戦隊ヒーローのレッドは戦いが終わって無職になったので、これからは自分の正義だけを追求する ~ヒーローは日常へと帰れるのか?~ (ゼフィガルド)
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用済みヒーロー。その後で
スタッフロール後の話 前編


 人気の少ない採石場にて相対する者達が居た。その先頭に立つ筋骨隆々とした男の全身を覆う真っ赤なタイツは人工筋肉が内蔵された『強化外骨格(ヒーロースーツ)』であり、色違いのスーツを装着した、背格好の違う4人の男女を率いていた

 

「シュー・アク!『ジャ・アーク』に残った幹部もお前が最後だ。これ決着をつける!!」

 

 そう高らかに宣言した彼は、刃渡り1mほどの剣の切っ先を向けた。背後に待機していた者達も同じく、槍や銃などの得物を構えた。多勢に無勢であったが、シュー・アクと呼ばれた男は高笑いを上げながら応えた。

 

「よくぞここまで来た。残すは私一人のみ、先代の父の仇も含めてお前達を葬ってやろう!!」

「これでお前達の野望も終わりだ。この『エスポワール戦隊』が居る限り!お前達の好きにはさせないぞ!」

 

 目の前の男性の全身がゴボゴボと泡立った。人間の骨格をベースにして、全身が膨れ上がり、その体は灰色の甲殻に覆われ、背中の皮膚を突き破り虫類の翅が拡がり、3対に増えた複眼は彼らの一挙一動を見逃さまいと睨みつけていた。

 

「来い!貴様らなど返り討ちにしてくれるわ!!」

 

 背中に生えた翅が震え、耳障りな翅音が響いた。最終決戦を前に誰もが緊張する中。イヤホンを通して壮年の男性の声が聞こえた。

 

「お前達。絶対に生き返ってくるんだぞ!」

「司令官……。勿論だ、皆で生きて帰る!」

 

 司令官の激励を受け、彼らは最後の戦いに臨んだ。その激戦は数日に渡り繰り広げられ。結果として、エスポワール戦隊は誰一人として欠ける事無く、悪の組織の殲滅に成功し、人々はその活躍を讃えた。

 

~~

 

「こうして、エスポワール戦隊は15年間にわたり『ジャ・アーク』と戦い。彼らを撃退して、我が国『皇』の平和を守りました。その後、彼らは解散してそれぞれの人生を歩むこととなり…」

 

寒さも厳しい中。『大坊乱太郎』は車中でランダム再生していた動画の音声で目を覚ました。頭を掻きむしるとフケが落ち、汚らしい髪が揺れた。

 

「……あ」

 

 楽しい夢を見ていた。自分の全身に活力が漲り、毎日が充実していた。エスポワール戦隊のリーダーを努めていた頃の話だ。

 世界を支配しようとする悪の組織『ジャ・アーク』との戦いに身を投じていた頃は、皆が自分を必要としてくれた。自分達は暗雲立ち込める世界の希望の象徴だった。

 

「おぉ。兄ちゃん、起きたのか」

「おはようございます。ケンさん」

 

 車を停めていたすぐ近くの公園にはブルーシートが張られていた。そこには薄汚れたジャケットを羽織った年老いた男性達が屯(たむろ)していた。

 

「最近、ここらじゃホームレス狩りも出るらしいし。兄ちゃんみたいな良い身なりしたやつは襲われるかもしれないから気をつけろよ?」

「ありがとうございます」

 

 男性に挨拶を交わした後。大坊は車にキーを掛けた後、街中を歩くことにした。財布にはロクに金も入っていなかった。

 

~~

 

「(1年前。俺達『エスポワール戦隊』は悪の組織『ジャ・アーク』に打ち勝ち、それぞれの道を歩み始めた……なんて。ナレーションが入れば、気持ちよく締められたんだろうが)」

 

 解散した後の彼らのその後と言えば、暗澹たる物だった。突如として現れた悪の組織なる物に対して設立された『エスポワール戦隊』は、対外的な武力を持たないと言われている『皇』の在り方に反する物であった。

 その武力や戦力が自衛隊を始めとした軍に流用されない様に、建前として『有志による民間団体』を臨時的に『超法規的措置』を行使することで活動できていた。そこに国の支援が関わらぬ訳も無かったが、対外的にも戦力強化の為に使っている事を公にはできなかった。

 

「(ブルーはこの間、ようやくアルバイトに受かって、ピンクは自殺未遂で入院。イエローとグリーンは連絡すら取れねぇ)」

 

 脅威が排除された後の彼らには一時は市民からの称賛もあり、暫し生活費等も出ていたが。敵対する組織が無くなった以上、彼らは用済みとなった。

 存在その物が憲法に接しかねない以上。企業が雇うにもリスクが大きすぎ、また野党からも金食い虫だと非難され続けた以上。彼らの梯子が外されるのは時間の問題だった。

 

「(さぁ。君達はこれで悪との戦いから解放されて自由だ!君達だけの人生が始まる!なんて送り出してくれたとしても)」

 

 変身ポーズやガジェットの使い方。連携の取り方ばかりを練習してきた彼らには、営業のマナーがある訳でもなければ、国家資格やコネがある訳でもない。中には動画サイトなどで稼ごうとした者も居たらしいが、直ぐに通報されて削除された所に。平和を愛する国民の善意が見て取れた。

 20代の内に将来への地盤を固められず、存在その物が、憲法に反しかねない瑕疵を背負った彼らに対して社会の風は冷たかった。その現状がこのホームレス暮らしを招いていた。

 

「なんでこうなっちまったんだろうなぁ…」

 

 あの頃は信頼出来る仲間が居た。胸に情熱を滾らせるだけの目的があった。そして、何よりも安定した生活があった。衣食住が揃い、規則正しい生活と脅威を退けると言う使命感に満ちた日々があった。

 今はもう何もない。かつての生活を思い出しながら、町中を歩いている。そして、家電店の前を通ったときだった。そこでは国会中継が放映されていた。

 

「国民は年金の問題に付いてこれだけ関心を寄せているんです!記憶にございません。調査中なんて言葉じゃもう誤魔化されないんですよ!」

 

 そこには驚くべき光景が映し出されていた。自分達が倒したはずの『ジャ・アーク』の幹部『シュー・アク』が国会で弁論を行っていた。その映像に目を見開きながら、大坊は眉間にしわを寄せた。

 

「何だ、こりゃ。どういう事だ…」

 

 復活した事はもとより。どうして、かつての仇敵が国会議員なんて物をやっているのか。どうして自分達が守った国の舵取りを行っているかと考えた時。大坊は一つの結論に辿り着いた。

 

「……そうか」

 

 今までバラバラだった要素が全て繋がっていく様な感覚がした。戦隊が解散したことも、住居を追い出されたことも、アルバイトにすら受からずホームレスになったことも一つの線で繋がった。

 

「(俺達はあの時。『シュー・アク』を仕留めきれていなかったんだ!俺達がこんな不幸で生き甲斐の無い生活を送るハメになったのは、全部アイツが裏から手を回したからなんだ!!)」

 

 そう考えた時。萎えていた心に正義の心が灯るのを感じた。悪の組織として世界を変えられないのなら、人間の生活に混じればいい。

 政治家程の権力を持てば、ヒーローであること以外は一般人である自分達の人生をどうにかすることなど容易だろう。彼はそう確信していた。

 

「(そうだ。俺はエスポワール戦隊のリーダー。『エスポワールレッド』なんだ。奴の企みを阻止しなければ!)」

 

 誰もその野望に気付いていない。いち早く気付いた自分が何とかせねばならない。肌身離さず持っていた変身ガジェットがポケットに入っている事を確認した彼は、その足で国会議事堂の前に向かうことにした。

 

~~

 

「(フフフ。以前は父『キョウ・アーク』の教えを守り、態々暴力を使うなんて非効率的方法で攻めたが…。それが失敗に終わってくれたんだ。今回は俺の攻め方でやらせて貰う)」

 

 1年前。エスポワール戦隊に敗北したシュー・アクは、復活を経て攻め方を変えた。組織の科学力を用いての取引で反社会団体を相手に豊富な資金源を蓄え、政治家達と癒着しながら人間達の表舞台へと躍り出た。

 

「シュー・アクさん。午後からの予定は、田沼先生との会談になっております」

「分かった。それにしても、前の秘書と比べてお前はキビキビしているから助かるよ。流石『エスポワール戦隊』の『頭脳』と言われた『グリーン』だけにあるな?」

「ハハハ、これは厳しい。でも、僕は路頭に迷っていた所。かつての好敵手でも拾い上げて使うっていう貴方の器の大きさに惚れたんです!イエローの奴も先生からの配慮のおかげで仕事を手に入れましたし…。俺達はこれからも貴方に付き従います!」

 

 そして、その攻め方は効果覿面だった。かつて敵対していた者達も、こうして仕事や金をチラつかせれば喜んで頭を下げて付き従う。

 従わなかった者達は、自分が何もしなくても社会不適合者として皆から省かれる。笑いが止まらないとはまさにこの状況であった。

 

「だけれど。俺は世界を支配して滅ぼしてしまうかもしれないぞ?」

「構いませんよ。今まで先生達と命賭けの戦いをしても、それらが終わったらすぐに俺達の事を捨てるような奴らが支配している国なんてどうなっても構いません。いや、むしろ先生が支配して下さった方がよっぽど良くなると思います!」

「どうやらお世辞も上手いようだな」

 

 そして、シュー・アクのカリスマと手腕はメディアや大衆を魅了して、止まなかった。順風満喫、全ての立場が入れ替わった充実感と共に。SP達に守られて国会議事堂から去ろうとしたその時であった。

 

「待て!」

 

 議事堂前で小規模な爆発が起こると。そこには、かつて『エスポワールレッド』と呼ばれた男が立っていた。それを見た議員やマスコミ達はざわめき立つ。

 

「お前は一体…」

「シュー・アクめ。他の皆は騙せても、俺は騙されないぞ!!」

 

 刃渡り1m程のレッドソードを構えて、シュー・アクの元へと踏み込んでくる彼をSP達が複数で取り囲んで止めに入るが。踏みとどまる様子は見当たらなかった。

 

「貴様。何をするつもりだ!止めろ!」

「くっ!これだけ戦闘員を残していたのか!だが、この程度では俺は止められないぞ!レッドソード!」

 

 全盛期の頃から全く衰えを見せない剣閃は、SP達の胴体を切り裂いた。周囲に臓物と血潮が飛び散り、アスファルトを汚した。その惨劇を目の当たりにした議員やマスコミ達は悲鳴を上げながら、逃げ惑う。

 

「あ、アイツ。レッドじゃ」

「く、狂っている…」

 

 シュー・アクは息を呑んだ。他の者達がこの1年で凋落したり、自分に取り入ったりしている中。この男は全くと行っても良い程変わっていなかった。自分達と死闘を繰り広げていた時からずっと時間が止まっていた。

 

「グリーン?何故そっちにいるんだ!早く俺と一緒に、ジャ・アークにとどめを刺そう!」

「ち、近寄るな!この人殺し! 人殺し!!」

「グリーン。何故そんな事を言うんだ?……そうか。これも作戦なんだな。そこにいるシュー・アクを倒すための!」

「何だと!?」

 

 今まで侮蔑に近い視線を送っていたシュー・アクの視線が途端に警戒を帯びた物へと変わった。それを見た時、グリーンは自分がすべき事は何なのかということを直ぐに察し、衣服を捲り上げた。弛みの付いた腹部の内部から浮かび上がる様にして出現した変身ガジェットを起動させると、彼の全身は緑色の強化外骨格(ヒーロースーツ)に覆われた。その手には自分の身長程の槍が握られていた。

 

「……」

「おぉ!やっぱりそうだったのか。そうだよな。グリーンは何時だって、その頭脳で俺達を助けてくれた。だから、今回も…」

「死ねぇええええええええ!!」

 

 手にした槍を躊躇いもせずに、レッドに向かって突き出した。彼はそれを避けたが、グリーンはなおも執拗に刺突を繰り返した。

 

「何故、俺に攻撃をするんだ!?敵はそっちだぞ!?」

「うるせぇ!ヒーローごっこならテメェ1人でやってろ!俺はこの生活を守るんだ!」

 

 突然のレッドの襲撃に戸惑い、グリーンも翻意したかと思えば。同士討ちが始まった。あまりの事態にシュー・アクは自らの中に込み上げる感情を抑える事が出来なかった。

 

「なるほど。操られているんだな。俺が目を覚まさせてやる!」

「死ねぇ!!」

 

 グリーンが突き出した槍を脇で挟み込み、レッドソードで叩き折った。得物を失った彼は徒手空拳で襲い掛かるも、カウンターとして放たれたブローを食らったグリーンはその場に崩れ落ち、夥しい量の血を吐いて倒れ、しばらくのたうち回った後。動かなくなった。

 

「グリーン。後で目を覚ました時は説教してやるからな!」

 

 二度と目を覚ます事が無いということを思いもしないレッドは、そのままシュー・アクに襲いかかろうとするが。既に彼は逃走しており、代わりにライオットシールドを構えた機動隊員が彼を囲んでいた。

 

「武器を捨てろ!お前は取り囲まれている!」

「くっ。シュー・アクめ…。小癪な手を!レッドビーム!!」

 

 レッドソードを頭上に掲げると、そこに太陽の光が集中した。蓄えられた光が偏光し、機動隊員達に向かって放たれた。シールドが溶け、乱闘服ごと装着者達の骨肉を溶かして行き、周囲には人体と装備が融解する凄絶な臭気に覆われた。

 退避していたマスコミ達はその様子にある者達は嘔吐しながら、ある者達は発狂しながら。されど、一部の記者達は一部始終をカメラに収めて報道した。そして、間もなくして議事堂付近一帯で緊急避難勧告が出され、ネットとテレビはかつてのヒーローをセンセーショナルに報道し始めた。

 



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スタッフロール後の話 後編

 

 議事堂付近は騒然としていた。警察車が頻りに行き交い、報道陣は舞い込んできたこのセンセーショナルなニュースを声高に読み上げていた。

 

「議事堂付近は騒然としております。住民の皆さんは外出を控えるようにして下さい」

 

 緊急速報として、どのチャンネルでも何度も放映され、それと同時に監視カメラが捉えた襲撃の映像も流されていた。食堂の一角でその映像を見ていた二人は衝撃に目を見開いていた。

 

「アレって。リーダー……。だよな?」

「あの剣技、リーダー以外にありえない」

 

 一緒に昼食をとっていた恰幅の良い男性と痩身の男はテレビから流れてくる映像に衝撃を受けていた。

 

「な、何があったんだ? リーダーは頭がおかしくなっちまったのか?」

「まぁ、それも無理はないって環境に居たからな。リーダーの時間はずっと止まったまんまなんだろう」

「ブルー、それはどういう事だ?」

「リーダーは今でも『エスポワールレッド』をしているって事だよ。俺達は早々に足を洗ったからな」

 

 その言葉にイエローは顔色を変えた。『ジャ・アーク』との戦いが終わった後、彼も就職活動が上手くいかず露頭に迷っていた。そこでシュー・アクに声を掛けられて、彼の企業に入れて貰った。

 

「しょ、しょうがないだろ!だって、『エスポワール戦隊』は解散したんだぞ!? もうヒーローは必要とされていないんだよ!」

「別に責めちゃいない。リーダーは『エスポワールレッド』を止めていない。それだけだ」

 

 エスポワール戦隊は終わったというのに、彼だけはヒーローを止められずにいた。その事に何とも言えない表情を浮かべた所で、慌ただしい様子で彼らの席に壮年の男性が駆け込んできた。

 

「おぉ!ここに居たのか!ニュースは見たか!?」

「唐沢司令……。ニュースは見ましたけれど」

「どうします?このままじゃ、俺達の進退にも関わってくるぞ」

「どうするも何も。こんなバカげた事は止めねばならない!お前達、付いて来てくれ!どうせ暇だろう!」

「折角の休みなんだけれどなぁ」

 

 その頭頂は禿げ上がっていたが、心に灯した正義感が錆びついた様子は無かった。唐沢司令官についていく形でブルーとイエローと呼ばれていた男性達も店を出たが、店内に残っていた客達はその様子を見ながら騒めいていた。

 

「ねぇ、あの人達が。あの殺人鬼の仲間なの?」

「怖いわ」

 

 そんな彼らを見つめる市民達の視線は不安と敵意が入り混じった、嫌悪感溢れた物だった。

 

~~

 

 警察や機動隊の人海戦術を用いても、レッドは見つけられなかった。変身を解除し、ホームレス仲間から教えて貰った下水道に潜伏されては、見つけるのは困難を極めた。

 

「(アレだけの人間がシュー・アクの味方をするだなんて。この国はどうなっちまったんだ?)」

 

 レッドは困惑していた。少し前までは、国を挙げて皆が『ジャ・アーク』を批判し、エスポワール戦隊を応援していてくれたはずだ。

 だと言うのに、いざ活動を再開してみればその構図は逆転していた。人々は『ジャ・アーク』の首領を持て囃し、レッドに対して怯えていた。

 

「(クソっ。クソっ!俺は20代の全てをエスポワール戦隊に費やしたっていうのに!)」

 

 悪の組織が活動時間を選ぶ訳がない。人々が働いている間も、寝静まっている間も連中の活動は発生する。故に、彼の心は365日24時間エスポワール戦隊だった。

 今までの大坊にとっては『エスポワール戦隊』が全てだった。今更、それ以外の生き方など考えつくはずもなく、社会も許容してくれる訳がなかった。

 

「(……いや。これも全てシュー・アクの仕業なんだ。グリーンだって操られていた。きっとアイツはもっと大きな戦力を蓄えて俺達との決戦に備えているんだ。その時は『エスポワール戦隊』も再結成されるはずだ)」

 

 グリーンが他界した以上、再び揃うことは永遠にあり得ないが。レッドはシュー・アクが復活した影に自分達の活躍の機会を感じ取っていた。

 下水道ですれ違うホームレス達が、大坊の気配に気圧されて道を譲る。その中では、レッドの名にふさわしい真っ赤な情動が滾っていた。

 

~~

 

「おや。これは『エスポワール戦隊』の司令官唐沢さんとイエロー君とブルーじゃないですか。貴方達も私の命を狙いに来たんですか?」

「そ、そんな訳ないじゃないですか!もしも、何かあっても俺が身を張って守りますよ!」

 

 シュー・アクとの会合を果たした一同であったが、イエローは卑屈に平身低頭をしている有様だった。その中で、唐沢司令だけは毅然としていた。

 

「そ、それよりも相談したい事があるんだ」

「奇遇ですね。私も考えていたんですよ。その提案は一つ『レッド』を始末しませんか?」

「始末って。リーダーを!?」

「はい。イエロー君。彼が生きている限り、君たちは『国会議員を襲った男の仲間』と言うレッテルを貼られます。それを払拭する方法は一つ」

「リーダーを始末するって訳か。なるほど。自分の身の安全を守りつつ、俺達の名誉を守る為にも手を組むしか無いと」

 

 先程、食堂から出て来る際に人々から受けた、自分達に対する嫌悪感を隠そうともしない視線を思い出していた。

 

「その通りです。恐らく、仲間があんな事件を起こした以上。ブルー君のアルバイトの内定も取り消しになるでしょう。もしも、レッドを始末した暁には私が関係する会社に雇って上げましょう」

「ちょっと待ってくれ!私は、始末の提案なんてしに来たつもりはないぞ!」

「ほぅ。では、どういった提案を?」

「彼と話がしたい。私が矢面に立てば、彼もいきなり攻撃をするということは無いはずだ」

「唐沢司令!それは無茶だぜ!アイツ。グリーンのことをぶっ殺していたじゃないか!」

「だが、試してみる価値はあるな。俺はアイツの寝床を知っている。アイツは携帯を持っていないから、そこで書き置きを残しておこう」

「無駄だとは思いますがね」

 

 シュー・アクはその様子を蔑みながら見ており、イエローとブルーもまた期待はしていなかったが、唐沢だけは必死な形相を浮かべていた。

 そして、出来上がった書面をブルーが受け取り、レッドの寝床としている車の中に放り込んできた。

 

~~

 

 夕方頃。下水道を通って自分の車に戻ってきた大坊は、車が撤去されていない事を確認した後、運転席のシートに置かれている紙を手にとった。そこには見慣れた司令の筆跡と共に指定の場所へと来て欲しいと言う旨が書かれていた。

 残った僅かなガソリンを用いて車を動かし、指定の場所へと向かうと。そこには見慣れた顔が居た。

 

「大坊君。久しぶりだね」

「お久しぶりです。司令官。それよりも聞いて下さい。シュー・アクの奴が復活していたんです。今こそ、エスポワール戦隊の皆に声を掛けて再結集をしないと!」

 

 1年ぶりに見た司令官の声色は変わらず優しい物であり、その雰囲気を懐かしく思った彼は、思わず現役の頃と変わらぬ抑揚で話しかけていた。すると、彼は諭すように言った。

 

「いや。エスポワール戦隊の戦いは終わったんだ。悪の組織『ジャ・アーク』も崩壊した。彼も誰かに危害を加えている訳ではない」

「唐沢司令?何を言っているんですか。奴は『ジャアーク』の幹部で、俺達は『エスポワール戦隊』ですよ!? 奴らと戦わなくてどうするんですか!?」

 

 唐沢司令の返事に大坊は失望を露にしながら叫んでいた。しかし、それでも根気強く。彼は生徒に話す教師の様に話を続けた。

 

「それは皆が考えていかなければならないことだ。ブルー君だってバイト先を見つけた。イエロー君だって働いている」

「考えなければならない? 30歳を過ぎて、職歴に何も書けない俺を何処の会社が雇ってくれるんですか?コンビニのバイトだって警備員のバイトだって雇って貰えなかったんですよ?」

 

 大坊の手は震えていた。何時もならば、この義憤を汲み取り作戦を組み立ててくれていた司令が自分のことを懐柔しようとしてくる事に怒りと悲しみを覚えていた。

 

「大丈夫だ。少し失敗して気が滅入っているだけだ。30を過ぎてもバイトで働いている人間なんて大勢いる。ワシだって、今は市役所で働いている」

「俺はその『大勢』の中に入れなかったんですよ!最初に中小企業に面接を受けに行った時も人事の奴に説教を食らった!バイトの面接の時も苦笑いをされた!今まで、皆の平和を守ってきたのに、必要がなくなればこの仕打ちだ!俺達がこの世界を守ったって言うのに!!」

「……そうやって。皆、耐え忍んで働いているんだ」

「何で我慢しないといけないんですか!? エスポワール戦隊に居た頃は違った! 何時だって怪人や戦闘員が目の前に居た! そいつらを倒せばよかった! 信頼できる仲間も支えてくれるスタッフ達も居た! でも『ジャ・アーク』が失くなったら、皆離れていった! そして、さっさと新しい生活に馴染んでいった! でも、俺やピンクは馴染めなかった!」

 

 大坊は大声を張り上げた。その目には涙を浮かべていた。たった、1年の間で輝いていた生活は侮蔑と嘲笑に満ちたものになり、その中で受けた仕打ちは彼の自尊心をズタボロに傷付けていた。

 

「俺達は巨悪に対抗することで皆に希望と勇気を分け与えた!でも、皆は俺達に希望と勇気を分け与えてはくれなかった!俺達は差し出すだけ差し出したら用済みだっていうのか!俺は15年間ずっと『エスポワールレッド』として生きてきたんだ!今更どうやって『大坊乱太郎』に戻れって言うんですか!?」

「これから取り戻していけばいい!」

「戻れるが無いだろう! 誰が俺を必要としている!? 俺達の人生はスタッフロールで締め括られちゃいない。いや、まだ終わってすらいない!」

 

 興奮した彼が唐沢司令官に掴み掛ろうとした所で、二人の間に銃撃が放たれた。放たれた方を見ると、そこにはかつての仲間がいた。

 

「いや。終わったんだよ」

 

 真っ青の強化外骨格(ヒーロースーツ)を装着して二丁拳銃を構えている姿と目に眩しい黄色のスーツを装着して、重量級のハンマーを装着した姿は。かつて共に戦った仲間のそれであったが、今では自分に矛先を向けていた。

 

「今のお前はヒーローでも何でも無い。ただの殺人鬼だ!」

「畜生!罠だったのか!やっぱり、皆も操られているのか!」

 

 そこからの装着はまさに一瞬だった。体内から浮かび上がったガジェットを用いて変身するまでの所作は5秒にも満たなかった。

 

「俺が皆の目を覚ましてやる!」

 

 抜き放ったレッドソードは夕焼けの光を吸収して燦然と輝いていた。かつて肩を並べた者同士が再び矛を交える様子を、近くのドローンカメラが撮影していた。

 

~~

 

「ハハハ!!!!」

 

 レッド達の同士討ちをドローンの中継越しに見ていた、シュー・アクは遂に堪えきれずに高笑いを上げた。悪の組織は人々を虐げていたが、同時にヒーロー達に価値を生み出していたと言う皮肉を嘲笑わずには居られなかったのだ。

 

「父の攻め方は古臭く、非効率的だったのだ。やはり私の方が正しかったようだ」

 

 宿敵の同士討ちを気持ちよく眺めていたシュー・アクは、空いたグラスにワインを注いだ。血の様に真っ赤な液体が幸福感と共に臓腑に染み渡った。

 

「(後は弱ったやつを私が叩けばいい。そうして、この国を拠点にして世界を支配してやろう)」

 

 これからのサクセスストーリーを夢想していると、中継映像が突如として途切れた。機材を弄ってみるが再度映る様子はなかった。

 そして、邸宅の周囲の様子がおかしい事に気付いた。住民達が叫び声を上げながら逃げ惑っている。ただならぬ様子に彼は冷や汗を流した。表に出て、車のエンジンを掛けてガレージを開いた所にソイツは居た。

 

「シュー・アクめ! 俺がいる限り、お前の悪事は見過ごさんぞ!!」

 

 先程まで、ここから遠く離れた場所で同士討ちをしていたはずの男が居た。手にしたレッドソードは返り血で汚れており、スーツの表面には同色の体液が付着していた。

 何よりも恐ろしいのはその声色で。1年前から何も変わらないヒーロー然としたものだった。シュー・アクも慌てて怪人態に変形しようとしたが。それよりも早くにレッドが動いた。

 

「レッドソード!」

 

 変身するよりも先にボンネットごと首を刎ねられた。その刀身に迸っていた炎は、彼が乗ろうとしていた車のガソリンに引火して爆発を引き起こした。

 

「正義は勝つ!俺達エスポワール戦隊の勝利だ!!」

 

 車の爆発に巻き込まれて、シュー・アクの豪邸が炎上していく。周囲にはパトカーや機動隊の装甲車両。更には自衛隊までもが駆けつけていた。そして、その中から拡声器越しの声が飛ぶ。

 

「投降しろ!君は囲まれている!一体何が目的だ!」

「何が目的って?それは…」

 

 何かに引火したのか豪邸はもう一度爆発を起こした。そのエフェクトを背景にして、レッドは決めポーズを付けて名乗りを上げた。

 

「俺はエスポワール戦隊のリーダー!エスポワールレッド!皆の平和と正義を守る男だ!!」

 

 そう言うと。彼は背後の灼熱をレッドソードに吸収させながら、暴徒鎮圧用の装備に身を固めた集団へと突っ込んで行った。彼の正義は始まったばかりである。

 

 



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スタッフロール後の話 残された一人は

 

 病室の一室。そこでは入院していた『エスポワールピンク』こと桜井はニュースを見ていた。今朝からテレビでは、『エスポワールレッド』の話題で盛り上がっていた。

 

「やっぱりね。『エスポワール戦隊』とか『ヒーロー』っていうのは危ない連中やと思っていたんですわ。だって考えてみて下さいよ。アイツらが怪人に向けて放っている必殺技って。その気になれば僕らにも向くわけでしょ?」

 

 番組内では芸人が事件を批難していた。更には彼の発言を補強する様にして、司会も付け加えた。

 

「えぇ。今回の出来事でも分かるように野党の『ヒーロー予算の削減』は正しかったと言うことですね」

「今回の事件について、SNS等では批判的な意見が寄せられています」

『悪の組織である『ジャ・アーク』を倒したのだから、さっさと『エスポワール戦隊』は日常に戻るべきだった』。

 

『働いていないということは無職だし、資金を援助する必要もない。そこから就職できなかったのは自己責任』

『何時まで立っても正義のヒーローという立場に甘えた、幼稚な精神性が起こした事件』

「過激な意見が飛び交っていますけれど、僕もそんな風に思いますわ。僕ら芸人の方が社会経験もよっぽど豊富ですからね!」

 

 スタジオが笑いに包まれた時点で桜井はテレビの電源を落とした。自分達が守った世界と人々が、自分達を嘲笑っている。その事実に際限なく不快感がこみ上げて来た。

 

「……何の為に頑張ってきたのかなぁ」

 

 リストバンドを捲ると、そこには幾重もの自傷跡があった。皆が『エスポワール戦隊』を責める。平和になった世界にお前達の居場所は無いのだと嘲笑っている。

ぼんやりと画面の消えたTVを眺めていると、病室の扉が開かれた。そこには彼女より一回り年下の、何処か少女の風体を残した女性が居た。

 

「こんにちは先輩。調子の方はどうですか?」

「悪くはないわ」

「そうですか!それなら良かった。あ、先輩の好きなケーキを買って来たんですけれど」

「ありがと」

 

 ケーキと一緒に入っていた、プラスチックのフォークを取ろうとした所で、それは後輩に取られてしまった。

 

「すいません。こういうのを渡すと隠されたりするかもしれないからって、渡せないんです」

「あぁ。そうだったわね。じゃあ、食べさせてよ」

「はい!」

 

 患者が再度自傷行為に走らないように、そういった可能性がある物は部屋内からは徹底的に排除されていた。ケーキを食べ終えた所で、桜井は溜息を吐き出した。

 

「会社の方はどう?」

「うーん。ちょっと業務が増えましたけれど、皆も頑張ってくれていますし。なんとかなっています」

「そう。ごめんなさい。私も頑張らないといけないのに」

「先輩は悪くありませんよ! あのお局が頭おかしいんですって! 先輩が可愛いからって、妬んでいるだけですよ!」

「結構言うじゃない」

「先輩のマネです!」

 

 後輩との会話で沈んでいた気持ちが幾分かマシになった。そして、呼吸を整えて。気分を更に落ち着かせた上で桜井は言った。

 

「で。会社としては、これ以上、元『エスポワールピンク』を雇い続けるつもりはあるのかしら?」

「それは…」

「辛いことを言わすかもしれないけれど。もしも解雇通告を聞くなら、貴方の口から聞きたい」

 

 暫しの間。お互いが無言となり、やがて後輩がその重たい口を開いた。

 

「話を聞いちゃったんですけれど。休職期間が終われば、そのまま解雇するって…」

「そりゃ、そっかー! だって、元リーダーがあんな事をしでかしたんだもん!」

 

 張り上げた声が虚勢だという事は痛いほどに伝わって来た。あまりにも悲惨な状況に笑うしかないと判断した故だろうという事も察しが付いた。

 グリーン、ブルー、イエロー。その他、多数の機動隊員や警察官を殺害して現在も逃亡中の凶悪犯。その男と一緒に活動していた女性が働いているとすれば、風評被害を避けるためにも存在を遠ざけるのは当然の判断と言えた。

 

「……あの。先輩」

「これからどうしようかな。年齢的には結構アレだけれど。元『エスポワールピンク』ってことで、形振り構わなきゃどうにかなるかな?

「自分のことをそんな風に安売りしないで下さい!!」

 

 後輩からの一喝で桜井は押し黙った。普段は大人しいが、感情的になると彼女も気圧されてしまう程の勢いを発揮できるのが、この後輩の特技とも言えた。

 

「前にも言いましたけれど。『エスポワールピンク』は、いや『桜井』先輩は私の憧れなんです。中学生の頃、周りと馴染めず挫けそうになっていた私を励ましてくれた…」

 

 今は、自分に向けられるその憧れと優しさが痛かった。ヒーローだった頃は全能感があった。沢山の人達が自分の事をアイドルの様に慕ってくれた。信頼できる仲間達と共に平和を守るという使命感もあった。

 それら全てを取り上げられた後に残ったのは整った顔立ちだけだった。仕事はロクに出来ず、人に取り入る術も持たなかった彼女は瞬く間に孤立した。しかし、レッドと違って幸いだったのは。こうして自分のことを慕ってくれる、少し奇異な後輩が居ることだった。

 

「そうだ。先輩。アパートから出ていくなら、私の家に来ませんか?」

「……穀潰しを増やすだけだけれど。それでも良いの?」

「はい!今度は私が『エスポワールピンク』を助けたいんです!」

 

 目頭が熱くなった。多くの人間は自分達の活躍など、さっさと忘れ去ってしまったが。ちゃんと憶えてくれている人間が居る。その事が堪らなく嬉しかった。

 

「うーん。それじゃあ、甘えちゃおうかな!」

「はい!」

 

 軽口を叩きながら、これからの薬代やら何やらをどうするかということを相談しながら、面会時間が終えるまで話を続けていた。

 

~~

 

 自分の居場所はある。その事に安堵を憶えた桜井は、久々に眠りに入っていた。夢の中では楽しかった頃の思い出が反芻されていた。頼りがいのあるレッドと少し皮肉屋のブルー。そして、頭脳派のグリーンとムードメーカーのイエローに混じって。彼らの後を必死に付いて行った事。

 それは正しく、彼女にとっての青春であった。その夢から覚めた時、待ち受けていたのは泥の様に淀んだ現実だけだった。

 

「(なんで私ってこんなに鈍臭いんだろう)」

 

 ヒーローの頃は多少覚束ない所があっても仲間がフォローに回ってくれた。上手く出来た時は褒めてくれた。でも、会社では上手くいかなければ叱られる。上手く行ったとしてもそれは当然のことで、誰も褒めてはくれない。

 『エスポワール戦隊』に所属していた時とのギャップで彼女の自尊心は尽く傷付けられ、いつしか人の顔色を伺ってばかりの卑屈な精神になっていた。

 

「(でも。慕ってくれる子はいるし。もう少しだけ頑張って生きようかな)」

 

 微かでも希望があり続ける限り、それに縋りついて生きよう。そう決意した彼女が、何の気なしに窓の方を見ると。そこにはあり得ない物が張り付いていた。

 

「おーい!ピンク。俺だ!久しぶりだな!」

 

 其処に居たのは、まさに渦中の人物とも言えるレッドだった。彼は手にしたレッドソードではめ込み式の窓ガラスを溶断し、彼女の病室に上がり込んだ。

 殺人鬼が部屋に入って来たというのに、不思議と彼女の心は落ち着いていた。それ所か懐かしさすら覚えていた。

 

「れ、レッド。どうしてここに?」

「ピンク。聞いてくれ!俺は『シュー・アク』を倒したが、幹部の『ゴク・アク』も『ガイ・アーク』も復活しているそうなんだ!」

 

 その勧誘は即ち、彼が行っている凶行に加担するという事であったが、魅力的に思えた。グズで要領の悪い自分を必要としてくれている。また、レッドに励まされながらも一緒に頑張れるエスポワール戦隊の日々に戻れるかもしれない。

 勿論、レッドが犯した犯罪も把握しているが。自分の存在を確実に認めてくれるという条件を前にしては霞んで見えた。

 

「お前が入院しているってことも知っていた。俺は知っているぞ。お前が頑張り屋だってことも! だから、お前は今の生活に疲れてしまったんだよ。また、一緒に頑張ろう。俺達『エスポワール戦隊』で!」

「……」

 

 もしも、差し出された手を握れば自分も犯罪者の仲間入りだ。しかし、自分という存在を容認してくれるなら。楽しかった、あの青春時代が戻って来るなら。と、その手を握り返そうとした。

 

「すいません。先輩、忘れ物を…」「あっ」

「む?彼女は?」

「ひっ!?」

 

 レッドを見た瞬間。彼女はその場で腰を抜かした。その瞬間、桜井は現実に引き戻された。今、自分は何を見捨てて夢の中に逃げ込もうとしたのだと。

 

「邪魔をしたようだ。良い返事を期待しているよ。この電話番号に連絡を掛けてくれれば、何時でも君を迎えに行こう!」

 

 電話番号の書かれた紙を渡すと。彼は、入って来た時と同じようにして窓から出て行った。別れ際に聞いたその声色は、エスポワール戦隊に居た頃とまるで変わらないままだった。

 

「せ、先輩? 今のは?」

「……ごめん。さっきの同棲の話。無かった事にしてくれる?貴方まで危険に巻き込んじゃうから」

「いえ。諦めません!それに一度顔を見られた以上、何処に居ても一緒ですよ!!」

「なんでそこまでして私に構うの?」

「さっき言った以上の理由はありません。私は先輩の力になりたいんです!」

 

 その言葉に多少の違和感を憶えないこともなかったが、自分を必要としてくれる歓喜 の前では些細なことであった。

 その後も治療を続け、退院が出来るようになった頃。彼女は後輩の家に住まうことになった。お互いに役割を決めて、それをこなしてサイクルを送る平和な日常が続いた。

 

~~

 

「行ってきまーす!」

「行ってらっしゃい」

 

 後輩の出社を見送った彼女は家事に励んでいた。掃除の為に後輩の部屋に入り、散らかっていた書類を片付けていた時。ふとしたはずみで彼女の机に肘があたってしまった。

 その拍子に引き出しが外れてしまい、中身が散乱した。急いでかき集め元の所に戻していくと。1冊のノートが目に止まった。それを手に取り、ページを開いた所で小さな悲鳴が上がった。

 

「(こ、これ…)」

 

 手にしたノートは後輩の中学生時代から綴られている物の様だった。そこには『エスポワールピンク』の写真が隙間なく詰められており、桜井以外の顔は切り取られていた。時折。ピンクの顔に自分の顔写真を貼り付けたりしていた。どういう事かと思ったが、ノートを最後まで読んでその意図を理解した。

 

「ピンクを家に招いた。私だけの物。私だけのピンク。私だけの桜井。……か」

憧れは歪んだ愛情へと変わっていったのだろうか?それを判断する術はないが、桜井はそのノートを閉じて、元の形になるようにしまった。そして、久しぶりに心からの笑顔を浮かべた。

 

「(なんだ。私を必要としてくれているんじゃん)」

 

 思慕が歪んでいるのなら。桜井もまた歪んでいた。社会の荒波で削られすぎた自尊心は、莫大すぎるほどの承認欲求を生み出していた。お互いの愛情の重さと深さ。底が抜けたかのような承認欲求。彼女達はまさにパートナーに相応しい存在だった。

 『エスポワールピンク』。その名に相応しく、彼女は未来への希望(エスポワール)を見つけ出した。他者からどう見られているか等をまったく気にしないその様子は、現在もヒーローを続けているレッドと何も変わりが無かった。

 

 



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仕舞い忘れた矛先 1

 

 シュー・アク議員が襲撃され殺害されたニュースが報道されてから数週間。当初騒がれていたその前代未聞のニュースも、やがて日々の喧騒の中に埋もれていった。人々の中に『ヒーロー』という物に対する脅威を確実に刻み込みながら。

 

~~

 

「クックック。待っていたぞ。レッド…」

「くっ。『ゴク・アク』め!やはり、お前も復活していたか!」

 

 到底、人が寄ってこない様な廃工場。そこには、得物を握ったレッドを前にしても、不敵な笑みを浮かべながら悠然と構えている恰幅の良い男が居た。

 

「『シュー・アク』の話を聞いたぞ。中々に痛快だったじゃないか」

「仲間をやられたというのに。その余裕……。お前のそういった所も変わっていないようだな!」

「あぁ。変わらんさ。しかし、レッドよ。お前は随分変わったようじゃないか」

「黙れ!俺は何も変わっちゃいない!この心は常に仲間達と共にある!」

 

 腰から抜き放った『ブルーガン』の引き金を引いた。銃弾は『ゴク・アク』の顔を掠めて、その背後にあった壁にめり込んだ。頬から流れ出た血を拭いながらも、なお余裕を崩さずにいた。

 

「誤解を与えてしまったよう。お前を囲む環境は随分と変わってしまった」

「何を言う! そうやって、言葉を弄して俺を惑わすつもりか!」

「強がらんでも良い。……ワシはな。これでも、お前に同情しておるのだよ」

 

『イエローハンマー』と『グリーンスピア』を両手に構えたレッドは、その言葉にピタリと動きを止めた。

 

「同情だと?」

「あぁ。そうさ。お前達はワシらの侵略を防ぐために命懸けの戦いを繰り返してきた。そんなヒーロー達に対する仕打ちが、コレとはあんまりじゃないか!」

「な、なんだと?」

「確かに。お前らは、ワシらの野望を阻む憎き仇敵だった!だが、同時に尊敬もしていた! 唯一、ワシらに対抗する『勇気』ある人間として!」

 

 世間の誰もが自分達の経歴を振り返ること無く。現状を『自己責任』と片付ける中で、かつての敵は自らのことを『勇気ある人間』と評してくれたのだ。予想していなかった称賛と理解を前に、彼は狼狽えた。

 

「そうだ。俺達は、お前達に唯一対抗できるヒーローなんだ!」

「だと言うのに、人々の振る舞いは何だ!? ワシらでさえ、貴様達には敬意を抱いていたというのに、守られた人間達はお前達を疎むばかり! おかしいではないか!!」

 

 その一喝にレッドは思わず後退ってしまった。その気迫は、かつて対峙していた時から全く衰えを見せていなかった。

 そして、同時にかつての仇敵が健在である事と……自分達に変わらぬ尊敬の情念を抱いていることを嬉しく思っている自分が居た。

 

「武器を構えろ。ゴク・アク!お前が復活したというのなら、俺はお前を倒す!!」

「ワシもそうしたいのは山々だが。まだ死ぬ訳にはいかんのだ」

「何故だ?」

「『シュー・アク』はこの国を支配することしか考えておらんかったが。ワシは、この国を良くしたいと思っている」

「良くしたいだと? 何故、そんな事を思うんだ?」

「コレがワシに示せる矜持だと思ったからだ。もう、世界征服等という大層な野望を抱くだけの戦力はないからな」

 

 自嘲気味に『ゴク・アク』は呟いた。もしも、この言葉を発したのがシュー・アクであれば、レッドは一目散に斬り掛かっていただろう。しかし、先程までの会話で交わされた会話の中で見せた彼の尊敬が、レッドに攻撃をさせることを躊躇わせていた。

 

「どうだ。ホテルも取ってある。積もる話もあるだろう。一緒に来てくれないか?」

 

 クッと親指を指した先には、車が停まっていた。レッドは暫し考えた後、彼の提案に乗ってホテルへと向かうことにした。

 

~~

 

 ホテルに到着した大坊を待ち受けていたのは卑劣な待ち伏せや罠でもなく、温かい食事と疲労に染まった全身を受け止めてくれるベッドだった。一緒にレストランで食事を取りながら、彼は今までの経緯を語った。

 

「それは、辛かっただろう」

「俺達が守った世界に俺達の居場所はなかった。俺達が守った人は俺達を守ってくれなかった」

「お前も人々の醜さを知っただろう。奴らは弱者を騙り、お前達の様なヒーローを利用するだけ利用して、放り捨てるのだ」

「それなら、俺達は何の為に戦ってきたんだ!?」

「平和の為だ。『ジャ・アーク』が滅びた時、お前達の役目は終わったんだよ」

「じゃあ、俺はこれからどう生きればいい!?」

 

 大坊は以前にも問いかけた事がある議題を再び持ち出した。その時は現実的な提案を出されただけに終わったが、ゴク・アクの回答は違った。

 

「ワシの為に生きてはくれんか?」

「お前の為に?」

「お前のその力。埋もれさせ、疎まれるにはあまりにも惜しい。ワシならば存分に使ってやれる」

「嘘だ。アンタは俺を騙そうとしているんだ!」

 

 その提案に頷いてしまいそうになったが、彼の中に残っているヒーローとしての執着心がその提案を跳ね除けた。しかし、ゴク・アクはそれすらも想定内だったようで、畳み掛けるように言った。

 

「だったら。ワシに騙されてくれんか?」

「……え?」

「正直者の市民や社会はお前達をどうした?お前を疎んで、除け者にした。ワシの様に温かい馳走を用意してくれたか?ふかふかなベッドで眠らせてくれたか?」

「……どっちもしてくれなかった」

「だろう? ワシはお前を騙してしまうかもしれん。ただ、お前を尊敬している事は本当だ。もし、力を貸してくれるなら、温かい飯も食わせてやろう。クタクタのスーツも買い替えてやろう。雨風を凌げる部屋を手配してやろう」

 

 ゴク・アクからの提案は魅力的だった。自分を見捨てた国を変える。自分を見捨てた国がこれ以上悪くなったとしても、自分の待遇はそれほど変わらないだろう。

 ひょっとしたら、自分達の戦いで本当に心を入れ替えて、この国を良くしようと改心してくれたのかもしれない。何よりも、心身共に疲弊しきった大坊にとって、この報酬はあまりにも魅力的だった。

 

「何をさせるつもりだ?」

「直ぐに分かるさ。何、お前にしか出来んことだよ。今日は久々の再会と食事を楽しもうじゃないか」

 

 大坊は久々に誰かから施された事に感謝し、涙を浮かべながら次々と運ばれてくる馳走を貪った。クタクタのスーツを脱いでシャワーを浴び、シャンプーで髪を洗った。積もりに積もった脂で全く泡は立たず、体を拭いたタオルには垢がベッタリと付いていた。

 そして、用意されたカーディガンに袖を通してベッドに寝転がると瞬く間に眠りへと落ちた。寝心地は良く、空腹でないこと。明日に不安を覚えないこと。寒さに震える必要がないこと。それらの安心が、レッドを深い眠りへと導いた。

 



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仕舞い忘れた矛先 2

 

「今や与党もその地盤を揺るがされています。再び、我々の時代が来ようとしているんですね」

「その為には国の時勢を分かっている有権者に協力して貰わねばならない。我が政党が与党になった暁には、削られていた事業費にしっかりとした補填を行わねばならない。その時は、君達に頑張って貰いたい」

「はい。わが社の社員一同。先生の心に応えさせて貰います」

 

 都内某所の料亭。そこでは、某野党議員とゼネコン関係者の密談が行われていた。マスコミによって与党の失策――特に支援していた戦隊から殺人鬼が出た事――が次々と報道され、国民の信頼は揺らいでいた。

 

「それにしても先生の一喝は見事でした。『ヒーロー支援費』の削減に関する言及は、まさにその通りだと思います」

「うむ。既に『ジャ・アーク』も壊滅した。国民の血税を無駄にされる可能性は少しでも潰さねばならない」

「まさにその通りです。先日のニュースでは『エスポワールレッド』が議員を殺害していました。あれ以上支援を続けていたら、どうなっていた事か」

「シュー・アク君を始めとした犠牲者達の事を思うと心が苦しくなるよ。その事に関しても、しっかりと責任を追及せねばならない」

 

 高級料理に舌鼓を打ちながら、議員は笑みを浮かべた。また一つ、現政権に瑕疵が出来た。糾弾できる材料は幾らあっても少なくはない。虎視眈々と狙っていたチャンスが目の前までやって来ている。

 それらを掴み取る光景を夢想していると。廊下から慌ただしい音が聞こえ、悲鳴が上がった。何事かと思い、会話を中断すると。その答えは、切り裂かれた障子の向こう側から現れた。

 

「やぁ。搾り取った血税で随分豪遊しているじゃないか」

「え?」

 

 瞬間。関係者の男の頭が飛んだ。その切断面は『レッドソード』の熱により一瞬で炭化した為、血が噴き出すことは無かった。

 議員の男は困惑した。目の前には、今、まさに話題にしていたレッドが居た。彼は関係者の男の死体を蹴飛ばしながら、興奮に打ち震えながら。前向上を述べる様にして言い放った。

 

「『ジャ・アーク』が滅びても悪は滅びない!この国に寄生して、人々の血税を搾取する悪党め!俺がいる限り好きにはさせないぞ!」

「助け…」

 

 慌てて部屋から逃げ出そうとしたが、それは容易に阻止された。胸倉を掴まれ、壁に叩きつけられ、レッドソードの切っ先を突き付けられながら。底冷えするような声を浴びせられた。

 

「なぁ、守られた平和から俺達を排除する気分はどうだ?善意を足蹴にして自己責任論を押し付ける自分が聡明だと思ったか?」

「し、知らん! 私は国民の為に不必要な予算の削減を提案しただけだ! それに役目を終えたのなら、次の目的や生き方を見つけるべきだ!それをせずに困窮したのは君達自身が選んだ道だろう!?」

「最期まで俺達のせいか? じゃあ、お前がこれから死ぬのも。俺に対する備えをしていなかった『自己責任』だよな?」

 

 切っ先を向けていたレッドソードの刃を首元に押し当てて、鋸挽きの様にして動かしていく。議員は激しく抵抗するが、万力の様に込められた力は決して逃がす事を許さなかった。

 押し進める刃が肉を掻き分けると同時に切断面を焼き焦がしていく。血と肉が蒸発する不快な臭いを部屋内に充満させながら、切り離した首級を掲げてレッドは高らかに宣言した。

 

「正義は勝つ!」

 

 レッドは高らかに笑いながら、二人の首を拾い上げて、現場を後にした。そして、翌日。二人の首級は議事堂前にゴミの様に打ち捨てられていた。

 

~~

 

「実に不幸なニュースだった。まさか、我が国を支える議員があんな事件に巻き込まれるとは」

 

 大坊が泊まっているホテルのレストラン。そこで、レッドはゴク・アクと共にディナーを取っていた。努めて平静を保っているが、悪と定めた標的を駆逐できた達成感は隠しきれずに、唇の端を釣り上げていた。

 

「不慮の事故でしたね。ついでに、今回被害にあった議員と癒着していた某所との関係も顕になった。と、週刊誌では小さく報道されていますが」

「尊い人命の喪失の前では、そういった事実は小さく扱われる物だ。今回の国会で追求の材料になるかもしれんがな」

 

 運ばれてきた牛フィレ肉のソテーに舌鼓を打ちながら、口中に残った脂分をワインで流し込む。臓腑に染み渡る美味に加えて、今の自分が必要とされているという充足感もある。運ばれてくる料理よりも先に、彼は催促した。

 

「で。次の『悪』は誰だ?」

「次の『悪』はこの男だ」

 

 机の上に置かれた写真には、これまた野党議員が映し出されていた。SNSでは『老後に安心できる国作りを!』と言う謳い文句が有名な議員だった。

 

「なんで悪なんですかね?」

「この議員は、選挙権や金を持っている老人ばかりを優遇している。その証拠に保育所への支援費を削り、企業には積極的に非正規雇用を促し、この国を支えている若者達を苦しめているんだ」

「それは許せませんね」

「だろう?君が正義の裁きを続けることで、彼らも自らの罪を自覚し、考えを改めるかもしれない。『君』が改心させてくれた、この私のようにね」

 

 自分の起こした行動を主語にされると、この上ない多幸感に包まれる。『自分』のおかげ。『自分』が居たから彼は改心した。その肯定は、彼に行動を起こさせるには十分すぎる言葉だった

 

「で。彼らは何処に?」

「近日中に老人ホームの慰問に訪れるそうだ。日程は分かっているから、その日に待機していて欲しい」

 

 口頭でその時間を伝えられた大坊は自分の部屋へと戻った。そして、テレビを付けてみれば。先日の事件が報道されていた。

 怪人ではなく人を殺した。と言うのに、大坊の中では嫌悪感も罪悪感も湧いてこなかった。彼が打倒するべきだと考えているのは『悪』であり、今回倒した悪が偶々『人間』だったと言うだけの話で、そこには怪人も悪の組織も大した差は無かった。

 

「(悪ってなんだ?)」

 

 しかし、彼は考える。『悪』とはどういう事だろうか?ゴク・アクが悪と決めつけているだけではないだろうか。それを言えば『ジャ・アーク』だって本当に『悪』だったかどうかなんて分からない。

 彼らだって非合法なことはしていたが、そこまでしないと変わらないこの国や世界のことを憂いての行動だったのかもしれない。認めたくはないが、その行動に助けられていた者達も居たかもしれない。

 

「(……実は本当は『正義』も『悪』も存在しないんじゃ?)」

 

 偶々、大衆を先導するのに取り扱いやすいイデオロギーが『正義』と『悪』と言う二元論だったに過ぎないのかもしれない。

 それならば、自分達は一体何者なのだろうか? 勧善懲悪劇の様なヒーローからはかけ離れた、ただの暴力装置だったのではないのだろうか。と、其処まで考えて、頭を振った。

 

「(いや。正義はある。困窮している多くの人達を助ける善行を正義と言わずして。何という?俺達が『ジャ・アーク』を退けて、皆から称賛と応援を向けられていたように)」

 

 この15年間。執行してきた『正義』に間違いはなかった。ならば、これからも『正義』はあり続けるはずだ。ゴク・アクの話を思い出す。

 これから未来を担っていく若者達の芽を潰さんとする老人達と権力や既に築かれた地盤や権力を前に涙を飲むしか無い若者達。どちらに味方すべきかは一目瞭然だ。

 

「やってやる。やってやるぞ、皆。俺を守ってくれ」

 

 机の上に、かつて共に戦った仲間達が使っていた武器を広げ、それらをメンテナンスし始めた。戦闘員や怪人達に向けていたはずの矛先を人間に向ける事になったとしても、誰も彼を宥める事は無かった。

 

~~数日後のとある日~~

 

 数日前に事件が起きた場所とは別にある某高級料亭。そこで、ゴク・アクはスーツを着た青年と対面していた。見る者が見れば、青年が身に着けている物がどれだけの高級品であるか。そして、それらを嫌味なく着こなす彼の社会的地位も察することができただろう。

 

「それで。今のお前は、哀れなヒーロー様を騙してヒットマンにしている訳か」

「ククク。哀れだなんてとんでもない。ワシ程の慈善家はおらんよ。なんせ、暴力しか取り柄のない男の面倒を見てやっているからな。『ガイ・アーク』。お前の方はどうなんだ?」

「絶好調だ。今は、地元の方で麻薬カルテルのTOPに立っている。お前が大物政治家になった暁には、特別価格で譲ってやるぜ?」

「よしてくれ。ワシはこの国を清く健全に運営していきたい。私欲にまみれたら、シュー・アクの様に狩られるかもしれんからな」

 

 そのジョークに二人は頻りに笑った。かつての仲間が手に掛けられた事より、自分達を苦しめて来たヒーローの現状があまりにも愉快だった。

 

「レッドか。懐かしい名前だ。エスポワール戦隊に居た時は、散々煮え湯を飲まされた相手だってのに。今じゃ、あのザマか」

「奴ら『ヒーロー』なぞ、事が起こってしか動けない。事後対応ばかりなグズの集まり。おまけに善意でなんでも解決できると思っている白痴と来た」

「人に言われてしか動けない上、自分の目的を持っていないから簡単に路頭に迷うんだよ。その点で言えば、しっかり目標を与えてやったアンタはまさに慈善家だな!」

 

 二人が上げた笑いには多分に嘲笑が含まれていた。燦然と輝き、ジャ・アークを破滅へと追い込んだヒーローの現在は、傷つけられていた彼らの自尊心を存分に満たしてくれた。

 

「よせよせ。照れるではないか!」

「コレがドラマなら1年位放送して、目的を終えたら。次のヒーローを用意すりゃ良いんだろうけれど」

「まぁまぁ。その力を捨てるのは惜しいからな。ワシが劇場版をプロデュースしてやっているのさ」

「大したエンターテイナーだぜ、アンタ。日本に来たついでに、アンタの所に寄った甲斐があったもんだ!」

「あぁ。ワシもお前の華やかな現状を知れて嬉しいよ。ちなみに、何の用で寄っていたんだ? 取引か?」

「取引もあるんだが。俺の部下に『剣狼』が居ただろ?あいつのことを拾いに来たんだが。どうにも見つからねぇ」

「復活する時期がワシらと違うのかもな。まぁ、他の怪人達が復活したのを見たことは無いが」

「それならそれで構わねぇ。それに。今、復活したら。お前の所のヒーロー様に退治されちまうからな!」

「その時は『改心した相手に手を伸ばすのも正義』とでも言って丸め込んでやろう。安心しろ、見つけたら知らせてやる。何故なら、ワシはかつての敵にまで手を伸ばす慈善家だからな」

「違いねぇ。ま、俺らはあんな風にならない様に邁進しようぜ。レッドみたいに落ちぶれない為にもな!」

 

 料亭で高級料理を楽しみながら、二人は思い出話に耽っていた。……ヒーローとヴィラン。人々に支持される者達と批判される者達でありながら、その立場の華やかさは全くの逆と言っても良かった。

 

 



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仕舞い忘れた矛先 3

 コメントが付いたり、お気に入りに入れて頂いたりと。皆さんから反応があって、戸惑っております。ありがとうございます!


 

 桜井は掃除中に後輩の日記を見つけた事と感想を打ち明けた。結果、彼女は飛び上がる程に喜び、二人の同棲生活はより心地の良い時間へと変化していった。

 

「先輩、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 この朝の光景も見慣れた物となっていた。時間を確認する為に付けたテレビには連日の様に野党議員や記者達が殺傷されるニュースが流れていた。

 どの事件も共通して被害者は切断された後、その切り口を炭化させるという、猟奇的な手口が取られていた。連日、世間を騒がせているニュースだが、桜井にはその犯人の目星もついていた。

 

「(犯人はリーダーだろうなぁ。殺された野党議員の多くは戦隊支援金の予算削減を訴えていた連中だし、記者達はゴシップ誌で『ヒーロー』を批難していた連中だし)」

 

 爽快感も無ければ、同情も無かった。それよりも気掛かりなのは、リーダーが世直しの様な事を始めた事だった。

 

「(シュー・アクならまだしも。他の人達は仮にも市井の人間。自棄になったのか、もっと違う目的があるのか)」

 

 らしくない。とは思ったが、止めようという気も無かった。戦闘をした所で勝てないのは分かっているし、何よりもこの生活を捨てる気も無かった。

 大方の家事を終えて、サブスクで番組を見ていると。ふと、卓上に置かれている弁当箱が目についた

 

「あ! 忘れている!!」

 

 彼女の勤務先は分かっていたが、既に辞めた身でもあり。昨今の世論の関係上、行くのは気が引けたが、あの職場で昼休み中に飯を買いに行く時間的余裕があるとも思えなかった。

 今でも、通勤路を使うと心臓が早鐘を打つ。何よりも弁当を届ける間柄を疑われる可能性もあるが、彼女は顔見知りに合わないことを祈りながら。かつての職場へと向かった。

 

~~

「ふぅ」

 

 桜井の後輩は溜息を吐いた。今日は、某議員の慰問があるらしいが、彼女には関心の無い事だった。上司が対応してくれるとは言え、フロアの方は自分が見て回らなくてはならないのだが、人手が足りない。

 

「(若い子がどんどん辞めていくから、負担が)」

 

 お局の存在や施設長の恫喝等。本当に運営していく気があるのだろうかと言う杜撰な管理体制。彼女をここに繋ぎ止めている物と言えば、仲の良い同僚達とおばあちゃんっ子だったという経歴だけだった。

 

「(同僚の人達には悪いけれど、転職できる年齢も限られているし。何処かで見切りは付けないと)」

 

 油断をしていたら20代も後半に差し掛かり、転職の可能性がグッと減る。既に幾つかの転職サイトには登録しているし、働きながらも模索している。引継書の作成もしている。理想や優しさだけでは生活は出来ない。何よりも、今の自分は1人の人間を養っている。彼女のことを考えると、もっと給料も必要だ。

 そんな事を考えていると施設内が騒然としていることに気付いた。例の議員が来たのかと思っていると、慌てた様子で同僚の年配の女性が駆けてきた。

 

「田畑さん。どうしたんですか?」

「レッドよ。レッドが現れたの!!」

 

 田畑がスマホの画面を弄ると、そこには施設内で議員の秘書がレッドに切り裂かれている映像が記録されていた。その様子に、後輩が青ざめていると件の議員が悲鳴を上げながら走って来るのが見えた。

 少し遅れて、議員よりも間隔の短い足音を立てながら現れた存在を見て、二人は悲鳴を漏らした。

 

「助けてくれぇ!」

「逃がすか!!」

 

 レッドだった。驚異的な身体能力で瞬く間に議員に追いつき、議員を『グリーンスピア』で壁ごと刺し貫いた後。その頭部を『イエローハンマー』で叩き砕いた。

 周囲に頭骨と内容物が飛び散った。その光景を見ていた田畑は失神し、残された彼女は棒立ちになっていた。その凄惨な現場を作り上げたレッドは、棒立ちになっていた彼女に声を掛けた。

 

「おや? 君はピンクの知り合いだったか? ここで働いていたとは」

「ひっ。な、なんで。こんな事を…」

「理由? この議員は金や選挙権を持っている老人ばかりを優遇して、未来ある若者達を蔑ろにしていた! 俺は既得権益にしがみつき、君達から未来を搾取する輩を許さない!」

 

 身勝手な理屈だった。人を殺しておいて、後悔も罪悪感も見せようとしない。それ所か達成感すら覚えている彼に対しては、嫌悪感しか湧いて来なかった。

『狂っている』と思ったが、口に出せばどの様な目に遭わされるか察しが付いていたので、口を噤んでいると。レッドが踵を返した。

 

「そうか。君が居るということは、ここには他の用事も出来た」

「え?」

「なぁ。キミは知っているだろう? ピンクを自殺未遂に追い詰めた犯人を。俺の仲間を傷付けた奴は絶対に許さない。正義の鉄槌を下してやる。さぁ、教えてくれ。犯人は誰だ?」

 

 文字通り鉄槌を下すのだろう。一瞬、彼女は迷った。犯人は言わずもがな、お局様と施設長だ。自分も疎ましく思っているし、その人物を指名すれば彼が始末してくれるのだろう。

 

「えっと。えっと…」

 

 何よりも吐かずにいたら何をされるか分からないという恐怖があった。眼の前の凄惨な死体が、自分の末路を示しているようで強烈な吐き気と目眩になって表れた。

 

「怖がる必要はない。俺は『悪党』に対して正義の執行を行うだけだ。正直に言って欲しい」

 

 魅惑的な提案だった。自分を恫喝するあの男と、尊大な態度で皆に煙たがられているババアを始末出来る。皆から嫌われているなら『悪』と呼んでも差し支えがないのではないのだろうか?

 

「(でも。もしも、その二人が居なくなれば、この施設は? そんなすぐに施設長の代わりが来るかな? 最悪、閉鎖になるかも。そしたら、この施設に預けられているお爺ちゃんお婆ちゃん達は?)」

 

 良心が訴える反面、こうも考える。渡りに船ではないかと。自主都合に拠る退職ではなく、暴漢が起こした事件でトラウマになり、仕事を辞めざるを得なかったという事情ならば、世間からも同情を集める事も出来るだろう。

 ならば、ここは身の安全の為にも素直に吐くべきだ。そう思った時、口から出した言葉は、彼女自身も想像していなかった物だった。

 

「し、知らない。私、そんな犯人。知らない! 知ってても言わない!」

「何故だ?」

「貴方のやっているソレは正義なんかじゃない! 気に入らない物に対して喚きたてる子供のワガママだよ!」

「子供のワガママだと?」

 

 言い放った後。失言であることに気付いた。興奮した様子で武器を構えて迫ってくるレッドに、彼女の恐怖は最高潮に達した。

 

「ひっ」

「ふざけるな。15年間もお前達を守ってやった、俺の正義が間違いな訳が無いだろう!!」

 

 手にした得物が振り上げられる。死を覚悟したが、風切り音が聞こえた後、金属音が響いた。見れば、床にはレッドソードが落ちていた。

 気づかぬ内に腰を抜かしていた彼女は、自分が誰かに抱き留められている事に気付いた。見れば、そこには目の前にいる男と色違いのスーツを着た女性が居た。

 

「その娘に手を出したら許さない」

「先輩!」

 

 その手には『ピンクウィップ』が握られていた。二人の間に剣呑な雰囲気が漂ったが、先に武器を納めたのはレッドの方だった。

 

「ちょうどよかった、ピンク。この施設には、お前を其処まで追い込んだ奴が居るんだろう? 『ジャ・アーク』を倒していた時のように。俺達で倒そうじゃないか」

「私はこの娘と生きて行くと決めたのよ。アンタみたいに、正義の奴隷になるつもりはない」

「そうか。残念だよ」

 

 ピンクの脇をすり抜けて、レッドは去っていった。変身を解除した桜井は後輩を強く抱きしめた。歯の根は嚙み合わず、顔は真っ青で、その全身が小刻みに震えている事に気付いた。

 

「先輩」

「リーダーや私って、いつも誰かに対してあんな物を向けていたんだ……」

 

 皆を守ると。平和の為に。と思いながら、振りかざしていた物が自分に向けられた時、初めて彼女はその恐ろしさに気付いた。死の恐怖は元より、敵に対して『倒しても良い』と『死んでもいい』と平然と思っていた事に。

 

「大丈夫です。先輩は、あんな化物じゃありませんから」

 

 恐怖で周囲に気を配ることも難しかったが、それでもその言葉だけは掛けねばならないと、振り絞った言葉を咀嚼する様にして。桜井は暫し、彼女を強く抱きしめていた。

 

~~

 それからもゴク・アクからの依頼は続き、大坊は幾度もの凶行を重ねてきた。議事堂付近には自衛隊と機動隊が詰めかけ、議員達は常に戦々恐々とした日々を送る羽目になった。それは法治国家の『皇』としては考えられない状況だった。

 

「次のターゲットは誰だ?」

「うむ。部屋に使いを送る。其の者から聞いてくれ」

「分かった」

 

 何枚もの食器を重ね、大量に食料を貪ったレッドの目は血走っていた。既にここに来るまでの間に大量の依頼をこなし、この国の政治家達はその数を大きく減らしていた。政党のバランスは傾き、諸外国から幾らでも付け入る隙が産まれ、頃合いだと。ゴク・アクは考えた。

 

「(ククク。よくぞワシが活動しやすい基盤を整えてくれた物だ。お前は用済みだ。感謝するが良い。地獄には悪人は尽きないぞ)」

 

 笑いを堪えながら、彼は携帯を取り出した。そして幾らかの連絡を入れた後。ホテルの支配人を呼んだ。

 

「どうかなさいましたか?」

「すまん。今日1日を貸し切りにしてくれんか? 代金はちゃんと払おう」

 

 ホテルの支配人は小切手の額を見て頷いた。そして、宿泊客達を近くのホテルへ手配し始めたのを見て、ゴク・アクは堪え切れずにくぐもった笑い声を漏らした。

 

「(ピンクは腑抜けた。残りはレッドさえ始末すれば、この国はワシの物! ククク! 武力以外にもやり方はあるのだ…!)」

 

 その顔には、レッドと相対した時の善人面等欠片も残っておらず。悪の組織の幹部に相応しい狡猾で獰猛な笑みが浮かべられていた。

 

~~

「(俺は正義なんだ。15年間も皆を守ってきた。この活動は正しいんだ。だって、15年間正しかったんだから)」

 

 老人ホームでの襲撃騒ぎから大坊は荒れていた。そのざわめきを抑えるために、今まで以上にゴク・アクからの依頼をこなした。

 クタクタだったスーツは海外の高級ブランドのものに変わった。無精髭と髪も整え、毎日ご馳走にありついてベッドで眠れている。これ以上の充実があるはずがないと言うのに。

 

「(早く。早く次の悪を…!)」

 

 焦る気持ちもあったが、食後や普段の疲れも相まって。やがてその意識は落ちていった。人気のなくなったホテル内では、銃火器で身を固めた特殊部隊が大坊の部屋前に居た。

 

「ターゲットの睡眠を確認。作戦を開始する」

「相手を人間だと思うな」

 

 ホテルのマスターキーを用いて、解錠した後。グレネードを投げ込み、アサルトライフルによる一斉掃射が行われた。部屋内の反応が無いことを確認し、隊員が生死を確認するために部屋内の探索を始めた時であった。

 その隊員が悲鳴をあげることはなかった。次の瞬間には首が刎ねられ、傷口が炭化した。仲間の死を見た隊員達は冷静に事態の把握に努める。装備越しにターゲットの姿を見た。既に変身は終えていた。

 

「嬉しいなぁ。ゴク・アク。お前、やっぱり『悪』だったんじゃないか。俺が倒すべき敵のままで居てくれたのか」

 

 もしも、これがレッドではなく。グリーンや他のメンバーが相手なら、為す術もなくやられていただろう。しかし、彼らが相手にしたのは『エスポワール戦隊のリーダー』だ。

 15年間戦い続けた後も、正義から心を切り離すことが出来ず、常在戦場だった男に生半可な攻撃が通じるはずも無かった。

 

「殺せ!!」

「そうはいかん! ゴク・アク! 貴様の企み。俺が阻止させて貰う!」

 

 ホテルの一室。そこでは、在りし日の戦いの続きが行われていた。スーツの下で大坊は狂乱に目を輝かせ、口角を釣り上げながら。かつての必殺技を繰り広げて、目の前の戦闘員達を打倒していた。

 



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仕舞い忘れた矛先 4

 

 自室に差し向けられた刺客達を一人残らず返り討ちにした後、大坊はホテルの外に出た。野次馬一人すらいない不自然な状況だったが、彼は戸惑う事も無く。ブルー達から奪い取ったヒーローガジェットを展開した。

 それらを組み合わせる事で姿形を変化させ、全てを組み合わせた時、彼の専用バイク『レッドチェイサー』へと変貌を遂げていた。

 

「待ってろよ」

 

 スーツに浴びた返り血を熱の力で蒸発させながら、彼はゴク・アクが向かう場所に向かってエンジンを吹かした。

 

~~

 

「(連絡が途絶えたか…)」

 

 特殊部隊が失敗することもあらかじめ予想に入れていたのか、ゴク・アクは遠く離れた空港へと到着していた。幾ら相手が無知蒙昧な輩だとしても、その力は何一つとして衰えていない。相手をするのは分が悪いと考えていた。

 

「(ワシは簡単にはやられんぞ。ほとぼりが冷めるまでは『ガイ・アーク』に保護して貰うとしよう)」

 

 高飛びの準備を済ませ、海外への便に乗ろうとした所で空港のエントランスが騒然としていることに気付いた。まさかと思い、彼は周辺に居た人間に声を掛けた。

 

「何かあったのかね?」

「密輸があったとか何だとかで、色々あったみたいですね」

 

 安堵の息を漏らした。空港の警備員達が件の男を取り押さえている。その近くには密輸したと思しき金塊が散らばっていた。

 

「そんな事があったんですか。捕まって良かったですね」

「はい。なんでも、検査は素通りしたんですけれど。一般市民の方が気付いて、取り押さえてくれていたみたいですよ」

「……え?」

 

 全身から血の気が引いた。走馬灯が駆け巡り、一瞬の内に自分の生涯が駆け巡り、通り抜けた先。全身真っ赤な悪魔が居た。

 

「ゴク・アク。何処に行こうっていうんだ?」

「ま、待て!レッド!!」

 

 レッドの行動もまた迅速であった。ゴク・アクが困惑した一瞬の内に『グリーンスピア』で、彼の体を貫いた。エントランスは悲鳴に包まれ、人々は逃げ惑う。

 拘束から逃れようと。彼は象の様な姿に変身した身を捩り、あるいは叩き折ろうと手刀を繰り出すが。彼の懸命さを嘲笑う様にして、ガジェットには傷一つ付かなかった。

 

「がはっ。れ、レッド」

「一瞬、お前を信じても良いと。本当に改心してくれたのかと思っていたが。お前はあの頃から何も変わっていない。ただの悪党だった」

「ゆ、許してくれ! ま、魔が差してしまっただけなんだ! そうだ、ガイ・アークだ。奴がワシをそそのかしたんだ!」

 

 グリーンスピアで胴体を貫かれはしたが、怪人である彼には致命傷には至らない。されど、ここで戦った所で勝てる気もしない。そこで、彼は一縷の望みを掛けて、レッドの心に訴えかけた。

 

「ワシは今までお前の世話をしてやったじゃないか! 恩を忘れて仇で返す事が『悪』でなければ何という!」

「先に仇で返したのはお前の方だ! 残念だよ。お前となら、新しい『正義』が築けると思っていたのに!」

 

 ここに来て、初めてゴク・アクは己の失策に気付いた。なんてことはない。何時までも『正義』という餌を与え続ければ良かった。それだけだった。

 怪人として対峙した事があるだけにレッドへの恐怖が拭えなかった。何時、義憤に目覚め、自らに刃を向けてくるか分からない焦りが今回の事態を招いてしまった。

 

「(こ、こんな下らぬミスで)」

 

 もっと単純に考えていればよかった。この男は、自分が考えるよりも遥かに単純で純粋だった。自分で『悪』を決めるだけのロジックも持たず、直感だけで裁いて回る男。狩猟本能と正義感だけが発達した獣の様な存在だった。

 

「覚悟しろ! レッドソード!!」

 

 グリーンスピアで貫かれた体が、レッドソードで両断された。既に空港には警察官や機動隊が詰めかけていたが、そこに犯人の姿はなく。また被害者であるゴク・アクが所持していた金品なども全て奪われていた。

 

~~

 

 翌日。相次ぐ議員や関係者の殺害騒動で国民達の不安は最高潮に達していた。事態を重く見た政府関係者はその対策に追われていた。その策の一つとして、政府関係者は桜井達の自宅へと訪れていた。

 

「桜井さん。もう一度、ピンクに戻って貰えませんか?」

「レッドに対抗するために、元のスタッフチームに声を掛けて回っていると」

「はい。既に彼の存在は『パブリック・エネミー』と化しています。彼に対抗できる存在で、残っているのは貴方だけです」

 

 政府関係者の男は桜井の元を訪ねていた。話しによれば、元のスタッフチームを集めて新規でガジェットを開発して、適応者も集めているということらしい。依頼に対して、彼女は多分に侮蔑を含んだ笑顔で応えた。

 

「それで。リーダーを始末したら、私達はまた用済みになるわけ?」

「そんな事はありません。ちゃんとその後の資金援助も…」

「で。それは予算削減の槍玉に挙げられるんでしょ? そんで、私達はまた放逐されるんでしょ? ふざけんな。人の善意と勇気を食い物にした罰だ。苦しめ」

 

 取り付く島も無かった。芳しい反応が得られなかった事を確認した男は、それ以上、食い下がることはせず、帰っていった。

 彼を追い返した後、リビングへと戻って。後輩と一緒にテレビを見ていた。映像には、昨晩に空港で起きた惨劇の映像が流されていた。顔にモザイクは掛かっているが、犯人が誰であるかは考えるまでも無かった。

 

「先輩。レッドさんは、何を考えているんでしょうか?」

「リーダーの心は帰って来れないのよ。ずっと『ジャ・アーク』と戦っている。彼の『戦い』には区切りが無いのよ」

 

 テレビやSNSでは、今まで好き勝手に言っていた人間達の意見が鳴りを潜めていた。何時、自分が狙われるかも分からない恐怖をようやく理解したという事だろう。

 

「じゃあ。彼の戦いは何時終わるんですか?」

「死ぬまで、でしょうね。悪が滅びるまで」

 

 そんな日がいつ訪れるのだろうか? ジャ・アークを滅ぼせば終わる。という気は到底しなかった。何故なら、既に構成員でない議員や関係者達まで狙われているのだから。その適用範囲は何処まで広がってしまっているのだろうかと思うと、身震いした。

 

「どうして。誰も彼から変身アイテムを取り上げなかったんですか?」

「あぁ。私達の変身アイテムって肉体と同化しているから、取り外すのが不可能なのよ」

 

 下腹部を見せる様にしてシャツを捲ると、そこには白い素肌があった。しかし、桜井が目を閉じ、小さく唸ると。そこにはテレビや雑誌で幾度も見た『変身アイテム』が浮かび上がっていた。

 

「それって。つまり、人体改造じゃ」

「輝かしさの裏側なんてこんなもんよ。誰かの挺身で平和は守られている」

「そんな。人体改造して、最前線に送り出した挙句。用が済めば放り出すって。この国、どんだけ腐っているんですか」

「いや。国の人も悪意を持っていた訳じゃないとは思うのよ」

「どういうことです?」

「必要だから作った。でもさ、私達がヒーロー戦隊だったとしても。明確に戦う相手が居ないと、誰に向けられるかって不安になるじゃない?」

「先輩はそんな事しません!」

「信じてくれるのは嬉しいけれど。他の人達はそうじゃない。それに、国としても子供達を殺し合いの現場に行かせたことは隠しておきたいでしょうしね」

 

 ジャ・アークと戦い始めた頃から逆算すれば、エスポワール戦隊で戦っていた者達の殆どは未成年だったのだろう。それを了承したことも考えれば、親も親で問題があったようにしか思えなかった。

 

「なんだか。ヒーローって言葉で誤魔化されていたけれど。創立した時からかなりヤバかったんじゃ?」

「漫画やアニメとかではさ。子供達が戦っても、面白いって思うかもしれないけれど。実際に殺し合いの現場に向かう子供達が居るとしたら、それは少年兵だよね」

 

 それを綺麗にデコレーションして来た協賛企業事なども含めて考えるに、後輩の胸中にはただ不快感しか湧いて来なかった。そんなプロパガンダで勇気を受け取って居た事に自己嫌悪を覚えた。

 

「先輩。私」

「良いのよ。それでも、私はリーダーと違って。残った物があったんだから」

 

 レッドが事件を起こした施設は利用者達も恐怖を覚え、閉鎖せざるを得なかった。それに伴い従業員達も雇えなくなり、後輩も現在は失業手当を貰いながら次の仕事先を探している。

 目減りしていく通帳の数字を見ていると、将来に対する不安は尽きぬが。その患部に麻酔を施すようにして、二人はお互いに肩を寄せ合っていた。



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ジャスティス・ジャンキー 1

 

 ゴク・アクが殺害されてから数ヶ月。時が経れば、世間を騒がせていたニュースも日々の中に埋もれ、人々は普通の生活へと戻っていった。その中で、エスポワール戦隊対策本部は、行方不明になった『レッド』の行方を探っていた。

 

「調査結果はどうだったかね?『ブラック』君?」

「調べた所。奴は『中南米』に潜伏しているらしい。理由は言わずもがな『ガイ・アーク』を始末するためだろうよ」

「彼は南米の公用語を話せるのか?」

「適合手術の際に埋め込んだインプラントの副作用で意思疎通が可能になっているんじゃないですか? とりあえず、奴は現地に潜伏している」

「分かった。現地の警察に捕まえられるとは思えんが、連携を取っていくとしよう。それにしてもブラック君。新スーツの着用心地はどうかね?」

「最高っすよ。タイツみたいな見た目だけれど、実質ほぼ強化外骨格で、着心地も良い。毎日着ても問題ないね」

「ジャ・アークと戦う為に、我が国の技術力の粋を集めて開発した代物に更に改良を施した物だからな。」

 

 ブラック。と呼ばれた若々しい声をした青年は通話をしながらも、スーツの動き心地を確かめていた。通気性も良く、人工筋肉のアシストにより運動性も快適な物だった。運動で加熱した部位には適切な冷却が行われ、銃などの武器を使う際にも手振れなどを補正したりと。兵器として転用できるほどの完成度であった。だからこそ、彼は疑問に思った。

 

「分からないですね。なんで、こんな危険な物を取り上げなかったんですか?」

「取り上げられなかったんだよ。改良前のスーツは持ち主とほぼ同化して引き剥がす事が出来んからな」」

「だったら監視下に置くなり、年金を出すなりして囲い込めばもっと安上がりで済んだでしょうに」

「出来たら、していた。だが、最近は野党や世間からのバッシングで、公的に保護することが出来なくなったんだよ」

 

 『皇』は攻め入る為の軍事力ではなく、自衛力を保持した国家として世界に存在している。悪の組織を撃退していた者達を保護していたとなれば、彼らが政府の尖兵として見られることは想像に難くはなかった。

 

「自分達は人間同士のバトルにヒーロー様を使う気はないよ。というアピールの為に。エスポワール戦隊を見捨てたんですか?」

「仕方なかった。どうしようもなかった。あのスーツを使いこなせる彼らを、国を挙げて保護する訳にはいかなかったんだ」

「だったら、就職先を世話してやったら良かったじゃないですか」

「出来ると思うか? 存在自体が憲法に触れかねない連中の保護なんて」

 

 言ってみれば、彼ら自身が兵器の様な物なのだろう。例え、彼らにその能力を振るうつもりは無くとも。周りの人間達がそれを信じ切れるかどうかは別だ。

 何よりも変身ガジェットは道具の様に手放せるものではなく、本人達の意思一つで何時でも出現させられる。となれば、無力化の手段はほぼ存在していなかった。

 

「難儀なもんですね。怪人をぶん殴っているときは声を揃えて応援して。それが終わったら、こっちに矛先が向けられない為に声高に平和を叫び、追い払うと」

「全ては『ジャ・アーク』の仕業だ。奴等さえ居なければ、私達もレッド君達を路頭に迷わせる事もなかった」

「全部『ジャ・アーク』のせいってか。俺は引き続き、調査を続けます」

 

『ブラック』と呼ばれた男は通話を切った。政府の関係者は頭を抱えた。彼はレッドこと大坊とも話したことがあったが、その時の彼は正義感と優しさを合わせて持った少年であったことを覚えていた。

 そんな彼がどうしてこのような凶行に走ったのか。こうなる前に自分達が出来る事は無かったのか。彼は亡き親友達と共に写った写真を眺めながら、溜息を吐いた。

 

「我々は。どうすれば良かったのだろうな。唐沢」

 

~~

 

 中南米。大国と面したこの国は、不法入国者や麻薬など数多くの問題を抱えていた。そんな国に大坊は潜伏していた。

 

「(ゴク・アクの仕事を受けた時の金と。奴の口座から抜き取った金で滞在を続けているが…)」

 

 勿論、正規の手段でこんな所に来れるはずもない。彼の信条に反した非合法的手段を使っての入国だった。そして、ゴク・アクとの通話記録から『ガイ・アーク』がこの国に居ることも分かっていた。

 彼がどういった悪事を行っているのか。どれだけの人に迷惑をかけているかという調査の為に潜伏していたが、街は平和そのものだった。広場では少年達が元気にサッカーをしていた。

 

「おーい! ボールがそっちに行ったぞ―!」

「よぅし! 任せて!」

 

 大坊のイメージの中にある物とは違い、暴力が蔓延っている事も無く。行き交う青年は仕事に精を出し、少年達の顔には笑顔が溢れ、彼らを見守る中年女性達の眼差しは優しい物だった。

 フィールド外に飛び出したボールを取りに行った先には、転がっていたボールを手にした青年がいた。彼の姿を見るや、子供達は駆け寄って行く。

 

「あ。ガイ・アークお兄さん!」

「おう。今日も元気にやっているな! 未来のストライカー達!」

「うん! 俺。将来サッカー選手になって、いっぱい金を稼いで。おじさんが建ててくれたサッカー場でサッカーをするんだ!」

「楽しみにしているぜ!」

 

 ガイ・アークと呼ばれた青年は快活な笑顔を浮かべ、子供達にボールを返した後、レッドの方を振り向いた。その顔には嘲りが浮かんでいた。

 

「どういうつもりだ?」

「どういうつもりもない。アレは俺の心からの本心だ」

「嘘を付け。優しい言葉で取り入り、利用するつもりなんだろう?」

「ヒーローなのに人を信じられないとは哀れな奴だ。お前もこの街の様子は見ただろう? ここで話すのもなんだ。付いて来い」

 

 ガイ・アークに敵意がない事を確認した大坊は、彼について行く事にした。その背後では、少年達の歓声が響いていた。

 

~~

 

「俺は3人の中で一番早くに復活した。そして、この国を拠点に活動することを決めた。何故か分かるか?」

「俺達『エスポワール戦隊』から逃れる為だ」

「自意識過剰もそこまで来ると感動しちまうな」

「じゃあ、どういうつもりだったんだ?」

 

 ガイ・アークは道行く人間に挨拶を交わしながら大坊と歩いていた。その際に老若男女問わず、誰もが挨拶を交わし、あるいは菓子などを手渡して来た。それらを頬張りながら、彼は話を続けていた。

 

「俺にピッタリだと思ったからだ。この国は貧困と暴力に支配されている。麻薬なんて、その象徴だ」

「だから、自分が支配してやろうと思ったのか?」

「その通りだ。お前も知っているだろう? 俺は幹部の中で最も強欲なんだ。欲しい物は手に入れなきゃ気が済まねぇ」

 

 大坊はこの男との闘いを思い出していた。『シュー・アク』や『ゴク・アク』が権謀術数で追い詰めてくる中、彼だけは部下達と共にいつでも最前線に赴き、エスポワール戦隊と対峙してきた。

 最も早くに倒された幹部であったが、彼が倒された後も部下の怪人や戦闘員達は仇を討たんと言わんばかりに、自分達を苦戦させたことも思い出した。

 

「ふん。お山の大将気取りなのは変わっていないみたいだな」

「おうよ。お前達と戦っていた時と同じく。俺はいつでも最前線に居た。俺はガキもおっさんも分け隔てなく、ぶっ殺し続けた。俺に刃向かう奴、俺の持ち物に手を出す奴、俺の縄張りを荒らす奴ら全員をな」

「クズは犯罪自慢をする時に限っては活き活きしているよな。どうせ、皆が親しくしていたのも。お前への恐怖からだろう?」

「ククク。ここからが愉快な所なんだ。着いたぜ」

 

 ガイ・アークが足を止めた先にあったのは酒場だった。入店して、カウンターに座ると。マスターが彼の顔を見るなり、笑顔を浮かべた。

 

「ボス。その方は?」

「客人だ。マスター! 1杯おごってやりたい!」

「畏まりました。お客様、アルコールは大丈夫ですか?」

「要らない。アルコールで俺の動きが鈍った所をしとめるつもりなんだろう。騙されないぞ」

 

 大坊の剣幕に圧され、マスターは静かに頷いた。しかし、そんな遣り取りも周囲は気にした様子もなく、老若男女問わずにガイ・アークの元へと駆け寄って来た。彼らは一様にして本心から笑顔を浮かべていた。

 

「ボス! 来るなら言って下さいよ! 俺達も一緒に飲みたかったんですから!」

「悪いな。今日、ここに来たのは客人の案内をしたかったからなんだ。よぅし、お前達の中で一番面白く、俺の武勇伝を話したやつには一杯おごってやるぜ!」

「それじゃあ私からね! ボスは凄いのよ。抗争から揉め事まで、何時でも最前線に出ていくのよ。最高にクールな姿でね!」

 

 それから矢継ぎ早にガイ・アークの武勇伝を聞かされた。

 曰く、自分の領地で誘拐を行った他所の麻薬組織を叩き潰し、子供達を無事に救い出し両親達の元へと送り届けた。

 曰く、大国に麻薬を売りつけて稼いだ金でサッカー場を作り、子供や青年達が健全に遊べる場所を作った。

 曰く、地元で大型地震が起きたときは真っ先に援助を行い、政府よりも先に市民を安心させたと。そのどれもが機嫌取りなどではなく、本心から語られていた。

 

「……なんだよ。それ」

「俺はやりたい事をやっているだけさ。俺が手に入れたモンは全部俺のモンだ。こいつらも麻薬も金も全部! だから、俺のモンに手を出すやつは許さねぇし。俺のモンが困っていたら、真っ先に俺が助けるんだ。当たり前だろう?」

 

 彼がやっていることは倫理観を大きく外れた物だろう。人々を堕落させる麻薬を売りつけ、その金で我欲を満たすなど許されることではない。批難されるべき、裁かれるべき悪行のはずだと言うのに。

 

「ボスのおかげでね。私の息子も大学に行くことが出来た。これも、ボスが他の麻薬組織を叩き潰してくれたからだ」

「俺もボスのおかげで夢を見ることが出来ている。何処までも一緒にアンタに付いて行きてぇ!」

「私は妹を見つけて貰って、ハーレムにも入れて貰って…」

「お前らの為にやった訳じゃない。俺は何時だって、俺の為に行動しているだけだ。ま。それでお前らが盛り上がるのも勝手だけれどな!」

 

 だと言うのに。彼の周りには本当の笑顔が溢れている。人々は幸せを享受している。その差を見せつけられ、大坊はブルブルと震えていた。

 自分は皆の為に『悪』を倒し続けた。『正義』を全うし続けて来た。だというのに、皆は自分を恐れて批難してきた。

 対する、ガイ・アークが行っているのは国家を揺るがしかねない程の『悪』だ。批難されるべき行いが批難されずに、彼の我欲は皆に受け入れられている。

 

「おかしいだろ、こんなの。なんで俺が批難されて、好き勝手にやっているお前が、皆に慕われるんだ」

「皮肉だよなぁ? 俺は好き勝手にやっているだけだ。法律には背いているし、政府にも楯突いているって。だけど、皆を救っている」

「ふざけるな!悪が人々を救うわけが無いだろうが!!」

「じゃあ、お前の『善』は誰を救ったんだよ?」

「……『皇』に住まう皆だ」

 

 大坊が絞り出すようにして言ったその言葉に、ガイ・アークは呵々大笑を上げた。一頻り笑った後、彼は心底侮蔑した様子で吐き捨てるように言った。

 

「嘘付け。皆、お前に怯えているぞ。いい加減認めろよ。お前の『善』と『正義』は誰も救わないって」

 

 レッドの心には今までに無い程の怒りが沸き上がった。正しき行いをしているはずの自分が咎められ、目の前の男が皆の『希望』の様に扱われている現状に我慢ならなかった。

 拳を叩きつけてバーカウンターを粉砕し、大坊は目を見開いて。その言葉に混じりけの無い殺意を乗せながら言い放った。

 

「……そうだ。俺は『正義』なんだ。だから、この国に巣くう癌であるお前をぶっ殺してやる」

「やってみろよ。返り討ちにしてやるぜ」

 

 周囲から敵愾心に満ちた視線を受けながら、大坊は店から出て行った。その様子を見ていた客達には困惑の色が強く残っており、その内の一人が心配そうに声を掛けた。

 

「ボス。大丈夫なんですか?」

「安心しな。俺はいつでも勝って来ただろう?今回も勝ってやるさ! さぁ、皆! 俺はこのカウンターの修繕費を出してやりてぇ! だから、好きなだけ飲んで食って! 稼がせてやれ! 俺からの奢りだ!」

 

 先程までの不安は一転して歓声に変わった。その店内の様子を離れた場所から、大坊はスーツで強化された視力と聴力を用いて眺めていた。

 

「殺してやる。本当の希望は俺なんだ。『レッド』こそが本当の正義なんだ」

 

 ブツブツと呟く彼の瞳にはもはや正気と呼べる物は殆ど残っておらず。周囲の人達から怯えながら、その場を去って行った。

 



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ジャスティス・ジャンキー 2

 

 夕暮れに沈む街。その路地裏では、大坊が地元議員を締めあげていた。明らかに異質な存在に対して、議員は顔を真っ青にしながら質問に答えていた。

 

「何故だ? 何故、警察や政府は『ガイ・アーク』が取り仕切る麻薬カルテルを潰さないんだ?」

「だ、彼を取り締まろうなんて思っている奴は居ないよ」

 

 酒場から離れた後。大坊は議会を盗聴し。会話内容から、国が『ガイ・アーク』を排除する気が無いことを察し、その理由を問いただす為に議員を拉致して尋問を行っていた。

 

「何故だ? ここで作られた麻薬は世界各国に密輸され、多くの悲劇を生んでいる! だと言うのに、何故誰もやつを取り締まらないんだ!?」

「み、皆が『ガイ・アーク』に生活を保護して貰っているからだ」

「なんだと?」

「この国では、真面目に働いた所で何時までも貧困からは抜け出せない。そして、マフィアに入った若者達が悪事に手を染める。それを憂いた議員は暗殺される。それが今までだったんだ」

「『ガイ・アーク』が来てから変わったのか?」

「あぁ。奴は自分達以外の巨大な組織を潰し、それらを全部取り込んだ。報復に対しては苛烈な報復で敵を殲滅した。結果、アイツが収める組織以外は殆ど活動できなくなったんだ」

「悪党同士。お互いに潰しあったのか。だとしたら、警察や政府もマークする組織が減って潰しやすくなるんじゃないか?」

「……奴は、密輸や犯罪で手に入れた金を自分の管轄区域でばら撒いた。すると、残っていた組織や他の地域の奴等も次々と傘下に入っていったんだ。今や、組織は政府も迂闊に手出しが出来なくなっている」

 

 ばら撒きが生み出した光景を知っている。自分が『皇』に居た時には、得る事の無かった、人々からの信頼と尊敬。皆の笑顔だった。それを思い出すだけで、全身に灼熱が駆け抜けていく様な怒りを覚えた。

 

「おかしいだろ!? なんで、他所の国に迷惑をかけている奴に屈しているんだ! そんな奴は蔑まれ、疎まれ、処罰されるべきなんだ!」

「だが、国民は政府よりも『ガイ・アーク』だ。奴に付いていけば、貧乏から抜け出せる。夢や希望を見ることが出来る」

 

 大坊は怒りに打ち震えていた。悪徳をばら撒く男が皆に慕われ、希望の象徴として扱われていることに。それを見逃してしまう政府の体たらくに。

 

「だったら、俺がこの国に『正義』を取り戻して見せますよ。奴を始末することで!」

「い、いかん! 今は『ガイ・アーク』が取り纏めているおかげで治安もマシになっているんだ。そんな事をすれば…」

 

 そこまで言って、その議員は己の失態に気付いた。マスク越しに凍り付く様な殺意を向けられたと思った瞬間、地面に叩き伏せられていた。

 

「奴はこの国に巣食う『悪』だ。お前達が情けないから『悪』の台頭を許すんだ! 速やかに『正義』は実行されなければならない!」

「そんな事をしたらこの国で何が起きるかなんて誰もが分かっている! お前が掲げる『正義』は誰も救わない!」

「黙れ! 現状に甘んじる敗北主義者め! 悪に生かされるようなら、それはこの国が間違っているんだ! 俺がその間違いを正してやる!」

「く、狂っている…」

 

 大坊は決意も新たに、議員をその場に放り出した。放たれる怒気はマスク越しでも漏れ出しており、すれ違う人達から小さな悲鳴を浴びせられながら。彼は情報収集の為に街を練り歩き始めた。

 

~~

 

 大坊が去った後の酒場。そこでは昼から引き続き、宴会が続いていた。酒場の中心には『ガイ・アーク』と舎弟と思しき青年が向き合っていた。

 

「フェルナンド。お前、彼女が出来たんだって?」

「ハイ。腹ん中にもう一人目がいまして…」

「なら、こいつを持っていけ!」

 

 テーブルの上にトランクケースが置かれた。中を開くと、札束が詰まっており、フェルナンドも含めた観衆は感嘆の声を漏らした。

 

「おぉ。ボス! 俺みたいな下っ端に!」

「お前らは俺のモンだ! だったら、俺と同じ位に盛大に楽しくいかねぇとな! 地味な結婚式にしたら承知しねぇぞ!」

「ありがてぇ。ありがてぇ。俺、ボスに付いて来て良かったよ!」

「当たり前だ! 今日はめでたい日だ! 皆! 飲め!  食え!今日は俺の奢りだ! コイツの門出を祝え!」

 

 歓声が溢れ、店員達は忙しく立ち回りながら。フェルナンドを囲んでいた仲間達は少し乱暴なスキンシップと共に祝辞を送り、酒と食事を楽しんだ。

 これからの門出を祝われたフェルナンドは、素晴らしいボスと仲間達に出会えた奇跡に感謝しながら。皆とその歓喜を分かち合った。

 

~~

 

 人生で最高の多幸感を味わいながら、吉報を報告するためにフェルナンドは帰宅を急いでいた。帰るべき家の輪郭が見え、歩を早めた所で。彼の前に人影が降り立った。赤い強化外骨格(スーツ)を装着しながらも、全身が粟立つ様な気配を放っている男だった。

 

「やぁ。フェルナンド君」

「お前は一体」

「お前の門出を祝おう。同時に、その不幸で胸が痛む。お前の人生最高の瞬間は、間もなく最悪の瞬間になるのだから」

 

 瞬間。フェルナンドの腹部に強烈なブローを食らった。先程、飲み食いした内容物が吐き出され、立ち上がれない程の激痛に襲われる。意識が朦朧とするが、それでも自分の帰るべき場所に足を向けるレッドを阻止すべく。その足元にしがみついた。

 

「止めろ! 俺の家族に手を出すな!」

「あぁ。お前の家族には手を出さないよ。少し書き置きを残していくだけだ」

 

 大坊は郵便ポストに書き置きを残すと、地面に平伏して苦悶の表情を浮かべるフェルナンドを引き摺り、闇の中に消えていった。

 

~~

 

「ボス! 助けてください!」

「あぁ。マリアナ、分かっている!」

 

 翌朝、フェルナンドの恋人であるマリアナはガイ・アークの元を訪れていた。彼女が持って来た手紙には『お前の部下を預かっている。返して欲しければ、1人で来い』と言う文章が、血の様に真っ赤なインクで書かれていた。

 

「ボス。こんなもんに従う必要はありません。俺達全員でフェルナンドを助けに行きましょう!」

「折角の新婚を未亡人にするわけにはいかないからな!」

「いや。お前達は残っていてくれ。相手は『レッド』だ。化物みたいな強さを持っている。お前達が束になっても敵わない。俺でも死を覚悟しなければならない相手だ」

「そんな奴なら尚更です! ボスは俺達の希望なんだ!」

「……ボスが死を覚悟しなければならない程の相手というのなら」

 

 マリアナは俯いた。組織全体を危険に晒す訳にはいかない。覚悟していた事態を前に悲痛な表情を浮かべていると。彼は彼女の肩を叩いて声を張り上げた。

 

「諦めんな! フェルナンドもお前の未来も。全部俺のモンだ! 勝手に捨てんじゃねぇよ! リカルド!ここは任せる!」

「分かった、ボス。皆で結婚式に参加しましょうぜ!」

「勿論だ!」

 

 ガイ・アークは部屋から出ていき車庫に停めてあった高級車に乗ると、指定された場所へと向かった。遠ざかっていく車を見ながら、構成員達は頷いた。

 

「俺は皆に声を掛けておく。マリアナさん、アンタはお腹の子供とフェルナンドの為にも。俺達のボスを信じて待っていてくれ」

 

 彼女は眼に涙を浮かべていた。夫の危機もそうだが、何よりも。自分達の為にこれ程までに命を懸けてくれる仲間達が居る。この組織が出来る前の、惨めだった過去と比べると、こみ上げる物があった。

 

~~

 

 人気のない廃工場。その一角では、顔面を赤く腫れ上がらせ、手足を折られたフェルナンドが拘束されていた。骨折した個所は赤黒く変色していた。

 

「フェルナンド。お前は麻薬の密売人であり、隣国の人間達に多大なる迷惑をかけた。そんな人間に幸福が訪れてよい訳がない。人の不幸を糧に幸福になるなど、許されることじゃない!」

「へ、へへへ。アンタがレッドか。ボスが言っていた通りの男だな」

「ほぅ。どんな風に聞いているんだ?」

「自分じゃ何も考えられないくせに。人のやることを邪魔することしか出来ない馬鹿だってな!」

 

 笑い声を上げるフェルナンドに近づくと。大坊は彼の足を踏みつけた。悲鳴が響き渡り、折れた骨が皮膚を突き破って飛び出ていた。苦悶する様子を見て、溜飲が下がったのか。饒舌に話を続ける。

 

「お前達『悪』を倒すことが間違いのハズがない。貴様ら『悪』の存在は許されない。さぁ、この携帯でお前のボスに情けなく助けを請え」

 

 携帯を取り出すと、其処の通話画面には『ガイ・アーク』と言う名前が表示されていた。数回のコール音の後に電話が繋がった。

 

「フェルナンド! 無事か!?」

「ぼ、ボス…」

「1秒でも早く来るように命じろ。そうすれば、お前は逃してやろう。妻と子供の元に帰りたいだろう?」

 

 悪魔的な提案だった。これからの幸せと目の前の男の脅威を前にして、その誘惑に乗ってしまうのは至極当然と言えるだろう。フェルナンドは叫ぶ。

 

「ボス! 来ちゃ駄目だ! ここにはアンタを殺す罠が待ち構えている! マリアナと子供のことを!!」

 

 今度は骨折した腕を更にへし折った。関節の数が増えた。激痛から、喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。それは電話口の相手に怒りを抱かせるには十分すぎる物だった。

 

「随分、頭が回るようになったな。この畜生が!」

「お前達『悪』を倒すためだ。世界はお前達の存在など望んじゃいない。俺が潰してやる。お前達『ジャ・アーク』を一人残らずな」

 

 声は執念と狂気に満ちていた。電話を切り、苦悶から涙を零しているフェルナンドの髪を鷲掴みにして、語りかける。

 

「お前達『悪』は存在してはならないんだ。人々の平穏を脅かすクズ共め。お前らを殺した後は、あの売女も殺してやる」

 

 恐怖と侮蔑と尊厳を踏みにじる暴言の数々にフェルナンドは自らの心がへし折られるのを感じた。自分は生きていてはいけないのかと。自分の存在が間違えていたのかとすら考えた。

 

「(畜生。俺は。また踏みにじられるのか)」

 

 息も絶え絶えになりながら。今までの経験が濁流の様に押し寄せて来た。孤児として無様に生きて来たこと。チンピラ達からの気晴らしで暴行を受けていたこと。そして、そんな自分を颯爽と助けに来てくれた存在を。

 瞬間、入口が爆発した。仕掛けていたブービートラップが作動し、その後も銃撃などを始めとした殺意の奔流が一斉に注がれた。しかし、爆炎が晴れた先にあったのは、ガイ・アークの死体では無かった。

 

「フェルナンド。あの時、行っただろ?例え、どんな暴力が俺達を潰そうとしても。俺は何一つ見捨てない。ってな」

「ぼ、ボス…。なんで」

 

 まるであの日の様だった。カラベラの様に変貌した全身は、瞬く間に真っ黒なコートに覆われた。窪んだ眼窩に真っ赤な光が灯ると、その手には骨で形作られた双銃『カラベラシューター』が握られていた。

 死神の様に不気味で。悪魔の様に傲慢で。そして、人間臭い欲望に溢れた。自分達のボス『ガイ・アーク』が居た。

 

「言っただろう? お前達の未来も含めて、俺のモンだ。俺以外の誰にも好きにはさせないってな!」

「よく、逃げずにやって来た。後はお前を始末すれば『ジャ・アーク』は壊滅する。その時は、俺達『エスポワール戦隊』の勝利だ」

「希望(エスポワール)か。不思議なもんだ。俺の目には、今のお前は『絶望』の象徴のようにしか見えないんだがね?」

「それは貴様らが悪党だからだ。悪には『絶望』を正義には『希望』を齎す。それがヒーローの使命だ!」

「ならば。俺は『悪』の『希望』を守り抜こう。テメェらの正義に好き勝手されるほど。俺達の存在は安っぽいもんじゃねぇんだよ!!」

「ほざけ! 滅べ! 悪の栄えた試しなし!!!」

 

 廃屋の窓ガラスを叩き破り、二人は外に出ると激闘を始めた。二人がフェルナンドから離れた事を確認すると、彼が拘束されている廃墟の中に組織のメンバー達が雪崩込んできた。

 

「フェルナンド!こんな、酷い」

「早く病院に運べ!!」

「皆。どうして…」

 

 組織のメンバー達によって応急処置が施され、担架に運ばれていく中。メンバーはフェルナンドに言った。

 

「何。ボスが俺達を守って来てくれたように。今度は俺達がボスを守る番だ。だから、お前も絶対に生きろよ」

 

 機関銃や軍隊並の装備をした構成員達が怪物達の戦いに突っ込んでいく。その後姿を見送りながら、フェルナンドは涙を浮かべながら。祈るようにして呟いた。

 

「ボス、皆を守ってくれ…」

 

 そこで彼の意識は途絶え、その場から運び去られていった。しかし、彼の願いも虚しく。間もなくして、戦場は大量の死体と悲鳴に包まれて行く事になる……。

 



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ジャスティス・ジャンキー 3

 

 一面に飛び散った血が、夕日に照らされていた。応援に駆け付けた構成員達の怒号、悲鳴、断末魔が引っ切り無しに響き渡っていた。レッドは獣じみた動きで、次々と死体を積み上げていた。

 

「イエローハンマー!!」

 

 地面に倒れていた男の腹にハンマーを振り下ろした。腹部を超重量で圧迫され、口から臓器を吐き出し、目玉を飛び出させながら絶命した。

 その隙を見て、背後から襲い掛かろうとした構成員は、自分の胸に緑色の刃先が生えている事に気付いた。

 

「グリーンスピア!!」

 

 如何なる材質で出来ているのか。一人を串刺しにしたまま、他の者達をも刺し貫き。彼らの体重を乗せている長槍をいとも容易く振り回し、他に戦っている者達を強か打ち付けた。その拍子に、槍から引き抜かれた構成員達が転がった。

 彼らが起き上がるよりも先に、新たなガジェットを取り出し空中を舞った。その手には対となった2丁の青色のサブマシンガンが握られていた。

 

「ブルーガン!!」

 

 空中と言う不安定な場所から放たれた弾丸は、倒れていた彼らの心臓に寸分違わず着弾した。着込んでいるボディアーマーをいとも簡単に貫き、銃弾は彼らの内蔵を食い破る。

 その曲芸に呆気に取られている間に。武器を持ち換えた。彼の一番の得手である『レッドソード』は名前の通り、刀身が赤熱していた。

 

「この化け物が!!!」

「レッドソード!!」

 

 彼に向けられていたライフルを真ん中から溶断し、構えていた男も唐竹割に切り裂き、全身が燃え上がった。

 超人的な身体能力と武器の性能に対抗するべく、次から次へと増援が到着し、中には装甲車や対戦車ライフル等を引っ張り出してきた者達もいたが、全てが無駄に終わった。そんな状況を見ながら、ガイ・アークは冷や汗をかいた。

 

「(俺達と戦っていた頃よりも強くなってやがる)」

 

 以前はこんな化け物じみた動きは出来なかったはずだ。部下達の玉砕覚悟の攻撃の合間に、彼も『カラベラシューター』による銃撃を加えているのだが、まるで何処に撃ち込まれるのかが分かっているかのように避けられていた。

 

「ガイ・アークめ! お前の思い通りにはさせないぞ! この国の平和は俺が取り戻す!!」

 

 全身に浴びた返り血を炎で蒸発させながら、拭い去れない死臭を纏いつつ、レッドは戦い続けていた。既に何時間経過しているのかは誰も分からないが、一向に動きが鈍る様子は見当たらなかった。

 それ所か、死体を積み重ねれば積み重ねる程。怪物じみた動きと勘が研ぎ澄まされて行った。

 

「うぉおおおおおおお!!」

 

 装甲車に乗った構成員がレッドを轢き殺さんと、猛スピードで彼への突撃を試みたが、レッドは避けようともせず、正眼に見据えて、運転席めがけてブルーガンの引き金を引いた。

 放たれた弾丸は、フロントの強化ガラスごと運転手の頭を貫いた。コントロールを失った装甲車は、進行方向に居た構成員達を跳ね飛ばし、廃屋に激突した後。大破炎上した。

 

「ガイ・アークめ! どれだけの戦闘員をけしかけようが俺は倒せんぞ! この心に希望(エスポワール)と勇気がある限り! 俺は負けない!」

「いや。ここで死ね」

「何!?」

 

 既に死体となった構成員達から、浮かび上がった紫色の靄がガイ・アークに集まると巨大な髑髏を型取った。出現したエネルギー塊をサッカーボールの様にして蹴り出すと、レッドを食い殺さんばかりに歯を打ち鳴らしながら猛進した。

 

「やったか!?」

 

 着弾後、爆炎に包まれた。レッドの生死の確認に向かった構成員が、胸を貫かれて絶命した。煙が晴れると、そこには傷を負いながらも戦闘意欲を微塵も欠いていないレッドが哄笑を上げていた。

 

「嘘だろ? これでも駄目なのかよ!」

「思い出すぞ! そうだ、これこそが俺達の戦いだ! 必殺技を打ち合い、パワーアップを繰り返す! これこそが俺達の戦いだ!」

 

 声は喜色に満ちていた。少なくはない傷を負っているにも関わらず、動きは依然として鈍ることを知らず。ガイ・アークに肉薄するとレッドソードを振りぬいた。

 

「グワッ!!?」

 

 体を覆っていたコートを切り裂き、その下にあった常人の何十倍もの骨密度を持つ骨も断たれた。その場で跪き、トドメの一撃が振るわれようとした所で。構成員達はレッドの体にしがみついた。

 

「バカなことをするんじゃねぇ!!」

「ボス! アンタはこんな所で死んじゃいけねぇ! アンタは俺達の希望なんだ!」

「邪魔だ!! この悪党共が!!」

 

 獣の様な雄叫びを上げ、しがみついてきた構成員の1人の頭骨を握り潰した。2人目は、全身に熱を送り込み骨ごと溶かした。3人目は首の骨をへし折った。4人目は顔面を地面の砂利ですり下ろした。5人目は繰り出された正拳で胴体に風穴を開けて崩れ落ちた。

 

「早く行ってくれ!!」

「糞ッ!!!」

 

 仲間達に促されたガイ・アークは構成員が乗ってきたバイクに乗り込み、逃走した。そして、レッドは自分の体にしがみついてきた6人目の両足を持ち、真ん中から引き裂いた。内容物は全身に降り掛かる前に燃え尽きた。

 

「逃さんぞ! レッドチェイサー!」

 

 バイクで去っていったガイ・アークに追いつくために、レッドはガジェットを組み合わせ、専用のマシン『レッドチェイサー』に変形させると、直ぐに発進させた。

 呻き声すら聞こえなくなった頃。虚空に電流が走ったかと思うと、そこには全身真っ黒なスーツを装着した男が居た。

 

「凄いですね。血の海だ。…えぇ、映像から見ても分かる通り。レッドは少なくないダメージを負っています。どうしますか?」

「ガイ・アークとの戦いまで見届けてくれ。それで、トドメをさせるようであれば。頼む」

 

 返事をして、連絡を切った。ブラックは地獄絵図となった現場を見渡し、生存者の確認を行ったが、誰一人として生きている者はいなかった。

 

「レッドさんにとっての日常はこっちなんだろうなぁ」

 

 必殺技を放ち、悪を倒す。間違った人間を処罰する事で己の正しさを証明し続ける。敵対する邪悪が無ければ、自らの正義の正しさを確かめられない生き方は呪いの様にも思えた。

 

「(正しさだけで生きれない人達がいる事も分からないなんて。いやはや、正義様々ですわ)」

 

 皆が喜ぶことを理由も分からないままやり続けているレッドの暴走に若干の憐れみと、それを遥かに上回る侮蔑を覚えながら。ブラックはガイ・アークが乗り捨てた高級車に乗り込んだ。

 

「(うわ。いい車。日本に持って帰れないかな)」

 

 アクセルを踏み込み。決戦の場所へと向かった。最も、その結果がどうなっているかは分かりきっていた。

 

~~

 

「ゴボッ…」

 

 現場に到着したブラックが見たのは、胸をレッドソードとグリーンスピアで貫かれたガイ・アークだった。レッドもマスク部分が破損し、素顔が顕になっていた。額から血を流しながらも、その顔には獰猛さを孕んだ笑顔が浮かんでいた。

 

「俺の勝ちだ」

「へへへっ。これで満足か? 俺を殺した事で、この国は平和から程遠い状況になるぞ……」

「俺は人々の心を信じている! 最初の内は荒れようと、何時かは皆の優しさで満たされる世界が来ると!」

「……哀れだよ。お前の希望は、絶対に報われない」

 

 最期にそう言い残して、ガイ・アークは爆発四散した。周囲では相当な激戦があったのか、地面は抉れ、あちこちに血痕が付着していた。そして、レッドもまた。膝を着いて肩で息をしていた。

 

「(人がそんなキレイ事ばっかりで生きているわけ無いでしょ。皆のヒーローだからその部分は否定出来ないんだろうけれどね)」

 

 手負いになっていることを確認したブラックはステルス機能を用いて、姿を消して近づいた後。レッドの後頭部に向けて銃弾を叩き込んだ。乾いた音が響き、力を失った体はグラリと倒れた。

 

「(はい。これでアンタは『ジャ・アーク』最後の幹部と道連れになったってことで。幹部と一緒に命運を共にするなんて、ヒーローらしい最期じゃないか)」

 

 念の為に、その後もレッドの全身に銃弾を撃ち込んだ後、ピクリとも動かなくなった事を確認して、ブラックは通信を入れた。

 

「レッドの始末を付けました。スーツは損壊、後頭部と全身に向けて銃弾をありったけ撃ち込みました。これで、死ななきゃ化物です」

 

 ブラックが証拠品として、レッドの首を切り取ろうと近づいた時。ガクンとその場で崩れ落ちた。両足を見ると膝から下があらぬ方向へと曲がっていた。即座にスーツに搭載された鎮痛剤が投与されたが、何が起きたか分からなかった。

 

「お前のことをずっと待っていた。さっきも俺達の戦いをコソコソ見ていたよな?」

「ま、待て! 俺は『ジャ・アーク』のメンバーじゃない!! アンタの後輩みたいなもんだ! これからはアンタの活動に力を貸し」

 

 全てを言い終える前に、レッドは強化外骨格に守られた彼の首をへし折った。破損していたスーツとガジェットを破棄して、ブラックの物を奪い取った。

 中には青年が入っていたが、知ったことではなく。起動させると、それは問題なく大坊の全身に装着された。

 

「ブラック。どうした?通信が途切れたが…」

「何でもありませんよ。レッドのスーツの残骸を証拠として持って帰ります。流石に死体を持って帰るのはリスキーなので」

 

 ボイスチェンジャー機能を用いて、ブラックの声色や抑揚を真似しながら『大坊乱太郎』はレッドのスーツを掻き集めた。全てを集め終えた後。余韻に浸る様にして、ポーズを決めて宣言した。

 

「正義は必ず勝つ!!」

 

 以前使っていたスーツよりもはるかに高性能になった着心地に酔いしれながら、ブラックとなった大坊は、その名の様な闇夜の中に姿を消していった。

 

~~

 

 ガイ・アークという巨悪が排除された。されど、平和が戻る等と言うことはなく。彼らが押さえ込んでいた魑魅魍魎が跋扈し、空いた席を狙う者達によって治安が悪化を辿る中。退院したフェルナンドはマリアナと同棲生活をしていた。

 

「私達。これからどうなるのかしら…」

「分からない。でも、生きていくしか無いんだ。これから産まれてくる子の為にも。ボスが開発していた物が完成すれば、再び秩序が戻ってくるはずなんだ。だから、その為にも行って来るよ」

「えぇ。気を付けて」

 

 ガイ・アークが残した生きる気概と微かな希望を頼りに。夫婦は生きていた。夫を見送った後、彼が無事に帰って来る事を祈りながら。家事をしながら、暫しの時間が経った頃だった。その襲撃は何の前触れもなく訪れた。

 複数の男が現れ、彼女に向けて発砲した。血を流しながら倒れる彼女を傍目に、押し入ってきた者達は家財道具から電化製品。ありとあらゆるものを奪い始めた。

 

「この女がガイ・アークから大量の金を貰っていた事は判明している! 探せ! もうアイツの脅威はないんだ!」

「誰かがアイツを殺してくれたからな! ヘヘッ。リチャードさん。これで良いんですか?」

「オーケィ。奴が遺した物は全て潰すべきです。私が味わった苦痛を、貴方達も味合わなくてはなりません」

 

 強盗達を率いている男は、顔に皴が刻まれ始めたばかりの壮年で品の良い男性だった。物色された品々は表に停めてあるトラックに運び出され、家の中から未来が奪われて行く光景を朦朧としていく意識の中で見るだけしか出来なかった。

 

「か、えして……」

「先に奪ったのは貴方達です」

 

 そう語る男性はまるで自分に言い聞かせているかのように。サングラスの下では若干の悲哀が宿っている様な気もした。

 徐々に霞んでいく意識の中、彼女は考えていた。自分達の様な弱者達が人並みに生きるために組織は必要な『希望』だった。だが、それは自分達が負う不幸を誰かに押し付けていただけだったのではないのか?

 

「幸せに……なり、た、かった」

「今度は生まれてくる場所を間違えないでください。それと」

「まだすることが?」

「腹の中の子供だけは助けて上げなさい」

 

 彼女が事切れた事を確認すると。胸の前で十字を切った後、男達はマリアナを病院へと運搬した。その数時間後、フェルナンドは病院から掛かって来た通話でこの事実を知ることになる。

 



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掴め! 明日への希望(エスポワール)!

皆さまのお気に入り追加。コメント。凄まじい位のモチベになっております。ありがとうございます!


 

 ガイ・アークを倒した大坊は『皇』に帰国していた。復活した幹部達を倒した胸中はかつてない程に満たされており、夜空に浮かぶ星々の如く輝いていた。

 長年、愛用してきた強化外骨格(スーツ)を失った事は痛手であったが、それに代わる最新のスーツも入手できた。公園のベンチでコンビニ弁当を食しながら、これからの事を考えていた。

 

「(復活した『ジャ・アーク』の幹部達も倒した。これで平和が訪れるはずだ。以前もそうだったんだから)」

 

 それには確信にも近い自信があった。前回、ジャ・アークを滅ぼした時も各地で行われていた犯罪は鳴りを潜め、人々から感謝された。今回は不当な妨害も大量に受けて来たが、真相が分かれば、あの時と同じ様に迎え入れてくれるはずだ。

 そんな事を考えていると。ふと、公園の一角に人集りが出来ているのが見えた。何が起きているかを確認するべく近づくと、ホームレスの男性が少年達から暴行を受けていた。

 

「うぅ。やめてくれ……」

「よっちー! 動画撮っておいてくれよ! 社会のゴミを掃除してみた! ってな!」

 

 抵抗する素振りも見せない男性に対して、手加減の無い暴力を加えていた。その光景を見て、大坊はショックを受けていた。

 

「(そんな馬鹿な! 何故、こんな酷いことが出来るんだ!? 同じ人間同士だというのに!)」

 

 弁当を放り出して、彼は急いで駆け付けた。現場を目撃された少年達は露骨に嫌悪感を露わにした。

 

「何故、そんな酷いことをする! その男性が、お前達に何かしたのか!?」

「こいつらの存在自体が不愉快なんだよ!」

「うぅ……」

「ホームレスなんて社会のゴミだ! 悪だ! 存在してちゃいけないんだよ!」

 

 人数の有利を前に余裕の表情を浮かべている少年達に対して、大坊はかつてない程に怒りが湧き上がってくるのを感じた。

 自分は悪の権化である『ジャ・アーク』の復活した幹部達を倒した。だというのに、目の前で事件が起きている。罪なき男性が身勝手な理屈から暴行を受けている。自分はこんな物を守るために戦ってきたのか。自分が守って来た平和の正体とはこんな物だったのかとまで、考えた時。彼は頭を振った。

 

「いや。違う。そうだ、俺は『ジャ・アーク』を倒しきれていなかったんだ!」

「あ?」

 

 ガジェットを起動させる。全身が黒色のスーツに包まれ、改良された人工筋肉が動作をアシストする。繰り出した手刀が少年の一人を両断した。

 悲鳴を上げる間もなく、二人目は裏拳を食らって首がちぎれて飛んだ。残った一人は、逃げる事も叫ぶことも出来ずに腰を抜かすだけだった。

 

「奴らめ。幹部が倒されたから、地下に潜ったんだな。でなければ、こんな悪質な人間がこの世に存在している訳がない」

「じゃ、ジャ・アーク? 何言ってんだ。あいつらは壊滅したって……」

「惚けたって無駄だ! 俺には分かるぞ。お前もアイツらの仲間なんだろう! そして、この平和になった『皇』を再び侵略しに来たんだ。だが、そうはさせないぞ! 何故なら、この国には『エスポワール戦隊』が居るからだ!

