オラリオに失望するのは間違っているだろうか? (超高校級の切望)
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プロローグ

 剣戟の音が響く。

 片やオラリオ最強の猪人(ボアズ)を下した鎧の男。方や白髪紫目の青年。

 誰もが鎧の男に挑んだ青年がただの一撃でやられると思った。しかし、現実の光景は互角とは言わずとも互いに剣を交える戦いの光景。

 

「はは………はははは! 居るではないか、食いでのある獲物が!」

 

 獲物、そう、獲物だ。男にとって青年は、それでも獲物でしかない。その事実を受け入れた上で、青年は男に挑む。時間稼ぎ? 否。死ぬ気? アホか。

 勝つ気に決まっているだろう。

 剛剣に相対するのは至高の絶技。レベル差を覆し、瞬殺されるべき青年が、もろに爆発を受け火傷を負い、骨すら罅が入っている青年が都市最強を一撃で降した男と斬り合うさまは、正しく英雄の所業。

 

「『失望』するには早かったか………いや、邪神の甘言に乗らねばお前とも斬り合えなかったであろうよ」

「『失望』を早まった、か………確かにそのとおりだな」

「何?」

「早いだけで、『失望』するには十分なんだよ、この街は」

 

 見下すような、嘲るような、怒るような青年の言葉に男は兜の奥で目を細める。

 

「未来を知ったかのように語るなぁ、若造」

「正しくは知らん。だが、お前が踏み台となったところで上がる段は一段に過ぎない。黒竜という脅威を知りながら、やれ最強派閥は何処だ、やれ勇者の伴侶だ、やれそいつ殺すだと乱痴気騒ぎでまるで成長しない」

 

 吐き捨てられる未来予想、あるいは未来予知?

 それは確かに看過できぬと男は唸る。

 

「だがどの道、俺に残された時間は少ない。期待するしかあるまいよ、お前のような輩もいることだ」

「ならその殺気は何だ……」

「遊びで成長できるものか。生きていれば、慈悲を一度くれてやる」

英雄(怪物)め……! いいぜ、来いよ。勝利も敗北も、せめて俺の糧としよう!」

 

 

 

 

 

 

「それでそれで、どうなったの!?」

「負けた」

「え〜」

 

 目をキラキラさせていた少年は青年の言葉にがっかり、と言うように声を漏らす。

 

「仕方あるまい、それだけの差があった。ただ、まあ……そこで青年は死ななかった」

 

 そんな子供を宥めるように言うのは灰色の髪を持つ女性。青年は彼女に話を引き継がせることにしたのか、畑に吹っ飛んだ老人の回収と家の修理に向うため部屋から出る。扉ではなく跡形もなくなった壁の僅かな残骸を跨いで。

 

「男の言う『慈悲』というやつだ。生き残って、もう一度だけ挑む権利を与えた」

「じゃあその人は、再戦して勝ったの?」

「いいや、別の戦士に譲った。因縁があったからな………そして、その戦士は次の位階に上がり力を得た。男もまたそれを予測していたのだろうよ」

 

 『ここはお前に譲ってやる、必ず勝て』ということだろうか? その戦士も応え、さらなる力を手にした。なんか格好良い!

 

「青年は鎧の男とは別の脅威、地下にて生み出された怪物と、女魔導師を討つべく数人の仲間とともに洞窟へと潜った」

「まどーしなら、せっきんできれば勝てるね!」

「馬鹿言うな、当時の未熟なあい………青年よりも、その女魔導師のほうが剣士として優れていた。100回やっても99回女が勝つ」

「え………」

「だがその一回を引き寄せるために、諦めなかった。一回以上にするために、青年もまた戦いの中で進化していった」

 

 神の恩恵とは別に、己の器を壊し、次のステージに上がる。戦いの中で、勝てぬ相手に挑む絶望の丘で一分一秒凌ぐように強くなっていった。

 至高の絶技はさらなる高みへ、剣技に於いては最強派閥の者達に迫っていたそれを、追いつき、追い抜くほどの高みへ。

 

「周りの女どもの言葉など聞こえず、援護など不要とばかりに女に迫り、魔法を打ち合い剣を振るい、たった二人だけの世界を何時間…………いや、実際には数分続け女の身に刃を届かせた。青年自身が驚いていたよ」

 

 すっと服の上からその下に刻まれた傷をなぞる女。少年はそれに気付かず英雄の偉業に目を輝かせる。

 

「その後怪物と戦っていた仲間に混じり、怪物を倒した」

「急に雑!?」

「別に見応えのある戦いではなかったしな………その後、青年は自ら命を絶とうとした女を攫い、街から逃げた」

「? なんで?」

「その女には、残した血縁が居たんだ。どうせ死ぬならその短い命、罪に苛まれようとその子とともに生きろ、と……全く、勝手なやつだ。英雄になれたろうに、その愚行で全てを捨てたのだから」

 

 そういう女の顔は、どこか幸せそうに見える。それに気づいた少年は首を傾げた。

 

「その人はどうしたの?」

「幸い英雄の都に戻ることは出来た。そこで偉業を積み、第一級と呼ばれる者達の中でも上位の位階に到達した一人となった。だが最近また姿を消したらしい」

 

 どこで何をしているのやら、と笑う女。大きな音を建てず家が直せるよう考案した組み立て式の家を組み立てている男に目を向けた。

 

「この子もそろそろ寝る時間だ。お前も来い」

「……………」

 

 ピシリと青年が固まる。女はニヤリと笑う。

 

「この子にとって、お前は父親だそうだ。家族はともに寝るものだろう? どうした、子供を悲しませる気か? 速く来い」

「そうじゃそうじゃ。家族は一緒に寝るものじゃからなあ! さあ、儂を挟むように並ぶのじゃ! お前は子の横に、何なら床に寝るがいい! ゆくぞ!」

「【福音(ゴスペル)】」

「おじいちゃああああん!?」

 

 せっかく直した壁が爺とともに吹き飛んだ。

 

 

 

 

   □

 

 どうも皆さん、ベル・クラネルの義父です。髪の色は同じでも血の繋がりはありません。

 まあベル君目は父親似で髪は母親譲りらしいから白髪の俺が父親のはずないよね。あ、因みに自分転生者っす。

 恋人が複股してたせいで、やってる時にやってきた男に刺されて死んだ。童貞卒業と一緒に人生卒業ってね………。

 で、俺が生まれたってわけ。

 気付いたら中世の外国風景で、獣耳やエルフ耳の人間が街を歩いていた。

 12歳ぐらいだった俺の目の前で、両親が白いローブ着た変人に殺された。俺は親父の灰皿で男の頭をかち割って、吐いた。気持ち悪かったからね。

 孤児になった俺を面倒見てくれる人なんて居なかった。というよりは、余裕がなかったのかね?

 黒竜が何たら、ロキだのフレイヤがなんたら言ってるのを聞いて俺は思った。あれ、ここ「ダンまちじゃね?」と。

 正式名称「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?」。主人公のベル・クラネルが英雄の街オラリオにて、初恋を拗らせスキルを得て、一途なのに色んな女を落としに落としてハーレム築いているのに気づかず一途に一人の女を思い続け英雄になっていく物語である。なんか番外編もあるらしいが知らん。本編もミノたんがベル君好きすぎるやろって辺りまでしか知らねえ。

 ただ動画サイトでアプリの周年イベントでベル君の前世とか見るともうある意味両思いなんだな、って思いましたはい。

 そして、3周年のイベント。あれはすごい。超すごい。皆かっこいい!

 唯一、思うところがあるとするならオッタルもフィンもその後の7年何してたんだよって話だよ。好きなキャラで、格好良かっただけに残念感が半端ない。

 なので一計を案じることにした。そう、起爆剤になればいい!

 アルゴノゥトもやっていた、こいつにも出来るのだから自分にも、そう思わせる存在になろう! と【ロキ・ファミリア】に入団。結構無茶して、半年でランクアップ!

 それに感化され周りの者達がやる気になって…………でも面倒なことに【闇派閥(イヴィルス)】なる悪党どものせいでダンジョン探索も難しく、既に一度殺していた俺は未来の英雄達の邪魔をするなと殺して殺して殺し殺しまくってフィン達に止められた。何だかリヴェリアがとても悲しそうな顔をしていた。

 俺が【ロキ・ファミリア】に入って5年ほど、あの後邪魔な白蟻共のせいで中々上がれずまだLv.4だった頃に金髪の目が死んでるガキが入団した。原作ヒロインじゃん。

 半年でランクアップし、同じ剣士というのもあってか俺に師事を求めてきたので鍛えてやった。手足折ったらリヴェリアに怒られた。

 ランクアップしたがってたので教えたかったが主神ストップ。まあ10ヶ月と少し早めになった。「師匠超えたかった」という弟子が最高に可愛かったね、もう。

 そしてなんやかんやあり『死の7日間』の際にオッタルの成長のためにザルドを譲り、リヴェリア、ガレスと共に怪物及びアルフィアとの戦闘。何度も死にかけ気合と根性でまだだしながら勝利をもぎ取り消化試合の怪物退治をしたあとアルフィアを攫いベル君探しの旅に出た。まあ場所だけならアルフィアが知ってたが。

 会わない、会わせると言い合って、なんとか折れたアルフィアをベル君に合わせふと気づく。帰れねえや、俺。

 暫くショタベル君とアルフィアと一緒に過ごすことに。

 こうなると解っていながら何故助けたというアルフィアに(ベル君の)笑顔が見たかったからと言ったらゴスペられた。その後ヘルメスからの手紙で帰って大丈夫なことを知り一度帰る。

 フィンの野郎、大勢の冒険者見捨てて邪神を討ちに向かいやがった。間違いではないと心で解るが気に入らなかったので27階層に向かい………遅すぎた。助けられたのは数名。そのうち一人、エルフの女には散々罵倒されたな。

 その後彼奴とパーティーを組むと死ぬという噂が流れ、まあただの自己満足のためにパーティーを組んだ。

 後は【アストレア・ファミリア】も、結局全員救うことは出来なかったなあ。リューの代わりに俺が弱った彼奴等を狙う脅威全てを殺して回り、またオラリオから逃げた。いや、関係者も皆殺しだ〜なんてしてないから指名手配されてないけどね。

 このままじゃ駄目だと思った。最強に全然追いついてねえくせに伝説を超えたとか言われるオッタルも、偶像になるべく耳に心地のいい偉業を優先するフィンも。

 見込みがあるのは狼ぐらい。俺はオラリオを出て、アルフィア達の真似をすることにした。別に敵になるわけじゃない、ただ上から目線で『失望した』と言ってやれば彼奴等もやる気になるだろ。あと単純に、なんかかっこいいからやってみたい。

 ついでに『もはやお前達になんの期待もしない。英雄は俺が育てる』とベルを俺の弟子扱いで紹介したらアイズとかどんな顔するのか見てみたい。

 

 

 

 

「まあそのためには説得力がいる。俺が『最強』でなくてはならない」

「グルルルルル!!」

「グオオオオオオ!」

 

 大地に届く黒い雲の中、大型の階層主すら超える超大型の怪物の群れを前に青年、ヴァルド・クリストフは剣を構える。

 その奥に佇む漆黒の霧の向こうの怪物を見据え不敵に笑う。冷や汗が流れるほどの威圧感。一人で挑むには無謀なその行為を、余裕だと己を偽るための笑み。

 

「偶然………あるいはこれも必然か。来るがいい、明日の光は奪わせぬ」

 

 

 

 

 人知れず復活した大地を穢す怪物の王は、人知れず打倒され、世界に新たなLv.8が誕生した。



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酒場の再会

何で皆ヴァルドを前妻と娘おいてったみたいに扱うんですかね?
彼は未婚ですよ、今も昔も(笑)


 先に行く、お前はお前だけで【ファミリア】を見つけろ、その後俺も其処に入ろう。

 自分にとっての父親代わりであり、師でもある男性の言葉に従いベルは祖父と義母に別れを告げオラリオに向かった。別れを告げたとは言うが何時でも帰ってこいと言われているが。

 祖父達曰く師と共にいれば汎ゆる【ファミリア】が入団を歓迎するだろうとのこと。ベルではなく、その師を求めて。

 それでは意味がないと、師の名を出すことなく探して…

 

「ぜ、全滅………」

 

 処女雪の如く白い髪を持つ少年はどんよりした空気を滲ませる。行く先行く先で弱そうだの金を用意したらいいだのと門前払い。

 師の嘗て所属していた【ファミリア】にも顔を出したがやはり門番に追い返された。

 もういっそ、師の名前をだそうか? 神ならば信じる、というか真実が解るだろうし。いやいや、自分の力で探さなくてどうすると首を振る。

 落ち込んだベルは人の喧騒すら煩わしく感じ、義母の気持ちを少しだけ理解し人の少ない路地裏に向かおうとして……

 

「おーい、そこの君ぃ。路地裏は危ないから、行かないほうがいいぜ?」

 

 彼は運命に出会った。色恋の、ではなく神と眷属的な意味で。

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

「ブオオオオオオオオッ!!」

「づぅ!?」

 

 ミノタウロスの振るう剛腕がベルの持つ蒼黒の剣に叩きつけられる。ベルの体はあっさり吹き飛び、鉄板仕込の靴裏が地面を削る。

 

「これが、ダンジョンのミノタウロス………!」

 

 地上で義母に戦わされた個体とはまるで違う。というかあの個体は可哀想になるほど既にボロボロにされていた。

 地上のモンスターは自らの核である魔石を分け与え繁殖し、その結果子々孫々は弱ると聞くが、もはや別物だ。

 威圧感も違う。

 上層のゴブリンやコボルトなど比べるのも烏滸がましい大型級の体躯。己より巨大な相手が殺意を向けてくるというのは、それも己より強い相手というのは想像以上に枷となる。

 未だ恐怖を捨てきれないベルが死んでないのは武器の性能と、鍛え込まれた技術。その技術すら恐怖から拙くなっていく。

 

「ブゥ、オオオオ!」

「あっ!?」

 

 ギィン! と剣が弾かれる。手の力が抜けていたのだ。逆に、だからこそベル自身にそこまで衝撃は来なかった。だが武器を失った。

 無手になった恐怖はベルを容易く飲み込み、目の前のミノタウロスが何倍にも巨大に見える。

 

「ブォ?」

「……え?」

 

 その身に走る、一本の赤い線。2本、3本と増えていく。

 

「ブオ、オオ!? モオオオオ!?」

 

 刻まれた線に沿い、ミノタウロスの体がずれ、肉片へと変わっていく。バシャ、と大量の血がベルを襲う。真っ赤な鮮血の向こうには、輝く黄金。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 へたり込むベルを心配そうに覗き込む金の瞳。その顔は美しく、女神や義母にも勝るとも劣らない。

 知っている。聞いたことがある。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。己の師が嘗て所属していた【ファミリア】の現幹部の第一級冒険者。

 

「………あの」

「だ…」

「だ?」

 

 心臓が早鐘を打つ。顔に熱がたまる。芽吹く淡い………盛大な恋心。

 

「だああああああああああああああああああああ!?」

 

 気づけばベルは、全力でその場から逃げ出した。武器の回収は忘れない。残された少女はキョトンと固まり、怖がられた? とショックを受けるとクックと喉を鳴らし笑う狼人を睨むのだった。

 

 

 

 

 担当アドバイザー、エイナ・チュールにアイズについて聞けるだけ聞いたベルは応援してくれたエイナに大胆な告白をすると自らのホームである教会に帰る。

 

「神様、師匠、帰ってきましたー! ただいまー!」

「やあやあおかえり、今日は早かったね!」

 

 寝そべりながら本を読んでいた黒髪の少女………その実悠久の時を生きる超越存在(デウスデア)の一柱にしてベル達の主神、ヘスティアがトトト、と駆け寄ってくる。

 

「帰ったか」

 

 パタンと本を閉じメガネのブリッチに指を添え位置を整える青年。ベルの師匠であり父親代わり。ヴァルド・クリストフだ。

 

「何かあったか?」

「あはは、実はちょっと死にかけちゃって………」

「おいおい大丈夫かい? 君になにかあったら僕等は悲しいぜ」

 

 小さな手が忙しなくベルに触れ怪我の有無を確かめる。ヴァルドは数秒ベルを見つめ、そうか。とだけ返した。

 

「なあなあヴァルド君。やっぱり君もダンジョンに…………いや、ごめん。君が潜りたくないなら、仕方ないよね」

「…………やはり貴方は優しい女神だ」

 

 ベルに惚れているのなら、間違いなく世界最強に至ったヴァルドはベルを守れるだろうに、無理強いしない。その在り方にヴァルドは好感を覚える。

 

最強(おれ)はベルの成長の妨げになる。鍛えはするが、ダンジョン探索の手助けはしない。それが師としての俺の方針だ」

「…………そうか。君がベル君を信じるなら、ボクも君達を信じよう」

 

 ヘスティアは仕方ないというように肩をすくめ、自分の成果であるバイト先のジャガ丸くんを取り出す。ヴァルドは賭け事で稼いだ金で得た野菜類を出し、あまり稼げなかったベルはシュンと落ち込む。

 

「とはいえ、俺もそろそろ冒険者に戻ろう」

「え、本当かい!? な、なにかダンジョンにトラウマとかあったんじゃ………」

「別にない。強いて言うなら、この街を観察していただけだ………ああ、5年前から殆ど変わらなかったがな…………」

 

 その声に滲む確かな『失望』は、しかし師の冒険者としての活躍を夢想する弟子と明日からのご飯が豪華になるぞ〜! と叫ぶ主神には聞こえなかった。

 

 

 

 

 ギルドの受付嬢は美人揃いである。採用基準に、事実容姿も入っている。美しい、或いは可愛らしい受付嬢に会うために、男性冒険者達は今日もダンジョンに潜るのだ。

 

「ソフィさ〜ん、お客様ですよ〜!」

 

 そんなギルド受付嬢の中でも1、2の美貌を誇る銀髪のエルフに後輩のヒューマンが駆け寄ってくる。

 どこか冷たくも見える整った顔立ちに浮かぶは困惑。この時間、冒険者はダンジョンに潜るのが普通だ。まさかそれを見越して会いに来た?

 また軟派だろうかと辟易しながらも業務を果たすべく受付のカウンターに向かう。黒いローブを纏った………恐らくは、男性。顔は隠れているわけではないが、何故か良く認識できない。

 

「久しぶりだな、ソフィ……」

「…………どちら様でしょうか?」

 

 若干の警戒を滲ませるソフィに男は首を傾げ、ああと納得したように眼鏡を取る。かけていたのも認識していたはずなのに解らなかった。魔道具(マジックアイテム)の類なのだろう、顔の輪郭が鮮明になっていく。

 長く伸ばされた白髪に、紫水晶(アメジスト)の瞳…………

 

「…………ヴァル?」

「ああ………」

「…………生きて、たの?」

「俺が死んだと思ってたのか?」

 

 その顔は、知っている。14年ほど前に王族(ハイエルフ)の女性が連れてきた少年。世界記録(ワールドレコード)を塗り替え、5年前にはLv.6に上り詰めしかし姿を消したソフィの担当冒険者。

 

「っ! 今まで、どこに行ってたんですか!? リヴェリア様も、心配して! 恩恵の繋がりが消えたって、ロキ様も………!」

「ああ、改宗(コンバージョン)したからな」

「は? え、何故?」

 

 ヘルメスやロキ、アストレアが奔走することになった7年前と違い、5年前の虐殺はなんのお咎めも無しだった。きっちり闇派閥(イヴィルス)と繋がっていた証拠が現場に置かれ、死者も【ルドラ・ファミリア】の団員のみ、神殺しも行なわれず主神ルドラは『アイアム・ガネーシャ』の鼻に吊るされながらニヤニヤ笑っているところを発見された。

 むしろ逃げる理由がなかったはずなのに闇派閥(イヴィルス)を実質的に壊滅に追い込んだ男は姿を消した。それと同時に、Lv.6に至っていたと言う申請が主神ロキから齎された。

 Lv.6ともなれば、外でアビリティを成長させるなど不可能に近い。わざわざ外で改宗(コンバージョン)

 

「それとランクアップの申請も………」

「…………はい?」

 

 今何と言った? ランクアップ? 誰が?

 

「俺が…」

「え、じゃあ………Lv.7になったんですか?」

「いや、2回」

「2回って、ことは…………………………………え?」

 

 ソフィは思わず目眩を覚えた。彼のトンチキぶりは知っていたけど、オラリオの外でLv.8?

 オラリオの外で何があったというのだ。

 

「いえ、深くは聞きません。聞いてもどうせ理解できないでしょうし、どうせ上から公開できないと言われるだけでしょうし」

 

 何なら上に「もう彼奴の偉業聞く意味ねーから」と神々からの苦情があったらしい。Lv.6に至ってはギルド上層部から詮索不要と命が来たし。

 

「公開は、少し遅れますが構いませんか? 今は色々忙しい時期なので」

「ああ、お前に任せる。それと再登録と改宗(コンバージョン)申請なんだが………」

「行方不明扱いでしたから登録は残ってますよ。改宗(コンバージョン)も、どうせ【ロキ・ファミリア】に戻るだけなら」

「いや、俺【ヘスティア・ファミリア】に入ったから」

「…………………はあ!?」

 

 オラリオに戻ってきて、席があるくせに元の最大派閥ではなく聞いたこともない弱小派閥!?

 何考えてるんだこいつ。いや何考えてるか考えるだけ無駄だろうけど………。

 

「貴方と関わると今日も頭痛が痛い」

「悪いな、また飯を奢ってやる………」

「…………今日は着替える時間もないので、また後日」

「ああ」

 

 ソフィが必要書類を提出するとキッチリ記入したヴァルド。またな、と去っていく後ろ姿を見送りながら頭を押さえ………ああ、本当に帰ってきたのだな、と微笑を浮かべ………

 

「薬舗、よらないとですね」

 

 頭痛薬を買って帰ることを心に決めた。

 

 

 

 

 

「ベル君のばっきゃろおおおお!!」

 

 ヘスティアが何やらベルを罵倒しながら走り去っていく。

 

「あ、師匠! おかえりなさい!」

「ただいま。ヘスティアはどうした?」

「それが、ステイタスを更新してもらったら不機嫌になって………」

「……あ〜」

 

 ベルの言葉に、ヴァルドはベルの背に刻まれた恋心を証明するスキルを思い出す。ステイタスが上がれば上がるほど、その思いが強いということを見せつけられるヘスティアとしては堪ったものではないのだろう。

 

「今日の夕食どうするかな」

「あ、それなんですけど実は今日知り合った人に、店に誘われてて…」

 

 

 

 

 

「あー! あんた、よくも私等の前に顔を出せたなあ!?」

「ここで会ったが百年目! ブラック環境に放り込まれた恨み、晴らしてやるにゃー!」

「覚悟しやがれ!」

「けちょんけちょんにしてやるにゃー!」

 

 

 

 

「やはり眼鏡をしておくべきだった」

「きゅう……」

「ふにゃあ」

 

 けちょんけちょんにされた美女達を横目に認識阻害のメガネをかけ直すヴァルド。怒った女将に連れてかれる様を、ベルは若干引きながら眺める。

 

「し、知り合いなの………なんですか?」

「昔、オラリオから出る前に絡まれて軽くひねってこの店に放り込んだ」

「うちは託児所でも駆け込み寺でもないんだけどね」

 

 と、呆れた様子でジョッキを置くのは店主の大柄なドワーフの女性。

 

「だが、ここに預けて正解だった」

 

 叩き起こされ時折恨みがましい目を向けてくるヒューマンと猫人(キャットピープル)の女性を見るヴァルド。

 

「ミア母さんに良く教育されてるようだな」

「ま、最初は失敗も多かったがね。ほら、さっさと注文しておくれ」

「ああ………しかし」

「ほらベルさん、これなんてどうですか?」

「…………まあ良いか」

 

 何故か当たり前のように席に座りベルにメニューを開いて見せる鈍色の髪の少女。シル・フローヴァという、ベルをこの店、『豊穣の女主人』に誘った本人。

 知識で知ることはなかったが、この世界にてその正体を知ったヴァルドとしてはベルの成長の手助けになれば上々といったところだ。

 と、その時だった。

 

「おい、見ろよ」

 

 団体客が入ってくる。

 客の誰もが嫉妬、畏怖、そして羨望の眼差しを向ける、都市最大派閥の一角、【ロキ・ファミリア】。

 ベルの情景の少女、そしてヴァルドの嘗ての仲間にして…………

 

 

 

 

 

「ベルさん!?」

「ああ?」

 

 ガタンと椅子を倒して立ち上がった少年が走り去る。その髪に、後ろ姿に見覚えがあったアイズは慌てて追おうとして、足を止める。

 なんのために追うのか。追って、何になるというのか。怖がらせるだけ。

 せめて彼の連れに謝ろう、と彼が座っていた席で酒を飲む男性に視線を向ける。

 

(…………?)

 

 何処かで見たような。だがどこで? 顔は、見覚えがない……いや、これは………顔が見えない? なのに、集中するまでその違和感にまるで気づけなかった。

 なにかの魔道具(マジックアイテム)? 顔を隠す?

 怪しい………。とは思うが、まずは謝罪を。何やら騒がしく、振り返るとベートがアマゾネスの姉妹に縛られようとしていた。

 

「アイズたーん、なにやってる〜ん?」

 

 手をワキワキさせながら近づいてきたロキ(馬鹿)に張り手を食らわせ男に声をかけようとした、その時…………

 

「喧しい」

 

 シン、と空気が固まる。それは【ロキ・ファミリア(最大派閥)】に対して文句を言った何者かへの驚嘆…………()()()()

 たった一言、愚痴のように呟かれたその言葉に乗った「黙れ」と言わんばかりの強制力。魔法でも、スキルでもない。怪物を前に幼き子供が息を殺すのと同じ、絶対的な畏怖。

 

「あいも変わらず雑音を奏でるか。余裕があるようで何よりだ………なあ、【ロキ・ファミリア】?」

 

 皮肉の効いたその言葉に血の気の多い団員達が眉根を寄せる。ティオネやベート(第一級冒険者)すら混じったその敵意に男は気にした風もなく緩徐に立ち上がる。

 

「タイミングを考えるに、君の連れが、ベートが罵倒していた冒険者なのかな? ミノタウロスの件と合わせ、謝罪しよう」

「謝罪は不要だ【勇者(ブレイバー)】、元よりお前の言葉に己の名声を守る以上の意味は期待していない」

「……………」

 

 フィンに対しても皮肉を崩さぬ態度に何名かがあんぐり口を開ける。その中で、一人だけ我慢出来ぬ者が居た。

 

「てめぇ、団長を馬鹿にしてんじゃねえぞ!」

 

 フィンに想いを寄せるティオネが男に殴りかかる。第一級(Lv.5)の彼女の拳は、恩恵を持とうと第二級ですら殺しかねない。アイズが慌てて割り込もうとするよりも速く、ティオネは男に接近し──

 

「…………え?」

 

 気が付いたら、ティオネが床に倒れていた。

 殴られたのか蹴られたのか、あるいは何かの魔法か。何も解らない。【ロキ・ファミリア】のメンバーは、二軍以下は畏怖を、幹部達は警戒を男に向ける。

 

「君は、何者だ?」

「……これでいいか」

 

 男はそう言って眼鏡を取る。顔の輪郭が、肌や髪、目の色が漸く認識出来る。

 

「っ! お前は…………!」

「………驚いたな、何時戻ってきていたんだ?」

 

 リヴェリアが思わずと言った風に声を漏らし、フィンが問いかける。【ロキ・ファミリア】のメンバーもその殆どが驚愕で目を見開きティオナやレフィーヤを含めた数名がそんな彼等に困惑する。

 

「なんや〜、ヴァルやないかー! 5年ぶりやな。つ~かお前、恩恵切れとったぞ! 勝手に改宗(コンバージョン)しおったな自分!」

 

 がー、と吠えるロキをチラリと見て直ぐに目をそらす男。

 

「師匠!」

 

 そして、レフィーヤも見たことがない満面の笑みで男に抱きつくアイズ。

 

「んなあ!? なななな、なに、なにをしてるんですか貴方はあああ!?」

「いや、したのはアイズの方じゃん」

「喧しい妖精が入ったな。そいつはお前の後釜か、リヴェリア」

「ああ、なかなか見込みのあるエルフだ。どこぞの馬鹿と違い、勝手な行動もしないし何も言わず出ていくこともない」

「手厳しい」

 

 アイズの頭を撫でながら、しかしそっと肩を押し体を離させる。

 

「だ、誰なんですかあのヒューマン!」

「ヴァルド・クリストフ……」

 

 レフィーヤの疑問に答えたのはフィンだった。

 

「アイズの剣の師匠にして、【ロキ・ファミリア】の幹部の一人。独断先行、ダンジョンへの長期滞在と何度も問題を起こす問題児でもあった……そして、7年前の悪夢にて嘗ての最強と渡り合った男」

「【ロキ・ファミリア(うち)】の、幹部!?」

「5年前、何時ものようにダンジョンへ潜り、その際窮地に陥った【アストレア・ファミリア】を救助し下手人である【ルドラ・ファミリア】及び闇派閥(イヴィルス)を一人で壊滅させ、少々強引な手段で関係者を検挙させ姿を消した………それからしばらく、恩恵が切れたとロキが叫んでいたよ」

「ああ、オラリオの外であった神に恩恵を刻み直してもらったからな」

 

 言外にどういうつもりだと尋ねるフィンにヴァルドは何でもないかのように返す。

 

「オラリオの外で、Lv.6になった君が成長できるとは思えないけどね」

「そうでもない」

「まあまあ、小難しい話は後でええやん。それより、帰って改宗(コンバージョン)しようや」

 

 と、行方不明だった眷属(こども)が見つかり嬉しそうなロキ。フィンも仕方ないというように肩を竦め、リヴェリアはジッとヴァルドを睨む。

 

「……お前が身を隠していたのは、あの女の住処か?」

「5年前の時点では他に知り合いも居なかったからな」

「………まあいい、それも含め帰ったらじっくり話してもらうぞ。今夜は寝られると思うな………いや、お前に()()()()()()()()な」

 

 存分に明日の昼まで説教してやる、と意気込むリヴェリアに、しかしヴァルドは否定を返す。

 

「帰らないぞ、俺は」

「………なんだって?」

 

 フィンが思わず聞き返す。

 

「俺は『黄昏の館』には帰らない。というか、俺にとってもう彼処は帰る場所じゃない」

「なんやと!?」

「………どういう意味だ?」

「先日、俺はオラリオにて新たな主神を得た。向こう一年は改宗(コンバージョン)は不可能だ」

「なっ!? 7年前といい、5年前といい、お前はどうして、どうして何時もそう勝手なんだ………!」

「師匠…………?」

 

 幹部の勝手な改宗(コンバージョン)に、リヴェリアが憤慨しアイズが困惑する。

 

「7年前と5年前………そうだな、そこだ。7年前、俺は疑念を覚え6年前確信し、5年前決意した」

「確信、だと……何を確信し、ここまで勝手な事をした!」

「失望」

「…………『失望』だと?」

英雄の街(オラリオ)に、冒険者(お前達)に、そして【ロキ・ファミリア】に………だから見限った、それだけの話」

「っ! 見限った、だと…………!」

 

 どこからも上から目線なその物言いに、リヴェリアが食って掛かる。

 

「そうとも、俺は『英雄』を求めた。小人の勇者も、妖精の王族も、ドワーフの戦士も美の神に仕える色ボケ共も………結局期待を満たさなかった。ならば外から探すしかあるまいよ」

「それ、って…………さっきの、子?」

「ああ、ベルだ。俺とアルフィアが育てた、未だ未熟で脆弱な、卵と呼ぶにも烏滸がましい英雄候補。だが誰よりも期待せずにいられぬ」

 

 と、少年が飛び出した入り口を見つめるヴァルド。

 

「英雄が生まれぬなら俺が育てる。お前達には、もう何も期待していない」

「ふざけんじゃねえよ!」

 

 と、そう叫んだのはベートだ。

 

「てめぇが何を思ったか知らねえが、何を勝手に見限っただの失望しただの………勝手に知ったような口をきいてんじゃねえよ」

「………やはりお前も見込みがあるな。だが、いくら吼えようと弱者の言葉は俺に届かない」

「っ!」

「その遠吠えを届けたければ証明しろベート・ローガ。俺の失望が誤りであったと、確信させてみろ」

 

 ヴァルドはそう言うと注文した商品の代金を近くにいたヒューマンの店員に渡すと店を出る。アイズが慌てて追おうとして、リヴェリアが何かを叫ぼうとするも店の外に出た瞬間その姿が掻き消える。

 

「し、しょ………」

「……………彼奴は!」

 

 アイズをして、見えなかった。Lv.6だから、という言葉で片付かぬ速度。方法は不明だが、なるほど確かにオラリオの外でさらなる力を得ている。

 

「リヴェリア…………師匠が………」

「………幸い、この街にいるようだ。現在の拠点を見つけたら、文句を言ってやれば良い」

「でも、私………期待に応えられてないって…………」

「勝手に期待したのは奴だ。あの馬鹿者は、自分が出来ること以上を他人ができて当たり前だと思うふしが昔からある。応えたいと思うのは良いが、応えるのは義務じゃない」

 

 落ち込むアイズの頭を撫でてやりながらリヴェリアは虚空を睨む。

 

「………ところで、あのベルって子。髪の色似てた………師匠の子供かな?」

「それはない。ない、よな……?」




認識阻害メガネ
ヴァルドをヴァルドと認識したあとは意味ないが、認識してないと顔が見えないしそれを特になんとも思わない変装用。ただ対面すれば顔が見えないことを不思議に思う。製作者は上司の無茶振りに振り回されるOL系メガネ。
上司に頼まれたアイテム作りの間に入った依頼で、半分寝ている状態で作業してた彼女に上司が囁いた戯言の機能が付与され認識阻害の他に発光機能もある


ヴァルド「よし、ここまで言えば皆やる気出すやろ」

何度か誤字報告来てるけど頭痛が痛いはわざとです


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ステイタス

リヴェリアの秘密♪(バーガーピエロの秘密風に)
リヴェリアが『彼氏としたい6つのイチャイチャ〜聖夜編〜』なる『呪いの書』の影響を受けた際、二人だけで解決した。この事実はロキはもちろんフィン達すら知らない。二人は墓場まで持っていくと決めている。知った者は闇に葬られるか、後日記憶が一日分抜け落ちる。
迫るリヴェリアの色っぽさになんとか耐え抜いたのは偉業に数えてもいいんじゃないかとヴァルドは思っている。童貞だったら即死だった


「うあ、あああああ!!」

 

 走る、奔る、疾走る。

 耳についてはなれない、狼人の嘲笑。目に焼き付いた、助けを求めた師から向けられた当然だろうという失望ですらない眼差し。

 何を勘違いしていた?

 義母と師に育てられ、英雄街道まっしぐらだとでも? そんな訳あるか!

 彼等は常々言っていた、迷宮のモンスターはこの程度ではないと。そしてここ数日でそれを実感していた筈だ。

 なのに、その怪物達と、ベルが出会ったどんな怪物達よりも強大な階層の怪物達と殺し合ってきたアイズ・ヴァレンシュタインの隣に立ちたい?

 

(馬鹿かよ、僕は!)

 

 何もしないまま彼処に立てると、本気で思っていたのか!?

 師に紹介してくれと言った時、なんて言われたのかもう忘れたのか!?

 

──お前が並べるだけの男になれたなら、な。アイズは俺の弟子の中で一番才能があった、今はまだ置いてかれてるぞ?

 

 置いていかれる、その表現すらヌルい。置いていくも何も、同じ道にすら立っていなかった!

 なのに、期待していた! 同じ師を持つ者同士、何時か師が紹介して、知り合って、仲良くなって、何時かは………そんなくだらない妄想をありえる未来だと勘違いして!

 

(畜生! 畜生! 畜生!)

 

 そんな自分に殺意を覚える。

 狼人の嘲笑を否定出来ない自分に、憧憬の対象に庇われる自分に、思わず師に縋った自分に。

 情けない。笑われて当然。

 変わらなくては、誰よりも強くなるために!

 あの憧憬(少女)に並ぶために!

 あの義母(ひと)に誇れるように!

 あの憧憬()が誇れるように!

 

「う、あああああ!!」

 

 ビキリと壁を砕き現れたウォーシャドウ。鋭い爪と人ほどもある中型種。新人では敵わぬ、調子に乗って下に降りた冒険者を終わらせる『新人殺し』の一種。

 それが、2体。

 師から譲り受けた長剣は置いてきている。持っているのは護身用のナイフ一本。いけるか?

 

「いくんだ、よおおお!!」

 

 

 

 

 

「意気込みはいい。心が体を凌駕するのは俺自身もアイズの風も実証済みだ。とはいえ相応の鍛錬が必要だがな」

 

 次々現れるモンスターに肩で息をするベルにかけられる声。流石にそろそろ撤退を視野に入れ始め、そのタイミングを見計らったかのように現れた。

 

「し、しょう………」

「よくやった…………十分、とはお前のために言わずにおこう。これからも励め、ただし今日はこれで終わりだ」

 

 抜き放たれる長剣。

 人々を恐怖に陥れ、破壊の限りを尽くすモンスター達が怯えるように後退る。

 

「帰るぞ、ベル」

 

 風が吹いたと思えばヴァルドはベルの横に立ち肩を叩く。モンスター達は皆一様に魔石を抜かれ灰へと還る。

 

「うん、お父さ………」

 

 安心と疲労から意識を失うベル。ヴァルドはベルをおぶるとダンジョンの出口へ向かって歩き出す。

 

「だから俺は父じゃない………」

 

 そう呆れるように言うヴァルドの口は、確かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「う〜ん………う〜ん………」

 

 2人とも、帰ってくるのが遅い。

 もうそろそろ夜明けだ。とヘスティアはソワソワと落ち着かない様子で唸る。

 ベルに文句をいって出ていった後、帰ってきてみればベルもヴァルドも居ない。ヴァルドはもとより心配する必要などないだろうし、一緒ならベルも安全だろう。だからといって帰ってこない眷属(こども)達を心配しないなど孤児の守り神(ヘスティア)には出来るはずもなく、外を探し回った。帰ってきてるかと部屋に戻るもやはりいない。

 もう一度探しに行こう、と部屋を飛び出そうとした瞬間、扉が開く。

 

「戻ったぞ、ヘスティア」

「ヴァルド君! ベル君も………! こんな時間までどこにいって…………ベル君ボロボロじゃないか!? 本当にどこに行ってたんだ!?」

「ダンジョン」

「ダンジョン!?」

「う、う〜ん……神、様?」

 

 ヘスティアの叫びにベルが目を覚ます。

 

「なんて無茶をしたんだ! ベル君か!? ヴァルド君か!? どっちが言い出した!」

「あ、えっと………僕が、飛び出しました……師匠は追ってきてくれたんです」

「ベルくぅん…………何でそんな無茶を………そんな自暴自棄に、君らしくもない」

「………」

 

 どこか暗い雰囲気をまとうベルに、ヘスティアは怒る気も失せ仕方ない、とため息を吐く。

 

「………神様、師匠………」

「なんだい?」

「どうした?」

「僕……強くなりたいです」

 

 強い決意を宿した瞳に、ヘスティアはハッとし、目を伏せ「うん……」と真摯に受け止める。

 

「なれるさ、お前なら誰よりも」

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:H145→G281

耐久:I56→H124

器用:H185→G255

敏捷:G234→F333

魔力:I0

《魔法》

【 】

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続。

懸想(おもい)の丈により効果向上。  』

 

「──っ」

 

 ステイタスを更新し、その伸びに愕然とするヘスティア。

 ()()()()

 ヴァルドから聞いていた冒険者の一般的な速度とも世界記録保持者(レコーダー)のヴァルドのそれと比べても常軌を逸している。成長、どころか飛躍だ。

 チラリとヴァルドを見れば察したのかコクリと頷いてくる。やはりこの早熟スキルが関係しているのだろう。

 問題はどう伝えるか、だ。素直に伝えていいものか。

 即席の強さは油断を生む。しかし伝えず弱い敵とばかり戦わせていては彼が強くなれない。

 ベルは調子づくタイプではないと思うし近くに最強(ヴァルド)が居るうちは、絶対に調子に乗れないタイプだと思うが………。

 

「…………ベル君、今回の【ステイタス】は口頭で伝えていいかい?」

「あ、はい。別に構いませんよ」

 

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】については隠すことにした。アイズへの嫉妬もあるが、『レアスキル』や『オリジナル』といった言葉が大好きな神々にこのスキルを知られることを恐れたからだ。絶対玩具にされる。

 

(まあその時はヴァルド君にけちょんけちょんにしてもらうけどね!)

 

 それはそれでベルが申し訳なく感じそうだなあと思いながら、ベルに【ステイタス】を伝えると案の定、驚いていた。

 とりあえず成長期と誤魔化すことにした。納得がいってないながらとりあえず受け入れてくれた。

 

「その成長速度ならこの剣もお役御免だな……」

「え、師匠の『カエルム・ヌービルム』が!?」

「これはそもそも鍛錬用だ。俺がLv.3の時のな」

「な、なら暫く使えるじゃ」

「敢えて刃に特殊加工を施し一定の角度以外だと切れ味が鈍る造りになっている。『器用』を上げるために作ったんだが、技術が無ければ上層のキラーアントすら切れん鈍らだ」

 

 逆に言えば確かな技術さえあれば中層でも十分通用する。これはそういう武器だ。造らせた半亜人(ハーフ)は用途を説明した時爆笑していた。

 

「かと言って、強い武器はそれはそれで成長を妨げる。身の程にあった武器にその都度変えるのが現実的ではあるが………」

「う〜ん………」

 

 と、ヘスティアは何やら探し始める。食器棚の中段ほどの引き出しにはビラや通知書があり、その中から目当ての物を取り出す。

 それは『ガネーシャ主催 神の宴』への招待状。恐らくは()()も居るはず。

 

「ベル君、ヴァルド君、ボクは今日の夜………いや何日か部屋を留守にするよ。構わないかな?」

「えっ? あ、わかりました、バイトですか?」

「いや、出るつもりはなかったんだけど友神のパーティーに出ようと思ってね。久しぶりに皆の顔が見たくなったんだ」

 

 ヘスティアは服を整えるべく出ていった。一瞬ドレスでも買ってやろうかと思ったヴァルドだがヘスティアの低身長でありながらたわわに実った母性は間違いなくオーダーメイドする必要があるだろうと考えやめた。

 

「ベル、俺も少しダンジョンの深いところに潜る。数日は帰れないと思え」

「え……うん………あ、はい。でも、何で急に?」

「金稼ぎ。5年前、急な出奔は色々心配かけたろうからな」

「…………【ロキ・ファミリア】の人達には?」

「幹部の一人が抜けた穴埋めをしようと奮起してたなら対応も変えてやったさ」

「………………」

 

 この人の【ロキ・ファミリア】の評価は………なんというか、低いくせに高い? そんな妙な感覚を覚えたベルであった。

 

 

 

 

(それにしても、ベル君もベル君だけど…………ヴァルド君も大概だよなあ)

 

 服屋に向かう道中、ヘスティアは改宗(コンバージョン)した際のステイタスを思い出す。

 

 

『ヴァルド・クリストフ

Lv.8

力:H102

耐久:H139

器用:G201

敏捷:H195

魔力:G234

不眠E

耐異常E(F)

耐神威D

不老F

幸運G

不死身G

加護I

《魔法》

【ジュピター】

・雷光属性。

・詠唱式【クレス】

【サートゥルナーリア】

魔法吸収(マジックドレイン)

・魔法を魔力に還元。

・詠唱式【サータン】

【■■■■■】

・■■■■

・詠唱式【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■】

《スキル》

夢想睡眠(ヒュプノス・シープ)

・睡眠時間の短縮。

・短時間睡眠での体力回復効率化。

・睡眠時、精神力(マインド)の回復効率化。

偽・雷公後継(アルゴノゥト)

・雷光属性強化。

・肉体内部に雷付与可能化。

英雄試練(ペライスモス)

・最強証明

・経験値の補正。

・他者の経験値補正。

・最強降格時スキル消失。 』

 

 発展アビリティも訳解んないのが幾つがあるが、それを差し措いて最後のスキル。

 スキルの説明からして、Lv.8へと至ってから得た間違いなくレアスキル。ベル同様己を鍛え、そして何より他人にまで影響を及ぼす成長促進スキル。

 

(本来なら、大手に入れるべきなんだろうなあ)

 

 その【ファミリア】は間違いなく、名実共に都市最強へと至るだろう。

 

(……だけど………)

 

──ヘスティア、俺を思い【ロキ・ファミリア】に戻そうと考えるなら、それは不要だ。元より俺は、彼奴等と長くいるべきじゃなかった

 

 そう語るヴァルドの言葉を思い出す。

 

──俺は確かにこの世界を俺が生きる現実と認め、その上で()()()()()()()()()。彼等は違うと理解しながら英雄に至ると決めつけている。近くにいればその理想を押し付ける。応えられるのは、ベルぐらいだろう

 

 あの発言、ヴァルドにも教えてないはずだがベルの早熟スキルについて知っているのだろう。

 

──俺は(ただ)しく破綻者だ。彼奴等を人として愛しながら英雄としての憧れを押し付ける。6年前それを確信した。今でも奴等に理想を抱いて、押し付ける気だ。ならばこの位置が丁度いい

 

 それが彼の選んだ道だ。ならばロキになんと文句を言われようと、彼は自分の眷属(こども)で、主神(おや)たる自分は彼を守る。それだけだ

 

(それにしても、このステイタスだと何処まで潜れるんだろう?)

 

 

 

 

 

 天井に空いた大穴から降ってくる影。悍ましい気配を纏う黒いレザーコートを着た人間は長剣を背に砲竜(ヴァルガングドラゴン)達を見据える。

 不遜なる侵入者に名の通り、砲撃を放つ。幾つもの階層を破壊する、強力な一撃。連続して放たれる大火球を………人間は()()()()()()()()()()。腕を振るう、それだけの動作で自身の自慢の攻撃を文字通り消しさられた竜達は瞠目する。人間は剣を抜く。

 

「【輝け(クレス)】」

 

 バチリと雷光が剣を覆う。竜達に知るすべはないが、光り輝く剣を持つ人間というのは、人類や神々から見れば格好良く見えるらしい。

 

「牙と爪、あと鱗。それだけ置いて逝け、皮膜は要らん」

 

 振るわれる、光纏った一撃。雷光混じりの衝撃波が竜の群れを飲み込んだ。




ヴァルドのランクアップ偉業
Lv.2
少しでも強くなるために他の【ファミリア】にサポーターとして潜り込み、ミノタウロスの群にもう一人のサポーターと共に放り込まれるもそのサポーターを守りきった。所要期間半年。二つ名【剣鬼】
発展アビリティ『不眠』を獲得。Iでどれくらい眠らなくて済むのか試すために一週間ダンジョンに潜りリヴェリアに叱られた

Lv.3
闇派閥が治療院を狙い襲撃。心臓を貫かれ脊髄を損傷するも雷魔法で無理やり体を動かし闇派閥構成員34名討伐し当時Lv.3のヴァレッタを退かせる。ヴァレッタからは「いかれてんのかキチガイ!」と罵倒された。なぜそこまで無茶をしたのか聞いたLv.1の治療師見習いの銀髪少女に怪我人とお前達治療師を守るためと言ってから気絶した。決まり手は気合。
所要期間1年半。二つ名【不死身英雄(シグルド)
発展アビリティ『耐異常』。リヴェリアにめっちゃ叱られた

Lv.4
さる娼婦の企てでイシュタルに貪られ骨の髄まで『魅了』されたがイシュタルを殴り【イシュタル・ファミリア】構成員を半殺しにした。『美』に耐えたとか『魅了』されなかったとかでななく、確かに『魅了』されてから打ち破った。以来、イシュタルからは蛇蝎のごとく嫌われている。決まり手は気合。
所要期間2年。二つ名変更なし
発展アビリティ『耐神威』。神の権能たる魅了や神威による威圧を受け付けない。リヴェリアに歓楽街に行ったことを叱られた。誘ったノアール達がさらに叱られた

Lv.5
『最強』の眷属とほぼ一人で渡り合い勝利した。決まり手は気合と根性。リヴェリアに何故他の冒険者と協力しなかったのかと叱られた。
ノアール達から衰えていく自分に対する愚痴を聞かされていたからか、発展アビリティ『不老』獲得。所要期間3年。
ただでさえ若くいられる上級冒険者が、さらに長く若く要られる。Eともなればエルフと生涯添い遂げることすら出来る。二つ名【剣聖】

Lv.6
『厄災』の討伐。
発展アビリティ『幸運』。後に【ルドラ・ファミリア】を壊滅させ闇派閥(イヴィルス)に大打撃をあたえた。所要期間2年。二つ名は非公式に【輝く夜明け】

Lv.7
精霊の力を取り込んだ『蠍』の討伐
発展アビリティ『不死身』。
耐久に超域高化。『耐異常』ワンランクアップ。
体力や精神力は回復しないが傷が治る。
所要期間3年

Lv.8
復活した『陸の王者』およびその子供である大型、超大型、特大を『不死身』『不眠』『耐異常』ゴリ押しで耐久戦を行い勝利。決まり手は気合と根性。
所要期間1年。発展アビリティ『加護』。毒、呪詛の類を一切受け付けない。『耐異常』が飾りになった

何やってんのこいつ? 頭おかしいんじゃねえの?


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神の宴

現在のヴァルドは『不眠』と【夢想睡眠(ヒュプノス・シープ)】が合わさり一日寝れば一年は眠らずぶっ通しで活動できる。一年以上立つと眠くなってくる。2年ぐらい経つと3徹ぐらいの気分になる。

『不老』の取得条件。
前世においてノアール達が衰えから死を選ぶことを知っており、本人達からも衰えについて聞かされて、後進のためにも今のためにも衰えるわけにはいかないと強い意志で発現させた。要は気合。

因みに今更ながら、ヴァルドの年齢は27歳。見た目は20前半ほど


 神々の宴。

 言葉の通り神達が集う宴だ。神が多く住まうこのオラリオにて、誰かが言い出した暇つぶし。

 商業系同士の取引だったり探索(ダンジョン)系の情報交換、牽制……果は暗躍ごっこと様々だ。そういったことが苦手なヘスティアはうへぇ、と顔を歪めながら日持ちの良さそうな料理をタッパーに入れていき、神々からうわぁ、と顔を歪められていた。

 ヴァルドの稼ぎは確かに多いし、料理も美味い。だけど自分だって彼になにかしてあげたいと………それでパーティーの料理を持って帰るのはまあご愛嬌。

 

「あ、でも流石に数日は持たないかな? う〜ん、一旦帰るべきか? でもなあ………」

「女神様、よろしければお届けしましょうか? 何か用があって、帰れないんですよね?」

 

 と、唸るヘスティアに声をかけてきたのは人懐っこそうな蒼銀の髪の女。恐らくはガネーシャの眷属だろう。

 

「届けてくれるのかい? いやあ助かるよ。住所は…………」

「あれ、そこって………あの教会の?」

「知ってるのかい?」

「むか〜し、色々ありまして。はい、場所は解りました。宴が終わったら届けさせてもらいますね」

「ありがと〜!」

 

 去っていく女の背を見つめながら、そういえば名を聞いていなかったことを思い出す。今度会えたら御礼と一緒に名前を聞こう。

 

「何をやってるのだ、お前は」

「あれ、ミアハ?」

 

 そんなヘスティアに呆れたような声をかける神が居た。神の中でも女性人気の高いミアハだ。

 

「驚いたなあ、君も来てたのかい?」

 

 借金のせいで零細。故にこういった催しでも本拠(ホーム)に籠もりポーション作りをしているミアハ。そんな彼が来ているなんて珍しいこともあったものだとヘスティアは感じた。

 

「ああ、うむ……少し気になる噂を聞いてな。少しでも情報を訊けぬかとこうして足を運んだのだ」

「噂………?」

「うむ。第一級冒険者が、失望を持ってオラリオに帰って来たと」

「ふ〜ん……ん?」

 

 何処かで訊いたような?

 

「7年前の『死の七日間』、それもまた嘗ての最強が『失望』故に起こしたという。皆それを警戒しているのだ」

「ロキは怒ってるみたいだけどね」

 

 と、ミアハの言葉に付け足すようにやってくる眼帯の麗人。ヘスティアが探していた女神、その(ひと)だ。

 

「ヘファイストス!」

「元気そうね、ヘスティア。ミアハも、変わりないようでなによりよ」

「うむ、お主も相変わらず美しいな」

「…………ほんと、変わらないわね」

 

 流れるような口説き文句をその気が一切なく言い放つミアハにヘファイストスは呆れたようにため息を吐く。そして、ある方向に目を向ける。ヘスティア達もその視線を追えばロキが複数の神々に囲まれていた。一柱一柱(ひとりひとり)に対応するのに疲れたのかガーッと叫び、遠目で聞き耳を立てていた神々諸共そそくさと離れていく。

 

「かー! ほんまムカつくわ。ヴァルがオラリオに害をもたらす訳あらへんってのに」

「お疲れ様、ロキ……大変ね」

「んぉ? おお、ファイたん、ミアハ………んでドチビィ!」

 

 ヘファイストスの声に駆け寄ってきたロキはヘスティアの姿を見て顔を歪め叫ぶ。呼び方から分かる通り、ロキとヘスティアはあまり仲が宜しく無いのだ。

 ロキは絶壁ゆえの嫉妬もまじり、ヘスティアは天界でのやんちゃぶりに良い感情を抱いていない。

 

「ふむ、帰ってきたのはあやつか。であるなら、確かに余計な心配だったかもしれぬ」

「そうね………でも、良いタイミングで帰ってきたわよね。遠征も終わったばかりだし、次の遠征に備えて十分話せる時間もあるし」

「……………抜けおった」

「………え?」

「ヴァルの阿呆! 勝手に改宗(コンバージョン)しおったんやー!」

「ぶふぅ!」

 

 と、ヘスティアが思わず吹き出す。ロキが子供を大事にしてるとは聞いていた。天界の頃の彼女を覚えているヘスティアはまたまた〜と最初は思っていたが、話を聞いているうちにマジだと思うようになっていた。その子供を、意図せず自分が奪った事を思うといたたまれない。

 

「勝手にって………そんな事出来るの?」

「まあヴァルやし」

「それは…………そうね…………」

「そもそも『耐神威』がどの程度影響を及ぼすのかも解らん。それこそ神が眷属を縛る要因たる改宗不可を無視できても可笑しくないやろ」

「あの頃荒れてたわよね、あなた…………」

 

 相当好かれていたんだなあヴァルド君。とヘスティアは遠い目をする。

 

「幹部、それもLv.6が勝手に出奔して【ロキ・ファミリア(ウチ)】へのペナルティはなんもなし。絶対準備しとったやろ!」

 

 オラリオでは冒険者の出入りが厳しく管理されている。暗黒期の終焉に都市が沸き立つ中、その貢献者を幾ら罰しにくいからと言ってなんのお咎めなしなどギルドと何か取引があったと考えるのが普通だ。

 

「そうね、あの子は何でも自分の中で解決する悪癖があったもの。そして、それを悪癖と自覚しても治す気がないから質が悪い」

「げっ、フレイヤ…………」

 

 会話に混じってきたのは美形揃いの神の中でも群を抜いて美しい女神だった。ただそこに立ち微笑むだけで、この世のあらゆる芸術品すら霞ませる圧倒的な美。

 美を司る女神、フレイヤだ。愛多き女神が多い美の女神の一柱、処女神(ヘスティア)の苦手な神でもある。

 

「一応聞いとくがヴァル奪ったんお前やないやろうな?」

「確かにあの子も欲しいけど、残念ながら私じゃないわ」

 

 ロキの睨みにあっさり微笑みを返すフレイヤ。神同士嘘は通じるとはいえ、折角手に入れたヴァルドを自慢しないとは思えないし、多分本当だろう。

 

「ロキはあの子がどの【ファミリア】に入ったか調べに来たのね」

「おう、ぶっ潰したる」

 

 ヘスティアはダラダラと冷や汗を滝のように流す。

 

「と、言いたいところやけどなあ。まあわざわざうちに帰らずその神を選んだのにも理由があるやろ。ムカつくけど、ヴァルに免じて一年は様子見したる」

 

 今度はホッと安堵の吐息を漏らす。

 

「さっきからなんやねん自分」

「いや〜、実はヴァルド君が入った【ファミリア】ってボクのところだからさ〜。ちょっとやばいなあって……でも心配し過ぎだったみたいだね!」

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』や! ぶっ潰したる!」

「えええ!?」

 

 何だ何だ、と視線が集まる。『戦争遊戯(ウォーゲーム)』と聞き色めき立つ者達も。

 

「なんでよりによってお前んとこにヴァルが入っとんねん!」

「あわわわわ! ぼぼ、ボクだって知らないよよよよ!!」

「ちょっとロキ! 落ち着きなさい!」

 

 がくがく揺らされるヘスティアを見てヘファイストスが慌てて止める。フレイヤは微笑ましいというように笑みを浮かべていた。

 

「ぼ、ボクだって改宗(コンバージョン)してみて初めて彼の【ステイタス】を知ったんだ。ある日ふらりとボクの住んでる教会に来たと思ったら、そのまま住み着いて………」

「よく受け入れたわね」

「何でも人を待っているって………滞在費も払ってくれたし、嘘はなかったし。そして、その数日後街で勧誘断られてたベル君を見つけて恩恵刻んで帰ったらベル君の師匠だって言うんだから」

「何よそれ、その子が貴方の眷属になるって解ってたっていうの?」

 

 ヘファイストスが信じられない、と言いたげな顔をするがヘスティアが嘘を付くとは思えない。何より相手は神々から『考えるだけ無駄な存在』と言われるヴァルド・クリストフ。まあそういうこともあるのかも、と思えてしまう。

 

「くそう! 何でその子ウチに来なかったんや!」

「門番に追い返されてたぜ、弱そうだからってね!」

「誰やその門番! 極東流や、腹ぁ斬らせたる!」

 

 ヘスティアの言葉にまた発狂するロキ。ヘファイストスが煽らないの! と叫びながらロキを宥める。

 

「くぅ………まぁムカつくけど、ヘスティアんとこやったら変なことにもならんやろ。まあイシュタルには気ぃつけい」

「イシュタル? 何でまた」

「ヴァルドは昔、イシュタルに狙われたのよ。その際『魅了』に抗ってイシュタルを殴った挙げ句【イシュタル・ファミリア】の団員達を殆ど全員戦闘不能に追い込んだの」

「以来イシュタルはあの子を嫌ってるのよねえ。だけどあの子は普通に歓楽街に通うし」

「ええ!? ヴァ、ヴァルド君が………ボクの眷属(こども)が、そんな………! 歓楽街に!?」

 

 ガーンとショックを受けるヘスティア。とはいえヴァルドは年頃というか世帯を持ってもおかしくない年頃だし………ああ、自分はどうすれば!?

 

「ヘスティア達は堅すぎるのよ。良いじゃない、一夜の夢に浸るぐらい」

美の女神(きみたち)が軽すぎるんだい!」

 

 フレイヤの言葉にヘスティアが叫ぶ。

 

「というか! 今更だけどベル君時折ヴァルド君のことお父さんって呼んでたぞ!? まさか27歳にして14歳の子持ち!?」

「お、お父さんやとぉ!?」

「落ち着きなさい!」

 

 混乱するヘスティアとロキをヘファイストスが一喝する。

 

「ヘスティア、それにあの子はなんて答えてたの」

「ち、父親じゃないって………嘘はなかった」

 

 まあ仕方ない、と呆れながらと笑っていたが。

 

「なら、違うんでしょ。父親代わりではあるのかもしれないけど」

「せやなあ………いやそれでもアイズたんになんて言えば」

「っ! ひょっとして、ヴァレン某はヴァルド君のことが好きなのかい!?」

「まあ異性っちゅーより兄とか父親に近い好意やと思うけどなあ……ほんま、なんで勝手に【ファミリア】変えんねん…………」

 

 うぐぐ、と悔しそうに唸るロキ。

 自分に当てはめれば、ベルやヴァルドが何も言わず出ていってしまったようなものか。うん、すごく嫌だ。まだ一ヶ月経っていない自分でそうなのだ、ロキはもっと………。

 

「あのね、ロキ。ボクも元の【ファミリア】に帰ったらどうだいとは訊いたんだ。まあ、帰らなかったけど………だから、嫌いになったのかも訊いた。ヴァルド君は『それはない』って言ってたぜ」

 

 そしてそれにも嘘はなかった。それを聞いたロキはウンウンと唸り始める。

 

「まあええわ! ウチ等のこと嫌っての行動じゃないっちゅうなら、今は見逃したる! 一年後覚悟しとけよヘスティア!」

 

 ロキはそう捨て台詞を残して去っていった。

 

「ふふ、それじゃあ私ももう帰ろうかしら」

「あら、もう帰るの?」

「ええ、聞きたいことは聞けたし………それともヘファイストス、貴女が今夜私と一緒にいてくれるのかしら?」

「…………私はもう美の女神に振り回されるのはごめんよ」

 

 知ってるでしょ、と不機嫌そうに睨んでくるヘファイストスにフレイヤは笑顔でごめんなさいね、と肩をすくめる。

 

「相変わらずだな〜フレイヤは」

「気をつけるのよ? イシュタルは兎も角、魅了の効かない人類(こども)を面白がる美の女神は多いんだから」

 

 一時期、彼を落とせば自分こそ至高の美を名乗れると手を出そうとした美の女神達が後を絶たなかった。最終的にヴァルドに「誰が一番美しい女神か」とか「私を美しいと称えれば望むものをくれてやる」とか言い出した。

 

「ど、どうなったんだいそれ………」

「……………私だったわ」 

 

 ヘスティアがその結果を尋ねようとすると、不意に新たな女神が現れる。

 

「あ、アストレア! ん? 私………?」

「ええ、ヴァルドは汎ゆる美の女神を差し置いて『一番高潔で美しい女神はアストレアをおいて他にいない』と言い切ったの」

 

 知己との再会に喜びつつその言葉に首を傾げるとヘファイストスが補足する。アストレアはそう言われた時の事を思い出したのかほんのり頬を染めていた。

 

「あの時の騒ぎ様は凄かったわね。フレイヤやイシュタルみたいな一部の美の女神を除いた美神達の連合による【アストレア・ファミリア】への襲撃を、Lv.4成り立てのヴァルドが一蹴したんだもの」

「………もしかしてボクの眷属、結構やばい?」

「そうね………いい子なんだけど、ね………」

 

 アストレアも困った、というような顔になる。

 

「でも、そうね。私にとっては恩人よ、可愛い眷属()達を助けてくれたのだから」

「そうなのかい? その時はボクの眷属じゃなかったけど、君の助けになれたなら良かったよ」

「ふふ。助けが必要な時は、何時でも言って? 私も、彼には恩を返したいから」

 

 アストレアはそう微笑むと神々の会話に戻っていった。

 

「ヘスティア、貴方はどうする? もし残るならこの後久し振りに飲みに行かない?」

「あ、うん………その、実はヘファイストスに頼みたいことがあったから丁度いいな〜………なんて」

「………………」

 

 その言葉にヘファイストスはすっと目を細める。地上に降りてきたばかりのヘスティアを世話してやったのはヘファイストスだ。その後あまりのぐうたらぶりに追い出したら今度はアストレアに甘えていやがったので教会の地下室という物件に押し込んだという経緯がある。

 

(ベル君、ヴァルド君! ボクに勇気をくれええ!)

 

 

 

 

「アミッド様、店の外にこんなものが!」

「これは………」

 

 アミッドは店員が持ってきた箱を見る。上には一枚の上質な紙。『5年前の壁の修理代』そう書かれていた。

 

「………噂は本当だったのですか。5年間、一体どこで何を………」

 

 と呆れながらも蓋を開く。『カドモスの皮膜』や『泉水』、及び下層、深層域で取れる素材。あの人何処まで潜ったのだろう?

