

 

「俺は、どうなって……?」

 

 未だにぼんやりとする意識の中、咄嗟に前へ目を向けると木製のテーブルが視界に入り、視線を上にずらすと、そこには心配げな表情でこちらを見つめるマリナの姿が目に映った。

 

「良かった……ようやく、目を醒ましたのね?ソラン……」

「マリ、ナ……」

 

 刹那が目を醒ました事に安堵し、マリナはほっと息をつく。

 しかし、そんなマリナとは対照的に、刹那の心は疑念と戸惑いで心は荒れ切っていた。

 

「(本当に、ここは何処なんだ……?夢にしては意識がはっきりとし過ぎているが、かと言って現実でも有り得ない……)」

 

 現状、リビングらしき部屋でマリナと二人で居る刹那。

 そのリビングの窓から見える景色は一面花に覆われており、色とりどりの植物達が、別世界をこの場所へと作り出していた。

 遠くの景色を見つめてもビルや家などは一つも見当たらず、まるで刹那とマリナだけが元の世界から弾き出されてしまったようである。

 

「身体の調子は大丈夫?頭痛は収まった?」

「ああ……なんとかな……」

 

 険しい顔をして現状を整理する刹那は、甲斐甲斐しく自身を心配してくれるマリナに、思わず素っ気なく言葉を返す。

 だが、それでもマリナの顔は花が咲いたように明るくなった。

 

「貴方が元気になってくれたようで、何よりよ……!本当に良かった……!」

「……っ」

「今回は、前に倒れた時よりもずっと症状が酷かったから、私……本当に心配で……!」

 

 感極まってしまったのか、涙を流して言葉を発するマリナ。

 心配をかけて、泣かせてしまった……今の置かれている状況を整理することで手一杯だった刹那も、思わず表情を気まずくさせる。

 故意ではなかったにしろ、心には少しばかり罪悪感が芽生えてきてしまう。

 

「ごめんね……?貴方の事になると、ついつい涙脆くなっちゃって……!」

 

 何とか表情だけは笑顔にしながら涙を溢すマリナ。

 そんな彼女を見てか、不意に――刹那は椅子に座ったまま小さく頭を下げた。

 

「さっきは、すまなかった……マリナ」

「あ、いや!別に、これはソランのせいじゃないから……!だから、謝らないで……」

「だが、お前を泣かしてしまう程に心配を掛けた。すまない」

 

 言い方や声こそ、あまり感情のこもっていない無機質な声での謝罪であったが、それでも普段の刹那を見ている者からすれば、別人と思ってしまうぐらいに素直な態度であった。

 そんな素直な刹那を見てすっかり涙も止まったのか、マリナは目の端に涙を残しつつも再びにっこりと微笑む。

 

「ふふ……そういえば、貴方と私が出会った時って少し複雑だったよね?」

「……?そう、だな」

 

 突然、昔の話をするマリナに戸惑いつつも、刹那は顔をゆっくりと頷かせる。

 

「検問に止められていた貴方を私が助けて、それから出身の国が近い同士で話をしようってことで、公園で話をした……そうしたら貴方がソレスタルビーイングの一員だって言いだすんだもの、あの時は悲しかったな……」

「……」

 

 微笑んでいた顔に少しだけ陰を落としてそう語る彼女に同調するようにして、刹那も表情を暗くした。

 無理もないだろう……戦うよりも対話による解決を求めていた彼女へ現実を突きつけるかの如く、まだ一般的には子供と言われているような少年が、目の前で”実際に戦っている”と自ら言ったのだ。理想ばかりを見ていたマリナにとって、それは耐え難い程に辛い出来事だったには違いない。

 何か励ましの言葉を掛けるべきか……?そんな事を思い、刹那が改めてマリナの顔を見つめると、その顔は再び微笑みへと変わっていた。

 

「――でも。あれがきっかけで私もソランとも出会えたし、ソランのような人達が居る事も理解できた……だから私は、ネガティブには捉えてない」

「マリナ……」

「この世界で唯一無二の存在の貴方に出会えた。その為に、あの事を経験したって考えれば、少しは前へ進めそうな気がするの!」

 

 そう言って刹那に微笑むマリナは、純粋で曇りのない瞳をしていた。

 眩しい……その姿はとても眩しい。幼い頃から戦場に駆り出され、母親の温もりも分からぬままに穢れと憎しみだけを知り尽くしてしまった刹那。

 優しさや温もり、それを甘さと言われる世界に生きていた刹那にとって、マリナとの出会いや触れ合いは、かつて忘れていた感覚を思い出させてくれるものだった。

 

