コードギアス‐魔導のルルーシュ (にゃるが)
しおりを挟む

IFネタ
ルルーシュ生誕記念特別回~IF世界線一話完結短編~


12/5のルルーシュ生誕記念に合わせたIF短編です。
○『コードギアス - 魔導のルルーシュ』本編との相違点
1,ルルーシュがアッシュフォード学園に在学
2,スザクと特派がブリタニア軍所属のままで、アッシュフォード学園に在籍
3,ヴォルケンリッターと本編よりも早く合流
など、原作寄りの展開を進んだルートを基にしております。
細部は詰めていない不思議時間軸なので、勢いで読んでいただけると幸いです。


()は心の声
「()」は小声でのひそひそ話


 生徒会に所属する水泳部のシャーリー・フェネットは、胸を高鳴らせながらアッシュフォード学園にあるクラブハウスへと足を運んでいた。

 手に握っているのはコンサートのチケット。仕事で良く家を空けている父親が送ってくれた品だ。

 コンサートの日付は今度の日曜日の夕方。

 最初はルルーシュをデートに誘うなんて恥ずかしいと、このチケットをどうするか決めあぐねていたが、ミレイ会長の応援(恐らくは面白半分)とガッツの魔法(単なる気合)もあって、ルルーシュをコンサートに誘う事となった。

 

(デ、デートじゃないし? お父さんからもらったチケットが勿体ないから、友人と一緒に見に行くだけだし? 偶々その相手がルルだっただけだし?)

 

 どこか浮ついた気持ちで心の中で自己弁護しながら、シャーリーはクラブハウスの中へと入っていく。

 

「今の時間帯だと、ルルとナナちゃんは多分……こっちの部屋だよね?」

 

 これまでの経験から、シャーリーは二人がいるであろう部屋へと向かってクラブハウス内を歩いていく。

 予想通り、いると目星をつけていたルルーシュとナナリーの部屋から、二人の声がかすかに聞こえていた。

 

 ──ナナリー……大切な話があるんだ。

 ──お兄さま、大切なお話とは一体なんでしょうか? 

 

 どうやら、部屋の中ではルルーシュがナナリーに何か大切な話を始めようとしているらしい。

 

(大切な話ってなんだろう? 盗み聞きをしているみたいで、ちょっと悪いかな? でも……気になる)

 

 シャーリーは罪悪感を覚えながらも、ルルーシュが話し始めるのを聞き耳を立てて待っていた。

 

 ──今度の日曜日、ナナリーに会って欲しい人がいるんだ。

 

 ルルーシュの口から聞こえてきたのは、とんでもない爆弾であった。

 シャーリーは思わずその場から逃げ出す様に走り出す。その目元には、涙が滲んでいた。

 クラブハウスから出て、学園の校舎裏まで離れたシャーリーは、乱れた息を整えてから呟く。

 

「……そうだよね。ルルってばモテるんだから、そういう人がとっくにいてもおかしく無かったよね……」

 

 頭では理解したつもりになって、でも心では認めたくなくて。グシャグシャになった心境を必死に戻そうとして、でもドンドン悲しい気持ちが強くなっていく。

 

「何やっているんだろう、私……。ルルに好きな人がいた事を祝わないといけないのに、どうして……」

 

 む、瞳からあふれる涙が零れるのを止められない。嗚咽が零れるのを止められない。その時、

 

「シャーリー……どうしたの!?」

 

 そんな自分を見つけてしまったのは、よりにもよってミレイ会長であった。しかもニーナとマーヤ、スザク君も一緒だ。

 

「ミ゙レ゙イ゙会゙長゙……。ルルに、ルルに恋人がいたんです!」

「「「「……えぇっ!!?」」」」

 

 シャーリーの言葉に、驚きを隠せない一同。

 

「ちょっとシャーリー。それって本当なの!?」

「はい……。クラブハウスでルルがナナちゃんに『会って欲しい人がいる』って」

「ルルーシュに恋人がいただなんて。知らなかった」

 

 間違いじゃないのかシャーリーに問いかけるミレイ。親友の交際関係にポカンとするスザク。

 

「今度の日曜日に、ナナちゃんとその人を会わせるつもりみたいです……。コンサートのチケット、無駄になっちゃいました……」

「そう言えば、ここ最近ルルーシュは上機嫌だったけれども……そう言う事だったのね」

「マーヤちゃん!?」

 

 落ち込むシャーリーに無自覚なまま追撃を加えるマーヤ。思わずツッコミを入れるニーナ。

 

「ふむふむ……。ねえ、シャーリー?」

「なんですか……会長?」

「シャーリーは、このままで良いの? ルルーシュ君に想いを告げる事もできないまま、誰かもわからない人に取られてしまって」

「それは……」

 

 ミレイ会長の問いかけに、シャーリーは言い澱む。

 本音を言えばルルを諦めたくない。彼に自分の想いを伝えたい。でも、既に恋人がいるのに告白して、断られるだけじゃなくこれまでの関係も壊れてしまうのが怖い。

 

「シャーリー。変わらないものなんて、この世界には存在しないの。それは誰かとの関係だって同じ。これまでの関係だって、いつかは変わる日がやってくる。唐突にその時が来て置いてけぼりにされるくらいならば、玉砕覚悟でも自分から進んでいきましょう? やらない後悔よりもやる後悔ってね!」

「でも、もしもルルの恋人が本当に良い人だったら……」

「それを確かめるために、今度の日曜日、ルルーシュ君を尾行するわよ! 本当にルルーシュ君を任せられる人なのか、この目で確かめなくっちゃ♪」

「……はい! 私、頑張ります!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 そして日曜日を迎え、ルルーシュがナナリーを連れてクラブハウスを出発したのを確認した生徒会一同は、ルルーシュの恋人がだれなのかを突き止めるために尾行を開始する。

 トウキョウ租界の道路を、ナナリーの車椅子を押して進むルルーシュ。

 対する生徒会の一同は、ルルーシュに気が付かれないようにかつ見失わないよう注意しながら、二人の後を尾行する。

 

「まさかルルーシュの奴に彼女がいたなんてなぁ。此処しばらく忙しそうにしていたのは、それが理由かぁ?」

「はぁ、どうして私まで」

 

 恋人がいるような素振りを見せていなかった友人(ルルーシュ)に、リヴァルは付き合いが悪くなった理由に納得し、生徒会メンバーと言う事で巻き込まれたカレンは愚痴をこぼす。

 

「ミレイ会長。やっぱりこういうのは良くないのでは……」

「スザク君は気にならないの? 親友の恋人がどういう人なのか」

「う、それは……」

「(もしもルルーシュが恋人を切っ掛けにブリタニアへの復讐を止めるならば、その時は……)」

 

 マーヤが物騒な事を考えている事に誰も気が付かないまま、生徒会一同はワイワイガヤガヤと雑談しながら尾行を続けていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……ふぅ。此処に来れたのは久しぶりだが、やはりここの紅茶とオレンジタルトの組み合わせは素晴らしい」

 

 その日、純血派のリーダーであるジェレミア・ゴットバルトは久方ぶりの休暇を使ってお気に入りに喫茶店でランチをとっていた。オレンジがふんだんに使われたタルトは、しつこくない甘さとすっきりとした酸味がザクザクとしたタルト生地と相まって非常に美味い。まさに自らの忠義を体現しているかのような味わいだ。

 

「ん? あれは……」

 

 オレンジタルトを食べ終えて紅茶を飲んでいたジェレミア卿の視界に、なにやら怪しい動きをしている学生の一団が映る。しかもよく見るとそのうち一人は特派所属の枢木スザクではないか。

 そう言えば、枢木スザクが在学する事となったアッシュフォード学園は、敬愛する今は亡きマリアンヌ様の後ろ盾となっていたアッシュフォード家が運営している。そして枢木スザクは、マリアンヌ様の忘れ形見であったルルーシュ様とナナリー様が、エリア11となる前の日本に送られる際、その引受先で合った枢木家の一人息子。

 これが只の偶然で片づけて良いのだろうか? 

 

「何か裏があるかもしれん。……確かめてみるとしよう、全力で」

 

 ジェレミアは記憶の隅からその事を思い出し、ウェイターにチップ含みで会計を支払う。そしてそのまま生徒会一同に気が付かれないように尾行を始めるのであった。

 一方、ジェレミアも気が付いていない処では、別の動きがあった。

 

「あら?」

 

 それは、変装してお忍びで租界を散策していたユーフェミアである。

 あまり長い時間は政庁を空けられないが、気晴らしくらいは許して欲しいものだ。それに、こうして民の生の空気を感じ取ってこそ、為政者として必要な判断を下せるはず。

 そう思って租界に向かったユーフェミアの視界に、学生たちと一緒にワチャワチャと楽しそうにしているスザクとマーヤの姿が映る。

 学生として楽しんでくれている事を嬉しく思いながら、二人は休日にどんなことをしているのだろうと気になり、その後を尾行し始めるユーフェミア。

 

「ふふ……♪ まるで映画のワンシーンみたいですね♪」

 

 異なる思惑から生徒会一同を尾行し始めるジェレミアとユーフェミア。その結果、道中の細くなった路地にさしかかった時、距離が縮まったジェレミアとユーフェミアは互いの存在に気が付く事となる。

 

(何故この様な所にユーフェミア副総督が!? 拙いぞ。此処でユーフェミア副総督がおられる事が露見して騒ぎが起これば、枢木スザクの尾行どころではなくなってしまう!)

(あれはジェレミア卿!? どうしましょう……もしも私の正体が気が付かれてしまったら、政庁に連れ戻されてしまいます)

「……」

「……」

 

 ジェレミア卿としてはユーフェミア副総督の周囲への正体露見を防ぎながら枢木スザクを尾行せねばならず、ユーフェミアからすればジェレミア卿に正体が気が付かれないように尾行を続けなければならない。

 互いに緊張が走り、気まずい沈黙のまま生徒会一同の尾行を続ける事となった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 後方で自分達が尾行されている事に気が付いていない生徒会一行。ルルーシュがナナリーを連れて向かった先は、租界を見下ろすことができる高台であった。

 高台にはルルーシュを待っていたかのように一人、金髪の優しげな表情の女性がベンチに座っている。

 

「久しぶりね、ルルーシュ」

「待たせてしまってすまない。シャマル、この子が俺の妹のナナリーです」

「この方がシャマルさん。優しいお声の方ですね」

 

「(うぉっ、すっげえ美人……)」

「(何というか、母性の強そうな人だね)」

 

 リヴァルやスザクがそう評した女性は、おっとりとした顔つきで露出の少ないどこかの会社の制服でありながら、大きく主張する胸元などどこか大人の色気を感じさせていた。

 

(ルルーシュ……見極めさせてもらうわ)

「(あれが、大人の魅力……)」

(私、帰って良いかな?)

 

 マーヤ、ニーナ、カレンがそれぞれ異なる事を考えたり呟いたりしている中、シャーリーは涙目になってプルプルと震えている。

 

「(シャーリー、大丈夫なの?)」

「(会長……勝てそうにないです)」

「(諦めたら試合終了よ! ガーッツ!)」

「(……はい! シャーリー・フェネット、当たって砕けます!)」

「(その意気よ! 骨は拾ってあげるから)」

 

 シャマルという女性に対して朗らかな笑みを浮かべているルルーシュを見て、心折れそうになっているシャーリーを、ミレイは励まし勇気づける。

 シャーリーは涙を拭うと、思い立ってルルーシュの元へと走り出した。

 

「それでシャマル、ナナリーの──」

「ルルっ!」

「ん? シャーリー、どうしてここに?」

「き、聞いて欲しい事があるの! わ……私! ルルの事が好き!」

「……えぇ!?」

 

 シャーリーからの突然の告白に、思考がフリーズして戸惑いを隠せないルルーシュ。

 

「あらあら♪」

「まぁ……」

 

 一方のシャマルとナナリーは、その様子をどこか楽しそうに見つめていた。

 

「ルルに好きな人がいる事は分かってる。でも……此処で踏ん切りをつけないと、私はずっと後悔し続けちゃうから!」

「シャーリー。俺には──」

「あらまぁ、ルルーシュってば、好きな子がいたの? 私にも教えてちょうだい?」

「……え?」

「「……え?」」

 

 シャーリーの玉砕覚悟の告白にどう応えるべきか悩むルルーシュだったが、シャマルの言葉に一同は首を傾げる事となった。

 

「……え? シャマル……さんが、ルルの好きな人なんですよね?」

「え? 家族みたいな関係ではあるけれども、恋人ではないわよ?」

「家、家族ぅ!? そ、それってひょ、ひょ、ひょっとして!?」

 

 シャーリーの妄想回路が暴走し、ルルーシュとシャマルの家庭が脳内に映し出される。

 

「シャマル……勘違いさせる言い方は勘弁してくれ」

「あら、ごめんなさい。貴方の事を愛してくれている子だから、つい揶揄いたくなっちゃって」

「シャーリー。この人は7年前に……ナナリーとはぐれてしまった俺を匿ってくれた恩人で医師なんだ。今回は久しぶりに再会する事が出来て、ナナリーの足を治せるかもしれないから会って話をしてもらおうと……」

「そ、そうだったんだ。……じゃあ、私……勘違いで告白……しちゃったって事!?」

「そう言う事になるわね♪」

 

 勘違いに気が付き、さらに勢いでしてしまった告白に顔を真っ赤に染めてゴロゴロと転がって悶え始めるシャーリー。

 

「七年前……。そっか、あの時行方不明だったルルーシュを保護してくれていた人達だったんだ。良かった……」

「ルルーシュ……(良かった。ナナリーの足を治すためだから、ブリタニアを倒す意志は消えていない……はず)」

 

 スザクは七年前のおのれの罪に関わる記憶を思い出しながら、マーヤは共犯者として一応は安心しながらほっと一息つく。

 一方、生徒会を尾行する事で結果的にこの話を聞いてしまったジェレミアとユーフェミアはというと……。

 

「七年前……そして傍らにいる車椅子の少女。よもや、マリアンヌ様の忘れ形見であるルルーシュ殿下とナナリー皇女殿下!? このような形で無事を確認できるとは……本当に、本当に良かった!」

「ルルーシュ……ナナリー。二人とも、無事でよかった……」

 

 ルルーシュとナナリーの無事を知る事ができ、ジェレミアとユーフェミアはその場を離れてから思わず抱き着いて喜びを露わにする。

 

「……っは! も、申し訳ございません、ユーフェミア副総督。とんだ不敬を!」

「いえ、何も問題ありません。此処にいるのはジェレミア卿と只のユフィですから♪」

「で、ですが……」

「それよりも、二人の事はコーネリア総督には、お姉様にはどうか内密に」

 

 ユーフェミア副総督からの提案に、ジェレミアは首を傾げる。

 

「……宜しいのですか? コーネリア総督もさぞお喜びになるかと」

「総督は立場上、あの二人を見つけたら本国に連れ戻さなくてはなりません。そうなってしまっては、後ろ盾がないあの二人は再び政治の道具として利用される事となってしまいます」

「なるほど。畏まりました。このジェレミア・ゴットバルト。ルルーシュ殿下とナナリー皇女殿下の事は他言しない事を誓います。全力で」

「ありがとうございます。それでは、そろそろ政庁へ戻りましょう」

「不肖ながら、この私がエスコートさせていただきます」

 

 ジェレミアとユーフェミアは、気が付かれないうちにそっとその場を後にするのであった。




シャーリーの告白の行方がどうなったかは、御想像にお任せします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2024年エイプリルフール特別回~IF世界線短編~

エイプリルフールに合わせたIF短編です。


 トウキョウ租界の大通りに設置されている大型街頭ヴィジョンから流されている会見放送を、ビルの屋上から見つめている二人の男女がいた。

 一人は10代半ばから後半辺りで黒髪と紫色の瞳をした眉目秀麗な顔立ちの少年で、その身体の線はジャケット越しでもわかるくらいに細く、多くの女性達が彼を見たら思わず振り返るだろう。

 もう一人は十代後半の銀髪赤目の少女。理知的な印象を与える整った顔立ちと服越しでもわかる豊満な双丘は、世の男達が放っておかない美貌だ。

 

『──。さあ、皆さん。正義に殉じた8名に哀悼の意を共に捧げようではありませんか』

『黙祷』

 

 街頭ヴィジョンに映る金髪碧眼の青年が、テロリストによるテロの犠牲者となった者達への哀悼の意を捧げる。その様子は看板役者のようでもあり、深い洞察力が無ければ本当に悲しんでいるようにも見えた。

 

「ルルーシュ、会見に出ているあの人って……」

「ああ。俺の異母兄弟、クロヴィス第三皇子だ。この次元世界に逃げ込んだ次元犯罪者の現地協力者リストに載っていた時はまさかと思ったが……7年間(・・・)探していた故郷(次元世界)に、こんな形で戻ってくることになるとはな」

 

 ルルーシュと呼ばれた少年が、街頭ヴィジョンに映るクロヴィス総督を睨みつけるように見つめる。

 

「此処がルルーシュの次元世界(故郷)……」

「アインス。すまないが先にナナリーの安否を確認したい」

「分かった。ルルーシュの血の繋がった妹だからな」

「任務があるのにすまない……ん?」

 

 ドン! という衝突音が下から響き、ルルーシュの意識が音の聞こえた方に向けられる。意識を向けた視線の先には、建設工事現場に突っ込んで衝突事故を起こしているトラックがあった。

 

「どうしたの、ルルーシュ?」

「あそこ……どうやら事故があったようだ」

「本当だ。どうする?」

「此処で姿を見せるわけには行かない。市民を装って救急車を手配する位で……あれは!? アインス、追うぞ!」

 

 事故を起こしたトラックをビルの屋上から見下ろしていたルルーシュの目に、トラックに駆け寄ってよじ登る少年の姿が映る。そしてトラックが動き出し、少年がトラックのコンテナ内部へと落ちていく様子も。

 トラックはその事に気が付かないまま、その場から逃げる様に走り去っていくを見たルルーシュが慌ててアインスを連れて走り始めた。

 

「ルルーシュ、どうしたの!」

 

 アインスの問いかけに、ルルーシュは自らのバリアジャケットを展開し、自らとアインスに迷彩魔法で空間に溶けこみように姿を隠しながら飛行魔法で空を飛翔する。

 

『あのトラックのコンテナに落ちた奴を確保……いや、話を聞かないといけなくなった!』

『あ……なるほど、そういう事ね。分かった』

 

 ブリタニア軍の戦闘ヘリコプターから警告射撃を受けるトラックを追いかけながら、ルルーシュはアインスに念話で端的に伝える。アインスもトラックを魔法でスキャンしてその理由を察した。

 その間にも、状況は刻一刻と変化する。トラックの後部からアンカーが撃ち出され、戦闘ヘリコプターに命中して撃墜。そしてトラックから姿を現したのは、

 

『グラスゴー! テロリストの車両だったか! だとするとなおさら拙い!』

 

 そのまま戦闘ヘリと赤いグラスゴーの戦闘が始まり、姿を隠したまま飛行するルルーシュたちは巻き込まれないように迂回せざるを得ない。

 魔法を使えばどちらも止める事はできるだろうが、自分達の存在が露見する事になるのは避けなければならない。その結果、トラックはトウキョウ租界からシンジュクゲットーに続く地下鉄路線へと潜ってしまった。

 

『ルルーシュ、彼の生体反応は私が探知できる。彼はまだ生きているわ』

『でかした! 追うぞ!』

 

 

 ────────────────────

 

 

「答えろよ、スザク。毒ガスか? この子が」

 

 ルルーシュ・ランペルージ(・・・・・ ・・・・・・)は、ブリタニア軍の兵士としてまさかの再会を果たした親友の枢木スザクに問いかける。

 アッシュフォード学園の学友であるリヴァルからの紹介で受けた貴族との賭けチェスの代打ちからの帰り。

 事故を起こしたトラックの運転手を助けようとよじ登ったはいいが、頭の中に女性の声が聞こえたと思ったらトラックが動き出した事でコンテナ内部に落ちて出られなくなった上に、そのトラックがテロリストの逃走車両だった。しかも推定シンジュクゲットーの地下鉄網内でトラックが停車したタイミングで脱出しようとしたら、テロリストの仲間と勘違いされかけてブリタニア兵──7年前に親友となった枢木スザクに取り押さえられそうになったりと散々な目に合っているので苛立ちも言葉に含まれている。

 

「しかし、ブリーフィングでは確かに……」

 

 スザクが困惑しているのは、毒ガスだとされていたカプセルから現れたのが、拘束具を着た緑髪の少女だった事だ。

 まさかどこかですり替えられた? そう思ったスザクをルルーシュたちと共に、ライトが照らし出す。

 

「あっ……隊長!」

 

 スザクが隊長と呼んだ人物は右頬に古傷があり、もみ上げとヒゲと赤い帽子を被った男だった。

 

「この猿! 名誉ブリタニア人にはそこまでの許可は与えられていない」

 

 スザクに罵声を浴びせる隊長は、ブリタニア人の中でも生粋のナンバーズ差別主義者のようだ。

 ルルーシュは親友を猿呼ばわりされた事に苛立ちながらも、状況の危うさを理解する

 

(拙い……確かに毒だ。外に漏れれば、スザクの主人たちが危うくなるほどの猛毒)

 

 ブリタニア軍に拘束される可能性がかなり高いと判断したルルーシュだが、隊長の判断は違った。

 

「──。だが、その功績を評価し、慈悲を与えよう。枢木一等兵、この銃でテロリストを射殺しろ」

「えっ……」

 

 拘束すらせずに即時の射殺命令に、ルルーシュの思考が一瞬停止する。

 隊長からの命令に対し、スザクはルルーシュがテロリストでない民間人である事を説明するが、隊長は聞く耳を持たない。

 

「──。自分はやりません。民間人を……彼を撃つような事は」

「では……死ね」

 

 射殺命令を拒否したスザクの腹部を、隊長の銃弾が撃ちぬく。

 

「スザク!」

 

 スザクが撃たれて倒れる様子を見る事しかできなかったルルーシュが叫ぶ。

 

「見たところ、ブリタニアの学生らしいが不運だったな。女を捕獲した後、学生を殺せ」

「イエス、マイロード!」

 

 隊長の命令でルルーシュに銃を向けるブリタニア兵士。

 

(ナナリーっ!)

 

 心の中でルルーシュは最愛の妹を、過去に起きた悲劇によって足と光を喪ったナナリーの事を想う。

 その時、横合いから何本もの鎖が伸びて隊長諸共ブリタニア兵士達を縛り上げた。

 

「な、なんだこれは!」

「う、動けな……!」

 

 拘束を脱しようと足掻く隊長とブリタニア兵士。しかし、鎖は解けるどころか寧ろきつく締まり、ミシミシと音を立てて締めつけていく。

 

「くそっ! 所々崩落していて遅くなった! アインス! 撃たれたブリタニア兵士──彼らを連れて脱出するぞ!」

「分かった、ゼロ! さあ、こっちへ!」

 

 黒と紫が基調のスーツとフルフェイスの仮面をかぶった謎の人物ゼロと、アインスと呼ばれた顔の上半分をフェイスガードで隠した女性が突如として現れた。

 アインスはルルーシュの手を取ってこの場から連れ出そうとする。

 

「待ってくれ! スザクが!?」

 

 咄嗟にスザクの方を見やると、倒れているスザクと緑髪の少女はどういう理屈か宙に浮かんだ状態でゼロに運ばれていた。

 パニックに陥りかけるルルーシュの視界が一変する直前、トラックが自爆して地下鉄網の構造体の一部が崩落したのが見えた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「アインス、スザクの容体は……」

「……大丈夫。幸い重要な臓器は外れているわ。私でも治せる」

「そうか、良かった……」

 

 訳が分からないまま逃走に成功したルルーシュは、ゼロ達についていく形でどこかの建物──周辺に見える景色からトウキョウ租界の屋上で二転三転する状況を整理する。

 あのゼロという人間はテロリストの仲間なのか? だが毒ガスとされていたカプセルの中にいた緑髪の少女に対して何のリアクションも示していないのはどういう事だ? 

 それにブリタニア軍の兵士だったスザクの容体を心配しているのもテロリストとしてはおかしい。スザクがテロリストの内通者だった? それはない。あのスザクがそんな腹芸ができるわけもない。

 なによりも……、

 

「なあ……」

「なに? ルルーシュ」

 

 ルルーシュが尋ねようとして、アインスが反応する。

 こいつらは只の学生で通しているはずの自分の事を知っている。しかもどこか気安い態度だ。

 

「私達が怪しいのは分かる。この姿も、現れたタイミングも。だが、スザクが撃たれるのを待っていたわけではない事は信じて欲しい。撃たれる前に間に合わず、本当にすまなかった」

 

 ゼロがルルーシュに対して頭を下げて謝罪する

 信じて欲しいのがそこなのか? ルルーシュは相手の対応から毒ガスを奪ったテロリストとは別口だと推測した。

 テロリストがこちらを信用させようとするならば、もっと違うアプローチをしてくるはずだからだ。スザクが日本最後の首相の息子とはいえ、ブリタニア軍の兵士となった名誉ブリタニア人への甘い対応をするはずがない。

 

「そこは信じるしかない。助けてくれたことにも感謝している。だが、さっきのあれは何だ? まるでおとぎ話の魔法のような──」

「魔法……そうだな、魔法だ」

「おい、ふざけるのも大概に──」

「ふざけてなんかいないさ。現に、アインスがスザクを治療しているのも魔法だ。尤も、おとぎ話とは違って厳密なロジックに基づいた技術だがな」

 

 はぐらかされていると思って突っかかろうとしたルルーシュをゼロが制止し、スザクの服を脱がして傷口から弾丸を摘出後に淡い光を纏った手を当てて傷口を塞いでいるアインスの方を指さす。

 スザクの血色も良くなっていき、目の前で起こっている不可思議な現象を見たルルーシュも認めざるを得ない。

 

「ん……うぅ。ここ……は」

「スザク!」

 

 治療を終えて間もなく、スザクが目を覚ます。

 

「あれ? 僕は確か……隊長に撃たれて、あれ? 傷が……無い?」

「スザク。お前が撃たれた後、彼らが俺達を助けてお前を治療してくれたんだ」

「ルルーシュ、無事でよかった。それと、ありがとうございます」

 

 ルルーシュの説明を聞いて、スザクはぼんやりした意識のまま親友の無事を安堵し、ゼロとアインスに礼を言う。

 

「礼には及ばんさ。そもそも、私達が間に合っていれば撃たれる事もなかった」

「まさか、貴方達が──」

「いや、テロリストとは無関係だ。私達は偶発的にルルーシュを発見し、保護するためにあのトラックを追っていた」

「俺を……?」

 

 ルルーシュの中で、ゼロ達への警戒度が上がる。

 ルルーシュ・ランペルージの正体は、7年前に人質として妹と共に日本への留学という体裁で送り込まれた神聖ブリタニア帝国の第11皇子にして、第17皇位継承者。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。

 今までの話しぶりや反応からして、ゼロ達は自分の正体にも気が付いている。その上で保護しようとするならば、彼らは皇族の内の誰かからの使い──状況からしてクロヴィス以外──だろう。

 このまましらばっくれるかどうかを思考していると、

 

 ──piriririri! 

 

 ルルーシュの携帯から着信音が鳴り出す。

 

(寄りにもよってこのタイミングで!?)

「私達の事は後でいい。電話に出てあげるんだ」

「……分かった」

 

 ルルーシュはゼロに促されるまま、着信音が鳴る携帯を取って通話を始める。

 

『ルル! 今日も学校サボってリヴァルとどこ行っているの! さっきまで携帯にも繋がらなかったし!』

 

 電話の相手はアッシュフォード学園に在籍する生徒会メンバーのシャーリー・フェネットからだった。

 

「すまない。さっきまで携帯がつながらない所にいてさ」

『また賭けチェス?』

「まあ、そんなところだ。その後でトラブルがあってさ。ついさっきまでその後処理に追われていたんだ」

『もう、危ないからもう辞めよう? 皆も心配するし、私も……

「ああ、ほとぼりが冷めるまでひとまずはそうさせてもらうよ。それと、最後に何か言ったか?」

『何でもない!』

 

 最後がちゃんと聞き取れなかったので聞き直したが、シャーリーは起こって通話を切ってしまった。

 何かシャーリーを怒らせてしまう事を言っただろうか? 

 

「ルルーシュ……賭けチェスも良くないけど、さっきのは無いと思うよ?」

「そうです。ガールフレンドを心配させてはいけませんよ」

 

 しかも親友(スザク)とアインスからもダメだしされてしまった。

 

「ガールフレンドではありませんよ。同じ学園で生徒会に所属しているだけです」

「こりゃ重症だな」

「そうですね」

「そうだね」

 

 解せぬ。

 

「童貞坊やの鈍感具合は置いといて、本題に戻らないのか?」

「誰が童貞坊やだ」

 

 今まで沈黙を保っていた緑髪の少女が、口を開く。余計な事も口走っているが、弛緩した空気を引き締める効果はあったようだ。

 

「それもそうだな。ルルーシュ、そして君の妹であるナナリーと共に私達に保護させてほしい」

「そうやって、また俺達兄妹を政治の駒に使うつもりか」

「いや、ブリタニアも皇族も関係ない。私個人の私情だ」

「なんだと?」

 

 訳が分からない。皇族どころかブリタニアとも無関係で俺達兄妹を保護する理由はなんだ? こいつに一体何の益がある? 

 まさか、母上を慕っていた軍人か何かか? だが、その場合も俺達を神輿に担ぎ上げて来るはず。

 

「ゼロ、このままだと互いにすれ違ったまま平行線になると思う。だから……」

「そうだな。混乱させないために隠していたが、素顔を見せよう」

 

 アインスの言葉にゼロが応え、ゼロの仮面がほつれるように消えていく。

 

「な……!?」

「ど、どういう事……?」

 

 仮面が消えたゼロの素顔は、ルルーシュと瓜二つであった。

 

「俺が……もう一人?」

「俺達が実は双子だったのか、どちらかがクローンだったのか。或いは俺が知る世界に酷似した別世界なのか。それはわからない。ただ一つ言える事は、俺もお前もルルーシュ・ヴィ・ブリタニアであるという事だ」

 

 ルルーシュもスザクも、緑髪の少女でさえもぽかんと口を開いて呆然とするしかなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ルルーシュが二人か……。どうしよう、ルルーシュを呼んだら二人とも反応しちゃうな」

「懸念するところがそこなのか、お前は」

 

 スザクのピントのずれたボケにルルーシュがツッコミを入れる。

 

「そこは保護の件も含めて追々考えるとして、俺達も本来の任務を果たしに行かなければならない」

「任務?」

「端的に言えば、エリア11に逃げ込んだ犯罪者を捕らえる事だ」

「厄介なのは、クロヴィスがその犯罪者の現地協力者の一人なのよね……」

「クロヴィス総督が!?」「クロヴィス兄上が?」

「『CODE-R』と呼ばれる何かの研究のために人体実験用の人身売買や、違法薬物の斡旋がクロヴィスとその一派にかけられている容疑だ」

 

 ルルーシュ(ゼロ)の言葉に、緑髪の少女がピクリと反応する。その様子を、どちらのルルーシュも見逃していなかった.

 

「どうやら、心当たりがあるようだな」

「大方、お前はその人体実験のために誘拐か売られた被害者辺りか?」

「いや。私がその『CODE-R』だ」

「「「「!!?」」」」

「私はC.C.。クロヴィスは不老不死の研究のために私を監禁して実験していたのさ」

 

 予想よりも核心に迫った、事件の核心そのものであるC.C.と名乗った少女に驚かされる。

 

「成程、だからクロヴィスは軍を動かしてでも必死になって探していたのか。となると……」

 

 ブリタニア軍の動きに納得がいったルルーシュの頭に、ある可能性がよぎる。

 ならば、自分達を見失った事を報告されたクロヴィスはどう動くか。最悪の可能性を。

 それを裏付けるように、シンジュクゲットーの方向から爆発音を幾つも伴った火の手が上がる。

 

「シンジュクゲットーが……」

「クロヴィスめ。実験対象が見つからない事に焦って、目撃しているかもしれない人間をシンジュクゲットーごと殲滅するつもりか!」

「そんな! 早く止めさせないと!」

「どうやってだ! C.C.を捕まえた事にして引き渡すつもりか?」

「それは……どうやって、どうやったら……」

 

 スザクはどうやったら犠牲を出さずに虐殺を止められるかを必死に考えるが、妙案が全く思い浮かばない。

 スザクは過去のトラウマから、正しい過程を経ていない結果に対する強い忌避感を持っている。

 虐殺は止めたい。でも正しい方法で止める方法が分からない。堂々巡りに思考の迷宮で迷子になっているスザクに、ゼロ(ルルーシュ)が呼びかける。

 

「スザク。俺はお前がどんな7年間を経験してきたかを知らない。その中には、お前の価値観を大きく変えるような何かがあったのだろう」

「ルルーシュ……」

「軍人としてルールを守ろうとする気持ちは間違ってはいない。その上で、お前が本当に守りたいものは、救いたいものは何なのかを教えてくれ」

「僕が、守りたいもの……」

 

 ゼロ(ルルーシュ)の言葉を受けて、スザクは自問自答する。

 七年前、自分はどうして実の父を殺した? 

 戦争を止めるため。確かにそれは理由ではある。でも血の繋がった家族を殺さなくては成せないと思うほどどうして思い詰めていた? 

 なんで戦争を止めないといけないと思った? 一般論ではないもっと根源的な理由は何だった? 

 考えて。考えて。考えて……。

 そして、スザクは自分が抱いた想いの根底と向き合う。

 

「僕は……ルルーシュと、ナナリーを守りたかった」

「スザク?」

「戦争が止まれば、ルルーシュもナナリーも殺されなくて済むって思って。僕は、僕は……戦争を続けようとする父さんを」

「「スザク!」」

 

 頭を抱え、震え出すスザクに二人のルルーシュが寄り添う。

 公的には責任を取って自裁した事になっている枢木ゲンブの最期を察した二人。それは幼少期はガキ大将だったスザクの性格が変貌するほどのトラウマの根底にあるものだった。

 

「すまない、スザク。お前がそこまで思い詰めていた事に気がつけなかった」

「お前は、俺達の事を守ってくれたんだな」

 

 二人のルルーシュは親友が抱える事となった心の闇を知らなかった事に自責の念を感じる。

 

「それで、スザクはこの状況をどう終わらせたい?」

「どう……って。僕は……どうしたら良いのかまだ分からない。けど、クロヴィス総督にこんな間違った事は──ルルーシュだけじゃなくこのゲットーに住む人たちを虐殺させるような事は止めなきゃいけない」

 

 何が正しいのかはまだ分からない。どのような方法が正しいのかも皆目見当がつかない。でも、ブリタニアのルールでは救えない命が、守れない誇りがある事はようやくわかった気がする。

 迷いはまだ残っていても、スザクは確かに前に進むことができたのだった。




という訳で、闇の書事件以降も元の世界に帰れずに時空管理局の協力者となっていたルートになった場合における、【魔導のルルーシュ】の方のルルーシュが、原作コードギアスの世界に意図せずに介入してしまう世界線でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

本編
魔王が生まれた日


皇暦2010年8月10日、神聖ブリタニア帝国は、日本に宣戦布告した。
極東で中立を謳う島国と、世界唯一の超大国ブリタニア。
両者の間には、日本の地下資源を巡る、根深い外交上の対立があった。
本土決戦においてブリタニア軍は、人型自在戦闘装甲機ナイトメアフレームを実戦で始めて投入。
その威力は予想を遥かに超え、日本側の本土防衛線は、ナイトメアによってことごとく突破されていった。
日本は帝国の属領となり、自由と、権利と、そして名前を奪われた。
「エリア11」その数字が、敗戦国日本の新しい名前だった。
それから7年の月日が流れ……。


 エリア11シンジュクゲットー

 

 先の戦争によって荒廃しつつも徐々に人が戻りつつある街の一角に、老朽化した周囲と比較して新しいつくりの建物がある。

 ブリタニア様式を基本としながら随所に日本風の様式も取り入れているこの建物には『新宿慈善院』と日本語で書かれた看板が掛けられていた。

 新宿慈善院は戦争によって親を喪い戦災孤児となった日本人──ブリタニアからはイレブンと呼ばれている──の子供たちを保護している孤児院だ。

 そんな孤児院の玄関から、一人の少女が出てくる。

 太腿まで伸ばした艶やかな黒髪に、透き通った青い瞳。ブリタニア系の顔立ちで学生服を着ている事から、どこかの学園の生徒のようだ。

 

「いつもありがとうね、お姉ちゃん!」

「マーヤさんには本当に感謝しております」

 

 マーヤと呼ばれた少女を見送りに来た幼い少女と初老の女性が、それぞれお礼の言葉を口に出す。

 

「浅間おばさん……いえ、この孤児院を運営しているルルーシュさんに比べたら、私にはこのくらいしかできませんので。陽菜、次来るときには色紙とかも持ってくるから私にも折り鶴の折り方を教えてね?」

「うん! お姉ちゃんが次来てくれる時を楽しみに待ってるよ!」

「ええ、私も楽しみにしているわ。……それじゃ」

 

 マーヤは浅間と陽菜に手を振りながら、孤児院を後にした。

 

 

 ────────────────────

 

 

 シンジュクゲットー近隣の租界のビルから、一人の若いブリタニア人の少年が外に出る。

 

「……ふぅ。これで今回の交渉は無事に成立だな。今回の取引によってナナリーの足を治療するためのコネクションはさらに強化された。この調子で行けば……」

 

 見た目は10代半ばから後半辺りで黒髪と紫色の瞳をしたその身体の線は細い。その眉目秀麗な顔立ちに彼とすれ違った女性たちは振り返るが、本人はその事を気にせずに通りを歩いていく。

 彼──ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、神聖ブリタニア帝国においては第11皇子・第17皇位継承者でもあったブリタニア皇族だ。

 8年前に母であるマリアンヌ・ヴィ・ブリタニアが暗殺され、妹であるナナリー・ヴィ・ブリタニアも両足と光を失っただけでなく、それから間もなくして当時の日本に留学という体裁で人身御供として妹と共に送られた過去を持つ。

 その上、神聖ブリタニア帝国は日本に宣戦布告して侵略を開始した際には、偶発的な事故から戦争とは関係ないある出来事(・・・・・)に巻き込まれて一時期行方不明になっていたが、後にナナリーと再会し現在は医療・福祉関係の起業家ジュリアス・キングスレイという偽名で活動している。

 ルルーシュは器用に人混みを避けて通りを歩きながら、これまでの事とこれからの事を考える。

 ルルーシュが起業したのは、元々はナナリーの足の治療法を探すため、そしていつか神聖ブリタニア帝国に反旗を翻す際の資金源兼コネクションづくりのためであった。

 

 ──母マリアンヌの死の真相を解明し、下手人に報復する。

 ──自分達を見捨てた父である第98代ブリタニア皇帝シャルル・ジ・ブリタニアに復讐し、ブリタニアが齎した弱肉強食の理を破壊する。

 

 その想いは今、揺れ動いている。

 決して恨みが消えたわけでもない。しかし、ナナリーの足を治療する目算が立ち始めている事と、ルルーシュが事業の一環で運営している孤児院の子どもたちを養うという目的が、ルルーシュから個人的な復讐心を抑え込む理性の鎖となっていた。

 

「あいつら……あれから元気にしているだろうか」

 

 ルルーシュはふと呟く。ルルーシュがこの世界では行方不明になっていたある出来事で出会った、ナナリーの次に大切な血の繋がらない家族たちの事を。

 あの時の経験や知識が、順調な今の事業を支えてくれている。

 あの時の戦いが、誰かを守る大切さを教えてくれた。

 幼かったからこその無鉄砲ともいえる行動力があの時はいい方向に働いて、本来ならば死ななくてはならなかった彼女を救う事ができた。

 日本に送られてから出来た親友との出会いと同じように、彼女たちとの出会いはルルーシュにとって大切な宝物だ。

 もしも自分が母の一人息子であったならば、この世界には戻らずにあちらに残っていたかもしれない。そう思えるほど、ルルーシュにとっては大きな存在であった。

 

「会いたいな。……っと、いかん。少し感傷的になっていた。気持ちを切り替え──あれは?」

 

 過去を思い返して少しばかりホームシックになっていた心を切り替えようとしたその時、歩いていた先の建設現場に一台のトラックが突っ込むのを目撃する。

 

「おーい、こっちこっち」

「うひゃー、悲惨」

「なになに? 事故?」

「酔っぱらってんじゃないの?」

「おーい、誰か助けに行ってやれよ」

 

 周囲にいた通行人たちが野次馬となり、緊張感がないまま口々に好きかって言って傍観する光景に、ルルーシュは苛立ちを覚える。

 すると、トラックから微かに見覚えの有る様な気がする光が見えた。

 

(なんだ? あれの光に似ていたが……まさかな)

 

 ルルーシュは一瞬訝しむが、この世界にあるわけがないものなので気のせいだろうと結論付ける。

 それよりも、今は事故を起こした運転手たちの救助が優先だ。

 

「どいつもこいつも……。おい、大丈夫か?」

 

 ルルーシュは野次馬をかき分け、事故を起こしたトラックに駆け寄って声をかけるが、反応がない。

 ルルーシュが今いる位置からでは、運転席が見えず安否を確認できないため、上に昇って再び声を掛けた。

 

「おい、聞こえるか?」

 

 その時、

 

(見つけた。私の──)

 

 ルルーシュの心の中に確かに聞こえてくる女の声に、ルルーシュは驚愕する。

 ルルーシュには語り掛けてくる女の声に聞き覚えはない。しかし、女が語りかけている方法には、身に覚えがあったのだ。

 

「(念話だと!? 何故この世界でこれを使える奴が? そうなると、先ほどの光は見間違いではなく……)うわっ!」

 

 ルルーシュが思考している間にトラックはルルーシュに構わず再び動き出し、ルルーシュはトラックの荷台へと落ちてしまった。

 

「あっ、おい止まれ! まだ俺が乗って……!」

 

 そしてトラックの運転手に聞こえないながらも悪態をつくルルーシュだが、そのままトラックは急発進してしまい、身体を壁に打ち付ける。

 

「くっ! 内側にも梯子を付けておけよ! 拙いな、出られなくはないが悪目立ちしてしまう。此処は身を隠して──」

『警告する。直ちに停車せよ。今ならば弁護人を付ける事が可能である』

 

 ルルーシュがどうやって目立たずに脱出するかを思案している間に、外からは拡声器でトラックへの警告が行われ、間もなく発砲音が響く。

 

「撃たれてる!?」

『次は当てる。直ちに停車せよ』

「このまま出るのは危ないな。どうにか身を隠して──っ!?」

 

 ブリタニアの治安機構にこのトラックが追われている事を知り、ルルーシュは騒ぎを起こさずにやり過ごすために身を隠す。すると、ほどなくして運転席側の扉が開いて一人の女が歩いてきた。

 

「アザブルートから地下鉄に入れる」

「カレン、此処であれを使ってしまおう」

「それじゃ虐殺よ!」

「ああ……そ、そうだな」

 

(あれを使う? 虐殺? それよりもあの女……何をする気だ)

 

 ルルーシュは姿を隠してカレンと呼ばれた女が何をするつもりなのを注視する。すると彼女は荷台後部に隠されていたKMF──赤く塗装されたグラスゴーに乗り込んでトラックから発進してしまった。

 

「クソッ! 本物のテロリストじゃないか! いや、焦るな……。まずはここから気づかれずに出る方法を見つけないと」

 

 

 ────────────────────

 

 

「なに、この音? ゲットーの上空にブリタニア軍の輸送機?」

 

 租界にある自宅へ帰宅するためにシンジュクゲットーを歩いていたマーヤだが、上空を飛び交い始めたブリタニア軍の輸送機に不安を覚える。

 

「あんなにも兵隊が……。今更ゲットーに、どうして? ……何か嫌な感じがする」

 

 マーヤが思いつく理由としては、レジスタンスがゲットーに逃げ込んだ等が挙げられる。しかし、これまでレジスタンス相手に軍がこれほどの大規模動員されることはなかった。そうなると、考えられるのはそれまでは無かった異常事態が起きたという事。

 マーヤの脳裏に、先ほどまでいた孤児院が思い浮かぶ。

 

(陽菜たちをゲットーから脱出させないと!)

 

 マーヤは一人で租界へと戻る選択をせず、先ほどまでの道を大急ぎで戻り始めた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 シンジュクゲットー内に張り巡らされている地下鉄網を走行していたトラックが止まり、荷台が開いたのをチャンスと見て脱出を試みたタイミングで、ブリタニア軍兵士に発見されてテロリストと勘違いされてもみ合いになるルルーシュ。

 ブリタニア軍兵士の正体が幼少期の親友である枢木スザクであると知り、スザクもルルーシュに気が付いて手を止めたその時、荷台に積まれていたカプセルがひとりでに開封され始めた。

 

「なっ、拙い! 逃げろスザク!?」

「ルルーシュ、君を置いていけない!」

 

 スザクが言っていた話が本当ならば、あのカプセルの中身は毒ガスだ。ある方法で防ぐことができる自分と違い、見たところスザクには防毒装備は明らかに不十分なものだ。毒ガスの散布が始まってしまったらスザクの身が危うい事になる。

 そのために逃げるように告げたルルーシュだが、スザクはルルーシュのためにそれを拒否した。

 

(クソッ! こうなったら目立ってしまうがあれ(・・)でスザクと一緒にここから脱出を……)

 

 ルルーシュは悪目立ちすることを覚悟の上でスザクを連れて脱出するための方法を使おうとしたが、カプセルの中身を目撃してその手が止まった。

 それは毒ガスなどではなく、拘束具を付けた緑髪の女であった。

 

「毒ガスじゃ……ない?」

「答えろよ、スザク。毒ガスか? この子が」

「しかし、ブリーフィングでは確かに……」

 

 疑念の言葉を投げかけるルルーシュに対し、スザクは事前に与えられていた情報と違う事態に困惑する。

 その時、ルルーシュとスザク、そして緑髪の女を照らすようにライトが当てられる。

 

「あっ……隊長!」

 

 スザクが隊長と呼んだ人物は右頬に古傷があり、もみ上げとヒゲと赤い帽子を被った男だった。

 

「この猿! 名誉ブリタニア人にはそこまでの許可は与えられていない」

 

 スザクの事を猿と呼ぶ辺り、この男はブリタニア軍人の中でも生粋の差別主義者のようだ。

 ルルーシュは親友をそう呼ばれたことに苛立ちを覚えつつも、冷静に状況の把握に努める。

 

(拙い……外に漏れれば、スザクの主人たちの立場が危うくなるという意味では確かに猛毒だ)

 

 目立たないように脱出の機会を窺った事が仇になってしまった事を理解し、スザクと隊長の会話から自分をテロリストとして始末させようとしているのをスザクが拒否している事に危機感を覚える。

 

(何をしている、スザク! そんなことをすればお前が殺されるんだぞ!? ……ええい!)

 

 隊長がスザクを撃とうとした時、ルルーシュはこの世界に戻ってからずっと隠していた力を初めて使った。親友を守るために。

 隊長とスザクの間の地面に、正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がり、放たれた銃弾を不可視の何かが弾いてスザクを守る。

 

「なっ!? なにが起きた!」

「スザク! 逃げるぞ! このままだと殺されるぞ! 俺も、お前も!」

「でも僕は……うわぁっ!」

 

 スザクが逡巡する間にトラックが爆発を起こし、轟音と共に三人の姿をブリタニア軍の兵士たちから隠した。

 

「こっちだ、スザク!」

「あ、うん」

 

 爆風によって視界が遮られている中、スザクはルルーシュの声を頼りにその場から走り出す。

 ルルーシュ達がどうにか走り抜けたすぐ後ろの岩盤が爆風によって崩落し、ブリタニア軍人たちと三人の間の道を塞がれる結果となった。

 地下鉄構内を歩きながら、ルルーシュはスザクに語り掛けるように状況を言葉にする。

 

「……ふぅ、ひとまず追っ手は振り切ったが、状況は限りなく最悪と言っていい。恐らくは何かしらの機密であるこの子を目撃した以上、あの男たちは俺達を決して逃がそうとしないだろう。テロリストを追跡していたことを考えれば、ゲットー周辺が封鎖されていても可笑しくはない」

「ルルーシュ……ごめん」

「お前が気にする事じゃない。それより……お前、あの時俺に念話で語り掛けてきた女だな?」

「……!?」

 

 ルルーシュの言葉に、女は目を見開いてルルーシュを見る。

 

「やはりな。どこの次元からの漂流者かは分からないが、この世界には存在しないはずの力……魔法を使える女となれば、ブリタニアが躍起になって確保しようとするのも頷ける」

「ルルーシュ……君は何を言って?」

「幸い、此処から脱出さえできればお前をブリタニアの手が及ばない所へ連れていく伝手が俺にはある。魔導師ならば管理局の存在位は知っているだろ? お前が次元犯罪者でないならばそこに保護してもらうように取り計らってやる」

「ま、待て! お前は何を言っているんだ!? 魔法? 管理局? お前は……何を知っているんだ!?」

 

 慌てた様子でルルーシュを逆に問いただす女の様子に、ルルーシュは予想と違う事に首をかしげる。

 

「なに、違ったのか? だが、あの念話は確かに古代ベルカ式魔法の形式で発せられたものだった。となると……この世界には古代ベルカ式をベースに独自の発展を遂げた魔法が存在する可能性があるという事か」

「えっと、ルルーシュ……お取込み中悪いんだけれどもさ、僕にもわかるように話してくれないかな?」

「あ、ああ。すまない、スザク」

 

 置いてけぼりを受けていたスザクからの問いに、ルルーシュは気を取り直して説明し始める。

 

「まず前提として、俺達がいるこの世界以外にも様々な世界が次元世界という区分で存在する事を信じてほしい」

「お前な……そんな空想の物語みたいな「分かった、信じるよルルーシュ」──信じるのか」

「助かる。魔導師というのは次元世界に存在する魔力素というものを取り込んで体内のリンカーコアと呼ばれる特殊な器官で魔力に変換、それを用いて様々な現象を起こす者の事で、管理局は様々な次元世界を全てのではないが管理・維持している組織だと考えてくれれば良い」

「えっと……つまりルルーシュもその魔導師で、隊長が僕を撃った時に守ってくれたのはその魔法のおかげって言う事?」

「その通りだ。俺は七年前、ブリタニアと日本が戦争をしているさなかに事故でこの世界の外に押し流されてしまった時期があってな。漂流した先で保護してくれた人たちから魔法を教わったんだ」

「そんなことが……だからナナリーだけしかいなかったんだね」

「ああ……。幸いしばらくして俺はこの世界に戻れる機会があったからナナリーと再会する事ができたが、それまでは驚きの連続だったぞ。魔法もそうだが、何より俺が漂着した先の世界はこの世界に似通っていたにもかかわらず、ブリタニアが存在せずに代わりにアメリカ合衆国という民主主義国家が存在したんだからな」

「ええ!?」

「驚いてくれたようだな」

 

 スザクが大きく驚いたことにルルーシュはにやりと笑う。そして、改めて今後について話始める。

 

「それよりも……今はどうやってこの場を切り抜けるかだ。俺だけが只この場から逃げるだけならば手段はいくらでも存在するが、俺にはナナリーだけでなく守るべき者が存在する」

「守るべき者……」

「このシンジュクゲットーで俺が運営している孤児院の戦災孤児たちだ。あの子たちに危害を加えさせないためにも、大至急、孤児院に向かわなければならない」

「だったら……僕がおと──」

「おまえが囮になるのは却下だ。俺にとってお前は親友で、死んでほしくない相手だ。そうでなければあそこで魔法を使ったりなどしない」

「ルルーシュ……」

「現在地さえわかれば、そこから逆算して孤児院まで転移することもできる。そのためにも一度地上に出る必要がある」

 

 ルルーシュはスザクたちを連れて地上へと向かって歩き始める。

 途中、地上から響く爆発音や銃撃音に不安を感じながら地下鉄構内を探索し、しばらくしてようやく地上に繋がっていると思しき工場に到着した。

 

「此処から地上に出られそうだな」

「ルルーシュ、僕が見てくる」

「俺も行く。女、お前はここで待ってろよ」

「……」

 

 ブリタニア軍がいないかを確認するために、ルルーシュとスザクはこっそりと工場から地上の様子を確認する。すると、工場の外で先ほどの隊長たちに射殺される日本人たちを目撃する事となった。

 

「どうだ?」

「イレヴンしかいないようです」

「むぅ……この辺りなんだな? 出口の一つは」

「はい。旧市街の地図は照合済みです」

 

 どうやら先回りされてしまったらしい。ルルーシュは見つかる前に地下に戻ろうとしたが──、

 

「うえええええん!」

 

 射殺された女性が我が身を盾にして庇っていた赤子が泣き始め、それに苛立ったブリタニア軍兵士が銃口を向けたのを目にした事で、その考えは彼方へと吹き飛んだ。

 

「「やめろおおおぉっ!」」

 

 奇しくもスザクとルルーシュは同じタイミングで叫びながら飛び出し、ルルーシュが空間に展開した魔法陣から伸びた鎖で赤子を射殺しようとしたブリタニア軍兵士を周辺の兵士諸共に拘束。スザクがその範囲外にいた隊長に肉薄して拳で顎を打ち抜いて昏倒させた。

 

「なぁっ! がぁっ!?」

「隊長! な、なんだこれは!?」

「う、動けない!?」

 

 突然の事態に、ブリタニア軍の兵士達はもがくが、鎖の細さに反して一向にその戒めが解かれる様子はない。

 

「お前たち……なぜ無関係な日本人を殺している!?」

 

 ルルーシュは拘束したブリタニア軍兵士の一人に対して問い詰める。

 

「日本人? イレヴンの事か。クロヴィス総督からの命令だ! シンジュクゲットーを壊滅せよとな!」

「そんな、クロヴィス総督が……」

「貴様らが悪いのだ。あの場で大人しく殺されていれば、このような無駄な手を煩わせられることもなかったというのにな!」

「僕は、また……僕の、所為で……」

「ああ、そうだ。枢木スザク一等兵。貴様が命令を遵守しなかったばかりにこうなったのだ。貴様が、このシンジュクゲットーのイレヴンどもを皆殺しにする引き金を──」

「ふざけるな!」

「──ぐあぁぁっ!」

 

 ルルーシュが手に力を込めて魔法の鎖で拘束しているブリタニア軍人を締め上げて言葉を中断させる。

 何人かの兵士の手足から、ゴキリッと骨が折れる音が聞こえてくる。

 そうして全員の意識を奪ったあたりで魔法の鎖による戒めを解除し、工場内にあったロープで意識を失ったブリタニア軍兵士たちを隊長と共に縛り上げる。

 そして彼らに何か魔法を仕掛けた後に、泣き疲れたのか眠ってしまった赤子を抱えるとルルーシュはスザクの方へと向き直った。

 

「スザク、あいつらの戯言を真に受けるな。お前は悪くなんかない。悪いのは……クロヴィス総督とブリタニア軍だ」

「でも……」

「第一、隊長を殴り倒した時点で軍人としては失格だろ? だが、そうしなければ、この赤ん坊は殺されていた。お前はこの赤ん坊を確かに救ったんだよ、スザク」

「あ……」

 

 スザクの目元から、一筋の涙が落ちる。

 

「それよりも、こいつらの言った事が本当ならば、拙い事になった。このゲットーに住まう者たちがすべて殺害対象となった以上、すぐにでも孤児院に向かって脱出させないといけない。幸い、地上に出た事で現在値は把握できた。あの女を呼んできてくれ。一緒に転移する」

「……分かった」

 

 

 ────────────────────

 

 

「ブリタニア軍に見つからないように遠回りになっちゃったけれども……この地下通りを越えれば、もうすぐ孤児院に!」

 

 マーヤはKMFや歩兵による銃声、爆発音が響く地下通路を走る。

 既に地上や地下道ではブリタニア軍による攻撃が始まっており、ゲットーに住む多くの日本人が逃げまどい射殺されている。

 

 ──どうか無事でいて欲しい。

 ──どうか逃げのびていて欲しい。

 ──どうか生きていて欲しい。

 ──どうか、どうか……! 

 

 ブリタニア人と日本人のハーフでありながらその素性を隠してブリタニア人として生きている卑怯者の自分なんかよりも、両親を失っても精いっぱい生きている子どもたちに、そしてそんなあの子たちに手を差し伸べてくれたルルーシュ(孤児院の運営者)に報われてほしい。

 そんな想いを胸に走り続けるマーヤ。その想いは地下通路を抜けて孤児院に続く通りの角を曲がった先の──、

 

「あっ、あぁぁ……っ!」

 

 ──原型を留めないほど破壊された孤児院を目にした時、裏切られてしまった事を突きつけられた。

 僅かに残る壁面には、KMFのアサルトライフルによって抉り取られた痕跡が生々しく残っていて、孤児院の瓦礫の下には夥しい量の血だまりが出来上がっていた。

 

「……ぇちゃん」

「その声……陽菜! どこ、何処にいるの!?」

 

 かすかに聞こえた聞き間違えるはずのない声に、マーヤは必死になって孤児院だった瓦礫が散乱する現場から探し回る。

 そして──、

 

「おねえ……ちゃん……」

「陽菜!? その……身体」

 

 マーヤはかつて食堂があった場所で陽菜を見つける事はできた。しかし、陽菜の下半身と左腕は他の孤児達の亡骸諸共、大きな瓦礫の下敷きになっていて、既に原型を留めていない。陽菜だけまだ生きていたのは、彼女を丁度浅間おばさんが庇う形になった事でほんのちょっとだけ即死を免れたからにすぎなかった。

 

「よかっ……た。おねえちゃん……ぶじ、で」

「陽菜! 今助けるから!」

 

 口ではそう言っていても、冷静な部分の理性が、陽菜はもう助からない事を確信している。

 だがそれがどうした。もう助からないから見捨てる? ふざけるな! 

 わが身が可愛いのであったならば、初めから此処に戻ってなんかいない。例え自己満足でしかないと理性が警告していても、見捨てる事なんてできない。

 此処で見捨ててしまったら、私は卑怯者ですらなくなってしまうから! 

 

「おねえ……ちゃん。わたしの、最後のお願い……聞いてくれる?」

「お願い、陽菜! 最後だなんて言わないで!?」

「おねえちゃんに……あげた折り鶴。開いて……見て?」

「陽菜……?」

 

 陽菜の目から光が徐々に失われていくのが感じられる。

 マーヤは陽菜に言われたとおり、陽菜を掘り起こす手を止めて貰った折り鶴を破かないよう開いていく。するとそこには……、

 

『おねえちゃんだいすき』

「これ、は……」

 

 折り鶴の内側に書かれていた言葉に、マーヤは言葉を失う。

 

「おねえ……ちゃん、だい……すき、だ……よ」

 

 陽菜のその言葉を最後に、彼女の幼い命の灯は消え去った。

 

「そんな、孤児院が! 誰か、誰かいないのか!」

 

 悲しみに暮れるマーヤの耳に若い男の声が届く。

 転移魔法で近くまで転移してから走ってきたルルーシュだ。

 

「君は……マーヤ、マーヤ・ディゼル!」

「ルルーシュ……さん?」

「孤児院のみんなは……まさか」

「陽菜……まり……とも……、浅間おばさん……みんな、みんな! うぁあぁ、あぁぁぁあぁ……!!!」

 

 感情の防波堤が決壊したマーヤがルルーシュに縋りつき涙と嗚咽を流す。

 ルルーシュはマーヤの背中をさすって慰めていると、

 

「ルルーシュ! あっちからKMFが近づいてきている! これ以上は危険だ!」

「分かった。マーヤ、一度ここから離れるぞ。一緒に来てくれ!」

「あ……うん、分かった。でもどうやって?」

 

 何故ルルーシュがブリタニア軍兵士の日本人と一緒にいるのか。隣の赤子を抱えた緑髪の女は誰なのか。疑問は尽きないが、マーヤはルルーシュの言葉に従ってついていく。

 ルルーシュの下に他の2人も集まると、ルルーシュが何かを唱えたと同時に正三角形に剣十字の紋章が大地に浮かび、その瞬間マーヤの視界は変わった。孤児院だった瓦礫から、どこかの廃工場内部と思しき建物の中へと。

 

「え、ええっ!?」

 

 マーヤはありえない光景の変化に目を丸くして、驚く事しかできなかった。




○ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア(本作仕様)

神聖ブリタニア帝国と日本が戦争中の幼少期に、偶発的な次元漂流によって第97管理外世界”地球”へと流れつき、八神はやてに拾われた。
リリカルなのはA's編をヴォルケンリッターに味方する謎の魔導士ゼロとして経験し、闇の書の闇を倒した後に自分がいた世界に帰る。
その際、リィンフォース・アインスに巣食うバグを無力化した事で彼女が死ぬ運命を覆している。
魔導士としてはデバイス無しで高位の魔法を行使できるなど非常に優れた能力を保有する。
魔導士としてのバリアジャケットはゼロスーツで、原作と異なり仮面も含めて自前で用意する必要がない。
ギアス世界に帰還しナナリーと再会した後は、”地球”で集めた知識やノウハウ、そして闇の書に魔力を蒐集する過程で襲撃した次元犯罪組織が保有していた資産を元手に医療・福祉関係の会社を起業し、ジュリアス・キングスレイの名でそれなりの稼ぎを得ている。
また、シンジュクゲットーに戦災孤児を保護する孤児院を立てており、その縁でマーヤ・ディゼル(ロストストーリー女主人公)とも面識がある。
ナナリーの足を治療する研究を進める目途が立ち、自分を慕ってくれる孤児たちを養うために自らの復讐心と決別しようとしたルルーシュ。
しかし、皇歴2017年にクロヴィス総督の命令によって引き起こされたシンジュクゲットーでの虐殺によって、孤児院の子供たちは皆殺しにされてしまう。
その日、ルルーシュの背に魔王が宿った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シンジュクゲットー攻防戦

 転移魔法による急な景色の変化によって動転するマーヤに、ルルーシュは近くに置いておいたミネラルウォーターのペットボトルを渡す。

 

「とりあえず、それでも飲んでひとまず落ち着くと良い」

「え、あ……分かった」

 

 マーヤは言われたとおりにペットボトルを開けて口を付ける。ずっと走り続けていたので、カラカラになっていた喉を通る水が心地よい。

 

「落ち着いたか?」

「……ええ」

「それじゃあ、これからの事について話をしよう。マーヤはあそこで寝転がっているC.C.という女と一緒に租界まで脱出して欲しい。そのための手段とチャンスは俺とスザクで用意する」

「ルルーシュさんは? ルルーシュさんはどうするの?」

「俺は……レジスタンスと協力してブリタニア軍を撃退し、クロヴィス総督を……殺す」

「「ルルーシュ!!?」」

 

 ルルーシュの言葉に、マーヤとスザクは驚愕する。

 

「ルルーシュ、ダメだ! 君がブリタニア皇族を……血の繋がった家族を殺しちゃいけない!」

「家族……ルルーシュさんが、ブリタニアの皇族!?」

「スザク! ……しょうがない、この際はぐらかさずに言おう。俺は神聖ブリタニア帝国の第11皇子にして、第17皇位継承者。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」

「……教えて、ルルーシュさん。どうして皇子である貴方が、同じ皇族のクロヴィスを殺すの?」

「このシンジュクゲットーで行われている虐殺はクロヴィス総督の命令で始まったものだ。これを止めるには、クロヴィス総督に作戦の停止を命令させた上で再命令されないように殺すしかない」

 

 ルルーシュはクロヴィスを殺す理由を説明した後、「それに」と付け加えて話を続ける。

 

「皇族は次の皇帝の座を巡って争わされている。常に命を狙われ、隙を見せればすべてを奪われる。俺も、母を何者かに殺された。唯一の手掛かりは同じ皇族という事のみ。父であるシャルル皇帝は犯人を見つけ出す気がなく、俺達兄妹をこの日本へと人質として送った。……それでも俺はナナリーと孤児院の子供たちを養うためにブリタニアへの憎しみを、復讐心を心の奥にしまい水に流そうと思っていた。だが……! 奴らはそんな俺の想いを、精一杯生きていただけのあの子たちの未来を踏みにじった! 俺が甘かったんだ! 俺とその周囲の者たちだけでも安らかに生きていく事ができればなどと日和った考えをしていたから!」

「……ならばどうするの。クロヴィス総督を殺すだけで終わりではないのでしょう?」

「勿論だ。俺はブリタニアを……ブリタニアがこの世界に強いている弱肉強食の理を破壊する」

「ルルーシュ、その道は……」

 

 ルルーシュの決意に、スザクは彼が辿るかもしれない破滅の未来を案じる。それでも、ルルーシュは止まらない。

 

「勿論わかっているさ。俺が進もうとしている道が果てしなく困難な修羅道であることは。だが、誰かがやらなければならないんだ。そうでなければ、いつまでたっても勝った国が負けた国を虐げ、強者が弱者を一方的に殺すような世界は変わらない。ならば……俺がやらなきゃいけないんだ。あのブリタニア皇帝の息子であるルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが」

「それが……貴方の戦う理由。……ルルーシュ、私も……戦う」

 

 ルルーシュの覚悟を聞いたマーヤは、一度目を瞑って自らの心に問い返して、自ら戦う道を選ぶ。

 

「マーヤ……?」

「私は、純粋なブリタニア人じゃない。日本人の父とブリタニア人の母の間に産まれたハーフ。7年前に両親を、そして今度は陽菜達の未来を奪ったブリタニア軍が許せない。精一杯生きる罪のない人達を殺す人たちを許せない。陽菜達のような悲劇を起こさせないために、私も……ブリタニアを壊す!」

「……分かった。それで、スザクはどうするんだ?」

 

 マーヤの決意を聞いたルルーシュは、スザクにも問いかける。スザクはブリタニア軍に所属する名誉ブリタニア人となっている身だ。今は生き延びるために共に協力しているが、本来ならば自分達を拘束する義務がある立場の人間なのだ。

 出来る事ならばスザクとは敵になりたくない。スザクの強さとかの問題ではなく、親友と敵対したくないという心因的なものだ。

 

「……二人がそこまで決心しているならば、僕も戦うよ。僕には、その責任がある」

「スザク……?」

 

 スザクが口にした責任という言葉に、ルルーシュは先ほどのブリタニア軍兵士の言葉をまだ気にしているのかと考えた。しかし、

 

「ルルーシュ……マーヤ、僕が犯した罪を聞いてくれるかい?」

「ああ」「ええ」

「7年前、僕は枢木ゲンブ首相を……父さんを殺した」

「「!!?」」

「枢木ゲンブは……父さんは、表では日本人に徹底抗戦を呼びかけていたけれども、裏ではブリタニアと内通していたんだ」

「そんな!? でも待って、ブリタニアと内通していながら徹底抗戦を呼びかけるのは矛盾していない!?」

「父さんは他の京都六家と対立していて、徹底抗戦を呼びかけてブリタニア軍に日本軍を消耗させる事で、日本が占領された後に京都六家が抵抗する余力を奪って自分がエリア化した日本を統治する目論みだったんだ」

「なるほど……日本の首相が内通していたならば、本土上陸まであっさり突破されたのも納得がいく。だが、日本を占領された後はどうやって統治者になるつもりだったんだ? ブリタニアからすれば枢木ゲンブは内通者とはいえ、日本の首相だ。占領したエリアをそのまま任せるなど普通はあり得ないはず」

「それを可能にする方法が……あの時、一つだけあったんだ」

「一つだけ……まさか!」

 

 ルルーシュは枢木ゲンブがどうやって権力側に居座ろうとしたのかを理解し、苦虫を潰したような顔をする。その方法はルルーシュにとってあまりにも看過出来ない所業だったからだ。

 

「そう……ルルーシュの妹を、ナナリー・ヴィ・ブリタニアを自分の妻にする事だよ」

「そんな……」

「あの糞爺……!」

 

 自分が行方不明となっていた間に、自らの権力のために最愛の妹を手籠めにしようとしていた男に対し、ルルーシュは思わず罵倒の言葉を漏らす。

 思えば、あの男は自分とナナリーが留学という体裁の人質として日本に送られてきた時も、真面な家屋ではなくて土蔵に自分達を押し込めるような男だった。

 

「僕は……父さんが許せなかった。日本を裏切って、日本人に流血を強いて、なによりも……ルルーシュを失ったナナリーにそんな事をしようとしていた事が!」

「だから……殺したのか。実の父を」

「ブリタニアとの戦闘を止めるためには……ナナリーを救うにはそれしか方法はないって、頭の中がぐちゃぐちゃになっていて。気が付いたら……僕は父さんのお腹にナイフを。でも……戦争は止まらなかった」

「だろうな。既に始まってしまった戦争をあっさりと止める事などできはしない」

「うん。当時の僕はそんな簡単な事も分からなかったんだ。僕が間違った方法で結果を得ようとしたから、日本は……日本人は! 僕の……所為で!」

「それは違う「ぞ」!」

 

 スザクの独白と罪の意識に対して、ルルーシュとマーヤは否を突きつける。

 

「スザク、確かにお前は親殺しの咎を犯したのだろう。だが、それによって日本は最悪の中の次善を選び取る事が出来た! お前が枢木ゲンブの凶行を止めたからこそ、日本は余力を残したまま降伏する事ができ、今の抵抗に繋がっている。お前は、消えるはずだった日本の燈火をギリギリのところで生き永らえさせたんだ!」

「そうよ! 悪いのはブリタニアとゲンブ首相であって貴方ではない。むしろ、貴方は被害者だ」

「ルルーシュ、マーヤさん……」

「なにより……お前のおかげでナナリーはあの男の毒牙にかかる事を免れた。お前がいなかったら、俺が戻った時に枢木ゲンブを怒りのあまり殺していたかもしれない。本当に、感謝する」

 

 恨まれると思っていた。憎まれると思っていた。自分はそれだけの罪を犯したし、裁かれなければいけないと、死を持って償わなければいけないと思い続けていた。

 でも、そんな自分を肯定してくれる人がいる。許してくれる人がいる。感謝してくれる人がいる。

 裁かれて死にたいという想いが軽くなり、彼らのために生きたいという想いが強くなる。

 ああ……自分は何と身勝手な男なのだろう。それでも──、

 

「あ、ありがとう……」

 

 この瞳から流れる涙は、想いは否定したくなかった。

 

「それにしても、よくもまあ3人が3人とも他の者たちには知られたくない過去を自分から語ったものだな」

「そうだね。……あれ? ルルーシュさんのはスザクが話したからじゃ?」

「うっ……ごめん、ルルーシュ」

「気にするな。寧ろ胸の内がすっきりした。それに、これで俺達は共犯者なんだ。今更だよ」

「「共犯者?」」

「ああ。ブリタニアを……弱肉強食の世界の理を壊し、弱者でも生きていく事ができる新しい世界を創造する共犯者だ」

「なるほど。確かに共犯者だね」

「ええ。私達は共犯者の契約を交わした」

 

 ルルーシュの言い回しに納得がいったスザクとマーヤ。

 

「おい、私が抜けているぞ」

 

 3人の間に、C.C.がにゅっと顔を出す。

 

「私と契約すれば、お前たちに人の理から外れた王の力を与えてやれるぞ。尤も、その対価として私の願いを一つ叶えてもらうがな」

「お前も聞いていた以上、俺達の共犯者になる事は認める。だが……力の契約は断る」

「なに?」

 

 ルルーシュから力の契約を拒否されたことに、C.C.は怪訝そうな表情を浮かべる。

 

「お前の話が本当だと仮定した場合、お前には相手に新たな能力を付与する、或いは秘めている固有能力(レアスキル)を覚醒させる類の固有能力(レアスキル)があるのだろう。なるほど、クロヴィスが欲しがるのも頷ける話だ」

「言い回しはともかく察しが良いな。だが、それだけに解せん。お前たちには力が必要なのだろう? 何を断る必要がある?」

「簡単な事だ。俺は力に溺れたいんじゃない。力無き者でも生きていける優しい世界を創造したいんだ」

「戯言だな。何かを成すためにはそれにふさわしい相応の力が必要だろう?」

「目の前にぶら下げられた力に跳びついて、後で代償で泣きを見たくないからな。それとも……お前の契約では、どんな力を得られるか、どんな代償があるかを事前に教えてくれたりでもするのか?」

「それは……」

「これで少なくとも、お前は自らの意思で相手に与える力の内容を制御できない事は分かった。ならば、なおのこと契約できんな」

 

 バッサリと拒否するルルーシュに、C.C.は表情を険しくする。

 

「それならばお前たちはどうなのだ? ルルーシュの奴は魔法が使えるからこう言えるが、お前たちはそうではないだろう?」

「僕はいらないかな。僕だと安易に力に頼って皆に迷惑を掛けてしまいそうだから」

「悪いけれども私もいらない。陽菜達は特別な力なんかなくたって必死に生きてきた。私は、あの子たちに誇れる自分でありたい」

「そうか……」

「随分と振られてしまったな、女」

「うるさい」

 

 スザクとマーヤにも、力の契約を断られてC.C.はため息をつく。

 

「では、反撃の時間といこうか」

 

 ルルーシュの言葉に、一同は深く頷いた。

 

 

 ────────────────────

 

 

『LOST』『LOST』『LOST』『LOST』

 

 シンジュクゲットーの壊滅を指揮しているクロヴィスが登場するG1ベースで、戦況モニターに友軍機の反応消失が次々と映し出される。

 

「ラズロー隊の反応消失!」

「ええい、他のKMF部隊は何をしている! テロリスト共の戦力は中心部に集中しているのだぞ! 包囲して叩き潰せ!」

「クインシー隊、エルス隊も合流地点で反応が途絶えました!」

「くっ!」

 

 一方的に次々とKMF部隊の信号が途絶えていく戦況に、クロヴィスは内心狼狽しながら思考する。

 

「(誰だ……私は誰と戦っているのだ……。こいつ、まさか藤堂よりも……)ロイド!」

「あ、は~い」

「こういう時のためにお前が弄っている新型の玩具はあるんだろう!」

「フッ……殿下。ランスロットとお呼びください」

 

 ランスロット。

 アーサー王伝説において円卓最強の騎士と呼ばれ、同時にアーサー王と円卓を破滅に追い込んだ裏切りの騎士とも呼ばれる存在。

 そのような不吉な名前を新型KMFに与えている事にクロヴィスは強い不安を覚えながら、明らかに不利に傾いた戦況を立て直すために強く立派な総督を演じる。

 

「ランスロットを出撃させろ!」

「あ~、それは無理ですね~」

 

 ロイドの出撃拒否に、クロヴィスは激昂する。

 

「なんだと! 総督の命令が聞けないのか!」

「いや~、特派はシュナイゼル殿下の部隊ですし~、そもそもランスロットを使いこなせるデヴァイサーがいないんですよね~」

「デヴァイサー?」

「ええ~。ランスロットは徹底的にハイスペックを求めて僕が開発した機体なのですが、その所為で反応がピーキーすぎて扱うデヴァイサーをかなり選ぶ機体になってしまったんですよ~」

「……それは、そもそも動かせないという意味か?」

「いえ~。ランスロットのポテンシャルを発揮するのに必要という意味ですね~。特にランスロットの特徴である機動力が──」

「そうか……ならばフルスペックを発揮できなくても構わん! ランスロットを出せ! パイロットはこちらで用意する!」

「はぁ~! いやいや~、そんな事を──」

 

 クロヴィスの決定に抗議するロイドの声を無視してクロヴィスは通信を一方的に切る。

 

「宜しかったのですか、殿下? シュナイゼル殿下との関係に軋轢が生じかねませんが」

「この際仕方あるまい、ここで負けてしまったら私は終わりだ! シュナイゼル兄上と特派には、戦闘データも付けて返せばまだ弁解は出来る。それよりも、回収したあいつをランスロットに乗せろ! こうなった責任を取らせるのだ!」

「イ、イエス、ユア・ハイネス!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ルルーシュは今、KMF「サザーランド」に乗り込んでいた。

 この機体は少し前にブリタニア軍に奇襲を仕掛けてある方法(・・・・)でコックピットを無防備にしてスザクと連携し強奪した機体の一機だ。

 同じようにして手に入れた機体は他にも複数あり、スザクとマーヤ、C.C.だけでなくシンジュクゲットーのレジスタンスにも提供している。

 ルルーシュにとって予想外だったのは、スザクとマーヤがブリタニア軍のKMFを三次元立体機動という無茶を実行しながら容易く撃破した事だ。

 サザーランドで三次元立体機動をすること自体も可笑しいが、スザクは軍属だったのだからあのでたらめな身体能力ならばわからなくもない。しかし、マーヤは初めてKMFに乗ったにもかかわらずそれを実行して見せた事には驚きを隠せなかった。

 通信装置から、ブリタニア軍のKMFの撃破に成功して歓喜の声をあげるレジスタンスの声が聞こえてくる。

 

『敵を撃破!』

『こっちもだ!』

『ブリタニアの連中、慌ててやがる!』

 

 合流地点の足場を崩落させることでブリタニア軍のKMF隊を纏めて撃破してから、戦況はレジスタンス側へと傾いている。

 七年前の戦いで共に戦ったもう一つの家族と比べれば連携は拙いが、死にたくないという想いが姿を現していない自分の指示をちゃんと聞く原動力となっているようだ。

 だからこそ、クロヴィスが落ち着きを取り戻す前にチェックメイトを掛けなければならない。

 考え得る最悪な展開は、クロヴィスが部隊を完全に引き上げさせ、シンジュクゲットーを包囲しての航空部隊の増援による空爆だ。いくらナイトメアでも、空の領域では絶対的な兵器ではない。

 

『おい、Bグループがやられたぞ!』

『連中なら俺達のすぐ近くのはずだ。だけど、敵なんてどこにも──う、うわああ!』

『嘘だろ、何だあのナイトメア……見た事がない新型だ! うわあああっ!』

「J1! 敵の新型の映像情報をこちらに送れ!」

『わ、分かった!』

 

 レジスタンスのKMFが次々と撃破されていく事態に、ルルーシュはまだ撃破されていない現地のレジスタンスに情報を提供させる。

 ルルーシュのモニターに転送されたKMFの映像は、今まで見た事がない機体であった。紫色がベースのサザーランドと違い、その機体は白を基調として金色をアクセントにしている戦闘兵器とは思えないカラーリングをしており、ボディもサザーランドよりスタイリッシュな仕上がりとなっている。

 これだけならば皇族が参加する式典のための儀礼用KMFとも思えるが、複数のサザーランドのアサルトライフルによる掃射を腕部から展開した半透明の障壁で防ぎ、マニピュレーターで保持している青色のライフルはサザーランドを一撃で撃破しているのだから、非戦闘用のお飾りなどではない事は明らかだ。

 

「クソッ! クロヴィスめ、こんな隠し玉を持っていたのか! N4、N5、B3は新型機を囲むように散開! 絶えずアサルトライフルで攻撃して反撃させるな!」

「りょ、了解!」

 

 悠々と歩いて接近する新型機に苛立ちながら、ルルーシュはレジスタンスに足止めを命令する。

 

「クロヴィス殿下は一度ならず二度までも失態を犯した私に名誉挽回のチャンスを与えてくださったのだ。このランスロットで猿どもを皆殺しにしてくれる!」

 

 ルルーシュが新型機ランスロットの対応に追われている中、デヴァイサーとなった男──ルルーシュ達に一度は拘束されたクロヴィス親衛隊隊長は、クロヴィス総督から貸し与えられた新型機の性能に高揚していた。

 

「猿どもめ、このランスロットの火力と防御力の前ではそのような小細工は無意味と知れ!」

 

 ランスロットを包囲し遠巻きに攻撃してくるテロリストの非力さを嘲笑しながら、親衛隊隊長はマニピュレーターで保持するライフル「ヴァリス」でテロリストが操縦するサザーランドを一機撃ちぬく。

 相手の攻撃はこちらに届かず、此方の攻撃は一撃必殺。まさに神聖ブリタニア帝国の圧倒的な力を体現する機体だ。

 親衛隊隊長がランスロットの性能に酔いしれながらテロリストのKMFに応戦する中、ランスロットを開発した特派スタッフを乗せたトレーラー内の空気は非常に悪かった。

 

「は~、ランスロットの強みを全然活かさないで戦っているよ~」

「しょうがないですよ。ランスロットとの適合率31%では、サザーランドと同等レベルの機動性までリミッターを掛けなくてはいけなかったのですから」

「クロヴィス殿下もさ~、もっとランスロットを扱えるようなデヴァイサーを用意してくれないと~」

 

 特派の主任を務めるロイド・アスプルンドがデヴァイサーになった男のランスロットが本来想定する戦い方とは全く異なる運用に愚痴をこぼす。

 ランスロットは従来機とは隔絶した攻撃力・防御力を保有しているが、何よりの武器は圧倒的なまでの運動性。

 グラスゴーやサザーランドといった従来機は脚による歩行やランドスピナーによる滑走など地面上の二次元移動が前提の機体だが、ランスロットはその有り余る機体出力を活かして跳躍等の三次元機動も容易に可能なのだ。

 しかし今回デヴァイサーとなったクロヴィス親衛隊隊長のランスロットとの適合率は僅か31%。本来意図している機動などさせようものならば瞬く間に機体バランスを崩して転倒するのがオチなため、遺憾ながら運動性に突貫でリミッターを掛けて運用する事となった。

 その所為で本来の強みである運動性はサザーランドと同程度まで低下し、更に親衛隊隊長の慢心もあって積極的に動かずに携行している可変弾薬反発衝撃砲「ヴァリス」による攻撃と、サクラダイトによって発生したエネルギーを利用したエナジーシールド「ブレイズルミナス」による防御しか行っていない。

 それでもじわじわとレジスタンスを追い詰めているのだからランスロットの機体性能の高さを証明しているのだが、ロイドとしてはもやもやする気持ちが消える事はない。

 

「はあ~、誰かもっとランスロットにふさわしいデヴァイサーが現れないかな~」

「ランスロットの前に新たなテロリストのKMFが二機。……ロイド主任! これを見てください!」

「ん? おやおや~」

 

 

 ────────────────────

 

 

 話はルルーシュがブリタニア軍の新型機をレジスタンスに包囲させた辺りに遡る。

 

「くっ! サザーランドのアサルトライフルがまるで効いていない! 何だあの化け物は!」

 

 大半の攻撃を新型機が腕部から発生させているシールドに防がれ、偶に機体に着弾しても碌にダメージを受けない新型機の堅牢さに、ルルーシュは頭を痛めていた。

 

「考えろ……。無敵のKMF等ありはしない。何か弱点があるはずだ」

『ゼロ、あの新型機についてなんだけれども』

「どうした、S1」

 

 ゼロというコードネームは、ルルーシュが7年前にある戦いの最中で正体を隠すために使っていた偽名だ。S1はルルーシュがスザクに与えたコードネーム。レジスタンスと同様のコードネームとすることで、特別視している事を隠蔽し、レジスタンスとの協力関係に罅が入るのを防ぐためである。なお、マーヤはK1、C.C.はC2を割り当てている。

 

『あの新型機、どうにも動きがぎこちない。多分、パイロットが機体の動きに適応できていないんだ』

「何だと、それは本当か?」

『うん。だから……上手くいけばあの機体を奪えるかもしれない』

「……リスクは高いが、試す価値はあるか。どのみち、このままでは此方がチェックメイトを掛けられる。……頼めるかS1」

『勿論、やって見せる!』

『私がS1を支援する!』

「分かった。S1とK1は連携して敵新型KMFへの攻撃を開始! 残存している他の機体は敵新型KMFを迂回してブリタニア軍のG1ベースへ進行せよ!」

『『了解!』』

 

 スザクとマーヤのサザーランドが、ランドスピナーによるローラーダッシュでランスロットへ接近を試みながらアサルトライフルで牽制する。

 

「ふん! イレヴンの猿は学習能力がないようだな。このランスロットを倒す事など不可能だというのに!」

 

 親衛隊隊長はブレイズルミナスで弾幕を防ぎながら、ヴァリスの銃口を右側から接近するサザーランド──スザクの機体──に向けて発砲。

 それをスザクは反対側のビル壁にスラッシュハーケンを打ち込んで跳躍する事で回避。

 マーヤも同様にしてスザクとは反対側のビル壁へと跳躍し、更にビル壁を蹴りつける事でさらに加速しながら接近していく。

 

「なに!? 猿の分際で生意気な芸を!」

 

 ヴァリスを回避されたことに激昂した親衛隊隊長は繰り返しヴァリスを発砲するが、ランスロットに近づいている側を優先して撃っている事を看破されて尽く躱される。

 

「クソがっ! 大人しく撃ち殺されていればいいものを!」

 

 のこり100mを切ったところまで距離を詰められたころで、親衛隊隊長はランスロットの頭部ファクトスフィア周辺に、何かが浮遊している事に気が付く。

 それは、淡い光を放つ鳥の羽のような物が付いた球体だった。全長は凡そ10㎝前後。ランスロットのファクトスフィアはそれを検知する事はできておらず、モニターに映像が映ったから視認できたにすぎない。

 何か嫌な予感がして接近する二機のサザーランドを引き離すことも兼ねてその球体から離れようとしたその時、ランスロットの頭部正面に移動したそれは、激しい輝きを発した。

 

「ぐあああっ! 目、目がぁっ!?」

 

 親衛隊隊長の視界が白く染まる。視界を失ったのはほんの数秒程度だが、その数秒間の無防備がスザクとマーヤのサザーランドの接近を許す。

 左右からサザーランドがランスロットの腕部に組み付き、その動きを封じる。

 

「くっ! 猿どもめえええっ!!! っなぁ!?」

 

 無様を晒したことに激昂する親衛隊隊長。しかし次の瞬間、突然コックピット上部が開き、上空から降り注ぐ太陽の光を遮る影が一つ。

 反射的に見上げた視線の先には、ランスロットの腕部に組み付いたサザーランドから脱出しランスロットに跳びついたスザクが、親衛隊隊長めがけて拳を振り下ろす姿があった。

 

「ま、まっ! はぎゃぷっっっ!!?」

 

 スザクに鼻っ柱を全力で殴られ、一撃で意識を失う親衛隊隊長。今日だけで二度も同じ相手に意識を奪われる事となった。

 尤も、彼に三度目の機会などありえない。スザクは意識を失った親衛隊隊長をコクピットから引きずり下ろすと、そのままコックピットから数m下の道路へと叩き落としたのだ。

 鈍い音を立てて動かなくなった親衛隊隊長だった肉の塊を無視してスザクは奪い取った機体のコンソールとシステムを確認する。

 そして、携行していた通信機で仲間と連絡を取り始めた。

 

『上手く言ったわね、S1』

「うん。このKMF……ランスロットっていう名称なのか。すごい! なんでかリミッターが掛けられているから今の運動性はサザーランドと同程度だけれども、機体出力が段違いだ!」

『扱えそう?』

「うん。後付けされているリミッターを外せば……たぶんいける。ゼロ!」

『よくやった、S1。機体を解析してリミッターを解除する。S1はその機体を使ってくれ』

「わかった。お願い」

 

 ルルーシュが操縦するサザーランドがほどなくして到着し、周囲に先ほどと同じような球体が複数個出現してランスロットに取り付く。

 これはルルーシュが魔法で生み出したサーチャーだ。このサーチャーには攻撃能力こそないが、先ほどの視界を潰す発光能力の他にある能力が付与されている。

 それはルルーシュが持つ卓越した処理能力でこのサーチャーが接触した魔法や機械のプログラムを解析し、それらに様々な介入を行うプログラムを作成する事で干渉するプログラム介入機能。

 勿論、あまりにも情報量が多すぎるプログラムの処理には時間がかかるし、魔法的なプロテクトの強度次第では弾かれることもあるため過信はできないが、魔法的なプロテクトが施されていない機械に対しては圧倒的なアドバンテージを得る事ができる。

 先ほどの戦いでランスロットのコックピットが勝手に開いたのも、この機能によってブリタニア製KMFの共通OS部分にあるコックピット部分の機能に介入して『コックピットのハッチを開け』という命令を打ち込んだからである。

 サザーランドを強奪する際に一通り解析していたことが、ランスロットの奪取に繋がったのである。




ジェレミアですが、原作と同様の展開だったので描写を省略しました。ただし、純血派仕様でないサザーランドに乗り換えて再出撃しています。
ヴィレッタに関しては、タイミングの都合もあってルルーシュに強奪されていないため、まだ純血派仕様のサザーランドで戦闘中です。


○フェアリーサーチャー
ゼロ(ルルーシュ)が使用できる魔法の一つ。
直径10㎝前後の淡い光を放つ球体に、鳥の羽が一対付いたような形状の消費型端末で、通常のサーチャーとしての機能のほかに、
・ステルス機能
・発光機能
・魔法・機械のプログラム解析機能
・魔法・機械に外部から介入するプログラムを打ち込む機能
等が組み込まれている。
ただし、プログラムの解析や介入にはサーチャーが対象に接触する必要があるため、基本的に使い捨てる事となる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

シンジュク事変終結

「ランスロットが……」

『ぼ、僕のランスロットが~!』

 

 投入したランスロットが奪われた事でブリタニア軍が取り戻しかけていた勢いを再び失っていた。

 ランスロットの奪還に向かわせたサザーランドの部隊が、当のランスロットによって次々と撃破されていく状況に、G1ベースではクロヴィスが絶句するのは勿論、通信機越しにランスロットの開発主任であるロイドが絶叫を上げている。

 

「……ふ、ふざけるな! これまでの功績を鑑みてチャンスを与えてやったというのに、二度ならず三度までも失態を犯したまま死におって! 奪われるくらいならばせめて自爆して道連れにしろ!」

『ちょっと!? そんな理由でデヴァイサーを選出したんですか~!!?』

「黙れ! そもそも、パイロットを選ぶような欠陥機を作ったお前たちの責任だろう!」

 

 ロイドからの非難の声に、クロヴィスは体裁を取り繕う事も出来ないまま責任転嫁する。

 親衛隊隊長に任命していた男は、汚れごとを躊躇なく行える貴重な人材だったことから重宝していたが、今回の作戦では失敗を何度も塗り重ねていた。

 

── 一度目はC.C.を拘束しているカプセルを発見しながら、目撃者である若いブリタニア人と命令違反した名誉ブリタニア人の兵士を取り逃がしたこと。

── 二度目はシンジュクゲットー壊滅作戦後に拘束された状態で純血派のヴィレッタに発見された事。しかも自分達の意識を奪い拘束した者たちの事は覚えていないという体たらく。

── そして三度目が今、折角貸し与えたランスロットをみすみす奪われて死亡した事。

 

 クロヴィスは知らない事だが、歩兵部隊として捜索していた親衛隊隊長がルルーシュとスザクに倒された際、ルルーシュに仕込まれた魔法によって直近の記憶があやふやで夢心地な状態にされてしまっているのだが、その事実を知る事はすでに不可能となっている。

 

「クロヴィス殿下、今は喧嘩をなさっている場合ではございません!」

『そうですよ、ロイド主任! 今は奪われたランスロットをどうにかしないと!?』

「そ、そうだ! ロイド、遠隔操作でランスロットを自爆させることはできないのか!?」

『はぁ!? ランスロットを自爆させるなんてありえないですよ~! ランスロットの開発に予算を掛け過ぎちゃいまして、脱出装置も搭載していないんですから~! そもそも、ランスロットのシステムが既に掌握されているみたいでして~、此方からのコマンドを受け付けなくなっていますね~♪』

 

 ロイドの驚愕と好奇心に満ちた言葉に、クロヴィスは先ほどから痛みが鳴りやまないような気がする頭を抱える。

 

「クソッ! となると残存KMF部隊をランスロットに全てぶつけるか? いや、それでは他のテロリスト共がG1ベースまで素通りになってしまう。ならばテロリストを包囲して殲滅? ……駄目だ、それではランスロットに戦線を食い破られる。ど、どうしたら……」

「殿下、テロリスト共のKMFがG1ベースへ向かってきております! 御決断を!」

 

 クロヴィスが狼狽している間にも、ブリタニア軍のKMF部隊からの信号が一機、また一機と消失していく。

 クロヴィスに残された時間は短い。浅く荒い呼吸を繰り返しながら思考したクロヴィスの選択、それは──、

 

「じゅ……純血派の部隊をテロリストとランスロットの迎撃に充てて時間を稼がせながらG1ベースは後退する! 残りのKMF部隊はG1ベースの護衛に戻れ!」

 

 臆病風に吹かれて、シンジュクゲットーから離れる事を選択したのであった。

 作戦を中止したわけではない。しかし攻勢に出る事も徹底して守りを固める事もせずに戦線から離れようとするその姿勢に、クロヴィス総督からは戦うものとしての姿勢は見られなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 レジスタンスを圧倒していたランスロットの鹵獲の一報は両陣営の戦意に大きな影響を与えていた。

 

「おっしゃあああっ! ブリキ野郎どもが散り散りになっていやがるぜ!」

「このままG1ベースまで乗り込んでやる!」

 

 ルルーシュの軍略とスザクのランスロットによる一騎当千の活躍によってレジスタンス側の勢いは大いに活気づき、

 

「は、話が違う! シンジュクゲットーのテロリスト狩り(ごみ掃除)のはずだったのに!? ぐわああっ!!!」

「グエンがやられた! イレヴン如きに我らブリタニア軍が……うわああああっ!」

 

 ブリタニア軍側が統率が大きく乱れて分断され、レジスタンスたちに各個撃破されていく。

 ランスロットが二機のサザーランドをすれ違いざまにスラッシュハーケンで撃破した所で、両肩を赤く塗装したサザーランド二機を引き連れたサザーランドが向かってきた。

 

『今こそ、純血派の力を奴らに見せる時だ!』

「ヴィレッタ、キューエル卿! 私がランスロットを相手する。支援を頼む!」

 

 リーダーであるジェレミアを筆頭とした純血派ブリタニア軍人が、ランダム機動で狙いを定めさせないようにしながらランスロットに接近する。なお、純血派の機体は両肩が赤く塗装されているが、ジェレミアの機体だけは既に一度撃破されてから再出撃しているため、通常仕様のサザーランドだ。

 ランスロットはヴァリスではなく、先ほど撃破したサザーランドから強奪したアサルトライフルを撃ちながら、ジェレミア達から逃げるように走る。

 

『あの新型機は性能こそサザーランドを大きく凌駕するが、その代償にエナジー消費の激しさから稼働時間が短いという欠点があると開発者は証言していた。破壊力に勝る新武装ではなく、わざわざサザーランドから奪った兵装を使用している事が、残りエナジーが乏しい証左だ!』

「ランスロットを奪われたパイロットがその前に惜しみなくエナジーを使用していたからな。決して逃がさずに追いつめるぞ!」

 

 ランスロットが突き当りの丁字路を左に曲がる。ジェレミア達もランスロットを追って左に曲がる。すると、眼前には陥没した道路を跳躍して跳び越えるランスロットの姿が。

 陥没地点までの距離とサザーランドの速度では、先頭を走っていたジェレミア卿のサザーランドは急停止しても止まり切れずにそのまま落下してしまう。

 生半可なブリタニア軍人であったならば、対応できずに陥没した道路へと落下していただろう。しかし──、

 

「なにぃ! 舐めるなぁっ! 届け、わが忠義ぃ!!!」

『『ジェレミア卿!?』』

 

 ジェレミアはサザーランドをさらに加速させ、跳躍しながらスラッシュハーケンを陥没した先に続くビルの壁面に打ち込んで巻き取る事で、落下を免れた。辺境伯の地位をその武力でもって勝ち取っているゴットバルト家の軍人だからこその機転と決断力だ。

 尤も、それによってヴィレッタ達とは陥没した道路を挟んで分断され、向き直ったランスロットと至近距離で相対する事になってしまう。それでも、ジェレミアは臆することなく跳躍による加速をつけたままスタントンファーを展開し、ランスロットに白兵戦を仕掛ける。

 

 一手目。サザーランドのスタントンファーを、ランスロットは腕部で下からかち上げて逸らす。ランスロットのパワーでかち上げられたサザーランドの腕部が悲鳴を上げて軋む。

 二手目。ランスロットの反対側の腕部についたスラッシュハーケンとサザーランドのスタントンファーが激しくぶつかり合い、数瞬の拮抗の後にサザーランドの腕部が切り落とされる。

 三手目。ランスロットがその勢いのまま回し蹴りを放つ。サザーランドは二基のスラッシュハーケンを一方は相殺目的でランスロットの足に当て、もう一方は反対側の壁面に打ち込んで巻き取る事でスラッシュハーケンを一基喪失しながらもギリギリで回避する。

 

 ランスロット相手に機体性能で劣るサザーランドで、それもランスロットが有利な状況での白兵戦で数手の打ち合いを演じた事は、ジェレミア卿のパイロットとしての実力の高さを証明していた。

 しかしたった三手でジェレミアのサザーランドは満身創痍となり、ランスロットは無傷。しかもヴィレッタとキューエル卿の方を見れば反対側の道路の陥没部分に隠れ潜んでいたと思しきテロリストのサザーランド達による奇襲を受け、無事コックピットの脱出機能こそ働いているもの陥没した道路にサザーランドが落下している。

 その現実をいち早く受け止めたジェレミアは、手動で脱出装置を起動させサザーランドを時間差自爆させることで道路をさらに崩落させてランスロットの足止めを行う事を優先した。

 

「二度も敗走するとは、何たる屈辱! 次に相まみえた時こそ討ち取ってみせるぞ! ランスロットのパイロット! 赤いグラスゴーのパイロット!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 純血派のサザーランド2機と腕利きのサザーランド1機を撃破したスザクとマーヤ達。通信からはレジスタンスの歓喜の声が次々と上がっていく。

 

『やったあああ! ブリキ野郎どもが逃げていくぜ!』

『ブリタニア軍を……俺達が退けたんだ!』

『本当に生き残れるだなんて……!』

 

 失われた命はもう戻らない。住民の多くを殺されたシンジュクゲットーは街としての機能は近いうちに失う事となるだろう。

 それでも、守れた命がある。取り戻せた誇りがある。

 

『お疲れ様……S1』

「K1もお疲れ」

 

 マーヤとスザクは互いに健闘を讃え労う。

 

『なあ、S1。ちょっといいか?』

 

 シンジュクゲットーを拠点とするレジスタンスのリーダー、扇要がスザクに通信を繋ぐ。

 

「はい、こちらS1。どうかしましたか?」

『ブリタニア軍は撤退を開始したが、追撃したほうが良いか? それに、俺達にナイトメアを提供してくれた上に戦闘を指揮してくれていたゼロを見ないんだが』

「これ以上のブリタニア軍への追撃は不要です。各員はナイトメアの隠匿をお願いします。ゼロは……今回の戦いを終わらせるための最後の一仕事をしに行きました」

『それはどういう……?』

 

 扇が疑問の言葉を投げかけようとした時、全周波通信をKMFの通信機が受信する。

 

『全軍に告ぐ! 直ちに停戦せよ! エリア11総督にして第3皇子クロヴィス・ラ・ブリタニアの名のもとに命じる! 全軍、直ちに停戦せよ。建造物などに対する破壊活動もやめよ。負傷者はブリタニア人、イレブンに関わらず救助せよ。──』

 

 それはクロヴィス総督による停戦命令。

 シンジュクゲットーの壊滅命令を出した者とは思えない内容に、レジスタンスは首をかしげ訝しみながら、スザクは呟いた。

 

「よし……。ゼロは上手くやったみたいだね」

 

 

 ────────────────────

 

 

「貴様……誰だ!? なぜCODE-Rを連れている!」

 

 照明の光を失ったG1ベースのメインブリッジでは、ヘルメットによって素顔が見えない兵士と困惑した様子のクロヴィス、そしてC.C.が相対していた。

 クロヴィスの周囲には他に意識がある者はいない。我が家に戻ってきたかのような気楽な雰囲気でメインブリッジに入ってきたC.C.が、クロヴィス以外の者たちにショックイメージを叩きつけた事で、他の者たちは全員意識を失ってしまった。

 そしてクロヴィスが狼狽している間にこの兵士が入ってきて、銃を突き付けて停戦命令を出すように脅迫してきたのだ。

 言われるままに停戦命令を出させられる屈辱に甘んじたが、何者なのかを何としても問いたださなければならないとクロヴィスは考える。

 父である皇帝陛下に不老不死の秘密を献上しようとしてC.C.を捕らえて秘密裏に研究材料としていたのだから、一兵士がその事実を知るわけがない。十中八九、どこかの反抗勢力が背後に付いているはずと考えての事だ。

 クロヴィスの問いに兵士はふっと嗤うと、ヘルメットを外して名乗りを上げる。

 

「お久しぶりです。兄さん。今は亡きマリアンヌ皇妃が長子、第17皇位継承者──ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」

「しかし、お前は……」

「死んだはず……ですか」

 

 ルルーシュは戦況を表示する立体モニターに手を掛けながらクロヴィスに言葉を返す。

 

「戻ってまいりました。殿下。全てを変えるために──」

 

 死んだはずの腹違いの弟との再会に、クロヴィスは震える声で喜びの言葉を紡ぐ。

 

「う、嬉しいよ。ルルーシュ。日本占領の時に死んだと聞いてたから。やあ、良かった。生きていて。どうだい? 私と本国に──」

「また外交の道具とする気か。お前は何故俺達が道具になったか忘れたようだな」

「うっ……!」

「そう……母さんが殺されたからだ。母の身分は騎士候だったが、出は庶民だ。他の皇女たちにとってはさぞや目障りな存在だったんだろうな……。しかし、だからと言って、テロリストの仕業に見せかけてまで……母さんを殺したな!」

 

 憎悪の瞳を滾らせるルルーシュに、クロヴィスは数歩後退りながら弁明する。

 

「私じゃない! 私じゃないぞ! 本当に私じゃないぞ! やらせてもいない!」

「なら、知っている事を話せ。誰だ、母さんを殺したのは?」

「そ、それは……第2皇子シュナイゼルと第2皇女コーネリアならば知っているはずだ!」

「あいつらが首謀者か?」

「そ、それは分からない! 本当だ! 信じてくれ!」

 

 クロヴィスは役者のように立場を演じる事を得意としているが、切羽詰まった弁明からは彼が嘘をついている時に出てしまう微かな癖は一切見られない。

 

「こいつの言っている事は本当だぞ、ルルーシュ」

「なぜおまえがそう断言できるのかは置いておくとして、信じよう。しかし……」

 

 これ以上は情報を得られないと判断したルルーシュは、クロヴィスの額に銃口を突きつける。

 

「や、やめろ! 腹違いとはいえ、実の兄だぞ!」

「兄さん……俺はね、今日の昼頃まではブリタニアへの復讐心を捨てるつもりだったんだ」

「ル、ルルーシュ……?」

「俺はこのシンジュクゲットーに孤児院を建てていてさ、そこで戦災孤児を養っていたんだ。子どもたちは皆素直で、ナナリーとも良くしてくれていた。俺はナナリーと孤児院の子供たちのために、母親の敵を討つ道を捨てて穏やかに生きていこうと思っていたんだ」

 

 ルルーシュの一人語りに、クロヴィスは少しずつルルーシュが自分に銃口を突きつけている本当の理由を悟る。

 

「だが……ブリタニア軍はその孤児院を、子どもたちを皆殺しにした! クロヴィス兄さんが命令した、シンジュクゲットーの壊滅指令でだ!」

「ま、待ってくれ! 悪いのは私じゃない! 悪いのはテロリスト共だ! 毒ガスを盗み出してテロを起こそうとしたテロリストを潰すために仕方なく!」

「ふ、ふふふ……毒ガスか。この女のどこが毒ガスなんだ? 答えてくださいよ、兄さん?」

「魅力的な女には、男を狂わせる毒があるものだからな。まあ、童貞坊やには分からないだろうがな」

「童貞は関係ないだろう! 童貞は!」

 

 これから殺す相手とはいえ、肉親の前で童貞であることをバラされたルルーシュは思わずC.C.に反発する。

 

「……へ? まさか、親衛隊が発見した若いブリタニア人というのは!? それと、ルルーシュ……まだ童貞なのか」

「孤児院に通っていたというあの女なんかどうだ?」

「俺を憐れむな! それとマーヤとはそういう関係ではない!」

 

 クロヴィスを殺す雰囲気が削ぎ落され、ルルーシュに迷いが生まれる。それでも、銃口はクロヴィスに突きつけたままだ。此処で銃口を降ろしてしまったら、クロヴィスを殺す決心がにぶってしまうだろうから。

 そうしている間にクロヴィスは、何故こんな事になったのかを走馬燈を介して思い返す。そして、

 

「……あ、あいつだ。あいつが私に不老不死の話を吹き込まなければ!」

「あいつ? 不老不死? 何の話だ、答えろ!」

「そこの女、C.C.は不老不死の魔女だ! 私は、父上に……皇帝陛下に不老不死の秘密を献上するために研究していたんだ!」

 

 この世界の事しか知らなければ、ルルーシュはクロヴィスの話を苦し紛れの作り話と一笑に付していただろう。しかし、自分が7年前に流れついた先の世界──より正確にはその世界を介して知った他の次元世界──では、過去の文明の権力者は不老不死を疑似的に実現していたという。その方法は、記憶と人格を継承したクローンの製造。

 あの皇帝がそのような方法で納得するとは思えないが、それでも不老不死の魅了に跳びつく者は数多くいるであろうことは容易に想像できた。

 

「あの男が不老不死になるなど、身の毛がよだつな。それで、兄さんにその話を吹き込んだ奴というのは誰なんだ」

「ラ……ラウンズの一人、ナイトオブファイブだ! ナイトオブファイブのヴィクトリア・ベルヴェルグが私にこの話を……!」

「ラウンズ……とんだ大物が出てきたな」

「あの男は嫌いだ。此処の奴ら以上に私を実験動物(モルモット)としてしか見ていない」

 

 皇帝直属の騎士であるラウンズの名前が出てきた事に、ルルーシュは出来る限り早い段階で纏まった戦力が必要となる事を実感する。それも、ブリタニア軍に負けないような強力な戦力が。

 

「な、なあ……ルルーシュ。復讐なんてやめないか? 死んでしまった孤児だって、ルルーシュが人殺しになる事は望まないはずだ」

「……」

「ルルーシュ達の事は皇帝陛下には一切伝えない。生活だって保障する。これからはイレブンにも優しい政策を心がけるようにする。だ、だから──」

「兄さん。決心が付きました」

「じゃ、じゃあ……!」

「俺が復讐を諦めるという選択肢は、貴方がシンジュクゲットーの壊滅命令を出したあの時に失われてしまった。俺は……止まるわけにはいかないんです」

 

 ルルーシュの言葉とともに、一発の銃声がメインブリッジに響き、クロヴィスが崩れ落ちる。その額には銃弾による穴が開いていた。

 クロヴィスが復讐を諦めるように言わなければ、表舞台からこそ退場してもらうが別人として生き残れる道はひょっとしたらあったかもしれない。

 しかし、そうはならなかった。クロヴィスは自らの余計な一言の所為で、自らの人生に幕を引くこととなってしまったのだ。

 

「……あの世で子どもたちに詫び続けてください、クロヴィス兄さん」

「良かったのか? クロヴィスが総督のままの方が、色々と裏で動きやすかっただろう?」

「今回の一件でクロヴィスはどのみち終わりだ。それに、全てを失いながら惨めに生きていけるような人ではないんだよ。だったら、此処で殺してやるのが慈悲というものだ。それに、この戦いを終わらせるためにクロヴィスを殺すと、あいつらにも約束していたからな」

「随分と甘ちゃんなんだな」

「うるさい。さて……G1ベースの監視カメラや照明の機能はダウンさせておいたが、クロヴィスの話が本当ならば万が一にもデータが残されてしまっているかもしれん。念のために記録をクラックしておくか」

 

 ルルーシュは、サーチャーを数個展開して周辺のコンソールに取り付かせ、保存されている記録をでたらめに改竄していく。これで自分とスザクに関する目撃情報の痕跡を消し去って時間を稼ぐことができる。

 時間を掛ければG1ベースの機能そのものを掌握することもできるかもしれないが、情報量が多すぎておそらく数日単位で時間がかかる上に、隠す場所がないなどのデメリットがメリットを遥かに凌駕しているのでその案は却下する。

 

「それにしても……。よりにもよってあの二人か……。しかも別件でラウンズも介入してくる可能性がある。一筋縄ではいかない相手だな」

 

 ルルーシュは今後の動きを思考のマルチタスクで並列思考しながら、再びヘルメットを被り兵士になりすましてG1ベースを脱出する。流石にこの姿で転移してレジスタンスにブリタニア軍と間違われるのは御免被りたい。

 母を殺した者と関りがある可能性が出てきた第2皇子シュナイゼルと第2皇女コーネリア。方向性は違うもののシュナイゼルは軍略家、コーネリアは軍人としてブリタニア皇族の中でも屈指の実力を持つ人物だ。

 出来れば直接関与することなく無力化出来れば最高だったが、真偽も含めて問いたださなければならない以上。避けては通れない相手でもある。

 それに、クロヴィスが言い訳としてレジスタンスの存在を挙げていたが、彼らにも責任の所在がある事はルルーシュも理解している。

 生きるために支配者側が犯罪であると定義している行為を実行した経験は、ルルーシュにもある。彼らの行動を否定する事は、ルルーシュの今を形作る過去を否定することに他ならない。

 だからこそ、孤児院の子供たちが殺される遠因を生んだレジスタンスに対しては複雑な感情を抱きながらも、今回は共闘したのだ。

 

「なあ、ルルーシュ……」

「なんだ?」

「本当に魔法は何でもありだな。他の奴らにも教えて仕込んでやればいいんじゃないのか?」

「便利なのは確かだが、使い手は先天的な適正に加えて才能と努力が相応に求められるからな。それでいて、KMFを破壊できる威力となると、必要となる魔力量も相応に大きくなる。俺が知っている魔導師にそれができそうな人物は……割といるが、彼女たちは上澄みの中の上澄みだ。KMFの相手はKMFで行う方が、遥かに安全で確実なんだよ」

 

 魔法を使うためには、先天的にしろ後天的にしろ「リンカーコア」と呼ばれる特殊な器官が必要となる。さらに魔法を効率よく運用するためにはその魔導師に合ったデバイスを作る必要もある。デバイス無しで高度な魔法を使えるルルーシュが非常に珍しいのだ。

 

「ならば、管理局とか言う組織の力を借りるのは?」

「愚問だな。この戦いはこの世界の中で完結するべきものだ。ブリタニアが次元犯罪者と結託でもして他所の世界に侵略を仕掛けてでもいない限りは、俺たち自身の手でどうにかするべきだ」

「ほう……意外と手段をえり好みするのだな」

「目的のために手段を択ばないという言葉があるが、選んだ手段の所為で目的を達成できなくなっては本末転倒だ。俺は管理局をこの世界の管理者にしたいわけじゃない。俺はこの世界を弱者にも優しい世界にしたいんだ」

現実主義者(リアリスト)の皮を被った理想主義者(ロマンチスト)という訳か。童貞坊やらしいと言えばらしいか」

「だから童貞は関係ないだろう……」

 

 状況的に怒鳴るわけにもいかず、ルルーシュは小さく項垂れる。クロヴィスの相手をしていた時よりも、C.C.の相手をする方が何倍も疲れるような気がする。

 いや……ひょっとしたらC.C.は気を使ってくれているのかもしれない。自分の表面上の体裁は繕えているはずだが、内面は半分は血を分けた兄弟をこの手で殺したことでぐちゃぐちゃだ。

 胃酸が喉にこみ上げて吐きそうになる感覚を必死に押しとどめる。こんなにも自分は神経が細かったのかと自嘲する。

 だが、これは自分が生涯に渡って背負わなければならない業だ。それくらいしなければブリタニアを倒すなど夢物語なのだから。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ──エリア11。キュウシュウ某所深夜

 

 ゲットーの一つにある廃倉庫では、数人の男が取引を行っていた。

 中華系の顔立ちの男たちから商品を受け取った若々しい男が、複数のトランクケースを開けてその中に満載された紙幣や貴金属類を相手に渡す。

 

「では、商品はいつもの手はずで。またのご利用をお待ちしております」

「ええ。今後ともよき取引を」

 

 男たちが取引している物は麻薬。リフレインと呼ばれるエリア11でイレブンを中心に蔓延している薬物で、使用者に過去の幸福だったころの幻覚を見せる常習性が強い危険な代物だ。

 中華系の男たちが立ち去ったのを確認し、男もその場を離れようとした時、男の携帯端末が静かに震えた。男は携帯端末を取り出して相手を確認すると、そのまま通話を始める。

 

「私だ。CODE-Rに何か変化が起きたか?」

「──、──」

「なに? CODE-Rを奪われただと? それに、クロヴィスが暗殺されたと。犯人は? ……そうか、まだ不明か。ヴィクトリア様には此方から連絡を入れておく。お前はバトレーの下で情報を集めろ」

 

 エリア11のブリタニア軍内部でもごく一部しか知らないはずの情報を、眉一つ動かさずに聞きながら指示を出してそのまま通話を切る。

 

「まったく、クロヴィスめ。ヴィクトリア様の期待を尽く裏切りおって。これで新たに赴任する新総督が優秀な人物だったら、此方の取引もやり難くなるぞ。まだあの地(・・・)へのリフレインの浸透は不十分だというのに」

 

 忌々し気にそう吐き捨てながら、男は今回の取引で得たリフレイン──その量は400㎏相当──を積んだ多数のセメント袋に偽装した複数の袋とともに、忽然と姿を消したのであった。




原作では空席であったナイトオブファイブにオリキャラのヴィクトリアを追加。彼がクロヴィスを唆してC.C.の不老不死の研究を行わせていた事に。
そしてエリア11には彼の手のものがどうやら複数いる模様。
男性なのにヴィクトリアであることは、今後の伏線に……なるかも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

隠匿と公表と

 マーヤはシンジュクゲットーでの戦いが終結したのを受けて、ルルーシュの手引きでブリタニア軍に気づかれないように東京租界に戻った。

 両親を7年前の戦争で喪ったマーヤは、身元保証人であるクラリスという女性と暮らしている。クラリスはエナジーフィラーの研究で家を空けている事が多いが、昨夜遅くに帰ってきたマーヤの事を深く心配していたようだ。

 そんなクラリスに対してマーヤは辛く当たっては自己嫌悪に陥ってしまう事が以前から度々あった。

 その翌朝、クラリスが仕事で朝早くから家を出る事を知っているマーヤは、いつか謝らないとと思いながら昨日起きた出来事がニュースになっているはずだと考えてテレビをつける。

 幾つかの無関係のニュースを流しているチャンネルを切り替えていく。すると、

 

『──。先ほど、政庁より発表がありました。犯人は有毒な化学薬品を盗み出し、毒ガスを精製。テロを計画していたものと思われ──』

 

「毒ガス……!? ウソ! レジスタンスが盗み出したのはC.C.さんで、そんなものは使われていない。ゲットーの人たちを殺したのはブリタニア軍じゃない!」

 

 事実とまるで違う報道に、マーヤは胸の奥から怒りが湧き上がってくる。

 

「全部、なかった事にするつもりなの? 街を焼き払った事も、陽菜たちの死も……! ブリタニア!」

 

 やはりブリタニアは壊さなければならない。マーヤは改めてそう誓うのであった。

 

 ────────────────────

 

 

 シンジュクゲットーで引き起こされた事実を隠蔽しようとする政庁に対してマーヤが慟哭していた頃、ルルーシュも仕事の拠点としているテナントで見ていたテレビから同じ政庁の発表を聞いていた。

 

(毒ガステロ未遂事件として隠蔽されている? クロヴィスの死を隠すという事は、混乱を防ぐためか? あるいは──)

 

 ルルーシュは考えられる十数パターンの可能性を頭の中でシミュレートしながら、シンジュクゲットーで大量に消費されることとなった医薬品の発注を並行して進めていく。

 クロヴィス総督(故)に出させた命令でシンジュクゲットーにいた者たちの救助・治療活動をブリタニア軍に行わせたものの、彼らによる治療行為はその場限りのものだ。生存者の中にはこれから長期にわたって治療を続けなくてはならない大怪我を負った者もいるはずだ。それに、死者の埋葬も速やかに行わないと伝染病の発生源となってしまいかねない。

 

「……はぁ、ナナリー」

 

 ルルーシュは事後処理に追われながら、愛しい妹の名を呟く。

 8年前の母が暗殺された事件で足を怪我して動かせなくなり、目も精神的なショックで開くことができなくなった事で光を失ったナナリーは今、自分達の後ろ盾でもあるアッシュフォード家が運営しているアッシュフォード学園の中等部として学生生活を送っている。

 足が不自由である事から、ナナリーは他の生徒とは違って学園内のクラブハウスに住んで家政婦の補助を受けながら生活しているが、ナナリーだけ学園に通わせているのは、妹には一生に一度しかない青春をちゃんと謳歌してほしいと考えたからだ。それに、ナナリーがいつか自分の手を離れて自立しなくてはならない日が来ることを考えると、例え足と目にハンデがあっても学園を通して様々な事を学ぶことは必要不可欠だ。

 本音を言えば、ナナリーにずっと付き添ってやりたいという想いはある。しかし、それはナナリーの自立と成長を妨げる事になり、かえって妹のためにならないので断腸の思いで起業した際に自分はクラブハウスを出たのだ。

 ふと、ルルーシュはもう一人の家族たちだったある少女の事を思い出す。彼女もナナリーとは原因こそ異なるが足が不自由だったが、元気で明るく、それでいて責任感が強く優しい少女だった。彼女は足が不自由だった原因から解放されてから7年経過したが、ちゃんと歩けるようになっただろうか? 