 また無茶をしたのではあるまいか。それはそれとして………

 

「ちょっと【ロキ・ファミリア】に行ってきます」

 

 顔を出さないとはどういう了見か、きっちり話してもらおう。なお【ロキ・ファミリア】から改宗(コンバージョン)していたらしく、無駄足だった。




【アストレア・ファミリア】内ヴァルド評価
アリーゼ「優しくて厳しくていかれててそれを自覚してるって面倒よね! 良い人なんだけどややこしい人だわ! 私には解るのよ、フフン!」

リュー「恩人です」

ライラ「英雄様だろうよ」

輝夜「私達を見ながら私達を見ていない。それを自覚して直せないと諦めているのが腹が立つ。何が英雄だ、あの破綻者め! 私を見ろ、妙な理想を押し付けるな!」


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鍛冶師と魔導師


「最()級待遇部屋」
【ディアンケヒト・ファミリア】治療院に存在する特別室。一見するのただの部屋だが壁や扉は内部にオリハルコンが格子状に存在し、床に固定されたベッドの足から伸びた鎖には首輪がつけられている。もはや監禁部屋だが5年前、団員が回収し忘れた果物ナイフで壁を切り裂かれた。材料費の関係で修繕費は高くついた。今は不懐属性(デュランダル)を付与され室内にはステイタスダウンの魔道具(マジックアイテム)がたっぷり。
ロキにより『完治しないと出られない部屋』という看板が内側に存在する。
因みに最終手段として破壊されると腕輪の方に強力な電流が流れる首輪と腕輪が鎖で繋がった魔道具が用意されてる。逃げたら私が苦しむぞ、という無言の脅し。


「ぜあああ!!」

 

 吠えながら迫るベル。それを受け止めるのはヴァルドだ。ベルより動きが遅い。そういう風に手加減している。

 それでも技術だけでベルの上を行く。ベルが動き始めた頃には既に迎撃される位置にヴァルドの木刀が添えられている。

 

「動きが直線的すぎる。嘘を混ぜろ、先を読め」

「がぎゅ!?」

 

 ゴッ、と額に突きが放たれ転ばされるベル。額を押さえ涙目になるベルに迫る靴裏。慌てて飛び退く。

 

「やられた程度で気を緩めるな。モンスターはお前が生きてる限りお前を殺そうとするぞ」

「は、はい!」

 

 

 

 

 肩で息をするベルはポーションを飲みながら傷を癒やす。ヴァルドはポーションを一口飲んで僅かに目を細めた後、残りを飲む。

 

「師匠、僕……強くなれてますか?」

「ヘスティアが居ない以上【ステイタス】は上げられない。現状鍛えられるのは技術のみだ………お前は良く応えている」

「っ! はい! でも、神様どこに行ったんでしょう? ミアハ様は宴以来見てないって言ってたし」

「………まあ、ヘスティアにも成すべきことがあるのだろう。今日教えた分はダンジョンでものにしろ」

「はい!」

 

 

 

 

 その頃のヘスティア。

 彼女は膝を曲げ、地に額をこすりつける極東の奥義『DOGEZA』なるものをヘファイストスの部屋で行っていた。

 

「……何時までそうしてるのよ。いい加減、気が散るんだけど?」

 

 ヘファイストスの言葉にも顔を上げない。

 頼み事を聞いてくれるまで動かないつもりだろう。しかし、その頼みごとも昔馴染み相手であってもかなり無茶なものだ

 

「あのねぇ、ヘスティア。何度も言うけど【ヘファイストス・ファミリア(ウチ)】の上級鍛冶師(スミス)の武具は最高品質。()()()()()()一流なのよ」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】は生産系【ファミリア】、鍛冶の神たるヘファイストスに付き従うは炎で熱した鉄に己の魂を、心を打ち込む鍛冶師達。それを売り、生計を立てる。

 武器の値段とはつまり鍛冶師の腕の、誇りの証明だ。

 

「子供達が血と汗を流して造り上げる武具。それを友神の誼で格安で譲るなんて出来るわけないでしょう?」

 

 それの値段を吊り下げるなどありえない。それは鍛冶師として、何より鍛冶師達(かれら)主神(おや)として絶対に行えない。

 

「お金ならヴァルドがちゃちゃっと稼げるでしょ。あの子に頼まないの?」

「あんまりあの子に頼りすぎるのは………」

「私には頼ってくるくせによく言うわね?」

「わ、悪いとは思ってるよ! でも、あの子だと眷属だから返さなくていいって言いそうだし………その点ヘファイストスなら何百年経っても返せってきちんと言ってくれるだろうから」

 

 自分のわがままには、きちんと金は返したいということか。志は立派だが先立つ物がないなら妄言だ。ヘスティアがこういったことの約束を破るような神ではないと知っていても、頷けない。

 

「俺からも頼む、ヘファイストス」

 

 と、その時扉が開き人が入ってくる。ヴァルドだ。ヘスティアが驚いている横で机に置かれたバックパック。中には大量のドロップアイテムやダンジョン鉱石。

 

「ヴァ、ヴァルド君!? 何でここに!?」

「武器の話を聞いてから宴を行くことを決めて、数日は帰らないと宣言した。おまけにヘスティアは俺が住み着いたばかりの頃ヘファイストスについて話していたろ」

「な、なるほど…………」

「久し振りねヴァルド。ノックぐらいしたらどうなの?」

「椿が鍛冶師相手にノックなどせず入ればいいと言っていたぞ?」

「あの子は………」

 

 はぁ、と呆れたように息を吐くヘファイストス。

 

「ヴァ、ヴァルド君………でも、これはボクが…………」

「ベルはお前の眷属である前に、俺の弟子でもある。彼奴の武器と言うなら俺も払うのが道理だろう」

「そ、それはそうかもしれないけど………」

「…………俺の弟子、ね…………【剣姫】の時とは対応が違うのね?」

「あの時【ロキ・ファミリア】は既に大手だ。態々俺が出すより確実だった」

「…………それもそうね」

 

 ヘファイストスはバックパックの中身を確認しながら頷く。少なくとも当時の彼ではこれらは用意できなかったろう。

 

「ヴァ、ヴァルドくぅん…………」

「情けない声を出すなヘスティア。先程も言ったが、ベルは俺の弟子だ………」

「う、うう………解ったよお。でも、せめてお金はボクから君に………」

「必要ない」

「いやボクにも主神(おや)としてのプライドが………」

「なら、材料費はいらないからそれを抜いた、働きに見合った金額を私に払いなさい」

 

 子供に頼りきりなのがそんなに嫌なのか、食い下がるヘスティアにヘファイストスが落とし所をつける。

 

「う、うん。解った、それなら………いいかい、そこから先は依頼したボクが払う! 君は気にしないでくれ!」

「………主神の命なら従うまでだ。ではなヘファイストス、俺は椿に用がある」

「あの子なら鍛冶場にいるわ。場所、変わってるけど今は槌を振るってるから………」

「なら、問題ないな。彼奴の音なら覚えている」

 

 ヴァルドはそう言うと部屋から出ていった。

 

「それでヘスティア、ヴァルドの弟子ならその子の武器は長剣でいいの?」

「え………そ、そうだけど」

 

 そう、と一言呟いてヘファイストスは壁に作りつけられた棚に向かう。新品同然に磨き抜かれているショートハンマーから一本抜き取りバックパックの元に戻る。

 

「って、これ『カエルム・ヌービルム』じゃない………」

 

 ドロップアイテムに混じりバックパックに入れられていたのは、布に巻かれた一本の剣。ヘスティアにも見覚えがあった。

 

「それ、ヴァルド君がオラリオに来た時ベル君に上げてた奴だ。ベル君はそれでダンジョンに潜ってたよ」

「これを? まあ、上層でなら普通の冒険者にも有難い性能だけど」

 

 それでも使いこなせなければ上層最硬のキラーアントは斬れないと製作者自ら認める鈍ら。世界で唯一人しか使いこなせなかった特注品。

 

「これも使えってことね………後は、これ?」

 

 『カエルム・ヌービルム』と同じく布に包まれているドロップアイテム、あるいは鉱石。布を開くと出てきたのは漆黒の塊………。

 

「…………アルテミス?」

「何よ、いきなり」

「あ、いや………ただそれからアルテミスの…………ううん、これはアルテミスの精霊(こども)の気配?」

 

 布が特殊なのか、解いた瞬間感じる存在感。確かに悍ましい相応の力持つモンスターの一部だったろうに、精霊の加護の気配……いや、これは精霊そのものの気配が混ざっている?

 

「詳しくはどうせ教えないでしょうね、あの子。でも、確かにこれはいい素材になる」

「って、まさかヘファイストスが打ってくれるのかい!?」

「そうよ………何、不満なの?」

「そんなことあるもんか! 嬉しいに決まってるよ!」

 

 からかうように言うヘファイストスにヘスティアは満面の笑みで不満を否定する。天界の様に『神の力(アルカナム)』を使えない制限があるとはいえ、鍛冶を司る神の腕は文字通りの神業だ。

 

「でもそれは、あくまで業………技術としてよ。それ、解ってる?」

「もちろん! ヘファイストスの技術は天界でも誰にも負けないのをボクは知ってるぜ!」

「………………」

 

 自分を信頼するヘスティアに、ヘファイストスは何とも言えない顔をする。まあ、悪い気はしない。

 

 

 

 

「………………」

 

 鉄を打つ音が聞こえる。昔はどれもこれも同じに聞こえたそれは、しかし何度かその光景に立ち会う内に、少なくとも一人、違いが分かるようになった。その音に導かれるように、迷いなく歩く。

 

「ここか………」

 

 ノックせず扉を開けば、開け放たれていた窓からも抜けきれず籠もっていた熱気がムワリと襲う。部屋の隅の炉の近くには鉄を打つ眼帯をした褐色肌の女。

 鉄床(アンビル)に乗せた鉄を打つ音が響く。鉄から発せられる熱気ゆえか、極度の集中や体力の消耗ゆえか汗を流しながらもその女は猛々しい職人の顔に笑みを浮かべていた。

 やがて鉄を打つ音が止み、鋏で剣身を持ち水に浸ける。じゅううっ、と立ち上る湯気。研がれ、磨かれていく刃。柄と鍔を組み合わされ一振りの剣が完成した。

 

「……椿」

「む?」

 

 片手に持つ剣をまじまじ眺めていた彼女はヴァルドの声に気づき振り返り、右目を丸くする。

 

「おお! ヴァルドではないか、帰ってきたのか!?」

「ああ。数日前にな」

「そうかそうか。で、ここに来たと言うことは手前に打ってほしい武器があるのだな?」

「……何をしていた、とかは訊かないんだな」

「訊いたところで、手前にはなんの関係もないことであろうよ。手前は鍛冶師でお主は剣士。我等の間にある関係は、これだけで十分よ」

 

 はは、と豪快に笑う女………椿・コルブランドの言葉に違いない、とヴァルドも同意した。

 

「それより工房に籠もりきりで人肌が恋しいのだ。抱きしめさせろ!」

 

 赤い袴に、さらしを巻いただけの露出度の高いハーフドワーフ。ハーフだからか、短足短腕ばかりのドワーフの血を引く身でありながらスラリと長い手足に細いくびれと、豊満な胸。女としても極上の肢体を持った美女が両手を広げ迫ってくるのを、ヴァルドは困ったような顔を一瞬浮かべ、大人しくされるがままになる。

 

「ああそうだ、事後承諾になるが『カエルム・ヌービルム』、あれを弟子に渡した」

「ほう、【剣姫】にか? 武器など所詮は消耗品よ。永遠に使い続けられる武器などないから好きにせよ。しかしなぁ、言っては悪いが、あれを下層でも使えるのはお前ぐらいのものであろうよ」

「いや、オラリオの外で見つけた弟子だ。せいぜい上層でしか使えないが、今ヘファイストスが造る武器の材料になってるだろうよ」

「ほう!」

 

 と、その言葉に椿は弾んだ声を出す。

 

「どうせ今のお前は使わず他の誰にも使いこなせぬ剣だ。主神様の手で生まれ変われるならなんの不満があろうか。で、わざわざそれだけを言いに来たのか?」

「いや、お前も言っていたように制作依頼だ」

 

 そう言って取り出されたのは、真っ黒な肉の塊。

 骨や爪、牙などはまだ解るが肉? 革なら戦闘衣(バトルクロス)の材料と理解できるが。

 

「これで一振り、剣を造って欲しい」

「これでかあ?」

「ああ。あと念の為この特別調合された毒消しを渡しておく」

「毒あるモンスターの一部か。とは言え死体にそこまで…………ん? いや……これは()()()()()()()?」

「ああ、()()()()()()()()。モンスターにでも食わせりゃたちまち体を乗っ取るだろう。俺の雷霆で散々焼いて、残った部分だ。一番生命力が強かったんだろう。それで一振り、剣を頼む」

「手前も生きている肉を使って剣を打つのは初めてだ。というかこれで特殊武装(スペリオルズ)を造れとでも? どう考えても『神秘』持ちの領分であろう。ちょうど【フレイヤ・ファミリア】の黒妖精(ダークエルフ)の剣を造った呪詛師(ヘクサー)が──」

「知らん」

 

 鍛冶師としてのプライドはあれど、だからこそ十全に力を引き出せぬ依頼ならば他所に頼めと言おうとした椿だったが、ヴァルドが遮る。

 

「【フレイヤ・ファミリア】の【外面厨二病黒妖精(ダインスレイフ)】なら知っている。Lv.6の専用武装なら、なるほど確かに一級品だろう。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………」

「………む」

 

 鍛冶師としてなんとも嬉しい褒め言葉………を通り越してもはや口説き文句に照れくさそうに頬をかく椿。

 

「そうまで言われては最早断らんがなあ………これの力を引き出せぬというのは」

「問題ない。鍛冶師としてはお前を一番に置いているが、『神秘』として一番に置くのは別だ」

「ふむ? もしや【万能者(ペルセウス)】との合作を造れと?」

『いいや、私とさ』

 

 不意に聞こえた、二人だけの室内に響く第三者の声。第一級(Lv.5)であり自らもダンジョンに潜り怪物を倒してきた椿の感覚が、すぐにある方向に何かが存在していることを捉える。

 何も映らないが、何かがいる。椿に気付かれ観念したのか、空間に浮かび上がるように黒ずくめのローブを纏った謎の人物が現れる。

 

「はじめまして【単眼の巨師(キュクロプス)】。私は訳あって名を隠させてもらうが、ヴァルドとは個人間での取引をする間柄にある魔導師(メイジ)。今回はそちらのドロップアイテムで造られる剣に特殊効果を付与する依頼を受けた」

「その二つ名はよしてくれ、怪物(モンスター)のようで好かんのだ。しかしなるほど? お主と共にこのドロップアイテムを加工すればいいのだな?」

「そういうことになる。剣の制作においては役に立たずとも、そのドロップアイテムの力を引き出すということに於いては役に立てると自負しているよ」

 

 とはいえ、かなり怪しいともローブの人物自体自覚している。知人の紹介とはいえそう簡単には頷かぬだろう。そう思っていたが………

 

「よし! では始めるぞ!」

「…………は? いや………え? し、信用するのか? こう言っては何だが、私はかなり怪しい見た目をしているぞ」

「だからどうした。見た目など、腕になんの影響がある。それにヴァルドが紹介したのだ、手前が信じる理由はそれで足りる」

「だ、そうだ。期間は?」

「何を他人事のように言っておるか、お主の雷霆に耐える肉なのだろう? 手前の炉では火力が足らん。お主の雷霆(魔法)で焼け」

「………………解った」




ヴァルドの情報
白髪紫眼で【ロキ・ファミリア】にいるだけありイケメン。ランクアップの偉業が毎回半端なく、女性人気をフィンと1、2を争うほど。
現在はある女に言われ髪を伸ばしており、ポニーテール。昔ベルに引っ張られた。髪留めは自作。
纏っている黒いコートはとある黒髪エルフとダンジョン探索中異常事態(イレギュラー)で発生した漆黒の獅子の皮から作られており、高い防御能力を誇る。
長剣は獅子の牙とミスリルを使った特注品だったが知り合いに新しい長剣の制作を依頼した。
シルの飯を食べると『加護』の影響で味も食感も、何一つ感じない。栄養だけは取れる。
歓楽街での好きな種族はエルフ、獣人、人間、ドワーフ、小人の順。アマゾネスは嫌いではないが苦手な部類。
入団したてのベートをボコボコにしたこともある。
実は甘味が好き。


漆黒の獅子 推定推奨能力値Lv.6の迷宮の孤王(モンスターレックス)級 出現場所28階層
全体的な特徴は3周りは巨大なライガーファング。ただし鬣が生えており、縞模様は黒い毛並みなので存在しない。
魔法、物理どちらに対しても高い耐性を持つ毛皮を持ち、殺傷能力の高い爪や牙を振るう。
当時のヴァルドの剣では毛皮を斬れなかったので大口開けた際歯茎を切り牙を奪い突き刺した。ドロップアイテムは毛皮と牙。毛皮は革にしてレザーコート。牙は剣に混ぜ込んだ。
因みにLv.5になって約一年の頃。ランクアップはしなかった


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怪物祭

椿が初めてヴァルドを見て思った印象は砥石で出来た剣。
自らも剣でありながら周りに己のあり方を示し、研磨する。嘗てのヴァルドのあり方に魅せられ先を目指した冒険者は少なくない。


聖女が初めて思ったのは他者を顧みず己を顧みない救済装置。他人の命を助けるくせに、自分が死んだ際死ぬ命は気にするくせに、心は気にしない破綻者。
誰かのために身を削れるのは素晴らしい、だが身を抉るのは違うだろうと思っている。
命を救われたことあり、その事を恩に感じているが同時に自分達もせめて己の身を守れていたらと引け目を感じている。


 逃げる逃げる逃げる。

 主神を抱えて、モンスターから逃げる。迫りくるは純白のモンスター。両腕に引き千切られた鎖がついた枷を持つ巨大な猿。

 名をシルバーバック。上層にて出現する怪物の一種。狙うは幼い容姿をした女神。()()()()()()()()()()()、怪物は兎を追いかける。何で、こんなことに!?

 女神を抱え走る少年、ベルは内心で悲鳴を上げる。

 怪物祭(モンスター・フィリア)の存在を知ったのは、つい先程。『豊穣の女主人』の店員アーニャにいきなり「はいこれ」と財布を渡されルノアに休みを取ったシルが財布を忘れたから届けてほしいのだと説明してくれた。

 シルを探していると、数日帰ってこなかったヘスティアと合流し、エイナとほんの少し会話をしてシル探しを続けていたら急に周りが騒がしくなり、そのモンスターが現れた。何故かベル達を………否、ヘスティアを執拗に狙っている。

 

「か、神様! なんであのモンスター神様を狙ってるんですか!?」

「し、知るもんか! 初対面だよ!」

 

 通行人には目もくれずヘスティアだけを狙うというモンスターらしからぬ行動。まさか、操られている?

 何となく感じる視線。これが、この騒動の首謀者? しかし、視線はヘスティアではなくベルに注がれている?

 モンスターの視線と何者かの視線、2つの視線を感じながら逃げるベルは、宛もなく走り回り………

 

「っ……ベル君、だめだっ、こっちは……!」

「えっ!?」

 

 ヘスティアの言葉にハッと意識を取り戻し、すぐにその言葉の意味に気付く。そこには雑多な空間が広がっていた。

 捩れたような何本もの通路、壁から不自然に飛び出した正方形の部屋、入り交じる無数の階段。それは地上の迷宮、『ダイダロス通り』。迷い込めば二度と出られないなどと揶揄されるほどの複雑怪奇な広域住宅街。

「グゥオオオオオオ!!」

「「っ!!」」

 

 姿は見えぬが、咆哮は聞こえる。迫りくる足跡も聞こえる。ヘスティアはくそう、と叫んだ。

 

「ええい! こんな形で渡すなんて!」

「え、か、神様!?」

「受け取れ、ベル君!」

 

 そう言ってずっと背負っていた布に包まれた何かを渡してきた。

 

「こ、これは?」

「君の新しい武器さ!」

「ええ!?」

 

 困惑しているベルだったが、シルバーバックが追いついてくる。慌てて布を解くベル。

 

「ゴアア!」

「つぅ!」

 

 モンスターの拳が布から取り出された剣の鞘に叩きつけられ、ベルの体が僅かに浮き上がり飛ばされる。

 

「フー……グフゥ………」

「あわわ!」

 

 吹き飛んだベルに興味を持たず、ヘスティアを睨むシルバーバック。どうせ逃げられないと思っているのかノソリと近づき手を伸ばし………

 

「その人に、触るな!」

「グゥ!!」

 

 ベルが鞘に収められた剣で殴りかかる。それに反応し腕を振るい鎖を鞭のように扱うシルバーバックだったがベルは直前で身を低く屈め、体全体を伸ばしながら突きを喉元に放つ。

 

「ギャウ!?」

 

 筋肉の鎧に覆われたシルバーバックだが、気道周りは薄い。そこを攻撃され反射的に飛び退き「げぇげへ!」と咳き込み、怒りに満ちた目でベルを睨む。

 

「よしベル君、一時撤退だ! 【ステイタス】を何処かで更新するぞ!」

「え? あ………は、はい!」

 

 さあやるぞ! と意気込んだベルだったがヘスティアが背中にひっつき叫ぶので慌てて走り出す。

 

「ガ、ガァ! ガルアアア!」

 

 その後を慌てて追おうとして咳き込み息を整えるシルバーバック。直ぐに怒りで顔を歪ませ走り出す。

 

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:G281→E459

耐久:H124→F334

器用:G255→E437

敏捷:F333→D563

魔力:I0   』

 

(全アビリティ熟練度、上昇値トータル800オーバー!? というか俊敏はともかくこの耐久、どんだけヴァルド君にボコボコにされてたんだ!?)

 

 ここでモンスターの仕業と思えないあたりがヴァルドクオリティ。

 

「と、とにかく行くんだベル君! 今の君()ならやれる!」

 

 

 

 

 

「いーい、ヘスティア。良く聞きなさい」

 

 その剣を渡す時、ヘファイストスはヘスティアにその剣の特徴を伝えた。

 

「モンスターの甲殻、ミスリル、精霊の力、あんたの髪………色々材料が特別だけど、それでもこれは欠陥品。『カエルム・ヌービルム』とは違った意味でね」

「欠陥品?」

「この剣にはあんたが【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻んだ通り【ステイタス】が発生している。()()()()()()()この武器は」

 

 それはつまり『神の恩恵(ファルナ)』を授かった眷属ということ。【経験値(エクセリア)】を糧に、この武器もまた進化する。

 ヘスティアの眷属にしか使えない、武器としては欠陥品。造り手の手から離れ勝手に『最強』へと至る邪道。

 

 

 

「オオオオオ!」

「グオオオオオ!」

 

 ベルの【ステイタス】更新の影響を受け、一歩最強へと近付いた剣を手に、シルバーバックに迫る。シルバーバックもまた、鎖を振り回し目の前の兎に向かい攻撃する。

 しかし、当たらない。動きは単調。速さも足らない。

 そんなもの、ベルに当たるはずがない。彼を鍛えたのは人類史の中でも最高位の剣士。

 

「ああ──!」

「っ!!」

 

 ザン、とシルバーバックの胸が切り裂かれる。内部の魔石を斬られ、シルバーバックの肉体は灰へと変わり崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「【毒舌小型猫(ヴァナ・フレイア)】、【根暗厨二黒妖精(ダインスレイヴ)】、【インテリ眼鏡妖精(ヒルドスレイブ)】に………【4Pカラー兄弟(ブリンガル)】………錚々たる面子だな。街で暴れてる怪物退治は良いのか?」

「てめぇ、今なんか馬鹿にしただろ!」

 

 Lv.6が3名、一歩劣るがその連携はLv.6も圧倒すると言われるLv.5の4人。【勇者(ブレイバー)】や【重傑(エルガル厶)】ですら圧倒できるであろう集団を前に、ヴァルド・クリストフは慌てることなく己を取り囲む相手を見回す。

 

「チッ、まあいい。てめぇはここで大人しくしていろ。モンスター共は被害を出せねえよ」

「繋がりを隠そうともしないのか」

「知られたところで何が出来る。せいぜいがペナルティを言い渡されるだけだ」

 

 それが都市最大派閥の特権。三大クエストの悲願を達成させたいギルドは【フレイヤ・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】、例外的に【イシュタル・ファミリア】などに強く出られない。

 ましてや今のヴァルドは団員数2名の弱小派閥(ファミリア)。与えられる罰などたかが知れている。

 

「それだけの権威を許されるのなら、それに相応しい器を得てほしいものだがな」

「品行方正な英雄にならてめえがなってろイカれ野郎」

「フレイヤ様の寵愛を拒絶したくせにチビ女神に改宗(コンバージョン)したロリコン」

「フレイヤ様以外の評価とかどうでも良いんだよ若白髪」

「ロン毛似合ってるぞ、女みたいでな。女装でもしてろ」

 

 呆れたようなヴァルドの言葉に小人の4人が毒舌を飛ばす。

 

「品性など、あの女の眷属に求めるわけがないだろう」

「………おい、状況を解っていってるのか? この数相手に、よくもまあ啖呵を切れる」

「ク、ククク………蛮勇な……ぐ、愚者は躯を晒すが精々」

「だまれ根暗」

「ひぅ!」

 

 ヴァルドに睨まれ「なんで俺だけぇ」と涙目になる黒妖精(ダークエルフ)

 

「あの猪、あれから7年経ってまだLv.7らしいな。あとは試練を超えるだけだろうに」

「今彼奴は関係ねえだろうが……」

 

 目の前の自分達を無視されて、世間話でもするかのように気に入らない団長の名を出され猫人(キャットピープル)の顔が不快げに歪む。

 

「そうだな、あの猪もお前達と同じだ。大神(ゼウス)女神(ヘラ)の足元に及べて満足する。まあ、フレイヤの身の程を良く表している」

「──!!」

 

 瞬間、殺意が膨れ上がる。猫人(キャットピープル)の姿が消えるのはそれと同時。他の者達が動かなかったのは、彼が一番に攻撃を当てると、悔しいが理解していたから。

 事実銀槍の穂先はヴァルドの片目に当たる。当たる、だけだった。

 

「…………あぁ?」

 

 剥き出しの人体の中でも特に柔い眼球に、神速の一刺しはまるで損傷(ダメージ)を与えない。

 

「っ!?」

 

 ギョロリと瞳が動き、猫人(キャットピープル)は慌てて距離を取る。次だとばかりに飛び出してきたのは黒の妖精。振るわれた剣は首を切り落とさんとし、しかしやはり刃が食い込まない。

 

「てめぇ、何をしやがった………! どんなカラクリだ!」

「何も。強いて言うなら、耐久で防いだ」

「抜かしやがれ!」

 

 そんな事、あるはずがない。それは耐久に秀でた上で位階(レベル)差がある相手だけ。ヴァルドはその在り方から耐久が上がりやすいが、それだけだ。猫人(キャットピープル)の銀槍は当たりさえすれば、癪だが最強と認めざるを得ない彼等の団長にもダメージを与えられる。

 

「オラリオの外で、生温い環境で5年過ごしたてめぇが、どうやってそこまでの耐久を得るってんだ。寝言は寝て言いやがれ!」

「俺以上の環境にいたというのなら、何でまだ5年前の俺と同じLv.6のままなんだお前等」

 

 ヴァルドはそう言うと背負っていた長剣の柄を握る。巻き付いていた布が解け漆黒の剣身が顕になる。

 

「品性など求めないが、最強を名乗るなら、ゼウスとヘラ(彼奴等)に最強を()()()()ならば最強へと至れよ。失望させるな美神の眷属(エインヘリヤル)

「てめぇも()()か………鎧野郎といい、見下しやがって!」

「軽いな………微風よりかはマシな程度だ」

「っ!!」

 

 片手で槍を受け止めるヴァルド。指で挟むでも柄を握るでもなく、掌で、僅かな傷一つ作ることなく………

 

「『毒』は使わん。『黒風(かぜ)』で済ませてやる。せいぜい足掻け、俺に期待を持たせてみせろ」

 

 ドグン、と()()()()()()。黒い風が剣から発生し、ヴァルドを覆う。

 山を吹き飛ばし、谷を崩し、森を枯らし、大地を穢し、暴威を振り撒いた『陸の王者』の権能の一端が開放された。

 

 

 

 

 

「ぐ、う………」

「あが………」

 

 黒き竜巻が美神に仕える冒険者達を一蹴し、その中心に立つヴァルドは街中から聞こえる悲鳴に眉根を寄せる。

 多すぎるし広すぎる。モンスターの気配が、二桁では足りない。

 

「オオオオオ!」

「何だ、此奴は?」

 

 と、地面を破壊しながらやってきたハエトリグサのようなモンスターを()()()()、見たこともないそのモンスターに更に顔を歪める。

 新種……。まさか、深層のモンスター? だとするなら、【ガネーシャ・ファミリア】が地上に持ってくるなど…………いや、今はどうでもいい。

 

「【奔れ(クレス)】」

 

 ヴァルドの足から雷光が走る。次の瞬間、都市の各所、上級冒険者が居らず蹂躙されかかっていた戦場で、モンスター達の頭部が吹き飛んだ。

 

 

 

 

「っ………流石にこの速度は脚に来るな」

 

 地面を削りながら静止したヴァルドは己の状態に顔をしかめる。急ぎ向かう必要がある場所を優先的に排除したが、それでもまだ数十体残っている。

 冒険者達が相手する音が聞こえるが、だからといって彼等に任せる道理はない。まだ足の神経が焼けており、『不死身』のアビリティで治り始めてはいるが完治には時間がかかる。まずは近場から…………

 

「ヴァルド?」

「アミッドか?」

 

 と、角を抜けると銀髪の少女がヴァルドの登場に目を見開き驚愕していた。思わぬ再会にヴァルドもほんの一瞬固まり、しかしすぐに「アミッドちゃんを守れー!」と叫ぶ冒険者達に囲まれた3匹の食人花に目を向け………

 

「不要です」

 

 しかしアミッドは助力を拒み、腰の後ろに挿していたショートソードを抜き食人花を斬り刻む。

 

「私は貴方に守られなければいけないほど、弱くはない。他の場所へ」

「ああ…!」

 

 ここに助けは要らない。ここだけではないだろう。

 食人花相手に戦える冒険者は居る。戦えぬ者が居る場所に向かい、ヴァルドは駆け出した。

 

「…………あの脚でよく走れますね」

 

 そんなヴァルドを見て銀の聖女は呆れたように呟くのだった。




エニュオ「え、あのトンチキ帰ってきたの? まあ街中にモンスター放てば狂乱(オルギア)を止められ………え、止めた? 嘘だろ」



アミッド
この作品で一番強化された戦う治療師(ヒーラー)


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最強の座

「速いわねえ………私には、何も見えなかったわ」

「5年前よりも、遥かに速くなっております。おそらく、アレン以上に」

 

 オッタルの評価にフレイヤはそう、と目を細める。

 

「やっぱり素敵ね、あの子も。光に焦がれ、光を求め、自身も輝く(ひかり)のようだというのに、まるで満足していない」

 

 宝石を眺める貴婦人のように、熱に浮かされる娼婦のように、恋に溺れる少女のように、女神は美しく微笑む。

 『彼』の弟子に『ちょっかい』をかけて観察した後、見覚えのない怪物が都市各所に現れ折角のいい気分を台無しにされた瞬間、黒い竜巻が自身の眷属達が向かった方向から吹き荒れ、次に雷光が都市を駆け巡り新種のモンスターの8割を殺し尽くした。

 残りの2割もその場の上級冒険者や、再び雷光にはならずとも疾風の如き速度で駆け回る『彼』に討伐されていく。そして………

 

「無遠慮に舐め回す視線はやめろ、フレイヤ」

 

 ザッとオッタルとフレイヤが佇んでいた建物の屋上に足音と声が響く。

 オッタルもフレイヤも驚愕することなく振り返る。

 

「いいじゃない、女の子は何時だって気になる子を目で追ってしまうものなのよ?」

「子と言う歳でもないだろう」

「もう、貴方って何時もそうね」

 

 と、少女のように拗ねて見せるフレイヤに現れた青年、ヴァルドは眉根を寄せる。

 

「お前達美の神が何時も俺の神経を逆なでするからだろう。正義の女神(アストレア)炉の女神(ヘスティア)を見習え」

「ヘスティア……そう。貴方、ロキのところから抜けてあの子の眷属(こども)になったのよね。私だってさんざん誘ったのに」

「好みではない」

 

 バッサリと美の女神の流し目を切り捨てるヴァルド・クリストフ。きっと多くの者が驚愕するであろう光景を、オッタルはむしろ当然だというような顔をしており、それに気づいたフレイヤがジトっと睨む。

 

「方法は定かではないが、お前もまた一歩高みへと至ったか」

「………一歩?」

 

 オッタルの言葉にピクリとヴァルドが肩を震わせる。明らかに不機嫌になったヴァルドにオッタルが困惑した。

 オッタルとヴァルド・クリストフ。嘗て都市最強の座を巡る【ロキ】と【フレイヤ】それぞれの派閥に居ながら、二人は決して仲が悪くはなかった。寧ろ良い方だ。

 オッタルは【ゼウス】や【ヘラ】に泥をかぶらされていたことを知らず彼のこれまで(人生)を過酷で華やかなものだと称える若き世代の中で真に己を理解するヴァルドに好感を持っていたし、ヴァルドもまた敗北の味を知り己の主神(女神)のために前に進むオッタルにある種敬意を覚えていた。

 【暴喰(ザルド)】との決着を譲ったのは、それこそがオッタルの試練であると知識以上に付き合いで理解していたからだ。

 故に、ヴァルドがここまでオッタルに敵意と失望を向けるのは初めてである。

 

「気づけば久方振りに酒でも飲み交わそうと思ったがやめだ。お前とは此方があっていた」

 

 何かの魔道具(マジックアイテム)なのか、ヴァルドが柄に手を添えた瞬間巻かれていた布が解け漆黒の長剣が姿を表す。

 

「構えろオッタル」

「女神よ、お下がりください」

 

 オッタルもまた、身の丈ほどもある大剣を構えフレイヤを下がらせる。合図は要らない。踏み込むのは同時。

 激突する剣と剣。オラリオ中に響き渡る轟音を持ってして、力負けした者が吹き飛ばされる。

 

「ぐぅ!?」

 

 建物から足が浮き、それでも尚飛ばされるオッタルは漸く接近した地面を足裏で擦りながら、腕に響く衝撃に目を見開く。決して手加減はしなかった。する必要のない相手である以上に、するのは侮辱に当たると分かっているから。ならばと、殺す気で振るった。

 押し負けた………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で………。

 

「何だその脆弱は。何だその惰弱は………」

 

 降りてきたヴァルドから紡がれる言葉に覚えがある。向けられる感情を知っている。

 

「『頂点』と讃えられることに屈辱を感じていたのだろう。『最強』と謳われることに恥を覚えていたのだろう。『真の最強』に及ばぬことを、お前は知っていたのだろう」

 

 それは怒り。それは呆れ。

 上に立つ者が下の者に向けるその瞳に見覚えがあった。

 

「【英傑(マキシム)】! ヴァルド、お前は既に………!」

「打ち合えばわかる。お前、()()()()()な? ならば後は試練を超えるだけ。何を立ち止まっている。立て、歩け。いいや走れ………『最強』になりたいのだろう? お前の女神こそが頂点であると示したいのだろう? あと2つ足りねえぞこの7年何をしていた」

 

 その領域に立った者が放つ一撃に見覚えがあったオッタルは思わず嘗ての『真なる最強』の名を叫ぶ。ヴァルドは目を細め、剣を構える。

 

目指す先(うえ)が居なけりゃ顔もあげられぬというのなら、立ってやろう。頂きに、上り詰めてみせろ!」

「っ!!」

 

 響く強者の激昂に、オッタルは理解する。

 嘗て己の後にいた後進の少年は、今や己の前に立つ『真の最強』の領域に至ったのだと。

 

「なんたる脆弱。なんたる惰弱! お前の言葉に、返す道理を俺は持たない!」

「ならばどうする猪? 最強の座を奪われ、女神の名に再び泥を落とされて………お前は一体何をする?」

「無論、お前を倒し、その座を取り戻す! 『真の最強』の領域に、踏み入るまでだ!」

「…………それで良い」

 

 ヴァルドはそう言って微笑む。

 

「吼えたなら必ず成せ猪! これは選別……いいや、お前達に合わせて言うなら『洗礼』か」

 

 剣を掲げる。その所作一つ一つに籠もった、昼夜問わず剣を振り続け怪物を殺し続けた愚者の至った頂きが、人の身でありながら数多の武神戦神に神域と讃えられた技術を感じ取れる。

 『強者』が『弱者』へ放つ一撃。目指すべき高みの証明。

 

「【銀月(ぎん)の慈悲、黄金(こがね)原野(げんや)。この身は(いくさ)猛猪(おう)を拝命せし】」

 

 相対させるは己の最強の技。意地ではない。相手を強者と認めた上で、それでも勝つために放つ一撃。

 

「【駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】」

「【ヒルディス・ヴィーニ!】」

「【威光よ(クレス)】──」

 

 【静寂】にも匹敵する超短文詠唱と同時に現れる漆黒の暴風。大地を殺す、暴力の具現。

 

「【ジュピター】」

 

 そこに加わるは雷霆、輝かしき英雄の光。

 振り下ろされるのは、やはり合図なくとも同時。オラリオに再び響く轟音、吹き荒れる衝撃。銀の女神は顔を歪め目を覆う。

 決着は付いた。いいや、遺憾ながらこれは決着ですらない。彼等が打ち合ったのはたったの二撃。真に決闘であれば、会話もなくもっと早く終わっていた。

 勝者は始まる前から決まっていて、これは敗者になる男が目指すべき頂きに再び顔をあげるための儀式。

 

「もらうぞ、『最強』の称号」

 

 土煙から飛び出してきたヴァルドはオッタルを抱えながらフレイヤにそう告げた。傲岸不遜にも見えるその態度に言ってやりたいことはあったが、満足そうな眷属を見てやめた。

 

「ええ、いずれ返してもらうわ。ところで、私一人で帰らなきゃ駄目かしら? 貴方がここに居るのなら、アレン達も気絶してるのだろうし」

「…………………」

 

 ニコニコ微笑む女神にヴァルドは眉根を寄せ、オッタルを降ろすとフレイヤを抱える。

 

「オッタル達も後で送る。それでいいな」

「ええ、治療師(ヒーラー)の準備をしておくわ」

 

 

 

 

 

 怪物祭(モンスターフィリア)にて起こったモンスターの脱走。それと同時に現れた、大量の新種のモンスター。

 2つの事件は無関係であると言うのがギルドの発表。方法は不明だが、何者かがモンスターを持ち込んだ。しかし、どうやってあれだけ大量に?

 と、オラリオは不安に包まれる、かと思われた。

 それを塗りつぶすニュースがあった。

 一つは、【フレイヤ・ファミリア】の団長【猛者(おうじゃ)】オッタルの敗北。歓楽街の女神が大笑いしたとかしてないとか。

 しかしすぐにそれは絶叫に変わる。

 英雄の帰還。

 暗黒期を実質的に終わらせ行方不明になっていた第一級冒険者が再びオラリオに現れた。そして、そのランクアップ。

 

 

 

 

 【ヘスティア・ファミリア】所属【剣聖】ヴァルド・クリストフ。Lv.8。

 オッタルを下したのも、彼。

 レベルも、そして実力も最強であることを示した英雄がオラリオに居ることに住民達は安堵し歓楽街の美神はグラスを叩きつけ食人花の大群と後手に回っていた冒険者を見て暗躍ごっこをしようとしていた神々は「ふひひ、さーせん」と自粛した。

 

 

 

 

「Lv.8かぁ………先をいかれた、というか。置いていかれたね」

「オラリオの外で何をしたんじゃぁ、奴は」

「考えるだけ無駄だ。何時の間にか世界を救っていても驚かんぞ私は」

 

 

 

「みてみてアイズ! この人アイズの師匠なんでしょ!? すっごいね!」

「うん、師匠は凄く、凄いよ………」

 

 

 

「オッタル! てめぇ、負けやがったのか!? 何処に行きやがった!?」

「オ、オッタル様ならダンジョンに向かいました」

 

 

 

 

「ヴァルド………」

「帰ってきたようだな、お前の英雄は」

「…………お戯れを。あいつにとって私は、ただそこにいただけの娘です。救うべき多くの一つに過ぎません。特別でも、特例でもない。仲間ですらない。英雄のすべき行動だからやっただけ。役目だから手を差し伸べただけ。どうせ5年も経てば、私のことなど忘れているでしょう」

 

 

 

 

 

 そして都市を騒がせる最強は人気のない路地裏を歩いていた。有名人になりすぎたため、認識阻害のメガネをかけている。

 

「フェルズ、ここらで良いだろう」

「ああ、もう人は居ないようだ」

 

 ヴァルドの言葉に闇の奥から現れたローブの人物。フェルズと呼ばれた者はヴァルドに金の斧を差し出してくる。

 

「本来はハシャーナに届けさせる予定だったのだが、君がいるなら君に任せたほうがいいだろう」

「だとしても急だな」

「30階層で異変が起きた。単独で向かい、リド達と合流してほしい」

「5年ぶりか………俺が救助した異端児(ゼノス)達は?」

「無事、隠れ里まで送り届けた」

「そうか………」

 

 ヴァルドはそう言うと金の斧の形をした魔剣を受け取る。椿の作品だろう、手に馴染む。属性も自分と近い。

 

「それと、これも」

 

 そう言って渡したのは黒い球体。しかしヴァルドが魔力を流すと一瞬でローブへと早変わりした。それを羽織り、ヴァルドは顔を隠す。認識阻害の眼鏡にローブで顔を隠したヴァルドはフェルズに背を向ける。

 

「彼奴等、鍛錬をサボってはいなかったか?」

「ああ、毎日嬉しそうに報告してくるよ」

「そうか。では5年ぶりに揉んでやるとしよう」

 

 そういうと、ヴァルドはダンジョンに向かって歩き出した。




オラリオ各所の反応

「Lv.8ぃぃぃ!? くっそお、何でヘスティアのとこにとられんねん! やっぱり『戦争遊戯(ウォーゲーム)』やあああ!!」
「ロキ! ただでさえ化け物みたいだった師匠がLv.8になってるんすよ!? 勝てるわけ無いっすー!」



「あのガキ! あのガキが、Lv.8だと!? ふざけるな! そんなの、足りない! Lv.6を呼んでも……足りないではないか! 異常魔法(アンチステイタス)呪詛(カース)でなら………いや、彼奴がそんな正攻法でやれるか?」


「それでなぁ! ヴァルドの奴め、『俺が納得できる剣を用意できるのはお前以外にありえない』と………」
「ああ、うん。もう6回目よ、その話……」
「いや全く鍛冶師冥利に尽きる!」
「はあ、これが爆発しろってやつなのかしら………」



「すごいわね、ヴァルド。Lv.8だなんて」
「Lv.4であの化け物女と斬り合えたんだ。今はどれだけのものかねえ」
「そりゃもう不壊属性(デュランダル)もスパスパ斬っちゃうのよ。そして言うんだわ、『またつまらぬものを斬ってしまった』って………!」
「あのお方なら本当に斬ってもおかしくありませんからねぇ」
「流石にそれは………いや、たしかに」


「ぬふふふ! 流石だなぁ、ヴァルドきゅん!」
「みみ、見える! 雷火の怒りを買って太陽が斬られる未来が!」
「うん、今回ばかりは有り得そうだわ」



「あのイカレ野郎がLv.8だぁ!? おいおいおいおい、大丈夫かよこれ………まあ、殺したがってる奴は多いけどよぉ」
「殺す殺す殺す! あの英雄を、あの人を奪った光を!」
「あの人の魂を取り戻すために!」
「泥に染め地に沈め穢しぬいて殺してやるううう!」



「いいのか、彼に会わなくて」
「何度も言いますが、彼奴にとって私は」
「この前、訪ねてきたそうだ。お前が私と回っている時に。彼もお前を忘れてなんかいないよ」
「っ………」




「ヘスティアああああ! よりによって、あの糞女神のもとに、あの忌々しい英雄があああ!? Lv.8!? 大神(ゼウス)に追いついた!? くそくそくそ! 何処までも邪魔を!! 酒だ、酒を持ってこい! もっと酔わせろ!」


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番外編 聖夜の恋の冒険譚 前編

 『大抗争』を勝利して一年。

 多くの冒険者が亡くなったが、闇派閥(イヴィルス)もまた疲弊し第一級に至った【剣聖】を筆頭に若き冒険者達が積極的に動き完全な壊滅とはいかぬまでも街に笑顔が戻ってきている。

 もちろん良いことばかりではないが………具体的には冒険者を目指す者が増えた結果、もしくは『神の恩恵(ファルナ)』を授からぬ身で闇派閥(イヴィルス)の凶刃から誰かを守ろうとして死ぬ人間の比率が上がった。いや、全体的な死者数で見れば下がってはいるのだが。

 とはいえ、『悪夢』の件もあり闇派閥(イヴィルス)の邪神、ネームドの撃破も成功し、結果として数年ぶりに聖夜祭を開けた。もちろん、冒険者達は皆武装をしているが。

 

「とはいえ、恨み言はなくならない、か………」

 

 ヴァルドに向けられた賛美の声に混じった()()()()()()()()()()()()()()を見ながら、リヴェリアはため息を吐く。

 救われなかった者、憧れ挫折した者、憧れ走り出し、走りきってしまった者の縁者から毎日のように届く手紙だ。

 ヴァルド本人は「救えなかったのは俺の未熟。死なせてしまったのは俺の不徳」と受け入れるものだから、リヴェリアは当然憤慨した。懸命に戦い人を救い続けている者が何故恨まれねばならぬのか。

 救われなかったことを差別だと感じているのだろうが、ならば恨むべきは己を追い詰めた者だろうに。ギルドも含めて対処を始め、少しずつ無くなってきたが………。

 

「切り刻まれた人形に、血……に似た赤インクで書かれた手紙。髪の毛の混じったクッキーに……これは、本?」

 

 献上品の中から嫌がらせの品を漁っていると本が出てきた。

 これは、どちらだ? ヴァルドは何気に英雄譚を読むのが好きだが、それを知る者は【ロキ・ファミリア】の外だと【アストレア・ファミリア】の面々か【猛者(おうじゃ)】オッタルぐらいのはず。ヘルメスは何故か知ってても可笑しくないが、彼等が匿名で送る理由はない。

 

「『彼氏としたい6つのイチャイチャ〜聖夜編〜』? な、なんだこれは…………」

 

 あまりにもあんまりなタイトルに、リヴェリアは思わず本を開いてしまう。なにか新手の嫌がらせなのだろうか? と

 

「…………っ!?」

 

 ズックン、と鼓動が速まる。本を開いた手から、脳にかけて何かが流れ込んでくるかのような不快感に顔を歪める。

 

(………たい…………したい…………)

 

 頭の中に響く声。何かをされた? この本は、一体…………。

 

「ぐ、う…………」

 

 目眩がする。息がしにくい。リヴェリアは、机に突っ伏す様に意識を失った。 

 

 

 

 

──……たい…………したい………聖夜の夜に…………とろける恋が、してみたい

 

 

 

 

 

「………リア………リヴェリア、起きろ」

「ん、っう………」

 

 声が聞こえ、目を見開くリヴェリア。肩に添えられた腕を視線で追えば紫紺の瞳が自分を見つめていた。

 

「お前が作業中に寝るとは珍しい。休息が足りていないのではないか?」

 

 おそらくお前が言うな選手権なる何時だったかロキが言っていた神々の大会がこの下界にて行われたら上位にランクインするであろう言葉にリヴェリアは眉根を寄せながら体を起こす。

 

「別段厳選する必要はない。賛美も罵声も、全て俺に向けられたものだ」

「それが理に適わぬなら止めもする。それを受け止めてどうなる」

「…………そうだな。確かに俺は、誰になんと言われようと止まるつもりはない」

 

 不退転の決意を宿した瞳を見て、だからこそお前の後を追う者が、跡を歩く者がいるのだな、と納得してしまう。と…………

 

「ッ!?」

 

 ゾクッと背中を駆け巡る妙な感覚。臍下あたりから登る熱に、リヴェリアの視界が歪んでいく。

 

「リヴェリア?」

 

 その様子に気付いたヴァルドが声をかけてくる。それだけで、はぁ、と熱い息が漏れた。

 

──もう、いい………もう、なんでもいい……誰でもいい!

 

「誰、でもいい…………」

「熱でもあるのか?」

 

 と額に触れようとして、素肌同士は流石に不味いと手を引こうとしたヴァルドの手を掴むリヴェリア。そのまま頬に触れさせる。

 

「ヴァルド………」

 

 その名を呼ぶだけで多幸感に満たされる。上気した頬に潤んだ瞳、ヴァルドは絶賛混乱中。

 

「お前は………近くで見ると綺麗な顔をしているな」

「…………は?」

「ああ、エルフにだってここまで白い肌を持つものはそうはいない。ふふ、睡眠時間を削ってるとは思えない肌だ」

「!?!!?」

 

 スルリとリヴェリアの手がヴァルドの頬を撫でる。スベスべとした陶器のようで、人の温もりと柔らかさを持った指が頬を伝い耳朶に触れる。

 

「私は、お前がまだ小さい頃から面倒を見ていたからな。母親のように見られているのかも、そう思う事は何度もあった。だが今は、一人の女として見てくれないか?」

「【目覚めろ(クレス)】!!」

「にゃ!?」

 

 かなり強力な静電気程度の電撃がリヴェリアを襲う。瞳に宿っていた妙な熱が消え、しばし呆然としたリヴェリアは直ぐにかあっ、と赤くなる。ああこれは叫ぶな、とヴァルドが備えるが、そのままバランスを崩しかける。

 

「おい、大丈夫か? 一体何が………ん?」

 

 と、ヴァルドは妙な気配を放つ一冊の本を見つけた。

 

 

 

 

「『生涯モテなかった女神とその眷属達の呪い』?」

「ああ。これによると『チョーかっこいい男をゲットしてマジ死ぬほどイチャイチャしたかったのに。一人もカレシ出来ないとかありえなくない? マジこの世クソじゃない? 許せなくない? その想いを呪いとして後世に残す………』と書かれている」

「なんて迷惑な………」

「この『モテないチカラ』が呪いとして発露するようだな。それが暴走し、異性同性問わず口説きまくるようになる呪い、らしい」

「真面目にやれ!」

「俺は至って真面目だ、リヴェリア」

 

 リヴェリアが開いてしまった本は呪詛(カース)が宿った『呪いの書』。本が開くことが条件であることから、おそらく呪いの内容は知らず呪いを振りまくという部分だけ知りヴァルドに送られてきた可能性が高い。

 

「なんなんだ、そのふざけた呪詛(カース)は……」

 

 しかも最悪なことにヴァルドを口説いた時の記憶が残っている。

 

「まあ呪詛(カース)ならアミッドに………」

「アミッドならディアンケヒトと都市外の商会と商談しにいっている」

「……………………この呪いは、進行するんだよな?」

「ああ、永遠に誰でも構わず口説き続ける人生になるそうだ」

 

 呪いの書を見ながら答えるヴァルドにリヴェリアは眉間を抑える。クソみたいな呪いなのに、そうなるぐらいなら死を選びたい。

 

「解く方法………まあこれだけやりたかった願いを書いているのだから、【モテない女神達】の執念が宿ったお前がこれを行えば解けるのでは?」

「こんな訳のわからん呪いを残すような奴らが考えた、異性としたいことを?」

「現状それしか手段がないのだ、仕方ないだろう。とりあえずお前の恥を広めぬであろうエルフを………」

「私にこれ以上恥を広めろと?」

「………俺がやれと、そういうのか?」

 

 現状このことを知るのはヴァルドとリヴェリアだけ。他の誰かに頼らなければ、それ以上知られることはない。

 

「本来俺に向けられた呪いだ。お前がやれと俺に望むのなら、応えよう」

「そうか、やれ」

 

 

 

 『冷え込んだ町中で、先に待っているカレ。アタシは少し、イタズラをしたくてそっと近寄るの。少し冷たくなった手で、カレの首元に触れる。うわあ! あはは、びっくりした? したよ。たく、冷えてるじゃないか。カレはそう言ってアタシの手をそっと包んで温かい吐息を吹きかけた』

 

「………………」

「………………」

 

 数年ぶりの聖夜祭。賑わう人々の中で、異質を放つ二人組。

 男の首元に手を伸ばし触れられず固まるリヴェリアと、触れるのを待ち続けるヴァルドだ。どちらも認識阻害のメガネをかけている。あくまで誰かわからなくするだけなので、エルフの女がヒューマンの男の首に手を伸ばし固まるという妙な光景に段々と視線が集まっていく。

 

「まだか………」

「待て……まだ、少し待て。これは呪いを解くため、解呪のため………」

「………………」

「ひゃあ!?」

 

 流石に焦れてきたヴァルドが体を傾けリヴェリアの手に首元を触れさせる。リヴェリアが真っ赤になって叫び後ずさる。

 

「なな、何を!?」

「お前がちんたらするからだ。次だ」

「そ、そうだな。つ、次…………次?」

 

 

 『カレはそう言ってアタシの手をそっと包んで温かい吐息を吹きかけた』

 

 

 やるのか、今ここで!?

 

「ま、待てヴァルド! こっちのほうが心の準備がいる!?」

 

 と、リヴェリアが差し出していた両手を慌てて引こうとするが、その前に包まれる。ヴァルドのマフラーによって。

 

「………へ?」

 

 困惑するリヴェリア。ヴァルドはマフラーに包まれた手にそっと口をつける。それはさながら、騎士の忠誠の口づけ。

 

「良し」

 

 と口を離しマフラーを解く。

 

「………は? ……………え? ……は?」

「マフラーで()()()、息を吹きかけた。見ろ、良かったらしい。ページから妙な気配が消えた」

 

 ヴァルドの言うとおり、本の纒う禍々しさが薄くなった。呪いが一つ消えたのだろう。なんだか釈然としない…。

 

「次は…………『カレと手を繋ぐ』だそうだ…………」

 

 

 

 

『彼が温めてくれた手は、寒い夜風にさらされてまた冷たくなってしまう。手袋を忘れたばっかりに、なんて思ってた。彼が手袋を片方貸してくれて、もう片方の手を大きな手でそっと握る。もう心までポッカポカ』

 

 これを彼氏がいないどころか呪いを遺すほどモテなかったと考えると男友達すらいない者達が自分のしたかった妄想を書いていると思うと………かなりきつい。

 

「……………………」

 

 そして、これもまた手袋を渡すまではいったが手を繋ぐ時になってリヴェリアが固まる。後少しだというのに………。

 

「リヴェリア………」

「わ、解っている! 解っては、居るんだ。ええい、お前から握れ! 本にもそう書かれているだろう!」

「それはそうだが、さっきと違って暫く歩かなければならないようだ。お前のタイミングで…………と、すまない」

 

 人が増えてきた影響で、ドンと誰かにぶつかる。つったていても邪魔だろうと移動しようとリヴェリアに提案しようとしたヴァルドは、ジッとこちらを見つめてくるぶつかった女性…………アマゾネスに気づく。

 

「ん〜? 顔が、よく見えない。でも、解るわ。あなた強いでしょう? ねえ、せっかくの聖夜なんだもの、私と甘い夜を過ごさない? ほら、あっちに私の店があるの。ただでいいわよ?」

 

 スルリとヴァルドに腕を絡ませ、胸元をはだけさせるアマゾネス。明らかにヴァルドだけに己の豊満な胸の全てを見せている。ブチッとリヴェリアの中で何かがキレる。

 

「結構だ。こいつは今夜、私と居る」

「………そういうことだ、悪いな」

「そう? なら、今度遊びに来てね」

「っ!!」

 

 ヴァルドに腕を絡め引っ張るリヴェリア。アマゾネスはそれを見て楽しそうに笑うとヴァルドの頬に艶めかしい仕草でキスをして去っていった。

 

「まったく種族的な特徴とはいえ、これだからアマゾネスは……お前も良く歓楽街に行ってるらしいが、節度を弁えているだろうな」

「当然だ。むしろアマゾネスが節度を弁えず乗り込んでくる」

 

 第一級冒険者にして『大抗争』の折、最強の一角を第二級冒険者の身で打倒したヴァルドは強い雄を好むアマゾネスにそれはもうモテる。アマゾネス程でないにしろ、自身もモンスターと戦える女冒険者も強い男を好むので彼女達からもモテる。

 そういえば恋文も混じっていたな、とリヴェリアは不機嫌そうに鼻を鳴らすのだった。

 

 

 

 

 もう読むのはやめよう。

 次は2種類のケーキを頼んで、それぞれ食べさせ合う。なお、フォークは二人合わせて2つだけ。取り替えないこととする。あとイチャイチャトークをするらしい。

 

「あ、あ………ああ、あ〜ん…………」

 

 恥辱に震えるリヴェリアのフォーク。口にした瞬間恥ずかしがったリヴェリアが思わず突き出してきそうだったので、早業で喰らう。

 

「あの本を送った者、必ず見つける! うむ!?」

 

 リヴェリアがダークサイドに落ちそうになったので大きめに切り分けたケーキを突っ込む。

 

「…………うまい」

「それは何よりだ」

「……………慣れているな」

「昔はアイズの腕を折ってたからな。その後の世話は俺がやってる。慣れもするさ」

 

 そしてリヴェリアが叱る。そこまでが流れだ。

 

「お前の教育方針は過激にすぎる」

「だがアイズ自身が望んだことだろう。事実お前より俺に懐いている」

「力を欲していたからな。そしてお前は己を超える後継を欲していた。傍から見る私達は気が気ではなかったな。だというのに、お前に懐くし」

「お前は叱ってばかりだからな」

「叱らねばならぬことをお前達がするからだろう……」

 

 リヴェリアは呆れたように言う。ヴァルドも自覚はあるのか目をそらし、しかし改善する気はないので謝らない。リヴェリアがジトっとした視線を向ける。

 

「アイズが将来お前のようになってしまうかと思うと不安で仕方ない」

「俺のようにはならんだろう。お前がいるのだから」

「自分のようになるのを止められるべきことだと思うのなら、もう少し己を見直したらどうなんだ?」

「見直した上で、直すべきだと自覚して、直さないだけだ」

「子は親を見て学ぶ。私が居るというが、お前だってあの子に………どうした?」

「呪いが弱まった」

「何? 今の会話のどこに『イチャイチャ』があったと言うんだ?」

 

 だが、順調にことが進んでいる。そう思った時だった………。

 

「っ! こ、れは………」

「『発作』か!?」

 

 弱まっていたはずの瘴気が強まる。ヴァルドはリヴェリアの手を引き人気のない場所へ移動した。

 

「大丈夫かリヴェリア………大丈夫じゃなさそうだな」

 

 トロンと熱に浮かされたような瞳を向けてくるリヴェリア。ヴァルドとて情欲も性欲も持ち合わせている。これは、結構キツい……

 

「どうした? 固まって、緊張しているのか?」

 

 普段の彼女からは考えられない至近距離で顔を覗かれ、普段の彼女ではありえない、熱に浮かされた笑みを浮かべる。

 

「かわいいなぁ、お前は。知っているぞ? お前がこうして、ほんの少し休むようになったのは誰かのためだということを…………自分の後を追い、休まぬ誰かのために休むことを選んだのだ。全く、しようのない奴だ」

 

 吐息がかかるほど接近する。認識阻害の眼鏡が無かったらオラリオ中のエルフから敵意を向けられたことだろう。

 

「常に誰かを思う………そんなお前を誇らしく、同時に不安になる」

 

 紡がれるそれは、間違いなくリヴェリアの本心である。ヴァルド・クリストフには才能がない。ランクアップに必要だった偉業の過酷さを見ればそれは明らかだ。リヴェリア、フィン、ガレスはもちろん一時期彼に剣を教えていたノアールもそう判断していた。

 上級冒険者の大半を占めるLv.2へ至れれば上出来、Lv.3まで行けば十分と、そう思っていた。

 

「お前が復讐など望んでいないことはもう解っているんだ。だからこそ、何故あそこまで力を求めるか解らない。解らないから不安になる」

 

 ここまでは本心。そして、呪いはリヴェリアのそんな不安に漬け込み思考を溶かす。

 

「ああ、いっそ………私がお前の立ち止まる理由になろうか。遺して死ねぬと、そう思えるだけの関係になれば、お前は止まるのか?」

 

 両頬を押さえ、リヴェリアの顔が近づいてくる。神にすら嫉妬を覚えさせる美貌に獣性を滲ませ迫るリヴェリアにヴァルドは………。

 

 

 

 

 

 

 

「触れるな」




『彼氏としたい6つのイチャイチャ〜聖夜編〜』
未来、エイナや千草が被害に合う呪いの書の一つ。聖夜変なだけありより呪いを受けたものはよりアダルティになる。


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番外編 聖夜の恋の冒険譚 後編

ヴァルドは怠慢には厳しいですが挫折には理解を示します。同意はしません。
原作キャラも己が理想を押し付けている事も止められるべきことをしているのも自覚があるので挫折や己を止めること自体には失望しません。膝を折ることを許しても立ち止まるのは許しません。なので()()()()()()()()には地雷はありません。

因みに膝を折るのは何もかもやりきった後じゃないと許さないし認めないしそれが押し付けとは自覚してるがそれはそれの破綻者。
あと折れたくせに理想を語ったり誰かに折れた責任を押し付けるのはNG。ただし自分に押し付けるのは問題ないやっぱり破綻者。



ヴァルドの声優イメージは梅原裕一郎さんにすることにしました


「触れるな」

 

 男も女も問わず魅了するであろう熱に浮かされたリヴェリアに、ヴァルドは肩に手を置き肢体を押しのけ拒絶を叩きつける。

 その瞳はリヴェリアではなく、もっと奥へと向けられていて。

 

「何度も叱られている。何度も止められている。聞き入れる気はないが、俺は俺が異質であることを理解している。俺がまだ人でいられる理由があるとしたら、偏にリヴェリアのおかげだろう」

 

 もし誰も止めずに走り続けていたなら、道を間違えていたかもしれない。ヴァルド・クリストフは英雄ではない。英傑ではない。

 道を間違えることもあるだろう。間違いだと気付くことなく進んでしまっていた未来もあったかもしれない。

 

「引き止めたのはリヴェリア達だ。正してくれたのはリヴェリア達だ。俺を見捨てず、叱り、道を示したのは他でもないリヴェリアだ。リヴェリアが俺に止まれというのなら、受諾はしないがその言葉を聞こう。リヴェリアが折れ、膝をつくというのなら、共に戦う者ではなく庇護すべき存在として守ろう」

「な、なら………」

「だがそこまでだ。今の()()の言葉の、それ以上は看過しない」

 

 名ではなくお前という呼び方に急に変わり、滲み出る敵意が増す。

 

「リヴェリアが俺を止めるために体を差し出すわけがないだろう。拳や魔法が先に出る。そうでなくとも、彼奴は何時だって言葉を紡ぐ」

 

 言うべき言葉を聞かせるために拳骨が飛んでくるが、言うことを聞かせるために体を使うなどありえない。それがリヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 

「未練があるなら晴らしてやる。願いがあるなら叶えてやる。望みがあるなら果たしてやる。だから、大人しくしていろ」

「なに、を………?」

「お前達ごときがリヴェリア・リヨス・アールヴを穢すな。リヴェリアは俺が知る最も高潔で美しいエルフだ……!」

「っ!!」

 

 怯えるようにリヴェリアを包んでいた瘴気が内に引っ込むのを確認し、ヴァルドは肩に添えていた手を放す。

 

「…………」

「戻ったようだが、どうかしたか?」

「どうかしたか、ではない!」

 

 耳まで赤くなりヴァルドを睨むリヴェリア。自分の何がそこまで彼女を怒らせたのか、と先程の台詞を思い出す。

 

──リヴェリアは俺が知る最も高潔で美しいエルフだ

 

「………言われ慣れた言葉だろう?」

「それは、そうだが………ええい! もういい!」

「それと、どうやら今のやり取りが『強引な彼に迫られる』を達成したらしい」

 

 どうやらヴァルドに怯え引っ込んだものの、満足していたらしい。これで4つ、あと2つだ。

 

「さて次は…………『聖夜祭を抜け出して、二人で人気のないところで愛を語る』…………か」

「人気のないところ………恋人としたいこと、ということは………まあ路地裏では駄目なのだろうな」

 

 実際今のところ反応はない。となれば、人気がなくかついわゆるロマンチックな場所となると……。

 

 

 

 

 

 

「森、か………」

「月明かりでもあれば、もう少しいい雰囲気になれたのだろうがな」

 

 セオロの密林。オラリオの近くに存在する森だ。市壁を飛び越え、その中に存在する泉までやってきた。

 

「よくこの場所を知っていたな」

「以前冒険者依頼(クエスト)でな…………」

 

 銀の少女を思い浮かべ疲れた顔をするヴァルド。まさかここに来た理由が料理の材料集めで、しかもモンスターの卵を使うとか思わなかった。

 まあ前方不注意で彼女が持っていた材料をぶちまけてしまった自分が悪いのだが………試食させられた後『耐異常』がワンランクあがっていた。

 

「その際ここの泉を知った………あの時はまだ暖かったから、あいつははしゃいでいたな」

 

 あとこっそり監視してる猫が鬱陶しかった。

 

「そうか………本は?」

「反応している。ここで愛とやらを語れということだろう」

「…………愛、か………そ、それはその………ああ、愛していると言えば良いのか?」

「恐らく」

 

 森の奥で2人きり、その上愛を語るとなればそれこそエルフの少女が夢見るそれだが、相手はヒューマン。親友に人と結婚したエルフがいるのだからそれを否定する気はサラサラないが寿命という覆しようのない種族を考えると、やはり相手は同種のほうがいいだろう

 

(いや、だがヴァルドはLv.5のランクアップで『不老』というアビリティが発現していたな)

 

 発現したのはヴァルドが初なため詳細は不明だが、まあ名前からして歳を取りにくくなるのだろう。だとするなら、別に自分とも……

 

(って、何を考えている!? ただヴァルドにはエルフと添い遂げるという未来もあるというだけだ。私には関係ない!)

 

 それよりも愛について語る。愛、愛か………とリヴェリアは考え込む。愛とはなんだろうか?

 この場合恋愛なのだろうが、考えたこともない。里にいた頃は王族たる自分は何時かハイエルフに近い血筋の、所謂高貴な血筋と子を成させられるのだろうと考えていたし、里を出た後も恋愛について考えたことはない。アイナが年下の男性と付き合ったのを知った時は驚いたものだ。

 母親代わりはしても、夫が居るわけではない。ノアールやダイン、ラウルが未亡人だなどと好き勝手言っていたな………。

 

「お、お前はどうだ? 愛について、なにか知っているか?」

「…………愛、ね。そういう意味でなら、俺には嘗て恋人がいた。お前達と出会う以前だが」

 

 それはつまり12歳より前?

 ませていたんだな。

 

「まあ浮気されて相手に………殴られたが」

「…………は?」

「それとも俺が浮気相手だったのか。今となってはもう解らんが………そうだな、俺は彼女を愛していたよ」

「…………そうか」

「だが愛についてそれで知ったかと言われると、自信をなくす」

「…………は?」

 

 恋人がいたのに? と困惑するリヴェリア。

 

「………好きだの何だのは、結局その時にしか解らん。過去の記憶は過去のもの、今それを感じ取れるかと言われれば………やはり解らない」

「………つまり?」

「今誰かに恋をしていない俺には解らんということだ」

 

 と、肩をすくめるヴァルド。恋をしたことのない90代に、恋はしたことがあるが解らない20代。話は終わりだ。

 

「だから、これだけは言える。もし仮に彼奴が俺の前に現れようと、お前やアイズに向ける以上の感情を向けることはないだろう。それを愛というのなら、俺はかつての恋人よりお前達を愛している」

「 〜〜!?」

 

 再びボッ、と耳まで赤く染まるリヴェリア。確かに今の発言は誤解を生む、と理解したのかヴァルドは慌てて訂正する。

 

「今のは誤解を招くな。忘れてくれ」

「誤解……? 嘘、なのか?」

「……………嘘では、ない」

 

 悶えていたリヴェリアが顔を上げ見つめると、必然的に上目遣いになる。ヴァルドは息を呑みながら、なんとかその言葉を口にした。

 

「っ………今ので、良かったらしい。呪いは最後の一つだ」

「あ、ああ……そうか。最後は…………」

 

 妙な空気を誤魔化すように、リヴェリアは呪いの書を開き、固まる。

 

「…………『キス』」

 

 また何やら様々な欲望が見え隠れ……隠れてないわ、欲望丸出しのシチュエーションを綴られていたが、要約するとキスをしろというものだ。

 

「よし、死のう。【終末の──」

「はやまるな!?」

「ええい離せ! キスだと!? 70年以上歳の離れた子供と!? できるかぁ! だがしなければ誰かれ構わず口説くというのなら、私はここで死を選ぶ!」

「だから落ち着けぇ!? フレイヤも似たようなことをしているが讃えられてるだろう?」

「神だからな! ハイエルフの私がそのようなことをしてみろ、都市の………世界中のエルフが発狂する!」

「お前が死んでも同じだ! あと【ロキ・ファミリア】のメンバーもな!」

 

 杖を喉に当てながら詠唱を唱え始めるリヴェリアを慌てて止めるヴァルド。Lv.6と5とはいえ、前衛職のヴァルドの方がリヴェリアより『力』がある。

 

「【サータン】!」

 

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こしそうになったリヴェリアの膨大な魔力をヴァルドの魔法、【サートゥルナーリア】が吸収する。メタな発言をすると何気に初出しの魔法がここでいいのか。

 

「アイズはどうする。お前が死ねば、あの子の心にまた傷をつけるぞ」

「っ!!」

 

 娘のように可愛がっているアイズの名を出され固まるリヴェリア。

 

「だが………だが! それでも、キ……キスをせねばならんのだろう!? しなければ誰彼構わず口説き、しかしするとなると………お前と!?」

「そうだな。せめて歳の近い………とは言わずとも、お前がキスしてもいいと思える相手を見繕うべきか………」

「……………」

「【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】はどうだ? ハイエルフでこそないが、王族の真似事をしていたエルフだ。お前にも敬意を払っている」

「本気で言っているのか?」

「まあ確かに彼奴はフレイヤを敬愛しているが………」

「そうではなく、お前は私が誰かと口付けをしてもいいと、そう言ってるのか!?」

 

 リヴェリアの叫びにヴァルドは黙り込む。

 ヴァルドにとってはこの世界における第二の……『記憶』が戻る前の記憶が曖昧なことを考えるなら、この世界における親であるリヴェリアが誰かとキス………それは、まあ面白くない。ないが……

 

「それでお前がこれ以上恥辱を味わわずに済むというのなら、是非も無し」

「…………そうか。だが私が嫌だ………他の誰かと、キスなどと。せめてお前が…………いいや、お前がいい」

「っ………その言い方は、卑怯だ」

「ふっ。だが、今日ほどヒューマンや獣人に老婆扱いされる年齢に感謝することはないだろうな」

「?」

 

 唐突な自嘲じみた言葉に首を傾げるヴァルド。

 

「私のような年齢の者に、ヒューマンのお前では欲情すまい? ふふ、とはいえ年齢が近かったら私の方がお前に恋をしていたかもしれんな?」

「…………やめろ」

「なに?」

 

 リヴェリアがヴァルドの言葉に首を傾げるとヴァルドが、リヴェリアの肩を掴む。

 

「先程迫られて、興奮しなかったと言えば嘘になる。ああ、あの呪いがお前の体で余計なことを言わなければ我慢できなかったかもしれん。お前はそれほど魅力的だ。だから、そういう言葉を軽々しく言うな。お前にとっては子供かもしれんが、俺だって男だ」

「………はい」

 

 思わず敬語で返すリヴェリア。顔が熱い。

 鼓動が五月蝿い。

 頭の中がぐるぐるする。

 興奮した? 自分に? 我慢出来なかったかも? 我慢してなかったらどうなった!?

