IS〈インフィニット・ストラトス〉漆黒の翼の二人 (夕凪 渚)
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第一部「篠ノ之姓の転校生」
1.そして黒い翼は


 ある日、束姉さんが言った。

「学園に行かないかい?」

 僕、篠ノ之頼三(らいみ)は捨て子であった。

 篠ノ之神社で拾われ、以降篠ノ之家長男として育てられた。

 束姉さんがISを開発した以降も、唯一同行を許された――男性テストパイロットとして。

 各地を転々としつつ、千冬さんの下に出向いたりして今に至る。

 さて、ご周知の通り矛盾点がある。

『ISは女性にしか反応しない』

 一躍有名人になった織斑一夏を除いて。

 しかし、束姉さんに言わせれば、それは一部間違っているらしい。正しくは、

『(現在存在するコアでは)ISは女性にしか反応しない』

 らしい。

 曰く、心血を注いで完成させた機体『白騎士』『暮桜』は一応、男性にも反応したという。

 

 

 

「ほう……しばらく見ない間にまた成長したな」

 口元に少しの笑みを浮かべる黒スーツの女性。

 言わずもがな、開発当初からISに関わっていたもう一人の人物。織斑千冬さんだ。

 ちなみに、現在位置はIS学園の職員室である。

「あぁ、一つ言い忘れていた。学園内で『織斑先生』と呼べ」

 ? どうしてそんなことを? 普通のことじゃ……。

「あぁ、あの二人も転校生だ――しかし、こうも懐かしい顔が揃うとは……」

 千冬さんが指さした方向。

 一人は金髪で、制服を見る限り……男?

 そしてもう一人は――。

「千冬さ……じゃなくて、織斑先生――――もしかして」

「あぁ。ラウラだ」

 懐かしい……思い返せば何年前か。

 千冬さんがドイツ軍に出向した際、束姉さんが半強制的に僕を千冬さんの下に預けた。

 以降1年ほど、自分も――何故か……いや、束姉さんの狙いだったのか――ドイツ軍で鍛えられた。

 ISを動かすことは出来ても、ISで戦うことができなかった僕。

 出来損ないの扱いを受けていたラウラ。

 境遇の差こそあったが、共に千冬さんの下で鍛えられた。

 僕は模擬戦でもそこそこの結果を残すまでになり、ラウラは部隊内最強まで上り詰めた。

 ある種の『戦友』だったが――今も覚えてくれているだろうか。

「……貴様、確か――――頼三、だったか?」

 廊下。呼ばれるのを待っていたとき。

 一番端にいた僕に、隣のラウラが姿勢を崩さず前を向いたまま問いた。

「ああ。篠ノ之頼三――覚えててくれたのか?」

「いや、今さっき思い出した」

 …………喜んでいいのだろうか。

 というか。昔以上に感情の変化が乏しい気がするのだが……。

 

 

 

 

 

『ええとですね、今日は転校生さんを紹介します! しかも三人です!』

『『えええええええっ!?』』

 どこか気が弱そうな女性の声の後、おそらくクラス全体の協和音。

 ……うるさいのは、少し嫌いです。

『どうぞ、入ってきて下さい』

「では……行こうか。頼三」

「ん? ……ああ」

 一歩先にいたラウラがくいっ――と、手で「前進」と示す。

 横顔はどこか微笑んでいるように見えて、さっき感じたのは杞憂だったのか。

 ざわめきが、止まった。

「お、男……?」

 誰かがそう呟く。

 まぁ、自分がその立場ならびっくりすると思う。

 一度に転校生が3人。しかもそのうち2人が男なら。

「では、自己紹介をどうぞ」

 黒板の前に立っていた小柄な教師が、自分じゃない方の男子を促す。

「シャルル・デュノアです。フランスから、ここに僕と同じ境遇の方が居ると聞いて来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」

 そして、軽く会釈。

 中性的な顔立ちと、濃い金髪。その金髪は首の後ろで束ねられている。ふぅん……髪の長い男子っていいかもな。

 と、思っている間クラスはかなり沸いている。

「美形! 守ってあげたくなる系の!」

 ……同意。確かにそう感じた――男だが。

 でも、ほんと女子って元気だなぁ。

「あー。騒ぐな静かにしろ」

 そして、千冬さんの言葉。一瞬で静まりかえる。

「……………………」

 そしてラウラが口を開かない……。

「おい、ラウラ……挨拶」

 肘で小突き、挨拶するように促す。

 一瞬睨まれたが、気にしたら負けだ。

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ。以上」

 えぇ~。それで終わりかよ。

 ほら、皆さん見てますよ。他には? って顔で。

「……まったく。次」

 千冬さんがあごで示す。次はお前だ――と言わんばかりに。いや、分かってるけどね。

 正面に向き直り、背筋を伸ばし……軽く深呼吸。

「篠ノ之頼三です。見ての通り日本出身日本育ちです。趣味は読書、と言ったところです。これから、よろしくお願いします」

 最後に敬礼。

 敬礼と言っても、軍隊でやるアレじゃなくて、お辞儀の事だ。

 ……。

 はい。どうせ、クラスの女子は沸かない。容姿に自信を持った事なんて1回もないし。

「……可愛い」

 はい?

「確かに、デュノア君とは違う可愛さ……」

「織斑君とデュノア君を足して2で割った感じかな?」

「あ、それ言えてる~。カッコイイと可愛いの中間みたいな」

 あれ? なにこの雰囲気。静かに盛り上がってるぞ。

 てか可愛いなんて初めて言われた……ん? 最後のは言い換えると『普通』じゃねーかよ。

「あー……ゴホンゴホン! ではHRを終わる。今日はISの模擬戦闘を行う。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。では解散!」

 千冬さんの声はよく通るなぁ……と思っていると。

「織斑、デュノアと篠ノ之の面倒を見てやれ。同じ男子だ」

 

 

 

 

 さて、場所は変わって第二アリーナの更衣室である。

 道中いろいろあり、走ってここまで来たが――さすが男子。誰も息を切らしていない。

「っと、改めて自己紹介。俺は織斑一夏。一夏って呼んでくれ」

 懐かしい、屈託のない笑顔。ただただ、懐かしい。

「じゃ、僕も。篠ノ之頼三。僕も呼び捨てで構わない」

「うん、よろしく。一夏、頼三。僕の事もシャルルでいいよ」

「「分かった、シャルル」」

 …………ハモった。

 しばらく無言で3人が向かい合い―――。

「ぷ…………ははははは」

 誰からともなく、笑顔が零れた。

「さーて、時間もギリギリだし着替えちまおうぜ。うちの担任はそりゃぁ時間に厳しいからな」

「あ……千冬さん――じゃなくて織斑先生、そう言うところかなり厳しかったなぁ」

 一夏とほぼ同時に制服を脱ぎ捨てる。

「あ、あの……あっち、向いててね」

「「?」」

 まぁ、他人の着替えをジロジロと見る気はないが――と一夏と頷き合う。

 よし。制服の下にISスーツを着込んでるから、これでOK

「そう言えば、頼三とも6年ぶりだったな」

「あぁ……6年もあったのか」

 月日の経過とは人をこうも変えるのか。

 昔は自分の方が背が高かったのになぁ……。

「あのぉ……一夏、頼三――時間…………」

「あ、やべぇ! 急ぐぞ!」

「遅い!」

 ……結局、ぎりぎりで遅刻。千冬さんが腕を組んで待っていました。

「――では本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する。まずは実演してもらおう――織斑、篠ノ之!」

 篠ノ之、って僕だよな……?

 ちらり――と箒に視線を飛ばすが、お前だ。と言わんばかりに顎で指された。扱い悪いなぁ……やっぱり、まだ恨んでいるのか………………。

「で? 相手は誰なんだ? 俺と頼三でもいいけど」

「慌てるなバカが。対戦相手は――」

 キィィィン――。

 空気を裂くような音。もしや、ジェリコのラッパ? え……あ、うん。あり得ないよね。

「ど、どいて! どいてください~っ!」

 あぁ、コレは衝突するな――と、頭こそ冷静に判断しているが、体は違う。

 左腕で顔面を覆い、左腕だけISを部分展開っ!

「……くっ」

 受け止めるのではなく、受け流す。受け止めていたら、次の動作に支障が出かねない。

 あ……受け流したのはいいが、そっちには一夏が!

 一瞬遅れの轟音と地面を抉った爆風。

 …………あ、土煙が晴れてきた――ってオイオイ……。

 さっき落っこちてきたのはクラスの副担任山田先生で、一夏は受け止めはしたが、そのまま転がったのだろうが……端から見れば、一夏が先生を押し倒しているようにしか見えない。しかも、その手は胸を鷲づかみにしていて――――。

「一夏……逃げろ。社会的に死ぬぞ」

 ISの個人間秘匿通信(プライベート・チャンネル)で一夏に促す。

 背後では箒やイギリスの代表候補生が(あ……名前忘れた)憤怒の形相で――。

「なにをやっとるかバカが」

 二人の代弁か、千冬さんが持つ出席簿が一夏の脳天に直撃……うわ、痛そう。

「こう見えても山田先生は元代表候補生だ。篠ノ之はともかく、今の織斑ならすぐ負ける――なにをしている、ISを展開しろ」

 促され、再びISを展開。今度は全身を――。

 僕のIS『黒槍』は束姉さんが僕専用に開発してくれたISだ。

 『黒槍』唯一の武装は汎用大型狙撃砲『黒い銃剣(シュヴァルツェア・バヨネット)』。ただそれだけ。

 ――何故ドイツ語かと言うと、一次移行(ファースト・シフト)をドイツで迎えたからである。

 武装が一つの代わり、曰く『現存するどのISよりも、速いんだよん』らしい。

 機体もそれに合わせ、各所にスラスターが設けられている。さらに洗練された流線型の漆黒のボディ。

 漆黒の塗装だが、曰く『白、紅とくれば、次は黒だねぇ~』と。いや……青だと思うけどなぁ。

 とにかく、展開完了。

 白銀の『白式』と漆黒の『黒槍』がグラウンドに鎮座する。

「黒と……白」

 誰かが呟く。

『頼三、戦略は?』

「お互い、極端な武器しか持ってないし……こっちは狙撃で牽制する。一夏は近接戦を」

『了解』

 それだけを交わし、無言で開始合図を待つ。

「では、はじめ!」

 号令と同時。透き通る蒼穹に、白銀の翼と漆黒の翼が舞い上がる。



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2.そして舞う翼

 見たところ、山田先生の武装は実弾がメイン。

 一夏が懐に飛び込めるよう、最大限サポートを……。

「一夏、近距離は任せた」

『了解、サポート頼むぜ』

「い、行きます!」

 声こそさっきと同じだが、目つきが変わった。

 最大加速で距離と高度を稼ぎつつ、安全装置を解除。初弾装填――。

 そして狙うのだが、この動作は一般的な銃器と変わらず、スコープを覗き込む。

 眼下では一夏が接近→先生が射撃で牽制→距離が開く――の繰り返し。

 ここらで一発――あ……まずい、気付かれた。

 先生が構えるライフルの銃口がこちらを向く。

 しかし、逆にチャンスだ。

 先生はこちらを狙っている。つまり、狙いが逸れる機動は出来ない。

 そこを一夏が狙ってくれるだろう。

 そして、狙うのを止めたら今度はこちらが狙える。

 一発。また一発。

 回避、回避を繰り返す。

 一発ごとの間隔は延びてきている。もう少しで――。

『うぉぉぉっ!』

 雪片弐型を構えた一夏が先生と一気に距離を詰める。ただ、あれは絶対に避けられる――でも。

 再び狙撃砲を構え直し、スコープを覗き込む。構えた方向はそのまま、少しの微調整で撃つ!

 一夏が振り下ろした雪片弐型を、先生はギリギリの距離で右足を引き、90度回転。

 その瞬間に弾丸は到達したが、それも先生は身を引いて回避。

 

 ――狙い通り。

 

 一夏は回避されたのに構わず、下段から上段への逆袈裟払いの動作に入る。。

 先生の意識が一夏に向いている間に、自分は一夏の陰に入る。

 一夏が逆袈裟払いを放つまで一秒もない。でも、この『黒槍』なら――。

 左腕をL字にし、左腕に装着された大型シールドを全面に出すと同時。

瞬間加速(イグニッション・ブースト)

 ジェットエンジンで言えば、アフターバーナー状態か。

 強烈なGに耐えながら、シュヴァルツェア・バヨネットを再び構え直す。

 そして、銃口の下に長めの銃剣(バヨネット)を展開する。

 

「一夏、避けろ!」

 逆袈裟払いを放った直後の一夏に回避を促す。

 あぁ、山田先生が目を見開いているのが見える。

 銃剣は黒く光を放つエネルギー刀。千冬さんの元乗機『暮桜』の能力『バリア無効化攻撃』こそないが、この一撃がヒットすれば、相当なダメージを与えられる。

 目視で距離を判断して――――横一閃!

 銃剣が両肩の装甲を深々と抉る。これで肩の装甲は使い物にならない。

 そして、そのダメージでよろめいた瞬間!

 ――狙撃専用の武器は、零距離でも十分に威力を発揮する。

 振り抜いた狙撃砲を中央に構え直す。スコープを覗かなくていい。

 零距離では、外れない。

 屈伸する人差し指。

 短い火薬銃の音。

 空薬莢が宙に舞って――。

『よし、そこで終わりだ。戻ってこい』

 次弾装填に入ろうとした刹那、回線越しの千冬さんの声で動作を止める。

 あぁ……またか。

 目先の目標を撃破することだけで、頭がいっぱいになっていた。

『すごいな頼三。それに、その機体も』

「いやぁ……一夏がいたから、出来たんだよ」

 あそこで一夏に意識を集中させないと出来なかった。

 そもそも、遠距離からの急加速は進路を読まれやすい。

 それに……僕は『瞬間加速』にまだ慣れていない。あぁ……凄く頭が痛い。

 

 

 

 

「では午前の実習はここまでだ。午後は今日使った訓練機の整備を行うので各人格納庫で班別に集合すること。では解散!」

 ……疲れた。

 実習では結構な人数を見たし。教えるのは嫌いじゃないからいいけど。

『瞬間加速』の影響で頭はズキズキ痛む。まぁ、こればっかりは自分の訓練不足だが。

 もう一つ、訓練機をカートで運ぶのだが、動力は人力。

 ま、力仕事は男の役割だからいいけど。

 ――あれ? 全部割り切ってないか? まぁ……いいけど――あ。また割り切った。

「頼三、シャルル、着替えに行こうぜ。俺たちはまたアリーナの更衣室まで行かないといけないし」

「ん? あぁ。行こうか」

「え、ええっと……僕はもうちょっと機体の調整をしてから行くね。時間かかるかもしれないし、待ってなくていいからね」

 若干慌てた感じのシャルル。そういえば、シャルルの機体をまだ見ていないなぁ。

「え? いや、別に待ってても平気だぞ? 俺は待つのに慣れ――」

「一夏、若干野暮だぞ」

 一夏の頭を軽くペチペチ叩き、行くように促す。

「シャルル、また後で」

「あ、うん。頼三、また後で。一夏も」

 

 

 昼休み。

 一夏と箒はイギリス代表候補生オルコット(ちゃんと覚えたぞ)や、中国代表候補生の凰と屋上へ。あれ? シャルルも行ったのか。

 …………。

 ま、仕方ないよな。一夏と箒はともかく、後の二人とはほとんど面識がないんで。

 誰か、いないかなぁ~っと。

 遠目に見ているクラス女子をいきなり誘うのはどうかと思うし……あ、ラウラ発見。

「ラウラ、今から昼ご飯か?」

「ん? ああ。お前も来るか?」

「ええ。同行させて頂きます、少佐殿」

「少佐……か。思えば、そんなにも時間は過ぎたのか」

 

 ラウラと食堂に向かうのだが。

「三人目の男子発見!」

「ドイツの代表候補生も一緒だ!」

 とまぁ……色々言われている。

「お前も人気だな」

「物珍しさが過半数だろうけどね」

 一夏ほど格好良くないし、シャルルのように可愛くもない。

 となれば、物珍しさ――だろう。

 と、思っていると、顔に出ていたのか――。

「もっとお前は自分に自信を持つべきだ。少なくとも私は――その……」

「…………ラウラ。顔、赤いけど――Ich mag dich.(好きです)とか言うなよ? その……なぁ?」

 日本語で言うのが恥ずかしく、ドイツ語で言ったが。

 というか、ラウラはそんなキャラじゃないと思う。いや、思っている。

 ……。

 なにこの雰囲気。

 深読みしすぎたか?

「貴様………………死ぬか?」

 ギン――と効果音が付きそうな冷たい眼。

 どこから取り出したのか、手には黒光りする軍用ナイフ。

 ぴったりと首に当てられている。

「……Es tut mir leid. (ごめんなさい)

「ふ、ふん! 分かればいいのだ。さっさと行くぞ!」

 ナイフをどけてくれたが……どこに収めたか。おそらくは脇の下にホルスターがあるのか――な?

 ラウラ――頬を真っ赤にして……可愛いなぁ。

 おっと、また殺されかけるのは嫌だ。

 小走りでラウラの背を追いかける――――。



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3.仇討の赤い右目

「ふん、よく耐えたな。今日はここまでだ」

 あ……れ?

 ここはどこだったか――どこかで見た風景。

 あぁ。ドイツか……。

「ラウラ……生きてるか?」

「あ、あぁ……大丈夫だ」

 僕と……ラウラ。

 地面に倒れ込み、お互いを確認するかのように手しっかりと繋ぎ。

「く……まだ、続けるぞ。立て、頼三」

「了解――。1回だけにしてくれよ」

 二人は立ち上がり、それぞれのISを展開する。

 所々が損傷し、一部のアーマーは完全に失われている。

 それでも二人は碧空に舞い上がり、模擬戦を開始する。

 もはや動きにキレはなく、単調な射撃も命中弾となる。雀の涙もないシールドエネルギーをすり減らし、絶対防御発動に必要なシールドエネルギーはもう存在していないだろう。

 損傷レベルはC――正常稼働が不安定と言われている損傷レベル。

 それでも、僕はトリガーに掛けた人差し指を屈伸させる。

 ラウラも大型砲(カノン)を放つ。

 やはり、疲弊した状態でもラウラの方に分がある。やはり、ISを多少動かせる程度の僕は弱い。

 次々と命中弾を浴びている。

 あ……思い出した。

 このシーンは………………。

「っ……!」

 ラウラが放った弾が。

「頼三っ!」

 絶対防御が働いたかは覚えていない。

 黒煙に全視界を奪われ、どんな状態だったのかも覚えていない。

 ただ、ラウラの叫び声だけを覚えていた――。

 

 ――フォーマットとフィッティングが完了しました。確認ボタンを押してください。

 意識に送られてくるデータ。

『黒槍』を束姉さんから受領して1年ほど。

ようやくの一次移行(ファースト・シフト)だった。

 ゴツゴツとしていた装甲は流線型へ。翼のスラスターは大型化し、各所のスラスターの可動範囲も拡大を確認。最高速度が格段に向上したのをそれだけで感じる。

 ――汎用大型狙撃砲『黒い銃剣(シュヴァルツェア・バヨネット)

 単純なライフルが、銃身だけでIS装着時の身長を超える大型の狙撃砲に変化した。

 

 今更だが『黒槍』の由来を思い出す。

 黒は白、紅に続いての塗装。

 槍は2面的攻撃の意味。

 遠距離からの一方的攻撃と近距離での攻撃――。

 一次移行を迎え、エネルギー刀の銃剣が追加されて実現されるそれ――遠距離狙撃と近距離銃剣戦。

 

 そして。

 黒煙が晴れ、視界がクリアになった時。

 鮮明に今も覚えている。

 涙目のラウラが、僕の胸に飛び込んできて。

 言葉責めと謝罪を繰り返しながら、どんな訓練でも涙を見せなかったラウラが泣いていた。

 

 

 …………あれ?

 あぁ。教室か……。授業が終わってから寝てたのか。

「え、あ……お、起きたのか」

「ん……あぁ、ラウラか」

 徐々に思考と視界がクリアになり――気付く。

 僕の手に、ラウラの手が重なっている。

 ここでそれを言うと、間違いなくラウラは手を引っ込める。なら、言わない一手。

 んるほど。この状態だったから、あの夢を見たのか。

「山田先生は? 部屋割りについて話がある――って聞いたけど」

「それなら、ここにあるぞ」

 机の上に部屋番号が書かれた紙が2枚、鍵が二つ。あれ? どっちも1026室だぞ?

「その、あれだ。部屋の数が足りないらしく……同室、らしい」

 ………………。

 この状況で同室――と言うことは。

 ラウラと、同室!?

 

 

 

 

 さて……諸々の荷物を1026室に置き、お隣の1025室にお邪魔している。

「一昔前の俺がいるな」

「え? あぁ……一夏、前は箒と同室だったんだっけ」

 ラウラと同室なのは何ら問題ない。問題はないが……無論、ラウラを意識しない筈はなく。

 可能な限り、こちらにお邪魔しようかと。

「まぁ、しばらくすれば引っ越しになると思うぞ? 俺の時がそうだったし」

 そーですかー……いや、悪意はない。この台詞に。

「えっとさ、そろそろ夕食の時間じゃない? 良かったら一夏と頼三、一緒に行かない?」

 お、もうそんな時間か。

「いいぜ、行こうか――頼三はどうする?」

「じゃ、同行させて頂くよ」

 

 

 食堂、である。

 三人とも同じく日替わり定食である。

 今日は中華定食のようである。

 まぁそれは別にいい。

 それよりも、自分の周囲に集中する視線。これをどうにかして欲しい。

「彼が篠ノ之博士の弟だって~」

「え? そうだったんだ……初耳」

 あれ? そこまで話が伝わってるんだ。

「あ、デュノア君も一緒だ」

 ……。

「頼三……ちょっと、食べにくいね」

 苦笑のシャルル。あぁ。よく分かるその気持ち。

「だな。僕も同じ事思ってた」

 全ての挙動に視線が集まっている。

 そりゃ、学園に在籍する全男子生徒が集まっているから仕方がないのか。

 

 食事は手早く。ついでに寮内を少々見て回って。さて……流石に自室に戻らないと――ってあれ?

「ラウラ……電気付けろよ」

 暗い部屋、窓際のベッドでラウラは膝を抱えていた。

 赤い右目が鈍く光を放っている。

「頼三か……少し話がある」

「仇討ち?」

 ラウラの口から出たのはそんな言葉。

 てか、仇討ちなんて言葉よく知ってたな……誰か殺されたのか?

「教官に汚名を着せた張本人――織斑一夏を討つ」

 あぁ……第二回IS世界大会『モンド・グロッソ』決勝戦の事か。

 一夏が誘拐され、一夏を助け出すために千冬さんは試合を放棄した。大会二連覇の偉業を捨てて。

「その……な、できれば――協力してはくれないか?」

 …………どちらに味方するか。

 言い換えるなら、どちらが融通が利くか――無論、一夏か。

「分かった。必要最低限の協力はするが、表立っては行動しない」

 

 

 

 

 

 土曜日の午後。

 IS学園の土曜日午後は自由時間だが、アリーナが全面開放される。

 そして、ピットの端に2機の「黒」がいた。

「ねぇ……あれ、ドイツの第三世代型じゃない?」

「確か、まだトライアル段階じゃ――」

「隣は篠ノ之君だ……そういえば、あの機体って何世代型なんだろう?」

「篠ノ之博士が直接作ったらしいから、かなり高性能だって話だよ」

 アリーナで実習している生徒から生徒へ話が伝わっているのが見える。

「じゃ、ラウラ。また後で」

「ああ」

 ゆっくりと機体を滑らせ、アリーナを覆う客席の屋根へ。

 初弾装填。スコープを覗き込み、一夏とシャルルを捕捉する。

『おい』

『……なんだよ?』

『貴様も専用機持ちらしいな。なら話は早い。私と戦え』

 開放回線(オープン・チャンネル)で飛んでくるラウラと一夏の声。

 あぁ……冷たい。ラウラの声。

『イヤだ。理由がねえよ』

『貴様にはなくても、私にはある』

 ……そろそろ動く。安全装置解除。

 緩やかに高度を上げ、低い雲――そして、太陽の中に隠れる。

『貴様がいなければ、教官が大会二連覇の偉業を成し遂げた事は容易に想像できる……だから、私は貴様を――貴様の存在を認めない』

『……また今度な』

 あ――そんな事言わない方がいいと思うぞ、一夏。

『ならば……戦わざるを得ないようにしてやる!』

 動いた!

 ラウラのIS『黒い雨(シュヴァルツェア・レーゲン)』の左肩に装備された大型の実弾砲が火を噴く。

『……こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようなんて、ドイツ人はずいぶん沸点が低いんだね』

『貴様……』

 横から割り込んだシャルルがシールドで実弾を弾き、同時にアサルトカノンの銃口をラウラに向ける。

 ……シャルルは量子変換と照準を合わせるのを同時に行った。

 速い。量子変換は通常1~2秒かかるのに、ほぼ一瞬だった。

『フランスの第二世代型(アンティーク)ごときで私に立ちふさがるとはな』

『未だに量産の目処が立たない第三世代型(ルーキー)よりは動くからね――それと、頼三? 出てきたら?』

 それに加えて、状況把握能力か。流石は代表候補生。

『え……? 頼三? どこに』

 一方、一夏は気付いていないか。

『悪いな。一夏、シャルル。僕は全然憎んでないけど、ラウラは『戦友』なんでね』

 高度を下げ、ラウラの後ろへ。

 ラウラとシャルル。無言で、涼しい顔の睨み合い。

『そこの生徒、なにをやってる!』

『ふん、今日は引こう。頼三、戻るぞ』

 あっさりと引くラウラ。

 深追いは厳禁――か。



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4.発覚

「なるほど。大体分かった」

「悪いな。だから、しばらくはラウラ側にいるから……」

 更衣室で合流した一夏に事の次第を説明。

 流石は一夏。すんなり理解してくれた。

 ちなみに、職員室から1025室に向かう道中である。

「はぁ……また襲われるのか? 俺」

「ここだけの話だけど――」

「ん?」

 一夏の耳に口を近づけ……。

「万が一の時には、背後からラウラを撃つ」

「………………」

 万が一の時。多少痛み付ける程度は黙認しよう。ただ、それ以上――殺しにかかったら、躊躇いなく背後から撃つ。ラウラについては、千冬さんに次いで知っている……つもりだから、一対一で渡り合える――はず。

 

 

「あれ? シャルルがいないな」

「水音してるし、シャワーじゃない? 僕、確認してくる」

 脱衣場に入り、磨りガラス越しにシャルルを確認。思った通り。

 ――ガチャリ。

 ガチャリ? 僕は何にも触っていない。一夏が入ってきたわけでもない。つまり、シャルルか。

「ら、らい……頼三?」

「なにを慌ててるんだ? シャル……ル?」

「忘れてた、ボディーソープが切れてただろ? って――へ……?」

 女子が、そこにいた。

 言うなれば、シャルルに胸を足したみたいな感じで――いや。今はこの状況をどうにか……まずは目を逸らす――逸らせるわけもなく。

 つい、じっくりと……いや、ダメだって分かってるよ!

「きゃあ!」

 ガチャン。

 全員が我に返り、シャルル(……と思われる人物)が胸を隠して浴室に逃げ込む。

「えっと……ぼ、ボディーソープの替え、ここにおいて置くぞ」

 一夏が戸棚から替えを取り出し、ドア前にそれを置く。

「う、うん……」

「一夏……行こう」

 

 お茶を淹れ、各人に手渡す。

「あ、ありがと……」

 一瞬触れあった指。男装用に特性コルセットを装着していない今、スポーツジャージでは体のラインが出ている訳で――やっぱり、意識してしまう……。

「シャルル、どうして男のフリをしてたんだ?」

 話を切り出したのは一夏。

 自分も聞きたかったし、今の雰囲気ではこれしかない。

 

 

「いいのか? それで!?」

 身の上の話、どうして男装していたのか。全てを包み隠さずにシャルルは話してくれた。

 嘘をついていた事を謝罪し、頭を下げるシャルルの肩を掴んで顔を上げさせた一夏。

 一夏は声こそ大きくなかったが、しっかりとそう言い放った。

「それでいいのか? いいはず無いだろ。どうして親だからって子供の自由を奪う権利がある? おかしいだろう、そんなのは!」

「い、一夏……?」

 シャルルが戸惑いと怯えの表情を浮かべている。

 でも、一夏は止まらないし、なにを言いたいかも伝わってきた。

 そして――自分も気付けば口を開いていた。

「確かに、僕たちが生きているのは親のおかげだ。でも、だからと言って親が子供に何をやってもいいなんて、僕は認めない。生き方を選ぶ権利は誰にだってあるはずだ。それを親に邪魔されるいわれなんて……絶対にあり得ない!」

 うん……色々悟ってきたぞ。

「どうしたの? 一夏……頼三も。変だよ?」

「悪い……熱くなってしまったな」

「いいけど…………ホントにどうしちゃったの?」

「俺と千冬姉、頼三は――親に捨てられたから」

「あ……その、ゴメン」

 若干、雰囲気が重くなる――。

「気にすんな。俺の家族は千冬姉だけだし、今更親に会いたいとも思ってない」

「あぁ……。僕も、篠ノ之家での記憶しかないし――それより、シャルルはどうするんだ?」

「どうって……僕は代表候補生を降ろされて、良くて牢屋かな」

 絶望を通り越し、もう全てを達観したかのような微笑み。

 見ていて……痛々しい。

「……だったら、ここにいろ」

「え?」

 あ……もしかして。

「一夏、特記事項第二一?」

「あぁ――本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国歌・組織・団体に帰属しない。本人の同意がない場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする」

 これを行使すれば――。

「つまり、この学園にいれば、あと3年間は大丈夫だろ? 別に急ぐ必要もないし、三年もあればなんとかなる方法も見つけられるだろう」

「一夏」

「ん? なんだ?」

「よく覚えられたね。特記事項は55個もあるのに」

「……勤勉なんだよ、俺は」

「そうだね。ふふっ」

 屈託のない笑顔。ようやく……笑った、か。

 でも……もう僕が映ってないだろ。二人とも。

 まぁ、引き際か。

「じゃ、自分はここで」

 聞こえてるか知らないけど、とりあえずそう言って1025室を後にする。

 

 

 

 

 ジトー……。

「……なんだよ、ラウラ」

「いや、別に、なんでもない」

 嘘だろ、絶対。

 ラウラと夕食である。

 なのだが……。

「だからさ、何なんだよ?」

 ラウラは半熟卵のカルボラーナにフォークを突き刺し、ぐりぐりと麺を絡めてこそいるが、それを口に運ぼうとしない。

 それに加え。

「………………」

 ジトー……と、微妙な視線を送ってくる。

 いや……だからさ。

「だからさぁ……ラウラ」

「……さっきまで、どこに居たかが問題だ」

 あー。はい。

「敵地に単独で乗り込む勇気は認めよう。しかしだな――」

「しかし?」

 しかし――何?

「頼三は私の味方で、私は織斑を襲った……。頼三に織斑が危害を加えないとは限らない――」

 ……本気か?

 いや、心配してくれるのは嬉しいよ? けどさ、まさか一夏が。

 やばい。頬が緩んでいるのを実感する。

「な、なんだ頼三! 心配してやっていると――――あ……」

 あ……って。隠してたつもりだったのか。

 頬を真っ赤にして、俯いたまま動作を停止するラウラ。

 パクパクと口を開閉させて……。

「あー……もう可愛いな、こんちくしょう!」

 箸を止め、俯いたままのラウラの頭をわしゃわしゃと撫でる。

「か、か、可愛い!? あ、やめ、止めろ!」

 こればっかりは、止められても終わらせない。

 上手く表せないけど、可愛いんだよ!

「止め………………はふぅ」

 あ、反論が消えた。

 ふふふ。猫みたいで可愛いなぁ――――。

「え……篠ノ之君とボーデヴィッヒさんってあんな関係だったの!?」

「大丈夫。まだ大丈夫。きっと大丈夫。まだ織斑君が――」

「あ、織斑君だ」

 ん? 一夏――ってオイオイ……。箒とオルコットを両脇にはべらせて。

 まぁ、一夏の事だから、二人の言われるままなのかも。

「――幼馴染みってズルイ……専用機持ちってズルイ……」

「うわぁぁぁあぁん! 神は死んだ!」

 ……ん? 少々調子に乗りすぎたか。

 あぁ……やっぱり、調子に乗りすぎたな。ラウラの髪、ボサボサにしてしまった。

「え……もう終わ――――な、なんでもないっ! と言うより、人の髪型をメチャメチャにして! そ、その、あれだ! 頼三が直せ!」

「はいはい……部屋、戻ったらな」

「う、うむ……」

 でもさ、ラウラの髪は伸ばしたままに近い。って事は、髪型が無いに等しいよな?

 まぁ、いいけどね。

 さて……櫛はどこにあったかなぁ――。

 

 

 …………。

 人がお風呂に入っている間って、すごく微妙な感じ。

 他に人がいれば、多少はマシだけど……。

 言ってしまえば、壁一つ隔てた向こうでラウラが――。

 っとイカンイカン。

 でもさ……。

 ラウラ、寝間着を持ってないから――って言って何も着ずに寝るんだよな。

 襲ってくださいとでも言わんばかりに。

 あ……うん。もし仮に襲ったとして、僕が朝の陽を見ることは無いだろうけど。

 ガチャリ――。

「……出たぞ。オーダーを追加して悪いが、髪……乾かしてくれないか?」

「あぁ。別に構わない――」

 心が萎える……。

 いや、何も身に着けていないよりいいが……バスタオル一枚ってどうよ。

 ………………。

「な、なんだ……人の躰をジロジロと見て…………」

 発音がおかしい気がするのだが。

「み、見たいのか?」

 ――そりゃぁ。

「見たいよ。けど、今は――」

 ラウラの手を引き、椅子に座らせる。

「髪を乾かす方が先だろ?」

 ドライヤーのコードを電源に繋ぎ、スイッチON

 お……静かなタイプか。いいな、これ。

「ん……はふぁ」

 可愛いな……何回言ったか覚えてないが。

 みんな、冷たいラウラしか知らないだろうけど。

「距離とか大丈夫だよな?」

「ああ……大丈夫だ」

 

「よし。こんな感じかな」

「…………おい。こ、この髪型は何なのだ!」

 不服だったか。

 一対のサイドポニー。

「べ、別にイヤではないぞ。だがな……」

「じゃぁ、いいよな? ただ伸ばしっぱなしじゃ勿体ないぞ。綺麗な髪なんだから」

「だが……私は慣れていないし――――は、恥ずかしい」

 やっぱり、かわい――以下略。

「だから、やらないの?」

「あ、あぁ……他人に見せようとは思わない」

 あれ? その言い方なら、絶対やりたくなくはないのか。

 ……慣れていない+恥ずかしい+他人に見せたくない――だったら。

「あー。だったらさ……Demo. Meine einzige(見せて下さい、自分だけに)

 あぁ。言ってから恥ずかしくなってきた。

 ラウラも真っ赤じゃないか……。

「頼三が、そう言うなら……考える」



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5.子犬のように

 ラウラを護りたかった。

 日本に戻ってからも、それだけ――いや、誰かを護るため。に変わっていたかも知れないけど。

 とにかく、僕が求めた強さは護るための強さ。

 今でも、強さを求め続ける。

 意思だけでは、全てを護れないから。

 結びつく意思はただ一つ。

 好きになった相手を、護りたかった。

 なのに――。

 

 安全装置を解除。初弾を装填。

「もう止めろ……もう止めろラウラ!」

 大型狙撃砲を構えるためだけに、両腕だけを部分展開。

 一夏と一緒にいると、ラウラに色々言われそうだったので先に来たが……。

 ラウラが、オルコット、凰と戦っていた。

 何故、戦っているのかを確認するよりも――もう、限度が過ぎている!

 オルコットと凰のISは強制解除される寸前。もしISが強制解除されれば、生命に関わる。

『なっ……頼三、何を……』

 やっぱり、ラウラは予想してなかった。

 僕が、ラウラに銃口を向けるなんて。

 でも、それだけ信用してくれたのか…………。

 頬を液体が伝う。

 護りたい人に、銃口を向けているからか……。

「なぁ、ラウラ……どうして無関係の人間を襲う?」

『…………』

「僕が聞いたのは、織斑一夏を討つ――と聞いただけなのに」

 ラウラは何も答えない。

「どんなに蔑まれても、それでも優しさを忘れなかったラウラは……どこに行ったんだ?」

 一度、武装化した暴動鎮圧に出動したことがあったが。

 ラウラは相手の武装は完膚無きまでに破壊したが、人間の命を奪おうとは一度もしなかった。

 なのに……どうして。

「僕だけに優しいラウラは――」

 多少、自意識過剰か。でも……。

「――Hassen(嫌いだ)

『…………っ!?』

 あぁ。その目だ。

 ラウラを護りたい、そう決意した頃のラウラの瞳。

 捨てられた子犬のように、弱々しく――。

 そして自分は撃てるはずもなく、取り落とした狙撃砲が粒子と消える。

 

 

 

「すまない……もっと僕が早くアリーナに居れば――」

「篠ノ之さんは悪くないですわ」

「そうよ。頼三は悪くないし」

 オルコット、凰両名。包帯を巻かれ、見ているだけで痛々しい……。

 ラウラを止められなかった。その事実が重くのしかかる。

 二人がこう言ってくれ、多少は気が楽――。

 ドドドドドドドッ……。

「な、なんだ? 何の音だ?」

 隣の一夏がキョロキョロしながらそう言った。

 何の音? って……足音でしょ。かなり大勢が走ってる。しかも、こっちに向かってき――って!

 保健室のドアが、吹き飛んだ! いや、マジで。

 そして、一夏とシャルル、僕が女子の集団に取り囲まれた。

 ははは……テンション低いから、何とも思わねぇや。

 とか思っていると、話は進む。

 ふぅん……学年別トーナメントが二人組での参加を必須――ふぅん。

 要するに、女子達は一夏達と組みたく、先手必勝で殺到したのか。

 あれ? シャルルは女子だったから、他の女子と組めば発覚するおそれが……。

「悪いな、俺はシャルルと組むから!」

 ふぅん……――あ、さっきから同じことしか思ってないや………………。

「じゃぁ篠ノ之君、一緒に出よう!」

「私と出て! 篠ノ之君」

 そう言われても――。

「あぁ、僕――ラウラと出る……あ」

 嫌いだ――と言っておいて。

 あぁ……馬鹿かよ。

 

 

 

 

 ギリギリまで食堂に残り、今は――10時か。あ、もちろん夜の。

 さて……部屋に戻らないと『寮長様に叱られるから』あれ? 何かのタイトルみたいだ。 

 ラウラの前ではほぼ無意味だが、鍵を開ける音、ドアを開ける音に注意して入る……。

 寝ている――か。今の間にお風呂入っておこうか……。

 

 少し温度が高めのお湯が体を伝う。

「………………」

 考えが、まとまらない。

 ラウラと和解しなければいけない。

 ただ、何と切り出せばいいか。

 …………解らない。

「――――頼三」

「起きてたか……」

 なんだろう。驚くくらいに冷静だ。

 きっと、会ったら慌てるだろうと思ったけど。

「その……言いたいことがまとまらない。どう言ったらいいのか…………でも、一つだけ言いたい」

 …………。

「頼三に、嫌いって言われて……嫌だった。泣きたくなった」

 いつもの、自信に溢れた声色ではない。かといって、デレた時の可愛い声色でもない。

「私はもう……一人は嫌だ。私を………………見放さないで」

「――見放す気はない……ラウラ。もう一度言ってくれ。ラウラは、何をしたい?」

「私がしたいのは……織斑一夏を討つ事。ただそれだけだ」

 変わらない……か。でも、今はそれでいい。

「了解――ただ、騎士の十戒を忘れるな。今回は……やりすぎだったろ? それを、言いたかった」

 

 騎士の十戒とは……優れた戦闘能力、勇気、正直さ、誠実(忠誠心)、寛大さ、信念、礼儀正しさ、崇高な行い――ただ、これはあくまでも代表的なものだけ。

 他にも……そう。弱者の保護――など。

 

 守ることが難しいからこそ、遵守した者は賞賛される。

 例え人工的に産み落とされた命でも、ゲルマンの――ゲルマン民族の戦士の誇りはある筈だから。

「あぁ……。了解した」

 そう言えば……この教えは自分を変えたのか。

 教えを知る前、ラウラと出会う前に求めていた強さ。それは他の追従を許さず、他を圧倒する力。

 ただ僕一人が強くあればいい――と思っていた、な。

 

 あ、そうだ……。

「他にしたいことはないのか?」

「なっ!? え、えっとだな………………そ、その」

 あ、これは絶対にあるな。

「……少し、頼三の言った事に反するが――――目を瞑り、耳を塞いでほしい」

 あー……はいはい了解。

 で、言ったことに反する? …………Ich mag dich. とか言うなよ――の事か?

 あれ、撤回してもいいんだけど。

 だって……思い出したから。いや、改めて気付いたからか。

 どうして自分が力を求めたか。

 ラウラを――好きになった相手を、自分のこの手で護りたかったから。

 今でこそ、護ることは出来なくても――その背中を、護りたい。

 ここ数日一緒に過ごし、きちんと自分の気持ちを理解した。

 今でも、ラウラが好きだ。

 

 ――ぎゅっ。

 

 音が聞こえてはいない。

 感覚的な意味で、そんな擬音。

 音を遮断していても、視覚情報を絶っても、それ以外で分かる。

 …………待て。

 自分は裸。んでもって、部屋着を持たないラウラも裸。

 ……。

 急に意識してしまう。

 ラウラは胸こそ小振りであるが、背中に押しつけられて――――。

 と、思っていると――――ラウラの手が自分の手に重ねられ、手が耳から離れる。

「大きく……なったな。昔は……私と然程、身長も差は無かったのにな。なぁ頼三……」

「――――なんだ?」

 手が離れ、ほんの少しの間。

Ich liebe dich.Bitte teilen Sie uns Ihre Gefühle.(愛しています、あなたの気持ちを教えて下さい)

 キュッと胸を締め付けられるような感覚。

 決して痛くはないが、少し苦しく。

 言ってほしかったけど、言ってくれるか――こちらから言うべきだったかのか――不安だった一言。

 うん…………なんと言うか。僕は常に受けだな。

 だから――――――。

 肩に置かれていたラウラの手を取り、顔を突き合わせる。

「っ!?」

 そして、そのまま唇を重ねる。

 やっぱり勇気はないので、ただ唇を重ねるだけ。

 あぁ……映画のワンシーンみたい。二人をシャワーが濡らして。

「ん…………」

 

 

 微妙に後悔。

 ラウラはあの直後、僕を一発殴って逃走。

 その後は一人でお風呂に入っていましたとも。

「悪かった……で、でもな! いきなりあんな事をするお前も悪いんだからなっ!」

 返す言葉もございません。

「そ、それで……返事を――聞かせてほしい」

 自分は言葉を紡ぐ。ラウラの瞳一点を射て。

「――――――僕も、ラウラが好きだ。いや……愛してる」

「……ほ、ほほ本当、だよな?」

「不安?」

「あ、あぁ。不安だ。これは夢なんじゃないかと思うほど――――」

 そんなこと言うなよ。こっちまで不安になってくる。

「嘘じゃないし、夢でもない――――」

 ぎゅ……と、ラウラを抱き寄せる。

「僕はここにいる。ラウラも、ここにいる」

 やっぱりラウラは裸だけど、やましい感情は今はない。

 ラウラの背に回した腕と手はラウラの体温を感じ、一瞬の不安をかき消す。

「頼三……もう、見捨てないで――――」

「あぁ…………でも、ラウラの行動次第では――」

「…………いじわる」

「冗談だ」

 ふふふ――と顔を見合わせて微笑み。

「頼三……これからもよろしくな」

「こちらこそ――」



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6.トーナメント

「初戦から一夏・シャルルペアか……誰かが仕組んだんじゃ――」

 例えば、千冬さんとか。

「待つ手間が省けていい。前に言った通り、私は織斑一人を狙う」

 前――向こうのピットを注視している。

「分かってる。シャルルをラウラに近づけない」

 あ……。

 言ってから気付いた。だから、言い直す。

「ラウラ――――その背中、僕が護る」

 不敵な笑みを浮かべ、振り返ったラウラは一言。

「Sniper――後ろは任せた」

 

 

「うっわ……」

 試合開始とともに、一夏の先制攻撃。

 もちろん、ラウラのAISは一夏を捉えて停止させる。

 次にラウラは射撃に入るだろうが、一夏の後ろに控えるシャルルが割って入ってくるのは間違いない。

 ならば――――。

「悪いなシャルル! あっちは二人の戦いだ。お手合わせ願おうか!」

 大型狙撃砲の先に銃剣を展開。

 可能ならば、近距離戦は避けたいが……シャルルをラウラから引き離すために。

『あぁ。受けて立つよ!』

 距離を詰め、今は攻めを主眼に。

 格闘武器でのリーチはこちらが上なので、射撃さえ注意すれば―――。

 ……来た!

