葉巻 (末尾無名)
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葉巻

「子供は嫌いだ」

白髪交じりの立派なひげを蓄えて葉巻で歯が黄色になっている初老の男は、怪訝そうな顔で煙だらけの空にそうつぶやいた。とても高そうで、高級なのであろう素材が使われている服を着ている少女は、その顔を見て、長いまつげが付いた瞼を閉じた後、顔に力をいれ笑顔を作った。少女の美しい顔の笑顔に自然さはない。無理に笑っている少女の手を引き男は黙々と歩きだした。二人は親子ではなく、孫と祖父でもない、男のトレンチコートの下にはいつも銃が忍ばせてある。少女はもちろんそのことを知っている。しかし、それについて尋ねようとはしない、二人はそのような関係だ。二人は家を持っていない。様々な土地を転々として渡り歩いている。そのような生活が始まってもう3年がたとうとしている。少女を連れるようになってから男は葉巻を吸っていない。しかし、彼のポケットにはいつも葉巻が入っている。男はとても頭がいい、なので普段から少女に勉強を教えていた。

 

かび臭い路地を歩いていた時、少女はお時に尋ねた。

「私たちはどこに向かっているの?」

男は目線を変えずまっすぐ前を見たまま

「向かうべき場所だ」と答えた

少女の漠然とした不安は、この会話で拭われることはなかった。少女は、不満に思ったが口に出しても意味がないことをわかっており、そのようなことはしなかった。彼女が不満そうに歩いているのを見て、男が少しわらった様な気がした。そんなことを考えていると、後ろから突然、何かが爆発したような音がした。男は彼女の手を引き走り出した。少女は、今まで見たことがないほど険しい男の顔に唖然としていた。走っているとやっと路地を抜けることができそうな場所を見つけることができた。しかし、その瞬間、男のトレンチコートのわき腹に赤色に染まった。少女は状況ことが飲み込むことができず呆然としていた。

すると男がさらに険しい顔で

「速くいけ、私を置いて逃げろ」

と言った。少女は泣きじゃくりながら「どこへいけばいいの?」と聞いた。

「向かうべき場所へ」男はその言葉だけを残し、少女と反対方向に進んでいった。彼の後ろを銃を持った黒い服の男たちが追いかけていったのを少女は知らない。男は、手負いの自分をだまし追ってくる男たちに銃を撃ち続けた。男の近くに激しい足音がしなくなったとたん男は立つことができなくなった。腹部の傷から出血しすぎたようだった。座り込んだ場所にみるみる血だまりができていった。男は、葉巻を取り出し、先をカッターで切り落とし加えて火をつけた。

「一本くらい許してくれ…」

まるで祈るようにそうつぶやいた。葉巻が短くなるほど、彼の命の火も小さくなっていった。彼は自分の血で葉巻の火を消し、永い眠りについた。

 



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