 

 腰を抜かしている少年の頭を蹴飛ばすと、サッカーボールの様に遠くまで飛んで跳ねた。その一部始終を見ていたホームレスも同じように腰を抜かしていたが、彼に対しては優しく手を差し伸べた。

 

「ひっ」

「もう大丈夫だ!ジャ・アークの戦闘員は倒したからな!」

 

『ジャ・アーク』と言う名前は知っていた。しかし、先程の少年達がそんな組織に所属しているとは、ホームレスには思えなかった。彼は自らの安全を確保する様にして両手を合わせて言う。

 

「あ、ありがとうございます」

「うむ! やっぱり感謝されると気持ちいいな! やはり、俺はこの為に戻って来たんだ! 立てるか?」

「た、立てます。それじゃあ……」

 

 大きく手を振りながら、大坊は去って行った。後に残されたのは少年達の無惨な死体だけであり、ホームレスの男性は震える体に鞭を打ちながら、逃げるように離れて行った。

 

~~

 

 大坊の視界は開いていた。最新式のスーツにより、視界から得られる情報が多くなったこともあるが、それ以上の意識を持ち直したことが大きかった。

 

「終わりじゃない。エスポワール戦隊の役目は、終わりじゃないんだ!」

 

 まだまだ、倒すべき敵がいる。進むべき道がある。以前の様に、戦いが終えたらかと言って用済みになって、投げ出されることも無い。

 これからは誰かに命令されることなく、自分の意思で悪を倒し、誰かを救って行けばいい。

 

「まだまだ、困っている人はいるはずだ」

 

 先程、ホームレスの男性から感謝の言葉を受け取った時、大坊は自らの胸が満たされるのを感じていた。

 あの充実をもう一度味わいたい。彼は強化外骨格(スーツ)の聴覚をフルに稼働させて、街中の声を聞いていた。

 

『……逃走中……怖いわね』

『連続……殺人……』

 

 様々な声が入り混じり、聞き取るのは難しいが人々が恐怖と不安の渦中にあることは十分に理解できた。

 流石に、一軒一軒尋ねて回る様な真似は出来ないが、自分が必要とされている現状に変わりないという事を確認できただけでも満足だった。

 

『……めて』

「ん?」

 

 色々な会話を取り込んでいる中、異質とも言える物が幾らか混ざり込むようになっていた。声を聞き取る為に意識を集中させる。

 

『やめろってんだろ! そんな物を描くんじゃねぇよ! 俺に死んで欲しいってのか!』

『ひっ』

 

 怒号。緊張。怯え。物が壊れる音。体が動いていた。屋根から屋根へと飛び移り、古ぼけたアパートの前に辿り着く。透視機能を用いて、該当する部屋を覗いた。

 部屋内には酒瓶を始めとしたゴミの山が散らかっていた。脂ぎった男性が、煙草の火を少女の眼球へと押し当てていた。大坊は飛び出していた。

 

「おい」

「え、あ?」

 

 扉を蹴破った大坊は、組んだ両手を男の頭部へと振り下ろした。頭部が胴体へとめり込み、バタリと倒れた。一連の現場を見ていた少女は呆然としていた。

 

「大丈夫か!? 早く、病院に……」

 

 火を押し当てられた眼球は白く濁っていたが、残された片眼は大坊を見据えていた。少女の口が開く。

 

「……来てくれた。私の、ヒーロー」

「おい!」

 

 気が抜けたのか、ショックだったのか。どちらかは判断できなかったが、少女は大坊に全身を預ける様にして気絶した。

 手には一枚の紙が握られていた。そこには、拙くはあるがエスポワール戦隊レッドが少女に手を伸ばしている姿が描かれていた。大坊の手は震えていた。

 

「何がエスポワール戦隊だ。こんなにも苦しんでいる子達を救わずして、何がヒーローだ!!」

 

 自分の中にあった使命感が業火の如く燃え盛った。怪人達を倒して、ホームレスを助けられたのか、この子の様な者達は救われたのか。助けを求める弱き者達を救えずして、何が希望(エスポワール)か。

 助けなくては。だが、大坊に医療の知識はない。どうすれば、この少女を助けられるか。自らの無力さに歯噛みをしていると、背後から足音が聞こえた。

 

「お困りですか。Mr.大坊」

「何者だ!」

「私は敵ではありません。貴方のファンです」

「ファンだと?」

「その子を。助けたいのでしょう? 迷っている暇はありません」

 

 パチン。と指を鳴らすと、白衣を着た男性が入って来て、少女の問診を始めていた。彼が医者かどうかを確認する方法はないが、出来る事がないと判断した大坊は目の前の男性を見た。

 顔に見える皺から壮年位だろうか。金髪のオールバックで、仕立てているスーツからは気品さえ漂っている様に見えるが、サングラスのせいで表情は判断しづらかった。

 

「何故、俺に手を差し伸べる?」

「恩返しですよ。私の敵『ガイ・アーク』を討ってくれた」

 

 サングラスを取ると青い瞳が現れた。すると、彼は手を差し伸べて来た。

 

「私の名前はリチャードと申します。Mr.大坊。私と一緒に悪を倒しませんか?」

「俺は簡単には信じないぞ。お前もゴク・アクの様に騙してくるかもしれないからな」

「今は、それでも良いです。ですが、貴方はいずれ私を頼ります」

「リチャードさん。診療終わりました。病院の方へと搬送しましょう」

「お願いします」

 

 表に待機していた車に乗せられ、少女が何処かへと運ばれて行く。その後に入って来た作業服姿の男達が、死体の処理をしていく。

 

「お前は何者なんだ?」

「貴方と同じく、悪を憎む者です。Mr.大坊。耳を澄まして下さい。助けを求める声は、まだまだありますよ」

 

 未だに正体の分からない目の前の男を警戒しながら、聴覚機能を稼働させる。

 

『誰のおかげで飯が食えていると思っているんだ!』

『ママ! 開けて!』

『金出せよ。金!!』

 

 こんな短い範囲の中だけでも、助けを求める声はある。怒号に混じって、か細く消え入りそうな声で。自分が行かねば、誰が彼らを助けるのだろうか?

 

「リチャード。協力してくれるか?」

「YES! 今後とも御贔屓に」

 

 夜の街にヒーローが跋扈する。怪人達へと向けていた力を、助けを求める存在を生み出す者達へと振るう。

 呆然とする者達も多かったが、その中で自分を求めていた者達と出会う度に、大坊は自らの考えの正しさを確認した。

 

「そうだ。俺達が戦うべき悪は! 直ぐ、そこにあったんだ!!」

 

 ジャ・アークだけではない。本当に倒すべき悪を根絶した時、初めてヒーローと言う存在は本物になる。

 新たな使命を帯びた大坊は、使命感と真っ赤に燃え滾る情熱と共に、悪を狩りつくそうとしていた。

 

~~

 

 それから数年の月日が流れた。『ジャ・アーク』の幹部達が復活することもなく、『桜井』だけには、関係者から『レッド』が死んだことも伝えられた。皇の治安は回復した様に思えたが、何処か窮屈だと感じることも増えた。

 ニュースでは連日の様に黒い噂が立っている企業の役員や社長達が変死を遂げ、犯罪組織等も壊滅させられている様子が報道されていた。当初は人々も恐怖したが、やがて報道が日常的になって来ると。騒ぎ立てる事も慌てる事も無くなった。

 

「(えっと。今晩のメニューは何にしようかな)」

 

 桜井も似たようなニュースが流れるチャンネルを変えて、料理番組でもやっていないかと回していると、不意に画面に砂嵐が浮かんだ。

 数秒後、そこには暗がりの中で、全身黒タイツの人間が壇上へと上がっていく様子が映し出された。心臓が早鐘を打つ。

 

「皆さん、お久しぶりです。俺はかつて『レッド』と呼ばれており、公的には死亡していたと報道されていました」

 

 どのチャンネルに切り替えても、その映像と演説が映し出されていた。電源を落とそうとも考えたが、その映像から目を離せずにいた。

 壇上に立ったレッドと思しき者の傍には、同じ様な強化外骨格(スーツ)を装着した小柄な人間が立っていた。

 

「皆さんは『ジャ・アーク』と言う組織をご存知でしょうか? かつて、この『皇』で悪行の限りを尽くしていた集団です。奴らのせいで多くの悲劇が生まれていました。政府は彼らに対抗すべく『エスポワール戦隊』を創設し、見事。その悪の組織を撃破しました」

 

 その時、エスポワール戦隊が順風満喫に解散していれば、昨今の悲劇は起きなかっただろう。だが、そうはならなかった。

 日常に馴染めなかった彼女は心を病み、同じ様に日常へと戻れなかったレッドは、未だに戦い続けている。

 

「ですが、世界は決して平和になりませんでした。私はこの数年間、皇で活動を続けていました。そこには『いじめ』『パワハラ』『犯罪』等、邪悪の限りが在りました。そう、私達は『ジャ・アーク』を倒しきれていなかったのです!」

 

 恐れていた予感が的中した。彼は『ジャ・アーク』を倒した先を見ている。悪の組織や怪人の様な河岸の存在ではなく、人々の中に住まう悪を根絶しようとしている。

 今まで守って来た人々へと矛を向けようとしているのだ。議員の様な分かり易い批難の対象ではなく、司法などが裁くべき存在にまで手を伸ばそうとしている。

 

「皆さんが、本当に倒して欲しい悪は怪人と言う形をとっていますか? いいや。私達が誰よりも倒すべき相手は、悪に染まった人間です! そう! 『ジャ・アーク』ではなく! 『邪悪』に染まった者達です! 共に立ち上がりましょう!」

 

 宣言と共に拍手喝采が巻き起こり、カメラがズームアウトしていくと。その場には、顔まで覆われたスーツを羽織っている構成員達が整然と並んでいた。

 

 

~~

 

 映像を見ていたピンクは自分の顔が真っ青になっている事に気づいた。リーダーにとっての戦いは終わっていない。未だに、彼の心の中には倒すべき悪が存在し続けている。

 ……インターホンが鳴った。そこに立っていたのは、先日、交渉を持ちかけてきた政府関係者だった。神妙な面持ちが何を意味するかは、彼女も分かっていた。

 

「桜井さん。今日はお話があって、ここに来ました」

「……ヒーローに成ってくれないか。でしょう?」

「はい。悪の組織『エスポワール戦隊』に対抗するために、ヒーローの素養がある者に声を掛けて回っています。先達として、どうか」

「アハハハハ…」

 

 きっと。こうして『正義』と『悪』はウロボロスの様にお互いを喰らい合いながら連綿と続いていく。新しいガジェットと仲間に刷新されながら、いつまでもいつまでも戦いは続いていく。それを理解した時、彼女はカラカラと笑う他なかった。

 

「桜井さん?」

「次のレッドは誰になるんでしょうね?」

 

 その呪いに対して、彼女は恨み言のように呟いた。

 付けていたテレビからは料理番組が流れていた。エスポワール戦隊の興亡も世に蔓延る悪の存在を知らしめることも無く、今ある平穏を強調する様にして聞こえる番組の声が、ただ空々しく響くだけだった。




第1部はこれにて完結です! 第2部もボチボチ改稿やら何やらをしながら投稿して行きたいと思います!


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復活した悪の組織をも倒した俺は、更なる悪を倒すために奮闘することにした
復活! 新生エスポワール戦隊!


 

「た、助けてくれ!」

「リーダー。どうしますか?」

 

 ビル内の一室。部屋の中心部に集められた男達は恐怖で顔を歪めていた。誰もが顔に痣を作り、あるいは血を流しながら、ブルブルと震えていた。

 彼らを取り囲んでいる者達の恰好は奇妙な物であり、誰もが全身を覆い隠すような全身タイツ『強化外骨格(ヒーロースーツ)』を装着していた。

 

「どうするか。だと? 七海。彼らの罪は赦されるべきだと思うか?」

「ここは振り込め詐欺に使われていた事務所。彼らに騙し取られた被害者は……」

 

 リーダーと呼ばれた偉丈夫の男――大坊乱太郎が装着していたスーツは、他の者達と比べて黒の深みが強かった。傍に控えていた小柄な人物が、少女の声で淡々と罪状を読み上げていた。

 老後の年金を騙し取られた。遠く離れた息子を心配した母親の優しさを利用した。罪を読み上げるごとに、周囲の者達が叫んだ。

 

「悪党を許すな! 正義の鉄槌を!」

「ひっ」

「お前らには幾らでも罪を反省する機会があった。七海、もしも自首をしていれば、彼らはどんな量刑に問われた?」

「詐欺罪は懲役10年以下。自首をしていれば、情状酌量の余地もあったかもしれない。でも、彼らは捕まらない様に場所を変え、末端を切り捨てて生き延びて来た」

 

 彼らは捕まることを厭い、法律の目を潜り抜け、司法を嘲笑いながら今日まで生き延びて来た。大坊は深いため息を吐いた。

 

「お前達が利用して来た末端の中には、自責の念に駆られて自首をした者も居た。彼らへの裁きは司法に任せる。だが、お前達はそうは行かない」

「ま、待ってくれ! 必ず自首をする! 罪も償う! 今まで取って来た金も返していく!」

 

 リーダー格と思しき男は、声を震わせながら嘆願した。だが、彼を見下ろす大坊達の視線は凍てつく様に冷たかった。

 

「詐欺師の言葉なんて誰が信じられる? 俺達が来た時点で、お前達の未来は決まっていたんだよ」

「準備OKです」

 

 カメラを構えていた構成員が合図を送ると、全員が手にしていた銃剣型のガジェットを男達へと向けた。既に引き金に指が掛かっており、自分達の未来を察して怨嗟の声を上げた。

 

「畜生! お前の口車に乗ったばかりに!!」

「嫌だ! 殺さないでくれ!」

「悪は須らく滅びるべきだ。貴様らを裁くのは法律ではない。俺達『エスポワール戦隊』だ!!」

「うわぁあああああああ!!」

 

 全員が一斉に引き金を引く。乾いた発砲音が響き、男達の身体を銃弾が蹂躙し尽くす。穿たれた穴から流れ出た血が、地面を真っ赤に染めた。

 彼らが息絶えた事を確認すると、囲んでいた者達の一人がスマホを取り出し勇壮なBGMを流すと同時に各々が思い思いのポーズを取り、異口同音に叫んだ。

 

「俺達『エスポワール戦隊』は悪を許さない!」

「はい。OKです!」

 

 カメラを構えていた男がOKのジェスチャーを取ると、彼らは直ぐに次の作業へと移った。オフィス内のPCを押収し、書類やスマホの情報を解析している傍ら、大坊は引き続き撮影を行っていた。

 

「皆。いつも、応援とスパチャを感謝しています。皆の投げ銭は被害者への返済などに充てられており、感謝の声も紹介していきたいと思います。お、タロタロさん。いつもありがとうございます!」

 

 これらの様子はLIVE映像としてネットに配信されており、凄惨でショッキングな映像が流されているにも関わらず、投げ銭や応援のコメントは後を絶たない。

 サイトの管理者も削除を繰り返し、あるいはIPや口座から住所を特定しようとするが、空回りに終わっており、エスポワール戦隊の活動の様子を流すことを許してしまっていた。

 

「皆さんの声と善意が私達の力になります! いじめ、虐待、パワハラ。貴方の日々の悩みをお教えください! 私達、エスポワール戦隊は決して慣習などで流したりはしません!」

 

 怒涛の勢いでコメントが流れて行く。その文字列に、大坊はエスポワール戦隊と自らの存在意義を噛み締めずにはいられなかった。

 

~~

 

 『エスポワール戦隊』。かつて、人々を恐怖に陥れた悪の組織『ジャ・アーク』に対抗する為に作られた組織であり、彼らの消滅を持って解散したと思われていたが、リーダーであった『レッド』こと『大坊乱太郎』が幹部達の復活と共に活動を再開。かつての仲間達や復活したシュー・アク議員を殺害。

 その後も凶事に手を染め、海外にて消息を絶ったと思われていたが。数年の埋伏を経て、彼らは組織として蘇った。倒すべき『ジャ・アーク』が滅びた後、彼らが裁き始めたのは社会に蔓延る悪だった。

 

「リーダー。先日の動画、凄く好評だった」

「嬉しいな。皆が俺達の活動に理解を示してくれているだなんて」

 

 先日の詐欺グループの制裁現場を記録した映像は、転載も含めて動画サイトに拡散されており、まとめサイトなどにも転載されていた。

 曰く、死んで当然の奴らを殺してくれてスッキリした。曰く、これで被害に遭う人間が減る。曰く、当然の裁きだ。等の声が寄せられている反面、法を顧みないリンチ行為と批難する者達も大勢いた。

 

「批難している人達の大半は普通の人。中には、工作員とかが扇動しているのもあるけれど」

「ふん! 本当に俺達に助けを求めている人達の声こそが重要なんだ。安全地帯から、薄っぺらい倫理観を叫んでいる奴の声に耳を貸す必要はない!」

 

 装着していた強化外骨格(スーツ)のマスク部分を解除して、彼は弁当を頬張った。その後頭部には生々しい銃創が残っていた。それに合わせて、少女もマスク部分を解除して食事を始めた。その片眼にはカメラアイが埋め込まれていた。

 

「リーダー。他の支部からも制裁に成功したって」

「七海、成果を報告してくれ」

 

 七海と呼ばれた少女は淡々と成果を読み上げていく。会社のパワハラ上司、違法な労働を課すブラック企業、ネット上で誹謗中傷を繰り返すアカウント、近隣に迷惑を掛ける住民達の処理。そのいずれも『相手を倒す』と言う単純明快な方法で解決していた。分かりやすい手法と成果は、瞬く間に彼らの支持者を増やしていった。

 

「他には『ヒーローチルドレン』の子達も使えるって。上級構成員達の人から評価されていたよ」

「そうか。よっし、じゃあ。今度は連中も積極的に使って行こう」

 

 大坊がBGM代わりにテレビを付けると、特撮番組の再放送が流されていた。それを見ていた大坊の表情は不快な物へと変貌していく。

 

「リーダー?」

「こいつらは偽物だ」

「……偽物? フィクションって事?」

 

 テレビでは俳優達がドラマを演じ、随所でグッズの宣伝をするようなアクションが入り、怪人や怪獣達を倒して。勧善懲悪を示した物語を締め括っていた。

 

「そうじゃない。企業やスポンサー、こう言った物が好きな奴らは彼らの事をヒーローと推すが、それは違う。何故なら、コイツらは人を救わない」

「怪人や怪獣を倒すことは、人を救う事じゃない?」

「それで救えるのは一部の人間だけだ。何故、彼らは怪獣よりも被害を出す戦争を止めに行かない? 貧困問題を解決しようとしない? 人種差別に声を上げない? いじめ自殺を止めない? 犯罪者を摘発しない?」

 

 それは七海もよく聞いている話で、エスポワール戦隊の者達が常に話題に出す物であった。彼女にはその問題が如何ほどの物かは分からなかったが、それらを解決する度に感謝の声が上って来る為、大坊の言うことは正しいと考えていた。

 

「私達は、皆を救わなくちゃいけない」

「その通りだ。俺達はコマーシャルフィルムに出て来るような商業主義の偽物じゃない。監督や脚本が用意してくれた『悪』じゃない。本物の『悪』を倒しに行くんだ。この後の予定は?」

「今日は、午後から。残留孤児達で作られた半グレ団体を叩きに行く。苦情も被害も凄い事になっているから」

「よし。『ヒーローチルドレン』からも幾らか連れて行こう。まずは、近くの支部に居る奴らを集めよう」

 

 大坊は通信機で近くの支部に居る者達へと連絡を取った。1時間程すると、既に強化外骨格(スーツ)を装着した者達が集まっていた。中には、明らかに少年少女と思しき者達も居た。

 

「大坊さん! 俺も連れて行ってくれよ!」

「君は、ヒーローチルドレンの大門君だったね。彼のメンターは?」

「私です。太田です」

 

 彼の強化外骨格(スーツ)は、他の構成員とは違い青色で統一されていた。色合いからしてかなり目立つが、誰も何も言わない。

 

「そうか。気負う必要はないと思うが、何が起こるかは分からない。しっかりと面倒を見てやれよ」

「はい」

「リーダー。向かおう」

 

 大抵の者達が車に乗り込んで移動する中、大坊は専用バイクである『レッドチェイサー』改め『ブラックチェイサー』に乗り込み、サイドカーに七海を乗せて走り出した。

 

~~

 

『怒虎会』。残留孤児達によって作られた半グレ団体であり、時には極道等の反社会団体からの依頼も受けていた。荒くれ者や、暴力も辞さない危険団体としてマークされていた団体でもあったが、あくまで人間と言う範疇の話であり。

 

「このクソガキャ!」

「はっはっは! 喰らえ! エスポワールストラッシュ!!」

 

 大門は臆することなく、手にした銃剣型ガジェットで男の眼球を突き破った。眼孔を突き抜け、脳漿を掻き混ぜ、後頭部まで貫通した。あまりの地獄絵図に、荒事に慣れているはずの男達も歯の根がかみ合わない。

 あくまで彼らにとっての暴力とは脅しであり、交渉手段であり、殺し合いに身を置いたことは殆ど無かった。

 

「うわぁああ!!」

 

 狂乱状態に陥った男が拳銃を乱射するが、強化外骨格(スーツ)には傷一つ付かない。攻撃を受けた構成員は、意趣返しの様にして銃口を向けていた。

 

「本当の射撃ってのはこうするんだよ!」

 

 人工筋肉のアシストもあり、放たれた弾丸は、吸い込まれるようにして怒虎会の構成員達の眉間に命中した。窓から逃げようとした者も居たが、背後から銃弾を叩きこまれ、地面へと落ちて行った。

 この状況もカメラで一部始終が収められていた。颯爽と悪を倒す正義の集団。その方法が如何に暴力的な物でも。むしろ暴力的であるからこそ、善良な市民達はその顛末に心を躍らせていた。

 

「イェーイ! 皆、見ているか―!? 俺、今日からデビューした大門って言います! よろしくな!」

「狂ってやがる! お前達。狂ってやがる!!

 

 腹部から血を流している構成員は叫んだ。子供まで、殺し合いの現場に引っ張って来る彼らは常軌を逸している。だが、当の本人達はゲタゲタと笑っていた。

 

「悪に対抗することはマトモな精神ではできない。その為に、俺達は鬼にもなろう!!」

「うわぁああ!!」

 

 全員が武器を仕舞うと、死に体の連中を蹴り始めた。蹴られる度に傷口が開き、また新たな傷が生まれていく。その様子もLIVE映像で流され、再生数と共に投げ銭が一斉に集まった。まるで、乾いていた喉を悪党達の血で潤したいと言わんばかりに。

 

「オラッ! くたばれ!」

「ギャッ」

 

 後頭部を一際強く蹴りつけると、男はそのまま動かなくなった。事務所内に生きている者達が居なくなった後。いつもの様に、宣伝と物色が始まった。

 

「今日から、俺達と一緒に戦う事になった大門君です。悪質な飲酒運転により、良心を失った彼ですが、その様な悲劇を二度と繰り返してはならないと。正義の心を持って、奮い立った彼は厳しい訓練を積み、私達と肩を並べるに至りました。初めての仕事はどうだった?」

「うん! 正直、ちょっと緊張していたけれど。皆が頑張っているし、俺も頑張らないとって思ったから! これからもよろしくな!」

「ありがとう。心強い応援です。ほら、コメントを見て見ろ。お前を応援してくれる声も沢山あるぞ! wonダフルさんからも言われているぞ。偉いね! って」

「ありがとうな!」

 

 集められたコメントは賞賛ばかりではなく、むしろ子供を殺し合いの場所に立たせることに対しての批難もあったが、当然の様にフィルターが掛かっている為。彼らに届くことは無かった。

 

~~

 

 後日、善行による達成感に胸が満たされていた大坊は七海を連れて、都内の高級料亭へと訪れていた。案内された部屋には、客人が待ち受けていた。

 

「リチャードさん。これはどうも」

「HEY。大坊。先日の活躍はお見事でした」

「この人は?」

「七海。この人は『リチャード』さん。俺達エスポワール戦隊のパトロンさんだ。俺達が戦えるのはこの人のお陰なんだ」

「貴方が七海さんですか。フフッ、実は貴方とはお会いしたことがあるんですよ。憶えてますか?」

「憶えてない」

 

 金髪オールバックで青い目を持つ彼が話す言葉は流暢な物だった。皇式の礼儀作法も慣れた物であり、この国の文化に堪能であることもうかがえた。

 

「リチャードさん。態々、足を運んできた要件とは?」

「実は新たなヒーローガジェットの開発に成功したのです。大坊さんが使っている武器をパワーアップさせるものをね」

 

 彼が机の上に置いたスーツケースを開けると。そこには、四色のクリスタルが輝きを放ちながら収められていた。それらは自然と大坊に吸い込まれると、彼が使っていたガジェットに装着された。

 

「おぉ。力が漲るのが分かるぞ。リチャードさん。助かるよ!」

「気にしないでください。私は大坊さん達『エスポワール戦隊』の活躍に期待しているのです。これからもごひいきに。他の商品としても、実はスーツをさらに進化させた第3世代の物を…」

 

 リチャードと大坊が話をしている間。七海は卓上に出ている高級料理の数々を頬張っていた。その繊細で奥深い味わいに感動しながら、彼女はせっせと料理を口に運んでいた。

 

~~

 

「くっ。テメェら…」

「俺達にこんな事をして、タダで済むと思ってんのか!?」

 

 路地裏。カタギではない男達が血を流しながら、壁際まで追い詰められていた。彼らを取り囲んでいるのは、量産型のヒーロースーツを装着した『エスポワール戦隊』のメンバー達だった。

 

「お前達、社会の悪は俺達が裁く。ここで死ね」

 

 彼らが一斉に引き金を引こうとした時、男達は目を瞑ったが、何時まで経っても銃撃が飛んでくることは無かった。

 恐る恐る目を開ければ、悲鳴を上げるもなくスーツごと切り裂かれてバラバラにされた肉片がそこら中に転がっていた。その中で唯一立っていたのは全身の至る箇所から生やした刃を血脂に濡らしながら、仁王立ちしている赤毛の青年だった。

 

「おい。お前達もエスポワール戦隊なのか?」

「いや。俺達は違うが、そう言うアンタは何者だ?」

「『剣狼』。ジャ・アーク幹部『ガイ・アーク』の配下だ。復活したら、そこら中にエスポワール戦隊が溢れている。一体どうなっているんだ?」

「『ジャ・アーク』だと?」

「でも。そいつらは確か、全員滅んだはずじゃ」

 

 その言葉に反応して射殺さんばかりの眼光を受けた男は黙ったが、もう一人の男はそれを正面から受け止めていた。

 

「色々と事情がありそうだな。助けて貰った例だ。飯ぐらいは驕ってやるから、そこで事情を話してやる。俺の名前は『黒田』だ」

「お、俺の名前は『中田』だ!」

「……分かった。お前達に付いて行こう」

 

 全身に生やしていた刃を収納すると。剣狼は黒田達に付いて行った。背後では、バラバラになった死体から流れ出した血が地面を濡らしていた。

 

 



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セクト・ファイターズ 1

 

 僅かなデスクとパーテーションが並ぶだけの事務所に入った黒田達は、机の上にコンビニで買った握り飯や弁当を広げながら、剣狼に事情を説明していた。

 

「また、ジャ・アークは滅ぼされたのか」

「あぁ。こうして死んだ後だから、疑問にも思えるんだが。『ジャ・アーク』の幹部が議員をやっていて、よく誰も何も言わなかったなとは思うな……」

「疑問を抱かせない様に洗脳していたんだろう」

「何?そんな事出来るのか?」

「幹部だからな。とは言え、広範囲に適用させるとなれば。疑問を抱かせない位だろうが」

 

 ウェットティッシュで口周りに付いた血を拭きながら、中田は改めて『ジャ・アーク』の幹部達の恐ろしさを知った。だが、件の組織は目の前にいる赤毛の青年『剣狼』を残して滅ぼされた。

 

「復活した幹部達を殺したのが、『新生エスポワール戦隊』のリーダー『大坊乱太郎』だ」

「それについて疑問がある。何故、奴らはお前らを襲っていたんだ? お前達は怪人でも戦闘員でも無いだろう?」

「俺達は極道だが、怪人でも何でもない」

「だったら、おかしいじゃないか。奴らが俺達と戦っていたのは、人々を守る為だろう? 何故、守るべき人々を襲っているんだ?」

 

 剣狼にとって、黒田達が『エスポワール戦隊』に襲われていた事は不可解極まりない事だった。彼らが自分達と戦っていたのは、人々を守る為であり。それに反して動く理由がまるで理解できなかった。

 

「そこが方針転換した所だ。連中は『ジャ・アーク』の幹部達を殺した後は、大量の構成員達と共に社会『悪』を駆逐し始めたんだよ」

「社会悪? なんだそれは」

「平たく言えば。犯罪者や反社会的勢力の事だな。極道はまさにその代表と言っていい」

 

 そう言って中田は自慢げに胸元の代紋を見せつけたが、剣狼にはまるで相手にされなかった。黒田は若干呆れながらも、話を続けた。

 

「今。中田が言ったような団体が『エスポワール戦隊』に攻撃されているんだ。勿論、そこには怪人も戦闘員も居ない」

「では、奴らは無抵抗の人間を嬲り殺しにしているのか?」

「抵抗はするだろうが。ヒーロー達のスーツやガジェットの前じゃチャカもドスも役に立たねぇ」

 

 黒田は胸元からドスを取り出したが、それは根元から折れていた。勿論、剣狼にも分かっていた。怪人達と互角に戦えるスーツとガジェットを持った者達がただの人間と戦えばどうなるか等、想像に容易い。

 

「それで。結局、お前達はどうして襲われていたんだ?」

「アレ? 話が伝わっていない……」

「待て。念のために確認しておきたい。お前は、人間って言うのは全部が同じようなモンだと思っていないか?」

「違うのか? そもそも、侵略する相手に興味なんて無い」

 

 これには黒田も中田も頭を抱えた。黒田は根気強く、彼に人々の善悪や犯罪を教え、人間にとって有害な人間がいる事も含めて教えた上で。ようやく、剣狼は黒田達が襲われていた理由を理解できた。

 

「ざっくり言うと。人間って言うのは『社会』の中で生きていて。それには決まりがあるんだ。でも、中には決まりを破る奴らも居る。『エスポワール戦隊』はそいつらを葬るんだ」

「お前達が掟を破る側だというのは分かった。だが、それを言うなら。人を殺すエスポワール戦隊も社会の掟を破っているんじゃないのか?」

「鋭いな。そう、アイツらも俺達と同じような犯罪者だ。でも、連中は自分達がしている事は正しいと思っているから、まるで歯止めが利かない」

「自分達も間違っているのに正しいと思っているのか?」

「身内がやるルール違反は正しい事だと思ってんだよ。ケッ、何がヒーローだ。バカバカしい」

 

 中田が忌々し気に呟いた。黒田から事情を聴いたことで、エスポワール戦隊がジャ・アークに代わる敵を見つけたという事までは理解した剣狼は少し考えた後、彼らに提案をした。

 

「そう言う事なら頼みがある。俺をお前達の仲間にしてくれ」

「何? どういうことだ……」

 

 この提案には黒田も呆気にとられたが。中田は何かを閃いたようにして、顎に手をやるジェスチャーをしてみせた。

 

「ははーん。分かったぜ? 俺達と行動してりゃ、自然とエスポワール戦隊と遭遇する機会が増える。つまり、親の敵討ちが出来るから協力したいって寸法だろう?」

「その通りだ。『ガイ・アーク』様の仇もある。それに、お前達は俺の知らないことを色々と知っているからな」

「そうか。そう言えば、お前。上司がやられているのか。確かに、俺も親っさんを殺されたなら。黙っちゃいられねぇだろうな」

 

 剣狼の言い分に甚く共感を覚えたのか、黒田は神妙に頷いた。一方、仲間に加わりたいと言ってきた彼に対して、中田は馴れ馴れしく距離を詰め始めた。

 

「お前ほどの力を持つ奴なら皆が歓迎すると思うぜ。分からないことがあったら、何でも聞いてくれよ!

「分かった。頼りにしている」

「本当に分かってんのか? それに俺達の勝手じゃできない。まず、染井の親っさんに連絡を取らねぇと」

「おっと、そうだった。今日は夜遅くだから、明日の朝に連絡するとして。お前、泊まる場所とかあるのか?」

「いや。特にないな」

「なら、今日は此処を使っていけ。明日、お前を親っさんの所に連れて行くからよ」

 

 黒田のいう事に頷き、彼はここに泊まることにした。外ではサイレンの音が鳴り響いていたが、極道である彼らの事務所に訪ねて来る者達は誰も居なかった。

 

~~

 

 エスポワール戦隊によるリンチは、知識人達には批判されど。中流以下の層からは支持を受けていた。特に貧困層に至っては自分達のフラストレーションの代行者という事で、加入を希望する者達も少なくは無かった。

 その流れは、学生運動を彷彿とさせるような。暴力を礼賛する熱狂を汲んでいる様に思えた。以前に比べて、警察官が多く詰めかける様になり。緊張感に満ちた街並みを桜井と後輩の『富良野美樹』は一緒に歩いていた。

 

「ネットやSNSのノリが現実を侵食しているみたいですね」

「別に良いんじゃない? 私達には関係ないし」

 

 何時しかスーツを装着した正式な構成員だけでなく。それらしいコスプレをした集団による活動も起き始めていた。某大手広告企業や某飲食店等。ブラック企業と名高い会社に襲撃を仕掛ける模倣犯も発生していた。

 警官や機動隊達が暴徒達を止めに行くという行為も日常の中に紛れ始めた頃、人々はやがてその異常な日々の終焉を願う事も無くなり、道路に転がる石を見る様な、何の感慨も無い目で見る様になっていた。

 

「全員! ゴム弾用意! 一人二人は死んだってかまわねぇ!!」

「離せや! 俺達は搾取階級共に復讐をしてやるんだ!! ぶっ殺してやる!」

 

 暴徒達の絶叫が響き渡り、ゲバ棒やバットでの交戦が始まる。催涙ガスが発射されては拘束されたり、連行されたりと。その様相は安保闘争時代に後退しているようにすら感じた。

 それらを繰り広げているのがヒーロー然としたコスチュームをした者達なのは、桜井にとってみれば皮肉でしかなかった。

 

「私ね。思うんですよ。ヒーローって何なのかって」

「ジャ・アークみたいな分かりやすい悪が居れば、提示しやすいんだけれどね。でも、実際はそうじゃないでしょう?」

 

 自らが悪の組織だと公言して活動する等という行為は、もはやボランティアの様な物だと考えていた。

 本当の悪というのは決して姿を現さなければ、簡単に目を付けられる様な場所にも居ない。打倒すれば、国家としての機能が麻痺するような所に根付いているし、何よりも自らの悪を公言しない。

 

「……私。昔は敵を倒したりしている姿を見て喜んでいたんですけれど。今は敵ってなんだろう? って思いますね」

「そりゃそうだ。倒そうとしている敵が怪人でも怪獣でも悪の組織でもない。私達と同じ『人間』だもの」

 

 思い返すのは、リーダーの暑苦しい笑顔。存命していた頃の仲間達と一緒に訓練を積み、平和な世界を夢見て『ジャ・アーク』と戦っていた彼の理想は、いつの間にか守るべき人達にまで矛先が向けられていた。

 

「考えれば。誰かを倒す様な存在が褒められて、重用される社会が無いのが一番なのかもしれませんね」

「そそ。ヒーローが居ない社会が一番よ」

 

 視線を向けた先。そこには、社会に蔓延る悪や自らを害する存在を倒して『ヒーロー』になろうと躍起になっている者達が居た。そんな彼らに憐憫を感じながら、それらを避ける様にして日常へと避難していった。

 

「あ。今日はブロッコリーが安いから。クリームシチューにしますね」

「え!? ブロッコリーは入れなくても良いんじゃない?」

「好き嫌いはしちゃ駄目ですよ!」

 

~~

 

 郊外にある施設。その部屋の光景は異様とも言えた。その部屋に居座っている者達は同じ装いをして、その中央に座する人間を崇める様にして囲んでいた。

 

「皆さん。この世は穢れています。競争と過剰消費を煽る社会は、私達の心に妬み嫉みを生み出し、罪業を累積させます」

「ああ! 教祖『ヘンプラー』様! どうすれば、その様な過酷な環境から抜け出せるのですか!」

 

 彼を囲んでいた者達の中から一人。中年の女性が、中央に立っていた男性の前に躍り出た。感情が昂ぶり過ぎて涙が浮かんでいたが、男性は優しく声を掛けた。

 

「人々を苦しみから救うために、私は地上に降り立ちました。貴方達は、その身を地上に縛り付ける物全てを捨て去る必要があります」

「それは一体?」

「富です。積み上げて来た物に執心すれば、する程。その心は醜く意固地になって行きます。それら全てをこのハト教にお納めください」

 

 ヘンプラーと呼ばれた男の話術は、その場にいた人間達の心に染み渡る様な不思議な抑揚を持っていた。中には、涙を流す者達まで現れた。

 

「教祖様! 貴方のおかげで、私は醜い派閥争いから解脱することが出来ました! もう過程で怒鳴り散らす事もありません!」

「教祖様! 私もあなたが起こしてくれた天罰のおかげで、醜い母も死に。自由を手に入れることが出来ました!」

 

 教祖と呼ばれた男の演説に聞き入り、信徒達は賞賛と共に財布の中身や札束を寄付していく。教祖の所作を一斉に真似ている所で、その入り口は乱暴に開かれた。

 

「カルト教団『ハト教』の教祖。鈴木だな?」

「何ですか。貴方達は!?」

「公安からもマークされている教団。……失踪者と被害報告が絶えないって」

「だから、俺達が制裁に来たって訳さ! オラ! やっちまえ!」

「み、皆さん! 私を守りなさい!!」

 

 信者達が押し入って来た大坊達を留めようとするが、まるで何の意味もなさず。その肉の壁は切り裂かれ、引き裂かれ。モーゼの大会の様に開かれた先に居た教祖の元へと、大坊達は歩み寄っていく。

 

「ひぃいいいいいいい!!」

「お前。教祖なんだってなぁ? 良かった、これで真の解脱が出来るぞ!!」

「だ、誰か! 私を助けなさい!」

 

 大坊達の脅威を前に信者達は呆然とするばかりで動き出そうとする者達は誰も居なかった。そうしている内に、ヘンプラーの頭は掴まれて万力の様な力で締めあげられた後。軽い破裂音と共に、その頭は柘榴のように散った。

 その場に居た者達が戸惑っている中。大坊は彼らを勇気づける様にして、明るい声色で話し始めた。

 

「皆は教祖に騙されていたんだ。彼らは人々から金銭をだまし取り、姦淫により多数の被害も出ていたが。もう大丈夫だ。君達はもう自由なんだ」

「……」

 

 大坊が座っていた信徒達にそう諭すが、彼らは微動だにせず。やがて動き出したかと思えば、先程までやっていた教祖の動きを真似し始めた。

 

「皆。教祖様はこの試練を通して、真の神になられる段階を歩み始めたのよ!」

「そうだ! 教祖様は復活する!!」

 

 目の前に散らばった金銭に目もくれず、彼らは一心不乱に教祖の動きを繰返す。その光景を見た大坊はマスクの下で不快を顕にし、声を荒げた。

 

「何をやっているんだ!? お前達は騙されていたんだ!! 金銭を取られ、社会的地位も奪われ、不幸にされていたんだぞ!!」

「いえ、不幸ではありません。我々は気付いたのです。富や社会が何よりも我々を縛っていたことを」

「貴方も正しさと富に囚われています。私達と同じく徳を積みましょう。そして、教祖様の復活を願いましょう」

 

 彼らはまるでエスポワール戦隊の活動に興味が無いようにして、自らの使命に没頭していた。反対も賛成もされず、自分達の存在が歯牙にもかけられない事に尚憤りを覚えていた。

 

「ふざけるな!! お前達は騙されていたんだ! 目を覚ませ! そして、皆が過ごす社会の中に帰るんだ!!」

「ボス。次の仕事が待っている」

「そんなまやかしの理想に騙されるな!! お前達には帰るべき日常があるだろう! どうして目を覚まさないんだ!!」

 

 興奮する大坊を七海が引き留める。しかし、尚も彼は叫び続け、次第にその言葉は罵詈雑言へと変わっていったが、信徒達は修行を繰返していた。



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セクト・ファイターズ 2

 改稿どころかシナリオの書き直しクラスに色々と変えているので、時間が掛かっていますね。
 所で、マスターデュエルのワンリミフェスや、パワプロアプリで呪術コラボって面白いですよね。


 

  社会悪を裁く行為として繰り広げられる無法は民間人にも被害を出したが、その報復を恐れ、多くの者達は泣き寝入りを強いられた。そして、被害に遭っておらず憤りを持て余したメンバー達による模倣犯が、皇各国で起きていた。

 

「ヒャッハー!! ぶっ殺せ!! 悪は皆殺しだ!!」

 

 そのリンチのターゲットも徐々に変わりつつあった。最初の内は反社会団体がメインであったが、徐々に転売屋、いじめの主犯格、パワハラを行って来る上司等。身近な存在へとシフトしていった。

 

「先輩。アレ」

「こうも毎日正義の活動が続いていたら、嫌になるわ」

 

 買い物に来ている桜井達の目の前でも発生していた事だった。明らかに『皇』の公用語ではない悲鳴を上げながら、同一商品を大量に詰めた袋を持っている男性達が襲撃されていた。一方的な暴力に晒されている彼らは片言ながらも周囲に助けを求めていた。

 

「タスケテ!」

「ちゃんと『皇』の発音で喋りやがれ!」

 

 あくまで模倣犯であるため。加害者達はコスプレこそしている物の、手にしているのはバットや角材などの通常の凶器であった。それでも数で囲まれれば、暴力に晒される側はどうしようもない。

 

「先輩。放っておいて良いんですか?」

「良いのよ。私達は関係のない善良な市民なんだから。周りの人達だって見て見ぬふりをしている」

 

 周囲の人々も動画撮影などはしているが、誰も通報する気は無さそうだった。肉を叩く音と小さくなっていく悲鳴から逃げる様にして、その場を去ろうとした桜井だったが、富良野がその場で立ち止まった。

 

「せめて。通報だけさせてください」

「分かった。皆に見られないようにね」

 

 物陰に隠れて通報してから十分程経った後、サイレンの音が聞こえて来た。その音に怯えて逃げ出す様に、コスプレ暴行集団と野次馬達が去って行った。パトカーのすぐ後に救急車も来て、被害者達が運ばれて行く様子を見ながら、彼女達は思う。

 

「平和とか。悪とか。ヒーローって何なんでしょうね?」

「さぁね。ただ、私達の青春は鬱憤晴らしの免罪符になった。それだけよ」

 

 運ばれて行く男性達は、瀕死の重体を負わなければならない程の罪を犯していたのか? そして、何故自分達と同じような疑問を浮かべる者達が、あの野次馬達の中に居なかったのか。

 

「そりゃ、転売は腹が立つ行為かもしれません。欲しい物が手に入らなくなるかもしれませんが、法律で罰せられる事ではないんでしょう? だったら、私達が勝手に裁いても良いんでしょうか?」

「それが、今の『エスポワール戦隊』が描いた。或いは人々が望んだヒーローの形なのかもしれないわね」

「……この先。転売だけじゃ無くて、本当にちょっとした。些細な違いや、不満を持たれるような行為をしただけ制裁を食らう社会が来るのかな」

「大丈夫。何があっても、貴方だけは守るから」

 

 キュッと。不安げな彼女を励ます様にして、その手を強く握りながら。桜井達も同じようにその場を離れていった。

 かつて沢山の人達を守った彼女に待ち受けていた現実は、守ったはずの人々同士が傷つけ合う世界だった。故に、彼女はかつての青春を置き去りにする他なかった。今も彷徨い続けている一人を残して。

 

~~

 

 彼にとって、それは既に何度目になるかも分からない襲撃だった。その恐怖に耐えきれなかった者達は我先にと逃げ出したが、誰一人として逃げきれなかった。

 しかし、その日は違っていた。広域暴力団の組長が惨殺された家宅にて、子供を庇う様にして女性が立ちはだかっていた。彼女は毅然とした表情で大坊達を睨みつけていた。

 

「アンタが。例のヒーロー共か」

「流石に俺の名前も知れ渡っているようだな。何で俺が来たかも分かるだろう?」

 

 組長の死体を挟みながら互いに睨み合っていた。レッドソードに付着していた血液は、刀身から発せられた炎で蒸発したが、部屋内には血生臭さが漂っている。

 

「アンタの言う通り。この人は大勢の人間を泣かして来た。殺されても仕方が無いとは思うが。どうして、アンタはこんなことを繰返す?」

「決まっている。俺はヒーローだ。悪を倒すのが役目だ。人々を泣かす者達の存在を許さない! 皆が笑顔になれる世界を目指している!」

「(……笑顔)」

 

 七海が思い浮かんだのは、リンチに参加する人々の表情だった。その顔は綻び、口角は釣り上がり、まるで野獣の様に歓喜を漏らしていた。

 想起した表情が、かつて自分の父親だった男の嗜虐に満ちた物と被り、精神状態が揺らぎそうになるが、スーツに搭載された安定剤が打ち込まれ、直ぐに平静に戻った。

 

「じゃあ。私とこの子の笑顔は誰が守ってくれるんだい? 誰がこの涙を止めてくれるんだい?」

 

 毅然としていた彼女であったが、瞳の端には一筋の涙が浮かんでいた。そして、彼女の背後に隠れていた少年は身を乗り出して叫んでいた。

 

「人殺し! 僕のパパは、強くて、格好良くて、優しい……パパだったんだぞ! 何で殺したんだよ!!」

 

 涙声にであらん限りの感情をぶちまけていたが、大坊はその訴えが心底理解できないと言った様子で首をかしげながら、諭すようにして答えた。

 

「それは君のパパが悪い人だったからだ。貴方達はそうなってはいけない。これからは真面目で優しい人間になるんだ」

「お断りだね。私のと言う存在はあの人と一緒にあるんだ。覚悟を!」

「馬鹿な真似を!!」

 

 着物の帯から取り出したドスを構えて、大坊へと突進したが、肉体へと突き刺さる所か、スーツを切り裂くにも至らなかった。彼女の首を掴み電流を流し込むと、その場で崩れ落ちた。

 

「おかあさーん!!」

「大丈夫。死んではいないさ。君達二人は真っ当な人間に戻ってくれ」

 

 倒れた女性は気絶こそしているが、脈もあれば呼吸もしていた。父親を殺した相手は憎いが、もしも歯向かえば母まで失ってしまう。

 これ以上は、手を出させまいと身を挺す彼を見ながら、大坊は背後に控えていた構成員達に声を掛けた。

 

「撤収だ。始末する奴は始末した」

「了解!」

 

 組長宅から様々な資料等を押収した彼らは、警察や救急車が駆けつけて来る前に去って行った。残された少年は涙を流しながら、母親の目覚めを待っていた。

 

~~

 

 エスポワール戦隊協力者の隠れ家。大坊は達成したミッションにチェックを入れていた。隣で見ていた七海は質問をする。

 

「リーダー。私達は何のために戦っているの?」

「さっきも言っただろう。皆の笑顔を守る為さ。俺達が活動してから、沢山の人達が笑顔になった」

「でも、沢山の人達を泣かせている。彼らの笑顔は守らなくても良いの?」

 

 先に押し入った襲撃で、母子2人の涙を思うと。七海は自らの心がざわついた。大坊は軽く笑いながら。子供に言い聞かす様に優しい声色で、彼女の問いかけに答えた。

 

「人を泣かして来た人達が笑顔になったら、泣かされてきた人達が納得しないだろう?」

「じゃあ。沢山の人達を泣かして来た私達は?」

「俺達は良いんだ。何故なら、最初に誰かを泣かせて来た奴らを倒しているんだからな」

「じゃあ」

 

 私達が最初に泣かせた『誰か』の笑顔はどうなる? と言いかけて。七海は口を噤んだ。何を言っても似たような答えしか返って来ない気がしたからだ。

 即ち、自分達が抱いている考えが間違っている事を指摘して欲しいという願望の表われであったが、何故そのような考えが浮かんだかは彼女にも分からなかった。

 

「これからも俺達は戦い続けなければいけない。それだけ、この国には人々の笑顔を奪う奴らが居るからな!!」

 

 意気揚々と宣いながら、大坊は七海の頭に手を乗せて乱暴に撫でた。

 テレビに流れていたドラマでは、役者達が目尻と口角を上げて表情を作っていたが。そこに浮かんだものが何と呼べば良いか分からないまま、彼女は撫でられ続けていた。

 



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セクト・ファイターズ 3

 

 閑静な住宅街。そこに住まう人々は頭を悩ましていた。多くの者達は学区も同じで、家族ぐるみで良好な関係を築いている者達も多くいる中。ただ一つ、明確な異物が存在していた。

 早朝にも関わらず大音量で音楽を流しながら、家はゴミが溢れ返り、異臭を放っていた。家主である老人もまた、汚らしい恰好で叫び声を上げながら汚物を周囲の家へと投げつけていた。

 

「この集団ストーカー共め! 私はお前らに負けないぞ!!」

 

 これは恒常的に続いており、警察からも注意を受けているが、一向に改善する兆しも見えず、家族へ危害を加えられることを恐れて、引っ越す者達も居た。

 周辺住民は恐怖に耐える日々を送っていたが、終わりは唐突に訪れた。普段は見ないバンが現れたかと思うと、表に出て奇声を上げていた老人を跳ね飛ばした。車の中から出て来た者達は、老人に猿轡を噛ませて手錠をかけて拘束した。

 

「なんじゃ、お前らは!!」

「黙れよ、老害」

 

 その頭を掴んで地面に数度打ち付けると、グッタリして動かなくなった。拘束した老人と共に車中に戻り、発進させようとした所で、助手席にいた男が半身を乗り出させながら言った。

 

「俺達はエスポワール戦隊の同志だ! 皆! 安心してくれ。この老人は二度と姿を現すことは無い! 俺達がキッチリとカタを付ける!」

 

 彼らは去って行った。住民達が恐る恐る、外へ出ると。アスファルトに血の跡が見つかった。老人の身を案じ、警察に通報しようとした者達も居たが。

 

「よそう。折角、排除してくれたんだ。誰もあんな奴に戻って来て欲しくないだろう?」

「そうね。警察も碌に対処してくれなかったし」

 

 人権や法律によって守られていた怪物を排除したのは、紛うこと無き暴力であったが、彼らが守りたいのは社会的な秩序ではなく自らの暮らしであった。

 住民達は安堵の溜息を吐き、子供達を外で遊ばせることが出来るようになったことを喜んでいた。老人が戻ってくることは二度となかった。

 

~~

 

 構成員、あるいは自分達に感化された有志達により悪が駆除される報告が上がるにつれ、人々は称賛の声を上げ、大坊は満悦の表情を浮かべていた。

 誰もが自分達に賛同してくれている。誰もが自分達を敬っていると思うと、自尊心が満たされて行く。満たされて行く快感が堪らない。更なる賛同と賞賛の為に、幾らでも活動できるような気もした。

 

「迷惑老人の排除。転売屋の制裁。パワハラ上司への報復。どうして唐沢司令がこれらを俺達に命じなかったのか。理解に苦しむ」

 

 当初は批判の声も溢れていたが、それらの内幾つかは同一拠点からの大量発信だった事が判明し、即座に制裁を行ってからは批判の声は殆ど聞かなくなった。

 耳に届くのは心地よい称賛のみ。その陶酔感に浸っていると、いつの間にか傍に七海が来ていた。

 

「リーダー。耳に入れておきたい情報が」

「何だ?」

「以前に私達が行った『ハト教』についてだけれど。未だに人々が去らないで、活動を続けている」

「解散したんじゃないのか。それは気になるな」

 

 教祖や幹部達は概ね抹殺し、その後も何の意味もなさない慣習を続けていた。無意味さから解散するかと思っていたが、予想は裏切られ未だに件の教団は残っているというのは気掛かりでもあった。

 

「どうする?」

「様子を見に行く。場合によってはもう一度壊滅させてやる。俺達と対峙した相手が復活することがあってはならないからな」

 

 彼は即座に立ち上がった。悪の復活を何よりも憎む彼としては、教が復活したというのならもう一度叩き潰さねばならぬという使命に駆られていた。七海も静かに頷き、彼の後を付いて行った。

 

~~

 

 訪れた彼らが見たのは、新たな教祖を立てて復活した邪教では無かった。

 ハト教は寄進と姦淫を是とするとカルト教団であったが、今ではそんな様子も見当たらず、信者達の衣装こそは変わっていない物の、敷地内で田畑を耕し、内職に励んだりと言う牧歌的な生活が送られていた。

 その光景を一通り見て回り、以前。教祖が集会を開いていた一際大きな建物に入ると、一人の青年が複数の人間に指示を飛ばしており、彼は大坊達を発見すると、穏やかに微笑んだ。

 

「おや。貴方達は…」

「お前達は何故、ここでの生活を続ける? もう教祖達もいなくなった。お前達をここに引き留める物は何もないんだ」

「違います。教祖様は死んだことで、本当に神になられたのです。そして、ここの生活は本当に穏やかだ」

「何故だ? 残して来た家族は? 生活は? 将来はどうするつもりなんだ。俺達が必死に守って来た日常に帰るつもりはないのか?」

 

 悪事を働いている様子こそは見えなかったが、何故、彼らが今までの暮らしに帰らないのかという事については、大坊も不気味に思っていた。彼の質問に対して、青年は穏やかな笑顔で答えた。

 

「必死に守って来た日常。……なるほど、その装い。何処かで見たことがあると思ったら『エスポワール戦隊』の方ですね」

「そうだ。お前達はカルト教団に洗脳されていたんだ。俺はそれを解放した。なのに、どうしてこんな生活を続ける?」

「では、逆にお聞きしたい。あなた方が守って来た日常や皆の世界はそんなに素晴らしい物でしたか?」

 

 大坊は言葉に詰まった。仲間達と一緒にジャ・アークを倒そうとも、それらの出来事は人々にとって対岸の火事だった。

 自分達が平和にしたと思った後でも。悲劇も事件も無くなることの無い世界。挙句、用が済んだら放り出される。それが素晴らしいかと言われれば、答える事は出来なかった。代わりに傍にいた七海が答えた。

 

「では、今の貴方にとっては。このハト教の跡地での生活は理想的だと?」

「はい。この場所には便利な物はありません。しかし、富を稼ぐ必要も無ければ、誰かに憤る必要もありません。果たすべき義務は生きる事に必要な事だけ。こんなに穏やかな気持ちでいられたことは滅多にありません」

「そこまで言い切るか」

 

 当初は自分の意見に従わせるつもりで強気な語調で喋っていた大坊も、余りに涼やかに対応する青年を見て心が揺らいでいた。称賛も富も集めているハズの自分よりも、どうしてこのように満たされているのかと。

 

「差し出がましい事を言いますが。私には貴方が哀れな様に思えます。悪を倒す事に駆られ続ける日々。それでは何時までも誰かを憎み続けなければならない」

「この世に蔓延る悪を根絶する事こそ俺の存在理由だ。こんな何もない所で、社会から孤立しているお前達こそが哀れだ」

 

 ジャ・アークを倒し続けて来た頃から、ずっと変わらないスタンスだった。そして、皆はその怒りに同調して各地で『エスポワール戦隊』と名乗る者達が個人的なリンチを加えて、邪魔者達も排除してくれている。

 つまり。今、自分が抱えている物は、皆も同調してくれる正しい物であり、それを否定された彼は怒りからガジェットを取ろうとした。

 

「ならば、一度。我々と一緒にここの生活をしてみませんか?」

「何?」

「もしも、貴方の言う事が本当に正しいのなら。我々の考えは直ぐに変わってしまうでしょう。何故なら、ここに居る者達は誰もが教祖様に惑わされた者達なのですから」

「リーダー。どうする?」

 

 青年からの提案は大坊としても考える物であった。彼らは一度教祖に騙された者達。つまり、感化されやすい者達とも考える事が出来た。

 ならば、この考えが正しいと信じている自分にもすぐに協調してくれるはずだ。既に多くの人々が賛同してくれているのだから。確信にも近い自信を抱きながら、彼はガジェットを収納した。

 

「良いだろう。俺がお前達の考えを変えてやる。その時は、俺達が守った日常に帰るんだ」

「はい。そうなった時には喜んで! まず、この集落で暮らすルールをお教えします。あ、私の名前は橘と申します。これからよろしくお願いします」

 

 二人は橘に案内されてこの集落のルールを教えて貰いつつ、住民達に挨拶をしながら集落を回った。擦れ違う住民達からは持て囃される事も怯えられる事も無く、穏やかな挨拶を交わされるばかりで、大坊は不思議と懐かしい気分に駆られた。

 



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Pastoral Days

 

 ハト教での生活は穏やかな物だった。自然に囲まれたこの場所では、外の情報に惑わされない為にスマホなどの持ち込みは禁止されており、唯一持ち込めるのは小説位であった。

 食糧や衣服も自給自足であり、文明の恩恵を受けられない前時代的な場所であったが、不思議な事に大坊の心は落ち着いていた。

 

「リーダー。今日の分の洗濯を終えた…」

「こっちも薪割りを終えた。ちょっと歩こうか」

 

 ハト教での1日の仕事を終えた大坊達は、敷地内を歩いていた。情報化社会から切り離された状況に、当初は何度もその不便さを訴えたが、改善される事はなかった。生活に順応していくと、不思議な事に。不便さが気にならなくなって来た。

 

「涼しくて気持ち良い…」

「エアコンも何も無いけれど、意外と熱中症とかにならなくても済むもんだ」

 

 エアコンも無ければ、コンビニもなく、不満を解消する手段もない。だが、抱いた不満に耐えられないと言うことは無い。日が落ちれば涼しい風も吹き、食事も質素な物でも時間を掛けて食べれば、意外と満腹感も得られる。

 だが、それ以上に大坊に大きな変化が起きていたことを、一緒に歩いていた七海は知っていた。

 

「最近のリーダー。怒ることが少なくなったよ」

「そうか?」

「何時もスマホや新聞を見ては怒っていたから。今の方が一緒に居て楽しい」

 

 七海に言われてから、彼は来たばかりの頃を思い出した。情報が得られなくなった当初は焦りもした。誰かが困っていないだろうか、誰かが悪事を働いていないだろうか、誰かが悲鳴を上げていないだろうか、誰かが誰かを傷付ける様な言葉を発していないだろうか。誰かが不幸になっていないだろうか。

 外の世界に居た時は蔓延する悪意と敵意に対して憤慨していた為、常時怒りに満ちていた。今の彼にはそれらを得る手段が無く、また得ようとも思わなかった。

 

「リーダーは楽しい?」

「分からない。ただ、俺が子供だった頃に、田舎のおばあちゃん家に行った頃みたいな感じはしたよ」

「それは楽しかったの?」

「……楽しかった」

 

 思い返せば、話し相手は学校の友達と両親位しかなく。ネットも黎明期で、意見交換の場は掲示板しかなく。それもアングラ性が強かった為、大坊が使用できる物でもなく、自然と距離が取られていた。

 もしも、あの頃から時代が進まなかったら。自分は人の悪意や悪行等も知らずに、血で血を洗う活動を繰り広げなくても良かったのではないか。と夢想した所で、不意に掛けられた声で現実に引き戻された。

 

「おや。大坊さん。七海ちゃん。散歩ですか?」

「うん。橘さんも?」

「はい。良いですよね。この辺りは自然が多くて、1日たりとも同じ光景が無い。毎日が新しい物が発見できます」

「俺も嫌いじゃないよ。こうして、のんびり、穏やかに時間が過ぎて行くのも悪くない物だ」

 

 その言葉に橘も七海も微笑んでいた。彼らを引き戻そうと捲し立てていた頃の彼を知っていれば、如何にこの生活に馴染み穏やかになったことが分かる発言でもあったからだ。

 

「それは良かった。私も誘った甲斐があります。ここに来た頃と比べて、随分と顔も優しくなりましたし」

「私もそう思う」

「皆が言うんなら、そうなんだろうな」

「はい。教祖様が言っていたことは、我々から搾取する為の詭弁や綺麗事もあったのでしょうが。今は、そこに恣意的な欲望を入れる必要もありませんから」

 

 実際、教祖の言う事は全てがホラ吹きという訳では無く。むしろ、信徒達を納得させる上ではある程度の道理は通っていた。最も、それを声高に話していた彼自身は富に囚われていた俗物であったが。

 しかし、同時に疑問でもあった。何故、橘はこの生活を維持することに尽力しているのかと。この様な能力があれば、外でもやって行けるのでは無いのかと思った。

 

「橘さん。アンタはどうして、ここに来たんだ?」

「私ですか? そうですね。こう言っては何ですが、逃げたかったんですよ。富からも、義務からも、競争からも」

「何かあったの?」

「お恥ずかしながら。ここに来る前の私は上司から虐げられ、部下を虐げる人間の屑でした。出世しなければ、金を稼がなければと思っていた生活は物には溢れていましたが、とても貧しかったと思います」

 

 その言葉に大坊が反応しそうになったが、直ぐに手を振り上げる様な真似はしなかった。怒りよりも先に優先したい感情があった。

 

「それだけのことが出来るって事は、アンタはそれなりに有能だったんだろうな」

「ハハッ。有能だなんて、そんな。現にこうしてハト教に入信していた位ですから。とてもではありませんが」

「でも、こうして今では皆を牽引している。ひょっとして、信者の時も教祖に騙されていた自覚はあったんじゃ?」

「それはあんまりなかったですね。そもそも、以前の私も社会や企業が打ち出す理想に騙されていた様な物ですから」

「何となく。分かる気がするな…」

 

 社会、常識、格差。例え衣食住が満たされ、あるいは最低限の物を持っていたとしても。貧困を強調されるのは、競争社会故の宿命だろうと考えた。

 

「思うに我々は常に欲望を煽られ、走らされ続けた。この集落を思い返して下さい。最新のファッションも無ければ便利な家電もない。だけれど、生活が出来ている」

「ここにある物で十分って事だな」

「まぁ。そう言えるのは、若くて健康な内だけだと思いますがね」

「確かにな」

 

 その疑問は大坊も常々考えていた物であった。怪我や病気を患った時、救急車を呼んだりしても保険が使えるのか等の疑問は尽きぬところであった。

 社会の便利さと煩わしさから離れるという事は、翻ってそれらの恩恵を受けられなくなる事でもある。

 

「それでも。生きている時間を憎悪と欲望に駆り立てられるよりかは、ずっと有意義だと思います。こうして他愛ない話をしている時間のようにね」

 

 以前は少しでも雑談に興じている暇があれば情報収集か、仕事をするだけだったというのに。それらを鑑みれば、信じられない程に無駄な事に時間を使っている。されど、それは心を焦燥感等に囚われない様にするためには必要な事にも思えた。

 

「そうだな。俺もこの時間の事を結構気に入っているよ」

「では。私はこの辺で。大坊さん、何時も薪割りや力仕事をありがとうございます。七海ちゃん、子供達のお世話をありがとう。皆、君にとっても懐いているよ」

 

 最後に謝辞の言葉を述べて、橘は去って行った。その顔にはは二人が暫く見ることが無かった表情が浮かんでいた。

 

「リーダー。あの人の笑顔はちょっと違うね」

「アレが本当の笑顔なんだよ。憎悪に駆られていない…」

 

 自分がヒーローになり始めた頃に目指していた何かを思い出しそうになったが、言葉にすることは出来なかった。虫の鳴き声だけをBGMにして、気持ちの良い風を浴びながら二人で歩いていた。

 

~~

 

 大坊達がハト教の敷地内で穏やかな生活を送っている間。変化していく彼の感情を汲むことなど出来るはずもなく、エスポワール戦隊構成員達は自らが抱える不満の解消に対して正直に行動していた。

 人々を脅かす『悪』の排除。その適用範囲は徐々に広がりつつあり、犯罪者はもちろん。学校や教育施設などに居る『いじめっ子』等の存在。或いは、会社等に存在するパワハラやブラック労働を強制する上司。そう言った者達に対する制裁は靄は制動の利かないレベルに達していた。

 

「世界には悪が溢れているぞ!俺達の戦いに終わりはない!!」

「そうだ! 俺達はエスポワール戦隊なんだ!!」

 

 勿論、その無法に対して警察や自衛隊も出動して暴徒達が何人も逮捕されていたが。彼らを煽動するエスポワール戦隊の正式な構成員達は未だに捕まえられずにいた。

 と言うのも、前時代的な装備ではヒーローガジェットを装備した構成員を捕獲するにはあまりにも力不足だった。ここに来て『皇』が武力を持たないという文言が、自身の首を絞めつけていた。

 

「駄目だ。これ以上、自衛隊員や警察官。そして、一般市民に被害を出す訳にはいかない。次世代スーツの配備は出来ないのか?」

「駄目です。諸外国の反応はもちろん、国内の嫌ヒーロー感情。更には、野党の議員が中心に殺されている事もあって。彼らは与党の手先と考えている者達も少なくはありません」

 

 予算削減の槍玉として『ヒーロー支援金』の削除を謳っていた議員の多くが粛清されたこともあり、世間では彼らの行動は与党議員によって操作されているという陰謀論が罷り通っていた。無論、ヒーロー達の活動の被害は与党にも出ているのだが。そんな事を一般市民や被害に遭った者達の縁者が理解する訳も無かった。

 

「どうした物か」

 

 対立勢力が排除される事は必ずしも喜ばしいという訳ではなく。『皇』の治安が乱されている以上、それに対処せずにいては彼らの手腕が疑われる。答えの出ない問いに対して頭を突き合わせていると、不意に会議室の扉が開いた。

 そこにいたのは皇の人間では無かった。それ所か、人間ですらなかった。黒いコートを羽織り、その頭部は白銀のシャレコウベであり、黒く窪んだ眼窩には青白い光が伴っていた。

 

「皇の中心人物達が。雁首揃えて困っているじゃないか」

「だ、誰だ!?」

「俺の名前は『フェルナンド』。南米で麻薬組織のトップをやっている。そして、お前達がかつて『ジャ・アーク』と呼んでいた組織の幹部『ガイ・アーク』の部下だった男だ」

「何だと。という事は、まさか私達を!」

 

 周囲のSP達が一斉に構えたが、フェルナンドは危害を加えるつもりはない。と言わんばかりに両手を上げていた。

 

「慌てるなよ。今の所、俺達の敵は一緒な筈だ。法律と平和憲法で雁字搦めにされて、『エスポワール戦隊』に対抗できなくて困っているんだろう?」

「だからと言って。貴様らのような犯罪組織に用はない!」

 

 それは清廉潔白さを訴えるというよりも。術数権謀が渦巻く政治の世界で生きて来た者達にとって、反社会組織に借りを作ることがどれだけのリスクを負う事かという事が分かっていた故の一喝だった。

 

「じゃあ。アンタらはあのエスポワール戦隊に対抗できんのか? コスプレ野郎共は未だしも。正式な構成員や上級構成員達には、警察や自衛隊の装備じゃとても歯が立たないだろ?」

 

 動揺を見せまいと議員は押し黙ったが、それが暗に肯定を意味しているという事に他ならない。その反応を見たフェルナンドは、くぐもった笑い声を上げた。

 

「皮肉なもんだよな。自分達を脅かす存在を撃退する為に作った組織が、今度は矛先を自分達に向けているんだからよ」

「こんなはずじゃなかった。我々は彼らに恩給を与えて、このまま飼いならすつもりだったと言うのに……」

「それだけの恩恵を預かるのにふさわしい活躍をしたのにな。何も知らない民衆は無責任で無恥な善意に溢れてやがる」

 

 そう言いながら、フェルナンドはコートの下からケースを取り出した。それを机の上に置き、SP達に向けて開けるように促した。その中に入っていた物を見て、議員達は息を呑んだ。

 

「こ、これは」

「変身ガジェットだよ」

 

 それはエスポワール戦隊が使っていた物より小型であり、腰に巻く物ではなく、腕に巻いて使う物だという事が予想出来た。

 

「馬鹿な。海外に技術流出をさせる様な真似は……」

「これは俺達が開発した物だ。なんせ、俺達のボスは『ガイ・アーク』様だったからな。戦闘員を作る技術を応用したんだよ」

「これを私達に見せた。という事は…」

「自分達じゃ生産する訳にはいかないんだろ? だったら、俺達がこれを流してやるよ」

「だ、だが。我々がこれを使う訳にはいかない」

 

 ヒーローに対抗できるかもしれないが、国の司法や軍がこれらを使えば。結局、自分達が開発して使うのと何ら変わりない。

 

「アンタらに頼みたいのは、伝手を紹介して欲しいんだよ。ヒーロー共に壊滅させられた反社会勢力。アンタらがお知合いじゃない訳がないだろ?」

 

 フェルナンドの指摘は図星でもあり、誰もが言わずにいたが。正攻法では、ヒーロー達は止められない。ならば、毒を以て毒を制する、彼の提案は幾らか魅力的な物の様にも思えた。しかし、腑に落ちないことがあった。

 

「お前の目的は何だ?」

「それもあるが。一番の目的は『復讐』だよ。俺からボスと妻を奪った『ヒーロー』に対するな」

 

 今までの飄々としていた声は鳴りを潜め、地獄の底から響く様な声色に議員達は身震いした。議員達は顔を見合わせながら、フェルナンドを含めて、この緊急事態に対する悪魔の提案を承諾するかを議論し始めた。

 

~~

 

 大坊と七海は教団の生活に溶け込んでいた。穏やかで緩慢な時が流れる中での生活を経て、何時しか彼らの表情からは険が消えていた。

 

「リーダー。スイカを取って来てだってさ」

「はいよ」

「大坊の兄ちゃん! お願いねー!」

「おぅ。あっと言う間に取って来てやるからな」

 

 大きなあくびをした後。川で冷やしているスイカを取りに行く為に腰を上げた。子供達から急かされたので、軽いジョークを交えて応えながら。教えて貰った場所へと向かう。

 

「……あ」

 

 件の場所へと向かうと、顔周りに痣を作っている少女が居た。彼女は冷やしていたスイカを割って一心不乱に貪っていたが、大坊達の方を見ると怯えた様に距離を取った。そんな彼女に彼は優しく声を掛けた。

 

「別に食っていても良いよ」

「え?」

「流された事にしておくから」

 

 スイカの方へと近付くと。大坊は少女を観察した。同年代の少女よりも明らかに痩せこけており、シャツの隙間からは火傷痕や青痣が見えた。

 誰がこんな酷いことをしたか分からないが、久しく忘れていた感情が湧き上がった。大坊の表情が豹変したのを見て、七海が声を上げた。

 

「良かったら一緒について来る?」

「……うん」

 

 見れば、彼女は素足であり、歩いた小石の上には血の跡が付いていた。それを見た七海が自らの靴を差し出した。

 

「コレ。使って」

「いいの?」

 

 少し戸惑いながら、七海から渡された靴を履いた。その場を去ろうとした所で、こちらに駆け寄って来る人間がいる事に気付いた。遠目から見ても、ハト教の人間ではないことが分かった。

 

「佳織。アンタ、何逃げてんのよ」

「親御さんですか? だったら、話が聞きたいんですけれど。なんで、この子はこんな傷だらけなんですか?」

「カオリは少し鈍臭いんです。ですから、よく転んだり怪我をする事が多くてね。少しでも健康に体を動かす楽しさを知って欲しくて、自然の多い場所に来ていたんですよ」

「その割には煙草を押し付けた跡の様な物もあったんですが。それに彼女は痩せすぎている。ご飯、ちゃんと食べさせていますか?」

 

 七海にアイコンタクトを取ると。彼女は佳織と呼ばれた少女を連れて、急いで去っていた。母親と思しき女性は、忌々しく彼のことを睨みつけていた。

 

「どういうつもりですか? 誘拐ですか? 警察呼びますよ?」

「呼べよ。アンタも聴取を受けるだろうがな」

 

 大坊が女性を詰問していると、少し離れた場所から人相の悪い男がやって来た。彼は咥えていた煙草をポイ捨てして踏み消した。

 

「おい、何だソイツ?」

「コイツちょっと頭がおかしいのよ。佳織を出せって言ったら、訳の分からない事を言って来てね…」

「何? 誘拐犯って訳? 困るなぁ、そう言うの」

 

 男は近寄って来ると、何の警告もなく彼の顔面に殴り掛かったが、容易くそれは受け止められた。同時に大坊の額に青筋が浮かび上がり、その目は獲物を狙う獰猛な狩人のそれに変貌していた。

 

「俺。話し合いがしたいんだけれどなぁ」

「テメェ、離せや!!」

 

 言われた通り。その拳を離すと、男は近くにあった石を拾い上げて、殴り掛かって来た。その攻撃にいよいよ殺意を感じ取ると、ガジェットが反応して大坊の体を包み込んだ。

 黒色のスーツが彼を包み込み、久方に起動したスーツ内の機能は瞬く間に、彼に戦場の勘を取り戻させていた

 

「……俺の正体を知ったな?」

「コイツ! ニュースに出ていた…」

 

 『ブラック』へと変身した彼が繰り出した正拳は、驚嘆していた男の頭部を打ち砕いていた。内容物が周囲に飛び散り、体が崩れ落ちるのを見ていた女は悲鳴を上げて、腰を抜かしていた。

 

「ア、アンタ! こんなことが赦されるとでも思っているの!?」

「先にやって来たのは、そっちだろ? それを言うなら、アンタらがあの子にして来た事についてはどうなんだ」

「佳織の事……? 私、変な事は何もしていない! 私だって、親からそうやって育てられたのよ! だから、そうやって育てるのが正しいんでしょう!?」

 

 振り上げた拳が一瞬止まった。目の前に居るのは、子供を虐待する悪人ではないのか? 倒さなければならない敵ではないのか? ただ、環境が生み出した被害者と加害者の側面を併せ持つだけの人間では無いのか? そんな考えが過る。

 

「(コイツも誰かに被害に遭わされてきたという事か?)」

「それに。何よ、そのコスチューム。アンタ、ヒーローでも気取っている訳? 私に同じ目に遭わせていた奴には何もしてくれなかった癖に、私の事は助けてくれなかった癖に! 私が同じことをすれば殺すって訳!?」

 

 その言葉には、只ならぬ怨嗟が込められていた。自分を悪党に仕立て上げた人間に何も裁きが下されぬ事、自分が辛い境遇に居た時には何もしてくれなかった事。自分が悪党になった時には容赦なく裁くのかと。

 

「(そうだ。ジャ・アークは滅びていないんだ)」

 

 自分がこんな所で安寧を貪っている間も、世間や社会には悪が跋扈し続けているのだと。自分達の幸せばかりを追い続けていては、全てを忘れていては。このような悪が悪を生み出す連鎖が繰り広げられてしまうのだと。彼の心の奥で萎えていた使命感に炎が灯るのを感じた。

 

「や、やめ」

「俺はヒーローだ! 悪は……許さん!!」

 

 後退る女性を取り出したソードで真っ二つにした。美しい自然が拡がる山中にぶちまけられた醜い臓物は、まるで今の彼の心に拡がるシミの様な物だった。

 その場に佇んでいると、背後から七海が姿を現した。佳織が居ない所を見るに、恐らくは皆の所に届けてくれたのだろうと判断した。

 

「リーダー?」

「この世はさ。きっと、醜いだけじゃない。このハト教の人達みたいに優しく美しい人達も居る。でも、そう言った人達を傷付ける悪意も確かに存在しているんだ」

「そう」

「明日。俺はここを発つ。七海、お前はここにずっといても良いんだぞ?」

「私はリーダーについていくよ。何処までも」

「そうか。じゃあ、この死体の処理を手伝ってくれ」

 

 二つの死体をガジェットで念入りに処理をすると、二人はこの生活の中で通いなれた道を戻りつつ、もう帰って来る事は無いだろうという予感と共に、橘や皆が待っている場所へと向かった。

 

「兄ちゃん! 七海姉ちゃん! お帰り! アレ? スイカは?」

「ハハハ。流されちまったよ。佳織ちゃんは?」

「今、診て貰っているんだってさ。あの子は一体?」

「仲良くしてやってくれ。それだけ言っておくよ」

 

 それまでは、もう少しだけこの優しい空間に留まっていたいと思っていた。



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登場! 宿敵と仲間!
ヘンシン 1


 

 大坊達がハト教に潜り込むよりも前の話。剣狼を事務所に泊めた翌日、黒田は若頭の豊島に取り次ぎ、彼の仔細と経緯を説明していた。

 

「以上が。コイツの経緯です」

「普通ならテメェらを殴り飛ばす所だが、ヒーローなんて物が公然と活動していやがる以上。信じるしかねぇんだろうな」

 

 鼻頭に浮かぶ真一文字の傷痕に、眉間に深く刻み込まれた皺。ドスの利いた声と隠しもしない威圧感はカタギの人間とは一線を画すものであり、黒田の後ろで中田が緊張している様子が見えた。

 

「俺には行くアテがない。今更、一般人にも混じれはしない」

「見た目は殆どガキだが、お前らはコイツに助けられたってのか?」

「アッハイ。そりゃ凄かったんですよ。スーツを装備して、ガジェットを振り回している連中を一瞬でバラバラにしちまったんです!」

 

 緊張している事もあって、中田が大仰に話していたが、内容に誇張は無かった。彼自身も話している内容に現実味が無いのを自覚していたのか、殴られる覚悟をしていたが、拳が飛んでくることはなかった。

 

「おい。テメェ、ウチに入るってのがどういうことか分かってんのか? 今の御時勢、指詰めてでも抜ける奴の方が多いってのによ」

「俺はアイツらと戦うために生まれた。アイツらと戦えるのなら、何処にでも身を置いてやる」

 

 息も詰まる様な空間の中で剣狼は平然と言い返した。自分達の兄貴分である豊島に対する物言いに黒田も黙り、中田に至っては緊張のあまり笑いそうになっていた。暫し、その無言が続いた後。事務所の扉が開いた。

 スーツを着こなし、髪をオールバックに整えた品の良い男だった。彼の背後には、カバン持ちの少女がピタリとくっ付いていた。豊島達は直ぐに立ち上がり、姿勢を正した後。頭を下げた。

 

「染井の親父。お疲れ様です」

「おぅ、豊島。コイツが黒田達の話していた男か」

 

 ソファで向き合っている剣狼に視線をやった。壮年の男性は、豊島や黒田の様な恵体では無かったが、自分を値踏みする眼光の鋭さに、剣狼は思わず『ジャ・アーク』の幹部達を想起した。

 

「(只者じゃない)」

「お前さん。『エスポワール戦隊』と敵対しているんだってな。どうして、そいつらを倒したいと思っている?」

「それが俺の生まれた理由だからだ。他の生き方は考えてはいない」

「テメェ! 親父に向かって、その口の利き方は何だ!」

 

 豊島の空気を震わす一喝に、黒田は冷や汗を流し、中田は少しばかり股間を湿らせた。至近距離でソレを受けた剣狼には、微塵たりとも驚いた様子は無かった。

 

「肝っ玉は大した奴だな。良いだろう、ウチで預かりにしてやる」

「良いんですか?」

「構わねぇ。今は入るよりも抜けるか、死ぬかの方が多いんだ。それに黒田と中田を助けてくれたんだろう? だったら、こっちも面倒見る位はしねぇと面子が廃る」

「助かる。礼を言う」

「そんなに畏まらなくても良い。お前、住む所とかはるのか?」

「いや、無い。今までは橋の下とかで暮らしていたが」

 

 その割には、不思議と彼からは異臭などはせず、小汚さも見当たらなかった。不思議に思いはしたものの。ヒーローと言う規格外の存在を前にしては些事と思い、気にしないことにした。

 

「そう言う事なら、ウチを使え。芳野(よしの)、部屋は余っていただろう? 面倒を見てやれ」

「あ、はい! 分かりました!」

「豊島。行くぞ」

「それじゃあ。親父。向かうとしましょうか」

 

 短く返事を返すと。染井と豊島は立ち上がり、事務所から出ていった。彼らが去った後、中田は大きく溜息をついた。

 

「寿命が縮んだ! 絶対に縮んだ!」

「何故だ?」

「お前のせいだよ!? 豊島の兄貴と染井の親父に対する横柄な口の利き方をしている間! 俺は生きた心地がしなかったんだぞ!?」

「やめろ、中田。染井の親っさんがそんな事でキレる器じゃねぇって事は知っているだろ?」

「いや。分かってんだけれど。それでもな?」

「あの。中田さん。こう言うのは気が引けるんですけれど。トイレ、行かなくて大丈夫ですか?」

 

 芳野はチラリと、中田のズボン。特に股間当たりの色が変わっているのを見て、。婉曲的に注意を促した所で、彼は急いでトイレに駆け込んだ。

 

「何やってんだアイツ?」

「あまり触れてやるな。芳野のお嬢さん、親父と豊島の兄貴が忙しそうでしたが、何かあったんですか?」

「私も詳しくは聞いていないんですけれど。なんでも、本部の方で何かがあったそうです」

「……ひょっとして。ハジかれたのかもしれませんね」

「弾く?」

「お前にも分かるように言うと。殺された。って事だよ。今や、『皇』中では毎日のように暴力沙汰が起きているから、一々報道もされていねぇ」

 

 黒田がテレビを付けた。ニュースでは連日のように『エスポワール戦隊』の活動が流され、CMは公共広告機構の物が多くなっていた。

 ドキュメンタリーやバラエティ等の番組も殆どが自粛され、お通夜の様にニュースばかりが流れていた。

 

「嫌ですね。少しでも不快に映る表現があれば、何をされるか分かった物ではありませんから」

「今や流せるものはアニメ位ってか」

 

 テレビを消してネットで検索を掛けた所で、低俗なニュースサイトが蔓延るばかりで、人々が世の流れを知るのは難しくなっていた。

 

「奇妙な話だな。皆を守るための活動が、皆を窮屈にしているなんて」

「世の中の『悪』に一々反応していたら、そう言う世界がやって来るんだよ。人間ってままならねぇだろ?」

 

 黒田に言われて。剣狼はふと考えてみた。もしも『ジャ・アーク』が世界を牛耳っていたらどうなっていたのか?

 悪は跋扈していたかもしれないが、人々がどうなるかは考えても居なかった。そんな事を考えていると、トイレから中田が出て来た。

 

「ふぃ~。すみませんねぇ、芳野お嬢さん。みっともない所を見せてしまって」

「フフフ。豊島さん、ちょっと怖いですからね。今でもビックリしちゃいますし」

「いい加減、お前も慣れろよ」

「それは後々から慣れるから良いとして。おい、ケン! お前、芳野の御嬢さんと同じ屋根の下で過ごすんだってな!!」

 

 先程までの委縮し切った姿は何処にか。彼は剣狼の肩に腕を乗せると耳打ちをし始めた。

 

「そうだが。どうかしたのか?」

「良いか? お嬢はな。染井の親っさんの一人娘なんだ。手出したら、豊島の兄貴の下から全員に的に掛けられる事を覚悟しろよ。いや、お前なら返り討ちにしちゃいそうだけれど」

「今更、女子供に手を出す理由がない」

「え? じゃあ、男の方が良いとか?」

「俺は『エスポワール戦隊』の奴ら以外に興味がない」

 

 中田が声量を絞ったとしても、剣狼が全く空気を読まずにそのままの声量で話す為、会話は筒抜だった。余計なお節介を焼いている所に黒田は頭を抱え、芳野は小さく笑っていた。

 

「おい、中田。馬鹿な事を言っているんじゃねぇぞ」

「いや。分かって無さそうだから。俺が兄貴として注意してやらねぇと! 俺のことは中田の兄貴って呼べよ!」

「ナカタノアニキ?」

「なんか、思ったイントネーションと違うな。良いか? 中田の、兄貴だ」

「本当に何やってんだお前……」

 

 中田の力説とは裏腹に、剣狼の頭上にはクエスチョンマークが浮かんでいた。理由の分からない発声練習を何度か繰り返した後、満足行く回答が得られたのか。中田は、鼻息を鳴らしていた。

 

「中田の兄貴は、いつもこうなのか?」

「はい。楽しい人でしょう? あ、申し遅れました。私『染井芳野(そめいよしの)』と申します。ケンさん、これからよろしくお願いします」

 

 セミストレートの黒髪をわずかに揺らしながら、彼女は微笑んで見せた。豊島の様な威圧感も、染井の様な鋭さも無いが、不思議と印象に残った。剣狼もそれに挨拶を返すと、口論する二人を傍目に情報収集の為にあれやこれやと質問をしていた。

 

「黒田から色々と聞いているが。ここの集団は一体何なんだ?」

「『染井組』って言われる直系団体ですね。何の仕事をしているかは、黒田さんの方が詳しいと思いますけれど」

「説明を聞いたが良く分からなかった。『キリトリ』とか取り立てとか」

「今は、どの活動も殆ど出来ていないですけれどね。組員さん達もどんどん抜けて行っていますし」

「抜けた奴は無事で居られるのか?」

「連絡の取りようがなくなるので何ともですが。この間、組員だった方が殺されたという報せはありました」

「赦す気はないという事か」

 

 どうあっても『悪』は殲滅する気であるらしい。対抗心と闘争心を燃やす様に、口角を釣り上げた彼を見ながら芳野は言う。

 

「強いんですね。私なんて、毎日ビクビクしているのに」

「別にお前は悪事を働いていないんだから。心配する必要は無いだろう?」

「そんなの分からないですよ。関係者だからって、そう言う風に見られる事はありますし。昔からそうだったし……」

 

 途端に、先程までの御淑やかさは鳴りを潜め陰鬱な空気が漂った。剣狼にはそうなった理由が良く分からなかったので、そのまま話をつづけた。

 

「そんな物、気にするな。エスポワール戦隊の奴らが難癖付けてきたら。俺がぶっ潰してやる」

「フフッ。そう言う事なら、頼りにさせて貰いましょうか」

 

 それは何処か他人事の様な呟きだった。やがて、黒田と中田の口論も終わり、時刻も昼時に差し掛かった辺りで、別の組員達が入って来たのを見て。ソファから立ち上がった。

 

「よし。交代の時間だ。俺達は自分のアパートに帰るが。ケン、お嬢に粗相のないようにな」

「分かった」

「出来るなら、俺もケンみたいに部屋住みで様子見に行きてぇ位なんだが」

「部屋住みなんて。昔のお父さんの話で位しか聞きませんよ」

「法律で雁字搦めな上に。エスポワール戦隊がいるからな。それじゃ、お嬢を頼むぜ」

 

 去って行く二人を見送りながら。残された剣狼と芳野の二人は歩き出した。キョロキョロと自信なさげに周囲に気を配る芳野と。他者からの視線をまったく気にしない剣狼との二人組は、多少の関心は引いたが。

 誰もが我関せずという積極的無関心に徹していた事もあって、彼らは特に絡まれたりすることもトラブルに遭遇することも無く。道中でヒーローのコスプレをした者達を見たりもしたが、染井宅へと向けて歩いて行った。

 



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ヘンシン 2

 

 芳野と一緒に向かった邸宅は、外観から染井の力を伺わせる様な物であった。だが、玄関には人集りが出来ており、先頭に立っている中年の男は拡声器を使って叫んでいた。

 

「我々の地元に暴力団はいりません! 即刻の退去を求めます! 皆さん、恐れずに声を上げてください! 我々は『エスポワール戦隊』と志を共にしています!」

 

 周囲に集まっていた者達が同じようにして一斉に退去勧告を飛ばしていた。その様子を見て乗り出そうとした剣狼を芳野が抑えた。

 

「おい、何故止める?」

「駄目ですよ。あの人達に手を上げたら、私達も『エスポワール戦隊』にやっつけられちゃいますよ」

「そんなもん知るか」

 

 芳野の腕を振り払い、抗議の声を上げている集団に近づくと、先頭に立っている男は、近づいて来た剣狼に怪訝な目を向けた。

 

「何ですか貴方は。抗議に参加したいんですか?」

「お前達の抗議を黙らせに来たんだ。うるせぇんだよ」

「ほぅ。私を黙らせるんですか? 皆さん! 聞きましたか! この方は、我々の抗議に対して暴力で訴えようとしているのです! ですが、安心してください! 我々にはエスポワール戦隊が付いております!」

 

 中年の男性がそう宣言すると、抗議していたメンバーの中から数人が出て来た。彼らは、それぞれがペインティングしたフルフェイスを被り、手にはヒーローガジェットと思しき銃剣が握られていた。

 

「困るなぁ、兄ちゃん。俺達の地道な努力で地元のクズ達を追い出していたのに」

「他の奴らみたいに逃げ出せばよかったのにな!」

 

 既に何度も実力行使をした事もあったのか、彼らは暴力を振るう事にまるで躊躇いが無かった。剣狼に一斉に襲い掛かって来たが、次の瞬間。ガジェットを握っていた先頭の一人の腕は宙を舞っていた。

 

「え? う、うわぁあああああああああああ!!」

「失せろ」

「ひぃいいいい!!」

 

 切断された腕から零れた血が、剣狼の顔と腕部から生えた刃を濡らした。運よく被害を免れた者達に殺意の籠った視線を向けると、一目散に逃げだした。

 

「畜生!! こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ!!」

「に、逃げろ!!」

 

 腕を飛ばされ、のた打ち回っている者を放置して、抗議団体は一目散に逃げだした。地面に転がっている者に止めを刺そうとした所で、芳野が制止の声を上げた。

 

「こ、殺しちゃ駄目です! その人はカタギです!!」

「カタギ、一般人って事か。その割には随分、抗議や暴力の手段に慣れていた様に見えたが」

「それは……」

 

 剣狼は玄関の方を見た。壁には銃痕や貼り紙が大量にされており、先の抗議団体が何をしていったかが想像に容易かった。

 

「アレが『エスポワール戦隊』が守った奴らか。イライラする。それに対してやり返しもしないお前にも。黒田と中田は殴り返そうとしていたって言うのに」

「……だって。私は皆みたいに何かできる訳じゃありませんから」

 

 卑屈と嫉みに満ちた呟きを聞こえる様に漏らしながら、芳野は剣狼を邸宅へと招いた。先程まで倒れていたはずの男は、血痕だけを残して何処かへと逃走した。

 外観から分かっていた様に。内部は非常に広かったが、人の気配は殆どなかった。しかし、芳野は玄関に上がるなり。『ただいま』と言った。

 

「おい。誰も居ないのに何故態々?」

「癖。ですかね? 昔はもっと大勢の住み込みの人達が居たんですよ。黒田さんや中田さんみたいな人達が」

「何で居なくなったんだ?」

「……エスポワール戦隊の人達が来たから」

 

 ある程度、想像していた答えではあったので驚きはしなかった。色々と部屋を案内されはしたが、食事をする為のリビングと自分に宛がわれた部屋以外には用は無いと判断していた。

 

「食事をする時間はリビングに行けばよくて、それ以外は何をすれば良いんだ?」

「私は普段学校に行っているので、その間に留守番をして貰えると助かります。お父さんも殆ど家に帰って来る事はありませんし。何かあれば、これに連絡をしますので」

 

 彼女はバッグの中からスマホを取り出して、剣狼に渡した。彼は受け取ったそれを興味深そうに眺め、あるいは画面を触ったりもしていたが。それは彼がスマホについての知識がほぼ皆無であることの証明でもあった。

 

「確か。黒田が使っていたのを見たが」

「これは『スマートフォン』と言って。電話の他にも色々と出来ちゃう便利な物ですよ。今から、使い方を教えますね」

 

 唯一、彼に対して威張れる物を発見したのが嬉しかったのか、ちょっとだけ胸を張っていた。芳野は基本機能である電話とメールの使い方。それと、ネットの使い方を教えていた。

 

「凄いな。ヒーローが使っているガジェットの様な物じゃないか」

「凄いですよね。これで電話もネットもゲームも出来ちゃうんですから」

「俺は電話とメールだけで十分だ」

 

 その他にも充電の仕方なども教えて、芳野の電話番号を登録した後。彼女のアドレスに載っていた黒田と中田の番号も登録した。試しに彼女の番号に掛けた所、彼女のスマホからコール音が鳴り響いた。

 

「良く出来ました」

「使い方は覚えたが。どういった時に電話を掛けたら良いんだ?」

「タイミングですよね。そうですね……私は日中学校に行っているので、昼間に電話を掛けられると困りますが」

「じゃあ、これは何時使えばいいんだ?」

「えっと。用件があれば掛かって来ると思います。それと、どうしても困ったことがあれば。黒田さんか中田さんに」

「分かった」

 

 スマホをポケットにしまった後。早速、彼は教えられたネットの機能を使った。『エスポワール戦隊』や『ジャ・アーク』の事などを調べている間に、芳野は冷蔵庫の中身を確認していた。

 

「あ、そうか。昨日、お父さんと豊島さんが来ていたから減っていたんだ」

「どうかしたのか?」

「すいません。ちょっと買い物に付き合って貰えませんか?」

「分かった」

 

 特に拒否することも無く引き受けた剣狼と共に、芳野はバッグを持って、近くの商店街へと向かった。

 商店街に辿り着いた剣狼は周囲を見渡したが、何処もシャッターが降りており活気が無かった。ポツポツと開いている店頭に立つ主人達もやる気なさげに、スマホを弄ってばかりいた。

 

「活気がないな」

「少し足を運んだ先に。もっと大きなスーパーがありますからね。皆、そっちに行っているんですよ」

「なんでお前はこっちに?」

「こっちの方が物静かで好きなんですよ。……向こうのスーパーだと同級生に会っちゃうかもしれないですし」

 

 芳野は寂れた店に立ち寄っては、夕飯の材料を買い込んでいた。彼女と話している時だけ、店番達も僅かながらにやる気を取り戻していた。彼女の買い物バッグに野菜や肉が詰め込まれて行く中で、彼はしかめっ面を浮かべていた。

 

「どれもこれもあまり質が良くないな」

「良い物は全部良い所に行っているんですよ。でも、これも食べられない事も無いですよ」

 

 一頻り買い込み、最後に大判焼を買って帰路に着いた。カスタードもどきの餡が冷めて固くなった生地に包まれており、ボソボソとした食感に口中の水分が奪われて行くようだった

 邸宅の方まで帰って来ると。玄関に張られている貼り紙の数は明らかに増えていた。読むのも憚られる様な罵詈雑言が書きなぐられていたが、芳野は一切気にしていなかった。

 

「さっきの奴らの嫌がらせか。正面切ってやれないからって、姑息な奴らだ」

「良いんですよ。私、昔っからこう言うのには慣れていますから。それに度が行き過ぎれば、制裁されるのは彼らの方になりますし」

「何? あいつらもエスポワール戦隊に殺されるのか?」

「基準は私も良く分からないんですけれどね。幸い、私自身が悪事をしていないって事はちゃんと把握してくれているみたいで。この間、放火しようとした人が死体になって発見されたりもしました」

 

 どうやら、エスポワール戦隊は特定の集団の味方。と言う訳ではなく、行き過ぎた私刑については彼ら自身がまた制裁を下すらしく。この采配故に、件の団体も抗議に留まっていたのではないかと考えた。

 

「だとしたら、俺は襲われるだろうな。なんせ奴らの仲間を殺したんだから」

「その時までは、私も世話を焼かせて貰いますよ。それじゃあ、帰って来たら手を洗って。夕飯の用意を手伝って貰えます?」

 

 言われたとおりに。剣狼は手を洗い、食事の準備を手伝うというような。『ジャ・アーク』に居た頃には1回もやったことが無い様な作業を前に、逐一芳野に質問を繰り返しながら慎重に事を進めていた。

 その日ばかりは、活気のなかった染井邸宅に本の僅かながらも会話と明るさが戻ってきたような気がした。

 

~~

 

「畜生。畜生」

 

 寸断された腕の先を見ながら、男は忌々し気に呟いた。善意の活動と言う体裁であったが、生活費の足しになる程度には報酬も出ていた。

 誰もが指さす相手を殴れば良いという、ストレスの解消も兼ねた楽な仕事だったはずなのに、あんな化け物がいるとは思いもしなかった。

 

「なるほどねぇ。幹部が復活したんだから、そりゃ配下も復活するよねぇ!」

 

 まともな医療機関に掛かる訳にもいかず、彼が向かったのは自分にガジェットを配布した男が拠点としている場所だった。

 自分の様にガジェットを与えられただけではなく、強化外骨格(スーツ)を装着した構成員達が詰めており、中央には白衣の様に真っ白なスーツを装着した男性が居た。

 

「早くしてくれ。治療ジェルの効果が切れて来て、意識が朦朧として来た」

「腕も持って来てくれているし、ジェルのおかげで傷口も保護されていて。うん、治療はしやすいね。でもさ、くっ付けるだけで良いの?」

「あ?」

 

 徐々に痛覚が戻り始めて来て、呼吸も荒くなっている。危険な状態へと推移しているのは分かるはずだと言うのに、白スーツの男性は緊張感の欠片も見られない、弾んだ声で、壁面のパネルを操作していた。

 

「これを機会にパワーアップしちゃおうよ! 強くなれば、有志から正式な構成員になれるかも。いや! 君次第じゃ、僕みたいに『カラード』になれるかもしれないよ!」

「カラード?」

「強化外骨格(スーツ)の適性率が一定以上になると、起こる変化さ。忙しくはなるけれど、皆から尊敬されて、沢山の協力金を貰えるかもよ。……何より、君の腕をぶった切った怪人にリベンジできるかもよ?」

 

 壁面の一部が変形し、金庫が出現した。開錠して扉を開けると、中には義手が入っていた。それが日常をサポートするだけの物でないことは直ぐに分かった。

 

「……これを着ければ、勝てるのか?」

「うん! ただし、調整の為にナノマシンを君の体内にも注入させて貰うけれど、良いかな?」

「頼む。アイツだけは許さねぇ!」

「了解! それじゃあ、チャチャっと出術するね」

 

 麻酔を打ち込み、ナノマシンの注入から装着までの施術は素早く行われた。寝ている男性を構成員に運ばせ、他の者達は撤収の準備をしていた。その内の一人が、白スーツの男性に尋ねた。

 

「良いんですか? あのアタッチメントをあんなチンピラに渡して」

「良いよ! どうせ、初期作だし。それよりも、彼が遭遇した怪人って言うのに興味があるね。精々、良いデータを集めてくれることを期待しているよ」

 

 つまりは捨て石と言う訳だが、誰も咎める者はいない。スーツを装着せずに、自分達だけでリンチしている者達に対して、一応は同志として見る様にとは言われているが、内心は侮蔑していた。

 

「誰かを殴ればヒーローが出来ると思っている奴には、それ位の役割が丁度良いですね」

「酷いことを言っちゃいけないよ。彼らも立派な同志だからね」

 

 軽口を叩きつつ、凡その道具を片付けると。何処にでもある様なオフィスの一室へと変貌していた。先程まで作業に従事していた構成員達は皆、仕事着に着替えて、極普通に仕事をしていた。



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ヘンシン 3

 

 翌日。芳野は先に出ていき、剣狼も事務所に向かうつもりだったが。彼は台所の上に、彼女が持っていくはずだった弁当箱が置かれている事に気付いた。

 

「(忘れたのか。持って行ってやるか)」

 

 勿論、彼は芳野の通う学校の住所など知らなかったが、狼としての能力。即ち嗅覚を使う事で、その足跡を辿り始めた。事務所に向かう予定もあったので、染井組長のお下がりを着用した上で学校へと向かった。

 身なりが整っていた事が幸いしてか、周囲から怪訝な視線を向けられることはなかった。臭いの元である学校まで辿り着いたが、校門は固く閉ざされており、表に立っていた警備員の二人が声を掛けて来た。

 

「失礼ですが。この学校の関係者でしょうか?」

「いや。芳野の奴が弁当を忘れて来たから、持って来ただけだ」

「そうですか。分かりました。私達が預かっておきます」

 

 二人は差し出した弁当箱を受け取った。それを確認すると、彼も去ろうとしたが、門前から見えた光景を見て、足を止めた。

 

「……おい」

「まだ何か?」

「あそこから誰かが飛び降りようとしているが、大丈夫なのか?」

 

 彼が指差した先。教室の窓から身を乗り出していた生徒が何かを喚いた後、飛び降りた。暫時、嫌になる程の静寂に包まれた。

 警備員達は慌てて駆け出し、剣狼も駆け付けた。グラウンドで蹲る生徒は朦朧としているのか、何かを呟いていた。

 

「ヒーロー達に……殺される……」

 

 その言葉に剣狼が反応した。警備員達が連絡を取る中、彼もスマホを取り出して、登録しているアドレスをタッチした。

 

「おい。芳野か? 俺だ。今、お前の学校に来ている」

 

~~

 

 生徒が飛び降りた為、担任や教師達は事情聴取に出向き、1時間目は自習となった。空白になった時間を使い、剣狼は芳野と会っていた。

 

「ケンさん。どうしてここに?」

「お前が忘れた弁当を届けに来たんだが、気になることが出来た。飛び降りた奴が『ヒーローに殺される』と言っていたが、アレはどういうことだ?」

「それは……」

 

 芳野が言い淀んだ所で。くぐもった笑い声が聞こえて来た。その方向を振り向くと、猫背で眼鏡を掛けた顔色の悪い少年が姿を現した。

 

「芦川の奴は自分達の罪深さに耐えきれなかったんだよ。染井さん」

「日野君」

「何か知っているのか?」

「あぁ。アイツらは一人残らずエスポワール戦隊に裁かれる。そうしたら、このクラスに嫌われ者は居なくなるからね。クヒヒヒ……」

 

 卑屈な表情と雰囲気を醸し出しながら、彼は男子トイレへと入って行った。その言葉を受けて、改めてその説明を乞う様にして。芳野に視線をやった。

 

「日野君は、芦川君や武田君達のグループにイジメられていたんです」

 

 芳野の話によれば、何処の学校でもありがちな出来事だと言っていた。ハッキリと喋らず、陰気でオタクな日野は恰好のターゲットだった。

 相手の事を配慮しない弄りや、彼が読んでいるライトノベルを取り上げてクラスの皆に大声で読み上げたり。全国で行われているであろう、極平凡な迫害行為が行われていたという。

 

「なるほど。エスポワール戦隊はそれを見逃さなかったと」

「はい。いじめっ子グループの一人が昨晩、自宅で全身を複雑骨折した状態で発見されたそうです」

 

 全国に溢れているありふれた悪の代表格とも言える『いじめ』が、正義を愛する『エスポワール戦隊』の目に留まらぬ訳もなく。今では、どの学校でも警備員が配置されているのは当たり前になっている。

 

「そして、次にターゲットになる恐怖に耐えかねて身を投げた。って事か」

「そう言う事ですね。クラスメイトも先生も誰も心配していませんけれどね。見てみます?」

 

 芳野が薄く笑う。彼女に案内されて、教室まで来てみれば、部外者を連れて来たにも関わらず、クラスメイト達は一瞬気を取られはした物の。仲間内での談笑に戻った。室内を見渡してみれば、机の数に対して生徒が少なすぎる様に思えた。

 

「皆、外に出ているのか?」

「いえ。元々、来ている生徒数が少ないんですよ。特に、罪を自覚している人はね」

 

 談笑している者達の会話に耳を傾けてみれば、自己の無実を確かめ合う様な内容と、先ほど話していた武田や芦川の様な者達を糾弾し、嘲笑うような会話ばかりだった。

 

「なるほど。他の奴らは自分達が裁かれない為にも、エスポワール戦隊に消極的に賛同している訳だな」

「進んで関わりたくないだけだと思いますよ」

 

 わざとらしく声量を上げて話したが、やはり反応はされなかった。芳野は、受け取った弁当箱を鞄の中に仕舞うと。剣狼を校門まで送り届けていた。

 

「誰もどうにかしようとしないのか?」

「どうにもできないんですよ。警察だって関わりたくない相手ですからね。皆、見て見ぬふりをするのが一番賢いって知っているんですよ」

 

 喧嘩を生業としている黒田や中田達も抵抗できなかった相手を一般人や多少の装備をしただけの人間がどうにかできるとは思わなかった。

 

「芳野は大丈夫なのか? 襲われないのか?」

「フフフ。最初の頃は、エスポワール戦隊に始末されるとか脅されていたんですけれどね。そう言っていた人達の方が学校に来なくなってしまったので。むしろ、家にいるより平和ですよ」

 

 そう話す、彼女の笑顔は穏やかな物だった。学校から去ろうとした所で、剣狼はピタリとその場で立ち止まり、辺りを見回した。

 

「芳野。この近くで、人目に付かないって所ってあるのか?」

「そうですね。校舎裏とかそうですが。どうかしたんですか?」

「血の臭いがする」

「え?」

 

 歩く彼の後を走りながら付いて行く内に、校舎裏へと辿り着いていた。そこには顔面から血を流しながらも、強化外骨格(スーツ)を装着した者から暴行を受けている少年と。それを見て下卑た笑顔を浮かべている日野が居た。

 

「流石、エスポワール戦隊上級構成員のハザマさんだ!!」

「よせよせ。そんなに褒めるな。私は当然の事をやっているだけなんだからな」

「ごめんなひゃい。ゆるひてくだちゃい」

 

 土下座をしながら、涙を流して謝罪をしていたが。彼を見ながら、日野はゲタゲタと笑い声を上げていた。

 

「くひ。くひ、ふひひ。僕が止めてって言った時は止めなかったくせに。通る訳が無いだろう!!」

「そう言う事だ。武田君。私達エスポワール戦隊は『悪』を許さない。指導して、差し上げましょう。

 

 紳士ぶっていた声色が一瞬で怒りに染まった物へと変わり、身を竦めた武田に対して拳が振り下ろされようとしたが、彼へと届くことは無かった。

 

「随分と矮小な悪を狩るようになったんだな」

「何だきさ……。まて、その姿。そうか。染井組組員の始末を請け負っていた連中を返り討ちにした奴か」

「理解が早くて何よりだ」

 

 振り下ろさそうとしていた腕を掴み取り、先日と同じく切り裂こうとしたが、振り解かれた。腕部から飛び出した刃を見ても、まるで動揺が見当たらない辺り、以前の様なチンピラたちとは格が違うのは直ぐに理解できた。

 

「君は、武田君に雇われたのか?」

「関係ない。俺は『ジャ・アーク』の生き残りとして。『エスポワール戦隊』をぶっ倒すだけだ」

「今更、お前一人で何が出来る?」

「何が出来るかじゃない。やるんだよ」

 

 剣狼が駆け出した瞬間、彼が踏み込もうとした場所に銃弾が撃ち込まれていた。その方を視線を向けてみれば、ハザマと同じような格好をした人間が銃を構えていた。

 

「こちら。脅威を発見、至急応援に駆けつけてくれ」

 

 剣狼の一瞬の隙を見逃さずに、ハザマは切り込んで来た。斬撃を回避する様に飛びの彼に対して、容赦のない援護射撃が加えられた。

 

「ぐっ……」

「私達エスポワール戦隊は1人ではない。仲間との絆がある限り、どんな強敵にだって負けはしない!」

「ケンさん!?」

 

 ただ、力任せに暴力を振るう連中とは訳が違っていた。銃剣型ガジェットの構えに隙は無く、体幹の安定感はスーツの補助機能だけではない事も分かった。

 また、離れた場所から援護射撃をする者との連携も練度が高く、知らず内に剣狼の口角はつり上がっていた。

 

「何がおかしい?」

「これでこそ、エスポワール戦隊だと思ってな。似たような恰好をした雑魚を幾ら狩っても満たされはしねぇ! さぁ、来いよ! ヒーロー!!」

 

 燃え滾る様な闘志に呼応する様にして、腕部だけではなく全身から刃が突き出た。

 異形と言う外ない姿に、日野と芳野は言葉を失っていたが、ハザマは慌てた様子も無く、正眼に見据えていた。



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ヘンシン 4

 

 芳野が通っている学校の半径数百メートル。その範囲内に居た者達のスマホには一斉に通知が出た。ある者は会社員、またある者は無職、またある者は主婦と。それを受け取った者達は画面内に表示された場所と相手を見て、戦慄していた。

 

「相手は怪人って。怪物じゃない」

「冗談じゃない! そんな化け物を相手に戦えるか!」

 

 一方的な制裁が出来る相手ではないと分かると、彼らは一様にして応援要請を見なかったことにした。悪に毅然と立ち向かうヒーローの仲間としては、あるまじき姿であったが、全員がそうという訳でも無かった。

 

「剣狼っていうのか。早速、リベンジの機会が巡って来たか!」

 

 銃剣型ガジェットを握り締めた男は、義手の使用心地を確かめる様にして、掌握運動を繰り返し、スマホに表示された場所へと向かった。

 

~~

 

「が、頑張れ! ハザマさん!!」

「ぐっ……」

「(クソッ。銃撃が見切られ始めて来やがった)」

 

 校舎裏での戦いは、数の不利を物ともせずに剣狼が押していた。

 かつて、エスポワール戦隊と幾度となく死闘を繰り広げた彼と、ガジェットの性能が向上していたとしても一方的な制裁ばかりを行って来たハザマ達では戦闘経験に雲泥の差が存在していた。

 

「どうした。その大層なガジェットは、弱い者いじめをする為の玩具か?」

「弱い者いじめだと? ふざけたことを抜かすな!! これは然るべき制裁だ!」

「ハザマ! 挑発に乗るな!」

 

 怒りで攻撃は更に大振りになり、狙撃手も援護が困難となっていた。そのチャンスを逃す剣狼ではなく、攻撃を回避した後、背後に回り込んで一瞬の内にハザマを締め落とした。

 彼が気絶すると同時に、装着していたベルトを剥がした。変身が解除されると。そこには眼鏡を掛けてワイシャツを着た、如何にも一般人と言う風体をした中年が居た。その姿を、離れた場所から見ていた芳野が声を上げた。

 

「え? 嘘。門倉先生!?」

「ほ、本当だ。声が全然違うから気が付かなかった」

「何だと? お前達。コイツを知っているのか?」

「知っているも何も。この人は」

 

 その人物に見覚えがあるのは芳野だけではなく、腰を抜かしている日野も同じだった。その詳細を訪ねようとした所で、剣狼はピタリと立ち止まった。ハザマを抱えて飛び退くと、男が降って来た。

 

「この臭い。お前は」

「お前に切られた腕が! 疼くんだよ!!」

 

 この男の素顔を見たとしても、芳野や誰かは分からなかった。だが、剣狼には分かっていた。先日、自分達に一方的に暴力を振るおうとしていた人間だと。

 再び返り討ちにしようとした所で、強烈な悪寒に襲われた。彼が突き出した機械仕掛けの腕に対し、生存本能が警鐘を鳴らしていた。避けようとして、背後に芳野達がいることに気付いた剣狼は叫んだ。

 

「お前達! 俺に掴まれ!」

「は、はい!」「わ、分かった!」

「ハッハッハ!! 吹っ飛びやがれ!」

 

 男の義手に大量のエネルギーが集中しているのが見えた。大気が震え、彼の周囲に被膜の様な物が発生する。

 全身が膨れ上がり、人間の形が崩れて行き、巨大な赤毛の狼へと変貌した。芳野と日野は彼の体に掴まり、ハザマを咥えて剣狼は校舎から脱出した。ただ、1人。狙撃手だけが、何が起きているか分からずに留まっており。

 

「おい。何をして」

「レッドビーム!」

 

 逃亡しようとする剣狼に向けて放ったレッドビームが、彼に命中することは無かった。しかし、強化外骨格(スーツ)により視界関係を強化されていた狙撃手は、まともに視認してしまい、その目を灼かれていた。

 

「ぎゃあああああああああ!!! 目が! 目が!!」

「ハハハハハ! すげぇ。こいつはすげぇよ!」

 

 のた打ち回る仲間のこと等、興味も無く。義手の男もまた、校舎から去っていた。残されたのは光を奪われた男だけだった。

 

~~

 

 レッドビームを回避した彼らが駆け込んだのは、黒田や中田達が待機している事務所だった。だが、待機していた面々は剣狼の姿を見て絶句した。

 何せ、布一つも纏っていないのである。それに加えて怯える学生に気絶した中年、更には組長の一人娘など、あまりにも不可解な面々だった。

 

「お、お嬢!? これはどういう事で!?」

「えっと。その、本当に色々とあって。服の余りとか無いですか?」

「流石に無いですね。近くのコンビニで買ってきますよ」

 

 若衆の一人が見兼ねて、近くのコンビニまで走った。まさか、組長の一人娘にあらぬことをしたのではないか。等と考える者がいなかったのは、異常な状況があまりにもはっきりしていたからだろう。

 一方でガタガタと肩を震わせているのは日野である。何せ、本物の暴力団の事務所である。そんな彼に優しく声を掛けたのは芳野だった。

 

「大丈夫ですよ、日野君。だって、貴方は何も悪いことしていないでしょう?」

「そ、そうだよね。僕は何も悪いことしていませんよね!」

 

 自分の無実を喧伝する様にして声を張り上げたが、返答は周囲からの一睨みだけだったので、それ以上声を上げる様な真似はしなかった。

 暫くすると、気絶しているハザマが目を覚まし、腰元にあるはずの物がない事と周囲の様子に気付き、緊張感を漂わせた。

 

「目を覚ましたか。『エスポワール戦隊』さんよ?」

「き、貴様……」

「えぇ!? コイツが!?」

 

 中田は信じられないと言った表情をしていた。目の前にいるのはどう見てもくたびれた中年であり、エスポワール戦隊の構成員等には見えなかった。他の面々も同じ考えであり、騒めいていた所で黒田が声を上げた。

 

「どういうことだ。お嬢、事情を知っているなら教えてもらえませんか?」

「わ、分かりました」

 

 説明を促された芳野は今朝の出来事から全てを語った。学校で生徒が飛び降りた事、剣狼が来た事、校舎裏でエスポワール戦隊によるリンチが行われていた事。ハザマを倒した直後に乱入者が現れ、彼の攻撃から避難する為に全員で逃げて来た事。

 事情を聴いた一同は一斉にハザマへと敵愾心を向けた。ヤクザや暴力団達を襲い続けている件の団体の構成員。ともなれば、怒りが湧くのも無理からぬことだった。

 

「待ってくれ、兄さん達。生かしてコイツを連れて来られたのは幸運だ。色々と聞きてぇこともある」

 

 黒田と中田は同じ席に座り、ハザマと日野と向かい合いになった。真っ先に声を上げたのは中田だった。

 

「テメェら。俺達の仲間をやっている連中とつるんでやがるんだよな。まさか、ここから無事に帰れる。なんては思っちゃいねぇだろうな? こちとら、テメェらを殺して処分する方法なんて幾らでもあるんだぜ?」

「やめろ、中田。俺らだって荒事はしたくないんだ。アンタらの仇はお仲間が討ってくれるかもしれねぇが、無事に帰りたいだろ? だったら、知っている事。教えちゃくれねーか?」

 

 中田が威圧的な態度相手を追い込み、その横で黒田は助け舟を出す様にして柔和な態度を取っていた。どちらも脅しを掛けている事には変わりないのだが、この四面楚歌で差し出された助けに、日野は迷わず飛びついた。

 

「ぼ、僕はずっといじめられていたんだ。ずっとネットとかで助けてくれって書き込んでいたら、ある日。いじめっ子が急に大けがをしたって聞いて」

「それがエスポワール戦隊の差し金って訳か。やったのはアンタなのか?」

「そうだ。悪は許さない。裁かれるべきだ」

「そんな。門倉先生、どうして……」

 

 日野と違い、ハザマはこの場においても冷静さを保っていた。むしろ、彼から発せられる威圧感に気圧される者も居た。

 

「お嬢、コイツと知り合いなんですか?」

「はい、私達の学校の先生です。真面目で沢山の生徒達に好かれていた先生でしたが、去年転勤したと聞きました」

 

 その言葉に。中田や組員達の威圧に怯む様子すら見せなかったハザマが俯いた。芳野の言葉に反応したのを見て、黒田は更にその部分を攻め込んだ。

 

「アンタは良い先生だった。だから、この学校にある『いじめ』を見過ごせなかった。そう言う事か?」

「その通りだ。私は日野君がいじめられている事を知っていた。その事について、何度も教育委員会に訴えたが取り扱って貰えなかった。それ所か! 私を邪魔者扱いして転勤させたのだ!」

「口封じって訳か。嫌だね、学校もヤクザ顔負けじゃないか」

「それで、暴力で解決したって訳か」

 

 話を聞いてみれば非常に単純な物だった。不正と悪を見過ごせない教師が、いじめられている生徒を助けるために立ち上がった。そのフレーズだけを聞けば美談ではあるが、実行手段は余りにも暴力的だった。

 その領分は『ヒーロー』と言うよりも、むしろ自分達反社会的組織の手法であった。掲げた思いが美徳であれ、実行する手段を違えれば、それは犯罪でしかない。

 

「言葉で何が分かる? 家庭訪問もした。いじめっ子の両親をも訪ねたが『ウチの子がそんな事をするわけがない。相手が嘘をついている』の一点張りだ。そんな状態を繰り返して、何が好転する?」