 シャルルが、こちらの銃剣をシールド下部で防ぎ、ショットガンの銃口をこちらに向ける。

 と、同時。シールドに防がれた大型狙撃砲のトリガーに掛けた人差し指を二度屈伸させる。

 一発目はシールド下部へ。もう一発は、反動で跳ね上がった銃口の直線上。シールド上部へ。二つの空薬莢が排出され、宙に舞う。

『……くっ』

 一瞬遅れたシャルルのショットガンの射撃。

 ダメージでよろめき、銃口はこちらから外れる。数発の散弾こそ機体に損傷を与えるが、大したダメージではない。

 よし。シールドはもう使い物にならないだろう――――。

 

 

 形勢は一進一退。

 若干、こちらが押しているか。

 ラウラは一夏を圧倒しているも、一夏をが粘っている。

 早いとこ、こっちを片付けて援護に向かいたいが――――――。

 シャルルも、残りエネルギーは少ない筈なんだが……しぶとい。

『……っ!』

 シャルルが何かに気付き、アサルトライフルを構えての突撃態勢へ。

 …………何かは分からないが。

 構えた狙撃砲で狙い撃つ!

 指を屈伸させると同時。

 シャルルは、僕に向けて撃ってこなかった。射撃目標は、ラウラ。

 シャルル撃破を確認するよりも、振り返って状況を――――――っ!

 一夏の攻撃をAISで固定した状態。そこへシャルルが放った弾丸が命中し、AISが解除された!

 間に合え。間に合ってくれ!

 その一心で全エンジンを最大加速へ。

 しかし、こう思った重大なことほど上手くいかず。

 零落白夜を発動した一夏に、目の前で、ラウラを斬られた。

「ラウラっ!」

 しまった。

 ここまで来たら、僕も――斬られる!

 敗北を意識した刹那。

『あああああああぁ!』

 ラウラのISから電撃が放たれ、一番近くにいた自分が吹き飛ばされる。

 アリーナの壁に打ち付けられ、ISが強制解除された。エネルギー切れ……? 今の一撃だけでか?

 

 ……。

 目を開くと。アリーナの中央に、全身装甲のISが鎮座していた。

「ラウ……ラ?」

『非常事態発令! トーナメントの全試合は中止! 状況をレベルDと判定。鎮圧のために教師部隊を送り込む! 来賓、生徒は速やかに非難を! 繰り返す――』

「頼三……どうする」

 傍に寄ってきた一夏。

「どうする? って言われても」

 やることは一つ。

 ラウラを救い出すこと。それだけだ。

「でも頼三の機体、さっき強制解除されて――――」

 シャルルも来た。

 教師部隊が来るまで何が起こるか分からないし、なにより――。

 ラウラを助けるのは僕だ。さっきも、背中を護る――と言っておいて護れなかった。その償いはさせてもらわなければ。

 だから――――待機状態の黒槍に。

「もう一度、もう一度だけでいい……黒槍、頼む!」

 奇跡が、起きたのか。

 ただ、展開された黒槍は、もはや黒槍ではなかった。

第二形態移行(セカンド・シフト)……」

 横でシャルルがつぶやく。

 なるほど。

 

 基本的に、前側は変わっていないし、塗装も黒のまま。

 が。

 翼が、翼なのだ。

 つまり、翼が羽なのだ。一本一本まで再現されている、翼。

 そして、何より圧倒されるのがこれ。両肩に据えられた兵器。

 ――超大型ドーラ戦域征圧砲【絶対砲撃(アブソリュート・ファイア)

 砲は40センチほどだろうか。

「……頼三、行くのか?」

「あぁ。ラウラを、助け出してくる」

 弾薬選択……対IS用特殊鉄甲弾。

 射角修正、右2つ。上げ1――射撃用意……3・2・1――。

 一瞬の無音。

 その一瞬が過ぎ去って――轟音と爆風。ISをもってしても反動で地面を抉りつつ、少し後退。

 命中を確認するよりも速く。

 黒い翼で舞い上がる。

「ラウラぁぁあぁああああ!」

 手に展開した銃剣は、思いを感じ取ってくれたのか、エネルギーを全開にして日本刀の形を成す。

『…………!』

 縦に。縦に真っ直ぐ刀を振り下ろして。

 その全体装甲を打ち砕く。

 ラウラを、愛おしい彼女をしっかりと抱きしめ、翼で全てを覆って爆風に備える。

 ……限界、か。

 爆風には耐えたが、肉体的に、IS的にも限界が近い事を悟った。

 護ったよな? 僕は、ラウラを。

 

 

 

 

 自然に眠りから覚めるように、目を開く。

 真っ白な部屋――いや、肌色に近い白色か。

 カーテンにベッドの周りを区切られて――あぁ。保健室か。

「目が覚めたか」

「――千冬さん……」

「修正を強制するが……怪我人には酷か。まぁいい……よく護ったな。半分以上はISのおかげでも」

 護った……? 護れたのか?

「ああ。無理な負荷がかかって少しの打撲と筋肉疲労はあったが、それ以外は何もなかった。お前が、ラウラを護った」

 でも……戦闘中に自分は――――。

「過去に囚われるな小僧。お前には、まだまだ未来があるだろうが」

 未来……か。三年後、卒業した後は……どうなるんだろう。

「それに、苦い思いはしたほうがいい――ドイツの格言にこうある【苦いものを味わったことのない人間は、甘いものがどんなものであるか分からない】とな」

 スッと、胸に落ちた。

「失敗したら、次に生かせ――ははっ……ラウラには言えないな」

 ラウラには言えない……? あぁ。戦争では失敗は死に直結するからか。

「まぁいい……お前の傷はそこまで深くない。ISの実習は免除してやるが、通常授業には出席するように。ではな」

 教師の仕事に戻るのか。

 無理しすぎたかな――――眠いや。

 ひと眠りしてから、寮に戻ろう……。



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7.敏感

「み、みなさん……おはようございます」

 あら……山田先生お疲れのご様子。

「あ、篠ノ之君……分かってくれます?」

 分かりますよ、そりゃ……雰囲気からして。

「今日は、ですね……皆さんに転校生を紹介します。転校生と言いますか……皆さんにはもう紹介してあるというか……ええと」

 にわかに教室が騒がしくなる。

 この時期に転校生?

 しかも、僕をを含めた3人の転校生がいたのに、まだ来るのか? と。

「じゃあ、入ってください……」

「はい」

 あれ……? この声って。

「シャルロット・デュノアです。みなさん、改めてよろしくお願いします」

 ………………。

 なるほ……ど?

「デュノア君はデュノアさんでした――ということです。あぁ……また寮の部屋割を組みなおさなければ……」

 山田先生の憂いはそれか。納得。

「え? デュノア君って女……?」

「おかしいと思った! 美少年じゃなくて、美少女だったわけね」

「って織斑君と篠ノ之君、男子だから知らないってことは――――」

 ちょっと待て、男子だから――ってなんだよ。

「ちょっと待って! 昨日って確か、男子が大浴場使ったよね!?」

 え? マジで? そんな話聞いてないぞ。

 それよりも、色々とマズイ気がする。

 いや、杞憂で終わればいいんだけど。

「一夏ぁ! ついでに頼三も!」

 凰がドアを蹴破り――ホントに蹴破って登場。

 ちょっと待て、いま『ついで』って言ったよな? 僕って……ついで扱い?

「一夏、逃げろ……今は逃げるが勝ち――――」

「死ね!!」

 ISが部分展開され、衝撃砲が僕らを狙う……。

 あー……ISの展開が間に合うか――――ギリギリか……てか、こんなことを思っている暇は――ない。

 ――――っ……。

 よく考えたら、ここ教室なんだよな。

 自分の体は左腕のシールドで護り、その他を広げた翼で防御……。

「そこらで止めておけ――――私の恋人に手を出すな」

 ラウラおい、今さらりと……。

「え……ボーデヴィッヒさん、今なんて……?」

「恋人……?」

 と言うか『えぇぇぇぇ!?』ってなると思ったけど……。

「え? 普段からいちゃついてるから、今更かなぁ……って」

 あ、はい……そうですか。

「あ、織斑君が逃げた!」

「往生際が悪いわよ! 一夏!」

 …………。

 一夏、逃げきれよ……。

 

 

 

 

「……買い物?」

 昼食の席。買い物――と切り出したのはシャルル。

 同室になったシャルルとラウラはすぐ打ち解けたようで――と言うか、ラウラにシャルルが合わせたんだろうなぁ……。

「うん。臨海学校が近いから」

 ……察知、したつもり。

「分かった。一夏を誘っておく。あー……怪しまれないように僕は一夏と行くね。現地集合って事で。一夏のことだから、合流に反対する事はないだろうしまぁ、偶然を装えばOKかな」

「……ぇ」

「……ほう」

 え? 外した? 間違ってましたかっ!?

「凄いね頼三……そ、その…………全部、合ってるよ」

「……流石は頼三だな」

 ホッ――良かった。

 ちなみに、昼食はもう食べてのティータイムである。

 僕とシャルルが紅茶。ラウラがコーヒーである。

「じゃぁ、お願いしていい?」

「あぁ。問題ない」

「…………」

 あれ?

「ラウラ……どうした?」

 黙りこくっているラウラ。心なしか少し俯いているか?

「私は――――いや……な、なんでもない」

 深読みしていいのか……悪いのか…………。

 あ。シャルルの意地悪な笑み。これは教えてもらえるかも。

「ラウラはねぇ……実は頼三と――――――」

「わっ! わっ! 言うなっ!」

 あー……。

「ラウラ」

「な、なんだ!?」

 警戒心丸出し。猫みたいな感じ。

「…………今度は、2人で行こうな」

 ぱぁぁぁ――っと、溢れんばかりの笑顔。うん、やっぱり笑顔が一番だね。

「……頼三は敏感だね。一夏とは比べ物にならないくらい……」

 カップを口に運びつつ、ポツリ――とシャルルがつぶやく。

「うん? 褒められたのか貶されたのか。微妙な感じ」

「……褒めてるんだよ」

 はぁ……と、溜息のシャルル。あぁ、納得。シャルルは一夏を――――。

 明日、か。

 日曜だからなぁ……晴れるといいなぁ………………。

 おっと。それよりも――それよりも? まぁいいや。一夏を連れ出さないことには始まらない。

 午前で授業は終わったから、部屋にいるかな? もしくはアリーナか。

 まずは、部屋に行ってみま――――。

「ねぇねぇ篠ノ之君。ボーデヴィッヒさんと付き合ってるって、ホント?」

「どこまで行ったの? ABCで教えて~」

 あぁ。そういえば――女子の情報伝達能力は異様なほど……高い。

 一日経ったから、ほぼ全員に伝達されていても不思議じゃない。

 それに、ラウラはあんなんだから――僕なのか?

「え? なになに~」

「あ、篠ノ之君だ! そういえば、聞きたいことが――――」

 非常に、マズイ。行く手を阻まれたと思ったら、敵中孤立だと!?

「う……はいそーですよ! ラウラと付き合っていますよ! この後用事があるんで!」

 自棄気味に叫び、少々強引に突破を試みる。

 何も考えるな……何も考えず進め。腕や肩に当たる柔らかいものなんて、気にしたら(今は)負けだ!

 ……………………。

 ………………。

 ……うん。

 色々あったけど。なんとか部屋に到着。

「どうした頼三? なんか疲れてないか?」

「……大丈夫だ。問題ない」 

 どこかで聞いた言葉をつぶやきつつ、僕は話を切り出す。

 

 

 

 

 …………予想通り。

 胸の奥でほくそ笑む。

 基本的には4人行動でこそあるが、このメンバーなら自然とラウラが隣に――と。それでいて、シャルルに協力することもできる――――と。

 ……あれ? シャルルじゃなくてシャルロットなんだよな? 本当の名前。

 まぁ――――いいか。

 

 

 まぁ――――いいか。

 それでは済ませない事が一つ。

「ラウラ……私服、持ってなかったけ?」

 3人が私服のなか、ラウラだけIS学園の制服。

「僕も言ったんだけど、後は軍服しか持ってないみたいで……軍服よりかはマシだと思って」

 ふぅん……。

「だから、途中で服を買おう……って思ってるんだけど」

「私は……疎いので、シャルロットに任せるが――――頼三も、協力してくれないか?」

「……ん~。分かった。んじゃ、とりあえず行こうか」

「あの……俺は?」

 ……一夏が何か言った気がしたが、まぁいいや。



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8.一夏

「ところで……だ。その、頼三は私の水着…………見たいのか?」

 駅前のショッピングモール『レゾナンス』の水着売り場、2階に向かう道中。

 隣のラウラが、不意にそう言った。

 ――ちなみに。自分の予想通り、僕とラウラ・一夏とシャルルの組み合わせで移動している。

「そりゃ、見たいな。うん――――学園指定のスク水もいいけど、少し大人っぽい水着も似合うかもな」

 ラウラの体系なら、スク水に浮き輪を――っとイカンイカン。

 流石にそれは……色々マズイ。

「そうか。そうか、そうか……」

 ん?

「シャ、シャルロット―――」

「? どうしたの?」

「そ、その――――――――――――」

 聞こえない……。コソコソ喋るなよ――――まぁいいけど。この微妙なお預け感が。

「OK分かった……。じゃぁ一夏、頼三、30分後にここでね」

「ああ、了解」

「うん、分かった」

 

 

 

「水着を選ぶなんて久しぶりだな……頼三もそうだろ?」

「うん。てか、海に行くなんて何年ぶりだろう―――」

 万が一の事を考えると、海辺に住めないし、近付くことなんてできない。理由は――分かるよな?

 まぁ、その万が一の時の為に、自分が同行を許されたのだが。

 さて、水着か……ふぅん。こんなに種類あるんだ。まぁ一番無難な――――。

「「あ」」

 無難な水着――トランクスタイプの水着。

 一夏と、ダブった。

「流石に、同じのは……なんかなぁ」

「ああ。それは俺も同意する」

「あ。色は?」

 そうだ。色さえ違えば問題はない! ……たぶん。

「俺? 俺はネイビーにしようかと」

「じゃぁ、問題ないな」

 ちなみに、自分が選ぼうとしていた色は黒。黒字に白いラインのシンプルなの。

「ちょっと早いけど、さっきの場所でシャル達を待ってようか」

 あれ……?

「分かった――――けど、シャル……ねぇ」

 これは……何かあったな。いつか問いただしてみようかな――――あれ?

「あれ? ラウラにシャルル……もう買い物終わったのか?」

 いや、終わってはないだろう。こんなに早く、女性の買い物が終わるわけない。

 ……案の定。

「あ、ううん。一夏に選んでほしいなぁって……」

「そうなのか。じゃぁ、実物を見に行くか」

 そう言って一夏とシャルルが女性水着売り場へ。ってことは――――。

「い、いや……ら、頼三。お前も……その、選ぶのに協力してくれないか?」

 もちろん、僕の傍らにラウラが歩み寄り、服の裾をギュッ――と握っての、上目遣い。

 あぁもう……どうしてこうも動作一つ一つが可愛いんだよ!? ……いいんだけどさ。

「了解。じゃぁ、行こうか」

 

 

 

 

「…………あの」

「な、なんだ」

「どうして僕を試着室に連れ込んだ?」

 現在位置、試着室。

「水着は……き、着ないと分からないだろ――――――それに、こうすればいいとシャルロットが……」

 シャルル……あ、だったら今頃シャルルも――。気付いてやれよ、一夏。

「はいはい……分かったから、早く着換えろ」

「あ、あぁ」

 もちろん、ラウラには背を向ける。のぞきませんよ?

 だって――なぁ? 親しき仲にも礼儀あり。って……違うか。

 とは言っても。

 背中越しに聞こえる衣擦れの音。

 女の子特有の甘い匂い――――つい先日まで、同じ部屋で生活していたのにな……こうも意識するとは。あ、もちろんいい意味で。

「い、いいぞ……」

「あぁ」

 振り向いて――――――。

「わ、笑いたければ笑え――」

「………………」

「な、何か言ったらどうなんだ……」

「…………………………」

「お、おい……」

「っと、悪い。なんと言うか……見惚れた」

「み、見惚れ!?」

 黒を基調とし、レースであしらわれた水着。肌色成分多めで――――胸が、少し、残念な結果に。

 でも、ラウラは基本的にスタイルがいいので、多少生地が少なくとも何の問題もない。

 と言うか、若干無理して大人っぽいのを選びました感が、可愛い!!

「うん。似合ってると思うぞ。これでいいんじゃないか?」

「じゃ、じゃあ、これにするとしよう」

「ん。じゃぁ先に出てるし」

 逃亡完了。

 一応、ラウラの水着を決められたから問題はない。

 そう、これは戦略的撤退なのだ!

「……バカがここにも一匹」

「は……?」

 視線を上にあげるとそこには――――。

 

 

 

 

「お前らは――揃いも揃って何をやってるか…………」

 通行人の視線が――痛い。

 ちなみに。

 千冬さんと山田先生に遭遇。まぁ、あんな場面を見たら当然こうなるわけで――――。

「え、えっとですね。試着室に2人で入るのは感心しません――教育的にも、ダメです」

「「「「はい……」」」」

 頭を垂れる4人。

 いや――でもさ、一夏が一番悪くないよな。たぶんだけど。

「まぁいい。学校外だから大目に見よう。一夏を墜とすには、こうでもしないと無理だろうしな――なぁ、シャルロット?」

「あ……はい。そう、ですね」

 そうだよなぁ……一夏、超鈍感だし。

「え? なに? 俺、撃墜されるの?」

 こうやって、言葉を別な意味で捉えるし……。

 シャルル、大変だろうなぁ――だから。

「一夏、馬に蹴られて死ねばいいと思うよ」

「頼三? お前何言ってるんだ?」

 ……はぁ。

 男が言うのもなんだけど……鈍感って、重罪だな。

「そうだな――山田先生、特に用事は残ってないですね?」

「ええと……はい。買う予定の物は全て済ませてあります」

「だったら……デュノア、ボーデヴィッヒ。お前たちの買い物にでも付き合おうか」

 あ……れ? 僕らを除いて話が進んでる。

「大方お前ら、デート用の服でも選ぶのだろ?」

「ええと……はい」

 コクリ――と頷くラウラとは違い、シャルルはポツリとつぶやく。若干俯いたその顔は紅い。

「ははっ正直で結構。少なくともお前たちより野郎どもをよく知っているし――何より楽しそうだしな」

「ええっと……」

 うわぁ……楽しそう――とか。

「なあ頼三、なんて言っているんだ?」

「え……一夏、どんだけ耳悪いんだよ」

 と言うか、千冬さん――こっちにも聞こえるように話している節があると思うが。

「ということで男ども。一足先に帰ってろ」

「うい~了解です」

「え? 何かあったのか?」

 鈍感一夏。若干イライラしてきた……。

「一夏。一足先に帰りながらゆっくり話そうか」

「え……頼三、目怖いって――――」

 ガッチリと一夏の首根っこつかみ、ズルズルと引きずる。

「では皆様方、お先に失礼」

 

 

 

「…………単刀直入に聞こう」

 寮に戻り、自室で一夏にこう切り出したが――。

「へ? 何を?」

 あー……。いい答えは期待できないかも。

「その――だ。箒、オルコット、凰、シャルル。一夏は誰を選ぶんだ?」

 転入してから今日まで。観察の結果、この4人が有力か。

「選ぶって……」

 ……ここまで気付かないのも若干変に思える。

 うん、変に思う。

「一夏――――本当はいろいろ気付いているんじゃないの?」

「っ……!」

 あ、ビクッ――ってなった。しかも、顔そらしたし。図星だなこりゃ。

 気付いている――なら……。

「選ばなくちゃいけないのも――分かってるよな」

「――――――あぁ」

 よし。ここまでは好感触……だけど、そろそろ潮時か。

 深追いは失敗を招くからな。

「――分かってるならいいや。今は良くても、いつかは選ばないといけないから……」

 後ろ手にドアを閉める。

 さて……どう転ぶか。

 楽しみなんだが、若干不安だ。

 個人的には、シャルルとくっ付いてくれるのが嬉しいかな。

 今日みたいに――まぁ、千冬さん達と遭遇したけど――また4人で出かけたいし。

 さて……。

 全てが動くのは臨海学校か。



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9.臨海学校

 ………………。

「海――――た!」

 …………ん?

 あぁ……臨海学校へ向かうバスの中か。

「おい、起きろ……そろそろ着くようだぞ」

 ラウラの声で目を開け、目に飛び込んできたのは海。きらきらと太陽光を反射し、その海面はとても穏やかだ。

 ちなみに、隣の席はラウラ。強気に出れなかったラウラに変わり、その他女子一同が手をまわしてくれた。うん……公言して、嫌われないで良かったな……ラウラ。

「な、なんだ……人の顔をじろじろ見て――――何か、付いているのか?」

 まぁ……肝心なところで気付かない、一夏並みの鈍感さ。

 最初の冷酷なイメージがあっても、多少の好感を持たれているのかな?

「ラウラは、そのままで()いってことだよ」

 わしゃわしゃわしゃ。

「な、髪、やめっ! 意味が、分からんぞ!」

「わぁ……ボーデヴィッヒさんいいなぁ…………」

「彼女の特権ってやつ?」

「私も一度、やってもらいたい~」

 そろそろやめないと。流石に、前みたいにボサボサにするわけには……。

「で……なんか言ったか?」

 ちらり――と後ろの女子に視線を送り。

「べ、別に何も言ってないよ!?」

「う、うんうん」

 ……全部聞こえてるけどね。

 

 

 

「ここがお前たちの部屋だ。ドアに教員室と書いてあるが、気にするな。女子を招き入れないために、だ。部屋を聞かれたら――そうだな、私と同室とでも言え。そうすれば近付かんだろう」

 今になって教えられた部屋。

 と言うか千冬さん。自分の事をよくお分かりで。

 女子と同室は流石にマズイ――ということで、僕と一夏は職員が寝泊まりする棟に連れてこられた。

「互いが互いの抑止力だ。あー……特に篠ノ之。このバカを頼むぞ」

「あー……はい。了解しました」

「いや……バカって何回言えば」

「分かったな? 織斑。入ってきても追い出せよ? お前の動向は筒抜けだと思え」

 ん? それってつまり、何かあれば僕が連絡せよ――と?

「はい――――分かりました」

「それでいい」

 千冬さんはそう言うと同時、僕と一夏に鍵を手渡す。

「大浴場は時間制だ。本来は男女別だが、なんせ1学年全員だ。お前ら2人のために、他が窮屈な思いをすることはおかしいだろう――よって、一部の時間だけ使用可能だ。使える時間は男女別の暖簾が出ているから確認しろ」

「「分かりました」」

 実は、こういう大浴場とかも初めてだ。

「今日は一日自由時間だ。好きにしろ――――ただ、厄介事は増やすなよ。面倒だ」

 ……それ、本音ですよね?

 確認する時間もなく、千冬さんは行ってしまった。教員としての仕事があるのかな?

「んじゃ、さっさと荷物置いて泳ぎに行こうぜ」

「ん。そうだね」

 

 

「あれ? 遅かったな」

 少し一夏より先に更衣室に来たのだが。

 いや、あたりまえなんだが、一夏が遅れてきた。

「え? あぁ……うん。束さんが――」

「マジで? あー……2日目に合わせて来たのか」

 束姉さん――。

 そう言えば、黒槍の追加パッケージがどうとか、メールが来てたっけ。

「んじゃ、早く着換えて行こうか」

「了解~」

 

「あ、織斑君だ!」

「う、うそっ! 私の水着変じゃないよね!? 大丈夫だよね!?」

「あれ? 篠ノ之君……なんでタオル巻いてるんだろう」

 うぅ……。

 思わずラウラみたいなセリフが口から漏れる。

「ほら、タオル取ったらどうなんだ?」

 一夏に促され。

「……うぅ――――もう知らねぇ」

 バッ―――――。

 ……知らね。もう色々知らね。

「わぁ……篠ノ乃君、肌白ぃ……」

「ちょ、私の方が焼けてる!?」

 うぅ……。

 昔からラボ暮らしだったから、ほとんど日光を浴びてないんだよ。

 最近になって焼けてきたし……白いって、何言われるかわからんし。

「しかも二人とも、かっこいい体……鍛えてるんだねぇ」

「肌白くて、鍛えられた体って……ずるいなぁ」

 うぅ……白い白いってうるさい、微妙なコンプレックスなんだよ……。

 

 

「あぁ……頼三、ここに居たのか」

 学校側が建てたテントの下。ビニールシートの上で膝を抱え。

 一夏が泳いでるのを見たりと陽の下に出ない。

「これを貸そうと思って来たんだが……」

 ん? 日焼け止めか。

「水に落ちにくい日焼け止めだから、これなら使えないか?」

 んー……。

 泳ぐよりも…………。

「ラウラがここにいれば、それでいいかな――――あ、悪りぃ。なんかラウラにこう言ってばっかりだな」

 若干、いや――かなり、ラウラに甘えているかも。

「な、なら……隣――いいか? この水着は泳ぐことを前提としていないようだからな」

 と言うか、ラウラの性格上、この水着で大勢の前に出られないだろうが。

 ぴと――と、肩を寄せ合う感じに密着して。

 砂浜を焼く太陽よりもある意味熱く、ある意味冷たい――肌と肌で感じる自然なラウラの体温。

 こう――ゆっくりするのも、いいか。

 

 

 

 

「ふぃい…………」

 夕食は絶品だったし、海を一望できる露天風呂。

 これを贅沢と言わないで何を贅沢と言うか。

「俺ら二人だけってのもな――」

「え? シャルルが居てほしかったのか?」

 ククク――と少々笑みを零しつつ、一夏を見据える。

「ば、バカ! んなこと……」

 うわぁ。真っ赤になって反論してる~。

 やっぱり、一夏争奪レースはシャルルが他を引き離しているか。

 うん。一夏のことだから、箒と凰は眼中にないだろう。

 って事は――シャルルとオルコットの一騎討ちか。

『あ、あのさ――頼三……僕の事、言った?』

 ん……?

 シャルルも入浴中だったのか。

「一夏がねぇ~シャルルと一緒に風呂に入りたかったんだって~」

『『っ!?』』

 お、女子風呂が沸いた。あ、お湯はとっくに沸いてるがな。人間的な意味で沸いた。

『え? え? 織斑君――』

『そう言えば、前に男子が学園の大浴場使ったときって、デュノアさんは男子扱いで――つまり、その時に!?』

『ちょ……い、一夏! 何言ってるの!?』

『一夏さん! 詳しい説明を要求しますわ!』

「お、俺はそんなこと言ってねぇ!」

 あはは~。大炎上だねぇ。

 

 部屋に戻る途中、一夏はシャルルやオルコット。その他数名の女子に追われてどっか行ってしまった。

 千冬さんに連絡完了。

 う~ん……仕方ない。部屋で消灯時間までだらだらしてようかな。

 千冬さんにさっき言われた一言。

『御苦労……駄賃と言ってはなんだが、職員室に割り振られた部屋には冷蔵庫がある。そこにジュース類が入っているから好きにすればいい――ま、ビールは貰っておいたがな』

 つーか千冬さん、そのビールどうするんですか?

 まぁ、お言葉に甘えましょうか。

 今時珍しい瓶のサイダー。王冠なんて瓶ビール以外で初めて見るぞ。

 窓を開け放し、窓と障子の桟に腰掛けて外を眺める。

 くいっ――とサイダーを呷る。

 あー……。明日はISの各種装備試験運用とデータ取りかぁ…………。

 ふぅ――と溜息を吐いた刹那。

 某コマーシャルで有名になった「食事喇叭」が鳴り響き。あぁ……この音を設定している人はただ一人。

 鞄から携帯を取り出して――。

「はいはい。何のご用でしょうか」

『はーい、みんなのアイドル・篠ノ乃束だよ~ん』

 あー……。

『今日は会えなかったねぇ~残念だよぉ』

「いや、だから……用件は何ですか?」

『いやぁ、暇だからねぇ……あ、そうそう。明日は乱入するからぁ、その点よろしく!』

 ビシッ――そんな効果音が聞こえてきそう。

『ふははは。黒槍の追加パッケージ、楽しみにしてるといいよ~。じゃね~』

 プツリ。

 一方的に喋られ、一方的に切られた。

 ……。



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10.姉

「さて、それでは各班に割り振られたISの装備実験を行うように。専用機持ちは専用パーツのテストを行え。迅速に――――」

「ちーちゃ~~~~~~~~ん!!」

 ……まさか、もしや、おそらく、間違いなく――――来た。

 ずどどどどど……! と砂煙を上げながら、人影が接近してくる。まぁ……驚きはしないけどね。

 多分、脚部だけISを部分展開しているのだろう。

「やあやあ! 会いたかったよ会いたかったよ、ちーちゃん! さあ、ハグしよう! 愛を確かめよう――ふべっ」

 千冬さんに飛びかかった束姉さん。千冬さんは容赦なく顔面を掴む。うわ……思いっきり指が食い込んでる。

「うるさいぞ、束」

「ぐぬぬぬ……相変わらず容赦ないアイアンクローだねっ」

 そして、その拘束から抜け出す束姉さんである。

 地面に着地し、今度は箒の方を向く。

「やあ!」

「……どうも」

「えへへ、久しぶりだね。再開早々悪いんだけど、頼まれてた専用機、もうちょっと時間かかるんだ~ごめんねっ!」

「なっ……」

 あれ? 箒、専用機を頼んでいたのか? いくら束姉さんの妹と言えども、それだけで専用機とは――あ、自分が言えないか。

 と、こんなやり取りを一同『ぽかん……』みたいな感じで眺めていた。

「あ、あの……この合宿では関係者以外――」

「んん? 奇妙奇天烈なことを言うね。ISの関係者と言ったら、私をおいて一番は誰もいないよ?」

「えっ、あ……はい。そう、ですね……」

 山田先生撃沈。

 まぁ……束姉さんは言い包めるのが上手だからな。何度言い包められたことか…………。

「おい、束。自己紹介くらいしろ。生徒が困っている」

「えー、面倒だなぁ……。私が天才の束さんだよー、はろー。終わり」

 ………………。

 …………。

 ……。

 少しの静寂。

 そして――――。

「え? え? あの篠ノ乃博士!?」

「篠ノ乃君のお姉さん!?」

 いや……正しくは義姉なんだよ。言ったけど。

「んじゃ、本題に入ろうか。頼三くん、黒槍を出して」

 さっきまで笑みを浮かべていた束姉さんの顔から笑みが消える。

 そこにいるのは、篠ノ乃博士。

「了解です――」

 待機状態――黒いチョーカーに意識を集中させる……。

 そういえば、第二形態移行の後、ラウラとシャルル。一夏と千冬さん、山田先生――あの時居合わせた人しか見ていないんだよな。

 と、考えているうちに展開完了。

「ふぅん……物凄い外見だね。こんなISのボディ、初めて見るよ」

 束姉さんも驚きの様子。

 だって……翼が羽だもんな。

<pf>

「ふんふん……こんなものかな。これでインストール完了だよ」

 おぉ、スペックが上がってるぞ――――ん? 上がっている……?

「あの…束姉さん」

「ん? 運動性と火力を上昇させた代償は装甲だね。でもね、とあるドイツ軍人はこう言ったんだ――堅い皮膚より早い足――ってね」

 装甲が、若干脆くなっていた。

 まぁ、当たらなければ大丈夫――ってことか。

「で……ラウラ、そう言ったドイツ軍人っているのか?」

 隣のラウラにそう尋ねてみる。

「確か――グデーリアン上級大将だったか。電撃戦でドイツ軍に勝利をもたらした有能な軍人と記憶している」

 ふぅん……。

 全く分からないけど、とりあえず有能な軍人の言葉――――か。

「うん? 君がラウラって子?」

「え、え? あ……はい」

 あれ? 身内の人間しか認識しない束姉さんが、全くの無関係の人間を認識した。

「えぇ~……それはひどいよ頼三くん。将来、私の義妹になるんでしょ?」

「「!?」」

 びっくりだ。

 ここまで色々筒抜けとは……。

「うんうん。可愛い子だねぇ……うし、気に入ったからラウラちゃんのISを見てあげよう!」

 いや、ほんと驚き。

 千冬さんも、一夏も、箒も目をまん丸にしている。

 ――――あれ?

 今現在篠ノ乃家で最高権力の持ち主、束姉さんが認めたってことは……公認!?

「なぁ……千冬姉、束さんが――」

「あぁ。あいつが……身内以外を、認めた…………」

 一夏も、千冬さんも驚きを隠せていない。

 てか、千冬さんが――千冬姉と呼ばれても、直すように指示しない。

「ふんふんふん~。AICかぁ。それに、機体のバランスもいいね――流石盟友国ドイツだねぇ」

 一方の束姉さん。ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンにコードを接続し、情報が投影されるディスプレイに視線を飛ばしている。

「うん。特別弄る場所は無いね。ラウラちゃんの適性も高いし、後は単純な努力かなぁ」

「あー……はい。その、がんばります……」

 ラウラの冷たい雰囲気もかたなし。まぁ……束姉さんの前では性格も雰囲気もかたなしだけど。

 て言うか、千冬さんが未だに動作が凍ったまま。

「あの……織斑先生? 生徒が呼んでますよ」

「ん……? あぁ――――どこの班だ?」

 お、山田先生――と、千冬さんを読んだ生徒――の言葉で千冬さんが……いや、織斑先生が元に戻った。

 

「さて~いっくんのISを見ている間、自由に飛ばしてみてよ」

 コクリ――と頷き、蒼穹を見上げる。

 自由に飛ばす――とりあえず、応答時間(レスポンスタイム)の確認かな?

 と、意識するとほぼ同時。大きく翼を広げ、全エンジンに火が灯り――――――。

 

 飛翔。

 

 舞い落ちた羽は粒子の光に消え、雪のような白銀の軌道を残す。

 覚えている限りの空中戦闘機動を繰り返し、運動性の確認。

 推力偏向ノズルも正常に動いている。

『んじゃ、実践・実戦!』

 一夏の白式に、さっきラウラに行っていたようにコードを接続――ディスプレイを凝視しつつ。

 ばっ――と手を薙いだと思うと……5機のドローンが出現。

 まぁ……今更驚かないけど。

『1つ武装を追加してるけど、頼三くんなら〈習うより慣れろ〉だからね~。特に教えないよ』

 武装追加!?

 一覧を出して――――。

 ――近距離突撃銃(シュトゥルム・ゲヴェーア)

 S? ……シュヴァルツの略かな?

 よし、これなら……。

 直進軌道を続けるドローンの後ろに回り込み――あ。ロックオンの速度、精度も向上している……。

 パパパパパパ……。

 んー。反動も軽いな。まぁ、今まで反動が強めの銃器しか使ったことがないからそう感じるのか?

 空薬莢が宙に舞い、流しの銃撃で3機撃墜。

 残りの2機中1機にに照準を合わせ、ドーラ戦域征圧砲を展開……弾薬はVT信管を仕込んだ三式通常弾。

 

 速射!

 

 反動を小型スラスターで制御し、突撃銃を再展開。高度を下げて視線をドローンに飛ばす。

 砲弾とドローンの距離が表示されているが、見る見るうちに距離が縮まり――50メートルを切った瞬間。砲弾が、自ら爆散する。

 砲弾の破片はドローンを巻き込み、2機を撃墜する。

 ――……ふぅ。

『うんうん。いい感じだね――あ、ちょっと翼で全身を包んでみて~』

 え?

 包む――こうかな?

 勘でやってみた。でも、黒槍はそれを感じ取ってくれたのか、大きく広がった翼が全身を包みこむ。

『は~い、みんな注目! 今、頼三くんが見えてる? レーダー、目視の両方で!』

『……見え、ない』

『レーダーにも反応が消えてる……』

 へ? それってつまり……。

『束おねーちゃん特製のステルス性能だよ~! 光学迷彩も併設してあるから、翼で包みこめば完全なステルス性能を実現! まだどの国も研究段階にない最強の完全ステルスだよ~』

 Vサインなんてしてるよ。束姉さん。

『――束、やりすぎではないのか?』

『そうかなぁ? ん~ついつい熱中しちゃったんだよ~きっと』

 …………。

 そうか。何を意味するのか分かった。

 今まで自分は、敵の前に身を晒していた狙撃手。擬装も何もしていなかった。

 でも、このステルス性能と機動性があれば、自由な位置取りと一撃離脱が可能になる――。

 

 

 

 

 …………ふぅ。

 砂浜に少しの砂埃を舞い上げ、ズシリ――と舞い降りる。

「OKだよ~。うん、きちんと動いてるみたいだね。良かったよ」

 流石は篠ノ乃博士。全体的に運動性は向上している――――ただ、一発当たると、どこまでシールドエネルギーが削られるのか。それが気になる。

「たっ、た、大変です! お、おお、織斑先生!」

 おにょ? 慌てた様子の山田先生。

 走ってきているから――うん、その……あれだ。

 眼福眼福……ありがたや~。

 でも……いつもの慌て方じゃない。

「どうした?」

「こ、こっ、これをっ!」

 山田先生から手渡された携帯端末。その画面を見て千冬さんの表情が曇る。

 ん? 手話でやり取りを始めた。

「なぁ、頼三……あれ、なんてやり取りしているんだ?」

「あ、一夏…………もう覚えてないけど、可能な範囲で解読してみる」

 隣に歩み寄ってきた一夏――いや、一夏だけじゃない。ラウラはもちろん、シャルルにオルコット、凰。なんだ……全員集合じゃねえか。

 しかもラウラ以外、自分に意識を集中させてやがる……可能な範囲――って言ったのに……。

「んと……特務任務レベルA――ハワイ沖での試験稼働中に軍用ISが暴走……監視空域を離脱――50分後、ここから2キロ先を通過……IS学園上層部の決定で、IS学園で対処……」

 ここまでが限界。

 てか、千冬さんに気付かれた。

「全員注目!!」

 千冬さんの声はよく通る――。

 作業中の全生徒が千冬さんを注視する。

「現時刻よりIS学園教員は特殊任務行動へと入る。今日のテスト稼働は中止! 各班ISを片付けて別命あるまで旅館で待機すること!」

 始まった……いろんな意味で始まった。

 何が起こるのか、この面々は一夏以外の全員が理解していた。

 一方、何も知らない一般生徒の面々は――。

「え……?」

「ちゅ、中止? なんで? 意味分かんないんだけど……」

「状況が全然分からないんだけど――」

「とっとと戻れ! 以後、許可なく室外に出たものは我々で身柄を拘束する! いいな!!」

「「「は、はいっ!」」」

 全員が慌てて指示に従う。

「それから――――」

 ん? 何だろう……。

「専用機持ちは全員集合しろ! 織斑、篠ノ之、オルコット、凰、デュノア、ボーデヴィッヒ!」



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11.銀の福音

「では、現状を説明する」

 昨日、夕食を食べた大広間。

 そこには専用機持ちと教師陣が集められた。

 説明された内容は、先ほどの手話を解読したそのまま。

 軍用ISの名は「銀の福音」アメリカとイスラエルの共同開発機。あの2国は……昔からいろんな兵器作るなぁホント。戦術高エネルギーレーザーとか、デザートイーグルとか……。

 特に聞きたいことが無かったので、一歩下がって話を聞いている。

「――偵察は行えないのですか?」

 ラウラの一言。

 偵察……か。

「どうだろうか……篠ノ之、お前のISでなら可能か?」

 確かに、黒槍の速度性能は全ISを凌駕している。それに『瞬間加速』を追加すれば……。

「全速力で急行すれば、ここから8分ほどで接触できます――ただ……」

「ただ――なんだ?」

 うお、気付いたら全員が僕を見てるし……。

 ――ゴホン。じゃなくて……。

「接触までの加速。それと、接触後の小競り合いを考慮すると……ここまで帰ってこれない可能性があります」

「そうか……ならば――――」

 次の案を検討しようとした時。

「そんな時は、天才束さんの出番だね」

「「へっ!?」」

 束姉さんが、天井から逆さにぶら下がっていた。

 心臓に悪いぞ……オイ。

「私に任せてくれたら、さっきの案を成功に導くよ!」

「ほう……とりあえず、説明してみろ」

 珍しく、千冬さんが束姉さんの言葉に耳を貸している。それだけ――緊急時なのか。

「とうっ★」

 くるんと空中で1回転して着地。

「んとね、名付けて〈ISタンデム計画〉!」

 …………。

 空気が凍った。

 なんと言うか『バカにしてるの? この人』そんな事を思ってそうな教師数名。

「まぁ、この場しのぎなんだけどね。とりあえず、2人分のエネルギー量は確保できるから、エネルギー問題は解決!」

 はぁ……そりゃそうだろうけど。

「…………改造にどれだけ時間が必要だ?」

 お……千冬さんが乗った。

「3分間待ってくれたらいいよ――――んじゃ、頼三くん来て……うん、そこでISを展開して――――」

 束姉さんに促されるまま、ISを展開。

「もう一人は……うん、ラウラちゃん来て」

 ラウラ。もちろん、いいんだけど……どう改造されるんだ?

 

 

 

「……時間だ」

「OK! 改造完了だよ~じゃ、頼三くんが前。ラウラちゃんが後ろに立って、ISを展開してみて」

 展開……来い、黒槍――――。

「「…………っ!?」」

 ――特殊状態『シュヴァルツェア・レーゲン・イスト・ツヴァイ・トロプフェン』

 表示された形態情報。

 確かに、二人乗りになっている。

 簡単に言えば、僕の体と背中の装甲の間にラウラが入った感じ。

 脚部装甲には2人分の足が接続されている。

「簡単に言えば、本体の各パーツを使用許諾(アンロック)して、相互に使用許諾を発行しただけなんだけどねぇ~。まぁ、コアが反発しあう可能性があったけどねぇ~」

 なっ!? それって大丈夫なのか?

「だ~か~ら~2人を選んだんだよ? 君たち2人ならコアが反発しあうどころか、共鳴すると思ってね」

 ………………。

 なんだろうか。いい意味で返す言葉が見つからない。

「無駄口をたたくな――――頼んだぞ。25分後には攻撃隊を出す。それまでに帰ってこれるならいいが、帰れなかった場合は一度合流して情報を渡すように」

「「了解しました」」

 

 太陽が照りつける砂浜に2人立ち。

 さて……。

「行こうか、ラウラ」

「あぁ」

 

 

 

 

 低空で飛行を続ける。

 全エンジンは今のところ何の問題もない。凄く快調である。

「進路が変わった……2時方向に旋回」

「2時方向――ようそろ」

 くいっ――と頭を2時方向に向ける。

『再度確認。情報収集がメインだ。武装の情報を集めるための交戦は許可するが、それ以上は禁止する』

 ……なんだかなぁ。

 いや、破る気はないけども……撃墜するな――って。

 そういえば、最初こそ黒槍の最高速度に驚いていたラウラだが、もう慣れたかな?

 ちなみに、黒槍の最高速度は、一夏やシャルルの『瞬間加速』時の速度と同じである。だから、十分に距離が空いていれば、一夏が『瞬間加速』を使って接近しても逃げ切れる。

 でも、一応……。

「ラウラ、慣れたか?」

「あ、ああ。大丈夫だ――――し、心配してくれて……ありがと」

 うっ……返答に困る…………。

 モニター越しで分かるほど、ラウラは頬を真っ赤にして、ちょっと俯きながらボソリ――。

 こんな時なのに…………いや、こんな時だから――か。

 なんか……なんだろう。色々悟った感じ。

「……あ、見えた!」

 ん……? 目視確認距離に入ったか。

 高高度。一筋の尾を引きながら、目標は高速で飛行を続けている。

「行くぞラウラ……情報収集頼む――あ、無理するなよ」

「わ、分かっている……」

 翼で全体を包み込み、翼のエンジンに割り振っていた分を足の大型エンジンに振り分ける。

 あ、そう言えば思ったんだけどさ。

 千冬さん直伝の『瞬間加速』――あれって、原理はアフターバーナーと一緒じゃないの?