 

「……そういえば、スザクの奴は自炊とかできるのか?」

 

 シンジュクゲットーでの一件の後、ルルーシュはレジスタンスとスザクをブリタニア軍に発見されないように別々のルートで撤退・潜伏させている。

 そうそう見つかる事はないだろうし、見つかってもスザクの身体能力ならばどうにかなるだろう。しかし、いくら体力お化けのスザクでも日々の食事は必要不可欠だ。バランスの悪い食事は身体能力の低下を招き、自分達の計画に支障をきたしかねない。

 

「……しょうがない、アッシュフォード学園への搬入が終わった後に様子を見てくるか」

 

 租界で購入しておく食料品の目録を頭の中にメモしながら、ルルーシュは起動していたパソコンの電源を落として外出の準備を進める。

 頭の中では色々と理屈をつけて言い訳しているが、ルルーシュは身内と認定した相手には甘い男である。

 

 

 ────────────────────

 

 

 紅月カレンは扇の勧めで、シュタットフェルト家の令嬢であるカレン・シュタットフェルトとして久しぶりにアッシュフォード学園に顔を出していた。

 一生に一度しかない青春を送らせてあげようと彼が気を使ってくれているのは理解できる。しかしブリタニア人と日本人のハーフとして日本で生きてきたカレンにとって、自分はブリタニア人ではなく日本人であるという意識は強く、出来る事ならば学園に通うよりもレジスタンスとしてブリタニアと戦っていたいのが本音だ。

 

「カレン、元気だった?」

「体は大丈夫?」

「ソフィちゃん、心配していたよ?」

 

 シュタットフェルト家の令嬢としての自分を心配してくれる学園の生徒たち。レジスタンスとして活動するために病弱という設定で学園に通う頻度を減らしている弊害で、偶に来た時にはこうやって質問攻めにあうのだ。

 彼・彼女たちの心配が上辺だけのものではない事は分かっている。しかし、

 

「うわっ、毒ガステロだってよぉ……」

「私、新宿で見た! あの煙、毒ガスだったんだ」

「やっぱ、イレブンって野蛮だよなぁ」

 

 シンジュクゲットーで起きた出来事の真相を知らないまま、学生たちが口々にする差別や偏見の言葉は、カレンの心に波風を立てて苛立たせる。

 しかし此処で怒りを面に出してしまったら今までの苦労が水の泡になってしまうので、カレンは周囲に上辺の笑顔を向けて相槌を適当に打つ。

 そうして中庭で談笑していると、クラスメイトの女子たちが悲鳴を上げ始めた。何処からか入ってきた蜂が近くに飛んできたようだ。

 

「キャー!」

「蜂よ! 蜂が!」

「えっ?」

「カレンさん、逃げて!」

「「「キャーっ!」」」

 

 ブブブッ! と羽音を立てて蜂が近寄ってきて一目散に逃げだす女子学生たち。

 

「こんなところに蜂だなんて……。蜂の巣でもあるのかしら」

 

 カレンはそう思いながら、目にもとまらぬ速度で近寄ってくる蜂を叩き落す。

 

「ああ~イライラする! 病弱なんて設定にしなきゃよかった」

 

 本来の性格や能力を、周囲の目がある時は隠さないといけないもどかしさとイラつきから、カレンは思わず悪態を口に出す。

 そこでふと周囲に意識を向けると、自分を見ている若い男がいる事に気が付いた。

 

(ヤバ、見られた……!)

 

 黒い髪と紫の瞳をした眉目秀麗な顔立ちに思わず見惚れてしまいそうになりながら、カレンがこの男が何者なのか考える。アッシュフォード学園の制服ではないことからこの学園の生徒ではなく、しかしこんな中庭まで堂々といる事を考えれば不法侵入者という訳ではないだろう。学園の卒業生かアッシュフォード家の関係者だろうか? 

 

「な、何か用かしら?」

 

 カレンは病弱な令嬢である事を取り繕いながら、男に問いかける。

 

「手は痛くないか?」

「えっ?」

「あの種類の蜂は刺されるとその部分が酷く腫れるからな。一応、保健室で診てもらったほうが良い」

「あ……心配してくれてありがとう」

「それじゃ」

 

 カレンを気遣うような口ぶりをした男は、そのままその場を離れていってしまった。

 

「……何だったのかしら。……ん? あの声、どこかで……」

 

 最近、どこかで聞いたことがある様な気がする声だったが、誰であっただろうか? カレンは首を傾げながら念のために保健室に行くことにするのであった。

 カレンが首を傾げている一方で、中庭を出た少年──ルルーシュは、ある確信を抱いていた。

 

(間違いない。シンジュクゲットーでの赤いグラスゴーのパイロットの女だ)

 

 ルルーシュはカレンがレジスタンスの人間であるという確信を抱き、次いでブリタニア人の令嬢である彼女がなぜそのような活動を行っているのかに対して疑問を持つ。

 それに、先ほど簡易探査を行った事で判明した事だが、彼女にはリンカーコアが存在する。この世界の人間がリンカーコアを持っている事は非常に稀なので、興味深い。

 

「あのグループに関しては、一度調べておく必要がありそうだ。それよりも……」

 

 カレンについては追々調べる事にして頭の片隅に追いやりながら、ルルーシュはこれからマーヤと合流してナナリーに伝えなければならない事を思い返す。

 それは、シンジュクゲットーの孤児院がブリタニア軍に破壊され、孤児たちも職員も全員死亡してしまった事だ。

 早朝から事後処理や今後の予定に思考を無理やり割くことで考えないように努めていたが、心の支えの一つを粉々にされた喪失感はやはり大きい。

 ましてや孤児院の子供たちは、学園が休日の時に来訪するナナリーに懐いていたし、ナナリーもあの子たちと遊ぶのを楽しみにしていた。だからこそ、ナナリーに現実を教えなければならない事がとても辛い。

 心優しいナナリーの事だ。孤児院に起きた出来事を知れば、自分自身に降りかかった悲劇のように悲しむだろう。知らなければ悲しむことはないかもしれないが、永遠に隠し通すことなど不可能だし、それは現実逃避でしかない。

 ならばせめて、自分の口からナナリーに伝えてやりたい。

 

「本当に……世界はいつだってこんなはずじゃないことばっかりだな。だからこそ、俺は……」

 

 

 ────────────────────

 

 

「はあ……これからどうしましょう。ランスロットがテロリストに強奪されてしまった件をシュナイゼル殿下にどう釈明したら……」

 

 クロヴィスの全軍への停戦命令が発令された翌日、特派の拠点でもあるヘッドトレーラーではセシルが悲観した表情で呟く。

 ランスロットは特派の年間予算の殆どをつぎ込んで開発された、採算性を度外視して徹底的に高性能化を突き詰めた機体だ。そのような機体が初めての実戦でテロリストに奪われブリタニア軍に猛威を振るったという事実は、エリア11における特派の今後に大きな暗い影を落とすことになるだろう。

 特派が冷遇されるようになる結果ならばまだマシだ。解体されてバラバラに閑職へ左遷されるかもしれないし、場合によっては責任を取らされて投獄されてしまう可能性だってある。

 

「ん~……、ランスロットを強奪した人間、何者なんだろうね~」

「ロイド主任、こんな時に何を考えているんですか!?」

「いや~、だってさぁ……僕が開発したランスロットは、はっきり言っちゃうとそんじょそこらの人間じゃ乗りこなせないじゃじゃ馬KMFだよ~。それを初めて乗ったばかりであれだけ動かせるって言う事は、その人間とランスロットの適合率はかなり高いって言う事。僕の予想だと適合率は85……いや、90%以上は確実にあるね~♪」

 

 冷蔵庫からプリンを取り出し、食べ始めながらロイドは話を続ける。

 

「そして、僕がデヴァイサー候補として目を付けていた名誉ブリタニア人である枢木スザクのランスロットとの適合率は、事前の適正テストで計ったシミュレーター上ではあるけれども94%。当の本人は今回の作戦中に行方不明。これって、偶然だと思う?」

「……! まさか、ロイド主任は彼がテロリスト側に加担したと?」

「可能性の話だけどね~。それと、他にも気になる事があるんだ」

「他にですか?」

「うん。ランスロットのシステムに誰がどうやって介入したのかがね~」

 

 そもそもランスロットが強奪されたのは、戦闘中にランスロットのコックピットが勝手に開き、テロリストに乗り込まれたことが原因だ。

 ランスロットに使われているセキュリティは、特派が専用に開発した最新型。ハッキングで易々と突破できるようなものではないし、そもそもハッキングを受けたならば特派のメンバーが気が付かないはずがない。

 しかし、現実にはランスロットはシステムに介入が行われた結果、強奪される切欠となってしまっている。

 残りのプリンを頬張り、スプーンをタクトのように振りながら、推測する。

 

「僕としては、ランスロットのモニター画面にちらっと映った球体が怪しいんだよね~。ランスロットのファクトスフィアは勿論、他の計測機器でも観測できなかったステルス性に加えて、もしもあの球体がランスロットのシステムに介入した物体だとしたら、急いで対策しないと情報が筒抜けになっちゃうからさ~」

「確かに……。ですが、テロリストはそのようなものを一体どうやって──」

 

 ロイドの考察に対してセシルが疑問を呈しようとしたところで、ヘッドトレーラーに衝撃が走った。

 

「きゃぁっ!」

「うわ~っ!」

 

 ロイドたちは近くのものに掴まって転ばないように体勢を立て直しながらモニターを確認すると、複数のブリタニア軍所属のサザーランドと軍用車両が特派のヘッドトレーラーを取り囲みヘッドトレーラーにぶつかってきたのだ。

 昨日の事があったとはいえ、ブリタニア軍の領域内だからと気が抜け過ぎていたようだ。

 

「まさか、ブリタニア軍に偽装したテロリストが!?」

「いや、これは……」

 

 テロリストにここまで侵入されたのかと驚愕するセシルに、ロイドは外部モニターに映る軍用車両を指差して否定する。

 軍用車両から出てきたのは、ブリタニア軍の兵士。それも、クロヴィス親衛隊であることを示す赤い軍服と帽子の兵士たちだ。

 クロヴィス総督の死を切欠にその勢いが急速に失われている落ち目の勢力がこのような強硬手段に出る事実に、ロイドとセシルは背筋が寒くなる様な嫌な予感を抱くのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 夜の世界となった外の月明かりも届かないシンジュクゲットーの地下。現在は廃棄された地下鉄網の一角に、ゲットーでは中々嗅ぐ事ができないような香ばしい香りが漂う場所があった。

 香ばしい香りの中心には、スザクに説教しながら調理を進めるルルーシュの姿があった。

 

「まったく……用意しておいた非常食を早々に使い切る馬鹿がいるか!」

「あはは……ごめん、ルルーシュ。逃げる途中でお腹を空かせている子供たちがいてさ。その子たちに分けていたら自分の分が無くなっちゃって」

 

 幼少期は自分本位で我儘な所が多かったスザクが、他人のために自分のものを分け与えるようになった事にルルーシュは7年間の月日による変化を感じながら、租界で購入しておいたカット野菜とこま切れ肉を使った野菜炒めの調理を続ける。

 熱源はあの世界にあったカセットコンロを参考にしてこの世界の技術で再現した持ち運び可能な電動コンロ。自分が経営している会社が他のレジャー系の会社と提携して開発し販売している商品でもあるが、火を使う台所を用意できない環境でも利用できるので持ってきたのだ。

 電動コンロに乗せたフライパンから、ジュウ……という肉と野菜が焼ける音が聞こえる。

 

「あぁ……良い香り」

「もう少し待て。それから途中で出会ったという子供たちの場所を後でリストアップしておいてくれ。後で保護しておく」

「分かった。でも良いの? 孤児院は……」

 

 スザクが言おうとしている事は分かる。シンジュクゲットーで運営していた孤児院はブリタニア軍によって破壊されてしまったのに、受け入れる余裕はあるのかだろう。

 

「お前が言いたい事は分かる。だからといって諦めたくはないんだ。……ほれ、出来たぞ」

 

 孤児院と共に喪われた命はもう戻らない。だからといってそこで諦めてしまったら、これから先の未来で救えたかもしれない命を救えなくなってしまうかもしれない。

 ルルーシュはスザクと会話をしながら、野菜炒めを塩・胡椒で簡単に味を整えて二人分の紙皿に野菜炒めをよそっていく。

 

「いただきます」「いただきます」

「ん、少し濃い目に味付けをしたが、俺には塩気が強かったか」

「そう? 僕にはちょうど良い塩梅だけれども。あ、でもご飯は欲しかったかも」

「我儘を言うな。こんな所で米を美味しく炊くのにどれだけ労力が必要だと思っているんだ。それに租界だと米は供給が少なくて貴重なんだよ」

「確かに、僕が軍にいた頃を思い返しても、ブリタニア人でお米を食べている人は見かけなかったなぁ……名誉ブリタニア人がぼやいてるのはよく聞いたけれども」

「奴らにとって、よその国の文化は否定し塗りつぶすものだからな」

 

 二人は雑談を挟みながら野菜炒めを完食して腹を満たす。そしてルルーシュは持ち込んだノートパソコンを起動して、複数の画面で情報を収集しながらこれまで集めた情報のアウトプットを始めていた。

 

 ──マーヤ・ディゼル

 アッシュフォード学園の生徒で成績は優秀だが不登校気味。

 戦争以前から日本で暮らしていた日本人の父とブリタニア人の母の間に産まれたハーフ。両親はブリタニアによる日本侵略の戦争の際に死亡。

 現在はエナジーフィラーの研究を行っているクラリスという女性が身元引受人となって一緒に暮らしている。

 サザーランドで立体機動戦闘を可能とする技量の持ち主だが、KMFの訓練経験は無し。リンカーコアの存在を確認できたことから魔導師としての適正もある事が推測できる。

 

 ──カレン・シュタットフェルト。

 アッシュフォード学園の生徒で成績は非常に優秀。学園を休みがちなのは身体が弱いからという事だが、レジスタンス活動に身を置いている事からそれは偽装設定(アンダーカバー)である。

 シュタットフェルト家の令嬢だが本妻の娘ではなく、シュタットフェルト家のメイドとして働く日本人が母親のハーフ。本名は紅月カレン。

 所属するレジスタンスは扇グループ(仮称)。グラスゴーでサザーランドと渡り合える高い技量の持ち主で、リンカーコアの存在を確認できたことから魔導師としての適正もある事が推測できる。

 

 ──扇要

 レジスタンス扇グループ(仮称)の現リーダー。以前は紅月カレンの兄である紅月ナオトがリーダーの組織で、ナオトが死亡して以降は勢力図が縮小傾向にあった。

 性格としては自ら物事を決めるタイプではなくもっぱら調整役。組織のリーダーよりもその補佐に配置してこそ能力を発揮できるタイプ。

 元教師である事から同グループ内の若い構成員の教育なども担当している用だが、教材の不足や教育環境が劣悪であることから成果は芳しくない模様。

 

 次々と調べた情報を打ち込んでいくルルーシュの脇から、スザクが画面を覗き見する。

 

「へえ……。このカレンっていう子とマーヤ、魔導師の適性があるかもしれないんだ」

「ああ、この世界の人間はリンカーコアを保有する事は稀な上にその規模も大半が小さいが、彼女達は戦闘に耐えうる規模のリンカーコアを有している。この世界でなければ、優秀な魔導師になれたかもしれないな」

「それじゃあ、僕にはそのリンカーコアっていうのはあるの」

「無い」

「そっか……」

 

 魔導師の才能がない事をバッサリと告げられたスザクはちょっとだけ残念そうにする。

 

「それに、魔導師がその力を発揮するには、ごく一部の例外を除いてデバイスという端末が必要だ」

「つまり、魔導師の素質がある人を見つける事が出来ても、それを活かすための武器が用意できないって言う事?」

「そうだ。適性のある魔導師を探した上で魔法の行使に耐えうるデバイスを作るのに都合がいい素材も探して製造、さらに魔導師としての教育も施すとなると、時間と労力に対してリターンが釣り合わない」

「ルルーシュみたいに魔法を使う事ができる人が増えれば、もっと楽になると思ったんだけれども、ダメだったかぁ」

「多数の魔導師を抱えている管理局でさえ慢性的な人材不足なんだ。魔導師に限らず欲しい人材が不足しているという話はどんな世界・業界でもよく聞く話だよ」

「世知辛いなぁ……」

 

 魔導師というものに日本がブリタニアに侵略される前の幼少期に見たアニメの魔法使いをイメージしていたスザクが、現実との落差に落胆する。

 

「そういえば、ルルーシュ。C.C.はどうしているんだい?」

「ああ、あいつか。あいつなら今頃、俺が渡した金でピザでも頼んでいるだろうさ。全く、毎食ピザを寄越せなど、栄養管理が全くできていないぞ!」

「あ、あはは……大変だね」

「C.C.の話を信じるならば、幸いなのはブリタニアの中でもあいつを探しているのはごく一部。クロヴィスとかかわりが深かったバトレー将軍の部下か、海外にいるナイトオブファイブ位だそうだ。俺は試す気は毛頭ないが、ナイトオブファイブがクロヴィスを唆して不老不死であるC.C.の研究を行わせていたらしい」

 

 ルルーシュはパソコンの画面をスザクに見せながら、纏めておいた情報を指さす。

 

 ──C.C.

 出身・年齢不明の女性。

 クロヴィスに実験材料として監禁されていたが、封印していたカプセルを毒ガスと偽装していたことが災いして扇グループによって強奪された事を切欠に自由を得る。

 クロヴィスの言葉を信じるならば不老不死の魔女であり、実際に相手に強烈なイメージをたたきつける古代ベルカ式の特殊な魔法を使える。

 他にも相手と契約を結ぶことで「王の力」と呼ばれる特殊な能力を付与する事が可能な模様だが、詳細は不明。契約した相手によって能力の内容は変化する可能性から、契約者の精神状態や願望などが影響している可能性あり。

 C.C.の証言ではこの「王の力」──暫定的に「ギアス」と命名。を得たものは能力の発動時に瞳に赤い鳥のような紋様が浮かび上がるとの事。

 リンカーコアを有しているが、通常のリンカーコアと異なる部分が多々あり、詳細を調べるには専門的な機関の助力が必要。

 

「不老不死かぁ……」

「いつの時代も、時の権力者は自らの権勢を維持するために不老不死を求めるものだ」

「それにしても、ギアスって?」

「『王の力』という呼び名ではつまらないと思ってな」

「ルルーシュって、そういう細かい所でかっこつけるよね」

「同じものでもダサいよりかっこいいほうが良いだろ?」

「それもそっか」

 

 不老不死やギアスの話題をさらっと流す二人を見れば、それらにかかわる者たちはその力の偉大さに気が付かない愚か者となじるか、或いは特別視していない事を恐れるだろう。

 事実、魔法という力を持つルルーシュにとっては不老不死とギアスは絶対的なものではなく、スザクにとってもルルーシュが特別視していないならばそれほど重要ではないだろうという認識だ。

 

「ん? ルルーシュ、ラジオで政庁からの新しい発表があるみたい」

「ああ、ネット配信も行われているようだ。今チャンネルを開く」

 

 パソコンを操作して政庁からの発表を行う動画の配信を確認するルルーシュ。

 

『速報です政庁よりクロヴィス殿下が薨御(こうぎょ)されたことが発表されました。先のシンジュクゲットーでのテロによって命を落とされていた事が正式に発表されたのです。この後、政庁からクロヴィス総督の親衛隊隊長代理である──の会見が始まります』

「ついにブリタニアが動き出したか。発表したという事は犯人の逮捕もセットにしているだろうが、誰をスケープゴートにした?」

 

 クロヴィス暗殺の実行犯であるルルーシュは、偽りの報道で終わらせようとする政庁の発表を冷ややかな目で注視する。ましてや発表者がクロヴィス親衛隊の者となると、どの面下げて顔を出せるのだろうか。

 

『クロヴィス殿下は薨御された。卑劣なイレヴンとの戦いの最中、隊長と共に平和と正義のために殉死なされたのだ! 我々は遺されたものとして悲しみを押して、その遺志を継がねばならない!』

『たった今、新しい情報が入りました。実行犯とみられるグループが拘束されました。発表によりますと、逮捕されたのは特別派遣嚮導技術部、通称『特派』の研究主任ロイド・アスプルンド容疑者。シュナイゼル第二皇子の直轄組織である特派の研究主任ロイド・アスプルンド伯爵を中心とするKMF開発研究グループの模様です」




原作ではジェレミアが政庁を掌握してから発表していたクロヴィスの死が、一足先に親衛隊残党によって発表される事態に。
どの面下げてメディアに顔を出しているんだとジェレミア卿も憤慨している事でしょう。
なおこの発表を秘匿している研究所で知ったバトレー将軍にとっては寝耳に水です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特派救出作戦準備

 政庁からの公式の発表を確認したルルーシュは、呆れと困惑の表情を浮かべる。

 

「……親衛隊の残党がここまで愚かな連中だったとはな。犯人をでっちあげるにしてもブリタニア軍からは行方不明扱いになっているスザクか他の名誉ブリタニア人辺りを選ぶと思っていたが、よりにもよってシュナイゼル兄上の直轄組織を犯人に仕立て上げるなど、何を考えているんだ?」

 

 親衛隊のあまりにもお粗末かつ先を考えていない行動に、ルルーシュは何か裏があるのではないかと勘ぐる。

 報道では、特派が開発した新型機を投入する事を渋ったのをクロヴィスが接収して出撃させ、テロリストに強奪されたことに腹を立てた事が動機としているが、あまりにも短絡的過ぎる筋書きだ。

 

「新型機……多分、ランスロットの事だよね?」

「だろうな」

「ねえ、ルルーシュ……この人たち、僕たちで助けられないかな?」

「スザク、何を考えている」

 

 スザクからの提案に、ルルーシュはその真意を確かめるために問いかける。

 

「僕たちはシンジュクゲットーでブリタニア軍に反旗を翻して、ルルーシュはクロヴィス総督を殺した」

「ああ。俺達がブリタニアをぶっ壊す第一歩だ」

「その過程で、僕はできるだけ無用な犠牲は出したくないんだ。例え目的は正しくても、そのための方法を間違えてしまったら、周囲に怒りや悲しみをまき散らすだけじゃなく願った目的さえも果たせなくなってしまうかもしれないから……」

 

 スザクが語った理由は、はっきり言ってしまえば感情論だ。父である枢木ゲンブを殺害した事で日本を降伏に追い込んでしまった過去に起因するトラウマは、スザクの心に深い傷跡を残したままなのである。

 

「やっぱり……駄目かな?」

「いや、まさか。ランスロットを整備できる技術者を確保するためとという実利だったなら、確保するタイミングを待てと止めるつもりだったが、お前の根本にかかわる感情ならば仕方ない。お前は、一度これだと決めたら意地でも変えようとしない頑固者だからな。どうせ、俺が駄目だと言っても勝手に助けに行こうとするだろう?」

「じゃあ!」

「ああ、リスクはあるがメリットも相応にある。特派の者たちを救出してこちら側に寝返らせようじゃないか! それに──」

「それに?」

「俺とお前が組んで出来なかった事など無いだろう?」

「……! うん!!!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 クロヴィス総督の遺体を運ぶ護送車の中で、バトレー将軍が頭を抱え悲嘆に暮れていた。

 

「親衛隊の者たちは何を考えておるのだ! クロヴィス殿下の死を公表するにしてもタイミングが早すぎる! それに、よりにもよってシュナイゼル殿下の直轄組織である特派を犯人に仕立て上げるなど……」

 

 昨夜の政庁におけるクロヴィス総督の薨御と犯人逮捕の一報は、クロヴィス総督の下で行われていた様々な実験・研究の証拠隠滅と研究所の移転に奔走していたバトレー将軍にとっても寝耳に水であった。

 そもそも、クロヴィス総督の死はまだ隠さなくてはならない案件であり、親衛隊の者たちにも厳命していたはずなのだ。にもかかわらず、その親衛隊が勝手にメディアを集めて会見を開き、公表してしまった。

 それだけでも既に背信行為だと言えるのに、シュナイゼル第二皇子の配下であり自身も伯爵であるロイド・アスプルンド研究主任を含めた特派をまとめて犯人に仕立て上げることも愚行極まる。

 開発した新型機をクロヴィス殿下に接収された恨み? 新型機がテロリストに強奪された責任逃れのために暗殺? 

 なんだそれは。あの新型機の一件でクロヴィス殿下と特派の間でトラブルが起きたのは事実だが、親衛隊にとって都合よく脚色した内容を発表して既成事実化を図ってまで特派を排除する意味が何処にあるのだ? 

 それに、ちょっと調べれば簡単にわかる虚偽だというのに、普段は貴族に忖度しているメディアも、今回は皇族殺しの容疑者という事もあってか早朝から特派が犯人で確定したかのような論調で競い合うように報道しあっている。

 まるで、何者かによってそうなるように仕組まれたかのように。

 

「申し訳ありません、殿下……」

 

 G1ベースのメインブリッジに侵入した何者か(・・・)によって参謀共々意識を刈り取られ、目を覚ましたら守るべきクロヴィス殿下だけ殺害されていた。誰がクロヴィス殿下を殺害したのかを確かめようにも、G1ベース内の監視カメラやデータベースも改竄されて使い物にならなくなっていた。

 守る事が出来なかった事実と、死後もこうやって騒がせてしまっている事にバトレー将軍は後悔の念を抱いていると、護送車が何かにぶつけられたような衝撃が響いた。

 

「何事だ!?」

『ナ、ナイトメアが! 純血派の……』

「純血派だと!?」

 

 護送車を襲った純血派のサザーランドから通信が入る。

 

『バトレー将軍。クロヴィス殿下の殺害幇助の容疑で拘束させていただく』

「おのれ、殿下の亡き今、軍部を乗っ取るつもりか……!」

「お分かりですか、私たちの決意を」

「だ……だから、私は!」

 

 バトレーの弁明を聞かずに、ジェレミアのサザーランドは護送車の屋根を力づくで引き剥がす。

 

『覚えていない? 意識を失っていた? まだそんなつまらぬ言い訳を。G1ベースの監視カメラやデータベースの記録まで破壊しておきながら、よくもまあぬけぬけと!』

「他の者たちにも聞け! 証言なら──」

 

 他の参謀たちの証言で弁明を図ろうとするバトレー将軍に対し、ジェレミアはコックピットから姿を見せて怒りを露わにする。

 

「親衛隊の者たちといい、貴方といい、そこまで我が身大事か、見苦しい!」

「親衛隊たちの昨夜の発表は、私にとっても寝耳に水であったのだ! クロヴィス殿下の死を早期に発表した事も、特派の者たちを容疑者として拘束していた事も!」

「その言葉のどこを信じろと? あなた方がこれ以上、殿下の御傍にいる事は許されない!」

 

 ジェレミアはバトレー将軍をそのまま拘束し、クロヴィスの遺体も確保する。そしてその足で政庁に戻り、同じ純血派であるヴィレッタから状況の報告を受ける。

 

「バトレー将軍、並びに旧体制派の文官たちは全て更迭しました。しかし、親衛隊の者たちはそれに反発してナイトメアも持ち出しての応戦も辞さないとの事です」

「我ら純血派が軍部の実権を握るためには、皇族に対する不忠者である親衛隊の連中の排除は必要不可欠だ。しかし、メディアの注目を浴びている状況で奴らを力づくで排除すれば、クーデター扱いで我らが悪者にされかねん」

 

 メディアというのは例え不合理な事でも視聴率が取れるならば、部数が上がるならば時に過激に脚色して世に流すものだ。

 ただでさえ冤罪である特派を既に犯罪者として扱うメディアも出ているこの状況では、親衛隊の排除を強行すれば正義は純血派にあるにもかかわらずその真実が曇らされかねない。

 

「では、特派の件は如何しますか?」

「そうだな……特派を弁護する方向で動いて親衛隊の正当性を崩すべきだろう。ブリタニアの人間が犯人では、我ら純血派の主張にも影が差してしまう。それに特派の無実を裁判で証明する事で、親衛隊は我が身可愛さに同胞に罪を擦り付けた連中であることを知らしめて我等の正当性を高める事ができる。クロヴィス殿下を殺害した真犯人を調べるのは、その後となりそうだな」

「では、私は特派が無実である証拠を集めてきましょう」

「頼んだぞ、ヴィレッタ。私はキューエル卿と共に親衛隊の動向を監視する」

 

 ジェレミアにとって、今回の一件をしくじるわけにはいかない。

 エリア11において純血派が軍部の実権を掌握するために、ひいては神聖ブリタニア帝国と皇族の繁栄ために、親衛隊残党という膿は排除しきらなければならない。

 そうでなければ、敬愛するマリアンヌ皇妃の忘れ形見であったルルーシュ・ヴィ・ブリタニア殿下、ナナリー・ヴィ・ブリタニア殿下が眠るこの地を平定する事など夢のまた夢なのだから。

 

 

 ────────────────────

 

 

 クロヴィス総督の薨御とクロヴィス暗殺犯として特派が逮捕されたニュースは、扇グループにも少なくない衝撃が走った。

 扇グループの拠点ではテレビから流れるクロヴィス総督の追悼番組を面白くなさそうに眺めていた玉城が、苛立ちを隠さずに口を開く。

 

「だから、さっさと声明を出せばよかったんだよ! そうすりゃブリキ野郎の皇子を倒した手柄は俺達のものになったのによー!」

 

 玉城が不満を扇にぶつけてると、ぶつくさと愚痴を吐いたまま部屋を出ていく。

 

「はぁ、ナオト……。やっぱり俺には無理だよ。リーダーなんて」

 

 玉城が乱暴にドアを開けて外に出かけていったのを見送った扇は、机に立てかけられている写真──親友であり、嘗てはこのレジスタンスグループのリーダーであった紅月ナオトが写った一枚に心の内を吐き出す。

 紅月カレンの兄、紅月ナオトは既にこの世にはいない。レジスタンス活動の中でブリタニア軍との戦いでその命を落とし、扇が新たなリーダーとなったのだ。

 ナオトは非常に優秀な男だった。軍事経験など誰もなかった自分たちを率いて作戦立案から実行まで立派にこなし、一時は日本解放戦線からも一目置かれる勢力だった。

 

「……シンジュクゲットーで俺達を指揮してくれていた奴がリーダーになってくれたら、何か変わるんだろうか」

 

 リーダーにあるまじき独り言を言ってることも自覚はしている。自分は仲間たちの不満を解消してやる事もできない優柔不断な男で、元々リーダーにふさわしくないのだろう。

 扇の気持ちがますます落ち込んでいく中、シンジュクゲットーでも使っていた連絡用端末に通信が入る。

 

「もしもし、俺だ」

『お久しぶりです』

「その声……まさかシンジュクゲットーのS1か!」

 

 連絡を入れてきたのはシンジュクゲットーで共に戦い、ブリタニア軍の新型機の強奪まで成し遂げた謎の人物であるS1だ。

 

『はい。覚えてくれていてありがとうございます』

「あれだけの活躍をしたんだ、忘れるわけがないだろう。それで、要件は何だ? 只の世間話という訳ではないだろう」

『話が早くて助かります。実は、相談したい事がありまして……』

「相談したい事?」

『はい。そちらが構わないのであれば明後日の16時頃、東京タワーの展望台に来ていただけないでしょうか? 勿論、そちらの仲間の方もご一緒で構いません。それでは……』

「な、なあ。待ってくれ! 君は一体……切れちまった」

 

 一方的に要件を伝えられた後に通信は切られ、呆然とする扇。

 S1から相談したい事があると言われたが、一体どんな内容なのだろうか? 

 俺達を呼び寄せるための罠だったりはしないだろうかと不安になるが、そんな事をする意味が彼らにあるのだろうかと扇は悩む。

 

「とりあえず、みんなを呼んで相談しないと」

 

 受けるにしても無視するにしても、自分一人では決められない。そう考えた扇は仲間たちを呼びに部屋を出るのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ゲットーに点在する廃材置き場の一つ。そこに、イレヴンの孤児たちがマーヤを囲むように集まっていた。マーヤの両手は大量の食料や飲料が入った袋をそれぞれ握っている。

 

「みんな、手伝ってくれてありがとね。これは心ばかりのお礼よ」

「わーい、ごはんだ!」

「これ、”ほぞんしょく”っていうんだよね? こんなに貰っちゃって良いの?」

 

 マーヤは一人一人に目線を合わせながら、飲み物や保存食と一緒に用意したお弁当を配っていく。ルルーシュの話によると金一封ではないのは、子どもたちがチンピラなどに奪われる可能性を減らすためらしい。

 

「ええ、皆が手伝ってくれた事に比べたら、これでもお礼には足りないくらいだもの。だから、今回の事を秘密にしてくれたら、皆が安心して暮らせる場所を用意してくれる人を紹介してあげる」

「ほんとう?」

「ええ、本当よ」

「ありがとう、お姉ちゃん!」

 

 この子供たちはスザクが見つけてルルーシュに報告していた孤児たちだ。

 ルルーシュとしては元から保護しようとしていたのだが、初めて会った男のブリタニア人にそう言われても信用されない可能性が高い。だからこそ、少女であるマーヤに頼んである事をする手伝いの報酬という形で、保護するきっかけを作ったのだ。

 活き活きとしている子供たちの様子を見て、マーヤは改めてルルーシュは凄いと思う。

 ルルーシュは保護された孤児たちが独り立ちしてからも、一人或いは仲間たちと一緒に生きていけるように育てていかなくてはならないと未来を見据えて考えていた。

 

「マーヤ、こっちは連絡取れたよ」

「分かった、スザク。それじゃ、お姉ちゃんはこの人と大切なお話があるから、明日の朝9時ごろにもう一度ここに来てくれないかな? ここで食べたお弁当の容器は私たちが後で回収しておくから」

「わかったー」

「やくそくだよー」

 

 お腹を空かせた孤児たちがマーヤから渡されたお弁当を食べ始めたのを確認すると、マーヤはスザクとともにその場を離れる。廃材置き場にはルルーシュが簡易的にだが人避けの結界を張ったので大丈夫だろう。

 マーヤとスザクは近くの廃墟の中に入り、既に中にいたルルーシュと共に腰を落ち着ける。

 

「ルルーシュ、分かっていると思うけど」

「勿論だ。今後こんな事に関わらせるつもりはない。今回手伝ってもらったのは、あの子たちを保護できる口実が欲しかっただけだ」

「良かった」

「今の俺達があれを作るためには、何よりも人手が必要だったからな」

 

 スザクにそう言ったルルーシュは、割れた窓越しに見える孤児たちとその近くに布を被せられたものを眺めながらそう呟く。

 数日後に控えた特派の裁判。それに合わせた作戦に絶対に必要となる物が置いてある。孤児たちに協力して組み上げたそれは外見だけのハリボテではあるが、役割としてはそれで十分だ。

 

「彼らは誘いに乗ってくれるかな?」

「乗るさ。奴らは俺達に少なくない借りがある。ある程度怪しく感じても、シンジュクゲットーで共に戦ったランスロットのパイロットという肩書が此処で役に立つ。それに、誘いに乗らなかったならばそれはそれ。その程度の奴らだったと見切りをつけて計画の方はプランBに移行すればいい」

「僕としては言い出しっぺだからプランAで行けると良いんだけどね」

「俺としては、プランBの方がお前を好奇の目と危険に晒さなくて良いんだがな」

 

 扇グループに関しては、誘いに乗ってくれれば成功率が上がるが、誘いに乗らなくてもどうにかなる範疇だ。

 ルルーシュは扇グループが協力しようとしなかろうと、特派を救出するための作戦を別個に練っているようだ。

 

「それで、当日は私は何をやれば良いの?」

「扇グループが誘いに乗るかどうかで変わる部分はあるが、基本的にマーヤには裏方を担当してもらいたい。そこで使ってもらう道具は既に用意してある」

「分かった」

 

 ルルーシュの返答に、マーヤは短く答えて頷く。

 ふと何かに気が付いたのか、スザクはルルーシュに問いかける。

 

「そういえば、ルルーシュ。肝心な事を聞いていなかったけれども良いかな?」

「何だ?」

「名前、どうするの?」

「「名前?」」

「うん。僕たちがブリタニアと戦うにあたっての組織の名前」

「スザク……それ、今聞く事?」

「重要じゃないか。名無しの権平じゃ格好付かないだろう?」

「……ふぅ。スザク、俺達はまだ三人だぞ? そういうのは団員を募集できる状態になってから公表するべきじゃないか? ……まあ、既に13種類程考えているが」

「やっぱルルーシュはすごいな。僕はまだ4種類くらいしか考えていないのに」

「二人とも、もうそんなに考えてあるんだ……」

 

 男の子ってやっぱりこういうのを考えるの好きなんだなぁ。マーヤはぼんやりとそう考えながら、ルルーシュとスザクの会話を聞いているのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 扇たちはS1から指定された時刻通りに7年前の日本へのブリタニア侵攻時に発生した戦闘によって特別展望台のある上部が破壊され、修復されないまま戦争博物館となった東京タワーへと向かった。

 そこでカレン・シュタットフェルトの落とし物という事になっていた鍵と通信機から聞こえてきたS1とは別人の声──シンジュクゲットーで扇たちレジスタンスを指揮したゼロを名乗る謎の人物の声──から新たに指定された場所へ向かうと、そこには1台の大型車が駐車されているのを発見する。

 東京タワーで通信機と一緒に受け取った鍵はこの車のキーであり、今度はその車で高速道路を指定したルートで向かうように指示されて、その指示に従う扇たち。

 扇が車を運転して指定したルートを走っている最中に再びゼロから連絡が届き、カレンが通信機を取る。

 

『進行方向に向かって右を見ろ。何が見える?』

「ブリタニア人の街だ。私達の犠牲の上に成り立つ、強盗の街」

 

 ゼロからの問いに、カレンは忌々しげに答える。

 

『では左は?』

「私達の街だ。ブリタニアに吸い上げられた、搾りかすの街」

 

 もう一つの問いに、カレンは悲しげに答える。

 

『良い答えだ。ではこれから指定するポイントまで来い! そこで私たちは待っている!』

 

 ゼロから一方的に通信が切られると同時に、車のナビに新たな目的地が指定される。

 ここまで振り回された以上は、せめて一目見ないと気が済まないという気持ちもあって扇たちは指定された廃工場に向かう。

 廃工場内の指定されたポイントに車を停めて扇たちが廃工場内に入ると、暗がりの奥に何者かがいる事に気が付いた。

 

「お前たち……なのか?」

「罠じゃ……ないよな?」

「なあ、シンジュクのあれは、停戦命令もお前なのか?」

「おい、何とか言えよ」

 

 沈黙を保ったままの何物かに対して、扇たちは次々と疑問や質問をぶつける。すると、廃工場のはずの建物の明かりが点いて奥にいた者たちの姿が露わになった。

 そこにいたのは黒と紫を基調としたスーツを着てフルフェイスの仮面をかぶった人物。

 

「どうだ。租界ツアーの感想は」

「ツアー?」

「おい、ゼロってこんなふざけた奴だったのか?」

「まずは正しい認識をしてもらいたかった。租界とゲットーの、そしてブリタニアと日本の」

 

 仮面をかぶった男、声質からして恐らくはゼロを名乗っていた男の方が、扇たちに現状の日本とブリタニアの差を認識させるためにここまで遠回りをさせたのだと言う。

 

「確かに、我々とブリタニアの間には差がある。絶望的な差だ。だからレジスタンスとして──」

「違うな。テロではブリタニアを倒せないぞ」

「倒す?」

「テロなど、所詮は子供だましの嫌がらせに過ぎない」

 

 扇の反論に対して、ゼロは彼らが今までしてきたことを一蹴した。

 それに対して、扇の仲間たちからは反発の声が上がる。

 

「何だと!?」

「俺達がガキだってえのか?」

 

 それに対し、ゼロは叱り諭すように言葉を紡ぐ。

 

「相手を間違えるな。倒すべき敵はブリタニア人ではない。ブリタニアという国家そのものだ」

「あっ……」

「やるならば戦争だ。無関係な民間人を巻き込むな! 撃つ覚悟と撃たれる覚悟。二つの覚悟を決めろ! そして、正義を行え!」

 

 ゼロの言葉に真っ先に反応したのはカレンだ。

 

「ふ……ふざけるな! 口だけならば何とでも言える! 顔も見せられないような奴の言う事が信じられるか!」

「そうだ、そうだ!」

「その仮面を取れ!」

「なあ、顔を見せてくれないか?」

 

 扇たちの意見も尤もだ。顔を出さずに一方的に今までの自分たちの活動を否定してくる、初めて対面した相手に対して素直に賛同する事など普通は無理だろう。

 険悪な空気が漂う中、廃工場の二階に繋がる階段からカツン、カツン、と誰かが下りてくる音が聞こえてくる。

 

「「「誰だ!」」」

 

 扇たちの言葉に合わせて二階から降りてきたのは、一人の若い男のイレヴンだ。年齢的にカレンと同じくらいだろう。少年は階段を降りながらゼロを諭す。

 

「ゼロ。君の言う事が正論でも、頭ごなしに言われたら大概の人は頭にくるよ」

「ふむ、私としてはもう少し彼らの本心が知りたかったのだが、お前がそういうならば仕方ないな。―――枢木スザク」

 

 ゼロの口から出た人物の名前に、扇たちは目を見開いた。

 

「枢木って……確か!?」

「しかもこの声はS1!」

「日本最後の首相の息子と一緒にシンジュクで戦っていたのか、俺達」

 

 日本最後の首相である枢木ゲンブは世間では評価が二分する人物である。

 一つは日本最後のサムライ等と呼ばれる肯定的評価。

 もう一つはブリタニアへの徹底抗戦を唱えながら真っ先に自決した売国奴と呼ばれる否定的評価。

 

「えっと、スザク……じゃなくてS1のほうが良いか?」

「いえ、気軽にスザクで構わないよ」

「それじゃあ……スザク、俺達に相談したい事があるって言っていたよな?」

「はい。実はシンジュクゲットーで共に戦った皆にお願いしたい事があって」

「お願いしたい事?」

 

 あの枢木首相の息子からの頼まれごとに、扇は緊張から喉を鳴らす。

 

「うん。数日前からニュースで話題になっている特派に掛けられたクロヴィス殺害容疑についてなんだ」

「あ~、あれが報道される前に俺達で声明を出せば、手柄になったのにって玉城の奴が愚痴っていたな」

「無理にとは言いません。ブリタニアとこれから戦うためにも、特派を救出する手助けをしてくれないかな?」

「「「……ええっ!?」」」

 

 スザクの提案に、扇たちは一瞬思考が硬直した後に驚きの声が上げる。

 

「ちょっと待てよ!? 何でブリタニア人の、それも軍の人間をわざわざ助けなきゃいけないんだよ!?」

「そうだぞ! それに、皇族殺しの嫌疑が掛けられている奴らの所なんて、どれだけ警備が厳重か分かったもんじゃない!」

「スザク、貴方が手に入れた新型のナイトメアは確かに強力よ。でも、相手を追い払えばいいだけのシンジュクゲットーの時とは難易度が違いすぎる! 死にに行くようなものよ!」

 

 それぞれが様々な理由からスザクを止めようとする。そんな扇たちに、ゼロが横から説明を加える。

 

「いや、奪取した新型機、ランスロットは今回使わない」

「え?」

「というより、この救出作戦では戦闘行為そのものが不要だ」

「どういう事だ?」

「相手は命令にかこつけて無力な幼子まで殺そうとする親衛隊の残党だ。戦闘が発生したならば、これ幸いと特派の者たちを殺害して責任を押し付けてくるだろう。故に、この作戦は如何に戦闘を行わず、行わせずに完遂するかがカギとなる!」

 

 戦わずして作戦を成功させると言い切るゼロに、扇は言いようのない惹きつけられる魅力──所謂カリスマというようなものを感じながら疑問点を口にする。

 

「しかしゼロ、実際問題としてどうやってそれを達成するつもりなんだ?」

「親衛隊の奴らは悪逆だが頭が回る連中ではない。クロヴィス殺害の罪を動機を含めていくらでも捏造できる名誉ブリタニア人ではなく、シュナイゼル第二皇子の直属部隊である特派に着せるような杜撰で考えなしな所からも分かる。そして純血派のリーダーであるジェレミア・ゴットバルトに関して調べた結果、面白いことが分かった。そこで、この二つの勢力の溝を利用する」

 

 ゼロはそう言って、袖から何かを取り出して広げ、描かれている設計図を見せる。

 

「お前たちには、これを作ってほしい」

「これはっ!?」

「これで外部から見た形状と予想される機構はアレ(・・)と同じにできる。本物は乗せていたトレーラーが自爆していたようで残っていなかったが、中身は偽物を此方で用意する」

「まさか、これを脅しに使って……」

「これによって親衛隊と純血派、そして観衆が取りうる行動のパターンは35パターン。全て此方で対応可能だ。さあ……無実の者を救うために、正義を行おうじゃないか!」




最後の台詞、ルルーシュは絶対悪い表情しながらノリノリで言っている(確信)
それと作戦に協力するかを扇グループが明言する前に巻き込んでいます。来なかったならば別の方法を選んでいましたが、彼らがここまで来てしまった時点でね……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

特派救出作戦/特派強奪事件

 ロイド・アスプルンド伯爵を含めた特派のメンバーが逮捕された騒動から数日後。

 

『間もなくです。間もなく時間となります。ご覧ください、沿道を埋め尽くしたこの人だかりを! 皆、待っているのです! クロヴィス殿下殺害の容疑者、特別派遣嚮導技術部、通称『特派』が通るのを! 我らが神聖ブリタニア帝国の裏切り者を、今か今かと待ち構えているのです!』

 

 ブリタニア軍によって車両の交通規制が掛けられたトウキョウ租界の大通りを沿道に集まった観衆が見守る中、クロヴィス親衛隊残党がコックピットから姿を見せたまま乗るサザーランドに囲まれた車両が通る。

 

『見えてきました。特派の者たちを乗せた護送車が間もなくこちらに』

 

 護送車とレポーターは言っているが、その実態は大型の移送用車両の屋根に据え付けられた複数の十字架にそれぞれロイドやセシル達、特派の研究員が拘束衣を着せられた状態で磔にされている。その様子は罪人を処刑するための移送としか見えないものだ。

 沿道に集まった群衆から、怨嗟と怒りの声が護送車に次々とぶつけられる。

 

『怨嗟の声が、怒りの声が上がっています。殿下がどれほど愛されていたかという証です。裏切り者を裁く、正義の声なのです!』

 

 親衛隊が移送する車両のずっと後方を担当する事となった純血派、そのリーダーであるジェレミアは知っている。

 沿道に集まっている者の少なくない数が親衛隊が用意したサクラであることを。報道陣の中に親衛隊とズブズブに癒着している放送局がある事を。

 サクラが先頭を切って叫ぶ罵声に釣られて無関係な者たちも群集心理で罵声を浴びせていく様子を、親衛隊の息がかかったレポーターが特派にクロヴィス殿下殺害犯のレッテルを貼って断罪を扇動する言葉で視聴者の意識を誘導していく様子を、ジェレミアは冷めた目つきで嘲笑する。

 彼らはこの後の裁判で法の下、純血派が集めた証拠の数々によって親衛隊との繋がりが明らかにされるからだ。それに加えて特派のアリバイの証拠等も積み重ねれば、親衛隊の目論んだ責任逃れは破綻する。

 

(ふん、親衛隊の連中も詰めが甘い。だからこそ、クロヴィス殿下はテロリストによって薨御されてしまったのだ! やはり、純血派こそ神聖ブリタニア帝国を守る剣となるべき存在!)

 

 純血派のリーダーとしてはこれで軍部の実権を掌握できることに内心ほくそ笑みたいが、その切欠がエリア11の総督だったクロヴィス殿下が殺害された事実である事にジェレミアは歯噛みする。

 矛盾する二つの感情が、8年前の事件をジェレミアに思い出させる。

 あの時も、アリエス宮の警護を行っていながら敬愛する人物を守る事が出来なかった。あの経験と悲しみを二度と起こさせまいという想いこそが、純血派を結成するに至った切欠なのだから。

 

「ジェレミア代理執政官」

「どうした?」

「サードストリートから本線に向かう車両があります」

「なに? チェックはどうした?」

「それが……クロヴィス殿下の御料車でして……ノーチェックにございます」

「殿下の? ふざけた奴だ。かまわん。そのまま通せ。此方で対処する。全軍停止!」

 

 過去を思い返していると、兵士から通信で侵入車両の存在を報告される。今回の移送ではテロリストの介入も考えられたが、まさかクロヴィス殿下専用の御料車で乗り込んでくるとは。ほぼ確実に偽装した車両だろうが、妨害するにしてもあまりにも不敬である。

 親衛隊の抵抗でまだ軍部の実権を掌握しきっていないとはいえ、ジェレミアの立場はエリア11の代理執政官だ。本線に向かってくる車両への対処を考えて停止命令を発する位はできる。

 

『此処で停止するというのは予定にありません。何かのアクシデントでしょうか?』

『此方は第5地点です。そちらに向かう車があります』

『こっ、これは……クロヴィス殿下専用の御料車です!』

 

 特派を磔にした車両を遮ろうとするように向かってくる御料車に、親衛隊達は困惑したように互いの顔を見合わせる。只の車両や装甲車であれば、物理的に排除してそのまま進むのだが、亡きクロヴィス殿下専用御料車である事が判断を大きく鈍らせていた。

 

「(愚か者が! 本物の御料車の訳ががなかろう! そこは率先して殿下の御料車を偽装し汚す不届き者を排除するべきところではないか!)出てこい! 殿下の御料車を汚す不届き者が!」

 

 親衛隊が中々行動に移さない優柔不断さに苛立ちを募らせたジェレミアが、後方から怒りの声を上げる。

 すると、御料車の後部の垂れ幕が端から燃え上がる。一瞬、火事か! と観衆はどよめくが、垂れ幕が一瞬で燃え尽きるのみに留まった。そして、燃え尽きた垂れ幕の中から、二人組の姿が現れた。

 

「んっ!?」

「僕は、枢木スザク」

「そして私は、ゼロ」

『ゼロ!?』

 

 一人はイレブンの少年。枢木スザクという名は、シンジュクゲットーで行方不明になった名誉ブリタニア人のリストに含まれていた名前だ。エリア11がまだ日本という名前の国だった頃の最後の首相の息子という立ち位置もあったので、親衛隊の虚偽を断罪した後にジェレミアがクロヴィス殿下暗殺犯に仕立て上げようとした人物でもある。

 もう一人は、黒と紫が基調のスーツとフルフェイスの仮面をかぶった等の人物。ゼロと名乗った正体不明の人物は、声は男のものだが機械的な処理が施されている様な響き方である事から女性の可能性もありうる。

 サザーランドに乗っているヴィレッタもゼロという名前のテロリストに聞き覚えが無いらしく、困惑している。

 

『なっ、何者でしょう!? イレブンと共に自らをゼロと名乗る者が護送車の前に立ちはだかっています。テロリストなのでしょうか? しかし、だとすればあまりに愚かな行為です』

 

 何をするつもりか分からないが、そんな暇は与えない。ジェレミアはそう考えて部下に合図を送り、ナイトメアVTOLで空輸していた純血派のサザーランドを降下させて御料車を包囲させる。

 

「もう良いだろう、枢木スザク、ゼロ。君達のつまらないショータイムはおしまいだ」

『ジェレミア代理執政官! 何を勝手に仕切っている』

「貴様らがテロリストを前に何も行動しないから代わりにやっているのだ!」

 

 親衛隊からの抗議を、ジェレミアはゼロへの視線を逃さないまま一蹴する。

 

「さあ、まずはその仮面を外してもらおうか、ゼロ。枢木スザクも無駄な抵抗はよしたまえ」

 

 すると、ゼロは何か考え込むそぶりを見せた後に片手を大きく上げて指をパチンと鳴らす。すると、ゼロとスザクの背後にあった荷台部分が開き、内部に格納されていた物が露わになった。

 

「なにぃ!?」

『ジェレミア卿、あれは!』

 

 ジェレミア達が見たもの、それはテロリストによって研究所から盗み出された毒ガスのカプセル。

 これが盗まれたからこそクロヴィス殿下はシンジュクゲットーの壊滅作戦を発令したのだ。

 さらに、ジェレミアはシンジュクゲットーでの戦いではテロリストのグラスゴーと強奪されたランスロットに合わせて二度敗北し脱出を余儀なくされた苦い経験がある。

 報道では毒ガスはテロに使われたことになっているが、実際は使用や破壊がなされた痕跡などは見つかっていなかった。それがよりにもよってこんなところで姿を見せるとは。

 

『テレビの前の皆さん、見えますでしょうか。何らかの機械と思われますが、目的は不明です。テロリストと思われる人物の声明を待ちますので、しばらくお待ちください』

(こっ、こいつめ……。ここに居るブリタニア市民を丸ごと人質に取った。それも、人質に気づかせないまま)

 

 テロリストの狡猾さに苦虫を嚙み潰したような表情をするジェレミア。それに対して、親衛隊も気が付いたようだが、慌てたようにカプセルにサザーランドのアサルトライフルの銃口を向ける。

 

「撃ってみるか? 分かるはずだ。お前達なら」

『くだらない真似を!』

「ばっ、馬鹿者! 無暗に刺激するな!? あれの中身が漏れ出たら、どうなるか分かっているだろう!」

『ジェレミア代理執政官! 先ほどは行動しろと急かしたではないか! どけ!』

 

 ゼロの挑発に対して銃口を向ける親衛隊のサザーランドの暴挙を止めようと、ジェレミアは自らのサザーランドを間に割り込ませて制止する。

 ジェレミアからすれば、毒ガスが詰まったカプセルの中身が漏れ出れば沿道にいる多くのブリタニア市民が犠牲になるにもかかわらず、寧ろ破壊しようとする親衛隊の正気を疑う状況だ。

 

「ゼロ……要求は何だ!」

「交換だ。こいつと、特派の者たちを」

『笑止! こいつらはクロヴィス殿下を殺めた大逆の賊徒ども。引き渡せるわけが無かろう!』

「貴様らは黙っていろ!」

『一体、何が起こっているのでしょうか、ジェレミア代理執政官とクロヴィス殿下親衛隊隊長代理──が言い争っているようです』

 

 ジェレミアと親衛隊の間に広がる不和に、レポーターや沿道の観衆が不安そうな表情をしながら注目が集まる。

 そんな中、ゼロが告白した内容に、周囲から一瞬言葉が失われた。

 

「違うな。間違っているぞ、親衛隊隊長代理殿。犯人はそいつらじゃない。クロヴィスを殺したのは……この私だ!」

 

 それは、クロヴィス総督殺害の自供。

 

『なっ、何と言う事でしょう。ゼロと名乗る仮面の男が……いや、性別は分かりませんが……。ともかく自ら、自ら真犯人を名乗って出ました! では、今捕まっている特派の者たちはどうなるのでしょう?』

「無関係な者たちを解放するだけで尊いブリタニア人の命が大勢救えるんだ。悪くない取引だと思うがな」

 

 むしろ親衛隊にとっては非常に都合が悪い提案だ。ゼロを名乗る人物の背後にある機械は明らかに毒ガスのカプセルに偽装したハリボテだ。だが、真実を知らないジェレミア達純血派がいる事によってゼロの嘘は塗りつぶされて真実に脚色される。

 しかも責任転嫁のために証拠を偽造し報道局に根回しもしたこの一件が冤罪だった事も明るみになれば、親衛隊は良くて投獄、下手すればその場で処刑されても可笑しくない。

 

『虚言を弄した上に殿下の御料車を偽装し愚弄した罪、その命で贖え!』

「いいのか? 闇に葬られるぞ、アリエス宮の真相が」

 

 親衛隊隊長代理はゼロの虚言の一つに過ぎないと考えてアサルトライフルの引き金を引こうとしたその時、ジェレミアのサザーランドがスタントンファーでアサルトライフルを砕く。

 

『ジェレミア代理執政官! 何のつもりだ!?』

「それはこちらの台詞だ! 我が身可愛さに観衆が巻き込まれるのを承知の上で毒ガスごと闇に葬ろうなど!」

 

 ジェレミアはゼロが口にした「アリエス宮の真相」という言葉に対して、このままゼロを始末されるのは拙いと反射的に行動してしまったが、咄嗟の行動の言い訳にした発言と状況の拙さに気が付いて自らの不覚を悟る。

 

「ど、毒ガス!?」

「嘘よっ、そんなの!」

「でも、シンジュクゲットーでは実際に毒ガスが使われたってニュースで聞いたわ! 大勢の犠牲者が出たって!」

「ほ、本当に毒ガスだとしたら……」

 

 俄かにざわめき始める観衆たち。疑念は不安となり、不安は恐怖となる。

 そしてゼロはこうなる事を見計らっていたのか、袖から取り出したボタンを押したのと連動して背後の機械が稼働して中から毒々しい色の煙が噴出した。

 ゼロとスザクは勿論の事、彼らを包囲していたサザーランド、そして特派を磔にしている車両や沿道の観衆を煙は纏めて包み込む。

 

「毒ガスよ! シンジュクゲットーで使われた毒ガスよ! 逃げて! 吸ったら死ぬ!」

「ひっ、逃げろー!」

「嫌だぁっ! 死にたくないぃ!!!」

 

 観衆の中から一人が逃げ始めたのを切っ掛けに、周囲に恐怖が伝搬してパニックを引き起こした。

 

『視界が!?』

「ぐあっ!」「ごふっ!」

 

 煙に巻かれたサザーランドの視界が遮られ、ゼロとスザクを見失う親衛隊と純血派。

 すると、煙の中で兵士たちの悲鳴と倒れる音、そしてバキッ! ベキッ! と立て続けに何かを破壊する音が聞こえる。

 

「テロリスト共、まさかこの騒ぎに乗じて特派を攫うつもりか!?」

 

 ジェレミアはコックピットに乗り込むと煙に遮られたサザーランドのモニターをセンサーに切り替えてファクトスフィアを展開する。

 この状況で特派を攫おうとしているという事は、この煙は毒ガスではないのは明白だ。だからこそ親衛隊は躊躇わずに破壊しようとしたのだろう。

 だとすると、なぜあれが毒ガスではないと親衛隊は知っていた? 恐らくはクロヴィス殿下から本当の中身を教えられていたのだ。

 ならば、なぜ親衛隊にだけ本当の中身を教えたのか。考えられるのは、明るみになれば毒ガスよりも彼らにとってより危険な何かが入っていた可能性。それが一体何なのかは分からないが、親衛隊以外からそれを聞き出せるであろう人物がいる。

 それは偽の毒ガスカプセルで脅してきたゼロだ。

 ゼロはカプセルの本当の中身を知っていて、親衛隊と純血派があのカプセルに抱いている認識の違いを利用して隙を生み出したのだ。

 周囲ではゼロ達を逃がさないため発砲しようとする親衛隊のサザーランドと、逃げまどう観衆が巻き込まれないために必死にそれを止める純血派のサザーランドという、混沌した状況が生まれている。

 

「今の内だ、行くぞ!」

 

 ゼロの声とともに、煙から何かが飛び出して陸橋から落ちていく。

 

『飛び降りた? やはり仲間が!』

「キューエル卿! この場を鎮めるのは任せる! ヴィレッタは私と共に逃げたゼロを追うぞ! ただし、ゼロは生かして捕らえろ!」

『『イエス、マイロード!』』

 

 キューエル卿にその場は任せて、ジェレミアはヴィレッタを連れて陸橋を飛び降りたゼロを追いかける。

 陸橋の下には民間に払い下げられたKMFであるMR-1がいつの間にか一機おり、バランスを崩しながらも陸橋基部に撃ち込んだハーケンによって衝撃吸収材が展開されていた。その下には盗難車と思しきトレーラーがあり、今まさに走り出すところであった。

 

『卑劣なイレヴンめ! 逃がすものか!』

「ヴィレッタ、直撃はさせるなよ。タイヤを狙え!」

 

 MR-1を速やかに破壊してからヴィレッタのサザーランドと共にアサルトライフルで逃走するトレーラーのタイヤを狙い発砲。狙いは誤らずにトレーラーのタイヤを破壊して横転した。

 

「梃子摺らせおって。さあ、8年前にアリエス宮で起きた事を……マリアンヌ様の死について知っている事を吐いてもらおうか、ゼロ!」

 

 ジェレミアは自らが純血派を立ち上げた起源であり、敬愛する人物の死の真相を知っている可能性があるゼロを捕縛するために、トレーラーの後部荷台をサザーランドのパワーでこじ開ける。

 

「……なっ!?」

『ジェレミア卿、どうしました。……これは!?』

 

 荷台をこじ開けたジェレミアが見た光景。それは、荷台にいるはずのゼロやスザク、特派達の姿……ではなく、無造作に転がっている幾つものマネキンであった。その数はちょうど特派の面々と同じな辺り、変な所で芸が細かい。

 

「囮……だとぉ!?」

『運転手もいない!? 自動運転か!』

 

 ヴィレッタはせめて運転手だけでも拘束しようとするが、運転席には誰もおらず、座席に設置された機械とそれと連動して動くハンドルしか無かった。

 この様子では、先ほど破壊したMR-1も遠隔操縦だろう。

 

「よ、よくも私を嵌めたな……! ゼローッ!!!」

 

 最後までゼロに良いように踊らされた事に気が付き、ジェレミアの怒号の叫びがサザーランドの機内に響きわたった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 シンジュクゲットーにある劇場廃墟に集合した扇グループはテレビに映されていたゼロの逃走劇に驚かされていた。

 

「まさか、本当に助け出すなんて」

「それにしても、どうやってここまで逃げ延びたんだ? あいつらは」

 

 杉山はゼロの見せた結果に驚愕し、吉田はあの包囲網をどうやって抜けだしたのかに疑問を覚える

 

「バカバカしい、あんなはったりが何度も通用するかってえの」

 

 一方の玉城は懐疑的な視点だ。今回は親衛隊と純血派の間に大きな溝があったからこそ成立した作戦だ。あのブリタニアがそう何度も今回のような無様な醜態を晒す事など無いだろう。

 

「しかし、認めざるを得ないだろう」

「えっ?」

「彼以外の誰にこんなことができる? 助け出す必要性の問題もあるが、日本解放戦線だって無理な事を成し遂げたんだ。それに、皆が無理だと思っていたブリタニアとの戦争だって……やれるかもしれない。何より、枢木首相の息子である枢木スザクも協力しているんだ。彼は……本気だ」

 

 今回の作戦で、扇グループは正体不明の男であるゼロに僅かだが手を貸している。いや、借りた恩を僅かだが返したというべきか。

 ブリタニア軍によるシンジュクゲットーでの虐殺では、彼の指揮が無ければ自分達も皆殺しだった。それに彼がどうやってかブリタニア軍から鹵獲したサザーランドのおかげで、戦力も大きく増強されている。

 それに対して今回、扇たちがゼロに提供したのは、毒ガスの偽物を入れるカプセルマシンの作成と偽装した御料車の運転手役としてのカレン、そして遠隔操縦されていたMR-1を扱う事くらいだ。

 ゼロはテロではブリタニアを倒せないと言い切った。そして敵はブリタニア人ではなくブリタニアという国家であり、民間人を巻き込むテロではなく戦争を行う覚悟を決めろと言った。

 実際に救出に成功した今でも、特派を助ける利点が何処あるのかは扇にはよく分からない。他のメンバーもそうだろう。だが、自分達には見えていない何かがゼロには見えているのかもしれない。

 

「俺達も……覚悟を決めるべきなのかもしれない」

 

 扇たちの間でゼロとの関係をどうするか話し合っている一方で、話題の中心となっているゼロもといルルーシュはと言うと、

 

「ロイド・アスプルンド伯爵。ブリタニアを倒すために貴方の……特派の方々の力をお借りしたい」

 

 廃棄劇場のホールで救出した特派を勧誘していた。

 

「あの、ゼロ。助けてくださったことは感謝しますが……私達、シュナイゼル殿下の直轄組織ですので──「うん、良いよ~♪」──ロイド主任!?」

「だって、もうそれしか選択肢はないじゃん? 断ってもゼロは危害を加えないだろうけれども、ゼロが僕たちを助けに来た時点で、軍からしたら僕たちはテロリストに内通していた裏切り者扱いさぁ~。……今更、戻れると思う?」

「うっ……」

「そ・れ・に! ランスロットのデヴァイサー候補だった枢木スザク一等兵が彼に協力しているんだよ~! 命令系統の違いから実戦運用ができるか分からなかったランスロットの生の戦闘データを取れるとなれば、躊躇う必要が何処にあるんだい?」

「それは……そうですが。……はぁ、しょうがないか」

 

 ブリタニア軍に戻る選択肢が既に残っていない事を伝えつつ、研究者としての利点もあげてセシルを説得するロイド。セシルも多少悩んだ末に了承した事を切欠に、他の特派研究員も了承していった。

 交渉はもっと難航するだろうという予想に反してあっさりと了承されたことにルルーシュは困惑しながらも、気を取り直す。

 

「えっと……一時期名誉ブリタニア人だった僕が言うのもなんですけれども、愛国心とかはないのかな……?」

「違うな、間違っているぞスザク。この手の者たちにとって、自分達がしたい研究を滞りなくできる環境を整えてくれる場所こそが自分達の居場所なのだ」

 

 ルルーシュは知っている。研究者の中には、自分の研究のために国家や勢力を問わずに活動する変人や犯罪者が世界を問わずにいる事を。

 7年前、もう一つの家族を救うために次元犯罪者をターゲットに戦っていた時にも、そういったマッドサイエンティストと遭遇する事はたまにあった。特派の者たちは彼らと違って倫理感の一線を越えてはいないので遥かにまともな類ではあるが。

 

「そ、そういう……ものかなぁ」

「よくわかっているね~。そういえば、幾つか質問いいかな?」

「答えられる範囲ならば良いだろう」

「『アリエス宮の真相』と言っていたけれども、君は何を知っているんだい?」

「あれはただのブラフだ。純血派のリーダーであるジェレミアの過去を調べた際に、8年前のアリエス宮で起きたブリタニア皇后暗殺事件の時に警備を行っていた一人だったことが判明してな。あの事件以降、ジェレミアは純血派を結成した事から強い後悔の念を抱いている可能性に行き着いた。そこで今後の布石を兼ねて親衛隊と純血派の間にある亀裂を広げるために利用させてもらった」

「なるほどね~。彼のトラウマを刺激したってわけか~」

 

 ロイドには初めから分かっているように言っているが、実際はジェレミア達の行動に応じて対応が変わる場面であった。

 真相を明らかにさせないために此方を始末しにかかるならば、それを利用して皇后殺しに加担した疑惑を持たせて純血派を分裂・弱体化させる布石に。

 今回のように殺さずに捕まえに来たならば、今後の戦いにおいて純血派──正確にはジェレミアが自分達を安易に殺しにくくなる枷として機能する。

 そして無反応だった場合でも、それはそれで特にこちら側に問題が起きるわけではない。

 クロヴィスから聞き出した、コーネリアとシュナイゼルが知っているという情報をばらす事でジェレミアに皇族へ疑念を抱かせる案も検討はしていたが、これは流石に出鱈目だと判断されるか此方の正体を気取られる可能性があったので却下した。

 

「それじゃ、僕たちを陸橋からあっという間にここに連れてきたの、どうやったんだい?」

「それについては企業秘密だ……と言いたいところだが、仲間になる以上は何もかも隠し続けるのは不合理というものだな。端的に言えば、魔法による空間転移だよ。技術の出所は伏せさせてもらうがね」

 

 ルルーシュは今回の作戦で自分達と共に特派のメンバーをここまで移動させた方法──魔法による転移を伝える事にした。

 この手の研究者は興味を持った内容に関しては危険を顧みずにあらゆる手段を使って調べようとする傾向がある。手札を隠すことで解明しようと躍起になられる位ならば、ある程度公開してしまった方がその方向性を誘導できる。

 

「へぇ~、魔法……かぁ。な~るほどねぇ」

「ほう、信じてくれるのだな」

「まあね~。考古学は専門じゃないけれども、この世界の遺跡には遠く離れた似たような場所を繋ぐ門があるなんて言う伝承があるからね~」

「……なに?」

「さっきまでは眉唾な話だと思っていたけれども、こうして体験した以上は、古代人は本当に君みたいに転移する事が出来たのかも知れないね~」

 

 ロイドから告げられた内容について、ルルーシュは会話を続けながら並行して思考を続ける。

 

(C.C.の件から考慮はしていたが、やはりこの世界には表沙汰にこそなっていないが魔法が存在する。遺跡はおそらく大規模な転移を行うための装置。そしてベルカ式魔法を基にしたこの世界の固有魔法によって与えられるギアスも、魔法の一形態或いは人為的に発現させた稀少技能(レアスキル)の類だろう。そうなると、厄介なのはブリタニア軍に魔導師あるいはそれ相当の存在がいる可能性か)

 

 もしもブリタニア軍に魔導師がいる場合、ルルーシュが持っている魔法というアドバンテージが消える可能性がある。

 なにせ単純な戦闘力だけ見ても、7年前の自分と同程度の年齢で戦術・戦略級の破壊力を発揮可能な攻撃を出しうるのが魔法なのだ。さらに自分のように直接戦闘は不得手でも搦手を得意とする魔導師がいるだけでも、今後の作戦の難易度は大きく上昇する事になる。

 魔法を使えるアドバンテージの維持と管理局からの介入を避けるために魔法の存在はあまり知らせたくないのだが、そうも言ってられない可能性が出てきた。

 

(カレンとマーヤに関しては、最低限度でも魔法の知識と対処法くらいは学ばせるべきか? だがデバイスの確保をどうするべきか……)

 

 魔法の扱いに関して予定を変更することを検討していたルルーシュだが、まだ話していたロイドの言葉は聞き逃せなかった。

 

「──それに、ラウンズの中には現代技術で解明できていないサイボーグもいるって話だしね~。SF世界の住人がいるならば、魔法使いのようなファンタジー世界の存在がいたって可笑しくないさ~」




ルルーシュがロイドの反応で思い返したマッドサイエンティストですが、某JSさんではありません。名前は知っているかもですが、遭遇はしていません。
それでも、あの世界はJSに限らずマッドサイエンティスト系の次元犯罪者は結構いると判断して描写しました。
ちなみに、ゼロスーツはこの作品では仮面も含めてベルカ式魔法における騎士甲冑です。なのでスーツや仮面を個別に用意して着替える必要がありません。

○今回の特派救出作戦における各々の分担。
・ゼロ(ルルーシュ)
作戦立案
挑発による親衛隊及び純血派の行動誘導
転移魔法による離脱

・スザク
警備の兵士の排除
特派を拘束する拘束具の破壊
ルルーシュが転送した囮用のマネキン(流石に1体)を陸橋下へ投擲。他のマネキンは予めトレーラー内に配置。
名前と顔を出すことにより、日本最後の首相の息子というネームバリューを今後の布石として活用する準備

・マーヤ
沿道で偽の毒ガスの散布に合わせた発煙筒の使用
観衆に毒ガスと誤認させるために恐怖を煽る。

・カレン
偽装御料車の運転

・扇グループ
偽の毒ガス散布装置の組み立て
囮用MR-1の遠隔操縦

・孤児たち
車両を御料車へと偽装する組み立て


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ブリタニア皇女との出会い

 ──赤道アジア某諸島内都市

 

 中華連邦軍の主力KMF鋼髏(ガン・ルゥ)とブリタニア軍から鹵獲されたグラスゴーが、侵攻するブリタニア軍に向けて砲撃を繰り返す。

 機体性能と兵士の練度で圧倒するブリタニア軍に対し、地の利を活かしながら接近戦を避けて徹底的に物量戦による砲撃の雨で中華連邦軍は対抗しているが、戦線は一進一退の膠着状態だ。

 そんな中、ブリタニア軍の最新鋭KMFであるグロースター─―正確には独自の改造が施されたグロースターのカスタム機が他の友軍から突出し、密集した鋼髏(ガン・ルゥ)の絶え間ない砲撃の雨を単身で掻い潜りながら中華連邦軍のKMFを次々と撃破していく。

 グロースターのコックピット側面に装備された2門の対艦用6連装ヘビーガトリングから放たれる弾幕が、破壊の嵐となって中華連邦軍のKMFに降り注ぎ残骸へと変えていく。

 脚部が通常のグロースターよりも大型で、ランドスピナーがそれぞれの脚に2基ずつ装備されているとはいえ、これだけの重武装をしていれば、本来ならば相応に機動力が低下してしかるべきなのだ。にもかかわらず、このグロースターはそのような様子を見せるどころか通常のグロースター以上の速度で戦場を駆け巡る。

 常軌を逸しているこのグロースターの胸部に刻印された翼のない竜に”5”の文字が刻まれたマーク。これは皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズの一人、ナイトオブファイブの乗機である証だ。

 一方的な蹂躙劇を前に中華連邦軍の地上戦艦である竜胆(ロンダン)の艦長は、友軍も巻き添えになるにもかかわらず艦主砲の一斉砲撃で排除を試みる。

 

「ぬるい。この程度、子供だましにすらならん。これならばルキアーノのナイフ遊びの方が遥かにスリリングだ!」

 

 グロースターのパイロットにしてナイトオブファイブであるヴィクトリア・ベルヴェルグは、黄銅色の瞳を細めて艦主砲の弾幕が降り注ぐ戦場をグロースターのランドスピナーで駆け抜けていく。

 ヴィクトリアの周囲には黄銅色の奇妙な模様の陣が幾つも浮かんでいる。陣の回転が速くなるのと連動するようにグロースターも加速しながら、そのまま竜胆(ロンダン)の主砲の死角まで潜り込んだ。

 

「こ、これが……ブリタニアのラウンズの実力! 化け物か……!!?」

「これで終わりだ。無意味に無価値に、無様に死ね」

 

 ハッチからナイトメアを出撃させようとする竜胆(ロンダン)に向けて、ヴィクトリアは飛び出してきたナイトメア毎竜胆(ロンダン)にヘビーガトリング砲の嵐を叩き込んで爆発轟沈する前に離脱する。

 

「敵旗艦は破壊した! 残るは烏合の衆ばかりだ、殲滅し我らがエリアとして併合せよ!」

『『『イエス、マイロード!』』』

 

 燃え盛る竜胆(ロンダン)を背景に、統率を失い混乱する中華連邦軍をヴィクトリアの指揮ですり潰していくブリタニア軍。

 最早戦いではなく一方的な蹂躙となっている戦況を尻目に、ヴィクトリアはエリア11に送り込んでいる部下エインリッヒが間者達から集めた情報を反芻する。

 

 ──クロヴィス総督の死

 ──特派強奪事件

 ──コーネリア第二皇女がエリア11新総督として就任

 ──そしてゼロ

 

「ゼロ……キヒ、キヒヒヒ……!!! ああ……懐かしい、そして忌まわしい!」

 

 ヴィクトリアが思いだすのは7年前、存在を隠蔽していたはずの秘密研究所に襲撃を仕掛けてきた騎士たちだ。

 彼女たちを指揮していた奴の所為で自分の計画が組織と共に水泡に帰し、追手を振り切るために元の身体を捨ててまで部下と共にこの世界まで逃げ込むはめになり、ほとぼりが冷めるまで数年の時を要した。

 それから送り込んだ部下が得た情報では、ゼロはどこぞの管理外世界で発生した事件を最後に姿を消したそうだが、まさか私の存在に気が付いて追ってきたのか? 

 だが、此方としてもこうして復讐の機会があちらからやってきたのだから好都合だ。

 

「あぁ……ゼロ、ゼロ、ゼロ! 貴様の心臓にこの手で刃を突き立て、仮面を剥がして末後の表情を見る時が楽しみだ!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 巷では「特派強奪事件」と呼ばれる一連の事件から数日。マーヤはアッシュフォード学園には向かわずに早朝からトウキョウ租界を歩きながら、ルルーシュ達が起こした出来事による変化を考えていた。

 

(ゼロとスザクの華々しいデビューから数日。あれ以来、この街の様子は一変した。連日、ニュースでは二人の事が報じられ、新聞、雑誌でも取り上げられている。日本最後の首相の息子と共に正体不明の仮面の人物がブリタニアの皇子を殺したというのだから当たり前だろう。支配する側のブリタニア人は勿論、ブリタニアへの反攻意識を持つ日本人にも影響を及ぼしたはず。ルルーシュは、既に次の動きを考えているようだけれども、今度は何をするつもりなのかしら?)

 

 ルルーシュに渡された連絡用の端末を取り出して眺めるが、特に何か反応があるわけではない。

 

「(ルルーシュからの次の連絡はまだない。租界の警備が厳重になった分、ゲットーの方は手薄になったようだから、行くなら今日かな)あの日、以来か……」

 

 あの惨劇以来、ルルーシュと作戦を練るためにゲットーに忍び込むことはあっても、心の整理が出来ていなかったために孤児院があったあの場所に行くことは躊躇っていた。

 一瞬、ナナリーも誘うか考えたがマーヤはその選択肢をすぐに取り下げる。ナナリーはアッシュフォード学園のクラブハウスに暮らしているため、今から向かったのでは自分がサボっていたことがばれてしまうし、ルルーシュもナナリーに学園をさぼらせるのは嫌がるだろうからだ。

 

「弔いの品、買ってこなくちゃ……「どいてくださーい!」ん?」

 

 マーヤが孤児院に行くにあたって必要なものを用意しようと考えていると、頭上から女性の叫び声が聞こえてきて思わず上を向く。

 すると、頭上から少女が一人、上から降ってきた。

 

「あぶなーい!」

「え? きゃぁっ!」

 

 このままでは少女が怪我してしまうと考え、マーヤは降ってきた少女を抱きとめる。

 危うくバランスを崩すところだったが、少女が軽かった事もあってどうにか転ぶことはなく互いに怪我する事もなかったのは幸いだった。

 降ってきた少女の様子をマーヤは確認する。その少女は桃色の髪を長く伸ばしていて、愛らしさの中に気品を感じさせる。どこかの令嬢だろうか? 

 

「えっと……危なかったけれども、怪我はない?」

「はい。ごめんなさい、下に人がいるとは思わなくて」

「ああ、いえ。私も上から人が落ちてくるとは思いませんでしたので……。何かあったのですか?」

 

 本来ならば危なかったことを怒るべきなのだろうが、この少女と接していると不思議とそんな気持ちが失せてくる。

 

「はい、何かあったんです」

「へ?」

「私、実は悪い人に追われていて。だから、助けてくださいませんか?」

「え……あ、はい」

 

 明らかに怪しい、何かの言い訳にしか思えないにもかかわらず、マーヤは思わず了承してしまう。

 そうして少女に手を引かれ連れていかれた繁華街で、少女は何かを思い出したかのようにマーヤに話しかける。

 

「自己紹介がまだでしたね。私は……ユフィ」

「ユフィ……さん?」

「はい。ユフィって呼び捨てで構いません」

「そう、私はマーヤ」

「マーヤさん。良いお名前ですね」

「えっと……ありがとう。それで、嘘なんですよね? 悪い人に追われてるって」

 

 このままではユフィにペースを握られっぱなしになると考え、マーヤは先ほどの彼女の嘘に関して切り込む。しかし、

 

「ニャー」

 

 ユフィはネコの鳴き声で返答してきた。なんで? 

 いや、ちゃんと見るとユフィは近くにいた右目近辺が黒いぶち模様の猫に近寄って話しかけているようだ。何というか、自由過ぎないだろうか? 

 当然のごとくネコは見知らぬユフィに対して威嚇するが、ユフィがそれでも猫語で話しかけ続けていると、なんかあっという間に見知らぬ猫に懐かれていた。コミュニケーション能力高すぎない? 

 ユフィのコミュニケーション能力の高さに戦慄していると、アッシュフォード学園のミレイ会長からボッチ認定されて生徒会に入れられたことを思い出し、マーヤは少し落ち込む。

 

(いや、ルルーシュ達と協力する以前からサボり癖があったから自業自得と言われたらそれまでなんだけれどもね……)

「えへっ」

 

 警戒心を解いた猫を抱きあげたユフィが、マーヤが近づいてきた。マーヤは猫の喉元をくすぐる様に撫でる。

 

「ニャァ~♪」

 

 猫はマーヤの指で撫でられ気持ちよさそうにしながらゴロゴロと喉を鳴らす。

 その様子に、マーヤも顔を少し綻ばせた。

 

「ふふっ、マーヤさん、この子を少し抱いててもらえますか?」

「良いですよ」

 

 ユフィはマーヤに猫を渡すと、ポケットからハンカチを取り出して猫が怪我をしている足に包帯のように巻き付けた。

 猫はハンカチが気になるのかしきりに嗅いでいるが、嫌がって外そうとしたりはしていない。

 マーヤは改めてユフィに猫を返すと、改めて先ほどの質問をする。

 

「ユフィ、さっきはどうして悪い人に追われているって嘘をついたの?」

「私の事、気になりますか?」

「えっと……はい」

「じゃあ、もう少し私に付き合ってくださいな」

「えっ、あ……」

 

 本当はシンジュクゲットーの孤児院に行く予定があるが、法律で禁止されていないとはいえこの状況でゲットーに用事があるから無理と言う訳にもいかず、マーヤは流されるようにユフィの提案に乗せられてしまう。

 繁華街の様々な店や施設を見て回っていくユフィとマーヤ、そしてユフィに抱えられている猫。

 

「こうしていると、ブリタニアにいるのと変わらないですね」

「ユフィは本国から来たの?」

「はい。学生でした。先週までは」

「先週までって……じゃあ、今はどうしているの? 私と同じくらいの年代だから、高校生だよね? 観光ならばいつだってできるでしょ?」

 

 マーヤから見たユフィは、自分と同じくらいの年代の少女だ。学生だったというからには高校生辺りが妥当だろうが、本国の人間がこの時期にやってきたという事にも疑問を抱いて矢継ぎ早に質問する。

 

「えへへ。質問攻めですね」

「あっ、ごめんなさい」

「ああ、そんなつもりじゃ……。その、今日が最後の休日で……。だから見ておきたかったんです。エリア11を。どんな所なのかなあって」

 

 ユフィの言葉に、マーヤは胸の内にずきりと痛みを感じる。

 ブリタニアの人にとってエリア11で、日本で見たい景色というのはブリタニアが支配する安全な租界なのだろう。彼女のような優しそうな人でも、ゲットーのような場所は見てもらえない、気にかけてもらえない。

 

「それだったら、私よりも……」

「いいえ。良かったです。貴方で」

「……そうですか」

「マーヤさん。無理を承知で、もう一か所だけ案内していただけますか?」

「私で行ける所ならば良いけれども……」

 

 次の一か所を案内したらユフィと別れて孤児院に行こう。マーヤがそう思っていると、

 

「では、シンジュクに」

「えっ!」

「私にシンジュクゲットーを見せて欲しいのです。マーヤさん」

 

 ────────────────────

 

 

 日本解放戦線。ブリタニアによって名前と誇りを奪われ11番目のエリアにされた国家である日本に存在する最大規模のレジスタンスであり、旧日本軍に所属していた者が構成員多くを占める事から他のレジスタンスとは質・量共に比較にならない組織。

 日本解放戦線の拠点では、後ろ髪が上向きにはねて顎髭を生やした軍人である草壁がもう一人の軍人、藤堂に協力を呼び掛ける。

 

「力を貸してくれ、藤堂! ゼロによってブリタニアは混乱している。一度は名誉ブリタニア人としてブリタニアに与した枢木スザクも反抗を示した今こそ、我々日本解放戦線が立ちあがるときだ!」

 

 日本最後の首相の息子、枢木スザク。そして謎の反逆者ゼロ。この二人が初めて表舞台に立った特派強奪事件によって、エリア11のブリタニア軍内におけるクロヴィス親衛隊と純血派の溝は決定的なものとなった。

 親衛隊派閥は早晩消滅する事となるだろうが、純血派もリーダーであるジェレミア・ゴットバルトがゼロを取り逃がす失態を犯したことから、ブリタニアの様々な機関との連携に綻びが生じているらしい。

 また、ゼロの登場をきっかけにエリア11の各所でレジスタンスによる反ブリタニアのテロが発生するようになり、レジスタンス活動の勢いに大きな波が来ていると判断しての事だ。

 

「焦るな! キョウトが紅蓮弐式をゼロに与えるというのは確定情報ではない。ゼロにこだわりすぎると、足を掬われるぞ」

「ふんっ! 奇跡の藤堂ともあろう者が、随分と臆病だな」

 

 奇跡の藤堂。この呼び名は7年前のブリタニアとの戦闘で唯一日本側が勝利した戦いである「厳島の奇跡」の立役者となった藤堂につけられた二つ名である。

 この勝利があったからこそレジスタンスは7年もの間、抵抗する意思を失わずに戦い続けている。

 

「奇跡と無謀を履き違えるつもりがないだけだ」

 

 ブリタニアに対する反抗作戦において、藤堂の存在の有無はその成否に大きな影響を与える。作戦立案や実行、本人の強さもそうだが、何よりもあの奇跡の藤堂がいるという安心感が他の者たちに与える影響が大きいのだ。

 だからこそ、奇跡の藤堂の協力を取り付けたという誰の目にもわかる安心材料が草壁は欲しいのだ。

 深く息を吸った草壁の左目に、片翼が途中から欠けた赤い鳥の紋様が浮かぶ。

 

「藤堂よ、私の考えは理解しているだろう? どんな手を使ってでも、ブリタニアを排除して日本を取り戻さなければならないのだ」

「……」

「このまま奴らに我等の国を好き勝手されるわけにはいかん」

「……っ!?」

「なあ、藤堂……。お前の奇跡を、私のために役立ててくれないか?」

 

 左目に浮かんだ紋様が消え、草壁は再び深く息を吸う。彼にはこれで藤堂も協力するという確信があった。数年前に自らの瞳に宿った邪法を使って、同志とならなかった者はいないのだから。

 だからこそ、

 

「……断る!」

「なっ!?」

 

 藤堂が拒否するという結果に草壁は驚愕した。

 

「な、何故だっ!?」

「草壁中佐……貴方が日本の未来を憂いている事はよくわかった」

「ならば……!」

「だが……だからこそ! 目的のために出所の分からない邪法に手を染め、外道に身を堕とした貴方の、無関係のものを犠牲とする提案には頷けない!」

「っ……!」

 

 藤堂が発する気迫に、草壁は思わずたじろぐ。

 草壁は日本解放戦線の中でも最も過激なグループのリーダー格だ。

 軍属でない市民であってもブリタニア人や名誉ブリタニア人であれば拉致・拷問し処刑する事も厭わず、日本人が祖国の誇りを取り戻すために戦いその命を燃やすことを当たり前とするその思想は、例え日本奪還という同じ思想があったとしても、藤堂の思想の根幹とはあまりにもかけ離れていた。

 思想の大きな違いと意志力の差。これが草壁に用いた邪法に藤堂が染まらなかった理由である。

 

「っくぅ……、もう良い! 貴様の手は借りずとも、私達だけでも奇跡を起こして見せる!」

 

 藤堂と思想が相いれない事を突き付けられた衝撃か、或いは彼が意志力でもってこの邪法に屈しなかった事を認めたくない自尊心か。草壁は藤堂に捨て台詞を吐くとその場を離れる。

 その様子を、藤堂は悲しげな表情で見送る事しかできなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 クロヴィス総督が発した命令によって住民の多くが殺害されたシンジュクゲットーには、幾つかの場所に犠牲者を悼む慰霊碑が作られていたり、行方不明者を探しているビラが貼られている。

 そう言った場所をマーヤとユフィは順番に巡っていき、その地で何があったのかをマーヤは説明していく。

 ひょっとしたら、マーヤ本人も無自覚なユフィへの当てつけだったのかもしれない。あるいは、何も知らない本国のブリタニア人にこの地でどのような悲劇が起きたのかを知ってほしいという心の叫びだったのかもしれない。

 途中、あまりの惨状にユフィは顔を青ざめていたが、ユフィ本人の希望で中断されずにマーヤによる案内と説明は続けられていく。

 そして、太陽が傾いてオレンジ色の夕日となり始めた頃、マーヤがシンジュクゲットーを案内する最後の地に選んだのが……、

 

「此処が、シンジュクゲットーの孤児たちを保護していた孤児院だった場所です」

「ここが、孤児院……」

 

 ブリタニア軍のナイトメアによって無惨にも破壊され、マーヤたちがブリタニアに反逆するきっかけとなった孤児院だ。

 マーヤはまだ細かい瓦礫が散乱する敷地内に建てられた小さな慰霊碑に近づきしゃがむ。

 

「陽菜……。まりととも、浅間おばさんも、来るのが遅くなってごめんなさい。やっと、警戒封鎖が解けて来ることができたの。これ、何の弔いにならないかもしれないけれど……陽菜からもらった鶴を真似て折ってみたの」

 

 取り出してお供え物として置いたものは、色紙で折った折り鶴だ。ただし、陽菜たちが折った折り鶴と比べて、ところどころに皴が寄ったり、バランスが少し悪かったりしている。

 

「でも、全然ダメだった。皆みたいに上手く折れなかった。今の私には、これが精いっぱいだった。でも、待ってて……」

(……私達は必ずブリタニアを倒す。そして、この国をブリタニアの支配から取り戻す。その時こそ、皆に胸を張って会う事ができると思うから……。だから、それまで待ってて)

 

 その先の言葉はユフィがいるから言葉にはできない。それでも、マーヤは心の中で誓う。

 

「マーヤさん、シンジュクにこんなにも亡くなられた方がいたのですね……」

「はい。老若男女問わず、多くの人が殺されました。最近までは少しずつ人が戻り始めていたけれども、シンジュクゲットーはもうおしまいです……」

「……」

「ニャァ……」

 

 ユフィは関係ないと分かっているけれども、マーヤの言葉に棘が少し混ざってしまう。

 ユフィに抱きしめられている猫が、悲しげにしている彼女を慰めようとしているかのようにペロペロとユフィの指先を舐める。

 その時、どこかからカシャッ、カシャッとシャッター音が聞こえてきた。

 

「あーあ。やっぱイレヴン相手じゃRGは使ってないか」

「おいこっち、サザーランドのアサルトライフルの跡じゃないか? あっ、ちょっと撮って」

「わかってるよ」

「次、俺な!」

 

 どこかから入ってきた学生と思しきブリタニア人が我が物顔で敷地内に踏み込むと、犠牲者の墓標代わりとなっている小さな石を踏みにじりながら惨状の跡を楽しげに写真に収めていく。

 

「ったく、この石っころ……邪魔だな! ……これで良し」

 

 学生の片割れが、撮影の邪魔になっていた小さな墓標を無造作に蹴りどかす。

 死者の眠りを妨げその尊厳さえも冒涜する少年たちに、マーヤは頭の中が沸騰したように怒りが湧き上がった。

 

「貴方達……、何をしているの! ここは犠牲になった人達が眠っている場所なのよ!」

「ん? 何言ってんだよ。たかが(・・・)イレヴンが勝手にくたばっただけじゃないか?」

「そうだ、そうだ。そんなどうでもいい事よりも、僕らの趣味の方がずっと大事だろ。イレヴンなんて、とっととこの世から消えたほうが世のため人のためってね」

 

 こいつらはなにを言っているの? 

 勝手にくたばっただけ? 陽菜たちは必死に生きていたのに! 

 消えたほうが世のため? 人のため? あの子たちは生きる事も許されないとでもいうの!? 

 

「どうせお前だって、『死んじゃった人たちを慰霊する自分はなんてすばらしいんだろう』って自己陶酔しているだけだろう? キモいんだよ!」

「あ~、やだやだ。こういう勘違いした奴がいるから、いつまでたっても名誉にもなれない役立たずのイレヴンが身の程知らずのまま歯向かってくるんだよ」

 

 許せない……。

 許せない、許せない……。

 許せない、許せない、許せない……。

 ゆるせない、ユルセナイ、許せない……! 

 此処で騒ぎを起こせば、ルルーシュ達に迷惑をかけると理性が必死に警笛を鳴らす。それでも、マーヤの怒りは目の前の少年たちに報復をしろと叫び続ける。

 最後の理性の糸が切れる寸前のマーヤを止めたのは、ユフィの行動であった。ユフィは猫を降ろすとおもむろに少年たちに近づいてそれぞれに平手打ちを浴びせる。

 

「痛ぁっ……! 何するんだよ! って、僕のPrime-GとLX4が……!」

「これ高かったんだぞ、どうしてくれるんだよ! 弁償しろよ!」

「黙りなさい!」

 

 先ほどまでの優しい少女とは思えない気迫に、学生たちがたじろぎ数歩後退る。

 

「これ以上、この方とこの地に眠る方たちを侮辱する事は許しません! 我が名において、命じさせていただきます!」

「はあっ!? あんた何様のつもりだよ!」

「私はブリタニア第3皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアです!」

「えっ……ユフィ?」

「皇女……殿下!!?」

「となるとあっちの女は、まさかSP!? や、やべえ……殺される前に逃げないと!」

「ま、待てよ。俺を置いていくなよ~!」

 

 ユフィが本国のユーフェミア第3皇女である事を知った学生たちは、皇族に対する不敬を行ったことを恐れて一目散に逃げ去っていく。

 これがもしも他の皇族に対して同様の事を行っていたならば、この場で有無を言わさず処刑されていても可笑しくない。少なくとも市民からはそう思われるほど、皇族との間には隔絶した差があるのだ。

 学生たちが逃げ去っていったのを見届けた後、マーヤはユーフェミアに近づいて謝罪する。

 

「ユーフェミア皇女殿下、知らなかった事とはいえ、失礼いたしました」

「マーヤさん……いえ、マーヤ。あなたがこの孤児院の子供たちを喪ったように、私も腹違いの兄クロヴィスを喪いました」

「それは……」

「兄がこの地に多くの犠牲をもたらした事は、マーヤさんが教えてくださいました。それでも……だからこそ、私はこれ以上、皆が大切な人を喪わなくて済むようにしたいのです」

「という事は、ユフィ……ユーフェミア皇女殿下がこのエリア11の新しい総督に?」

「いえ……総督となるのは私の姉、コーネリア第2皇女です。私は副総督としてこのエリア11と関わる事となります」

 

 コーネリア・リ・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国において皇族でありながら自らナイトメアに乗って戦う騎士でもある「ブリタニアの魔女」の二つ名を持つ女傑である。

 マーヤは、ルルーシュがシュナイゼル第2皇子とコーネリア第2皇女が彼の母親が殺された日の秘密を知っているとクロヴィス第3皇子から聞き出したと言っていた事を思い出す。そして、コーネリアはユーフェミアにはとても甘いという事も。

 彼女を利用すれば、ルルーシュ達の計画を達成する一助になるかもしれない。理屈で言えば、彼女を最大限利用してしまうのが良いのだろう。けれども……そんなことはしたくないと思っている自分がいる。

 理屈と感情で板挟みになっているマーヤに、ユーフェミアが尋ねる。

 

「そういえば、マーヤさんにお聞きしなければならない事がありました」

「な、何でしょうか」

 

 まさか、何か感づかれたの? もしも、ゼロとの関りだとしたら、私は……。

 

「マーヤさんは……学校には通っていないのですか?」

「……え? えっと……その、すみません。今日はさぼりました」

「駄目ですよ、私と違ってマーヤは学校に通えるのですから」

「はい……。申し訳ありません」

「ニャァ~」

「ほら、アーサーもサボりは良くないって言っていますよ」

 

 ユーフェミアの正論によるお叱りに、マーヤはバツが悪そうにしながらも緊張が抜けてほっとする。というか、この人はいつの間に野良猫に名前を付けたのだろうか? 