「おいおい、まさか教師から暴力の正当性を主張されるとは」

「暴力が正しいとも思っていない。だが、暴力を使わねば是正できぬ間違いもある。そう言った事態はアンタらの方が詳しいんじゃないのか?」

 

 ハザマからの言葉に黒田は眼光を鋭くした。目の前にいるのは冴えない中年かと思っていたが、恐らく子供達の中で繰り広げられる修正しきれぬ闇を幾つも見て来たのだろうと察した。

 

「エスポワール戦隊ってのは。そう言う間違いを正したい奴の集まりなのか?」

「知らん。中には、適当に鬱憤を晴らしたい者も居るのだろうが。私の様に制式な構成員に迎え入れられる奴にはある程度の基準があるとは聞いた」

「道理で。チンピラみたいな奴はスーツを与えられていないのか」

「つまり、アンタから芋づる式に引っ張り出すってのは無理って事か」

「そう言う事だ」

 

 ベルトが取られながらも、彼は日野を守るようにして相手の出方を伺っていた。その様子を見た黒田は吸っていたタバコを灰皿へと押し付けた。

 

「そのガキ連れて失せろ。アンタらを殺した所で報復されるだけだからな。ここで生かして、恩を売っておいた方が賢明だ」

「良いのか?」

「あぁ。だが、そのベルトとガジェットは置いていけ」

「……分かった。こうして、話し合いに応じてくれたこと、礼を言う」

 

 言われた通り。銃剣型のガジェットとベルトを置いて、ハザマは日野と共に事務所を出ていった。彼の後姿を見ながら、芳野は複雑な表情を浮かべていた。

 

「門倉先生。優しくて皆に好かれていたのに」

「優しいからこそ。許せない悪もあったのかもしれませんね。聖職者が暴力を行使しなきゃいけないなんて嫌な時代だと思わねぇか。黒田?」

「反撃する気も起きない程の暴力で沈めるのは手っ取り早いからな」

「優しさが暴力を引き起こすか」

 

 優しさと暴力。一見すると矛盾するかもしれないその二つの要素がどうして絡み合ってしまうのかも。かつて、自分も慕っていた事のある教師の豹変に。芳野は戸惑う他なかった。

 



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ヘンシン 5

 

「(畜生。畜生、どうしてこんなことになったんだ)」

 

 校舎裏から逃げ出した武田は、自宅に向かって走っていた。自分達がしている行為が『いじめ』だとも思っていなかったし、制裁を下される程の物だとも考えていなかった。

 だから、彼は自分のグループに所属していた生徒が被害に遭っても暢気に学校に来ていた。その結果、彼は腫れ上がる程殴られ、服の下には大量の青痣を作っていた。

 

「(この国で悪いことをしたら。裁くのは警察じゃ無かったのかよ)」

 

 それが彼の常識だった。生徒も教師も親も、誰も自分がやっている事が悪いだなんて言わなかった。唯一、注意してきた教師もいた気がしたが、年上の小言だと思って聞き流していた。その結果が今だ。

 

「(もしも、誰かが注意してくれていたら)」

 

 こんな事にはならなかったのだろうか。もっと、接し方を変える事が出来ていたのだろうか。或いは、お互いに関わらないままで居れたのではないか。

 様々な後悔が胸中を過りながらも、唯一逃げ場所として駆け込める自宅が見えて来た。玄関前には、赤い染みを広げ続けるボロ雑巾の様な何かがあった。

 

「この母親は、日野の両親と子供の訴えを言い掛かりだと否定し、更には彼らを追い詰めようとした『悪』に他ならぬ」

 

 厳然とした声に振り返ってみれば、『ハザマ』と呼ばれていた男と全く同じ装備をした『エスポワール戦隊』の構成員が居た。手にしている銃剣型のガジェットからは血が滴っていた。

 ガチガチと歯を打ち鳴らしながら、武田は目の前に転がっている物体の正体を察してしまった。髪は焼け焦げ、顔は腫れ上がり、肩や足の付け根から先が喪失しているが、目の前へとやって来た武田を見て声を上げた。

 

「…よ……し」

「……母さん?」

 

 震える足で恐る恐る近づき、目線を併せる様にしてしゃがみ込んだ後。それは喉が張り裂けんばかりの勢いで叫んだ。

 

「お前のせいだぁああああああああ!!!」

 

 あらん限りの声量で叫んだ後、夥しい量の血を吐き出しながら。その物体は二度と動かなくなった。呆然とする彼の背後には、得物を振り上げてた構成員が立っていた。

 

「俺達は『エスポワール戦隊』!! 悪を倒し! 人々に希望を与える者!!」

 

 刃が眼前にまで迫り来る中。彼はその生涯を走馬灯で振り返りながら、涙を流していた。

 

「(もしも、過去に戻れるならば)」

 

 その時の馬鹿な自分に注意してやりたい。お前がやっている行為は『弄り』でも『スキンシップ』でも無く。ただの『いじめ』だという事を。その報いはこんな形で取らされるのだと。その後悔が、彼が最期に抱いた考えとなった。

 

~~

 

 数十分後。武田家の前にはエスポワール戦隊の特殊構成員達が集まり、死体の処理をしていた。周辺には立ち入り禁止の立て看板を設置し、アスファルトに広がった染みを取る為の薬剤を撒いていた。

 

「『リュウ』さん、お疲れ様です。『ハザマ』さんは不覚を取ったと聞きましたが」

「放っておけ。目的は達成したからな」

 

 ネットには、先ほどまでの一部始終を録画した動画が流れていた。凄絶な様相に苦言を呈す者もいたが、制裁動画を見続け刺激に慣れた視聴者からは高評価が飛んで来るばかりだった。

 

「そうですか。それじゃあ、最後の仕上げと行きましょうか!」

 

 構成員達が武田家から出て来た5分後の事である。閃光が走り、爆音が鳴り響く。周囲の家宅に被害を及ぼさない、芸術的とも言える発破作業が行われた。

 背後でポーズを決めていた『リュウ』と構成員達は余韻に浸る様にして、全員で肩を組みながら、高らかに歌っていた。

 

「どんな暗雲、困難にも必ず光は差し込むさ~♪」

 

 アップテンポの曲調で謳い上げられるそれは、エスポワール戦隊構成員の者達ならば、誰もが歌える戦隊の主題歌だった。

 

「どんなに負けても、挫けても、必ず立ち上がる。そうさ、この心にエスポワールがある限り~♪」

 

 意気揚々と歌う彼らの背後では、武田家の残骸が自重に耐え切れずにボロボロと崩れ落ちて行った。

 

~~

 

「え? 武田が?」

「あぁ! 君を苦しめるいじめっ子の主犯格は私達がやっつけたんだ! 君は明日から、また元気に学校に通うと良い!」

 

 いつの間にか、日野の部屋に上がり込んできていた構成員は、彼にそのように説明をした。剣狼に阻止されて失敗したかと思ったが、誰かが修正してくれたようだ。

 スマホ内で再生された動画では、武田の母親に自分と息子の罪を自覚させる様に暴行を加えた後、手足などを切り飛ばし始めた。凄惨な光景に多少の忌避感は覚えた物の、憎んでいる相手の新縁者という事やこれから起こりうることを考えると、それ以上の興奮が彼を包み込んだ。

 

「くひ。くひひひ。ふひひひ」

「ヒーローって最高だろう? 悪い奴を倒せて、その上。皆に感謝される! 実に誉れ高い仕事だ」

 

 日野は想像した。普段、惨めで冴えない自分が、大好きなアニメやラノベの主人公の様に活躍して、皆に感謝されるという未来を。

 

「ぼ、僕でも出来るかな」

「出来るとも! その心に『希望(エスポワール)』がある限り!」

 

 再生している動画は、自分がいじめていた武田が母親から罵倒されて膝を着くシーンへと移っていた。自分も誰かにとっての悪を断罪することが出来れば、勉強や運動が出来ないとしても称賛を得られ、自分の存在が認められるなら。その夢想は泡(あぶく)の様に膨れては弾けていく。

 

「僕もなりたいです!」

「良いだろう。僕達は君を歓迎する!」

 

 構成員は日野の手を引いて、何処かへと去って行った。室内では付けっぱなしのPCから例の動画が流れ続けていた。

 

~~

 

「七海。全国におけるいじめの発生率はどれだけ下がっている?」

「私達の活動前と比べて大幅な削減に成功している」

 

 エスポワール戦隊本部。様々な機器は、皇を広域にわたって監視していた。特に学校を始めとしたカーストが発生しやすい場所については網羅されており、地図上に浮かんだ学校には多くの丸印が付いていた。

 

「リーダー。その事については、全国から感謝と。それと入隊を希望する者達が続々と集まって来ています」

「そうか。最終面接だけは俺が担当する」

「はい。分かりました」

 

 敬礼をして去って行く構成員を見ながら、この上ない充足感と幸福感に包まれていた。皇中の人間が自分達を祝福し、ヒーローをこんなにも必要としてくれている。

 『ジャ・アーク』や『唐沢』達が言っていた事は間違いであり『ヒーロー』は何時だって正しいという法則を守れたことが、この上なく喜ばしかった。

 

「リーダー。週刊誌で、私達を非難する記事を出そうとしている会社がある」

「始末……。いや、確かその近くには半グレ団体が借りているテナントがあったな。よし、良いことを思いついたぞ」

 

 大坊から話された作戦内容は、作戦を考える者達によって具体的な手段が計画され、実行に必要な人員や準備なども割り出してくれた。

 その賑やかさと体制は『ジャ・アーク』と対峙していた頃の『エスポワール戦隊』を思い出す物であり、胸に熱い物が込み上げて来た。

 

「七海。ヒーローって良いもんだよな」

「リーダーがそう言うのなら」

「よっし! それじゃあ、もっと沢山の人達を助けに行こうか! この胸に希望を灯して!!」

 

 画面内に表示された、任務の一つ。そこには『前作戦において始末した組長の葬儀に集まった者達への襲撃』と言う項目にチェックが入っていた。



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継ぐ者 1

 

 染井組を含めた暴力団の昨今と言えば、暴対法やエスポワール戦隊の自主的活動もあって、幅を利かすなんてことは出来なかった。反社会団体同士で僅かなシノギを奪い合うという地獄めいた光景が繰り広げられていた。

 剣狼達もその例に漏れず、表立って訴える事の出来ない社会的弱者や後ろめたさを抱える者達から僅かな稼ぎを回収する位だった。

 

「黒田。これでやって行けるのか?」

 

 染井宅と事務所の往復にも慣れ、手伝いも重ねて仕事の内容にも慣れてきた頃。得られる報酬を鑑みると、生活が困難であることは直ぐに察しが付いた。

 

「昔は兄貴と一緒に。シャバ代せびりに行ったり、おしぼり買わせたり。つい最近までは、しめ縄や門松買わせていたんだけれどよ」

「今はもう名刺やバッジ見せるだけでアウトだからな」

 

 事務所にどんよりとした空気が漂った。法律が整備され、善良な市民が不当な暴力に晒される事が無くなったのは良い事なのだが、法の網目を掻い潜る様な事を生業にしていた彼らにとっては悲報以外の何物でも無かった。

 

「カタギに戻ろうとしたけれど、結局ここに戻って来る奴ばっかりだからな」

「なんで戻って来るんだ?」

「元・極道なんて誰も雇ってくれねぇんだよ」

 

 中田が指差した先。そこには何度も捲られた為か、クタクタになった求人誌が置かれていた。手に取って開いて見れば、赤丸やバツ印が幾つも書き込まれていた。

 

「それに今までメンツで商売していたのに、そこら辺の奴らに簡単に頭なんか下げられるかよ!」

「稼ぎも無い。更正する望みもない。シノギは雀の涙。本当にどうやって暮らしているんだ?」

 

 黒田も含めた組員達が一斉に気まずそうな顔をした。もしも、これを言ったのが中田ならば、皆から恫喝されて終わった所だったが。今や組に欠かせぬ用心棒となった剣狼が発言したとなれば、口を噤む他なかった。

 年長者達の苦悶を推し量ったのか、黒田も暫し躊躇った後。彼の質問に回答した。

 

「俺達はな。……親父から小遣い貰っているんだよ」

「小遣い。つまり、お前達は皆『芳野』みたいな物だってことか?」

「似たような物だ」

 

 黒田に言われてから、改めて事務所を見れば。酒も無ければ、タバコも無い。反社会団体と言うにはあまりにも健康的だった。

 

「でも、芳野は学校に行ったり、家事をしたりしているぞ」

「俺達だってシノギに全力賭してんだよ!!」

 

 そこはどうしても譲れなかったラインなのか。組員の一人が声を荒げて訂正した。何もしていない穀潰しと思われるのは心底嫌だったらしい。

 そのシャウトで場が鎮まり返った所で、事務所の扉が叩かれた。中田がインターホンで外部の様子を確認すると、そこには白髪頭のくたびれた中年が居た。

 

「あ? 何だお前?」

「すいません。私、『フォビドゥン』って雑誌の記者をやっている『反町』ってモンなんですけれど。ご存知の方いますか?」

 

 全員が顔を見合わせて首を横に振ったので、最終的には黒田に視線が集まった。そして、彼は皆の期待に応える様に概要を話してくれた。

 

「『フォビドゥン』だと? 『エスポワール戦隊』の批判記事を飛ばしているって事で有名だが。この間、記者が襲撃されたとは聞いたが」

「お。読んでくれている人も居るんですか。嬉しいですねぇ」

「その記者がウチに何の用だ?」

「何って。記者の用事と言えば取材ですよ。ついでに面白い話も持って来たんですよ」

 

 取材だけならば追い返していた所だったが、それに付け加えた面白い話と言うのが気になった。

 

「その面白い話ってのは何だ?」

「いや。お宅の用心棒で『剣狼』さんって人がいるじゃないですか。その人に会いたいって人がいるんですよ。『ガイ・アーク』の部下だったと言えば分かる。って」

 

 その名前が出た瞬間。彼は立ち上がり、乱暴に事務所の扉を開けた。そこにはニヤケ面を浮かべた反町が立っていた。

 

「あ。取材、応じてくれる気になりました?」

「そいつの名前を教えろ」

「それは、まず私の取材を受けてからですよ。良いですか?」

 

 通常、こう言った事があれば若頭である豊島に取り次ぐものであるが、先程から電話も掛からず。その上、剣狼が目の色を変える様なネタであるならば、自分達も知っておきたい。と言う考えもあった。

 

「良いだろう。何が聞きたい?」

「まずはですね『エスポワール戦隊』を皆がどう思っているかという事から…」

 

 反町の取材は実にゴシップ記者らしい物であり、戦隊が掲げている『正義』の糾弾から、裁かれる側の困窮ぶりなど。如何にも相手を悪役に仕立て上げようという筋書きありきの質問ばかりだった。

 

「ちなみに。こう言った記事って売れているのか?」

「お陰様で。正義とか善行に対して苦情の声って上げにくいですからね。私達は声を上げられない市民達を代表して、こう言うのを書いているんですよ」

 

 取材に応じている黒田もそれは納得できる物だった。賛成する者達の声の大きさで搔き消されがちだが、彼らの行動を迷惑だと思っている人々は少なからずいる。されど、言えば何をされるか分からないという恐れもあって誰も何も言わないのだろうと。

 そう言ってフラストレーションをネタに稼いでいるのなら。なるほど、上手い商売だと感心していた。

 

「逆に聞いてみたいんだが。苦情の声ってどんなのがあるんだ?」

「そうですね。やっぱり、近くで暴れられて怖いとか。ウチもやられるんじゃないかとか。もしくは家族や友人が参加を強要して来て怖いとか。ですね」

 

 自分から悪の排除を希望したり、今まで以上の平穏を求めぬ者達にとっては、それらの活動は脅威でしかなく。分かりやすい目的を掲げているが故に、身内も感化され取り込まれるのは恐怖だろう。

 

「善良な市民は、批難すれば何されるか分からないから黙っている。そして、賛同する奴だけが声を上げてますます支持を得ていると勘違いして、更に活動が活発になるってか」

「そうなんですよ。だから、声を上げられる奴が意思表明しないと。本当にこの国がエスポワール戦隊に飲まれちまうんですよ」

「その意思表明の報復でお前達の仲間はやられた訳だが」

 

 ペンは剣よりも強しと言う言葉が黒田の中に過ったが、実際の暴力を前にすれば知性など容易く崩されてしまう無常さを儚んだ。

 

「一応。遺書とかデータとかは遺してあります」

「それらが使われない事を願うばかりだ」

 

 それから、幾らか話をした後。反町は席を立ちあがり、礼を言った。その後、剣狼の方へと行って、USBメモリを渡した。

 

「これ。その『ガイ・アーク』さんの部下から渡された物です。なんでも、中に必要な情報が入っているだとか」

「分かった」

「それでは皆様もお気を付けて」

 

 そう言って、彼はニヤケ面を浮かべながら事務所を後にした。剣狼は早速事務所内のパソコンにUSBメモリを挿して中身を見た。

 

「決戦の場所にて待つ。か……」

「どういうことだ?」

「俺達だけが分かる場所だ」

 

 彼以外の者達にはどういう事かはまるで見当もつかなかったが、剣狼だけはその場所が分かっている様に、拳を握り締めていた。

 



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継ぐ者 2

 

 採石場。人が寄り付く気配も無く、建物等も無いこの場所は『エスポワール戦隊』と『ジャ・アーク』の対決現場として、頻繁に使用されていた。

 そこに足を運んだ剣狼もまた、この場所には見覚えがあった。幾人もの戦闘員や怪人達が野望の成就を見ることなく散って行った墓場でもあり、彼もまたその内の一人であった。

 

「来たか」

 

 平時ならば無人であるはずのその場所には、幾つかの人影が居た。見た目には年齢も性別も国籍も入り混じった者達であったが、全員に共通点があった。

 

「『槍蜂』。お前達も復活していたのか?」

「あぁ。全員がフェルナンドさんの元に集合している訳ではないが」

 

 彼らは皆、かつて『ジャ・アーク』に所属していた怪人達だった。今は世に潜む仮の姿として人間の体を取っているが、同胞には一目瞭然であった。

 

「来たか」

「ガイ・アーク……。様ではないか」

 

 彼らに囲まれるようにして、中央に居た者の姿はかつての上司と似通っていたが、細部が違っていた。黒いコートの下からは無機質な冷涼な雰囲気を感じられ、窪んだ眼窩に光る瞳は青く輝いていた。

 

「その部下だった男だ。今は、ボスが亡き後の南米の麻薬カルテルのトップを務めている」

「何故、お前はガイ・アーク様と似たような姿をしている?」

「俺達のボスや仲間は『大坊乱太郎』に殺された。態々、直接的な関係のない皇からやって来てまでな」

 

 その名前を言われた時。彼は、在りし日の好敵手の顔を思い浮かべた。仲間達を鼓舞し、数の不利を物ともせず。自分達と戦って来た勇壮なその姿を。

 敵ながらも自分達と戦える存在に、かつては対抗心を燃やしたこともあった。故に、この凋落は予想さえ出来なかった。

 

「ボスを失った南米は荒れた。大小様々なマフィアが入り乱れて、混乱が訪れた。その最中に、俺は妻を失った」

「それが今のお前の姿とどう関係している?」

「生き残った仲間達と、復活した怪人達の力を借りて。俺はかつてのボス達の研究を完成させた」

「開発に協力したのは。『軍蟻』か」

 

 剣狼が視線をやった先。そこには、中世的な容姿をした小学生程の男子が居た。彼は、フェルナンドの説明に付け加える様にして言った。

 

「研究もそれなりに進んでいたからね。更には開発に必要な強力な個体の身体の一部も直ぐに用意できたし」

「そして、成功したガジェットを最初に使ったのが俺だった。個性の発現よりも、再現の側面が大きかったが」

 

 その説明を受けて、フェルナンドの姿がかつての上司に酷似している理由が分かった。ただ、会話の中で気になった物があった。

 

「怪人化のガジェット。というのは一体?」

 

 彼の疑問の答えを示す様に。フェルナンドは懐から腕輪の様な物を取り出した。デザインなどは施されておらずシンプルな造形をしていただけに、ポツンと取り付けられたボタン部分が非常に目立った。

 

「このガジェットは腕に巻いてボタンを押す事で、体組織から何まで変化させる電気信号を発して、一般人を怪人化させる」

「でも、どんな怪人が出来るかまでは指定できない。使い物にならない程、弱い個体も確認している」

 

 よく観察してみれば。フェルナンドの右腕部分はコートに覆われているとはいえ、リングらしき形が浮かび上がっていた。

 

「これで『エスポワール戦隊』に対抗できるのか?」

「相手側の正式な構成員とタメを張れる位の力は手に入る」

「誰に渡すんだ?」

「決まっている。『エスポワール戦隊』に恨みを持つ者。或いは彼らと敵対している者達だ」

 

 つまり、それは犯罪者や制裁された被害者の遺族を指している事でもあった。彼らが力を持てば、何が引き起こされるかは想像に容易い。

 

「この国に混乱をもたらすつもりか」

「先にやって来たのは『エスポワール戦隊』の方だ。そもそも、この国自体が奴らのせいで混乱を起こしているじゃないか。毒には毒をぶつけるんだよ」

「だから、剣狼。君達も僕達に協力して欲しい。何も組織を移れとは言わない。僕達の橋渡し役になってくれるだけでもいい」

 

 軍蟻に促されて、剣狼は考えた。いずれ、染井組も『エスポワール戦隊』に襲撃されたとして、その時に彼らは対抗できるかと言われたら首を振る他無かった。ならば、少しでも抵抗する手段を得る為に要求を呑むのは悪くない様にも思えた。

 

「分かった。だが、俺は取り次ぐ位しか出来ないぞ?」

「それで良い。難しい話は俺達に任せてくれ」

 

 フェルナンドは電話番号を書いた紙を彼に渡すと、暗がりの中に姿を消していった。他の怪人達も同じ様に付いて行こうとするが『軍蟻』と『槍蜂』の二人も剣狼に、自分の電話番号とメールアドレスを書いた紙を渡した。

 

「何か分からないことや気になることがあれば気軽に連絡をしてきてくれ」

「僕にはあまり連絡しに来ないでね」

「分かった」

 

 その番号を打ち込んで、連絡が出来る事を確認してから。紙を破いた。その一連の動作を見ながら、槍蜂は小さく笑った。

 

「お前がスマホ弄るとか。想像も出来なかったよ」

「そんなに変か?」

「君。他の怪人達から『脳筋』って呼ばれていたの知っていた?」

「知らん」

 

 そんな彼の様子が珍しかったのか。スマホ内の画面も覗き込んできたが、そこにはチャットツールやプリインストールされたアプリがあるだけで、素気ない物だった。

 

「お前にそこまで文明の利器を扱える様に、ご教授した相手が気になるね」

「なんでお前がそんな事を気にするんだ?」

「蜂だから仕える女王様が欲しいんでしょ。いつまでも油売ってないで、僕達も帰るよ」

 

 軍蟻に引きずられながら、槍蜂もフェルナンド達が去って行った方向に消えていった。そして、彼らの気配が完全になくなった後でも。剣狼は暫くその場に佇んでいた。

 

「人間が怪人になる。か」

 

 自分達は人類と敵対する戦士達である。と言う、自負も薄れる様な現実だった。今や人々の生活を脅かすのは『ジャ・アーク』ではなく『エスポワール戦隊』となっているのは皮肉な話だった。

 もしも、人々が怪人化して対抗すれば。その時は再び彼らが支援されるのだろうか。それとも、自分も同じ様に対抗したいと思う人間が出て来るのだろうか。その時はまた、この採石場が墓場になるのだろうか。

 

「……帰るか」

 

 そんな益体のない事を考えながら、彼もまたその場から去って行った。その際に覗き込んだスマホからは『晩御飯はいりますか?』というメッセージが来ていたので、直ぐに返信をしていた。

 

~~

 

 剣狼との対談を終えたフェルナンド達は、自分達の居城には戻らず。とある一軒家……の廃墟を訪れていた。周辺には車中泊をしている男性が居た。彼の顔を確認した後、窓を叩いた。

 その音で目を覚ました男性は、フェルナンドの異形の姿を見ても驚きもせず。車のドアを開けると土下座をした。

 

「フェルナンドさん! 私に。私に復讐をする為の力を下さい!! お願いします! ここに全財産が入っています!!」

 

 彼は相当な厚みのある封筒を手渡そうとしたが、フェルナンドはそれを押しとどめた。

 

「それはアンタがこれから生きる為に必要な金だ。長く生きて、長く対峙して欲しい。許せないんだろう? アンタの大切な物を奪ったアイツらが」

「はい。私の妻と息子は、決して褒められる性格はしていませんでした。それでも。優しい所もあったんです。大切にしたいと思う一面もあったんです」

 

 そう語る男性の顔はやつれていた。滂沱の如く涙を流したのだろうか、目の下には、濃いクマが浮かんでいた。

 

「分かっている。例え、世間が批難しようとも。俺達に取っちゃ大事な人達だったんだ。それを『正義』に奪われた無念さは良く分かるよ」

「では!!」

「受け取ってくれ。『リング』と、そいつの家の住所だ」

 

 腕にリングを巻き付けた男性は何の躊躇いも無く。そのボタンを押した。バチリと言う音が聞こえた後、彼の体は膨れ上がり。その背中には鳥類の様な羽が生え、頭部も同じ様に鳥を模した物へと変わって行った。

 

「クケェーッ!!」

 

 迸る力を抑えきれず。天に向かって叫んだ後、車のサイドミラーで異形と化した自分の姿を確認した後。フェルナンド達に頭を下げ、その住所に向かって車を進めた。

 

「じゃあな。健闘を祈っているよ。『武田』さん」

 

~~

 

「あの子はまた『エスポワール戦隊』の所に行っているの?」

「良いじゃないか。アレだけ学校を嫌がっていたあの子が、元気になって。夢中になれる物を見つけたんだ。喜ばしいよ」

 

 表に『日野』という表札を掲げた家宅のリビングには朗らかな空気が流れていた。数日前までは、息子の愚痴と悲嘆に溢れていたはずのその場所は、いつの間にか『エスポワール戦隊』の話題に埋め尽くされていた。

 その団体に対して脅威を覚えぬ訳では無かったが、息子を救ってくれた事は間違いなく、何にも飽きっぽい息子が熱中できる物を見つけられた。幾らかの謝礼を渡し、また彼を訓練に連れて行くという話にも両親は同意していた。

 

「そろそろ。あの子が帰ってくる時間ね」

 

 スマホのチャットツールには『もうすぐ帰る』というメッセージが送られていた。それから程なくして呼び鈴が鳴った。

 鍋に掛けていた火を止め、息子を迎える為に扉を開けた先には、警備の為に常駐していたエスポワール戦隊構成員達が血を流しながら斃れていた。彼らを見下ろすようにして立っているのは、全身を真っ赤に染めた巨大な鶏の怪人だった。

 

「え?」

 

 嘴で彼女の頭を咥えると、卵の様に簡単に割れた。そのまま奥へと進み、リビングで待機していた父親はその異形の姿に悲鳴を上げた。

 

「ひっ!?」

 

 腕を振るうと。その動作に合わせる様にして羽が弾丸のように射出され、彼の体に突き刺さった。助けを求める様にして手を伸ばした後、力尽きた。

 

「コケェーッ! ケッケッケ!!」

 

 惨劇を見せつける様にして、死体の数々を並べた怪人は、狂ったような笑い声を上げて、夜空に向かって飛翔した。

 十分程した後。帰って来た日野は、その惨劇を目の当たりにして。周囲一帯に響く様な絶叫を上げた。

 



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継ぐ者 3

 

 昨晩、剣狼は黒田に『フェルナンド』達と会った事と、彼らが持ち掛けた交渉の内容を説明した。

 話の内容が内容だけに。黒田も豊島と染井組長に説明をした所、全員が顔を突き合わせて話をする事になった。真っ先に口を開いたのは染井組長だった。

 

「フェルナンドか。南米の麻薬カルテルの王として、かなり有名だな」

「そいつが、俺達と交渉したいって話を持ち掛けて来たのか?」

「そうだ。連中は『怪人化』を促す道具を取り引きしたいとは言っていた」

「怪人化? そりゃ、お前みたいになるって事か?」

「俺もどうなるかは分からない。連中の電話番号も預かっている」

 

 剣狼は電話番号が書かれた紙を豊島に渡した。数舜の間を置いて、染井組長は記載された電話番号を入力した。コールを予想していたのか、直ぐに相手は出て来た。

 

「初めましてだな、染井サン。俺に掛けてきてくれたって事は、剣狼はちゃんと取り次いでくれたんだな」

「そうだ。だからこそ、聞きたい。なんでお前さん程の男が。ウチみたいなヤクザに連絡を入れて来る?」

 

 染井組長のいう事がイマイチ分からず。剣狼は黒田の方を見たが、彼は困ったような顔をして言い淀んでいた。そんな彼を見兼ねたのか、代わりに豊島が説明した。

 

「向こうは麻薬カルテルだ。幾つもの組織を束ねていて、こっちは一団体。どっちの規模がデケェかは言うまでもねぇ」

 

 明確な上下関係があるにも関わらず、遜(へりくだ)る様な真似もせず、毅然と対応している染井の胆力に改めて感心していた。

 

「今は、規模で威張り散らしている場合じゃねぇんだよ。俺達みたいな悪党達は、運命共同体。全部がエスポワール戦隊のターゲットにされている」

「だから、大小含めて手を組んで、早めに叩いておきたいのか?」

「そうだ。向こうも各団体と手を組んでいるんだから、俺達も手を組まねぇと対抗できねぇ」

「その件で気になっていた事がある。あんな無法者達が装備を開発して、集団で行動できるには。何処かにスポンサーが居るんだろう? お前らはそいつらの正体を掴んでいるのか?」

 

 誰もが疑問に思っていた事だった。コスプレ団体は兎も角として、不特定多数の一般人に、銃剣型ガジェットや量産型スーツを提供しているバックボーンは何処なのかと。

 黒田と剣狼も染井組長の声に耳を傾けた。如何に大坊個人が強大だとしても、組織として動くのに必要な物はまた違ってくるはずだ。資金、人員、装備のルート。大坊に、それらを形成できる程の知識も伝手もあるようには思えなかった。

 

「あぁ、勿論だとも。奴らについているスポンサーは『ユーステッド』の大手企業『ホーピング』だよ」

「ホーピングが!? ユーステッドの軍に武器を下ろしているって言うので有名な軍事企業だろ!?」

「一体何のために? あいつ等に武器を下ろして何の得があるんだ?」

「さぁな。そもそも利益の為に動いてるかも分からねぇ。あいつらの繋がりは俺達にも分からないが、協力しているのは確かだ」

 

 その話を聞いて、敵側の戦力が強大であると認識せざるを得なかった。向こうは暴徒達を尖兵とした軍事企業がバックに付いている集団。たかが、反社会団体が抵抗できる相手とも思えなかった。

 

「だが、それなら。次から次へと連中に装備が行き渡っているのも説明が付くか」

「同時に。一団体が対抗するのが不可能って事も分かるだろ? だから、俺は連中に対抗するために、片っ端から声を掛けている」

「ケンの言っていた怪人化のガジェットをエサにしてか? さっきの話に戻るが、俺達にそんな物を施して、お前達に何の得がある。金か?」

 

 先の話に戻った。エスポワール戦隊のスポンサーであるホーピングの思惑が分からぬように、彼らに標的とされている悪党達のスポンサーに付こうとしているフェルナンドの目的もまた不明瞭な物だった。

 

「幾つかある。アンタの期待に沿う合理的な理由も言えるがが、一番の目的は復讐だ。俺はボスと仲間、……妻を奪ったアイツらを決して許さない」

「そうか。身内を奪われたなら、許す訳にはいかねぇよな」

 

 今まで飄々としていた声の中で唯一本音とも言える様な、深い恨みが滲み出ていた。その怒りに共感するところもあったのか、染井は共感する様に頷いた。

 

「アンタらだって。一泡吹かせてやりてぇだろ?」

「当たり前だ。座して死を待つなんて、ガラじゃねぇ」

「交渉成立だ」

 

 事務所の扉が叩かれた。豊島に指示されて、黒田が出ると、スーツケースを抱えた身の丈2mほどの男がいた。剣狼が顔を上げた。

 

「拳熊。お前も復活していたのか」

「昨日の会合には出られなかったがな。交渉が成立したとの報せを聞いて、礼のガジェットを持って来た」

 

 事務所に上がり込み、デスクの上に置いたスーツケースを開けた。中にはボタンの付いた装飾の施されていないシンプルな腕輪が4つ程収められていた。電話口の声は続く。

 

「とりあえず、その4つは試供品だ。脅威が現れた時は試してくれ」

「分かった。使わせて貰おう」

 

 染井が一つ手に取り、豊島も一つ手に取り、懐にしまった。残った二つを手に取ると、彼は黒田と中田にそれを渡した。

 

「よし。テメェらがそれを使え」

「豊島の兄貴。俺達で良いんですか?」

「お前らは、一度狙われているんだ。今度もまた狙われるかもしれねぇからな。持っておけ」

「豊島の兄貴。ありがとうございます」

 

 二人とも礼を言いながら、それらを懐に仕舞った。物品を渡した拳熊は去ろうとして、事務所の壁に掛かっている物を見て声を上げた。

 

「おい、アレはエスポワール戦隊構成員のベルトとガジェットじゃないか」

「エスポワール戦隊構成員から奪い取った物だが、欲しいのか?」

「欲しいな。サンプルは幾らあっても足りやしねぇ」

 

 拳熊の呟きが聞こえたのか、フェルナンドは電話口で声を荒げた。自分達が持っていたとしても使い道が分からない物だが、ただで渡すのも気に入らない。

 

「そっちの誠意を見せてくれたなら考えるぜ」

「拳熊。出してやりな」

「分かった」

 

 一旦事務所から出て行くと、彼は表に停めていた車のトランクから新たにスーツケースを2つほど引っ張り出して来た。中には、皇で流通している紙幣が大量に収められていた。

 

「交渉成立だ」

「もしも、また。連中の装備とかを奪取出来たら呼べ。高値で引き取る。それじゃあな」

 

 ベルトと銃剣型のガジェットを手にした拳熊が去って行くのと同時に電話も切れた。彼らが去った後、暫し沈黙が場を支配していた。

 

「それじゃあ。俺達はまた用事で席を外す。ここは任せたぞ」

「分かりました。親っさん、豊島の兄貴」

 

 黒田達が頭を下げながら見送り、中田は何の気なしに、事務所内にあったテレビの電源を付けた。

 

「昨晩。都内にて、警備員と子供一人を残して惨殺されるという事件があり…」

「おぉ、怖いねぇ。エスポワール戦隊にやられたのか?」

 

 中田はそのニュースを茶化していたが、徐々に詳細が説明されるにつれて。事務所内の人間達の顔が固まって行った。

 

「被害に遭ったのは『日野』さんであり、表に居た警備員は『エスポワール戦隊』に所属していた物と発表があり…」

「おい、待てよ。てことは、このニュースに出ている日野って奴は」

 

 黒田は急いで先日の尋問の際に控えていた、日野の学生証に書かれていた住所をPCに入力し、付近をビュアーで見ると。報道されている現場と全く一緒の場所だった。

 

「間違いない。先日、俺達がここに連れて来た奴だ」

「一体誰が連中に復讐したんだ?」

 

 全員が疑問を浮かべる中。答えは程なくして、報道されているキャスターによって発表された。

 

「被害者達は人間の力とは思えない方法で殺害されており……」

 

 その方法に黒田達は懐に仕舞ったリングを見た。もしかすると、この犯行はこれを使った者では? という考えが過った。

 

「このリング。本当に使って良い物なんだよな?」

 

 中田の不安そうな表情と共に発された質問は、誰も応えられる者はいなかった。

 



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継ぐ者 4

 日野を誘った男は、自らを『シアン』と名乗った。訓練所では、自分と同年代の構成員達もおり、彼らとは話題もよく合い、境遇が似ていた事もあり良き友人となった。

 最初の内は授業でやる様な体育から始まり、徐々にガジェットの扱い方や、皇国内に蔓延る『ターゲット』について学んだりと。覚えは良くなかったが、日野は必死に学んでいた。勉学は中の上、構成員として重要な身体能力は下から数えた方が早かったが、そんな彼でも周囲から注目される才能があった。

 

「日野。97点」

「日野ちゃんすげぇ!!」

 

 訓練用の銃剣型ガジェットを下ろす。視線の先にあるターゲットは、いずれも頭部や胸部などが撃ち抜かれていた。周囲が感嘆の声を漏らす中、指導役であるシアンが拍手をしていた。

 

「凄いね、日野君。まさか、君にこんな才能があったとは」

「しょっちゅう、FPSゲームをやっていたこともあったのかも」

「素晴らしい。その能力を伸ばせば、君も『カラード』になれるかもしれない」

「カラード?」

「エスポワール戦隊は主に『構成員』『上級構成員』『カラード』の3階層から、構築されている事は。授業でもやったよね?」

 

 ノートにも書き留めていた事を憶えている。身体能力、経歴、適正テストを乗り越えた者だけが正式な構成員になり、初めて強化外骨格(スーツ)が配布される。功績を積み上げることで上級構成員へと昇進でき、部下を持つことが許されるようになる。

 戦いの中でスーツの適合率が上がれば、本人の気質に合わせた能力と色が発現し、それに応じたヒーローネームを授かった者達を『カラード』と呼んでいた。

 

「はい。でも、僕もなれるんでしょうか?」

「信じて、努力すれば叶う! 君にはその能力がある。良ければ、僕が君を指導しよう!」

「お、お願いします!」

「やったな! 日野ちゃん!」

 

 友人達からの賞賛と先輩から見込まれたこともあり、日野はかつてない程にやる気を見せていた。通常のカリキュラムに加えて『シアン』の指導もあって、自らの才能を伸ばしていった。その日々は充実しており、毎日家に帰っては両親にその話をしていた。

 彼の両親には、ゲームか何かの話の様に思えていたが、誇らしげに楽しそうに話す彼を見ているだけで満足してくれていた。その時間は間違いなく幸せだった。だが、それは唐突に終わりを迎えた。

 

~~

 

「……お母さん? お父さん?」

 

 ほんの十数分前。帰って来る事を告げた、自宅の玄関には死体が転がっていた。見慣れたエプロン姿をしていたが誰かは分からなかった。何故なら、頭から先が無かったからだ。

 急いで、家の中に上がると。全身を無数の羽に貫かれて絶命している父の姿があった。床には、自分の為に作られていた料理の数々がぶちまけられていた。日野は震える手でシアンに連絡を入れて、嗚咽の混じった声で現状を伝えた。

 

「シアンさん。家が、皆が殺されていて。凄い荒らされていて」

「日野君。まずは、その場を離れるんだ。近くに犯人が潜んでいるかもしれない」

 

 言う事に従い、その場を離れた。その際に表に転がっていた構成員の死体からベルトと銃剣型ガジェットを奪い取った。呆然自失のまま、フラフラと近くの空き地まで行って座り込んでいると。目の前に巨大な影が落ちて来た。

 鶏の様な頭部に、腕の代わりには2本の翼が生えていた。体躯は日野の倍程もあり、ぎょろりと彼を睨みつけながら、嘴を開いた。

 

「ケェーッ! ケェーッ! ケケェーッ! ケケケッ!!」

「ヒッ!?」

 

 狂った様に鳴き声を上げていた。哀しみと恐怖から、日野の表情はグシャグシャに歪んでおり、目の前の怪物は心底愉快そうに鳴き声を上げていた。

 

「ゲヒャーッ! いい気味だ!」

「……え?」

 

 突然放たれた人間の言葉に、彼は自らの心が凍てついて行くのを感じた。いい気味だと。自分の不幸を嘲笑うかの様な言葉に、反応せずにはいられなかった。

 

「お前達! 俺の子供と妻! 殺した! だから! 俺も! お前達殺した!」

「お、お前は」

 

 数日前。リンチを食らって、凄絶な最期を遂げた同級生を見ながら、ゲタゲタと笑っていた事を思い出した。いい気味だと、ザマァ見ろと。悪は滅びるのだと。

 自分が普段から嗜んでいる娯楽では、溜飲が下がって終わる所だ。だが、現実ではそうは行かない。大切な物を奪われた憎しみは、無かったことにはされない。

 

「タケダ! タケダ! 俺! タケダ!」

 

 目の前の怪物は、自分をイジメていた同級生の父親だった。復讐の為に変わり果てた姿となっていた。嘴の端から涎をたらし、目からは止めどなく涙が溢れていた。

 

「コッケェーッ!!」

 

 怒号と共に腕を勢いよく交差すると、腕部から放たれた羽根が地面へと突き刺さった。咄嗟に反応できたのは、訓練の賜物だった。相手の攻撃を避けたことで、自分は戦えるのだと認識した時、萎れていた心に闘志が宿った。

 

「テメェの糞みたいな家族のせいで、僕は苦しめられたってのに! 今更、逆恨みするんじゃねぇよ!!」

 

 悲劇の主人公ぶるな。と、日野は思った。最初に手を出して来たのは、お前の息子の方からだ。大人しくて、オタクだからと言うだけでゲラゲラ笑いながら侮辱して来た。耐え忍んで来た、現実に現れたヒーローが助けてくれた。然るべき裁きが下っただけなのに、今度は被害者ヅラをして来た。許せることではない。

 先程、剥ぎ取ったベルトを装着した。量産型のスーツが彼を包み、授業で習ったように銃剣型ガジェットを構えた。

 

「ぶっ殺す! ぶっ殺す!!」

「お前が死ね!!!」

 

 互いに家族を失った者同士。残されたのは自分の命だけ。怪人化して、強化された身体能力は、空を飛び回ることを可能としていた。滑空しての一撃はブロック塀を砕き、射出される羽根は車や家宅の外壁に突き刺さった。

 対する日野の動きには訓練の結果が出ていた。飛翔する怪人の羽を的確に素早く射貫いていた。実戦の中で技術は洗練されて行き、武田は両翼の付け根を撃ち抜かれて落下したが、殺意が衰えることは無い。

 

「コッケェーッッッッ!!」

 

 ダメージを受けた体を奮い立たせる様にして叫んだ。日野は蓄積したダメージを見逃さず、心臓や頭部など。人体急所に向けて打ち込むが、怪人は止まる気配無く日野へと突っ込んで来た。

 肉体から羽毛と血をまき散らしながら、収まる事のない憎悪を滾らせていた。日野もまた、同じく憎悪と敵意を持って迎え撃っていた。

 

「死ね! 死ね!」

 

 距離を詰められる事が避けられぬ以上、銃剣を使う方の構えへと切り替えて肉薄した。一瞬の交差の内、巨大な腕から繰り出された拳は日野の頭部を掠め、フェイス部分を切り裂いた。突き出した銃剣は怪人の喉笛を貫いていた。

 

「コケェッ」

 

 短い悲鳴を上げた後、刎ねられた首はゴロゴロと転がって行った。同時に怪人の体は萎んでいき、元の姿へと戻って行く。即ち、人間の死体が転がっていた。胴体から切り離された頭部は、日野を睨みつける様に見開かれていた。

 

「……」

 

 装着していたスーツの首元に奇妙な感覚が走った。授業でも習ったが、これはスーツに内包されている『精神安定化』の為に流されている電流や薬剤らしく、戦場での混乱を沈めてくれる役割があるそうだ。

 恐る恐る。彼の体に近付き、物品を漁った。その懐には大量の万札が収められていた封筒と手帳が入っていた。手帳を開くと、最初の方は仕事のスケジュールが敷き詰められていたが、後半になると本人の精神の乱れを表す様に書き殴った文字と……日野の住所が書かれた紙が挟まれていた。最後には日野も知らない笑顔を浮かべた武田家の集合写真が挟まれていた。

 

「日野君!!」

「シアンさん」

 

 暫し、手帳を眺めていると。シアンが駆け寄って来た。周囲の交戦跡と倒れている死体を見て、状況を察した。

 

「まさか。君一人で怪人を倒したのか?」

「……はい」

「よく、無事で居てくれた。頑張ったね」

 

 彼に労いの言葉を掛けた後、シアンは死体を調べた。すると、程なくして彼の腕に装着されているリングに目が行った。

 

「シアンさん。それは?」

「僕達ヒーローの変身ベルトの……。怪人版、だろうね」

「一体誰が。そんな物を」

「分からない。でも、こんな物を一般人が開発できる訳が無い。つまりは、僕達『エスポワール戦隊』に対抗する組織が現れたんだ」

 

 シアンに引き続き構成員達が現れ、死体の処理を始めた。彼らに指示を飛ばしている傍ら、呆然と立ち尽くす日野の方を見ながら彼は言った。

 

「日野君。今日は、本部の方に行きなさい。現場には警察とかも立ち寄って来るだろうからね」

「……すいません。1日だけ。戻らせて下さい」

 

 暫しの沈黙の後。シアンは各所に手配をしてから『1日だけだよ』と言った。その言葉に甘え、彼は毅然とした足取りで自宅へと向かった。

 

~~

 

 朝起きると。トーストの匂いが漂っていた。父親が新聞を広げながら、テレビを見て、コーヒーを啜る。それに同席しながら黙々とトーストにバターを塗りつけて食べていた。いつも学校に着ていく制服は母が洗濯してくれていた。

 学校に行くのが嫌でも、着て行かなければならないそれを憎みもした。そんな朝がこれからも、少なくとも。学生の間には繰り返される物だと思っていた。

 

「ん……」

 

 目覚ましの無機質な音に起こされた。リビングに降りると惨状は何も片付いておらず、変わらず父の死体があるだけだった。昨晩の内にアイロンをかけてくれていたのか、制服だけはハンガーに掛かっていた。

 もう行くことは無いだろうと言うのに。袖を通して、訓練道具一式を学生鞄に入れた後。家を後にする際に言った。

 

「行ってきます」

 

 もう二度と帰って来る事の無い、日常と幸せに別れを告げて、日野はエスポワール戦隊の本部へと向かった。

 



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激突! 新生エスポワール戦隊VS怪人連合!
守るべき日々 1


 

 ハト教から帰って来た大坊達は、自分達が居ない間に起きたことをまとめた報告書に目を通していた。特に目を引いた項目は『敵対組織』が現れた。と言う物だった。

 

「『ビリジアン』。この項目についての説明が聞きたい」

「はいよ。ボス! まず、この映像を見て下さい」

 

 ビリジアングリーンのスーツに身を包んだ隊員は、モニタにいくつかの映像を流した。腕にリングを装着した者達が怪人へと変身して、構成員や同志達を葬る姿だった。その後、駆けつけた上級構成員やカラード達に始末され、人間体へと戻っていく一部始終を捉えた物だった。

 

「一般人が入手できる物じゃないよな」

「はい。今まで撃破してきた者達の身元を調査した所。いずれも、我々が制裁を下した者達の新縁者、あるいは親しい者達ばかりでした」

 

 それを聞いた大坊の顔には憤怒の表情が浮かんでいた。暫し浮かべられる事の無かった表情に、七海は反射的に距離を取った。

 

「俺達が裁きを下すのは、対象に近しい者達への報復を防ぐという目的もあったと言うのに。何故、それが分からないんだ」

「連中は感情で動いていますからね。我々の様な大義を持っていないから、後先を考えない復讐なんてことをするんですよ」

「全く。自分勝手な正義感で復讐を正当化するとは。呆れた奴らだ」

 

 大坊の言葉にビリジアンはニヤケ面を浮かべながら、モニタに表示した地図の幾つかにポイントを打ち込んだ。そのいずれも暴力団を始めとした反社会団体であり、その中でも一際大きなポイントが付いた場所があった。

 

「ここは?」

「先日、リーダーが仕留めた組長がいたでしょ? アレ、組や傘下団体を上げて葬式するって目途が付いたらしくてねぇ。ここにそいつらが集まるんですよ」

「最近は、葬儀屋も反社会団体には関わりたがらないのに。よくやるもんだ」

 

 昔から勧められていた暴対法に加えて、昨今ではエスポワール戦隊の活躍もあって、ますます彼らは世間一般から距離を取られていた。

 大坊達がハト教に行っている間に行われなかったのも、依頼先を見つける事に手間取っていた為だろう。

 

「集まったからには。勿論、俺達がやることは決まっていますよね?」

「当然だ。『上級構成員』と『カラード』。それに『ヒーローチルドレン』も借り出しての大掃討の準備を進めてくれ」

「了解です」

 

 直ぐにビリジアンは各支部や隊員達に連絡を取り、作戦の立案を依頼した。その様子を見ている大坊の双眸は煌々と輝いており、先日までの穏やかさは既に鳴りを潜めていた。そんな彼を見て、七海は言った。

 

「リーダー。ハト教での日々よりも、誰かを倒している方が。楽しい?」

「楽しいかどうかじゃない。俺達にしか出来ない事だ。皆の平和の為、安寧の為と思うと。俺の心の中にある使命感が熱く燃え滾るんだ」

 

 そう言って、握り拳を作る大坊の口角は釣り上がっていた。自分達の平和を脅かす相手を取り除き、皆から賞賛を浴びる。その行為が如何に甘美な物であるかという事を、彼は知っていた。

 

「リーダーがそう言うのなら」

 

 しかし、七海は多少の嫌悪感を覚えはした物の。引き止めるような真似はしなかった。その行為で救われる者がいる事を、彼女は身をもって知っていたからだ。

 

~~

 

 染井宅。芳野との生活に慣れて来た剣狼は掃除を行ったり、洗濯を干したり、一緒に買い出しに行ったりと。自主的に家事を手伝うようになっていた。

 当初は、彼の事を恐ろしい人間だと思っていた芳野であったが。共に生活をしていく内に無愛想で不器用ながらも、他者を気遣える人物であることを把握し、二人の距離は縮まっていた。

 

「ケンさん。買い出しに行きましょう」

「分かった」

 

 いつも通り。少し寂れた商店街へと向かう。商品の質はマチマチであるが、話を交わす店員達とは誰もが顔見知りであり、しばしば買い物に来る二人を冷やかしたりしていた。

 

「おぅ、芳野ちゃん。今日も彼氏連れかい?」

「もう。そんなのじゃありませんよ」

 

 専ら喋るのは芳野であり、剣狼は荷物を持つことに従事していた。勿論、彼にも声を掛けられるのだが、ぶっきらぼうな返事ばかりを返していたが。決して、悪いようには受け取られてはいなかった。

 買物を終え、家に帰った所で玄関に自分達以外の靴があることに気付いた。奥へと上がると、そこには染井組長と豊島の二人がリビングで腰を下ろしていた。

 

「あ、お父さん。帰って来るなら連絡を入れてくれれば良かったのに」

「悪かった。俺も急に決めた事だったからな」

「どうしてだ?」

「何。明日の仕事に行く前に芳野の飯を食いてぇと思ってな。悪ぃが、俺達の分も作ってくれねぇか?」

「はい。大丈夫ですよ。ケンさん、手伝って貰えますか?」

 

 芳野の呼びかけに応じて、彼もエプロンを付けて台所へと入った。彼女を手伝う動きは慣れた物で、思わず染井組長達も唸った程だった。

 

「親父。黒田達、良い奴を拾ってきましたね」

「全くだ」

 

 卓上に食器や飲み物を並べ、全員が手を合わせて『いただきます』と言った。食事をしている時は終始無言であり、故に手早く終わった。出された物は残さず平らげた為、食器の洗濯も速やかに行われた。

 

「芳野。悪いが、ケンを借りていくぞ」

「あ、はい。分かりました」

 

 染井組長達に引っ張られ、彼の部屋へと訪れた。襖(ふすま)を閉めて、豊島は見張りをするようにして表へと出た。染井組長が腰を下ろしたのを見て、同じ様にして座った剣狼が先に口を開いた。

 

「アンタ。顔に死相が浮かんでいるぞ」

「やっぱり、そう言うのは分かるのか?」

「分かる。エスポワール戦隊と対決をする前の怪人達や戦闘員に浮かんでいたのを何度も見て来た」

 

 具体的にどんな物であるかは彼にも説明が出来なかったが、今の染井組長に浮かんでいる雰囲気を放っていた者達は、殆ど例外なく斃されてきたのを覚えていた。その神妙な面持ちを見て、染井組長は口を開いた。

 

「明日。俺達は、親元である団体の組長の葬式に出る」

「直系の親の葬式。ともなれば、他にも大量に集まるだろうな。……勿論、それをエスポワール戦隊が逃すとは思えないが」

「だろうな。だからと言って、アイツらにビビッて取り止めたら。俺達は末代までの笑い者になる」

 

 死地になるのは分かり切っていたが、止める事は出来ない。既に権威はボロボロに砕かれているが、続けて来た慣習を止める事は出来ない不器用すぎる生き方が其処にはあった。

 

「だったら、俺を連れていけ。少なくともアンタ達2人は助けられる」

「いや。お前さんには事務所と芳野を守って欲しいんだ。それに、俺達にはフェルナンドから預かったコイツがある」

 

 その手には、先日渡されたリングがあった。使用例は幾らか聞いていたが、事態を打開にする足り得るほどの力を授けてくれるかは疑問だった。

 

「生きて帰って来れるのか?」

「やるしかねぇんだ。もしも、何かあったときは黒田を頼ってくれ。芳野の事。お前に頼むぞ」

 

 その決意を秘めた瞳に。彼はかつての上司である『ガイ・アーク』を思い出していた。話す事を話せて満足したのか、染井組長はそれ以上は何も言わずに。立ち上がり、部屋から去って行った。

 しばし、彼は部屋に佇み。この事を黒田に連絡を入れようかどうか迷ったが。もしも、連絡をすれば。先程自分が思った様に危険を顧みずに出て行くかもしれない。そう考えて、彼は打ちかけたスマホの電源を落として。部屋を去って行った。

 



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守るべき日々 2

 染井組長と話を終えた剣狼は、暫し考えていた。拳熊から渡されたリングは、ある程度の力は寄こしてくれるかもしれない。

 

「(だが、勝てるとは思えない)」

 

 彼はレッドと幾度も対峙し、幾度も仲間が葬られたのを見て来た。シュー・アクやゴク・アク。そして、ガイ・アークと言った幹部達を一人で退けたという話を聞き、自分が知っていた頃よりも遥かに強くなっていることも分かっていた。

 その様な場所に向かえば、彼らがターゲットとしている『悪』に属する染井達が、生きて帰れるとは思えなかった。どうするべきか、と考えた時。自分が奇妙な思考をしていると知った。

 

「(馬鹿な。俺が人間に気を遣うだと)」

 

 かつては、ジャ・アークの一員として人々を殺傷したこともあった。人間達は侵略する対象であり、気遣う相手ではない。あくまで自分が利用している住処が危険に晒されるのを避ける為だ。

 合理的な理由は思い浮かぶが、不思議な事に芳野の事が思考を過っていた。常識や世間には疎いが、一緒に暮らしている相手の表情や機嫌が分からない程、鈍感でもない。いつもより、芳野が楽しそうにしていたのが分かった。

 

「(もしも)」

 

 染井達が不帰の人となれば、彼女はどの様な表情をするのだろうか。自分も行った方が良いかと考えた。だが、染井の頼みに反する形になる。

上からの命令は絶対。自分の意思で動くことが少なかった彼には、上下関係が厳しい極道の世界は馴染みやすい物だった。

 

「(俺は何がしたいんだ)」

 

 今まで通り、上の言う事を聞いていればいい。だが、そうではないと考えている自分もいる。何をしたいのか? まとまらない考えをまとめる為に部屋を出た彼は、染井組長の臭いを辿った。

 

「(芳野?)」

 

 咄嗟に身を隠したが、追跡先には染井組長以外にも芳野がいるのが分かった。嗅覚と同様に、優れた聴覚は彼らの会話を聞き取っていた。

 

「どうだ。剣狼の奴は」

「良い人ですよ。ぶっきらぼうですけれど、私のことを心配してくれますし。何より、とても素直な人です」

「中田の奴は『遠慮を知らねぇ』とは言っていたが」

「遠慮して、何一つとして本心を話してくれない人は見慣れていますから」

 

 グゥ。と、染井組長が怯む様子が伝わった。思い出すのは、芳野のクラスメイト達だ。誰もが腫物の様に、彼女と距離を取っていた。

 

「俺のことを恨んでいるか?」

「……お母さんがいなくて寂しかったし、極道の娘だからって友達も出来なかった。でも、お父さんの優しさは分かっていた。恨める訳、ないじゃないですか」

「そうか」

 

 短く呟いた声には温かい物があった。芳野が見せる優しさと似ていた。

 

「お父さん。どうしても行かなきゃダメ?」

「極道は嘗められちゃ終わりだ。世間も、外れた奴らには厳しい。今更、俺が普通の親父に戻るのはあり得ないことだ」

 

 事務所内のクタクタになった求人票。戻ろうと藻掻いた者達の中には、染井組長も居たのかもしれない。

 

「だったら、絶対に帰って来て。今日みたいに、ご飯を作って。待っているから」

「約束する。必ず帰って来る」

 

 縋るような声に対し、凛とした回答。エスポワール戦隊が怪物じみていることは、彼も重々承知しているはずだった。その決意に、剣狼はかつての上司であるガイ・アークを思い出していた。

 自分は力になることが出来なかった。二度も、エスポワール戦隊に殺された。今度もまた見ているだけなのは御免だった。

 

「(中田の兄貴達には怒られるだろうが)」

 

 彼の心は決まった。今度こそは、守ってみせると。例え、上の言いつけに逆らう事になったとしても。足音を殺しながら、剣狼は寝所へと向かっていた。

 

~~

 

 剣狼に腕を切られた男『高橋』はスマホを眺めていた。反社会団体の連中が葬儀所に集まるので、制裁しに行く同志を募るメールだった。

 昨今では、彼らも一方的に裁かれるだけではなく、『リング』と呼ばれる物を使い、怪人化して反撃をするというパターンも増えてきた為、以前ほど人が集まることは減っていた。

 

「上等だ。怪人はぶっ殺してやる」

 

 故に、今も集まろうとしている人間は並々ならぬ正義感を持つ者、あるいは制裁感情が強い者達であった。その一人が、高橋であった。

 彼は定職には就いておらず、両親も逝去していた。恵まれた体躯を鍛える為に格闘技などを習っていた事もあったが、心はまるで伴わず。コミュニケーション能力や常識が伴わないまま、体だけが大きくなっていた。

 

「悪い奴は許さない」

 

 当然、社会では爪弾きにされていた。バイトで食い繋いではいたが、煙たがられていることは言うまでも無かった。

 奇妙なことに、その経歴はエスポワール戦隊のリーダーと似通っており、自らの不幸や不満をぶつける相手として、悪を求めていた事も共通していた。

 

「既に1回はやったんだ。出来るはずだ」

 

 壁に立てかけている銃剣型ガジェットを見た。この武器は誰にでも支給される訳ではなく、一定の見込みがあって初めて配布される物であった。彼は思い出していた。銃剣型ガジェットを手に入れるまでにしたことを。

 

~~

 

 年下のバイトリーダーからやる気の無さを指摘された高橋は不機嫌を隠そうともせず、夕飯を買う為にスーパーに立ち寄っていた。

 半額シールの貼られた冷めた惣菜を買い物カゴに入れていると、怒鳴り声が聞こえて来た。見れば、店員が委縮していた。

 

「お前、ワシがいつもこれ買っていると分かっているだろう。なのに、なんで半額を付けないんだ!」

「すいません。こちらの商品、出来た時間が違っておりまして、半額を張る商品ではなく……」

「店長を呼べ!」

 

 横柄で傲慢。バイトも学生だろうか、突然のクレームにあたふたしていた。

 高橋としては彼を助けようと考えた訳では無かった。疲れている状態だったので、老人の癇癪を見逃す程の余裕が無かったのだ。

 

「おい。爺」

「なんや!」

 

 買い物かごを付近に置いて、彼は老人の胸倉を掴んだままスーパーを出た。

入り口で彼を待ち構えていたのは警備員ではなく、全身を黒色強化外骨

格(スーツ)で覆った人間だった。

 

「誰だ、お前」

「俺は今、感動している。君の正義の行いに!」

「正義?」

 

 何のことか、まるで分からない。彼が呆然としている間に、似たようなコスチュームをした人間がゾロゾロと集まり、高橋が掴まえていた老人をバンに乗せて去った。

 

「そう! 君は、あの与太者の魔の手からバイトを救ったんだ! 誰もが怯む中、君だけが勇気を持って行動できた! これは凄いことだよ!」

 

 実際の所は、苛立って行動を起こしただけだが、褒められて悪い気分はしなかった。今まで、煙たがられて来た彼にとって、肯定して貰えることがどれだけ嬉しかったことだろうか。

 

「そうか。ヘヘヘ。褒められると、悪い気はしねぇな」

「どうだろう。俺達と一緒に、この皇の悪を倒さないか?」

「アンタ達は?」

「俺達はエスポワール戦隊! 皆の平和を守る、正義のヒーローさ!」

 

 言っていることは何一つとして、マトモでは無かった。しかし、まともな人間達に煙たがられていた高橋は、却って共感を覚えた。

 

「悪を倒す、正義のヒーローか。良いな!」

「分かってくれるか! これで、今日から君も仲間だ! 友好の証として、これを受け取って欲しい!」

 

 構成員の男は腰に提げていた銃剣型のガジェットを高橋に渡した。玩具の様な見た目に反して、重量感があった。

 

「仲間として、俺は何をすればいいんだ?」

「悪を倒せばいい。君が、今日やっていた時みたいにね! あ、そうだ。アドレスを教えて欲しいな!」

 

 気を良くした高橋はアドレスを渡した。それから、言われた通り。彼は悪を倒す手助けをした。喚き立てる老害の始末から、転売ヤーへのリンチなど。

 難しい作業や空気を読むことが苦手な彼でも、誰かを殴ることは簡単に出来た。周囲の人間も褒めてくれた、協力金も出た。ヒーローと言う、誰にも肯定されて然るべき存在となった彼が役目にのめり込むのも無理はない事だった。

 

~~

 

「俺はヒーローなんだ」

 

 浴びた喝采が、賞賛が、快感が忘れられない。怪人が跋扈し、人々が恐怖している今こそ。困難を取り除いたとき、もう一度自分は輝けるはずだ。

 既に仕事も辞めていた。今更、年下に頭を下げることも、空気を読んで低賃金の仕事をすることも出来ない。彼の意思に呼応する様にして、義手もガタガタと震えていた。

 



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守るべき日々 3

 都内某所。故人を送る為の葬儀場は剣呑な空気に包まれていた。弔問客はいずれも周囲を頻りに見渡し、あるいは無線を用いて定期連絡を行っていた。その場所を訪れていた染井組長と豊島は眉を顰めた。

 

「やれやれ。葬儀一つまともに開催させてくれねぇとは」

「弔問客の名簿を見るに、組の人間以外は来てねぇみたいです。関係者の名前はありませんでした」

 

 エスポワール戦隊が出現する以前は、持ちつ持たれつの関係を持っていた表の人物達は全員欠席していた。不義理だと思いはしたが、虎穴と分かっている場所に飛び込める人間もそうはいない。

 その証拠に組の者達以外の人間。即ち、スタッフ達の顔には絶えず不安が張り付いていた。

 

「連中。流石に、葬儀会社の人間にまでは手を出さねぇだろうな」

「分かりませんよ。既に俺達に関わった時点で悪党認定をされているかもしれませんよ」

 

 世間から後ろ指を指された存在は弔う事も許されないのか。村八分でも葬儀の時は協力すると言うのに。斎場へと向かうごとに物々しさは増していき、頻りに懐を気にする者達も増えていた。

 辿り着いた場所には逃げずにやって来た組長や若頭。或いは本部の人間達が集っており、その内の一人は染井組長の方を見ると近づいて来た。

 

「染井。お前さんもやって来たか」

「当たり前だ、梅松。ここで逃げ出す奴なら、この先やっていけねぇからな」

 

 梅松と呼ばれた顔面に幾つもの切創を持つ老齢の男を見て、染井は少しだけ笑った。隣に控えている若者を見て、染井は気付いた。

 

「竹井はどうしたんだ?」

「エスポワール戦隊にやられた。コイツはその代わりに入って来た奴だ」

「初めまして。刀虎と申します」

 

 その体格は黒田程の物だったが、全身から放たれている威圧感は肌を突き刺すようだった。また、名前の並びにも既視感があった。丁度、事務所に最近入って来た用心棒の若者を思い出した。

 

「刀虎? 剣狼と知り合いか?」

「昔、同じ職場で働いていました。交流はあまりありませんでしたが」

「そうか。ウメ、そいつがそこに居るって事は。お前も持ってんだな?」

 

 染井は袖を捲った。そこには『フェルナンド』から渡された件のリングが装着されており、それを見た梅松もまた。己の腕に付けているリングを見せた。

 

「さっき、会場を回った限り。刀虎の知り合いも何人かいた。どうやら『フェルナンド』は、皇全国規模で暴力団を取り入れていっているらしい」

「俺達が悪の先鋒って訳か」

 

 誰かの下に付いている様で気に食わなかったが、メンツに拘り過ぎて何も残せずに死ぬことは増々馬鹿らしい。

 改めて観察してみれば、ここにいる組長や護衛達はスーツの上からも分かる位に、微かに腕の部分がリングの形に浮き上がっていた。刀虎も気配を感じていたのか、ポツリと漏らした。

 

「戦場になりますよ」

「望む所だ。連中もまとめて葬儀に出してやるよ」

 

 老いてなお、気骨を失わない二人を見ながら。お互いの付き人達は確実に近づいて来る戦いの予感に、冷汗を浮かべていた。

 

~~

 

「え? 引継ぎを?」

「はい。念のため、従業員の安全を守るようにと。本社からの通達がありまして」

 

 葬儀の準備に当たっていたスタッフ達は通達を聞いて驚いた。本社から連絡は来ていないが、目の前にいる人間は間違いなく自社の名札を掲げているし、使っている車も社用の物だった。

 声を掛けられたスタッフは責任者を呼んだ。責任者は彼らと何かを話し込んだ後。他のスタッフ達にも連絡を入れて、入り口前に集まった。

 

「お前達。後の仕事はこの人達に引き継ぐ。俺達は此処で引き上げるぞ」

「え? でも、これから告別式もあるのに。ここで去るのはおかしくないですか?」

「良いから! いう事を聞け!」

 

 滅多に声を荒げない責任者の剣幕に圧され、引継ぎに来たというスタッフ達に説明をしたが、やはり違和感は拭えなかった。そんな不信感漂う空気に割って入ったのは、妙齢の美しい女性だった。

 

「申し訳ありません。これも皆様を守る為です」

 

 透き通るようなその声は、直接脳内を揺さぶるかのような心地よさを覚え、退去を渋っていたスタッフ達の警戒心が解かれて行く。間もなく、彼らは挨拶を交わして会場から出て行った。

 その様子を見届けたスタッフ達は社用車に偽装したバンから銃剣型のガジェットを取り出し、腰元に装着しているベルトの感触を確かめていた。

 

「『シャモア』姉さん。近隣に進入禁止の立て看板の設置をしておきました」

「ご苦労。さて、皆。私達の襲撃が来ることを予想してやって来た連中よ。気を引き締めて行きなさい」

「『カラード』に『上級構成員』。それに秘蔵っ子である『ヒーローチルドレン』達も来ているんです。俺達が負ける訳がありません」

「そうだぜ! 正義は勝つんだよ!」

 

 少し遅れてやって来たバンから、まだ幼さが残る少年少女達も出て来た。装着しているベルトは構成員達やカラードの物とも違う、少し特殊な形をしていた。

 そして、彼らに手を引かれるようにして現れたのはリーダーである大坊乱太郎だった。

 

「そうだ。連中が何を企んでいようと。俺達は悪を払うヒーローだ。詰まらん小細工など蹴散らしてやる」

 

 大坊が先頭に立ち、会場へと入っていく。警備に当たっていた組員達は直ぐに、異様さを察して通信機を立ち上げたが、ノイズを流すばかりで、使い物にならなかった。

 

「な!?」

「おいおい。妨害電波が使われる位は、分かるだろ? 来世ではそこら辺を覚えていると良いぜ?」

 

 嘲笑を浮かべながらベルトを起動させた痩身の男は、ビリジアン色のスーツを身にまとっていた。他の者達も一斉に起動させ、量産型のスーツを装着した構成員達が並び、その先頭にはビリジアンやシャモアを含む各人の特色を表したカラード達が並んでいた。

 そして、彼らは銃剣型のガジェットを構えた。その先頭に立ったブラックのスーツを纏った大坊は腕を掲げて、号令を下した。

 

「悪を倒せ!!」

 

 一斉に引き金が引かれた。警備に当たっていた者達は瞬く間にハチの巣になり、会場内に停めてあった車内に待機していた者達も、車体ごと全身を貫かれた。

 悲鳴を上げる間もなく、あらかじめ葬式会場の見取り図を把握していたブラックにより、各所の脱出口を塞ぐような形で人員が配置されて行くが、それよりも先に正面入り口から大量の組員が現れた。

 

「定時連絡が途絶えたからまさかと思ったが。本当に来てやがったか!」

 

 全員が躊躇う事なく、自らの上腕部分を叩いたかと思うと、彼らの全身が異形へと変わって行く。虫や哺乳類、或いは鳥類や爬虫類を彷彿とさせる怪人へと変貌していた。

 

「あいつらは! 『シアン』の報告に上がっていた怪人化した連中って奴か!」

 

 耳障りな翅音を響かせ、飛翔したカ型の怪人は目にも留まらぬ速度で構成員達に口吻を突き刺していく。スーツが貫かれた時、不思議と痛みは無かったが、次の瞬間、腹部に強烈な激痛と違和感を感じた。

 便意が収まらず、本人の意思とは無関係に糞便が垂れ流され。動けなくなるほどの寒気と熱に襲われ、蹲った。

 

「ハッハー!! 力が漲るぜ!!!」

 

 ウシ型の怪人が破損した車を盾の様に掲げながら、それらを鈍器の様に振り回り、幾人もの構成員達を叩き潰した。

 反撃されることは覚悟していたが、いざ目の前にしてみれば、混乱し、逃走を企てようとしたが。首筋に走った電気信号により、その考えは全て中断され、仲間を葬られた怒りへと転じた。

 

「この化物共め! 死にやがれ!!」

 

 崩れた士気は瞬く間に建て直され、怪人一人に対して多くの人間が囲い込み集団で襲い掛かることで、その戦力比をカバーしていた。怪人と構成員達が矛を交え、両者の死体が積み重なっていく。その様子を見た大坊は吠えた。

 

「俺達の仲間に手を上げるとは、許さんぞ!」

 

 怒りに駆られた大坊の動きは精彩に満ちており、飛翔しているカ型の怪人を叩き落としたかと思えば、瞬く間にレッドソードで真っ二つにした。

 また、上空で奪い取った銃剣型ガジェットで攻撃を繰り返す鳥類型の怪人に対しても、グリーンスピアを投擲して、胴体を貫いていた。その活躍に周囲は称賛の声を上げた。

 

「見ろ! 俺達もリーダーに続け!」

「お前ら! 連中を一人でも多く殺せ! 殺された兄弟や皆の仇を討つんだ!」

 

 カラードや上級構成員達が鼓舞し、構成員達も我が身を顧みずに突っ込む。また、怪人達も一人でも多くを道連れにせんと猛威を振るい、エスポワール戦隊が在りし日の大混戦を見せていた。

 その場には、殺された事で怪人化が解除された者達と。スーツの装着状態が解除された者達の死体がそこら中に転がっていた。

 



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守るべき日々 4

 

 斎場に集っていた染井組長達にも表の異常は直ぐに分かった。と言うのも、通信機器が一斉に圏外になったからだ。動揺が広がる一同に対して、その場を取り纏める様にして声を上げたのは梅松組長だった。

 

「ガタガタ抜かすんじゃねぇ! 俺達は今、カチコミを掛けられてんだ!」

「この場にいる方達は皆。フェルナンド様から支給されたリングを装着しております。……もはや、我々は狩られるだけの羊ではありません」

 

 騒いでいた関係者達が、スーツの下にあるリングの感触を確かめた後。意気揚々と吠えた。

 

「そうだ! 香典代わりに連中の首を入れてやろうじゃねぇか!」

「このまま嘗められっ放しで堪るかよ!!」

 

 今まで抑圧され燻っていた憎悪は、戦う術を手にした事により一切に燃え盛った。 

 誰もが躊躇うことなく、装着されたリングを起動させた。ありとあらゆる動物をモチーフとしたと思しき怪人達へと変身していた。

 

「親父。俺達も」

 

 豊島と染井もリングを起動させた。二人が変身している間に、ドアが開かれた。瞬間、現れた構成員達は一斉射撃と同時に爆散型のガジェットを投擲し、部屋内に殺意の奔流が跳ね回った。

 

「やったか!?」

「待て!」

 

 血気逸った構成員の一人が制止を聞かずに部屋に踏み込んだ瞬間。両腕が千切れ飛び、胴体が真っ二つに切り裂かれた。

 爆炎の晴れた先。そこには全員を守るようにして立ちはだかる巨大な亀の様な怪人となった梅松と。両の指から刀の様な爪を生やした刀虎が居た。背面に隠れていた怪人化した者達が一斉に飛び出した。

 

「やれ! ぶっ殺せ!! 腸引きずり出してやれ!!」

「現れたか! 怪人共め! 一人残らず倒してやるぞ!」

 

 カンガルー型の怪人が構成員を蹴り飛ばす。スーツの防御力を超えた一撃は、肋骨と胸骨をへし折り、臓器へと突き刺した。マスク下で大量の血を吐きながら一瞬で絶命した姿を見て恍惚としていると。背後から近寄って来た構成員が振り下ろした一撃で頭が叩き割られた。

 噴き出した灰色の液体と内容物を踏んで転んだ瞬間、カニ型怪人より体が寸断された。分かたれた上半身が生を諦めきれずにバタバタと動いて、死の間際に引いた引き金により発射された弾丸が、ゼブラ型の怪人の側頭部を貫いて、ばたりと倒れた。

 

「抗争でもここまでは酷くねぇぞ……」

 

 タカ型の怪人に変身した豊島は、元の運動神経と歴戦の経験も相まって、構成員達が束になっても敵わぬほどの力を発揮していた。上級構成員達が攻めあぐねていると、一瞬の静止の内。彼らの体が燃え上がった。

 

「うわぁあああ!! 上級構成員が!?」

「楽しいか? ヒーローの力で弱い物虐めをするってのは……」

 

 対峙していた者達は息を呑んだ。染井組長が変身した姿は他の者達と比べ、別格だった。全身は燃える様な紅蓮で包み込まれており、鮮やかな色彩をした羽が動く毎に周囲には鱗粉の様な火の粉が舞った。

 両手に握られていた拳銃から吐き出された弾丸が命中すると、構成員達を焼き尽くしていった。彼らの排除を確認すると、怪人達は天を劈かんばかりに吠え叫んだ。

 

「やったぞ!! エスポワール戦隊に勝ったんだ!! 俺達の勝利だ!」

 

 今まで一方的に虐殺されてきた中での勝利に、誰もが歓喜で打ち震えていた。だが、勝利の余韻も束の間だった。油断していた数人の体が弾け飛び、肉片を周囲へとまき散らしていた。

 攻撃が飛んできた方向を見れば、量産型のスーツを装着した構成員とは一線を画す様な雰囲気を放つ、それぞれの特色に染められたスーツを身に纏った者達が居た。

 

「驚いた。怪人化した連中がここまで強かったなんて」

「構成員達じゃ荷が重すぎるぜ。俺達が出ないとな」

「油断するなよ。奥に居るあの赤い怪人。あいつだけは明らかに雰囲気が違う」

 

 シャモア色のスーツを纏った女性声をした人間の手には薙刀が握られており、勇み立って前に出て来た男性と思しき者は、メイズ色のスーツを見せつける様に手を広げた後、背中から二本のメイスを引き抜いた。

 残された最後の一人は緑味を帯びた灰色――セラドンのスーツを見せない様にして、身を隠しながら。両手に短槍を展開させた。

 

「梅松さん。染井さん。気を付けてください。あいつ等、雰囲気が違います」

「見りゃわかる」

 

 一番初めに動いたのはセラドン色のスーツを纏った男だった。槍投げのフォームで放たれた短槍は、彼の手を離れた瞬間に異様な加速を持って。サイ型の怪人の頭を吹き飛ばした。全員が警戒態勢へと移る一瞬を突くようにして、肉薄したシャモア色の女性が繰り出した薙刀術により、数瞬の内に2体の怪人が両断された。

 ほぼ同時に飛び込んで来たメイズ色の男は、2本のメイスを振り回した。その勢いたるや暴風の如く、怪人達を引き潰していた。

 

「こいつら。強い!!」

「怯むな! 背中を見せたら殺られるぞ!!」

 

 しかし、現れた3人には明らかに動きが違っており。数で囲う戦法も使えない程に隙が見当たらず、様子を窺っている間に一人ずつ、怪人は数を減らされていた。その状況を見兼ねた刀虎が叫ぶ。

 

「私がシャモア色の彼女を引き受けます。豊島さんと梅松さんは、そこのメイス男を! 染井さんは後ろに控えている投手をお願いします! 他の方達は私の援護を!!」

 

 突然の指示に反応できない者達も居たが、指名された者達は一瞬で動いた。梅松はその巨体でメイズとピンクの間を遮り、豊島が相対する。二人に挟まれたが、彼は闘争心を萎えさせる様子を見せなかった。

 

「ハッ、クソヤクザ共が。テメェらみたいな人間が生きていると思うとイライラする」

「奇遇だな。俺もテメェらみたいに似非ヒーロー共の活躍を思うと、腸が煮えくり返る。手に入れた玩具で弱い物虐めするのは楽しいか?」

「何が弱い者虐めだ。今まで、それをして来たのはテメェらだろうが!!」

 

 振るわれる巨大な鉄塊の攻撃を避けるが、外れた攻撃は壁や床を悉く破壊した。もしも体に当たれば、一撃でミンチにされるだろう。豊島は冷や汗を流しながらも回避し続けていた。

 

「その声。聞き覚えがあるな」

 

 その巨体と堅牢さでメイズの動きを制限していた梅松はポツリと呟いた。豊島には何のことかは分からなかったが、彼は叫んだ。

 

「まさか。テメェが親父の!!」

「……そうか。あいつの倅か。あの場所にはデケェビルが建つ予定だったんでな。お前達が邪魔だったんだよ」

 

 豊島は察した。目の前の人間が自分達を憎む理由。彼は、地上げで追い出された誰かしらの関係者なのだろう。となれば、先にやったのは間違いなくこちらで。非があるのは自分達という事になるのだろうが。

 

「それでも殺されてやるつもりはねぇよ!」

 

 一撃の威力に差があることは分かっている。故に、彼はその経験と身軽さを用いて、不沈艦の様に迫り来るメイズに立ち向かった。

 その一方で、シャモアと刀虎はお互いの得物で激しく火花を散らしていた。援護を言いつけられた怪人達も攻撃を仕掛けるが、その超人的な反応でカウンターを返されて、手も足も出せずにいた。

 

「大した薙刀術ですね。折角の武術を人殺しに使っていては、その腕前が泣きますよ」

「自分達に襲い掛かる脅威を切り払えずして、何が武術か。姉に代わって、私は貴様らの様な外道共を切り捨てると決めた」

 

 裏稼業。その中で食い物にされる女性は決して少なくはない。ホストに落とされる者、友人に付け込まれる者、詐欺師に騙される者。

 この社会の主権を男が握っている以上。彼女らを消費する手伝いをしているのだから、幾らでも恨まれるに決まっている。

 

「そうですか」

 

 刀虎の瞳孔が引き絞られ、全身が隆起すると同時に茶褐色の毛に覆われた。その口角は釣り上がり、牙の隙間からは溢れた唾液が滴り落ちた。そして、大口を開けて叫ぶ。

 

「お前みたいな女に牙を突き立て、貪りつくしたら。さぞ至上の快楽だろうなァ! 安心しろ。姉貴と同じ場所へ送ってやるからよォ!!」

「この下衆が!!!」

 

 巨大化しても全く衰えないスピードに翻弄されながらも、彼女は薙刀型のガジェットを振るう事を決して止めなかった。

 

「畜生。化け物ばかりだ!」

 

 周りの者達はその余波に巻き込まれぬように別口から出て行こうと、戦場から脱し。外に出た所で全身に風穴を空けられた。何が起きたか分からないまま一人、また一人と倒れ。誰一人として動かなくなった後。それらをスコープで覗いていた構成員は無線機に向けて言った。

 

「こちら、日野。脱出ポイントEから出て来た怪人達は全員射殺した。人間状態に戻った姿も確認した。引き続き観測する」

 

 短く返答を告げると、日野は無線の通信を切った。彼の体はクリアブルーのスーツに覆われていた。

 



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守るべき日々 5

 

 普段は稼業に精を出している染井組の者達も、この日に限っては事務所で待機していた。街中には剣呑な雰囲気が漂っており、極道社会の大物の葬儀が執り行われている事とは無関係ではないのだろう。

 

「コンビニに飯買いに行くだけで、こんなに緊張したのは初めてだぞ」

「だったら、俺が弁当でも作って来てやろうか?」

「すっかり主夫が板に付いてやがるな」

 

 剣狼だけが持参した弁当を頬張る中、組員達は落ち着かずにいた。組長達が無事に帰って来るか、自分達もまた無事でいられるのか。

 拾って貰った恩義の前では、命など差し出してみせるつもりでいたが、日常の中に制裁と言う形で死がまとわり付き始めた頃から、覚悟は揺らいでいた。堪らず、組員の一人が口に出した。

 

「中田。テメェは、何処まで呑気なんだ。心配じゃねぇのか」

「心配です。本当を言うなら、今すぐにでも親父の元に飛び出していきてぇんです。でも、親父からリングと組を守ってくれるように頼まれたんです」

 

 普段の彼とは打って変わって、真剣その物だった。だが、先輩組員が聞きたいことは、自分達が無事でいられるかどうかという不安に対する八つ当たりの様な物だったので、訂正をすれば利己的な人間として思われてしまう。

 兄貴分の人間が言い澱んだのを察した黒田が、中田の頭を小突きながら注意を促した。

 

「中田。心配するなら、相応の態度でいろって事だ。今日位は軽口を慎め」

「ウッス。分かりました」

 

 小突かれた頭を擦りながら、中田は元凶である剣狼へと視線を向けていた。

 既に食事を終えて、彼はスマホを覗き込んでいた。文句の一つでも言ってやろうと思っていたが、あまりに真剣な表情で画面を見ているので、何が表示されているのか気になった。

 

「ケン。何を見ているんだ?」

「軍蟻から貰ったアプリだ。今の所は、問題ないようだが」

「問題ないって。何の話だ?」

 

 画面に表示されているのは簡素な物だった。何かのアプリには、異常が無いことを告げる様に緑色の画面を表示し続けていた。黒田や他の組員達も覗き込んでいた。

 

「ケン。俺と中田、兄貴達にも分かる様に説明してくれないか?」

「分かった。だが、軍蟻からの受け売りだから、俺もよく理解している訳ではない」

 

 説明によると。このアプリは、剣狼、染井組長、豊島のスマホに入っている物で、お互いに通信状況を交換し合うだけの物であるらしい。中田や剣狼でさえ疑問を浮かべる中、黒田は察していた。

 

「そうか。連中の技術力を考えれば、妨害電波。いや、そうでなくても交戦の最中にスマホが破壊されることは大いにあり得る」

「つまり、このアプリの連絡が途絶えることがあれば、連中に襲撃されているって事になるのか?」

「そうなると言っていた」

 

 一同に緊張が走る。このまま何事もない画面表示が続いて欲しいと思っていた。画面内の緑のアイコンが黄色へと変化し、最後には赤色に変化した。

 

「おい、ケン。これは」

「待てよ、黒田。通信状況が悪い所にいるだけじゃねぇのか?」

「いや、通信状況が悪いだけではこうはならないと言っていた」

 

 剣狼が立ち上がり事務所から出ようとした、黒田と中田に引き留められた。従順な彼の行動とは思えなかった。

 

「二人共。離してくれ」

「待機してろって言われただろ。親っさんのメンツを潰すつもりか?」

 

 普段は理知的な黒田が凄んだ時の威圧感は、兄貴分の男達ですら息を飲む物だった、剣狼は怯む様子すら見せなかった。同じく、剣呑な雰囲気を漂わせて中田も畳み掛ける。

 

「組員の手綱も握れないって、笑いモンにするつもりか?」

「俺は言う事を聞く飼い犬じゃないんでな」

 

 二人が腕に装着したリングの起動ボタンを押すよりも先に、剣狼は腕から生やした刃を突き付けていた。薄皮が剥がれて、一筋の血が鎖骨を渡り、胸元へと流れて行った。

 

「一つだけ聞きてぇ。何の為だ? 敵討ちの為か? 親っさんの為か?」

 

 自分の命を絶ちうる凶器を向けられても、平静に問いただすことが出来る黒田もまた傑物であった。一方で、中田はキュッと口を結んでいた。

 

「何かできるのに、何もせずにはいられない。俺はガイ・アーク様と共に戦えなかったが、今度は違う。黒田の兄貴、中田の兄貴。この場を頼む」

 

 立ったまま、両膝に手をついて頭を下げた。仁義や礼儀に疎いと思っていた彼も、組員達の行動を観察しているという事が分かる立礼だった。

 黒田と中田も固まっていた。組長のメンツを潰す訳にもいかないが、もしも窮地に陥っているのなら駆け付けたい気持ちは同じだった。二人が逡巡していると、背後から声が響いた。

 

「バカ野郎。自分の身位は、自分で守れるってんだ! テメェの力なんか頼りにしてねぇよ!」

「行ってきやがれ。連中に一泡吹かせてやりな!!」

 

 それが彼に対する信頼なのか、日ごろの鬱憤の解消も兼ねた物なのかは定かではないが、自分達よりも兄貴分に言われては、黒田達も止めようが無かった。諦めた様に溜息を吐く黒田の代わりに、中田が言った。

 

「行ってこい。もしも、勝手なことをしたって言われたら。俺達も一緒に殴られてやっからよ!」

「礼を言う」

 

 事務所を出た剣狼は四つん這いになった。体は膨れ上がり、全身赤毛の巨大な狼へと変貌した。屋根から屋根を伝い、嗅覚を頼りに葬儀場まで向かう。

 

「……発見」

 

 猊下では驚く人々に混じりながら、冷静にこちらを見据えている人間もいた。強化外骨格(スーツ)やガジェットこそは見当たらなかったが、エスポワール戦隊の構成員と思っても良かった。

 だが、有象無象を相手にしている暇は無く、彼は全力で駆け抜けて行く。地上では、一部の者達が後を付ける様にして走り出していた。

 

 



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守るべき日々 6

 

 両親が惨殺され、敵討ちをした翌日。エスポワール戦隊に住み込みで働くことになった日野は、執念を滲ませながら特訓に打ち込んでいた。

 鬼気迫る様子に、同期はおろか正式な構成員達。果てはカラードや大坊にすら一目置かれる程の存在となっていた。

 

「日野ちゃん。そろそろ休もうぜ? 体壊しちまったら、元も子もねぇよ」

「……分かった」

 

 友人である稚内は、日野の変化を痛ましく思っていた。数日前までは、ゲームや漫画の内容で楽しく会話をしていた相手が、凄絶な雰囲気を纏ってしまった。

 食事をしていても会話は弾まず、何を切り出せばいいかも分からない。それ所か、日野に起きた悲劇が自分の身内に起きるのではないかと言う保身すら思い浮かぶ始末だった。

 

「(畜生。自分のことしか気に出来ないのか)」

 

 稚内もまた、犯罪者や悪党を許さない人物だった。彼自身がいじめられていた訳ではないが、父親がパワハラを苦に首を吊った事。母親が病んでしまった事。幸いなことに弟は親戚に引き取られたが、彼はヤングケアラーとして母の面倒を見ていた。

 エスポワール戦隊へと入ったのは、彼らがパワハラをしていた上司に制裁を下してくれたこと。共に皇から悪を駆逐することに協力してくれれば、母の面倒を見てくれると言う条件を提示された故だった。

 

「稚内さん。何で、僕に構うんですか?」

「放っておけるかよ」

 

 先輩として、日野を弟の様に可愛がっていた。両親が元気で、一般的な家庭の幸せを分けて貰えることが嬉しく。また、彼を救済したエスポワール戦隊の一員である自分のことを誇らしく思えていた。

 だから、日野を襲った不幸に心を痛めていた。折角、ヒーローに救済されたと言うのに、こうも容易く日常が潰された事に。

 

「正直、僕に構わないで欲しい。1人の方が気楽だから。ちゃんと、皆とは歩調を合わすつもりでいるから」

「……もう、失いたくないからってか?」

 

 小さく頷いた。親しくしていた人間を失った悲しみがどれほどの物か、稚内にも分かっていた。優しい父とはもう話せなくなったこと、快活で色々な場所へと連れて行ってくれた母親にも見る影は無く、弟ともしばらく会えていない。

 肩が震えていたのは、怒りからか悲しみからか。無表情と言うよりかは、感情が死んでいるかのような無機質さがあった。

 

「だから、失う前に連中を駆逐してやるんだ。一人残らず」

「……それ、日野ちゃんが好きだった漫画のセリフだよな」

 

 ちょっとだけ心が軽くなった気がした。日野が口にした言葉は、よく話題にしていた漫画に出て来たセリフだった。母親を殺された主人公が、敵対者へと復讐を決意した際に出て来た物で、奇しくも彼の置かれた状況と似通った部分があった。

 

「そうだ。悪党は駆逐されて然るべきだ」

「大坊さん!? それに。七海さんも」

「……どうも」

 

 2人が食事をしていた卓に現れたのは、大坊と七海だった。エスポワール戦隊のトップが現れたことに固まる稚内を差し置いて、大坊が切り出した。

 

「日野君。俺達は近い内に、大規模な作戦を行う。君にも参加して欲しい」

「ちょ、ちょっと待って下さい!? 日野はまだ見習いで」

「その通りだ。本来、そう言った大規模作戦に連れて行くのは習熟度の高い構成員達だが、既に彼は怪人との交戦経験もある」

 

 怪人。今まで一方的だった、エスポワール戦隊の制圧に対して抵抗する者達。個人での戦闘能力はマチマチで、構成員が単独で対処できる程度の者もいれば、カラードでさえ苦戦を強いられる相手もいる。

 彼らとの交戦はガジェットを持った程度の同志では務まらず、対処に当たるのは構成員以上に限られていた。稚内や日野は、訓練こそ積んでいる物の扱いは同志程度だった。

 

「参加すれば、1人でも多くの悪党を殺せるんですね?」

「あぁ。同時に、作戦に参加する仲間を助けることも出来る。君の射撃能力は、『シアン』からも評価されている。スポッターと護衛も付けるが、命を懸ける場だ。断ってくれてもいい」

 

 今までとは比べ物にならない程に危険な任務だった。だが、日野の目は煌々と輝いていた。断るつもりなど無かった。

 

「だったら、俺も連れて行って下さい!」

「稚内。お前はまだ見習いだ。そんな危険な場所には連れて行けない」

「大丈夫だよ。僕は必ず帰って来るから」

「……そんな」

 

 怪人の危険は聞いていた。稚内の知り合いの中にも、怪人に殺された者。二度と普通の生活を送れなくなった者も居た。不安を和らげるようにして、七海が彼の肩を叩いた。

 

「大丈夫。私が守るから」

「七海さんが?」

「七海は優秀だ。大丈夫、日野君は連れて帰る。約束しよう」

 

 何の根拠もないが、暖かさと揺るぎのない信頼に満ちていた。彼の声を聴いて、気が緩んだのか。稚内は再び食事を取り始め、暫し4人で雑談に興じていた。

 

~~

 

「全弾命中。凄い」

 

 葬儀場付近の建物。七海がスポッターを務めながら、下調べをした脱出経路を使った怪人達を容赦なく射殺していた。

 この作戦に呼ばれるまでに積んだ修練の結果。日野は能力を開花させ、カラードまでに上り詰めていた。専用のガジェットである狙撃銃を構えながら、怪人達の装甲をいとも容易くぶち抜いていた。

 

「次」

 

 喜びも感動も無く、淡々と撃ち抜いて行く。逃げようとした者の多くが撃ち殺される中、葬儀場の中心は阿鼻叫喚に包まれていた。

 最初の内は怪人に変身した組員達も思っていた『ヒーロー達に対抗できる』と。だが、彼が現れてから希望は容易く打ち砕かれた。

 

「死ねやぁあああああああ!!」

 

 ジャッカル型の怪人やハイエナ型の怪人達が次々と飛び掛かる。

 1人目は串焼きをする様にして、胴体を緑色のスピアが貫通した。

 2人目は頭上から振り下ろされた黄色のハンマーと床に挟まれて、中身をぶちまけて絶命した。

 

「これが、エスポワール戦隊リーダーの力……!」

「どけ! 俺がやる!!」

 

 怪人達の中でも一際巨大なゴリラ型の怪人が、彼を押し潰さんと肉薄する。

 反社会組織の中でも『武闘派』と呼ばれて恐れられた男は、ヒーローを相手にしても全く怯む様子は無かったが、大坊もまた恐れる様子は無かった。

 

「デカいだけで俺に勝てると?」

 

 巨大な拳が振り下ろされたが、両手首が寸断された。そのまま、腕から駆けあがり、肩へと乗ると眼球に向けて青色の拳銃を乱射した。弾丸が角膜を抉り、水晶体を突き破り、硝子体を食い破る。

 もしも、人間であれば痛みからショック死すらしていたが、怪人の生命力は容易く消えはしない。両手が無いなら噛み砕いてやろうと大口を開けると、喉に灼熱が走った。

 

「ゴガァ!」

「フンッ!」

 

 リチャードから渡されたクリスタルによって、強化されたレッドソードの刀身はゴリラ型の怪人を寸断できる程のサイズとなっていた。

 伸びた刃は脊椎を貫通し、食道を焼いた。力を籠めると、縦方向に切り降ろした。皮膚と臓器は割かれ、開いた腹から重力に従って腸と血液が流れ出た。一瞬の内に、巨体が倒されたのを見て動揺が走る。大坊が号令をかける。

 

「怯んだぞ! 連中を一人残らず始末しろ!!」

「ウォオオオオオ!! リーダーに続け!!」

 

 逃げようとした怪人達の背中には、銃弾が殺到した。戦おうと立ち止まった者達は、意気高揚した構成員達に袋叩きにあって殺された。

 勝利の雄たけびと断末魔が木霊する中。大坊は奥へ、奥へと進んで行く。肌を焼く様なピリピリとした感覚があった。

 

「奥に幹部クラスの奴がいるな。シャモア達は大丈夫だろうか」

 

 先に行った仲間達の身を案じながら、大坊は駆けて行く。この時点で、極道達の戦力はほぼ全滅状態にあった。

 



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守るべき日々 7

 

 

 件の葬儀所に近づく毎に、血の臭いが濃くなっていく。どれだけ苛烈な戦いが繰り広げられていのだろうかと想像した時、六感が強烈に警鐘を鳴らした。

 剣狼が飛び退いたのは直感に過ぎなかったが、数瞬後。彼にいた場所に直線状のエネルギーが駆け抜けて行った。芳野が通っていた学校で見た物と同じだった。

 

「アイツがいるのか」

 

 自分に執着していた男。意識をしてみれば、アドレナリンの臭いに混じって鉄の臭いがした。擦れ違い様に引き裂いて行こうかと思考を攻撃へと向けた瞬間、体に鈍い痛みが走った。

 

「……!?」

 

 命中したのは弾丸ではなかった。幾何学状の模様が描かれた球体が、自分の体に抉り込むようにしてめり込んでいた。体を捻って弾き飛ばしたが、ただの投擲物でないことは明らかだった。

 

「ガジェットか!」

 

 休む間もなく。第2投が飛んで来た。意識を向ける事さえできれば、避けることも出来る。飛来して来た方向に進むことで避けようとしたが、彼の考えを嘲笑う様にして、投擲物は軌跡を変化させ、前足に直撃した。

 

「グッ!?」

 

 直前で刃を生やしたこともあり、折れることは無かったが、刀身は砕かれていた。この狙撃を潜り抜ける為に大回りをしている余裕はあるのか、それまで染井達は持ち堪えられるのか? と考え、覚悟を決めた。

 

「正面から! 打ち砕く!!」

 

 巨体を射線に晒しながら疾走する。スピードを上げる程、軌道は変え難くなり、被弾する可能性も上がるが、優先しなければならないことがあった。

 黒田や中田。組員の兄貴達に見送られた。自分の上司、親と言い換えてもいい存在が、3度も殺されるのは御免だった。今度こそは助けて見せる。その決意が、彼を走らせた。

 

~~

 

「報告! 剣狼。迂回を避けて、突っ込んできます!」

「野郎!?」

「流石。リーダー達と交戦したことのある猛者だな」

 

 遥か遠方、構成員達から通信を受けて狙撃を行っていたのは高橋とブルーだった。義手の冷却を行う傍ら、彼はカラードの実力に戦慄していた。

 

「(信じられねぇ。銃とかじゃなくて、ボールであんな威力を持っていやがるとは)」

 

 ブルーと組まされた時。彼の専用ガジェットが投擲物だと聞き、内心では馬鹿にしていたが、実際の威力を見れば、偏見は瞬く間に吹き飛んだ。

 ガジェットを握り、足を振り上げる。屋根を踏み抜かんばかりに叩き、背中から、肩、腕へと流れる力の運びが強化外骨格(スーツ)により最適化され、回転しながら砲弾の様に打ち出されていた。

 

「高橋。後、1発撃ったら撤退しろ。お前では、対抗できない」

「何言ってやがるんだ! 俺はアイツに……」

 

 諭す訳でもなく、怒鳴る訳でも無い。無言の威圧により、高橋は頷く他なかった。膝立ちになりながら、冷却された義手を再び前方へと突き出した。彼を守る様にして被膜が発生し、掌にエネルギーが収束する。

 

「レッドビーム!」

 

 強烈な閃光と共にエネルギーが走る。着弾したかどうかは分からないが、手ごたえは無かった。答え合わせをする様にして、通信が入る。

 

「レッドビーム。外れました!」

「ッチ!!」

 

 屋根から飛び降りる。交戦が始まった時から、市民達は建物の中に避難していた。警察も危険を察してか寄りつこうともしない。頭上を見上げれば、ブルーが弾き飛ばされ、地面に激突していた。高橋は直ぐに駆け寄った。

 

「おい。大丈夫か!?」

「心配ない。急所は外している」

 

 胸部が切り裂かれていたが、表面を切り裂かれていた程度だった。支給された医療用のジェルを塗ると、再び通信が入った。

 

「直ぐに迎いを寄こします」

「大丈夫だ。それよりも剣狼が向かった。リーダーが負ける訳がない。だが、狙撃をしている日野達が心配だ。援護に向かえ」

「了解」

 

 短く通信を切り上げ、ブルーは立ち上がった。近くに停めていた量産型バイク『チェイサー』へと跨り、アクセルを踏んだ。

 

「おい。その怪我で行くのか!?」

「この程度なら問題ない。それに、クソヤクザ共は生かしちゃおけない。お前も付いて来るか?」

 

 冷涼だった彼の声色にハッキリとした憎悪が混じる。現場は剣狼の様な怪人立が跋扈しているだろうが、逃げ出すことは考えてなかった。

 

「アイツをぶっ殺してやるんだ。俺は行くぜ」

 

 高橋はブルーの背後に乗り、チェイサーに乗って葬儀場を目指す。彼らが去って、暫く経った後。住民の一人が恐る恐る顔を出した。

 

「……何がヒーローだ。堪ったモンじゃないよ」

 

~~

 

「七海さん! 日野君! 例の怪人がブルーさん達を突破しました!」

「そうですか。分かりました」

 

 建物内の形勢にまでは関われないが、表での戦いはエスポワール戦隊が制していた。怪人達は後頭部で手を組み、うつ伏せにされていた。ビリジアングリーンのカラードが手にした端末で、1人1人をスキャンしていた。

 

「ふんふん。コイツは西園組の組員か。下っ端で、兄貴達にボコられるだけボコられていて、コイツ自身は特に悪さをしていない訳か。んで、なおかつビビッて早々に逃げていたと」

「そ、そうだ! お、俺は。帰宅も無いのに引っ張られて! 助けてくれ! アンタ。ヒーローなんだろ!?」

「その通りです。見た所、お前は悪いことしてないし。エスポワール戦隊としても助けてやっても良いんだけれどな」

 

 ハムスター型の怪人は、ビリジアンの提案に希望を見た。助かるかもしれない。震えながらも、縋りつくように声を上げた。

 

「何でもするぞ!」

「そう? おい。そいつの拘束を解いてやれ。で、これを持て」

 

 拘束を解かれたハムスター型の怪人は、銃剣型のガジェットを握らされた。ビリジアンの男は、うつ伏せになっている怪人を指さした。

 

「お前が心を入れ替えるなら、悪党を斃せるはずだ。ソイツ、お前の兄貴分なんだろ? 殴られたり、パシられたりして。ムカついたよなぁ?」

「おい! 何言ってやがんだ!」

 

 堪らず、伏せていたカピバラ型の怪人が声を上げるが、拘束していた構成員達に頭を叩きつけられた。引き金を握る指に力が籠った。

 

「俺。アニキに散々殴られたり、暴言吐かれたりして、来たくも無いのに連れて来られて……」

「ば、バカ。おい! やめろ!!」

「死にやがれ! このクソ野郎!!」

 

 狂った様に引き金を引いた。顔面に風穴が空き、変身が解除された後も引き金を引き続けた。痙攣して、動かなくなった死体を前に構成員達が拍手を送っていた。

 

「おめでとう。これで、今日から君もエスポワール戦隊の一員だ。おい! コイツを本部の方へと送ってやれ」

「こっちだ」

「へ。へへへへ……」

 

 ハムスター型の怪人は表に停めていた車に乗せられた。引き続きビリジアンは怪人毎の経歴をスキャンしては、弟分や罪の軽い者に組員達を処刑させていた。一定数の捕虜を捉えた後、彼らを乗せた車は発進した。

 

「ビリジアンさん。本当に彼らをエスポワール戦隊に?」

「アイツらは広告塔だ。降伏して、一緒に矛先を向けるなら命は助かるってな。怪人化した奴らのデータも欲しい」

 

 エスポワール戦隊と言う体裁を守る為。極道や犯罪組織を内部から壊滅させるため。降伏を受け入れるというスタンスを表明することには意味があった。

 ヒーロー達に対抗する怪人化のプロセスなど、技術面的にも調べてみたいことはある。彼らをどの様に扱おうと考えていると、爆音が響いた。

 

「なんだ!?」

 

 表に出ると、発信したはずの車が大破、炎上していた。運転席から引きずり出された男は瀕死の重傷を負いながらも口にした。

 

「あ、あの捕虜共……が。爆発したんです」

「なるほどね。裏切りは許さないって事か。おい! 早く手当てをしろ!」

 

 彼らが爆破事故に気を取られている間。狙撃手をしていた日野達だけが、葬儀場に侵入しようとする人影に気付いた。

 

「日野君。恐らく、彼が剣狼」

「駄目です。狙おうにも早すぎます」

 

 一瞬の内に葬儀場へと侵入して行った。内部では、大坊達を始めとした実力者もいるが、極道側の実力者もいるという報告が上がっていた。

 彼らを援護するべく、内部まで侵入しようかと逡巡した時。七海は、彼の肩を叩いた。

 

「建物内では、貴方の力は発揮できない。後はリーダー達に任せて」

「……分かりました」

 

 引き続き、彼らはスコープ越しに周囲を索敵していたが、他の者達が訪れる気配は一切なかった。



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守るべき日々 8

 

 セラドン色のスーツを纏った男。名を『比嘉内』と言う。シャモアやメイズの様な悲劇的と思しき過去を持っている訳ではなく、一般の家庭で育ったごく普通の人間であったが、悪に対する憤りは人一倍抱きやすかった。

 しかし、彼自身は特段何かをされた訳ではない。昨今の、あふれ出るニュースや情報で知る犯罪者。果てはSNSや動画のコメント欄などに書き込まれる対立を煽る様な、あるいは自身の優位を示したいが故の悪意に満ちた言葉には逐一反応する様な人物だった。

 

「(畜生。いつもみたいに一方的にぶっ殺すだけで良いと思っていたのに)」

 

 だが、今日は違っていた。いつもは殺され、命乞いをするだけの存在だった悪党達が怪物へと変身して、自分達と対等に渡り合っていた。

 これだけ大量の死人が出たのも初めてであり、背筋も凍り付くほどの殺意を浴びせられたのも初めての事だった。

 

「殺し合いの現場に来るのは初めてか? だろうな。いつもは一方的にお前達が殺すだけだったからな」

 

 トゥーハンドの拳銃から放たれた炎弾を回避できたのは、スーツの性能があったからと言う他ない。しかし、彼は自らの命を脅かす敵と相対する様な真似はせず、直ぐに踵を返して逃げ出しながら、通信を入れていた。

 

「こちらセラドン! リーダー! 予想外のアクシデントだ! 敵幹部の中に規格外に強い奴がいる!」

 

 背後から迫り来る火球を紙一重で回避しながら、彼は葬儀場内で戦いっているシャモアとメイズを見捨てて逃げ出していた。染井は、強い不快感を覚えながらも踵を返し、豊島達が戦っている戦場へと戻った。

 

~~

 

 シャモアの戦闘スーツを身に纏いながら流麗に戦う彼女は、しかし。刀虎の猛攻を前に徐々に押され始めていた。振るう爪撃の鋭さは刀剣の如くであり、受け流す事を決して許さぬほどに暴力的だった。

 

「ギャハハハ!! 勇ましく出てきて、そのザマか!!」

「黙れ! 私は貴様などには負けん!」

 

 口では勇んでみるが、勝ち目が薄いことは彼女も察していた。自分よりも二回りは大きい巨体に、薙刀の刃を通さない鋼の様な肉体。加えて構成員やカラードのスーツをも切り裂く攻撃力を持っているともなれば、荷が勝ち過ぎる相手とは思えた。

 仲間の応援を待てば。とも思ったが、これ以上犠牲者を増やすのは忍びなくも思った。一緒に突入してきたメイズは自分以上の不利を強いられている故、助力も期待できそうになかった。

 

「正義は勝つってか? スポンサーや脚本にでも頼んでみるんだな!!」

 

 刀虎の攻撃に耐え切れずにガジェットは弾き飛ばされ、壁に叩き付けられた。スーツの機能により痛覚が遮断されるが、身体へのダメージが無くなった訳ではないので、立ち上がれずにいた。

 嗜虐に満ちた笑みを浮かべながら刀虎が近づいて来る。牙に唾液を滴らせながら、文字通り舌なめずりをしていた。一矢報いようにも体が動かない。仇も討てずに殺されるのかと。楽しかった姉との日々が走馬灯の様に蘇ろうとした時、一喝が響いた。

 

「待て。それ以上、俺の仲間を嬲るのは許さない」

 

 光を吸い込むような漆黒のスーツを身に纏い、手にした剣は炎に包まれている。大坊だった。

 シャモアへと向けていた関心は一瞬の内に剥がれて、刀虎の殺意と敵意は目の前の男へと集中した。

 

「レッドォ!!」

「刀虎か。懐かしい顔だな。来いよ」

 

 猫科特有の跳躍力を持って、天井や壁を跳ね回りながら肉薄する。レッドソードと爪刀が打ち合い、火花を散らす。数合交える毎に刀虎の爪が剥がれるが、度に走る激痛など気にすらしていなかった。

 

「フーッ! フーッ!」

「シャモア。そろそろ回復しただろう? 撤収しろ」

「……了解」

 

 滲むような思いはあったが、戦いのレベルが違い過ぎた。最近、怪人化した者ではなく、歴戦の怪人達がここまで強いとは思っていなかった。

 リーダーが駆け付けて来るのが遅ければ、自分も命を散らしていただろうと思い、彼女は急いでこの場を脱した。

 

「態々、仲間が逃げるのを待ってくれるとはな。お前は昔から、そうだ。冷静そうなフリして、目の前の欲望にしか興味がない」

「死ねぇ! レッドォ!!」

 

 梅松の付き人をしていた時の冷静な振る舞いは掻き消え、一心不乱に獲物へと飛び掛かる。だが、既にこの戦いは過去に行われた物の焼き直しであり、あの頃より強くなっている大坊の相手ではなかった。

 振り下ろされた爪牙ごと刀虎を叩き切った。両断され、臓器などが地面にビチャビチャと落ちた後、残骸は高熱を放ちながら爆発した。

 

「ふぅ。メイズとセラドンは無事だろうか」

「リーダー! 無事ですか?」

 

 場にそぐわない明るい声に反応すると、幾らか手勢を引き連れたビリジアンたいた。背後には引け腰のセラドンが居る。

 

「問題ない。シャモアは回収してくれたか?」

「ハイ。ホワイトの治療を受けています。ダメージはありますが、命に別状はないと。表の制圧が終えたんで、リーダーの援護に駆け付けたんですけれど。1人で撃退しちまうとは!」

 

 わざとらしく拍手を送る中。大坊の視線は彼ではなく、引け腰になっているセラドンへと注がれていた。

 

「セラドン。なんで、お前はそこに居るんだ?」

「て、敵にヤバいのが居たんです! いち早く皆に報告をしないとって思いまして。命からがら脱出できたんですよ」

「そうか。ソイツはどんな奴だったんだ?」

 

 説明を求められたセラドンは如何に相手が強大であったかを話した。逃走した自分の正しさを補強する様にして、やや誇大気味に捲し立てた。大坊は深く頷くだけだったが、聞いていたビリジアンはため息を吐いた。

 

「敵前逃亡して、仲間を見捨てる奴が本当に『エスポワール戦隊』に相応しいのかね?」

「しょ、しょうがないじゃないか! アイツは別格だったんだ!」

「よせ、ビリジアン。セラドンは貴重な情報を持って帰って来てくれたんだ。俺はまだ奥の方にいるメイズを助けに行く。ここの確保は任せたぞ」

「分かりました!」

 

 レッドが去って行く姿を見ながら、ビリジアンは爆破資産した刀虎の破片を集めていた。ビリジアンに指示されている組員達に合わせて、セラドンもタラタラ集めていると尻を蹴られた。

 

「何やってんだよ。回収位は俺らでやるから、お前はリーダーとメイズを助けに行けよ」

「で、でも。この場の確保を頼むって」

「それにしたってカラードは2人もいらねーよ!」

 

 渋々、セラドンはリーダーの後を追う様にして走ったが、スーツの収音機能をもってしても聞き取れない位の小声で呟いた。

 

「(ケッ。人を死地に向かわせて置いて。自分は安全圏に籠るクソ野郎が。そんなに言うんなら、テメェが行けよ)」

 

~~

「ガハッ!」

「死ねや!」

 

 怪人化した梅松と豊島の二人を相手取りながらも、メイズは立ち回りに切れを増していた。亀型怪人の巨体を活かしたカバーに隙を見出し、また。豊島の動きにも目が慣れて来た事もあり、彼は地に伏した彼の頭を叩き割ろうとメイスを振り上げた。

 

「(くっ。すまねぇ、親父)」

 

 迫り来る死の瞬間に、思わず目を閉じた豊島だったが。いつまで経っても衝撃がやって来ない事を不審に思い、目を開く。武器を振り上げたまま棒立ちになっていた。頭部は吹き飛んでいた。

 

「豊島。梅松。他の奴らは?」

「逃げ出したぜ」

「親父!!」

 

 そこには無傷な染井が居た。メイズの体が倒れ、二本のメイスが転がる。豊島がそれらを拾い上げようとしたが、軽さに驚いた。

 

「思ったよりも軽いな」

「連中の技術力の賜物って所か。刀虎の奴は上手くやったのか?