 最高速度で雲を裂き、真下から目標突をき上げるイメージで高度をぐんぐんと上げる。

「会敵まで――――3……2……1」

 同時。

 見える限り最後の雲を突き破ると――――そこに、銀がいた。

 全身が、銀色に鈍く光りを放っている。

 ちょっと待て。目標は――――止まっている?

『敵機確認。迎撃モードへ移行。銀の鐘(シルバー・ベル)稼働開始』

 オープン・チャンネルから飛び込んでくる無機質な声。

 どこから――あ、排気煙か…………。

 でも、見つかったなら――――。

 一対の銀の翼が、まるで鳥が翼を広げるように開く。あぁ、理解。多分砲口だな。

 と、思うと同時、高密度に圧縮されたエネルギーの弾丸が幾重にも降り注ぐ。

 でも。

 帰還用のエネルギーを気にしなくていいので、最大加速で振り切れる。

 最初こそ、弾丸は優に避けられた。が。

「予測射撃、来るぞ!」

 砲口を注視していたラウラが叫ぶ。

「ラウラ、加速するぞ!」

 先に促し――いや、促すと同時。

 翼の全エンジンに着火。

 排気ノズルは上に向いている。つまり――――全ISを振り切る速度で急降下を行う。

 高度計が一瞬のうちに100減り、気付けば1000減る。

「ら、頼三っ!」

「分かってる!」

 下を向いたままの(・・・・・・・・)脚部エンジンにも着火。

 つまりそれは――――。

 

 相殺。

 

 高度10でピタリと停止。いや、ほんの一瞬だけ高度計で確認できた程度。

 ほぼ同時に翼のエンジンを停止させる。

 少し上体を反った状態で斜めに上昇。

 目視でこそ確認できないが、ロックオンを信じて照準を合わせ――――。

 慣れ親しんだ反動。

 見慣れた空薬莢。

 同時、間にあった雲が流れて視界がクリアになる。

 右肩の装甲が吹き飛んでいるので、一発が当たったと確認。

 意外と打たれ弱いのか……?

「ラウラ、近距離戦に――」

『篠ノ乃、攻撃隊の準備が整った。今から戻れ』

 ちょ……ここで?

 まぁ――――深追いはしない方がいいか。

「ラウラ、聞こえたな――撤退だ。瞬間加速を使う!」

「りょ、了解!」

 戦闘前に決めた手順。撤退時はラウラ側のエネルギーと接続。

 それを確認し、全てのエンジンに着火。

 一度、目標めがけて最大の加速を行い、一気に高度を上げる。

 これも手順の一つ。

 高度を上げておけば、万が一エネルギーが切れても滑空で距離を稼げるから。

「ラウ、ラ……大、丈夫……か?」

「な、なんとか……」

 レーダーを確認するが……追ってこない?

 はぁ……。

 

 海岸に降り立ち、攻撃隊の一夏、シャルル、オルコットへの情報伝達も終えた。

 今は待つことしかできない。

 エネルギーの充填に少なくとも30分は必要だし。

 攻撃隊……出撃したか。

 てかさ――エネルギー温存のため、二人に牽引されていく一夏。若干、情けないように見える。

 さて――別命あるまで広間で待機……か。



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12.報復戦

 陽はやや落ち始め、縁側でぽけっ~――としていたい感じ。

 なので、次の命令までの間、ちょうど良く陽が射している窓際でうたた寝。

 あ、もちろん許可はもらったよ。

 うん……幸せ。

 この幸せが分からない人は、絶対損してると想う。

 その点、一夏は良く分かっている。うん。

 あー……。

 てかISの操縦にはけっこう体力を使うので、こうでもしないと……やってられない。

「すぅ…………」

 え? ラウラ? ラウラなら僕の隣で――違う違う。

 まぁ、自分が誘ったんだけどね。

 仮眠でもとっておくか? と。

 ん……?

 あたりが騒がしくなってきた。

「ん……? 何が――――」

「――救護班、急げ!」

 ……?

 覚醒しきっていない頭を起こし、とりあえずは耳で。視界が戻ってきたら目で状況を――。

「…………一夏?」

 窓の外、オルコットに抱かれた一夏。ピクリとも動いていない。

 いやな予感が頭をよぎる。

「ラウラ、ここで待ってろ」

 覚醒しきっていない体に鞭打って走り出す――――。

 

 担架で運ばれていった一夏。

 ISスーツは焼け焦げ、あれじゃぁ人体にも……。ISの操縦者絶対防御は生きているよな……?

「うっぐ……僕が、僕が――――」

「シャルル…………」

 人目をはばからず、泣き続けるシャルル。その手で何度拭っても流れ続ける涙。

 見れば、オルコットも唇を噛みしめ、俯いている。

 聞くのは酷だけど、聞かなければ――。

「僕が……僕が不甲斐ないせいで、一夏…………僕を庇って――――うっぐ……うう」

 …………。

 好きな人を失う怖さ。

 痛いほど、良く分かる。

 

 

『作戦は失敗だ。以降、状況に変化があれば召集する。それまで各自現状待機しろ』

 

 

 シャルルは、眠り続ける一夏の傍から離れようとしない。

 オルコットと凰は黙り続ける。

 …………。

 黙ってシャルルの近くにタオルを置き、手信号でラウラを廊下へ呼ぶ。

「……どうした?」

「報復戦の用意だ。責任は自分が負う……ラウラ、目標の現在位置割り出しを頼む」

 そう言うとラウラは、ふっ――と少し微笑んで。

「――本気だな」

「あぁ」

 ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』の漆黒の軍服に袖を通したた僕は、ほんの少しだけの微笑みで返す。

「――これも久しぶりだな……」

 左目を覆う眼帯を装着。

 これを毎日身に纏っていたのは僅か1年。

「まさか頼三…………」

「あぁ。数年ぶりだが――――本気で行く」

 ぱっと見、異様な空間だろう。

 旅館の屋根に、軍服の男女がいるなんて。

 そして、とある人物に電話をかけていた。

「――あー……はい! ありがとうございます……え? あぁ……少女漫画20冊で手打ちにして下さい。お願いしますって……はい。ではまた」

 ハルフォーフ大尉も相変わらずだ……。

「よし……転送されてきた」

 ラウラが手にしているブック端末に、衛星からの情報が送られてくる。

 学園側に情報の提供を求めたら、何をするのか勘づかれる。

 ならば――と、ラウラの地位を使って、シュヴァルツェア・ハーゼから情報を送ってもらった。

「30キロ先……高度3000か――」

「さて――準備を始めようかね」

「シャルロットは……どうするんだ?」

「シャルルは――凰に任せてある。逃げだすようなやつじゃないだろ? シャルルは」

 ふっ……と、笑って空を見据えるラウラ。

「じゃ、戻りながら考えようか……」

 

 

 

 

「全員揃ったか……」

「え……? 篠ノ乃さんですわよね?」

 おーおー……オルコットが驚いてる。まぁ……無理もないか。

「これ?」

 僕は自分の左目を指差す。

 うんうん――と全員が頷く。

「ラウラと……同じだ」

 ラウラと同じ『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)

 男性に対する移植試験――束姉さんの許可もあったので、ドイツで移植処理を行った。

 やっぱりその時も、ラウラがいればいい! だったからな。

 で、移植でラウラと同じ制御不能状態になったら、ラウラと一緒~! だし、成功なら成功でいい。

「さて……じゃぁ、行こうか」

 

 

「行ったか……」

「止めなくて良かったのかな? かな? まぁ、頼まれた改造はしちゃったんだけどね~」

「書き置きはあったしな……頼三も本気を出したようだ――」

 元日本代表は目を瞑り、ボソリとつぶやく。

「あいつが本気なら、各国代表と渡り合えるのにな……」

 

 

 ステルス・光学迷彩を発動し、低空を最高速で飛翔。

 ちなみに、今も2人乗りだ。

 砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を装備したシュヴァルツェア・レーゲンと超大型ドーラ戦域征圧砲を装備した黒槍。

 射程圏内に迅速に移動し、砲撃を3人に先行して行う。

 翼の大きさを少し改造してもらったので、排気煙は見えない――見えないのを確認した。

「ラウラ――行くぞ」

 弾薬選択……対IS用特殊鉄甲弾。

 ガコン……。直径40センチの砲弾が装填される音が鈍く響く。

「3……2……」

 バッ――と、翼を広げる。

 位置を変え、腹の横に展開した超大型ドーラ戦域征圧砲。

 ラウラの両肩に据えられた80口径レールカノン『ブリッツ』

 計4門の砲口が目標を捉える。

「「0ッ!」」

 咆哮。排出される空薬莢――。

 目標がこちらを視認する間も与えず、超音速の砲弾が目標の頭部に命中。

 翼で包みこみ、低空後方への急速離脱。

 さっきまでいた場所をエネルギーの弾丸が何発も通り過ぎていく。

『所定位置に到達――行動、開始しますわ!』

 すぐ横を、一筋の光が掠める。

 オルコットの狙撃が始まる。

 流石は代表候補生。いつか的を使っての勝負をしてみたい。

 っと……。

「ラウラ、特殊状態の解除」

「ん――ああ、了解した」

 一瞬だけ、翼と脚部装甲が粒子に消える。

 ラウラが離脱し、再度ISを展開する。

 ――黒槍 通常形態 

『敵機Bを認識。排除行動へと移る』

「遅いね」

 目標の背後に、ステルスモードのシャルロット。

 ショットガン2丁の近距離射撃を浴び、目標は一瞬姿勢を崩す。

 しかし、目標はその崩した姿勢からぐるん――と回転して。

「でも……残念でした」

 エネルギー弾は全てシールドと翼で防ぐ。

 そして、右に握る近距離突撃銃の引き金に掛けた人差し指を曲げる。

 この間にも、ラウラの砲撃は続き、オルコットの狙撃も続く。

『……優先順位を変更。現空域からの離脱を最優先に』

 全スラスターを開いての高速離脱に入る目標。

 追えば、優に追いつく――――いや。

「凰!」

「言われなくてもっ!」

 未だに沈静を保っていた凰――。

 両肩の衝撃砲が開き、増設された砲口が姿を現す。

 そこから放たれる弾幕は目標にも劣っていない。

『やりましたの!?』

「いや……まだだ」

 左目は、目標を捉えたまま。まだ、墜ちてはいない。

銀の鐘(シルバー・ベル)最大稼働――――開始』

 両腕と翼を左右一杯に広げ――――マズイ!

 意識すると同時、一斉射撃が始まる。

 ……動けない。

 真正面にいるせいで、防御に全神経を集中させないと――。

 今、攻撃可能なのは――。

「オルコット、ラウラ!」

『言われずとも!』

『お任せになって!』

 下方のラウラと、遠距離のオルコット。

 二人が左右からの射撃を開始する。

『足が止まればこっちのもんよ!』

 凰の捨て身の攻撃。

 全武装を繰り出しながら距離を詰め、遂には目標の方翼を奪う――今だ!

 防御をシールドに切り替え、着剣した狙撃砲を手にする。

 方翼から攻撃は続き、少しずつダメージが貯まる。

 でも――――。

 ざくり……と、肩の装甲に銃剣を突き刺し――ほんの一瞬、目標が怯んだ間に狙撃砲を持ち直し、人差し指を屈伸させる。

 銃剣の上に位置する砲口。

 その砲口の先には、残った翼。

 根元部分を撃ち抜き、残った翼を奪う。

 墜ちる目標。

 ……終わった、か?



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13.一夏とシャル

 爆ぜた。

 海面が、爆ぜた。

『!? まずい! これは――『第二形態移行(セカンド・シフト)』だ!』

 ラウラが叫ぶと同時、さっきまでの攻撃が無意味かの如く――目標は再び動作を開始する。

「まずい! 凰、逃げ――――」

 僕が全てを言い終わる前に、目標が動いた。

 黒槍と同等か、それ以上の加速力。

 一瞬で凰と距離を詰め、零距離であのエネルギー弾の雨弾を降らす。

 ここまで僅か数秒。

 まずい、これはまずい。本能的に察知する。

『な、なんですの!? この性能……軍用とはいえ、あまりにも異常な――』

 弾薬選択……三式だ――――。

 一瞬の加速。

『くっ!?』

 オルコットは、遠距離攻撃に絶対的な自信を持つ。

 近距離に入られるなど、想定していない。つまり――――。

 

 

 オルコットも反撃らしい反撃もできず、蒼海に沈んだ。

 すぐにでも回収に向かいたいが、いい的になるのが関の山だ。

 今は、あの二人を信じる――腐っても代表候補生だから。

『――も……よくもっ!』

『シャルロット!』

 シャルルが、飛び出した。

 ここまで損害を受けて、頭にこない人間はいないだろう。

 ――――自分も、今すぐにでも飛び出したい。

 でも、客観的に見ている僕がいる。不用意に飛び出せば、恰好の的になる――と。

『頼三、支援に回るぞ!』

「あ、あぁ!」

 …………あれ? シャルルって近距離戦出来たっけ?

 銃撃じゃなくて、白兵戦。一夏が、シャルルは器用だ――と言っていたけど。

 ――――マズイ!? なんかそんな気がした。

 もうエネルギーに余裕は無いけれども……。

 最大加速と共に、銃剣を握る。エネルギーが具現する形は日本刀。

「シャルル、離れろ!!」

 

 目の前で、目標の拳を喰らってよろめき――エネルギー弾の集中砲火に焼かれるシャルル。

 無機質なバイザーの下、視認できない目が、僕を射た。

 ここで怯まないあたり、ドイツでの訓練は無駄じゃなかったのか。

 翼の砲口をこちらを向く。

 一つの動作が重く、ゆっくりと見える。

 握った銃剣。

 振り上げて――――。

 あ、一つ言おう。自分はこの一撃を命中させる気はない。

 だって、見えてるから――――。

 

 荷電粒子砲が、目標を吹き飛ばす。

『俺の仲間は、誰一人としてやらせねぇ!』

 あぁ…くさい台詞だ。

 くさいけど、一夏ならば説得力を持つ。

『いちか……一夏!? 傷は――』

 慌てて一夏の傍に飛ぶシャルル。

『おう、待たせたな』

 …………。

 ラウラに手信号を送る。

 ――目標を、今は一夏に近づけるな。

 ――了解。

「一夏! 今は食い止めてやる……とっとと済ませろよ」

『頼三……あぁ、分かった』

 右に着剣済みの狙撃砲を握り、左には近距離突撃銃。

 発火遅延弾を装填済み。

 さて――――『瞬間加速』!!

 最高速の今でも、左目は通常速度と変わらない速度で全てが見える。

 目標の翼が、自分を捉える警告音。

 でもな、後ろには居るんだよ。唯一無二の存在が。

 上方からの砲撃。

 寸前で目標はかわす。が――。

 ラウラのワイヤーブレードが目標を拘束する。

 銃剣突撃。

 銃剣を突き刺し、同時に狙撃砲の引き金を引く。

 そして――――。

 

 

『こんな時で悪いな……渡そうと思って、渡せてなかったから…………』

 銀色のブレスレットを差し出す一夏。

『え……』

『……俺は、IS戦闘以外でも、シャルがパートナーでいてほしい――じゃぁ、行ってくる』

『え? 一夏……それって!?』

 

 

 発火遅延弾を零距離で撃ち込み、緊急離脱。

 だいぶエネルギーを減らせたかな。

「一夏、顔真っ赤」

『そ、そうか?』

 合流した一夏。

 てかさ、今のって死亡フラグじゃないか? まぁ、腐っても千冬さんの弟。大丈夫か。

「一夏」

『な、なんだよ頼三』

「一夏の出した答えはそれでいいのか?」

『あぁ……俺はシャルを――』

「みなまで言うな。行って来い、一夏」

 ククッ――と笑って一夏を送り出す。

 

 第二形態の白式と一夏はみるみる間に目標を追い詰める。

 最後まで油断はできないが――。

「ラウラ、全員集まった?」

「あぁ。全員意識はある――――いや、あり過ぎる」

 オルコットと凰。思った通り、海面に顔を出していたので回収は楽だった。

 シールドを展開して、防御にエネルギーを割けない3人を守っている状態。

 で、うん……。さっきまでは楽だった。

 今現在……オルコットと凰が、シャルルを病んだ目で睨みつけている。

 あはは~。

 残念だけど、まだまだ安息には遠いみたいだね、一夏。

 

 

 

 

 月明かりが照らす夜の砂浜。

 部屋待機が続いたので、1時間ほどの自由時間を与えられた。

 と言っても、就寝時間が伸びただけなのだが。あ、現在夜の11時。

「満月だな」

「ん? あぁ……ラウラか」

 少しの雲と、冷たくもどこか温かい月光。

「で、首尾はどうだ?」

「ふっ……私を誰だと思っている? 完璧だ」

 ならいいさ――とつぶやき、砂浜の端に目をやる。

 ほんの少しだけ越界の瞳を起動。

 よし……成功か。

 

 そこには、一夏とシャルル。

 僕とラウラが二人を連れ出し、夜陰に乗じて離脱。

 まぁ、シャルルには察知されてるだろうけど――相手が相手だし、こうでもしないとな……。

 

 植木の中に身を隠し、二人の動向を見守る。

 ………………。

 少しの会話――後ろ髪を掻く一夏と、もじもじとして落ち着きのないシャルル。

 ………………。

 お、シャルルが一夏に抱きついた。

 一夏は――お、シャルルの髪を撫でているのか、手はシャルルの頭の上。

「せ、セシリア!? なんでこんなところに!?」

「鈴さんこそ! あー……もしかして」

「そうよ! 一夏もシャルロットもいないのよ……これは――」

 む……これは予想外ではないけれども……ま、対処すればいい。

「ラウラ、ちょっと行ってくる」

 

「あ、オルコットに凰じゃないか」

「あら頼三さん――あの……余所余所しい呼び方でなくて結構ですわよ?」

「そうそう! 少なくとも私は、1ヶ月ほど一緒に過ごした仲でしょ?」

 あー……。

 本人がそう言うなら――――。

「じゃ、改めて――セシリアに鈴。どうした?」

「一夏さん、知りませんこと?」

「シャルロットもいないの!」

 あー…………。

「一夏なら、さっき旅館に戻ったぞ――用があるって言ってたぞ」

「本当ですわね!?」

 うー…………。

 睨むなよ。言っちゃ悪いが、敗北決定なんですけど……。

「ああ。旅館を出る前、シャルルと何か話していたから――もしかしたら旅館で……」

「行くわよ、セシリア!」

「言われなくても!」

 ………………嘘も方便です。怒るなよ?

 

「二人は?」

 さっきの場所に戻り、ラウラに尋ねる。

「あの岩陰……ギリギリ頭が見えている」

 ほうほう――。ラウラが指差した方向。うん、金髪だから分かりやすい。

 じー……。

 くっ――と、少しシャルルの顔が少し上を向いた気がした。

 そして、一夏がシャルルに近付き――――。

 よし。作戦完了だ……。

「ラウラ、戻ろうか」

「………………」

「ラウラ?」

 動かないラウラ…………どうした?

「私も――」

 ?

「いや……私が――――自分から、動かなくては……いつまでも手玉に取られるようでは」

 はいはいなるほど。

 だいたい察知した。妬かれたな? ラウラ――。

 ふぅん……言ってることを考えたら、僕<ラウラの構図を作りたい――と。

「ら、頼三!!」

 おうおう……予想通り。

 案の定、僕に飛びついてくるラウラ。でも――――。

「残念でした――っと」

 ラウラの両肩を軽く掴み、そう言ってやる。

「な、な、な――」

「ラウラは、どうしたいの?」

「わ、わ、私は……ら、頼三と………………したい」

 頬を……いや、顔全体を真っ赤にしてボソリ――と。

 聞こえないぞ。いや、本当に。

 ……まぁ、聞こえてても、こう言うけれど。

「聞こえないよ?」

「あうぅ……」

 流石に可愛そうだよな……言葉攻めは。てか――涙目。

 ラウラ、本当にに恋愛関連は弱いからな。

 何だろうか。罪悪感と言う名の重荷が――。

 肩を掴んでいた手を離す。

 一瞬……ラウラがびくっとして、不安げに僕を見上げる。

 また、胸が痛む。

 こんな表情でも、ラウラは可愛い。でも、こんな顔にする自分の意地悪――と。

「悪い……もう一回、言って」

 人差し指でラウラが浮かべた涙を拭い、もう片手で髪を撫でる。

「わ、私に……私にキスしてくださいっ!」

「ラウラ、少し声大きい」

 そう言いつつ、身を屈めてラウラの唇に、僕の唇を重ねる。

 少しだけ唇を開き、上唇を閉じられているラウラの唇に潜り込ませる。

 唇の先端で、ラウラの唇をついばむ。

 

「ね…………もう1回」

「ダメって言ったら?」

「……意地悪」

 

 

 

 とある生徒が、夜中にトイレに行こうと起きた時。

 見たのは、大広間で正座させられている頼三、ラウラ、一夏、シャルロットだったとか。



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14.中尉

そう言えば篠ノ乃」

「はい?」

 IS学園の職員室。

 冷房が効いていて快適である。

 で、所用でここに来ていたのだが、職員室を出る前に千冬さんに呼び止められた。

「いや、正しくは――ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』所属予備中尉」

「……は?」

「はぁ…………覚えていなかったか? まぁいい。もう一度説明してやろう」

 何だろうか。

「お前のISは帰属する国がない。つまり『全ての国が専属操縦者として招ける。しかも篠ノ乃博士お手製のISまで付いてくる』と言うことは分かるな?」

 ふんふん。OK

「そこで、将来を見越してドイツ軍が画策していた。一時入隊後の退役時、再び軍を頼る事があれば、ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』所属の予備中尉として招く――と」

 …………。

 あー……なんか、そんな話を聞いた気がする。

 でも、そんなことやっていいのか?

「そこまでして手に入れたい――そう言う事だ……。中身はほとんど第1世代なのにな」

 そう。

 最近聞かされたが、黒槍は第1世代機らしい。

 それに改造などを施して第3世代相当の性能を発揮しているのだとか。

「万が一の場合は、ドイツ軍に呼び出されると思え――まぁ、学園在籍中は関係ない話だがな」

 てかさ、今この話をする必要性はあったのか?

 

 先ほど言った「所用」について。

 なんでも、夏休み中に有志を募って特別実習をするらしい。

 一夏が倉持技研に呼び出されて不在なため、僕がクラス全員のもとへ出向いて参加不参加を聞き、表にまとめて提出――と。

 ……何故か、僕とラウラは強制参加。

 どして?

 

「――と言う事なんで、参加らしい」

「ああ。その話は本国から聞いた」

 1時半。遅めの昼食。

 食堂内に人影はまばらだが、ラウラはこの時間まで粘っていた。

「――お前の予備中尉就任と、特別実習にシュヴァルツェ・ハーゼが参加するという連絡だった」

「ふ~ん……って!?」

 今、シュヴァルツェ・ハーゼが参加するって言いましたよね?

「ああ。貸しを作ってしまったからな。」

 貸し――か。

 やっぱり、そうなるよなぁ……。

「で、誰が来るんだ? まさか……全員とかないよな?」

「来る――と言う表現は微妙だな。来るのはクラリッサとルーデル。学園から私と頼三。計4名だ」

 おうおう……ルーデル少尉も来るのか。

 ――シャルロッテ・ウータ・ルーデル。同隊所属の少尉。

 ラウラ、クラリッサ中尉に次ぐ実力の持ち主だし、妥当と言えば妥当か。

 てか、もうそっちに割り振られているのか。僕は。

 

 

 

 

「クラリッサ・ハルフォーフ以下2名。到着しました」

 朝の7時半。

 学園の来賓室。

 1人はご存じハルフォーフ大尉。

 もう1人は、シャルロッテ・ウータ・ルーデル少尉。簡単に言い表せば、ほぼ全てがラウラと真逆。輝く金髪で表情豊か。唯一似ているのは身長か。

「御苦労――生徒2名が苦労をかけた」

 ギクリ。

「いえ……我々はIS学園の生徒には頼まれていません。隊長の要請に答えただけです」

「ふん。まぁいい――おいガキども。お前らは先にアリーナに行ってろ」

 見えない力に押され、廊下へと押し出される。

 大尉はああ言ったが、やはりそう簡単には済まないのか――。

Lange Zeit nicht gesehen(お久しぶりです)篠ノ乃さん」

「ん? あぁ――lange Zeit Rudel(久しぶり、ルーデル)

 ニコニコ笑顔のルーデル。

 うんうん。笑顔はイイよね。

「それと隊長、おめでとうございます」

「? 何のことだ?」

「え~? それは……ねぇ、篠ノ乃さん?」

 そして、ルーデルは――上下関係を無視する。何度も降格処分が検討されるほどに。

「結婚式には呼んでくださいね?」

「…………」

 

 ど こ ま で 話 が 進 ん で る ん だ ?

 

「ルーデル……営倉に行きたいか?」

「いえ、なんでもありません隊長殿!」

 ………………。

 結婚――――ねぇ。

 ラウラに親はいない。つまり、こっちの親の同意さえあれば――。

「……? なんだ頼三?」

「いや……あと2年待ってな」

「? 2年……?」

 あれ? 分かってない? ドイツも結婚可能年齢は18歳じゃ?

「たいちょ、2年後は18歳ですよ? 結婚可能な年齢ですよ」

「…………………………」

 一瞬、沈黙。

「~~~~~っ!?」

 ボッ――と、火が点いたかの如く頬を朱に染めるラウラ。

 え? そんなに照れたりするポイントだろうか。

「え、え? ら、頼三は……私でいいのか?」

 何を聞いているのだか……そんなの、答えは一つだけなのに。

 だから。

 無言でラウラを抱きしめる。

 後ろでひゅ~ひゅ~言ってるルーデルは気にしない。

「ラウラ以外なんて……ありえないだろ」

「そ、そうか……信じて、いいんだよな?」

 超至近距離でラウラに向き合う。

 ただ僕だけを見つつも、時折宙をさまようその瞳。

「ん…………」

 ラウラの声が、小さく零れる。

 少しの間、短い時間だけラウラと唇を重ねる。

 

 

 

 

 特に問題もなく特別実習も終わり、更衣室である。

 広々とした更衣室を、ただ一人で使うのも……なぁ。

 いや、だからと言って、ラウラが―――なんて、思ってないんだからねっ!

 

 ……自分で言って、なんか空しい。

 早く着換えて部屋に戻ろう……。疲れた。

 模擬戦でルーデルは圧倒できたけど、ハルフォーフ大尉は――ぎりぎり倒せたレベル。

 大尉……年齢的なことを考えてください。あー……でも、実戦で年齢差なんて関係ないか。

 そこら辺はキャリアの違いか……。



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15.新学期・文化祭

 さて。

 時は流れて新学期である。

 途中、一夏の家にシャルルが押し掛けたとか、他3名が出遅れて泣いたとか。

 ま、自分とラウラは学園に残り続けてましたが。

 

 

 SHRと1限目の半分を使っての全校集会。

 若干、不規則な生活だったから眠いや…………。

 あ、全校集会の内容は今月にある文化祭ね。

「やあみんな。おはよう」

 ほうほう……あの方が生徒会長か。

「さてさて、今年は色々と立て込んでちゃんとした挨拶がまだだったね。私の名前は更識楯無君たち生徒の長よ。以後、よろしく」

 ん? 楯無――どこかで聞いた気が……。

「では、今月の一大イベント文化祭だけど、今回に限り特別ルールを導入するわ。その内容とは」

 閉じた扇子を取り出し、横へとスライドさせる。同時、空間投影ディスプレイが浮かび上がる。

「名付けて『各部対抗、織斑一夏と篠ノ乃頼三争奪戦』!」

 扇子が良い音と共に開き、同時にディスプレイ。僕と一夏の顔写真がデカデカと映し出される。

「「は……?」」

「ええええええ~~~~~~!!」

 割れんばかりの叫び声。

「静かに。前年度までの方式ではつまらないと思い――」

 一呼吸空いて。

「投票一位の部に、織斑一夏と篠ノ乃頼三の強制入部権を与えます! 2人同時に入れる事もできるし、片方だけ――というのも可能だよ」

「素晴らしい、素晴らしいわ会長!」

「やってやる……やってやるわぁぁぁあぁ!」

 運動部は常識的に考えて戦力になれない。

 つまり、入部するとしたら、吹奏楽部とかがいいんだけどな。

 

 かくして。未承諾・初耳で織斑一夏(と、篠ノ乃頼三)の争奪戦が始まった……。

 

 

 

 

「なんか……凄いことになったな」

「だな。てかなんで俺たちに承諾権はなかったのだろう――」

 教室である。

 全校集会の後である。

 一夏と僕、不満をぶーぶーと。

「お前ら席につけ――」

 おうおう、織斑先生のご登場。出席簿が舞う前に席につきましょ。

「えっ~とですね。今日は、転入生を紹介します」

 は?

 この期に及んでまだ来るか。あ、いや……悪くはない、と思うよ。

 その他大勢も、同じことを考えているのか――似たようなことを口々に。

「失礼しま~す」

 …………は?

 いや、ラウラも同じ事を思っているだろう。

 シャルルとはまた違った輝きの金髪。

「シャルロッテ・ウータ・ルーデルです! 隊長と篠ノ乃少尉を追いかけて来ました!」

 嫌 な 予 感 し か し な い 。

 

 屋上である。放課後である。

 手には缶コーヒーである。

 そして。

「こいつどうすんの?」

「むー。こいつ呼ばわりは酷いですよ、篠ノ乃中尉」

 あー……。

 なんだかなぁ。

 僕とラウラの行く先々にるいてくる。まるで金魚の――あー。これは流石にかわいそうか。

「……どうする?」

 いや、質問を質問で返すなよ。

 ………………。

 視線を飛ばすと、? みたいな感じの顔で返してくるルーデル。

「…………もういいや。寮に戻ろうか」

「――あぁ」

「了解デス!」

 …………はぁ。

 

 ん? 寮の前に人だかり。

「ねぇ……これって会長権限?」

「――だろうね」

 ? ? ?

「はいはいはい……通して下さいねっと」

 人だかりに割って入る。

「あ、本人登場」

 ん~と、何々?

『転入生に伴う部屋割変更』

 ほうほう。

『3人部屋1027 織斑 一夏  シャルル・デュノア  更識 楯無

 3人部屋1028 篠ノ乃 頼三 ラウラ・ボーデヴィッヒ シャルロッテ・ウータ・ルーデル』

 ほうほう…………。

 ほうほう……。

 ほうほう。

 って――――――ええっ!?

「会長とデュノアさんずるい~」

「まぁ、篠ノ乃くんとボーデヴィッヒさんは仕方ないかぁ~」

「わぁ、隊長と篠ノ乃中尉と同室なんですね!」

 はぁ……部屋移動。何回すればいいのだろうか…………。

 

 一夏が死んでる。あ、表現的な意味で。

 生徒会長に精神、肉体の両面から追い詰められてるな~。

 面々が苦笑いの中、やはりと言うか……シャルルだけは目の色が違った。

 同室なのに止められない――つらいのだろう。

 ま、んなことはどうでもいい。いや……よくないけど。

 一夏には悪いが、今日もおいしいご飯を頂きましょ~。

 

 ふらふらの一夏がシャルルに支えられて自室へ。

 ……。

「ラウラ、僕らも戻ろうか」

「……コイツ」

 ビッ――と指差す先。

 食事開始からもう40分ほどが過ぎているのだが――未だにルーデルが食事中。

 半分以上残ってるぞ……。

 あー……そういえば、前にも言ってたな。

『戦闘食は手早く食べられますが、きちんとした食事は苦手です』

 と。

「寮の中で迷子になるほど馬鹿じゃないだろ……先行こう」

 流石に、寮の中で迷子になるようじゃ軍人は務まらんだろう。

「それもそうか――ああ、行こうか」

 

 

 

 

 …………。

 割に合わない。

 看板持ちですかよ…………やってられんよ。

 

 ちなみに。今日は文化祭。

 一夏を主眼とした喫茶。一夏は燕尾服だとさ。他のメンバーはメイド服。

 一応、僕も燕尾服着せてもらったけど…………看板持ち。

 ………………。

『最後尾』

 の看板を持ち続け、もう何分だろうか。

 腕時計で確認――1時間か。

 …………ラウラを今朝、教室に言ってから一度も見ていない。

 着替えの時に教室から放り出され、箒にプラカードを渡されて1時間。

 ラウラと会ってねぇんだよ! ラウラと話してぇよぉ!

「何時間待ちですか~?」

 おうおう、質問でっか?

「んと……大体2時間ですよ」

 ほぼ一夏1人の為に、2時間も待つんですかそうですか。

 

「……あれ? 生徒会長」

「やぁ頼三くん、一夏くんはいるかい?」

「ええ。中にいると思います」

 ……。

 みんな一夏か。

 いいもん。僕にはラウラがいるから。

 う~ん……このキャラは自分じゃない――か?

 ま、それが本心だけどね。

 

 さらに1時間強。

 ずっと看板持ち…………新手の虐めですか? これ……。

 泣きたくなってきやしたぜ。

「お~い、頼三。1時間ほど休憩していいってよ」

 と言うわけで、数時間ぶりに教室へ。

 ほうほう。中はかなり気合が入ってるな。

 ラウラ発見!

「ラウラ、会いたかったぜぇ!」

「あ、会いた!?」

 おっと危ない。

 ラウラの驚きの声で素に戻った。

 …………危うく抱きつくところだった。

「で? 休憩時間なんだよな。どこ行く?」

「ん~……歩きながら考えるか?」

「そだな」

 お、一夏はシャルルと消えた。

 箒とセシリアは出遅れか。鈴は2組だからいない。

 

 さて……休憩時間だが、どこ行こうかなぁ?

「どこ行く……?」

「……さぁ」

 さぁ――で返すなよ……。

 困ったなぁ……こうも多いと、どこに行けばいいのか分からない。

 と、その時、校内放送が――――。

『え~ただいまより、第2アリーナでペアVS教師陣勝ち抜き戦を行います! 訓練機での参加も可能です!』

「――ほう」

 お、ラウラが食いついた。おそらく――。

「ラウラ」

 と、呼びかけてみる。

「了解」

 お、通じた。

 ってことで、僕とラウラは第2アリーナへと歩を進めた。



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16.VS教師勝ち抜き戦

「続いての挑戦者! 現役ドイツ軍特殊部隊の2人が現れたぁ!」

 おうおう……結構客席は埋まってんだな。かなり沸いてるぞ。

「1年1組、篠ノ乃頼三と、ラウラ・ボーデヴィッヒ! みなさん、盛大な拍手を!」

 わぁぁぁぁぁぁ! てな感じで客席は沸いている。

 てか、司会は誰なんだろ。かなり上手いと思うよ、扇動が。

 さて……。相手は誰だ?

 おそらく、だが。千冬さんは出ないだろう。

 だって――世界王者が出てきたら、勝負とかの話じゃないし。

 でもまぁ……。

「――ラウラ」

「ん? 何だ?」

 ラウラの頭に手を置き。

「がんばろうな」

 なでなで。

「そ、そんなこと。当たり前だろ!」

 お、手を振り落とそうとしない。

 なでなで。

「………………」

 なでなで。

「…………」

 なでなで。

「ん…………」

『それでは、規定の位置まで移動してください』

 ちっ……終わりか。

「……もう、終わり?」

 放送聞いてましたかっ!?

 あー……なんと言うか。

「ラウラ、行こうか」

 そう言って、ISを展開する。

「ん? あぁ……了解」

 

 

 

 

「――弱い」

 残すところ最終戦。ラウラが、ポツリ――と零した。

 確かに――基本的に教師陣は打鉄を使用。打鉄は性能こそ安定しているが、遠距離戦では圧倒的に不利。

 ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンは万能機。僕の黒槍も万能――やや遠近戦向き。

 いくら、強行接近用にシールドがあったとしても、2人の砲撃の前にはほぼ無意味。

『な、な、なんと! ついに最終戦です!』

 いや、何回『な』を言うんだよ。てか、ここまで来た人居ないのか?

『では、最終戦の先生、規定位置へどうぞ!』

 ………………。

 勝った。

『元代表候補生、山田先生です!』

 ラファール・リヴァイヴを纏う山田先生。

 勝てる――とは思うが。

「ラウラ、油断だけはするなよ」

『分かっている……行くぞ』

『それでは――――開始!』

 先手必勝!

 ステルス・光学迷彩を展開と同時『瞬間加速』

 ぐい――と、高度を一気に下げ、地を這う状態で一気に距離を縮める。

 上ではラウラが砲撃――山田先生の反撃――回避――が続く。

 よし……ここから!

 一気に高度を上げ、山田先生の後ろに出る。

 漆黒の翼を羽先まで広げ、超大型ドーラ戦域征圧砲が砲撃態勢へ展開。

 山田先生が振り返るよりも速く、ドーラの咆哮。

 対IS用特殊鉄甲弾発火遅延型。

 この近距離で通常鉄鋼弾を放つのはほぼ自殺行為。

 なので、発火遅延型を用いた。

 命中してから、約2秒の余裕がある。この間に、距離をとって翼を用いての防御態勢へ。

 

 ラウラの横へ戻る。

「やったか……?」

「いや……あとひと押しだ」

 ラウラの視線の先、黒煙の中。まだ……動いている。

Auf geht's!(行くぞ!)

 ラウラが飛び出す。と、同時。山田先生も黒煙の中から飛び出してくる。

 所々の損傷……確かに、あとひと押しか。

 被弾を苦とせず、一気に距離を詰めたラウラは――。

『……AIC!?』

 停止結界で山田先生の動きを止めた。

Es ist eine Chance!(チャンスだ!)

 ……了解。

 狙撃砲を展開。初弾装填――私は一発の銃弾……てか?

 

 

『ついに……全勝ち抜きの達成者が現れたぁぁぁ!』

 わぁぁぁぁぁぁ! ……悪い気はしないな。こう沸かれて。

『会場のみなさん、篠ノ乃・ボーデヴィッヒペアにもう一度盛大な拍手を!』

 

 

「……あれは反則ですよ。対IS用特殊鉄鋼弾なんて…………」

 先程の対戦相手の山田先生がポツリと。

「いや……なんか、すいません」

「あ、そう言えば生徒会長が2人を探しているそうなんで、急いでくださいね!」

 ……? ラウラと顔を見合わせる。

「呼ばれるようなこと……してないよな?」

 自分で言って凄く不安になってきた……。

「ああ。休憩時間ももう少しある」

 ですよねぇ……。

「ま、急ぐか――」



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17.灰被り姫

「頼三くん。君の教室手伝ってあげたから、生徒会の出し物にも協力しなさい」

 ……は? そうだったの?

 ラウラに視線を飛ばすと――――あ、頷いた。

「……で? 何をするんです?」

「演劇よ」

 演劇――中学の文化祭。学年演劇で音響担当として出演したなぁ……懐かしい。

「正しくは、観客参加型演劇」

 はい? 観客参加型?

「さて、ラウラちゃんも行くわよ」

「私も――ですか?」

 あ、そう言えば。

「ちなみに、演目は?」

「シンデレラ――よ」

 

 通された更衣室。

 あれまぁ、先客がいる。

「ふぅん……一夏もかぁ」

「ここに来たってことは――頼三もか」

 さーて。時間は無いようだし、とっとと着替えようか。

「2人ともちゃんと着た~? 開けるわよ」

「「開けてから言わないでくださいよ!」」

 おお。見事なハモリ。

「はい、王冠」

「はぁ……」

 あれ? なんだか一夏、浮かないけど……どうして?

 ま、僕も言えた口じゃないけどね。

「さて、そろそろ始まるわよ」

 時折聞こえる歓声。少なく見積もっても――9割は席が埋まっているだろう。

 あ、その前に気付いたことを聞いておこう。

「あの……台本とか無いんですか?」

 あるよね? ありますよねっ!? 流石にアドリブとか無理ですよ!?

「大丈夫、基本的にこちらからアナウンスするから、その通りにストーリーを進めてくれればいいわ。あ、台詞はアドリブでお願い」

 …………救われた――のか?

『昔々、あるところにシンデレラと言う名の少女が居ました』

 出だしは普通――か。

 と、思いつつ、2人は舞台の上――舞踏会エリアへ向かう。

『否、それはもはや名前ではない! 幾多の舞踏会を抜け、群がる敵兵をなぎ倒し、灰燼を纏うことさえいとわぬ地上最強の兵士たち。彼女らを呼ぶに相応しい称号……それが【灰被り姫(シンデレラ)】!』

「「……は?」」

 再び、僕と一夏のハモリ。

『今宵もまた、血に飢えたシンデレラたちの夜がはじまる。王子2人の冠に隠された軍事機密を狙い、舞踏会という名の死地に少女たちが舞い踊る!』

 ……解説を頼む。さっぱり理解できんぞ。

「もらったぁぁ!」

 鈴が叫びと共に登場! ……やっぱり一夏ね。いや、わかってるよ。うん。

「……頼三」

「お? ラウラ」

 ステージへ、袖から登場するラウラ――黒いイブニングドレスを纏っている。

 ああもう……腕とか胸元をそんなに露出させて……。

「え、えっとだな……その王冠を渡してほしい」

 ? この王冠か?

「……どして?」

「生徒会長がな、王冠をゲットした子には織斑か頼三との同室権を与える――と」

 ははぁ。なるほど。

 だから鈴が近距離で襲いかかり、セシリアが狙撃を続けているのか。

 お、シャルルが防御しつつ話しかけている。

「理解した……この王冠ね――」

 と、王冠に手を掛けると同時。

『王子様にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと、自責の念によって電流が流れます』

 はっ!? ……あ、一夏が感電してる。

 危なかった……もう数秒早ければああなっていたのか……。

 さて――。状況整理。

 王冠をラウラに渡せば、ラウラと同室。しかし、王冠を外すと電流。

 ……まず王冠から探ろう。

 

 …………あっさり見つかった。

 小型発電機と電極が一体化したものが。てか、流石日本の技術力。手に乗るサイズの発電機を開発していたんだ。

 急ごしらえなのか、簡単に外れてしまった。

 おそらく、会長の手の中にはリモコン。で、ここに受信――発電、感電……と。

 多分、もう大丈夫なはず。

「ほれ、ラウラ――もちろん……」

「ああ。これで、同じ部屋……二人っきりに――」

『王子様にとって国とは全て。その重要機密が隠された王冠を失うと――あれ? 故障? 電流流れないよ!?』

 予想通り。会長が手の中のスイッチを連打している。

 さて――次は一夏の王冠か。シャルルに恩を売っても、恨まれはしないだろう。

「一夏、シャルル! 来い!」

 命令形です、はい。ごめんなさい。

「な、なんだよ――」

「え……? どうしたの?」

『さぁ! 只今からフリーエントリー組の参加です! みなさん、王子様の王冠目指して頑張ってください!』

 ヤバいヤバい……。

 強引に一夏の頭を下げさせ、王冠の内側を覗き込む――――よし、あった!

 一気にそれをむしり取る。

「シャルル、早く王冠を!」

「え、あぁ――うん!」

 バッ――――。

 セシリア、鈴、箒がステージに集結し、フリーエントリー組が迫ると同時。

 シャルルが、高々とその手にした王冠を掲げる。

 

「ありがとね、頼三」

 ててて~と、駈け寄ってくるシャルル。

「ん? あぁ……気にすんな。これで一夏と――あれ? 一夏は?」

「……あれ?」

 一夏……さっきまでそこに居たよな?

 

 

 

 

「隊長、中尉!」

 人影もまばらになった舞台の上。顔面蒼白――には少し遠いルーデルが端末片手に駆けてくる。

「織斑さんが、更衣室で交戦中。外部からの入室は不可……生徒会長が対処にあたっているようですが……」

 ……緊急事態――って奴ですかい。

「シャルルは上空監視。セシリアはシャルルに同行。目標逃走後の追撃に入ったら狙撃を頼む」

 舞台に残っていた1組メンバーに指示を飛ばす。

 鈴は2組の予定があるので、もうここにはいない。

「僕とラウラ、ルーデルは3方向の封鎖。シャルルからの指示で全員追撃に移ること」

「「了解!」」

 うん。団結――っていいね。福音戦も乗り越えたんだ。

 きっと、大丈夫さ。

 

 

『目標を補足! 学園南部の公園!』

 シャルルの報告と同時、投影される情報。

 ……ラウラが一番近いか。急がないと。

 

 両翼に狙撃手。上空にマルチロール。中央にラウラ。

「動くな。すでに狙撃手がお前の眉間に定めている」

 おーおー……逃走中に水なんて飲むなよ。追いつかれることを想定しろよ。

 てか……向こうはISを持っていないのか? 襲撃出来る腕なら、反抗するだろうが。

「洗いざらい吐いてもらおうか。貴様らの組織について」

 ん? 逃走中……? ってことは返り討ちにされたのか? 一夏か、会長に。

 ――――ん? ……!?