「だからね……私はそんな大切な貴方に幸せでいてほしいの。誰かの為、世界の為だけじゃなくて、自分の為に生きて――ソラン」

「自分の為に……生きる……」

「そう、自分の為に。貴方は機械でも何でもない、一人の人間なんだから……」

 

 実感は湧いてこなかった。常に戦いに身を置いていた刹那には、自分の為に生きる事がどんなものなのか想像もつかない。

 感情豊かなプトレマイオスの[[rb:仲間 > ・・]]達との交流を経た今でも、自分のやりたい事や自分が幸福になる図が見えないのが正直なところだ。

 だが、一つだけ刹那に望みがあるとすれば……それは――

 

「……マリナ、少しだけ外へ出ないか?」

「いいけど……どうして外なの?」

 

 突然の刹那の提案に首を傾げるマリナ。

 そんなマリナの瞳を真摯に見つめ、刹那は続けて言葉を発した。

 

「話したい事がある、大事な……話だ」

 



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この花を貴方に

 刹那とマリナが家を出ると、そこには窓越しから見ていた景色よりも綺麗な花畑が広がっていた。

 赤、青、黄色といった具合に散りばめられた花達が咲き乱れており、快晴の空から射す太陽によって、その花達は一層輝いて見える。

 二人は、そんな花畑に舗装されていた一本の道を歩きながら言葉を交わした。

 

「まず、俺から聞きたい事がある。ここはどこなんだ?」

「どこって言われても、私にも分からない。ここがどんな場所で、どんな所なのか……でも、ソランなら薄々気付いているんじゃない?」

「……夢、なのか」

 

 質問に対して答えを返す様に、マリナは少しだけ寂しそうにして笑う。

 

「仮にそうだったとしても、私はソランと一緒に居れて嬉しい。それに、ここでなら離れていても貴方に会えるから……」

「お前は、それでいいのか?マリナ」

「良くはないわ……本当だったら、貴方と直接会って話をしてみたいもの。でも、お互いに色々と立場があるから、気軽に会うのは難しいでしょうね……」

 

 そう言って顔を俯かせるマリナに、刹那は掛ける言葉もなかった。

 事実として、アザディスタン王国の皇女という立場でのマリナと、ソレスタルビーイングの一員として世界中や宇宙を飛び回る刹那では、互いに会う機会など中々作れない。

 というよりも、そもそもテロリストのような扱いを受けているソレスタルビーイングのメンバーと、王国の皇女が私的に会うなど絶対に許されない行為である。

 刹那とマリナも、その現実を認識しているからこそ、互いに一歩踏み出すことができなかった。

 

「……」

「……」

 

 いつの間にか場に漂っていた気まずい空気に押されてか、二人は口を完全に閉じた。

 お互いに聞きたい事や、話したい事が頭の中に溢れる程あったはずであるが、どうにもそれを話す気が不思議と起きなかったのだ。

 道端に生える美しい木々や花達を見つめつつ、平坦ではあるが長い道のりを一緒に歩いてゆく二人。

 言葉は発さなかったものの、二人の表情は特段暗いものではなく、少し考え込んでいる様子であった。

 

「(自分の為に生きる……か)」

 

 刹那はその意味と結論を出す為に、ひたすら脳内で思考を繰り返す。

 この世界から去る前までには彼女へと伝える……その一心で、無限に続いていると錯覚してしまいそうな道を踏み締めた。

 歩いて、歩いて……しばらく一本の道を歩き続けていると、やがて――公園の広場のような所へと辿り着く。

 一見、ありふれた公園のように見えたが、刹那にはこの場所に見覚えがあった。

 

「ここは……まさか……」

「ふふ、懐かしいわね?この公園」

 

 すっかりこの場所が何処かを気付いた刹那に、マリナは嬉しそうに笑いつつ、公園の奥の方へと足を進めていく。

 

「さっきは、黙り込んじゃってごめんね。私も、何を話そうかって迷っちゃって……」

「気にしなくていい。俺も聞きたい事があったが、言葉に出てこなかった」

「そう……じゃあ、どんな事が聞きたかったの?もしかして、貴方が見た夢の事についてかしら?」

「……!ああ、そうだ」

 

 聞きたかった事を言い当てられ、目を見開かせる刹那。

 マリナは少しだけ空へ瞳を向けると、その夢について語り始めた。

 