 そういえば、生徒会の事も含めてクラリスさんには言っていない事・言えない事がどんどん増えているなぁ……。




スザクが反逆デビューした事で租界に堂々といるわけにはいかなくなったので、ユーフェミアとの出会いはマーヤとなりました。

草壁が保有しているのは、何者かがギアスを基に開発した劣化版のような物です。
本来のギアスと比較すると、
・素質が低くても安定して発現そのものはする。
・ただし影響力が低く、条件や意志力次第で抵抗される。
・能力ごとに使用する際に必ず何かしらの代償がある。
等と言った差異があります。

○ナイトオブファイブ専用グロースター
・武装
内蔵式対人機銃
対ナイトメア戦闘用大型ランス
アサルトライフル
対艦用6連装ヘビーガトリング×2(コックピット両側面)
スラッシュハーケン×2(胸部)
・備考
本作におけるナイトオブファイブであるヴィクトリア・ベルヴェルグの専用機。
当時としては超重火力のカスタマイズが施されているグロースター。
脚部は大型化し、ランドスピナーもそれぞれの脚に2基ずつ採用されるなど、機体バランスが悪くなっている本機を支えるための措置もとられている。
重武装化による機体重量の増加にもかかわらず、なぜかヴィクトリアが運用する場合に限っては機動性が損なわれるどころか通常のグロースターよりも高い機動力を発揮する謎の現象が発生する。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

嵐の前の騒めき

 トウキョウ租界から離れた地方にあるゲットーの一つ。その近くにある今は枯れて廃棄されたサクラダイト鉱石の鉱山に繋がる山道では、ブリタニア軍とレジスタンスの戦闘が繰り広げられていた。

 

「はぁっ!」

 

 ジェレミアが乗る両肩が赤く塗装された純血派仕様のサザーランドがスタントンファーを振るい、レジスタンスのグラスゴーのコックピットを破壊する。

 整備不良なのかコックピットの脱出機能が作動しなかったグラスゴーが沈黙したのを確認すると、ジェレミアは次のグラスゴーを獲物に定める。

 今相手にしているグラスゴーの数は、先ほど撃破した分も含めて4機。これがレジスタンスがサザーランドに乗っているならば、ジェレミアでも同時に来た場合は多少厳しい戦いになる数だ。しかし機体もパイロットも相手が格下ではジェレミアを止める事はできない。

 

 ──グラスゴーはサザーランドより古い世代のナイトメア。──シンジュクの赤いグラスゴーは単騎で自分と僚機の追撃を耐え凌いで見せた。

 ──数の利を碌に活かせないまま各個撃破される戦略性のなさ。──シンジュクでは、圧倒的物量差を様々な戦略で覆され押し返された。

 ──此方の攻撃に反応すらまともにできない素人。──シンジュクのランスロットのパイロットには機体性能差を差し引いても一矢報いる事もできずに敗北した。

 

 シンジュクでの敗北がジェレミアの脳裏にちらついて苛立ちを募らせる。

 普通ならばそのような精神状態では戦闘どころではないはずだが、そこは武門の名家であるゴットバルト家の軍人にして純血派のリーダーを勤めている男。残る3機のグラスゴーも危なげなく撃破する。

 

『ジェレミア卿、テロリストの拠点の制圧が完了しました』

「ご苦労、そのまま証拠品の押収を進めろ」

『イエス、マイロード!』

 

 テロリストのナイトメアを引き付けている間に突入した他の純血派に追加の指示を出し、ジェレミアはサザーランドのファクトスフィアを展開して索敵を行いながらため息をつく。

 ゼロが表舞台に立って以降、エリア11においてテロリストの活動が活発化している。今回の掃討作戦も、複数のテロ組織が糾合した事で規模が膨れ上がったテロリスト連合がこれ以上大規模化する前に叩くためのものだ。

 これがゼロの知略によるテロリストの集結・大規模組織化なのか、それともゼロが生み出した勢いに乗った偶発的なものなのか。戦闘を行わずにブリタニア軍を手玉に取って特派強奪事件を起こしたゼロならば、テロリストを糾合させる事も可能であると考えられるだけに、それを確かめる意図もある。

 

「頭の痛い話だ。ゼロめ……何としても生きたまま捕らえてアリエス宮の真相を吐かせて見せるぞ!」

 

 頭が痛くなる話と言えば、他にもある。それは先日行われた純血派によるクロヴィス親衛隊の一斉検挙の結末についてだ。

 親衛隊がクロヴィス殿下を守る事ができず、その責任をロイド・アスプルンド伯爵を含めたエリア11の特派に押し付けるという暴挙は、アスプルンド家を始めとした特派に関わる貴族からの強烈な反発を本国で引き起こした。

 この時点でクロヴィス親衛隊は既に詰んでいたが、裁判を無罪に持ち込んだ上で冤罪であったことを親衛隊の者たちが謝罪していれば、本人はともかく彼らの家柄に傷がつかずに済む可能性もあっただろう。

 しかし、ゼロによって特派の者たちが誘拐された事で特派の者たちは行方不明となり、特派に関係する貴族達の怒りが一層激しくなってしまった。

 中にはシュナイゼル殿下に直訴した貴族たちもいたようで、今頃はクロヴィス親衛隊に所属していた貴族の家系は爵位や領地の剥奪も含めた大変な事となっている事が容易に想像できる。

 

「ラ家の方々にとっては不幸な出来事としか言いようがないな」

 

 派閥争い、権力争いは貴族の常とはいえ、ここまで大事になって本国が荒れる事は皇族の権威に傷がつく事になりかねず、好ましくない。

 だからこそ、当初の予定を変更してまで家の無事を願うならば自ら拘束されて降伏し沙汰を待つ事を親衛隊に勧告したが、それを拒否した一部の親衛隊がナイトメアまで無断で持ち出して反旗を翻してきた。そうなってしまったら、最早外部に漏れる前に純血派の手で粛清せざるを得ない。

 キューエル卿は抵抗せず降伏を受け入れた親衛隊も厳しく処罰するべきだと言っている。確かに親衛隊に対して責任ある処罰は必要ではあるが、ここまで大事になってはもはや本国の決定を待たなくてはならない。

 それに、どうにも引っかかる部分があるのだ。

 降伏した彼らは困惑した表情で、「あの時はどういう訳か、彼の言い分が正しいように感じてしまった。なぜあのような言い分を信じてしまったのかが分からない」と特定の親衛隊隊員に唆された事を証言している。

 最初は我が身可愛さの身勝手な言い訳だと考えていた。しかし、調べていく内に親衛隊以外の者たちの中からも似たような証言が相次いでいることが判明したのだ。

 

 ──あいつの言葉は根拠がないのに信じたくなる。

 ──話を聞いていたらいつの間にか奴の言葉を信じていた。

 ──特派をスケープゴートにする計画もあいつの提案だったが、今思えばなぜあんな提案を自分も含めてみんな信じたのかが分からない。

 

 キューエル卿は「おかしいのは貴様らの頭の方だ! そんなにおかしいと言うのなら、自分の頭の中でも調べて貰ったらどうだ!」と怒りを露わにしていたが、一部が本当に頭部の検査を受けた結果……大脳部分に軽度の障害が発生していた痕跡が見られたのだ。

 その結果を受けて急遽関係する者たちに同様の検査を行ったところ、全員に同様の障害の痕跡が発見されたという報告を受け取った時は、キューエル卿も流石に困惑し真顔になっていた。

 そして、問題の親衛隊隊員の亡骸の左目に刻まれていた、羽が欠けた鳥のような赤い紋様。目に刻むタトゥーという物は、少なくとも私は聞いた事が無い。

 あの瞳を見た瞬間に感じた、身体が全力で危険を知らせるような嫌悪感。あれはいったい何だったのだろうか? 

 

「まったく、いつからこの世界は御伽噺のような不可思議な事が起こるようになったのだ」

 

 コーネリア第二皇女殿下が新総督として赴任する日はもう目前に迫っているというのに、ジェレミアの心は晴れない。

 

 

 ────────────────────

 

 

 数日前、ルルーシュはマーヤから偶発的にユーフェミア第3皇女と出会った事を聞かされた。

 本国で学生の身だったユーフェミアが副総督となるのは、新総督となるコーネリア第2皇女の意向でまず間違いないだろう。コーネリアと彼女の親衛隊が率いる部隊によって中東の国が併合されてエリア18となったのは記憶に新しい。

 武人として名を馳せているコーネリアならば、新たに赴任した情勢不安なエリア11に対してどのような行動をとるかを考えると、かなりの確率でエリア11のブリタニア軍を再編してレジスタンスの壊滅に力を入れるであろう事は容易に想像できる。

 加えてブリタニア皇帝は今回、ラウンズの一人であるナイトオブファイブ──ヴィクトリア・ベルヴェルグをエリア11へ派遣する事も決定している。

 ヴィクトリア・ベルヴェルグは数年前に姿を現し、傭兵としてブリタニア側についてから瞬く間に中華連邦軍の都市・要塞を幾つも攻略した手腕を買われてラウンズに任命された異色の経歴を持つ国籍・人種が不明の男だ。

 彼が関わった戦いのほぼ全てにおいて、相手が撤退・降伏も許されずに殲滅されている機械のような冷徹さから「殲滅機兵」の二つ名で恐れられている、

ブリタニアの魔女(コーネリア)」と「殲滅機兵(ヴィクトリア)」。

 二人の相性が未知数だが共に脅威である以上、この二人がエリア11に到着して動き出す前に基盤を固めなければレジスタンスは各個撃破されて反抗の目は潰されてしまうだろう。

 戦略で戦力差を覆すにも限度がある。だからこそ、コーネリア達がエリア11に到着して動き出す前に協力者を増やして集結させる必要がある。

 そのためにルルーシュはスザクと共にまずは関東圏を中心とした様々なレジスタンス組織に接触を図ったのだが……。

 

「クソッ!」

「随分と荒れているな、ルルーシュ」

 

 シンジュクゲットーでの攻防戦以降、ブリタニアとの戦いに備えて新たに用意した隠れ家の一つで、ルルーシュは机に拳を叩きつけて悪態をついていた。

 その様子をC.C.はピザを食べながら眺めている。

 

「交渉のために向かった先で、嫌なものを見る事になっちゃってね……C.C.を連れていかなくて良かったよ」

「接触したレジスタンスの半数近くが、ブリタニア人の排斥を掲げる極端な民族主義にあそこまで染まりきっていたのは想定外だった。良くも悪くも扇グループの反応を基準にしていた様だ」

「誰もがルルーシュみたいに理性や理屈で行動できるわけではないからね。とはいえ、あの時のルルーシュの行動は間違っていないよ。あんな事は許してはいけないから」

 

 スザクは出向いた先のレジスタンス組織で行われていた惨状を思いだし、顔をしかめる。

 ルルーシュ達が目撃したのは、レジスタンスが拉致したブリタニア人市民や名誉ブリタニア人及び、彼らと関係していたゲットーの人たちを拷問・殺害している現場であった。

 ブリタニアに祖国を奪われた以上、恨む気持ちは分かる。しかし、それを免罪符にして無関係な者たちにまで危害を加えるのは話が違う。あれではブリタニア側の弾圧に正当性を与えてしまう。

 だというのに彼らは、

 

 ──我々は奪われた物を取り返しているだけだ! 

 ──我等にはブリタニアへの報復の権利がある! 

 ──ブリタニアに首を垂れるものみな滅ぶべし! 

 

 正体の知れない仮面の男ゼロとしての交渉が難航する事は予想していたが、交渉どころか理性的な話すらできなかったのは、正直予想外であった。

 こんな組織が接触した9つのレジスタンス組織の内4つ。その中でも後半に接触した2つは拉致した者たちの臓器を密売して資金源としている有様だった。

 この2つに関しては最早レジスタンスというのも烏滸がましい犯罪組織と化していたので、その場でルルーシュとスザクが壊滅させが、その際に気が付いた事もある。

 

「スザク……合計4つの過激派と犯罪組織に関してだが、彼らにはある共通点があった」

「共通点?」

「ああ、それぞれの中心的存在だった者たちは、何者かの魔力的な干渉を受けた痕跡があった事だ」

「なんだって!? それじゃあ、彼らは操られていたって言う事?」

「確証はない。だが、それにもう一つの共通点を当てはめると、首謀者と思しき人物が浮かび上がる。それがこいつだ……」

 

 ルルーシュはスザクとC.C.にノートパソコンに表示した画面を見せる。そこに映し出されていたのは、後ろ髪が跳ね上がり顎に髭を生やしている軍人であった。

 

「草壁……徐水? どんな奴なんだ?」

「草壁徐水。日本解放戦線に所属する軍人でのレジスタンスで過激派の中核的存在だ。日本解放戦線が起こした行動の中で凄惨な被害を出しているものは、十中八九この男が関与していると言って良い。彼らは共通してこの数年以内にこの男と接点がある。特に犯罪組織の方は草壁とつい最近もかかわりがあったようだ」

 

 C.C.の質問に、ルルーシュは彼が主導して起こした可能性が高いテロによる、民間人を含めた被害を記した記事の画像を見せながら説明する。

 もしも草壁が魔法的な方法で他人を操ってこのようなテロを引き起こしているのだとしたら、何かしら対策を取らなければ此方が仲間にした者たちが本人の意思に反して寝返ったり獅子身中の虫となりかねない。

 

「日本解放戦線の軍人がこんな事を……藤堂先生は、大丈夫なのかな」

「そこは安心していいだろう。奴らが残した通信データの中に、藤堂が草壁からの協力要請を拒否した事から俺達が潰した犯罪組織に協力を要請する趣旨の内容があった。こんな通信データを残しておくなど、管理が杜撰であるにもほどがある」

「良かった……」

 

 スザクの幼少期における武道の師であった藤堂鏡志朗が外道の思想に堕ちていない事に、スザクは安堵する。

 

「草壁が首謀者と推定される案件の調査と対策は今後も継続する必要があるが、もう一つの問題も重要だ」

「もう一つの問題……あぁ」

「お前も実感していただろう。過激思想に染まっていなかったレジスタンス組織の脆弱さだ」

 

 ルルーシュは草壁のプロフィールをいったん閉じると、今度は扇グループを含めた6つのレジスタンス組織に対する評価をグラフ化した画像を見せる。

 各項目の評価点は扇グループを基準としているが、他の5グループは殆どの項目で扇グループを下回り、特に戦力の項目が著しく低い。

 

「シンジュクゲットーにおいてサザーランドを複数鹵獲した事で扇グループは戦力増強出来た事を抜きにしても、他のレジスタンス組織のナイトメアの保有数はすべて合わせても老朽化したグラスゴーやMR-1が1機ずつ。ナイトメアを保有していないレジスタンスの方が多く、扇グループが紅月カレンという特記戦力の存在を抱えている事もあって戦力差が著しい」

「扇グループの人たち、レジスタンスの中でも結構戦える方だったんだね」

「玉城とかいうやつは弱かったがな」

「ああ、そこは俺にとっても誤算だった。危うく他のレジスタンスにも扇たちと同レベルの働きを求めてブリタニア軍と戦う可能性もあったからな」

 

 例え話になるがコーネリアが大規模な掃討作戦を実行するとして、ターゲットとなったレジスタンスの戦意や意識の低さから来る命令の不実行や敵前逃亡などが、この事実を知らないまま実行されていたら非常に拙い事となっていただろう。

 想定しているトラブルならば事前に対策を行う事もできるが、想定していないトラブルに対しては場当たり的な対応を強要される事になり、作戦の成否に大きな影響も与えかねない。

 

「そうなると、主力になるナイトメアの確保と練度の向上が急務だね」

「そうだ。俺達に必要なのは数だけの烏合の衆ではない。ブリタニアに負けない組織と戦力だ。そのためにも、バラバラに活動しているレジスタンスを纏め上げた上で質の向上も図る必要があったが、そのために思想が致命的に噛み合わない者たちを懐に入れるわけにはいかない」

「問題が山積みだな。戦力になりそうな者たちとは思想が相容れず、協力の余地がある者たちは現状では戦力にならない。戦闘訓練など受けてすらいない一般人だった者たちを軍人と戦えるレベルまで引き上げるのは困難だぞ」

「だが、やり遂げなければならない。そうでなければ俺達の夢は、ナナリーや子供たちが健やかに生きていける優しい世界には届かない」

 

 今後の課題が浮き彫りにするC.C.の言葉に、決意を新たにするルルーシュ。

 そしてルルーシュはC.C.に対して前々から思っていたことを口にした。

 

「それはそれとしてC.C.ピザだけじゃなく野菜もちゃんと食え」

「何を言っている? ピザソースにはトマトが入っているし、トッピングでも野菜も食べているだろう?」

「明らかに野菜の量が不足しているし、チーズの量が過剰なんだよ!? 太るぞ!」

「安心しろ、私は魔女だからな。太らん」

 

 先ほどまでの真面目な会話から一転してC.C.の不摂生な食生活で口論する二人に、スザクは苦笑いを浮かべつつもルルーシュの緊張がこれで少しでも解れるならば良いかなと思うのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 夕日も沈み、星明かりが夜闇を照らすアッシュフォード学園の敷地内にあるクラブハウス。ルルーシュの妹であるナナリー・ランペルージはベッドの中で涙を流していた。ナナリーにとって悲しい出来事が連続して起こり、悲しみをこらえる事が出来なかったのだ。

 一つ目は、敬愛するお兄さまが運営していた孤児院の子供たちが皆亡くなってしまった事。休日にはお兄さまやアッシュフォード家のメイドである篠崎咲世子さんと一緒に遊びに行っていた楽しい思い出の場所。それがシンジュクゲットーで起きた悲劇によって壊れてしまった現実に、悲しみに暮れてばかりだ。

 二つ目は、お兄さまの親友であった枢木スザクさんがテロリストとなってしまった事。7年前、祖国(神聖ブリタニア帝国)が日本に侵略戦争を仕掛けてきたとき、お兄さまは地震のような揺れの後一時期行方不明となっていた。当時、お兄さまを喪ったと思って心の平衡を乱し暴れていた私を、自身が怪我する事も厭わず抱きしめて落ち着かせてくれたのが彼だった。お兄さまが戻ってくるまでの数か月、あの人がいなかったら今の私はなかっただろう。だからこそ、ラジオであれから行方不明だった彼の名前が出てきた時には、予想だにしていなかった事もあってとても驚いてしまった。

 そして三つ目は、スザクと一緒にいたゼロという人物の正体に気が付いてしまった事。理屈ではない。証拠もない。ただの直感でしかない。でも、私にはわかる、わかってしまった。ゼロの正体はルルーシュお兄さまだと。

 優しかったお兄さまがテロリストに身を堕とした理由も容易に想像出来てしまった。お兄さまは私や孤児院の子供たちのような犠牲者をこれ以上出さないために、ゼロという仮面を被って祖国に敵対したのだ。

 

「私の……所為なのでしょうか」

 

 クロヴィスお兄さまを殺したのがゼロならば、ルルーシュお兄さまが殺したという事になる。つまり、半分とはいえ血がつながった家族を殺すという業を背負わせてしまった事になる。

 自分がいなければ、お兄さまもスザクさんもテロリストとならずにすんだのではないか? もしも、たらればの話だが、そんなことを考えてしまう。

 本当は、お兄さまを問いただすべきなのかもしれない。なぜゼロとなったのか、どうしてこんなことをしているのかを。けれども、可能性を確定させてしまう事が怖くて、今までの幸せを壊してしまう事が怖くて、前に進む勇気がない。

 

「ナナリーは……意気地なしです」

 

 お兄さまは未来を変えるために、明日を掴むためにゼロとなった。スザクさんも同じ想いなのだろう。それなのに、私は過去と現在にしがみついてしまっている。

 それではいけないと頭では分かっているのに、お母様を喪ってから臆病になってしまった心が変わる事を拒絶する。

 

「お兄さま、マーヤさん、スザクさん。私は……どうしたら」

 

 心の中の大切な人達に問いかけても、答えは返ってこない。

 ナナリーは、涙を流しながらその夜も眠りにつくのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 過去に流れ着いたロストロギアの暴走によって文明が滅びてしまったある管理外世界。

 荒廃し見捨てられた大地では、次元犯罪組織の構成員と管理局員との戦闘が繰り広げられていた。

 

『なんとしても、生かして返すな!』

 

 一方は全高4~5m程の人型の二足歩行兵器が3機。紫色のボディに頭部後方に伸びた二本の角のようなパーツが特徴だ。両腕にはトンファーが装備されていて、脚部からアーム上に突き出たホイールによって大地を滑るように移動しながら、携行する対人用ライフルを繰り返し発砲している。

 もう一方の管理局員は鮮やかな桃色のロングストレートをポニーテールに括った、手足や腰に騎士を思わせる甲冑をつけた女性だ。

 一見すると女性側が余りにも無謀な戦いのように見えるが、女性は片刃の長剣を手に飛翔し、対人用ライフルの弾丸を時に躱し、時に長剣で弾きながら相手に接近していく様子からはそうは感じさせない。

 

「はぁっ!」

『くぅっ! これならどうだ!』

 

 女性の長剣から繰り出される斬撃が1機の人型兵器の片腕を切り裂き、対人ライフルを取り落とさせる。片腕を破壊された人型兵器は胸部に装備されている2基のワイヤーアンカーを撃ち出して迎撃しようとするが、女性はそれも体を捻って回避するとワイヤーを二本とも斬り飛ばす。

 

「陣風!」

 

 女性が握る長剣から放たれた衝撃波が人型兵器の胸部をひしゃげさせる。破壊されたことで機体の脱出機能が働いたのか、背中のコックピットが射出されるのを確認すると、女性は撃破した機体から飛び退いて対人ライフルの十字砲火を回避する。

 

『くそ! ミッシェルがやられた!』

『だったらこいつでどうだ!』

 

 人型兵器の内1機が、腰部アーマーから取り出した筒状の物体を後方へ下がりながら女性に向けて放り投げる。

 

「っ! パンツァーガイスト!!!」

 

 女性の周囲を薄紫色の光が包んだ瞬間、人型兵器が放り投げた筒状の物体の中央が開いて中から夥しい量の散弾が女性に向かってばらまかれた。数秒にわたって散弾はまき散らされ続け、周辺を蜂の巣にしていく。

 

『生身でケイオス爆雷を喰らえば、如何に魔導師と言えども! ……っなぁ!?』

 

 壁や床が蜂の巣にされたことで舞い上がった粉塵が晴れると、光に包まれて無傷の女性が姿を現す。

 

『う、嘘だろ!? 直撃すればこの機体だってただじゃすまないケイオス爆雷を防ぎきりやがったのか!!?』

「終わりだ、紫電一閃!」

 

 女性を包む光が解け、長剣に炎が宿る。そして2機の人型兵器を一閃。

 たったそれだけで2機の人型兵器は纏めて両断されてコックピットが強制的に射出される。

 射出されたコックピットが他の管理局員によって回収されパイロットも拘束されるのを確認した女性は、破壊した人型兵器を確認して呟く。

 

「知識として知っている物よりもさらに小型かつ軍事用に特化してはいるが、何故こんなところにナイトメアフレームが?」

「シグナム二等空尉。次元犯罪者の拘束が完了しました!」

「ああ、分かった。お前たちはこの質量兵器も回収して先に帰還してくれ。幾つか気になる事があるから、私はこの近辺の調査を継続する」

「了解しました!」

 

 この1、2年の間に、一部の次元犯罪者の間で「ナイトメア」と呼ばれる人型質量兵器が使われ始めている。

 この質量兵器の厄介な点は大別して三つ。

 一つ武装が施された装甲車などよりも高い戦闘力を発揮しながらも、その気になればガレージなどに隠すことができ、中型トレーラーで運搬可能な程隠匿性が高い事。

 もう一つが、脚部につけられているアーム状に突き出たホイールによって、戦場を択ばずに戦えること。

 そして最後の一つが、魔導師のデバイスとしても機能する事。これは魔力と電流を常温で高効率で伝導する特殊な鉱石で作られていることが大きい。

 今回の相手は魔法を使ってこなかったが、他の事件で確認したデータにはナイトメアと魔法を併用して武装局員を殺傷した凶悪犯もいたらしい。

 シグナムは7年前、闇の書に浸食されていた主を救うために共に魔力を収集していた少年、ルルーシュの事を思い出す。

 自分達の主であり家族であるはやてと同年代でありながら非常に聡明な彼は、自分達が管理局に目を付けられにくく・手出しされにくくするために魔力を収集する相手を次元犯罪者や危害を及ぼす魔獣の類に限定する事を提案してくれた。はやてのために罪を犯す事も厭わないほど精神的に追い詰められていた自分達だけでは実行できなかった策だ。

 最初は効率が落ちる事を危惧していたが、襲う獲物を絞る事で結果的に調べる内容をより狭く深くする事ができ、相手が組織であればリスクは増えるが一気に魔力蒐集を行う事もできた。

 更に万が一のために闇の書の今代の主に偽装した仮面の魔導師ゼロとして行動する事で、はやてに責が及ぶのを防ごうともしてくれた。

 そして何よりもルルーシュがいてくれたからこそ、古代ベルカの長い歴史の中で繰り返し改変され続けた事で致命的なバグを抱えた闇の書の闇を解析して切り離し、本来ならばバグと共に消える運命であった管制人格リィンフォースを救う事もできた。

 ルルーシュは今、元気にしているだろうか? 再会を望んでいた妹と出会う事はできただろうか? 

 

「っふぅ、いかんな。これではアインスの事を笑えないぞ」

 

 いつの間にかルルーシュの事ばかり考えていた事を自嘲し、調査を再開する。

 ナイトメアが流通している裏ルートはいまだ不明だが、ルルーシュ達がいる管理外世界が関わっている可能性は高い。問題は、ルルーシュ達がいる管理外世界の座標が分からない事だ。

 ルルーシュが元の世界に帰ったときは、闇の書の闇がルルーシュを取り込んだ際に見せていた記憶を利用した片道の一方的な転送だったため、闇の書の消滅と共にその座標情報も消えてしまった。

 いつかまた会えるとルルーシュは言っていたが、この事件を調査していけばルルーシュがいる管理外世界を見つける事ができるだろうか? 

 

「ルルーシュ、お前が帰った世界で一体何が起こっている?」




※死亡した親衛隊の隊員が保有していた劣化ギアスの能力は、「一定範囲内にいる自分の言葉を聞いた相手に、その内容を信じさせる」というものです。
・射程距離は約50m程度。
・相手が肉声さえ聞いていれば成立する。
・一度の影響力は小さく、時間経過によっても効果は減衰するので定期的に重ね掛けが必要となる。
・この劣化ギアスの影響を受けたものは、僅かながら大脳にダメージを受ける。
・発動時の代償は「心拍数の時間経過に伴う上昇」
・あくまで信じさせるまでなので、「信じはするけれどもそれはそれとして……」という感じで突破されることは普通にあり得る。
なお、シンジュクゲットーの際には現場にいなかった隊員でした。

管理外世界に流出しているサザーランドですが、プレシアが時の庭園に保有していた傀儡兵よりは弱いのでシグナムならば余裕です。(一般武装局員にとって余裕とは言っていない)
幼少期のルルーシュが扮したゼロは、変身魔法で現在の時間軸と同じくらいの背丈に偽装しています。
リィンフォース・アインスは闇の書もとい夜天の書の機能の大半を喪失代わりに生存しました。ツヴァイも原作通り誕生しています。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

サイタマゲットー攻防戦

原作から乖離した独自設定がヤマト同盟に付与されます。


 瓦礫の山となったゲットーを、ランスロットがランドスピナーによる疾走と跳躍による三次元立体機動を駆使して駆けまわる。

 ランスロットのモニターに映る次の相手はブリタニア軍所属のサザーランドが3機。いずれの機体もコックピット側面に5連装ミサイルポッド「ザッテルヴァッフェ」を装備し、その内1機が携行している大型キャノン砲をランスロットの進路上にあるビルに撃ち込んで崩落させランスロットを押し潰そうとする。

 スザクは崩落するビルの瓦礫を掻い潜り時には瓦礫を足場に跳躍し、サザーランドとの距離を一気に詰める。

 

「これ以上、やらせはしない!」

 

 ランスロットの手刀が、1機のサザーランドの腕部を抉り飛ばす。そのまま回転蹴りでもう1機のサザーランドに蹴り飛ばし、残る1機のアサルトライフルのフルオートをブレイズルミナスで弾きながら裏拳でファクトスフィアを破壊する。

 

『スザク、次はポイントN7に誘導したブリタニア軍のナイトメアを頼む!』

「分かった、ゼロ!」

 

 それぞれのサザーランドの脱出装置が機能してコックピットが射出されたのを確認したスザクは、ルルーシュからの指示を受けてゲットーを破壊する他のブリタニア軍ナイトメアフレームを止めるためにその場へと向かう。

 スザクとルルーシュが現在いるのはサイタマゲットー。関東圏ではそれなりに規模が大きいレジスタンス組織であるヤマト同盟が拠点としている地域だ。

 二人は扇グループと共にヤマト同盟と協力関係を結ぶ交渉のためにサイタマゲットーまで来た所、今回の襲撃に巻き込まれたのである。

 

『ゼロ、すまない。俺達が不甲斐ないばかりに……』

「今は悔やむ事よりも、時間を稼ぎ民間人を脱出させる事を優先するんだ! 奴等は抵抗できない民間人を優先して狙ってくるぞ!」

『わ、わかった』

 

 ヤマト同盟のリーダーであるバンダナを頭に巻いてメガネをかけた男、泉がモニター越しにハッとなって慌てて仲間たちに指示を出す

 ヤマト同盟の最大の特徴は、イレヴンとブリタニア人のハーフ或いはクォーター、そしてその親族が構成員を占める比率が他のレジスタンスと比較して際立って高い事だろう。

 エリア11において、イレヴンとブリタニア人の混血児の立場は非常に危うく不安定だ。

 容姿がブリタニア人に近く、ブリタニア側の親に引き取られれば、素性を隠す必要こそあるもののまともな暮らしをすることができる。

 しかし、イレヴンに近い容姿であったり、ブリタニア側の親に引き取られなかった場合、イレヴンとブリタニアのどちらからも拒絶され虐げられる日々を送る事になる可能性が高い。

 ヤマト同盟の母体は、元々はそう言った混血児の生きる権利を守るために組織された団体だった。

 泉本人は日本人だが親戚にブリタニア側の親を戦争で喪ったハーフがおり、双方から迫害されて命を落としたことが切欠で団体の活動に参加した。

 ヤマト同盟の下には全国から身寄りがなく迫害されてきたハーフやクォーターが多く集まり、イレヴンとブリタニア人の双方から向けられる敵意や悪意から身を守るために戦ってきた。その結果、日本解放戦線や過激派組織には劣るものの多くの人員を抱える勢力となったのは皮肉であろうか。

 

『ゼロ。こっちの区画に逃げ込んだ民間人の避難は、ブリタニア軍が把握しきれていない地下鉄網を利用して完了した』

「よし! 今はスザク達がブリタニア軍を引き付けている。その間に扇は杉山と合流し、逃げ遅れがいる区画へ向かえ! この戦いの成否はサイタマゲットーの民間人をどれだけ救えるかにかかっている!」

『了解!』

 

 トウキョウ租界に比較的近いサイタマゲットーを拠点としていながら、今まで大規模な掃討作戦が行われてこなかったのは、幾つか理由があった。

 一つは穏健派に分類されるヤマト同盟よりも危険で過激なレジスタンスが各地に存在した事。軍部が捻出できるリソースには限りがあり、被害が少ないテロ組織よりも危険で過激なテロ組織の掃討にリソースを割きたいとクロヴィス総督時代の軍部は考えていた。

 もう一つは名誉ブリタニア人となれなかったイレヴンの不満の受け皿。クロヴィス総督時代、イレヴンに対する弾圧・迫害は他のエリアのナンバーズと比較しても激しく、当事者であるイレヴンからの不満は大きかった。その不満がテロリストへの協力という形になるわけだが、過激なテロ組織に協力されるくらいならば穏健なテロ組織に協力される方がまだマシだという理由で意図して残されていた。

 しかし、コーネリア・リ・ブリタニア第二皇女のエリア11新総督就任によって状況が一変した。

 コーネリア総督は就任早々、中部最大の「サムライの血」を筆頭とした3つの過激派テロ組織を自らの親衛隊と一部の精鋭のみで瞬く間に壊滅させる事で、自らに課している「命を懸けて戦うからこそ統治する資格がある」という信念を世間に示し、市民からの信頼が失墜しガタついた軍部の再編を速やかに行っていった。

 ならばこのヤマト同盟が拠点とするサイタマゲットーを廃墟とするような苛烈な攻撃もその一環なのか? それは否である。

 コーネリアにとって反ブリタニアのレジスタンスは全てテロリストとして鎮圧するべき相手とはいえ、その中でも優先順位はある。ヤマト同盟よりも優先すべき過激派組織はまだいくつもあり、ヤマト同盟の鎮圧作戦は本来ならばまだ幾分か猶予があるはずであった。場合によっては副総督であり妹のユーフェミアに総督の座を譲る際の功績のために、規模に対して危険度が低いヤマト同盟を残していたともいえる。

 ならばこの状況は何なのか? それは、コーネリア第二皇女に遅れてエリア11に赴任したナイトオブファイブ──ヴィクトリア・ベルヴェルグが独断で主導したものだ。

 ヴィクトリアがサイタマゲットーを狙った事に関して、特に大きな理由はない。比較的近い所にそれなりの規模のレジスタンスが残っている。だから準備運動代わりに殲滅する事にした。それだけだ。

 ヴィクトリアはコーネリアが過激派レジスタンスの鎮圧に向かっている間に、素行に問題があり軍部に拘束されていた軍人──その中でも特に気性が荒い者たちをラウンズの権限で条件付きで釈放させ、独自にサイタマゲットー殲滅のための戦力として出撃したのだ。

 召集されたブリタニア軍人にヴィクトリアから与えられた命令は至ってシンプルだ。

 

 ──サイタマゲットーを更地にし、テロリストと協力者を殲滅せよ。

 

 皇帝直属の騎士からの命令通り、サイタマゲットーを殲滅するためにインフラ機能さえも気にせず嬉々として攻撃を加え虐殺を行っていくブリタニア軍兵士。

 それに対し、ルルーシュは撤退やブリタニア軍の撃退よりもヤマト同盟とサイタマゲットーの民間人を救出する事を優先した。

 自分達が逃げるだけならば、ヤマト同盟を囮にすることで容易く遂行できるだろう。ブリタニア軍の撃破も、サイタマゲットーを壊す覚悟があれば問題ない。

 だが、そんなことをすればイレヴンや主義者といった反ブリタニア感情を持つ者たちからの支持は得る事はできないし、何よりも自分たちが立ち上がった元々の目的に反する。

 

『スザク、井上にエナジーフィラーの替えを用意させた。ポイントN6アンダーで受け取ってくれ』

「分かった」

 

 向かった先のブリタニア軍ナイトメアを撃破したスザクは、指定されたポイント──地表ではなく地下鉄網内部──に向かい、エナジーが心もとなくなっていたランスロットのエナジーフィラーを交換する。

 

「井上さん、ありがとうございます」

『良いのよ、私達も貴方達に助けられているんだから。でも、無茶はダメよ? ゼロにとっても貴方の存在は必要不可欠なんだから』

 

 井上は何かと無理をしがちに見えるスザクに心配の声をかける。

 井上を含めた扇グループが保有する識別のために黒に塗装されたサザーランドは、ロイドを筆頭とした特派メンバーによってランスロットのデータをフィードバックした改造を施されていた。

 格闘戦用のスタントンファーは取り外され、代わりにサザーランド用に出力を調整したブレイズルミナス搭載のシールドと大型のスラッシュハーケンが一つずつ別々の腕部に装備されている。

 これはブリタニア軍に押収された特派のヘッドトレーラーを盗み出す事は出来なかったものの、設計図や必要な資材を彼ら自身が頭の中に記憶していたことが大きい。

 改造に必要なパーツのためにブリタニア軍基地から資材を盗み出して確保する以上に難航したのは、この改造サザーランドの名称だった。ゼロとスザク、扇グループの男性陣及び特派メンバーが一夜掛けて激論を交わした結果、最終的にサザーランド・リベリオンに落ち着いた。

 サイタマゲットーの他の戦場では、カレンとマーヤ──扇グループにはブリタニア人のハーフである百目木と名乗っている──が連携してブリタニア軍のナイトメアに奇襲を仕掛けては離脱を繰り返すヒット&アウェイによる遅滞戦術で戦線をくぎ付けにしている。

 それでもブリタニア軍の攻勢を止めるには至っていないのは、そもそもの物量差とエース級以外の練度の差、何よりもヴィクトリア本人が最もサイタマゲットーを破壊していることが大きかった。

 ルルーシュの魔導師としての感覚が、不可視の膜状の結界がサイタマゲットーを覆うように包み込むのを察知する。それと同時に此方に向かって建造物などを倒壊させながら最短距離で接近するブリタニア軍のナイトメアが1機。

 

「これは……転移阻害用の結界。やはりブリタニアにも魔導師がいたか!」

 

 ルルーシュはサザーランド・リベリオンを走らせながら、ブリタニア側の魔導師を撃退するための策を巡らせ始めるのであった。

 

 ────────────────────

 

 

 ヴィクトリア・ベルヴェルグにとって、サイタマゲットーの殲滅にゼロが介入してくる事態は嬉しい誤算だ。

 エリア11の統治における大きな障害の一つを排除できる機会であるのもそうだが、何よりも7年前の屈辱を返す機会があちらからやってきたのだから。

 専用のグロースターのファクトスフィアとは別に自身のセンサーを稼働させ、魔力を保有する者たちを広域探査で探し出す。もしもあのゼロが7年前の人物と同一人物ならば、これでかなり絞る事ができる。ゼロの方も此方の存在に気が付くだろうが、空間転移を阻害するフィールドはサイタマゲットーに展開済み。魔法による逃走はできない。

 この戦場に於いて、手勢の配下を除けば魔導師となりうる魔力量を保有しているのは3名のみだ。内2名は此方のナイトメア部隊相手に遅滞戦術を行っていてゼロとは魔力パターンが異なる事を確認済み。そちらには数合わせの駒ではなく配下の者を向かわせるとしよう。

 

「キヒ、キヒヒ……! 見ぃつけたぁ!」

 

 グロースターのコックピット側面に装備された2門の6連装対艦ガトリング砲で進路上の建造物を粉々にしながら、最短ルートでゼロがいるポイントへと向かう。

 ゼロも此方に気が付いたのだろう。此方をどこかへと誘導するように反応が移動しているのが分かる。

 

「グレイス隊はこれから送る座標のビルを指定した方向に倒壊させろ!」

『イエス、マイロード!』

 

 近くにいたグレイス隊の者たちに、ゼロの逃走経路上にある廃墟ビルを倒壊させる事で、ゼロの逃走経路を塞ぐ。

 それでもゼロは即座にルートを切り替えて逃走をしながら、私のグロースターの進行経路上にある道路を爆破して地下へと叩き落そうとする。しかしこの肉体のセンサーは道路に爆弾が埋設されていた事をすでに把握済み。爆破に合わせて跳躍し周囲に潜んでいたサザーランド──いつの間にか強奪されていた通常の機体──を蜂の巣にしながらゼロのサザーランドを追いかける。

 すると線路を横切ったゼロのサザーランドの脇を白いナイトメアがすれ違い、私の前に立ちふさがる。

 

「あれは確か、特派が開発していた嚮導兵器ランスロットか……」

 

 ランスロットが二振りのMVSを抜き、赤く染まる。事前に得ていた情報ではシンジュクゲットーで強奪された時にはMVSは装備していなかったはずだが、どうやらそちらも後で奪われたか製造されたかしたようだな。

 

「諸共に殲滅してやろう!」

 

 6連装対艦ガトリング砲の照準をランスロットに向け、掃射を開始する。ランスロットはサザーランドでは困難な三次元立体機動を駆使して破壊の嵐を躱しながら私に接近を試みる。

 如何に第七世代の最新鋭機と言えども、軍艦さえも蜂の巣にしてしまう対艦ガトリング砲の雨を被弾し続ければ耐えられないと考えたのだろう。

 それにしても、この重火力の機体ならば懐に入り込めばどうとでもなると考えたのか? だが、その考えは甘いと言わざるを得ない。

 私は対艦ガトリングの掃射を一旦やめて対ナイトメア用大型ランスを構えたグロースターをあえてランスロットに突っ込ませる。この機体のスペックは、私のIS(インヒューレントスキル)によって通常のグロースターを遥かに凌駕するのだよ! 

 ランスロットのMVSと私のグロースターの大型ランスがぶつかり合う。パワーは……加速しながらの刺突であった分だけ此方が若干有利。……若干程度だと!? 

 

『ランスロットが押されている!? このグロースター、パワーが違う!』

「この新型、私が強化したグロースターと張り合えるというのか!」

 

 互いに驚愕し、互いに同時に行動する。

 私は空いているもうグロースターの片腕でランスロットを殴打しようとし、ランスロットはそれを腰のスラッシュハーケンで弾きながら距離を取る。

 

『普通の機体ならば、さっきので破壊できるはずなのに……。何なんだ、あのグロースターは!?』

「反応が早い! ランスロットの性能頼りという訳ではないという事か」

 

 こうして目の前のランスロットと攻防を交えている間にも、ゼロのサザーランドはどんどん離れていく。目の前のランスロットを撃破しなくては追いかけるのは無理か。

 対艦ガトリング砲とアサルトライフルの斉射に対し、ランスロットはアサルトライフルの弾幕だけブレイズルミナスで弾きながらヴァリスで反撃する。

 一発がグロースターに被弾するが、通常の機体ならばともかくこの私のIS(インヒューレントスキル)によって装甲も強化されたグロースターならば、チャージが短い射撃ならば十分に耐えられる。むしろ武装を破壊される方が面倒だ。

 しかしこのままでは埒が明かない。ならばと大型ランスに魔力を伝搬させてエナジーランス化させようとしたところで、今回の作戦の仮拠点としている陣地から信号弾が打ち上げられた。

 

「なに? 撤退命令だと!? 誰が勝手に!」

 

 その時、仮拠点からの全周波通信を通信機が受信する。

 

『サイタマゲットーを攻撃しているブリタニア軍は、直ちに破壊行為・戦闘行為を停止しなさい! エリア11副総督にして第三皇女、ユーフェミア・リ・ブリタニアの名のもとに命じます! 繰り返します! ──』

 

 それは副総督による停戦命令。

 見ればサイタマゲットーに投入したブリタニア軍のナイトメアが自ら直属の配下を除いて引き揚げ始めている。配下の者たちも下手に攻撃が行えない状況となっている。

 これでゼロ達が此方に攻撃を仕掛けてくるならば自衛のためと言って無理やり戦端を開くことができたが、相手も攻撃を止めて撤退し始めている。

 本来ならばコーネリアが政庁不在の間に手早く平らげる予定であったこの殲滅戦。ゼロ達の遅滞戦術によって予定よりも時刻は超過していたが、お飾りのはずのあの女(ユーフェミア皇女殿下)がこんな行動に出る事は想定外であった。

 総督や副総督に命ぜられない限りは自由に動ける権限があるものの、今回のように命令されてしまっては相手が皇族かつエリアを担当する要職の人間という立場上従わざるを得ない。

 

(この……脳内花畑の日和見主義者がぁ!)

 

 自らのライフワークを邪魔した副総督への憎悪を内心募らせながら、サイタマゲットーから引き上げる事となった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 サイタマゲットーを攻撃していたブリタニア軍が副総督の発した停戦命令を受けて撤退していくのを見て、泉はルルーシュに尋ねる。

 

『ブリタニア軍が……撤退していく?』

「守りながら調べ上げて連絡するのは苦労したが、上手くいったようだな」

『ゼロ、まさか……ユーフェミア副総督とつながりがあるのか!?』

「いや、私はただ善意の市民として『総督たちの許可なくサイタマゲットーがブリタニア軍に攻撃されている』事を副総督宛に送っただけさ。ユーフェミア副総督はブリタニア皇族としては珍しい平和主義者だ。レジスタンスはすべて鎮圧するつもりのコーネリア総督が他の過激派レジスタンスの壊滅のために出陣しているこの状況ならば、サイタマゲットーで起きていることを確認すれば市民への被害を抑えるために何かしら行動を起こすと予想してな。まあ、流石に停戦命令を躊躇せずに発令したのは良い意味で予想外だったが」

『そ、そうか……』

「今回の一件で、ラウンズも総督たちに無断で動くことは簡単にはできなくなるだろう」

 

 ルルーシュは電話でマーヤとユーフェミアが出会った事を知った時、彼女が昔のままであることを見抜いていた。誰にでも優しくて、活発で明るい、恐らくは自分の初恋の相手だったかもしれない少女。

 彼女を利用する事は心を痛めたが、誰かを傷つけるためではなくむしろ傷つけさせないために利用したのだからと、ルルーシュは自分に言い聞かせながらプランの一つとして彼女に情報を送った。

 ユーフェミアが動かなかった場合でも大丈夫なようにプランは複数用意してあったが、可能性は低いが一番厄介な状況──コーネリアが合流して共にサイタマゲットーを制圧するパターンにはならずに一番被害を抑えられるパターンの結果となりホッとしている。

 だがこれで、ヤマト同盟も此方に恩義を感じて協力的になるだろう。ブリタニア軍が撤退している間に、自分達も撤退した方がお互いのために良さそうだ。

 各員にそれぞれの撤退ルートを指示して自身も帰還する途中、スザクから通信が入る。

 

『ゼロ、無事かい?』

「ああ、おかげで此方は無事だ。スザクの方はどうだ?」

『ラウンズとの戦闘で危ういのがいくつもあったけれど、幸い大きな被弾は無くて済んだよ』

「そうか、それは良かった。あの異常なグロースターの相手はサザーランド・リベリオンでは荷が勝ちすぎているからな。お前には負担をかけた」

 

 限られた戦力の中でラウンズを相手できる最適解だったとはいえ、スザク一人に任せる事になったのはルルーシュとしても歯がゆい思いはある。

 ヴィクトリアのグロースターは軍艦さえも単騎で殲滅できる異常な火力を有していながら、機動力は通常のグロースターを凌駕している。しかも今回の戦闘でも明らかになったようにランスロットの武装でも一撃では破壊に至らない堅牢さまで持っているのは、ロイド達の話では投入されているブリタニアの技術力だけでは説明が付かない。

 ヴィクトリアは恐らく魔導師だ。それも先ほどの転移阻害の結界などの事も踏まえると、ゼロが魔導師である事を知っている人物となる。ひょっとして、7年前に俺が彼女たちと共に潰して回った次元犯罪者の誰かかその関係者なのか? 

 レジスタンスの過激派に魔力的な干渉を行っているであろう草壁の存在等も考えると、魔法に対処できるのが自分だけでは明らかに手が足りなくなる。

 

「マーヤとカレン、それとC.C.の三人に魔導師としての教育が必要になるか……。だがデバイスはどうする?」

 

 今回の戦いでは想定よりも民間人の犠牲を抑える事ができたが、今後もこう上手くいくとは楽観できない。

 マーヤたちに魔法に対抗するための教育が必要になった事を痛感しつつも、そのための道具を用意する当てがない。デバイスによる補助なしで魔法を実践レベルで運用するとなると、今度はナイトメアの操縦が覚束無くなるのは容易に想像できる事だ。それに、マーヤとC.C.はともかくカレンが魔法を信じるかという問題もある。

 自分の意思で選んだこととはいえ、大切な者を守るために得た魔法の力で戦争をしている現実に、ルルーシュはため息をつく。

 彼女たちが今の自分を見たら、どう思うだろうかと。

 

 

 ────────────────────

 

 

 サイタマゲットーでのルルーシュ達とヴィクトリアの戦いがユーフェミアの停戦命令で集結した頃、アッシュフォード学園のクラブハウスではナナリーを含めた生徒会女性陣が集まって話をしていた。

 

「──。という訳で、今度の生徒会メンバーの旅行にナナちゃんも一緒にどうかなって思ったの」

 

 ナナリーに積極的に話しているのは、茶色とオレンジ色の中間あたりのロングヘアーの少女。シャーリー・フェネットだ。彼女は生徒会メンバーとして活動しながら水泳部も掛け持ちをしている飛び込みの競泳選手でもある。明るく活発な性格で、足が不自由なナナリーの事もよく気にかけている。

 

「シャーリーさん。お気持ちは嬉しいのですが、私がいては皆さんに迷惑が掛からないでしょうか?」

「良いの良いの♪ ナナリーちゃんだって女の子なんだから、働いているルルーシュの分まで青春を謳歌しなさいな」

「ミレイ会長……」

 

 ブリタニア人の中には、身体が不自由な障害を持つ者に対する偏見や差別の意識を持つものが多い。

 生徒会の人たちは差別意識は持っていないが、足が不自由な自分が旅行に参加する事で生徒会の人達にまで迷惑をかけたりしないか不安に感じるナナリー。そんな彼女に対して、生徒会の会長でありアッシュフォード学園の理事長を務めるルーベン・アッシュフォードの孫娘、ミレイ・アッシュフォードは気にする様子もなく一緒に旅行する事を勧める。

 シャーリーとミレイがここまでナナリーを旅行に誘うのは、彼女がここ最近塞ぎこんでいるのを見て気晴らしになればいいなと言う親切心からだ。

 最近生徒会に所属したカレンは病弱で、マーヤは学園そのものをサボりがちなために参加どころか誘えるかも怪しい状況なのもあって、参加メンバーが多ければ多いほど賑やかで良いというミレイの考えもある。

 

「ご安心を、ナナリー様。ナナリー様が旅行を楽しめるように私がサポートいたします」

「咲世子さん……分かりました」

 

 目が見えないナナリーに視線の高さを合わせて優しく手を握りながらそう答えるのは、アッシュフォード家の使用人として仕えながらナナリーの身の回りの世話もしているイレヴンのメイド、篠崎咲世子。

 ナナリーの手を握る彼女の言葉に嘘偽りや隠し事が無い事を察したナナリーは、ようやく旅行に参加することを決心する。

 

「よ~し♪ それじゃ早速、旅行先のホテルの宿泊予約を取らなきゃね♪ 最高の思い出にするわよ~♪」

「もう、会長ってば調子良いんですから」

「ふ~ん♪ そういうシャーリーはどうなのかな~? あっちの方、進展どうなの?」

「ふぇっ!? ルルとはまだそういう関係じゃ!?」

「あら、ミレイ会長はお兄さまとは一言もおっしゃっていませんよ?」

「それにまだ(・・)とな。ほほ~う♪」

「もう、ミレイ会長!」

 

 シャーリーは恥ずかしさで顔を赤くしながら抗議する。

 シャーリーには好意を寄せている相手がいる。ナナリーの兄であるルルーシュだ。とても頭が良くて妹を養うために起業し、エリア11の医療・福祉関係の分野ではそれなりに知名度がある同年代の少年。起業家としては顔の半分を隠す気障な仮面を被ったジュリアス・キングスレイという偽名で活動しているのは如何なものかと思うが、そのくらい格好つけたほうが相手に舐められ難いかららしい。

 始めはクラブハウスの近くでナナリーが同級生に苛められそうになっていたところを助けてナナリーと知り合いになったのが切欠だった。

 その事を知ったルルーシュが菓子折りを持ってシャーリーに感謝の言葉を伝えに来て、彼の人柄を知って興味が湧いた。

 それから合間を見つけてはナナリーとお話したりしていく内に、ミレイ会長の口車に乗って学園の外部の人間であるルルーシュと接点ができる生徒会にいつの間にか所属していた。

 そうやってルルーシュとも交流を重ねていく内に、いつの間にかシャーリーはルルーシュの事が好きになっていった。

 ルルーシュは色んな人達から好意を向けられている事に鈍感だ。

 例えば最近生徒会に所属したマーヤ・ディゼルさん。彼女もナナリーとよくお話をしているし、顔を出したルルーシュともよく話をして自然なほほえみを向けている。恋のライバル筆頭だろう。

 

「はぁ……もっと素直に言えたら、ルルも気が付いてくれるのかなぁ……」

「ルルーシュだからねぇ……」「お兄さまですし……」

 

 ミレイ会長はともかく実の妹であるナナリーにまでそう言われるのは、ルルーシュの他者からの好意に対する鈍感力が高すぎる気がするの。




ブリタニアの国是的に考えれば、独断行動はともかくとしてヴィクトリアがテロリストの殲滅のためにイレヴンの住むゲットーを更地にするのはそれほど問題ではないんですよね。(白目)
むしろユーフェミアがダダ甘で叱責されるくらいです。でも、無断でテロリストの殲滅のためにサイタマゲットーの住民を皆殺しにしようとする動きを彼女が知ったら止めに走ると考えました。

基本規格が同じであろうグロースターがザッテルヴァッフェを装備できるので、サザーランドもオプション装備として装備できると判断して装備させました。駄目だったらそういう改造を施したという事で。
ルルーシュはナイトメアの操縦技量こそ原作通りレベルBですが、魔法を使いながらでもレベルが低下しません。普通にやばいです。

シャーリーは原作通りルルーシュの事が好きになっているようです。
どうするか悩んでシャーリーの扱いをダイスで振ったら、見事に1/10のクリティカルを引いたんだ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カワグチ湖ホテルジャック事件前編

 アッシュフォード学園の生徒会女性陣が旅行先に選んだカワグチ湖は、エリア11の中でもブリタニア人が旅行先に選ぶスポットとして人気がある。その中でもコンペンションセンターホテルはこの時期、サクラダイト配分会議の開催会場となっていることもあって多くの人たちで賑わっていた。

 

「わあ……綺麗!」

 

 シャーリーは宿泊するホテルの四十五階にある、展望フロアの窓から見える湖の景色に目を輝かせていた。

 

「此処のホテルのビュッフェは絶品だって話だから思い切って奮発したけれども、ディナーが楽しみね」

「わ、私は……知らない人が沢山いるから、少し苦手……かも」

「大丈夫よ、私が付いてあげるから。だからいっぱい楽しみましょう」

 

 人見知りで不安を口にするニーナを安心させようと声をかけるミレイ。

 そんな生徒会女性陣の様子を、ナナリーは目が見えず歩くこともできない身体なりに感じ取って小さく微笑む。

 ナナリーはミレイ会長から一緒に旅行に行かないかと提案された時は、また自分に気を使わせてしまったと感じ、始めは迷惑をかけてしまうからと断ろうとしていた。しかし、自分の日常生活を献身的にサポートしてくれている篠崎咲世子や生徒会メンバーのシャーリーからも熱心に旅行に参加する事を勧められ事もあって参加する事を決めた。

 ホテルに到着するまでの道中、周囲の人たちからの好奇の眼差しや嫌悪・侮蔑の視線を向けられる事は度々あったが、その度に生徒会の人たちや咲世子さんがそういった視線を遮る様にしてくれた事がナナリーは嬉しかった。

 

「ふふ~ん♪ 今夜は皆で夜通し語りあおうぞ。好きな男の子の事とかさ♪」

「僭越ながら、その時はこの篠崎咲世子が一番槍を務めさせていただきます」

「えぇ~! 咲世子さん、好きな人がいるんですか!? 誰です、誰なんです!?」

「それは夜の語り合いの時のお楽しみとさせていただきます」

 

 ミレイの提案にナナリーは考える。

 好きな男の子……か。私が好きな人はルルーシュお兄さま。でもミレイ会長が言っているのは、家族として好きな人という意味ではなくて異性として好意を向けている男の人だ。

 シャーリーさんはお兄さまに恋している。本人は隠しているつもりなのだろうけれども、周囲には丸わかりだ。

 ミレイ会長が好きな男の子も、恐らくはお兄さま。だって、お兄さまが皇族だった頃の許嫁はミレイ会長だったから。

 今回の旅行には参加していないが、マーヤさんも本人が自覚しているかはともかくとしてお兄さまに好意を寄せているはず。

 ニーナさんは……どうなんだろう。彼女は色恋よりも研究の方が好きみたいだし。確か前にどんなことを研究しているのかを尋ねた時、口数が少ないニーナさんが珍しく沢山話してくれた。話の内容は難しくてほとんど分からなかったけれども、たしかウラン235という物質の濃縮とか分裂とか話していたかな? 頭の良いお兄さまならば、きっとどんなことを研究しているのかわかると思うから良い話し相手になれると思う。

 こうして考えてみると、私の周りにはお兄さまが好きだったり相性が良さそうな人が結構多い。

 ……お兄さま。やはり、お兄さまはゼロなのでしょうか? 

 私は臆病者だ。過去のこんなはずじゃなかった悲しい出来事に目を背けて、生きていかなければならない現実(いま)に目を背けて、考えていかなければならない未来(あした)からも目を背け続けている臆病者。

 私が臆病者でなかったならば、お兄さまはゼロにならずに済んだのだろうか? 

 

「ナナちゃん♪ どうしたの?」

「シャーリーさん。いえ……皆さんが楽しんでいる景色を、私も見る事が出来たらよかったなと思ってしまいまして」

「あ~、そっかぁ。それじゃ……写真をたくさん撮ろうか!」

「写真……ですか?」

「うん。写真にすれば、いつかナナちゃんの目が良くなって見えるようになった時に思い出として見返すことができるでしょ♪」

「はい、ありがとうございます」

 

 私が咄嗟についてしまった嘘に対して、シャーリーさんは寧ろ私が頑張れるようなことを提案してくれた。

 私の目が見えないのは、心が外の世界を見る事を拒絶して瞼を開くことができない心因性のものだ。心にできた大きな傷が癒えたならば、ひょっとしたらいつか目を開ける事ができる時が来るのかもしれない。

 

「シャーリー、私やニーナの写真も沢山お願いね♪」

「え、わ、私の事は……そんなに撮らなくても」

「分かりました、会長♪」

「シャーリーちゃん!?」

 

 ニーナさんがミレイ会長やシャーリーさんに弄られているが、本気で嫌がっている訳ではない。どちらかと言うと、嬉しさと恥ずかしさが混ざってあたふたしている感じだ。

 咲世子さんに車椅子を押してもらいながら和気藹々とした雰囲気を楽しんでいると、懐かしいような気がする女性の声が尋ねてきた。

 

「あら? ひょっとして……ニーナさん?」

「ふぇっ……ユ、ユーフェミア様ぁ!?」

「「……えぇぇっ!?」」

 

 ミレイ会長たちが驚いているのも無理はない。何せ相手はブリタニアの皇族でありこのエリア11の副総督、そして……昔はお兄さまを取り合った事もあったユーフェミア・リ・ブリタニアお姉さまだったのだから。

 

「はい、ユーフェミアです。お久しぶりです、ニーナさん。物理学賞の表彰の時以来でしょうか?」

「は、はいぃっ! その通りでございます。覚えていただき光栄です、ユーフェミア様!」

 

 ニーナさんがパニックになりかけているが、ユーフェミアお姉さまへの言葉の節々からは只ならぬ好意を発している。ひょっとして、ニーナさんってユーフェミアお姉さまの事が……。

 

「ニーナさん、こうしてお会いできたのも何かのご縁ですし、お友達を紹介してくださってもよろしいでしょうか?」

「はい!」

 

 ユーフェミアお姉さまからのお願いに、ニーナさんは快諾する。

 正直に言うと拙い事になった。公的には皇族としての私とお兄さまは7年前の戦争で死亡した事になっている。もしもユーフェミアお姉さまに気が付かれてしまったら、私達は生きていた皇族として本国に連れ戻されてしまうかもしれない。

 ミレイ会長もこの事態にはとても焦っているようで、自己紹介の呂律が所々怪しくなっている。

 

「──。それでこちらがナナリーちゃんです。同じ学園の中等部に所属しております」

 

 ミレイ会長とシャーリーさんの紹介が終わり、ニーナさんは私の名前を呼んだ。

 ユーフェミアお姉さまの雰囲気が一瞬変わって、すぐに元のほわほわした雰囲気に戻る。

 

初めまして(・・・・・)。私、ユーフェミアと申します」

「ぁっ……はい。初めまして、ユーフェミア副総督。ナナリーと申します」

 

 ユーフェミアお姉さまは私に近づくと、両手で私の手を握りながら他人の振りをしてくれました。

 ユーフェミアお姉さまに嘘を付かせてしまった事を申し訳なく思う一方で、私のために気を使ってくれた優しさが嬉しくなる。

 

「良いなぁ、ナナリーちゃん。ユーフェミア様に手を握っていただけて……」

 

 ニーナさんが羨ましそうな声で呟いているの、聞こえています。感じる雰囲気がちょっと怖いです。

 

「ユーフェミア副総督は、本日はどのような御用件で此方のホテルに?」

「はい。本日の夜に開かれる、国際サクラダイト配分会議に立ち会う事になっていまして」

「え? でも……見たところ、周りにSPの方とかいらっしゃいませんよね? ひょっとして、私達が分からないだけで沢山見張っていたりとか!?」

「そのぉ……会議まではまだ時間はあるのですが、その間ずっと部屋にこもっているのも窮屈だったので……こっそり抜けだしてきちゃいました」

 

 ……え? 何やっているんですか、ユーフェミアお姉さま(この人)

 

 

 ────────────────────

 

 

 コンベンションセンターホテル直下にあるライフラインのトンネルに物資搬入用のトレーラーが複数台止まるのを、ホテルの従業員が確認する。

 予定通りの時刻に到着したトレーラーからホテルで利用する物資を受け取ろうと従業員が近づいてトレーラーの荷台の扉を開けたその時、荷台の中から伸びた腕によって従業員たちは全員、声を出す間もなく荷台の中に引きずり込まれた。

 荷台の中から僅かに悲鳴のような物が聞こえるが、周囲にはその声を聞き届ける者はいない。数分後、荷台から従業員の作業服を着た者たちが降りてきたが、その容貌は全くの別人だ。

 作業服を着た者達以外もそれぞれのトレーラーから姿を現すが、彼らが着ているのは旧日本軍の軍服──日本解放戦線の構成員が着ているものだ。

 

「中佐。情報通り、この時間帯は物資の受け取りのために警備が手薄です。我等は予定通り、作戦に必要な物資のホテル内への搬入と並行して地下坑道に迎撃用の雷光の設置を開始します」

「うむ、ご苦労。この時のために1年かけて根回しをしてきた甲斐があるというものだ」

 

 構成員が手筈通り各々に割り当てられた作業を進めていく中、最後にトレーラーから出てきた草壁中佐は腰に下げた日本刀の柄を撫でながら、これから行う作戦がもたらす成果を夢想する。

 この作戦を切欠に日本解放戦線が嘗ての勢いを取り戻すと共に憎きブリタニアを叩き潰して日本から追い出す第一歩となる夢を。そして万が一があっても、日本人の意志は死んでいない事を内外に知らしめることができるという予防線もある。

 監視カメラの映像を誰もいない時の映像を流し続けるものに偽装した事で安全になったホテルの非常階段を昇り、草壁たちは各々が持つ武器をいつでも取り出して使用できる準備を進める。

 幾何かの時間は要したものの、地下坑道に雷光の設置も完了し、従業員に扮した構成員の配置もホテル内各所に完了した。

 

(此処は安全だと信じ切っているブリタニアの豚どもにとって、忘れられないパーティーにしてやろうではないか!)

 

 作戦開始の時刻まであと僅か。最後にもう一度装備を確認してから草壁たちは作戦開始の時刻になると同時に扉を蹴破って突入する。

 

「なぁっ!? きさ──」

 

 突然の事態に困惑しつつも武器を構えようとした警備兵を草壁は部下に速やかに射殺させ、このフロアにいる国際サクラダイト配分会議の参加メンバーを人質として確保する。

 

「各員、状況を報告せよ」

『此方、()の三班。六階フロアの制圧及び会議の参加メンバーの確保完了』

『此方、(とら)の二班。十九階フロアの制圧及び旅行客の拘束完了』

『此方、()の四班。三十二階フロアの抵抗を無力化。間もなく制圧完了です』

 

 通信機を通して各員から滞りなく制圧完了の報告が入る事に、草壁は作戦の成功を確信するが──、

 

「中佐、(さる)の二班からの報告がありません!」

()の五班からもです!」

「なにぃ?」

 

 二か所ほど連絡が取れない班が出ている事が判明し、計画に僅かな狂いが生じている事に草壁は顔を歪める。

 

「それぞれの対応区画はどうなっている?」

「はい、(さる)の二班は四十五階の展望エリア、()の五班は四階の宿泊エリアとなっております」

「制圧が完了した近辺の区画の担当の一部をそちらに回せ!」

「了解!」

「ちっ……ブリタニアの豚どもめ、余計な手間を掛けさせおって」

 

 草壁は舌打ちしながら部下に指示を送る。しかし、

 

『此方、(いぬ)の四班。四十五階展望台エリアに到達! 同志が倒れているのを確に……、ぐわぁぁっ!』

『此方、(とり)の一班。至急増援を! あぐぅっ……!!?』

 

 増援として送った同志の通信から聞こえてくる悲鳴が、一筋縄ではいかない相手の存在を浮き彫りにする。

 

「バカな! 事前の情報では我等の障害足りえる警備はいないはずではなかったのか!?」

「い、如何しましょう、中佐!」

「くっ、屋上に繋がる最上階エリアと玄関フロア、それと人質を監禁する中央フロアに戦力を固めろ! それと雷光が布陣する地下坑道にもこの事を伝えておけ!」

「了解!」

 

 最悪の場合に備えて、草壁は人質を中央エリアに纏めた上で戦力を要所に固めておくことにした。人質はブリタニア政庁との取引に必要不可欠な存在だ。人質が奪還されてしまったら、ブリタニア軍は正面ゲートから雪崩れ込んでくるだろう。

 

「糞がっ! 一体、何が起こっているというのだ!」

 

 

 ────────────────────

 

 

『──犯行グループのリーダーは、草壁中佐を名乗る旧日本軍人です。これが犯人から送られてきた映像です。国際サクラダイト配分会議の議長を務めるジェームス議長の姿も見受けられます』

「っ! 草壁、何と馬鹿な事を……!」

 

 テレビに映るTVリポーターの言葉に、日本解放戦線のアジトにいる藤堂は草壁の暴挙に頭を抱え嘆く。

 国際的な資源物資であるサクラダイトの配分量をめぐっての国際会議を狙うのは、インパクトとしては非常に大きいだろう。しかし、それは日本の独立解放にとっては大きな不利益をもたらす悪い方向のインパクトだ。

 

 ──日本はブリタニア以外の者にも銃を向ける野蛮人である。

 ──交渉と妥協を知らない精神論と自爆戦術がお家芸の狂犬。

 ──いっその事、日本人はイレヴンとしてブリタニアに管理してもらった方が良い。

 

 現在、諸外国からは日本人は危険視されている。特にEUではブリタニアに侵略併合された他のエリアのナンバーズと異なり、日本人であるイレヴンに対してだけ「敵性外国人」として資産や人権を剥奪され隔離収容されるなど露骨な差別を受けているのが実情だ。草壁の今回の暴挙はそういった国々からの日本人への弾圧を一層強める理由にされかねないのだ。

 

「藤堂さん、やっぱりあの時に草壁中佐を斬るべきだったんですよ! 草壁中佐は元からブリタニアに対して攻撃的な人でしたけれども、邪法に手を染めてからは見境が無くなっていました。藤堂さんに邪法を掛けようとしたあの時に斬っていればこんな最悪の事態は免れる事は出来ました!」

「朝比奈。気持ちは分かるが、そのような事をすれば日本解放戦線は空中分解を起こして壊滅する危険があったんだぞ。藤堂さんがその事に気が付かないと思っているのか」

 

 草壁は日本解放戦線の中でも反ブリタニアの急先鋒だったが、ここ数年は特に藤堂の目に余るほどの過激な行動を行っていた。それでも、まさかブリタニア人ですらない無関係の者たちも人質にとる様な暴挙を実行するとは藤堂は信じたくなかった。

 草壁によるホテルジャックの報道を藤堂が視聴しているのと同じころ、扇グループのメンバーも同様にテレビから流れる情報を視聴していた。

 扇グループは現在、ルルーシュ達と協力関係を結んだ事で特派のメンバーと共に大型トレーラーに新しい拠点を移している。

 この大型トレーラーはルルーシュが複数の闇ルートを経由・分散して確保した資材を基に製造したもので、扇たちが拠点としてそれまで使用していた廃墟よりも様々な面で優れている。

 一見するとすぐに気づかれてしまいそうだが、「イレヴンがこんな立派なトレーラーを拠点にしている訳がない」というブリタニア側の思い込みもあってバレている様子はない。

 

『はい。此方はカワグチ湖のコンベンションセンターホテル前です。ホテルジャック犯は日本解放戦線を名乗っており、サクラダイト配分会議のメンバーと、居合わせた観光客、及び数人の従業員を人質に取っています』

「はあ?」

「なんだって」

「あ……」

 

 トレーラー内部に備えられているテレビから流れるTVレポーターの言葉に、扇グループの者たちは言葉を失う。

 

「あちゃぁ~。日本解放戦線がやらかしちゃったねぇ~」

「恐らく、コーネリア総督は人質に関係なく彼らを鎮圧するわ」

 

 ロイドやセシルの言うとおり、ブリタニアは人質を使った交渉に応じる事などない。人質ごと鎮圧するのが当たり前で、政治犯の釈放などを要求しても応じるわけがないのだ。

 

「カワグチ湖のコンベンションセンターホテルって、生徒会のみんなが旅行に行っている場所じゃない!?」

「まさか会長たちも人質に……」

 

 遅れて倉庫から戻ってきたカレンとマーヤが、事件の舞台となっているホテルへ宿泊旅行に向かった生徒会メンバーの事を心配する。

 テレビを険しい顔で見ていたスザクが、カレンたちの話を聞いてふと立ち上がる。

 

「スザク、何処に行くの?」

「コンベンションセンターホテルに立てこもっている日本解放戦線を説得しに行ってきます」

「「「えぇ!?」」」

 

 マーヤの問いかけに対するスザクの返答に、周囲は驚いた。スザクの目は据わっていて、感情的に行動している様子が容易に読み取れる。

 

「スザク君、もうブリタニア軍は部隊を展開しているのよ!? いくらランスロットでも無謀よ!」

「お前一人で行ったって、限界はあるだろ? なら、俺もついていくぜ。それならどうにかなるだろ!」

「玉城、話をややこしくするな!」

「けどよぅ、扇。ゼロは俺達に言っていたじゃねえか! 『無関係な民間人を巻き込むな! 撃つ覚悟と撃たれる覚悟。二つの覚悟を決めろ! そして、正義を行え!』ってよ。日本解放戦線(あいつら)、他の国の人間まで巻き込んでいやがるんだぞ!? それを黙ってみていろっていうのかよ!」

「そう言う訳じゃない! あそこに介入するとしたら、ブリタニア軍と日本解放戦線の両方を相手どらなきゃいけなくなるんだ。真正面から突っ込むんじゃ人質を助けられないから、策を練るべきだって言っているんだ! ゼロならばそうする」

「扇さん……すみません。気が急いてました」

「なあ、スザク。俺達は仲間だろ? こういう時は一人で背負い込まないで、俺達の事も頼ってくれよ。まぁ……ゼロと比べたら俺なんか頼りないだろうけれどもさ」

「ありがとうございます。……あ、そうだ! この事をゼロに連絡しないと」

 

 周囲の言葉によって落ち着きを取り戻したスザクは、懐から通信機を取り出してゼロに連絡を取る。

 

『もしもし、私だ』

「ゼロ、スザクだ。至急テレビを確認してくれ。カワグチ湖のコンペンションセンターホテルが日本解放戦線にホテルジャックされている」

『ああ、此方も把握している。草壁め、とんでもない事をしてくれたものだ』

「ゼロ、カレンや百目木が通っている学園の生徒会メンバーもそのホテルに宿泊しているんだ。彼女たちを含めた人質を救出したい。急いでこちらに戻ってそのための策を考えてほしいんだ」

『スザク、策はこの場で伝える。だが、私は急用で──『ごぶぁっ!』──手が離せない。そちらに向かうのは無理そうだ。コンベンションセンターホテルで落ち合おう』

 

 スザクの頼みに対して、他の誰かの叫び声と何かが壁に叩きつけられたような音が聞こえた後にゼロは合流できない事を伝える。

 

「ゼロ!? さっきの音は一体?」

『ああ、たった今話題に挙がっている奴らが襲ってきたのでな。気絶させたところだ』

「……え?」

『要するにだ……そのホテルジャックに、表の顔で活動していた私も巻き込まれた』

「「「……はぁあっ!!?」」」

 

 日本解放戦線が起こしたホテルジャックにゼロも巻き込まれているというまさかの事態に、話を聞いていた皆が開いた口が塞がらなかった。

 このままコーネリア総督が鎮圧のために部隊を突入させれば、ゼロも殺されてしまうだろう。扇たちにとっては最悪の事態だ。

 

「ゼロ……この間のサイタマゲットーでも巻き込まれたことを考えると、真面目にお祓いした方が良いと思うよ」

『……考えておく。それよりも策についてだが、──』

 

 スザクが何処かずれた心配をし、ゼロも深く気にせずに策を伝え始める。扇たちにとってはそんな二人の様子に対して心強さと不安が同居する奇妙な気持ちになっていた。

 

「やっぱり二人とも、どこか天然だよね」

「百目木……貴方も人のこと言えないと思うわよ」

「……え?」

 

 

 ────────────────────

 

 

 日本解放戦線の草壁率いる旧日本軍人たちによってホテルジャックされたコンベンションセンターホテルの非常用階段を、ユーフェミアと生徒会メンバー女性陣が駆けあがっていた。

 ホテルの四五階にある展望フロアに日本解放戦線の構成員が突入してきた時、本来ならば人質となるはずだった一同を救ったのは、アッシュフォード家に雇われているメイドでありナナリーの世話役も務めている篠崎咲世子であった。

 咲世子は服の至る所から苦無を取り出して日本解放戦線の構成員に投擲し、全員を撃退して見せたのだ。金属探知機に反応しなかったのは、強化セラミックス製だかららしい。

 

「皆さん、こちらです!」

 

 咲世子が来ている服は走り難そうなメイド服であるにもかかわらず、一同を先導しながら他の誰よりも速く階段をすいすいと駆け上がり、各階層に繋がる扉から外の様子を確認して安全を確かめている。

 

「はぁ、はぁっ……」

「ごめんなさい、シャーリーさん。私を背負っている所為で……」

「気にしないで、ナナちゃん。これでも私……競泳で鍛えているから、このくらいへっちゃらだよ」

 

 足が不自由で車椅子に座っているために非常用階段を登れないナナリーは、警戒のために階段を行き来する必要がある咲世子の代わりにシャーリーが背中に背負っている。そのため、シャーリーは周囲の人達よりも大粒の汗をかいて疲労している様子だ。

 ナナリーにとって車椅子は兄であるルルーシュが用意してくれた大切な宝物だが、生徒会の皆やユーフェミアの命には代えられないと泣く泣く展望エリアに置いていく事となった。

 他の面々も、程度の違いこそあるが大部分が額に汗を流し息も絶え絶えに階段を登っている。ニーナなど、両手を床につけてハイハイするようにしながら息も絶え絶えに必死に登っている。

 一方、そんな彼らを追って下の階から非常用階段を駆けあがってくる日本解放戦線の構成員は、旧日本軍人だけあって武器を持って走っても殆ど息切れしていない。

 

「見つけたぞ!」

「ひぃっ!」

「させません! はぁっ!」

「鬱陶しいわね! これでもくらいなさい!」

 

 咲世子は非常用階段の手すりを滑るように降りると苦無を投擲し、日本解放戦線の構成員の足──身に着けているプロテクターの継ぎ目を正確に撃ちぬく。

 さらにニーナのために最後尾にいたミレイが、非常用階段の途中に設置されていた消火器を手に取る。そして下の階から駆けあがってくる日本解放戦線の構成員たちに向けて噴射する。

 

「ぐわぁっ!?」

「目がぁっ!」

「ゲホッ、ゴホッ!?」

 

 消火器の粉末が日本解放戦線の構成員たちに掛かり、彼らの視界を奪う。

 

「ついでに、これもぉっ!」

 

 更にミレイは、噴射し終えた消火器を転がすように下へと投げ捨てる。

 それによって、視界を遮られて躱すことができなかった先頭の男に直撃し、体勢を崩したことで後ろの者たちを巻き込んで階段を転げ落ちる。

 

「どんなものよ!」

「流石です、ミレイさん!」

 

 ガッツポーズをとるミレイにユーフェミアは賞賛を送る。戦いを好まず平和を愛する彼女だが、一緒に逃げている生徒会の人たちの身の安全が掛かっているのだ。何より、今回のホテルジャック犯のような無関係の者たちも巻き込む過激な相手に対しては元から容赦するつもりはない位の分別はある。

 

「それにしても、咲世子さんがあんなに強いだなんて知らなかった。先に教えてくださいよ、ミレイ会長」

「いや~、私も知らなくってね。私の祖父──学園の理事長ならば知っているのかもしれないけれどもねぇ……」

「ルーベン理事長からは、ナナリー様に近づく人間は漏れなく排除するよう任を受けております。主人を守れるよう、護身術のイロハは嗜んでおります。……メイドですから」

「ほえぇ……メイドってすごい」

「いや、普通のメイドは咲世子みたいに強くないからね?」

 

 関心するニーナに対してミレイがツッコミを入れる。メイドに求められる水準が咲世子レベルになってしまっては、世の中の大半のメイドが仕事を失う事になってしまう。

 

「そ、そういえば、屋上まであとどのくらいあるの……?」

「えっと……このホテルが六十五階まであって、今は五十階だからあと十五階分だけ駆けあがります」

「そんなぁ……」

 

 日本解放戦線の追手を退けながらまだまだ駆け上がらなければならない現実に、ニーナは心がくじけそうになる。

 

「……ガーッツ!!!」

「ミ、ミレイさん!?」

「出た! ミレイ会長のガッツの魔法」

 

 ミレイのガッツの魔法──やる気を出させるための只の合言葉──を知らないユーフェミアが困惑するが、すぐにシャーリーが説明する。

 

「は~い。このピンチをどうにかするために、皆で頑張りたくなりま~す」

「会長! 私かかった事にします! ナナちゃん、しっかり掴まってね!」

「はい!」

「私も、もう少しだけ頑張る……」

「では、私も頑張ります!」

「ユ、ユーフェミア様!?」

 

 シャーリーがナナリーを背負ったまま力を振り絞って再び階段を登り始める。ニーナもユーフェミアに支えられながら止めていた足を動かし始めた。

 ミレイはそんな彼女たちを、後ろからやって来るであろう日本解放戦線の構成員から守る様に最後尾で階段を登り続けていた。




EUが行っている日本人への差別政策、小説版での公式設定ではあるんですよね……
小説版そのものがアニメと食い違う所が多いって?それはそれ。使えそうな設定を使っております。

コンペンションセンターホテルの階層数は独自設定です。
ユフィが原作よりも活発なお転婆姫になっている気がする。
若き起業家ジュリアス・キングスレイとしてホテル側とビジネスの交渉をしていたルルーシュも巻き込まれる事態に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

カワグチ湖ホテルジャック事件後編/黒の騎士団結成

何回か書き直したりして予定より遅れた。
感想欄にあった内容のおかげで気がつけた部分をも有ったりします。


 カワグチ湖コンベンションセンターホテル四階宿泊エリア。

 通信機越しにスザクに策を一通り伝えたルルーシュは、意識を刈り取った数名の日本解放戦線の構成員を魔法を使って確認する。

 

「やはり……魔力的な干渉を受けているか。草壁め……。よりにもよってナナリーが楽しみにしていた旅行を台無しにするとは…!」

 

 過激派レジスタンスが受けていたものと同じ魔力波長による魔力的な干渉が日本解放戦線の構成員にも施されていることを確認したルルーシュは、草壁中佐こそがレジスタンスに過激思想を植え付けた張本人であると断定する。

 数日前、ナナリーが生徒会メンバーから旅行に誘われて参加する事にしたと聞いたルルーシュは、身体が不自由な事から他人に遠慮しがちなナナリーに楽しい思い出を作ってくれる生徒会メンバーに感謝すると共に、少しずつだが幼い頃の活発さを取り戻してくれる切欠になるかもしれないと胸の内が熱くなる想いだった。

 とはいえ、若い生徒会メンバーとイレヴンである咲世子だけの旅行でトラブルに巻き込まれる可能性──ガラの悪い旅行客からのナンパなど──も考えられたので、ナナリーたちの旅行日に合わせて旅行先であるカワグチ湖への出張も急遽組んで気が付かれないように遠くから見守っていた。

 そのついでという訳ではないが、ルルーシュは神聖ブリタニア帝国を倒すために諸外国の力も借りる必要があると考え、ナナリーの生徒会旅行と同日に行われる国際サクラダイト配分会議に集まる各国要人たちの関係者と接点を持つためという理由もある。特に医療サイバネティクス関連の第一人者であるラクシャータ・チャウラ―が所属するインド軍区の要人と接触する事が出来たのは、表の顔(起業家ジュリアス・キングスレイ)としても裏の顔(ゼロ)としても、そして妹を想う一人の兄としても都合が良かった。

 尤も、途中でナナリーたちがユーフェミアと遭遇した時にはかなり焦ったが、ユーフェミアがナナリーに対して赤の他人の振りをしてくれて本当に助かった。でなければ、ユーフェミアを眠らせて記憶を弄るか、最悪の場合は拉致せざるをえなかったかもしれないのだから

 しかし、今回のホテルジャックによって、ナナリーの楽しい旅行は台無しにされてしまった。結果次第では、今回構築したパイプもあっさり崩壊してしまいかねない。そもそも、ナナリーたちの身に危険が及ぶことなど許してはならない。

 

「だが、これで草壁のいる場所はいつでもわかる様になった。あいつらと合流するまでにナナリーたちを含めた人質の救出準備も済ませておくべきだな。魔力干渉された連中があれだけの事をするんだ。その大本が人質をまともに扱うなど思えない」

 

 ナナリーを助け出すのは前提条件だが、もしも生徒会の人たちが犠牲になってしまったら、ナナリーはとても悲しむことになるだろう。それも出来る限り避けなければならない。

 ルルーシュはホテル内を対象にした広域魔力探査を開始する。これによってこのホテル内にいる魔力反応を保有する者──草壁中佐とその影響を受けている日本解放戦線の軍人たち、そしてナナリーが愛用している車椅子に仕込んであるビーコン用の魔力結晶体の位置を割り出すためだ。

 このビーコンはシンジュクゲットーの一件以降に仕込んだもので、これがあればビーコンを頼りに近くの座標へすぐに転移する事ができる。

 

(ふむ……魔力反応がある者は、一階と屋上付近、それと三十六階に集中しているな。一階と屋上側のは人質の脱走防止用ならば、草壁がいるのは人質も含めて三十六階か。だが、ナナリーの車椅子の反応が四十五階から動いていないのは一体……まさか、ナナリーの身になにか!?)

 

 万が一の可能性を考え、ルルーシュはビーコンを頼りに転移魔法で一気に四十五階へと向かう。

 ルルーシュの目に飛び込んできたのは、既に誰もいなくなっている四十五階展望エリアの非常用階段に通ずる通路の前に放置された車椅子。

 

「これは……間違いない、ナナリーの車椅子だ」

 

 ナナリーの車椅子の状態を確認し、壊れたような跡が全くない事から無理やり引きずりおろされたりはしていない事を確認する。

 

(幾らナナリーが少女とはいえ、人間一人を運ぶのには大きな労力がいる。人質にするにあたって態々車椅子から引きずり下ろす必要は薄い。そして車椅子が放置されていた場所が非常用階段の近くだったという事は、非常階段を利用するのに車椅子を利用できないからやむなく放置したという事。日本解放戦線側ならば掌握したエレベーターを使える事を考慮すれば……)

「ナナリーは生徒会のメンバーと一緒に逃げ回っているという事か」

 

 一般人である生徒会のメンバーに旧日本軍人である日本解放戦線の構成員が後れを取るというのもおかしな話だが、草壁による魔力的な干渉を伴った洗脳の影響で正常な判断が下せない状況ならば、運が良ければあり得るのかもしれない。

 

「あるいは、一緒に誰か気骨のある人物が逃げているのか? もしそうならば、後で礼を言わなくてはな」

 

 まさか、メイドの篠崎咲世子が大活躍していたなど、この時点では知る由もないルルーシュであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「なに? 3号車がゼロに盗まれた? ギブソンは何をやってたんだ!」

 

 カワグチ湖コンベンションセンターホテルジャック事件を取材していた、Hi-TVエリア11トウキョウ租界支局報道局プロデューサーであるディートハルト・リートが、部下の失態に苛立ちを見せる。

 彼は元々、ブリタニア軍がホテルジャック犯の要求を聞かずに突入して鎮圧し、人質も犠牲になるという構図を予想してカメラを回していたが、一向に突入する気配も要求を聞く気配もない膠着状態に退屈を感じていた。

 敵に対して苛烈な事で知られるコーネリア(ブリタニアの魔女)は現場に来ていながら何故か動かず、敵を根こそぎ殲滅するナイトオブファイブヴィクトリア(殲滅機兵)は現場にいない。

 期待を裏切られたディートハルトは、つい先ほどまでカメラマンとしての職務は忠実にこなすが気分が乗らない状態であった。

 

「それが……現れたゼロをカメラに収めようとしたら、急に意識が遠のいて、気が付いたら取られたって」

「はあ? で、その3号車は?」

「軍のど真ん中へ」

「ええっ!?」

 

 職員の返答にディートハルトが困惑している頃、ホテル前に陣取っているブリタニア軍も困惑する事態に陥っていた。

 今回のホテルジャック事件では、参加者名簿にこそ載っていないが国際サクラダイト配分会議にユーフェミア副総督も参加しており、コーネリア総督はホテル正面からの突入を躊躇していた。

 ホテル直下まで伸びるライフラインのトンネルを通ってサザーランドでホテルの基部ブロックを破壊して水没させる事で突入する計画も、日本解放戦線がトンネルに設置したグラスゴーを改造した大型リニアカノンによって第一陣が阻まれ、対抗策が用意できるまでは第二陣を投入できない事態に陥っていた。

 幸い、人質の中にユーフェミアがいる事を日本解放戦線側は把握していないようだが、このまま膠着状態が続けば焦れた日本解放戦線側は見せしめとして人質を殺害しかねない。

 そんな中、ゼロからG1ベースへのオープンチャンネルで此方に向かう旨の連絡が来ていたのだ。

 それから間もなくしてコーネリア達の前にテレビ局から盗み出したのであろう車両を伴い、その車体の上に堂々と姿をさらすゼロの姿。

 

「確認しました。ゼロです。狙撃しますか?」

「その状態で待機せよ。包囲完了後に逮捕する」

 

 いつでも狙撃される状況になり、更にコーネリアのグロースターを含めたブリタニア軍のナイトメアに包囲されてもなお動揺する素振りが一切見られないゼロ。

 コーネリアはそんなゼロに何ともいえない無気味さを感じながらも、グロースターのコックピットから姿を見せてゼロに視線を向ける。

 

「こうして直接会うのは初めてだな、ゼロ。お前は日本解放戦線のメンバーだったのか? それとも協力するつもりか? しかし今はこちらの都合を優先する。義弟クロヴィスの仇、此処で討たせてもらう」

 

 コーネリアはゼロに拳銃を向ける。

 

「そう焦るな。お前が守りたい者を助けてやろうというのだ」

「ん? まさか!」

「死んだクロヴィスと、生きているユーフェミア。コーネリア、お前はどちらを選ぶ?」

「っ!? うっ……」

 

 ゼロに自らの妹であるユーフェミアがホテルにいる事を暗に指摘され、コーネリアはほんの僅かだが動揺を見せる。しかしコーネリアも歴戦の将であり、その動揺もすぐに表面上は抑え込む。

 

「ゼロ、何を言っているのかわからないな」

「ユーフェミアも人質たちも救ってみせると言っているのだよ」

「っく……」

「それでどうする。クロヴィスの仇を討ってユーフェミアを喪うか、この場で仇を討つ機会を見逃してユーフェミアを救うか」

 

 カマを掛けている可能性も考えてとぼけて見せたコーネリアだが、ゼロははっきりとユーフェミアも救って見せると言い切った事でブラフの可能性を排除した。

 ブリタニア全体の事を考えればクロヴィスの仇を討ち、敵の芽を摘む事が正しいのだろう。だが、ユーフェミアを溺愛しているコーネリアにとって、僅かでもユーフェミアを救出できる可能性が高い方法があるならばという考えがよぎる。

 熟考できるならば違う選択肢もあったのだろうが、コーネリアにはその時間は残されていない。それは日本解放戦線が短慮を起こす可能性だけでなく、ヴィクトリアとの今回の事件における取り決めがあるからだ。それは日付を跨いでも事件を解決する目途が立っていない場合、ヴィクトリアが直接ホテルに強行突入して殲滅するという内容だ。

 ヴィクトリアとユーフェミアはエリア11に赴任した当初から不仲であった。思想から行動まで何から何まで相容れない相手と言える。特にヴィクトリアがラウンズ権限で行ったサイタマゲットー殲滅作戦をユーフェミアが中断させた事で、ヴィクトリアはユーフェミアに強い恨みを抱いている。

 もしもヴィクトリアのホテル突入を許してしまえば、奴はユーフェミアを殺害し日本解放戦線にその責を嬉々として押し付けるだろう。

 そんな事態だけは許してはならない。コーネリアはそう判断してナイトメアフレームを引き下がらせ、ゼロが乗る車両を素通りさせる。

 

「全部隊に達する。ゼロを通せ。繰り返す、ゼロを通せ」

 

 兵士が他の部隊にも通達する様子をコーネリアは忌々しく表情を歪め、ゼロの後姿を睨みつける。

 一方の日本解放戦線側も、ブリタニア軍からゼロがやってきたという連絡を受けていたのか、ホテル正面ゲートの封鎖が解除されてゼロの乗る車両を受け入れた。

 

「お前がゼロか。草壁中佐がお呼びだ。ついてこい」

 

 日本解放戦線の構成員に前後を挟まれた状態でゼロはホテル内を案内される。

 

「ふふ……」

「何がおかしい」

 

 草壁中佐がいる三十六階へ向かうエレベータの中で、笑いを堪えているような様子のゼロに構成員は苛立ちを見せる。

 

「いや、余りにも不用心だと思ってな」

「それはどういう……あぐぁあっ!?」

 

 構成員たちの視界が突如として無数の断続的な映像で埋め尽くされる。目を閉じても消える事のない、まるで頭の中に直接画面を映し出されているような情報の洪水に、構成員たちの脳は強烈な頭痛を起こして次々と倒れていく。

 構成員たちが倒れた数秒後、エレベーターは三十六階に到達して扉が開く。その先には、もう一人のゼロがいた。

 

「まったく……人使いが荒い奴だな、お前は」

「何を言っているんだ。お前は俺達の共犯者だろう?」

 

 エレベーターから降りたゼロが自らのヘルメットを外し、C.C.としての顔を見せる。

 ホテルの外から入ってきたゼロは、ルルーシュの指示で変装したC.C.だった。ゼロの正体が不明である事からできた芸当だ。

 

「それで、これからどうするつもりだ?」

「俺とお前で草壁の部屋に突入する。スザクの班はこの階の別エリアに監禁されている人質の救出を、玉城たちの班はホテルを爆破するための爆弾設置を。カレンとマーヤの班には六十三階で救助した生徒会メンバー及びユーフェミアの保護を行ってもらう」

「……ん?」

「気持ちは分かる。俺も遠目にナナリーたちとユーフェミアが遭遇した場面を見ていなかったらば、困惑するところだ。幸い、ユーフェミアはナナリーとは赤の他人の振りをしていてくれているから、ナナリーが皇族として連れていかれる事はないだろう」

「そ、そうか……」

 

 色々と言いたい事があるC.C.だが、無暗に時間をかけてしまうと草壁に気取られる事から聞かないでおく事にする。

 

「では……草壁たちの『SETTOKU』に行こうではないか」

「絶対、世間一般の説得とは違うだろう……」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ホテルジャックを決行した主犯格である草壁と側近たちは、陣取った部屋に入ってきたゼロと緑髪のブリタニア人の女と相対していた。

 

「案内に寄越した者たちはどうした?」

「途中で体調を悪くしたので、休ませているよ。話し合いに居なくてはならない者たちではあるまい?」

「枢木首相の息子は? 貴様と組んでいるのだろう?」

「組織のトップは私だ。彼は私に従っている部下であり仲間だ。よって、この交渉の席にはトップである私がつく」

「ほう、交渉……」

「交渉の席に着く前に聞かせてほしい。お前はこの行動の果てに、何を求めている?」

 

 こちらの主張を聞かせてほしいと言うゼロに対し、草壁はニヤリと笑う。草壁の邪法は相手に自分の瞳を見せて話さなくては発揮されない。その前提条件をあちらから用意してくれたのだから。

 草壁からすれば、ゼロはクロヴィス前総督を殺害して見せた逸材であり何としても味方に引き入れたい存在だ。特派というブリタニア軍所属の技術者を助けた事は気にくわないが、それはこの瞳に宿る邪法で同志にしてしまえば関係なくなるのだから。何だったら、この邪法で同志にしてから目の前の女を殺させるのもいいだろう。

 ゼロを同志とするために、深く息を吸った草壁の左目に、片翼が途中から欠けた赤い鳥の紋様が浮かぶ。

 

「知れたことを。日本人がブリタニアに屈していない、まだ死んでいない事を内外に知らしめるのだ」

「……」

「クロヴィス前総督を殺害した貴様ならばわかるだろう、ゼロ? この作戦は憎きブリタニアを我らが日本から追い出すための狼煙となる。私の同志となれ」

 

 左目に浮かんだ紋様が消え、草壁は再び深く息を吸う。藤堂の時は奴の強い意志力に弾かれたが、クロヴィスを殺害するような行動をとったゼロならば同調する。草壁はそう確信し、返答を待つ。

 

「ふむ……時に草壁徐水。お前が支援している他のレジスタンスの多くは、民間人を拉致・拷問していたようだが、それについてはどう思っている?」

「ふん、奴等は民間人だがブリタニア人や名誉ブリタニア人だ。我ら日本人を不当に支配する者たちと裏切り者だ。当然の報いではないか?」

「そうか……お前が悪意の出所か」

「なにぃ? どういう意味かな、ゼロ?」

 

 邪法が効いていない事と共にゼロに非難されたことに対して、草壁は困惑と苛立ちを含みながら問う。

 

「ゼロ、こいつはギアスを使っているぞ。能力は相手の思想を自分の思想で塗りつぶし汚染するもののようだ。尤も、不完全な粗悪品だがな」

「なっ!!?」

 

 ブリタニア人の女の言葉に、草壁は言葉を失う。ギアスという言葉は知らないが、自らの瞳に宿した邪法の能力を一目で看破した事に対してだ。側近にした者たちも、ブリタニア人の女の言葉に互いに顔を見合わせている。自分の思想が上司によって歪められたものだと言われたら穏やかでいられるわけがないだろう。

 

「なるほど、それで草壁の影響を受けたレジスタンスたちも凶悪化し、特に影響が大きかったグループは臓器密売にまで手を出したわけか。草壁徐水……貴様達のその歪んだ思想と行動が、一体どれほど日本を貶めているか分からないのか!」

 

 途中までは淡々としていたゼロが、強い口調で草壁を非難する。

 

「無関係の民間人を巻き込みその命を奪うこれまでの数々のテロ。そして武器を持たない人々を人質とした今回のホテルジャック。外から見ればブリタニアに勝てないから嫌がらせをしている悪ガキの癇癪そのものだ! ブリタニアよりもなお性質が悪い!」

「訂正しろ、ゼロ! 我等はブリタニアの支配に抵抗するために立ち上がり戦い続けている日本の勇士だ! それをあろう事かブリタニアより下に見るなどという侮辱を許す訳にはいかん!」

 

 腰に差してる日本刀を抜刀した草壁の怒りに呼応するように、側近たちも拳銃をゼロに向ける。草壁への信頼が揺らいでいる彼らも、ゼロの物言いには腹を立てているようだ。

 

「この作戦に従事している者たちの大半から、お前のギアスによる汚染が見られた。大方、ギアスを得る以前は同志など碌にいなかったのではないかな? 仲間からも理解されない主張を振りかざし押し付ける貴様のような男を、愚か者と言うのだ」

「貴様ぁ! これ以上はもはや問答無用! 死ねぇ!」

 

 激昂した草壁が、日本刀でゼロに斬りかかる。側近はゼロの傍にいるブリタニア人の女に向けて発砲。

 

「無駄だ」

 

 短く呟いたゼロの足元に正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がり、草壁の振り下ろしと銃撃を不可視の盾が全て弾く。

 

「なぁっ!?」

「大人しくしてもらおうか」

 

 指をパチンと鳴らすと同時に、草壁たちの頭上に魔法陣が展開され、そこから伸びた鎖で彼らを全員拘束する。

 

「何、だ、これはぁ!? ゼロぉ!」

「相手も自分と似たような切り札を持っているかもしれないと考えなかったそちらの失態だ。尤も、私のこれはお前たちのとは別の技術だがね」

 

 もがく草壁たちに対して、ゼロは侮蔑を孕んだ言葉で返す。

 

「さて、そろそろ仲間たちが人質たちの救出も完了していることだろう。しかし、脱出する前にお前から聞き出さなければならない事がある。そのギアス、誰から貰った?」

「くっ……!」

 

 ゼロからの問いかけに対して言い淀む草壁。彼がこの邪法を手に入れたのは、数年前に部隊から孤立して瀕死となり、気が付いたらこの力を得体のしれない誰かから与えられた事が切欠だからだ。

 

 ──顔を思い出せない。

 ──性別も思いだせない。

 ──声もかなり朧気だ。

 

 すると、草壁の脳内に何者かの声が響く。

 

『草壁徐水……他の実験動物(モルモット)に比べれば保った方だが、お前はもういらん。処分するとしよう』

 

 どことなく聞き覚えがある男の声が脳内に響いた直後、頭が割れるような頭痛に苛まれる。それだけじゃない。邪法が制御できなくなり呼吸もできなくなっている。

 

「あがぁっ……! い、息、がぁ……」

「草壁!?」

「ゼロ、この男……ギアスが暴走している!」

「暴走だと!?」

 

 草壁の邪法(劣化ギアス)には、使っている間は呼吸が遮られるという代償がある。ならば、ギアスが暴走し常に発動している状態に陥ればどうなるか。

 呼吸ができなくなり、遠のいていく意識の中、草壁は何故こんな事になったのかを自問する。

 始めはただ理解者が欲しかった。だからこそ、自分が何を考えているのかを相手に伝え賛同してほしかった。やがて、自分の思想に賛同しない者がいる事に不安を感じるようになり、この力で染め上げていった。

 草壁の意識は、本当の理解者を得る事はできないまま沈んでいった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「くそっ、このタイミングでギアスが暴走だと? こいつにはまだギアスの出所を聞けていないというのに」

 

 呼吸不全で事切れた草壁を魔法の鎖から解放し、ソファーに安置してから愚痴を漏らすルルーシュ。

 

「そんな、草壁中佐が……」

「それよりも、俺達はなんで草壁中佐に共感していたんだ?」

 

 鎖で拘束されたままの側近たちも呆然としながら、先ほどまでとは違って攻撃的な感情が鳴りを潜めている。

 

「なに? ちょっと見せてみろ。……確かに、草壁が施していた呪いが消えている」

「どういう事だ? 精神に干渉し続ける類のギアスは基本的に使い手が死んだ後も条件を完遂するまで効果が継続するはずだ。それに、死んだ草壁の左目の紋様が消えていないのもおかしいぞ」

「……これは推測だが草壁のギアス、いや……劣化ギアスと言っておこう。もしかしたらそれはギアスを基にして模倣したものかもしれん。……ん?」

 

 草壁の保有していた劣化ギアスについて考察するルルーシュだが、ふと目線を草壁の亡骸に合わせると、彼の懐に通信機がある事に気が付く。

 その通信機は電源が入ったままで、何処かと連絡を取り合ったままになっているようだ。

 

「……お前たち、この通信機は何処と繋がっている!」

「ホ、ホテル直下にある地下坑道に設置した雷光のパイロットとの通信用です」

「雷光?」

「ブリタニア軍から鹵獲したグラスゴーを改造した、超電磁式榴散弾重砲の事です! 地下坑道から侵入する事が想定されるブリタニア軍の撃退と……」

「撃退と何だ!」

「もしホテルにブリタニア軍が突入した際には、方向転換して基部ブロックごとホテルを破壊して道連れにするように。雷光のパイロットは古くから草壁中佐を支えていた古参兵です! 恐らく、そのギアスとかやらによる影響はないかと思います」

 

 正気に戻った側近の言葉に、ルルーシュは急いで通信機を取り出して仲間たちと連絡を取る。

 

『こちらS1』

「ゼロだ。人質の救出は済んでいるか?」

『もう全員救出は完了しているよ。予定通り、誘導も済ませてある』

「K1は?」

『こっちも六十三階に避難していた学生たちとユーフェミア副総督を保護したわ』

「T2はどうだ?」

『こっちも設置できているぜ、ゼロ! ボートも確保した! 全員合流済みだ!』

「分かった。私もすぐにそちらへ向かう。草壁中佐は己の行動の無意味さを悟り自害したが、地下坑道に設置された迎撃用機がホテルを破壊しようとし始めている。いつでも脱出できる準備を進めるんだ」

 

 草壁の死に関して嘘を付いたのは、ルルーシュなりの慈悲かもしれない。自分の力に溺れて自滅した最期よりも、自ら命を絶った最期の方がまだ印象はマシなはずだから。

 

「ゼロ! この鎖を解いて私達も連れて行ってくれ! こんなところで死にたくない!」

「私達は草壁中佐に操られていたんだ。私達も被害者なんだ!」

 

 拘束されたままの草壁の側近たちが、命乞いを始める。このままでは遠からず倒壊するホテルに巻き込まれるのだから、無理もない事だろう。

 しかし、草壁中佐の影響を受けていたとはいえ、今まで武器を持たない民間人を犠牲にしてきた者たちの言葉としてはあまりにも都合が良すぎる話だ。

 

「お前たちは此処で朽ちていけ。それがお前たちの償いだ」

「そんな! 人の心はないのか、ゼロ!」

「行くぞ」

 

 当然、ルルーシュは拘束されたままの彼らの叫びを無視し、C.C.と共に部屋を出る。

 

「良いのか?」

「奴等は草壁中佐の下で非道を働いてきたからこその側近だ。そんな奴らを引き入れたりなどすれば、俺達まで奴らと同一視されることになる」

「本音は?」

「……ここで死ぬことが、あいつらにとってはこれ以上苦しまずに済む慈悲だ」

「本当に甘い奴だな、お前は」

 

 ルルーシュはC.C.を連れて魔法でショートカットしながら合流地点へと向かうと、人質全員をボートに乗せてカワグチ湖に避難させ、雷光がホテルの基部ブロックを破壊するよりも前にホテル内に設置させた爆弾の起爆装置を作動させた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 トウキョウ租界の該当モニターの画面が突如乱れ、ゼロの姿が映し出される。

 

『ブリタニア人よ、動じる事はない。ホテルに捕らわれていた人質たちは全員救出した。あなた方の元へとお返ししよう』

 

 ゼロはそう言いながら、カワグチ湖に浮かべられている多数のボートに乗る人質たちの姿を映す。

 コーネリアからすれば、この状況でゼロを捕まえにかかろうものならば、救助された者たちが全員人質に逆戻りの状況だ。しかもこうも大々的に報道されてしまってはゼロ達に責任転嫁する事もできない。

 

『人々よ、我等を恐れ、求めるがいい! 我らの名は……黒の騎士団!』

 

 ゼロと周囲の黒づくめの服で統一された者たちの姿が明るく照らす出される。

 ブリタニアにとって、テロリストが騎士を名乗るというのは屈辱以外の何物でもない。

 

『我々黒の騎士団は、武器を持たない全ての者の味方である。イレヴンだろうとブリタニア人であろうと』

 

 ゼロの演説の中、ボートに一緒になって乗っている生徒会メンバーとユーフェミアはそれぞれ思う。

 シャーリーはナナリーを背負って非常用階段を昇る途中、足を滑らせて落ちそうになった時に何処からか現れて支えてくれたゼロの優しさを。ルルーシュという想い人がいなければ、ひょっとしたらキュンと来てしまっていたかもしれない。

 

『今回の事件の首謀者である日本解放戦線の草壁中佐は、卑劣にもブリタニアの民間人を人質に取った。過去にも多くの民間人をイレヴン、ブリタニア問わず拉致し殺害もしている。故に我々が制裁を下した!』

 

 ニーナは、日本解放戦線の構成員に見つかって襲われそうだった時にゼロが構成員たちを全員気絶させた力強さを。彼のように強くなれれば、敬愛するユーフェミア副総督の役に立てるのではないかと。

 

『クロヴィス前総督も同じだ。己の私利私欲と自己保身のために武器を持たぬイレヴンの虐殺を命じた。このような残虐行為を見過ごすわけにはいかない。故に制裁を加えたのだ』

 

 ミレイは、我が身を顧みずに自分達や人質を救出しナナリーやユーフェミア副総督も解放した彼らの高潔さを。同時に、ルルーシュがこの声明を聞いていたら、彼らに協力してしまうのではないかという危うさも感じる。

 

『私は戦いを否定はしない。しかし、強いものが弱い者を一方的に嬲り殺すことは断じて許さない。撃って良いのは──撃たれる覚悟のある奴だけだ!』

 

 篠崎咲世子は、枢木ゲンブの一人息子である枢木スザクが従うゼロという男に興味を。ひょっとしたら、ゼロならばナナリー様やルルーシュ様の事も守ってくれるかもしれないという期待もある。

 

『我々は、力ある者が力無き者を襲う時、再び現れるだろう。たとえその敵が、どれほど強大であったとしても』

 

 ユーフェミアは、腹違いの兄であるクロヴィス前総督を殺して多くの人達を救ったゼロに対する複雑な感情を。姉であるコーネリア総督に対する最大のカードとなりうる自分を容易く手放してまで、人々を救う事を優先したゼロは何者なのだろうか? 

 

『力ある者よ、我を恐れよ! 力無き者よ、我を求めよ! 世界の歪みは──我々、黒の騎士団が裁く!』

 

 そして、ナナリーは……。

 

(ゼロ……貴方はやはり、お兄さまなのでしょうか?)