「ラウラ、下がれっ!」

 一瞬こそ驚いた表情を見せたが、指示通り、約1秒後にそこを離れる。

 と、同時。さっきまでラウラが居た場所をレーザーが地面を焼く。

「目標に近づけるな! セシリア、後方支援頼む! シャルル、行くぞ!」

 2人組みだったか、それとも回収しに来たのか……。

 どちらにせよ、合流させない事。これが今は重要。

 …………? あの機体――どこかで……そう。セシリアのブルー・ティアーズにそっくりだ。

「近距離の間合いに入れれば――っと」

 接近を試みる――が。

 っ……危ねぇ。

 小型レーザーガトリングか。

 ……あれ?

「セシリア、どうした!? 撃て!」

 セシリアが、1発も放っていない。

 なら、こっちが――と思い、接近を試みるが、同時6機制御のビットとガトリングで阻まれる。

 だったら……。

 全迷彩展開――。

「シャルル、一時離脱しろ!」

 対空炸裂弾と燃料気化弾を選択。

 対IS徹甲弾と同等の威力を持つ。が、それ以上に制圧能力を持つ。

 敵後方斜め下に陣取る。

 火砲独特の重い発砲音。

 

 よし、いける――――――。

 

 確信したが。

 ビームが弧を描いて曲がり、砲弾を撃ち落とした。

「っ…………」

 自分が放った砲弾の制圧能力を、身を持って知るとはな……。

 シールドエネルギーが一気に削られる……。

 黒煙の中、隣を敵が通り過ぎていく気がした。気のせいか? いや……レーダーでは捉えていた。

 ………………。

 黒煙が晴れた時にはもう、襲撃者2名の姿は無かった。



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18.絶対防御壁

 ………………。

 目覚め快調――とは言えないが、身を起こす。

 伸びを1発――周囲確認……ラウラは大人しく自分のベッドで寝ている。嬉しくもあり、若干悲しくもある。

 さ~て……水でも飲もうかなぁ。

 コンコン――。

 ん? こんな時間に誰だ?

「はいはい……今開けますよ~」

 鍵を開いて、扉を開く――。

「や!」

「束、姉さん……」

 

 

 異様な光景である。

 IS学園の食堂、束姉さんが、食事中……。

 周囲の生徒、開いた口が塞がってないぞ。

「お前たち、コイツの事は無視して食事を続けろ。遅刻は許さんぞ」

 それは嫌だと、食事を再開する生徒一同。

「ちーちゃんちーちゃん、この後頼三くんと箒ちゃん、ついでにラウラちゃん借りてくね~」

「「「は?」」」

 僕、箒にラウラ一同。

「……何時までだ?」

 やれやれ――な表情の千冬さん。

 

 

 アリーナである。

 本来ならば授業時間であるが、3人がここに集められた。

 僕とラウラはISを展開しているのが……。

「箒ちゃんの専用機が出来たんだよ~」

 バッ――と、束さんが天を指す。

 と、同時。

 親方! 空から金属の塊が!

 ……なんかごめん。

 着地時の砂埃が晴れ、正面と思しき壁がバタリと倒れ、中のISが姿を現す。

「じゃじゃーん。これぞ箒さんお手製の箒ちゃん専用IS『紅椿』だよ!」

 (あか)

 紅がそこに。

「さあ! 箒ちゃん、今からフィッティングとパーソナライズをはじめようか! 私が補佐するからすぐ終わるよん♪」

 ん? 待てよ……?

 白騎士のコアは白式へ。

 黒槍は現役のまま。

 まさか……紅椿には、暮桜のコアが転用されてる?

 だったら、使用状態から考えると――現在この世界で新たなる男性搭乗員が出現する可能性は、限りなく0に近い。

 あ? どうでもいい? ……ごめん。

 ――――。

 で、なんで僕とラウラは呼ばれたのか。

「あぁ、2人にはこれね~」

 ブスリ、とケーブルが接続されると同時。

 

 ――絶対防御壁(アイギス)

 

 大型シールドを装備した左腕とは逆、右腕に拳ほどの大きさの棺桶型5角形。

「雪羅シールドモードの小型試作型だよ~ん」

 !? ってことはつまり、ビーム兵器を完全無効化? 

「んで、腰回りが大きくなったのはエネルギー増設の為ね~」

 お。確かに腰回りが若干大型化――シールドエネルギー2000だと……?

 1000を超える機体がようやく出現したのに、それを超えて2000?

「さて、紅椿の調整終了――そだね、頼三くんと箒ちゃんで模擬戦やってみてよ」

「へ?」

「……了解しました。頼三、規定位置へ移動しろ」

 どうでもいいけど、箒は姉です。

 僕の誕生日は不明。なので、拾われた日を誕生日としている。ちなみに、9月30日。

 箒は7月7日だもんね~。

 

「んじゃ、始めて~」

 気の抜けた開始合図。

 と同時、箒が振るう刀から紅いレーザーが放たれる。

 それも、連続で。

 が。しかし――――――。

「うんうん。小型化は成功だね」

 無敵の盾(アイギス)の前には黒槍に傷一つなし。

 あ、どうでもいいけどさ――「無敵の盾」より「魔法の盾」の方が正しいんよ。ギリシア神話では。

 ちょっと待て……紅椿は実弾兵装は持ってないのか?

 お、接近戦で来るか――。

 

 

 銃剣を展開。|刀()は長く、(かたな)へ。

 一瞬の衝突。

 そう言えば――――と。

 こうやって、箒と戦うのは久しぶりか。

 僕は……5回戦って、2~3回勝てるかどうか。

 

 

 単純な消耗戦。

 悪いが、自分からは攻撃しなかった。

 だって――――これは箒と紅椿の慣らしでしょ?

 手抜きと言えば手抜きと言え。

 で、結局はシールドエネルギーの差。

 

 最後に束姉さんから一言頂きましょう。

「キャノンボール・ファストもあるし、しばらくはIS学園に留まるよ~♪」

 …………波乱の予感。

 

 

 

 

 る~るる~……。

「頼三くん~若干、怖いよ」

「はぁ……すいません」

 と、顔だけを会長サマに向けて。キーボードに指を走らせたまま。

 今日から一夏の貸し出しがはじまり、今日はテニス部とか。

 一方の自分は、エクセルに数値を叩きこみ、データを選択――グラフを作成。と、事務の仕事である。

「流石、篠ノ乃博士の助手をしてただけあるね」

「助手じゃないですよ……。便利屋です」

 テストパイロット兼雑務――みたいな感じだったし。

 やはり、話している間にも手は止まらない。

「…………終わりました。頼まれた資料全て」

「お~。流石しのの~凄いね」

 じゃあまず、あんたは起きろ。きちんと夜寝ろ。

 と、心の中で指摘しつつ、快調のPCにデータを送る

 

 仕事から解放され、寮の部屋に戻ったのだが――。

「――また寝てる」

 不規則な生活は体調崩す原因だぞ……。

 まぁ、いざ有事になったら寝れるときに寝ておくのがベストだけど。

 問題は――。

 何故に僕のベッドで寝ているんだ? しかも相変わらずの全裸で。

 ……………………。

 布団からはみ出たスラリとした太ももが妙に艶めかしく。

「………………」

 ゴクリ――と生唾を飲み込む音が響く。

 襲いはしない。でも、触っても――――いいよね?

 ベッドの脇へ移動。

 ……。

 雪のように白い肌。

 再び、ゴクリ――と。

 指1本だけで、触れるだけ。

 指の腹で、つつつーとなぞってみる。

「ん……んんん」

 ……大丈夫。まだ起きてない。

 じゃ、じゃあ次は――――。

 手のひら全体で、その太ももに触れる。

 感じる確かな体温。

 いっそこのまま――と、空いている左手で布団を掴み――――。

 踏みとどまる。

 流石に……流石になぁ。

 一度思いとどまれば冷静になり、ベッドから離れる。

 そだな。もしかしたらこの後ラウラが起きるかもしれないし、パンでも買っておこう。

 

 ジャムパンを買って戻ってきたが。

「あ…………」

 今度は、枕を抱き枕のように抱きかかえ。

 どこか微笑ましく思える光景。

 まだ7時だけど……明日はキャノンボール・ファストに向けての実習がある。

 睡眠時間は長い方がいい。でも……ベッドは占領されている。

 ――仕方ない。机に突っ伏して寝るか。

 

 翌日の朝、自分の背に掛けられた毛布を見て、ラウラの優しさを実感したのは別の話。

 

 

 

 

 轟々と爆音を響かせる2基の大型エンジン。

 威圧にも近く、腹の底に響く重低音。

 これが、束姉さん特製パッケージ『黒い流星《シュヴァルツェア・コメート》』

 速度だけを追求し、若干の禍々しさをも感じる。

 もともとは大気圏外用に開発されたエンジンだとか。

「……よし。インストール終了だ」

 エンジンを温めていた自分の隣、スラスターを増設したシュヴァルツェア・レーゲンを纏うラウラが発つ。

「飛んでみるか?」

 と、自分が尋ねる。

「あぁ。そうしよう」

 

 余談であるが。

 タンデムでの参加も決定している。ただ、前例がないためにタイムトライアル形式だが。

 

 一瞬の加速。

 補助バイザーと左目を組み合わせても、若干遅れて見える風景。

 一瞬も油断は出来ない……。

 見る見るうちにラウラを引き離し、中央タワー外周への上昇。

 今はエンジン推力に集中できているが、本番では妨害行為がある。

 左エンジンの推力を弱め、大きく左に旋回。

 アリーナの地面に降り立ち、大型エンジンを停止させる。

 と、ここでやっとラウラがタワーの陰から姿を現す。

 ん~……追撃をかわせれば、勝てるのかな?

 

「反則級――だな。そのエンジンの推力は」

 遅れること約1分。

 アリーナの地面に降り立ったラウラが、エンジンに視線を集中させつつ言う。

「ISの最初期構想……宇宙空間での使用を前提とした高出力エンジンだとか」

 ISが兵器に転用され、スクラップ寸前だったらしいが。

「…………もし、の話だが」

 ポツリ、と。

「もしも、ISが宇宙での試験を開始したら、頼三も行くのか?」

 寂しさとも、悲しさにもとれる表情のラウラ。

 そうだよな……。一度宇宙に出れば、帰れるのは何ヶ月後か。

 でも。

「だろうな。今も僕は束姉さん専属のテストパイロットのまま。今ここに居るのも、全ては束姉さんが居たから……だから、束姉さんが行く――来いと言うなら、僕は行く」

 改めて口に出す。篠ノ乃の家には何度感謝しても足りない。

 特に束姉さん。最初に僕を見つけたのは束姉さんだとか。

 その後、失踪時も僕を連れて行ってくれ、ドイツ行きの件も。

 そうだよな……ラウラに、出会えていなかったかもな。

 だから――。

「束姉さんには、何度感謝しても、足りないんだよ」

 ラウラの髪をわしゃわしゃと撫でる。

「ん………………その時は、私も、連れて行ってほしい」

「――――そか」

 髪を撫でていた手を、止める。

 そこまで連れて行っていいものか。

 ずるい答えだが――ずるいと分かっているから、言葉を紡ぐ。

「その時になったら考えよう。今は――目の前に積まれた課題をなんとかしないとな」

 

「……あぁぁ」

 疲れた。とりあえず、疲れた。

 大会本番は明日である。

 今の今までずっと練習。

 目標として所々に空き缶を置き、直進・旋回・急上昇・急降下を毎日のように繰り返してきた。

 タイムトライアルの方は問題ナシ。

 自分は操縦、制御に集中すればいい。射撃は全てラウラに任せる。

 それで問題ナシ。うん、大丈夫。

 明日の事を考えれば、今からでも寝たいが……でも、何も食べないってのも結構つらい。

 なので。

「――ラウラ、何か食べに行こうぜ」

「ん? あぁ…………」

 ? 行く気はあるのだろうか、横になったまま起き上がらないラウラ。

「どうした? 行くぞ」

「………………だっこして」

 ……。

 では、ファイヤーマンズキャリーを――――。

「……………………」

 あ、むくれてる。

 もちろん、冗談だけどさ。

 はいはい……全く。

 

 ラウラの背面から腕を回して胴体を支え、膝の下に差し入れた腕で足を支える。

 いわゆる、お姫様だっこの要領で。

 ……毎朝かなり食べてるのに、軽いんだよなぁラウラ。

 まぁ、運動量と釣り合っているってことか。

 扉はラウラに開けてもらい、廊下に出る。

「「あ」」

 ――――――。

 どうして、僕らと同じことをしている1組の男女が隣に居る?

「「………………」」

 ――――行こう。

 

 道中、何人かの女子に目撃されたが、特に問題もなく。

 箒・セシリア・鈴と会わなかったのは、一夏にとっては良かっただろう。

 てか、一夏とシャルルはまだ公言してないんだよな。

 それが一夏の最後の優しさか。

 でも、なんだかなぁ…………。

 

 

「――ついに、明日だな」

 サラダを食べる手を休め、ラウラが真っ直ぐに僕を射ぬきつつ。

「あぁ……。本気で行くぞ」

 ニッと笑って見せる。

 1年専用機持ち全員でのレースは手加減しない。

 ラウラや一夏、シャルルが相手でも。

「ま、タイムトライアルでは射撃。任せたぞ」

「あぁ。任せておけ」

 自然に、沈む直前の太陽が紅く染める空を窓から見上げる。

 ついに、明日か――――。



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19.キャノンボール・ファスト

 本日、天気晴朗なれど風、強し。

 まぁ、時たま強めの海風が吹く程度だが。

 …………この上昇気流を上手く使えば、上昇も楽になるんじゃないだろうか。

 とか考えつつ。

「一夏、そろそろ準備しろよ」

「おう、来夏。にしても、凄い客入りだな」

 確かに、アリーナは超満員。

 各国のIS関係者や政府関係者も集まっている。

 そりゃ、今年の1年は異常なほど専用機持ちが揃ってると言うし。

 てか、1組だけで6人もいるしな。あ、自分も含めて。

「先行ってるけど、早めに来いよな」

 と、一夏に告げてピットに戻る。

 

 

『それではみなさん、ここで特別形態機のタイムトライアルを開催いたします!』

 わぁぁぁぁぁ――――。

「…………双眼鏡片手の政府関係者が多いな」

 ラウラのつぶやき。ズーム機能で来賓席に目をやる。

 確かに。双眼鏡片手に、メモをとる格好。

「そりゃ、次世代ISの1つの可能性だからな」

 

 これはかつてのレシプロ戦闘機の話だが、武装・航続力を重視する要撃戦闘機や護衛戦闘機は、止むを得ず双発となる事が多かった。必然的により小型軽量な単発機よりも鈍重化は避けられず、格闘戦突入時などでは圧倒的に不利であった。

 まぁ、ジェット機の出現でこの話は過去のモノとなったが、ISはまだまだ開発の余地があるので、2人乗りの案も十分検討されているのだろう。

 ……ま、ISは最初から双発や4発――複数のエンジンを積んでるけどね。

 

 2基の大型エンジンに火が灯る。

 補助バイザーを下ろし、開始に構える。

 3……2……1――ゴー!!

 急加速で景色が歪むが、一瞬でバイザーと左目が追いついてやや遅れて風景が映し出される。

 第1コーナーを、公式の通過最速記録を塗り替えて通り過ぎる。

 ここから先は、破壊目標が置かれている。破壊目標を1つ破壊ごとに1秒のボーナス。

 ラウラが両手に握る近距離突撃銃が火を噴き、次々に破壊目標を薙ぎ倒す。

 次の右カーブを曲がれば直線。そこで――。

 右大型エンジンを少し緩め、横滑りに近い状態でカーブを曲がっていく。

 同時、弾種選択――三式通常弾。

 カーブを曲がり切り、直線に入ると同時。

 計4発の三式弾を連続で撃ち出す。

 それぞれ異なる発火時間を設定した三式弾は直線を一気に突き進み、遅く撃ち出された順に次々と起爆。

 この直線の脇に設置された破壊目標を殲滅。

 ここの直線で一気にタイムを稼ぐ!

 

 

 今までの最高記録を優に打ち破り、ゴールに滑り込む。

「お疲れ、ラウラ」

「あぁ。次は1年専用機持ちのレース――。ふふっ……負けんぞ」

「望むところ」

 と、会話を交わしつつピットに戻る。

 急いでエネルギーの充填。

 出来る事なら、ラウラと2人で上位独占したいけれど……シャルルと鈴が問題か。

 と、思いつつエネルギーの充填を開始する。

 

 

 

 

 マーカー誘導に従い、スタート位置へ移動。

 横一列に並ぶいつもの面々。

 さっきのタイムトライアルではエンジン快調だったし、行けるか?

 一瞬、アリーナが静寂に包まれ、シグナルランプが点灯する。

 3……2……1……ゴー!!

 同時、全員が――少々の個人差はあったが――同じ瞬間に飛び出す。

 さっきので大分誤差にも慣れた。

 ん……先頭はセシリアか。

 前から、セシリア・一夏・箒・鈴・シャルル・ラウラ、僕――といった感じか。

『お先っ!』

 鈴が一気に加速し、両肩の衝撃砲をセシリア目がけて乱射する――ん、ラウラが鈴の後ろに入ったか……。

『くっ! やりますわね!』

 横ロールでその弾丸を回避するセシリアを悠々と通り越す鈴――――でもな。

『――甘いな』

『!?』

 鈴の背後を陣取っていたラウラが、肩のカノン砲で鈴を吹き飛ばす。

 その1発で鈴はコースラインから大きく外れる。

 ラウラは独走を決め込むのか、後続をどんどん引き離しにかかる。それなら、僕も――。

『じゃぁ僕も、お先に』

『おおい、シャルまで行くのかよ!?』

 シャルルも出力を上げ、ラウラに迫らんと加速を始める。

「てなわけで、雰囲気的に僕も行くね」

『なっ!? 頼三まで』

 2基の大型エンジンを最大出力に持っていく。

 徐々にシャルルとの距離を詰め、抜かしにかかろうとした2週目――――。

「っ!?」

 降り注ぐBTライフルの弾雨。これはセシリアの――違うっ!!

 

 

「大丈夫か!? ラウラ!!」

『あぁ。問題ない――絶対防御壁(アイギス)の展開が間に合った』

 ダメージこそ無いが、衝撃で吹き飛ばされたラウラに駈け寄って無事を確認。

 と、同時――襲撃者を見上げる。

 嬉しくないけど、嬉しいねぇ。前回の屈辱、晴らして見せようか。

『あの機体はわたくしがっ!』

 セシリアが迎撃に向かい、それを追って鈴も上がる。

「行くぞ――」

 

 現在、迎撃に参加できないのはシャルル1名。

 ただ、向こうが高速機動な為に砲撃は意味をなさない。よって、ラウラも間合いを詰めない限り戦えない。

 近距離戦で戦っていける一夏と箒を前面に出し、残りは支援――だろうか。

 と、考えつつも狙撃を続ける――が。

 セシリアも僕も、決定打を与える事が出来ない。

『うおおおおお!』

 来た……一夏が背後から間合いに入って――――。

 狙撃砲を手放し、近距離突撃銃を両手に展開。

 絶対防御壁を最大出力で展開。向こうの武器は基本的にビーム系。これならば、被弾を恐れずに接近できる!

 一夏が攻撃の為、接近するのに合わせて敵の背後にまわり、引き金を引き続ける。

『狙いは何だ! 〈亡国機業〉!』

『……茶番だな』

『何!?』

 一夏の斬撃をかわし、蹴りを浴びせて猛烈な射撃。

 …………。

 一夏と箒、鈴が沈んだ――戦闘続行は可能だろうが、敵に接近するだけでシールドエネルギーを使い果たすだろう。

 ……向こうは実戦慣れしているのか。

 個人的な考えだが、戦いは武器では決まらない。もちろん、数でも決まらない。

 結局は、慣れと経験であろう。

 実際は数で押し切るのがかなり有効な手段でこそあるが。

 

 

 

「全員無事だ。問題ない」

 一夏、箒、鈴の無事を確認。

 教師部隊も展開を始めているが……正直、量産型ISでは太刀打ちできないだろう。

「何してんのよ……早く、追いなさいよ――私たちに構わず」

 鈴が、破られたアリーナのシールドを見据えながら言う。

 …………。

 先程の戦闘で破られたそこからは、襲撃者とセシリアが飛び出して――今頃は市街地。

 古今例を見ないIS市街地戦……正直言うと、黒槍は市街地戦に向いては居ない。無防備な一般人を巻き込む恐れが……でも。

「ラウラ、シャルル――最低でも海上に追い込むぞ」

「――了解」

「うん……分かった」

「中尉殿……私も、行きます」

「……ルーデル」

 シュヴァルツェア・ツヴァイクを身に纏ったルーデルが、ピットから舞い降りる。

 直立不動で敬礼をするルーデル。

 答礼を返し、短く。

「行くぞ。民間人に負傷者は出すな」 

 

 

 

 

 海沿いの中規模な街。

 ビルこそあるが、高層でこそないので衝突の危険性は無し。

 ただ……ISが使用する弾薬の威力は半端ではない。1発の流れ弾さえ認可できない。

 これは――かなり使用できる兵器が縛られる。

 両肩のドーラ戦域征圧砲を収納する。

 使えないものを、出しておく必要性は無い。

 

 目を皿にして状況を確認。

 レーダーは基本的に悪天候時か夜間のみに使用することにしている。

 人間、機械に頼り過ぎるとどんどん退化する。

 

 見つけた――2機の蒼を。

 セシリアは近接武器、インターセプターを手に握って近接格闘戦に入っている。

 慣れない事をするもんじゃない。

「各機散開! セシリアと目標を引き離せ!」

『了解!』

『了解したよっ!』

『了解デス!』

 3つの黒と、1つの橙がぐりん――と機体を傾けて各機それぞれ飛翔する。

 ……なんか、自分が指揮してるけど――いいよね?

 

「セシリア、退け!」

『えっ!? わ、分かりましてよ!』

 一瞬で距離が開く。当然、目標はセシリアに銃口を向けるが――。

 ――砲撃、近距離が最近は多いけど……こちとら狙撃手。

 セシリアの腕と腹の隙間を縫った銃弾は、目標が引き金に掛けた人差し指を打ち抜く。

『ちっ…………』

 この間にセシリアは後退し、目標を4方向から4機が包囲する。

「続けるか?」

 戦闘中特有の低いトーンで呼びかけるラウラ。

 この戦況で戦闘を続ける人間は2種類居るだろう。

『…………続ける以外選択肢は無い』

 蒼が一気に高度を下げる。

 

 1つは、余程のバカ。

 

 上方から下方を狙えば――命中を絶対確信しない限り、街に被害が及ぶ。

 考えたな……。

 

 もう1つは、幾多もの死地を潜り抜け、打開できる自信がある人間。

 

 こいつは、間違いなく後者っ!!

 ISを強奪できる集団に属する人間だ。それほどの経験があっても何ら不思議ではない。

 上空から追い続けてはいるが、一方的な攻撃は続く。

 万事休すかも――でも、このまま追い続ければ必ず市街に出る。

 それまで、持ちこたえれば――――。

『僕が行くよ!』

 ぐん――と高度を下げるシャルル。シールドを前面に押し出して高度1~2メートルを突き進む。

 ……そうだっ!

 目標が進む道はこの先で4車線の大通りと交差する。

 ラウラとルーデルに手で示す。

 ――あの道で挟撃。

 コクリ、と2人は頷いて両翼に展開する。

 こっちは――。

 全エンジン最大出力で目標の上空を一瞬で通過し、その大通りさえも通り越したところで反転。

 再びの4方向包囲。

 その意図を察知したのか、目標は高度を上げる――が。

『――!?』

 シュヴァルツェア・レーゲンの両肩に搭載された一対の刃が飛翔し、複雑な軌道を描いて目標の右足と左肩に突き刺さる。

 このまま突撃するのもありだが、どう避けられるか分からない。ならば――――!!

 再びの最大加速でラウラの前へ。

 左側全エンジンを一瞬緩め、ラウラの前面で一瞬だけ停止する。

 その一瞬の間。刃へと繋がるワイヤーを両足で掴む。

 手には着剣した狙撃砲。

『瞬間加速』!!

 当然、目標は回避しようとするが、刃は食い込んだまま。

 どれ程足掻こうが、刃へと導かれるこのワイヤーを伝って接近する限り回避することは不可!

 確かな手ごたえを確信する――――。

 

 筈だったが。

 命中の寸前、目標は左肩へと繋がるワイヤーをナイフで断ち切る。

 同時、右足へと導かれるワイヤーをレーザーガトリングで破壊。

 レーザーガトリングから放たれた銃弾は確実にワイヤーを破壊したが、その下――アスファルトをも破壊する。

 つい、そちらを確認してしまう。

 負傷者は――無し。破壊されたのはアスファルトだけか。

 

 虚空を切った銃剣。

 それを実感し、視線を戻した時にはもう――。

 一瞬、こちらを一瞥したかと思うと……背中を向けて飛び去った。

 …………。

 またも、取り逃がしてしまったか。



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20.マドカ

「せーのっ」

「一夏、誕生日おめでとうっ!」

 シャルの掛け声で、クラッカーぱぁんぱぁん! と。

「お、おう。サンキュ」

 にしても……なんだよこの人数。

 一夏にシャルル。箒、セシリア、鈴で、僕とラウラ。

 で、五反田兄妹と御手洗数馬。生徒会メンバーの3人。

 それに、新聞部の黛さんまで。

 カオスだな。

 まあ、とりあえずはこれでひと段落したんで……。

「一夏、ちょっとあそこ行ってるな」

「あそこ……? ああ。分かった」

 一瞬こそ、迷いの表情を浮かべるが、上を指したので分かってくれたらしい。

 

 

 2階の空き部屋――と言うか、物置。

 その部屋に身を滑り込ませ、天井を見上げる。

「……やっぱり、そのままか」

 近くに置かれた机などを踏み台にして、天井の一角を持ちあげる。

 ギギギ――と小さな音を発し、天井の一角が持ち上がる。

 束姉さんが失踪して最初の数週間はここを起点としていた。

 どこへ行こうにも、何の見通しもなかったので、とりあえずはここだったのだ。

 居住用に改修された屋根裏部屋。

 あー……変わってないけど、やっぱり埃をかぶってる機材が多いな……。

 機材を確認――まだ充分に使えそうだな。でも、重要な機材はもう持ち出されてるか。

「ん?」

 1枚の紙が置きっぱなしになっている。

 つい、好奇心からかそれを手に取ってみる――――。

『IS用武装 システム・ウェポン採用計画』

 ……システム・ウェポン?

 確か、基部を共通として銃身やストック、照準などの部品組み替えにより臨機応変に対応……。

 だから、狙撃銃で敵の機関銃手を仕留めてから突撃銃で突撃。突撃銃で施設を制圧してから分隊支援火器で味方の援護――みたいな?

 つまり、個別に武器を持つよりも容量を減らせる――ってことかな?

 でも……システム・ウェポンを採用したISはまだ存在していないよな……。

 ………………。

 明らかに狙っているだろうが、この紙の下にあるのは――システムの組み換えや武器の新造に使っていた機材。

 つまり、これをやれってことか?

 

 会長にはああ言ったが……僕もその気になればISの武装を新造する程度は教えてもらった。ただ、最低4日は掛かるけど。

 ん~……機材はあるからいいけど、個人的には誘導兵器を造りたいだけどな……。

 

 

「あれ……一夏は?」

 下――リビングに戻ったのだが、肝心の一夏がいない件。

「一夏なら、ジュースを補給に出てったよ…………一応、今日の主役だからって止めたんだけどね」

 あはは~……と、苦笑を浮かべるシャルル。

 …………。

 何だろうか。何故か、一夏を追いかけないといけない気がした。

 

 

 

 

 さて。

 この近隣にコンビニは無いので、自販機で買っているだろう。

 ………………。

 気のせいか。杞憂に終わればいいが。

 ズシリ――と、脇の下に銃を吊るすショルダーホルスターの中。

 H&K P7M13の重さを感じる。

 念のため、左目の『越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)』を起動させる。

 1歩1歩進むたびに、何かを感じる。

 何かって? ……何かだ。

 

「――マドカ、だ」

 

 !?

 冷たく、無機質な金属音(セイフティ・リリース)が響く。

 同時、考えるより速く足は地面を蹴り、手にはP7M13を握る。

 緻密な計算なんて無いが、グリップを握りしめてセイフティを解除。ほんの一瞬、少しだけ狙いを定め、引き金に掛けた人差し指を屈伸させる。

 

 …………。

 ふぅん。

 とっさの判断でやったことだが、銃弾を銃弾に当てることにより銃弾の進路を変更する――と。

 それで1発をそらした。

 もう1発は一夏の胴に命中したが――何の問題もない。

 一夏は、服の下にISスーツを着込んでいる。入学後の最初こそは着てなかったらしいが。

 ISスーツを貫通する銃弾はない。ただ、衝撃は相殺できないが。

 まぁ……その衝撃に耐えられない一夏は一夏じゃないだろう。

 

「……さて、どうする?」

 改めて、一夏を襲おうとした襲撃者に目をやり――――――。

 

 !?

 

 千冬さん!? ……いや、違う。第1に身長が違うし。

「……やはり邪魔立てするか」

 冷たい視線。

 千冬さんに睨まれているような錯覚を覚え、銃口を向けるだけでもかなり精神力をつかう。

「ふん……」

「!? ま、待て!」

 襲撃者はISを展開し、夕闇に染まりつつある空へ姿を消す。

 …………。

 向こうの狙いはわからん。

 ただ……自分はもっと、強くありたいと願う。

 一夏も平気そうだな――。

「一夏、戻ろうか」

「…………あぁ」



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21.タッグマッチ

 凄く……眠いです。

 2時限目終わりでもう限界。つらいです。

 サボっていい?

 ……ダメですよねぇ。

 ん?

 一夏とシャルルが黛先輩に呼ばれてる。

 あー……。

 ラウラが自分の頭をぺちぺち。痛くねぇなぁ……いやさ、ラウラも本気で叩いてはいないだろうが。

「あ、篠ノ乃くんとボーデヴィッヒさんも来て!」

 あ?

 自分もお呼びですか~っと。

 

「――私の姉って出版社に勤めてるんだけど、専用機持ちとして4人に独占インタビューさせてくれないかな?」

 ……4人で顔を見合わせ。

「どう、する?」

 とりあえずラウラに聞いてみて。

 ラウラが行くと言うのなら、自分も行こうかね。

「ん……頼三が行くと言うなら、私も行こう」

 ……そう言うか。

「じゃぁ先輩、ボーデヴィッヒと篠ノ乃は参加で」

「ん、了解。2人は?」

 一夏とシャルルが顔を見合わせ――――。

 と、授業開始を示すチャイムが鳴り響く。

「また後で教えてね~」

 先輩は戻っていき。

 さて……疲れたな。ちょっとだけ寝させてもらおうか――――。

 

 バシーン!

 

 千冬さんに叩かれた。

 

 

 さーて。ようやく昼ごはんか。とっとと食べて昼休みは寝よう。

 ……あれ? 一夏はどこへ行ったんだ? たまには一夏と食べようかと思ったのだが。

 ラウラもいない。

 ぼっちですかそうですか。

 ふん。一人寂しく昼ごはんだ~。

 ……言ってて悲しいな。

 まぁいいか。とりあえず食堂に行こうかね。

 

「待っていたぞ頼三!」

 おや。ラウラは先に食堂に。

 あれ? テーブルには1枚の紙。

 ……タッグマッチの申し込み用紙か。

 もしかして――――。

「申し込み用紙、取りに行ってくれたのか?」

「あ、あぁ…………余計だったか?」

「ううん。ありがとうな」

 久しぶりに、ラウラの頭を撫でてやる。

 あ。むきゅ~って言ってる。

 さて――――書くか。

 今回は全学年だからな。もちろん優勝を狙いたいが、どうなるかねぇ……問題は会長か。

 

 

 うい。

 なんとか1日乗り切った。

 とりあえず寝させてくれ。

 …………。

「頼三、一夏を知らんか!?」

「頼三さん、一夏さんは今どこにいるかご存じで?」

「頼三、一夏知らない!?」

 …………箒、セシリア、鈴の順で。おそらくはタッグマッチで組もうとしているのか。

 寝させろよ。

 てか、一夏は公言しろよ。公言しないからこっちまで面倒に……いや、違うか。

 ま、そこら辺は本人らが決める事か。

 今度のタッグマッチで優勝して公言――とかさ。いいんじゃね?

 

 ……目が覚めたな。

 ラウラは部活――茶道部だとさ――だし、どうしよっかなぁ……。

 まぁとりあえず、廊下に出て――あれ? シャルル。

「頼三、一夏…………見てない?」

 !!??

 前に1度見たことのあるシャルル。

 ラウラもびっくりな冷たい笑顔――――。

 

 

 

 

 食堂。

 良い香りを放つ紅茶が冷えてもなお、現状を話してくれたシャルル。

「――把握した」

 大方把握した。一夏は、シャルルとはではなく簪と組む――と。

 予想ではあるが、会長伝いで何かがあったな。きっと。

 いくら一夏でも、理由なくほかの相手と組むはず――ない。ないと思いたい。

「だったら、さ」

「え?」

「武装的に相性がいいセシリアかルーデルと組んで、一夏を徹底的に潰してやれ」

 止めを刺すのはシャルルがな――と付け加えて。

 ……周囲を確認。人はまばら。誰も注視していない―――。

 机の下で端末をいじり、シャルルへ1組みのデータを送る。

「簪の機体――打鉄弐式の現在時と完成予定時の詳細データだ。完成予定時のスペックが発揮されても、本人の腕じゃシャルルの敵じゃない」

 送ったデータに目を通しているのか、シャルルの目が左右に流れる。

 え? どうしてそんなデータを持ってるのかって?

 ……癖みたいなものかな? 昔からISのデータをまとめる仕事を主にしていたから。そこにISがあるならば、データにしないと気が済まない――みたいな。

 だから、1年生が保有する専用機全て一通りのデータを持ってますよ。

 一応、門外不出ですがね。今回は特別。

「……頼三、ルーデルを貸してくれる?」

「――――あぁ。了解した」

 んじゃ、後は当日しだいか。1回戦からシャルルと一夏が戦ってくれるのがありがたいかな?

 自分らだって、優勝を狙いたいしね。



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22.取材

 ……微妙な、感じである。

 今日は前に頼まれた雑誌の取材なのだが――。

 結局4人なのだが……シャルルがかなり不機嫌で、一夏がオロオロ。

 …………こんなんで大丈夫なのかなぁ。

 

「どうも、私は雑誌『インフィニット・ストライプス』の副編集長をやってる黛渚子よ。今日はよろしく」

「あ、どうも。織斑一夏です」

「篠ノ之頼三です――よろしくお願いします」

「シャルル・デュノアと――」

「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」

 通された広めの会議室。

 なんと言うか……綺麗だな。

「じゃ、インタビューから始めましょうか。その後写真撮影ね」

 

「では織斑くんと篠ノ之くん。女子高に入学しての感想は?」

「「いきなりそれですか……」」

「わぉ。見事なハモリね。でも、読者アンケートでも君たちへの特集リクエスト、多いのよ?」

 半々ほどでね、と付け加える黛さん。

「えっと……使えるトイレが少なくて困ります」

 と、一夏が言い。

「更衣室まで遠くて困ります」

 と、自分。

「ぷっ! あは、あははは! もしかして異性に興味なかったりする?」

 

 とまぁ……順調に質問に答え、最後に――と、黛さんが口にして。

「篠ノ乃くんは篠ノ之博士専属のテストパイロットらしいけど、代表候補生とかは興味ないの?」

 ……………………。

「今のところ、興味はないです。束姉さ……篠ノ之博士にはいくら感謝しても足りないので。必要とされる以上、テストパイロットを卒業後も続けていきます」

 うん。きっといいこと言った……。

「ほうほう……じゃぁ、地下のスタジオに行きましょうか。更衣室があるから着替えて――その後メイクね」

 

 

 地下のスタジオに移動し、更衣室に入ろうとしたが――――。

 視線を、感じる。頭のてっぺんから、足先までに。

 視線を感じた方へ向き直り――。

「君、ちょっと来なさいっ!」

 

 あれよあれよとしてる間に、大きな鏡の前に座らされて。

「……君、顔や――パーツはいいのに、髪を適当に伸ばしてたら台無しよ。あ、少し髪切ってみてもいい?」

 あぁ。この人はメイク担当なんね。

「あ、はい――」

 ……思えば、きちんとしたところで髪を切ってなかったな。昔は束姉さんが切ってくれたし、最近は適当に切ってたからなぁ。

 

 

 ……………………。

 絶句。

 こ れ は 自 分 ?

 いや、なんと言うべきか……所々の長さが違ってアンバランスだった前までとは違い、あー……そうだな。例えるのなら、一夏よりも少し長めで、真っ直ぐ――みたいな。

「ほら、急いで着換えて行きな。待たせてるんだから」

「――――ありがとうございます!」

 一度頭を下げて。

 更衣室へ移動。

 ……用意してあった衣装はスーツ。カジュアルじゃなくて。

 え? スーツ……?

 あー……とりあえず急ごうか。

 

「遅れましたー、篠ノ乃頼三くん入りまーす」

 スタジオスタッフの声を背に、ブースへと向かう。

 もう一度ネクタイを締め直して――――。

「あれ? ……頼三か?」

「おー……頼三、かっこいいよ」

「あ………………」

 三者三様の反応と――。

「やっぱり! 妹から貰った参考写真を見たときから思ってたけど、篠ノ乃くんは髪で魅力が落ちてたのねぇ」

 はぁ……そうすっか。

 ――――ん?

「――ラウラ」

「な、なんだ!?」

「ラウラも、似合ってるぞ」

 黒のスーツとタイトスカート――千冬さんの恰好に近いか――。

 細めのそれは難なくラウラに合い、これに眼鏡でも加われば、知的な雰囲気が――――。

「そ、そうか…………頼三の髪も、スーツも……似合ってるぞ」

「じゃ、最初は篠ノ之くんとボーデヴィッヒさんからね」

 

 

 

 

 少々前に帰宅。

 あれ? 寮に戻ることも帰宅――でいいのか?

 

 で、レストランの招待券を貰ったのだが――ラウラと相談。

 そのレストラン、調べたら――なんと言うか、子供が入れる雰囲気じゃないと言うか……ってことで、それは受け取れません――ってなって、代わりに渡された商品券を貰って帰ってきた。

 撮影で着た服も貰えたのだが……着る機会、多分無いだろうな。

 なので、クローゼットの一番端にしまっておいた。

 

「勘違い?」

 そろそろ寝ようかとしていた時、部屋にシャルルが訪ねてきて。

「うん……生徒会長に頼まれたんだって。だから……」

「皆まで言うな。勘違いだったんだろ?」

 てか、自分も勘違いされてたからなぁ……。

「その――ありがとね、頼三」

 と、言い残して去っていくシャルル。

 まぁ……これでいいのか。

 

「――向こうの問題も解決したのか?」

 明かりの消えた部屋。

 隣のベッドから、ラウラの声。

「あぁ。やっぱり原因は会長サマだった」

 天井を見上げたまま、そう答える。

「そうか……」

「んじゃ、とっとと寝ろ。明日から訓練始めるからな」

Zustimmung.(了解)――――」



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23.前日の波乱

 さて……。

 放課後なのだが――第2アリーナがやけに殺気立ってる気がしたのだが……原因はこいつらか。

 箒、セシリア、鈴。

 通称、負けぐ――。

「頼三」

 おっと。余計な事を言いそうになった。

「ここ、混んでるし――他行こう」

「ん。そだな」

 

 ちゅどーん。 

 

 客席のシールドにブルー・ティアーズから放たれた蒼いレーザーがぶち当たる。

 ……生身だと怖いな。

 

 

 第6アリーナ。

 ここなら誰もいないだろう――と思っていたが。

「……一夏と簪が飛んでるな」

 2機のISが空へ。

 飛行テストかな? 

「まぁ――いいよな?」

「ああ。問題は無い」

 

 小規模な模擬戦。

 決着はつけず、規定時間で終了。そもそも、シールドエネルギーが増幅された機体だ。決着をつけようとすればどれだけ掛かることやら。

 第6アリーナを後にする2人の前に現れたのは――。

「やぁやぁ! 頑張る2人に最新情報を教えに来たよ!」

 ……。

「ラウラ、帰るぞ」

「あぁ。そうしようか」

「やぁ~酷い! とりあえずこれ。前の検査結果だよ!」

 自分とラウラに渡される紙。

 IS適正……か。

「んじゃね~」

 言うだけ言って、すぐに姿を消す会長サマ。

 ……A-か。前回がB+だったから、一応は上がっているな。

「ラウラ、ラウラはどうだった?」

「A+だ」

 凄いな……流石は現役小隊長。

 

 

 ラウラを先に帰し、第2整備室に顔を出す。

 一夏と簪に呼ばれたし、セシリアからも。

 わいのわいのと楽しげで、たまに怒号が飛ぶが、みんな真剣にISを整備している。

 さて――先にセシリアの方へ行っておくか。

「――よっす」

「あら。思ったより早かったですわね」

 んな事……。

「待たせたら怒るだろ?」

「ええ。良く分かってるようで」

 にこっ――と、笑みが。

 おー怖い。

「で? 何の要件だ」

「ごく一部でいいので、高機動時機体制御のデータを提示してくれませんこと?」

「理由は?」

 別に拒む理由はないが、一応聞いておこうかと思う。

「ブルー・ティアーズのブースター出力強化の為ですわ。それと――高速で接近する一夏さんに対応するため……」

 後半の言葉と、その瞳から確かな意思を感じ。

「分かった。ちょっと待ってな――」

 ISのデータを管理しているフォルダを開き、高速機動時のデータを探す。

 う~ん……あ、あった。

「じゃ、そっちに送っておくから」

「あ――協力、感謝しますわ」

 いえいえ――と短くつぶやき、今度は一夏の方へ。

 

「来たぞー。とっとと用件をどうぞ」

「ん? あぁ頼三――今は頼むことないし、まぁ……待機しておいてくれ」

 はぁ。

 お? 打鉄弐式はだいぶ出来あがっているな。後は稼働データとかかな?

 前も1回提供を頼まれたが、あいにく黒槍は実弾兵器がメインだしなぁ……誘導兵器もあるけど、あれは通常の誘導とはかなり違うからなぁ……。目視誘導と言えるが……。

「あ……装甲のチェック、頼める?」

「うい~了解」

 接続口へコードを差し込んで――――。

 ふぅん。基本は打鉄のままか。でも、シールドを外している分若干不安ではなかろうか。

 まぁ、そもそも打鉄弐式は遠距離支援型だって聞いたから、一応は問題ナシかね。

「チェック完了。特に問題はないけど……1回模擬戦をやって防御面に不安があったら、シールドでも追加しとけ」

「うん。分かった……ありがと」

 相変わらずの無表情である。

 

 ふと気付いたのだが、セシリアやシャルル、鈴――みんな、機動性を高めている気がする。

 対一夏だけを考えているんだろうな……。

 シャルルに至っては、誤解だと分かっても一夏を潰すんだとさ。

 言っては悪いのだが、潰しあってくれれば嬉しいな。

 まぁ……鬼門は会長サマか。

 さて。それじゃあ自分はそれ以上の機動性に挑戦してみようかね。

 

 

 

 

「――あぁ、分かった。一夏もお疲れさん。簪には……後ででいいか。うん、ゆっくり休めよ? 明日は大会本番だからな」

『あぁ。分かって『一夏ぁ~、まだ?』あー……じゃな』

 ……。

 なんで部屋が隣なのに、いちいち携帯電話なのか。

「織斑は何と?」

「あぁ。会長サマの妹の機体が一応の完成だとさ」

 一応――と言うのは、火器管制システムが完全完成じゃないから。

 手伝いたかったが、目視誘導以外は素人同然だしな。

 一時期、束姉さんが『あえて』目視誘導兵器の開発を行った際に教えてもらったからな。

 教えてもらった――かぁ。

 第1級の機密事項も教えてもらったのだが――それはまぁ、使うことないだろうし。

「そう言えば、データを提供したらしいが……いいのか?」

「いいも何も――基本的なデータしか提供してないし」

「そうか……ついに、明日だな」

「ああ。明日だ」

 …………。

 無言で。

 無言だが、どこか心地よい。

「んじゃ、そろそろ寝る――――前にちょっと飲み物買ってくる。なんか買ってきてほしいのあるか?」

 寝ようと思ったけど、何か飲みたい気分だったので。

「い、いちごオレ」

「おや、それはまた以外な」

「わ、悪いのか!?」

「別に何も言ってないけど……」

 

 

 もう10時を過ぎ、食堂は店じまい。

 でも、備え付けの自販機は24時間稼働中。

 にしても……いちごオレとは意外だな。

 コーヒーとかかと思ったが……。

 まぁいいや。自分は抹茶オレで。

 さーて。戻ろうかね――――あれ? 電話だ。しかもこれは、束姉さん。

「……はいはい?」

『やーやー。ちょっと政府から追われてIS学園から姿を消した束さんだよ~』

 あ、そう言えば……あれ以来見ていないと思えば――。

『――――明日、がんばってね。死なない程度に』

「は!? ちょ、束姉さ――――」

 切れた。

 ……死なない程度に?