 

 梅松が踵を返す。背筋が凍り付きそうになる程の殺意があった。瞬間、風切音が聞こえた。豊島の背中から生えている翼が吹き飛ばされ、梅松が背負った甲羅に弾痕が出来ていた。

 

「メイズを殺したか」

「テメェがエスポワール戦隊のリーダーか」

 

 今まで相対して来た構成員達とは一線を画していた。威圧感、隙の無さ、染み付いた死臭。背後では、ボロボロになった羽を引き千切りながら豊島が吼えた。

 

「なんで、テメェは極道を襲いやがる」

「極道だから襲っているのではない。悪党を許さないだけだ。お前達はメイズの父親の工場を潰した一員でありながら、裁きも受けずに矛先を向けた。許されないことだ」

 

転がっていた2本のメイスが、大坊の手元に引き寄せられた。殺意と敵意の赴くままに駆け出す。梅松が、先ほどメイズの攻撃を受け止めた時の様に自らの身を呈して染井達の前に躍り出た。

 

「ギェッ」

「梅松!?」

 

 堅牢な装甲が飴細工のように簡単に砕かれた。悪夢のような出来事だった。

 先程までメイズの攻撃を防いでいたはずの盾は、アルミ缶を潰すかのように砕かれ、割れた背中から剥き出しの内臓が見えた。

 

「メイズの怒りだ。思い知れ!!」

 

 叫び共に振り下ろしたメイスは露出した内臓を潰した。臓器が破裂し、中身をぶちまけながら梅松の巨体は沈んだ。

 

「ば、け、もの…」

「次はお前達だ」

 

 自分達ならばカラード等の強敵にも対抗できる。幻想は容易く打ち砕かれた。今まで何度も生死を賭けたやり取りに身を置いたことのある豊島であったが、ここまで暴力的な存在と出くわしたことが無かった。

 逃げようにも自分の機動力は奪われている。一方で、染井組長は無傷であった。自分の命一つで何処まで足止めできるかは分からなかったが、ここを死に場所にすると決意した。

 

「親父。逃げて下さい。アイツの強さは異次元です。俺が足止めをします」

「無駄だ。手負いのお前なんざ、一瞬で殺されるだろうが」

 

 だとしたら、戦いの中で隙を見つける。全身に闘志を漲らせた瞬間、天窓を突き破って大坊へと襲い掛かる存在がいた。

 

「レッドォオオオオオ!」

「ケン!?」

「今日は懐かしい顔とよく合う」

 

 レッドソードと全身から生えた刃で打ち合う。数合交えた後、剣狼は飛び退き、染井達の傍に着地した。豊島が叫ぶ。

 

「バカ野郎! 事務所に居ろって言っただろうが!」

「アンタらだけでコイツを倒せるのか?」

 

 そう言われれば言葉に詰まるしかない。梅松が倒された今、染井と自分だけで、目の前の怪物に対応できるかは疑問だった。

 

「丁度良い。テメェの仇が目の前にいるんだ。ここで殺るぞ」

「レッド! ガイ・アーク様の仇だ!!」

「良いだろう。俺は負けない。人々の心に希望(エスポワール)がある限り!」

 

 エスポワール戦隊リーダー。ジャ・アークの幹部達を皆殺しにし、皇の悪を裁き続ける男。彼を倒しさえすれば、国内を包む狂騒も落ち着くか。

 もしも、彼を倒すことが出来れば。皇における裏社会のトップへと昇りつめかねない程の箔も付くだろう。皇の命運を左右する戦いは始まろうとしていた。

 



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守るべき日々 9

 

 腕部や脚部。全身から生やした刃は、強化外骨格(スーツ)さえ切り裂くほどの鋭さを誇っていた。受け止める事すら許さない一撃を繰り出し、大仰に避けようものなら豊島の攻撃が飛び、彼らの相手をしている隙に背後から染井の銃撃が飛んでくる。

 現場に駆け付けたセラドンは逡巡していた。大坊に張り付くようにして動いている二人に狙いを付けるのは至難であったし、宙を舞う染井に攻撃を当てるのも困難だった。

 

「(ど、どうする? 皆を呼んで来るか? いや、その間にリーダーが倒されたでもしたら)」

 

臆病者と言う誹りを受ける程度なら未だしも、リーダーを見捨てた裏切り者と認識されれば、自分に明日は無い。手にした短槍型のガジェットが酷く心許なく見えた。だが、ここで動けるのは自分しかいない。

 スーツから安定剤が打ちこまれる。手振れが収まり、緊張が和らいでいくのを感じた。大坊達の戦いを観戦している中、1人。動きが鈍り始めた者を見つけた。天啓を感じた。槍を構えた。

 

「豊島ァ!」

「な!?」

 

 染井が叫んだ時には、既に短槍が投擲されていた。豊島の脇に深々と突き刺さる。動きが鈍り、二人の連携が崩れた瞬間。大坊は剣狼を蹴り飛ばした。

 数度、床を跳ねて転がった後、態勢を立て直すが、開いてしまった距離はどうしようもない。レッドソードの刃が、豊島の首元にまで迫る。浮遊していた染井が銃撃を行いながら急接近する。

 

「これ以上、テメェらの好き勝手にさせて堪るか!」

「染井!!」

 

 拳銃から吐き出された炎弾を避けながら、擦れ違い様に刃が閃く。染井の体は両断されたかの様に思えたが、その場にいた誰もが目を疑った。

 寸断された胴体から血液の代わりに炎が噴き出し、死を拒むようにして染井の体は再生されていた。見た目からも、さながら不死鳥の様であった。

 

「うぉおおおお!!」

「グッ!?」

 

 豊島は脇腹に刺さっていた短槍を引き抜き、大坊の腹部へと突き刺した。強化外骨格(スーツ)を貫いた。傷口から血が噴き出す。追撃は終わらない。動きが鈍った一瞬の内に剣狼が肉薄していた。

 

「これで終わりだ!」

「まだだ!!」

 

 ブルーガンの引き金を引き、剣狼を迎撃しようとするが、前面に展開した刃に阻まれて剣狼の命には届かない。切っ先が、大坊の体に触れた。

 右腕の肘から先が宙に舞った。左腕の肩から先が寸断された。刃が臓器にまで達した感触があった。疑う必要もない致命傷を与えた。

 

「やったか!?」

 

 遂に、エスポワール戦隊のリーダーを倒した。皇を騒がせていた処刑人を討ち取った。離れた場所から見ていたセラドンは呆然としていた。

 

「嘘だろ」

 

 化け物じみて強かったリーダーが、ここで死ぬ。しかも、彼に致命傷を与える原因を作ったのは、自分の行動が原因だった。

全身から力が抜け、膝を着く。希望(エスポワール)が絶望へと落ちようとした瞬間、奇妙なことが起きた。大坊の腕と共に転がって行ったブルーガンが彼の体へと吸い込まれて行った。

 

「おい! なんかやべぇぞ!」

「そうか、ブルー。死んでも、俺と一緒に戦ってくれるか!」

 

 筋肉が盛り上がり、傷口を塞いでいく。吹き飛ばされた腕の代わりをする様に、青色の銃身が出現した。大坊の血に塗れながら、銃口は剣狼達を捉えていた。逃げること等、出来る訳も無かった。

 

「蒼銃掃射(ブルーレイン)!!」

「剣狼! 豊島! 俺の後ろから動くなよ!!」

 

 大坊の両腕から生えたブルーガンから、雨霰の様に弾丸が吐き出された。間断なく、大気が震え、轟音が響く。跳ねる弾丸で床や天井は削れ、壁には巨大な穴が穿たれた。

 染井の前面に炎で形成された壁が出現したが、疾走する弾丸は障壁で幾らか威力を殺される程度で、彼の体を食い破ろうとしていた。体内に入った弾丸と傷口を焼き尽くす様に炎が噴出する。

 

「親父ィ!!」

 

 剣狼も豊島に覆い被さり、背面に刃を展開していたが、殆ど飛来してくることは無かった。青の暴風は止む気配を見せずに吹き荒ぶ。

もはや、炎の障壁殆ど意味をなさずに、傷口の無い場所が存在しないと言わんばかりに全身が燃え上っていた。染井は剣狼にだけ聞こえる様に小さく呟いた。

 

「ケン。芳野と皆を頼んだぞ」

 

 押し寄せる殺意の嵐の中で呟いた言葉は消え入りそうな物だった。剣狼は奥歯が砕けそうな程に強く噛み締めていた。

 

「(俺は、また助けられないのか)」

 

 倒したと思った。仇を討てたと思った。中田達の期待に応えられたと思った。芳野を裏切らずに済むと思った。

 だが、人々の希望に応える様にして。ヒーローは復活を遂げた。自分達の希望を踏みにじる様にして、更なる力を手にして。

 

「何しやがる! ケン! 離せ! このままじゃ、親父が!!」

「親父の意思を無駄にするんじゃねぇ!!」

 

 豊島を抱えながら、穿たれた穴から飛び出した。自らの命を燃やし尽くす様に紅蓮の化身となった染井は、暴力の奔流の中を進んで行く。

 既に燃やすものも無くなって来たのか。傷口から炎が噴き出すことも無くなり、全身を削られながらも肉薄する。大坊へと辿り着いたときには、上半身と右腕しか残っていなかった。

 

「大した奴だ。まさか、仲間を逃す為に命を懸けるとはな。悪党ながら尊敬に値する」

「俺達にも守りたい物はあるんだ。それらを奪うお前達は、俺達にとっての」

 

 最後まで言い終える事無く、染井は力尽きた。戦闘が終わった事を察すると、両腕の銃身は変形して人間の物へと変わった。暫し佇んでいると、セラドンが駆け寄って来た。

 

「リーダー。今のは!?」

「ブルーが俺を助けてくれたんだ。セラドン、俺達の勝利だ」

 

 セラドンと共に表に出た大坊は、エスポワール戦隊の皆に勝利を告げた。全員から歓喜の声が上がる一方、セラドンだけは違った。

 

「(リーダー。化け物だったじゃないか。それに、エスポワール戦隊の隊員にも戦死者が出ているのに、手放しで喜べるかよ)」

 

 自分達が負った痛みを誤魔化すようにして、彼らの上げる声は大きな物になっていた。

 



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守るべき日々 10

 大坊達が勝利の余韻に浸っている間。剣狼達を逃したという報告は隊員達に伝達されており、街中には物々しい雰囲気が漂っていた。

 市民も警察に連絡を入れたが、期待できない返事をされた。彼らとしてもエスポワール戦隊には関わりたくないのだろう。

 

「皆さん! この付近にヤクザと怪人が潜伏しています! ですが、ご安心ください! 我々、エスポワール戦隊が皆さんをお守りします!」

 

 隊員の言葉に住民達は苦笑いで返すしかなかった。皆の本音としては、彼らこそが平穏を乱す存在だと思っていたが、口に出せば何をされるか分からない。

 恐怖を押し殺しながら、無理やり日常を送っている中。1人、表情を陰らせている女性が居た。

 

「怪人もヒーローも先輩には関係ないから大丈夫ですよ」

「そう。よね」

 

 目を逸らしてはいたが、エスポワール戦隊は市民にとっての希望では無くなっていた。今や、彼らは理不尽と暴力の象徴だった。そう言った物に対抗していたのが自分達では無かったのか。

 隊員達が聞き込みに回っているが、自分達には関係ない。いつも通りの日々を送ればいい。ただ、正視するのが辛くて目を逸らした。

 

「……?」

 

 視線を逸らした先。路地裏にあったゴミ箱が微かに動いているのを見た。風や振動で揺れたという事でもおかしくはない。

だが、一度疑問を持ってしまえば纏わりつく。ピンクとしてのスーツの機能を一部起動して、ゴミ箱の中身を透視した。ゴミに紛れて人が入っていた。

 

「先輩?」

 

 知ったからどうだというのか。あの様な潜伏では見つかるのも時間の問題だろう。ならば、報告をするか? いや、余計な恨みを持たれたくもない。

 

「何でもない。今日の晩御飯は、久々に私が作ろうかしら?」

「先輩の料理。基本、カレー、オムライス、ハンバーグのルーティンですし、もっとレパートリーとか栄養バランスをですね」

「ここら辺の料理が好きなのよ」

 

 全てを見なかったことにして、彼女は早々に日常へと帰ることに決めた。

 他愛の無い会話で緊張感が解れて行くのを感じていると、彼女のスマホが鳴った。電話をかけて来るのは富良野位なのに。そもそも、電話番号を彼女以外の誰かに教えたことも無い。

 

「いたずら電話ですかね?」

「一応出てみようかしら」

「あ。ちょっと」

 

 いたずら電話やスマホに関しての情報に疎い桜井は電話に出た。ノイズ混じりであったが、相手はハッキリと話していた。

 

「始めまして。元エスポワール戦隊『ピンク』さんよ」

 

 一瞬で顔が青ざめた。電話相手は、殆どの人間が知らない情報を知っている。電話番号が割り出されているという事は、住所なども分かっていると思ってもいいだろう。だが、彼女は弱音を見せる様な真似はしなかった。

 

「貴方は?」

「『ガイ・アーク』様の部下だった男だと言っておこう。早速だが、頼みがある。その付近に、俺の仲間が潜伏しているんだ。彼を保護して欲しい」

「私が貴方達に手を貸す理由なんてないけど」

 

 桜井の反応から、通話内容を類推した富良野の表情にも緊張が走った。通行人の邪魔にならないという体で、人目に付かない所に移動した。

 

「協力しておいた方が身のためだぞ。お前達の住所や同居人の勤め先なんて分かっているからな。平和に過ごしたいだろ?」

「脅すつもり? 言っておくけれど、私。まだ、リーダーとの繋がりは残っているのよ。何なら、今。表にいる隊員達に貴方の仲間を突き出しても良いのよ?」

 

 屈すれば、何処までも利用されることが分かっていた。関わらないと決めた手前、名前を出すことには抵抗感はあったが致し方ない。だが、その程度の反応を予測してか、相手は余裕をもって答えた。

 

「おぉ、怖いね。そうか。お前もまたエスポワール戦隊の一員なんだな」

「それがどうかしたの?」

「いや、何。ヒーローの仲間なんて素晴らしいと思ってね。早速だけれど、広報させて貰ったよ」

 

 桜井が疑問を抱いたのも束の間。今度は富良野のスマホに連絡が入って来た。通知画面には勤め先の名前が表示されていた。

 

「はい。富良野です」

「富良野さん。貴方、エスポワール戦隊の人と同居しているって。本当?」

 

 心臓が跳ね上がる。今や、国内においては暴力団や犯罪組織と同等の意味を持つ組織である。一部の市民が賛同しようとも、企業や社会的立場がある者達からは到底受け入れられる物ではなかった。

 

「誰がそんなことを?」

「匿名の通報があってね。その『ピンク』って人? と一緒に居る写真って言うのが、今。電子メールでも送られて来て」

 

 全身から血の気が引いて行く。自分が現活動に参加していなくても、一般市民達に分かる訳が無い。あまりにも悪辣な手口を前に、桜井の思考が停止する中。富良野は意を決した様に答えた。

 

「えぇ、本当ですよ。私、小さい頃に憧れていた人と一緒に暮らしています」

「……え?」

「そう。ごめんなさい。入居者の人達の安全にも関わるから、明日からの出勤は少し待って」

「分かりました」

 

 短く返事をすると、富良野は通話を切った。未だに繋がっている、桜井のスマホからは茶化すような拍手が聞こえた。

 

「大したファンじゃないか。ウチの奴らにも見習わせたい位の肝っ玉だぜ」

「アンタ。自分が何をしたのか分かっているの?」

「俺は事実を言っただけだぜ? ヒーローが嘘や隠し事をするのは良くねぇな」

 

 気丈に振舞ってはいた物の。自分のせいで、後輩の仕事が奪われた事に対する怒りが湧き上がっていた。

 

「さて、アンタらは無職になっちまうかもしれないな。新しい就職先でも同じようなことが起きちまうかもしれないな」

「卑怯者!」

「そりゃ、俺達は悪の組織だからな。ただ、仁義は通すぜ。もしも、俺の仲間を保護してくれるなら。暫く働かなくてもいい額を渡そう。おっと、通話はそのままにしておけよ」

 

 要らない。と突っぱねたかったが、生活する上に置いても金銭は必要だ。苦虫を噛み潰す様に分かったと短く呟いて、彼女は路地裏に向かった。ゴミ箱の蓋を開けてみれば、ボロボロになった青年が入っていた。

 

「アンタ。剣狼?」

「この臭い。お前、ピンクか。トドメを刺しに来たのか?」

 

 相当激しい交戦があったのか、全身が傷だらけで無事な所がない。富良野が小さく悲鳴を上げた。

 

「不本意だけれど、アンタを助ける様にって脅されているのよ」

「お前の助けなんて……」

 

 と言いかけて、剣狼は染井の最期を思い出していた。皆の事を頼むと。命を張って送り出してくれた以上、下らない意地を張っている場合じゃないと。

 

「どうしたの?」

「いや、何でもない、悪かった。どうやって俺を助けるつもりだ?」

「そこで。ピンクの出番だよ。お前の演技力に掛かっているんだ。良いか、作戦はこうだ」

 

 作戦の内容を聞いて、桜井は呆然とした。エスポワール戦隊の一員であることを告げるのも拒否したいが、作戦の内容は到底了承しかねる物だった。

 

「いやよ! なんで、私がそんなことを!?」

「だが、成功すれば報酬もある。それにエスポワール戦隊もアンタらと関わり合いたくなくなるはずだ」

 

 確かに。もしも、エスポワール戦隊の一員にそんなことをする奴がいれば、距離は置きたくなるが……。

 

「先輩。やりましょう。ごねれば、ごねるほど。どんな条件を押し付けられるか分かった物じゃありません」

「ふ、富良野?」

「後輩ちゃんノリノリじゃないか。じゃあ、早速頼むぜ」

 

 無慈悲に通話は切られた。暫く思い悩んでいたが、色々と失った手前。これ以上、迷う必要もないと考えたのか。桜井は久々に体内に埋め込まれていたベルトを起動させた。

 

~~

 

「アレは。まさか!」

 

 路地裏から出て来たピンク達は、皆の目を引いた。手にしたピンクウィップで件の二人を拘束していたからだ。彼女に駆け寄る。

 

「ピンクさん。まさか、貴方が捕縛を手伝ってくれるなんて」

「えぇ。市民の平和を脅かす者は放っておけないから」

「きっと。リーダーも喜ぶと思いますよ! さぁ、こちらに引き渡しを」

 

 引き渡しを求める隊員に対して、彼女は首を横に振った。周囲に動揺が走る中、彼女はヤケクソ気味に言った。

 

「一思いにやっても、効果が薄いんじゃない? こういうのはね。却って生かした方が効果的なのよ」

「え? はぁ……」

「尊厳を破壊しつくして、惨めに地べたに這いつくばらせるのよ。コイツのようにね! オラ! 駄犬! ちんちんしろ!」

「くっ……」

 

 ピンクウィップを首に巻き付け、怪人の尻を蹴飛ばしてちんちんを命令する女。あまりに凄絶な光景に隊員達も開いた口が塞がらなかった。

 剣狼も律義なのか。しっかりと、ちんちんの態勢を取っていた。惨めで笑い物にしかならない光景だったが、桜井の熱演ぶりのせいで誰も何も言わなかった。

 

「よしよしよし! 大した駄犬だよ。オラッ!」

「ぐぅ」

 

 散々顎と頭を撫で回した後に尻を叩いていた。自尊心を粉々に砕く所業の数々に、皆が混乱している中。富良野が言った。

 

「先輩は、この駄犬を調教するので、皆さんに引き渡すことは出来ないですって」

「え? うーん……」

 

 リーダーの知り合いだし、大丈夫か? と相談し合っている中。彼女は四つん這いになった剣狼に腰掛けて優雅に手を振った。

 

「それじゃあね。あ、世話係。アンタも一緒に帰るのよ」

「と言う訳で、皆さん。お疲れ様です!」

「あ。ハイ」

 

 印象の暴力で剣狼を連れ出すことに対して、誰も何も言えなかった。律義に四つん這いで歩き続ける剣狼の背中に乗りながら、ピンクは思った。

 

「しにたい」

「でも、ちょっと良かったですよ!」

 

 何故か、富良野はノリノリだった。半ば心が死に掛けている中、剣狼が『おい』と声を上げた。

 

「どうしたの?」

「お前。重いぞ。降りてくれ」

 

 脇腹に思いっきり蹴りを入れた。

 




 すいません。シリアスに耐え切れませんでした。


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守るべき日々 11

 

 

 剣狼と別れて、一足先に事務所へと戻った豊島は黒田達に報告をしていた。葬儀に出席していた者達はほぼ全員殺されたこと。親父である染井組長によって、自分達が逃がされたこと。

 

「嘘だろ!? 親っさんがハジかれたなんて!」

「中田! 豊島の兄貴をソファに寝かせろ!」

 

 傷口こそ塞がってはいたが、大量に出血したこともあって土気色に近い肌色になっていた。病院に駆け込もうにも、保険証訳を持っている訳も無い。

 このまま回復するか否かも分からない中、乱暴に扉が開かれた。白銀のシャレコウベの眼窩は青白く輝いており、首から下はコートに覆われていた。後ろには付き人の様に、以前にも事務所に来た拳熊と名乗る大柄な男が居た。

 

「誰に断って上がってんだ!」

「ソイツを死なせたくないんだろう? お前らの中に医者は居るのか?」

「いや、いない。後ろに連れている奴を見るに、アンタは俺達にリングを渡した奴だな?」

「理解が早くて助かる」

 

 事務所に上がり込んだフェルナンドは、豊島に次々と薬剤を注射していく。その度に体が跳ね、暴れまわろうとした所を拳熊が押さえつけていた。

 あまりの剣幕と自分達に出来る事と言えば、声が外に漏れないようにそっと扉を閉める位だった。辛うじて口を開くことの出来た黒田が尋ねた。

 

「助かりそうか?」

「怪人の生命力を嘗めちゃいけねぇ。適切な処置も施した。意識が戻った時には、より強くなって復活するさ」

「どういうことだ?」

「原理は分からないが、ヒーローや怪人達は死に瀕して蘇った時に一段と強くなるらしい。偵察から話を聞いていたが、あんな地獄みたいな場所で生きて帰れただけでも幸運だ」

「そうだ。ケンの奴は!?」

「アイツは、その男を逃す為に途中で分かれたんだ。顔も割れているからな」

「そんな……」

 

 中田は絞り出す様に声を出した。染井組長に続き、舎弟として可愛がっていた剣狼にまで死なれたらと思うと心臓が締め付けられるような思いがした。表情から察したのか、フェルナンドは彼の肩を叩いた。

 

「安心しろ。回収の手筈は整えている。無事に帰って来るさ。それと、相談があるんだが」

「相談?」

「不幸にも、この組は長を失ってしまった。このままでは路頭に迷うだろう?」

 

 全員。頷きはしなかった物の指摘通りではあった。今までは、染井組長から渡される小遣いで生活をしていたが、それらが途絶えてしまえば収入減が無くなる。社会にも帰れない彼らにはどうしようもない。

 

「まさか、お前らの下にでも入れってのか?」

「仇。討ちてぇだろ? お前らだけで何とか出来るのか?」

 

 その通りだった。個人では生きて行くのもやっとな彼らが、提案を飲まない理由がない。反対する者は誰もいなかった。

 

「よし。じゃあ、今日付でテメェらは俺の傘下に入った。給料は振り込んでやるから、今までの生活をしといてくれ。窓口は豊島って奴に任せることにして、それまでは黒田。お前が代理だ」

「俺で良いのか?」

「この中じゃ一番話が分かるからな。念の為に拳熊も置いて行く」

 

 大柄な男を事務所に残して、フェルナンドは早々に去って行った。豊島も静かに呼吸をしている。事態が落ち着いた所で、一同の胸に重く現実が伸し掛かった。中には涙をこぼす者も居た。

 

「親父ぃ……」

「ケン。せめて、お前だけは帰って来てくれよ」

 

 不安に押し潰されそうだったが、中田は祈っていた。せめて、1人でも多く生きて帰って来て欲しいと。フェルナンドの提案を飲み込んだことについて考えられる者は1人もいなかった。

 

~~

 

「アッヒャッヒャ! うひぃ。ウヒヒヒ!」

 

 染井組の事務所が悲嘆に暮れている中。傷ついた剣狼を迎えに来た槍蜂は爆笑していた。首に鞭を巻き付けられ、四つん這いになった背中にヒーローを乗せているんだから、笑いもする。

 

「何がそんなにおかしい」

「ヒィーヒッヒッヒ。真顔って所が受けるんだよ。ピンクと久々に再会したと思ったら、良い趣味してんなぁ」

「好き好んでやっているんじゃないのよ!?」

「わーっている。分かっている。緊急事態だからだろ? ほら。約束の品だ」

 

 手にしたトランクケースには紙幣が敷き詰められていた。富良野の仕事先の何年分の給料になるかも分からない額であったが、桜井は直ぐにスキャンをして番号を確認した。

 

「通し番号でも偽造でもないのね」

「正規のモンだよ。色々と手広くやっているからな」

 

 ピンクウィップが解かれた剣狼は車に乗り込もうとする際、ピンクの方を振り向き尋ねた。

 

「お前は、エスポワール戦隊をどう思っているんだ?」

「どう。って」

 

 自然に視線を逸らした。今の彼らが暴走していることは明白だったし、関わりたくもないが、自分が青春時代を過ごした場所であることを思い出すと。キュッと胸が痛んだ。

 

「私にはレッドを止める勇気も力もない。今の生活を守るのが精一杯なの」

「そうか」

「剣狼。責めるなよ。お前をここまで連れて来てくれただけでもありがたいんだからな。それじゃあ、俺達が言えた義理でもないけれど。息災でな」

 

 剣狼と共に車に乗り込んで、去って行った。少なくはない報酬を受け取ったが、これからの生活はどうするべきか。暫く佇んでいると、富良野に裾を引かれた。

 

「晩御飯の材料。買いに行きましょう? 今日はアイスも買って大丈夫ですよ」

「そうね」

 

 本格的に将来を考えるには、まだまだ時間はある。踵を返して、スーパーへと向かう二人を陰ながら観察している者は無線を入れていた。

 

~~

 

「こちら、シャモア。ピンクが負傷していた剣狼を何者かに引き渡していました。彼はエスポワール戦隊の隊員ではありませんでした。映像もお送りします」

 

 葬儀場を抜け出し、剣狼の捜索に当たっていたシャモアはピンク達を尾行していた。道中の映像をリーダーへと送った所、無線越しに彼の笑い声が聞こえて来た。

 

「ハハハ。ピンクの奴、元気そうじゃないか。良かった」

「何を言っているんですか!? 奴は怪人の逃走の手引きをしたんですよ!? これは制裁に値する物です!」

「シャモア。俺が良いと言ったんだ。この件はそれで終わりだ。お前も怪我は軽くないんだ。今日はもう休め」

 

 短く告げられ、電話を切られた。スマホを握る手に力が籠る。もしも、自分や他の構成員がこの様なことをすれば、決して許されはしないだろう。

 

「戦いから逃げ出した臆病者の分際で……!!」

 

 初期エスポワール戦隊の生き残りとして、大坊が桜井を贔屓にしているのは明らかだった。しかし、リーダーの命に背く訳にも行かず。シャモアは暫く薙刀型のガジェットを振り回して、昂った気を鎮めていた。

 



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守るべき日々 12

 

 槍蜂が運転する車は、染井組の事務所前に到着した。怪人の自然治癒能力もあり、剣狼は立ち上がれるまでには回復していた。

 

「事情なら、俺が説明しておいてやるぞ。このまま邸宅まで送り届けてやるが」

「いや、良い。俺は皆に約束して、出て行ったんだ。顛末を話す必要はある」

「一丁前に礼儀を覚えたのか。俺も一緒に行って、頭下げてやるよ」

 

 槍蜂と共に事務所へと入った彼を、真っ先に迎えたのは豊島だった。事務所に漂う緊張から、何が起きるかが予想出来ていた剣狼は動かなかった。

 

「ケン! テメェ!」

 

 豊島の拳が顔面へと突き刺さった。鼻骨が折れ、鼻孔から血が垂れた。息を荒げ、肩を震わせながら、辛うじて言葉を口にした。

 

「なんで、最後まで戦わなかったんだ!?」

「俺達に力が足りなかったからだ。皆を頼むとも言われた」

 

 あの場で、自分達が出来ることなど無かった。豊島が分からぬ訳も無いが、理屈では収まらない感情が、彼を震わせていた。

 

「染井組長は、エスポワール戦隊に殺されたんだ」

「畜生! 畜生!!」

 

 何処かで、実は生きているのではないかと思っていた。だが、豊島の悔恨と剣狼の告白によって現実として突きつけられた。

 誰も何も言わない。剣狼の強さを知っている組員達だからこそ、彼が何もできなかった場所で、自分達が力になれた訳が無いという事は分かっていたからだ。重苦しい雰囲気の中、中田が口を開く。

 

「ケン。芳野の嬢さんは俺から説明しようか?」

「いや、俺がする。最期を見届けた者として」

「そうか。もしも、それが原因で追い出されたら俺のスマホに電話して来い。泊めてはやれるからよ」

「中田の兄貴。ありがとうございます」

「話がひと段落終えた所で良いか?」

 

 タイミングを見計らっていた拳熊が手を上げた。重苦しい空気の中、会話が断ち切られることを憂慮していた組員にとっては有難い物だった。

 

「なんだ?」

「豊島殿や黒田達には説明したが、今日付で染井組は悪漢連合『ジャ・アーク』の傘下に入る事となった」

「ジャ・アーク。だと?」

 

 皇を侵略していた悪の組織。エスポワール戦隊が創立される理由ともなった団体で、数年前に滅んだとされていた。

 名前は知っている物の、どの様な組織か。全容を知っている者はおらず、全員を代表する様に中田が声を上げた。

 

「俺。ジャ・アークって名前は知っているんだけれど、どんな組織かは知らないんだ。詳しく教えてくれないか?」

「槍蜂。頼むぞ」

「拳熊さん! 頼みました!」

「分かった」

 

 『ジャ・アーク』。最初はシュー・アクと呼ばれる男の首領がトップを務めており、皇とは別次元の世界から侵略して来た者達であるらしい。

 彼らの目的は皇を制圧して、この世界を植民地にするつもりであったらしい。計算違いがあったとすれば、原住民である人々の対応速度か。

 

「いやいや。怪人がチョロチョロ戦うだけで世界征服なんて出来るのか?」

「シュー・アク様の父上殿は、我々の力を過信していた部分もあった。脅威を見せれば跪くだろうと。恐らく、エスポワール戦隊が現れなくても頓挫はしていただろう」

「だから、復活したシュー・アク様や幹部達は裏から世界を征服しようとしたし、途中までは上手く行っていた」

「そっちの方が少ない労力で大きな効果を得られるからな」

 

 別次元にしかない技術力は交渉材料にもなったし、矛を交えるよりも政治的な手段の排除が強力であることも分かっていた。ただ、彼らからしても全くの予想外のせいで野望は破綻してしまった。

 

「エスポワール戦隊の者達が職を失ったのも、シュー・アク様達が裏で手回しをしていたからだ」

「そんなことが出来るのか?」

「難しい事ではない。SNS等のマスメディアを発達させ、世論を誘導すれば人の意見など簡単に操作できる。シュー・アク様が、父親と自分が討たれる前から敷いていた布石だ」

 

 怪人達による世界の武力制圧は現実的ではない。しかし、情報などの面からの支配は幾らか現実味を帯びていた。インフルエンサーが情報を発信し、SNS等で煽情的な見出しが躍れば免疫のない人々など幾らでも操作できる。

 

「皮肉なことではあるが。シュー・アク様が、ヒーローの脅威を否定する為に暴力性を否定した矢先に、暴力で排除された訳だ」

「お前達最後の先兵が、レッドになっちまった訳か」

「とんでもない。アイツは悪とあれば誰にでも牙を剥く狂犬だ。我々としても排除したい」

「で、頭数の補充に俺達に声を掛けたって事か」

「これは互いにとって有用な取引だ。お前達も黙っていれば排除されかねない。今の社会は、一度道を外した者達には異常に厳しくなっている。ヒーロー達の台頭によってな」

 

 悪を許さない。単純明快で誰の心にも響きやすいキャッチコピーにより、指を指された人間は社会から一層排除され易くなっていた。

 

「今は誰もが、悪を叩く正義のヒーローって所か」

「今や、世間や社会が我々の敵だ。手を組まねば、生き残ることは難しいだろうな」

「アンタ達と末永くやって行くことになりそうだな」

 

 一通りされた説明に中田が頷いていると。剣狼が立ち上がった。事務所の扉に手をかけ、勢いよく開いた。芳野がいた。

 

「何時からいた」

「つい、先ほどから……」

 

 頬は上気しており、額には汗が見えた。居ても立っても居られずに事務所に駆け付けたのだろう。再び事務所に重い沈黙が漂った所で、剣狼が口を開いた。

 

「芳野。聞いてくれ。染井組長は、エスポワール戦隊に殺された」

「…………」

 

 長い。長い沈黙。誰もが沈痛な面持ちを浮かべる中、芳野の目には涙が浮かんだ。嗚咽を漏らしながら、剣狼に体重を預けた。

 

「帰って来るって。約束したのに」

「……すまない」

 

 自分達にとっては親父分だが、彼女にとっては紛れもない父親だった。彼女の涙に誘われる様にして、組員達は表情を伏せた。

 

~~

 

 エスポワール戦隊の本部は強敵を倒した感動に震えていた。誰もが戦隊の唄を口ずさみながら、持ち寄った飲食物を堪能している様子はちょっとした打ち上げの様だった。

 これらの狂騒を冷めた目で眺めながら、大坊は診察を受けていた。問題なく両手を動かせているが、何が起きているかは分からなかった。画面に浮かぶデータを見ながら、ホワイトは頻りに頷いていた。

 

「なるほど! リーダー! 最初に変身ベルトを体内に埋め込まれた時を憶えているかな!?」

「憶えている。俺がエスポワールレッドになった日だ」

 

 ベルトの様に装着する物だと思っていたが、実際は体内に埋め込むと聞いた時は驚いた。

 

「い、今のリーダーの腕にはね。ブルーさんのベルトが埋め込まれている状態なんですよ。ほら、ガジェットとベルトはほぼ一心同体ですしね!」

「ほぅ。つまり、俺の体にはブルーが宿っているということなのか?」

「近いね! 本人の人格とかが宿る訳じゃないけれど、何が起きるかは分からないからね! 逐次、僕に報告してよ!」

「分かった。診察どうも」

 

 大坊は自室に戻り、ベッドに身を投げ出した。勝利はしたが、犠牲者も少なくは無かった。一般の隊員にカラードにも死者が出た。彼が使用していたメイスを手にして、黙とうをささげた。

親が亡くなった後の人生は上手く行かなかったが必死に生きて来た。彼が、エスポワール戦隊に入ったのは、母親も病気で亡くなったからと聞いたからだ。

 もしも、真っ当な職に就けていれば助けることも出来たかもしれない。無念と怒りが彼を駆り立て、エスポワール戦隊の門戸を叩いた。稚内を始めとした後輩達の面倒見も良く、慕われていた。

 

「……?」

 

 彼に思いを馳せていると。メイスが光を放ち、輪郭が崩れ、大坊の体内へと吸収されて行った。再び念じると、彼の手には消えたはずの武器が握られていた。

 

「そうか。俺は、皆の思いを引きずりながら行くんだな」

 

 ホワイトに一報連絡を入れると、彼の意識はまどろんで行った。

 



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平和の象徴に再生は宿るのか?
幕間 1


 皆様のコメント。評価。ありがとうございます! 桜井さんと後輩ちゃんに対するコメントが多かったので、大分彼女達の出番が増えることになりましたが、動かしてみると楽しい物ですね。暗くなりがちな世界観なだけに、彼女達の存在が清涼剤めいています。



 葬儀場で反社会的団体とエスポワール戦隊の激闘が繰り広げられてから数日後。ネットでは、激闘の様子を記録した映像が大量に投稿されていた

 特撮めいたコスチュームをした者達により繰り広げられていたのは、勧善懲悪劇としては描写されない悲鳴や絶叫、命乞い、殺害の瞬間が記録されたスナッフフィルムだった。動画サイトも削除対応に追われているが、鼬ごっこだった。

 

「内閣では、SNS等の使用制限に関する草案が提出され……」

「面白くないわね~」

 

 ニュースに取り上げられるのは連日エスポワール戦隊の話題ばかりだった。最初はリーダー達の凶行に心を痛めていた桜井だったが、慣れてしまった。

 加入しているサブスクへと切り替えて、視聴していたドラマの続きを見る。手元にはスナック菓子やらアイスクリーム。現役時代には、身体づくりの関係から口に出来なかったジャンクフードに舌鼓を打っていた。

 

「これは、ヤバいですね」

 

 フェルナンドからリークされたことにより、富良野は自主退職と言う形で職場を追われていた。臨時収入もあったので、暫くは働かなくても大丈夫だと考えていた。何よりも敬愛する先輩と一緒に居られることは嬉しい。と思っていた。

 だが、家事を富良野がやり始める様になってから弊害が出て来た。桜井の食っちゃ寝生活が目立つようになって来たのだ。家事や遣い等をさせることで動かしていたが……。

 

「なんかあったの?」

 

 振り向いた顔の肉付きはふっくらとしていた。ムチムチプリン。豊満と言うにはだらしない。金があるだけで生活が出来る訳ではないという事をしみじみと実感していた。

 

「先輩。体重、計って貰えますか?」

「え……」

 

 ゴトン。体重計を目の前に置いた。スイッチを入れ、計測を開始する。数字は無慈悲に増加するばかりだった。二人共、渋い顔をした。

 

「私も悪いとは思っています。だって、先輩。アイスクリームを食べると凄く嬉しそうな顔をしますし、現役時代には体重管理の関係上食べることが出来なかった話も聞いて、今は沢山食べても良いんですよって言ったこともあります」

「駄目?」

「その結果がコレです」

 

 富良野は体重計に刻まれている数字を指さした。現役時代と比べて激増していた。ついでに、桜井の脇腹を掴んだ。

 

「ひゃん!」

「手で掴めちゃうんです。流石にコレは駄目だと思います。肥満は万病の元です」

 

 桜井は扶養では無い為、保険に加入していない。もしも病気になった時などは多額の医療費を請求される為、普段の健康は大事だった。

 

「そこはほら。パートナー制度とかで配偶者になって……」

「健康第一であることには変わりありません」

 

 金の為だけに働くのではない。と言うのは、ブラック企業の謳い文句だと思っていたが、健康面や身体的な理由も大きいと思った。最も、彼女が勤めていた介護業界はどの面でも負担が大きいが。

 

「もしかして、私も働けってこと!?」

「いや、それはちょっと待って下さい。ほら、先日の出来事もあったでしょう?」

 

 息を飲んだ。元・エスポワール戦隊員。皇国内を騒がしている存在の一味として、会社も受け入れ難いだろう。仮に受け入れたとしても、相当な恨みを買っている団体でもあり、危険に巻き込む可能性は高い。

 この家宅や富良野が襲撃されていないのは、未だに泳がされている可能性もあるのだろうが、他者を巻き添えにするのは避けたかった。

 

「そう。私、やっぱりまだ戻れないんだ」

「先輩が悪い訳じゃありませんよ」

 

 同時に、富良野の就職先も制限される事でもあった。このまま素性を隠して勤めても良い事は起きない。暫く考えた後、あ。と桜井が声を上げた。

 

「ならさ、毒を食らわば皿までよ」

「どういうことですか?」

 

 桜井がスマホを操作して画面を見せた。表示されている名前を見た時、富良野は眉間に皺を寄せた。

 

「その人って」

「所属していることバレて、勤め先を追われる位なら。こちらから入って行けばいいのよ」

 

 連絡先には『大坊乱太郎』と言う名前が表示されていた。今も昔もエスポワール戦隊のリーダーであり、ピンクの唯一の同期であった。

 

~~

 

「おぉ。ピンクか。久しぶりだな」

 

 葬儀場で反社会的団体を壊滅させたときも冷淡だった大坊だが、ピンクからの通話を受けった時の声は弾んでいた。誰の目から見ても分かる程の上機嫌ぶりに、側近の七海も驚いていた。

 

「リーダー。嬉しそう」

「久々だからな。どうした?」

「実は、貴方に言わないといけないことがあるの」

「話してくれ」

 

 桜井は包み隠さず、先日の出来事を伝えた。自分達は脅されて、剣狼を保護して届けたこと。対価に多額の報酬を受け取った事。話を遮ることなく、最後まで聞き届けた大坊は優しい声色で返事をした。

 

「よくぞ話してくれた。悪かったな。俺達のせいで」

「ううん。リーダーの是非は問わない。何もしていない私が何かを言えた義理は無いから」

「嬉しいよ、ピンク。お前だけは否定しないでくれるんだな」

 

 大坊の脳裏に過ったのはシュー・アクと対峙した時の皆の反応だった。司令官も仲間も常識に従って、自分を否定するばかりだった。

 加えて、ゴク・アクの様に同意する様に見せかけて騙すような真似もせず。不可抗力だったが、悪事に加担したことを打ち明けてくれたことも嬉しかった。

 

「うん。正しさを掲げるだけの人よりも、間違っていても助けてくれようとする人の大切さは、私にも分かるから」

「……なぁ。やっぱり、戻って来てくれないか?」

「それは出来ない。今の私は、皆を守れるほどの力は無いから。でも、ちょっとお願いがあるの?」

「お願い?」

「えぇ。その、私達に仕事を紹介して欲しいんだけれど。出来れば、戦闘とかじゃなくて。関連企業的な」

「ちょっと待ってくれ。担当の奴に聞いてみる」

 

 大坊は一旦電話を保留にして、内線で経理や後方担当の者達に連絡を取った。いずれの仕事も相応の知識や手腕が必要な物であり、ピンク達に務まるとは思えなかった。

 関連企業が無いことも無いが、表立って隊員を派遣するのは具合が悪い。と思っていると、七海が声を上げた。

 

「ハト教に連絡を入れたら?」

「そうか。その手があったな。ありがとうな、七海」

 

 かつて、自分達が平穏を過ごした場所。今となっては、エスポワール戦隊とも無関係ではなくなった場所に連絡を入れて、取り決めをした。数分で話がまとまり、保留にしていた電話を手に取った。

 

「待たせたな。確か、ピンクと恋人さんは介護職員の経験があるんだよな?」

「恋人ですって! 先輩!!」

「私の方はちょっと忘れているけれどね。介護の仕事なの?」

「近いな。俺達はハト教と言う場所と提携していてな。そこでは、色々な人間が住んでいるんだ」

 

 説明によれば。拘置所や刑務所が埋まっていて入れない犯罪者や、いじめ等の罪を自覚した者達の更生を促す場所。他には、隊員の関係者や施設に入れなかった者達を介護する福祉施設的な面も兼ね備えているそうだ。

 

「そんな施設を作っていたの」

「俺は悪を許さない。だが、自らの悪を自覚して償おうと動く者には機会が与えられるべきだとも思っている。二人が手伝ってくれると嬉しいよ」

 

 日程や面接の際に持って来て欲しい物等を説明し、雑談でも交えようと考えていたが、観測していたモニタにアラートが浮かび上がったのを見て、大坊は会話を切り上げた。

 

「じゃあ、待っているぞ」

「あ、待って。その、色々と世話を焼いてくれてありがとうね」

「俺も久々に会話できて嬉しかったよ」

 

 通話を切り、座席から立ち上がる。何時に無く力に満ち溢れている様子を見て、七海はポツリと零した。

 

「……リーダーは、やっぱり。ピンクさんに居て欲しいの?」

「彼女が望まないなら、引き込まないさ」

 

 滅多に見せる事のない優しい声色やはにかんだ笑顔が、自分以外にも向けられていると思うと。ほんの少しばかり、妬けた。

 



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幕間 2

 

 都市部から少し離れた場所を自動車が走っていた。運転手は頻りにサイドミラーとバックミラーを覗いていた。

 

「おい。追手は来ていないだろうな?」

「大丈夫だ。ひょっとしたら、ここがもう『ハト教』の領地内なのかもしれないが」

 

 乗車している者達の額に汗が伝う。運転手もエアコンを入れはしたが、彼らの緊張感は晴れなかった。沈黙に耐えかねたのか、一人が声を上げる。

 

「なぁ、本当にエスポワール戦隊の制裁から逃れる事が出来るんだよな?」

「らしいな。ただ、金目の物とかを持って、ほとぼりが冷めるまで逃げ果せようって奴は制裁されるらしい」

「ここに逃げる際に金置いていけって言ったのはそれもあるのか」

 

 彼らは必要最低限の荷物だけを持って目的地へと向かっていた。

 『ハト教』に行けば、制裁から逃れてやり直すチャンスが与えられる。罪を犯した者達にとっては天啓の様な物であり、何時、誰が流布し始めたのかは分からないが、対抗する術を持たない者達にとっては唯一の希望だった。

 

「でも、そこの生活。PCとかも何もねぇんだろ?」

「地獄にはもっと何もねぇぞ。生きていれば、いずれ何とかなるかもしれねぇだろ。ほら、そろそろ着くぞ」

 

 車を進めた先、開けた場所に出た。車を停めると、柔らかな笑みを浮かべた年配の男性が幾人もの男を引き連れながら、彼らへと近づいて来た。

 

「ようこそ、いらっしゃいませ。貴方達は入信希望者の方達ですか? それとも。改心に来られた方達ですかな?」

「改心の為に来ました。コレは、車のカギです」

 

 運転手の男性が車のカギを差し出すと。背後に控えていた男性達が、運転手達のボディチェックを行い、車のトランクの中身からシートの下まで入念に調べ始めた。

 

「ほぅ。どうやら、話は聞いているようですね」

「はい、自分達は掛け子をやっていました。最近のエスポワール戦隊の活躍を聞いて、逃げられないと思い。そう言う事なら生まれ変わる為にもと思い……」

 

 始まった懺悔を、年配の男性は首肯しながら聞いていた。その間に、男達と車内のチェックを終えた男達が報告をした。

 

「隅々まで調べましたが、一切の禁止物はありませんでした。本当に改心の為にやって来た物だと思います」

「そうですか。いやいや、それなら結構。では、奥の方へと案内します」

 

 年配の男性に導かれながらも、安堵の溜息をもらしていた。擦れ違う人達から会釈を受けながら、案内された部屋には中心部に居る二人の男を囲う様にして、強化外骨格(ヒーロースーツ)に身を包んだ構成員達が立っていた。

 彼らの存在を前にして再び緊張感が走る。空気を読んだようにして、中心部にいた男性が声を掛けた。

 

「始めまして。此処までの旅路、心休まらなかったでしょ。楽にしてよ」

 

 不思議な事に。その声を聴いた瞬間、彼らを包んでいた緊張感はスルリと解けて、言われるままに態勢を崩した。

 

「『播磨』様。こちらの方達の経歴ですが…」

「知っているよ。掛け子してたんだろ? 末端だからって、自分は大丈夫だって思わずに、ここまでやって来た事は感心だね」

 

 依然として周囲は構成員に囲まれた状態であったが、不思議な事に先の様な緊張感はなかった。この声に従っていれば、何とかなる。このわずかな時間で何故か彼らはそう思うことが出来ていた。

 

「あの。それで、俺達はどうなるんでしょうか?」

「勿論、歓迎するよ。橘さん、彼らにここでの生活を教えてあげて」

「分かりました。では、ご説明します」

 

 播磨に指示された橘は、彼らを引き連れて部屋から出て行った。この施設内での過ごし方を説明しながら、彼らの案内をしつつ。それとは別に世間話なども織り交ぜていた。

 

「皆さんはどうやってここを知ったんですか?」

「いや。具体的に誰かから説明を受けた訳じゃ無いんですけれど。なんとなくネットとかSNSとかでそう言う噂があって」

「最近、来る方達はそう言う人が多いですね」

 

 橘が指差した先では、信者の服を着た老若男女が畑を耕していた。前時代的な光景に多少の忌避感は沸いた物の、外の世界で待ち受けている脅威を考えれば呑み込むべきものだと考えた。

 

「その。ここっていつかは出られたりとかはできるんですか?」

「出入りは自由ですが。改心の為に来られた人達が早々に出ようとすることだけは、絶対にやめた方が良いでしょう」

 

 表情が翳ったような気がした。実行した者達の末路を知っているが故なのだろうと考えて、彼らは何度も首肯した。

 

「……ここって。そう言う施設だったんですか?」

「いえ。本来は富や欲望から塗れた世界から切り離して、己の生活を見つめ直すという事を目的にしていたんですけれどね。今は、刑務所と介護ホームみたいになっていますよ」

 

 犯罪者を私情によるリンチから守る。という意味では、ここは宗教施設と言うよりも刑務所などにも近いとは感じていた。違うのは明確な刑期などが無い事だろうか。

 

「なんで、そう言う場所になったんですか?」

「私が頼んだからですよ。エスポワール戦隊のリーダーさんに」

 

 息を呑んだ。見た目の優しそうな青年は、外の世界に居る強大な暴力機構のトップに君臨する男に物事を頼める立場にいる。そう考えると、彼の放つ穏やかな雰囲気も別物の様に思えた。

 

「お知り合いですか?」

「はい。かつて、この施設で私達と生活を共にしたことがあるんですよ」

「どんな人でしたか?」

「ぶっきらぼうですが、面倒見も良く優しい方でしたよ。……正直、今の彼がやっている事が信じられない位に」

 

 世間では恐怖の対象ともなっている男ですら日常へと戻れるだけの生活があるのか。恐怖から逃げたい一心で訪れた彼らであったが、ハト教と言う場所自体に興味を持ち始めていた。

 

「刑務所以外にも介護ホームみたいな役割もあると」

「はい。敷地だけはデカいですからね。入信してくる方達の仕事という事で、幾らか業務を引き受けているんですよ」

「同じ仕事なら、内職みたいなものを引き受けた方が資金源にもなるんじゃ?」

「ハト教は俗世から離れるという事を目的にしていますので。自分達が使用する以上の物品の生産は禁じているのです。でなければ、富を捨てて入信して来た方達に示しが付きません」

 

 だとしたら、どの様に運営されているのだろうかと考えたが、エスポワール戦隊と提携しているのなら、スポンサーとして資金位は出してくれているだろうと納得しながら、引き続き施設の案内を受けていた。

 



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幕間 3

 


 染井家の朝は重い物となっていた。父親が逝去したこともあり、芳野は忌引きで学校を休んでいたが、部屋に閉じこもったまま出て来ようとしなかった。

 部屋前に置いた朝食に手が付けられていた事だけは幸いだった。昼食を乗せたトレーを置き、朝食の残りを下げた。

 

「必要な物があったら、言ってくれ。持って来る」

 

 返事は無かった。以前よりも広くなった居間で、1人食事を取る。砂を噛んでいる様な味気なさと共に、先日の記憶が蘇る。

 腕を切り飛ばし、臓腑を裂いた。倒したと思った相手は、予想さえできなかった復活を遂げて、一瞬で形勢を逆転させた。植え付けられた敗北が、恐怖が腹の中で暴れまわるようだった。

 

「クソッ!」

 

 机に拳を打ち付けていた。自分が居れば、どうにかできるというのは思い上がりでしかなかった。敵対者には絶対的なまでの理不尽と暴力を押し付けるヒーローの脅威は健在だった。

 頭を抱えていると、呼び鈴が鳴った。家主に代わり表に出ると、黒塗りの高級車が停まっていた。中から出て来たのは槍蜂と軍蟻だった。

 

「何の用だ?」

「いや、二人共大丈夫かと思ってな」

「芳野は部屋から出てこない。飯は食ってくれるが」

「そうか。何が起きるか分からないから、お前は傍にいてやれよ」

「……分かった」

 

 相手の気遣いは分かったが、先日の失態を思い返すと皮肉の様にしか受け取れない自分が情けなくなり、返事も素っ気ない物となってしまった。

 どの様にフォローするべきかと槍蜂が考えている傍ら、軍蟻がタブレットを差し出した。

 

「暫く家から離れられないなら、会議とかではコレを使って」

 

 インターフェイスを既存のスマホに似せていたこともあり、剣狼は説明もなく起動できていた。流石にアプリの使用方法だけは説明を受けていた。

 

「会議が始まる30分前にアラートが鳴るから。コレ、充電器も」

「良いのか? 内容が盗み見されたりはしないのか?」

「大丈夫。僕達だけしか知らない暗号通信を使っているから」

 

 教わった操作を確認する様にして、タブレットを操作して通話アプリを立ち上げた。知らない背景が映し出されたかと思えば、慌てた様子で移り込んで来たのは中田だった。

 

「おぉ! ケン! ちゃんと映っているな!」

「中田の兄貴。今、何処にいるんだ?」

「事務所を移したんだ。お前も復帰できるようになったら、迎えに行くぜ」

「ちゃんと繋がったみたいだね。このまま会議を始めよう」

 

 無遠慮に染井家に上がり込んだ。今まで案内している間に、タブレットの画面は切り替わり、会議室を俯瞰的に映し出していた。会議室には染井組以外の者達も出席していた。中央にはフェルナンドが鎮座していた。

 

「『ジャ・アーク』再結成の為に集まってくれたことは礼を言う。まず、確認するが。俺達の目的は『エスポワール戦隊』の打倒までだ」

「その後の、お宅の組織との関わりって言うのは?」

「綺麗さっぱり手を引くつもりだ。アンタらのシノギや抗争には関わらない」

 

 顔ぶれに若さが漂うのは、どの組もごっそりと上の方が抜けてしまったからだろう。ヒーローの脅威に怯える者、怒りを漂わせている者、冷淡に出席者達を値踏みしている者。単純な協力関係と言う訳ではなさそうだった。

 声を張り上げたのは、2m近い巨体を持つ坊主頭の男だった。黒スーツの左腕部分が盛り上がっている所を見るに、彼もリング装着者であるようだ。

 

「なら、話は早ェ。エスポワール戦隊の頭をぶっ殺せば、それで終わりじゃあ!」

「金剛。それが出来ないから集まっているんでしょう。貴方の兄貴分も、レッド1人に殺されたって聞きましたが」

 

 金剛と呼ばれた男に冷や水を浴びせた男は、フチなしのメガネを掛け、頭髪をオールバックでまとめ、グレーのスーツを着こなしている姿はサラリーマンとしても通じる物だった。

 

「金木ィ。老人共を騙して金儲けしとる連中には、そんな根性も無いか!」

「喧嘩は他所でやってくれ。今日話したいのは、今後の方針だ」

 

 フェルナンドが威圧すると、金剛達は押し黙った。スクリーンには、大坊乱太郎の姿が映し出されていた。いずれも犯罪者や怪人達を無慈悲に殺傷している姿だった。

 

「エスポワール戦隊の頭はコイツだ。戦闘能力は頭一つ抜けている。先日の葬儀場での抗争も、染井組の奴らが追い詰めたが」

 

 続いて流された映像には、件の復活シーンだった。両腕が銃身へと変貌して、周囲に破壊を振りまく暴風めいた光景だった。

 

「この様に戦闘能力では無類の強さを誇っている。マトモに戦うのは得策じゃない。犠牲を増やすだけだ」

「では、どうするつもりですか? 脅しで止まる連中だとは思えませんよ?」

 

 エスポワール戦隊の隊員達は強化外骨格(スーツ)で全身を覆っている為、相手の詳細などが割り出せず、人質作戦も使えない。

 

「俺もそう思っていた。だが、少しだけ事情が変って来た」

 

 続いてスクリーンに映し出されたのは、牧歌的な光景だった。老人や若者達に交じって隊員達が混じって田畑を耕していた。

 制裁ばかりをしている彼らのイメージからは掛け離れていたが、誰も何も言わない。まるで、この光景が何処で繰り広げられているかを知っている様だったが、事情を知らない中田は黒田の脇を突いていた。

 

「おい。ここ何処なんだ?」

「俺も知らねぇ」

 

 全員何も言わないが、実は知ってそうで誰も知らないのではないか? そんな疑問が過ったが、タブレットから参加していた剣狼が声を上げた。

 

「それは何処での活動なんだ?」

「ハト教。大坊達がかつて平穏なひと時を過ごした場所で、エスポワール戦隊の客引きパンダみたいな場所だ」

 

 国内で無法にリンチをして回る集団というイメージを払拭するためのパフォーマンスとも揶揄されているが、介護ホーム的な役割を果たしており、それ以外にも不登校や引きこもりの人間などの更生も受け持っているらしい。

 

「更生ビジネスなら、ウチでもやっていた事ですが。極道や半グレを排除して、パイを奪っている訳ですか?」

「そう見られてもおかしくはない」

「なるほどぉ。ここにカチコミ掛けてやれば、連中を脅せるって訳か!」

「いや。そんなことをしては、結局は全面戦争になるだけだ。俺達がこの中で狙うのは一つ」

 

 ハト教と呼ばれる場所での活動を映し出した写真の中に赤丸が付けられた。いずれも、1人の女性に対してだけだった。

 

「この女性は?」

「エスポワールピンク。初代エスポワール戦隊のレッド以外の、唯一の生き残りだ。最近、俺達が脅したこともあって、今はハト教で働いているらしい」

「……ほぅ」

 

 金木が獰猛に笑みを浮かべた。相手の弱点に付けこみ、脅すのは極道の常とう手段と言ってもいい。タブレット越しには空気が伝わらないのか、剣狼が無遠慮に尋ねる。

 

「レッドが今更、他人を気にするのか?」

「問題ない。アイツがピンク宅に襲撃を掛けられない様に観測していることは俺達も把握している。現状、アイツがレッド唯一の弱点なんだよ」

 

 もしも、ピンクを誘拐拉致することが出来れば、エスポワール戦隊に一矢報いることが出来るならと、会議に出席していた者達は意気込んでいた。

 

「ガラを浚うなら、任せて下さい。慣れてますよ」

「いや、今回の任務は正面からって訳には行かない。潜入任務になる。加えて、現地でピンクと交戦できるだけの能力を持った者に限られる」

 

 レッド程ではないにしても、彼女もエスポワール戦隊であったとしたら生半可な戦闘能力の持ち主ではないことは予想できた。

 

「だとしたら、儂の出番か!」

「いや、リングを付けたままは入れない。それに、金剛さん。アンタは良くも悪くも有名だ。顔が割れちまっている」

 

 潜入の段階で弾かれる。となれば、無名の人間を送り込むしかない。この場にいる者達の視線は黒田達に集まった。フェルナンドも頷いた。

 

「中田。お前に任せるつもりだ」

「俺ェ!?」

「コイツより、俺に任せて貰った方が」

「駄目だ。黒田、お前は察しが良すぎる。こういうのはな、ちょっと位。間の抜けた奴の方が疑われないのさ」

 

 黒田が眉間を抑えていた。中田が潜入任務。この上なく不安に駆られるが、当の本人は自信満々な顔をしていた。

 

「えぇ、任せて下さいよ。俺が見事に溶け込んでみせますんでね!」

「……不安ですね」

 

 全員の心中を代弁する様にして、金木がポツリと呟いた言葉に剣狼以外が頷いていた。

 



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幕間 4

 

 葬儀場での決戦後。幾人もの怪人を仕留めた日野は、異例の出世を遂げていた。賞賛や尊敬を集めはしたが、同じ位の妬みや嫉みも集めていた。

 本人が持つ厭世的な雰囲気も相まって1人で行動することも多く、全員が食事を取っている間も訓練に励んでいた。

 

「日野ちゃん。そろそろ飯にしようぜ」

「稚内さん。訓練所に飲食物の持ち込みは禁止ですよ」

「大丈夫だ。シアンさんから許可も貰っている」

 

 日野を戦隊へと誘ったメンターであったが、最近は敵対者達の活動が活発になって来ていることもあって、日野の事を見る時間が減っていた。彼の代理をする様に、稚内は色々と気にかけていた。

 持ち込まれたサンドイッチを見て、腹の音が鳴った。一度、気になってしまえば満たす他なく。一旦手を止めて、腰を下ろした。

 

「……キュウリ嫌いなんだけど」

「好き嫌いせずに食えよ。ウチで取れた野菜なんだからな!」

「家庭菜園の趣味でも?」

「そう言う訳じゃねぇ。ハト教で取れた野菜が、ウチの食堂でも使われてんだ」

 

 ハト教と言う場所については、聞いたことがあった。以前は悪辣な宗教団体であったが、リーダーの手によって更生を果たして、真っ当な団体になったと。

 かつて、大坊と七海が過ごした事もあり、エスポワール戦隊と協力関係にあるらしく、刑務所や介護しての機能も果たしているらしい。

 

「被害に遭った方はやり直すことも出来ないのに」

「勿論、誰かを殺めたりした人間は受け入れない場所だ。施設内には、隊員の人達も居るらしいから、内部で悪だくみとかも出来ないらしいぜ」

 

 被害者の関係者が留飲を下げることが出来る位には体裁が整っている場所であるらしい。キュウリを取り除こうとしたが、我慢して食べた。市販されている物と変わりない様に思えた。

 

「でも、変な話ですよね。ウチは悪党に対しては容赦ないのが基本なのに、どうしてそんな施設があるんですか?」

「ウチは自首した人間、あるいは罪を償った人間を裁いてはいけないという規律があるだろう? 出所した後も犯罪を繰り返す屑は例外だが」

 

 エスポワール戦隊は独自の調査網を使って、ターゲットの経歴や罪状を調べた上で制裁を行う。殺傷を伴う厳罰が基本であるが、罪を償う為に行動を起こしている者に対しては、その限りではなかった。

 

「警告も無しなんですね」

「言われなきゃ罪を償おうとしないんじゃ、意味がない。おかげで、この皇内の刑務所はパンク寸前だ」

 

 また、この罪と言うのも遡及性があり、過去には慣習で流されていた事を問われて、制裁された者も少なくはない。

 

「それで、ハト教が協力を?」

「そう言うことだな。皇全国でそう言う場所を作っているらしい」

 

制裁と言う名目で脅して、自分達が管理する場所に集めて作業に従事させる。

やっていることに対して疑問は浮かんだが、悪人は裁かれるべきだという怒りが根底にある日野としては、疑う必要もないと考えていた。

 

「そんなに自首してくる奴が多いんですか?」

「加えて。今の生活は手放したくないけれど、制裁されない様に罪を償いたいって思う奴らの仕事場でもあるらしいぜ」

「都合の良い考えをする奴もいるんですね」

 

 ただ、罪を自覚させることには賛成だった。世には誰かを追い詰めたり、危害を加えても反省もない者達も多いのだから。

 

「でも、大きな進歩だろ? 以前までは、何食わぬ顔をしている奴らも多かったからな。これもエスポワール戦隊の活躍の賜物だな」

「少しずつだけれど、確実に歩を進めているのは事実。か」

「目標は誰もが善人になることだ。皆の心にエスポワール戦隊が居続ければ、悪事をしようなんて考える奴は居なくなるはずだ」

 

 もしも、誰かに危害を加えたり、犯罪を起こしたりすれば、エスポワール戦隊によって裁かれる。そう言った常識が浸透をすれば、皇で起きる悲劇は減るに違いないと思った。

 

「そんな世界が来れば良いですね」

「俺達で作るんだよ! 俺は、明日からハト教の警備に行くからよ。日野ちゃん、ちゃんと飯食うんだぞ?」

 

 ガシガシと乱暴に頭を撫でられた。子供扱いされている様で思うことがない訳でも無かったが、この無遠慮が嬉しかったの、黙って撫でられ続けていた。

 

~~

 

「ふぅ」

「お疲れ様です。富良野さん! 桜井さん!」

 

 大坊に口利きをして貰った、ハト教での働き口は桜井達の技能にも合った物だった。表では牧歌的な光景が広がっていたが、敷地内の奥まった場所には介護用の施設が建てられていた。

 老人から障がい者まで幅広く面倒を見ており、彼女達と同じ様に外部から働きに来ている者達も居た。よって、人手も豊富であり休憩も十分に取れた。何よりも外部と明確に差別化されている部分がある。

 

「はい。本日もありがとうございました。使用したサポーター用の変身ベルトの回収を行います」

 

 量産型強化外骨格(スーツ)の使用である。これによって、介護従事者を悩ませる大きな問題の一つ。身体的負担を大幅に減らすことが出来ていた。

 

「いやぁ。コレ、外にも流通して欲しいですよ!」

「難しいと思うわよ。だって、軍事利用も出来る物だし」

 

世間の戦闘を連想させる物への忌避感は強く、彼女が中々に社会復帰が出来なかった原因でもあるが、エスポワール戦隊の膝元であれば問題はない。

 

「現場の人間としては、ぜひとも欲しい物なんですけれどね。おじいちゃんをお風呂に入れるときも楽だったし」

「いずれは、私達の変身ベルトがそんな風に使われる未来が来ると良いわね」

 

 少しだけ。理想的な未来を思い描くことが出来て、桜井の顔には微笑みが浮かんでいた。働き始めてから、顔立ちも元に戻り始めたこともあってドキッとした。

 なんと反応を返そうかと考えていると拍手の音が聞こえた。振り向い見てれば、播磨と橘が居た。桜井達は頭を下げた。

 

「これは、播磨さん。どうも」

「そんなに畏まらなくても良いよ。桜井さんの意見には俺も賛成だな。戦いの為じゃなくて、皆の生活の為に使われる未来。素敵じゃないか」

「ですよね。こんな形でヒーローが認められたら、素敵だと思いますね」

「そうですね」

 

 橘は控えめに頷きつつも、不可能だと思っていた。戦隊が掛けて来た者達の数は多く、皇国内には反感を持つ者は少なくない。平和を代表するには、あまりに血生臭い存在だと考えていた。

 

「仕事は出来るだけ楽になる様に務めるけれど、お給料の方は低くなっちゃうのだけはごめんね?」

「とんでもない。ちゃんと社会保障も付いているし、文句はありませんよ」

 

 給料は相場よりも一回り低かったが、仕事のストレスが少ないのが大きかった。人間関係、身体面。どうしても対象者故の心労はあったが、表の労働と比べてはかなりマシだった。

 

「ホッとしたよ~。ピンクさんに直談判されちゃ、リーダーに怒られちゃうからね」

「もう。する訳ないじゃないですか~」

 

 冗談交じりの談笑。桜井達の会話を傍目に、富良野の胸中には言葉に出来ない思いに満たされていた。

 一緒に仕事をして、誰かに感謝されて、職場の人間と談笑を交わす。人々にとっての『普通』を全うしていることが、どれほど尊いことか。

 

「(エスポワール戦隊の人達は正しくないこともするけれど)」

 

 全てが黒だけか、白だけかという存在がある訳が無い。皇内で人々を騒がせている存在であることは間違いないが、今。桜井と自分に居場所を与えてくれているのは、エスポワール戦隊だった。

 

「じゃあ、明日もちゃんと来てね~」

「はい! 勿論です!」

 

 大坊の知り合いという事で多分に配慮されていることは間違いないが、おかげで快適に働くことが出来ていた。

 表で畑作業や建築作業をしている人々を眺めながら、ゆったりと帰路に付く。贅沢が出来るほどの給料は貰えていないが貯金はある。

 

「今日は、何処かで外食をして行かない? ファミレスとかでも良いから」

「私のご飯に飽きちゃいました?」

「え。いや、そう言う訳じゃなくて」

「冗談ですよ。偶には外食も良いですよね。何処が良いですか?」

「ハンバーグがあるレストランで!」

 

 外食なんて贅沢が出来るほどの余力と貯金が出来る日が来るとも思っていなかった。ハト教を出て、最寄り駅付近のチェーンレストランに寄って、ちょっとだけ贅沢な晩餐を楽しんだ。

 



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普通 1

 皆様のコメント。評価。ありがとうございます! 物語を執筆する上で、もの凄いモチベーションになっています!! ありがとうございます!


 潜入任務を受けた中田は、ハト教に連絡を入れて入信の手筈を整えていた。身体チェックなどもある為、無線やリング等を持ち込めないことへの対処については、何とかするとだけ言われた。

 

「(本当に何とかなるのか?)」

 

 インターネットで調べた住所を目指す。人通りは殆ど無いが、目を凝らせば周囲に監視カメラなどが設置されているのが見えた。

 

「(多分、逃走防止用だろうな)」

 

 罪を償いに来たのは良いが生活に耐え切れず脱走する。だが、設置されている監視カメラによって補足されて、捕縛される。その後は想像に容易い。

 覚悟が必要だと思った。文明の恩恵はあまり受けていないとは思っていたが、スマホが無ければ暇つぶしも出来ないし、パソコンが無ければ道筋も分からない。エアコンとかも無いなら、夏はどうするのだろう? と考えている間に、目的地が見えて来た。表では数人の信者が待ち構えていた。

 

「お待ちしておりました、中田様。早速ですが、電話でもお話しした通り。荷物チェックの方をさせて頂きます」

 

 スーツのポケットからスマホや腕時計を取り出したが、念の為に。と、ボディチェックや金属探知機などでも調べられた。

 

「えらく厳重なんですね」

「はい。自分なら見つからないと思っている人間が予想以上に多くてですね。私達も辟易しているのですよ。中田様は問題ありませんね」

 

 もしも、見つかったらどうなるんだろうかと思ったが、尋ねることはしなかった。

 荷物チェックで問題が見つからなかったので、年配の信者にハト教の施設内を案内された。廊下を進んで行き、奥の間に通されると。ズラリと並んだエスポワール戦隊員が一斉に中田の方を見た。内心、冷や汗が流れたが、部屋の中央に鎮座していた男はカラカラと笑っていた。

 不思議な雰囲気を纏った青年だった。蒼髪碧眼の出で立ちは浮世離れした印象を受ける。口を閉じれば厳かであるが、喋る声色は不思議と安心感や親しみを覚えさせるものだった。

 

「お兄さん、ビックリした? 俺。播磨って言うんだ。よろしくね!」

「メッチャビックリしました。ひょっとして、やっぱり許されない。とか言われるんじゃないかと思って」

「大丈夫だよ。そう言う人は、そもそも受け入れないから」

 

 軽く言ったが、底冷えするような冷たさを孕んでいた。見台に置いてある書物を捲り、中田の経歴を読み上げて行く様子は閻魔を彷彿とさせた。

 

「中田君ね。幼少期は片親で、親父からはよく暴力を受けていた。自分も同じ様に暴力を振るって年少にも入ったことがあるみたいだね。職にも就かず、ブラブラしていた所を染井組に拾われた。って所かな?」

 

 背筋に悪寒が走った。自分がヤクザ者であることは話したが、経歴については一切喋った覚えがない。もしや、ジャ・アークの一員として潜入しているのがバレているのではないかと思い、冷や汗が流れた。

 

「え。えぇ。そんな所です」

「先日のエスポワール戦隊の活躍で染井組長が逝去しちゃったから、抜けたって感じかな? 結構多いから、気にすることは無いよ」

 

 挑発しているのか。揺さぶっているのか。動揺しない方が不自然なので、表情を伏せた。なおも、淡々と読み上げて行く。

 

「罪状は傷害と恐喝だね。うん、殺人をしていないのは救いようがあるね。色々と鑑みて、15年位かな」

「じゅ、15年ですか」

 

 裁判の量刑については中田としても測りかねる所であったが、15年は長いと感じた。それだけの年数を過ぎれば、外に出る気も失せる様な気がした。

 

「今は不便だけれどさ、その内便利になるかもしれないし。ハト教の生活に馴染んでいこうよ! 住めば都って言葉もあるし!」

「えっと。トップとして、その言い方は大丈夫なんですか?」

「罪を償う為に余生を使え。って言われたら、気が滅入るでしょ?」

 

 とてもではないが、更生を促す発言とは思えなかった。調べた経歴と相違ないことを確認すると、播磨は中田を退室させた。

 行と同じく年配の信者に案内されながら、ハト教の敷地内の様子を眺めていた。隊員達に監視されながら、信者と思しき服を着た者達が田畑を耕したり、肉体労働に勤しんでいる。だが、強制されている様な悲壮さは無かった。

 

「ここは農作業の労働が主なんですか?」

「いいえ。その人に合った職業が宛がわれます。例えば、教養のある方はハト教内の年少組に授業をしたりしますし。建築関係の仕事が出来る者は、そちらの仕事を振り分けます」

 

 中田は渋い顔をした。頭も良くなければ、工事現場などで働いたことも無い。彼の表情で察したのか、年配の信者は少しだけ笑った。

 

「大丈夫ですよ。出来る仕事を振り分けますし、本人達の希望があれば職業訓練も行っています」

「凄いですね」

「刑務所とも提携していますのでね。刑期が追えたからと言って、外に放り出されたとして。生きて行く術が無ければ、結局悪事に手を冷めるだけです。私達も顔見知りを手に掛けることは心苦しいので」

 

 フロント企業の様に体裁だけと言う訳ではなく、本格的に取り組んでいる様に思えたが、全容は分かっていないので油断は禁物だった。

 

「ちなみに、俺だと何処に配属されそうだと思います?」

「そうですね。先程の播磨様の話を聞くに、農作業になると思いますね」

「あ。そうっすか……」

「バカにしてはいけませんよ。ここで作られた食料は、敷地内の皆さんが召し上がる物になり、余剰は外部に出荷されたりするのですから、立派な仕事です」

 

 馬鹿にしている訳ではなく、自分が何も出来そうにない奴にカテゴライズされていた事にガッカリしていただけだったが、力説されたので曖昧に頷いた。

 傍目に畑が見える箇所を超えて進むと、かなりの大きさの建物に案内された。中に入ると相当数の扉があり、信者達が闊歩していた。

 

「うぉ。すげぇ」

「ここが、中田様が泊る部屋となります。御覧の通り、入信者は日々増えている為、相部屋となりますが」

 

 ギョッとした。部屋内に居たのは、中田の様な者だけではなかった。エスポワール戦隊員も一緒に居たからだ。フェイス部分だけ解除すると、幼さの残る顔立ちが現れた。

 

「新入りですか?」

「はい、中田様です。経歴については、こちらに」

 

 数枚の書類を渡すと、ざっと目を通すと同時に眉を顰めた。不機嫌に歪んだ表情を隠そうともせず、慇懃無礼に挨拶をした。

 

「稚内です。注意されているとは思いますが、隊員である俺もいるんで、変な気は起こさない下さいよ」

「勿論だって」

「これからも仲良くしてやってください。私の案内はここまでになります。引き続き、ハト教の暮らしについては、芦川君に説明して貰いましょう」

「よろしくお願いします!」

「おぅ! よろしくな!」

 

 信者服を着ているという事は、彼もまた何かしらの罪を犯したのだろう。年配の信者が退室した後、引き継ぐようにして芦川は説明を始めた。

 

「今日は、もう休んでくださって結構です。明日の7時には朝食がありますので、それまでには起きて下さい。何か疾病とか、アレルギーとかは? 宗派的に食べれない物は?」

「特にねぇな」

「なら、問題ありませんね。良ければ、宿舎内の案内でも」

「いや、その前に知りたいことがあるんだ。お前達の事」

 

 これから、一緒の部屋に寝泊まりする相手と関係は良好にしていきたい。頭脳派の黒田と比べて、中田は雰囲気や人間関係を構築することに優れていた。

 

「僕達の事ですか?」

「アンタのことは、この書類に書かれている通りだろう?」

「文字だけじゃ、説明できねぇこともあるだろう? よっし、言い出しっぺの法則だ。まず、俺から話してやるか!」

 

 パンと膝を叩いた中田は身の上話を始めた。最初の内は二人共、興味が無さそうに聞いていたが、やがて彼の話術に引き込まれて行った。

 

「いっぺんよ。気になって、何で親父がそんなに俺に暴力を振るう様になったかって調べてみたんだよ」

「その理由は?」

「親父も虐待を受けていた過去があったらしくてな。虐待を受けて育った人間は、同じ様に子供を虐待するらしいんだ。それで、おふくろも愛想をつかして出て行ったんだろうな」

「ひっでぇ親もいたもんだ。て言うことは、その親父さんは制裁されて?」

「いや。アルコールで臓器やられて死んじまった」

 

 中田は一方的に話すだけではなく、相手に考えさせるような『発問』と呼ばれる手法をよく使っていた。答えは時に順当であり、時に驚く様な物であったりと。話の先を気にさせる物だった。

 一通り話を聞いた芦川と稚内は疑問を浮かべていた。彼の場合、真っ当に生きて行くだけの学歴も社会的な立ち位置も無かったことを知った。ならば、彼を追い込んだ環境は責められるべきではないのだろうかと。

 

「話を聞いていると。中田さんだけに非がある訳じゃない様に思うんですけど」

「だけど、俺に非が無い訳じゃない。だから、ここの門戸を叩いたのさ」

「なるほど。そう言う経緯があるんだな」

 

 中田が話した事は殆ど真実だった。違うことがあるとすれば、彼は今も染井組の組員であるという事だけだが。

 

「その。染井組長って人はどんな方だったんですか?」

「……親っさんか。厳しくも優しい、筋の通った人だったよ」

 

 彼を殺した奴の仲間が目の前にいる。と、思うと湧き上がる感情が無い訳ではなかった。稚内もまたエスポワール戦隊の正しさを振りかざすだけでなく、何かを考えるようだった。

 

「悪ぃ。稚内の事を責めるとか、そう言うつもりは無かったんだ。次、芦川の話を聞いても良いか?」

「え。あ、はい」

 

 稚内が口籠っていたのを見て、中田は芦川へと話をする様に促した。何時の間にか全員の表情は談笑に合わせる様にして、穏やかな物になっていた。

 



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普通 2

「僕は、とある高校にいました。」

 

 芦川の口から語られた話はありふれた物だった。武田と呼ばれる少年を筆頭にしたグループは1人の少年を執拗に茶化していた。

 クラス内のヒエラルキーを上げる為か。オタクが気に入らなかったのか。理由は兎も角、自分達は『弄り』と呼ばれる接し方の一つとしか考えていなかったが、アレは間違いなくイジメだった。話をする毎に、稚内の眉間に皺が寄っていた。

 

「胸糞悪くなる話だ。何よりも、本人達が罪を自覚していないって言うのが、一番腹が立つ」

「だけど、ここに居るってことは。積を自覚せざるを得ない事件があった。って事だろう?」

「はい。アレは同じグループに所属していた生徒が、全身複雑骨折状態で見つかったんです。それからは生きた心地がしませんでした。僕もどんな目に遭わされるんだろうって。ひょっとしたら、家族の誰かにも手が伸びるんじゃないかと思って……」

 

 声が震えていた。イジメをしている人間が極悪非道で、家庭に問題を抱えている訳ではない。何処にでもいる普通の人間が、加虐行為に加担しうる。

 中田が彼の話に相槌を打つ中。稚内は引き続き、眉間に皺を寄せていた。堪らず口を開いた。

 

「家族のことを思えるなら。なんで、いじめられていた子を思って上げられなかったんだ?」

「だって、そんなことをしたら。僕が次のターゲットになるかもしれないじゃないですか!」

「稚内、気持ちは分かる。でもな、誰もがエスポワール戦隊員みたいに勇気と強さを持っている訳じゃないんだ」

 

 人間関係や雰囲気の構築において機微は必須だ。自分より偉い人間に頭を下げる、同意する。時には、自分の意に反することもしなければならない。芦川の振る舞いを責めるのも酷だとは思った。

 

「だからこそ、俺達が必要だって訳か」

「そう言うことなんでしょうね。恐怖に耐え切れず、教室から飛び降り所を通報されて、病院で目を覚まして」

「(うん?)」

 

 今まで微かに引っ掛かる物を感じていたが、飛び降りたという話を聞いて、もしや、と思った。一連の話は、芳野が通っていた高校で起きた事件とソックリだったからだ。

 

「もしかして、お前の通っていた高校って○○高校か?」

「あ、はい。知っているんですか?」

「知り合いが通っているからな」

「おい、待てよ。○○高校って事は、お前らがイジメていた生徒って、日野ちゃんじゃないのか?」

 

 先程から威圧的な態度を取られていることもあって、芦川は怯えながら頷いた。

 ここに来て3人は、いずれも『日野』と言う少年と接点があることに気付いた。中田は事務所で出会い、翌日のニュースで名前を見たきりだったが。

 

「知り合いなのか?」

「俺の後輩ですよ。俺よりも強くなったけれどな」

「日野君。今は、エスポワール戦隊にいるんですか?」

「そうだ。皇国内に蔓延る、悪党達を制裁している」

「制裁って事は……殺している。って事だよな?」

 

 もしも、彼が話していることが事実なら。少年に人殺しをさせていることになる。だが、稚内は嫌悪感を見せる様子も無かった。

 

「反省する気のない悪党は生きているだけで迷惑を掛ける存在だからな。悲劇や不幸を無くすためにも必要なことだ」

 

 あまりにも当然の様に語るので、中田達は唖然とした。彼らは制裁と言う名の殺人に忌避感を覚えていない。湧き上がる考えはあったが、口にすれば諍いになる。初日から目立つ真似は避けたい。

 思い悩むフリをして黙っていると、芦川がブルブルと震えていた。まさか、同室の住人が、イジメていた相手の友人だとは思いもしなかっただろう。

 

「ひょ、ひょっとして僕を……」

「いや。このハト教に改心に来ている奴には手を出さない決まりだ。逃げ出したりしない限りはな」

「あんまり脅し過ぎるとヒーローってイメージから掛け離れるぞ? そう言うお前は、どういう経緯でエスポワール戦隊に入ったんだ?」

 

 真面目になり過ぎないように。茶化す範囲で諫めながら、話題を切り替えた。

 これは中田としても気になる所だった。門倉の話を聞いたことはあったが、彼らがどの様な経緯で入隊して、装備などを入手しているか。世間話の体をしているが、情報収集の一環でもあった。

 

「話して貰った手前、悪いとは思うんだが。もう少し、アンタらの人となりを見て信頼できる相手だと思えたら、話すよ」

「そうか。ま、無理には聞かねぇよ」

 

 ガードは固かった。如何に少年の様に見えても、隊員としての教育を受けているのか、軽々に外部に情報を漏らさない様に線引きはしているのだろう。

 今は、まだ初日。焦って聞き出す必要もない。もしも、内部を探るというのなら不安げにしている芦川と言う少年からアプローチを掛けて行くのが早いと考えた。

 

「仲良くやって行くにしても。皆、どうやって暇を持て余しているんだ?」

「この宿舎内の一角に図書館みたいなコーナーがあるんです。そこでは、本が借りれたりするので」

「どんな本が置いてあるんだ?」

「大体は小説ですね。漫画とかも置いてありますが」

「運動の為にボールとかの貸し出しもあるぞ。ただ、スポーツは喧嘩とかの元にもなりやすいから、隊員の監視ありきだが」

「生まれて、この方。小説なんて教科書でしか見たことねぇぞ」

「ここに来たことを切っ掛けに小説を読み始めた人も多いですよ。僕もそうですしね」

 

 中田が読む物と言えば、漫画位だった。ゴシップ誌すら読まないので、文字の羅列を思い浮かべただけで気が滅入りそうになった。

 

「テレビとかは見れないのか?」

「見れる訳ないだろ」

「後は、他の作業所の見学とか手伝いに行ったりも出来ますよ」

「体を休められるときは何もしたくねぇな」

 

 目的であるピンクの拉致・誘拐よりも。ここに馴染む事の方がよっぽど難しいのではないかと思った。

 

~~

 

「やぁ。ピンク、久しぶりだな」

「リーダー……?」

「HEY! YOUがピンクさんですか! お会いできて光栄です」

 

 中田が宿舎に案内されていた頃。介護を担う施設内で、桜井は大坊達と会合していた。隣にいた富良野は、初めて彼の素顔を見た。

何処にでもいるくたびれたオジサン。スーツにも着られている印象が強い。隣にいる金髪の男性がスーツを着こなしていることもあって、対比すると余計に目立った。

 

「えっと。リーダー? こちらの方は?」

「紹介しないとな。こちらにいる方はリチャードさん。ユーステッドから、俺達を支援して下さっているパトロンだ」

「よろしくお願いします」

「あ。どうも、こちらこそ」

 

 会釈から挨拶まで皇の作法に則った物であり、動作も流麗だった。住む世界の違う住人を前に、桜井が慌てているのを見て大坊が笑った。

 

「ハハッ。そんなに畏まらなくて大丈夫だよ」

「私が、こういう現場苦手なこと。知っているでしょ?」

「うん。知っているから、久々にやったら、どんな反応をするか見たくてさ」

 

 プリプリと怒る桜井は微笑ましく見えるはずなのに、富良野の心中に沸いたのは明るさからは程遠い物だった。

 

「(……今まで、先輩の事を見て来たの。私なのに)」

「で、リーダー。どうして今日はここに?」

「今日は、リチャードさんに案内して欲しいって頼まれてな。ついでに、桜井の様子を見たくてな。何か困っている事とかは無いか?」

「いいえ。皆、良くしてくれるし。問題はないわ」

 

 何時かの、介護施設内では武器を構えて対峙していたが、今はそんな雰囲気も無く談笑に興じていた。会話に入れない桜井は淡々と仕事する外ないが、これまた大坊の隣にいた小柄な少女がジィっとこちらを見ているのに気付いた。

 強化外骨格(スーツ)のマスク部分だけが解除されており、富良野の方に歩み寄る。瞬間、カムフラージュされていたカメラアイが彼女を捉えた。

 

「……心拍数が上がっている。アドレナリンも分泌されている。怒っている?」

「別に?」

 

 怒っているつもりは無かった。例えば、桜井が昔を懐かしむようなエピソードを持ち出して来て談笑していたり、自分の知らない会話を交わしている所を見ても怒ったりはしていない。

 本人にそんなつもりは無くても体は正直な物で、ストレスに対しての反応までは隠せずにいた。

 

「リーダー。本題」

「おっと、そうだったな。リチャードさん」

「はい。コレを貴方に渡すのも目的でした」

 

 リチャードは桃色の光を放つクリスタルを彼女に渡した。彼女の手に渡ると、より一層強い輝きを放った後、体内へと吸い込まれて行った。

 

「え。なにこれ?」

「ガジェットを強化するためのクリスタルです」

「強化? なんで、そんな物を先輩に渡すんですか?」

 

 不穏な言葉に反応せずにはいられなかった。ヒーローは辞めたと言うのに、どうして武器を強化する必要があるのか。

 

「通話で聞いた件があった以上、今後何が起きるか分からないからな。備えは必要だろう?」

「備えが必要って。そもそも、貴方が世直しみたいなことを始めなければ、こんな事にもならなかったと思いますよ?」

「ちょっと。美樹?」

 

 大坊との間に剣呑な雰囲気が漂った。過去にも啖呵を切ったことがあるが、あの時と違い、大坊の対応は落ち着いた物だった。

 

「だが、始めた以上は止まれない。無関係ではいられない」

「先輩はもうヒーローじゃないんです。仕事を斡旋してくれたことは感謝しますけれど、これ以上は危険な事に巻き込まないで下さい」

 

 暫く、沈黙が場を支配していた。桜井も何を言えば良いか分からず戸惑っている。大坊は薄く笑った。

 

「桜井。良い理解者を持てたんだな。大丈夫、お前達の事は俺が守る。心配はしなくてもいい。それじゃあな」

「あ。リーダー……」

 

 肩を落としながら去って行き、少女もそれに続いた。残されたリチャードは困った様な顔をしていた。

 

「申し訳ありません。私が余計なことをしたばかりに」

「あ、いえ、そんな」

 

 2人に向かって頭を下げた。言ってしまった後に、富良野の胸中には罪悪感が湧いた。彼らの久々の再会や気遣いに水を差してしまったと。

 リチャードも去った後。二人は仕事に戻ったが、業務的な話以外はせずに淡々と業務を遂行していた。

 



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普通 3

 

 生れてはじめて、能動的な読書を試みた中田だったが、30分も続かなかった。活字の羅列を見ているだけで頭と目が痛くなって来たので、全身を畳の上に投げ出した。昼寝でもしようかと考えたが、眠気は訪れなかった。

 

「芦川。ちょっと、外を歩いても良いか?」

「良いですよ」

 

 読んでいた本にしおりを挟んで、宿舎を出た。コンビニも無ければ車も無い。牧歌的な光景が広がるばかりで、緩やかに時が流れて行くのを感じていた。

 芦川から案内を受けて敷地を回っていたが、一角だけ異様な物があるのが見えた。巨大なトラックから何かが搬入されていた。

 

「おい。アレは一体何なんだ?」

「あちらは介護施設がある場所ですから、機材とかじゃないでしょうか?」

「やっぱり、肝心な時は文明の利器を頼るんだな」

 

 農業などは前時代的でも良いかもしれないが、介護は誰かの面倒を見ている手前。出来るだけ最新の体制で面倒を見たいという事だろうか?

 搬入作業を手伝っている作業員は強化外骨格(スーツ)を装着した者達ばかりだった。だからこそ、装着していない者達に関心が向いた。

 

「あっちにいるのは、播磨さんだろ? 隣にいる奴らは誰だ?」

 

 1人は播磨と同じ様な信者服を着ていたので関係者であることは察した。

他にも黒いスーツを着こなした紳士然とした、如何にもやり手と言わんばかりの男。対象的にくたびれたスーツに着られている男と無機質な雰囲気を漂わせている少女は、奇妙な取り合わせだった。

 

「信者服を着ている方は『橘』さんと言う方で、ハト教の幹部の方です。播磨様がお越しになられるまで、ここの運営をしていた方なんですよ。今は、組織運営のサポートをしています」

「そんな人と播磨さんが応対しているってことは、アイツらはエスポワール戦隊員なのか?」

 

 尋ねた瞬間、芦川の全身に緊張が走った。まるで地面に縫い付けられたように身動ぎ一つしなくなった。オイ、と。肩に手を置いた瞬間、拘束から解除された様に、彼は飛び退いた。

 

「す、すみません」

「いや、構わないけれどよ。何か不味いことを聞いちまったか?」

「……あの黒いスーツを着た人は、誰かは知らないですけれど。隣にいる男の人は。エスポワール戦隊リーダー『大坊乱太郎』さんです」

 

 理解するのに暫く時間が掛かった。あそこにいる男が、皇国内を騒がせている団体のトップで、剣狼やフェルナンド達にとっての仇であり。自分にとっては親にも等しい人を殺した存在。

 ここで騒ぎを起こすことに何のメリットも無いことは理解していたが、湧き上がる怒りと敵意は抑えられそうになかった。膨れ上がった感情に呼応する様にして、搬入作業を見守っていた大坊の視線がこちらを向いていた。

 

「うわ。こっちに近付いて」

 

芦川がパニック状態に陥ったが、中田には気にしている余裕など無かった。

まるで、自分が抱いている敵意を察した様に近づいて来た。恐怖や緊張が綯い交ぜになって、混乱している芦川に声を掛けた。

 

「どうした? 何か脅されたりしているのか?」

「いえ、そう言う訳じゃなくて……」

「リーダーであるアンタの顔を見てブルッちまったのさ。ここに居る奴で、アンタにビビっていない人間なんて居ないと思うぜ?」

「そうか。大丈夫、長居はしないから」

 

 淡々と告げて去ろうとする。このまま見過ごしてしまえば、会話の機会なんて巡って来るとは思わなかった。だから、自分帯びている使命も忘れて、中田は声を上げた。

 

「アンタ! この間、葬儀場でドンパチを起こしたんだってな!」

「それが、どうした?」

「どうして、そこに居る奴らを殺したんだ? アンタが何かされたってのか?」

 

 何故、染井組長が殺さなれなければならなかったのか。真っ当な人間であるとは言い難く、自分の知らない場所では悪事に手を染めていたかもしれない。

 だが、それだけの人間ではなかった。誰かを陥れ、追い詰めたかもしれないが、一方で自分や黒田。剣狼の様に救われた人間達もいた。

 

「自分の親代わりの死因が知りたいか?」

「俺が元・染井組の組員だって事も分かっているのか。だったら、答えてくれよ! なんで親父は死ななきゃいけなかったんだ!?」

 

 任務も何もかも忘れて、個人として問うていた。怒りに満ちた中田の視線とは対極的に、大坊の瞳は冷たく軽蔑的な物だった。

 

「そうやって、お前達に泣かされた者達がいるからだ。なら、ここで染井組長がやった罪状を読み上げてやろうか?」

 

 反論を言い淀んだ一瞬の隙を見て、大坊は淡々と罪状を読み上げて行く。恫喝、詐欺、傷害、暴行。最後に殺人と締め括った。

 

「細かいことを指摘するともっと増えるが、分かり易い所を言うとここら辺だろう。娘さんがいるにも関わらず、同じ年頃の子がいる者達も手に掛けていた。奴は真正のクズだ。死ぬべき人間だった」

 

 二つの感情が湧き上がっていた。一つ、彼らが既に染井組長の一人娘の存在を掴んでいる事への恐怖。二つ、自分の恩師に対して侮蔑を向けられたことに対する怒り。

 

「テメェに親っさんの何が分かる!?」

「悪人であるという事だけだ。罪を償うつもりもなく、悪事を犯し続けるだけの存在は全て排除されるべきだ」

 

 話は平行線、何処までも交わることは無い。一触即発の空気が漂うが、二人の間に慌てて、播磨が入って来た。

 

「ちょっと! ちょっと! 二人共落ち着いてよ!」

「大丈夫だ。喧嘩になんてならないことは分かるだろう?」

「大坊さんも落ち着いて! ほら、中田君もさ。親の悪口を言われたのは腹が立つのは分かるけれど、入信初日だし。俺の顔に免じて、ね?」

 

 頭を下げられて、一歩引いた。播磨以外の者達も続いて駆け付けて来て、事情を説明するが、エスポワール戦隊員関係者の視線は冷たい物だった。

 

「大坊さん。煽り立てるような真似はよして下さい。良い事は何もありません」

「そうだな。じゃあ、荷物の搬入を引き続き頼むよ」

「YES!」

 

 橘に諫められて、大坊達は踵を返した。去って行く背中に対して掛けたい言葉は大量にあったが、これ以上何かをして更に立場が悪くなるのは避けたかった。

 発散されない憤りを晴らす様に叫んだ。隣では、ショッキングな出来事の連続で固まっていた芦川がビクリとした。

 



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普通 4

 部屋に戻った中田は頭を抱えていた。潜入初日からあり得ない失態を犯した。幾ら後悔しても無かったことにはできない。芦川も事態を処理し切れていないのか、帰って来てからも固まっていた。

 

「お前ら、何かあったのか?」

 

 唯一、何も知らない稚内が二人に漂う陰鬱な空気の理由が分からなかった。

 大坊と口論したことを話しても面倒なことになりそうだと思ったので、何でもないと答えて、途中まで読んでいた小説を開いた。相変わらず内容は頭に入って来ないが、意識を逸らすことが出来るだけマシだった。時間を潰していると、稚内が立ち上がった。

 

「おい、飯だ。行くぞ」

「あ、うん」

 

 2人に付いて行く。部屋を出ると、自分達と同じ様に飯を食いに行こうとしている信者達がゾロゾロと湧いていた。目的地は一緒だろうが、芦川達と離れない様に必死に付いて行く内に、食堂と思しき場所に辿り着いた。

 鼻腔が刺激され、同時に腹の音が鳴る。他の者達を真似て、トレーを手に取り、乗せた食器に料理が盛られ、3人は同じ席に着いた。

 

「なんか。めっちゃ、米盛られたんだけれど。後、ちょっと臭いな」

「古米だからな。野菜と一緒に食って、腹膨らませるんだよ」

 

 普段はコンビニ弁当か外食で済ませている中田にとって、栄養バランスが考えられてそうな食事にありつけるのは有難くあった。

 

「……味薄いな」

「塩分過多は健康に良くないですからね。味覚も慣れてきますよ」

 

 濃い味付けに慣れていたので、殆ど味は感じなかった。だが、温かい飯にあり付けることは嬉しく、わき目も振らずに飯を掻きこんでいた。

 

「あったけぇ飯が食えるなんて最高だな!」

「なんだそりゃ。外じゃ、普通に食えるだろ?」

「当たり前だと思っちゃいけねぇ。極道なんて、大概は貧乏だからな。大体はコンビニ弁当だ。自炊すらも怪しい」

 

 ふと、剣狼が自分で弁当を作っていたことを思い出した。もしも、このハト教から帰還できることがあれば頼んでみようかと一瞬思ったが、先輩としてのメンツが許さなかった。

 

「なんで、そこまでしてヤクザやっていたんですか?」

「正確に言うと、他に出来る事がねぇんだよ。工場やコンビニだって、学歴も無い奴は使いたくないだろ?」

 

 今では、皇国外から受け入れている技能実習生や外国人労働者の方が勤勉で、学力もある。何よりも賃金の安さを考えれば、反社会的団体上がりの人間を使う旨味は少ない様に思えた。

 

「じゃあ、良かったじゃねぇか。ここでなら、ちゃんと真面目に働けば飯と住む所には困らないぞ」

「更生って言うのは、こういう事を言うんだろうな。お替りしても大丈夫かな?」

「本当にお腹減っているんですね」

 

 調子に乗った中田が白飯のお替りを貰いに行っている間、自分達の席に誰かが入っていることに気付いた。芦川と稚内が目を丸くしている中、件の人物は陽気に手を振っていた。

 

「やぁ。中田君、お邪魔しているよ」

 

 先程まで、和やかだった夕餉に緊張感が走る。同席しないのも不自然かと思い、恐る恐る席に着いた。播磨が現れたのは、先ほどの件を糾弾するためだろうか? 事情を知っている芦川も口を閉ざしていた。

 

「ど、どうもっす。播磨さんもここで飯食うんっすね」

「偶にだけれどね。中田君は面白いから、ぜひとも話をしたいと思ってさ!」

 

 間違いない。あの件について、色々と問い詰めてくるつもりだ。まさかの潜入初日からバレてしまうのか?

 

「俺の何処が面白いって言うんです?」

「色々とだよ。良かったら、後で個人的に話をしたいんだけれど! 稚内君。彼、借りて行っていいかな?」

「あ。良いですよ」

 

 既に自分が播磨と一緒に行動することは決まっているようだ。良くて説教か厳重注意。悪ければ、追放か処分。リングを持っていない自分では抵抗のしようもない。覚悟を決めた。

 

「ありがとうね~」

「出来るだけ早めに帰して下さいよ。明日から仕事なんですから」

「どうしようっかな?」

 

 浮かべた笑顔が猛獣の威嚇の様にすら思えた。食堂での晩飯を終えた後、中田は播磨に連れ出された。

 

~~

 

「一応、ここのトップだから言っておかないといけないことがあるけれど。今日の出来事は感心できないね」

「すいません……」

 

 中田が連れて来られたのは、初めて播磨と会った大広間だった。配慮してくれているのか、エスポワール戦隊員は下げられていた。

 謝るのは慣れていた。兄貴分達から理不尽にキレられたばかりではなく、少年院で、学校で、家庭で。ありとあらゆる場所で叱責を受けていた事もあり、相手が望む反応も何となく分かっていた。ただ、播磨は違っていた。

 

「でも、頭ごなしに怒っても解決はしないよね。怒るだけの理由、あったんだろ?」

「……向こうの方が正しいっすから」

「正しいか、どうかは置いといて。中田君が思った事を聞きたいんだよ」

 

 いつもの軽薄な様子は鳴りを潜めて、真摯にこちらを見ていた。ハト教を収めるだけの何かを感じさせるほどであり、意地を張らずに話した。

 

「俺にとっての染井組長は、本当の親父だったんです。俺を産んだ片割れとかじゃなくて。厳しいことも言うけれど、生き方を教えてくれた大事な人間でした」

 

 中田にとって染井組長の存在感は大きかった。行き場を無くした自分を拾い、同じ様な境遇の仲間達と引き合わせてくれた事。非合法ではあったが、生き方を教えてくれた事。まだ、何も恩を返せないまま恩師は逝ってしまった。

 

「親父がやっていることが世間一般で犯罪だってことは分かってた。俺もソレに加担していたけれどよ。具体的に言うと、借金の取り立てとか…」

「THE・極道のシノギって感じだね。でも、君にとって大事な人だったって事はしっかりと伝わって来るよ。自分の立場を顧みないで声を上げなければいけないと思う位に」

 

 こちらを見据えている。正論や社会的常識で遮らず、こちらの思いを聞いてくれている。

 

「世間から悪人と思われてようが、俺には間違いなく大事な人だったんです」

「そこまで君の心を掴んでいた人が居たなら、俺も話してみたかったな。よし、事情聴取は終わりだ。もう、部屋に戻ってくれても大丈夫だよ」

 

 退室を促されたが、中田はここまで話を聞いた相手の事が気になっていた。そもそも、播磨と言う男は何者なのだろうかと。

 

「なぁ、アンタは何でエスポワール戦隊にいるんだ?」

「うーん? 気になる?」

「どうも、他の奴らみたいに悪を許さない! とか、そう言う感じには見えないし」

「色々と入った理由はあるけれどね。うーん、そうだ。これから行こうと思っていたし、ちょっと一緒に付いて来ない?」

 

 播磨に手招きされ、お共にエスポワール戦隊員を引き連れて向かった先。数ある宿舎の一つを訪れると、歓声が自分達を迎えた。

 

「わぁ! 播磨さん。来てくれたんだ! 横の人は?」

「俺の友達だよ。中田さんって言うんだ。挨拶してね」

「はい! 中田さん、初めまして! こんばんわ!」

「お、おぅ」

 

 小中学生程の年齢の者達が一堂に集められていた。部屋の隅には、エスポワール戦隊員が見張りの様に立っていたが、児童達は恐れる様子もない。

彼らは漫画を読んだり、将棋などのボードゲームをしたり、ハト教内で頒布されている宿題をしていた。播磨もソレに混じって一緒に遊んでいた。

 

「中田さん。一緒にオセロやりませんか?」

「お、おぅ!」

 

 小学生位の女の子にオセロを申し込まれたので、勢いで対戦することになったが、口にするのも憚られる位のボロ負けだった。

 

「うわ。弱っ!!」

「う、うるせぇ! 考えるの苦手なんだよ!」

 

 背後では播磨と一緒に子供達が笑っていた。暫く、遊んだ後。彼らと別れを告げて、変える道すがら。播磨が口を開いた。

 

「あそこにいた子達ね。親を亡くしているんだよ」

「まさか、エスポワール戦隊員が?」

「そう言う子達もいるね。親から虐待されたり、酷い目に遭わされたりしてね。中には助けられなかった子達もいた」

 

 声に陰りが見られた。アレだけ明るくしていた子達に、そんな過去があるとは思っていなかった。

 

「他には、稚内君みたいに。親が悪人に奪われた子達とかもね。中田君の境遇を聞いていた時に思ったんだ。もしも、君が苦しんでいた時に。俺達エスポワール戦隊がいたら、どうなっていたんだろうって」

 

 もしも。親父をぶっ殺して、救いの手を差し伸べて来る存在がいたら、自分はどうしていただろうか? ほぼ、間違いなく。自分もエスポワール戦隊に所属することになっていただろう。

 

「さぁな。ひょっとしたら、エスポワール戦隊に入っていたかもな」

「でしょ? 俺も似たような経験があったからさ。中田君が怒った時、ちょっとだけ気持ちが分かったんだよ。綺麗ごとを吐いて理不尽を押し付けてくる奴より、悪人でも自分を救ってくれる人の方が尊敬できるよねって」

 

 これには中田も大いに頷いた。世には正論、常識、綺麗ごとを吐く人間等。幾らでもいる。だが、彼らが言葉を吐きかける相手の境遇や心中を理解しようと、歩み寄ろうとすることは殆どない。正論や常識は相手を否定して、打ちのめす最強の道具であることを知っているからだ。

 

「アンタ。意外と話が分かるんだな」

「これでも、ハト教を任せられているからね。今日は話せてよかったよ。寝不足にならない様にちゃんと寝るんだよ!」

 

 中田の宿舎前で、播磨と別れた。潜入任務で来ていたはずの彼の胸中には、一つの疑問が思い浮かんでいた。

 

「ひょっとしたら、エスポワール戦隊員になる奴も。俺らと似ているのかもな」

 

 それにしては、自分は余りにも彼らの事を知らない。拉致の為に潜入した中田であったが、自分にも奇妙な感情が出てきている事に気づいた。

 



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普通 5

 

 中田がハト教で1日を過ごしている間。剣狼は渡されたタブレットを使って、黒田や豊島と連絡を取り合っていた。

 

「お嬢、飯は食ってくれているんだな」

「それだけは俺も安心している。本人に生きる意思があるって事だからな」

 

 だが、気の迷いで何をするか分かった物ではない。1日中気を張っていても問題ないのは、怪人が持つポテンシャルの賜物だろう。

 

「芳野のお嬢さんにまで何かがあったら、俺は親父に顔向けできねぇよ。買い出しとかは若い奴らに言え」

「助かる。また、何かあったら連絡を取る」

 

 通話を切った。広々とした居間で、1人食器を洗い風呂なども湧かし、洗濯物も畳む。自分の日常は殆ど一般人と変わらない物になっていた。

 誰かを傷つける事しか知らなかった頃が懐かしく思える。以前は、アレほど憎んでいたレッドの事を考える時間も減っていた。今の平穏に馴染もうとしているのか、あるいは敗北した恐怖が思い出させない様にしているのか。

 

「うん?」

 

 不意にギシリと言う音が聞こえた。歩幅や臭いから、誰がこちらに向かって来ているのかは分かっていたので、家事を続けていた。現れたのは芳野だった。

 

「……あのぅ」

「どうした?」

「アイス。取って良いですか?」

 

 どうぞ。と短く告げると、冷凍庫に入れていたカップアイスを取った。部屋に戻る訳ではなく、居間でチビチビと食していた。暫くは、互いに無言だったが、先に口を開いたのは彼女の方だった。

 

「皆さん、心配していましたか?」

「していた。声でも聴かせてやれば喜ぶと思うぞ」

「……今は、まだ」

 

 完全に回復した訳ではなかったが。話が出来るだけでも大きな進歩だと思った。無言の静寂に耐え切れず、彼女はテレビを付けた。

 現在の皇で放送されているニュース以外の番組の殆どは、ドラマの再放送かアニメだった。BPOの監視が厳しくなった理由は言うまでもない。

 

「もう、葬儀場の件は報道されていないんですね」

「今は、どんなニュースでもさっさと流すからな」

 

 一つのニュースを取り上げ続けると、関係者に危険が及ぶ可能性が高くなる。話題にしている場所があるとすれば、PV数やアクセス数稼ぎのゴシップサイト位だった。……彼らもまた、制裁を食らっているが。

 チャンネルを変えると、アニメが放送されていた。日常系とでも言うのか、低刺激のふんわりとした内容で、可愛らしい女の子達が他愛の無い話をしているだけの物だった。今の、芳野にとっては有難かった。

 

「昔はですね。こういう日常系アニメの何が良いのかって全然分からなかったんですよ」

「今は分かるのか?」

「はい。私も、こんな風に日々を過ごせたら良かったなぁって」

 

 誰にとっても遠ざかってしまった日常が繰り広げられていた。学校内では誰もが楽しく談笑していて、帰りには寄り道をして買い食いしたり、ウィンドウショッピングを楽しんだりと。

こういった映像に癒されるのは、疲れ果てた社会人だけかと思っていたが、自分まで該当するとは思わなかった。

 

「……俺には何が良いかが分からないが、芳野が憧れている事だけは分かる」

「そう思ってくれるだけで充分ですよ。日常に憧れるってのも、変な話ですから」

 

 寂しさや悲しみを紛らわす様に、芳野は視聴しているアニメの話をしていた。剣狼も内容が分かっていた訳ではなかったが、相槌を打っていた。彼女が食べていたアイスクリームは溶けかかっていた。

 

~~

 

 ハト教からの帰り。二人の間には気まずい雰囲気が漂っていた。桜井はどうにかして、この空気を打開する方法を考えていた。

 

「(元々、リーダーと美樹は相性が良くないのは分かっていたけれど)」

 

 勤め先で慰問に来ていた議員を殺害し、お局を殺そうと居場所を聞き出そうとして、彼女に断られた直後にヒステリーを起こした。間一髪で桜井が助けに入ったが、もしも入らなかったらと思うと。今でもゾッとする。

 無法者として野垂れ死ぬかと思っていたが、今や皇を騒がす集団のトップとして君臨しており、彼女達を雇用する施設を用意できる程の力を持っている。

 

「先輩」

「え? なに?」

 

 どの様に声を掛ければ機嫌を直してくれるかと考えていた矢先、先に声を上げたのは富良野の方だった。

 

「先輩にとって。私と大坊さん、どっちの方が大事ですか?」

「どっちって……」

 

 大事のベクトルが違うのだから比べようがない。

 大坊は共に青春を駆け抜けた友人であり、気心の知れた仲間ではあるが、恋愛などとは無縁の関係にあった。

 一方、富良野は自分が一番辛い時に心身面と経済面の両方から支えてくれた相手であり、友人を超えた関係にあるとは思っている。

 

「私。先輩がヒーローに戻って欲しくないんです。もしも、大坊さんの所に行ったら、二度と戻って来ない気がして……」

 

 桜井は、富良野が不機嫌から黙っていた訳ではないことに気付いた。注視すれば、彼女の手が震えている。

 あの時は、大坊の勧誘に乗るだけの理由が無かったが、今の彼には強大なバックボーンが付いている。もしも、桜井がヒーローに戻るというのなら富良野には引き留めるだけの力が無い。

 

「大丈夫よ。リーダーとは久々に話をしただけ。今の私は、エスポワールピンクじゃなくて、桜井だから。今の日々は気に入っているのよ」

 

 本心からの言葉だった。世直しをするだけの気力もなければ、顔も知らない他人を信じられるだけの勇気もない。目の前の日常を守って、堪能することだけが精一杯な自分がヒーローに戻れる訳がない。

 

「えへへへ。そうですか! よっし! じゃあ、今日はハト教で貰った野菜を使った料理にしましょうか!」

 

 富良野がいつもの調子を取り戻したのを見て、胸を撫で下ろしていた。リーダーと自分は違う道を選んだ。今、会ったとしても昔を懐かしむだけの関係だ。

 以前の様に職場を追われる必要もない。悪の組織が何をしようとも、自分達に関係はないし、万が一自分達に手を出してきた場合。レッドの激怒を買うことになるだろうという考えもあった。

 

「(私はもう普通の市民だから。これ以上、皇の行く末を左右するなんて大仰な事に関わる必要も無いの。これからもずっと……)」

 

 だが、本人がどう思おうと。彼女がエスポワールピンクであったことは消すことのできない過去であった。駅へと向かう彼女達は、鞄を提げた男性から『すみません』と尋ねられた。

 

「何でしょうか?」

「ハト教に向かいたいんですが、ここを真っすぐ進めば大丈夫でしょうか?」

「はい。その通りです」

「ありがとうございます。ひょっとして、貴方達もハト教関係者でしょうか? もしも、そうならお話を伺いたいのですが」

 

 スッと名刺を差し出して来た。社名の横には『反町』と言う名前が綴られていた。胡散臭さも相まって、桜井達は顔を見合わせた。

 

「すみません。私達急いでいるんで」

「それは、申し訳ありませんでした。道案内、ありがとうございます」

 

 食い下がる様な真似はせず、反町はハト教に向かって行った。時間帯的にも不自然さを覚えはしたが、桜井達は自宅への帰路を急いだ。

 



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普通 6

 

「中田さん。起きて下さい!」

「んが……」

「だらしない生活をしていたんだろうな」

 

 芦川と稚内に見下ろされながら、中田は目を覚ました。既に信者服は仕立てられており、袖を通してみる。クタクタのスーツよりも着心地は良かった。

 

「意外と動きやすいんだな」

「作業服も兼ねていますからね。中田さんの配属は農耕の方です。僕はこれから授業を受けに行くので、稚内君に引き継ぎます」

「付いて来い」

 

 稚内の後を付いて行くと、如何にも前科者と言う雰囲気を放っている者もいれば、一般人にしか見えない人間もいた。彼らを監視する様にして戦隊員達は一列に並んでいた。

 

「どうすれば良いんだ?」

「説明がある。列に並んでおけ」

 

 マスク部分が覆われ、稚内もまた隊員の一人として隊列に加わった。中田は周りに合わせて、列を作った。間もなくして、隊員の一人が拡声器を握った。

 

「おはようございます。本日も元気に作業していきましょう。今日は新しく入った人がいるので紹介します。中田さん、前に出て、自己紹介をお願いします」

「中田と申します。極道をしていました。この度は、自分の行いを反省する為に入信させて貰いました。皆さん、よろしくお願いします!」

 

 前に出て、自己紹介をすると整列していた信者達から拍手が送られた。まるで、学校か何かだと思った。

 

「勝手が分からないと思うので、聞かれた人は快く答えて上げて下さい。では、作業開始です」

 

 他の者達は勝手が分かっているのか綺麗に分散した。何をするべきか分からずに戸惑っている中田の方を、隊員の一人が叩いた。

 

「まずは、皆の仕事を見て覚える所からだ」

 

 農具の準備から作業に入るまで、あまりにスムーズに進むので何が行われているかは分からなかった。だが、誰が先導をしているかは分かった。

 

「野菜の収穫を終えたら、パックして出荷。その後は、水やりと雑草の除去」

 

女性の信者だった。スラリと伸びた背丈に整った顔立ちも相まって美女と言う言葉がしっくりと来ると思った。だが、一番特徴的だと思ったのは声だった。

不思議と彼女が出す指示には従いたくなる何かがあった。実際、動いている信者達もキビキビと動いている。

 

「凄いな。あの女性、何処かで社長か何かやっていたのか?」

「悪い。俺らからは、他の信者の情報は話せないんだ」

「守秘義務って奴か」

 

 プライバシーなどに配慮していることは意外だと思った。眺めている内に、作業が進んで行くが、何もしないのは座りが悪い。稚内に許可を取り、例の女性へと近づいた。

 

「すみません。俺は、何をしたらいいですか?」

「収穫した物を運んで欲しいの。貴方、力持ちに見えるし。頼りにしているわ」

「任せて下さい!」

 

 直感的に。この女性は、人を動かす側の人間だと思った。自分の事を反骨精神の強い人間だと思っていた中田であったが、彼女の指示に従うことにはまるで抵抗が無かった。

 加えて、彼のコミュ力もあって信者達とは直ぐに打ち解け、作業光景に溶け込んでいた。若くて力のある者達は収穫した物を運ぶ作業を、老いた者や非力そうな者達にはパック作業をと。適材適所の仕事をするのだから、潜入していることも忘れてやり甲斐を感じていた。

 

「ここで収穫した物って、何処に行くんスかね?」

「ハト教内の食堂やエスポワール戦隊の基地に運ばれたり、他には市場とかにも出回っているらしいぜ」

「地産地消って奴ッスね!」

「そうだな。でも、朝と昼も見て、夜も食堂で見るんだよな。中々に言い難い感情が湧き上がるぞ」

 

 人に取り入るのが上手いのが、中田の長所でもあった。極道なんて気性難の人間が集まる場所で長年やって来た彼の手に掛かれば、前科者達と打ち解けるのも訳はない。

 だが、楽が出来るのは人間関係の構築だけであり、農業が重労働であることには変わりない。昼頃になると、身体には疲労も蓄積していた。

 

「はぁ。しんどい」

「その内慣れるさ」

 

 ボンボンと腰を叩かれるが、酷使した個所へのスキンシップはダメージ的にもシャレにならない。水分を取りながら、昼飯を掻きこみつつ。午後からの作業に向けての英気を養っていた。

 

~~

 

「アレ? 木下さんは?」

 

 出勤した桜井は疑問を口にした。今まで、自分達が面倒を見ていた介護者がいなくなっていた。家族が迎えに来た訳でも無い。

 

「ちょっと容体が変って来たから、病院の方に移したんだ」

「そうなんですか?」

 

 珍しい話ではなかった。ここも設備が整っているが、容体の変化にまでは対応できない。だが、自分が知っていた限りでは、持病の様な物は持っていなかったはずだ。

 

「ご老体だったからね。何が起きるかは分からないさ。だから、桜井君の担当は変わって貰うよ」

「分かりました」

 

 疑問はあれど、追及する意味はないと考えて。彼女は上司の言うことに従った。案内された部屋には女性に付きそう隊員の姿があった。マスク部分は解除されており、体格の良い少年がいた。

 

「望。随分、大きくなったわね。早く、家に帰りたいんだけれど。何時帰れるの?」

「母さんが治療を続けてくれたらさ。先生も良くなっているって言っていたし」

「そうなの。家に帰ったら、お父さんと一緒に旅行に行きましょう」

 

 覚悟はしていたが、この光景は得意になれない。母親と思しき女性が現状を認識できていない。これは、仕事をしていた頃にも見ていたから耐えられないことは無い。

気になったのは、付き合っている少年の対応が慣れていたことだ。きっと、彼は偶に見舞いに来る程度の関係者ではない。足繁く、ここに通い詰めているだろうことが分かった。彼らの視線がこちらを向いた。

 

「この人は誰?」

「えっと。俺の友達だよ! なぁ!」

「はい、桜井です。よろしくお願いします」

「あら! こんな年上の子を! アンタも隅に置けないわね~」

 

 同じ話題を何度も繰り返す会話に付き合いつつ。健康チェックや入浴なども行った。幸いないことに、彼女は暴れ出したり、暴言を吐くタイプではなかったので、介護は比較的容易だった。

 昼食やレクリエーションを済ませて、夜間のスタッフに引継ぎをして富良野と一緒に去ろうとした所で声を掛けられた。例の少年だった。

 

「桜井さん。今日は、ありがとうございました」

「大丈夫、仕事だから」

「そう言って貰えると助かります。自分、稚内って言います。また、今後ともよろしくお願いします!」

 

 真面目そうだという印象を受けた。気になったのは、彼がエスポワール戦隊の隊員であるという事だ。桜井の中で現エスポワール戦隊の印象は良くない。

 ハト教と介護施設の存在を知り、若干の改善はあった物の。暴力を是とするテロ集団の印象は拭えずにいた。だが、目の前の少年がそうだとは思えない。

 

「ちょっと。話、良いかな?」

「自分で良ければ!」

 

 富良野に目配せをしたが、流石に年下を邪険に扱うような真似はしなかった。ベンチに座り、来客者用の自動販売機で3人分の飲み物を買って来た。

 

「君は、どうしてエスポワール戦隊員に?」

「エスポワール戦隊が俺を救ってくれたからです」

「救った。と言うと?」

 

 稚内は話した。自分の父親がパワハラで追い詰められ自殺したこと。それを切っ掛けに母がおかしくなったこと。エスポワール戦隊がパワハラの主犯格を抹殺してくれたこと。施設に母を入れてくれたこと。

 

「俺にとって、エスポワール戦隊は本物のヒーローなんです!」

「でも、彼らがやっていることは許されることじゃありませんよ?」

 

彼にとって憎むべき上司は、誰かにとって大事な人だったかもしれない。そもそも、法治国家で殺人が許されて良い訳が無い。

 

「確かに、エスポワール戦隊がやっていることは犯罪だとは思っています。でも、パワハラやいじめで人を追い詰めている奴は許されるんですか?」

「そういう訳じゃないんですけれど……」

「俺は、真っ当で常識的なことを言って満足しているだけの奴らより。間違っていても、寄り添ってくれる人間の方がずっと好感が持てます」

 

 桜井達はキュッと口を閉じた。何彼が言った事は、まさしく自分達の関係にピタリと当てはまる言葉だったからだ。二人が沈黙したのを見て、稚内は慌てた。

 

「すいません。糾弾するつもりじゃなかったんです」

「……いや、本来なら否定しないといけないんだけれど。その気持ちだけは凄く分かるの。間違っていても、寄り添ってくれる人の方を優先したいって」

 

 もしも、エスポワール戦隊にいるのが稚内の様な人間ばかりなら、崩すのは困難を極めるだろうと思った。弱者に降り掛かる暴力や理不尽を打ち砕く、更なる暴力。……だとしても、守って貰える側からすれば希望であることは間違いない。

 

「桜井さんにもそんな経験が?」

「えぇ。貴方の話を聞いていたら、エスポワール戦隊について気になって来た。もっと聞かせてくれる?」

「はい!」

 

 暫く、3人は話し込んだ。今までは否定すべきだと考えていたエスポワール戦隊についての考え方が、二人の中で徐々に軟化し始めている事に気付いた。

 



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普通 7

 久々にフレンド見て貰って、ちょっと色々とアドバイスをもらったので書き方を試行錯誤しつつ。


 

 ハト教で働き始めてから幾日が過ぎた。現場に向かう桜井がソワソワしているのは、今日が待望の日でもあったからだ。

 

「お給料が出たら、何に使おうかなぁ。ウフフ」

「皮算用をするのは良いですけれど。これを見て下さい」

 

 スマホに表示されたのは家計簿だった。光熱費、水道費、食費など。更には借りているアパートの家賃など。

 剣狼を送り届けた時に受け取った対価はあるにしても、金銭感覚を消失させまいと、富良野は敢えて以前までの感覚で生活していた。

 

「えっと。それが、どうかしたのかしら?」

「先輩も稼ぐ様になったんで、共同生活の為に幾らか納めて貰おうと思います」

「嘘でしょ!?」

 

 だが、道理でもあった。家事手伝いのみをして、経済的には負担を強いるばかりだったのだから、少しく位は返して行くべきだ。という常識はあるにしても、やはり久々の給料をパッと使いたいという願望もあった。

 

「二人で生きて行くのに必要な経費はキッカリ半分ずつ出して行きましょう!」

「私の給料が……」

 

 今まで、家計簿をロクに見てこなかった桜井としては、どれ位の支出があるかなんて分からなかった。ブーブー文句を垂れながら、ハト教へと向かった。

 介護施設での仕事も慣れた物で、強化外骨格(スーツ)の平和的利用は効果的であり、身体面に掛かる負担は軽い物だ。桜井は変わらず、稚内の母親の世話をしているが、周囲で起きている変化は気になっていた。

 

「この施設。入居所の入れ替わりが頻繁に起きている気がするのよね。何か話とか聞いていない?」

「いや、俺も休み時間とか休日に来ているだけなんで、ここの施設については詳しく知らないんですよ」

 

 それも当然だった。彼はあくまで入居者の関係者と言うだけで、この施設について詳しい訳ではない。マネージャに尋ねたこともあったが、容態の変化や御家族の希望と言う定型的な答えが返って来るばかりだった。

 

「俺、外の施設については分からないんですけれど。そんなに頻繁なんです?」

「私は現役から離れていたから、分からないんだけれど。美樹、どうなの?」

「多いですね。他にも疑問を抱いている人はいますけれど、気にしても仕方がないって感じですよ」

 

 1人の人間に付きっ切りと言う訳には行かない。介護中に暴言を吐かれたり、暴力を振るわれたりしても付き合っていくには、入居者との関わり方は淡白やドライであることが求められる。

 

「気にし過ぎなのかな?」

「そうですよ。ちょっと、冷たい言い方になりますけれど、あくまで私達の付き合いは仕事上の物なので」

 

 富良野の物言いに稚内が顔をしかめた。面倒を見て貰っている手前、文句を言わない事だけは好感を持てた。ただ、雰囲気は良くないので、無理やり空気を変える様にして桜井は話題を口にした。

 

「稚内君は、ハト教に住み込みで働いているのよね? 普段、何しているの?」

「休みの日以外は、入信して来た人らの作業の監視ですね。基本的には、逃げ出したりとかは無いんですけれど」

 

 この施設以外にも、働き口があるのは知っていた。仕事に従事している者達の大半は何かしらの罪を犯したという事も。

 

「でも、暴れたりとかは聞かないですよね」

「俺達がいるから、そんな馬鹿なことはさせないんですよ。犯罪を取り締まるよりも、起こさせない方が大事っすから」

「その通りね。どんな様子かは気になるけれど」

 

 桜井達が利用するのは介護施設位だ。食堂が気になった事もあったが、施設から離れる訳にもいかないので弁当を持参している。

 

「だったら、仕事終わりに見て回ってみます? 今日、俺。休みなんで、案内出来ますよ」

 

 普段なら、さっさと帰る所だが。今日は、給料日という事もあり上機嫌だった。

 早めに帰れば、寄り道等も出来るが、散財を堪能したいなら休日を費やすべきだと考えていた。チラリと富良野の方を見た。彼女も頷いた。

 

「本当? じゃあ、お願いしようかな」

「ウッス! 任せて下さい!」

 

 昼休みに約束を交わして、終業時間まで働いた後。手渡しで封筒を渡された。

 中身は、やはり。相場よりも一回り低い位だが、仕事の快適さや福利の充実さを考えれば納得は出来た。その後、稚内と合流しに行ったが、ここで一つ予定外の事態が起きていた。

 

「あの。稚内君? 後ろの人、誰です?」

「その。えっと。来るなって言ったんですよ! でも、しつこくて」

「お前が会いに行く相手なんて気になるじゃねぇか。ルームメイトの好だろ?」

 

 角刈りにした髪に浅黒く焼けた肌。信者服の上からも分かる位に健康的な肉体を持っているが、チャラチャラした態度が鼻に付いた。

 

「俺、中田って言います! 入ってからは日が浅いけれど、絶賛改心中です!」

「とても反省中の態度には見えないけれど……」

「性格はこんなんですけれど、良く働くし気遣いも出来るんですよ」

「そこら辺は社会経験の差って奴だ。健康的な生活は遅れるけれど、イベントも少ないから、何にでも首を突っ込みたくなる性分でサァ」

「知ってます? 百合に挟まる男は死刑なんですよ?」

 

 富良野が笑顔で恐ろしいことを言っていた。ネットで偶に見るスラングを実際に使うとは思っていなかったので驚いていた。稚内達はもっと驚いていた。

 

「稚内。百合ってなんだ?」

「えっと、気にしない方向で。どうしましょう、一応作業場で働いているからコイツも詳しいと言えば、詳しいですけれど」

「折角、時間を割いてくれたんだから一緒に行きましょうか。私、桜井って言うの。こっちは富良野。よろしくね、中田さん」

「はい! よろしくぅ!」

 

 ッチと舌打ちが聞こえたが、誰の物かは言う必要もなかった。ハト教の入信者は子供から老人まで幅広く、用途に合わせた施設が幾つもあった。

 

「俺は普段、農業エリアで働いているけれど。建築関係の仕事に就いていた奴は、新しい施設の建築を手伝ったりしているらしいぜ」

「こういうのって、業者がやる物じゃないんですか?」

「そこら辺は節約ってことなんでしょうね」

 

 他にも工場的な場所もあったり、学生用に授業を受けるスペースなどもあった。ここだけで生活が完結する。ということは無いだろうが、エスポワール戦隊を支える要所にはなりそうな気がした。

 

「将来的には、俺達みたいなアウトローにはハト教の方が住み易くなるのかもしれねぇな」

「外に未練とか。大事な人とかは?」

「いないことはねぇけれどよ。むしろ、いるからこそ。こういった場所でちゃんと反省しているって方が、残された側の為にもなるんじゃねぇのか?」

 

 皇と言う国は、村八分と言う言葉が存在している様に、罪を犯した者はおろか、その者の身内にまで厳しい。エスポワール戦隊が悪人や犯罪者を裁く者の代名詞として定着しているのだから、彼らの懐に入って恭順を示すことは本人のみならず身内の安全にまで繋がるのは道理だった。

 何故なら、恭順して罪を償っている以上。彼らもまたエスポワール戦隊の一部であり、関係者を含めて彼らに手を出すことは、自分達に矛を向ける事にも等しいからだ。

 

「一応、制裁ばかりでなくて。保護の方も考えているのね」

「これからの時間。長い事、ここで過ごすことになるんだから、施設とかの方は充実して、いずれ外に出る気も無くなるんだろうなってのは思うぜ」

「その方が。俺達、エスポワール戦隊にとっても。中田みたいな奴らにとっても良いのかもな」

 

 本当に上手く行くだろうか? 彼らの語る理想を歩むには、あまりにも多くの血が流れていた。夕暮れ時、冷涼な風を浴びながら。一般人と、ヒーローと、元悪人はハト教を散策していた。

 

 



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普通 8

 いっつも思うんです。もっと早めに書いていれば良かったんじゃないかって。それが出来ないから、こんなことになっているんですが!