 

 ゼロの正体に対し、ルルーシュお兄さまではないかという疑念を強めていた。

 ゼロがクロヴィスお兄さまのようにユーフェミアお姉さまを殺害しようとしなかった事に安堵する一方、彼の行動一つ一つが所々でルルーシュお兄さまと重なるのだ。

 確証はない。物証だってない。それでも、今回の声明を直接聞いた事によってラジオ越しに聞いていたあの時よりも疑念は強まっていた。




描写は省略されましたが今回のブリタニア軍によるライフライン突入作戦第二陣には、ジェレミア達純血派が志願しておりました。
ジェレミアが考えていた突破方法としては、
・攻撃担当の1機と複数機の防御担当でチームを組む
・防御担当は、ランスロットの攻撃に耐える事を想定して試作されたシールド(ただしやたらデカいために実用化には至らなかった)をそれぞれ保持して攻撃担当を庇いながら突入
・雷光の攻撃を耐え凌ぎながら接近し、有効射程に入り次第攻撃担当の攻撃で撃破する。
・防御担当は勿論私が行く
でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間-黒の騎士団の食卓-

今回は普段より大分短めの小話


草壁中佐が引き起こしたホテルジャック事件を解決し、鮮烈なデビューを果たした黒の騎士団。ゼロと黒の騎士団は法で裁けない様々な悪――民間人を巻き込むテロや横暴な軍隊、更に汚職政治家と結託する営利主義企業や犯罪組織等々――を断罪し、その罪を白日の下にさらけ出していった。

さらにブリタニア軍が張った罠を時に掻い潜り、時に堂々と突破し、時に利用していくゼロと黒の騎士団の活躍は、日本人からの支持を集めていく。

 

「っぷはぁ!いい事をした後の一杯は格別だぜ!」

 

その日も黒の騎士団として汚職政治家の不正の証拠を白日の下に晒し、アジトである大型トレーラー内で祝杯を挙げていた玉城。

 

「悪をくじき、弱きを助ける!それが俺達、黒の騎士団よ!」

「調子に乗り過ぎ」

「酒も美味けりゃ料理も美味いってな!それにしてもゼロの奴、こんな料理を何処から仕入れてきているんだ?」

 

玉城はカレンの小言をスルーしながら、ネギチャーシューを酒の肴にし、ふと疑問に思う。薄くスライスされたチャーシューはしっとりとしており、細切りのネギはラー油によってピリリとほんのり辛い事で味を引き締めてくれている。醤油ベースの味付けはしっかりとしていながらくどくなく、いくらでも食べれてしまいそうだ。

 

「確かにゼロが持ち込んでくる料理、いつも本当に美味いよなぁ。どんな伝手があれば買えるんだ?」

「この間のおにぎりも具材がシンプルだったけれども美味しかったしな」

「セシルの奴が準備したブルーベリー味おにぎりは忘れてないぞ?」

「それは玉城が食い意地張ってたからだろ」

「スザクか百目木辺りなら、何か知っているかもしれないわね」

 

ゼロが用意する料理(偶に混ざるセシルの料理)について話が弾む黒の騎士団メンバー。なお、セシルの料理の主な被害者は玉城とロイドである。

 

「待たせたな。軽食だけでは物足りないだろうから、追加も用意してきたぞ」

「ゼロ、丁度良かった。聞きたい……事、が……」

 

キッチンから出てきたゼロに料理の真相を訪ねようとした扇だが、ゼロの装いに言葉を失った。

基本は普段のスーツとヘルメット。これはいつも通りなので気にしない。いや、素顔とか気になりはするが問題はそこではない。問題はゼロがスーツの上からフリフリにエプロンを身に着け、キッチンミトンで取っ手を掴んだ大きな中華鍋一杯の炒飯を運んで来ていたのだ。

エプロンの上側は花柄、下側は和柄模様で、上下別々の生地をクマさんのアップリケで繋いだ様な装飾が施されている。一方のキッチンミトンはシルバーのチェック柄だ。どちらも新品という雰囲気はなく、補修した後が跡から見て随分と大事に使い込まれているようだ。

 

「どうした、扇?」

「あ、いや……それは?」

「昨晩仕込んでおいたネギチャーシューだけでは足りないと判断してな。今日の主食として炒飯も今しがた用意したところだ」

「あ、ありがとう」

 

後ろからゼロについて来ていたマーヤがテーブルに中敷きを敷き、ゼロがその上に中華鍋を置く。

 

「(おい、何だよ!あのエプロン。明らかに似合ってねえよ!)」

「(それより、ひょっとして……今までの料理もゼロが作ってたのか!?)」

「(しかも作り慣れている風だったぞ!?)」

 

玉城を筆頭にひそひそと話す元扇グループのメンバーを余所に、ゼロはお玉でお皿に炒飯を盛りつけ始める。

 

「設備の問題で本格的な中華の火力は出せないのでな。パラパラした炒飯ではなくしっとりした炒飯だがそこはどうか許してほしい」

「「「(問題はそこじゃねぇよ!?)」」」

 

ゼロの謝罪(?)に対して玉城たちの心の声が一致する。

そして各メンバーの前に並べられた、炒飯が盛りつけられたお皿。炒飯からは醤油の香ばしい香りが漂い、食欲をそそる。

 

「(玉城、さっきまでネギチャーシュー美味いって言ってただろ?まずはお前が食ってみろよ)」

「(俺を実験台にするなよ!?そう言う吉田こそ早く食ってみろよ)」

「(ちょっと!早く食べないと怪しまれるわよ!?)」

「どうした?早く食わないのか?……ああ、私としたことが、炒飯に紅生姜を添えていなかったな」

「「「(だから問題はそこじゃない!?)」」」

 

互いに一番槍を押し付け合う玉城たちの様子を勘違いしたゼロが、盛りつけた炒飯の山頂に紅生姜を添える。

 

「ふぅ……。遅れてごめん、みんな」

 

ランスロットの調整のために他のメンバーよりも車内に戻るのが遅れていたスザクが戻ってきた。

 

「スザク、ちゃんと手洗い、うがいはしてきたか?」

「ちゃんとしてきたよ。ん? 炒飯か。美味しそうだね」

「ああ、私の手作りだ。ナイトメアの調整をまだ行っている特派にも後で差し入れとして持っていくつもりだ」

「ありがとう。ロイドさんたちも喜ぶよ。じゃ、早速いただきます」

 

スザクはそう言いながら、用意されたお皿にこんもりと盛られた炒飯をレンゲで掬う。

見た目から分かる炒飯の具材は、玉子、細ネギ、人参、グリンピース、ナルト、チャーシューだ。人参とチャーシュー、ナルトは賽の目状に細かく均等にカットされている。

 

「はむっ」

「「「(いったぁ~!)」」」

「むぐむぐ……ごくん。美味しいよ、ゼロ」

「そうか、それは良かった。私も頂くとしよう」

「「「(!!?)」」」

 

スザクの反応で安心した玉城たちを、ゼロの言葉が再び驚かせる。いつも仮面を外さないゼロが、自分たちの目の前で食事をしようとしているのだから。

ゼロもテーブル椅子に座り、炒飯をレンゲで掬う。

 

「(おい、ゼロがチャーハンを食べるぞ……)」

「(これでゼロの素顔が見えるんじゃないか……?)」

「(というか、その仮面外さないのかよ!?)」

 

ゼロが炒飯を食べる様子を、扇達は固唾をのんで見守る。

炒飯を掬ったレンゲの先がゼロの仮面の口元に近づく。そして、そのままレンゲは仮面に吸い込まれるように通り抜け、仮面から離れた後には炒飯が消えていた。

そしてゼロから聞こえてくる咀嚼音と飲み込む音。

 

「うむ、上手くできているな」

「「「(……っえ?)」」」

「どうしたの、みんな?早く食べないと冷めちゃうよ?」

「あ、ああ……。それもそうだな」

 

目の前で起きた珍妙な出来事をスザクは気にする様子もなく、他の面々に食べる事を進める事でようやく各々のレンゲが動き始める。

 

「おっ!本当に美味い!」

「ゼロはパラパラした炒飯じゃないと言っていたが、米がべたつかないで口の中で自然と解れる良い具合じゃないか」

「身体を動かした後には、この塩気の具合もたまらないわね!」

 

ゼロのチャーハンのおいしさに舌鼓を打つ黒の騎士団。

しばらく和気藹々と食べる時間が経過していたが、ふと玉城がゼロに対して気になった事を尋ねる。

 

「なあ、ゼロ」

「どうした、玉城」

「その……ゼロが着ているエプロンなんだけれどもよ……」

「あぁ、これか。私の料理の師匠にあたる人が昔、私のために用意してくれたものでな。サイズも逐一手直ししながら使い続けているんだ。これがどうかしたか?」

「あ……いや~、良く使い込まれていて年季の有る感じだったから気になったんだが、そう言う事だったのか~!」

 

当初、生地が継ぎ接ぎでアンバランスなエプロンに関して玉城は茶化そうとしていた。だが、普段の威厳を感じさせる時とは違う穏やかな声色で話してくれた内容から茶化してはいけない思い出の品だと気が付いて咄嗟に話す内容を軌道修正した。

 

「ほう、その相手を随分と慕っているようだな、ゼロ。ピザはないのか?」

「ああ。私にとっては恩人であり、もう一つの家族のような存在だ。彼女がいてくれたからこそ、私はこうして生きていると言っても過言ではない。それとピザは後日、改めて作ってやるから今日は炒飯を食え」

「ふふ、しょうがないな。はむっ。うむ、美味い」

 

ゼロの返答にC.C.は一瞬意外そうな顔をするが、すぐに普段の表情に戻り炒飯を頬張る。

 

「つまり、ゼロにとってのお袋みてーな人の手作りって訳か!どんな人なのか会ってみたいもんだぜ!」

「どんな人なんだろう?」

「私も気になる」

 

玉城の言葉に、スザクとマーヤも興味が惹かれたようだ。

 

「今は会いに行くと迷惑をかけてしまうから無理だが、いつかは会いに行きたいものだ」

「そのためにも、ブリタニアを倒して日本を取り戻さないとね」

「ああ、そうだな。その時には、お前たちの事も紹介してやりたいな」

 

ゼロに関する新たな謎が生まれたが、その日の黒の騎士団は和気藹々とした雰囲気であった。




今週の前半は暑さで筆が進まず、ゼロにどんな料理を作らせるか悩んだこともあって結構迷走して遅れました。
はやて家に居候した主人公の二次創作は料理上手になる法則、あると思います!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

リフレイン/受け継がれる思い

今回はカレンを主軸に置いたお話。
今回は独自設定が一部で溢れております。


 黒の騎士団が表舞台に立ってから二週間。様々な法では裁けない悪を白日の下に晒していく二重生活を送るカレンは自宅であるシュタットフェルト家の屋敷のベッドの上で夢を見ていた。

 それはエリア11がまだ日本だった頃の記憶。その頃はカレン・シュタットフェルトではなく紅月カレンとして兄と母の三人で慎ましく暮らしていた。

 

 ──カレン、今日は調子が良いから妖精さんを見せてあげるね。……それ♪ 

 

 母が手の平から柔らかな光の球体を出してカレンの周りをくるくると回る。

 何かと不器用だった母の調子が良い日にだけ見る事が出来た特技。今思えば、何かの手品だったのだろうが、幼い頃のカレンにとっては母は魔法使いであった。

 光の玉は母と仲良しになった妖精さんで、カレンや兄に優しく語りかけてくれた。あれも、他の誰かに手伝ってもらっていたのだろう。

 

 ──カレン、ナオト。貴方達は私が──。

 

「んっん……ん」

 

 夢の中の母が何か言おうとしたところで、カレンの意識が現実に引き戻される。そして夢から覚めたものの未だに微睡みの中にいるカレンの耳に、廊下で何かが倒れる音が聞こえてきた。

 

「っ……!」

 

 予想は付くが何が起きたのかを確認するために、バスローブを羽織って廊下に出てみると、一人のメイドが倒れた脚立の脇で狼狽している様子が視界に映る。

 夢の中の母と同じ顔の、今は戸籍上の母親でなくなったメイドだ。

 

「あっ、カレン! ……あっ、お嬢様。すみません、起こしてしまって」

「また?」

「すみません、今度は脚立が倒れてしまって」

「早く片付けて。もうすぐ学校に行く時間なんだから」

 

 カレンにとっては視界にも入れたくない相手──この屋敷にはそう言う者たちばかりだが──に対して冷たい言葉で片づけるように言いつける。

 

「お嬢様、最近よく学校に行かれますね。お友達とか……」

「あなたには関係ないでしょ」

 

 メイドに余計な詮索をされて、カレンはイラつきながら部屋に戻る。

 

「消えてよ、もう……」

 

 呟いた言葉の先には、幼少期の自分と今はもういない兄そして顔をシールで隠された女性の写真が飾られていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふわぁ……。流石にきついなぁ、二重生活は」

「ふわぁ……」

 

 アッシュフォード学園の廊下で、カレンとマーヤが揃って眠たげに欠伸をする。

 今日のカレンは授業中に居眠りし、夢の中で叫んだ「黒の騎士団!」というセリフを寝ぼけて実際に叫んでしまっていた。他の生徒達からは揶揄われただけで済んだが、危うかったかもしれない。

 一方のマーヤも寝坊してだいぶ遅くなってから登校したが、まだ眠り足りないようだ。

 

「ふふ。やっぱりあなたも寝不足?」

「まあね、カレンもだいぶ辛そうだけれども、大丈夫?」

「カワグチ湖以来、休みなしだから流石に、ね。でも……皆を守れたって思うとさ」

「ええ、そうだね……」

 

 カワグチ湖のホテルジャック事件以来、生徒会のメンバーはユーフェミア副総督と共にホテル内を逃げ回り日本解放戦線の人質にならなかった勇敢な人達と扱われ、取材しようと連日マスコミが学園前に押し寄せていた。取材対象は当人だけでなく学園関係者全員に及び、マーヤとカレンはその間、巻き込まれないために学園正門からではなく塀を乗り越えて通学する羽目になっていた。途中でユーフェミア副総督がアッシュフォード学園関係者への取材を制限する趣旨の会見を開かなければ、今も学園前にはマスコミが陣取っていただろう。

 向かう先である生徒会室では、今日もミレイ会長が何か催し物を始めているはず。そんな騒がしくも心安らぐ日々を守る事が出来た喜びを2人は噛みしめる。

 なお、今日はにゃんこ大戦争祭りという猫っぽい変な衣装を生徒会メンバーがそれぞれ被ってニャーニャーくつろぐという、よくわからない催し物だった。猫なのにUFOとかドラゴンってなんで? 

 

 

 ────────────────────

 

 

 それから数日後、カレンはその日は生徒会の活動がなかったこともあって学園の授業が終わると早々に屋敷に戻っていた。

 黒の騎士団としての活動までの間、自室でくつろいでいると、下の階から何かが割れる音が聞こえる。

 

「はぁ……また?」

 

 どうせまたあの人だろうと苛立ちながら、カレンは部屋を出て階段を降りていく。

 

「ああ……。どうしましょ、どうしましょう。ぁ……カレンお嬢様」

 

 案の定、かつて母であったメイドが玄関に飾っていた花瓶を倒して割ってしまい狼狽していた。

 問題は、そのタイミングで現在の戸籍上の母であるシュタットフェルト夫人もやってきたことだ。

 

「何をしているの! あなたは! 本当に使えないわね。女を売るしか能がなくて!」

「すみません。奥様、すみません」

 

 棘のある言葉で責めるシュタットフェルト夫人に平謝りするばかりのメイドにカレンは苛ついていると、夫人はその言葉の矛先をカレンにも向ける。

 

「カレンは朝帰りに不登校。ゲットーにも出入りしているようね。どうせ男漁りでもしているんでしょう? お父様が本国にいるのをいいことに。二人揃って血は争えないわね」

 

 厭味ったらしく言ってくるシュタットフェルト夫人に対し、カレンはカチンと来て言い返す。立場もあるが何も言い返せないでいるメイドへの苛立ちも込めて。

 

「父の留守を楽しんでいるのは、あなたの方でしょ? 知っているのよ。外で若い燕を囲っている事は」

「ん……!」

「どうせ、自分がやっているから相手もそうに決まっているって発想なんでしょ?」

「なんですって!」

 

 隠していた事を明らかにされ、逆上する夫人を無視して、カレンはメイドに向き直って指示を出す。

 

「その花瓶、片づけたら同じもの買いに行って来て。どうせ上っ面の見栄えだけで選んだもので、実際には大した値段の物じゃないから」

「か、かしこまりました」

 

 この屋敷にある彫琢品の多くは見栄えばかりの安物だ。かつての母に連れられてこの屋敷に来た当初は本当に価値のある一品が揃っていたが、父がいない事をいい事に継母が若い燕にカネを貢ぐたびに贋作へとすり替えられていき、今では本物などないに等しい。

 かつての男に縋る母と、その男に寄生する様に資産を使い込む継母。カレンにとって、この屋敷は心休まる事などない場所だ。

 後ろで騒ぐ継母の声を無視しながら、カレンは屋敷を出る。

 向かった先はトウキョウ租界。ブリタニアが蹂躙し、日本人から奪った場所だが、屋敷に居続けるよりは心理的にはまだマシだ。

 途中、屋台のホットドッグ屋のイレヴンに寄って集って暴力を振るっているブリタニア人の若者をのして、営業できなくなったお詫び代わりに屋台の料理を買えるだけ買ったカレンは人目が付きにくい裏路地へと向かう。すると、そこには苛立って建物を拳で叩いているマーヤの姿があった。

 

「そんなに苛立っているの初めて見た。珍しいね」

「カレン!? どうしてこんなところに?」

「こんなところだから。此処なら人目につかないでしょ。……あむっ」

 

 カレンはそう言いながら、先ほど購入したホットドッグを一つ食べる。味付けそのものはシンプルだがブリタニア人の経営するチェーン店ほど粗雑な味ではない、値段の割にそれなりに美味しいホットドッグだ。

 

「ホットドッグ。そんなに大量に……」

「最近、苛立つことが多くてさ。ヤケ食いでストレス発散」

 

 そう言いながらカレンは続けて二個目に手を伸ばし頬張る。飽きがこない、良いホットドッグだと思う。

 

「苛立つことって?」

「……。あなたになら話して良いかな」

 

 都合三個目のホットドッグを飲み込んだところで、カレンはマーヤに語り始める。

 

「この間、私もハーフだって話したでしょ。でも、望まれて生まれてきたわけじゃない。私はシュタットフェルト家の当主である父が、日本人のメイドにお手付きして生まれた子供なの。でも、跡取りのいなかったシュタットフェルト家は、私をブリタニア人として屋敷に住まわせている。血のつながらないブリタニア人の母親と、血の繋がったメイドと一緒にね」

 

 簡潔に説明したところで、カレンはマーヤにもホットドッグを一つ手渡してから四個目に手を付ける。

 

「あむっ。……。それなのに、どうして黒の騎士団に? ブリタニア人として生きたほうが楽でしょう?」

「お兄ちゃんがいたの。日本を取り戻すために戦ってた。私は、兄の遺志を引き継ぎたい。だから、日本のために戦うって決めたんだ」

「そうだったの……」

 

 そう言えば、マーヤやゼロ、スザク達には兄であるナオトの事は話していなかったなと思いながら、今度はナゲットを齧る。これも屋台で買った料理にしては中々に美味しい。少し冷めても不味くならないのが特に良い。

 

「で、あなたは? あなたにもあるんでしょう? ブリタニア人として生きられない理由」

「私の両親は、ブリタニア侵攻前に結婚して私を産んだ。でも、7年前の戦争で殺された」

「ブリタニア人のお母さんも?」

「ええ。その時の事はショックが原因らしくて全然覚えていない。でも、確かに両親ともブリタニア人によって殺され、私は独りぼっちになった。それからどうやって暮らしていたのかは覚えていない」

「記憶、ないんだ」

「ええ。今も思いだすことはできない」

「よっぽどつらい目に遭ったんだね」

「そうかもね。でも、数年前に私を引き取ってくれた人がいたんだ。それが今の養母のクラリスさん。両親の後輩だったらしい」

 

 マーヤは過去の途切れ途切れになっている記憶を思い出しながら、カレンに自らの過去を話す。ついでにカレンのナゲットを一つ貰う。

 

「ぁ……。黒の騎士団に入ったってことは、そのクラリスさんの事が嫌いなの?」

「いいえ。すごくよくしてくれる。でも、それが私には苦しいの。私には、日本人への記憶がある。両親を殺したブリタニアへの恨みもある。でも、ブリタニア人を嫌いになり切れない自分もいるの。だから苦しい」

 

 マーヤは胸に手をやって心が苦しい事を示す。断じて食べ過ぎによるものではない。

 

「その気持ち、わかるよ」

「カレン……」

「お互い複雑なんだ。ふふ……」

「ええ。複雑すぎて笑えてくる。ふふ……」

「この感覚は、私達にしかわからないのかも」

「かもね……」

 

 互いに共感を覚えながら、小さく笑いあう二人。すると、カレンの通信機にが鳴りだした。

 

「あれ、扇さんからだ……はい」

『カレンか。例のリフレインの出所が分かった。アジトに集まってくれ』

「リフレインの? 分かった。すぐに向かう」

 

 リフレイン。それはゼロが黒の騎士団の次のターゲットとして撲滅しようとしている麻薬の名である。この麻薬の特徴は、摂取する事で過去の幸福な頃に戻ったような幻覚や幻聴と共に強烈な多幸感に包まれる事である。

 ブリタニアに敗北し国としての名と誇りを奪われた日本人を狙い撃ちにした様なこの麻薬は、常用すると後遺症も残る悪辣なもので、神聖ブリタニア帝国に占領された日本を麻薬漬けにして生産力を喪失させる事をもくろんだ中華連邦が出所ではないかと噂されている。

 

「リフレイン。次のターゲットね」

「ええ。急ぎましょう」

「ええ!」

 

 最後のナゲットを2人でそれぞれ頬張り、黒の騎士団のアジトへと向かうのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 深夜。トウキョウ租界にあるコンテナふ頭の倉庫を拠点としたリフレインの密売所に踏み込んだ黒の騎士団。今回投入されているKMFはカレンとマーヤが乗るサザーランド・リベリオン二機のみだ。ランスロットはそのボディとフォルムから目立ちすぎる事と、スザクには白兵戦で売人たちを制圧してもらうために今回は持ってきていない。

 魔法でステルス状態に移行したゼロからの合図で、黒の騎士団が突入し、リフレインの売人たちを制圧していく。

 

「黒の騎士団のナイトメア!?」

「そんな!」

「冗談じゃないぞ!」

 

 内部の制圧を担当するカレンのサザーランド・リベリオンが先頭に立つことで安全に売人たちを制圧していく。

 

「やっぱナイトメアはすごい! 1機あるだけで圧倒的」

『奥のシャッターが閉まる? 何かあるのか?』

『カレン! 奥のシャッターを破って突入してくれ!』

 

 杉山の疑問に対し、扇がカレンに指示を出す。

 

「任せて!」

 

 サザーランド・リベリオンのパワーでシャッターを突き破ると、その先には幾人もの日本人が夢遊病患者のように彷徨っていた。

 

『日本! 日本!』

『はい、来月結婚するんです!』

『栄転だぞ! 今度はパリ支店だって』

 

 それはブリタニアによって無惨に壊された、過去の幸福だったころの記憶を再現するように話す者たちの姿。十中八九、リフレインの中毒者達だろう。

 

「これが、リフレイン……」

 

『決まったんだよ! 留学! やるぞー、俺は!』

 

 カレンのモニターに映る画面には、昼に助けたホットドッグ屋のイレヴンの姿もあった。その彼が、唐突に倒れて身体が痙攣し始める。そして、彼の身体か粒子状の淡い光が漏れ出たと思ったら、倉庫のさらに奥へと飛んで行ってしまった。

 

「な、なに……さっきの」

 

 困惑するカレンだが、続いて近くから聞こえてきた聞き慣れた声に思わず目を向ける。

 

『ほらほら、走ったら危ないわよ』

「あ……。お母さん?」

『こらナオト! ちゃんとカレンの事、見ててあげなきゃ駄目でしょ』

 

 そこにはかつて母であった人の姿があった。

 

「あなたって女は、どれだけ弱いの。ブリタニアに縋って、男に縋って。今度は薬! お兄ちゃんは、もういないんだよ! これ以上!」

 

 母に対する怒りを言葉としてぶちまけたカレンのサザーランド・リベリオンに衝撃が走る。衝撃が走った左側を見ると、どこかに隠れ潜んでいたのかナイトポリスが銃を構えてカレンの機体に銃撃していた。

 幸い、サザーランドの装甲の厚さとナイトポリスが携行する武装の火力に低さが幸いしてダメージは軽微だが、注意力が散漫になっていた様だ。

 

「ああっ! えっ、ナイトポリス?」

『あれ警察のだろ?』

『警察とグルってことか?』

『そんな! 俺が調べた時は確かにいなかったはずなのに……』

 

 待ち伏せされていた事に戸惑いを隠せない扇たち。すると、そこの奥から淡い粒子状の光を幾重にも周囲に漂わせているフード姿の物が宙に浮いて姿を現した。

 

『おい、あいつ……浮いているぞ!』

『しかもあの周りの光っているのは何だよ!?』

『黒の騎士団め。いつかはここに来るだろうとは思っていたが、予想よりもはるかに早いではないか。ゼロ、七年前の恨みを晴らさせてもらうぞ! まずは貴様らからだ!』

 

 どうやら、フード姿の男は過去にゼロと因縁があるらしい。

 困惑する扇たちに対してフード姿の男はそういうと、円形の中で正方形が回転する形の魔法陣のような物を空中に生み出し、周囲に漂わせている粒子状の光を球体状にして扇たちに向けて幾つも撃ち出す。

 

『させるか!』

 

 それに対して、ゼロは扇たちの前に出て周囲に正三角形に剣十字の紋章が空中に複数出現し、それらをすべて弾く。

 

『カレン、ナイトポリスは任せるぞ! この男は……私が相手をする! スザクは扇たちを連れて逃げた売人を追え!』

『分かった!』

 

 ゼロの指示に従い倉庫の奥へと向かうスザクたちに照準を向けたナイトポリスの銃撃を、カレンはサザーランド・リベリオンのブレイズルミナスで防ぎながら咄嗟に母親を右手に抱える。

 

『ふん。麻薬の売人など後でいくらでも替えが利く。それよりも……ゼロ、貴様をここで始末すればあの方もお喜びであろう』

『ならば、貴様を捕らえて主が誰なのかを吐かせるとしよう。それに、次元犯罪者の魔導師をこの世界で野放しにしておくわけにはいかないからな』

 

 ゼロは通信で外を見張っていたマーヤに連絡を取りながら、どうやってなのか分からないが空中を飛行しフード姿の男に肉薄し始めた。

 それに対してカレンは右手に母親を抱えながら、倉庫内をナイトポリスから逃げる様に機体を走らせる。

 性能的にはグラスゴーの改修機であるナイトポリスに対して、後継機であるサザーランドの改修機であるサザーランド・リベリオンの方が様々な面で凌駕している。

 しかし、武装がある右手に人を抱え、左手のブレイズルミナスで庇う状態では、胸部の対人機銃でしか反撃する事はできず、ナイトポリスには有効打とならない。

 

「うっ……邪魔だ!」

 

 カレンは邪魔になっている母親を放り捨てようとするが、身体がそれを拒絶して捨てる事ができない。

 

「どうして……いらないのに……。いらないのに!」

 

 失望した母親を何故助ける様に抱えてしまったのか。その理由もわからないまま、カレンは叫ぶ。

 その時、追跡してきたナイトポリスの銃撃によって運悪くサザーランド・リベリオンのランドスピナーが片方破損してしまったらしく、バランスを崩してしまう。

 カレンは思わず、右手に抱える母親を庇うように倒れ込む。

 

「うぅ……あっ」

『カレン……。ナオト……』

 

 そんな状況でも、母親は夢見心地に自分の兄の名前を慈しむように呼んでいる。

 そんな事にもお構いなしにナイトポリスは転倒したカレンのサザーランド・リベリオンに銃撃を続ける。

 ゼロは空中でフード姿の男と戦っていてカレンの援護に回る事はできず、外にいるマーヤも他のナイトポリスたちと戦闘中だ。

 

「逃げ……ろ。逃げろ! このバカ!」

『いるから……。ずっとそばにいるから……。カレン、ずっとそばにいるからね。カレン……私の大切な娘』

 

 サザーランド・リベリオンに乗っているのがカレンだとは気が付いていないはずだが、母親の言葉にカレンはハッとする。

 継母に虐げられながらも母親がずっとあの家に居続けた理由の一端を知り、カレンは涙を流す。

 

「だから……だからあんな家に居続けたっていうの? 私なんかのために。バカじゃないの! ……うぅっ!」

 

 銃弾が弾切れを起こしたのか、ナイトポリスはナイフを取り出してカレンのサザーランド・リベリオンに切りかかる。それに対し、カレンは振り返って左腕のブレイズルミナスで弾き、右腕の大型スラッシュハーケンをナイトポリスの背後の壁面へと撃ち込む。

 相手からすれば、狙いが外れただけに見えるが、カレンはそのままナイトポリスに組み付くと、右腕のスラッシュハーケンのワイヤーを一気に巻き取り始めた。

 

「バカは……私だ。うあぁぁ……っ!」

 

 そのままサザーランド・リベリオンのパワーも加えて一気にナイトポリスを押しながら壁面に激突させる。これによってナイトポリスのコックピットは壁面に深く食い込み潰れていた。

 

『これで!』

『なぁっ! ぐあ……っ!?』

 

 ほぼ同じタイミングでゼロもフード姿の男に回転蹴りを決めて近くのコンテナラックへと叩き込む。

 

「うっ、くっ……。お母……さん!」

 

 度重なる被弾と激突の衝撃で機体の各部が異常を起こしているサザーランド・リベリオンのコックピットから降りたカレンは、その足で母親の元へと向かった。

 

「カレン! まだ機体から降りるな! 奴の魔法的な拘束がまだ終わっていない!」

「えっ?」

 

 ゼロの忠告に気を取られたカレンが振り向くと、コンテナラックから這い出てきたローブ姿の男が周囲に漂わせていた淡い光を手の平に集めてカレンに向けていた。

 

「せめてゼロの仲間だけでも!」

 

 カレンに向けて放たれる光の奔流。カレンの足元には別の光の粒子がまとわりついてその足を床に縫い付けている。

 

「パンツァーシルト!」

 

 ゼロの叫びに合わせて、カレンの前に幾層もの正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がり、障壁となって光の奔流を受け止めようとする。しかし、一層ごとに数秒ほどずつ押しとどめる事しかできず次々と割られていく。

 

「バリアブレイク機能だと!? カレン!」

「ぁっ……!」

 

 周囲を焼き焦がす光の奔流を前に、カレンの脳裏に過去の母親との思い出が走馬燈のようにすぎていく。

 

 ──こんなところで、私は死ぬの? やっと、お母さんの事を理解できたのに……。

 

 ゼロの仲間を一人始末できることに喜色の笑みを浮かべるフード姿の男。

 

「守る……から」

 

 逃げられないカレンを庇う様に母親が前に立つ。

 

「お母さん、逃げてぇ……っ!」

「大丈夫、カレン。私が……守るから」

Claw form Set up

 

 叫ぶカレンの前で、母親が普段から身に着けているペンダントから聞き覚えのある懐かしい妖精さんの声が聞こえ、眩い光を放つ。

 そして、最後の障壁が割れて光の奔流が母親を焼き尽くさんとするが、眩い光から姿を見せた母親は右手の鉤爪(・・・・・)でその奔流を抑え込み、握りつぶした。

 姿を見せたカレンの母親の衣裳は深紅のボディスーツに変わり、右手には巨大な鉤爪状の機械が嵌められている。

 

「……なぁっ!?」

 

 ゼロにこそ通じなかったが、これまで多くのリフレイン中毒者の生命力を吸い上げ、それを魔力に変換する事で得た莫大な魔力による砲撃が防がれ、動揺するフード姿の男。

 動揺するローブ姿の男の隙を見逃さず、母親はナイトメアのランドスピナー走行を彷彿とさせる滑るような動きで接近し、その胴体を鉤爪で掴んだ。

 

「ひぃっ!?」

 

 相手を掴んだまま、鉤爪の周辺に正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がる。相手は周囲に漂わせている光の球体をぶつけて鉤爪をこじ開けようとするが、巨大な鉤爪はそれを許さない。

 

「一・撃・爆・砕! バースト・エンドォ!」

 

 鉤爪を中心点として起こる爆発。それをもろに受けたローブ姿の男の周囲から光の粒子が霧散する。男のローブはもはや原型を留めないほど焼け焦げているというのに、本人は意識を失ってこそいるものの外傷は見られない。

 

「まさか……カレンの母親だったうえに魔導師だったとは」

「ゼロ、これは一体……」

 

 普段の母親らしからぬ一面を見たカレンが呆然としているが、母親の装いが普段の私服に戻り倒れたのを見ると、ゼロと共に慌てて駆け寄った。

 

「お母さん!」

「これは……!? なんて無茶をするんだ、リンカーコアが破損している状態であれほどの魔法を無理やり行使するなど! これほどの損傷では日常生活でさえも相当な苦痛があったはずだというのに!」

「ぇ……?」

 

 ゼロの言葉にカレンは耳を疑う。もしそれが本当ならば、母親はそんな苦痛の中でずっと、自分たちのために生きていたという事になるからだ。

 倉庫で発生した爆発音を聞きつけたマーヤとスザクたちが駆け寄ってくる。

 

「ゼロ! カレン! 皆、無事? あれは……」

「ゼロ! こっちは全員制圧したけれどもさっきの爆発音は一体!? えっと、これはどういう状況なんだい?」

「丁度良かった! マーヤはカレンの機体の回収を頼む。スザクはそこに転がっている男を拘束しておいてくれ、徹底的に頼むぞ」

「分かった」「分かったよ」

「扇たちは他の後始末を頼む」

「了解だ」

 

 それぞれに指示を出したゼロが、再びカレンに方に向き直る。

 

「カレン、君のお母さんについてだが……」

「無茶を承知でお願いします。ゼロ、お母さんを助けて……」

「勿論だ。そのためにはカレン、君の協力が必要だ」

「わたしにできることだったら、何でもやります!」

「では、片手はお母さんと、もう片手は私と手をつないでくれ」

「えっと、こうでしょうか?」

 

 なんでそうする必要があるのかは理解できていないが、カレンはゼロに言われたとおりに母親とゼロの手を握る。ゼロはいつだって、奇跡のような事を起こしてきたのだから。

 そしてゼロも同様に、カレンとカレンの母親の手を握ると、三人を囲むように正三角形に剣十字の紋章が床に浮かび上がる。

 

「これは……?」

「カレン、君のお母さんは今、リンカーコアの激しい損傷によって流出し続けている魔力を生命力で代替している。これは出血し続けているのに近い状況だ。今から、三人の魔力を同調させて、私達の魔力を彼女の方へ送り込むとともに、リンカーコアの応急修復を行う」

「わ、分かりました」

「目を閉じて、意識を君の母親に向けて」

「はい」

 

 魔力とかリンカーコアというのが何なのかはよくわからない。でも、ゼロの言った通りにしたら身体の奥から何かが母親の方へと流れていくのを感じる。

 少しずつ力が抜けていく感覚とともに、母親の容態が安定していくのを感じ、ゼロによる処置が終わる頃にはカレンは張りつめていた緊張感が解けたこともあって、穏やかな表情で眠りについていた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 こうして、トウキョウ租界を拠点としていたリフレイン密売組織の摘発と警察の癒着事件は幕を閉じた。

 麻薬と言う国家そのものを腐敗させかねない物だけに、今回の一件は政府や警察に対してブリタニア人からも批判の声が上がっていた。

 一方で、ある貴族の屋敷に勤めていたイレヴンのメイドが一人、行方不明になったという記事が非常に小さいながらも新聞の片隅に載せられていたが、そちらの方は誰からも注目されることはなかった。

 そのメイドは、ジュリアス・キングスレイという起業家の会社が設備点検や物資の搬入などに関わっているトウキョウ租界の病院に秘密裏に入院していた。

 

「ごめんね、カレン。あなたに迷惑ばかりかけてしまって」

 

 ベッドの上で横になっているカレンの母親は、お見舞いに来たカレンに今まで辛い思いをさせてきてしまった事を謝罪する。

 カレンの母親のリフレインの後遺症は比較的軽度で済んでいた。ゼロがカレンの魔力を母親に注ぐとともにリンカーコアの応急処置を施していた際、精神にも介入してバラバラになりかけていた心を出来る範囲で繋ぎ直していたのだ。この方法は親子であるカレンと母親が共にリンカーコアを有していたからこそ出来た芸当だ。それでも、リンカーコアの損傷は完全に治すことはできておらず、日常生活と極僅かな魔力を使うのに不自由しない程度が限界だった。

 ゼロの話ではもっと専門的な所であれば治療する事もできるかもしれないらしいが。

 

「ううん、そんな事ない。今までお母さんが何を思ってあの家に居続けたのか。私、ちゃんと考えた事もなかった。もっと早く気が付いていれば、お母さんを苦しめる事もなかったのに」

 

 カレンと母親の会話はしばらく続く。その中で、カレンは今まで知らなかった様々な事を教えられた。

 

 ──母親は異なる次元世界の人間で、時空管理局という組織の陸戦魔導師だったこと。

 ──今から20年前に派遣された事件で起きた、次元を揺るがす出来事によってリンカーコアが大きく損傷しこの世界に流れ着いた事。

 ──そしてこの世界で自分を保護してくれた当時のシュタットフェルト家の御曹司──現在の現当主と恋に落ち、愛を育み、そしてナオトとカレンを産んだ事。

 ──父親は正妻にするつもりであったが、政略結婚で今の継母を迎えなければならなくなり、迷惑をかけないために母親が一度は身を引いた事。

 

「私……本当に何も知らなかったんだ……」

「──。カレン、受け取ってほしいものがあるの」

 

 そう言って、机の上に置かれている普段は首から下げているペンダントを母親は指差す。

 

「え……。でも、これ……お母さんの大切な」

「うん。私の相棒。エクスプロード」

「ぶ、物騒な名前ね……」

Long time no see, Kallen(お久しぶりです、カレン)』

 

 ペンダントから聞こえてきたのは、幼い頃に聞いた妖精さんの声。

 

「あなただったのね、小さい頃の光の妖精さんは」

Yes, that's right(はい、その通りです)』

「エクスプロード。カレンを新しい主として守ってあげてね」

Understood, Master(了解しました、マスター)』

「本当に……良いの?」

「うん。私はもう、誰かのために戦えない身体だから。だから、この世界の日本人を助けるカレンに受け継いでほしいの」

「お母さん……」

 

 カレンは母の意思を汲み取って、ペンダントを首にかける。それは母から娘へと受け継がれる、敵を吹き飛ばし仲間を守る鉤爪のインテリジェントデバイス。

 

「基本的な使い方かはエクスプロードから教えてもらいながら、ゼロという魔導師さんにも手伝ってもらってね。せっかくのチャンスだし」

「うん、分かった。……うん? チャンス?」

「だって、彼がカレンの恋人なんでしょう?」

「……えぇっ!? ち、違う! あの人とはそういう関係ではなくて……っ!?」

「頑張れ、カレン。私の……娘」

「お母さ~ん!」




カレンの母親、元時空管理局員だった【どうしてこうなった?】
裏設定で、クイント・ナカジマの先輩で地上本部所属だったりします。
イメージとしては、後々カレンの愛機となる紅蓮を擬人化したような姿のバリアジャケットですね。
そしてデバイスであるエクスプロードの台詞。
一番最初のフォームチェンジ以外は英語にするのを諦めていましたが、親切な感想のおかげで簡単な翻訳ですが実現しました。それもミッドチルダ語風で!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの想い

今回は結構場面変更が入ります。


 時空管理局地上本部。第一次元世界ミッドチルダの首都クラナガンにある時空管理局の地上部隊を管轄する地上設備で、中央の超高層タワーと、その周囲のやや低い数本のタワーからなる。

 中央の超高層タワーにある展望台では、地上本部の首都防衛隊代表である口髭と顎ひげを蓄えた強面の男性、レジアス・ゲイズ中将が重々しい雰囲気で報告書を読み込んでいた。

 重々しい雰囲気なのも当たり前の事である。なにせ先日はクラナガンの上水道設備を狙った薬物汚染テロを防ぐことができるかどうかの瀬戸際で、派遣された陸上警備隊の隊員たちや上水道設備の具体的な被害がどの程度なのか、まだ確定していない状況なのだから。

 

「クラナガンの上水道設備そのものへの物理的被害及び薬物による水質汚染は確認されていない。だが……増援に来た陸上警備隊に少なくない被害が出てしまっている。特に、アンドレ三等陸尉の殉職は痛い」

 

 報告書に記載されている内容によれば、上水道に混入されようとしていた薬物は、摂取した者を過去の幸福な頃に戻ったような幻覚や幻聴を見せると共に強烈な多幸感に包まれる新種の麻薬だと記載されている。

 こんなものが上水道に大量に混入しようものならば、クラナガンの都市機能は瞬く間に機能不全に陥りかねなかった。

 今回のテロリストの動向を事前に察知する事がほとんどできていなかったのは非常に痛い。それでも薬物汚染テロを防ぐことができたのは、首都防衛隊や陸上警備隊の隊員たちの献身的な奮闘があってこそだ。

 その一方で、手塩をかけて育てた隊員に犠牲者が出てしまった事に、レジアス中将は頭を痛める。

 今回投入された総勢五十名の魔導師・非魔導師含めた隊員の内、死傷者は計十八名。内訳は軽傷者十二名、重傷者五名、そしてアンドレ三等陸尉の死者一名だ。

 アンドレ三等陸尉は非魔導師ながら優秀な人物で、優れた魔力資質を持つ隊員が尽く本局に引き抜かれてしまう現状では、今後の地上本部を支える貴重な人材であった。

 レジアス中将の脳裏に、七年前の出来事がよぎる。

 古代ベルカのロストロギア「闇の書」の四騎士であるヴォルケンリッターとその主に偽装した正体不明の仮面の魔導師ゼロの登場。そして彼・彼女らによるミッドチルダ近郊を含めた様々な次元犯罪組織の断罪と魔力蒐集事件。

 慢性的な予算・人材不足で首都近郊の治安維持にも支障をきたしていた地上本部にとって、誰も死者を出さずに次々と次元犯罪組織を見つけ出して白日の下に晒していくゼロ達は、悩みの種であった。

 次元犯罪組織の摘発と治安の改善そのものは好ましい事だ。しかし民衆からは「地上本部よりもゼロ達の方が信頼できる」という声が小さくない規模で上がり、それを受けて本局によって地上本部への予算と人員がさらに奪われるという意味不明な悍ましい結果をもたらされた。そこは地上本部により予算と人員を送り、地上本部への民衆からの信頼を取り戻す様に動くべきだというのにだ。

 その結果、闇の書事件の解決を切っ掛けにゼロも姿を消し、一時は改善した治安も再び悪化する事となった。そして、一年前のミッドチルダ臨海空港火災では地上本部の初動対応が遅れて消火活動も十分に行う事ができず、本局の空戦魔導師に活躍を全て持っていかれてしまう事態になってしまった。

 真の闇の書の主だった八神はやては、本局の意向もあって実質的なお咎めなし。ヴォルケンリッターも今代より前の罪状は切り離された事で同様。そしてゼロは現在も行方不明。

 レジアス中将は、この一連の事件は本局が闇の書の担い手であった八神はやてを管理局に引き入れつつ、地上本部の影響力を削ぐためにギル・グレアム元提督を通して筋道立てたものではないかと疑っている。

 そこまで本局は地上本部を蔑ろにするのかと、レジアス中将は強い憤りを感じていると、部屋の前に誰か来たのか、応答用のモニターが起動する。

 

『レジアス中将、ご報告が』

「オーリスか。入れ」

『畏まりました』

 

 実の娘であり秘書でもあるオーリス・ゲイズが新たな報告書をもって室内へと入る。

 

「昨夜未明、管理外世界の一つから首都防衛隊に所属する隊員のデバイスの救難信号を受信しました」

「なに?」

 

 オーリスからの報告に、レジアスは訝しむ。

 少なくとも、自分が把握している範囲ではあるが首都防衛隊の魔導師が管理外世界に向かう任務は無かったはずだ。そういった任務は現在、その殆どを本局が担当しているからだ。

 

「隊員の名前は?」

「それが……カリン・コウヅキと確認されています。ですが、現在の首都防衛隊にそのような隊員は──」

「カリンだと!?」

 

 報告を続けるオーリスの言葉を、レジアス中将が遮るように立ち上がり驚く。

 カリン・コウヅキはレジアス中将にとって忘れる事のない人物の一人だ。

 カリン・コウヅキはレジアス中将の盟友であったゼスト・グランガイツの同僚であり、ゼストの部下であったクイント・ナカジマの先輩として当時の首都防衛隊の戦力面における双璧を担っていた陸戦魔導師だ。そして、20年前に起きた首都クラナガン近郊に密輸されたロストロギアの暴走事件を止めるために単身で突入しMIAとなった隊員だ。

 彼女の献身的な行動が無ければ、当時のクラナガンは決して小さくない被害を被っていただろう。いわば、彼女はクラナガンを守った英雄なのだ。

 

「……オーリス、カリンは過去にMIAとなった隊員だ。なぜ今になってかは不明だが、真偽を確認するために事情聴取に向かう必要がある。場合によっては救助活動も必要になるやもしれん。大至急、派遣する隊員の選定にあたってくれ」

「畏まりました」

 

 オーリスはレジアス中将の様子に若干面食らっていたが、すぐに冷静になって行動に移る。

 部屋を出ていったオーリスを見送ったレジアス中将が一人呟く。

 

「カリン……。今の俺を見たら、お前は何を思うのだろうか……」

 

 

 ────────────────────

 

 

 どこかのゲットーの一区画。黒の騎士団のメンバー以外は無人となっているその場所では、黒の騎士団の制服姿のカレンが母親から託されたデバイス、エクスプロードの起動訓練を行っていた。

 

「すー……はー……。いくよ、エクスプロード。セットアップ!」

Stand by Ready. Set up.

 

 カレンの制服が、ナイトメアに騎乗する際のパイロットスーツを連想させる深紅のボディスーツタイプのバリアジャケットへと変化する。

 

「よし! 次は……クローフォーム!」

Claw form. Set up.

 

 カレンが首から下げているペンダントが銀色に輝く鉤爪にその形を変えてカレンの右腕を包む。装着を確認したカレンは数度、右手を握ったり開いたりして動きを確認する。

 

How are you feeling, Master? (具合は如何ですか、マスター?)」

「すごい……見た目はごついのに重くないし、しっくりくる。まるで、ずっと使い続けてきたみたいだ」

That was good. It's worth adjusting to the master.(それは良かった。マスターに合わせて調整したかいがあります)」

「ねえ、エクスプロード。その……私の事はマスターじゃなくてカレンって呼んでくれないかしら? 私、あなたとはもっと近くて親しい関係になりたいの」

 

 カレンがエクスプロードにそうお願いするのは、エクスプロードが元々は母親のインテリジェントデバイスであり、託された自分はまだマスターと呼んでもらう資格を有するだけの実力が伴っているとは思えなかったから。それにカレン本人の気質もあって、主従関係よりも仲間あるいは相棒のような関係になりたいという理由もあった。

 

Understood. So once again, I look forward to working with you again in the future, Karen.(了解しました。それでは改めて……今後もよろしくお願いします、カレン)」

「うん。宜しく、エクスプロード」

 

 カレンのお願いを了承してくれたエクスプロードに、カレンは微笑む。

 

「うん、凄いねぇ♪ 紅月君とエクスプロードの同調率が、回数を重ねる度に着実に上がっているよ」

 

 カレンのデバイス起動訓練を観察していたロイドが、三つの端末を周囲に浮かべてカレンとエクスプロードのデータを新たに入力しながら上機嫌に話しかける。

 

「いや私からすれば、すぐにそこまで魔法を扱えるようになったロイドさんの方が凄いから。こっちはまだあまり自信が持てないんですけど」

 

 リフレイン密売所の一件の後、ゼロは黒の騎士団メンバーに様々な事を話してくれた。

 この世界以外にも、次元世界と呼ばれる様々な異世界がある事。次元世界の中に、魔法と呼ばれる技術とそれを軸に置いた独自の文明が存在していること。ゼロはこの世界の出身だが、七年前のある出来事が切っ掛けで他の世界に一時期滞在していたことがあり、その時に魔法の存在を知り習得した事。そして、管理局という組織の存在。

 正直に言えば、母親の一件が無かったらば到底信じる事ができないような話だ。だからこそ、ゼロも今まで黙っていたのだという。

 ゼロが話してくれたのは、リフレインの売人と一緒にいたフード姿の男が七年前に潰したいずれかの犯罪組織の残党で、管理局が管理外世界としている或いは把握していない世界であるこの世界にいた事から、今後も魔法が関わった案件に絡むことになる可能性を危惧しての事だそうだ。

 その際に黒の騎士団のメンバーの中で魔力資質を持つ者も教えられたが、魔力資質に必須なリンカーコアという器官を持っているメンバーはゼロ以外にはカレン、マーヤ、C.C.そしてロイドの四名だった。元々、魔導師となれる人材は貴重で、管理局という組織も慢性的な人手不足に悩まされているらしい。実に世知辛い話だ。

 

「そうかな? ゼロから聞いた話だと、この検索魔法を使う知り合いは同時に10冊以上の本を軽々と検索していたって話だし。それと比べたらまだまだだと思うよ?」

「ロイド主任の魔法を私達も使えたら、どれだけ研究と開発が捗った事か……」

 

 残念がっているのは、セシルだ。ロイドに比べると基本的には常識人だが、この人も研究に関してはかなり入れ込む類の人である。

 

「あ……改めて聞くと、滅茶苦茶な事が結構出来るのね。魔法って……」

「そうだね。だからこそ、その力の振るい方間違えちゃいけないよ、紅月君?」

「ええ、肝に銘じておくわ」

 

 魔法がその使い方次第で誰かを守る力にも、誰かを傷つける力にもなりうるという意味では、ナイトメアや銃とよく似ているとカレンは思う。他の誰かを守るために魔法という力を振るった母親に誇れる自分となるためにも、この力を間違った方向には使わないように改めて心に誓うカレン。

 

「そう言えば、ゼロ達のための新しいデバイスの方はどうなっているの?」

「それについては、まずはシンプルなストレージデバイスにするつもりだよ」

「私達には魔法やデバイスに関するノウハウやデータが圧倒的に不足していますからね。まずはリフレインの売人の仲間だった魔導師から押収したデバイスから、基本的な機能だけ残したデバイスを製造中よ」

「いや~、魔力の伝達素材としてサクラダイトを流用できてよかったよ。あれが無かったら、君のデバイスの修理改修や新しいストレージデバイスを作るのは無理だったからねぇ」

Thank you, Dr. Lloyd. Thanks to your help, the damaged distress signal transmitting function and other functions have been restored, and it is now possible to contact the Administration.(ありがとうございます、ロイド博士。おかげで損傷していた救難信号の発信機能なども復活し、管理局への連絡が可能となりました)」

 

 カレンに託されたエクスプロードは当初、本来保有する機能が幾つも機能不全を起こしている状態のデバイスであった。それを修理したのがロイド達特派だ。

 ロイド達にとっても、魔導師が魔法を使うために用いるデバイスの実物を他にも手に入れる事が出来たのは幸いであった。もしも、手に入れたデバイスがカレンのエクスプロードのみであったなら、ここまでスムーズには修理できなかっただろう。

 

「どういたしまして。それにしても……ゼロも思い切った事をするね。修復したデバイスの救難信号を起動させる時に、彼の知り合いにも情報が流れるようにしたんだからさ」

「まあ、ゼロとしても見知った相手の方が対応しやすいのもあるんじゃないかしら?」

 

 ゼロがわざわざそのような手間を費やしたのには、リフレインの売人たちが管理していた密売記録の中に、明らかに日本ではない地名への売買記録があった事に起因する。その地名の名は、ミッドチルダ首都クラナガン。当初は日本を仲介して海外にも密輸されているのかくらいにしか思わず、今一ピンとこなかった黒の騎士団メンバーの中でただ一人、ゼロだけは事の重大さに気が付いていた。

 ゼロがこれまでできる限りこの世界の問題として管理局に干渉させないように解決しようとしていた方針を転換してまで、管理局のお膝元であるミッドチルダにまで次元犯罪者を通してリフレインを流通させている情報をいち早く伝えようとしているのは、管理局を黒の騎士団の味方にさせるためだ。

 管理局は数多くの次元世界を守る組織だが、ロストロギアの悪用や次元犯罪などに関与しない限りは次元世界ごとの統治・管理方式にまでは基本的にあまり干渉しない。というより、そのような事にまで割くリソースが無いというべきか。

 それでも他の次元世界にまで麻薬売買の手を広めた次元犯罪者がこの世界にいた以上、管理局は遠くないうちにこの世界が麻薬流通の出所だと気が付いて対処してくるだろう。その際に、ブリタニアに利用されて敵対する可能性を少しでも排除するためにも、この世界でのファーストコンタクトはこちら側でなくてはならないとゼロは考えた。

 そのためにゼロは奔走していて、今回の訓練には立ち会う事が出来ていないのだ。

 

「まあ……お喋りもこのくらいにして、訓練を兼ねたデバイスのデータ取りの続きと行こうか紅月君」

「はい! じゃあ次は──」

 

 

 ────────────────────

 

 

 日本解放戦線の拠点にあるKMF格納庫。多数の無頼にたった一機混ざる深紅のナイトメアの前で、藤堂は目を瞑ったまま腕を組んで立っていた。

 Type-02「紅蓮弐式」。キョウトが中華連邦インド軍区との協力の元開発した、無頼のようなコピーKMFとは一線を画するオリジナルの新型KMFだ。

 草壁中佐のカワグチ湖コンベンションセンターホテルジャック事件をきっかけに民間人からの信頼が失われてきている日本解放戦線に対して紅蓮弐式が送られてきたのは、幾つかの理由があると藤堂は考えている。

 一つ目は、キョウトは日本解放戦線を見捨てていないというメッセージ。黒の騎士団の登場以来、民間人の日本人からの信頼は急速にあの組織にへと流れていっているのが現状だ。日本解放戦線の構成員の中には、近いうちにキョウトも日本解放戦線を切り捨てて黒の騎士団への支援に集中するのではないのかと危惧している者もいる。そう言った者たちの暴発を防ぐ意味を込めて、送ってきたのだろう。

 二つ目は、日本解放戦線内部の派閥争いを終結させる事。日本解放戦線は草壁中佐が筆頭の過激派と藤堂を筆頭とした穏健派、そして片瀬少将の中立派に大別して別れていた。草壁中佐は過激派の最先鋒であると同時に他の過激派が暴発するのを防ぐ調整弁の役割も担っていたが、彼が死亡した事を切っ掛けに過激派そのものの勢力こそ縮小したが残った者たちはよりその思想が先鋭化する事態に陥ってしまったのだ。日を追うごとに過激派の構成員は他派閥との衝突を繰り返すようになり、日本解放戦線の結束力は以前よりも明らかに低下している。だからこそ、キョウトは穏健派の筆頭である藤堂に最新鋭KMFを与える事で派閥争いに終止符を打って結束力を回復させようとしているのだ。

 他にも義賊のような活躍ばかりが目立つ黒の騎士団への不信感等も理由にあるだろうが、大きな理由はこの二つだろう。

 日本解放戦線の構成員の中には、紅蓮弐式を対ブリタニアの旗頭となる純日本製KMFだと豪語するものまで出ているが、藤堂はこの状況を危うい(・・・)と考えている。

 藤堂の専用機として送られてきた紅蓮弐式は確かに強力なKMFだ。カタログスペックはサザーランドを大きく凌駕し、まさに一騎当千の活躍が期待されているだろう。

 紅蓮弐式は強い。サザーランドや無頼といった両陣営の主力KMFとは一線を画するのは間違いない。だからこそ(・・・・・)他のKMFと連携して戦う事が難しい。武装も従来のKMFとは異なる運用が求められ、これも他のKMFとの連携を難しくしている。

 紅蓮弐式の性能を活かそうとすれば無頼は追従する事ができず、無頼と連携するために合わせれば紅蓮弐式の性能が活かせない。そして藤堂のKMF運用は、四聖剣との連携が根底にある以上、この問題は致命的だ。

 この問題に気が付いている者は、藤堂本人と四聖剣以外には多くない。そしてそれが致命的な問題であると認識している者となると、更にその数は少なくなる。

 

(本音を言えば、紅蓮弐式単騎よりも無頼の次世代機が全体に提供される方が好ましかったが……)

 

 全体の質を上げてほしかったと思う藤堂の脳裏に、少し前の構成員たちの歓声がよぎる。

 

 ──この純日本製KMFと”奇跡の藤堂”がいればブリタニアの連中だって! 

 ──”奇跡の藤堂”こそが奇跡を起こせる人だって、黒の騎士団の連中にも思い知らせてやりましょう! 

 ──これで”奇跡の藤堂”が新しい奇跡を起こしてくれる! 新しい神風を起こせるんだ! 日本万歳! 

 

 自らの代名詞となっているこのフレーズを聞くたびに、藤堂は心が締め付けられる様な葛藤を覚える。

 この代名詞の切っ掛けとなった7年前の極東事変における日本軍がブリタニア軍に唯一勝利した戦闘である厳島の戦い。緻密な戦術構想と情報収集による戦術的な勝利は大局に影響を及ぼしこそしなかったが日本人に大きな影響を与える事となった。

 たった一度でもブリタニアに勝利できた戦いがあったと国民が知っていれば、それを心の支えにする事が出きる。当時の藤堂はそう考えていた。しかし、この勝利は最悪の事態を引き起こす事となる。

 この戦いを当時の政府と軍部は「厳島の奇跡」と呼んで国民にかなりの規模で宣伝した。その結果、当時の猛攻を続けるブリタニア軍に対して「藤堂に続け」「神風を起こせ」と民間人から軍人まで流体サクラダイトを用いた自爆攻撃が横行し、中にはその自爆攻撃によってどんな結果が起きるかも考えることなく闇雲に自爆するという自爆のための自爆まで引き起こされてしまった。

 これらの自爆攻撃はブリタニアやEUに「イレヴンは死ぬのが大好き」という偏見を植え付ける切っ掛けとなってしまっている。

 更に日本解放戦線もキョウトも、藤堂本人が自覚している己の能力以上の期待を過剰に寄せる現状も招いてしまった。

 

(自分が最善を尽くして勝利を勝ち取った事で、日本を腐らせてしまったのでは……)

 

 藤堂は時折、自分を責めるようにそう思う事がある。

 この考え自体が独りよがりなものだと自覚はしている。7年間の抵抗運動の中で日本奪還の見込みがない現実と周囲から受ける過大な期待から来る重圧に疲れているのかもしれない。

 ふと、自身が開いていた武道道場の門下生であった枢木スザクの事を思い出す。

 藤堂は枢木スザクの過去──日本を売り渡そうとした枢木ゲンブを殺害した過去──を知っている数少ない人物だ。

 彼はあのトラウマを乗り越える事が出来たのだろうか? もしもトラウマを乗り越える事が出来ていて、その切っ掛けがゼロにあるとしたら……。

 目を瞑っていた藤堂の瞼が、ゆっくりと開かれる。

 

「一度、ゼロに会ってこの目で確かめるべきだな」

 

 藤堂の呟きを、他に聞く者はその場にはいなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 表向きは無人世界となっている管理外世界に違法建造された地下施設の中を、ナイトオブファイブであるヴィクトリアは数名の部下を連れて歩いていた。

 網膜認証と魔力波長認証を経て開かれた扉の先を見つめる黄銅色の瞳は、先にある何かを楽しみにしているようにぎらつかせている。

 ヴィクトリアが向かった先では、肉食四足獣を連想させる機械がモニターに映し出されていた。

 

「キャスパリーグの開発進捗はどうなっている?」

 

 キャスパリーグと呼ばれた肉食四足獣を連想させる機械について、ヴィクトリアは研究員に進捗を確かめる。キャスパリーグの脚部にはそれぞれ小型のランドスピナーが搭載されていてKMFの技術が使われていることが分かる。

 

「キャスパリーグの開発は一部武装の調整が不完全ですが、それ以外は順調です。特派が残したヘッドトレーラーから吸いだした嚮導兵器ランスロットのデータによって機体性能も要求値をクリアできました」

「例の技術の方はどうだ?」

「サザーランド用とキャスパリーグ用、ともに完成しています」

「よろしい。後は実戦で運用して修正点を洗い出すだけか。キャスパリーグとこの技術が実用化すれば、ブリタニアの戦争は新たな変革を迎える事となる」

 

 完璧でこそないものの、好調な進捗結果にヴィクトリアは残忍な笑みを浮かべる。

 

「先に確認した私の専用機も、完全体ではないがロールアウトそのものはできる。ああ……ゼロをこの手で葬るのが楽しみだ。キヒ、キヒヒ……」

「ヴィクトリア様。精神状態の乱れが発生していますので、再調整を行っては如何でしょうか?」

「おっと、いけない。この肉体は何かと便利だが、定期的に調整を行わないと精神面のバランスが崩れていくのがネックだな。ジェイル・スカリエッティの開発した戦闘機人のようにはいかないか……」

「本来のヴィクトリア様の性別は女性体ですからね。その部分の差異が影響しているのかもしれません」

 

 研究員からの進言で、ヴィクトリアは歪んだ笑みを普段の表情に戻して嘆息を漏らす。

 ヴィクトリア・ベルヴェルグは7年前まで生身の女だった研究者系の次元犯罪者だ。7年前にヴォルケンリッターと仮面の魔導師ゼロによって所属していた組織が壊滅し、管理局の追手を躱すために自身の遺伝子から作成した戦闘機人のボディの中で最も完成度が高かった男性体の肉体に人格と記憶を転写した事が切っ掛けで、今の肉体になっている。

 それでも、元々の肉体との性差によるズレかはたまた完成度がまだ足りていなかったのか、定期的に調整を行わないと精神の均衡が歪んでしまう欠陥を抱えている。

 

「では、私の再調整を行っている間に、キャスパリーグと専用機の搬入を頼むぞ」

「畏まりました」

 

 ヴィクトリアは研究員に指示を出すと、自らは精神の均衡を保つための調整を行うために部屋を出ていくのであった。

 




この作品は時系列としては『リリカルなのはStrikers』の3年前相当なので、臨海空港大規模火災は1年前として扱われています。
「サイタマゲットー攻防戦」の回ではヴィクトリアはレジスタンス側の魔力反応は三つと言っていましたが、これはあの場にいた者たちの中で反応があるのが三人と言う事であり、あの場にいなかったロイドとC.C.は含まれておりません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間-黒の騎士団の食卓看病編+トウキョウ租界政庁の日常-

本編は進めたいけれども、タイミング的にここで入れないと話を遡る事になってしまうので。


 黒の騎士団が拠点の一つとしている倉庫で、キョウトからの支援物資の受け取り準備を終えた玉城が新入り達に料理を振舞っていた。

 

「おーっし! できたぞー!」

 

 玉城が大皿に乗せて運んできたのは、山盛りのナポリタン。ケチャップで味付けしたスパゲティとスライスしたウィンナー、玉ねぎ、ピーマンのシンプルな一品だ。

 

「玉城先輩、ゴチになりまーっす!」

「玉城先輩の料理、かなり旨いってほどじゃないけど懐かしい味がするんすよねー。なんていうか、お袋の味ってやつ?」

「あー、分かる。高い金払うほどじゃないけど、ちょくちょく食べたくなる感じの味なんだよなぁ」

「お前らなぁ、もうちっと俺の料理をありがたがれっつーの」

 

 割と辛口な味の評価をする新人たちに対し、玉城も注意こそするがその表情は笑顔で不快感は抱いていないのがよくわかる。

 

「それにしても玉城、最近は以前ほど飲みに行かないで此処で飯を作るようになったよな」

 

 玉城と一緒に受け取り作業を行っていた杉山がナポリタンを食べながら感心するように玉城に尋ねる。以前の玉城はよく飲み屋や風俗で散財する事が多かったが、最近は飲み屋での散財はめっきり少なくなっていたからだ。

 

「一緒に飲みに行くのも新入りとのコミュニケーションとして必要だけどよ、ゼロから教えてもらった簡単な料理を作ってみたら新入り達に割と好評だったんだよ。それから料理を作るのが結構楽しくなってきてな」

「実をいうと俺、酒が苦手なんすよね……。でも上司から誘われて断るのも気が引けてて。だからこうやって酒が絡まない普通の飯に誘ってくれる方が嬉しいんすよ」

「あ~、分かる。玉城先輩って酒に酔うとウザ絡みしてくるしな~」

「言われてるぞ、玉城」

「……マジかよ」

 

 新人たちに飲みにケーションが不評だったことを知らされ、肩を落とす玉城。そこに扇が部屋に入ってくる。

 

「おっ、今日はナポリタンか」

「扇の分の皿も今から用意するから、空いている席に座って食っていけよ」

「ああ、そうさせてもらう」

 

 玉城に促されて、扇が席に座る。目の前に置かれた皿にフォークとスプーンで思い思いにナポリタンを盛りつけ、フォークに麺を巻きつけて一口。

 普通のパスタではアルデンテが最良の茹で加減だと言われているが、このナポリタンはそれよりも長く茹でているようで柔らかい。だが、だからこそ、ケチャップの濃い味が引き立つような気がする。

 間違っても高級感など全くないが、自宅やまだ日本だった頃の学生時代に慣れ親しんでいた喫茶店で気軽に食べられる安くて量が多いナポリタンのイメージに近い。

 ナポリタンを食べながら新人たちと会話を続ける扇や玉城たち。その中で杉山が扇に尋ねる。

 

「そういえば扇。百目木の姿を見ないけどどうしたんだ?」

「ああ、百目木は体調を崩して自宅で休んでいると連絡が来た。カレンが後でお見舞いに行くそうだ」

「そっかぁ。心配だけど、表向き女子学生の家に男が見舞いに行くわけにもいかないもんな~」

 

 杉山はナポリタンの大皿から追加で自分の皿に盛りつけながら、マーヤの事を心配する。

 

「一応、一日安静にしていれば大丈夫な程度らしいから問題ないだろう。お前たちも、体調管理には気を付けろよ」

「「「了解で~す!」」」

 

 扇の言葉に新入り達が返事をしている頃、マーヤの自宅には学園の授業を終えたカレンがお見舞いに来ていたのだが……。

 

「……」

「……」

 

 マーヤの部屋で二人は気まずそうに沈黙する。

 カレンとマーヤの二人は仲が悪いわけではない。寧ろ同じハーフの悩みを共有できる者同士と言う事で、いい方である。でなければ、同じ生徒会メンバーで、なおかつ黒の騎士団に所属しているとはいえ、お見舞いには行かないだろう。

 実際、カレンがお見舞いに来た当初は二人とも普通に会話していた。

 授業内容の写したノートを受け取って学園や生徒会での出来事を聞いたり、マーヤが風邪を引いた原因──彼女の保護者であるクラリスと向き合うために一緒に食事をする約束をし、待ち合わせ中に雨が降り出してもその場に居続けた──やクラリスも自責の念や心労から倒れた事を聞いてカレンが身内との接し方の難しさを改めて実感していた。

 ならば今のこの気まずい雰囲気の原因は何なのか。そこにマーヤの部屋の扉を軽くノックする人物が一人。

 

「マーヤ。卵雑炊ができたぞ」

 

 マーヤの部屋に入ってきたのは、フリフリのエプロンを身に着けて卵雑炊が入ったお椀をお盆に乗せたルルーシュであった。

 

「出来立てで熱いから、ちゃんと冷まして食べるんだぞ。それと、クラリスさんの分も一緒に作って配膳しておいた」

「ありがとう、ルルーシュ。いただきます」

 

 マーヤはルルーシュから卵雑炊をお盆ごと受け取り、レンゲで掬って息で冷ましながら食べ始める。

 醬油ベースに顆粒だしで味付けされた雑炊は、ふわふわな卵と水菜のおかげで優しい味わいとなっている。煮込まれたご飯も原型を留めながら柔らかくなっていて食べやすい。

 

「はふっ、はふっ。美味しい……」

「それは良かった。ナナリーや孤児院の子供たちが熱を出した時にも出していた料理の一つだから、それなりには自信があるんだ」

 

 若干自慢げに言うルルーシュを見て、カレンは困惑していた。

 

(この人、確か以前学園で出会った人よね? まさかナナリーちゃんのお兄さんだったなんて。っていうか、あのエプロン……まさか)

 

 生徒会のみんなが可愛がっている中等部のナナリーに兄がいる事は知っていたが、まさか自分と同年代な上にマーヤと親しい関係であるとは思ってもいなかった。しかし、それ以上にカレンが驚いている事が一つある。それは──、

 

(ゼロが料理している時に身に着けているエプロンと同じ!? まさか、ゼロの正体は……!)

 

 ルルーシュが身に着けているエプロンは上側は花柄、下側は和柄模様で、上下別々の生地をクマさんのアップリケで繋いだ様な装飾が施されている。ここまで特徴的なエプロンが複数あるとは到底思えない。

 まさかこんな形でゼロの正体を知る事になるとは思わなかったカレンは、どのように話を切り出せばいいか迷っていた。

 

「そういえばルルーシュ。新しい孤児院も順調みたいだね」

「ああ、おかげで親を喪った子供たちに衣食住を用意できるし、生活の支えを失った大人も雇用出来て路頭に迷わせずに済む」

「うん、そうだね。良かった」

 

 マーヤとルルーシュの話を聞いていると、どうやらルルーシュは孤児院を運営しているようだ。黒の騎士団の活動と孤児院運営、さらにそれらのための活動資金の確保やコネクション構築なども考えると、ルルーシュはいつ寝ているのだろうか? 

 十中八九、マーヤはルルーシュがゼロだと知っているだろう。当然、スザクもゼロの正体を知っているはず。

 どうしてブリタニア人であるルルーシュが黒の騎士団を結成してブリタニアに敵対しているのか。枢木首相の息子であるスザクが、何故ルルーシュをゼロとして黒の騎士団のトップに据えているのかは分からない。

 この心のもやもやは晴らしておかないと、今後に響いてくるかもしれない。カレンは真偽を明らかにするために意を決する。

 

「ねえ……マーヤ、ルルーシュさん」

「なに、カレン?」

「どうした? 同年代だし俺の事は呼び捨てで構わないが」

「え、あ……分かった。ルルーシュ……貴方はひょっとして……ゼロなの?」

 

 言ってしまった。これでもしも人違いだったらば、とんだ大馬鹿者だ。

 

「「……」」

「もし違うなら、はっきり言って。その時は精一杯謝るから。でも……もしそうなら、はぐらかさないで答えてほしいの」

「……カレン、どうして俺がゼロだと分かった。言葉や行動からは気づかれないように注意していたはずだが」

「だって……そのエプロン、ゼロが料理している時に使っていたものと全く同じ」

「「……あ」」

「しまった。普段から使い慣れ過ぎていて、料理の時はこれを使わない選択肢が前提として除外していた。何という凡ミスだ」

「私も、自然過ぎて気が付かなかった」

 

 予想外の事態だと頭を抱えるルルーシュに、カレンは思わず叫びそうになる自分を抑えるの必死だった。

 二人とも、気が付いていなかったの!? と。

 

 

 ────────────────────

 

 

 トウキョウ租界政庁。神聖ブリタニア帝国が占領しエリア11とした日本において総督と副総督が政を行う場所である。

 政庁の総督執務室では、コーネリア総督が激務に追われていた。

 ただでさえ前総督であるクロヴィス第三皇子が残した課題が山積みなのに加えて、ゼロと黒の騎士団によって政治家や役人の数々の不正や汚職が白日の下に晒されて、仕事量が激増しているのだ。

 コーネリアは本人が最前線に出る事を好む武人であり、こういった机の上での書類仕事は、不得手でこそないが得意という訳でもない。

 リフレインのキュウシュウルートに打撃を与えたと思った矢先に、トウキョウ租界内にリフレインの密売所があったことが黒の騎士団によって明るみになり、その対応にも追われたりしているのが実情だ。

 エリアを平定するための武官は欲しいが、その後を妹であるユーフェミアに任せるための文官の補充と育成も急務となっている現実に、コーネリアは頭を痛める。

 

「にゃ~」

 

 自らに課していた午前分のノルマを達成したコーネリアの耳に、ここ最近聞き慣れた鳴き声が聞こえる。

 ユーフェミアが連れて来て政庁で飼い始めた猫だ。名前はアーサー。右目近辺の黒いぶち模様が特徴で気品の類は感じさせない。

 普段はユーフェミアの部屋にいるのだが、ちょくちょくこの部屋に侵入して来るのはセキュリティ的に正直どうかと思う。

 

「はぁ。またお前か。猫は責務や誇りを気にしなくて気楽だな」

「にゃぁ?」

 

 机の空いているスペースに器用に跳び乗ったアーサーは、コーネリアが書類を片付け終わったタイミングを見計らってごろんと身体を横にしてお腹を見せる。

 

「お前には警戒心がないのか……。そう言うところまでユフィと似なくてもいいだろうに」

 

 ため息をつきつつも、コーネリアは周囲を見回して人の気配がない事を確認する。そして、アーサーのお腹にその顔をモフリと埋めた。

 コーネリアはそのままゆっくりと息を吸い、もふもふのお腹の感触を堪能する。コーネリアにとってアーサーによる猫吸いは、エリア11に来てからのストレス解消の一つとなっていた。

 勿論、部下は勿論のこと、直属の騎士であるギルフォードやダールトン将軍にもこの事実は隠している。コーネリア第二皇女はブリタニアの魔女という武人でなければならないのだ。

 

「ふにゃ~♪」

 

 アーサーも心地いいのか、喉をゴロゴロと鳴らしている。

 そのまましばらく微睡みの中にいると、コンコンと扉をノックする音が聞こえてきえコーネリアの意識が覚醒する。

 

「姫様、ギルフォードです」

「ギルフォードか。少し待て」

 

 訪れたギルフォードが扉の向こうで待っている間に、コーネリアは顔を起こして机に閉まっている手鏡でアーサーの毛が付いていないかをすばやく確認し、アーサーを机から降ろす。

 

「入って良いぞ」

「失礼いたします。日本解放戦線の拠点があると思われる、ナリタ連山についての追加の報告書となります」

「分かった。……ほう」

 

 コーネリアはギルフォードから受け取った資料に目を通していく。そこには、これまで収集してきた情報にはなかった新たな情報が複数見受けられた。

 

「この情報の出所は何処だ?」

「それが……ヴィクトリア卿が独自に集めた情報だと言って提供してきました」

「ナイトオブファイブが?」

 

 コーネリアは、皇帝直属の騎士であるラウンズの一人である、ナイトオブファイブのヴィクトリア・ベルヴェルグを警戒している。それにはヴィクトリアは出身が不明の傭兵であったこともそうだが、彼が併合したエリアで起きている出来事も深くかかわっている。

 それは現地住民の虐殺。それ自体は他のエリアでも普通に起きている場所はあるし、コーネリアも暴動鎮圧のためならば躊躇しない。しかしヴィクトリアの場合は暴動鎮圧のための虐殺ではなく、根こそぎ破壊しつくし滅ぼすための虐殺、つまり目的のための手段としての虐殺ではなく虐殺そのものが目的なのだ。

 そうやって更地になって誰もいなくなった土地に、ブリタニア人を入植させて再開発を進めていくのがヴィクトリアのやり方だ。

 記憶に新しいのはサイタマゲットーでの一件だ。あそこではヴィクトリアを止めるためにユーフェミアが介入して中止されたが、あの一件以来ヴィクトリアはユーフェミアを恨んでいるだろう。

 

「……情報の裏どりと並行して、ユフィの護衛を行える軍人に、実力と皇族への忠誠心を兼ね備えている人物を用意しろ。ああ、それと──」

 

 コーネリアは机の脇で寝転がっていたアーサーを片手で抱えると、ギルフォードに手渡す。

 

「──、こいつをユフィの部屋に戻してこい」

「畏まりました」

 




ちなみに、コーネリアの猫吸いはギルフォード卿やダールトン将軍にばれています。
その事にコーネリアは気が付いていません。

コーネリアの猫吸いが解釈違いの場合は、すみません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナリタ連山攻防戦前編

 カワグチ湖ホテルジャック事件における黒の騎士団の登場、そしてそれから間を置かずに法で裁けない悪を白日の下にさらして裁くという、分かりやすい結果を次々と出している黒の騎士団には、数多くの入団希望者が現れていた。

 ルルーシュは、幾つもの試験で入団希望者たちを篩にかけて一握りのみを団員として迎え入れている。

 黒の騎士団は、数が多いだけの烏合の衆であってはならない。弱者を守り、ブリタニアと戦う事ができる洗練された精鋭集団でなければならない。そうでなければ組織は腐敗し、その目的を達成する事ができなくなるからだ。

 ルルーシュは起業家ジュリアス・キングスレイとしての仕事と黒の騎士団のリーダーゼロとしての活動、そしてルルーシュ・ランペルージとしての日常という三重生活をこなしながら、持ち込んだノートパソコンに映し出されている入団希望者の情報を確認していく。すると、その中に含まれていた「ディートハルト・リート」という名のブリタニア人の項目が目に入った。

 

「ん? ブリタニア人の入団希望者か……。スパイにしては堂々としているな。主義者か?」

 

 主義者とは、神聖ブリタニア帝国の国是に対して懐疑的・否定的な考えを持つブリタニア人の事を指す言葉だ。そう言う意味では、平和主義的な思想を持つユーフェミア副総督も主義者に近いと言って良いだろう。

 今後は情報戦も一層激しさを増してくることを考えると、報道番組のプロデューサーとして情報を取り扱ってきた経歴を持つ彼は、能力面では黒の騎士団に必要になってくる。

 残念ながら、今の黒の騎士団には知識層といえる人材はほとんどいない。ルルーシュが頭脳のトップに位置し、マーヤとカレンが上位に属して次点が扇である事からも、その深刻さは明らかだ。

 これはブリタニアによる名誉ブリタニア人制度を含めた植民地政策によって、既存の知識層の大半が名誉ブリタニア人としてブリタニアに恭順するか抵抗の末に死亡した事で、在野に知識層がほとんど残っていないためだ。

 特に若い世代の日本人は植民地政策によって碌に教育を受ける事もできず、その結果、スザクでも通過する事が出来たそれほど難しくはないはずのテストを合格出来ない所為で、新たな名誉ブリタニア人になる者の人数は年々減少傾向にある。

 

「キョウトからの支援にあったKMFは無頼……か。KMFの提供はありがたい事だが、黒の騎士団で使用しているサザーランド・リベリオンにスペックで劣るのはどうしてもネックだな」

 

 エリア11のレジスタンスが主力として使用する無頼は、第四世代KMFであるグラスゴーを基にコピーして製造された量産型KMFだ。それに対して黒の騎士団が主力としているサザーランド・リベリオンは、グラスゴーを発展させた第五世代KMFであるサザーランドに、第七世代相当の試作KMFであるランスロットの技術を一部フィードバックして特派が改修を施したカスタム機である。

 さらに、ブリタニアはサザーランドの発展機であるグロースターを既に実戦に投入している。はっきり言えば、無頼では力不足となってきているのだ。

 勿論、キョウトもそれを見越して新型機の開発を進めているだろうが、今回の支援物資にはそれらに繋がる様なヒントになる物はなかった。

 

(恐らく、黒の騎士団が日本解放のために本当に支援するべき組織かどうか、見極めようとしている所なのだろうな)

 

 大多数の民衆からすれば、黒の騎士団は法で裁けない不正や悪を白日の下にさらす正義の味方として支持を集めている。しかし、日本解放を願う組織から見た場合はどうだろうか? 

 日本最後の首相である枢木ゲンブの息子、枢木スザクを擁していながらやっていることは警察の真似事とあげつらう者もいる。見る者によってはブリタニアが自らの膿を搾りだすために外部に作った組織ではないのかと疑う者もいるだろう。

 特派が調整しているランスロットやサザーランド・リベリオン、キョウトから提供された無頼に興奮している新人たち。そして新たな団員に頼られることで浮かれている玉城や井上の様子に、聞こえないようにルルーシュがため息をついていると、スザクが此方に小走りで駆け寄ってきた。

 

「ゼロ、ちょっといいかな?」

「どうした、スザク」

「キョウトの人を介して伝えられた事なんだけど、ゼロと会談の席を設けたいって言っている人がいるんだ」

「ほう……誰からだ?」

「日本解放戦線の藤堂先生からだよ。渡された手紙には、僕も一緒に来てほしいって書いてある」

 

 スザクが挙げた人物の名前に、周囲がざわめき始める。

 

「日本解放戦線の藤堂って言ったら、あの”奇跡の藤堂”の事だよな!?」

「ああ! 七年前の戦争でブリタニア軍に一矢報いたっていう」

「ゼロと奇跡の藤堂の会談かぁ……。絶対に凄い事になるって!」

 

 新人たちは興奮に沸き立つ一方で、

 

「なあ……罠とかじゃねえよな?」

「日本解放戦線とは、カワグチ湖の一件があるからなぁ……」

「そうねぇ……」

 

 結成当初からのメンバーは、何か裏があるのではないかと勘繰っている。

 

「ふむ……スザク、確かお前は藤堂が開いていた道場の門下生だったな? お前から見て、藤堂はこの会談に罠を張っていると思うか?」

「藤堂先生ならば、この会談に罠を張る事はないと思うよ。不安があるとしたら、日本解放戦線が組織内に残っている過激派をどこまで制御できているか、かな?」

 

 ルルーシュも幼少期の頃に藤堂と面識があるし、スザクの縁でその人となりは知っている。藤堂は戦術家の軍人だが、同時に義を重んじる武人でもある。よって、今回の会談要請をキョウトに仲介してもらっている事も考えれば、騙し打ちの類はありえない。そのような事をすれば、キョウトの面目は丸つぶれとなり、日本解放戦線はただでさえ失ってきている民衆からの信頼が底値になりかねない。

 態々スザクに尋ねたのは、少し調べれば藤堂との繋がりが分かるスザクを介する事で、黒の騎士団の者たちが納得しやすいようにするためだ。

 

「なるほど。ならばその会談要請、引き受けよう。週末に向かうと返答しておいてくれ」

「分かった」

「さて、今回こそは何事もないと良いのだがな……」

 

 もしも今回も騒動に巻き込まれたら、今度こそ時間を作ってお祓いに行こうと思うルルーシュであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 そして週末のナリタ連山。そこにトウキョウを離れてナイトメアで移動する黒の騎士団の姿があった。

 ナリタ連山は日本解放戦線によって徹底的に改造されており、それそのものが要塞化されている事から防衛線においては非常に堅牢だと言える。

 会談に立ち会うメンバーは、日本解放戦線側は片瀬少将と藤堂中佐、そして数名の幹部。一方の黒の騎士団側はゼロとスザクの他に、技術顧問としてロイド、ロイドの護衛としてカレンが参加する事となっている。

 他の黒の騎士団のメンバーは扇とマーヤ、C.C.が中心となって、日本解放戦線内部に怪しい動きがないかを確かめるための警戒を続けていた。

 

「よく来てくれた、ゼロ。まずは此方からの会談要請に応じてくれた事を感謝する」

「こうして直接会うのは初めてだな片瀬少将。日本解放戦線と我々との接点は、カワグチ湖の一件しかない。その上で、スザクから聞いた藤堂鏡志朗の人となりを信頼して会談要請引き受けさせてもらった。互いに実りある会談となる事を、切に願う」

「ああ、私としてもそうなってほしいと思っている」

 

 対外的には黒の騎士団と日本解放戦線の接点は、ホテルジャック事件で敵対した事位しかない。本来ならば敵対関係となってもおかしくないが、ゼロはスザクを介して藤堂を信じるからこそ会談に応じたとアピールする事で、日本解放戦線の他の者たちにくぎを刺す。日本解放戦線にとっても藤堂の存在は大きく、此処でゼロを襲うような事をすれば、藤堂の面子に泥を塗る事になるからだ。

 

「では、お互いの今後に関しての──」

 

 片瀬少将が黒の騎士団との会談を始めようとしたその時、廊下からドタドタと走る音が聞こえてきた。そしてノックもなしに扉を勢いよく開ける日本解放戦線の構成員。

 

「片瀬少将!」

「何事だ! 今は黒の騎士団との会談中だぞ!」

「緊急事態です! ブリタニア軍の敵襲です!」

「敵襲だと!?」

「ブリタニア軍はこのナリタ連山全体を包囲しています!」

 

 構成員からの緊急報告の内容は、ブリタニア軍による襲撃。それも山一つを丸々包囲する規模を考えると、偶発的なものではなく周到に準備された計画的なものだ。

 ほぼ同時に、ロイドに渡して置いた通信機にも、ブリタニア軍が攻めてきたという連絡が入った事で実際に起きていることだと確信する。

 

「片瀬少将、どうやら会談をしている場合ではないようだ。このまま手をこまねいていては、日本解放戦線と黒の騎士団は共に終わりだ。そうなれば、日本の独立運動の目も潰える事になる。ブリタニア軍を退けるための共同戦線を提案したい」

「藤堂、頼めるな?」

「無論だ」

「では、私の──」

「ゼロの口車に乗ってはいけません、片瀬少将」

 

 ルルーシュは作戦を練るための情報を日本解放戦線から提供してもらう提案をしようとしたが、新たに会議室に入ってきた者たちに遮られる。

 その人物は髪型をオールバックにした日本人だ。鋭い釣り目は神経質そうな印象を与える。

 

「矢車少佐。口車とはどういうことだ?」

「今回の襲撃、私はゼロがブリタニア軍に内通して引き入れたものと考えている」

 

 矢車少佐と呼ばれた男は、ゼロに疑念の目を向ける。

 カレンは思わず怒りの声を挙げようとしたが、ゼロはカレンを手ぶりでなだめると、矢車少佐に疑問を呈する。

 

「心外だな。私がなぜそのような事をしなければならない?」

「汚らわしいブリタニアの豚と混じり者を飼っていることが何よりの証拠だ」

 

 あからさまな侮蔑の言葉に、カレンが強く憤る中、ルルーシュは仮面の内で矢車少佐に違和感を抱く。

 クドクドと講釈を垂れる矢車という男、言っている内容は反ブリタニアの過激派そのものだがその言葉が薄っぺらい。本当にゼロを内通者だと思っている過激派ならば、このような言葉を交わさずに問答無用で銃撃などを仕掛けてくるはずだ。

 それに、日本解放戦線の者たちに黒の騎士団が襲撃・拘束されたという連絡もない。連絡する間もなく瞬く間に制圧されたという可能性は、マーヤとC.C.からの念話がないのでありえない。

 まるで、片瀬少将とゼロを協力させないようにしながら、矢車少佐は時間を稼いでいるように感じる。

 

「矢車少佐! 今はそのような問答をしている場合ではない! それよりも迎撃のために無頼を出撃させ、指揮を──」

 

 片瀬少将も、この状況で疑心を生むような講釈を垂れる矢車に辟易して指示を出そうとする。しかし、

 

「片瀬少将、危ない!」

 

 藤堂が片瀬少将の前に立ち、その直後に発砲音が会議室に響く。

 発砲したのは矢車少佐。手には銃を持っていないが、右手首に銃口が露出している。藤堂は流血する左腕を抑えている。

 

「おや、惜しい。やはり隠密性を優先した仕込み銃では狙いが甘くなるか」

「ぐっ……!」

「藤堂! 矢車少佐、どういうつもりだ!」

 

 矢車少佐の突然の凶行に片瀬少将が狼狽する中、ルルーシュは魔法で編まれた縄を展開して矢車少佐を拘束する。すると、矢車少佐の姿がぼやけ、オレンジ色の短髪の若々しい男に変わる。

 

「おや? まさかゼロがストラグルバインドも使えるとは。古代ベルカ式の魔導師だからと失念していたよ」

「な!? ゼロ、これは一体!」

「やはり、変身魔法で姿を偽装か。それに、瞳に何か細工を施して分からなくしているようだが、ギアスも使っているな」

「そこまでお見通しという訳か」

 

 魔法による強化を無力化するストラグルバインドで拘束されてもなお、矢車に扮していた男は余裕を隠さない。

 

「貴様、本物の矢車少佐はどうした!」

「さあ? 今頃、海で魚たちの栄養となっている頃じゃないか?」

「なっ……!?」

「ヴィクトリア様への手土産はもっと欲しかったところだが、この場は退散させてもらうとしよう」

 

 男はそう言って、ストラグルバインドを引きちぎる。魔法によらない力技のため、魔力強化を無力化できるものの拘束力そのものは弱いストラグルバインドでは抑えきれなかったようだ。

 

「逃がすものか!」「逃がすと思っているの!?」

「思っているさ」

 

 スザクとカレンが男を取り押さえようとするが、男は人外離れした瞬発力でバックステップして距離を取り、懐から取り出したスイッチを押す。

 すると、男の姿が忽然と消える。不可視化ではなく、転送による離脱だ。

 

「くそっ!」「逃げられた!」

「転送先を解析したけど、場所はナリタ連山の外だね。ヴィクトリアといえば、多分ラウンズの一人であるサイボーグの事だから、魔法と科学を併用しているってところかな」

「それに、あの口ぶりからすると奴も7年前に潰した犯罪組織の残党か。となると、ヴィクトリアも必然的にその仲間と言う事になるな。サイボーグというのは、戦闘機人の事か」

 

 悔しがるスザクとカレン。解析した情報を考察するロイド。そして次元犯罪組織がブリタニアにも食い込んでいる事を突き止めたルルーシュ。

 一方、片瀬少将と同伴していた幹部たちは、負傷した藤堂を心配する。

 

「藤堂、大丈夫か!」

「ああ、手当すれば命に問題ない。だが……これでは無頼ならばともかく、紅蓮の操縦は厳しい」

 

 傷の状態を冷静に判断する藤堂の言葉に対し、

 

「そんな……この状況で切り札が使えないだなんて……」

「もう、終わりなのか……」

「四聖剣は既に無頼改で出撃している。あの機体を扱えるパイロットなんて、奇跡の藤堂以外には……」

 

 日本解放戦線の幹部たちからは悲観的な声が聞こえてくる。

 

「諦めるな! 行動しなければ、可能性は生まれはしない!」

 

 日本解放戦線の幹部たちに発破をかけたのは、ゼロだ。

 

「片瀬少将。この戦いに勝つためにも、ナリタ連山のデータを私のリベリオンに送ってほしい」

「わ、分かった。急いで準備させよう」

 

 片瀬少将はゼロの提案を受け入れ、幹部たちに矢継ぎ早に指示を出していく。普段は優柔不断でトップには適していない人物だが、少将という地位についていた軍人だけあって能力そのものは高い。要は適性の問題なのだ。

 片瀬少将と幹部が部屋を出た会議室で、簡易キットで傷口を塞いだ藤堂がゼロに話しかける。

 

「ゼロ、頼みがある」

「どうした、藤堂?」

「紅蓮を君たちに預けたい」

「そもそも紅蓮とはどのような機体だ? それが分からなくては、返答のしようがない」

「紅蓮はブリタニア軍の現行主力機であるサザーランドを凌駕する、第七世代相当のスペックを有する新型KMFとしてキョウトが開発した機体だ。最大の特徴は大型の右手に仕込まれた”輻射波動機構”。対象に高周波を短いサイクルで照射する事で、破壊する」

「つまり、兵器転用された大出力電子レンジか」

「そんなところだ。癖が強い機体だが、あれを遊ばせておくほど状況は甘くない。……頼めるか?」

「……分かった。引き受けよう」

 

 ランスロットと同世代相当のスペックを持つKMFの他組織への提供は、本来ならばできるものではない。だが、紅蓮のパイロットとなるはずだった藤堂が負傷した事。そして使える戦力は使わなければならない追い込まれた状況だからこそ、黙認されているのだ。

 

「カレン。紅蓮はお前が使え」

「私が……ですか?」

「お前は黒の騎士団の中でスザクと百目木の二人と並ぶトップエースだ。スザクにはランスロットがあり、百目木は既に出撃している以上、お前にしか頼めない」

「それに、輻射波動はラクシャータが研究していた技術だね。彼女が開発に関わっているならばその機体のスペックは保証できるよ。……悔しいけど」

「……分かりました」

「では、案内する」

 

 紅蓮に誰が乗るかが決まったところで、藤堂はカレンとロイドを連れて紅蓮の下へと案内するために格納庫へと向かっていく。ロイドはラクシャータが開発した機体に興味津々なためだ。

 

「スザク、俺達も出撃準備に入るぞ」

「うん、分かった。何としてもこの戦いを生き延びて、今度こそお祓いに行こう。ゼロ」

「……ああ」

 

 

 ────────────────────

 

 

 時は若干遡り、ルルーシュが日本解放戦線と会談を行う週末。その日はブリタニア軍の方でも大きな動きがあった。

 それは日本解放戦線を壊滅させるための本拠地強襲作戦。

 コーネリア総督の下で集められた情報と、ナイトオブファイブであるヴィクトリアがもたらした情報によって、日本解放戦線の本拠地がナリタ連山にある事を突き止めた事で実行される事となった作戦だ。

 動員される兵力は4個大隊。これを7つの部隊に分けて山全体を包囲するように配置し、作戦開始と共に包囲網を狭めて一気に殲滅するつもりだ。

 G1ベースはナリタ連山の麓に配置し、ユーフェミア副総督が後方支援と野戦病院としての役割を担当する事となっている。

 

「キヒヒ……よっぽど、コーネリア総督は私を妹君に近づかせたくないようだな」

 

 ヴィクトリアが指揮する部隊が配置された場所は、G1ベースとはナリタ連山を挟んで対角線上の位置だ。しかも、G1ベースの護衛には純血派のリーダーであるジェレミア・ゴットバルトがついている。

 ジェレミアはラウンズにも引けを取らないと目されている実力者であり、サザーランドでランスロットに対して数合打ち合える事からでまかせではない事は明らかだ。

 

『総員、作戦開始!』

 

 自らグロースターで出撃するコーネリアの号令によって、G1ベースから、列車から、V-TOLから次々とブリタニア軍のKMFがナリタ連山へ向けて出撃していく。その数、実に百機以上! 

 進撃を開始し、包囲網を狭めるヴィクトリアの脳内に、部下からの念話が届く。

 

『ヴィクトリア様。藤堂は負傷させることができましたが、最後にしくじりました』

「ああ、エインリッヒか。何があった」

『片瀬少将の暗殺は、黒の騎士団のゼロに阻まれ、正体もバレました』

「まあ、暗殺は片手間にできたらというおまけ程度だ。それより、黒の騎士団も来ているのか」

『はい。コーネリア総督への連絡は如何しますか?』

「いや、その必要はない。黒の騎士団には総督殿の戦力を削ってもらうとしよう。お前もキャスパリーグで出撃しろ」

『イエス、マイロード』

 

 念話を閉じ、ヴィクトリアは口の端を吊り上げて嗤う。

 

「キヒ、キヒヒ……。今度こそ逃がしはしないぞ、ゼロ!」

 

 ナリタ連山の各所では、日本解放戦線と黒の騎士団、そしてブリタニア軍の大規模な戦いが繰り広げられていた。

 コーネリアのグロースターが構えるランスの突撃で貫かれる、日本解放戦線の無頼。

 ダールトン将軍のグロースターが構える大型キャノン砲をブレイズルミナスで防ぎ、反撃するマーヤのサザーランド・リベリオン。

 ブリタニア軍のサザーランドの部隊を、四聖剣の無頼改が連携して囲み撃破している戦場もあれば、純血派のサザーランドの一斉掃射で無頼が蜂の巣にされる戦場もある。

 そんな中、ヴィクトリアが担当する部隊側に展開された日本解放戦線の無頼は、今まで見た事がない新型機と戦闘していた。

 

「く、くそがぁっ!」

 

 その新型機のフォルムは肉食獣を思わせる、青色を基調とした四足歩行の機械。全高はサザーランドとほぼ同じで、全長も考えると通常のKMFよりも大型だ。四つの脚部に搭載されたランドスピナーによって生み出される機動力に無頼は翻弄され、前脚の電磁クローによって飛び掛かられた無頼がコックピットごと破壊されていく様子は、さながら狩りのようだ。

 日本解放戦線の無頼が、味方の無頼を引き裂いた敵にアサルトライフルを向けてフルオートで掃射する。しかし、超信地旋回(スピンターン)して正面を向いた機体の前方にシールドが展開され、全て弾かれる。

 そして、頭部にあたるファクトスフィアの下部にある三角錐状のパーツが開き、若干の溜めの後に獣の咆哮の様な音と共に赤黒い光の奔流が無秩序に散らばって無頼と周辺を飲み込んでいく。

 この新型機こそ、ヴィクトリアが開発を進めさせていた異形のKMF、キャスパリーグだ。今回の作戦ではヴィクトリアの部隊にのみ少数が配備されている。

 周辺にヴィクトリアの部隊以外は残存していない事を確認したキャスパリーグのパイロットは、同行させていた同じ部隊のサザーランドのパイロット達に合図を送り、それぞれが牽引する円筒状の形をしたユニットを地面に設置し接続させる。

 

『ヴィクトリア様、準備ができました』

「では、早速始めるとしよう。転送装置を起動しろ」

『イエス、マイロード』

 

 ヴィクトリアの指示に従い、設置した転送装置が起動する。ヴィクトリアの部隊の独自の動きの思惑に気が付いた者は、ブリタニア軍側にはまだいない。

 

 

 ────────────────────

 

 

 始めは順調だったブリタニア軍によるナリタ連山の包囲と制圧は、徐々にだが遅延が発生していた。特に黒の騎士団の参戦は影響が大きく、ランスロットの活躍とゼロの計略によって若干押し戻されている区域も存在する。

 コーネリアにとって、日本解放戦線とは個別に撃破するつもりだった黒の騎士団が既にいた事は少々予想外だった。

 黒の騎士団が保有するランスロットとそのパイロット、そして日本解放戦線の奇跡の藤堂とその配下の四聖剣の連携こそ警戒するべきだが、それでもここで諸共に捻り潰す事ができればエリア11の平定は目の前だと考えていた。そうすれば、ユーフェミアにこのエリアを任せる事ができるとも。

 コーネリアがそう考えている頃、後方に位置するG1ベースの方は予想外の異常事態を認識していた。

 G1ベースが奇襲を受けたわけではない。G1ベースのセンサーが突然、ナリタ連山全域で大量に増加した所属不明機の存在を検知したのだ。

 

「これは……!?」

「想定されていたよりも……いえ、明らかに敵増援の数と配置がおかしい!」

 

 今回の作戦では、ブリタニア軍は百機以上のKMFを動員しているが、増加した所属不明機の数はそれに並ぶ。

 しかも、それだけの数の機体がナリタ連山の各所に同時多発的に出没したのだ。

 この事態が異常である事は、軍事に疎いユーフェミア副総督でも分かる。

 

「早くこの事を連絡しなくては!」

「イエス、ユアハイネス! ……駄目です! ナリタ連山にいる部隊との通信が妨害されています!」

「そんな!」

 

 更に通信妨害も受けてこの異常事態を速やかに部隊に連絡する事もできない。

 G1ベースが混乱に陥っている間に、ナリタ連山の部隊の方でも混乱が発生し始める。

 G1ベースだけでなく、距離がある友軍とも連絡が取れない通信妨害。眼前に突如出現する無頼。そして──、

 

「テロリスト如きが! っなぁ!?」

 

 グロースターの一機が、出現した無頼をランスで貫く。躱すそぶりもなく無頼が貫かれた瞬間、桜色の閃光と共に大爆発を起こしてグロースターを飲み込んだ。

 

「この爆発……流体サクラダイトによる自爆だ!」

 

 ブリタニア軍のパイロットの一人が、閃光の正体を見破る。

 その間にも、出現した無頼たちはスタントンファーを展開してKMFに襲い掛かる。ブリタニア軍は勿論、日本解放戦線や黒の騎士団に対しても。

 

「何なんだ、こいつら!」

「手あたり次第ってこと!?」

「クソッ! 脱出こそできたが、玉城の機体がやられた!」

 

 自爆攻撃にあった玉城が脱出できたのは、リベリオンのブレイズルミナスによる防御が間に合い脱出したコックピットが爆発範囲の外に出られたからだ。

 無差別に自爆攻撃を仕掛けているように見える新手の無頼たちだが、もしも通信が正常だったならば、ヴィクトリアの部隊だけは素通りしていることに気がつけただろう。

 ナリタ連山各所で桜色の爆発が発生する中、フェアリーサーチャーで所属不明機の無頼を解析して無人機であることを突き止めたルルーシュには、この手口に覚えがあった。

 

「無人機を用いた自爆攻撃と通信妨害。この手口……七年前に潰したテロ組織が行っていた手口と一緒じゃないか! となるとヴィクトリアという名は……あの女科学者、自分の身体を捨てて男性体の戦闘機人になって、追手を振り切ったな!?」

 

 ルルーシュが思いだしたのは、ミッドチルダにおいて質量兵器の合法化を掲げていたテロ組織の存在だ。麻薬売買と戦闘機人の違法研究、質量兵器の密造を行いテロ拡散していた凶悪な組織で、七年前にヴォルケンリッターとルルーシュで魔力蒐集のために襲撃を仕掛けた相手の一つでもある。その際に管理局にリークしてリーダーと幹部級が軒並み逮捕され、組織として壊滅させたはずだが、どうやら科学者だったヴィクトリアとその部下は逃げ延びていた様だ。

 混迷を極める戦況、通信妨害によって近隣の仲間にしか連絡が取れないが、そこはバトンリレー形式にしたり、カレンやマーヤ、C.C.等に念話で指示を送る事でどうにか連携を繋いでいく。

 

「カレン、紅蓮の調子はどうだ!」

『ゼロ、この機体、私に凄くなじむ! リベリオンよりも私の動きについて来てくれる!』

『あっはっは~。サザーランドがベースのリベリオンだと、紅月君の反射速度に追従しきれていなかったからね~♪』

「それは何よりだ。所属不明機は自爆に特化した無人機だ。撃破する際には接近しないように注意するんだ」

『分かった!』

 

 カレンは預けられたばかりの紅蓮を無事に乗りこなしているようだ。カレンのリベリオンを見せてもらった事があったが、あれは限界ギリギリまで機体の反応速度を上げたチューンナップが施されていたはず。あれでもカレンの動きに追いつけていなかったというのは、KMFの才能という面では元軍人であったスザクよりも潜在ポテンシャルは上かもしれない。

 

「マーヤ、そちらの戦況はどうだ!」

『さっきまでダールトン将軍のグロースターを日本解放戦線の人達と協力して抑え込んでいたのだけど、乱入してきた所属不明機の無頼の自爆でダールトン将軍は一時撤退した。今は所属不明機を近づかせないように飽和射撃で撃破している』

「C.C.は!」

『複数の所属不明機に追われたのでな、途中でブリタニア軍に押し付けた所だ。今からそちらに向かう』

 

 マーヤとC.C.もまだ余裕はあるようだが、今のうちにこの制御できていない戦況を一度整え直す必要がある。連絡手段がないスザクに関しては、ランスロットのスペックもあるのであまり心配はしていない。

 そのためにもルルーシュは、ヴィクトリアが態々この局面でこのような事をした理由を考察し、導き出した複数パターンの可能性に共通する相手の目的から逆算する。

 

「ヴィクトリアの目的は……恐らくコーネリアの殺害。この状況ならばコーネリアを暗殺しても、日本解放戦線か黒の騎士団に責任を押し付ける事ができる。そうなれば、残るのは庇護を失ったユーフェミア副総督のみとなり、如何様にもする事ができるという訳か」

 

 皇帝直属の騎士の一人(ナイトオブファイブ)という立場でありながら皇族の暗殺を企む辺り、ヴィクトリアにとって、よほどコーネリア達は目障りだったのだろう。経歴を考えれば、お互いの相性がかなり悪いだろうしな。

 

「だがこれはこちらにとってもチャンスだ。ヴィクトリアを撃破して此方が先にコーネリアを確保すれば、一気に盤面を掌握する事ができる!」

 

 ルルーシュは他の黒の騎士団メンバーと共にC.C.と合流し、コーネリアの確保のためにリベリオンを走らせるのであった。




ミッド式魔法であるストラグルバインドに関しては、クロノが使用したのを見たルルーシュが独学でエミュレートしたものです。
片瀬少将や藤堂が、ゼロの魔法に対して深く追求しなかったのは、それどころではなかったのが大きいです。

〇エインリッヒ
日本解放戦線の幹部である矢車に変身魔法でなりすまして潜入していた、リフレインの密売業も兼ねるヴィクトリアの部下。
保有する劣化ギアスは、”違和感を持たれなくする”能力。草壁たちと違って発動時の代償は無い或いは無視できる程度に軽微な内容の模様。
日本解放戦線から無頼を横流ししたり、海外の架空の対ブリタニア反抗勢力を複数でっちあげてキョウトから無頼を横流ししたりして今回の自爆用無頼(無人機)を用意した。
ストラグルバインドを引きちぎったパワーや、スザクとカレンの追撃をかわした機動力は戦闘機人としてのスペックで、IS(インフューレントスキル)は不明。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナリタ連山攻防戦中編

 ナリタ連山各地に突如現れた大量の無頼による自爆攻撃と大規模な通信障害によって、ブリタニア軍と日本解放戦線及び黒の騎士団の戦況は混迷を深めていた。それでも、ブリタニア軍と日本解放戦線及び黒の騎士団は協力してこの脅威にあたる事はできない。

 なぜならば、ブリタニア軍にとって日本解放戦線と黒の騎士団も壊滅させるべき敵であり、日本解放戦線と黒の騎士団にとってもブリタニア軍は打倒するべき相手だからだ。

 

「ああ、もう! 滅茶苦茶だ!」

「朝比奈! 弱音を吐いている暇はないぞ!」

 

 四聖剣の無頼改は、四機の連携攻撃でブリタニア軍の新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)を食い止めている所だ。無頼改に包囲されている新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)の、頭部下部にある三角錐のパーツが開く。

 

「またあの攻撃が来るぞ! 各機散開!」

 

 四聖剣が新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)の前方から離れた直後、獣の咆哮の様な音と共に赤黒い光の奔流が無秩序に照射され、射線上にあった岩壁を抉り貫く。

 

「くっ! あれが黒の騎士団のロイドという科学者が言っていたハドロン砲。何という破壊力だ。直撃どころか、掠めただけでもやられかねんぞ!」

「だが、あの武装の弱点は把握済み!」

 

 従来の兵器を凌駕する破壊力に肝を冷やしながら、四聖剣はこれまでの情報を基にその弱点を看破していた。

 それは、攻撃の予備動作ともいえるチャージ時間と狙いの甘さ。新武装を使用する時以外は態々格納していることから、武装そのものの強度はあまり高くないのだろう。そして映像を見たロイドの証言と岩壁の破壊痕のムラから、ハドロン砲の収束・制御は不完全で、未だ完成の領域には至っていない事も分かる。

 新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)の背部にマウントされているガトリング砲が、ハドロン砲を回避した四聖剣の無頼改に向けられる。その時、

 

「はぁぁっ!」

 

 新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)めがけて、赤いサザーランド・リベリオンが崖を駆け下り、新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)に飛び掛かって無頼改と同じ廻転刃刀(かいてんやいばとう)を突き立てた。

 高速で廻転する刃が新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)の装甲を切り裂き、両断する。そして機体が爆発する寸前に廻転刃刀(かいてんやいばとう)を引き抜いて離れる。

 

「すまん、機体の調整で遅くなった!」

「藤堂さん!」

 

 赤いサザーランド・リベリオンを操縦しているのは、藤堂だ。紅蓮をカレンに預けた藤堂は、代わりにカレンの乗騎である赤いサザーランド・リベリオンで出撃したのである。

 カレン用にピーキーに調整されていたリベリオンを藤堂に合わせたのは、ロイドである。ロイドはこれまでの藤堂の実戦データを受け取り、それを基にOS等の再調整を急ピッチで行ったのだ。

 

「それにしても……キョウトから受け取った紅蓮を、黒の騎士団に預けて良かったんですか?」

「ああ。あの機体は強力だが、それ故に仲間と連携を取るのが難しい。私が乗るよりも、他のパイロットを乗せたほうが有効だと判断した。それに──」

「それに?」

「紅蓮のパイロットとなったカレンとは途中まで同行していたが、彼女は紅蓮と一心同体と言っても過言ではない、初めて乗ったとは思えないような素晴らしい動きをしていた」

「藤堂さんがそう言うほどですか……それに、なんだか嬉しそうですね」

「そうか? ……そうかもな。日本を取り戻す大きなうねりが、若い世代に芽吹いたと考えるとな。今まで耐え凌いできた事が無駄ではなかったと実感できる」

 

 藤堂は無自覚なうちに緩んでいた頬を引き締めると、四聖剣に号令を出す。

 

「繋がった意志を無駄にしないためにも、我等がその道を切り開くぞ!」

「「「「承知!」」」」

 

 藤堂は四聖剣を連れて、遭遇したブリタニア軍のサザーランドを連携して切り伏せ、無人の自爆無頼を近づかせずに撃ち落としながら戦場を駆け巡っていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 藤堂が四聖剣と合流し、混乱に乗じて戦線を押し戻す一方、ブリタニア軍は戦線を分断されて孤立状態に陥っていた。突然現れた所属不明の多数の無頼による自爆攻撃による被害もそうだが、大規模な通信妨害によって全体の戦況を正確に把握できなくなった事も大きい。

 

 全体の被害はどうなっているのか。何処の戦場に被害が偏っているのか。戦線はどのように崩れているのか。日本解放戦線や黒の騎士団、所属不明の自爆する無頼の配置はどうなっているのか。

 憶測混じりの情報や恣意的に流された誤情報も含まれる事で現場も正確な判断を下せなくなり、各部隊の指揮官は各々に行動することを余儀なくされる。

 

「しまった! 弾が……うわぁぁっ!」

 

 所属不明機以外の無頼も自爆攻撃を仕掛けてくるのではないのか? という疑心暗鬼から、必要以上にアサルトライフルの弾薬を消費した結果、弾切れを起こして自爆攻撃に対する対抗手段がなくなったサザーランドのブリタニア軍パイロットが、自爆攻撃に飲み込まれる。

 

「なっ、上から!?」

 

 山の中で繰り返される自爆によって一部の地盤が崩壊し、麓の街にこそ届いていないものの山崩れに部隊が飲み込まれる。

 そして、被弾し武装を失ったナイトメアの一部がG1ベースまで逃げ込み、所属不明の無頼達がそれを追跡した事で、後方指揮と野戦病院としての機能のために陣取っていたG1ベースも、無頼たちの自爆攻撃の対象となっていた。

 

「副総督がおわすG1ベースには、一歩たりとも近づかせはせん!」

 