 

「………それで? 俺はこのとおり、お前を女と意識してしまうが今からでも別の相手を探すか?」

「あ、え……………あぅ……うう!!? や、やはり無理だ!」

 

 バッ! と距離を取るリヴェリア。赤くなった顔を少しでも隠そうと両手で顔を覆う。

 無理だ、とにかく無理だ。男、そう男だ。育てた子供とかそう言うの抜きにして男なのだ。そんな彼と、キス!? 無理だ!

 

「うっ!?」

 

 と、バクバク鼓動を打っていた心臓に不意にズッグンと別の痛みが走り、リヴェリアの体から黒い何かが溢れ出てくる。

 

「リヴェリア!?」

『あ、あああ…………あああああ!! 後、少し……後少しだったのにいいい!? このヘタレ妖精!』

 

 怒声と共にリヴェリアの体から飛び出してきたのは、一言で形容するならドレスを纏った黒いミイラ。痩せ細った不気味な痩躯が煌びやかなドレスに包まれているというアンバランスさが、不吉さを際立たせる。

 一目で理解する。あれこそが、今回の呪詛(カース)、その集合体!

 

「【我が名はアールヴ】!」

『遥か年上を女としてみてくれるのよ!? 何でキス………なんて?』

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

『あああああああ!?』

 

 純白に輝く光が天へと登っていく。怨念の塊を一瞬にして消し去るほどの怒りという感情がこもっている吹雪は呪詛(カース)の集合体を消し飛ばし曇り空に到達した。

 冷やされた雲が雪となって降り注ぎ始めた。

 

「よし、ヴァルド。このことは私達だけの秘密だ。いいな?」

「ああ…」

 

 ヴァルドは頷くことしか出来なかったという。

 

 

 

「リヴェリア! 師匠!」

「おーう、二人共帰り遅かったやん。二人揃って朝まで帰ってこんのかと心配したで〜?」

「そんなわけあるか!」

 

 ロキの言葉にリヴェリアが叫ぶ。駆け寄ってきたアイズはリヴェリアとヴァルドの手を掴む。

 

「せーやさい、何でしょ? 一緒に周ろう?」

「…………ああ、そうだな」

「俺も周るのは初めてだ。まずは、聖夜限定ジャガ丸くんでも買いに行こう」

 

 

 

 

Fin.




間違った道の例
「いいぞ本気か、覚醒したか? 限界点をいくつ超えたよ!!」


「アルゴノゥトなら出来だぞ? アルゴノゥトなら出来たぞ? アルゴノゥトなら出来たぞ?」


追記
ヴァルドはリヴェリアと組むと一切後ろに攻撃を通さないことから神々に通り名で『妖精騎士(ディーナ・シー)』と呼ばれていたこともあるが5年前姿を消した後ある噂が流れ『妖精騎士(タム・リン)』になった


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時代の変革

 最強の【ファミリア】は何処だ。そう訊かれれば、誰もが【フレイヤ・ファミリア】か【ロキ・ファミリア】の名を出しただろう。

 最強の冒険者は誰だ。そう訊かれれば誰もが【猛者(おうじゃ)】の雷名()を称えるだろう。

 だが、それも先日まで。

 祭りの終わりと同時に流されたニュースは、英雄の帰還とオッタルとの戦いにおける勝利、そして新たなLv.8の登場。

 オラリオ中がその話題で湧く。

 ある者は讃え、ある者は歓喜し、ある者は恐怖し、ある者は心折れ、ある者は嫉妬し、ある者は奮起する。

 

 

 

 

ドゴォォォオンッ!!

 

「っ!? なな、なんすかあ!?」

 

 突如響く轟音に、【ロキ・ファミリア】幹部候補、ラウル・ノールドは飛び起きる。音の発生源は近かった、というか館の中だ。

 慌てて部屋から飛び出すと既に他の者達も起きてきた。

 

「っ! クルスは団長達に報告、Lv.2以下は待機! 他は現場に向かうっす! ニック、ロイド、アークスは全員の武器を用意!」

「わ、解った! 女子達はどうする!?」

「そっちはアキが同じような指示を出してるはずっす! 俺達は現場に向かう!」

「「「おう!」」」

 

 素早い状況整理に、指示。誰一人文句を言わず従うのは彼が幹部候補として、時に指揮官として行動し、皆がそれを信頼しているから。

 

「ラウル!」

「アキ! 団長達は!?」

「まだ来てないけど、これだけ大きな音が鳴ったんならもう行動してるでしょ………」

 

 継続的に聞こえる轟音。場所は、鍛錬場!

 既にフィンとガレスはいた………いた、が。

 

「ぬううううん!」

「があああああ!!」

 

 音の発生源は二人だった。

 全身の筋肉を隆起させ振るわれた斧は地面を砕き、赤い目を輝かせ獣のような闘気を放ち瓦礫を跳ね回る。

 

「なにやってるんですかお二人共!?」

「ベートさんが瓦礫の下敷きに!?」

「おいおいどうすんだよ!? あの二人を誰が止めるんだ!?」

「リヴェリア様を誰か呼んで〜!?」

「『ダンジョンに行ってくる』という書き置きが!?」

「【目覚めろ(テンペスト)】!」

「ああ!? アイズさんが止めに………いえこれは、参加しました!?」

「…………………」

「……………」

 

 阿鼻叫喚の大混乱に、ラウルとアキは呆然と固まる。

 

「どうしよう?」

「どうしよっか………」

 

 ティオネとティオナも参戦しだした。一応止めようとしてるみたいだけど、むしろ被害が大きくなるような。リヴェリアも居ないし、どうやって第一級冒険者の戦いを止めろというのか。

 その後騒ぎを聞きつけたドワーフの女性が「朝っぱらからうるさいんだよおお! 近所迷惑考えな!」と叫びながら【ロキ・ファミリア】の堀を飛び越えてきて全員沈めた。

 僅かな疲労はあったろうが、あの人クソやばい。後都市中に響き渡った轟音の苦情が来たら、今はいないリヴェリアになんと言えばいいのだろうとラウルは白み始めた空を見上げるのだった。

 

「って、リヴェリアさんは!?」

「だからダンジョンだってば。聞いてなかったの?」

「え、1人で? そんなアイズさんみたいな?」

 

 

 

 

 魔法の効果を減衰させる『紅霧(ミスト)』。水で消すことも叶わぬ焼夷蒼炎(ブルーナパーム)

 更には龍種としてのポテンシャルの高さを持つ階層主、アンフィス・バエナ。

 その推定Lv.は5。ただし、水場という環境に於いてはそのLv.は6と推定される怪物。おおよそ()()()()()()()()()相手ではない。

 

「だからこそ、試練には丁度いい……」

 

 リヴェリアは杖を構え、目の前の双頭の白竜を見据える。蒼炎に彩られた水面には複数の氷塊が浮いている。それを放ったリヴェリアの魔法を警戒し、アンフィス・バエナは『紅霧(ミスト)』を温存する。鎧ではなく、盾として使わねば己の身に届くからだ。

 

「オオオォォォオォオオ!!」

 

 竜たる己の行動を制限する小さき妖精に怒りを覚えるアンフィス・バエナ。Lv.6の階層主に、それも魔導師の天敵に魔導師が単騎で挑む。普段の聡明なリヴェリアならまず行わない愚行。だが………

 

 

 

 

「ほんで、自分等なんでこんなことしたん?」

「力を得るため」

「遠征に向けてステイタスを上げておきたくてね。かと言って、僕等Lv.6がステイタスを上げるには下層でも心許ない、深層に………それこそオッタルのように単騎遠征でもしなければ、早々上がらないだろう」

 

 ロキの言葉に正座させられたフィンとガレスはそう返す。

 

「置いていかれた………そう、置いていかれたんだよ、僕達は。最早僕達は先を示す者じゃない、先行く者を追いかける立場だ」

「………………」

「いいや、それはずっと前からそうだったんだろうね」

「なにせLv.9は、ほんの少し前に存在してたからのぉ」

 

 当時Lv.4だったフィン達の遥か先を行く者達。その幹部にすら追いついていない自分達が、今では都市最強と呼ばれている。Lv.1が大半をして、一生懸けてもLv.2が殆どの冒険者においてLv.6ともなれば十分素晴らしい功績だ。もっと上がいるだろうなどというのは、現実を知らない者の言葉。

 

「だけどその身を持って証明した者が居た。ましてやそれが、間違いなく僕達に憧れていた子供だったともなれば思うところもあるさ」

「しかも才能などない、大成しないと思っておった小僧がなあ」

「あ〜……ようするに、あれか………自分等火がついたと?」

 

 呆れたようなロキの言葉にフィンとガレスは笑う。

 

 

 

「「「Lv.8(頂き)を見せられて、滾らぬ者など冒険者ではない」」」

 

 

 

 

 

 

「故に………」

 

 深層、49階層。獣蛮族(ファモール)の群はたった一人の男を怯えるように攻めあぐねる。男、オッタルの足元に転がる彼等の同胞の死体が地面を赤く染める。魔石が砕かれた者は灰へと還るも、夥しい血に染め上げられていた。

 圧倒的な実力差。破壊と殺戮が本能として備えられているモンスター達が怯えるほどの威圧感。

 不意にビキリと荒野に亀裂が走る。獣蛮族(ファモール)達はどこか歓喜するように吠えた。

 

「オオオオォォォ!」

 

 現れたるは独眼の怪物。獣蛮族(フォモール)の王。迷宮の孤王(モンスターレックス)、バロール。

 鋼も魔法も弾き返す堅牢なる肉体が、殺意を滾らせオッタルを睨む。同時に放たれる、熱線。溜めはない、視線を向けられればその瞬間死が確定する邪眼こそ、バロールの真髄。それを知るオッタルは既に回避していた。

 嘗て半殺しにまで追いやったものの、結局勝つことは出来なかった怪物…。

 

「雪辱を果たしに………いや………」

 

 再び頂きを見た。

 Lv.8でありながらLv.9を差し置き人類最強と称された傑物(おとこ)の姿を、今の己さえ超えていた男を何れ己に追いつくだろうと思っていた少年に見た。

 滾らぬ訳がない。故に

 

「『冒険』をしよう…………」

 

 何故なら彼等彼女等は、冒険者なのだから。

 

 

 

 

 

 

「時代が動く、か………」

 

 30階層、食料庫(パントリー)と名付けられたモンスター達の栄養となる液体が流れる広間に向かう道中にて、緑の肉に包まれた道を歩くヴァルドは不意に呟く。

 

「どうした、ヴァルドっち………」

「ウラノスの言葉を思い出した。変革の時だと、そう言っていた………この世の在り方が大きく変わる。人とモンスターの関係も」

 

 そう言って見回す視界に映るのは、武装したモンスターの群。どれもこれもが明らかに通常種を超えた力を感じさせる、強化種。それが人のように武器を持ち、()()()()()()()()宿()()()()を持っている。冒険者………人類からすれば発狂ものの光景だろう。

 

「俺はお前達の日の下を歩きたいという願いを叶えると決め、10年経った今も何もしてやれていない。だが、ウラノスは時代が変わると言っていた」

「私達ガ、空ヲ見れるト言うことですカ?」

「それはいいですね! 私、雲の中に入ってみたいです!」

「それには()()()()()()()()()()()が必要らしい。必然的に、人類は今より強くなる。今のままでは足りない……それは【ゼウス】と【ヘラ】が証明した」

 

 もしこの時代に成されるとするのなら、擡頭するのはヴァルドのよく知る現第一級冒険者達。彼等が今より力を付けるのだろう。

 

「全員が全員、お前達を受け入れるとは限らない」

 

 椿あたりなら面白がるだろう。オッタル達ならフレイヤの意思次第。フィンやアイズ達は…………少なくともヴァルドが知る現時点では不可能だろう。敵対するかもしれない。緑の髪を持つエルフ、何度も守り続けた彼女に剣を向けるかもしれない。

 

「故に俺も力を得なくてはならないな。奴等と敵対した時に、お前達を守れるよう」

「へへ、そう言ってくれるとなんだか照れくさいな!」

「面と向かって言わレるのハ………確かニ」

「でもでも、とっても嬉しいです!」

「キュー!」

「ミスター・クリストフ。感謝します」

「だが、お前達の望みでもあるのなら、お前達が何もしないという選択肢もあるまい」

 

 ピシリと空気が固まる。全員、なんだかとても嫌な予感を覚えていた。

 

「一人当たり20匹倒せ、五分以内だ。一秒でも遅れれば次の修行のレベルを上げる。攻撃も当たるな、一撃喰らえば一撃ごとに次の修行時間を10分増やす」

「う、うおおおお! やるぞ皆!!」

「「「うおおおおおお!!」」」

 

 蜥蜴人(リザードマン)の言葉に武装したモンスター達は一斉に駆け出した。

 それを確認し、ヴァルドは振り返る。

 ヴァルド達が空けた大穴から入り込んでくるモンスターの群れ。緑の肉壁に邪魔され食料庫(パントリー)に近づけなかったモンスターが戻ってきたのだろう。

 

「人間相手には試せなかったが、どの程度の毒か試させてもらおう」

「「「ッ!?」」

 

 母の中に侵入した人間を食い殺さんと唸っていたモンスターの群れはヴァルドが剣を抜いた瞬間怯えだす。どす黒い風が発生すると同時に踵を返して逃げ出す。

 

「逃さん」

 

 漆黒の暴風が迫る。振り返った一部のモンスター達は、己を睨む黒き巨獣の姿を幻視し次の瞬間には溶けて消えた。




ヴァルド・クリストフ
白髪長髪のイケメン。CVは梅原裕一郎だったらコラボイベとかで面白くなりそう。キノとかゴブスレとか。
 その世界に生きる者として多くの民に生きていてほしくて
 戦士として対峙した者としてアルフィアやザルドと同レベ、格上がいた最強派閥を返り討ちにした『黒き終末』を恐れて
 『読者』としてフィン達に期待して
 『冒険者』として己の理想が荒唐無稽だと自覚している。
 した上でどのみち今のままなら『黒き終末』にただ一方的に滅ぼされるかもしれないのだから強くなるしかないと周りと己に成長を求めている。
 7年の年月の怠慢を失望していてもやる気になれば出来るはずだと信じているしそれが過酷なものだとも理解しているがやらなきゃならないのだからやるしかないだろう考える破綻者。自覚はある。
 ヴァルゼライドの英雄性とファブニルの英雄憧憬と糞眼鏡の人類賛歌が混ざりあったトリニティ。糞眼鏡やファブニルほど押し付けがましい訳ではないが、あの二人が基準な時点で、まあうん。
 フィン達から見て才能はなかったし、成長補正スキルに目覚めるのにも思いだけではなくLv.7からLv.8になる際の【経験値(エクセリア)】を必要とした。
 一度死んでいるからか、死への認識が緩いくせに一度味わった自分はともかく一度も死んだことがない誰かが味わっていいものじゃないと考えている。
 前世について知ってるのはロキ、3幹部、ウラノス、フェルズ、椿、ヘファイストス、オッタル、フレイヤ、アルフィア、アストレア、アリーゼ、輝夜、ゼウス、ガネーシャ、シャクティ、ミア、アミッド。
 前世の全てを教えているわけではないが(異端児などの爆弾もあるので)人造迷宮に関してはフィン達と探した。見つけられなかったけど。
 神に嘘が通じないように、魂は世界に合わせて【加工】されているらしく、死ねば輪廻に流れるとフレイヤ、ロキ談。
 ソード・オラトリアの知識はない。


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襲撃

 ランクアップ前に毎度毎度死にかけるヴァルドは『耐久』と『不死身』のアビリティによりLv.5以下の冒険者の攻撃はほぼ無効、Lv.6でも力に優れていない限りダメージを与えられないというFateのカルナやジークフリートみたいな存在。
 現状ヴァルドにダメージを与えられるのは物理でアルフィア、オッタル、ガレス、エイン、フィン(狂化)、アレン。
魔法でアルフィア、リヴェリア、ヘディン、ヘグニ、エイン。条件次第ではベートとアイズ、レフィーヤぐらい。
う〜ん、闇派閥今すぐ土下座したら?


 リヴィラの街。

 モンスターの産まれぬ安全階層(セーフティーポイント)の中で最も浅く、故に比較的簡単に来られる事からダンジョン内の補給地として建設された街だ。リヴィラというのはこの街を作ろうとした女の名前。

 重要な場所ではあるが、だからこそ足元を見た法外な値段での取引が行なわれる。

 

「変わらんな、ここも」

 

 運び屋に荷物を渡したあと、時に殴り合いの喧騒が響く街を見てヴァルドは目を細める。力こそ至上とする冒険者の街であるここは、値段交渉にも当然のように暴力が振るわれたりするのだ。

 リド達の鍛錬を終え、地上に戻る際少し立ち寄り懐かしむ。そして、どうせ寝る必要のないヴァルドは適当な酒場で腹を満たしてさっさと街から出ていくことにした。

 

「そこのお前」

「む……」

 

 そんなヴァルドを呼び止める声。振り返ると、ローブを被った女がいた。フードで顔は隠されているが、美人であるとは解る。体を覆うローブ越しの肢体は艶めかしく、男の視線を集めている。

 

「私を買え」

 

 売り込み、というか押し売りのような誘いに周りの冒険者達が舌打ちしたりヒューヒュー捲し立てる。

 女の誘いを受けるのは初めてではないし、【イシュタル・ファミリア】のように()()()()()()()使()()()()()()()()()

 

「解った。場所を変えよう」

 

 目的は十中八九、30階層で手に入れたあれだろう。

 緑の胎児のような物が入った宝玉を思い出し女を警戒するヴァルド。望ましいのは人気のない森の奥だが、人気がないだけならともかくモンスターが現れるような場所で情事を行おうとするなど無用な警戒をもたせるだけか。

 5年前のままなら洞窟にできた、比較的に修繕費がかからない宿があったのを思い出す。『幸運』の発展アビリティで手に入れたレアドロップアイテムや質の高い魔石もある。強化種たる食人花の魔石は極彩色と通常の魔石と異なるので売れないだろうと全部リド達に食わせたがそれでも稼ぎは十分。

 

 

 

「いらっしゃ〜い」

 

 稼ぎが良くないのか、受付で不機嫌そうに対応する獣人の男性。泊まりに来たのがローブ姿の男女二人組みと気付くと一瞬警戒するも更に不機嫌になる。

 

「宿を貸し切りたい」

「……………は?」

「ご覧の事情でな、【ファミリア】には知られたくない。現物で頼む」

 

 ゴトッと置かれた魔石やドロップアイテムを見て目を輝かさせた男は、しかし直ぐに貸し切りにする理由に思い当たりチッと舌打ちした。

 

「好きにしろよ。けっ、恋人に見つかっちまえ!」

 

 ヴァルドも顔を隠していることから不貞を働いているとでも思ったのだろう、男は捨て台詞を吐き捨てると何処かに行ってしまった。睦言の声を聞かぬためと、自棄酒のために酒場にでも向かったのだろう。

 二人はそのまま宿の一室に移動する。

 

「さっさと寝ろ」

「その前に、一ついいか?」

 

 ヴァルドにベッドで横になるように促す女に、しかしヴァルドは立ったまま女に尋ねる。

 

「……何だ?」

「30階層で見つけたあれについて、お前は何を知っている?」

「っ!!」

 

 ヴァルドの問いかけに即座に殴りかかる女だったが、拳を叩きつけ頭に浮かんだ光景は山にでも拳を叩きつけたかのようなイメージ。

 

「Lv.5…いや、6か。俺が知らぬ間に育った第一級なら喜ばしい存在ではあるのだが………」

 

 ヴァルドは特に気にした様子もなく女の頭を掴み壁に押し付ける。ビシリと亀裂が走り、意識が飛びかけるがなんとか踏みとどまりヴァルドを蹴りつける女。だが、やはりヴァルドには効いた様子がない。

 

「あの宝玉、似た気配を知っている。精霊とモンスターの融合体に似ていたが………あれは何だ? お前はあれを使って何をしようとしている」

「っ!!」

 

 女は壁を肘で破壊して隣の部屋に逃げる。ヴァルドが剣を掴み追おうとすると、女が口笛を吹く。

 

「っ!?」

 

 同時に現れる、無数の敵意。街から響く怒号と悲鳴、怪物の鳴き声。外に出て、映ったのは大量の食人花の群。

 

「【奔れ(クレス)】」

 

 それらを一瞬で斬り捨てるヴァルド。ヴァルドの剣『獣王の毒牙』の威圧に怯えない個体は、推定Lv.4。怯えるものが多いのは、強化による個体差か?

 目に見える範囲を殺しても次から次へと湧いてくる。タイミングから考えて調教(テイム)されているのだろうが、数が多すぎる。

 動きが食人花より鈍いが、さらに妙な芋虫まで現れる。

 

「うおおおお!!」

 

 冒険者の一人が斧で切り裂く、と………

 

「!!」

「うお!?」

 

 吹き出す不気味な体液。不自然なほど刃溢れした斧。ヴァルドは即座にその男の襟首を掴み芋虫を他の芋虫に向かって蹴り飛ばす。

 

「な、何しやがる!?」

「斧を見てみろ」

「へ? う、うおお!?」

 

 付着していた体液が斧を溶かしていく。刃は完全に潰れ、鈍器としても心許ない。魔法で焼いてみるも、死に際に爆発して腐食液を撒き散らした。

 

「面倒な」

 

 斬れば腐食液、殺しても腐食液。本来理想の殺し方は近付けず魔法や矢で殺すことだろうが、ここまで街に侵入されては下手に殺せば街への被害が大きい。

 

「消すか」

 

 一閃。黒い軌跡を描いた斬撃は芋虫の体をスルリと通り抜け、芋虫の身体は爆発することなく灰へと還る。

 魔石の破壊、それが手っ取り早い。剣を見る、その漆黒の剣身に一切の傷はなし。

 

「問題ないな。とはいえ、数が多い」

 

 人が居ないならまとめて吹き飛ばせたが、人のいる街で魔石を正確に狙うとなると骨が折れる。だがやらねば最悪死者が出る。ならばやるしかあるまい。

 

「あの女は……いや、今は人命優先。下がれリヴィラの民、モンスターは俺が殺す」

 

 

 

 

 

 

 想定外だ。

 宝玉(たね)を奪った黒ローブの冒険者の戦闘能力はLv.6以上。あれが話に聞いていたLv.7の【猛者(おうじゃ)】か?

 勝てるか、と言われるとまず無理だ。力も速さも技巧も上。今のままで勝てる相手ではない。取り返すのは不可能に近い。ならば徹底的に破壊する。

 女が片手を上げると同時に現れる無数の芋虫の群。元々は水の中に潜める食人花だけのつもりだったが30階層の破壊の光景を見て警戒して正解だった。

 

「行け」

「「「────!!」」」

 

 王の号令に従うように腐食液を多量に含んだ芋虫の群れがリヴィラに向かって突撃し──

 

「っ!?」

 

 白光の吹雪が全てを凍り付かせた。

 

「そのモンスター、見覚えがある。何者だ、お前は……」

 

 振り返り、そこに立つのは美しいエルフ。煤や泥、血に汚れていてもその美しさは損なわれない。

 怜悧な瞳が細められ、女を睨む。

 

「魔導師か………前衛もなく姿を表すとはな」

「問題はない、前衛ならいる」

「戯言を」

 

 近くに彼女以外の気配はない。見たところ純正の魔導師、自分の敵では──

 

「っ!?」

 

 首をへし折ろうと拳を振るう女だったが、その腕が消える。

 

「触れるな」

「がっ!?」

 

 女の警戒範囲の遥か彼方から一瞬にして距離を詰めた黒ローブの冒険者はその速度の乗った蹴りを女に叩きつける。

 

「相変わらず、無茶がすぎるな。前衛が遥か後方にいながら啖呵を切る魔導師など聞いたことがない」

「お前なら、私に攻撃など一つも当てさせぬだろう」

「まあ、今はその期待に応えよう」

 

 そう言って女が吹き飛んだ方向を睨む男。

 

「生きているのか?」

「背骨は折った。だが、立っているな」

 

 その言葉に女も目を見開き、それと同時に男が振り返り女の背後に移動する。

 

「【雷光よ(クレス)】!」

 

 放たれる雷光。相対するは漆黒の雷霆。ヴァルドの雷光と相殺し合い、周囲一体の森に弾けた雷が周囲の森を焼く。

 

Lv.8(ヴァルド)の魔法と、互角だと!?」

 

 女……リヴェリアの言うように、男……ヴァルドの魔法と互角の威力。Lv.8という規格外の存在と、だ。

 『魔導』のアビリティを持つ魔法剣士ではなく、魔法種族(マジックユーザー)でもない短文詠唱の魔法。しかし【偽・雷光後継(スキル)】によって高められたそれは魔砲の領域に達しているはず。

 

「来るぞ」

 

 剣を背中に戻しリヴェリアを抱えると横に飛ぶヴァルド。再び黒い雷霆が森を抉り取る。

 避けたヴァルド達を追撃するように再度放たれる雷霆を片腕で凪ぐヴァルド。その手に火傷を負う。

 

「今の追撃速度、短文詠唱!? この威力でか!?」

「魔力に優れたLv.6か……あるいは、7クラス」

「ありえん!? そんな強者を誰も知らぬなど!」

「事実先程のあの女の……第一級の実力者も知らなかった」

 

 ヴァルドの探知範囲から既に脱せられた。再び来る狙撃に目を細め、リヴェリアの膝裏に片手を回す。

 

「捕まれ」

「あ、ああ………」

 

 両手をヴァルドの首に回し、ヴァルドの片腕が開放される。リヴィラの街も近くにある故に毒を抜いて黒い風を纏う。

 

「────!!」

 

 暴風。

 森の木々を土台の土ごとひっくり返しかき混ぜながら漆黒の風が18階層の一角を吹き飛ばした。

 

「……やったのか?」

「さて………それが望ましいが。一先ず街に戻るぞ」

「そうだな………」

「しかし、随分珍しい化粧だ」

「…………?」

 

 その言葉にリヴェリアは首を傾げ、しかし直ぐに己が血や泥に汚れている事に気づき顔を赤くする。

 

「あまり見るな」

「例えお前が泥や埃に汚れていようと、その美しさは変わらんだろう」

「っ!!」

「『階層主(アンフィス・バエナ)』に挑んだか?」

「ああ………だが、駄目だな。感覚だが、超えるには至らなかった」

「お前は挑んだ。それだけで、今は十分だ。フィンもガレスも、今頃奮起しているだろう」

「失望は消えたか?」

「お前達次第だ」

 

 その言葉にリヴェリアは目を細める。フィンとガレスは大丈夫だろう。なんなら自分と同じように、ダンジョンに潜る準備でもしているかもしれない。

 

「アイズはショックを受けていたぞ」

「…………だろうな」

「ああ、解っていて言ったんだろうなぁ」

 

 グッとヴァルドの頰をつねるリヴェリア。先程見た桁外れの『耐久』の前には無意味だろうがやってやらねば気がすまない。

 

「お前はあの子に……私達に期待を持ちすぎだ。その失望が身勝手が過ぎるものだと、理解しているのか?」

「当然だ。した上で俺は、英雄達(お前達)への期待はやめられない」

「………『例の記憶』か。詳細を話す気はないのか?」

「ロキの前でも言ったろう、お前達に関しては詳しくは知らない」

「なのにその期待、か。勝手な奴だ………」

 

 ふん、と鼻を鳴らすリヴェリアはふと、7年前の光景を思い出す。『大最悪』を倒した後、突如女を抱え走り去ったのも確かこの階層………。

 

「…………重くないか?」

「俺は前衛のLv.8だ。羽のように軽い………気になるなら下ろそうか?」

「…………このまま連れていけ」




ヴァルド・クリストフのファミリア相性

ロキ・ファミリア
ヴァルド目線S+ 主神目線S 団員目線B
ヴァルド成長性B−     団員成長性B+
深層に向かう事もあるファミリアだが『集団』の力を重きにおいた──ソード・オラトリア一巻で特攻したアイズが叱られた──ファミリアなため成長性が落ちる。それでも触発される者は触発される。
団員は一部から恐れられている。


ヘスティア・ファミリア
ヴァルド目線S 主神目線S 団員目線EX
ヴァルド成長性A+    団員成長性SSS
本編。二重成長促進スキルでベルくんがやばい。
恋とは別の純粋な憧憬を向ける弟子と期待する師の関係。深層に単騎で何度も潜る。

フレイヤ・ファミリア
ヴァルド目線B− 主神目線A+ 団員目線C−
ヴァルド成長性S      団員成長性S
主神のわがままに振り回されるのが玉に瑕。団員目線の数値殆どがオッタル。オッタルとヴァルドが高め合い団員も触発される。されるが、フレイヤ・ファミリア内だけだし此奴等黒竜討伐より美の神優先だから反りが合わない。ダンメモのアレンのように苦労させられる立場。崇拝がないのだから更にキツイ

ヘファイストス・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線B+ 団員目線A
ヴァルド成長性B     団員成長性C
鍛冶師というよりは武器の出来を確かめる専門員のような立場になる。魔法詠唱にきっと【鍛冶司る独眼よ】とか入る。

ミアハ・ファミリア
ヴァルド目線B 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性C−     団員成長性C
借金返済完了。

ガネーシャ・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性B+     団員成長性B
ダンジョンに潜ることは少ないがそれはそれとして町の住民守るために昼夜の問わず不眠で動く。エニュオは死ぬ。

ソーマ・ファミリア
ヴァルド目線E 主神目線A− 団員目線F
ヴァルド成長性B−     団員成長性A
規律が生まれる。酒が欲しくば金より結果を求められる。サポーターを不当に扱えば酒瓶で黙らせる伝統が。酒の匂いに敏感でエニュオは死ぬ。

イシュタル・ファミリア
ヴァルド目線C 主神目線C 団員目線SS
ヴァルド成長性B     団員成長性S
強いからアマゾネスにモテる。というか娼婦にモテる。主神無視してダンジョンに籠もるし娼婦の方を優先するしでイシュタルからの好感度は低い。魅了したらヴァルド目線はG(ゴキブリ)になる。春姫は救われる。エニュオとタナトスは死ぬ。

タケミカヅチ・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性A−     団員成長性B+
ヴァルドの剣の腕の成長速度が上がる。Lv.4でアダマンタイトも斬る。団員達も触発される。
ヴァルドが抜けた状態でダンジョン探索で怪物進呈すると桜花がボコボコにされて地面とキスする。

ヘルメス・ファミリア
ヴァルド目線B 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性A+     団員成長性B
現代に生き残る封印されし黒の怪物達を殺しに回る。ロキ、デュオニュソスと食人花調査に乗り出しエニュオは死ぬ。

デメテル・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性B+     団員成長性C
ルノアとよくダンジョンに潜り鍛える。エニュオは死ぬ。

アストレア・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線B
ヴァルド成長性S     団員成長性S
全員でジャガーノートを倒す。生存する。
ふらりと出ていき連れて帰ってきた弟子がリューと結ばれる。お義父さん?
ルドラとタナトスとエニュオは死ぬ。

デュオニュソス・ファミリア
ヴァルド目線B 主神目線B 団員目線A
ヴァルド成長性A     団員成長性B
可もなく不可もなし。27階層の悪夢にて全員生存するがヴァルドが行方不明になり、帰ってきたらエニュオが死ぬ。

タナトス・ファミリア
道を間違えたヴァルド目線A 主神目線A 団員目線C
道を間違えたヴァルド成長性A+ 団員成長性あるわけねえだろ、そんなもの!
殺戮も暴力も破壊も強奪も全て己を英雄が打ち倒す怪物にするため。怪人に出会うと怪人になるけど神と精霊の言うことも聞かないし最終決戦では7体の精霊の分身と2体の怪人の魔石全部食ってレイド戦強制発動してエニュオは死ぬ。

カーリー・ファミリア
ヴァルド目線C− 主神目線A+ 団員目線E→S
ヴァルド成長性S     団員成長性A
元奴隷。カーリーに直接談判しに行き恩恵を得る。周りは種族的に優れるアマゾネスばかりだが、例え奴隷の身であろうと不遇の扱いを受けようと、ヴァルド・クリストフなら英雄になったろうさ


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漆黒の蛇

 4000万ヴァリス。

 愛剣『デスペレート』の代わりにレンタルされていた剣の値段であり、アイズが怪物祭(モンスターフィリア)にて砕いた為背負った負債。

 その返済のためにヴァリスを稼ぐべく、ダンジョンに潜る。メンバーはアイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤ、そしてフィン。ガレスも行こうとしていたが敵も多い【ロキ・ファミリア】は事前に色々準備せずに幹部全員でダンジョンに潜るわけにはいかない。

 Lv.4、3を複数揃えている時点で早々攻めて来られる【ファミリア】は居ないだろうが念を入れるに越したことはない。

 

「………師匠も、潜ってるのかな?」

「う〜ん。どうだろうね、彼の発言からして今は後進育成に力を入れている可能性も高い」

 

 アイズの呟きにそう応えるフィン。後進育成と聞き、アイズが僅かに沈む。

 

「げ、元気だしてくださいアイズさん! アイズさん達に失望するなんて、あの男の方が見る目がない失礼な男なんですよ!」

 

 事実として【ロキ・ファミリア】は第一級、それもLv.6を抱える最大派閥。Lv.4ですら幹部候補、Lv3でもあまり目立たず、Lv.2なら末端扱い。普通に考えて彼等に失望するヴァルドが可笑しいのだ…………()()()()()()

 

「だが僕達が最強を名乗りながらもLv.6にしか達していなかったのは事実。嘗ての『最強』の2大派閥は、Lv.6を複数抱えた上で、そんな彼等ですら幹部止まり………彼が冒険者になった頃には既に僕等が最強となっていたけど、威信は遥かに劣る」

 

 それこそ闇派閥(イヴィルス)の台頭を許してしまうぐらいに。彼等の弱体化というだけでも確かに闇派閥(イヴィルス)は活性化しただろう。だが、彼等に()()()()()()()()()()()おいて成果を残せなかったのは紛れもないフィン達だ。

 

「その結果、彼は闇派閥(イヴィルス)により家族を失った」

「──」

 

 その言葉に息を呑むレフィーヤ。

 

「で、でもそれは団長達のせいじゃ………!」

「自粛していた闇派閥(イヴィルス)が動き出したのは、僕達を恐れなかったからさ。そして後手に回っていたあの頃と違い、幾らでもチャンスを持ちながら僕等は停滞し置いていかれた」

「5年前はフィン達と一緒のLv.6だったんだよね〜? すごいよね〜」

 

 ティオナが呑気に笑うのを見て姉のティオネは顔をしかめる。為す術もないどころか、何をされたのかすら解らず気絶させられた時のことを思い出したのだろう。

 

「正直、都市外でLv.8なんて信じられません」

「だが事実だろうね。Lv.7になろうとも彼の鍛錬相手になれる存在も、近くにいただろうし………その後何か偉業をなしてランクアップした」

 

 ダンジョンの外にて二度のランクアップ。それも第一級としても上位に位置するLv.6が。突拍子もないどころか荒唐無稽な与太話にしか聞こえない。

 それは何もレフィーヤが彼を嫌っているのではなく──まあそういった気持ちがないとは言えないが──冒険者としての常識故に、だ。

 

「まあ普通ならそういう反応になるだろうね………でも彼はヴァルド・クリストフだ。彼を知る者からすれば、『ああ、またか』って思いを抱くよ」

「うん。師匠はすごいから」

 

 フィンとアイズが褒めるのを面白く感じないのはレフィーヤとティオネだ。フィンにとってはかつての旧友、アイズにとっては師。そしてその関係をあっさり捨てた、二人を尊敬するからこそ、そこに嫉妬を交えた怒りを覚える。

 

「そもそも、7年前の疑問とか6年前の確信とか言ってましたけど、何があったんです?」

 

 軽口を叩きながらモンスターを切り捨てるティオネ。フィンもミノタウロスの喉を貫きながら、質問に答える。

 

「7年前、彼はLv.7と戦ったんだ」

「Lv.7と!? どうして!?」

「詳細は説明できないけど闇派閥(イヴィルス)として都市を破壊せんとする彼等彼女達と戦い、今の最強がどれだけ脆弱かその時の成果を持って体感した。これが疑問を持ったきっかけだろう」

 

 7年前というのなら、あの『死の7日間』と呼ばれるオラリオ最悪の一週間だろう。伝え聞いた事しか知らないが、まだ幼いアイズも参戦していたらしい。

 

「そして6年前、僕は数多の冒険者達を見捨てる選択を取った」

「え……」

「言い訳に聞こえるけど、それが闇派閥(イヴィルス)との力関係を完全に崩した。事実、闇派閥(イヴィルス)を警戒しながらも祭りを開けたのはあの後だ」

 

 主神と幹部を失い闇派閥(イヴィルス)は弱体化した。後はほぼ残党狩りだった。

 

「でもその事件の際、ヴァルドは僕の命令を無視してダンジョンに飛び込み、結果として全員とはいかぬまでも多くの冒険者を救ってみせた。僕等が動けば、もっと多くを救えていただろう」

「それは………」

 

 更に言うのなら、フィンは『27階層の悪夢』が起こる前に流れていた噂、あれが罠だと気づいた上で多くの【ファミリア】が向かうのを止めず、目を引かせ本命をとった。オラリオの住人は【勇者(ブレイバー)】を讃えたが、団員の多くを失い中堅、弱小となり、あるいはオラリオを去った【ファミリア】の中にフィンを恨んでいる者がいるのは、それが数人でないのは間違いない。

 

「そして残党処理にも一年かかり、最終的にはヴァルド自身が行った。彼の失望に、僕等は否定する言葉がない」

 

 フィン本人がそう言ってしまえば、レフィーヤ達も何も言えない。空気が沈む中ティオナだけが気にせず話題を変えた。

 

「アイズの師匠ならさ、アイズより剣の腕上なの?」

「うん。私の剣は、お父さんと師匠が教えてくれたもの」

「ど、どういう修行をしてたんですか?」

「えっと……腕が上がらなくなるまで素振り」

「……………え?」

「上がらなくなったらポーションで回復して、また繰り返す。走り込みも、吐くまで走らされた」

「虐待じゃないですか!?」

「うん。僕等も止めたよ? でも、同じ事をヴァルド本人もきっちりやってたんだよなあ………」

 

 肉体の限界? ポーションを使え。

 精神の限界? 知るかとばかりの過酷な修行法。さらに剣の打ち合いで骨を折ったりしてくる。ヴァルドの場合、【ロキ・ファミリア】にそこまでする人間がいなかったので【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)に飛び込んで、半死半生でオッタルに運ばれてきた。

 リヴェリアが『そんなに【フレイヤ・ファミリア】のやり方が合うなら神フレイヤの眷属になれ!』とよく叱っていた。

 その後、聖女と知り合いポーションを使おうともやりすぎれば成長期のアイズの体に悪影響が、などという説明を受けじゃあ全癒魔法を使ってくれといって殴られていた。

 

「それに闇派閥(イヴィルス)も活発化してきて無用な傷を作るわけにはいかなくなって、模擬戦の危険度は減った」

「模擬戦はね。二人してダンジョンに籠もり、リヴェリアに叱られていたのを忘れたのかい?」

 

 アイズはぷい、と顔を逸らした。

 

 

 

 

「あれ、なんか街の様子が変じゃない?」

「街以前に、森の一角が吹き飛んでいるんだけど」

 

 18階層、リヴィラの街を見て不思議そうな顔をする妹に姉が突っ込む。

 

「ていうか街そのものが壊れてません?」

 

 レフィーヤの言うように、外壁が壊され建物もいくつか破壊されていた。モンスターの襲撃でもあったのだろう。その話を聞かなかったのは、比較的すぐに終息したのだろう。

 

「………………」

 

 ()()()()()()破壊跡があるのを見て、フィンが一人静かに目を細めた。

 

「あ……」

「あれは、リヴェリアか………」

 

 さらに、階層の一部が凍りついていた。あんな事を出来るのはリヴェリアぐらいだろう。彼女もこの階層にいるらしい。

 

「じゃあ森もリヴェリアかな?」

「まあ今はリヴィラにいるだろうし、彼女に訊いてみようか」

 

 そして一同はリヴィラの街に向かう。『335』の文字が入った看板がちょうど立てかけられるところだった。

 住民にリヴェリアの居場所を聞いて彼女が泊まっているというエルフが経営する宿に向かう。

 エルフが経営しているだけありきれいな印象を受けるそこは、法外な値段ばかりのリヴィラに置いても高級宿。

 受付のエルフにスイートルームの場所を案内してもらい扉を開けた。

 

「来たか、フィン」

「………………」

 

 リヴェリアは居た。一人ではなかったが。

 

「なあ!? リヴェリア様と………あの時の!?」

 

 寝台に座るリヴェリアとソファに座るヴァルドがその部屋の中にいた。男女が、ホテルで二人で一部屋!? と混乱するレフィーヤをよそにヴァルドはフィンを見つめる。

 

「なんだい?」

「雰囲気が変わった……いや、昔に戻ったというべきか? 少しはやる気を出したようだな」

「あれだけ言われればね」

「そうか………」

 

 失望を叩きつけた者と叩きつけられた者、しかし二人の間に剣呑な雰囲気はない。

 

「それで、何があったのか聞いてもいいかな?」

「ああ、構わない」

 

 

 

 

 

「例の食人花に芋虫型、そしてそれを操る赤髪の調教師(テイマー)に………推定Lv.6上位、それも少なく見積もった結果がそれの魔導師、もしくは魔法剣士か………」

 

 ヴァルドとリヴェリアの説明を聞いたフィンは口元に手を当て考え込む。

 

「仮に俺のような魔法補助スキルや『魔導』のアビリティ持ちでなかったのなら、もっと上がるがな」

「それは怖いなあ…………それで、その襲撃者が君を狙った理由は冒険者依頼(クエスト)で採取したものが原因だっけ?」

「ああ、運び屋から返してもらった。今は隣の部屋で寝ている」

 

 何でも報酬が受け取れなくなるかもしれないからせめて宿を奢れ、と言ってきたらしい。中々豪胆な相手だ。

 

「ふぁ〜……よく寝たぁ……お、【剣聖】。世話になった……げ、【勇者(ブレイバー)】!?」

 

 タイミングよく部屋から出てきた褐色肌の犬人(シアンスロープ)の女性がフィン達に気付きギョっと固まる。

 

「やあ【泥犬(マドル)】、僕の記憶が確かなら君は一人でリヴィラに来れるレベルではなかったと思うんだけど、泊まったのは君一人かい?」

「あ、あははは…………それじゃ、あたしはこれで!」

 

 二つ名【泥犬(マドル)】、【ヘルメス・ファミリア】所属のルルネ・ルーイは誤魔化すように笑うと逃げ出す。ティオネが後を追いかけようとする。

 

「必要ないよ、ティオネ。おそらく彼女は何も知らない」

「………そうですか」

 

 と、大人しく戻ってくるティオネ。彼女がフィンに向ける目には見覚えがある。彼もまた、狙われてしまったのだろう。

 

「フィン、親指はどうだ? また攻めてくると思うか?」

「うん。まあ………疼いているね。きっとまた来る………どういう手かは解らないけど…………っ!!」

 

 瞬間、()()()()()()()()()

 窓の外に見えるのは乾きや飢えを彷彿とさせる敢えて形容するなら『貧寒の色』の神威の光。神がダンジョンに入り込み、その存在をダンジョンに知らしめた。

 

「こう来たか………」

 

 苛立つようにヴァルドが壁に立てかけてあった剣を取る。

 

「これは、あの時の?」

 

 アイズが既視感に困惑する中、ヴァルドはポーチをフィンに投げ渡す。

 

「フィン、それを頼む。壊れたら困るからな」

「君はどうする?」

「俺はこれから産まれるものに対処する。モンスターが攻めてくるだろうから、そちらを頼む」

「ああ、任せた」

「ま、待って。私も………!」

「足手まといだ」

 

 アイズが慌ててついていこうとしたが、その言葉に思わず固まる。

 

「フィンに従ってこの街を守っていろ」

「…………うん」

 

 明らかに気落ちするアイズを後目に窓を蹴破り外に飛び出すヴァルド。18階層の天井に存在する光を放つ水晶が、本来『昼』の光量を放つ時間帯に翳っていた。否、中に何かがいる。

 バキリと罅割れ、その中身が落ちる。

 ダンジョンは気付いていた。嘗て己が生み出した強大な力を持つ内の一つの力が己の中で『外敵』の意思で振るわれたことを………つい先日時間をかけて生み出した個体が殺されたことを。

 放たれた神威は()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。

 『巨人』では足りない。

 『双頭』では力不足。

 故に生み出されるのは新たな個体。

 

 

 

 

 地面に落ち、階層を揺らす巨体。鎌首をもたげて1()8()()()が周囲を睥睨する。その威容は40M(メドル)と『アンフィス・バエナ』を超える。

 漆黒の鱗が全身を覆い、足のない長い体は蛇を彷彿とさせる。

 しかし纏う威圧は『竜種(怪物の王)』のそれ………。

 

「コオオオオオオ!」

 

 口から吐き出す赤黒い霧、全身から吹き出す漆黒の霧。どちらも『猛毒』。木々は勿論地面も溶かし、まるで沼地のような景色に変えていく。

 ヴァルドの持つ『獣王の毒牙』の気配に警戒しているのか、9()()()()全てがヴァルドを睨んでいた。

 ヴァルドが剣を振るい漆黒の竜巻を発生させる。

 

「────!?」

 

 一人と一匹を閉じ込めるために現れた巨大な竜巻。不運にも中にいたモンスター達が浮き上がり飲まれ、バラバラに引き千切られる。

 『黒風』の最大出力。この竜巻が健在な限り『獣王の毒牙』はこれ以上の風を操れない。

 

「コオオオオオオ!」

「ハアアアア!!」

「シイィィィッ!」

 

 9つの首がそれぞれ唸り声を上げ敵を睨み、ヴァルドは短い詠唱を唱え雷光を纏う。

 

「俺に『毒』は効かぬが、それで攻略できる相手でもなさそうだ……」

 

 推定Lv.7階層主級。古代、地上を蹂躙した者達にもあるいは迫らんとする怪物。毒を抜きにしても相当な戦闘能力だろう。

 

「だが、フィンに約束した手前………いいや、それがなくともリヴィラの住人にも被害を与えるというのなら打ち倒すまで。来るが良い」

 

 死を撒き散らす毒蛇に、相対するは雷光(ひかり)纏いし不死身の英雄。

 漆黒の風に包まれ、観客は今もなお減り続けているモンスターのみ。直ぐに居なくなるだろう。それで構わない。

 名誉は不要。

 賛美は無用。

 観客の居ない英雄譚の一幕が、今ここに開かれた。




漆黒の怪物(モンスター) アルファルド
古代の怪物の一歩手前。アンフィス・バエナが倒されピリピリしていたダンジョン内で過去に放った最強の一角の力が己に牙を向いた挙げ句人を脅すためではない神威の解放にブチギレたダンジョンが生み出した神抹殺の刺客。
純粋な毒としてはベヒーモスには劣るものの、酸性はより凶悪化した毒霧を持って地面を沼のように変える。
モデルはヒュドラ。名の由来は海蛇座で最も明るい星。


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神々の対話

 アイズ達がダンジョンに潜った頃、ベートは地上に居た。本来ならダンジョンに潜りたかったが酒場で酔った際に【ファミリア】の失態で死にかけた冒険者への暴言、アイズへのセクハラ発言などの罪で主神の奉仕を言い渡されロキの手伝いに。

 こういうところが何気に律儀なのだ、彼は。

 とはいえ不機嫌そうな顔のまま街を歩いているので視線を集める。

 元々種族の女子達にもモテていた彼の容姿は成長してより端正なものとなり、第一級という裏打ちされた実力も示され女冒険者達がきゃあきゃあと黄色い声を上げながら見てくるが、ギロリと睨まれ慌てて去っていく。

 

「なんや〜、今の結構可愛い子やったのに追い払うなんて可哀想やないか」

「はん、強い雄に抱かれてえなら愛だの美の神以外なら誘うものに恥をかかせねえ馬鹿がいるだろうが」

 

 と、吐き捨てるように言うベート。ヴァルドの事だろう。確かに彼が歓楽街に行くのは事前に誘いを受けていた場合が殆どだ。例外はヴァルドを嵌めイシュタルに食わせた【イシュタル・ファミリア】の元サポーターぐらいか。その例外というのも、ヴァルドの方から会いに行くというものだから「もしや英雄はあの娼婦を!?」などと都市で騒がれていたものだ。

 なおリヴェリアに尋問された際は「俺はエルフが好きだ」と答えリヴェリアを狼狽させた。

 

「そんな事言って〜、アイズたんがヴァルに懐いてるのは知っとるやろ? ああ、そうなったらうちはどないすれば!?」

「一人で盛り上がんな。アイズがあの野郎に感じてるあれは父親とかに向ける類のもんだろうが」

「せやけどそうなると、途端にヴァルドが娘とその母親(ママ)捨てて他の女のところに駆け落ちしたクズ野郎みたいになるよなぁ」

 

 自慢の(元)眷属(こども)がそんなやつになるとか勘弁してほしい。後それ言ったらリヴェリアとアイズがキレる。

 

「他の女だぁ? そういやババアがあの女とか言ってたな」

「ヴァルの奴な〜、7年前もその女連れて都市を出てるんよ。3ヶ月ぐらいで帰ってきたけど………てか、今更やけど生きとるんかあの女」

「病気でも患ってやがんのか?」

「せやで」

「なら何時ものお優しい英雄様の行動だろうよ」

「にしてはなぁ………」

 

 違和感がある。

 人を救うために常に身を削るのはヴァルドのあり方だ。あれもそうだと言われてしまえばそれまでなのだろうが、どうにも違和感が拭えない。だって薬がなければ戦えず、それでも限界を超えて戦い最終的にはヴァルドに斬られていたのに、治療より運ぶことを優先した。まるで運ぶ先を知っているように………。

 ついでにオッタルの証言によるとザルドも連れて行こうとしたが、既に死んでるのを見てやめたらしい。

 

「くだらねえ、どうでもいい。帰ってきててめぇ等は嬉しいのかもしれねえが、俺には関係ねえ」

「何やねん、自分だって『勝ち逃げは許さねえ!』とか言うとったくせに」

「ああそうだ、俺にはそこだけしか関係ねえ」

 

 彼奴が何をしてようと知ったことか、と吐き捨てるベート。ようは何をしてたのかは知らないが、それが何であれ彼への接し方は変えないということだろう。

 

「相変わらずツンデレやなぁ」

「ぶっ殺すぞ」

 

 

 

 その後地下下水道を調べ祭りの際各所にて暴れまわった食人花の同種を旧貯水槽で発見。殲滅したのち地上に戻る。

 

「祭の時の範囲と数を考えるなら、あそこ以外にもありそうやな」

「蟻みてぇに地下に巣食ってやがるわけだ。面倒くせえ」

「地下、な………」

 

 ロキはヴァルドの『知識』に存在し、しかし結局見つけること叶わなかった存在を思い出す。()()を利用したとなると、闇派閥(イヴィルス)の残党?

 

「んん? ディオニュソスか?」

「………ロキ?」

 

 と、考え事をしながら歩いているととある神と横道に折れる街の一角にて遭遇する。

 貴公子然とした金髪の男神、ディオニュソスだ。眷属であろう美しい黒髪のエルフも連れている。

 よぉ、と奇遇だとばかりにロキは声をかけようとして──

 

「待て」

 

 ベートの一声が止める。

 振り返るとベートがディオニュソス達を睨みつけていた。

 

「そいつ等だ」

「………どゆこと?」

「あの地下水路で嗅いだ残り香は、()()()()()()()()

 

 意味を尋ねる主神に眷属は顎で一柱と一人を顎でしゃくる。

 ロキがディオニュソスを見つめ、ベートは睨み付ける。己の主神を守ろうと身を翻したエルフに、ディオニュソスが制止をかける。

 

「止せ、フィルヴィス。お前では勝てない」

「ですがっ……ディオニュソス様」

 

 フィルヴィスと呼ばれたエルフはそれでもひこうとしない。己の主神を守るという強い気配を感じさせる。

 

「逃げも隠れもしない。だからロキ、訳を聞いてくれないか? できれば神々(我々)だけで」

「……………」

 

 ロキはその話に乗ることにした。

 とあるホテルの休憩室(ラウンジ)に移動し、ディオニュソスが説明を始める。

 彼等もまた、食人花を追っていたらしい。その理由は一ヶ月前、彼の眷属が殺された事件。正面から近づき首をへし折られた。Lv.2もいた事から下手人は最低でもLv.4の上級冒険者。ディオニュソスは独自に調査を始め、何かを見てしまったがために殺されたのではないかと言う推理材料を見つけた。

 そう言いながら、机に置かれたのは極彩色の魔石。

 怪物祭(モンスターフィリア)当日ヴァルドが一瞬でその殆どを殺した食人花の一匹からギルドより先に抜き取ったものらしい。

 一ヶ月前に見つけたのはこれより小さな欠片だったそうだが。

 

「子供達の遺体とこの魔石があったのは都市東の寂れた街路。今丁度私達がいるこの周辺だ」

 

 そしてこのあたりでは怪物祭(モンスターフィリア)が開催される。その当日になにか起きるのではないかと網を張っていた結果、都市全体に現れたが。

 

「私達はその食人花を追ってあの下水道を見つけた。まあ、モンスターの数を見て断念したが、匂いはその時のものだろう」

 

 ロキの場合は実は祭の日にレフィーヤが怪我させられたのがあの付近だったからなのだが、偶然重なったらしい。

 

「しかしLv.3以上の冒険者がおる【ファミリア】なら一気に候補は絞れるなあ。まあ闇派閥(イヴィルス)の残党かもしれんが」

「いや、ヘルメスのように眷属(こども)の【ランクアップ】を敢えて申請せず秘匿する神もいる」

 

 ヘルメスそんなこともしてたのか。本当、色々信用ならない神だ。

 

神々(わたしたち)人類()は隠し事ができない。だが神の考えていることは神にもわからない」

 

 神は曲者が多い。例外的なのはよほどのバカか、お(ひと)よし。

 

「私にとって都市にいる神は全て容疑者、眷属(こども)の仇だ」

 

 その決意に嘘はないように見える。少々思うところはあるが、本気に見えた。

 

「で、うちのことは?」

「………限りなく白になった、かな。少なくとも都市の神々の中では一番信用してるよ」

 

 どうだかなー、と胸の中で呟くロキ。

 

「………時にロキ、ヴァルド・クリストフの動向を知ってるかい?」

「あん?」

「彼が帰還したタイミングで起こった事件。人目を気にしない弱小派閥への改宗(コンバージョン)………君はこれを、偶然だと思うかい?」

「殺すぞ」

 

 ピリ、と空気が張り詰める。天界にて神々に殺し合いをさせたトリックスターの気配を滲ませディオニュソスを睨むロキ。ディオニュソスは失言だった、と肩をすくめる。

 

「だが彼はギルド………いいや、ウラノスと繫がっている」

「……………」

「そうでなければ、5年前の【ロキ・ファミリア】に対するギルドの対応がなかった説明がつかない。ロイマンが戦力流出を許すとは思えない、より上からの指示があったと見るべきだ」

「まあそれは薄々思っとったけど、今回の件とは──」

「いいやロキ、忘れたのか」

 

 と、ディオニュソスが首を振る。

 

怪物祭(モンスターフィリア)はギルドが催した企画だ。あのギルドが、だ」

 

 そして神々が『面白そう!』という理由で深く考えず認めた。怪物を地上に運ぶ、それは間違いなくギルドが始めた事だ。

 

「……………」

 

 ディオニュソスは確証も証拠もない『もう一つの迷宮』については知らないのだろう。ロキとて存在を知ってるだけのそれを使えば、そもそも関係なくなるが敢えて今は言わない。ギルドが、ウラノスが何かを隠してるのは確かだろうし。

 

「というわけでロキ、探りを入れてきてくれ」

「はあ?」

「ヴァルド・クリストフがギルドの私兵であった場合、元主神の君の言葉なら止まるだろう。そうでなくともLv.4だ、私の眷属では危険に晒すだけ。その点ロキのところは第一級もいるじゃないか」

 

 と、悪びれる様子もないディオニュソスにロキは顔を歪める。

 

「ロキとてここで引き下がるつもりはないだろう? そして、ヴァルド・クリストフとギルドの関係も気になるはずだ」

 

 そこはまあ、否定しない。

 しかたないとロキが折れる。そのままお互いの眷属と合流し解散しようとした時だ………

 

「「っ!?」」

 

 地震。否、ダンジョンが揺れた。

 

「ロキ、今のは………」

「ああ………チッ、ベート。ちょいとダンジョンに向かってくれ」

「ああ? 何階層だよ………」

「んなもん、()()()()()()()()()()や」

 

 その曖昧な返答にベートが眉根を寄せる。

 

「フィルヴィス、君も行ってくれ。時期が時期だ、関わりがあるかもしれない」

「し、しかしそれでは貴方の護衛が………」

「フィルヴィス、頼む」

「ベート、自分もや」

 

 困ったように微笑むディオニュソスと有無を言わせぬロキ。二人の眷属は仕方なくダンジョンに向けて走り出した。

 

「おや、ベートさん?」

「ああ? 何でお前も走ってやがる」

 

 と、ベート達と並走するように現れた小柄な女にベートが顔を顰める。

 

「今ダンジョンで異変が起きましたよね?」

「ああ………」

「そして今、オラリオにはヴァルドがいる。ならばこの異変に彼が関わっている」

 

 何だその理屈、とベートとフィルヴィスが走っている女、アミッドを見る。

 

「………私はそう確信しています。よしんば関わっていなくても関わりに行きます。ダンジョンでなにかあるたびに、彼は飛び込む。いい加減に首輪でもつけましょうか」

「デ、【戦場の聖女(デア・セイント)】はヴァルドと仲がいいのか?」

 

 と、こんな時にフィルヴィスが尋ねてくる。

 

「恩人です……何時も無茶をするから、気が気でない。影すら踏ませてもらえないあの人に追い付こうと、努力していますがあの人は振り返らないでしょう。その程度の関係です」

「………………」

「くだらねえ事話してんな女ども。てめぇ等足を引っ張るんじゃねえぞ」

「抜かせ狼人(ウェアウルフ)

「これでもL()v().()4()です。足手まといにはならないかと」




はい、ということでアミッドさんはLv.4でした!
そりゃ食人花程度なら瞬殺ですよ。因みに並行詠唱も使えるし発展アビリティに『魔導』があるからチート級の魔法に磨きがかかるしマジックアイテムもさらに強力な物が造れる


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混戦

 ヴァルドが巨大な竜巻の中に巨大な蛇と閉じこもったのを確認し、フィンはリヴィラに攻めてきた食人花を睨む。

 幸い芋虫はいない。自分達からなら取り返せるから、破壊は不要だとでも判断されたのだろう。

 

「しかしこの数を調教(テイム)するなんてね………」

 

 恐らく『大最悪』と同じ方法で生み出されたモンスターをヴァルドが相手してくれて助かった。竜巻が包む前に見えた毒の霧、最悪リヴィラのほぼ全員が戦闘不能になっていたかもしれない。

 逆に言えば、今は全員戦えるのだ。ならば、年下のヴァルドに任せ自分達が楽など出来るはずもない。

 

「階層の出口は塞がれた! 総員、必ずここを死守しろ!」

「「「おおおおおお!!」」」

 

 フィンの号令に巨大なモンスターや食人花の群に及び腰になっていた冒険者達が吠える。もとより逃げ場はないのだ、ならば戦うしかないのだ。

 

 

 

 

 

「………………」

 

──足手まといだ

 

「うぅ………ううう!!」

 

 その言葉が耳から離れない。他のことに集中しようとばかりに振るわれる剣は、()()()()()。モンスターの鮮血と断末魔を振りまく少女の姿は嘗ての通り名であり蔑称たる「戦姫」、あるいは「戦鬼」の如し。

 

「うあああああ!」

 

 強くなりたいと思っていた。Lv.5に、第一級になってもまだ足りないのは解っていた。それでも三年前、Lv.5になったとき少しは追いつけたと思っていた。

 

──幾らでもチャンスを持ちながら僕等は停滞し置いていかれた

 

 だけど実際は、置いていかれていた。ずっとずっと先に居た。それはまるで………まるで………

 

「あああああ!!」

 

 嫌な記憶だ。思い出したくもない悪夢。

 戦えない自分を置いていったその背中が重なる。『黒い風』の中に姿を消した光景があの人に重なる。

 置いていかないで………!

 7年前も、5年前も、あの人は唐突にいなくなる。また居なくなるかもしれない、今度は帰らないかもしれない。そんなの嫌! そんなの耐えられない!

 どうして置いていくの?

 私が弱いから? 貴方達と一緒に戦えないから?

 強くなるから。隣に立つから、置いてかないで!

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 吹き荒れる暴風が食人花を、荒れ狂うモンスターを纏めて粉砕する。魔力に惹かれたモンスターは愚かにもその身を風に晒し散っていく。

 

「アイズ、落ち着け! 突貫しすぎだ!」

 

 フィンの制止は、確かに彼女の耳に届いた。それでもなお、アイズの目に映るのは赤い髪を伸ばした女。ヴァルドとリヴェリアの報告とも一致する、二人の敵!

 

「その『風』」

 

 風の鎧を纏うアイズを女は気怠げに見つめ、無造作に血管を束ねたかのような不気味な赤い剣を構える。

 

「お前が『アリア』か………」

 

 ──……え?

 と、一瞬の硬直。その致命的な刹那に振るわれた剛剣が風の鎧を消し飛ばした。

 

「かっ!?」

「アイズ!?」

 

 それでも勢いは衰えず、ギリギリ斬られることはなかったアイズの身体は台風の中の木の葉のように舞い水晶に叩きつけられる。

 第一級、その中でも白兵戦においてはLv.6にも迫るであろう、ランクアップ間近なのは疑う余地のないアイズを一方的に吹き飛ばすという光景に、誰もが己の目を疑う。

 

「っ………その、名前を……何処で!?」

 

 とうのアイズは焦りなど吹き飛び………否、異なる焦燥を持って女に向かって叫ぶ。それは、その名前と己を関連付けさせる者は限られているはずだ!

 ロキとフィン、ガレス。そしてリヴェリアとヴァルド。

 なら、目の前の女は何故知っている?

 

「あなたは、誰!?」

 

 水晶の瓦礫から這い出し叫ぶアイズの言葉を煩わしいと言わんばかりに女が目を細めた、まさにその時だった。

 

「──ァァァァァァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 背後から響く甲高い声が響く。発生源はフィンがヴァルドに渡されたウエストポーチ。その隙間からズルリと這い出す胎児に似た何か。

 ギョロリとした大きな2つの瞳に、緑の皮膚。頭に生えた触手はまるで己を(おんな)であると象徴するよう。

 その異形はまるでアイズの『風』に反応するかのように吠え、アイズに向かって飛んでくる。

 

「っ!!」

 

 咄嗟に回避し、目標を失った胎児は勢いそのまま転がっていた食人花の死体にへばりつき──()()した。

 輪郭が溶け葉脈のように、血管のような悍ましい形へと姿を変えていく。混ざっていく。

 全身を覆うと死した筈の食人花が体を跳ね上げ吠える。

 

「オオオオオオオオ!!」

「ええい、全てが台無しだ!」

 

 苛立つような女の言葉からして、これはあの女にとって想定外であっても異常事態ではないのだろう。暴れまわる食人花は荒れ狂うモンスターも同族のはずの食人花もその生死に関わらず取り込んでいき、その身の体積を増やしていく。

 腫瘍のように膨れ上がった肉が徐々に輪郭を得ていく。それはまるで、人の女のようにも見える。下半身は無数の食人花により形成されていた。半人半蛸(スキュラ)を思わせるそのモンスターは8M(メドル)はある。

 

「なにあれ〜!? タコ!?」

「あれって、50階層の……?」

 

 【ロキ・ファミリア】はその姿に既視感を覚えた。それは先日の『遠征』の時現れた腐食液を持つ芋虫の群れを撃退した後に現れた女体型。細部は違えど概ね同じ。あの芋虫の女体型は胎児が寄生した姿?

