シン・ウルトラマン対シン・ゴジラ (イマジンカイザー(かり))
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過ぎたるは及ばざるが如し

 

 

『ウルトラマン。そんなに人間が好きになったのか』

 

『いいだろう。君の願いを叶えよう』

 

『さあ、君と神永の身体を分離するぞ』

 

 こんなに永く眠っていられたのはいつぶりだろうか。公安警察という職を得て、それを誇りと働き始めたあの日から、枕を高くして眠れる日は無かったように思う。

 

 

「神永さん!」

「神永!」

「よかった、無事でよかった……」

「おかえりなさい」

 抜けるような青空の下、今自分が籍を置く禍特対(カトクタイ)の面々は、どうしてだか僕を囲み、涙目で目覚めを待ってくれていた。右端にいる女性は誰だ。見覚えがない。新たに他の部署から出向して来たのだろうか。ここにいる誰よりも涙を浮かべ、僕の顔を見つめている。

 

「班長。滝。船縁さん。"ネロンガ"はどうなりました。そこにいる彼女は誰です。状況は」

 自分としては、今ある疑問をストレートに述べたつもりだった。故に不思議でしようがない。そう告げたその瞬間、彼らの顔から涙が失せ、困惑の感情が上書きされていったのだから。

 

「お前、何を言っているんだ」

「はは、悪い冗談ですよ神永さん。ネロンガ。ネロンガって」

「あの。これって、もしかして……」

 この温度差は何だ。禍威獣(カイジュウ)第七号・ネロンガの襲撃。逃げ遅れた子どもを救いに出掛け、山林で気を失って……。そこから何があったのだ。

 

「神永さん」ひとり、見覚えのない女性が僕を前に驚きを以てこう続ける。

「憶えてないの? ウルトラマンとして戦った、今までのことを」

 

 ここにいた四人の顔が、一斉に僕ではなく僕の右手に集中する。何か、握っていたみたいだ。ペンライト――、だろうか? こんなものを買った・貰った覚えは無いのだが。

 けれど、今問い質すべきはそんな粗末事ではない。

 

「ウルトラマン、とは……何者ですか?」

 

 純粋な疑問から発したその言葉を耳にして、彼ら四人は再び顔を曇らせる。僕ひとりがその理由を知らぬまま。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

『正午となりました。東京のスタジオから本日のニュースをお伝えいたします。米国政府は日本国大戸島に建設したベーターシステム再現区画にてまもなく、初の巨大化実験を行われます。世界初の一大実験に大きな期待が寄せられています』

 

 東京湾から陸地を離れ千キロ弱。東京都特別区の離島・大戸島。高齢化が進み、住まう人々が二桁に留まるこの場所全土を、大仰な発電設備が覆い尽くしている。

 

「まさか、半年ぶりの出動が社会科見学とは。世も末ですね」

 彫りの深い米国の軍人や科学者らの島から少し離れた一区画。『SSSP』と文言と流星マークが印されたテーブルを囲う日本人の男女たち。各国から招待された報道班。その内のひとり、黒のスーツを若干着崩した若い男――、滝明久がうんざりとした顔でそう呟く。

「腐るな滝。米国はこの為だけに日本からこの島を買い取ったんだ。俺たちが口を挟んで止まる状況じゃない」

 彼の上司、精悍な顔つきの総元締め、田村君男班長がそんな彼の言葉をたしなめる。

「落ち込む気持ちはわかります。けど、『彼』はそれも含めて人類に託したんです。私達にはどうしようもないでしょ」

 滝の向かいの席、長い黒髪を後ろで纏めた眼鏡の女性、船縁由美がそこに続く。

「それに。成功すれば他の有象無象への抑止にもなる。悪いことばかりじゃ無いと思うけど」

 斜向かいに座す快活な女性、浅見広子が最後にそうまとめ、滝の言葉を封殺する。

「わかってます。わかってますよ、でも」

 ウルトラマンが天体制圧用最終兵器・ゼットンを異次元の彼方に追いやってから半年。人類が生き残るため、彼から託されたベーターシステムの計算式を、滝は世界中の頭脳に開示した。大国はもたらされたその情報を持ち帰り、各々が研究を重ね、一番乗りを果たしたのが米国だった。

 パイプラインや電線のジャングルを抜けた先には、直径百メートルはあらんかという半透明のドームが設けられ、百八十あるサンド式装甲板の中心地では、全長六十センチほどの赤毛のモルモットが、草を食みぷいぷいと鳴き声を上げている。

『ベムラー』と名付けられたそれが、ベーターシステム巨大化実験の礎となる被検体だ。

「僕たちは、こうならない為に頑張ったんじゃあないんですか。彼だって言ってたでしょう。現人類にベーターシステムはまだ早いって」

 滝はゼットンへの対抗策を導き出した張本人だ。「彼」がどれだけ人類に尽くしてくれたのかも知っている。こうなることは薄々勘付いていた。解っていて自分以外の頭脳に助けを求めた。そうでなければ我々は今ここにはいない。

 彼はその命を懸けて戦ってくれたのに。助けられた我々は彼の犠牲に泥を塗らんとしている。当事者としてそれが許せないのだ。

 

「いいんだ。滝。君のせいじゃない」

 

 自己嫌悪で渋い顔をする滝の肩をぽんと叩き、気にするなと声をかけた男がいる。整った容姿にピンと伸びた背筋。のりの効いた黒のスーツ。胸元に刺した流星マーク。

 彼こそが、かつてウルトラマンだった男・神永新二である。

「これ以上の事が起こらない・起こさない為にここに居る。オブザーバーとしての我々の役目はそれだけだ」

「神永さん」

 彼がいまもウルトラマンだったなら。なんの躊躇いもなく首を縦に振れただろう。けれど『彼』はもういない。いまこうして神永が自分たちとともに仕事に従事出来るのは、度重なる検査の末、彼の中にウルトラマンがおらず、『なれない』と証明されたからだ。

「そう、ですよね……」

 完全に納得していないが、他に出来ることなどなにもない。彼はウルトラマンじゃないが、発した言葉に反論するすべを滝は持っていなかった。

 

「今はただ見守ろう。総てはそれからだ」

 機械という機械が駆動を始め、島の中心部が紅く輝き始めた。いよいよだ。この星の文明をワンランク引き上げる世紀の実験が、間もなくはじまろうとしている。

 それが、ゼットンに続く地球規模の危機の引き金になろうとは、想像できる者などいようはずもなかった。

 



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来たのは誰だ

 

「ベーターシステム試作第一号、点火までカウントダウン開始します」

 大戸島の中心地に向け、網目のように張り巡らされたパイプラインが熱を帯び、島周囲の外気を二度上昇させる。物々しい轟音が地表を揺らし、そこを根城としていた魚や海鳥たちが危険を察して飛び去ってゆく。

『それ』が何を意味するのか。人類だけが知らないのだ。いや、気付かないふりをしているのか。これから生物としてワンランク上に進む彼らにとって、多少の『予兆』は些細な問題であった。

 

「点火まで五、四、三、二、一……」

 エネルギー充填率百二十パーセント。遠く離れ赤の光を見守る研究者たちが、更にその奥に控える軍人たちにお伺いを立てる。結果は応。サングラス着用の旨が放送によって伝達されてゆく。

 最早それを止める者はいない。研究者たちはごくんとつばを飲み込み、カプセルに閉じ込められた『モルモット』に別れを告げる。

 

「ベーターシステム、点火!」

 

 押し留められていた電流が中心部の一極に集まり、渦を巻いた真紅の目映い輝きが島全体を覆い尽くす。

 この場に居た誰もが眩しさに目を瞑り、減光処理を施していたビデオカメラだけが『決定的瞬間』を目撃していた。

 モルモットをそこに閉じ込めていた強化ガラスが音を立てて砕け、その後順々に外側のガラスが『内側』から次々と割れてゆく。急激に質量を増やしゆく"それ"を、そこに留め置くことが出来ないからだ。

 

「成功――、成功です! ベムラー、規定数値まで巨大化に成功!」

 体長六十センチの実験動物が、たった数秒で六十メートルまで一気に膨れ上がった。膨張したというが、見た目にはなんら変化はない。ウルトラマンをイメージした赤と白の毛色に、ひくひくとさせる鼻。餌を求めて顔を右往左往させる様。金切り音のように周囲に反響するぷいぷい声。サイズ感が異なるが、どれもモルモットのそれだ。

 実際に生物が質量を倍化させると、質量の増加に骨の強度がついてゆかず、自重で潰れ死に至る。ないし、筋肉の質量が質量に対し足りなくなるため、まともに動くことさえかなわない。『巨大化』という浪漫にこれまで人類が手を付けなかったのは、そうした理由に依るものが大きい。

「スペシウム133、成分分析開始」

「やった……やったぞ。あとはこの元素構造を解析さえ出来れば」

 だが、ウルトラマンの身体を構成していた超重元素・スペシウム133を用いたベーターシステムにはそうした制約が無い。被検体モルモット・ベムラーは巨大化した己に疑問を持つことなく、急に狭くなった"ケージ"の中でぷいぷいと鳴き続けている。

 ベムラーの脊髄付近には、データ収集兼行動制御用のマイクロチップが埋め込まれている。巨大化という異常事態を経てもなお、逃げることなく半透明のドームの中に留まっているのはその為だ。

 

「嘘でしょ!? 本当に成功させちゃった……」

「職場でよく見たモルモットちゃんですが、この大きさになると……コワいですねぇ……」

 禍特対の面々も遠巻きにその様子を眺め、人類の技術発展の瞬間に目を剥いていた。技術供与があったからとはいえ、独力でそれを成し遂げた地球の頭脳たち。かつて外星人ザラブはウルトラマンに対し彼らホモ・サピエンスの危険性を訴えかけていた。それもまた一理あるのかも知れない。

 

「滝。お前どこを見てるんだ?」

 研究者や報道機関が歓喜の声を上げる中、滝明久の興味はベムラーではなく持参したノートパソコンの方に向いていた。彼はこの技術を最初に授けられた人間だ。その結果に興味がなくてもしようがないとも言えるが――。

「班長。観てください。ベムラーの更に向こう。海上数キロのこの地点」

「モニタ……」田村は促され、哨戒レーダーのリアルタイム画像に目をやる。「確かにヘンだ。なんで、『紅い』んだ?」

「しかもこの反応。ベーターシステム点火とほぼ同じタイミングで現れました。偶然だと思いますか」

 蒼い海に朱色のインクをこぼしたようについた『朱』のマーカー。見間違いと思いたかったが、それはほんの少しずつ大きくなり、その周囲で不気味に渦を巻いている。

「必然だな」それを傍で観ていた神永が即座に断言する。「滝、データを開発スタッフに共有。班長、我々も独自の警戒態勢を取るべきかと」

「あぁ。禍特対諸君、仕事だ。総員第一種警戒態勢!」

 だが、既に手遅れであった。田村が手を叩き、呆けた職員に喝を入れたその瞬間。紅く染まったレーダー状の染みが海を割り、その雄々しき姿を衆目に晒す。

 

「な……なんだ!? なんだ!?」

「大戸島近辺海上に巨大不明生物反応! この瞬間、現れましたッ!」

 海上哨戒中のドローンから、その瞬間の映像が中枢研究セクションに届く。あの朱は沸騰の証か。尋常ならない熱により、海水が瞬間的に千度近くまで沸騰している。

 

「ま、まさか……アレって……」

「今更、どうしてこんな時に」

 赤熱した海水が瘤めいて隆起し、水が弾け、そこに隠れた存在があらわとなる。

 溶岩めいて黒々とした体表。ごつごつとした皮膚組織。その合間合間に亀裂が走り朱のラインが縦横無尽に引かれた異形。

 彼ら禍特対は奴を知っている。いや、日本人ならばその殆どがその名前を識っている。この国が禍威獣大国になったその発端、当時の自衛隊が死力を尽くして討ち果たした最初の脅威。

 

「ゴメス……。なんで、ゴメスがここに!?」



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禍威獣第九号・『』

Q:米国って設定のはずなのに、みんな日本語で喋ってませんか?


A:空想と浪漫です。





 

『テレビを御覧の皆様、あの異様が見えますでしょうか。世紀の実験を行うこの大戸島海上に、突如禍威獣が出現しました! 』

 

 溶岩めいてごつごつとした体表。その節々から縦横無尽に駆け巡る朱のライン。波しぶきを上げて舞い上がる長い尻尾。どれもこれも、かつて日本を騒がせた巨大不明生物、ゴメスの特徴と合致している。

「待ってください。ゴメス……。あれ、本当にゴメスですか?!」

 誰もそうであると信じて疑わない中、禍特対所属の生物学者・船縁由美がただ一人異を唱えた。長らく禍威獣と関わっていた彼女は、モニタ越しであっても微妙な『違和感』に気付いていた。

「この画像と見比べてください。額の角、胸部・腹部の体毛。奴にはそのどちらもありません」

 第一印象に歪められ、そうだと思いこむことは往々にしてあり得ることだ。禍特対メンバーは船縁の端末に保存された画像とカメラ映像とを見比べ、その差異を理解する。

 

「それに……」船縁の目は映像ではなく実際に奴が現れた海岸に向かう。大津波で周囲に築かれた防波堤ブロックを根こそぎ流し、今まさに大戸島への第一歩を踏み出す瞬間であった。

「私達の識るゴメスは六十メートルほどでした。目算ですが、あれは既に百メートル近くあります」

 大戸島は海辺から彼らの座す研究区画まで多少勾配のある丘を登って行かなくてはならない。あの禍威獣は上陸直後からその不気味な頭を地平線の向こうに晒している。六十メートル級ではありえない事態だ。

 

「好都合だ」

 もたらされた情報が研究チームに行き渡り、研究者らが慌てふためく中、軍事顧問らしいヒゲを蓄えた男性が、ニイと口元を吊り上げそう呟く。

「我々の技術力が試される時が来た。禍威獣に勝てなくて何がベーターシステムだ。やってやろうじゃないか」

「顧問。一体何を」

「ベムラーに下命せよ。あの敵性大型生物を斃せとな。あれはウルトラマンと同じカラダぞ。何を恐れることがある」

 

「班長。あんなことを言っていますが」

「まったく。米国サマはお気楽なことで」

 国土を目の敵にされたことがないからそんなことを言えるのだ。浅見と田村は彼らの決定を傍で聞き、危機意識の薄さにため息を一つ。

「あちらの名誉がどうあれ、研究者たちはすぐにこの場を離れてもらいましょう」

「ですね。あの巨体、たとえ斃せたとしてサンプルやデータは吹っ飛ぶでしょうし」

 幸か不幸か、ベーターシステムで巨大化した人間がどれだけ強固な存在なのかのデータはある。同じ体表を持ったウルトラマンがネロンガやガボラといった禍威獣を相手に傷一つ付かなかったのも事実だ。

 ならば米国の面子を潰すだけのオピニオンはこちらには無い。退去を促し、お手並み拝見。外様たる彼ら禍特対に出来ることはそれしかない。

 

「ベムラー、攻撃態勢に入りました」

「よろしい。奴を海中に追い返せ」

 マイクロチップから脊椎に興奮作用が発せられ、モルモットの目に闘志が宿る。毛が逆立ち、固い前歯をかちかちと摺り合わす。

「突撃!」

 半透明のドームが左右に開き、いきりたつモルモットが解き放たれた。短い前後の脚で道を塞ぐ岩石や廃屋を荒々しく踏み鳴らし、今まさに海岸へ上がった禍威獣の元へ駆けてゆく。

 

「ベムラー、突貫!」

 四つ足で地面が陥没するほど地を蹴って、モルモットの身体が弾丸めいて飛んだ。狙い澄まし放たれた文字通りの肉弾は、禍威獣の腹部に突き刺さり、奴を海岸から水まで押し戻す。かの禍威獣はゴスと違い、体格の割に腕がほっそりとしており、腹に刺さったこのモルモットに触れることさえ出来ていない。

「良し、行けるぞ」

「行けベムラー、そのまま畳みかけろッ」

 スペシウム133で強化されたその体は、タックル程度ではびくともしない。やつも所詮はでくの坊。ゴメスが何だ。デカいのが何だ。こちらはベーターシステムを掌握したのだ。何を恐れることがある。

「ベムラー、錐揉み回転!」

「行ける……行けますっ、奴め為す術もありません」

 米国の軍人や科学者たちは勝利を確信し、拳を突き上げ歓喜の声を上げる。だが、ここがピークであった。海に押し戻されつつあるこの禍威獣は、錐揉みで皮膚を削られながらも、身体の内側でメキメキと不可思議な音を立て続けていた。

 

「なんだ……? 何が起こった?!」

「ああ、そんな! ベムラー!」

 それはまるで、蛹の羽化を早回しで見ているかの如し。ほっそりとしていた禍威獣の腕に筋繊維がまとわり付き、あっという間に丸太のように太い腕が生成されてゆく。

「退避、退避だッ」

「駄目です。抑え込まれました!」

 攻めている間は完全に無防備。勢い込んで禍威獣を海に追いやらんとしていたモルモットは、逆に両腰部をがっちりと掴まれ、尋常ならざる圧力を押し付けられている。

「ああ、あぁ……ベムラー……!」

「こんなことが、あり得ない!」

 圧を受け、上下に伸びたセンベイと化したモルモットは、閾値(いきち)を超えてその頂点から紅い輝きを噴き出した。瞬間、空気の抜けた風船めいてスペシウム133に支えられた身体がしぼんでゆく。

 ばん、と禍威獣が掌を突き合わせた。六十メートルの巨体はもうどこにも無く、小さな小さな素体モルモットが指の間をすり抜けて落下し、荒れ狂う波に攫われていった。

 

「こんな……馬鹿な……」

「この周辺海域には、今の今までクジラ一匹、イルカ一匹いなかったと言うのに……」

 あの高揚は何処へ行ったのか。米国研究員、軍関係者の誰もが口をつぐみ項垂れている。きょうこの島は人類革新の第一歩となる筈であった。事実実験は成功し、十分なデータが集まるはずであった。その結果がこれだ。あれは何だ。ゴメスでないなら何だ。我々は一体、何にやられたというのだ!