 あはは~。まさか、束姉さん、鋼の乙女(ゴーレムⅢ)を送り込んでくるとか無いよねぇ~……。

 …………………………。

 あり得ないと胸を張って言えない。

 でも、ゴーレムⅢはまだ調整段階な筈じゃ……。

 正直、あれと戦って楽勝出来る自信など無い。でも――――。

 ラウラを護る。

 ……誓ったこと。

 ラウラが待ってる。急いで戻ろう。

 

 

 曲がり角を曲がって、自室の前に来て、その眼前に。

 床に転がるカップケーキと、崩れたように座り込む簪。

「……どうした?」

「篠ノ乃、くん……」

 自分を認識したと同時、最後の何かが途切れたのか――――その場で嗚咽をあげて、静かに涙を零す。

 あぁ、と全てを察した。

 簪が一夏を見ている時の表情とか、思い返せば色々。

 セシリアや箒、鈴もこうなる運命にあるのか。

 とりあえず、廊下で泣かせっ放しなのも……なんで、自室へ運ぼう。

 大丈夫。部屋に入れば絶対に聞こえない。

 

 シャルルの嬌声は。

 

 椅子に座らせ、ティーカップを手渡す。

「ほれ、紅茶でも飲んでまずは落ち着け」

「…………うん」

 ……さて。ここからどうしよう。

「頼三――説明するしか他にないだろう」

「――――――そか。簪……少々つらいだろうけど、説明するぞ」

 ティーカップを机に置き、こちらへ向き直る簪。

「一部の生徒こそもう感づいているが、そうだな――――わりない仲、と言えば分かるか」

「……うん、分かる」

「セシリア達を傷つけたくない――とか言って公言してないからな……それが裏目に出たようだけど」

「………………」

 俯く簪。やっぱり、一夏の事を――――。

「――部屋に戻る……。紅茶、ありがと」

 すっと簪は立ち上がり。

「……無理するなよ」

「大丈夫」

 それだけを交わし、出て行った。

 

 

 とりあえず壁を殴っておいた。



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24.落ちる

 さて。大会当日である。

 疑念は尽きないのだが……やるしかないよな。

 と、思いつつ会長サマの挨拶を聞き流す。

 ん? あ、大体終わったかな。

「では、対戦表を発表します!」

 お、来た来た……って。

「…………ほう」

 

 第1試合、織斑一夏&更識簪VSシャルロット・デュノア&シャルロッテ・ウータ・ルーデル

 

 第2試合、更識楯無&篠ノ乃箒VS篠ノ乃頼三&ラウラ・ボーデヴィッヒ

 

 これはまた……。あ、でも――1回戦を突破できれば勝利も確実だろう。

 え? ぶっちゃけ自分とラウラの実力は学園上位だと思ってますはい。

 ……勝手にな。

 でもさ、今日のトーナメントで上位に入れればそれが実証される。

 

 着替えを終え、ピットで待機中。あと5分ほどで第1試合が始まる。

 先程から携帯式の小型レーダーを眺めているが、特に変化なし。杞憂ならいいが……。

 前回も第1回戦を襲撃したからな。

 ……ちょうどその時は、束姉さんと一緒にいたしな。

 「はーい、みなさんご注目」

 おや、黛先輩。持っている紙は――オッズか。

 生徒会主催の食券を賭けての優勝ペア予想。

「はいはい次は――おぉ、2番人気のお2人」

 え? 2番人気? マジで?

「2番人気とは――本当なのか?」

 同じ事を思ったのか、ラウラが質問。

「だって、現役ドイツ軍人と予備少尉だからじゃない? あ、1番人気は会長ペアね」

 やっぱりそこなのか……。

「あ、試合前にコメント貰える?」

「えっと……狙うは優しょ――――」

 と、コメントをしようとすると同時。

 レーダーに反応……真上!?

 

 すいません――と、先輩に言いつつ空が見える場所へ駆ける。

 ……低周波数レーダーで正解だったな。と、思わず頬が緩む。いや、笑っちゃいかんが。

 正直、束姉さんの狙いが未だに分からない。

 とか思いつつも、口は叫びを発す。

「みんな伏せろっ!!!!」

 同時、至近距離での爆発がピットを揺らす。

 このピットの損傷は――軽微。負傷者もなし――――――。

 目標は5機……全てがアリーナ中央に。

 目標を探している段階――ってわけか。

 ならば……。

「総員、防御態勢、――制圧砲撃を行う! 間違ってもアリーナに出るな!」

 オープンチャネルで絶叫すると同時、ピットから身を投げつつ黒槍を展開――。

 ここでこそ見せる。黒槍の本領を!

 

 

 

 

 ゴーレムⅢのエネルギーシールドにはただ一つ弱点がある。

 あれは実弾、ビームを問わず完全に相殺するが、爆風までは相殺できない。

 だから――自分が行く。

 高速でアリーナ中央を突き抜け、自分を追う目標より放たれた超高密度圧縮熱線を小型スラスターの軌道修正で回避を続ける。

 ちりちりと頬を焼く。痛い。

「……5……4……3……2――」

 ばっ――と身を翻し、燃料気化弾をありったけぶち込む。

 後方に追ってきた目標5機の上方、下方へ――。

 今日のは一味違う燃料気化弾。人体に用いれば致死率99%を上回る圧力35kgf/cm²――例えISであろうとも無傷では済まないはず……。

 

 晴れつつある煙。

 …………参ったねこれは。

 1機撃墜、2機に損傷を与えた程度――。

 有人機ならば、中性子砲弾で1発だったのだけれども……。

『そろそろ私たちの出番?』

『頼三だけにいい恰好はさせん!』

 会長とラウラを筆頭に、ピットから戦闘可能な専用機持ちがなだれ込んでくる。

 凄い光景だ……色とりどりの光を引く各機。

 たった1機で1個師団を殲滅できる兵器が1度に9機も……。

 恐ろしいが故に綺麗。

 

 各個に戦闘を始めているが……後の1人は?

 接近する目標に散弾を放ち、基部を残して収納――展開を瞬きよりも速く行って小銃へ。

 弾倉を付け替え牽制射撃――。

 この間にもアリーナ内の全員を視認……いないのは――――簪!?

 さらに距離を詰めてきた目標に対抗するため、右手に銃剣を持ち直すが――3時の方向、自分が出てきたのとは逆方向のピット目がけて目標は急速離脱。

 まさか――――――。

 

 見つけた――簪!

「簪、ISを展開しろ!」

 簪を捉えていた目標の背後に取り付き、銃剣を突き立てる!

 ――――が。

 ぶん、とその一閃で振り払われ、ピットの外へ投げ出されそうになるが、背後のエンジンを噴かせてその場に留まる。

 後方へ投げ出される力と、前へ向かおうとする力。

 2つの力に押しつぶされそうになるが、ここで倒れれば誰が簪を――。

『行くよ……〈打鉄弐式〉!』

 よし、簪がISを展開した。ならば……。

「簪、少しの間だけ目標を抑える――その間にアリーナへ出ろ!」

『わ、分かった!』

 右手には着剣した狙撃砲。左手に大型シールド。

 再度加速して距離を詰め、狙撃砲を突き出すが――身をくねらせ、踊るようにして避けられ、その巨大な左手の鉄拳が飛ぶ――が。

 こちらも負けじとそれを紙一重でかわし……よし――簪が脱出したな。

 砲弾をピット内に四方八方へ撃ち放ち、自分も離脱――――先生には、後で謝ろう。ピットを破壊してごめんなさい……と。

 ってことで、最後に2発の燃料気化弾をぶち込む。

 1機撃墜――っと。

『頼三、後ろだ!!』

 ラウラの叫びに振り返り――――背後に目標が迫っていたのを今になって気付く。

 悪い癖が出てしまった。1つの目標に囚われるあまり、他の目標の存在を忘れる――。

 超高密度圧縮熱線が迫り、ただ防御だけの対応しかできない。

 頭では冷静に考える事は出来ているが、体はそれに応えてくれない。

 ほんの数秒でシールドエネルギーを削られ、残量不足の警告に埋め尽くされる。

 マズイ――

 エネルギーが増設されたことに甘えていた。

 様々な考えが頭をよぎる。

 ――最大加速で緊急離脱→離脱後にエネルギー切れ。

 ――戦域征圧砲で捨て身覚悟の砲撃→装填中に被撃墜。

 …………。

 無駄な考え。

 思考が全てを支配し、何もできないまま――シールドが砕け散り、超高密度圧縮熱線が目前に迫る……。

 ゆっくりと見える世界。

 駆けつけたラウラの青ざめた顔。

 光を引いて火花を散らす専用機持ち達。

 ……護れてないじゃん、オレ。

 

 強制終了される黒槍。

 ぶわっ――と、落下と共に風に包まれて。

 ゆっくりと、ゆっくりと落ちていく。

 ……敗因が見えてきた。

 力に、溺れていたんだ……自分は勝てる――そう考えて。

 全力で当たるのは悪くないと思うが、全力過ぎて――いくらエネルギーが多くとも、すぐに底を突く……。

 ドサリ――――とアリーナの床で全身を打つ。

 痛いはずだが……痛みを感じない。

 視界がぼやけて…………。

 

 

 ここで、死ぬのか――――。

 

 

 紅い光を曳く曳光弾。

 セシリアが放つ蒼い光。

 ……ギリギリでそれだけが認識できる。

 靄がかかったかの如く、ぼぉっとする頭。

 立ち上がろうとしても、体が重い……。

『くっ……』

 聞こえる、ラウラの苦痛の声。

 …………護る護ると言って、結局自分は無力なのか――――。

 

 

 小さな、鼓動。

 0だったエネルギーが、ほんの少しだけ回復する。

 黒槍には……昔から、無理させっ放しだな――。

 展開するのは狙撃砲。

 ……これだけで十分。

 

 仰向けから、うつ伏せへ何とか移り――弾倉を装着し、コッキングレバーを引き寄せる。

 ISの補助なしで狙撃砲を支え、スコープを覗き込む。

 重い。

 IS専用武器を、生身のままで持つのは無理があり過ぎる……。

 でも――!

 外してもいい。一瞬でも目標の意識をラウラから逸らす事ができたのならそれでいい!

 十字の中心に目標を捉え。

「……………………」

 小さく、引き金にかけた人差し指を屈伸させる。

 騒音まみれのアリーナ。

 何故か、この乾いた発砲音だけが響き渡る。

 最期の力を振り絞り、強烈な反動を抑え込む――――。

「っ……」

 弾丸が駆けるように、自分の体にも痛みが走る。

 

 案の定、弾丸は目標から外れた。

 しかし目標の意識を一時でもラウラから外すことに成功。

 ……ここまで――だな。

 狙撃砲が粒子と消え、同じように意識も闇へと落ちていく…………。



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25.単一仕様能力

 みんな、強さを求めている。

 一夏は――自分と同じように護る為の力を。

 

 そして自分は手に入れた。

 現存するほぼ全てのISを凌駕する力を。

 それでも、自分は護れなかった。

 理由は簡単だ。

 自分が、その力を制御できていないから。

 いくら力があっても、それを正しく行使できなければ意味もなし。

 間違った使い方なら単なる暴力でしかない。

 もしも、アリーナと同じように市街地で戦ってみろ。

 一瞬で街を灰に帰すだろう。

 

 力欲すもの、力に溺れる。

 

 ……自分で考えたが、間違いじゃないだろう。

 力を欲し、力を手にして……力に頼り過ぎて物事の大局を見失う。

 

 

 目は開いていないが……見える大空。

 戦いの、空。

 あの空へ……戻りたい。

 力を見誤らず、今度こそ自分は全てを護りたい。

 

 

 

 

 ――Want Wirkleistung Me? Wenn Sie so wollen.

 

 ……聞こえる。

 そう願うのなら、本当の力を欲するか――――と。

 VTシステムと似ているが……違う。

 確信はないが、VTシステムではないと信じて自分は答える。

 

「Alle macht die Stärke zu wollen, es sich selbst zu verteidigen――」

 

 全てを護るための力を、本当の強さを、自分は欲する。

 

「Dies ist die letzte Hoffnung der "Schwarze Lanze".

 Jetzt tun müssen. Noch einmal, nur noch einmal kämpfte möchten Sie!」

 

 これが「黒槍」への最後の望み。今だけでいい。もう一度、もう一度だけ戦わせて欲しい!

 

 

 

 黒槍は、答えてくれた。自分の願いに。

 最低限の展開をした黒槍に支えられ、ゆっくりと立ち上がる。

 ……!? これは――――。

 自分には理解不能な計算が同時進行でいくつも開始され、終わったら新しい計算へ。

 砂埃を巻き上げ、体全体を粒子に包まれる。

 一度黒槍が収納され、改めて1つずつ順に粒子が形を作る。

「…………」

 まさか……第三形態移行? いやまさか――そんな――――。

 各ゲージが徐々に上昇し、投影されるのは『System alle grün』。

 最後にシールドエネルギーが0から一気に上昇を始め、2000でピタッと止まる。

 先程から体全身を包んでいる粒子に衝撃が走っているが――状況確認。

 一部の目標がこちらへ超高密度圧縮熱線を放っている。が――他の専用機持ちはこちらを注視。

 ……もう、行けるか?

 

 

 ――Militärischen Ruhm und Mut in den Ergebnissen.

Nur ausgeübt wird ist kein Problem an sich lohnt, um sinnvoll, ist so was nicht ist,

eine böse und rücksichtslosen Mut ist.

 

 軍事的栄光と勇気は、結果である。それ自体が問題ではなく、価値ある目的の為に発揮されてこそ意味のあるものであり、そうでないものは、悪であり蛮勇である。

 

 

 ――Es ist in der Brust.

 

 それを胸に。

 

 

「あ……」

 ぼう――と、ディスプレイに浮かび上がった文字。

「……深い、な」

 低い唸りを上げるエンジン。

 もう一度全システムを確認――――よし……OK

「篠ノ乃頼三……戦線復帰する――」

 ぐっと身を屈め、3・2――と数え……一気に飛び上がり、粒子の殻をぶち破る!

 

 

 

 慌てて追撃に来る目標2機。

 武器一覧に一度目を通し――よし。

 翼内のスラスターを噴かせ、超高密度圧縮熱線を避けていき――。

 くっと上昇に移って1回転。

 

 ――黒の雨(シュヴァルツ・レーゲン)展開……。

 

 翼の一部がせり上がり、翼内部の砲門をさらけ出す。その合計、40

 あの日、銀の福音が行ったように、高密度エネルギー弾の雨を降らせる。

 四方八方へ撃ち出したそれを1つ1つ目で捉え、最後に目標を直視。

 ぐにゃり……と方向を変えたエネルギー弾が一気に目標へ降り注ぐ!

 

 あれ……? これって目視誘導? それとも……BT兵器?

 

 ともかく。

 一応のダメージを与えているだろうが……目標いまだ健在。

 と、その時。ディスプレイに浮かび上がるのは

 

 ――単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)『Alle verweigern die Dora-cannon』発動。

 

 1門に省かれた超大型ドーラ戦域征圧砲『絶対砲撃《アブソリュート・ファイア》』が砲口を上に向けた待機状態から移動し、砲を前に向ける。

 1問に省かれたと言えども、その直径は本来の80センチ列車砲と同じように80センチ。

 省かれるのも当然だろう……。

 

 ふと気付けば、誰も参戦していない。

 みんな、見上げて――。

 ……心配そうな、ラウラ。戻ったら……いい意味でいじめてやろう。

 頬が少し緩む。

 

 放たれた巨大な砲弾。

 目標を自動察知し、その大きさからは信じられないほど小さな爆発を起こす――しかし。

 キィィィィィン――と、ノイズを撒き散らす。

 これは――もしかして!

 システム・ウェポンの柄と銃剣を展開し、簡易的な槍を作りだす。

 シールドと翼で迎撃を打ち消し、一気に距離を詰め――一気に突き出す!

 やはり。

 その名の通り?『全てを否定するドーラ砲』

 それは、絶対防御システムを強烈なジャミングでうち消した。

 恐ろしく脆いボディを突き破り、コアごと一機を破壊。

 翼で爆煙から身を守りつつ、展開したままの戦域征圧砲を目標の胴部へ接射!

 

===

 

 黒煙が晴れた時。

 そこに浮かんでいたのは……流線形の装甲と、砲口をさらけ出した翼を纏う頼三。

 肩のあたりに展開している戦域征圧砲は――私のと、よく似ている。

 正直、そんなことはどうでもいい。

 想うよりも速く、口は言葉を紡ぎ――身に纏ったISで空に駆ける!

「頼三ぃ!!」

 

===

 

 黒煙が晴れた時。

 自分は、護れたのか? と。自問するが――称賛の声をかけてくれる専用機持ちと、逃げ遅れていた生徒。それだけで、十分だ……。

 そして――――。

『頼三ぃ!!』

 その目に涙を浮かべつつ、自分の腕の中に飛び込んでくるラウラ。

「……泣いてるのか?」

「な、泣くなと言うのかお前は! 目の前で、倒れて……」

 今の一言で限界が来たのか。

「う……うわぁぁぁぁぁん――――」

 高度を少しずつ下げ、地表に降り立ってISを収納。

 この手で、ラウラをきちんと抱きとめる。

 腕の中で泣きわめくラウラは、軍人でもIS搭乗員でもなく、年頃の女の子そのもの……。

 前言撤回。いじめたりしません。

「悪かったな……昔から、ラウラには心配かけてばかりだな」

「……バカ」

 その髪をゆっくりと、丁寧に撫で。

 ……ん?

 ふと、見ると。

 一夏が自分からシャルルの手を握る。何を意味するのか察知したシャルルが、自分の腕を一夏の腕にしがみつくように腕を組む。

 当然そこにはセシリアや鈴かいる訳で。

 でも……この期に及んで理解できないほどのセシリア達ではなく――1歩下がるのだった。



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26.本心

 何の宴会だよこれは……。

 てか、ここは病室なんだけどさ。

「堅いことは言いっこなしよ!」

 あー……こら、隣のベッドを占領するなよ。

 現在位置、IS学園の医療室。

 てか、向かいのベッドの会長が煽ってるし……あんた重傷患者じゃないのか?

 ……自分も、結構な重症だが。

 

 あの後、すぐに倒れこんで医療室に緊急搬送。

 診察の結果、全身に計30個所以上の打撲、あばら2本と左腕にひび。その他多数の切り傷と擦り傷。

 パワードスーツとしてのISに支えられていた――と。

 ほっとけば治るだろうし、今日1日だけは医療室泊まり。

 

 で、だ。

 専用機持ち全員が集まって、酒なし宴会状態。

 かくいう自分も、炭酸飲料をちびちびと呷っているのだが。

 みんなが、がやがやわいわい――そんな中で、部屋の隅でちびちびと呷っている自分とラウラである。

 と、そんな時。

「篠ノ乃――篠ノ乃頼三、動けるな? なら来い」

 扉を開けて入ってきたのは千冬さん。

 自分1人だけ呼び出し?

 ただ……千冬さんの雰囲気が尋常じゃないのが見てとれる。

 しん――と静まる室内。

「……ラウラ、行ってくる」

「あ、あぁ」

 

 歩くたびに体が痛むのだが、我慢。

 と言うか、どこへ行くんだ?

「織斑先生……いったいどこへ?」

「……ここでいいか」

 人気のない校舎。

 この時間帯になると、ほぼ全ての生徒は寮へ移動した後。

「――あいつから、何か聞いてるか?」

 ポツリ、と千冬さんが零す。

「いえ、何も。最近、自分も向こうの考えを全く察することができません。そもそも、あれはまだ実験段階の筈なんです」

「……そうか」

 ……あれ? これだけ?

 ゆっくりと医療室へ戻る。

 ん? メールだ。

 携帯電話をポケットから取り出し、確認――――っ!?

『出頭要請』

 ただ、それだけ。

 こんなメールを送ってくるのはただ一人。

『差出人:篠ノ乃束』

 ラウラと千冬さんにメールを送っておこう。

 多分、明日は帰れない。

 

 

 

 

 1人電車に揺られ、都内某所の駅で降りる。

 都内と言っても、都心部からは少し離れた場所。ネオンの明かりなど、ほとんどない。

 歩を進めつつ、全神経を全方向へ集中させる。

 尾行は……いない。今日が今日だけに、公安や政府の目はIS学園に向いているか。

 

 

「ふーむ……。第三形態移行かぁ。黒槍が完全に頼三くんを認めたのかねぇ」

 暗闇に包まれた1室。

 ディスプレイが発する光だけが唯一部屋を照らす。

 地下だから、電気を点けてもいいと思うんだけどなぁ……。

「…………来ました」

「おお、遅くもなく早くもない到着だねぇ」

「――そりゃどうも」

 だんだんと暗闇に目が慣れてきて。

 あー……散らかってるなぁ。

「で、何の用ですか?」

「単刀直入に言う? 色々無駄話混ぜた方がいいかな?」

「どちらでもどうそ」

 暗闇の中、向き合う自分と束姉さん。

 しばらく無言の時間が過ぎて。

 

「学園は楽しいかい?」

 

 全ての起点になった言葉に近く。

「――ええ。楽しいですよ」

「それは良かった」

 相変わらず、読めない。何を通達するためのこの会話か。

「じゃぁ、頼三くんは日本に残ってね~」

「……は?」

 それってつまり、束姉さんが日本を出る……?

「日本に残る代わりに、暮桜の在りかを探れ」

 っ……!

 いつもの軽い雰囲気・口調ではなく……高圧的な口調。

 え? でも……。

「暮桜は紅椿に転用したんじゃ!?」

「してないよ~。白式のコアは白騎士のコアだけどねぇ」

 じゃぁ……暮桜は何処に?

「それを探ってほしいのさ」

「う……了解、しました」

「うんうん、素直でよろしい」

 ……これって絶対二重スパイだよな。

 いや、分かって2人とも使うのかも。

「はい、データ取り終わったよ~」

 投げ渡される黒いチョーカーを受け取り、首に装着しつつ――。

「で、どうなんです?」

「ん~? ISは日々成長するんだよ。意思を持った機械みたいなものだからね」

 よし、装着完了。

「だから、この先も第三形態移行はあると思うよ?」

 

 

 揃って地下から出たが、振り返ると束姉さんの姿は無く。

 ……。

 東の空が少し紅く。

 もう、朝なのか……昨日の今日だから授業はないらしいし、ゆっくりと帰ろうかね。

 考えないといけない事が多い。

 暮桜の件。

 束姉さんの管轄下に暮桜がないなら、千冬さんが今も所有しているのか。

 そして……資料の中に発見したもの。

 2機のIS――『サイレント・ゼフィルス』と『アラクネ』の資料と関連し、書かれた名前……何かを消して書かれたと思われる『エム』の単語。

 束姉さんが亡国機業と関わっているのは、クロに近いグレー。物的証拠がないので何とも言えんが。

 でも、関わっているなら――亡国機業の襲撃に合わせて無人機を投入したほうが……。

 

 これまでに束姉さんが関わったと推測できる事件が多すぎる。

 白騎士事件にせよ、福音事件も。

 亡国機業関連も合わせたら、一夏の誘拐事件にも関わっているかもしれない。

 

 仮説だが。

 一夏がIS学園の試験会場へ迷い込むように仕組み、そこに置くのは白騎士。

 最初のコアを持つ白騎士だから、当然男性である一夏にも反応する。

 で、その白騎士のコアを流用した白式を一夏の専用機にする。

 

 無理が多いかね。



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27.体育祭

 そんなこんなで。

 朝のSHRである。

 ……あれ? プリントが配られて――。

「突然ですが、来月に体育大会を開催することが決まりました~」

「えっ!?」

「なっ!?」

 幾つかの反応。

 

 あれ? 自分と一夏はどうなるんだ? パワーバランス的に。

 あ、項目発見。

 なになに……。

 

――男子2名は基本的に参加権利はないが100メートル走を参考記録として実施する。

 

 えと……つまり、男子だけで走ってその記録は参考用――と。

 100メートル走ねぇ……これもまた久しぶりだな。

「配った用紙の半分の応募用紙に、出場したい種目を書いて提出してくださいね。あ……織斑君と篠ノ乃君は出さなくていいですからね?」

 いや……分かってますよ山田先生。

 

 

 そんなんで、1限目から体育なのである。

 てか、学校指定の体操着――てかジャージを着るとは思ってなかったなぁ。

「そう言えばさ、頼三ってかなり足速くなかったか?」

 余裕を持って到着した運動場。

 運動場へと降りる階段に腰掛けて――である。

「ん? そうだっけ……タイム覚えてないからなぁ……」

 よく1位とか2位になった記憶はあるが、自分の正式なタイムなんて覚えてないぞ。

 

 

 授業――なのだが。

 女子は選択肢にある競技を一通りやるみたいで、男子は適当に練習しとけ! 的な。

 ってことで。

「じゃぁ、軽く1本走ってみるか」

 一夏がクラウチングスタートの態勢に入って――――。

「いいけどさ、誰がスタートの合図するの?」

「……あ」

 

 ってことで、軽いランニングにすることにした。

「…………」

「…………」

 しばらく無言で走り続け――。

「遅いっ! 邪魔!」

 ……おぉ。

「――鈴、速いな」

「だな。一番小さい分、速いのかねぇ」

「え……一夏、それ――どんな意味で?」

「……………………」

 黙秘権ですか。

 てか、鈴は200か400メートル走に出るのかな? トラックを走っているってことは。

 ラウラは――何やっても活躍しそうだな。基礎的な身体能力は高そうだし。

「ところでさ――頼三……」

「ん?」

「これで……何週目だ?」

「多分、15周」

「ちょ……やっぱり……休んでいいか」

 1周200メートルトラック×15=3000 3キロか。

「甘いなぁ一夏。そんなんじゃ自衛隊の訓練について行けんぞ」

「それは、頼三が……ドイツ軍で鍛えられたからだろ」

 一夏脱落。

 ……1日に10キロ走るとか普通なんだけどなぁ。

 ま、しばらく走ってなかったから、自分もせいぜい5キロが限界か。

 にしても……なんで日差しがこんなに強いのか。

 肌焼けるじゃんよ……。

 

 

 

 

 まぁ……そんなこんなで。

 いよいよ明日は体育大会なのだが――――生徒会は容赦なく前日設営で。

 男手はテントの骨組み運び。

 いいんだけどさ、当然だし。

 ただ、問題は距離。倉庫から一番近いアリーナでも5分はかかる。

 別にいいんだけどさぁ。

 

 ――と、毎度のことだが譲歩しまくりなのであった。

 

 

「全会場への骨組み搬入終わりました」

「ん~。じゃ、とりあえず待機しておいて」

 第1アリーナ。

 明日もここが本部になるようで、前日設営の指揮もここで行われている。

 で、もちろん全線指揮は会長サマ。

 

 そう言えばさ、明日は親御さんの参加もOKらしいね。

 それでも万全を期すために、生徒会メンバーで見回りだとさ。

 ……ISとは無関係の行事でも、潜り込んでくる可能性は十分にありそうだし。

 あれ……? てかさ――――。

 

 自分と箒――親とは離散

 一夏――捨てられて……。

 ラウラ――親と呼べる人間が居ない。

 シャルル――実家と決別。

 セシリア――死別。

 鈴――離婚により母子家庭。

 

 ……。

 何だこれ。

 鈴は母親が居るし、一夏には千冬さんが居る。

 でも……ねぇ。なんと言うか。

 自分らにも束姉さんがいるが――――。

 なんと言うか、みんな似ているようで似ていないな。

 

 

 

 

 で。

 始まりました体育大会。

 競技によってアリーナは異なるが、第1アリーナで開会式と結果発表、閉会式が行われる。

 開会式は無事に終わり、会場警備に駆り出された。

 どうでもいいが、開会式前の入場行進では一夏が旗持ち。ここはあらゆる国家に属していないので校旗だけだけど。まぁ、たった1人の旗持ちを任せられるんだから凄いよなぁ……単に見栄えがいいから――って理由もありそうな気がするけど。

 

 警備には特にシフト等もなく、手が空いた役員が適当に見回る――――って。そんなんでいいのかなぁ……と思ったり。まぁ、本部からの指示があるらしいけどね。

「よし、問題ない。出ようか」

 第1アリーナ職員通用口の陰でH&K P7M13の弾倉を確認。

「うむ」

 基本的に今日は体操服着用だが、一部の役員は制服着用が許されている。その一部とは『従軍経験者もしくは国家代表』つまりは、携帯火器の訓練経験があるか否か。

 と言ってもまぁ、自分とラウラ。後はシャルルと会長だけだけど。

 一歩外へ踏み出し、どこへ行こうか――――ラウラに聞いてみようか。

「んじゃ……まずどこに行く?」

「そうだな。一番遠い第7アリーナへ行くか? 近くのアリーナはもう他の役員が押さえているだろうしな」

「了解。じゃあ行こうか」

 

 さて。第7アリーナまで徒歩約20分。

 40分後には走り幅跳びがあるので、生徒と親御さんの流れは結構ある。

 ……なんと言うか、ある種『人種のるつぼ』だな。

 世界各国から集めればそうなるのは当然だろうが。

 まぁ、当然と言えば当然だが、スタートの仕方は『On your mark!』『Get set!』なのね。

 意外と学園内にも英語表記が多い。英語は地球語と言うがそのままだな。

「そういや、ラウラは100メートルハードルだったよな? 自信の程は?」

「やるからには全力を尽くし、当然狙うのは1位のみだ――と、言えばいいか?」

「ああ。上等だな」

「頼三は――――1位か最下位しかないからな、言わずとも分かるよな?」

 勝つ以外に道はなし、と。

 さて……第7アリーナ到着――っと。

 

 競技開始前に会場を一回りし、不審物がないか確認。

 後は競技終了までここに留まって不測の事態などに対応する――と。

 

 走り幅跳び――ねぇ。誰がエントリーしてたっけ。

 お、黛先輩か。

「そう言えば、なんでラウラは100メートルハードルにエントリーしたんだ?」

「それは――そうだな……少しでも難易度が高い方がやる気になれないか?」

「あー……そか」

 

 そんなこんなで競技が始まり。

 アリーナ最上階から競技観戦中。

 ほう……黛先輩、5メートル半も跳んだぞ。

 ふと思ったが。

「今回ばかりは、向こうさんも襲撃なんてしないよな?」

「……確かに、体育大会はISとは全く関係ないが……ここに居るのはほぼ全員IS操縦者だ。襲う確率が0%だとは断言できない」

「でも、今回ばかりは最後まできちんと終わってほしいよな。今までの行事、全部が途中中止だろ?」

 ……そのうち数回は束姉さんの差し金だが。

 ラウラが立ち上がり、『会場警備』の腕章をつけ直し。

「そうだな。その為にも、私たちが頑張らなければいけないのだろ? 見回りを再開しようか」

Zustimmung(了解)――競技終了まではここの警備だな」



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28.C-〇〇三六

 時間は11時。

 ラウラが出場する100メートルハードルと自分の出る100メートル参考が連続するために、第1アリーナに戻ってきた。

 

 更衣室で一夏と共に会場中継のテレビを眺めている。

「なぁ、一夏――賭けでもしないか?」

「賭け? ジュースくらいならいいけど……」

「ラウラが1位になるかならな――」

「――下りる」

 結果が見え切っている――と付け足して苦笑いの一夏。

 

『On your mark!』

 来た……ラウラは1レーンか。

 期待してるぞ…………ラウラ。

『Get set!』

 くい――と、全員の腰が上がり――ってあれ? 本音嬢もいるじゃないか……。

 エントリーは個人提出だから、基本的に知らないけど……まさか――ねぇ。

 パァン! と、乾いた火薬炸裂音と同時、全員が地面を蹴る。

 流石ラウラ。スタートダッシュでもう差をつけた。

 と言うか、本気の目をしてる。

 見ている感じでは、ハードルを飛び越える際に最も低く跳んでいる。

 ……で、同じくらいに低く見えるのは本音嬢。てか、普段とは比べ物にならない速さだ。間はかなりあるが、2位につけている。

 気付けばもう5台目のハードルを跳び越し、残りは半分。

 ラウラ優位に何の疑いも持たないが、画面を凝視し続ける。

 ………………。

 …………。

 ……。

「賭けに乗らなくて正解だったな――頼三、行こうか」

 

 細い通路。

 更衣室へ戻るラウラとすれ違う瞬間、乾いた音を響かせて手のひらと手のひらを打ち合わせる。

 言わずとも、感じた気がした。

『私はやった。次はお前だ』と。

 

 

 

 

『午前の部最終競技、男子100メートル参考を開始します!』

 わぁぁぁぁぁぁぁ~! と。うん。基本全員は一夏目当てだもんね。

 最終競技なので、ほぼ全員が第1アリーナに集まっているのか……ほぼ満員だな。

 ……あ、ちょっと発見。

 奥の方で賭けやってるぞ。オッズは――まぁ、当然と言えば当然だな。自分の方が低い。

 あー……『越界の瞳《ヴォーダン・オージェ》』をこんなことに使うもんじゃないな。

 あら、スターターは千冬さんなのか。

「「………………」」

 2人無言でゴールを見据える。

 自然に喧騒、歓声が鳴りを潜め。

「On your mark!」

 両手を地面につけ、スターティングブロックに両足を預ける。

 にしても……流石は千冬さん。流暢な英語だ。

「Get set!」

 く――と、腰を上げ、そこで静止させる。

 アリーナが、完全な静寂に包まれる。

 ……。

 微妙なずれの火薬炸裂音。

 意識すると同時、両足はスターティングブロックを押しつける要領で前へ出る!

 よみがえる歓声を頭の片隅で感じつつ、前へ! 前へ! Prev!

 スタートダッシュの差で、少し一夏が前。

 でも!

 握った手に力を込め、一気に加速に入る。

 もう前しか、ゴールテープしか見えない。

 会場のどよめきも、感じていてもそれ以上は何も思わない。

 勝つか負けるかそれだけの競争。ならば、自分は勝ちたい。

 一夏の息遣いもだんだんと聞こえなくなり。

 気が付けば。

 様々な声が飛び交う喧騒の中。一夏を大きく引き離してゴールしていた。

 一瞬、喧騒が止む。

 その間にタイムは――――11秒01……。

 わっ――と、喧騒が三度よみがえる。

 一夏が負けたことに対するのか、あえて自分に賭けた生徒の喜びか。

 ともかく。

 自分は……勝った!

 

 

 アリーナの外でラウラと合流して。

「…………やったな」

「……あぁ」

 言わずとも伝わる。

「今のところは問題点ナシ……か」

 食堂。

 早めに来たおかげで席を確保できた。と言うか、席についた直後に食堂が満員になったのだが。

「盗撮目的の不審者が現れたらしいが、それは生徒会長が対応済み――警察へ引き渡し完了……か」

 端末をいじるラウラ。

 不審者――ねぇ。ラウラもシャルルも簡単に撃退――てか、致命傷を負わせるんじゃないだろうか……。

 まぁ、それでこそ――な気もするんだけどね。

「んじゃ、とっとと食べようか。麺が延びるし、後がつっかえてるからな」

「ん。そだな」

 

 

 再び警備に戻り。

 午後の部は閉会式まで出番がないので、ぐでー――と行こうかね。

 もちろん、きちんと見回るよ。うん。

 

 

 

 

 そんなこんなで。

 午後の部は出番なし。そのまま閉会式である。

 この体育祭は今年で4回目らしいが、全4回とも3年生が総合優勝――まぁ、そんなものか。

 でも、1年からも少数が学園記録を更新した。と言っても2人だが。

 ラウラ、100メートルハードルで。

 鈴、800メートルで。

 うん。こうデータが出ると、大きいことはいいことだ――とは一概に言えない気がする。

 自分は別に大きさにこだわらないけどね。

 とか考えつつ、先生さまのお話を華麗にスルー。

 

 この後は全員で後片付けだが、一部は来賓や親御さんの誘導にあたる。

 万が一に備え、自分とラウラは誘導へ出る事になった。

「――大体はもう学園を出たか」

「そのようだな…………ラウラ」

「ああ。3秒後に」

 3……2……1――――。

 身を翻し、H&K P7M13を木の陰へ向ける。

「出てこいよ、そこにいる奴」

 グリップを強く握り、グリップセイフティ解除。

 引き金に掛けた人差し指を屈伸させれば、弾丸は放たれる。

「ふふ。流石は現役軍人と予備兵役者ってところかしら? 遺伝子強化素体(アドヴァンスド)」

 金髪長身――シャルルが成長したら、こんな感じになるのかなぁ――。

 じゃなくて。

 スコール・ミューゼル……亡国機業の幹部か。

「幹部サマ直々に何の用だ?」

「あなたは……篠ノ乃頼三――だったっけ? そんな物騒な物仕舞って、ちょっとした話、聞きたくない?」

 敵意は無い――のか?

 ラウラに目配せすると、ラウラは拳銃を仕舞った。

 つまり、聞くだけ聞いてみるってことか。

「物分かりがよくて助かるわ――」

 そいつはどうも――と、答えようとするが、その次の一言に言葉を失った。

 

「C-〇〇三七とC-〇〇三六」

 

 ラウラが、C-〇〇三七だから……C-〇〇三六って、まさか――――。

「そうだよ、篠ノ乃頼三。お前は人間じゃない。失敗作ではあるがな。男を作ったのが間違いなのか、アジア系の遺伝子が悪かったのか。そのあたりは誰も知らない話だが」

 …………嘘、だろ?

 自分が、遺伝子強化素体……。

「そこまでにしろ。その話の真偽がどうであれ、それ以上頼三に吹きこむな」

 カチャリ――と小さな金属音を立て、ラウラが銃口をスコールへ向ける。

「まぁ、信じるか信じないかは個人の勝手ね」

 そう言って背を向け、学園の外へ向けて歩き出す。

 

 やけにあっさりと帰ったな。

 でも……これだけを伝えにここまで?

 そんなにも重要なのか?

 いや――精神的攻撃の可能性もある。

 まぁ、その術中に嵌まってしまったが……。

 事態を冷静に考えている自分と、疑念で一杯の自分。

 逆に考えよう。

 もし自分が遺伝子強化素体なら、どうして日本に? 施設は全てドイツ国内に存在している筈だ。

 頭の中で疑念が浮かび、消えては浮かぶ。

 ガクガクと足が震え、手も震える。

 言葉を発しようにも、あ――と短くしか発することしかできない。

「篠ノ乃頼三!」

 急にラウラが自分の両肩を掴み、そう叫ぶ。

「お前は、誰だ!?」

 あ…………。

「自分は――自分は、篠ノ乃頼三だ!」

 上手く呂律が回ってなかったかもしれない。でも。

 ふっ――と、短く息を吐くラウラ。

 その表情は安堵に満ちていて――――。

「なら、お前は篠ノ乃頼三であればいい。それ以上のものが……あるものか」

 ラウラは……強いな。

 自分より、ずっと――強い。

 でも、時に弱い。

 

 お互いの弱さを、互いにカバーできるように、なりたいものだな。



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29.エルヴィン・ハルトマン

 真実かどうかを確認する必要性がある。

 が……誰に。

 束姉さんに? ……はぐらかされるのが関の山か。

 てなことで。

 職員室の扉を叩く。

「織斑先生……少々お時間よろしいでしょうか」

 

「……なるほど。その件については、こちらから話すように言われていた」

 先程の一件の報告と、会話内容を伝えて。

 椅子から立ち上がり、小会議室の窓辺に立つ千冬さん。

 独り言のようにつぶやく小さな言葉。

「C-〇〇三六。遺伝子強化素体初の男性体。識別名『エルヴィン・ハルトマン』ほぼ全てにおいて女性体より劣っており、失敗作として【処理】された」

「……処理」

「ちょうどその頃だったか……あいつが一人の少年を連れてきたのは」

 ………………。

「そして、エルヴィン・ハルトマンは篠ノ乃頼三へと名を変えた」

 

「なぁ、『頼三』。お前は何を悩んでいる? 遺伝子強化素体と言っても、少々生まれ方が一般人とは違うだけだろ?」

 そして、職員室側のドアを開けて――最後に一言。

「悩むなら悩め。お前らの人生はまだまだ長い」

 ……お前『ら』?

 そうか。自分以外にも……ラウラ・ルーデル――他にも多くの……。

 

 さて。

 思うこと。

 どうして、束姉さんはこのことを隠していたのか。

 まさか……裏で何かが動いていたか。その可能性も無視できない。

 そのことは……思いついた時に、考えていこう。

 廊下でぶつぶつ呟いていたら変人だし。

 よし――――決めた。

 考えなければいけない事がいっぱいだが、それに捕らわれ過ぎず。

 自分がこんなんじゃ……ラウラも、なぁ。

 

「ただいま」

「ん? あぁ……分かったのか?」

 自室。ベッドに身を投げ、先程の会話をラウラに伝える。

 

「そうか――教官が言うのなら……」

 どこか納得した表情で頷くラウラ。

「にしても、エルヴィン・ハルトマン――か」

「何か変か? ラウラ」

「いや……砂漠の虎と黒い悪魔――なんだな。と」

 砂漠の虎? 黒い悪魔? ――――――あぁ。

 エルヴィン・ロンメルとエーリヒ・ハルトマン――か。

 …………遺伝子強化素体に第三帝国軍人と同じ名字を付けるの多いな。

 自分もだし、ルーデルも。同じ班だったガーランド、ハイドリヒ、メルダース、ミルヒ。

 みーんな。

 そんな中でラウラと大尉はかなり特殊なのかねぇ。

 

「ところでさ、自分をドイツはどう扱うのかねぇ。篠ノ乃頼三として軍籍に入ってるけど」

「さぁ……」

 いまいちパッとしない答えだな……。

 でも――それが一番正しい答えなのかもしれない。

 向こうは絶対に篠ノ乃頼三=エルヴィン・ハルトマンの事実をつかんでいるだろうし。

 あえて――なのかもしれない。

「とりあえずさぁ……ラウラ」

「ん?」

「夕飯食べに行こうか」

「――そうだな……腹が減っては何とやら。か?」

 

 

 

 

 ……。

 いつもの違和感に目を覚まし。

 いや、いつもの違和感――それは違和感と言わないのでは? どうでもいいけど。

 でもまぁ……最近は感じなかった違和感だな。

 てか、これに動じなくなった自分も自分だろうが。感化された――かな?

 とりあえず…………裸で寝るなよ。

 風邪になっても知らないぞ……でも――――こうやって、無防備な姿を晒してくれるのは……うん。

「……風邪、ひくなよ」

 布団から抜け出し、改めてラウラに布団を掛け直す。

 すう……――と小さな寝息を立てて寝返りをうつラウラ。

 にしても。

 ホントに肌真っ白だな。

 自分も全然焼けてなくて白いが……それでも、やっぱり何かが違う。

 なんと言うか……。

 陽の下へ出すことを憚られるような……過保護かそれは。

 

 

 7時か……土曜日なんだけどなぁ…………いつもと起きる時間変わらないや。

 朝ご飯はラウラが起きてからでいいから――なにするかね。

 

 とか考えつつ寮内を歩き――掲示板まで来た。

 食堂とロビーの間。どんな感じかと言えば、SAにある交通状況を知らせるアレみたいな感じか。

 ……アレ――と言って通じたのだろうか。

 まぁいいや。基本的に呼び出しとかもここに出るから……あれ?