 ヒロアカの最新巻が滅茶苦茶面白かったです。ヴィラン側の『誰でも誰かのヒーローになれるんだ!』というセリフが凄い良かったです。もっと、ヒーロー物が出回ってくれると超嬉しいです。


 

 稚内の案内に無理やりついて来た中田は、部屋で小説を読みながら考えていた。まさか、ターゲットと会合する機会が巡って来るとは思わなかったのだ。

 レッドの様な極端な思考の持ち主かと思ったが、話した限りは普通の女性だった。むしろ、横にいた奴の方がヤバい気がした。

 

「(本当にアイツを拉致するのか?)」

 

 気は進まなかった。染井組長からの教えにもあった様にカタギに手を出すことは気が引けた。元・隊員だとしても、今の彼女は普通の女性。加えて、ルームメイトである稚内の母親の面倒を見ている介護士であるともいう。

 

「急に付いて来るとか言ってよ。俺の事も考えてくれよ」

「いや、気になったんだよ。お前のおふくろさんの面倒を見てくれているのが、どんな人なのかってよ」

「中田さんは稚内君の何なんですかね……」

 

 こうして談笑が出来る位には打ち解けた連中。最初は、軽薄さを装いながらも警戒していたが、彼ら個人を見れば普通の人間であることが分かる。

 芦川は、いじめグループに居たとは言うが、今は真摯に反省して、ハト教内での活動に従事している。出来るなら、日野に謝りたいとも言っていた。

 稚内は威圧的な物言いもあるが、弟や母親。仲間達の事を思う面倒見のいい性格の持ち主だった。

 

「(俺は、コイツらを騙すのか?)」

 

 もしも何も知らないままでいれたら。自分達を脅かす悪党に対して、毅然と立ち向かうことが出来ただろう。敵に容赦する必要が無い。だが、人とナリを知ってしまえば迷いが生じてしまうのが、中田と言う人間であった。

 

「どうした。難しい顔をして?」

「エスポワール戦隊の奴らも普通の人間だと思ってよ。知らないときは、ヤバい連中にしか思わなかったのによ」

「……俺達エスポワール戦隊も犯罪者や悪人の事なんて分からねぇよ。芦川も大人しくて本が好きな読書家だし、中田も極道だから傲慢な奴だと思っていたら、そうじゃなかった」

 

 もしも、最初から歩み寄りと言う方法でエスポワール戦隊が人々と関わっていたら、皇を覆う現状は変わっていたのかもしれない。だが、仮定に意味はない。

 

「せめて、ここだけでもお互いを知れたのを良しとしましょう。あ、中田さん。その本、どうでした?」

「結構面白かったな。小説なんて堅苦しい物だと思っていたけれど、結構サクサク読めるもんだ」

 

 鳩。平和の象徴とされる鳥の名を冠した団体の中では、小さくはあるが、確かな歩み寄りが各所で行われていた。

 

~~

 

 休日、桜井達は街中に出ていた。依然として緊張感は漂っている中、彼女らの目を引いたのは駅前でビラを配っている人達だった。

 

「ご協力お願いします!」

 

 何の気なしに受け取ったビラを見た二人は硬直した。内容自体は行方不明者の捜索に協力して欲しいと言う物であったが、探し人の『木下』と言う名前と容姿には見覚えがあった。

 

「先輩。この人って……」

「ハト教で見ていた人。よね?」

 

 何故、捜索願いが出されているのか? 生まれた疑問を解消すべく、ビラを配っている年配の女性に声を掛けた。

 

「すみません。話を聞きたいんですが、良いでしょうか?」

「あら、もしてかして。貴方達は何かを知っているの?」

「……ひょっとしたら、見掛けたかもしれませんので」

 

 藁にも縋る思いと言わんばかりに、女性は経緯を話した。いなくなったのは彼女の姉であり、認知症を患っており警察に保護される事も度々あったという。

普段の面倒は息子夫婦に任せていたが、久々に会いに来たら『帰って来ていない。捜索願は出した』と淡々と言われ、警察にも尋ねたが何の音沙汰も無いので、動いたという事らしい。

 

「施設とかには入れていなかったんですか?」

「息子夫婦はあまり裕福ではなかったので、施設に入れるのが難しかったという相談は幾らか受けています。私も幾らかお金を出しておりましたが……」

 

 彼女の話と自分達が知っている情報に食い違いが起きている。だが、これは言及して良い物だろうか? この矛盾を解きほぐそうとすれば、自分達は何かしらの事態に巻き込まれてしまうのではないか?

 

「そうですか。分かりました。私達も何かを知ったら連絡を入れます。おばあちゃん、元気を出して下さい!」

「ありがとうねぇ」

 

 しわくちゃの顔で浮かべられた笑顔に罪悪感が湧いた。少し離れた後、桜井は富良野の方をちらりと見た。

 

「写真に映っていた方。先輩が見ていた人でしたよね?」

「えぇ。なんで、行方不明扱いになっているのかしら? 容体が変ったから、病院の方へと移したって聞いたのだけれど」

 

 単純に息子夫婦にだけ連絡が行って、彼女には伝わっていないだけかもしれない。だが、そんな重要なことを伝えないなんてあり得るだろうか?

 あの施設に彼女が入居していた時点で、ハト教と息子夫婦には面識があったはずだ。途中から働き始めた桜井達には知る由もないが。

 

「考えるのは止めましょう。私達は、今の生活があれば良いんですから」

「……そうね」

 

 楽しい筈の休日は、心に何処かわだかまりを残しながら進むことになってしまった。ひょっとしたら、自分達が所属しているハト教では何かが起きているのでは無いのだろうか?

 巨悪や陰謀に立ち向かうのはヒーローのやる事であり、自分達がするべき事ではない。自分達はあくまで一般人でしかなく、身を張る必要なんて無いのだから。そうして現実から目を背けていた彼女の罪悪感を掻き毟る様にして、スマホに着信が来た。相手は非通知だった。

 

「先輩?」

「あぁ、もう。畜生!」

 

 どうせ、でなくても碌な目に合わない。ヤケクソ気味に電話に出ると、ノイズの混じった声が聞こえて来た。

 

「もしもし。ピンクさんで良いんですかね?」

「誰?」

「しがない記者ですよ。タイミングが良いと思ったでしょ? 近くから見ていますからね。それで、駅前の活動を見てピンと来ませんでした?」

「何の話?」

「とぼけないで下さい。アンタ、あの行方不明者を見たことがあるんでしょう? ハト教内でさ」

 

 心臓が跳ね上がる。この通話相手は、どれだけ自分達の事情を知っているのだろうか? 何よりも、再び平和が脅かされようとしている事に怯えていた。

 

「私を脅すつもり? 今の私には、リーダー達が付いているのよ?」

「そのエスポワール戦隊が何をやっているのか、見過ごすんですか?」

「アンタは何を知っているの?」

「あくまで嫌疑ってレベルですが色々とね。ただ、忠告はしておくと。リーダーさんが善人でも、周りにいる奴らまで善人とは限りませんよ。いや、一番タチが悪いのは善人なまま非道なことをやっている場合ですかね?」

 

 善意で行動を起こす者達の残酷さを、桜井は嫌という程に知っている。リーダーにも当てはまらない事ではない。

 

「ふざけないで。もう、私の平和に関わらないでよ!」

「そうですか。残念です。もう、エスポワールピンクは居ないんですね」

 

 心底落胆した様子が伝わって来た。通話は切られたが、脅しの様な物は何も掛かってくることは無かった。

周囲を見渡す。近くから見ているというだけに、挙動不審な動きをする者がいないかを注意深く見渡していたが、該当する人物はいなかった。

 

「先輩?」

「……私の平和を。返してよ」

 

 桜井の目の端からは涙がこぼれていた。自分には平和を生きる事すら許されないのか。事件に関わらない事を許されない、ヒーローと言う経歴は彼女の肩に重く伸し掛かっていた。

 



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普通 9

 

「え? ハト教の方で何か異常が起きていないか? 介護施設の入居者が行方不明になっていないかだって? う~ん。病院とかに送った後については、俺も把握しかねるかな」

 

 桜井の元に匿名の電話から数時間後、大坊から確認があった。ハト教内の施設で行方不明者が出ていないかと。

 

「本当か? 病院に尋ねても良いんだな?」

「いやいや。そんな重要な情報を外部に漏らす訳無いでしょ。リーダー相手でも、個人の連絡先はプライバシーの関係上、渡せないよ?」

 

 通話口で躊躇う様子を感じ取った。相手の罪が分からなければ、強気に出れないのが大坊の欠点でもあった。

 

「お前を。信じても良いんだな?」

「勿論だよ。俺が入隊した時も言ったでしょ? リーダーは俺の憧れなんだ。裏切る訳が無いだろう?」

「人を騙す奴は、決まってそう言うんだよ」

「仲間を信じてくれよ。桜井さん達が気兼ねなく働ける現場を作っている努力もしているんだからさ」

「……そうか」

 

 彼女の名前を出すと大坊の気勢が削がれた。播磨はスマホを握る手に力を込めながら、平静と変わらない声色で話し続ける。

 

「代わりに給料はちょっと安いけれど、そこは働きやすさ優先ってことで!」

「それは構わない。エスポワール戦隊の財源も無限ではないからな。引き続き、ハト教の運営を頼むぞ。播磨」

「お任せあれ!」

 

 通話を切った後、大きくため息を吐いた。ハト教の運営は比較的上手く行っている。入信して来た者達を労働力として、生産活動に従事させているし、幾つかの企業からは献金を貰っている。

 播磨には、エスポワール戦隊に貢献しているという自負があった。自分達ならば、皇に真の平和をもたらすことが出来ると信じていた。

 

「リーダーが真のヒーローなら、この国を本当に平和にすることが出来るんだ。俺はその為にどんな事でも……」

 

 独り言ちる彼の姿には、厳かさも軽妙さも見当たらなかった。手元のPCには中田と桜井の姿が映し出されていた。

 

~~

 

 桜井達は陰鬱だった。先日は、自分の社会復帰を兼ねて盛大に祝うはずだったのに、奇妙な電話のせいで打ち止めになってしまった。

 だが、意識をしてみれば、施設を訪ねて来る親族の数は少ない様に思えた。足を運んで来る者の殆どは、稚内の様に住み込みで働いている人間位だった。

 

「そんな電話があったんですか。気色悪いですね。リーダーに相談は?」

「したけれど、探知は難しいって。これを機会に、スマホを支給してやろうかっていう話もされたけれど」

 

 多分、スマホを変えた所で意味が無い気がした。番号を変えた所で、どうにでもなりそうな、得体のしれない不気味な相手だった。

 

「きっと、エスポワール戦隊を憎んでいる悪党の仕業ですよ。記者とかマスコミ関係者はかなりの数を制裁していますからね」

「そうなの?」

「マスメディアは人々を煽り立てる低俗な連中ですよ。俺も、ゴシップ新聞社に何度か襲撃を掛けてやりましたしね!」

 

 嬉々として語る稚内を見ながら、やはり彼もエスポワール戦隊員だという事を認識せざるを得なかった。やっていることは言論弾圧であり、自由と平和からは最も程遠い事だった。

 

「言論の自由とかはあまり気にしないタイプで?」

「人を傷つける誹謗中傷の自由なんか無くても結構! そんな自由は、こっちから願い下げですね!」

 

 色々と矛盾は浮かんだが、目の前の少年にぶつけた所で事態をややこしくするだけだ。ただ、エスポワール戦隊が恨まれているのも事実だろう。だとしたら、怨恨を持った者の悪戯と言う点で無理矢理納得できないことも無い。

 自分の中で、先日の件に決着を付けようとしている所。稚内の母親がクスクスと笑っていることに気付いた。

 

「桜井さんと話しているときのアンタは、本当に楽しそうね」

「ヘヘッ。ついつい、話が弾んじまうんだよ」

「えぇ。稚内君の話は面白くて」

 

 こんな穏やかな時間を過ごせる場所で、おかしなことが起きている訳が無い。胸中の疑問から目を逸らす様に、この穏やかな時間に耽溺していた。だが、目を逸らした所で現実が変る訳ではなかった。

 

~~

 

 外でも時間は流れる。芳野が小康状態になったことで、剣狼も邸宅から出ることが出来た。事務所から、幾つかのホールを通って本部へと赴く。デスクワークをしていた黒田に挨拶をした。

 

「久しいな。芳野の御嬢さんは大丈夫か?」

「ひとまずはな。で、今はどういう状況なんだ?」

 

 ジャ・アークとエスポワール戦隊は緊張状態にあった。両勢力とも力を蓄え続けており、いずれは戦争状態になるかもしれない。と言う予想も出ていた。

 

「皇も相当に荒れている。この間は、エスポワール戦隊を批難・排除しようとした議員が撃たれた。富裕層と貧困層の代理戦争って考えている奴もいるらしい」

「他の奴の思惑など知らん」

 

 敵が強大になればなる程、ヒーローも力を増すと言うが、際限なく敵対勢力が膨れ上がって行くとしたら、彼らもまた際限なく強くなっていくのだろうか。

 

「いえ、既にこの戦いは、アンタ達の物だけじゃなくなっているんですよ」

 

 剣狼がバッサリと切り捨てた意見を拾い上げたのは、何時かに見た痩せぎすの男だった。

 

「お前は確か。反町だったか?」

「憶えて下さっていたんですか。光栄ですね」

「なんで、ここに居るんだ?」

「帰る場所が無くなっちまったんですよ。ほら、私。エスポワール戦隊への糾弾記事書いていたでしょ? アレで出版社がやられちまいましてね」

 

 マスコミは、エスポワール戦隊が目の敵にしている組織の一つだった。新聞社や出版社には幾度となく襲撃が掛けられており、反町が勤めていた会社も被害に遭っていた。

 

「言論の自由も無いのか」

「難しい言葉を知っているんですね。そうですよ、批判する権利は誰にでもあるはずです。気に食わない意見を排除しても良いって言うんなら、独裁と何が違うんですかね?」

「だからこそ、俺達はアイツらの顔面に一発くれてやらないといけねぇ。その為に、中田も踏ん張っている」

 

 ハト教と言う場所に潜入して、レッドの急所とも言えるエスポワールピンクの誘拐の機会を狙っているらしいが、音沙汰は無い。

 

「大丈夫ですよ。中田さんの様子なら、私が常にモニタリングしているんで」

「そんなことが出来るのか?」

 

 剣狼が疑問を口にした所、反町は袖を捲った。怪人化の為に必要なリングが装着されていたが、意匠が幾らか変わっていた。

 

「私も、ジャ・アークに所属するにあたって貰ったんですよ」

「そうなのか。リングのデザインが前とは違うようだが」

「強化・改良が入ったらしい。どれ位、パフォーマンスが上がったかは知らんが」

 

 少なくとも、エスポワール戦隊の監視をすり抜けるだけの能力を獲得できるのだから、相当に向上しているのだろうとは思った。

 

「実は、中田さんの監視がてら。ちょっと面白い噂を手に入れたんですよ」

 

 反町は机の上に新聞を放り投げた。そこには、皇国内で問題になっている老人介護問題や釣鐘型になっている人口ピラミッドのグラフが描かれていた。

 

「少子高齢化って奴か? エスポワール戦隊と何が関係ある?」

「私。社会問題も幾らか調べていましてね。介護問題っては本当に辛いんですよ。黒田さんは、老々介護とか聞いたことあります?」

「言葉だけは知っているな」

 

 皇の人間は長寿な事で知れ渡っているが、良い事ばかりではない。老化による認知機能や身体機能の低下により起きるトラブルは、親族にまで責任問題が波及することも珍しくはない。

 

「それが、エスポワール戦隊と関係あるのか?」

「えぇ。ありますとも。健全で善良なご家族様の望みを叶える機能が、今のハト教には実装されているんですよ」

「それは一体?」

 

 ハト教の介護施設の評判はネット上でも話題になっている。その事を指している訳ではないことは分かっていたが、だとすれば一体何があると言うのか。反町がゆっくりと口を開いた。

 

「―—要介護者の処分施設。言ってみれば、姥捨て山です」

 



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普通 10

 皆さんのコメントと高評価お待ちしております! と。50話を超えた記念に言ってみたり。


 

 播磨がトップに選ばれたのは、人を惹きつけるカリスマ性もあったが、危機管理能力にもあった。大坊から詮索があった時点で、ハト教に探りを入れている者がいるのは察していた。側近の隊員が耳打ちをした。

 

「やはり、あの中田と言う男が?」

「いや、アレはそのまま泳がせておいて。いざとなったら、アイツを使うから」

「では、ピンクが再び脅されている可能性が?」

「態々、俺達に矛を向ける必要はないでしょ」

 

 信者の殆どが宿舎で眠りに落ちている中、敷地内では播磨の手勢が動いていた。その中には、カラードも混じっていた。

 

「ドローンや盗聴器。機材関連すら見当たりません」

 

 広大な敷地内を駆け巡っても、手掛かりを掴めない徒労感に襲われている中。オリーブグリーン色の強化外骨格(スーツ)を装着したカラードは、クロスボウ型のガジェットを構えた。

 

「見つけた」

 

 引き金を引く。放たれた矢は、木に留まっていた鳥を撃ち落とした。地に落ちた鳥の体からは血ではなく、灰色の液体が流れ出ていた。隊員の一人が直ぐに連絡を入れた。

 

「播磨様、見つけました。環境生物に擬態したドローンを送り込んでいるようです」

「分かった。相手もドローンを潰されたことに気付いているだろうから、対策を練らなくちゃね」

 

 広大な敷地に住まう環境生物は相当な数に上る。1匹1匹を調べ回るのは現実的ではない。報告を受けた播磨は一つ頷いた。

 

「ちょっと早いけれど、例の段取り。実行するか」

 

~~

 

 問題を見なかったことにすれば、気分も晴れ易い。いつも通りの変わらない日々を過ごせることこそが幸せだ。ただ、今日は様子が違っていた。

 

「これは、ハト教全体へと伝えていることです。先日、敷地内に不審者が出たという報告がありました。夜間の方は、特に気を付けて……」

 

 話を聞いた時。桜井の脳裏に浮かんだのは件の電話についてだった。まさか、直接姿を現したのか? 隣にいる富良野も不安そうな顔をしていた。

 

「こんな場所に現れるなんて。何を考えているんでしょうか?」

「分からない。だからこそ、不審者なのだろうけれど」

 

 先日の一件から、自分達の平穏が脅かされようとしている。果たして、自分はこのまま日常を送るだけで良いのか? 芽生えた不安を拭う様にして、自らの腹部を擦った。

 

~~

 

 朝礼で、同じことを伝えられた中田は仕事の最中も考えていた。一体、不審者は何者だろうかと。自分の関係者か? あるいは、何の関係もない人間なのか。

 外部と連絡を取ることは出来ず、すっかりハト教の一員として馴染んでいた。不便さにも慣れて、この生活も悪くない物だとは思っている。

 

「(飯が食えて、寝る場所があって、ちょっとした娯楽がある。これ位で良いよな)」

 

 恨みも憎しみも忘れて行く。外への関心も忘れた頃には、ひょっとしてエスポワール戦隊とジャ・アークの争いも終わっているかもしれない。

 黒田、豊島、剣狼の顔も浮かんだが、彼らに対して申し訳なく思う気持ちも日々薄れて行く。一体、自分は何のために極道をやっていたのか? あまりの芯の無さに自嘲的な笑いを浮かべながら、ルーティンワークをこなしている。

 

「……?」

 

 シュルリと寄って来る存在に気付いた。保護色をしていたので気付き難かったが、蛇が自分の足元へと来ていた。初めて見る存在でも無かったので、大人しくしていると、自部の長靴へと入って来た。

 だが、不思議な事にスッポリと収まった後。ブーツ内で蛇のニュルリとした感覚は消え、代わりに固い物が残った。足裏の触感で直ぐに分かった。

 

「(リングだ。なんで、今?)」

 

 疑問は浮かんだが、怪しまれない様に仕事を続ける。本部の者達が意味もなく、この様な危険物を届けるはずがない。自分が知らない所で何かが起きているに違いない。先程まで、消失しかけていた使命感が再燃していた。

 

「(何が起きるか分からねぇけれど。やってやる。その時は……)」

 

 自分がピンクを拉致するのだ。だが、本当に良いのだろうか? 稚内からも、母親を世話してくれている人だと聞いている。先日、会った時も彼女が一般人に戻りたがっていた女性だという事も分かった。

 彼女を、自分達の憎悪に付き合わせて良いのだろうか? もしも、染井組長が生きていたら、この復讐に賛同してくれるだろうか? きっと。そんなことはしないだろうと思った。

 

「(親っさんには怒られるかもしれねぇな)」

 

 せめて、彼女が大坊やヒーロー達と同じく、自分とは無関係の立場の人間を容易く制裁するような者だったら、ここまで躊躇わずに済んだのだろう。

 

「あ。そっか」

 

 ならば、もっと知ればいいと思った。幸い、自分には繋がりがある。仕事を終えた後のことを考え、彼はノリノリで仕事をしながら昼休みになった途端。監視を受けていた稚内に頼み込んでいた。

 

「は? また、ピンクさんに合わせてくれって?」

「結構好みだったんだよ。勿論、付き合おうとかは考えてないぞ。ほら、日々の癒しとお前が世話になっていることをルームメイトとして礼を言おうと思ってな」

「うわぁ。ってなりますね」

 

 段々、遠慮を覚えなくなって来た芦川からは冷たい視線を浴びせられていた。だが、その程度で凹む中田ではない。

 

「芦川。お前も一緒に来いよ。稚内が世話になっている人だし、ここはルームメイトとして友人として、一緒に感謝しに行くべきじゃないのか?」

「今日は午後から倉庫の用具確認があるから、体力は温存しておきたくて」

「そうか。余裕が出来たら、お前も一声かけに行ったらどうだ? 介護って大変なんだろ? 金払っているからいいや。なんて考えは良くないしな」

「おう。その考えは、俺も賛成だ。ちょっと待ってろ。電話してくる」

 

 介護施設は一般人や入居者の関係から、入れる信者は限られていた。他の者に示しが付かないという事で、稚内はコッソリとスマホを使って桜井に連絡を取っていた。

 

「一緒に飯。どうです?」

「あ、実は。私達も今日は食堂で取ろうと思っていたの。ほら、朝礼で話を聞いたでしょ? だから、少しでも人気の多い場所で食べようと思って…」

「じゃあ、丁度良かったです! 今、何処ですか?」

 

 席を外してみれば、入り口で手を振っている二人組の女性を見つけた。同じく手を振り返したことで、彼女達がやって来た。中田は満面の笑みを浮かべた。

 

「どうも! 先日ぶりです!」

「あら、中田君」

「あ。チャラ……中田さん」

「ヒェッ」

 

 隠し切れない本年が漏れ出た富良野に、芦川が小さく悲鳴を上げた。彼女達は持参した弁当を広げた。口火を切ったのは、中田だった。

 

「何時も稚内のおふくろさんの世話をして貰って、ルームメイトとしてマジで感謝しています!」

「そんな、大仰にしなくても大丈夫よ。私だって、ここで働けることに感謝しているんだから」

「確か。元・エスポワール戦隊って事で、色々と苦労したんだっけか?」

 

 桜井が若干緊張したのが分かった。エスポワール戦隊関係者が苦労したというのは、数年前のニュースから容易に予想できることだ。自分が知っていても問題ない情報であるが、話して良いかは別だった。

 

「そうね。色々と大変だった。きっと、リーダーも大変だったと思う」

「それが、今ではここまで持ち直したんだから。凄いよな!」

 

 中田は注意深く観察をしていた。稚内が笑顔で話す傍ら、富良野と芦川の表情も緊張している。エスポワール戦隊の復活は、手放しで喜ばれる事ではない。極一般的な感性を心掛けた。

 

「隊員に戻ろうとは思わなかったのか?」

「……私はリーダーみたいな信念は持っていなかったから」

「大坊さんね。凄いよな。今でも仲の方は良いのか?」

「最近になって、また連絡を取り合う様になった位かな? 久々に話をした時は楽しかったな。色々と懐かしい話もしてね」

 

 信じられないことだが、あの無慈悲な男にも人並の感情は存在するらしい。ヒーローが人間性を露わに出来る相手と言うだけに、目の前の女性がどれだけ重要な存在であるかを改めて認識した。

 

「未だに仲は良さそうに思えるけれど」

「……分からない。私だって、リーダーだって変わるから」

「大坊さんに限って、そんなことは無いと思うんスけれどね」

「そうね。リーダーなら信じてもいいのかも」

 

 もしも、彼女が行方をくらました時。大坊はヒーローとして冷徹に振舞うのか、あるいは個人として大きく狼狽するのか。ブーツの奥底にあるリングの感触を確かめながら、引き続き。中田は昼食のひと時を楽しんでいた。

 



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普通 11

 

 エスポワール戦隊本部にて、大坊はビリジアンからハト教の報告を受け取っていた。入信して来る者達の仔細については毎回目を通しているが、介護施設の報告については注視することは少なかったか。

 

「シャモアも介護施設の方に乗り込む訳には行かないから、調査の方が捗りませんでしたが、この間のピンクさんの報告はグッドでしたよ」

「どういうことだ?」

「あの捜索願を出されていた人物の息子を訪ねたんですよ。俺達が行くだけでベラベラ話してくれましてね」

 

 モニタに取材をした時の映像が流れていた。対面で撮影していることもあり、目の前の男性は酷く憔悴している様に見えた。

 

「本当に。正直に話したら制裁は無いんだよな?」

「大丈夫だ。約束する」

「私の母は、いわゆる認知症でした。徘徊癖もあり、警察から保護されたこともあります。夜中に起き出したり、妻に暴言を吐いたり。施設に入れるだけの貯金も無くて、限界でした」

 

 重苦しく吐露している様子に演技は見当たらない。話を聞いているビリジアンも正論は述べずに、男性に対して同情的な励ましを続けていた。

 

「介護は辛いよな。俺の知り合いもそうだった。今まで、自分を育ててくれた親でも限界はあるよ。でも、殺したり見捨てたりすれば糾弾されるからな」

「そうなんです! 特に、最近はエスポワール戦隊の事もあって……」

 

 感極まった男性の目からはボロボロと涙が零れ出ていた。介護の心身的辛さ、社会的に嘆くことも逃げることも出来ない窮状。何よりも、自分を育ててくれた親の末路を直視し続けなければならない苦痛はどれほどの物だろうか。

 

「最近は俺達も理解を進めて、ハト教で介護施設を運営している。で、聞きたいのはここからだ。アンタらの母親が介護施設から出たって言うんだが、病院にもお宅にも帰っていない。……何処に行った?」

 

 顔を伏せたままブルブルと震えていた。暫く、相手が言葉を紡ぐまで待ち続けると。涙を枯らせて、ポツリと呟いた。

 

「ハト教の。安楽死施設です。ご存じ、無いのですか?」

「詳しく、話を聞かせて貰えないか?」

 

 最初はハト教の介護施設が格安で使えるという事で母親を入れた。だが、噂が噂を呼び、利用したいという声は後を絶たない。だが、使えるスペースは限られている。だとすれば、効率よく回転させればいい。

 

「利用者の関係もあって、安楽死を勧められたんです。宗教を母体としている団体ですし、そのまま弔ってくれると聞いて……」

「誰が勧めた?」

「スタッフの一人に。もしも提案を飲み込んでくれるなら、今までに払った費用の一部も返すと言われて」

 

 観念したのか、自分の罪を吐露したかったのか。男性が持って来た通帳には振り込みがあった。

 

「幾ら、格安と言っても入居費も馬鹿にならないからな」

「正直、ホッとした所もあったんです。これ以上、母も私達も苦しまなくていいんだと。だから、賛同した……楽になりたかった」

 

 目の前の男性は、自分を育ててくれた母親を死に追いやった。だが、彼が抱えて来たであろう経済的、心身的苦労を知らずして責める事ができるだろうか。

 

「辛いことを話させちまったな。取材を受けてくれたことを感謝する」

「私に罰は」

「アンタが心底後悔しているなら、それ以上の罰は存在しねぇよ」

 

 立ち上がり、映像が途切れた。大坊の顔に浮かべられていたのは、全くの無表情だった。感情の臨界点を超えた、冷たい怒りに満ちていた。

 

「七海。ハト教に向かうぞ。ビリジアン。シャモアや現地の奴らにも準備をさせておけ」

「……わ、分かった」

「了解!」

 

 彼女でさえ聞いたことが無い程に、静かな怒気を孕んでいた。ビリジアンが通信を送ろうとした所で舌打ちをした。

 

「あ。リーダー、向こうに動きを察知されました。妨害電波出されています」

 

~~

 

「昼からの作業は中止です。全員、自室で待機する様に」

 

 昼食を取っていた中田達は、突如として告げられた命令に困惑していた。他の信者達も同じ様に戸惑っている中、隊員である稚内が立ち上がっていた。

 

「ちょっと、事情を聴いて来ます」

「お、おぅ」

 

 隊員達が集まり、何かを話し合っていた。戸惑っていると、別の隊員が近づいて来た。

 

「外部の方達の避難誘導をしますので、信者の方も協力してください。未成年の方は、部屋で待機を」

「分かった」

 

 隊員の言うことに従い桜井達は食堂を出た。何処へと向かうかも分からない中、先へ先へと進んで行く隊員に富良野が尋ねた。

 

「あの。何があったんですか?」

「詳しくは話せないんですが、避難誘導を手伝って欲しいんです。入居者の中には、頑として動かれない方もいるので」

「ちょっと、大丈夫なのよね?」

 

 もしも、ここが通常の介護施設なら自分達が行わなければならない活動だが、ここはハト教。作業に適した装備をした隊員達もいるはずで、自分達の様な一般人を危険に巻き込まないで欲しいという心配もあった。

 

「大丈夫です。あくまで、念の為ですから」

「念の為で、敷地内全体に命令を出すか?」

 

 中田の疑問には答えないで、介護施設へと向かって進んで行く。辿り着いた介護施設には慌ただしい様子は見当たらなかった。ただ、散歩に託けて外を歩いている者達が多かった。

 

「おい、誰を……って。アレ?」

 

 いつの間にか。自分達を牽引して来た隊員の姿がいなくなっていた。まるで、説明をされないまま放り出されたが、周囲がしている様に入居者達を外へと連れ出す為に、富良野も桜井も何処かへと向かって行く。

桜井の担当が稚内の母親であったことを思い出し、中田は彼女へと付いて行く。何の役に立つかは、まるで分からなかったが。

 

~~

 

「あら。桜井さん、どうしたのか?」

「ちょっと、今日は散歩しようかなって」

 

 彼女が連れ出そうとしている様子を見ながら、不意に足裏の固い感触がニュルリとしたものに変化した。ブーツから這い出た蛇は、壁を伝うと照明のスイッチをカチカチと操作した。

 通常ではしえない様な操作をしたことに疑問を持った桜井が振り向いた瞬間、壁の一部がスライドして階段が現れた。

 

「な、何よ。これ?」

「え。どうしたの?」

 

 不安そうにしている稚内の母親をなだめる桜井に対して、中田は1人階段の先へと進んで行く。時間にしてどれ位掛かったのかは分からないが、降りた先にあった光景は酸鼻を極めるものだった。

 

「うっ」

 

 ひっきりなしにうめき声が聞こえていた。咽返るような臭いが立ち込めており、壁や床には血痕がこびり付いていた。寝台の様な場所には老人達が寝かされていた。いずれも苦悶の表情を浮かべている。

 だが、それ以上に目を見開いたのは周囲に落ちている物だった。代紋のバッチや怪人化のリング等、ジャ・アークとの関係を誇示するような証拠物が無造作に転がされていた。

 

「何だこれ。知らねぇぞ!? いや、まて。こんなものが見つかれば」

 

 この惨状と自分達の関係が結び付けられてしまう。そうなれば、いよいよ皇に自分達の居場所は無くなる。何故、ハト教にこんな物があるのか?

 慌てふためく中田は、視界の端に映る物に気付いた。ドラマや映画に出て来そうな、如何にもチープな見た目をしていた。デジタル時計が、まるで制限時間を示す様にカチカチと動いていた。

 

「コレって。まさか……」

「嘘。どうして『破砕塵』がここに?」

 

 聞えた声に振り返ってみれば桜井がいた。顔を真っ青にしている所から見るに、見つけた物はろくでもない物であるらしい。

 

「一応聞いておくと。コレって、爆弾だよな?」

「えぇ。ジャ・アークが使っていた物で、この介護施設位なら吹っ飛ぶ位の威力は……。それよりも、ここは何なの!? ハト教って言うのは、真っ当な場所じゃなかったの!?」

 

 狂乱状態に陥っていた。解除を頼めるような状況でも無ければ、残り時間も少なかった。自分と桜井だけで逃げるか? いや、この施設内には何も知らない入居者や隊員。仕事に来ている者達もいる。

 異常事態にも関わらず、中田は酷く落ち着いていた。そして、脳裏に浮かんでいたのは、今は亡き恩師の姿だった。

 

「(もしも。親っさんなら、こんな時。自分だけが逃げる様な真似をするか?)」

 

 根無し草でロクデナシだった自分を拾い上げてくれた男。今の時代には、珍しく義理人情を重んじていた。

 もしも、自分がここから逃げれば、憎きエスポワール戦隊の隊員達も幾らか死ぬかもしれないし、大坊にも大事な人間を失う喪失感を思い知らせてやれるかもしれない。そんな、自分本位の曲がった考えが大嫌いな人だった。

 

「どうしよう。富良野が、皆が」

 

 パニックで思考停止に陥った桜井は、跪いて涙を流すだけだった。そんな彼女の肩を叩いた。

 

「桜井さん、稚内に『おふくろさん』を大事にしろよって、言っといてくれ」

「……え?」

「正直。アンタが普通の人間だってことがこんなに恨めしいと思ったことは無いぜ。アンタが冷酷非情なヒーローだったら、俺も逃げ出せたんだけれどな」

「中田君……?」

 

 先程の蛇が中田の腕に巻き付くと、リングへと姿を変えた。リングが起動し、怪人化が促されるが、いつもと違う力の奔流を感じた。

 

「俺は! 俺のスジを通させて貰うぜ!」

 

 全身を覆う、鱗状の灰色の皮膚が深い緑色に染まって行く。魚の様な頭が変形して、長く立派なひげを蓄え、顎には1枚だけ逆さに鱗が付いていた。

 両手で破砕塵を掴み、上空に向かって飛翔して行く。屋根を破り、天を貫き、長く伸びた体を垂らしながら、昇って行く。

 

「彼が。怪人……?」

 

 周りの光景も、中田が怪人化したことも何も分からない。何も分からないが。彼が、自分達を助けようとしてくれている事だけは分かった。彼女は急いで、階段を駆け上がり表へと出た。

 



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普通 12

 

 播磨にとって、世界は偽物ばかりだった。面白くもないエンタメに興じる同級生、一つも心を打ち震わせない美談や感動。一つも感じられなかった親子間の絆。友愛と綺麗ごとを述べながらも、隠し切れない程に汚濁し切った世界。

 特に彼が嫌いだったのは、エンタメにおける主人公(ヒーロー)と言う物だった。誰もが憧れ、思いを馳せる為に合わせた規格。脚本に則って、約束された未来に突き進む存在を、これ見よがしに素晴らしい物だと飾り立てる周囲を嫌っていた。だから、彼は初代ジャ・アークが現われた時は喜んでいた。

 

「世界には本物がある」

 

 彼らは特撮劇の様に、ヒーロー達の都合に合わせて勝負を仕掛けたりもしない。子供達に見せられない刺激的な惨劇を幾つも引き起こしていた。

 予定調和の無い世界で跋扈する悪と言うシンボルに対しては、やはり善のシンボルがぶつけられた。エスポワール戦隊と言う『希望』を象徴する彼らは、まるで台本の筋書きの様に悪の組織を滅ぼした。結局はオキマリから逃れられない事に落胆しながら、彼は自らの冷淡さを活かして裕福な地位を獲得していた。そんなある日、彼は衝撃を受けた。

 

「国会議事堂前で……」

 

 ニュースに映っていたのは、エスポワール戦隊のリーダーだった。ヒーローであったはずの存在が、何故この様な凶行を起こしたのか? かつての仲間を殺害し、復活した幹部達を次々と殺害して回る。

 誰に褒められる訳でも、報酬を得られる訳でも無く。ヒーローとして悪を退治する使命に殉じているに違いない。狂人でしかないが、播磨の心は打ち震えた。

 

「凄い。本物だ! 本物のヒーローだ!!」

 

 誰かに褒められる為でも、グッズ販売のコマーシャルフィルムでもない。彼はヒーローとしての使命を果たし続けているのだ。何とかして、彼と話がしたいと思い、持ちうる手段の全てを使えば、会合するのは簡単だった。

 

「でね。俺は、あの特撮劇とかアメコミのヒーロー共は全部偽物だと思っているんですよ。だって、アイツら。本当に困っている社会的困窮者を救わずに、怪人とかヴィランとばっかり戦っているでしょ?」

「気が合うな。実は俺も疑問に思っていたんだ。ヴィランを倒すよりも、パワハラやいじめをしている奴、平和を全うしようとしている奴らを倒すべきだと思っているし、虐待されている児童や社会的困窮者に目を向けてこそ。胸を張れるヒーローだと思っている」

 

 更に嬉しかったのは、自分が思い求める『本物』と言う理想像を、大坊も抱いていた事だった。間もなくして、播磨は変身用のベルトとガジェットを受け取り、ハト教の運営に力を入れて行くことになった。

 今までは上手く行っていた。信者達を体の良い労働力に変え、介護施設も順調に運営していた。貧困層向けに細く長く絞って行くつもりであったが、評判が評判を呼びキャパシティの問題も出て来た。……ある日のことである。

 

「すみません、お願いがあります」

 

 面会に来たのは利用者の親族だった。度々、支払いの遅れも出ていることから生活的に困窮していたことは予想したが、ビジネスである以上。相手が同情を買うような真似をした場合は、払い除けるつもりでいた。

 

「何だい?」

「私の父を……ここで。殺して貰えませんか」

 

 あまりにも真剣な声色に周囲も気圧されている中。播磨だけは笑みを浮かべていた。一般人をここまで追い詰めるだけの何かがあるのだと。

 

「話してみなよ」

 

 皇と言う国では安楽死は認められていない。年老いた両親は最後まで面倒を見るべきだという常識が蔓延っているが、当事者に掛かる負担や心労について考えられる者は少ない。

 彼が語る人々の美徳言うのは、正に唾棄すべき偽物であった。自分は面倒を見る気も無ければ、協力する気もない。ただ、気分が良くなりたいという美辞麗句を吐いているだけの連中。彼らに怯えながらも、これ以上耐えられない。と言う悲鳴は、男性の心からの本音だったのだろう。

 

「殺人教唆は犯罪だと分かっています。それで、私も制裁の対象に入っても構いません! これ以上は、共に歩んでいくのは無理なんです……」

「君の本音。気に入ったよ。ただし、条件がある。死ぬ間際に立ち寄るんだ」

 

 言われた通り。既に自分の事も周囲の事も、息子の事さえも分かっていない男性を始末する際に見せた表情を忘れることは無い。

 手っ取り早くスペースを空ける意味で合理的でもあったが、それ以上に感情と心がきしみを上げながら、叫んでいる真実の姿に播磨は見惚れていた。以後、彼は介護施設の傍らで処分施設も運営していくことになる。

 

~~

 

 件の介護施設を爆破する準備をして、妨害電波を起動させた後。播磨は幾らかの手勢と共にハト教の秘密脱出口を使っていた。随行させている、オリーブグリーンのカラードが尋ねて来た。

 

「播磨様。何故、態々介護施設を爆破する必要が?」

「直に処分施設の事もバレるだろうとは思っていただろうし、跡形もなく老害共を吹っ飛ばそうと思ったから。って言うのは、おまけだね」

「おまけ?」

「うん。ほら、中田って奴が居ただろ? あの潜入工作員」

「いましたね。特に何かをしていた訳ではありませんでしたが」

「アイツがいたおかげで、何かがあったとしても『ジャ・アーク』の仕業に出来る。何よりも、最近のリーダーは温くて困るんだよ」

 

 滅多に感情を浮かべない彼の顔に怒りが浮かんでいた。ギリリと噛み締めた歯の隙間からは血の混じった唾液が噴き出していた。

 

「何か思い当たる節が?」

「ピンクだ。アイツのせいで、リーダーの心に贅肉が付いた。誰かの為だけを思うヒーローなんて不純だ。大義と理想だけを見据えていないと本物じゃない。アイツさえいなくなれば、リーダーは更なる怒りと信念によって世界中の悪を駆逐してくれるはずだ」

 

 その為に、工作までして来た。ハト教は間もなく悲劇の舞台となるはずであり、様子を見届ける為に双眼鏡で施設を見ていたが、播磨の予想通りにはならなかった。

 

~~

 

「何だこりゃ!?」

 

 介護施設付近へとやって来た稚内は、天へと昇って行く存在を見た。姿形からして怪人の類だろうと思い、仲間達と共に銃剣型のガジェットを構えたが。

 

「待って!」

「桜井さん!?」

 

 入り口から桜井が慌てて出て来た。フェイス部分は解除しているが、胴体部分は自分達と同じく強化外骨格(スーツ)を装着している。少し遅れて、富良野も一緒に出て来た。

 

「先輩。どうしたんですか?」

「あの怪人は、中田君なの。介護施設内に爆弾が仕掛けられていて、私達を被害から遠ざける為に彼は……」

「ちょっと待ってくれ。話が突拍子過ぎて、全然わからねぇ!」

 

 他の隊員達も理解に時間を要していたが、リーダーが懇意にしている人物が虚言を吐くとは到底思えなかった。

 

「地下への行き方は、この入居者の部屋の電灯スイッチをこの間隔で切り替えて! 他にも、爆弾が仕掛けられているかもしれないから。隊員の人達も避難を手伝って!」

 

 事態の深刻さを察した一同が残りの避難作業を完遂させるために動き、件の地下スペースを探る為に動く。稚内の動きが遅れてしまったのは、自分の母親が避難できているかを目で追っていたからだろう。

 

「望?」

「母さん! 無事だったんだな!」

「先輩が外へと連れ出してくれましたからね」

 

 富良野の顔色も良くは無い。もしも、何も知らないままでいたら自分も巻き込まれていたかもしれないと思うと、ゾッとした。彼女を安心させる様にして、桜井がそっと肩を抱いた。

 

「大丈夫。後は、私達に任せて」

「先輩?」

 

 家の中でよく見る、飼い猫の様にゴロゴロしていて腑抜けた表情でも無ければ、不安そうにしている訳でも無い。かつて、富良野も憧れていたエスポワール戦隊の一人がいた。

 

「稚内君。中田君から伝言を頼まれていたの」

「なんて?」

「おふくろさんの事を大事にしてやれよ。って」

 

 瞬間、稚内は理解した。どうして、中田が怪人化してまで爆弾を皆から遠ざけようとしたのか。彼の身の上話を聞いていた頃には、内心では自分達に復讐する機会を伺っているのではないかと疑っていた。

 だが、共に日々を過ごしていく内に、何時しか疑うことも忘れていた。疑念など必要が無かったのだ。

 

「バカ野郎……!」

「でも、諦めちゃ駄目。皆の為に頑張るのは、もう無理だとしても。私は、私を守ろうとしてくれる人達の事は助けたい。……だから、戦う為じゃなくて! 彼を救う為に! 力を貸して!!」

 

 彼女の覚悟と決意に呼応する様にして、胸元から桃色の光が発せられた。彼女のガジェットであるピンクウィップが光に覆われ、空に向かって振るうと何処までも伸びて行く。

 

「えぇ!?」

「お願い! 彼を掴んで!!」

 

~~

 

 空に昇って行く際、走馬灯の様に今までの出来ごとが巡っていた。筋を通すだなんて恰好を付けてしまったが、実際は大した理由ではなかった。

 もしも、ここで何もしなければ。知人友人が悲しむだろう。アイツらが悲しむ顔を見るのは嫌だなぁ。と言うのが発端で、かつての恩師やら何やらが浮かんで大それたことをしてしまった。胸に抱いた爆弾のタイムリミットは残り僅かだった。今、手放したとして爆風から逃れられるだろうか?

 

「一丁前のツラをする様になったじゃねぇか」

 

 目の前には染井組長がいた。勿論、こんな空中にいる訳も無いので幻だという事は分かっていた。いや、ひょっとしたら自分はもう爆風に巻き込まれて死んでしまったのかもしれない。

 

「ヘヘッ。親っさん、俺。アンタみたいになれたかな?」

「立派なもんだよ。小便漏らしていた小僧とは思えねぇな」

「ひでぇっすね。向こうでも、親っさんに付いて行くんですから、他の奴らには内緒で頼みますよ?」

「いや、お前がこっちに来るのはまだまだ先になりそうだ」

 

 不意に幻が途絶えた。気づいたときには、自分の足に桃色の鞭が巻き付いていた。抱えていた爆弾が爆発する寸前に、体が地上へと引き寄せられていく。

 

――

 

「お願い。千切れないで……!」

 

 ミシリと嫌な感触が伝わって来た。グリップハンドル付近のボディが千切れかけるたびに再生を繰り返していく。やがて、負荷に耐え切れず完全に分断されようとした所で。

 

「うぉおおおおおおおおおおお!!!」

 

 稚内が千切れかけている部分を引き合わせて、再生が素早く行われる様に促していた。だが、彼に掛かる負担も相当な物だろう。協力者は彼だけに留まらない。姿を消していた富良野が隊員と一緒に、取り外して来たマットレスを持って来ていた。

 

「先輩! 緩衝材に使えるかは分からないですが!」

「ありがとう! 中田君! 貴方が私達を助けてくれるなら! 私達が貴方を助けてみせるからッ!!」

 

 間もなくして、空から変身状態が解かれた彼の姿が確認でき、マッドレスの上に着地させることに成功した。マットレスの上で気絶している彼のバイタルを確かめる為に、多くの隊員達が駆けつけていた。

 



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普通 13

 

 駆けつけた大坊は自らの目を疑っていた。空へと怪人が昇って行ったかと思えば、宙で爆発した。だが、落ちて行く人間を掴んでいたガジェットは見間違えるはずもなかった。

 

「アレは。ピンクウィップか?」

「な、何が!?」

 

 困惑する門番を押しのけて、騒ぎの中心部へと急ぐ。訪れた現場に広がる光景を見て言葉を失っていた。

 桜井を含めた隊員達が一人の男を看病していた。焼け焦げた信者服の腕からは、怪人化のリングが見えていた。

 

「ピンク。一体何が起きたんだ? その姿は……」

「リーダー、事情を説明したいの。付いて来て」

 

 何かに縋るような、誰かに凭れ掛かる様な頼りなさは無い。かつて、共にジャ・アークと戦っていた時の勇気に満ちた姿があった。

 案内された介護施設内の奥へ奥へと進んで行く。部屋に設置されていたギミックを作動させて、地下へ降りる。隊員達も口元を覆うような、酸鼻を極める光景が広がっていた。

 

「これは何だ」

「リーダーは何も聞いていないの?」

「聞いていないし。許す訳も無いだろう。ホワイト! 彼らの治療に当たれ!」

「ウィヒヒ。偶々、付いて来た甲斐があったモンですね!」

 

 粗末な寝台に寝かされている患者達が保護・治療されて行く傍ら、レッドは隊員から報告を受けていた。

 

「リーダー。この施設内を調査した結果、大型のガジェットを幾度も起動させた後がありました。……使用用途は、主に対象の火葬に使っていた物だと思われます」

 

 マスク越しでも声が震えているのが分かった。彼らが人を殺傷しても動揺しないのは、相手を完全に悪と認定しているが故である。

 ここで働いていた隊員達は、施設を利用していた入居者達は病気こそ患っていたが、悪人でないことを知っていた。彼らの処分の片棒を担がされていたかもしれないという、罪悪感に襲われているのだろう。

 

「分かった。調査、ご苦労だった」

 

 受け取ったレポートに目を通していく。どれもが許し難い所業であり、これがエスポワール戦隊の名の下で行われていたと思うと、全身が煮え立つ程の怒りが沸き上がっていた。

 

「リーダー。妨害電波の発生装置も止めたって」

「七海。今直ぐ、播磨達の居場所を調べさせろ!!」

 

 桜井と共に表に出て来た大坊の視界に、稚内達から看病を受けている中田の姿が入って来た。腕に装着されたリングから、彼が怪人であることは分かる。説明を求める様に桜井の方を振り向いた。

 

「中田君は、この施設内にあった破砕塵を皆から遠ざける為に怪人化したの」

「何故、コイツがそんなことを?」

「分からない。でも、変身する前に色々と言っていた」

 

 稚内の母親を労わったこと。ピンクの身を案じたこと。自分の正体がバレることも厭わず、皆を助ける為に身を張ったこと。そして、彼を死なせまいと皆が力を合わせたこと。

 話を聞きながら、大坊の呼吸が少しずつ乱れていくのが分かった。傍にいた七海は、リーダーのかつてない程の狼狽に困惑していた。

 

「……リーダー?」

「本当にコイツがそんなことをやったのか」

 

 大坊は思い出していた。この男は、自分がリチャード達とハト教に来た時。生意気な口を叩いていた奴ではないか。

唾棄すべき、見下すべき悪党だと思っていた男が、ピンクや仲間達からの信頼を集めている。許し難い現実だったが、心の奥底では彼の勇気や立ち振る舞いに対する呼称が思い浮かんでしまっていた。

 

「そうよ。稚内君や私にとって、彼は『ヒーロー』なのよ」

「言うな!!」

 

 叫んでいた。認める訳には行かなかった。もしも、悪人がヒーローであることを認めてしまっては、対峙している自分のアイデンティティが冒されかねない。

 彼の怒気に周囲が静まり返る中。唯一、気絶していた中田が起き上がった。周囲を見回して、建物や人々が無事なことを見ると溜息を洩らした。

 

「良かった。皆、無事だったんだな!」

「中田君!」「中田!」「アンタすげぇよ!」

 

 桜井と稚内が駆け寄る。周囲の隊員達や介護施設に来ていた職員達からも、彼を褒め称える声が上がった。大坊は蚊帳の外にいた。

 排除し続けて来たはずの悪人が人々を助けている。ガイ・アークの時の様に不正な手段ではなく、自分でさえも認めざるを得ない程に真っすぐな方法で。逆に自分達の仲間が、罪のない市民を傷つけていた。

 

「俺は一体なんなんだ?」

「リーダー。播磨の位置が分かった」

「直ぐに追いつくぞ」

 

 逃げる様にして、大坊はチェイサーを起動した。連れて来た隊員達をハト教に置き去りにして、彼は目的地へと急ぐ。そんな彼らの様子を高木に留まっていた鳥達はジィッと見ていた。

 

~~

 

「うわぁ。失敗しちゃったか」

「早く高跳びの準備をしましょう」

 

 播磨は側近達と共に逃走していた。爆破の失敗を悟った彼らは、空港へと向かおうとしていたが、既にエスポワール戦隊によって封鎖されていた。

 

「何処に逃げようというんだ?」

「あっちゃぁ。先回りされていたか」

 

 量産型の強化外骨格(スーツ)を装着した隊員達を引き連れていたのは、シャモア色のスーツを装着した女性だった。

 車から降りたオリーブグリーンのカラードが、クロスボウ型のガジェットの引き金を引いた。射出された矢が、隊員の一人を貫いた。

 

「ぐあっ!」

「もはや、反逆を隠す気もないという事か」

「どうせ、許して貰えないだろうしね」

「何故、あんなことをした?」

「皇の富は、老人共を生き永らえさせるためにあるんじゃないよ。アイツらくたばり損ないの癖に、弁えることも知らないでさ。迷惑な奴らだと思わない?」

「それが理由か?」

「利用者も俺達もハッピーになれる方法だよ。何が悪いんだい?」

 

 播磨もベルトを起動した。全身がクリムゾンレッドのスーツに覆われて行き、取り出したガジェットはシャモアと同じく方天戟と呼ばれる長物であった。

 

「お前を捕らえる。行け!」

「どきやがれ!」

 

 エスポワール戦隊で内ゲバが行われようとした所で、大坊と七海が乗ったチェイサーが割り込んで来た。

 

「リーダー」

「播磨。答えろ。あの施設で、お前は何をしていた?」

 

 迸る怒気に誰も言葉を出せずにいる中。播磨だけが明朗快活に、まるで自分の手柄を褒めて欲しい子供の様に話していた。

 

「迷惑な老人共を察処分していたんだよ。リーダーも分かるでしょ? 今まで、俺達が制裁してきた奴らの中には老人が大量にいた! 老いたら、社会のゴミになるんだよ。これを排除するのも俺達の役目だろ? リーダーだって、人々を虐げる老人には憤っていたじゃないか!」

 

 写し鏡のようだ。ふと、そんなことを思った。反社会的勢力を一方的に葬っていた自分の様に。人々に迷惑をかける老人達を排除すべき悪だと定めて、処分していた播磨と自分に何の違いがあるのだろうか?

 

「そうだな。確かに、人々を虐げる老人には憤っていた」

「だったら! 俺の言っていることも分かってくれるよね!?」

「だが、お前が処分しようとした人々はそうではなかった。何よりも、同志に矛先を向けようとしたお前を許す訳には行かない」

「そうなるかぁ。しょうがない……来なよ。リーダーが本当にヒーローに相応しいか、俺が確かめてやるよ。掛かれ!」

 

 播磨の号令に命じて、側近達が一斉に襲い掛かる。だが、レッドソードはスーツを容易く切り裂き、銃剣型ガジェットをも叩き切っていた。

 

「化け物が!!」

 

 オリーブグリーンのカラードがクロスボウを乱射するが、大坊の体に到達するまでに燃え尽きてしまい、接近された後。首を撥ね飛ばされた。

 瞬く間に裏切り者達が処刑される様子を見て、シャモアも含めて皆が震えていた。残された播磨は、槍術の心得があるのか方天戟を構えたが。

 

「蒼銃掃射(ブルーレイン)」

「あ」

 

 レッドソードを収納すると、大坊の両腕は蒼色の銃へと変形し、吐き出された弾丸の嵐は播磨をズタボロに引き裂いた。穿たれた穴から流れた血が、アスファルトを染めて行く。

 

「答えろ。誰が、お前らに破砕塵を渡した。何故、俺を裏切った?」

「ハハハ……裏切って……なんて居ないよ……俺はリーダーの役に……」

 

 事切れた。理想を共にしていた友人だと思っていた。だが、何時の間にか道は違えてしまっていた。誰も言葉を発さずに、この惨状の中で立ち尽くしていた。

 



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普通 14

 昨日書こうと思ったら、寝ていました。11時間後に起きました。マジで? ってなりました。


 

 中田の治療も兼ねて、彼は拘束されていた。ハト教の危機を救った英雄だとしても、エスポワール戦隊の敷地内という事もあっての措置だった。

 桜井と稚内が立会人として同席したのは、中田へ危害を加えるのは防ぐ為でもあったが、一同は緊張していた。

 

「俺が怪人だと分かったら、直ぐに殺しに来るような真似はしねぇよな?」

「私が証言をするけれど、リーダーが何を考えているかは分からないから」

「隊員である俺も証言します」

 

 気丈には振舞っていたが、稚内の手も震えていた。一秒が永遠にも感じられる中、大広間には強化外骨格(スーツ)を解いた大坊が、七海を連れて現れた。

 周囲に控えていた隊員達を下がらせ、得物であるレッドソードもベルト内に収めて、腰を下ろした。

 

「中田だったか。まず、先に礼を言わせて貰う。播磨の暴走を阻止し、多数の命を救ってくれたこと。感謝する」

「別にお前の為にやった訳じゃない。礼なら、後ろの二人に言いな」

 

 身内を引き合いに出されると弱いのか、気勢が削がれた。稚内も口籠っていたのを見て、桜井が声を上げた。

 

「リーダー。私、貴方のやることに口は出さないつもりでいた。でも、このままだと。また、播磨の様に『正しさ』の為なら誰かを平然と犠牲にする奴が現れるよ」

「なら、どうしろって言うんだ? 今更、俺達に活動を止めろと言うのか?」

「やり方を変えるべきだと思う。ハト教みたいな形を作れたのは、リーダーが自分達の在り方を考えたからでしょ? 折角、こんなに良い場所を作れたのに、また暴力で誰かを黙らせる集団に戻って欲しくないの」

 

 もしも、今までの彼女ならば大坊に凄まれた時点で口を閉ざしていただろう。だが、先の出来事でヒーローとしての矜持を取り戻していたのか、毅然と言い返していた。

 

「じゃあ、どうやり方を変えれば良いんだ? 悪人1人1人捕まえて対話でもしろと言うのか?」

「そうじゃない。暴力で誰かを排除しようとするのが良くないんだよ」

「桜井。俺達は昔から、この手段を使って『ジャ・アーク』を倒して来ただろ? 大人達が何か言って来たか? 唐沢司令が注意したか? 違うだろ! レッドソードの使い方を! 必殺技の使い方を! 悪を倒せと! そう教えて来られて! 今更、違っているなんて言われて、納得できるか!!」

 

 仮にでも整えていた体裁を崩してまで否定した所を見て、桜井は哀れだと思った。彼は、エスポワール戦隊以外の生き方を見つけられなかったのだと。黙っていた中田が口を開く。

 

「で、お前さんはコレからも悪人を見つけて殺し続ける訳か?」

「そうだ。まずは、播磨に破砕塵を渡した奴らを倒す。背後関係を洗って、戦隊内の規律と指針の再教育を施す」

「まず、このハト教をどうにかしようって考えはねぇのか?」

 

 大坊は表情を強張らせた。誰かを助けるよりも、倒すことを優先した上での考えを見透かされていた。

 

「ここに来るまでに、隊員から地下についての話は聞いたよ。安楽死の是非なんて当事者同士で決めりゃ良い。播磨がビジネスにしていたことを責めるなら、ソレを利用していた奴はどうするつもりだ?」

「許されないことだ。処罰とまではいかないが、警告はする」

「ソイツらが介護問題で苦労していたことを無視してもか?」

 

 言葉に詰まる。ビリジアンが取材して来た映像から、理屈は理解できていた。だが、それ以上に許せないという気持ちが大きかった。自分を育ててくれた親の死を願うこと等、あって良い筈がない。

 

「苦境に立たされていた奴らにとっちゃ、エスポワール戦隊より播磨の方が救いのヒーローだっただろうよ」

「何が言いたい?」

「今よ、俺はすげぇムカついているんだ。親っさんが殺されたとき、俺はお前達を滅茶苦茶憎んだ。ぶっ殺してやりたいと思った! だが、このハト教で稚内や信者の皆と話をして、本当に世の中を良くしたいと思っているなら! 俺も割り切れると思った! だが、肝心のお前がそんなんじゃ、死んだ親っさんや皆が報われねぇよ!! お前は考えるのが面倒だからって、バカでも振るえる暴力に頼っているだけだ! 俺達と何が違う!?」

「バカだと? 言わせておけば!」

「入って来て!!」

 

 一触即発の空気になった所で、七海が叫んだ。大広間四方の障子が開き、隊員達が両者を取り押さえた。変身を済ませた桜井に対し、七海が手で制した。

 

「中田君をどうするつもり?」

「彼が怪人であることが分かった以上は、見逃す訳には行かない。今回の功績を考えて、エスポワール戦隊の本部で丁重に保護する」

「テメェ!!」

 

 複数人の拘束を振り解こうとしている大坊を諫めながら、七海達は引き下がって行った。隊員達に取り押さえられている中田はリングを取り上げられた後、身柄を拘束された。稚内が叫ぶ。

 

「待って下さい! 中田さんは、オフクロや皆を救ってくれたんです! この扱いは、あんまりです!」

「他の信者の安全の為でもあり、彼の身柄の安全を保護するためでもある。稚内君、分かってくれ」

「だったら! 俺も連れて行って下さい!」

「……分かった」

 

 中田を連れて行く隊員の中に稚内が加わり、何処かへと移送されて行く。桜井も付いて行こうとしたが『我々の問題なので』と断られた。

 1人残された彼女は、暫く呆然としていた。リーダーの抱える信念、中田の様な人間もいること。誰もが英雄になる瞬間があるが、ヒーローで居続けることはできない。ガサっと、背後の障子が揺れた。

 

「誰!?」

「ひゃあ!?」

「驚かせて、すみません。彼女に貴方が何処にいるかを聞かれたので」

 

 ペタンと。背後では富良野が尻餅を着いていた。隣には、彼女を案内して来た橘と七海と同じ年頃の少女がいた。

 

「あの、先輩? 何があったんですか?」

「色々とありすぎてね。ちょっと、整理がてらに話してもいい?」

「私達は席を外した方が良いですか?」

「……いいえ、橘さん。リーダーと一緒の時間を過ごした事がある、貴方にも聞いて欲しいの」

 

 自分の考えを整理する様にして、彼女は先程までの出来事を話した。播磨を処分したこと、頑として自らの信念を曲げない大坊のこと、彼に対して考えることを止めて暴力にだけ傾倒していると指摘したこと。

 

「中田さんの言っている事の方が真っ当じゃ?」

「いえ、これは難しい問題だと思います。私には大坊さんが全て間違っているとも思えませんから」

「どうして、そう思うんですか?」

「だって、大坊さんは私にとってのヒーローだから」

 

 今まで、口を開こうとしなかった少女がポツリと呟いた。言及を避ける為に、橘の背後に隠れた。

 

「彼女は佳織ちゃんと言います。両親に虐待されていた所、大坊さん達が保護をしました」

 

 両親の末路については尋ねる必要もないだろう。大坊の行っている行為が暴力に頼った物であるとしても、救われた人間もいるはずだ。

 

「警察に……」

「通報した所で無駄だった。というニュースを知らない訳ではないでしょう?」

 

 行政が干渉できる範囲には限界がある。通報や相談があったとしても、無駄に終わったケースも少なくは無い。

 

「暴力はいけないことだとは思います。ですが、人権や言動の自由がある限り、暴力に頼らなければ解決できない問題と言うのもあります」

「橘さんはリーダーに賛同するんですか?」

「……賛同と言う訳ではないんですけれど。彼自身が善意で動いているのが分かっているから、どうにかして報われて欲しいと思っているだけですよ。その為に、私はハト教の提携に手を貸したのですから」

 

 結果は暗澹たる物となってしまった。播磨の所業がバレたら、糾弾は免れないだろう。

 

「これから、どうなるんですか?」

「内密に処理したい所ですが、信者以外の人達も巻き込まれた手前。ある程度は、外に出てしまうでしょうね。桜井さん達にはご迷惑をお掛けしますが」

 

 自分達の生活にとっても無関係ではない。再び、職場が無くなるかもしれない危険性があるのだ。だが、自分達に出来ることは無い。

途方に暮れている彼女らを、暗がりの部屋の隅にいるネズミがジィッと眺めていた。

 



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普通 15

 

「お前の怪人としての能力が、偵察を放つ物だという事は分かったが、今話したことは本当なのか?」

「えぇ。ハト教で中田さんが施設の爆破を防いだ後、エスポワール戦隊に連れ去られました。木乃伊取りがミイラになりましたね」

 

 ハト教で騒ぎがあった日の深夜。反町は『ジャ・アーク』の幹部達に、偵察から得た情報を話していた。会議室内のスクリーンには、発生した事件の映像が事細かに映し出されていた。

 介護施設内の地下で蠢く陰惨な光景。証拠隠滅の為に設置された爆弾。戸惑う目標物に、覚悟を決めて危険を打破しようとする中田。まるで、映画のワンシーンを切り抜いたようだった。

 

「ガッハッハ! あのチャラ男。意外と根性が据わっとるのぅ!!」

 

 彼の勇壮な活躍を見て金剛が大声で笑った。愉快そうにしているのは彼だけではなく、他の者達も同じだった。

 

「痛快とはこの事ですね。まピンクさんを拉致する所か、助けたのは意外でしたが、これはネタ的にも美味しいですよ」

「エスポワール戦隊の評判を落としつつ、我々の正当性を主張する。記事を打ち出す準備は出来ていますか?」

「勿論ですよ」

 

 金木が反町に段取りを問うている中、事情説明を受けていた黒田は眉を顰めていた。傍にいた豊島が声を掛けた。

 

「何か気になる所があるのか?」

「いえ、中田はどうなるのかと思いまして」

「黒田さん。むしろ、この事実を広く市民に広げる方が彼を助ける事にもなるんです。皆を救った英雄を拉致して、殺害した。となれば、彼らは本物の悪党になります。丁重に扱わざるを得ないはずです」

 

 道理だと考えた。反町の言う通り、彼らがヒーローとして大義名分を立てて活動している以上、看板を守る立ち振る舞いは強要される所だ。

 スクリーンには中田と大坊が言い争う様子まで記録されていた。彼失くしては、これだけの情報を得ることはできなかっただろう。一通り見終えた後、フェルナンドは指示を飛ばした。

 

「反町。ネットと雑誌、両面から記事を出して行け。具体的な方法は任せる。ただし、夜明けまでにやれ」

「了解。それじゃあ、私は一足先に作業に移らせて貰います」

 

 急を要することもあり、反町は急ぎ足で会議室を去った。他の幹部達も退室していく中、フェルナンドと黒田だけは中田と大坊の言い争う様子を見ていた。

 ハト教の中で感化され変わって行った彼の言葉だからこそ、悪を倒し続ける存在に響いたのだろう。

 

「黒田。大事な人間が殺された怒りとかって割り切れる物だと思うか?」

「割り切れる。と言うよりも、しょうがない。と諦める形になると思います。ましてや、相手がエスポワール戦隊……ヒーローであるなら」

 

 復讐が正しくない。報復殺人や敵討ちが法律で禁止されているのは言うまでもない。ましてや、相手は正しさの象徴であり倫理的、肉体的暴力の化身。抱いた怒りは諦観ともに霧散するのを待つしかない。

 

「ヒーローが悪役(ヴィラン)をやっつけたら喜ぶよな。俺達がどんな思いを抱いていたかなんて知る気もない奴らはな」

「今でも憎んでいますか?」

「……ボスが殺され、妻が殺された日から。俺の生は怒りと共にあった。ヒーローだけじゃない。俺達の不幸を嘲笑っている善良な市民共にだ」

 

 固く握られた拳は震えていた。黒田にも覚えが無い訳ではない。SNS等では犯罪者や悪人。憎悪の対象となった者の不幸を喜ぶ者達は少なくは無い。

 勧善懲悪と言う言葉がある様に。悪を懲らしめ、善を勧めることが美徳とされている皇では、悪の不幸は歓迎される物となっていた。斃された悪が何を思っていたかなど知る必要もなく。

 

「俺にはまだ、豊島の兄貴を始めとした皆や中田の様に、支え合える人間がいたから違ったのかもしれません」

「支え合える人間がいるなら、居た方が良いに決まっている。独りは心を蝕むからな」

 

 続いて再生し始めたのは事件と関係の無い、中田達の日常的な光景だった。ヒーローも悪人も関係なく、共に支え合いながら働いていた。

もしも、最初にヒーローと悪人達の在り方がこの様であれば、皇はまた違っていたのだろうかと言う、あり得ない想像ばかりをしていた。

 

~~

 

 色々ありすぎて泥の様に眠った。今日は休みとなり、隊員達だけで施設を回すそうだが、今後がどうなるのかが気になった。

再び職場を追われるのか、あるいは再開するのか。自分達がどうすることも出来ないので、突如湧いた休日を謳歌する為にもテレビを付けた。

 

「ハト教のニュースは流れていないか」

 

 アレだけ騒ぎがあったのに、ハト教に関するニュースは流れていなかった。新聞にも載っていなかったが、ネット上は違っていた。昨日の様子が動画サイトに張られていたらしく、グロテスクな映像が規制も無く流されていた。

 運営側も削除しているようだが、エスポワール戦隊の処刑動画と同じく、消せば増えると言った具合に拡散され続けていた。

 

「……誰が?」

 

 中田にそんなことが出来るとは思えない。無責任な憶測やデマが飛び交う中、特に話題になっていたのは介護施設の地下だった。

 

『あそこにいた老人達は一体何だったのか?』

『ニュースサイトによれば、認知症などを患っていたらしく。家族に安楽死を依頼された者達らしい』

『自分の身内を殺すなんて人間の屑じゃねぇか。そういう薄情な連中はエスポワール戦隊に倒されてしまえば良い』

『じゃあ、お前は自分の両親が夜中に起き出して大声を上げたり、徘徊して周囲に迷惑かけても最期まで面倒見ろよ?』

 

 賛否両論。善良さと常識を振りかざして善人ぶる者も居れば、実際の介護の苦労を知っているのか。施設の是非を問う考えなどもあった。

 一方で議論が沸き上がることも少なく、賞賛の声が溢れていたのは中田の行動だった。戸惑う桜井を前に、過去を振り切り身を呈す様相に好感を持つ者は大勢いた。

 

『怪人になったってことは、アイツも『ジャ・アーク』の一員ってこと?』

『ヒーローの施設で殺人が行われていた所、悪人が皆を助けたとか。どんな皮肉だよ』

『ひょっとしたら、エスポワール戦隊が制裁して来た人達の中には、こんな人達も居たんじゃないかな?』

『大切なのは背負っている看板じゃなくて、ソイツが何をするかだよな』

 

 ネットでよくある話題の様に浪費されるのか。それとも、エスポワール戦隊にまで届くかは桜井も分からなかった。

 朝からネットで時間を浪費するのは健全と言い難い。何をしようかと考えた時、ふと昨日のことを思い出した。久々にヒーローらしいことをした余熱が蘇って来たのか、活力がみなぎっているような気がした。

 

「よし」

 

 二度寝をする事も無く。彼女はジャージに着替えて、アパートの周りをランニングし始めた。共に走る人間は居なくても、朝の風を浴びていると懐かしい気持ちがほんの少しだけ蘇って来た。

 



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誰の為のヒーローか
矛盾 1


 

 大坊は憤っていた。播磨の裏切りには始末を付けたが、一連の出来事が外部へとリークされてしまったのだ。ネットや雑誌では好き勝手に意見が飛び交い、自分達の存在意義を問われる事になっていた。

 

「何故、播磨があんな物を持っていた。何処で手に入れたんだ?」

「ジャ・アーク手製の爆弾なら、連中のマッチポンプの可能性は?」

「あり得る。いや、だとしたら地下に転がっていた怪人化リングや代紋バッジの存在が不可解だ」

 

 自作自演をするのに、自分達がやったという証拠を残していくハズがない。真相を知っていた人間は、一人残らず始末してしまったので手掛かりが無い。

 七海も一緒に頭を悩ませていた所、モニタにはハト教へ搬入された資材のリストが映し出されていた。

 

「ビリジアン。何か分かりそうか?」

「橘さんにも連絡を取った所、心当たりが1件だけあるみたいです」

「なんだ?」

 

 大坊が身を乗り出す。リストの内の一つをピックアップする。それは、大坊がリチャード達と共にハト教に訪れた日に、搬入された物だった。

 

「あの日。橘さんは立ち会っていたそうですが、資材や機材については殆ど分からなかったって事ですから。もしも、持ち込んだなら。って事ですね」

「ちょっと待ってくれ。アレはリチャードさんからの贈り物だぞ。実際、アレで介護施設の負担は減ったとも聞いたが」

「一緒に何か持ち込んだとか?」

 

 そもそも。ジャ・アークが使っていた爆弾など、簡単に入手できる訳が無い。リチャードにしても爆弾を荷物に紛れ込ませると言う不手際を晒すとは思えない。

 

「聞いてみるか。……もしもの時は」

 

 ゴク・アクや播磨の様に、彼さえも自分を裏切るというのなら。決して許す訳には行かない。かつて燃え滾っていた勇気は、疑心暗鬼に包まれていた。

 

~~

 

「よー!  朝から健康的だね~!」

 

 やる気を出してランニングを始めたのは良かった。だが、行先には自分を待ち構えていたかのように、いつぞやの怪人―—槍蜂が手を振って来た。

 誰に見られている訳でも無いので、無視した所で咎められることもない。スッと横を通り過ぎようとしたら、ペースを合わせて付いて来た。

 

「実はお願いがあってさぁ。いや、桜井さん。昨日の事件にも関わったでしょ? 中田君がどうなったか、俺達も気になるんだよ」

「……」

「もう、ニュースとかにもなっているからさ。彼が殺されているってことは無いだろうけれど、何かされているかもしれないし。安否を確かめて欲しいんだよね」

 

 実際、彼女としても今日が休みになるなら、中田の様子は見に行こうと考えていた。だが、彼らの言うことに従うのは癪だった。

 

「貴方達に頼まれなくても見に行くつもり」

「マジで!? じゃあ、どうだったかメールして来てくれない?」

「それは出来ない。私は個人として見に行くだけだから」

 

 彼の安否を教えることについては、水面下の情報戦に加担しかねない為。線引きをしておく必要はあった。

 

「そっか。分かった、こっちも強制しない。じゃあね」

 

 あっさり引き下がった彼を見送りながら、桜井はペースを落とさずにランニングを続けた。

 

~~

 

「先輩が輝いている……」

「は?」

 

 シャワーを浴びた後の朝食で富良野がそんなことを言った。疑問符を浮かべている桜井に対し、彼女は雄弁に説明して見せた。

 

「今までは食っちゃ寝ゴロゴロダラダラ。ピンクではなく、ピグ一歩手前でしたが」

「は???」

「働き始めてからはややしんどそうな気もしましたが、ちょっとずつ慣れて来たと思ったら! 私よりも早く起きて! 朝食の準備までして! 驚異的なレベルアップですよ!」

 

 自分の事を豚と思っていたのかと言う怒りはそっと処理しておいた。ただ、意識の持ちようは先日とは別物だった。

 

「そうね。今日が休みだったって事もあるけれど、色々とあってヒーローとしての自分を少しだけ取り戻したのかもね」

「……私としては、先輩には平和な世界にいて欲しいんですけれど。やっぱり、先輩はヒーローなんですよね」

 

 先のハイテンションとは打って変わって、少し俯きがちに言った。

 ヒーローの世界が夢と希望だけで構築されているのは特撮や映画の世界だけの話であり、現実は一切の容赦が無かった。桜井は、その世界の住人だった。

 

「リーダー達の活動には手を貸さないけれどね。今日は休みだし、行きたい場所があるんだけれど。付き合ってくれない?」

「先輩からのお誘い!? 何処に行くんですか!?」

「中田君の見舞い」

 

 先程まで浮かんでいた百合の花もかくやと言わんばかりの笑顔は、ラフレシアの様に嫌悪感と言う臭気を放っていた。

 

「う~~~ん。よっし、一緒に映画を見に行きましょう!」

「何、勝手に目的地を変更してんのよ!?」

「見舞いって。どう考えても、エスポワール戦隊の本部とか支部的な所に行く羽目になるじゃないですか! 私、あの人達に関わりたくないんですよ!」

「いや、でも稚内君みたいな子もいるかもしれないし!」

「いーやーでーすー!!」

 

 散々、ロクでも無い目にあわされている富良野にしてみれば当然の反応だった。しかし、1人で行くのは心細い。どうした物かと考えた。

 

「くっ、分かった。私が出来る事なら何でもするから!」

「え?! 今、何でもするって言いましたよね!?」

「え、えぇ……」

 

 流石に節度は弁えてくれるだろうと信じるしかなかった。早速、大坊に電話を掛けた所、通話口に出て来たのは少女の声だった。

 

「リーダーは席を外している。代わりに、七海が受け取った。ピンク、何か用?」

「えっと。あの、中田君と面会したいんだけれど。出来るかな?」

「ちょっと待って」

 

 背後でガサガサとする声が聞こえる。待たされている時間が長い程、行けるかどうかという可能性も低くなるが、果たしてどうだろうか。

 

「お待たせ。現在、彼に面会をしたいという人間は後を絶たない」

「一躍、話題の人物になったからね」

「でも、私は貴方に丁重に保護すると言った。貴方には彼の現在を知る権利がある。もしも、面会に来るなら所定の時間に、この場所に来て」

 

言われた場所と時間をメモして通話を切った。直接住所を教えないのは、探られたり襲撃を掛けられたりすることを防ぐ為だろう。

 

「ヒーローの本部に」

「大丈夫。変なことを考えなければ、問題ない筈よ」

 

 朝食を済ませた後の片づけをしながら、桜井は時間まで久々にベルトなどの調子を確認していた。

 



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矛盾 2

 今日はちょっと少な目。ダンガンロンパV3面白いです。


 

 エスポワール戦隊の本部には簡単に赴ける訳ではなかった。桜井達は指定されたファミレスへと向かうと、パンケーキに舌鼓を打っている少女の前に座った。

 

「ハト教で見たことがあるけれど、七海ちゃん。で良いのよね?」

「その認識で大丈夫」

「とてもではありませんが、待ち合わせをしている様には見えませんね」

「私が、ビジネス然として待っている方が不自然。貴方達も好きな物を頼んで。安すぎるけれど、この間の迷惑料の一端と思って」

 

 喫茶店を待ち合わせ場所に使って、注文をしないのも失礼に当たるかと思い、富良野がメニュー表のドリンクコーナーに視線を走らせている際、チラリと横目で見た桜井の表情は真剣その物だった。

 

「(先輩。やっぱり、本部に乗り込むから緊張しているんだ)」

「期間限定チーズカルテットハンバーグか爆裂プレートサンドイッチ……」

 

 メニュー表にしか集中力を向けていない事に気付いて、太ももを抓った。心なしか七海の視線に冷やかな物を感じた。

 

「遠慮は知って欲しい」

「じゃあ、チーズカルテットハンバーグにライス大盛りにスープ&サラダバーセットで」

「一体何を遠慮したんですかね?」

「デザートを注文していない所」

 

 ジョークでも何でもなく本当にオーダーを通していた。七海は深い溜息を吐きながら、ジロリと富良野の方を睨んだ。

 

「甘やかしすぎ」

「でも、甘やかすと本当に可愛いくて。って、そういう話題は良いんですよ。これから向かう場所について、何か注意事項とかは先に聞いておきたいんです」

「勿論。エスポワール戦隊の本部は機密事項だから」

「簡単に行ける所には無いのよね?」

「まず、貴方達だけでは向かえない」

 

 どういった方法で秘匿されているのかは想像も付かない。他にも幾つか注意事項を話された。曰く、本部では決して自分から離れてはいけない。中田の面接の為に用意されたルート以外を使ってはいけないなど。

 

「相当厳重に管理されている場所なんですね」

「ヒーロー達の基地だから。情報が少しでも洩れたら致命傷になりかねない」

 

 皇内でも相当に恨みを買っている集団だ。彼らに繋がる情報を求めて血眼になっている者達は少なくはないだろう。どうして、情報が外部に洩れていないかと言う疑問はあったが。

 注意事項を話している内に注文した料理が運ばれて来た。テーブルの殆どは桜井の注文した物で埋め尽くされており、次々と平らげて行く彼女の健啖ぶりを見ながら七海は眉間を抑えていた。

 

「リーダーが彼女に親身になる理由が分からない」

「能力や貢献ぶりだけで良くしている訳じゃない。と言うことだと思いますよ?」

「……愛嬌?」

「いや、そういう訳でも無い気が」

「ペット感覚?」

「さっきから答えが、人間の尊厳から遠ざかっていますね」

 

 暫くの間、富良野は七海から質問責めにあっていた。横では、人の気も知らないで美味を堪能している桜井の姿があった。

 

~~

 

 ファミレスを出ると、表には車が停められていた。促されたままに乗り込むと、運転手からアイマスクを渡された。

 

「すいません。リーダーの同期であっても規則ですので」

「大丈夫。こっちだって、急な訪問で無理を言っているのは分かっているから」

 

 毅然とした受け答えだった。渡されたアイマスクを装着して、シートに体重を預けた。何かのギミックが作動しているのか、ガチャガチャと音が聞こえた。

 不安に駆られながら、隣にいる存在を確かめるようにして凭れ掛かった。耳を済ませれば、規則正しい呼吸音だけが聞こえる。……呼吸音に混じってスピーとか間の抜けた鼻息が聞こえている。

 

「先輩?」「Zzzz」

「中々の度胸」

 

 何処に連れていかれるか分からない状態だと言うのに、彼女は寝息を立てていた。だが、心当たりはあった。久々にランニングをしたことで体力を消耗したのだろう。故に、エネルギーを取り戻そうと、待ち合わせていたファミレスで大食いを敢行し、満腹となった彼女は眠りに落ちた。

先日の出来事があって、ヒーローとしての自覚を取り戻したとしても怠惰に浸って来た肉体までが元通りになる訳ではない。

 

「なんだか。心配しなくてもヒーローに戻ることは無い気がして来ました」

 

 怠惰に浸って来た反動。とは言いかえれば、彼女が日常に馴染んでいた証でもあった。桜井につられる様にして、彼女も寝息を立て始めた頃。運転手と七海は小声で話し合っていた。

 

「どうします? やはり、彼女達は本部に連れて行くべきではないのでは?」

「いいえ、約束は守らないと。それに、彼女の決意が生半可な物であれば、私達から遠ざける切っ掛けにもなるから」

「……そうですね」

 

 運転手のハンドルを握る手に力が籠る。まるで、本部での記憶を思い出している様に、彼は律義に命令に従ってアクセルを踏み続けた。

 



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矛盾 3

 ダンガンロンパV3クリアだ! 次はハッピーダンガンロンパSだ!!


 

「起きて、着いた」

 

 七海に揺すられて目を覚ました。アイマスクを外されたので、周囲を見渡す。車は駐車場に止められており、現役時代に大坊が使っていたバイク『レッドチェイサー』の改良版が何台も停められていた。

 

「レッドチェイサー……の改良版かな?」

「あまりジロジロと周囲を見ないで」

 

 天井の方に視線を向けてみれば、自動小銃が取り付けられた監視カメラが何基も設置されていた。恐る恐る、富良野が尋ねた。

 

「あの。アレって、威嚇用ですよね?」

「認証のプロセスを踏まないで、侵入した者に対して警告なしで発砲される」

「ヒーローの基地って言うよりかは、マフィアとか悪の組織のアジトって感じですね……」

 

 人物の識別機能も付いているのか、自動小銃の銃口は全て彼女らに向けられていた。七海は『付いてきて』とだけ言うと、ズンズン進んで行く。

 

「美樹。行くよ」

「て、手を引っ張って下さい」

 

 冷たい暴力が存在している空間では委縮し切っていた。桜井は、彼女の手を掴んで七海の後を付いて行く。手のひら越しに伝わる体温が、ジンワリと心身を暖めてくれる様な気がした。

 

~~

 

 駐車場の物々しい雰囲気とは裏腹に、基地内は静かな物だった。幾つもの扉が並んでいたが、音すら漏れて来ない。偶に隊員とすれ違っても会釈されるだけだった。

 

「静かですね」

「騒いだり、談笑したりする場所は別に設けている」

 

 自分達が寄れることは無いのだろうなと思った。廊下にも等間隔でカメラが設置されていた。こちらの方には自動小銃こそ取り付けられていなかったが、何かしらの機材が取り付けられていた。

 

「アレは何ですか?」

「知らなくていい」

 

 自分達との会話には興味が無いのか。胸が詰まりそうになる沈黙の中、彼女はとある扉の前でピタリと足を止めた。

 

「もしかして、ここが中田君の?」

「そう。面会時間に制限は無いけれど、会話や様子は記録させて貰う」

「分かった」

 

 通された部屋はビジネスホテルの一室の様だった。豪華ではないが、文化的な生活をするには十分な設備が整っている。ベッドに腰掛けていた中田は、桜井達にヒラヒラと手を振っていた。

 

「よっ」

「中田君。無事だったのね」

「まぁな。意外と丁重にもてなしてくれて驚いたよ」

「ハト教の窮地を救った立役者ですからね。ここに来た後には、何があったんですか?」

「何処まで話して良いか分からねぇけれど、アレから何があったかっつーとな」

 

 ハト教を連れ出された中田は、桜井と同じ様にアイマスクと耳栓を付けられて、車に乗せられたという。基地に到着した彼は、大坊の部屋へと連れて来られて事情聴取をされたという。

 

「何を話したの?」

「播磨について何か知っていることは無いかって。隣に、ピンク色っぽい強化外骨格(スーツ)を装着した隊員もいたな」

「中田さんはなんて答えんですか?」

「知っていることは殆ど無いって。アイツ、食堂に飯を食いに来たり喋ったりすることはあったけれどよ。プライベートとか自分のことは殆ど話さなかったから」

 

 介護施設の方に様子を見に来ることはあったし、軽口を叩くこともあったが、じっくりと話したことは一度たりとも無かった。何時も笑顔を浮かべている飄々とした人物。と言うのが、桜井の印象だった。

 

「私も会ったことはありますけれど、ヘラヘラしている人。って印象しかありませんでしたね」

「ああいう奴程、何を考えているか分からねぇんだよな。他には、お前もヒーローにならないか? って勧誘されたな」

「どういうこと?」

「いや、ハト教でアンタらや皆を助けたことに関しては、やっぱり感謝はしているらしくてな。ヒーローになるか、ヤクザ稼業から身を引けとは言われたな」

「え? ハト教に居たのは、身を引く為じゃ?」

「潜入調査で来ていたんだよ。いや、こんなことになるのは全く予想外だったけれどよ」

 

 あまりにも馴染んでいたので、スパイだとは思えなかった。実際に皆を助ける為に動いていたことも考えれば、ヒーローと敵対する者とは思い難い。

 

「中田君は、もしも釈放されたらどうするの?」

「……組織に戻るべきだろうが、正直に言うと。稚内やハト教にいた隊員達と交流した以上は、戦いたくはねぇと思っている。でも、残してきた奴らを裏切るような真似もしたくねぇ」

 

 狭間に立つ人間の苦悩があった。自分が所属していた組織の人間達の事は裏切れないが、敵対するにはエスポワール戦隊の隊員達と交流を育みすぎた。

 両者の事を考えられる優しさは美徳であるが、殺し合いを行う上では邪魔なものでしかなかった。

 

「皆が、同じ様な考えに思い当ってくれれば、殺し合いとかもする必要は無くなるのにね」

「無理だろうな。既に、お互いが傷つけ合いすぎている。今更、和解なんて出来る気もしねぇよ」

 

 どれだけの血が流れて来たのか。殴り合えば友情が結ばれる訳もなく、生まれたのは憎悪と殺意と死体だけだった。皇に蠢く情勢の前には、桜井達の抱いた感傷はあまりにも小さかった。

 

「このまま、釈放されて一般人に戻るのが一番良いのかもしれませんね」

「するつもりもねぇ。けれど、この会話を聞かれているんなら釈放される事もないだろうな。俺は暫く休暇と思って楽しんて置くよ、飯にも困らねぇしな」

「ご飯だけ食べて寝転がっていると太るよ。マジで」

 

 実体験を伴った桜井の忠言は迫真だった。会話に一区切りついたタイミングを見計らったのか、七海が入って来た。

 

「二人共。リーダーが帰って来た。付いて来て」

「リーダーが?」

 

 頷いた。彼女らの許可を取らないまま、七海はズンズンと進んで行く。桜井達はついて行くかどうか一瞬躊躇ったが、意を決した様に言った。

 

「美樹。一緒に行こう」

「……はい!」

 

 中田の部屋を出た二人は、速足で進んで行く七海の後を付いて行った。

 



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矛盾 4

 

「よく来てくれた」

 

 案内された応接間は飾りっ気も少なく、テーブルとソファがある位だった。七海が全員分の茶を入れた所で、大坊の隣に座った。

 

「今日は中田君の面会に来ただけなんだけれどね」

「分かっているとは思うが、ここで得た情報は外部に漏らさないでくれよ」

「漏らさないにしても、察せられる場合はあると思う。隠し事とか腹芸は苦手だし、リーダーも分かっていると思うけれど、私。結構『ジャ・アーク』の連中に付きまとわれているから」

 

 桜井は今朝、ジャ・アークのメンバーに遭遇したことを話した。彼からの依頼は断ったが、桜井の様子を見れば中田の安否位は察せられるだろうと思った。

 

「出来れば、こちらも護衛を派遣したいが。嫌だろう?」

「うん。リーダー達には、私達の日常に干渉して欲しくない」

 

 富良野も不安そうに桜井の方を見ていた。ヒーロー達と関りがある時点で、日常が危ぶまれているのに、更に肩入れされるなら何が起きるか分からない。

 何よりも、自分達が対談している相手への恐怖が拭い切れない。今も皇で悪を狩り続ける男。狂人か英雄かの判断は分からないにしても、恐ろしい存在であることは確かだった。

 

「そうか。ハト教の件については申し訳なく思っている。まさか、播磨があんな事業に手を染めているとは、俺も見逃していた」

「ハト教は幾らか支部があると聞いたけれど。他の場所でも?」

「いや、査問したが支部では起きていなかった。だが、事態が公になった以上。施設として運営していくことは難しいだろうな」

「じゃあ、私達が勤めていたハト教の入居者の人や入信者の人達は?」

「管轄が別の者達に移るかもしれない。詳しいことは俺も知らないが」

「リーダーは管理って柄じゃないしね」

 

 皆を牽引することは出来ても、細かな管理が出来ないのは昔から変わらなかった。一息入れる様にして飲んだ茶は、安っぽい味がした。

 暫し、沈黙が続く。何を話すにしても、互いの立場が違い過ぎた。片やヒーローであり続けようとする者、片や日常に戻ろうとうする者。今更、意見が重なり合うはずも無かった。だから、桜井には是正するつもりもなかった。

 

「リーダーは、これからどうするつもり?」

「今までと同じく、悪を倒し続ける。播磨に『破砕塵』を渡した人間の目星も付いた。ソイツらの制裁にも向かわねばならない」

「……あの。少し良いでしょうか?」

 

 富良野が控え目に声を上げた。彼女を向ける視線は威圧するような物でもないが、路傍に転がる石を眺める様な無機質で無関心な物だった。

 

「何だ?」

「悪を倒すって言いますけれど、何処に終わりがあるんですか?」

 

 フィクションや映画ならば、悪の組織を倒せば終わりだ。だが、現実で悪が絶えることはまずない。凶悪な犯罪から、誰もが犯している様な軽微な物まで含めれば、法律を犯していない物は殆どいないだろう。

 

「終わらせる様に動くんだ。俺達の活躍が人々の心に響けば、いずれ、悪事を犯そう等と言う愚かな思考すら消えて行くはずだ」

「活躍。ですか?」

 

 罪を犯した者達に制裁を加えた上での思考抑制。歴史上、幾度も繰り返されて来た行為であり、人々が『弾圧』と呼ぶ物でもあった。

 

「悪いことをしてはいけない、なんてことは子供だって分かる。誰かを傷つけたり、嘘を付いたり、物を取ったりすることはいけない。誰だって分かることだ」

 

 言っていること自体は間違っている訳でもないのに、抑止する為の方法が致命的なまでに間違っている矛盾に、言いようのない気持ち悪さを感じた。

 富良野はそれ以上、質問することも無く。桜井もまた大坊に対して、咎める様な真似をする訳でも無かった。

 

「私達を呼んだ用事は、中田君に関する注意喚起だけ?」

「もう一つだけ確認したいことがある。先日、リチャードから埋め込まれたクリスタルの具合はどうだ? 何か異常とかは無いか?」

「いや、特には。むしろ、クリスタルの力を発揮した影響か、いつもより調子が良い気がする位ね」

「何かあったら、遠慮なく連絡してくれ。そちらの彼女さんにも言っておく」

 

 一瞬、何か違和感の様な物を感じたが言葉にすることは出来なかった。大坊は茶を飲み干すと、机の上にカードを置いて立ち上がった。

 

「桜井。俺はブルー達を手に掛けたことも、復活した幹部達を殺したことも、エスポワール戦隊を蘇らせたことについても後悔していない。ただ、一つだけ後悔があるとするなら、お前に迷惑を掛けている事だけだ」

「……リーダー?」

「餞別だ。持って行ってくれ」

 

 七海も立ち上がると同時に応接間の扉が開かれた。幾人ものカラード達が並んでおり、全員が手にガジェットを握っていた。

 

「リーダー!? 待って! 何をしに行くの!?」

「うそつきは許さない。俺を裏切った連中に制裁を加えに行く。今度の相手は 『ジャ・アーク』や播磨なんかとは比べ物にならないからな。稚内、桜井達を駐車場まで案内してやれ」

「……二人共。何も言わずに付いて来て下さい」

 

 カラード達を引き連れて、大坊達は何処かへと向かって行く。桜井達は呆然としていたが、どうすることも出来ない。大人しく稚内に従い、彼の後を付いて駐車場へと戻って行く。

 

「稚内君。リーダーは何をしようとしているの?」

「播磨に武器を流していた相手が分かったから、裏切りに対して制裁を加えに行くって事らしいです」

「誰が裏切っていたんですか?」

「すいません。俺にも教えられていないんですけれど、リーダーが覚悟を決めて戦いに行く相手だけに、相当な物だと思います」

 

 アイマスクと耳栓を付けられ、車に乗せられた。車が発進する。また、元居た場所へと帰るのか。行きとは違い、妙な胸騒ぎを覚えた桜井は寝ることなど出来ずにいた。

 

~~

 

 桜井達が去ってから数時間後。エスポワール戦隊基地の駐車場には何台もの車が到来しており、同時に天井のカメラに取り付けられていた自動小銃が火を噴いていた。けたたましくアラート音が鳴り響く。

 

『侵入者発見! 戦闘配備!』

「ガハハハ!! ここがアイツらの基地か!!」

 

 続々と車から飛び出して来たのは、灰色の表皮を纏った怪人達だった。駐車場内に羽根が舞ったかと思えば、自動小銃ごとカメラが切り落とされていた。

 

「ヤサが分かったんだ。今度はこっちから行かせて貰うぜ。野郎ども! 親父の弔い合戦だ! 中田の救出も忘れんじゃねぇぞ!!」

 

 応! と号令が響く。大坊との戦いから生還した豊島の怪人化後の姿は、一回り大きくなっていた。突入して来た怪人達の中には、槍蜂や前『ジャ・アーク』の姿もあった。

 アラートが鳴ってから、僅かして駐車場内には隊員達が駆けつけて来た。いずれも量産型のブラックスーツであり、カラード達は少ない。

 

「貴様ら、どうやってここを!」

「地獄でじっくり考えろや!」

 

 バイソン型の大柄な怪人が、車を巻き込みながら突進した。壁と車には挟まれた隊員達は腹部を圧迫され、肋骨が皮膚を突き破り、あるいは口から夥しい量の血や臓器を吐き出しながら絶命した。

 隊員達が恐怖に襲われそうになったが、全員のスーツに電流が走る。闘争心や怒りが刺激され、恐れ知らずの勇猛さを手に入れた彼らは叫ぶ。

 

「掛かれ! 悪党に打ち勝ってこそのヒーローだ!!」

「やれやれ、戦場に赴いた兵士達に麻薬を打ち込むのと何が違うんでしょうかね? 偽りの勇気、私が解いてあげますよ」

 

 電気クラゲ型の怪人が触手を振り回す。変幻自在に動く職種に触れた者達に流されたのは焼き殺す為の高圧電流ではなく、むしろ強化外骨格(スーツ)によって歪められた意思を正常化させる為の物であり。

 

「え。え?」

 

 突如として、命の遣り取りに放り出された市民が自力で勇気を奮い立たせられる訳もなく。恐怖に顔を歪めながら、怪人や味方の流れ弾によって絶命していく。だが、怪人達も無傷と言う訳には行かず、幾つもの死体が積み重なっていた。

 ここは戦場である。誰もが憎悪と敵意を掲げて殺し合う場であり、英雄(ヒーロー)が燦然と輝くシチュエーションは用意されていない。

 



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矛盾 5

 

 桜井達が基地へと訪れている間。ジャ・アークの幹部は顔を揃えて、スクリーンに映し出されていた情報に驚愕していた。秘匿されていたエスポワール戦隊の基地の座標データと内部構造の仔細が描かれていたのだ。

 誰もが疑問を抱いた。一体、どの様にしてこんな情報を入手したのかと? 彼らの住家(ヤサ)は、今まで血眼になって探しても見つからなかったと言うのに。豊島が声を上げた。

 

「この情報は何処で入手した? 信憑性は?」

「入手経路は言えねぇ。信憑性については、槍蜂が放った使い魔から得る情報と照らし合わせたが、かなり信用できるものだ」

「今朝、ピンクさんと会った時にね」

 

 周囲の景色から突如として現れた蜂が、彼の指先に止まった。切り替わったスクリーンには、ゾロゾロと出て行く隊員達の姿も映し出されていた。

 

「なんじゃ? アイツらは何をしとるんじゃ?」

「いつもの制裁準備だと思いますよ。ただ、ここまで準備が大掛かりって事は相当な相手を倒しに行くんでしょうね……という事は、基地内情報は制裁相手からのリークって事ですか?」

 

 疑問を浮かべる金剛を傍目に、考え込んでいた金木は気付いた。フェルナンドは静かに頷いた。

 

「極端な正義を掲げたなら、内ゲバにも発展するだろうな。アイツらの仲間割れに利用されるのは気に食わねぇが……、葬式での件。テメェら、忘れちゃいねぇだろうな?」

 

 全員から怒気が発せられる。あの戦いで失った組員やリング、傷つけられたメンツ。研ぎ澄まして来た復讐心に報いる時がついに訪れた。

 

「戦争じゃ。嘗められっぱなしで堪るかッ!!」

「私の方からも兵隊を引き連れて行きます。準備時間は?」

「10分で動かせる奴を動かせ」

 

 出席していた幹部達が次々に連絡を入れて行こう。豊島と黒田も立ち上がり、スマホを取り出した。

 

「黒田。ケンにはお嬢の護衛に当たらせろ。この規模で攻めるんだ。相手側からどんな形で報復されるか分からねぇからな」

「分かりました」

 

 押し殺した様な声。目の前で組長を討たれ、自身も死の淵を彷徨ったこともあり、豊島には闘志が漲っていた。

 

~~

 

「場所を変えろ?」

「これから、俺達はエスポワール戦隊の基地にカチコミを掛ける。お前達にも被害が及ぶかもしれないから、お嬢を連れて離れろ」

 

 短く告げると、抗議は許さないと言わんばかりに電話が切られた。様子を察した芳野は悲しみもせずに、ポツリと呟いた。

 

「お父さんの為に、私が危険に晒される。って何なんでしょうね?」

 

 果たして、亡き染井組長が望んでいたことなのか。だが、自分達も動かねば巻き込まれる可能性がある。

 

「ジャ・アークの本部に行く。暫く、学校は諦めろ」

「良いですよ。まともな人生なんて期待していませんから」

 

 衣服や身分証明書。土地の権利書などを持って、直ぐに移動を始めた。邸宅付近に漂い始めた剣呑な雰囲気を避けながら、俯く芳野の腕を引きながら走る。

 

~~

 

 エスポワール戦隊の基地は戦場と化していた。駐車場で迎撃が図られたが、量産型強化外骨格(スーツ)を装着した者達では練度が足りず、今日まで生き残って来た怪人達の勢いに押されていた。

 

「シュッ!」

「ぎえ」

 

 ハナシャコ型の怪人が放ったパンチが隊員の頭部をスーツごと砕いた。遠距離から銃撃されるが、甲羅を用いて弾丸を弾いていた。

 目の前の敵に集中していた彼らは気付かない。天井に張り付いた猫型の怪人に、喉笛を切り裂かれていたことに。

 

「よし。次のや」

 

 爪に付着した血を振り払っていた彼は、轟音と共に倒れた。頭部から胸元まで千切れ飛び、近くの壁には無数の弾痕が出来ていた。

 

「フゥウウウウ!!! 残念だったなぁああ!! このバイオレットパープル様が! この! テリブルミキサーで! テメェらをひき肉にしてやっぜ!!」

 

 紫色の強化外骨格(スーツ)を身に纏う彼の手には、大型の散弾銃型のガジェット『テリブルミキサー』が握られていた。

 だが、ハナシャコ型の怪人は一切怯む様子を見せずに接近する。放たれた弾丸で甲羅が抉り取られて行くが、最終的に殺せれば問題は無いと。拳を振りかぶった瞬間、脇腹に痛みが走り、体勢を崩した。見れば、短小のダガーが突き刺さっていた。

 

「ヒーロォオオオ!! ダッガァアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 喧しく叫び声を上げながら、彼は腰のホルスターに差していた小型のガジェットを目にも停まらぬスピードで突き立てて行く。残った甲羅の隙間から、喉、脇腹、肩、肋骨を縫う様に刺し入れて行く。

 

「うぉおお!」

 

 痛みを意にも介さず、高速のパンチを繰り出したが空を切った。バックステップで飛んだ彼は、手にしていたテリブルミキサーの銃口を向けながら叫ぶ。

 

「これがぁああああ! 俺と! 皆の! 絆の力だぁあああああああ!」

 

 自分を守ってくれる甲羅を喪失した彼の体は散弾によって食い破られ、周囲に散乱した。倒れた怪人達からリングを奪い、隊員達の遺体から回収した銃剣型ガジェットを腰に提げながら、彼は走る。

 

「待ってろよぉおおおお! 助けを待つ皆ぁああああ!! 俺が駆けつけるぞぉおおおお!!」

 

 怪人にもヒーローにも平等に死は訪れる。局所的にはカラードが押していたが、通常の隊員達では分が悪い。基地内に死体が積み重なって行く。

 引き分けも無く、逃走が許される事もなく。逃げ追うとした隊員達は背後から切り捨てられ、あるいは後頭部が砕かれるか、撃ち抜かれていた。

 

「ガッハッハッハ!!」

 

 バイソン型の怪人である金剛の手には、カラードから奪った戦槌型のガジェットが握られていた。立ち向かってくる隊員達を打ち砕きながら、遠方から加えられる銃撃には隊員達の遺体を盾に突き進んでいた。

 

「兄貴を殺したレッドがいないのは癪じゃがのぉ! お前が守ろうとした仲間共を一人でも多く殺したるわ!!」

「怯むな!! 撃ち殺せ!!」

 

 抵抗も空しく、彼らは染みとなって消えた。隊員達が抗戦を続けている中、基地に残っていたカラードは隊員達に伝えて回っていた。

 

「怪人どもが後続からどんどんやって来る! この基地は放棄して脱出しろ! 連中の制圧力が尋常じゃない!」

 

 基地内の施設は破壊され、あるいはデータや装備なども奪われている状態であり、カラードも含めた人員も相当な損害を受けている。

 隊員達に命令が伝達されたころには、相当に数が減らされていた。彼らは緊急用の脱出口から逃げようとしたが、そこには大柄のタカ型の怪人である豊島が待ち受けていた。

 

「散々、殺って来たんだ。今更、自分達だけ助かろうとするんじゃねぇぞ!」

 

 大きく翼を広げて振るうと暴風が吹き荒れ、風の中を泳ぐ羽根が体を切り裂き、あるいは突き刺さる。無風になった頃には、全身をバラバラにされた隊員達が転がっていた。

 豊島は彼らに近付くとマスクを剥がした。中年の男性もいれば、年若い女性もいた。中には学生としか思えない少年もいた。

 

「……なんで、こんな所に来ちまったんだよ」

 

 彼らが戦場に立たない様に、平和を守るのがヒーローの役目だったのではないのか? 彼らを殺し合いの場に立たせて、何がヒーローか。

 だが、この場に臨んだのは彼らだ。女だから、子供だから。そんな言い訳が殺し合いの場で通じる訳がない。殺さなければ、こちらが殺されるのだ。

 

「大坊。これがテメェの望んだ光景なのか。女やガキを引っ張り出して来て、ヒーローにして殺し合わせるのが、テメェの望んでいた光景なのかよ」

 

 彼の憤りに答えてくれる者はいない。今は亡き、組長が見たら何を思うか。

 だが、現実は止まることを知らない。同じく脱出して来ようとした隊員達が次々に殺到しては、武器を構える。豊島も構える。仇と憎悪と敵意の中に、空しさを込めながら。

 



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矛盾 6

 

「なんだ?」

 

 流石に基地内にアラートが鳴り響けば、中田も警戒する。今はリングも無いので、武装した者に襲われたら一溜りも無い。だが、基地内を自由に動き回れなかった彼は、内部構造が殆ど分からず、部屋内に武器になりそうな物は無い。

 

「ちょっと待て、考えろ」

 

 エスポワール戦隊の基地に襲撃を掛ける者達がいるとすれば、何者なのか。

 皇が本腰を上げて、彼らの取り締まりに掛かったか? だが、平和憲法に阻まれ強化外骨格(スーツ)の軍事的利用が制限されている彼らが、この基地を制圧できるかと言われれば怪しい。

 だとすれば、正面切って喧嘩を吹っかける組織なんて決まっている。ひょっとして、自分の知らない団体もあるかもしれないが、おそらく。今、この基地に襲撃を掛けている者達がいるとすれば。

 

「大丈夫か! 中田!!」

「うわ!? その声は、黒田か!?」

 

 自動ドアを開けて入って来たのは、全身が灰色の鱗に覆われたトカゲ型の怪人に変身した黒田だった。彼は、中田に向かって怪人化のリングを投げつけた。

 

「付いて来い。ここから出るぞ」

「待て。お前ら、なんでここに?」

「説明は後だ」

 

 リングを装着して部屋から出る。淀みなく進む黒田の後を付いて行くと、廊下には交戦痕が幾つも刻まれており、怪人や隊員の死体達も転がっていた。

 

「これは。お前らが?」

「先に手を出して来たのは連中だ。やったら、やり返される。当たり前だろ?」

 

 ドスの利いた声に中田は身震いした。もしも、染井組長が亡くなった直後に見たのなら、昏い歓びに満たされていたかもしれない。

 だが、今の彼は知っている。隊員達は血も涙もない、正義だけを執行する機構めいた存在ではなく、大事に思う人間も居れば、笑いも泣きもする人間だということに。

 

「分かる。けれどよ」

 

 もしも、この隊員達の中に稚内やハト教で話し合った者達がいたら……不安から立ち止まった彼の胸倉を、黒田が掴み上げた。

 

「テメェ、まさか情が移ったんじゃねぇだろうな? 親っさんや、俺達を殺し続けて来た連中によ?」

 

 反社会的存在と言うだけで、自分達のバックボーンを知りもせずに制裁し続けて来たエスポワール戦隊は憎むべき存在だった。事実、彼らは自分達にとって親にも等しい存在を殺害していた。

 

「情が移ったとまでは言わねぇけれど、このままじゃお互いに殺し合うだけじゃねぇか」

「だけど、俺達もやった。今更、和解なんて温い話は残されちゃいねぇんだよ!! 俺もお前も、エスポワール戦隊を倒すまで戦い続けるしかねぇんだ!」

 

 この基地の襲撃の件で、エスポワール戦隊が更に苛烈な報復を仕掛けて来ることは想像に容易い。既に、歩み寄る機会など失われてしまったのだ。

 ならば、自分もここで立ち止まっている場合ではない。色々と沸き上がる感情を嚙み殺して、踏み出そうとした所で黒田に突き飛ばされた。先程まで、二人がいた場所には弾痕が出来ていた。

 

「やぁあああああああああっぱりぃいいい! ソイツを連れ出す為の襲撃だったんだなぁああああああああ!」

 

 常軌を逸した声量で叫ぶ『カラード』の容姿は異様な物だった。腕には怪人達から奪い取ったリングが装着されており、背中には隊員達から回収した銃剣型ガジェットがマウントされている。

腰には、何本ものダガーが差さっていて、手には大型のショットガン型ガジェットが握られている。全身武装、殺意と暴力の塊の様な男がいた。

 

「中田。構えろ、でなきゃ死ぬのはお前だ」

「クソッタレ!!」

「嘘つきめえええええええ! 嘘つきめぇぇえええええええ!! 本当のヒーローは俺達だぁああああああああ!!!」

 

 中田もリングを起動させる。ハト教の時とは違い、コイ型の怪人の姿になっていた。動き出してしまった事態は止められない、出来ることがあるとすれば生き残る事だけだった。

 

~~

 

 出立した大坊達は、目的地に着いてから基地が襲撃されていることを知った。

 だが、彼らは引き返すという話は一切しなかった。間に合わないことも知っていたし、当初の目的を変えるつもりもなかったからだ。

 

「リーダー。本当にやって良いの?」

「通話が通じなかったからな。直接言いに行くしかないだろう」

 

 彼らが居たのは港だった。今の時間は人気も少なく、船の出入りも殆ど見られない。だが、この場所にはエスポワール戦隊の装備や強化外骨格(スーツ)が運び込まれていたのは知っていた。

 通常の手順で行くことはできないルートを使い、突き進んで行くとシェルター前へと来ていた。インターホンを鳴らし、応答を待つ。

 

「Oh。Mr.大坊。如何いたしましたか?」

「リチャード。播磨に『破砕塵』を渡したのは何故だ?」

「おっしゃることがよく分かりません」

「惚けるな。搬入記録から、色々な物を調べて裏付けは取れているんだ。言ったよな? 俺は裏切りを許さないと」

 

 ゴク・アクの末路も当然知っていたはずだ。裏切りが何を意味するか理解できない相手でもないだけに、どうしてこの様な真似をしたのか、問い質す必要があった。少しの沈黙の後、インターホンから溜め息が聞こえた。

 

「最近の大坊はとてもつまらないです」

「あ?」

「私は、単身でガイ・アークと組織を滅ばした貴方の正義と信念を尊敬していました。ですが、今はハト教なんて物で融和を目指し、あまつさえ。一人の女に入れ込んでいると来ました。ガッカリです」

「今でも悪は裁いている」

「小物ばかりを倒して、ルーティンワークをしているだけです。あんな物を潰して、世が変りますか?」

 

 組織が肥大化するにつれて、仲間達に仕事を任せることは増えたがエスポワールレッドとしての志を忘れたつもりなどは無かった。

 

「何が言いたい?」

「もしも、私が出会った頃の貴方なら。ジャ・アークが再結成された時に叩きに行ったはずです。ですが、貴方は変わらずケチな悪事を裁いてばかり。だから、私達で思い出させてあげようとしました。ヒーローとして、悪を許さぬ心を」

 

 コンテナが開き、内部からユーステッド仕様の強化外骨格(スーツ)を装着した者達が出て来た。手にしているのは銃剣型のガジェットではなく、既存の銃火器を強化した物だった。

 

「意味が分からない。お前は平和を目指しているんじゃなかったのか?」

「平和を目指しているからこそです。悪に容赦も許しも要りません。これで、私を許してしまうなら、貴方達には死んで貰います」

「リーダー!」

 

 精鋭達を引き連れていることもあって、一斉掃射でやられた者は誰一人としていなかった。叩き付けられる殺意の豪雨に、大坊の胸に埋め込まれたクリスタルが眩い輝きを放つ。

 

「良いだろう、リチャード。そんなに俺の正義が見たいなら、見せてやる」

 

 七海は身震いした。大坊が、見た事もない表情をしている。怒りでも、無表情でもない。果たすべき、討つべき、ヒーローとしての本能を満たす悪の出現に心から喜んでいる、獰猛な笑顔だった。

 

「炎剣障壁(レッドウォール)!」

 

 地面にレッドソードを突き立てると、炎熱の障壁が出現した銃弾の勢いを軽減する程度であったが、彼が引き連れて来た精鋭達には十分だった。

 

「カマイタチ」

 

 鼠色のカラードがブーメラン型のガジェットを投擲すると、意志を持っているかの様に空中で奇妙な軌跡を描き、リチャードの私兵達の首を刈り取って行く。

 

「俺達はエスポワール戦隊だ。この皇に蔓延る悪を決して許さないことを! 知らしめてやれ!」

 

 号令が響く、彼らは仲間を顧みずに自らの正義を実行する為に駆け出して行った。

 



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矛盾 7

 

 エスポワール戦隊基地は地獄と化していた。廊下の至る場所には隊員と怪人達の死体が転がっていた。緊急脱出用の避難口にも待ち伏せされており、生き延びようとした者達の希望が悉く断ち切られていた。

 

「待ってくれ! 命だけは」

 

 両手を頭の後ろで組まされ、一列に並ばされた隊員達の後頭部が次々に撃ち抜かれて行く。量産型の強化外骨格(スーツ)の興奮作用では誤魔化しきれない程に制圧が進んでいた。

 

「ボス。どうしますか?」

「絶対に投降を許すな。全員殺せ」

 

 通信越しに、フェルナンドは淡々と指示を飛ばしていた。次々と積み重なって行く死体は相当の物となっており、処分するにも隠蔽するのも難しい。

 

「いやいや、処分する方法はあるじゃないですか」

「どうすんだ?」

「今。俺達は怪人なんですよ? 処分する為の方法はここにあるでしょう?」

 

 槍蜂は自らの口を指差した。その場にいた者達は少しの間考えたが、意味を理解した瞬間。叫んでいた。

 

「ふざけるな! 俺達は人間だぞ! んなこと、出来るか!」

「でも、アイツらに勝ちたいんでしょう? これだけやったんです。連中、今度は本気で俺達を殺しに来ますよ?」

 

 自分達が行った報復に対して、向こうも全力で報復をしてくるだろう。今回、自分達がやったように誰一人として生かすつもりもないだろう。

 末端の隊員達は兎も角、リーダーやカラード達の実力は油断ならない物であり、襲撃メンバーの中にも返り討ちに合った者達もいる。

 

「……一つ聞くかが、食った分だけ。強くなるのか?」

「えぇ、俺達は怪人ですからね。ついで、コイツらは訓練を受けていた事もあって肉質も良い。死体の処理、自分達の強化。一石二鳥じゃないですか」

 

 合理的ではあるが、反社会的存在である彼らにも破れない人間としての理がある。法律以前に、人としての倫理観だ。

 だが、人である彼らには未来を予想することできる。推し進めたのは報復に対する恐怖か、あるいは自分達に理不尽を強いる社会か。ワニ型の怪人が女性隊員の死体に牙を立てたのを皮切りに、他の者達も同じ様に食らいついた。

 

「美味い。昔食った、羊の肉みたいな味がしやがる!」

 

 味や肉質よりも、別次元の快楽が脳を刺激していた。相手の生命を蹂躙する背徳感。全身を満たす活力。自分が生まれ変わっているのではないかと言う錯覚に襲われる程の変化だった。

 

「豊島さんは食わないんですか?」

「俺は外道に落ちるつもりはねぇよ」

「悔しくないんですか? 染井さんの仇を取りたくないんですか?」

「化け物の分際で親父の名前を言うんじゃねぇ」

 

 カニバリズムに走った怪人達の体躯は膨れ上がり、牙や爪は凶悪な物へと変貌していた。彼らは、心まで怪物になり果てたのだと。

 

「化け物ねぇ。でも、それを言ったらヒーローの連中も化け物じゃないですか。貴方は、大坊さんと戦ったことがあるんでしょう?」

 

 思い出す。両手を切り落とされても、理不尽で暴力的な復活を遂げた姿を。あの異様さは怪人とは何が違うのか。

 

「化け物に勝つには、こっちも化け物になれってのか」

「そういう事ですよ。この期に及んで人間ごっこは止めましょうよ。ヒーローも怪人も、どっちも化け物であることには変わりないんですから」

 

 ならば、この戦いは化け物同士での殺し合いでしかないのか。

 血の臭いに誘われる様にして、続々と怪人達が表に出て来た。彼らは仲間達の異常な行動に驚きはした物の、次々と忌避感を捨て去って同じ様に死体の処理に当たっていた。

 

「……俺達は、組む相手を間違えたか」

 

 もしも、地獄と言う場所が存在しているのなら。きっと、この様な光景が繰り広げられているのだろう。人の倫理観も道徳も放り投げた、惨状は獣の様な叫び声と共に続いていた。

 

~~

 

「エスポワァアアアアアアアル! ダガァアアアアアアア!」

「ぐっ!?」

 

 接近戦を試みた黒田は、脇腹と兼部にダガー型のガジェットを突き立てられていた。刀身が体内に沈み込んだのを見計らい、パープルは柄のスイッチを押した。刃の部分が分離すると同時に、刺された箇所が爆ぜた。

 

「黒田ァ!」

「今こそぉおおおおお! 仲間の思いがお前をぉおおおお! 倒す!!」

 

 背中にマウントしていた銃剣型のガジェットを両手に持ち乱射した。だが、黒田は下がる所か距離を詰め、肉薄した。再び刺されるかと思いきや、彼はパープルの股間に向けて蹴りを放っていた。

 睾丸が潰れ、強化外骨格(スーツ)から痛みを遮断する電気信号が送られるよりも先に、黒田は尾を振るった。刃の様に鋭い先端は、パープルの股間にぶら下がっていた物を切り落とした。

 

「あああああああああああああああぁああああああ!!」

「テメェ、うるせぇんだよ」

 

 絶叫が響くが、直ぐに途絶えた。声帯ごと首の骨を折られていた。彼の死体からガジェットやベルトを奪うと、黒田は直ぐに歩き始めた。

 

「なぁ、これは何処に向かってんだ?」

「エスポワール戦隊の緊急用脱出口だ」

「……ちょっと待てよ。なんで、そんな場所があることを知ってんだ?」

「どうやって入手したかは俺も知らねぇよ。ただ、これだけ静かな所を見るに、殆ど制圧は完了したみたいだな」

 

 気付けば、交戦音も怒号も何も聞こえなくなっていた。既に戦闘は終わっていた。何処を見ても死体が転がっている。自分達の恩師は、こんな光景を望んでいたのだろうか?