 

「『呉爾羅』」

 米側の重苦しい空気も物ともせず、ひとりキーボードを叩いてデータ検索を行っていた船縁が声を上げる。

「やっぱりあれはゴメスじゃなかった。見てください、大戸島に古くから伝わる伝説。海より現れ、気まぐれに嵐の如き災禍を起こし人々を襲う海神呉爾羅。黒々とした皮膚にギョロッとした目。身体中に引かれた燃えるような赤の荒縄。特徴が合致しています」

 船縁が皆に見せたのは、千年近く前に記されたとされる古文書の一頁だ。墨と血で荒々しく書き殴ったそれは、今目の前に居る禍威獣の姿と一致する。

「禍威獣第九号、海神・呉爾羅(ゴジラ)か……」

 田村班長は液晶画面と今目の前に映るそれとを見比べ、苦々しくそう呟いた。



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「彼」はまだそこにいる

 

 

『――中継で確認したよ。これまた、厄介な事案だな』

「現在即応策を検討中です。しばしお待ちを」

『――急いでくれよ。ただでさえ島民百五十二人の反感を買ってるんだ。ここから火が付き、反米に結びつくと大変なことになる』

 禍特対の総元締め、宗像龍彦室長は霞が関の自身のオフィスから、中継映像を見やり、苦々しく電話口の田村にそう告げる。

『――しかし呉爾羅。ゴジラねえ。防災大臣は命名が出来ず悔しがるだろうな』

「でしょうね」

 当たり障りのない会話で締め、田村は再び現場に戻る。禍威獣ゴジラは再び大戸島に上陸し、ゆっくりとベーターシステムの方へと向かって来ている。

 

「皆さん落ち着いて、ゆっくりと進んでください!」

「VTOLの数には余裕があります。慌てずに次を待ってください」

 まるで平日ラッシュ時の都営線のような賑わいだ。研究員たちが資料の束を抱え、我先と飛行機に乗り込んでゆく。

 

「ゴジラは何故また島に向かって来てるんでしょう? ベムラーから上がってくるなと攻撃を受けたというのに」

「敵対するベムラーがいなくなり、それでもなおというのなら、ベーターシステムを狙ってるんじゃないですか?」

 対して、常日頃禍威獣災害対策に追われる禍特対は冷静そのもの。退避は米科学者優先とはいえ、ゴジラが迫るその中でもキーボードを叩き、善後策への意見を出し合っている。

 

「狙いがベータシステムなら電源を切るのが先決だ。滝、電源を切れ」

「了解です」

 外様だった滝が、こんな状況の時だけ駆り出され、無茶振りを任される。なれど滝に不平不満をこぼす様子はない。それが彼らの仕事だからだ。

「これ、相当複雑に入り組んでます。完全に消えるまで五分はかかるかと」

「五分か……」田村は迫るゴジラと装置、そして飛び立つ多発機群を交互に見やり。「時間が無い。我々も直ぐにここを離れるぞ」

「了解」

 班長の決定に異を唱えるメンバーもいない。逃がすべき米の面々は既に空の上。国際問題になるかも知れないが、彼らに研究まで守り通す義理はない。

 

「待ってください班長……これと、これを……」

 滝は脱出のついでと周囲のパソコンを探り、ハードディスク・ドライブをニ・三掴み、そのまま禍特対専用機に乗り込む。

「全員搭乗しました。お願いします」

 あとは発進するだけ、だったのだが――。

「どうしたんですか。何故」

「無理です。震動で、スラストレバーが上がりませんッ」

 覚悟を以て仕事に臨んだその姿勢が仇となったか。離陸出来ず迫るゴジラから逃げられない。

 

「まずい……!」

 このままでは全員奴に踏まれてお陀仏だ。神永新二はシートベルトを外し、機外に飛び出した。

「待って神永さん、何を!」

「自分がベーターシステムを操作し、奴の注意を引きます。班長、その内に離陸を」

 地響きが離陸を阻害するほどの距離だ。それが如何ほどの時間稼ぎになると言うのか。なれど神永は止まらない。機に留まり怯えているのもまた無駄以外の何物でもないからだ。

「無茶です神永さん! 戻って!」

「ゴジラが! ゴジラが来るっ」

 女性陣の発言を右から左に流し、滝がシャットダウンしかけた装置を再びオンラインへ切り替える。

「く……っ!!」

 装置の外郭を壊し、遂にゴジラがベーターシステム区画の中に乗り込んで来た。等しく総てを見下すその瞳は、どんな意思を宿しているのか全く判断できない。

 

「神永さん!!」

「神永、逃げろぉ!」

 ゴジラはもう目と鼻の先。そんな叫びなど無駄だと分かっている。神永自身も何も出来ずただ見上げる事しかできなかった。

(これは……?)

 窮地に立たされた神永は殆ど無意識に、スーツの胸ポケットに手を入れていた。どうにか出来ると? 彼はもういないというのに!

 

「え」

 結果的にはそれが最適解となったのだが。訳のわからない衝動に駆られた神永は、彼から託されたベーターカプセルを『点火』。瞬間、朱の光と共に虚空に大穴が開き、巨大な拳がゴジラ目掛けて放たれた。

 

「今のは、一体……」

 完全に不意を突かれたゴジラは、この一撃を喰って体勢を崩し、横倒しになって周囲の岩や土を爆ぜ飛ばしながら落下。再び海まで押し戻された。対して拳はどうか。完全に伸び切った赤と銀の腕は役目を終えたと共に泡と消え、虚空の大穴も即座に塞がった。

 

("彼"、なのか?)

 ベーターカプセルに灯った朱の光は既に輝きを失い消えていた。同時に、オンラインのシステムは音を立てて寸断され、一斉にオフラインに変わってゆく。

「神永、何を呆けている!」

「乗ってください! 発進できます!」

 ゴジラが大戸島から投げ出され、ようやく離陸の準備が整った。神永は困惑を抱えながらも班長らの檄を受け、駆け足で機内に乗り込んでゆく。

 

「どうしてあんな無茶したの! 貴方独り残ったってどうにか出来る状況じゃなかったでしょ!?」

「悪かったとは思っている」

 戻った神永を待っていたのは蒼い顔をした浅見からの叱責だった。彼はそれを平と流しながら、右手に握ったベーターカプセルに目を向ける。

(さっきのは、夢か何かか……?)

 あの瞬間、これは確かに『起動』した。今の今まで、研究機関に託されてなお一度も作動しなかったのに何故。出来ると感じたから? そんな根性論モドキで動くなら苦労はないし、禍特対(ここ)には居られなかっただろう。

 

「班長、見てください! ゴジラが!」

 多発機が島を離れ、危険域を脱したその瞬間。窓に張り付いていた船縁が裏返った声で叫ぶ。

 殴り飛ばされ海に没したゴジラもまた、体勢を立て直しており、既にその半身を海水に沈め、沖へ向かって進んでいた。待てよ海水? ベーターシステムは島にある。奴の狙いはそれじゃないのか?

 

「まずい……まずいですよこれ」

 膝の上にノートパソコンを載せ、ゴジラの様子を伺っていた滝は、深刻そうな声で話題に乗る。

「前提が間違っていたのかも知れません。あくまでベーターシステムが桁違いなだけで、奴を誘引するのはもっと別」

「別?」田村班長が問う。「つまり、何だ」

「ベーターシステムが消えた瞬間、奴は海に向かって動き出しました。恐らくゴジラは『エネルギー』の無い場所には興味がないんです。このまま直線状に進んだ先に何があると思いますか」

 滝はモニタ上の日本地図を縮小し、ゴジラの予想進行ルートを指し示す。大戸島は東京都特別区の離島だ。エネルギーを求め動く禍威獣が次に向かう場所はただ一つ。

 

「『東京都心』……! 上陸して一切合切破壊しようっていうのか、ゴジラ……」



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ゴジラ追撃せよ

 

※ ※ ※

 

『爆撃機、作戦可能空域に到着』

『同じく第八艦隊、東京湾に現着』

 ゴジラが大戸島から海へと渡り、東京都心を目指し移動を開始してから間もなく三十分。命からがら逃げ帰った米の軍人らは横須賀・厚木の基地に迎撃を要請。米が誇る海・空の精鋭がこの地点に集結することになった。

 

「いやはや、普段傍観の立場の米軍が、まさか日本のために出動してくれるとは」

「日本のため、じゃないわ」船縁の言葉を、浅見が即座に訂正する。「あれは向こうの面子の問題。完璧な筈の計画に入り込んだ唯一のノイズ。他国に先駆けたプレゼンテーションの場を潰されたのだから、斃して体面を保ちたいってだけよ」

 米の研究班から少し遅れ、大戸島から脱出した禍特対の面々は、物騒な武装とゴジラがかち合う様を見、他人事のようにそうぼやく。

 ベーターシステムの原理がもたらされてから半年、世界は冷戦時代に逆戻りしたかのような開発競争に突入し、各国がしのぎを削っていた。結果レースの一番乗りを果たしたのがアメリカだ。実験の成否はそのまま世界への示威に繋がる。

 この失態はゴジラの姿と共に全世界に実況生中継されてしまった。恥を濯がねば、アメリカという国の威信に関わるからだ。

 

「舐められたら殺すじゃないですけれど、米軍マジで本気っぽいですね」同じ画面で五つほどの作業を並行でこなしつつ、滝が彼女たちの言葉に乗っかる。「使用兵器の詳細来てます。発破用のD-03削岩弾五十、硬芯徹甲短距離巡行ミサイル百基、それにこれ……。絶対零度砲《アブソリュート・ゼロ》を積んだ軍艦ですって。ベーターシステムの次は新型兵器の実験かよって」

 マイナスを取り戻すという意味ではこれ以上なくポジティブか。それを領海内でされる日本国はたまったものではないが。

「効果があると思うか?」田村は滝のモニタを覗き見つつ。「ゴメス事案の時は、自衛隊の総力を結集して排除できたが」

「エビデンスが少ないので何とも。体長はゴメスのほぼ倍。ベータ―システムに干渉し、握り潰せるほどの握力を持っている。僕たちが知っているのはそれだけですから」

 

「始まるぞ」ひとり、変わらずガラス越しに外を見ていた神永が無感情にそう呟く。「どう転ぶであれ、我々も早く陸に上がりましょう。フレンドリーファイアの可能性があります」

「そう、だな」あんなことがあったのに、神永はいつも通りの怜悧な顔か。何一つ動揺する素振りのない彼を見て、田村は心中そう独り言ちた。

 

※ ※ ※

 

『D-03、発射!』

『発射!』

 戦闘機群がゴジラを間合いに捉えた。搭載された弾頭を敵の下半身目掛けて解き放つ。

 初弾十がゴジラの両脚に接地。取り付いた弾頭は内包された錐揉みドリルを展開。硬い固い表皮を貫き突き進む。

 

『D-03効果あり。ゴジラ、表皮から出血を確認』

 百メートル強の巨体からすれば、多少蚊が刺したくらいのものではあるが。赤熱するゴジラの血液が零れ落ち、海水を瞬間的に湯立たせる。

 

『行けるぞ。『フルメタル・ミサイル』、発射!』

『発射!』

 機がターンを描き射程を離れたその瞬間、甲板の砲塔から鈍色の弾頭がゴジラ目掛け放たれた。的がこれだけ近ければ外しようがない。ぎっちりと質量の詰まった弾頭が、ゴジラの腕や腹に突き刺さった。

 ガボラ事案の後、米国が日本に売り付けるため開発した次世代の硬芯徹甲弾、通称『フルメタル・ミサイル』。爆薬の類は無く、純度の高い合金を敷き詰めた運動エネルギーミサイルであり、一発で厚さ十メートルの鉄筋コンクリートを二十枚貫通させられるだけの威力を誇る。

 

『フルメタル・ミサイル、全弾命中!』

『図体がデカくとも所詮は生物。表皮を貫くこの攻撃には耐えられまい!』

 そう。生物なら(・・・・)耐えられない。だが彼らが相手にしているのは禍威獣だ。長らく災害にも似たそれを相手取る日本とその他の国では、そこの認識に大きな差異がある。

 

「滅茶苦茶でしょ、これ……」

 モニタで米の攻撃を観察していた船縁は、ゴジラのサーモスキャナーを目に困惑の溜息を漏らす。

「どうした船縁」

「米国も可哀想に。これ、通常兵器でどうこうって話じゃ無さそうです」

 

 船縁の感じた疑念は、遠く米艦隊司令部にも伝わっていた。尤も、彼らは同じデータを観ているだけではあるのだが。

『どういうことだ、これは』

『フルメタル・ミサイルが、効いてない……?』

 D-03の時は着弾と共に表皮が剥がれ、赤熱した血液が流れていた。しかし今回は違う。どれだけ多くを撃ち込もうと、ゴジラは何のアクションも起こさない。

「見てくださいこれ。右が五分前。左がいま。硬い表皮が柔い皮膚に変質しています」

 ぶよん、という音とともに、挿し込まれたミサイルが水面に次々落ちてゆく。穴の開いた箇所は即座に肉で埋められ、傷らしい傷は何処にもない。

「どういうことだ船縁」

「今はまだ仮説でしかないのですが」話す彼女も混乱した様子で言葉を返し。「定向進化、もしくは成長。削岩弾で表皮に穴を開けて来ると理解したから、自らを柔い身体に作り変え、無力化しようとしたのだと思います」

「定向進化って」滝が即座に話に乗る。「攻撃が始まってまだ何分ですか。幾ら何でも早すぎますよ」

「そう、『早すぎる』」船縁は大真面目な顔で首肯し、「ほんと、常識ハズレの禍威獣だわ。我々人類や原生生物とは適応力がダンチなんでしょう。このまま『学習』させ続けたら、それこそ何も通じなくなる」

 

『我々の攻撃がまるで通じないとは』

 船縁の疑念と同じところに至ったか定かではないが、米側司令部にも緊張が走る。即断即決はリーダーの特権だ。彼は無数の勲章が付いた帽子を被り直すと、部下らに無線にて檄を飛ばす。

 

『絶対零度砲《アブソリュート・ゼロ》準備。今より他船舶は速やかにその場から退避せよ!』

 下命を受け、甲板の実に半分を占める超巨大砲塔を載せた戦艦が、ゴジラの前に立ちはだかった。砲は既に充填体勢に入っており、蒼色の輝きが大型合成ダイヤモンドの砲口に集束されてゆく。

 

『奴を氷漬けにしてやれ! アブソリュート・ゼロ! 発射ぁ!』

 直径十メートルほどに収縮された蒼の輝きが、砲塔からゴジラ目掛け解き放たれた。艦の舳先が、直線を進むその軌跡が、南極の氷めいた足場を生成していく。

 マイナス273.1の冷気を光弾として放つ米の新兵器。船の動力総てを犠牲にする金食い虫だが、そうするだけの価値はある。

 

『アブソリュート・ゼロ、命中!』

『目標、凍結を確認!』

 着弾したゴジラの体が瞬時に固まり、その周囲の海水に美しい氷華を形作った。如何に柔軟な身体とて、絶対零度の一撃には耐えられまい。

 

「やばいです……ヤバいやつですよこれ」

 だが、傍でそれを見守る禍特対は誰一人として安心していなかった。氷結し、動きを止めたその中で。ゴジラのサーモグラフが真っ赤に染まっていたからだ。

「ゴジラの体内に高エネルギー反応……。ガボラの時と同じパターン……」

「じょ。ジョーダンでしょ!?」滝が素っ頓狂な声を上げ。「マジで? まじで来るの?!」

「でも、たぶんそういう事よ、これ」船縁が頭を掻いて嘆息し。「来るわよ、たぶん。だってそうとしか考えられないもの」

 

 

『なんだ……何が起こっている!?』

『表面温度急激に上昇! 一体、何をするつもりなんだ……?』

 氷漬けにされたゴジラの胸部が紅く発光し、冷え固まった身体に亀裂が走る。氷結が長く保たないのは誰の目にも明らかだった。凍っていたはずの表皮はぱらぱらとめくれ、湯気となって消えてゆく。

 ――GRR……AGGGAAAAAA!!!!!!

 胸から順に首、頭と氷結が溶け、自由になったと同時に、腹の底に響くような恐ろしい叫び声を上げる。何かの威嚇か? 否、既に威嚇で済むフェーズではない。不揃いの背びれがストロボめいた発光を繰り返し、ゴジラの喉元に『なにか』が集束し始める。

 ゴジラの目が黒い瞬膜に覆われ、開いた大口がコブラめいて左右に割れた。そこから数えてほぼ二秒後。ゴジラの口内からどす黒い煙が噴き出し、それを起点に炎が着火。奴の体長を遥かに超えるバーナーへと変貌する。

『ひ、火!?』

『火が! ああ、火が!』

 無論狙いは敵艦隊。噴き出した火を甲板に放射し、右端の戦艦から順に焼いていく。焼かれて機能不全に陥った『だけ』の船は幸いだ。炎は徐々に範囲を狭めて引き絞り、紫色の光線へと形を変えた。

『メーデー! メーデー! メーデー!!!!』

 それはまるで、何でも焼き切るレーザーバーナーのよう。光線の前には如何な装甲も用をなさず、動力源を撃ち抜かれて大破炎上。再起動まで残り五分を控え、静かにその時を待っていた旗艦は、無用の長物と化したアブソリュート・ゼロと共に爆破。残る船は陣形を崩し、各々がパニックの中逃げ惑うが、最早たどる運命は皆同じであろう。

 

 面目を保つどころか、恥の上塗りとなった訳だが、それを責める国はどこにもあるまい。アメリカの最先端戦力ですら留め置くことさえ出来なかった前代未聞の禍威獣。世界はモニタ越しにこの恐怖を目の当たりにすることとなった。

 

 

「あの。こんな時に何ですが」

 滝は、この惨状に蒼い顔をしつつも、現実逃避のように持論を述べる。

「米軍の見立ては間違ってなかった。あの時、大戸島には生物と言う生物が近寄れなかったのは確かです。さっき接収したデータがそれを裏付けてます」

「じゃあ、アレはなんだって言うの」なんとなく、先が読めて来た気がする。浅見ははっきりとした解を求め、滝に疑問をぶつけた。

「僕たちは『彼』からもたらされた式を基にベーターシステムを作り上げました。彼が知る範囲のね。『彼』は自身の本体をプランクブレーンに隠し、ベーターカプセル点火すると共に、それをこの世界に一瞬現出させていた――」

「だから、それが……?」

「米は功を焦るあまり、『完璧に』トレースしてしまったんです。起動とともにプランクブレーンを開き、こことは違う異世界を開いてしまった……」

 完全に僕の仮説ですけど、と彼は言う。だが、それを否定するものは誰もいなかった。否定できるわけがない。こんな事ができる禍威獣など、この世界には存在しないのだから。

 

「じゃあ、何か?」田村が驚いた顔で問う。「ゴジラは、我々が異世界から、呼び寄せた……と」



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救いの神来たれり

・禍威獣八号はガボラでは? というご指摘をいただきました。
全くもってその通りです。数え間違いをしておりました。
というわけで追々直してまいります。ご了承ください。


 

「ゴジラ……館山を抜け、東京湾沿岸に接近……」

 横田・横須賀駐屯の米海軍、損耗率九割。ひとしきり熱線を吐き尽くしたゴジラは水面に艦首を晒す船舶や、帰る場所もなく右往左往する戦闘機を無視し、首都圏を目指し今もなお海上を進んでいる。

 改めて攻撃しようという者はいない。米が誇る最終兵器(アブソリュート・ゼロ)が無力化されたのだ。木っ端の彼らに何が出来るというのか。

 