 無貌の顔を動かしアイズを見つめる女体型は大きく吠え………ようとして紫の閃光に貫かれた。

 

「は?」

 

 軌跡を残す黒紫の線は雲が風に晒されたかのように輪郭を崩し黒紫の霧を撒き散らす。

 

「総員、離れろ!」

 

 フィンが慌てて叫ぶより早く、霧の末端に数名が触れる。

 

「うぐ、おえええ…」

「ぎ、ぎもじわりぃぃ………なんだこれええ………」

「う、ぐ……目が、いでええ!」

「体が、熱いいい!」

 

 毒だ。それも恐らく『耐異常』を持っているであろう何名かも交じっているはずの上級冒険者をも苦しめる。

 

「ティオネ! ティオナ! 彼等を移動させろ!」

 

 すぐさまフィンが彼等を霧の範囲から外に出す。末端でこれだ。しかも皮膚が溶け始めている。霧の濃い部分は地面をも溶かす規格外の酸性の『猛毒』。

 竜巻を突き破り飛んできた。竜巻はそのサイズを縮める代わりに風速が増していた。

 それでも残った霧は広がっていく。

 

「【目覚め(テン)──」

「お前は私だ」

「っ!?」

 

 すぐさま風で払おうとしたアイズだったが後頭部を捕まれ地面に叩きつけられる。

 

「あの男が戻る前に帰らせてもらう」

 

 ギリギリと途轍もない力で地面に押し付けられる。尋常じゃない『力』の能力値(アビリティ)。ヴァルド曰くLv.6上位……。それにしたって、それこそ力に特化したドワーフのような………

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

「っ!!」

 

 吹き荒れる魔法の風が女を浮かせる。その隙をつき拘束から抜け出したアイズは体勢を整え女を睨む。

 あの男……ヴァルドが戻る前に、と……そう言った。それはつまり彼女にとって脅威はヴァルド・クリストフだけであり、アイズは問題にもしていないということ。

 

「面倒な…」

 

 事実浮かべる苛立ちは、餌に抵抗される捕食者のそれ。

 突っ込んでくる女の剣を受け止め、その重さに直様受け流しに切り替える。刹那にも満たない切り替えはヴァルドとの修行の賜物。それでも、圧倒される。

 技術は間違いなく自分が上だ。

 しかし膂力、速度、大凡全ての能力値(アビリティ)は女が上。それを以て蹂躙される、怪物が人にそうするように。

 

「っ! 【目覚めろ(テンペスト)】!!」

 

 人間相手だとか、そんな事を言っている余裕はない。最大出力の風を纏い、叩きつけ……

 

「────!!」

 

 アイズの考えを正面から叩き伏せるかのような叩きつけ。剛腕から放たれる一撃は最大出力になる前の【エアリアル】を掻き消しアイズの体を吹き飛ばす。剣は健在。彼女の剣もまた、第一級に匹敵する。

 

「っ!」

 

 その剣でアイズを斬ろうとした瞬間、背後から穿たれた槍が脇腹を抉る。

 後少し反応が遅れていたら内臓までやられていただろう。

 

「ちぃ!」

 

 槍を振るう小柄な男、フィンに苛立ったように剣を振るう女。

 フィンは槍を地面に突き刺し軽業師のように身体を浮かせ、剣が槍を弾く勢いを利用し回転し槍の柄を叩きつける。

 

「第一級、Lv.5……いや、6か」

 

 吹き飛ばされた女はゴキリと首を鳴らす。そのままチラリと竜巻を見る。

 

「分が悪いな」

「っ! 待って!」

 

 女は踵を返し街の外へと駆け出す。アイズが慌てて追おうとするも、大量の食人花………そして森で待機させていたであろう芋虫の群れが現れる。

 流石にこれに対処しないわけにはいかず、第一級並みの身体能力を持つ女の背はみるみる小さくなっていき、やがて崖に辿り着くと躊躇いなく飛び込んだ。

 

「っ!」

 

 ギッとアイズの歯が軋む音をたてる。『アリア』を知る何者か、それを逃してしまった。そんなアイズの心情などお構いなしに残されたモンスター達は暴れまわる。

 この階層のモンスター自体は下層、深層クラスのモンスターに為す術なく殆どが食われている。残されたのは強化種となった極彩色。

 

「いてぇ、いてぇよお!」

「あ、足が………骨が、見えて………!」

 

 怪我人も多数。アイズ達はともかく、このままでは他の者達が………

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに】」

 

 響く詠唱(歌声)、エルフにも劣らぬ膨大な魔力。魔力に反応する食人花や芋虫が一斉に振り返る。

 

「【三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う】」

 

 襲いかかる食人花と芋虫。その群れに怯えることなく、詠唱を紡ぐ銀の聖女は腰に差していた短剣を抜き迫りくる触手を切り捨て、あるいは逸らして芋虫に当てる。

 

「【そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂(そうれん)】」

 

 極上の餌を前にした獣のように迫るモンスターを前に一切臆することなく舞うような軽やかさで攻撃を一切受けない。

 反撃は最低限、回避と防御のみに集中し詠唱を途絶えさせず魔力も常に安定している。

 

「へ、並行詠唱!? あんな魔力で!?」

 

 未だその域に至れぬレフィーヤが目を見開く。並行詠唱………別の行動をしながら詠唱を唱え魔法を放つというのは、本来それだけ離れ業なのだ。

 

「【呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想(かみ)の名をもって──私が癒す】 」

「【ディア・フラーテル】」

 

 冒険者達の傷が癒える。毒に侵されていた冒険者達の中から毒が消える。疲労がなくなる。

 リヴィラ全体で同様の現象。規模も効果も規格外な治療魔法をやってのけた銀の聖女、アミッドは回避と防御に向けていた意識を反転し、食人花達に向かい刃を振るう。

 その動きはリヴィラの冒険者達を凌駕している。能力値(ステイタス)以上に、技術が。

 

「あれが、【戦場の聖女(デア・セイント)】……」

 

 誰かが呟く。彼女の二つ名。治療師(ヒーラー)の身でありながら最前線で戦う実力も兼ね備えた第二級冒険者でも更に上位のLv.4。規格外の治癒魔法の使い手にして、自らもまた戦士。故に【戦場の聖女】。

 長文詠唱での並行詠唱、魔導師の理想の一つを前に、その高みにレフィーヤは戦慄した。気にしない能天気もいるが。

 

「わあ〜! アミッド、すっご〜い!」

「ティオナさん………ヴァルドは何処で無茶をしてますか?」

「え、ヴァルド? ああ〜………あの人ならあの竜巻の中ででっかいモンスターと戦ってるよ!」

 

 近付いてきたティオナに真っ先にヴァルドの所在を尋ねたアミッドは竜巻を見て目を細める。あれ、これ怒ってる? とティオナが思わず冷や汗をかく。

 

「まあLv.8ですし………大きな怪我をしてなかったら良しとしましょう」

「そうだアミッド! アタシに回復魔法かけ続けてよ! そしたらあの芋虫の変な汁気にしないで戦えるから!」

「その必要はないかと」

 

 平然と捨て身特攻を行おうとするティオナにアミッドはある方向を指差す。

 

「【一掃せよ破邪の聖杖(いかずち)】!」

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 白き雷霆が詠唱の通り、芋虫達を焼き尽くし数匹を一掃する。

 

「死にやがれええ!」

 

 魔剣に込められた風の魔法を《フロスヴィルト》という特殊武装に吸収させたベートが風の銀靴を持って芋虫を蹴り飛ばし吹き飛ばし同士討ちさせる。

 

「時間の問題かと。あと残るのは、その巨大なモンスターとヴァルドの決着でしょう」

「!!」

 

 アミッドの言葉にアイズは直様竜巻に飛び込もうとする。が、アミッドがそれを止める。

 

「お待ち下さいアイズさん、あれを……」

 

 よくよく見ると竜巻の周囲が黒く染まり溶けていく。

 

「『毒』……いえ、『猛毒』でしょう。下手に近づけば命を落とします」

「でも、それは師匠も………!」

「彼はLv.8です。『耐異常』の評価も相応に高いはずです………というか心臓なくても動く人が『毒』で死ぬなら闇派閥(イヴィルス)はもっと元気に活動していたことでしょう」

「ええ!? ヴァルドって人、心臓なくなっても動くの!? ゾンビなの!?」

「ゾンビの方がまだ可愛いですよ」

 

 アミッドははぁ、とため息を吐き肩をすくめるのだった。

 

「格下の私達が行っても足手まといになるだけです。我々にできるのは、信じて待つのみです」

 

 

 

 

「クオオオオオ!!」

「シュアアアアア!」

 

 ()()5()7()()()()()()()()()毒沼の主は9つの首でヴァルドを睨む。切ったそばから首が復活する。胸を抉ってみたが、魔石はどうやらそこではない。

 ゴバッと吐き出される毒霧は炎でこそないがその威力は深層の竜の咆哮と遜色なく、凶悪さは比較にならない。

 沼に浮かぶ木々はない。飛び石もない。溶けるからだ。

 代わりに毒に溶けない首を足場に跳ね回るヴァルドは雷光を放つも首の一つが吐き出した毒霧に魔法が散らされる。

 『アンフィス・バエナ』の『紅霧(ミスト)』と同じ………否、それ以上の魔法減衰能力。そして……

 

「っ!!」

 

 プシュッと空気が抜けるような音で放たれる毒の閃光。加圧された霧の一線はヴァルドの『耐久』を突破し肉を貫き内臓に穴を空ける。多少の傷なら『不死身』の発展アビリティで癒せるとはいえ、喰らい続けるのは得策ではない。

 

「ゴハアアアア!!」

 

 と、毒沼と化した地面に向かい毒の咆哮を吐き出す数本の首。ゴボ、っと人を飲み込むほどの水深となった沼が盛り上がり破裂し毒と混ざった溶けた地面が竜巻の中に撒き散らされる。水面が波立ち足場が揺れる。

 バランスを崩したヴァルドを黒蛇の尾が毒沼の底に叩きつける。土と混じり酸性が薄くなったとはいえ、毒に晒され溶け崩れタールのような粘度になった底の地面が絡みつく。踏ん張ることもできない。

 だがどうした。

 再び振り下ろそうとした尾が斬り裂かれる。

 剣の刃渡りに合わぬ斬撃、スキルも魔法も関係ない、技術で行う飛ぶ斬撃。

 

「やってくれる」

「クウウゥゥ!!」

 

 沼から這い出て近場の首の上に立つヴァルドは口の中に入った毒を吐き捨て黒蛇を睨む。

 硬い上に再生能力も高い。再生能力自体はベヒーモスに劣るが、サイズ比で見れば同等。それに強力な毒。18階層という密閉された空間では、毒さえ通じるなら推定Lv.は一つ上がると考えてもいいだろう。

 

「だが俺に毒は効かん。絡繰も見えてきた」

 

 そう言って足場の首の一部を切り裂く。そこには紫根の石……魔石が存在した。

 魔石を失い存在できるモンスターはいない。魔石を持たぬのなら何れ自壊するはずだ。これはその手の『階層の殲滅者』ではない、可能ならそのまま地上を蹂躙することも視野に入れた『神の抹殺者』。魔石はあった、しかし一つではない。恐らく9つの首全てに。

 一つでも無事なら他の首を魔石ごと再生させる。

 

「ならば全て砕くまで…………【威光よ(クレス)】」

 

 雷光が剣を覆う。

 バチバチと空気を焼く紫電の音はしかし徐々に収まる。空気へ散る一切の無駄を無くしたそれは、正しく光の剣。

 

「行くぞ……」

「…………?」

 

 首の一本が痛みを感じ、自らの身に穴が空いていることに気付く。極限まで圧縮された雷光は肉の融解を許さず灰へと還し、炭化した肉が再生の邪魔をする。

 

「────!?」

「──!!」

「!?!!?」

 

 己の魔石を再生出来ぬことに気付いた黒蛇は残る頭を同様に震わせる。そんな暇などないというのに。

 2つ目の魔石が砕かれる。やはり炭化した組織が再生を阻み、魔石の復活ができない。

 

「ハアアアアアア!!」

 

 魔法すら殺す猛毒を放つも、圧縮された雷光の僅か表面を殺すのみ。大口をヴァルドに向けた隙だらけの首が縦に斬り裂かれる。

 バグンとヴァルドの左腕に噛み付いた首が振り下ろされた剣に斜めに切り裂かれ、宙に浮いたヴァルドを飲み込もうとした首が内から爆ぜる。

 2本の首が纏めて根本から切り裂かれ、八本目に迫るヴァルドを振り落とすべく体を回し背中を毒沼に漬ける。が、八本目が何時の間にか切り飛ばされ残るは一本。慌てた黒蛇は、あくまで魔石を砕かれただけの首を最後の首で炭化した部位を噛みちぎろうとして──

 

「それは悪手だろう」

 

 隙を晒した毒蛇の首は、雷光(ひかり)輝く剣に魔石を切り裂かれた。

 頸椎で辛うじて繋がる首が沼に倒れ毒液が竜巻の中を舞う。すべての魔石を砕かれたことにより肉体が灰へと還り黒い骨が残る。ドロップアイテムだ。周囲に転がっていた首も肉や皮を崩し大量の骨だけが残った。




え? 治るとはいえ内臓に穴あけられて痛くないのか? 大丈夫、痛いだけなら耐えられる


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泥棒兎

ちなみにダンまちの世界に元々ゾンビ伝承はありません。ダンメモのとあるイベントで天界では神々の娯楽として伝わっていたようで、下界で再現されるイベントがありました。つまりこの世界でも似たようなことが起きた。


 毒霧は主を喪い徐々に薄くなっていく。地面と混ざった毒沼はそのままだが、ダンジョンの回復機能で何れ元の姿を取り戻すだろう。過去に業火に焼かれても元の姿を取り戻せたのだから。

 剣を軽く振るい竜巻を消す。背中に戻すと自動的に布が巻き付いた。

 

「………………」

 

 下手な素材では溶けてしまうので個人的な繋がりを持つ魔導師(メイジ)に造らせたのだが、この毒沼に浸かりながらも原型を保っている骨、役立つのでは?

 そう思ったヴァルドは全部持って帰ることにした。一先ずフィン達と合流すべく、リヴィラに向かう。

 

 

 

「どうも」

「アミッド……?」

 

 リヴィラに戻ると見知った銀の髪を持つ少女が見えた。小柄だが、ティオナ達より歳が上の昔からの知り合いだ。ヴァルドにとって少し後ろめたさもある相手だ。

 

「久し振りだな…………いや、祭の時も会っていたか」

「すれ違い、声を交わしただけでしょう。改めて、お帰りなさい、ヴァルド」

 

 アミッドはそう言って、美しく微笑む。人形のようだと言われる精緻な顔が浮かべる笑みに、周りの男性冒険者、女性冒険者問わず目を奪われる。

 

「ああ、ただいま………暫く見ないうちに、2つも試練を超えたらしいな。治療師(ヒーラー)のお前が……俺のせいだとしたら無茶をさせた」

「貴方のせいではありません。貴方のために、私が勝手にしたことです」

「俺のため?」

「貴方は自分を大切にしませんから。100と1を天秤にかければ、自分を1に置くような人ですから………」

 

 まあヴァルドはその1になっても生き残るのだが。

 それでも何時か最悪な事態になるかもしれない。

 

「隣に立てるなどと思っていません。後を追えるはずもありません………それでも、私は貴方を救いたい」

「そうか、だが不要だ」

「そう、言うんでしょうね。貴方は………自分より他の誰かを救えと。ですが、お断りします。貴方が頼まれずとも人を救うように、私は勝手にあなたを救う。言ったでしょう? 勝手にしていることだと」

「……………ならば勝手にしろ」

「ふふ。ええ………はい!」

 

 アミッドってあんなふうに笑うんだ〜、と興味深そうに見つめるティオナ。ヴァルドが気に入らないのか睨むベートとティオネ。相変わらずだと笑うフィンに眉根を寄せるリヴェリア。二人を複雑そうに見つめるアイズと、フィルヴィス。

 

「………!」

 

 と、ヴァルドがフィルヴィスに気付き視線を向けるとフィルヴィスが固まる。後ろめたい何かがあるかのような、今の自分を見られたくないかのように顔を伏せ後退り………走り出すより早くヴァルドがその手を掴む。

 

「久し振りだな、お前も」

「っ………あ、ああ…………5年ぶりだ……………5年…………5年、も………放って他の女と子育てしていたお前が今更なんのようだどうせ私など英雄が救った大勢のうち一人にしか過ぎないのだから気に留める価値もないのだろうなにせ約束も守らず何も言わず姿を消したのだからなだから離せお前のお人好しが感染する!」

「すご、一息で言い切った!」

「あんたは黙ってなさい………」

 

 感心する妹に呆れるティオネ。というかあのエルフ離せと言う割には自分から振りほどこうとはしていない。ヴァルドとのステイタス差で振りほどけない、というようには見えない。エルフが己に触れさせている時点で、まあそういうことだろう。

 

「くそっ、じれったいわねえ。あの男もあの男よ、とっとと押し倒して子供産ませればいいのに」

「自分がフィンにされたいことでしょそれ」

 

 と、今度は妹が姉に呆れた。

 

「そうだな、お前の汚名を返上させると息巻いておいて、置いていったのは俺だ。好きなだけ詰れば良い。だが一つだけ………元気にしていたか?」

「〜〜っ!!」

 

 かぁ、と怒りや羞恥で顔を赤くするフィルヴィス。

 何も言わず姿を消したことに怒りもある、だけど心配してくれるのが素直に嬉しい。

 そんなぐちゃぐちゃした感情を処理できず固まるフィルヴィス。

 

「………ディ、ディオニュソス様が………居てくれた、から………あの(ひと)が、私を受け入れてくれた………ああ、そうだ。私を、こんな私を受け入れてくれるのは………」

 

 と、フィルヴィスはヴァルドの手を払う。

 

「お前にまた会えて、嬉しいよ。だけど、お前と会えぬ日々で、私は醜く穢れてしまった………お前に手を差し伸べられる価値なんてない………」

「そうか………深くは聞かん。だが、再会を喜んでもらえるのなら、今はそれで満足しよう」

 

 フィルヴィスはその言葉を聞くと少しだけ微笑み走り去った。

 

 

 

「どうして、今更………なんで、私は…………!」

 

 この身は穢れている。たった一人生き残ったあの日から、死を振りまく悍しい『死妖精(バンシー)』になった日から。

 自分に救われる価値などありはしない、あの英雄の手を取れるわけがない。

 

「ああ、私は……お前を信じられなかった。帰ってくるとは思えなかった………だから、ディオニュソス様に愛を求めた……なのに、なんで今さら………何であの時、私を連れて行ってくれなかったんだ………」

 

 彼は7年前、都市を滅ぼそうとした女を連れて都市から離れ、噂では5年前にその女の下に身を隠していたらしい。なら私だって、そう思ってしまう。

 

「……………」

 

 【戦場の聖女(デア・セイント)】……美しい娘だった。聖女の名に恥じぬ容姿、そして力は……ああ、正しく英雄の隣に立つに相応しい。

 【剣姫】も、ハイエルフも穢れたこの身より、ずっとあの英雄の側にいるのに相応しい。

 

「ああ………だけど、お前はきっと手を差し伸べてくれるのだろうな」

 

 そうだ、きっとそれは自分だけだ。こんな穢れ果てた後も手を差し出されているのは自分だけの特権。そう思えば僅かに沸き立つ優越感。そんな事を考えてしまう自分に、すぐに嫌気が差した。

 

 

 

 

 

 

「ボールス、これをやる」

「おう、金になるんだろうな?」

 

 ヴァルドが持ってきた黒い骨を見てボールスが厭らしい笑みを浮かべる。が……

 

「街の柵に使え」

「はあ?」

「モンスター避けに使える。下層から進出してきた場合はまだわからんがこの階層にやってきたモンスター程度なら避けるようだ」

「そうなのか? んじゃ売れねえか………いや、あんなにでけぇなら──」

「階層主………ではないが俺が一人で討伐したものだ。ドロップアイテムは全て俺のものだ」

 

 チッ、と舌打ちするボールス。ヴァルドは運ぶのを手伝えば少しは金をやるというとやる気を出した。

 

「俺は一度地上に戻る。お前達はどうする?」

 

 ヴァルドは魔石の入った袋を担ぎフィン達に尋ねる。

 

「ん〜……そうだね。僕達も戻るよ。怪我人の護送は、アミッドがいるから不要だね。ギルドの報告は僕等からしておこう」

「そうか、頼む」

「あ、あの………師匠」

「どうした?」

 

 アイズが恐る恐る話しかけるも、しかし何も言えず黙り込んでしまう。リヴェリアが杖の石突でヴァルドの足を軽く小突いた。

 

「アミッドやあのエルフだけでなく、アイズにも何か言ってやれ、馬鹿………」

「置いていった俺が今更何を言えと?」

「それが罪の意識と思っているのなら、それはただの自己満足だ」

「知っている」

「………………」

 

 だから厄介なんだお前は、と今度は杖で頭を叩いた。どうせ後衛の攻撃などダメージにはなりしないのだろうが。

 

 

 

 

 7階層辺りで、戦闘音が聞こえてきた。

 ベテランのLv.1だろう、と予想する一同。この階層に潜れるほどの能力値(アビリティ)を得るには数ヶ月の時を必要とするからだ。

 

「相手はキラーアントか………消極的な戦い方だ、すぐに決着をつけている」

「うん、7階層に潜ったその日にわざとキラーアントを半殺しにして経験値(エクセリア)稼ぎに利用する君と一緒にしないように」

「アイズの時もしていたな………」

 

 まあ半年ほどで潜る師弟がここに居るのだが。しかもキラーアントの特性を聞いていたヴァルドはキラーアントを半殺しにして仲間を呼び寄せ戦っていた。

 アイズに修行をつける際も半殺しのキラーアントを持ってきた。

 

「ベルにもするか」

「その少年が恩恵を得たのは半月前なのだろう? 流石にそれは早すぎる」

「そうでもないようだな」

「何?」

 

 と、曲がり角を曲がるとそこで目に飛び込んできた光景は、キラーアントと戦う白髪赤目の少年。

 

「………嘘」

「アイズ?」

 

 アイズが信じられないというような目で目の前の光景に目を見開く。リヴェリアは改めて白髪の少年を見る。7階層に来るには頼りない装備、駆け出しと言っても過言ではない………どう考えても、この階層に来られるだけの戦いを経験した者の出で立ちには見えない。

 

「知り合いか?」

「ミノタウロスの、時と…………酒場で、師匠と居た………」

「っ! それは、つまり…………」

「ああ、彼奴がベル・クラネル。俺の弟子だ」

「…………ベートの目には、彼は駆け出しに見えたと聞いていたけど」

「ヴァルドの弟子………だけじゃねえ。どうなってやがる、能力値(アビリティ)が駆け出しのそれじゃねえ」

 

 ダンジョン・リザード、キラーアント、ウォーシャドウ。それら全てを相手取る少年の動きは、技術はもちろん能力値(アビリティ)もEはある。

 

「どういうことだ、彼は恩恵を得たのは………」

「ああ、半月前だ。半月で、彼奴はこの階層に来た」

「「「────」」」

 

 元々オラリオに来た頃にはLv.3となっていたティオナ達やLv.2で後衛故にパーティーを組ませられていたレフィーヤなどは今一ピンときていないが、オラリオにて恩恵を得た者達はそれがどれだけ異常なことかが解る。

 

「そんな………ありえない。なんで、そんなに速く………」

「それがベル・クラネルだ………」

 

 と、ヴァルドはベルへと近付いていく。ベルもヴァルドに気付くと駆け寄ってきた。

 

「師匠! お疲れさまです!」

「ああ、お前もな」

「………撫でられてる」

 

 アイズは己の頭に手を置きながら白髪を撫でられる少年を見つめる。

 自分も昔は撫でられてたし……。羨ましくないし。

 

(………あ、謝らなきゃ)

 

 モヤモヤした感情はおいておいて、今はミノタウロスの件と酒場の件を謝らなきゃ、とベルに近づこうとするアイズ。

 

「っ!? ア、アイズ・ヴァレンシュタインさん!? な、なんで師匠と一緒に!?」

「………………」

 

 そうか……自分がヴァルドと一緒にいるのが、そんなに不思議か。

 アイズの中の小さなアイズがプンプン頬を膨らませ両腕を振り回す。

 

「泥棒兎!」

 

 そのままサッとリヴェリアとヴァルドの背に隠れる。当のベルはポカンしていたが顔をチラッと覗かせたアイズはべーっと舌を出す。

 よくわからないが、嫌われたというのは解る。

 

「う、うわあああああん!!」

 

 逃げ出した少年を見てふふん、と何だか得意気になるアイズ。リヴェリアがごん、と妖精王拳骨(アールヴ・パンチ)。超短文詠唱より速い。

 

「うぎゅう………!」

「何をしているんだお前は」

 

 ヴァルドも呆れたように言う。二人に呆れられ、あの兎のせいだと逆恨みするアイズ。と……

 

「…………あ」

 

 リヴェリアに殴られた場所を優しく撫でてくれる手に目を細める。

 

「ア、アイズさんにあんなに親しげに〜!!」

 

 レフィーヤが何やらギリギリしている。ベートはベルの戦闘の跡、倒されたモンスターの死体を見て眉根を寄せる。

 

「あのガキは、本当に半月前に恩恵を得たのか」

「そうだ」

「……………チッ」

 

 舌打ちして踵を返すベート。

 

「どこへ行くんだい?」

「潜るんだよ、ここはダンジョンだろうが」

 

 フィンの言葉にそう言いながらベートはダンジョンの奥へと向かっていく。フィンは仕方無いというように肩をすくめ

 

「では僕も」

「お前は組織の長としての義務を果たせ」

 

 ダンジョンの奥に向かおうとしたフィンの首根っこをリヴェリアが掴んだ。




フィルヴィス「何故私を…連れて行ってくれなかったのだ………」

フィルヴィスは好いた男に捨てられたと思った後ディオニュソスに汚されたんだって、と噂が流れたとか流れなかったとか


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街の反応

 ヴァルド・クリストフがLv.8に到達し【ヘスティア・ファミリア】に所属したという話がオラリオ中に広がる。【ゼウス】と【ヘラ】、嘗ての最強しか到達しなかった領域に新たな名が刻まれた。神々も冒険者もそれはもう大騒ぎで、特に神は()()()()

 他者の迷惑などなんのその、己が楽しめればいいと早速ヘスティアの元に突撃した。

 

「ヘスティア〜! 俺にヴァルきゅんを譲ってくれ〜!」

「どうやって勧誘したんだ!? ロキから抜けてお前ってことは、胸か!?」

「希望した者を受け入れるだけだった英雄が自分からスカウトした兎がいるって聞いたぞ!」

「いや俺は血の繋がった親子って聞いたぜ!」

「二人まとめてこの私が面倒を見よう!」

「恋人関係というのは本当か!? 妾達にこっそり教えよ!」

「大丈夫よ、言いふらすから!」

 

 バイト先の屋台まで押しかけ好き勝手騒ぐ神々。ヘスティアが思わずうがぁ〜! と叫ぶ。

 

「仕事の邪魔だぁ! 買わないならあっちいけええ!!」

「ヘスティアがキレた!」

「ロリ巨乳が揺れてるぞ!」

「胸が揺れない私に対する嫌味!? ギリィ!」

 

 収拾がつかない。なにせ騒いでいるのは神々で、下界の子らは彼等に不敬を働くなど恐れ多くてできないしその気になれば神威を放って人類の動きを止められる。神を止められるのは神だけだ。故に……

 

「そこまでだぁ!」

 

 文字通り神の声が神々を止める。

 

「なんだ!? 何処だ!? 誰だ!?」

「はっ、あそこだ!」

 

 誰の声か解ってるだろうに何故か解らぬふりをして、声の発生源も探すまでもないのに探すふりをする。これが神のノリという奴だ。

 

「ぅおれが、ガネーシャだああああ!!」

 

 建物の上でポージングを決め象仮面の筋肉質な大男、ガネーシャの大声が響き渡る。

 

「ガネーシャだ!」

「ガネーシャだぞ!」

「なんで高いところにいるんだ!?」

「馬鹿だからだろう」

「馬鹿なんだろうな」

「とぅ!」

 

 と、ガネーシャが飛び降りる。結構な高さを………。

 ドン、と着地し……

 

「んぬぅ………………んん!!」

「足が痛かったんだな」

「あの高さだもんな」

「やっぱ馬鹿だ」

 

 神々が呆れる中、復活したガネーシャはガバリと体を持ち上げる。

 

「お前達、そこまでだ! ヴァルド・クリストフの無理な引き抜きは許可できん!」

「なんだと!? ふざけるな!」

「そんな事言いつつお前が引き抜く気だな? 知ってるぞ、お前んとこのアーディたんがヴァルきゅんをお義兄(にい)ちゃんにしようと画策してるの!」

「歳の差10歳とかお前んとこの団長ショタコンか〜!?」

「ヒヒ、何だよガネーシャ〜。なんの権利があって止めるんだ〜?」

「そうじゃそうじゃ! 妾達は通行の邪魔と騒音被害と営業妨害しかしておらん!」

「うむ! それだけでも十分捕まえられるが、これはギルドの決定だ!」

 

 ギルドの決定と言われ水を打ったように静まる神々。ダンジョンの出入り、魔石の換金、魔石製品の売買、【ファミリア】の管理………その他諸々を受け持つギルドに逆らえる者はいない。無視して動けるだけの力を持つのは現最強候補2派閥と資金が潤沢の歓楽街の支配者ぐらいで、今この場にはいない。

 

「ヴァルド・クリストフは過去2回オラリオから離れた。3度目もないとは限らず、また3度目も戻ってくる保証はない。よって、彼の不快になりうることを禁ずる。これがロイマンの決定だ! そして、俺がギルドの伝達を伝えたガネーシャだ!」

 

 『建前』はそうなのだろう。だがあのロイマンが【ロキ・ファミリア】から金を絞れる機会に何もしなかったことといい、もっと『上』とヴァルドが繋がっているのは明らか。ウラノスの神意だ、不用意にあの老神の機嫌を損ねる訳にいかず、神々は渋々引き下がる。

 

「は〜い皆さ〜ん、通行の邪魔にならないようゆっくり帰りましょうね〜!」

 

 と、見覚えのある蒼銀の髪をした女性が神々を案内していく。

 

「う〜ん、ヴァルドに頼まれていたけど本当に来たねお姉ちゃん」

「仕事中はお姉ちゃんはやめろ…………それとアーディ、ヴァルドをお前の義兄(あに)にするとは………私が年下好き扱いされているのはどういう了見だ?」

「あ〜、私仕事思い出した!」

「お前の仕事を私が把握していないとでも?」

 

 そして高身長の女性がその女性に近づくと逃げようとして肩を掴まれる。

 

「あ、あ〜………ヘスティア様! お久しぶりです!」

「う、うん。久し振りだね、この前はベル君達にご飯届けてくれてありがとね。君の名前、聞いてなかったね」

「はい、私はアーディ・ヴァルマと申します。お姉ちゃんや親友のリュー達と同じLv.5の第一級冒険者!」

「へー………あ、そっか。それって凄かったんだよね!」

「………………」

 

 初眷属の一人がLv.8だったヘスティアは色々感覚がズレていた。

 

「神ヘスティア」

「あ、と………アーディ君のお姉さん!」

「シャクティ・ヴァルマと申します。この度は対応が遅れ、申し訳ありません」

「いやいや、いいんだよ。というかここまで騒ぎになるとは」

「まあ、ヴァルドはそれだけ人気で………同時に恨まれていますから」

「…………恨み? ヴァルド君は英雄じゃないのかい?」

「…………本人に言わせれば、奴は救う者ではなく守るために殺す者。数多くの闇派閥(イヴィルス)を葬り、その関係者を白日の下に晒し都市を去った。しかし闇はまだ根強く残っています」

 

 完全殲滅、と表向きになっているがそもそも彼等が何処に潜んでいたのか未だ解っていない。また、闇に漬かって居なくともあの若さでLv.8まで上り詰めた者を嫉妬する眷属もいるだろう。

 

「あと男寝取られた〜とか言う人達がね〜」

「え、ヴァルド君そんな趣味が!?」

「いえいえ、ヴァルドってほら………物語の英雄みたいじゃないですか? それに憧れて恋人そっちのけで冒険する人多くて」

 

 なんとなく、解る気がする。ベルとか自分と話してる途中でもヴァルドが帰ってくると意識がすぐにそっちに向くし。まあベルはそれでも会話を再開してくれるが。

 

「まあだからといって、Lv.8に上り詰めたヴァルドを殺せるやつなどおりませんので、貴方を狙う可能性もあります」

「…………マジ?」

「マジだ!」

 

 ドン、とガネーシャが叫ぶ。

 ヘスティアはうへぇ、と息を吐く。

 

「マジかよぉ………」

「安心しろ! 俺の眷属やヴァルドの個人的知り合いの元暗殺者などが交代制で見守っている! それに、どうせ一時的なものだ!」

「なんでそう言い切れるんだい?」

「7年前、勝手な行動をした罰として無茶を出来ぬようロキに『恩恵』を封じられたヴァルドは、それでも闇派閥(イヴィルス)の蛮行を許さず………なんか、()()()()()…………」

「…………………はぁ?」

「勿論公にはなっていないが、多くの神々が気付いている」

 

 神の恩恵は『促進剤』。下界の人類(子供達)が持つ可能性を引き出すもの。だから『恩恵』は消滅はしない。しかし封印はされる。神の封印だ。それを打ち破るのは、どう考えても普通ではない。

 

「それって、ヴァルド君の魂が関係しているのかい?」

「それはない。『記憶』はともかく『魂』も『肉体(うつわ)』もこの世界のものになっている」

 

 つまりはその『記憶』により形作られた『心』が作り出した意志力。それを少なくとも多くの神々が知っている。いや、正確には『記憶』を知らないから正しい答えにたどり着いている。

 

「………胃が痛いんだけど」

「安心しろ! ウラノスから無償で胃薬を届けていいと許可をもらっている!」

「わ〜い、ありがとう! って、最初からボクの胃にダメージあること前提か!」

「まあヴァルドに関われば、うん………」

「嘗てのフィン・ディムナも胃薬中毒になったと聞きます」

「そうかそうか…………う〜ん。胃が痛い!」

 

 

 

 

 

 その頃のベル。

 

「兎は何処だ!? 探せ探せ〜!」

「げっへへ、親子丼もとい師弟丼で頂いてやるわ〜!」

「女神にあるまじき顔をしてるよこの(ひと)

 

 ヘスティア同様神々に追われていた。

 

(なんで、なんでこんなことに!? あ、でもいい匂い…………)

 

 そして金髪の女エルフに抱き締められ物陰に隠れていた。

 

「…………行ったようです。もう出ても平気でしょう」

「あ、は…はい!」

「? 顔が赤いようですが、熱でもあるのですか?」

「いいいいえ!? そそそ、そんなことは!」

「しかし………」

「そこまでにしてあげてはどうですか、ムッツリ妖精様ぁ」

 

 額に手を当てられアワアワ慌て出すベルを心底心配そうに見つめるエルフ。そんな彼女に何処か小馬鹿にしたような間延びした声が聞こえる。振り返ると、極東の服を着た極東美人が居た。

 

「輝夜、いきなり人をムッツリ扱いとはどういうつもりだ」

「おや、お気づきでないので? そこまで殿方に身を寄せておいて」

「何? ……………っ!」

「うわあ!?」

 

 その言葉に現状に気づいたエルフはバッ!とベルを突き飛ばした。

 

「こらこら駄目じゃないリオン! ごめんねボク、怪我はない?」

「トロくせえなあ、本当にあいつの弟子か?」

 

 更に現れる赤毛のヒューマンと小人族(パルゥム)の女性。全員美人だ。

 

「あ、貴方達は一体?」

「「「…………あ」」」

 

 ベルの言葉に何故か赤毛の美女を除いた全員がやっちまった、とでも言うような顔をした。

 

「よくぞ聞いてくれたわね!」

「!?」

「何を隠そう私達は、清く! 正しく! 美しく! 正義の刃で悪を討つ! 弱きを助け強きを挫き、偶にどっちも懲らしめる! 差別も区別もしない自由平等、全ては正なる天秤が示すまま! 願うは秩序、想うは笑顔! その背に宿すは正義の剣と正義の翼! 私達が【アストレア・ファミリア】よ! はい、拍手!」

「え、えっと………」

 

 パチパチと拍手するベルに赤毛のヒューマンはふふん、と胸を張る。

 

「申し訳ありませんねぇ。うちの団長、少々あれでして」

「輝夜、アリーゼへの侮辱は許さない。アリーゼは、その…………ええと」

「フォローできねえなら口を挟むんじゃねえよ」

「ええ………」

 

 なんだろう、この人達。がベルの素直な感想だった。全員すっごく美人だ。だけど赤毛の人だけなんかこう………色々残念な気配がする。

 

「なぁに? そんなに見つめちゃって、見惚れたかしら? ああ、私ったら罪な女!」

「アリーゼ、話が進まない…………さて、失礼しましたクラネルさん」

「あ、えっと………僕の名前を?」

「貴方は一躍有名人ですからね。それに、ヴァルドから聞いています」

 

 ヴァルドから、と聞いてベルが反応する。

 

「『ダンジョン内でまで面倒を見る必要はない、地上では気にかけてやってくれ』……たったそれだけ言うとあの英雄様は去っていきましたねえ」

 

 この輝夜と呼ばれていた女性は、なんとなく苛立っているように見える。

 

「あ、そういえば自己紹介まだだったわね。私はアリーゼ・ローヴェル。Lv.5よ! よろしくね、ベル! ちなみに団長なんだから!」

「リュー・リオン……Lv.5です」

「ゴジョウノ・輝夜と申します。Lv.は5ですわ」

「ライラだ。あたしだけLv.4」

「!!」

 

 Lv.5にLv.4。憧憬の少女と同じ階位の存在にベルの目が輝く。

 

「第一級冒険者に、第二級! す、すごい!」

「Lv.8の師を持つ貴方に言われても嫌味にしか聞こえませんねえ」

「あ、え………ご、ごめんなさい……………」

「輝夜、何故クラネルさんにそう強く当たる」

「極東には『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』という諺がありまして……ようするにあの男の関係者というだけで癇に障る!」

「ひっ!」

 

 自分に直接向けられたわけではないが敵意の籠もった叫びに思わず叫ぶベル。輝夜は何事もなかったかのように笑みを取り繕う。

 

「さて、お時間を取り申し訳ありません。そろそろダンジョンに向かっては?」

「は、はい! そうします、失礼します!」

 

 ベルはそう言ってダンジョンに向かって走っていった。その数時間後何故か泣きながら街を疾走する兎が出たとか出なかったとか。




誰かアシュレイ・ホライゾンみたいな能力持ってる奴が大抗争時代に自爆兵相手にドッカンボッカン大騒ぎする小説書かない?


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成長する者

「ななぁかいそぉ〜?」

「は、はい!」

 

 怒っている。明らかに怒っている。

 ベルは義母(はは)に叱られ吹き飛ばされ木の枝に引っかかったまま『美人を怒らせると強さ関係なく怖いぞ』と言っていた父、もとい師の言葉を思い出した。尚、師は『リヴェリアや輝夜、アストレアなんかもそうだった』と呟いた瞬間再び鐘の音に吹き飛ばされていた。

 そんな義母に比べれば虎と猫……ライガーファングと絵の子猫ぐらいの差はあれど、なるほど確かに美人が怒ると怖い。恩恵持ってるベルの方が強いのに逆らえる気がしない。

 

「き・み・は! 私の話を聞いてなかったのかなあ!? 7階層!? 迂闊にもほどがあるよ!」

「ごご、ごめんなさい!!」

「一週間ちょっと前5階層でミノタウロスに殺されかけたのはどこの誰かなあ!?」

「僕です!」

「じゃあなんで君は下層に下りるの! 痛い目にあってもわからないかなベル君は!」

「す、すみませぇん…………」

 

 バンバン机を叩くエイナの迫力に押され尻すぼみしていくベル。まあ適正階層をしっかり考えてくれたエイナの言葉を無視したのはベルだから、彼女の怒りは当然だ。

 

「危機感が足りない! 絶対足りない! 今日はその心構えを徹底的に矯正して──!!」

「ま、待ってくださいエイナさん!」

 

 それはそれとしてベルとしても言いたいことはある。

 

「その、僕っ……あれから結構成長したんですよ!」

 

 適正階層は主にステイタスの数値と先達の冒険者達の報告からこれ、と決められる。絶対ではないが数値が高ければ当然適正階層も深くなる。ベルは少なくとも、己の数値を超えた階層を潜ってはいない。

 ちなみに数値無視してサポーターとしてとはいえ中層まで行きやがったのが彼の師だ。似たのかな? やっぱり噂通り実は親子?

 

「冒険者になって半月。アビリティ評価H(100台)がやっとのくせにどの口が成長なんて言うのかな?」

「ほ、本当なんです! 僕のステイタス、Dにいったのもあるんです!」

「え………D(500台)?」

 

 ベルの口から紡がれたアビリティ評価に固まるエイナ。しかしすぐに疑わしげな視線を向ける。

 

「そ、そんなでまかせ言ったって………」

「本当です! 本当なんです! なんか僕今、成長期らしくって!」

「………………」

 

 ベルとの付き合いはまだ長いとは言えない。それでも彼が嘘をつくような人間ではないと…

 でも、D………エイナはS、A、B、Cと指を折り曲げ数えていく。

 エイナの先程のHという評価は決して適当に言ったわけではない。ダンジョンに入って半月の冒険者が到れるのは通常Hだ。それだって腕のいい冒険者に限った話。Gなら出来すぎ、E以上というのはいくらなんでも早すぎる。多くの冒険者達を見てきた受付嬢達から満場一致で才能がないと判断されたベルが?

 

「………ねぇ、ベル君」

「は、はい」

「君の背中に刻まれている【ステイタス】、私に見せてくれないかな?」

「え!?」

 

 エイナの言葉にベルは思わず叫ぶ。ステイタスは本来秘匿されるべき情報だ。それはLv.1でも変わらない。例外的にギルドがステイタスを確認することはあるが、それは本当に例外的な事例。それこそランク申請を偽っていた疑いがあった時など。

 

「君が嘘を吐くとは思えないんだけど………」

 

 それでも常識的に考えてDは可笑しい。ヘスティアの伝え間違いとか書き間違いと思ったほうがまだ現実がある。

 

「で、でも【ステイタス】って一番見せちゃいけないんじゃ」

 

 『魔法』や『スキル』、【ステイタス】に刻まれた情報は本来秘匿されるべき事柄だ。敢えて公開するものや、その強さ故に推察される者もいるが基本的にギルドは不干渉で居るべきもの。

 因みにヴァルドは神々からは「5つぐらい持ってるだろ」「剣に関する技能を上げるスキルがあると見た」「思いの力で効果変動するステイタス補正があるに違いない」とか的はずれな考察がされている。

 

「お願いベル君! ベル君の【ステイタス】が知られることがあったら私、君に絶対服従するから!」

「ふ、服従!? そ、そんなことしなくたって!」

「どうしても確認したいの! じゃなきゃ私、何時までも君の適正階層を更新しないよ?」

 

 もちろん、冒険者がそれを無視することはある。が、ベルは恐らくそう何度も出来る輩ではない。こうして素直に進出階層を教えてしまうだろう。

 

「わ、わかりました………エイナさんが言うなら、僕………ぬ、脱ぎます!」

 

 ザワッ、とベルとエイナに視線が集まる。エイナは顔を赤くして慌ててベルを談話室に引きずり込んだ。

 

 

 

「…………嘘」

 

 

『Lv.1

力:D509

耐久:F398

器用:D524

敏捷:C624

魔力:I0   』

 

 駆け出しの『アビリティ』ではない。熟練の、何ならランクアップに足をかけた冒険者レベルのアビリティ。

 これが冒険者として、恩恵を刻んで半月のアビリティだなどと誰が信じるのか。

 

(………クリストフ氏が見つけた、英雄候補)

 

 エイナはとある噂を思い出す。ヴァルド・クリストフの帰還が報じられると同時に広まった噂。彼の者は【ロキ・ファミリア】に見切りをつけて、都市外で己の後を継ぐ者を見つけたというもの。そして、同【ファミリア】唯一の眷属はベル一人。

 まさか、と思った。

 【ロキ・ファミリア】でヴァルドの弟子といえば【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドや【貴猫(アルシャ―)】アナキティ・オータム、【炎翼(ヴィゾーヴニル)】ロイド、【戦乙女(ヴァルキリー)】レミリア……そして、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。他にもいるが有名所はこんなところ。

 前3名は第二級上位のLv.4で、後者2名に至っては第一級Lv.5。特にアイズはヴァルドに継ぐ天才として知られる世界記録保持者(レコードホルダー)に最も近い存在。

 

(そんなヴァレンシュタイン氏を差し置いて、ベル君を………なんて思ったけど。でも、このアビリティなら……まさか、本当に?)

 

 ベル・クラネルがヴァルド・クリストフの後継者。

 

(でも、それって………ベル君がクリストフ氏のような無茶をするってことだよね?)

 

 それは、なんか嫌だ。ヴァルドが狂っているとは言わないが、その偉業は異常。誰かが真似できる類とは思えない。ましてやベルのような少年が………。

 

(でも、この【ステイタス】なら7層どころか10階層以降も………そんな速度で成長する冒険者なんて………もしかして、スキル?)

 

 と、エイナは本来規則違反と解っていてもつい目が行ってしまう。

 

(………あ、駄目だ)

 

 読めない。ヘスティアの癖か、もしくはプロテクトか…。とにかくエイナには読めない。

 

「あ、あの………エイナさん?」

「あ、ごめんね! もう服を着ていいから」

 

 ベルはいそいそ服を着直す。エイナはうむむ、と顎に手を当てる。

 この【ステイタス】なら7階層以降の進出を認めないわけにはいかない。そうなるとそうなるで、別の問題がある。

 

「………?」

 

 じっとベルを見つめるエイナ。厳密には、ベルの貧相な装備。

 

「ベル君、クリストフ氏はベル君が深く潜ることに対してなにか言ってた?」

「えっと、装備を変えろって」

 

 うん、その方がいいだろう。今の装備はどうにも心許ない。

 

「じゃあベル君、明日空いてるかな?」

「…………え?」

 

 

 

 

 女の人と、待ち合わせ!?

 などと混乱しながら談話室から出るベル。と、何やらギルドが騒がしくなる。誰かが入ってくると同時だ。ベルもそちらに目を向ける。

 筋骨隆々の、猪人(ボアズ)の大男が入ってきた。

 

「っ!」

 

 気配が、違う。上級冒険者特有とか、大きな体とかそういった類ではない。似ているとすれば、ヴァルドに近い気がする。

 

(なんだろう、あと少し……嬉しそう?)

 

 しかめっ面にも見えるがなんとなくそう感じた。

 男が歩けば冒険者達は慌てて道を空ける。

 

「…………【猛者(おうじゃ)】オッタル」

「え、【猛者(おうじゃ)】って……師匠が倒した?」

 

 大丈夫だろうか、目をつけられないといいのだが。

 と、オッタルはズンズンと進みカウンターにたどり着く。

 

「ふえぇ……」

 

 不幸にもそこにいた小柄なヒューマンの少女は涙目だ。

 

「ほほ、本日はどど、どのようなご要件で…………」

「ランクアップの申請だ」

「で、ですよね!」

 

 アドバイザー制度を利用しない【フレイヤ・ファミリア】が来る理由などそれぐらい…………え? 今なんと? と少女は怯えも忘れ惚ける。

 

「? ランクアップの申請をしに来たのだが」

「あ、えっと…………Lv.8………に?」

「ああ」

 

 次の瞬間、ギルドが叫喚に包まれた。

 

 

 

 

(Lv.8…………師匠と同じ……)

 

 ベルはじっとオッタルを見つめる。世界最強の座についた師に追いついた冒険者。しかも師と因縁があるらしい。喧嘩にならないよね?

 などと戦々恐々しているとその視線に気づいたのかオッタルがベルを視界に捉える。

 

「ヴァルドの弟子か」

「は、はい……」

「奴が選んだ男か…………せいぜい励め。お前の行動は奴の名声により正当な評価を受けないかもしれない。そして、お前の零落は奴の名に傷をつけるだろう」

「っ…………はい!」

「………では、奴に伝えておけ。今夜、あの場所で待つと」

 

 ザワッと再び騒がしくなる。まさか、ランクアップして雪辱戦を!? おいおいオラリオどうなるんだ、と。しかし、だからといってオッタルを止められるはずもない。

 

「そ、そんなことを認められるか!」

 

 と、そう叫んだのは小太りしたエルフだ。エルフとは思えぬほど俗欲にまみれた姿をした男は脂汗を流し足をがくがく震わせながらオッタルに向かって叫ぶ。

 

「…………何がだ」

「おお、お前と【剣聖】の………ふ、再びなど、認められるはずがない! ギルドから、せせせさ接触きんきき禁止令を出させてもらう!」

「…………何故だ」

「とにかく、これはギルドの決定だ! やぶ、やぶれば罰を………!」

「………………解った」

 

 オッタルがそう言って去ると小太りしたエルフはその場でヘナヘナとへたり込んだ。

 

 

 

 

 

「あらオッタル、早かったわね。今日はヴァルドを飲みに誘うんじゃなかったの? また額に牛肉(ミノ)と書かれてくるかと思ったのに」

「ギルドに、接触禁止を言い渡されまして」

「ギルドが………?」

 

 フレイヤはギルドとオッタルの認識に大きな誤りがあることに気付いたが、なんか面白いので黙っておくことにした。




ロイド、レミリア。
本来はクノッソスで死ぬLv.3のモブ冒険者。良かったねクノッソス! 彼等を殺せれば【ロキ・ファミリア】に大打撃を与えられるよ!


 ヴァルドは映画については知らなかったけどウラノスに復活の可能性がある『秘境の蠍』調査の依頼を受けて、見てくるだけでいいのに精霊を解放するために死にかけて『不死身』手に入れ完治したあと同居してる女に『何故私を頼らなかった』と問われ『(もしお前まで死んだらベルが寂しがるから)お前を俺の仲間として連れて行くわけ無いだろ』と言って吹き飛ばされた。



ちなみにベルの祖父に色々英雄譚を語られて知っているからオリンピアに行ってエトンと話したら「なるほど確かにエピメテウス(やつ)は陸の王者も、海の覇王も、秘境の蠍も討てなかった。雄牛一匹倒しただけで、英雄と担がれた道化もいたと聞く。それに比べれば酷い差別もあったものだ。
 ………だが、()()()()()()()。世界が失望しようとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう」とか言う。復活した『陸の王者』や精霊取り込んだ『秘境の蠍』を打倒した本人が。
 知られたら普通に「イヤミか貴様!」と言われて斬りかかられても文句言えねえなあ


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小さな出会い

「お〜お〜、モテるねえあの兎。さっすがヴァルドの弟子だ。子供ってのもあながち嘘じゃねえのかもな」

「餌をやって放置するところもそっくりですねえ。何時か屑だのなんだの罵られて愛憎入り交じったナイフで刺されるでしょうねえ」

「うーん、これはヴァルドの子!」

「皆、いくらなんでもそれは彼に失礼だ」

 

 ハーフエルフのギルド職員と買い物に行った挙げ句『私が貰ってほしいなあ』と籠手を渡された光景を見て好き勝手話す【アストレア・ファミリア】。リューだけは同情的な視線を向けていた。

 

「それにしても、やっぱり現れやがったなあ英雄アンチ」

 

 と、ライラは地面に転がる死体を睨む。ベルへ明らかな殺気を放ち、声をかければ【アストレア・ファミリア】の姿に顔を顰め、ナイフを振りかざしてきたがその動きはあまりに遅く、捕えれば全員服毒自殺をした。

 『恩恵』なしだが、恐らくは闇派閥(イヴィルス)の信者………というよりはヴァルド・クリストフを憎み、唆されたであろう者達。皆ベルの命を狙っていた。

 

「武器は市販品。特定は無理だな………恩恵持ちを使ってこないあたり、様子見か」

「ま、大きく弱体化した今派手に動いて今度こそ殲滅されたらたまらないんでしょう………後は、ガス抜き」

「だろうなあ」

「捨てていい駒なのでしょうねえ」

 

 と、アリーゼが目を細め虚空を睨む。

 通常、闇派閥(イヴィルス)など様々な目的で数を揃えた集団はそれこそなにか目に見える成果を用意しなくては一部が暴走する。ただ、相手がヴァルド関係なら成果を出せなくてもまあ仕方ないかと思うだろう。行動はしている、そう見せるために末端を消費して深い情報を持つ駒を抑える。そんなところだとアリーゼは予想し輝夜やライラも同意する。

 

「まあ、それでも油断したところで『恩恵持ち』を使う可能性はあるから、あの子にも早く強くなってもらいたいところね」

「なにせ、あの英雄様が、わざわざ都市の外に出て、選んだ後継ですものねえ。きっと半年かあるいは3ヶ月でランクアップするのではあ?」

「色々強調してんな」

「輝夜はヴァルドが頼ってくれないことを根に持ってるからね」

 

 何やら黒いオーラを出す輝夜を見てライラが引いてアリーゼが補足する。空気の読めないポンコツ妖精が首を傾げながら輝夜に質問を投げつけた。

 

「輝夜はヴァルドさんに頼ってほしいのですか?」

「直球だなアホエルフ!」

「まさか。あの心臓止まろうと動き続け内臓溢れようと未知の骨糞蜥蜴と戦いを続けるイかれた男の頼みなど、命がいくつあっても足りませんので」

「と、言いつつ。頼ってもらったら皮肉を言いながら絶対に力を貸す輝夜なのであった、まる!」

「イラ☆」

 

 輝夜はそっと刀の柄に手を添えた。

 

 

 

 

「…………何か騒がしいなあ」

 

 時折感じる舐め回すような不躾な視線と異なり見守るような温かな視線を感じた方向が何やら騒がしい。今は視線を一人分しか感じない。

 何が起きてるんだろう?

 

「………ん?」

 

 と、不意に接近する気配。別のところに意識を向けていたベルは反応しきれずぶつかってしまい、走ってきた少女が転ばぬように慌てて支える。

 

「すいません、大丈夫でしたか?」

「追い付いたぞクソ小人族(パルゥム)!」

「っ!」

 

 更にやってきた男は物凄い剣幕で少女を睨みベルは反射的に少女を庇うように身を割り込ませる。

 

「……ああ? なんの真似だ。ガキ、邪魔だ、そこをどきやがれ!」

 

 装備の質からしてそこそこ稼げる冒険者だろう。つまりダンジョンのそれなりの深さに潜れるベテラン。ベルの装備を見て取るに足らない駆け出しだと判断したのか、だからこそ邪魔が我慢ならないと表情が物語っている。

 

「た、助けてください冒険者様!」

「あ、えっと………その、何があったんですか?」

「何も知らねえなら黙ってろ! いい、てめぇからぶっ殺す」

 

 駄目だ、話を聞く気がなさそうだ。苛立った様子で剣を抜く男にベルも【女神の剣(ヘスティア・ソード)】を抜く。

 怯えるどころか敵意を向けたベルにますます苛立つ男。

 

「死ねやあああ!」

 

 当然と言えば当然だが、その動きは手加減しているヴァルドより遥かに遅いし、技術も拙い……補足しておくがヴァルドが規格外としても、その男はいささか【ステイタス】任せが過ぎる動きだ。

 

「え……っと…………」

「っ!?」

 

 対人の基準値がぶっ壊れてるベルは困惑しながら剣を弾く。自分の一撃があっさり弾かれ男は目を見開く。

 ベルが向ける視線は、明らかにこんなに簡単に弾けるものなの、とでも言うような顔。その態度が男のプライドを刺激する。

 

「何なんだてめぇ、なんでそのガキを庇いやがる! 知り合いか!?」

「えっと、違います………」

「じゃあなんだって邪魔しやがる!?」

「その…………女の子、だから?」

「はあ!?」

 

 『女の子には優しくするんじゃ、ベルよ。え? お義母さんは? 彼奴女の子じゃぐはあああ!!』という祖父の教えを思い出しなんとなしに答えるベルに、何いってんだ此奴と言いたげになる冒険者。

 

「訳分かんねえ、もう良い………次こそ殺す」

 

 と、改めてベルを敵と認識した上で剣を構える男だったが………

 

「次から次へと、今度は何だぁ!?」

「リューさん?」

 

 現れる金髪のエルフの美女、リューだ。

 鋭い視線を男に送り、男は思わず息を呑む。

 

「その方は我々の恩人の弟子だ。彼に危害を加えることは許さない」

「っ………お、お前……【疾風】だな!? だったらそのチビを捕まえやがれ、そのガキが俺の金を盗んだんだよ!」

「貴方が最低賃金すら払おうとしなかったからでしょう!」

 

 最低賃金とは、サポーターを雇う場合において同派閥、他派閥問わず一定の給料を払うという決まりだ。世界記録保持者(レコードホルダー)がLv.1の時サポーターをやって感じた現状の不満をギルドに直接交渉して決めさせた規律。先に一定金額を払っておいてモンスターにやられてはその日の稼ぎがマイナスになったりするのでサポーターの死者は減ったし、そのぶん換金率も上がりギルドは正式採用とした。因みにサポーターの最低賃金はパーティーの平均レベル、到達階層、人数などで細かく決められるため見殺しにしたり囮にした場合寧ろ損をするようにロイマンがうまく調整した。規則なので破れば当然罰則が下る。

 

「まあ、だからといって盗むのはどうかと思うけどな。それはそれとして、私刑よりギルドに仲介頼んだほうが良いんじゃねえの?」

 

 と、ライラも現れる。

 

「サポーター軽視をやめさせようとした英雄様がご帰還したってのに随分とまあ、勇気のある行動するじゃねえの」

「っ! るせぇ! 小人族(パルゥム)風情が、いっちょ前に報酬をもらおうってだけで烏滸がましいんだよ!」

「…………ああ?」

 

 見た目は少女、実際は小人族(パルゥム)のライラはパルゥム差別のその発言に目を細める。

 

「その小人族(パルゥム)に劣るLv.が何をいっちょ前に偉そうにしてやがる。それとも【勇者】や4兄弟、アタシは小人(パルゥム)じゃねえってか?」

「っ!」

「うわ、あの人自分で弱い種族だなんだと言っておきながら強いと知ってると黙り込んだわ。格好悪い!」

「まぁまぁ団長様、そのような事実を受け入れる器量もない方に言っては可愛そうですよ」

 

 と、アリーゼと輝夜まで現れ男は顔を青くする。第一級冒険者や第二級冒険者に勝てるわけがないと、どうにか言い訳をしようと必死に頭を回転させる。

 

「っ………わ、解った解った! 金を渡せばいいんだろ!」

「だって、どうするおチビちゃん」

「チ……ま、まあ、団長に報告するのでその時まで護衛をしてほしいですが」

「じゃ、アタシがついていってやるよ」

「…………ありがとうございます」

 

 ライラが少女の護衛につくというと、闇討ちでもしようと思っていたのか男はちっと舌打ちする。

 

「ところで、今更だけどあなたの名前は?」

「リリはリリルカ・アーデです。そちらの冒険者様はゲ………えっと…………ゲドウ・ラッシュ様?」

「確かに外道なことをたくさんしそうね」

「名は体を表しますねえ」

「ゲド・ライッシュだ!」

 

 男、ゲドはそう言うと去っていった。

 

 

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア】本拠(ホーム)にて、リリが扉を開け酒場にもなっている一階でカウンター席に座る。

 

「おうアーデ、戻ったか。今回はどうだった?」

「どうもこうも、まぁた値切られそうになりましたよ。盗んでやったらバレかけましたけど」

 

 その隣にやってきたドワーフはその言葉を聞いてそうか、と顎に手を当てる。

 

「他派閥かぁ、こういう場合どうすんだあ? あの野郎ならうまくやれたんだろうけど」

「その男が残した価値観のせいで未だうちのファミリアはギルドの警戒対象なんですがねえ」

 

 と、リリはちらりと一部の団員を見る。ニヤニヤニタニタ下品な笑みを浮かべ何やら話し合っている。

 

「団長も気をつけてくださいよ? 闇討ちなんてされて、彼奴等の誰かが団長になったら今度こそ潰されますよ、うち」

「…………まあ、仮に俺が殺されてもソーマ様がまともな奴を選んでくれるだろ」

「へっ、あんなアホがマトモな団長を選べるわけねぇですよ。団長だって選んだのは英雄様ですからねえ」

 

 やさぐれたように笑うリリにドワーフの男は「あの(ひと)だって子供の面倒見たりしたんだけどなあ」と苦笑いする。

 

「そういえば英雄の弟子に会いましたよ。噂になってる………なんというか、何も知らない子供でしたねえ。随分真っ白で、羨ましい限りです」

「………いじめるなよ?」

「いじめませんよ。リリを何だと思ってるんですか………英雄の弟子なんて、精々煽てて羽振り良くしてお金を貢がせるぐらいしか使い道ないです」

「………………」

 

 

 

 

「あ、お〜い! ヴァルド!」

「シルか」

 

 ダンジョンからの帰り道、給仕服姿の銀髪少女が駆け寄ってくる。

 

「こんばんは。聞いたよ、オッタルさんと接触禁止令を出されたって」

「………?」

「あれ、まだ知らなかったの?」

「ああ………しかし、何故?」

 

 心当たりが無いというようなヴァルドにシルはん〜、と顎に指を当てる。

 

「ヴァルドがオッタルさんをボコボコにしちゃったから、リベンジしに来たと思ってるんじゃないかな〜?」

「それはそれで望ましいが、今のままで挑んでくる性格でもないだろう」

「あんまり知られてないもんね、あの人の性格。ランクアップ果たしたばかりって言うのもリベンジ説の一つかなぁって」

 

 まあだとしてもギルドから接触禁止令が出ている以上、ギルドで勘違いさせるようなことを言ったのだろう。

 

「彼奴は昔から、言葉が足りない」

「…………………」

「何だその目は?」

「いえ、べっつに〜………」

「仕方ない、俺からロイマンに話を通す」

「…………因みに、なんて言うの?」

「俺もオッタルも無意味に街を破壊する趣味はない。雌雄を決するのは今ではない、と」

「忙しかったら?」

「簡潔に、いずれオッタルとは決着をつけるつもりだ、と…………」

「う〜ん………」

 

 シルは困ったように笑う。

 

「まあ頑張ってね。禁止令が解かれたら私がご飯作ってあげる♪」

「………………………急いで誤解を解く必要はないか」

「なんでえ!?」

 

 と、シルは叫びながらヴァルドの髪の毛を引っ張った。ヴァルドにこんな事を出来る者は、そうはいない。

 Lv.8ゆえ本気で抵抗することできず、それが解っているのかシルは楽しそうに笑うのだった。




ヴァルドととある女神の関係
女神・愛おしい。そばに置きたい。他人が大好きね。
ヴァルド・厄介。神の愛は面倒。恋をしてから出直せ。

ヴァルドととある街娘の関係
街娘・友達。たまに遊びに誘う。料理をどうぞ。
ヴァルド・友人。たまに振り回される。料理はいらない。


ヴァルドがとある女神に言った言葉
「お前は俺を愛していても恋してない。俺ではお前の願いを叶えられない。だから、振り回されるだけ振り回されて、俺に何も得るものがない。ただ迷惑だ、関わるな鬱陶しい」

ヴァルドがとある銀の少女に言った言葉
「美の女神と関わるのはもう御免被るが、ただの街娘と話すぐらいなら問題はない」

ベルのおb……お義母さんが話を聞いて言うかもしれない言葉
「そういうところだ」



ヴァルドとシルはあくまで友達です。男女の友情が成立してる。シルは抱きついたり肩に顎を乗せたりお姫様抱っこさせたりと色々好き放題してるが本人曰く男女間の感情は芽生えていない。ただリヴェリア達の反応を楽しむこともある。


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サポーターの少女

シルとヴァルドは友人なのでシルのヴァルドへの口調はアーニャやリュー(原作)にするように砕けた感じにすることにした。
砕けた口調のシルさんと話す男主人公みたい…………見たくない?


「それが新しい装備か。新人の作品にしては、良く出来ている」

 

 ベルの装備を見てそう評価したヴァルド。己が選んだ装備が師に褒められ嬉しそうだ。

 

「むむむ、女の子と買いに行ったのはすこ〜し納得いかないけど、これで更に深い階層を目指せるね!」

「はい!」

「キラーアントは直ぐに殺すな。仲間を呼ばせ、素材と魔石を集めるのに使えるし、目に頼らず己の周囲を把握する訓練になる」

「え、あの……エイナさんはキラーアントは直ぐに倒せって」

「ベル、お前の成長速度は俺やアイズより早い。ならば戦いの数も増やしておけ……とはいえ、ランクアップするにはまだアビリティも低い。今はまだ無茶をする時期じゃない、か」

 

 要するにアビリティを極めてからランクアップしろということだろう。アビリティの伸び具合を見るに、そう遠くない未来。

 ヘスティアからすれば気が気でない、なんてレベルじゃない。ベルの成長速度がこのままなら、一体どれだけの間隔で危険を冒さねばならぬのか。

 

「冒険者とは冒険をするものだ。冒険をせずランクアップしても、たかが知れている。半端な偉業をするなよ?」

 

 期待から出たであろうその言葉に、ベルは「はい!」と叫びグッと拳を握りしめた。

 この人の弟子として、恥じない冒険者になろう。そう心に決め、ふと気になることを思い出す。

 

「あの、師匠には、アイズさんの他にも弟子が居たんですよね……その、【ロキ・ファミリア】に…………」

「ああ」

「…………なんで、僕なんですか?」

 

 彼に選ばれる、それだけで自分が特別なのだと勘違いしそうになるほど、ベルにとってヴァルドは特別な存在だ。というかLv.8の時点で……さらには世界記録保持者(レコードホルダー)の時点でそうだが、ベルにとってそれは関係なくヴァルドは凄い。

 それに対して、自分はどうだ。彼と義母に鍛えられ、それでもミノタウロス相手に殺されそうになり怯え、助けてくれた相手に惚れて何もせず何時か道が交わるなどと妄想した矮小な夢見がちな子供だ。

 

「今だから言うが、俺はお前を見た時弟子にする気はなかった」

「──え?」

「あの女も居た……さっさと秘境にでも向かおうと思っていた。育てる気などなかった」

「………………」

 

 ヘスティアが何も言わぬあたり、それは全て本音なのだろう。

 ベルは泣きそうになった。悔しいからではなく、悲しいから。義母がいて、祖父が居て………そこに彼が居ない未来はあったのかもしれないが、居た事実を知るベルには想像だけだって耐えられない。

 

「だが5年前、暫くの滞在に使おうと立ち寄り、あの女に何を聞かされたのかお前は俺の弟子になりたいと言った」

 

 本来であれば、ヴァルドにとって喜ばしいことだった。だがただの村人として過ごしていたベルを知っていたから、躊躇った。

 

「お前は言ったな? 「何時かお義母さんや貴方を守れるような英雄になりたい」と………」

 

 自分より遥かに強い相手を守りたいと言ったのだ。曲がりなりにもその強さの一端を知っているのは何度も吹き飛ばされた形跡のある家の周りの地面と丁度地面にめり込んでいた祖父を慣れたように引き抜こうとしていたのを見て明らかだろうに。

 

「誰だって強い奴に頼る。だがお前は、大切な相手が強いのなら自分がそいつを守るためにもっと強くなる、そう考える奴だ。だから選んだ」

「で、でもそれは………子供の頃の話で………」

「確かに、あの頃に比べると、随分夢を見なくなった………人類は変化する。夢を見なくなった奴が再び夢を見ることもあるだろう」

「ち、ちなみに師匠は自分より強い人が怪物にやられたら、どうするんですか?」

「その怪物が多くの命を奪おうとするなら、どのみち俺には戦い倒す以外の選択肢はない」

 

 

 

 

 

 アイズがベルを意識している。いい傾向だ。

 仲間以外で誰かに興味を向けるのは、5年間の空白があるとはいえ初めてだ。アイズが年相応の顔を少年(ベル)に見せるのは嬉しくもあり寂しくもあり切なくもあり愛おしくもある。

 

(完全に嫌っている、というわけではなさそうだが。やはり置いていかれるのは堪えるか)

 

 それを知りながら異端児(ゼノス)の救出、距離を取っての修行など、諸々の理由で何も言わず別れた後、新たに弟子を取ってこちらに期待することにした、などと傍から見てもかなり勝手だ。

 だが、あの時より危なげがなく、それでいてやる気に満ちていた。

 

(好かれたいベルには悪いがもう少し負けん気を保ってもらうとするか)

 

 

 

 

 

 

(師匠は、やっぱり僕よりアイズさんみたいに凄い人達を鍛えるべきじゃないのかな……)

 

 師の期待と裏腹に、ベルはそんなことを考えていた。

 ミノタウロスに圧倒され、武器を失い死の恐怖で動けなくなった自分。そして、たとえ己より強い誰かがやられてもその怪物に挑むと言い切った師。

 自分にはきっとできない。その時が来ても、情けなく逃げ出すだろう。

 

(アイズさんなんかLv.5だし………)

 

 ヴァルドや義母が聞けば()()5だ、と言うだろうがベルにとってつい先日までLv.7が最強でLv.6や5は雲の上のような存在だ。彼等を鍛えたほうが、きっと………

 

「っ!」

 

 パン、と両頬を叩く。駄目だ、思考が悪い方向にばっかり行ってる。期待されたんだ、それに応えれるよう努力することを考えよう!