 オレンジと緑を基調としつつ両肩が赤く塗装された、ランスロットに似たKMFが腕部から小型のMVSを展開し、接近する無頼をすれ違いざまに両断する。

 この機体はサザーランド・シグルド、サザーランドを基にブリタニア軍に回収された特派のヘッドトレーラーに残されていたランスロットのデータと、ランスロットの余剰パーツや試作パーツを用いて組み上げられた試作KMFだ。

 この機体のパイロットはジェレミア・ゴットバルト。これまでの戦いで黒の騎士団のランスロットに挑み何度も辛酸を舐めさせられた経験から、サザーランドを凌駕する性能を持つ本機のテストパイロットに志願し、志願者の中でただ一人この機体を十全に扱えている。

 機体のカラーリングについて、本来は青と白を基調に両肩は純血派の証である赤に塗装される予定であったが、ジェレミアの脳内に何故かオレンジと緑の組み合わせが思い浮かび要望していた。

 何故この組み合わせにしようと思ったのかは自分でもよくわからない。仲間内からはいつからオレンジが好きになったんだ? と揶揄われたりもしたが、ジェレミアはその時、この色の組み合わせこそ忠義の形と思えて仕方がなかったのだ。

 両断された無頼が自爆するが、自爆する頃にはシグルドは既に自爆範囲外まで距離を取っている。そして、アサルトライフルで的確に無頼たちの脚部を破壊し、G1ベースを守る他の友軍にトドメを刺させる。

 

「この動き……自爆する無頼は全て行動パターンが同じ。だとすれば……よもや無人機!? なら、行動を誘導してしまえば!」

 

 ジェレミアは自爆する無頼の正体の一端に気が付き、これまでの行動ルーチンから相手の行動を予測して次々と両断していく。言葉の上では簡単だが、実際には僅かでも見切りを外せば、自ら自爆に巻き込まれる狂気的ともいえる綱渡りだ。

 ジェレミアがこれまで乗っていたサザーランドでは、機体のパワーと速度が足りずに自爆攻撃に巻き込まれていただろう。パイロットがジェレミアでなければ、このギリギリの選択を択ばず安全策で対応し、G1ベースに取り付こうとする無頼たちを全滅させるのにより多くの時間を要していただろう。

 

「各員、今のうちにエナジーフィラーの交換と弾薬の補充を済ませておけ!」

「イエス、マイロード!」

 

 ナリタ連山から降りてきた自爆する無頼たちを全滅させ、ジェレミアはG1ベースの護衛の方に残った純血派に指示を出しながら、各所で桜色の爆発が発生するナリタ連山を見る。

 

「コーネリア総督はご無事だろうか……」

 

 ジェレミアにとって、コーネリア総督は忠義を尽くすべき皇族というだけでなく、ある一点においては目的を同じとする同志でもある。その目的とは、敬愛するマリアンヌ后妃の死の真相を明らかにし、このエリア11で非業の死を遂げたルルーシュ殿下とナナリー殿下の墓前にそれを報告する事。

 ジェレミアもコーネリア総督も、マリアンヌ后妃が暗殺された事件について独自に調べていたが、お互いがその事に気が付いたのはつい最近の事だ。

 二人の共通認識として、現状で最も怪しい犯人は、クロヴィス前総督を殺害しアリエス宮の真相を知るとされる仮面の男ゼロだ。

 ジェレミアは、この大量の無頼による自爆攻撃という異常事態が無ければ、黒の騎士団がどこかで介入してくる事を心のどこかで望んでいた。G1ベースに帰投したサザーランドのパイロットからの報告で、黒の騎士団がナリタ連山にいる事を知った時、持ち場を離れて向かおうとする内心を押し留めるのに必死だった位だ。

 コーネリア総督の安否を心配する心。ゼロをこの手で捕らえたい心。そしてコーネリア総督より与えられた、ユーフェミア副総督の護衛任務を完遂したい心。これらの心がジェレミアの中で渦巻く。

 

「ジェレミア卿!」

「キューエル卿! 無事であったか!」

 

 純血派に所属するサザーランド達が、G1ベースへ新たに帰投する。機体各所の装甲は剥げ落ち、腕部が脱落している機体もある。既に戦力としては使い物にならないほどの損傷だ。

 

「ああ、何とかな。黒の騎士団のサザーランドに、自爆する無頼を擦り付けられたときは死ぬかと思ったぞ」

「擦り付けられた?」

「どうやらあの自爆する無頼は、我らだけでなくテロリストに対しても自爆攻撃を仕掛けているようだ」

 

 キューエル卿の話を聞いて、ジェレミアは少し考え込んでから推論を述べる。

 

「よもや……あの自爆する無頼はテロリストが用意したものではないのか? そうなると、実戦で限定的ながら運用可能な無人機の登場は、今後の戦争の在り方にも影響を与えかねんな」

「かもしれん……。だが、そうなると一体どこからの刺客だ? ドローンによる無人機運用を試みているEU圏か?」

「この一件、どうやら我らが思っているよりも根深い可能性があるやもしれん」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ナリタ連山の山中では、スザクが撃破したブリタニア軍の新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)を見ながら、ランスロットに異常がないかバイタルを確認する。

 

「皆とは……連絡が取れないか。前に出過ぎかな。それにしても、まさかブリタニア軍が今までと全く違う新型機を投入して来るだなんて」

 

 ──機体ダメージ:軽微

 ──武装稼働状況:破損・損失無し

 ──エナジー残量:64%

 

「よし。これならば、まだ戦える。……っ!」

 

 ランスロットのコックピットにアラームが鳴り響き、スザクは反射的に機体を跳躍させる。ランスロットがその場を離れた数瞬後、獣の咆哮の様な音と共に赤黒い閃光──ハドロン砲が通過して周辺を薙ぎ払っていく。

 スザクは跳躍したランスロットのヴァリスをハドロン砲の発射された方向に向けて数度発砲しながら、腰のスラッシュハーケンを周辺の崖に打ち込み、軌道を変更して崖を上る。

 

「ほう……キャスパリーグの反応がロストしたから来てみれば、黒の騎士団のランスロットか」

 

 新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)に似た、それでいて決定的に違うフォルムの異形のKMFが、ヴァリスを腕部から展開したブレイズルミナスで防ぎながら現れる。

 その異形のKMFは、新型四足歩行KMF(キャスパリーグ)の背部に武装の代わりに、翼のない竜に”5”の文字が刻まれたマークが刻印されたグロースターの上半身が移植されている機体だ。グロースター部分の上半身の背部には2門の対艦用6連装ヘビーガトリングが、両腕にはライフルと一体化したブレイズルミナスが内蔵されたシールドが装備されている。全高は7m近くに達しており、通常のKMFの1.5倍近い巨体を誇る。

 

「あのエンブレム……ヴィクトリア・ベルヴェルグ!」

「折角だ。此処でサイタマゲットーでの雪辱を晴らさせてもらうとしよう。ゼロも、あの世への付添人が先に待っている方が嬉しいだろう?」

「ここで死ぬつもりはないし、お前をゼロの所に行かせもしない!」

 

 スザクはランスロットのMVSを抜剣・展開し、ヴァリスをヴィクトリアの機体に向ける。

 

「勝てると思っているのか? この私と、キャスパリーグ・ヘンウェンに!」

 

 ヴィクトリアはキャスパリーグ・ヘンウェンの対艦用6連装ヘビーガトリングの照準をランスロットに合わせ、撃ち始めた。破壊の嵐と形容できる弾幕によってランスロットがいる崖が見る見るうちに削り取られていく。スザクはヴァリスで反撃しながらランスロットで崖を滑るように駆け下りていく。

 

「ブレイズルミナス……あの機体にもランスロットの技術が使われている。だとすれば、有効打になるのはMVSか最大出力のヴァリスによる零距離射撃! ならば、此処は無理をしてでも近づく!」

 

 サイタマゲットーで戦ったヴィクトリアのグロースターが、ランスロットのスラッシュハーケンでは十分なダメージを与えられなかった異常なまでの耐久力を念頭に、スザクはブレイズルミナスで被弾を防ぎながらキャスパリーグ・ヘンウェンに近づいていく。

 対艦用6連装ヘビーガトリングの弾丸が尽きる様子を見せないのも、恐らくは転移魔法の類で弾倉を補充しているのだろう。ひょっとしたら、エナジーフィラーも同様の方法で戦いながら交換できるのかもしれない。

 もしもそうならば、相手のエナジー切れや弾切れを狙う持久戦は愚策だ。ランスロット自体、エナジーの燃費が悪い事もあって此処は危険を冒してでも短期決戦に持ち込むべきだとスザクは判断してのものだ。

 キャスパリーグ・ヘンウェンの砲撃の嵐を躱しながら、ランスロットとキャスパリーグ・ヘンウェンの距離が縮まっていく。ランスロットはMVSを、キャスパリーグ・ヘンウェンはシールドからMVSを展開して斬り結ぶ。

 一瞬の拮抗の後に、スザクはランスロットを下がらせてキャスパリーグ・ヘンウェンの前脚に装備されている電磁クローを躱す。

 ヴィクトリアの機体はグロースターの頃からランスロットを凌駕するパワーを有していた。グロースターよりもさらにパワーがある事が容易に想像できるキャスパリーグ・ヘンウェンを前に、スザクは正面からのパワー勝負には持ち込まずに隙を窺いながらヒット&アウェイを繰り返す。

 ランドスピナーの超信地旋回(スピンターン)を利用したMVSによるランスロットの連続斬撃。通常のKMFであれば瞬く間にバラバラにされる攻撃だが、キャスパリーグ・ヘンウェンはその異常な耐久力とブレイズルミナスの防御力で防ぎきり、側面や背後は取らせまいと此方も超信地旋回(スピンターン)を駆使してランスロットを正面に捉えて攻撃を続ける。

 

「あれだけの巨体なのに、超信地旋回(スピンターン)が速い!」

「このままお前と遊び続けるのも良いが、遊び相手は多い方がもっと楽しいからなぁ? 遊び場所をより相応しい所に変えさせてもらおう」

「行かせないといったはずだ!」

「お前に拒否権は……無い!」

 

 スザクのランスロットも巻き込む形で、キャスパリーグ・ヘンウェンを中心として大地に円陣が展開されて正方形の紋様が回転する。

 

「ゼロの所へご案内ってね、キヒヒヒ……!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ダールトン将軍のグロースターが担いでいる大型キャノン砲による日本解放戦線の装甲車への砲撃を、マーヤはサザーランド・リベリオンの左腕に装備されているシールドに搭載されたブレイズルミナスで逸らす様にして弾く。そして日本解放戦線の無頼との連携で動きを止めさせた別のグロースターの頭部を、右腕に装備された大型のスラッシュハーケンで抉り飛ばす。

 

「よし、また一機撃破……! このままブリタニアの指揮官も!」

 

 マーヤは撃破したグロースターが携行していたアサルトライフルをついでに強奪し、ダールトン将軍のグロースターに牽制射撃も忘れない。

 

「おのれ、あのサザーランドの改造機のパイロットに良いようにされてしまっている……! 目の前に日本解放戦線の片瀬がいるというのに!」

 

 ダールトン将軍は、目の前の相手の技量と連携に苦戦している事実に焦りを覚える。通常のサザーランドよりも強化された改造機なのもあるが、正規の訓練を受けたものとはまた違う、周辺の崖や木々を利用した三次元立体機動と、日本解放戦線からの援護を駆使してブリタニア軍を翻弄してくる。

 それでも作戦開始当初の物量であれば対処そのものは十分に可能だったはずなのだ。途中で突如出現した、大量の自爆する無頼に加えて強力な通信妨害によって、各個分断・撃破されて数を減らされてしまった事が大きな痛手だ。

 もしも、ダールトン将軍が率いる部隊が山崩れなどで壊滅状態であったならば、あるいは目の前に片瀬少将が乗る装甲車が居なければ、ダールトン将軍はこの場は引いてコーネリア総督と合流する事を選んでいただろう。

 部下のグロースターによるアサルトライフルの連射が、装甲車に随伴する無頼──ナイトポリスが使用するシールドに改造を施した物を装備した機体──がブレイズルミナスを展開して防ぐ。

 

「くっ……特派の技術がこうも厄介な代物とは! 姫様……どうかご無事で!」

 

 ダールトン将軍がマーヤに足止めされている頃、コーネリア総督の騎士であるギルバート・G・P・ギルフォードも、藤堂と四聖剣を相手に苦戦を強いられていた。

 ギルフォードのグロースターを包囲しようとする無頼改と、包囲されないように立ち回り各個撃破を目指すギルフォード。下手に足を止めれば包囲され、他のサザーランドやグロースターのように切り刻まれる。

 

「くっ! 黒の騎士団と日本解放戦線がこれほどの連携を行えるとは!」

 

 藤堂が乗っている機体が、無頼改ではなく黒の騎士団のカレンが使用していたサザーランド・リベリオンである事が、ギルフォードに勘違いを起こさせる。

 もしもサザーランド・リベリオンに乗っているのが藤堂だと分かっていれば、コーネリア総督もギルフォードに違う対処を取らせていた可能性はあった。尤も、藤堂と四聖剣を相手にして攻めあぐねているで済む段階で、ギルフォードの技量は優れている事の証左でもあるのだが。

 

「ええい。このままではコーネリア殿下が!」

 

 自爆する無頼に加えて、黒の騎士団と日本解放戦線によって、ギルフォードはコーネリア総督とは分断され、通信妨害によって周囲の友軍の詳細を知る事もできない。

 コーネリア総督は無事なのか。コーネリア総督を護衛している軍人は残っているのか。敵は後どれだけ残っているのか。それらの情報が一切入ってこない状況はギルフォードに焦りを生み出していく。

 そして、ダールトン将軍とギルバートからその安否を心配されているコーネリア総督は……。

 

「これでチェックメイトだ。コーネリア」

 

 ルルーシュが率いる黒の騎士団及び、合流したカレンの紅蓮によって絶体絶命の状況に陥っていた。

 グロースターの両腕は破壊されて脱落し、胸部のスラッシュハーケンも片方が損壊している。更に脚部のランドスピナーの右足側が破損しているため、KMFとしての機動力も大きく削がれている。

 その状態で前方には紅蓮、さらに崖の上にはルルーシュを含めた黒の騎士団のサザーランド・リベリオンと無頼がコーネリア総督を包囲している。

 それでも、コーネリア総督から戦意は失われていない。

 

「私は投降はせぬ。皇女として最後まで戦うのみ!」

 

 武人としての矜持を胸に徹底抗戦の姿勢を見せるコーネリア総督。コーネリア総督からすれば、機体の損壊に加えて不可思議な軌道を描く閃光弾によってファクトスフィアの光学センサーが麻痺して使い物にならなくなっても、自らの矜持を投げ捨てて良い理由にはならない。

 

「言っただろう? チェックメイトだと。貴方にはここで戦わずして捕虜となってもらう」

 

 ルルーシュはコーネリア総督のグロースターの近くに潜ませていた不可思議な軌道を描く閃光弾──ルルーシュが魔法で展開したフェアリーサーチャー──を機体に接触させ、あるプログラムを送信した。

 

「なっ! 脱出装置機能が誤作動だと! ぐぅぅっ!」

 

 それはナイトメアの脱出装置を外部から強制起動させるプログラム。鹵獲したサザーランドをサザーランド・リベリオンへと改修する過程で、サザーランドに採用されているOSを基にルルーシュが魔法で送り込むプログラムとして開発したものだ。

 このプログラムを搭載したフェアリーサーチャーの機動力やプログラムを順番に機体に複数回接触させないといけないなど、実際の戦闘では実用性は低いと判断されていた。しかし、今回の様な状況では強敵を殺さずに無力化できる点で役に立つ場面がある事をルルーシュは再確認した。

 強制的に機体からコックピットが射出され、しかし本来ならば安全圏まで飛んでいくはずのコックピットはその推力を落としてルルーシュのサザーランド・リベリオンの前に落下する。ルルーシュはサザーランド・リベリオンの左腕でコーネリア総督が乗るコックピットを抱える。

 

「惜しかったな、コーネリア。あの所属不明の無頼の軍勢が介入してこなければ、或いは日本解放戦線は壊滅させられたかもしれないというのに」

「っぁぐ、ゼロ……っ!」

「これで此方の勝利条件はクリア。後は日本解放戦線と共に撤退するだけ──ん? あれは……」

 

 大地に円陣の中を正方形が回転する魔法陣──ルルーシュが知るミッド式魔法が展開される。

 

「ゼロ!?」

「これは……魔法による転移!? 何か来るぞ!」

 

 魔法陣から現れたのは、ランスロットと異形のKMFだ。ランスロットはバックステップで異形のKMFから距離を取り、二本のMVSを構える。

 

「スザク、無事か!」

「ゼロ! この機体は、ヴィクトリアの専用機だ! ランスロットの技術も使われている!」

 

 異形のKMFはルルーシュのサザーランド・リベリオン、そしてその腕に抱えているコックピットに視線を移すと、通信機越しに嘲るように口を開く。

 

「これはこれは、コーネリア総督殿。黒の騎士団に捕らわれてしまいましたか。ブリタニアの魔女も、存外大したものではないのですね」

「っく……ヴィクトリア卿。貴様、私を嗤いに来たのか。そもそもどうやって姿を現した!?」

「いえいえ。私はゼロを仕留めに来ただけですよ? まあ、コーネリア総督殿が助けてくださいと跪いて私に縋るならば、助けますが?」

「ヴィクトリア卿、貴様!」

 

 コーネリアのプライドを逆なでにするヴィクトリアの発言に、激昂するコーネリア。そこにルルーシュが割り込む。

 

「初めからコーネリアを始末するつもりの癖に心にもない事を言うものだな、ヴィクトリア・ベルヴェルグ。7年前に私が貴様の所属する犯罪組織を潰した時以来だな」

「……キヒ、キヒヒ! やはり、やはり貴様だったか! ゼロ! それにしても、いつから気が付いていたのかなぁ!?」

「確信を持ったのは、自爆する無人機無頼の軍勢を見た時だ。戦闘機人に肉体を乗り換えようとも、貴様の性根は何一つ変わっていない。いや……むしろ残虐さは悪化しているな」

「手に入れた力を思うままに振るうのは、楽しいぞ? 力無き愚物を蹂躙し滅ぼすのは実に心地良いものだ! 7年前の脆弱な肉体だった私にはなかった快楽だ!」

「これが……ヴィクトリア卿の本性?」

「いや、7年前よりも下劣な上に精神も不安定になっている」

 

 狂気を孕んだ笑みを浮かべ嗤うヴィクトリアにコーネリアが怖気を感じている一方で、ルルーシュは7年前の科学者だった頃のヴィクトリアとの違いから、無理な肉体の移し替えが精神に悪影響を与えている可能性を考える。

 事実、ヴィクトリアはゼロが7年前に所属組織を壊滅させた者と同一人物だと確信した事で、凶暴性が制御困難な状態となっている。

 

「ヴィクトリア・ベルヴェルグ。お前は、この黒の騎士団が裁く!」

「やれるものならばやってみろ! どのみち、コーネリア殿下には虜囚の辱めを受ける事を良しとせず、黒の騎士団及び日本解放戦線との戦いで名誉の戦死を遂げた事にする予定だったからなあ! 纏めて葬ってやるよぉ!」




日本解放戦線の装甲車に随伴していた無頼が使用したブレイズルミナス搭載シールドは、シールド裏面にバッテリーとジェネレーターを搭載する事でどんな機体でも本体のエナジーを消費しないで使用できるようにした試作装備です。
バッテリーとジェネレーターを積んだ弊害でシールドは大型化し、マニピュレーターで直接保持する必要があるので小回りは利きません。
その代わり、サザーランド・リベリオンのものより高出力のブレイズルミナスを(マニピュレーターで保持できるならば)どんな機体でも運用可能という利点があります。

ちなみに、スザクがヴィクトリアと遭遇せずに進んでいた場合、ヴィクトリアの陣営が設置した転送装置などの場所に到達する可能性がありました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ナリタ連山攻防戦後編

 ヴィクトリアと黒の騎士団の戦いは、一対多数でありながらヴィクトリアの優勢で進んでいた。

 

「くそっ! いくら弾丸撃ち込んでも、ビクともしやがらねえ!」

「前衛はブレイズルミナスで後衛を守って、後衛は撃ち続けろ! それがスザクとカレンへのアシストになる!」

 

 前衛のサザーランド・リベリオンとブレイズルミナス搭載の大型シールドを掲げた無頼が、キャスパリーグ・ヘンウェンの対艦用6連装ヘビーガトリング砲とヴァリスの弾幕を前に機体を軋ませながらどうにか防ぎ、後衛の無頼はアサルトライフルやブリタニア軍から奪った大型バズーカ砲で攻撃を仕掛ける。

 通常ならばたった一機相手に対して投入する火力ではない。しかし、ヴィクトリアが乗るキャスパリーグ・ヘンウェンは常軌を逸した機体だ。

 過剰なまでの攻撃力で本来ならばあっさりと弾切れ・エナジー切れになる様な猛攻を仕掛けていながら、一向にその攻撃が止まる気配はない。更に、無頼の攻撃が機体に直撃しても微動だにしない堅牢さは、無頼の火力を凌駕する武装を有するスザクのランスロットとカレンの紅蓮弐式をもってしても決定打を与えられずに攻めあぐねるほどだ。

 

「キヒヒィ……ッ! 無駄だ! 私のIS(インヒューレント・スキル)で全てが強化されたキャスパリーグ・ヘンウェンは完全無欠! 破壊できるナイトメアなど、存在しない!」

「だからって、諦めたりなんかしない!」

 

 スザクとカレンはそれぞれランスロットと紅蓮弐式の機動力で撹乱しながら、ランスロットはMVSで、紅蓮弐式は鎧通しと十手を融合させたような構造の特殊鍛造合金製ナイフ(呂号乙型特斬刀)を左腕で握って幾度の切りつける。紅蓮弐式の切り札である輻射波動機構は、それまでの戦闘で専用カートリッジの残弾が一発しか残っていないため、必殺を確信した時にしか使えない。

 

「その通りだ! 完全無欠な存在など、この世界には存在しない!」

 

 ルルーシュは自らのサザーランド・リベリオンのブレイズルミナスでキャスパリーグ・ヘンウェンの猛攻をしのぎながら、並行してフェアリーサーチャーを複数展開してキャスパリーグ・ヘンウェンに妨害を仕掛ける。

 主な狙いはハッキングによる機体の強制停止。しかし、キャスパリーグ・ヘンウェンは他のブリタニア製ナイトメアと異なり、対魔法防御も組み込まれているためにこの目論見は上手くいっていない。

 尤も、ルルーシュの狙いはそれだけではない。

 

「S1からS4は10秒後に今の持ち場を離れてJチームに合流しろ!」

「わ、分かった」

 

 ルルーシュはあえてヴィクトリア包囲網の一部を解かせる。怪訝な表情を浮かべながらもゼロを信じて指示通りに持ち場を離れる黒の騎士団のSチーム。彼らが持ち場を離れた数秒後、Sチームがいた地点を所属不明の無頼がランドスピナーで疾走し、キャスパリーグ・ヘンウェンに飛び掛かって組み付く。

 この無頼は、キャスパリーグ・ヘンウェンに差し向けたフェアリーサーチャーとは別に、戦場に接近していた無人の無頼に対して差し向けた別のフェアリーサーチャーによるハッキングを受けた機体だ。

 

「何ぃっ!」

「無人機の基本OSはすでに把握した。全ては無理だが、少数ならばハッキングして此方のコントロール下に置くこともできる。自ら仕掛けた細工を味わえ、ヴィクトリア!」

 

 スザクとカレンが巻き込まれない位置まで離れたのを確認し、ルルーシュは無人の無頼を自爆させる。通常の自爆とは異なる、流体サクラダイトを満載した大火力の自爆だ。

 勿論、ルルーシュもこれでヴィクトリアを倒せるとは思っていない。実際、キャスパリーグ・ヘンウェンのボディには殆ど損傷は見られない。ただし、グロースター部分の上半身の対艦用6連装ヘビーガトリング砲はひしゃげ、使い物にならなくなっている。

 

「想定よりはダメージは小さいが、これで厄介な面制圧武装は破壊した! 白兵戦はランスロットと紅蓮に任せ、各員は援護射撃を継続! 此処でラウンズを……ヴィクトリアを仕留めるぞ!」

 

 ルルーシュの号令で士気が上がる黒の騎士団に対して、ヴィクトリアは怒り昂る破壊衝動とは別に喜悦の表情を浮かべていた。

 

「キヒィ……♪ お前ら、たかが雑魚散らし用の武装を破壊した程度で、勝った気になっているのか? だったら、それが間違いだってことを見せてやらないとなぁ!」

 

 ヴィクトリアはそう言い放つと、キャスパリーグ・ヘンウェンの下腹部にある三角錐のパーツが開閉する。そして、キャスパリーグ・ヘンウェンを囲むように四つの魔法陣が展開される。

 

「あれは……まさか! 総員、ブレイズルミナスを展開して散開しろ! 全方位にハドロン砲をまき散らすつもりだ!」

 

 ヴィクトリアのやろうとしていることに気が付いたルルーシュが、咄嗟に指示を出しながら自身もサザーランド・リベリオンのブレイズルミナスを展開し離れる。

 キャスパリーグ・ヘンウェンが獣の咆哮を上げて赤黒い閃光を周囲にまき散らし始めた。砲門正面の魔法陣を通過したハドロン砲が分割されて周囲の魔法陣に転移し、元々の収束の不完全さも相まって無秩序に破壊をもたらしていく。更に転移先の魔法陣はキャスパリーグ・ヘンウェンの周囲を旋回し、薙ぎ払っていく。

 分割されて破壊力が減少しているとはいえ、ハドロン砲そのものが持つ圧倒的な火力の前に、防御や回避が間に合わなかったサザーランド・リベリオンや無頼が次々と被弾していく。

 

「カレン! 紅蓮をランスロットの後ろに!」

「分かった!」

 

 スザクはカレンの紅蓮弐式を庇う様にランスロットを前に出して両腕部のブレイズルミナスを展開して無差別攻撃を凌ぐ。

 

「くっ! このままじゃ、ランスロットのエナジーが!」

「スザク! ゼロが!?」

 

 エナジーの消耗が激しいランスロットのエナジー残量が危うくなる中、カレンがゼロの様子に気が付いて叫ぶ。

 ゼロは被弾し動けなくなったC.C.のサザーランド・リベリオンと彼女に抱えさせたコーネリアが乗るコックピットを守るように、ブレイズルミナスを展開して動けないでいた。

 

「キヒヒぃ~! 馬鹿だなぁ~♪ ゼロぉ! 部下と敵を庇って自分が生き残る目を捨てるだなんてよぉ!」

「ゼロ! 私の事は構わずに逃げろ!」

「何故、ゼロが私を助けている……」

「くぅっ! (何故……俺は、コーネリアを見捨てなかった? コーネリアが奴に殺されようが、この戦場で奴を討てれば問題ないはずなのに。C.C.も不死身の魔女だ。死にはしないのに、何故?)」

 

 例えばの話だが、もしもコーネリアがゼロを誘い出すために無辜の民を虐殺するような蛮行を成していたならば、ルルーシュはこのような事をしなかっただろう。だが、この世界では、コーネリア総督のエリア11での活動は過激なテロを起こしていたレジスタンスの壊滅に集中しており、黒の騎士団とは敵対関係であっても無辜の民を犠牲にするような非道は成していなかった。

 ルルーシュは本質的に、身内と認定した者に対して甘さがある男だ。クロヴィスを殺害した時も、彼の発言次第では表舞台からこそ退場してもらうが命は助ける可能性があったぐらいには、情の強い男だ。

 ましてや、コーネリアはユーフェミアの姉であり、皇族だった頃は親しかった事も少なからず影響しているだろう。

 そしてC.C.は言わずもがな。ギアスの契約こそしなかったが共犯者の関係だ。

 

「このまま無意味に、無価値に、惨めに死ねぇ!」

 

 魔法陣の一つがルルーシュのサザーランド・リベリオンに照準を合わせて固定され、ハドロン砲に晒され続ける。他の魔法陣で周囲に邪魔をさせずに時間をかけて、嬲り殺しにするつもりだ。

 

「止めろ……止めろぉぉっ!!」

 

 スザクはブレイズルミナスを展開したまま、ハドロン砲の弾幕を無理やり押し切ろうとランスロットを前に進める。

 しかし、ハドロン砲の火力に圧されてその歩みは遅く、このままでは間に合わないのは明白だ。

 更にランスロットのエナジー残量が危険域に達し、ブレイズルミナスの無理な連続稼働でコックピット内にアラームが鳴り響く。

 

「動け、ランスロット! もっと速く動いてくれ! 僕は……俺は! もう間違えたくないんだぁぁっ!!!」

 

 大切な友を喪いたくないスザクの叫び。その瞬間、スザクの意識は唐突に闇に沈んだ。

 

 

 ────────────────────

 

 

「あれ……? 僕はナリタ連山で戦っていたはずなのに、どうして。それに、ここは……?」

 

 スザクの意識が、見た事のない奇妙な空間で覚醒する。その空間には、美術館に飾られる展示品のように様々な場所の風景が額縁に収められ映し出されていた。

 

「まさか、Cの世界に君が迷い込むだなんてね」

「誰だ! ……え?」

 

 スザクは声を掛けられた方向へ振り向く。そこにいたのは、もう一人の自分と言っても差し支えないほどに似通った、ルルーシュがゼロに扮している時に来ているスーツを身に纏った青年だった。

 

「あ、貴方……は?」

「そうだね……。枢木スザク、君が辿るはずだった未来の一つと言えばいいかな?」

「僕の……未来の一つ?」

「正確に言えば、この世界に迷い込んだ君と接触するために未来の君の可能性の一つをトレースして、仮初のボディとして出力した集合無意識の一部だけれどもね」

 

 スザクには、目の前の青年が何を言っているのかさっぱり理解できない。それよりも、一刻も早く此処から脱出してルルーシュを助けないといけない。

 

「それにしても……驚いたよ。まさかルルーシュと君が初めから共闘している世界線が存在しただなんて。それに、ルルーシュの力が絶対遵守のギアスじゃない? というより、C.C.と契約を結ばないでここまでこれたのか。本当に驚いた」

 

 集合無意識の一部と名乗るスザクと瓜二つの青年は、何処からか取り出した本をぺらぺらと捲り、感心したような表情を見せる。

 

「僕を元の場所に、ナリタ連山に返してください! ルルーシュを早く助けないと!」

「──。他の世界線と比べて世界そのものがかなり変質している。これでは……いや、この世界線ならば、あるいは彼女を……。枢木スザク」

「……なんだい」

「このまま君を帰しても、君たち黒の騎士団はそう遠くない内に、他の世界線よりも強力な存在となっているブリタニア本国にすり潰されるだろう。それは僕にとっても困る。だから、君に力を与える事にした」

「何を言って……それに力を与えるって一体」

 

 スザクの問いかけを無視して青年はスザクの胸元に手を置き、掌から淡い光がスザクへと注がれる。

 

「これ……は?」

「これは王の力(ギアス)と似て非なる、世界と繋がる力(ワイアード)。この力で、ルルーシュと共に変わる明日を掴み取ってくれ」

「待ってくれ! 貴方は一体、何を知って……!」

 

 青年に問いかける前に、スザクの肉体は青年から急速に離れていき、意識もぼやけて沈んでいった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 足手まとい(コーネリア)のおかげでゼロを確実に仕留める事ができ、コーネリアもついでに始末できる。ヴィクトリアが思い描く理想的な展開だ。

 残るはお飾りに近いユーフェミア副総督を劣化ギアスで操って傀儡にしてしまえば、このエリア11を基盤に管理局に復讐するための準備が整う。

 この時、ヴィクトリアは勝利を確信していた。だからこそ、突如として走った機体を揺さぶる衝撃は予想外のものであった。

 

「ぐあぁっ! なんだ!?」

 

 ハドロン砲の照射が中断され、ヴィクトリアは衝撃が走った左側をモニターで確認する。

 

「……は?」

 

 そこには、キャスパリーグ・ヘンウェンのグロースター部分の左腕をもぎ取った(・・・・・)ランスロットの姿が映っていた。

 ランスロットのカタログスペックは頭に叩きこんでいるが、IS(インヒューレント・スキル)で強化されたキャスパリーグ・ヘンウェンに対してこのような事ができるスペックではなかったはずだ。

 それにランスロット自体も、機体各所からサクラダイトの輝きを思わせる桜色の光が放たれており、明らかに通常の状態からかけ離れている。

 それ以上にヴィクトリアが震撼しているのが、ランスロットのパイロットからはリンカーコアの反応がないにもかかわらず、ランスロットから莫大な魔力反応が溢れ出るほどに検出されていることだ。

 

「なんだ……何が起こっている!?」

「スザク……それは一体?」

「ゼロ……僕も良くわからないけれども、ちょっと待ってて。すぐに終わらせるから(・・・・・・・・・・)

 

 呆然とするルルーシュのつぶやきに対してスザクがそう答えると、ランスロットが動き出す。カタログスペックを凌駕する速度で桜色の輝きが尾を引いてキャスパリーグ・ヘンウェンに急接近してくる。

 

「く、来るなぁっ!?」

 

 右腕部のヴァリスを発砲するが、ランスロットはまるで弾丸の軌道が見えているかのように最小限の動きで躱す。そのままMVSもなんなく躱してキャスパリーグ・ヘンウェンに肉薄するとグロースター部分の頭部を握りつぶした。

 それだけじゃない。ランスロットは頭部を握りつぶした右腕を起点に左腕でキャスパリーグ・ヘンウェンの右腕を引きちぎり、右足でキャスパリーグ・ヘンウェンの上半身に回し蹴りを叩き込むと、グロースター部分の上半身は鈍い金属音を立てながら千切れ飛んだ。

 

「ば、馬鹿なぁぁぁっ!? 私のキャスパリーグ・ヘンウェンが、一方的に!?」

 

 ヴィクトリアが驚愕と混乱に陥るが、ランスロットも先ほどまでの異常な動きの反動か、回し蹴りの反動で離れて着地してからの動きが鈍い。

 

「死ね! 死ね! 死ねぇぇぇっ!」

 

 この千載一遇のチャンスを逃せば、勝機はない。ヴィクトリアはグロースターの上半身を失ったキャスパリーグ・ヘンウェンの下腹部が開閉し、ハドロン砲のチャージが再び始まる。

 しかし、それを黙って見ていない者がいた。

 

「やらせる……ものかぁっ!!!」

 

 カレンは紅蓮を疾走させ、右腕の輻射波動機構を突き出してその熱量をキャスパリーグ・ヘンウェンのハドロン砲に叩きつける。此処が使いどころと定めた最後の一発だ。

 本来ならば出力で勝るキャスパリーグ・ヘンウェンのハドロン砲が紅蓮の輻射波動を突き破るはずだった。しかし、ランスロットによって機体が半壊した事による出力低下でハドロン砲と輻射波動の膨大な熱量が拮抗し、両者の間でせめぎ合う。

 

「くっ! このままじゃ!? 何か手は……あっ!」

 

 拮抗状態を打破するべく何か手段はないか。カレンの脳裏によぎったのは、かつてロイドが言っていた言葉であった。

 

──いや~、魔力の伝達素材としてサクラダイトを流用できてよかったよ~。あれが無かったら、君のデバイスの修理改修や新しいストレージデバイスを作るのは無理だったからね~。

 

 ロイドはエクスプロードを修理する際に、魔力の伝達材としてKMFに使用するサクラダイト素材を流用していた。それに、ルルーシュやヴィクトリアも魔法を使いながら戦っていた。

 つまり、サクラダイトを大量に使用している紅蓮にも、魔力を伝達させて魔法を使用することができるのではないか? 

 出来ない可能性だってある。悪化する可能性だってある。しかし、この場を切り抜けるためには、サクラダイトに秘められている可能性に賭けるほかない。

 

「一か八か……! エクスプロード、紅蓮の輻射波動を介して全力の魔法をあいつにぶち込んで!」

OK! (分かりました!)」

 

 カレンからの無茶振りに、エクスプロードは躊躇することなく実行する。紅蓮の右腕に魔法陣が展開されてカレンの魔力が送り込まれ、輻射波動機構が悲鳴を上げながら魔法となって出力されていく。

 

「なぁっ! 押し切られるだとぉっ!?」

「一・撃・爆・砕! バーストエンド!」

 

 拮抗していたエネルギーの均衡が崩れ、両者の間で爆発が起こる。

 その衝撃で紅蓮は崖の壁面に叩きつけられる。右腕の輻射波動機構はバチバチとショートし破損しているが、機体そのものには大きな損傷は見られない。

 一方のキャスパリーグ・ヘンウェンは、下腹部のハドロン砲が融解し、吹き飛ばされた衝撃で崖から転落しそうなのを前脚で必死に支えている状況だ。

 

「スザク! これを使って、あいつにトドメを!」

 

 カレンは紅蓮の左腕に握っていた呂号乙型特斬刀を、ランスロットの前に投げつける。

 

「分かった! これでぇぇぇっ!!!」

 

 スザクはフレームが軋むランスロットで呂号乙型特斬刀を掴むと、腰だめに構えてキャスパリーグ・ヘンウェンに向かって機体を走らせ、呂号乙型特斬刀の切先をキャスパリーグ・ヘンウェンの腹部に突き立てた。

 キャスパリーグ・ヘンウェンが万全の状態であれば、ヴィクトリアのIS(インヒューレント・スキル)による強化もあって容易く弾くことができたはずの一撃。しかし、先ほどのランスロットの猛攻によってグロースター部分の上半身が千切れ飛び、下腹部のハドロン砲も紅蓮とのせめぎあいによって融解した事で、IS(インヒューレント・スキル)による構造解析・強化が不完全なものとなり、その鉄壁の防御力は大きく損なわれていた。

 コックピットが収められている腹部を貫かれた事で、キャスパリーグ・ヘンウェンのシステムに致命的なダメージが発生し、更にスザクのランスロットが更に呂号乙型特斬刀を引き抜くついでに渾身の右ストレートを打ち込んだ事で、力無く崖から転落していく。

 

「がぽっ……! 私が、こんな……ところでぇぇぇっ!?」

 

 血に染まったコックピット内でけたたましく鳴り響くアラーム。

 紅蓮との膨大なエネルギーの鬩ぎ合いによってコックピットが歪んで脱出装置は機能不全に陥り、ランスロットの右ストレートによってひしゃげた装甲が、ヴィクトリアの下半身を押し潰している。

 精神が不安定になっている状態から、さらに激痛によって意識が朦朧とし、物理的にも魔法による脱出もできなくなったヴィクトリアに、念話が繋がれた。

 

『ヴィクトリア様』

「エイン……リッヒ! 私を……助け──『ヴィクトリアお嬢様(・・・・・・・・・)より伝言にございます』……ぁ?」

『戦闘機人のデータ収集、今までご苦労様。ゆっくりお休みに。……との事にです。それでは』

「待て……私が、ヴィクトリアで……私は、私はぁっ!!?」

 

 コックピット内に戦闘機人としてのヴィクトリアの絶叫が響いた数瞬後、崖下へと転げ落ちていたキャスパリーグ・ヘンウェンは限界を迎えて爆散した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 神聖ブリタニア帝国皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズ。その一人であるヴィクトリア・ベルウェルグの機体が崖下に転落して爆散して数秒。沈黙していた黒の騎士団の中から、思わず歓声が上がる。

 

「やった……。俺達、ブリタニアのラウンズを倒したんだ!」

「俺達の……勝ちだ~!」

「総員、それぞれに送ったルートで撤退を開始しろ。これほどの大戦果を挙げて死ぬことは許さない。必ず生きて帰ってこい!」

 

 被弾したサザーランド・リベリオンや無頼の内、動けなくなった機体は乗り捨てて動ける機体に掴まりながら、ルルーシュは黒の騎士団各員にナリタ連山からの撤退を命令していく。

 通信妨害もいつのまにか消えており、残っていた無人の無頼もどこかに消えている。何か裏がある様な薄ら寒さを感じながらも、マーヤから齎された日本解放戦線の撤退成功の一報に加えてコーネリア総督の確保とラウンズの一角の撃破というこれ以上ないほどの大戦果を前に、扇にC.C.とコーネリアが乗るコックピットを預けたルルーシュは思わず顔を綻ばせる。

 

「スザク、カレン。よくやってくれた。お前たちがいなければ、ヴィクトリアを仕留める事は出来なかった」

「ゼロ……本当に良かった」

 

 絶体絶命であったルルーシュの生還に、カレンは涙を流して喜んでいるようだ。

 

「それにしても……スザク、先ほどの見違えるような動きは一体何だったんだ?」

「うん……。それ、は……」

「おい、どうした?」

「ごめん、眠……い。後、お願……い」

「お、おい!? ったく、しょうがない。戦闘は無理だが、動かすだけならばなんとかなるはずだ」

 

 ルルーシュの心配をよそに電源が切れたかのように眠りに落ちるスザク。ルルーシュは自らのサザーランド・リベリオンの残りのエナジー・フィラーをランスロットの枯渇したエナジー・フィラーと交換すると、サザーランド・リベリオンを乗り捨ててランスロットに乗り換えて操縦し始める。

 

「くっ、知ってはいたがかなりピーキーな機体だな。スザクはよくこれを乗りこなせるものだ。おまけに機体もかなりダメージが蓄積されている。俺ではまともな戦闘はできないと見た方が良いか。それにしても……スザクとランスロットに起きたあの現象。一体何だったんだ?」

 

 ルルーシュは並列思考でランスロットを操縦しながら、先ほどの逆転劇を思い返す。

 スザクはリンカーコアを有していないし、莫大な魔力を生み出せるような道具も持ち合わせていない。それにも関わらず、ちょっとした魔力炉心並みの莫大な魔力がランスロットから溢れ出ていた。

 その結果があの大戦果であり、スザクが眠りに落ちている現状だ。

 再現性があるものなのか、それともあの場だけの突発的な偶然なのか。その辺りも含めて調べなくてはならない。

 

「……はぁ。まだまだやるべきことが山積みだな」

 

 ため息をつきながらも、ルルーシュの表情は穏やかなものだ。

 そんなルルーシュの耳に、ランスロットのファクトスフィアが後方から高速接近する人間サイズの生体反応を検知する。

 

「ん? なんだ?」

 

 ルルーシュはランスロットを超信地旋回(スピンターン)させて進路はそのままに方向転換する。

 

「あれは!?」

「久しぶりだな、ゼロ」

「ああ、久しぶりだな……シグナム」

 

 ランスロットのモニターが映した者。それは、ルルーシュにとって懐かしく再会を喜ばしく思える烈火の将の姿であった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「うん、分かった。安全圏まで片瀬少将を送り届け次第、私達も合流する」

 

 ダールトン将軍をどうにか振り切った辺りで、通信妨害が解かれて念話によらない通信が可能になったマーヤは、扇から事の顛末を聴いていた。

 

「百目木殿、黒の騎士団は無事に逃げ切ったのか?」

「はい、片瀬少将。加えて、ラウンズの撃破とコーネリア総督の捕縛も成し遂げたそうです」

「おお! 攻め込まれた時はもはやこれまでと悲観していたが、奇跡を成し遂げるとは」

「いえ。日本解放戦線から貸し与えられた紅蓮弐式の協力もあってこそ成し遂げる事が出来たと言っていました」

「―――そうか、そうか。我々のこれまでの奮闘も、……無駄ではなかったのだな」

 

 今頃、通信妨害によってせき止められていたナリタ連山各地からの被害報告に、ブリタニア軍はてんやわんやとなっている事だろう。

 カレンから赤いサザーランド・リベリオンを借りていた藤堂も、四聖剣と共に戦闘領域から無事に脱出しているようだ。この混乱に乗じてならば、こちらも日本解放戦線と共に撤退することも難しくはない。

 気になる事があるとすれば……、

 

「(ユフィ……お姉さんが行方不明になって、大丈夫かなぁ?)」

 

 コーネリア総督の立場と行動指針を考えれば、いつかはこのような事になる事は想定しているだろう。それでも、肉親を喪う悲しみは想像を絶するはずだ。

 ユフィの腹違いの兄であるクロヴィスを殺したルルーシュの仲間で、ブリタニアに反逆している身としてはとても言えないが、ユフィに対して個人的には悪い感情を持っていない。むしろ日本人のために悲しみ、平和を想う事ができる彼女を好ましく思っているくらいだ。

 マーヤは胸中でコーネリアの生存をユフィに教えられない事を詫びながら、日本解放戦線と共にナリタ連山を後にするのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「シャルルがラウンズに取り立てた、戦闘機人の君が死んだんだって?」

 

 神聖ブリタニア帝国が秘密裏に所有する、世界のどこかにある研究所。その地下施設で足をぶらぶらさせながら、少年が女性の科学者に問いかける。

 

「ええ。あれは無理な改造なども多数施しておりましたからね。限界も近かったですし、どのみち近いうちに使い潰す予定でした。やはり、素体が優秀でないと戦闘機人としての能力と安定性に難が発生するようです。ですが、あれが齎した様々なデータは今後の研究に有意義に利用されるでしょう」

 

 少年にそう答えた女性──女性科学者としてのヴィクトリア・ベルヴェルグは、もう一人の自分ともいえる戦闘機人のヴィクトリアがこの世界に逃げ込んだ初期の頃に自らに不具合が生じた際のバックアップとして製造した人間としてのクローンだ。尤も、科学者としてのヴィクトリアによって戦闘機人としてのヴィクトリアからその記憶が消され、良いように利用されてしまっていたわけだが。

 

「ふ~ん。まあ、いいさ。クロヴィスを使ってC.C.からデータは十分に収集できたし、紛い物の王の力……ゼロはギアスって呼称していたっけ。ギアス擬きを基に因子を抽出して疑似コードを製造する研究も進んでいる。C.C.を確保できなかった時のために、計画遂行のスペアプランは必要だからね。シャルルの周りに僕以外の余計なものはいないに越したことはないからさ」

 

 少年は狂気を宿した瞳でケラケラと嗤う。

 

「おお、こわいこわい。それでは、V.V.と皇帝陛下の大願成就の時まで、精々互いに利用しあうとしましょうか。私もそれまでに切り捨てられないよう、自分の研究に戻るとしますかね」

 

 興味のない話は終わりと言わんばかりに、ヴィクトリアは与えられた自分の研究室へと戻っていった。

 

「そうだね。それが僕と君との契約だ。嘘偽りに満ちたこの無意味に繰り返される世界(・・・・・・・・)の神を殺し、嘘のない新世界を作り出すまでの、ね」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

それぞれの変化

今回の話では、冒頭に独自設定の回想が入ります。
解釈違いの方もいるかもしれませんが、今作ではこのようにさせていただきます。


 C.C.は俯瞰した位置から、自らが眠りについている粗末なベッドを見下ろしていた。

 勿論、今の時代の現実の光景ではない。C.C.が見ている夢、百年以上は過去の記憶だ。

 少しして夢の中のC.C.が目を覚まし、気だるげにベッドから降りると、美味しそうな香りに惹かれて廊下を歩く。

 

 ──おはよう、●●●●●。

 

 廊下の先にある扉を開けると、家の主人であるこの地域では珍しい黒髪の青年が石窯の前で焼き加減を確認しながら、夢の中のC.C.に本当の名前で声をかけた。

 

 ──おはよう、レオン。今日の朝食は何だ? 

 ──ふふっ……もうお昼だよ。お隣から取れたてのトマトを分けてもらえたから、ピザを焼いているんだ。

 ──そうか、お前のピザは美味いからな。楽しみにしているぞ。

 

 夢の中のC.C.は微笑みながら、椅子に腰かける。

 ほどなくして焼き上がったピザは、ソースにしたトマト、チーズ、バジルの現代で言うマルゲリータに相当するものだ。チーズやトマトの焼けた香りは、膨らんだ縁の生地から香る香ばしさも相まって食欲をそそる。

 

 ──さあ、召し上がれ。

 

 レオンに促されて、夢の中のC.C.は嬉しそうにカットしたピザを口に運び頬張る。熱でとろけたチーズの塩気とトマトのほのかな甘みを伴った酸味が、バジルの爽やかな香りも相まってとても美味い。

 しばらく一緒に食べ進めていると、夢の中のC.C.はピザを食べる手をいったん止めて──と言っても既に大半は食べつくした後だが──紅茶を淹れているレオンに問いかける。

 

 ──なあ、レオン。お前は本当に良いのか? 

 ──なにがだい? 

 ──とぼけるな。お前はこの国の侯爵の隠し子だ。お前の能力ならばこんな寒村にこもるなんてことしないで、人望も能力もない侯爵の実子を押しのけて後継者になる事もできただろう。それこそ、私が与えた王の力(・・・)があれば、この国の王になる事だって──。

 

 夢の中のC.C.としては、レオンに野心を抱かせる事でギアスの力を乱用させ、コードを継承させる条件を満たさせようとしていた。

 

 ──●●●●●、僕はね……貴族になろうとは思っていないんだ。そんなものよりも、こうやって、愛する人と一緒に暮らしながらピザを焼く今の生活の方が、ずっと満ち足りているから。

 ──ならば、何故私と契約した? 

 ──それはね……愛する君からの贈り物が欲しかったからなんだ。君との確かな繋がりが欲しかった。君が侯爵夫人になりたいならば僕は精一杯頑張るけれども、そういう訳ではないだろう? 

 

 穏やかな表情で愛を口にするレオンに、夢の中のC.C.は言葉に詰まる。レオンは強い野心を持たないくせに本当に欲しいものは自然と手に入れてしまう男だ。

 C.C.の目的は押し付けられたコードを他者に継承させて不老不死を捨てて死ぬことだ。そのためには、相手に与えた王の力を暴走させてコードを継承させられる状態にする必要がある。

 だが……レオンといる間は、彼との穏やかな日々に浸っている間は、その意思が薄らいでしまう。彼といる間は、不老不死の苦しみから解放されているような気がした。

 今にして思えば、当時のC.C.()はレオンに惹かれていたのかもしれない。それまでの王の力や容姿を狙って欲に呑まれた、或いは欲に溺れさせてきた者たちと違う彼に。

 だが、そんな彼との生活は長くは続かなかった。

 

 ──土地を枯らす呪いを掛けた輩に罰を! 

 ──魔女を殺せ! 

 ──魔女を匿うあの男もだ! 

 

 数年後の凶作となった年の冬。飢餓に苦しむ領民の不満を領主から逸らすための生贄として、レオンと夢の中のC.C.は領地の騎士団から追われる事となった。後を継いだ新領主が見目麗しい彼女を手籠めにしようとして、そのために邪魔なレオンを始末しようという思惑もあったのだろう。

 森に逃げ込んだものの、騎士団に追いつめられる二人。

 

 ──このレオンが告げる! 時よ止まれ! 君は誰よりも美しいから! 

 

 二人に向けて振り上げられる剣を前に、レオンはそれまで使う事が無かった自らの王の力の使用を決意する。

 レオンに発現していた王の力は、周囲の相手の体感時間を停止させる物だった。王の力で騎士団の動きを止めては逃げるのを繰り返す二人。

 このまま逃げ切れる。そう思った夢の中のC.C.に死角から騎士団の弓矢が放たれる。

 

 ──危ない! 

 

 それは咄嗟の事だった。レオンは夢の中のC.C.に覆いかぶさるように庇い、その背中に矢が突き刺さる。

 

 ──レオン! 

 ──●●●●●……! 早く……逃げて、くれ。

 

 レオンの呼吸が擦れ、顔色の見る見るうちに蒼褪めていく。何かしらの即効性の致死毒が塗られていたのだろう。不老不死のC.C.には苦しみ以外は無意味だが、生身の人間であるレオンには致命傷だ。

 置いていきたくないという感情とは別に、これまでの経験から来る冷静な部分の思考が、レオンはもう助からない事を理解させる。王の力が暴走していればコードを強制的に引き継がせる事で不老不死にする事も出来たが、残念ながらレオンの王の力は暴走には至っていない。

 

 ──レオン……言い遺す事は、あるか? 

 ──ほんの……一欠けらで良い。僕との思い出を……何かの形で、君の中に残して……。

 ──……分かった。さよならだ、レオン。

 

 夢の中のC.C.はレオンの唇に口づけを交わすと、既に動くことができない彼を置いて森の奥へと走り出す。

 逃げるC.C.を追いかけようとする騎士団の動きが、レオンの近くを通ろうとしたところでその動きを止める。命の灯が消えようとしているレオンが、最後の力を振り絞って王の力を発動させて騎士団の体感時間を止めているのだ。

 最後の王の力で足止めされた騎士団の時間はほんの数十秒ほど。だが、人の手が殆どはいっていない森の中へと入っていったC.C.の姿を見失うには、十分すぎる時間であった。

 

 ~~~~

 

「ん……。夢……か」

 

 夢の中の過去を見終えたC.C.が目を覚ましたのは、黒の騎士団が拠点としているゲットーの倉庫の一つ。その中に作られた寝室だ。

 風化していたと思っていた過去の記憶を夢として見たのは、数日前のナリタ連山での戦いで、ルルーシュが自分を庇った事が夢の中の(レオン)と被って見えたからだろう。

 髪の色以外は似ていない二人なのに、身内と認識したものを助けるために危険を顧みない処は妙に似ていると思う。

 ルルーシュと接触したのも、当初は王の力──ルルーシュはギアスと呼んでいる力──をルルーシュに与え、コードを継承できる状態まで使わせることが目的のはずだった。

 結局、ルルーシュはギアスの契約を結ばないどころか自分も知らない異世界の魔法の力で危機を乗り越えている。

 自分の目的を考えれば、本来ならば頃合いを見て離れて新たな契約者を探すべきなのだろう。しかし、

 

「不思議なものだな……。あの童貞坊やの行末を見てみたくなるとは」

 

 ギアスに頼ることなく、仲間にした者たちと共にブリタニアに抵抗するルルーシュが、どのような運命を辿るのか興味が湧いてきた。

 

「C.C.起きてたんだ」

「ああ、ついさっきな」

 

 扉が開き、マーヤが部屋の中に入ってくる。

 

「ゼロから今後について皆に話す事があるから集合だって」

「分かった。だがその前に……ピザを食いたい」

「もう……C.C.ってば、本当にピザが好きよね」

「私はC.C.だからな」

 

 

 ────────────────────

 

 

 神聖ブリタニア帝国皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズ。その一角がエリア11で戦死したという一報は、瞬く間に世界に広がった。

 戦死したラウンズは”殲滅機兵”の二つ名を持つナイトオブファイブのヴィクトリア・ベルヴェルグ。中華連邦との戦いを中心として、殲滅戦を最も得意とした人物だった。

 世界有数のサクラダイト生産拠点であるエリア11最大規模の反抗勢力、日本解放戦線を討滅する作戦において、作戦を指揮していた総督のコーネリア・リ・ブリタニア第二皇女がMIAとなった事も重なって、エリア11のブリタニア政庁及び軍部におけるパワーバランスの変化と、それに伴う混乱の渦中に叩き落とされる事となる。

 最も影響力を失ったのは、コーネリア総督の側近であるダールトン将軍と、直属の騎士であるギルフォード卿だ。作戦に従事していながら、総督を守る事が出来なかったという結果は余りにも大きい。

 加えて、エリア11の担当となる前に征服したエリア18からの救援要請によって人員をそちらに回さなくてはならなくなったことも、影響力の低下に拍車をかけている。

 

「エリア18で大規模な反乱だと!? 姫様が行方知れずとなったと知って抑えが利かなくなったか!」

「ギルフォード卿はこのエリア11に残ってユーフェミア様を補佐してくれ。エリア18への救援には、私が向かう!」

「ダールトン将軍……分かった。御武運を」

 

 次いで影響力を失ったのが、ヴィクトリア一派。旗頭であったラウンズの戦死は、その実力に大きな疑問を与える事となった。

 不気味なのは旗頭を失ったにも関わらず、目立った動きを見せていない事だ。

 影響力が失われた二つの勢力とは反対に、影響力が増した勢力も存在する。それは純血派だ。

 エリア11におけるブリタニア三大派閥の内、唯一大きな被害を被らずにユーフェミア副総督を守り切った事が評価されてのものだ。尤も、これは周囲が影響力を失った事による相対的な物であり、単独でエリア11の方針を決定できるほどの影響力はない。

 

「くぅ……前総督であるクロヴィス殿下の指示であったとはいえ、エリア11の地下鉄網・鉱山道そしてゲットーの管理が曖昧な状態が恒常化していた事が、テロリストをここまで育ててしまう事になるとは……。コーネリア皇女殿下、申し訳ございません」

 

 クロヴィス前総督は、イレヴンを強く締め上げる事で内乱が誘発し、中華連邦に付け入るスキを与える事を恐れ、厳格な管理を行っていなかった。

 その結果、放置されたままの地下鉄網や鉱山道、そしてゲットー各所の所有者が不明瞭な物件などがテロリストの拠点や逃げ道に利用されることが頻発し、今も反政府活動が活発なままとなっている。

 本来、日本解放戦線を壊滅させるとともに、彼らを支援していると噂されている組織の尻尾を掴むことがあの作戦の要であった。しかし結果はラウンズを含めた多数の戦力を失い、総指揮官であったコーネリア総督もMIA。しかも日本解放戦線は拠点こそ失ったものの戦力を残したまま姿を隠し、黒の騎士団の足取りはつかめていない。

 影響力が増したことで忙しくなったジェレミアが、各種資料に目を通し指示を出しながら、ナリタ連山でのブリタニア軍の大敗を思い出し、歯噛みする。

 エリア11のブリタニア軍は再編成を否応なしに迫られる事となる。それだけの被害をナリタ連山の戦いで被ったのだ。

 それもこれも、全てはゼロの登場から始まった事だ。

 黒の騎士団のリーダーにしてクロヴィス前総督の殺害犯。そして、敬愛するマリアンヌ様が暗殺された七年前の事件にも関りがある事を示唆しているあの男は、何としても捕らえなくてはならない。

 そのためにも、黒の騎士団にこれ以上付け入る隙を与える前に軍の再編成を完了させなくてはならない。

 しかし人員の数を確保する事もそうだが、黒の騎士団に対抗するためのより強力なKMFの開発と、それを運用する騎士の育成。やる事が余りにも山積みだ。

 そして、黒の騎士団によって捕縛されたコーネリア本人は……。

 

「……」

 

 黒の騎士団が保有するゲットーの倉庫に作られた捕虜監禁用の部屋で、ベッドに腰掛けたままナリタ連山での出来事を思い返していた。

 コーネリアは黒の騎士団に捕らわれた当初、捕虜の辱めを受ける位ならば自ら死を選ぼうとしていた。しかし、父親であるシャルル皇帝の直属騎士、ナイトオブラウンズの一人であるヴィクトリアによって始末されそうだった時にゼロに助けられたことで、その意識は大きく揺らぐこととなった。

 ブリタニアに対する反抗勢力である黒の騎士団に協力するつもりはない。しかし、危険を顧みずに自分を助けた相手に対して、自死を選ぶというのは、武人として恥の上塗りではすまされない。

 何より、黒の騎士団は自分を尋問する際にも、非人道的な手段をとらずに行っているし、食事もちゃんとしたものが提供されている。ゼロによる団員の教育がしっかりと行き届いているのだろう。

 というか、一度だけとはいえ午後三時に焼きたてのスコーンとジャム、ローズティーが提供されたのは本当に驚いた。しかもユフィが開くお茶会で出てくる物と、遜色ない味だった。

 このままでは黒の騎士団の思う壺だと判断し、思考を妹であるユーフェミアに関する事に切り替える。

 自らがこうして捕虜となった以上、政庁の権限は形の上では副総督であるユフィに移る事となる。ユフィは優しい子だが、それ故に甘い所がある。そこを事なかれ主義の文官などに利用されないか不安だ。

 

「……ユフィは無事だろうか? 政務をちゃんとこなせているだろうか? 体調管理はちゃんとできているだろうか?」

 

 こんな時、政庁であればユフィが拾ってきた猫のアーサーのお腹に顔を埋めて気を紛らわすこともできるのだが……。

 

 

 ────────────────────

 

 

 C.C.とマーヤが集合場所に指定された部屋に到着すると、既に他の黒の騎士団の幹部たちや特派の面々が集まっていた。

 

「スザク、身体の調子はどう?」

「今はもう大丈夫。心配かけてごめんね?」

「さっきバイタルを確認したけど、身体に異常はなかったわ。運び込まれた当初は著しい疲労状態だったのも、今はまさに健康体そのもの」

 

 マーヤがスザクに声をかけると、スザクの返答だけでなくセシルからも太鼓判を押される。

 

「それにしても、まさかスザクも魔法を使えるようになるだなんてよ~。俺もかっこよく魔法を使えるようになりたかったぜ」

「しかも生み出せる魔力量だけで言えば、ゼロを遥かに凌駕していたもの。リンカーコアがないままなのに、一体どうやっているんだか気になるわ」

「僕としてはあんな機能付けていないのにランスロットのスペックが一時的にカタログスペックを凌駕するほどに発揮された事も含めて、色々と調べたいかなぁ。あぁでも、その前に想定を大きく超える過負荷でボロボロになったランスロットを細部まで調べ直してメンテナンスしないと……」

 

 玉城のぼやきをきっかけに、カレンやロイドも思い思いに気になった事を口に出す。

 

「ゼロやカレンみたいな魔法という訳じゃないんだけどね。確か……『ワイアード』って言っていたかな?」

「ワイアード?」

「うん。僕もまだよく分かってはいないんだけど、意識だけ飛ばされた先にいた人の話では、世界と繋がる力って言ってた」

 

(世界と繋がる力……。ギアスやコードと何か関りがあるのか? もしもシャルルやV.V.がこの事を知ったらどう動く?)

 

 C.C.もワイアードという力はこれまでの人生の中で聞いた事が無い。他の面々も知らず、首を傾げるばかりだ。

 

「ふ~ん、なんだか凄そうな力ね」

「あと……集合無意識とか、世界線とか。色々な事を言っていた気がする」

「なんというか、魔法を知った時もそうだが、この世界は思ってた以上にオカルト染みた力が存在するんだな」

 

 雑談を交わしているしている内に、ルルーシュが部屋に入ってくる。

 

「全員集まったようだな」

「おせえぞー、ゼロ」

「すまない、彼女達との情報の共有が想定以上に長引いた。……入ってくれ」

 

 玉城のぼやきにルルーシュはそう言って部屋の中に入るように促す。入ってきたのは、茶色の長袖の制服を着た二人の女性。

 一人は鮮やかなピンク色の長髪をポニーテールにして纏めている、二十歳前後の凛々しい容貌の女騎士を思わせる。

 そしてもう一人は紺藍の長髪を紫色のリボンで留めている10代半ば頃の明るい雰囲気の少女。

 

「二人とも、自己紹介を」

「私はシグナム。此処にいるものは既に知っていると思うが、七年前にゼロとともに活動していた魔導師の一人だ。現在は時空管理局航空武装隊の二等空尉を務めている」

「時空管理局陸士隊所属のギンガ・ナカジマ二等陸士です。MIAとなっていた首都防衛隊所属のカリン・コウヅキ二等陸尉が所有するデバイスからの救難信号を受け、地上本部より来ました」

 

 ルルーシュに促されて、シグナムとギンガがそれぞれ自らの所属を含めて黒の騎士団の面々に自己紹介する。

 

「二等陸尉。お母さんがこの世界に流れ着いたのが二十年前だから……お母さん、十代後半でそんなに階級高かったの!?」

「お母さん? と言う事は、貴方がカリン二等陸尉の娘さん?」

「あっはい。紅月カレンと言います。このデバイスはお母さんから託されました」

「へぇ。貴方のお母さんは元気? 職務上、MIAだった期間について本人から確認を取りたいのだけれども。それと私のお母さんがカリン二等陸尉の後輩だったって話だから、昔話とかも聞きたいわね。それからね──」

「ちょ、ちょっと質問が多いわよ!? まずは順番に……」

 

 ギンガはカレンに興味を持ったらしく、矢継ぎ早に次々と質問を重ねていく。質問に答える前に次々と押し寄せるギンガからの質問に、カレンはたじたじだ。

 

「管理局所属っていうからお固い雰囲気があると思っていたけど、こうしてみると結構子供なんだなぁ」

「でも、彼女達は中々すごいよぉ? 特にシグナムという魔導師、魔力量に関してはゼロ以上だし」

「マジかよ。すっげぇ」

 

 黒の騎士団の面々にとって、知っている魔導師の中で一番強いのは誰かと言われたら、真っ先に挙げられるのはゼロだ。黒の騎士団内に魔導師がほとんどいない事もあるが、カレンとの魔導師としての模擬戦ではあらゆる搦手で完封勝利を収めていた事からも、ゼロの魔導師としての実力の高さが窺える。

 

「シグナムをリーダーとしたヴォルケンリッターは、私の魔法の師匠でもあるからな」

「とはいっても、魔法を教えていたのは主にシャマルとザフィーラで、私は肉体の基礎的な鍛錬くらいだったがな」

「はは……古代ベルカの騎士基準での基礎だから、あれは正直死ぬかと思った。あれだけ鍛えたというのに、スザクには肉弾戦で全く勝てないし……」

「ほぅ……それは興味深いな。ぜひともその実力を確かめてみたい」

 

 ルルーシュのぼやきに、バトルマニアの気質があるシグナムが目を細めてスザクに興味を持つ。

 

「ゼロ。彼女たちを俺達に引き合わせたという事は……彼女たちも協力してくれると考えていいのか?」

「ああ。と言っても管理局のルールの都合上、今のところは限定的にならざるを得ないがな」

「管理局としては、本来ならばロストロギア──過去の遺失文明が遺した高度な技術が用いられた遺産──の存在が確認されていない管理外世界の事柄に対して積極的な介入は良しとしていない。しかし、この世界に流通している物が他の次元世界に流入してその世界の脅威となっていることもあって、表立っては無理だが黒の騎士団に協力して解決にあたる事となった」

「他の世界に流入している脅威……ひょっとして!」

 

 シグナムの言葉から、マーヤは管理局が重い腰を上げようとしている理由を推察する。

 

「ああ。この世界独自の兵器であるナイトメアフレームと、リフレインという麻薬だ」

「特にリフレインは、新種の麻薬として広まり始めているだけでなく、管理局のお膝元である首都ミッドチルダの上水道設備への薬物汚染テロ未遂事件でも使われました。幸い、首都防衛隊と陸上警備隊の尽力によって最悪の事態は免れましたが……」

「私達が過去に制圧したリフレイン密売所の一件。そして先のナリタ連山の戦いで討ち取ったナイトオブファイブ、ヴィクトリア・ベルヴェルグの次元犯罪者時代のやり口を考えると、奴はこの世界を隠れ蓑にしながら管理局に対する攻撃を続けていた様だ」

「ひっでぇ……。でもよ、その主犯格は俺達が討ち取ったんだろ? そうなると、管理局って組織的にはめでたしじゃねえのか?」

 

 苦い顔をしながら、玉城は思った事を質問する。本当に管理局という組織が協力してくれるのか不安に思ったからだ。

 

「主犯格を討ち取っただけで終わる簡単な話ではないという事だ」

「ああ。現在もなお、ナイトメアを利用した犯罪組織の動きは収まっていない。一介の次元犯罪組織の科学者が、戦闘機人となってブリタニア皇帝の騎士の一人となっていた事を考えれば、ブリタニア内部に他の次元犯罪勢力が紛れていてもおかしくはない。ナイトメアは、質量兵器としてだけでなく魔導兵器としても運用できる強力な兵器だ。量産機だというサザーランドでさえ、複数機を同時に相手とれば一部のトップエース級以外は武装隊員でも危うい」

「そうでなくても、サクラダイト──と言った? 常温で魔力と電流を高効率で伝導させるこの物質は、あらゆる勢力が喉から手を伸ばすほどに欲しがるだろう」

「そうだったのか……分かった」

 

 シグナムの説明に、黒の騎士団の面々は一応は納得した顔を見せる。その一方で、自分達の世界では文明の基礎となっているサクラダイトが他の世界では夢の素材の様に扱われていた。ブリタニアとの戦いに勝利できても、今度は別の世界との戦争が始まるかもしれない可能性に不安も募ってしまう。

 

「先の事を考えても仕方がない。今はブリタニアから日本を取り戻すことに専念するんだ。コーネリアの捕縛とナイトオブファイブの討伐に成功した戦果は、キョウトにとっても決して無視できるものではない。必ず近いうちにあちらからアクションが来るだろう」

 

 

 ────────────────────

 

 

「日本解放戦線の拠点が襲撃を受けたと一報が入った時は、日本の燈火は消え去ってしまうと危惧したが……」

「よもや皇帝直属の騎士を討ち取っただけでなく、ブリタニアの皇女も捕虜とする事に成功しようとは」

「黒の騎士団。初めは本気でブリタニアと事を構える気があるのかと疑っておったが、これほどの結果を見せられては疑う余地はなさそうですな」

「ゼロの正体が未だに掴めぬのが不気味だが、少なくともブリタニアと内通していることはなさそうだ」

「何より、ゲンブの忘れ形見が憎きブリタニア皇帝の騎士を討ち取ったというのが良い」

 

 暗い室内で、炎を囲む5人の老年の男たちが密談を交わしている。

 

「聞くところによると、藤堂のために送った紅蓮弐式は黒の騎士団の手に渡ったようだが……」

「それは藤堂が出撃前に負傷した事を受けての、現場の判断によるものらしい」

「流石は奇跡の藤堂だ。黒の騎士団から紅蓮弐式を使いこなせる者を咄嗟に見出すとは」

「しかし日本解放戦線と黒の騎士団は、草壁中佐の一件で関係は険悪だと思っていたが……」

「それを鑑みた上で、藤堂は黒の騎士団と組むことが上策と判断したのだろう」

 

 5人の男達は藤堂を褒め称えながら、今後の方策を話し合う。

 

「であれば、黒の騎士団との会談の席を設けるべきであろう」

「そこでゼロの正体を確認するとともに、コーネリアの身柄の引き渡しを求める……と言う事ですな?」

「左様、そして我らも腹を括るべきだ。1年も経たぬうちに同じ地で異なる総督が二度も破れる事態を経験し、更には皇帝直属の騎士も討ち取ったという戦果。この現実に対してブリタニアがこのまま座して待つなどという甘い考えは捨てるべき」

「となると、調整中であった蒼月を月下と共に黒の騎士団へと送るべきでは?」

 

「ふふ……これまで慎重策ばかりを選んできた御老公達がこれほど積極的になるとは。流石ゼロ様ですわ!」

 

 炎を囲む5人の後方、御簾の奥で御座に座る少女──日本の象徴とする皇族の娘、皇神楽耶の高い声が、割って入る。

 普段は密談に滅多に参加しない神楽耶が口を挟んだ事に、5人の男の一人──桐原は目を細める。

 

「枢木の息子以上に、ゼロに対してご執心のようですな」

「女の感が告げているのです。ゼロは私の夫となるにふさわしい器の持ち主だと!」

「「「「「……」」」」」

 

 ゼロの正体が明らかになったならば、神楽耶と婚姻を結ばせて日本独立の旗頭にすることは悪くない事もあって、神楽耶の発言に桐原たちは何も反論する事はなかった。




 ちなみに懐柔目的でコーネリアにお出しされたスコーンとジャムはルルーシュの手作りです。ローズティーはコーネリアの好きな飲み物だとルルーシュは知っていたので、一緒に出しました。


「ヴォルケンリッター……」
「どうした、扇?」
「確かヴォルケンリッターは、ドイツ語で『雲の騎士』とか『雲の騎士団』……。ゼロ、ひょっとして『黒の騎士団』の元ネタって……」
「……(そっと顔を逸らす)」

 過去回想に登場したレオンのギアスは、R2のロロと同じ体感時間停止のギアスですが、ロロと違って心臓停止などの代償はありません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

キョウト会談

大分先の設定や妄想は捗るのに、すぐ目の前の最新話の文章が中々練れない。
今回の話は中々に難産でした。


 等間隔で設置されたライトによって明るく照らされた長いトンネルを、黒塗りの高級車が走る。車内の様子は内部から厚手のカーテンで仕切られており、外から窺い知ることはできず、周囲には全く同じ車がもう一台並走している以外には他に走る車はない。

 しばらく走り続けていたその高級車が行き止まりで停車すると、今度は車ごと搬送機で上へ上へと上がっていく。

 

「不自由をおかけしました。(あるじ)が皆様をお待ちです」

 

 搬送機が目的地に到着し、運転手の呼びかけに応じて車内から降りてきたのは、黒を基調として統一された服を着るもの達──黒の騎士団だ。

 一方の車からはロイドやセシルたち特派に所属していた技術者メンバーが。もう一方の車からは扇や玉城、カレンに加え、黒の騎士団の中核であるゼロと枢木スザク、C.C.に百目木(マーヤの黒の騎士団内における名前であり、父親の姓)が降りる。

 コーネリアの監視をシグナムやかつてヤマト同盟のリーダーであった泉に任せ、今回はキョウトとの会談のためにやってきたのである。

 

「ここ……まさかフジ鉱山!?」

 

 案内された先の窓から見える租界の光景から、扇が思わず呟く。

 

「嘘だろう、おい!? そんなところに来られるわけ……」

「でも間違いないわよ、この山! この形!」

 

 玉城も同様に窓ガラス越しに見える光景に驚き、カレンは日本人として印象深いその山を間違えるはずがないと答える。

 フジ鉱山は、神聖ブリタニアとの戦争の切っ掛けになったとも言われる重要な戦略物資でもあるサクラダイトの一大産地だ。侵入者は尋問無しで銃殺されるとも言われるほどその警備は厳しく、本来ならばブリタニアに対する反抗勢力である黒の騎士団が潜り込めるような場所ではない。

 

「こんなところにまで力が及ぶだなんて、やはりキョウトはすごい」

 

 扇はブリタニアによる監視がかなり厳しいはずのこの場所に、自分達を招くことができる影響力を行使可能なキョウトの権力()に感心していると、しわがれた老人の声が聞こえてきた。

 

「醜かろう?」

 

 老人の声に、黒の騎士団の面々が聞こえてきた方向へと意識を向ける。

 

「かつて山紫水明、水清く、緑豊かな霊峰として名をはせた富士の山も、今は帝国に屈し、成すがままに陵辱され続ける我ら日本の姿そのもの。嘆かわしき事よ」

 

 視線の先には鳥居があり、その下には護衛と思しき二人の男と日本解放戦線の藤堂、更に腕部にスタントンファーを装備した無頼が数機。そして彼らが守る様に囲っている輦輿(れんよ)の中にいる老人の姿は、御簾(みす)によってその姿を直接見る事は叶わない。

 

「顔を見せぬ非礼を詫びよう。が、ゼロ。それはお主も同じこと。わしは見極めねばならぬ。お主が何者なのかを。その素顔、見せてもらうぞ」

 

 複数の無頼が黒の騎士団のアサルトライフルの銃口を向ける。藤堂はその様子に苦渋の表情を見せていることから、彼の本心ではないのだろう。

 

「はっ、お待ちください! ゼロは我々に力と勝利を与えてくれました! それを……」

 

 カレンが必死に弁明する。ゼロの正体がブリタニア人であるルルーシュ・ランペルージだと知るカレンにとって、もしここでゼロが素顔を晒せば殺されてしまうのは自明の理だからだ。

 

「黙るのだ! 日本を取り戻すという悲願のため、黒の騎士団を信頼するに足る最後の証明が必要なのだ!」

 

 カレンの弁明を、老人は一喝して沈黙させる。

 

「ナリタ連山における戦いにおいて、日本解放戦線を助けてコーネリアを捕縛し、ラウンズの一角を討ち取ったその功績は、藤堂よりわしも聞き及んでおる。それでもキョウトの者の中には、日本最後の首相枢木ゲンブの忘れ形見でありながら一時とはいえ名誉ブリタニア人となり軍部に籍を置いていた枢木スザクに対して、懐疑的な目を向けるものが未だにおる。そのスザクが認めたゼロという謎の仮面の者にもだ」

「なるほど。私達がブリタニア皇族内部の派閥争いのために派遣された、レジスタンスの皮を被ったスパイと疑っている者がいるという事だな。キョウトの代表、桐原泰三」

 

 老人が語る、未だにくすぶるキョウト内からの疑惑に対し、ゼロは彼らが懸念している内容について言及する。目の前の老人の正体も添えて。

 

「なっ……! 御前の素性を知るものは、生かしておけぬ!」

「待て!」

 

 護衛の男達が黒の騎士団に銃を向けようとし、無頼も追随しようとしたのを、藤堂が止めさせる。

 

「何故止めるのですか!」

「お前たちには分からんのか! ゼロは既にお前たちを無力化する準備を済ませていることを!」

「何を……なっ!?」

 

 藤堂の反応を見聞きして訝しむ護衛の男達だが、次の瞬間、周囲の無頼たちが突然その機能を停止したのを見て驚愕する。機能停止した無頼の周辺には、淡い光を放つ鳥の羽のような物が付いた球体が貼り付いている。

 さらに、黒の騎士団がいる場所の床面には正三角形に剣十字の紋章が浮かび上がり、彼らを囲う様に半透明のドーム状の結界が張られていた。

 

「あの一瞬で、此方のした事に気が付くとはな」

「ゼロがナリタ連山で見せた魔法という存在。そしてゼロが関与したこれまでの戦場でKMFを傷つけずに鹵獲した数々の記録から、黒の騎士団には従来のプロテクトが無意味な強力な遠隔ハッキングを行う方法があると推察したまでだ。それに、キョウトから無頼が黒の騎士団にも提供されていて、そちらには優秀な技術者もいる以上、無頼のシステムが解析されていてもおかしくはない」

「流石は『厳島の奇跡』を演出して見せた戦術家なだけはある」

「ゼロ、厳島の奇跡が演出された物ってどういうことだよ!?」

 

 藤堂とゼロの会話に対して問いかけた玉城に、ゼロが答える。

 

「簡単な事だ。ブリタニアに対して敗走を続けていた当時の日本は、少しでも日本人にいつか祖国を取り戻せるという希望を与え余力を残しながら降伏するために、何としてもブリタニアに対する局所的勝利が必要だった。そのために軍部は厳島の戦いにおいて徹底した情報収集と戦力や物資を投入し、勝利を掴んだ。その時の現場責任者だったのが藤堂だ」

「……」

 

 ゼロが導き出した答えに対し、藤堂は沈黙を持って肯定する。

 

「さて、話を戻すとしよう。桐原泰三。サクラダイト採掘業務を一手に担う、桐原産業の創設者にして、枢木政権の影の立役者。しかし、敗戦後は身を翻し、植民地支配の積極的協力者となる。通称、売国奴の桐原」

「貴様! 御前を愚弄するか!」

「やめい!」

 

 ゼロが口にした、巷における桐原泰三の風評を嗤っていると考えた護衛が憤慨するが、当の桐原がそれを止める。

 

「しかし、その実態は、日本全国のレジスタンスを束ねるキョウト六家の重鎮。自らの誇りを捨ててでも面従腹背の姿勢でもって可能性を未来に繋いできた」

 

 ゼロはそう断言するとともに、自らの素顔を隠す仮面が解れるように光の粒子となって消え始める。

 

「貴方が御察しの通り、私は、日本人ではない! そして、いまからあなた方に私の素顔をお見せしよう!」

「「ゼロ……いや、ルルーシュ。やっぱり正体を見せるんだね」」

 

 スザクとマーヤの呟きと合わせるように、仮面に隠されていたゼロの素顔が晒される。眉目秀麗な顔立ちをした、10代半ばから後半辺りで黒髪と紫色の瞳をしたブリタニア人の少年の素顔が。

 

「マジかよ……。日本人じゃないって言えるわけねえから、そりゃ顔見せられねえはずだ」

「……あ~、なるほどね~♪ 彼も思い切った事をするもんだ」

「何一人で納得してるんだよ、ロイド。俺達にも説明しろよ!」

「すぐにわかると思うよ?」

 

 黒の騎士団の面々がざわざわと騒ぐ中、桐原公は別の反応を見せる。

 

「んん、お主……!」

 

 それは過去に喪われたはずの存在に対する驚愕。

 

「……こうして会う事となった相手が、貴方で良かった。お久しぶりです、桐原公」

「やはり、八年前にあの家で人身御供として預かった」

「はい。ルルーシュです。当時は何かと世話になりまして」

「まさか、ゼロの正体が君だったとは……。確かに君ならば、スザク君が協力するのも頷ける」

 

 穏やかな口調で桐原とゼロもといルルーシュは過去の出会いを懐かしむ。藤堂も、ゼロの正体を知って納得がいったようだ。

 

「……ん? ちょっと待って? 八年前に来日したブリタニアからの人質って言ったら!?」

 

 カレンは過去の記憶にあった当時のニュースと、ルルーシュという名前の繋がりから、ルルーシュの出自を察する。そしてそれに伴って彼の妹であるナナリーの出自も。

 当時のニュースでは、ブリタニアの幼い皇族が留学のために日本に来日した事を少しだけ報道されていた。

 

「紅月は気が付いたみたいね。そう、ゼロの正体は……」

「私……いや、俺は、実の父に捨てられた神聖ブリタニア帝国の第11皇子にして、第17皇位継承者。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ」

「「「えぇ~!!!」」」

 

 ルルーシュの言葉に扇や玉城達、カレンも含めた黒の騎士団の面々は驚愕する。驚いていないのは、初めから知っていたスザクとマーヤ、C.C.にルルーシュの顔を見た時に察したロイド位だ。

 

「確かに、父親に見捨てられたお主がゼロならばブリタニアへの敵意を抱いてもおかしくはない。あれほど贖罪の念に囚われておったスザクが一度選んだ道を捨ててでも、お主の下に行くのも頷ける話ではある」

 

 桐原は八年前に人質として日本に送られたルルーシュとナナリーが、当時ガキ大将で悪童だったスザクと紆余曲折あった末に友情を育んだことを、藤堂を通して知っている。そして、7年前のブリタニアとの戦争でスザクが起こした出来事の事も。

 この時点で桐原としては既に納得のいく答えを得ているが、万が一という事もある。だからこそまだ聞かなければならない事がある。

 

「しかし解せんな。今までその素顔を見せてこなかったお主がなぜ此処で真名と共に見せた?」

「それにはいくつか理由があります。一つは此処で正体を明かすか否かによる今後のリスクとリターンの違いを判断した結果、リスクを冒してでも正体を明かしてキョウトから協力を取り付けるべきだと判断したから。もう一つは、仲間たちへの責務を果たすためです」

「ほう、責務とな」

「俺の素顔と正体を知っていたのは、スザクと百目木(マーヤ)、そしてC.C.の三人だけです。扇や玉城たち黒の騎士団の初期メンバー。そしてロイドやセシルを中心とした特派。彼らは素顔も正体も分からないゼロとしての俺に協力してくれました。相手が歩み寄ってくれているというのに、自分はいつまでも正体を見せないのは不義理というものでしょう? まあ此方に関しては、俺のミスで紅月に表向きの正体がばれた事で、いつ正体を明かすか悩んでいたのがある意味で吹っ切れたという部分もありますが」

「ほう、ゼロがミスとはな。紅月よ、ゼロはどのようなミスをしたのだ? 申してみよ」

 

 正義の味方を標榜する智略の怪物という印象があったゼロが、自ら失態を犯したという内容に桐原は興味を抱く。

 一方、カレンの方は突然話題を振られ、内心頭を抱えながら答える。

 

「え!? あ、はい……。ゼロは騎士団の拠点で手料理を作る事がよくあるのですが……百目木(マーヤ)が熱を出した際、私は彼女のお見舞いに向かいました。その時に、ゼロも表向きの名前で看病をしておりまして……そこで彼が料理を作った際、身に着けていた手製のエプロンやキッチンミトンが全く同じものでした」

「ちなみにその時は卵雑炊を振舞ってました」

「えぇ……」

 

 カレンの返答とルルーシュの補足説明に、桐原は思わず額に手を当てた。

 あのゼロが手料理を振舞う光景や、卵雑炊を適度に冷まして食べさせる光景が頭の中にイメージされてしまい、その絵面の珍妙さから思わず笑ってしまいそうになるのを堪えるのに必死だ。桐原が周囲をチラ見してみると、護衛は背中を向けて小さく震えている。

 

「ほう、そう言った細かい心配りもできるようになっていたのか」

 

 藤堂が真面目に感心している様子が、笑ってしまいそうになるのを後押ししてきてお腹がしんどい。桐原は笑いをこらえて鎮めるのに時間をかけ、それでも頬が引きつりそうになるのを堪える。

 

「そして最後の理由ですが、それはブリタニアの危険性が此方の想定を大きく上回っている可能性が高い事です。これについては藤堂を含めた日本解放戦線も御存じの筈です」

「魔法とギアスの存在か」

「ギアスという名称は私が暫定的に名付けたものですがね。実際、ナリタ連山の戦いでは、ナイトオブファイブの部下が変身魔法で日本解放戦線の幹部に化け、ギアスで認識を歪めて違和感を消していました。オリジナルのギアスと比較するとその能力は劣化しているようですが、本来ならば適正が足りずに発現しなかったりする者でも、一定度の能力を発揮できるようです」

「何と恐ろしい力よ」

 

 危うく全ての情報がブリタニアに漏れてしまうかもしれなかった超常の力に、桐原は眉をしかめる。そのタイミングで、C.C.が一歩前に出て口を開く。

 

「ギアスは人を孤独にする王の力だ。使い手の深層心理や願いに応じた精神干渉を、左目に浮かぶ赤い不死鳥の紋様を介して行う」

「そこの女はギアスとやらに詳しいようだな」

「彼女はC.C.と名乗っていて、クロヴィス前総督によって不老不死の研究目的で監禁され人体実験を受けていた不老不死の女性です。そのため、ギアスについても多くを知っていて、俺も彼女からギアスの存在を知りました」

 

 ルルーシュはC.C.に関して意図的に情報を選んで説明する。C.C.がオリジナルのギアスを与える事ができる存在だという情報は、間違っても知られてはならないからだ。

 

「不老不死……。多くの権力者が求めてやまぬ夢か」

「そうか? 私としてはこんなものは早く誰かに押し付けたくてたまらないのだがな。多くの人と出会い、相手だけ老いて死ぬのを看取るのはもう沢山だ。時代によっては魔女狩りで生きながら焼かれたりもしたしな」

「空想の中の不老不死よりも、良いものではなさそうだな」

「ああ、それに私のは不老不死になった時点の肉体で固定される。老人の肉体で不老不死になっても碌にその生を謳歌することはできないだろう?」

「それもそうだな。わしもまだ死ぬわけにはいかんが、永劫の命は求めておらん。人として生き、人として満足して死にたい」

 

 桐原が不老不死に執着していなかった事は、ルルーシュにとっても安心材料だ。

 

「それにしても……キョウト六家の中でも門外不出とされていた古の巫女の御業が、よもや魔法という名でお主やブリタニアが使っておったとはなぁ……」

「ほう……その話、詳しく聞かせてもらえますか?」

「語っても良いが、その前に問わなければならない事がまだある」

 

 この場にいる本来の目的から逸れていた状況を、桐原は仕切り直す。

 

「ゼロよ。お主はこの戦いの果てに何を望んでおる? ブリタニア皇帝の座か?」

「いいえ。皇帝の座には興味はありません。俺が望むのは、神聖ブリタニア帝国の崩壊、そしてブリタニアが世界に強いた不当に弱者を虐げる世界の変革です」

「世界の変革……、大きく出るではないか。そのような事、できるというのか? お主に」

「できる! なぜならば、俺には、それを成さねばならぬ理由があるからだ!」

「……なるほど、血の繋がった妹か」

 

 桐原は、幼少期のルルーシュが妹を溺愛していた事を思い出し、戦う理由に思い至る。

 

「はい。母上を暗殺された場に居合わせたナナリーは、足に大きな怪我を負って後遺症で歩くことができず、ショックから目を開くこともできなって光を失った。妹がいつ現れるかもわからない刺客に怯えずに前を向いて生きるためには、ブリタニアを倒さなければならない。……俺が戦う理由としては大きいですが、それだけではないんです」

「ほう?」

「俺は、シンジュクゲットーに孤児院を建てて運営していました。孤児院の子供たちはブリタニア人である俺やナナリーにも優しく接してくれて、あの頃の俺はブリタニアに対する憎しみを捨ててナナリーや孤児たちのために生きようと考えていました。しかし……、前総督の義兄クロヴィスは、己の保身のためにシンジュクゲットーを壊滅させ、孤児院の孤児たちも皆殺しにした!」

 

 喪われた過去を懐かしみ、それを奪われた理不尽に、ルルーシュは感情を露わにする。

 

「ブリタニアのきまぐれで、弱者は謂れのない蹂躙を受けて殺される。そんな理不尽は正さなければならない! 理不尽を世界にばらまいている父、シャルル・ジ・ブリタニアを止める責任が、俺にはある!」

「それが、お主の戦う理由か。相手がわしでなければ、キョウトを従わせるための人質にするつもりだったのかな?」

「まさか、私には、ただお願いする事しかできません。力づくで従わせるのでは、それはブリタニアと変わりませんから」

「八年前の種が花を咲かすか。それも、進む道を迷い続けていたあの悪童を正しい道に戻してだ。──カッカッカッ……!」

 

 桐原は、八年前の無力だった少年がブリタニアを揺るがす源泉となって大きなうねりとなっている事に破顔する。

 

「では最後に問おう。コーネリアを此方に引き渡す気はないか?」

「此方としても、姉上をそちらに引き渡すことに否はありません。その代わり、条件を二つほど」

 

 今はコーネリアも静かにしているが、隙を見せれば逃げられる可能性がある以上、黒の騎士団で無理して監視するよりもより規模の大きいキョウトに預けた方が良い。その一方で、ブリタニア憎し、皇族憎しから危害を加えられたりしないようにルルーシュは注文を付ける。

 

「言ってみるが良い」

「一つは姉上に対して国際法に則った人道的な待遇と配慮を。もう一つは、此方から選出した人員も数名、護衛につかせていただきたい」

「護衛? 監視ではなくてか?」

「捕虜である以上、監視の役割も当然あります。ですが、姉上はラウンズであったヴィクトリア・ベルヴェルグによって謀殺されるところでした。皇帝直属の騎士であるラウンズがそのように動いた事を考えれば、ブリタニアとの交渉のカードとするよりも、姉上をこちら側に引き込めるように立ち回った方が良いでしょう」

「ふむ……分かった。その条件を飲もう」

 

 桐原としては、当初の目論見では日本を取り戻すことができた際にブリタニアに対して有利に交渉を進めるためのカードと考えていたが、ルルーシュの言う事が事実ならばその前提が崩れる恐れがある。ならば此処で意地を張って黒の騎士団と険悪になるよりもそれほど重くない要求を飲んだ方が得だという勘定が働いた。

 

「扇よ!」

「は、はい!」

「この者は、偽りなきブリタニアの敵。これまで素顔を晒せなかった訳も得心がいった。このわしが保証しよう。今後もゼロについていけ。情報の隠蔽や拠点探しなどは、わしらも協力する」

「ありがとうございます!」

「それと藤堂、お主は黒の騎士団と日本解放戦線を繋ぐパイプ役となってくれ」

「了解しました」

「感謝します、桐原公」

 

 御簾(みす)を自ら上げて、桐原公はルルーシュに問いかける。

 

「行くか? 優しき世界とせんがために修羅の道を」

「この意志を持つ者が俺だけだったならば、我が運命として受け入れていたでしょう。ですが、俺にはスザクが、そして皆がいる。修羅道に堕ちずに成し遂げて見せますよ」

 

 

 ────────────────────

 

 

 キョウトとの会談を無事に終えたルルーシュは、桐原公が先ほど口にした『古の巫女の御業』について質問する。

 

「桐原公、改めて聞かせてください。先ほど話に出た『古の巫女の御業』について、その詳細を」

「良かろう。護衛の者達や無頼がおぬしらを狙った時にお主が床に浮かべた紋様。あれは伝承に語られている巫女が奇跡の御業を行使する際、大地や空中に浮かべた紋様と同じなのじゃ」

「なるほど。C.C.も知らなかったとはいえ古代ベルカ式の念話魔法を使っていた事を考えると、その巫女は古代ベルカ時代の王族かその血縁なのかもしれないな」

「その古代ベルカという文明との関係は分からんが、この世界には、様々な国や地域に古代文明の遺跡が点在しておってな。それらの遺跡はこの世界ではない異界より来訪した神々の使徒──わしが先ほど巫女と言った存在が建てたものと言い伝えられておる。日本では『有覇里(ありはのさと)』」、EU圏では『アルヴァ・サルト』という具合に似通った呼び方である事から、元は同じ文明の遺跡が、長い歴史の中で訛って伝わったのじゃろう」

「ふむ……そうなると、この世界にも古代ベルカが関与しているロストロギア……その中でも大規模災害級の魔法技術遺産が眠っている可能性があるのか。頭が痛くなってくる話だな」

 

 桐原から話を聞いたルルーシュは、最悪の可能性を考えて内心頭を抱える。

 ルルーシュにとって、ロストロギアの基準は幼少期に関わった闇の書だ。あれはロストロギアの中でもかなりの危険度を誇る存在であり、闇の書を無力化して管制人格であるリィンフォースを救い出すことができたのは奇跡としか言い様がないほどだ。

 魔法の収集の過程で偶発的に遭遇した、ヴォルケンリッターに匹敵するポテンシャルを誇る同年代の二人の魔法少女。

 闇の書の犠牲となった管理局員の遺族でありながら、理性的な対応でサポートしてくれた管理局所属の少年と母。

 無秩序な情報の墓場となっていた無限書庫を稼働させ、闇の書の真実を明らかにした少年。

 そして、多大な犠牲と悲しみを生み出してきた闇の書を封印する事に心血を注いできた管理局の重鎮とその使い魔たちが、闇の書の主に選ばれた八神はやてを救うために協力してくれたことも大きい。

 これらがどれか一つでも欠けていたならば、闇の書は今も災いをもたらす破滅の魔導書のままだった可能性もあった。

 あれほどの危険はない可能性だってある。しかし、もしもあった場合、果たして自分はそれをどうにかする事ができるだろうか? そうルルーシュは自問自答する。

 

「大丈夫だよ、ルルーシュ」

「スザク……何を根拠に言っているんだ?」

「だって、僕とルルーシュが組んで、出来なかった事なんてないだろ?」

「……ふっ、そうだな。俺達二人が手を組めば出来ない事は何もない。ましてや、今は頼れる仲間たちもいるんだ。存分に頼らせてもらうぞ」

 

 スザクの楽天的ともとれる発言だが、それにルルーシュは勇気を貰って顔を綻ばせる。

 

「ゼロ様がこちらに来ていると聞いて急ぎ来てみたら、まさか貴方だったとは」

 

 桐原の輦輿(れんよ)の後ろにある扉が開き、高い声で話しながら姿を見せたのは……和服を着た黒髪長髪の少女だ。

 

「神楽耶じゃないか」

「スザク、最後に会った七年前のあの時より随分とマシな顔をするようになりましたわね」

「そういう君も、お転婆だったあの頃より少し御淑やかになった」

 

 彼女は皇神楽耶。キョウト六家の盟主という立場にして、かつてはスザクの婚約者でもあった少女。ルルーシュにとっても、幼少期に一度だけ顔を合わせ話をした相手だ。

 そしてルルーシュはある事に気が付く。

 

「お久しぶりです、神楽耶様」

「神楽耶で構いませんわ♪」

「それでは神楽耶。先ほど、桐原公から古の巫女の御業についてのお話をお聞きしたのですが……貴方はその御業を使えますね?」

「その通りですわ。一目見るだけで見通すとは、流石でございますわ」

 

 ルルーシュが気が付いた事。それは、神楽耶がリンカーコアを有しているという事実。それも魔力量に関してはルルーシュを凌駕する! 

 

「さすがは私の夫となるにふさわしい方。幼き頃に私が家を抜け出して山で迷い、そこでルルーシュ様と初めてお会いした時も、口では厳しく突き放しながらもこのままでは私が皆から見放されてしまう事を指摘してくださいましたね♪ あの時の事があったからこそ、私は自分を律する事を学びました」

「それは良かった。……ん? 夫?」

 

 幼少期に出会った、我儘なおてんば娘であった神楽耶の変わり様に、ルルーシュがしみじみと懐かしんでいたが、彼女が言っていた言葉を思い出して首をかしげる。

 

「はい♪ ふふ……日本解放の旗頭となる方との婚姻ならば、日本人も大いに喜ぶことでしょう♪ もしもルルーシュ様に他に好いている女性の方がいるのでしたらば、その方のための側室の座もご用意いたします。英雄色を好むと言いますし、成人男性の生理を考えれば──」

「ちょっと待った! 待って!?」

 

 ルルーシュなりのロジックで言えば、キョウト六家の女性との婚姻は、政略結婚としては有りなのだ。自由恋愛万歳という訳でもないし、愛情は後から互いに相手の事を知って育めばいい。寧ろ恋愛ありきでの結婚よりも、政略結婚やお見合い結婚の方が夫婦仲が長く続くというパターンもあるらしい。だが、夫となる者と複数人の女性との婚姻関係を、本妻になろうとしている女……それも自分より年下の少女が進んで許容するというのは、なんか違うのではないだろうか? 

 何より、108人の妻を娶った神聖ブリタニア帝国第98代皇帝、実の父であるシャルル・ジ・ブリタニアの存在が脳裏にちらついて、そう言ったハーレムには抵抗がある。

 このまま話を進めようとする神楽耶をなんとか止めようと、ルルーシュが急いで策を巡らせていると、スザクがルルーシュの肩に手を置いて口を開く。

 

「ルルーシュ」

「スザク! 神楽耶をいったん止めて──」

「応援するよ!」

「スザクぅぅ! お前、神楽耶の婚約者だろうが!? 良いのか!?」

「スザクとの婚約は、七年前にとっくに解消されておりますわ♪」

「逃げ道がふさがれただと!?」

 

 まさかのスザクによる(無自覚の)追撃で、ルルーシュは頭を抱える事となる。

 

「カッカッカっ! ブリタニアに苦杯を舐めさせてきたゼロも、女の色恋には敵わぬか!」

「あの童貞坊やはモテモテな癖に自分への好意に鈍感だからな。要するに経験値が足りないというやつだ」

「……まあ、ブリタニアを倒せるならば、それはそれで。ルルーシュも本気で嫌がっている訳でもないならいいんじゃないかな」

「百目木、こういう時ってあんた割と薄情よね」

 

 少し前までの緊張した空気は弛緩し、各々がざわざわと話す。

 結局、神楽耶とゼロの婚約は一旦保留となり、日本を取り戻すことができてから改めて話し合う事となった。要するに結論の先送りである。




かなりリスクがある選択ですが、本作のルルーシュはこの段階で自分から正体を見せる事となりました。これが吉と出るか凶と出るか。
魔法やギアスに関しても、ブリタニア側が利用している以上、離さない選択肢が消えていたという要素もあります。

ルルーシュの一人称が状況によって「私」と「俺」で異なりますが、これは『ゼロ』としての側面で動いている時は「私」。『ルルーシュ』としての感情が昂っている時は「俺」になる傾向によるものです。

神楽耶についてですが、彼女は特殊な古代ベルカ式儀式魔法に特化した適正と教育を受けているため、魔導師としての単純な比較は難しいです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

驚愕のチャリティー・イベント~前編~

今回は字数が増えて前後編になりました。


黒の騎士団とキョウトとの会談を終えてから数日後の事。キョウトが保有するブリタニアからは秘匿された地下施設――信頼に足るレジスタンスが利用できる訓練所――では、スザクとギンガの模擬戦が行われていた。

ギンガの愛用するローラーシューズ型のデバイスが、床を滑る様に疾走する様子は、さながら擬人化したナイトメアフレームだ。

 

「はっ!ふっ!はぁっ!」

 

スザクと肉薄したギンガは、フェイントを交えながらの格闘戦を仕掛ける。今回は彼女が普段は左腕に装備しているアームドデバイス『リボルバーナックル』は使用していないが、それでも戦闘機人としての強靭な肉体から放たれる打撃の連打は、生身の人間にとっては脅威そのものだ。しかし、スザクはギンガの動きを見切ってそれらの攻撃をすべていなし、彼女の腕を掴んでその勢いのまま背負い投げで投げ飛ばす。

 

「まだよっ!」

 

投げ飛ばされたギンガは空中に道を形成する魔法『ウィングロード』を複数ライン展開してそのうちの一本に着地し、展開した道でスザクを包囲しながら空中を疾走する。

一方、スザクはそのウィングロードによる包囲網を破壊せず、むしろ自らもそれを足場にして跳躍しながらギンガに立体機動戦を挑む。

管理世界の……それも管理職員の常識で測るならば、戦闘機人であるギンガに対して身体能力で優位に立っているスザクは異常と言ってもいい。逆に、スザクの身体能力を良く知るルルーシュならば、ギンガの健闘を寧ろ褒めているだろう。

 

「な、なんなんです……あれ?」

 

二人の模擬戦を少し離れた場所から観戦していた四聖剣の一人である朝比奈が、顔を若干引きつらせながら周囲に問いかける。

 

「なんでも、異なる世界の治安維持組織の隊員との模擬戦らしい。儂も軍人としての腕は衰えたつもりはないが、あれを捌き切る自信はないな。若いというのは凄いものだ」

「いや、あの動きは二人共若いとか以前に人間の範疇越えてません?」

 

仙波の言葉に、問いかけていた朝比奈が思わず反論する。四聖剣として生身での戦闘も相応にできると自負している朝比奈だが、スザクとギンガの模擬戦はその範疇を明らかに超えている。

 

「藤堂さんだってそう思いませんか?」

「魔法というのは多彩だな。ゼロが使った様な搦手だけでなく、スザク君の身体能力にあそこまで渡り合う事もできるとは。私も使えるようになるだろうか?」

「あれ?おかしいの僕の方なの?」

 

藤堂からも賛同を得ようとした朝比奈だったが、藤堂は寧ろかつての教え子だったスザクと渡り合っているギンガに関心を向けていた。

そこにシグナムも姿を現して会話に加わる。

 

「スザクの身体能力は、私達の世界の基準で見てもかなり高い。私も彼と模擬戦を行ったが、魔法無しでは危うい相手だったよ。それに、スザクはナリタ連山での戦いを切っ掛けに稀少技能(レアスキル)に発現したそうだ。彼は更に強くなれる素養がある」

「それほどなのか、シグナム殿」

「呼び捨てで構わない。この世界の戦争が無ければ、是非とも管理局に勧誘したいくらいの逸材だよ」

「それは困るな。スザク君は今や黒の騎士団のエースだ。引き抜かれたらゼロも怒るだろう」

「勿論、分かっているさ」

 

藤堂と打ち解けて気軽に話しているシグナム。朝比奈にはその様子が少しばかり面白くない。とはいえ、此処で露骨に邪魔をするほど大人げなくはない……と本人は思っているつもりだ。

実際はムスッとした顔つきになっていて、露骨に不機嫌になっているのがよくわかる。藤堂も仙波も、そんな朝比奈の様子にやれやれと若干呆れている様子だ。

そうしている内に、スザクとギンガの模擬戦が終わったようだ。

 

「模擬戦ありがとうございます。魔法無しの相手にここまで追いつめられるのは、初めての経験でした」

「僕も良い経験をさせてもらったよ」

「機会があったら、また手合わせをお願いします」

「喜んで」

 

固く握手をする二人。二人共軽く汗をかいた程度で、疲労もそれほどしている様子はない。

 

「そういえば、ギンガから見た黒の騎士団の魔力適性がある人達の魔導師としての実力ってどうなの?管理局の視点から見た場合も知りたくてさ」

「そうですねぇ……例えばカレンさんの場合、魔力は申し分ないですし炎熱系への優れた魔力変換資質も有しています。戦闘センスも優れていますが、大技を当てる事を意識してしまってまだ行動が読みやすいですね。そこを改善できれば、優秀な魔導師にもなれると思います」

「それならゼロは?」

「過去の資料や映像を見させていただいた範疇では、強いというよりは”巧い”ですね。魔力量はそれなりに多め程度で攻撃魔法も不得手ですが、魔法一つ一つのコントロールがとても凄いです。しかも、同時に複数魔法を精度を落とさずに操ったりもするので、戦況をコントロールするのが上手という印象です。指揮官のポジションにいるとすごく助かりますね」

 

ギンガはルルーシュと模擬戦をした経験がないため、閲覧した情報を基に私見を述べる。

 

「それと百目木さんは魔力量は豊富で本人の気質的に戦闘型ですが、苦手な分野がない万能型ですね。前提のハードルは上がりますが全ての分野を満遍なく習得できると、あらゆる状況に対応できる縁の下の力持ちになれます。一方でロイドさんは研究分野に特化していて、C.C.さんは適性が特殊すぎて私では評価を付けにくいですね。ただ、あくまで私見に基づいたものなので、能力や適性の詳細を調べる場合には、管理局の設備で精密検査を行う必要はあります」

「そっかぁ。色々と教えてくれてありがとう」

「どういたしまして」

「それじゃあ、僕はロイドさんの所に行ってくるよ。改修を加えたランスロットの調整もあるしね」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

ある平日の放課後、アッシュフォード学園の生徒会室ではミレイ会長が生徒会役員を集めて次のイベントについての会議を行っていた。

 

「――という事で、次回はネコ祭りで良いかしら♪」

「会長、この間のにゃんこ大戦争祭りと内容が被ってしまうのでは?」

「そんな事ないわよ。にゃんこ大戦争祭りはネコっぽいにゃんこたちに仮装するイベント。次回のネコ祭りはネコに仮装するイベントなんだから」

「分かりました!」

 

シャーリーの指摘に対してミレイの返答は、傍から見ると違いが分からない意味不明な内容だ。しかし、本人にとっては非常に重要な事なのだろう。

 

「大して違わないような……」

「役員としての正式な仕事より、お祭りイベントの方が多くない?」

「シャラーップ!二人とも、真面目にやる!」

「「えぇ……」」

 

マーヤとカレンは、理不尽に注意を受けて呆れて苦笑する。

ただ、この空気感は嫌いではない。黒の騎士団としての活動は充実しているが、気を張り詰めていることも相応に多く、生徒会のこういった緩い空気は心を癒してくれる。たとえそれが、日本を取り戻す事で失われてしまう一時だとしてもだ。

そんな騒がしくも楽しい室内に、廊下から扉をノックする音が聞こえる。

 

「誰かしら?どうぞ~」

「お邪魔します」

 

ミレイの許可を得てから扉を開けて入ってきたのは、ルルーシュだ。本人は学生ではないが、学生寮ではなくクラブハウスで暮らしている中等部のナナリーの事もあって、理事長からは出入りが許可されている。

それに、会社の社長としてアッシュフォード財団と共同研究している分野もあるため、そちらの関係で来訪する事もそれなりの頻度である。

 

「元気そうだな、ナナリー」

「はい!皆さんのおかげで楽しいですお兄さま。それで、本日はどのような御用件でしょうか?」

「そうか、それは良かった。今日はちょっと急な要件があってな」

 

ナナリーが健やかに暮らしている様子を確認して微笑むと、ルルーシュはマーヤとカレンの方へと歩いていく。シャーリーはルルーシュの微笑で頬を赤らめている。

 

「マーヤさん、カレンさん。突然ですまないが、付き合ってくれないか?」

「……え?」「うん、良いよ」

「……えぇ~!!!」

「まぁ……」

 

ルルーシュの突然の告白に、カレンは思考がフリーズし、マーヤは先日のキョウトでの会談で神楽耶が話していた内容だと判断して作戦に必要ならばと許諾する。

シャーリーは突然の事態に叫び、ナナリーはお兄さまに春が来たと驚く。ミレイはこの後の展開が大雑把にだが予想でき、面白そうな起こるとにやけながら静観していた。

 

「お~い、ルルーシュ。どういう風の吹き回しだ?お前が交際を申し出るなんてよ~?それもいきなり二人まとめてなんてよぉ」

「交際?何を言っているんだ?俺は少し手伝ってほしい事があるから付き合ってほしいと言ったんだが」

「分かるかぁ!?」

 

問いかけてきたリヴァルに対してのルルーシュの返答に、カレンは思わず顔を赤くして素の反応が出てしまう。その裏で、シャーリーは愛の告白ではなかったことに安堵する。

 

「やっぱりねぇ~♪ ルルーシュが堂々と愛の告白をするはずないと思っていたわ。それで、何を手伝ってほしいのかしら?」

「実は、社長の俺宛に週末に開催されるチャリティーイベントへの招待状が届きまして。俺としても参加するのは望むところなんですが、そうすると他の会社や貴族の令嬢からのお誘いも多くて」

「つまり私達に求めているのは、ルルーシュに言い寄ろうとする女性が近づけないようにする壁役という事ね」

 

ルルーシュが何故カレンとマーヤの二人に声をかけたか、その理由も分かりマーヤも納得した。

カレンはシュタットフェルト伯爵家の令嬢であり、マーヤもエナジーフィラーの研究を行っている会社の社長であるクラリス・ガーフィールドが保護者である事から、この二人を無視してルルーシュ――会社の社長としてはジュリアス・キングスレイ――に言い寄るのは難度が高い。

 

「あら?それなら私はどうなのかなぁ?」

「ミレイ会長だと、何しでかすか分からないじゃないですか……」

「あ~、それは確かに」「分かる」「確かに、そうだね」

「ちょっと酷くな~い?」

 

トラブルメイカーでもあるミレイ会長に対する認識はおおよそこんなものだ。

 

「日頃の言動と行動による、自業自得ですよ」

「ぐぬぬ……。あ、そうだ♪」

「ミレイちゃん、また何か変なこと思いついたみたい……」

 

ニーナはこれまでの行動や言動から、ミレイ会長がまた何か騒動を起こすことを理解してため息をつく。

 

「何するつもりですか、ミレイ会長」

「な~に♪折角だから生徒会役員一同もそのパーティに参加しようかな~って♪そちらさんも悪い話じゃないでしょ?」

「ふむ……案としては悪くないな。生徒会にとっても、チャリティーに参加する企業や貴族とコネクションも作れるメリットがあるし、上流階級とのパーティの経験をしておくだけでも、これからの人生で役に立つかもしれない」

 

想像よりは突拍子なくもない提案に、ルルーシュは少し考えてから肯定する。

 

「そ、それなら私も行きます!」

「ありがとう、シャーリー。必要なドレスコードに沿ったドレスはこちらで用意しておこう」

「えっと『週末のチャリティーイベント』っと。ああ~、このチャリティーイベント、政庁のお偉いさんも関わっているやつか」

「その通りだ、リヴァル。総督代理となったユーフェミア副総督主催の――」

「いつ行きますか?ドレスコードは!?私も行きます!」

「あ、ああ……分かった。後でニーナのドレスも頼んでおく」

 

ルルーシュの口からユーフェミアの名前が挙がった瞬間、ニーナがグイグイと前に出て参加を表明する。

 

「ごめんなさい、お兄さま。週末は病院への検診があるので、私は参加できません。ユーフェミアお……副総督には、カワグチ湖でのお礼を改めて言いたかったのですが」

「すまないな、ナナリー。この埋め合わせは必ずするから」

「いえ、お気になさらずに皆さんで楽しんでいってください」

 

ルルーシュが今回のイベントに参加するのは、福祉・医療関連の会社を経営し孤児院も運営している立場上のしがらみと、リスクを冒してでも政庁側の今後の動向を予測する材料が欲しかったという思惑があってのものだ。

ユーフェミアがナナリーの事を政庁や本国に黙っている事を考えれば、彼女だけであれば会わせてあげたい気持ちはある。しかし、今回のチャリティーイベントは彼女以外にも複数の貴族や企業が参加する以上、心苦しいがナナリーを連れていくことは難しいと考えていた。

ナナリーが病院の検診に向かう日程がチャリティーイベントと被ったのは偶然だが、これならばナナリーが参加できない理由にもなる。

 

「ありがとう、ナナリー」

 

ルルーシュは胸の内にしまっている申し訳なさを隠したまま、優しく呟いた。

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

チャリティーイベント当日。キューエルは会場を護衛する警備員の一人として外回りの巡回を行っていた。その表情はしかめっ面だが、巡回に対する姿勢は真面目で手抜きをしている様子などない。

 

「まったく。我ら純血派が何故チャリティーイベントの護衛業務を……」

 

ナリタ連山での戦いの一件で、純血派は相対的にだがその勢力を伸ばしている。本来ならばより華々しい仕事こそ与えられるべきだとキューエル卿は考えているのだ。

 

「元はと言えば、ジェレミア卿がユーフェミア総督代理から詳細を聞かずに安請け合いしたことが原因ではないか」

 

苛立ちながら、キューエルは純血派のリーダーであるジェレミア卿がこの業務を請け負った事を報告してきたときの事を思い出す。

 