「これはもう、米国を責めてどうなるって話じゃないですよ」船縁は広がる惨状を見下ろして呟く。「遅かれ早かれ、どこかの国がババを引いてたって話ですし」

「こうならないため……こういう事態を起こさない為に僕たちは居たはずなのに……!」

 滝は握り拳で壁を叩き、苛立ちを顔に滲ませて。

「済んだことは済んだことだ」田村はそんな滝の肩をぽんと叩き、怜悧な表情で続ける。「俺たちオブザーバーの仕事はアフターケアだ。一刻も早く事態を収拾しよう」

 どこまでもドライなのは班長としての資質か、矜持か。はたまた両方か。未曾有の脅威にはもう慣れた。たらればの話をするくらいなら、この先をどう防ぐかを考えたほうが気分が良い。

「とはいえ班長、あれだけデータがあっても、現状出せる案なんて静観くらいしかありませんよ」

「現場のサーベイを拾いました」船縁が二人の間に割って入り。「あの『激ヤバ光線』……。予想通り、核物質です」

 あれだけの巨体を維持し、行動出来る代物ともなればモノも限られてくる。おまけに、それを光線として打ち出した上、何の制約も無いとなれば、体内の保有量も天井知らずと言ったところか。

「パゴス、ガボラと同じ事案か……厄介だな……」

 今さっき諦めるなと檄を飛ばしたが、その意志さえ鈍りそうになる。かの二体と違い、ゴジラは首都圏到達直前だ。座して待つ訳にも、消極的な対策を取る訳にもゆかない。

 

「いや、待て」そこに、田村の所持する携帯電話が着信音を打ち鳴らす。「宗像室長からだ」

 その報に全員がイヤホンを付け、田村が電話を取る。

『――やあ諸君。君達に良いニュースと悪いニュースがある。どちらから聞きたい?』

 この場合、どちらも宜しくない事態なのは、経験で何となく察している。「良い方から」

『――自分のケツは自分で拭く、ってことだろうが、米国があれの処理は最後まで責任を取ると約束してくれたよ。何とかする手立てを見つけたそうだ』

 そう話す宗像の声は、どこか投げやりだ。それは何故か。「では、悪いニュースは」

『――米国政府はかの禍威獣、ゴジラの駆除に核兵器を用いると決めたそうだ。たった今行われた緊急各国首脳会談でG9八国が批准。本国だけが態度を渋っているが、首を縦に振るのは時間の問題だ』

 

「じょ、ジョーダンでしょ!?」浅見が目を剥いてそう吐き捨て。

「ゴジラは絶対零度化でも即応し、その後難なく行動しています。となれば核で根こそぎ滅却するのは理に適っていますが」船縁は生物学の観点からそう告げ。

「だからって、選ぶなよ……」滝がやりどころの無い怒りをぶちまけて。

 

『――現在、会議の場で総理が結論を引き伸ばして耐えている。君たちは避難指示と有効な対策を考えてくれ、以上』

 これを無策丸投げと思うだろうか。思いたくもなるが、ここまでべらぼうな展開が続くとそうも言えない。宗像ら政府の上層はむしろよくやっている方だ。こうも八方ふさがりの状況では、逃げ出したところで政府筋の人間は誰も文句は言えまい。

 

「室長の言った通りだ。浅見、禍特対権限で警戒レベルを特Aに引き上げる。都二十三区に広域の避難命令を発令させろ」

「了解しました。直ちに」

「今からではシェルターへの避難は間に合いません。自宅待機、地下鉄構内への避難など必要かと思われます」

 物申す権利がないのが中間管理職の辛いところか。それが焼け石に水と解っていても、今できる最善に注力しなくてはならない。たとえ今頑張ったとして、救える命は微々たるもの。それも全て呑み込んでいるからやりきれない。

 

「ゴジラ、風の塔を通過、羽田空港付近に接近中」

「空港から離岸というわけか。浅見、情報を通達、自衛隊に速やかに応援を要請しろ」

 もう駄目だ。おしまいだ。この国はあれに蹂躙されて終わるんだ。そこらかしこで聞こえる絶望の声、避難せず留まろうとする人々。可視化できる形での厄災。どれだけ賢くなろうともヒトは所詮ヒトであり、荒ぶる厄災に対しては無力。誰もがそんな諦念を抱えたその只中。ゴジラが足を止め、その場に留まった。

 

「なん……だと?!」

「滝君。私のほっぺ、つねってください」

「もう既に自分でつねってます。夢じゃないです、現実です」

 急になんだ? 止まってくれという願いが通じたか? 遅れてきたガス欠か? 誰彼もが当惑し、この状況を理解出来ないでいる。

 

「どうやら、自分の意志で止まったんじゃなさそうですね」皆が取るべき手を決めあぐねる中、神永が怜悧な顔でそう呟く。「見てください。動こうとする膂力を別の何かが抑え込んでいる」

 動揺で誰もがちゃんと見ていなかったが、足を止めたゴジラの全身に、黒い鎖めいた何かが張り巡らされている。動けば動くほどきつく締まり、巨大な口も幾重にも巻き付けられ、開くことさえ許されない。

 いつ、どこでこんなものを? 自分たちは真近でその動向を探っていた筈なのに。

 

『誰って? そりゃあ勿論、俺様だよ』

 

 聞き覚えのない男の声に、その場にいた五人が同時に同じ方向を向いた。神永のすぐ後ろに、黒ずくめのロングコートを纏った若い男が立っている。

 

「何者だ、どこから入った!?」

『オイオイオイオイ、救世主サマに対して何だその態度は』黒髪を逆立て、黒のバイザーで目を覆ったその男は、向けられた銃口に不快感を示し。

『別に取って食おうって訳じゃない。物騒なものはしまって、お互い話をしようじゃないか』

 平と手を振り、矛を収めよと訴えるものの、その口調からはこちらへの確かな侮蔑が見て取れる。だが向こうの言葉も一理ある。実際、上陸寸前だったゴジラは今もなお、羽田空港前で止まっているのだから。

 

「いいだろう」田村は他の四人に警戒を解くよう促し。「お前は一体何者だ。目的は何だ」

『名前、か』コートの男は額に人差し指を当て、暫し黙考すると。『悪いがお前達人間に発音出来るものではない。故にこう呼べ。"エックス"と』

「外星人、エックス」かつて来訪したメフィラスと同じタイプか。多少奇抜な格好を除けば、外見は同じ人間にしか見えない。

『それと、目的だったな。それについてこの国のトップと話がしたい。取り次いでもらおう。舞台はそうだな……』

 "エックス"は窓越しに周囲を見回し、滝や船縁を押しのけ、指を指す。『あそこだ』

 

「あそこ、って……」

『何だ、不服か?』

「いや、不服というか……」

 彼が選んだのは空港にほど近く、海沿いに面し、大観覧車や城のそびえ立つレジャーランド。年間三千万人が足を運ぶ夢の国。

「本当に、あそこにするおつもりで?」

『あぁ。今決めた、そう決めた。浦安ネズミーリゾート。そこで待つ。この国のトップを連れて来い』



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弱肉強食

 

※ ※ ※

 

「また外星人案件か?」

「ええ。総理と話がしたい。それまで交渉の席につくつもりはないと」

 首都東京の政治的中心地・霞が関。内閣総理大臣の大隈は既知の官僚や護衛の黒服たちらに連れ添われ、建物前に待機していた乗用車に乗り込んだ。

 車は日比谷から銀座に向かい高速道へ。海沿いをひた走る中、大熊は東京湾にちらと目をやる。

「あの禍威獣をたったひとりで抑えつける技術力……。末恐ろしいものだ」

 ゴジラが羽田空港直前で活動を停止してからまもなく四時間。夕暮れ時の茜色が空の彼方に染め始め、推定百二十メートルの巨体を不気味に際立たせる。俗世への馴染み具合はまるで、昔からそこにあったようにさえ思える。ゴジラの拘束に伴い、米が決めていた核攻撃も棚上げとなった。

 たとえ危険な存在であっても、四時間も動かないのであれば『もう大丈夫』と普段通りの活動に戻ってしまうのがこの国だ。その精神性が幾度となく襲来する禍威獣災害という危機を経てなお、国という『カタチ』を保っていられる理由なのだが、あれは駆除された訳ではない。その証拠に、今なお奴に目を向けると、目玉だけがギョロリとこちらに目線を返してくる。もしまだ動き出したとなれば――。考えるだけでもおそろしい。

 だからこそ、向こうの求めに応じ、官邸を出た訳なのだが。大隈総理はただでさえ深い目元の皺を寄せ、うんざりと溜め息を一つ。

「冗談だと思いたいがね。まさか、家族サービス以外でこんなところに寄ることになるとは」

「堅苦しい場は嫌いなのでしょう。いいじゃないですか、無礼講ってことで」

 などと、いい加減なことを宣ったのは防災大臣の小室だ。そういう飄々とした性格故に設立から今まで庁の長に居る訳だが、流石にこれは無神経すぎた。睨みの効いた大隈の目を見、『失言でした』と頭を下げる。

 尤も、冗談だと思いたいのはここにいる誰もが同じ思いなのだが。総理ら官僚を載せた数台の車は、『浦安ネズミーランド』の正門前で停車し、律儀に入場券を買い込んだ。

 

『やあ諸君。随分と遅かったじゃあないか。お蔭でしっかり堪能させてもらったが』

 アトラクション群やすれ違う人々の奇異の声には目もくれず、指定されたシンデレラ城前フードコートにスーツ姿の男女が集う。

『はじめまして日本国首相とその取り巻き共。俺様が、お前たちの言うところの、『外星人・エックス』だ』

 ドリンクを片手に逆立った黒髪の上からネズミーマウスのカチューシャを無理矢理被った、黒尽くめのそれはそれは怪しい男の姿がそこにあった。

 

 

※ ※ ※

 

「あのエックスって外星人、どうにもいけ好かないのよね」

「そりゃあ、ここに居る誰もが同じ思いだろ」

 政府の面々が外星人と接触したその最中。彼をネズミーランドまで送り届けた禍特対の面々はランドの外苑に機を降ろし、下命もなく手持ち無沙汰にしていた。

 浅見は自分たちが外されたことに憤慨し、田村と神永は周囲の警戒。船縁はゴジラとパソコンとを見比べ、滝は誰とも話さず、ひたすら自らのパソコンに向かい、『何か』をし続けている。

『お前達小物に用はない。総理とやらに取り次げ』。彼はそう吐き捨て、ネズミーランドの人の波の中へと消えた。

「なーんか距離感掴みにくい外星人ですよねえ」船縁は気怠げに嘆息しながらそう呟く。「本当にネズミーが好きなのか、政府間交渉という行為自体を馬鹿にしてるのか」

「まあ、順当に考えればランド丸ごと人質に取るってことだろうな」神永はどこを見るでもなくぼんやりとそう話し。「だが、それだけとも思えない。このパフォーマンス自体がなにかのカモフラージュだとしたら」

「それ、たぶんファクトです」船縁が空を仰ぎ、神永にそう告げる。「見てください。あそこだと……多摩川近辺でしょうか」

 船縁の言葉に、滝を除く全員が空を見た。どうして今このタイミングまで気付かなかったのか。青く、内側で発光する巨大な『風船』が、東京の空に浮いていたというのに!

 

※ ※ ※

 

「それで……今回はどのようなご用向きで」

 何も知らない人間が見たらどんなバラエティ番組の撮影かと困惑するだろう。フードコートを黒服たちがぐるりと囲んで封鎖をかけ、その中ではネズミ耳の星人男性を囲い、日本国総理が低姿勢で彼に話し掛けているこの絵面。とてもこの国の情勢を左右する会議の場とは思えまい。

 

『"恩と奉公"、この国の人間はその価値観を大事にしているそうだな』外星人はドリンクに口を付け、ふてぶてしい態度でそう返す。『あのデカブツ……ゴジラとか言ったな。あれをあそこに釘付けにしてやったのは俺だ。お蔭でお前たちは今もこうしてのうのうと生きていられる』

「話が見えて来ませんが……」大隈総理は引きつった笑みで続きを促す。

『それを踏まえて』エックスは口に含んだ唾を足元に吐き出す。ドリンクを着色していた緑色だけが綺麗に分解されていた。

『我々の種族は生存の為、"ミトコンドリア"を定期的に摂取し続けなければならない。だが我らの棲む天体では、ミトコンドリアを含んだ生物は非常に少ない』

 そこへ来て、お前たちはどうだ? バイザー越しにニヤリと笑い、彼は総理ら官僚たちにそう問い掛ける。

『星間協定に批准した星はむやみやたらな侵略行為が許されない。何かあれば"裁定者"が我が同胞を根絶やしにするだろう。それは困る。非常に困る』

 エックスはドリンクの蓋を開け、中の氷を残らず口に放り込むと。

『そこで恩と奉公だ。俺はお前達を危機から救った。それに対し見返りを要求する。まず手付けとして五百。年間で百。どこの国からでもいい。どんな人種・年齢だって構わん。生きた人間を俺たちに引き渡せ』

 

 侵略行為は許されないんじゃなかったのか。これが侵略じゃなくて何だというのか。ここに居る誰もがそう思い、口に出せず息を呑む。見返り。あれだけのことをやってのける外星人だ。相応の条件を提示するとは思っていたが……。

「もし。もしですよ」官僚たちが押し黙る中、いち早く声を上げたのは大隈だ。「私たちが首を横に振った場合は」

『聞いてどうなる。お前らは解き放たれたゴジラによって滅びるのみ。無益な結末だ』

 無益。彼は無感情にそう切り捨て、テーブルに置いておいたチュロスを齧る。

『顔が暗いな。何を迷うことがある。この星には六十億の人間が居るのだろう。そこから三桁の人間が減ったところで大した違いはあるまい』

 数字にしてみればそうだ。この星に棲まう六十億。家族や顔なじみ、顔見知りなんてその中の一割にも満たない。それでゴジラ被害を防ぐことが出来るなら――。

 

『あぁ、そうだ。俺はこう見えて忙しい。回答を持ち帰るなんて真似は止めろよ。今、この場で答えを出せ』

 



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我々は家畜じゃない

※ ※ ※

 

「なによあれ、いつからあそこに!?」

「多摩川半径二十キロの住民に避難勧告! 自衛隊に出動要請!」

 今の今まで、あそこにあったのは夕暮れ時の茜色だった。そこに絵の具で足したかのように置かれた青の風船。内側で明滅を繰り返し、今も少しずつ膨張を続けている。

「分析の結果はどうだ」

「今すぐ何かしようって訳じゃ無さそうですが、内部に高エネルギー反応が認められます。そういう質量兵器か、禍威獣なのか……現時点ではなんとも」

 船縁は手元のパソコンと空とを見比べそう話す。一方の滝は仕事に参加せず、今もなおパソコンのキーボードを一心不乱に叩き続けている。

 

「外星人め……一体何を企んでいる……!」

 交渉のテーブルから外された禍特対に出来ることはそう多くない。田村はぎりりと唇を噛み締め、この騒ぎの張本人がいるであろうランド内部を睨んだ。

 

※ ※ ※

 

『さっさと答えろ。早くスプラッシュマウンテンに並ばねばならんのだ。俺の貴重な時間を無駄にするな』

 意図せずしてこの国の代表……、いやこの世界の代表としてイエス・ノーを言わなくてはならないこの局面。大隈総理は胃が裏返るような思いで何も言えず押し黙っていた。

 イエスならこの世界の見知らぬ誰かを無作為に差し出すことを容認。ノーならばこの国はゴジラという未曾有の脅威に蹂躙されて終わり。政治家生命なんてものにすがるつもりはない。禍威獣災害で揺れるこの国で、ここ数年この役職から外されない事自体が奇跡だ。

 

「う……う……む。ひとつ、ひとつだけ宜しいでしょうか」

 今までにないプレッシャーの中、大隈が喉の奥から無理矢理に絞り出したのは、否定でも肯定でもなく、新たな質問であった。

『何だ。手短にな』

「貴方は我々人類からミトコンドリアを採取すると話されていましたが、奪われたらどうなりますか?」

 彼は禍威獣が次々現れる日本国の総理大臣だ。多少なりとも化学の知識は持っている。そんな彼がわざわざそんなことを尋ねる理由は何か。苦し紛れの時間稼ぎか? 否、総理は怯えた顔つきのその裏で、エックスの様子をじっと窺っていた。

『アー……』外星人は額に人差し指を当て、暫し考える。語彙が堪能とはいえ、星を別にする他天体からの来訪者だ。適当な言葉を自身のデータベースから探しているのだろう。

『逆に聞くが』エックスはバイザー越しに大隈を無感情に見。『お前達は屠殺場の牛や豚にそんなことを尋ねるのか?』

 

「そうですか」大隈は震える右手を左手で無理矢理留め、多少の間を置き、意を決して口を開く。「今回のご提案、我が国の答えは『ノー』です」

『何……!?』外星人の眉根が不快そうに吊り上がる。

「確かにゴジラは怖い。だが、我々はその恐怖に怯え、外星人の言いなりに見知らぬ誰かを犠牲にするのは人道に反します」

『オイ。オイオイオイオイオイ。お前は国を預かる立場だろう。勝手に総意を気取っていいのか?』

「構いません」最早、大隈の言葉に揺らぎはない。「他の国の首長に話しても無駄ですよ。貴方のような存在にヒトを売る者はいない」

「そして何より」大隈は精一杯険しい顔付きを作り、テーブルから身を乗り出して。「我々は、貴方がたの家畜ではない」

 

『どうやら。双方に思い違いがあるようだ』

 決定的な拒絶を受けたにも関わらず、エックスの顔は冷静沈着。いや、それを通り越し冷淡とでも言うべきか。今の今まで存在していた嫌味な態度が消え失せた。

『ゴジラ程度の脅威ならなんとかなる。だから高圧的な態度には屈しない。お前たちの考えてることはそんなところだろう』

 エックスはコートのポケットから小型のコントローラーめいたものを取り出すと。

『"他知的生物への干渉は生物兵器を以てのみ"――。星間協定に批准した星のルールだ。俺が、偶然に頼ってこんな要求を通すと思っていたのか? 甘く見られたものだ』

 

「総理。交渉中失礼します」

 ここに居るのとは別の取り巻きが大隈の元で立て膝をつき、耳打ちをする。彼はこの外星人の言うことがハッタリでないことを知り、顔を引き攣らせた。

 

『自分たちは家畜じゃない? 違う、違う。お前たちはとっくに家畜だ。そのことを身を持って理解しろ』

 外星人は手にしたコントローラーのレバーをぐいと引き上げる。ずっと遠くで何かが弾ける音がして、ずしん、という地鳴りが響く。

『我が星の他天体制圧兵器・ギドラだ。考えが変わったら館内放送で呼び出してくれ。俺はしばらくランドで遊んでいるからな』

 