 変身が解かれた隊員の中には、稚内の様な少年もいた。桜井や富良野の様な女性もいた。こんなことが起きてしまったのだから、和解や相互理解は絶対に不可能だと考えていた。

 

「これから、どうなるんだろうな」

「戦争だ。どちらかが滅びるまでな」

 

 その時、自分はハト教で見た彼らを手に掛けられるのだろうか? いや、もう戻ることも出来やしない。廊下に頃がる死体の数が増えていた。入り口に向かう者達も居れば、基地内戻ろうとする者達も居た。進んだ先に合った光景は。

 

「ウォオオオオオオオオ!」

 

 黒田達は己の目を疑った。辺り一面には強大化した怪人達がいた。周囲に散らかっている物、彼らが手に持っている物、口に運んでいる物を理解した瞬間。中田の絶叫が木霊した。

 

「ヒーロー達に目に物を見せてやりましたし。中田さんも取り戻せたんだから、次に迎えて備えましょう」

 

 膝から崩れ落ちる彼の気も知らずして、槍蜂は声を掛けた。トラックや車が駆けつけて来たが、全て遠い世界の出来事の様に思えていた。

 



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矛盾 8

 

 リチャード達の拠点に襲撃を掛けた大坊達は、徐々に押し返され始めていた。

 私兵達の装備と数を前にして、ジリ貧を強いられていた。精鋭達にも徐々に損害出始めた頃、シアン色の強化外骨格(スーツ)を装着した男は言う。

 

「リーダー。先に行って下さい」

「シアン。アレを使うんだな?」

「はい。本当は巨大怪人とか怪獣用のガジェットですが。許可は貰えますか?」

「構わん。ぶちかましてやれ。七海、伝達だ」

「了解」

 

 七海がガジェットを起動させると、カラード達全員に指示が飛んだ。一糸乱れぬ動きで所定の位置に付くと、一斉に行動を開始した。

 

「フォースプロテクト!!」

 

 オリーブ色のカラードが盾型のガジェットを起動させると、地面のコンクリートが迫り上がり即席の防御壁が築かれた。

私兵達が携行型のガジェットでは威力が足りないと判断したのか、火力要請をしようとした時。辺り一面に大声が響き渡った。

 

「アクセス! グレートキボーダー!!」

 

 上空から強大な質量が降り注いだ。衝撃波で周囲のコンテナや私兵達を押し潰しながら降り立った物体は、周囲を巻き込みながら合体していく。

 

「あげっ」

 

 進路上にいた者達を容赦なく跳ね飛ばしながら、轢き潰しながら、合体した物体は巨大な人型の兵器『グレートキボーダー』はスピーカから喧しく音声を流しながら、爪先の装甲部分がスライドさせた。内部には機体サイズに見合った砲口の機関砲が何門も並んでいた。

 

『明日への希望! 阻む物は許さない! 必殺のグレートキャノン!』

 

 勇壮なBGMと共に機関砲が火を噴いた。改良型の強化外骨格(スーツ)も質量の暴力には打ち勝てずに引き裂かれて行く。

 

「よし。これで……」

「急接近する反応あり! これは!!」

 

 瞬間。グレートキボーダーの頭部を一閃の光が貫いていた。胴体部分を担当しているシアンが被害助教を調べながら、忌々し気に舌打ちをした。

 

「観測主のマリーンがやられた。アイツら、レールガンも製作してやがった」

「ならば、コイツを食らえ!」

『明日を掴め! 希望を目指せと輝き轟く! ロケットフィスト!』

 

 五指を広げたままに射出された腕は、自分達を貫いた兵器が放たれた地点まで飛んで行った後、兵器と射手達を握り潰した。巨大な掌には、人間だった染みだけが残っていた。

 

「リーダーが戻って来るまで、露払いは俺達がするぞ」

「了解」

 

 グレートキボーダーを操るカラード達は、仲間の死に動揺することなく。淡々と眼下の敵達を蹂躙していた。

 

~~

 

 内部へと侵入した大坊達を迎え撃ったのは、十重二十重に張り巡らされたトラップだった。エスポワール戦隊の基地にも取り付けられているガンカメラから、侵入者を切り刻むレーザートラップ、浴びた者の骨まで溶かす猛毒の液体によるシャワー。

 1人、また1人と仲間を失いながらも奥まで進むと、リチャードもまた精鋭達を引き連れて待ち構えていた。

 

「Mr.大坊。良い顔つきです。何としてでも、私を殺そうとする気概に満ちています。私が尊敬していたヒーローを体現しています」

「お前の目的は何だ。俺に何をさせようとしているんだ?」

 

 ゴク・アクや播磨とは違い、リチャードは自分達エスポワール戦隊の信念に心から同意してくれている物だと思っていた。融通してくれた資産や兵器は数知れず、これからも共に歩んでいく同志だと信じて疑わなかった。

 

「決まっています。悪の根絶です。人々の意識から消し去ることが目的なのです」

「今、俺達がやっている活動では駄目なのか?」

 

 エスポワール戦隊の制裁は今も続いている。殺人や恐喝などの犯罪から、転売やイジメ等から幅広く取り締まっており、批判を浴びる一方で、支持してくれる者達もいることは理解していた。

 

「嘘を付きなさい。今の貴方は、客寄せに必死になっています。でなければ、ハト教の様な施設を作ったりはしません。悪に、赦しの機会を与えるなど。あってはならないのです。貴方は悪を滅ぼさなければなりません」

「……誰からも理解されなくてもか?」

「何故、理解など求めるのですか? 普遍的で一般的な倫理観こそが、悪を蔓延らせているのです。私と出会った時の様に! ガイ・アークを滅ぼした時の様に! 許し無き、冷酷で無慈悲なヒーローこそが世界を変えられるのです!」

「それは、ヒーローなのか?」

 

 大坊の問いかけにリチャードは頷いた。言いようのない齟齬を感じていた。まるで、昔の自分が自分ではなかったかの様な錯覚に陥った。

 

「貴方は! ソレが正しいと信じたから! 復活した幹部達を皆殺しにしたのでしょうが! 誰からの視線も気にせずに!!」

「……お前が欲しいのは、誰の為のヒーローなんだ?」

「善意と希望の為のヒーローですよ。今の貴方は見る影もなく、矮小で卑小な存在です。原因の一人を吹き飛ばしてやれば、もう一度返り咲くと思いましたが」

 

 リチャードも装着したベルトを起動させた。人工筋肉を内蔵したタイツ状の物ではなく、全身が装甲板で覆われた鎧の様な造詣だった。

 

「だから、お前は播磨と手を組んだと言うのか」

「彼も望んでいましたよ。本物に会いたいと。女子供に現を抜かしている暇など無いことを教えて差し上げましょう!」

 

 リチャードの周囲に居た者達も、同型の強化アーマーを装着した。両陣営が駆け出しぶつかる中で、大坊はふと考えていた。

 

「(俺は、何の為にヒーローをしているんだ?)」

 



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矛盾 9

 

「ギャッ!!」

 

 カラードの1人が斃れた。リチャード達の装備は、エスポワール戦隊の物よりも遥かに高性能だった。アーマー内に内蔵された高周波ブレードは容易く人体を切断し、放たれる銃撃はカラード達をボロ雑巾の様に引き裂いていた。

 

「リーダー。装備の性能が違いすぎる。このままでは全滅する」

 

 形成の不利を悟り、逃げ出そうとした者も居たが、固く閉ざされた扉を突破することが出来ずに、体中に風穴を空けられた。

 七海と大坊は物陰に隠れていたが、発見されるのも時間の問題だった。仲間が1人、また1人と倒れて行く。沸々と忘れていた感情が沸き上がる。

 

「……忘れていた。そうだ、俺はきっと慣れてしまっていたんだ」

 

 フェイス部分が覆われていて表情は読めないにしても、彼らが今際に何を思っていたかは分かった。まるで、突き動かされる様にして立ち上がっていた。

 

「リーダー?」

 

 ゆらりと物陰から姿を現す。恰好の的と言わんばかりに、銃弾を浴びせられるが、彼を貫くことは出来なかった。周囲が陽炎の様に揺らめき、斃れているカラード達が融解して、大坊の中に吸い込まれて行く。

 銃撃が有効打にならないと判断すると、各員が近接用の装備を展開して肉薄する。カラード達のガジェットが、アーマーに対して有効打にならないのは先程の交戦で分かっていた。ハズだった。

 

「邪魔だ!!」

 

 大坊の全身からは、斃れたカラード達のガジェットが生えていた。両肩は砲門になっており、腕部は刀剣に置き換わっていた。顔全体を覆うマスクは、口元に切れ込みが走っていた。人体の稼働領域を遥かに超えた開き方をすると、紫色の煙が噴き出した。

 

「ガボ。ゴボッ」

 

 至近距離でガスを受けた兵士は、のた打ち回ると動かなくなった。大坊の反撃は終わらない。カラード達の意思を引き継いだように、彼は常軌を逸した動きで次々とリチャードが引き連れて来た精鋭達を葬っていた。

 腕を振るえばアーマーご人体を真っ二つにした。肩部の砲撃は人体をゴミクズの様に吹き飛ばした。ハンマーの様に硬質化した脚部での蹴撃は、アルミ缶の様に相手を圧縮した。

 

「ビューティフル! 素晴らしいです。これぞ、私が憧れ崇拝したヒーローです!」

「……忘れていたよ。俺が、何の為にヒーローになったのか」

 

 戦力を失い、自身の命も危険に晒されていると言うのに、リチャードは満面の笑みを浮かべていた。対する大坊の表情は能面の様に無表情だった。

 

「一体、何故ですか?」

「声が、俺を突き動かすんだ。助けてくれと、許せないと。俺は、皆の怒りに応える為にヒーローになったんだ」

 

 思考が透き通って行くような気がした。今まで、抱いて来た煩雑とした考えが全て余計な物だと思えた。皆の期待に応えることが、あるいは平和な世を満たす為に動くべきかと考えて行く内に、動きは鈍って行った。あまつさえ、他人の未来や生活に思いを馳せるなど。まるで、ちっぽけな人間ではないか。

 自分を突き動かすのは、この世界に満ちる怒りだ。ジャ・アークを、悪人を、悪事を、理不尽を。その全てを許さぬためにヒーローをしていたのではなかったのか。

 

「ならば! その決意を! 私に見せなさい!」

 

 リチャードが歓喜と殺意を込めて大坊に襲い掛かるが、相手になる訳が無かった。彼の全身から生えたガジェットが、一斉に襲い掛かった。

 腕部の刀剣を振るって、五体をバラバラにした。ハンマーの様に硬質化した足で臓器を執拗に叩いた、最後に毒ガスを吐きかけた。遺言すら残せず、リチャードは息絶えた。

 

「リー……ダー……?」

 

 七海からの呼びかけにも答えず、大坊は奥の方へと進んで行く。暫くすると、彼はスーツケースを手に帰って来た。

 

「七海。行くぞ」

「何処へ?」

「弔い合戦だ。ジャ・アークを潰す、世界に満ちる理不尽を潰す。敵を倒してこそのヒーローだからな」

 

 ゾワリと背中に悪寒が走った。目の前にいる男は、自分が知っている人間なのだろうか? 二人以外、誰も生きている者はいなかった。

 固く閉ざされていた扉を蹴破り、悠々と表に向かって歩いて行く。外に出ても死体が転がっていた。生き残った隊員達に対して、大坊は高らかに宣言した。

 

「皆! 多くの犠牲を払ったが、俺達は裏切り者であるリチャードを倒した! 奴はジャ・アークと手を組み、俺達を陥れた!」

「許すな! 連中を許すな!」

 

 隊員の一人が叫んだ。呼応するようにして、周囲に怒りが伝播していく。死闘を終えたばかりで、少なくはない疲労が蓄積しているはずだと言うのに、皆が叫んでいた。

 

「俺達はヒーローだ。悪を……許すな!!」

 

~~

 

 大坊によって肉体を引き裂かれるまでの一瞬に、リチャードの中では走馬灯が巡っていた。自分がどうして、ここまで来たのか。

 生まれは裕福な物だった。エリート社員でありながらも傲慢さとは無縁であった父。教養、知性、慈しみに溢れていた母。両親の寵愛を受けて育った彼もまた、両親に恥じぬ子として成長していった。

 

「(これは、私の人生の)」

 

 有名大学に入り、学友達と交友を育み、勉学や研究にも励んだ。ボランティア等にも積極的に参加し、受け継いだ優しさと誠実さを発揮し、やがて伴侶となる女性と出会い、結婚をして子宝を授かった。

 幸福が崩れ去ったのは、たった1日の出来事だった。自宅に帰って来た時、愛する妻と子は血を流して倒れていた。犯人は黒人の青年だった。

駆けつけてやって来た警察官により、犯人は射殺された。司法解剖の結果、薬物中毒であったことが分かった。だが、そんな事はどうでもよかった。

 

「(理不尽は誰にでもやって来る)」

 

 何故、自分達がこの様な目に遭わなければならなかったのか。税金も納め、犯罪等とは無縁な人生を送って来た。両家の両親がやって来て必死に彼を慰めてくれたが、どうでもよかった。

 広くなったマイホームを引き払い、家族の為に貯めていた貯金を使い、彼は行動を起こした。自分達の人生を狂わせた麻薬カルテルを許さなかった。

 

「ガイ・アークが殺害された?」

「はい。皇から来た犯罪者の手で」

 

 南米に巣食っていた強大な麻薬組織は、国ですら手を焼く存在だった。リチャードも対処を考えている中、たった一人の人間が巨悪を滅ぼしたという話を聞いた時は、映画でも見ている様な気分だった。

 後始末ならば自分でも出来る。彼は生き残った構成員達を次々と消して回っていた。自分達から幸福を奪った人間達を赦すつもりは無かった。

 

「か、えして……」

「先に奪ったのは貴方達です」

 

 自分達が行っていることが、かつての悲劇を再生産することだと分かっていても止める気は無かった。

 

「幸せに……なり、た、かった」

「今度は生まれてくる場所を間違えないでください。それと」

「まだすることが?」

「腹の中の子供だけは助けて上げなさい」

 

 僅かながらの感傷が一つの命を救い上げていたが、何の慰めにもならなかった。彼の魔の手から生き延びたのは、フェルナンドを始めとして数人だけだった。

 これ以上の探索は労力に合わないこと。もっと、大きな野望を成就できる可能性あること。一旦、復讐を止めた彼は皇へと向かった。

 

「お困りですか。Mr.大坊」

「何者だ!」

「私は敵ではありません。貴方のファンです」

「ファンだと?」

「その子を。助けたいのでしょう? 迷っている暇はありません」

 

 全ては、世界の不幸を飲み込む為。悪と、認めぬと、否定した相手を問答無用で打ち砕き、拍手喝采を浴びる主人公(ヒーロー)と言う最強の理不尽を手に入れる為。故に、他者への共感は必要ない。

 敵対者の不幸、無念、経緯などに理解を示す必要はない。ただ、世界に蔓延る哀しみを消す為。誰よりも、大坊がヒーローでなくては成らなかった。

 

「(今の貴方は。敵対する者すべてを打ち砕く。最高の)」

 

 臓器が踏み均されて行く。自分を襲った以上の不幸を巻き散らしてきたリチャードは、妻も子も迎えてくれることは無く。今まで、踏みにじって来た悪党達と同じく惨めな最期を遂げた。

 



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矛盾 10

 

「起きて下さい」

 

 運転手から声を掛けられ、桜井達は七海と出会った喫茶店前に戻って来たことに気付いた。車から降り、礼を言って別れた。

 

「中田さん。元気そうにしていましたね」

「それは良かったんだけれど、リーダーは何処に行ったのかしら」

 

 変える直前。リーダーはカラードと呼ばれる強力な隊員を引き連れて、何処かへと行った。今更、自分が気にした所で、仕方ない。

 すっかり陽も落ちて暗くなったので、富良野と一緒に外食で済ませようかと考えていると、覚えのある臭いが鼻に突いた。

 

「先輩。この臭いって、まさか」

「美樹。絶対に、私から離れちゃ駄目よ」

 

 何かが起きている。慎重に足を進める。路地裏の先には大柄な人影が動いていた、地面には赤い液体が拡がっている。異臭の発生源だった。

 

「足音。臭い。女二人かぁ」

 

 ユラリと起き上がった。2mは超えており、巨大な牙と鼻が特徴的なイノシシ型の怪人が、桜井達を見ていた。口元と歯にはベッタリと血が付いていた。

 桜井の判断は早かった。直ぐにベルトを起動して、交戦態勢に入ったが、相手はゲタゲタと笑っていた。

 

「何がおかしいの」

「カラード相手は丁度いい! 今日1日で、俺が何処まで強くなかったか。確かめさせて貰うぜ!」

「美樹! 下がって!」

 

 体躯に反して、イノシシ型の怪人の動きは機敏だった。桜井も応戦するが、現場から離れていた日が長かったこと。本気で殺意を向けられていること。そして、相手の強さを前に防戦一方だった。

 

「どうした。攻撃しなければ、俺は倒せんぞ!」

「くっ。強……」

 

 胸に埋め込まれたクリスタルが輝く。彼女の強化外骨格(スーツ)に強化が入り、ムチ型ガジェットにも変化した。……が、戦いの形勢は殆ど変わらなかった。

 

「見掛け倒しか! もういい、死ね!!」

「ぐほっ!?」

 

 猛烈なラッシュを捌き切れずに、モロに蹴りを食らった桜井は壁に叩き付けられた。もしも、強化フォームを装着していなければ死んでいたかもしれない。

 

「先輩!」

 

 富良野の悲鳴が響く。朦朧とする意識の中、目の前に何かが降り立ったのが見えた。

 

~~

 

「槍蜂に言われたから、様子を見に来たが」

 

 富良野には見覚えがあった。『剣狼』と呼ばれていた青年で、自分の指導で散々な目に合わせた記憶がある。何故、こんな所にいるのか?

 

「お前も食いに来たのか? そうだな。俺達は怪人だからな。まぁ、待て。胸と脇腹のな、脂が詰まっている部分が美味いんだ、そこだけ食ったらやるよ」

「本当に怪人になったんだな」

 

 怖気の走る会話に淡々と応じながら、されど賛同するでもなく。彼は全身からブレードを生やしていた。

 

「何の真似だ?」

「他のヒーローは知らんが、コイツは駄目だと言われているんでな。手を引け」

「ふざけるな! コイツは俺の獲物だ! 横取りは許さねぇぞ!!」

 

 激高したイノシシ型の怪人が襲い掛かって来るが、剣狼は一切避ける素振りすら見せずに、すれ違う様にして傍を通過した。瞬間、巨体の両腕がボトリと落ち、膝から先がずれ、首がズルリと落ちた。

 

「ひぃいいい!!」

 

 堪らず、腰を抜かした富良野が悲鳴を上げた。だが、不思議なことに人がやってくる気配がない。剣狼は彼女らを乱雑に掴み上げた。

 

「喋ると噛むぞ」

 

 眼下に広がる惨劇から遠ざかって行くように、彼女らは何処かへと連れていかれる。一体、自分達がエスポワール戦隊の基地へ行って帰る間に何が起きたのだろうか?

 

~~

 

 2人はどうやってここまで来たかを覚えていなかった。目の前には、剣狼や槍蜂達が並んでおり、中田の姿もあった。朦朧としながらも、桜井は尋ねた。

 

「中田君。どうして、貴方がここに?」

「俺も今から説明を受ける所なんだ。一緒に聞いてくれ」

 

 中田自身も頭を抱えていた。事情も分からず、強化外骨格(スーツ)が受けたダメージを治療してくれる中、フェルナンドの声が響いた。

 

「まず、今日はご苦労様だった。ようこそ、桜井さん。我々『ジャ・アーク』の本部へと。1日でヒーローとヴィランの拠点に来るなんて経験。この先、一生訪れないだろうな」

「茶化さないで。何があったの?」

「順を追って説明するか」

 

 桜井達が基地を訪問した後。フェルナンド達は襲撃を掛け、内部に居た隊員達や関係者を惨殺して回ったという。一方で、レッド達は協力者であったリチャード達の拠点に襲撃を掛けて、壊滅させたそうだ。

 

「惨殺って……」

「嬢ちゃん。先にやって来たのは向こうの方だぜ? 俺達の組員や仲間達は何人も殺されている。それとも、ヒーローが悪を裁いたんだから、潔く受け容れろって言うのか? 因果応報だ」

 

 閉口せざるを得なかった。彼らも悪人ではあるが、身内や仲間に危害を加えられたら怒りもするだろう。エスポワール戦隊が怪人や悪人達を許さなかったのだから、彼らも許す訳がない。

 

「待ってくれ。リチャードって、エスポワール戦隊のスポンサーだろ? なんで、大坊達が襲撃を掛けているんだよ?」

「俺達にエスポワール戦隊の基地の場所を教え、播磨に破砕塵を渡したのがアイツだったからだ」

 

 全員が振り向いた。何故? という疑問が一斉に浮かんでいた。エスポワール戦隊が裏切りや背信を許さないことは、長年連れ添って来たスポンサーなら分からないはずが無い。堪らず、黒田が尋ねた。

 

「という事は、罠の可能性もあった訳だよな?」

「精査はした。こちらが掴んでいる情報と符合することも多く、信頼に値する情報だと判断できたのでな。それで、中田の救出も同時に行ったんだが」

「救出で思い出したんだけれど。アレ、何だったんだよ。アニキ達の殆どが化け物になっていたじゃねぇか!」

「……化け物?」

 

 中田が叫んだ意味が分からなかった。怪人の事を化け物と言っているのならば、彼らは普段見慣れているはずだ。……と思ってから、先ほどの出来事が脳裏に蘇って来た。震えた声で言う。

 

「ひょっとして、人を。喰らって」

「そうなんですよ。いや、エスポワール戦隊に喧嘩を売っちまった以上。絶対に報復されるんでね。俺達怪人が手っ取り早く強化できる方法を教えてやったんですよ。基地内の掃除も兼ねてね」

「槍蜂。お前」

 

 剣狼が眉間に皺を寄せた。だが、エスポワール戦隊に攻撃を仕掛けた以上、報復は必ず訪れる。強くなる方法を知ったのなら、座して死を待つ者等いるはずもなかった。富良野が叫ぶ。

 

「やっぱり、貴方達は化け物じゃないですか!?」

「だが、俺達を化け物にしたのはアイツらだ。奴らが俺達を追い詰めなきゃ、ここまでするつもりは無かった。皮肉なモンだ。世界を守る為のヒーローの行いで、平和が崩されているんだからな」

 

 先に手を出したのはどちらか。エスポワール戦隊と悪との戦いに終わりはない。殺したら、殺されて。憎悪は延々と降り積もって行く。

 

「私達を誘拐したのは」

「隠さずに言うと、人質だ。これからの連中の活動はもっと過激になる。悪が一切許されない時代が来るのかもしれねぇな」

 

 室内の壁面が裏返り、パネルが出現する。街の各所に出現した怪人達は、人を浚っては喰らっていた。何人かはエスポワール戦隊に補足され、今まで通りには行かない生死を賭けた戦いが始まる。

 正義が悪を過激化させた。もはや、善良な市民達も無関係ではいられない。誰もがヒーローと怪人の戦いに巻き込まれざるを得ない時代がやって来ていた。

 



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矛盾 11

 

 エスポワール戦隊の基地を襲撃した帰り道での話。怪人化した構成員達は、自らの内に沸き上がる力を感じていた。

 

「槍蜂よ。なんで、今まで教えんかった? 早々に知っていれば、ワシらの仲間がやられる事も無かったろうに!」

「早めに教えていたとして。やっていました?」

「そうじゃな! ここにおる奴ら位。タマァ据わっとる連中じゃなきゃ、無理に決まっとぅ!」

 

 人を食らえば強くなる。法律以前の禁忌であり、もしも早々に教えていたとしても従う者はいなかっただろうと予想した。金剛が回答に納得して笑い声を上げている中、豊島が青筋を浮かべながら、詰め寄る。

 

「引き返せねぇ所まで来るのを待っていたってのか?」

「そういう事です。今はハト教なんて物も出来て、怖気付いたら逃げることが出来ちゃうじゃないですか。だから、腹ァ決めて貰う為にも、今回の事態は丁度良かったんですよ」

 

 未だに納得できないが、他の構成員達は笑みを絶やさない。勝利の味を占め、文字通り人を食い物にすることを覚えた。

 

「……これからは全部が俺達の敵になるぞ」

「どうでしょうね? 被害者になりたくないからって、加害者になろうとする奴らも出てくるかもしれませんよ?」

「皇がヒーローと怪人だらけになっちまうぞ」

「愉快でしょ?」

 

 我慢できずに豊島は渾身の力を込めて殴った。しかし、槍蜂は頬の一部を瞬時に甲殻化させた為、殴った手から出血していた。

 

「親を殺(や)られた同士、共感していたつもりだったけれどよ。やっぱり、テメェらはバケモンだ」

「だったら、どうします? エスポワール戦隊に寝返りますか?」

 

 彼の提案が現実的でないことは、豊島も理解していた。既に彼自身も、エスポワール戦隊のメンバーを手に掛けている以上、寝返ること等出来るはずもない。

 だが、自分が所属するには、ジャ・アークという組織は1日で様変わりを起こしてしまった。仲間を殺された憎悪と報復されるという恐怖に従った結果、自分達は人間であることの尊厳を捨てた。

 

「クソッタレ!」

 

 もしも、この場に染井組長が居たら何と言っていたか。いや、あの時。戦意を喪失して逃げて来た相手にトドメを刺すような真似もしなかったのではないか?

 人を食らってはいないだけで、自分もここにいる者達と何ら変わりない。既に起きてしまったことを無かったことにすることはできない。人間だった者達の耳障りな会話も入って来ない程に、豊島の思考はかき乱されていた。

 

~~

 

 別の車に分乗した中田達は無言だった。沈黙に耐えかねたのか、中田がポツリと話し出した。

 

「黒田。おめぇ、何処までハト教の生活を知っている?」

「大体は見て来た。お前が、連中と仲良くしている様子も」

 

 反町からもたらされた情報については、ジャ・アークの構成員達は概ね共有していた。暫くの間、エスポワール戦隊と過ごして来た中田にとっては今回の出来事はショックだった。

 

「そうか。俺達はよ、ヒーローとか悪人って立場だけで判断しているけれど、個人で話をすれば、ひょっとして和解とかもあるかもしれないってよ……」

「中田。お前が望むなら、ここで降りればいい。今ならまだ、お前はハト教での英雄として、連中に保護されるかもしれねぇんだ」

「だけど、お前や豊島の兄貴。ケン達を見捨てるって事だろ? ハト教での交流も大事だ。でも、お前達との付き合いも長ぇんだ。自分だけが逃げ出せるかよ」

「お前なら、そう言うと思っていた」

「問題はこれからだな。ジャ・アークもエスポワール戦隊もどうなるんだか……」

 

 これまで以上に殺し合いが過激化するだろう未来を予想しながら、彼らの車は本部へと辿り着いた。……が、帰還している構成員が少ない。

 途中で襲撃されたのかと気になったが、先に帰還報告を済ませる為に会議室へと向かうと、フェルナンドが居た。

 

「ご苦労様。中田、ハト教での任務。ご苦労だった」

「あ、どうもっす。……じゃなくて、一体。ジャ・アークで何が起きてんですか!?」

「詳しい話は全員が集まった後にする。今は下がれ」

 

 納得いかない様子の中田を引き下がらせながら、黒田は人差し指を立てた。

 

「代わりに一つだけ教えてください。構成員達の姿を見かけませんが、途中で襲撃されたんですか?」

「……いや、襲撃された訳じゃない。むしろ、襲撃しているというべきか」

「どういうことですか?」

 

 これ以上説明をするつもりはないと言わんばかりに、押し黙った。黒田も追及する真似は避けて退出しようとしたが、中田が声を張り上げた。

 

「あんな光景見せられて黙っていられる訳無ぇだろうが! ここまでやる必要はあったのかよ!?」

 

 今まで黙っていたフェルナンドがピタリと動きを止めた。シャレコウベからの覗く青い炎が赤味を帯びる。彼は中田に詰め寄ると、胸倉を掴んだ。

 

「俺達、悪人は殴られっぱなしでいろってのか? 俺達が味わった痛みを、理不尽を、アイツらにも課してやらねぇと気が済まねぇんだよ。お前に分かるか? 目の前で、この間まで一緒に飯食って酒飲んでいた奴らがゴミクズみたいに殺された怒りと無念が!!」

 

 周囲の温度が冷え込んでいく。直に掴まれている中田の顔が青ざめて行くのを見て、黒田は彼を殴り飛ばした。フェルナンドの拘束から抜けて、近くの椅子を巻き込みながら吹っ飛んだ。

 

「すいません。助かったばかりで、興奮しているんです。俺が良く言い聞かせておきます」

「そうしてくれ」

「黒田。テメェ……」

 

 吹き飛ばされた中田に手を差し出したが、その手を払い除けて会議室から出て行った。残された黒田も頭を下げた。

 

「出過ぎた真似をしました」

「いや、良い判断だった。すまんな」

 

 短く返すと、黒田も部屋を後にした。暫くは、誰とも顔を合わせたくなかったので、1人で拠点内をブラブラしていた。

 

~~

 

エスポワール戦隊の基地は壊滅状態にあった。機材や施設なども破壊され、残して来た隊員達の殆どは行方不明になっており、僅かながらの生き残りから何があったかを知った。

 

「怪人どもが一斉に攻めて来て、仲間達の遺体を食らっていたと」

「は、はい。カラードの人達が、ぼ、僕達を逃がしてくれて」

 

 嗚咽を漏らしながら語るのは、あの時の恐怖を思い出しているが故か。怒りに打ち震える段階を超え、大坊の表情には何も浮かんでいなかった。

 

「そうか。怖かっただろう。生き残ってくれて本当に良かった」

「うぅ、うぅ……」

「仇は必ず取る。俺達はアイツらを絶対に許さない。動ける者は基地の機能回復を。ビリジアン、リチャードの本拠地から回収したスーツケースの中身を調べてくれ。必ず、何かの手掛かりがあるはずだ」

「分かりました。おい! 機能修繕の為に動け!」

 

 隊員達は破壊された基地の機能を修復する為に一斉に動き出した。その中で、大坊は数名のカラード達を呼び出した。

 

「俺達が動けない間に連中は好き勝手にやるだろう。だが、そうはさせない。俺達だけでも街の見回りに行くぞ。見つけ次第、殺せ」

「了解」

 

 伝播した怒りは、彼らに無限の活力を与えているのか。リチャードとの戦いでの疲労など見せずして、直ぐに街中へと出た。

 

「リーダー。私も」

「七海、お前はビリジアン達と一緒に基地の機能の回復に当たってくれ」

「……分かった」

 

 七海を基地に残して、レッドは専用のバイクに跨って街を目指す。ヒーローが悪に負けるなど、あってはならないことだ。リチャードと対峙したことで、自らの考えの正しさは補強されていた。

 

「待っていろ。必ずや、お前達を滅ぼしてやる」

 

 大坊の双眸には炎が宿っていた。正義か、善か、怒りか、憎しみか。何を焼べているのかは、本人ですら分からないまま。口角だけがつり上がっていた。

 



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矛盾 12

 

エスポワール戦隊とジャ・アークにとって、忘れられない日から一夜が明けた。

彼らが殺し合いを行おうが、リンチしようが自分達には関係がないと信じて疑わなかった人々の考えは、容易く崩れ去った。

 

「うわぁああああああああ!!」

 

 制裁に対する報復は直接的な物だけに留まらず、エスポワール戦隊が守ってきた『平和』その物に向けられていた。

 学校、あるいは職場、幼稚園など。人々が集まる場所に同時多発的に怪人が出現し、人々を捕食していた。彼らは決まって襲撃をした後、SNSや動画サイトなどを使って犯行声明を残していた。

 

「俺達はよぉ! 今まで、窃盗とかの犯罪をしてぶちこまれていたけれどよぉ、人を殺したことは無かった! だが、悪人が殺されるって言うんなら! 俺達も生き残る為に強くならなきゃいけねぇ! だから、今後も食われてくれや!」

 

 彼らの主張は概ね稚拙で幼稚な物だった。自分は悪人だったが、人殺しをするつもりは無かった。しかし、エスポワール戦隊を始めとした人々に追い込まれた結果、ここまでする必要が出て来たと言った。

 怪人達に憤りの声を上げる者達も居た。だが、同時にエスポワール戦隊に抗議する者達もいた。お前達が、奴らを追い込んだ故だと。

 

「警察や軍隊は!?」

「アイツらが何の役に立つんだよ! 餌になるだけだろ!」

 

 皇の平和憲法により、変身ガジェットを公の装備にすることが出来ない弊害が出ていた。

せめて、対怪人用の武器を配備できないかという試みも行われていたが、怪人達も脅威を見逃す訳もなく。また、人々も対抗手段が無い訳ではなかった。

 

「エスポワール戦隊! 参上! やはり、来たか! ジャ・アークめ!」

「構わねぇ! 勝てば、俺達の糧だ! やれ!」

 

 皇各地でエスポワール戦隊とジャ・アークの衝突が発生していた。一度は平和を勝ち取ったはずの戦いが、再開されていた。

 

~~

 

「皮肉な物ね。かつて、自分達を不要と追いやった皇に、再びヒーローが必要な時代が来るだなんて」

「あるいは、こうなることを見越して活動していたのかもしれませんね」

 

 自分達のアパートから必要な物だけを持って来た桜井達は、ジャ・アークの本拠地に『捕虜』として身を寄せていた。見張りには剣狼も付いていたが行動制限はされていなかった。

 

「いや、アイツはそんな小賢しいことをする人間じゃない。ピンク、お前が一番よく知っている事だろう」

「……そうね。リーダーは何時でも真っすぐな人だったから」

 

 自分達の価値を再認識させる為だとかではなく、現役時代と同じく悪を挫く為に動き続けた結果なのだろう。皮肉なことに、ヒーローが最も必要とされる争いと混沌の世界がやって来てしまった訳だが。

 

「剣狼さん。ジャ・アークの方では制動は利かないんですか?」

「中田の兄貴達も抗議しているみたいだが、フェルナンドは止める気はないらしい。元より、アイツはレッドや皇憎しでやっているからな」

 

 フェルナンドの過去について、多少は聞いた。犯罪組織で活動していたことを含めても気の毒だとは思うが、だからと言って彼の復讐まで認める気は無かった。

 

「どうすれば、彼を止められるんだろう」

「以前と同じ様に倒せばいいだろう」

「無理。私じゃ勝てない」

 

 本人の能力だけではなく、組織力と言う面でも圧倒的に劣っている。以前の様にサポートを受けられる環境も無く、仲間もいない。となれば、勝てる道理がある訳も無かった。

 

「そんなに強いんですか?」

「そもそもの話。私、あんまり強くないのよ。エスポワール戦隊の主力って、殆どリーダーだったし」

「大坊さんですよね。あの人、どれだけ強いんですか?」

「無茶苦茶だ。常識外にいる強さだ」

 

 直接対峙したことのある剣狼が答えた。注視すれば、腕組みしている彼の手に力が籠っているのが分かる。

 

「だとしたら、分からないですね。そんな強い人を路頭に迷わせたら、ロクでも無いことが起きるだろうに。どうして、国は保護をしなかったんでしょうか?」

「シュー・アクの根回しがあったと聞いた。左派や工作員を使えば、アイツらみたいな武力になり得る人間を追い込むのは簡単だからな」

「もしかして、私が路頭に迷ったのも……」

「当然、俺達の工作があったからだ」

 

 平和になった様に見えて、水面下では戦いは続いていた。採石場で殴り合う戦い方ではなく、もっと陰湿で雁字搦めで理不尽な方法を取って来た。

 非暴力でありながら、権力を用いた追い込み方がどれだけ残酷か。戦う構えを見せない相手を殴り掛かることはできない。自分達は平和の使者であるのだから。……そう言った前提ごと打ち砕いたのがレッドだった。

 

「ひどい話もあったもんですね!」

「気のせいかな。美樹の憤りが棒読みに聞こえるんだけれど?」

「そんなことはありません」

 

 返事まで棒読みだった。自分は保護してくれる人間に出会えたが、当初の予定では大坊をどのように扱うつもりだったかは気になる所だが、策謀を巡らせていた張本人は、もうこの世にはいない。

 

「シュー・アクは私達をどうするつもりだったのかしら」

「聞いた話だと、職の斡旋などをして囲い込むつもりだったらしい。ゴク・アクが近いことをやっていたと聞いたが」

「う……」

 

 富良野が苦い顔をした。丁度、ゴク・アクの指示で慰問に来た議員を殺害していた時の現場に出くわしたことを思い出していた。

 

「もしも、彼がリーダーを最後まで信じていたらと思うと。ゾッとするわね」

 

 『ジャ・アーク』に皇が乗っ取られていたかもしれない。どういう形であれ、防いだのは間違いなくレッドだった。

 

「私達と似たような関係になれていた可能性もあったかもしれないんですね」

「ふむ。気になっていたんだが、お前達はどういう関係なんだ? 友人にしては、やや距離が近い気がするが」

「聞かなくていいから」

「聞きたいですか? しょうがないですねぇ。アレは私が学生の頃の話でした」

 

 桜井の抵抗も空しく、剣狼と言う男は非常に律義に富良野の話をしっかりと傾聴していた。即ち、過分に妄想の混じった惚気話を聞かされることになったのだが、赤面していたのは桜井一人と言う珍妙な空間になっていた。

 ……本当に捕虜として監禁されているかどうかも怪しい位に暢気な面々であったが、外の世界。即ち、皇国内は戦禍に蝕まれつつあった。

 



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矛盾 13

 ヒーローと怪人が戦いを繰り広げている中。市井の人々は不安に怯えていた。

 人口が密集する場所は襲撃されやすく、公共交通機関の使用は控えられ、学校や職場もリモートが主となっていた。

 

「政府は、相次ぐ怪人テロに対しての法案を……」

 

 国会は紛糾する。怪人達の脅威に対して、ヒーローベルトやガジェットを警察や軍隊に留まらず、民間の警備会社等とも連携して配備するべきだと。しかし、野党は平和憲法に接する恐れがあると難色を示していた。

 

「政府は、国民の命が脅かされても良いのか! 今すぐ、ヒーローガジェットを民間に解放しろ!!」

 

 議事堂前でのデモ活動も頻繁に行われていた。怪人の襲撃を防ぐ為に、周囲はエスポワール戦隊の隊員が配備されている。

 また、この現状に面白がって飛びついたのはマスコミだった。人々の不安や憎悪を煽り立てる記事がウケるのは変わらない。以前までは、エスポワール戦隊の制裁を恐れていた面々も自棄になったのか、制動が利かないレベルで好き勝手に書いていた。

 

「野党が法案の可決に対して消極的なのは、隣国への忖度があるから。ですって。まぁ、一度通っちまえば皇の軍事力が飛躍的に強化されちまいますからね。軍人全員ヒーローになっちまうんですから」

「下らないゴシップ記事にかまけている暇はないぞ。今、皇には俺達が必要とされている。人々が希望(ヒーロー)を求めているんだ」

 

 修復された基地にて、大坊は活力に満ちていた。長年のパートナーに裏切られ、仲間達が大勢殺され、かつての盟友も拉致された。脅威が存在していた時代に戻って来た。

 だからこそ、彼の中の希望は燦然と輝いていた。理不尽に立ち向かう自分が誇らしく思えた。モニタにホワイトの姿が映し出された。

 

「ヒヒヒヒ。リーダー! 君が持って帰って来たお土産の解析が済んだよ!」

「どうだった?」

「喜んでよ! 中にあったのはね! 量産型スーツを強化する設計図に、君のスーツを特化させるクリスタルも一緒に入っていたよ!」

 

 これ見よがしに、赤い光を放つクリスタルを見せつけた。何故、自分達と敵対したリチャードが、そんな物を遺したか。きっと、悪を殲滅する為だと納得した。

 

「分かった。全員のガジェットに強化を適用させてくれ」

「はーい! お任せ下さい!」

 

 これから、戦いは激化していく。敵は人を食らうという手段で強くなっていくのだから、自分達も強くならねばならない。

 

「今の、俺達は皇の希望なんだ。ジャ・アークめ。俺達がいる限り、皇で好き勝手にはさせないぞ」

 

 クリスタルを受け取る為に席を立った大坊を見送りながら、沈黙を貫いていた七海はモニタの方に目を向けた。

エスポワール戦隊と怪人が交戦を繰り広げる物もあれば、間に合わずに蹂躙される物もあったが、一際目に付いたのがヒーローも怪人も居ないと言うのに人々が傷つけあっている光景だった。

 

~~

 

「俺が何をしたって言うんだよ!?」

 

 アパートの一室。乱雑に物が散らかされた部屋に、男達が押し入っていた。いずれも手にはバットや包丁が握られていて、穏やかな雰囲気ではない。

 

「お、お前。このアパートで頻繁にトラブルを起こしていたよな。し、知っているんだぞ。怪人達はお前みたいな世間から拒絶された奴らを仲間に引き込んでいるんだって……」

「は!? 知らねぇよ!?」

「お前、怪人になったら俺達の事を殺しに来るんだろ!? そうはさせねぇぞ!」

「うわぁああああ!!」

 

 かねてより不和や蟠りを抱えていた者達は、先んじてリンチを掛ける場合もあった。エスポワール戦隊でも怪人でもない人々まで制裁に乗り出していた。

 バットで殴られ、包丁で刺され、死の間際に瀕した男の手には何時の間にかリングの様な物が握られていた。掌に針が突き刺さり、全身を打つような衝撃が走ったかと思えば、今まで受けた傷が癒え、全身が灰色の毛並みに覆われていた。部屋の鏡に映った自分は、狸の様な怪人になっていた。

 

「ヒッ」

「先にやって来たのはテメェらだからな!!」

 

 凶悪に生え揃った牙で、首元に噛みついた。歯の隙間から血が溢れ、全身に力が漲る。近隣住民とトラブルを起こしながら過ごしていた日々では、得られることはない快楽に打ち震えた。

 逃げ出す男達を捉えて、1人、また1人と喰らっていく。かつてない程の全能感に満たされ、往来を駆けていた男であったが。

 

「死ね」

「あ?」

 

 投擲された球体型のガジェットに頭部を粉砕されて、膝から崩れ落ちた。

 誰もが争いに巻き込まれて、自分の身を守りたいが為に立場を強要されていた。嫌われ者として怪人になるか、自分は善人であることを強調してヒーローになるか。守るべき平和の輪郭は破壊され尽くしていた。

 

~~

 

「どうして?」

「はい?」

「今まで、私達は平和な世界を手に入れる為に、困っている人を助ける為に活動し続けて来たのに。どうして?」

 

 悪を排除し続ければ平和がやって来ると信じていた。自分はリーダーに救われ方ら、同じ様に誰かを救いたくて活動に従事して来た。

 だと言うのに、今の皇は平和とは程遠かった。七海も悪人を倒して来た。虐待をする親やイジメの主犯格、諸々の犯罪など。悪を倒せば、自分と同じ様に誰かが救えるはずだと信じて来た。実際に救えた人間もいた。

 

「倒された奴は救われなかったから。じゃないですかね?」

「え?」

「皆、救われずに倒されてきた奴を見て来ましたからね。怪人や悪人を倒してスッキリ! なんて言うのは映画だけですよ。んで、許されないと分かったんなら潔く罪を受ける連中でもないですしね。誰にも守って貰えないなら、そりゃ誰の事も気にしませんよ」

 

 エスポワール戦隊と同じ様に。悪は悪だと叫び続けた結果、改心さえ許されないなら死に物狂いで抵抗するのは当然だ。自分達を許さない社会を、許さないのもまた当然だった。

 

「じゃあ。私達がやって来たのは、彼らを追い詰めていただけ?」

「皆が望んだことですから、気にしなくても良いですよ。誰だって不快で目障りな奴には消えて欲しいと思っているんですから。ただ、ソイツらが抵抗して面倒になっているだけなんですよ」

 

 悪は許さない。許されなかった悪は、全てを許さない。皇を覆う現状は、自分達ヒーローが平和を願った結果生み出されたというのなら。

 

「私達は、何の為に?」

 

 自分達がやってきたことは、理想と大きく矛盾しているのではないか? だが、どうすれば良かったかなど分からない。彼女の葛藤を置き去り、モニタには皇の現状が映し出されるばかりだった。

 



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かえるべき場所
善意という怪物 1


 

 皇を覆う現状については、海外も重い腰を上げた。エスポワール戦隊にもジャ・アークにも悟られない様に、秘密裏に会談は行われていた。

 

「では、許可を?」

「我が盟友が危機に陥っていますからね。今は、倫理や世論を乗り越えるべき時です。超法的に軍隊や警察にも『ヒーローガジェット』の配備を許可しますが、条件があります」

「ユーステッドと技術共有をすること。ですね」

「はい。ヒーローガジェットが暴走や不正使用がされる危険性が無い事。平和憲法に接触する可能性が無いことを示す為にも、情報開示をして貰います」

 

 立ち会っている皇の議員は内心で舌打ちをしていた。既にユーステッドの企業が技術を盗用して、ヒーローガジェットやスーツをエスポワール戦隊に回していたのは分かっていた。

 立件するよりも先に、技術を接収するべく交渉を持ちかけて来たという事は、既に向こうでは生産体制の他にも色々と整ったのだろう。

 

「これらの技術を開示した所で、ユーステッド内で軍事的に使われないという保障はありますか?」

「勿論です。議定書にも明記しています」

 

 秘密裏の会談で製作した議定書にどれだけの信憑性があるのだろうか?

本来は皇を蝕んでいたジャ・アークに対抗する為だけの技術力だったが、人間同士の諍いでも効果を発揮するという事は、嫌という程分かっていた。

 

「皇だけに負担させるつもりはありませんよ。スーツやガジェットの製作費は我が国からも出させて貰います」

 

 金を出すんだから、文句を言うな。大国らしいやり方だった。かつて、用済みとなったヒーローを追い出した高い代償を支払わされようとしていた。

 

~~

 

 桜井達の軟禁生活は続いていた。ネットの書き込みや外出は出来ないが、施設内であるなら行動制限は緩かった。自堕落な生活は避けようと、トレーニングルームを使わせて貰っていたが、殆ど人はいなかった。

 

「誰もいないですね」

「手っ取り早く強くなる方法を見つけたから。でしょうね」

 

 皇国内は内戦状態にあると言っても良かった。悪人や前科者達が怪人となり、義憤に駆られた者や保身に走った者がエスポワール戦隊の一員となる。

 数で言えばエスポワール戦隊が多いが、個人の強さは怪人に分がある様に思えた。どちらの立場としても関わるつもりのない彼女達は、出来るだけ外のニュースを見ない様にしていた。気まずい沈黙が続く中、自動ドアが開く。中性的な顔立ちをした少年『軍蟻』が居た。

 

「お姉さん。ちょっと、研究室に来てくれる?」

「分かった」「私も行きます」

 

 富良野も付いて行く。桜井の体調を管理するという名目で、ベルトの解析作業は行われていた。彼女が拒否をしなかったのは、自分達に埋め込まれている物の正体を知りたいというのもあったからだ。

 研究室の充実ぶりは、現役だった頃に基地内で見た物と遜色がない様に思えた。ベッドに寝かせつけられ、様々な機材を取り付けられ、研究者の指示に従って行動をしていた。強化ガラス越しに見ながら、富良野は疑問を口にした。

 

「そもそも。ベルトやリングって言うのは、一体何なんですか?」

「何。って?」

「いや、リングは其方の技術だとしても。ベルトって言うのは、人類が開発した技術なんですよね? でも、何の脈絡もなく、こんな凄い技術って生み出される物なのかなって」

 

 ぼんやりとした記憶ではあるが、富良野が幼少期の頃。戦う為の道具と言うのは銃や兵器などが中心だった。悪の組織というフィクションめいた存在の登場から、特撮ドラマなどで使われるベルトやガジェットが開発されるなど。

 偶然にしては、あまりにも呼応しすぎている様に思えた。果たして、本当にエスポワール戦隊は人類から生み出されたのかと。

 

「分からない。誰が開発したのか、どうやって生まれたのかも。お姉さんに聞いてみたけれど、やっぱり知らないって」

「ブラックボックスなんですね。解析して、何か分かった事とかは?」

「小さいお姉さんに話しても分からないと思う」

 

 イラっとした。確かに計器に浮かぶ数字や情報を見ても分からないが、ザックリしたことだけでも教えて欲しかった。

 

「じゃあ、これだけ。ベルトが先輩に影響を与えているってことは?」

「幾つか。感受性が常人よりも高くなっているから、情緒不安定になり易い」

 

 自分と生活しているときは、あまり素振りを見せないが。言われてみれば、心を病んで入院したり、ハト教の一件ではパニックに陥ったりと。メンタル面が脆いと言うのには、納得できることがあった。

 

「それって、本当にベルトの影響なんですか?」

「エスポワール戦隊員の多くは、スーツの各所に施されたギミックを使って、思考を操作する電流を流したりしているから」

「……え? どういうことですか?」

 

 エスポワール戦隊のスーツには電流を流すギミックが仕組まれており、装着者の恐怖や躊躇いを感知した瞬間に興奮状態にして、全てを打ち消す勇敢さを作り出しているのだと言った。

 

「スーツには身体的能力強化以外にも、精神面を補助する役割も大きい」

 

 先日まで一般人に過ぎなかった者達が、いきなりヒーローになれることにも納得いった。偽りの勇気を与えられていたのだと。

 

「だったら、先輩が情緒不安定になっているのはおかしくないですか? ベルトを内包しているなら、むしろ普段から勇敢に……」

「ずっと戦って来た。ずっと勇敢を与えられることがデフォルトになっていた。戦いが終わって、変身する機会も無くなった。スーツから勇気を貰えなくなった彼女は、精神的に弱りやすくなってしまったんだと思う」

 

 例えば、薬を常用して健康状態を保っている人間が服用を止めると日常生活が送り難くなるように。桜井の日々もベルトに支配されていたという事だろう。

 彼女の現状を知れば知るほど、無垢に応援していた頃の自分が憎たらしく思えて来る。あの活躍が、何を犠牲にした上で成り立っていたかと思うと。胸がキュッと締め付けられる。

 

「分離とかは出来ないんですか?」

「出来ない。既に彼女の体の一部になっている。引き剥がそうとすれば、ショック死するかもしれない。でも、仮に分離して。どうする?」

「え?」

「今の皇では、彼女はヒーロー以外に生きる道はない」

 

 今まで、一緒に暮らして来た。だから、彼女も日常に帰れる物だと考えていた。だが、振り返ってみればジャ・アークやエスポワール戦隊に生かされているだけで、ヒーローでない彼女を求めているのは自分だけだった。

 疑問に対して答えが出せないのを見て、追及するようなことはせず。軍蟻はポツリと呟いた。

 

「構造的に。スーツとリングには似通った部分が……」

 

 彼の呟きが富良野の耳にはいることは無かった。

 



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善意という怪物 2

 

 軍蟻の解析作業に付き合った後、桜井達はとある場所に向かっていた。ジャ・アークの本拠地で人間らしい食事が出来る場所は限られている。

 

「ケンさん。エビの背ワタ、取っておいて貰えます?」

「分かった。フラノ、白ネギを刻んでくれ」

「ハイ!」

 

 故・染井組長の一人娘である芳野は剣狼、富良野と共に夕飯の支度をしていた。あまりにも段取り良く進む為、することが無い桜井は謎の罪悪感と焦燥感に襲われていた。

 

「ヤバイ。することが無いのに、成果だけにあやかろうっていう浅ましい魂胆を自覚すると、とてつもなく焦る」

「慣れだよ。慣れ」

 

 同じ様に夕餉に預かろうとしている中田には全く遠慮が無かった。厚かましくも、寝転びながらニュースを見ている。

 

「中田君の根性だけには感心するわ……」

「おうよ! 俺達の世界は根性と度胸でやって行くもんだからな!」

「今の皮肉ね。分かる?」

 

 この肝っ玉だけは真似できないと思った。台所の方を見れば、せわしくなく動く富良野は見慣れている物の。剣狼が料理をしている光景は、何度見ても見慣れない物だった。

 

「ケンが料理しているのが珍しいか?」

「うん。私の中での彼の印象は、凶悪な怪人だから」

 

 人や物を傷つけ、死ぬまでリーダーと交戦を続けた生粋の戦闘狂。

 アレだけ恐ろしかった相手が、日常に溶け込んでいる姿には微笑ましさもあったが、自分達が取り戻した平和に土足で入られている様な気もした。多少の憤りが無かった訳ではないが、咎めるつもりも無かった。

 

「俺だって、最初はアイツがヤバイ怪人だと思っていたのに。今じゃ、良い弟分だよ」

「どっちが弟分なんだか」

 

 皮肉気に言葉を交わせるのは、桜井が彼に気を許している証でもあった。漂う夕餉の香りに日常を噛み締めながら。自分達と同じ様に日常に踏みとどまっている彼にだからこそ、聞いておきたい話があった。

 

「中田君は、人を食べたいとかは思わないの?」

「……分からねぇ。正直に言うと、俺は兄貴達を否定する気にもなれないんだ」

 

 意外だった。義侠心の強い彼なら糾弾する物だと思っていたが、いくばくかの理解を示すには、どういった考えがあるのだろうかと気になった。

 

「どうして?」

「俺はよ、死ぬのなんか怖くねぇとか思っていた。でも、基地から脱出する際に殺意の塊みたいな奴に会った。あの時は感覚がマヒしていたけれど、一歩間違えれば俺も周りに飛び散っていた染みになっていたんじゃねぇかと思うと……」

 

 拳を握った。普通の人間は命をやり取りすること等、滅多にない。

殺し合いと言う極限の緊張状態で感じるストレスから逃れる為に、抵抗出来ない他者を手に掛ける行動は理解できなくはない。決して、納得できるものではないが。

 

「皆さん。ご飯が出来ましたよ!」

「お。待ってました!」

 

 暗い話を打ち切る様にして、卓上には料理が運ばれて来た。エビのチリソースを始めとした、中華風のメニューに思わず桜井達の顔が綻んだ。

 頂きます。という声と共に食事が始まる。失われつつある日常と人間性を味わう様に、団欒としていた。

 

~~

 

 機能性の代わりに食味を犠牲にした携帯食料を水で流し込んでいた。マトモな食事をしたのは何時だったかは覚えていない。皇に蔓延る怪人の数は急速に増えており、強さも被害も過去に類を見ない物となっていた。

 

「リーダー。北東300m先。怪人達が集結しているビルがあります」

「このビルで良いんだな?」

 

 強化外骨格(スーツ)に搭載されたカメラから写真を送り、合致しているという情報が入るや。大坊は体内から、ロケット砲型のガジェットを取り出した。

 腰に差したレッドソードが反応し、ロケット弾が発射された。紅蓮が尾を引きながらビルの一室に突っ込んだ後、大爆発を起こした。爆炎に紛れて飛び去ろうとした怪人達を逃さまいと、ブーメラン型のガジェットを取り出していた。

 

「カマイタチ」

 

 宙を舞ったブーメランは、怪人達を両断した後。彼の手元に帰って来た。目標物を始末したかを確認する為に通話を入れようとしたが、ノイズが走った。

 

「リー…妨……」

「妨害されているか。さて、相手は」

 

パタタタ。と乾いた音が響いた。スーツ越しの衝撃から察するに、銃撃されたことは直ぐに察した。反撃に打って出ようとした所で、カランと何かが転がる音がした。瞬間、強烈な閃光と音響が周囲を包んだ。

 

「GO! GO! GO!」

 

襲撃者達は手を緩めない。場所を変え、再び銃撃を加えようとした時。ガタンと大きな音がした、抱えていたはずのライフルを落としていた。拾う為の腕も落としていた。

 

「!?」

 

 世界が反転した。口から血の泡が噴き出していた。他の者達も同じ様に対峙されて行く中、敢えて1人だけが生かされていた。両手首から先は無くなっていたが。

 

「その装備は見た事あるぞ。リチャードの側近達が使っていた物だ。残党か?」

「Damn it!!」

 

 男のスーツが赤熱し、強烈な閃光と熱を放ちながら爆発した。周囲に転がっている死体も次々と爆発していき、辺り一面が火の海となっていた。

 

「誰だろうが、関係ない。皇の平和を脅かす奴は倒す。俺はエスポワール戦隊のレッドなんだ」

 

 血肉の焦げる臭いを意にも介さず、大坊は歩み続ける。やがて、目当ての物を見つけると拾い上げた。態と生かしたのではなく、偶然生き残った襲撃者の一人だった。意識は朦朧としているようだったが、呼吸はあった。

 

「吐いて貰うぞ」

 

 瀕死の男を引きずり出そうとした所で、強烈な衝撃に襲われた。受け身を取り、振り返ってみれば、怪人の集団が居た。

 

「ガハハ! アイツらを泳がせておった甲斐があったわ!」

「えぇ。そろそろエスポワール戦隊に潰れて貰わないと、私達が安心して生活が出来ないのでね」

 

 バッファロー型の怪人と電気クラゲ型の怪人に率いられた怪人達は、いずれも多数の人間を食らったのか、凶悪な風体をしていた。

 

「上等だ。お前達如きに後れを取ると思うなよ!!」

 

 多勢に無勢、理不尽を跳ね除けてこそのヒーロー。大坊は駆けだす。十重二十重に殺意に満ちた攻撃を向けられるが、いずれも振り払う。連戦での疲弊などまるで感じさせない。

 悲鳴と絶叫が響く中、放り出された襲撃者の生き残りは思った。もしも、悪魔が人間の体を借りて顕現するなら、この様な光景を繰り広げているのだろうと。

 



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善意という怪物 3

 

 フェルナンドは顔を覆っていた。昨晩、レッドを狩ると言って意気揚々と出て行った金剛達の首が転がされていた。

 彼らが大量に人間を食らって、かつての幹部級ほどの力を得ていたことも知っており、駄目押しに援軍まで頼んだと言うのに。単身で返り討ちにするレッドの強さの底が知れなかった。

 

「軍蟻。俺達は奴らに勝てるのか?」

「難しい。昨晩の作戦は、こちらで打てる最善の手だった」

「……打つ手なしか?」

 

 相手が孤立する機会を狙い、精鋭達を投入した。これでも駄目なら、以前と同じように潰されるしかないのか。フェルナンドの不安を察した様に、軍蟻は首を振った。

 

「可能性は無いこともない。でも、ボスの許可が必要」

「言ってみろ」

「ピンクを連れ出す許可が欲しい」

 

~~

 

 桜井の1日は怠惰な物である。トレーニングをしたり、ベルトの解析に付き合ったりはしているが、基本的にはネットかテレビ。あるいはゲームをしている。

 場所が場所なだけに能動的に働くことが適わないにしても、これは良くない。富良野もトレーニングに付き合ったりはしているが、彼女も部屋内で雑誌を読んだりスマホを弄っているのが主だった。

 

「うーん。ネットには糞みたいなニュースしか上がらないし、やっぱり猫ちゃんとワンちゃんの動画。後は、ネット特有の人権侵害コンテンツを見る位しか」

「仮にでも、元ヒーローが何をしているんですかね……」

 

 履歴には猫と犬の微笑ましい動画に差し込まれる様にして、サムネの時点で悍ましさが分かる動画もあった。

 

「だって。SNSは常に紛糾しているし? こんな時こそ、現実を忘れられるコンテンツは大事だと思うのよ」

「インターネットをやめろ。という金言がありますよ?」

「暇じゃん!!」

 

 これだけ皇が混沌とした状況下の中で『暇』と言えるのは、立場が恵まれていると言う外ない。PCの画面をのぞき込むと、動画サイト以外にも大量のタブを開いていた。

 

「動画サイト以外には何を?」

「え? いや、ちょっとね」

 

 タブを切り替えると、エスポワール戦隊の関連サイト等が開かれていた。PV数稼ぎの為に煽情的な見出しを載せているゴシップな物から、飾り気が少なく本気で考察を乗せているサイト等。種類は様々だった。

 

「これって」

「あんまり見ない様にしていたんだけれど、今はどんな風なのかなって」

 

 ゴシップサイトは見る価値もない低俗な煽りやゲスの勘繰りがあったが、突然更新がストップしていた。管理人の身に何が起きたかは想像に容易い。

 一方、目を引いたのは考察サイトだった。エスポワール戦隊を一般人の視線から考察すると言う物で、時系列に沿って年表が作られていたりなど。データベースとして有意義な物だった。

 

「このサイト。私が、先輩を追っかけるときにちらっと見た覚えがあります」

「そうなの?」

「書いていることが難しくて、直ぐに閉じちゃったんですけれど。まだ、運営していたんですね」

「昔からあったサイトなのね」

 

 先日、更新されたばかりの様で。ホームページ内には現・エスポワール戦隊との対談記録なども載っていた。

 

「色々と掲示板に上がる疑問なんかもまとめていますね。ヒーロー達が使っているベルトやガジェットはどうやって作っているんだ。とか」

「知らない。私、渡されていたのを使っていただけから。色々な企業が関わっているって言うのは聞いていたけれど」

 

 別段不思議な事ではない。今、触れているPCも構造や製造方法を知って使っている者は多くない。だが、桜井のベルトに関しては本人の体に癒着したりと、知らずに使うには危険な要素を孕み過ぎている。

 

「じゃあ、こっちの1日のルーティンについての疑問とかは」

「基本は基地内に待機して、訓練して要請があったら……」

 

 もしも、書き込みの制限がされていなければ。と思ったが、いずれも機密情報だったので、外に漏らせる物でも無かった。2人が他愛のない暇潰しをしていると、壁に掛かっている内線が鳴った。

 

「はい。桜井です」

「軍蟻だよ。話があるから、いつもの研究室に来て」

 

~~

 

「あら、中田君? それに剣狼も」

「よぅ。桜井達も呼ばれていたのか?

「そうですけれど。どういう集まりなんでしょうか?」

「軍蟻が来れば、聞かせてくれるだろう」

 

 研究室に向かうと、既に中田と剣狼が来ていた。一体何の用で呼ばれたのか? 暫し待っていると、件の人物がフェルナンドと共にやって来た。

 

「よし。来てくれたな。説明を」

「うん。単刀直入に言うと、君達にはエスポワール戦隊のベルトの秘密を探って欲しいんだ」

「ベルトの? 偶に戦利品として回収するベルトから解析は出来ないのか?」

「それで出来るのは一部の解析だけ。お姉さんのベルトもプロテクトが強固で完全な解析が出来ない」

「貴方が無理な物を、私達がどうやって?」

「ピンク。心当たりはあるはず」

 

 言われて、少し考えて。頭を振った。確かに、あの場所ではベルトやスーツのメンテナンスも行われていたが、行ける気はしなかった。

 

「まさか、私達が現役時代に使っていた基地の事?」

「何年前の話だよ。今は、どっかの施設に回収されているか。ある言いは、エスポワール戦隊が差し押さえているんじゃねぇの?」

「連中は件の基地の場所が分からねぇみたいだ。もしも、知っているなら。前みたいに別所に基地を作る必要はないだろう?」

 

 機能を持った施設が既にあるなら、使った方が合理的だ。隊員の規模の関係上から、新たに基地を作った可能性もあるが。

 

「内部が変っていなければわかるけれど。私も、あの基地が何処にあったかは覚えていないのよ?」

「当事者も知らない場所に、どうやって向かえば良いんだ?」

 

 中田の疑問は最もだ。壁面のモニタに地図が表示された。上空から見れば森林に覆われており、具体的にどの様な施設なのかは見えない。

 

「地図上のこの位置に、前・エスポワール戦隊の基地がある。当時の関係者が居ないと動かないギミックもあると思う」

「ここは今も稼働中なのか?」

「反町に何度か偵察を送って貰っているけれど、何かが搬入されたり誰かが出入りした様子は見当たらないって」

「概ねのデータは破棄されているかもしれないが、残っている物もあるかもしれねぇ。どうだ、行ってくれるか?」

 

 断れる立場にないこともあった。だが、自分がヒーローになると決意した時から共に歩み続けて来たベルトの正体が何かを知りたい気持ちもあった。

 

「分かった。元より、協力するって言う案しか認めなさそうだけれど」

「話が早くて助かる。中田と剣狼を呼んだのは、護衛の為だ」

「俺達がですか?」

「他の奴らより、気心も知れているだろ?」

 

 懇意にしている人間を付き人にするのは本人のストレス軽減もあったが、もしも逃げ出せば付き人の立場が危ぶまれるという、彼らが育んだ関係を逆手に取って選抜でもあった。

 

「今回は何が起きるか分からないから、僕も行く。小さいお姉さんは留守番で」

「……分かりました。中田さん、ケンさん。先輩の事をよろしくお願いします」

「分かった! 俺達に任せろ! な、ケン!」

 

 豪語する中田に対して、剣狼は小さく頷くだけだった。彼らを見ながら、桜井は自らの腹部を見下ろした。対談に反応する様にして、ベルトが出現していた。

 

「(今まで、ずっと一緒にいたけれど。私、このベルトの事を殆ど知らないのよね。どうやって開発されたのか、どういう物なのか。でも、得体のしれない物なのに沢山作られているって言うのも、不思議な話ね)」

 

 自分達がヒーローであることを止められない楔であり、今まで幾度も危機を救ってくれた物でもある。

 自室に閉じこもって、意味のない日々を送るのも悪くは無かったが、エスポワール戦隊とは何者だったのかを知る機会がやって来た。楽しかった青春の裏では何があり、今まで尾を引いていたのか。軍蟻から、作戦の説明を聞いている間も。ベルトは出現したままだった。

 



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善意という怪物 4

 

 座標軸は確認した。行く為のメンバーも決まった所で、一つ問題が出た。桜井達は顔を見合わせてもう一度確認した。

 

「私。免許は持っているけれど、殆ど運転していないからペーペー以下だからね? 剣狼は……」

「自動車免許なんて持っている訳無いだろう。中田の兄貴は?」

「車なんて持っていても金掛かるし。取ってねぇな」

「なんで、大の大人3人が車を運転できないんですかね……」

 

 富良野が眉間に皺を寄せた。今や、皇の大学生以上の殆どが持っている普通自動車免許を! 誰も持っていないのである!

 軍蟻が無表情を貫き、フェルナンドが頭を抱えながらスマホを取り出した。数度のコール音の後、相手が出た。

 

「アレ? どうかしましたか。ボス?」

「槍蜂。お前、車は運転できるよな?」

「当たり前でしょ。社会人の常識ですよ」

「お前。足役な」「は?」

 

 情けない大人3人を見かねたのか、フェルナンドが運転手を都合してくれた。そして、彼は中田の肩を叩いた。

 

「お前。この任務が終わったら、教習な」

「はい……」

 

 無料で教習を受けれるなんて良かったじゃない! と言いかけたが、余計なことを言えば自分も巻き込まれる気がしたので、桜井はそっと視線を逸らしていた。

 

~~

 

 翌日、槍蜂が運転する車にて目的地へと向かい始めた一同は、今回の任務の概要を確認していた。

 

「桜井達。前・エスポワール戦隊の基地に侵入してベルトの情報を手に入れて来るということだが。本当にデータが残っているのか?」

「冷静に考えれば、既に引き払っていると考えるべきなんでしょうけれど。桜井さん、どうなんですか?」

「私も分からない。だって、戦隊を辞めた後は行った事が無いから。そもそも、私も何処にあるのか分からなかったし」

「それが奇妙な話なんだよな。自分達の基地の居場所が分からねぇってどういうことだ?」

 

 中田の疑問は最もだった。自分達が使う基地の場所を知らなければ、帰還することも使用することも出来ないのではないのか?

 

「何時も、スタッフの人達に目隠しして送迎されていたから。それに、普段の生活も基地内だったし」

「ちょっと待って下さいよ。学校とかはどうしていたんですか? 親御さんは何か言わなかったんですか?」

「勉強とかは基地内でしていたから問題なかったけど」

 

 車中に何とも言えない空気が漂った。槍蜂の後半の質問に対して、敢えて回答していない意図を何となく把握したからだ。そして、桜井もまた。この空気の変化を感じ取っていた。

 

「……分かった、言うよ。私、親居ないの」

「居ないって言うのは、まさか。俺達『ジャ・アーク』の工作で」

「いや、そう言うのは関係ない。理由は知らないけれど、私は孤児院に居たの」

「言葉を選ばずに言うなら、身寄りのない連中の方が気兼ねなく使えるって事だったんだろうな」

「おい、ケン!」

「中田君、良いの。剣狼の言う通りだから」

 

 ジャ・アークは、サブカルチャーに出てくるようなフェアプレー精神にあふれた悪の組織では無く、取れる手段なら何でも使って来た。その中には、誘拐拉致も含まれていた。

 

「マトモな親なら、子供を殺し合いの現場に出すなんて真似はしませんしね」

「当たり前だろ! 大人ってのは、ガキを守るモンなんだよ! そんなことをしていたら、世間の奴らも黙っちゃ居ねぇだろ!?」

「話題になったこと。あった?」

 

 中田の記憶にはなかった。つまり、国も世間も彼女らの挺身を容認していたと言うことである。少年兵と言っても、何ら差支えの無い存在を。

 

「大坊さんが暴走した理由が分かる気もしますね。ヒーロー自身に守るべきものが無いんですから」

 

 もしも、本当に守るべきものがあるなら、自分の起こした行動による影響力を顧みない訳がない。桜井が目を逸らす中、剣狼が尋ねた。

 

「ピンク。お前は、本当に皇や人々を守りたかったのか?」

「当時は思っていた。だって、それが正しいことだと思っていたんだもん。私達が貴方達を倒せば、皆が喜んでくれたし」

「増々、少年兵の教育めいていますね」

「胸糞悪ぃ話だ」

 

 ひょっとしたら、この国は自分が思うよりも腐っているのかもしれない。中田が思っていたのを見透かしたように、槍蜂はフォローを入れた。

 

「それだけ必死だったって事ですよ。生き残る為の必死さまで否定する気はありませんよ。俺達との生存競争だったんですから。マトモじゃやってられなかったんでしょうね」

「結局はお前らのせいじゃねぇか!」

「ハハハ。その通りですけど、まさかここまで尾を引くことになるとは」

 

 話せば、話す程気が滅入る事ばかりだった。やがて、車は目的地に到達した。

 木々が生い茂る中にポツンと佇んでおり、雨風に晒されていたこともあり外壁は汚れが目立っていた。玄関は固く閉ざされていたが、壁に設置された生体認証のパネルは稼働していた。

 

「誰かが使っていたのか?」

「かもしれないわね……」

「桜井。気を付けろよ」

 

 恐る恐る、パネルに手を付けた。掌から得られる情報から照合が行われ、スピーカーから無機質な音声が響いた。

 

「桜井様ですね。無事、帰還を確認しました」

 

 拍子抜けするほど、あっさりと扉は開いた。慎重に様子を伺う剣狼達とは裏腹に、桜井の足取りは軽かった。

 

「ちょっと、桜井さん。もっと慎重に」

「……ただいま」

 

 返事をする者は誰も居ない。だが、ここは長年。彼女が過ごした場所でもあった。機材の概ねは撤去され、廃墟の様になっていた。

 

「ピンク。ここに手掛かりはあるのか?」

「データとかを取り扱っていた部屋はこっちの方だったはずだけれど」

 

 桜井を先頭に基地内を進んで行く。薄暗い基地内を、懐中電灯の明かりを頼りに進んで行く。部屋を調べて行くと、かつての生活臭が見られた。

 

「この部屋は、世界地図とか外国の本があるが」

「イエローの部屋ね。アイツ、戦いが終わったら世界に出てみたいとか言っていたから。実際は、皇で生活していくのも精一杯だったけれどね」

 

 放置されているのは持ち出す余裕も無かったのか。あるいは、興味を失ってしまったからか。次の扉を開くと、壁には色褪せたミュージシャンのポスターが張られていた。

 

「予想ですけど、この部屋はブルーさんですかね?」

「当たり。アイツって音楽が好きでね。偶にギターとかを弾いていたの。結構、上手かったな」

「へぇ、聞いている限り。他のヒーローってのは、色々と趣味があったんだな。次の部屋はっと」

 

 中田が扉を開けた先。そこには、古ぼけた漫画を始めとした如何にも子供っぽいグッズが散らかされたままの部屋があった。

 

「グリーンの部屋ね。アイツ、ゲームとか漫画が好きだったから。他の奴らと違て、アイツは殆ど持ち出していたみたいだけれど」

「年頃らなら普通じゃないですかね?」

「なんか、ちょっと楽しくなって来たな。残す所は、桜井と大坊の部屋だな」

「目的を忘れていないか?」

「いや。エスポワール戦隊の基地に来たんだから、どんな生活をしていたか追走することは意味があると思うぜ!」

「確かに、言われてみれば」

 

 本来の目的から逸れているが、中田がもっともらしいことを言ったので剣狼も頷いた。苦笑いを浮かべながら、案内した次の部屋にはボロボロになった縫いぐるみやファンシーなグッズが転がっていた。

 

「桜井さんの部屋。ですかね?」

「そう。孤児院に居た頃には、持たせて貰えなかったグッズを買ったんだけれどね。不思議なことに、手に入ったら途端に飽きちゃったの」

「欲しいと思っている時期が、一番楽しいんだよな。どうする? 持って帰るか?」

「……いい。もう、私はエスポワール戦隊のピンクじゃないから」

 

 少しだけ寂しそうに目を伏せて、桜井は部屋を後にした。残る一人の部屋は、誰もが気になっていた。今も、なお。自分達と対峙し続けるヒーローであり、皇の脅威となり果てた男の現役時代が、どの様な物であったか。

 

「え?」

 

 部屋に入った瞬間、中田が声を上げた。てっきり、体を鍛えるトレーニング機器や特撮関係の何かでも残っていると思っていたが。

 

「何も。ない」

 

 彼の趣味や思想を思わせる様な物は何一つとして無かった。ただ、ガランとした空間が広がっているだけだった。

 

「ピンク。現役の時もこうだったのか?」

「作戦の指令書を持ち込むことがあった位ね。リーダーは基本的にトレーニングルームに居たから」

「帰りてぇ日常も無くて、平和になった後にもしたいことが無かったんだな」

「生粋のヒーローだったんですね」

 

 槍蜂の発言は、多分に皮肉を含んだ物であった。それでも、何か無いかと調べると、壁面の一部がスライドして、中から鍵が出て来た。

 

「鍵? なんで、こんな所に?」

「怪しいですよね。使って良い物か……」

「罠かもしれないが、ピンク。どうする?」

 

 もう、誰も訪れることが無いだろう場所に隠されていた鍵。基地から撤収する際に、スタッフ達は誰も気づかなかったのか。という疑問もあったが、こうして自分が見つけたことは何かしらの啓示のように思えた。

 

「皆、ひょっとして。これを使える場所に心当たりがあるかもしれない。付いて来てくれる?」

「手掛かりが見つかる可能性があるなら」

「ヘッ。俺達は最初から、その為に来てんだからな。覚悟は出来てらぁ!」

「う~ん。俺だけ反対するわけにはいきませんしね。行きましょうか」

「ありがとう」

 

 桜井は歩き出した。足取りに迷いはなく、この鍵が何処で使えるか。半ば確信を抱いている様でもあった。

 



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善意という怪物 5

 

「あの鍵。レッドの部屋に隠されていたのは偶然じゃないですよね?」

「何かしらのメッセージ性を含んだ物だとは思う」

 

 態々、エスポワール戦隊のメンバーが使っていた部屋に立ち寄り、物色する者なんて限られている。

 

「余程、レッドに関心がある奴だろうな」

「例えば、この施設に入れるような。元関係者に向けて……とかな」

「それに、本当に知られたくない物なら持ち出しているはずですしね」

 

 つまり、知られても問題がない物なのだろうか。色々な想定が過る中、桜井はピタリと足を止めた。

 

「ここは?」

「研究室。作戦が終えた後、必ず私達が立ち寄っていた場所。普段は、一切の立ち入りが禁止されていた」

「怪しいじゃねぇか。例の鍵、使えるのか?」

 

 恐る恐る、鍵穴に差し込んだ。クルリと回り、解錠された。入る前に一度深呼吸をして、慎重に扉を開けた。他の部屋と同じく機材の殆どは持ち出されており、もぬけの殻だった。

 

「……アレ?」

「なんだよ。期待外れか」

 

 中田が溜息を吐く中。剣狼は頻りに鼻を動かし、周囲を探っていた。また、槍蜂も同じく周辺を見回している。

 

「二人共。どうしたの?」

「そんなに昔じゃない。人が通った形跡がある」

「えぇ。かなり、中止すれば分かるんですけれど。一部、埃が無い箇所があるんですよ。まるで、誰かが触れたみたいにね」

 

 緊張が走った。暫く、二人に任せていると掃除用具が入っていたロッカーの前で止まった。無造作にドアを開くと、古ぼけたブラシ等が出て来た。

 

「ケン。この掃除用具が何か?」

「ロッカー内には何もないか。アニキ、移動させるのを手伝ってくれ」

 

 掃除用具を全て外に出した後。ロッカー自体を移動させると、壁面に鍵穴が出現した。まさかと思い、入り口でも使った鍵を差し込んだ。すると床の一部がスライドして、地下へと続く階段が出現した。

 

「おいおい、マジかよ。本当に秘密基地みたいなギミックだな」

「いや、私。こんなの知らなかったんだけれど……」

「となると、先に何があるのか。増々気になる所ですね」

「俺が先頭に立つ」

 

 剣狼を先頭にして、地下へと続く階段を下りて行く。足元を照らす僅かな明かりを頼りに進んで行くと、開けた場所に出た。

 無数の培養ポッドが並んでいた。緑色の液体に満たされた中に浮かんでいる物を見て、槍蜂は思わず言葉を漏らした。

 

「先に、向こうの方がやっていたって訳すか」

 

 ポッドの中に浮かんでいたのは怪人の遺骸だった。桜井達が現役だった頃に撃破された者から、最近倒された者達まで様々だった。その内の一つを見た時、剣狼が足を止めた。

 

「染井組長」

「……え?」

 

 中田も足を止めた。培養ポッドの中には、ボロボロに引き裂かれた鳳凰型の怪人の遺骸が浮かんでいた。ガン、と拳を打ち付けていたがビクともしなかった。

 

「アイツら。人の死まで弄びやがって!」

「怪人達の死体を集めて何をしているのか。……想像は付きますが」

 

 奥へと進んで行くと一際巨大な培養ポッドが鎮座していた。浮かんでいる怪人が誰なのか。中田以外の全員が分かっていた。

 

「シュー・アク……」

「ゴク・アク様もいますね。フェルナンドさんは、ガイ・アーク様の遺体からデータを解析してリングを作ったって言ってましたね」

「じゃあ、何か? ここは、ヒーロー達のベルト生産工場って事なのか?」

 

 具体的に此処で何が行われているかは分からないが、ジャ・アークがリングを作る際にガイ・アークの遺体を使っていたことから、似たようなことが行われていることは察しが付いた。

 

「似た様な物だな」

「!!」

 

 聞き慣れた声の方を見れば、大坊が居た。真っ赤な強化外骨格(スーツ)の各所には装甲板が追加されており、全身の至る場所に武器を搭載していた。桜井以外の3人は臨戦態勢に移る。

 

「やめておけ。お前達じゃ、俺には勝てない」

「やってみなきゃ、分からねぇぞ!」

 

 中田は啖呵を切るが、剣狼と槍蜂の額には脂汗が浮かんでいた。歴戦の勇士である彼らには、戦力の差が理解できてしまっていたからだ。一触即発の状況の中、桜井が歩み出た。

 

「リーダー。態々、自分の部屋に鍵を隠していたって事は、私がここに来るように誘導したのよね? 何の意図が?」

「お前がここに足を運ぶことがあれば、見せたい物があってな。余計な物まで付いて来たようだが」

「アンタらが補足できていないって事で、安心して付いて来たんですがね」

「俺達がここを使わない訳が無いだろう。このまま踵を返すなら今回ばかりは見逃してやる」

 

 桜井以外に関心が無い様子だった。全員の視線が彼女に集まった所で、意を決した様に口を開いた。

 

「……中田君だけ同行させて」

「ふん、良いだろう。ソイツが居た所で大したことは出来ないだろうからな」

「テメェ」

「中田さん。行って下さい。脱出路は俺達が確保しておきますんで」

 

 侮蔑の混じった視線を受けながら、中田は桜井と共に大坊の後を付いて行く。ポッドが敷き詰められた部屋の更に奥まで進んで行く。

 

「リーダー。ここって、どういう施設なの?」

「リチャードと呼ばれる男と共同で使用していた場所だ。見ての通り、怪人達を収集分析するのが主な役目だ」

「分析したデータは?」

「ベルトの作成に使われる。この程度は、予想出来る事だろう。俺が見せたいのはここから先だ」

 

 施設の奥へ奥へと進んで行くと、プロトタイプと思しきベルトが展示されていたり、研究結果や連絡事項等が掲示されていた。

 

「この先に何があんだ?」

「なぁ、ヒーローって何だと思う?」

「何って、言われると難しいけれど。もしも、私達がエスポワール戦隊の頃の教えのままであるならば、強きを挫き弱者を助ける存在。になるのかしら」

「そうだな、俺もそうであってほしかった」

「……どういうこと?」

「今のエスポワール戦隊と現役時代。比べて、何か疑問に思うことは無いか?」

 

 突然言われて、思い浮かぶことは無かった。しかし、何も答えないのは具合が悪いと思って、必死にひねり出した。

 

「今のエスポワール戦隊は、カラフルだね」

「そうだ。カラフルなんだ。五色だけじゃないんだ」

「……・うん? ちょっと待てよ。思ったんだけれどよ、桜井が現役だった頃もエスポワール戦隊って5人しかいなかったのか?」

 

 指摘されてはじめて気づいた。どうして、皇を守るヒーローが5人しかいなかったのか。もっと数が多くいれば、幅広く動けたし、不測の事態に備えることもできた。何よりも戦力的にも心強い。

 

「答えたのがお前だと言うのが気に食わんが、そうだ。俺達は5人で戦いを強いられていた。当時から疑問に思っていたんだ。何故、もっと数多くの仲間がいなかったんだろうかと」

「当時はベルトの開発費用が高かったとか?」

「近いな。いや、当時のベルトは今ほどの汎用品ではなかったと言うのが回答か。その答えが、この部屋にあるんだ」

 

 部屋の前に立ち止まった瞬間。桜井と中田は、本能が警鐘を鳴らしていることに気付いた。この先を見てはいけないと。

 

「何があるの?」

「見せてやる。これが、俺達ヒーローを支えていた物だ」

 

 扉を開ける。先程の空間にあった物よりも小型の培養ポッドが並んでいた。ただし、浮かんでいた物は先程と比べ物にならない程に悍ましい物だった。

 身長から察するに小学生~高校生位の被験者が居たのだろう。彼らは一様にして腹部からベルトが浮かんでいたが、強化外骨格(スーツ)に身を包まれてはいなかった。

 体の一部がめくれ上がり、筋組織が怪人の様に灰色になった者、首だけが怪人化して無茶な動きに付き合わされたのか壊れた人形のようになった遺体。浮かんでいる遺骸達には、人間らしい尊厳は残っていなかった。

 

「狂ってやがる」

「どうにかして、死に物狂いで怪人を捕まえた手前。奴らの力を使おうと考えたんだろうな。勇気ある子供達を集めてな」

 

 ひょっとしたら、自分もあの培養ポッドの中に浮かぶ研究対象になっていたかもしれないと思うと、強烈に不快感がこみ上げて来た。

 

「じゃあ、5人しかいなかったのって」

「適応したのが、俺達5人だけだったんだろうな。……なぁ、思うんだよ。自分達が助かる為に、年端も行かない子供達を人体実験に突き出した挙句、少年兵として運用して、用済みになったら放り出す、この皇って国は―――とんでもない悪じゃないのか?」

 

 ゾッとした。同時に、大坊が剣狼達に興味が無さそうにしていた理由が分かった。既に、彼の戦うべき相手は別の物になっていたんだから。

 

「おい、アンタら。ヒーローなんだろ? 国や人々を守るっていう」

「その国や人々が間違っている場合。俺達ヒーローはどうするべきだ? 決まっている。間違っている物を倒せばいい。桜井、俺達が最初から戦うべき相手は、この国だったんだよ」

 

 あまりに恐ろしい発言だった。今の大坊は白血病の様な物だと思った。自己免疫機能が暴走しすぎて、皇その物を打ち倒そうとしている。決意に満ちた発言を前に、桜井達は口を開けずにいた。

 



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善意という怪物 6

 

「リーダー。皇を倒すって、何をするつもりなの?」

「よくぞ聞いてくれた。まず、手始めに『ジャ・アーク』を再度叩き潰すだろう? 犯罪者の制裁は続けて行くにしてだ。次は、市民に気付かれない様に搾取構造を築き上げている富裕層。関連して、奴らに与する議員や権力者を……」

 

 自分が描く未来図に興味を持ってくれたのが嬉しく思ったのか、大坊は饒舌に語った。内容は聞くに堪えない稚拙な物であったが、彼は本気で信じていた。

 

「他にも。皇に分断工作を仕掛ける、工作員達もだ。最近は、電子戦の分野も強化しているんだ。将来的には、外国にも支部を作って活動範囲を広げて行こうと思うんだ」

「なぁ、お前。自分が何言ってんのか、分かっているのか?」

「当たり前だ。この皇で、皆が笑顔になる未来を求めている」

 

 大坊の顔には満面の笑みが浮かんでいた。中田と桜井は後退りしていた。

 以前までの大坊は、悪人を許さないという単純明快なスタンスだった。根底にあるのは、自分達でも理解できる善意からだと分かっていたから、言葉を掛けることも出来た。

 

「だったら! 現実を見ろよ! お前達の行いで、誰が笑顔になった!? 俺達みたいなクズは自分が殺されない為に、外道を突き進むしかなくなった! 普通に過ごしていた奴らは、自分が襲われるんじゃない、ヒーローに裁かれるんじゃないかって怯えている! そんな現状を顧みても、同じこと言えるのかよ!?」

「言えるとも。皇は確実に良くなっている」

 

 ブン。という起動音と共に周囲の壁面のモニタに映像が映し出されていた。街中には、ヒーロー達が闊歩する光景が映し出されており、SNSは柔らかい言葉や、可愛らしい動物の画像が貼られるだけの穏やかな場所になっていた。

 

「どうだ。美しいだろう? 皆が規律を守り、言論の場でも相手を傷つけない心遣いに満ちた会話が交わされる。理想的な世界だ」

「お前らが、理想に沿わない人間を排除したからな」

「俺達じゃない。皆が望んだ世界だ」

 

 話は依然として平行線を辿るばかりだった。大坊と中田の視線が、桜井に集まる。彼女の意思次第で、この状況は動く。

 

「ねぇ、リーダー。本当に、これが皆の望んだことなの? リーダーにとってのヒーローって言うのは、こんな物だったの?」

「じゃあ、桜井。お前は今まで、司令官や皇から与えられていたヒーローという役割が正しいと思うのか?」

「それは……」

 

 自分達の輝かしかった過去を否定したくはない。だが、この研究所にある物を見せられれば、信念も揺らいでしまう。

仲間になっていたかもしれない者達の残骸を見せつけられて、正しかったと頷ける程、彼女は強くもない。閉口せざるを得なかった。

 

「考えてもみてくれ。そもそも、俺達が本当にヒーローと言う人々を救う存在だったら、怪人を倒すよりも先にすることがあるだろう? 国内の貧困問題は? 老人介護問題は? 利権絡みで被害を受ける人々の問題は? ネット上に蔓延る暴言やデマゴーグは?」

「いや、私達はジャ・アークに対抗するために結成したのであって……」

「じゃあ、ヒーローなんて物はただの特殊部隊じゃないか。違うだろ!? ヒーローって言うのは皆の希望の象徴なんだ! 怪獣や悪の秘密結社の出現を座して待っているだけなら、ヒーローやめちまえ!!」

 

 映像内の光景が変わる。平和な街中で痴呆老人が騒ぎ立てていた。ヒーローがやって来て、彼を拉致してワゴンに詰め込んだ。

 SNSでは捨て垢を使って暴言と工作をする者が現れた。10分ほどすると、彼らの発言はピタリとやんだ。裏で何が起きたかは想像に容易かった。

 

「下らねぇな。要するに、お前は自分がヒーローやりたくて、他所に口出ししているってことだろ?」

「俺はお前の様に、他者の痛みに無関心にはなれないからな。俺達は、この皇を変える。政府様の脚本で操られるヒーローじゃない。俺達自身の意思でヒーローをする。……だから、桜井。何も心配するな」

 

 大坊はポケットから取り出した何かを、中田達に向かって投擲した。拾い上げた物は、何時かに見たクリスタル状の物と小型のHDDだった。

 

「これは?」

「俺達が装備している、初期プロットのベルトの癒着を解除する物だ。リチャードから、ヒーローに耐えられなくなった時に使えと言われたが、俺には必要ない」

「本当かよ。使ったら、死ぬとかじゃねぇよな? てか、こっちのHDDは何だよ。何が入っているんだ?」

「そっちの解析班にでも調べて貰えば良い」

 

 話すことを話して満足したのか、大坊は踵を返した。

 何かを言わなくては。と、桜井の中でグルグルと思考が錯綜するが形にならない。この別離が、今生の物になる気がした。だと言うのに、掛ける言葉が見つからない。

 

「リーダー……」

「悪かった。お前の日常を守ってやれなくて」

 

 どうして、最後の最後でヒーローではない人間の大坊として接して来るのか。本当は、自分も人間に戻りたかったのでは無いのか。

 堪らず駆け出し、彼の腕を引こうとした所で突き飛ばされた。見れば、強化外骨格(スーツ)のステルス機能で潜伏していた隊員が居た。

 

「リーダーこそ、この皇を変える真のヒーローだ」

「邪魔立てをするな」

「オイオイ、マジかよ!?」

 

 次々とステルス機能を解除した隊員達が出現する。彼らは威嚇するばかりで決して攻撃を仕掛けようとはせず、大坊の後ろ姿が完全に消えたことを確認すると。同じ様に、彼らも去って行った。

 

「どうして」

「桜井、一旦戻ろうぜ。剣狼達を待たせている」

 

 茫然自失の桜井の腕を引きながら、中田は来た道を戻った。戻って来た二人を見て、槍蜂と剣狼は尋ねる。

 

「何があった?」

「色々とな。それと、アイツから意味ありげな物を受け取った。一旦、基地に戻って軍蟻に調べて貰いたい」

「分かりました。桜井さんの事も心配ですし、一旦戻りましょうか。大丈夫ですか? 歩けますか?」

「うん、平気」

 

 どう見てもやせ我慢だったが、あまりに心配しすぎても逆効果かと思った。

 表に停めてある車へと戻り、車中で大坊とのやり取りを説明した。説明を受けた二人は、顔をしかめていた。

 

「連中が5人しかいなかったのには、そう言う理由があったんですね」

「元はと言えば、お前らが攻め込んで来なければ、こんな事にもならなかったんだけれどな!」

「耳が痛いですね。だけど、チャンスかもですよ? この皇を打倒するのが目的なら、手を組めるかもしれませんし」

「冗談にしちゃ面白くねぇな。今更、アイツらが俺達と手を組むとでも思ってんのか?」

「あり得ないですね」

「既に、アイツの眼中には俺達のことなど映っていないということか」

 

 この情報が有益であるかどうかは、中田も判断しかねる所だった。加えて、彼から渡されたクリスタルとHDDも気になる。

 暫く、車を走らせて妨害も追跡も無いことを確認して基地へと帰還した。軍蟻にHDDを持ち込むと、直ぐに中身が分かった。

 

「特にプロテクトも掛かっていなかったけれど、中身はエスポワール戦隊のデータだね」

「お。ベルトの解析データとかか?」

「そうじゃない。どういう経緯でエスポワール戦隊が設立されたとか、管理部門や……協力した企業への優遇措置とかね」

「ほぅ。ちょっと見せてくれや」

 

 フェルナンドも同席して、エスポワール戦隊がどの様な組織であったかということを見て行く内に、彼らの顔は曇って行った。



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善意という怪物 7

 

「さぁ、紳士淑女の皆さま! お待たせいたしました!」

 

 リングを覆う様にして鉄格子が降ろされた。舞台の上には老若男女様々な人間と、強化外骨格(スーツ)を装着した隊員が拳を鳴らしていた。

 床の上にはナイフやバットなどが転がされており、観客席からは歓声が上がっていた。場を盛り上げる為にマイクを手にした隊員は朗々と喋る。

 

「今宵! リングで行われるのは、両者の願望を叶える戦いだ! 人気の処刑隊員の前に立ちはだかるのは、『死刑になりたかった。誰でもよかった』と宣った犯罪人達! さぁ、床に転がる武器を使え! もしも、目の前の隊員を殺せれば、大量の賞金と共に明るい未来が待っている!」

 

 隊員と対峙する者達は、いずれもニュースや新聞を騒がせた犯人達であり、収監されているはずだが、この場に立っていた。落ちている凶器は、ヒーローを前にしては頼りない。

 

「ま、待ってくれ! こんなのリンチだ! 皇は法治国家だろ!?」

 

 眼鏡の男性が叫んだが、観客席から一斉にブーイングが飛んだ。抗議も空しく、ゴングが鳴らされた。包丁を拾い上げ、腰だめに構えて隊員を刺しに行く。突き出した刃は深々と処刑人に刺さった。

 

「うぐっ!」

「おぉっと!? 凶刃が処刑人を襲った!? まさか、倒されてしまうのか!?」

 

 観客席から悲鳴と困惑が溢れ出す。ひょっとして、自分はここから出られるのではないか? 淡い希望が胸中を満たしたが、処刑人は立ち上がった。

 

「こうやって、お前は金町さんを殺したのか! 職場の皆にも慕われ、家族が帰りを待っていた金町さんを!」

「ひぃ!?」

 

 強化外骨格(スーツ)が傷口を塞いでいく。処刑人が立ち上がり、男性の顔面を殴打した。鼻骨が折れ、鼻血が噴き出し、尻餅を着く。

 だが、それでは終わらない。マウントを取り、何度も何度も拳を打ち据える。歯が折れ、血が噴き出し、青痣が浮かび、顔がはれ上がり、肉を打つ音が水っぽい音に変わるまで殴り続ける。

 

「形勢逆転だ! そう! ヒーローは負けません! どんな理不尽! 困難があろうとも! 毅然と立ち向かい、討ち滅ぼします!」

 

 観客が沸き上がる中。一方的な蹂躙劇を見せられている服役囚達は狂乱に陥っていた。逃げ出そうとして、リングに連れ戻される者。同じ様にバットなどの凶器を手にして返り討ちに会う者。

 

「お前ら! 全員狂っている! 狂っている!」

「うるせー! 死刑になりたくて、人を殺したんだろ! 良かったじゃねぇか! さっさと死ねや! 地獄の苦しみの中でな!!」

 

 観客を罵倒した服役囚が処刑人に捕まる。一思いに殺す等と言う真似はしない。長時間、丹念に体の各所を破壊し、痛みを長引かせながら、地獄の苦痛の中でゴミの様に殺す。

 サディストだけではなく、善良な市民も歓声を上げている様子を、大坊は司会席から眺めていた。

 

「この催しは人気なのか?」

「はい。大人気ですよ! 入場料にグッズ販売。ネット上の収入も含めて、エスポワール戦隊の貴重な活動資金になっていますから!」

 

 この空間には笑顔が溢れている。処刑対象の絶望と悲鳴が、人々を笑顔にしていた。何も間違ったことはしていない。

 

「これからも頼むぞ」

「はい! 任せて下さい!」

 

 リングの上で瀕死になった服役囚達が運び出されて行く。次の入場者達を前に、処刑人はマイクパフォーマンスを行っていた。

 

「俺は! お前達が言う『誰でもよかった』の対象となる者だ! さぁ! 俺を殺せば自由になれるぞ! 輝かしい未来が待っているぞ!」

 

 観客は心の底から楽しんでいる。日々、自分達を襲う理不尽や憤りの対象に、何百倍もの暴力と不条理が返って来ることを楽しんでいた。

 

~~

 

 大坊から渡されたHDDにはエスポワール戦隊の情報が収められていた。

 桜井達の個人的な情報から、教育方針。世論や企業への対応も書かれていたが、いずれも眉間に皺を寄せる様な内容だった。

 

「諸外国への対応として、エスポワール戦隊の再雇用や斡旋は行わない。また、個人事業などを始めても圧力を掛ける算段と。ここら辺は俺達も知っていた情報ですけれど」

「マスコミへの圧力の掛け方も酷いな。関わって来た議員達のリストだが」

 

 いずれの名前も、エスポワール戦隊に制裁された者達ばかりだった。だが、桜井の目を引いたのは教育方針だった。

 

「隊員達への教育は以下のことを徹底すること。『ヒーローは正しい存在である』『人を助けることは、素晴らしいことである』『自由と平和は何よりも尊い』。現状に疑問を持たせないこと。か」

「洗脳だな」

 

教官の力強い言葉を思い出していた。あの時は、本当に正しいと信じていた。全てが終われば、輝かしい未来が待っているのだと思っていた。

 

「他にも。将来的には桜井達の強化外骨格(スーツ)を改良して、皇での軍事利用も想定していた様だな」

「怪人に対抗できるだけの力を、他に使わないのは勿体ないからな。濫用されたら、どうなるかって言うのは皇の現状で分かるが」

 

 人間を遥かに超えた膂力を持つ怪人達にも対等に渡り合えるだけの力を与える強化外骨格(スーツ)とガジェット。使用し続ければ、カラードと呼ばれる存在へと進化する可能性まである。

 

「なぁ、軍蟻。ベルトの情報ってのはねぇのか?」

「今。見ている」

 

 設計図や機能などが記載されたページが開かれるが、あまりにも情報量が多い為。桜井達が見てもサッパリ分からなかった。一方で、フェルナンドと軍蟻は頻りに頷いていた。

 

「何か分かったの?」

「うん。前に、構造的に似ていると言ったけれど、設計思想は似通っている。収集した怪人達のデータを使って、表面に装着させた人工筋肉に電流を流して疑似的に怪人の力を再現している」

「じゃあ、アイツらも怪人ってことか?」

「違う。スーツを怪人化させているだけ。中の人はパイロットみたいな物」

「何となくイメージできたかも」

 

 自分達と違って、セーフティの様な物を噛ませているということは理解できた。だが、一つ疑問が生じた。

 

「なんで、そんな回りくどいことをするんだ?」

「いや、流石に公側の人間が怪物になる訳には行かないでしょう。それに、スーツだったら色々と後付けも出来るでしょうしね」

「彼らのスーツには、怯えや恐怖を打ち消す為の機構も備えている」

「俺達が天然で、向こうが養殖みたいなモンだな」

「そっか。じゃあ、私も言ってみれば怪人みたいな物なのかな」

 

 スーツの力で疑似的に怪人の力を再現しているとは言うが、自分の体に癒着しているということは、すなわち殆ど怪人と同じ様な物ではないか。

 感慨に浸った時。大坊から預かった例のクリスタルを思い出し、使用しても大丈夫なのかと軍蟻に尋ねると頷いた。

 

「大丈夫。予定外のトラブルが無ければ、お姉さんとベルトは分離できると思う。……ただ」

「ただ?」

「ベルトもお姉さんの一部。共生していた相手を剥がしたら、何が起きるかは分からない。そのベルトに助けられていたことも沢山あると思う。だから、もっと考えて」

 

 言われて、少し考えた。ベルトを分離したら日常に戻れるのだろうか? この荒れた皇で? 平和になった後にベルトを分離したとして。その時、自分には何が残るのだろうか。

 

「大体、こんな所か。お前ら、ご苦労だった。ゆっくり休んでくれ」

 

 フェルナンドに命令されて、各自部屋に戻って行く。桜井も部屋に戻る最中に考えていた。果たして、日常に戻るということはどういうことなのか。大坊がどの様な世界を齎そうとしているのか? ……そして、彼が遠くへと言ってしまったこと。胸が締め付けられるような気がした。

 



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善意という怪物 8

 

 桜井が部屋に戻ると、富良野が安堵の溜息を吐き出していた。現地に行って何があったかと問われ、事情を説明した所。彼女は頭を抱えた。

 

「なんで。あの人はあんなに極端なんでしょうか……」

「他に何も無いからじゃないかな」

 

 守るべき物も無ければ、帰るべき日常も無い。ただ一つ残ったのは、自分がヒーローであるという矜持のみ。今や、皇を食い尽くそうとしている。

 

「大坊さんが皇の打倒を望んでいるなら、既に悪の組織と言っても変わりないんじゃ?」

「でも、ジャ・アークみたいに無実の人は襲わないし、私を見捨てて放り投げた皇を倒してくれるなら、それもいいかもね」

 

 彼女もまた皇に見捨てられた者達の一人であり、パートナーとなるべき存在が居なければ、どうなっていたかを想像することは容易い。

 

「何も良くないですよ!? あの人らに政治とか出来るとは思えないし! 仮にあの人らが国を取ったら、何をしでかすか分かりませんよ!」

「それは、まぁ、確かに」

 

 急速に知恵を付けた可能性や、側近達が政治に詳しいかもしれないという想像が過ったが、確認のしようがない。

 

「でも、政府の対応が後手に回っているのは本当ですしね。何か打開策とか出してくれると嬉しいんですけれど」

 

 軍隊や警察も出動していたが、怪人と同等の力を持っているエスポワール戦隊に対処できず。加えて、怪人達が人を食らいながら暴れているとなれば、彼らの存在が危ぶまれる所だった。

 何の気無しに付けたテレビだったが、気の滅入るニュース番組が流れていたのでチャンネルを変えた。……が、どのチャンネルでも同じような放送が流されていた。

 

「緊急速報かしら?」

 

 映し出されているのは、皇の首相だった。相次ぐトラブルの対応に追われているのか、表情には生気が無かった。だが、用意した原稿を読み上げていた。

 

「以前より、ユーステッドを始めとした各国と協議を進めて参りましたが、皇の混乱を早期に終結させるべく、特例ではありますが、我が国の警察と軍隊にヒーローベルトとガジェットの配備を決定いたしました」

 

 会場内が騒めき、何名かの記者が退室した。残った者達が矢継ぎ早に質問を投げかけるが、用意されていた答えを返して行く。

 驚いていたのは、桜井達も同じだった。世論等に忖度してベルトを認めなかった政府が、公に配備を認めたのだ。

 

「先輩。コレって」

「遂に、国が動くのね」

 

 息を吞んだ。今まで、傍観者に過ぎなかった彼らが本格的に介入してくる。

 対応が遅すぎる気もしたが、国が動くのに必要な準備が整ったのだ。これからの皇がどうなって行くのか。まるで、想像が付かなかった。

 

~~

 

「連中を生かして捕えようと思うな!」

 

 首相からの宣言が出てから、僅か数時間後。全国のエスポワール戦隊支部に特殊部隊が集結していた。あまりに迅速な対応に、幾つもの支部が落とされていた。死傷者も出たが、同時に隊員達の捕縛にも成功していた。

 

「離せよ。チクショー!」

「おい、マジかよ。まだ小学生位のガキじゃねぇか」

 

 強化外骨格(スーツ)の下に居た者達の素顔は、驚愕の連続だった。中年も居れば、年若い女性もいた。中には、小学生高学年程度の男子も居た。

 

「政府の犬どもが! 本当に倒すべき悪党は他にもいるだろう! 俺達よりもそっちを取り締まりやがれ! 税金泥棒共!!」

「敗北主義者の加害者シンパ共め! 地獄に落ちろ!!」

 

 一様にして、誰もが異常と言える程に興奮していた。彼らを収監した後、支部を捜索すると、彼らの抱える正義の形を目の当たりにした。

 

「……イカレてやがる」

 

 施設内の奥深くには異臭が立ち込めていた。鉄格子で仕切られた場所には、ガリガリに痩せ細った老若男女がいた。特殊部隊員が入って来た時、這いずりながら近寄って来た男性がか細い声を上げた。

 

「た、す、けて」

「こちらデルタ。要保護者を発見、極度の飢餓状態にある」

 

 同様の報告は多数寄せられた。支部内部に監禁された者達がいる。彼らの多くは衰弱、あるいは死亡していた。彼らは何者かという質問に対し、捕縛された隊員達は自慢げに話していた。

 

「アイツらは悪人なんだ。怪人化して暴れていた奴から、他者に危害を加えたり、迷惑行為を行って居た者。人々からのリクエストや通報で捕縛していたんだ」

「捕縛した者達の多くが衰弱していた。糞尿も垂れ流しで、病気も蔓延していた」

「ワザとだよ。悪人に生存権は無いからな。本当は殺してやっても良かったんだけど、それじゃあ一瞬で終わるだろう? 地獄の苦しみの中で、人は初めて反省するんだよ。見せつけの意味もあって、偶に配信したりもしていた」

 

 何の悪気もない。むしろ、自分の行いは善行だと信じて疑っていない。悪人を倒すということは分かり易く、支持を集める方法ではあった。

 

「お前らがやっていることも鬼畜の所業だ。あのガリガリに痩せ細った人達を見ても、何の呵責も無いのか」

「ある訳無いだろ。アンタ、アクション映画とか見る? 悪人がぶちのめされて苦しむ様子を見て、心を痛める奴がいるか? 爽快でスカッとするだろ」

「現実は映画じゃねぇんだよ。罪は償う必要はあるが、アレはただの私刑だ。そんな物が認められていい訳がない」

「じゃあ、被害に遭った連中は泣き寝入りしなきゃいけないのか? あそこにいた奴らのせいで心を病んだ奴がいた。自殺した奴もいた。ソイツらの無念は晴らさなくていいのか。被害者よりも道理の方が大事か!」

 

 お互いに倫理観は抱えている。ただし、片方は一部の人種には全くと言っていい程適用されていない。故に、議論は平行線を辿るばかりで。改めてエスポワール戦隊と言う物の異常さと向き合うことになった。

 

~~

 

 捕縛されたのはエスポワール戦隊員だけではない。路地裏で、1人の男性が組み伏せられていた。腕に装着されていたリングは外され、近くでは肩から血を流している男性が治療を受けていた。

 

「もうすぐで救急車が来ますからね」

「た、助かった……」

 

顔は青褪めており、先ほどの今日も醒めていないのか。呆然自失なまま、救急車に乗せられて運ばれて行った。少し遅れて、やってきた護送車に怪人だった者達も運び出され、同じ様に聴取を受けていた。

 

「何故、貴方は怪人になったんですか?」

「じゃ、じゃないと! エスポワール戦隊に殺されるじゃねぇか!」

 

 彼もまた興奮状態であったが、別室で行われているエスポワール戦隊員とは違い、表情にはありありと恐怖が浮かんでいた。

 

「大丈夫です。私達は貴方に危害を加えません。この取調室も頑強な作りをしています。落ち着いて、話して下さい」

「……」

 

 キョロキョロと不安そうに周りを見渡して、一応の安全を確認できたのか。彼はボソボソと喋り始めた。

 

「お、俺。会社で働いていたんだ。ノルマとかも厳しくて、散々部下を怒鳴ったりもしていて。何人かは辞めたりもしていた」

「なるほど。世間で言われる『制裁』の対象になり得る行動ですね。ですが、ハト教などに避難も出来たはずじゃ?」

「俺が対象になるなんて思っていなかったんだ。だって、俺だってそうやって教えられて来たんだよ。殴られて、怒鳴られて、泣かされて。そうやって教えて来るのが正しいと思っていたんだよ。なのに、急にエスポワール戦隊だの制裁だの言われて、納得できるかよ!」

 

 前時代的な教育として、殴る蹴るなどの行為は珍しい物ではなかった。現代ではコンプライアンスやパワハラなどが声高に叫ばれ、減少傾向にあったが、今でも続いている所では続いているという。

 

「分かります。理不尽を押し付けられて来たのに、押し付けられるのは納得できませんよね」

「そうだろう!? 俺にこんなことをした奴らはノウノウと暮らしているのに。なんで、俺が制裁されなきゃいけないんだ!」

「それで。リングを入手したと?」

「入手したっていうか。渡されたって言うか……。辞めた部下が、自殺したって手紙と一緒にリングがポストに入っていたんだ」

「自分から取りに行った。という訳ではないんですね?」

「あぁ……。半信半疑だったけれど、数日後にエスポワール戦隊員達が部屋に押し入って来たから、慌ててリングを使って変身して逃げ出して……」

 

 喋っている内に男の目からは涙が溢れていた。彼が罪人であるかと言われれば、頷くしかない。だが、殺されるかもしれない恐怖に怯え続ける日々を強要するのは、個人が行って良い物ではない。

 

「逃げ回らなければいけない日々は辛かったでしょう。男性を襲っていたのは?」

「人を食えば、強くなるって聞いたんだ。殺される前に殺さなきゃって。どうせ、殺されるんだったら、今更殺す人間が1人2人増えてもって……」

「今はどう思っていますか?」

「……このまま。安全な所で置いて貰えるなら、捕まえて欲しいです」

 

 男は俯きながら言った。疲労困憊、疲れ果てた彼の懇願を無為にすることは出来ず。ベルトと共に導入された技術を用いた収監場所へと移送した。

 



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善意という怪物 9

 

 エスポワール戦隊にも動揺が走っていた。今まで静観することしか出来なかった政府が動いている。大量の支部が制圧され、捕縛を免れた者達は本部に終結していた。

 

「これだけか」

「うん。捕縛を免れても、保身の為に脱走した人達も少なくはない。ベルトの反応も消失しているから、何もかも捨てたと見て良い」

 

 脅威と理不尽に抗ってこそのヒーローではなかったのか。状況次第で逃げ出す程度の覚悟しか持っていなかった者達に対する憤りを超えて沸き上がったのは、窮地に立った今。なおも共に戦う仲間がこれほど居たということだ。

 逃げ出した者達の中にはカラードも居たが、残った隊員の中には、一番ランクの低い量産型強化外骨格(スーツ)を装着している者も居た。

 

「七海。彼らこそ、真の仲間だ。国から言われて、早々に市井に帰ろうとしたブルー達なんかとは違う。今度こそ! 俺と最後まで戦ってくれ!」

 

 賛同を示す様に応という咆哮が響き渡る。同時に、末端の者達が装着している量産型のスーツが色づいて行く。まるで、大坊の覚悟に呼応するようにして本人達も決意したかの様だった。七海が言う。

 

「リーダー。号令を」

「皆! 今度の敵は皇だ! 自由と平和の下に横暴を許し! 俺達ヒーローと言う自浄作用を阻む連中を許すな! 俺達が! 本当の皇を取り戻すんだ!」

 

 かくして。数年前、皇を守ったヒーローの矛先は翻った。人々の平和を願う善意はそのままに、人々の中に蠢く悪意と敵意を遥かに上回る憎悪と憤怒を抱えて、彼らは参上する。

 号令を飛ばした後、大坊は踵を返して指令室へと向かった。既にビリジアン達が準備を終えていた。

 

「リーダー。後はアンタが始め。って言ってくれれば、皇全国に放送できるぜ」

「そうか。では、ビリジアン。始めてくれ」

 

~~

 

「皇全国の皆。俺の名前は、もはや言うまでもないだろう。エスポワール戦隊リーダーの大坊乱太郎だ」

 

 皇全土に放送される。ラジオで、テレビで、ネットで。ありとあらゆる媒体で声明が表明されていた。当然、桜井達も見ていた。

 

「最近の皇の安寧が乱されているのは、一重に俺達の力不足だ。悪人共が裁きを受けることを良しとせず、その身を怪物に変えても生き永らえようとしている。実に醜く、浅ましいことだ」

「そうなるまで追い詰めたのは、この人なんですけれどね」

「リーダー。まさか、本気で」

 

 先日の会合を思い出す。彼は、皇その物を憎んでいた。非人道的な実験の末に自分達を生み出した事か。自分達の証とも言えるベルトの軍事利用を考えている事か。

 

「鎮圧の為に国が動き、俺の同志達も捕縛されている。この事態を喜ぶ者もいるだろう。だが、本当に良いのか? 俺達が敗れれば、この皇という国は元通りに腐って行く。裁かれなかった悪人共は、お前達の大好きなアニメや漫画を薄っぺらい倫理観で規制しようとするぞ。お気持ちの配慮を求める者達によって言論が弾圧を受けるぞ」

 

 だが、それらも一部に過ぎない。彼は、もっと大きな怒りを抱えていた。声に熱が入る。

 

「俺は、この皇が守る価値のある国だと思っていた。皆の未来のために戦えていることを誇りに思っていた。だが、実際はどうだ!? 今の皇は自由と平和を濫用するクズに溢れている! 怪人どもを倒して平和など訪れるか!? いや! 俺達が倒すべきは! こんな腐った人間どもを生み出す皇その物だったんだ!!」

 

 カメラが引き、大坊の前に目隠しをされた5人の人間が並べられていた。いずれも手足を拘束されて、顔面をグシャグシャに歪めている。大坊は手にしたレッドソードの切っ先を向けた。

 

「この男は! SNS上で誹謗中傷と差別をばらまいていた! 隣国の工作員から金を受け取ってな!」

「助けてくれぇ!! この国には言論の自由があるんじゃなかったのか!」

「人を苦しめる自由などいるか!!」

 

 振りかざした剣で男の頭を叩き割った。次に向かったのは、中年の醜い女性だった。

 

「この女は、自分の容姿や性別を武器にして若く才能のある女性達の活躍の場を潰す工作をしていた。女性の権利と自由を掲げてな!!」

「皆! これは弾圧よ! 私達の権利侵害を目的にした……」

「自由と権利を使って先に弾圧をしたのは貴様らだ!!」

 

 手にしていたレッドソードは巨大なハンマーへと変わっていた。爪先から、頭のてっぺんに至るまで丁寧に叩き潰した。骨が皮膚を突き破り、合間から血液や臓腑を垂れ流していた。

 

「俺は間違えた。この国は、自由と平和を取り戻すべきではなかった。故に、これから俺達は、お前達に預けた自由と平和を返して貰う! 差別をする自由、迫害をする自由、弾圧する自由。搾取する自由。俺が守った世界に、存在してはならない。止めようと思うなら止めて見せればいい。だが、もしも俺達の同志になりたい者がいるなら、付いて来い! 共に! 病に侵された、皇を救おう!」

 

 砂嵐が流れる。本気だった。大坊は、この国に戦争を仕掛けた。部屋の無線が鳴った。相手はフェルナンドだった。

 

「緊急招集だ。集まってくれ」

 

 富良野と共に訪れた会議室はすし詰め状態だった。ジャ・アーク本部のメンバー達が全員集まっているんじゃないかと思った。フェルナンドの隣にいるスーツの男は、桜井も見た事があった。

 

「フェルナンド! 隣にいる奴は、政府の関係者じゃ」

「その通りだ。さっきの放送を見て分かる通り、エスポワール戦隊はこの国に戦争を仕掛けやがった。見て見ろ」

 

 スクリーンが降りて来る。自衛隊基地などを映し出せば、支部襲撃の報復と言わんばかりに巨大な合体メカが暴れ回っていた。

 

「やれ! グレートキボーダー!」

『皇の自由は我々が守る! 煌めけ、希望の一撃! エスポワールキャノン!』

「来るぞ!! 各自散開! 強化済みの戦車も出せ!」

 

 敵も味方も全員がスーツを着用している。片や、量産型強化外骨格(スーツ)の制式仕様なのか、カラーリングは自衛隊仕様の物となっていた。

 一方、驚異的だと思った光景があった。エスポワール戦隊員と思しき者達には、全員がカラードに進化していた。銃剣型ガジェットをサイドアームズとして携行している者はいたが、全員が専用のガジェットを装備していた。会議室に詰めかけていた者達は息を呑んだ。

 

「御覧の通り、今やエスポワール戦隊員は一騎当千の者達が残っています。もはや、我々だけでは押し切るのは難しい状態になっており……」

「俺達に協力を打診しに来た訳だ。願っても居ないことだ」

 

 何の皮肉か。皇がヒーロー達によって倒されようとしていて、悪の組織に助けを求めている。富良野が声を上げた。

 

「何を考えているんですか!? ここで、ジャ・アークに協力して事態を切り抜けたとしても、どれだけの借りを作ることになると思っているんですか!?」

「では、このまま彼らに国が滅ぼされるのを見ておけというのか!? 国が綺麗ごとだけで成り立っていると思っているのか!!」

 

 政府の男が言うことは実際に正しいのだろう。綺麗ごとだけで国が成り立っていないこと位は富良野にも分かっていた。言葉に詰まった、彼女の代わりに桜井が口を開いた。

 

「なら、滅んじまえ」

「……な、何を言っているんだ」

「アンタらが自由と平和で腐らせてきた国でしょうが。正直に言うと、いい気味ね。私達が勝ち取った世界の意味も知らないで好き勝手に過ごして来たツケよ。いっそ、このままエスポワール戦隊に倒された方が良いんじゃない?」

「黙って聞いていれば、何が分かる! じゃあ、君は何か! 言論も思想も統制された国にでもしたいと言うのか!?」

「ここは議論の教室じゃねぇんだ。それに、あの女の意思がどうであれ。俺は最初からアンタらに協力するつもりだよ。リングを渡した仲だろう?」

 

 というよりも、協力せざるを得ないということは誰にでもわかっていた。運命共同体として、エスポワール戦隊と戦わねば明日はない。

 既に水面下で取り決めもされていたのか。トントン拍子で話はまとまっていた。捕縛していた怪人の釈放など、政府が堂々と犯罪組織と取引をする光景が繰り広げられていた。

 

「なぁ、黒田。コレヤバいネタじゃね? 今後、政府を揺すれるんじゃ?」

「そんな余裕があればな。今は、俺達の生存すら危ないんだぞ」

「金剛達も殺された。俺も強くなっている自信はあるが」

 

 各自の決意はもとより、皇全土を巻き込む戦争の火蓋は落とされた。関係者でない桜井と富良野は部屋へと戻っていた。

 

「どうして。こうなっちゃったんでしょうね?」

「……もしも、リーダーに帰るべき場所があれば違っていたかもしれない。善意と力以外何もなくて、変えるべき場所を変えられなかったから怪物になるしかなかったのよ」

 

 大坊は、ヒーローと言う役目から帰って来れなかった。変えられなかった。終わらないヒーローは悪を倒し続ける。怪獣、怪人―---—嫌われ者も含めて。彼は拳を振るい続ける

 



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善意という怪物 0

 

 皇に新生エスポワール戦隊が誕生するまでの間。大坊は、七海を連れて国内旅行に出ていた。身分や資金については、リチャードが融通してくれていた。

 

「大坊おじさん。これから、どうするの?」

「まずは、人助けだ。暴力は最終手段にしておけと言われた」

 

スポンサーからの頼みであるなら断れない。現状の皇を知り、如何に人々を助けるか、仲間を作るかという方法を知る目的もあった。

 

「どうやって?」

「暴力が駄目なら、話し合いしか無いな」

 

 偶然手に入れた新世代のスーツのおかげで、近隣の者達の嘆きや悲鳴を聞き取ることは出来た。今も、聞きつけたアパートに立ち寄っている。

 ノックをすると不健康そうな女性が出て来た。玄関から見える限り、部屋はコンビニ弁当のゴミなどが散乱していた。

 

「何か用ですか?」

「子供の泣き声が聞こえたので」

 

 指摘しても動じることは一切なかった。大坊がポケットに手を入れて、取り出したのはガジェット……ではなく、シングルマザー向けのNPO法人のパンフレットだった。

 

「もしも、辛かったり。助けが欲しい時にはご連絡いただければと」

「分かりました。今から、仕事に行くので」

 

 さっさと扉を閉めてしまった。だが、大坊には分かっていた。扉を隔てた先に、怯えて呼吸が早くなった子供が押し入れに隠されていること、先程の女性が声量を絞って脅しをかけていることも。

 もしも、今。変身して扉を叩き破って颯爽と連れ去ることが出来れば、あるいは、子供に危害を加える女性を斃すことが出来れば。幾つもの願望が胸中に渦巻き、動けなくなっている所で七海に手を引かれた。

 

「おじさん。児童相談所には連絡しておいた。多分、意味ないけど」

「ありがとうな」

 

 平和的な解決を望むなら、自分には先程の行動が精一杯だった。自分は司法の関係者でも無ければ、NPO法人のスタッフでもない。ただ、パトロンがいるだけの無職。

 社会的な信用は微塵もなく、常識も怪しい。自分にあるのは戦闘能力、勇気、正義感位だった。

 

「七海。次の場所に行こう。助けを求めている人は沢山いるはずだから」

「分かった」

 

 どうして皇で助けを求める声が止まないのか。人々を苦しめるジャ・アークは倒したはずだ。いや、やはりヤツらは生きていて邪悪を植え付ける洗脳電波でも流しているのか。怪人も悪の組織も無いのに、平和であるはずなのに。どうして、嘆きと悲しみが消えないのか?