 というわけで、ベルにとっての未踏破領域を広げより強いモンスター、より過酷な戦場に………。

 でも、モンスターの数も増えて魔石とか回収しにくい。このままでは稼ぎを師に任せきりになるのでは? と………

 

「お兄さんお兄さん、白い髪のお兄さん」

「ん?」

「昨日はどうも、お兄さん」

 

 振り返ると大きなバックパックを背負った、昨日出会った小人族(パルゥム)の少女がいた。

 

「君は昨日の。あの後大丈夫だった?」

「はい。団長にも報告しておいたので、諸々対応されるといいな〜と言ったところですね」

「? 対応、してくれないの?」

「他派閥のサポーターに何しようと謝る冒険者なんていませんよ。ましてやリリみたいな小人族(パルゥム)ならなおさら」

 

 小人族(パルゥム)差別、サポーターの蔑視。話には聞いていたが、改めて体験したであろう本人から聞かされるのはなんとも心に来る。

 

「とはいえ、同派閥の連中と組むのも嫌なので…………お兄さんは優しそうですし、よろしければリリを雇いませんか?」

「え、でも………その、僕なんかよりもっと強い人と組んだほうが良いんじゃ」

「その結果昨日みたいな事になったらたまりません。その点お兄さんはあの【アストレア・ファミリア】のお知り合い。お金を払わなかったり、払うように言って暴力を振るうなんてこともしなさそうですし! 逆もまた然り、彼の派閥のお知り合いからお金をちょろまかそうとする者は居ませんよ!」

 

 信頼されている、ということだろうか? なんとなく照れくさい。

 

「それでお兄さん、どうします?」

「あ、うん。じゃあ、お願いしようかな」

 

 

 

 

 

「ヴァルド、ヴァルド。じゃ〜ん! これ、な〜んだ!」

魔導書(グリモア)

「はい、正解です!」

 

 帰り道、待ち伏せしていたのかシルが魔導書(グリモア)を持って駆け寄ってきた。

 魔導書(グリモア)とは読むだけで魔法を発現させることができる『神秘』持ちの造る魔道具(マジックアイテム)の中でも規格外のもの。特にこれは、かなり質が高い。何十億ヴァリスもするだろう。

 ちなみにヴァルドの【ジュピター】はLv.2になった際少しでも生存率を上げるために、【サートゥルナーリア】はLv.5になった記念に、どちらもリヴェリアが渡した魔導書(グリモア)で発現している。

 あれも高品質だったがこれも中々。

 

「これをベルさんに届けてほしいの」

「自分で渡さないのか?」

「ふっふっふ。私はほら、陰から支える系の女子ですから」

「………だが、お前はこんなにしてあげたのだから自分のことを好きになってと思いそうだ」

「そんなことないよ! 私のことなんだと思ってるの!?」

「……………ストーカー?」

「む〜〜!!」

 

 真剣に考え真面目な顔で言ってきたヴァルドをシルが魔導書(グリモア)の角で何度も叩く。もちろんノーダメージだ。

 

「ふん。ヴァルドは本当に意地悪なんだから! いいもん、じゃあ誰かの落とし物ってことにするもん! 優しいベルさんなら罪悪感に苛まれるかもしれないけど!」

 

 と、魔導書(グリモア)を抱えて『豊穣の女主人』に向かおうとするシルからヒョイと魔導書(グリモア)を奪う。

 

「あ、もう! 返して!」

「渡しておく。それでいいだろう? ベルに強くなって欲しいのは、俺も同じだ」

「最初からそういえばいいのに、ヴァルドは素直じゃないよね。そんなふうだから嫌う人にはとことん嫌われるし、色んな人を拗らせちゃうんだよ。沢山の人を誑かして、何時か刺されても………いひゃいいひゃい! ほおをひっはらにゃいれ〜!」

 

 赤くなった頬を擦り涙目でヴァルドを睨むシル。

 

「もう、ベルさんに内出血がキスマークと勘違いされたら責任取ってもらうからね!」

「手加減はした。それに、内出血になったとしてもベルにその手の知識はない。ガキの生まれ方すら知らん」

「え………ヴァルド、ちょっと過保護すぎて気持ち悪いよ?」

「母親の教育方針だ。俺は何方かといえば、その手のことには寛容な方だ」

「それは…………確かに」

 

 何せランクアップの記念だと……つまり12歳の時にノアールとダインに歓楽街へ連れて行かれたのだ。なお、翌日二人は氷漬けになった。

 

「間違いを起こさぬように逆に知っておくべきだとは思うが、教えたら教えたで彼奴が飛んできそうだからな」

「う〜ん…………それは、確かに困るね」




ヴァルドのベルくん感想
初対面→ただの村人。恩恵もない………祖父が居なくなっても、この村で義母と平穏を過ごす選択肢があるのでは?

弟子入り→まさか何度も家をふっ飛ばす母親を守れるぐらい強くなりたいと言い出すとは。夢見がち、で切り捨てるのは簡単だが………良いだろう、鍛えてやろう

現在→あの頃に比べると僕なんかが、と思うようになってしまったが、もう少し様子を見よう


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サポーターの仕事

「ほわああああ!?」

 

 ダンジョンを駆け抜ける兎、もといベルの背に張り付いたリリは悲鳴を上げる。壁を、天井を駆け回り次々とキラーアントを切り裂いていく。

 その動きはどう見ても駆け出しのそれではない。

 キラーアントは瀕死になると仲間を呼ぶフェロモンのようなものを放つ。それに寄り集まったキラーアントの群れに、血の匂いと少女の悲鳴に寄ってきたモンスター。更に新たに生まれるモンスターが階層の一角を覆い尽くし死体の魔石を踏み潰したり、あるいはベルが砕いたりしたことにより産まれた灰の山を赤く染める。

 

「っ! 流石に、そろそろ…………リリ、お願い!」

「こ、こんなのサポーターの仕事じゃありません!」

 

 と、リリはバックパックから取り出した袋を投げつけ鼻をつまむ。厳重に包装されたそれは、しかしモンスターの爪にあっさり引き裂かれ、激臭が周囲を覆う。

 

「「「─────!!」」」

 

 モンスター達がその臭いに目を見開き硬直し、我先にと逃げ出そうとするも通路いっぱいに詰まった同胞と押し合い踏み合いまともに逃げられる個体は殆ど居ない。

 

「ふっ!!」

 

 その隙を突き、ベルがモンスターを一掃した。

 

 

 

 

 

「魔石が35、魔石が36…………あ、ドロップアイテム」

 

 リリは死んだ魚のような目で灰の中から魔石やドロップアイテムを回収していく。ベルが周囲の壁に切り込みを入れモンスターを生まれぬようにして、やってこないか警戒してくれているのでモンスターの心配はない。

 

「リリ、ありがとね。モンスターが来たら、絶対に守るからね」

「ありがとうございます。ところで、さっきのは?」

「師匠がナァーザさんに作ってもらった『強臭袋(モルブル)』って言うんだって」

 

 事前に臭いと聞いていたが、想像以上だった。モンスターが逃げ出すのもわかる。直ぐに消臭のアイテムをぶち撒けた。

 

「ところで、自分でやっておいてなんだけど………怪我、してない?」

「………………ええ、まあ」

 

 リリは「師匠に言われたキラーアント狩りをやりたいんだ。でも、モンスターが多いとリリを守れるか心配だから、その間僕の背中に掴まっててよ」という言葉を思い出しながら応える。

 最初は何言ってるか解らなかった。だって駆け出しがキラーアントを敢えて殺さず仲間を呼ばせ倒していく修行なんて、普通しない。ベテランだってまずしない。Lv.が低ければ危険だし、高ければもっと深くに潜ればいいからだ。

 

「良かった。でも、リリが危ないと思ったら確認取らずに使っていいからね。僕も人を背負って戦うのははじめてだけど、おかげでなんていうんだろう…………視野が広がった、のかな? リリのおかげだよ」

 

 最初はリリが後ろから迫るモンスターについて教えていた。

 始まりはモンスターの名前まで叫んで、途中から「来ました」と言ってる間に視界がくるりと入れ替わって、最終的には叫ぶために空気を吸い込んだ瞬間にはモンスターへの攻撃が終わっていた。

 

「よく反応できますね」

「師匠とお義母さんの修行に比べたら……目隠しして一ヶ月ぐらい過ごさせられたし」

 

 ちなみに義母(はは)は瞼を開ける事が疲れると言って常に目を瞑って生活していた。ヴァルドと話す時は何時も目を開くくせに。祖父いわく「なんでって、そりゃあヴァルドの顔を目に焼きつげばあああああ!!」だそうだ。

 

「お義父さ………師匠もお義母さんも凄いんだよ! どっちも修行って言って後ろから矢で打ったりするんだけどどっちも怪我したことないんだ!」

「ちょっと何言ってるかわかりません」

「あ、えっとね。後ろから攻撃された時の対処法のお手本として、こういう修行をするって………もちろん僕は鏃を潰して先端を綿や布で包んだのを」

 

 そういうことじゃない、と言う言葉をなんとか飲み込むリリ。だがなるほど、後ろからの攻撃に対する異様な反応速度はその修行故か。

 まあ暗黒期にたまに見かけた第二級とか、普通に後ろからの攻撃回避してたし………

 

「…………というか、ベル様こそ怪我は大丈夫ですか?」

 

 が、下級冒険者であるベルは全ての攻撃をかわせたわけではない。いや、それでも本来ならここまで傷つくことはなかったろう、何せ紐で背中に引っ付いていてまともに動けなかったリリが無傷なのだから。

 要するにベルは、リリを庇うような動きばかりしていたということだ。

 

「大丈夫大丈夫、師匠に木刀で殴られる方が痛いから」

 

 あはは、と笑うベル。そういえばヴァルド・クリストフは英雄の一人として崇められる反面、修行は厳しく幼女にも容赦無かったと聞いたことがある。その幼女は今や第一級のアイズ・ヴァレンシュタインだけど。

 

「でも、リリを庇わなければつかなかった傷もあります」

「? えっと…………でもそしたらリリが怪我しちゃうよ?」

「……………は?」

「うん。そっか………そうだね。やっぱり、このやり方は良くないか。リリも危険に晒すし、修行の時は誰かに迷惑かけないように一人でやるよ」

「いや、え………は? あの、リリが………危険だから、ですか?」

「あ、あはは。まあ、僕もやっぱりちょっと怖いかな………」

 

 バレちゃった、みたいな顔をしてるけど、さっき一人でやるとか言ってた。要するにリリが危ないからやめたのだ。

 リリは改めてバックパックを見る。魔石にドロップアイテム………この稼ぎはリリの見立てでも5人パーティーが数日は潜って稼ぐ稼ぎになるだろう。リリはそれらの回収しかしていない。そんなリリが、危ないから?

 賃金や囮に関する問題は少なくなったとはいえ、まだ残っている。サポーター、それも他派閥のサポーターなど多少怪我しようが気にしないしなんならそれを理由に値引きしようとするものまでいるのに。

 

「…………変なの」

 

 

 

 

 

 サポーターの給金。

 まずはサポーターを雇う場合、パーティー人数、Lv構成、潜る階層を決める。そして、その3つの要素によって前払い金が変わる。因みにこれは当日渡すもので、如何なる理由があろうと返金不可だ。ギルドのルールとして明記しないとサポーターから無理やり奪おうとする輩が出る。

 今回のベル、リリのLv.1のツーマンセルで9階層予定。前払い金額8000ヴァリス。

 

「それと、稼ぎの分割ですね。5人パーティーなら5%、ツーマンセルなら10%」

 

 今回の稼ぎは128000ヴァリスなので、12800ヴァリス。ベテラン下級冒険者の日当も凌駕する、サポーターとしては破格の金額。

 

「ここに冒険者様が色を付けてもいいわけです」

 

 その色を付けてくれる冒険者を見つけ、稼ぎを増やすのがフリーのサポーターのやり方。【ファミリア】のあり方が改善され、脱退金もなくなった今リリにはそこまでお金に頓着する理由はない。とある老夫婦に送る金と、何時かオラリオの外に出る為の金がリリの金を貯める理由。別段急いで貯める必要はないが、あるにこしたことはないので多少多めに貰えたら………まあたまにゲドのような輩にも運悪く出会うが。実入りが少なく、老夫婦に送れないと焦ったのが良くなかった。

 

(まあ今回の稼ぎなら10%でも十分な金額。色を付けなくても………)

「はい、これリリの分」

「……………へ?」

 

 64000ヴァリスが入った袋をヒョイと渡された。

 

「………………え?」

「ありがとう、リリ。もし良かったら、明日も組んでくれないかな?」

「あ、はい…………あっ! ま──」

「ありがとう、じゃあまた明日!」

 

 そう言って笑顔で走り去るベル。リリでは追いつけない。

 

「………………まあ、でもこの稼ぎなら」

 

 今日みたいなことをされないのなら、割はいい。お金があって困ることもない。

 

 

 

 

 

 

「俺の弟子がサポーターを雇った」

「そうなの……?」

 

 歓楽街のとある店、その最上階。ヴァルドに最近の出来事を聞いたエルフの娼婦はどこか懐かしむように目を細めた。

 長く伸びた薄緑の髪はきめ細やかで少し首を傾げるだけでサラサラと流れる。翡翠の目は同じ色を持つリヴェリアに比べ鋭さがなく、優しげな印象を与える。

 嘘か真か王族(ハイエルフ)の遠い傍系に当たるらしい彼女は、リヴェリアとは比べ物にならない包容力を持っていた。

 

「私と貴方の出会いも、サポーターとしてだったわね」

「俺もサポーターだったがな」

「そして、二人揃って見捨てられて………貴方1人なら逃げられたのに、私を守るために闘ってくれた。素敵だったわ、あの時の貴方」

 

 うっとりと頬を染めるエルフの娼婦にヴァルドはそうか、と返す。

 

「【ソーマ・ファミリア】の少女というのが、なにかの意思を感じないでもないがまあ悪い結果にはならないだろう」

「信頼してるのね」

「これがベル以外の誰かなら、未来を知ってようと不安になったろう。だがベルならば大丈夫だろう、そう思える」

「ふふ。その子のこと、本当に信頼してるのね。羨ましいわ………少し、妬けてしまう。なんて、娼婦の私が言っても嘘くさいかしら?」

 

 微笑む仕草、指の動きの、目の動きの一つ一つが男の情欲を高ぶらせる娼婦の技。そこに女神にも劣らぬエルフの美貌も合わされば、並の男ならすぐに虜になるだろう。己に気があると勘違いし、入れ込み、破産するかもしれない。というかこのエルフに入れ込んで破産した男の数は10や20ではきかない。何なら【ファミリア】の主神が入れ込んで【ファミリア】単位で滅んだことがある。

 名はシャムハト・ハリムトゥ。二つ名は【破滅毒蜜(バビロン)】。【イシュタル・ファミリア】所属の第一級冒険者。かつてヴァルドに救われたサポーターであり、ヴァルドにイシュタルを差し向けた張本人。

 現在の関係は客と娼婦。

 

「シャムハト姐さん、ヴァルド来てるって?」

「遊んで良い? 遊んで良いよね!」

 

 が、男女の甘い時間が始まる前に部屋に飛び込んできたのは幼いエルフ達。娼婦に身を落としても、堕胎など出来ないと産んだ生まれながらにして歓楽街以外を知らない娼婦見習い。

 ヴァルドは彼女達に外の世界の知識や生き方を教え、教師のような役割をしているからか人気が高い。

 大抵の子供はダイダロス通りに捨てられる中、この店は例外的に全員で助け合い子育てをしている。エルフだからかもしれない。

 

「ごめんなさいシャムハト、折角久し振りの二人っきりなのに」

 

 と、他のエルフの娼婦達が申し訳無さそうにやってくる。娼婦らしく露出が多いが、エルフにしてはという言葉がつく。どこか品のあるように見えるのは、彼女達の美しさも理由の一端だろう。

 

「ふふ、もう仕方ないわね。皆呼んできて、ヴァルドには英雄譚でも語ってもらいましょう? 居候先のお爺さんが絵本を書いてて、ヴァルドも読まされてたんですって」

「本当!? セルディア様のお話あった?」

「詩人のリュールゥが語ったお話聞きた〜い!」

「わ、私はええっと………ええとぉ」

「精霊のお話聞かせて!」

 

 シャムハトの言葉に子供達がキャッキャッと騒ぎ出す。子供達を連れて行こうとしたエルフはいいの? と聞きたげな視線を送る。

 

「良いのよ。それに、ヴァルドが帰ってきて最初の歓楽街での一日を私が独占したら、貴方も、皆も、妬いちゃうでしょう?」

「べ、別に私はシャムハトが誰と寝たって………」

 

 顔を赤くして視線を逸らすエルフにシャムハトはニコリと優しげに微笑む。

 

「ふふ、私にだけ? ヴァルドだって、気になってるくせに」

「そ、そんなこと……!」

「ヴァルド、早く早く!」

「私この前のテスト一位だったの。私のリクエスト!」

 

 元気な子供達に囲まれるヴァルドをチラリと見て、目が合うと慌てて逸らす。シャムハトはそれを見てニコニコ笑っていた。




シャムハト・ハリムトゥ
【イシュタル・ファミリア】所属
エルフの娼婦にして第一級の魔法剣士。
元々は別の美の女神の眷属にして妻の一人。イシュタルに【ファミリア】を滅ぼされ女神を送還され、無理やり所属させられ娼婦に。客を取りたくないなら金を自分で稼げと言われ、フリーのサポーターをやっていた期間にヴァルドと知り合い助けられる。なんでイシュタル差し向けたかって? その内書く。
両刀使い。
仕草が一々色っぽいくせに品を感じさせ、甘い匂いに誘われた客が自分が救うと金を出し続け破産する。二つ名は眷属が何人も破産した神達が結託してつけた。本人は気にしていない。ヴァルドに合わなきゃ死んでた。


ヴァルドの歓楽街での主な活動。
出来ちゃった子供の世話。ダイダロスに捨てられた子供とかの為にとある孤児院にお金渡したりしてた。誘われたら断らないのでそれなりに関係を持った娼婦が多い。


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魔導書

一応言っておくとヴァルドに実子は居ません。

シャムハトは嘗ての主神であった女神の妻です。眷属を己の夫、妻としてファミリアをハーレム化していた女神の眷属の一人、つまり女神の妻。

シャムハトの元主神
美しい者が好きで眷属に誘い、ならないなら愛人として誘う。人の夫も妻もお構いなし。何なら両方揃っていただく。
醜くなる=老いる、顔に大きな怪我をすると孫の代まで遊んで暮らせる金を渡してあっさり捨てるくせに何事もないかのように話しかけてくる。本人曰く「だって美しい私とずっといたら、気が引けるでしょ? でも、私に会いたいでしょう?」
美の女神らしく自由奔放。【ファミリア】の指針も初代団長が決めた。
身内に優しい分敵には苛烈で己の眷属の顔に傷をつけた闇派閥(イヴィルス)を捕らえ切り刻んで、焼いて、臼でひいて畑に撒いてデメテルに追い回された事もある。集団で捕らえ浴室を闇派閥(イヴィルス)の血で満たし眷属に正座させられたこともある。
ちなみにここヒント

エルフの娼婦について
原作にもいました。歓楽街で迷子になったベルに最初に話しかけていたのはエルフの娼婦だった。


「おお………」

 

 今日のベル達の稼ぎは45000ヴァリス。

 つまりリリの稼ぎは22500ヴァリスと前金の8000ヴァリスの合計30500ヴァリス。ははん、さては夢だなこれ?

 などと思いながらも宝石に換金し、借り金庫に預けておく。

 

 

「聞いてくれよヴァルド君! ベル君が、ベル君が女の子と歩いていたんだ! 不純異性交遊だ! 浮気だ! 育て親としてそこのところどうなんだい!?」

 

 ヘスティアが涙目で帰ってくるなり寝言を言ってきた。ヴァルドは読書を止め、ヘスティアに視線を向けた。

 

「男女関係に関して俺が言うことはない。ベルが誰と付き合うと、何人と付き合おうとも相手が納得しているなら当人達の問題だ」

「な、なに!? だ、駄目だ駄目だ! ハーレムなんて!」

「ベルは元々それを目的の一つに冒険者になりに来て、お前も当時笑っていたはずだが?」

「そうだけど…………そうだけど〜!」

「恋人でもないお前に、男女関係をとやかく言う資格はないだろう。まあ主神(おや)として交際人数に文句を言うぐらいなら構わぬが」

 

 正論だった。好きだから、と好意を免罪符に意中の相手に暴力を振るう、神々の言う暴力系ヒロイン、横暴系ヒロインは衰退していっている。

 

「考えてもみろ。知り合いだが恋人でもなんでもない男に誰かと付き合うな、話すななどと言われるなど、冗談ではないだろう?」

 

──やあヘスティア、今日もいい天気だね。どうだい、私と花でも見ながら食事でも……え、ヘファイストス? ははは。私より優先する必要があるのかい? さあ、愛を語り合おうじゃないか。善は急げだ! 美味しいご飯も用意して────アルテミスの矢が尻に!?

 

──ヘスティア〜、今日こそそのでかい胸にげえええ、ヘラアアアア!?

 

──ちーっすロリ巨乳女神様! なあなあその乳本物か確かめさせ……げ、ヘファイストスが走ってきたぞ!

──やっべえ、逃げろ!

 

 天界時代の男神達(ばかども)を思い出すヘスティア。特に真っ先に思い出したあの馬鹿は、本当にもう…………うん。

 なるほど、確かに今の自分も認めたくないがあのバカと一緒なのだろう。いやでも………

 

「女ならばその愛が男より清いと思っているのなら、それはお門違いというものだ」

「はい、すいません。ちょっと思ってました」

 

 素直に謝るヘスティア。

 「ボクの恋はもっと純粋だい!」と言いそうになったがそもそも相手(ベル)の気持ちを無視して己の気持ちを押し通そうとしてるのは変わらない。

 

「うう。でも〜、やっぱり悲しいし悔しいよ〜!」

「………………」

 

 主神の醜態にヴァルドははぁ、と溜め息を吐くと酒瓶を取り出した。

 

「とりあえず飲んで忘れろ」

「おお、黄金色の綺麗なお酒だね。高そう」

「手作りだ。養蜂を手伝わされた際に出来心でな。存外ハマり、鍛錬や依頼(クエスト)の合間に花を選別して、薬草なんかも一度漬けたりしてな………健康にもいいぞ。飲む量にもよるが二日酔いはしにくい」

「へえ〜。片手間に作ったとは思えない良い匂いだけどなあ」

「我儘な女王様がいたのでな。一応薬用酒だ、居候先の翁に神蜜酒(ネクタル)と名付けられた」

 

 それはまた、懐かしい名だなとオリュンポス(故郷)の酒を思い出しながらグラスに注がれた酒を飲む。

 

 

 

 

 

「ただ今戻りました〜」

「あははははははは! それでさ、それでさ!? アフロディーテったらアルテミスを怒らせてね!?」

「………………」

「聞いているのかいヴァルドく〜ん!」

 

 帰ってきたら主神が師匠に絡んでいた。酔っているのだろう、頬が赤い。

 

「聞いている」

「僕の話を聞け〜! ん? んん〜? 髪が白い〜? 白い髪だから、ベルく〜ん!」

「俺はヴァルドだ」

「ヴァルド〜? でぇも〜、白い髪で、紫の目〜………うん、べル君! あれぇ、ヴァルド君? なら、ベル君はヴァルド君で〜、ベル君はヴァルド君で〜…………二人は、ええっと……親子!」

「ベル、そこの酔い醒ましを取ってくれ」

「は、はい!」

 

 ヴァルドの言葉にベルは机の上に載っていた薬瓶をヴァルドに渡し、ヴァルドがヘスティアの口に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

「酒を勧めたのは俺だ。飲みすぎてしまうぐらい美味かったというのなら、村の連中も喜ぶだろう」

「酔うとほら、色々ありますから」

 

 絡み酒となりヴァルドに絡みまくったことを猛省するように土下座するヘスティア。ヴァルドが気にしないように言い、ベルも慰める。

 その後ベルがお金結構貯まったからお出かけしようと言い出した。ヴァルドはヘスティアを酔わせてしまったので二人っきりにしてやろうと思ったが、ヘスティアがヴァルドも誘う。

 

「ボク達は家族だぜ? 家族水入らずで楽しもうじゃないか!」

 

 と、まずは身体を洗いに行ったヘスティアだったがその際女神達に眷属達とお出掛けすると喋ってしまい、噂の英雄とその弟子を一目見ようと暇を持て余した女神達がやってきて、ヴァルドが2人を抱えて街中を走り回り景観のいい建物を見つけたのだった。

 

 

 

 

 ダンジョン37階層、玉座の間。

 その主、骸の王ウダイオスが地面を突き破り生まれ落ちる。

 オウガのような二対の角を持った漆黒の巨大な骨は朱色の怪火を眼窩の奥に宿していた。

 

「リヴェリア、手を出さないで」

 

 現在そこに存在する冒険者は二人だけ。アイズとリヴェリアだ。リヴィラの事件の後、再び金を稼ぐためにダンジョンに潜ったアイズは、共に来たフィンやレフィーヤ、ヒリュテ姉妹を先に帰し、リヴェリアが残った。

 アイズの目的は偉業。()()()()()()の為に行う己の限界を超えた成果を残すこと。

 そのために選んだのが、Lv.6『迷宮の孤王(モンスターレックス)』ウダイオスとの戦闘なのだろう。

 

「本気か、アイズ………」

「リヴェリアも、似たようなことしたんでしょ?」

 

 魔導師の天敵たる『アンフィス・バエナ』の単独討伐。水中においてはそのLv.は6になるとされる階層主と戦ったリヴェリアが止めようとしたところで、お前が言うなと言われても仕方ない。

 

「だから、私も………私も、師匠みたいに」

 

 格上の階層主を倒した者は現在の冒険者には居ない。居ないが………ヴァルドが過去戦った異常事態(イレギュラー)は推定Lvが当時のヴァルド以上だったらしい。

 

「もう、置いていかれないために」

 

 父と母は、恐ろしき厄災を討伐するために戦いに向かい帰ってこなかった。

 師は世界を救う英雄を他に求め置いていった。全部全部、アイズに力があれば覆せた。

 強くなる………もっと、強くなるから。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 だからどうか、その時は今度こそ……

 

 

 私を置いていかないで………!

 

 

 

 

 

「ああそうだ、ベル。これをやる」

 

 と、ヴァルドがベルに一冊の本を渡す。

 

「えっと………これは?」

「魔法を覚えたがっていたろ?」

 

 ベルが不思議がりながらページをめくる。『自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ 〜番外・めざせマジックマスター編〜』『ゴブリンにもわかる現代魔法! その一』?

 

「………………え?」

「内容はあれだが、魔導書(グリモア)だ。読むだけで魔法が発現する。魔法大国(アルテナ)の変人が作ったんだろう」

「読んだだけで!? す、すごい!」

「ちょっと待てー! それ、すごく高いんじゃないのかい!?」

「伝手でただで手に入れた」

「う、嘘じゃない、だと…………」

 

 ヴァルドの言葉にヘスティアが目を見開く。だってこれ、ものによっては数億ヴァリス、安くても数千万ヴァリスはするんだぜ?

 それをただで? どんな伝手だ、と戦慄する。

 

「いや、えっと………でも、いいの?」

「あ、あの師匠。高いなら、僕より師匠が」

「俺の魔法スロットは埋まっている。どのみち宝の持ち腐れになる。故に、お前が読め…………何、金を請求されてもたかだか数億だ。少し深層に潜るか『人魚(マーメイド)の生き血』を分けてもらえば直ぐに稼げる」

「そんなレアドロップアイテムを分けてくれる知人がいるのかい?」

「………ああ」

 

 これも嘘じゃない。本当、どういう交友関係してるんだ自分の眷属は。

 

「まあ、だから。金のことは気にするな」

「は、はい………!」

 

 そこまで言われれば断ることも出来ず、ベルは本に再び目を通した。

 

 

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:A894

耐久:C688

器用:A807

俊敏:SS1065

魔力:I0

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

【】     』

 

「す、すごい! 本当に魔法が!」

 

 一度意識を失うも【ステイタス】を更新したら魔法が刻まれているのを見てベルは満面の笑みで喜んだ。ヘスティアはそれとは別の部分を見ていた。

 

「…………ヴァルド君、SSってなんだよ」

「…………知らん」

 

 【ステイタス】の『アビリティ』は999(S)が最大値のはず。なのにそれを、1000を超えSSと刻まれた敏捷。

 ベルの早熟スキルに加えヴァルドの育成スキル………この2つが合わさった結果、なのだろうか? あくまで経験値補正である以上何もしなければ上がらないとはいえ、何だこのチートと叫びそうになる。

 

「神様、お義父さん! 魔法、魔法ですよ! 僕に魔法!」

「ああ、うん。良かったね」

「だから俺は父ではない………」

 

 ベルはキラッキラした笑顔でことの異常に気づいていない。ヘスティアはヒソヒソとヴァルドに話しかける。

 

「限界値を超えたってこと? いやまあ、それは置いといてヒットアンドアウェイのベル君の耐久がCってどういうことさ。ダンジョン帰りの怪我の具合とポーションの減り具合を考えると、どう考えても朝の鍛錬が原因だよねコラ目を逸らすんじゃない」

「神様、でもこれ詠唱が書かれてませんよ?」

 

 と、師や義母から聞いていた話と違うことに気づいたベルはヘスティアに尋ねる。

 

「ん? ああ、なんか無かった。多分、速攻魔法ってあるし呪文いらないんじゃないかな」

「なるほど。じゃあこの【ファイア──】」

「まてい! 魔法の名前唱えただけで発動するかもしれないんだから不用意な発言はやめろォ!」

 

 それと夜も遅いから行くなら明日にしろ、となった。なったのだが…………

 

 

 

 

「はぁ………本当に仕方のない奴だ」

 

 ベルはこっそり抜け出したつもりなのだろうが、ヴァルドはしっかりついてきていた。

 新しい英雄譚の本だの木彫りの剣だのを渡すと夜こっそり抜け出し月明かりで読んだり、振り回したりして義母に気絶させられ寝かされるまでがセットのベルを5年も見てきたので何時に外に出るかも予測していたヴァルドは知神(ちじん)との酒盛りを切り上げダンジョンに潜ればドンピシャで魔法を打ちまくって気絶するベルを見つけた。モンスターが無防備な獲物に近付き………一陣の風ならぬ二陣の風が全てを切り裂いた。

 

「……………あ」

「リヴィラ以来だな。アイズ、リヴェリア」

 

 うち片方はアイズだ。まさかまた出会うとは思っていなかったのかキョトンと固まり、転がっているのがベルと気付きなんとも言えない顔をする。

 

「………この子の、迎え?」

「ああ」

「……………そっか」

「魔法を覚えたんでな。早速使いまくって精神疲弊(マインドダウン)を起こした」

「冒険者として、なってない」

「『風』を覚えたばかりの時、夜抜け出しダンジョンに潜りヴァルドに担がれてきたのは誰だ?」

「あうっ」

 

 リヴェリアの言葉にガン、と頭を叩かれたようにショックを受けるアイズ。リヴェリアは呆れたようにヴァルドをジト目で睨む。

 

「アイズと言いこの子と言い、お前の影響か? 子は親を見て学ぶというが、父親ばかり見なくてもいいだろうに」

「俺のせいか? どちらも、好奇心が強すぎるのが理由だと思うが」

「その好奇心の赴くままに行動する幼少期にお前が叱らないから、そのまま大きくなってしまうんだ」

「冒険者であるなら好奇心こそが先に進む原動力になる」

「限度がある。危険なことは危険と、きちんと教えるべきだ」

 

 リヴェリアとヴァルドが言い合いを始めアイズはワタワタ慌てだす。どっちの味方をすればいいんだろう?

 心情的には自分を自由にしてくれるヴァルドだがリヴェリアの叱責も自分を心配してくれてるからだともう分かっているし………。

 

「ふ、二人共………け、喧嘩はやめて…………」

 

 なのでどっちにもつかぬことにした。

 アイズの言葉にヴァルドとリヴェリアはふぅ、と息を吐いて言い合いを止めた。

 

「…………ところでアイズ。お前、前回彼に不義理な行為をしたな」

「え? ……………あ。あれは、その……」

「その、何だ? 彼が悪いと? 初対面で罵倒し、舌を出して良いと?」

「…………し、師匠」

 

 リヴェリアの言葉にヴァルドに助けを求めるアイズ。ヴァルドが何かを言う前に、リヴェリアが「甘やかすなよ?」と牽制してきた。

 

「………アイズ。お前は、あの行為で自分が悪くないと思っているか?」

「………………」

 

 突然泥棒兔と叫び、舌を突き出した。知らない人にいきなりやられたら、多分訳が分からない。でも、この子は傷ついて逃げ出していた。

 

「私が、悪い。この子に、迷惑かけてばかり………」

 

 ミノタウロスの件も、酒場での件も。落ち込むアイズにヴァルドがなら、と声をかける。

 

「自分が何するべきかわかるな?」

「…………償う」

「言い方というものがあるだろう」

 

 アイズの堅苦しい言葉にリヴェリアは呆れたようにため息を吐いた。

 

「何をすればいい」

「膝枕だ」

「…………は?」

 

 ヴァルドは思わずリヴェリアを見る。

 

「膝枕だ。その子の頭を膝に乗せて起きるまで待ってやれ、それで十分償いになる」

「…………そうなの?」

「…………まあ、そうだ」

 

 リヴェリアとヴァルドのお墨付き。アイズは早速ベルの頭を己の膝に乗せるべくしゃがむ。

 

「私達は先に戻る。けじめをつけるなら二人でな。行くぞ、ヴァルド」

「ああ、荷物を持とう」

 

 自然な動作で荷物の受け渡しをするヴァルドとリヴェリア。二人は地上に向かって歩いていき、やがて足音も聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

「まさかお前の口からあんな言葉が出るとはな」

「あの少年はアイズに少なからず影響を与えているようだからな。いい方向に転がってくれると嬉しいのだが」

 

 バベルの外に出て、『黄昏の館』へと移動したリヴェリアとヴァルド。そのまま帰ろうとしたヴァルドだったが、リヴェリアがついてこいと一言。

 素直に従い訪れたのは、嘗てのヴァルドの部屋。中は掃除されていた。

 

「ここにあるのはお前の私物だ。さっさと持って帰れ」

「売り払っても良かったのだがな」

 

 英雄譚の本に、料理のレシピ本が入った本棚。武器の簡単な手入れができるような砥石などがそこには残されていた。

 それなりの数があるので紐かなんかを用意したほうがいいかもしれない。今は早朝、一度帰って………と踵を返そうとしたヴァルドの肩をリヴェリアが掴む。

 

「時にヴァルド、お前が最後に寝たのは何時だ?」

「Lv.8へのランクアップ前だから、一年前だな。そろそろ寝ようとは思っているのだが」

「そうか、なら丁度いい。寝ろ」

「……………ここは、今の俺にとっては他派閥の本拠(ホーム)なのだが」

「気にするな。少なくともロキや私達は気にしない」

 

 リヴェリアはそう言ってベッドに腰を掛けポンポン膝を叩く。

 

「ハイエルフの膝枕か。5年ぶりだな」

「どうせ歓楽街の彼奴にはもうしてもらっているのだろう?」

「ああ」

「…………ほら、さっさと寝ろ。一時間経ったら起こす」「頼む」

 

 と、ヴァルドはベッドに横になるとリヴェリアの膝に頭を乗せ目を閉じる。直ぐに寝息を立て始めた。

 

「……………」

 

 さらりと髪を撫でながら、懐かしむ。

 アイズ同様──正確にはアイズがヴァルド同様だが──無茶ばかりして、生傷が耐えなかった。Lv.2になって不眠を得てからはアビリティ評価を上げるために眠くなろうと無理やり起き続け、よくこうやって寝かしたものだ。

 正確には無理やり気絶させた。そのうちリヴェリアの膝に頭を乗せると起きていた時間にもよるが高確率で寝るようになった。一年も起きていたらほぼ確実に。

 

「一年前のランクアップ、か。要は力尽きて気絶していたのだろうな」

 

 Lv.7となったヴァルドを追い詰めるほどの何か。ランクアップするだけの偉業。本当に世界でも救っていたのかもしれない。

 

「置いていかれているな、私達は。ああ、お前の言う通りだ。たった二人でオラリオを追い詰めた彼奴等に、まるで追いついていない。だけど………」

 

 そんなこと気にせず走り続けるのだろう。来る『終末』に、一人でだって挑むのだろう。

 

「だから追いつくよ、必ず。お前が一人走り続けられるのは、私達が追いつけると期待しているからだものな?」

 

 「全く、迷惑な話だ」と苦笑し、リヴェリアはヴァルドの頬を指でつついた。




神蜜酒(ネクタル)
蜂蜜酒ベースのソーマ。ベルの義母の口出しと祖父の知識と村人達の献身とヴァルドの休憩時間により造られた酒。どれか一つなくても作られなかった。健康に良い。洗脳効果? それもはや酒じゃねえから。
村から定期的に【ヘスティア・ファミリア】に送られてくる。



この世界においてのヴァルドの名の由来
傭兵王ヴァルトシュタインのように、とこの世界の両親に名付けられた。


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お菓子

シル・フローヴァ
ヴァルドの友人。出会いは大通りで賄を配っている時。2週間ぐらいダンジョンに潜っていたヴァルドがリヴェリアから逃げていたためホームに帰れず腹を空かせ、匂いに誘われた。
当時19歳のLv.4。
本人達しか知らぬ会話の後に友人関係を築いた。以来時折ヴァルドを振り回す。派閥外でヴァルドに遠慮しない数少ない存在。ヴァルドに手料理をよく振る舞い、耐異常の訓練相手になっていた。
ところで19歳って8年前だからシルは10歳のはずだけど…………まあ細かいことはいっか!


ヴァルドの年齢とレベル
Lv.0 1歳から12歳。前世記憶ほぼなし
Lv.1 記憶復活。ロキ・ファミリア入団、12歳。途中で13歳
Lv.2 13歳から15歳
Lv.3 15歳から17歳
Lv.4 17歳から20歳 シルと友人になる
Lv.5 20歳から22歳
Lv.6 22歳から25歳。この時オラリオから出た
Lv.7 25歳から26歳。本来より早めに復活した『陸の王者』との戦い。下手したらまじで世界滅んでた。
Lv.8 26歳から27歳。


因みに入団の際動機を聞かれ、その時の会話一部抜粋

「強者が必要だから」
「ははん、なるほどなあ。確かにそれならウチかフレイヤんとこしかあらへんなあ。ほんでこっちを最強と認めたと、見る目あるやん! せやで、ウチには強い奴らが大勢おる!」
「? 今のオラリオに、強者なんて何処にもいないでしょ?」


 リリは【ソーマ・ファミリア】を信用していない。というよりは、冒険者を信用しておらずその中でも【ソーマ・ファミリア】の冒険者を特に警戒している。

 英雄の介入もあり団長が代わりソーマも眷属を見るようになった。だが、他者から奪う、他者を虐げる性質は多くの冒険者が持っており、それを【ファミリア】内で公認されていた【ソーマ・ファミリア】の連中の殆どが、未だあの時のまま他者を出し抜き奪い、虐げる機会を伺っている。

 リリのような弱いサポーターは良い的だ。だから、稼ぎは明かさない。高価な宝石に換金し、小さな借り金庫にしまっておく。

 故にリリの手持ちは必要最低限。後はダンジョンに潜るための道具を揃える。そのため手持ちはない。おしゃれになんて気を使わないし、嗜好品を買ったりしない。常にギリギリで生きているように見せる。

 

「ア〜デ、聞いたぜぇ? お前、あの英雄の弟子のサポーターやってるんだってなあ? 稼ぎはどれぐらいだ?」

 

 ニヤニヤと近づいてきた獣人の男性。カヌゥだ。

 弱者を甚振り、金を得る典型的なクズ。団長がチャンドラに代わってから大っぴらに暴力を振るえなくなったが、時折リリのようなサポーターを恐喝している。

 もはや神酒(ソーマ)は金で買えない。このカヌゥなどそれ故どれだけ金を集めても神酒(ソーマ)を飲めず、とっくに中毒が消えているだろうに金だけ欲しいらしい。

 

「少ないですよ。英雄様のお弟子と言ってもまだ駆け出しのLv.1ですし、お金だって規則分しかくれませんからねえ」

 

 嘘だ。超嘘だ。

 確かに駆け出しなのだろうが、神々の言葉を借りるなら「成長速度の平均? なにそれ美味しいの?」レベルで異常な成長性。まだ恩恵を受けたのは都市外で、鍛えていたと言われたほうが納得できる。

 当然潜る階層も深く、強いので稼げる。その半分を前金を計算に入れず渡してくるのだからめっちゃ稼げる。

 

「ほおん? どうなんですかねぇ、ソーマ様?」

「っ!!」

 

 だから、その言葉にビクリと体を震わせる。

 視線を向ければソーマが下りてきていた。嘘を見抜く神。その前でついた嘘など、すぐに見破られる。

 

「ああ、リリルカ・アーデの稼ぎは少ないようだ」

「………………え」

「チッ。そうですかい………悪かったな、アーデ」

 

 ソーマの言葉にカヌゥは舌打ちして去っていく。

 

「………なんで」

「…………何故、だろうな」

 

 リリの言葉にソーマは虚空を見つめ首を傾げる。眷属にまるで興味がなかった彼にとって、リリもカヌゥも変わらぬはず。庇う理由がない。

 

──一人で飲む酒など、どれだけ高価でも、極めていようと大して美味くもない。酔って、笑い、馬鹿騒ぎできるのなら安酒だろうと美酒に変わる。まあ、酒自体が美味ければと言うのは否定しないが

 

 不意に思い出すのは6年前、唐突に現れ当時の団長であったザニスを下し【ファミリア】の改善を要求してきた他派閥の男。神酒(ソーマ)を飲み、耐異常など関係なく、まるで美味くないと顔を顰めた青年の姿。

 

──お前は違うのか? 美味い酒を作ってどうしたい? 誰と飲みたい? どう飲むのが好きだ?

 

「………カヌゥと飲むより、お前やチャンドラと飲んだほうが、楽しそうだったからかもしれない」

「それ、は……」

「解っている。神酒(ソーマ)ではない……お前達と飲むのなら、()()()()()()()()()()

「…………?」

 

 リリが首を傾げるが、ソーマは気にせず「蜂蜜、いやアイデアが被るのは」とブツブツ呟きながら部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

「…………リ…………リリ!」

「っ!」

「どうしたの、リリ。大丈夫?」

 

 ハッと顔をあげると心配そうに覗き込んでくる紅玉(ルベライト)の瞳。

 

「疲れちゃったかな? 今日は、ダンジョンに潜るのはやめておく?」

「あ、えっと…………」

 

 サポーターの体調を気遣う冒険者など初めてで、困惑するリリ。ベルが今までの冒険者と違うのは十分理解した。させられた。

 心の中でどうせ今だけだと言い訳して、直ぐに黒く染まっていくと決めつけ、お金のためだと言い訳して関係を続けているが。

 

「そう、ですね………ベル様が駆け出しとは思えない強さなので、ついていくのが大変な時もあります」

 

 リリの見立てではランクアップ間近どころか、ランクアップのためにアビリティを貯めていると言われたほうが納得できるステイタス。それも、かなり極まっている。そういった冒険者はパーティーを組むことが多いので、普段より疲れるのは本当だ。

 

「じゃあ今日はお休みしよっか。最近リリのおかげで実入りも良いし、今日は僕が奢るよ」

「え………でも、リリはサポーターですよ?」

「え? うん、何時も助かってるよ」

「………………」

 

 リリの言葉にそれじゃ行こっか、と躊躇う様子も見せないベル。

 

 

 

 

「『豊穣の女主人』って言ってね、ちょっと高いけどすごく美味し…………あれ?」

 

 ベルが指差した店には、行列ができていた。主に女性。

 

「………あれえ?」

 

 確かに普段から賑わっているが、ここまでだったか? それに女性客より男性客の方が多かったような……なにせ店員が美女美少女ばかりなのだから。

 

「あれ、ベル君?」

「アーディさん」

 

 ベルが困惑していると列の中から一人の女性が話しかけてくる。以前ヘスティアからのお土産と、教会にご飯を持ってきてくれた【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者だ。

 

「ベル君も食べに来たの?」

「あの、これってなんの行列なんですか?」

「え、知らないの? 今日はヴァルドのスイーツが食べられるんだよ?」

「師匠の?」

 

 そう言えば家でも料理担当だったような。

 因みに昔、義母がベルの分のお菓子を誤って食べてしまったと知った時、何故か微妙に怯えていたような気がする。ベルはまあ別に良いよ、と許したが。

 

「ベル君も一緒に暮らしてた時食べてたの?」

「ええ、まあ。僕に合わせて甘さ控えめのお菓子を作ってくれて」

「ベル君甘いの苦手なんだ〜。私は好きだよ! お〜い! リオンも一緒にどう〜!?」

「ア、アーディ! 私は今仕事で!」

 

 と、アーディの言葉に物陰からリューが現れた。

 

「そんなこと言っても、最近は襲撃もないじゃん。だから今日はリュー一人だったんでしょ? ほらほら、一緒にいたほうが見守れるからリューも食べようよ!」

「あ、う………」

 

 困ったような顔をするリューはそのままベルに助けを求めるような視線を向けた。

 

「僕も、リューさんと一緒に食べたいです。駄目、ですか?」

「うっ………」

「ほら、ベル君もこう言ってるんだし並び直そ〜!」

 

 人が増えたからきちんと最後尾に移動するアーディ。リューの腕を掴み引っ張っていく。ベルとリリもそれに続いた。

 

 

 

「いらっしゃいませ~! あ、ベルさん! ………と、アーディさんにリューさん? と………はじめまして。わあ、見事に女の人ばっかり!」

「…………………」

 

 まばらな常連の男性達はジロリとベルを睨み、なんとも居た堪れないベル。元凶のシルはニコニコ笑っていた。

 

「ヴァルド〜! 貴方の育てたベルさんが、一度に沢山の女の子連れてきたよ〜!」

「放っておけ、どうせ今後も増える」

「増えませんよ!? 何言ってるんですか師匠〜!」

「クラネルさん。伴侶はきちんと一人に絞るべきだ」

「リューさんまで!?」

「はいは〜い! じゃあ私、立候補しちゃいま〜す!」

「なっ、アーディ!?」

「アーディさん!?」

 

 僅かな男性客達からの殺気が強まりベルはヒィ、と悲鳴を上げ、シルがニコニコしてるとスパコン! とお盆で叩かれた。

 

「あうっ! いった〜……………何するのヴァルド!」

「騒ぎを大きくするな」

「ヴァルドにも原因あるでしょ!?」

 

 私だけのせいにして〜! と頬を膨らませるシル。ヴァルドは何処からともなく飛んできた投げナイフを目視することなく受け止め近くの店員に捨ててくるように渡す。

 

「え、え!? 何事!?」

「俺は厨房に戻る。注文が決まったら適当な店員に頼め」

「あ! 待って、私だけのせいじゃないよね!? ね!?」

「うるさいよ! 何騒いでんだい!?」

 

 ヴァルドに食って掛かるシルだったがミアの言葉に慌てて仕事に戻る。

 

「シルさんと師匠って、仲が良いんですか?」

「ええ、まあ………そのようです」

「ヴァルドの料理の師匠がミアさんだからかな? 付き合いは結構長いみたいで、たまに買い物に付き合ったりするらしいよ」

「師匠の、師匠!?」

 

 そういえばここの料理を食べた時感じた既視感は………一緒に暮らしていたためヴァルドの料理の味しか知らなかったので、逆に気づかなかった。

 それにしても、ヴァルドの師匠なんて…………

 

「いや料理関係ですよベル様。というかリリはさっきのナイフが気になります」

「毎回ではありませんが、あの二人が共に居ると稀に起きる現象です。誰も正体を知らず、噂ではフローヴァさんのストーカーの仕業だとか」

「え、でも本当にそうなら師匠が対処しそうなものですけど」

「ええ、だから未だ謎に包まれています。アリーゼは「ああ、あれね。気にしなくていいわよ絶対。猫とかチビとか妖精とかの仕業だろうし」と訳の解らぬことを………」

 

 でも少なくとも問題にはしていない、ということだろうか?

 不思議に思いながらも4人それぞれ注文して、アーディがリューと食べさせ合いっこしたりしながら一同は帰路についた。

 

 

 

 

「やっぱりだ、ケチくせえなんて嘘だ。あのガキ、相当羽振りがいいぜ。小せえ女が好きなのかもなあ」

「でもよぉ、本当にやんのか? あの【剣聖】の弟子だろ?」

「なあに、ダンジョンで襲えばわかりゃしねえよ。生き残ったとしても【剣聖】の厳しさなら俺達の報復より鍛え直すことを優先するだろうよ」

 

 彼等は気付かない。彼女の言葉が嘘だった場合、主神がその嘘を見抜かなかった理由を。酒場で談笑する彼等の席の近くで飲んでいた男が主神の部屋に向かったのを。




因みにヴァルドは【フレイヤ・ファミリア】の『洗礼』は高め合うことだから貸し借りなしだと(オッタルも言ってたので)思ってるけどその後の治療や飯などには感謝し『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の手伝いをする。
 フレイヤの愛を得るために殺し合いを続けさっさと治せとばかりの態度の『強靭な勇士(エインヘリヤル)』が身近な戦士だった彼女達からの人気は高い。【ファミリア】の男達よりよっぽど慕われている。
 あそこ閉鎖的だから実質フレイヤの次に慕われていることになるかも。
 ヘイズ達は「もうこの人ウチに入ってウチの団長か副団長になってくれないかな」と思っていた。
 因みにオッタルも入ったらアレンと戦わせて副団長の座を得ることを期待していた。本人が聞いた際「我儘な小娘の面倒を部下として見るのはごめんだ。今はただでさえ、振り回してくる我儘な街娘がいるのだから」と嫌がった。
 『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の手伝い(料理)の為にミアに弟子入りしていた。ミアの料理を好んでいたオッタルも認める腕前。菓子作りにおいてはミアを超えており、基本的に『満たす煤者達(アンドフリームニル)』、豊穣の女主人の店員、客のみが食べられる。ぶっちゃけ冒険者よりこっちのほうが才能あった。
 勇士達からは他派閥のくせに入り浸るしメキメキと強くなってくし女神にも気に入られてるので嫌われている。
とある猫が成長速度の秘密を恥を忍んで聞いた際「寝なければいい」と応え『不眠』を持ってないと返すと「ならば次のランクアップで手に入れられるよう寝ずに修行すればいいだけだろう?」と言い切った。以来その猫からは頭がおかしいと思われている。
 なお、猫の妹とはミアの料理教室の報酬で店を時折手伝ったりシルを挟んで友達の友達だったりお菓子を上げるので懐かれ、兄は余計不機嫌になっているとかいないとか


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外道の謀略

「……………」

「あ、あの〜…………アイズさん?」

 

 レフィーヤが恐る恐る声をかけるも、アイズは反応しない。どんよりと暗い空気を纏っていた。後微妙に怒っているようにも見える。

 

(………逃げられた)

 

 それは先日の出来事。

 ダンジョンで気絶していた白髪の少年。諸々を謝りたくてリヴェリアの助言に従い膝枕したのだが、目を覚ますと同時に赤くなっていき、全力で逃げられた。

 怖がりめ! ヴァルドに鍛えられてるくせに!!

 でも、自分はそんなに怖いのだろうか?

 

「…………………」

 

 いや、怖くて当然だろう。強さを求め、戦いを求め、胸の内に宿す黒い炎に身を委ねる自分は、モンスターのように恐ろしいに違いない。

 

(どうして師匠は、あの子を選んだんだろう…………)

 

 そんな風にモヤッとした感情が湧いてくる。

 私だったら怯えない、恐れないと、そう思う。

 あの子が頑張っているのは装備の傷から解る。新しい傷ほど対応が出来てきているのが解る。でも、強い誰かを育てたいなら新しい冒険者より自分達のように鍛えられた冒険者を更に鍛えたほうが…………。

 

(…………違う。理屈をこねても、これは嫉妬だ)

 

 置いていかれたから、選ばれた彼が羨ましいのだ。

 彼が頑張っているのは解るが、素直に認めたくない。自分だって頑張ってるのにと思ってしまう。

 

(だから、選ばれなかったのかな……)

 

 あの子は白かった。黒い自分とは大違いだ。臆病だけど、ダンジョンに再び潜っていた。自分からは逃げたけど、ダンジョンからは逃げなかった。

 

(…………私って、ダンジョンより怖い?)

 

 むぅ、と頬を膨らませる。先程自分で怖がられても仕方ないと認めつつも、やっぱり納得いかない乙女心。

 

「お〜い、アイズ〜? ほおら、ジャガ丸くんだよ〜?」

「はむ!」

「うっぎゃあ指が〜!?」

 

 考え事をしているといい匂いがして口の中に大好きなジャガ丸くんの味が広がる。悲鳴が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 

「もぐもぐ、ごくん」

 

 そういえば、昔はこうして機嫌が悪くなった自分の元には…………

 

「アイズ」

「………リヴェリア?」

 

 顔をあげると紙の箱を持ったリヴェリアが居た。

 

「土産だ」

「そんな気分じゃ…………?」

 

 と、そこまで言いかけ懐かしい匂いを感じ取る。奪い取るようにリヴェリアから箱を受け取り開ける。中にはシュークリームが2つ入っていた。

 そのままパクリと食べる。

 表面の砂糖が僅かな甘みを与えてフワフワの衣を噛みちぎると中のトロリとした濃厚なクリームが舌に広がる。噛めば噛むほど口の中で混ざり合い丁度いい甘さに変化する。

 噛み進めるとクリームの代わりに、ミルクの中に感じる卵の香りが甘さを際立たせる。

 

「これは、師匠の?」

「ああ、お前が落ち込んでいると教えたら2つ作ってくれてな。一つは私のだ」

 

 もう一つに手を伸ばしかけていたアイズだったが、リヴェリアがヒョイと取っていく。むぅ、と頬を膨らませる睨むもクスクス笑われた。

 

「ふむ、こっちはチョコと生クリームか」

 

 唇に僅かについたクリームをペロリとなめ取るリヴェリア。味が違うと気付いたアイズはカスタードの方をズイッと差し出す。一口交換、というわけだろう。

 リヴェリアは微笑み交換してやる。

 

「リヴェリアも師匠も、子供扱い」

「私達にとっては子供だからな」

 

 子供扱いされプイ、と顔をそらすアイズ。とはいえ、ヴァルドがお菓子を作ってくれたのは素直に嬉しい。

 

「ほらアイズ、せっかく得難い戦いをしたんだ、【ステイタス】を更新してこい」

「うん」

 

 

 

 

 

「アイズたんLv.6きたああああ!!」

 

 

 

 

「ベル君はもう9階層ぐらいは平気そうだね。10階層にはいくの?」

 

 と、エイナの言葉。

 「冒険者は冒険してはならない」と口が酸っぱくなるほど言っていたエイナが言うのなら、ベルは10階層でも通用するだけの力を得たのだろう。

 でも、10階層からは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分にはまだ早いんじゃ…………師であるヴァルドに助言をもらおうと思ったが、彼は昨日から帰ってきていない。

 

「ベル様?」

「…………うん。大丈夫だよ」

 

 何時までも怖がってばかりではいられない。師匠にも、あの人にも追い付けない。だから、行こう。

 

 

 

 

(ベル君、10階層に向かったかな………)

 

 9階層であれだけ成果を出せるのなら確かに10階層でも通用するだろう。でも、急かしてしまったのではないだろうかと今更思ってしまう。

 10階層からは『大型級』が現れ始める階層。強さ以上に威圧感が違う。恐怖で本来の動きを行えない、ということもあり得る。

 

(ううん………やっぱり、まだ早かったかなあ……………)

「ああ、あの白髪のガキが…………」

「…………?」

 

 不意に聞こえた声の、『白髪のガキ』という言葉に思わず立ち止まるエイナ。

 

「ダンジョンの奥に潜ったら………アーデも………」「しくじるんじゃねーぞ」

 

 見た目で判断するわけではないが、ガラの悪そうな男達がそんな事を呟きながらダンジョンに向かっていく。

 『アーデ』という名に聞き覚えがある。ベルと組んだサポーターの苗字だ。

 

「…………………」

「白髪?」

「え?」

「?」

 

 と、エイナの他に彼等の話を聞いていた者が居たのか呟かれた言葉にエイナが反応しお互いを認識して目と目が合う。

 

「ヴァ、ヴァレンシュタイン氏!?」

「えっと………ギルドの人?」

「あ、はい。クラネル氏の担当アドバイザーで……」

「クラネル?」

「あ、えっと………ベル・クラネル氏です。お知り合いなのでは?」

 

 白髪に反応していたし、と思ったが彼女の師も白髪だった。

 

「ベル……そう、知ってる。でも私、怖がられてるから」

 

 ずーんと黒いオーラを出すアイズに戸惑うエイナ。怖がっている? 彼女を? ベルが?

 まさか照れくさくて逃げ回って勘違いさせたのではなかろうか。いや、それより………

 

「あの、無礼を承知でお願いがあります。私の担当冒険者、ベル・クラネルを助けてくれませんか」

「……………」

「彼は今、厄介事に巻き込まれている可能性があります」

「解った」

 

 あっさり了承したことに、エイナは思わず目を見開く。

 

「あ、ありがとうございます。あ、あの…ベル君は、貴方に助けてもらったことを感謝していましたよ」

「………………」

 

 アイズはタッと走り出す。胸の奥のモヤモヤが、僅かに晴れたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 10階層。そこからは、ダンジョンの地形すらモンスターの味方をする。『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』ともよばれ、モンスターが手にしたものが武器へと変わる天然武器(ネイチャーウェポン)がそこかしこに存在する。ミノタウロスやアルミラージが使う石斧、リザードマンの扱う剣や盾。この階層なら、オークの振るう棍棒。

 霧に包まれた薄暗い階層の至るところに生えた枯れ木をオークが握ると形を変え、根っこが消えたかのようにあっさり引き抜かれ棍棒となる。

 

「しぃ!」

「ぷぎゃあ!?」

 

 それでもベルの方が実力は上だ。単純な力ならオークの方が僅かに勝っているかもしれないが、速度も技量もベルが遥か格上。

 危なげ無くいなし、腕ごと棍棒を切り飛ばし体を真っ二つにする。その動きを見て冒険者歴一ヶ月以下などと、誰が信じるのだろうか。

 

「リリ、平気?」

「はい。ベル様があっと言う間に倒されますし、戦えなくても最低限身を護るぐらいはできますので」

 

 腕に装着するタイプのクロスボウを見せながら応えるリリ。近づいてくるモンスターの牽制程度は出来る。全く戦えないわけではないのだ、一匹倒せるのに必要な装備を準備すれば、モンスター一匹狩っただけでは足りない出費があるだけだ。あとインプやゴブリンなど小型種ならともかく大型級は普通に無理。

 

「そろそろ切り上げようか?」

「そうですね。本来ツーマンセルで長居するところでもありませんし……」

 

 と、リリがベルの言葉に同意すると同時にベルがリリに向かって駆け出し剣を振るう。

 

「え──」

 

 ギィン! と甲高い音を立てて矢が弾き飛ばされる。

 

「誰だ!?」

「べ、ベル様!?」

「リリ、僕の後ろ…………っ!」

 

 後ろに隠れて、そう言おうとしてベルが顔を顰める。囲まれている。数は3………いや、4人。

 

「チッ、不意打ちを防ぎやがった。腐っても英雄の弟子かよ」

「へっ、構うこたねえ………所詮はLv.1。数で攻めりゃ切り崩せる」

「違いねえ」

「っ! カヌゥ様……」

 

 嫌な意味で見知った顔に、リリが顔を顰める。【ソーマ・ファミリア】の冒険者、ザニスの取り巻きだった屑の部類。

 

「おおおらああああ!!」

「っ!!」

 

 と、更に現れる人影がベルに斬りかかる。ベルは咄嗟に剣で受け止め、相手を見る。ベルもその顔を覚えていた。

 

「貴方は………!」

「よお、久し振りだなあガキ!」

 

 ゲド・ライッシュは獰猛な笑みを浮かベルに叩きつけた剣に力を込め………しかし一ミドル足りとも押し込めない。

 

「……………あ?」

 

 圧倒的な『力』の差に目を見開き冷や汗を流すゲド。おかしい、話が違う。駆け出しじゃなかったのか、こいつは………。

 

「きゃあ!」

「っ! リリ!」

 

 聞こえた短い悲鳴にベルはゲドの腹を蹴り飛ばし振り返るとリリを抱え首にナイフを押し付ける獣人、カヌゥと呼ばれた男の姿が。

 

「動くんじゃねえガキ! アーデの首が切られていいなら別だがなあ」

「っ!!」

 

 リリに手出しされる前にカヌゥの顔面をぶん殴ってやろうとするベルだったが残りの二人が遮るように前に立つ。僅かな遅れは、そのままリリの命の危機に繋がるため足を止めるベルを見てニヤニヤ笑う。

 

「はは、サポーター風情を見捨てられねえとはなあ。てめえは冒険者失格だなあ!」

「貴方が冒険者を語るな……」

 

 自分がヴァルドやアイズと同じ冒険者だとでも言うようなカヌゥの言葉に、彼を知るものなら戸惑うであろう冷たい声色で話し掛けるベル。カヌゥが思わず後ずさる。

 

「ちょ、調子に乗ってんじゃねえぞガキ! ゲドの旦那、やっちまってください!」

「っ! この、クソガキがあ!」

 

 と、立ち上がったゲドがベルに再び迫る。強い。カヌゥ達程度なら束になっても敵わないであろう、Lv.1としてランクアップ間近にいるであろう実力者にベルは無視できず相対する。

 剣戟の音が響く。無視こそ出来ぬが、勝てない相手ではない。直ぐに無力化して………

 

「っ! その目………その目をやめろクソガキがぁ!」

 

 勝てる存在として自分を見てくるベルに苛立ったように叫ぶゲド。と、二人の周りに何かが落ちてくる。

 

「…………あ?」

「え?」

 

 血腥いそれは、モンスターを呼び寄せる血肉(トラップアイテム)。投げたのはカヌゥ達。

 

「て、てめぇ等なんのつもりだ!」

「へへ。此奴も追加ですぜ!」

 

 更に投げ込まれたのはキラーアントの半身。まだピクピク痙攣していることから、生きている。つまり、仲間を呼び寄せる危険信号(フェロモン)を放っているということ。

 

「て、てめぇらああああ!?」

 

 ゲドが叫ぶ。カヌゥ達は逃げ出す。ベルが直様追いかけようとして、何か袋が投げつけられる。

 

(っ! 毒!?)

 

 その可能性も考え斬るのではなく剣の腹で弾くベル。視線がそちらに引き寄せられてしまったベルの顔を目掛け飛んでくるナイフに、身体を捻らせ地面に転がる。その間にカヌゥ達は距離を取っていた。逃げ慣れている。

 

「待て! リリ………リリィィィィッ!」

 

 ベルの言葉が虚しく響き、返ってきたのはリリの返答ではなく無数の大きな足音と、ギチギチと軋むような不気味な音。

 オークにインプ、ハード・アーマードに加え、キラーアントの群れ。

 

「くそ! くそくそくそ! あのクソ野郎ども! おいガキ、お前も手伝え!」

 

 ゲドがベルに助力を求める中、ベルはリリが連れ去られた方向を睨む。

 

「貴方は、後で殴ります」

「っ! この、クソガキが!」

 

 見捨ててやると目で訴えながら、二人はモンスターの群れに突っ込んだ。




この事を報告したらヴァルドに汎ゆる態勢から反撃できるように調き……訓練させられます


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リリだから

【ヘスティア・ファミリア】のランクについて
等級(ランク)Gです
ギルドの豚的には上げたかったけど強制依頼(ミッション)でヴァルドの時間を奪われることを嫌ったウラノスにより団員も2名という至極真っ当な理由でG評価。それでもGなのは団員の片方がLv.8だから。
まあ『遠征』以外の強制依頼(ミッション)は普通に来ることはあるけど。
例えばそう、どっかの国の要人が護衛に指名するとか(ダンメモのウェディングイベントみながら


 オークが振り下ろす棍棒をなんとか弾きながら冷や汗を流すゲド。数が多い。

 確かにゲドはこの階層に来たことがある。だが、それはパーティーを組んで、だ。大型級が現れるこの階層でサポーターだけという、実質一人のようなものでこの階層に駆け出しが訪れたと聞き正気を疑った。

 

「シャアアアア!!」

「っ!?」

 

 背後から迫るインプの群れ。オークと戦っているゲドに避ける手段はない、とインプ達に赤い線が走り鮮血を撒き散らしながらズレる。

 

「ガキ………」

 

 思わず固まったゲドの前に居たオークを斬り捨てる。守られている。駆け出しに、自分が。屈辱を覚えながらも、それを挽回できる気がしない。

 

「クソ、クソ! 畜生!」

 

 駆け出しのガキが、自分より上。苛立ちをぶつけるように前に出てオークへと斬りかかる。

 

(負けてたまるか、負けて!)

 

 何年もLv.1として過ごした。恥ずかしいことじゃない、オラリオでも有り触れた在り方だ。英雄に憧れて、焦がれて、自分が何者でもないと知り自分より弱い者に当たり散らす、よくあるクズ。それがゲド。

 だけどそれが普通だ。そう簡単に強くなれない。試練に挑めない、恐怖を捨てられない。

 なのに、この少年は何だ? 今もあのサポーター少女を助けようとしている。モンスターに囲まれた今も、誰かのために戦っている。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 緋色の雷………雷の形をした炎が雷速でオークを焼く。超短文詠唱? 発動が早い。属性は、炎………。

 

血肉(トラップアイテム)だ! それとキラーアント! それを燃やせ!」

「え、は………はい!」

 

 直様血肉(トラップアイテム)と死にかけのキラーアントを焼くベル。キラーアントのフェロモンが途切れ、集まってきたキラーアント達は一瞬戸惑うも直ぐに人類であるゲドとベルを狙う。少なくとも、半端に殺さなければキラーアントの増援はない。

 血肉(トラップアイテム)は血に飢えたモンスターの本能を刺激する。それを燃やされ、餌を奪われたかのようにベルに怒りを向けるキラーアント以外のモンスター達。

 モンスターの一撃が、ベルの翡翠色の籠手の留め具を千切り吹き飛ばす。

 

「こん、のぉ!」

 

 それを拾う余裕は、今のベルにはない。

 今なら、自分だけは逃げられるのでは?

 ゲドの中でそんな考えが頭に過ぎる。後ろから蹴ってバランスを崩させて…………いや、そんなことしなくてもモンスターのヘイトはベルに集まってきている。

 

「ゲドさん、今のうちに逃げてください」

「は………?」

「その方が、僕もやりやすい」

 

 悪意はない、のだろう。だが言外に、彼は()()()()()()()()()()()()()と言い切った。

 

「なめんじゃねえ………なめんじゃねえよ! 何が逃げろだ!? 庇ってんじゃねえよ! 俺だって、俺だってやれるんだ!」

 

 オークへ斬りかかりながら叫ぶゲド。その体躯に怯えなければ、ゲドに比べて遥かにトロい。胸を切り裂き内部の魔石を砕く。灰へと還るオークの死体を突き破るように現れたインプが腕に噛み付いてきた。

 

「ぐっ!?」

「っ!」

「来るんじゃねえ! てめぇの助けなんざいらねえんだよ!」

 

 別方向から迫ってきたキラーアントに叩きつけるように腕を振るい、インプの頭が潰れキラーアントの目が凹む。そこから剣を突き刺し脳髄を撒き散らすように切り捨てる。

 戦えている。不格好で、見るものが見れば無様に映る有り様とはいえ、戦えている!

 

「プギイイイ!」

「シャアアア!」

 

 それでも、モンスターの数が多い。血肉(トラップアイテム)などを焼いた以上、やってくる数は減ったろうが戦闘音に引き寄せられるのは変わらない。少しマシになった、程度だ。ベルとゲドでは突破するだけの火力がない。と…………

 

「は?」

「え?」

 

 モンスターの群れが吹き飛んだ。いや、消し飛んだ。

 霧の中を走った一陣の風がモンスターの群を消し飛ばし、余波に巻き込まれたモンスター達が地面を転がる。魔法? それとも、高速移動? どちらにしろ、最低でもLv.4はある………

 

「すいません、ここは任せます!」

「おいまて何で俺までえええ!?」

 

 

 

 

 

「…………………あの人、パーティーメンバー…………じゃ、ないよね」

 

 モンスターを蹴散らしながら現れた冒険者、アイズはベルに引っ張られていくゲドを見ながらそう呟く。パーティーメンバーにしては連携が成ってない。初めだから上手く行かなかったというよりは、そもそも合わせる気がなかったかのような。

 モンスターに囲まれ急増で組んだのだろうか?