「まず、貴方がここに来たのは初めてじゃない……と言っても、前に貴方がここへ来た時はベッドの上でずっと眠ったままだったから、貴方は全く覚えてないと思う」

「じゃあ、そこで眠っていた時に俺は夢を見ていたのか?」

「ええ。あの時の貴方は、かなりうなされていたわ……正直、見ている私が辛くなっちゃいそうで……っ」

 

 そう言うと、マリナは軽く拳を握り締め、表情を険しくする。

 

「ずっとソランが、叫んでたの。”俺は撃ちたくない”、”俺は母さんを殺したくない……!”そんな事を何度も、何度も……何度も言って……っ!」

 

 悔しそうに顔を歪ませ、マリナは一瞬だけ語気を強めるが、すぐに気を取り直したようにして刹那に言葉を掛けた。

 

「ごめんなさい。冷静に話そうとはしてたんだけど、ついつい感情が出ちゃって……」

「いや……元はといえば、お前にそんな姿を見せた俺にも責任がある」

「そんなッ!貴方の責任なんかじゃ――……いえ、ソランはいつもそうやって自分で背負い込もうとする人だったわね……」

 

 相変わらず何もかも自分の責任だと思い、馬鹿真面目に信じた道を突き進む刹那の姿。

 刹那がマリナの優しさや包容力に惹かれているならば、マリナは刹那のそんな真っすぐな姿勢に惹かれていた。

 

「もう、着くな……」

「そうね。あの場所に」

 

 少し緊張した面持ちをする刹那に微笑み、マリナは刹那の手をそっと握る。

 最初は驚いた顔をしていた刹那だったが、数秒後には握られた手を握り返して穏やかな笑みを浮かべ、目の前まで迫った()へと足を進めた。

 ――ああ……懐かしい。

 石造りの橋から見渡せる無数の森林、そして周りの花壇に植えられていた色とりどりの花。

 そこはかつて、刹那とマリナが初めて面と向かって会話をした公園……詳しく言うならば、スコットランドのとある公園であった。

 

「もう、あれから数年経つのよね……時の流れも随分速いものだわ」

「そうだな。俺自身も正直言って実感がない」

 

 橋の手すりまで歩みを進めた二人は、互いに昔を懐かしむようにして言葉を漏らした。

 

「ねぇ、ソラン」

「何だ?」

「ソランは、私と出会えて良かった?」

「ああ、間違いなく良かった……間違いなくな」

 

 マリナの問いに空を見上げつつ答える刹那。その顔はとても満ち足りていて、清々しい顔をしていた。

 ――いつまでも、この世界に居たい。

 奇しくも二人は同時にそんな事を願い、同じ青空を眺めていた。

 そんな綺麗な青空も、気付けば真っ白な物へと塗り替わり始めている。

 先程まで歩いていた道や花畑も白くフラットな物へと変貌しており、気付けば白く染まっていないのは、この公園だけであった。

 

「……マリナ、お前が言っていた”自分の為に生きる”その事について、俺なりに考えた」

「そう……結論は出た?」

「いや、結果から言うと俺は答えを出せなかった。やはり俺には、仲間とお前を守ることしか頭に浮かんでこない」

 

 あまりにも素直で、頼もしい刹那の言葉。

 一瞬だけ目を丸くしたマリナだったが、すぐに刹那の方へと身体を向け、少しだけ赤く染まった顔を見せた。

 

「私は、ソランらしくていいと思う……他人の事を一番に考えれる優しいソランっぽくて凄くいい……」

「なら……良かった。お前の喜んだ顔が見れて、俺は満足だ」

 

 刹那はそう言って、マリナの顔をじっと見つめた。

 

「(不思議だ……母と顔が似ているわけでもないのに、俺はマリナにいつも母の面影を見ていた……)」

 

 自分の手で殺した母の事は完全に忘れ切ったつもりであったというのに、いつもマリナを見ては母を思い出していた。

 ”もう二度と自分の母は帰ってこない”それが分かっているからこそ、母性を感じさせるマリナの事が気になっていたのだろうか?