※ ※ ※

 

「青色の球体、崩壊! 落下します、」

 外星人がレバーを押し込んだのと時を同じくし。青く輝く風船めいた物体は幾重もの亀裂を発して破裂。『中のもの』が武蔵小杉近辺に落下する。

「球体……二足歩行状の形態に変化……」

 夕暮れ時の茜色をその身に受けて、首をもたげる巨大なる異形。ワニめいた顔付きに白骨を思わせる外郭。その奥に走る黒の筋繊維。長い尻尾が周囲の車を撥ね飛ばし、悍ましい雄叫びが街に轟く。

 

 これが外星人エックスの侵略兵器・ギドラか。



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天体制圧兵器・『』

 

「球体、二足歩行型に変化!」

「武蔵小杉駅周辺に落下します」

 着地の瞬間、近辺十数メートルに震度五、そこから五キロ以内に震度三の揺れが起こり、夕方の街中が『それ』に釘付けとなった。

 白骨を思わせる外郭に、ワニを思わせる口と牙。外郭の下でうごめく黒の筋繊維。今そこで数台の車を弾き飛ばした長い尻尾。ゴジラの来襲、そして沈黙。そこで慣らされ、油断した都民の前に、全く別の禍威獣が予告なしに現れた。

 

 

「今動かせる全力はどのくらいだ」

 事態が動いた以上、禍特対として仕事をしなくてはならない。田村は集結しつつある自衛隊に電話を飛ばし、指示系統を移管させる。

 

『――対戦ヘリ部隊現着。戦車大隊、まもなく多摩川河川敷に陣地形成完了します』

「良し。威力偵察を兼ねた攻撃を行う。ヘリに機関砲での攻撃を指示してください」

 ゴジラの一件で浮足立っているとはいえ、現場が人口密集地であることに変わりはない。民間人の避難が最優先、戦車隊に待てを出し、ヘリに先制攻撃を要請する。

 

『――機関砲、禍威獣第十号の頭部に全弾命中。しかし効果を認めず』

『――禍威獣第十号、武蔵小杉から目黒方向へ前進』

 

「目黒……」船縁は地図アプリを呼び出し、進行予測を計算する。「まずいですねこれ、このまま放置すると都心のど真ん中直行ですよ」

「みたいだな」田村は苦い顔で手にしたガラケーの画面を目をやって。「防災大臣から宗像室長に会談のリークが渡った。やつはギドラ。あの外星人が寄越した天体制圧兵器だそうだ」

 会談の最中、総理は人類の尊厳を守るため、外星人からの要求に否を叩き付けた。結果禍威獣が街に放たれ、都心を目指していると言うことは、この惨状そのものが目的。

「厄介な奴だ……」田村は心底嫌そうな顔をし。「住民の避難を急がせろ。今ここで止められなきゃ、次は核が首都圏を直撃だ」

 そもそもゴジラ掃討を名目として、核兵器の発射は秒読み段階にあった。米国が日本に持ち込んだ対禍威獣兵器は、先の戦闘でその殆どが失われた。残る手段は戦術核しかない。無論使われればどうなるか。この場に知らぬ者はいない。

 

「班長、禍威獣第十号ギドラ……、翔びましたッ」

 威力偵察用ヘリからのライブ映像がモニタに流れ、覗き込んでいた浅見が叫ぶ。跳んだ? 翔んだ? あの質量で?

 

『――禍威獣第十号跳躍! 対戦ヘリ二十撃墜!』

 まるでプロの格闘家だ。一瞬上体を沈ませてからの跳躍。そこから右足を九十度水平に伸ばしての回転蹴り。その直撃と遅れてやってきた尻尾による三百六十度攻撃は、この場のヘリ部隊総てを一瞬で薙ぎ払った。

 奴が着地したその瞬間、紅い瞳と両肩口ふたつの『斑点』が激しく輝き、粒子ビームめいた何かが周囲に拡散。手近なビルにスイスチーズめいた穴を開け、道路は陥没、先んじてシェルターに避難した三・四桁近い市民らを茹で上がらせた。

 

「身軽さもパワーもウルトラマン並か」映像を前に田村がそうぼやき。

「流石外星の制圧兵器。私たちの常識なんてまるで無視ってとこですね」船縁がハの字眉でそれに続き。

「こんなの、自衛隊の武装でどうこうできる相手じゃ……」浅見の顔に絶望が滲む。

 

『――禍威獣第十号、加速!』

『――避難、間に合いません! 早すぎる……!』

 ギドラを示すマップ上の赤マーカーが都心に向けて飛び石めいて一気に動いた。多摩川に集結しつつあった戦車大隊を華麗に飛び越え、着地の地響きだけで横転に追い込む。戦車らが体勢を立て直す頃には、その姿は田園調布を抜け目黒区の真中にまで走り抜けている。

「目的最優先、他のことなんかどーでもいい、って感じですねえ」船縁はいっそ他人事のようにそう話し。「首都圏を破壊したあとはこの調子で日本全土。いや世界中をこんな風に壊して終わりでしょうか」

 

『国会ではもう核使用しかないと結論が出始めている』国会の宗像室長がこの場の全員に緊急電話を飛ばした。

『主要首脳陣は浦安、他の閣僚連中はこぞって立川へ移動。後はもう好きにやってくれとでも言いたげな状態だ。なにせ、外星人に啖呵を切ったのは総理だからな』

 官僚が生き残ってさえいれば、都は京都や大阪に遷都したって構わない。あれが都心を目指すというなら、誘き寄せてそこで放つのが最適解。

 自分のケツは自分で拭け、と言うのがG9からのお達しらしい。総理は命懸けで外星人の支配にNOを叩き付けたというのに。

「くそっ、何か無いのか、何か!」

 電話を切るなり、焦ってそう喚く田村だが、答えが出ることなど期待していない。実際どうしようもない事態だ。現場で何を言おうがもう……。

 

「あります」

 

 それまでずっとパソコンに向かい無言だった滝が、待ってましたとばかりに声を上げた。

「米国はやり方こそ間違えたけど、技術面は既に及第点に来ていたんです。要は『核』をどうするか。彼らは僕らを通すべきだったんですよ」

「待て、待て。話が見えん。どういうことだ」

 急に話題に入ってきて、要領を得ない言葉を捲し立てる。天才の所業といえばそれまでだが、この状況でそれは困る。

「あれは、見間違いや幻覚じゃなかった」滝は、隣にいた神永の手を取って、自信満々にこう告げる。「『彼』はまだ、ここにいます。一緒に来てください神永さん。僕たちの手で、ウルトラマンをここに呼ぶんですよ!」

 



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ウルトラ作戦第一号

◆ ◆ ◆

 

 僕が意識を失った数週間。この星には『ウルトラマン』なる超常の存在がいたらしい。マッハの速度で空を飛び、禍威獣たちをも圧倒するパワーの赤と銀の巨人。彼は決して驕らず、見返りを求めることもなく、人類に味方をし、その果てにいのちを散らしたのだと。

 その時のことを、僕は何一つ憶えていない。当然だ。僕はその間『彼』だった。死せる僕と融合した『彼』は、神永新二として人間社会に溶け込んでいたのだから。

 

 どうして彼はそんな風に振る舞えたのだろう。どうして自らを犠牲にしようと思えたのだろう。人づてからでは要領を得た答えは貰えなかった。

 僕はそれが知りたい。一介の外星人だった『彼』が、どうしてそこまでヒトに肩入れするようになったのか。

 

 

……

…………

 

『ベーターシステム、再稼働準備完了』

『カウント、60より開始します』

 

 東京都特別区離島・大戸島。本日正午過ぎ、ゴジラの接近によって世紀の大発明に泥を塗られたこの場所に、再び米の科学者たちが集まっている。

 不幸中の幸いと言うべきか、襲撃を受けてなおシステム自体には傷一つついておらず、簡単なシステムチェックを終えた後、装置は問題なく再稼働に向け動き出した。無論それは現場に携わる技術者たちが、日本国禍特対の無茶な要請を受け、とんぼ返りをしてくれたからなのだが。

 

『神永さん、準備は整いました』

「了解。こちらもいつでも行ける」

 かつてウルトラマンだった男・神永新二はベーターシステムの中心地に立ち、右手にベーターカプセルを構え、その時を待っている。人事を尽くして天命を待つ。滝らスペシャリストは固唾を呑んでこの先の展開を見守っている。

 彼を、地球を守ってくれたかの英雄を。ヒトの技術と知識でこの場に呼び戻す。その瞬間を。

 

※ ※ ※

 

「さっきから何をしてたかと思ったら、そう来たか……」田村は呆れ顔で、なれど否定はせずにそう応え。

「でも滝君。米国も、勿論この国も。ベーターシステムの本格実験前に、神永さんを招聘しての召喚テストは何度もやっていたのよ?」浅見は改めてそのことを蒸し返し、駄目だったじゃないと理解を求める。

 

『彼』がゼットンを斃して数週間後。戻って来た神永新二は米国の医療機関をたらい回しにされ、ありとあらゆることを調べさせられた。ベーターカプセル起動実験もそのひとつだ。米国監視下で幾度となくカプセルのボタンを押し込んだが、あの巨体が再び現れることはなかった。

「そりゃあ、呼び出すには力と設備が足りなかったからですよ」なれど、滝の目に諦念はない。

「以前、浅見さんはこれを『彼』から託されたと言ってましたよね。試しに押してみたけど、それ以上何も起こらなかったとも」

「え、ええ」あの時触れて分かったのは、中に超小型化されたベーターシステムが仕込まれていた、という事だけだ。

「"これ"は『彼』が呼び出すことを前提にしたアイテムなんです。彼が解析ではなく、式を開示したのも、ただそのまま模倣したってどうにもならないと解っていたから」

 だからこそ、神永新二は禍特対に留め置かれ、ヒトとして仕事が出来ている。ウルトラマンになれないのなら執着する理由もないからだ。

「けど、それは今までの話で」滝はかなり興奮した様子で話を継ぎ、「人類は彼の助言からベーターシステムの試作機を開発しました。結果は散々でしたが、実験自体は成功だった。そこに、神永さんとベーターカプセルです」

「つまり、その」ここで船縁が口を挟む。「彼と融合していた神永さんを媒介に、プランクブレーン内のウルトラマンを喚び出す……と?」

「有り体に言えば、そうです」

 人類は、不正確ではあるがプランクブレーンの扉を開けることまでは出来た。あとは道標があればいい。あの機械を丸ごと流用し、神永があの装置の中でベーターカプセルを点火。さすれば今もどこかで眠るウルトラマンの元へ辿り着ける。滝が提唱しているのはこういうことだ。

 

「ですが、その……」捲し立てるだけまくし立て、ようやっとテンションが戻って来たその只中。滝は神永の顔を見、後ろめたさを抱えながら言葉を継ぐ。

「人類のベーターシステムは、今しがた動物実験が成功しただけの危険なシロモノです。これだって言ってしまえばただの仮説、そんなものに、神永さんを巻き込んでしまうのは」

 結果を急ぐあまり、安全を顧みなかったことは否定しない。うまくいくという確約もない。だが足を止めて検証している時間はない。だからこその逡巡なのだが、神永は俯く滝の手を取って、

「構わない」と、一言そう告げる。

「君と、人間の技術を信じるよ。それに僕も、『彼』に逢って見たい」

「神永さん……」

 こう言われてしまえば、後はもう実行するしかないじゃないか。危険なのはあなたの命だと言うのに!

「それに」駄目押しとばかりに浅見が後ろから滝の肩を叩き。「不安だって言うなら二枚張ればいいんじゃない」

 彼女は自らが手に持つ携帯端末を皆に見せ、「防災大臣も言ってたでしょ。あの禍威獣は外星人の意のままだって。ほらこの写真。隠し撮りらしいけどばっちり映ってる」

 いけ好かない外星人がネズミーのカチューシャをつけ、右手に収まっているのがコントローラーか? 画像は粗いが、オン・オフをレバー操作するのは見て取れる。

「外星人を押さえ、禍威獣を我々の制御下に置く……と言う訳か?」田村が真剣な面持ちで問い。

「こちらも確証はないですが、即応性はあります」浅見はハッタリをハッタリだとした上、で強く進言する。

「避難も攻撃も後手後手。米や他国からの支援もアテに出来ないなら、現場で出来ることに全力で取り組むべきと考えます。いかがですか、班長」

「にっちもさっちもぶっつけ本番か……」渋い顔こそするが、既に田村の腹は決まっていた。

「二手に分かれよう。滝と船縁はVtolで大戸島に向かえ。浅見は俺と来い。陸自の連中をネズミーランド前にかき集めろ。もうじきエレクトロニカルパレードの時間だったな。来場者が集中しているそこを狙う」

 霞が関の独立愚連隊、ここに極まれりと言ったところか。こうした判断を下すために集まったのが彼ら禍特対と言われればそこまでだが。最早一刻の猶予もない。自分たちを家畜と舐めてかかった外星人に、ヒトのチカラで一泡吹かせてやろう。

 

「良し。禍特対、全員出動!」

 

※ ※ ※

 

『カウント、20、19、18……』

『エネルギー、集束率250%』

 だだ広いドームの中で赤の光が渦を巻く。この中で待つ神永の為に、間に合せで準備を整えた皆のチカラだ。

 

『神永さん』

 彼らの中心に立ち、あれこれ指示を飛ばしてきた滝が、最後の最後でドーム内の彼にコンタクトを取ってきた。

 リスクは話した。それを承知で応と答えた。ならば、ネガティブなことなどいいっこなし。不安で押し潰されそうになる己を噛み殺し、明るい声で待機する彼に言う。

『彼に、宜しく伝えてください』

「あぁ。行ってくる」

 3、2、1、ゼロ。カウントが終わり、集束されたエネルギーが一気に放出。神永新二はその瞬間、真っ直ぐな瞳にぴんと伸びた背筋で、その手に持ったベーターカプセルのスイッチを押し込んだ。




・次回、『君に託す』。ご期待ください。


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君に託す

 

 そこには上も下も、左も右もない。

 例えるならば海の水に体を預け、何もせずただ浮いているかのよう。強烈な赤の発光の後、神永新二が再び目を覚ました先は、金色のパレットに多種多様の絵の具をかき混ぜたような異質な空間であった。

 

「あれが……」

 空気による制約が無いからか、遥か遠方のものさえ輪郭がはっきりと捉えられた。銀の身体に赤のラインが差し込まれたヒト型の存在がそこに在る。

 その存在を認識した瞬間、頭上の絵の具がぐにゃりと歪み、神永の視線とヒトひとり余裕で収まりそうなほど大きな乳白色の瞳が重なった。

「君が、そうなのか」

 怖れは無い。しかし、動く気配もない。ウルトラマンはゼットンを斃した後、観測不能な未知の場所に去ったと聞いている。その果てがこの姿と言うわけか。

 

『それは、少し違う』

 なれど死んでいる訳でもないらしい。瞳が生きた輝きを取り戻した瞬間、神永の頭の中に言葉が流れ込んで来た。

『"私"は既に君なのだ。境界などない』

 神永の脳裏に、処理しきれない程の情報が流れ込んで来る。スペシウム133。光波熱線。光輪。重力制御。エトセトラ・エトセトラ……。説明、という言葉は正しくない。これは上書きだ。理解をする暇もなく、ただ神永のアタマに情報が書き込まれていく。

(解ってきた。分かってきたぞ)

 神永新二はこの異常極まりない光景を、怖れることなく受け容れ、自らの中に取り込んでいった。滝明久はひとつだけ間違っていた。「彼」は最初からここにいた。呼び出すきっかけが今の今まで無かっただけだ。

 

『後は君に託す』

 頭上にそびえる銀色の巨人が赤の粒子に分解されて溶けていく。彼は死んだ。だがその魂は、その意志は。神永新二の中に生きている。

 行かなくては。方法はもう分かっている。神永は右拳をぎゅっと握りしめ、力強く突き上げた。

「ああ、託された」

 金の異空間に孔が開く。神永は自らの意思で『出る』ことを選択し、弾みをつけて跳び上がる。

 

※ ※ ※

 

「神永さん……。どうしたんだ神永さん」

「生体反応はまだ健在。大丈夫、彼は生きてます」

 ベーターシステムの紅い光がドームを包み込んでまもなく三分。未だに何が現れる気配はなく、かと言って先んじて設置した神永のバイタルサインに変化はない。

 成功か、失敗か。滝含むこの場の誰もが、ドームの中を固唾を呑んで見守る。

 

「いや、待ってください。ドーム内に高エネルギー反応!」

「来た! 来た来た来た来た来たーっ!!」

 ミシリ、という音と共にドームのてっぺんに亀裂が走る。開閉ギミックの起動は間に合わない。亀裂が半透明のドーム全てに伝播したその瞬間。ドームが粉々に吹き飛び、その中からヒト型のシルエットが飛び出した。

 

「『彼』、だわ……。滝くん、やったわね」

「えぇ。ウルトラマンが、"帰ってきた"」

 破砕したドームの中心地に、銀の身体に赤のラインが差し込まれた巨人が立っている。彼は自らの身体に戸惑っているようだった。自らの手を、そのすぐ近くのモニタ施設を。それから海の方を見やる。禍威獣が暴れ、火の手の上がる首都東京の惨状を見やる。最早迷いはない。

『彼』は遥か頭上に目を向け、両手を伸ばし、強く地を蹴って跳んだ。その身体は蹴伸びの姿勢のまま浮き上がり、渦中の首都圏へ向けて突き進む。

 街を荒らし、この国の平和を乱す禍威獣を倒すために。

 

※ ※ ※

 

 

「禍特対専従班・班長の田村です。急な申し出にも関わらず、人数を集めて頂いて感謝します」

「避難も迎撃も無意味な状況だ。早期解決のため尽力させていただく」

 大戸島でベーターシステム再点火が行われる三十分前。班長田村と室長宗像の要請でネズミーランド正門前に陸自の歩兵五十が到着。別働の狙撃部隊は既にランド周囲に先行し、ポイントにて指示を待っている。

 

「しかし、大丈夫なのか……? 手札も知れぬ外星人相手に、禍威獣のコントローラー奪取とは」

「平気よ。同時にもっとあり得ないタスクを実行中だから」

 人類の手によるウルトラマンの復活と、外星人捕縛による禍威獣の無力化。どちらも上手くいく保証は皆無。失敗すればどうなるかとなればもっとわからない。

「それでも。今ここで起こる事案を座して待つわけにはゆきません」

 何より問題なのは、静観するという選択肢もまたないということだ。こうしている間にも、かの禍威獣は首都圏を破壊し、自分たちに無茶な要求を呑ませようとしている。

「あと十分でエレクトロニカルパレードが始まります。客のほとんどが足を止めるこのタイミングを逃すわけにはゆきません」

「時間がない。それで行こう」

 十分に精査する余裕はない。陸自隊員らはそれぞれ首肯し、拳銃をホルスターにしまい、ネズミーランドの正門をくぐらんとする。

 