『篠ノ乃頼三 本日9:00に職員室まで出頭せよ』

 …………。

 なんだろうね。呼び出しとご縁があるようで。

 

 8時45分。

 なんと言うかね……休日でも、職員室等へ入るときは制服着用って――。

 まぁ……制服を着込んだ方が武装できるから――いいけどね。

「篠ノ乃頼三、入ります――」

 ガラガラガラ――うん。ここは普通の引き戸なんだよね。

 意外と教師は少ない。休日に出ない教師はいるしねぇ。

 と言うか、誰もいないんだが。

 じゃぁ……自分は何用で呼ばれたんだ?

「甘いね。学園内だからと言って、もう安全じゃないんだよ?」

 後頭部に堅い金属を宛がわれる。

 ゆっくりと両手を上げて。

「…………ずいぶんと、古い銃をお使いで」

「新しけりゃいいわけじゃないのよ。それくらい分かるでしょ?」

「流石はミュラー大佐」

「あら。声でばれたか」

 宛がわれていた金属がなくなり、声の主の方向へ向き直る。

 160後半ほどの身長に、緑眼茶髪。

「お久しぶりです、ミュラー大佐」

 敬礼。

 ミュラー大佐が敬礼を返し、その手を下ろした後に自分も右手を下げる。

「ずいぶんと大きくなったねぇ頼三。何年ぶりだっけ?」

「ほんの数年だと思いますが……そんなに変わりました?」

 自分ではあんまり変わってないと思うが……。

 

 この方、名をリア・レア・ミュラーと言い、軍に身を置きながら連邦情報局に勤める特務大佐である。

 世界各国を飛び回る忙しい人なのだが…………どうして今日は。

 どうでもいいが、その名と使用拳銃がワルサーP38のac41型――1941年に製造されたワルサー純正モデル――から、ハインリッヒ・ミュラーの親族ではないかと疑われている。本人は否定も肯定もしていないが。

 

「……で、今日は何のご用で。と言うよりも――掲示板管理アカウントをハッキングしましたね」

「え? ハッキングじゃないよ。クラッキングだよ?」

 …………悪意があるかないかの差だと思いますがね。

「用件――ねぇ。今は休暇だよ。暇だったから来てみたんだけど?」

「まさか――身分証明書も偽ったので――」

 言葉を紡ぎ終わる前に遮られ。

「ドイツ軍IS兵器開発部門の人間で、篠ノ乃頼三とラウラ・ボーデヴィッヒに要件あり――って言ったら、簡単に通してくれたよ?」

 おい……そんなんでいいのかIS学園セキュリティ。

「まだまだ甘いわね。私の腕にかかりゃあ赤子の手を捻るよりも簡単よ?」

 どうでもいいが、この会話は全て日本語である。

 ルーデルは日本語があまり喋れないので、ドイツ語を交えているが……ミュラー大佐は曰く、ドイツ・ロシア・アラビア・英・中国・日本語を喋れるのだとか。

 スパイとしては必須よ? とか言ってた。

 要は、旧ソビエト圏や中東、アジア――と、各地で通用する言語って事だと思うけど。

 

「で、真実を掴んだようね? 頼三――いや、エルヴィン?」

 やっぱり、その話題か……。

「気にしなくていいよ? すでにエルヴィン・ハルトマンは死んだ人間になってるから――」

 つまり、篠ノ乃頼三としてドイツ軍は自分を扱う――と?

「――私が書き換えたし?」

 おい。

 いいのかそれで?



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30.疑心暗鬼を生ず

 案の定――と言うか。

 月曜朝のSHRでは『不審人物を見かけた場合、すぐに教員に連絡するように』だって。

「それで解決できるなら、安いものだよなぁ……」

「ああ。と言う前に、各国に帰属する人間が集まっている以上、全員がスパイと言っても間違いではないと思うがな」

「だねー」

 現在、午前の実習が始まる前。着替えを終えて待機中。

「と言うかさ、EUは協力体制なのに共同開発しない――ってのもなぁ。まぁ、タイフーンにせよ実質はドイツとイギリスの共同開発だったけど」

 技術開発で争いが起こるのなら、各国が他より抜きんでている分の情報を開示し、各国の得意分野を集結して機体を作ればいいんじゃないか。

 その母体を元に各国で発展させていく――互いに機体の弱点を理解することになるし、それがある種の抑止にもなると思うが……そうそう簡単には行かないだろうな。

 

「その考えも理解できるが、結局は篠ノ之博士が開示する情報に左右されるのが現実だろうな」

「結局、全ては束姉さんの手の内にあるのか…………」

「知ってるか? 一部の国はお前をマークしているぞ」

 え? 自分を? マジで?

「篠ノ之束の弟で、武器開発をしている――となれば、ISコアの製造法も知っているのでは? だとさ」

「ふ~ん……自分は武器開発しか知らないけどな。と言うか、束姉さんがコアを製造しているのを見たことないけどな」

 でも。

 篠ノ乃として疑われるのなら、箒はどうなのだろうか。

 過去に自分らの居場所について尋問されたとは聞いているが……。

「本国から連絡があってな。ミュラー大佐は頼三の周辺警護の任でここへ来たようだ」

 おい。

 肝心の自分には連絡なしなんですか?

 

 

 

 

 なんと言うか。

 変な気がする。いろいろと。

 アリーナの更衣室で溜息。

「どーした、頼三?」

「いや……なんでもない」

 心配してくれた一夏に作り笑いで返すが――妙に鋭い一夏だ。多分ばれている。

 考えてみよう。

 どうして、ミュラー大佐が周辺警護の任務に就いたのか。

 あの人は根っからのスパイだ。こんな任務に就いた記録は無い。

 それに、ラウラやルーデル。千冬さん、17代楯無――軍務経験がある人間が多いし、楯無会長は更識家当主だ。

 護ってもらう心算は無いが、こんな面々がいて警護は必要か?

 なんだかんだ言って、ドイツ軍も自分を危険視しているのか……。

 これをラウラに話そうか――――。

 いや。

 ラウラも向こう側と見ておこう。自分に知らされていない情報を持っていたし。

 裏切ったのか、裏切られたのか……。

 

 それはまぁ、置いておいて。

 昼飯を食べるべく、ラウラと合流しよ――――。

「篠ノ之」

「はい?」

 不意に呼び止められて。

 声で分かるよ。千冬さんだね。

 と、振り返るのだが……。

 千冬さんは周囲を警戒する素振りを見せて――。

「見たらこれは速やかに焼却処分せよ」

 渡されたのは一枚の写真。

 これがどうしたって………………。

 

 ――え?

 

 予想していたとは言え。

 これを見る事になろうとは……。

「千冬さ――織斑先生、これは――ってあれ?」

 そこにいた千冬さんはどこかへ消えて。

 一人、自分一人が廊下にポツリと。

 

 

 写真に写るのは。

 亡国機業幹部スコールに、端末と思しきものを手渡す束姉さん。

 ちょっと待て。

 何故に、こんな――いかにも接触しています~って構図なのだろうか。

 束姉さんならやりかねんが……。

 ………………自分は、何を信じれば?

 

 

 

 

 

 山田先生に何度も注意され、ようやく6限を終えた……。

 ………………。

「頼三さん、今日は少々おかしくなくて?」

「そう――か? ああ、月曜病ってやつだよ。多分」

「そう……ですか?」

 ごまかせた……かな?

 

 にしても――。

 ここ数日でいろんなことが起こり、この先何が起こるのか。

 

 ――誰を信じればいいのか。

 

 杞憂に終わればいいが……。

 近い未来、世界規模で何かが起こる気がする。

 その時、自分はどこに与するのか。

 IS学園? ドイツ軍? 自衛隊? 亡国機業?

 自分はエルヴィン・ハルトマンではなく篠ノ之頼三。

 それはつまり、束姉さんの呪縛から逃げられない――そう感じる。

 しかし、篠ノ之頼三であると決めたのは自分。

 篠ノ之の人間として、家長の指示に従うまで――か。

 

 

 …………ラウラは――戻っているか。

 もう、きちんと聞くしかない――いや、問い詰める……かもしれない。

「ラウラ」

「ん? どうした」

 単刀直入に言いたい。

 しかし……その結果が、ラウラを――IS学園を裏切ることになってしまうのか――。

 怖い。

 怖すぎる。

 でも………………。

「ラウラ。いや……ラウラ・ボーデヴィッヒ隊長――篠ノ之頼三に関する情報を知る限り開示してほしい。ドイツ本国の考えを」

「………………」

 すっ――と、椅子から立ち上がるラウラ。

 ……何を、意味するのか。



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31.全て

「……全部、言うぞ」

「ああ」

「――篠ノ之束博士が亡国機業に付く可能性が高い現在、人質・スパイ目的及びコア製造法を知る可能性がある篠ノ之頼三の身柄を確保する準備を進める。先行して派遣する人員はリア・レア・ミュラー特務大佐及び…………」

 一気にそこまで言うと一呼吸置き。

「及び……ラウラ・ボーデヴィッヒとシャルロッテ・ウータ・ルーデル少尉――」

 もう、包囲されていたのか……。

 自分には、撃てない……つまり――――。

「頼三…………」

「……」

「これは――まだ準備段階だから……頼三が篠ノ之博士に与しなければ、何も起こらない……」

 一歩、近寄ってくる。

 その両手を広げ。

「頼三に――銃を向けたくないから」

 ぎゅ――と、甘えるように抱きついてくるラウラ。

 決別したくない。そんな想いがひしひしと。

 ここは、自分は束姉さんに与しない――と言うべきだが……言えない。

 篠ノ乃家と断絶する勇気がない。

 勇気があったとしても、恩を仇で返すことなど――。

 だから。

 何も言えず、自分はただ……定まらない焦点で前を見ていた。

 

 仕舞には泣き出してしまったラウラをなだめ、寝かしつけて――――。

 一人、ベランダで雲が多い夜空を見上げる。

 雲に邪魔されて星が見えない。

 まるで、今の自分の脳内のように。様々な問題に埋め尽くされて……。

 誰かに話してみるか…………でも、誰がいいだろうか。

 あまり他人に知らせたくない。

 一夏? ……あまりいい答えは期待できない気がする。

 じゃあ――――そうだ。

 携帯を取り出し、電話帳からサ行――『篠ノ之箒』の携帯番号を出す。

 

『なんだ――こんな夜更けに。お前には常識がないのか?』

「そう言うなよ……結構重要な話なんだから」

『なら手短に言え。睡眠時間を奪うな』

 どうしてこうなった……。

 てか、千冬さんから厳しさを受け継いだんじゃねぇか?

「自分が……篠ノ之家から出る事になったらどうする?」

『知らん――と言いたいが、何があった? 恐らくはあの姉か』

「まぁ……そうだな。束姉さんが――亡国機業に加担する可能性が高いらしい。箒も――気をつけろよ」

『篠ノ之家を出ると言うなら止めない。道は無限に別れる。その一つだと割り切れば何も……頼三が一番やりたいこと、叶えたいことを優先すればいいと思うが』

「そか。つまらん用事に時間を取って悪かったな」

『忠告、感謝する』

 

 

 …………。

 自分が、やりたいこと。

 自分が、叶えたいこと。

 …………。

 

 答えは、すぐに出る。

 全て、ラウラが為に。

 

 

 

 

 

 とりあえずの答えが見つかって初めての朝。

 今まで以上に目覚めがいい気がする――――――多分。

 ネクタイも上手く結べた気がする。

 

 

 篠ノ之との決別はまだ考えていない。

 でも。

 今度は自我を通す。

 あの時は訳も分からぬまま連れて行かれた。

 だから今度は、自分で自分の道を決める。

「――ラウラ。自分は……もう、決めた」

「…………そうか?」

 ん? まだ寝起きだから頭が回ってないみたいだな。

 だったら……。

「全部、大好きなラウラの為に――な」

「っ!! ……えへへ~」

 う……ちょっと恥ずかしいかも。

 でも、ラウラの反応も面白いし……ね。

 だからこそ。

 ラウラがラウラであるべく努力もしていかないと。

 少なくとも。ラウラあっての自分だから――。

 

「いい表情ですね、篠ノ之少尉」

「……そうか?」

 教室にて。

 後ろの出入り口で合流したルーデルが発した第一声はそれで。

 横を通り過ぎた時。

「ハルトマン少尉……」

 そう、ルーデルが呟いたのは――気にしない事にした。

 

 

 

 

 独壇場。

 自画自賛であるが、それですら控えめの例えな気がする。

 一年生全員のIS実習。

 全員が仮想敵機で、一度に全員が対戦する特別訓練なのだが。

 死屍累々とでも言おうか。

 エネルギー切れで地表から自分を見上げる一夏に箒、シャルル、セシリア、鈴に簪。

 一戦で6機撃墜とはな。実戦だったら即エースじゃんよ。

 そして。

 最後に残ったのはラウラ。

 思えば、こうして刃を交えるのはずいぶんと久しい気がする。

 と言ってもまぁ……ラウラのシュヴァルツ・レーゲンはどちらかと言うと支援機に近いので、決め手に欠けている気がする。

 現に。

 ラウラの追撃こそ許しているが、それはつまり――翼部武装『|黒の雨(シュヴァルツ・レーゲン)』の射程圏内に飛び込んできたようなもので、支援機特有の高精度シールドで凌いでる状態か。

 このままの状況を維持できれば、勝ったも同然。

 

 

「……吹っ切れたようだな」

「あ――織斑先生」

「――強くあれよ。ラウラを御することができるのはお前だけだ」

「…………はい」

 分かっていること。誰よりも。

 ラウラを自分以上に御せる千冬さんに言われれば、それはもう……ね。



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32.嵐

 食堂で食事中の頼三とラウラである。

「――――そうか、分かった。ミュラー大佐に連絡しておく。私とルーデルの連名でな」

「なんか……毎回毎回、悪いな」

「気にするな。その……なんだ。頼三も決心してくれた訳だしな」

「そか……。そう言えばさ、ラウラは卒業した後はドイツへ戻るのか?」

「そうだな――。まぁ、それ以外に道は無いんだけどな」

 少しばかり冷めた笑みを浮かべるラウラ。

 あ、そうだ――言い忘れていたことが。

「ラウラ、一つ言い忘れていた」

「ん?」

 ちょいちょい――と手招きし、周りに聞かれないように。

「これからは逐一束姉さんの動向をそちらに伝える。ドイツ側の情報は一切束姉さんには伝えない。なんなら――そうだな、血判状でも用意する」

「……そこまで、決心したんだな――――」

 真っ直ぐ、こちらを射る瞳。

「分かった。それも含めて報告しておく」

 

 ふぅむ……。

 あのさ、この人は何ですか? 何なんですか?

「――情報の受理完了したよ。本国がどうするかは知らないけどね?」

「大佐……今度はなんと偽って?」

「え? ドイツ軍IS配備特殊部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』作戦参謀のポストを正式に用意して貰えたしね?」

 あれ……? じゃぁ小隊の階級上トップはミュラー大佐になるのか。

 まぁ、よくあることか。お目付役の役割もあるのかね。

「自分の聞いた話ではね、この一件で昇進、予備兵役から再就任で昇進――そのままクラリッサ大尉の後任として副隊長に据える方針らしいね」

「え? いや……話が飛躍しすぎと言うか――――クラリッサ大尉を押しのけてなんて……」

「ああ、クラリッサ大尉は近々IS教導部隊の隊長に就任する予定らしいよ?」

 え……マジで?

「まぁ、頼三には二つのポストが用意してあるみたいだし? 小隊副隊長か遺伝子強化素体教育機関の実技担当のどちらかだってさ」

 遺伝子強化素体教育機関……?

 あぁ――この前取り寄せた資料にあったな。年間1~3名を様々な分野において遺伝子強化素体を教育する機関。

 自分に記憶は無いが、自分も一応はここで色々と学んでいたようで。

「いずれは正式に説明があるだろうね。その時にまた来るね~」

 

 

 

 

 帰りのSHRも終わり、特に用事もなく。

 さーて。どうしよっかなぁ……特に用事がない日は暇なのである。

 いや、だってさ――ラウラは部活だし。

 どっか入りたいんだけどさぁ……男子だしね。入れないんよね。

 

 ……まぁ、茶道に男女格差があるかは知らないけど。てか、ないだろ。

 てかさ、茶道部ってどこで活動してるんだっけ? ……知らねえや。誰か知らない?

 まぁいいか。後でラウラに聞こう。

 あとさ、放課後一夏はどこに居るのかねぇ。知らないし。

 

 

 さて……部屋に戻ってきたが、何をしよう。

 宿題は――ラウラとやるから別に、今やらなくともよい。

 そうだな…………よし、寝よう。

 ……いつもそれじゃないかって? 別にいいじゃないか。

 

 とまぁ、寝ようとするのだが……。

 む。

 眠いのだが、眠れない。

 何か……何かを感じる。

 でも――――誰? ってか何?

 

 そもそも、今は現実なのか夢の中なのか。

 それすらも分からない。

 小規模な混乱。

 そんな時、ドアを開く音が小さく――――。

「…………頼三」

 

 

 

 

 

「頼三、起きて」

 静かに、告げられる言葉。

「教官が……呼んでいる」

 どこまでも平たく、冷たく。

 現実ではない気がする。それでも、自分は身を起こし、ラウラに向き直る。

 

 ハッとした。

 ラウラの表情が普通ではない。

 昔のラウラ――冷たいラウラとも違う。

 まるで……何かを憂うかのような表情。

「で……どこへ行けば?」

 そう問い、返された言葉。

 十を察した……とは言わないが、尋常ではない事を悟った。

 

「IS学園――――地下特別区」

 

 暗闇。

 暗く、暗い。

 最近、ラウラが言うことが分かってきた。

『生まれる前』にいた場所。

 そんなことはどうでもいい。

「篠ノ乃ら――――」

「遅かったね、頼三くん」

 !?

 操作席の一角。そこに座るのは束姉さん。

「………………」

 そのそばには、無言のままの千冬さん。

「ねぇ頼三くぅん……ホント、今まで何をしてたの? あまりも遅いんで、痺れ切らして来ちゃったよ~」

 境界線。

 不特定多数の前での束姉さんと、その本性の境界線。

 言葉は笑っていても、顔が笑っていない。

「束……言いたいことはそれだけか? それに……ここには私たちしかいない」

「まだまだいっぱいあるんだよ。ふふふ……いいんだね?」

 いい予感なんて微塵もない。

「終わりが、始まる」

 ……っ!?

「近いうちに亡国機業――計50機を超えるISがIS学園や各国首都を襲撃する予定だ。あの時の無人機がね」

「束……まさか奴らの軍門に下ったと言うのか」

「はっ? まさか。私はどちらにも与せず、コアと無人機の提供を行うだけ。そうすれば、どちらが勝者となっても生き残れる。それにね、見たいんだよ。IS同士の戦争をね」

 ククク……と、決して快くない笑みを浮かべる束姉さん。

 スッと立ち上がり。

「暮桜、貰って行こうかと思ったけど、やめとくね。千冬の陣頭指揮、見てみたいし」

 ゆっくりと歩を進め、自分の隣でピタリと止まり。

「頼三、どうする? 私に与すれば、これから先最悪な状況にならないよ」

 ……いいねぇ。

 楽できるなら。でも――な。

「束姉さん――自分は……ここの生徒。そしてドイツ軍の人間。それが答え」

「ふぅん……あっそう」

 下手すればこれが今生の別れか。

 ……あっけない。とでも言おうか。

 俯き気味だった顔を上げて――――目に飛び込んできたのは。

「許せ」

 テイザー型のスタンガンを構え、今まさに引き金を引こうとしている千冬さん――――。

「後悔するよ」

 

 

 

 

「嵐……」

「どうした? シャル」

「ううん、何でもないよ……ただ、雲行きが怪しいと思ってね」

 シャルが部屋から見上げた空。

 真っ黒な空が太陽を今まさに隠さんとしていた。

 

 

 

 

「クラリッサか。全部隊を第二種警戒配置で待機させろ。最悪……首都防空戦を覚悟しろ」

『……了解しました。それと、篠ノ乃中尉の原隊復帰の手筈が整ったことを報告します』

「了解した。各員にこれだけは伝えよ。ベルリンを再び焼け野原にするなと」

 

 

 

 

 後処理は私がやる――と地下特別区を追い出され。

 外の風に当たりたい、とふと思って。

 下靴に履き替え、前庭に出る。

 見上げた空は黒い雲に覆い尽くされて。

 今にも雨が振り出しそう。

 

===

 

 同じ時、同じ瞬間に三人はつぶやいた。

「「「嵐が……来る」」」

 

===

 

 終わりが、始まった。

 朝のニュースは各国首都の惨状を映し出す。

 ……セシリア、シャルル、鈴は姿を見せていない。

 セシリアなんて愛国心の塊みたいな奴だからな。どんな馬鹿でも心情を察するだろう。

 その一方、対極として出されたのがドイツ。

 少々の損害はあったものの、見事無人IS4機を撃退し、首都ベルリンの被害は最小限に抑えられたとか。

 

 さて……最大の問題。

 IS学園が襲われるのは時間の問題だ。

 学園に存在するISは合計で31機。ただし、20機は量産型ISである。

 …………最悪の場合、各都市を襲撃したのち、一点で合流――全機でIS学園を襲撃……それもありえる。

「定点報告。敵影未だ見えず――自衛隊の展開は完了した模様」

『了解した。そのまま頼む』

 千冬さんの交渉が成功し、陸海の自衛隊が展開している。

 陸は対空兵装がメインで、中SAM(03式中距離地対空誘導弾)・近SAM(93式近距離地対空誘導弾)・87式自走高射機関砲――――正直、太刀打ちはできないだろうなぁ。

 弾幕形成がメインになりそうだ。

 海は第4護衛隊群第8護衛隊……単縦陣で前からきりしま・いなづま・さみだれ・さざなみ……。

 第4護衛隊群からイージスを出したということは、中国地方への襲撃はないと踏んだのか。

『篠ノ乃、ボーデヴィッヒ作戦会議を行う。一時戻れ』

「了解」

 

 

 いつもは精々10人に満たない人数で使っていた会議室も、合計32人も入るといっぱいいっぱい。

「静まれ!!」

 しーん……。

 ざわめきが一瞬で消えさる。これも一つの特殊能力か。

「諸君ら知ってのとおり、亡国機業は世界に牙をむいた。その矛先がIS学園に向けられるのは時間の問題である――そこで事前に確認しておこう。我らが行うのは自衛のみである。最大の目的は防衛能力を持たない一般生徒や周辺地域の防衛になる」

 …………。

「敵の構成は恐らく前回の無人機であると思われる。各個撃破は量産機では不可能に近い。そこでアウトレンジ戦法を提案する。意義がある者は挙手せよ」

 まぁ……それが妥当なのかねぇ。

「異議はないな。では続ける。狙撃・砲撃班を編成し、これをアウトレンジの中核とする。篠ノ乃頼三、ラウラ・ボーデヴィッヒ、セシリア・オルコット、山田先生。他に狙撃と砲撃に自信があるものはこの3人に同行せよ」

 

 

 と、言うことで。

 総勢6名ほどの狙撃・砲撃班は屋上でISを展開しての待機。

 学園に配備されているレーダーよりも、きりしまのSPY-1レーダーの方が高性能だからな。

 こっちは目視で探すしかないんだよなぁ……。

「それにしても篠ノ乃君、ボーデヴィッヒさん……本気ですね。若干怖いぐらいです…………」

「え? あぁ……」

 自分、ラウラ共にヴォーダン・オージェを起動し、隅々まで警戒を行っている。

『こちらきりしま敵影確認!』

 きりしまからの入電と同時に、きりしま前部セル――Mk41ミサイル発射機からスタンダードミサイルが放たれる。

 ここの指揮権は自分に任された。

 みんなが、自分の指示を待つ。

 フッと息を吐き――――。

 

 

 

「Im Krieg wollen Sie.」



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第二部「翼持て戦う者達」
1.学園防衛戦


 戦況の推移は微妙なところである。

 防戦である以上、攻勢に出る必要はないのだが――――。

『箒、出過ぎだ!』

 雑音と轟音混じりの回線。

 一夏の叫びと同時、紅い尾を引く箒の紅椿を追って、白光を纏った一夏の白式が追う。

『分かっているが――――』

「防衛ラインを出た一夏と箒を援護しろ! 同時に敵を近付けるな!」

「「了解!」」

 超大型ドーラ戦域征圧砲『絶対砲撃(アブソリュート・ファイア)』に三式弾装填――Aufnahmen!

 強烈なマズルフラッシュがチリチリと髪を焼く。

 ISでさえも防ぎきれない反動で後退しつつ、弾を目で追う。

 数秒の空白。

 ……敵ISを探知して、VT信管が作動。対空砲弾の本領発揮、弾幕を形成して一瞬敵ISの動きを止める事に成功――。

『こちら一夏と箒、防衛ライン内に戻った!』

 よし……。

『こちら〈きりしま〉! 敵を海上に追い込んでくれ、トマホークで片付ける!』

 トマホーク……? 有効性は――――あるのか? いや、その前に――海自がトマホークを導入したなんて話は聞いてないぞ?

『問題は後回しだ……。試してみる価値はあるだろう――各員、一挙攻勢に出ろ! 敵を海上に追い込むんだ!』

 千冬さんの指示で、一気に学園所属の全ISが蒼空に舞い上がる!

 

 自然に先頭は一夏と箒。その後方に近距離戦を得意とする教師陣。

 中ほどには、移動した山田先生を軸とする中距離戦団。

 そして――後方には自分やラウラ、セシリアを軸としての後方支援。

 計31機のISが一挙に飛ぶとは――前代未聞のことだろう。

「セシリア――狙撃は任せた。前に出る」

『りょ、了解しましたわ!』

 少しばかり高度を上げ、戦域制圧砲での曲射を始める。

 接地砲撃よりも、今の状況の方が反動がマシなので――4秒1発の連続砲撃を続ける。

 

 

 残敵は10に満たないが、戦果は一夏が1とシャル・箒共同で1 狙撃砲撃班共同2の計4機のみ――大多数が健在……。

 ――――せめて、もう少し数を減らさなくては……。

 どうするか。

「……行こうか」

 ふっ――と、隣に現れたラウラ。

 呼ばずとも、声に出さずとも……一瞬で汲み取ってくれたのか。

「……あぁ、行くか」

「最後尾でシールドを張っている2機を最低でも大破させる」

『了解した』

 トマホークを放っても、敵のシールドを破壊しておかないと意味がない。

「織斑先生、最接近して敵の防御陣を破壊します。許可を」

 散発的な射撃は続いているが、大半はシールドに防がれている。

『…………………………』

 少しばかりの間が空いて。

『篠ノ乃とボーデヴィッヒの突入を可能な限り援護し、敵の防御陣を破壊してトマホーク攻撃を可能にせよ』

 近距離突撃銃(シュトゥルム・ゲヴェーア)S――弾倉装着。リロード……。

『各機、攻撃始め!』

「行くぞラウラ!」

『応!』

 敵の標的になるよう、あえて直線航路を選んで。

 絶対防御壁(アイギス)を増設エネルギーに直接繋ぐ。

 ただ前へ前へ。

 迫り来る攻撃全てを受け止め。

 後方からの攻撃は寸分の狂いもないが――全てシールドによって防がれている。

 縮まる距離。

 何が効果的な攻撃か――――そうだ。

「ラウラ、下へ!」

 どちらを追ってくるか――いや、どちらに反応するか。

 ラウラに反応すれば、自分に背を向ける事になる。

 自分に反応すれば、ラウラに背を向ける事になる。

 それはつまり、対IS戦において最強クラスの兵装を持つ2人には。

「『もらった!』」

 1機だけ、こちらに振り返る。

 しかも、ご丁寧なことにも――――。

『貸し一つ、な』

 1機をワイヤーブレードで拘束し、もう1機を慣性停止結界(AIC)で完全に止めて見せた。

 まぁ……もって数十秒だろうが。

「砲撃後、すぐに絶対防御壁を作動させろよ!」

 敵ISの背にピタリと砲口をあてがって――。

 

 連続する4つの爆発音。

 2つは、2つの砲門から対IS用徹甲弾が放たれた音。

 その後の2つは、敵ISに衝突して爆ぜる音。

「ラウラ――無事か?」

『あぁ……問題ない』

 レーダーから2機は消えた。

「宛、きりしま。敵最後尾防御陣の破壊を確認。攻撃のチャンスです」

『了解した――――トマホーク、攻撃始め!』

 レーダー上、きりしまから現れた点がこちらへ向かってくる。

 残った8機は今も戦域からの離脱を図っている――。

 セシリアが放ったものか――蒼い光が、一寸横を通り過ぎる。

 相変わらず、寸分狂わぬピンポイントな狙撃で――――――あれ?

 

 敵は、避けもせず、防御もしなかった。

 

 エネルギー切れ?

 無人機にあるまじき結果のはずだが……。

『到達5秒前、総員回避!』

 千冬さんの怒号で教師陣が距離を取っていく中。

「ラウラ――――」

『あぁ。いささか気になるな。完全計算で動くはずの無人機が――どうして』

 薄い黒色をした絶対防御壁の光が一つにつながって。

「無人機も、まだ完全じゃないのか」

『それが分かっただけでも、十分な成果だろう』

 満足げに頷くラウラ。

 そのすぐ横をトマホークが掠め。

『見届けるとするか』

「だな。トマホークの威力を見れるなんてそうそう無いだろうしな」

 

 

 

 直撃。

 エネルギー切れのISの脆さは知っていたが、無人機には不明点も多い。そんな無人機にもエネルギー切れがあると初めて知った。

 そして今、戦闘後の休息もないまま、再び会議室に集められた。

 

「諸君らに伝えなければいけない事項が2つほどある」

 普段とは違う千冬さんの声色。どこか申し訳なさそうな――そんな感じで。

 それを悟ったのか、ざわざわとし出した。

 

 

「IS学園の無期限休校と――亡国機業の所在が判明したため……ここが前線基地となることが、決定した」



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2.鷹月静寐

「IS学園の無期限休校と――亡国機業の所在が判明したため……ここが前線基地となることが、決定した」

 …………無期限、休校? 亡国機業の所在判明?

 ざわめきがより一層大きくなり――――。

「説明を始める。私語を慎め」

 決して大きな声ではなかったが。

「よし。説明を始める」

 千冬さんの背後のディスプレイが太平洋を中心とした画面に切り替わり。

「つい先程入った情報だ。先日大西洋で国籍不明の潜水艦が発見された。その潜水艦は大西洋から北極海回りで太平洋に出現。アリューシャン諸島の南で消息を絶った。さらに、硫黄島周辺で発見された潜水艦と小笠原諸島沖で合流。その後――」

 画面が一枚の写真に切り替わる。

「――グローバルホークが発艦中の様子を捉えた。これは間違いなく――」

 全体的に細いが、片腕だけ異様に巨大な……そう、間違いない。

「ゴーレムⅢ……」

「そうだ。水中から発艦しているとみて間違いないだろう」

 そうか…………亡国機業の所在が判明しないのは、水中に存在していたからか。

 しかも、北極回りで大西洋から太平洋に出れるとなると――原子力潜水艦と見て間違いないか。

「潜水艦2隻は硫黄島の西2万キロで消息を絶った。そして……」

 そして……?

 かなりの空白が空き、千冬さんは静かに語る。

「亡国機業は……我々IS学園に対し宣戦布告。先程の戦闘の直前に受理した」

 なっ……!?

「至極当然の判断だな。各国最新鋭機が運用されているこの学園を最初に潰せば、あとはずっと楽になる」

 ポツリと、隣のラウラがつぶやく。

「なら、俺らが亡国機業を壊滅させれば!」

 一夏が拳を握りしめつつ、千冬さんを見据えて大きめな声で。

「そうだ。我々は防波堤にならねばならん。しかし、一般生徒を巻き込むわけにはいかないし――戦う意思のないものを戦わせようとも思っていない」

 そりゃそうだ。世界を守るためとは言え、一般人を守れないようでは意味がない。

「一度生徒たちは教室に戻れ。ここからは職員会議だ」

 千冬さんも――つらいのか。

 一夏に対して度々あったのとは違う溜息。

 

 

 静か……だ。

 普段は騒々しいくらいの1組が、今日はどこまでも静か。

 先頭でドアを開けた一夏も、開けてしまったことを後悔しているかのようで。

 どうしたものかと、ラウラと顔を見合わせていると――――。

「――話があるの」

 不意に立ち上がったのは、一夏曰く「クラス一のしっかりもの」と評されている鷹月静寐で。

「1組全員、学園に残ると決めたの」

 

 1組全員の意思は固く。

「そうか……教育者としては、帰すのに越したことはないのだがな」

 会議室。千冬さんへの報告を終えたところである。

「これで1年は約90人か……2組5組と続いて1組も――代表候補生がいるクラスばかりではないか」

 ってことは、鈴と簪が働きかけた――のかな? 知らんけど。

「織斑先生、2つほど言いたいことが」

「なんだ、言ってみろ」

「鹵獲コアと整備科用コア無しISを流用し、少しでも手数を増やすべき――それと、万が一に備えて防空火器の設置を」

 鹵獲コアは確か3つ。急ごしらえと言っても、ISが3機追加できるのは悪い話じゃないと思うが……。

「こちらも手が回らなくてな。急造ISの件は頼三が主となって行うなら許可する。しかし……防空火器の設置は私の一存では無理だ」

 そうですよねー流石に。

「後で山田先生を向かわせる。それまで待っていろ――――あぁ、急造ISの搭乗員はこちらで決めておく」

 

 たった数十分で会議室は指令室へと様変わりし、ちらほらと3年先輩の姿も見える。

 あっと……あの姿は。

「ラウラ、ちょっと待ってて」

「ん? あぁ……」

 

「布仏先輩」

「あら篠ノ乃君。何か用?」

 千冬さんに許可されて、自分が主になって急造ISを造るのはいいが――流石に一人では無理がある。そこで、だ。この人に聞けばあれが分かる。

「整備科の生徒は何人ほど残っていますか?」

「確か……半分くらいが残ってると思うわ」

 半分か――それなら十分。

「何? もしかして整備科集めた方がいい?」

「そのうち、お願いしますね。では」

 

 

 さて……整備科にあるコア無しISはラファール・リヴァイヴと打鉄が2機ずつ。

 いっそ、知り合いとかが選出されたら、専用に2機をアセンブルしてみるか?

「そうだ頼三」

「ん? どうしたラウラ」

「先程連絡があってな、欧州からの派遣部隊へはシュヴァルツェ・ハーゼの第2分隊第1班を割いたそうだ」

 ってことは、ガーランド、ハイドリヒ、メルダース、ミルヒがここに――。

「懐かしい顔が揃うな――――ま、そう思っていられるのも最初だけかな」

「ははっ、確かにそうかも知れんな。ま、一度ゆっくりと話したいものだがな」

 さて……整備科籠りが始まるのかねぇ。まぁ4人が到着する時くらいは出るけどさ。

 

 

 

 

「では……説明を始めます」

 整備室横の小会議室。

 布仏先輩に頼み、ここに残っている整備科の生徒を集めてもらった。

「現在の状況は周知のとおり。織斑先生の許可でISを急造することが決定しました」

 ザワッと。少しの私語が混ざる。

 無理もないか。

 整備訓練しか受けていないのに、急に製造となれば。

 それより――――最初に言わなくてはいけない事がある。

「そして……ここからは一部学園の機密が含まれる。機密保持が不可能と思うのならば速やかに退室願う」

 と言えば。

 事の重大さを誰もが察知したようで、誰もがこちらを真剣な目で射る。

 誰一人の退室者はいない。

「――――では、説明に入る。ごくごく簡単に言えば、訓練用コア無しISから模造コアを抜き取り、学園で鹵獲したコアに入れ替える。その後、3名の搭乗者に合わせて細部改造を行う……質問は?」

「はい!」

 手を挙げたのは最後尾、布仏(妹)。

「えとー、えとねー……これの責任者は?」

「自分、篠ノ乃頼三が中心になってこれを行う。それが絶対条件」

「ういー。了解」

 布仏(姉)が布仏(妹)に何か言いたげだ。おそらく口調のことだろうか。

「それでは、作業工程についての説明に――」

 と、次へ移ろうとしたとき。

 ポケット内の携帯がブルブルと振動する。

「……小休止、5分後に再開する」

 そう言い残し、会議室の外に出る。

 

「はい、篠ノ乃です」

「頼三か。搭乗員3名の選抜が終わった。以外にも整備員や糧食班への志願は多かったが、IS搭乗員への志願は意外と少なくてな……ま、すぐにそちらに向かう。では」「「はい、了解しました」

 さて……。

 3名、か。面識ある人だと楽なんだけどねぇ。



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3.Rafale・Revive改-TIB

 千冬さんから送られてきた情報を端末で確認……。

 各学年から1人ずつか。

 同じ学年同士で組んだ方がいいだろうな。

 

 

 ってことで――――。

「適正については把握している、とりあえず――コアの移し替えが終わるまで待っててくれ」

 学年ごとに割り振るとは言ったが……1年は自分と布仏(妹)だけなのだ。

 まぁ、自分はそこらの一般生徒よりかは整備改造に自信あるし、布仏姉妹は言わずもがな。十分すぎるのだ。

 やることも然程複雑でもない。

 模擬コアに設定されている各部との結合を解除し、鹵獲したコアに各部との結合を行う。

 本体はこれで十分。

 で、肝心の1年生搭乗員は――。

「うん。なんか――ごめんね」

 我らが1組委員長鷹月静寐なのである。

 適正の方は流石委員長と言うか……ほぼ全てがCランク、射撃と高速移動がC+と。総合のIS適性はCで代表候補生レベルに一歩劣るが――一般生徒としてはかなりのレベルなんだろう。

「ところで鷹月。なんか希望はあるか? 先輩2人はそれぞれ打鉄とラファール・リヴァイブをそのまま使うんで、どっちも1機ずつ余ってるみたいだし」

「えっと……その辺りは任せてもいいかな?」

 ほいきたー!

 許可出たからアセンブル決定、簡単な絵で布仏(妹)と打ち合わせ――――のほほんさんと一夏は呼んでるが……あぁ呼ぶべきなのかねぇ。知らんけど。

「胴体装甲はラファール防御型、背部装甲とスラスターもラファール。スラスターへの接続部の出っ張りを削って、そこに打鉄の肩回りをくっつける。腕はマニピュレーターの反応がいい打鉄のを使用。足はラファール、それに打鉄の足回り装甲を装備。ラファールの足内部エネルギータンクをインテグラルタンクに変更して容量を拡大。それに伴って足回り装甲の強化――――本体はそんなものかな」

「おけおけー、了解」

 エネルギーを上昇させ、打鉄特有の防御力を汎用性の高いラファールに付加。

 でも、そのまま組んだらパッチワークみたいになってしまうか。

「色の要望は?」

「え!? 別に……これと言って希望は――」

「じゃぁ浅葱色かな」

 浅葱、には控えめな人――って意味もあるからね。

 よし……製造開始だ。コイツの名前は。

 

Rafale・Revive(ラファール・リヴァイブ)改-TIB』

 

 

 

 

 

 然程複雑でもない工程。

 手こずったのはスラスター接続部の長さを減らし、打鉄の肩回りを接続させた一連の作業程度。

 さて……問題は武装面だ。

 委員長鷹月の適性的にはなんでもOK――だろうが。そこら辺は……。

「出来れば――中~遠距離がいいかな。前に出て力になれると思えないし」

 ホント、出来のいい子だと思うよ。個人希望よりも全体を見ての発言。

 中~遠距離ってことは……狙撃銃・榴弾砲をメインとした長距離支援型として完成させるのがいいか。

 狙撃銃と、近距離防衛用火器は整備科用のを拝借するとして、問題は榴弾砲をどうするか……。

 …………。

 よし、作るか。近いうちに完成できなくとも、整備科流用武器で十分戦力にはなり得るはず。

 こっちは布仏(妹)に任せて、こっちはこっちで作ろう――いや、造ろう?

 

 

 別な場所で――と言っても、先程の隣部屋。

 整備科には古今東西、拳銃を始め機関銃や機関砲。果ては列車砲の原図からトレースされた設計図面や資料が収められている。

 ま、最新のもので20~30年ほど前のものであるが。

 とりあえず、これらを参考にして作ろう。

 参考とするのは――『フリーゲルファウスト』『21㎝ネーベルヴェルファー42型』『82㎜BM-8』『17㎝ K 18』

 ちょいと古いがいいだろう。『82㎜BM-8(カチューシャ)』とかになれば、故障の心配はほとんどないし、万が一の故障でもすぐ対処できるだろう――――多分。個人見解だけどね。

 あ、後は精密砲撃用レドームを併設させた方がいいかな? 特に『17㎝ K 18』

 

 さて――最初は構造自体簡単なフリーゲルファウストや82㎜BM-8からやってくか。

 82㎜BM-8は背中に常備配置でいいかな。

 

 

 自分で言うのもなんだが……上手く出来たんじゃないか? 流石篠ノ乃束の弟か。まぁ、血の繋がりは無いけど。

 強度不安から『17㎝ K 18』は未完成だが。

 まぁ、強度不足と言うより――反動をISでは抑えきれない、つまりIS側の強度不安。

 これをRafale・Revive改-TIBに量子変換(インストール)した状態で送って……と。

 にしても……形式名じゃ固いねぇ。まぁ本人に考えてもらえばいいか。さて、戻るか。

 

 

「あ、おかえりなさい」

 戻ってみれば、他学年の整備科生徒は引き上げており、最後まで残っているのは1年だけ。

 そして、こうやって律儀に声をかけてくれるとなると……。

「お~し、できたお!」

 ごしごしと顔に付着したオイルをタオルで擦りつつ、布仏(妹)がこちらへ向き直る。

 ってか、今まで何かしていたのか?

「たっちゃんたっちゃん、IS起動して!」

 おや、新しい愛称か。

「え? うん、分かった」

 そして、それを意に介さない……よし、今度そう呼んでみるか。

 一瞬の輝きの後、姿を現したRafale・Revive改-TIBのほっそりとした腕には。

「完成、手甲付き大型ナックルだよ!」

 肘辺りから腕を覆う大型の手甲、マニピュレーターそのものを覆う大型のナックル……これを、布仏(妹)が?