~~~~

 

「はぁ……どうしましょう」

 

トウキョウ租界政庁にある執務室では、総督代理となったユーフェミア副総督が頬に手をやってため息をついていた。

視線の先には、卓上に置かれた書類。彼女の今の悩みは自分が計画した内容に関する事だ。

 

「ユーフェミア総督代理。やはり現状では協力者を募るのは厳しいかと」

「それは理解して(わかって)おります、ギルフォード卿。ですが、お姉様……コーネリア総督が行方不明となってしまった今だからこそ、彼らを徒に刺激しないために必要だと思うのです」

「それは一理ございますが、そのためにこの計画に無理に人員を動員し、政庁におけるユーフェミア総督代理のお立場が悪くなってしまわれては……」

 

ギルフォードは、ユーフェミア副総督の言い分も理解はできる反面、最近まで学生として青春を謳歌していた彼女と軍人として戦ってきた自分の認識の違いを痛感する。

ユーフェミア副総督は平和を愛する心優しい少女だ。本人の気質は争いごとに向いていないが、コーネリア総督の妹だけあって身体能力そのものは中々のポテンシャルを秘めている。ダイエットのために始めたスポーツ全般で初心者としては優れた結果を示している事からもそれは窺える。

しかし……上に立つ者としてみると、些か甘く頼りないと言わざるを得ない。平時の安定した時代や地域ならばその慈愛の心は臣民を癒し、慕われる為政者となっただろう。しかし、エリア11は神聖ブリタニア帝国が支配する植民地の中でも反抗勢力の活動が活発な地域だ。特に日本解放戦線を殲滅しその背後にいる組織の尻尾を掴む作戦であったナリタ連山での戦いで、黒の騎士団の介入によって敗れてしまった事は記憶に新しい。

エリア11を速やかに平定して安全なエリアを妹に渡そうとしたコーネリア総督の目論見は、本人が行方知れずとなってしまった事で破綻したと言ってもいい。

ユーフェミア副総督をどうやって説得するか。ギルフォードが頭を悩ませていると、執務室の扉をノックする音が響いた。

 

「ユーフェミア総督代理。ジェレミア・ゴットバルトです。総督代理に決裁が必要となる書類をお持ちいたしました」

「分かりました。入ってください」

 

ユーフェミアの許可を得て入室したのは、書類を抱えたジェレミア卿だ。

 

「ユーフェミア総督代理。此方が決裁が必要となる書類に……おっと!」

 

ジェレミアが締めようとした扉の隙間をすり抜けるように、猫のアーサーが滑り込んでユーフェミアのすぐ脇にちょこんとお座りする。卓上に上ったりしないのは、ユーフェミアがちゃんと躾けているからだ。

 

「にゃあ~♪」

「まあ、アーサー。構ってもらいたいの?」

「こら、アーサー。ユーフェミア総督代理はまだ執務中だぞ」

「にゃ」

 

フリフリご機嫌に尻尾を振っているアーサーを、ギルフォードは両手で持ち上げて静かに諭す。

そういえば、コーネリア総督が執務でお疲れな時には、決まってアーサーがやってきて相手をしていたなと思い出し、ユーフェミア総督も顔に出さないだけで心労が相当溜まっているのかもしれないと、ギルフォードは考える。

 

「アーサー殿は心が疲れている者に寄り添う性分のようですからな。きっと、ユーフェミア総督代理の事を慮って馳せ参じたのでしょう」

「ふふ……アーサーは忠義者ですね♪ 貴方も手伝ってくれるかしら?」

「にゃ~ん♪」

「ユーフェミア総督代理。猫の手も借りたいという表現はございますが、実際に猫の手は借りられませんぞ」

 

無抵抗に抱えられているアーサーをユーフェミアが撫でる。アーサーは気持ちよさそうにゴロゴロと鳴いている。

 

「何かお困りごとがあるのですか?」

「ええ。私が計画した案件に必要な人員が不足しているの……。内容が内容だから、優先度はどうしても低くなってしまって」

「なんと!でしたら我ら純血派をお使いください」

「良いのか、ジェレミア卿?」

「このジェレミア・ゴットバルトを筆頭に、皇族のために働けるとなれば皆も喜ぶでしょう!」

「そうか。では、このゲットーの孤児たちのためのチャリティーイベントの護衛をぜひとも頼みたい」

「……はい?」

 

~~~~

 

何故かジェレミア卿が請け負った時の様子もイメージできてしまった。

今回のチャリティーイベントの警備編成は、外回りはジェレミアとキューエルを中心とした主戦力が、会場内部はヴィレッタを中心とした若い騎士候達をメインに人員が配置されている。

これは、

1,外部からの侵入を防ぐ目的を考えると、主要戦力は外部の警備に割り当てたい。

2,武闘派に位置する純血派が会場内部を警備するならば、場の華やかさを保つ事も考慮して主に女性等を中心に固めておきたい。

3,正式な貴族を目指しているヴィレッタを含めた騎士候の者等には、先の事を踏まえこのパーティでの皇族の護衛という誉を与えたい。

といった理由をジェレミアは挙げていた。

此処で皇族を直接警備するためと言って会場内の警備に付かない辺り、請け負った経緯はともかくジェレミアは本気なのだろう。

何事もなく無事に終わってほしいとは思うが、昨今の情勢では何か想定外の事態が起こると考えて即時対応できるようにしている。そのために、近隣には会場への物資運搬用のトレーラーに混ざって純血派仕様のサザーランドを格納したトレーラーも会場を囲むように展開している。勿論、傍目から見た場合には区別がつかないようにしてだ。

 

(尤も、これでも黒の騎士団が相手では心もとないが。まあ、奴らがこの会場を襲うようならば、それはそれで大義名分が失われて好都合か?)

「そろそろ定時連絡の時間か。他の連中がちゃんと警備をしているか確認せねばな」

 

通信機を手にキューエルは外回りを担当する他の純血派メンバーに連絡を取る。まずは正面会場入り口前のメンバーから。

 

「こちらキューエル。ラストリー隊、そちらの様子はどうだ?」

『キューエル卿!丁度良かった!ご報告したい事が……』

「何があった」

「それが――」

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

チャリティーイベントの会場内では、様々な貴族や企業の重役が立食パーティで会食したり各所に設置されたチェス盤でチェスの試合をしながら談笑している。

今回のチャリティーイベントは、通常の参加費用や各々が持ち込んで出品した品々のオークションだけでなく、チェスの試合の参加費用や生配信、さらに配信動画へのスーパーチャットによる利益もチャリティーとして寄付される形式となっている。

 

「貴族も参加するっていうからもっと派手だと思っていたけれども、意外と落ち着いた雰囲気なんだね」

「主催者の家柄が持つ権威を見せつけるためのパーティならともかく、今回はチャリティーイベントだからな。コンセプトに不必要な分野には余計には経費を掛けず、その金額を寄付に回すためだろう」

 

淡いピンク色のドレスに身を包んだシャーリーの疑問に、二人の貴族を同時に相手したサイマル形式で勝利したルルーシュが答える。

 

「対戦、ありがとうございました」

「つ、強い……、流石は新進気鋭の若き実業家でありますな」

「ジュリアス社長、本当にお強いですね」

「昔、どうしてもチェスで勝ちたかった相手がいまして。今では会う機会が無くなってしまいましたが、その頃の経験が活きているんですよ」

 

ルルーシュは席を立ち、生徒会の面々と一緒に移動する。一か所に留まっていては、得られる情報が限られてしまうからだ。

ルルーシュは黒を基調としたスーツを着こなし、さらに装飾が施された眼帯によって左目が覆われている。この眼帯、一見すると視界を塞いでしまっているように見えるが内側からはちゃんと見えるよう特殊な細工が施されていて、ルルーシュの会社では病気や怪我の跡が残っている目元を隠すためのファッション性を備えた眼帯の一パターンとして売り出されている。

経営する会社の社長としてのルルーシュは『ジュリアス・キングスレイ』であり、自社の製品を自らテストするのを兼ねた正体の偽装の役割もある。

ルルーシュが指摘したとおり、会場内は華やかだが贅を凝らした装飾品や彫琢品の類は置かれていない。

 

「うちだと何かにつけて派手にしちゃって散財しちゃうから、参考になるわね」

「会長の所は、まず金がかかるイベントの頻度を減らしましょう」

 

雰囲気を損なわないようにしつつ費用を抑える会場づくりに感心するミレイに対して、ルルーシュは彼女の散財癖を注意する。会社の社長として冗長性と効率の塩梅を考えながらコストを抑える努力をしている身としては、アッシュフォード家は散財しすぎなのだ。実際、今回のイベントのためにミレイが用意した鮮やかな赤紫色を基調としたドレスも、中々な出費となっている。

真紅のドレスを身に纏い、胸元は開いているカレン。反対に深海をイメージした蒼いドレスで動きやすいようにスリットが付いているマーヤ。ニーナはエメラルドグリーンを基調としたドレスで、周囲に比べて控えめな胸元を補うためのブローチがアクセントとなっている。

既に他の貴族の子息や若い起業家数名と意気投合し、ルルーシュ達とは離れてチェスを交えて談笑しているリヴァルも、ルルーシュと似たような黒のスーツを着ているが此方は装飾の量が少ない。

 

(ふむ……会場内外の警備は純血派がメイン。皇族主催のイベントにも関与できる事を考えると、政庁内におけるパワーバランスは純血派が優位に立っているのか?)

(恐らく、今後のエリア11におけるブリタニア軍の主力は純血派。となると、要注意なのは純血派のリーダーであるジェレミア・ゴットバルト辺境伯ね。彼はラウンズにも比肩するKMF操縦技量を有すると噂があるから、戦闘時にはランスロットか紅蓮弐式をぶつけたいところね)

(……あんた達さ、場違いな相談するの一旦やめない?)

 

念話で情報共有をしながら、今後のブリタニア軍の行動を予測しているルルーシュとマーヤ。そんな二人に対して、カレンは表情には出さないが念話に割り込んで注意する。

三人とも、マルチタスクによって思考に影響はないし、世間話という名の腹の探り合いや、チェスの合間に商談にやって来る貴族や起業家との対話も問題なく対応しているが、念のためだ。

 

「あ、あの……!あっちの方でユーフェミア様がチェスの試合をしているって話だから、見に行ってみない?」

「良いわね♪カワグチ湖でのお礼も改めて言いたかったし。という訳で、皆で行くわよ~♪」

「そして試合は俺が担当するのでしょう?分かりましたよ」

 

ニーナの提案にミレイが乗ってルルーシュも了承する。

ルルーシュの昔の記憶ではあるが、ユーフェミアはチェスの腕前は平凡だった。実際に試合を組めるかどうかはともかく、今の彼女の人となりを直接見定める良い機会となるだろう。

そういう思惑もあってルルーシュは生徒会の面々と共に目的の場所へ向かうと、道中で若い貴族たちと一緒に放心したリヴァルと遭遇する。

 

「リヴァル、どうかしたのか?」

「あぁ……ジュリアス社長。あっちはやばい。俺じゃ勝てる気が全然しない」

「まさか、このイベントにあの方が来ているとは……」

「三人を同時に相手して、ここまで圧倒されるとは思わなかった」

 

ルルーシュの問いかけに、リヴァルは譫言のように若い貴族と共に答える。

 

「ユーフェミア総督代理、そんなに強かったのか?」

「いや、ユーフェミア様じゃなくてな……。お前も挑めばわかるよ。絶対驚くから」

(ユーフェミア以外のビッグネーム?プロのチェスプレイヤーが代打ちでもしているのか?)

 

誰に負かされたのかを口にしないリヴァルを訝しみながら、ルルーシュはその場を後にしてユーフェミアに会いに行く。

ほどなくして、数名の護衛を連れたユーフェミアがアーサーを抱きかかえながら、生徒会メンバーを見つけて話しかけてきた。ちなみにアーサーは今回のイベントのマスコットキャラも務めている。

 

「まあ、皆さん。カワグチ湖以来ですね。それにマーヤさんもお久しぶりです♪」

「にゃぁ♪」

「私の事、覚えていてくれていたんですか?ユーフェミア総督代理」

「私にとっては大切な思い出ですから♪アーサー(この子)と出会ったきっかけでもありますし」

「ありがとうございます。アーサー、元気にしてた?」

「にゃ~♪」

 

マーヤがアーサーの喉元を撫でると、アーサーはゴロゴロと鳴いて喜ぶ。初めて会った時と比べてアーサーの毛艶も良くなっているし、懐き具合からちゃんと世話されているようだ。

 

「初めまして、ユーフェミア総督代理。私はジュリアス・キングスレイと申します。カワグチ湖では貴方のおかげで妹が救われました。妹に代わって改めて感謝いたします」

「……初めまして、ジュリアスさん。私も皆様には助けられました。此方からも感謝を」

「ありがとうございます。……そういえば、此方でユーフェミア総督代理ともチェスの試合ができるとお聞きしたのですが。休憩中でしたか?」

「あぁ……いえ。今は私の代わりに試合をしてくれる方が飛び入り参加していまして。丁度試合が終わる頃だと思いますよ?」

 

そう言いながらユーフェミアが振り向くと、視線の先から歓声が上がる。

 

「チェックメイト。私の勝ちだね」

 

三人の貴族や実業家、そして代打ちとして招かれていたのであろうプロチェスの選手を相手に静かに宣言する声の主は、ルルーシュにとって決して忘れる事のない越えるべき壁の一つであった。

 

――鮮やかな金髪と整った顔立ちの美青年。

――政治と軍事の両面で類まれなる才能を発揮する帝国宰相

――次期皇帝に最も近い座にいる皇族

――そして、幼少期のルルーシュが唯一チェスで一度も勝てなかった相手

 

シュナイゼル・エル・ブリタニア。

見れば周囲には彼の側近であるカノン・マルディーニを含めた複数の部下だけでなく、純血派に所属する若い騎士たちも集まっている。

 

「お見事です、シュナイゼルお兄さま」

「なに、E.U.と中華連邦との交渉から本国へ帰還する前にお忍びで訪問してみたら、ユフィが今回のイベントを開催していると聞いてね。此方こそ無理を言って飛び入り参加させてもらったのだから、妹のためにもこの位はしてあげたかったんだ」

「ありがとうございます。おかげでとても盛り上がっております」

 

和やかに会話を続けるユーフェミアとシュナイゼルの様子を、ルルーシュ達は表情には出さなかったが驚愕しながら観察する。

 

(シュナイゼルだと!?まさかこのタイミングで遭遇するとは、想定外のイレギュラーだ!)

(あれが帝国宰相……どうする、ルルーシュ?)

(下手に目立つと拙いんじゃないの?)

(いや、此処で引けばかえって怪しまれる。それに、ある意味では俺個人にとってチャンスでもある)

((チャンス?))

(ああ、今の俺がシュナイゼルにどこまで届くのか。それを確かめる絶好のチャンスだ。チェスと実際の戦術は異なるところもあるが、此処でのチェスの結果は、ある程度実戦における戦術レベルの差の指標にもなる)

 

「カノン、あとどのくらい時間はあるかな?」

「今から一時間後までには、此処を出発する必要がございます、殿下」

「そうか……ならば後一局は猶予があるね。誰か、私と対局してくれる者はいないかな?」

 

シュナイゼルの呼びかけに、にこやかにルルーシュが応じる。

 

「では、私と一局お願いいたします」

「君の名前を聞かせてもらっても良いかい?」

「ジュリアス・キングスレイと申します。シュナイゼル殿下」

「白(先攻)と黒(後攻)、どちらが良いかな?」

「此方は黒の駒で」

 

ルルーシュは自らを象徴する黒の駒を選ぶ。

 

「では、良い試合をしようじゃないか」

 

ルルーシュにとって、今後を占う事となるかもしれない対局(戦い)が始まるのであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

驚愕のチャリティー・イベント~後編~

「では、まずは白の駒(先攻)である私からいかせてもらうよ」

 

 シュナイゼルが1手目の兵士(ポーン)の駒を動かし、対局が始まる。

 今回のチャリティーイベントにおけるチェスの試合は、回転率を上げるために各プレイヤーの持ち時間が短いラピッドが採用されている。その中でも今回のルルーシュとシュナイゼルの対局では、持ち時間10分という互いに否応なしに早指しが求められる。

 にもかかわらず、二人は自らの持ち時間を殆ど使わずに次々と手を打っていく。しかも互いに考えなしに打っているのではなく、数十手先の展開を何パターンも見越して互いに相手の思考を読み解きながら打っている。

 極めてハイレベルな判断力に基づいた早指しの応酬は、現地の観客だけでなく配信の視聴者も自然と魅入ってしまうものであった。

 

「ふ……二人とも、チェスやってるのよね? チェスってこんなにハイテンポで進むものだったっけ?」

「二人とも、どこまでこの対局の先が見えているんだろう……」

「まさに、レベルの違いを見せつけられているわ……」

 

 カレンも、マーヤも、ミレイも。二人のチェスという目まぐるしく動くチェス盤(戦場)の戦況に困惑する。

 

(シュナイゼル兄上……俺が本国にいた時よりも更に強くなっている! マルチタスクを動員しても攻めきれない!)

 

 ルルーシュがシュナイゼルの盤面(守りの布陣)を突破するのに苦労している一方で、

 

(ふむ……これまで仕込んだブラフは全て見破られているか。ジュリアス・キングスレイ、面白い(・・・)ね)

 

 シュナイゼルの方も、この会場での対局においてこれまでの相手が引っ掛かった様々な布石を見破られ潰されていることに楽しみを感じていた。

 

(となると……この盤面ならば、これはどうかな?)

 

 シュナイゼルは数手先の盤面を予測し、十七手先のチェックメイトのために新たな布石を打つ。今までの布石とは異なる、人生でたった一人にしか使わなかったとっておきの布石を。

 

(隙ができた? いや、あのシュナイゼル兄上がそんなことを見逃すはずがない。それにこれは……)

 

 シュナイゼルの打った手に、ルルーシュは初めて長考を行う。

 一見すると、白のナイトの駒(シュナイゼルの駒)を取り、更にそのまま二十七手先のチェックメイトに持っていける絶好の好機。普通ならば、シュナイゼルが攻め急いでミスをしたと受け取るだろう。

 だが、ルルーシュにはこの行動に懐かしい既視感があった。

 

(これは、幼少期の俺がシュナイゼル兄上にチェスを挑んだ際に、逆転負けを喫する時のシチュエーションそのものだ! 此処でこの白のナイトの駒(シュナイゼルの駒)をとれば、最終的に負けるのは俺だ。かといって、此処で下手な動きをすればそのまま一方的に蹂躙される嫌らしい手筋だ。ならばここは……)

 

 過去のシュナイゼルとの対局という思い出が無ければ、チャンスをつかむために白のナイトの駒(シュナイゼルの駒)を取り、シュナイゼルが仕掛けた罠に嵌って敗北していただろう。

 ルルーシュは、”勝てるかもしれない一手”という目先の利益を捨て、”負けないための一手”を打つ。

 

(ほう……この布石も躱したか。しかし気が付いて対処しても、私が有利になる事に変わりはない)

 

 シュナイゼルの眉が、僅かに動く。とっておきの布石を躱された事は少し驚いたが、そのためにジュリアスの布陣に綻びが生まれた。

 この布石の悪辣な所は、どちらに転んでもシュナイゼルは有利をとれるという所だ。相手に理不尽な二択を迫る事で、約束された敗北に自ら飛び込ませるか、相手に自ら守りを崩させるかを強要する。

 事実、盤面の天秤はシュナイゼルの有利へと傾いていく。徐々にジュリアス(ルルーシュ)の手駒は減っていき、追い詰められていく。

 それこそが、ジュリアス(ルルーシュ)が見出した活路。

 ルルーシュが、最後まで生かしていた黒のクイーンを動かす。放置すれば白のキングを討ち取れる一手。勿論、シュナイゼルもそれは把握している。だが……

 

「……ふぅ、しまったね。勝てない(・・・・)か」

「ええ、ギリギリですが、間に合いました」

 

 二人の会話に、一部を除いた周囲は訝しむ。

 盤面は白の駒(シュナイゼル)が圧倒的に有利。黒のクイーンさえ討ち取れば、後は動けなくなったポーンが数駒と動けば何かしらの駒に取られる包囲された黒のキングのみ。どう見ても、一見するとシュナイゼルの勝利は揺ぎ無い盤面だからだ。

 

「っ! ステイルメイトだ……」

 

 シュナイゼルに敗れていたプロチェス選手の一人が、盤面の状況を見て呟く。

 ステイルメイト。それはチェスにおける引き分け(・・・・)となる条件の盤面の一つを指す。その条件は、『自分の手番で動かせる駒が全くない時』

 ルルーシュは、約束された敗北を与える布石を躱す時点で、このチェスではシュナイゼルに勝利する事を捨てて負けない(・・・・)事を優先した。そのために、ルルーシュは黒の駒で攻め込んでは返り討ちにさせ、シュナイゼルが対処するための手番を奪いながら動ける駒を削っていた。

 実際のチェスの試合でも、対局に負けないために意図的に引き分けとなる盤面に持ち込んで仕切り直すことはよくあるが、実際にできるかは別問題だ。だが、ルルーシュはそれをやり遂げて見せた。

 

「如何しますか、シュナイゼル殿下?」

「そうだね……ジュリアス、此処は君に敬意を表して認めるとしよう。ステイルメイト」

 

 ジュリアス(ルルーシュ)の問いかけに対して、シュナイゼルは黒のクイーンを取り、ステイルメイト(引き分け)を宣言する。

 引き分けという形で決着がついた対局に、周囲からは歓声が巻き起こっていた。

 

「ジュリアス・キングスレイ。実に素晴らしい対局だったよ。次にチェスをする機会があれば、是非とも君に勝ちたいくらいだ」

「此方こそ胸躍る対局でした、シュナイゼル殿下。次までにさらにチェスの腕を磨き、御身から勝利を勝ち取らせていただきます」

 

 互いに席を立って笑みを浮かべて握手し、健闘を讃え合う。その様子を、対局を配信していたテレビ局が配信する。

 一見すると非常に絵になる二人の爽やかな場面だが、ルルーシュの心の内は悔しさで溢れていた。

 

(まだ、俺はシュナイゼルに届かないのか! 今回はチェスの盤面だったが、もしもこれが実際の戦場における戦況だった場合、完膚なきまでに負けていた!)

 

「殿下、そろそろお時間です」

「分かったよ、カノン。では私達はこの辺りで帰らせてもらうとするよ。ジュリアス、次の機会を楽しみにしているよ」

「ギルフォード卿、シュナイゼルお兄さま方のお見送りをお願いします」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 ユーフェミアからの命令を受けたギルフォード卿に先導されて、シュナイゼルがカノン達を連れて会場を後にしたのをルルーシュは見送る。

 

「二人とも、凄かったよ!」

「ありがとう、シャーリー。本当は、勝ちたかったんだけれどもね」

 

 シャーリーに対する返答は、ルルーシュの本心だ。

 目立たないように動くならば、対局中にさりげなく負けるのが一番穏当だった。だが、ルルーシュにとってシュナイゼルは越えるべき壁であり、わざと負けるなど到底許容できるものではない。

 だからこそ、公の場で目立つリスクを加味した上で勝ちにいったのだ。

 それに、シャーリーの前で情けなく負ける様子を見せたくなかったという個人的な感情もある。

 いくらルルーシュが恋愛感情に対して鈍感とはいえ、自分を慕うシャーリーからの好意に気が付かないほど愚鈍ではない。復讐とナナリーにだけ目を向けて生きていたならば、その事にさえ気が付かなかっただろうが……。

 シャーリーが自分に対して向ける好意の感情が、憧れや敬意の類なのか、それとも思慕や恋慕の類なのかまでは分からないが、自分がゼロとならず復讐の道も選んでいなければ、ひょっとしたらシャーリーと恋仲になっていた可能性があったかもしれない。

 そう考える位には、ルルーシュはシャーリーの事を異性として少しだけ意識するようになっていた。

 だが、その未来はありえない。何故ならば自分は神聖ブリタニア帝国に対する反逆者ゼロなのだから。シャーリーを巻き込まないためにも、彼女と結ばれることはあり得ない。

 

「お見事です、ジュリアス社長。おかげで会場も配信も大盛り上がりです♪」

 

 声をかけてきたのは、ユーフェミアだ。彼女としては本心からそう言っているのだろう。

 

「お力になれたなら幸いです、ユーフェミア総督代理」

「この後、連れ添いの方々を抜きに少しお話がしたいのですが、ジュリアス社長の方は宜しいでしょうか?」

「私は構いませんが……」

「ありがとうございます♪ ではこちらへ……」

 

 ユーフェミアに連れられて、ルルーシュは会場の奥にある個室へと案内されていく。

 その様子に騒めく周囲の参加者たち。

 

「……ふぇっ!? 会長! これって、ひょっとして!」

「い、いや……ひょっとしたらシュナイゼル殿下に健闘したジュリアス社長を労うにあたっての相談かもしれないし……」

 

 普段こういう時に煽ったりするミレイが、珍しくシャーリーを諭す。ルルーシュとユーフェミアの関係──腹違いの家族であり、ルルーシュは死んだことになっている皇族だという秘匿されている情報を明らかにするわけにもいかないため、冷や汗を垂らしながらどう落ち着かせるか頭を悩ませていた。

 

(ルルーシュ……もし何かあったら念話で伝えて。部屋に乗り込むから)

(そうなると私は警備に対して目を光らせておくべきね)

 

 マーヤとカレンは念話で連携して万が一の時にルルーシュの脱出をアシストする事にしていた。

 一方、個室へと案内されたルルーシュはというと。

 

「……っふぅ。随分と大胆な事をするな、ユフィ。周囲が大騒ぎになるぞ」

「でも、こうでもしないとあなたと二人っきりでお話しする時間を作れないと思ったの、ルルーシュ」

 

 ユーフェミアがルルーシュと呼んだので、ジュリアス・キングスレイの仮面(ペルソナ)を外し、ルルーシュとして向かい合う。

 

「護衛も付けないで、もし俺が襲い掛かってきたらどうするつもりだったんだ?」

「ルルーシュはそんなことしないって信じているから♪」

「それはそうだが……はぁ。それより、態々人目を避けるという事は、公の場では聞くことができない事を聞きたいんだろう?」

 

 小言を続けそうになるルルーシュだが、その言葉をぐっと堪える。今はユーフェミアの要件が先だ。こっそりと、探知魔法で盗聴器の類が無い事は確認済みである。

 

「ねえ……ルルーシュは、黒の騎士団の事をどう思っている?」

「っ……! 確かに、それは公の場では尋ねられない質問だな」

「私は……凄く複雑な気持ちなの。クロヴィスお兄様を殺めたゼロに対する怒りはある。でも、クロヴィスお兄様は自己保身のためにシンジュクゲットーの人達を虐殺した。私もカワグチ湖でゼロに助けられた。多くの民も彼らのおかげで助けられた。お姉様はナリタでの戦いで行方不明になってしまったけれども、黒の騎士団に囚われたのだとしたら酷い事はされていないだろうって信じられる。私は……黒の騎士団を相容れない敵だと思えないの」

「ユフィ……そういう事は、無暗に話しちゃいけない。君の立場や命が危うくなる」

 

 ブリタニア本国の人間に聞かれたら危険な内容に、ルルーシュは打算も何もなくユーフェミアの身を案じていた。

 

「ごめんなさい。でも、いずれ新しい総督が任命されて私が自由に動けなくなる前に、この事をあなたに話したかったの」

「ユフィ、君はひょっとして……」

「ルルーシュ、貴方がゼロと会ったら伝えてほしいの。どうかルルーシュとナナリーの事を守ってほしいって」

 

 ユーフェミアはルルーシュが黒の騎士団のメンバーである事を見抜いている。恐らくは理論だった証拠はなく、彼女自身の直感でだ。

 自分とゼロが同一人物ということまでは気が付いていないようだが、彼女がいつまでも気が付かないままだとは思えない。

 

「……そこは、黒の騎士団との交渉の席とかを求めるとかじゃないのか?」

「だって、そこまでお願いしてしまったらルルーシュに迷惑をかけてしまうもの」

「わかった。ちゃんと伝えておく。だから、この事は他言無用で頼む。俺の会社や孤児院、そして君自身にも迷惑が掛かる」

「うん」

 

(甘いな、俺は。だが、この想いを捨ててしまったら俺は修羅道に堕ちる事になるだろう。そうなってしまったら、俺は犠牲になった者達に顔向けできない)

 

 本来ならば、ユーフェミアの意識を眠らせ、記憶を弄るべきなのだろう。だが、あくまで自分達の身を案じてくれているユーフェミアに対してそのような事は、ルルーシュにはできなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 シュナイゼルとルルーシュが対局を始めた頃に、時を遡る。

 観客達が皆、二人の対局の行方に意識を向けている中、ニーナはユーフェミアにどう話しかけようか悩んでいた。彼女にとっては知り合いのチェスの対局よりも、敬愛するユーフェミアにどう話しかけるかの方が重要な事なのだ。

 そんな彼女に話しかけてくる者が一人。

 

「流石はシュナイゼル殿下というべきだが、あの少年も相当だねぇ。君もそう思わないかい?」

「えっ……? あ、はい。貴方は?」

 

 話しかけてきたのは、紫色のミディアムヘアの男だ。金色の瞳はどこか狂気的なナニカを宿しているような恐ろしい雰囲気を感じさせる。

 

「私かい? 私はシュナイゼル殿下に雇われている科学者さ。君と此処で出会えるとは思ってもいなかったよ、ニーナ・アインシュタイン」

「私の事、知っているんですか?」

「勿論だとも。君が研究している論文を読ませてもらったが、非常に興味深い。サクラダイトに代わる新たなエネルギーの研究。その根幹であるウランの濃縮と分裂反応の制御技術が完成すれば、人類は新たなプロメテウスの火を手に入れる事となるだろう」

「ぇ……理解して(わかって)くれるんですか!?」

 

 ニーナの研究は、サクラダイトが文明の基礎となっているこの世界においては非常にマイナーだ。似たような研究を進めている者は彼女の知る限りでは他におらず、研究の価値を理解してくれる者も殆どいなかった。敬愛するユーフェミアでさえ、ぼんやりと凄い技術だと思うくらいでその内容をちゃんと理解しているとは言い難い。ニーナの研究は、前を走るものがいない独りぼっちの闇の中を手探りで進めてきたものだ。

 

「特定の資源に著しく依存した文明は、それが枯渇した瞬間に急速に衰退・滅亡してしまうリスクが付きまとう。サクラダイトに著しく依存したこの世界の文明はまさにそれだ。君の研究はまだまだ粗削りだが、人類を飛躍的に進歩させる可能性を秘めている! 君は、この世界の発展と救いの天使となるかもしれないんだよ」

「私が……」

 

 誰も理解してくれなかった研究を絶賛する科学者()に対し、ニーナはその勢いに若干引きつつも嬉しく思う。

 それから、ニーナは目の前の科学者()と自らの研究について語り合った。科学者()はニーナの意見を単純に肯定や否定するだけでなく、現在浮かび上がっている課題や問題点に対して、具体的な改善案を提示したりもしてくれた。

 もし研究用のノートPCを持ってきていれば、この場で科学者()に見せてより詳細な意見を聞きたかったくらいに、ニーナにとって充実した一時だった。

 そんな一時も、終わりを迎える。

 

「ドクター、シュナイゼル殿下の対局が終わりましたので、ご準備を」

 

 声をかけてきたのは、薄い紫色のウェーブがかった髪の女性だ。瞳の色もドクターと呼ばれた科学者()と似ており、恐らくは家族か親戚なのだろう。

 

「──。ああ、もうそんな時間か。分かったよ。ニーナ・アインシュタイン、君との楽しい語らいの時間もどうやら終わりのようだ」

「──。ぁ……」

「それにしても……あのジュリアスという少年も相当やるとは思っていたが、まさかシュナイゼル殿下と引き分ける(・・・・・)とはね。いや、これは少年が劣勢だったのをどうにか引き分けに持ち込んだというべきかな?」

 

 二人の熾烈を極めた対局が終わった盤面を一目見て、ドクターはどのような展開があってどのような決着を迎えたのかをあっさりと読み解く。

 ニーナにはチェスの事はよくわからない。展開を見ていない対局となればなおさらだ。それよりも、目の前の科学者()との語らいが終わってしまう事を残念に思っている位だ。

 

「では、帰る前に君に一つ忠告しておいてあげよう」

「忠告……ですか?」

「どんな技術にも、必ず光と闇の側面がある。プロメテウスの火は人類を寒さや飢餓から救い叡智をもたらしたが、同時に凄惨な争いの火種ともなった。君の技術も、悪意ある者が悪用すれば致命的な悲劇を招く事となるだろう。その事は心しておくように」

「……はい。肝に銘じます」

 

 ドクターはニーナにそう言い残し、会場を出ていく。

 

「あ……そういえばあの人の名前、聞いてなかった」

 

 ドクターたちが会場を出てしばらくしてから、ニーナはドクターの名前を聞き忘れている事に気が付いて凹んでいる一方で、ドクターはシュナイゼルと共にギルフォード卿に見送られてチャリティーイベント会場から離れ、高速道路を走る御忍び用の高級車に乗っていた。

 空間上に展開されたパネルウィンドウの画面を操作しながら、ドクターがシュナイゼルに問いかける。

 

「最後の対局が引き分けに終わってしまったにもかかわらず、ご機嫌なようだね? シュナイゼル」

 

 それは帝国宰相であり皇族であるシュナイゼルに対しての発言としては、不敬としか言いようがない。しかし、この場にはそれを咎める者はいない。

 

「おや、そう見えるかい?」

「ああ、他の者たちを圧倒していた時は淡々とした作業だったが……ジュリアスという少年との対局以降、表情には出していないが生き生きとしているよ。それほど心躍る相手だったのかな?」

「……そうだね。ジュリアスとの対局はとても面白くて、ついつい彼を思い出してしまったくらいだ。表層は冷静さを保ちながら、その内には勝負ごとになると燃え盛る様な混沌の炎を宿していた腹違いの弟のルルーシュをね。あの頃の様なチェスがしたいと常々思っていたが、ジュリアスはその願いを叶えてくれただけでなく、予想を半歩越えてきた。その事が、私には本当に嬉しいんだろうね」

 

 シュナイゼルが言う予想の半歩越えとは、対局中にジュリアスに対して行った相手の行動を誘導する一手だ。シュナイゼルに次いで聡明だった腹違いの弟であり、このエリア11で非業の死を遂げたとされるルルーシュならば、性格的に引っ掛かっていたであろう一手。

 実際、ジュリアス(ルルーシュ)もその一手に危うく引っかかるところだったが、駒を持つ寸前の所で思いとどまって罠を回避しつつ負けないための一手を完璧に選びとって見せた。その様子に、シュナイゼルは”もしもルルーシュが生きていて成長していたら”という可能性に想いを馳せていた。

 

「なら、彼を勧誘するかい?」

「ふむ……いや、止めておこう。彼は内側に引き込むよりも、他人同士であった方が面白そうだ」

「成程、君と渡り合える好敵手(ライバル)でいてほしいという訳か」

「そういう事だ。彼と再び相まみえる時が来ることを、楽しみにしているよ」

 

 トウキョウ租界の景色を窓越しに眺めながら、シュナイゼルは無意識に笑みを浮かべる。

 

「そういえば、タンザニアの遺跡で調査用に使用していたプロト・ガウェインが強奪された報告が上がっている。そちらへの対処はどうするかい?」

「あれは通常のKMFとは異なる操縦系統かつ魔導師でなければ十全に扱えない試作機だ。加えて魔力炉心や魔導装甲といった魔導技術関連は撤去済み。強いて言えばドルイドシステムが少し勿体ないくらいだが、あれも本来の性能を発揮するには使い手を選ぶ。焦る必要はないよ」

「それは良かった。私としても、パトロンの機嫌を損ねる事はできるだけ避けたいからね」

「個人的な研究を優先する君がよく言うよ。それで、君の方はどうだったのかな? 会場に入る前は無表情だった君が、帰る頃には上機嫌だったけれども」

「ああ! 私と近いレベルで話ができる相手がいてね。彼女の研究について少しアドバイスをしながら話を咲かせていたんだよ。私にとっては興味も意味もないパーティだと思っていたが、予想外の収穫だった」

「ほう、君がそういうほどの人物か。ぜひとも聞かせてくれないかな? わが友、ジェイル・スカリエッティ(・・・・・・・・・・・・)

「勿論だとも! まずは──」

 

 

 ────────────────────

 

 

 エリア11に存在する政庁からも秘匿されている地下研究所では、クロヴィス総督時代の将軍であったバトレーが研究員に指示を出し、自身もコンソールを操作して作業に没頭していた。

 バトレーはかつてクロヴィス総督の死を切っ掛けにジェレミアによって拘束され、本来ならば本国で幽閉されているはずの男だ。しかし、バトレーの研究者としての能力を買っていたヴィクトリアが秘密裏に引き取ったのだ。

 

「量産試作体Jの状態はどうだい?」

「はい、脳への情報転写処理時のバイタルは正常域で安定、反応も想定以上の数値を叩き出しております。ですが、排熱と言語機能に未だに問題が……」

「此方の命令を聞ければさしたる問題ではない。性能を維持したまま量産するための課題点を洗い出すように」

「イエス、マイロード!」

 

 ヴィクトリアの命令を受け、バトレーを含めた研究員たちが慌ただしく作業を再開する。

 研究員たちの視線の先には、オレンジ色の透明な液体で満たされた巨大な水槽。そしてその中に浮かぶ、ケーブルが背中に何本も繋がっている男の姿。

 薄緑の髪、浅黒い肌、そしてオレンジ色の瞳。左半身が半ば機械化しているが、知っている者がその姿を見れば、純血派のリーダーであるジェレミア卿だと答えるだろう。

 だが、それは有り得ない事だ。何故ならばジェレミア卿は今、ユーフェミア総督代理が主催するチャリティーイベントの警備主任として全力で活動している真っ最中なのだから。

 水槽に浮かぶジェレミア卿らしきナニカのデータを収集するヴィクトリアに対し、背後から話しかける声が二つ。

 

「ヴィクトリアよ。例の計画は2か月後のトウキョウ租界で行う事に決まった」

「僕とシャルルの悲願の達成。それを大幅に短縮できるかがこの計画に係っているからね。素材が足りないなんてことは避けるべきだろう?」

 

 それは灰色の瞳と生え際がやや後退した茶髪の日本人男性を連れたV.V.だ。

 ブリタニアが支配するエリア、それもそのエリアを統括する総督や政庁にすら秘密の施設にイレヴンがいるという異常な光景だが、ヴィクトリアは気にしている様子もない。

 

「ようやく準備が整ったか。私も技術を提供したかいがあるというものだ。それで、今回の計画では中核に何を添えるのかな?」

「幾つか候補を考えたけれども、黒の騎士団に気取られないようにすることを考えたら、ユーフェミアを使おうと思っているよ」

「ああ、あの日和見主義者で脳内お花畑の総督代理ね。くくく……良いねぇ」

 

 戦闘機人の方のヴィクトリア(自分)も不倶戴天の敵と考えていた皇女の名前が上がり、ヴィクトリアの口角がつり上がる。

 あの女が絶望に染まり苦しみながら消えていく様子を想像するだけで、笑いがこみあげてくる程だ。

 悍ましい計画を企てている三人の様子を、バトレーは戦々恐々としながら見過ごすしかなかった。




Q:ルルーシュとシュナイゼルのチェスの試合展開の詳細は?
A:作者にはチェスの詳細な知識や能力は無いのです……。付け焼刃の知識で詳細を描写するよりも、要点だけ描写するほうが良いのだ!
  →いつのまにかシュナイゼル陣営にスカリエッティがエントリーしました。

どうして……。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

太陽の騎士、魔女の猫

 これまで黒の騎士団が預かっていたコーネリアの身柄が、キョウト保有の警備がより厳重な場所へと移送される日。

 移送用の護送車の中で最低限度の拘束に留められているコーネリアは、瞑想するように目を瞑りながら昨夜の一人のイレヴンから告げられた言葉を思い出す。

 コーネリアは当初、その男から非難や暴言を吐かれるものと考えていた。黒の騎士団が理性的なテロ組織とはいえ、自身は神聖ブリタニア帝国の皇族であり数多くのテロ組織を壊滅させてきた過去を持つ。中には憎悪を無理やり抑えているだけの団員もいるだろうと考えても不思議ではなかった。

 しかし、その男がコーネリアに対して告げた内容は予想外なものであった。

 

 ──ユーフェミア副総督への代わりといっては何だけどさ……一言礼を言いたくてさ。サイタマゲットーをラウンズから守ってくれてありがとう。

 

 その言葉を聞いた時、コーネリアの思考は一瞬停止した。テロリストからすれば自分は恨まれこそしても感謝される理由がない。

 コーネリアはその男に何故感謝しているのかを尋ねた所、彼はサイタマゲットーに拠点を置き、現在は黒の騎士団の下部組織となっているヤマト同盟のリーダーである泉という男だと分かった。

 ヤマト同盟はイレヴンとブリタニア人のハーフやクォーターといった混血児の権利を守るためという御題目を掲げている反ブリタニア組織だと、コーネリアは記憶していた。危険度こそ低いが規模はそれなりに大きく、他のより危険なテロ組織を壊滅させた後に対処しようと考える程度には優先順位が低い組織であった。

 以前のコーネリアであれば、烏合の衆な脆弱な組織の温い考えと一笑に付していただろう。だが、ナリタ連山での戦いで黒の騎士団に敗れたばかりか、ヴィクトリアに殺害されかけたところをゼロに救われた事で、若干の変化が生まれていた。

 

「私は……どうするべきなのだろうな。ユフィならば、黒の騎士団とも手を取りあおうとするのだろうか?」

 

 カワグチ湖で黒の騎士団に助けられたユーフェミア()ならば、自分と違って民衆のために黒の騎士団と協力する道を選べるかもしれない。

 身内同士であろうとも競い合い、争い、そして切り捨てて発展してきた本国とは異なり、弱い他者同士でも手を取り合い協力し合う事で強大な相手に立ち向かう黒の騎士団の考えは、コーネリアにとっては新鮮だ。

 だが、この経験は活かされることはないだろう。何処かは分からないがより警備が厳重な場所に移送され、二度と外の世界に出られない可能性だってある。そもそも、仮に自由になれたとしても本国に敗北者となった自分の居場所はもうないだろう。

 

「そういえば……あの時、ゼロはなぜアリエスの悲劇の事を尋ねた?」

 

 色々な事思い返す過程で、コーネリアはふとゼロが護衛を付けずに一人で尋問しに来た時の事を疑問に感じる。

 ゼロが初めて表舞台に立った特派強奪事件では、アリエスの悲劇に関わっている重要人物だと目されていた。だからこそ純血派のリーダーであり、マリアンヌ皇后の身辺警備を完遂できなかった過去を悔やんでいるジェレミア卿はゼロを捕縛する事に力を注いでいた。

 だが、自分をアリエスの悲劇当日の行動などを尋問していた時のゼロの様子は、今にして思えばそれ以外の尋問をする時とは様子が異なっていた気がする。そう、あれはまるで大切な者の死の真相を知りたい遺族のような必死さがあった。

 そこでコーネリアはある可能性を考える。もしもゼロが、アリエスの悲劇に関して犯人や共犯者ではなかったとしたら? むしろあの事件の被害者だったとしたら? 

 そしてコーネリアは一つの可能性に思い至る。

 

「まさか……ゼロはルルーシュなのか?」

 

 それは、今はエリア11となっている日本で七年前に非業の死を遂げた腹違いの兄妹(きょうだい)の存在。そして妹であるナナリーは足を怪我して歩けなくなった以上、消去法で兄であるルルーシュとなる。

 ルルーシュ達が日本に送られた際、確か二人が預けられた先は、キョウト六家の枢木家。そして黒の騎士団のエースである枢木スザクは、当時首相であった枢木ゲンブの忘れ形見。

 ゼロの正体がルルーシュならば、可能性としては筋が通る、繋がってしまう。

 コーネリアには、この可能性が自分の心が予想以上に弱っていることによる只の妄想であって欲しいと願うしかできなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 キョウト六家からの要請で秘密裏にエリア11へと派遣された、中華連邦インド軍区の研究者であるラクシャータ。

 彼女は黒の騎士団が保有する倉庫に自身が持ち込んだモノの一つの前で頭を悩ませていた。

 それは、一体のKMFだ。それも無頼やサザーランドではない、タンザニアの遺跡でブリタニアから強奪したとされる最新鋭の試作機。だが、その機体は、様々な意味で不完全な機体であった。

 外装のカラーリングが統一されていないどころか装甲がないためにフレームが露出している点は、改めて装甲を付けてカラーリングも統一すればよい些末な部分だ。

 この機体の大きな問題は3点。

 一つ目は、最新鋭の試験技術の実戦運用における不完全さ。

 フロートシステムは、KMFに軽快な飛行能力を与え戦争を変えるだろう。この技術の問題はエナジーの消費量の問題を解決する位の完成度が高い技術だからまだ良い。

 両肩に内蔵されているハドロン砲は、収束・制御が未だに不完全なままで、このままでは兵器として照準が安定せず実用化には至らない。尤も、自分が研究しているゲフィオンディスターバーの技術を流用すれば、その点は改善できる見込みなのは幸いか。ハドロン砲の研究をしていたプリン伯爵ことロイドが悔しがる様が思い浮かぶ。

 ファクトスフィアの代わりに搭載されているドルイドシステムは、極めて高度な演算処理能力を有するが、スペックが高すぎて扱い難くKMFで運用するには宝の持ち腐れだ。

 どれか一つだけならば大したことはない問題だが、全てまとめてとなると相互に干渉しあう可能性もあり中々の難題となる。

 二つ目は、機体がサザーランドの二倍近い巨体を誇るため、従来機のパーツの流用が困難だという点。様々な技術を内蔵式という形で全て詰め込んだため、これほどのサイズになってしまったのだろう。

 しかも機体各部には本来のパーツではなく代替パーツを使ったような痕跡が多数見受けられる事から、本来のスペックを発揮するためにはその部分も改めて作り直さないといけない。

 そこに立ちはだかるのが、コックピット内部にある従来のKMFには存在しなかった謎の機構だ。構造から推測するにコックピット内の何かを取り込んで機体各所に送り込むようだが、何のためにそんな機構があるのかが理解できない。

 そして何よりの問題点が……、

 

「そもそも、こんなゲテモノを真面に操縦できるパイロットがいるの?」

 

 三つ目の問題は、先二つの問題を解決したとしてもこの機体を実戦運用できるパイロットのイメージが全く思い浮かばない事だ。

 余りにも多機能かつ複雑で、用途不明な機構も存在するこの機体。どうにか実戦運用できるように改修した場合の運用方法を仮定すると、

 

 ・ドルイドシステムによる戦場全体の情報管制・指揮

 ・フロートシステムとハドロン砲による空中からの砲撃戦

 

 の二つの用途が思い浮かぶが、どちらか一方だけでも担当する者の負担は大きいというのに、両方を同時並行で実行しようものならばパイロットの処理能力がパンクしてしまう。

 かといって、一方だけに注力するともう一方が齎す絶大なアドバンテージを放棄する事となる。

 

「はぁ、なんで単座式(・・・)なのよ……」

 

 せめて複座式ならば、操縦・砲手・指揮担当に分担する事でまだ実戦運用の見込みはあった。だが、この機体は単座式な上にコックピットをこれ以上拡張すれば、機体バランスが滅茶苦茶になってしまう。

 

「もういっその事、解体して個別に使ってしまおうかしら」

「えぇ~! そんな勿体ない!?」

 

 ラクシャータの呟きに、聞き覚えのある声が聞こえてくる。黒の騎士団からロイドがセシルたち特派と共にやってきたようだ。

 

「ブリタニアにいた頃に僕たちが基本設計したガウェインが、こうして目の前にあるとはねぇ」

「ですが、私達が設計した時と比べて、色々と変わっているみたいですよ。元々は操縦者と砲手の複座型で設計していたのに、このガウェインは単座式になっています」

 

 そう言って、ロイドはラクシャータの脇と通り抜けてガウェインのコックピットを確認する。

 

「……やっぱり。ゼロも危惧していたけど、このガウェインには魔導技術が使われている痕跡があるね~」

「先に確認した資料の内容と照合すると、魔力を伝達させるパーツは通常のKMFの動力伝達素材に置き換えられているみたいですね」

「ならさぁ、デバイスを作成するのに使うあの素材で流用できるでしょ♪」

 

 ロイドとセシルの話に、ラクシャータは眉を潜める。

 

「なにオカルトな話しているのよあんたら。いつから神秘主義に傾倒したわけ?」

「あぁ……ラクシャータは来たばかりだからまだ知らないんだっけ。この世界には魔導師って存在がいる事」

「はぁ?」

「折角だから見せてあげるよ~♪ マーリン、セットアップ!」

 

 訝しむラクシャータに対して、ロイドは意気揚々と何かの起動を宣言する。

 

Stand by Ready. Set up.

「そんでほいっと!」

 

 聞こえてきた機械音声の後にロイドの眼鏡が変形すると、ガウェインのコックピット上部から跳び下りて重力を無視するように宙に浮かぶ。

 目の前の光景に、ラクシャータはポカンとした表情で固まっていた。

 

「ひひ~、おめでとう~♪ 新しい世界の扉にようこそ、ラクシャータ♪」

 

 ラクシャータの表情にご満悦なロイドはそのままゆっくりと降り立つと、周辺の端末を六つほど浮かせて周囲に浮かべ、ガウェインの解析に移る。

 

「ゼロや紅月君たちから収集したデータのおかげで僕用のストレージデバイスも出来上がった事だし、キョウトの支援で予算も潤沢だから研究開発が捗るぞ~♪」

「って、そんな技術があるなら私にも使い方教えなさいよ!」

「無・理♪ だってラクシャータさ、リンカーコアないもん♪」

「はぁ!? ……上等だよ、プリン伯爵。だったら私でも使えるようにしてやろうじゃないの! そんなもの必要なくてもね!」

「それ、良いですね♪ 私も手伝います。ロイド主任に差を広げられてばかりなのは癪ですから」

 

 ロイドの煽りに対してラクシャータが啖呵を切り、セシルもそれに乗っかる。他の技術者も自分達がロイドのように魔法が使えるようになれば研究・開発が捗るので特に止めはしない。

 この事が切っ掛けとなって立ち上げられた、ラクシャータとセシルを中核としたメンバーによる研究は、後の管理世界において非魔導師でも簡単な魔法ならば行使可能なデバイスの開発の礎となり、管理局に大きな衝撃をもたらす事となるのは割愛する。

 

「ラクシャータにはガウェインの改善案、もうあるんでしょ?」

「一応はね。ハドロン砲の制御はどうにかできる見込みよ」

「ぐぬぬ……僕が改良するつもりだったのにぃ」

「はいはい、そういうアンタにもあるんでしょ? ガウェインの改善案」

「勿論! コックピット内部にあった魔力伝達用の装置そのものは、取り外せなかったのか残っていたからね~。代替として使われている動力伝達素材を、デバイスに使っている魔力伝達素材に置き換えて調整してあげれば、このガウェインを製造した科学者が意図していた動きの一程度以上は再現できると思うよ♪」

「私も、フロートシステムの燃費改善のためのプランはありますし、単座式になった事で生じたユグドラシルドライブの高出力化とエナジーフィラーの大型化のおかげでエナジーと出力は共に余裕があります。折角だから機体全体に小型化したブレイズルミナスを装甲と一体化させて張り巡らせてみるのはどうかしら?」

 

 三人寄らば文殊の知恵ということわざがあるが、三人の天才科学者が一同に会した事でガウェインの改善計画が次々と湧き出てくる。

 

「──。改善する目途が立ったのは良いけれども、これを操縦できるパイロットはいるの? ただでさえパイロットに要求される処理能力が馬鹿みたいに高いのに、そこに魔導師だっけ? それの適性も必要なんでしょ?」

「ん~。まぁ、思い当たるのは一人いるかな?」

「ゼロしかいませんね。 ロイド主任」

「黒の騎士団のリーダー? 紅蓮やランスロットのパイロットじゃなくて?」

「その二人の場合、感覚で機体を使いこなしているからねぇ。求められる能力の方向性が違うんだよ。その点、ゼロならナリタで失った機体に代わる新しい機体という意味でも、ガウェインの能力を最大限活かせるという意味でもぴったりだと思うんだ」

「へぇ。そのゼロって奴にちょっと興味が湧いてきたわね」

「まあ、ガウェインに関してはゼロにも頑張ってもらうとして、他にも色々な機体を見ていこっかぁ♪」

 

 改造した後のガウェインはリーダーであるゼロに押し付ける事にしたラクシャータと特派一行。

 その後も持ち込んだ紅蓮の量産機である月下やその試作改造機である蒼月に関する話をしながら解析を進めていると、井上が慌てた様子で入ってきてラクシャータの下へ走って近づいてきた。

 

「仕事中にごめんなさい。ラクシャータさん、急いで医務室に来てほしいの!」

「どうしたのよ、そんなに慌てて。誰か大怪我したの?」

「はい! 正確には、ゼロの協力者のシャマルさんという人から重傷患者が運び込まれたんです。C.C.さんの知り合いみたいで助けたいのだけど、人手が足りなくて……」

「分かったよ、今から行く。あんた達、悪いけどガウェインの調整は一旦お願い」

 

 ラクシャータは紅蓮を開発した科学者だが、それ以上に医療サイバネティクス関連の技術の第一人者でもある。医者として求められているならばそれに応えるのも役目だ。

 ラクシャータは特派にガウェインを任せると、井上に案内されながら医務室にしている倉庫へと向かうのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 黒の騎士団が保有し、医務室として運用している倉庫のベッドの上で、一人の少年がゆっくりと目を開けた。その少年は長い銀髪の痩せた長身で、顔立ちからは中華系の出身である事が窺える。

 

「……ここは? 確か僕は……」

 

 少年──マオは、意識を手放す前の事を思い出そうとする。

 エリア11にC.C.の足跡を確認し、読心のギアスによって否応なく聞こえてくる人間たちの心の声に耐えながら資金を稼いでエリア11に渡航した事は覚えている。それからギアスの力で情報を集めていくと、C.C.の特徴と一致する緑髪の女性が黒の騎士団という反ブリタニア組織にいる事が分かった事も覚えている。

 ここまでは順調だったが、その過程でC.C.の事を実験体のCODE:R呼ばわりしている科学者の心の声も拾い、激昂して襲ってしまった所為で追われたんだった。

 ギアスのおかげでどうにかその場からは逃げる事ができたけれども、その過程で沢山撃たれて血だらけで路地裏で倒れたはず。

 

「生きてる? いやそれより……声が、聞こえない?」

 

 血を流しすぎた所為か脱力感が強く残る身体を起こして全身をペタペタと触ってみるが、触れた所がかすかに痛む程度しかない。

 だがそんなことは些末な事だ。ギアスによって自分を苛んでいた周囲の人々の心の声が、さっきから頭の中に聞こえてこないのだ。

 

「あら、目を覚ましたのね。良かった」

 

 マオが呆然としていると、扉を開けて一人の女性が入ってきた。

 金髪のショートボブカットのおっとりとした雰囲気の女性だ。顔立ちからはEUかブリタニア系の人だと思う。近くにいるのに彼女の声が聞こえてこないという事は、ひょっとしてC.C.と同じ? 

 

「私はシャマル。貴方は?」

「えっと、僕はマオ」

「マオっていうのね。あなた、とても危ない状態だったのよ? 全身銃創だらけで出血多量。おまけにリンカーコアが暴走して身体から魔力が溢れていたもの」

「リンカーコア? 魔力……?」

「ええ。信じられないかもしれないけど、貴方には魔導師になる素質があるの。でも、確かギアスだったかしら? その力が暴走していて常にギアスを使い続けている状態になってしまっていたの。そのままだと治療する時に何が起こるか分からなかったから、一時的にリンカーコアを抑えさせてもらったわ」

「じゃ、じゃあ……もう心は読めないってこと?」

 

 シャマルと名乗った女性の言葉で、マオはどうして心の声が聞こえないのかを理解した。そして今までずっと聞こえていた心の声が聞こえない事による、相手の内心が分からない不安に駆られる。

 今まで、マオは心の声を読んで生き続けてきた。だからこそ、今になってそれを取り上げられて心細くなってしまっているのだ。

 頭を抱えて怯えるマオを、シャマルが優しく抱擁する。

 

「心を読むギアスが暴走してから、ずっと、聞きたくない周りの人達の声も聞き続けてたのよね。怖かったわよね。苦しかったわよね。それと同じくらい、今は他の人の事が分からなくなって心細いわよね」

「ぇ……」

「大丈夫。今の貴方は心を読むのをお休みしているだけ。リンカーコアが元に戻ったら、また心を読めるようになるわ。その時までに、今度はその力が暴走しないように制御する方法を勉強していきましょう?」

「ぁ、ぁぁあ……!」

 

 マオの瞳から涙が零れる。こうやって他の人に抱擁されたのは、どれほど前だっただろうか? C.C.以外とのかかわりを拒絶し、C.C.がいなくなってからも彼女を求めて生きてきたマオにとって、シャマルからの励ましと抱擁は温かく心に染み入ってくる。

 

「泣いて良いの。一杯泣いて、心の中のもやもやを吐き出して良いの」

「どうして、どうしてC.C.は僕を置いていったの? どうして……!」

 

 マオの口から漏れ出た言葉はC.C.に対する想い。恨みや憎しみではなく、悲しみの感情。

 嗚咽を漏らしながら疑問を口にし続けるマオの背中を撫でながら、シャマルはその言葉をずっと聞き続ける。

 ずっと泣き続けて、泣けるだけ泣き続けて。マオはゆっくりと顔を上げる。

 

「楽になった?」

「少しだけ……。あの、その……ありがとう」

「どういたしまして」

 

 マオの中でC.C.の事を吹っ切れたわけではない。ただ心の奥底に溜まっていた悲しみの澱みは大分綺麗になった事で、マオは少しだけ前を向くことができるようになった。

 

「そういえばC.C.さんの事だけど」

「C.C.の居場所、知っているの!?」

「ええ。貴方が倒れている時に彼女の名前を呟いていたから、病院じゃなくて此処に連れてきたの。私だけじゃなくて他にも貴方を助けるために頑張った人たちがいるから、その人達にもお礼を言ってあげてね」

「うん」

「それでC.C.さんは、今……私と一緒に貴方を治療したラクシャータさんからお説教を受けている最中です」

「……なんで!?」

 

 マオにとっては訳が分からない事態だ。

 

「C.C.は悪くない! 僕の前からいなくなったのだって、きっと大きな理由があって……」

「確かにどうしようもない理由があったのかもしれない。実際、C.C.さんは貴方に対して罪悪感を抱いていたみたいだし。でもね? どんな理由であれ、保護して実の子のように育てていた子供の前から何も言わないで居なくなってしまうのはいけない事なのよ。だから、どうして離れ離れにならないといけなかったのか、今度はちゃんと話し合わないと。そうじゃないと、ずっとすれ違ったままになってしまうから」

「そ、それは……そうだけど」

「大丈夫、まだやり直せるわ。C.C.さんと一緒にこれからの事を話し合いましょう? 私も付いてあげるから」

「……うん」

 

 以前のマオであれば、シャマルのお節介を鬱陶しく感じて排除しようとしていただろう。かつてのマオにとって世界とは、C.C.と自分そしてそれ以外の耳障りで邪魔なナニカだったのだから。

 それは、心の成長を止めていた少年が、一歩踏み出した瞬間でもあった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「ふむ……C.C.正座」

 

 数時間後、会議室の席でルルーシュも合流してシャマルから話を聞くと、有無言わさずにC.C.を正座させる。この場にいるのはルルーシュとC.C.の他にはマオと付き添いのシャマルだけだ。

 

「ま、待つんだゼロ。私は既にラクシャータにこってりと叱られている。そこに更に罰を加えるのは正義の味方としてどうなんだ?」

「C.C.……俺は今、大分怒っている。何故か分かるか?」

 

(あ、これは対応間違えたら本気でブチギレるやつだ)

 

 ルルーシュがゼロとして振舞う際の”私”ではなくて”俺”になっている辺り、本人の自己申告以上に怒っている事をC.C.は察した。

 

「そ、それは……お前たちと結ぼうとしたギアスの契約で、劣化ギアスでなくても暴走する危険を説明しなかったから?」

「それは確かに含まれているが本題ではない」

「じゃあ、昔契約したマオの事を黙っていたからか?」

「全く無関係ではないな。だがズレている。ヒントは、俺の表の立場で行っている慈善事業」

「……マオを置いていった事か」

「正解だ」

 

 孤児院を運営しているルルーシュにとって、孤児であるマオを引き取っていながら勝手に行方を晦ましたC.C.の過去の所業は、激怒してもおかしくない程に怒りを募らせる行為だ。

 もしもマオが黒の騎士団やルルーシュの関係者に危害を加えていたならば、割り切って容赦はしなかった。幸いな事に、ルルーシュにとってもう一つの家族というべき八神家のシャマルが保護したおかげで、そんな事はありえなくなっているが。

 

「ま、待ってゼロ!? C.C.は悪くないから! きっとどうしようもない理由があったんだ!」

 

 本来ならばC.C.を責める権利があるマオが、ルルーシュからC.C.を庇う。まるで虐待やDV被害に遭っている子どもが、親や恋人を庇うように。

 

「マオはこう言っているが、どうなんだC.C.? ここまで来て沈黙や論点ずらしは許さないからな」

「C.C.さん。マオにちゃんと向き合ってあげて? マオは貴方に会いたくて国を渡ってきたの。その想いを汲んであげて?」

 

 言えない。実はオーストラリアに購入した静かな別荘にC.C.を連れていくため、チェーンソーでトランクケースに収まるようコンパクトにバラバラにしてから運ぼうとしていた事を。聞いていたマオは少し目が泳いでいた。

 

「C.C.……」

「分かった。そんな顔をしないでくれ、マオ。ちゃんと話す」

 

 不安げなマオを諭すように、C.C.は動機を語り始める。

 

「マオの心ではギアスを制することができないと判断したからだ。ギアスが暴走し、コードを持つためにギアスの影響を受けない私以外の他者を拒絶したマオの心は、『自分の望みのためにギアスを使う』のではなく『ギアスに自分の望みを決められる』生き方に徹するようになってしまった」

「そんな……」

「すまないな、マオ。私は薄情な魔女なんだよ。元々私はお前を利用するために──『違うな、C.C.。間違っているぞ!』ゼロ!」

「確かに嘘は言っていないだろう。だが、お前は本心も語っていない。キョウトとの会談の席で、お前は不老不死の力を指してこう言っていた。『こんなものは早く誰かに押し付けたくてたまらない』と。これまでの情報を整理し推察すると、お前の不老不死の力は他者に押し付ける事ができるがそれには条件がある。その条件はおそらく、契約によって与えたギアスが暴走している事。正確には、ギアスが一定以上の段階に至っている事か?」

「っ!」

 

 コードを継承する或いは継承させるための条件を言い当てられて、C.C.は言い澱む。

 

「沈黙は肯定と受け止めるぞ。その点で言えばマオは既に条件を満たしている、あるいは満たし得る段階に至っているにもかかわらず、お前は彼の前から姿を消した。C.C.……お前は不老不死によって自分が味わってきた苦しみを、マオに味わわせたくなくて去ったのではないのか?」

「何を根拠に!?」

「お前は多くの者たちと出会い、その死を看取ってきたとも言っていた。親しくなった相手、大切な相手との永遠の別れは辛いものだ。それが深い情を抱いている相手であればなおさらな。お前は死にたがっている一方で、親しい相手に同じ苦しみを味わってほしくないという優しさも備え持っている。そんな人間が、薄情な魔女な訳があるか!」

 

 ルルーシュの言葉に、C.C.は夢の中で見たかつての契約者達との日々を思い返す。

 多くの契約者が道半ばで自分に対して怨嗟が籠められた呪詛の言葉を投げかけて果てる末路を迎えていたが、レオンのように穏やかな日々を共に過ごした契約者もいた。

 

 ──もう苦しみたくない(死にたい)

 ──彼らとの日々を無駄にしたくない(生きたい)

 ──同じ苦しみを味合わせたくない(愛したい)

 ──ずっと一緒にいてほしい(愛されたい)

 

 幾つもの感情がC.C.の中で繰り返し反芻される。あの女ならば、こんな苦しみを感じることなく我が道を行くのだろうが。

 だが、C.C.という女は本質的には情に脆く、弱い女だ。

 

「ゼロ、お前は酷い男だ。私にとってはマオに恨まれる方がずっと楽だったというのに。その方が、マオも私への執着を捨てて生きる事ができたかもしれないのに」

 

 無意識のうちに、C.C.の瞳から一筋の涙が流れる。

 

「ゼロ! C.C.を泣かせたな!」

「ま、待て! マオ! 俺が悪いのか!?」

「はいはい、C.C.もゼロもちゃんと謝りましょうね」

「シャマルまで!?」

 

 マオはこんな自分のために怒ってくれてる。シャマルも後の心の蟠りとならないように気を使ってくれている。

 

「ごめんね、マオ……本当にごめんね。私の都合でお前を苦しめ続けてしまって。本当に、ごめんなさい」

「C.C.に嫌われたわけじゃなくて良かった……。本当に、良かった」

「俺も、C.C.が知られたくなかったであろう事を本人の前で暴露してしまってすまない。配慮が足りなかった」

 

 C.C.とマオが泣きながら抱きしめ合い、ルルーシュもバツが悪そうにしながら謝罪する。

 

「(ごめんね、ルルーシュ。損な役回りをさせてしまって)」

「(気にしなくて良いさ、シャマル。実際、俺も今回の一件では感情的になっていたから助かった)」

 

 シャマルとルルーシュは、C.C.とマオの様子を見ながら念話で話をする。C.C.とマオの関係を修復するために一芝居打った訳である。

 

「(それで、はやてたちは元気にしているか?)」

「(ええ。はやてちゃん、今は特別捜査官として色々な難事件を解決したりして活躍しているし、アインス……リィンフォースの今の名前なんだけれどもね、彼女も無限書庫で力を発揮しているわ)」

「(俺としてはせめて高校を卒業する位までは学生生活を謳歌してほしかったが、元気そうで良かった)」

「(ええ。ルルーシュのおかげで私達はこうやって前を向いて生きていくことができるの。本当に感謝しているわ)」

「(良いって事さ。家族だろ? 俺達)」

「(そうね。久しぶりに再会できた家族だもの、私達)」

「(ナナリーにも近いうちに紹介してやりたいな)」

「(皆、貴方の妹(ナナリーちゃん)と会うのを楽しみにしているわ)」

 

 今のエリア11の情勢を考えると遅くても半年、早ければ数か月もしないうちに日本奪還のための決戦が行われる事となるだろう。その前に、ナナリーをブリタニアの手が届かない安全な場所へと避難させなくてはならない。

 そのためにも、ナナリーを八神家に預けたいとルルーシュは考えていた。




ガウェイン、複座型→単座型となった影響でC.C.の席がハブられるの巻。
ガウェインが単座式に変わったのは、スカリエッティの影響が大きい模様

ロイドの眼鏡型ストレージデバイス「マーリン」の見た目イメージは、遊戯王ZEXALに登場したDゲイザーの眼鏡バージョン的なのです。

マオがシャマルの母性にバブみを感じたようです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

幕間-黒の騎士団の食卓シャマル飯編+アースラでの語らい-

 ────────────────────

 

 

 黒の騎士団がキョウトから提供された隠し拠点の一つ。大型トレーラーが拠点だった頃よりもゆったりとした空間で食事をしている黒の騎士団の面々は、具沢山のスープが入ったお椀を手に持ったまま首をかしげていた。

 

「何というか……微妙?」

「確かに……微妙」

「あまり不味くはないけれど……微妙」

 

 口を揃えて微妙と評するスープは、シャマルが作ったものだ。黒の騎士団の面々がゼロや玉城の料理に慣れて舌が肥えているのもあるが、それを差し引いても微妙な表情を向けられている。

 材料を考えれば栄養も旨味もたっぷりとあるはずなのだ。調理工程を見ていた玉城によると、少し危なっかしい所はあったが大きな失敗もない。なのに、出来上がった料理は口を揃えて微妙と言われる仕上がりであった。

 これがはっきりと不味いならば、食べないという選択肢も選べた。しかし、食べられる程度にはちゃんと出来ていて、しかしなんだかモヤモヤする味という非常に困る塩梅の所為で、美味しくはないけれども勿体ないから首を傾げながら食べ続ける事となっている。

 そんな中、ロイドは特に首を傾げずにスープを口に入れる。

 

「うん、美味しくないけど、セシル君のに比べたらちゃんと食べられるから大丈夫だよ」

「ロイド主任?」

「あんたさぁ、セシルの料理と比較するなんてフォローになっちゃいないよ」

「ラクシャータさん?」

 

 言外にメシマズと言われてセシルはちょっと凹んだ。今度こそはちゃんと美味しい(セシル基準)料理を作ってロイド達をわからせなければと誓う。さしあたって、エリア11にあるというわさびなる食材をふんだんに使ったケーキ等はどうだろうか。

 

「シャマルが楽しそうに作ってたから邪魔しなかったけどよ、こりゃあ手伝った方が良かったかもしれねえなぁ」

 

 ちょっと顔をしかめながらスープの具を頬張る玉城としては、調理工程はそれほど間違っていないのに、なぜこんな微妙な味になるのか不思議でならない。

 

「う~ん。ちゃんとレシピ通りに作ったはずなのに、はやてちゃんやゼロのように美味しくならないのよねぇ」

 

 シャマルはそう呟きながら、自分が作ったスープを一口入れる。普段通り、美味しくしようと創意工夫を重ねているのに微妙な味だ。

 

「まあ、ゼロと出会う前の携帯食料や保存食・配給食頼りだった頃と比べたら、こうして温かい食事ができるのは有り難い事だ」

「そうね、最近は玉城の料理も結構美味しくなってきたし。ブリタニアとの戦いが終わった後ならば、お店開けるんじゃない?」

 

 扇は食事事情が改善されている事に感謝し、井上は腕を少しずつ上げてきた玉城を褒める。

 

「それも良いかもなー。経理とか色々と勉強しなきゃいけねー事もあるけどよ」

「玉城、以前は一発逆転で官僚になると聞いていたが?」

「そんな事も言ってたなぁ。今思えば、『官僚は金持ちになれる凄い仕事だ!』ってくらいしか考えてなかった頭空っぽな発言だぜ」

 

 南の疑問に、玉城は過去の自分の夢をしみじみと思い出しながら話を続ける。

 

「黒の騎士団で料理を振るうようになって、食材の管理とか任されるようになったらよ。組織の金や物を管理するってのがどれだけ大変か身に染みたからなぁ。官僚ってのは、扱うものは違えけど間違えちゃいけない事を国単位で休まずに続けるんだろ? そりゃあ俺には無理だって気が付いちまってよ。それより馴染みの奴らに飯を振る舞ってた方がよっぽど俺の性に合ってんだよ」

 

 以前の玉城であれば、自分を大きく見せようと本質を知らないまま分不相応な夢を語っていただろう。だが料理という本人なりの苦労に基づいた、ある種の成功体験が彼自身に今の自分に何ができるのかの物差しを与える結果となっていた。

 玉城の成長に、付き合いが長い扇グループの面々は感心する。

 

「けどよ……もしも俺が店を開くとしたら、その時は店の名前にゼロを使わせてもらうくらいの役得はあっても良いよな? な?」

「それ、良いかも。今度ゼロに聞いてみたら?」

「経営も黒の騎士団と日本解放戦線の面々で常連を確保できそうだし、割といけるんじゃないか?」

「俺達が来た時には、割安で頼むぞ?」

「分かってるって! それと冷蔵庫で冷やしといた手製のヨーグルトスフレケーキもあるから、デザートに食ってみてくれよ」

 

 団欒を愉しみながら、鍋一杯に作られた具沢山のスープは無くなっていく。味そのものは微妙でも、仲間たちと楽しく雑談しながらの食事は不思議と美味しく感じるものだった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 黒の騎士団が今後の将来について話している頃、ルルーシュは時空管理局本局次元航行部隊に所属するL級艦船の第八番艦「アースラ」の艦内にいた。

 ルルーシュ達の世界の近くで巡行している次元空間にいるアースラに乗艦したルルーシュの目的は大きく分けて二つ。

 一つはカレンの母親であるカリン・コウヅキをミッドチルダの大病院に転院させる事。破損したリンカーコアを本格的に治療するためには、自分達の世界の設備では不可能だからだ。

 管理世界ではMIAと扱われていたカリン・コウヅキ二等空尉が二十年の時を経て帰還するというニュースは、地上本部となじみが深い所からは少なからず驚かれているらしい。

 娘であるカレンも、母親の見送りのためにアースラに乗艦している。

 もう一つは、自分達の世界固有の稀少能力(レアスキル)を保有するコード保有者(C.C.)ギアス保有者(マオ)、そしてワイアード保有者(スザク)についてアースラの設備で詳しく調べてもらうため。

 自分達はこれらの稀少能力(レアスキル)について、知らない事が多すぎる。神聖ブリタニア帝国がコードやギアスも利用している以上、対策は急務だ。

 他にもスザクたちの精密検査が終わるまでの間に神聖ブリタニア帝国と次元犯罪組織の繋がりについて、アースラの艦長を務めているクロノ・ハラオウン提督とブリッジで情報共有を図ったりもしていた。

 そして新たに得た情報について考えを纏めようと、部屋に向かう最中だったのだが……。

 

「ルルーシュ……♪」

 

 気が付けば、ルルーシュは良く見知った少女に抱き着かれた状態で一緒に歩いていた。

 その少女の容姿は十代後半の銀髪赤目で、管理局員とは異なる装いの制服に包まれた豊満な双丘はルルーシュの腕に組み付いてムニュリと形を歪めている。整った顔立ちは普段ならば理知的な印象を与えるはずだが、ルルーシュに対して向ける表情は恋する乙女にしか見えない。

 そんな少女に対して、ルルーシュは満更でもない表情で彼女の頭を優しく撫でる。

 

「ん……。ルルーシュ、会えて嬉しい♪」

「俺もだよ、リィンフォース。いや、今はアインスだったな。元気そうで本当に良かった。思えば、あの時(闇の書の防衛システムとの戦い)も、この船には世話になっていたな」

「そうですね……。この船(アースラ)は、あと数年で退役する予定だそうです」

 

 経年劣化によって老朽化が進んでいる歴戦の老艦は、ルルーシュに懐かしさと共に七年前の記憶を思い起こさせる。

 アインスと呼ばれた少女は、七年前の闇の書事件における闇の書の管制人格であり、当時のルルーシュが起こした奇跡によって闇の書の防衛プログラムから完全に切り離されて救われた八神家の家族だ。

 傍から見ると恋人──それもバカップルレベルのいちゃつき具合にしか見えない様子の二人だが、ルルーシュの認識としては家族に向ける親愛である。アインスの方は親愛に少しばかり情愛も含まれているかもしれないが。

 

「シグナムとシャマルから聞いたぞ。アインスは無限書庫に勤めているんだって?」

「はい。歩けるようになったはやてや家族たちの一助となるために、そしてかつての罪の贖罪のために。無限書庫ではユーノ司書長の助手として働かせてもらっている。今回は、管理局が突入・制圧した違法研究所のデータを解読するために、部隊に同伴した帰りでした」

「あいつ、もう無限書庫のトップになったのか。凄いものだ」

 

 ルルーシュは闇の書事件の中で知り合ったフェレットもとい少年の事を思い返す。確か彼の一族は遺跡発掘を生業としていたはず。彼らの協力を得られれば、自分達の世界にある古代文明の遺跡について何か知る事が出来るかもしれない。

 

「確かにかつての膨大な魔力の大半を失っているとはいえ、融合騎(ユニゾンデバイス)の魔導書であるアインスの演算処理能力は、膨大な量のデータを管理する無限書庫の業務や暗号の解読にうってつけだな」

「闇の書の管制人格として破壊と悲劇ばかり齎していた私が、こうして他の誰かのために生きられるようになったのはルルーシュ、貴方のおかげです」

「俺だけじゃないさ。皆がはやてやアインスを助けるためにそれぞれにできる事を成したからこそ、最善の結果を手繰り寄せる事が出来たんだ」

 

 穏やかな表情でアインスと語り合うルルーシュ。

 時間はまだある事だし、情報を纏めるのは黒の騎士団の拠点に戻ってからでも良いかとルルーシュが考え始めてた辺りで、通路の曲がり角から出てきたスザクとカレンの二人と遭遇する。

 

「あ、ルルーシュ」

「ルルーシュ!? その娘は一体?」

 

 両手にドリンクを二つ持ったままスザクはいつも通り普通に話しかける一方で、カレンは少し困惑した様子で尋ねる。カレンからすると色恋沙汰に振り回される印象が強いルルーシュが、銀髪美少女といい雰囲気なのだから気になるのも無理はない。もしもルルーシュと遭遇したのがC.C.だったならば、絶対に弄っていた事だろう。

 

「スザクとカレンか。彼女はアインス。俺のもう一つの家族の一人だよ」

「あぁ~、シグナムさんが訓練の合間に話していた人だったか」

「あの朴念仁のルルーシュにべったりくっついていて満更でもない様子だから、驚いちゃったわよ。でもナナリーにべったりな事を考えれば納得できるか」

 

 この様子だと、シャーリーは前途多難ね……。とカレンはルルーシュに聞こえないくらい小さく呟く。

 

「誰が朴念仁だ。俺としても、ナナリーが独り立ちできるように妹離れをしようとはしているんだ……。それよりスザク、検査はもう大丈夫なのか?」

「うん、今は結果待ち。C.C.とマオは休んでいるから飲み物を代わりに取りに行ってあげようと思って」

「相変わらず、体力が有り余っているな」

「それが取り柄だからね」

「お二人の事はルルーシュから聴いております。特にスザクさんは大切な親友だと。私はアインス、どうかよろしくお願いします」

「此方こそよろしく」

 

 スザクから差し出された握手に対して、アインスはようやくルルーシュから離れてスザクと握手する。

 

「それにしても、こうして実際に乗ってみると凄いね。まるでSFの世界に迷い込んだみたいだ」

「発展した科学は魔法と見分けがつかないように、魔法も突き詰めていくと科学と見分けがつかなくなるという事だ。元々、管理局で使われている魔法は論理(ロジック)に則って構築されたものが多い。そういう意味ではプログラミングに近い。一応、特定の日時や場所でしか使えない儀式魔法も存在するが、それらは稀少能力(レアスキル)の類になる事が多いな。恐らく神楽耶の使う魔法もその類に入るだろう」

「魔法文明なのに、私達の世界よりもずっと科学的に発展しているのが、この船だけでもよくわかる。だからこそ、次元犯罪組織と手を結んでいるかもしれないブリタニアが、どれだけ危険なのかも」

 

 スザクが管理世界の技術力に感心する一方で、カレンが危惧しているのは神聖ブリタニア帝国が次元犯罪組織を通して他の次元世界にまで侵略の手を拡げないかという事。事実、次元犯罪組織の中にはKMFを運用し始めている所も出始めているという。

 更にナリタ連山での戦いでロールアウトされた、ブリタニア軍の新兵器(キャスパリーグ)ラウンズ専用機(キャスパリーグ・ヘンウェン)従来機(サザーランドやグロースター)を遥かに凌駕するスペックを有していた。

 更に、インド軍区から派遣されたラクシャータが手土産に持ってきた、ブリタニアから強奪したガウェインという機体には魔導技術が使われていた痕跡があったという。特派が開発したランスロットの技術が断片的にとはいえブリタニア軍のKMFにフィードバックされ始めたのに加えて、魔導技術の導入によって更に強化されていく事は容易に想像できる。

 

「ああ……。しかもクロノ提督を含めた局員から聞いた話を纏めると、俺達がヴィクトリアを討ち取った以降も管理外世界での関連組織の活動が停滞している様子はないそうだ」

「え゛っ、どういうこと……?」

 

 カレンの疑問に、ルルーシュは推論ではあるがと前置きしたうえで答える。

 

「考えられるのは、俺達が倒したヴィクトリアは戦闘用の影武者だったパターンだ。尤も、今もなおナイトオブファイブの席が空席のままである事を考えると、現在組織を動かしているヴィクトリアは戦闘型ではないだろう」

「でも、それはもうヴィクトリアと言って良いのかい? 最早別人な気がするのだけど」

「古代ベルカ時代の王族は、自らのクローンに人格と記憶をコピーする事で疑似的な不老不死を体現していた。遺伝子・記憶・人格が同一ならば、それは同一人物であるという認識なんだろう。『我思う、故に我あり』という奴だ」

「まあ、確かに心の持ちようは重要ではあるか……」

 

 カレンとスザクは渋い顔をしながら、ルルーシュの説明に一応は納得する。

 

「折角だ。俺もC.C.の様子も見に行くか」

「では私は確認するデータがまだありますのでこの辺りで」

「ああ、はやて達にも宜しく伝えておいてくれ」

 

 

 ────────────────────

 

 

「C.C.検査後の調子はどうだ?」

 

 すやすやと仮眠をとっているマオの髪を撫でながら、ベッドで一緒に休憩しているC.C.の部屋に赴いたルルーシュ達。C.C.はピザが無い事に不満を少し感じながらも、スザクから受け取ったドリンクを飲んでいる。

 

「今のところ問題はない。クロヴィスの所での実験と違って苦痛を与える類の実験もないし、こうしてゆったりとできる。まぁ、ピザがないのは不服だがな」

「拠点に帰ったら作ってやるから我慢しろ。それでマオの様子は?」

「此処の設備のおかげで、マオのギアスは復活した。しかも以前のような暴走状態ではなく任意で発動・制御できるよう、此処の技術者が専用の簡易デバイスを作ってくれたよ。今仮眠をとっているのは、その調整のために色々と試していた気疲れだ。こうしてゆったりと眠れるのはいつ以来だろうとマオは眠る前に言っていた」

「それは良かった」

 

 マオの安らかな寝顔を見て、ルルーシュは安堵する。肉体こそ自分と同年代だが、歪な幼少期を経験した過去によって精神的に幼い所があるマオは、ルルーシュにとっては庇護と迄はいかなくても気には掛けてやりたくなる相手だ。

 

「C.C.……もしお前達が良ければだが──「言っておくが、私もお前の共犯者だ。それにマオも恩返しがしたいと言っている。私達だけ、除け者にするなよ?」──はぁ、分かったよ」

 

 ルルーシュとしては、C.C.とマオが望むならば管理局に保護してもらう事を提案するつもりだった。だが、当の本人が望まないならばそれを受け入れる事も必要だろう。

 それに、マオの読心のギアスは使いこなすことができれば諜報要員としてとてつもないアドバンテージを得る事ができる。黒の騎士団という組織として見れば是非ともいてほしい人材だ。

 

「それに、私個人としても今回の検査は朗報だったしな」

「朗報?」

「ああ、他者にコードを押し付けずに死ねる方法に目途がついた」

 

 普段よりは少しだけ饒舌に、C.C.はその方法を語る。

 

「検査の途中で話していた内容によると、ギアスは本人のリンカーコアに記録されるから外の世界でも有効だ。しかしコードによる不老不死はCの世界と密接に関わっているようでな。Cの世界の影響範囲外、例えば外の世界であれば、私は不老不死ではなくなる」

「つまり、コードによる不死性は私達の世界に起因するって事ね?」

「その通りだ。ああ、先に言っておくが、自殺するつもりは毛頭ないぞ? お前との契約を完遂したら、外の世界でしわくちゃのお婆ちゃんになるまで自堕落に生きるつもりさ」

「死にたがりで無くなったのは良いが、少しは働け。周囲からピザニートと白い目で見られるぞ」

「マオの情操教育にもよくないよ?」

「もしもそれで太ったら、笑ってあげる」

 

 口ではそう言いつつも、ルルーシュ達の表情は柔らかい。結果的にではあるが、C.C.の願いを穏当な形で叶える方法が見つかったのだから。

 

「容赦ないな、お前ら」

 

 ルルーシュ達から色々と言われたC.C.の呟きにも、歓びの色が混ざっていた。




微妙な味のスープでも、皆とわいわい楽しんで会話しながらならば思い出の味になると思うんですよね。
C.C.のコード周りの設定に関して、あるゲームとのコラボシナリオにおける設定と矛盾する部分がありますが、独自設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偶然と必然

 ルルーシュ達がアースラでの検査を受けてから二週間。黒の騎士団に新たに加入したマオの諜報活動(ギアスによる読心)で集めたブリタニア側の情報を精査している頃、スザクは桐原からの要請でキョウト六家が有する隠し拠点に赴いていた。

 本来はゼロもといルルーシュが呼ばれていたのだが、彼個人にとって外すことができない非常に重要な予定があったため、今回はスザクが代理で出席している。

 

「うむ、壮健な様でなによりだ」

「本日はどのような御用件でしょうか? 桐原公。日本解放戦線の片瀬少将と藤堂中佐もお連れして」

 

 交渉事が苦手なスザクとしては、桐原公が呼び出した意図をルルーシュに正確に伝えるため、今回は聞きに徹するつもりで桐原公に尋ねる。

 すると、一歩前に出て口を開いたのは片瀬少将であった。

 

「此度は呼び出しは私が桐原公に頼み、私から黒の騎士団にも伝えたい事があっての事でな」

「片瀬少将がですか?」

「ああ。黒の騎士団と日本解放戦線の今後についてだ。ブリタニアから日本を取り戻せた暁には、日本解放戦線は黒の騎士団を主体としてに組み込まれる形で合流しようと私は思っている」

 

 片瀬少将の発言は、スザクにとって驚きであった。

 黒の騎士団が表舞台に立つ以前は、エリア11における最大規模のレジスタンス組織であった日本解放戦線。七年間抵抗し続けてきたという自負を持つ大組織が、実質的に黒の騎士団の下につく事を意味しているからだ。

 

「っ!? それは……」

「無論、正義の味方として活動している黒の騎士団にとって、草壁中佐のような凶行を起こした前科がある組織を組み込むことには抵抗があるだろう。今回の提案はこの場で答えなくても構わない。寧ろ、ゼロとよく話し合ったうえでどうするか決めてほしい。尤も、ゼロから『まだ果たせていないもしもの未来を勘定するな!』と私が怒られてしまうかもしれないがな」

「……確認してもよろしいですか? それは日本解放戦線の総意ですか? それとも、片瀬少将個人の考えですか?」

「私自身の考えもあるが、現在残っている構成員という意味では組織の総意に近いな」

 

 スザクからの質問に対して、片瀬は肯定する。そのまま、片瀬は現在の日本解放戦線の内情を話し始めた。

 

「今は亡き草壁中佐の様な強硬路線の者達の尽くが、先のナリタ連山での戦いを切っ掛けに死亡または組織から離脱した事で、日本解放戦線はその力を大きく削がれている。組織の規模としては全盛期の六割前後にまで減じてしまっているが、組織としてはむしろ健全化したのは皮肉としか言いようがない。これは私の不徳の致すところだ」

「片瀬少将……」

「スザク君、私はね……元々は軍政畑の軍官僚だったんだ。前線で部隊の指揮を執る戦場ではなく、政治家から如何に予算を得て物資を前線に行き渡らせるかが私の戦場だった。しかし、反抗勢力の総指揮を執る事ができるより上の階級の軍人が全滅してしまったために、私が日本解放戦線のリーダーという立場に選ばれる事となった。その結果、失敗を恐れて自ら決断する事もせずに作戦や方針の決定は藤堂中佐に頼りきり……いや、藤堂中佐なら何とかできると思考停止して責任を押し付けてしまっていた」

「「……」」

 

 片瀬少将の独白に、スザクと藤堂はじっと静かに耳を傾ける。

 

「草壁中佐が自分が動かなくてはいけないと凶行に走るようになったのも、自ら決断する事も責任を負う事もしない情けないトップ()の姿を見続けていたからだろう。間接的にだが、草壁中佐たちを外道に堕としてしまったのは私がふがいなかった所為だ」

「そういう意味では、生きている軍人で最も階級が高いからと、日本解放戦線のリーダーに片瀬を指名した儂らキョウト六家の責も大きい。すまなかったな」

「だからこそ、同じ過ちを繰り返さないためにも……日本を解放した後にブリタニアに勝利するためにも、頃合いを見て日本解放戦線の者たちをゼロに委ねて私は裏方に回り、本来の私の戦場に戻ろうと思う。前線で戦う者達を支える兵站という戦場に」

「……分かりました。ゼロには片瀬少将の考えと共に伝えておきます。きっと、悪いようにはならないでしょう」

「本当に感謝する」

 

 片瀬少将がスザクに頭を下げる。その表情は、どこか晴れやかであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 それは、偶然であった。

 ユーフェミアは総督代理としての職務をこなしながら、偶々掘り出した一束の報告書に目を向ける。それはナリタにある児童養護施設の一つに関する監査記録だ。

 ユーフェミアはその報告書の内容に違和感を抱いた。以前の彼女ならばその違和感に気が付くことができなかっただろう。しかし、ルルーシュが孤児院を運営しており、チャリティーイベントの際にその苦労話を聞いていた事でその違和感に気が付くことができた。

 

「この児童養護施設……定期的に施設内の児童が一定数入れ替わっている?」

 

 児童養護施設の子どもたちの多くは、家庭環境に問題が有ったり孤児であったりする事から年単位で長期間預けられる事が多く、他のエリアでは10年以上いる子供も少なくないと聞いた覚えがある。

 そんな中、この児童養護施設は半年に一度の頻度で児童の半数が退所しては同数がすぐに入所しているのだ。

 それに、資金の流れも不透明な所が随所にある。黒の騎士団によって不正が露見して更迭された監査官もこの児童養護施設の過去の監査に関わっていた事を考えると、何かしらの不正或いは犯罪──例えば架空の児童の入所による横領や資金洗浄、場合によっては人身売買等──が行われているのではないかと疑わしくなってしまう。

 一瞬、ユーフェミアはこの報告書を持ってルルーシュに相談してみようかと考えた。だが、彼は黒の騎士団の協力者だ。ノータイムで頼るのは流石に拙い。そもそも、公的な記録である監査記録を勝手に持ち出すのは違法行為だ。

 そしてギルフォード卿は自分の補佐をするために業務が過密状態となっている事を考えると──、

 

「また、ジェレミア卿に頼る事になってしまいそうですね」

 

 皇族に対する高い忠誠心を持つジェレミア卿に頼る機会が増えていることにため息をつきながら、ユーフェミアはジェレミア卿を呼んでその児童養護施設と関連企業の調査を指示する。

 そうして立ち上げられた純血派による調査の過程で、『ネブロス』を名乗る何者かからの情報提供によって関連企業は実態がないダミー会社である事が発覚し、施設から退所した子どもたちも多くが行方不明である事が明らかとなる。

 その結果、ジェレミア卿率いる純血派による児童養護施設へのナイトメアも動員した強制捜査が行われる事となった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 トウキョウ租界にあるガラス張りのカフェテリア。入口に近い窓際の席にルルーシュとナナリー、そしてシャーリーの三人の姿が座って紅茶を楽しんでいた。

 

「こうしてお兄さまと一緒にお出かけしたの、久しぶりですね」

「ああ、そうだな。ここ最近は仕事が忙しかったから、ナナリーにかまってやれてなくてすまなかった」

「……大丈夫です。こうして一緒にお出かけしてくれるだけで、ナナリーは幸せです」

「もう、ナナちゃんってば無欲なんだから。もうちょっとルルに構ってほしいって言っても良いんだよ?」

「本日はシャーリーさんのおかげで、楽しい時間を過ごす事が出来ました」

 

 すまなそうにしているルルーシュに対して、ナナリーは優しく微笑みながら両手で持った紅茶を一口。

 

「それにしても、一緒に見学した音楽コンサート。良かったですね」

「ああ、プロが奏でる荘厳で重厚な音楽ともまた違う、若さと生命力に溢れた音楽だったな」

「はい。幼い頃に聞いていた音楽ともまた違う、新しい風のような音楽でした」

「えへへ。二人とも、喜んでくれてよかったよ」

 

 シャーリーがルルーシュとナナリーを誘った三人分の音楽コンサートのチケット。元々は父親と母親との三人で行く予定だったが、父親が急な仕事でトウキョウ租界を離れて単身赴任する事となり、それならばと友達と一緒に行ってらっしゃいとシャーリーに渡したものだそうだ。

 シャーリーは当初、このチケットをどうするか悩んだ。本音を言えばルルーシュを誘いたい。しかしコンサートのチケットは三枚でルルーシュだけ誘うとなると一枚余ってしまう。だからと言ってミレイ会長に相談などすれば、あの人の事だからチケットを賭けたお祭り騒ぎのイベントを起こしかねない。

 悩むシャーリーに救いの手を差し伸べたのが、アッシュフォード家のメイドにしてナナリーの世話役を担当している篠崎咲世子の一言であった。

 

 ──ナナリー様もご一緒に誘ってみてはいかがでしょうか? 

 

 それはシャーリーにとって天啓のような提案であった。これならば、ルルーシュを無理なく誘えるだけでなく、ルルーシュにとってもチャリティーイベントに参加できなかったナナリーへの埋め合わせを兼ねる事もできる。

 演劇や映画では目が見えないナナリーは楽しめなかったが、音楽コンサートならば楽しむことができるとルルーシュもナナリーも快諾してくれて、シャーリーが思わずガッツポーズしたのはご愛敬である。

 当日のスケジュールは、朝にアッシュフォード学園前に集合して出発。まずは孤児院に顔を出して差し入れを渡し、お昼に近くの公園でルルーシュとシャーリーがそれぞれ作ったお弁当を三人で食べてから音楽コンサートの鑑賞。そして夕方の現在はカフェテラスで夕食を兼ねた休憩。

 シャーリーは(ナナリー)公認のルルーシュとのデートを楽しみながら、孤児院の子供たちにルルーシュの恋人と思われたりと、確かな手ごたえを感じていた。

 ルルーシュはシャーリーと恋仲である事は否定していたが、反応としては満更でもない様子だった事から大きな前進だろう。お弁当のクオリティでルルーシュに負けていた事には敗北感を味わったが。

 夕食も食べ終え、三人で雑談に興じている中で、シャーリーがふと外の街頭掲示板に視線を移した。

 

「どうした? シャーリー」

「ルル、外の街頭掲示板で速報生中継だって。えっとなになに……。ナリタにある児童養護施設を隠れ蓑にした人身売買を軍部が摘発だって」

「まぁ……。お兄様が一生懸命運営しているのにそんな酷い事をしている所もあるだなんて」

「ここ最近は、不正の摘発は黒の騎士団に先を越されてばかりだからな。軍部としてもちゃんと仕事をしているとアピールしなければならないと必死なのだろう」

 

(日本解放戦線のお膝元という事もあって慎重に証拠固めをしている段階だったが、先を越されたか。画面に映っている機体は純血派仕様のサザーランド……それにあのテレビ局は確か黒の騎士団と緩くだが繋がりがある、あの男がプロデューサーをしている所の……。凡そ、純血派の動きを察知して生中継をしたと言ったところか)

 

 純血派に先を越された事に若干不機嫌になるが、ルルーシュは直ぐに意識を切り替えてナナリーに話しかける。これから話すことは、ルルーシュにとって今回のお出かけで一番重要な出来事だ。

 

「それよりもナナリー……大切な話があるんだけれども、良いかな?」

「はい、何でしょうか? お兄様」

「ルル、私は一旦席外した方が良いかな?」

「いや、シャーリーには生徒会の人たちに伝えてほしいからこのままいて欲しい」

 

 席を外そうとしたシャーリーを呼び止め、ルルーシュは一度深呼吸してから口を開く。

 

「ナナリー……足の治療のために、エリア11を出国してみるつもりはないかな?」

「……え?」

「ようやく、ナナリーの足を治療できるかもしれないお医者さんを見つける事が出来たんだ。ただ、エリア11にはない設備を使わないといけないらしくて、そのために外の世界に出る必要がある。もしナナリーに足を治したいという気持ちがあるならば、俺の方から二週間後に出国することを伝えるけれども、どうかな?」

 

 管理局のシャマルや黒の騎士団に出向しているラクシャータが、ナナリーの足を治療できる医者。治療のためにアースラの医療設備が必要なのだから、ルルーシュは嘘を言ってはいない。

 二週間後という縛りは、ナナリーの休学やその他諸々の準備をしながら決断を促すためだ。ナナリーをこの世界からミッドチルダにある八神家に一時避難させることができれば、この世界よりも安全な場所でリハビリに励んでもらう事ができる。

 

「ナナちゃん、良かったじゃん! 歩けるようになるんだよ♪」

「シャーリーさん……」

 

 シャーリーが我が事のように喜んでくれている様子を見て、ルルーシュは内心でガッツポーズをしながら嬉しく思う。シャーリーならば、この話を聞けば純粋に喜んでくれるはずと考えていた通りの反応だったからだ。

 そうなれば──、

 

「……はい。私、また歩けるようになりたいです。お兄様と、皆さんと一緒にお散歩とかしたり走り回ったりしたいです」

 

 ──、幼少期はアリエス宮を走り回ったりして遊んでいたやんちゃな部分が有ったナナリーは、高い確率で引き受けてくれる。

 妹を説得するのに、シャーリーの感情まで利用して理詰めで進めていく自分の性根に内心では唾棄しながら、ルルーシュはナナリーの身の安全を確保できた事に安堵する。

 

「ありがとう、ナナリー。俺も頑張った甲斐があるよ」

「最初は、お仕事で忙しいお兄様に手術の費用などの大きな負担をかけてしまうのが申し訳なくて、断るべきか悩みました。でも、シャーリーさんが喜んでくれているのを聞いて、私が歩けるようになって喜んでくれる人がお兄様の他にもいるんだって思えたら、少し勇気が湧いてきました」

 

 シャーリーがいてくれて本当に良かった。ここで断られていたら、どうやってナナリーを連れ出すか必死に考える必要があった。

 

「お兄様、シャーリーさん。もしも歩けるようになったら、また一緒にこうしてお出かけしてくれませんか?」

「勿論だ」「勿論だよ!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ルルーシュ達が街頭掲示板の速報を見る少し前に時間を遡る。

 ナリタにある地下研究所内に、緊急事態を告げるアラームがけたたましく鳴り響く。職員たちは慌ただしく資料を抱えて持ち出し、裁断したうえで特殊な溶液で溶解させてデータの隠滅に奔走していた。

 

「馬鹿な! この研究所の存在がバレただと!? 侵入者は何者だ!」

「それが……ジェレミア・ゴットバルト辺境伯が率いる純血派です!」

「はぁ!? 寄りにもよってジェレミア卿が!?」

 

 バトレーは、水槽に浮かぶ量産試作体Jの方へ振り向きながら、髪の毛一つない頭を抱える。

 V.V.とヴィクトリア、そしてあの協力者が例の計画(・・・・)の最終調整のためにトウキョウ租界の方に赴いているこのタイミングでの純血派によるこの研究所の摘発は、余りにもタイミングが悪すぎた。

 政庁に忍び込ませている者達から事前に報告が無かった事を考えると、情報統制が相当しっかり成された上で計画的に実行された摘発だ。この研究所で行われている事は恐らく感づかれているだろう。

 

「迎撃用ナイトメアはどうした!」

「サザーランド・シグルド相手に、民間用に偽装した只のサザーランドでは歯が立ちません!」

「くぅ……! 日本解放戦線に気取られないように、防衛戦力を絞っていたのが裏目に出たか! 兎に角、この研究所のデータは可能な限り持ち出すか隠滅しろ! 最優先は例の計画(・・・・)、次いで量産試作体Jだ!」

 

 ジェレミア卿のサザーランド・シグルドまで投入している辺り、相手は本気で潰しにかかっている。

 一体なぜ? どこからこの研究所の存在が漏れた? バトレーは疑念を抱きながら、必死に研究所内のデータと資料の搬入及び処分を進めていく。

 例の計画(・・・・)に関する情報をデータベースから削除・隠滅するのが粗方終わり、量産試作体Jの破棄に手を付けようとする。しかしコンソールを操作し始める前に轟音を立てて隔壁を突き破ってきたナイトメアが部屋に突入してきた。

 

「は、早すぎる!」

『そこにいるのは、バトレー将軍!? 本国に送還されていたはずの貴方がなぜ此処に! それに後ろの水槽に浮かんでいるのは……私だと!?』

 

 突入したナイトメアは、ジェレミア卿が操縦するサザーランド・シグルド。計画の露見という嚮団にとって最悪の事態こそ免れたが、バトレー自身にとっては最悪の事態だ。

 

「ま、待ってくれ! これには深い訳が!」

『ならば、後ろのコンソールから離れて床に伏せろ!』

「……!」

 

 言葉で時間稼ぎをしながらコンソールから量産試作体Jの自爆シークエンスを起動させようとしたが、ジェレミアに看破されてバトレーは言葉に詰まる。

 その時、コンソールから新たなアラームが鳴り始めた! 

 

「バイタルが急激に覚醒領域に浮上!?」

『バトレー将軍、貴様!!!』

「私はまだ何もしていない!? 量産試作体Jが自力で勝手に活動を!」

 

 ビシッ! ビキィッ! 

 量産試作体Jを内包する水槽に罅が入り、オレンジ色の液体を周囲にぶちまけながら割れる。

 背中と接続していたケーブルがガシュン! と音を立てて外れ、量産試作体Jがゆっくりと立ち上がった。

 

「……おはようございました。何処? 帝国臣民の敵」

 

 量産試作体Jが支離滅裂な言葉で挨拶すると共に、周囲に尋ねる。機械化されている彼の左目には、上下反転した青い鳥の紋様が刻まれている。

 

『……はっ! そこにいる男、バトレー将軍を拘束せよ! 奴は組織的な人身売買に関与している疑いがある! 今や帝国に巣食う寄生虫だ!』

「なぁ!? 『理解は幸せ! 言い訳無駄!』はぐぁ!?」

 

 一足早く我を取り戻したジェレミア卿が、咄嗟に量産試作体Jに指示を出したところ、量産試作体Jはバトレー将軍を一撃で昏倒させて拘束する。

 

『協力に感謝する。それとその男を連れて、私と共に来てもらおうか』

「イエス、マイオリジナル。Cの世界より獲得した私の知識との齟齬、急務な修正」

『オリジナル……それにCの世界? その辺りも含めて話を聞かせてもらうぞ』

 

 量産試作体Jの支離滅裂な言葉をどうにか頭の中で翻訳しながら、ジェレミアは自身と瓜二つな彼を連れて研究所を出る。

 

「はぁ……ユーフェミア様や他の純血派の者達に、どのように報告したものか……。ん? この音は、報道機関のヘリのローター音。……! 待て!? まだ外に出るな!」

 

 これから起こるであろう面倒事に頭を悩ませていたからだろう。ジェレミアが制止するよりも先に量産試作体Jはバトレー将軍を担いだまま施設の外に出てしまい、報道陣のカメラにその姿を映し出されてしまった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「……は? なんて?」

 

 一か月後に決行予定の儀式。その最後の仕込みをトウキョウ租界で進めていたV.V.達に、ナリタにある秘密研究所が摘発される様子の一部始終が映し出されていた。

 生中継されている街頭掲示板には、児童養護施設を隠れ蓑とした人身売買施設を純血派が華々しく摘発したとされている。

 純血派のサザーランドによって撃破されたであろう防衛用ナイトメアの残骸や、拘束され連行される研究所の職員の映像が画面を切り替えながら表示される。

 それよりも問題なのは、意識を失っているバトレー将軍を量産試作体Jが担いでいる様子が流れている事だ。

 

『ご覧いただけますでしょうか! あれはジェレミア・ゴットバルト辺境伯ではないでしょうか? 此処から見える限りでは、身体の一部が機械化しているようにも見えます! ん? ナイトメアから姿を見せた方もジェレミア卿!? これは一体──』

「ふざけるなよ、純血派め……! マリアンヌと親しかった連中には碌なのがいない!?」

 

 予想外の妨害に、V.V.は顔を歪めて毒づく。絶叫しなかったのを自分で褒めたいくらいだ。

 量産試作体Jの露見は、計画に支障をきたしかねないとV.V.に焦りを感じさせる。純血派のリーダーであり量産試作体Jの遺伝子元であるジェレミア卿は、武勇でもって名を馳せるゴットバルト家の辺境伯。こうしてメディアに報道させているという事は、量産試作体Jの正体を把握して摘発した可能性が高い。

 不幸中の幸いというべきなのは、量産試作体Jに使わせる予定だった機体はまだ研究所に搬入前であった事だが、そんなことは計画が露見するリスクに比べれば些末な事だ。

 

『V.V.よ、拙い事となったぞ。これでは最悪、ユーフェミアの守りが堅くなりかねん』

「嚮団と量産試作体Jの存在が露見した以上、手をこまねいていたら計画の実行どころではなくなりますよ。まさか……ここまで来て計画を中止するなんて日和った真似をするわけではないですよね?」

「当たり前だ! 僕たちは間違ってない、間違っているのは世界の方なんだ。僕たちが、この世界を正さないといけないんだ……計画は、何としても実行する」

 

 V.V.はヴィクトリアと通信機から聞こえる男に対して、計画を中止するつもりはないと答える。V.V.にとってこの嘘偽りに満ちた繰り返される世界を終わらせ、嘘のない世界へと再誕させるための重要な一歩を諦めるわけにはいかないのだ。

 問題は、儀式に必要な核をどうするかだ。計画の核となれる人間は、特定の条件が必要となる。その条件を満たしつつ邪魔者を排除できる事から、ユーフェミアを核にするつもりだった。

 当初の予定通り、リスクを冒してユーフェミアを確保して核とするか。それとも、他にいるかもわからない適合者を今から探すか。

 どちらが正解なのか、V.V.は苛立ちを募らせながらうろついて思案していると、手すりの下に広がる風景のある一点に目を奪われる。

 それはカフェテリアのガラス張りの窓越しに見える店内。そこにいたのは、車いすに座る栗色のウェーブがかった髪の少女と、黒髪に紫の瞳を持つ少年。見間違えるはずがない。あの忌まわしくも所在がつかめなかったマリアンヌの忘れ形見。

 同じ席には他の女もいるが、そんなことはV.V.にとっては些末事だ。

 

『どうした、V.V.?』

「……は、はは。まさかこんなところで、新しい核の候補を見つけられるなんてね。これは……まさに天啓だ! 世界そのものが、この偽りに満ちた牢獄からの解放を望んでいるんだよ! そうと解れば計画も前倒しだ! 当初の予定だった一ヶ月後なんて待たないで、一週間後に『フィンブルヴェトル計画』を決行するよ!」

 

 

 ────────────────────

 

 

「ははは! これは予想外の素晴らしい混沌(カオス)だ! 神聖ブリタニア帝国に巣食うカルト宗教が、ブリタニアの辺境伯と瓜二つの改造人間を生み出していたとは! これはブリタニア国内も大きく驚くぞ!」

 

 Hi-TVエリア11トウキョウ租界支局報道局プロデューサーであるディートハルト・リートは、純血派による摘発の一部始終を報道ヘリに乗って上空から生中継しながら歓喜に打ち震えていた。

 始まりはディートハルトの端末に送られてきた、『ネブロス』を名乗る謎の人物からの情報提供であった。

 

 ──神聖ブリタニア帝国に巣食う大規模カルト宗教の所在と、純血派による摘発の動き

 

 眉唾でしかない胡散臭い情報だった。だがディートハルトは送られてきた情報から特ダネの匂いを感じ取り、こうして独自に情報を集め、純血派の動きから核心に至って生中継を敢行したのだ。

 

「明日の朝のニュースは、『ブリタニアに巣食うカルト宗教、悍ましき人身売買と人体実験の素顔!』で決まりだ!」

 

 ディートハルトにとって、あの改造されたジェレミア卿そっくりの男が本人なのかどうかは関係ない。重要なのは、辺境伯という重要な立ち位置の貴族すらも人体実験に利用するカルト宗教が、ブリタニアに巣食っているというセンセーショナルな内容だ。

 十中八九、今回の一件で自分は干される事となるだろう。そうなった時はそれはそれでコネクションを使って黒の騎士団と本格的に関係を持つのも悪くはない。

 黒の騎士団もブリタニア本国も、この一件で大きく動きを見せる事となるだろう。ディートハルトはこの先に生まれるさらなる混沌に夢を馳せながら、純血派によって止められるまで摘発の一部始終を報道し続けた。

 

 純血派による摘発とディートハルトの報道によって地上が混沌としている中、地下下水道の通路を走る少年の姿が一つ。

 紫色の瞳に短く揃えられた薄茶色の髪を揺らしながら、華奢に見える肉体からは想像できない身体能力で走る。

 

「上手く逃げられたようだね……。これで、V.V.も直ぐには僕を追えないはず。ジェレミア卿も、ディートハルトさんも予想以上に動きが迅速だったから危うく僕も捕まる所だったよ」

 

 息一つ乱していない少年こそが、純血派とディートハルトに研究施設の情報などをリークした謎の人物『ネブロス』だ。

 

「ふふ……待っていてね、兄さん(・・・)




……あれ?どうなってやがる……。いつの間にかメカジェレミアがジェレミアに確保されたんだが(宇宙ネコ顔)
メカジェレミア語、難しい。

それと、本作ではディートハルトは原作ほどゼロに心酔していません。なので、黒の騎士団とは互いに利用しあう関係という立ち位置です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

夢想の過去、夢想の未来

 シンジュクゲットー各所に銃声と爆発音、そして人間の断末魔の叫びが絶え間なく響く。

 ブリタニア軍によって繰り広げられているのは、シンジュクゲットーに住まうイレブンの虐殺だ。

 ブリタニア人の少年がゲットーの孤児たちを連れて租界へと逃げるため、廃棄された地下鉄構内を走っていた。

 

「~~~ッ!!」

 

 少年が孤児たちに何か叫びながら先導するように走る。内容は聞き取れないが、恐らくは急いでと叫んでいるのだろう。

 その最中、爆発音と共に少年は壁に叩きつけられて視界が暗転する。

 少年の五感が戻り、痛みに軋む身体を起こした少年の視界には、崩落した天井に押しつぶされた孤児たちの姿。

 

「ぁ……うあぁあぁぁ~~~っ!」

 

 瓦礫に押しつぶされて血だまりを沈む孤児たちの亡骸を前に、少年の絶叫が空しく地下鉄内に響いていた。

 

 ~~~~

 

「っうわぁっぁあぁ!!?」

 

 クラリスと同居している自宅の寝室で、マーヤは叫び声を上げて目を覚ます。動悸は激しく乱れ、全身から出ている不快な冷や汗によってパジャマも下着もぐっしょりと濡れてしまっていた。

 

「マーヤ! どうしたの!?」

「ううん、クラリスさん何でもない。ただ夢見が悪くて驚いちゃっただけ」

 

(今のは……本当に夢? 夢というには、余りにもリアリティがありすぎる。まるで、過去の経験を追体験していたみたい。それよりも……陽菜、まり……とも。どうして夢の中で迄あんな死に方をしなくちゃいけないの?)