『”急がば回れ”。勇み足は決して良いことではありませんよ』

 

 声がするまで気づかなかった。外星人捕縛に神経を尖らせていた彼らの背後に、黒づくめのスーツ姿の若い男が立っている。

 

「嘘でしょ」

「馬鹿な……。なんでお前が!」

 禍特対の面々は”それ”が何であるか知っている。地球人類に凄惨なるマッチポンプを仕掛け、この星を牛耳ろうとした外星人。上着も黒、シャツも黒。靴も黒。艶めいた若々しい顔には不気味な笑みが貼りついており、ヒトのようで人とはどこか違う異様な風貌。

「何。ちょっとした観光ですよ。夜のネズミーは昼とは違った趣がありますからね」

 外星人第0号メフィラス。ウルトラマンと争い、何らかの密約を経て、立ち去ったはずの彼が、どうしてこんなところにいるのか。



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来たぞ、われらの

※※※ 製作の都合により、ここから頻繁に時系列が戻ったり進んだりします。大変申し訳ありませんが、『そういうこと』としておたのしみください。 ※※※


 

※ ※ ※

 

 

『禍威獣ギドラ、六本木エリアに侵入!』

『避難、間に合いません!』

 奴が武蔵小杉駅に降着してから、まだほんの三十分程。黒の体表を白の鎧で包んだ禍威獣は、間もなく首都圏ど真ん中に達しようとしている。

 この緊急事態に、自衛隊は何故手をこまねいているのか? その桁外れな速度と戦闘能力を前に、即応可能な手段がないのだ。

 ようやくと追い付いた対戦ヘリ部隊は足止めすら叶わず全滅。あれの移動範囲が一直線であることから、首都中心地の人々を圏内に遠ざけることしか出来ない。それもあくまで推測だ。もし他に何か狙いがあるとしたら。ここまで全てが我々を嘲笑うだけだとしたならば。もう人間に打つ手はない。

『URRRROOOOOO……!!』

 どっぷりと日の落ちた夜の街に、禍威獣の白い外殻が反射する。紅い目は地上に住まい逃げ惑う人々を睥睨《へいげい》し、不気味な唸り声を上げて威嚇する。戦車大隊が準備を整えるまで最低でも残り二十分。奴がすべてを破壊し尽くすには十分な時間だ。

 禍威獣の両肩とガッと開いた大口が金色の輝きを発し始めた。

 武蔵小杉で対戦ヘリ部隊を一掃したあの光波か。今あれを地上に向けて放たれたなら……。

 霞が関に取り残された政治家たちも、今そこで逃げ惑う人々も、街を守るべき自衛隊も。あまりにも突然に訪れた終焉にもう無理だと目を伏せる。

 

 そうだ。他に誰がこの状況を切り拓ける? 誰にだって不可能だ。そう、人間には(・・・・)。誰もが諦め、匙を投げたその場所に、金色の光波が解き放たれた。

 

 

「あれ……?」

 

 

 だが、この一撃で失われた命も、壊された建物も無い。そんな馬鹿な、夢でも観ているのか? 無論これは夢ではない。光波の放たれたその場所に、横回転する紅く輝く巨大な球体が陣取り、そのすべてを弾き飛ばしていた。

 

「あれは……」

「ネットで見た事ある」

「けど、もう居ないんでしょ? なんで……?」

 やがて、赤い球体は粒子を空に散らせつつ、一つの形を成してゆく。我々はこの存在を知っている。知らない者などここにはいない。立膝を取ったヒト型のそれは静かに上体を起こし、荒れ狂う禍威獣の前に立ちはだかる。

 

「ウルトラマン」

 銀の身体に赤のライン。柔和な笑みをたたえた鉄仮面のような顔。半年前、ゼットンの脅威から人類を守った外星からやってきた戦士。『彼』が、再びここに戻ってきてくれた。

 

『GRRRRRROOO』

 我が物顔で街を蹂躙していた禍威獣は、自分と同じ背丈の巨人を目にし、威嚇の唸り声を上げた。ウルトラマンは当然意に介さない。道路三つ分の距離の中、一瞬のにらみ合いの後。両者は互いに間を詰める。

 

(良し……やれる)

 ウルトラマン――、神永は乳白色の目で鍔迫合う黒白の禍威獣を見やる。先の球体も、ここまでの飛行も、彼自身の意思次第で思いのままだ。

 未知の存在相手に多少の不安はあったが、組み付いてみてよく解った。この程度、公安時代に行った実戦より容易い。

 鍔迫り合いはやがて力士のまわしの取り合いめいた挙動に変化。ウルトラマンはギドラの力を逆に利用し、大外刈りで地表に叩きつけた。

『G……GAHHHHH!!』

 ギドラはだからなんだとばかりに起き上がると、自慢の尻尾を振り回し、ウルトラマンの背を狙う。それを見越していた彼は軽やかなジャンプで横薙ぎの尻尾を躱し、戻り際のそれを両手で掴む。

(少しでも、人の居ない場所へ)

 ウルトラマンはその膂力でギドラを持ち上げ、ジャイアントスイングの要領で二度、三度と回転させる。手足をばたつかせ抵抗するギドラだが、その腕力に遠心力が加わり、回転を止めることは叶わない。

 六度ほどの回転を加えた後、ウルトラマンはその運動エネルギー全てを解き放つ。禍威獣はなすすべなく上方に飛ばされ、六本木市街から青山公園まで移動させられた。

 

『GGG……ROARRRRR!!』

 これにはギドラも痛みを感じたらしく、苦悶の声を上げながら立ち上がる。同時に金色のエネルギーも充填しており、立った瞬間、口・両肩からエネルギー光波を吐き出した。

(問題ない)

『彼』と一体となり、戦っていた時の記憶が神永の脳内にフラッシュバックする。彼は迫る光波に際し、両の掌にエネルギーを集中し、パントマイムの動作めいて四角い壁を張り出した。

 半透明の壁はギドラの光線を物ともせず四方に散らす。ウルトラマンはそれを盾代わりにして接近。青山公園に足を踏み入れ、ギドラに十分に近づいた後、盾にしていた壁を蹴り飛ばす。

 

『GAHHHHGH!!』

 壁はバラバラに崩れ、光の粒子となって消えてゆく。予期せぬ不意打ちに仰け反ったギドラが、背筋で突っ張って身体を起こさんとしたその瞬間、ウルトラマンの右ストレートが禍威獣の顎に突き刺さり、公園の緑が激しく揺れた。

 

 

※ ※ ※

 

 

「どうも。お久しぶりです。皆々様お元気そうでなにより」

 慇懃無礼を絵に書いたような顔と言動。上着も黒、シャツも黒、ネクタイも黒。上から下まで黒ずくめの奇怪な男。今から半年前、人類に自らに隷属するよう迫った悪辣なる外星人、彼がそのメフィラス本人だ。

 

「白々しい挨拶を。今度は一体何のつもりだ」

「何を、とはそれこそご挨拶な」メフィラスは柔和な笑みを少しも崩さず、「見ての通りの観光ですよ。この時間帯のネズミーはイルミネーションが美しいですので」

 その目、その顔、その態度。どこにも嘘をついている気配はない。まさか本当に余暇を楽しむためにここに来たのか? あり得なくは無い、ないが――。

「そんなことはどうだっていい。あたしたちの行動を勇み足と言って止めた、その理由は何」

 これが意図的だろうが通りがかりだろうが、彼が自分たちの前に現れ、忠告した事実に変わりはない。メフィラスは少しも表情を変えることなく、『そうですね』と切り返す。

「あの連中……外星人エックスでしたか。あれは人類を食物としか見ていない下劣な輩です。この美しい星をそんな輩の牧場にされてしまうのは私としても我慢ならない」

 自身も侵略行為を行っていただろうに、この人類の味方面をした言動は何なのだろう。

「つまりそれは」田村が恐る恐る問いかける。「我々の作戦に加担してくれる、と」

「まさか」メフィラスは首を横に振ってそう応え。「星間協定に与する者は他星の侵略行為に口を挟む事ができませんので」

「なんなのよ、それ」期待したこっちが馬鹿だった。浅見は不愉快そうな表情を隠そうともせず、「じゃあ何しに来たってのよ」

「だから何度も言っているでしょう。レジャーだと。非番の刑事が休暇中に事件に出くわす、あぁいう推理小説と似たようなものです。もう、よろしいですか?」

 本当に、余暇に娯楽を楽しむ、その為だけに来ていると言いたいのか? いよいよもって訳がわからなくなってきた。

「なので、これも軽く聞き流して頂きたいのですが」困惑する田村らに踵を返し、入場門に進み行く中で、メフィラスはふと思い出したように振り返り。

「かの外星人はある特定の『音』を嫌がる習性があります。武力制圧で状況を変えたいと言うのなら、参考にどうぞ」

 では、と言いつつ正門に向かい、『おとな一枚』と律儀にチケットを買い、ランドの中へと消えてゆく。

「これは……」

 浅見がふと手にしたスマホを見やると、開いた覚えのないサイトに繋がり、ひとつの動画がリピート設定で再生されている。

「班長、まさか」

これが(・・・)、か?」



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自室でイヤホンとか使いながら大音量で聴いてね

 

※ ※ ※

 

『――間もなく、パレードが開始いたします。ご観覧の皆様は中央を空けて、ネズミーたちとは触れ合わずご鑑賞ください』

 空から明るさが失せ、どっぷりと夜になって来た頃。ランド中央、シンデレラ城周囲がざわつき始めた。キャストたちがゲストたる来場客に理解を求め、パレードの通路を確保する。

『あれは光の星の……まさか、こんなところで出逢おうとはな』

 皆がパレード開始を固唾を呑んで見守る中、その中に紛れた黒コートの外星人は、遥か遠く、離島の側を仰ぎ見てそう呟く。

 

『奴らがこの星の連中に肩入れしていると言う噂は本当だったのか』

 "裁定者"ともあろう者がなんたるえこひいきか。外星人は買って来たチュロスに齧りつき、苦々しくそう呟く。

 尤も、その口調自体に焦りはない。光の星の者(ウルトラマン)が何だ。ギドラを喚んだ時点で、この星の人間には隷属か破滅以外の道などない。

 

「見つけたわよ!」

「外星人エックス! そこを動くな!」

 ひとり空を仰ぎ見る外星人の元に、人だかりを割って、迷彩服の一団が駆けてくる。その中心に立つのは禍特対の田村と浅見だ。他と同じく銃を構え、いつでも撃てると引き金に指をかけている。

『その様子。俺様と交渉するつもりはないらしいな』

「総理が言った筈だ。この星の人間は、誰もお前には批准しないと」

「いま街で暴れている禍威獣、あんたが動かしてるんでしょう? 痛い目に遭いたくなきゃ、さっさと止めて貰いましょうか」

 誰も彼もが大真面目に銃を手にそう訴えるが、外星人は一瞬の静寂の後、そんな彼らに嘲り笑いで応える。

「何よ。何がおかしいわけ」

『何もかもさお嬢さん。術さえあればもう全能か? 屈しなければ負けじゃないか? 馬鹿馬鹿しい。お前達は無力な家畜だ。この力関係は絶対に揺るがない』

 瞬間、エックスはしなる右手を斜め上方に振り、次いで左にも同じ動作を仕掛ける。一体何をした? ヒトには目視出来ないが、この瞬間黒い『筋』のような何かが発射され、現場の指示を待っていた狙撃班ふたりの首が飛んだ(・・・・・)

 

『無知無策で突っ込んできた、その勇気だけは認めよう』

 エックスは赤熱させた両掌を無造作に振るう。銃を構えた屈強な男たちが、右から順に胴から上を袈裟ないし逆袈裟に割かれ、驚愕の表情のまま崩れ去ってゆく。

『それで? ここから先はどうする気だね。何をしようと容易くねじ伏せてやるだけだがな』

 共に戦おうと志願した隊員たちは根こそぎ倒され、発案者の田村と浅見を残すのみ。一緒くたに倒さなかったのは、自らの力を示威するために他ならない。何をしても無駄、人類は自分の要求を呑むしかない。為政者たちにそう伝えるために。

 

「次……そう、次ね」

 自分たちが生き残ったのは『運』だ。予め隊員らには説明をしておいた。この先、誰が生き残ってもいいように。

「まあ、そう焦るな。すぐに終わる」

『お、わ、る……?』

 元々勝算なんてカケラもない最後の抵抗だ。使えるものは何でも使う。彼らの呼び出した人員はこれで終わりではない。自分たちはうまく行けばそれで良しの『陽動』。本隊はネズミーランドの管理地区に潜入し、強権を以て準備を整えていた。

「どうやら、時間稼ぎも済んだようだ」

 田村は鳴り響く携帯端末に出、ゴーサインを求める現場員に応を返した。ランドの端から光り輝く綺羅びやかな大屋台とネズミーたちマスコットがやってくる。

 

「何よこの音……」

「ねぇ、何これ、キモチワルイ……」

「スタッフ! スタッフーッ! バグだよ! 絶対おかしいって!」

 

『なんだ……オイ、なんだこれは!』

 だが、それに乗って流れる音楽はネズミーらしい楽しさ溢れるそれとは全くかけ離れている。リズムが無ければ音階なんてものもない。いわば音と音の喧嘩だ。前の音と次の音が噛み合わず、不協和音と化している。

 これは、機械がランダムに音を鳴らしているのか? ただひたすら無秩序に、音楽らしきものを生成し続けている。

『ふざけるな! なんだ、なんかのだこの音! 音! 音ぉおおお!?』

 人類にとっては不愉快な『音』でしかないが、外星人たるこの存在にとっては頭が張り裂けそうになるくらい苦しいらしい。あれだけ自信に満ちていた態度は何処へやら、このランダム生成された"音楽"に耳を塞いで身を捩っている。

『やめろ! 止めろ、この音を! 止めろぉおおおぅああああ』

 メフィラスは言った。奴はある一定の音波に弱いと。禍特対はこの言葉に一縷の望みをかけ、パレードの音声をあの動画のそれに切り替えた。確かに効果てきめんだ。近遠両方に強いこの外星人が、音ひとつで何の抵抗も出来なくなるとは。

 

「よし! リモコン、確保ぉ!」

 奴のコートの下からリモコンらしきものがこぼれ落ちた。浅見はすかさずそれを拾い上げる。

「人間サマ舐めんじゃないわよ外星人! とっととこの星から出て行きなさい!」

 即座に上がったままのレバーを引き下ろす。常に青く輝いていたリモコンの光が消えた。街で暴れる禍威獣もこれでジ・エンドか。

 

『うう……あう……クソぉ……』

 だが、奴はそれを取り返す様子はない。如何に苦しかろうと、侵略の要たるリモコンを奪還しないものなのだろうか?

 

『やめておけ……制御が……くぉおお!!!!』

 

 

※ ※ ※

 

 

(大丈夫。これならやれる)

 神永――、ウルトラマンは禍威獣に組み付き、持ち前の膂力でギドラを圧する。この短い間に打ち合ってわかった。奴は自分の敵ではない。力でも、技術でも自分は向こうの上を行っている。

『GUOHHHHHHHHH』

 劣勢のギドラが苦しげに声を上げ、稲妻めいた輝きを放つ。あの光波を無防備な胸部に浴びせ、攻守を入れ替えようとの魂胆か。

(無意味だ)

 最早かわす必要さえない。ウルトラマンは鍛え上げられたその胸筋で光線を受け止め、体重の乗った前蹴りでギドラを撥ね飛ばす。

『GRUUUOHHHHH』

 奴の目が、両肩の突起が、金ではなく赤の輝きをバチバチと散らせ始めた。充填の後の必殺の一撃と見た。神永もまた、記憶を辿り最適解を導き出す。

(これ、か?)

 "記録"を辿るうち、彼は自らの両上腕が熱く燃えているような感覚に気が付いた。この衝動には覚えがある。『彼』の得意技だ。これが現状の最適解か。

 神永は左の腕を垂直に、右の腕を水平に構え、それらを併せ十字に組む。腕が熱い。上腕に集束したエネルギーが行き場を求めて暴れている。

 

『GRRRAHHHHH!!!!』

 奴の放つ紅い稲妻状の光波に合わせ、彼もまた行き場を求めたエネルギーを解き放つ。エネルギーは青色の輝きへと変換され、ギドラのそれとは違う直線状の光波として放射された。

 ウルトラマンの身体を構成する重元素・スペシウム133。これを体内から切り離し、超高熱の熱線として解き放つ大技。言うなればスペシウム133光波熱線。かつての彼が最も得意とした大技だ。

『GG……GRRRORRRRRRR!!』

 熱線と熱線がぶつかり合い、青と赤の光が冬の夜空をこの二色に染め上げる。拮抗はウルトラマンの側に軍配が上がった。赤の稲妻は次第に押し負け、ギドラの体がどんどん後ずさってゆく。

 青の光線がギドラに届いた。守るすべを失ってのクリーンヒット。もんどり打って弾け飛び、その体は頭から周囲のビルにめり込んでゆく。

 

 

(おかしい)

 神永が違和感を覚えたのはこの時だ。いや、先程まであったものがカタチになったと言うべきか?

 これだけの攻撃を浴びせてなお、向こうもよろけるなどするけれど、決定打を取った気がしない。奴の力は自分よりも弱い。それは間違いない。ならば何故、この力を以てして、奴を完全に滅し得ないのか?