「近接攻撃は手甲で防げます! そのままナックルで攻撃もできます! えへへ~凄いでしょ、私」

「こいつは確かに凄ぇな……」

 ……まぁ、弾丸を防ぐのには向かないが――近接格闘に突入すれば十分効果を発するだろうな。

「んじゃ、自分の作った武器の試験もするか――――よし、アリーナに出ようか」

 

 

 

 

 陽が落ち、薄闇に包まれたアリーナ。

『では――始めるか』

「――――あぁ、始めてくれ」

 模擬戦形式で各武装の様子を見る。なので、17㎝ K 18も装備させている。

 模擬戦の相手はラウラ。少々手こずるかもや知れんが、無人機を相手にするよりかはずっと楽だろう。それに加え、実戦形式重視で照明は一切使用しない。

『持てる力、存分に発揮してみろ』

『……行きます!!』

 2機のISが地を蹴り、黒い絵の具をぶちまけたような空へ飛翔する。

 スペック通り、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが鷹月のラファール・リヴァイブ改-TIBを見る間に引き離す…………掛かったな、ラウラ。

『鉄嵐!』

 とは言っても、鷹月自身が兵器展開に慣れてない。言葉に出してしまうのはなぁ……。

 ともかく。背中に備え付けられた8つのレールの上下にロケット弾が展開され、計16発のロケット弾がラウラの背後から襲いかかる――――。

 ま、それに当たるラウラでもなく。

 無誘導なのは痛いな。

 そして、82㎜BM-8(カチューシャ)は『鉄嵐』と命名ね……メモメモ。

 すぐさま反撃に移るラウラ、大口径レールカノンを構えほんの数秒――いや、秒未満で狙いを定めて砲弾を放つ。

 ……こっちも無誘導。流石に鷹月も回避は出来る。

 そして、その砲撃後の硬直を狙って。

『時雨!』

 4基の21㎝ネーベルヴェルファー42型を2基ずつ上下に連結し、連結部を持って。

 計120発のロケット弾が放たれるも――――ラウラの停止結界の前では無力か……。

 あ、21㎝ネーベルヴェルファー42型は『時雨』か。

 ここでラウラが急接近、ワイヤーブレードで拘束してのプラズマ手刀の斬撃……そのまま真っ逆さまに落ちてゆく鷹月――ん? ……いや、違うな。ただ落下はしていない。

『……空貶(そらおとし)

 落下しつつも、弾倉を装備したセミオートのフリーゲルファウストを構え。

『甘い…………』

 難なくそれも停止結界で防ぐラウラ。

『……っ!?』

『…………雪崩』

 地に降り立った鷹月が、砲身長7メートル強の17㎝ K 18を構え。

 ……教えた通りにしているな。空中であれを使ったら、反動で制御不能に陥る可能性がある、地に据え付けて使用するのが安全――と。

『行きますっ!!』

『来い! されど停止結界の前では無力!』

 あー……。

 ああやって、ラウラが高らかに宣言すると――大抵打ち破られるんだよな。

 しかも今回は――ラウラが敵に対して躊躇なく放つ、対IS徹甲弾の威力を身を持って知ることになりそうだ……。

 ラウラの大口径レールカノンと比べて桁外れな轟音に、排煙でアリーナの地面が隠される。

 一方のラウラは。

『――――!?』

 まず1発目の威力に驚き、されどそれを停止結界で止めて見せる――――も、その推進力を完全に相殺することはできず、そこを次弾に襲われて。

『ぐはぁぁ!』

 集中が途切れ、対IS徹甲弾2発を喰らうことになった。

 

 アリーナのシールドバリアを解除し、そこからすぐにIS展開。すぐさまラウラの元へ駆ける。

「……大丈夫か?」

『あぁ……もっと対策を考えるべきだったな。実戦なら――死んでいたか』

「そうやって気付けるなら、問題ないな。よし、戻ろう」

『あぁ』

 連れ添ってアリーナの地面に降り。

「みんなお疲れさん、取り合えずこれで終わりだ。鷹月、戦ってみて気になる点はあったか?」

『ない……かな、とりあえず』

「よし、なら解散!」



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4.苦悩

 鷹月・布仏(妹)と別れ、自室に戻ったのだが……。

「――これが、現状か」

 端末に送られていた現段階での情報をラウラと見ているのだが。

「情報が枯渇しているな……自衛隊と米軍の連携が取れてない。小笠原諸島近海の発見以降の情報が無いとは」

 ラウラそう呟き。

 正直、自分らには発言力は無いに等しく――まぁ部隊長であるラウラにはあるのだが、それでもなぁ……。

 自分の構想としては、硫黄島基地、米海軍第七艦隊と海上自衛隊第1護衛隊群第1護衛隊を使い、硫黄島基地を中心として北東と南西の2方向に空母を配置。哨戒機を飛ばし、哨戒網を構築すれば――。

「それでは、万が一の会敵時に生存率が著しく低下する。ISに対抗できるのはISだけだ。忘れたか?」

 むぅ……ラウラに駄目出しされた。

 じゃぁ、ISを用いて哨戒網を構築するのか?

 とりあえず、この学園に何機のISが揃うんだろうか――確認しよう。

 

 IS学園:専用機11機 量産機20機 急造機3機

 アメリカ軍:専用機1機 実験機1機

 ドイツ軍:軍用機2機

 イギリス軍:実験機1機

 ロシア軍:実験機1機

 

 合計40機――実験機が多いな。しかもほとんどが学園にある専用機の実験機だし。

 これを千冬さんはどう配置し、動かすのか。

 20機・20機でIS学園とどこか――それこそ硫黄島か――に配置するのが妥当か。

「――教官の考えに間違いはない。それよりも、どう敵を殲滅するか考えるべきじゃないのか」

「それも――そうだろうが、原潜をどう破壊するべきか……」

 下手に破壊だけを考えると、放射能問題が出てくるし――それを考えると、未だ実態がつかめない亡国機業の内部を探るためにも、捕獲するのが妥当なのか。

 もしくは――向こうのIS操縦者、スコール、エム、オータムを原潜が存在する海域から引き離し、原潜内に部隊を潜入させ、占拠。原子炉を停止させれば、破壊も捕獲もできるはず。

「それは良いかもしれない――が、戻る場所を失った戦士の強さは半端なものじゃないぞ」

「そう言うラウラはいい案あるか?」

「いや――――ない……。まぁとりあえず、哨戒網構築と原潜破壊案は教官に送っておこうか」

「そうだな。でも……原潜で内部に潜入するとなれば、誰を出すんだろうな」

 素朴な疑問だったが――すぐに答えは出た。IS学園に集結する各軍で特殊部隊はただ一つ。

「…………」

「…………」

 ラウラも気付いたか。

「まぁ、その時になれば分かるさ。もし――ラウラが行くことになったら、自分も行くからさ」

 な? と付け加えてラウラの頭を撫でて。

「さ、もう寝よう。寝られるうちに寝ないと」

 

 ああ言ってしまった手前、何も言わなかったが――。

 この先、誰が死んでもおかしくない。

 そう。自分が死ぬかもしれないし、ラウラも……。

 …………。

 嫌な想像に押しつぶされるのを予感し、考えるのを止めた。

 

 

 

 

 朝の6時から、空・海の両方から各国軍が集いつつある。

 揚陸艦や輸送機がやってきては、積荷を下ろして帰ってゆく。

 

 そして、自分とラウラは。

「見えた――」

 双眼鏡から目を離し。

 黒赤黄3色ライン。ドイツ空軍所属のエアバスA310がフラップを全開にして高度を落としてくる。

「――そうか。了解」

 学生としての顔ではなく、部隊長の顔で凛と佇むラウラ。

 左目に眼帯を装着し。

「ん……? 来たのか」

「…………おはようございます、ミュラー大佐」

 この人は――器用なのかなんなのか。立ったまで寝ていた。

 そうこうしている間に、エアバスA310は滑走路に降り立ち、誘導路に入る。

 

 タラップで機体のドアと地が結ばれ、4人が降りてくる。

 全員が黒の軍服に左目の眼帯。前から――ガーランド、ハイドリヒ、メルダース、ミルヒ。

「アデライーデ・ガーランド准尉以下4名、只今到着しました」

「御苦労。全軍到着後の別命あるまで待機――」

 敬礼を敬礼で返し、そこまでを伝えてラウラは。

「――久しぶり、だな」

「「お久しぶりです、隊長!」」

 ここら辺、ホント最初とは変わったな……。

「「ミュラー大佐もお久しぶりです!」」

「いや……お前らとは少し前にも会ってるだろ」

「おっと、そうでした」

 てへぺろ――って……ガーランドは一番精神的に幼いって聞くけどねぇ。

「そして篠ノ乃中尉、話はルーデル少尉から聞いています!」

 あんの馬鹿……何て言いふらした。

「末長く爆発しやがれです!」

 後ろの3人も、笑みを浮かべている……。

「ガーランド。同期の誼(よしみ)でお前は不問にするが――」

 隣にいるはずのルーデルを問い詰めようとしたが。

「嘘です! 私は何も言ってません!」

 何も言っていないなら、どうしてミュラー大佐の後ろに隠れる。

 …………上下関係を無視する傾向にある隊員が多い。ミュラー大佐が筆頭なのだが。

「……はぁ」

 こんな特殊部隊でいいのだろうか。

 

 

 

 

「――海洋汚染や放射能問題を防ぐ原潜破壊はかなり難しい。ISの攻撃力故に。それが亡国機業側としてもカードになっている」

 小さな会議室に集められたのは、自分とセシリア。千冬さんが出してきた一枚の紙を3人で注視している。

「もちろん、捕獲できるのならそれが一番いい。ただ――」

「それが簡単に出来るなら、私たちはここに呼ばれていない――と言うことですわね?」

「そうだ。そこで2人を呼んだ」

 無言でセシリアと顔を見合わせる。

「最も素早いのは――狙撃による発令所のみの破壊」

 『のみ』にアクセントを置かれた言葉。

「もしくは――IS対ISの戦闘中に特殊部隊を潜入させ、内部を制圧。その後捕獲」

「自分とラウラに、動けと」

「危険すぎるのは重々承知している。ただ……他に手が思いつかないんだ」

 くっ……と、頭を抱える千冬さん。

 そうだ。千冬さんだって、素人……ただ、IS世界王者の実績だけで対亡国機業の指揮を任せられて。

「……分かりました。シュヴァルツェ・ハーゼ第2分隊第1班を第2種戦闘配置で待機させるよう、ラウラに伝えます」

「すまない……もしものときは私も出る。それで許せとは言わないが――」

「指揮官がそんな弱気では駄目ですよ。世界最強の名が泣きますって」

 

 

 

 

 

 

 

 

【ダス・ライヒよりゲリラへ。特殊部隊の潜入に備え出撃機数を調整するよう。なお、ブリュンヒルデが出撃する恐れあり。オーヴァ】

【……了解】



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5.娘と息子

 空は蒼く。

 ぼおっと、ラウラと二人で空を見上げて。

 戦いの、空を見上げて。

 

 先程、全IS搭乗員とシュヴァルツェ・ハーゼ第2分隊第1班が集められ、作戦が伝えられた。

『哨戒機の情報を元に、当該海域へ進入。亡国機業部隊を敵原子力潜水艦から引き離し、その間にシュヴァルツェ・ハーゼが2隻の原潜に潜入。原子炉を閉鎖させた後、離脱。離脱確認後に原潜を破壊する』

 と。

 

 これが重要で、かつ難度の高すぎる作戦だとみんな分かっている。

 ラウラは言葉を発することはなく、自分の背に身を預けたままで。

 作戦開始時間は未定。

 哨戒機が亡国機業の原潜を発見できない限り、作戦は始まらない。

 もし――――。

「なぁ……頼三」

 呟くように。ラウラは言う。

「……どうした?」

「もし――――もしも、このまま作戦が始まらなければ……」

 つい。ビクッと反応してしまう。

「そうか。頼三も、同じ事を……」

 死への恐怖か。

 日常を手放す怖さか。

 引き裂かれる可能性への恐怖……。

 自分だって怖いさ。

 でも。

「自分だって怖いさ。でも……自分らがやらなくちゃ、誰がやるんだ? 放っておけば、亡国機業が世界を統べる事態になるかもしれん」

「分かっている。分かっているが――うぅ……」

 ついにはガクガクと震えだしたラウラ。

 まさか――戦闘ストレス反応じゃ?

 いや、今はそれどころじゃない。

「ラウラ?」

 ラウラに向き直り、その顔を覗き込む。

「私は――私は軍人だ。いつ戦地に赴くことになるのは承知しているが……私は、怖いんだ」

 凛とし、強い意思を秘めていた瞳は――光を映さず。

「命令なら死ぬことは厭わない……ずっとそう思っていた。でも、頼三と出会えて……日々を過ごして。私はこの日常を手放したくない。まだ……死にたくないんだ」

 そこにいるのは、軍人じゃない。年相応の少女が、泣いている。

 自分は……。

「ラウラ――――まだ、死ぬって決まっちゃいないだろ? だから……」

 しっかりとラウラを抱きしめて。

 ラウラの顔を乗せる首元が涙でぬれる。

「何があっても、生き残って、全部終わって――ここを卒業したら一緒に暮らそ。な?」

「うん……うん。約束、だぞ」

 そうポツリと呟き、憑き物が落ちたが如くそのまま眠ってしまった。

「……ラウラは心配するなよ。自分が、護るから」

 

 

 

 

 ピコン――――と、沖縄と小笠原諸島の中間あたりに赤点が点灯した。

『大東島東600キロ! 敵原子力潜水艦二隻発見報告入りました!』

 にわかに慌ただしさが増し、自分は会議室を後にする。

 

「全員……揃ってるか」

 学園併設の港。

 海自から提供されたUS-2飛行艇に乗り込んだのは自分が最後で。

 すでに自分以外は装備で身を固め、手にはH&K MP5やG36を携えている。

 一度全体を見回し――異常が無いのを確認し、空席に腰を下ろす。

 学生服の上から防弾ベストを纏い――タクティカルベストをその上に着用し、一体化されているポーチにH&K P7M13とMP5の予備マガジンを放り込んでいく。

 最後にヘルメットを被り、完了。

「………………」

 全員が言葉を紡がず。

 正直に言おう。自分――実戦、初めてなんだよ。

 

 一夏を始めとするするIS部隊が往くのを確認して、US-2飛行艇は空へ。

 

 

 

 交戦空域を避け、迂回の後に当該海域少し手前に到達する。

「次の部隊が目標から射出されると同時、ハッチから私と頼三が目標に侵入。ハッチ周辺を制圧した後、各部隊は侵入」

 2隻の潜水艦をそれぞれ『目標(アルファ)』『目標(ブラボー)』とし、自分はAでラウラはB制圧部隊の指揮を執る。

 US-2から身を投げ、さながら高高度降下低高度開傘(ヘイロー)の如く海面まで数メートルでISを展開する。まぁ実際、ヘイローなら高度1万以上からの降下なのだが。

 横を往くラウラと頷きあい、それぞれの目標に向けて分散。

 

 ……単純な制圧なら、中性子砲弾を打ち込むのが手っ取り早いが――それでは、万が一亡国企業が核を保有していれば撃つ口実を与えてしまう。

 ハッチの制圧も、燃料気化弾をぶち込めば終わるが――内部に砲弾を打ち込むってことは、そのまま撃沈ってのもありえる。

 あくまで目標はバラストタンクの破壊と原子炉閉鎖。

 

 と、考えているうちに目標Aに張り付いた。

 光学迷彩とステルス機能を作動させているため、気付かれていない筈だが――ラウラはどうだろう。

 特別騒ぎになっていないので、見つかってはいないか。

 ただ……この静けさが少々おかしい気もする。

 ともかく。ハッチの駆動を確認したので、そこから――――。

 自分を射るのは、バイザー型のライン・アイ。やはり、数機が残っていたか。

 ――まだ慌てる時間じゃない。

 数メートルしか離れていないのなら、密着して強制停止が出来る。向こうとしても、予想外の出来事なのでそこに付く。

 左手でアゴ部分を持って押し上げ、空いた胴体との隙間に銃剣を差し入れる。

 ライン・アイは光を失い、そのまま糸が切れたように崩れる。人間で言う動脈を断ち切ったと同じ。そこらへん聞いていてよかった……。

 出撃状態にあったのはこの1機だけか。後は稼働状態じゃないな。

 とりあえず――握った銃剣でハッチの一部を破壊しておく。

 ハッチを破壊すれば、潜航時にここから海水がなだれ込んでくるわけだから、バラストタンク破壊と同等の意味を持てるはず。

「目標Aハッチ、制圧完了」

 ハッチ内は、ISの大きさに合わせて作られているので問題はないが。

 この先、発令所を占拠する際はISを使えない。絶対防御に甘えられないな……。

「篠ノ乃中尉、降下完了しました」

 ガーランド、ルーデル、ミュラー大佐の降下が終わったのを確認し、作戦は次段階に移る。

 

 潜水艦内は狭い。常識だが。

 どこから敵が出てくるか分からない故、2人ずつが前後を警戒して慎重に前へ進む。

 前方は自分とルーデル、後方はミュラー大佐とガーランド。

 ミュラー大佐曰く、機関の制御は発令所で行うので、原子炉の閉鎖もそこで行うとのこと。

 そこらへん、自分はさっぱりなので――陸海空兵器に熟知しているミュラー大佐に任せている。

 しかし……浮上後とは言え、ハッチが一定方向のみに空いているのはいささか不自然ではないだろうか。そう――まるで、誘い込まれているような感覚を覚える。

 MP5のグリップをグッと握り、不意の敵襲に備えて引き金に人差し指をかける。

 

 自分達を導くようにぽっかりと開いたハッチ。その先に見えるのは発令所。

「ルーデル、行くぞ」

「Ich verstehe.」

 ルーデルと頷きあい、一歩踏み出す!

「Hold up!」

 数にして十数名――こちらを振り返るも、銃を向けるとおとなしく手を上げた。

 しかし、いささかおかしい。自分たちの侵入に気が付いていたはずだ。

 なのに何故攻撃しなかった?

 ……いや、今は指示を出すのが先だ。

「ガーランドとルーデルは乗員の拘束を。ミュラー大佐、原子炉閉鎖を頼みます」

 

 

 

 

『頼三、おかしい――目標Bは空き家だ……原子炉も閉鎖されている』

 ラウラからの通信。これは……嫌な予感しかしない。

「ラウラ、ならすぐにそこから――」

「そこまでだ。篠ノ之頼三」

 いつか感じた、堅い金属の感触。

「ミュラー大佐、どういうことです……?」

「動くなよ、篠ノ之頼三。死人は出さないように言われんだ。でもな、お前が変な真似をしたら部下の命は無いぜぇ?」

 スコールがルーデルを、エム――いや、マドカがガーランドの背後で銃を押し付けている。

 どこから現れた……?

「誰かと思えば篠ノ乃ん所のガキか。あのバカ娘と息子でも出てこりゃ、楽しめそうだったのになぁ」

 スコールが呟いたその一言。

 ……娘と息子? まさか――まさかなぁ。

 

 状況は極めて不利――ただ、向こうがこちらを殺そうとしていないがせめてもの救いか。

 でも何故?

 殺さずを誓ったどこかの流浪人じゃないんだしよ。

『――5秒だ』

 ラウラの声。また、ラウラに助けられるのか……。

「ルーデル、ガーランド。5秒だ」

「「!」」

「おい、何を言って――」

 グッと、一層強く押し付けられる銃口。

 「出来るかな?」じゃねぇよ。やるんだよ――どこかで聞いたような文句が頭の中で響いた気がした。

 その場にかがみこみ、そこから足でミュラー大佐の足を、蹴りあげる!

「っ……!」

 そのまま身を返し、H&K P7M13を取りだして銃口を向ける。

 と、同時に。

「撤収だ、急げ!」

 ラウラの声が響いたかと思うと、発令所の上部が裂かれ、一瞬遅れて激しい衝撃に艦が揺れる。

「行け、ルーデル、ガーランド!」

 ISを展開し、ミュラー大佐には銃剣の切っ先を突き付け、スコールとマドカには狙撃砲を突き付ける。

「モーターボートとは、用意周到じゃねぇか」

『もう一隻の原潜から拝借させてもらった』

 二人の脱出を確認した後、ラウラの隣まで移動。

「――時間だ。移動するぞ」

 移動? 移動って一体……。

「じゃぁな、千冬と一夏によろしくとでも伝えてくれや」

 名前が、出た。つまり、それの意味することは――。

『待て、どこへ行く気だ!』

『隊長、何かが浮上してきます!』

 ルーデルからの通信で、周囲に目を配る。浮上、ということはまだ潜水艦がいるのか?

『来ます!』

 影を視認した。2隻の原潜とほぼ同等の影。

『頼三、奴らを束縛するぞ!』

「おっと、そいつは困るなぁ」

 自分らが駆けると同時、3人は海中に姿を消した。

 

 その潜水艦が、浮上した。

 骨董品が浮かんできた。

 と、言うのも――葉巻型と呼ばれるタイプの潜水艦ではなく、水上船型と呼ばれるタイプ。世界大戦頃に見られるタイプの潜水艦が水面を切って浮上してきたのだから(と言ってもまぁ、現代でも通常動力型潜水艦の一部には見られるのだが)

 それに加え、艦橋部には白字で『イ‐404』と。

 潜水空母とも俗称される『伊四〇〇型潜水艦』そのものであると思われるが、外見のみに言えることだろう。

 甲板上にはVLS(垂直発射システム)が敷き詰められているし、RAMか何かの近接防空火器も見受けられる。その全てがこちらに向いている――ハリネズミを連想させるかの如く。いや、海上にいるのだからハリセンボンか。

「――篠ノ之んところのガキ! 手土産だ、ありがたく受け取りな!」

 VLSのセルが一つ口を開き、甲板を覆う噴煙と共に一発のミサイルが碧空へ飛んだ。ここで優先されるのは――ミサイルか。

「一夏、そちらの状況は!?」

『あらかた片づけた! そっちはどうだ?』

「2隻の拿捕は可能だが、予想外の状況になった――そちらから遠距離攻撃が現在可能なのは?」

『鷹月が動ける……状況はこっちでも把握した』

「こちらもすぐ向かう――以上」

 伊-404は海中に消えた。発言通り置き土産――か。

「IVORY3 This is Schwarze hase2 この海域と部下を頼みます over」

『Schwarze hase2 This is IVORY3 了解した、武運を祈る! rog. out!』

 ミサイルの着弾地点が何処かは知らない。しかし、それがどこであっても落とすわけにはいかない。

 ラウラと目配せで頷きあい、ミサイルの追跡を始める。

 

 

 

 

 一夏から指示を受けた鷹月は米軍のISテストパイロット、ナターシャ・ファイルスから簡易的なレクチャーを受けつつ、交戦空域である鳥島から北の八丈小島目指して急進し、八丈小島で砲撃の準備を整えて砲撃の時を待っていた。

 先ほどの戦闘でも大した戦果を挙げる事も出来なかったのに、ここでこの大役を任された事に戸惑いつつ。結局は緊張に押しつぶされそうになっていたのだった。

「落ち着いて、鷹月――来るわよ」

「は、はいっ!」

 ISの望遠機能を持って、小さくミサイルを捉える。

「――射角修正、仰角+8° 方位角+3°」

 スポッターを買って出たファイルスの指示に従い、復唱しつつ17㎝ K 18『雪崩』の照準を合わせる。

「仰角+8° 方位角+3°・・・」

「砲撃用意――――テッ!」

 地を抉る反動と轟音。目視では捉えられない速度で砲弾が飛翔して。

「行くぞ!」

 銀の福音が地を発ち、ミサイルに向かって飛翔する。万が一撃破出来なかったときの為に。

 

 

 タンデム。速度を優先した組み合わせで北上を続ける。

 轟々と2基の大型エンジンが唸る。

 インストールしたままの換装装備(パッケージ)黒い流星(シュヴァルツェア・コメート)』がとても役に立っている。

 ミサイルはトマホークとの情報が来ている。

 トマホークはミサイルの中でもかなり鈍足なので、着弾前に海上で接触できるだろう。

 可能性としては――初期型のTLAM-Nってことはあり得ないだろうが……いや、それも一つの可能性として。

 

 俗に言うカーナビに近い電子地図で現在地を見て、周囲に目をやって確認したと同時。

 一瞬、空に小さな赤い花が咲いた。

『――墜ちたな』

 ミサイル観測を行っていたラウラが呟き、外していた眼帯を着け直す。

「砲撃による迎撃成功――――終わった……か」

 色々思うことはあるが、作戦終了後の集合地点、八丈島へ舵を向けた。

 

 

 

 

 全員の集合を待ちつつ、考える。

 今回の作戦は

『哨戒機の情報を元に、当該海域へ進入。亡国機業部隊を敵原子力潜水艦から引き離し、その間にシュヴァルツェ・ハーゼが2隻の原潜に潜入。原子炉を閉鎖させた後、離脱。離脱確認後に原潜を破壊する』

 つまり、目標は原潜の破壊。

 しかし状況が状況だけに――伊四〇〇型潜水艦の破壊が最優先目標となり、その後ミサイル迎撃へと変更。

 まぁ、目標Aの撃沈とミサイルの撃破には成功しているため、一応の成功と言えるだろうが、亡国企業の幹部――マドカ、スコールを眼前で取り逃がし、ミュラー大佐の離反等……。

 問題は山積みか。

 目標Bをひうち型多用途支援艦5番艦「えんしゅう」が鹵獲曳航することになったので、それによって何か情報が手に入ればいいのだが。



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6.蒼穹穿

 特に千冬さんから叱咤の言葉が出ることは無かった。

 「えんしゅう」の到着を待つこととなり、とりあえず一時解散となった。

 先ほど小耳に挟んだのだが、束姉さんもいよいよ腹を括ったようだ。

 ただ、以前までの行動があったために――当分は千冬さんが付きっきりで監視だそうだが。

 

 細々とした事の対応を済ませ、ようやく部屋に戻ればラウラはシャワーを浴びていて。

 ベッドに腰掛け、壁を隔てて会話を行っていた。

「ふむ。確かに、現状で篠ノ之博士を取り込める取り込めないかで状況は大きく変わってくるな――」

 肩にかかった銀髪を払い、脱衣所から出てきたラウラにタオルを放り投げる。

「――で、だ。さっき聞いて来た事を報告してくれ」

 ストン、と隣に腰を下ろすラウラ。

 何度も何度も言ってきたので、一糸まとわぬ姿でいることは無くなったのだが……二周りほど大きいTシャツ一枚と言うのはどうなんでしょう。

 ともかく。

「あと30分程度で『えんしゅう』が入港するので、内部調査――これは千冬さんと束姉さん、ラウラと自分の4人のみで行う。『各国軍との調整もあるので入港後直ぐに開始』だそうだ。だから直ぐに行く。だから。あー……着換えろ」

 ラウラはパチクリと瞬きをし、自分の服とこちらを交互に見て。

「やはり、駄目……か?」

 目を潤ませ、弱々しく問うその様がとても愛おしくて。

 ただ――――。

「今から外に出るから、って意味だから――ね?」

「ははっ、流石に分かっているさ。では、すぐ着替えるとしよう」

 ……からかわれた?

 

 

 

 

 曳航中の照合で原潜はデルタ型原子力潜水艦と判明していた。

 もっと詳しく言うと、プロイェクト667BD(デルタII)。1975年に就役し、1996年に退役を始め今では全隻が退役している型。艦番号については記録が抹消されていたので、型しか分からなかったという。

 司令塔の上。最初に千冬さんが発令所へと通じる垂直な梯子を降りて行った。

「しかし、この潜水艦はミサイル発射管が少ないように思えますが……?」

 司令塔から見て後方に広がるミサイル発射管を眺めつつ、ラウラが束にそう問う。

「そだねー。通常プロイェクト667BDには16基のミサイル発射管を備えているけど、外から見る限り2基しかないねー。でも、かなり大きなハッチかなぁ、あれ」

 だとすると……。

「じゃぁ束姉さん――あの下に何かある可能性は?」

「十分にあるかなー。よーし、ちーちゃんに続いて中に入ろう」

 

 

 

 ごく少しの物音しかなく、閑散とした艦内。

 聞こえるのは、4人分の僅かな足音。

 一度ハッチに手をかけた千冬さんが振り返り。

「よし、4人固まって行動する――」

 そう言うと、千冬さんは手早くスーツのボタンを全て外し――ショルダーホルスターの右側からベレッタM92Fを引き抜き、左側からマガジンを抜いて装填。

「――頼三、後ろを頼むぞ」

 了解。と、短く返して自分も懐からH&K P7M13を取り出す。

 残敵がいる可能性も、と言うことか。

 

 

 ミサイル搭載区画に入って驚いた。てっきりミサイル発射管があるものだと思っていたらMk41 VLSが1モジュールだけ装備されていた。恐らくStrike-Lengthだろうか。

「怪しいねぇ。すこぶる怪しい。怪しい臭いがぷんぷんしてる」

 ヒョイと直線状の隊列を抜けだした束姉さんが一枚のハッチの前に立つ。

 ミサイル区画はそこで終わっており、そのハッチの左右には下へ降りる階段がある。外側で見た記憶をたどれば、本来のミサイル区画はこの先も続いているはずだが……。

「奇遇だな。私もそう思う」

 千冬さんが束姉さんの横に立ち、眼前のハッチを睨め付ける。

「――教官、開けますか?」

「ああ。細心の注意を払えよ」

 ラウラが眼帯を外し、ハッチを注視する。

「ハッチ自体には……何もありません。開けます」

 ハンドルを回し、ギギギ……と音を上げてハッチが押し開けられる。

 ここまで自分が役に立っていないので――。

「自分が先に入ります」

 身を屈めてハッチをくぐる。

 

 

 とても広い空間。ガランとしているその中心にソレはあった。

「束姉さん――」

 束姉さんを呼び確認をして貰おう。何せ見るのは何年振りか分からない。

「――アレ、もしかして……」

「ふぅん……こんな所にあったんだ。ちーちゃんの両親が奪って行ってから見てなかったねぇ」

 その発言からして確信した。

 束姉さんが最初に製造した4機のIS……白騎士、暮桜、黒槍、そして最後の1機。

 

 

 

蒼穹穿(そうきゅううがち)――――」



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7.織斑千秋

 織斑千冬が、織斑一夏に――篠ノ之束が、篠ノ之箒にひた隠している事がある。

 

 今から10年程前。

 束姉さんは最初に全く異なる運用を主眼とした3機のISを製造した。

 コアナンバー001近接格闘主眼の「白騎士」

 コアナンバー003汎用戦闘主眼の「黒槍」

 コアナンバー004高速戦闘主眼の「蒼穹穿」

 それぞれ千冬さん、自分、束姉さんが搭乗して試験を繰り返していた。

 あの頃の束姉さんはかなり温厚な人だったが、アレを境に急に変わって行った……。

 余談ではあるが、最初に完成した白騎士をベースとした改良型の製造が決まっていたため、当時はコアナンバー002は空白だった。

 

 9年前のある日、何処へと消えていた織斑両親が舞い戻ってきた。一夏と箒は道場にいたため、顔を合わせることはなかったが――。

 千冬さんが母親、千秋さんと口論しているその隙に夏輝さんが「蒼穹穿」を奪取。当然自分が追撃に出て、史上初のIS対ISの戦闘が行われた。

 しかし接触出来たのはわずか数秒。当時の「黒槍」では追いつくことも出来なく逃亡を許してしまった。

 その一件以降、束姉さんは人が変わったかの如く正確が変貌し、笑顔の下にとても冷たいものを持つようになった気がする。

 ごく一部の人間――織斑姉弟と篠ノ之の人間以外を信じなくなり、特に男性に対して不信感しか持たないようになった。

 だからか、コアに改良を加え『女性にしか反応しない』ようにした。

 

 

 

 

「懐かしい話だねぇ」

 声こそ笑っているが、無表情のままの束姉さんが呟き、蒼穹穿のボディにそっと触れる。

 低い唸りを上げ、眠っていた機体が目を覚ます。

「お帰り、私の機体――」

 蒼穹穿が量子と消える。

 

「教官……今の話は」

 ちらり、と後ろの2人に視線を送る。

「あぁ、全て事実だ。ま、もう割り切ったがな。例え敵となって前に現れようが――」

 千冬さんがグッと右手を握りしめて。

「――斬る」

 

 それを聞いて思い出したのだが。

「束姉さん、スコール・ミューゼルは……」

「あぁ、千秋さんだね。髪染めただけじゃ私の眼は欺けないけどねー」

 やはり、なのか。今日のやりとりを聞いて思った通りだった。

「ねぇちーちゃん。もう色々暴露して良いんじゃない? ラウラちゃんはドイツ軍特殊部隊隊長なんだしさ」

 身を翻し、向き直った束姉さんが千冬さんとラウラを交互に見つつ。

「――口外禁止、ならな。いいだろう」

 

 

 他にひた隠しにしていた事実。

 織斑一夏が誘拐された理由。千秋さんにも親としての自覚と言うか、放りっぱなしにしている後ろめたさがあったのか。一夏をまず誘拐し、その後千冬をも手元に置こうとしていた。

 ただ、予想外だったのはドイツ軍特殊部隊の存在だったとか。

 

 ミュラー大佐内通の理由。これは今日聞いた。

 世界各地を飛び回る任務上、亡国企業と接触して以来結構な年数を経て内通するようになったと言う。さらにまた任務上、内通を悟られることも無かった。

 

 この戦い、IS学園と亡国企業だけでなく――もっとややこしい構図になりそうにしか思えない。

 

 

 

 

 プロイェクト667BD(デルタII)はIS学園の管轄を離れ、国家IS委員会と国際連合へ移された。

 不自然な空間は輸送特化として処理された。

 

 

『篠ノ之束懐柔は失敗――。

 既存兵器のスペシャリストとして、傭兵の地位を確立していたが、ISの出現によってその地位を追われた結果。篠ノ乃束を懐柔できたなら、ISを用いた傭兵として再び返り咲き、世界を間接的に支配する計画だった。しかし今、それが出来ぬのなら、ISコアの製造主を消してしまおう。同時に各国からISを強奪し、ISを独占して世界を支配する――――世界同時IS強奪作戦と篠之乃束抹殺作戦の発令をここに下令する』

「だってさー」

 会議室。通信関連の設備に色々と付け足していじっていた束姉さんがその一文を受信した。

 正しくは、暗号文状態だったのを束姉さんが平文化したのだが。

 

 

 

 

「ドイツ本国は『シュヴァルツェ・ハーゼ』の護りで足りると判断している。私たちは本国には戻らずにここで戦えとさ」

 アリーナ。テスト飛行で三次元機動を繰り返す束姉さんを見上げつつ、携帯を閉じたラウラがフッと息を吐きつつ言った。

 世界同時IS強奪となると、本国に残してきている機体やコアを守るために兵力が必要となり、IS学園に駐留している部隊から各本国に戻るのも見受けられる。

 さらに、IS学園に残っていた代表候補生が召還している例もある。その辺りIS学園に拘束力はないので、国を優先して戻った生徒もいるらしい。

 その辺りの連絡だったようで、自分とラウラはIS学園に残れることになった。

 

 ただ最終的にはいつもの面子――自分、ラウラ、一夏、シャル、箒、セシリア、鈴、会長、簪。あとは鷹月――が主力となったのだが。

 

「うん……我ながら良い機体だねぇ」

 高高度からのスプリットSを経て、地上すれすれでクルビット。一回転後にそのまま着地。その後束姉さんが放った第一声はそれだった。

「感覚は大体取り戻したかなぁー」

 射撃目標が飛び出すと同時、180度身体を回転させてそのまま超々高威力荷電粒子砲を放つ。

 目標全体をぶち抜くが、確かに中心を射抜いていた。

 曰く、これが蒼穹穿の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)の様なもので、シールドエネルギーから直接エネルギーを得ることによって高い威力を得ると言う。なので、エネルギー量を調節すれば、小出しにすることも出来るし、一撃必殺諸刃の剣にもなると言う。

 そもそも、蒼穹穿の武装はコレだけなので、そんなに問題でもないだろうが。燃費が悪いことには変わりないが。

 

 ともかく。

 IS学園全体がピリピリした雰囲気の中、この人だけは変わらなかった。

 ピリピリしている所と言えば、やはり司令部の会議室であった。

「…………」

 ジッと、投影されている地図に目を光らせる千冬さん。

 ここ最近ずっと詰めっぱなしなのか、目の下にはくまが見受けられるような気もする。束さんの監視もあるので、余計に大変なのだろう。

「ん? あぁ、篠ノ之とボーデヴィッヒか…………すまないが、少しの間ここを任せる」

 こちらに気付いた後、そう言って席を離れて会議室から出て行った。

 その背を見送った後、ラウラがポツリを呟いた。

「教官も――かなり、疲れているのか…………」

「あぁ。さて、任されたんだ。その任を全うせねばな」

 投影されている地図を見上げる。日本、学園を中心とした世界地図。作戦参加部隊や機体の位置情報が全て記載されていた。

 見れば、小笠原諸島にそって南下する自衛隊哨戒機がいたり……ん?

「なぁラウラ――今、小笠原諸島に沿って南下していた自衛隊哨戒機がいたよな」

「ああ……消えたな。電子機器の異常か、それとも墜ちたか――」

 点滅していた機体シルエットが消えたのだ。つまりそれが意味するのはラウラが言った通りで。

 にわかに会議室が慌ただしくなる――――。

 

 

 すぐさま偵察隊が編成されたが、自分とラウラは先の作戦内容から連続参加は見送られた。

 実際、自分もラウラも与力は余っていたのだが……。

 

 と言うわけで、相変わらずの自室待機が続く。

 会議室にある地図とリンクさせた端末には、偵察隊の航路がリアルタイムで表示されている。

 第一陣偵察隊は会長を隊長として、一夏とセシリア、鷹月で編成された。

 的確な指示を出せる隊長・近距離戦闘要員・遠距離戦闘要員・経験会得――と、このような編成である。

 IS学園が保有していた量産機もほとんどを各国に貸し出している今、少ない機体と少ない搭乗員をどう回すかが問題で。かつ、経験が少ない搭乗員の育成も急務である――と。

 ちなみに。第一陣帰還後に出撃予定の第二陣偵察隊はラウラを隊長とし、箒と自分、簪で編成されたが……こっちは出る機会があるのだろうか。

「まぁそう深く考えるな。もうすぐこの戦いは終わる――そう思わないか?」

「確かにそうだろうが――」

 しかし。織斑一家の件や、ミュラー大佐の件も。少ないように見えて、問題は多い。戦闘が終わっただけで、この懸案が全て解決するようにも思えんし――。

「そう、一人で抱え込むな……」

 ギュッと、手を握られて。

「私が、そして皆がいる」

 嗚呼。

 また、一人で突っ走ろうとしていたのか。

 つい、眼頭が……。

「ははっ、泣くなよ。さて――もうこんな時間だ。寝られるうちに寝ておこうか」

 っと。気付けばもう10時を過ぎている。たった一日の間に事態が急変し過ぎた。

 3年前の一夏誘拐からずっと続いているこの争いも、もう終盤なのだろうか……。

 と考えていると、急にラウラがソワソワとし出して。

「そ、その、だな……今日は――――」

 

 

 

 

 単純な日数では久しぶりではないが、体感時間ではかなり久しぶりな気がする。

 僅か数枚の布越しに感じるラウラの体温と鼓動。

 聞こえるのは、小さな呼吸音と時計の針の音。

「頼三は――」

「……ん?」

「頼三は、この争いが終わって、卒業した後に何をしたい?」

 何を、か。

 そう改まって聞かれると――どう答えていいのか分からない。

「逆に、ラウラはどうなんだ?」

「私か?」

 少々戸惑ったような声色。少しの間が開いて。

「軍に居続けるのも一つだし、そうだな……ISの平和利用にも携わってみたいとも思う。宙へ――な。」

「なるほど――」

 ISが本来いるべき場所。宇宙……か。

「でも――私は、頼三とならばどこへでも行くぞ……」

 少しベッドが軋み、ラウラの手が自分の背にあてがわれる。

 そか、と短く返して。

「ラウラのためにも、きちんと考えなきゃな……」

 そう、思うのであった。



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8.偵察行

 けだるさと共に目覚め。

 招集が無かったと言うことは、何もなかった……いや、悪い意味で何もなかったのだろう。

 布団に潜ったまま、端末を操作する。

 P3-Cは海上に不時着、搭乗員全員無事――と。まぁこれだけでも十分価値はあったか。

「ん……?」

 薄く瞼が開き、数回の瞬きの後にこちらを射る紅い瞳。

「悪い、起こしたか」

「いや――もう8時か。起きなくてはな」

 うん。と短く呟いて身を起こすラウラ。いつも思うのだが……ラウラに二度寝の概念はあるのだろうか。

 テキパキと着替えるラウラを横目に、情報に目を通す。

 P3-C乗員救出後に偵察隊は帰還、以降の偵察・哨戒を米海軍と海上自衛隊に引き継いだ――か。今日は自分たちが出ることになるのか。

「どうした? 早く着換えろ――」

「ああ、今着替える」

 本音を言うともう一眠りしたいのだが……。まぁいいか。

 カッターのボタンを上まで留め、さて次はネクタイを――――。

「たまには、私が……結んでやる」

 自分が持っていた黒いネクタイをサッと抜き取り、自分の首にかけられる。

 普段自分にしている時と左右逆だろうに、何も手間取ることなくネクタイを結び終わる。

 結び終えて顔を上げるラウラ。「褒めて褒めて」と言わんばかりの小動物的な表情を見せられて。

「……ありがと、な」

 ポンポン、とラウラの頭を数回撫でる。

「――――か?」

 顔を上げたまま、何かを呟いたラウラ。聞き逃してしまったので――。

「ん? 何だ?」

 聴き直してみる。

「ネクタイの由来…………知っているか?」

 目をそらし、頬を紅く染めて。

 ポツリポツリと紡がれた言葉。

 ネクタイの由来には複数あるが――――。

「無事に、帰るよ」

 ラウラが示してくれた思いに対して、自分も――。

 抱きかかえる様にそっと抱きしめ、ありがとう。と小さく呟き、紅い頬にそっと口づける。

 

 戦いは、近い。

 その時に何としても勝ち残る。世界の為、自分の為。何より――ラウラの為に。

 

 

 

 

 案の定と言うべきか。

 第二陣偵察隊に出撃命令が下り、滑走路にて待機。

 今までは特に管制も無かったが、数カ国の機体が飛び交う今は臨時で着陸・離陸管制が設けられている。

『――scouting party2, wind 012 at 5. runway 18, cleared for take off.』

『Runway 18, cleared for take off, scouting party2. ……行くぞ』

 短い交信を終えたラウラが告げると同時に空へ舞い上がり、自分たちもそれに続く。

『――偵察の内容を伝える。このまま伊豆・小笠原諸島沿いに南下を続け、硫黄島にて進路を西に変えて沖縄へ向かい、沖縄からIS学園に戻る三角形を描く。篠ノ之――箒は高高度にて警戒、頼三は低高度後方にて警戒。更識は中央、私は前に出る』

「「了解」」

 指示された通り、速度を抑えつつ高度を下げる。

 可能性としては一番会敵率が高いだろうなぁ……レーダーから目を離した隙に真下からミサイルでも喰らったら洒落にもならん。

 ……だからこそ、自分をここに配置したのだろうか――ラウラは。

 とにかく、しばらくはレーダーとにらめっこか。

 

 

 レーダー、目視共に何もないまま青ヶ島島を通過。硫黄島まではまだまだと言ったところか。

 そう言えば――簪はようやくマルチロックオンシステムを完成させたとか。いや、ようやくって表現は駄目だな。最後まで一人でやってのけたんだから。

 これで打鉄弐式の能力は十二分に発揮されると言うことか……。

 同時48発の一斉射撃と独立稼働……さながら「ハルマゲドン・モード」とも言われるイージス武器システム全自動モード。

 んー……単調な景色ばかりが続くと、どうも暇と言うか何と言うか。

 ふと、水面に視線を落としたと同時。

「…………ん?」

 ぬっと、黒い影が一瞬下を通り過ぎる。越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)発動下で一瞬となると、かなりの深度――。レーダーには反応なし。でも、鹵獲した潜水艦にはステルス性が付与されていた。念には念を……か。

「簪、ソノブイ投下、深度500に設定!」

 目標の進行方向に小型発煙筒を放り投げ、ソノブイ投下位置を示す。

『位置確認、ソノブイ――設定深度500、投下します』

 ミサイルポッドの一番下に臨時で装備されていたソノブイが放たれ、着水。

『………………』

 簪の視線が左右の往復を繰り返す。

 実戦経験こそ少ないが、これらのことに関しては簪が誰よりも抜きん出ているので、簪がいるのはかなり心強い。

 簪は一瞬絶句したような表情を見せたが、すぐさま報告を始める。

『ソノブイ信号解析システムに該当データ、ありません――でも、この海域で作戦行動中の潜水艦は存在しません。だから、これは……』

『よし分かった。念の為に問い合わせる。進行方向と速力は?』

 すぐさま確認に移るラウラ。自分に出来ることと言えば、水面ギリギリまで降下して目視で目標を捉え続けることしかない。

『方位3-4-5、速力42ノット』

『当該海域に作戦行動中の潜水艦はいない――見つけたぞ。各機追尾を開始する』

 簪から送られてきたデータでレーダーで目標を確認した。速力42ノットなんて船足……当然だがエンジンにも手が入っているのか。

 いや、それでも42ノットと言うことは後のことを考えていないのか?