 

「おじさん。耳、塞がないの?」

「泣いている人達の声を聴く手段があるのに、聞こえないフリをするのはヒーローじゃない」

 

 恐らく、それが利口な判断なのだろう。自分の体が一つである以上、出来ることは限られている。許容範囲を超えて気を揉んでも、心を擦り減らすだけだ。

 だが、大坊には出来なかった。戦隊で教育という名の洗脳を受けていたとしても、誰かを助けたいと思った善意は本心から湧き出た物だったからだ。

 

「皆を。助けて」

「勿論だ。俺はヒーローだからな」

 

 七海が大坊の手を握った。不器用で無知だけれど、誰かを助けたいと思っていることは本当だ。しかし、現実は映画やドラマの様には行かない。優しさだけでは何も救えない。

 数日後、件の女性が子供の首を絞めて殺害したというニュースが流れて来た。情報を知った時、大坊の手は震えていた。

 

「おじさん……」

「犯人は逮捕され、刑務所で更生を受ける。罪を犯した人間でも、やり直す機会が与えられる。平和な法治国家では、正しいことなんだ」

 

 彼女に説明するというよりは、自分に言い聞かせると言った方が正しかった。大坊は取り繕った様な笑顔を浮かべながら、七海の手を引いた。

 

「今度こそは、助けてみせる。行こう」

「うん」

 

 大坊は諦めずに助けを求める人達を探して回った。ビルの屋上から飛び降りようとした男性を引き留めて、休職などの仕組みや心療内科を紹介した。

 夏休みの終わりに自殺しようとした中学生を引き留めて、親を説得した。学校だけが子供の人生ではないのだと説得した。

 介護疲れから、妻を殺害しようとした夫を引き留めて施設を紹介した。街で見かけた非行少年達に更生施設を紹介したりもした。

 

「分かりました」

 

 誰もが見せかけの納得を返すだけだった。結局、男性は自殺した。親は学校に行かない我が子を恥じて、無理やり投稿させた挙句。いじめに遭って自殺した。老々介護に疲れ果てた夫は妻を殺した。非行少年達は、大人達の欲望のはけ口になった後、死体で発見された。

 

「平和って。なんだ?」

「おじさん」

 

 どんな強敵が現れても、ジャ・アークの卑劣な作戦が行われても挫ける事の無かった心には亀裂が走っていた。救えなかった命を知る度に、悲鳴を上げていた。

 誰かを苦しめる怪人も悪の組織も無い。皆が笑顔で幸せにいられる様に、仲間達と命を賭して平和を取り戻した。だと言うのに、こんなにも嘆き悲しんでいる人達がいる。

 

「俺は。何を守ったんだ? 何を信じればいいんだ?」

「お前は何も守れちゃいないさ」

 

 部屋で頭を抱えていると声が聞こえた。両断されたシュー・アクが傍に立っていた。ケラケラと笑う度に、振動で断面から内容物が零れていた。

 

「だから、言ったろう。ワシが皇を良くしてやると。この国の人間は善良を装っているが、互いに無関心なだけだ。だから、ワシが悪意をコントロールしてやれば、お前も容易く対処出来たろうに」

「俺は間違ったことはしていない」

 

 胸を貫かれたゴク・アクが優しい声色で喋る。あの時は、楽だった。命じられた悪を斃すだけで良かった。考えたり、苦しんだりする必要も無かった。

 

「俺達みたいに倒せばよかったじゃねぇか。お前は、ヒーローなんだろ?」

 

 現れたボロボロのガイ・アークは背後に大量の部下を連れていた。焼かれ、切られ、撃たれ、貫かれ、潰された者達は文句も言わずにジッとこちらを見ている。

 

「だが、平和を乱すなと」

「無理をするなよ。お前は、敵を倒す以外は何もできないバカなんだ。弱者を助ける制度の説明も出来なければ、人を丸め込むこともカウンセリングも出来ない。新たな法律や仕組みなんて作れる訳もない。平和な皇じゃ、お前は無能な無職なんだよ」

「うるさい。消えろ。亡霊どもめ」

「これがお前達の求めた平和と自由だ。用済みになったヒーローは邪魔でしかないんだよ」

「可哀想なヒーローだ。ワシがまた目的を与えてやろうか? 悪役を用意してやろうか? ヒーローにしてやろうか?」

「俺達にやったみたいに誰かを斃せよ。殺す事しか出来ないヒーローめ」

 

 笑い声が響く。レッドソードを振るうと妄想の産物達は雲散霧消した。ニュースでは娯楽の様に悲劇が報じられていた。大坊はリチャードに連絡を入れた。

 

「はい。リチャードです。どうかしましたか?」

「我慢の限界だ」

 

~~

 

「うわぁあああああ!!」

 

 飛び降りた男性を追い詰めた上司を殺した。自殺した中学生男子をイジメていた生徒達は、家族を含めて必殺技の餌食にした。非行少年達を食い物にしていた悪漢達を殺戮する様子はビデオカメラに撮影していた。

 

「おじさん。これで全部」

「ハハハ。容易いもんだ」

 

 倒すのは楽だった。相手の言い分を聞かなくても良いし、施設や支援方法を説明する必要もなければ、今から勉強する必要もない。相手の改心や更生を信じて待つ必要が無い。

 

「もう、大丈夫」

「ありがとうございます……」

 

 怯えて声を出せない者も居た。呆然とする者も居た。だが、非難して来る者は極少数だった。何よりも、助けた人間からの感謝に涙が零れた。

 

「七海。俺のやっていることって正しいと思うか?」

「正しい。おじさんのおかげ救われた人達がいる」

 

 法律的、倫理的には間違っている。だが、自分は正しさで人が救えただろうか? 文化的な話し合いやサービスの説明は誰も救わなかった。ヒーローとしての力を振るえば助けることが出来た。

 全てを否定するつもりはない。皇の制度が誰かを助けていることもあるだろう。だが、自分にはそんな知識はなかった。ヒーローとしての善意を蝕む現実に対する方法としては、力以外を振るう術はなかった。見て見ぬ振りも出来なかった。

 

「七海。俺のことをおじさんと呼ぶのは止めろ。人も集まって来た。俺は再び戦隊を作るつもりだ。その時は、リーダーと呼べ」

「……リーダー」

「よし。良い子だ」

 

 七海の頭を撫でようとして、手を引っ込めた。部屋内には、ビリジアン色の強化外骨格(スーツ)を着た者達やシャモア色のスーツを着た同志達が居た。

 

「リーダーか。良いね、俺達で一緒に世界を変えて行きましょうよ!」

「私達が付いて行きます」

「俺達は本当のヒーローになるんだ」

 

 大坊の決意は固かった。皇には今も理不尽と悲しみが存在している。自由や平和、権利と言った名目で封殺されている悲劇がある。

 

「この国は、俺達が変えるべき場所で、帰るべき場所だ。人々の善意を食い物にする悪人共を許すな」

 

 1人のヒーローが居た。人々の平和を願う彼の心は善意と勇気で満ちていた。

 1人のヒーローが居た。怪人と悪の組織を倒す為に戦い方を覚えた。

 1人のヒーローが居た。勝利した後は、平和が訪れると信じていた。

 勝ち取った平和に絶望しながらも再び立ち上がった、ヒーローが居た。

 



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最終決戦! 希望の未来へ!
ビッグ・ブラザー 1


 

 エスポワール戦隊、ジャ・アーク、政府。3つの勢力の思惑が錯綜している中、今まで抗争に関わって来なかった市民達も選択を迫られていた。

 

「ママ。怖いよ」

「大丈夫。パパも付いているから」

「お前達のことは、俺が守るからな」

 

 体育館を始めとした避難所には市民達が詰めかけていた。戦いの余波に巻き込まれない様に、肩を寄せ合いながら震えていた。

 表では、自衛隊員や政府から派遣されたユーステッドの軍人達が警備に当たっていた。彼らは避難して来る人々を何重にもチェックしていた。

 

「リングやベルトの持ち込みは無し。免許証、戸籍謄本確認。SNSや過去の発言に問題も無し。通せ」

 

 持ち物。本人の犯罪歴。SNSの書き込みなど。清廉潔白な人間だけが通過していた。一方、どれか一つでも引っ掛かった者は容赦なく弾かれていた。

 

「待ってくれ! ガキの頃に万引きしただけだろ!?」

「転売は犯罪じゃないだろ!? お前達、国民を守る軍人だろ!? 瑕疵がある奴は人間じゃねぇってのか!」

「黙れ。お前達がいると、他の者達にも危害が及ぶ」

「でしたら! この子をお願いします! 私はどうなっても構いませんから! この子だけは! この子は何の罪も犯していません!」

「……分かった。その子だけは預かります」

 

 弾かれた者達の恐怖が木霊する。中には自棄になった者が、リングを起動させて道連れを測るも、強化外骨格(スーツ)を着用した軍人達から一斉砲火を浴びて、肉片となり果てていた。

 保護して貰えなかった者達は逃げ惑う。あるいは、徒党を組んで生き延びようと企てるも。

 

「待て。避難所に逃げ込めていないということは、お前達は悪人だな」

「ち、違う! 俺達はただ避難し遅れただけで……」

「嘘は止めろ。お前達には『悪人』の証が刻まれているぞ」

「クッ。やるしかねぇ!!」

 

 皇と戦う決意をした隊員達は全員がカラードとなっていた。実戦経験も人食いも行っていない怪人達はなす術もなく一方的に蹂躙されるだけだった。

 

「もう、良い。お前だけでも逃げてくれ」

「バカ言わないで! だって、私達。来月には結婚するって……」

「エスポワール戦隊だ! そこの男! お前は、過去に珍走団にて近隣住民達に騒音と恐怖と言う苦痛を与えた! お前の様な屑が生きて良い筈がない! さぁ、お嬢さん。離れなさい」

「嫌! この人を殺すなら、私も殺」

 

 躊躇わずにクロスボウ型のガジェットの引き金を引いた。放たれた矢は、立ちふさがった女性の眉間を撃ち抜いていた。男は激昂し、リングを起動させようとしたが、バット型のガジェットで頭を打ち砕かれた。

 

「全く。悪人を庇おうという心持ちが理解できん!」

「ベゴニアさん! 次に行きましょう!」

 

いつもの様に勝利のポーズを決めることも無く、彼らは去って行った。後には2つの死体が残されていた。

 

~~

 

 全国のハト教の警備に当たっていた者達もまたカラードであった。人里から、少し離れた場所にあるだけに避難して来る者は少なかったが、いない訳ではなかった。

 

「な、なぁ。ここの施設に入れば殺されずに済むんだろ? 俺、真面目に改心するから、頼む。入れてくれ!」

 

 男は涙を浮かべながら懇願していたが、向けられる視線は侮蔑に満ちた物であり、年配の信者は頭を掻きながら言った。

 

「こうなるまで、反省しないという時点で手遅れなのですよ。ここに入信する者達は、どんな小さな罪でも自覚してやって来ているのです」

「……え?」

「要するに。貴方を受け入れる気はないということです」

 

 年配信者は、銃剣型のガジェットの引き金を引いた。放たれた銃弾は男の眉間を撃ち抜いていた。隊員達に引きずられて、死体は何処かへと運ばれた。

 

「本当に、これでいいんでしょうか?」

「稚内君。このハト教内には、君のお母さんもいるのです。一度罪を犯した人間は、次も何をするか分かりません。これも皆の為です」

「……分かりました」

 

 この施設を作ってくれた大坊には感謝しているし、母親の面倒を見てくれていた桜井にも頭が上がらない。同時に、播磨の陰謀を打ち砕いてくれた中田にも恩義を感じている。

 過去に悪事を犯した者でも更生することもあれば、誰かを助けることもある。だが、エスポワール戦隊は一切の可能性を否定する。これがおかしいということは、彼にも分かっていた。

 

「(もしも、基地が襲撃されたり、怪人達が狂暴化することが無かったら。こんなことにはなっていなかったのかな)」

 

 しかし、同時に怪人や悪の組織を許容することのできない気持ちもあった。桜井達の送迎を担当した後、本当に擦れ違いで基地が襲撃を受け、多くの同胞が亡くなったことも知った。

 

「(すまねぇ。桜井さん、中田さん。俺は身近な人を守るので手一杯だ)」

 

 稚内はコバルトブルー色になった強化外骨格(スーツ)を一撫でした後、見張りを続けていた。今度やって来たのは、若い男女の集団だった。

 

「さぁ、稚内君。準備をしなさい。彼らには悪人の証が浮かんでいます」

「……了解」

 

 今の自分を知れば、優しかった母親や桜井達は何と言うだろうかと言う考えが過ったが、首元に電流が走った瞬間。迷いは晴れ、手にしていたボール型のガジェットを構えた。

 

~~

 

「リーダー。この戦いの終わりは何処にあるの?」

「国会議事堂を占拠して、政府の関係者を人質に取る。そして、俺達に政権を渡して貰う。奴らが逃亡できない様に手は打っている」

「もしも、この皇を取り戻したとして。リーダーはどんな国にしたいんですか?」

「そうだな。まず、国民達の状況を知ることが出来る様に監視カメラの数をもっと増やす。一人一人の能力に合った仕事を国が手配し、作業場にもヒーロー達を置くだろう。それから……」

 

 貧困に喘ぐ人間が出現しない為にも、国民の財産を均一にすること。SNSや情報発信は必ず検閲を通すこと等。また、思想教育により自由が唾棄すべき物だということを根付かせるということ。

 

「最後に。国民はヒーローベルトの着用を義務付けることだ。介護や肉体労働なんかのサポートもしてくれるし、通信機能と変身機能も付いているから生活をより豊かにしてくれるだろう」

「逸脱した思考や犯罪を起こさない為に、盗撮、盗聴、思考操作の電流を適宜流せる仕組みも入れるんですよね?」

「勿論だとも。これも皆を守る為だ」

 

 管理社会(ディストピア)を目指そうとしている。リーダーが抱く未来を薄々と予想していた者達が集まっていることもあり、反対する者は誰も居なかった。

 

「それが。リーダーの考えた理想?」

「そうだ。頭が悪いから、お金が無いから、能力が無いから。人々の間に差があるから、悪は発生してしまうんだ。だから、俺達が皆を導かなければならない。ヒーローは皆の兄貴分の様なんだ」

「ビッグ・ブラザーって所ですかね?」

「良い響きだ。だが、これは通過点に過ぎない。皇の次はユーステッドを、全世界を。この世に存在するありとあらゆる悪と不幸を絶つ」

 

 既に思考に常識は介在しない。あるのは、誰かを救うべきだという善意。悪を倒すべきだという敵意。揺るがぬ決意を前に、不可能であるかどうかは関係が無い。動き出した彼らは止まらない。

 

「何処までも付いて行きますよ。リーダー」

「ビリジアン、皆。行くぞ。本当の戦いはこれからだ」

 

 国会議事堂前はありとあらゆる戦力が集結していた。中には、怪人の姿も混ざっていた。全員が戦意を高める様にして、ポーズを取った。

 

「俺達は! エスポワール戦隊!!」

「撃て!!」

 

 名乗り向上を上げた瞬間。彼らに対して、殺意の塊が叩き込まれた。奇しくも、彼ら演出する様にして巨大な爆発を起こしていたが、誰一人として散った様子はなく。怒号と悲鳴と必殺技が跋扈する戦場が発生した。

 



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ビッグ・ブラザー 2

 

「パチンコ店は潰せ! 賭博の禁止を謳いながら、存在を認めている皇の欺瞞は徹底的に叩け!」

 

 エスポワール戦隊の活動は人々への制裁に留まらなかった。パチンコ店や風俗、貸金業者等。法律や倫理観に引っ掛かりそうな、ありとあらゆる場所への攻撃が行われていた。

 

「皇は生まれ変わるんだ! 我らエスポワール戦隊の手で!!」

「調子に乗るんじゃねぇ!」

 

 だが、人々も何もしない訳ではない。強化外骨格(スーツ)を装着した自衛隊や派遣軍は勿論、その中に怪人化した者達の姿も混じるようになっていた。

 

「やはり、我が国はジャ・アークとさえ手を組んでいたのか! リーダーは正しかったのだ!」

「誰が追い込んだと思ってやがる! ぶっ殺せ!」

「お前達に負けはしない! この心に、希望がある限り!」

 

 質で勝負するエスポワール戦隊と数で対抗するジャ・アークと皇の連合。

 全国で戦争が行われている中、議事堂はエスポワール戦隊に占拠されていた。周囲には、自衛隊、派遣軍、リングを破壊された者達と変身が解除された隊員の死体が転がっていた。

 

「与党の先生方は丁重に扱え。野党の議員、エスポワール戦隊にバッシングを飛ばしていた議員共はそこに並べろ」

 

 一部の議員は隊員達に保護されるが、それ以外の議員達は一か所に集められていた。ガジェットを向けられながらも、彼らは毅然とした態度を崩さなかった。

 

「ククク。見ろ、こんなことをする馬鹿共はさっさと始末しておくべきだったんだ」

 

 パン。と、乾いた発砲音が響いた。悪態をついた議員の眉間には風穴が空いた。膝から崩れ落ちた男は、表に運び出された。

 歯向かうのは得策ではないと判断した彼らの視線は、大坊と対峙している神田首相へと向けられていた。

 

「どうも。初めまして、俺の名前は知っているよな?」

「勿論だとも。どうして、こんな愚かなことを」

 

 大坊や周囲のカラード達から殺気を当てられながらも、神田首相は一切臆することは無かった。

 

「俺はヒーローですから。悪を倒すのは使命なのです。首相ともあろう者が、俺達にして来た仕打ちを知らない訳が無いですよね」

「知っているよ。だとすれば、これは復讐か?」

「復讐? とんでもない。ヒーローの動機としては余りにも不純です。我々は皆の心の指標となるべき存在ですから」

「お前達が? 笑わせる!! お前達の幼稚で身勝手な正義が誰を幸せにした!? 人々に恐怖を与えて来ただけだろうが!!」

 

 自らの危険も顧みずに神田は咆えた。エスポワール戦隊の処刑により溜飲が下がった思いをした者達は居ただろう。だが、些事で命が奪われるという恐怖に怯えた国民も決して少なくはない。

 

「俺達の行動は首相の為でもあったんですよ? SNSでロビー活動をする工作員。好き勝手な記事を書いて、人々の怒りを煽り立てるゴシップ記者。エスポワール戦隊を糾弾し続けて来た議員や関係者。そいつらの処理も担当していたんですから」

「……誰に頼まれた?」

「俺達は固い絆で結ばれていますのでね。名前は死んでもばらせません」

 

 先程連れて行かれた議員達の中に居たのか。あるいは連れて行かれた者達全員か。ヒーロー達は、想像以上に皇の根深い所にまで食い込んでいた。

 

「では、復讐では無いなら。何が目的だ?」

「皇の再誕ですよ。この国は汚濁に染まりすぎている。日々を平和に過ごしている者が涙を呑み、誰かを嘲笑い、貶す物だけが得をする。そんなのおかしいじゃないですか」

「なるほどな。で、この行為は誰が喜んでいる?」

「必要なことです。そもそもの話、俗世に染まった者達が人をどうにかしようとするから歪が生れるんですよ。だから、俺達ヒーローが導かなければならない。誰よりも気高く、志の高い我々によってだ」

「面白いジョークだ。今後、皇の人々には悪口や暴言を吐いたり、誰かに迷惑を掛けている人間は殺しても良いと教えて行くのか。大したヒーローだ!」

 

 揶揄するつもりで言ったが、彼らは誰も笑いも怒りもしなかった。大坊は真顔のまま言った。

 

「はい。その通りです」

「……は?」

「人と言うのは善良な存在だ。道端で泣いている子供が居れば、話は聞いてやるし。落ちている財布は届けるのが当然なんだ。だから、悪事をする奴はおかしい。ジャ・アークやそれに連なる世界侵略を企む存在に決まっている」

 

 絶句した。この男は、人々が善良な存在であると信じて疑わない。逆説的に言えば、善良ではない存在は人として見ていない。

 

「壮大な陰謀論だな。では、私もジャ・アークの様に別世界から侵略して来たか。あるいは、復活した彼らのシンパだとでも言うのかね?」

「今は、疑っている状態ですね。既に仲間達からはジャ・アークと手を組んだという話も聞いていますので」

「殺すのか」

「いいえ、貴方ほどの能力を持っている人間を殺すのは惜しい。俺達と協力して、皇の再誕を手伝って貰います。おっと、その前に。お前達」

 

 大坊が合図を飛ばすと、集められていた議員達に一斉に攻撃が加えられた。悲鳴と断末魔が響き、阿鼻叫喚めいた光景をまざまざと見せつけられた神田は目を覆った。

 

「お前達は戦後、最悪の犯罪者共だ」

「でしたら、今後。俺達の様な存在が生れない様にするにはどうしていくべきか。一緒に考えましょうか」

 

~~

 

「狂っている」

 

 議事堂へと放っていた反町の子機から送られてくる情報を見て、フェルナンド達は冷や汗を流していた。野党議員達は人質に取るかと考えていたが、甘い考えだった。政府から派遣された男は膝を付いていた。

 

「そんな…………」

「おい、桜井。気分いいか?」

 

 処刑された者達の中には、エスポワール戦隊を糾弾して来た者達も居た。彼らが殺されて溜飲が下がったかと言われたら、そんな筈が無かった。

 

「聞かないで」

「その様子だと、お前はまだ正気みたいだな。うっし、時間が無い。攻め込む連中と本部を護衛する組と分かれる。

 

 時間は想像以上に残っていない。今、動かねば殺される。敵の懐に飛び込む者達は、前ジャ・アークの怪人達ばかりだった。

 

「僕達は本部からバックアップをする。既に交戦の為に外に出ている連中もいるし、リングも持って行って」

「逃げ惑っている奴らに渡すのか? でも、避難所に行こうとしている奴らとの区別なんてつくのか?」

「うん。避難所では、前科や評判をチェックする際。弾かれた奴に『証』を付けるから」

 

 軍蟻が手にしていたライトを掌にかざすと。『罪』という文字が浮かんだ。

 

「こんな細工が」

「普通の奴には分からないけれどね。でも、怪人化した皆にも見えると思う。その文字が浮かんだ人には、遠慮なくリングを渡して。戦力にも囮にもなると思うから」

「今もエスポワール戦隊員として活動している者達の殆どはカラードだ。激戦は必須になるだろう。目標は、議事堂にいるレッドだ。全員、敵を討つ時が来たぞ」

 

 ここに来るまでの間に沢山の仲間を失った。大なり小なり罪を犯した者の集まりだが、殺されなければならない程の事をしただろうか?

 ヒーロー。実績を残した善意と善行の代行者に送られる言葉ではあるが、今となっては響きすら憎い。

 

「生きて帰ってこいとは言わねぇ。俺も行く。決着を付ける時だ」

 

 宿命、因縁。ドラマティックに盛り上げられ場所は殆ど無く、只管に殺し合うだけの日々だった。だが、それも今日で終わる。

勝敗の結果はどうなろうとも。どちらか生きるか、くたばるか。どちらに転んでも皇の歴史に残る戦争になるだろう。今も壁面のパネルで交わされている命の遣り取りを見ながら、桜井は呟いた。

 

「何処で。止まれたのかな」



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ビッグ・ブラザー 3

 

「まだ、鎮圧できないのですか」

「それが。スペック上では、我が軍の強化外骨格の方が上のはずなのですが」

 

 派遣軍の司令。カーターはイラつきを隠せずにいた。当初の予定では、皇の情勢不安に付けこんで、彼らが秘匿していた強化外骨格(スーツ)の使用を公に認めさせ、ユーステッドの軍事力強化と鎮圧を成功させ皇に負い目を作るつもりでいた。

 だが、現実はどうか。改良前の強化外骨格(スーツ)を使っている者達は、カラードと呼ばれる段階にシフトし、派遣軍の者達と拮抗していた。

 

「たかが、不満を溜め込んでいるだけの貧民共が、どうして此処まで対抗できるのです? こっちの兵士達はスーツを使いこなせていないのですか?」

「習熟訓練は行いました。ですが、戦闘の様子を見て下さい」

 

 皇・ユーステッド・怪人達の連合には数の利があった。カタログスペック、装着者。全てが有利であるはずだが、エスポワール戦隊は怯む様子がまるで見当たらない。

 

「進め! これは聖戦だ! 見ろ! 国軍に怪人! 更には、海外の戦力も混じっている! 俺達の行いが、世界の邪悪にとって脅威であることは明白! 俺達ヒーローは理不尽に負けたりはしない!」

 

 攻撃が身体に命中しようと、破かれた腹から臓物が零れ落ちようと士気が一向に下がらない。時には倒れた仲間の死体を掲げて、弾除けに使いながら攻め込んでくる様に正気は見当たらなかった。

 

「驚いた。皇にはカミカゼ精神が受け継がれていたのか」

 

 カラードの中には、対象物を爆発させる能力を持っていた者も居たのか、仲間の遺体を爆弾にしては放り込み、あるいは負傷した物が自らを巨大な爆弾にして突撃して来た。

 

「やめろ。止めてくれ! なんで、ここまでするんだ!?」

 

 交戦していた兵士が声を上げた。だが、返事をする者は誰も居ない。必殺技とガジェットが飛び交い、死体だけが積み重なって行く。

 怪人、軍人、隊員。何故、戦うのか。人々を虐げて来た怪人も悪の組織も存在しないと言うのに、かつての戦いよりも凄惨な光景が広がっていた。モニタ越しに光景を見ていたカーターも息を呑んだ。

 

「何が奴らをここまで駆り立てているのですか?」

「分からない。まるで分らないんですよ」

 

 理解できない。意味が分からない。ただ、被害だけが拡大していく。前段階の支部の制圧は上手く行っていたと言うのに、計算外の事態ではあったがカーターは次なる一手を打つべく思考を巡らせていた。

 

~~

 

「ケンさん、中田さん。皆、無事に帰って来て下さい」

「当たり前よ!」

「決着を付けて来る。桜井、芳野のことを頼んだ」

 

 彼らを送り出したのが、ほんの1時間前の話。ジャ・アークの本部も決して安全な訳ではない。桜井の部屋に避難した芳野は、何をする訳でも無く膝を抱えていた。桜井も富良野も不安な気持ちは同じだった。

 

「早く、騒ぎが収まると良いね」

「そうですね……」

 

 沈黙に耐え切れず、富良野が口を開いた。この騒ぎは本当に収まるのか、自分達が無事でいられるのか。保証は何もないが、出来ることも殆ど無い。不安を紛らわす様に、楽しいことを考えていた。

 

「先輩。もしも、落ち着いたら。皆で一緒に出掛けませんか?」

「何処に?」

「何処だっていいんですよ。海でもいいし、テーマパークでも、カラオケでも、ファミレスでも……」

 

 非常事態だからこそ、何気なく過ごして来た日常が恋しく思えた。口に出せば、触発されたように楽しい思い出が想起された。同じことを思ったのか、桜井も微笑んでいた。

 

「そうね。あの大型スーパーに入っていたアイスクリーム屋も良かったしね。今度は、芳野ちゃんや皆も含めて一緒に行きたいね」

「私も。ですか?」

「嫌ですか?」

「いや、あの。その。今まで、誰かに誘って貰ったことが無かったので、ビックリしちゃって」

 

 組長の一人娘。ともすれば、周りが自然と距離を置くのも理解できた。加えて、エスポワール戦隊の存在もあったので、彼女と関わろうという人間も居なかったのだろう。誰が悪党の象徴である極道関係者と付き合いたいと思うか。

 

「だったらさ。平和になった後で、色々と出掛けようよ」

「そう。ですね。桜井さん達とのお出掛けって、きっと楽しいんでしょうね」

 

 緊張していた空気の中で、ほんの僅かに和やかな空気が生れた。次の瞬間、扉越しに聞こえて来た悲鳴に搔き消された。

 誰よりも早く行動したのは桜井だった。部屋内のパネルを操作して、軍蟻との通信を開くと、即座に繋がった。

 

「状況確認を!」

「攻め込んでくるのは想定内だった。でも、連中がアレを使っている事だけは想定外だった」

 

 モニタ内の映像が切り替わる。すると、巨大な人型ロボットや動物型ロボットが怪人達を蹂躙し、本部を攻撃している様子が映し出されていた。

 迎撃のために設置されていた火器が、随伴の歩兵達を挽肉に変え、機体にも損傷を与えるが撃破には至らない。

 

『グレートキボーダー・マキシマム! とっとと、後方支援を潰して、リーダー達の下に駆け付けるぞ!! 食らえ! シュヴィッツ・ミサイル!』

 

 機体達から一斉に射出されたミサイルが本部へと突き刺さる。すると、爆発する代わりにガスを噴射し始めた。吸い込んだ怪人達は喀血と嘔吐を繰り返して、倒れて行き、被害の拡大を防ぐ為にシャッターが下りて行く。

 

「嫌だ! 俺はまだ、死にたくな」

「助けてくれぇえええええええ!!!」

 

 虐殺としか言いようのない映像を見て、桜井達は青褪めていた。エスポワール戦隊は、本気でジャ・アークを皆殺しにするつもりだと。

 

「桜井達の部屋の非常口を解放する。出口は、君も知っている場所だから」

「待って! 軍蟻君達はどうなるの!?」

「伝達事項を伝えて、僕も脱出する。これ以上は盗聴の可能性もあるから、切る。生きて」

 

 怒号、銃声、爆発音を最後に映像は途絶えた。部屋内の本棚が動き、背後には地下へと続く階段が出現していた。迷っている暇はなかった。

 

「美樹! 芳野ちゃん! 先に行って!」

「分かりました!」

 

 恐怖で震えている芳野の手を取り、富良野は階段を駆けて行く。桜井は変身した後、周囲を索敵していた。震える手で聴覚の範囲を広げた。

 

「死ねぇええええええええええ!!」

「クソがぁああああああああ!!」

 

 悲鳴、絶叫、憎悪。肉が打ち付けられ、骨が砕け、爆発音が、銃撃音が、断末魔が響く。遠ざけて来た戦いが間近まで迫っている。足音が近づいて来る。1つと複数。バンバンと扉を激しく扉が叩かれる。

 

「入れてくれぇ! 助けてくれぇ!! 畜生! なんで俺が! クソ! 死ね! お前が死ね!!」

「ひっ」

 

 生を渇望する声に怯えて、桜井は貴重品を幾らか持ち出した後、本棚を元の位置に戻して、富良野達の後を追った。声は聞こえなくなっていた。

 

~~

 

「軍蟻。お前は、脱出できそうなのか?」

「うん。お姉さんたちと僕以外は全滅だ」

 

 依然として、エスポワール戦隊の破壊活動は続いている。幾らかは行動不能にまで追い込んだが、死を恐れない彼らを留めることは出来ずに内部への侵入も許していた。

 軍蟻は最後まで彼らをモニタリングしていた。彼らの異様な士気の高さはどのようにして保たれているのか。

 

「何か分かったか?」

「うん。怪人達が命がけで、隊員を捕獲して脳波を検査して分かったんだけれど」

 

 診療台に寝かされているカラードの隊員の四肢は無かった。大量の薬品を打ち込まれて、声を上げることも出来ないはずだと言うのに、射殺すような眼光に微塵の衰えも見えない。

 強化外骨格(スーツ)の下に居たのは、屈強な兵士でも精悍な男性でもない。何処にでもいそうな中年の女性だった。

 

「カラード達には、共通して流されている電流がある。今までも恐怖を拭ったり、士気高揚をさせていたりする役目もあったけれど。これは少し違う」

「どう違うんだ?」

「端的に言うと。特定の人物の思考へと書き換えようとする電流が脳へと流れ込んでいる」

 

 通信ではフェルナンドが溜息を吐いていた。既に幾度もカラード達と交戦している内に気付いたのだろう。これらの思考が、誰と似通ったものだということを。

 

「で。誰の人格に?」

「エスポワール戦隊のリーダー。大坊乱太郎に」

 



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ビッグ・ブラザー 4

 

「どうして、不幸は生まれるのだろう?」

 

 大坊が相互理解を諦め、ヒーローとして持っていた力で問題の解決に当たり始めた頃、彼の胸には疑問が張り付いていた。

 リチャードと共に料亭で豪勢な料理を食していたが、味は一切感じなかった。ただ、目の前の料理を嚥下していくだけの作業だった。

 

「簡単です。一人一人が違うからです」

「どういうことだ?」

「私達、ユーステッドの国は白人も黒人も居ます。差別も根強いです。貧富の差は皇よりも極端です」

 

 世間の常識に疎い大坊でも、それ位は知っている。ユーステッドは国土も広く、資源も豊富だが、未だにアパルトヘイトや貧困問題が後を絶たない。ジャ・アークも悪の組織も存在しないはずなのに。

 

「だとしても。誰かを傷つけたりするべきではない常識や倫理観は共有されているはずだ」

「甘いですね。貴方は人を信じすぎです。世の中には、人々を不幸にすることで富や名声を得ている者達も居ます。大坊さん達もそうではありませんか?」

「俺がだと?」

 

 眉間に血管を浮かび上がらせ中腰になった。今にも切り掛からん勢いだが、リチャードはまるで動じていなかった。

 

「考えても見て下さい。大坊さん。もしも、世界にジャ・アークや怪人が居なければ、貴方達はどうなっていたか」

 

 敵対する組織が無い以上、政府はエスポワール戦隊を創設したりはしないだろう。当然、大坊も引き取られること無く孤児院で過ごしていただろう。

 

「どう。なっていたんだろうな」

「普通の人間になっていたかどうかは私も分かりません。ですが、少なくとも今の様な身体能力を手に入れることも、七海さんや沢山の人達を救うことも無かったでしょう」

「だろうな」

 

 ヒーローでも何でもない自分は、虐待されている人間の声に気付く訳も無ければ、いじめやパワハラで自殺があったとしてもニュースとして聞き流すだろう。何故なら、それが普通の人間だからだ。

 

「一人一人が違う。つまり、他者の不幸なんて他人事でしかないのです。だから、誰かを傷付けても心を痛める訳がありません。いや、そちらの方が救いがあるかもしれませんね」

「救いが無い場合もあるのか?」

「ハイ。これは、過去にあった事例を調べてみたのですが」

 

 とあるシングルマザーの話だ。彼女は自らの子を衰弱死させ、世間からもバッシングを受けたが、素性を調べて行く内に彼女もまた、幼少期に虐待を受けていたことが分かった。

 誰かに優しくされ、共感性を得られることもないまま大人になった彼女は、知識も資金もないまま母親になった。両親すら頼れないまま、最後には子供への接し方が分からなくなり……。

 

「誰も彼女を助けなかったのか」

「他人事ですから。さて、大坊さん。貴方はこの件についてどうすれば良いと思いますか? 我が子を衰弱死させた冷酷非情な母親を殺しますか?」

 

 そんなことをしても何も意味が無い。だが、戦い続けて来た自分ができることと言えば、誰かを倒すこと位しかない。

 

「どうすれば救われたんだ。お前が、以前俺にやらせていた福祉の仕組みを覚えろとでも言うのか」

「そうですね。普通の人が、そう言った人々を救いたければ知識を身に着けることです。ですが、貴方はヒーローです」

 

 知らず内に握り締めていた拳が、リチャードの両手に包まれていた。

 自分の無力は散々実感させられた。それでも、助けられた誰かがいた。もっと多くの人に、救いを求める声に手を差し伸べたい。と思うのは、紛うこと無く彼の善意によるものであった。

 

「俺にしか、出来ないことがあるんだな?」

「えぇ。人は痛みを知らない限りは、何時まで経っても不幸に対して他人事です。貴方には皇と戦って貰わねばなりません。そして、全ての人々の心を善意で満たす必要があります」

 

 差別も、暴言も、誹謗中傷も、いじめも、パワハラも。ありとあらゆる暴力を振るう者達に対して、全てを上回る暴力で思い知らせる存在。

 

「出来るだろうか」

「出来ます。私が協力します。貴方はジャ・アークを打ち倒しました。復活した幹部達も討ち取りました。全ての理不尽に対する存在、それこそがヒーローなのです。下らない現実なんかに膝を折らせたりはしません」

「リチャード」

 

 目の前の男は自分と同じ決意を抱いている。自分と同じ志を持っている。共に世界の平和を目指す者として、彼らは再びエスポワール戦隊を作り上げていく。

 かつての様に、人々を脅かす悪の組織を倒す存在としてではなく。本当に打ち倒せねばならない、人々に巣食う邪悪と戦う為に。

 

~~

 

「だけどな。リチャード、俺はアイツらを信じるのに疲れた」

 

 見せかけの善意でもいい。嫌々、従っていても良い。自分が嫌われたとしても、皇から不幸が消せるなら、意味があると思った。

 だが、現実はそうならなかった。不幸があったとしても、やはり他人事。数は減れども、自分は大丈夫だと勘違いする無知蒙昧な人間は消えず。挙句、怪人化を経て更なる暴虐を巻き起こす始末。もう、信じられるのは仲間だけだった。

 

「リーダー。準備の方、出来ましたよ」

「分かった。やって行こうか」

 

 呼びに来たビリジアンと共に議事堂付近に停めてあるトラックの荷台へと移動した。内部を埋め尽くす程に巨大なガジェットが鎮座していた。

 

「遂に、皇が変わるんですね」

「ここまで付いて来てくれた事、礼を言う。お前の妹さんも報われるだろう」

「今更、よして下さい。俺は、アンタがいなけりゃ下らない倫理観と常識のせいで復讐を諦める所だったんですから」

 

 今日に至るまで、IT関連の仕事を一手に引き受けてくれた同志に対して大坊は感謝していた。

 

「そうだ。心清く、善良な者は救われなければならない。俺達は反省も改心も期待しない。仲間だけを信じる。やれ!」

「はい!」

 

 ガジェットを操作すると。台座の中央に青白い電流が迸り、荷台の天井を突きぬけて空高くへと放たれた。

 間もなく、変化が起きた。議事堂付近で交戦していた怪人や軍人達の様子に異変が生じていた。

 

「ど、どうした!?」

「お、あぐをゆゆ、ゆるさね“え”!!」

「ギャア!!」

 

 突然、同士討ちを始めた。彼らと手を組んでいたはずの怪人達は、訳も分からないまま攻撃を受けて倒れて行く。

 

「う、撃て!」

「侵略者共がぉああああ!!」

 

 ダメージも気にせずに突っ込んで来る。まるで、先程まで戦っていたエスポワール戦隊員の様だった。改良されたハズのスーツはアーミー色から、徐々に変化していき赤黒色へと変貌していた。

 一瞬先の未来を想像して、十字を切ったが意識が途切れることは無かった。変貌した隊員の胸からは刃が生えていた。

 

「レッド。じゃないな、だが雰囲気が近しい」

 

 獣じみた叫び声と共に大量の血を吐きながら、現れた怪人に対して反撃を試みたが、瞬く間に首が跳ね飛ばされた。だが、信じられないことに残された体は攻撃を続けようとしていた。

 

「!?」

「死ね」

 

腕を切り飛ばし、胴体を寸断して、ようやく動かなくなった。徐々に正気を取り戻しながら、面を上げると。赤毛の青年がいた。

 

「き、君は」

「一応協力という形にはなっているんだったな。俺の名は剣狼。ジャ・アークの幹部だ。軍蟻からの通信も途絶えた、何が起きたか説明し貰えるか?」

 

 軍人は先程までの事情を説明した。カラード達と戦っていたが、空に青い光が昇ったかと思えば、隊員達は突然撤退して、派遣軍や自衛隊が突如として同士討ちを始めたこと。そして、仲間の強化外骨格(スーツ)が突然変色したこと。

 

「確認するが。一緒に戦っていた奴は、エスポワール戦隊から紛れ込んだスパイ。という訳じゃないんだな?」

「……あぁ。身元は確認できているし、配給されたベルトの適性検査でも返信経験無しだってことは分かっていた」

 

 不可解な現象だった。つまり、全くエスポワール戦隊と関係が無く、僅かな時間しか変身していないにも関わらず。突如としてカラードに変貌したと。

 剣狼が試行していると、軍人が所持していた無線が鳴った。慌てて取ると、通信機からは怒声が聞こえて来た。

 

「こちら…聞こえるか…! 突然……が! 味方に攻撃を……!」

「どうやら、エスポワール戦隊の奴らが何かをした様だな」

「何が起きているんだ!?」

 

 彼の困惑に応えてくれる者は居ない。事態は止まることを知らない。気配を察した剣狼が男を掴んで飛び退いた。数舜後、彼らのいた場所で爆発が起きた。

 

「立ち止まるな! 走れ!」

「クソ!!」

 

 悲しむ暇も疑問を解決する時間もない。ただ、この流れに殺されない為にも、彼らは走る。

 



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ビッグ・ブラザー 5

 

 カーター達は逃げ惑っていた。引き連れて来た兵士達が突如として同士討ちを始め、護衛の者達も凶弾に倒れ行く。一体、何故、どうして? まるで理解できない裏切りの原因を探るべく、彼は無線機に呼びかけていた。

 だが、返事は無かった。無線が使えなくなる直前、自衛隊の者達も一斉に味方を攻撃し始めたと聞いた所から、軍に頼るのは危険だと考えた。

 

「クソ。選んでいられる場合ではないか」

 

 所詮はテロ組織。世界の警察たるユーステッドの威信を示し、利益を持って帰るはずだったと言うのに。無様に逃げ惑う彼を嘲笑う様にして、エスポワール戦隊のテーマソングが響いていた。

 

~~

 

 脱出口を降りて行くと、長い通路に出た。ポツンと電動自動車が1台だけ停まっていた。カギは掛かっていなかったので、乗り込んで電源を入れると音声ナビゲーションが流れ始めた。

 

『これは緊急脱出用の車両です。追跡を避ける為に、妨害電波を流しております。設定された目的地にだけ、向かう様になっています』

「何処に向かうんでしょうか?」

 

 モニタに地図と目的地の写真が表示されているが、富良野と芳野にはピンと来ない場所だった。一方、桜井には見覚えがあった。

 

「ここ。ジャ・アークの連中と決戦の場に使っていた採石場だ」

「よりによって。って、場所ですね」

 

 車は走り出す。念の為に富良野が運転席に座ったが、アクセルを踏まずとも進んで行く。戦場から脱したことを実感できたのか、大きく溜息を吐いた。

 

「私達。助かったんでしょうか?」

「ケンさんや皆も、ヒーロー達と殺し合いをしているって言うのに?」

 

 気まずい沈黙が辺りを支配した。自分達は逃げることが許されているが、あの場に居た者達はそうではない。では、彼らが死罪に値する者達だったかと言われれば、この場にいる者達は違うと言うだろう。

 罪を犯した者達であることは間違いない。人々に後ろ指をさされる極道者や怪人だったとしても、生活を共にすれば根っからの悪人でない事位は分かる。少なくとも、死んで欲しくはないとい言う情は湧いていた。

 

「でも。私達に出来ることは、無事に逃げること位よ。中田君や、皆から頼まれているんだから」

「……この戦いが終わったら、平和で正しい皇がやって来るんでしょうか?」

「先輩は、どう思いますか?」

「やって来ない。来るわけがない」

 

 もしも、皇や怪人側が勝者となれば。ヒーローに関する規制強化が入るだろう。だが、負った傷痕から考えてユーステッドを始めとした外国からの介入などで、国民の生活はより圧迫されるかもしれない。すると、元の生活に近しくはなって行くだろうと予想は出来た。

 問題はヒーロー側が勝利した場合だ。彼らの今までの活動を鑑みれば、マトモな未来がやって来るとは思えない。犯罪以外の悪事に対しても私刑を加えて行く先に待ち受けるのは、感情を優先させる獣の世界だ。いずれは、ヒーローが賛同する思想以外は認めない世界へと導くのかもしれない。

 

「桜井さん。何とかできないんですか? ヒーローなんですよね?」

「……私はもう、ヒーローを辞めたのよ」

 

 この避難とて決して安全な訳ではない。自分達の現在地がバレていない保証も無ければ、目的地に待ち伏せが無いとも言い切れないのだから。

 芳野も諦めたように口を閉ざし、車は一同を目的地にまで運んでいく。この争いは自分達には関係ない。いつもの様に震えて蹲っていれば、誰かが助けてくれると信じている。

 

「……誰かって。誰なのよ」

 

 移動している間に、どれだけ事態が進展しているのだろう。自分の目が届かない所で、昨日まで話していた知人や友人が傷ついて斃れているかもしれない。

 心が騒めくが、酷く冷静な自分も居た。行った所で何もできやしない。何かできると言うのなら、どうして大坊を止めなかったのだと。

 

「先輩?」

 

 車は採石場に辿り着いていた。騒ぎとは無縁で、人の気配も見当たらない。騒ぎが収まるまで、ここに居れば安全だとは思えた。今回もまた、自分は部外者で騒ぎに巻き込まれる被害者でいればいい。

 いい訳ならいくらでも思いついていた。ここにも悪漢が現れるかもしれないし、自分は中田達から頼まれている。彼女達から目を離す訳には行かない。車の機能を確かめていた。

 

「へぇ。ステルス機能もあって、耐久も問題なし。よし」

 

 桜井の腹部にベルトが浮かび上がっていた。皇に起きている現状に呼応するようにして、力強い光を放っていた。富良野が目を見開いた。

 

「バカなことを考えないで下さいね。中田さん達からも、私達を守る様に頼まれているんですよね?」

「違うのよ。多分ね、リーダー達が何かをしたんだと思う。ベルトに反応するような何かを」

「どういうことですか?」

 

 車外に出た芳野はスマホを開くと、動画サイトに投稿されている議事堂付近の映像を見た。頻りに空に向かって、青い電気が放たれては周囲に拡散していく意図の分からない動画ではあったが。

 

「多分、ベルトを強化する何かだと思う。だって、今の私。自分の思考が変だと思っているもの」

「分かる様に言って下さい!」

「私。行かなくちゃって思っている。リーダーに何か言わなきゃいけないって思っている。こんな勇気、私の中にある訳ないのにね」

 

 既に変身は終えていた。本来であれば、桜色の強化外骨格(スーツ)であったが、ほんのり赤味を帯びていた。芳野が小さく悲鳴を上げた。

 

「ひっ」

「あぁ、多分。リーダーの力を分け与えるとか、そんなのかな」

「行かないで下さい」

 

 富良野はポケットから包丁を取り出すと。自らの首元に切っ先を向けた。手は震えており、ほんの僅かな拍子で突き刺してしまうかもしれない。

 

「先輩が行くって言うなら。私、ここで自分を刺しますから。芳野さんに治療なんて出来ませんよね」

「あ。ぅ、え……」

「御免。止まってあげたいんだけれどね」

 

 桜井が手にしていた、鞭型ガジェット『ピンクウィップ』が富良野の全身に絡みついた。簀巻きになった彼女は、車内に放り込まれた。

 

「ふざけないで!! なんで、ヒーローってだけで、先輩が戦場に行かなくちゃいけないんですか!? 周りが勝手に馬鹿をしているだけでしょう!? なんで、そんな奴らの為に! 先輩が命を懸けなきゃいけないんですか!? おかしいじゃないですか!!」

 

 目尻に涙を浮かべながら叫んでいた。悪の組織も怪人達も居なくなったはずだったのに、人々はヒーローを求めた。

 正義を恐れた人々は、生き残る為に邪悪に染まるしかなかった。正論や善意は、個人で立ち向かうには余りにも強大だった。悪が膨れ上がれば、ヒーローも強くなる。サブカルチャーなら歓迎される拮抗だとしても、現実に起きれば脅威が膨らんでいくだけだ。

 

「そうね。ヒーローなんて碌なもんじゃない。もっとさ、ハト教とかみたいに。困っている人達だけを助ける存在で良かった。誰かを倒す存在になりたかった訳じゃないし、今でも好きじゃない。でも、一つだけ良かったと思っていることがある」

 

 フェイス部分を解除して、富良野と至近距離で顔を合わせた。二人の距離は徐々に近づいて行き、やがて0になった。互いの口は塞がっていた。

 

「貴女と出会えたこと。リーダーと私が違っていたのは、それだけだから」

「行かないで……」

 

 視界が掠れていく。意識も朦朧として生き、やがて思考も中断された。車内で何かしらの操作を行うと、車全体が周囲の景色に溶け込んだ。

 

「ヒーローって言うのは、皆の為なら。愛する人だって見捨てないといけないんですか?」

「愛しているからこそよ。芳野ちゃん、美樹のことをお願い。代わりに、中田君達のことを助けて来るからね」

 

 返事も聞かず、彼女はピンクウィップを構えると胸に埋め込まれたクリスタルと反応して、質量を増していきバイクの形を取った。座席に跨った彼女に対して、芳野は一声掛けた。

 

「皆と一緒に。帰って来て下さい」

「頑張る」

 

 遠ざかって行く桜井の姿が消えると、芳野は車内へと戻った。ただ、待つことしか出来ない現状にジィっと耐える様にして、頭を抱えていた。



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ビッグ・ブラザー 6

 

 剣狼達は追っ手を撒いたことを確認すると、その場に座り込んだ。道中で救助した自衛隊員は頭を掻き毟っていた。

 

「クソ! どうしてこんなことになったんだよ!?」

「とにかく、情報が欲しい。交信を取ってくれ。俺は周囲を警戒しておく」

 

 直ぐにでも戦闘を行える様に、全身に赤毛の剛毛と刃を生やした姿を見て、男は息を呑んだ。

 

「やっぱり、こうしてみると。怪人なんだな」

「でなければ、こんな死線で生き延び続けられる訳がない。現在は、自衛隊や派遣軍とは協力関係にあるはずだが」

 

 現在、皇が排除するべき脅威はエスポワール戦隊だ。怪人とも共同戦線を張っていることは知っていたが、納得のいかない蟠りはあった。

 

「分かっているよ。だけど、この脅威を退けた後。お前達は前みたいに悪事を犯すのか?」

「かもしれんな。じゃあ、この場で俺を殺すか?」

 

 支給されたガジェットが使えなくなっている以上、生身で挑むのは自殺行為にも等しい。無線で連絡を取ろうとした所で、通話口から怒声が飛んで来た。

 

「こちら○○基地! エスポワール戦隊から攻撃を受けている! 被害者多数! 負傷者も匿っている! 至急、応援を求む!」

 

 血の気が引いて行く。負傷者にまで手を出す所から、条約などを守る気が全くないことが分かったからだ。思考が停止しそうになった所で、肩を叩かれた。

 

「行くぞ。お前の名前は?」

「島野だ」

 

 剣狼の全身が膨れ上がり、巨大な赤狼に変貌するとアスファルトを蹴って加速していく。道中、立ちはだかったヒーロー達や変貌してしまった軍人達を撥ねながらも突き進む。

 

~~

 

 ○○基地はカラード達だけではなく、ジャ・アークの本部攻略にも使われていたサポートメカ達による襲撃を受けていた。戦車やヘリで応戦が行われており、爆炎が上がっていた。

 

「この国の真の守護者は、俺達ヒーローなんだよ!!」

『立ちふさがる障害は超えてみせる! 行くぞ! ブレイブ・スマッシャー・バスター!!』

 

 グレート・キボーダーよりも小型な人型兵器が右腕を翳すと、掌に出現した砲門から発せられた膨大な熱量の奔流が戦車やヘリを呑み込んでいく。

 やがて、攻撃の矛先が建物の方にも向けられた時。射線に割って入ったのは、巨大化した剣狼だった。

 

「この声、臭い。聞き覚えがあるぞ。お前、俺が腕を飛ばしたアイツか」

「犬野郎ォ!」

 

 ブレイブ・スマッシャーの搭乗者は高橋だった。右腕の義手はガジェット化しており、機体に直接繋がっていた。彼は剣狼の背後にある建物を見て、嗜虐に満ちた笑みを浮かべていた。

 

「お前が、この一撃を避ければどうなるか。分かってんだろうな?」

「三下が」

「皇の再誕の為に死ね!」

 

 建物を含めた射線状の物が焼き払われるかと思いきや、剣狼はその巨体から想像もできない程のスピードで突進を繰り出し、機体のバランスを崩した。上空に向けて放たれた光線は何かを焼き払うことも無かった。

 態勢を立て直すと、ブレイブ・スマッシャーは背中にマウントしていたブレードを構えた。その刀身は超高速で振動していた。

 

「ガァアアアア!」

「ウォオオオ!」

 

 二つの巨体がぶつかり合う。巨大な四肢で大地を踏み締め、縦横無人に駆け回る神話めいた狼と、片や化学力の結晶とも言える機動兵器。

 素早さで上回る剣狼が何度も攻撃を仕掛けるが、装甲を貫通する程の一撃を与えられない。やがて、痺れを切らしたのか高橋は目標を切り替えた。

 

「やめだ。お前1人を殺すよりも、アイツらを先に殺す」

 

 背後を向けて来るが、自分には相手の機体を破壊する程の一撃は放てない。戦況の不利を悟り、ここから脱することも考えたが、彼は高橋の前に立ちはだかった。

 

「そうはさせないぞ」

「そこまで必死に守るって事は。ソイツらも腐っていたって事か。丁度いい、まとめて始末してやる!」

 

 腕部の機関砲が火を噴こうとした瞬間。ブレイブ・スマッシャーに大きな衝撃が走り、爆発が起きた。見れば、一台の戦車が動いていた。

 崩れ落ちた機体から転がり出て来た高橋の姿は無惨な物だった。全身に鉄片が突き刺さり、至る所から血を流しているが怯む様子は見当たらない。

 

「何がお前を突き動かすんだ?」

「俺は……ヒーローなんだ。惨めで、哀れで、間抜けな役立たずじゃない。誰もが憎む悪を倒す、正義の味方なんだよ!!」

 

 右腕と一体化したガジェットは銃剣の形を取っていた。人間態に戻った剣狼は、両腕に刃を展開して、接近してからの肉弾戦を試みていた。

 

「ハッ!」

 

 上体を殆ど揺らさずして撃ち出された拳は、剣狼の顎を捉えた。打ち据える寸前に幾重もの刃を展開したが、自らが傷つくことも構わない覚悟を前にしては、微々たる損傷を与えるだけだった。

 

「死ね!」

「分かってんだよ!」

 

 腕部に展開した刃で胴体を寸断しようとするが、恐ろしい程の反応速度で肘と膝で挟み込んで刃を叩き折った。だが、二人の手は休まらない

 瞬時に爪先にブレードを生やして、脇腹へと突き刺すが瞬時に筋肉を硬直させ、彼の態勢を固定した。

 

「ウォオオオオ!」

 

 ダメージを気にせず動きを固定させた高橋の覚悟も凄まじいなら、即座に同じだけの覚悟を決めた剣狼もまた大した物だった。

 殆ど身動きの取れない状態で、上半身だけを使った殴り合い。叩き込める個所は殆ど決まっており、お互いの顔面を幾度となく打ち据えていた。鼻骨は折れ、歯は欠け、眼球が飛び出る。周囲でも自分達以外の者達による激しい交戦が行われているはずなのに、妙に静かだった。

 

「俺は。皇を。救うんだ。お前は、何故戦うんだ」

 

 皇を滅ぼす為か。ならば、自分が何をしなくともきっと滅びるだろう。止めたいということは、違う目的があるということだ。限界状態まで差し迫った今だからこそ、取り繕うことも無く考えが出た。

 

「俺は。芳野や中田のアニキ達が待っている、日常に帰るんだよ」

「化け物の分際で!!」

 

 高橋の叫びに怒り以外の物が混じった。倒すべき、蛇蝎の如く嫌われるべき、存在である怪人にさえ居場所がある。

 皇で生まれ、普通に育ってきたはずの自分が持ちえなかった物を持っている。友達も居なければ、帰りを待っている親も居ない。日常は自分を疎んじるばかりで、惨めな存在だった。ヒーローになった後は強くなった、誰かの役に立った、悪党に恐れられるのは気分が良かった。素晴らしい存在になれたのだと思った。

 

「(だって言うのに)」

 

 打撃の応酬は突如として中断された。高橋の首から銃剣が生えていたからだ。息を荒げていたのは、島野だった。

 

「剣狼! 大丈夫か!?」

「島野!! 避けろ!」

 

 致命傷を負った高橋は、残された力を振り絞り島野を突き刺した。剣狼は首を撥ね飛ばして止めを刺した後、倒れた島野に駆け寄った。医療用のジェルを塗り込むが、血が止めどなく流れて行く。

 

「ハハハ。あの化け物に、勝つだなんて。凄いな」

「喋るな。早く治療を」

 

 カランと手の上にドックタグとペンダントが乗せられた。

 

「悪いな、疑って。それ。届けてくれ」

「……分かった」

 

 命の灯が消えて行く。昔は何も感じていなかったはずだと言うのに、今はもうこの痛みになれることも出来なかった。天に向かって咆えた後、基地内で暴れているカラードや機動兵器の撃破に向かって動いていた。

 



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ビッグ・ブラザー 7

 

「出せ! この避難所に転売ヤーや誹謗中傷班がいるのは知っているんだ!」

「彼らは法の範囲での自由を順守している。裁かれるべき存在ではない!」

 

 事前チェックで犯罪者は省かれていたと思っていた避難所にもエスポワール戦隊は訪れていた。警備に当たっていた自衛隊員は強化外骨格(スーツ)を脱いで、標準装備で対峙していたが脳内には生存本能が警鐘を鳴らしていた。

 

「(コイツらは本気だ。恐らく差し出さなければ、押し入って目的の人物を見つけて殺すに違いない)」

 

 護衛に当たっていた男も、そう言った人物に対して思うことが無い訳ではない。

 だが、ここに辿り着いたときの怯え切った表情と入場が認められた時の安堵を見れば、彼らが死んでもいい人間とは思えなかった。

 

「自由だと? 他者を害し、阻む存在が認められる訳がない。誰かを傷付ける悪党の自由など排除して然るべきだ! どけ!!」

「どかない! 彼らは、俺達が守るべき市民だ!」

 

 立ちはだかる意思を露わにした所。カラード達が躊躇いも無く、ガジェットを展開した瞬間。彼らの体が燃え上がった。されど、悲鳴を上げることも無く攻撃して来た方へと反撃した。

 

「本当に化け物みたいな連中だな」

「ヘッ。こいつらはバケモンだよ」

 

 突如として現れたトカゲ型の怪人と魚型の怪人達に対して、即座に交戦に移った。自身の肉体が焼かれながらも戦いを止めない様子は異常だった。

 炎上を免れたカラード達も援護に駆け付け、新手の怪人達も現れて避難所前は戦場へと変わった。どうやって、避難するべきか思考が一瞬停止する中、片を叩かれた。

 

「助けたきゃ。コイツを使いな」

 

 振り返れば、カラベラの眼窩に青い炎を灯らせた男が居た。彼はリングを手渡して来た。資料で見た事はあるが、怪人化する危険物でありエスポワール戦隊と同等の脅威はあったが。

 

「変身!」

 

 躊躇うことなく、腕に装着して起動させた。全身が灰色の皮膚に覆われ、頭頂部に2本の角が生え、背中には昆虫特有の翅が生えていた。一連の流れを見ていたカラードが怒声を上げた。

 

「あんなクズ共を守る為に怪人になるとは。お前も悪党の仲間か!」

「俺は、市民を守る軍人だ!」

 

 怪人化したことでカラードと渡り合えるだけの能力を得たが、カタログスペックでは依然として相手の方が上だった。フェルナンドは、今しがた変身した者達に渇を入れる様に声を上げた。

 

「俺の期待に応じてくれた同志達よ! 俺達は守り抜こう! 奴らの正義に凌辱される程、俺達の自由は安っぽい物じゃないんだよ!」

 

 かつて、自分達を滅ぼしたヒーローを相手に果敢に立ち向かった恩師が掛けてくれた言葉。あの時は、力及ばず破れてしまったが、今の自分達には力がある。立ち向かうことが出来る。

 

「そうだぜ! 俺達は戦ってやる! テメェらの好き勝手にはさせねぇ!」

 

 避難所にはシャッターが下ろされ、表で激闘が繰り広げられる中。中にいる者達はただ恐怖に震えるばかりだった。

 

「ママ。自衛隊さん達を応援しないの?」

「静かにしてなさい!!」

 

~~

 

 胸のクリスタルに導かれるまま。桜井は議事堂へと足を運んでいた。門番に立っていた兵士達も、彼女を見るや素通りさせた。彼らに会釈をした後、進んで行った先に大坊が居た。

 

「ヒーローを辞めなかったんだな」

「何が起きるか分からない保険の為って意味もあったけれどね。でも、今の私は自分の意思だけで動いている訳じゃない。一体何をしたの?」

 

 奇妙な感覚だった。普段は消極的で事なかれ主義であるはずの自分が、この事態に対して何かしらの動きをしなければならないという強迫観念にも近しい物に駆られている。

 普段ならば無視できるはずだと言うのに、今は大切な人間を心配させてでも、危険な場所へと赴かなくてはならないと思っていた。

 

「スーツを通して、人々の思考を統一しようと思っていてな。お前にだけ効きが良くないのは、リチャードが残したクリスタルの影響もあるんだろうな」

「……思考を統一って、どういうこと」

「言葉通りの意味さ。色々な考え方や価値観があるから喧嘩も争いも起きるんだ。でも、考え方が一つだけなら皆が協力できるだろう? 困難な事態にも一緒に立ち向かえる。手をつなぎ合える。理想じゃないか!」

 

 そう語る瞳は余りにも純粋だった。残酷な位に透き通っていた。だが、桜井は察してしまった。全ての考えを統一するとまで言ってのけた彼の考えは翻してみれば。

 

「誰も信じていないって。こと?」

「……そうだよ」

 

 瞬間、周囲の温度が下がったと錯覚した。先程までの表情からは一転して、双眸はドロリと濁っていた。

 

「俺達は、皆の為。皇の為に戦い続けて来た。楽だった戦いなんて一つもない。でも、皆が笑い合える素晴らしい世界が来るならと思っていたさ。―――だって言うのに、現実はどうだ?」

「もういいよ。何回、その話題をしたと思っているの」

 

 現実についての愚痴を聞かされるのは沢山だった。実際に、桜井も最初は辟易としていた物の、馴染めば問題ないことは分かっていた。人々の諍いは、当事者同士に任せれば良いと思っていた。

 

「自分さえよければいいのか! 怪人や悪の組織以外に泣かされている者達がいるんだぞ! 俺達ヒーローが彼らの嘆きを無視したら、一体誰が彼らを救ってくれるんだ!?」

「私は! この国の困っている人達が救われなくても良いよ! リーダーに救われて欲しいんだよ!」

 

 もしも、大坊を知っている者がこの光景を見れば驚愕していただろう。どんな言葉にも動揺することの無かった彼が、焦燥を露わにしていたのだから。

 

「俺を。だと」

「もっと早くに言うべきだった。私、怖くてリーダーのことを遠ざけていた。だから、こうなるまで誰も止められなかった。今更だけれど、言うよ。出来ないって諦めようよ。無理だって、嘆こうよ。立ち向かい続ける必要なんてないんだよ。私達には出来ないことが沢山あるんだって。認めようよ」

 

 かつてない程に心が騒めいていた。今まで、期待をされて応えるのが当然だと思っていた。自分ですら、自分に言い聞かせていたのだから疑うことなんて今まで一度も無かった。

 もしも、このセリフを吐いたのが他者であるならば堕落を推奨する言葉として跳ね除けていただろう。だが、自分と同じ時間を過ごした彼女の言葉だからこそ、『エスポワールレッド』ではなく『大坊乱太郎』へと届いていた。

 

「……遅すぎるんだよ。もう、俺は引き返せない所まで来た」

「リーダー」

「俺は大坊乱太郎じゃない。エスポワールレッドだ」

 

 瞬間、周囲に人の気配を感じた。エスポワール基地跡地で見た例のステルス部隊かと判断した彼女は即座に窓を蹴破って出て行ったが、1人のカラードが待ち構えていた。自分の強化外骨格(スーツ)とよく似たカラーリングをしていた。

 

「貴女は」

「支えもしない癖に好き勝手に言いに来て。お前は何がしたいんだ!」

 

 薙刀の切っ先はピンクウィップの先端を寸断していた。直ぐに再生はしたが、目の前のシャモア色のカラードに逃がす気は無さそうだった。

 

「貴女は確か。ハト教にいた人よね」

「私のことなら後で幾らでも聞かせてやる。今、ここで! お前を捕まえてな!!」

 

 足止めを食らっている内に後続に、先ほどのステルス部隊がやって来た。逃走は困難を極めるが、何もしないという選択肢は存在していない。

 

「悪いけれど。私も捕まる訳には行かないの。帰りを待たせている子がいるから」

「お前だけ! 日常に戻って! この恥知らずが!!」

 

 再生したピンクウィップの先端が幾重にも分岐して、ステルス部隊を打ち据える。シャモアは襲い掛かる攻撃を全て切り落しながら、桜井へと肉薄していた。



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ビッグ・ブラザー 8

 

 姉は憧れの人物だった。先祖代々受け継いだ道場で師範として、沢山の人達に流派を教えている姿は今でも記憶に残っている。

 自分もいつか肩を並べるのだと。厳しい訓練を付けて貰った。何度も辞めるって泣きだした時も、優しく慰めてくれて。コンビニで甘いお菓子を買って貰った記憶がある。この幸せはずっと続く物だと思っていたけれど、現実は残酷で。

 

「お父さんは借金の連帯保証人になっていてね。相続はするかい?」

「……いえ、一切しません」

 

 突然やって来た人達は家も同情も全部取って行った。代わりに移り住んだ先でも学校は通えたけれど、生活は窮屈になった。お姉ちゃんは大学に行かずに働き始めた。

 

「大学。行かないの?」

「うん。早めに働いてみたかったしね」

 

 嘘だ。本当は生活費を稼いで、私に学校を通わせる為だって言うのを知っている。アレだけ握っていた薙刀も握らなくなって、姉は綺麗になった。でも、溜息を吐いたりすることが増えた。

 私も早く働いて、楽をさせて上げないと。勉強も運動も頑張った。おかげで有名な大学から推薦も来た。その事を話すと、姉は喜んでくれた。

 

「絶対に行きなよ」

「うん」

 

 推薦ということもあって学費もある程度は免除してくれた。後は、私が頑張って良い企業に入るかスポンサーに付いて貰えれば、ようやく姉を救えると。やっと助けて上げられると思って、友達から貰ったお菓子で細やかなサプライズパーティを開こうと思っていた。

 姉が返ってくる時間は何時も遅い。でも、一緒に晩御飯を食べる時間だけは大切にしていた。ドアが開いた、ただいま。と声を掛けようとして、異常に気付いた。お腹から血を流していた。

 

「どうしたの!?」

「窓から逃げて!」

 

 事態が呑み込めずに呆然としていると、知らない中年の男性が入って来た。手には血濡れた包丁が握られていた。言葉にもならない獣みたいな鳴き声を上げていた。怖くて、へたり込んでしまった私に姉が覆い被さった。

 何度も何度も衝撃が走る。姉も私も殺される。目を瞑ったが、やがて衝撃が来なくなった。恐る恐る、覗き込んでみると。全身真っ黒なラバースーツを着た男性が男の首根っこを掴み上げて……へし折った。

 

「大丈夫?」

「私より! 姉さんが!」

 

 背中には幾つもの刺し傷があった。助からない、どうしようも出来ない。絶望に包まれるそうになる中、駆け寄って来た少女がチューブの様な物を取り出して、傷口に塗り始めた。

 

「今、医療用のジェルを塗っている。助かるかどうかは分からないけれど」

「え!? 助かるんですか!?」

「助けてみせる。俺は、君達の様な理不尽に晒されている子達を救う為にやって来た、ヒーローなんだから」

 

 ドラマや映画だけの存在だと思っていた。間もなくして救急車に運ばれて行く姉を見ながら、私は声を上げた。

 

「あの! ありがとうございます! 名前を。名前を聞かせて下さい!」

「エスポワールレッド。皇に蔓延る理不尽を打ち払う者の名前だ。もしも、良ければ、俺達の仲間になって欲しい」

「私で良ければ!」

 

 結局、姉は完全に助かった訳ではなく、植物状態になっていた。

 事件の経緯を聞いた所、彼女は私を高校に通わせるために無理をしていた様で、でも、同僚からの評判も良かったとか。あの日、偶々頭のおかしな客に当たってしまったが故に起きた悲劇。

 そもそも、道場を手放すことが無ければこんなことも起きなかったんじゃないか? 今も、皇には理不尽で苦しんでいる人達がいる。でも、誰もが『可哀想』と言うだけで何もしない。警察や司法も見て見ぬふりする中、ヒーローは動いてくれた。誰もが無関心に切って捨てる中、彼は最後まで私達の為に動いてくれた。付いて行く理由は十分すぎた。

 

~~

 

「先程までのお前とリーダーの会話は聞こえていたぞ! 馬鹿なことを言ってくれたな!!」

「貴女達が縛り付けるから! 何時まで経っても、リーダーは自由になれないのよ! 彼は無敵のヒーローじゃない! 大坊乱太郎って人間なのよ!」

 

 薙刀とピンクウィップのぶつかり合いの余波は、後続に控えていたステルス部隊の接近を許さぬものとなっていた。

 

「その人間が! 仕方ないと、無理だと、出来ないと。諦めることをせずに、現実に立ち向かってくれたから! 私達は救われたのよ!」

「!?」

 

 シャモアの鬼気迫る一撃にピンクウィップが弾かれ、一瞬で組み伏せられた。強化外骨格(スーツ)の出力の違いからか、振り解くことが出来なかった。

 

「そんな存在を。ヒーローと言わずして、何という?」

「じゃあ、貴方達はリーダーを助けてくれているの?」

「勿論よ。私達は彼と一緒に、この皇の理不尽に立ち向かっている。私達みたいな存在を増やさない為にも。連れていけ!」

「はっ!」

 

 囲まれては逃げ出す術もなく、彼女は何処かへと連れられて行く。

 向かった先は議事堂内の一室だった。周囲にはセンサーや門番が立っていることもあり、ここが監禁用の部屋だと察しが付いた。

 

「お前のベルトを引き剥がすには、それなりの設備が必要だ。だから、剥ぎ取る様な真似はしない。馬鹿なことを考えるなよ」

 

 部屋内には議員達が集められていた。桜井もテレビで見た様なことがある顔ぶれもあったが、一番ピンと来た人間に声を掛けた。

 

「貴方は、神田首相?」

「君は……エスポワールピンクの!?」

「私のこと。知っているんですか?」

「あぁ。前任から引き継いでいているからね。君は何をしに此処へ?」

「リーダーと話をする為。だったんですけれどね」

 

 リーダーが大坊乱太郎という人間に戻って欲しいことを願っているのは自分位で、彼に助けられた者達はエスポワールレッドであることを望んでいる。

 

「そうか。私達を助けに来た訳ではないんだな」

「そうですね。私はもうヒーローじゃないんで」

「ハッハッハ。君は正直だな」

 

 ネットやSNSでは尋常ではない量の罵詈雑言と批難を浴びせられている人間ではあるが、話してみれば普通のおじさんと言った印象だった。

 これだけの大物と話せる機会なんて滅多にやって来る物ではない。桜井は、今日に至るまでの境遇を思い出して、彼に質問を投げかけた。

 

「首相は、私達を放免したことについてはどう思っていたんですか?」

「私は否定的な立場を取っていた。これは君達を支持する善意の様な曖昧な物ではなく、君達自身が皇の技術の結晶でもあったからね。君達を保護監視する方が楽だったんだがね。世論の動きは言うまでも無いだろ」

 

 中立性を欠いたマスコミやワイドショーの偏向報道。SNSや市民団体の過剰なロビー活動。元よりあった平和憲法と搦めて、争いの雰囲気を漂わせている彼らの居場所は瞬く間に奪われた。

 

「私達は戦隊時代にSNSを見ることは少なかったんだけれど、昔からこういう流れだったの?」

「いや、戦いが終わってから急速だった。恐らく、工作員が潜んでいたんだろう。何なら、今も海の向こうで工作は続いているだろう」

 

 伝聞程度に話しているが、彼ほどの立場なら詳細は分かっているだろう。分かっていても、どうすることも出来ない立場にもいるのだろう。

 

「私達はどうすれば良かったんでしょうか?」

「難しいな。私達が平和を維持しようと思えば思う程、言論の自由などは保証しなくてはならない。自由と平和に則った侵略は、暴力でも使わなければ止められないのだよ。それこそ、赤旗の国の様にしてな」

 

 自分達が守った国の市民が言うことならば。と、納得できるわけがない。平和や常識の中で圧殺される苦しみを知ったからこそ、リーダーは立ち上がったのだとすれば。

 

「じゃあ、私達が勝ち取った平和って。何ですか?」

「……」

 

 神田は桜井の質問に答えることが出来ず。暫し、気まずい沈黙が流れていた。

 



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ビッグ・ブラザー 9

 

 他の隊員達に倣い、島野を始めとした殉職者達に祈りを捧げた剣狼は、無線の情報から中田達が避難所にいることを聞いて、直ぐに駆けつけた。

 周囲には戦闘の跡が色濃く残り、避難民達を不安にさせない為にも、彼らは外で待機していた。出立した時とは違い、幾人かは居なくなっていた。

 

「ケン。そっちもご苦労だったな」

「中田のアニキ達も無事だったか」

「何人かはやられたけれどよ」

 

 並んだ遺体袋の中身は、どちらの物かは分からない。今だけは、利きすぎる鼻を恨みながら、見慣れない者達がいることに気付いた。

 

「そっちにいる奴らは? 自衛隊の奴らや民間人じゃ無さそうだが」

「こいつらは協力者だ。ユーステッド派遣軍の司令官。カーター様だよ」

 

 彼らの着ている衣服は薄汚く、顔から生気が消え失せていることから、何があったかは想像に容易かった。

 

「内乱を鎮める手助けをしに来たのに、とんだ災難だったな」

「そうだ! 軍でもない集団の暴動など、簡単に収まるはずだったんだ。だと言うのに、これはどういうことだ!?」

 

 声を荒げた。本来は楽な任務のハズだった。所詮は、市民が武装して暴れているだけ。正規の軍人が同じ装備を揃えれば、容易く鎮圧できる。その思惑は大きく外れ、もはや言い逃れ出来ない程の損害を被っていた。

 

「確かに。自衛隊も派遣軍も同士討ちが起きて大変だよな」

 

 フェルナンドは自然体で言ったが、カーターの胸倉を掴んでいた。カラベラの双眸が、彼の感情に呼応する様に蒼く燃え上っていた。

 

「ヒィ」

「自衛隊が強化外骨格(スーツ)を持っているのは良い。この国の産物だからな。だが、お前らユーステッドの正規軍が持っているのはどういうことだ? 門外不出の技術だったはずだ。皇政府とも協定を結んでいたはずだぞ?」

「そ、それは……」

「ホーピングの社長だったリチャードと軍が懇意じゃない訳がないよな?」

「横流しされていたのか。だとしたら、ニュースでやっていた配備って言うのも体裁か。本当は既に揃っていたんだからな」

 

 今回の鎮圧活動には、数が揃っていたベルトの辻褄合わせも含まれていたのだろう。図星だったのかカーターは何も言わなかった。

 一般市民でさえヒーローへと変貌させる変身ベルトを軍事転用すれば、世界情勢が変わりかねない程の力を得ることが出来る。公での所持や生産が規制される様な物だとしても、国を救う為。という建前なら、手にすることが出来た。

 

「じゃあ、アレか? アンタらは皇で俺達や悪党が殺されようが、八つ裂きにされようが。最終的にヒーローベルトを収穫できるなら、構わねぇと思っていたのか? ふざけやがって!」

「やめろ、中田。が、筋は通っているな。もしも、この邪推を一から予想してみるならば……」

 

 黒田は一旦考えを整理し始めた。リチャードや大坊の思惑を知る術はないが、目の前にいるカーターやユーステッドの考えを推測した。

 彼らは、皇で暴れている大坊の存在を知ったのだろう。単身で麻薬カルテルを滅ぼす程の力を与えるベルトがあるが、公に生産することは憚られる。各国からの批難は避けられない代物だったからだ。

 技術を盗むこと自体は容易い。皇はスパイ天国とも揶揄される程に情報の統制については緩い。手に入れた物を生産することは出来ても公には認められない。故に正義感だけ暴走させた人間達に与えて、脅威として認識される存在にまで成長させる。

 やがて、彼らが国に対してアクションを起こした時。脅威に対抗するべく、仕方なく目には目を。と言った常套句で、ユーステッドの軍人達はベルトを使うのだ。非難されるべき対象としてではなく、動乱の皇を収める良き友人として。

 

「後は、今後の脅威の為とか。適当に取り繕えば、ベルトも所持したままでいられる。と、俺の想像は何処まで当たっている?」

「全て誇大妄想です。皇の尽力により、ベルトを配備することが出来ました」

「配備した結果が同士討ちなんだから、笑えないな。こんな事態になった理由は分かっているのか?」

「私達も命からがら逃げだしたのです。理由なんて分かる訳がありません」

 

 再び、カーターは頭を抱えた。彼に聞いても埒が明かないと考えたのか、フェルナンドは傍らに居た白衣の男に尋ねた。

 

「先程、強化外骨格(スーツ)を装着した奴らの思考が特定の人間の脳波に通っているという話を聞いたが、そんなことはできるのか?」

「電流で脳を弄るというのは、本来。とてつもなく危ういことなんです。ロボトミー手術の例もある様に。脳への干渉で人格が変わることは往々にしてあり得ます」

「でもよ。性格は変わっても味方殺しや同士討ちするってのは、人格の変貌どころじゃないだろ? 誰かが乗り移ったみたいだったぜ」

 

 口を挟んで来た中田の説明にフェルナンドは頷いた。人格の変貌と言うよりも、誰かに乗り移られている。と言う方がしっくり来ると考えた。技術者も言い澱んでいる中。疑問に応える声があった。

 

「言い得て妙だ。乗り移られているって表現してもいいかも」

 

 声の下法を振り向けば、ボロボロの軍蟻が居た。千切れ飛んだ片腕からは黒い液体を垂らしながら、前身に夥しい数の傷があった。剣狼が駆け寄り、傷口に医療用のジェルを塗り込んでいた。

 

「軍蟻。よく、生きていたな」

「お姉さん達が使った脱出路が潰されていなかったのが幸いだった。ここに来るまでの間に、やられちゃったけれど。ボス、報告の続きだ」

 

 彼は残った腕で懐から半壊のベルトを数本取り出した。いずれも交戦の激しさを騙る様にしてベッタリと血液が付着していた。

 

「こいつらがどうかしたのか?」

「そこの技術者のお兄さんには話が通じそうだから聞くけれど、このベルト。リチャードが使っていた物と一緒だよね?」

 

 白衣の男はカーターに睨まれるが、体裁を取り繕うより優先するべきことがあると判断したのか。頷いた。

 

「はい。派遣軍が使っているベルトは、リチャード氏から横流しされた物であり、エスポワール戦隊が使っている物を改良したものとなっています」

「素直に白状してくれたことに感謝する。だとしたら、これらのベルトには元になった物がある。一から作るのは大変だからね」

 

 合理的思考で知られるユーステッドの者達ならば、技術を解体して一から組み上げる等と言う手間を踏むよりも、既製品をコピーして改良して使いまわした方が良いと判断するのは妥当だった。

 

「参考にしたベルトは言う必要も無ェだろうな」

「お姉さんのベルトを研究していたから分かる。生体癒着型のベルトは宿主の情報も記録している。思考や知能も含めてね」

「言ってみれば、ベルト装着者は全員レッドの兄弟みたいな物だってことか」

「ハッ! バカバカしい! ならば、なんですか。強化外骨格(スーツ)を通して、レッドのイタコ・スピリチュアルでも行われているとでも言うんですか!」

 

 カーターが揶揄を含んだジョークを飛ばすが、軍蟻は笑いもせずに頷いていた。

 

「うん。量産して、改良しても逃れられない程に。あのベルトには『大坊乱太郎』という男の精神が宿っている。連中が外で行っている送電は、自分を呼び起こす為の物だ」

 

 カーターの顔が青ざめて行く。世紀の兵器としての運用は、内部に仕込まれた狂人の精神汚染という爆弾によってガラガラと崩れ去って行った。

 



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ビッグ・ブラザー 10

 議事堂内。エスポワール戦隊員によって連れ出された議員達は解放された訳ではなかった。神田首相達とは別の部屋に閉じ込められ、変身ベルトを装着させられていた。

 

「まさか、私達にも戦えということではないだろうね」

「ヒヒヒ。大丈夫ですよ、そんなことはありません。でも、何があるか分かりませんからね。議員の皆さまを守る為にベルトを装着して貰っているんですよ」

 

 騒ぎの原因がエスポワール戦隊にあることは間違いないが、抗議をすれば何をされるか分かった物ではなく、彼らは口を閉ざしていた。

 ベルトの装着感は不思議な物だった。腹部を圧迫する様な物でも無く、体内で活気や元気の様な物が生み出されて行くような気がした。何なら、この緊張状態も緩和されて行くような気がした。

 

「なるほど、これが。君達の装着しているベルト……なんだな」

「そうですよ、石井先生。我々はこの力を使って、皇の悪を退治しているのです。……例えば、下らないロビー活動をしている工作員共とかね。先生も迷惑していたでしょう?」

 

 マスメディア等は報道しないが、昨今の民間団体による政治的な活動には、隣国の工作員や過激派思想の者達が関わっていることは、彼らも分かっている。

 法治国家としては話し合いで解決するべきだという体裁はあったが、足元に集る虫共が暴力で蹴散らされて行く様子も見ていた。

 

「これを言うのはどうかと思うがね。……正直、爽快だったよ」

「流石。先生、話が分かるじゃないですか」

 

個人が所有する暴力など、警察や自衛隊によって簡単に鎮圧される物だが、エスポワール戦隊は違っていた。彼らはヒーローであり、現代の装備を凌駕する性能を持っている。

今、その力を自分が装着している。ベルトのバックル部分を押し込めば、変身できる。というのも分かっていた。目の前にいるホワイトのカラードは、一言呟いた。

 

「ヒヒヒ。先生も。一緒にヒーローをやりましょうよぉ!」

 

 いつ追われるか分からない権力だけではなく、物理的に敵を打ち据える力も手に入る。既に石井は正気ではなく、彼は変身を実行した。

 全身が強化外骨格(スーツ)に覆われていく。力が漲り、脳髄に電流が迸った。視界が開けたような気がした。

 

「勿論だ。そうだ。皇は生まれ変われるべきだったんだ。私達が講堂を支配していた時の様に。外圧に苦しみ、頭を下げ続ける情けない皇ではない。未来を信じられた、あの頃を取り戻す必要があるんだ!」

「い、石井さん?」

 

 荒唐無稽。誇大妄想。年を経れば得られるはずの常識や老獪さが抜け落ちたかのようだった。気づけば、また1人。新たにボタンを押していた。

 

「そうだ。この国を導いて来たのは私達だ! だと言うのに、老害だの好き勝手言う連中に、見せてやらねばならん!」

 

 1人の決意に呼応するようにして、連行した議員達がまた1人。ヒーローへと変身していく。その様子は、桜井達の部屋に設置されているモニタにも映し出されていた。神田が咆えた

 

「バカが!」

「嘘でしょ?」

 

 政治家達までもが変身するとは考えてなかった。全員が、まるでレッドの考えに呼応する様にして理想と希望を語っていた。

 1人、また1人とガジェットを起動していく。全員が変身すると、ホワイトに引き連れられて部屋を出て行く。暫くして、ドアがノックされた。

 

「首相! 皇は、エスポワール戦隊の下に生まれ変わるべきです!」

「さぁ、私達の仲間になって下さい!」

「やめろ!」

 

 飛び出して来た戦隊員達に拘束され、瞬く間に変身ベルトを巻きつけられ、起動させられた。全身に強化外骨格(スーツ)が装着されると、地面に伏せながら彼らを見上げた。

 

「私は、屈せんぞ……」

「神田さん!」

 

 桜井が急いで神田の変身を解除しようとするが、ホワイトが立ちはだかった。

 

「ヒヒヒ。リーダーの同期って事は、君のベルトもオリジンなんだよね。ちょっと研究してみたいけれど、ここには設備が無いからね。残念だねぇ! 弄り対象の高橋の奴も死んじゃったし……。君の仲間に殺されてサァ」

 

 目と思しき部分に人差し指を当てて、悲しむようなジェスチャーを取っているが、マスクに覆われている表情がどの様になっているかは分からない。

 

「人を殺しているんだから。自分だけ殺されないなんてこと、ある訳ないじゃない」

「ヒヒヒ! 嫌な奴は死んで当然って思うタイプゥウウ? だったら、リーダーと一緒にエスポワール戦隊の活動を手伝って欲しかったなぁ! リーダー! 君のことが大好きだったモン!」

「お前がリーダーを語るな!」

 

 自分でも信じられない程の声量が出ていた。だが、目の前のホワイトは動じた風もなく、依然としておどけ続けるだけだった。

 

「でも、最近のリーダーの隣に居たのは僕達だから! 僕達はリーダーに付いてく!」

「貴方も。世界が自分達みたいな奴らばっかりになれば良いと思っているの?」

「当然さ! 多様性とか、自由とか。そう言うの要らないから! 正しさこそが大事なんだよ! それこそが皆を幸せにするんだよ!」

「……世界がアンタらみたいな正しさで埋まったら終わりよ」

「いいや、始まりだよ。何故なら、僕達はヒーローだ。正しさの象徴なのだから」

 

 神田首相が何処かに運ばれて行く。取り返そうにも、周囲から牽制されていて動けずにいる。結局、自分は最後まで役立たずだと言うのか。

 

「さぁ、最終章だ。僕達で皇の希望の未来を導くんだ!」

 

~~

 

 避難所にて、残った片腕で自衛隊の者達が使っていた設備を遣いながら、軍蟻は現状の周辺を確認していた。

 

「あの電波は、ここら一体のアンテナを介して広範囲に拡散されている。アレが無くならないと自衛隊も派遣軍もスーツを使えずに、抑止力が足りなくなる」

「では、どうすればいいのです?」

 

 カーターはいら立ちを隠しもせずに軍蟻に尋ねた。すると、彼は懐から粘土の様な物を取り出した。

 

「本部で脱出ギリギリまで作っていた、同化電波の妨害装置を埋め込んだ物だ。マップ上の、ポイントを打った位置に設置して作動してくれたら、この付近の異常だけは収まるとは思う」

 

 設置数は決して少なくはなく、辿り着くまでに襲撃が無いとも限らない。悪人ではないからと、蹲っていても事態は好転しない。中田は、カーターの脇腹を突いた。

 

「で、ユーステッドの司令官さん。アンタも協力してくれんのか?」

「どうして私が!? 被害に遭っているのですよ!?」

「だけどよ、ここで何もしなかったら。アンタの立場もヤバくなるんじゃないか?」

 

 派遣された軍人達に被害を出しただけで終われば、責任の追及は免れないだろう。言い訳をするにしても材料は必要だった。

 

「わ、分かりました。私も動くしかないのですね」

「よっし、自衛隊で動ける奴にも連絡を入れて貰えないか?」

「……今は、仕方なくだからな」

 

 フェルナンドに指示され、自衛隊員は基地へと連絡を取っていた。その間に、軍蟻が皆を手招きしていた。

 

「これだけ意図的に動くんだから、向こうも反応して分散してくると思う。だから、何人かは彼らの護衛に付いて欲しい」

「分かった。もし、部分的にでも解除されたくない場所があるとすれば何処だと思う?」

「勿論、議事堂付近。だから、ここら辺は剣狼や実力者達が向かって欲しい」

 

 避難所に近い場所は自衛隊や派遣軍に任せ、議事堂付近は剣狼や中田達が行くということで方針が決まった。

 

「よし。連中が勘付く前に動くぞ」

「えぇい。どうして、私がこんな目に!」

 

 怪人達とカーター達は一斉に動き始め、やがて彼らの動きに反応する様にしてヒーロー達も動き出していた。

 



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ビッグ・ブラザー 11

 悪の組織が倒されても、貧困が解消される訳でもない。

 太田の家庭はシングルマザーであったが、彼は己の境遇を嘆いたことは無かった。流行のゲーム機が無くても、塾に行けなかったとしても不自由をしたことは無かった。顔も知らない父親は、養育費も何も入れなかったが自分に頑強な肉体を残してはくれていたのだから。

 類稀な運動神経を持っていた彼は、直ぐに頭角を現し始めた。高校球児として華々しい結果を残した彼は、当然の様にプロ入りを果たした。

 

「プロの世界は、やはり。厳しい場所で……」

 

 直ぐに活躍が出来た訳ではなかった。プロの世界では辛酸を舐めさせられることも多かったが、むしろ挑戦するべき課題の多さに奮起したほどだった。この頃が、彼の人生で最も充実していたと言っても良い時期だった。

 だが、転落の時期は訪れた。もしも、成果が振るわずに凋落したのであれば、彼も納得はして次の道を見つけていただろう。

 

「え? 野球賭博?」

 

 チームメイトの数人が野球賭博をしていたことが発覚し、無関係であった太田にも疑惑の念が向けられた。自らの身の潔白を証明する為と言うのなら、まだ我慢は出来た。

 

「息子さんのことについてですが、お話を聞かせて貰えないでしょうか?」

「ウチの子に限って、一切その様なことはありません」

 

 残された母は気丈な人間だった。弱った体で毅然と言い返す姿を息子ながらも誇らしく思えた。だと言うのに。

 

「息子さんについて。何か」

「アイツはガキの頃からロクでもない人間でした。何を考えているか分からない不気味な奴で……」

 

 初めて顔を知った父は熊の様な体躯をしながらも、貧しい心をした男だった。

 平和とは何も良いことばかりではなかった。刺激を求めた大衆、輝かしい舞台で活躍する選手に妬み嫉みを向ける者達は、存在するはずの無い罪を血眼で探し、あること無いことを風潮した。

 そして、彼らの嫉妬を嘲笑う様にして太田は活躍を続けた。もしも、これが物語であれば、自分に掛かった疑念を実力1つで黙らせた爽快な話として終わっていただろう。だが、この話には続きがあった。

 

「太田! 病院から電話が!」

 

 母が刺された。病院での治療も空しく、彼女は無くなった。

 犯人は父親だった。拘置所で、出会ったとき。初めて親子として会話をした。

 

「俺は悪くない。周りの奴らは、皆。俺のことを悪者にしやがるが、あんな風に話せって言ったのはマスコミの奴らが台本を渡して来たからだ。お前らもそうだ。自分達だけで幸せになりやがって」

 

 聞くに堪えない醜悪な物だった。世間では心配をしたり、励ましたりしてくれる声も多々あった。だが、善意よりも悪意の方がはるかに強かった。

 マスコミは飛びついた。動画配信者やネットのまとめサイトも飛びついた。有名人の不幸は話題になり、好奇心とゲスの勘繰りにより、彼の心がどす黒く染まることも無理はないことだった。

 

「太田。世間の声なんて無視しろよ。俺達は、お前と野球をしたいんだ」

「監督。そう言って貰えて、本当に嬉しいです。でも、有名税だとかなんとか言って、俺や母さんの不幸を食い物にする連中がいるのが許せないんです」

 

 彼はユニフォームを脱いだ。程なくして、皇を騒がせている男と出会った。

 

「太田投手。俺を尋ねに来た用件は分かるぞ。もう、マウンドに立つつもりはないんだな?」

「はい。俺は、人の不幸を食い物にする連中を皆殺しにするって決めたんだ」

 

 仲間の絆も。幼少の頃から培って来た才能と足跡も彼を引き留めるには至らなかった。彼の心は怒りに満たされていた。

 

~~

 

「来たか」

 

 議事堂付近の護衛を任されていた太田は、全身に青色の強化外骨格(スーツ)を纏っていた。手元の専用連絡端末には、敵対者達が電波の発生個所に向かって動いているという情報が入っていた。

 

「ジャ・アークの怪人達も確認されていますね。あのタイプは、話に聞いていた槍蜂と言う奴だと思います。それと……」

 

 僅かに日野の表情が揺らいだ。スコープを覗いた先には、見知った顔が居たからだ。彼の変化を感じ取ったブルーが短く呟く。

 

「誰が来ても関係ない」

「そう。ですね」

 

 唇を真一文字に結んだ。例え、自分のことを気に掛けてくれる先輩の恩師だとしても手心を加える理由にはならない。自分はヒーローなのだと、日野は自らに言い聞かせていた。

 

「こっちです」

 

 槍蜂は自らの分身を出して、洗脳された者達の哨戒ルートを避けつつ。目的地へと向かっていた。その便利さに中田は驚嘆していた。

 

「お前の能力って便利だな」

「静かに。結構、集中力と体力を使うんで」

「ちったぁ、静かにしてろ」

 

 豊島に促され、中田は口を閉じた。自分達3人だけで工作に行く心細さから、言葉数が多くなってしまっていた。

 

「隠れて下さい。10秒後にアイツらが通りますから」

 

 槍蜂が宣言した通り。10秒後に洗脳されている兵士達が周辺を探索していた。迂回しながら、少しずつ目的地へと近づいて行く中で、豊島は尋ねた。

 

「装置さえ設置すれば交戦する必要はねぇんだよな?」

「いえ、設置した後も防衛しなきゃいけません。ただ、作動に成功させれば派遣軍や自衛隊員の人達が、そのまま味方になってくれると思います」

「だとすれば、一刻も早く設置しねぇと」

 

 迂回しながら、目的地へと向かう。静かにしていろと言われたので、中田も自重していたが、おい。と肩を叩かれた。

 

「なんすか。兄貴?」

「お前、この戦いが終わったら何がしたい?」

 

 余りにも突拍子の無いことを聞かれて驚いたが、少し考えた。もしも、この戦いが終わったとしたら、自分はまた稼業に戻るのだろうか?

 だが、これだけの目に遭ったと言うのに続けて行けるのだろう。第2、第3のエスポワール戦隊が出ないとは限らないし、今後も平穏無事とは無関係な人生を歩んでいくことを考えると。

 

「そうっすね。変な話ですけれど、親っさんのことでケジメを付けさせたら。もういっぺん、ハト教での生活をしてみたい。なんて思ったりはしますね」

「杯返すつもりだってのか」

 

 極道にとって組を抜けることは大きな意味を持つ。指を詰めたり、大金を収めるのが条件とされている常識がある中、中田は自らの湿原に気付いた。

 

「あ、いや。今のは緊張状態過ぎての失言っていうか。聞かなかったことに…」

「俺もだよ」

 

 一瞬、意味が分からず口を開いたままにした。自分よりも古参で、誰よりも染井組長を慕い、組の為に動いていた若頭が?

 

「マジですか?」

「正確に言うなら、止めざるを得なくなってくると思っている。これだけ弱体化したなら、もう続けて行くのは不可能だ。その前に、どうにかしてカタギに戻れる生き方を探して……親父の墓参りに行きてぇ」

 

 もしも、エスポワール戦隊を倒したとしても。これだけボロボロにされた後に復興が出来るかどうかは疑問だった。

自分達のバックにはフェルナンドと言う巨大な男が付いているが、あくまで敵討ちの為に手を組んでいるだけで、今後も従っていくつもりはなかった。

 

「そん時は、一緒に行きましょうよ。俺、荷物でも何でも持ちますよ」

「じゃあ、俺がまた足代わりに車を出しますよ」

 

 槍蜂も会話に加わり、気が緩んだ一瞬。直ぐに彼は表情を改め、叫んだ。

 

「飛べ!」

 

 3人が飛び退いた刹那。周囲の壁を破砕しながら、跳ね回る投擲物が槍蜂の脚へと直撃した。ただ、重量物が命中しただけではなく、皮膚を引き裂き、骨を砕かんばかりに周囲を巻き込むような回転を発していた。

 

「槍蜂!!」

「投擲方向に居た奴が姿を消しました! この攻撃方法は、剣狼が以前に受けた物と同じ。恐らく、相手に『ブルー』がいると思われます!」

「そいつを突破して、設置しなきゃいけねぇんだろ? 仕方がねぇ!」

 

 豊島は鷹型の怪人に変身して、敵を発見する為に低空飛行を開始した。足を砕かれた槍蜂は、負傷部分に蜂を纏わせて足代わりにしていた。

 

「動くのもやっとなんで。すいません、この蜂を連れて行って下さい」

「コイツは?」

「ここら辺じゃ無線機もマトモに使えないので、連絡用のです。俺は隠れながら、回復させながら指示を出します」

 

 足に纏わせた蜂が皮膚と同化していく様はグロテスクな物であったが、中田は気にせずに投擲された方を見据えていた。

 

「ヘッ。テメェらの思い通りにはさせねぇぞ! 見てろよ! ヒーロー!」

 

 戦いの気配を感じたのか、洗脳されていた兵士達も集まって来た。中田も魚型の怪人に変身して、屋根へと飛び移って駆け出した。

 



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ビッグ・ブラザー 12

 豊島はヤクザと言う世界に失望していた。任侠や義理人情というのは全て嘘っぱちで、弱者を虐げて法を犯すバカの集まりでしかなかった。

 

「見ろよ。バラシの豊島だぜ」

「アイツに処理されたら、どんな死体も見つからねぇんだよ。気味が悪い野郎だ」

 

 この世界に憧れていた訳ではなかった。暴行事件を起こして中学校を中退した彼には、ここしか行きつく先が無かった。

 兄貴分や組長から理不尽な暴力を受けるのは日常茶飯事で、カタギを泣かして来たのも一度や二度ではない。自他共に認めるクズであり、最たる所業が遺体の処理だった。

 

「(難しいことはねぇ)」

 

 山に埋めるという方法を試したこともあったが、人を埋める程の深さは容易く掘れる物ではない。第一、野犬などに掘り返される可能性もある。

 淡水に沈めても浮いて来る。次点で良いのは、海に沈めることだ。海流のおかげで、投棄した自分でさえ場所が分からなくなる。問題は、そこまで持っていくことだった。では、身近で出来る方法はと言えば。

 

「(人間なんて死んじまえば、ただの肉だ)」

 

 鋸で解体して、ミキサーで粉砕して、鍋でドロドロになるまで煮る。ただし、これをシンクに流すと配管関係で見つかる恐れがある。なので、生ゴミに出す際に塩やみりん等の調味料を加えて、よく分からない残飯として処理する。

 これらの行為が不自然に取られない様に、彼は普段から大量の食材を買い込んで料理をしていた。

 

「噂によると。アイツの死体処理方法は食っちまっているらしいぜ」

「この間も大量に食材を買い込んでいたからな。とんでもねぇ、ハゲタカ野郎だ」

 

 ハゲタカ。何時しか、そんなあだ名が付いていたが何も思うことはなくなっていた。きっと、何時か自分にも相応しい最期が訪れるだろうと思っていた。

 案の定、組は報復された。組長を始めとした若衆は拷問の限りを受け殺されて行く中、豊島だけは保護されていた。

 

「なんで俺だけ?」

「お前の技能は役に立つからな。これからはウチで働いてくれ。まずは、そうだな。このゴミから頼むわ」

 

 助かってしまった。それからも何度も何度も遺体を処理し続けた。罪悪感も感情も枯れ果てていた。

 

「待て! ジャ・アーク! 皇の平和は! 俺達! エスポワール戦隊が守る!」

「何が戦隊だ。こんな悪人に対して何もしてねぇくせに」

 

 皇に現れたという悪の組織は、裏社会にもパイプを作ろうとしていた。豊島の所属していた組も交渉相手に入っていたが、彼らは怪人や悪の組織を見くびっていた。……何も知らない内に、所属していた組は壊滅していた。

 今更、カタギに戻れる訳もなく。関係者にとって不都合な事実を知っている彼もまた、命を狙われる対象だった。死ぬとしても、因果応報だと思っていた。

 

「おめぇが、ハゲタカか?」

「なんだ。俺を殺しに来たのか」

「いや。お前は、俺が成り上がる武器になる。どうせ、生きている理由もねぇんだろ? 付いて来い」

 

 男は自らを染井と名乗った。瞬く間に彼は力を延ばし、時には自分が知っている不都合な事実を交渉材料に使って、悪の組織に食い荒らされた裏社会を駆け上がって行った。

 

「お前。料理が趣味なんだってな?」

「趣味って程じゃありません。仕事柄、覚えておくと便利だったモンで」

「腕があるなら、それでいい。芳野の奴に教えてやってくれねぇか?」

「俺で良ければ」

 

 長年、親父として仰ぎ続けたが自分を拾った真意については尋ねなかった。

 単に人手不足だったのか。自分が這い上がるには都合の良い人間だったのか。それとも、憐れんでいたのか。

 だが、何時しか日常が惜しくなる程度には、愛着が湧いていた。恩師の死に涙をする位には、人間に戻っていた。

 

~~

 

「(クソッ。何処だ!)」

 

 自らの能力を活かして、高所から探索する手法は使えなかった。そんなことをすれば、射撃の餌食になることは分かっていた。

 地上は俄かに騒がしくなっており、短期で決めなければ槍蜂の身が危ない。ならばと、豊島は目標に向かって猛進した。

 

「させるか」

 

 風切音が聞こえた。放たれた投擲型のガジェットが、真っすぐに自分へと向かって来た。強化された反射神経を持って回避を試みようとして、途端にバランスを崩した。見れば、翼が撃ち抜かれていた。

 

「2人か!」

 

 残された羽を振るった勢いで直撃は避けたが、脇腹へと直撃した。重量物が命中するのとは訳が違い、まるで衝撃を通して内臓全てが殴られる様な衝撃を受けていた。

 

「嘗めんじゃねぇ!」

 

 嘴から血を吐き出しながら、激痛を凌駕するほどの意思を見せて肉薄した。

 使い物にならない翼を引き千切り、目の前で引き裂くと羽毛が舞った。一瞬、ブルーの視界を覆い尽くした隙を見て、鉤爪で喉を引き裂こうとするが。

 

「お前こそ、俺を嘗めるな。クズめ」

 

 突き出した鉤爪に怯みもせずに拳を突き出して来た。強化外骨格(スーツ)ごと皮膚が引き裂かれながらも、豊島の脇腹を打ち据えた。

 

「ぐぉ…」

「薄汚い悪人の分際で、俺達の大義を阻むな。この皇は生まれ変わるんだ。俺達以外の理不尽が駆逐される事でな!」

「そしたら、次はテメェらが悪党になる番だよ!」

 

 口から吐き出した血をスーツのマスク部分に吹きかけた。視界が覆われた一瞬の間に、顔面を引き裂こうと繰り出した一撃は爪痕を残した。

 顔中が血まみれになろうと闘争心は一切消えない。レッグホルスターに装着していたナイフ型のガジェットを取り出して、豊島の胸板に突き立てると同時にブレードがグリップからパージした。数瞬後、ブレードから低音のガスが噴き出し、周囲が凍結した後、膨圧して周辺を巻き込んで炸裂した。

 

「いいや、俺達はヒーローだ。永遠にな」

「く、クソッ」

 

 胸部の一部が消し飛んでいた。本来なら、死んでいるほどのダメージを受けているはずなのに立っている、動けている。欠損した個所が灰色の羽毛に覆われていた。

 日野は止めを刺すべく、動きの停まった豊島に狙いを定めようとして、蹴り上げられた。空中で受け身を取ると、眼下には魚型の怪人が居た。

 

「へぇ、ようやく見つけたぜ!」

「どうやって、僕を見つけた」

「気合と根性って奴かな?」

「ふざけやがって」

 

 ライフル型のガジェットに装着した銃剣を用いて、幾度となく中田に襲い掛かるが、彼は攻撃をいなすばかりで反撃をしてこなかった。

 

「なるほどな。クリアブルーのカラードがいるって、稚内から聞いていたけれど。お前が、あの時のガキなんだな?」

「そうだ。僕はエスポワール戦隊のヒーローなんだ! この世から、悪を駆逐して! 平和をもたらす為の! 分かったなら、ここで消えろ!」

 

 目の前に何枚にも重ねられた鱗が出現し、弾丸は弾かれるばかりだった。だが、一向に中田は反撃をしようとしなかった。

 

「そりゃ、誰の為の平和なんだ?」

「皆だ! いずれ、この皇に巣食う理不尽と不条理を廃して! 今は、痛みと恐怖で泣いているかもしれない! だが、未来では皆が笑えるはずだ!」

「嘘付け。だって、お前。そんな泣きそうな顔しているじゃねぇか」

 

 ブラフかと思ったが、確かに頬に涙が伝わっていた。強化外骨格(スーツ)で感情が抑制されている上ではあり得ない反応だった。

 

「僕を動揺させようたって、そうは行かないぞ!」

「じゃあ、俺がここで止めてやるよ!」

 

 数か月前。剣狼が事務所に連れて来た頃と違って、日野は一人前の戦士となっていた。中田の気勢に怖気付くことも無く、体躯にも恵まれないと言うのに互角以上に渡り合っていた。

 銃剣の刺突は強烈で、中田の体表を覆う鱗も易々と貫かれていた。だが、彼と日野には一つだけ違う物があった。

 

「くっ。ぐっ……」

「どうした。攻撃されるのは嫌か!」

 

 体の如何なる場所が穿たれようと、中田は怯まない。カウンターの攻撃を食らっても痛みは無いが、まるで死を恐れない様子に日野の心中は搔き乱されていた。

 

「うるさい! お前なんか、怖くないぞ! 僕は! ヒーローなんだぞ!」

 

 攻撃が大振りになったのは挑発に乗ったからだけではない。幾ら攻撃しても、傷を負わせても怯まない中田に恐怖を覚えたこと。そして、彼の中に残っていた物が勝負を急かしていた故だった。

 ライフル型のガジェットが弾き飛ばされ、組み伏せられ、ベルトを剥がされた。強化外骨格(スーツ)が解除されると、何処にでも居そうな少年がいた。

 

「あの時よりは立派になったけれど、ただのガキだ」

「僕を、殺すのか」

 

 覚悟はしていた。なんていうのは、強化外骨格(スーツ)ありきの発言だ。体が心から冷えて行き、歯の根が嚙み合わないほどの恐怖に襲われていた。

 

「殺さねぇよ。俺を殺そうって思ってない奴を殺すつもりはねぇんだ」

「僕はお前を殺そうとしていたんだぞ」

「……もしもよ。お前が、豊島の兄貴と戦っている奴みたいによ。覚悟をキメていたんなら、俺だって殺されていたさ。だけどよ、俺が稚内の知り合いだから。どうにかして殺さねぇようにしていたんじゃねぇのか?」

 

 もしも、本当に自分が覚悟をキメていたなら対話なんて真似もしていなかった。話に乗った時点で、彼を意識していたことは否定できない。

 

「僕が半端物だって言いたいのか」

「使命の為に簡単に人を殺す位なら、迷う位の半端者の方が良い。……どうしても、ヒーローやらなきゃダメか?」

 

 強化外骨格(スーツ)が無い今、日野の思考は幾らか冷静になっていた。

 本当は分かっている。避難所にいる人達が恐れているのは怪人達ではなく、自分達であること。悪人と断定した者達にも、友人が心を許す程の人間がいることも。だけど、立ち止まれない理由もあった。

 

「僕が。世界を救う程のヒーローにならなきゃ! 何の為に、母さん達は死んだんだ!! 殺されなきゃならなかったんだ!? 理不尽から救いを求めただけなのに! どうして、こんな目に遭わなきゃいけなかったんだ!?」

 

 全ての始まりは、何処にでもあるイジメからだった。理不尽に晒され、日々を呪い、降って湧いた救世主は悪人に苛烈な制裁を施した。

 だが、ことはそれで終わらない。自分にとっては悪人でしかなかった人間も、誰かにとっては大切な存在だった。痛みを負った人間は復讐に走り、復讐は復讐を呼ぶ。だとすれば、いったい理不尽は何処で止むと言うのか。

 

「……殺す以外の方法があった。なんて、部外者である俺には言えねぇよ。お前がどれだけ苦しんでいたかなんて知らねぇんだからな」

「答えは。答えは無いのかよ!?」

「ある訳ねぇだろ。でも、俺はこれが正しいとは思ねぇ。だから、止めに行くんだ」

 

 中田は落ちていたライフル型のガジェットを拾い上げて、豊島達の方へと向かって行く。残された日野は、暫く蹲っていた。

 



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ビッグ・ブラザー 13

 

「(頼みますよ。豊島さんのダメージは既に限界を超えている)」

 

 地上で隠れながら、中田達のことを援護していたのは槍蜂だった。蜂は人間よりも遥かに優れた嗅覚を持っており、姿の見えない日野を探り当てていた。

 一方で、豊島とブルーの戦闘光景も観察していたが、ブルーの方に分がある様に見えた。胸は爆ぜ、片翼も千切れ飛んでいると言うのに闘争心を衰えさせないのは流石と言った所だが、ダメージは誤魔化せない。

 

「お前達! この辺りを探せ! ジャ・アークの幹部の怪人が負傷した状態で潜伏している!」

「ワゥ!」

 

 時間が経てば援護も駆けつけて来る。別のカラードが軍用犬の様な物を引っ張り出して来ていた。このままでは、見つかるのも時間の問題だろう。

 

「(クソっ。早く治さないと)」

 

 ただ、重量物をぶつけられただけの負傷ではなく、まるで使用者の怨念が籠っている様に、治療しにくい傷痕になっていた。

 

~~

 

 戦いと呼べる様な状況ではなくなっていた。ダメージにより精彩の欠いた豊島を、ブルーが一方的に嬲っていた。執拗に怪我をしている脇腹と胸部を殴り、膝を着けば側頭部を蹴りつける。

 

「アニキに何しやがんだ!!」

「ッチ」

 

 屋根を飛び伝いながら接近して来た中田を面倒くさそうに一瞥しながら、彼はガジェットを投擲した。

 空中で複雑な軌道を描きながら、目標を破砕すべき接近してくる殺意を前に、中田は先程奪い取ったガジェットに鱗を纏わせて、構えた。

 

「……まさか」

 

 ライフル型のガジェットを、まるでバットの様に見立てていた。

 ブルーは冷や汗を流していた。相手に当てる為の打球ほど読み易い物はない。試合で見て来た選手達と比べるのも烏滸がましい程、粗雑なフォームだったが、一つの確信があった。

 

「おりゃあああ!!」

 

 二つのガジェットは火花を巻き散らしていた。目標物を破砕しようとする高速回転を前に、ライフル型のガジェットも軋みを上げる。

 だが、中田も勢いに押し負けずに踏ん張った。鱗が全て剥げ落ち、銃身にも亀裂が入ったが、同時に回転も弱まった一瞬。

 

「いっけぇええええ!」

 

 振りかぶった衝撃で、中田が手にしていたガジェットが折れた。同時に投擲ガジェットも遥か遠方に飛ばされた。文句なしのホームランだった。

 ブルーに動揺が走ったのは、得物が奪われたことに対してだけではない。かつて、プロ野球選手だった頃の矜持が反応してしまった。時間にして僅か一瞬、だが戦場においては致命的な隙とも言えた。

 

「他所見してんじゃねぇ!!」

 

 満身創痍で伏せていたハズの豊島が繰り出した鉤爪の一撃により背中を引き裂かれた。咄嗟に避けて、銃剣型のガジェットの引き金を引いた。発射された弾丸は豊島の頭部を貫くことなく、鱗によって防がれていた。

 

「往生しやがれ!!」

 

 中田の拳が目の前まで接近していた。ブルーは回避することも無く、銃剣型ガジェットを突き出していた。胸板を貫いたが、筋肉の鎧に阻まれて臓腑を破るには至らない。

 

「クソが!!」

「この程度で止まるとでも思ってんのか!」

 

 力任せに引き抜き、奪い取った武器の銃床部分でブルーの頭部を殴打した。蓄積していたダメージもあって、彼は床に伏せると動かなくなった。同時に、中田もまた膝を着いた。

 

「おい、中田。テメェは大丈夫なのか」

「アニキの方が重傷じゃないですか! 直ぐにでも、これを取り付けねぇと」

 

 怪人の自然治癒能力も相まって、胸に付けられた傷も塞がり始めていた。アンテナに妨害用の電波を発する装置を取り付け、豊島の傷口に医療用のジェルを塗布していた。戦いは自分達の勝利で終わった。

 だが、朦朧とする意識の中で豊島は見た。先程、中田が使い潰したライフル型のガジェットが気絶しているブルーへと引き寄せられていくのを。脳裏に過ったのは、葬儀場でレッドと対峙した時の悪夢の様な光景だった。

 

「ゴボッ」

「兄貴! 喋らないでくれ!」

 

 吐き出そうとする言葉は血に変わった。鉛のように重い腕を上げて、ブルーを指差したときには遅かった。

 

「消滅尖弾(クリア・バレット)」

 

 腕がライフル型のガジェットに変貌していた。放たれた弾丸は、周囲の空気を引き裂きながら自分達を穿たんと突き進んでいた。

 時が凝縮されたようにゆっくりと感じた。今までの一生が駆け巡る。その間も、中田は死へと向かう恐怖に晒され続けていた。

 

「(嫌だ! ここで死にたくねぇ! まだ、俺にはやるべきことが!)」

 

 豊島は眼前の恐怖に染まった表情を見て考えた。組長が今まで生かしてくれた命。後ろ指を刺され続けた人生に意味があるとすれば、今。この瞬間を置いて他ならない。言葉を発する時間は無かったが、行動には移せた。

 

「(親っさんの分と一緒に。俺の墓参りにも来てくれや)」

 

 最後の力を振り絞り、中田を蹴り飛ばした。それは態勢を崩す程度でしかなかったが弾丸の軌道から避けるには十分だった。

 手を伸ばすが、届かない。凶弾は無慈悲に豊島の顔面を貫き、爆発した。羽毛が舞い、リングが転がった。

 

「次はお前だ!」

 

 悲しみに浸る間もない。ここは戦場だ。銃口は依然として此方に向けられており、危機が去った訳ではない。近づいて殴るには、まだ距離が開いている。

 兄貴分の命を賭した行動を無為にする訳には行かない。リングに手を伸ばしたのは、無意識の行為だった。自動的に彼の手首へと装着され、全体のシルエットが変貌していく。

 

「消滅尖弾(クリア・バレット)!!」

 

 大気を引き裂きながら肉薄する凶弾は、中田に命中することは無かった。彼が掴み取っていたからだ。

 掌を開く。弾丸の回転により皮膚は千切り取られ、真っ赤に焼けていたが、瞬時に鱗が覆い尽くした。

 

「逆転は、ヒーローの専売特許ってか?」

 