 

「……………10階層」

 

 だとするなら、実質一人でこの階層までたどり着いた事になる。アイズがこの階層に一人で来られるようになったのは半年。ヴァルドは4ヶ月。あの少年は、20日前は間違いなく駆け出しだった。

 

(まさか、一ヶ月で?)

 

 ふと地面に転がった焼け焦げた肉とキラーアントの死体に気づく。僅かな魔素の残留。魔法もしっかりと戦闘に活かしている。

 

「ヴァルドが欲した『成長性』………」

 

 異常、異様では言葉が足らない。成長ではなく飛躍。Lv.1がLv.6である自分に追いつくなんて、何年かかるのか………その間にだって強くなってみせると思っていた。でも………

 

(追いつかれる? それも、そう遠くない未来で………)

 

 それどころか、追い抜かれるかもしれない。ヴァルドの理想とする領域まで至るのかもしれない。そしたら、自分は? また置いていかれるの?

 

「オオオ!!」

「シャアアアア!!」

「きぃぃぃぃっ!」

「五月蠅い」

 

 八つ当たり染みた一撃。しかしLv.6へと昇華した少女の一振りがモンスターを一掃する。程なくして広間(ルーム)は静寂に包まれた。

 

(…………あ、これ…あの子のかな?)

 

 下級冒険者のものだけあり、質こそアイズ達のものより低い。それでも中々きれいな装備。ベルのだろうか? とマジマジ見つめるアイズ。と……

 

「……………」

 

 ガサリと音を立て一本角の兎が飛び跳ねていた。アイズと目が合うと一目散に逃げ出し、膝枕からの兎逃走事件(ちょっと前の出来事)を思い出し少しだけ落ち込むアイズ。

 だが、今感じたのはもっと盗み見るような気配だったのだが。気の所為? いや………()()

 抜剣し虚空を睨むアイズに、虚空から声が響く。

 

『気付かれてしまうか、御見逸れする』

 

 霧の奥から現れたのは漆黒の影。黒ずくめのローブを全身に纏い、闇に覆われたフードの中身は何も見通せない。両手には複雑な模様のグローブ。

 肌を一切露出しないその人物に警戒を緩めず剣を構える。

 

「私に、何かようですか?」

「ああ、その通りだ。だがその前に剣をおろしてもらえるか。こちらに危害を加える意思はない」

 

 敢えてアイズの間合いに入り、生殺を委ねてくる黒衣の不審者。話をどうか聞いてほしいという態度にアイズは一先ず剣を下げた。

 

「貴方は、誰ですか?」

「そうだな………以前ヴァルド・クリストフに30階層に向かうよう依頼を出した者、と言っておこう」

「!!」

 

 ヴァルドが『宝玉』を見つけた階層。『赤髪の調教師(テイマー)』が関わる何か。アイズは思わず反応してしまう。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。君に冒険者依頼(クエスト)を申し込みたい」

 

 

 

 

 

「へへへ……ここまで来りゃ彼奴も追い付けないだろう」

「正気ですか、あなた方…………6年前、ヴァルド・クリストフに潰されかけたのを忘れたんですか!?」

 

 カヌゥの蛮行に思わず叫ぶリリ。6年前、唐突に現れたヴァルド・クリストフはボコボコにされた【ソーマ・ファミリア】の団員を片手で引きずりながらただ一言、「主神を出せ」と言った。

 主神、厳密には酒を守ろうとした団員達は1人残らず叩き伏せられた。リリは物陰に隠れながらそれを震えてみていた。

 あの時よりさらに強くなっているヴァルドに、少ししか変わっていないカヌゥ。だというのにその弟子に手を出す暴挙。

 

「はは。馬鹿かよお前、あの英雄様だぜ? 【剣姫】に【戦乙女(ヴァルキリー)】を始めとした第一級に、Lv.4の弟子も数多く持つあの化け物が、今更暇つぶし以外の目的でLv.1を育てるかよ」

 

 だがその育成もただの道楽だと言い切るカヌゥ。

 

「それにダンジョンで死んだって犯人がわかるわけねえしなあ。それよりもアーデ、とっとと出せよ。持ってんだろう? あのガキからたんまり貰った金を隠す部屋か金庫の鍵をよ」

「っ!!」

 

 ローブを剥ぎ取り装備品を奪い取るカヌゥ。魔石に金時計、指輪などいざという時換金できるように備えていたもの全てを奪い、リリの腹を蹴りつける。

 

「うぇ、げほ!」

 

 咳き込むリリを、自分の思いのままに出来る弱者を見て嫌らしい笑みを浮かべるカヌゥ。

 

「わか、わかり………まし、た………わかり、ましたから!」

 

 と、リリが叫んだまさにその瞬間だった。

 

「リリから離れろ!!」

「げぶぅ!?」

 

 真っ白な風がカヌゥを蹴り飛ばす。

 ベルだ。片手にはぐったりしたゲドがいた。あっちこっち引きずったかのようにボロボロだ。

 

「く、クソガキ………ころすころす」

 

 なんかブツブツ言ってる。

 

「が、ガキ………ゲドの旦那!? な、なんで!」

「よくも………リリは女の子だぞ!」

「だ、だからなんだってんだ!」

 

 不意打ちされたことに怒りを覚え、ナタを振り下ろすカヌゥ。キン、と済んだ音が響きカヌゥのナタが斬られた。

 

「リリに謝れ!」

 

 そのまま拳がカヌゥの頬にめり込む。回転しながら吹き飛び地面をバウンドするカヌゥ。残りの二人は顔を青くして慌てて逃げ出す。

 

「リリ、大丈夫!?」

「あ、え……ベル様…………え、なんで?」

 

 ここにいるのなら、あのモンスターの群れを突破したのだろう。そこはいい。そこまではいい。だけど、どうしてここにいるのだろう? そのまま逃げればいいのに。サポーターなんかほうっておけばいいのに。

 

「なんで、リリを助けてくれるんですか?」

「………え? ええっと…………女の子、だから?」

「じゃあゲド様は女の子だとでも言うんですか!? まじめに答えてください!」

「ご、ごめん! ええっと…………ええと………その、つい?」

「ついって…………」

 

 何だそれは、じゃあ誰でも助けるとでも言うのか。

 

「うーん。違う、かな………ゲドさんはそうだけど……リリのために頑張れたのは…………うん。リリだから、かな。僕は、君を助けたいと思ったんだ」

「じゃあ俺を巻き込むなよ………」

 

 と、恨みがましい目でベルを睨むゲド。内臓をシェイクされ、フラフラと立ち上がる。

 

「っ!」

「怯えんなクソパルゥムが……そのガキに守られてるお前になにかしようなんてもう思うかよ」

 

 そして、ベルを睨んだ。

 

「おいクソガキ………」

「はい…」

「……………チッ」

 

 何か言うのかと思えば、ゲドは舌打ちだけして去っていた。

 

 

 

 

「おいカヌゥ、もう歩けるか」

「いでぇ……あのクソガキ、アーデ! 許さねえ、二人まとめて………!」

「二人まとめて、何?」

「「「!?」」」

 

 ダンジョンを出て路地裏を歩くカヌゥ達3人にかけられる声。振り返ると赤い髪の女が何時のまにか立っていた。

 

「ス、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】!? な、なんだよ! 【アストレア・ファミリア】が俺達になんのようだってんだ!?」

「ん〜。心当たりならいくらでもありそうね。でも残念、貴方達にようがあるのはこの(ひと)

「外、辛い………歩くの、面倒。帰りたい」

 

 と、ブツブツ呟きながら現れたのはカヌゥ達の主神、ソーマ。何故かすでに疲れている。そのままじろりとカヌゥ達を睨む。

 

「さて、お前達…………リリルカ・アーデ、及びヴァルド・クリストフの弟子に何をした?」

「な、なんのことですかい!? お、俺達はなにも…………!」

神々(おれ)に嘘は通じない…………まあ、密告があったから知ってるけど」

「っ!!」

「恩恵は封じさせてもらう。その上で…………えっと……………まあ牢屋に閉じ込める」

「最後雑!?」

「その牢屋の前で、リリルカ・アーデとチャンドラとほか数名で酒を飲む」

「「「なんて嫌がらせだ!?」」」

「ヒュウ、ソーマ様やるぅ!」

「だろう? 俺が一番やられたくないことだ」



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黒ローブの冒険者依頼

 怪物の行進。地を埋め尽くす大群。

 小さなうめき声すら重なり龍の咆哮すら超え大気を揺らす。

 絶望の川とでも呼称しようか。飲み込まれれば引き裂かれ、食い千切られる。

 この階層を探索しなれた冒険者でも………いいや、取り繕わなければこの階層に探索しなれる程度の冒険者だからこそ、この絶望には抗えない。それこそ、深層に到れる力がなければ。

 

「う、うわあああ! た、助けてくれええ!!」

 

 モンスターの口からぶら下がるように咥えられた冒険者。その両足はモンスターの牙が突き刺さっている。口を閉じれば、彼の両足は永遠になくなるだろう。

 

「いやだ、いやだああああ!!」

 

 悲劇、惨劇。

 ダンジョン内で有り触れた光景。抗えぬ者はただただ躯を晒すのみ。

 故に──

 

「不快な光景だ。『悪夢』を思い出す」

 

 抗える者は、そんな惨劇を許さない。

 モンスターの首が飛ぶ。地面に落ちた男を慌てて仲間が回収する。

 そして見た。怪物の群を、絶望の光景を前に立つ男の姿を。

 そう、悲劇も惨劇も終わりを告げた。

 眼の前のこの男こそ【大神(ゼウス)】と【女神(ヘラ)】の消えた時代に於いて、その2派閥以外で初となるLv.8へと至った最強の冒険者。

 

ヴァルド・クリストフ

 

 世界に広まっていた雷名()は更に強き輝きを放ち、下界の民に彼ならばと再び希望を灯した光の化身。

 剣の一振りが3桁のモンスターを灰へと還す。恐れ慄くモンスター達は後続に邪魔され逃げること敵わぬ………否、否、否。眼の前の男はたとえ逃走しようと逃さず殺す。そう思わせるだけの存在感。

 これより始まるは英雄譚。観客は力無き冒険者。

 だが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お、遅えんだよ!」

「お、おい!?」

 

 今まさに食われかけ、助けられた男がヴァルドに叫ぶ。その目に浮かぶは怒りではなく、羨望と嫉妬。

 

「都市最強だのLv.8だの偉そうな肩書ばかりで、肝心な時クソの役にも立たねえ! それが解ってんのかよ!?」

「お、おいやめろって!」

「っ…………そうだ」

 

 仲間が慌てて止めようとするが、その声に同意する別の声が上がる。

 

「てめーが地上でのんびりしてっからこんな事になったんだ!」

「責任取れ責任!!」

「俺達ばっかり苦しい思いをさせやがって!!」

「とっととなんとかしろよ!」

 

 自ら地の底に飛び込み、誰かの助けを期待し、助けがなければ力持つ者に喚き散らす冒険者。それを見てヴァルドは………

 

「言われるまでもない。所詮この身に背負えるものなど知れている。ならば取りこぼさぬために走り回るしかないだろう」

 

 彼等の罵倒を受け入れる。むしろ、だからこそ彼等はより惨めな気分になった………己がいかに惨めか理解してしまった冒険者達は目を逸らすために再び口を開こうとして………

 

「これ以上怪物共に()()()()を傷つけさせない。今から出来るのはそれぐらいだろう」

 

 その言葉に、吐き掛けた声が詰まる。

 

「ただ、一つ問おう。お前は守られるべき『民』か、怪物と戦う『冒険者』か? 俺は()()()として扱えばいい」

「っ!!」

 

 そうとも、()()()()。ヴァルド・クリストフは己が英雄などと、力無き冒険者を守れる存在などと認めない。故に問う、力を貸す気はあるか、と。そう回りくどく助力を求める。

 

「……………っ! お前が、お前みたいのがいるから!」

 

 ヴァルドが徐に投げ渡したポーション。それにより得た選択肢は2つ。走って逃げるか、立って挑むか。

 後続のモンスター達は直ぐにでも焼け焦げた同胞の死体を乗り越えやってくるだろう。

 

「お前みたいのがいるから、夢を見ちまうんだよ!!」

 

 力、金、女。

 何もかも手に入れられるのではないかと思える栄光。オラリオにて生まれる数多くの冒険者が胸に宿す原初の夢。

 それはモンスターに怯え、その恐怖を隠すために誰かに責任を押し付ける者には叶えられぬ夢。言われなくとも、子供だって解る簡単な事実。

 

「立てるな」

「ああ」

「戦えるな」

「ああ!」

「ならばついてこい」

「「「おおおおおおお!!」」」

 

 冒険者の集団とモンスターの群がぶつかる。哀しいかな、その冒険者の殆どは歴史に埋もれ名も残らぬであろう。だが、それでも……彼等は英雄を目指し、走り出した。それだけは誰にも否定できない事実だ。

 

 

 

 

 

 

「以上が24階層の出来事だ。その後、敏捷(あし)に自信がある者達と発生源を探し、北の食料庫(パントリー)で例の緑肉を見つけた。30階層と同じだ。俺が片付けてもいいが、どうする?」

 

 24階層と23階層をつなぐ連絡口に陣取ったヴァルドは水晶に向かって話しかける。

 

『それが一番効率的なのだろうが、今丁度【剣姫】がダンジョンに居てね。彼女に依頼しようと思うのだが』

「『宝玉』とアイズの関係を確かめるためか? 精霊繋がりだと思うがな」

『それならば()()()()()()()()()()に反応してもいいだろう?』

「『彼奴』は深い眠りについている。加護が発動したこともない………文字通り()()()()()()()()でなんの恩恵もない。単に気配に気づけなかった可能性もある」

『まあ、確かに………』

 

 さらりと聞く人がいれば、特にエルフあたりが驚愕しそうな会話を続けるヴァルドと水晶から響く声。

 

「まあいい。殻を破ったアイズを鍛えるのに丁度いいだろう。とはいえ、他にも雇っているのだろう?」

『ああ、【ヘルメス・ファミリア】にな………」

「あそこか…………もし赤髪がいれば、死者が出る。やはり俺も行こう」

『君が出たら、敵も証拠を潰して隠れるかもしれないが』

「隠れながら向かう。言い方は悪いが、【ヘルメス・ファミリア】には囮になってもらおう」

『…………君の判断に任せる』

 

 

 

 

 

 

冒険者依頼(クエスト)………?」

 

 彼、もしくは彼女の言葉にアイズは首を傾げる。

 間違いなく黒ローブの人物は神の恩恵を得ている。ならば、同派閥から冒険者を募ったほうが早いはず。それ以前に、ヴァルドと繋がりがあるなら彼に頼めばそれで済む。

 

「師匠に、頼まないんですか?」

「………まあ、此方にも事情があるのさ」

「………?」

「具体的な依頼内容は24階層で起きたモンスターの大移動、その原因の排除にあたってもらいたい」

「原因は、解ってるんですか?」

「以前ヴァルドに頼んだ30階層と同じだ。例の『宝玉』、及び『赤髪の調教師(テイマー)』が関わっていると予想される」

「っ!!」

 

 それは間違いなくアイズを釣るための餌。

 あの『宝玉』も、『アリア』の名を知る女も、アイズにとって、無視できぬ単語。

 

(………悪意は、感じない)

 

 それなりに魔境であるオラリオで生きてきたアイズは感覚で、悪意を察することはできる。もちろん完全ではないが、それでも取り敢えず信用はして良さそうだと判断した。

 

「解りました、行きます」

「恩に着る。出来れば今すぐ向かってもらいたいのだがいいだろうか?」

 

 その言葉にちょっとだけ考え込むアイズ。なにせ一人でダンジョンに潜ったのだ。帰りが遅くなればリヴェリア達に心配をかけるかもしれない。

 

「あの、伝言をしてもらっていいですか。私の【ファミリア】に………」

「ん? ああ………なるほど。わかった、それくらいは頼まれよう」

 

 なのでそう頼むと、ローブの人物も了解してくれた。

 携帯用羽根ペン、少量の血をインク代わりにできる中々高価な魔道具(マジックアイテム)を取り出し羊皮紙にロキ達宛ての手紙を書いた。

 

「まずリヴィラの街によってくれ。協力者はそこにいる」

 

 酒場の名前、場所。そして協力者を確かめるための合言葉を聞いて、アイズはダンジョンの奥へと向かう為歩き出した。




Lv.8
イケメン
料理上手
品性も度量も持ち合わせてる
記念日はまあ忘れない
不老
英雄
精霊契約者


なんだ、王族(ハイエルフ)と結婚したとしても誰にも文句言えねえ要素揃ってるわ。まあ本人はまず世界を救う為の戦力を鍛えることしか興味ねーけど。


ところでフェルズってやっぱり女なのかな? 精霊の悪夢では幼女だし声優も女だし


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地上にて

今回の水着イベント………フェルズ、疲れているのかな? え、イベントは毎回こんなもん? そうだな


 金髪の貴公子。そう評しても違和感のない美形の神が花屋によっていた。名をディオニュソス。整った顔立ちの神々の中でも紳士的な雰囲気も併せ持つ彼に女性店員達が頬を赤く染めていた。

 

「女性に送られるんですか?」

「私も神様に花をいただきた〜い」

「ふふ。なら私は花よりも美しいお前達を頂いていこうかな」

 

 じゃれ合う店員達は満更でもなさそうに、期待のこもった視線を向ける。

 

「そんな目をしていると、本当に食べてしまうぞ?」

 

 囁かれた甘い言葉にきゃあ、と黄色い悲鳴を上げる女性店員。

 

「何をしているのですか、ディオニュソス様」

 

 と、不意に聞こえてきた声にディオニュソスが固まる。振り返れば呆れたような顔をしたフィルヴィスが立っていた。

 

「フッ。お前がここで嫉妬しないあたり、あの英雄の方がお前にとって心を占める割合が強いのかな?」

「っ! そんなことはありません!」

 

 ディオニュソスの言葉に頬を赤くして顔を逸らすフィルヴィス。

 そんな様子にディオニュソスはそうか、と楽しそうに笑いフィルヴィスがギロッと睨まれ肩をすくめる。

 

「ここに来たということは情報をつかんだのだろう? 向こうで聞こう」

 

 そう言うと歩き出すディオニュソス。フィルヴィスもその後に続く。

 

 

 

 

 第一墓地。

 都市南東に位置する共同墓地の一つで、冒険者の墓地とも呼ばれ花々しい功績を残した冒険者、とりわけ『古代』から『英雄』と称えられた者達の墓には巨大な記念碑(モニュメント)が設置されている。過去の先人達の誇りや敬意から【ファミリア】の垣根を超え多くの花が備えられる。

 ただ、この墓地の殆どは空だ。ダンジョンという過酷な場所から死体を持ち帰れないことが殆どだからだ。

 地上で殺されたディオニュソスの眷属()達は死体が埋まっているため他の墓地より間隔が広い。

 

「…………………」

 

 花を添えるディオニュソスは、そこになんの意味もないことを知っている。神が現れる前の『古代』から続く地上の文化だ。そこに鎮める無念も報われる者もいない。

 祈るべき冥福など天界の神のさじ加減一つで、中には神に愛され輪廻から外れ、神に抱きしめられ続けている魂もある。或いは天界で神が戻るのをひたすら待ち続け忘れ去られた魂や、嘗ての眷属の魂を待ち続ける神もいる。ディオニュソスの子達は、きっと輪廻に戻りまたこの地上に戻ってくるだろう。全く別の存在として……それでも花を添えるのは、彼なりの誠意と謝意だ。

 

「24階層の情報が、公開されていない、か………」

「はい。該当するそれらしき冒険者依頼(クエスト)も、一切ありませんでした」

 

 周囲に誰もいない中、二人は話を始める。

 フィルヴィスが先日向かった『リヴィラの街』では『モンスター大量発生』の話題で揺れていた。ギルドから解決策が提示されるまで20階層以降の探索は控える動きがある。

 

「ヴァルドがいましたが、未だ解決に至っていないことから行動に移していないのかと」

「ふむ………やはり彼の後ろにギルドがいるのかな? だとしても、目的は何だ?」

 

 異常事態(イレギュラー)を地上で隠せるのはギルドだけ。隠すということは知られたくないということだが、ならばさっさとケリをつければ良い。ヴァルド・クリストフが出れば、中層の異変など直ぐに解決出来るだろう。

 それをしないということは、異変を長引かせたい? いや、こうして情報を集められてしまう状況になって長引かせるメリットはないはず。

 

「問題は彼が関わっていることだが………」

「彼奴は、無意味に人が傷つくことに手を貸したりはしません」

「無意味でないとしたら? それこそ、試練とかね」

「……………その場合、異常事態(イレギュラー)の発生自体は予期しないものかと。予期していたのなら、怪我人など出るはずもないので」

 

 逆に言えば、異常事態(イレギュラー)を利用することはあるのだろう。誰の試練だ? 流石に駆け出しの方ではないだろうが…。

 

「いかがなさいますか、ディオニュソス様」

「………巻き込んでみるか」

 

 

 

 

「…………また来おった」

 

 黄昏の館にて、嫌そうな顔をするロキの出迎えに胡散臭い爽やかな笑みを浮かべるディオニュソスの姿があった。

 

「気になる情報を仕入れたんだ。何処かで腰を落ち着けてゆっくり話さないかい?」

 

 言外に、しかし図々しく『ホームの中に入れろ』というディオニュソスに『とっとと帰れ』と言わんばかりのロキだったがフィルヴィスの持つ極上の葡萄酒を見て通し、門番達が白い目を向けた。

 

「で、なんや? 気になる情報っちゅうのは」

 

 塔の前の狭い庭園に卓と椅子を準備させたロキは早速尋ね、ディオニュソスは24階層でモンスターの大量発生が起きたこと、そして以前にも30階層で似たような異変があったことを話す。

 30階層といえば以前ヴァルドが向かった場所だ。時期的にもだいたい同じ。解決したのはヴァルドだろう。彼ならまあ余裕か。

 

「ギルドは、ウラノスはこのことを表沙汰にしないために【剣聖】を使ったと見ている。そうなると、24階層が謎ではあるけどね」

「やっぱりギルドは信用できんか?」

「どうにもね、きな臭いことがあるのは確かだよ」

「ヴァルドが手ぇ貸しとんなら万が一もないと思うんやけどなあ」

「そうかな?」

「………あん?」

 

 ピクリとロキは糸目を僅かに開く。

 

「7年前の『大抗争』を覚えているか? 多くの冒険者が死んだ……だが同時に、多くの冒険者が殻を破った………もし今のオラリオに失望している彼が──」

「やめい」

「ロキ、私はその可能性も考えるべきだと………」

 

 己の言葉を遮るロキに苛立ったようなディオニュソス。しかしロキが止めたのは、彼ではない。

 

()()()落ち着きぃ」

「────!?」

 

 何時の間にか添えられていた剣。振り返れば酷く冷たい目で睨む女性冒険者。フィルヴィスの前にも一人の男性冒険者が。

 その二人だけではない、周囲に何時から居たのか、【ロキ・ファミリア】構成員が数名ディオニュソス達を睨んでいた。

 敵も多い【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に残っているメンバー。第一軍には劣れどその実力はオラリオ全域から見ても上位陣。

 事実ディオニュソスの首に剣を添えている女性は第一級冒険者、【戦乙女(ワルキューレ)】レミリアだ。

 

「あんなあディオニュソス。此処どこだと思ってんのや……【ロキ・ファミリア】、ヴァルドの弟子が何人かいるんやで? そこでヴァルドを人殺し扱いってお前………潰すぞ」

 

 怒っているのは何も眷属だけではない、とディオニュソスを睨むロキ。ディオニュソスはすまない、と目を伏せる。レミリアは剣を引き、ロキの後ろに控えた。

 

「そんで? 結局うちに何させたいんや自分」

「ははは。何か解ったら連絡すると言ったろ? 他意はないさ」

「………………」

 

 嘘だな。要するに戦力を向かわせて探ってこいと言ってるのだ。

 

「生憎うちはお前んとこと違ってでっかいぶん敵も多いんや。本拠(ホーム)の戦力も残して置かなあかん。24階層に向かわせる戦力なんてあらへんぞ」

 

 もちろん嘘だ。レミリアなら24階層程度余裕だろう。

 

「【剣姫】はいないのかい? 彼女に向かってもらえば百人力だ」

「アイズたんなら…………」

 

 と、不意に空から何かが落ちてくる。ロキに当たる前にレミリアが受け止めロキに渡す。どうやら手紙のようで、上空では鳥が円を描いて飛び、直ぐに飛び去った。誰かの使い魔だろうか?

 ロキは手紙の内容を見て、頭を押さえた。

 

「アイズが24階層に行きおった」

 

 優雅に紅茶を飲んでいたディオニュソスは思わず吹き出しフィルヴィスとレミリアもギョッと目を見開く。

 冒険者依頼(クエスト)を頼まれたそうだがこのタイミング………。『心配しないでください』と書かれていたがするに決まっている。

 こういうところはヴァルド(育て親)に似たのだろうな。

 

「ベート、あとレフィーヤ呼んで。至急や」

「どうする気だい?」

「ベート達にアイズを追わせる。後、Lv.3数名戻してレミリアも行ってもらう」

「私もですか?」

「どんな形にせよヴァルドが関わってる事自体は確かや。あの馬鹿が何隠してるかついでに探ってきい」

 

 この騒動、少なくともリヴィラ襲撃とは無関係ではないだろう。で、あるならヴァルドが手を出さないなどありえない。あの男はそういう奴だ。

 

「3人だけで大丈夫かい? もちかけておいて何だが、24階層の件は危うい気がするぞ」

「………………」

 

 ヴァルドの推定でLv.6の魔導士か魔法剣士……アイズはLv.6になったばかり。Lv.5が2名と魔法の火力だけなら第一級にも引けを取らないレフィーヤの援軍なら本来は中層など過剰もいいところだが………。

 

「………フィルヴィス、ロキの子とともに24階層に向かえ」

「!? で、ですが私は貴方の護衛で………!」

「聞けフィルヴィス、私情でロキを巻き込んだのは私だ。私も唯任せるだけでなく誠意を見せなくてはならない。何より私はロキの信頼がほしい。信頼は行動で勝ち取らなければ……解るだろう、フィルヴィス」

「……っ」

 

 言葉に詰まるフィルヴィスは、しかしまだ納得していないというような顔をする。

 

「………しかし私は、彼奴以外とパーティなど…」

「フィルヴィス」

「…………………解りました」

 

 

 

 

 

 

 

 広い大空洞だった。

 中層域に位置する階層の最奥。冒険者は疎か凶暴なモンスターの雄叫びも聞こえないそこは、モンスターの体臭でも血の匂いでもない、肉が腐ったような、昆虫を引き寄せる匂いが充満し、湿った空気が漂う。

 

「…………それは役に立つのか?」

「さあー、そればかりはねえ。何せ初めての実戦投入だし? むしろ使えたかどうかを聞きたいんだよねー」

 

 赤髪の女の言葉に気怠そうに返す男。女がギロリと睨むと肩を竦める。

 

「怖い顔するのやめてよねー。僕別に君を怒らせたいわけじゃないんだから………まあ、少なくとも()()()()()やつよりは使えるからさあ」

「………………」

「できれば感想をレポートに纏めてほしいけど、まあ無理だよね………」

 

 はぁ、とため息を吐くと男は踵を返す。その男の護衛なのだろう、数名が男についていく。

 その背を睨み、しかしすぐに興味の失せた女は果実に食らいつく。

 

「必要とは思えんがな、『彼女』の生み出したモンスター達の改造品など」

「奴は強い。既存の量産品共では足止めにもならん」

「ふん、【剣聖】か…………『彼女』に選ばれた私達に勝る存在などいるものか」

 

 そんな女に話しかけたモンスターの頭骨(ドロップアイテム)を兜代わりにした白い男。女は傲慢に満ちたその言葉に目を細めた。




ヴァルドの弟子達
一部を除いてもLv.3が混じっている、他の中規模【ファミリア】なら団長をしていてもおかしくない戦力。ただし大半はついていけなかった。それでも慕っている。
因みにレミリアの神々からの二つ名とは別の呼び方は『忠犬』
ヴァルドが幹部になれと言わない限りなるつもりはない。団長であるフィン以上に慕ってるのでティオネとよくもめる。
ヴァルドに頭を撫でられると数分間強さが1.5倍になる。ちなみにアイズは1.7倍。


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剣聖の弟子達

 アイズはリヴィラの酒場で冒険者依頼(クエスト)の同行者である【ヘルメス・ファミリア】と合流。

 異変が起こっているという24階層北食料庫(パントリー)に向かう。

 

「………………」

 

 道中遭遇したモンスターと見事な連携を見せる【ヘルメス・ファミリア】。その中で気になるのが小人族の3人と獣人の男性。

 武器こそ違えど、戦場での立ち回りに見覚えがある。魔導師の少女もおどおどした態度でありながら、戦場での行動に迷いがない。並行詠唱も使える。

 

「…………あの人達、もしかして」

「気付きましたか? ヴァルドの弟子です」

 

 ヴァルドは【ロキ・ファミリア】に居た頃から、外部の【ファミリア】にさえ弟子を持っていた。志願する者が後を絶たなかったからだ。まあ逃げ出す者も似たような数だったが。因みに本来【ファミリア】で培った技術や知識は他派閥に教えるべきではないのだが、時代が時代だったのでヴァルドが『言ってる場合か、俺達だけで対処できていない現実を見ろ』と説き伏せた。

 後は様々な理由でヴァルドに挑んだ、例えば太陽神の眷属の長とかアマゾネスの娼婦とかも結果的に強くなり弟子などと呼ばれていた。

 彼等は前者だろうが、一つ気になることがある。

 獣人の男性、ファルガーと小人族の姉弟ポットとポックはまだいい。年齢的にありえなくはない。唯、小人族の魔導師のメリル………彼女は流石に若すぎないだろうか?

 

「彼女が弟子になったのって、何時ですか?」

「……………4年前です」

「え」

 

 それはおかしい。だって、ヴァルドが姿を消したのは5年前。4年前に弟子入りしたとなると、まさか……

 

「…………我々【ヘルメス・ファミリア】は、3年前まで一部団員が彼等と交流を持っていました。メリルはその際彼()に弟子入りしたんです。いえ、させられたというべきでしょうか」

 

 暗黒期を終わらせた英雄にキラキラした瞳を向けて、ポットとポックの紹介で弟子入りしたメリル。後衛って何だっけと思うような修行にもめげず健気に頑張っていたが、まぁその…………彼を見つめる目が同居人のお気に召さなかったようで………いや、鍛えられた。キチンと鍛えられたのだが…………

 

「どうか彼女に授業内容について聞かないであげてください。トラウマのフラッシュバックで使い物にならなくなります」

「あ、はい」

 

 【ヘルメス・ファミリア】団長であるアスフィの剣幕に、アイズは素直に従った。

 

 

 

 その後24階層でランクアップの、感覚のズレを直す為にモンスターの群れを一人で討伐したアイズ。この階層でモンスターと冒険者がぶつかりあったという。ヴァルドがその時指揮をしていたらしい。

 

「で、でもなんでヴァルドさんはそのまま事態を鎮圧しなかったんでしょう」

「英雄様つったって人だからなあ。無理だと感じて引き返したんじゃねえの」

「「それはない」」

「「それはありえません」」

「それは、ないと思います」

 

 猿人っぽいヒューマンのキークスが自分の知らないところでアスフィと何度も会っているというヴァルドも案外大したことがないと笑うと即座に否定された。

 

「いいかキークス、何もできそうもないは………あの人の中で()()()()()理由にはならない」

「頭のネジがぶっ飛んでるからなあ師匠。普通に一人で突っ込むぜ」

「そもそもネジ穴があったのかすら謎の人ですもの」

「え、えっと……ヴァルドさんは、諦めて引き返すなんてしないと思います」

「というかたとえソロだろうとLv.8に至った彼にも無理ならこの依頼(クエスト)は解決不可能になるでしょう」

「師匠は、すっごく、すごいよ?」

 

 キークスとしては思いを寄せるアスフィが彼に会いに行く時やたら身なりを気にしているから気に入らず、つい蔑んだ言い方をしてしまったがまさか聖夜にプレゼントを届けに来る老人を大人になっても信じている相手に向けるような視線を向けられるとは思ってもいなかった。

 いや、Lv.8が達成できなかった依頼が自分達に回ってくる筈がないと解っていたし、冗談のつもりだったのだが何だこの反応は。

 

「キークスは直接会ったことありませんでしたね。良いですか? この世界には、人の常識が通じない存在がいるんです」

 

 ヴァルド・クリストフも人じゃないの?

 

「な、なんかすいません…………」

 

 一体どういう男なんだ、ヴァルド・クリストフ。

 

 

 

 

「一体どういう存在なんだ俺は」

 

 そんな彼等の会話を聞きながらヴァルドは【ヘルメス・ファミリア】の中での自分のイメージに物申したくなる。

 しかし、パーティか。

 ヴァルドがダンジョンに潜る際に組んだ最後のパーティはフィルヴィスとツーマンセルだったか。

 あれからどれほどの強さになったのか………あるいは壁にぶつかったか………今度一緒に潜ってみるか。

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 パーティを組むのはヴァルド以来だ。

 フィルヴィスはダンジョン内を駆けながらメンバーを見る。

 嘗てヴァルドが所属していた【ファミリア】。ヴァルドの弟子もいる………。

 

「…………何か?」

「いや、ヴァルドの弟子なだけはあるな、と」

 

 第一級冒険者の称号に恥じない戦い方。上級冒険者の中でも1割に満たない第一級は、当然技術を持っている。それを踏まえた上で異常なのがヴァルドで、その弟子である彼女も技術という点においてはベートより上。

 

「私なんてまだまだですよ。アイズさんの方が剣術も上ですし、あの人が選んだのは別の人でしたし…………」

 

 選ばれなかった、という割にはその事に関して思うところはなさそうに見える。

 

「何ヘラヘラしてやがる。役者不足っていわれてんだぞてめぇは」

「英雄たり得なくても、戦士にはなれます。あの人が戦えというのなら、私はどんな戦場にだって飛び込めます」

「…………犬っころが」

 

 アイズの『戦姫』という呼び名同様、レミリアにも二つ名とは別の呼び名がある。レフィーヤはそれを知ってはいたが由来は知らなかった。

 『忠犬』………誰に対してなのか聞いても誰もが口を噤んだがヴァルドだったのだろう。

 

「お前は、置いていかれた事をどう思っている?」

「…………思うところはあります。あの人が連れてきた弟子にも、嫉妬してます。でも…………今でも思い出せるんです………」

 

 まだレミリアが幼かった頃見た、英雄の軌跡。昼夜問わず都市を駆け回り、数多くの者を救っていた姿を。

 レミリアも救われた一人だ。闇派閥(イヴィルス)が迷宮か、あるいは都市の外から運んできたドラゴンの首を切り落とした、当時Lv.3のヴァルド・クリストフ。

 

「あの人が決めたことに恨みなんて抱きません。あの人がすることに疑問は持ちません…………ま、まあちょっと引きますけど。それでも、あの人がそうしたのなら、きっと意味がありますから」

「……………そうか」

 

 

 

 

 意味、行動の意味か。そんなこと、考えたこともない。

 いいや、考えたくもないのだ。

 考えるとしても、それは彼が自分とパーティを組んでくれた理由だけ。

 【剣姫】を育てた理由とか、弟子を多く取る必要性とか、妖精の王女と仲が良いとか、彼に関連し()()()()()()()()事など何一つ考えたくない。

 彼に自分だけ気にしてほしいと思い、他の誰かを気にすることが許せない。

 あの頃の自分なら、きっと出ていくと言われれば出来るかはさておき両足を千切ってでも止めたろう。彼がその程度で止まるはずもないから腕ももぐだろう。そうして自分の下に繋ぎ止めようとする。

 

 

 

 

 ああ、だから彼は自分に何も言わずに去ったのだろうな。




【外部の弟子】
ヴァルドに志願した者、あるいは突っかかり結果的に強くなった者達。総じて【他派閥の弟子】と呼ばれている。
志願した者は誇りに思い、突っかかり結果として強くなった者はその呼び名を否定している。


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死妖精

 ダンジョン18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 ベートは不機嫌だしフィルヴィスはレミリアと話してから何も言わない。道中助けられ、お礼を言ったが無視された。

 なんて空気の悪いパーティだろうか。気を遣って話しかけてくれるレミリアだけが唯一の救いだ。

 そしてリヴィラに到着すれば、何やら冒険者達が楽しそうに酒を飲み交わしている。

 

「? これは、何があったのかな?」

「さ、さあ……」

 

 レミリアの言葉にレフィーヤも困惑しながら返す。階層主討伐に成功した時の雰囲気に似ているが、まだ時期ではないはず。

 

「おい、何があった」

「ん? ああ、【ロキ・ファミリア】か………何がってそりゃあ、久々の冒険だからなあ、その生存祝だよ」

「こんな気分で酒を飲むのは久しぶりだなあ!」

「冒険者に乾杯! リヴィラに乾杯!」

 

 ドッ、と笑い声があがり、あちらこちらで木製ジョッキがぶつかり合う音が響く。

 

「冒険だあ?」

「おうよ、24階層で起きたモンスターの大量発生………ん? 大移動だったか? まあ兎に角モンスターの群れと戦ってな……生き残ってみせた!」

「まあ元凶潰さない限り続くらしいから一度戻ってきたがな」

「その元凶ってのはなんだ?」

 

 おそらくそこがアイズの向かった場所だろう。ベートがすぐに問いただすが冒険者はうーん、と唸る。

 

「いや、何処だったかな〜? 24階層のどっかだとは思うんだけどな…………」

「チッ、じゃあアイズを見てねえか?」

「【剣姫】か? いやあ、見かけた奴は居るって聞いたような……まあ師匠の後を追ってきたんだろうな」

「……………あの男もいんのか?」

 

 だとしたらとっとと異変が収まっているだろうに、何をしているんだと眉根を寄せるベート。

 ギルドと繋がってなにかしている可能性が高いとロキやフィンが言っていた。あの男に限ってオラリオを窮地に陥れるようなことはないと思うが、聞いた話だとLv.4のアイズを『闘技場(コロシアム)』に放り込んだりしたらしいし、その時と同じようにダンジョンを弟子の誰かの修行場にしたのか?

 いや、下手したら死人が出ているかもしれない状況でその可能性は低い。ならば、やはり誰かの命令で行動を制限させられている?

 

「…………チッ。別にあんな奴知るかってんだ」

「は、はい?」

「なんでもねえ、行くぞ」

 

 

 ベートが向かったのはボールスの貸し倉庫。

 武器のスペアなど嵩張る物資を有料で預ける場所だ。街の顔であるボールスに尋ねたところ、買い物以外にも倉庫の方も利用したらしい。

 下級冒険者向けの防具だ。第一級冒険者のアイズが何故こんなものを?

 首を傾げるレフィーヤの横でベートがアイズの行き先を尋ねボールスが金をせびり胸ぐらを掴まれ大人しく教えた。

 異変が起きたのは24階層、北の食料庫(パントリー)。ヴァルドも数人の冒険者を引き連れ向かい、引き返したらしい。

 

「そ、それってLv.8でも危険、ってことですか?」

「んなわけねえだろ、雑魚どもに気を遣ったんだ」

「危険でも飛び込むのが師匠だからね」

「あ、はい」

 

 どういう人なんだろう、ヴァルド・クリストフ。

 レフィーヤの中では残念ながらアイズを捨てたクソ野郎というイメージしかない。後アイズに抱きつかれるの羨ましい。

 

「ところで、お前等『死妖精(バンシー)』と組んでるのか?」

「え?」

 

 ボールスの視線の先にいるのは離れた場所で待機しているフィルヴィス。

 

「それってフィルヴィスさんの二つ名ですか?」

「いや、俺らが勝手に呼んでるだけだ。二つ名は別にある……あ! これヴァルドには言うなよ!」

「え、私が師匠に隠し事なんてするわけないじゃないですか」

 

 しまったというように口止めするボールスにレミリアは即答で断った。

 

「というか人に聞かれたくない呼び名をするのは良くないんじゃないですか?」

「あー、いや…………だけどよぉ、不吉だろ?」

「不吉って、フィルヴィスさんがですか?」

 

 ムッとボールスを睨むレフィーヤ。ボールスは言い訳するように話し始める。

 曰く、フィルヴィスとパーティを組んだ者はたった一人を除き()()()()()

 都市に混乱招き死を振りまいた闇派閥(イヴィルス)が起こした事件の中でも凄惨な物の一つ、偽りの情報で集めた有力派閥に誘導したモンスターをぶつけた『27階層の悪夢』、フィルヴィスはその生き残りの一人だという。

 地上にて邪神を討伐していた【ロキ・ファミリア】の一人、当時のヴァルド・クリストフが戦いを放り出して27階層に直行。それでも半数以上が命を落としたらしい。

 

「生き残りは何人かいてなあ、彼奴は発見が遅れた一人………」

 

 階層主すら巻き込んだ混戦はヴァルド一人では荷が重く、遅れて到着した冒険者達が四肢が千切れかけた半死人のヴァルドを回収したらしい。その後隠れていた生き残りなどを保護し、フィルヴィスはその一人。

 そしてその日から()()()()かのようにフィルヴィスに関わったパーティは全滅した。

 判断を誤り、異常事態(イレギュラー)に見舞われ、仲間割れを起こしフィルヴィスを残して死んでいった。

 「あのエルフと関わったら死ぬ」という噂が流れるのは早かった。そんな彼女に、悪夢の時救えなかった責任でも感じたのか手を差し伸べたのがヴァルドだ。

 

 

「救えなくたって仕方ねえとは思うがなあ。当時Lv.5って言っても、一人なんだぜ? でも、あの野郎は生き残っただけで憎まれた奴等のためにも奔走しててなあ、その最後があのエルフだ」

 

 そして死ななかった。

 異常事態(イレギュラー)に見舞われたらしいが死にかけながらも乗り越え現在の防具の素材にしたらしい。

 

「はん、要するに実力があんなら死なねえ………死んだそいつ等が雑魚だっただけじゃねえか」

「べ、ベートさん! そんな言い方しなくても………」

 

 吐き捨てるようなベートの言葉にレフィーヤが非難するもベートは聞く耳持たずフィルヴィスの下まで歩く。

 

「詳しい話は知らねえけどな、要はてめえは仲間を見捨てて、おめおめ生き残っちまったわけだ。ざまーねえな、なんでまだ冒険者なんかやってんだ。そのままくたばっちまったら良かったのによ」

「ベートさん!!」

 

 叫ぶようなレフィーヤの言葉に対して、言われた当人はふっと微笑む。

 

「お前の言うとおりだ。あの日、眷属(ファミリア)の仲間と死ぬこともできず、私はこうして生き恥を晒している…………噂を聞いたのだろう? どうする、ここで別れるか? 私とともにいて、死ななかったのはヴァルドだけだ………ヴァルドだけでいい」

 

 言い返さない女を前にベートは舌打ちして踵を返す。

 

「てめぇみてえに達観してる奴が一番ムカつく」

「あ、べ、ベートさん!」

 

 今なら絡んだ全員に喧嘩を売りかねない剣呑な気配に同じレベルのレミリアが慌てて追いかける。

 残ったレフィーヤはかけていい言葉が見つからず、その場に佇む。

 

「レフィーヤ・ウィリディス」

「っ!」

「間違っても私に情を移すな、近付くな………わたしは汚れている」

 

 己自身に言い聞かせるようなその言葉にレフィーヤは何か言わねばと思考するも言葉が出てこない。

 

ダメだ

 

     ダメだダメだ

今言わなきゃ   止めなきゃ

         この人のために

 

 

    なにか言葉を

解らない

           見つからない

    浮かばない

          言葉がない

 

「同胞を穢したくはない」

 

 言葉──────なんて!

 

「…………なっ!?」

 

 言葉が見つかるより先に行動に移る。歩き出そうとしたフィルヴィスの手を掴むレフィーヤに、フィルヴィスは直ぐにその手を払おうとする。

 

「離せ! 私は!」

「貴方は汚れてなんかいない!」

「っ!!」

「貴方は汚れてなんかいない!! 私なんかよりずっと美しくて、優しいエルフです!」

 

 フィルヴィスの言葉を遮るように叫ぶレフィーヤ。その剣幕にフィルヴィスが思わず固まる。

 

「な、何故そんな事が解る! いい加減なことを言うな、私とお前はまだあって間もないはずだ!」

「こ、これからいっぱい見つけていきます!」

「──────!」

 

 

 

 それは彼と出会った時の言葉だった。

 突然現れ、パーティを組めと言ってきた時の英雄。

 

「お前は優しいな」

「何だ、いきなり」

「道中で十分解る。俺を心配している」

「…………私のせいでまた誰かが死ぬのが嫌なだけだ」

「そうか? まあ、とりあえず一つだ」

「……………何だ、その一つとは」

「お前が自分の嫌いなところを幾つもいうものだからな。お前の長所を一つでも多く見つけておけば、少しは自嘲しなくなると思ったのだが」

 

 これから見つけていくとしよう、彼はそう言って………しかし勝手にいなくなった。

 

 

 

「…………お前ではない」

「え?」

「それは、お前の役目じゃない」

 

 バッと乱暴に手をはらわれる。レフィーヤが何かを言う前に、ベートの怒号が聞こえてくる。

 

「エルフ共、何ちんたらしてんだ、速く来い!」




レフィーヤ、友情イベント失敗
まずはヴァルドへの好感度を下げてからヴァルドとの記憶に引っかからない言葉を選ぼう。
でも好感度その辺のエルフからまあ死なないように気を使ってやるかになったよ!
なお、ベートの怒号がなく役目を代わってみせますとか言ったら好感度最底辺まで(具体的には謎の仮面に命を積極的に狙われる)落ちた模様


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腹の中

 ダンジョン地下24階層北食料庫(パントリー)に向かう道が、緑の肉壁に塞がれていた。

 事前の情報通り。これによりモンスターの大移動が引き起こされた。

 

「ここで師匠が引き返したってわけか。中の情報ぐらい持ち帰ってきてもいいだろうに」

「まあその場合あの人が全部解決してたでしょうけどね」

 

 ポットポックの姉弟の軽口にヴァルドを知る面々がウンウン、と頷く。

 

「どうする? 取り敢えず、『門』みたいなのはあるが」

 

 緑の肉壁には花弁が折り重なったかのような蕾にも見える場所があった。此処を通れる者は、これを使って通るのだろう。

 

「斬りますか?」

「発想が脳筋だよな【剣姫(おまえ)】……」

 

 アイズの言葉にルルネが呆れる。アイズはシュン、と落ち込んだ。

 

「私の魔法で焼いてみます?」

「そうですね。炎が有効か試してみたいですし…………長文詠唱の方でお願いします」

 

 アスフィの言葉に早速詠唱を始めるメリル。足元に広がる魔法円(マジックサークル)は彼女が『魔導』を持つ上級魔導師である証拠。

 

「珍しいだろ、小人族(パルゥム)の上級魔導師なんて………未来を嘱望される才能あるパルゥムってわけだ。勇者様と一緒だな」

 

 と、何処か嘲りが含まれたかのような言葉は、しかし外部に向けられたようには思えない。それこそ、己を嘲笑っているような………。

 

「フィンを知ってるの?」

「知らねえパルゥムがいるかよ。どんだけ才能に恵まれてたか知らねえけどな、勝手に英雄になりやがって。頼んでねーっての………小人族(パルゥム)でもやればできるみてえなことするもんだから、才能がねえ奴は何もしてねえみたいに扱われやがる」

「それは………師匠に?」

「あの人はLv.6で足踏みしても何もしてねえ扱いするだろうがよ。まあ実際、あの人に弟子入してLv.3になれた事考えると、何もして……………いや、うん。あれは普通にやりすぎだ」

 

 顔を青くして震えるポット。この人()修行で20階層辺りで集めたモンスターの群れの中に投げ入れられたりしたのだろうか?

 

「それでも勇者様には追いつけねえけどなあ」

「あの……フィンのこと、嫌いなの?」

「…………………」

 

 と、爆音が響く。振り返れば壁に大穴が空いていた。

 

「行きます。全員陣形を崩さないように」

 

 アスフィの号令に彼等は穴の奥へと踏み込む。本来なら岩肌が広がる筈の通路は、緑の肉で覆われており光を放つ花が照らしている。

 空いた穴が自動的に修復した。まるで巨大な生き物に飲み込まれたかのような、そんな不安が彼等を襲う。とはいえ、進まぬことには始まらない。

 地図と示し合わせて本来存在しない分かれ道があったりと、内部が作り変えられていたためルルネが改めて地図を作る。今の冒険者が殆ど忘れた技術。裏を返せば、ゼウスやヘラの到達した未知を越えた時を考えていない事を示す在り方をヴァルドは嫌い、ルルネにその技術を請うた。

 ちなみに同居人は先駆者側だったがその手の技能は別の人間に任せきりだったので教えることは出来なかった。

 

「全員止まりなさい。ファルガーは私と来なさい」

 

 ある程度進み、不意にアスフィが足を止める。全員に待機を命じ、通路に落ちていた灰を盾持ちのファルガーを連れ確認する。

 モンスターの死骸だ。門を越えるだけの力を持ったモンスターがここで殺されたのだろう。

 

「………?」

 

 その死骸に、ふと違和感を覚えたアスフィ。が、それに気づく前にアイズが叫ぶ。

 

「上です!」

 

 大口を開けた食人花の群れが大量に襲いかかってきた。

 

 

 

 

「レヴィス、侵入者だ」

 

 異質な迷宮と化した北食糧庫(パントリー)の最奥。白い男は同胞たるレヴィスに声をかける。

 

「モンスターか?」

「いや、冒険者だ。中規模のパーティー、全員手練のようだ」

 

 白服達がやはり来たかと憎々しげに唸り、レヴィスも肉壁の一部の水膜に映る映像を確認し、金髪の少女を見つける。

 

「『アリア』だ」

「なにっ!? 【剣姫】がアリア……? 信じられん」

「確かだ。私が行く、『アリア』を他の奴等から離せ……それと、彼奴等も越えてくる可能性がある。『あれら』を使っておけ」

 

 

 

 

「何だ此奴等!?」

 

 【ヘルメス・ファミリア】にとってはルルネ以外にとって初見の新種。毒々しい極彩色の花弁を持った食人花はその大きさもあり威圧感が大きい。

 

「魔法はダメ! 打撃は効かない、剣で戦って!」

「相性悪いなあクソ!」

 

 小人族(パルゥム)の足りない筋力を武器の重さで補っているメイスとハンマー使いの姉弟にとってはやり難い相手だ。

 とはいえ戦えないわけではない。25階層に放り込まれた時に比べれば数は少ないし、師の剣よりも遥かに遅い。

 勝てないまでも対応はできる。

 

「ポット、ポック、十分です!」

 

 アスフィの言葉に即座に下がる二人。アスフィは十分な数を取り出した小瓶を投げ、爆炎が食人花を焼き払う。

 アスフィお手性のアイテム、瀑炸薬(バーストオイル)。都市外の素材、大陸北部の火口近辺で取れる火山花(オビアフレア)を原料にアスフィが加工した液状の爆薬は空気に触れると暴発し、中層のモンスターすら絶命させる威力を発揮する。

 

弱点(ませき)は口の中上顎奥! 一体に付き3人で対処しなさい!」

「了解!」

 

 見事な連携で残りの食人花を倒していく【ヘルメス・ファミリア】。最後の一体も後一息。エリリーが下がるように言うと、ポックが食人花に向かって飛び出す。

 何故走っているのか? 下がれという言葉に、何をムキになっているのか?

 ああ、きっとアイズのあの言葉のせいだ。

 メリルと比べ才能が劣る自分と姉。稽古をつけられながらも、中々レベルの上がらない自分に嫌気が差し、所詮小人族(パルゥム)を他の種族と比べても意味がない、姉と師の前で自嘲した自分に、師は言った。

 

「だが彼奴は未だにLv.6で止まっている。もうすぐ40になるだろうに………」

 

 自分の倍以上生きていたことにも、それを到達ではなく止まっていると言い切る師にも驚いたものだ。

 

「才能の有無はそれだけ生きてから決めるといい。そこまで頑張りたくないというのなら、そも嫉妬する資格もない」

 

 言い返せなかった。言い返せるはずもなかった。

 そんな長い時間を戦い続けて、小人の英雄にまでなるような奴が居るから、胸が熱くなるんだ!

 小柄な体を活かし、つっかえ棒代わりにしたメイスにより作った口の隙間に入り込み、魔石をナイフで砕く。勇者のものを真似して作らせた短剣。

 地面に落ちたポックに駆け寄ってきたアイズもそれに気づく。

 

「嫌になるよな。頼んでもねえのに、何時の間にか小人族(パルゥム)の英雄になってんだからよ」

「……えっと、今度フィンを紹介しようか?」

 

 と、アイズが言うとポックはバッと顔を上げしかしすぐに顔をそらす。

 

「いや、俺はまだやればできるってとこ見せてねえし……まあ、サインくらいなら………貰ってやっても」

 

 と、そんなポックをニヤニヤと眺める【ヘルメス・ファミリア】に気付きガーッと吠える。

 

「メリルさんは、要ります?」

「いえ、私は師匠一筋なので!」

 

 むん、と胸を張るメリル。アイズが知らない間にヴァルドの師事を受けていた女性………良いなぁ。

 

「っ!?」

 

 そんなアイズの視線に何を感じたのか、メリルはビクッと体を震わせた。何か、思い出したくないことでも思い出しているかのようだ。

 

「………聞いていましたが、あれが例の新種ですか」

 

 と、場の空気が緩みそうなのを感じたアスフィが話題を変える。モンスターの話題ともなればここがダンジョンであることも相まって全員気を締め直した。

 アスフィは知っている限りの情報をアイズに求め、アイズも己が知りうる限りの情報、打撃に強く斬撃は有効、魔力に反応する特徴と、魔石を優先的に狙う性質があるかもしれないことを共有した。

 これは、正確には【ロキ・ファミリア】が51階層で遭遇した芋虫型の特徴だが、同じ『極彩色』であり、リヴィラの街を襲った際にも交じっていた事を考え話すことにした。

 魔石をモンスターが狙う理由は一つ、強くなるためだ。

 モンスターは基本的には種族が異なろうとモンスターを襲うことはない。例外は偶然、あるいは何らかの事故で被害を受け逆上して争う場合。時には群れの規模になることもある。

 そしてもう一つは、()()()()()()()()()()()()()()場合。別の個体の魔石を食らったモンスターは【ステイタス】を更新させる神の眷属のように能力を向上させる。そして力と全能感に酔い更に魔石を求めるのだ。しかも厄介なことに、モンスター同士だから獲物となるモンスターは攻撃されるまで何もしない。強くなる速度は眷属の比ではない。

 有名なのは【フレイヤ・ファミリア】により討伐された『血塗れのトロール』。精鋭部隊を返り討ちにし、最終的な被害は上級冒険者50名を超える。

 他には『金角の牝鹿』と呼ばれるソードスタッグの変異種にして強化種。強靭な四肢による高速移動に加え無尽蔵な体力で冒険者に攻撃しては逃げを繰り返し、此方はヴァルドに十日十晩追い回され、疲れ切って食料庫(パントリー)で休息を取ろうとしたところをヴァルドに襲われた。

 ヴァルド曰くその後は2日ほどダンジョンの中で眠っていたらしいが、一体どこで眠っていたというのか。

 まあ要するに、強化種とは並の上級冒険者では相手にならない危険なモンスターなのだ。

 

「…………………」

 

 モンスター同士の能力値には、確かに同種としては差があった。それに、先程の灰の中にも魔石がなかった。

 気になるのは同種であろうと食い合うはずの強化種が群れとして行動していること。

 

(………ううん。それよりも、食人花が居た)

 

 それはつまり、赤髪の調教師(テイマー)がいる可能性もある。十分な警戒をしながら進まなくては、と歩いていると分かれ道が現れる。

 

「また分かれ道か。アスフィ、今度はどっちに」

「………いえ、います」

 

 両方の道の奥から食人花の群れが現れる。

 

「両方からかよ」

「う〜ん、惜しい。後ろからもだ」

 

 完全に囲まれた。

 

 

「【剣姫】、片方を任せていいでしょうか?」

「わかりました」

「では!」

 

 第一級のアイズに通路1つを任せ、残りはそれぞれを対応する。アスフィの言葉に駆け出し…………

 

「!?」

 

 そのタイミングを見計らったかのように、天井から巨大な柱が落ちてきてアイズを【ヘルメス・ファミリア】から切り離した。




オラリオ学園、なんとかやる方法はないだろうか。
ロリヴェリアとヴァルドを合わせたい今日このごろ


因みに金角の牡鹿のモデルはケリュネイアの鹿


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大言壮語

Qもしヴァルドが何らかの理由で恩恵を失ったならどうなる?

A一部が過保護になり囲おうと、一部がこれ幸いと監禁しようとして………まあ最終的にヴァルドが気合で恩恵を取り戻す


「そちらから出向いてくるとはな……願ったりだ」

 

 天井から降り注いだ複数の柱のせいで切り離されたアイズにかけられる声。

 

(やっぱり、いた…………)

 

 振り返ると赤髪の調教師(テイマー)が立っていた。やはりこの騒動に関わっていた。

 

「また会ったな、『アリア』」

「………貴方はここで何をやっているの?」

「さぁな」

 

 アイズの質問にまともに答える気はなさそうだ。それでも、少しでも情報を取り出そうとするアイズ。

 

「これは……このダンジョンは何? 貴方が作ったの?」

「それを知る必要はない。お前に会いたがっている奴が居る………ついてきてもらうぞ『アリア』」

「私は『アリア』じゃない」

 

 否定するアイズに女は怪訝そうな顔をする。

 

「『アリア』は私のお母さん」

「世迷い言を抜かすな。『アリア』に子など、居るはずがない」

 

 確信に満ちたその言葉は………やはり彼女は『アリア(はは)』の事を知っている? ロキと、フィン達と、師しか知らない筈の秘密を………!

 

「仮にお前が『アリア』本人でなくとも関係ないことだ」

 

 女は気怠そうに、それでいて苛立つように呟く。

 

「『アリア』…名前だけは聞かされた。『アリア』に会いたいと何度も何度も………うざったらしい声に従い探していればお前にあった」

 

 ズブリと緑の肉の地面に腕を沈める。

 

「お前を連れて行く」

 

 引き抜かれた手に握られたのは、アイズも見覚えがある血肉を鋳型に押し込めたかのような不気味な赤い長剣。

 ──天然武器(ネイチャーウェポン)

 

「行くぞ」

 

 言葉とともに女が駆ける。

 第一級冒険者と遜色ない身体能力を持って接近し長剣を振るう。並の冒険者なら認識もできずに両断される一撃を、アイズは躱す。

 叩き込まれる連撃をすべて受けるアイズ。違和感を覚えたのは、赤髪の女………

 

「お前、まさか…………」

 

 疑問が確信に変わった瞬間、アイズの剣が女の剣を女諸共吹き飛ばす。

 

「っ! 器を昇華させたか」

 

 さらなる高みへと至ったアイズの強さに忌々しげな顔を浮かべる女。元々膂力で圧倒していた力関係は逆転し、技術はアイズが遥かに勝る。

 

「面倒な………」

 

 だが、()()()程ではない。

 あの男を殺すために女もまた、ダンジョンにて力を得た。

 

「………………」

 

 今一度剣技を鍛え直すべく『風』は使わないつもりだった。しかし、そうも行かないようだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 

 

 

「【剣姫】! おい聞こえないのかよ!?」

 

 アイズと自分達を分断した柱を叩きながら叫ぶルルネに迫った食人花をファルガーが切り捨てる。

 

「余所見するな!」

「ご、ごめん。助かった!」

「助かったと言うにはまだ早いかもしれませんね。正直良くない状況です」

 

 無数に蠢く食人花の群。一体一体がLv.3以上はあるという、上級冒険者のパーティーでも逃げ出す状況にアスフィは冷や汗を流す。

 一刻も早く移動したいが、アイズが分断されたまま………

 何時だったか、主神であるヘルメスに『命の価値が平等だと思っているのかい?』と聞かれた事を思い出す。

 アイズ一人の命のために、この場全員の命を危険に晒す訳には行かない!!

 

「全員! 道が確保でき次第この場から移動します!」

「【剣姫】を置いていくのかよ!?」

「さっきの見たでしょ!? 何があったって死なないわよ。悔しいけど私達が心配していい相手じゃないのよ、あの()()は……!」

 

 ルルネの言葉にエリリーが叫ぶ。盾を持ち皆を食人花から守っているエリリーの言葉には文句を言えず黙り込むルルネ。今はアイズを信じるしかない。

 

「モンスター! 更に後ろ、5! 前からも来るぞ!」

「各員、魔石をばらまきなさい!!」

 

 アスフィの号令ととも投げられた魔石に食人花達は我先にと食らいつく。その隙に食人花の包囲を通り抜け、爆炸薬(バーストオイル)を投げつける。

 

「ネリー! 『魔剣』を!」

 

 魔剣から放たれた炎が瓶を砕くと同時に中の薬品が大爆発を起こす。

 

「ルルネ! もう地図を書く余裕はありません、貴方は戦闘を避け全力で道筋を記憶してください」

「わかった!」

 

 直ぐ様駆け出す【ヘルメス・ファミリア】。ここから一気に食料庫(パントリー)を目指す。殿はアスフィ。

 

(やはり仕留めきれていませんか………!!)

 

 爆炎に焼かれながらも耐えた個体が襲ってくる。

 Lv.を考慮すればあの中で一番高Lv.の自分が殿を務めるべきだ、アスフィはそう考える。

 だが、そんな覚悟など無意味と嘲笑うかのように対処しきれぬ数がアスフィに襲かかり………

 

「おおぉ!!」

「!?」

 

 キークスが目の前に飛び出しアスフィの盾となる。動揺しながらも一瞬生まれた好機を逃さず爆炸薬(バーストオイル)を投げキークスを抱え後退する。食人花達は今度こそ焼け死んだ。

 

「何故こんな真似を!? Lv.4の私ならここまでの深手にならなかったというのに!」

「………アスフィさん。他の誰が犠牲になっても、アスフィさんだけは犠牲になっちゃ駄目なんすよ」

 

 アスフィの怒号に、キークスは血を吐きながらも答える。

 

「あんたが居なきゃ俺達はバラバラ。きっと…すぐ死んじまいます。あんたは【ヘルメス・ファミリア】、俺達の要………俺達の、俺の一番大事な人なんですから」

 

 と、カッコつけて笑うキークスの口にアスフィが瓶を突っこんだ。

 

「ハイポーションです。無駄口叩かず早く飲んでください」

 

 精一杯の告白を無駄口扱いされたのを見た【ヘルメス・ファミリア】の一同はキークスに同情した。

 

「アスフィさん、これ………まさか」

「私が手を加えたものです。その辺りの品より効果が高いはず。もう一本を傷口に」

「家宝にします!」

「使いなさい!!」

 

 などとコントのようなやり取りをしつつ周囲の警戒を怠らなかったファルガーが新たに迫る音に気付く。

 

「前方多数! さっきより大きい……いやまて、なんだこの大きさ!!」

「「オオオオォォォォ!!」」

「な、何だあれ!?」

「変異体………いえ、()()()!!」

 

 複数の食人花を無理矢理に混ぜ合わせたかのように、巨大な口や体の各所に張り付くように生えた食人花の頭。無数の触手を伸ばし襲いかかってくる。

 

「ぐぅ!!」

「お、も!!」

 

 巨体に相応しく、それでいてただ大きくなっただけではない一撃にエリリーとファルガーの顔が歪む。

 吹き飛ばされた盾役を見て顔色を変える【ヘルメス・ファミリア】。たった一匹で守りの要がなくなり、陣形が崩壊した彼等をさらに絶望に落とすかの如く追加で現れる集合体。

 

「────!!」

「メリル!?」

 

 その中で真っ先に動いたのはメリル。詠唱を唱えながら駆け出し並行詠唱。魔力に反応する性質は変わらないようで、巨大化した分ぶつかり合う際の隙間は大きく小柄なメリルはその隙間を潜り抜け集合体の群を突破し、魔砲を放つ。長文詠唱の炎が集合体達を焼き尽くした。

 しかし全てではない。炎に耐えた個体がメリルに向かい

 

「「させるか化物!!」」

 

 ポックとポットが己の獲物を叩き込む。打撃武器ゆえ効果は薄く、邪魔だとばかりに振るわれた触手に振り回されるが、彼等の行動に【ヘルメス・ファミリア】に闘志が戻る。

 

「十分だ」

「へ?」

 

 と、メリルが誰かに引っ張られる。メリルの居た場所に爪を振るった緑の肉に侵食されたコボルトは突然現れた影に蹴られ爆ぜた。

 

「………貴方は!」

「久し振りだなアスフィ」

 

 と、アスフィ達のもとまで移動しメリルを渡すのは、ヴァルド・クリストフ。オラリオで………世界で一番強い男。

 

「どうして、ここに………」

「元よりこれは俺の仕事のはずだった。依頼主に様子見を頼まれてな………丁度いいから、弟子の成長を見ることにした」

 

 アイズのことだろうか?

 

「メリル、ポット、ポック……良くやった」

「っ!!」

「………!」

 

 たったそれだけの称賛に、ポットとポックは目を見開き胸が熱くなる。メリルも嬉しそうに笑う。

 

「ファルガー、吹き飛ばされた程度で敵わぬと諦めるな」

「す、すいません」

「ヴァルド、その辺に………今はそのような時間はありません。後で………ええ、後でまたゆっくり話しましょう」

「ああ、あとは任せろ」

「お、おいおい! お前急に現れて何なんだよ!!」

 

 と、アスフィの態度を見てキークスが叫ぶ。惚れた女に頼りにされている男に対抗心を抱いたのだろう。

 

「はっ! さっきまで隠れてたくせに大言壮語も甚だしいぜ! 英雄様は本当に英雄みたいに強いのかよ!」

「お、おいキークス!!」

「大言壮語。なるほど返す言葉もない」

 

 ルルネが止めようとするが、ヴァルドは気にした様子もなく迫りくる集合体と融合体へと歩みを進める。

 次の瞬間、消えた。

 いや、モンスターの背後に何時の間にか移動していて、モンスター達が全て切り裂かれていた。

 映像の一部を切り取ったかのように、一瞬で目の前の光景が切り替わる。圧倒的な速さに、巨体を両断する膂力。

 

「これで、大言に相応しい行動は出来たか?」

 

 笑うでもなく、ただ純粋にキークスの疑問に答えたとでも言うような態度。女達の顔がポォ、と赤く染まりキークスはただ固まる。メリルは目がハートになっていた。




ヴァルドが一番美しいと思ってる女神はアストレア

一番仲が良い女はシル・フローヴァ

一番二人で組んだ回数が多い女はフィルヴィス

一番信頼できる女はアルフィア

一番期待している女はアイズ

一番世話を焼かせている女はアミッド

一番嫌いな女はイシュタル

一番好きな女はR──おっと、誰か来たようだ


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闇派閥

さあまた妖精ヒロインと対面するぞ!