『こちら第二陣偵察隊、目標を発見した。位置情報を送る!』

 ラウラが学園に連絡し、追尾しつつ指示を待つ。

 対潜火器は誰一人装備していないし、その前に対潜能力ははISに付与されていない。

 宇宙空間での行動が可能な以上、水中でも可能かもしれないが……前例がない。それに潜ったとしても前述の理由で有効打撃を与えられる可能性は……。

「第二陣偵察隊、現状維持のまま追尾を続けろ」

 冷たく響いた千冬さんの指示。現状維持……か。

 

 

 

 

ラウラや箒の顔にイライラが見え始めてきた。

 撃沈許可が出ないまま追尾を続け、八丈島を通り過ぎてしまった。諸国との兼ね合いもあるだろうが、どうして直ぐに許可が出ないのか。

 まさか……世界の警察サマが手柄を独占しようと画策していたり、今のうちに恩を売っておいて南下を――いや、後者はあり得ないか。

 ともかく、各国の思惑が入り組んでいるのはあるだろう。

 P-3Cでもいい、護衛艦でもいいから早急に――いや、いっそ自分たちが……。

『報告。第11護衛隊の3隻がそちらに向かう』

 待ちに待った報告。第11護衛隊となると、やまぎり・やまゆき・さわゆき――全艦に対潜戦闘能力があるじゃないか。

『三宅島付近での合流と思われる。合流後速やかに――』

『――目標、急速浮上!』

 ハッと、下に視線を移すと。

 海に小さな黒点が見えたかと思えば、それがみるみるうちに大きくなり。

『目標、浮上しました……』

 建造当時は世界最大であり、現在でも十分大型である潜水艦。伊四〇〇型――。半世紀以上の時を経て、日本近海に戻ってきた……と言えば聞こえはいいが。

『現状を把握した。動きがあれば直ぐに対応できるようにしておけ』

 千冬さんの指示でシステムに一通り目をやる。オールグリーン、問題ナシ――。

『――っ! セルが開いた、総員距離を取れ!』

 ラウラの怒号が飛ぶと同時に高度を取り、すぐさま汎用大型狙撃砲『黒い銃剣(シュヴァルツェア・バヨネット)』を手にする。

 燃焼ガスがアップテイク・ハッチから放出されつつ、セル・ハッチからミサイルが射出される――形状から見て、トマホーク。

『ミサイルが放たれました。本数3発。迎撃に向かいます』

 千冬さんへの報告を行いつつ、簪が編隊から離れる。

 ほんの少しの間が開き、八連装ミサイルポッド『 山嵐 』が火を吹く。放たれたのは計6発。手数では上回っているし、性能もケタ違い。撃墜は容易か。

『篠ノ之、敵無人機が来るぞ――注意しろ』

 かつての飛行機格納庫付近にISの反応……来るか。

 戦闘が始まってからじゃ遅い。今のうちに連絡しておこう。

『織斑先生――亡国企業のISと戦闘に入ります。この伊四〇〇型が亡国企業実働部隊の拠点であるとしたなら、偵察隊だけでは防ぎきれるか分かりません。増援を』

『了解した。まずは今すぐに出せるISを出すが、そちらで敵勢力の確認を最優先としろ』

 手厳しいなぁ……まぁ、無闇に全ISを出して学園を空っぽにも出来ないしな。

 武装を近距離突撃銃(シュトゥルム・ゲヴェーア)Sに持ち替え――安全装置解除、初弾装填。

『ふん、篠ノ之の人間ばかりか』

 呟きが聞こえたと同時、ISが飛び立ち格納庫から蒼い光を引く。

『ブレイク! 各機交戦を許可!』

 ラウラの指示と共に編隊が解かれ、ばらばらに急旋回で距離を取りつつ戦闘に入る。

 エム――いや、マドカは一夏が来るまでに、なんとしても墜とさねば。

 

 

 

 

 空に描かれる黒と蒼の光の尾。

『…………』

 あろうことに、マドカはこちらに身を晒す――つまり、後ろ向きで飛行しつつ攻撃と防御回避を行っている。舐められているのか。

 至近からの攻撃を避けたと思えば、背後からのシールド・ビット。

 距離も何も変わらないのに、これがずっと続く所為で2対1の状況下なのに効果的な攻撃を出せずにいる。

 膠着状態は打破せなければ――。

「ラウラはこのまま追撃を続けてくれ。自分は場所を変えて機会をうかがう」

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)でラウラへ呼びかける。

『了解した』

 頷き合い、自分は一気に高度を下げる。視界右端の高度計がみるみる間に減少してゆく。

 高度100を切ったあたりで機を持ち上げようとするが、少し遅かったか水面に跳ね返された。

「…………っ」

 ISには何ら問題はないが、つい舌打ちをしてしまう。

 追撃から離れたことで状況を改めて把握する。ラウラはマドカと交戦中。箒と簪は――無人機と交戦中。無人機は……50機を優に上回り、さながら群がるハエのように見える。

『くっ……』

 箒の苦痛の声が響く。明らかに不利だ。しかも、なおも格納庫から無人機が飛び立っている。

「織斑先生! 敵機は50機以上、間違いなく本隊です! サイレント・ゼフィルスも確認しています、偵察隊だけでは持ちません!」

 報告をしつつ、超大型ドーラ戦域征圧砲の準備を整える。

「ラウラ、燃料気化弾を使う、離脱しろ!」

 重低音を響かせ、バックブラストで海水を巻き上げ。空気を切り裂いて砲弾は往く。

 ラウラも離脱している。問題ない、次――。

「箒、簪、そこから離れろ!」

『『了解!』』

 次弾装填、対空炸裂弾。上部が後退して空薬莢を排出して次弾を込める――Feuer!

 あの無人機はゴーレムⅢだけじゃなかった。それなりの効果はあるはずだ。

『第二陣偵察隊、当該海域から離脱して下さい、こちらの本隊と合流して防衛戦を展開します!』

 山田先生の指示が飛ぶ。

「聞いたな、撤退するぞ!」

 ラウラのもとへ駆け、タンデム形態に移行。

 2機のエネルギーを『黒い流星(シュヴァルツェア・コメート)』に直結させ、単純に速度だけを求める。

「箒! 簪!」

 無人機と当たるのも構わず、2人と無人機の戦闘空域に突っ込み、2人の手を握ったのを確認して一気にアフターバーナーで推力を増加させる。

「ラウラ、絶対防御壁(アイギス)にエネルギーを割くから防御を!」

 そばを敵弾が掠める中、撤退していくのは少々不安。

『心得ている!』

 攻撃にエネルギーを割かない分、防御と速度へ徹底的にエネルギーを割く。

 ふと速度計に目をやれば、6120㎞/時……マッハ5。黒槍のスペック上での最高速度の約倍近い速度を出している。

 しかも、オーバーロード状態になっておかしくない状況なのに……それらの兆候が一切ない。しかも、エネルギーが微弱でこそあるが、増加を続けている。ISに乗って10年近く――こんなこと、今までに一度も起こったことがない……。

 この状況は、一体――――。



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9.ラグナロク

 “ISスーツ姿の”束姉さんが嬉々としている。

 

 学園まで約270㎞の距離。それを数分もかからずに走破し、学園滑走路へ降りたってエプロンでエネルギー補給、同時に束姉さんに今起こったことをありのまま伝えた。

 一瞬ぶつぶつと何かを考えていたが、直ぐに結論が出たようで。

「やったね、二人とも! 裏付けの為に実戦でデータ取るけど、それが本当ならそれこそが束さんの目指すコア・ネットワークの最終そして最高の能力だよ!」

 コアの自己進化のことだろうか。

「篠ノ之博士、仮説でも構いませんのでそれについて詳しく教えてもらえませんか?」

「もー、義妹よ。そんな畏まらなくてもいいんだよー」

 もう束姉さんの中でラウラは義妹で。

 それを聞いたラウラは頬を朱に染め、俯いてもじもじと。

「うん、それでねぇ。仮説と言えば仮説なんだけど――コア同士の強力な相互干渉によってエネルギーが生じたんじゃないかなって。ワンオフ・アビリティーである絢爛舞踏(けんらんぶとう)を必要としない無限のエネルギー供給は最終かつ最高の能力だねー」

 つまり、あの離脱時にいた4機のISいずれかの組み合わせによってそれが発動する、と?

「そうだねー。可能性と言えば黒槍とシュヴァルツェア・レーゲンかなぁ。シュヴァルツェア・レーゲンのコアは最早ドイツで設定された部分は皆無だしねー。束さんがちまちまと削って新機軸を盛り込んだ設定に直してたんだよー。紅椿のコアには箒ちゃんの実力に合わせてまだ一部の規制を解除してないからあり得ないねー」

 この人は……勝手に何をやっているんだか。

 もじもじしていたラウラも流石にそれには驚き、顔を上げた。

「シュヴァルツェア・レーゲンのコア。それがまた驚いたことに、試作コア最終番だったんだねー。ドイツ軍は凄いよ。10年近く前に譲渡したコアが現役なんて。アメリカなんて渡した次の日には分解だよ分解」

 聞けば、コアナンバー005は一時日本政府に貸与した後、アメリカへ譲渡され、分解の後に大破。現在は束姉さんの手元にあると言う。006はいち早くコンタクトしてきたドイツ軍に譲渡された――と。

「試作コアとそれ以降のコアだと中身が結構違うからねー。それも原因の一つだと思うよ」

 今までに聞いたことも無い話がポンポンと飛び出したが、一応の理由等についてはある程度理解した。

 

 

 

 

「手短に作戦を説明する」

 滑走路。作戦行動が可能な全ISがかき集められたが。その実態はほぼいつもの面子で生徒が9割を占めている。薄々作戦の重要性に気付いているだろうが、どうしてもざわめきが止まらない。

「接近しつつある亡国企業実働隊を浦賀水道上空にて迎撃、殲滅せよ。以上。前線指揮は――」

 一番前で指示を出している人物は。

 第一回IS世界大会を制し、その後姿を消した紅いISを纏ってただ凜凛としている。

「――私、織斑千冬が行う」

 

 ブリュンヒルデが立ちあがり、それに率いられるヴァルキューレ。

 さながら自分と一夏はエインヘリャルか。死んでないけどね。

 この戦いは、ラグナロクか。

 

 

 

 

 一大決戦を前に念入りに機体整備が行われ、被撃墜確立がほぼ0の偵察衛星などで情報収集。浦賀水道付近の市町村に避難指示。バディの設定等々。時間が許す限り出来る範囲での備えを。

 

 

 本隊から離脱し、別任務を担ってラウラと一路南へ。

 やはり束姉さんの読みは正しかったようで。

 エネルギーは最高値を保ったまま。逆にオーバーロード状態になりそうなほどである。

 今作戦の使命は一つ。敵潜水艦への奇襲そして徹底的な破壊。敵無人機が飛び立つ前に撃破出来れば敵の戦力を削ぐことが出来る。

 標的はなおもスピードを速め、三宅島と大島の中間――学園から南へ約130キロ――を航行中。

 野島崎で陣を構え、一撃必殺の精神で狙いを慎重に定める。

 砲戦パッケージ『パンツァー・カノニーア』を展開するラウラは舷側を徹底的に狙い、自分は真上から司令塔もろとも発令所と格納庫を叩き割る。抜くのではなく、文字通り砲弾で叩き割る。

「ラウラ、準備はいいか?」

 照準器から目を離さず、口だけを動かして。

『……問題ない。何時でもいいぞ』

「了解――――EER作戦、開始」

 

 Ein Regen der Schüsse. Es regnet. Wegen der Vernichtung.

 砲火の雨。雨が降る。破壊のため。

 

 計3門の砲が火を噴く。ISに十分な威力を与える対IS徹甲弾が1秒間に3発――この間5秒で15発放たれ、放物線を描いて水平線の向こうへ消えてゆく。

 響くのは砲声のみ。

 偵察衛星とリンクしている映像を確認しつつ、さらに砲撃を加える。徹底的に叩け。それが命令の以上従う。

 30秒で対IS徹甲弾のカートリッジが空になり、それを合図に砲撃を停止。

 地平線の彼方に、立ち上る黒煙を視認。ただ――結果の是非を問わず、砲撃終了後は本体との合流を厳命されていたのでそれに従う。

 

 

 本隊は館山まで来ており、すぐさま合流。

「敵潜水艦の撃沈をこちらで確認した。爆沈前に離脱した敵ISは約40機。これより残敵の殲滅戦に入る」

 暮桜を纏う千冬さんの指示。

 ちなみに暮桜を簡単に言えば、紅椿を各所簡略化したような感じで。装備は雪片一振りのみ。世界トップクラスISの一機。

 そう言えば、今年の冬が第三回IS世界大会開催年だったな。こんな混乱があって開催出来るのだろうか……。



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10.Feuer! Feuer! Weiter Schießen!

「最も確実な攻撃となると、頼三くんの単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)で敵の絶対防御を無効化して、ゴーレムⅢを優先目標に設定しつつ面制圧かな」

 束さんの発案に千冬さんも頷き――。

「篠ノ之、初撃と面制圧開始を一任する――ボーデヴィッヒ、オルコット、鷹月、更識、山田先生は長距離攻撃の準備を。各個有利な位置を維持して待機。それ以外は私について来い」

 狙撃を主とするセシリアと山田先生、それに加え武装が武装だけに少々高度を取る必要があつ簪が上がってゆく。

「簪、そこから敵は感知できるか?」

『――――出来ます』

「よし、方位誘導を頼む。敵編隊の真ん中に撃ち込まないと意味が無いからな」

『了解』

 超大型ドーラ戦域征圧砲を展開――幾重にも重ねたロックを解除し、単一仕様能力『Alle verweigern die Dora-cannon』を呼び起こす。

『距離……54㎞、方位2-0-1。高度200が中心位置です』

「方位2-0-1高度200――了解」

 目標までが遠すぎる故に、簪にこのあたりは任せる。

 千冬さんに率いられる中~近距離戦闘IS部隊は飛び立ったかと思えば、二分して南と東と向かった。

「よし――」

 単一仕様能力用特殊砲弾装填……。

「砲撃1秒後から面制圧を行う。狙撃、誘導火器は指示通りゴーレムⅢを優先的に狙うように――」

『『了解』』

「――簪、修正は?」

『修正……距離52㎞、方位2-0-3、高度200』

「了解」

 距離52㎞、方位2-0-3、高度200――『Alle verweigern die Dora-cannon』発動。

「――Feuer!」

 砲口初速毎秒2000mを上回る速度で砲弾は消え、噴煙と衝撃と爆音を残す。

 上空からはセシリアのスターライトmkⅢと山田先生の五十一口径アサルトライフル『レッドバレット』、簪の八連装ミサイルポッド『山嵐(やまあらし)』が。

 地上からはラウラの80口径レールカノン『ブリッツ』と鷹月の82㎜BM-8(カチューシャ)『鉄嵐』が唸りを上げる。

 前者は一撃必中、後者は敵編隊を覆うように降り注ぐ。

 これまでの狙撃では最長が2㎞であったが、ISでは50㎞越えも可能なのだから凄いものだ……。しかし、セシリアのスターライトmkⅢでも着弾まで13秒ほどかかるのだが。

 つまり、自分たちが絶えず砲撃を加え、敵の行動を制限。そこを行動を先読みして連射で仕留める――それがベスト。

Feuer!(撃て) Feuer!(撃て!) Weiter Schießen!(そのまま撃ち続けろ!)

 ラウラが叫び、自分も燃料気化弾を放ち続ける。

 噴煙で視界が遮られるが、簪から転送されるデータを元に計器のみで砲撃を行い続ける。

 北からの風に、噴煙が海へ流される――。

 

 

 

 

『敵部隊接近、砲撃を終了しろ!』

 千冬さんの指示が飛ぶ。

「攻撃止め! 止め!」

 と叫んでも、簪と山田先生くらいしか攻撃を止めず。

「攻撃停止! Hold your fire! Die Angriffe zu stoppen!」

 最終的に三カ国語で停止と叫び、ようやく攻撃が停止する。全員に千冬さんの指示は聞こえていた筈なのだが……。

『頼三、作戦を伝える。一度しか伝えないので注意して聞け』

 個人間秘匿通信(プライベート・チャネル)で千冬さんから指示が出る。

『こちらは一度戦闘に入り、頃合いを見て敵を引きつけつつ後退する。後退の際に野島岬を掠めるから、その際に敵編隊の横を叩け。最終的に浦賀水道西端で3隊が合流して一気に叩く。以上だ』

 了解、と返事を返す間もなく通話が切られた。

 つまり、先ほど東へと消えた部隊は最終的に敵編隊の背後を突く形になるのか。

「集合――――指示が出た。現状で待機だ」

 こう言う他無いが、たぶんセシリアが――。

「どうしてこの状況で待機なんですの!? この間にも織斑先生や他の――」

 思った通り、喰らいついて来た。

「Das ist ein Befehl.これは命令だ。織斑先生からの、な」

「わ、分かりましたわ……」

 気持ちは分からないでもないが……ね。

 一時静かだった空がまた騒ぎ出す。会敵したか。

 

 

 コアのネットワーク情報を見ると、どうも背後を突く部隊は少数精鋭のようで。

 楯無会長と束姉さんのみ。ISの特性なんかも考えると、統合能力的に最も信頼が置けると言うか、何と言うか……。信頼が置けると言っても、二人とも飄々とした人だけど。

 ネットワーク情報関連のセンサーで単純に敵ISのコアの位置を表示させる。約30機って所か。次いでマドカの大まかな位置が出る。交戦空域内か……やはり、前回のアレで墜ちる訳ないか。

 っと、千冬さんが後退を始めたな。

「注目――これより敵がこの近くを通過する。その際伏兵として敵を急襲する。以上」

 先ほどとは違い、打って変わってやる気にあふれる表情のセシリア。

 その他はいつもと変わらぬ――悪く言えば冷たい表情のまま頷く。鷹月と簪は不慣れさから来る表情だろうが、ラウラと山田先生は慣れ故の表情だろうなぁ、と。

 しかし、まぁそれはそれで心強い。

「――敵編隊へまずは集中砲火、その後中近距離戦に持ち込めばいいのか?」

 ラウラの問いに「Ja」と短く答えて。

「各員、今のうちに武器の点検を」

 いくら敵が無人機であろうとも、一瞬でもかき乱すことは出来る筈。

 その一瞬を、どう作るかが問題――か。

 

 

 

 

 目視で敵を捉えた。

 簡単でも段取りを決めておこう――。

「――ラウラ、砲撃の準備を。鷹月は雪崩以外の全武装を展開して待機。簪は山嵐を。セシリアは援護態勢で待機、山田先生は突入後の中近距離戦闘に備えてください」

 各員が武装を整えたのを確認し、さらに続ける。

「ラウラ、鷹月で一斉射を加え、その2秒後に簪が山嵐一斉射撃。その後に自分と山田先生が突入し中近距離でかき乱す。その間セシリアは後方からの援護を頼む。ラウラと簪は撃ち切った後可能ならば接近戦へ。以上だ。質問、意見は?」

 全員が首を振る。よし……。

「あぁ、忘れていたが。ゴーレムⅢと戦う時は死角からの攻撃か、接射が最も有効だ。何機ゴーレムⅢが残っているか知らないけどな」

 

『最接近まであと1分を切りました』

 簪の報告で、改めて敵の位置に意識を集中させる。

『頼三、攻撃の指示を!』

 砲撃準備を完了させたラウラが、後ろから叫ぶ。

「――ラウラ、まだだ。Warten(待て)...Warten」

 砲弾の進むスピードも考えて……。

「Warten...」

 よし、今だ!

「攻撃始め! Jetzt(今だ) Feuer!(撃て!)

 80口径レールカノン『ブリッツ』、82㎜BM-8『鉄嵐』、21㎝ネーベルヴェルファー42型『時雨』が硝煙を吐き出して轟音を上げる。

「2秒、簪!」

 ポッドからミサイルが放たれたのを確認し、空へ向き直る。

「山田先生、行きます!」

『は、はい!』

 排気炎で硝煙を巻き上げ、その中を敵めがけて突き進む。

 手には着剣状態の汎用大型狙撃砲『黒い銃剣(シュヴァルツェア・バヨネット)

『後退止め、反転攻撃始め!』

 千冬さんの声が響き、硝煙を切り裂いてビームや砲弾、銃弾が横を掠める。

 視界不良の中会敵した一機にそのまま銃剣を突きさし、銃口を密着させたまま引き金を絞る。

Aufmerksamkeit. Hinter!(後 方 に 注 意 せ よ !) Aufmerksamkeit. Hinter!』

 システムボイスに促され、後方へ向き直ろうとした刹那。

 ガッと、殴られたような強い衝撃と共に真下へ叩き落される。殴られたような、ではなく殴られたのだろう。恐らくはゴーレムⅠか。

 狙撃砲を放り投げ、スラスターで機体を立て直しつつ近距離突撃銃(シュトゥルム・ゲヴェーア)Sを両手に呼び出す。今だ晴れぬ黒煙の中からヌっと姿を現すゴーレムⅠに照準を合わせ――。

『どうした、頼三ッ! この程度の相手に』

 引き金を落とそうとしたと同時、横から飛んできたワイヤーブレードがゴーレムⅠの動きを止める。

 ワイヤーブレードを改修する要領で距離を詰め、近距離砲撃で叩き潰すラウラ。

『まだまだ敵はいるんだ、さぁ行くぞ!』

 胴を軸として、左右に身体を捻りつつ四方八方へと砲弾を放ち続けるラウラ。

 負けじと、翼内砲門『黒の雨(シュヴァルツ・レーゲン)』を展開――。

『――ふん、相変わらず仲良しこよしだな』

Warnung. Sperre wurde!(注意、ロックオンされている!)

 警告音と共にレーダー上に記される敵機を目視で捉えつつ回避運動へ入る。

 外見こそゴーレムⅢだが、あの声は――――。



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11.それぞれの戦い

「お久しぶりです、とでも言いましょうか!?」

 近距離突撃銃(シュトゥルム・ゲヴェーア)Sを単射でばら撒きつつ、やや自棄気味に問う。

『はいはい、お久しぶりっ!』

 一瞬の交差、銃剣に持ち替える手間を惜しんでそのまま拳で殴りつける――。

 

 

 

 

 バイザー型ハイパーセンサーの下に隠れる表情。

 シールドビットと大型レーザーライフルの斉射を最小限の動きで避けつつ、それを睨める。

 武器が雪片(ゆきひら)一つなのを少々疎ましく思うが、自信はある。私はこれで――。

『千冬姉! 俺もそいつを!』

 無人機を一機切り捨てた一夏が寄ってくる、が。

「馬鹿者! こいつは私が片づける、お前は来るな!」

 エンジンの排気炎で追い返し、一気にマドカまでの距離を詰める。血を分けた妹とは言え……いや、だからこそ私が倒す。

『アハッ……来た来た、姉ぇさん』

 

 

 

 

 自慢の高速切替(ラピット・スイッチ)で敵中に飛び込み果敢に戦うも、シャルの顔には疲労が見え隠れしている。

 69口径パイルバンカー『灰色の鱗殻(グレー・スケール)』で一機を屠り、背後に迫ったもう一機に向き直りつつ、握っていた近接ブレード『ブレッド・スライサー』から62口径連装ショットガン『レイン・オブ・サタディ』に持ち替えるも、直感的に間に合わないと感じ、シールドを前に出して目をギュッと瞑ってしまう――。

『シャル!』

 何度も何度も聴いたその声にハッとなり、眼を開く。例えるなら、希望か。差し込む一筋の光のようにその声はシャルに響いた。

 眼前に迫っていた無人機が白式の多機能武装腕『雪羅』の荷電粒子砲によって射抜かれ沈み、背後にも迫っていたもう一機の無人機を雪片弐型で切りつけて一夏が背後に滑り込む。

『大丈夫か、シャル!? って機体、ボロボロじゃねえか!』

『だ、大丈夫――まだ、行けるよ!』

『無理はするなよ……よし、行くぞ!』

 迫り来るビームの砲火を零落白夜のシールドで防ぎ、散開して再び攻撃に移る。

 しかし、それ故に必ず勝って生き残ろうと決意を新たにする。この障害を乗り越え、一夏と添遂げる為に。

 

 

 

 

 手数上有利な為か、向こうから積極的な攻撃はない。いや――ミュラー大佐にはもう一つの理由があるはず。そこを突ければ……。

「Laura! Verteilt!(分散!)

 まずは、引き離す!

 三式弾を等間隔で上下左右に撃ち込みつつ――いや、感覚的には移動予測に置くようにしつつ距離を詰める。

 的確に放たれるミュラー大佐の攻撃を絶対防御壁(アイギス)でもろともせず突き進み。左下のエネルギー残量を示す数値が徐々に減少しているが、まだ慌てるような数値ではない。

 噴煙の中間近まで詰め寄って。一瞬、バイザー越しにその表情を見た気がしたが――反逆者と言えども軍人、情けは無用!

「落ちろっ!」

 振りかぶった右の拳を脳天から直下に振り下ろし、開いている左手には汎用大型狙撃砲を。照準器を覗く手間さえを惜しんで引き金に書けた人差し指を何度も屈伸させる。何度も何度も。

Aufmerksamkeit!(注 意 !) Aufmerksamkeit!』

 警告音が響いたと思えば、一瞬遅れて右腕をふっ飛ばされる。絶対防御壁を展開していない今を狙われたのか。

 損傷やエラーを通告する文字や音声が現れ響き、消えて。それが何度も繰り返される。

 落下中、しかもこちらの攻撃を受けつつも、こちらに攻撃――でも、そこまでだ。

「『Alle verweigern die Dora-cannon』起動、行くぞラウラ!」

 方位、高度指定せず。

――警告は鳴りやまない。今度は右の翼が吹っ飛んだか。

 直接照準にて砲撃を行う!

『任せろっ!』

 ミュラー大佐が体勢を立て直すよりも早く、全6本全てのワイヤーブレードでラウラがミュラー大佐の動きを封じた。

『貴様! シュヴァルツェア・レーゲンの絶対防御諸共打ち消すつもりか!?』

『来い頼三――』

「『――Feuer!』」

 毎秒2000mの砲口初速を誇る超大型ドーラ戦域征圧砲から放たれる砲弾が、ほんの数メートル先の標的に到達するのに1秒とかかることはなく。

 しかし、それをラウラはAIC『慣性停止能力(アクティブ・イナーシャル・キャンセラー)』で停止させ、砲弾爆発と同時の能力作動に合わせてミュラー大佐の背後へ80口径の砲弾を見舞う。

 この1秒にも満たない行動を可能なのは、(さかい)を越えた瞳を持つこの2人だけ。

 後は、衝撃と硝煙から身を守るために頼三が絶対防御壁を展開し、落下するミュラー大佐を硝煙と炎が包み込む前に、ラウラがAICの内側へ救い上げる。そして世界の速度は元に戻る。

 

 AIC展開時にはラウラまでジャミング波は届かない。衝撃、硝煙など言わずもがな。

 

 

 

 

 甘い。

 それとも、姉に刃を向ける躊躇いがあるのか。

 しかし、過去の戦闘からデータはある、何よりも刃を交えて分かる。

 まるで一時期の篠ノ之箒のような、力だけの戦い方。その刃では、私を――。

『――くっ!』

 ――倒すことは、出来ない! 決めるぞ、雪片! 『零落白夜!』

 振りかぶられたショートブレード。それを雪片の柄で打ち払い、そのままの動作で切り上げる。

『う、うわぁぁぁぁっ!』

 耳に刺さる断末魔の叫び。だが、殺してはいない。

 遅いかもしれない。でも、この子は――織斑(まどか)を普通の人間に戻してやりたい。

 量子へと消えたISから投げ出され、気を失っている円を優しく抱きとめつつ、千冬はそう思った。

 

 

 

 

『現状を、報告しろ』

 戦場にいる全味方ISに響いた千冬さんの声。静かに、されど凜と。

『織斑一夏、損傷軽微……でも、シャルのISはもう持ちません!』

『凰鈴音、篠ノ之箒、セシリア・オルコット、3名とも損傷軽微ですわ。ただいま残敵と交戦中!』

『更識楯無、損傷なし。残敵と交戦中~』

 続々と報告が続く中、近づいて来た千冬さんにマドカを預けられる。

 傷一つ付けるなよ、と一言残してまた千冬さんは戦いの空へ戻った。

『更識簪、鷹月静寐両名とも損傷は軽微……』

『山田真耶、被害はありません』

『篠ノ之束、被害はないよ~』

 良かった……とりあえずは全員無事だ。と、ラウラと頷きあって報告を行う。

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、被害なし。篠ノ之頼三、損害あるも作戦行動に支障なし! リア・レア・ミュラーを確保しています!」

『損害があるものは引け。戦える者は残敵を掃討せよ!』

 その指示を合図に、再び砲火が開かれる。

『ミュラー大佐を頼む――んじゃ、行ってくる。直ぐ戻るさ』

 ミュラー大佐を自分に預け、ラウラも再び戦列に参加する。

 つまりは、自分は出るな――と? まぁ残敵は20を切って今も減少を続けている。

 ラウラが放って、束姉さんと会長が穿ち、一夏と箒が切り裂く。

 セシリアと簪は確実に貫き、鈴と鷹月は墜とす。

『凄い、ね……みんな』

 フラフラとした足取りでシャルが高度を下げつつ近寄ってきた。

「あぁ。みんな凄い……でも、シャルも凄かったじゃないか。外周で戦っていた自分とは違って、只中へ飛び込んで行ったからな」

『えへへ……そ、そう――』

『頼三、一機そっちに!』

 照れるシャルを遮り、ラウラの声が響く。

 確かに、一機こちらに向かってきている。

『僕がっ!』

 と、飛び出そうとするシャルを制し、敵に背を向けてシャルと2人を守る体勢。翼を広げ、翼内砲門『黒の雨(シュヴァルツ・レーゲン)』を起動させる。

 砲門自体は半分に減っているが、その名の通り雨を降らせることなど造作もない。

 

 

 

 

 最後の一機が屠られ、ようやく空が静かになった。

 これで、終わったのだろうか……? いや、千秋さんはいなかったし、オータムも。

 後一波乱ありそうだ――。



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12.終焉の高度1000キロ

 学園へ帰還する道すがら、多くの人が自分たちに向けて手を振っているのが見える。

(シャルのラファール・リヴァイブ・カスタムⅡが高度を出せないのと、万が一のエンジン停止に備えて陸地を飛んでいる所為もあるのだが。

 この緊急事態、珍しく日本政府は情報を秘匿することもなく、ほぼ全てのTVニュースで情報が公開されて避難もすぐさま行われ――。

 何が起こっているか分かっていて、爆音轟音の後に自分たちが空を往くのを見ておのずと分かっているのだろう。

「ラウラ――」

『あぁ、護れたんだ。何物にも代えられない、誇りだ』

 

 

 凱旋の滑走路。

 IS学園に残留している各国軍の人員ほぼ全員が脇で待機していて、こちらを目視したのか一斉に歓喜の声が上がる。

 各々に疲労の色が見えていたが、それをグッと堪え、笑顔で手を振る。

 歓声に管制との交信を遮られつつ、千冬さんを先頭に滑走路へ降りてゆく。

 今まさに雪崩を打ったように、駆け寄ろうとする群衆の中から一人の教員が飛び出してきて、千冬さんに耳打ちを。

 千冬さんの目つきが急激に鋭くなり、事の重大さを察知する。

「――了解した。直ぐに向かう」

 ISが粒子の光と消え、普段のスーツ姿の千冬さんがそこに在り。

「心身及びIS共に問題ないものは何人いる? ……無理はしなくていいぞ」

 どうしてそう問われたのか、意味が分からないまま一歩前へ出る。

「篠ノ之頼三、ISに少々の損害はありますが戦闘は可能――」

「ラウラ・ボーデヴィッヒ、戦闘継続可能です」 

 隣へ歩み出てきたラウラが無言で、その紅い眼に見つめられる。私も、と言わんばかりに。

「俺も、織斑一夏、行けます」

「シャルロット・デュノア、ISさえ復旧できれば行けます!」

 一夏とシャルも一歩前へ出て。

「4人――か。更識会長は……あぁ、ウクラインカへ発ったか」

 何が起こっているのか、サッパリわからない。

「千冬さ――織斑先生、一体何が起こっているんですか?」

 ふむ、と息を吐いて全員に聞こえるよう横を向いて説明を始める。

「亡国企業最後の足掻きだ。各国軍事基地に既存兵器を用いた亡国企業実働部隊が襲来――多くの場所で撃退に成功しているが……旧ソ連のミサイルサイロがいくつか占拠されている。最寄りのロシア軍部隊が向かっているが、こうしている間にも発射準備は……間違いなく、目標はここだ」

「つまり、私たちがそれを迎撃しろ、と」

「そうだ。これから私と束はミサイルサイロへ向かう――後はお前たちに任せる」

 えっ……? と、一夏の口から言葉がこぼれる。

「織斑、お前たちを信頼しているからこそ任せるんだ。それに――私たちは、私たち自身の決着をつけに行く。」

 了解しました、と冷静な口調でラウラが答え、二人は回されてきたF-15へと歩を進め――。

「あぁ、デュノア。お前の搭乗機修理は今からでは間に合わん。使え」

 ぽぉいと投げられ、弧を描いてシャルの手元へ収まった物。静かに弱く光を放つ銀色のブレスレット。

「暮桜……自由に使え。拡張領域(バススロット)も少しならある。フッ――もう私には、必要ないさ」

 死亡フラグじゃないかと少々疑ってしまうが、今のは『もう第一線には立たない』と言う意味なのだろうか。

 しかし、日本に向かうミサイルか。まるで……

 

 白騎士事件――。

 

 

 

 

 パトリオットミサイルの展開を横目に流しつつ、高度を上げて行く。

 高高度核爆発を狙った場合、迎撃後の汚染を考えた結果――。

「ラウラ、高度の報告を!」

『高度――100キロ。時期に大気圏を抜ける。全員、操縦者保護機能の正常作動を確認』

 タンデムで黒い流星(シュヴァルツェア・コメート)を展開し、一夏とシャルを牽引して一気に垂直上昇を行って。

 スロットル全開どころじゃないが、それでもエネルギーの減少は一切ない。

 初期生産コア4つの相乗効果は計り知れない――と言ったところだろうか。

『織斑――異常なし』

『デュノア、異常なし。呼吸も出来てる』

 サイロ内のミサイルは大陸間弾道ミサイルと判明しており、その頂点高度1000キロで迎撃を行うこととした。束姉さんに指示を仰いだが、問題ナシとのことだったし。

 IS史上初の宇宙空間戦闘……。

 

 高度1000キロ。ミサイルサイロと日本の中間地点、ちょうとICBMの頂点高度となるモンゴル上空で待機。

『これが、地球……』

 シャルが感嘆の声をあげる。

 当然の常識を、今この目で確かに見ている。地球は丸く、そして青い……。

『ミサイル接近! 注意してください!』

 山田先生の声で我に帰り、左目でそれを確認する。

「自分とシャルが迎撃、ラウラが止めて一夏が消す、行くぞ!」

 汎用大型狙撃銃のスコープを覗きこみ、予測位置と反動を考えてスラスター稼働用意まで整えて初めて射撃を開始する。焦りや緊張は、不思議と無い。

 シャルの六一口径アサルトカノン 『ガルム』の予測射撃も完璧でミサイルの弾頭が爆発を始める――と、それをラウラがAICで停止させ、諸々のエネルギーをまとめて一夏が零落白夜で消しさる……。

 

 正直、弾道ミサイルを大気圏外で撃墜経験があるイージス護衛艦「こんごう」や同型艦で落とすのが手っ取り早いのだろうが、曰く「これが、ISを兵器としてではない利用への一歩となる」と言う。

 実績、なのだろうか。

 

『一発だけ、か――?』

『後続は来ない……ね』

『4人とも、しばらく待機して下さい』

 1発しか飛んでこなかったということは、ミサイルサイロの制圧に成功したということなのか……?

 

 

 

 

 血と、硝煙の臭い。

Завершение внутреннего подавления!( 内 部 制 圧 完 了 ! )

 спецназ(スペツナズ)の隊員にПоблагодарив.( 御 苦 労 )と返し、眼前で束縛されている2人に目をやる。

 人払いを済ませてから、静かに口を開く。

「母さん、ここまでですね」

「チッ……うっせぇな。千冬、それに篠ノ之束! 貴様らよくも……」

 睨みつけられても、特別なにも思わない。

「スコール、黙りなさい……篠ノ之束、あなたとはじっくりお話がしたかったわね」

 ミューゼルに声をかけられても、束は顔色一つ変えることもなく。

「残念ながら、そんな時間はもうない」

 束が懐から前期型のCz75を取りだしたのを見て、自分もベレッタをショルダーホルスターから抜く。

(まどか)の面倒は、私が責任もって見ます――」

 照星の先へ。最初で最後の親孝行のつもりだったのか。言う必要が無かった事をつい口走ってしまった。

 乾いた銃声が2発部屋に響く。

 この戦いを終わらせる響きが。

 柵《しがらみ》を打ち破る響きが。

「終わった、な」

 空薬莢が地に落ち、音を立てて。

「御苦労さま、とは簡単には言えないけど――御苦労さま」

 そっと、千冬を抱きとめる束。

「ありがとう、束……」



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13.お前を私の婿にする――

 あれから。

 と言っても2日だが。

 

 大気圏突入して帰還を遂げるが、歓喜に酔いしれる間もなく検査検査でまた検査。

 全ての搭乗者保護機能が宇宙空間で完璧に作動するかが問題だったようで。だが、健康に問題なし。不安視されていた被爆もなかった。

 そしてようやく解放されたと思えば、ドイツのTV局からテレビ電話でインタビューの予定が組まれていて。

 世界規模で今までの事が特番を組んで大々的に報道されているらしく、もう既にセシリアはインタビューを済ませたらしい。

「で、どんな事を聞かれるんですかね?」

 時間になるまでTVスタッフを横目に見つつ、ボソリとルーデルが聞いてくる。

「主にインタビューを受けるのはラウラだ。自分たちは必要最低限のみ。不用意な発言はするなよ」

「分かってますよ……」

 よく見れば、ルーデルの膝が小刻みに揺れていて。

「落ち着け、無人機相手にするよりもよっぽど楽だろ?」

「は、はい」

「スタンバイお願いしますー!」

 スタッフさんに呼ばれ、ラウラと目配せして立ち上がる。

 眼帯で左目を覆い、軍帽を手にカメラの前へ出る。

 IS学園の制服で写るものかと思っていたが、IS学園に所属している特殊部隊員と言う立場に加え、特殊部隊の宣伝を兼ねるらしい。

 で、気付けば大尉に昇進していたようで、先ほど肩の階級章を付け替えたばかりだ。恐らく、戦闘が始まる以前に聞いていた兵役復帰時の昇進か。

 撮影用カメラの隣、置いてあるパソコンには配信サイトを通じての映像が映されている。つまり、これを介して――と。何とも安っぽ……もとい。

『ではここで、IS学園と繋いてみましょう!』

 画面向こうの司会の声で、軽く咳をして直立不動の姿勢。軍人としてのスイッチを入れる。

『IS学園に所属している、ドイツ軍IS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」部隊長、ラウラ・ボーデヴィッヒ少佐と、同隊所属篠ノ之頼三中尉とシャルロッテ・ウータ・ルーデル少尉です!』

「敬礼っ!」

 ラウラの号令でビシッと敬礼。直れ、と若干優しい声色の号令で元の姿勢に戻る。

『えー、まずはボーデヴィッヒ隊長、確実撃墜数が合計14機に加え、共同撃墜の弾道ミサイル1……凄い戦果ですね』

「いえ、必死で戦った結果です。気付けばそこまで数が膨らんでいました。私自身も驚きです」

『なるほど……次に篠ノ之中尉、長距離砲撃による撃墜数は20機以上、各所で頭脳となる活躍だったと聞いています。ルーデル少尉も撃墜数は10機近く――3人合わせて40機以上の撃墜数、凄いですね!』

「隊長と同じように……必死だっただけです。自分に出来る事を最大限に発揮し、IS学園を――いえ、世界を護るために」

「わ、私も同じです。隊長や中尉と比べるとまだまだですが、出来る事をやったつもりです!」

 当たり障りなく、かつアピールも忘れずに……と。

 ちょっと詰まったが、ルーデルもきちんと答えられた。何ら問題ないだろう。

『はい、ありがとうございます。シュヴァルツェア・ハーゼがある限り、何人たりとも我が国の領土を侵すことは出来ないでしょう!』

 いやいや言い過ぎ、と顔には出さず心の中で突っ込む。

『さて、議会や国内ではドイツ連邦共和国功労勲章を! との意見に溢れていますがそれについて隊長、一言をお願いします』

「もしも、功労勲章と言う栄誉を受けられるなら謹んでお受けします。しかし、勲章が無くとも今こうして世界があること自体が最大の勲章です。それだけで……十分です」

 TV画面に映る中継画面のラウラが微笑んで。

『なるほど……ありがとうございました。以上IS学園より、ボーデヴィッヒ隊長と篠ノ之中尉、ルーデル少尉でした!』

 TV画面が切り替わり、自分たちの姿が消える。

「以上です、ご苦労様でした!」

 スタッフさんの声で息を吐き、スイッチを切る。

「お疲れさん、二人とも。ラウラは完璧だったし、ルーデルも良かったぞ」

「頼三も、な」

「場馴れですか……流石は隊長と中尉です。私は、疲れました……」

 そうでもないさ、とラウラは返す。

「だな。さて、戻ろう。生活リズムを取り戻さないと直ぐに学校が始まるぞ?」

 そう。

 非常事態は解除され、IS学園に駐留していた各軍も明日までに退去を完了する。

 そして、11月1日を持ってIS学園は元に戻ることとなった。

 割と近くに住んでいる生徒はもうすでに寮へ戻ってきており、徐々にだが元に戻ってきている事を実感させられる。

 時間は短かった。全て合わせても1週間はなかった。

 しかし――ずっと戦っていたような気もする。1年くらい……。

 

 

 

 

 学園を紅々と彩っていた紅葉は役目を終えたかの如く散り、今は雪が学園を白く彩っている。

 あれから1カ月以上過ぎているが、あの戦いの事がまだ新聞のどこかに載っている。

 

「まさか、(まどか)が転校生としてやってくるとはなぁ」

「あぁ。親がいなくなった今では教官しか頼る人間がいない、と言うのもあるだろうが――割と、普通な人間な気もするがな。問題はきっとあの親だったのだろう」

 ふと、立ち寄ったアリーナで織斑姉妹の演習を眺めている。

 サイレント・ゼフィルスはサイロ内での発見を装ってイギリスに返され、あとは自分とラウラ、千冬さんが洩らさなければエムは円に戻れる。

 エムが操るのはラファール・リヴァイブで、千冬さんは打鉄。あれ以来シャルが暮桜を返そうとしても拒んでいるらしい。

 聞いた話では、これから先――卒業後、シャルはデュノア社との関係を断ち切るだろうし、その時ラファール・リヴァイブ・カスタムⅡは返却することになるだろう。

 優秀な搭乗員を失いたくないと言う意味と、千冬さんがシャルを義妹として認めた、と言うことらしい――と。

 

 

 戦闘を経験した後だから余計か、今がとても静かに思える。

「静か、だな」

 ラウラも同じことを考えていたようで、ポツリと言葉が響く。

 アリーナから出ようとした最中。。

「ああ……寒いし、早く寮に戻るか」

 積もった雪をギュッギュッと踏みしめつつ。もう5時を過ぎるが、妙に明るさを感じる。雪のせいだろうか。

「じゃぁ、ほら。マフラー……巻いてやる」

 自分の前に来て、手をめいっぱい伸ばして自分の首にマフラーを巻くラウラ。

「出来た――寒くない、だろ?」

 笑みを浮かべたかと思うと、ギュッと抱きつかれる。

「……どうした?」

「――――こうやっていると、暖かいんだ。今生きている事を、実感できる……」

 まさか、戦闘ストレス反応が今になって出てきたんじゃないだろうな……?

 不安が頭をよぎる。

 

「なぁ頼三。私は決めたぞ」

 自分に抱きついたまま、顔だけを上げてそう言ったラウラに何を? と返して。

「この先、卒業した後のことだ……」

 抱き返そうと思ったと同時、不意にラウラが離れる。

「後2年と数カ月だけ待ってやる。ふむ……少し、屈んでくれないか?」

 言われるがまま、膝を曲げて少しばかり屈む。

「これでいいか?」

「ああ――」

 何をされるのか皆目見当がつかないまま少しの間。

 そっと、ラウラの白くて小さな手が、自分の頬に添えられる。

「お前を、私の婿にする――」

 静かに飛び込んできたラウラを受け止めつつ、唇と唇がそっと触れあう。

「決定事項だ。異論は認めんぞ……」

 白い頬を真っ赤に染めて、吐息を感じる距離で静かに紡がれる言葉。

 してやられた。

「参ったな……自分から言うつもりだったのに」

「ふふふ、バカ」

 至近距離でのやり取りにドキドキしながら。

「――ラウラを、自分の嫁にする。異論は聞かない」

「異論なんてない……愛しているぞ、頼三」

「自分もだ。ラウラ――」



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