 全身を覆っていた灰色の鱗が翠色を帯びる。周囲に風が吹き荒び、伸びた髪が揺れる。頭頂部から2本の角が生え、口の周りには2本の長いひげを蓄えていた。

 

「違うな。勝利が俺達の専売特許だ!」

「やってみやがれ!!」

 

 荒れ狂う風に乗る様にして、中田は宙を舞っていた。ブルーが放つ必殺の一撃も暴風に弄ばれ、あらぬ方向へと逸れて行く。

 すれ違いざまにスーツを引き裂かれ、銃身を叩き折られる。戦う術が悉く潰されて行くが、一向に闘争心の折れる気配がない。

 

「もう、諦めろよ」

「諦める訳がないだろう。仕方ないと、諦め続けて全てを失った! 俺はもう諦めない! 残った命一つ! 最後まで燃やし尽くしてこそ!」

 

 使い物にならなくなった銃腕を引き千切り、残った腕で拾い上げた。猿叫を上げながら、鈍器の様にして振りかざす。言葉で止めるのは不可能だった。

 手段を奪えば、諦めると言うのは生温い考えだった。彼らはヒーロー。胸に希望と勇気があれば、何処までも立ち向かって来る存在だった。

 

「そうか。じゃあ、俺のスジ! 通させて貰うぜ!!」

 

 自身も暴風の一部となって突撃する。武器を弾き飛ばす、諦めない。蹴りに切り替えて来た。避けて、顔面に拳を叩きつける、鼻骨と頬骨を砕く、気勢は削がれない。鼻血を巻き散らしながら、こちらの顔面を打ち据える。

 半壊した強化外骨格(スーツ)は手元を保護しない。全身を覆う堅牢な鱗を砕くことは出来ず、代わりに拳が砕けた。骨が皮膚を突き破っても引き下がらない。腕、その物を振り被って叩き付けて来た。中から折れて、関節が増えた。

 もはや、自分を痛めつけていると言っても過言ではない。そんなブルーに対して、中田は再び顔面に拳を叩きつけた。脳が揺さぶられて、崩れ落ちたが、這いずって来た。

 

「俺達は、お前達を、ゆるさな……」

「寝てろ」

 

 追加の一撃を入れずとも、ブルーは崩れ落ちた。激闘を終えても、周囲のエスポワール戦隊が去った訳ではない。しかし、変身した中田を遠巻きに眺めているだけで、攻撃しては来なかった。懐が震えた。槍蜂に持たされていた通信機代わりの子機だった。

 

「中田さん。エスポワール戦隊の奴らが引いて行きます。周囲の洗脳されていた奴らも、正気を取り戻しているみたいです」

「そうか。上手く作動してくれたんだな」

「……あの。豊島さんは? 連絡が取れないんですけれど。まさか」

 

 返事はしなかった。それが何を意味するか分かったのか、槍蜂も息を呑んでいた。しかし、感傷に浸る様子はなかった。

 

「ブルーにトドメを刺してから、他の援護に行きましょう」

「いや、生かしてあるなら使い道がある。コイツを避難所に持っていく。じゃないと、死んじまうからな」

「何言っているんですか!? ソイツは、豊島さんを殺したやつでしょう!?」

「うるせぇ! つべこべ言わずに使い道を探せ! お前も避難所に戻ってろ!」

 

 一方的に通話を切った。一刻も早く治療を施さなければ、死んでしまう。彼を担ぎ上げ、屋根伝いに渡っていると膝を着いている日野が居た。

 

「あ……」

「強化外骨格(スーツ)の力がなけりゃ、屋根からも降りれないか?」

「……はい」

「素直なことは良い事だ。一緒に避難所まで来るか? 勿論、捕虜と言う扱いではあるが」

 

 ベルトも武器も喪失した今。自分がこの戦場で生き残れるとは思っていなかった。力なく頷くと、中田に担がれて避難所まで連れて行かれた。

 



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ビッグ・ブラザー 14

 

「お前はね。私達よりもうんと賢くなるんだよ」

 

 黒田の母親は教育熱心だった。塾に通わせることは当然で、友達付き合いから進学についても口煩かった。一方、父親は家庭に関して無関心で、会社の業績にしか興味が無い男だった。

 冷え切った家庭環境の中、黒田は期待に応える様にして勉学に励んでいた。知識を蓄えることは嫌いではなかったし、この檻から脱出する力になってくれることを信じていたからだ。

 

「凄いわ。〇〇大学に合格だなんて。貴方の通っていた大学よりも良い所よ」

「そうか。良かったな」

 

 難関大学に合格したときも父親の賛辞は簡素な物だった。祝福にせよ、嫉妬にせよ。何かしらの反応を期待していたが無駄だった。

 1人暮らしを始めた彼は、仕送りを倹約しながら勉学に励んだ。在学中に勉学に励み、いい会社に就職をして両親を超えたとき。初めて、自分は本当の自由になれるのだと思っていた。

 

「○○不動産の黒田です」

 

 商社なども考えたが、力を得るということで思い浮かんだのが不動産だった。仕事を経て、力を得て、自分だけの城を築く。その時、自分は両親の呪縛から解き放たれ、明るい未来を目指して行けるのだと考えていた。

 

「高島さん。お願いします」

「いつも、どうも。黒田さんとは関係を続けて行きたいですねぇ。ジャ・アーク共のせいで色々と荒れていますからねぇ」

 

 ある意味時期が良くて、悪かった。一昔前は不動産業界もクリーンなイメージを保つために暴力団や反社会的存在との関わりを絶っていたが、ジャ・アークにより国内は疲弊していた。

 海外から参入して来た者達が、弱った皇からハイエナの様に土地を奪っていく中では、暴力と言う違法手段を行使できるヤクザ達の力を借りていた。

 

「(ジャ・アークのせいで空いたりしている土地も多い。もっとだ。もっと土地を転がして、力を付けて。再生を始めている皇に大きな貸しを作ってやる)」

 

 順風満喫に行っていたかの様に見えたが、転落も早かった。

 ヤクザと手を組んでいるのがリークされ、彼は会社を追われた。密告したのは同僚だった。表社会に戻ることが出来ないなら、裏世界に入る決意をしても。

 

「俺です。黒田です。高島の兄さんは」

「消えな。〇〇不動産の社員じゃなくなったお前に用はねぇんだよ」

 

 協力関係を続けて来た者からでさえ見捨てられた。最後に頼ったのは、アレだけ嫌っていた実家であったが。

 

「私は犯罪者を育てる為に、今まで尽力してきたわけじゃないのよ!」

 

 母親からも拒絶され、彼は天涯孤独の身となった。手持ちに残った金を使い、自暴自棄な毎日を過ごしていた所で、声を掛けられた。

 

「隣。失礼するぜ」

「アンタは?」

「俺は染井って言うんだ。高島から、お前のことを聞いたんだ」

「アイツが?」

「あぁ、便利な奴がいるってな。行くアテねぇんだろ? ウチに来い」

 

 彼が一つ返事で付いて行ったのは、どうにでもなれと言う所も大きかった。

 染井組は、ジャ・アークの被害を始めとして居場所を追われた者達が集まっていた。

 

「親父。なんで、こんな寄せ集めみたいになっているんですか?」

「俺も似た様な物だったからな。好き好んでヤクザになりたい奴なんてそうはいねぇ。でも、なるからには場所になれたら良いと思っている。俺らも世間やカタギに生かされているんだからな」

「家族ごっこってことですか」

「生、言ってんじゃねぇぞ!」

 

 豊島に殴られた。だが、組長は静かに笑うだけだった。

 家族と言う程暖かくも無いが、同じ様な境遇の者達が身近にいる。という事実は幾らか安堵を覚えた。……一番大きかったのは。

 

「期待に応えるとか。じゃなくて、ありのままで居ても良いんだな」

「急にどうした? 映画の影響か?」

 

 アホ面を下げた中田位でさえ存在を許されているのだから、特に気張らずとも。だが、偶にやる気を見せれば良いということを教えて貰えたことだった。

 存在理由を見つけ、自分の居場所を追い続けていた彼にとって。それがどれだけ心安らげることだったか。

 

~~

 

 黒田は剣狼と共に行動をしていた。彼らの前に立って露払いをしているのは、フェルナンドの側近をしていた拳熊と言う怪人だった。

 

「どけ!!」

 

 腕を振るう度に洗脳された者達の頭部を引き裂き、叩き潰し、道中を真っ赤に染めながら死体を積み上げては、血肉を貪っていた。

 

「拳熊。あまり殺すなと言われただろう」

「剣狼。コイツらと過ごして、人間に同情心でも湧いたのか?」

「違う。洗脳電波を解いたとき、コイツらはエスポワール戦隊に立ち向かう戦力になり得る。数を減らすな」

「出来たらな」

 

 視線と声色には侮蔑が混じっていた。剣狼が身を乗り出そうとした所で、黒田に肩を掴まれた。

 

「やめろ。無駄に争うな」

「だが、俺達は自衛隊や派遣軍の奴らとも暫定的に手を組んでいる。止める義務があるはずだ」

「議論をする時間も惜しいんだ。最短で突っ切れるなら、それを使うべきだとは思う。……俺もお前の考えの方が道理だとは思っている」

 

 納得した様子は無かったが、一刻を争う状況だったので無理にでも進むことにした。現れる敵を蹴散らして行けば、警戒されるのも自然なことで。洗脳された隊員だけではなく、カラードも混じるようになっていた。

 

「この外道どもめ! 俺達の仲間を! 皇の人達を手に掛けるとは! やはり、お前達は腐った悪党だ!」

「ガハハハ! 無理矢理洗脳した奴らを死地に誘い込んでか! 俺達が腐った悪党なら、お前達はゴミだ! クズだ!」

 

 エスポワール戦隊基地での殲滅作戦に同行していた黒田からしても、拳熊と言う怪人は異様だった。人を殺傷することに悦びを感じている。倒した敵を口にすることを躊躇わない。口の端から血と唾液を垂らしながら戦う様子は正しく、人間に仇を為す怪人だった。

 

「ケン。怪人って言うのは、本来こういう物なのか?」

「個人によって違う。だが、刀虎と拳熊は特に血の気が多い」

 

 刀虎は葬儀場での戦いで討ち取られたと聞いていたが、同じ様な物と考えても良いだろう。

 上半身だけの隊員が助けを求める様にして、腕を伸ばしていたが力尽きた。一方、拳熊は巨大な掌でカラードを掴まえて、何度も床に叩き付けていた。

 

「オラッ! ヒーロー! 俺達を殺すんじゃなかったのか! 勇気と希望の力を見せてくれよ! えぇ?」

 

 既に顔面は人間の形をしていなかったが、辛うじて意気はあった。散々、挑発する様な言動を吐いた後。大口を開いて、カラードの頭部を噛み砕いた。

 このまま行くのなら目的地には容易に辿り着けるだろう。道中が文字通りの血路となるが、元より敵意を持って挑んで来た相手。振り返ることもない。そして、目的地の目の前。彼らは待ち受けていた。

 

「来い! グレート・キボーダー!」

 

 名乗り向上を上げる様な真似はせず、彼らは即座にガジェットを起動させた。

 上空から質量を持った物体が家屋や地面を破壊しながら降り注ぎ、余波で周囲の家も被害を受けた。それらは進路上にある物を蹴散らしながら集合して、合体ロボット『グレート・キボーダー』になった。

 剣狼は黒田は近くの屋根に飛び移り、拳熊は巨体を相手に怯むことなく猛進していた。

 

「デカブツが。呼び出せば勝利が確定するとでも思ったか? こちとら、対策も考えているんだよ。やるぞ!」

「ほざけ! 貴様らの様な怪人は、希望の象徴に踏みつぶされて死ぬのがお似合いだ!」

 

 爪先部分の装甲がスライドして出現した機関砲の掃射が、近隣のブロック塀や家を破壊しながらも拳熊を狙うが、体躯に反して身軽な動きで回避していた。

 周囲は破砕された瓦礫の山と、食い散らかされた遺体が転がる酸鼻を極める物になっていた。

 



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ビッグ・ブラザー 15

 

 シアンと呼ばれた男は、かつて自衛隊に所属していた。入隊当初は正義感も強く、皇を守ると意気込んでいた時は同僚に笑われたりもしていた。

 

「良いか。一番良い状態ってのはな。俺達が出動する必要が無いことなんだ」

 

 現状は平和憲法もあり、皇が侵略されたり戦争に巻き込まれたりはしない。という世論が根付いている中で活動は、災害救助が主だった。

 だが、転機が訪れた。まるで、ドラマや映画の世界の様に。『ジャ・アーク』と言う悪の組織が皇を征服する為に活動を始めた。

 

「どうせ、どっかの動画投稿者のネタか。もしくはドラマとかの番宣だって」

 

 最初の内は同僚達も笑っていた。だが、悪の組織は本当に悪の組織だった。

 解決とカタルシスありきの予定調和は無かった。反社会的団体との結託や市民達に武器などを流通させ、諸外国の工作員に加わり分断工作を仕掛けると言う裏方の動きをしたかと思えば、時には怪人達が現れて人々を殺傷した。

 立ち上がるべきだと。自分達の存在意義が果たされるべきが来たのだと考えた。これまた当然であるが、作戦や攻撃は複数個所に実行してこそ効果がある。エスポワール戦隊が対処に当たっている場所以外は、自衛隊や警察の特殊部隊などが対抗していたが。

 

「ギャハハハ!! エスポワール戦隊が出なかったか! 俺達は当りか!」

 

 怪人達の力は脅威だった。常人離れした運動神経。ボディアーマーを容易く破壊する攻撃力。銃弾でも倒せない堅牢さ。少なくはない同僚達が職務に殉じて行った。

エスポワール戦隊が対処に当たった地域以外では悲惨な光景が繰り広げられる現実に対し、上官も含めて抗議をしていた。

 

「お願いです! ベルトを! 我々にエスポワール戦隊と同じだけの力を!」

「出来ないんです。アレは、簡単に生産できる物ではなく……」

 

 技術的な問題から出来ない。という、科学者達の言葉が本当かどうかは分からなかった。ただ、この頃から戦隊の戦闘能力を恐れた諸外国は救助も出さない代わりに、口煩く勧告を飛ばしていた。

 また、世論も一向に鎮圧できない現状に苛立ち、頻りに批判を飛ばしていた。怪人を撃退するだけの力を持たない自衛隊や警察に対しては、ゴシップ記事やニュースサイトも煽り立てる様な記事を書いていた。

 

「『怪人被害甚大。自衛隊の在り方を見直すべき時が来ている……』か」

「気にするな。俺達より一般人の方が不安なはずだ。抵抗も出来ずに、逃げられるかどうかも分からない脅威に襲われているんだからな」

「エスポワール戦隊ばかりが称賛を浴びている陰で、俺達が命を賭していると言うのに……」

「希望が欲しいんだよ。理不尽に晒されても立ち向かうだけの希望が。俺達だってエスポワール戦隊がいるお陰で、連中に対抗できているんだから。この戦いが終わるまで、お互いに生き残ろうぜ」

 

 『ジャ・アーク』を倒し、平和が戻って来たと思った。だが、彼が想像していたよりも国民は遥かに衆愚であった。

 

「コメンテーターの増木さん。どう思いますか?」

「今の皇はね。傷ついているんですよ。平和になったんですから、軍の維持費を復興や民間に歓迎することこそが今は求められているんですよ」

 

 平和になった途端、掌を返した様にメディアは一斉に戦隊や自衛隊への批判を始めた。また、人々も皇を立て直そうとする者ばかりではなかった。

 政府や国の屋台骨が揺れていることを良いことに私腹を肥やそうとする者達も居た。その一つが、自衛隊の基地を移転させようとする民間団体であった。

 

「この街は! 自衛隊の基地があるということで、ジャ・アークに度々襲撃されました! 今後、この様な悲劇を繰り返さない為にも! この街に基地は要りません!! 皆さんで一緒に平和を目指しましょう!」

 

 通りかかる地元民達は怪訝な目で活動を眺めていた。この基地で活動している者達にも分かった。抗議をしている人間達は地元の人間ではない。

 後に分かる事であるが、彼らはシュー・アクが抱え込んだ人間達であり、自分達が復活した時に、活動しやすくする為に行わせていた運動であった。

 

「こんな物の為に?」

 

 自らの信念が揺らいだ。自分達を苦しめていた怪人達の甘言に乗り、国を守っていた勇士達に感謝をする所か、罵詈雑言を飛ばす始末。

 自分達が守りたいと思ったのは、健やかで、優しく、誰かを思い遣る優しさを持った人々であったはずだ。その折、復活したジャ・アークの幹部が殺害されたというニュースが流れた。

 

「おい、アレって」

 

 映し出されていたのはレッドだった。警察に刃を向けることも厭わず、守って来た皇の人々を倒す事にも躊躇が無い。排除すべき犯罪者。平和を乱す仇敵であるはずなのに、一つの考えが過った。

 

「(だが、もしも。このままシュー・アクが平和的に侵略を進めていたら?)」

 

 直接的な暴力を使わない侵略程恐ろしい物はない。何故なら、排除する為の大義名分が用意できず、人権や憲法の侵害にも繋がるからだ。

 今では、守るべき平和によって苦しめられている自分にとって、全てを踏み倒して正義を執行するレッドの姿は禍々しくも輝いて見えた。

 

「バカなことを考えるなよ?」

「分かっている。当然だ」

 

 辛うじて、彼を踏み留めていたのは死線を共に潜り抜けて来た親友が居たからだ。逆に言えば、彼を押し留めていたのは信念でも皇の人々を思う心でも無くなっていた。

 運命の日は訪れる。その日の抗議活動は傍目から見ても異様だった。参加者達は声を荒げ、既に言葉にならない獣じみた物になっていた。有り余る熱意が、人々を凶行に駆り立てるのは必然と言えた。

 

「やめろ!」

 

 殺到した者達は正気ではなかった。手にしていた物を叩きつけていた。平和主義者が暴力を振るう笑えない光景が繰り広げられていた。

 気付けば、彼は隠し持っていた拳銃を抜いていた。目の前にいる暴徒達は守るべき市民ではない。自分達を傷付ける『人かどうかも怪しい』者達だと。

 

「うぉおおお!!」

 

 引き金を引く。先頭に立っていた老齢の男性の胸に当たって倒れた。他の者達も呆然とするが、彼は止まらない。2発、3発と引き金を引く。

 眉間に命中した。心臓に命中した。反撃してこないとタカを括っていた者達は悲鳴を上げて逃げ惑う。途中で転倒した者達が騒ぎに巻き込まれて圧死していく。彼らが去った後には怪我に呻く者達と死体が転がっていた。

 

「お前。なんて、バカなことを……」

 

 辛うじて息をしていた親友が諫め様としていた、既に彼は止まることが出来ずにいた。その場で失踪した彼が、エスポワール戦隊に辿り着くのは必然とも言えた。

 

「ほぅ、本職の軍人か。有難い。仲間の成長を手伝ってくれると嬉しい」

「アンタは。この皇をどうしたいんだ?」

「皇だけじゃない。俺は世界から悪を無くしたいんだ。理不尽を振りかざし、誰かを泣かそうとする連中を、俺は許さない」

 

 具体性も何もないプランだったが、だからこそ。と期待した。

 夢想家だからこそ、現実の常識や善意などに囚われずに済むと。だから、彼は笑って答えた。

 

「そうだ。俺達は奴らを許さない」

 

 皆を守りたいのではない。自分にとって視界に入れても都合が悪くはなく、不快にならない者達だけを選んで守りたい。全てを助けようとするなんて真っ平ごめんだった。

 大坊に自覚した様子は無かったが、シアンにとっては都合が良かった。この世には無垢で無辜な、平和とヒーローを賛美する人間だけが居ればいい。自由はロクでも無い物を許してしまうのだから。

 

「頼んだぞ。シアン」

「任せて下さい。理想の世界の為に」

 

 かつて、胸に抱いていた正義感の矛先は怪人や犯罪者。侵略者などではなく、皇に住まう邪魔な人間達に向けられていた。



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ビッグ・ブラザー 16

 

「邪魔なんだよ! お前らは!」

 

 グレート・キボーダーに搭載されている兵器は、建造物や対人向けの物が殆どだった。爪先に搭載されている機関砲以外にも、ミサイルなども発射しているが家屋などを破壊するばかりで、剣狼達を捉えられずにいた。

 

「ハッハッハ! 待ってろ! 血祭りにあげてやるからな!」

 

 銃弾の雨を潜り抜けた拳熊はグレート・キボーダーの足に取り付いていた。まるで、木登りをする様にして、装甲に爪を食いこませグイグイと登って来る。

 

「シアンさん! 奴を振り落とさないと!」

 

 通信で他のカラードから困惑した声が上がる。今まで蹴散らすばかりで、真っ向から立ち向かって来た存在はいなかった。

 巨大人型兵器の構造上。足を振る動作は大きくバランスを崩しかねない。自分達の周囲を飛び回っている剣狼達の存在がある以上、身動きの取れなくなる行動は控えたかった。

 

「周りの被害を考えれば控えたかったが、仕方あるまい。全砲門開け!」

 

 グレート・キボーダーの装甲の各所が展開され、砲口が出現した。それが何を意味するかを察知し、黒田は叫んだ。

 

「剣狼! 隠れろ!」

「ッチ!」

 

 屋根伝いに移動していた剣狼達が地上に降りた瞬間、周囲が実弾と光学兵器の暴風によって薙ぎ払われた。

 

「これだけやったのなら、アイツも生きてはいまい」

 

 確認したが、足元から這い上がって来る拳熊の姿は確認できなかった。索敵モードに切り替えようとした所で、通信が入った。

 

「どうした」

「あの怪人は始末できていません。もうすぐ、俺の所のコックピットに侵入してきます。セーフティシャッターが潰されるのも時間の問題です」

 

 通信では搭乗者の声に混じって、背後から乱暴に殴って来る音が聞こえて来る。シアンの表情に緊張が走るが、通信機からは冷淡な返事が返って来た。

 

「なので、俺は奴がコックピットに侵入すると同時に脱出機能を使います。担当火器の引継ぎをお願いします。ご武運を」

「分かった。スマルト、お前の勇気。俺達が引き継ぐ」

 

 ガァン! と一層大きい音が響くと同時に、グレート・キボーダーの一部から脱出ポッドが排出された。中で何が起きているかは、最後まで伝わって来た。

 

「猪口才な真似をしやがって! 死ね!」

「お前も死ね!!」

 

 叩きつけられたのか、激しい音がした。同時に轟音が響き、通信は途絶えた。排出されたポッドが大爆発を引き起こしていた。

 仲間の死に思うことが無い訳ではなかったが、彼らは索敵モードへと移行した。周囲にドローンを飛ばして、瓦礫だらけになった街を探索すると。直ぐに、二人の姿を捉えることが出来た。

 

「見つけたぞ!」

 

~~

 

 剣狼と黒田はグレート・キボーダーの撃破は考えていなかった。自分達の目的は最初から洗脳電波の解除だけで、操られている者達を味方に付けて戦うつもりだったが、可能性は潰えていた。

 

「酷いもんだ。アイツら、洗脳した奴らのことを何と思っちゃいねぇのか」

「あのまま、あの機体の好き勝手にさせたら被害が拡大する」

 

 倒す術が無い訳ではない。拳熊が木登りの要領で食らい付いていたのを見るに、自分達の攻撃が通らないということはないのだ。だが、先の薙ぎ払いを鑑みれば、危険と言う外ない。

 黒田も頭をひねってみたが、都合よく秘密兵器が出て来る筈もない。ブンブンと刃の付いた尻尾を振ってみる。

 

「黒田のアニキ。どうする?」

「……俺も、中田のことを馬鹿には出来ねぇな」

 

 飛来して来たドローンが自分達を捉えたが、即座に切り裂いた。それだけで相手の意図を理解したかのように、剣狼は背中に黒田を乗せて駆け出した。

 

「やることは簡単だ。今まで通り、ぶん殴ってやるだけだ」

「中田のアニキみたいなことを言うんだな。でも、分かり易くて良い!」

 

 増援のドローン達が小火器で攻撃を仕掛けて来るが、全てを無視して巨体へと接近する。ありとあらゆる火力が向けられるが、光学兵器は避けて実弾兵器は切り裂きながら猛進していた。

 

「この! クズ共が!!」

 

 足を上げる。質量で押し潰そうとして来るが、剣狼は強靭な四肢を持って跳躍。拳熊がした時の様に組み付くことに成功した。

 違う所があるとすれば、トカゲ型の怪人である黒田は刃の様な尾を、剣狼は腹の下から飛び出した刃を機体に食い込ませていた。

 

「走れ!!!」「応!!」

 

 装甲を切り裂き、内部に血管の様に走るケーブル等も切り裂いていく。

 カラード達も迎撃の為に脚部に収納されている迎撃用の兵器を起動させるが、小回りと言った面で勝てる訳がなく、狙いを付けようとする前に別の個所に移られては、切り裂かれるのを繰り返されていた。

 

「機体脚部の損傷率が酷いです! このままではバランスを維持できません!」

「このままじゃ、転倒して棺桶になるだけか。仕方ない! 全員脱出!」

 

 シアンの提案に頷くと、全員がガジェットの脱出ボタンを押した。搭乗者達はポッドで射出され、合体を解除されたグレート・キボーダーが降り注いだ。

 近くに降り立ったシアン達は、直ぐに合流して死体の確認へと向かった。崩れ落ちた巨体に帰還を命じると上空へと昇って行った。これで相手が死んでいれば御の字だが、上手く行くとは思っていない。

 

「どうだ?」

「死体。ありません!」

 

 5人が周囲に視界を向けるよりも先に一陣の風が吹いた。脇腹を切り裂かれ、武器を破壊され、ベルトを寸断された。辛うじて、シアンだけは避けていたが他の者達は変身の術を絶たれて、人間へと戻っていた。

 

「助かるよ。ロボットから出た、お前達はどの隊員達よりも弱くて助かるよ」

「くっ……」

 

 ガジェットも強化外骨格(スーツ)も奪われた彼らに戦う術はない。今まで、麻痺していた恐怖を取り戻したのか、顔面は真っ青に染まっていた。

 

「降参して、捕虜になるなら命を助けてやる。情報は欲しいからな」

「ほざけ!! お前達も戦え! こいつらは、皇を侵略する悪党だぞ!」

 

 シアンが檄を飛ばしていると、こちらに向かって来る巨体があった。手には、上半身だけとなり、脊椎を地面に垂らしているスマルトの残骸があった。

 

「勝負は終わったのか。全く、レッド以外の偽物には荷が勝ち過ぎたか!!」

「諦めろ。お前に勝ち目はない」

 

 目の前で無惨な死体を見せつけられれば、戦意を挫かれるのも無理はないことだった。だが、シアンだけは違った。

 

「(ここで負けるのか? 俺達は理不尽に膝を着くのか?)」

 

 かつての様に。ジャ・アークに再び蹂躙されるのか。あるいは、自由を振りかざす市民達が跋扈する世界がやって来ると言うのか。既に、前世界に居場所のない彼が諦めるはずがなかった。

 すると、まるで彼の覚悟に呼応するようにして、剣狼に切り裂かれたガジェットがシアンへと吸い込まれて行った。異常を察知した拳熊が仕留める為に動き、剣狼が叫んだ。

 

「拳熊!! 離れろ!」

「構いやせん! 何か起きる前に殺せば、お終いよ!!」

 

 殺意に満ちた掌が振り下ろされた。血と肉片が飛び散った。拳熊は葬った獲物を啜るべく腕を上げたが、肩から先が消失していた。

 

「あ?」

「獣め。駆除してやる」

 

 それが、拳熊の見た最期の瞬間となった。目の前には人型サイズになったグレート・キボーダーが居た。掌を翳すと、表面から線状の光が幾重にも走り、拳熊の全身を通過すると、バラバラに切り刻まれた。

 肉片、骨片、臓器の全てが地面へと落ちたが。シアンは腕部から出現させた火炎放射器で焼き払った。

 

「ケン。知っているのか?」

「以前、レッドが近い状態になっているのを見た事がある。奴らは窮地に陥ると、周りの力を吸収して強化されるんだ」

「そうか。俺はリーダーに近い状況なんだな」

 

 既に、武装を奪われたカラード達は退避していた。改めて両者は向かい合った。傍若無人の限りを尽くしていた拳熊が一瞬で葬られた。自分達は目覚めさせてはいけない力を呼び起こしてしまったのではないかと思えた。

 

「やるぞ。でないと、俺達が葬られる」

「今度こそは、逆転はさせない」

「良いだろう。全ての力が俺一人で操れるなら、手っ取り早い。貴様らを駆逐してやるよ!!」

 

 グレート・キボーダー。新生エスポワール戦隊の力の象徴とも言える存在が、1人の人間の手中に収まった。巨体を切り刻むよりも、遥かに脅威となっていた。

 



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ビッグ・ブラザー 17

 

 グレート・キボーダー。エスポワール戦隊の象徴とも言えるガジェットであり、制圧兵器として数々の難敵を打ち倒して来た。

 その質量は出現させるだけで周りに甚大な被害を与え、合体と言う過程一つさえ武器にしてしまう。建造物への攻撃だけではなく、対地兵器も豊富に搭載しており、概ねの携行火器では通用しない装甲を持っている等。一組織が持つには過剰とも言える火力を所持していた。

 だが、弱点が無い訳ではない。巨体であるが故に攻撃を受けやすく、動きも鈍い。更に、人型と言う構造上、脚部を破壊されると身動きが取れなくなる。

 また複数の操縦者を必要とし、欠員が出た場合は機能が落ちる等。全体的に機動力が低く、一度損害を受ければ機能停止に陥り易いという、打たれ弱さを孕んでいた。

 

「くたばれ!!」

 

 シアンの肩部にマウントされた砲塔が火を噴き、バックパックから大量のミサイルが射出される。剣狼と黒田も回避に専念しているが、少しでも逃げ出そうとすれば背中から撃ち抜かれることは想像できた。

 

「チッ!」

 

 二人共。回避の合間に攻撃を入れようとするが、全て防がれていた。

 巨体であったグレート・キボーダーは動きも緩慢で好き放題に切り裂けたが、人間サイズまで縮小した影響か全体的に装甲が分厚くなっていた。動きも軽快な物となり、剣狼達の攻撃に対しても防御を取れていた。

 

「死ね!」

「ぐぁ!?」

 

 目が慣れて来たのか、擦れ違いざまの斬撃に合わせて、シアンは指先からレーザーブレードを出現させていた。剣狼の体表を覆う剛毛を焼き切り、得物である刃をも溶断していた。

 

「終わりだ!」

「ケン!」

 

 ダメージを受け、動きが鈍った一瞬をシアンは見逃さなかった。

 両腕の上部から砲塔が出現し、胸部と腹部の装甲が展開されると『E』の文字を模った装甲が赤熱した後、熱線が放射された。

 黒田は射線を逸らすべく背後から襲い掛かった。ミサイルでの迎撃も間に合わない隙を突いた攻撃であったが、一つ計算外があった。グルリと、シアンの頭部が180度回転したのだ。

 

「なっ!?」

「人間と同じ動きしか出来ないと思ったか?」

 

 頭部に搭載されたバルカン砲が火を噴く。体表を大鱗が剥がれ、表れた素肌に弾丸が突き刺さる。強化された筋肉のおかげで皮膚を突き破ることは無かったが、衝撃で臓腑が叩かれ内臓が搔き乱される。

 

「が……!」

 

 吐いたのが吐瀉物か血液かも判断が付かない。だが、黒田は進むのを止めなかった。このまま行けば、剣狼は焼き払われる。

 そうなれば、自分一人ではこの男を倒すのは不可能だ。そうなれば、自分が殺されるのも時間の問題でしかなくなる。ならば、どちらを生き残らせるべきか。

 

「うぉおおおおおおお!」

「栄光の勝利を掴め! E・ブレスト!!」

 

 銃撃の雨を突っ切った黒田は、全体重を乗せて飛び掛かった。加速も合わせた一撃はシアンの態勢を崩す事には成功し、熱線は剣狼に命中することは無かった。だが、黒田は四肢の自由が利かなくなっていることに気付いた。

 

「掴まえた」

 

 ボキリと鈍い音が響いた。鈍い痛みがジワジワと全身に広がって行く。掴まれていた右腕と左足の骨が折られた。畳み掛ける様にして、残された左腕と右足は切り飛ばされた。

 自分は芋虫の様に踏み殺される。ただ、殺されるのでは助けた意味がない。大口を開けて叫んだ。

 

「ケン! テメェ、何時まで寝てやがんだ!!」

「死にぞこないが!」

 

 顔面を踏み砕こうと足を上げた瞬間、シ人影が飛び掛かった。剣狼だった。彼は両足を組んで、シアンの頭部を固定すると腕部に生やした刃で何度も切り裂いた。

 

「どいつもコイツも! 何故、死なない! 死ねよ!! テメェらクズはこの世にいらねぇんだよ! 邪魔なんだよ!!」

「ただで、駆除されてやると思うな!」

 

 グレート・キボーダーの装甲を前に刃が欠ける。刃の鋭利さを前に装甲が欠けて行く。頭部に搭載されたバルカン砲は飛び掛かられたときに潰されていた。

 なので、シアンは剣狼を掴んだままレーザーブレードを展開した。肉体を突き破り、直接臓腑を焼くが止まらない。

 

「ぐ。ギッ」

「ガフッ」

 

 片や臓腑を焼かれて、肉体を内部から焼かれている。片や頸部を寸断されかけており、両者とも命を削り合うデッドレースが行われていた。金属を叩く音と肉を焦がす臭いだけが周囲を支配する。

 暫し、単調な暴力の応酬が行われていたが、終わりは訪れた。ガタンと重量物が地面に落ちた。頸部を寸断されたグレート・キボーダーからは火花が散っていた。転がって行った頭部は、自らの体を見上げていた。

 

「俺の負け。だと?」

「その状態で動ける訳でも無ければな」

 

 意識が霞んでいく。金属に覆われていただけあって、自分は完全に機械化した訳ではなかったのだと理解した。とすれば、死が避けられない物だとも理解してしまった。

 

「お前達は、その力で何を守る」

「……俺達の日常だ。汚くて、正しくなくて。それでも、俺達にとっては大事な日常を」

 

 一瞥することも無く、剣狼は負傷した黒田を迎えに行こうとした。その様子を見たシアンは、死に体であるにも関わらず憎悪に満ちた声を発した。

 

「この皇に、そんな薄汚い日常は要らねぇんだよ。死ねよ」

「ケン! 飛べ!」

 

 胴体だけになっていたシアンの肉体が赤熱していた。何が起きるかは理解した、黒田を抱えて逃げようとするが間に合わない。

 

「アニキ!」

「生きろ」

 

 強烈な光が発せられた。爆風が拡がり、周囲の全てを呑み込んでいく。さながら、シアンの執念を表したかのような一撃だった。

 最期の一撃が収まった後。幽鬼の様な足取りで、戻って来た剣狼が見たのは、ボロボロになった黒田の怪人化リングだけだった。

 

「畜生! 畜生ォオオオオ!!!」

 

 先の自爆で、目標物であった洗脳アンテナも破壊されていた。任務は達成したと言えたが、剣狼達の被害は甚大だった。仲間を二人も失い、取り戻すはずだった兵隊達もまとめて葬られた。残ったのは、グレート・キボーダーを倒したという事実だけだった。

 暫く、その場に佇んでいたが。リングを拾い上げて、ポケットに仕舞うと剣狼は避難所へと戻って行った。

 

~~

 

「だからですね。私達は頑張って、洗脳電波を妨害して取り付けて来たのです。誰一人の犠牲も無くね!」

「カーター司令。相手にもされなかったじゃないですか」

 

 各地のアンテナに妨害用装置を取り付けに行く任務で、一番早く帰って来たのはカーター達だった。虚偽の報告かと思いきや、軍蟻もPCで確認する限りは設置に成功している様だった。

 

「ふむ。君達が上手く行くとは思っていなかったから不思議だ。どうしてだい?」

「聞いて下さい。私は連中の包囲網を潜り抜けてですね」

「いや。何故か、司令が敵から認識されなかったから楽に行けただけじゃないですか」

 

 部下の一人が眉に皺を寄せながら言った。何故、襲われなかったのかという理由を問い質そうとした所で、警備の者から中田達が帰還したという報告を受け取った。戻って来た彼らは、重体の男を担いでいた。背後には日野の姿もあった。

 

「よぅ。軍蟻、帰って来たぜ」

「無事。という訳じゃ無さそうだね。豊島さんは?」

「殺られました。代わりに、カラードの二人を捕獲しました」

 

 疲労困憊の中田に代わって、槍蜂が応えた。周囲に動揺が走る。この場にエスポワール戦隊のメンバーを連れ込んだのかと。彼らが放つ殺意を受けて、日野は小さく悲鳴を上げた。

 

「ヒッ」

「日野君、怯えなくても良いですよ。俺達の言うことを聞いていれば、無事に保護して上げますから」

 

 槍蜂が優しく語りかけたが、意に反する行為をすれば身柄の保障は出来ないと言う脅しとも取れた。彼は小さく頷くだけだった。

 

「日野君と話がしたい。警備の人達は、そこの人の治療を手伝って。彼からも事情を聞きたいから」

「分かりました」

 

 医療の心得のある者達が、中田達の連れて来た男に処置を始めた。

 彼としては、兄貴分を失ったことについてや状況の変化についても聞きたいことはあったが、バタリと倒れた。

 

「悪ィ。ちょっと、寝るわ」

「休んどいてください。何かあれば、起こしますよ」

 

 戦いの疲れが噴き出たのか。中田は床に転がると寝息を立て始めた。それから、ほんの数十分後。剣狼も帰還したが。余りの凄絶さに一同は言葉を失っていた。

 

「……剣狼。何があったんですか?」

「拳熊と黒田のアニキが殺られた」

 

 全身の傷は塞がりかけていたが、仲間を失ったという事実が消えることはない。座り込んだ剣狼を見ながら、槍蜂は頭を抱えていた。

 

「中田さんが起きたら、なんて伝えれば良いんでしょうかね」

 

 幹部級の人間を何人も失った。だが、エスポワール戦隊も同様に強力な手駒を失っていた上、洗脳電波も解除されようとしていた。少しずつではあるが、状況は変わり始めていた。

 



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ビッグ・ブラザー 18

 

「リーダー。近隣の洗脳電波の分散拠点が潰されています」

 

 ビリジアンが焦燥と共に報告をした。ブルーやシアンなど、エスポワール戦隊内でも特に強力な力を持つ者達が撃破されたということに他ならない。

 報せを聞いた大坊は胸に手を当てていた。同時に、彼の腰に装着されているベルトに何かが吸い込まれて行った。

 

「シアンはよく戦った。このエスポワール戦隊で仲間を育て上げ、善を信じ、悪を憎んでいた彼が死ぬなど。やはり、この世界は間違えている」

「どうしますか?」

「決まっている。これ以上、俺達の仲間を傷付けることは許さない」

 

 大坊の強化外骨格を覆う様にして、装甲が装着されて行く。その姿は、死亡したシアンが使用していたガジェット『グレート・キボーダー』の由来の物であるということは一目でわかった。

 

「行くんですね?」

「あぁ。ブルーが人質になっている可能性もあるからな。ビリジアン、いざとなれば拠点を放棄してでも活動は続けろ」

 

 議事堂付近の洗脳電波は破壊されたが、皇全体に拡散された物の収束にまでは及んでいない。自分が生きてさえいれば、同志は増やせる。エスポワール戦隊を終わらせないと言う大坊の意思を引き継ぐつもりでいた。

 出撃する大坊を見送った後。ビリジアンは、議事堂内のカラード達の通信へと繋いだ。

 

「今、リーダーが出撃した! 彼が負けるはずがないとは思うが、万が一のこともある。総員! 何かあったとしても撤退出来る準備をしておけ!」

 

『応!』という返事が返って来た。今や議員達の多くもエスポワール戦隊に取り込んでおり、彼らは戦力でありながら人質としても機能した。

 

「俺達が皇を変えるんだ。変わらなきゃならねぇんだ」

 

 何かあった時の準備を進めながら、ビリジアンは辺り一帯のカメラから情報を取り入れていた。

 

~~

 

 首相も居なくなり、彼女だけが部屋に取り残されていた。ホワイトと言う男が置いて行ったモニタには、街中の戦況が映し出されていた。

 豊島や黒田。顔見知り達が命を散らしていく。かつての戦いより陰惨で、憎悪と暴力に塗れた戦いは留まる気配を見せはしない。

 

「どうして」

 

 彼らは邪悪だったか。皇を侵略する怪人だったか、悪の組織だったか。

 自分が知らない所で悪事に手を染めていたかもしれない。そうだったとしても死んで良い人間とは思えなかった。

 悲嘆に暮れてはいたが、モニタの電源を落とすという選択は無かった。リーダーと慕っていた男が、何をしているかという事実から目を背ける訳には行かなかった。

 

「(どっちが勝って、どっちが負けて。何が残るの?)」

 

 どちらが勝利した所で、祝いのファンファーレが響く訳もない。ただ、凄惨な爪痕と憎悪が残るだけだ。だとしても、お互いに戦いを止められない。

桜井が口惜しさに臍を噛んでいると、扉が開かれた。七海が複数のカラードを引き連れていた。

 

「ピンク。貴方は、一緒に来て貰う」

「七海ちゃん……、一体どういうこと?」

「戦況が良くない。洗脳電波を分散、拡散するアンテナに妨害工作が仕掛けられた」

 

 それはつまり、これ以上。エスポワール戦隊の思想に憑りつかれて、無駄な殺傷が起きることが無くなるということだ。俄かに桜井に笑顔が戻ったが、それも一瞬のことだった。

 

「だから。リーダーが直接打って出た」

「……え?」

「捨て身になった連中が何をするか分からないから、安全の為に付いて来て欲しい」

 

 エスポワール戦隊にもジャ・アークにも多大な損害が出たばかりだ。今も治療中の者達も多い中、大坊が切り込めば何が起きるかは想像に容易い。

 

「待って。リーダーが打って出るってことは」

「うん。ジャ・アークは、今日。滅亡する」

 

~~

 

 怪人達は洗脳が解かれた自衛隊員や派遣軍を吸収しながら、軍蟻達が拠点としている場所に向かっていた。

 今まで、カラードと呼ばれる怪物達に苦戦を強いられてきたが、逆転のチャンスは訪れた。出現するエスポワール戦隊の者達も数の暴力でねじ伏せ、自らの糧にしていく。

 

「ざまぁみろ!!」

 

 洗脳が解除された隊員の一人が叫んだ。平穏を荒らされ、同士討ちを強いられ、友人や仲間を失って来た者達が憎悪を叫ぶ。

 強化外骨格(スーツ)の下から出て来た者が、守るべき皇の国民だったとしても、昂った感情が抑えられる訳もなかった。時には、怪人達と協力して制圧を超過したリンチを掛けようが、怒りは収まらない。そして、怒りは更なる怒りを呼んだ。

 

「死ね」

 

現れた大坊が呟いた言葉には冷徹な殺意が籠っていた。

線状のレーザーが一同を通過すると、ずるりと上体が地面へと落ちた。中には、咄嗟に飛んだり、伏せた者達もいたが、僅かに死期を延ばしただけだった。

 

「あ」

 

 放たれた拳に顔面が消し飛んでいた。踏みつけた衝撃で、臓器や眼球が飛び出して圧死した。逃げようとした者は背中に機銃掃射を受けた。

 僅かの間に死体の山を築き上げるが、屍の山を踏みつぶしながら進んで行く。その先には、中田や剣狼達が治療を受けている避難所があった。そんな彼を遠方から捉えている存在も居た。

 

~~

 

「不味いですね」

 

 反町は偵察に出している子機から入って来た情報を見て冷や汗をかいていた。彼は、直ぐにフェルナンドへと報告をした。

 

「大坊が近づいてきているか」

「どうしますか? 今は、道中で遭遇している怪人達を排除するのに時間が掛かっているみたいですが」

「中田と軍蟻を連れて逃げろ。槍蜂、お前は俺と此処に残れ」

「了解」

 

 迷っている時間は無かった。寝ている中田と負傷している軍蟻を担いで、反町が逃げる準備を整えている中、剣狼も立ち上がっていた。

 

「ボス。俺も戦う」

「バカを言うな。今のお前じゃ、役に立たない。反町達と避難してろ」

「何だと?」

 

 異議を申し立てようと身を乗り出したが、崩れ落ちた。見れば、槍蜂の拳が腹部に突き刺さっていた。

 

「俺の一撃も避けれないんじゃ、いても邪魔なんで。ほら、立って歩けるでしょ? 一緒に避難しといてくださいよ」

「……くそ」

 

 恨みがましい視線を向けながら、剣狼は反町や他の怪人達と一緒に逃げ出していた。残されたのは、フェルナンドと槍蜂。それと、大坊を討とうとする血気盛んな者達だった。

 残された自衛隊の者達は判断に迷っていた。果たして、彼らを追い出すべきかどうか。自分達も量産型スーツを装着しているが、力付くで追い出そうものなら何をされるか分かった物ではない。意を決した様に、自衛隊員が言った。

 

「悪いが、お前達の戦いに巻き込まれたくないんだ。ここから、出て行ってくれないか?」

「元よりそのつもりだ。お前らを人質にしても、アイツは止まる訳が無いしな」

 

 もしも、大坊と言う男に人間らしさや良心の呵責があるのなら、人質作戦も有効だっただろう。だが、彼が止まる訳が無いことは知っている。

 

「代わりに治療中のブルーと日野ってガキをこっちに寄こせ」

 

 自分達の身柄の安全や心証の確保の為にも、死に体のブルーは預かっておきたかったが、これまでの義理立てもあって引き渡した。だが、と続けた。

 

「日野と言う少年は渡せない。今の彼は、ただの少年だ」

 

 素性の割れていない日野は、今は避難している者達の中に混じっていた。暫し、睨み合いが続いたが、それは中断される事になった。通信機が鳴った。

 

「た、隊長。れ、レッドです。レッドが来ています」

「!!」

 

 想像以上のスピードだった。自分が少しでも返答を間違えれば、ここにいる部下達や避難民達に被害が及ぶ。言葉を選んでいる間に、フェルナンドに通信機が引っ手繰られた。

 

「よぅ。レッド」

「その声色はフェルナンドか」

「そうだ。おっと、いきなり皆殺しって真似は止めろよ。俺はお前の仲間を預かっている。ブルーって奴だが、瀕死の重体だ。俺達が治療を止めれば、コイツは死んじまうぜ?」

 

 微かな可能性に賭けた交渉だった。もしも、彼がテーブルに着く気があるならば幾らでも丸め込める。返答は爆発音だった。

 

「そんな交渉に乗るとでも思っていたのか?」

「分かった。決裂だな」

 

 通話を切った。運ばれて来たブルーの意識は朦朧としており、生きているか死んでいるかも分からない状態だった。ゆっくりと、銃口を向けて……下ろした。

 

「殺さないのか?」

「殺すと、ソイツのガジェットがアイツに移っちまう」

 

 既に交戦は始まっていた。通信機が無くても怒声や悲鳴などの雰囲気が伝わってくる中、フェルナンドは駆け出して行った。

 

~~

 

 カラード達と怪人達は交戦の末、数を減らしていた。この避難所には、生き残った怪人達が集まっており、臨時の前線基地となっていた。

 反町達と一緒に逃げ出した者達も居たが、迎え撃とうとした者達も居た。その中には、前ジャ・アークの頃から戦っていた猛者も混じっていた。

 

「うぉおおおおおおお!」

「シャアアアアアアア!」

 

 サイの様な巨大な体躯の持ち主、蛇の様に変幻自在の体を持つ者。その他にも様々な怪人達が物量で圧殺せんと大挙して襲い掛かった。

 

「俺は! エスポワール戦隊リーダー!」

 

 取り出した巨大な二振りのメイスが、押しかけて来たサイの角を叩き折り、頭部を叩き割った。続けて、緑色のスピアを取り出して投擲した。何体もの怪人を貫いた後、壁に縫い留めた。

 大型の手裏剣型ガジェットはまるで意思を持っているかのように動き、蛇型の怪人を3分割に寸断して、怪人達の首を狩り取って行った。

 

「同じだ」

 

 フェルナンドの記憶に蘇って来たのは、かつての戦いだった。ガイ・アークや仲間達が次々と殺されて行き、自分だけが生き残ってしまった。

 怪人化リングを作り、今度こそは同じ悲劇を繰り返さない様に。戦えるだけの力を持とうとした、今までの軌跡を踏みにじる様にして、大坊は怪人達を鏖殺していた。

 

「エスポワァール! レェッド!」

 

 背後ではバズーカ型のガジェットが使用されたのか、盛大な爆炎が立ち上がっていた。さながら、戦隊の登場シーンのようでもあった。

 



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ビッグ・ブラザー 19

 

 レッドが怪人達と戦い始めた瞬間から、避難所と交戦区域を仕切る様にして障壁が張り巡らされていた。カラードの一人『オリーブ』と呼ばれる者が使っていた『フォースプロテクト』と呼ばれるガジェットによる物だった。

 どれだけの戦闘が行われているかは観測できなかったが、避難民の安全の為に自衛隊の者達は移動を促していた。

 

「指示に従って移動してください! 女性や子供。お年寄りから先に……」

「ふざけるなよ!」

 

 女子供が先に移動している中、中年男性が声を上げた。彼の怒りに感化される様にして、次々と不満が飛び出る。

 

「そもそも! お前達がエスポワール戦隊をクビにしたから、こんなことになったんだろう!? 国の責任を俺達に背負わせるのかよ!?」

「俺が住んでいた家も吹き飛んだ! どうしてくれるんだ!」

「あの怪物がこの避難所に来たのも! アンタらが怪人を匿ったせいだろ!?」

 

 住民達も限界だった。自分には関係がないこと、制裁を食らうのは悪人達だけだと、内心では嘲笑っていた。

 自分達は善良な市民であり、巻き込まれる可能性は無いのだと。ネットやゴシップで消耗される話題だと思っていたが、今の自分達は被害を被っている。こうなればヒーローも怪人も等しく脅威でしかなかった。

 

「今は抗議している場合じゃないですから!」

「俺達はやっとの思いで此処に辿り着いたんだぞ!? 移動している最中に戦いに巻き込まれたらどうするんだ!?」

「お前達も強化外骨格(スーツ)を着ているんだろう! だったら、表の奴らを何とかして来いよ!」

 

 文句を言えば誰かが、何とかしてくれる。何処まで行っても他力本願であり、自分で事態をどうにかしようとする力も無ければ、意思も無かった。

 

「皆様に、ご協力を頂ければ避難もスムーズに行われるんです! ご協力を!」

 

 避難誘導の為に必死に声を上げるが、事態は何も改善する兆しを見せない。人々の不満と苛立ちは、際限なく膨れ上がっていた。

 

~~

 

 交戦している怪人達も決して、素人ではない。ここに至るまで生き残り、あるいは人を食らって力を蓄えて来た猛者達だ。だが、彼らの予想を遥かに超えて、ヒーローは理不尽の権化だった。

 

「ビシャアアアアア!」

 

ヒョウモンダゴ型の怪人が毒液を吐いた。人体にとって猛毒であり、カラードの隊員達に対しても脅威である一撃は、目の前で一瞬で蒸発させられた。

 

「レッド・スライサー!」

 

 円月刀の柔軟な刃が体の至る所に滑り込み、あっと言う間にヒョウモンダゴ型の怪人は解体されてしまった。だが、怪人達も覚悟をしているのか、仲間の死にも臆せず攻撃の手を緩めない。

 ホワイトタイガー型の怪人が、遺体の毒液を爪に塗り付けて振り被った。爪から毒が沁み込む苦痛に耐えながら振り被った腕は、遥か後方へと切り飛ばされていた。

 

「レッド・ハルバード!」

 

 戦斧の一撃はホワイトタイガー型の怪人を唐竹割に切り裂いた。1体を始末している間に、背後から襲い掛かる者達も全て返り討ちにしていく。

 グレート・キボーダーの装備と装甲を身に纏ったレッドは、戦死した者達から吸収したガジェットをアタッチメントの様に取り付け、周囲に暴力を振りまいていた。散弾が食い破り、ミサイルで爆砕し、レーザーで焼き切って行く。

 物量作戦と言う定石を一笑に付し、怪人達を覚悟と憎悪ごと焼き払い、レッドは生き残った槍蜂とフェルナンドに銃口を向けた。

 

「これで終わりじゃないだろう。剣狼達は逃げたのか?」

「さぁな。好きに想像しな!」

 

 倒された怪人達の体から紫色の靄が立ち込め、フェルナンドへと吸収されて行く。ホワイトタイガー型の爪や剛毛、蛇型の柔軟な関節、ヒョウモンダゴ型の毒液から、サイ型の剛健な角。今まで斃されて来た怪人達の怨念を体現しているかの様だった。

 

「再生怪人の寄せ集めか。醜悪と言う外ないな」

「お前と変わらねぇよ!」

 

 相手の体躯に合わせる様にして、レッドもまた巨大化していた。

 最初に張った防壁は崩れ去り、避難所を背後にして二人は激突していた。戦闘の余波で建物が損壊し、避難していた者達の悲鳴が響く。

 

~~

 

「見つけたぞ! コイツだ! コイツが、エスポワール戦隊の奴だ!」

「何をしているんですか!?」

「決まっている。コイツを使って、戦いを止めさせるんだ!」

 

 抗議をしていた者達の背後で大声を上げた男性達は、ブルーが乗せられた担架を運んでいた。

 今も治療を受けねばならない程の重体の患者を運び出す暴挙を前に、自衛隊の者達も制止を掛けるが、恐怖に駆られた者達は止まらない。表に出た彼らは、奪い取った拡声器で叫んだ。

 

「おい! レッド! お前の仲間は此処にいる! 助けて欲しければ、戦いを止めろ!!」

「よせ! やめろ!!」

 

 フェルナンドが叫ぶが全てが遅かった。グレート・キボーダーと化したレッドは肩部に取り付けた、バズーカの砲口を向けた。

 

「ブルーの命を使って、俺を脅して来るか! だが、悪党の要求には決して屈さないぞ! 食らえ! グレート・キャノン!」

 

 目の前で戦っているフェルナンドのことも気にせず、レッドは表に出た避難民達に向けて引き金を引いた。発射された砲弾は市民達をバラバラに引き裂き、重体だったブルーも同じく肉片となって弾けとんだ。

 自分へ向ける意識を逸らした一瞬を逃さず、フェルナンドはレッドに組み付いて、押し倒した。衝撃で背後にあった建物が薙倒された。

 

「アイツらも。お前達が守るべき人々だったんじゃねぇのか」

「人質を取って要求を飲ませようなど、テロリストのすることだ。俺は悪には屈しない!!」

 

 胸部の装甲が展開され、出現した機関砲がフェルナンドに目掛けて放たれた。だが、全ての弾丸は皮膚で止まっていた。

 

「もういい。お前は生きるな。死ね」

 

 手に生やした爪を振り下ろした。装甲を貫き、強化外骨格(スーツ)を破り、皮膚を通過して心臓まで達した。内臓を潰した感触が伝わって来た次の瞬間、爪の先に何かが纏わりついて来る感触があった。

 

「再生。している、いや。違う。これは」

「分かる。この力は、イエロー! お前も! 俺と一緒に戦ってくれるのか!」

 

 突き入れた爪が弾かれ、生存本能に従う様にして飛び退いた。損傷した装甲部分が復元されて行く。変化はそれだけには留まらず、装甲が黄金色へと変貌して、手には巨大な槌が握られていた。

 

「これが、まさか。剣狼の言っていた――!」

「イェロォオオオオオ! ハンマァアアアアアアア!!」

 

 土を振り降ろす風圧で周囲が倒壊した。避ける隙すら与えられずに、辛うじて防御だけは間に合った。フェルナンドの全身に走った衝撃は、地面を伝わり辺り一帯を大きく揺らした。

 

「ギャッ!?」

 

 上げた腕の骨は折れ、体内に走った衝撃で骨が砕けた。体内を掻き回されるという表現すら温く、ミキサーに掛けられたかのようにズタボロにされた。だが、攻撃は終わらない。

 

「クラッシュ! ヘル・スタイン!!」

 

 槌の先端が高熱を帯び、振動を始めた。瞬間、強烈な閃光と衝撃が、フェルナンドの頭上で炸裂した。多様な怪人の防御機構を備えていたはずの巨体は、上半身が吹き飛んでいた。

 レッドが蹴り飛ばすと、抵抗も無くグラリと倒れた。焼け野原と化した周囲を見渡しながら、黄金色の槌を掲げて声高に叫んだ。

 

「ジャ・アークの総帥! フェルナンドを討ち取った! 俺達! エスポワール戦隊の勝利だ!!!」

 

 無人となった一帯では、彼の言葉に返事をする者もいない。空虚な勝利宣言であったが、これらの様子はドローンや怪人達の子機などを通して、各方面に伝わっていた。

 



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ビッグ・ブラザー 20

「俺達の勝利だ!」

 

 エスポワール戦隊の拠点となった議事堂では歓声が巻き上がっていた。

 ついに、レッドはジャ・アークの総帥すら倒してしまった。ワンマンアーミーと言うしかないバカげた戦力だった。熱狂し、テーマソングを口ずさむ戦隊に対して桜井は困惑を覚えていた。

 

「(何がそんなに嬉しいの?)」

 

 少なくない仲間が犠牲になった。守るべき人々をも巻き込んだ。生活を破壊して、敵を殺し尽くしただけで、得られた物は何もない。

 戦いが終わり、スタッフロールに入って大団円と言う結末がある訳も無い。これだけの被害をもたらしたエスポワール戦隊と言う組織は、全世界から目の敵にされるだろう。だとすれば、次は世界を相手に戦うのだろうか?

 

「(今度の相手はイルミナティかしら)」

 

 事は終えた。今更、大坊を止める意味も無いことを悟った。

 ジャ・アークの残党は残っているだろうが、全てはもう関係ない話だ。会いたい人が居た。桜井が留まっている理由も無かった。

 

「何処へ行くの?」

「もう、戦いは終わったから良いでしょう。私は日常に帰るの」

 

 七海から声を掛けられたが、止まるつもりも無かった。エスポワール戦隊の勝利に酔いしれている彼らには、桜井と言う存在は眼中に無かった。追いかけようとしたが、シャモアに肩を掴まれていた。

 

「良いのよ。彼女はヒーロじゃなくて、私達が守るべき市民なんですから」

「……分かった」

 

 議事堂から離れて行く。荒れ地を超えて、知人達を見捨てて、自分だけが安寧を求めて逃げる。その姿に勇気は欠片も見当たらなかった。

 

~~

 

 中田が目を覚ましたのは、ドブ臭い場所だった。直ぐに此処が下水道だと分かり、周りには僅かな仲間達がいるだけだった。

 

「おい、何があったんだ?」

 

 誰も疑問に応えようとしない。ある者は頭を掻き毟り、ある者は虚空を眺めていた。その内の一人が、突然立ち上がった。

 

「ああああああああああああ!!!!!!」

 

 彼はリングの力でカニ型の怪人に変身すると、巨大なハサミを使って自らの頭部を砕いていた。辺りに内容物が飛び散るが、誰も取り乱しはしない。冷静と言うよりかは反応を示すだけの気力も無いといった様子だった。

 中田の心臓が早鐘を打つ。どうして、彼らがここまで悲観的になっているのか。自分が気絶している間に何があったのか。

 

「おい、お前ら! 誰でもいいから! 何があったか答えろよ!!」

「私達は負けたんですよ」

 

 俯いていた者達の一人である、反町が消え入るような声で呟いた。

 負けた、というのが何を意味するかは想像に容易い。自分が気絶している間に何があったのかを察してしまった。

 

「嘘だろ? だって、俺達。洗脳電波もぶっ壊したじゃねぇか! これから反撃に出ようって時だったじゃねぇか!」

「レッドですよ。アイツがやって来て、1人で皆殺しにしたんです。見ますか?」

 

 力なく差し出された子機に映し出されていた映像は悪夢と呼んでも差支えのない物だった。

 たった一人の人間に怪人達が皆殺しにされ、巨大化したフェルナンドですら理不尽な復活によってパワーアップしたレッドに殺された。自分達に協力していた、避難所にいた自衛隊も殲滅された。全身から力が抜けていくようだった。

 

「何だよ、これ。本物の化け物じゃねぇか」

 

 今まで、何度か相対して来た彼は、もしも戦いになれば食らい付けるつもりではいた。幹部であるブルーを倒したという自負もあったが、レッドの強さは正に別次元だった。

 

「ですが、私達は生きています。このまま、エスポワール戦隊に見つからない様に海外に逃亡して、そこで怪人の力を使えば生きて行けるはずです」

 

 国外にはエスポワール戦隊の力も及んでいないはずだ。強化外骨格(スーツ)を供与していたユーステッドは危ういにしても、東南方面に行けば再起の目もあるかもしれない。

 反町の提案に、生き延びた者達が僅かながらの希望を取り戻した瞬間。数人の頭が爆ぜた。内容物が飛び散り、体が横たわる中。やって来たのは、カーマイン色のカラードだった。

 

「そうはさせんぞ。皇のゴミはキチンと、ヒーローが掃除せんとな」

 

 両腕に装着されたガジェットが起動すると、補足された者達の頭部が次々に破裂していく。もはや、戦うことも生きることも諦めたのか。誰も変身することなく、一方的に嬲り殺しにされていた。

 

「戦えよ。戦えよ!!」

 

 辛うじて中田は変身していたが、龍の形態をとることは出来なかった。魚型の怪人になり、手裏剣の様に鱗を放つが容易く避けられていた。

 絶望はそこでは終わらない。カーマインに引き続き、後詰めとして別色のカラード達もやって来た。生き残ろうと逃げ出した者達が次々と散って行く。

 

「中田さん。やっぱり、怪人や悪ってのはヒーローに始末される物なんですね」

「諦めるなよ! 生き残れよ!!」

 

 激励を掛けた瞬間、反町の頭も弾け飛んでいた。生き残ったのは、自分一人。最後の最期まで戦うとは決めていた。

 駆け出したが、ダメージの回復していない体では思う様に動かず転げた。彼らは嘲笑うような真似もせず、手持ちの火力を叩きこもうとしたが、何かに気付いたようにピタリと動きを止めた。

 

「ッチ。足止めは失敗したか」

「アォオオオオオオオ!!!」

「ケン!!」

「掴まって!」

 

 巨体が駆けて来た。見れば、全身のガジェットを叩きこまれたのか、武器や肉片をこびりつかせた剣狼が巨大な獣形態になっており、背中には軍蟻が乗っていた。

 中田を咥え上げると、カラード達の一斉射撃を食らいながらも突破していく。マンホールを切り裂き、地上へと出た。

 

「移動します! 付いて来て下さい!」

 

 上空には巨大な蜂の姿を取っている槍蜂が居た。彼に先導される形で逃げようとするが、背後で機獣の咆哮が響いた。

 

「アイツらは一体?」

「グレート・キボーダーのサポートメカだよ」

 

 上空から、殺意を伴った大量のビームやミサイルが降り注ぐ。全てを避けながら、剣狼は地を蹴り続ける。遠くへ、遠くへ、次から次へと増えて行く追撃を巻くようにして速く、速く、駆けて行く。

 頭上では追っ手を撒くために槍蜂がサポートメカや地上にいるエスポワール戦隊達と戦っていたが、多勢に無勢。押されて行く一方だった。

 

「……俺が言っても良いかどうかだけれど、皆。生き延びて下さいね」

 

 足止めに徹した戦いをしていたが、限界は直ぐに来た。自らの末路を悟った槍蜂は、最期の一撃と言わんばかりに追撃して来た機獣に吶喊した。

 

「キーッ!!」

 

 機関砲が放たれ、槍蜂の甲殻を穿って行く。だが、止まらない。加速を乗せた上で、彼は両腕と尻から生えている槍の様な針を突き出し、体当たりした。

 装甲を穿ち、地面へと墜落した機獣は地上に居たカラード達を押し潰した。だが、彼らは怒りに燃え上るばかりで戦意が衰えることは無かった。

 

「落ちて来たぞ! やれ!」

 

 全ての力を使い果たして落ちて来た槍蜂を取り囲み、カラード達は手持ちのガジェットを叩きこんだ。光線が、刃が、銃弾が、矛先が、ボロボロになった彼の体を更に壊していく。

 

「皆……」

 

 薄れゆく意識の中。槍蜂の脳内に浮かんだのはエスポワール戦隊への憎悪では無く、復活したジャ・アークでの日々だった。

 人間の真似事をしながら、変わった剣狼に笑いつつ。桜井等の人間と交流を育んだ日々。全ては、この日の為の布石だったと言うのに。今となっては、酷く大事な物だったような気がした。

 

「カーマイン・ド・クラッシュ」

 

 カーマインが両腕のガジェットを起動させる。槍蜂の体が内部から加熱、膨張されて行き、破裂した。

 

「残るは3人! 他の幹部級も逃げている! 最後まで斃してこその! 本当の勝利だ!!」

 

 誰かを殺した後悔などあるはずもない。悪党を斃した達成感もそこそこに、彼らは悪を根絶する為に走る。

 



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ビッグ・ブラザー 21

祝☆100話目。……今までサボっていましたぁあ!!


 

 中田達は逃げていた。エスポワール戦隊から、戦場から、死の恐怖から。

 対抗できるだけの自信はあった。事実、幹部級の人間を二人も撃破して、カラードと化した構成員達も撃破した。だが、全ては一人の人間に覆された。

 

「ぐっ。クソっ……」

 

 中田は己の体を抱きしめていた。歯の根が噛み合わず、寒くも無いのに震えが止まらない。極道の世界を生き、エスポワール戦隊との戦いにも身を投じて来た。理不尽な暴力は散々に見て来たはずだったが、アレは別次元だった。

 

「中田、剣狼。ジャ・アークは壊滅した。槍蜂も殺されたし、生き残ったのは僕達だけだと思った方が良い。これからどうする?」

 

 軍蟻が冷淡に告げた。これからの皇はエスポワール戦隊が支配していくのだろう。敵対していた自分達が見逃して貰えるとは考え難い。

 もしも、生き延びようとするなら、これからも逃げ続けなければならない。そんな生活に耐えられるだろうか?

 

「俺はやる。一人になっても戦う」

 

 剣狼の答えに迷いはなかった。再び巨大な狼へと変形して、来た道を戻ろうとする彼を、中田が止めた。

 

「ま、待てよ! お前1人で行って何が出来るんだ!?」

「何が出来るかじゃない。何をするかだ」

 

 中田が焦っていたのは、何も剣狼の為だけではなかった。彼が最後に一矢報いようと尽力すれば、生き残った自分達まで殲滅しようと本腰を上げてくるかもしれない。

 今、追っ手の気配が無いのは泳がされているか、捨て置かれたのかは定かではないが、自分からリスクを増やすような真似は控えたかった。普段の彼を知っている者達からすれば、余りにも逃げ腰な考えだった。

 

「お、お前が死んだら! 芳野ちゃんが悲しむだろ! 誰が、彼女達を守るってんだ!?」

「行きたくないなら、俺一人で行く。アニキ達は付いて来なくていい」

「そうじゃねぇ! お前の行動で、俺達まで危険になるじゃねぇか!」

 

 剣狼の交流を知った上での交渉も通じないと分かった中田は、本音を口にした。自己保身を図る自分を顧みる余裕も無い程に、彼は憔悴していた。

 

「俺が行っても、行かなくても同じだ。連中は俺達を決して許さない」

「ま、まだ分からねぇだろ。ほら、今も追撃は来てねぇし。見逃してくれるかもしれねぇし……」

「いや、そんなことは無いみたいだよ」

 

 軍蟻が双眼鏡を渡して来たので、覗き込んでみた。するとバイクに乗ったカラード達が、こちらに向かって接近してくるのが見えた。

 

「嘘だろ」

「暫く、現れなかったのは準備を整えていたんだろうね。下水道で見た奴らもいるし、本気で僕達を殲滅するつもりだ」

 

 自分達に逃げ場所など無い。絶望が生きようとする意思まで奪っていく。

 だが、意外なことに。接近して来たカラード達は、いきなり攻撃を仕掛けてくるような真似はしなかった。代表の様に出て来たカーマイン色のカラードが言う。

 

「お前達に最後の提案をしてやる。このままリングと戦う意思を捨てて、俺達の捕虜になれば、生存は許してやろう」

「ほ、本当か!?」

 

 中田の心が一瞬揺れ動いたが、直ぐに思い留まった。言い方が妙に引っ掛かる。まるで、生存以外の何物も許さないようだった。

 

「僕達をどう扱うつもりだ」

「質問できる立場にいると思うのか。従属か死か、選べ」

「戦って死ぬに決まっているだろう」

 

 軍蟻の質問を突っぱねて、全員が臨戦態勢に入る。逃れられない死を押し付けられれば、中田も臆病風に吹かれ続けている余裕は無かった。

 

「嗚呼! 畜生! やってやるよ!」

 

 リングを起動させた。魚型の怪人を経由することなく、長く伸びた巨体を持つ龍その物へと変貌をしていた。

 

「気を付けろ! 龍型の怪人はブルーさんを撃破している!」

「ケン! こうなりゃ、お前に付き合うぜ!!」

 

 自らの体に剣狼達をしがみつかせ、天へと登る。カーマインを始めとしたカラード達が胴体を狙って攻撃を放つが、堅固な鱗に阻まれた。来た道を逆走しながら、中田は考える。

 

「(もしも、最初から俺が、この形態に変身出来ていたら)」

 

 槍蜂を助けることも出来たのではないか、下水道から逃げ出すとき、皆を死なせることは無かったのではないか、豊島が犠牲になることは無かったのではないか。様々な後悔が過ったが、逃げると言う選択は無かった。

 

「レッドの野郎にカチコミを掛けるぞ!」

「応!!」

「こうなったら、地獄まで付き合うよ」

 

 たった3人。今更、どうした所で組織の力に潰されるだけということは分かり切っていたが、合理性も何もかもを超えた感情だけで動いていた。

 

~~

 

「そうか。連中、諦めていないのか」

 

 殲滅の為に出向いていたカーマイン達から連絡を受け取っていたレッドは立ち上がった。戦勝ムードに酔いしれていた仲間達に対して宣言する。

 

「君達は良く戦ってくれた。これが本当の最終決戦だ。龍型の怪人は俺が相手をする。諸君らは残りの二人を頼む」

「たった二人ですよ?」

「甘く見るな。前・エスポワール戦隊の頃から戦い続けて来た百戦錬磨であり、シアンを葬った手練れだ。心して掛かれ」

 

 エスポワール戦隊における実技の訓練を担っていたシアンを倒した相手。先程までの空気が一変し、全員が自らの得物をチェックしていた。

 隊員達の戦意が高揚するのを見届けた後、レッドは傍に立っていた七海に目を向けた。

 

「リーダー。私はどうすれば?」

「桜井が今も何処かを彷徨っているだろう。保護してやれ」

「それは、私の為? 彼女の為?」

 

 今回の事態を通して、七海は自分がどの様に扱われているかを感じていた。リーダーは自分を争いから遠ざけようとしている。

 自分の特性上、今回の様な乱戦や激戦が繰り広げられる場合は戦力として数えられないということは納得できなくも無いが、この様な局面においても遠ざけられることについては、思うことが無い訳ではなかった。

 

「両方だ。それに、これは俺の為でもある」

「リーダーの?」

「……七海。ヒーローと言うのは、意思なんだ。例え、誰かが倒れても。想いは受け継がれて行く。もしも、俺に何かがあったとき。俺の意思を継いでくれるのは、お前なんだ」

 

 つまり、この戦いは決死の覚悟を持って挑まねばならない程であるということだ。ジャ・アークの総帥も撃破し、脅威は全て取り除かれた物だと思っていたが、彼はそう思っていなかった。

 

「彼は、そんなに恐ろしい相手なの?」

「追い詰められた奴は手強い。奴はブルーをも倒している。大丈夫だ、帰ってくるつもりで戦うんだから」

 

 グシャグシャと頭を撫でられた。本当は一緒に脅威に立ち向かいたくはあったが、こうも真剣に頼まれたのであれば、無碍に扱う訳にも行かず。彼女も直ぐに行動を開始した。……少し遅れて、シャモアが現れた。

 

「リーダー。観測されているスピードから、そろそろ辿り着くと思います」

「よし。これが、本当の最後の戦いだ! 皆! 生きて帰るぞ!」

 

 既にジャ・アークは組織としての形態を失う程の被害を受けていた。ここでエスポワール戦隊に立ち向かうのは、一矢報いる行為でしかない。と、考える者は誰もいなかった。

 自分達が勝利を収める為に必要な最後の戦い。戦いの中で犠牲になった仲間達に報いる為、皇を理想の世界へと導く為。彼らは号令を上げた。……望んだ世界が、本当に皆の為にあるのだということを信じて疑わない、純粋な善意とどうしようもない程の無知があった。

 



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ビッグ・ブラザー 22

 2週間以上サボっていましたぁあああああああ!! これもですね。そのぅですね。異世界恋愛と言うジャンルに挑戦したり、ポケモンしたり、色々あって……。サボっていましたぁあああああああああ!


 

「あーあ。帰ったら、何しようかなぁ」

 

 荒れ果てた街を歩きながら、桜井は自らの正気を確かめる様にして呟いていた。瓦礫の山と化した街には誰もいない。悲しみ、憤慨し、罵詈雑言を飛ばして来る人間は誰もいない。

 

「もう、悪の組織も無くなったし。銀行の預金は使いたい放題だし。そうだ! 芳野ちゃんも連れて、海外旅行に行ってみようかな」

 

 全てが空々しい。狂気に染まり切れない部分が、現実を顧みてしまう。

 もはや、皇に住まう誰もがエスポワール戦隊に無関係ではいられない。帰るべき日常等、既に存在していない。スマホの電源を入れて、富良野へと電話を掛けた。……数度のコール音の後、彼女が出た。

 

「先輩!? 大丈夫ですか!?」

「あははは。大丈夫よ、大丈夫。何もかも終わったわ」

 

 乾いた笑いから、桜井の気概が消失したことは伝わっていた。通話口から、富良野が安堵したかのような溜息を漏らしたのが聞こえた。

 自分はもうこんな騒動から逃げ出せるんだと。全てを放り出そうとした桜井が言葉を待っていると。

 

「逃げるんですか?」

「え?」

「皆と一緒に帰って来てって言ったのに。うそつき」

 

 芳野の糾弾が聞こえた。啖呵を切って、出て行った挙句、負け犬の如く逃げ帰って来るのは無様を呪う様な声だった。

 

「芳野さん!? ちょっと、何するんですか!?」

「逃げるな!! 戦え! じゃないと、富良野さんのことを殺しますから!」

 

 血の気が引いて行く。レッド達と戦うのと芳野を倒すこと。どちらが簡単かは言うまでもないが、自分が駆けつけるまでの間、彼女が手を出さないと言う保証はない。

 

「芳野さん。貴方!!」

「どうせ、私は一人で生きてはいけないんですよ! 私はそっちの様子は分からないですけれど、只ならぬことが起きているのは分かるんですよ! 誰が生き残っているんですか!? まずは、それだけでも教えてくださいよ!」

 

 表情が歪む。もう、ジャ・アークは生き残っている人間の方が少ない。嘘を言っても仕方ないと考え、桜井は震える声で言った。

 

「中田君と剣狼。それと、軍蟻以外はフェルナンドさん達も含めて全滅よ」

 

 暫し、沈黙が漂った。ジャ・アークの幹部や怪人達のみならず、染井組の者達も殆どが死んだ。だが、芳野は振り絞る様にして声を出した。

 

「まだ、ケンさん達は生きているんですよね。だったら、彼等だけでも連れ帰って来て下さい。お願いです。お願いします……」

 

 先程までの威勢は何処に行ったのか。興奮した様子から一転して、涙声になっていた。正義の下に父親を亡くし、家族同様に過ごして来た者達をも奪われ、最後に頼りにしていた人間まで失おうとしている。彼女もまた限界だった。

 何とかしてやりたいと言う気持ちが無い訳ではない。だが、今の自分がどうした所でエスポワール戦隊が止まるとは思えなかった。そもそも、中田達が何処にいるかも分からないと考えていたが。

 

「あ」

 

 頭上に影が掛かった。雲が出て来た訳ではなく、長い何かが自分の頭上を通過している。それは何時かに見た、自分がヒーローであることを思い出させてくれた、理不尽に立ち向かう力強い姿だった。

 

「先輩。どうしたんですか?」

「中田君達、見つけたわ」

「え?」

 

 来た道を戻る。先程までは逃げるつもりだったのに、なんて意思の軽さだ。

 これから何が始まるのか。芳野の要望に応えるつもりなのか、それとも自分の意思で動いているのか。

 どちらかは、本人にも分からない。ただ、漠然とついて行こうとした矢先。彼女の進行方向に小柄な少女が立っていた。

 

「行かせない」

「七海ちゃん、どいて」

「貴方が行っても無駄。リーダーからの命令で、貴方を保護する。だから、大人しくして」

 

 フェイス部分が強化外骨格(スーツ)で覆われ、姿が背景へと溶け込んでいく。ただでさえ時間がないと言うのに、足止めを食らっている暇などある訳もない。

 

「悪いけれど! ちょっと、手加減できないかも!」

 

 消えかけていた胸のクリスタルが光を放つ。ピンクウィップのボディが際限なく伸びて行き、周囲を薙ぎ払う様にして振るわれる。

 姿が見えないなら、周囲の全てを薙ぎ払えば良い。しかし、誰かを打ち据えた様な感触は無かった。

 

「遅い」

 

 攻撃に転じる一瞬。姿を現した七海の体勢は奇妙な物だった。地面に這いつくばる様にして四肢を開いた様子は、伏せた猫の様だった。

 その状態から、腕の力を使って跳ね上がった。寸での所で避けたが、もしも直撃を食らっていれば、意識を持っていかれていただろう。

 

「嘘、強……!」

「戦いから逃げ続けた貴方と。戦い続けた私じゃ差があるのは当然。貴方は変わらず逃げ続けていればいい」

「逃げたいのは山々だけれどね」

 

 本当は逃げて、全てから目を背けることが出来たら。だが、自分には立ち向かうだけの力がある。逃げたい、何とかしたい。何時だって二律背反がせめぎ合っている。

 

「じゃあ、何故逃げない? 人質を取られたりしているなら、私が出向いて用件を解決する。何が問題?」

「……特には無いけれどね」

 

 実際の所、自分が逃げずに立ち向かうと決めたことに確たる理由がある訳ではない。脅されたのが原因かもしれないし、芳野の縋る様な声に突き動かされたかもしれないし、ハト教で見た雄姿を再び目にしたからかもしれない。

 全部が重なり合った結果かもしれないし、本当に何となく動いているだけかもしれない。信念など、欠片も見当たらない場当たり的な行動だった。

 

「呆れた」

「ごめんね。私、あまりヒーローに相応しくない人間だったみたい」

 

 再びピンクウィップを振るう。信念も無ければ、合理性も欠いた感情だけで、彼女は動いていた。

 

~~

 

 議事堂上空。龍へと変貌した中田は、グレート・キボーダーの装甲を纏い巨大化したレッドと向き合っていた。

 

「ふん。俺達に下れば、負け犬として生かしてやった物の」

「ソイツは人間の生き方じゃねぇんでな! 弔い合戦だ! ケン!!」

「応!!」

 

 地上へと飛び降りた剣狼の全身には、破損を免れたリング達が装着されていた。全身に刃、鱗、腕、羽、尻尾……。散って行った同胞の無念を体現したかの様な見た目だった。

 

「エスポワールキャノン!!」

「ウォオオオオオ!!」

 

 レッドの胸部装甲が展開し、出現した砲門から放たれた一撃と、中田の大きく開いた口から吐き出されたブレスがぶつかる。戦いの余波で建物にも被害は出ているが、地上で戦っている者達には影響はない。

 

「ローシェンナブロー!」

「邪魔だ!」

 

 多勢を前に怯むことが無い剣狼も怪物じみていたが、仲間が切り捨てられ、撲殺され、溶かされ、焼き殺されようと戦意を削がれない隊員達もまた信念に突き動かされる怪物じみていた。

 

「エスポワール・カッター!」

 

 レッドが巨大な高周波ブレードを振るう。しかし、中田は器用に体を撓らせて、斬撃をいなしていた。全てのダメージを流せた訳ではなかったので、鱗が剥がれ落ちはしたが。

 

「クソ! 食らえや!」

 

 周囲の大気が唸り、加速を持って振り下ろした爪が高周波ブレードを叩き折った。弾き飛ばされて落ちた刀身が、地上の隊員達を押し潰した。

 

「よくも俺達の仲間を!」

 

 砲撃を放つが、中田の長い胴体は自由に中空を動き回る為、射撃で当てるのは難しかった。斬撃で切り飛ばそうにも、先ほどの様な受け方をされるため断ち切れずにいる。

 

「お前が戦わなきゃ、こんなことにならなかったんだ! 先に戦いを始めたのはテメェらだろうが!」

「お前達のせいだ。お前達、悪党がこの世にいなければ! 俺達は戦う必要も無かった!! 悪党の分際で……人間らしく振舞うなァ!!」

 

 次に取り出したのは、巨大な戦斧だった。背中のホバーユニットを使い、両者の戦いは空中へと移行していく。地上での戦いも激化を極め、エスポワール戦隊とジャ・アークの戦いは最終局面へと差し掛かっていた。

 



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ビッグ・ブラザー 23

 お久しぶりです。あけましておめでとうございます。2か月ぶりですね。2022年に終わらせると言っていたのにこの体たらく。後ちょっとなので、頑張ります。


「本部! 本部!」

 

 軍人としての特権階級を使い、女子供達と共に先んじて避難したカーター達は、フェルナンドとレッドの戦闘の余波から免れていた。事態を重く見た彼は、本国へと連絡を取っていた。

 

「状況は分かっている。たかが、一反社会団体がそこまでの脅威になるとは」

「そうです。アイツらはこの皇にとっての脅威です! もはや、私の手に負える存在ではありません」

「そんなことは知っている。機は巡って来たということだ」

「何を言っているんですか!?」

 

 通信越しの相手の冷淡な様子に、カーターは腹を立てていた。多くの同胞が犠牲になり、自分も命の危険に晒されたというのに、まるで他人事だった。

 

「世界を制するのは、悪の組織でもヒーローの集団でもない。我々だ」

 

~~

 

「え?」

「ユーステッドの。戦闘機……」

 

 交戦中だった桜井と七海が手を止めた。自分達の遥か頭上を戦闘機が通過していく。目指す先が、レッド達が交戦している議事堂付近であることは明白だった。程なくして、七海に通信が入った。

 

「七海か! 今すぐ、その場から離れろ!」

「ビリジアン。どうしたの?」

「ユーステッドの奴ら。自軍の被害を鑑みて、あの付近で焦土作戦をすることにしやがった! クソッタレ!!」

「リーダー達はこの事を?」

「通信が出来ねぇんだよ! お前だけでも逃げろ! 良いな!」

 

 一方的に通信は切られた。桜井も怪訝に思い、攻撃の手を止めた。すると、七海が構えを解いた。

 

「事情が変わった。今直ぐ、この場から脱するべき」

「何が、あったのよ?」

「この付近をユーステッド軍が焼き払う。早く逃げないと」

 

~~

 

 中空で死闘を繰り広げていた2人はいち早く、彼らの接近に気付いた。

 個人の力で持ち出す様な物ではなく、国が本気を上げて排除する為に持ち出して来た軍事兵器『戦闘機』だった。ガトリング砲が火を噴き、30mmにも及ぶ徹甲弾地上部に向かって放たれる。

 

「ギャアアアアアア!!」

 

 強化外骨格(スーツ)により防御力が高まっていると言っても、戦闘機の攻撃に耐えられる訳もなく。周辺に夥しい量の肉片が飛び散った。

混乱状態に陥った所に投下された鉄塊は、空中で幾つもの爆弾を展開した後、降り注いだ。爆炎と鉄片が降り注ぐ。

 

「熱い“いぃい”い“い”い“!」

「畜生! 俺の腕は! 俺の腕は何処に行ったんだ!!」

 

先程まで存在していた勝利の余韻は一瞬で地獄絵図へと変貌した。地上部で戦っていた剣狼は、仲間達から受け継いだリングの力で回避していたが、事態を把握しかねていた。

「(何が起きているんだ?)」

 

 こうなってしまえば戦闘を行っている場合ではない。徹甲弾と爆撃の雨は止む気配がなく、笑えるほど簡単に命が散って行く。

 

「やめろ! 俺の仲間になんてことをするんだ!」

 

 グレート・キボーダーから放たれた巨大な手裏剣が戦闘機を捉え、搭乗者を圧し潰した。戦闘機が墜落し、爆炎を上げた。巻き込まれてどれだけの人間が死んだか、もはや把握するのも億劫だった。

 だが、攻撃の手が止まることは無かった。中田達に向けても機銃での攻撃が行われた。中田の体表を覆う鱗にヒビが入ったが、レッドの装甲には傷一つ付かなかった。加えて、地上で戦死した隊員達の力が機体に吸い込まれて行く。

 

「感じるぞ! 皆の無念が! 俺に力を!」

「もう、やめろよ! そうやって、テメェが戦うことを止めなかったから! アイツらは死んじまったんだろ!?」

「ここで戦うことを止めたら、彼らは犬死になってしまう! 俺は! 彼らの死を無駄にはしない!!」

「いい加減にしやがれ!! テメェが始めたからこうなったんだよ!」

 

 爪牙を振るう。30mmの徹甲弾でも傷が付かない装甲を抉り取る。中田の胸中に沸き上がっていたのは怒りや闘志よりも虚しさだった。

 倒すべき悪を全滅させて、守るべき人々を手に掛け、共に進むはずの仲間達をも犠牲にして。何故、今も戦い続けるのか。まるで理解が出来なかった。

 

「だったら、これは俺に対する挑戦だ。世界の理不尽が俺を殺そうとするなら戦ってやる! 俺はヒーローなんだ!」

 

 全身に展開されたガジェットの一斉砲火が次々と戦闘機を落としていく。議事堂付近は既に火の海となっていた。

 もう、言葉は出てこなかった。あるのはお互いの存在を否定するかのような暴力の応酬だった。取り付けられたガジェットを破壊して、装甲を削り取る。鱗を削ぎ落とし、露出した素肌を切り裂く。噴き出た血が地上部へと降り注ぐ。

 

「アニキ……」

 

 持ち前の俊敏さでキルゾーンを抜けていた剣狼は、少し離れた場所で様子を見ていた。もしも、仲間達の遺品であるリングを身に付けていなければ、自分も地面の染みになっていただろう。

 一矢報いる為に戦場に戦っていたが、自分の意思とは掛け離れた方法で目的は達成されてしまった。ならば、逃げ帰るかと言われれば否。

 

「黒田のアニキ、フェルナンド、豊島。皆、俺に力を貸してくれ」

 

 すっかり戦闘機の気配も無くなっていた。人間の形態から巨大な四足歩行の獣へと変わって行く。リングの力を取り込む毎に、体躯が膨れ上がる。堪らずに上げた咆哮は周囲を震わせた。レッドも叫んだ。

 

「剣狼ォオオオ!!」

「レッドォオオオ!!」

 

 迎え撃つべく振るったグリーン・スピアの穂先が切り飛ばされた。それだけには留まらず、グレート・キボーダーと化したレッドの手首から先をも切り落としていた。

 

「ヘッ。ケン、遅かったじゃねぇか」

「アニキ。待たせたな。コイツだけはここで倒す」

「ふん。良いだろう。まとめて始末してやる!!」

 

 龍と狼。彼らに向かい合うのは鋼鉄の巨人。さながら神話の様な光景でありながら、神々しさなどある訳もなく。咽返る様な血と鉄の臭いが立ち込めるばかりだった。

 



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ビッグ・ブラザー 24

 今回は短めですが、そろそろ最終回です。


 

「どけぇ!」

 

 全身からハリネズミの様に生えた砲塔から大量の弾丸が放たれた。衝撃で周囲の建物は破壊され、議事堂を中心とした焼け野原が拡がって行く。

 弾幕と言う外ない攻撃を前に中田も剣狼も避け切れずに幾らか被弾した。流れ落ちた血が、地面に出来た凸凹へと溜まって行く。

 

「お前達よりも倒さなければならない相手が出来た! 俺の仲間を葬り、平和を望む心を阻む大悪! ユーステッドだ! 本当に世界に平和をもたらしたかったら、まずは奴らを始末しなければならない!」

 

レッドの叫びに対して、2人は言葉を交わすことなく暴力で応えた。弾幕を放った反動からか動きは大幅に鈍っており、満身創痍の中田達の接近に反応できずにいた。懐に潜り込んだ剣狼が獰猛に咆えた。

 

「死ね!!」

「お前が消えろ!!」

 

 胸部装甲が展開し、今まで斃れて来たヒーロー達のガジェットが大量に射出された。全てが突き刺されば致命傷は免れないが、突如吹いた豪風に拠って軌道は逸らされた。見れば、上空で中田が風を操る様にして前脚を突き出していた。

 

「やっちまえ!!」

「くたばりぞこないが!」

 

 自分への攻撃を逸らす余裕が無かったのか、バックパックから放たれた大量のミサイルが中田に直撃した。

 彼の意思を無駄にしまいと、剣狼は巨体に見合わない機敏さでサマーソルトキックを繰り出した。展開していた刃が、グレート・キボーダーと化したレッドの両肩と両腕の関節部分を通過すると、地響きと共に両腕が落ちた。

 

「終わりだ」

 

 なおも戦いを止めず、残った体の個所から大量のガジェットを射出しようとしたが、剣狼がグレート・キボーダーの頭を食い千切っていた。

 司令部分を潰されると、巨体は力なく倒れた。人間サイズにまで縮小していき、そこには両腕と頭部を失った男の死体が転がるだけだった。

 

「終わった」

 

 剣狼もまたサイズを維持することが出来ずに人間の形態へと戻り、膝を着いた。ジャ・アークは壊滅したが、宿敵であったエスポーワルレッドを倒した。

 染井、豊島、黒田、槍蜂。仲間達。彼らの仇を打てた達成感で胸が満たされることは無かったが、安堵した瞬間だった。

 

「やるじゃないか」

 

 声のした方を振り向く。寸断されたハズの首と両肩の切断面がボゴボゴと泡立ち頭部と腕の形を作って行く。泡の中を漂う二つの目玉がギョロリと彼を睨みつけていた。

 

「嘘だろ……?」

「俺は負けない。皆の願いが、希望(エスポーワル)が俺を望み続ける限り。俺は決して倒れない!」

 

 かくも理不尽な存在だというのか。もう、立ち上がる力も気力も残ってなかった。全身を投げ出して、迫り来る大坊を凝視していたがどうにも様子がおかしい。

 先程まで取り揃えていたガジェットの殆どが無く、手にはレッド・ソードが握られているだけだった。

 

「そうか。お前も、残っていないんだな」

「ここまで消耗するとは思っていなかったがな。お前との因縁もここで終わりだ」

 

 振り下ろされたレッド・ソードは剣狼の頭を叩き割ることは無かった。大坊の脇腹にはドスが突き立てられていた。顔面血まみれの中田が鬼の様な形相で叫んだ。

 

「テメェだけは。テメェだけはゆるさねぇ!」

「ガっ……」

 

 ドスを引き抜いては何度も突き立てる。血と一緒に涙や涎を垂らしながら、全ての悲劇と惨劇の清算を求める様にして、何度も何度も突き立て、やがて刃が折れた。同時に、大坊も膝を着いた。

 

「頼むよ。もう、死んでくれよ……。もう、生きないでくれよ……」

「まだだ。世界には、まだ。倒さねばならない悪があるんだ。グリーン! イエロー! ブルー! どうしてだ、また。あの時みたいに俺に力を貸してくれ! 俺

はまだ倒れる訳には行かないんだ!」

 

 かつての仲間に助けを求める様にして天へと手を伸ばしたが、何も起こることは無かった。やがて、意識も霞んで今までの人生が流れていく。

 

「(俺はまだ、こんな所で。終わる訳には)」

 

 そして、腕がだらりと地面に落ちた。装着していたベルトが体内へと沈んだ。そして、中田もまた倒れた。

 誰が生きているのか。誰が死んでいるのかも分からないまま。剣狼もまた意識を手放した。

 



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ビッグ・ブラザー 25

次回。最終回です!


「司令官。3人の男性を発見しました」

 

 議事堂付近での戦いを終えてから数十分後。現場では、装備に身を固めたユーステッド軍が状況の確認を行っていた。

 

「生存確認の方は? レッドはどうなっている?」

「スーツの方も半壊状態で、素顔も露わになっています。呼吸も心臓も止まっています。それから、ベルトの方は……」

 

 一通りの死亡確認を済ませた後、禍の元凶ともなったベルトを回収すべく腹部を見た時、少なからずの衝撃が走った。

 

「どうした?」

「肉体と癒着しています。それから、脈打って」

 

 通信にノイズが混じった後、銃撃音と悲鳴が続いた。暫くすると、静寂が訪れ、再び通信が繋がった。

 

「お前がユーステッド軍の司令官か」

 

 地獄の底から響く様な声。司令官は逆探知の可能性も考え、直ぐに通信を切った後。命令を飛ばした。

 

「再び発進させろ! あの周囲をもう一度爆撃するんだ!!」

 

~~

 

 死の淵から蘇った大坊は、確認の為にやって来た兵士達を皆殺しにした。彼らの死体を一蹴した後、倒れている剣狼達へと近づいた。

 

「最後に勝つのは何時だってヒーローだ。お前達、悪党は倒される宿命にあるんだよ」

 

 落ちていた銃を拾い上げ、2人に向けて引き金を引いた。しかし、彼らの命を狩り取るには至らない。起き上がった剣狼が、身を挺して防いでいたからだ。

 

「ハァッ。ハァッ」

「やはり生きていたのか。どうして、俺達の前に立ちはだかるんだ? お前達は自分の存在が如何に罪であるかを自覚していないのか?」

「知るか。お前達の尺度で俺達を計るな」

 

 全身から刃を生えそうとするが、右腕から1本の剣が飛び出すばかりだった。兵士達の返り血に濡れたレッド・ソードを構えた。

 駆け出す。お互いの得物が激しくぶつかり合い、火花を散らす。距離を取って戦う等と言うアイデアは無かった。生存本能すら度外視した、意地だけでの殺し合いだった。互いが互いへと思うのは尊重や畏敬などではなく。

 

「死ね!!!」

 

 憎悪だけだった。彼らの気迫と殴り合い武器ですら悲鳴を上げた。レッド・ソードの刀身が折れて何処かへと飛んでいく。ほぼ同時に、剣狼が展開していた剣も破壊された。

 拳を握り締める。頬を打つ、顎を殴る、腹へと拳を突き刺す。歯が折れ、顎が砕け、臓腑が揺さぶられる。血の混じった嘔吐さえも目潰しの武器にしながら、2人の殴り合いは止むことを知らない。

 

「ウォオオオオオ!!」

 

 獣じみた咆哮がどちらの物だったかは分からないし、どちらの物であったかもしれない。先に仕掛けたのは大坊からだった。

 大きく口を開くと、根元から折れた歯が見えた。剣狼の首元に食らい付くと、白い凶器がズブズブと沈み、血が溢れ出していた。

 

「痛ゥ……」

 

 組み付かれたので肘打ちをしたが、背中への攻撃は思った様に通らない。彼が大坊の腹部へと手を伸ばしたのは偶然だった。手には、まるで生態の様に脈打つ無機物と言う矛盾した物体があった。

 皇を巻き込んだ戦争になるよりも前に何度も見て来たヒーローの象徴。ただの人間に力を与え、夢を振りまき、希望を植え付け、欲望を加速させ、暴力へと導いて来た忌むべき物。

 

「ウォオオオオ!」

「ガハッ!?」

 

 周囲の皮膚と筋組織を巻き込みながら、レッドのベルトは引き千切られた。腹部から夥しい量の血を零しながら、なおも立ち向かう。

 瞬間。まるで、彼の気概に呼応するかのように引き千切られた部分の皮膚が再生されて行き、全身の皮膚が灰色に染まって行く。剣狼はこれに近しい現象をよく知っていた。

 

「バカな。その現象は」

 

 仲間達がリングを起動したときに起こる物、即ち『怪人化』であった。

 だが、不思議なことは無かった。そもそも、ヒーロー達の変身はスーツを通して、怪人化の力を再現したものである。ベルトを介さなければ、怪人化するというのは極当然のことであった。

 そして、奇しくも大坊が怪人化した姿は自分とよく似ていた。ズラリと生え揃えた獰猛な爪牙、全ての悪事を嗅ぎつける鼻、泣いている人達の声を聞き取る為に伸びた耳。まるで、狼の様だった。

 

「ッシャ!!」

 

 先程までの戦いでの消耗が嘘のように大坊の動きは俊敏だった。一瞬で剣狼の首が噛み千切られ、胸部が引き裂かれた。

 全身から力が抜け落ち、口の中が血で満たされる。悲鳴を上げることすらできず、意識を投げ出しそうになった一瞬。彼は手にしていた物を見て、閃いた。

 

「ヘ、シン!」

 

 自らの腹部にベルトを押し当てると体内へと沈んでいく。全身が強化外骨格(スーツ)に覆われ、首元の出血箇所に医療用のジェルが塗布された。

 真っ赤なカラーリングに、体の各所には衝撃を和らげる為の剛毛が生え揃っていた。レッド・ソードよりも細く、洗練された刀身は熱を帯びている。

 

「ウォオオオオ!!」

 

 再び両者が激突する。もはや、お互い以外の物は何も映らない、認識にも入らない。彼らの激闘を他所に、止んでいた戦闘機が再び訪れていた。

 

「まだ戦ってやがるか。2匹まとめて死にやがれ!!」

 

 議事堂付近に大量の爆弾が落とされていく。戦場もかくたるやと言わんばかりの悲惨ぶりが更に広がって行くが、2人の戦いは爆炎と衝撃の中でも止むことは無かった。

 平和の国と言われた皇が戦禍の様相を呈している。いや、この国において平和が欺瞞であることは誰もが理解していた。新生エスポワール戦隊の台頭、ジャ・アークの出現。……あるいは、それ以前からも蠢く影は存在し続けていたのかもしれない。

 

「レッド・ファング!!」

「ウルフ・ストライク!!」

 

 必殺技の掛け声は轟音の中に掻き消えていく。ジャ・アークは滅び、エスポワール戦隊も壊滅状態に陥った。2人の戦いが大勢に及ぼす影響は何もないと言うのに、雌雄を決さんと死力を尽くしていた。

 



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最終回! 希望(エスポワール)はいつも胸の中に!!

 宣言通り。今回で最終回です!


 

皇の長い一日は終わった。民間人への被害も大量に出し、ユーステッド軍の介入まで行われるに至った『エスポワール事変』は国際社会から大きく非難された。……ということは無かった。

エスポワール戦隊へと武器を降ろしていたのはユーステッドの大企業であり、ジャ・アークは各国の政界にも食指を伸ばしていた為、皆がボロを出すことを恐れて、あくまで『エスポワール戦隊』と言う反社会団体が起こした凶事として片付けようとしていた。

彼らが行動を起こすに至った理由を追求しようとした者達はいたが、全て権力者達に揉み消されていた。

 

「結局。ヒーローなんて、誰かに良い様に使われる尖兵でしかないのよね」

 

 桜井と富良野は墓前で手を合わせていた。七海と共に戦場を脱して、程なくしてユーステッド軍の爆撃が全てを更地にした。

 中田の遺体は発見されたが、剣狼は帰って来なかった。唯一帰還した軍蟻だけが事の顛末を話した後、そのまま息を引き取った。

 

「今でもエスポワール戦隊の残党がリンチを繰り返している。リーダーが居なくなっても、意思は引き継がれて行っているよ」

 

 国民の多くはエスポワール戦隊と彼らのシンパを非難した。糾弾された者達の幾らかは元の生活へと戻って行ったが、拒否された者達は残党達と合流し『ネオ・エスポワール戦隊』と自称しながら、より無差別的に活動を行っていた。

 犯罪者のみならず、在皇人やマスコミへの襲撃など。中には罪を犯したかどうかあやふやな人間すらターゲットになっていた。

 

「これがリーダーの望んだ世界?」

「桜井様。時間です」

 

 背後に控えていた皇の軍事関係者が告げた。彼の言葉に小さく頷き、富良野と共に車へと乗り込んだ。

 残ったエスポワール戦隊関係者として、桜井は政府から監視されていた。もはや、彼女が外の世界で生きることは能わない。富良野もまた彼女の関係者として扱われていた。

 

「先輩。次は芳野ちゃんのお見舞いに行きたいですね」

「そうね」

 

 あの出来事以来、芳野は心を閉ざしてしまった。食事も喉を通らず、衰弱して、最終的には入院することとなった。

 残った関係者として、ハト教に連絡を取ろうとしたが許可は出なかった。直接的な接触は許されなかったが、政府関係者を通した話によると。稚内も日野も信徒として穏やかな日々を送っている。らしい。

 

「ご希望に添えるのは1週間以上後になるかと」

「分かった。お願いね」

 

 自由の無い生活にも適応していた。今の所、丁重に扱われているのは以前に痛い目を見たからだろう。そういった意味では、桜井は大坊に感謝していた。

 ひょっとして、正式に彼の死亡が判明したり、あるいはエスポワール戦隊と言う脅威が完全に払拭された暁には、自分達が最後の脅威として排除されてしまうかもしれないが、もうどうでもよかった。……ただ、一つだけ心当たりがあるとすれば。隣で気丈に振舞っている富良野のことだった。

 

「どうしたんですか、先輩?」

「私と一緒になったこと。後悔していない?」

「今更ですよ。先輩は、いや。桜井さんは、私の中の永遠のヒーローですから」

 

 状況の改善に何一つとして貢献することのない回答だったが、彼女の言葉だけで救われたような気がした。同時に言いようのない罪悪感も沸き立った。

 もしも、自分のことを責めてくれたら、共に自分を責めることで現状から目を背けることも出来たかもしれないのに。と、彼女が後悔したのも束の間。車が急停車した。ザワリと言いようのない予感がした。運転手が静かに告げた。

 

「エスポワール戦隊のシンパです。どうしますか?」

 

 前方には手製の粗雑なマスクを装着した集団が簡易のバリケードを作って立塞がっていた。彼らを一瞥した後、付き人は言い放った。

 

「撥ねろ」

「了解」

 

 一旦、バックして運転手が操作をすると。車体の前方バンパーにスパイクが出現した。桜井達はシートベルトを締めたことを確認すると、バックした後アクセルが踏み込まれた。

 

「嘘だろ!?」

 

 自分達が轢かれることは露ほども思っていなかったのか、バリケード諸共撥ねられた。苦痛に呻き、転がっている者達を傍目に、彼らが出来ることがあるとすれば罵声を飛ばす位だった。

 

「ふん。負け犬共が」

 

 付き人が鼻を鳴らした刹那、車体が大きく揺れた。ルーフが凹み、破壊されようとしている。車載カメラで様子を見たが、何も映し出されていなかった。

 

「透過の能力を持ったヒーローか。とすれば、おそらく」

「七海ちゃん!?」

 

 桜井には心当たりがあった。恐らく、エスポワール戦隊で最もリーダーを慕っていた少女。あの日以来、姿を消していたが今になって現れた。

 ルーフが破られ、吹き抜けになった。姿は見えないが、誰かが居る気配はあった。声だけがした。

 

「桜井。最後のエスポワール戦隊のオリジンとして、私達と一緒に来て貰う」

「嫌よ! もう、私は戦わない! 何もしない! いい加減に、私をヒーローから解放してよ!!」

 

 彼女の懇願等、聞く耳すら持たない。シートベルトを切断して、桜井を活劇上げようとしたが、付き人がホルスターから取り出した対強化外骨格(スーツ)用の弾頭が装填された拳銃の引き金を引いた。しかし、弾丸は中空で止まることなく明日の方向へと消えて行った。

 桜井の体が持ち上げられる。富良野が彼女にしがみついて、涙を浮かべながら訴えた。

 

「駄目! 連れて行かないで!」

 

 だが、一般人の膂力など簡単に払い除けられてしまう。桜井が誘拐されようとした所で、突如として七海が車から転げ落ちた。僅か一瞬の間であったが、何者かが彼女を突き飛ばしていた。

 

「このまま車を走らせろ!」

「分かりました!」

 

 車は止まることなく走り続ける。バックミラー越しに桜井は見た。真っ赤な強化外骨格(スーツ)を装着し、身体の各所に剛毛を生やし、長い尻尾を垂らす姿を。

 瞬く間に毛の部分が刃へと変貌し七海へと向かっていく。立ち向かう七海を応援するかの様に、量産型の強化外骨格(スーツ)を装着した隊員達が現れた。

 

「剣狼!!」

「窓を開けるな! 死にたいのか!?」

 

 付き人の制動をも振り払い、桜井は叫んだ。まだ戦うのかと。互いの組織は滅びたと言うのに、誰の為に戦うのかと。答えが出されることはなく、桜井を乗せた車は遠く、遠くへと走り去って行った。ヒーロー達の戦いは終わらない。

 

~~

 

 皇に戦々恐々とした空気が流れる中。人々は不安から目を背けながらも日常を送っていた。だが、度重なるストレスを前に常軌を逸した行動を取る人間も増え始めていた。

 

「ギャハハ! よっちゃん、何してんだよ!」

 

 とある回転寿司チェーン店。中高生のグループが、店に備え付けていた醤油さしを直飲みしていた。店員も怪訝な目を向けるだけで注意はしないし、他の少年達は咎める所か動画撮影を始めて囃し立てていた。

 他の客達も顔をしかめ、足早に退転していく中。一人、よれよれのスーツを着た男性が立ち上がり、彼らへと近づいた。

 

「店と客に迷惑だ。今直ぐ、謝罪すれば許してやる」

「ちょ。説教マンって本当にいたのか!」

 

 反省し、己を顧みることなく、面白がってスマホのカメラを彼に向けた。瞬間、視界がグルリと上下反転していた、自分の体が遠く離れ場所にあった。

 他の少年達が絶句している間に、頸動脈を噛み千切り、胸を貫き、頭蓋を握り潰していた。店内が悲鳴と絶叫に包まれ、皆が我先にと逃げ出す。

 

「アレだけ。俺達が尽力していたのに、お前達の様な人間の心には何も響かなかったんだな」

「す、すみま…」

 

真っ赤な爪牙と悪事を見逃さない燃える瞳が少年を睨みつけていた。

恐怖に怯えていた少年は謝罪の言葉を口にすることが出来ずにいたが、彼には関係なかった。彼の顔面を踏みつぶしていた。頭蓋が踏み砕かれ、内容物が周囲に飛び散る。

店内から人気が消え、BGMが空々しくなり続けていた。少年達の死体を背に店から出たタイミングで彼を目掛けて車が突っ込んで来た。

 

「死ねぇえええええ!!!」

 

 先程の騒動で命辛々逃げ果せた少年が運転していた。車は男を撥ねることは無かった。ボンネットへと飛び乗った彼はフロントガラスを突き破って、少年の顔面を刺し貫いた。

 制御を失った車は壁へと激突した。予め予想されていた様に周囲に、人の気配は無かった。発達した聴覚がサイレンの音を捉えていたが、既に彼は動き始めていた。

 

「この皇には、ヒーローが必要だ」

 

 男――大坊はベルトを失ってもなお活動をしていた。ヒーローの姿を取り上げられても、彼は戦うことを止めなかった。ヒーロー達の戦いは終わらない。

 彼らが存在し続ける限り戦いは終わらない。人々が誰かを疎んじ、排除したいという希望(エスポワール)を胸に抱き続ける限り、ヒーローは何時だってそこにいる。

 




 今までお付き合いありがとうございました!! 次回作もなんか色々と考えて行きたいと思います! それでは、またお会いできれば!


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もしも、レッドさんがクビになることも無く皇から重用されていた場合の話。

4月1日ネタです!


 

 ガタガタと揺れている。どうやら自分は何かしらに搭乗して移動中であるらしい。

 

「リーダー。起きて」

 

 聞き慣れた声に目を開ければ、桃色のレディススーツを着こなしている桜井の姿があった。暫く呆けていると、笑い声が聞こえて来た。

 

「無理もねぇよ。今まで、色々と会議に出て来たんだからな。ジャ・アークと戦っている時と違って、体も動かさねぇからついつい眠くなっちまうんだ」

 

 まるで芸人が着用している様な黄色のスーツに身を包んでいる男。戦隊をしていた頃にはイエローと呼んでいた男であり、椅子に座りながら栄養食を齧っていた。

 打って変わって、地味な紺色のスーツを着た男は寡黙に新聞を読んでいる。一度だけ此方を見たが、直ぐに視線を新聞へと戻した。

 

「すまん、桜井。俺達は何でここにいるんだったか?」

「ちょっと、本当に大丈夫? 私達、皇を代表する戦隊よ? ジャ・アークから世界を守った団体として、全世界を飛び回っている所なんだから」

「ジャ・アークを倒したのにか?」

「相手がジャ・アークだけなら良かったんだがな」

 

 紺色のスーツを着た男。ブルーが呟くと、壁面のモニタにハゲ頭の男が映し出されていた。

 

「大坊君! 今度はユーステッドに出やがった。自分達を『破城軍』と名乗ってやがる! いつも通り、シメてやってくれ!」

「分かった」

 

 モニタの向こうで喋っていたのは唐沢司令だった。大丈夫、いつも通り彼の言うことに従っていればいい。前方の運転席から出て来た男は、既に緑色の強化外骨格(スーツ)を装着していた。

 

「さぁ、やってやろうぜ!」

 

 グリーンは既に得物であるスピアを展開していた。前方には大勢の戦闘員を率いた怪人が高笑いをしていた。

 

「この、槌型怪人であるハンマリオンが貴様らを打ち砕き! 地上にある全てを砕いて、我ら破砕帝国の物とする!」

「そうはさせないぞ! 破壊するばかりで何も生み出さない貴様らの思い通りにはさせない!」

 

 まるで、呼吸をする様に滑らかに言葉が出て来る。グリーンを除く全員が一斉に変身ベルトを起動させ、強化外骨格(スーツ)を装着した。

 全身に力が漲る。戦う為の勇気と希望が溢れ出す。大量に控えた戦闘員達が手を出しあぐねている隙に、戦意を高揚させるためのポーズを取る。

 

「人々の希望を守り抜く! 我ら! エスポワール戦隊!!」

 

 リーダーである自分の戦意の高揚に伴い、背後で大きな爆発が起きた。様に見える程、敵対する者達にとって彼らは強大な存在へとなっていた。

 

「くっそ! 掛かれ!」

 

 ハンマリオンの号令と共に戦闘員達が一斉に襲い掛かる。だが、エスポワール戦隊が持つ希望の力を前にしては塵芥も同然だった。

 イエローが振るう巨大なハンマーは戦闘員達を吹き飛ばし、グリーンが操るスピアは次々と相手を貫いて行く。ピンクが振るうウィップは強か人体急所を打ち据え、ブルーの放った弾丸が的確に心臓や頭部を撃ち抜いて行く。

 

「レッドォ! ソード!」

 

 灼熱を纏った炎剣がバターの様に戦闘員達を焼き切って行く。数の不利を物ともせず、瞬く間にハンマリオンのみを残すことになった。

 

「おのれ! 死ねぇ! エスポワール戦隊!!」

「うぉわ!?」

 

 ハンマリオンは強敵だった。イエローのハンマーを弾き飛ばし、グリーンスピアを叩き折り、ピンクウィップを引き千切る。ブルーの弾丸は肉体を貫通せず、レッドのソードは頑強な槌で受け止められていた。

 

「グワハハハ! この程度か!」

「グッ! 皆! 奥の手だ!」

 

 全員がガジェットを掲げると上空へと吸い込まれて行った。ほんの数瞬後、途轍もない重量物が降り注いで周囲に衝撃が走った。

 

「行くぞ! グレート・キボーダー!!」

「リーダー。リーダー」

 

 意気揚々と乗り込もうとした所で、桜井に肩を叩かれた。彼女の指差した方を見れば、グレート・キボーダーに押し潰されて圧死したハンマリオンの残骸が飛び散っていた。

 

「俺達の勝ちだ!!」

 

全員で勝鬨を上げた。また今日も、世界の平和を守った。大坊の全身に充実感が満ち、生きている喜びが果たされて行くのを感じた。

 

~~

 

「エスポワール戦隊の皆さん。この度は、ユーステッドを代表して感謝します」

「いえいえ、世界を代表する戦隊として当然のことをしたまでです」

 

 ユーステッドの大統領であるリチャードは彼らに感謝をしていた。交渉役である唐沢が話を進めてくれているが、大坊としては自分達どうして戦っているのかイマイチ把握しかねていた。

 

「(ジャ・アーク以外にも悪の軍団がウジャウジャ現れて、俺達は奴らを駆除する為に戦っているんだよな)」

 

 もはや、世界中の国は身内で争っている余裕はなく。世界中に強化外骨格(スーツ)を纏って戦うヒーローが溢れていた。その中でもエスポワール戦隊は皆の憧れであり、伝説のヒーローとして尊ばれていた。

 

「いやー! エスポワール戦隊の皆さんよー!」

「こっち向いて―!!」

 

 会談を終えて外に出れば、大勢のファンから感謝と歓喜の声が投げかけられ、自らの矜持が際限なく満たされて行くのを感じていた。

 

「(そうだ。俺はヒーローなんだ。これが、あるべき姿なのだ)」

 

 日々を無垢に善良に生きる人達を助け、悪の手を払い除ける。これこそヒーローの在り方だった。

 伝説の戦隊と言う名は伊達ではなく、ファンや協力企業からの資金提供、贈答品などは絶えず送られて来た。基地の設備は最新鋭の物が取り入れられ、プライベート面でも物に溢れていた。

 

「(これでいい筈だ。これでいい筈なのに)」

 

 倒すべき相手がいる。頼れる仲間もいる。人々は自分達に感謝してくれている。だと言うのに、理由の分からない焦燥感が付いて回った。

 何を見落としている? だが、自分達に自由な時間と言う物はほとんど存在しなかった。悪の組織は間断なく現れ、誰一人欠けることのない完璧な勝利で彩る日々が続いた。

 

「これで。良いんだよな」

「えぇ。後は我々が処理しておきます」

 

 その日も悪の怪人達を倒した。戦闘員達の処理を軍人達に任せて、何時もの様に基地に戻ろうとした。倒れていた戦闘員の内の1人が手を伸ばしていた。

 

「助け……て……」

「え?」

 

 言葉の真意を探ろうとしたが、軍人達がまとめて彼らを収納するので、それ以上は聞くことが出来なかった。順風満喫な日々の中、どうしてもその一言が心に残っていた。

 

~~

 

「え? 戦闘員が助けを求めて来た?」

「そりゃ命乞いだ。気にすることはねぇ」

 

 誰もが問題をロクに取り扱おうとしなかった。

 というよりも、避けていたのだろう。自分達が敵を倒すのではなく、殺しているという可能性に。

 

「一々、敵のことを気にして戦うなんて。センチメンタルな所もあるんだな」

 

 ブルーからも冷やかされ、おかしいのは自分の方だと納得することにした。現状に従っていれば、何もかもが上手く行く。態々、疑問を呈する必要が無いことは明らかだった。

 だが、疑問は降り積もる。ちりも積もれば山となり、徐々に戦闘員達は無機質な存在から有機的な物へと進化していく。

 

「死ねぇ! 資本主義の犬め!!」

「レッドソード!」

 

 襲い掛かって来る者達を切り裂き、勝利を収め、人前に出ては人気を集める。

 人気というのは商品だ。社会では良い様に消費され、ネタにされ、遣い潰されて行く。ゴシップ誌にヒーローについての記事が躍る。

 

「ヒーローと提携していた企業。巨額の脱税が発覚」

「戦闘員に使われていたのは不法滞在していた移民達だった? 彼らの人権を無視した、ヒーローの戦いの是非を問う!」

 

 守って来た幻想はガラガラと崩れ落ちて行く。守るべきは助けを求めている人々か? それとも、自分達の味方か? 答えは簡単だった。

 

「助け……」

「俺達は正義の味方だ。社会で無垢に善良に生きる人達のヒーローなんだよ」

 

 拳を振り下ろした。彼らは社会の秩序と正義を守るヒーローだった。守るべき社会から転げ落ちた者達の叫びは、程なくして権力者達に掻き消されて行く。

 

「ねぇ、ブルー。聞いた? この間、私達のゴシップ記事を書いていたユニティ通信社の記者。失踪したんだってさ」

「正義は必ず勝つからな」

 

 今日も自分達を応援する声に溢れている。グッズは売れ、トークショーで出番は増え、口座の数字は増えていく。税金対策に寄付を行い、名声を獲得し、中流階級以上の人間達からは惜しみない称賛を浴びた。

 

「(そうだ。俺はヒーローだ。社会や皆を守っているじゃないか)」

 

 次の強敵は何処に現れるだろうか? ボランティアや対談の予定をマネージャと話し合っていると、目の前に襤褸を着た女の子が立塞がっていた。片目に包帯を巻いている。

 

「レッド、助けて」

「はーい。お嬢ちゃん、レッドさんはね。忙しいんだよ。だから、我慢してね」

 

 だが、彼女の存在は目に入らない。あくまで自分が助けるべき大勢の内の1つに態々気を使う必要が無い。

 

「あの子、なんかただならない雰囲気だったけれど。相手しなくて良かったのか?」

「何を言っているんですか。レッドさんは皇を代表するヒーローなんですよ? 一個人に時間を割ける訳無いでしょう」

「それもそうだな」

 

 数日後。少女の姿を新聞とニュースで見掛ける羽目になるが、大坊の心が揺れることは無かった。自分達は福祉関係者ではないし、自身の行動の全てが皇の風評に関わるのだから、些事に動く訳には行かない。

 彼らはエスポワール戦隊。世界の平和と秩序を守る者達ではあるが、システムからはみ出た者達を守る訳では無かった。

 

「キョーッキョッキョッキョ! 現れたわね! エスポワール戦隊! 今日こそ、このカマ怪人が貴方達の命を狩り取って上げるわ! お前達、やっておしまい!」

「死ねや、金の亡者共!!」

「皆! 世界の平和は! 俺達が守るぞ!」

 

 エスポワール戦隊は戦い続ける。世界の平和を守る為。世界を構築する社会のシステムに消費されまいと声を上げる者達を踏み潰しながら、誇らしさを胸に戦っていた。

 



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