「な、なあ………【剣姫】は良いのか?」

「ここで俺が助けに向かうのは、それこそ彼奴にとって侮辱だ」

 

 ルルネの言葉にヴァルドはそう返す。

 

「だけど………」

「彼奴はあの程度の敵では死なん」

「…………」

「話は終わりか? なら、退くかついてくるか選べ」

 

 退くと言えば、ヴァルドは一人で先に進むだろう。そしてきっと、なんの問題もなく戻ってくる。

 

「俺は行くぜ」

「私も行きま〜す。途中で引き返したから報酬なし、なんて言われたら無駄足ですし?」

「わ、私も行きます!」

「……ま、意志はそうだが判断は団長に任せるよ」

「……………行きましょう」

 

 アスフィは撤退ではなく進軍を選んだ。ヴァルドが関わるなら、間違いなくヘルメスはこの件に関わるだろう。であるなら、少しでも多くの情報を持ち帰りたい。

 

「良いだろう。このチームのリーダーはアスフィだ、俺は何処に就けばいい」

「何処からでも対応できそうですが、中央で」

「了解した」

 

 

 

 ヴァルドの姿を敵も視認したのか、一気にモンスターが来たがヴァルドがいるから問題にならない。強いて言うならいい鍛錬になると思われたのかヴァルドが最低限しか戦わないことだろう。

 日帰り予定だったのに、遠征に匹敵する経験値(エクセリア)が手に入りそうだ。

 

「全員、止まりなさい。今の内に態勢を整えます。ネリー、ドドン、全員にポーションを配布。一本は体力の回復に、各自3本はストックするように」

 

 敵の襲撃も減り、息を整えながらポーションを飲む【ヘルメス・ファミリア】。ヴァルドは消耗してないので使用しない。

 

「急に敵が止んだわね。それにこれ、赤い光……?」

石英(クオーツ)の光かしら?」

「ふむ。ついにたどり着いたか」

 

 緑の肉に侵食されたダンジョン通路の最奥、食料庫(パントリー)が見えてきた。脳内に地図を制作していたルルネも本来の地形と照らし合わせ肯定する。

 

「行きましょう」

 

 アスフィの言葉とともに先へと進む。

 開けた空間。本来なら腹を空かせたモンスターで溢れているはずの広間(ルーム)はここまでの通路にもあった緑肉が蔓延るも、地面も見える。

 中央の柱のように巨大な石英(クオーツ)には巨大な植物が蛇のように巻き付いていた。

 

「宿り木……モンスター、なのか?」

「まさか大主柱(はしら)から出た養分を吸ってる?」

「迷宮が変異したのはあれのせいだろうぜ」

 

 脈動を打つように淡く明滅する大主柱は、まさに絡みついた植物に栄養を吸われているかのよう。明らかにダンジョンを母とするモンスターのあり方ではない。

 吸い取った栄養を使って生み出したのか、肉壁から食人花が生まれている。

 

「………檻?」

 

 食人花が大人しく丸くなったまま入れられた檻があった。何故わざわざ閉じ込めるのか、何かあるのは明らかだろう。

 

「あっ、あれ! あの時の宝玉だ!!」

 

 と、ルルネが指さした方向を見れば緑肉に埋め込まれるように存在する宝玉の胎児。前回の同じ大きさが一つに………()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、今回の事件を起こしたであろう集団が見える。

 

「冒険者共め、忌々しい偽りの英雄め。ここまで来たか……ふん、改造種も役に立たなかったか。やはり『彼女』の力は純粋なまま使用すべきであったな」

 

 そう呟くのは白い男だった。髪も肌も色が抜け落ちたかのように不気味に白い。モンスターの頭骨(ドロップアイテム)を兜代わりに被って、顔は見えない。

 男は【ヘルメス・ファミリア】を付属品のように一瞥した後、憎悪や不快をヴァルドに向ける。

 

「仕事をしろ闇派閥(イヴィルス)の残党共。『彼女』を守る礎となれ」

「言われなくとも」

 

 色付きのローブを纏い身を隠した男は、白濁色のローブを纏った集団に声を掛ける。

 

「同志達よ!! 我等が悲願の為に刃を抜き放て!

 愚かな侵入者共に死を!!」

「「「死を! 死を! 死を!」」」

 

 その号令に興奮したように叫びだす。やる気、ならぬ殺る気は十分。すぐにでも向かってくるだろう。

 

闇派閥(イヴィルス)の残党だ、死兵に警戒しろ。それと、あの宝玉………()()()はどうでも良い。でかいのだけは壊せ」

「あれが何か、知っているのですか?」

「知らん。ただ一つ解る………未熟児共は、そもそも完成させる気がない」

 

 理由は知らんがな、と付け足すヴァルド。あれは、完成させる気があったとしてもでかいのを完成させてからだろう。敢えて一つの生成に時間をかけず、複数に栄養を持っていく理由は解らないが。いや、恐らくは………

 

「既製品と量産品ですって、ヴァルド」

「言われなくても解っちゃうわよね、だってヴァルドですもの」

「っ!!」

 

 キャラキャラと耳当たりのいい綺麗な声が耳障りなほど悪意を乗せて響く。その声を聞いたことのある暗黒期を生きた面々が目を見開き声のした方向を見ると、白と黒の美しい妖精(エルフ)が居た。

 

「お前等、何故生きている?」

「え? あ………彼奴等まさか、ディース姉妹!?」

 

 踊子のような露出の多い蠱惑的な服装は惜しげもなく肌を晒す。

 しかし赤子のように滑らかで無垢な白い肌と、情欲を誘う艶美な褐色な肌には痛々しい傷跡が刻まれていた。

 エルフ特有の美しい顔にも傷が付けられているが、彼女達は隠すことなく寧ろヴァルドを見つめながら愛おしそうに傷口を撫でていた。

 体に走る傷は、ただの傷跡ではない。皮膚を一周して繋がる………それこそ、切り落とした体を無理やり繋ぎ合わせたかのような……。

 

「斬り殺したはずだ。腕も、足も、腹も、顔も……あの時確かに切り落とした」

「ふふ。ええ、ええ! そうよ、そうだわ! あの時貴方の強い憎悪(想い)を感じたわ!」

「私達が抵抗したから痛め付けるようになってしまったけど、本当は一秒でも早く殺したいっていう貴方の殺意()が体中を駆け巡ったわ!」

 

 エルフに有るまじき興奮し頬を赤く染めるディース姉妹。男を誘う毒花のようで、その実もっと悍ましい人食い花。

 嘗ては美神に仕える妖精二人に恋をして(殺意を抱いて)いたが、エルフより高潔などと噂が流れていた英雄(ヴァルド)に目を付け、殺し合い、以来ヴァルドに執着し大抗争をしぶとく生き残り悪夢にてヴァルドに切り刻まれた筈の姉妹。

 

「でも生き返ったの。だって貴方を殺したかった(愛したかった)のだもの。ねぇ、お姉様!」

「そうね! グチャグチャに、美の女神なんか忘れるほどに屈辱的に犯して首を飾るのも素敵よねヴェナ!」

「吠えるな邪妖精(リャナンシー)。俺は貴様等がイシュタルと殺帝(アラクニア)の次に嫌いだ」

「私達は好きよ。だって妖精と呼んでくれるのだもの!」

「でも一番嫌って(想って)くれないなんて、悲しいわ」

「そうねお姉様。ヴァルドったらあの時もそうだったわ。私達を前にしながらどうでもいい冒険者達ばかり気にして見てくれない」

「「じゃあ刻みつけましょう!!」」

 

 二振りのスティレットを持ち突っ込んでくる白妖精(ホワイトエルフ)(ディナ)。援護するように黒妖精(ダークエルフ)(ヴェナ)が魔剣から氷の槍や風の刃を放つ。

 

「っ! この動き、位階を昇華させたか!」

「ええそうなの。貴方に追いつけたと思ったのだけど、気がつけば2つも先に進まれていたけど」

「戻ってきてくれたと思ったら、また置いていかれた気分よ」

 

 その言い方からして、つまり彼女達のLv.は6ということになる。これで? ランクアップ間近だとしても高すぎる。

 だが逆に言えば、Lv.7(一つ上)()()

 

「きゃあ!!」

 

 ただでさえ同Lv.内なら最強になると言われるLv.8(ヴァルド)の敵ではない。

 神域の絶技に加え、能力値(アビリティ)でも上回ったヴァルドに、幾ら連携が取れてるとはいえディース姉妹に勝ち目などない。

 ディナのスティレットを腕ごと切り裂き、隙だらけの腹を蹴りつける。足裏に伝わる内臓を潰し背骨を砕く感触。

 砲弾のように吹き飛んだディナの体はヴェナに向かい、纏めて壁に叩き付ける。緑肉が剥がれ岩肌を覗かせ巨大なクレーターを作った。

 

「もう一度殺してやろう。お前達に言わせるなら、それも愛なのだろう?」

「ふ、ふふ。うふふ………それも素敵ね。素敵だわ!」

「でも私達は……ええ、私達は貴方を殺したいのよ?」

 

 達の部分に、嫌悪を宿す。姉妹仲を指す時は決して宿さぬ意志。その意味はすぐにわかる。

 

「スレイ! 今仇を討ってやる!!」

「アルグスをよくも!!」

「お前さえいなければルインは!!」

 

 憎悪を宿しながらヴァルドに向かう闇派閥(イヴィルス)の団員達。何かを引っ張ると同時に爆発する。

 ローブに編み込んでいたであろう小さくとも高純度な超硬金属(アダマンタイト)の破片が散弾のように飛び散る。並の冒険者ならば装備ごとズタズタにする自爆特攻。しかし煙が晴れると、無傷のヴァルド。

 陸の王者にこそ劣れど強大な力を持った黒き獣の獣皮から作られたコートもヴァルドも傷一つ付いていない。

 

「…………何故貴様等がその名を出す」

 

 しかし不快げに闇派閥(イヴィルス)を睨む。

 

「き、貴様は覚えていないだろうが、あの名は──」

「覚えている。だから聞いているのだ、何故闇派閥(イヴィルス)が奴等の名を出す」

「それはねヴァルド。その人達は貴方のせいで大切な人達を失ったの」

「貴方があまりに高潔だから、貴方があまりにかっこいいから、真似して死んだ………そんな人達の遺族よ」

「…………たしかに骨を砕いた筈だが」

 

 ヴェナはともかくディナは戦闘不能レベルの一撃を食らわしたはずだが、相当質の良いポーションを使えばともかく、そのような隙を与えた覚えはない。

 自分の『不死身』に似た回復系のスキル? いや、それよりも……

 

「貴様等が叫んだ名は嘗て俺と共に都市を、あるいは大切な誰かを自らの手で守るために剣を取った者達だ。平和のために立ち上がった英霊達だ………その名を騙り、都市に厄災を齎す闇に堕ちるだと? 巫山戯るのも大概にしろ!!」

 

 ヴァルドの怒声に、怒りに染まっていた目に恐怖が宿る。憎悪に突き動かされ命に代えてもこの人の目を焼く輝く光を消し去ろうとしていた彼等も、それ以上の英雄の怒りに憎悪が消し飛ばされる。

 

「アスフィさん!!」

 

 と、不意に聞こえた声にヴァルドが視線を向けるとアスフィが骨兜の男に腹を刺されていた。

 

「アスフィ!!」

「やっと隙を見せた。駄目よ、私達から目を逸らすなんて!」

「酷い人ね! 今は私達が居るのに!」

「っ!?」

 

 と、この瞬間を待っていたのだろう。先程以上の速度でヴァルドに接近したディナが歪な気配をしたスティレットをヴァルドの右肩に突き刺す。

 ヴァルドのコートを、超耐久を貫き突き刺さるスティレット。その気配には覚えがある。

 

「精霊、武器か!!」

 

 嘗てオラリオの美神の眷属を苦しめた狂化兵を生み出すために造られた武装。それも、複数を()()()()造られた武装はヴァルドの防御を突破した。

 ヤマアラシの針のように返しの棘が付いたスティレットを強引に引き抜き肉の繊維と皮膚の一部を千切り取るディナ。そのまま追撃を行おうとして──

 

「【威光よ(クレス)】」

 

 雷光が輝きディナが慌てて離れる。

 Lv.と【偽・雷公後継(スキル)】に底上げされた雷光だ、下層のモンスターさえ一瞬で焼き尽くすだろう。

 

「チッ」

 

 見れば白髪の骨兜は今まさにアスフィを救おうとして食人花の触手に腹を貫かれたキークスの頭を踏み潰そうとしていた。一瞬で詰められる距離で、しかしその衝撃で道中のすべてを破壊する事を悟ったヴァルドは『獣王の毒牙』を投げつける。

 空気を切り裂きながら亜音速で突き進む剣を男はギリギリで回避し、剣は壁に深く突き刺さる。

 

「ちぃ、忌々しい! しかし、あいも変わらず愚かだ! 自ら一級品の剣を捨てるなど」

 

 と、男はヴァルドの剣を引き抜こうと柄を掴む。

 

「自らの武器に斬られるが良い!」

 

 グジュッと湿った音が聞こえる。剣を引き抜く感覚はなかった。男が腕を見ると………()()()()()()()

 

「な、あ………ああああ!?」

()()()は気難しい。俺以外だと整備する椿やフェルズにしか触らせない。女に至っては致死の猛毒を食らわせる」

 

 まるで武器に意思があるかのような言い方に困惑する男に、回復したアスフィが爆炸薬(バーストオイル)を投げつける。

 

「ぐっ!?」

「キークス! 今のうちに回復を!!」

「あ、アスフィさん………!」

 

 取り敢えず、死ぬことは無さそうだ。と………

 

「っ!」

 

 ディナのスティレットがヴァルドの首を狙い迫る。ヴァルドはディナの手首に己の手の甲を添えるように逸らすと人差し指、中指、親指を合わせディナの右肩に突き刺す。

 

「っぅ!!」

 

 グッと指を開けばゴグンと肩関節を外される。スティレットが手から零れ落ち、ヴァルドが回転しながら背中をディナの体に叩きつける。

 

「カ──ッ!」

 

 内臓の破裂こそしなかったものの揺さぶられる激痛に、肺の中の空気を無理やり吐き出される強制酸欠。

 壊すではなく動かなくするための攻撃。

 神々に神域に至ったと称される剣技に、剣を手放しても尚圧倒的な強さ。それに加えスキルの恩恵により第一級の魔導師と遜色のない威力の魔法。

 一体この男は何を持ち合わせない?

 

「大丈夫、お姉様!?」

「大丈夫よヴェナ。それにしても、なんて強い!」

妖精(私達)以上に高潔な精神! 誇り高い生き方! そしてその強さ! 嗚呼、まさに英雄そのものだわ!」

「何て素敵なのかしら! ますます貴方をブッ殺したい(愛したい)わ!」

 

 ディナとヴェナはますます興奮し、片手を指揮者のように振るう。一部の食人花がヴァルドの怒号に固まっていた闇派閥(イヴィルス)達を咥えヴァルドに特攻してきた。

 

「高潔? 誇り高い? 勘違いも甚だしい」

 

 食人花を蹴り上げ他の食人花とぶつけ誘爆させたヴァルドは不愉快そうに眉間にしわを寄せる。

 

「高潔であるなら、全て一人で終わらせるべきだ。誇りなど、犬にでも喰わせた。ここにいるのは他者に期待し背負わせる、低俗で傲慢な男だ」

「…………そう。でもそう感じるのは、貴方がすべてを切り捨てたくないからでしょう?」

「傲慢なのは同意してあげる! そうよね、貴方の理想は高すぎるのだもの! 自分なんてまだまだって思うのね!」

「それって今も私達を前にしながら他の誰かを考えているのね?」

「今回だったら【ヘルメス・ファミリア】かしら? 皆殺しにすれば集中してくれる?」

「きっと駄目ね。それにそんなの一時だけだわ!」

「もっともっと! 私達だけ憎んで(愛して)もらうにはどうしたらいいのかしら?」

 

 そうだわ、と二人は名案を思いついた子供のように無邪気で邪悪な笑みを浮かべる。

 

「私達の秘密、教えてあげる!」

「貴方も知ってるわよね? イケロス達の玩具!」

「イケロス……? っ!!」

 

 顔色が変わるヴァルドを見て、ディース姉妹は悪戯の成功した子供のようにキャッキャッと笑う。

 

「ダンジョンで捕まった全てが売られたと思ったかしら?」

「無事帰した筈の子達は今もダンジョンにいると思ったかしら!」

「殺したわ。全部ではないけど」

「捕まったことのないお友達もね! 『何処に連れてかれようと彼奴が見つけてくれる』ですって!」

「でもね、でもね! 何処にも連れて行かずただそこで殺されるとわかると泣き出すの! 『助けて〜、助けてヴァルド〜』って!」

「「アハハハハハ!!」」

 

 ヴァルドが固まったのを見て、骨兜の男が食人花をけしかける。ヴァルドが地面を踏みつけると岩盤が捲れ上がり壁となる。

 

「ああ、今……【ヘルメス・ファミリア】を危機に陥れる敵が向かってきてくれたのに邪魔だと思ったわ!」

「私達との時間を誰にも邪魔されたくないのね! 嬉しい、私達も!」

「「ブチ殺してあげる(愛しているわ)! ヴァルド!!」」




嘘は言ってない

いやだって、ぶっちゃけオリヴァスじゃ役不足だからオリキャラ出すしかないと思ってたら公式から魅力的なキャラが出たんだもん。つまり悪いのは俺じゃない!


 因みにヴァルドはエルフを絶対的に高潔な存在として見ていないからディース姉妹をただそういう趣味の妖精(エルフ)と見て、魔物(モンスター)を絶対的な悪としていかいから邪妖精(リャナンシー)と呼んでいる。
 フィルヴィスや異端児(ゼノス)の件もありまず絶対『妖魔』とは呼ばない。


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悪夢の残滓

リャナンシー
愛を求めて男を衰弱させる妖精。ヴァルドがディース姉妹に与えた呼び名


 蹴りが放たれ地面の欠片が散弾のように舞う。それだけで土属性の上級魔導師の長文詠唱の魔砲に匹敵し得る破壊の暴風。

 しかしディナもヴェナも7年前の大抗争時点で第一級冒険者と同等のLv.5。横降りの雨のような飛礫の隙間を縫いヴァルドに近付き……それ以上の速度で接近したヴァルドに顔を掴まれ地面に叩きつけられる。

 ドォン! と爆音が響き階層全体が揺れ亀裂が食料庫(パントリー)の壁まで走り地形が変わる。

 

「………!」

 

 追撃しようとしたヴァルドの腕を万力のような力で掴むディナ。岩盤に叩き付けられようとも、高い耐久を持つ第一級からしたらクッションの上で戦うのと大差はない。

 

「あはは!」

 

 ヴァルドの腕を引きながら腹を蹴り上げるディナ。

 宙へと投げ出されたヴァルドに襲いかかる魔剣の魔法を、ヴァルドは空中で身をひねり回避すると勢いそのまま回転し蹴りをディナに放つ。

 防いだ腕の骨をへし折る感触。ただ、先ほど斬ったはずの腕が繫がるほどの回復能力。この程度では意味がないと追撃する。

 頰にめり込んだ拳が顎の骨を砕き、脇腹にめり込んだ拳が肋を圧し折り肺を破裂させ、腰にめりこんだ拳が仙骨を砕き、腹にめり込んだ拳が内臓を潰す。

 自称Lv.6、推定能力値(アビリティ)はLv.7の前衛であるディナが一方的に壊される。それでも()()()()

 

「げ、ぇ………ふ、あは……あはは!」

 

 肉が千切れ、骨が砕け、口から血と共に内臓の一部を吐き出そうと、第一級だろうと致死の一撃を何発も食らい笑っている。

 

憎悪(ぞうお)♡ いい目………あの時と同じね、ヴァルド」

 

 12年程前、その噂は都市に破壊と恐怖と死を齎していた姉妹に届いた。

 殺帝(アラクネア)が敗走した。Lv.2という格下に。当然馬鹿にして笑った。楽しかったとか面白かったとか、それは別にどうでも良い。

 ただその日を境に流れた噂。高潔な精神を讃え、誇り高き存在だと称賛する声。妖精(エルフ)が自分達こそそうであるとする尽善尽美の言葉を送られるヒューマンの少年の噂が気になった。

 聞けば妖精(エルフ)の中にさえそれを肯定する者がいる少年は、世界記録保持者(レコードホルダー)

 曰く上級冒険者でも逃げ出す複数のミノタウルスから仲間を守るために戦った。

 曰く幼い身でありながら鍛錬を怠った日はない。

 曰く謙虚な心根で、世界記録保持者(レコードホルダー)であることを鼻にかけず先達を敬う。

 曰くただ盲目的なだけでなく、悪しき行いをする者は先達であろうと容赦はしない。

 曰く心臓が貫かれようと力なき者達の為に動き続けた。

 最後のは殺帝(アラクニア)本人が忌々しげに肯定した。清く、美しく、正しい。エルフがエルフに贈る言葉を贈られた幼い英雄に、何時ものように悪戯気分でちょっかいを出しに行った。

 そして見た。物語の英雄のような存在を。連れてきた闇派閥(イヴィルス)構成員を纏めて斬り殺し、実力を上回る自分達に殺されかけてもその目の光は陰らず立ち上がり、逆にこちらが逃げざるを得なくなった。

 認めよう。あれは清い存在だ。

 理解した。あれは高潔な存在だ。

 称賛しよう。あれ程誇り高い存在は他にない。

 卑劣なる闇を忌避し、力に溺れず、弱者の盾となる英雄そのもの。

 嗚呼、なんて忌々しい(愛おしい)

 あの目を穢したくなった。あの存在を凌辱し尽くしたくなった。

 絶望でも怒りでも恐怖でも悲しみでもなんでもいい。あの光を穢し、自分達だけのものにしたくなった。

 

『殺戮に酔うか邪妖精(リャナンシー)共……俺の前でもはや誰も殺させてなるものか』

 

 そういえば『妖魔』と呼ばなかった冒険者は彼が初めてだったかもしれない。

 そんな彼が、今まさに自分を殺そうと迫る。

 

「素敵! さあヴァルド、もっと私達を憎んで(愛して)! 怒り狂って(愛して)! 3人で殺し合いましょう(愛し合いましょう)!!」

 

 血と泥に汚れながらも、尚も男を誘う娼婦のような色気を孕んだ無邪気な笑みを浮かべるディナ。その嬌笑を不愉快とばかりに砕かんとする拳。

 

「二人だけでずるい! 私を忘れないで!」

 

 拗ねる子供のようにヴェナが叫び、闇派閥(イヴィルス)構成員の死体を投げつけてくる。

 弾き飛ばそうと殴りつけた瞬間、死体の影に隠すようにはなった魔剣の炎が引火し爆発する。

 当然ヴァルドには火傷一つ負わせないが、視界が炎と煙で覆われる。

 

「っ!!」

 

 炎の中からディナがスティレットをヴァルドに突き刺す。

 嘗て暗黒期に、邪神の『外法』を用いて下位精霊を弄び強制的に『武器化』させた上で、複数折り重ねた『融合体』。第一級装備を超える、精霊を冒涜した武器。選りにもよってそれをエルフの姉妹が使うのは皮肉が………いや此奴等は昔からそうだ。

 エルフから蔑まれる報復のように、エルフが尊ぶものを蔑み嘲笑う。過去に何があったのか、過去に何をされたのか、そんなものに興味はない。

 此奴等は壊しすぎたし殺しすぎた。あの時のようにここで…………

 

「……………リヴェリア?」

 

 と、不意に感じた魔力の波長に振り返るヴァルド。次の瞬間食料庫(パントリー)の入口から吹雪が吹き荒れる。

 リヴェリアにしては、弱い。いや、魔力も微妙に違う。そういえば聞いた、彼女の後釜にしようと鍛えている弟子は他のエルフの魔法が使えると………。

 

「チッ。妙にしぶとく妙に硬え雑魚どもだ」

 

 『集合体』と『融合体』の氷像を砕きながら現れたのは、狼人(ウェアウルフ)の青年。【ロキ・ファミリア】所属のLv.5(第一級)、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 

「あぁ? 何だてめえ等は!」

 

 そして、集まった視線に対して鬱陶しそうに叫んだ。

 その後ろには二人のエルフの少女。フィルヴィスとレフィーヤだ。

 

「もう少しだったのに!!」

「邪魔しないでよ!」

「え!?」

 

 そしてレフィーヤに向かって攻撃を仕掛けるディース姉妹。突然のことにレフィーヤの反応が遅れフィルヴィスが前に出る。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(せいはい)】 ! 【ディオ・グレイル】!!」

 

 純白の障壁が展開される。短文詠唱とはいえ魔法種族(マジックユーザ)たるエルフであり『魔導』持ちのフィルヴィスの障壁魔法は深層のモンスターの一撃だって耐え抜くだろう。だが………

 

「「邪魔よ」」

 

 魔法でも、ましてやスキルもなく砕かれる。一瞬とも呼べぬ時間、止めたと言うにも烏滸がましい時間稼ぎに………英雄は追いつく。

 ヴェナを雷で焼き、ディナの首を蹴りつける。ゴギッと首があらぬ方向に曲がりながら吹き飛んだ。

 

「あ、ありが………」

「礼を言うのはこちらだ。おかげで冷静になれた」

 

 そう言って足元の小石を蹴り飛ばし白髪の男を吹き飛ばす。

 

「おい、さっきのエルフども………ありゃ『妖魔』か?」

「え………」

 

 『妖精』ではなく『妖魔』。エルフに対して最大限の侮辱の一つを口にしたベートの言葉に敵とはいえレフィーヤが反応する。が……

 

「あはは! 懐かしい呼び名ね、ヴェナ!」

「でも気にしないわお姉様! ヴァルドがもっと素敵な名をくれたもの!」

 

 キャイキャイと無邪気に笑うエルフの姉妹。え、と固まるレフィーヤにベートが舌打ちしながら呟く。

 

「てめぇ等エルフ共がうぜえぐれえ同族好きなのは知ってるが、あれは同じだと思うんじゃねえ。闇派閥(イヴィルス)だぞ、あれは」

「え、同胞(エルフ)が……? そんな、何で………」

「自分たちが唯一絶対の穢れ無き種族だという価値観を持つから、その程度に疑念を覚える。探せばいくらでもいる破綻者だ」

 

 レフィーヤの言葉にヴァルドがそう返しながらもディース姉妹を睨む。その視線に頬を朱に染めるディナと瞳を潤ませるヴェナ。

 が、ヴァルドの前に飛び出した影を見て目を細める。

 

「私を、私を覚えているか『妖魔』!!」

「…………さあ? お姉様知ってる?」

「知ってるわ! でも会ったことあるかしら?」

 

 傷跡を残してもなお女神すら嫉妬させる美貌を持つ姉妹はフィルヴィスの怒りに可愛らしく首を傾げる。

 

「6年前! 貴様等が起こした悪夢! あの悪夢のせいで、私は………私は!!」

「フィルヴィスさん………」

 

 フィルヴィスの過去を知るレフィーヤが何か言おうとして、言葉を失う。悪夢とは、『27階層の悪夢』……フィルヴィスが仲間を失った事件だろう。

 話に聞くだけで吐き気を催す悍しき所業。それを妖精(エルフ)が?

 

「提案したのはヴァレッタよ?」

「実行したのはオリヴァスね!」

「私達も参加したけど、貴方達なんてどうでも良かったの」

「全員殺して死体を転がしておけばヴァルドが怒り狂うと思ってたのに、貴方達がしつこいせいで皆殺しにする前にヴァルドが来ちゃったし」

「おかげであの時のヴァルドったら、怒ってはいたけど周りを気にしてばかり。私達がいるのに!」

「貴方達のせいで折角の殺し合い(逢瀬)が台無しだったわ!」

 

 子供の癇癪のように叫ぶディース姉妹に、愛らしい筈なのに言いしれぬ恐怖を覚えるレフィーヤ。

 うまく言葉に出来ないが、気持ち悪い。腐肉で見てくれだけはいい芸術品を作ったかのような、そんな不安と不快。

 

「あれを同族と思うなウィリディス。あれは、猟奇の虜となった忌むべき恥さらしだ!」

「恥さらしですって、お姉様!」

「どうして皆そんな酷いことを言うのかしら? 私達だって歴とした『妖精』なのに!」

「認めてくれるのはヴァルドだけよ」

「「だからぐちゃぐちゃに殺したいの(愛しているの)!」」

 

 キャッキャッと姦しく騒ぐディース姉妹。と……

 

「何を遊んでいる! 『彼女』の敵が目の前にいるのだぞ!」

 

 と、ヴァルドが蹴った小石に吹っ飛ばされた男が叫ぶ。その顔にフィルヴィスが目を見開く。

 

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】……オリヴァス・アクト!!」

「彼奴もか………おい、どうなってんだヴァルド!」

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】はモンスターに体を割かれていたし、邪妖精(リャナンシー)共は切り刻んでやった筈だ…………神の恩恵とは別の何かによって復活したようだ」

 

 それが今回の異変の元凶。死に瀕した人類を復活させる………性質が反転しても権能は変わっていないのだろう。いや、元凶が魔石という成長手段で今も尚成長していることを考えるとより面倒かもしれない。

 

「切り刻まれた筈の妖魔共も復活させただと?」

「『彼女』ならばそれも容易い!」

 

 と、オリヴァスが高らかに叫ぶ。その目は狂信に満ちている。両手を広げ突き出した胸はヴァルドが蹴った小石により抉れ、肉の中に()()()()()()が埋まっていた。

 

「人を捨てたか」

「人を…………人を超えたとなぜ言えない匹夫めが!!」

 

 ヴァルドの言葉に激高するオリヴァス。そんな彼を可笑しそうに笑うディース姉妹。

 

「!? 貴方は………貴方達は一体何なんですか!!」

 

 レフィーヤの言葉にオリヴァスが高らかに叫ぶ。

 

「人と、モンスター。2つの力を兼ね備えた至上の存在だ!」




ヴァルド・クリストフ
年齢 27歳
身長 183
体重 76.7
髪の色 白
目の色 紫
好きな食べ物 ジャガ丸くん エルフの王女の拙い料理 ミアの料理 甘い物
嫌いな食べ物 街娘の手料理
戦闘スタイル 疑似魔法剣士(魔導を持たない)
特技 寝ない事 呼吸音を完全に睡眠状態に偽ること 料理
趣味 鍛錬(自・他)
女性関係 聞かぬが吉
主武装
武器 『獣王の毒牙』
 ヴァルドが打倒した二代目の大地の王の心臓部から造られた生きた武器。普段は気配を抑えてモンスターが逃げないようにしている。
 『黒風(かぜ)』と『猛毒』を操り、ヴァルド以外は整備士にしか触れさせない。
防具 『獅子王の外套』
 漆黒のモンスターの獣皮からに造られたコート。内側にサラマンダー・ウールを縫い付け防熱、防寒の効果もある。中層域のジャガーノートの破爪なら耐えられる高い防御性能を誇るが、ヴァルドがLv.7クラスとか漆黒のモンスターばかり相手するので定期的な補修は必要。5年前も下層のジャガーノートに斬られた。脆いんじゃない、ヴァルドが相手してる奴等がおかしいんだ!


性格は昔は内心は軽かったけど過酷な世界で生きるうちにだいぶ変わった。『不眠』を手にした今超珍しいが睡眠不足になるとテンションが変わる。第一話も寝不足になってた。またあのテンションを見るには毎日疲れさせた上で寝かせず1年と半年ぐらい必要。まあリヴェリアが膝枕するから多分一生ない


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怪人

 人とモンスター。

 幾万の時を争い、ほんの千年前には人類を滅ぼしかけたモンスターが、人と融合?

 その悍ましさに誰もが顔を歪める。

 

「ざけんな………ふざけんなよ!! 闇派閥(イヴィルス)の残党が、今度は半分モンスターになって調教師(テイマー)の真似事か!? てめーらのせいで、一体何人の人が死んだと!!」

「我々をあのような残り滓と同じとされるなど、心外だ。ましてや調教(テイム)などという児戯と同列に扱うなど」

 

 ルルネの叫びを聞きオリヴァスは不愉快そうに顔を歪める。

 

「私も、『妖魔』も、食人花(ヴィオラス)も! 全て『彼女』という起源を同じくする同胞(モノ)! 『彼女』の代行者として我々の意思にモンスターは従う! 此処こそ、その苗床(プラント)! 食料庫(パントリー)巨体花(ヴィスクム)を寄生させ食人花(ヴィオラス)を生産させる、『深層』のモンスターを浅い階層で増殖させ地上に運ぶ『中継点』だ!!」

「モンスターが、モンスターを!?」

 

 モンスターとはダンジョンで生まれるものだ。地上にて繁殖した個体は己の中の魔石を砕き劣化した存在を生み出すだけ。生来の人類の天敵(オリジナル)を生み出せるのはダンジョンだけ。

 神々も認める世界の理を、この場所は歪めている!

 

「貴方達の目的はなんなのですか?」

 

 核心を迫るアスフィの言葉にオリヴァスは誇るように答える。

 

迷宮都市(オラリオ)を滅ぼす」

 

 その場の大勢が愕然としヴァルドは混沌を望む神から離れてもなお変わらぬ性根に眉根を寄せた。

 

「じ、自分が何言ってるかわかってるのかよ……」

 

 震える声で聞くのはルルネだ。

 オラリオは『蓋』なのだ。地下より無限に湧き出るモンスターの進出を抑える唯一の砦。千年前の英雄達が命を懸け、犠牲を払い作り出した封印を破壊するということは、千年続いた仮初めの平穏は終わりを告げ人類とモンスターの混沌とした戦乱が再び幕を開ける。

 

「理解しているとも。私は自らの意志でオラリオを滅ぼす! 『彼女』の願いを果たすために! お前達には聞こえないのか、『彼女』の声が!? 『彼女』は空を見たいと言っている! 『彼女』は空に焦がれている!!」

「っ……」

 

 その言葉に微かに反応したヴァルドに気付いたディース姉妹はニマニマと笑う。

 

「気になるの? 気になるのよねヴァルド!」

「そうよねそうよね! ただそれだけを願う者に、英雄(あなた)が冷たく出来るはずがないもの!!」

「……………その結果がオラリオの崩壊だというのなら、その純な願いを踏み躙るまでだ…」

 

 ほんの一瞬だけ目を閉じ、しかしすぐに開き鋭く冷たく自分達を睨んでくるヴァルドにディース姉妹はキュンキュンと胸を高鳴らせる。

 

「もう一つ答えろ。ならば、それに手を貸す神は誰だ」

「え?」

 

 暗黒期を経験せず、話しか知らないレフィーヤは改めてこのような目的に協力する神が居ることを信じきれず声を漏らす。

 

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】は必要としてないだろうが、お前達は己のLv.を6と言った。お前達に再び恩恵を与えたのは誰だ」

「さあ? 知らないわ、本当よ?」

「私達はヴァルドに嘘ついたりなんてしないわ!」

 

 信じて、と親に縋る幼女のような無垢な目を向けてくるディース姉妹。そして恐らくそれは嘘ではない。

 

「仮面を被っていたの」

「偽名を名乗っていたわ」

「男神様かしら? それとも女神?」

「お酒が好きなのか、葡萄酒(ワイン)の香りがしたの」

「偽名だと?」

「だって、エニュオよ? 別の神様いわく、『都市の破壊者』ですって!」

 

 本当にそのような名を名乗っているのだとしたら、神々の感覚で言うならふざけている神だ。人類(こどもたち)の感覚で言うなら、恐ろしい神だ。

 

「そのようなことさせるものか。ここがその要の一つというのなら、壊すまでだ」

「そんなこと言わないでヴァルド!」

「私達もオラリオを滅ぼしたいの。だって、そうすれば貴方が気にするものが無くなるでしょう?」

「「まっさらな大地で私達と永遠に殺し合い(愛し合い)ましょう!!」」

 

 それが再戦の合図。ディース姉妹とヴァルドが同時に飛び出す。剣が壁の深くに突き刺さり、無手で相手するヴァルド。

 自身を傷付け得る精霊武器に対して物怖じすることもなく躱し、あるいは手を添えるだけで逸し人類最高峰の膂力を持って砲弾のような拳を放つ。

 ベートはオリヴァスに向かって駆けた。この場であの男と戦えるのは自分だけだと判断したからだ。

 

「ぬう!!」

「はん! 小石一つで随分辛そうじゃねえか、至高の存在とやらのくせによぉ!」

「黙れ! あの男は存在するだけで世の理を乱すのだ!!」

 

 目の前のベートではなくディース姉妹と戦うヴァルドに敵意を向けるオリヴァス。片腕を失い、ヴァルドの蹴った小石に吹き飛ばされダメージを負い、ベートの動きについていけない。

 元よりオリヴァスは怪人(クリーチャー)特有の人外の耐久力と膂力で戦うタイプ。実力という意味ではベートに遥かに劣る。大ダメージを負い本来の動きをできない今、ベートに勝てるはずもない。

 

「死ね」

 

 と、ベートがオリヴァスの首を蹴りを放とうとした瞬間、ベートに向かって人が飛んでくる。

 

「っ!! おい、ふざけんな……何してんだヴァルド!!」

 

 吹き飛んできたのはヴァルドだった。剣を持ってなくとも、破れてはならぬはずの男が吹き飛ばされてきたという事実に思わずベートが叫ぶ。

 

「あはは! どうかしらヴァルド?」

「貴方と殺し合う(睦み合う)のだもの、強くなきゃ駄目よね?」

 

 嘗てヴァルドに付けられた傷に添えるように突き刺さった『短剣』。嘗て【アパテー・ファミリア】が行った外法。英雄と通じ合い力を与える『精霊』の力を無理やり使用する『不正』。

 艶めかしく己の体に突き刺さる『精霊の短剣』に触れる彼女達は精霊の力を()()したのだ。

 

「でもそんなに効いてないのね? 傷も治ってるし」

怪人(私達)みたいね。不老なのだし、永遠に殺し会える(何時までも愛し合える)わ!」

「「ああ、でも今すぐにでもぶっ殺したい(愛したい)!!」」

 

 モゴッと頬を動かし、何かを吐き出すヴァルド。

 

「っ!?」

 

 ディナの目に突き刺さるのは薄い物体。ヴァルドの爪だ。歯で引き剥がし吹き付けたのだ。

 視界の半分を失ったディナの死角から蹴りつける。肩の骨を砕くが、吹き飛ばされながら癒えて地面に指を食い込ませ止まるディナ。

 

「ヴァルド……!」

「フィルヴィスか………【ヘルメス・ファミリア】のサポートを頼む………悪いが足手まといだ」

 

 言葉を取り繕う暇はない。故に簡潔に言うヴァルド。

 

「っ! 私は………」

 

 何かを言いかけ、しかし足を引っ張りたくないのか踵を返すフィルヴィス。ディナは目に突き刺さった爪を抜きながらフィルヴィスの背を見る。

 

「その妖精はヴァルドにとって何?」

「仲間だ」

「ふふ、そうなの? ()()()()()()()

「抜かせ」

 

 先程ディナは知っているといった。あった覚えがないとも。大方自分達と同じ様に同胞から蔑まれるエルフの噂を聞いていたのだろう。

 と………

 

「アイズ!?」

「………っ!!」

 

 壁が吹き飛び風を纏ったアイズが現れる。壁に空いた穴から新たに現れた赤髪の女は力の限り振り下ろした大剣でアイズを地面に叩き落とす。

 

「アイズさん!!」

 

 ランクアップした筈のアイズをして、なおも圧倒される存在にレフィーヤが目を見開く。

 

「レヴィスか。まだ終わらせていなかったとはな」

「貴様の方こそ、如何なる英雄といえど敵ではないのではなかったのか?」

 

 と、ヴァルドを忌々しげに睨むレヴィスと呼ばれた女。先程まで戦っていた自分には目もくれないその態度にアイズが顔を歪める。

 

「ふん。私の見通しが甘かったのは認めよう………だが、此処で殺せばそれで済む話だ!」

「あら駄目よ。殺すのは私達」

「誰にも譲らないわ。邪魔するなら、貴方達から……ね?」

 

 と、殺気を向け合う怪人(クリーチャー)達。一枚岩ではないようだ。

 

「ならば纏めて磨り潰すまでだ。死ななければ相手してもらえ! 巨大花(ヴィスクム)!!」

 

 オリヴァスの言葉に石英(クオーツ)に巻き付いていたモンスターが動き出す。大きさだけなら階層主すら優に超える超大型。

 その質量を持って冒険者達を押し潰そうとする巨大花。慌てて散り散りになる冒険者。

 体を叩きつけただけで広間(ルーム)が揺れる。が……

 

「…………は?」

 

 ()()()()()()()()()()。引き抜いたのはヴァルドだ。

 巨体を片腕で受け止め、指を食い込ませ腕力で根本から引き抜く。

 

「【輝け(クレス)】」

 

 巨大花の体が雷光に包まれ、次の瞬間ヴァルドが巨大花を鞭のように振りまわした。



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収束

 雷光を纏った巨大な鞭が何もかも纏めて吹き飛ばす。食人花達は雷に焼かれ、巨大花に砕かれ、巨大花自身も内部の魔石を焼かれたのか灰へと還る。

 

「あはは。すごいすごい!」

「本当に、無茶苦茶ね! Lv.が上がって理不尽さが増してるわ!」

「笑っている場合か、妖精共」

 

 とはいえその大雑把な攻撃はディース姉妹やレヴィスには躱されていた。

 ただ一人、オリヴァスだけはまともに喰らい壁にめり込んでいて。

 

「ぐ……あ、ば、馬鹿な………!」

 

 全身が雷光で焼かれ、骨も砕けているのに尚も生きている。それは最早拷問にも近いだろう。だが死なない。

 

「レヴィス…時間を、時間を稼げ! 我々が揃えば、如何な英雄であろうと…………!」

「…………その言葉は聞き飽きた」

 

 オリヴァスの言葉にレヴィスは蔑みの目を浮かべその胸に手を沈める。

 

「が、あ……な?」

「数をいくら集めたところで、質が伴わければ意味がない」

「よ、よせ! 私はお前達と同じ、『彼女』に選ばれた人間!!」

「選ばれた? お前はあれが女神にでも見えているのか? あれがそんな崇高なもののはずがないだろう。お前達も、そして私も()()の触手にすぎん」

 

 引き抜かれた腕に握られる極彩色の魔石。それを見た瞬間ヴァルドが走り出し、ディナが立ち塞がる。

 

「駄目よヴァルド。もっと私達だけを見て?」

「レミリア!」

「はい!」

 

 と、ヴァルドの言葉に今の今まで隠れていたレミリアが飛び出し雷をまとった剣をディナに向かって振り下ろす。

 ベート達とこの階層に来て、殿として後方から迫るモンスターを相手し、先程追いついたのだ。それに気付いたヴァルドが手信号で待機を命じていた。

 

「!?」

 

 突然の襲撃に対応が遅れるディナ。スティレットで受け止めるも、ヴァルドがその横を通り抜ける。

 

「起きろ!」

『『『────!!』』』

 

 レヴィスの言葉に壁一面の未熟児達が産声を上げ宝玉から飛び出ると散らばるモンスターに寄生し女体型へと変異する。その内一体がヴァルドの前に立ち塞がり、蹴り殺すも一瞬の猶予にレヴィスが背後に飛びながら魔石を噛み砕き飲み込んだ。

 そして、先程ととは比べ物にならない速度でヴァルドに肉薄し拳を放つ。

 

「っ!」

「軽い」

 

 ヴァルドの頬に触れた瞬間拳の骨が砕け、ヴァルドの拳がレヴィスにめり込む。一度も地面に触れることなく壁まで吹き飛んだ。

 

「レミリア」

「っ! はい!」

 

 ヴァルドの声にディナに防戦一方になっていたレミリアがヴァルドの下まで移動する。

 

「お前はアイズと赤髪をやれ。俺は邪妖精(リャナンシー)を相手する」

「っ! 師匠、私は………」

「お前一人で勝てる相手ではないだろう。ベート! 【ヘルメス・ファミリア】を撤退させつつ守れ」

「命令してんじゃねえよ!」

「頼んだぞ」

 

 ベートの返答を聞かずディース姉妹へと駆け出すヴァルド。ベートは舌打ちして【ヘルメス・ファミリア】を睨む。

 

「聞こえたろうが! 足手纏いの雑魚どもはさっさと失せろ!」

 

 聞くんだ、とメリルは思った。口には出さない。言い合いになったら時間の無駄だからだ。

 

「既製品だというあの胎児の回収をします! あれが今回の異変の中心!」

 

 証言だけでなく証拠も持ち帰る。それをしなくてはここまで来た意味が半分はなくなる。ベートに断りを入れ返答を待たずに駆け出すアスフィ。

 

「後ろだ!」

「え、がっ!?」

 

 と、アスフィの背後から迫った黒ローブの仮面の人物がアスフィを蹴り飛ばした。疲労しているため正確ではないが、Lv.4を蹴り飛ばせるとなると、Lv.4か下手しても3の第二級と同等。

 

「っ! 追いなさい、ルルネ!」

「ま、待てぇ!!」

「馬鹿が! 離れるんじゃねえ!!」

 

 ルルネが追おうとしベートが叫ぶ。このままベートがルルネの代わりに仮面を追えば、追いつけるだろう。アイズとレミリアを相手しながらそれを確認したレヴィスは巨大花に向かって叫ぶ。

 

巨大花(ヴィスクム)! 枯れ果てるまで産み続けろ!」

「!?」

 

 ドシャリと、その言葉に反応するようにルルネの前に未成熟の食人花が落ちてくる。その一匹ではない。ドシャドシャと一度に降る音は増えていき、天井や壁にぶら下がっていた蕾から現れた食人花が地面を覆い尽くしていく。

 数は300、それとも400? いいや、おそらくもっとだ。

 『怪物の宴(モンスターパレード)』という、ダンジョンで起こる脅威を思い出す。だけど、これはそれ以上の!!

 

「来るぞおお!」

 

 生まれたばかりの食人花は誰に命令されるでもなく近くの獲物へと襲いかかる。ベートがルルネ達に襲いかかる食人花を炎の魔法を纏った長靴で蹴り飛ばしながら【ヘルメス・ファミリア】を合流させる。

 

「こんな、こんなの…………どうすれば!」

「絶望してる暇があるなら戦え!」

 

 食人花と女体型の群。一匹一匹がLv.2からLv.4はあるモンスターが数百匹。第一級冒険者でも命を落としかねない絶望の光景。

 その場の主な闘争は3つ。

 一つは【ヘルメス・ファミリア】とベートの撤退戦。レフィーヤ達は食人花の襲撃を避けながら【ヘルメス・ファミリア】と合流を目指す。

 一つはヴァルドとディース姉妹の殺し合い。

 そして最後はレヴィスの猛攻に晒されるアイズとアイズを援護するレミリアだ。

 

「っ!!」

 

 第一軍と第二軍という違いはあれど、最近まで同じLv.5でヴァルドの弟子という共通点のある二人はよく組んだ。連携だってかなりのものだ。

 その二人をしてなおも圧倒される。

 

「忌々しい剣技だ」

 

 だが押しきられない。

 ギリギリ抗う。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)!!】」

「【エアリアル!!】」

 

 アイズの扱う風が剣の威力を引き上げレヴィスの持つ大剣をギシギシと唸らせる。

 

「【この燃える山越えたなら、あなたの思いに応えましょう。勇猛示した愛しき英雄(ひと)よ、私は貴方の愛を欲するのです。己を偽る王ではなく、本当の貴方を想わせて!】」

「【ロヤリテート・ブリュンヒルド!!】」

 

 レミリアの並行詠唱が唱えられ、剣が雷を纏う。ただの付与魔法(エンチャント)と侮るなかれ、詠唱の長さに相応しい威力に加え、精神力(マインド)を後から焚べ威力を底上げできる火力変動効果の魔法。

 この場にいるヴァルドへの忠誠心(おもい)を糧に激しく輝く雷火は魔力に反応した食人花を悉く焼き尽くしながらレヴィスへと叩きつけられる。

 

「………………」

 

 取りあえず全員すぐに死ぬことはないだろう。

 

「【──間もなく、()は放たれる】」

「!」

 

 聞こえてきた詠唱は、何度も聞いたエルフの女王(彼女)のもの。Lv.3が放とうとも、その威力は絶大だろう。

 

「見て見てお姉様! ヴァルドったら、あの方の詠唱(うた)を思い出して余所見だなんて!」

忌々しい(尊い)あの御方を思い出したら、私達の事なんてどうでもいいのね!」

 

 拗ねるように責める妖精達。彼女達の意志に従い、女体型が群れとなって襲ってくる。

 『既製品』に劣る『量産品』なれど、元の状態でLv.5の前衛、それも身体能力に特化した女戦士(アマゾネス)の拳を平然と耐える食人花をベースにした女体型。その硬度はかなりのもので、ヴァルドといえど素手では………

 

「邪魔だ」

 

 蹴りがめり込む。女体型の腹部が千切れた。

 拳がめり込む。女体型の頭部が爆ぜる。

 裏拳が叩き込まれ、女体型の首が明後日の方向に吹き飛んだ。

 打撃に高い耐性を持つ? 無効化ではないのなら力で押し通せばいい。

 無効化でも突破しそう? それは気合が足りてるだろう。

 

「ふふ! あはは! 凄い凄い、なんて理不尽!」

「それならこれはどうするの? 【開け、第五の(その)。響け、第九の歌!】」

 

 今この瞬間まで()()()()()()()()()()()()起動させる詠唱を完成させる(ヴェナ)。現れる4つの魔法陣(ほうもん)がヴァルドを囲う。

 

「【呑め(サータ)──っ!】」

 

 あらゆる魔法を飲みこむ反則級の魔法を使おうとしたヴァルドはしかし固まる。これは違う………()()()()

 

「「さあ、どっちを選ぶの!? ()()は全部なんて選ばせないわ!」」

 

 キャハハアハハと、妖精達は残酷に残虐に笑う。両手を握り合い、指を絡め合う(ディナ)の『魔力』が流し込まれ、(ヴェナ)は魔法名を告げる。

 

「【ディアルヴ・ディース】」

 

 魔法が狙うは【ヘルメス・ファミリア】とベート達、アイズとレミリア。効果のかわりに範囲の少ない【サㇳゥールナーリア】では、位置的に助けられるのはどちらか片方。

 ヴァルドは、地面が爆ぜるほどの踏み込みでアイズ達へと向かう。

 

「数じゃないのね、意外だわ!」

「躊躇なく選ぶのね。残酷(素敵)ね!」

「【呑め(サータン)!】」

 

 ヴァルドの魔法が魔法陣から放たれた炎を飲み込む。ならばと彼に選ばれなかった者達が炎に飲まれた様を嘲笑おうとして………

 

「「………え?」」

 

 居なかった。燃え尽きたのではない。精霊の力を取り込み強化されたとはいえ、ベート・ローガの死体ぐらいなら残るはずだ。

 というか地面がなかった。先程までヴァルドが居た場所。というか、ヴァルドが踏み抜いた場所から亀裂が広がり、縦穴が生まれていた。

 

「………ああ、成る程ね! ……………え?」

「それって、あり?」

 

 元々ヴァルドが暴れてボロボロだった食料庫(パントリー)の床を、文字通り砕いたのだ。下の階層まで。【ヘルメス・ファミリア】とベート達はそのまま炎に焼かれる前に25階層に落ちたのだ。

 

 

 

「いいか馬鹿エルフ! 返事はしなくていい、魔力を暴発させないことだけ考えろ!」

「〜〜〜!!」

 

 頷くことも出来ず瓦礫を跳ねるベートに抱えられたレフィーヤ。並行詠唱よりは難易度は下がるだろうが、だからといってその練習もしてない魔導師が体験していい経験ではない。

 

「あの野郎何考えてやがる!!」

「私達の事を考えてくれたのだろう」

「黙ってろ!!」

 

 フィルヴィスの言葉に叫ぶベート。と、レフィーヤの魔力に引かれた食人花が、共に落ちてきた奴等に加え上の穴から新たにやってくる。

 

「【や、焼き尽くせ、スルトの剣!】」

「気張れお前等! この雑魚でも踏ん張ってんだ、情けねえ姿晒すんじゃねえぞ!!」

 

 ベートの言葉に【ヘルメス・ファミリア】達も食人花の猛攻を凌いでいく。

 

「【我が名はアールヴ!】」

 

 

 

【レア・ラーヴァテイン!!】

 

 

 

 ひび割れ脆くなった床を砕き現れる炎の柱。その魔法を知らないレヴィスは、知っているアイズとレミリアに遅れを取る。

 

「リル・ラファーガ!!」

「トルエノ・エスパーダ!」

 

 風の矢となったアイズがレヴィスの剣を砕き、ヴァルドを思わせる雷光の剣が体を切り裂く。

 吹き飛ばされたレヴィスは血を吐きながら胸に手を当てる。魔石は免れた。

 

「今のままではお前等には勝てないか。引くとしよう」

「逃さない!」

巨大花(ヴィスクム)!!」

 

 レヴィスの命令で、蕾がなくなるまで食人花を産み続けていた枯れかけの巨大花が最後の力を振り絞り動く。その巨体を一瞬でどうにかするには魔力を消費しすぎた。

 

「アリア、59階層にいけ。丁度今面白いことになっている。お前の知りたいこともわかる」

「どういう意味ですか?」

「薄々感づいているのだろう? お前の話が本当だったとしても、お前に流れる『血』が教えているはずだ。お前が自ら行けば余計な手間も省ける。地上の連中は私達を利用しようとしているようだが、精々こちらも利用してやるさ」

 

 その言葉の意味を問いかけようとして、巨大花が地面に体を叩きつける。

 レヴィスはその隙に逃げた。

 更に今の魔法の衝撃で食料庫(パントリー)全体の床が崩れ始め大主柱が崩落に巻き込まれると同時に食料庫(パントリー)そのものの崩壊が始まる。

 

「私達はどうする、お姉様?」

「そうね。まだ無事なヴァルドの仲間を、一人でも殺しましょう?」

 

 と、ディナとヴェナはあくまでも己をヴァルドの心に残そうとして………

 

「ディナ! ヴェナ!」

「「?」」

「来い」

 

 初めてディース姉妹の名を呼び、片手を突き出し初めて名前で誘うヴァルド。初めて名前で呼ば

 罠? 何かを企んで初めて名前で呼ばれ

 行く必要はな名前で呼ばれた

 それよりも下の冒名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた

 

「「行くっ♡」」

 

 刹那の動揺はたった1つの喜び(感情)に塗りつぶされ、二人はヴァルドへと向かう。その二人の間を通り抜ける影。

 

「「!?」」

 

 『黒風(かぜ)』を纏った一本の大剣。

 ………()()

 

「あ………」

「おね、さ………ま」

 

 一瞬。刹那の間に、何時かの悪夢のように斬り刻まれるディース姉妹。そのまま瓦礫とともに25階層へと落ちていった。

 

 

 

 

「死ぬかと思った〜!」

「最後なんだよ! 24階層の天井も降ってきたぞ!」

 

 ぎゃいぎゃい騒ぐ【ヘルメス・ファミリア】。幸いにも、死者はいない。最良の結果だがそのために強制階層移動させられたり降ってきた瓦礫を必死に避ける羽目になったり轟音に引き寄せられてきた下層のモンスターから逃げたりと大変な目にあった。

 なんとか18階層まで戻ってきた。ヴァルドは報告があるとさっさと地上に戻ってしまった。

 

「ですが………全員でまた戻ってきました」

「お、じゃああの酒飲みにいきましょうよ!」

 

 アスフィの言葉にキークスが叫ぶ。ここに来る前、験担ぎとしてボトルの半分を15人で分け呑んだのだ。そして全員居るから、あのボトルを空にできる。

 

「そうですね。疲れました、一度宿を取ってから帰還しましょう」

 

 

 

 

 

闇派閥(イヴィルス)の残党、怪人(クリーチャー)、下位精霊を使った精霊武器、か…」

「何よりも腹立たしいのは異端児(ゼノス)の件だ……俺への嫌がらせのためだけに」

「それはお前が気にすることではない」

 

 ウラノスの祈祷の間。ウラノスを含め、3人の人影は各々の意見を言い合う。

 

「元よりかの『妖魔』共が相手ならば、異端児(ゼノス)でなくとも誰かを殺したろう。そこに君の責は存在しない」

「…………俺がそれに納得できん」

 

 美味くもない煙草を吸いながら顔を歪めるヴァルド。ウラノスはその言葉に静かに目を伏せる。

 

「だが、それは目下の危険を見過ごす理由にもならん。異端児(ゼノス)達を後で闘技場(コロシアム)に閉じ込めるとして………闇派閥(イヴィルス)の件、どうする?」

「何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、どうするとは?」

「公表するか否か、だ」

 

 余計な混乱を避けるなら公表は控えるべきだろう。だが………

 

「弱体化したとはいえ【正義の派閥(アストレア)】も、5年前より強くなってる【都市の憲兵(ガネーシャ)】もいる。俺も含め、最強の派閥(【ゼウス、ヘラ】)以来のLv.8もだ………公表すべきだと思う」

「ふむ………ネームドが生存、あるいは復活してる可能性を考えれば、都市の連携は不可欠か」

「あの頃とは情勢が違う。【フレイヤ】と【ロキ】が足並みを揃えてくれるか」

 

 暗黒期でさえ、お世辞にも纏まっていたとは言い難い。暗黒期が終わり距離が空き、時折戦ったりした2つの派閥が足並みを揃えられるか………

 

潤滑油(アストレア)が居るから大丈夫だろう」

 

 3人の脳裏に浮かぶ、うふふ、と優しげな笑みを浮かべる女神。あの女神が二柱(ふたり)の間に入ってくれれば、確かに足並みを揃えるとまでは行かなくとも余計な敵対はしないだろう。

 

「公表するか、するとしてタイミングはどうするかはそちらに任せる。俺は一度ホームに戻って、明日ダンジョンに発つ」

「うむ」

「ああ、それと」

「どうした?」

「冒険者の死体から剥ぎ取った武器では、そろそろ限界が来ている。椿と異端児(ゼノス)を会わせたい」

「彼女か………ふむ、少しともに作業をしただけだが、私も問題ないと思うぞウラノス」

「…………お前達がそういうのなら、信用しよう。リド達の負担を減らせるならそれに越したことはない」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 

 

 

 

 ダンジョン25階層。その一角が、瓦礫だらけになっていた。天井にして24階層の床は修復したが、瓦礫の撤去はまだ時間がかかる。

 モンスターは生まれることなく、しかし迷い込んだモンスターが瓦礫をつつく。

 

「!?」

 

 飛び出してきた腕が蟹のようなモンスターを捉え甲殻を握り砕き魔石を抜き取る。

 ガリッと噛み砕く音が聞こえ、やがて腕の持ち主が現れる。片腕が無くなり、片足が潰れ、顔の半分は砕けた骨が除く。辛うじて繋がっている肉体は今にもバラバラになりそうだ。

 灰へと還ったモンスターのドロップアイテムには目も向けず、人影は歩き出す。これでは足りない。これではいずれ………

 

「「……………」」

 

 そして見つける、極上の魔石を持った今の自分と似たような姿となった人影。

 言葉はいらない。敵意はない。

 お互い考えていることは同じで、どっちに転ぼうと本人達にとってはどうでもいいのだ。

 やがて2つの影はぶつかる。

 

 

 

 

 グチグチと湿った音が響き、少女は2()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「危なかったわ! 本当に、死ぬかと思った!」

「ふふ。でも生きてるわ。これでヴァルドを殺しに行ける(愛してあげられる)

「そうねお姉様。でも、暫くは休む必要があるかしら?」

「ヴェナの言う通りね。得難い経験もしたのだし、主神様にステイタスを更新して貰いましょう?」

 

 楽しそうに笑いながら、()()()()()()闇の中へと消えていった。




ヴァルドと煙草
 それなりの過去

「…………妙な明かりが見えたかと思えば」

 夜の中庭でリヴェリアの言葉に振り返るのは、まだ年端も行かない少年。されど世界記録保持者(レコードホルダー)という異例の才覚を見せた若き冒険者、ヴァルドだった。その口には煙が揺れる煙草が先端を赤く輝かせていた。

「体に悪い……格好いいと思っているなら、今すぐやめろ」
「上級冒険者に多少の毒なんざ嗜好品の域を出ないさ」
「お前は耐異常を持っていないだろ」

 初めて下界に発現したレアアビリティ………いや、恐らくは彼の真似をすれば手に入れられる可能性はあるが誰にも真似できていない発展アビリティを選んだヴァルドは耐異常を持っていない。その代わり睡眠時間が大幅に減り、何時もぎりぎりまで潜り寝るを繰り返す。

「肺に汚れが溜まり呼吸がし辛くなる。何故そんなものを吸う?」

 お前らしくもない、そういったリヴェリアから目を逸らしたヴァルドは星を見上げる。

「……カレンが、耐異常を手に入れたら酒や煙草の味を教えてやると言っていた」
「……………彼奴」

 カレン。
 つい先日死んだ、ドワーフを父に持つアマゾネスの女だ。やたらヴァルドを気に入っていた酒飲みで喫煙家。耐異常がレベルの割に高かったのは、間違いなくそんな私生活の影響だろう。

「まあ酒はともかく煙草は吸わないと断ったがな」
「断らなければよかった、とでも思ったか?」
「いいや? だが、まあ………彼奴の顔が思い出せる。俺を庇って、笑って死んだ顔…………思い出したくもないがな」

 自嘲するように笑い、煙を吸う。顔を歪めるのは何も煙を吸ったが故ではないだろう。

「格好いいと思ってるならと言ったな? こんなものは嗜好品。楽しむものであって、格好をつけるものではないさ。煙草が吸えようと酒が飲めようと、それは体が成長しただけであって大人になったわけでもあるまい」
「そうだな…………」
「だから、まあ………弔いだ。これから俺は、死人が出る度にこれを吸う。俺の弱さを忘れないために………カレン達を忘れないために」
「………………」
「そうでもしなきゃ、俺はきっと誰かが死ぬことに慣れてしまうからな」

 ふぅ、と吐き出した煙が空へと登っていく。
 神々の住まう世界は天界と呼ばれているが、天へと向かうこの香りは、果たして届くのだろうか………。

「……………一本、寄越せ」
「………これ、安物だぞ?」
「構わん」
「……………」

 リヴェリアの言葉にヴァルドは紙巻煙草を一本リヴェリアに渡す。

「お前の言うとおりだ。私達は、慣れてしまった。仲間の死を悲しみながらも、()()()()()()()()()と思っている。軽蔑したか?」
「いいや」
「即答か……フフ。嬉しいものだな………」

 リヴェリアはそう言うと星を見つめる。

「受け入れることを強さとは言わないし、引きずることを弱さとは言わない。だが、ならば何が正しいのかなんて解らない………それでも、その死を悼み、弔いたいと思うのは間違いじゃないはずだ」

 そう言って、火種がないのに気付くリヴェリア。ヴァルドはリヴェリアから煙草を奪い取ると咥えさせ、手招きする。

「…………?」

 そのまま煙草の先端同士を繋げ火を移す。

「悪いな、歩き煙草をしていたもんで」

 火種はヴァルドも持っていないということだろう。行儀の良くないその行動に眉間にしわを刻みながらも煙を吸うリヴェリア………

「っ! げほ、ごほ! こ、こんなに苦いのものなのか? 喉も、痺れて………!」
「安物だと言った筈だ。ちゃんと美味い煙草なんて、平時でも欲しくなる。弔いの味なんて、二度と吸いたくないぐらいがちょうどいい」

 蒸せて涙目で睨むリヴェリアにヴァルドはそう言い返す。

「……………ああ、苦いな」

 改めて吸ったリヴェリアはその苦味に顔を歪め、煙を空へと吐き出した。


量産品
ヴァルドの影響で全体的にちょっと底上げされた挙げ句ヴァルド本人が居るので急遽作られた少し強めの雑魚を作る『宝玉の未熟児』。女体型にはなれるが『精霊の分身』にはなれない。1000匹ぐらい揃えたら足止めぐらいは出来るという希望的楽観測の下、量産中。


【ロヤリテート・ブリュンヒルド】
ヴァルドへの忠誠心から芽生えた魔法。
レミリアちゃんの設定、原作には何もないので取りあえず実力ないくせにあるふりしてる冒険者が団長やってたファミリアで、モンスターの群で囮にされかけた時ヴァルドに助けられたってことで


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美神の策謀

「…………脆い」

 

 オッタルはつい口に出てしまった言葉に申し訳無さを覚える。後悔はない。

 今の言葉に倒れ伏す団員達の目に闘志が更に強く宿ったからだ。

 Lv.8…………【暴喰(あの男)】すら辿り着けなかった、だが身を侵す『毒』さえなければ至っていたであろう領域。先日そこに踏み込んだオッタルは体を慣らすために団員達と戦ったのだが、相手には不足だ。

 やはりダンジョンの深層にでも潜るべきか。しかしそうなると女神の護衛が…………

 

「………いや、何よりも力を得なければ守れぬか」

 

 もし7年前に『彼等』がより悪辣に、徹底的にオラリオを滅ぼしに来ていたら【ロキ】と【フレイヤ】は終わっていただろう。全力でオラリオを潰しに来ていても、本気ではなかった。

 今のオラリオはあの時の名も記されぬ英雄達の尽力と堕ちた英雄達の手心がなければ滅びていた。

 そして、都市の外に存在するLv.8までランクアップを可能とするほどの存在が全て討滅された保証もない。

 

「あら終わったの? 少しいいかしら、オッタル」

「何でしょう」

 

 そんな風に、力を得るために奮起するオッタルに声を掛けるのは彼の主神であるフレイヤ。

 

「あの子は強くなってるのだけど、その輝きに陰りがあるのよ。オッタルにはそれがなにか解る?」

「因縁かと」

 

 あの子、とは誰のことは今更聞くことはない。今彼女が欲しているのが誰か解っているからだ。もう一人欲している者もいるが、女神としてはともかく、『彼女』としては十分満たされている。余計な手出しはしないだろう。

 なのであの少年を思い浮かべ、その魂に影を落とすとしたら何かと考え答えを出す。おそらくは、嘗て自分が幾度と味わった『敗北』の記憶。今の少年も、恐怖と劣等感に苛まれているのだろう。

 

「フレイヤ様がお話しくださったあの少年とミノタウロスとの因縁。そしてヴァルドのLv.2へと至った逸話。間違いなく少年の魂に大きな影を落とすかと」

 

 なまじ()()()()()である彼は、オッタルをして異常な成長速度を見せているが本人が納得していない。

 期待に応えなくてはという使命感、応えられないという己に対する恥。それらが魂を澱ませているのだ。

 

「それなら、あの子についている茨を取り除くならどうすればいいかしら?」

()()()()()()()()()()……己の手で過去の敗北を雪ぎ、超えなくては前に進めぬのでしょう。私のように」

 

 何度も敗北の屈辱を味わわせた男に勝利した時のように、決着をつけられなかった独眼の王との決着をつけた時のように、たった一度の勝利でも、心の淀みを晴らし先に進むには十分な活力になる。

 

「冒険をしなければ殻を破ることも出来ません」

 

 彼の担当アドバイザーとは真逆の真理を以って告げるオッタル。その言葉にフレイヤは考える。

 あの子なら何時かその壁を超えるだろう。それを待てばいい………だがそれはあの子の『未知』の可能性を潰すかもしれない。

 

「オッタル。今度のあの子への働きかけ、貴方に任せるわ」

「私に? どのような風の吹き回しですか?」

「だって、貴方のほうが今のあの子を解っているのだもの。嫉妬しちゃうぐらい」

「………ヴァルドはどうします?」

「邪魔されたならそれまで。貴方もランクアップした感覚の調整に付き合ってもらえた、と思えば良いんじゃないかしら? それに彼もあの子を育てたいのだし、案外協力してくれるかもしれないわよ?」

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア】の牢屋。なぜホームに牢屋があるかはこの際おいておいて、その前にわざわざ机が置かれ、酒や飯が置かれている。

 

「………それでは、リリルカ・アーデの旅立ちを祝って………団員が抜けることを祝っていいのか?」

「良いんじゃないですか? 酒が飲めるんなら何でもいい!」

「ちげえねえ!!」

 

 ソーマの言葉に酒が飲んで騒げるならそれでいいと笑う団員達。ソーマもまあ酒を飲んで笑えるならいいかと酒を飲む。

 

「くそ! 俺等にも呑ませてくれよ!」

「本当に実行するなんて、てめぇにゃ人の心がねぇのかよ!?」

「……まあ、神だし」

 

 何でこんなことになってるのだろう。主神の方のソーマにファミリアを脱退したいと告げたら、ならば宴だと呟き耳聡く反応した団員たちが酒盛りを始めた。何故かリリを襲った団員達を閉じ込めた牢の前で。

 

「ファミリア内であろうと強奪、恐喝は認めない。奴等はそれを破った………だから、閉じ込めて目の前で酒を飲む」

「なんで?」

「オラリオメリー。神酒(ソーマ)ではない新作だ、飲むといい」

「………………」

 

 クイ、と飲む。相変わらずこの(ひと)の作る酒は美味い。味も喉越しも鼻に抜ける香りもどれも最高だ。

 

「おいこらアーデ! ふざけんじゃねえ! サポーターの分際で、こんな目に遭うなんて割に合わねえ!」

「俺達のほうが【ファミリア】に貢献できてたんだ! だいたいお前、昔は俺達のお陰で生きてこれたんだろうがよ!」

「この恩知らずが、ここから出すようてめぇからもなんか言え!」

「……………なら、心を入れ換えこれまでのことを反省すればいいのでは?」

 

 元よりその行動を咎められ閉じ込められているのだ。ならもうしないと、嘘の通じぬ神の前で誓えばそれで済む話だ。

 

「ノルマがなくなった今、そこまでお金に固執する理由もないでしょう。真っ当に働けば相応の生活だってできる筈。わざわざ犯罪まがいのことなどしなくてもいい」

「っ、それは………し、知るかよ!」

「弱ぇ奴から奪って何が悪いってんだ! 恩恵貰っといて戦えねえ、才能のねえサポーター共が悪いんだろうがよぉ!」

「ギャーギャー囀ってんじゃねえぞ糞どもが。股ぐらにぶら下がったきたねぇもん千切らねえと発情期も収まらねえのか、ああ?」

「「「……………………………………えっ?」」」

 

 聞こえてきた滅茶苦茶どすの利いたガラの悪い言葉にその場の誰もが固まる。

 リリはオラリオメリーの入った酒瓶をソーマから奪い取るとグビグビと飲み干し瓶を投げ捨て口元を拭きながら牢まで歩く。

 

「弱いから奪っていいなら、私も恩恵を封印されたお前達から何を奪おうとしてもいいってことでしょうか?」

「え、あ……いや、あの………」

「はっきりしろよ」

 

 カヌゥの服の襟を掴み引き寄せ牢の鉄格子を食い込ませるリリ。カヌゥの取り巻き二人がガクガク震える。

 サポーターとはいえ、恩恵を封じられ一般人と同等になったカヌゥは抗えない。というか恩恵があっても逆らえる気がしない。

 

「ごごご、ごめんなさぁい!?」

 

 顔を青くして震えるカヌゥから手を放したリリは今度はソーマを睨む。

 

「だいたいソーマ。てめぇもてめぇだ、今日の今日まで対応がお座なりだからこんな馬鹿が出てきたんだろうが」

「あ、す、すいません」

「謝罪してる暇あったらもっと明確な指針を決めるとかして管理しろ。言葉だけなら誰でも出来んだよ」

「マムイエスマム」

「黙れ玉無し野郎」

「サーイエッサー!」

 

 そして【ソーマ・ファミリア】は改めて採取系ファミリアとしてギルドに報告し、団員達は定期的に神の前でどのようにして金を稼いだか報告する義務をつけた。

 

 

 

 

「うにゃあああああ! 殺せ、誰かリリを殺してくださいぃぃぃぃ!!」

 

 メリーウコンなる酔い醒ましを飲み正気に戻ったリリは羞恥からのた打ち回る。記憶がそのままとかどんな拷問だ。

 しかもあれは間違いなく自分の本心だという自覚がある。

 

「落ち着いてくださいリリの姐御!」

「かっこ良かったすよリリの姉さん!」

「やめろやめろやめろやめろおおお!!」

 

 何故か下手に出る冒険者達。リリは更にのたうつ。

 

「………面白いなこれ」

 

 酒とは楽しむものだ。これは、(周りが)楽しめる酒。とはいえ解酔薬が無ければ酔が覚めないのは良くない。改良できてから売ろう。

 なお、販売後数日で店頭に置かせてもらえなくなる。

 

 

 

 

 

 

「えっと………ボクのファミリアに入りたいんだよね? なんか、暗いんだけど大丈夫?」

「気にしないでください。リリは、もうあそこに戻れないだけです」

 

 ドヨーンとした少女を見て、ヴァルドが剣を取り部屋を出ようとする。

 

「あ、違うんです! 悪い意味、ですけど………酷い目に……もあいましたけど、暴力事とかじゃなくて…………」

「………………」

 

 その言葉に剣を置き座り直すヴァルド。危うく【ソーマ・ファミリア】が壊滅するところだった。いやまあ、ちゃんと調べるだろうけど。

 

「えっと、リリは【ヘスティア・ファミリア】に入ってくれるの?」

「はい、ベル様」

 

 その後ヘスティアとリリのマウントの取り合いが始まり、ヴァルドはダンジョンに向かった。

 ベルも大変だな、と思いながら。きっと彼を知るものが聞けば、お前の弟子だからなとでも言うだろう。

 

 

 

 

 

 

「来るぞ畜生!」

「リド! 毒持ちでス、不用意に接近しナイで!」

「ぬううう!」

 

 上級冒険者の耐異常すら突破する猛毒を持ったハリネズミやヤマアラシを思わせるモンスター、ペルーダ。リドを狙い襲いかかってきたペルーダの針を石の体を持つグロスが庇う。

 一匹一匹がヴァルドが数分間殺しまくってから放置した魔石を食らった『強化種』。深層ではあるが最も浅い37階層のモンスターは、50階層以降のモンスターにも匹敵する強さとなって異端児(ゼノス)達に襲いかかる。

 

「おお、強化種の素材が取り放題だ!」

 

 と、呑気に素材採取に勤しむハーフドワーフ。迫るモンスターを斬り伏せ、新たな素材(ドロップアイテム)を背負った籠に放り込む。

 

「貴様も少しは戦え!」

「何をいうか。手前は鍛冶師で冒険者ではない。何よりこれはお前達の修行なのだろう」

 

 ラーニェの言葉に椿はそれだけ返し毒針を拾う。この地獄を作り出した鬼畜はどこで何をしているのか、とラーニャは苛立ちをモンスター達にぶつける。そして、その鬼畜は戻ってきた。

 

「追加だ」

 

 深層から生け捕りにしてきた強竜(カドモス)闘技場(コロシアム)に投げ入れられる。

 階層主にすら匹敵する能力値(ポテンシャル)を持った竜は道中無理矢理食わされた魔石の味を覚え、己の尻尾を掴み放さなかった不届き者を屠るにはさらなる魔石が必要だと知った。そのため散らばる魔石と魔石を持ったモンスター、異端児(ゼノス)達を見つけ牙をむき出しに唸る。

 彼等は思った、彼奴後で絶対殴る!