 

『GA……GUGGGGGGG、ROARRRRR!!』

 砂埃を払って現れたギドラは四つん這いのまま静止し、全身を小刻みに揺らしている。一体何故? 答えはすぐに分かった。奴の白骨めいた外郭にヒビが生じ、首と接着していた両肩が『千切れ』、あるべき場所へと戻ってゆく。

 あの紅い窪みは『装飾』じゃないのか? 首から離れた両肩はそれぞれ肥大化し、互いに別の『顔』を形作ってゆく。

 

 現場で戦う神永には知りようのないことではあったが、時を同じくし浦安ネズミーランドでは、これを操る外星人が倒れ、コントローラーが浅見の手に渡っていた。枷が外れ、二足歩行のこの禍威獣は、あるべき姿に戻らんとしていた。

 

(まさか、こいつは……)

 神永の疑惑が確信へと変わった。奴は最初から本気など出してはいなかったのだ。弱いのではなく様子見。ここからが奴の本気という訳か。

 四つん這いになった身体が肥大化し、四足歩行に適した形に変化。それぞれ分かたれた肩は天を衝くように伸び始め、左、中、右の三つ首に成ってゆく。

 

『GRRRROARRRRRRRRRR!!!!』

 肩甲骨『だった』部分から一対の翼が生え、天を仰ぎ悍ましい声で吼える。既に体長は先程の倍。白かった体表はかの内部筋繊維と一体となり、黒と金の威圧的な色に変貌。

 三つ首にそれぞれ二本角。身体より大きな翼。あれがギドラの真の姿か。




・本話において、外星人無力化に使用した音楽の想定です。

https://youtu.be/vVvMdshEYhQ


こういう感じの音が大音量、パレードと共に流れたものとご理解ください。


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禍威獣無法地帯

※ ※ ※

 

「禍威獣第十号ギドラ、ウルトラマンと交戦中、新たな姿に変貌……。攻守が完全に逆転……」

 コントローラーを奪った今、外星人の脅威は完全に阻止したものと思っていた。滝らの目論見が成功したと言うのに、それを一切喜べない。

 ウルトラマン復活の報と、それと相対する禍威獣の変質の報は、田村の元にほぼ同時に届いた。そしてそれが、まず間違いなく自分たちの手によるものであることも。

「この……やめ、やめなさいよ! この期に及んで、禍威獣を止めなさいッ」

「管理棟に連絡。音楽を止めてくれ」

 どうにも間抜けな状況だが、背に腹は代えられぬ。呻き苦しむ外星人を抱き起こし、なんとかしろと身体を揺する。

『はは……無駄だ……滅びろ……』

 だが、それすらも一手遅かった。かの音はこの存在にとって致命の一発だったらしい。どこまでも憎たらしい顔付きで抱き起こす浅見を愚弄したエックスは、そのまま緑色の液体に変貌。彼女の手をすり抜けて、ネズミーランドの床に融けて行った。

「ウソでしょ……。何よ、何なのよ!」

 音楽が止まり、エレクトリカルパレードがあるべき姿を取り戻す中。浅見は手に残ったネズミーのカチューシャを放り、行き場のない苛立ちに握りこぶしで床を叩く。

「なんて……奴だ……」

 自由にならないなら総て滅ぼして終わらせると言うのか。田村もまた、どうにもならない状況に、何も出来ず立ち尽くしていた。

 

※ ※ ※

 

『GRRRROARRRRRRRRRR!!!!』

 三つ首それぞれが威圧的に吼え、もたげた首がウルトラマンを見下ろす。変化前は同じくらいだった背丈は既に倍近く、親と子ほどの差がついている。

(悩んでいても仕方がない、か)

 ウルトラマンは両腕を胸の前で水平に構えた後、右手を勢いよく後ろに引いた。瞬間、青色のチャクラムめいた物体が生成され、手裏剣めいた挙動でギドラにそれが放たれる。かつて外星人ザラブを一撃のもとに斬り捨てたあの光輪だ。当たれば奴とて無事では済むまい。

 そう、当たれば(・・・・)の話だ。空を切って放たれた光輪はギドラ真中の首の前で不自然に静止し、そこから先へと進まない。

 目を凝らしてよく見れば、奴の口から稲妻めいた光波が放たれているのに気づくだろう。光輪は光波に押し留められ、これ以上の進行を許さない。

(まずい……!)

 光波に留め置かれた光輪の色が青からオレンジに変化した。勘で危機を察し、咄嗟に飛び退いたウルトラマンのすぐ隣を『戻って来た』光輪が通過する。回避出来たか? 否、間に合わなかった。鋭利な光輪はウルトラマンの肩口を掠め、傷口からスペシウム133の紅い輝きが微かに漏れ出した。

『ROARRRRR!!!!』

 しかもそれで終わりではない。ギドラの三つ首はそれぞれ稲妻めいた光波を吐き、ウルトラマンの足、腹部、首に絡みつく。触れようとしても触れられず、張力は尋常じゃなく強い。彼は体勢を崩し、仰向けに転ばされた。公園の一帯に震度三程度の揺れが起き、周囲の木々が左右に振れる。

(こ、れ、は……!?)

 先のジャイアントスイングの意趣返しか。ギドラの首の動きに従い、ウルトラマンの身体が寝たまま滑るように『飛ばされた』。

 スペシウム133で構成された肉体の前では、人類が造った建造物など砂の城に等しい。右に滑れば綺羅びやかな表参道が、左に滑れば繁栄の象徴たる赤坂の市街が、ウルトラマンの意図しない激突で粉砕されてゆく。

(重力に……干渉しているのか……!?)

 横移動はいつしか縦に変わり、浮き上がったウルトラマンが市街に何度も打ち付けられている。抵抗を試みるが暖簾に腕押し、柳に風。こちらからの干渉(アプローチ)の一切を受け付けない。

 上昇と激突の間隔は徐々に大きくなってゆき、六度目の落下直後、急加速をかけ一気に昇り始めた。秒もかからずスカイツリーを越え、東京全域を見下ろせるほど視界が拓け、三十秒で関東一帯を一望出来るまでになった。

(まずいぞ、このままでは……)

 雲海を抜け、空気の層が大分薄くなって来たところで、遂に上昇が落下に転じた。今までは多少痛いくらいで済んでいたが、こうも高高度から激突すれば東京はどうなる、関東はどうなる。でたらめな縦揺れが日本の都市機能を襲い、誰一人として助からないだろう。

(そういうやり口か、外星人!)

 そうはさせんとウルトラマン、蹴伸びの姿勢を取って身体を固定。縦回転をかけ、ギドラの反重力光波からの離脱を試みる。さながら、この姿は糸に絡まった虫といったところか。自らを縛り付けるこの光波を弾き飛ばし、その勢いのまま体当たりを打ち込んでくれよう。

(くっ……!)

 そんな神永の目論見は、縦回転が無理矢理抑え込まれた時点で水泡に帰した。奴の力を甘く観ていた。これほど遠くに離れていてなお、奴の光波はこちらの重力制御を抑え込めるのか。最早この姿勢に意味はない。ウルトラマンは即座に体勢を立て直し、落下しゆく自分の真下を両の手で四角く囲う。

 それはまるでパントマイムの一芸か。囲ったその先に半透明のバリアが発生し、地球の重力に引かれ墜ち行くウルトラマンを受け止める。無論、この落下速度と光波の誘引を防ぐまでには至らない。バリアは即座に破砕し、地上激突へのカウントダウンは止まらない。

(数だ、もっと数を……!)

 ここでへこたれる訳にはゆかない。割っては作りを繰り返し、絶え間なくバリアを生成し続ける。守りに割く余裕はない。全身を伝う激痛は神永自身が堪えるしかない。地図は再び狭まってゆき、落下までは秒読み段階。

 それでもなおウルトラマンは諦めない。何十何百のバリアを割り続け、ようやく減速がかかってきた。

(これで、最後だ!)

 激突までコンマ数秒。ウルトラマンは体内のスペシウム133を掌に集め、瞬間的にこれを開放。地表にダメージを与えないぎりぎりのタイミングで、その爆風による逆噴射を伴い、激突を『着陸』にまで抑え込んだ。

 

『GUORRRRRR』

 なんとか危機を脱したが、相手が無傷であることに変わりはない。見通しが甘かった。変身さえできれば、禍威獣など物の数ではないと思っていた。

(だが、諦める訳にはゆかない)

 自分が背を向け逃げ出せば、この禍威獣は都民を皆殺しにするだろう。何より、自分を信じ送り出してくれた滝たち技術者らを裏切ることになる。それだけは絶対に出来ない。ウルトラマンは遠距離戦を諦め、勢い込んで駆け出した。たとえそれが、更に無謀な手段とわかっていながら。

 

 

※ ※ ※

 

「あの……班長、見てください」

 禍威獣を操る外星人が消滅し、残されたのはネズミーのカチューシャと、奴が纏っていた黒のコートだけ。途方に暮れていた浅見は、その周囲にもう一つ、別のリモコンが転がっているのに気づく。

「班長。奴は脅迫に先んじてゴジラを捕縛してましたよね」

 外星人からリモコンを奪い、ギドラを解き放ってなお、奴は羽田付近で静止したままだ。そこから導き出せる結論はひとつ。

「おい、浅見……まさか」

「私も半信半疑なんですけど、恐らくは」

 これを使えば、拘束されたゴジラを解き放つことが出来るかもしれない。浅見と田村はごくんとつばを飲み込み、もう一つのリモコンを拾い上げた。



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ゴジラ復活

 

※ ※ ※

 

「凄いわぁ、首が三つに倍以上の肥大化、脳はどうなってるのかしら。指揮系統は」

「あの頭それぞれに脳があるとすれば、何らかの形で連携を乱すなり、どれか一つでも妨害すれば統率は総崩れになるんじゃないかと」

 もう間もなく羽田空港付近。大戸島を離れ、都を目指す道すがら。VTOLに乗り込んだ船縁と滝はライブカメラで送られてくる六本木の映像を見、それぞれの知見から意見を出し合っていた。

 必死の思いで喚び出したウルトラマン――、神永新二が更にその上を往く禍威獣に襲われ、窮地に陥っていることは知っている。知っていてそこに触れないのだ。匙を投げたのではない、絶望する時間すら惜しい。自分たちの叡智を駆使し、あそこで命を張る神永を救うのだ。

 

「班長に意見を具申しましょう。誘導弾なら即応出来る筈です」

「班長は良くても、室長は渋りそうですけどね……」

 意見の出し合いが上への具申に変わりつつある中、二人は通過し行く外の様子を思わず二度見。この場所に留め置かれたはずの『それ』が、枷を失い動き始めている。

 

「班長、班長、班長! 動いてます! なんか動いてますけどおおお!?」

 出すべき意見も忘れ、今見えている光景を熱を持って伝える。

『――承知の上だ』

 だが、電話口の答えは納得づく。口調にあるのは絶望でも諦念でもない。

『――少しばかり長い話になる。いいから早く戻ってこい』

「いいから……?」滝は離れゆくその光景に釘付けになりながら、出された指示に困惑し。

「そうは言っても、やばいでしょ……これは……」

 

※ ※ ※

 

(なんとしても、ここで止める!)

 ウルトラマンは体勢を立て直すと同時に、ギドラの元へと突っ走る。あの重力操作に再び囚われたら勝ち目はない。近接戦に持ち込み、奴の首を掻き切るのみ。

 向こうの光波を右に左に躱しながら懐に潜り込み、体重の乗った右チョップを放つ。水風船が壁にぶつかって破裂するかのような音が鳴り響くも、ギドラの身体は小揺るぎもしない。

(重……いッ)

 たとえるなら、聞き分けのない子どもが大人に駄々をこねるようなものか。急所たる首にはまるで届かず、握り拳で胴を打とうとも、蹴りを首根に放とうとも。その痛みが禍威獣の根に届くことはない。

 やがて、ギドラの側から頭を垂れ、苦心するウルトラマンを睥睨《へいげい》し始めた。それが何であれ有効打のチャンスと考え、垂直ジャンプからの薪割り手刀を繰り出すが――。

(な……にっ!?)

 その腕は脳天を衝くことなく勢いを殺された。これが狙いだったのか。左端の首がウルトラマンの腕にぐるりと絡みつき、がら空きになった脇腹に噛み付いた。

(ぐっ……、おぉお、お!)

 鋭利な牙の奥から身を引き裂かれるようなエネルギーが流れ込む。スペシウム133とは水と油、ひたすらに注ぎ込んで内側から分解させる気か。

(接近戦さえも、奴の方が上手……なのか……!?)

 そうはさせるかと拳を入れるが響かない。渾身の回し蹴りは右端の首に咬み付かれ、威力を丸ごと殺された。

 右と左。三つ首のうちふたつがウルトラマンに絡みつき、自由を奪い持ち上げる。遠距離でも近距離でも勝ち目はないのか。抜け出さんと体を揺するも、子と親ほどの体格差は覆せない。

 ウルトラマンの体を走る赤のラインが足先から緑色に変色し始めた。彼の身体を構成するスペシウム133はヒトとの融合時には急激に消耗する。ただでさえ技を連発した上、こうも一方的な戦いでは肉体の維持さえ困難だ。

(何か……手はないのか……?)

 ウルトラマンという超常の力を持ってなお。皆に背を押され、ここまで喰らいついて来てなお。宇宙禍威獣との戦力差はあまりにも遠い。神永新二は。帰ってきたウルトラマンは、このまま何も成せず、禍威獣の餌食になってしまうのだろうか――?

 

※ ※ ※

 

「浅見……おまえ、正気か?」

「他に、即効性のある手段はありますか?」

 外星人エックスが落としたもうひとつのリモコン。ひとつはギドラを操作するものとすれば、もうひとつがなんであるかは考えなくたって解る。レバー式だった前者と違い、こちらはボタンのオン・オフで起動するようだ。ユニバーサルデザインというやつか。ヒトの姿で生活するなら不自由はないが。

「だからって、あれがウルトラマンの味方をするとは限らないんだぞ」

 外星人ならともかく、ヒトと禍威獣との間に会話が成立した事例はない。そもそも、自分たちはあれを排斥しようとしていたのだ。よしんば聞いてもらえたとして、助力してもらえる可能性は万に一つもない。

「ですが。『敵』に対し、攻撃を仕掛けてきたのは確かです」

 浅見は、真っ当な田村の返しに事実を持って切り返す。

「米軍が産み出したベムラー、海軍……。ゴジラに攻撃を加えた者は、その報いとばかりに破壊されてきました。確かに、神永さんの味方にはならないかも知れません。けど」

「あれ程の巨体が、ゴジラを放っておくとは限らない……という訳か」

 敵の敵は味方。少なくとも、禍威獣一強の状態は崩せる。こちらの手にどうこうできる状態じゃないなら、互いにぶつけて共倒れを狙う。

「班長。イチかバチかもう一枚、張ってみませんか」

 浅見は真剣な面持ちで右手を差し出し、現場責任者にGOを求める。即断即決を信条とした禍特対専従班班長は、数秒の逡巡の後、出された手を握り返した。

「いいだろう。俺も、彼『ら』を信じる」

 田村は即座に電話を取り出し、宗像室長に連絡。事の次第を説明し、お伺いを立てる。

 

『――事情は解った』宗像もまた、しばらく逡巡した後、他に手はないと半ば諦め。『内に潰されるか外に滅ぼされるかの違いか。ならばまだこの星の問題で済んだ方が気持ちは良い』

 何より、今自分の座す霞が関近辺でウルトラマンが戦っている。ひとりの人間として、危機に際し再び体を張ってくれた彼に応えたい。

『――事務処理は任せろ。現場はお前たちに任せる』

「了解です」

 電話を切り、だそうだと伝え、ゴーサインが遂に出た。浅見はリモコンのボタンに指を乗せ、ごくんとつばを飲み込む。

「怖いか」

「いえ、そんなことは」

 なれど、押し込むというただ一つ動作に至れない。神永を、ウルトラマンを救うためとはいえ、その彼すら持て余す禍威獣を再び自由にしてしまうのだ。まともな人間の神経では決断しきれまい。

 だからこそ、班長の田村は彼女の指に自分の指を重ね。

「班長……?」

「気に病むことはない。この場にいて止めなかった俺も同罪だ」

 さあ、行くぞ。

 ふたりは覚悟を決め、一息の後にスイッチを押し込んだ。

 遠く羽田空港のすぐ近く。海上で立ち往生をしていたゴジラの身体から、全身に走る赤の鎖が外れてゆく。最早、かの禍威獣を縛り付けるものは何もない。

 

※ ※ ※

 

(駄目だ……身体を……維持……できない)

 緑の侵食は腹部から胸部に達し、抵抗する力さえ無くなってゆく。送り込まれているだけでなく『吸収』されているのか、腕を十字に組んでなお、かの光波熱線は発動しない。

 手立てを探せば探すほど、神永に伸し掛かる『打つ手無し』という事実。現場で抗う彼ですら、この現実に屈してしまわんとした、まさにその時。

 

(な……なんだ……!?)

 視界の総てが青白い閃光に覆われ、そこからワンテンポ後、自身を拘束していたギドラの首が急に緩む。ウルトラマンはこの隙を逃すまいと蹴りを入れ、横回転を伴って着地する。

 だが、何故今になって? あの閃光は何だったのか。彼の抱く疑問は、背後に響く重々しい足音が解決してくれた。

 

『GUORRRRRR……ROARRRRR!!!!』

 自分たちの遥か後方、品川近辺に『それ』はいた。

 火山岩のようにごつごつとした皮膚に、その隙間から漏れ出す赤紫の光。ギドラとほぼ同等の巨体に長い尻尾。何を考えているのかわからない怖ろしい目つき。ついさっきまで、羽田空港近辺で拘束されていた筈の禍威獣第九号ゴジラ。奴が上陸し、雄叫びを上げて迫って来ている!



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(加筆・再掲)敵の敵は味方

(04.07.13 更新)

構成を計算していった結果、次回にかかる負担がめちゃくちゃ大きくなることを考慮し、前回分に多少加筆しました。
後半分2千文字くらいふえてます。


※ ※ ※

 

「班長! 何やってるんです?! というか何なんです!?」

「ゴジラ……ゴジラ、ゴジラ、ゴジラ! 目覚めちゃってますよ、上陸しちゃってますよぉ!」

 VTOLがネズミーランドに降りてきて、滝と船縁が田村らと合流する。開口一番の話題はゴジラだ。あれだけ上陸させてはならないとしていたのに、彼らが座してその進撃を見守っているとなれば気が気ではない。

「ああ。浅見が立案し、俺と室長が許可した」

 その事由を知る田村班長は一切恥じ入ることなくふたりにそう返す。

「賽は投げられた。あとはもう、神永さんに任せるわ」

 突拍子もない提案をした浅見は、一周回って開き直り。

「い、いやまあ。他に手がないってのは解りましたけど」

 あまりにも溌剌とした態度に、却って付け入る隙が無い。滝は鳩が豆鉄砲を喰ったような顔で言葉を返し、

「だからって、ウルトラマンにおんぶにだっこじゃいけません。私たちも、私たちなりに出来ることを探しましょう」

 船縁はなんとか平静を取り繕い、タブレットのモニタ画面に皆の注意を向ける。

 ウルトラマンは神ではない。それを教えてくれた人物はもういない。我々禍特対はチームだ。一枚で不安なら二枚張る。まだ朧げな勝ち筋を、神永の元に引き寄せるために。

 

※ ※ ※

 

(ゴジラ……だと!?)

 直前まで掃討作戦に参加していた彼が驚くのも無理はない。その是非で外星人を受け容れるか否かを議論していた、原因そのものが枷を溶かれ、目の前にいる。

『ROARRRRR!!!!』

 眼窩に収まった小さな瞳は憤怒に燃えており、溶岩めいたその身体は熱を帯び、全身からごうごうと湯気を上げている。その目線の先にあるのはギドラだ。あれを外星人の尖兵だと知っているのか? 長く拘束されていた鬱憤を晴らそうとしているのか?

 

『G、RUOOOOOOO!!』

 周囲の建物を踏み越えて、十分に近付いたゴジラが、急にこちらに背を向けて、雄々しき背びれを見せ付ける。その後には何がある? ワンテンポ遅れ、身長と同じくらい長い尻尾が風切る勢いで飛んで来た。

(くっ……!)