 

 自分と同じ髪と瞳の色をした少年に起きた悲劇に、マーヤは自分自身が体験したかのような錯覚を覚える。恐らく、夢の中に出てきた孤児たちが陽菜たちだった事が大きいだろう。

 現実とは異なる、それでいてより救いようのない陽菜たちの死に方に、マーヤは涙目になりながら奥歯を噛みしめて嗚咽を飲み込む。

 普段ならばこんなアンニュイな気分の時は学校をサボるのだが、今日はそういう訳にもいかない。なぜならば、足の治療のために出国する体裁で退避させるナナリーを見送る学園イベントが明日に迫っているからだ。

 シャーリーを通してミレイ会長の耳に入り、急遽開催される事となったこのイベント。ルルーシュの協力者である身としても、生徒会役員としても、そして個人的にも、サボる気持ちにはなれない。

 

「陽菜たちが生きていたら、ナナリーを喜んで見送ってくれたかな……」

 

 既に喪われてしまった可能性、ナナリーにも懐いていた陽菜たちの未来を想い、それはもう叶わない事を再認識してマーヤはため息をつく。夢の中の少年の事が心の奥底に引っ掛かったままだが、マーヤはアッシュフォード学園に通うための準備を始めるのであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「いつもありがとうございます、咲世子さん」

「此方こそありがとうございます、ナナリー様。メイドとしてこうしてお仕えするのもあと少しとなりましたが、この篠崎咲世子、それまで全身全霊をもってナナリー様にお仕えさせていただきます」

 

 時刻は夜深く。ナナリーは咲世子に介護してもらいながらベッドに入り、いつものように労いの言葉を口にする。

 咲世子は元々はアッシュフォード家に雇われているメイドであり、咲世子がナナリーの介護を任されているのは、ナナリーが目を開ける事が出来ずなにより足が不自由だからというところが大きい。ナナリーの足の治療が上手く行けば、咲世子はアッシュフォード家のメイドに戻る事になるのはある種当然と言えた。

 

「今夜はもう少しだけ、咲世子さんと色々な事をおしゃべりしたいです。例えば、カワグチ湖では聴くことができなかった咲世子さんの恋バナとか」

「ナナリー様、明日の学園はナナリー様が主役となられます。夜更かしはなさらないように」

「ふふ、それもそうですね」

 

(私のために四方八方手を尽くしてくれたお兄様。私の足の治療を我が事のように喜んでくれたシャーリーさん。エリア11を出国する自分を見送るため、学園のイベントを開催してくれるミレイ会長。マーヤさんやカレンさん、ニーナさんにリヴァルさんも私が歩けるようになることを望んで応援してくれている)

 

 これほどに祝福されている私は幸福な人間だ。歩くことができず、光も閉ざした私を支え続けてくれたお兄様や周囲の皆がいてくれたからこそ、私はこうして生きている。

 だからこそ、もしも歩けるようになったら私は自分の心の傷とも向き合えるようになりたい。

 私の瞳が光を閉ざしたのは、お母さまを喪ったショックによる心因性のもの。ものを見る機能そのものには問題ない。正直に言えば、まだ怖い気持ちはあるけれども、皆さんがくれた想いが、私に未来を見る勇気を与えてくれる。そんな気がするのだ。

 お母さまを喪った悲しみを忘れるわけではない。過去に縋りついて立ち止まったままでいる事から卒業するだけだ。

 それにお兄様から話を切り出された時、お兄様の手に触れていた私は理解してしまった。ゼロの正体はお兄様で、何を想って戦っているのかを。

 私のために立ち上がった。でもそれだけじゃない。正しく前を向いて歩みを進めようとする人達が正しく生きられるようになるために、お兄様は立ち上がったのだと理解した時、私の胸の中には寂しさや悲しみよりも安堵があった。

 

 ──優しい世界でありますように。

 

 シンジュクゲットーにあった孤児院で、昔の私が七夕に綴った願いを、お兄様は叶えようと戦っている。きっと、スザクさんもそんなお兄さまを支えるために一緒に戦っているのだろう。

 

「お兄様……私、頑張ります。だから、お兄様も──」

 

 ──あの時の想いを忘れないで、歩みを止めないでください。

 そう呟こうとしたナナリーの言葉を遮るように、クラブハウスの玄関から何かが叩きつけられて破壊される大きな音が響いた。

 そしてドタドタとクラブハウス内へと侵入する足音が、ナナリーがいる部屋へとよどみなく近づいていく。無軌道な強盗目的の襲撃とは異なる、明確なターゲットがいる襲撃に、ナナリーはアリエス宮で母親が暗殺された日の記憶を思い出して小さく悲鳴を上げる。

 

「あ……ぁ……」

「ナナリー様に危害を加える不遜な輩を排除してまいります。しばしお待ちください」

「咲世子さん、駄目……逃げて」

「それはできません。ナナリー様をお守りするために、私はお仕えしているのですから」

 

 ナナリーの手を握っていた咲世子の手が離れる。ナナリーには、それが今生の別れになってしまうのではないかと不安で仕方ない。

 部屋の前で侵入者が立ち止まり、扉の鍵がメキメキと悲鳴を上げて破壊される。そして扉が力づくでこじ開けられた瞬間、咲世子は構えていた苦無を侵入者めがけて次々と投擲するとともに突撃! 

 咲世子には考えがあった。侵入者は高い確率でナナリーを生きたまま誘拐するために襲撃したのだと。ナナリーの殺害が目的ならば、窓の方から複数人で一斉に銃撃する方が手っ取り早い。

 誘拐にしても単独で侵入してきたことには咲世子も疑問は抱いているが、今は侵入者を一刻も早く撃退することが重要だ。故にこその初手からの全力。相手に余計な行動をさせる前に仕留める。

 咲世子にとって計算外があったとするならば、侵入者が生身の人間であると想定していた事だった。

 投擲した苦無が金属音を立てて弾かれると共に、その姿が明らかになる。咲世子の視界に入った侵入者は人の形はしていた。ただし金属の装甲で全身を覆った機械人形(アンドロイド)であった。

 

「っ!? っはぁああ!」

 

 既に加速した咲世子の身体は止められない。それでも、咲世子は苦無を構えて寧ろさらに加速! 

 機械の肉体相手にこの速度で正面衝突などしたら、如何に篠崎流を修めている咲世子でも只では済まないだろう。だが、自らの命を護衛対象と天秤に掛けるなど、SPとして前提から有り得ない。

 咲世子の全身全霊の一撃を込めた苦無による突きが侵入者の胸に当たる部位に突きたてられる。しかし──、

 

『その技、篠崎の者か』

 

 ──、侵入者の胸部装甲によってその一撃は防がれ、逆に苦無の方が衝撃に耐えられずに折れてしまう結果に終わった。

 機械音で構成された重低音の言葉が、侵入者から発せられる。そしてそのまま無造作に振るわれた拳が、咲世子の横腹を殴りぬいた。

 

「かはっ!」

 

 咄嗟に自ら跳ぶことで威力をある程度相殺した咲世子だったが、それでも壁際に勢いよく叩きつけられて肺の中の空気を根こそぎ吐き出させられていた。もしも威力を相殺できていなかったらと思うとぞっとする話だ。

 咲世子の意識に一瞬の空白が生まれる。侵入者はその隙を逃すほど甘くはなく、咲世子に対して追撃のボディーブローを振るう。

 当たれば致命傷は免れない一撃を前に、咲世子は意識よりも先に身体が反射的にその拳よりも身をかがめて回避! 拳は轟音を立てて壁を貫いた。

 咲世子はそのまま転がる様に跳躍して侵入者の脇をすり抜けナナリーの所へ向かわんとする。

 

『逃がさん』

「ぁぐぅっ!」

 

 侵入者の腰部が開閉し、内部から鋭くとがったサブマニピュレーターから三本の爪が展開されて咲世子の脹脛に深々と突き刺さった。

 激痛にバランスを崩して転倒する咲世子。侵入者は咲世子の首を掴んでゆっくりと締め上げ始めた。

 

「っかぁ……っく!」

「咲世子さん!」

『我らアルハザードの末裔の悲願を前に、面倒事は増やすな』

「止めて! 咲世子さんを殺さないでください!」

 

 目が見えないナナリーでも、咲世子の苦悶の声とミシミシと骨がきしむ音から咲世子が絶体絶命の状況だと理解する。

 ナナリーの叫びに、侵入者は冷淡な声で拒否する。

 

『これは我らの悲願の邪魔になる。殺す理由は数あれども、殺さない理由はない』

「理由なら……あります。咲世子さんを殺したら、私は舌を噛み切って自害します!」

『「!?」』

 

 ナナリーの言葉に、咲世子も侵入者も驚きの感情をあらわにする。

 ナナリーは震えながら、咲世子を助けるために奮起する。

 

「貴方は、私を攫いに来たのでしょう? 恐らくは、あなた方の悲願のために私が生きたままである事が必要なはずです。ならば、ここで私が自ら命を断ったらその悲願は叶えられない。違いますか?」

『……ふん。貴様のその無謀に免じて、その挑発に乗ってやろう』

「ナナ……リー、様……いけま……せん」

「ごめんなさい、咲世子さん。お兄様には代わりに謝ってください」

 

 侵入者は咲世子を放り捨ててナナリーに近づき、サブマニピュレーターの爪を畳んでからナナリーを掴む。そしてナナリーの車椅子を巻き込む形で壁を無造作に叩き壊してクラブハウスから出ていった。

 

「……ぁ、ナナリー様。ナナリー様ぁ!!?」

 

 守るべき相手を守るどころか、逆に守られてしまった事実に、咲世子は泣きはらしながら慟哭するしかできなかった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ルルーシュは運営している孤児院の一室で一人の少年と対峙していた。

 

「間に合って良かったよ、兄さん。今夜は会社で寝泊りすると思っていたから、孤児院の方に出向いているって気が付いて急いで来たんだ」

 

 華奢に見える身体に紫色の瞳、そして短く揃えられた薄茶色の髪をしているその少年は、初対面のはずなのにルルーシュの事を兄と呼んで非常に好意的だ。

 そこまでならば、ルルーシュがジュリアス・キングスレイとして活動している慈善事業に感銘を受けた少年と考える事もできるだろう、特殊部隊の様な装いの襲撃者たちを、この少年が一人で全員殺害していなければだが。

 そもそもルルーシュはこの日、ナナリーのために開催されるアッシュフォード学園のお祭りイベントを翌日に控え、孤児たちからナナリーへの感謝のメッセージ動画を送りたいという要望を叶えるために孤児院に訪れていた。

 本来は動画を撮り終わり次第会社のテナントに戻る予定だったが、孤児たちがナナリーに伝えたい事が沢山あって動画撮影に予定よりも時間がかかった事と、今夜は一緒に居たいと孤児たちが強請った事もあり、ルルーシュは孤児院に泊まり込むことにしたのだ。

 その夜に起きた、孤児院への襲撃。自分だけならば撃退するのは容易かったが、孤児や職員たちを守りながらとなると長丁場になると考えていたところに現れたのが、目の前の少年だ。

 突如現れた少年によって、襲撃者は首をナイフで掻き切られて全員死亡。孤児や施設の職員たちに怖い思いをさせてしまったものの、怪我はなかったのは幸いだったとしか言いようがない。

 

「孤児院を襲った者たちを撃退してくれたことには感謝する。その上で確認したい。お前は何者だ? なぜ俺を兄と呼ぶ? 俺が記憶している限りでは、俺が運営している孤児院から出所した子供の中にお前はいなかったはずだが」

 

 ルルーシュは相手の意図を読み解くために少年に問いかける。

 強盗目的にしては武装が充実した、しかしプロと呼ぶにはお粗末な部分が有った襲撃者達を少年が皆殺しにしたことで、奴らが何処からの差し金なのか尋問できなくなったのは手痛い。

 何故か自分に懐いている様子のこの少年は、これまでの口ぶりから襲撃そのものは予想外だったが襲撃者たちの事は知っている節がある。

 

「僕はロロ。兄さんの手助けをしたくて、嚮団から逃げてきたんだ」

「嚮団?」

「兄さんがギアスと呼んでいる能力の研究を行っている秘密組織。最近ニュースになったでしょ? ナリタで児童養護施設を隠れ蓑にした人身売買と人体実験を行っていたカルト宗教の摘発」

「ああ。その口ぶりからすると、お前が純血派やメディアにリークしたんだな」

「その通り、流石兄さん。嚮主V.V.の計画が実行される前に逃げられるタイミングは、あの時を於いて他になかったからね」

 

(V.V.だと? 確かC.C.がもう一人のコード保有者として名前を挙げていた人物。こいつ、俺の事をどこまで知っている?)

 

 アースラでC.C.が話した情報の中にあった、皇帝()と深い繋がりがあるギアス研究組織の嚮主も同じ名前だ。C.C.にはまだ何か隠している情報があるようだが、あの時の彼女の様子は自分の事を案じてあえて話していない様子だった。

 ロロと名乗った少年がその組織の構成員だという事を知り、ルルーシュの中で警戒レベルが上がる。襲撃者たち全員を文字通り一瞬殺害した能力は、確実にギアスに纏わる能力だろう。

 V.V.の計画も気になるところだが、まずは目の前のロロの本当の立ち位置を明確にしなければならない。

 

「ロロ、V.V.が実行しようとしている計画によりも先に聞きたい事がある。お前は、俺についてどこまで知っている?」

 

 ロロが知っている情報、そして嚮団と共有している情報次第では、このまま帰すわけにはいかなくなる。

 ロロが虚偽を話したとしても、一挙一動の僅かな情報から真偽を読み取り全てを明らかにするつもりでルルーシュは意識をロロに集中させる。

 

「そうだね……まずは兄さんが黒の騎士団のリーダーであるゼロにして、神聖ブリタニア帝国の廃嫡された皇族であること。それから──」

「待て、待て! その情報、一体どこで手に入れた! まさか……嚮団もこの事を既に──」

 

 様子見のジャブが来るかと思ったら、いきなりド直球なストレートを投げ込んできやがった。ルルーシュは自身の顔から血の気が引いていくのを感じ、焦りを覚えてそれ以上話すのを止めさせようとする。

 その時、自分と繋がっている魔力のパスから信号(シグナル)が送られてきたのを感じ取った。それは、ナナリーの車椅子に組み込んでいる宝石に仕込んだもので、車いすを通してナナリーの居場所が分かるようになっている他に車椅子が破壊された場合にも魔力的な信号(シグナル)が自分に対して送られるように設定していた。

 

「いや、嚮団も嚮主V.V.もこの事は知らな……兄さん、どうかしたの?」

「ナナリーの方にも襲撃犯が向かっているかもしれない!」

「……そうだ! 兄さんに襲撃を仕掛けたならば、ナナリーの方にも襲撃を仕掛けない道理がない! 少なくともV.V.ならばやる!」

「学園の近くに転移する。お前も一緒に来い!」

「っ! うん、分かった」

「言っておくが、まだお前を信用したわけではないからな? 此処にお前を置いていくよりも、目の届くところにいてもらった方が都合がいいだけだ!」

「今はそれで構わない。行こう!」

 

 古代ベルカ式の魔法陣をその場で展開し、ルルーシュはロロと共に学園近くの裏路地へと転移する。ロロの本当の立ち位置が確定しないうちに魔法を使う事になったのは痛手だが、それよりもナナリーの安否が最優先だ。

 裏路地への転移を終えた瞬間、ルルーシュは路地裏から学園が見える表通りへと走り出す。

 

(ナナリー! どうか、無事でいてくれ!)

 

 ルルーシュの悲痛な想いはクラブハウスに近づくほど大きくなり、ナナリーの部屋に風穴があいたクラブハウスを目にした事で叶わなかった事を理解させられてしまった。

 

「誰か! 誰かいないのか!」

「ルルーシュ……様」

 

 ルルーシュの呼びかけに、咲世子が負傷した足を引き摺りながら姿を現す。そこにロロも遅れて到着する。

 

「咲世子さん! その足……」

「貴方は? それよりも、ルルーシュ様……申し訳ありません。ナナリー様をお守りする事が出来ず、誘拐されてしまいました」

「そんな……。相手の要求はなんだった!」

「わかりません。ですが、相手は機械仕掛けの人形でした。そしてアルハザードの末裔であり悲願の達成にナナリー様が必要になるようです」

 

 ルルーシュからの問いかけに咲世子は首を横に振りながら、それでも相手が言い残した情報をルルーシュに伝えた。

 

「アルハザード? 確かV.V.の協力者がそれについて遺跡を色々調べていたはず……」

 

 ロロの反応の薄さに対して、一方のルルーシュはというと、

 

「アルハザード……今、アルハザードと言ったのか!?」

 

 激しく動揺しながら咲世子の肩を掴んで問いただしていた。

 

「は、はい」

「なんてことだ……寄りにもよって最悪レベルの案件が絡んできているじゃないか!」

「兄さん、そのアルハザードというのはそれほど拙い代物なの?」

「ああ、規模次第では、この世界を滅ぼしかねない」

「ルルーシュ様、御冗談は……」

「冗談なんかじゃない! 咲世子、ロロ……本格的に巻き込むことになってすまないが、俺と一緒に来てくれ。俺よりももっと詳しい人物を知っている。彼女たちの協力を仰いで、ナナリーを救出するぞ!」

「畏まりました」「わかったよ、兄さん」

 

 

 ────────────────────

 

 

 シンジュクゲットー某所。

 人間一人が入れる大きさのカプセルが同心円状に何層にもわたって配置された部屋で、アッシュフォード学園のクラブハウスを襲撃した機械人形(アンドロイド)が、V.V.と会話していた。

 

『V.V.よ。此方の依代は確保したぞ。もう片割れの方はどうだった?』

「それがさぁ、行方不明になっていたロロが裏切っていたみたいで全滅しちゃったんだよ。まあ、ナナリーの方を確保できたなら儀式は問題なく行えるから良いけどさ」

『あれの兄は障害とはならないのか?』

「軍需産業の社長や軍の高官だったならばともかく、たかだか福祉関係の社長だよ? どうにかできると思う?」

『ふっ、それもそうだな。よしんば黒の騎士団に助けを求めた所で、あれの出自を知れば助けようとするわけがないな』

 

 機械人形(アンドロイド)が冷笑しながら眺めているのは、部屋の中心に配置されている玉座に座らされているナナリーだ。

 玉座殻はケーブルが各々のカプセルと接続されていて、頭に冠を思わせる造形の装置を被せられているナナリーの意識はない。

 

『そうなると、障害となりうるのは黒の騎士団と純血派か』

「そうだね。そのためにも儀式が始まり次第、君には無人機の統率を任せるよ」

『無論だ。我らの悲願達成のためには、この儀式の成功が前提条件なのだからな』

「あのバカ息子が余計な事をしなければ、七年前のあの日に我らが悲願を果たす第一歩を踏み出せたというのに」

 

 機械人形(アンドロイド)の返答に、新たにやってきた別の男の声が聞こえてくる。それは、男の恨みの篭った言葉。

 

「一度死んでいるだけに、実感がこもっているね。枢木ゲンブ(・・・・・)

「当たり前だ。アルハザードの遺産に儂の記憶と人格を保存していたから最悪は免れたものの、気取られないよう肉体の再構築と再起動を済ませるのに5年もかかったのだぞ。おまけに、生贄も捧げ直しと来た」

 

 七年前に枢木スザクによって死んだはずの男──公的には自害した事になっている日本最後の首相──の名で呼ばれた男が、不機嫌そうに答える。

 

「セイリュウ殿も準備が整ったそうだ」

「分かった。それじゃあ、お互いの悲願のために利用し合おうじゃないか、枢木ビャッコ(・・・・・・)

『「そう、アルハザードの末裔たる枢木家の初代当主枢木セイリュウ殿から続く悲願、【アルハザードの再興】のために」』

「僕とシャルルの悲願、【この嘘っぱちの世界を壊して、嘘のない世界を創る】のために」

 

 

 ────────────────────

 

 

 Cの世界が私に夢を見せる。

 

 ──私達を全力で見逃せ! 

 

 ゼロのギアスによる絶対順守の命令は、この世界ではない私を一夜にして絶望の失意へと追いやった。

 身に覚えのない疑惑によって軍部からは冷遇され、同胞からは処刑されかけ、黒の騎士団との戦いでは敗北を喫して死の淵に瀕した。

 

 背中に接続された電極が、私に未来()を見せる。

 

 繰り返しの異常。繰り返しの歪み。繰り返しの悲劇。この繰り返しは絶たれなければならない。

 

 Cの世界が私に夢を見せる。

 

 瀕死の重傷を負ったこの世界ではない私は人体実験に使われた。

 黒の騎士団による大規模反乱。ゼロとの戦い。そして海底へと沈む我が機体。

 

 背中に接続された電極が、私に未来()を見せる。

 

 世界を呪い、世界を壊すことを悲願とする嚮主の狂気。そして嚮主を終末思想へと狂わせた存在。

 アレ(・・)を止めなければならない。解き放ってはならない。成就させてはならない。

 

 Cの世界が私に夢を見せる。

 

 嚮団によって回収され、この世界ではない私はさらなる改造を受けた。

 ゼロの正体を知り、あの方の真意を知り、あの方の最期を見届けた。

 

 オレンジ色の液体に浮かぶ私とガラス越しに、現実を認識した(見た)

 

 この世界の私が現れた事。これは千載一遇の好機である。

 (自分)が長くは保たないことは、私自身が良く知っている。

 だからこそ……

 

「おはようございました」

 

 ……言語機能は正常であってほしかった。

 

 ~~~~

 

 純血派による摘発の一件から一週間。トウキョウ租界にある政庁は、朝から晩まで毎日のように対応に追われていた。補助金の不正受給や人身売買の類が行われていると思われていた児童養護施設の実態が、カルト宗教による人体実験施設だと明らかになったからだ。

 特に世間へのインパクトが大きかったのは、辺境伯であるジェレミア卿のクローンである量試作体Jの存在だ。

 ウィリアム・ビッシュというブリタニアの科学者が研究していた人間を複製する技術であるクローニング。倫理観や技術ハードルの高さから凍結されていたこの研究がカルト宗教によって極秘裏に進められており、クロヴィス・ラ・ブリタニア前総督の側近であったバトレー・アスプリウス将軍も関与していた事から、ブリタニア軍及び本国にもこのカルト宗教が根深く巣食っている事が窺える。

 ワイドショーはこの事件を連日報道し、政庁関係者への強引な取材なども頻発しているため、政庁の処理能力はパンク寸前になっていた。

 そんな中、連日のマスメディアへの対応をどうにか一区切り付けたユーフェミアは、アーサーと最近少しやつれてしまったような気がするギルフォード卿を連れてバトレー将軍の尋問を続けている純血派の所へと向かう。

 

「ユーフェミア総督代理。御自ら出向かなくても、彼らを呼べばよかったのではないでしょうか?」

「いえ、元はと言えば私が彼らに指示を出した事で明らかになった騒ぎです。彼らも私たち以上に対応に追われている以上、此方から出向いた方がより確実に話を聞けるでしょう。それに、巷ではジェレミア卿のクローンと目されている彼を、無暗に好奇の目に晒したくありません」

「……畏まりました」

 

 ユーフェミアの慈愛の心から来る行動だが、周囲からすれば頼むから大人しくしていてほしいというのが本音である。

 ギルフォード卿の心境を余所に、ユーフェミアはバトレー将軍を拘留している区画の警備を行っている純血派(キューエル卿)と挨拶を交わし、扉を開けさせる。

 扉の先にいたのは、何やら話している量産試作体Jと憔悴しきったバトレー将軍、そして彼との対話に四苦八苦しているジェレミア卿とヴィレッタの姿であった。

 

「──だからもう少し言葉を分かりやすく明確にだな……っあぁ! ユーフェミア総督代理! 出迎えの者を用意せずに申し訳ございません!」

「いえ、今回はジェレミア卿以外にも保護した彼からも直接話を聞きたかったので、こうして此方から来ました」

「ユ、ユーフェミア皇女殿下……」

 

 ユーフェミアに気が付いたジェレミア卿とヴィレッタが慌てて臣下の礼をとる。バトレー将軍も、ばつが悪そうにしながらも臣下の礼を取る。

 一方の量産試作体Jはユーフェミアを見ると、涙を流して喜びながら歓喜の言葉を口にした。

 

「おおぉ……ユーフェミア皇女殿下の生存、僥倖! 致命的な悲劇と破綻の回避!」

「おや、それはどういう事でしょうか? 私に教えていただけませんか?」

 

 歓喜する量産試作体Jの様子に、ユーフェミアは具体的な内容を聴こうと尋ねる。

 

「嚮主は、生贄に皇族を求めましたです。世界の破壊、再構築のために」

「皇族を生贄にだと!?」

「な! なぜおまえがその事を知っている!」

 

 量産試作体Jの発言は荒唐無稽といえるものだったが、バトレー将軍が狼狽した事から事実である事が裏付けられる。

 

「それはカルト宗教がユーフェミア総督代理の暗殺を画策していたという事か?」

「否定、生贄が文字通り。トウキョウ租界の命を焚べた、偽りの不老不死(コード)の依代と神殺しの人柱」

「あ、あぁ……終わりだ。粛清されてしまう……」

 

 量産試作体Jの言葉は支離滅裂だ。しかし彼の鬼気迫った表情は、ユーフェミアやジェレミア達に自分の知る知識を必死に伝えようとしている事を窺わせる。

 話が本当ならば、嚮主という存在はトウキョウ租界で破滅的な何かをしでかそうとしている事になる。突拍子もない話だが、相手がカルト宗教となると常識が通じない怖さがある。

 何より、バトレー将軍が頭を抱えて呻いていることが、少なくともカルト宗教は本気で実行しようとしていることを証明していた。

 

「もし本当ならば、拙い事になる。黒の騎士団や日本解放戦線だけでなく、カルト宗教によるテロまで警戒しなくてはならないぞ」

「心配ご無用。嚮団は、嚮主は黒の騎士団の敵は必定!」

「黒の騎士団が掲げているお題目を考えればそうなるだろうが、しかしな──」

「嚮主は、ゼロの仇なのでした」

 

 正義の味方を標榜している黒の騎士団からすればこのカルト宗教と敵対関係になるのは当たり前だと思っていたギルフォードやジェレミアに対して、量産試作体Jは敵である理由を更に話す。

 

「嚮主は嫉妬心・猜疑心・危機感からゼロの母を殺めました。嚮主もゼロもまだ知らない事実、Cの世界はそれを私に閲覧させました」

「ゼロの母を殺めた張本人が嚮主……」

 

 量産試作体Jの話を聞いて、ユーフェミアは唐突にルルーシュとナナリーの顔が脳裏に思い浮かべだ。

 物的証拠の無い飛躍した論理だが、もしも自分の予想通りなのだとしたら、ゼロの正体は──。

 ユーフェミアがゼロの正体に思い至ったその時、廊下から純血派所属のブリタニア軍人がドタドタと駆け込んできた。

 

「ジェレミア卿、大変です!」

「何があった!」

「シンジュクゲットーに於いて、光の柱が! それと空の色も赤く染まって!」

「はぁ? 何を言って、ぅぐぅ……」

 

 要領を得ない部下の言葉にジェレミア卿が立ち上がろうとしたが、突然全身から力が抜け落ちるような感覚に襲われて膝をついた。

 見れば、ジェレミア卿だけでなく周囲の者達も強い脱力感に襲われているようで、それぞれに左腕には紅い鳥を模した紋様が浮かび上がっていた。

 

「これ……は?」

「そんな……早すぎる。皇女殿下を確保していないというのに、もう計画を実行に移したと言うのか……」

「身体が、思うように動かない……」

 

 身体の奥から活力とも生命力ともいえる力が抜けていく感覚に、一同は危機感を覚える。そんな中この場においてただ一人と一匹、例外がいた。

 

「にゃぁ……」

「ギアスの呪詛を振り払うは、私の使命! 私の、ギアスキャンセラーが!」

 

 心配したアーサーが、ユーフェミアの頬を舐める。

 量産試作体Jの左眼に刻まれている上下反転した青い鳥の紋様(ギアスキャンセラー)が、まばゆい輝きを放つ。

 その場にいた者たちの左腕に浮かび上がった紋様が消えうせると共に、彼らの身体を蝕んでいた脱力感が消え去った。

 

「っくはぁ! はぁ、はぁ……。何だったんだ、今のは?」

「量産試作体J……その力は未だ完成には至っていなかったはず」

「それよりも、早く外に! 先程報告に上がった異変と関りがあるとしか思えません!」

 

 ヴィレッタの提案で、一同が部屋から出ると、廊下や他の部屋でも先程の自分達と同様に左腕に紅い紋様が浮かび上がって倒れ込んでいる者達が散見していた。

 

「Jさん、皆さんを!」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 量産試作体Jのギアスキャンセラーが数度繰り返し輝き、その度に彼の視線の先にいた者に浮かび上がった紋様が消えて彼らは活力を取り戻す。しかし、

 

「っぐぅ!」

 

 何度目かの輝きの後、量産試作体Jは左目を押さえて呻いた。

 

「無茶をするな! ギアス擬きを基に開発したその力を短時間に乱発などしたら、お前の脳が焼き切れてしまうぞ!」

「そんな! 一度止めてください!」

「イエス、ユア・ハイネス……」

 

 ギアスキャンセラーを尚も発動しようとしている量産試作体Jに対して、バトレー将軍が諫めてユーフェミアも慌てて指示を出す。

 そして、一同は廊下を走って窓から外を確認すると、シンジュクゲットー方面から桜色の巨大な光の柱が上空へと放たれ、そこを中心に空を不気味に赤く染め上げていた。

 

「バトレー将軍、いい加減知っていることを洗いざらい話してもらうぞ」

「ああ、此処に至っては最早隠す意味もなくなった。あれは嚮主の協力者が提供した技術、人間(・・)の命を吸い上げるための魔法儀式だ。私にはあれが嚮主と皇帝陛下の悲願を叶えるのに必要な代物だという事、そしてヴィクトリアもこの計画に関わっている事までしか知らない」

「皇帝陛下の!? その悲願とは一体何なのだ! 世界制覇ではないのか!」

「私も詳しい事は本当に知らないんだ! だが、嚮主は『この嘘っぱちな世界の神を殺す』とは話していたのを何度か耳にした覚えがある」

 

 バトレー将軍の話を聞いて、ジェレミア卿には迷いが生まれていた。

 敬愛するマリアンヌ皇后が暗殺されてから、ジェレミア卿は今度こそブリタニア皇族をこの手で守るために純血派という派閥を作った。だが、その皇帝陛下が実の娘も巻き込んだ虐殺を行おうとしている疑惑が上がってきたからだ。

 これが軍事的な作戦に基づいた計画的な虐殺ならば、軍人として従っていただろう。しかし、これは明らかに軍事的なものではなく宗教やオカルティズムに則った虐殺だ。

 自分はどうするべきなのか、皇帝陛下への忠誠を優先するべきなのか。それともこの虐殺を止めさせるべきなのか。

 

「……皆さん、この虐殺を止めるために力を貸してください」

「ユーフェミア総督代理」

「陛下の、お父様の悲願がどういったものなのかはわかりません。ですが、この虐殺を見過ごすことは私にはできません! 例え本国に逆らう事になろうとも、このエリア11を預かるものとして、民衆を救う責務があります!」

 

 ユーフェミアの言葉に、周囲の者達の心が突き動かされた。

 

「イエス、ユア・ハイネス。このジェレミア・ゴットバルト、微力ながら御身の力となりましょう。全力で!」

「イエス、ユア・ハイネス。姫様もこの状況では同じ選択を取るでしょう。そもそも、嚮主とやらが本当に皇帝陛下と繋がりがあるのかも怪しい所です」

「にゃぁ~♪」

 

 ──猫であるアーサー殿も協力しようとしているのだ、我らもユーフェミア総督代理のために動かねば、純血派の名折れだ! 

 ──エリア18の反乱を抑えたダールトン将軍とグラストンナイツがエリア11に帰還するのは早くても四日後。それまで待っていたらどれほどの被害が出るかもわかりません。

 

 次々とユーフェミアへの協力を表明する者たち。

 

「みなさん……ありがとうございます!」

「しかしそうなると、ラウンズであったヴィクトリア卿が死亡していても彼の派閥が保有する新型機(キャスパリーグ)への対処は必要不可欠となるな」

「ギルフォード卿、その事についてなんだが……ナリタ連山で戦死したヴィクトリア卿は戦闘用に改造された影武者なのだ。本物は、今もなお科学者として健在だ」

「なんだと!?」

「それについては考えがあります。そのためにも、連絡を取りたい相手がいます」

「その相手とは一体?」

「……ジュリアス・キングスレイ、いえ……ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアです」




ナナリーの誘拐方法が二転三転して、投稿が遅れちゃってぇ……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

破滅の光柱、騎士たちの足搔き

 ナナリーを見送るための学園イベント当日。アッシュフォード学園の生徒会長であるミレイ・アッシュフォードは、クラブハウスの惨状を目撃した学生や教員がパニックになっているのに対して必死に対応していた。

 

「一体何が起こったというの!? クラブハウスに大穴は空いているし、ナナリーは行方不明。おまけに、ルルーシュと咲世子さんのどっちとも連絡が付かないなんて!」

「会長! カレンやマーヤとも連絡が付きません!」

「ナナちゃん……ルル。お願い、電話に出て……」

「何か事件に巻き込まれたのかも。私、ネット上に目撃情報が無いか調べてみる!」

 

 警察が到着するまでの間、生徒会の面々がそれぞれに出来る事をしている中で突如としてそれは起きた。シンジュクゲットーの方角の大地から、遥か上空に向かって伸びる桜色の眩い光の柱が現れたのだ。

 

「な、なに……あれ」

「おい、空が……!」

 

 それだけでも異常事態なのだが、変化はそれだけにとどまらない。

 光の柱が伸びた上空を起点に、雲一つない青空がどす黒く赤い空へと染め上げられていく。それはさながら、描きかけの美麗な水彩画に濁った汚水を垂らしたかのように本来の色を蝕んで広がっていく。

 まるでファンタジー映画の様な事態の激変に、あっけにとられる生徒や教師たち。

 

「おい、その左手の何だ?」

「え? なんだこれ!」

「こっちにもついているぞ!」

 

 いつの間にか左手に浮かび上がった紅い鳥を模した紋様に気が付いた学生が騒ぎ始めるが、直ぐにその騒ぎの声は聞こえなくなった。紋様が浮かび上がった者が次々と倒れていったからだ。

 

「みんな! っぁ……」

「身体が……動か、ない」

 

 次々と倒れる生徒たちに駆け寄ろうとした教員や他の生徒、そしてミレイ達も同様に倒れて動けなくなる。

 それは学園の校舎内も同様で、理事長室である契約について内容を詰めていたルーベン・K・アッシュフォードとクラリス・ガーフィールドも机に突っ伏して動けなくなっていた。

 同様の惨事はトウキョウ租界やシンジュクゲットーを中心として幾つも見られ、各所で交通事故も多発。終末を予感させる禍々しい赤い空は、その範囲は徐々に広げていった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「始まってしまったか……」

 

 Cの世界のどこかにある黄昏の間において、神聖ブリタニア帝国第98代皇帝であるシャルル・ジ・ブリタニアは、エリア11で起こっている異常事態を愁いを帯びた表情で見ていた。

 シャルルの傍らには、ブリタニア皇帝直属の騎士ラウンズ。その中でも最強と名高いナイトオブワンであるビスマルク・ヴァルトシュタイン卿が片膝をついて従っている。

 

「どうして、考え直してくれなかったのですか。兄さん(・・・)

 

 シャルルは数日前にこの黄昏の間でV.V.()との話し合いを思い出す。

 

 ~~~~

 

 ──本気なのですか? 兄さん。

 ──うん。僕たちに残された時間はもうあまり長くない。これは絶好のチャンスなんだ。この嘘っぱちの世界を壊して、無意味に世界を繰り返す神を殺して、僕たちの悲願である【嘘のない世界】を作るための。

 ──それは、そうですが……。

 

 V.V.が近いうちに成そうとしている事に難色を示すシャルルに対して、V.V.は諭すように言葉を紡ぐ。

 

 ──シャルル、僕はシャルルがとても優しい弟だって言う事はよく知っている。だから【嘘のない世界】からも消えてしまう事になる人達の事を想って踏み出せないんだろう? 

 ──兄さん、それは! 

 ──大丈夫。その業は僕が全部背負うから。汚れ仕事はお兄ちゃんに任せて、シャルルは【嘘のない世界】の実現をお願いね。それじゃ、行って来るよ。

 

 何一つ嘘のない微笑を浮かべてから、V.V.はシャルルに背を向けて黄昏の間を後にした。この人()は、本当に自分の事を案じているのだと思い知らされる。

 だからこそ、●●●●●●●●●●(また嘘をついた)事が許せなかった。

 

 ~~~~

 

「我が騎士、ビスマルクよ」

「はっ!」

「大至急、エリア11を覆う魔力障壁の突破と空間転移の準備を進めよ」

「イエス、ユア・マジェスティ!」

 

 シャルルからの勅命を受け、ビスマルクが立ち上がり黄昏の間を後にする。

 

「どうして……こういう時ばかり思い切りが良いのですか、兄さん……」

 

 ビスマルクもいなくなった黄昏の間で、シャルルの嘆きが零れた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 黒の騎士団が保有する隠し拠点の一つでは、倒れた団員たちの治療をシャマル達が慌ただしく進めていた。

 

「動けるようになった人は、急いで動けない人を連れてきて! マーヤさん達は私と協力してギアス刻印の解除を!」

「分かった」「う、うん!」

「りょーかい。まずは団員に浮かび上がったこれをどうにか解除しないと、どうしようもないからねぇ」

 

 シャマルとロイドは団員達に左腕に浮かび上がった紋様を解析してはそれを解体して無力化する作業を進めていく。

 マーヤとカレンの魔導師としての実力は、紋様を解析可能なレベルではない。それでも、シャマル達が解析に成功したデータを基にギアス刻印と名付けた紋様の解体作業に励んでいた。

 彼女たちがギアス刻印に蝕まれていない理由、それは魔導師としての耐性で抵抗(レジスト)したからだ。幸いだったのは一度解除する事が出来れば、その人物には再び刻印が浮かび上がる様子はないので、治療しては再刻印といういたちごっこになる事態は避けられている。ルルーシュからの急な呼び出しで団員たちが呼び集められていなかったら、こうしてまとめて治療をすることもできずに対応はもっと遅れていただろう。

 

「それにしても、嚮団だっけ? とんでもない事をしてくれたねぇ」

「日本人もブリタニア人も関係なく、纏めて虐殺しようだなんて!」

「只の虐殺ではないわ。これはおそらく、とても大規模な儀式に必要な魔力や条件を満たすための下準備よ。そのための命の収奪。アルハザードの末裔が関わっているとなると、下手をすればもっと拙い事になるかも」

 

 古代ベルカ時代には、個人では行使できない大規模魔法を発動するために、大掛かりな設備や特殊な儀式を伴う場合が多々あった。その中には、今回のように不特定多数の生贄を捧げる事で発動する大規模魔法も存在する。

 このギアス刻印も、付与した対象の活動を阻害しながら生命力を収奪する悪辣な仕掛けが施されていた。

 

「アースラとの通信は?」

「駄目ね。関東圏を中心に大規模な魔力通信障害が発生していて、魔法を用いた通信と空間転移は制限されているわ。拠点を移した日本解放戦線がいる関西方面はまだマシみたいなんだけど、これじゃあ大規模な人員を送る事は……」

「機械的な通信は大丈夫なのが、不幸中の幸いですが……」

 

 アースラと黒の騎士団の間の連絡は、現状では日本解放戦線にいるシグナムとギンガに通信機で連絡を取り、彼女たちが魔法でアースラに連絡を取る事でどうにか情報伝達のラインを維持している。

 ルルーシュは現在、咲世子を連れて日本解放戦線及びキョウト六家と緊急会合を開いて対応を協議している状況だ。

 

「ルルーシュが襲われて、ナナリーが攫われたタイミングでこの事件……無関係だなんて思えない」

「おそらく、その儀式にはナナリーが利用されている……許せない!」

 

 推測の範疇は出ていないが、ルルーシュが連れてきたロロという少年が、「そんな……早すぎる!」と狼狽していた事から、嚮団と呼ばれている集団が引き起こした事件なのはほぼ間違いない。

 カレンもマーヤも今回の事件に強く憤っているが、この場において特に怒りを秘めていたのはシャマルであった。

 

「ええ、本当にね。まだ直接顔を合わせてはいないけれども、彼の妹ならば私達の家族も同然よ。私達の家族に手を出したらどうなるか、思い知らせないとね」

「ちょっ! 心の闇が溢れてるよ~!」

 

 笑顔のまま怖い事を言うシャマルを、ロイドがちょっとビビりながら諫める。その一方で、カレンとマーヤの表情は曇ったままだ。

 

(クラリスさん、生徒会のみんな……)

 

 彼女たちが運よく影響を受けていないなどという事は有り得ないだろう。確か今日は、アッシュフォード学園の理事長であるルーベン・K・アッシュフォードと仕事で会う約束があるとクラリスが話していた事を思い出す。

 カレンも、生徒会や学園の皆の事が心配なのだ。義母に関しては特に気にしていない。

 

「カレン、マーヤ。向こうが気になるんだろ? 顔に出ているよ」

 

 二人に声をかけたのは、真っ先にギアス刻印の解除を受けて他の団員の治療に当たっているラクシャータだった。

 

「ラクシャータさん……すみません。こんな時に」

「構わないよ。それよりも、早く行ってきな」

「え……でも」

「心ここにあらずな状態で動かれても、却って作業効率が落ちるよ。だったら、一度持ち場を離れてでも不安を解消してからだよ。シャマルもその位良いだろ?」

「ええ。此処は私達で何とかします。だから、早く行ってあげて」

 

 ラクシャータからの思わぬ提案に驚きではあるが二人にとっては渡りに船だった。

 

「ありがとうございます!」「出来るだけすぐに戻るから!」

「いってらっしゃい。後悔だけはしないでね」

「「はい!」」

 

 ラクシャータ達に後押しされて、カレンとマーヤはそれぞれの大切な者を助けに走り出した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 シャマル達が団員の治療に、ルルーシュは対応の協議に当たっている中、C.C.はマオを連れてロロの下を訪ねていた。マオを連れてきているのは読心のギアスによって相手の嘘を見破るためだ。

 

「ロロと言ったな。まあ、座れ」

 

 尋ねてきたのはC.C.の方だというのに、まるでや部屋の主であるかのように振舞いながらロロに椅子に座るように促す。ロロは促されるままに椅子に座ると、部屋の周囲に他の人がいないのを確認してから話し始めた。

 

「貴方が、C.C.……」

「ああ、そうだ。ゼロ……ルルーシュがお前の事を言っていたぞ。嚮団から逃げ出してきたギアスを持つ少年だと。そしてルルーシュの事も良く知っていると」

「はい。僕は兄さんの事を良く知っているつもりです。と言っても、正確には他の世界のロロ()がというべきですが」

「ほぉ、それはお前のギアスの力に由来する物か?」

「いいえ。僕は嚮団の人体実験の中で、偶発的にCの世界から知識と記憶が流れ込んできたんです」

「Cの世界か……。一歩間違えば廃人になりかねないのによくやるものだ」

 

 C.C.はちらりとマオに目配せする。マオからのアイコンタクトは、『嘘をついていない』なので、少なくとも本人にとっては実際の出来事のようだ。

 世界線や時間軸に囚われない人類の集合無意識の世界であるCの世界ならば、意図的にアクセスする事が出来れば、理屈の上ではあらゆる可能性や過去を覗き見る事ができるだろう。尤も、一歩間違えば膨大な情報の濁流に自我が押し流されて廃人になったり、人格が乗っ取られる危険だってある。

 

「僕がCの世界から受け継いだ記憶と知識は、一つは異なる世界の僕自身の記憶でした。僕が見た別の世界のロロ()は、皇帝が持つギアスによって記憶を改竄されたルルーシュ(兄さん)を監視するために偽りの兄弟を演じていた。でも、兄さんとの日々はロロ()にとってかけがえのない大切な日々で、ルルーシュ(兄さん)が記憶を取り戻して再びゼロとして活動するようになってからも、利用されていると分かっていてもロロ()の心は満たされていた。それは嚮団の暗殺者として生きていた僕にとって、とても眩しくて、羨ましかった」

「この事をV.V.は知っているのか?」

「いえ。V.V.にはこの事は黙っています。V.V.はルルーシュ(兄さん)の敵だから。それに、あちらの世界とこの世界では、異なる点が多すぎて参考にならないところもありますし」

「ほぉ?」

「あっちの世界では、ルルーシュ(兄さん)は絶対順守のギアスを保有していて、枢木スザクはブリタニア軍所属のままでした。なにより、魔法の存在がありません」

「根底が違い過ぎないかなぁ?」

 

 Cの世界から知識と記憶を得た世界をロロから掻い摘んで説明されて、マオが思わずツッコミを入れる。

 

「うん。だからこの世界の兄さんや周囲とのギャップにびっくりした。あっちの世界では黒の騎士団は兄さんとあんなにフレンドリーじゃなかったし、そもそもルルーシュ(兄さん)はアッシュフォード学園の学生だった」

「まあそこは、年齢的には学生であるのが正しいんだよな……」

 

 学生であるのが自然な年齢で、会社の社長をしているこの世界のルルーシュが異端ともいえる。

 

「それで、お前はどうしたいんだ? ルルーシュと一緒にいられればそれで良いのか、それとも何か未来を変えたいのか」

「僕は……ルルーシュ(兄さん)がナナリーと一緒に生きられる未来を作りたい。黒の騎士団に裏切られる事もなく、枢木スザクと殺し合う事もなく、ナナリーを喪わない未来を。あっちの世界のロロ()は、シュナイゼルの策で黒の騎士団に裏切られたルルーシュ(兄さん)を助けるためにギアスを乱用して、逃げた先でルルーシュ(兄さん)に看取られて死んでしまったからその先の事は知らないけれど、ルルーシュ(兄さん)には幸せになってほしいんだ」

「そうか。だとすると、今がまさに正念場だな」

「うん。僕が知っている範囲だと、どうしてV.V.がナナリーを攫わせたのかはわからない。でも、現在進行形で引き起こされている『コードを疑似的に再現したものを生み出すための儀式』にナナリーが必要になったのだとしたら。本来は一月近く先の予定だった計画が早まったのが僕の所為だとしたら、僕はこの命に代えてでもナナリーを救う責任がある。じゃないと、僕はルルーシュ(兄さん)に顔向けできない」

 

 ロロの想いと決意に嘘はない。まだ伏せている内容がある事に読心のギアスを持つマオは気が付いているが、それはあちらの世界におけるロロの後悔だ。敵であればそこを突いて責めるが、恩人(ルルーシュ)の味方になるなら触れない方が良いだろうと判断した。

 

「そこが私も気になっている所だ。V.V.とシャルルの本来の計画に、『嘘のない世界を作る』という目的には今回の出来事は不要なはずだ。少なくとも、8年前のV.V.はここまで事を性急に進める奴ではなかった。私がV.V.と袂を別ってから何があった? ヴィクトリア如きではV.V.があそこまで変わるとは思えない」

「僕も詳しい事は良く知りません。でも……V.V.が神根島の遺跡を調査して以降、様子がおかしくなったという話は聞きました」

「神根島の遺跡だと?」

「はい。『嘘だらけの世界を何度も繰り返す神を殺さないといけない』『そのために、世界を一度壊す必要がある』と」

「となると、V.V.はCの世界で何かを知ったのか? 私が知らない何かを……」

 

 

 ────────────────────

 

 

「ぁ……ぅぐ」

 

 アッシュフォード学園の理事長室で、クラリス・ガーフィールドは机に突っ伏したまま呻く。身体が鉛のように重い。呼吸は苦しく、言葉も碌に紡げない。

 視界の端に映る左腕にいつの間にが刻まれていた赤い鳥の紋様が不気味に明滅する度に、身体から力が抜けていく感覚を覚える。

 アッシュフォード家がかつて開発に携わり、一時は資金難から凍結されていた計画を元にした新たな開発計画に、クラリスが経営する会社のエナジーフィラーの技術を用いたいという要望で交渉していた、学園の理事長であるルーベン・K・アッシュフォードも同様の状態だ。

 

「マ……マー、ヤ」

 

 戦争の犠牲になってしまった先輩夫婦の娘であり、自らが保護者となっているマーヤ・ディゼルの身を案じる。

 彼女は今日、学園に来ていないという話を聞いた時は、クラブハウスの出来事も含めて何か事件に巻き込まれてしまったのではないかと不安だった。

 マーヤと向き合うために一緒に食事に行く約束をしたのに仕事で遅れてしまい、雨の中待っていたマーヤに風邪をひかせてしまった時を思い出す。

 危うく擦れ違いを起こして関係が悪化するかもしれなかったのを修復してくれたのは、マーヤが仲良くしているジュリアス・キングスレイだった。若くして医療・福祉系の会社を経営する社長として活動する彼は、学園のクラブハウスに住むナナリー・ランペルージの兄だという。恐らくは一方が貴族の庶子から生まれた腹違いの兄妹なのかもしれないが、プライベート且つデリケートな話なので触れてはこなかった。

 彼も無事だろうか? ひょっとしたら、彼も何か事件に巻き込まれているのではないだろうか? 

 クラリスは朦朧とする意識の中、自分の事よりもマーヤや恩人達の事を考えていると、背後の扉がバン! と大きな音を立てて開いたのを耳にした。

 

(誰か、動けるの? お願い、この異常事態を政庁に伝えて……)

 

 最早声に出すのも苦しく、クラリスは短く呻く事しかできない。

 

 ──クラリスさん! 

 

 クラリスの耳に、マーヤの声が聞こえる。朦朧とした意識が聞かせる幻聴だろうか? 

 左腕の甲に浮かぶ紋様に誰かが手をかざすと、温かい光が放たれた。ピキピキと罅割れるように紋様が消えると、クラリスを包んでいた圧迫感が消えて呼吸も楽になった。

 

「ゥ……ぐぅ。ありが、とうござ──」

 

 どうやってかはわからないけれども、助けてくれた人にお礼を言おうと身体を起こそうとしたクラリスを、相手が抱き締める。

 

「クラリスさん! 良かった、間にあって良かった……!」

「マー……ヤ?」

 

 テレビなどで見た黒の騎士団の団員服を着たマーヤが、涙を流してクラリスを抱きしめていた。

 どうしてマーヤが黒の騎士団の服を着ているのか、クラリスは察する。マーヤは両親をブリタニアに殺された過去がある。彼女にとって、ブリタニアは壊すべき相手だったという事なのだろう。だというのに、あの子は自分を助けるために来てくれた。本当は問い詰めて叱らなくてはいけないのに、嬉しく思ってしまう。

 

「えっと、マーヤ……ルーベン理事長も助ける事はできる?」

「あ、うん。ちょっと時間はかかるけれども大丈夫」

 

 クラリスの頼みにマーヤは頷くと、首から下げているペンダントに手を添える。すると、空中に円形の中を二つの正方形が回転する形の紋様が浮かび上がる。

 驚いているクラリスを余所に、マーヤはルーベン理事長の左手を握ると、先程と同様に淡い光が放たれて左手の甲に浮かんでいた紋様が罅割れて消えていった。

 

「ぬ……うぅ。お主は、生徒会役員のマーヤ・ガーフィールドだったな」

「はい」

「お主が今着ているその服については、問わないでおこう」

「ありがとうございます。それでは、私はこれで。急いで戻らなくてはいけませんので……ワタシには、まだやるべきことがあります」

 

 黒の騎士団の団員服を着ているマーヤを問い詰めないことを公言したルーベン理事長に、マーヤは頭を下げてその場を後にする。

 

「マーヤ……」

「クラリス社長、彼女を止めないであげなさい。今回の出来事、只の事件とは一線を画する何かがある。恐らく、この事態を解決できるのは彼女たちだろう。どうか無事に戻ってくることを祈ってあげなさい」

「……はい。マーヤ、どうか無事で帰ってきて」

「ありがとう、クラリスさん。私、クラリスさんと出会えて良かった」

 

 ~~~~

 

「お待たせ」

「ううん、こっちもひと段落付いた所」

「生徒会のみんなは?」

「みんな無事にギアス刻印から解放できた。そっちは?」

「こっちも。あとは同じ部屋にいたルーベン理事長も」

「そう……」

 

 アッシュフォード学園までトウキョウ租界をバイクに乗ってフルスロットルで走ってきたマーヤと、エクスプロードのバリアジャケットを纏って疾走してきたカレン。二人は道中で起こっていた凄惨な事故やギアス刻印によって倒れている人々を見る度に心を痛めていた。

 

Karen, it's not your concern.(カレン、貴方が気に病む事ではありません)」

「エクスプロード……解ってる。頭では解ってるんだけど」

「カレン。これ以上犠牲者を出さないためにも、すぐに戻って嚮団を止めよう。ルルーシュも待ってる」

「……そうね。黒の騎士団の制服のまま来ちゃったから、学園にはもういられないしね」

I'm sorry, I wish I had a costume to disguise my appearance.(申し訳ありません、偽装用の衣装を用意出来ればよかったのですが……)」

 

 助けられる人たちを自分達の都合で見捨てなければならない苦しさ。このような悲劇を引き起こしている嚮団への憤り。そして、学び舎であり日常でもあった学園にいられなくなった寂しさ。

 マーヤとカレンはそういった感情の激流を表に出さないよう心の内に抑え込みながら、アッシュフォード学園内を出発するために構内を走る。

 マーヤはこれ以上迷惑をかけないために、クラリスにも別れを告げてきた。悲しみを帯びたクラリスの瞳は忘れる事はできないだろう。

 カレンも、これから戦場に向かおうとする自分達の身を案じていた生徒会の面々を思い出す。自分達が黒の騎士団の団員だとばれてもなお心配してくれているのはとても嬉しくて、だからこそ危険な目に会わせないためにも離れなければならない。

 二人は下の階へと降りるために階段を降りる際中、踊り場の窓ガラスから外の景色を何気なく確認する。

 シンジュクゲットーから聳え立つように空へと放たれる桜色の光の柱。光の柱を起点に青空を蝕む様に広がる毒々しい赤い空。

 二人とも、その光景を見て何としても止めなければならないと心に誓ったところで、学園正門からナイトメアが侵入するのを目撃した。

 

「あれは……ブリタニア軍のナイトメア!」

「それに、皇族のための御料車も!?」

 

 御両者の先頭と左右を純血派のサザーランドが、後方をサザーランド・シグルドが守る様に囲んで校内を走る。

 平時の時でさえ何故? となる状況に、二人は身を強張らせる。到着があまりにも早すぎる事から、生徒会のメンバーやルーベン理事長が自分達を売ったとは考えられない。ならば、あの一団は自らの意思でこの学園に赴いたという事になる。

 そもそも、ギアス刻印で動けなくなっているはずなのに、こうして集団で動けているのがおかしい。

 何が目的かは断定できないが、戦闘になったら非常に拙い。KMFを持ち込んでいる彼方側に対して、此方はデバイスとバイクそれと煙幕ぐらいだ。カレンのバーストエンドならば、破壊こそ可能だろうがそのために動きを止めている間に蜂の巣にされて終わりだ。なにより、此処にはギアス刻印によって動けない学生や先生がまだ大勢いるのだ。

 

「どうする、マーヤ? 身を隠しながら離れる?」

「……ううん。ナイトメアのファクトスフィアで精密スキャンされたら、動いている生体反応ですぐに気付かれる。それに、ユフィ……ユーフェミア総督代理も来ているという事は、戦闘が主目的ではないはず。だから、一か八か私が接触してみる。カレンは隠れて様子を見ていて」

「……分かった。でも少しでも拙いと思ったら合図して。エクスプロードで切り開いて、逃げる段取りは作って見せるから」

「うん」

 

 カレンは物陰に隠れ潜み、マーヤは単身校舎から出て、両手を上げたままブリタニア軍の車両の前に姿を見せる。

 

「止まってください!」

 

 黒の騎士団の団員服のまま姿を見せるのは、非常に大きなリスクが伴う。ひょっとしたら、問答無用で撃たれる可能性だってある。前もって

 それでも、マーヤはユーフェミアの事を信じたかった。

 

『君は確か……それよりも、その服は黒の騎士団の!』

「キューエル卿、彼女に武器を向けてはいけません! 他の方たちもです!」

『『『ユーフェミア総督代理!? イエス、ユアハイネス!』』』

 

 御両者を庇う様に前に出た純血派のサザーランドがマーヤを警戒して包囲しようとするが、御両者から勝手に外に出たユーフェミアが制する。御両者の運転席からは、「ユーフェミア様ぁ!?」という叫びが聞こえて、後部座席からアーサーとジェレミア卿そっくりのサイボーグも外に出て護衛のようにユーフェミアに付き従う。

 

「ユフィ……」

「マーヤさん。ナナリーとルルーシュは無事でしょうか?」

「……二人とも昨夜未明に嚮団に、カルト宗教の組織に襲われました。ルルーシュは無事だったけれど、ナナリーが誘拐されてしまって」

「そんな……」

 

 普通ならば話すべきではないのだろう。だが、今の異常事態の中では協力者は一人でも多くするべきだ。たとえそれがブリタニア軍だったとしても。

 これは賭けだ。あちらにとっても、嚮団が起こしたこの異常事態を何とかしなければならないという想いは強いはず。

 

「ユフィ……お願い、力を貸して。私達は、ナナリーだけでなくこの国の人たちも助けたいの」

「はい、マーヤさん。私も想いは同じです。この国の人々を、そしてナナリーを嚮団の犠牲にさせません。だから、ルルーシュを通してゼロに伝えてください。ユーフェミア・リ・ブリタニアは、此度の異常事態の解決のために黒の騎士団と協力するにあたり、そちらの要求を可能な限り受け入れます」

 

 ユーフェミアの言葉は、黒の騎士団への実質的な降伏宣言だ。実際、周囲は驚愕し騒めいている。

 

「黒の騎士団の私が言うのもどうかだけど、それで良いの?」

「お姉様は『命を懸けて戦うからこそ統治する資格がある』とよく言っていました。私には直接戦う力も指揮する力もありません。ならば、私はせめて上に立つ者としての責任を果たしたいのです。それが、私にできる戦いです」

 

 シャルル皇帝の覇王の才とは異なる、他者を慈しみ思いやる仁君の片鱗を。マーヤはユーフェミアから感じ取る。

 今はまだ経験に乏しい雛鳥の様に頼りないが、彼女の心が歪まずに健やかに育てば、優しい国家を導く優れた為政者となるだろう。

 

「わかった。ゼロに取り次いでみる」

「ありがとうございます」

 

 此処に、ブリタニア軍と黒の騎士団。敵同士である二つの陣営が協力する下地が出来た瞬間であった。

 

 

 ────────────────────

 

 

「う゛ぅ゛~。ユーフェミア様、良゛か゛った゛よ~!」

 

 カレンが身を潜めている校舎裏では、カレンによってギアス刻印から解放されていた生徒会メンバーがマーヤとユーフェミアの様子を一緒に見ていた。

 ニーナに至っては、泣きじゃくりながらユーフェミアを熱っぽい視線で凝視している。

 

「ニーナほど極端じゃないけど、ユーフェミア総督代理とマーヤが争わなくて良かった。それどころか、一時的だとしてもまさか軍が黒の騎士団と協力し合うだなんて」

「それだけ、あの光の柱がヤバいってことだよな?」

 

 リヴァルはシンジュクゲットーに聳え立つ光の柱を眺めて不安な気持ちになる。何せカレン達によって助けられないまま放置されていたら、いつになるか分からないが衰弱死していたかもしれなかったのだ。

 

「ええ。あの紋様をつけられた人達から命が吸い上げられて、あの光の柱にかき集められてる。一人一人解放していったんじゃ間に合わない。心苦しいけど、あの光を止めないともっと大勢の犠牲者が出る事になる」

 

 具体的な部分は省略しながら、カレンは生徒会の面々に説明する。

 

「カレン……ルルは、ルルは黒の騎士団にいるの?」

「シャーリー……」

「もしそうなら私も──」

 

 ──私も一緒に戦う。そう言おうとしたシャーリーの口を、カレンは指先で押さえて塞いだ。

 

「それ以上は言っちゃダメ。ルルーシュにとって、シャーリーは大切な日常そのものだから。あいつのためにもお願い。シャーリーは残って」

「……うん、分かった。でもその代わり、ルルもナナちゃんも、カレンもマーヤもみんな無事に戻ってきて」

「勿論。絶対戻って来てみせるから」




ユーフェミアがアッシュフォード学園に赴いたのは、ルルーシュに直接電話しても繋がらない事から、ナナリーを保護するのも兼ねてルルーシュに連絡を取ってもらう為でした。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日本解放決戦-1

 色々な事が立て込んで、前回から大分間隔があいてしまいました。



「ゼロが来ました! 校門前です!」

「ジェレミア卿、ゼロを此方まで案内してください」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 ユーフェミア総督代理の要請で、マーヤ・ディゼルが念話でゼロに取り次いで一時間ほどが経過した頃。張り詰めた空気の中、アッシュフォード学園の生徒会室を借りて待っていたユーフェミア達に、ゼロ到着の一報が届いた。

 複雑な思いを内心抱えているジェレミア卿に案内されたゼロは、枢木スザクを連れて生徒会室に入室する。

 

「お待ちしておりました、ゼロ」

「お待たせしました、ユーフェミア総督代理殿。こうして直接お会いするのは、カワグチ湖以来ですね」

 

 スーツと仮面を纏い素顔を晒さないままのゼロに、ジェレミア卿の表情は硬い。

 彼からすれば、ゼロはマリアンヌ皇妃暗殺事件に何らかの関りがある重要参考人。状況が許されるならば、今すぐにでもゼロを捕えて事件の真相を問い質したいほどだ。

 

「時間が惜しいので本題に入るとしよう。ギアス嚮団が引き起こした今回の未曽有の大規模テロに対して、協力して事態の解決に当たる代わりに其方は我々の要求を可能な限り受け入れるという話だったな」

「はい。ユーフェミア・リ・ブリタニアは、総督代理として黒の騎士団に事態解決の協力を要請します。その対価として、総督代理の権限でもって黒の騎士団の要求を受け入れる事を約束します」

 

 マーヤにも口にした黒の騎士団に対する事実上の降伏宣言を、ユーフェミアは宣言する。黒の騎士団の幹部級とはいえ構成員の一人であるマーヤにだけではなく、ゼロに直接宣言した事でその言葉が持つ責任の重みが一気に増した。

 沈痛な面持ちで、ギルフォード卿は事態の推移を見守る。もしもゼロが余りにも無理難題な要求をしてきた場合、この身を挺し泥を被ってでも主君であるコーネリアの妹(ユーフェミア)を守る事を胸に誓う。

 

「ならば……ユーフェミア・リ・ブリタニア。貴方には私が水面下で推し進めているある構想に協力して欲しい」

「その構想とは一体……」

「神聖ブリタニア帝国に一丸となって対抗するための、国家の枠組みを超えた連合体【超合衆国構想】。貴方には、合衆国ブリタニアの初代代表として参加して欲しい」

 

 ゼロからの要求は、エリア11の独立……ではなかった。よりマクロな視点で神聖ブリタニア帝国に対抗するための計画への協力要請。つまりは、父である皇帝と祖国に対する裏切り。

 

「なっ! その要求は!?」

「無論、神聖ブリタニア帝国の軍人であるあなた方にとっては到底許容できない内容である事は承知している。ですから、軍人であるあなた方(・・・・)が本国に帰還することを妨げないことを、このゼロの名でもって先んじて約束しよう」

 

 一見するとゼロが譲歩しているようにも聞こえるが、主君であるコーネリアの妹(ユーフェミア)を守りたいギルフォード卿、そして皇族を今度こそ守り抜きたいジェレミア卿にとっては何の意味も持たない上辺だけの譲歩だ。

 

「ユーフェミア総督代理。平和を願う貴方にとって、この提案はリスクは相応に大きいが悪い話ではないと此方は考えているが、如何かな?」

「……聞かせてください、ゼロ。貴方は神聖ブリタニア帝国との戦いの果てに、何を求めておりますか?」

「神聖ブリタニア帝国の打倒……といった当たり前の目的ではなく、その先に何を願っているか? という事を問いたいのでしょう?」

「はい。ゼロが抱いている祈り(想い)。もしも私の想像と違いがないならば、それは──」

「ならば答えよう。私の祈り(想い)。それは──」

 

「「弱者が不当に虐げられる事がない世界の創造」」

 

 ゼロとユーフェミアの言葉が、鏡合わせの様に綺麗に重なった。

 ユーフェミアは悲しみと喜びがないまぜになった表情を浮かべ、ゼロもユーフェミアが自分の正体に確信を抱いた事を理解する。

 

「ゼロ、やはり貴方は……」

「……やっぱり気づいたんだね、ユーフェミア総督代理。いや、ユフィ」

「ならば、君の前で仮面を被っている必要も最早ない」

 

 ゼロが指を鳴らすと、自らの素顔を隠す仮面が解れるように光の粒子となって消え始め……。

 

「なっ!」

「ぁ……まさか、そんな!」

 

 ゼロの素顔を見たギルフォード卿とジェレミア卿が、驚愕の表情を浮かべる。ゼロの素顔がブリタニア人である事は、可能性としては考慮されていた。しかし、この顔立ちは7年前にこの地で非業の死を遂げたとされ、少し前にユーフェミア総督代理によってジュリアス・キングスレイとして生きているとと打ち明けられたルルーシュ殿下そのものだ。

 それに対して、ユーフェミアは想定していたのか動揺は少ない。

 

「ルルーシュ。……やはり貴方がゼロだったのですね」

「ああ、そうだ。俺がゼロだ。ユフィ、君の答えを聞かせて欲しい」

「はい。ユーフェミア・リ・ブリタニアは、黒の騎士団の要求に応じます」

 

 

 ────────────────────

 

「殿下……ルルーシュ殿下が、ゼロ。では、私は……」

 

 ルルーシュが正体を見せ、黒の騎士団とユーフェミアとの間で契約が締結された。

 嚮団が引き起こした未曽有の事態を打開するために互いの情報共有が行われる中、ゼロの正体が敬愛するマリアンヌ皇妃の忘れ形見(ルルーシュ)である事を知り、ジェレミア卿は狼狽していた。七年前に非業の死を遂げたと思われていたルルーシュが生きていて、ジュリアス・キングスレイという偽名で黒の騎士団に協力していると知った時よりも彼の狼狽具合はかなり大きい。何よりエリア11に赴任してからずっと近くに忘れ形見の兄妹がいたというのに、自分は気が付くこともできなかった。これでは道化そのものだと自責の念に駆られているのだ。

 

「ルルーシュ殿下。私はあの日、マリアンヌ様の警備を任されていながらお守りする事が出来ませんでした。私がお守りする事が出来ていれば……!」

「ジェレミア卿、俺は既に廃嫡された身で、さらに父である皇帝に対する反逆者だ。それに、俺はそもそもブリタニア皇帝の座に興味はない。だから謝罪は不要だ」

「ですが……」

「それでも俺達兄妹に対して負い目があるならば……頼む。ナナリーを助け、ユフィを守ってくれ」

「っ! 了解しました。このジェレミア・ゴットバルト、全力で!」

 

 皇族への了解を指す『イエス、ユア・ハイネス』ではないのは、ルルーシュの意思を汲み取ってのジェレミア卿の精一杯の配慮だ。

 

「しかし……嚮団の嚮主が母さんを殺した犯人か。それだけじゃない、奴らの目的である神殺しとやらの儀式のために生贄としてナナリーを……!!」

 

 双方の情報共有の中でユーフェミアからルルーシュに齎された情報によって、ナナリーが攫われた理由が推測から確信に変わる

 言葉の上では平静を装っているが強く握った拳は震え、感情の激発をどうにか抑え込んでいるのが周囲からも見て取れるほど、ルルーシュは自らの中で荒れ狂う復讐心を律するのに苦労していた。

 自分の中で背負う存在がもっと少なく感じていたならば、復讐とナナリーの救出を最優先にしてこの場を放り出してしまうような醜態を犯していたかもしれない。

 

「ルルーシュ……大丈夫?」

「大丈夫……だ、俺個人の復讐を優先はしない。優先するべきは、今回の事件の解決とナナリーの救出だ」

 

 スザクが心配する中、ルルーシュは自らの必死に復讐心を抑え込んで気丈にふるまう。

 Cの世界から得た情報という事は、C.C.もこの事を知っていた可能性がある。言わなかったのは、自分が感情を激発させてしまうのを避ける為だろう。

 事実、マルチタスクで思考を並行処理していなければルルーシュは怒りで我を忘れていたかもしれないのだから。

 

「兎に角、ユフィと協力関係を結んだことで少なくとも純血派との三つ巴の戦闘になる事態は避けられる。問題は、嚮団が引き起こしている儀式の影響範囲外にある関西や東北に配備されているブリタニア軍がユフィの命令にどこまで従ってくれるかだが……」

 

 ユーフェミアは軍事に関しては疎い皇族だ。ましてやブリタニアからしたらテロリストである黒の騎士団との共闘に、事態の深刻さを把握していない地域の現場が何処まで従うかが不透明な部分がある。

 軍部の動きで考えられる中で困るのが、ユーフェミアの行動を本国への背信行為と認識して反乱を起こす可能性である。

 

「その事についてなのですが、一つ提案があります」

「提案?」

「はい。戦う力を持たない私にブリタニア軍の方が従わないならば、従ってくれる方を味方に付ければ良いのです」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ──嚮団による大規模生命力収奪が始まって24時間が経過した頃──

 

 嚮団が潜伏しているシンジュクゲットーの地下施設では、同心円状に何層にもわたって配置されているカプセルに子供達が一台につき一人ずつ格納されており、そのうちいくつかは内部は淡い光の粒子で満たされていた。

 

「『フィンブルヴェトル』の最終シークエンスまで、残り70時間を切りました」

「蒐集した生命力の魔力への変換効率、79.3%で安定」

「魔力充填が完了したカプセルよりギアス擬きの因子抽出を継続。疑似コード構築の進捗は、現在28.6%。構築位階を第二ステップへ移行」

「Cの世界へのゲート接続準備。蒐集した魔力より砲身(バレル)の構築開始」

 

 この淡い光は、シンジュクゲットーを中心に関東圏の住民から収奪した生命力だ。

 かき集められた生命力は魔力に変換され、魔力はカプセルに格納された子供たちの左眼に宿る羽が欠けた不死鳥の紋様(ギアス擬き)の力を増幅し、濃縮し、そして溶解させていく。

 充満した高密度の魔力内に溶けだしたギアス擬きの因子は、カプセルと繋がったケーブルを通って中央の玉座に座っている意識の無いナナリーがが被っている冠のような装置にへと送り込まれていた。

 

「蒐集範囲外の各勢力の動きは?」

「日本解放戦線が戦力を関東方面に向かわせているようだが、先んじてヴィクトリアの部下……エインリッヒが扮した将軍の命令で軍部を動かして足止めに向かわせている」

「それで良いよ。日本解放戦線は黒の騎士団と協力しているだろうからね。範囲内に入った瞬間、刻まれる刻印(マーキング)で動けなくなるとはいえ合流される可能性は潰しておかないと。それで、他の国の反応は?」

「中華連邦とE.U.は事態を正確には把握していない。所詮は占領されたエリアで起きている対岸の火事と静観の一手を決め込んでいる」

「所詮は私利私欲だけを追求する愚図と、衆愚の御機嫌取りしかしない烏合の衆だね」

 

 想定していた通り、範囲外からの介入は発生しないという結論に、V.V.はほくそ笑む。

 

「それにしても、ヴィクトリアが齎した『生命力を効率よく魔力に変換する技術』は素晴らしいな。七年前と違って関東圏のみで儀式に必要な生贄が賄えるし、なにより態々殺さずとも吸い上げる事ができる。おかげで、自爆特攻を推進するようなプロパガンダを行う余計な手間も省けるというものだ」

「奇跡の藤堂も無様だよね。一矢報いるための局地的勝利が、儀式の生贄を増やすためのプロパガンダに利用されていたんだからさ」

「尤も、それも枢木スザク(バカ息子)が余計ない事をしたせいで失敗に終わったがな。今度こそ、我らの悲願の邪魔はさせん」

 

 今回こそはと気炎を上げるゲンブに、ビャッコからの通信が入った。

 

「こちら枢木ビャッコ。黒の騎士団のKMFによるシンジュクゲットー南西部からの侵入を確認した。これよりKMFによる迎撃を行な……なに? ブリタニア軍が北部からシンジュクゲットーに侵入か。これは……純血派だな」

 

 シンジュクゲットーには現在、ヴィクトリアが他の次元世界の秘密工場で製造した多数の簡易量産型キャスパリーグ──キャスパリーグ・アングルシ──―が多数投入されて施設の防衛に当たっている。

 ──頭部に装備されていたブレイズルミナスのオミット

 ──同じく頭部に格納されていたハドロン砲の小型・小出力化

 ──背部マルチウェポンラックの武装をサザーランドなどの従来機の携行武装と共通規格化

 といった簡略化によって生産性を向上させた本機は、ナリタ連山で投入された先行試作機と比較して弱体化こそしているものの、それでもサザーランドやグロースターなどの従来機を凌駕するスペックを持っている。

 黒の騎士団の無頼や純血派のサザーランドと、キャスパリーグ・アングルシーの軍勢の戦いの映像を確認しながら、どういうことなのかを確認する。

 

「偶々……にしては出来過ぎだな。純血派の陣営に赤兜に酷似したフレームの蒼い機体がいる事を考えれば、両陣営が協力しているのだろう。黒の騎士団かユーフェミア、或いは双方の発想が想定よりも柔軟だったようだな」

赤兜と同じフレームの黒い機体(・・・・・・・・・・・・・・)もランスロットや赤兜と一緒に前線にいるね。アレがゼロかな?」

 

 V.V.達は二方面からの同時攻撃に対しても動じず、冷静に相手の戦力を洞察する。

 黒の騎士団が更に新型機を投入してきたことは少々予想外だが、それでも彼らは此方の優位性を疑ってはいなかった。

 相手戦力は第四世代であるグラスゴーのデッドコピー機である無頼と第五世代のサザーランド及びその改修機が大半だ。注意しなくてはならないのは、

 ・ジェレミア卿のサザーランド・シグルド

 ・枢木スザクのランスロット

 ・赤兜(紅蓮弐式)

 ・詳細不明の新型機位だ。

 新型機の性能をランスロットや赤兜と同等と仮定しても、第七世代相当の性能を持つキャスパリーグ・アングルシーの物量を突破できるとは考えていない。

 何より──、

 

「ならばバカ息子の機体(ランスロット)は儂が相手をする。エクウスで出撃するぞ」

「ゲンブよ。今度はしくじるなよ?」

「無論だ、ビャッコ。アクイラも同伴させる」

「じゃあ、僕はジークフリートで出撃するよ」

 

 何より、嚮団にも、まだ隠し札はあるのだから。

 特にアクイラとジークフリートは制空権を一方的に奪う強力な試作KMFとKGF(ナイトギガフォートレス)だ。負ける要素などどこにもない。

 故にこそ、純血派が率いるブリタニア軍のG1ベースからの全周波通信から聞こえてきた声は、予想外な物であった。

 

『エリア11総督にして第二皇女、コーネリア・リ・ブリタニアの名のもとに貴官らに命じる! ブリタニア軍よ、直ちに日本解放戦線及び黒の騎士団との戦闘行為を中止せよ!』

「……は?」

 

 聞こえてきたのは、ナリタ連山でMIAとなっていたエリア11の総督であるコーネリアが発した、テロリストへの攻撃中止命令。

 何故コーネリアがいるのか。なぜそのような命令を出しているのか。V.V.はその理由が分からずに思考が一瞬停止する。

 ゼロがギアスを保有していたなら、洗脳系のギアスで言う事を聞かせているのだろうと予測する事はできた。しかし、ゼロはギアスを有していない事は、コードによってギアスユーザーの存在を大まかにだが把握できるV.V.が理解している。

 ならば協力者に洗脳能力を持つギアスユーザーがいるのか? 或いはC.C.が他の人間にギアスを新たに与えた? 

 様々な可能性を思考するV.V.を余所に、状況はどんどん進んでいく。

 

「嚮主様! Hi-TVの全局で、コーネリア総督による声明が放送されております!」

「日本解放戦線、エインリッヒが足止めに向かわせたブリタニア軍を放置してカントウ方面への進軍を継続!」

「エインリッヒに軍に命令させろ! あの放送はでっち上げの偽者だと!」

「それが、ハンマー担いだ幼女にどつき倒されて誘拐されたという報告がたった今……」

「何その状況!?」

「まさか……ヴォルケンリッターの『鉄槌の騎士』ヴィータが!?」

 

 状況の激変に困惑するV.V.と、かつて苦渋を味合わされた相手の仲間がここにきて盤面に現れた事に苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるヴィクトリア。

 更に──、

 

「っ! 南東部からもナイトメアの反応が出現だと!? まさか、ゲットー内に張り巡らされた地下鉄網を通って! 此方は少数だが全て新型機だ! それに……ヴィクトリア、交戦状態に入ったキャスパリーグ・アングルシーが記録している映像だ。敵ナイトメアに随伴している空戦魔導師達のデータを教えろ!」

「どれどれ……っくぅ! こいつらは、私の所属していた組織を壊滅させたヴォルケンリッターの『剣の騎士』シグナムと『盾の守護獣』ザフィーラだ! シグナムは魔力を炎に変換する剣士、ザフィーラは防御に秀でている! ……待て! 『湖の騎士』シャマルはいないのか! ──」

 

 ビャッコからヴィクトリアの端末に送られた映像を確認し、七年前にゼロが従えていたヴォルケンリッターがここに来て招集されたと考えた。

 この時ヴィクトリアに失態があるとすれば、ゼロへの憎悪を滾らせながらある種のトラウマにもなっていた事で、ヴォルケンリッターとゼロにばかり意識を向けていた事だ。だからこそ、シグナムとザフィーラが前衛に立って守っている後衛の本当の主である魔導師の少女の正体(八神はやて)に意識が向くのが遅れてしまった。

 尤も、気が付いていたとしても対処できていたかと言われるとNoと言わざるを得ない。何故なら──、

 

「刃()て、血に染めよ。穿て、ブラッディダガー!」

 

 正三角形に剣十字の紋章(古代ベルカ式)の魔法陣から放たれる血の色をした短剣がキャスパリーグ・アングルシーに超高速で放たれる。その本数、21発! その全てが様々な軌道を描きながら、複数のキャスパリーグ・アングルシーの関節部を的確に貫き爆裂した。

 武装と関節部を破壊されて横転し、戦闘力を喪失したキャスパリーグ・アングルシー。残る数機も新型機たちはすれ違いざまにチェーンソー状のブレードで両断して機能停止させながらどんどん進んでいく。

 

「八神はやて。あの女まで……」

「ヴィクトリア、君も出し惜しみしないであれをどうにかしてよ」

「も、勿論。私もキャスパリーグ・ヘンウェンで出撃します……」

 

 冷たい視線を向けるV.V.空の命令を受けて、ヴィクトリアは急いでその場を後にする。管理局とゼロへの恨みを募らせ、リフレインでもって管理局を蝕み続けていた代償を払う時がヴィクトリアに来た。

 

 

 ────────────────────

 

 

 日本解放戦線の本隊から四聖剣を連れて先行し、老朽化や損壊によって神聖ブリタニア帝国から放棄された地下鉄網を通ってシンジュクゲットーに姿を現した藤堂たち。

 ゼロの要請で管理局から日本解放戦線に新たに派遣された局員は四人。それぞれヴィータ、ザフィーラ、アインス、そして八神はやてと名乗っていた。

 隊長格である八神はやては二十歳に満たない少女で、管理局における階級は二等陸佐。本人は魔導師ランクによって下駄を履いた階級だと謙遜していたが、若くして二等陸佐という異例の出世を重ねている事実は、彼女がそれにふさわしい努力と活躍を重ねてきたことを窺わせる。

 事実、彼女が魔法を放つ度に、ナリタ連山で苦しめられた四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)を次々と複数機まとめて撃破しているのだから、その実力は確かなものだ。

 無頼に替わる新型量産機としてラクシャータが開発した五機の月下に随伴する三人の魔導師──シグナムとザフィーラ、そして八神はやての活躍に、黒く塗装し頭部に「衝撃拡散自在繊維」と呼ばれる赤い髪状の装備した月下に搭乗している藤堂は、若い世代がこうして戦わなくてはならない事に申し訳なさを感じつつも、頼もしく思っていた。

 

「これほどの破壊力、見事だ」

「いえいえ。皆さんが守ってくれているから、私も安心して攻撃に集中できるんです。それに、建物の損壊や人的被害を出さないように配慮して、これでも魔法は選んで使っていますから」

「「「「さらに強力な魔法があるのか……」」」」

 

 ナイトメアを単独で殲滅できる火力が彼女が使用できる魔法の中では小規模な魔法である事実に、四聖剣一同は驚愕する。

 

「悔しけれどさぁ、僕たち要る?」

「そう卑下するな、朝比奈。彼女たちはあくまで外部からの協力者。力を借りる事はあっても、日本を取り戻すのはあくまでこの地に住まう者の手でなければ意味がない」

 

 朝比奈の愚痴に対し、仙波が苦言を呈する。

 

「その通りだ。この様な状況になっていなければ、ゼロも管理局の力は極力借りない方針だった」

「実際、次元犯罪組織がこの世界に入り込んでいた事とアルハザードの遺産が眠っていたことが判明していなければ、管理局としてはこの世界に過度の干渉は行わない方針でしたし」

 

 藤堂とはやてが、仙波の言葉に補足を付け加えると、卜部がはやてに尋ねた。

 

「そのアルハザードの遺産という物は、管理局という組織が動かなくてはならないほどに危険な物なのか?」

「はい。管理局が保管・管理を勧めているロストロギアと呼ばれる技術や魔法の大半は、失われた超高度文明だったとされるアルハザード時代の遺産が大半です。ロストロギアの暴走で滅びた文明や次元世界は過去に幾つも存在し、場合によっては複数の次元世界が巻き込まれることもあるんです」

「そんな代物が、私達の世界に……」

「少なくとも、次元犯罪組織と嚮団そしてアルハザードの再興を目論む何者かが協力して今回の事件を引き起こした事は確かです」

「ともあれ、一刻も早く奴らを止めなければ。関東圏内……下手すればこの日本で生きている者達が皆殺しにされてしまう。日本人も、ブリタニア人も関係なくだ」

 

 藤堂が抱いている危機感に、その場にいる全員が頷いて進軍を再開した。

 

 

 ────────────────────

 

 

 ──エリア11。ホッカイドー地区──

 

 普段は中華連邦に対して睨みを利かせつつも、トウキョウ租界にある総督府から遠い事である種の弛緩した空気があったこの地区の駐留軍に、これまでにないほど緊迫した空気が張り詰めていた。

 理由は二つ。

 一つはエリア11の本州を包む半透明な正体不明の障壁によって流通が分断された混乱。

 現地のブリタニア軍は知る由もないが、エリア11の本州を包むように展開された大規模魔力障壁は、外部からは内部への侵入は物質的な阻害がメインで一定以上の実力を持つ魔導師ならば通り抜ける事も可能だが、内部から外部への脱出は物質的・魔力的共に徹底的に妨げる監獄として機能している。

 障壁をどうにかしようと、KMFの大型キャノン砲を立て続けに撃ち込んではいるが、障壁に穴どころか罅一つはいる様子がない。

 そしてもう一つが──、

 

「キハハ、よもやヴァルトシュタイン卿が私に声をかけるとはねぇ」

「ブラッドリー卿、今回の事態の解決において、私の同伴者とするのに最も適していると判断し招集した」

 

 皇帝直属の騎士であるナイトオブラウンズが二人、それぞれのKMFから降りて障壁を観察しているからだ。

 ナイトオブワン、ビスマルク・ヴァルトシュタイン。『帝国最強の騎士』と名高いナイトオブラウンズのトップであり、彼専用機である『プロトギャラハッド』は未だ未完成でありながら単騎で敵の軍勢を蹂躙する一騎当千の活躍を内外に知らしめている。通常のKMFの1.5倍近い全高を誇る巨体から繰り出される一撃は、ビスマルクの技巧と組み合わさる事で敵にとっては絶望的な脅威そのものとなる。

 ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラッドリー。EU圏を中心に『ブリタニアの吸血鬼』と畏れられている殺戮の天才。彼が乗る最新鋭試機である『プロトヴィンセントカスタム』は、ナイトオブラウンズをテストパイロットとした次期主力KMF群のうちの一機を独自にカスタマイズしたものだ。

 

「ふむ……なるほど、これが嚮団とやらが展開した魔力障壁。確かに普通(・・)の方法では突破できないのも頷ける。基地の雑兵をぞろぞろと連れて行く必要はないな」

「この魔力障壁を外から突破できるのは、魔力炉心(・・・・)を搭載したラウンズの機体か、卓越した実力を持つ魔導師や魔導技術を有する科学者くらいだな」

「では、早速突入するとしようか」

 

 ルキアーノが片腕を突き出して魔力障壁に触れ、バチバチと音を立てて肉が灼ける音を出しながら弾かれる。しかし、ルキアーノの焼けただれた片腕は、映像を逆再生したかのように見る見るうちに元の状態へと戻っていく。

 その様子を見ていたビスマルクの表情に変化はない。淡々と突破法を口にするのみ。

 その一方で、腰巾着のように二人のラウンズに随伴していた駐留軍基地司令と駐留軍の表情は蒼白だ。目の前で起きた現象もそうだが、自分達が不要とされてしまっては、ラウンズの前で武功を上げて覚えを良くしようとする目的が潰えてしまう。寧ろ、何もできないまま戻ってしまっては無能の烙印を捺されてしまいかねない。

 

「ヴァルトシュタイン卿! 我らも共に向かいます!」

「不要だ。貴公らは基地に戻り、中華連邦の動向への監視の目を光らせておけ」

 

 基地司令の言葉をビスマルクが一蹴し、ルキアーノの姿がぼやけて霧散して消え、ビスマルクの姿も一瞬で消える。

 すると、プロトヴィンセントカスタムとプロトギャラハッドが動き始め、それぞれが魔力障壁に向けて武器を構えた。

 プロトヴィンセントカスタムの右腕に取り付けられた四本のクローを、右腕部を取り囲む様に展開して高速回転させて魔力炉心から引き出した魔力を纏わせて魔力障壁を突き破る。

 プロトギャラハッドは背部に装備された大剣に、本地のエネルギーだけでなく魔力炉心から引き出した魔力を伝導させて魔力障壁を切り裂く。

 そうして空いた穴がふさがる前に、共に魔力障壁の内側へと突入していった。




 八神はやて、アインスとユニゾンした状態で参戦。なお本来はナナリーを迎えにアースラまでやってきていた模様。
 なお、ラウンズ強化フラグと機体強化フラグ


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日本解放決戦-2

 ブリタニア軍への命令を終えたコーネリアは、嚮団によるシンジュクゲットーの騒動を鎮圧するために自ら出撃していた。周囲からは止められたが、こればっかりは自らの矜持に関わる部分であり、力づくで押し通した。

 ならばと、コーネリアの随伴機となったのはコーネリアの騎士であるギルフォード卿の駆るグロースター。そして黒の騎士団からの監視役という体裁でマーヤの駆る蒼月改。

 ジェレミア卿は純血派を率いて嚮団の戦力を削る現場指揮官とユーフェミアを守る役割があるので、随伴機からは外される事となった。

 

「姫様、今度こそ我が身に代えても──」

「そう気負いすぎるな、ギルフォード。今はまだその時ではない。此処は共に生きて戻る事も達成して初めて勝利となる戦場だ」

「──っ! イエス、ユア・ハイネス!」

「それにしてもこのナイトメア……元々は私のグロースターのようだが、性能がかなり向上しているようだな」

 

 コーネリアが現在搭乗しているグロースターは、ナリタ連山で鹵獲されたグロースターをロイド達が試作装備の実証実験機として改造した代物だ。

 機体の見た目こそコーネリア専用機のグロースターと大きな変化はない。異なるのはマント状の背部ユニットに増設された六本二対で合計十二本のランスユニットだ。

 シンジュクゲットーの大地を走るコーネリア達の進行方向に、四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)が三機。背部のマルチウェポンラックに装備されたアサルトライフルの銃口を、コーネリア達に向ける。

 

「此処は私に任せて!」

 

 マーヤ機(蒼月改)が前に出て、左肩に装備されたシールドを突き出して四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)へと突進する。

 四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)のアサルトライフルが立て続けに火を噴く。後方のコーネリア達を守るように回避行動をとらない蒼月改のシールドに多くが命中するが、ダメージを受けている様子は全くない。

 元々は月下の先行試作型を実戦に耐えられるように改造した機体が蒼月改だが、その改造にはラクシャータとロイドたち特派だけでなく、なんと時空管理局所属の技術陣も関わっているのだ。

 これは近年、次元犯罪組織の間で確認されているAMF(Anti Magilink-Field)搭載無人兵器に対する対抗策を見出すために、魔法との親和性が高く操縦性に優れたKMFを利用できないかという新しい試みである。

 ガウェインからサルベージに成功したデータを基にフレーム全体に魔力伝達機構を導入した事で、蒼月改はKMFであり同時に新機軸の乗り込み型デバイスでもある【ナイトメアデバイス】の第一号機として生まれ変わる事となった。

 その結果、ブレイズルミナスは搭載していないものの、バリアジャケットの技術が装甲に転用されている事で従来のKMFが保有する火器では殆どダメージを受けない堅牢な防御力を獲得するに至った。

 マーヤ機(蒼月改)四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)の攻撃をものともしせずにシールドに格納されているクロ―アームを展開。特派から齎されたMVSの技術によって攻撃力が増したクロ―アームが、四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)の頭部を引き千切る。

 そしてマーヤ機(蒼月改)のすぐ後ろについて来ていたギルフォード機(グロースター)コーネリア機(グロースターカスタム)が散開し、それぞれMVSとランスでさらに一機ずつ撃破した。

 

「蒼月……うん、リベリオンの時よりも私の動きに従ってくれる。良い機体ね」

「嚮団のナイトメアが此方に集まってきている。ミサイル攻撃が来るぞ!」

 

 嚮団所属の無人機サザーランドと四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)の混成部隊が、一斉に5連装ミサイルポッド(ザッテルヴァッフェ)による絨毯爆撃を仕掛ける。

 

「その程度で! 押し通らせてもらう!」

 

 コーネリア機(グロースターカスタム)が構えたランスの柄の部分から展開されたブレイズルミナスが、ランスだけでなく周辺を覆い、ミサイルの雨を全て防ぐ。

 これこそがロイド達特派が新たに考案した『ルミナスランス』。元々はランスロットの追加装備プランとして考案されつつも、当時の技術的ハードルの都合でデータだけは存在した試作装備だ。ブレイズルミナスを停滞させる性質と超硬度の両立を目指して精製された特殊合金『シュロッター鋼』にブレイズルミナスを纏わせることで、攻防一体の武装とする技術である。

 コーネリア機(グロースターカスタム)はそのままギルフォード機(グロースター)マーヤ機(蒼月改)を連れてルミナスランスを展開しながら接近。四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)は頭部ユニットを開閉してハドロン砲による破壊を試みるが、照射よりも早くルミナスランスがその頭部を胴体ごと貫く。そしてギルフォード機(グロースター)のMVSとマーヤ機(蒼月改)の廻転刃薙刀が周辺の嚮団所属機を薙ぎ払う。

 

「性能が良かろうとも、無人機ではこの程度か」

「早く進みましょう。ナナリーを助けに行かないと」

「分かっている。行くぞ、我が騎士ギルフォード」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 立ちふさがる障害を次々と切り伏せながら、コーネリアはまさか自分がテロリストである黒の騎士団と手を組むことになるとはなと苦笑していた。

 コーネリアがなぜこうして黒の騎士団と共闘しているかというと、およそ十二時間前に遡る。

 

 ~~~~

 

 エリア11におけるサクラダイト採掘を一手に担っているキョウト六家の重鎮、桐原泰三が創業者である桐原産業が保有するオオミネ鉱山に秘密裏に作られた地下施設にコーネリアは監禁されていた。

 かつては女人禁制の修験道の聖地だった大峰山も、富士山と同様に神聖ブリタニア帝国によるサクラダイト採掘のために鉱山として無残な姿を晒していた。

 サクラダイト採掘というと、エリア内最大のサクラダイト埋蔵量を誇るフジ鉱山に目が向かいがちだ。しかし、サクラダイトの大規模採掘がおこなわれている場所はフジ鉱山以外にも存在し、ナラ租界南部に位置するオオミネ鉱山もその一つだ。オオミネ鉱山のサクラダイト推定総埋蔵量はフジ鉱山のおよそ七割、フジ鉱山に次ぐエリア内二位のサクラダイト埋蔵量だ。

 そんな地下施設で虜囚の身となっていたコーネリアに、面会希望者が現れた。それがゼロとユーフェミアの二人だ。

 

「御無事で何よりです。お姉様」

「ユフィ……? どうして、お前が此処に!」

「お姉様。私は私の意思で、上に立つ者としての責務を果たすために。そして今まさに命を奪われようとしている民衆を救うためにゼロと協力し、お姉様のお力もお借りしたくて此処に来ました」

 

 ユフィも囚われてしまったのかと絶望し、ゼロに激高しようとしたコーネリアをユーフェミアが宥めると、コーネリアに現在何が起こっているのかを説明する。そして嚮団による魔導テロの影響を受けていない地域のブリタニア軍が横やりを入れないように命令を出して欲しいと、コーネリアに対してユーフェミアは頼みこんできた。

 

「ユフィ……それは本国を敵に回すかもしれないのだぞ? お前に、他の皇族や皇帝と戦う覚悟はあるのか?」

「はい。お姉様は『命を懸けて戦うからこそ統治する資格がある』とよく仰っていましたよね? 私は……ユーフェミア・リ・ブリタニアは、たとえ本国を敵に回すことになるとしても、民衆を守る道を選びます。それが私の統治する者としての責務であり、身命を掛けた戦いです」

 

 ユフィの覚悟に、コーネリアの心が揺れる。テロリストであるゼロに屈したくない反骨心と矜持、民衆を守る統治者としての務めを果たそうとするユフィに応えたい想いがせめぎ合う。

 いや、理屈では協力するべきだとはわかっているのだ。だが、これまでブリタニア皇族として生きてきた誇りが、感情的な部分で待ったをかけている。だからこそ、自分自身を納得させられる理由が欲しい。

 

「ゼロ……一目でいい。お前の素顔を見せて欲しい。私に勝利しユフィが認めた相手の素顔が分からないままでは、私は敗軍の将として踏ん切りがつかない」

 

 以前のコーネリアであれば、自らを敗軍の将と認める事などなかっただろう。

 

「分かった。ユフィにもすでに見せている以上、貴方にも素顔を見せるべきだ」

 

 そう言ってゼロの素顔を隠す仮面が消えると、そこにあったのは一人のブリタニア人の少年であった。

 この顔つきは覚えている。七年前にエリア11となった日本で非業の死を遂げた腹違いの弟、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが生きていればこのような顔つきになっていただろう。

 本音を言えば、考えていた可能性だったが当たってほしくなかった気持ちがある。

 生きていた事への喜び、テロリストとなってクロヴィスを殺めた事への怒りと嘆き。それらがコーネリアの中で綯い交ぜになる。

 

「ルルーシュ、お前……だったのだな」

「はい、姉上。おれは、攫われたナナリーと生贄に捧げられようとしている人々を救いたい。どうか、力を貸してください」

 

 あの負けず嫌いなルルーシュが頭を下げてお願いするなど、今まで想像した事もなかった。ナナリーだけでなく無辜の民も守りたいと自然に言える優しさを表に出すことも。

 ユフィを人質にすれば力ずくで言う事を聞かせられるかもしれないのに、それを行わずに誠意をもって頼むルルーシュの姿勢に、コーネリアは覚悟を決めた。

 

「……わかった。ほかならぬ義弟からの頼みだ。力を貸そう」

「ありがとうございます、姉上」

 

 ~~~~

 

 ルルーシュとユーフェミアからの提案を受け入れて、再び表舞台に舞い戻ったコーネリア。

 この戦いの後は再び敵同士に戻るのか、或いは本国から裏切り者と見なされてなし崩し的に黒の騎士団と協力する事になるのかはまだわからないが、少なくとも今は嚮団の企てを止める事が先決だと判断し突き進んでいった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 コーネリア達が北部から進撃する一方で、南西部に展開する黒の騎士団と嚮団とのぶつかり合いは一進一退の攻防が繰り広げられていた。純血派よりも黒の騎士団を脅威と判断したV.V.が、より多くの戦力をこちら側に振り分けたためだ。

 第七世代ナイトメア相当の戦闘力を有する四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)に対して、ナイトメアとしての世代が下の黒の騎士団の主力ナイトメアである無頼やサザーランド・リベリオンでは分が悪い。その代わり、特機戦力であるスザクのランスロットとカレンの紅蓮が大いに暴れまわっている。

 四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)の部隊が頭部のハドロン砲を展開し、スザクのランスロットに向けて乱れ撃つ。

 

ランスロット・トラヴァース(・・・・・・・・・・・・・)! エアリアルロード!」

 

 スザクはランスロットを跳躍させてハドロン砲の掃射を躱すと、ランスロットに新たに追加された機能を起動させる。すると、ランスロットの脚部から桜色の光が噴出、光は板状の障壁となってランスロットが疾走(はし)る道を空中に創り出した。

『エアリアルロード』は、ナリタ連山で世界とつながる力(ワイアード)による過負荷でボロボロとなったランスロットを再構築する過程で、特派がラクシャータだけでなく管理局からも技術提供を受けて開発・導入したシステムだ。基となっているのは管理局職員であるギンガ・ナカジマが保有する先天性魔法『ウイングロード』。世界とつながる力(ワイアード)を魔力伝達機構で制御し、ブレイズルミナスのようにエネルギーフィールドとする事で疑似的に再現した代物で、これによってランスロットは空中でもランドスピナーを用いた三次元立体機動が可能となった。

 空中に創り出された桜色の光の道をランスロットが疾走し、更に四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)に向かって独楽の様に回転しながら跳躍。ブレイズルミナスを纏った脚部による陽昇流(ひのぼりりゅう)誠壱式旋風脚(まこといちしきせんぷうきゃく)で纏めて薙ぎ払う。

 そのまま敵陣に切り込んで大暴れするスザクのランスロットと同様に、カレンの紅蓮もまた新たな力を手に入れていた。

 元々大型で異形だった右腕は、更に肥大化し禍々しいものとなっている。左右のバランスを少しでもとるためなのか、元々は腰にマウントされていた呂号乙型特斬刀が左腕部にマウントされている。

 

「弾けろ!」

 

 紅蓮弐式()の、輻射波動を搭載した右腕部が突き出されると、援護射撃を続けている嚮団所属の無人機サザーランドに向かって勢いよく射出(・・)された。

 輻射推進型自在可動有線式右腕部輻射波動機構。それが紅蓮弐式改が得た新たな力。ロケットパンチの様に撃ち出された右腕部は、狙い誤らずに無人機サザーランドを捕らえると輻射波動を流し込んで機体を融解。そのままスナップを利かせて周辺の嚮団所属ナイトメアに投擲し、疑似的な爆弾として扱ってまとめて吹き飛ばす。

 紅蓮弐式改を排除しようと、無人機サザーランドと四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)の混成部隊による5連装ミサイルポッド(ザッテルヴァッフェ)が次々と放たれる。

 紅蓮弐式改の右腕部を引き戻したカレンは、回避することなく右腕部をかざす。

 

「新しい紅蓮なら! エクスプロード!」

Understood,Karen! 『Blaze Wave』! (了解しました、カレン! 『ブレイズウェーブ』!)」

 

 エクスプロードの詠唱に合わせて紅蓮弐式改の右腕掌から魔法陣が展開され、高熱の衝撃波が前方に照射される事で飛来するミサイルを全て叩き落としただけでなく、前衛にいた無人機も巻き込まれて数機が融解する。

 紅蓮弐式改もまた、蒼月改やランスロット・トラヴァースと同様に魔力伝達機構が導入されており、バリアジャケットによる防御力の蒼月改、先天性魔法の再現による機動力のランスロットに対して紅蓮弐式改は魔法による攻撃能力の強化に重点が置かれていた。

 

「凄い火力だね、カレン」

「ラクシャータさんの話では、輻射波動でも似たような事できる様にしたいって」

 

 次々と現れる嚮団のKMFをランスロットと紅蓮がどんどん撃破し、漆黒のKMF零陽炎が無頼やサザーランドリベリオンの指揮を執りながら連携して嚮団のKMFを着実に撃破していく。

 その様子だけ見たならば、黒の騎士団が快進撃を進めている様にも錯覚するだろう。しかし、幾ら倒しても湧いてくる嚮団の無人機を前に、戦線は思うように進まず他の黒の騎士団は苦戦を強いられている。

 そこに、この戦場のある種の拮抗状態を乱す存在が姿を現した。

 

「あれは!?」

「で、でけぇ……」

 

 ランスロットと紅蓮がいる最前線の後方。零陽炎が指揮を執る部隊の側面から強襲を仕掛けてきたそれは、四足獣をモチーフとしながらも四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)とはまた異なる、ケンタウロスを彷彿とさせるフォルムのダークグレーを基調とした異形の四足歩行型兵器であった。なによりもサイズが桁違いだ。通常のKMFの3~4倍はある巨体と、そのボディがちっぽけに見えてしまうような巨大な戦鎚。KMFという枠組みに含めて良いのかすらも怪しい。

 

「撃て! 撃ちまくれ!」

 

 黒の騎士団の部隊長の号令で、周囲にいた無頼の部隊が一斉にアサルトライフルを斉射する。

 その異業の機体は巨体からは考えられない滑らかな動きでサイドステップや跳躍を駆使してアサルトライフルの弾幕を躱すと、そのまま無頼に肉薄して手に持つ巨大な戦鎚で一薙ぎ。たった一薙ぎで周辺の無頼はまとめて破壊されてスクラップとなってしまった。

 

「あの位置は、拙い! このままだと零陽炎が狙われる! カレン、此処は任せた!」

「ええ!」

 

 前線で戦っていたスザクも新手の強襲に気が付き、その場をカレンに任せて救援に向かおうとする。しかし──、

 

「っ!」

 

 殺気を感じ取り、咄嗟にサイドステップしたランスロットのすぐ脇を、上空から飛来した何かが掠めた。

 それは、鳥人(ハーピィ)を彷彿とさせる白いボディの異形の機体であった。此方も通常のKMFの3~4倍はある巨体で、鳥の翼のような両腕を広げて進路上にある建造物を両断しながら飛行し旋回する様子は、通常の兵器とは次元が異なる事を端的に表している。

 

『バカめ。アクイラのMVSウイング(この一撃)で大人しく死んでいればよかったものを』

「……ぇ? その、声は……。な、なんで……」

 

 アクイラが上空で翼を広げて雨覆羽に相当する部分からハドロン砲の雨を降らせる相手から聞こえてきた言葉に、枢木スザクは困惑する。その声は機械音声混じりだが、決して忘れる事が出来ないトラウマ(記憶)となった人物の声だと確信してしまったからだ。

 

「スザク! っくぅ!」

 

 カレンが紅蓮弐式改の右腕部からアクイラに向けてブレイズウェーブを放つが、相手はひらりと交わすとそのままドリルの様に錐もみ回転しながら紅蓮弐式改めがけて突進してきた。

 カレンはこの突進を躱しながら様子がおかしいスザクのランスロットに近づく。

 

「なんで……生きて? 僕が……してしまった、はずなのに」

「スザク!」

『ああ、確かに儂は一度死んだ。スザク、お前が七年前に殺した。だが、アルハザードの遺産はワシを蘇らせたのだ!』

「どうして……父さん!」

 

 廃墟となっていたビルをぶち抜きながら旋回し戻ってきたアクイラのパイロットの嘲笑と侮蔑を含んだ言葉と、スザクの慟哭。

 

「あいつが、スザクのお父さん? つまり日本最後の首相、枢木ゲンブ……。なんで、なんで嚮団なんかに力を貸しているのよ!」

『このバカ息子のくだらぬ友情とつまらぬ義憤の所為で、七年前に達せられるはずだった我らの忘れられし悲願がここまでずれ込んだのだ。アルハザードの末裔たる枢木一族の悲願がだ!』

「枢木家の、悲願……? まさか、ナナリーを攫ったのは!」

 

 枢木一族の悲願などという話は、スザクは今まで親族からも聞いた事もない。それでも篠崎咲世子から聞いていた話を思い出し、ナナリーを攫ったアルハザードの末裔の正体の可能性に思い当たる。

 

『そう! この計画は、一族の使命を思い出した歴代枢木一族の長年の悲願でもあるのだ! 初代枢木家当主【枢木セイリュウ】の時代からのなぁ!』

 

 四足歩行型KMF(キャスパリーグの簡易量産型)の部隊が先ほどまでの無人機としての画一的な動きではない、部隊単位で一つの意思を共有しているような高度な連携攻撃でランスロットと紅蓮弐式改に襲い掛かる。

 シンジュクゲットーで運用されている無人機を統括している枢木ビャッコが、黒の騎士団を壊滅させるためにこの区域のAIを直接操作し始めたからだ。

 ギリギリのところで連携攻撃を躱し、防ぎ、凌ぐことができるのは、スザクもカレンも、トップエースと言って差し支えないほどのKMF技量とその能力を十全に扱えるKMFがあってこそだ。

 

『全てはアルハザード再興のため。でなければ土着生命体に取り入る屈辱を甘んじて受け入れるはずがなかろう』

『然り。本来ならば下等生物は我らアルハザードの末裔のために正しく使われ消費されるべきなのだ』

 

 ビャッコとセイリュウの身勝手な言い分に、スザクとカレンに怒りが宿る。

 

「……こんなのが……ご先祖様と父さんの本性? ……ふざけるな!! こんな、こんな連中のために()は!」

「スザク、こいつらは絶対に許しちゃいけない。認めちゃいけない!」

 

 スザクが親殺しに対する罪悪感と贖罪の意識の下で生きてきた七年間を踏みにじられた怒り。こんな人物を父親として尊敬していた自分への怒り。

 カレンも彼らの言葉は元の世界からこの世界へ迷い込み、父と出会い共に愛した母をも侮辱する言葉だった。そんな両親から生まれた自分を否定する様な言葉を吐くゲンブたちへの怒りは収まるはずがない。

 

『ほざけよ。貴様らはここで死ぬ』

『ナナリーとルルーシュ、そしてエクウス(もう一人の儂)に殺されるゼロの為に、先に黄泉路で待っている事だなぁ!』

「くっ! (まだか、ルルーシュ!)」「くぅっ! (まだなの、ルルーシュ!)」

 

 ゲンブの言葉から、嚮団が今なおゼロとルルーシュが同一人物だと気が付いていない事を二人とも察し、落ち着きを取り戻して戦い続ける。

 気が付かれていないないならば、ルルーシュの仕込みにも気が付いていないはず。後はルルーシュが間に合うかどうか。

 アクイラの攻撃を躱しながら無人機を着実に破壊し続けるが、どれだけ撃破しても攻撃の密度が薄くなっている様子がない。

 

「明らかに、数がおかしい!」

「やっぱり、この無人機たちは他所で作られてどんどん送り込まれているんだ!」

『分かったところで、お前たちに万に一つも勝ち目がない事が浮き彫りになるだけだ! 大人しく、死ねぇ!』

 

 ゲンブのアクイラが再びハドロン砲を上空から照射しようとしたその時、

 

「万に一つも勝ち目がない? 違うな、間違っているぞ!」

 

 突如、ゼロの声がシンジュクゲットーの各所から聞こえてきた。シンジュクゲットー全域の通信設備が一斉に稼働し、ゼロの声を届けているのだ! 