 ペンキを塗るようにして公園を浸食していく白を見つめ、刹那が何度も自分の中で自問自答を繰り返している中、不意にマリナは懐から何かを取り出した。

 それは――

 

「花?」

「そう、花。カキツバタって言うの」

 

 刹那の質問ににっこりと微笑み、マリナは取り出した花の茎を両手で丁寧に持つ。

 四つの花弁にそれぞれ美しい紫を色付かせているその花は、他の花と比べても、どこか幻想的な雰囲気を纏っていた。

 

「見たことない花だ……」

「ふふ、ソランがそう思うのも無理ないわ。本来、この花はアジアやロシアの方にしか咲いてないの……でもここは夢の中、本当は咲けないはずの花も咲いてくれる良い場所……だったわね」

 

 そう呟いて、白一色に支配されつつある光景を寂しそうに見つめるマリナ。

 もう既に、自分達の立っている橋の一部分しか残されていない夢の世界……その終わりを悟ったかのようにして、マリナは今までで一番の笑顔を刹那へと見せた。

 

「私はソランを応援するわ。でも、やっぱり仲間や私を守る事ばかり考えて、自分の事を蔑ろにはしてほしくない……だから、この花を貴方に」

 

【挿絵表示】

 

「俺に?」

「ええ。人の為に頑張れる貴方だからこそ、私はこの花を贈りたいの……受け取ってくれる?」

 

 刹那に柔らかな笑みを見せ、マリナは両手で持っていた花を刹那の胸の前に差し出した。

 一瞬だけ……ほんの一瞬、伸ばそうとした手を躊躇しそうになってしまった刹那だったが、もう一度マリナの顔を見ると、彼女の手に重ねるようにして花の茎を両手で握る。

 

「良かった……ちゃんと受け取ってくれるのね?ソラン」

「ああ、もちろんだ」

 

 マリナの言葉に力強く頷く刹那。

 そんな刹那の顔を聖母のような笑みで数秒間だけ見つめ、マリナは花の茎から両手を放した。

 すると――残り僅かに残されていた橋も消え、一気に辺り一面が真っ白な空間へと変わってしまう。

 

「そろそろ、お別れみたいね……ソラン」

「そう、だな……」

 

 悟ったように周囲を見渡し、自身の身体を眺めるマリナ。

 その身体は、まるで霊体にでもなってしまったかのように透けてしまっており、刹那も同じような状態に陥っていた。

 しかし、二人はそれに動揺することなく、互いの目を見つめ合う。

 

「現実世界で会う時は、もっと話をしましょう……もっと、お互いの事を分かり合いましょうね……?」

「ああ……俺とお前はもっと分かり合える」

「じゃあ、それまで生きていてね?今度は平和な世界でありますように……」

 

 身体が透けていくと共に薄れゆく意識。

 それでもしっかりと想いを伝え切った……思い残す事は何もない、何もないはずだった。

 

「……母さん」

 

 白く染まる意識の中、刹那は自身でも気付かぬ内にそう呟いていた。

 ここに自身の母など存在しない、彼女は母さん(・・・)じゃないと散々自分の心に言い聞かせていたはずだ。

 だが、いくら自身に言い聞かせていたとしても、やはり彼女へ姿を重ねてしまう。

 別れる最後まで自身の闇に苦しめられる刹那。

 僅かに残った意識の最後ではっきりと聞こえたのは、マリナによる救いの言葉だった。

 

「自分を許してあげて、ソラン。これからの幸せは貴方の物、きっと貴方にも幸福が来るわ……過去ではなく未来に生きて」

 

 その言葉に返事こそ返せなかったが、刹那は心の中にその言葉を刻み込んだ。

 ――絶対にお前の言葉を忘れはしない……絶対、に……

 

 

 

 

 

 

 プトレマイオス2、廊下。

 普段ならある程度は話し声も聞こえてくるはずの船内は、搭乗員の大半が寝静まった事で、不気味になってしまう程に静まり返っていた。

 敵の反応を示すレーダーに異常がない限りは各員、休養に努めること……それがスメラギ・李・ノリエガの指示であったが、そんな廊下に人影が一つ見受けられる。

 

「……綺麗だ」

 

 自身の部屋の前の壁にもたれかかり、手に持った紫の花を見つめるガンダムマイスター刹那・F・セイエイ。

 その瞳には、まるで恋人か家族を見つめるような親しみが籠っており、同時に昔を懐かしんでいるような印象さえ与えた。

 

「マリナ……」

 

 紫の花――カキツバタを持ち、夢の出来事を思い出す刹那。

 色々と非現実的な夢ではあったが、それでも彼女に言われた言葉の数々を忘れはしない。

 いつか、夢の中で彼女と話した事を必ず実現する……ソレスタルビーイングのガンダムマイスターとして戦い抜き生きて、必ず。

 

 静かに花へと誓いを立てる刹那を応援するかのように、カキツバタはほのかに発光するのであった。




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