 ウルトラマンは側転で尻尾をかわし、その延長線にいたギドラに衝撃を肩代わりさせた。ゴジラとギドラの体高は目算でほぼ同じ。強烈な一撃は奴の背を打ち、その勢いで二・三歩たたらを踏ませる。

(成程、敵でも無いが、味方でもない)

 奴に復讐なんて高尚な考えは無い。ベムラーの時と同じだ。視える範囲に敵がいる。だから斃す。それは自分もギドラも例外ではない。

 自分が手も足も出なかった相手だ。援軍として見ればこれほど心強い者もいないが、そう決めつけるのは早計だ。振り抜かれ、戻りゆく尻尾が高層ビルの真中を打ち、積み木を崩すかのように倒壊させてゆく。

(悩ましい展開だ)

 現状、自分の力だけではギドラには勝てない。だが、奴をなすがままにしておけば、この国の都市機能は一夜にして崩壊する。

(となれば、やるべきことはひとつ)

 神永は覚悟を決めた。よろけから体勢を立て直しつつあるギドラと、再び身体をこちらに向けたゴジラの間に立つ。

 それが効かないのは百も承知。ギドラの懐に潜り込み、ダブルスレッジ・ハンマーを叩き込む。

 体重の乗った一撃を放ってなお、やはりギドラは小揺るぎもしない。そんなことは分かり切っている。足を止めさえすれば十分だ。自分とギドラが一列に重なったその場所に、ゴジラが前のめりに飛び込んできた。

 

『GRURORRRRRR!!』

 道路上に敷き詰められた乗用車を巻き上げながら、その巨体と運動エネルギーを押し付ける。ウルトラマンは寸前の側転でそれを躱し、ギドラのみに肩代わりさせた。何万トンと何万トンとのぶつかり合いだ。爆発めいた轟音が夜の都心に鳴り響き、ギドラの身体が十数メートル引きずられてゆく。

(思った通りだ)

 奴にあるのはただ目の前の敵を斃すという考えのみ。そこにものの大小など関係ない。共闘と言うより誘導か。敵の敵は味方なら、その注意をギドラのみに向けさせてやる。

 

『GUORRRRRR……』

 先のベムラー戦で『生長』した両の腕がギドラの右端・左端の首を掴んだ。膂力をフル稼働させ抵抗するも、ゴジラの握力がそれに勝り、動かない。

 メキメキ・バキバキと、木の枝を素手で折ったかのような音がゴジラたちの足元に響く。それまで、ゴジラの脚は『取り組み』に不釣り合いなつま先立ちであった。格闘戦を挑むに伴い不利と判断したか、足裏が地につき、踵やアキレス腱めいたものが次々と生成されてゆく。

『RO……ARRRRR!!』

 都心部を土俵に見立てた取り組みは、ゴジラによる寄り倒しでひとまず決した。瞬間的に発生した震度5の地震が麻布の街を激しく揺らし、ギドラの身体が半回転。そのまま地表に叩き付けられた。

 

『GI……GIGAGGGG』

 かの一撃が有効打足りえたのか、ギドラはよろよろと身体を起こす。正面切っての肉弾戦は不利と判断したか、ギドラの背に生えし両翼が開いた。自身の体長をも超える大きな翼で風をとらえ、みるみる空へと昇ってゆく。

(させるか!)

 ここへ来てウルトラマンが動いた。逃げ出そうとするギドラに向かい十字に構えた腕を向け、光波熱線を叩き込む。

 だが、向こうもそれを見越していた。理不尽な暴力を受け続ける中、三つ首の禍威獣は斃すべき『優先順位』を既に付けていたのだ。

(なに……?!)

 放たれた光波熱線に対し、ギドラは先の重力干渉光波を放ち対応。光波同士が東京上空でぶつかり合う。

 ウルトラマンの縦回転が寸止めされたときと同じだ。青の光波は無理矢理に軌道を捻じ曲げられ、あらぬ方向へと飛んでゆく。

 

『GUORRRRRR……ROARRRRR!』

 その先には何がある? 今しがた首を上向けたゴジラの顔だ。青と金が混ざり合った光波熱線をこめかみで受け、その巨体が大きく仰け反る。

 続く展開は至ってシンプル。新たな敵が立ちふさがるなら、斃し滅ぼし道を拓くのみ。ゴジラの背びれが紫色に発光し、口内に莫大なエネルギーが集束されてゆく。

(駄目だ、避けられない!)

 海上で米の軍艦や最新鋭兵器を焼き尽くしたあの光線が、ウルトラマン目掛け解き放たれた。ここがあの時と同じ海ならば、飛んで逃げれば良かったが、生憎とここは東京都心。自分が躱せばこの街は数分で灼熱地獄と化すだろう。

 彼に他の選択肢はない。ウルトラマンは腕を十字にクロスさせ、その莫大な熱核エネルギーを受け止めた。

 

※ ※ ※

 

「ちょちょちょ、冗談でしょ……!?」

「さすがの神永さんも、あれをマトモに喰らったら……」

 ウルトラマンがフレンドリーファイア(?)を受けるその瞬間を、禍特対の面々はVTOLのモニタ越しに見守っていた。

「班長、今からでも何か出来ることは」

「無理だ。空自も陸自も間に合わない」

 助けたい気持ちは皆同じ。だが、今この瞬間に即応出来る手段は無い。よしんば間に合ったとして、ゴジラの気を逸らした先には何がある? あの熱線が街に向かえば、東京都心はあっという間に火の海だ。

「けど、今動かなきゃ、神永さんが!」

 自分たちの為に、命を賭して帰ってきてくれた彼を、こんな形で見捨てるなんて嫌だ。そんなことはこの場にいる誰もが百も承知である。打つ手はないが、座して待つのも御免被る。

「いや……待ってください」誰もが固唾を飲んでモニタを見つめる中、船縁だけは自身の端末を目にし、驚嘆の声を上げた。

「これを見てください。ひょっとしたら、ひょっとするかも……」

 彼女がよこしたのは都心部のカメラではなく、船縁が独自に作成したエネルギー計測を主目的としたサーモグラフだ。ウルトラマンとゴジラ、そして上空のギドラ。三つ巴の戦いが抽象的な赤・青・緑のエフェクトで示されている。

 ウルトラマンに対しぶつけられる赤の奔流がゴジラの熱線か。彼はそれをただ受け止める事しかできていない。

 

「嘘でしょ」

「こんなことが、あるのか……?」

 だが、これを見せられた浅見たちは目を剥いた。ガボラの時と同じだ。ウルトラマンはただ受けているのでない。ゴジラの放つ放射性物質を、十字に組んだその腕で、自らの内に取り込んでいるではないか。

 

※ ※ ※

 

(駄目だ……このままでは……)

 変身しこの場に立つ神永の脳裏に、かつて『ウルトラマン』として戦った時の記憶がまざまざと浮かび上がる。

 

 放射性物質を光線にして放つ地底禍威獣ガボラ。『彼』は側にいた禍特対メンバーを守るため、自らという"フィルター"を通し、無害化させて取り込んだ。

 ネロンガのときのように光波熱線を使わなかったのは、放射性物質の拡散が如何な被害を招くか、先んじて学習し知っていたからだ。

 しかし、それだけが理由ではない。自らの身体を構成するスペシウム133と地球由来の核物質。この二つが結びついた際、制御できない凄まじいエネルギーが生じてしまうのではないかという懸念だ。

(他に手はない。今ここで……試す!)

 体内に残されたスペシウム133はあと僅か。よしんば耐え切ったとして、ゴジラとギドラを相手取る体力はもう無いだろう。イチかバチかの大博打。神永は死中に活を求めんと、十字に組んだ腕を解き、ゴジラの放つ熱線をそのまま胸部で受け止めた。

 

(うぐ……くぅ……。ウォ、オオオオオオオオオオオ!!)

 ウルトラマンの体内にゴジラが放つ熱線が流れ込んできた。それらはスペシウム133と結びつき、身を引き裂かれるような激痛が神永の身体を蝕んでゆく。

(負けて……たまるか……!)

 だが神永は一歩も退かない。歯を食いしばって激痛を耐え、熱線をあるがまま受け容れる。

 やがて、自らの身体が少しずつ『変わり』始めていることに気が付いた。糸と糸が絡まり組み紐となるように、異なる二つのエネルギーが結びつき、ウルトラマンに変化をもたらした。

 

 ゴジラの全身を駆け巡る赤のラインが暗くくすみ、熱線が炎に戻り、やがてそれすらも失せていく。我慢比べはウルトラマンに軍配が上がった。彼は放射熱線を『克服』し、立て膝状態から悠々と立ち上がる。

 

 ガス欠間近を示す緑のラインはオレンジ色に変貌し、元々銀だった体表の各所に水疱瘡めいた緑が差し込まれている。

 変化は体表だけではない。痩身の体躯の上から堅牢な筋肉が盛り上がり、シルエットを大きく違えている。

 銀と赤に彩られた美しき巨人は、人類の産み出した強大な力を取り込み、極めて歪な存在へと成り果てた。




・次回、「放て!激ヤバ光線!!」、ご期待ください。


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放て!激ヤバ光線!!

https://syosetu.org/novel/290197/16.html
前回掲載分に一部加筆を施しました。そちらで描いたものを前提に話を進めるので、
出来れば一度前回を見返していただければ幸いです。

あ、それはそれとして、次回が実質最終回です。


※ ※ ※

 

「神永さん……無茶苦茶だよ……」

 滝はかのサーモグラフではなく、カメラの側を見て思わずそう呟く。『彼』は無傷だ。放射性物質の拡散もない。

 だが、その姿は今までとは大きく異なっている。ガス欠間近を示す緑のラインはオレンジ色に変貌し、元々銀だった体表の各所に水疱瘡めいた緑が差し込まれている。

 

「こんなのは付け焼き刃だ」滝は極めて深刻そうな口調で続ける。

「あの姿がたとえパワーアップだとして、あんなものが長く続く筈が無い。いわば元気の前借りですよ。揺り返しが来たとき何が起こるか!」

 彼は、解っていてこれをやったのだろうか? きっと承知の上なのだろう。事実あの瞬間、出来たことといえばそれくらいだ。選択肢なんて他になかった。

「僕たちは、また、全部任せなきゃいけないのか……?」

 彼があれだけ身体を張っているのに。自分は外野であまりに無力。滝は諦念から肩を落とし、目を伏せた。

 

※ ※ ※

 

(これなら……やれる!)

 ウルトラマンは右拳を固く握り締め、ギドラ目掛けて駆け出した。肥大化した筋肉による重さはない。むしろ先程までより足取りが軽い。全身に拡散した緑色の水玉が、動くごとに体内を跳ね回ることを除けば何の問題もない。

(堕、ち、ろぉおおお)

 ギドラの斜め下に達したところでウルトラマンは跳んだ。地表を支えるアスファルトが亀裂を走らせ陥没し、跳躍による風圧で周囲の窓ガラスが割れんばかりに叫び倒す。

『GI……GHA……!?』

 急ぎ三つ首からの光波で対応するギドラだが、向こうはそれさえ物ともせず、振り下ろした拳の一撃を背に喰らい、左に大きくバランスを崩す。

 飛行状態を保てず、横倒しになって墜落するギドラ。ウルトラマンは着地と同時に軽く仰け反り、戻って来る反動を用いた回し蹴りを奴の腹に叩き込む。数十万トンはあらんかというギドラの巨体が、横倒しのままもんどりを打って撥ね飛ばされた。

 体格差そのものは先程と何ら変わらない。大人と子どもほど、しかも向こうは踏ん張りの効いた四つ足だ。なれどこのウルトラマンは、その筋力だけで力量差を覆したのだ。

 

『GI……GRURORRRRRR!!』

 いい気になるなよとばかりに首をもたげ、ギドラは三つ首全てを一点に集束させ、強力な光波を解き放つ。不意を突いての必殺の一撃を、ウルトラマンは躱すことなく逞しい胸筋で受け止めた。

(今更。こんなものが、効いてたまるか)

 大気圏外まで容易に引っ張り上げるかの攻撃を受けてなお、ウルトラマンは小揺るぎもしない。代わりに、胸筋に弾かれ拡散した光波『だったもの』が、周囲の瓦礫や車を無秩序に浮かび上がらせている。

 

(もっとだ……もっと力を)

 ウルトラマンは光波を物ともせず接近し、右腕を振り上げる。そこにはスペシウムエネルギーで産み出した鋭利な光輪が浮き上がっていた。放つために生じさせたのではない。手首のもとで固定し、回転させたまま留まらせている。

(もっとだ……まだ足りない、もっと!)

 神永の意思に呼応するように、光輪の隣に同じ光輪が生じ、一つ目とは逆回転をしながら手首に固定。そこからさらにひとつ。計三つ。それぞれ互い違いに回るさまは、さなざらスケールの大きな芝刈り機だ。

(喰、ら、え!)

 まさかりで薪を割るように。バットを振り抜くように。整ったフォームと滑らかな体重移動を伴って、振り上げた右腕を振り下ろす。狙うは奴の右端の首。光輪を伴った必殺のチョップは、風切る勢いと同時三回転する鋸との相乗効果に乗って、首の真中から真っ二つに引き裂かれた。

 

『GU……GIGAGGGG……!?!?』

 文字通り首が飛び、金粉めいた血液が街の周囲に飛散する。ギドラとしても予想の範疇を越えていたのか、残る二本の首から金切り音めいた悲壮な雄叫びを上げている。

(凄まじいな……これは……)

『元気の前借り』とはまさしく言い得て妙である。単独では打つ手の無かった展開からの大逆転。これ程までの力を行使した先には一体、何が待ち構えているのだろうか――。

 だが、今はそんなことを考えている暇はない。背にひりつく殺気を感じ、ウルトラマンは咄嗟に右に側転を打った。

 

(なん……だと……?!)

 躱した彼の目に信じがたい光景が映る。今の今までそこに居たはずのゴジラの姿が無い。否、『いなくなった』のではない。どういうわけだと首を上向けたその先で、奴が百メートル近くの高さで宙に浮いている(・・・・・)

(こんなことが……あり得るのか……?)

 浮いているという言葉も適切ではない。長い尻尾を地表に叩き付け、その反動でその巨体を持ち上げている。

 だとすれば、狙いはどこに? 分かりきっている。『敵』は今ここにしかいない。二つが同じ場所にいて、的がこれだけ大きければ、ターゲットはひとつだけだ。

 数十万トン近いゴジラの巨体が、重力に従い落ちてくる。邪魔な障害物を飛び越え、ギドラ目掛けて一直線。首を切断されてよろけるギドラに、この質量攻撃を躱すだけの余裕はない。

『GIROARRRRR!?!?』

 接地の瞬間、六本木周辺をマグニチュード九相当の地震が十秒間巻き起こった。周辺半径五百メートルのアスファルトが醜くえぐれ、そびえ立つ高層ビルの殆どは左右斜め三十度ほどに折れ曲がる。

 "落下"したゴジラの足は左端の首の根本に直撃。石膏をハンマーで割ったかのような音を響かせ、ヒトでいう頸椎を一撃で砕いた。

『g……guo……ou……oo』

 右の首は切断、左の首は折られてだらしなく垂れ下がり、あの悍ましくも美しい姿は見る影もない。ウルトラマンの『覚醒』からわずか一分弱。最早、ギドラに勝ち目はない。

 

(まずい……)

 ゴジラの体表を走るラインが赤から紫に変わった。口内に強大なエネルギーが迸っている。ここで勝負をつける気か。だが、都心のド真ん中でそれを許せば、この国は二度と立ち直れなくなってしまう。

(僕がやらなければ)

 ウルトラマンは空中バック転でギドラを飛び越え背後に回った。力なく横たわる二股の尻尾を両腕で掴み、脚と背筋にあらん限りの力を込める。

 全身に飛び散る緑色が両脚に集中し、彼の背中に縄のような筋肉が浮かび上がる。力を、もっと、力を。神永は念じるようにそう唱え、ギドラの巨体を持ち上げた。

 後は野となれ山となれ。持ち上げた巨体を振らし、一回転、二回転、三回転。ここに遠心力が乗った。勢いがつき、加速が加わり、あのギドラが砲丸投げの金槌めいて六本木の街を駆け回る。

 その最中、背後のゴジラをちらと見る。計算通り、奴は狙いを定められず右・左と首を振っている。

(い、ま、だっ!!!!)

 回転が頂点に達した瞬間、それまでの遠心力を借り、その超常ともいえる膂力でギドラの身体を解き放つ。彼の身体はマッハの速度で空を翔け、地球の重力圏から離脱してゆく。

 

『GUAAAAAA……!』

 ゴジラの内包するエネルギーが極限に達した。対象は海上。空には今、誰もいない。

 ウルトラマンは左腕を目の前で縦に、右腕をぴんと伸ばし、それぞれの手首にスペシウムエネルギーを集束させる。先程までとは比べ物にならない量なのか、身体を走るオレンジのラインが夜空を染める程に発光している。

(奴の放射線流と、光波熱線……試してみるか!)

 かつて、滝明久は一つの懸念を示していた。放射線を体内に内包するガボラに、ウルトラマンがスペシウム133を撃ち込んだら、一体どんな反応が起こってしまうのか。

 ギドラはこれまでとはけた違いの禍威獣だ。イチとイチをそのまま放っても、完全に消し去れるかどうかわからない。この姿でいられる時間はもう長くない。今ここで確実に仕留めるために、それぞれを重ねて二以上にしてみせる!

 

(喰らえ!)