 状況の変化に真っ先に気が付いたのは、無人機を統括・制御しているビャッコだった。

 

『ば、馬鹿な! この近隣の無人機の制御が! 乗っ取られていくだと!?』

『何ぃ!?』

 

 連携攻撃を行っていた無人機が1機ずつその動きを止め、あるものは同士討ちをはじめ、あるものはアクイラに向けて火砲を向け攻撃を仕掛けていく。

 

『馬鹿な、どこからハッキングを! そもそも魔導師とはいえ人間風情に私が出し抜かれれ、れれrere・・・・・・!!?』

『ビャッコ、どうした!?』

「無人機による戦力拡大は悪くなかった。ハッキング対策も万全だったのだろうが、相手が悪かったな。これで、チェックメイトだ!」

 

 ゼロが言い終わるのと同時に、シンジュクゲットーに地響きが起こる。上空を飛ぶアクイラに乗るゲンブからは、それがシンジュクゲットーの複数区画が分断されるようにエリアが分離(パージ)されていったことによるものだと分かる。

 一見するとシンジュクゲットーの区画を無意味に不規則に分離したように見えるが、嚮団のこの計画に深く関わっているゲンブは急に声を荒げ始めた! 

 

『ゼロ、貴様ぁ!? なんという事をぉォ!!!』

「ふははは! そうだ! これでお前たちの計画は大幅な遅延と見直しを迫られる! 何故なら、先程のエリアパージによって、お前たちの計画の根幹となる生命力収奪魔法の魔法陣はズタズタに寸断されたのだからな!」

『「ぬぉっ!?」』

 

 ゼロの笑い声と共に、アクイラとエクウスの頭上にハドロン砲が照射される。アクイラは錐もみするようにギリギリ躱し、エクウスは頭部から生える両角から放出した大出力の放電で弾きこそしたが、それは次いでと言わんばかりにハドロン砲は照射されたまま射線を動かして無人機を次々と薙ぎ払っていった。

 アクイラよりも高空を飛行しハドロン砲を放っていたのは、1体の漆黒の大型KMFガウェイン。そして──、

 

「待たせたなC.C.。此処からは反撃開始だ」

「やれやれ、相変わらず人使いの荒い男だな」

 

 零陽炎から、ゼロと同じスーツを纏っているC.C.の声。ガウェインからは黒の騎士団のリーダー。ゼロの姿が映し出される。

 アクイラで制空権を奪い、エクウスが先ほどまで迫っていた地上の零陽炎にゼロが搭乗していると考えていた嚮団にとっては、ガウェインの存在もゼロが今まで戦線にいなかった事も予想外の事態であった。

 ガウェインがアクイラや嚮団の拠点のレーダーに気づかれなかったのは、ガウェインのハドロン砲を改良するにあたって使用されたラクシャータの技術、ゲフィオンディスターバーによって齎されたステルス機能によるところが大きい。

 しかし、その事を知らない嚮団にとっては、ガウェインはシュナイゼル第二皇子配下の特派が開発していた技術試験機であり、実戦運用できるような代物ではなかったはずという知識が先行する。

 それ以上に、何らかの異常をきたしたビャッコとの連絡が取れなくなったゲンブにとっては、下手人であるゼロとガウェインは未知の存在そのものだ。

 それでも悲願達成を目前にして再び邪魔された事に、エクウスに乗る方のゲンブは怒りの矛先をゼロへと向ける。

 

「ゼロぉ! 貴様は、貴様だけはぁ!!!」

「諦めろ。お前たちの計画は既に破綻した」

「まだだ! 今からでもエリア11を、日本を血の海に沈めれば! アクイラ(もう一人の儂)よ! あれを使うぞ!」

『ああ! このまま終わる事など出来るものかぁ!』

 

 エクウスが黒の騎士団そっちのけでアクイラの方へと疾走し、アクイラもスザクやカレンを無視してエクウスの方へ飛翔する。

 黒の騎士団からの砲撃を躱しながら、エクウスがその巨体を四本脚で跳躍させ、アクイラと接触。その瞬間、眩いばかりの閃光が発生して周囲を白く染め上げた。

 

『「今こそ、一つに!」』

「うぉっ! 眩しっ!」

「一体、何が起こっているの!」

 

 閃光に思わず目を閉じていた玉城や井上の叫びは、黒の騎士団の誰もが思っていた。

 追い詰められて奥の手を使ったようだが、普通ならば衝突して墜落するよう接触を行ったエクウスとアクイラがどうなったのか様子は中々うかがえない。

 閃光はやがて薄れ、黒の騎士団の前に姿を現したのは──、

 

『「これがエクウスとアクイラの最強合体形態! 究極にして無敵のナイトメア、レガリアだ!」』

 

 エクウスのボディにアクイラの翼が生えたような異形のKMF(レガリア)。ボディを彩る黄金色の輝きが、シンジュクゲットーの大地に舞い降りる。

 圧倒的な威圧感を感じさせるゲンブの切り札を前に、玉城が思わず叫んだ。

 

「……いやっ! そうはならねえだろ!?」




 オオミネ鉱山もとい大峰山が、フジ鉱山もとい富士山に次ぐサクラダイト採掘場という設定は、独自設定です。

 ランスロット、紅蓮、蒼月に大規模な改造が施されました。
・防御力強化主眼の蒼月改
・機動力強化主眼のランスロット・トラヴァース
・攻撃力強化主眼の紅蓮弐式改
なお、ランスロットにフロートユニットが装備されなかったのは、世界とつながる力(ワイアード)使用時におけるフロートユニットにかかる過負荷の調整が今回の作戦に間に合わなかったためという事情が有ったり。

蒼月と零陽炎についてですが、「コードギアス ロストストーリーズ」に登場するラクシャータ作のKMFです。
蒼月は月下の試作型を実践改修してロールアウトされたKMF
零陽炎は、ゼロ専用の指揮官用KMFとして開発されていたものの、ガウェイン強奪によって不要となった事から原作では開発中止となった設定のKMFです。
本作では、ガウェイン強奪後も開発が継続される事となり、日本解放決戦ではゼロが前線に出ていると偽装するためにゼロに扮したC.C.が騎乗しておりました。

 エクウスとアクイラは、元々はDS版コードギアスに搭乗したラスボスです。当初はパラックス・ルィ・ブリタニア、キャスタール・ルィ・ブリタニアも搭乗させる予定でしたが、枢木ゲンブに変更となりました。(エクウスに生身のゲンブが、アクイラにバイオ脳的な分体が騎乗)
 その結果、枢木ゲンブのパイロットとしての技量がとんでもないことになり、スザクのナイトメア乗りとしての才能の根拠となる事態に……。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日本解放決戦-3

「ガ、ガガGa……お、おNoれレRerere……!」

 

 嚮団が潜伏しているシンジュクゲットーの地下施設において、機械人形(アンドロイド)枢木ビャッコが、音声出力や挙動に異常をきたしながら施設内を徘徊していた。

 ゼロがハッキングを用いる事はヴィクトリアを通して知っていた。魔法・物理両面でプロテクトも完璧だったはずなのだ。しかし現実としてゼロによるハッキングを許す事となり、無人機の権限を奪われただけでなく無人機統括のために端末に接続していたビャッコに対してウィルスプログラムまで流し込んできたのだ。実際はそれだけでなく、様々な情報や権限まで奪われているのだが、機械の身体を制御する頭脳(プログラム)がウィルスプログラムによって破壊されつつあるビャッコの思考ではそこまで意識が回らなくなっている。

 ビャッコが向かおうとしているのは、アルハザードの遺産を保管しているエリアだ。無人機統括のための機械人形(アンドロイド)の身体を捨て、アルハザードの遺産の力でもって生身の肉体を製造し自我を移植する事で生きながらえようとする浅ましい生存欲。

 しかしその願いは叶わない。ノイズ交じりのビャッコの視界に映ったのは、ナナリー・ヴィ・ブリタニアを誘拐した際に邪魔をしてきた篠崎家の女。白髪の様に見える痩せた長身の男。そして、嚮団の裏切り者(ロロ)と蒼い長髪の女。

 

「き、Ki様a、あAaらRa………」

 

 嚮団もビャッコも知る由はないが、ガウェインに搭載されているドルイドシステムを利用したハッキングによるシステム掌握の過程で、ルルーシュはシンジュクゲットーに作られた嚮団施設の見取り図も手に入れている。ロロからもたらされた情報と重ね合わせる事で、ナナリー救出班として送り込んでいた咲世子とマオ、ロロそしてギンガ・ナカジマの四名は嚮団の拠点の正確な位置を割り出すことに成功していたのだ。

 

「大人しく投降してください」

 

 管理局所属のギンガが、ビャッコに降伏を促す。AIで動く機械ではなく、アルハザードの技術で機械の身体に人間の記憶と人格を宿した存在だと認識しているからこその対応だ。

 しかし、ビャッコはそれを挑発と受け取り、身体を軋ませながら臨戦態勢を取る。

 

「それが貴方の答えですか……。では皆さん、此処は私が」

「いえ、此処は全員で一気に仕留めましょう」

「うわっ。もう思考がかなりズタズタになっちゃっているよ。どう暴れるか分かったものじゃないから、此処で確実に破壊した方が脱出する時に安全だね」

「畏まりました。では……御覚悟を」

 

 拳を握るギンガと、鉄扇を構える咲世子に対して、他の二人が協力を申し出る。マオは心を読むギアスを持っているが身体能力は高くなく、ロロは戦闘能力こそ高いが体感時間停止のギアスの副作用が重いため、他のメンバーと組むことを念入りに忠告されているからだ。

 

「Na、なNAnaMeるなa~ッ!」

 

 欠落していく感情の制御が出来なくなり、咆哮しながらビャッコは拳を振り上げる。

 それをマオとロロが手持ちの銃でビャッコのカメラセンサーを銃撃して意識を向けさせながら、ギンガが屈むような姿勢でローラーシューズ型のデバイスで疾走。左腕のアームドデバイス『リボルバーナックル』でビャッコの拳をかち上げるように振り上げて迎撃。

 

「今です!」

「はぁぁっ!!!」

 

 ギンガに力負けしてバランスを崩したビャッコめがけて突進する咲世子。折りたたんで厚みが増した鉄扇の先端をビャッコの腹部に突き立てる。装甲の継ぎ目を正確に貫き内部機構にまで届いた鉄扇の握手部分のスイッチを押す。

 鉄扇の先端から放たれたのは、対人装備としては明らかに過剰な、高出力の放電(スタンショック)

 

「AGAがgaガヵ゛~~~っ!」

 

 内側に流し込まれる膨大なエネルギーの電流が、ウィルスプログラムによって自我が崩壊寸前だったビャッコの思考回路に致命的なダメージを叩き込む。

 放電が終わり、咲世子は突き刺した鉄扇を引き抜きながら、崩れ落ちたビャッコがまだ動ける可能性を考慮して残心も忘れない。

 5秒、10秒……20秒。

 30秒経過してもビャッコが再起動する様子がないのを確認し、ようやく咲世子は残心を解いた。一方のギンガはビャッコへの黙祷を手短にだが行う。

 

「皆さん、ありがとうございます」

「かまいませんよ。さ、早く行きましょう」

「このままナナリーがいる儀式の中心点まで向かいましょう」

 

 礼もそこそこに次へ進もうとする三人を、ギアスで何かを察知したマオが難しい顔をして制止する。

 

「ん~、どうやら、そう簡単にはいかなさそうだね」

 

 曲がり角を指差した先から現れたのは、先程倒した枢木ビャッコと瓜二つの機械人形(アンドロイド)が三体。ボディは機械だが、人間だった存在の魂をインストールされていると判断されてかマオのギアスで心を読めるのはありがたい話だ。

 

「アルハザードの遺産がある限り、我らは不滅だ」「無駄な抵抗なのだよ」「まだまだボディのストックはあるぞ? 耐えきれるかな?」

 

 先程撃破した機械人形(アンドロイド)は枢木ビャッコの一体に過ぎない。枢木ビャッコという人格自体がアルハザードの遺産に登録されたデータだからこそ同一人格による物量戦が成立する。

 普通に考えれば撤退するべき状況だが、ギンガはリボルバーナックルを構えて臨戦態勢だ。最早躊躇いは無い。

 

「どうしますか、ギンガさん」

「そりゃ勿論……正面突破よ!」

「畏まりました」

「しょうがないか」

 

 ギンガの提案に、咲世子が真っ先に乗り、ロロとマオも承諾して武器を構えた。

 

 

 ────────────────────

 

 

 時はルルーシュの策が発動する少し前に遡る。

 

「ヴォルケンリッター! これ以上、貴様らに私の計画を邪魔されるわけにはいかないのよ!」

 

 八神はやて及びヴォルケンリッターとの連携で嚮団の無人KMFの軍勢を撃破しながら進軍していた藤堂たちの前に、新手が立ちふさがる。

 

「あのKMF、細部が異なるがナリタ連山でゼロが戦ったラウンズか!」

「つまり、ヴィクトリアも前線に出てくるほど追いつめられているという訳やね」

 

 一目で正体を看破した藤堂の月下が制動刃吶喊衝角刀(せいどうやいばとっかんしょうかくとう)を、四聖剣の月下も同様に廻転刃刀(かいてんやいばとう)を構える。

 はやてとシグナム、ザフィーラも七年前に取り逃がしてしまった次元犯罪者を今度こそ捕えるために臨戦態勢だ。

 

「くたばりなさいっ!」

 

 ヴィクトリアはナリタ連山の時よりも更に武装火力を増強したキャスパリーグ・ヘンウェンの砲門をすべて開放する。

 機体下腹部のハドロン砲は勿論、対艦用6連装ヘビーガトリング砲だった両肩の武装はより高火力なハドロン砲に換装されている。合計三門のハドロン砲に加えて両腕の攻盾システムに装備されたヴァリスも含めた一斉射撃は、獣の咆哮を上げながらまき散らされる破壊の奔流そのもの。単独で町を破壊する事が可能なほどの、KMFや人に向けるには過剰と言って良いほどの破壊力だ。

 しかし、今この場においてそれは悪手でしか無かった。

 量産機ながらに紅蓮やランスロットに比肩し得る機動力を有する月下の、それも四聖剣と藤堂という少数精鋭にとって、照射に僅かながらチャージが必要なハドロン砲は目の前で撃たれても躱すのは容易だ。寧ろより広範囲に弾幕をばら撒き続ける対艦用6連装ヘビーガトリング砲の方が厄介な位だ。

 はやてやヴォルケンリッターにとっても、ザフィーラならば主はやてを守りながら防ぎ反らすことができるし、シグナムは弾幕を掻い潜りながら接近することができる。

 はっきり言えば、戦闘機人でなくなった科学者としてのヴィクトリアが彼・彼女らを相手取るならば、キャスパリーグ・アングルシーの軍勢も随伴させてサザーランドの群れを嗾け、遠距離からの砲撃にて徹するべきだった。

 

「紫電一閃!」

「バルムンク!」

 

 シグナムがキャスパリーグ・ヘンウェンの右肩ハドロン砲を切り裂き、キャスパリーグ・ヘンウェンがバランスを崩した所ではやてが放った八方向からの魔力刃による滅多打ち。

 戦闘機人でないために反応が遅れ、攻盾システムに装備されているブレイズルミナスの展開が間に合わず、機体各所が損傷していく。

 

「ヴォルケンリッタァーっ!」

 

 焦りと怒りから絶叫するヴィクトリア。V.V.に言い含められた手前、逃走するわけにもいかない彼女の意識は、はやてとヴォルケンリッターに向かう。必然、自分達への注意が散漫になった藤堂たちの月下が何もしないはずなどなく……。

 

「旋回活殺自在陣で行くぞ!」

「「「「承知!」」」」

 

 ヴィクトリアの隙を突いて、四聖剣と藤堂の月下がキャスパリーグ・ヘンウェンを包囲するように旋回しながら制動刃吶喊衝角刀(せいどうやいばとっかんしょうかくとう)廻転刃刀(かいてんやいばとう)で損傷した箇所をすれ違いざまに斬り飛ばしていく。

 今のキャスパリーグ・ヘンウェンに、ナリタ連山の時のような異常な耐久性は備わっていない。あの耐久性は、戦闘機人としてのヴィクトリアが有していたIS(インヒューレント・スキル)で獲得したものだからだ。

 まずは右前脚が藤堂機の制動刃吶喊衝角刀(せいどうやいばとっかんしょうかくとう)によって両断される。バランスを崩したキャスパリーグ・ヘンウェンの右腕を続けざまに朝比奈機が、右後ろ脚を千葉機が、廻転刃刀(かいてんやいばとう)で切断。そのまま左後ろ脚と左前脚も卜部機・仙波機が斬り落とし、下腹部のハドロン砲ごと上半身を藤堂機が斬り飛ばして締め。

 キャスパリーグ・ヘンウェンは、藤堂たちと接敵してから三分、旋回活殺自在陣で包囲されてからは一分と経たないうちにコックピット周辺のみ残されて達磨にされるという無惨な結果となった。

 

「ば、馬鹿な……機体性能は、此方の方が遥かに上のはずなのに……!」

 

 科学者としてのヴィクトリアは、目の前で起きた現実を直視できていない。彼女にとっての怨敵であるゼロや管理局のはやて達ばかりを警戒し、この次元世界の住人である藤堂たちの実力を軽視していた事が今回の惨敗を喫した原因である事に気が付けない。

 

「僕たちを眼中に入れいなかったのが、アンタの敗因だよ」

「四聖剣とは虚名にあらず」

「ゼロから得ていた情報と映像よりも動きが鈍く脆かったな。同一人物の動きとは思えん」

「中佐、トドメを刺しますか?」

 

 四聖剣や藤堂にとっても、此処まであっさりと倒せてしまったのは予想外だった。彼らが想定していたのは旋回活殺自在陣でヒット&アウェイを繰り返しながら少しずつ削り、大きな隙を晒したタイミングで斬撃包囲陣で一気に仕留める算段だったのだ。

 

「いや、ヴィクトリアは管理局に引き渡す」

「「「「承知!」」」」

「それで良いだろうか、八神はやて二等陸佐」

「藤堂中佐、御配慮のほどありがとうございます。次元犯罪者ヴィクトリア・ベルヴェルグは此方で拘束しておきます。シャマル」

 

 こっそりとコックピットから逃げ出そうとしていたヴィクトリアを後方で姿を隠していたシャマルが魔法で拘束する。

 

「ぬぐぁっ! 離せぇ!」

「今まで多くの人たちを苦しめてきた罪を償うときが来たのよ。観念なさい」

「かひゅぅっ!?」

 

 藤堂たちの視点からはよく見えなかったが、シャマルが何かして暴れるヴィクトリアを大人しくさせる。何をやったかは聞かないでおこう。

 

「よし、それじゃゼロ兄ぃと合流してこの事件を解決するとしましょうか」

「……ゼロ、兄ぃ?」「ぶふっ!」

 

 はやての口からもれたゼロへの可愛らしい愛称に、千葉がポカンとして朝比奈が思わず噴き出す。仙波と卜部も少々困惑気味だ。

 そんな中、ゼロの正体がルルーシュと知っている藤堂は、七年前に行方不明となっていた彼が異なる世界の日本人に助けられ一緒に住んでいた話を思い出す。

 

(そうか、彼女たちのおかげで、彼は心歪まずに生きる事が出来たのだな。感謝する)

「そうだな。黒の騎士団の所に戦力が集中しているはず。嚮団の横合いから奇襲を仕掛けて援護するとしよう」

 

 口にこそは出さないが、藤堂ははやて達に感謝しながら迅速な行動を促そうとするが、

 

「はやてちゃん、その前に伝えておかないといけない事があるの」

 

 拘束したヴィクトリアを運ぶ準備をしていたシャマルが待ったをかける。

 

「どうしたん、シャマル?」

「アースラからの報告によると、シンジュクゲットー周辺の次元が不安定になってきているわ。恐らく嚮団が引き起こしている儀式の影響だと思うけれども、気を付けてね」

「ありがとな、シャマルも気を付けてな」

「ええ、それじゃ私はヴィクトリアを移送しに──」

 

 シャマルがそう言いかけた時、シンジュクゲットーに地響きが起こる。それと同時に、先程まで感じていた圧迫感を伴った魔力──嚮団による生命力収奪の儀式魔法──が急速に消えていくのをはやてたちは感じ取った。

 

「おっ、ゼロ兄ぃが上手くやったみたいやね」

「これで、此方に向かっている日本解放戦線の戦力がギアス刻印に蝕まれる事もないだろう」

「良かった。これで安心して……ちょっと待って次元の歪みが、どんどん大きくなっている!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ヴィクトリアが藤堂たちと接敵した頃、一方のV.V.は本来ならば量産試作体Jを組み込む予定だった試作KGFジークフリートに乗り込んでいた。

 オレンジ色と緑色を基調とした楕円状の巨体は果物のオレンジを彷彿とさせるが、機体各所から生える鋭い棘のような大型のスラッシュハーケンが機体の禍々しさを際立たせる。

 

「ゲンブが南西部の黒の騎士団、ヴィクトリアが南東部の新型機と魔導師を相手するとなると、僕は北部の純血派を蹴散らすとしようか」

 

 行先を決めたV.V.が、ジークフリートを起動させる。するとジークフリートはその巨体に見合わぬ軽やかさで浮上し、圧倒的な推力で空を飛び始めた。

 機体の制御が極めて複雑なジークフリートは、本来ならば『神経電位接続システム』というパイロットの神経信号を直接機体に伝達することで操縦者の『意思』のみで機体のコントロールが可能となる操縦システムが前提だ。しかしそれを用いずにジークフリートを扱っているのだから、V.V.のパイロットとしての技量はかなり上位にあると言って良いだろう。

 V.V.が目指す先は北部から攻め込んでくる純血派の司令塔であるG1ベース。新型機をいちいち探し出してプチプチと潰していくよりも、大本を叩いて潰走させてしまった方が手っ取り早いと判断したからだ。

 

「僕たちは間違っていない。間違っているのはあいつらで、この嘘ばかりを繰り返す世界の方だ。もうすぐ、もうすぐ世界は正される。だから……邪魔しないでよ」

 

 瞬く間にG1ベースが目視できる距離まで近付いた所で、純血派のサザーランドによる一斉射撃を受けるが、全面に施された電磁装甲によって弾幕を全て弾きながら突っ込んでいく。

 

「おぉ~! 我が忠義! 我が愛機! 届かせません、皇女殿下の所へは!」

 

 量産試作体Jが乗るのは、カワグチ湖コンベンションセンターホテルのライフラインで運用されていた日本解放戦線の雷光を鹵獲し改修を加えた機体、サンダーボルトだ。

 G1ベースとの有線接続によってエナジーを確保した超電磁式重砲が、ジークフリートめがけて火を噴く。大型キャノン砲でもジークフリートには無意味だと甘く見ていたV.V.だが、発射された弾頭はジークフリートの目の前で開いて拡散した対ナイトメア捕縛用ネットが、電磁装甲によってバチバチと灼ける音を出しながらもジークフリートのボディに絡まっていく。

 周囲の純血派たちも、同様に対ナイトメア捕縛用ネットを撃ち出す大型キャノン砲を発射し、四方八方から絡めとる事でジークフリートの動きを封じようと躍起だ。

 

「そんなのでこのジークフリートを止められるとでも?」

 

 しかし、普通のKMFならばまだしも規格外のサイズとパワーを有するジークフリートを完全に拘束するには、そもそものパワーが足りなさ過ぎた。ジークフリートが空中で錐もみ回転し、捕縛用ネットを引き千切っていく。動きを止められるのは長くても数秒が限界だ。

 

「覚悟ぉ!」

 

 それでも幾重もの捕縛用ネットを引き千切るためにジークフリートが足を止めた僅かな隙を突き、ジェレミアのサザーランドシグルドがランドスピナーでビルを上りスラッシュハーケンをジークフリートに絡まったネット打ち込んで跳躍。格納型MVSを展開しながらジークフリートに肉薄する。

 狙うは装甲ではなく機体各部に設置されているバーニア。まずは推進装置を破壊して叩き落とさなければ戦いにならないと判断したジェレミアの状況判断だ! 

 

「無駄だよ」

 

 V.V.はそれ単体で通常のKMFに匹敵するサイズを誇る棘状のスラッシュハーケンの接続部位をレールに沿って移動させ、ジェレミア機(サザーランドシグルド)を迎撃するために撃ち出す。

 しかしそれを察知したジェレミアは打ち込んでいたスラッシュハーケンのうち一方を途中で分離する事で、軌道を変えてギリギリ回避する。

 

「喰らえ、我が忠義の一撃!」

 

 そのまま加速してバーニアめがけて振り降ろされたMVSの切っ先は──、

 

「無駄だって言ったよね?」

「何ッ!? 堅い!」

 

 ──、ここにきてジークフリートが展開したブレイズルミナスに阻まれてしまった。

 V.V.はサザーランドシグルドを振り落すためにジークフリートの高速回転を始め、ジェレミアは振り落されまいとサザーランドシグルドでジークフリートのボディにしがみついてMVSで繰り返し切りつける。

 

「総員、私にかまうな! このデカブツに一斉砲撃をぉっ!」

「ジェレミア卿!?」

「くっ! ジェレミア卿の覚悟を無駄にするな! 総員、キャノン砲の弾頭を徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)に切り替えろ!」

「マイオリジナル! 貴方の覚悟! 忠義を了承!」

 

 ヴィレッタが咄嗟に決めあぐねる中、キューエル卿が決断して指示を出し、量産試作体Jも号泣しながら照準を向けて再砲撃。

 

「ええい! 純血派にはマリアンヌみたいにイカレタ連中しかいないのか!?」

「貴様ぁ! マリアンヌ様へ侮辱、許さぬぞぉっ!!!」

「とっとと落ちろよ!」

 

 地上から徹甲炸裂焼夷弾(HEIAP)に切り替えたキャノン砲による砲撃に耐えながら、V.V.はジェレミア機(サザーランドシグルド)を振り落そうと滅茶苦茶な軌道で飛行し続ける。

 純血派によるしばらく砲撃は続いていたが、途中で地上からの砲撃が止んだ。弾切れでも起こしたのかと思ったところで、V.V.の下に嚮団員からの悲痛の声を伴った通信が届く。

 

『嚮主様! 大変です! シンジュクゲットーに張り巡らせた術式が寸断され、範囲内からの生命力の自動蒐集術式が機能停止しました!』

「今こっちはそれどころじゃ……はぁっ!? なんで!?」

『ゼロです! ゼロによって近隣のシステムが掌握され、地下に術式が刻まれている区画ごと複数箇所パージされました!』

 

 拙い、拙い、拙い! 

 生命力の自動蒐集術式は神殺しの儀式に必要なエネルギーを得るため必要不可欠な要素だ。アレがあったからこそ、コストを関東圏に絞る事が出来たし、当初の予定よりも早めて決行する事も出来たのだ。

 まだエネルギーが十分に溜まっていない状況で機能停止したとなると、今回の計画の前提が崩壊してしまう。

 

「……ふざけるなよ」

 

 五年前、神根島の遺跡から繋がるCの世界にあった記憶の図書館で見たこの世界の真実を思い返す。

 本来の在り様から歪められ改竄された嘘っぱちの世界。

 幾たびもの悲劇。幾たびもの殺戮。幾たびもの破滅。

 何度も繰り返されては弄ばれ、飽きたら無かったことに(リセット)される神々の盤上遊戯。

 悲劇と断末魔、惨劇と嘘が何十層にも積み重なってバグだらけとなったこのくそったれの世界を嘘のないあるべき世界へと正す。それこそが自分達兄弟の使命であり悲願だと確信したあの日を。

 

「システムをオートからマニュアルに切り替えろ! 生贄を直接殺して蒐集するんだ!」

『しかし、それでは魔力への変換効率が……!』

「そこは数で補うんだよ! 範囲をエリア11全域にして、ブリタニア軍にイレブンの虐殺命令を出すんだ!」

『総督も副総督も敵なのにどうやって!』

「そっちは僕が始末する! コーネリアも、ユーフェミアも! 空白になったところを、インペリアルセプターでごり押ししろ!」

 

 矢継ぎ早に指示を出すと、V.V.は纏わりついているサザーランドシグルドを振り払うために、ジークフリートを近場の廃ビルへと突進させる。

 

「何ぃ!? ぐああぁっぁあぁ!!!」

 

 ジェレミアは咄嗟にスラッシュハーケンを離してジークフリートから離脱を試みたが、ビルとの衝突こそ避けられたものの崩落するビルに巻き込まれる。

 

「ジェレミア卿!」

「私に……か、うな! 総員! G1ベー……おわすユーフェミア副……守れ! 嚮団……主は……フェミア副総……とコ……リア総督を……殺害しようと……!」

 

 ジークフリートに接触していた事でV.V.と嚮団員の通信を聴くことができたジェレミアは、瓦礫に押しつぶされ激痛が走る身体に構わず、ノイズ交じりになった途切れ途切れの通信で純血派一同に通達する。イレブンの虐殺命令を出そうとしている事やインペリアルセプターの件を伏せたのは、万が一にも同調し離反する者が出るのを避けるためもあるが、そもそもそこまで悠長に伝える余裕がない。

 

「僕とシャルルの悲願のため、そしてこの世界のために……死んでよ」

 

 廃ビルをぶち抜いてV.V.がジークフリートをG1ベースに向けて突進させる。

 G1ベース周辺の純血派が、ユーフェミアを守るために決死の迎撃陣形を構築する。しかし、ジークフリートの無慈悲といえるほどの堅牢さを前に、純血派が保有する火力では対処することはできない。

 このままジークフリートはG1ベースのブリッジを貫き、ユーフェミアを亡き者にする──はずだった。

 

世界そのものが軋み、悲鳴を上げる。

 

儀式によって蒐集され奪われた生命に宿る無念が、魔力に変換された者達の怨嗟が応報を求めて可能性を呼び寄せる。

 

神殺しを成就せんと集合無意識(Cの世界)に繋がった門は、僅かにだが既に開かれていた。

 

故にこそ、報われぬ魂の呼び声に応える存在が招かれた。

 

 G1ベースとジークフリートとの間に挟む空間に、突如として大きな亀裂が入る。不安定になった次元の歪みが、亀裂として可視化されたものだ。

 直感的な恐怖を感じたV.V.は、咄嗟にジークフリートの軌道を右に反らす事で空間の亀裂に衝突する事態を避ける。

 

「なんだ……あれは?」

 

 V.V.の疑念は、この場にいた全員が同様に思っていた事だ。もしもこの場に管理局の者達やルルーシュがいたならば、敵味方問わず全軍に即刻退避を呼び掛けていただろう。

 しかし、疑念に答えるものが現れる前に更なる変化が起こる。空間にできた亀裂の罅が広がり、空間の亀裂から何かが滲み出始めたのだ。

 それはドロドロとした粘着く漆黒の液体の様なナニカ。ナニカはどんどん滲み出るが、地上へと滴り落ちる様子はない。空中に留まって球状になって大きくなっているのだ

 純血派の者達も、アレが何か起こす前に撃ち落とすべきなのか。そもそもあれは何なのか分からずに困惑している。V.V.も同様に対応を決めかねていた。

 そうしている内に六m程の大きさ球体にまで膨張したナニカが今度は徐々に収縮していくと──、

 

「あれは……ランスロット? だが、黒い。それに、背中の装備は一体……」

 

 キューエル卿が呟いたように、ナニカから姿を現したのは黒の騎士団のトップエースである枢木スザクのKMFランスロットと酷似した、漆黒と金色が基調のKMFであった。

 ランスロットと違うのは、背中にXの形に配置された先端が桜色に輝く二対の赤い主翼がのびている点だ。あの装備によって、中に浮遊しているのだろう。更にコックピットの上部に位置する箇所から後ろへと伸びた折り畳み式のこれまた赤い大型ランチャーと思しき物が装備されている。そしてG1ベースにいるユーフェミアからは、そのランスロットの後ろ腰にも単発式の手持ちランチャーを備えているのが見えた。

 

「あれ……は?」

「副総督、早くお逃げ下さい!」

 

 G1ベースを預かるブリタニア軍人がユーフェミアに避難を促すが、ユーフェミアの視線と意識は目の前の黒いランスロットに釘付けとなっていた。

 明らかに異常事態で初めて遭遇する相手のはずなのに。謎のKMFのパイロットが誰なのかもわからないのに、ユーフェミアの胸の内には悲しい別れをした大切な誰かと再会したような複雑な感情が宿る。

 

「何処の誰かわかんないけどさ、僕の邪魔をしないでよね」

 

 苛立ちを募らせたV.V.が、ジークフリートのスラッシュハーケンの照準を黒いランスロットに向ける。しかし、黒いランスロットがそれよりも早くジークフリートに向かって高速飛翔し、ブレイズルミナスをコーン状に展開した手刀が、ジークフリートのスラッシュハーケンと火花を散らしながらその先端を抉り飛ばした。

 

「なぁっ!?」

 

 今まで純血派の猛攻に晒されても傷一つ付かなかったジークフリートに手傷を負わせた黒いランスロットへの警戒度を、一気に数段階引き上げる。

 相手の機動力と攻撃力を勘案すると、スラッシュハーケンによる射出攻撃は悪手。此処はジークフリートそのものを質量弾とした体当たりに徹するべき。

 そう判断したV.V.はジークフリートを高速スピンさせて黒いランスロットに向けて突進。

 黒いランスロットはジークフリートをG1ベースから引き離すよう誘導しながら空を飛んで回避すると、機体を空中で上下反転させた体勢でコックピット上部の折り畳み式ランチャーを展開してヴァリスと連結。そのままジークフリートに向けて砲撃。

 放たれたのは、なんとハドロン砲だ。

 

「くっ!」

 

 ハドロン砲が着弾した電磁装甲とブレイズルミナスの二重防御で防ぐが、ジークフリートに多大な負荷がかかって本体は弾き飛ばされる。キャスパリーグに搭載されていたハドロン砲よりも高火力である事に、V.V.は戦慄する。

 

「ふざけるなよ……どいつもこいつも僕の邪魔ばかりしてぇ!」

 

 V.V.は叫びながら、冷静な思考では拠点へ一旦撤退する事を決める。少なくとも、ジークフリート単騎ではあの黒いランスロットを捉える事はできないと判断したからだ。

 黒いランスロットも、逃げる分には構わないのか追撃してこないのは、V.V.にとって僥倖だったといえるだろう。

 

「皆さん、ジェレミア卿を含めた怪我人の回収と治療をお願いします! それと──」

「副総督、あの黒いランスロットへの対応は如何しますか……」

「相手の思惑は不明ですが、助けられた以上お礼を伝えたいです。通信を繋いでください」

「イエス、ユア・ハイネス!」

 

 ジークフリートが去って、慌てながらも指示を出すユーフェミアにブリタニア軍人の一人が尋ねる。

 少なくとも嚮団の敵であるのは確かだが、此方の味方であると見做すには情報が不足しすぎている。優先順位が下だっただけで此方を襲ってこないとも限らないのだ。

 それでも、ユーフェミアは命を救われた礼を述べようと短距離の全周波通信で回線を繋がせる。すると、

 

「ぇ……スザク、さん?」

「ユ……、ユフィ……。俺は、君を……」

 

 映像に映し出された黒いランスロットのパイロットは、アッシュフォード学園で出会った黒の騎士団の枢木スザクと瓜二つであった。

 しかし、記憶の中の彼と違う所もある。目の前の彼は右頬に大きな古傷があるのもそうだが、何よりも絶望と失意に染まった虚無的な悲しい瞳をしていた。そもそも、黒の騎士団のスザクはユーフェミアに対して愛称で呼んだことはない。

 

「貴方がどうしてスザクさんと同じ姿をしているかは存じません。ですが、この度は助けていただきありがとうございました」

「ユフィ……」

「お願いします。どうか、力を貸してください。この地に住む人々を、ナナリーを救うために。ゼロ(・・)と共に──」

「ナナリー……。ゼロ? ゼロ、ゼロぉ! 俺は、俺はぁ……!!!」

「!?」

 

 ゼロという言葉を聞いた瞬間、スザクによく似た相手は苦しみだしてその場から逃げ出すかのように黒いランスロットでその場から離れてしまった。

 何が起きたのかと訝しんだユーフェミアの脳裏に浮かんだのは、ジェレミア卿が保護した量産試作体Jもといジェイさんが話していたCの世界なる過去・現在・未来を問わない集合無意識が集う世界。

 

 もしも、目の前の(枢木スザク(?))がこの世界とは異なる可能性を歩んだ彼だったとしたら? 

 もしも、自分と彼が親しくなった世界があったのだとしたら? 

 もしも、その世界で彼が大切な誰かを喪っていたのだとしたら……。

 

 荒唐無稽、自意識過剰な妄想と言われたら否定できない、根拠などない推論だ。しかしユーフェミアには、この推論が大きくは外れていないと確信を抱く。

 もしそうならば……彼が向かった先は……。




 様々な条件が重なった結果、業スザクが顕現しました。
 なお、厳密には業スザクという在り様を中核に、様々な世界線の可能性を部分的にまぜこぜして顕現した主無き魔力生命体。
 そのため、ランスロット・カルマにも本来は存在しない装備が有ったり。
※業スザクとは、『Genesic Re;CODE』という現在はサービス終了したソシャゲに登場する、IF世界の枢木スザクです。ランスロット・カルマは同作で登場する飛翔滑走翼装備のランスロットコンクエスターとでも言うべき機体。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日本解放決戦-4

今回はちょっと実験的な表現も組み込んだ話です


「次元の歪みが……収まった?」

「現実の地震の様に、大きな歪みの前触れかもしれん。シャマルはヴィクトリアの移送が終わり次第、急いで戻って──」

 

 ユーフェミア達の所で起きた事態を把握していないはやて達は、瞬間的な次元の歪みを大規模次元震の前兆と捉えた。時間が差し迫っていると考え、シグナムがシャマルに頼んでいる所だ。

 周囲に霧が立ち込め始めているが迷うような立地でもないから問題ないだろうと判断しかけた所で、藤堂はふと疑問に思う。今の時間帯でシンジュクゲットーに霧が出る様な天候だったかと。

 藤堂の脳裏に、これまで集めてきたブリタニアの要注意人物に関する情報が駆け巡る。EU圏を中心に殺戮者として名を馳せているラウンズ(ブリタニアの吸血鬼)の噂を。

 

 ──曰く、ブリタニアの吸血鬼が現れた戦場には、霧が立ち込めていた。

 ──曰く、ブリタニアの吸血鬼は、霧の中から姿を現す。

 

 藤堂の経験に基づいた直感が危険を知らせる。はやて達が気が付いていない事からこの霧は魔力を有していないようだが、だからこそ立ち込めている霧の異常さが際立って感じられた。

 

「シャマル医官! その場から離れるんだ!」

 

 藤堂の叫びと同時に、立ち込めていた霧がシャマルの頭上で一か所に集まり、KMFの腕が形を成した。

 

「その命、弾けさせろぉ!」

 

 霧から現れた右腕部の4連クローが高速回転し、コーン状のエネルギ──―ルミナスコーンを纏ってシャマルと拘束されているヴィクトリアに振り下ろされる。

 シャマルは咄嗟に短距離転移魔法で躱すが……、

 

「ひぃっ! ブラッ──」

 

 余りにも咄嗟だったためにヴィクトリアの転移が間に合わず、彼女はKMFの振り下ろされた右腕に潰されてしまった。原形すらとどめていない、あっけない幕切れである。

 

「残念♪ 裏切り者の粛清と一緒に殺せると思ったのだがなぁ~!」

 

 何者かの喜色を含んだ声が聞こえる中、右腕以外も霧から形を成していく。

 それは白味がかったグレーと紫色の塗装がされた見た事がない一体のKMFだ。

 頭部はランスロットに似た双眼型のカメラアイで、左腕には衝角が付いた菱形のシールドを保持している。コックピット区画下部に取り付けられている剣は恐らくMSVの類だろう。

 

「霧から……」「ナイトメアが!?」

「そんな! さっきまで魔力反応は全くなかったはずやのに」

 

 千葉と朝比奈が驚愕すると共に、はやてはヴォルケンリッター含めて眼の前に現れたKMFから感じ取れる魔力を探知できていなかった事に警戒感を強めていた。

 正体不明のナイトメアから発せられる魔力量は、推定小型魔力炉級。それだけの魔力量を直前まで隠しきっていたのだ。

 この状況で最も早く動き出したのは、正体不明のナイトメア。ランスロットに比肩する機動力で最も近くにいた月下──卜部機を貫こうとルミナスコーンで突進する。

 

「キハハ! まずはお前からだぁ!」

「ぐぅっ! 月下が、圧されている!」

 

 卜部は月下の廻転刃刀(かいてんやいばとう)でルミナスコーンを受け止めるが、激しい火花を散らしながらその刀身をガリガリと削られる。

 卜部を助けるため、朝比奈が咄嗟に正体不明のナイトメアの背後から月下の廻転刃刀(かいてんやいばとう)で切りかかるが、

 

「やらせるかよ!」

「温い! この程度で、私の命を奪えるものかぁ!」

 

 正体不明のナイトメアは朝比奈機の月下に対し、左腕部の肘打ちで迎撃、廻転刃刀(かいてんやいばとう)とぶつかり合う寸前で肘からブレイズルミナス系の衝撃波が発生し、朝比奈機の両腕部を廻転刃刀(かいてんやいばとう)ごと破砕。そのまま流れるように衝角付きのシールドによる裏拳を叩き込む。

 予想外の衝撃と破壊力でバランスを崩した朝比奈機のファクトスフィアが、シールドの装甲がスライドし内部からミサイル弾頭を映し出した。

 

「ぁ──」

「朝比奈! すみません、藤堂中佐、離脱します!」

 

 劣勢の鍔迫り合いを繰り広げている卜部が、咄嗟にわざと自らの月下のバランスを崩す事で正体不明のナイトメアのルミナスコーンに片腕を抉り飛ばさせる代わりに体当たり。シールドミサイルが発射されるまでの時間を僅かに稼いだ。

 そのまま卜部は脱出装置を起動させ、朝比奈もシールドミサイルが着弾する前に脱出に成功。それでも、僅かな攻防で四聖剣のうち二人が戦線離脱する事となった。

 

「卜部! 朝比奈!」

「ヴァルトシュタイン卿の要請を受けた時はつまらない任務だと思っていたが、EUの雑魚共よりも大分遊べるようだなぁ! 命の奪いがいがある!」

「やはり、ラウンズか!」

「御名答。私は皇帝陛下よりナイトオブテンの称号を賜った、ルキアーノ・ブラッドリー。ブリタニアの吸血鬼と呼ばれる、人殺しの天才だ」

「千葉、仙波! 此処で奴を止めるぞ! なんとしても、ゼロの所には向かわせるな!」

「「承知!」」

 

 ラウンズとの連戦という予想外、それもヴィクトリアをはるかに凌駕する実力を見せつけたルキアーノと相対し、藤堂は残る四聖剣に共に足止めを行う事を命ずる。

 

「シャマル、脱出した二人の保護をお願い! 私達は藤堂中佐の援護に回ります!」

「分かったわ、はやてちゃん」

 

 主であり家族であるはやての命を受けて、シャマルはその場を離れる。脱出した卜部と朝比奈の避難が終わらないと、はやての得意分野である広域殲滅魔法が本領を発揮できないからだ。

 

「さあ……お前たちの命、弾けさせろぉ!」

 

 

 ────────────────────

 

 

 ゲンブ(レガリア)が地表スレスレを飛翔してスザク(ランスロット)カレン(紅蓮)に肉薄し、合体時に戦鎚から変化した大型ランスで纏めて薙ぎ払う。

 スザク(ランスロット)は跳躍して空中へ、カレン(紅蓮)は地を這うように背を屈めてスレスレのところで回避するが、翼から放たれるハドロン砲の雨がそれぞれに追撃を仕掛ける。

 

「負けるものか!」

「こんのぉっ!」

Blaze Shield! (ブレイズシールド!)」

 

 スザク(ランスロット)は空中に道を作り即席の盾にしながらランドスピナーで疾走して躱し、カレン(紅蓮)は防御魔法による熱エネルギーの障壁で直撃を防ぎながら乗り切る。しかし。ゲンブ(レガリア)の攻撃の苛烈さを前に此方から攻撃を仕掛ける事がなかなかできない。

 上空からゼロ(ガウェイン)のハドロン砲をレガリアに向けて放つが、ゲンブ(レガリア)は頭部から生える両角による大放電でハドロン砲を散らしながら一度地に足を付け、大跳躍。その勢いのまま飛翔してゼロ(ガウェイン)に迫る。

 

「機体のパワーは明らかに相手が上。ならば!」

 

 通常のKMFよりも巨体なガウェインよりもさらに巨大なレガリアとのパワー勝負は不利と判断したゼロは、ハドロン砲の照射を止めて機体前面にブレイズルミナスを展開。更にレガリアのランスによる刺突合わせてわざと弾かれるように後方へ引いて距離を取る事でダメージを最小限に抑える。

 

「総員、撃て!」

 

 C.C.(零陽炎)の指揮の下、黒の騎士団の無頼やサザーランドリベリオンがゲンブ(レガリア)の背後に向けて一斉射撃。アサルトライフルの弾幕が、大型キャノン砲の砲弾が、グレネードランチャーが、ゲンブ(レガリア)に殺到する。

 相手が日本最後の首相、枢木ゲンブである事への躊躇はない。日本人を、この世界に生きる人たちを消耗品としか見ないような相手にかける情けなどない。しかし、

 

『「温いわぁ! 儂を足止めしたければ、この三倍は火力と弾幕を持ってくることだ!」』

 

 アクイラの時よりは飛行能力と機動力が低下しているようだが、それでも圧倒的巨体に見合わない機動性で弾幕を躱していく。何発か当たっても、ダメージを与える事が出来た様子は全くない。

 レガリアを相手にするには、無頼やサザーランドリベリオンではそもそもの火力が足りないのだ。アサルトライフルは勿論、大型キャノン砲やグレネードランチャーでさえ、レガリアの視界を一時的に塞ぐか動きを僅かに阻害する程度の効果しか期待できない。

 

「この魔力量……読めたぞ。合体した二機のナイトメアの正体は、魔力炉を内蔵したユニゾンデバイス! 合体する事で魔力炉同士の共鳴反応で増幅し、火力や防御力に転嫁しているのか」

 

 ゼロはレガリアの圧倒的スペックの理由に思い至る。

 圧倒的高性能を達成するために際限なく巨大化したレガリアは、市街地戦を念頭に開発されたKMFの本来の趣旨から大きく逸脱したイレギュラーなナイトメアだ。

 そういう意味ではガウェインも複数の実験的機能を内蔵した結果の大型化なのだから、似たような立ち位置にあるといえるだろう。

 

『「その通り! 貴様らの凡百なナイトメアとこのレガリアは! 兵器としての格が違うのだよ!」』

「魔力炉によってエナジーフィラーに依存しないエナジー供給を行い、規格外のサイズのユグドラシルドライブによる高出力化を実現する。成程、確かに厄介だな」

『「聡明な貴様ならばわかるだろう。レガリアはエナジー切れを起こさない革新的なナイトメアだという事を!」』

「ああ。そしてそのナイトメアの弱点もな。宣言しよう、ゲンブ。三分だ。三分後、お前のレガリアは地を這いつくばる事となる」

『「なにぃ?」』

 

 ゲンブとの短い問答の後に、高らかに宣言するゼロ。それと共に、ゼロ(ガウェイン)の周囲を包むように巨大な魔法陣が形成されてフェアリーサーチャーが数十機展開される。

 

『「何をするつもりか知らんが、儂が待つとでも思っているのか!」』

「邪魔は!」「させない!」

Blaze Mud Bomb! (ブレイズマッドボム!)」

 

 ゼロの企みを邪魔しようとゲンブが襲い掛かるが、横合いからエアリアルロードで接近したスザク(ランスロット)がブレイズルミナスを纏った脚部で回し蹴りを放ち、弾いた先に待ち構えていたカレン(紅蓮)が右腕部から放った魔法が着弾。レガリアに着弾し破裂した火球状の魔法は、そのまま機体に纏わりついて燃え盛りながら動きを拘束する。

 

『「この程度で、レガリアを封じられるとでも!」』

 

 ゲンブ(レガリア)が両角から再び大放電を行い、機体に纏わりついた粘着性の炎を吹き飛ばす。大放電の最中は、ランスロットや紅蓮でも近付くのは危うい。

 大放電が止んだ隙を突くように、ゼロ(ガウェイン)から放たれたフェアリーサーチャーが数機、ゲンブ(レガリア)に体当たりを仕掛ける。ゲンブ(レガリア)に接触したフェアリーサーチャーがそのまま霧散するが、目に見える変化は起こらない。

 

『「レガリアに干渉して機能を止めるつもりか? そんな小手先の技で止められるとでも!」』

「アンタの相手は!」「僕たちだ!」

「俺達の事も忘れてんじゃねえ!」

 

 嘲笑するゲンブを足止めするべく、スザク(ランスロット)カレン(紅蓮)が肉薄し、黒の騎士団の団員達(無頼やサザーランドリベリオン)が支援砲撃を行う。

 ゼロの宣言から一分が経過。

 

『「バカ息子が! アルハザードの末裔にふさわしい才を得ていないがら、なぜ血族の使命のために使わぬ! 貴様が我らに賛同していれば、もっと楽になったというのに!」』

「僕は、この力を大切な人達を守るために使う! 父さんに決められる事じゃない!」

『「アルハザードの再興よりも、重要なものなどあるものか!」』

「僕にとってはある!」

 

 ゲンブ(レガリア)の大型ランスと、スザク(ランスロット)のMVSが何度もぶつかり合う。スザク(ランスロット)のMVS二刀流をランス一本で捌いてのけるゲンブ(レガリア)

 

「例え日本人の血が流れていなくても、私はこの日本で産まれて、日本で育った! 私の心は日本人だ! この日本を取り戻すために戦う! 生まれ育った国を犠牲にして日本人である事を捨てたアンタなんかに負けない!」

『「青二才が!」』

 

 ゲンブ(レガリア)の腰から放たれるハドロン砲を、カレン(紅蓮)は輻射波動で迎撃。

 

『「貴様らがこの国を取り戻したところで、この世界はどのみち詰んでいるのだ! ならばたかが一国を犠牲にして血族の悲願を果たそうとして何が悪い!」』

「悪いに決まってんだろ! 俺達は国と誇りを奪われても、取り戻すために必死に生きてきたんだ!」

「玉城の言うとおりだ! 俺達はみんな一人一人が人間だ! たとえこの国の最後の首相だった貴方でも、俺達の想いを否定はさせない!」

 

 ゲンブ(レガリア)の翼から、ハドロン砲の雨が降り注ぐ。玉城機と扇機(二機のサザーランドリベリオン)は被弾しながらもブレイズルミナスで致命傷を防ぎつつ、支援砲撃を続ける他の団員(無頼)を守る。

 

『「土着生命体(下等生物)風情がぁ! 死ね! 滅びろ! 大人しく我らの糧となれ!」』

 

 ゼロの宣言から二分が経過。

 ゼロを信じて諦めない黒の騎士団を前に、ゲンブは苛立ちを募らせ激高する。

 その間にも、ゼロがレガリアに何度もフェアリーサーチャーを体当たりさせている事にゲンブは意識を向けない。無駄な足掻きだと嘲笑い、目の前のスザク(バカ息子)黒の騎士団(害虫)を始末する事に意識を割いているからだ。

 そして、ゼロが宣言した三分が経過した。

 

「これで条件はすべてクリアされた! ゲンブよ、これで終わりだ!」

 

 ゼロ(ガウェイン)の後方だけでなく、ゲンブ(レガリア)を囲むように魔法陣が展開される。

 ゲンブはゼロの意図を読み誤っていた。ゼロが繰り返しフェアエリ―サーチャーを当てていたのは、レガリアにハッキングするためではない。レガリアにマーキング(・・・・・)する事でレガリアを起点に転移魔法を行使するためだったのだ。

 ゼロが三分間掛けて転移したのは、ゲンブ(レガリア)を包囲するように並べられた謎の機械だ。

 

「ゲフィオンディスターバー、起動!」

『「こんな機械如きで、このレガリアを……何ぃ!?」』

 

 電磁拘束機の類と判断したゲンブは、レガリアの大放電で薙ぎ払おうとする。しかし、それよりも早くゲンブ(レガリア)を包囲する機械──ゲフィオンディスターバーが起動した。

 ゲフィオンディスターバーが緑色に発光し、レガリアに異常が起こる。魔力炉によってエナジーは豊富に残っているにも拘らず、駆動システムがダウンしてしまったのだ。それだけじゃない、黄金色に輝いていたボディの輝きも色褪せ、黄銅色となっている。

 

『「どうした! 動け、レガリア! 何故動かん!」』

「無駄だ。ゲフィオンディスターバーは、サクラダイトに干渉してナイトメアの第一駆動系システムそのものを停止する。お前の負けだ」

 

 ゼロがレガリアに対処するにあたって、確認しなければならなかった事は、【レガリアの駆動システムが何に依存しているか】だった。だからこそ、フェアリーサーチャーでマーキングする際にレガリアの魔力炉が駆動システムにどこまで干渉しているのかも調べていた。

 結果は通常のナイトメアと同じユグドラシルドライブを用いた駆動システムだと判明したからこそ、ゲフィオンディスターバーの使用に踏み切った。もしも駆動システムが魔力炉そのものだった場合は、AMF(Anti-Magilink-Field)による包囲網で魔力炉を停止させる算段ではあったが、その場合は少なからず犠牲を出すことになっていたかもしれない。

 

「ゼロ……トドメは僕が」

「良いのか、スザク」

「うん。これは僕がやらなきゃいけないケジメだ。それに、僕が未来(明日)に向かうために必要だから」

「……分かった。任せる」

「ありがとう」

 

 ゲフィオンディスターバーを跳び越えて、スザク(ランスロット)ゲンブ(レガリア)の前に立つ。黒の騎士団のナイトメアには、あらかじめゲフィオンディスターバーの影響を受けないようにする対策が施されている。

 そして、ゲンブ(レガリア)の前でMVSを構え、中腰の体勢をとる。

 

『「ま、待て! スザク! 儂を殺すのか! 七年前の様に、再び己のエゴのために父である儂を殺そうというのか!」』

「そうだね、父さん。今回も、僕は僕自身のエゴのために父さんを殺す」

『「止めろ! 二度も親殺しを行うなど、正気の沙汰ではない!」』

「そうかもしれない。でも、僕は父さんを殺して未来(明日)に進むよ」

 

 MVSにエネルギーが伝搬。更に世界とつながる力(ワイアード)で引き出した魔力も魔力伝達機構を通してMVSに流し込む。

 

「……父さん、僕の人生を狂わせた貴方に、一つだけ今でも感謝していることがある」

『「な、何を言って……」』

「大切な友達……ルルーシュとナナリーに出会わせてくれたことだよ。だから──」

 

 スザク(ランスロット)の背中から、桜色の魔力を伴った光が噴出し、加速する。

 

「だから──、祖国を裏切った日本最後の首相としてではなく、枢木ゲンブの名を騙る狂人として死んでもらう!」

「ス、スザクぅっ!!!」

 

 ゲンブ(レガリア)の胴体に、加速したスザク(ランスロット)のMVSが深々と突き刺さる。それは、七年前にスザクがゲンブを殺めた時の光景を再現しているかのようであった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 スザクが過去と決別した頃、シンジュクゲットーの嚮団拠点に突入したコーネリア達は先んじて潜入していた咲世子たちと合流した事で、機械人形の群(枢木ビャッコ達)を相手に快進撃を演じていた。

 いくら人間を超えるスペックを発揮する機械人形(アンドロイド)でも、KMFを相手取るだけの攻撃力と防御力は備わっていない。

 ましてや相手は敵に対して容赦のない三人。KMFによって機械人形の群(ビャッコ達)は次々と薙ぎ払われていく。そして──、

 

「この先が、儀式の中核となる設備です!」

「分かった! 今助けるぞ、ナナリー! はぁぁっ!」

 

 分厚い隔壁で閉ざされた扉を、コーネリア機(グロースターカスタム)のルミナスランスが抉り貫き、大穴をあける。そしてマーヤ機(蒼月改)が大穴に両腕をねじ込んで力づくで扉をこじ開けた。

 

「ナナリーは……居た!」

 

 同心円状に何層にもわたって配置されたカプセル越しに発光する淡い光によって明るく照らされた部屋の中央部に、冠のようなものを被せられて玉座に座らされているナナリーを見つける。

 周囲には嚮団員達が銃やデバイスと思しき杖を取り出して応戦しようとするが、

 

「此処は僕に任せて」

 

 ロロが体感時間停止(ギアス)を発動。嚮団員達の銃やデバイスを持つ手を真っ先に次々と撃ちぬいて無力化していく。

 

「本当は殺した方が後腐れが無いんだけど、ナナリーが気に病みそうだからさ」

 

 僕も甘くなったかなとぼやきながらギアスを解除し、突然の痛みに武器を落とし喘ぐ無力化した嚮団員達を咲世子とギンガと共に拘束していく。

 

「見て! このカプセル、中に子供たちが!」

「こっちはまだ息がある! あっちは……駄目だ。心の声が聞こえない」

「早くシステムを停止させて、ナナリーちゃんもこの子たちも出来る限り助けるわよ!」

 

【それは困るのぉ?】

 

 カプセルの中身を確認し、生存者を救おうと動き始めたギンガたちの脳内に、強大な威圧感を伴った老人の声が直接響く。

 

【邪魔されては困る故、お主らも堕ちてもらうとしようか。この枢木セイリュウの想起のギアスでもって(夢の世界へ)

 

 姿を見せない老人のしわがれた声に引き寄せられるように、その場にいた全員の意識が呑み込もうと魔力が浸食を始める。

 ギアス対策の魔法的防御を施していたマーヤたちにも影響を与える程の、劣化ギアスとは比べ物にならない干渉力。

 

「拙……この、ままじゃ……」

 

 ナナリーを前にしてマーヤたちの意識は薄れ、暗闇へと沈んでいった。

 

 

 ────────────────────

 

 

 誰かの苦悶の叫びが、応報を求める怨嗟の声に導かれるままに、俺達(・・)は気がつけばこの世界に形を成していた。

 不思議な感覚だ。身体は一つだけなのに、心も一つのはずなのに、覚えている記憶は時間も場所も矛盾だらけの重なり合った記憶ばかり。

 この身体は(カルマ)でできている。枢木スザクという存在の有り得た罪業の可能性の集合体。

 

 ──父親殺しという原初の(カルマ)

 

 あの時から、俺は死に場所を求めていた。

 

 ──守りたかった君主(ユフィ)を救えず、親友を皇帝に売った裏切りの(カルマ)

 

 あの時から、俺は血濡れの道を歩む決意を抱いた。

 

 ──故郷に深い、深い爪跡を残した殺戮の(カルマ)

 

『生きろ!』

 

 親友の呪い(ギアス)は、俺に取り戻したかったものを壊す引き金を引かせた。

 そして……、

 

 

 

『奴隷になれ!』

 

 ──親友の呪い(ギアス)によって殺戮者となった最も忌まわしい(カルマ)

 

 敵も、同胞も、守りたかった者(ユフィ)も。全て、全て何もかもこの手で殺め血に染めた。

 幾つもの可能性、幾つもの(カルマ)が、この肉体には宿っている。

 最も忌まわしい(カルマ)の世界で愛機だったランスロット・カルマを駆って当てもなく空を飛ぶ。

 この世界で形を成した時、ユフィに感謝された。やめてくれ。僕はもう、君とともにいる資格なんてないんだ。この手はもう、数多の血で穢れてしまっている。

 それよりも……この世界にはゼロが、ルルーシュが生きている。

 理屈では俺達の世界の彼じゃないと解っている。それでも、この胸から湧き出る憎悪が、憤怒が、ルルーシュを殺せと叫んでいる。

 

 ──見つけ出したい(仇を殺したい)見つけたくない(親友を殺したくない)

 

 理性と感情が激しくせめぎ合いなが、放浪する。そんな危ういバランスの状況でもし、ルルーシュを見つけてしまったら……。

 それは、運命の悪戯か必然か。

 俺は、この世界の(白い)ランスロットと、ガウェインを見つけてしまった。

 

「ぁ、ぁああ……」

 

 理性が削れ、憎悪の感情が膨れ上がる。ごめん、この世界のユフィ(ユフィ)……俺は、また君の想いを踏みにじってしまう。

 

「ゼロぉおぉっ!!!」

 

 ランスロット・カルマのハドロンブラスターを展開、衝動のままにガウェインに向けて引き金を引いた。

 

「あれは!? くぅっ!」

 

 ガウェインは俺の世界にはなかったはずのブレイズルミナスを展開し、ハドロンブラスターの余波が地上に降り注がないようにその軌道を変えながら耐え凌いだ。

 

「ゼロぉっ! ルルーシュ!」

 

 殺す。殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す! 

 

「あれは、黒いランスロット!?」「しかも飛んでるし見た事ない装備もあるぞ!」

「紅月が藤堂中佐の所に派遣されたばっかりだってのに!」

「ゼロ! あの黒いランスロットの相手は僕がする! 団員たちを連れて先に行ってくれ!」

「しかし!」

「大丈夫、死ぬ気はないよ。皆で未来(明日)を掴み取るんだ」

「……頼むぞ」

 

 この世界の(白い)ランスロット──この世界の俺が、立ちはだかるように前に出る。飛翔滑走翼やフロートシステムの類は搭載していない、普通のランスロットを無視してガウェイン(ルルーシュ)を追おうとして、この世界の(白い)ランスロットは脚部から桜色の光を噴出し、空中に道を創り出してランドスピナーで接近してきた。

 

「俺の邪魔をするな!」

「ルルーシュの邪魔はさせない!」

 

 互いのMVSがぶつかり合い、鍔迫り合いを繰り広げる。ランスロット・カルマの出力は本来のランスロットを凌駕している。それにもかかわらず拮抗しているのは、あのランスロットは先程見せた機能をふくめてランスロット・カルマとは異なる進化を遂げているという事だ。

 互いに同じタイミングで仕切り直して距離を取りながら、左腕部のスラッシュハーケンを同時に等直線上に射出。双方のスラッシュハーケンが互いにガッチリと噛み合い、互いを逃がさない。さながらチェーンデスマッチの様相だ。

 空を飛翔するランスロット・カルマと、空を疾走するランスロット・トラヴァース。

 互いにヴァリスによる引き撃ちを放棄し、MVSとメッサ―モードにしたスラッシュハーケンによる白兵戦を空中で繰り広げる。

 そうしていくうちに、二人のスザクの脳裏に、知らない記憶が流れ込む。

 

 ──シンジュクゲットーでルルーシュを守ろうとしてクロヴィス第三皇子の親衛隊隊長に撃たれた時の記憶。

 (カルマ)スザクには、銃弾は何かに弾かれて重傷を負う事なくルルーシュと共に逃走したヴィジョンが流れ込む。

 スザクには、銃弾に撃ち抜いて倒れるヴィジョンが流れ込む。

 

「今の……」「記憶は?」

 

 互いに困惑しながらもぶつかり合ううちに、再び知らない記憶が。

 

 ──クロヴィス第三皇子暗殺犯が裁判所へと移送されると記憶。

 スザクには、自らが暗殺犯として拘束されていて、途中でゼロ(ルルーシュ)による救出劇のヴィジョンが流れ込む。

 (カルマ)スザクには、自らではなく特派の人たちが拘束されていて、途中でゼロ(ルルーシュ)が自分と共に救出劇を繰り広げるヴィジョンが流れ込む

 

 カワグチ湖ホテルジャック事件の記憶が、ナリタ連山での戦いの記憶が流れ込み、互いに流れ込んでくる記憶・ヴィジョンの出どころを察する。

 

「「まさか、この記憶は……!」」

 

 スザクは、黒いランスロットのパイロットが違う可能性を経験した自分である事を理解した。

 (カルマ)スザクは、この世界のスザクが自分とは全く違う人生を辿ってきたことを理解した。

 

 互いに相手を理解してもなお、寧ろ戦いは激化していく。

 憎悪と怨嗟に血濡れた殺戮者である(カルマ)スザクは、この世界のように自分が親友と分かりあい手を取り合えた可能性があった事を認める事が出来ない。認めてしまったら、自分は一体何だったのかというアイデンティティの崩壊に直結してしまうからだ。

 一方のこの世界のスザクは、数多の世界で自分とルルーシュが互いにぶつかり合い、憎悪し、争って悲劇を広げていった事実を受け止め、だからこそ目の前のもう一人の自分を止めようと誓う。

 (カルマ)スザクを通して流れ込んだ記憶とヴィジョンには、ルルーシュのギアスによって引き起こされた幾つもの悲劇もあった。

 

「君がルルーシュを憎む気持ちは理解できる。でも君が憎むべき相手は、この世界のルルーシュじゃない!」

「ならば赦せと!? ユフィに消えない汚名を被せたあいつを!」

 

 (カルマ)スザクのランスロット・カルマのMVSが、スザクのランスロット・トラヴァースのMVSを斬り落とし、MVSを囮にしたメッサ―モードの手刀でランスロット・カルマの右腕を肘から抉り落とす。

 

 

「ルルーシュはギアスを持っていない!」

「黙れ! ルルーシュの存在は、多くの悲劇を生む! 生まれてきた事が、生きている事が間違いなんだ!」

 

 互いのブレイズルミナスを纏った蹴りがぶつかり合い、互いに弾かれる様に距離を取る。

 

「そうやって、ユフィを悲しませるつもりなのか! 君自身の手で!」

「っ!!?」

「君の世界のユフィも、この世界のユフィも! そんなことは望んでいないだろう!」

「ぁ、ぁあぁっ! 黙れぇえぇっ!!!」

 

 ランスロット・カルマの両腰のスラッシュハーケンが射出され、ランスロット・トラヴァースの右腕を貫く。

 

「まずは、お前からぁあぁあっ!」

 

 互いに接近し、加速する。

 左腕にブレイズルミナスを纏い、相手を貫こうと手刀を突き出す(カルマ)スザクのランスロット・カルマに対し、スザクはランスロット・トラヴァースの左腕を分離(パージ)することで本来の機動力を取り戻して回転するように躱す。

 

「この、馬鹿野郎!」

 

 その回転力を殺すどころかむしろ加速させ、陽昇流(ひのぼりりゅう)誠壱式旋風脚(まこといちしきせんぷうきゃく)でもってランスロット・カルマの側面を強かに打ち据えて大地に叩き落とした。




 ヴィクトリア、ルキアーノによって処刑されるの巻

 本作においてエクウスとアクイラがかなりデカい理由:ヴィクトリアが機体に魔力炉を搭載するために大型化せざるをえなかった。
 なおスカリエッティ製のKMFは、魔力炉を搭載しつつユグドラシルドライブと一体化する事で、基になった機体と同サイズを維持している模様。
 ヴィクトリア製:魔力炉で魔力製造、魔力をエナジーに変換し高出力のユグドラシルドライブへ。莫大なエナジーで各種兵装を使用。
 スカリエッティ製:魔力炉をユグドラシルドライブと一体化、魔力とエナジー双方を動力源にしつつ機体の武装などに魔力を伝搬させることも可能に。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

日本解放決戦-5

「ぅ……んんぅ。ここは……庭園?」

 

 夕焼けに照らされるギンガが目を覚ますと、周囲にはよく手入れされた庭園が広がっていた。

 意識を失う直前までいたシンジュクゲットーの嚮団拠点から転移させられてしまったのか危惧すると共に、皆と分断されてしまっている可能性を考える。

 幸いだったのは、立ち上がって周囲を見回しながら歩き出すと、花垣を越えた先の噴水の向こう側で、誰かに呼び掛けている声が聞こえてきた事だ。

 

「ギンガ! マーヤ! 何処にいるんだい!」

「居たら返事をしろ!」

 

 聞こえてきたのは、マオとコーネリアが自分たちを探している声だった。

 

「コーネリア総督! マオ君! ギルフォード卿!」

「ギンガ。君も無事だったんだね」

「そうなると、後はマーヤだけか。ロロと咲世子は離宮内部を探索しているが、見つかると良いんだが……」

「それにしても、此処は一体? 離宮という事は、どこかの貴族が管理する庭園みたいだけれども……」

 

 再会の喜びもそこそこに、ギンガはこの場所に誰か心当たりがある人はいないかを尋ねる。答えたのはコーネリアだった。

 

「……ありえないはずの話だが、ここはアリエスの離宮だ」

「アリエスの離宮……確か、ルルーシュ殿下たちがマリアンヌ皇后と共に幼少期を過ごしていたという」

「そうだ。だがアリエスの離宮は今、管理する者がいなくなって久しい。だというのに寂れた様子もなくあの頃の美しい庭園のままだ。まるでマリアンヌ皇后が暗殺される前のあの頃のような……」

 

 コーネリアの表情は、過去を懐かしむ感情と有り得ない光景を訝しむ感情が混じりあったもので、只の空間転移ではない事を察している様子だ。

 

「それと心の声の聞こえ方も変なんだよ。ギアスで心の声を読んで周囲に誰かいないか確認しようとしたら、この庭園そのものから色々な悲鳴や嘆き、悲しみが絶えず聞こえてくる。ずっと聞いていたらおかしくなっちゃうよ」

 

 ギアスを使って心を読もうとしていたマオも、これまでと全く違う世界そのものから聞こえてくるような悲痛の声に戸惑っていた。

 

「んー……過去の景色そっくりな庭園と、庭園全体から聞こえる心の声。それに、私達の意識が落ちる前に聞こえてきた老人の言葉を考えると……ひょっとして私達、精神世界に引き摺り込まれた?」

 

 ギンガの仮説は有り得ない話ではない。レアスキルやロストロギアの中には、心象世界に干渉する事が出来るものも少なからず存在するからだ。

 

「だとすれば、この離宮の形式を形作っているのは恐らくナナリーの心だ。ならば、どこかにナナリーがいるはず!」

「だろうね。ついでに言えば、僕たちをこの場所に引き摺り込んだ声の主もいると思う」

「ならば話は早い。ロロたちと合流し、一刻も早くナナリーを救出。下手人を捕縛して脱出する方法を聞き出すぞ!」

「イエス! ユア・ハイネス! ……ん? この音は一体? 離宮の方から……?」

 

 行動方針が決まり、別行動を取っている咲世子とロロの二人と合流することを選んだコーネリア達の耳に、静かな離宮にはふさわしくない地響きの様な足音が聞こえてくる。

 振り向いた視線の先にある離宮の窓を破って飛び出してきたのは、ロロを抱きかかえた咲世子だった。

 

「皆様! 大至急、離宮からお離れ下さい! ()が来ます!」

 

 咲世子たちを追って離宮の壁を突き破りながら姿を現したのは一体の怪物であった。

 端的に言えば、蒼緑の鱗を持つ東洋の龍。神々しさと共に禍々しさを備えたナイトメアに匹敵する巨体が、蜷局を巻いて宙に浮いている。まさに怪物としか言いようがない。

 龍の怪物の咆哮が離宮内の空気を震わせる。

 

【かっかっか……逃げてばかりでは、嬢ちゃんを救う事などできんぞ? 篠崎の末裔よ】

 

 龍の怪物の後方からゆったりと姿を現した人影。それは輪郭が曖昧な黒い靄や闇が人の形を模ったなにかとしか言い様がない。

 そして蜷局を巻いた龍の内側に囲われている檻籠の中には……、

 

「ナナリー!」

 

 鎖で身体を縛められ苦悶の表情を浮かべるナナリーの姿があった。

 

【これから死にゆくお主らへの慈悲として、自己紹介を済ませておくかのぉ。儂はセイリュウ。枢木家初代当主にしてアルハザードの末裔、枢木セイリュウ】

「枢木……黒の騎士団のランスロットのパイロットの先祖という訳か。だがそのような御託はどうでもいい! 今すぐナナリーを解放しろ!」

【そうは言ってものぉ……このナナリー(小娘)は、ヴィクトルの坊主の計画の要。神殺しに必要不可欠な人柱(弾丸)にしている最中なのだ。儂らとしても、頷く事は出来ぬのぉ】

「ならば、力づくで取り返すまでだ!」

 

 セイリュウを名乗るナニカに対して、コーネリアは躊躇することなく手持ちの銃で発砲する。しかしコーネリアの弾丸は枢木セイリュウを守る龍の怪物によって遮られ、身体を覆う龍鱗に弾かれる。

 

【そのような豆鉄砲でこの四神……青龍を傷つけられるとでも? ナナリー(小娘)を助けに来た貴様らのハラワタを食い千切りでもすれば、ナナリー(小娘)の心も折れて諦めが付くだろう】

「させない! ナックルバンカー!」

 

 コーネリア達に向かって襲い掛かる青龍に対し、ギンガはローラーシューズ型のデバイスで疾走しながら左腕のアームドデバイス(リボルバーナックル)から拳の前面に硬質のフィールドを形成。青龍の牙を受け止めると、そのままフィールドごと打撃を撃ち込んでカウンターを決める。

 弾き飛ばされた青龍だが、ダメージを受けた様子は見られない。

 

「咄嗟だったとはいえ、あまり効いていないか……」

【ふむ……やはりこの心の世界で警戒するべきは魔導師か。そういう意味では、この世界に引き摺り込むはずだった其方の魔導師が一人、此方ではなくCの世界に落ちていったのは僥倖じゃのぉ】

「魔導師……まさか、マーヤの事か!」

【然様、あれも不憫な女よのぉ。折角の力を活かすこともできず、何も成せずにCの世界へと落ちて行ってしまった。時間にも空間にも捉われない集合無意識の世界に自我が溶けて消えるのは時間の問題じゃろう】

「そんな……!」

 

【さて、黒の騎士団と純血派の排除、さらに神殺しの弾丸を完成させるための生贄の確保も行わなくてはならんのでな。長話もこの辺りにして、お主らを始末するとしよう】

 

 

 ────────────────────

 

 

 

「ぅ……んんぅ」

 

 マーヤが目を覚ました場所は嚮団拠点ではなく、美術館に飾られる展示品のように様々な場所の風景が額縁に収められ映し出されていた不可思議な世界だった。

 見た事がない景色だが、スザクがナリタ連山で意識だけ飛ばされた先で見た景色の特徴に似ている事を思い出す。

 

「ここは、ひょっとして……スザクが言っていたCの世界?」

 

 なぜ自分が此処にいるのかかわからずに混乱していると、

 

「あ、お姉ちゃん! 起きたんだね!」

 

 カツ、カツ……と足音と共にマーヤに声をかける少女の声が聞こえた。振り返ってみると、そこには初めて会う人物が二人。

 一人は金髪をツインテールにして帽子をかぶった碧眼の少女。陽菜たちと同じくらいの年齢で明るい雰囲気だ。

 もう一人はウェーブのかかった黒い髪と紫色の瞳。仮にルルーシュが女性だったら、将来こんな感じの美女になるのかなと思わせる妖艶な雰囲気の女性。

 状況から察するにCの世界の関係者だと思う。問題は、彼女たちが自分の敵か味方、あるいは中立的な立場なのかが分からない事だ。

 

「あらまぁ、今日は色んな人がやってきて大忙しね。それだけV.V.の所為で彼方側と此方側の境界が揺らいでいるという事だけれども」

「あ、あなた達は?」

 

 マーヤが警戒しながら問いかけると、少女は話を続ける。

 

「私、アノネ! このゲーム(・・・)を案内する役目(のチュートリアル担当)なの♪」

「ゲー……ム? チュートリアル?」

「あ、そっかぁ。アップデートで追加されたマリオ(マーヤ)・ディゼルお兄ちゃん(お姉ちゃん)は、アノネの事を知らなくてもしょうがないよね」

「ま、待って!? 貴方は何を言っているの!?」

 

 アノネと名乗った少女の言葉に、マーヤは動揺を隠せない。

 ゲーム? チュートリアル? まるでこの世界が架空の世界であるかのような話しぶり。それに──、

 

「私の過去を、知っているの?」

 

 ──、過去の記憶を失った自分について知るべきなのに、知る事に恐怖を覚える事実が眠っている事に気が付いてしまう。

 

「うん♪ マリオ(マーヤ)お兄ちゃん(お姉ちゃん)は、大型アップデートで追加されたイベントシナリオ『ロストストーリーズ』の主要NPCだもん♪ アルハザードからのお客さん(プレイヤー)が選んだ性別に従ってマリオお兄ちゃんとマーヤお姉ちゃんのどちらかが担当する事になっているんだよ♪」

「N、P……C?」

「お姉ちゃんはアルハザードからのお客さん(プレイヤー)が来なくなって久しいから忘れちゃったんだね。アノネの所に最後に遊びに来たアルハザードからのお客さん(プレイヤー)は千年以上前だし、仕方ないか……」

 

 アノネが語る話に言葉が出ない。私の失った過去の記憶も、陽菜たちの悲劇も、神聖ブリタニア帝国を倒す私の意思も。全てがNPCとして与えられた役目(RP)だったというの? 

 信じたくないと私の理性は拒絶する。でも私の心は、私の魂は彼女の言葉が真実だと認めてしまっている。

 夢として見た、陽菜たちが瓦礫に押しつぶされた死のヴィジョンは、私の可能性が体験した出来事なのだと。だとしたら、私は……、

 

「……そんな。私は、私は役割を果たすだけの人形だったの……?」

「あら? そんな事ないわよ?」

「ぇ?」

 

 妙齢の女性によるまさかの否定に、私は呆気に取られてしまう。

 

「このゲームは沢山のアルハザードからのお客さん(プレイヤー)の行動が様々なNPCに干渉しあって、NPC達の行動がリアルタイムで変化する【次元世界活用型複合現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム/Dimensional World Activated Mixed Reality Massively Multiplayer Online games《DWA-MRMMO》】だから、NPCもみんな一人一人が自分で考えて行動しているよ?」

「我思う、故に我ありっていう事。だから貴方も、あの子達も……みんな人間なのよ。まぁ、この子の話では、5年前に訪れたV.V.はこの事実を受け入れられなかったみたいだけどね。だからって、シャルルの都合を無視してあんな事するのは勝手だと思わない?」

「V.V.……それにシャルルって。……まさか貴方は!?」

 

 嚮団の嚮主であるV.V.の事を知っているのは勿論だが、シャルルという名前は忘れる事などありえない。

 ルルーシュやナナリー、ユーフェミアやコーネリア達皇族の父親にして神聖ブリタニア帝国第98代皇帝シャルル・ジ・ブリタニア。黒の騎士団にとって最大の敵。

 そんな相手を親しみを込めて呼び捨てするような女傑は皇帝の関係者、それも個人的にかなり近しい立場の者しかありえない。そこまで条件が絞られれば、ルルーシュと同じ髪と瞳の色を持つ女性はたった一人しかいない。

 

「御名答♪ 私はマリアンヌ。マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア。シャルル(あの人)の妻で、ルルーシュとナナリーのお母さんよ」

 

 私の予想通り、彼女はルルーシュとナナリーの母親(マリアンヌ)だった。

 

「どうしてあなたが此処に? 貴方は確か過去に嚮団の嚮主に暗殺されてしまったはず。だからこそルルーシュは貴方の死の真相を明らかにするために……」

「それに関しては、本来Cの世界はコードを持たない生者が単独で来られる世界じゃないのよ? NPCだからこそ偶発的にとはいえアクセスできた貴方や、瀕死に陥った事で幽体離脱みたいな感じで少し前までいたジェレミア卿を除いたら、生きた人間はコードユーザー持ちに案内されるか門となる遺跡を経由するかしかないの」

「生者は普通ならば来られない……だとすると、貴方は既に……」

「ええ。肉体の方は死んでしまっているわ。普通は肉体が死んだ魂はほどなくしてCの世界の集合無意識に溶けこむはずだったのよ。でも私にはこれがあった」

 

 そう言って、マリアンヌは左眼に浮かぶ赤い不死鳥の紋様を私に見せた。

 

「それは、ギアス!」

「ルルーシュってば、王の力にお洒落な名前つけるわよね♪ 尤も、私はギアスの適性が低かったみたいで、生前は発現しないで死の間際になってようやくだったのよねぇ~。動かなくなった肉体から魂が完全に離れる前に急いで自分の魂を加工して、事件を目撃していた行儀見習いの子に憑りついたまでは良いんだけど、加工の際に零れ落ちた魂の欠片がCの世界に流れついちゃってね。それが私って訳」

 

 今なおギアスの紋様が輝いているという事は、少なくとも此方のマリアンヌは常時発動する事で自分自身を維持しているのだろう。ギアスの適性が低かったという言葉を信じるならば、此処から再加工は不可能或いはリスクが大きすぎて困難と考えて良いかもしれない。

 

「私が何でここにいるかはこの辺りにして、アノネちゃんが貴方にお願いしたい事があるんだって」

「私に?」

「うん♪ あのね? お姉ちゃんには、サービスが正常終了する前に致命的なバグを起こしちゃった中枢管理機構の修復或いは……完全な停止をお願いしたいの」

「中枢管理機構の修復をしたいのは分かるけど、完全な停止でも良いの?」

「うん。本当は1,000年以上前のあの日、このゲームはサービス終了するはずだったから。それならば、この世界はこの世界の人たちに返すべきだって思ったの♪」

 

 アノネがもし、この世界を再びゲームにしようというのであったならば私は拒絶していただろう。けれど、信じる事が前提になっているがどうやらアノネはその気はないらしい。

 だから私は、アノネからのお願いを引き受ける事にした。

 

「分かった。それで、どうすれば良いの?」

「それが……アノネにもよくわからないの。中枢管理機構がある場所へは、限定的管理者権限であるコードを二つ以上集めるかデバッグツールと併用すれば、まだ残っているアルハザードからのお客さん(プレイヤー)の拠点を介してアクセスできると思うんだけど……そこからどうしたらいいんだろう?」

「そ、そう……。まあ、目的地が何処にあるかの目星がつけられるだけ、一歩前進ね」

 

 引き受けたはいいけれど、結構な無理難題だったかもしれない。こういう時は、ルルーシュを頼ろう。ルルーシュならば何とかしてくれるはず。

 少し現実逃避が混ざった思考をしていると、マリアンヌが声を掛けてくる。

 

「それで、貴方と一緒にシンジュクゲットーの嚮団拠点に突入していた子たちがそろそろ危ないけどいいの?」

「えぇっ!?」

 

 マリアンヌが持ってきた額縁の中では、どこかの貴族の豪邸にある中庭で、怪物と皆が戦っている様子が映っていた。

 

「みんな! それに……ナナリーも!?」

「困ったわねぇ。精神世界では想いがそのまま力と形になるから、このままじゃ執念の怪物であるあの老人が勝っちゃうわ。でも私はCの世界から出られないから助けに行けない。となると……アノネちゃん、ちょっと良いかしら?」

「なに?」

「この子をこの精神世界まで送ってあげられないかしら?」

「良いよ♪ アノネには中枢管理機構へのアクセス権はないけど、Cの世界から現世や精神世界への一方通行の転送なら出来るから♪」

 

 マリアンヌのお願いをアノネはあっさりと了承した。考えてみれば、チュートリアルというゲームの基本を学ばせる機能持ちの子が多機能でない訳がないよね。

 

「ありがとうございます! ナナリーちゃんとルルーシュにもマリアンヌさんがCの世界で生きていることを伝えます!」

「ううん、あの子たちに伝えなくていいわ。私は魂の残骸の欠片。魂から削ったお母さんらしい側面の寄せ集めだもの。現世に残っているマリアンヌ()は、自分の欲求とシャルルへの愛の為だけに動くロクデナシモンスターよ。シュナイゼルが連れてきた外の世界の科学者の所為で近いうちにあっちは身体を取り戻しそうだし、あの子たちに希望を抱かせないであげて」

「自身に対して辛辣ですね」

「ええ、我が事ながら本当に呆れるわ。欠片を寄せ集めた継接ぎだらけの魂になって、ようやくお母さんらしい事をしてあげれなかった事を悔やむようになったんだもの。それにV.V.……ヴィクトルとはあんな事になっちゃったけど、私もシャルルには悲願を……『嘘のない世界』を諦めて欲しくないと思っているのは変わっていないから」

 

 マリアンヌが自嘲しながら呟いた『嘘のない世界』という言葉に、私は首を傾げる。

 

「『嘘のない世界』? それって……」

「お姉ちゃん、準備できたよ♪ 行き方は簡単! この額縁の中に飛び込むだけだよ♪」

「さぁ、早く行きなさい。本当に危なくなっているわよ」

 

 呟いた言葉のその意味を聞こうとしたが、準備ができたアノネの言葉に遮られ、マリアンヌに早く向かうように促された。

 

「分かりました。二人とも、本当にありがとうございました。行ってきます!」

 

 私は意を決して、皆が戦っているが光景が映し出されている額縁に飛び込んだ。

 

 

 ────────────────────

 

 

 セイリュウ達との戦いが始まってまだそれほど時間は経過していない。それにもかかわらず、コーネリア達は追い詰められていた。

 コーネリア達の戦意は全く衰えていないものの、肉体の方は大分ボロボロだ。特に青龍に対抗できうる魔法を持っているギンガさんの消耗が激しい。

 そもそもの相手の攻撃力と防御力が違い過ぎるのだ。ナイトメアフレームに比肩する相手を重火器も無しに生身で破壊しろなどと言われて可能だと言える者は普通はいない。

 ギンガの魔法は怪物相手に有効だとなり得るが、相手もそれは分かっているようで、じわじわと嬲る様に余力を奪いながら追い詰めてきている。

 それを可能としたのが、枢木セイリュウの想起のギアスだ。本来ならば対象に過去の経験などを思い起こさせる疑似的なリフレインのような能力なのだが、枢木セイリュウは精神世界という認識と意志力が力となり形を成す世界を利用して、セイリュウ自身が経験した最も調子が良い経験を想起する事でダメージを尽く無意味にしていたのだ。

 ギアスを有するマオとロロだが、マオの読心のギアスは精神世界では全方位から聞こえてきてその力を十全に発揮できず、ロロの感覚時間を止めるギアスは使い処を誤ると味方を巻き込んで状況を悪化させてしまいかねない。

 

【まずは一人】

 

 護身用の拳銃の弾丸は既に底を突き、怪物たちの隙を伺ってナナリーを救出する方法を模索していたコーネリアに、青龍の口から放たれた青い炎が迫る。

 

「させるかぁぁっ!!!」

 

 コーネリアを焼き尽くそうとする青龍の炎を、上空から落下してきた蒼月が廻転刃薙刀で薙ぎ払い吹き散らすように遮る。

 

「間に合った!」

「蒼月!? それにその声……まさか、マーヤなのか!」

「無事だったんだね!」

 

 驚きとともに喜ぶコーネリアやマオ達。一方のセイリュウは不思議そうな声色で問いかける。

 

【ほぉ、これは驚いた。まさかCの世界からこの精神世界へ戻ってこれようとはな。Cの世界は時間も空間も超越した集合無意識の世界。強い自我で霧散することなく居座る事が出来たとしても、コードユーザーでないものでは自分の世界を見失い彷徨う事になるというのに】

「私には、託された想いがある。それをやり遂げるまでは終われないの! そのためにもまずはV.V.の……ヴィクトルの暴走を止める!」

【あの坊主の真名に辿りついたか。ならばお主も知ったはずであろう? この世界が、幾たびも繰り返されてきた造り物の世界である事を】

 

 青龍が蒼月に突進し、蒼月も左肩のシールドを構えて迎撃する体勢を取る。

 ぶつかり合った双方の力は拮抗し、そのまま青龍は爪牙で蒼月の左腕部をシールドごと破壊しようとする一方で、蒼月も廻転刃薙刀をセイリュウの胴体に振るい火花を散らす。

 

【あと数年でこの世界は初期化され、似たような事が再び繰り返されるのだ。ならば、この造り物の世界を無為に繰り返す神を殺し、自分達の世界を取り戻そうとするヴィクトルこそが正義ではないのかな?】

「確かにこの世界は歪だけれども、皆が一生懸命に生きている。それを自分の都合だけで奪って良いわけがない!」

「言うではないか。何より──」

 

 拮抗する状況を崩したのは、乱入してきたグロースターカスタム(コーネリア機)グロースター(ギルフォード機)だ。

 青龍と蒼月が戦っている間に、コーネリアはマーヤがこの世界にKMFを持ち込んだ方法──想いを込めた意志が形となる精神世界の特性を理解し、ギルフォードと共に呼び出していたのだ。

 グロースターカスタム(コーネリア機)のルミナスランスとグロースター(ギルフォード機)のMVSが蒼月の廻転刃薙刀とは反対側からセイリュウの胴体を穿ち、龍鱗を削り剥がしていく。

 

「何より枢木セイリュウ、貴様からは耳障りの良い言葉で自らは矢面に立たずに利を横取りしようとする薄汚い性根を感じられる。そんな輩の言葉を素直に信じろと? 私を見くびるのも大概にしておけよ、下郎が!」

【……よもや、戦いにしか秀でていないお主に最初に気取られるとはのぉ。いや、だからこそか?】

 

 枢木セイリュウの気配が、感じさせる圧力(プレッシャー)が変わった。チートコード(想起のギアス)によって、青龍とセイリュウ(力と人格に分割していた同一存在)が一つとなる。それに呼応するように、青龍にも変化が現れる。

 まず、龍鱗が剥げ落ちた肉の肌が樹木のように変化し始めた。いや、樹木の様にというのは語弊がある。青龍はその身をまさしく大樹へと変貌させ、ナナリーを捕えている檻籠を放り捨て、目に見える速度での急成長を開始した。

 

【ヴィクトルの計画など最早どうでもよい。コレはもういらん】

「ナナリー!」

 

 ナナリーの檻籠が大地に激突する前に、放り捨てられた方向にいた蒼月(マーヤ機)が抱き抱える形で回収する事が出来たのは幸運だった。

 急成長を遂げる大樹から全員が一度離れ、KMFに乗っていない者達もKMFに掴まって距離を取る。

 

「一体、何が起こっている!?」

【儂をこの世界に閉じ込めていた憎たらしき神を殺す機会を逸するは惜しいが、最早是非も無し! この世界の全てを喰らい、そのエネルギーを持って儂は故郷(アルハザード)へと旅立とうぞ!】

 

 これこそが枢木セイリュウの本性。

 アルハザードの時代において次元世界一つを使ったゲームに取り残されたプレイヤーの生き残りにして、故郷への帰還(自らの目的)のために子孫を唆し、神殺しのお題目で嘘のない世界を望んだ者(V.V)をも誑かした外道。

 大樹へと姿を変えたソレは、精神世界の天井へとその身を伸ばし続けていく。

 

【現実世界において既に砲身(バレル)は出来上がっておる! 神殺しを成さぬならば残るはエネルギーの充填のみ! ヴィクトルによってこの精神世界に注がれたエネルギーで事足りる! お前たちは、遅かったのだ!】

 

 大樹と化したセイリュウが嘲笑しながら、ナナリーの精神世界を、彼女の精神世界に注がれた数多の命と魔力を飲み込んでいく。

 

「そんな……ナナリーちゃんを助ける事が出来ても、この精神世界そのものが喰いつくされてしまったらおしまいじゃない!」

「いや、あいつは一つミスを犯したよ。この世界の主であるナナリーを手放した」

 

 ギンガが悲観する中で、これまでの戦いでセイリュウの思考を何度も呼んでいたマオが突破口に気が付く。

 そもそも枢木セイリュウがナナリーの精神世界の中で好き勝手出来ていたのは、ナナリーが目を覚ましていないからに他ならない。だからこそ、ナナリーという人柱を取り返されないために、万が一にも目を覚ますようなことが無いように枢木セイリュウは動いていた。

 だが、V.V.の悲願に見切りをつけて自分の欲望を優先した今、万が一を起こす時間など相手にはないと短絡的な行動に出てしまったのだ。

 

「つまり、ナナリーを起こすことができれば、あの男を止める事もできる!」

「あくまで可能性の話ではあるけどね」

「ならば、腹違いの姉として私も呼びかけよう。元より、ルルーシュの奴からはナナリーを助ける力になって欲しいと頼まれているからな」

「ナナリー様のお世話をしていたメイドとして、私も力となります」

「面識はないけれども兄さんの妹を、ナナリーを僕も助けたい」

 

「それなら、私は少しでもあれを食い止めないとね」

「姫様の声が届くまで、私も食い止めて見せましょう」

「それじゃマーヤ。ナナリーに呼び掛けている間、蒼月は僕に任せてよ」

 

 コーネリアと咲世子、ロロがマーヤと共にナナリーに呼び掛ける役目を担い、ギンガとギルフォード卿、マオが大樹の浸食を抑え込む役目を買って出た。

 

「分かった。それじゃあナナリーを囲むように手を繋いで。一緒に呼び掛けよう」

 

 

 ────────────────────

 

 

 一人の少女が蹲って震えていた。

 少女の心の中だからだろうか。少女は目を開けられなくなって光と色を失ったはずなのに、ノイズ交じりの風景が視界に広がる。

 

──嘘つき

──騙していたなんて

──許せない

 

 少女が空想した学園から、周囲からは少女を責める非難の声が絶えず聞こえてくる。

 

「ごめんなさい。ごめん……なさい」

 

──お前たちが来なければ! 

──このブリキのガキが! 

──この疫病神! 

 

 耳を塞いでも、お父様(シャルル皇帝)によって兄と共に送られた日本という地で、少女の頭の中に直接怒りの声が響き続ける。

 

「私の……所為で」

 

──アレはもう駄目ですな……

──せめて足手まといがいなければ、御子息の方でどうにか……

──何の価値も残っていない塵屑が

 

 故郷の風景では、何時だったかの大人たちの落胆と嘲笑の声が、少女を嘲笑う。

 

「皆が……不幸に」

 

 少女は──ナナリーは、それらの声を否定する事が出来なかった。

 歩く事も目を開く事もできなくなった自分の所為で、多くの人たちを不幸にし彼らの人生を狂わせてしまった。

 

 ──本当の自分を周囲から隠して、自分だけ平和に生きようとする。嘘つきで自分勝手な君にそんな権利があると思っているのかい? ナナリー・ヴィ・ブリタニア。君は、今までも、これからも、周りに迷惑をかけ続けながら何もできずに生きていくしかないって理解しなよ。

 

 クラブハウスから誘拐された先で言われた言葉が、ナナリーに突き刺さって彼女の心を苛む。

 

 ──でも、そんな無価値な君に僕が価値を与えてあげるよ! この嘘だらけの世界を繰り返してばかりの神を……殺す手伝いをさせてあげる。そう……君を人柱としてね。

 

 相手に触れていないのに、その声が自分を通した誰かへの並々ならない歪んだ感情を向けていることを察してしまう。

 

 ──おめでとう。この儀式の中で君は、一時とはいえ僕と同じ不老不死になる。そして君は神を殺す弾丸に生まれ変わる。

 

 怖かった。

 アルハザードという存在が何なのかは知らない。企んでいる誰かは碌でもない事を行おうとしているのだろうと朧気にしかわからない。

 大切な人達に迷惑を掛けない事を考えるならば、自らの舌を噛み切って自害するべきなのだろう。とても痛くて、苦しい死に方らしいけれども、周りに迷惑ばかりかけ続けてきた自分の末路としては当然かもしれない。

 その覚悟はあったはずなのに……その逃げ道は塞がれてしまった。自ら命を絶ってしまったら、大切な人達が……ルルーシュ(お兄様)が悲しんでしまうと脅されてしまったから。

 

(ナナリーは、悪い子です)

 

 生徒会の皆さんの声で、孤児院の方たちの声で、私を非難し罵る言葉が絶えず聞こえ続ける。

 皆がそんな事を言うはずがないと信じたい。でも、心の奥底で私の事を邪魔だと思っているのでは? という猜疑が、私から立ち向かう勇気を奪ってしまう。

 心が軋み、手足の感覚が徐々に失われていく。周囲からの罵声は収まる気配を見せないけれども、意識も少しずつ遠くなって聞こえにくくなっているのは幸いなのだろうか? 。

 

(お兄様……私、もう──)

 

 ──ナナリー! 

 

 懐かしい、私を呼ぶ声が微かに聞こえる。その声は力強くて、でも非難や罵声ではなく私の事を想ってくれている声が。

 

 ──周りの声が邪魔だ! 僕のギアスで! 

 

 初めて聞く男の子の声の後、私を責め苛む罵声の声が止まる。

 

 ──ナナリー様、お迎えに上がりました。

 

 咲世子さん、私のために怪我をしてしまったのに……。

 

 ──ナナリー、一緒にルルーシュの下に帰ろう。

 

 マーヤさんの声と共に、温かい気持ちが流れてくる。

 

(皆……さん。私の、ために?)

 

 皆を通して、私が誘拐されている間に何が起こっていたのかを読み取ってしまう。

 私を攫った人たちの計画で多くの人たちが命を吸われ、死んでしまった方も少なくない。私が命を絶たなかった(・・・・・・・・)所為でより多くの命が奪われて、苦しめてしまった。

 そして私の心の世界を食べようとしている大きな樹がしようとしている事を見過ごしてしまったら、私の心の世界だけでなく、実際の世界にもとても大きな傷跡を残す事を理解してしまう。

 今度こそ、止めなくてはいけない。優しい皆さんを救うためにも。そのためにも……私は向き合わなくてはならない。

 

 ノイズ交じりの一つの風景に、罅が入る。それはアリエスの離宮だ。母が殺害されたあの悲しい日の風景だ。

 ナナリーは遠ざけていた思い出と向き合い、罅はどんどん大きくなっていく。思い出の風景の罅が大きくなっていくほど、ナナリーのあの時の隠された記憶を思い出していく。

 罅割れた忌まわしい記憶の風景が限界に達したその時、砕け散った風景の先には涙を流しながら私を見るお父様(シャルル皇帝)がいた。

 

 ──許せ、ナナリー。シャルル・ジ・ブリタニアが刻む。偽りの記憶を。

 

 私の中から、今まで気が付くこともなかった枷のような何かが砕けた音を、耳ではなく心で感じた。

 お父様、貴方は私たちを守るために嘘を、優しい嘘をついたのですね。優しくて、不器用で、家族思いで、身勝手なお父様。

 

 ──御免なさい、お父様。ナナリーは、悪い子になります。

 

 私は、ナナリー・ヴィ・ブリタニアは、お父様の優しさ(ギアス)を振り払って閉ざされていた瞳を開いた。




 ナナリー開眼。
 今作におけるマリアンヌは、ナナナ版の「魂の加工」を基にしたギアスで、原作版のような憑依の仕方をしている本人格とCの世界にとどまっている欠片に分裂しました。
 ちなみに青龍が大樹となったのは、青龍が司るのが「木」である事と、精神世界という大地を吸いつくそうとするイメージに起因しています。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。