『GUAAAAAAAAAAAAAA』

 紫色の熱線と、青色のスペシウム133光波熱線が全く同じタイミングで放たれた。狙いは同じ空中のギドラ。光波と熱線は雲の上で一所に重なり、紫と青が混ざり合い、それらはマグマが如き深紅に染まった。

『GI……?!?! GAAAAAAAAAAA』

 ギドラの身体が地球の重力圏を抜けた瞬間、赤色熱線が奴の身体を貫いた。地球の核エネルギーとスペシウム133が交わった正しく激ヤバ光線。ギドラの身体の細胞一つ一つにまで滲み渡り、その身体を粉々に打ち砕いた。

 まるで夕方に時間が戻ったようだった。爆散とその余波は関東上空から雲という雲を遠くへ追いやり、日本の空を真っ赤に染めた。

 

 

※ ※ ※

 

「あは、はは……は……神永さん、やった、やり抜いた……」

「激ヤバ光線消失を確認。空中、地上、大気圏。どこにも危険物質の拡散は認められません」

 禍威獣・ギドラの爆散は、浦安ネズミーランドに陣を敷く禍特対の面々も当然目撃していた。

 結果的に、ではあるが。かの激ヤバ光線が地上の自分たちに与えた被害は現状ゼロ。地球外に放り投げたのも効いただろうが、ウルトラマンは最適解を取って倒したことになる。

「待って。けど、まだ終わりじゃない」

「ああそうだ。本丸がまだ残ってる」

 これで丸く収まれば良かったが、現実はそう甘くはない。力の限り光波熱線を放ち、肩で息をするウルトラマンのすぐ隣に、紫に発光する恐るべき巨大禍威獣が立っている。

 

『GUORRRRRRRRRRRRRR』

 奴にとっては、斃すべき敵が一体減っただけ。ギドラが消えたところで、ゴジラに止まる意志など無い。

 戦いはまだ終わらない。疲弊しきり、限界近いこの状況で、第二ラウンドがはじまる。




次回、『たった一つの冴えたやり方』
ご期待ください。


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たった一つの冴えたやり方

 

※ ※ ※

 

(ギドラがいなくなったものな。あとは僕を狙うしかない)

 先程まで肩を並べ戦っていた禍威獣ゴジラが、こちらを睨み唸り声を上げている。奴にとってはギドラも自分も等しく自身の歩みを止めるものでしかない。加えて、奴は『協力』してくれていた訳でもない。被害が街に及ばぬよう、気を回し注意を向け続けただけだ。

 ウルトラマンは改めて己を見やる。核エネルギーを起点とするあの強化は未だ残っている。このまま正面切って打ち合えば、斃すことも出来なくはないだろう。

(それも時間さえあれば、の話だが……)

 神永には分かっていた。元気の前借りはさっきの光波熱線で底を尽き、後は下ってゆくだけだと。対するゴジラは今尚健在。持久戦を持ち掛けたところで一分と持つまい。

(だからと言って、逃げる訳にもゆかない)

 自分が背負うのは都心に住まう約1400万人の人々だ。いま自分が背を向ければ、ゴジラは躊躇いなく彼らの営みを蹂躪することだろう。

(あぁそうだ、そうだとも。成せばなる。成さねばならぬ、何事も)

 これは、力を手にした者の責務だ。誰にも肩代わりさせられない。神永は弱い自分を心中で律し、眼前の脅威に抗うことを決める。

(さぁ、来い!)

 残りどれだけ持つか分からないその状態で、ウルトラマンはゴジラ目掛けて駆け出した。たとえその身を犠牲にしたとしても、この騒乱をここで終わらせてみせる!

 

※ ※ ※

 

「ウルトラマン、禍威獣に突撃……」

「無茶だ! もう、時間がない!」

 たとえ言葉を発せなくとも、禍特対の面々にもこの行動が蛮勇のそれであることは理解できた。彼が動かなければ都が、日本が滅ぶ。だからこそ彼は、どれだけ満身創痍であろうとその足を止められない。

「神永さん……。私たち、こんなこと、望んでない。望んでないわ」

「どうして、彼にばかり……こんな……」

 他に手はない。たとえ対戦ヘリや戦車隊が間に合ったとして、ゴジラ相手に人類が無力なのは米国が証明した通りだ。むしろ下手な攻撃は気を散らし、戦場に立つ彼の邪魔になる。故に、彼ら禍特対の面々は眼前で起こるこの光景を、ただ指を咥えて見ていることしか出来ないのだ。

 

 

「本当に……そうでしょうか」

 誰もが悲壮感を漂わせ見守る中、船縁だけが普段と同じトーンで言葉を紡ぐ。一足先に液晶画面に映る『違和感』を見つけたからだ。彼だけに総てを押し付けたと嘆く彼らは、ゴジラに立ちはだかるウルトラマンが、捨て鉢になったと思いこんでいたのだ。

 

「船縁さん。どういうことなの」

「神永さんはヤケになんてなってないみたいですよ。観てください、彼の『手』を」

 そう言われ、小さな画面を三人で凝視。誰もが単に握り拳を作っていると思い込んでいた。言われるまで気付かなかった。彼は、ウルトラマンは、右の手に何か、棒状のものを握っているではないか。

 

※ ※ ※

 

『GUORRRRRR……』

 ゴジラの身体を走る赤のラインが紫に変色し、口内に熱核エネルギーが集束されてゆく。熱線放射まで秒読みスタート。逃げることも、躱すことも許されない。かと言って、正々堂々打ち合って、相殺出来る力もない。

 それでもなお、駆けるその足が止まることはない。大丈夫、なんとかなる。してみせる。祈りのように心中でそう呟き、今まさに熱線を放たんとするゴジラの身体にしがみついた。

 かのパワーアップでなんとか喰らいついているが、親と子ほどの体格差に変わりはない。遠ざけたいのならば力不足だ。

『R……OARRRRR!!!!』

 背びれが物々しい輝きを放ち、遂に口内から熱線が解き放たれた。都に住む人々が諦めから目を伏せたその瞬間、ウルトラマンは右手に握った『それ』のスイッチを素早く二度押し込んだ。

 

(と、ど、け、ぇええええええ)

 夜空を染める紫の輝きと、突如現れた目映い真紅の輝きが混ざり合う。悍ましい色同士が渦を巻いて拮抗し、光ばかりが拡散してゆく。もう、誰も目を開けて視てなどいられない。夜の空を昼よりも明るく照らすその輝きは、十数秒で破砕した。

 それはまるで、後の祭りと呼ぶに相応しい光景だった。絢爛たるビル群はどれも斜めにそり立ち、アスファルトはぐしゃぐしゃに抉れ、たくさんの車がビルの上階に突っ込んでいる。

 そこに、これらを形作った者たちの姿は無い。ゴジラもウルトラマンも、まるで元から居なかったかのように東京の街から忽然と消え失せた。

 

 

※ ※ ※

 

「ベーターカプセルの二度点火、プランクブレーンの開放……」

「ゴジラを、こことは別の次元に押し出した……?」

 この異常事態を、彼ら禍特対は驚くほど冷静に受け止めていた。ベーターカプセルを二度点火し、発生した異次元(プランクブレーン)に対象を押し込む。ゼットンを斃すために、滝ら人類が頭脳を結集し、導き出した計算式。スケールこそ違えど、やったことはその延長線上のものだ。

「でも、なんで神永さんが」

「今、彼は”どちら”なんだ?」

 だが、その計算式を教えたのはウルトラマン”だった”頃の神永だ。「そうでない」神永にはこのことを話していない。『彼』があの戦いから戻ってきた時、彼は元の神永に戻り、”ウルトラマン”は消えていた。だとしたら、今の神永新二は一体何者なのか。

 

「彼が、教えてくれたんですよ」

 

 液晶画面を見て困惑を浮かべる禍特対の面々に、外部から声をかける者がひとり。

 ウルトラマンになった男・神永新二。彼が傷一つなく、なれど左足を引きずりながら、仲間たちの元へと歩を進めている。

 

「神永!?」

「神永さん!?」

「えっ、えっ? プランクブレーンは、ゴジラは?! どうして神永さんだけ!?」

 戻ってきた同僚に、仲間たちは目を白黒とさせワッと言葉を浴びせかける。

「もう手が無いと、諦めかけていたところに、”彼”の言葉が響いてきたんです」なれど、神永は皆のことなどお構いなしと、自身の言葉を更に続け。「恐れることはない。答えならもうあると。だから、一か八か賭けに出ました。ゴジラが熱線というエネルギーを解放するその瞬間に、このチカラすべてを集中させて」

 そう話す神永の言葉は早口で、どこか取り留めの無いように聞こえる。理由は直ぐに解った。そこが限界だった。一世一代の賭けに勝ち、命からがら仲間の元に戻った神永は、役目は終えたとばかり、まるで糸の切れた人形めいて崩れ落ちた。

 

「神永さん!? 待って! 死んじゃ嫌!」

「落ち着いてください浅見さん、息はしてます。ヒトの身体でウルトラマンに成ったフィードバック、しかもあんな反則技で締めたんですから……」

「とにかく! 救急車! 救急車を呼んでくれ、早く!」

 東京の街に自衛隊のヘリが到着し、シェルターや地下鉄に潜んでいた避難民が少しずつ外界に戻り始めている。抉れかえったアスファルトの上を、車たちがピープー音を鳴らしながら無理矢理に駆けてゆく。

 ウルトラマンが苦心して押し留めたとはいえ、地価、風評被害、これから数えられるであろう逃げ遅れの人数――。被害総額の試算は想像もつかない。

 すべてはこれからだ。喜びも悲しみも、怒りも嘆きも発奮も。きっと全部この先必要になる。

 この国はスクラップアンドビルドで成り上がってきた。きっとこのままじゃ終わらない。日本は。ここに住まう人々は、こんなことではへこたれない。

 




これまでご覧いただきありがとうございました。
たぶん、次回のエピローグを描いて完結です。


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エピローグ

ひとつきと一週間かけて続いた本シリーズも、いよいよここで終幕です。
最後までお付き合いくださり、まことにありがとうございました。


※ ※ ※

 

 

『――正午になりました。お昼のニュースをお伝えします』

『――禍威獣第十号……、防災庁によってギドラ、と名付けられた敵性大型生物とウルトラマン、そしてゴジラの出現から三ヶ月。都市機能はほぼ回復し、避難を続けていた人々は続々と街に戻りつつあります』

『――米国からの支援・介入もあり、経済への打撃は最小限。昨年冬に過酷な年越しを強いられた東京ですが、春は心地よい陽気を享受できそうです』

 

 

「建築資材も復興費用もあっち持ち。これじゃあ向こう何年か、米国サマに頭が上がりませんね」

「ま。その分ゴジラについては口外するなって言ってきたんですから、アイコでしょ」

 内閣府の一区画にひっそりと立てられた陸の孤島。禍威獣災害専門部署、禍特対専従班。船縁と滝はデスクに腰掛け、テレビで流されるこの街の光景を当事者らしからぬ態度で眺めていた。

 冬場のかじかむような寒さも失せ、草木の芽吹く春先。あれ以降この国は禍威獣や外星人とは無縁の生活を送っている。米国は協力的だ。政界では見返りもなくこの国に資材や人材を惜しまないことへの不信感もあったが、供与を受け続けていく中でそんな声も次第に影を潜めていった。

 

「けど、ベーターシステムの開発は諦めてないみたいよ」

 浅見が手元のパソコンを動かしながら、彼らの話に乗る。「施設自体はバラバラになっちゃったけど、神永さんが変身した時のデータは残ってたみたいだから。いま本国での準備を進めてるんだって」

「うっそマジすか。ソースは」

「うちの古巣が小耳に挟んだって。あっちの国からしたら、あの騒動だって、大いなる実験の1ページみたいなもんなのかもね」

 そんな話を耳にすると、手厚い支援もなんとなく胡散臭く感じてしまう。トライアンドエラーはヒトの美徳ではあるが、何にだって限度というものがあるだろうに。

 

「ただ、それも。しばらくは気にしなくていいんじゃないかな」

 

 どこに聞き耳が立っているか分からないものだ。扉を開けて入って来たのは、ここ数ヶ月本部に顔を見せなかった神永新二だ。

「おかえりなさい神永さん。結果の方は」

「お役に立てず申し訳無いと言って出て来たよ。ようやく、僕を留め置く意味がないと理解したらしい」

 快復した神永を待っていたのは、米国からの開発協力と言う名の捕縛・拘束だった。人類初のベーターシステム実験は、別のマルチバースから予期せぬ来訪者を呼ぶという結果で失敗に終わったが、ウルトラマンを『引き当てた』神永とそのメカニズムさえ解明できれば話は変わる。

「じゃあ、あれからずっと……?」

「あぁ。何度点火しても、『彼』は現れなかった」

 研究をすると言っても、神永新二自体は普通の人間だ。実際ウルトラマンにならなくては研究のしようがない。

 同時に、ベーターカプセルも研究機関の手に渡り、解析が行われたのだが――。構造はおろか、それを構成する物質を採取することさえ適わなかった。

「なる程。自分たちでは解析も起動も出来ないから」

「神永さんに返して……いや、押し付けたと言うべきでしょうか」

「まあ、そんなところか」

 尤も、今も監視の目は光っているがね。神永は窓から外の様子をちらと見る。街に溶け込んでいるようで、その実こちらをそれとなく見張っているスーツ姿が、目の届く範囲に三人は居た。

「うえー。また監視……」

「しかも米国……。これ治外法権ってやつじゃないすか」

「しばらくの辛抱さ。僕が無力と分かったら、彼らも早々に引き上げるだろう」

 そう話す神永の顔はあっけらかんとしていて。軟禁の疲れも、この先への不安も無いように見えた。

 だからこそと、浅見が疑問を呈する。「けど。なんでウルトラマンは現れなかったのかしら」

「それは、彼に直接訊かなきゃ分からないが」神永は言って若干の間を取り、「今もまだ、疲れを癒やしている最中なんじゃないかな」

 彼はゴジラの放射線物資を吸収し、文字通り身を粉にして戦った。ベーターカプセルが反応しないのも。彼の側が整っていないとしたら合点がいく。

「しばらくは寝かせておいてあげよう。人類の揉め事は、人類が解決しないと」

「そうね。私たちの尻拭いばかり、彼にさせていられないもの」

 ウルトラマンは万能の神ではない。こころを持ち、傷もつく。彼が人間の為に力を貸してくれるなら、我々もそれに応えなくては。

「けど、なんだか不思議」船縁はそんな神永を観てふふふと笑い。

「でもあれって神永さんだったんでしょ。なんだかずっと他人事」

「かもな」神永は真顔で首肯し、「なんとなく、実感が湧かないんだ。彼が僕なのか、僕が彼なのか……」

 今でも、何もかも夢だったのかもしれないと思う。身長六十メートルに巨大化し、禍威獣たちと戦ったあの冬の日。これは総て夢で、自分はどこか別の場所で観ていただけだったのではないか。当事者でありながら、神永はこの事案に未だ現実味を持てずにいた。

「やめてくださいよ神永さん。あなたに言われると、本当に夢っぽく聞こえます」

「わかってる。ほんの冗談さ」

 などととぼけていたが、心の内はどうなのか。きっと彼の口から語られることはないのだろう。

 

「なら、現実味のある仕事をやろう」

 

 そんな彼らの間に割って入るは田村班長。遊びのない神妙な面持ちから、続く言葉がなんとなく想像できる。

「横田基地の旧・ベーターシステム研究セクションから一晩で四人が消えた。詳細は不明だが、外星人らしき異様な存在を目撃したとの情報もある。我々に協力要請だ」

 既に、システムの再開発区画は米国内に移っている。今更日本の、しかも横田を狙う理由は不明だが――。外星人のすることを邪推したとて殆ど無意味か。

 

「まったく、こういう時だけ頼るんだから」

「そう言わない。これがあたしたちの仕事でしょ」

「私としては、山とか島とじゃなく、ヒトの居住区ってだけでテンションが上がるんですけどねえ」

 各々思いに違いはあれど、入った依頼を無碍にすることはない。それぞれがパソコンやハードディスクを鞄に詰め込み、不貞腐れながらも立ち上がる。

「さあ、行こうか」

 まるで、君もチームの一員だとでも言うように。神永は起動しないベーターカプセルを握り締め、他の四人の後を追う。

 

「禍特対、出動!」

 

 禍威獣・及び外星人特別対策専従班、禍特対。彼らの活躍はこれからも続く。

 

 

 

 

◎シン・ウルトラマン対シン・ゴジラ 完

 



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(2023.03.18 更新)エンド・タイトル・シークエンス

一年ぶりにおひさです。
いろいろあってここだけ大幅に書き直しました。

どうぞごらんください。


※ ※ ※

 

「米国はよくやってくれた。これほど価値のあるモノをこの世にもたらしてくれたのだからな」

 紅い鷲のマークがでかでかと貼られた壁に、ドーム一個分はあらんかという巨大な実験区画。

 白いタイルの床を埋め尽くすコード、コード、コード。どれだけの大電量が通っているのか。それを可能としている財力は何なのか。そして、「それ」を世話するこの黒服面の連中は何なのか。

 

「素晴らしい。こんな木っ端の細胞ですら、他を取り込み、独自の進化を遂げようとしている。素晴らしい、なんと美しい生き物なのか」

 ゴジラがこの世界に現れたあの日。米軍は迎撃のため、強力な貫通弾を多数使用し、あの頑丈な皮膚を穿ち、東京湾にその肉片を沈めた。

 誰もそのことを気に留めるものはいなかった――。いや、いるには「いた」が、肉片は残らず”彼ら”がさらい、事情を知る・その異常性に気付いた科学者たちは皆”彼ら”に拉致され、意に沿わなかった者たちはその場で鮫の餌とされた。

 

「君の頑張りも徒労と化したね"バッタ君"。まっ、お前ごとき旧式オーグに我々が敗ける訳がないのだが」

 ここの研究所員らしき白衣の男は、足元で突っ伏す『緑の仮面』を見下ろし、尊大な態度で彼に接する。彼の手足は返り血で真っ赤に染まり、その周囲には黒服に白い仮面をつけた者たちが山と積まれていた。

「折角だから見てゆきたまえ。異世界のチカラと我が頭脳の結晶、その結実をな」

 

 電源らしきツマミを全開に回し、レバーを一杯に上げ、パワーバーが極限まで伸びて行く。

 エネルギーを取り込んで、”なかのもの”が胎動を始めた。細胞が肥大化し、マリモめいた丸に口が生じ、牙が生え、湧いたあぶくが目玉となった。

 

 顔だけだったマリモから触手が伸び、その先に目がなく、牙でびっしりと覆われた口が生える。

 顔は本体ではなくダミーなのか。その下に赤く発光する(のう)が生じ、急激に膨張してゆく。

 青々とした植物の蔓が幾重にも絡まり、熊を思わせる太く大きな手足。乱高下が激しく、獲物を噛み千切るには適さない上下不揃いな歯と顎。どこを見ているのか解らない黒曜石めいた瞳。

 形をかなり歪められているが、その面影は強く残っている。この姿は、まるで――。

 

「ふざけやがって……。こんなもん、世に解き放たせる訳には……!」

 黒いダイヤモンドめいた瞳が”彼”を捉えた。そこに感情は乗っていない。そもそも感情があるのかさえわからない。

「彼」は止めようと手を伸ばした。伸ばしただけで、その先には届かない。背後に立つオオカミの仮面を被った男に首根を掴まれ、振りほどくことができないでいる。

 

 

「さあ、さあ、さぁ! いよいよだ。いよいよだぞォ。我が人生における最高傑作! 人工合成禍威獣第一号! 目ェ覚ァめよォオオオオオ」

 

 

 分厚い強化ガラスに亀裂が走り、中の溶液が溢れ出る。その体躯は水槽に収まりきれず肥大化し、建物を破壊しながらどんどん大きくなってゆく。

 災厄が、ヒトの手でこの世に解き放たれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◎シン・仮面ライダーvsシン・ウルトラマン

に、つづく。



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