 

 

 

 

「ほう、中々良い炉だ。お主やるではないか」

 

 バシバシと椿に肩を叩かれ困惑する異端児(ゼノス)。地上に憧れ人類に憧れる彼等の中には、手先が器用な者も居る。そんなうちの一人が造った炉は、椿の目にも適う出来だった。

 

「さて、では誰から作る? 要望があれば聞いてやる」

「…………本当にいいのか? 俺っち達、モンスターだぜ?」

「手前は頭が悪いのだ!」

「………え?」

「難しいことは解らん。お前達の存在が下界を揺るがすとか、冒険者に躊躇いを、とか。聞いても想像も出来ん。元より人を導く賢者でも、人類に希望を示す英雄でもないのだ」

 

 リドの言葉にカラカラと笑う椿。

 自分はただの鍛冶師であり、出来ることなど鉄を打つこと。ならば目指すは神域の絶技。

 

「どのような経験も手前の力になる。それが貴重なら尚良し。ひとならざる異形の者達に合わせた武器を作るなど、手前しか体験したこともあるまい」

「我々が、恐ろしくないのですカ?」

「あのなあ、手前は心臓がなくなっても戦い続ける頭のおかしい人間と専属契約を結んでおるのだぞ? ただの怪物が恐ろしいわけないだろう」

「心臓…………え?」

「ほれ、あそこに()る」

 

 と、椿が指差した方向では武装した複数のモンスターを掴んでは転ばし、投げ、時に蹴り飛ばし、殴り付けるヴァルドの姿。動きの余計な部分を指摘し、指摘した箇所が改善されなければ壁まで殴り飛ばしていた。

 

「あれに比べれば大概の怪物など可愛いものよ!」

「…………………あの人は、怪物デは」

「なんだ、ヴァルドを好いておるのか? あやつを狙う女は多いぞ?」

「あ、いえ。私ハ、どちらかというト………恐らク、父のようナものかと」

 

 10と数年前。生まれたばかりの彼女を見つけ無言で手を引き同胞の下へ送ってくれたヴァルド。その後地上への僅かな記憶しかない自分達の為に様々な本を持ってきてくれた。

 

「そうか、父か! 家族に憧れているなら手前を母と呼んでもよいぞ!」

「え、あ。いえ、その…………お父様やお母様ト誰かヲ呼ぶのは、少し恥ずかしくテ………」

 

 歌人鳥(セイレーン)は照れくさそうに頬を染める。そこにはモンスターが持つ凶暴性も敵意もない。椿はそうか、と微笑む。

 人とモンスター。歩み寄るはずのない存在は、その場で確かに互いに歩み寄っていた。

 

「…………ヴァルっち心臓なくても動けんの? え〜………やっぱ彼奴やべぇ」

 

 リドはそう呟きながら強竜(カドモス)異端児(ゼノス)を叩き伏せるヴァルドを眺めるのだった。




深層の異端児(ゼノス)って多分生まれてもすぐに死ぬと思うんだよね、第一級ですら死にかねない階層なわけだし。けど異端児(ゼノス)がヴァルドに鍛えられてたりヴァルドと探しに行ったりして、そこそこ保護されている。
ヴァルドは古参組とも付き合いが長いので、割と若い異端児(ゼノス)の兄貴分、親代わりをやっている。ほら見ろよ剣姫さん、人とモンスターが手を取り合ってるあの光景を!


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修行の始まり

Q.ヴァルドはその……色んな女と寝ているが子はいるのか?『PN.懺悔室の妖精シスター』
A.現状いません。でも突然幼女がパパ〜と飛びついてきてもすぐに否定できない程度には女の誘いを断れてません。


Q.【ロキ・ファミリア】でヴァルドと寝た女性は居るのかい? 居るとしたら誰だろう?『PN.小人の光』
A.生き残ってるメンツではいません。ヴァルドを知る者は脳内で公式CPがあるので。なのでその方向で戻すのはあきらめな


Q.ヴァルドと接触禁止になったなるとしたら、その理由は?『PN.女神の剣』
A.言葉が足りなかったんじゃね?


Q.ヴァルドと一番息を合わせられる人は? 十人ぐらいで教えてください。最初の弟子の【剣姫】は入ってますか?『PNジャガ丸くん小豆抹茶クリーム味』
A.1位異端児の一人
 2位異端児の一人
 3位妖精の王族
 4位猛者
 5位小人の勇者
 6位白巫女
 7位腹黒大和撫子
 8位異端児のリーダー
 9位災禍の怪物
 10位骨の愚者ですね。剣姫? あな、彼女は15位です


 リリが【ヘスティア・ファミリア】に入った。

 団員数が増えたことの報告と貰ったプロテクターを無くしてしまった事を謝罪をしに向かうベル。

 人がチラホラ居るが、幸いにもすぐに見付かった。誰かと話しているらしい。

 

「…………あ」

「………」

「………ほ?」

 

 ベルに気付いたエイナの視線を反射的に追ったその人物が振り返る。サラリと長い金髪が流れ、金の双眸が此方を見る。

 唇は瑞々しく、ほっそりした顎、ほっそりした首筋は色気とは無縁で美しいとだけ感じる。それはきっと、彼女に惚れているからなどという理由ではなく万人が感じることだろう。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。ヴァルド最初の弟子にして、最強の弟子。ベルの情景の一人であり姉弟子に当たる人物。後さっきも言ったが惚れ込んでる。義母(はは)や師匠のおかげで幼少期から美形は見慣れているが、周りの空気が煌めいて見える。

 ドクンドクンと心臓が早鐘をうち、顔に熱が溜まる。ベルは逃げ出した!

 

「えっ、ベル君!?」

 

 エイナが何やら叫んでいるがベルは止まらず走り出した。

 

 

 

 

 また逃げられた!

 ガーンとショックを受けるアイズ。あの時舌を出したこととか、ミノタウロスの件とか、謝らなきゃ行けない事があったのに。

 プロテクターを返しに行く建前で会おうと彼の担当アドバイザーに協力してもらえることになった矢先にこれだ。自分は小動物に嫌われるらしい。

 

「追ってください! ヴァレンシュタイン氏!」

「っ!」

 

 エイナの言葉にハッと正気を取り戻すアイズは小さくなっていく背中を見つける。

 に、逃がすものか! と追い掛ける。Lv.6とLv.1。追いつけない道理はない!

 

 

 

(追い越された!?)

 

 アイズが目の前に回り込み、瞬間ベルの中に蘇るトラウマ(記憶)。修行の厳しさからつい『オバサン!』と呼んだ義母(はは)から逃げようとし、回り込まれた記憶。あの時より自分は速くて、あの頃より相手は遅い!

 

「!?」

 

 止まるどころか加速したベルに困惑するアイズ。1秒にも満たない硬直。だが、ここ!

 方向転換、と呼ぶには僅かな向きの変更でアイズの横を抜けるベル。このまま……!

 

「待って!」

 

 逃げられるわけもなく、アイズに手首を掴まれる。虚を突けてもそのLv.差は5位階もあるのだ。当然、膂力にも。全力疾走中に腕が何かに引っかかったかのような、というかまんまその痛みが肩と肘を襲う。それに気づいたアイズが慌てて放そうとして逃がすわけには行かぬと手を掴んだまま、ベルの方向へと体を動かす。バランスを崩し倒れそうになるベルは体を回転させ、背中を地面に向ける。ところでベルの腕を掴んだままのアイズが、Lv.6とはいえ咄嗟に体勢を変えてすぐ目の前に人が居るのにバランスを取れると思うか?

 応えは否。下手したらベルの脚を踏んでしまうので、一緒に倒れる。

 一緒に倒れる!

 

「つう〜」

 

 背中の痛みに唸りながら目を開けるベル。すぐ目の前に、金の瞳があった。

 

「えあ!?」

 

 視線をそらそうとするも自分と彼女の間にかかる金のカーテン、アイズの髪が頬に触れ慌てて顔を戻す。やはり目が合う。

 

「あ、あ………あ…………!」

 

 パクパク口を開けるベルを見て不思議そうに首を傾げるアイズ。傍から見ると、年下のあどけない少年を押し倒した女。とても目立っているが残念なことに今のアイズにはベルしか見えていない。

 

「あば、ばば!? は、放してくださいぃ!!」

「やだ」

「なんで!?」

「放したら、君が逃げちゃう」

「逃げません! 逃げませんからあ!」

「………本当?」

「本当です!?」

「ほんと〜に?」

「ほんとーです!」

「………………」

 

 スッとアイズが退く。滅茶苦茶いい匂いだった。

 チョコンと座ったアイズはジーッとベルを見つめる。ベルもそんなアイズに何も言えず、暫く無言の時間が続く。

 

「………あの、場所変えよ?」

 

 その沈黙を破ったのはアイズだった。

 

 

 

 

 10階層で助けてくれたのはアイズらしく、その時にプロテクターも拾ってくれていたらしい。

 

「ごめんなさい」

「え?」

 

 突然謝られ困惑するベル。アイズの謝罪の意味が解らない。

 

「私達が逃したミノタウロスのせいで君を危険な目に遭わせたし、7階層で君に嫌な態度取った」

 

 そういえばそうだった。べー、と舌を突き出されたっけ。可愛かった。

 

「ずっと謝りたかった。ごめんなさい」

「ち、違います! 悪いのは迂闊に下に潜った僕の方で、ヴァレンシュタインさんは全然悪くなくて! というか謝らなきゃいけないのは貴方にお礼もせず逃げてた僕の方で………ご、ごめんなさい!」

 

 と、アイズに頭を下げられベルも慌てて下げる。

 こんな風に喋るのか。いい子そうだ…………悪い子だったら、もっと素直に嫌いになれたのにな、と複雑な思いを抱くアイズ。

 

「ダンジョン探索、頑張っているんだね」

「し、師匠や周りのおかげですよ。特訓だって一人じゃあまりできなくて、師匠も今ダンジョンに数日は潜るって………」

 

 謙遜するベルだが、その成長速度は異常だ。

 10階層へと半月で到達するなんて、それが普通ならオラリオの半数以上がLv.1のまま一生を終えたりなんてしない。

 

「………それじゃあ、師匠がいない間私が鍛えようか?」

「…………え?」

 

 知りたい。ヴァルドがオラリオを離れてまで弟子にした彼の成長速度の秘訣を。それが解れば、自分はもっと強くなれるだろうか? ヴァルドは………

 

(………そしたら、今度はこの子がおいてかれるのかな?)

 

 それでも、戻って来てほしいと思ってる。

 

(私って、嫌な子だな)

 

 そんなアイズの様子に気付かずベルは考え込んでいる。

 同じ師を持つとは言え他派閥で、Lv.だって釣り合わない。そんな自分が果たして彼女の時間を奪って良いのだろうか? それは、確かに彼女との時間ができるのは嬉しいが。

 

(………でも、師匠がいない間にも強くなれる)

 

──俺がいない間に良く頑張ったな。偉いぞベル

 

 あ、良い。これ良いかも。いない間に頑張れば、ヴァルドも褒めてくれるかもしれない!

 

「あ、あの。ヴァレンシュタインさん! ご教授、よろしくお願いします!!」

「………………」

 

 真っ直ぐで、綺麗な目。アイズは無意識に胸を抑えた。自分の厚意だと思ってくれているが、実際は成長性の秘密を暴こうとしている。こんな期待に満ちた目で見られていい人間ではないのだ。

 だけど、その視線が嬉しいと思った。

 私は本当に、嫌な子だ。

 

 

 

 

 その翌日、神様にも内緒でベルはホームを抜け出しアイズとの待ち合わせの市壁へと向かう。他派閥同士の交流は、あまり知られてはならないらしい。

 もう来てるだろうか? と少し急ぎ足になるベル。と

 

「きゃ!?」

「わ!?」

 

 と、角で走ってきた誰かにぶつかる。見れば山吹色の髪をした少女が尻餅をついていた。彼女にぶつかってしまったのだろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そう手を差し伸べ、固まる。彼女の耳を見たからだ。

 長く横に伸びた耳。妖精(エルフ)だ。生粋のエルフは認めた相手以外の他種族には同性であろうと肌を許さないという。

 

『などと堅物ぶって、あえて一人の男にだけ触れる事によってアピールするムッツリ年増妖精もいるがな』

 

 とは義母(はは)の言葉。

 知り合いですらない眼の前のエルフの少女には当て嵌まらないだろう。と、手を差し出したまま困ったような様子のベルに少女は首を傾げ、エルフの価値観を知っているのだろうと思い当たり、手を取る。

 

「ありがとうございます。それと、ごめんなさい、余所見しながら出てきて」

「あ、え……?」

「ふふ。別に全てのエルフが他種族と触れ合いたくないって思ってるわけじゃないですよ」

「あ、そ、そうか。そうですよね」

「……?」

 

 何か歯切れが悪いような、とベルの顔を見て、エルフの少女はギュッと繋いだ手に力を込める。

 

「あ、あの?」

「…………貴方、アイズさんの師匠の弟子ですよね?」

「え、あの………」

「7階層で頭撫でられてるの見ましたよ」

「7か……あ!」

 

 そう言えばあの時、ヴァルドやアイズ以外にも【ロキ・ファミリア】のメンバーがいた。その中に、彼女も居たのだろう。

 

「アイズさんがこの辺りに向かいました。貴方、なにか知ってます?」

「え!? あ、えっと…………」

 

 ベルは嘘が下手だ。少女もベルの反応から知っていると直ぐに解った。逃げようにも、見るからに後衛の少女は上級冒険者。下級冒険者のベルでは逃げられるはずもない。

 

「ははははは放してぇ!」

「そっちこそアイズさんについて話しなさぁい!!」

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 その様子をじっと眺める一人の女神。なんだろう、あの娘はああいった出会いだととても危険な存在になるような気がする。

 

 

 

 

「………………」

「おい、何を不満そうな顔をしているポンコツ妖精(エルフ)

 

 ベルの護衛として見守っていた輝夜とリュー。

 リューは同胞(エルフ)少年(ベル)に触れているのをなんとも言えない顔で見ていた。彼女は、自分と違い忌避感なく他種族に触れることが出来るのだろう。自分が触れられるのは数えられる程しかいない。ベルもその一人なのに……

 

「くだらん嫉妬などするなら少しは積極的に動いたらどうだ? 奥手と臆病は別物だぞ」

「わ、私は別にクラネルさんとそのような関係になりたいわけでは………それに奥手と言うなら貴方だってヴァルドさんに素直になれないでしょう!」

「言うではないかクソ雑魚妖精〜!」

 

 

 

 

 

 迷宮に響く竪琴の音色。美しい歌声。

 その歌声を以って冒険者を水に誘い、あるいは同士討ちさせる人魚(マーメイド)達もその歌声に『魅了』されたかのようにボンヤリと一方向を眺める。

 

「マリィ」

「ヴァルド!」

 

 パァ、と顔を綻ぼせるモンスターならざる美貌を持った人魚(マーメイド)。彼女も異端児(ゼノス)の一人。それも古参メンバー。なのだが、発言も行動も子供そのもの。水に潜り勢いをつけて飛び出すとヴァルドに抱き着く。

 

「上手くなったもんだ」

「フフン。デショ? イッパイイッパイ練習シタノ」

 

 彼女の竪琴はヴァルドが与えたものだ。過酷なダンジョンで使用するのだからと素材に拘り、注文できる相手もいなかったので頑張って造った。

 

異端児(ゼノス)の私物を造ってくれる奴が出来た。椿ならもっとしっかりした楽器を作れると思うが、どうする?」

「ヤ! ヴァルドガクレタコレガ良イ!」

 

 と、竪琴を胸に抱きしめるマリィ。ヴァルドはそうか、と頭を撫でる。

 

「魔石だ、喰え」

「ウン!」

 

 ヴァルドが持ってきた袋の魔石をガリガリと食べるマリィ。どれもこれも深層の強化種、闘技場(コロシアム)から持ってきたものだ。

 

「マリィ、妙な気配を感じたら必ず逃げろ。殺したとは思うが、それでも生きていた奴だからな」

「危ナイ人?」

「ああ」

「解ッタ。気ヲ付ケル! 良イ子ニシテルカラ、マタ来テネ」

「ああ、約束する」

 

 スリスリ体を擦り寄せてくるマリィの頭を撫でるヴァルド。堪能してからヴァルドから離れ、ヴァルドも歩き出す。

 マリィはヴァルドの姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 

 

「む」

「ぬ」

「ヴォ」

 

 地上へ戻る途中、17階層でオッタルがミノタウロスを鍛えているのを見つけた。

 

「…………何をしている?」

「………お前の弟子への『洗礼』だ」

「……………ああ、そうか。なるほど、これが」

「止めるか?」

 

 まあLv.8に上がった程度で何を遊んでいるとは思うが、これはベルには必要な試練。

 

「………元より俺とお前はギルドから接触禁止を言い渡されている。ここで俺達は出会わなかった」

「そうか……」

「俺の弟子は強いぞ。半端な強さで満足させるな」

 

 ポン、とミノタウロスの肩を叩くヴァルド。ミノタウロスは自分に剣技を教えている男と同じ、今の自分ではどれだけ強いのか解らないほど強い男にビクリと震える。

 

「深層の魔石の残りだ、食わせておけ」

「ああ」

 

 ヴァルドはオッタルに魔石を渡すと今度こそ地上を目指した。




因みに今のオッタルは下層の方から来たヴァルドを見て、自分も潜って鍛えたいと思ってます


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強くなりたい理由

「ふわぁ………眠い、かも…」

 

 まだ早朝と呼ぶにすら早い時間帯。アイズは眠そうに欠伸をする。ファミリアの皆に見付からぬ時間を選んだが、やはり眠い。

 皆に、見つかるわけには行かない。アイズが扱う技術は【ロキ・ファミリア】の財産だ。ヴァルドは気にせず振りまいていたけど、あれは暗黒期というのも相まってだし………。

 あの子もヴァルドを師に持つとは言え、アイズに戦い方を教えたのはヴァルドだけではない。バレたら、多分すっごく怒られる。ヴァルドの名を出したら? リヴェリアがすごくすっごく怒るだろう。

 想像し、少し震えながら階段を見る。

 あの子はまだだろうか?

 時間より早めに来たとはいえ、あの子の目もやる気に満ちていた。きっと遅刻はしないだろう。そう思いながら、今度は町並みを見下ろす。

 

「ア、アイズさん…………」

「あ、おは………よ、う………」

 

 アイズは聞こえてきた声に振り返り、固まる。

 申し訳無さそうなベルの横で、彼と手を繫ぎながら現れたのは良く知る顔。

 

「アイズさん………」

「レフィー………ヤ?」

 

 レフィーヤ・ウィリディス。【ロキ・ファミリア】所属のLv.3、第二級冒険者の魔導師で、リヴェリアの直弟子。そう、【ロキ・ファミリア】でリヴェリアの直弟子。

 

「!!??!?」

 

 見つかった!? バレた!?

 まずい、何がまずい? 怒られる。それもリヴェリアに!

 こうなったらレフィーヤの頭を叩いて記憶を!?

 などと混乱するアイズの中の小さなアイズ。もちろん本物アイズも絶賛混乱中。

 

「ほ、本当にいた。貴方、他派閥のくせにアイズさんに鍛えてもらおうとしたんですか!?」

「ご、ごめんなさい!」

 

 あ、手繋いでる。

 片腕を掴まれたままなので逃げられず片手で顔をかばい震える年下の少年にレフィーヤがハッと慌てる。

 

「そ、そこまで怯えなくても! その、私も言い過ぎました! もう怒ってませんから」

「で、でも………美人の怒りは中々収まらないってお義父さんが………」

「びっ!? ななな、何を言ってるんですか貴方はぁ!!」

「やっぱり怒ってる!」

「……………………」

 

 仲、良い?

 うん、仲良い。でも黙ってくれるとは限らないし、やはり頭を叩いて記憶を…………。

 

「あの、アイズさんがこの人の修行をつけようと思ったのって、姉弟子として、なんですか?」

「え、あ……う、えっと……………謝罪?」

「謝罪?」

 

 アイズはミノタウロスを結果的にけしかけてしまったこと、酒場で仲間が彼を嘲笑い傷付けてしまったこと、7階層で失礼な態度を取ってしまったことの諸々の謝罪がしたくて、彼が必要としていることを教えてあげたいと思った、という()()を話す。実際は彼の成長の秘密を盗んで師を取り戻そうとしているという、人には言えぬ本音があるのだが。

 

「酒場…………? っ! ぁ………あの、ごめんなさい!」

「え?」

 

 アイズの説明の一部に首を傾げたレフィーヤが、しかし何かを思い出し慌ててベルに頭を下げる。

 

「私もあの時、あの場所で、笑ってたんです。リヴェリア様に叱られても、貴方への申し訳無さよりも先に自分の行為への恥を感じてました」

「え、えっと………か、顔を上げてください! その、僕が情けない姿を晒してたのは事実なわけで」

「だからって、ミノタウロスに殺されてたかもしれない人のことを笑うなんて………!」

 

 そしてそれを真っ先に反省できなかった。彼処には死にかけ、それを嘲笑われた者が居たのに。

 アワアワと慌てるベルは助けを求めてアイズを見るがアイズもどうすればいいのか分からずオロオロしている。

 

「決めました! 私も手伝います!」

「え?」

「………え?」

「お金とかはやっぱり不誠実ですし……かと言って、アイズさんやアイズさんの師匠に教わっている貴方になにか教えられるとは思えません。でも、お手伝いぐらいならできます!」

 

 

 

 

 

「だぶら!?」

「ベル・クラネル!?」

 

 動きを見せるよ、とベルの剣を借り振るったアイズ。そのまま蹴りの動きに繋げる動きを見せようとしてベルが蹴り飛ばされた。

 その後は鞘をつけた剣で打ち合う。当然といえば当然だがベルが一方的にやられている。

 

「痛みになれてるんだね。前にも進めるけど、闇雲じゃない………後は、避けに徹する癖をなくすのが重要かな」

「それは、確かに………」

 

 なにせ相手がヴァルドと義母(はは)だ。手加減した一撃でも気絶しかねないのに、防御なんて取れるわけがない。あの二人は手加減してても恩恵なしが相手していい存在ではないのだ。

 

「攻撃に怯えてるわけじゃない。その癖さえ直せば、反撃もしやすくなる。行くよ?」

 

 と、再び打ち合う。言われたところを素直に直すベルにアイズが微笑み、手加減を忘れてふっ飛ばした。

 

「ベル・クラネルゥゥ!? 気絶してる!! わ、私ポーション持ってきます!」

「あわ、あわわわわ!」

 

 気絶したベルを見てホームへ走っていくレフィーヤ。アイズはオロオロとベルを見る。

 

「………!」

 

 これは、5階層のリベンジのチャンス。

 膝枕をして逃げられた記憶のあるアイズはその時のリベンジをするためにベルの頭をそっと持ち上げる。

 

『逃げられたのはお前のやり方が悪かったのではないか? 男なら普通は喜ぶものだ………なに、やったことがあるのか? ………………あ、ある。ヴァルドに、良く。逃げられたこと? それはない』

 

 とリヴェリアは言っていた。逃げられたことを笑われたアイズは何時か必ず成功させると夢見ていたのだ。

 膝に頭を乗せ、髪を撫でる。ヴァルドの髪質とはまた違ったフワフワした髪の毛。撫でていると心が洗われるような気がする。

 この子はとても綺麗だから。真っ黒な私と違って、真っ白で綺麗だから、触れているだけで、その白さが伝わってくるような気がする。

 

『黒い炎? それがお前の中にあると? ふむ、面白い例えだ』

『リヴェリアは、これを抑えろって』

『炎はやがて全てを焼き尽くす。モンスターだけでなく、お前自身も………あるいはお前の周りも』

『…………()()は、消さなきゃ駄目?』

『消せと言われて消えるようなものでもない。だが、俺達でも抑えることは出来るだろう。何時か、お前の中の炎を消してくれる誰かに出会うと良いな』

 

 何時か言われた師からの言葉を思い出す。

 自分の中の、火を消してくれる誰か…………

 

『英雄が生まれぬなら俺が育てる。お前達には、もう何も期待していない』

 

 ピタリと手が止まる。

 ヴァルドが求める英雄候補。選ばれたのは彼で……選ばれなかったのが私。

 高い成長性に、真っ直ぐな心。対して自分は師が5年で2度もランクアップしていたのに、最近漸くLv.6になった。もちろん冒険者全体から見れば上澄みどころか最強候補。しかし男神(ゼウス)女神(ヘラ)の時代なら、やはり上澄みなのだろう。

 心だって純朴な彼の期待に漬け込むような………

 なんだろう。側にいると落ち着くのに、同時に胸にジクジクとした痛みが走る。

 

「ん、ぅ…………あれ?」

「あ、えっと…………おはよう?」

「おは…………っ!? な、なんで膝枕!?」

 

 膝枕されているのに気付いたベルがバッと離れる。これでは5階層の繰り返し。

 

「…………膝枕(これ)をすると、体力の回復が早くなる、から?」

「………………」

 

 精一杯考え、我ながら完璧な回答をしたアイズだが、ベルの目に浮かぶのは疑念。騙せなかった。

 

「………ごめん。本当は私が君にしたかったから」

「!? アイズさんは天然! アイズさんは天然!!」

「?」

 

 自分に言い聞かせるように頭をポカポカ叩きながら叫ぶベルを不思議そうに見るアイズ。

 

「い、嫌だった?」

「うえ!? い、嫌じゃ………ないです。むしろ役得っていうか………って嘘! ウソうそ嘘です! その、嬉しいんですけどいや変な意味じゃなくてー!」

「じゃあ、してもいい?」

「してくれてもいいというかされたいというか、でも恥ずかしい情けないし、気絶してる間は不可抗力ですけど起きてる時は……!」

「解った。気絶させてからするね」

「…………はい?」

 

 

「ポーションもってきま………アイズさん!?」

 

 アイズがまた少年をふっ飛ばしていた。市壁の塀にぶつかり気絶するベル。アイズはレフィーヤに気付き気まずそうに顔を逸らす。

 

「や、やり過ぎなんじゃ……」

「あ、う………えっと、その…………膝枕するから………」

「それは羨ましいですけど無かったことにはなりませんよ?」

「………あぅ」

 

 流石に目の前でぶっ飛ばされた年下の少年相手に文句も言えないレフィーヤ。取りあえず寝ているベルの首を傾けポーションを飲ませる。

 

「………………」

「……………起こさないんですか?」

「え?」

「え? えっと……遠征までですよね、修行つけるの。なら、あまり時間がないわけですから起こしたほうがいいんじゃ」

「………………っ!」

 

 今気付いたというように目を見開くアイズはしかしジッとベルを見つめる。

 

「………無理は、良くない。うん、無理は良くないから」

「そ、そうですか?」

 

 そうかもしれないけど、ううん。

 

「そういえば、レフィーヤはどうしてこんなに早く?」

「え? あ、その………そのですね。アイズさんに、修行を付けてほしくて」

「私に? ……………うん、良いよ。その代わり、これは内緒ね?」

「はい!」

 

 

 

 

 

「もしかしてわざとやってません?」

 

 3日後。

 レフィーヤはとうとう聞いた。ベルに膝枕していたアイズはビクッと震える。

 気のせいか、アイズはやたらベルを気絶させている気がする。

 

「あ、わ……わた、私………ポーション取ってくる」

 

 流石にファミリアの備品を使うわけにもいかず、初日持ってきたのはレフィーヤの私物だったのだがそんなに持ってるわけではない。今日は持ってきてないのでアイズが自分の分を取りに帰った。

 あの反応、本当にわざと? でもアイズがそんなことをするとは思えない。まさか膝枕するためだけに?

 

「…………アイズさんの、膝枕」

 

 羨ましい、とベルの頬をつつくレフィーヤ。うーんと唸るベルは目を覚ました。

 

「あれ、アイズさんは………」

「ポーション取りに行きましたよ。明日からは自分でも持ってきてください。取りあえず簡単にできる治療をするので、脱いでください」

「え!?」

「ち・りょ・う! 何を勘違いしているんですか!?」

 

 包帯と湿布を取り出すレフィーヤ。ベルは少し恥ずかしながら脱ぎ、レフィーヤが痣になってるところに湿布を張っていく。

 

「……良く続けられますね」

「え?」

「こんなに、ボロボロにされて、辛くならないんですか?」

「…………えっと、まあ辛いですよ?」

「なら」

「でも、強くなりたいんです」

 

 と、ベルは握り締めた拳を見つめる。

 

「追いつきたい人達がいる。守れるようになりたい人達がいる。その為に、走り続けるって決めたんです」

「…………なら、同じですね」

「え?」

 

 市壁の塀を背もたれ代わりに空を見上げるレフィーヤ。空に浮かべるのは、先を歩く者達の背中。

 

「私も、追いつきたい人達が居ます。その人達を守れるぐらい、力になれるぐらい強くなりたいって思ってます。だから、同じ……解りますよ、その気持ち」

「────っ!」

 

 今更ながら、エルフというのは容姿の整った種族だと改めて再認識させられるベル。

 

「でも、先に追いつくのは私です!」

「! ぼ、僕だって負けません!」

「むっ、Lv.1が生意気な………」

「今は、Lv.1でも………何時か、絶対………誰よりも早く、ランクアップしてみせます!」

 

 現在の世界記録(レコード)は半年。所有者(ホルダー)はヴァルド・クリストフ。それを超えると宣言したベルに、レフィーヤはそうですか、と立ち上がりビシッと指差す。

 

「それじゃあ私と貴方は好敵手(ライバル)です! どっちが先に追いつくか………いいえ、どっちがより強くなるか、勝負です!」

「ライバル………はい、負けませんよ、ウィリディスさん!」

「…………レフィーヤでいいですよ。私も、ベルって呼んでいいですか?」

「はい、もちろん!」

 

 と、そこでアイズがポーションを持って戻ってきた。

 

「あれ、二人共………仲良くなった?」

「「……………内緒です」」

「…………なってる」

 

 アイズの言葉にお互いを見つめ、同時にいたずらっぽく笑い指を口に添える二人を見てアイズは『私が先に知り合ったのに』のレフィーヤをジトッと睨む。

 その翌日ベルが持ってきたポーションに『ユメミール』なる薬品が混じって一悶着あったり、【ロキ・ファミリア】と同盟を組んでいる【ディオニュソス・ファミリア】の主神であるディオニュソスがフィルヴィスにレフィーヤの修行をつけさせフィルヴィスが不承不承に了承したりと色々あった。

 

 

 

「………………」

 

 そんな仲睦まじい様子を眺め不機嫌になるのは、とあるポンコツ妖精と、とある女神。

 女神は無意識に椅子の肘掛けを指でトン、トンと叩いたり髪をクルクル弄る。

 

「………ああ、私、妬いてるのね」

 

 己の無意識の行動に気づきクスリと微笑む。こういった経験は少ない。神ともあろうものが、子供のようだ。

 だが面白くないものは面白くない。と………

 

「あら?」

 

 少年の白とは別の白を見つけ、女神は静かに微笑んだ。

 

 

 

 

「お〜い! ヴァルド〜!」

「ん……」

 

 ダンジョンから地上に戻ってきたヴァルド。聞こえてきた声に振り返ると空から、というか高台の道から薄鈍色の髪をした少女が降ってきた。

 難なく受け止めるヴァルド。成人男性が成人間近の少女に高い高いでもしているかのようなポーズになる。

 

「ヴァルド、お料理教えて!」

 

 そう満面の笑みで言うのは、シル・フローヴァ。豊穣の女主人の店員にして、ヴァルドの友人。どうやらヴァルドから料理を教わりたいらしい。

 

「断る」

「やっぱりベルさんの胃袋を掴むにはベルさんの実家の味付けを知ってる……………え?」

「俺が一番美しいと思ってる女神はアストレアだ。そして、その次はデメテル」

「あ、うん……ふーん」

 

 唐突に好みの女神の話を始めたヴァルドに、シルは地面に降ろされながらジトッとした目を向ける。

 

「お前の料理はそんな【デメテル・ファミリア】達を含めた農家など第一次産業に対する冒涜だから断る」

「それは言いすぎじゃない!? べ、ベルさんだってお弁当受け取ってくれるもん!」

「ああ、あれか。あれは俺も驚いた」

「ふふん、でしょう? 私だって成長して────」

「人の料理と呼べなくもない味になるとは」

「てい!」

 

 と、シルがヴァルドの脛を蹴り、足を痛める。

 

「…………硬い」

「当然だろう。俺は恩恵持ちだぞ」

「うう…………」

 

 涙目でヴァルドを睨むシル。

 

「でもヴァルド、練習しないことには上手くなれないじゃない。失敗するとしても、成功のためにも練習しなきゃ!」

「……………まあ、一理あるが………ウィンナー切って焼いただけでミア母さんを昏倒させたお前に食材を渡すのは、やはり食材に悪い」

「ヴァルドはもう少し私に悪いと思って言葉を選ぼう!?」

 

 う〜っ! とポカポカ叩くシル。

 

「解った。じゃあお料理の勉強は諦める。帰ってきたなら、少なくとも明日まで潜らないでしょ?」

「ああ」

「デートしよ、ヴァルド!」




アイズ→ベル
一緒にいるとなんだか嬉しいけど嫉妬もあって、アニマルセラピー味を感じる純粋なベルと自分を比べてちょっと落ち込む

レフィーヤ→ベル
ライバル。頑張る姿を見て私も頑張ろうと思える………まずい


シル→ヴァルド
親友。一緒におでかけだしたりもする



とある女神の従者→ヴァルド
もう色んな感情がグッチャグチャ。取りあえずもし素の状態であったら刺す


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街娘のデート

「何をしている、ガネーシャ?」

「ヴァ、ヴァルド!? 違うんだ、聞いてくれおハナちゃんは悪いモンスターでは!」

「きしゃあああああ!」

「…………思い切り威嚇してきてますよ?」

 

 市壁を飛び込えたオラリオ近郊のセオロの森の中。何やら人影があったので追ってみると、ガネーシャがモンスターを育てていた。調教(テイム)したモンスター、というわけでは無さそうだ。

 

「そ、それは、おハナちゃんは恥ずかしがり屋なんだ。大丈夫、この二人は怖くあぶな!?」

 

 ガキンと歯が閉じる。ギリギリで回避したガネーシャ。筋肉は無駄ではないらしい。ヴァルドは枝をひろい再びガネーシャに噛みつこうとする植物型モンスターを切り捨てた。枝は砕けた。

 

「ぬう、無念! 仲良くなれると思ったのに!」

「モンスターと無条件で仲良くなれるのはアーディぐらいだ」

「しかし、この経験を活かしてくれることを祈ろう! 俺はめげないガネーシャだ!」

「反省はしないと?」

「うむ! 俺はポジティブなガネーシャだあああ!!」

「そうか」

「ん? げぇ、シャクティ!?」

 

 ガネーシャはそのままシャクティに連れて行かれた。

 

「何、今の?」

「気にするな、最近暖かいからな」

「うーん。でも、ヴァルドはどう思う? モンスターと仲良くって」

「殺し合わずに済むならそれに越したことはない」

「ふ〜ん?」

 

 なにか引っ掛かることでもあるのかマジマジとヴァルドを見つめるシル。しかし答えは出なかったのでそのまま大人しく運ばれる。

 因みに現在、彼女はヴァルドに片腕で抱っこされている。落ちないように首にしっかり手を回していた。

 

「着いたぞ」

「わあ、懐かしい!」

 

 セオロの森の中にポツンと存在する小さな泉。昔は川と繋がっていたのだろう、魚がチラホラと見える。

 木々が開け、陽光が風に波打つ泉に反射する。中々幻想的な光景だ。

 

「夜ともまた別の趣がある」

「あれ、夜来たことあったっけ?」

「リヴェリアと………」

 

 と、そこまでいって口を閉ざす。これ以上は自分にとってもリヴェリアにとっても知られたくない情報があるからだ。主に呪いの書に関する。あれからシリーズを探しているが、恐らくまだあるのだろうな。

 

「デートなのにどうして他の女の人の名前出すかな?」

「…………まあ、わざとの時もある」

 

 その結果変な癖になり、こうしてうっかりをすることも。

 

「わざと、ね。まあヴァルドに本気で恋する人も多いもんね」

 

 それに応える気がないが、かと言って例外を除けば好意的な相手に冷たくして傷つける事も出来ないのでこの様な中途半端な態度をとるのだ。

 

「いっそ傷つけてくれた方が、安心する人だっているんだよ〜?」

 

 ツンツンとヴァルドの頬をつつくシル。ヴァルドは自覚してるのか文句を言わず目を逸らす。

 

「ヴァルドって強いのに変なところで臆病だよね。()()()()()遠慮してるっていうか」

「………()()()()()()()したことはないが?」

「あー…………ほら、私って勘の鋭い女の子だし」

 

 テヘペロ、と舌を出すシル。まあ、『彼女』なら勝手に気づきそうではある。

 

「世界に遠慮。言い得て妙だな…………何れなされる『救世』。確かに俺は、そこにいる自分が想像できん」

「…………………」

 

 そこに当然オッタルもいるのだろう。ベルやアイズもいるのだろう。フィンやリヴェリア、ガレスだって。今より強くなり、世界を救うのだろう。

 想像は容易く、そしてそこに自分はいない。

 

「………ふーん」

 

 ヴァルドの言葉に立ち上がったシルは靴と靴下を脱ぐと泉に入り、パシャパシャと水面を蹴る。

 

「う〜ん…………うう〜ん…………よし、踊ろうヴァルド!」

「…………はあ?」

「ヴァルドが好きな英雄も、難しい顔してる女の人に踊りを誘うんでしょ?」

 

 突然の提案に訝しんだヴァルドは、しかし続く言葉に目を細め、やがて諦めたようにため息を吐くと腰を掛けていた岩から降りて靴と靴下を脱ぎ捨てる。

 

「『さぁ、踊りましょう、麗しいお嬢さん。愉快に舞って、私に笑顔を見せてください』」

「ふふ。笑顔を見せるのはヴァルドの方でしょ?」

 

 ヴァルドが差し出した手を引き、踊りだすシル。

 木漏れ日をスポットライトに、鳥や虫、葉擦れの音を演奏に、水が跳ねる音が周囲に響く。

 

「ねえヴァルド、貴方は世界を救うわ」

「………………」

「だって貴方は、この世界が大好きだもの。資格なんて、それで十分なんだよ」

「…………」

「貴方がこの5年の間救った国だって、資格があるから救ったんじゃない。救いたいから救ったんでしょ?」

「………何でも知ってるな」

「何でもは知らないよ、知ってることだけ」

「………」

 

 クフフ、といたずらっぽく笑うシル。

 

「…………今更だけど、ヴァルドはどうして私とは仲良くしてくれるの?」

「?」

「美の女神様でも顔を殴ったり関わるな〜って言ったりするのに」

「彼奴等は縛ろうとしてくる」

 

 美の女神とはそういうものだ。美しいという価値観そのものである彼女達は、自分の側に侍るものは勿論、誰もが己を優先するものだと思っている。笑いかければ誰もが従う。誰もが己を求めると。

 

「う〜ん。イシュタル様はともかく、フレイヤ様や、今はもう居ないけどアナト様とかはそうでないかも」

「己の側に仕えた人間が己以外を優先することを何時までも許容できるとは思えん。奴等は我儘だからな」

「そうかな? そうかも」

「お前と仲良くするのは………面白そうだったからだな」

「え、私面白れー女?」

 

 意外な応えに首を傾げるシル。俗っぽい返答だと思うのは、ヴァルドにそういう知識があるからだろう。

 

「言葉が悪かったな。お前が面白そうにしていたからだ…………」

「……………………」

「おまえの言うとおり、俺はこの下界が好きだ。だから、楽しんでいたお前に共感を覚えた。それだけだ」

「…………………なんか違う」

 

 ヴァルドの言葉に踊るのをやめ俯くシルは、ポツリと呟く。

 

「なに?」

「笑顔にするんだもん! こういう上品な踊りじゃないよね。もっと愉快に踊りましょう!」

 

 トントンと跳ねるように、先程より激しく踊るシル。ここに観客が居れば愉快に手拍子でも贈ることだろう。

 

「ヴァルド! きっとね、世界を救う戦いに貴方もいるの。オッタルさんと難しい顔して、ベートさんやアレンさんに噛みつかれて、フィンさんから作戦の全容を伝えられて、成長した【剣姫】さんやベルさんと一緒に戦って、皆で世界を救って戻ってくるの。私達は、宴の準備をして、ご飯を作ってそれを待つの!」

「………最後のはいらん。こっそり自分の料理を混ぜるな」

「!! もー! 余計なこと言わないの! わ、私だってちゃんと美味しい料理つくれるもん!」

「ウィンナー焼いただけで不味くなるお前が?」

「あ、あれはその……焼き加減間違えただけだもん。今は平気だよ! よし、ヴァルド。魚取って!」

 

 私の腕前見せてあげる、というシルにヴァルドは仕方無く魚を二匹捕まえ持っていたナイフで内臓を抜き取る。

 

「ほら、塩だ」

「フフン。焼くだけなら私でもできるもんね」

 

 ヴァルドが焚き火の用意して、二人でそれぞれ焼く。焼いた時間は同じ。焼き方に差はあれど、味にそこまで差は出ない筈。

 

「ん………!」

 

 ヴァルドが焼いた魚を受け取ったシルは一口食べて目を見開く。

 身はふんわりしていて噛みやすく、噛めば噛むほど塩が魚の脂と混じり深みを増していく。

 一方ヴァルドは、オッタルとランクアップを祝うわけでもないのになぜこんな目に、と魚を見つめていた。しかし現実逃避しても仕方ないので一口齧る。ガリグチョっと妙な音がした。

 

「………………」

「ど、どうヴァルド?」

 

 ヴァルドも一口喰い、首を傾げる。

 

「…………味がしない」

「え? 嘘、ちゃんと塩もふったのに」

「全く味がしない…………いくらなんでもこれは………いや、まさか」

 

 と、ヴァルドは一つ心当たりに気付く。

 

「俺の発展アビリティに、毒など身体に害となるものを無効化するものがある。それが発動したのかもしれん」

「なるほど。つまり私の料理は味だけで害になるって事かぁ…………って、いくらなんでも酷くない!?」

「だがそれ以外に味がない理由が思いつかん」

「普通に味付けが薄かっただけだよ!」

 

 そう言ってシルは自分が焼いた魚を一口食べ…………気絶した。

 

 

 

 

 

「あれはこの世の味じゃない……」

 

 ヴァルドに膝枕されながらシクシク泣くシル。流石にショックを受けたらしい。

 

「安心しろ。ベルに提供してるのは、辛うじて喰える。味も感じるから害にはなってないのだろう」

「安心させる要素ある!?」

「…………………すまん」

「謝られると余計惨めだよぉ」

 

 さめざめと泣くシルの頭を撫でてやりながら、ヴァルドは何と声をかけるか、と考え込む。

 

「………先程お前が言った世界を救う場所に俺が居る、と言ったのは………お前で二人目だ」

「初めてじゃないんだ。リヴェリア様?」

 

 シルの言葉に無言の肯定を返すヴァルド。

 

「で、何があった?」

「え?」

「お前が急に、予定もなくデートに誘うのは良いことがあった時や嫌なことがあった時だ。ベルがアイズと修行した姿でも見たか?」

「…………なんで、嫌なこと前提?」

「それなりに付き合いも長い。それぐらいは解る」

「…………もう大丈夫。スッキリした」

「そうか」

 

 

 

 そして翌日。店の準備をしつつ、ふと外を見るシル。今日もベルはアイズ達と特訓しているのだろう。冒険者の特訓、自分に関われない時間。

 

「……………」

 

 パン、と両頬を叩くシル。

 

「よおし、今日も一日がんばるぞお!」




因みにギルドの接触禁止も流石に公共施設の入場禁止はできないので、アミッドのだし汁温泉が出来るとオッタルとヴァルドがサウナで我慢比べをして、ロイマンが慌てて向かって監視するという………………話を何時か書きたい


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保護者達

「リヴェリア?」

「ヴァルドか………」

 

 今日は一日修行だというベルの様子でも見てこようとしたヴァルドは、道中コソコソしている人影を見つけた。滅茶苦茶知り合いだった。

 

「………アイズか」

「ああ、最近どうにも様子がおかしくてな。レフィーヤと二人で何やら隠しているようだが」

「…………こっちだ」

 

 鉢合わせるとアイズが色々困惑した挙げ句壊れそうなので、別の市壁に案内する。

 素直に後に続いたリヴェリアは少し離れた市壁の上に来る。

 

「彼処だ」

「あれは…………」

 

 ヴァルドが指差した市壁の上で、アイズとベルが戦っていた。いや、戦いと言うには一方的に過ぎるが……。

 

「………修行をつけているのか?」

「そのようだな」

「…………………」

 

 アイズの戦いのいろはは【ロキ・ファミリア】の経験(ざいさん)であり、おいそれと他派閥にあたえていいものではないのだが………。いや、それを言うなら元幹部が彼の師だが…………それに………

 

「…………はぁ、仕方ない」

「許すのか?」

「私が許すと思っているから連れてきたのだろう? 全く白々しい」

 

 と、ヴァルドの頬を抓るリヴェリア。Lv.6でも魔導師の力では内出血すら起こさない。

 

「否定はしない。お前が俺を理解しているように、俺もお前を理解しているだけの話。隠すようなことでもない」

「……………………」

 

 何でこいつは恥ずかしげもなくこういう台詞が言えるのだろう、と僅かに頬を染めながら睨むリヴェリア。

 ヴァルドとて他人からの好意は理解しているが、それ以外は弟子に劣らず鈍感なので今の発言のどこに照れさせる要因があったのか解らず首を傾げる。

 

「…………む?」

「ん?」

 

 と、ふと見るとアイズ達が横になっている。あれは、寝ている。

 

「恐らく連日早朝から起きて、疲れが溜まっていたのだろう」

「だろうな。絶対どこでも寝られる特訓とか言ってるだろうアイズは…」

 

 ヴァルドの言葉にはぁ、と頭を抱えるリヴェリア。年頃の娘が男の横で眠るなど。レフィーヤもアイズに素直に従い寝てるし。

 いや、これもいい変化なのだろう。アイズも、そしてレフィーヤも………。

 

「…………おい、お前の弟子が何やら悶え始めたぞ?」

祖父の教育(心の闇)に飲まれかけているな、あれは。なんとか抵抗しているようだが」

 

 

 

 

 隣で眠る美少女二人。幾ら義母(はは)が美人だろうと、だからといって女に慣れるわけでもなく、ベルはガチガチに緊張していた。

 

『ゆけ、ベルよ』

 

 ………ん?

 

 突如頭の中にひびいた懐かしい声。聞き間違えるはずのない、ベルの育て親の一人の祖父の声が何故か頭の中に響き、気が付くとアイズが近付いていた。

 

『ゆくのだ、ベルよ。行けぇーい!!』

「!?」

 

 自分から無意識に近づいたと漸く理解したベル。それでも体が離れてくれない。むしろちょっと近付いた!?

 

『寝込みを襲えぇぇーい!』

(いいぃっ!?)

 

 祖父の教えがベルの体を動かす。

 あどけない寝顔のアイズ、その睫毛もよく視えるほど顔が近付く。

 

(いやいやいやいやいや!? 駄目だよ、おじいちゃん!!)

『え? じゃあそっちのエルフにする? ベルったら相変わらずエルフスキーなんじゃからー』

 

 レフィーヤサァン!?

 違う、違うよおじいちゃん! 寝込みを襲うのがいけないんだ!!

 と頭の中で祖父の言葉と言い合うベル。

 

『問題ない。寝込みの接吻程度、お前の義母(はは)も──』

『【黙れ殺す(ゴスペル)】』

『ぐあああああああ!?』

(お、おじいちゃぁぁぁん!?)

『ベル………解っているな?』

 

 頭に響く義母(はは)の声に、スンと平静を取り戻すベル。そのまま横になり微睡みに沈んでいった。

 

 

 

「………ふむ、必要なかったか」

「ああ。弓を下ろせ、リヴェリア」

「お前もその石を捨てたらどうだ?」

 

 両親(保護者)は各々の獲物をおろし、暫く様子を見守る。

 

「…………あの子は、変わってきている。いい傾向だ」

「それが見ず知らずの男によるもので、少し不満のようだな」

「………よく解る」

「お前のことならば」

「別に私だけでもないくせに」

「まあ、そうだな」

 

 5年ほどともに過ごした女とか友人とか二人で組んだ回数が一番多い妖精とか一番抱いた回数の多い娼婦とかともに競い合った獣人とかの機微は大体察せる。

 

「………戻るぞ」

「許すのか?」

「ああ。あの子に………いや、あの子達にとっていい刺激になるだろう。知っているのは私達だけ、一先ずそれで良い」

 

 そう言って仲良く眠る三人を見るリヴェリア。

 

「お前の弟子だ。不埒な真似もすまい………いや、先程揺れていたがまあ、いざ実行に移す勇気もないだろう」

「……………否定はしない」

 

 いざという時間違いなくヘタれるだろう。というかさっきの葛藤は祖父の教えに対するヘタレが自分を止める誰かの形で頭に響いたのだろうし。

 

「そういえば、もうすぐあの子のランクアップが公式に発表される」

「そうか。ベルのいい刺激になれば幸いだ」

「並び立ちたいと思った相手がLv.6に昇格したのだぞ? いい刺激にはならんだろ」

「…………そうだな。だがきっかけにはなる」



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努力する理由

「Lv.6………? アイズさん、が……」

 

 ギルドの提示版に、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインのランクアップの公式発表が載る。

 

「本当に少し前だったかな。ヴァレンシュタイン氏が【ランクアップ】したって公式発表されたのは……」

 

 しかもその方法は大規模パーティーで挑むべき階層主──『迷宮の孤王(モンスターレックス)』──の単独討伐。

 成し遂げたのは公式ではヴァルドとオッタルだけ。後、彼等は知らないがリヴェリアも魔導師の天敵(アンフィスバエナ)を討伐している。だがベルにとって重要なのは、憧憬の、それも恋慕の対象に差を開かれてしまったという事実。もとより開いていた差が、更にその背が霞むほどに遠くなった。

 

「…………………」

「あ、あのね。今回のことは気にしなくていいと思うの………」

 

 ベルの想いを知っているエイナは何とか慰めようとするがベルは何処か覚束無い足取りで歩き出す。

 

「あ、すいません。ぼーっとしちゃって………今日はもう、帰ります」

「…………ベル君」

 

 強がってみせたが、やはりショックは大きい。

 遠い。

 遠すぎる。

 追い付かなくてはならないあの人と、自分の間に開く隔絶とした距離。

 

(………何時かお義母さんや貴方を守れるような英雄になりたい、か……)

 

 それは何時? そんな日が果たして本当に来るのだろうか。

 

「わっ!」

「おっと」

 

 下を向いて歩いていれば、誰かにぶつかる。

 慌てて顔をあげると小柄な少年。しかし、人ではない。神だ

 

「ご、ごめんなさい!」

「いいよいいよ〜、気にしない気にしない!」

 

 ケラケラヘラヘラと楽しそうに笑う軽薄な少年神。怒っていないようでホッとため息を吐く。

 

「どうしたの? なにか暗いね、僕様に相談してみなさい」

「え、でも………」

「これでも神だぜ? 永く存在してるんだ、下界の子の悩みの一つ二つ相談に乗れるさ」

「……………」

 

 実際、ただ悩んでいたところで自分になにか思いつくとは思えない。神様が親身になってくれるのだし、と自分の迷いを話すベル。

 

「ふ〜ん、憧れの人が更に強く。良いことじゃん! 君の人を見る目は間違ってないってことだろう?」

「それは………」

 

 憧れた存在が、実際に凄いと証明されたのだ。喜ぶことはあっても、悲観にくれるとしたらそれは自分のただのわがまま。待っていてほしいなんて、勝手が過ぎる。

 

「まあそれも子供の思いというのなら、僕は止めないぜ。君と仲良くしてたくせに君を置いてくなんて、確かに酷い女だ!」

「ち、違います! アイズさんは…………!」

「あ、そう? なら君が情けないだけか〜」

「っ!!」

 

 神の嘲笑を否定できずに歯軋りするベルに、神はやはりケラケラと笑う。

 

「自分が追いつけないからって待っててほしかったなんて、そんなんで良く強くなろうって努力したなんて言えるね〜。努力ってね、報われる奴は天才だけなんだ。凡人には無理無理、ましてや憧れの人が強くなったのを喜べない君みたいな奴はさ〜」

「……………」

「そんな君に元気になる魔法の言葉を教えて進ぜよう………ほら、あれ」

 

 と、少年神が指さした方向にはサポーターらしき人物。

 

「ああいう風にさ、冒険者に寄生するしか能のないサポーターだっているんだ。君はあれより上……『僕は彼奴等よりまし!』………ほら、そう思うと気が楽になる」

「…………やめてください」

「…………あれ〜?」

 

 ベルが不愉快そうに顔を歪めると少年神は態とらしく首を傾げる。

 

「誰が下とか、自分が上とか………そんな事、考えたくもありません」

「なら誰がランクアップしたかなんて気にしなくていいのに〜。差を感じて差別してるのは君も同じだろ〜?」

「っ!!」

 

 言い返せない。

 事実としてベルはアイズと自分を不釣り合いだと決め付けている。

 

「まあなら簡単だよね。強さに差があろうと関係ないなら、別に無理に強くなる必要なんてないんだから」

「それは………」

「いやぁ〜、これで解決だね! 今日も下界の子供達を導いてしまったゼ☆」

「……………」

 

 ()()()()()

 動作一つ一つに悪意が見て取れるのに、この神は間違いなく人類を愛している。その歪さが、酷く気持ち悪い。

 

 

「ああ、探しましたよ。こんな所に一柱(ひとり)で………」

「ああジミー君じゃ〜ん」

「私の名は………いえ良いでしょう。おや、そちらの方は?」

 

 と、唐突に現れたのは一人の青年。なんというか、印象がないというか、人混みに混じれば見失いそうな顔立ちだった。

 

「そういや名前聞いてね~や」

「はぁ………彼はまあ、無害そうですがお気をつけください。貴方は大事な客神(きゃくじん)なのですから」

「めんごめんご☆」

「本当に反省しているんですかねえ」

 

 はぁ、と疲れたように嘆息する青年は、ベルへと体を向ける。

 

「このお方が迷惑をかけたようなら謝罪します。何分、神々には変わった方々が多いでしょう? この方も例に漏れず変り者で………」

「ウェ〜イ☆」

「………おや、もしや貴方はベル・クラネルでは?」

「僕を知ってるんですか?」

「ええ、まあ。有名ですよ、あの英雄が連れてきた英雄候補ですからね」

 

 ニコッと優しげな笑みを浮かべる青年に、しかしベルは恐縮してしまう。

 

「え〜、その子があ? 憧れの女の子が強くなってショックを受けちゃう子が〜?」

「嫉妬ですか。ええ、それも素晴らしい感情だと思いますよ。超えたい、負けたくないという願いなくして強くなれるのは極一部の人間でしょう。それこそ、英雄と呼ばれるような」

「あはは、えーゆー! すごいよね、凡人じゃあ努力したって追いつけない」

 

 笑う少年神。

 やはりそれは、悪意を持った言葉。努力だけでは英雄になれないと彼はあざ笑う。

 

「私はそうは思いません」

 

 それを否定するのは、青年だった。

 

「信念と弛まぬ努力があれば、如何なる不可能も可能になる。事実私は抗うことなど不可能な『サイカ』を打ち破ってみせた英雄を見たことがあります」

「ふ〜ん?」

「努力は限界を突破する。あらゆる偉業を成し遂げるでしょう。しかしそれを、称賛されるべき形で行える者が少ないだけです。何故なら彼等はこぞって()()()()()()のだから」

「認められない?」

 

 努力を認める彼が、なぜそのようなことを言うのか困惑するベルに、青年は続ける。

 

「ええ、ええ。人々は英雄の軌跡とは白くあることを望む。汚れが一つでもあれば騒ぎ立てる。嘗てかの英雄が、たった一人の女と、悪とともに姿を消したオラリオはそれはもう醜いものでした」

 

 功績は偽りだと騒ぎ立て、強さは幻想、これまで救われた者達すら喧しく騒ぎ立てた。無論、そんなものはすぐに情報操作で押し潰されたが。それでもその間、彼に救われたことを感謝する者達、彼を称える者達の声は()()()()()()

 

「人は努力に()()を求める。それがどれほどの偉業だろうと、シミ一つ見つければこき下ろす。オラリオではそれが顕著ですよ? Lv.2に、3に至るのは十分な偉業。ですがランクアップ当時は褒め称え、しかし直ぐに忘れ、或いは成長出来ぬ存在を嘲る。自分はなんの努力もせず、何も成していないというのに」

「………………」

「ええ、ですからそれでもなお努力を貫けるものがいるとしたら、それは正しく、それだけで正しく英雄の如き信念を持っていると言えるでしょう」

 

 「故に私は努力を肯定します」と、青年は語る。

 

「努力をすれば必ず夢はかなうでしょう。不断の努力が報われないとしたら、それは成果がついてこないのでなく認められないだけなのだから」

「…………でも、努力って言われてもどうすれば」

「簡単ですよ。偉業を成せば良い」

「偉業?」

「ええ、私これでも第一級に分類されるレベルでしてね。だから、知っています。偉業をなす、それが冒険者がランクアップへと至る道。己より強大な敵に打ち勝つ、より上位の『経験値(エクセリア)』を手に入れ一定量を超過する。それがLv.上昇(ランクアップ)の条件です」

「でも、自分より強い相手って普通負けちゃうんじゃ………」

「だからこその偉業が認められるのです。貴方の師のように」

 

 ヴァルドのように、と言われ微かに肩を震わせるベルを見て青年は微笑む。

 

「では私達はこれで」

「まったね〜☆」

 

 青年は少年神を引き連れ去っていった。

 ベルもホームへ戻ろうと歩きだし………

 

「あ、ベルさん! 丁度いいところに、会いたかったです!」

 

 シルに捕まり店の手伝いをさせられた。

 

 

 

 

「全く、お気をつけください。見つかったのが弟子の方だったから良かったものを」

「あはは。大丈夫大丈夫、あの化け物にだって顔は見られてないよ…………見られてないはずだけど」

 

 青年の言葉に少年神は引きつった笑みを浮かべた。

 

「しかしあれだよね〜、ちょーっと下界の戦争を引っ掻き回そうとしたところでオラリオに帰還中の英雄に鉢合わせるとかついてないよ」

「ですが、そのおかげで貴方はこうしてこの都市へと来た」

「まあね〜、開始の一撃で砂漠の一部が吹っ飛んだもん。『あ、こりゃムリゲー。逃げなきゃ死ぬな』って使えそうな子引き連れてスタコラサッサーってね………で、君達()()に勝てるの?」

「さあ………ですが一つだけ言わせてもらうとするなら、()()()()()()()()()()

「……………」

「ようは英雄を()()()()()()()()()………らしいですよ。私にはとんと興味のないことですが」

「ふーん………都市の破壊者(エニュオ)って奴は、あれだね。あの化け物さえ帰ってこなければ作戦通りだーって高笑いしてたろうに、戻ってきたせいでもうこれしかないって慌ててると見た」

 

 アハハハハ、と愉快そうに少年神は路地裏から人気のある大通りを見つめる。

 

「僕みたいな新参が今更やれることなんてないと思ったけど、まぁまぁ楽しそうだね、オラリオって街は」

「ええ、ええ、それはもう……では此方へ、神ラシャプ」

 

 

 

 

 

「ベルさん、今日はごめんなさい。ほんとうにありがとうごさいました」

 

 『豊穣の女主人』の手伝いから開放され、今度こそ帰ろうとするベルにシルがお礼を言った。

 

「…………あの、ベルさん」

「はい?」

「………冒険は、しなくてもいいんじゃないでしょうか」

 

 心配そうな声で、シルは言う。冒険をせねば強くなれない冒険者に向かい。

 

「無理はなさらないでください。なんだか、それだけ伝えたくて」

「………シルさん」

「まあこの街には、何時も無理ばっかりして人に心配ばっかりかけるどーしようもない人もいますが」

「シ、シルさん………?」

 

 ふと師の『美人は怒ると怖い』という言葉を思い出した。

 

「ベルさんはくれぐれも、散々心配かけておいて『デートする約束があるから死ぬ訳には行かないだろう』とか調子良い事ばっかり言う所まで似ないでくださいね! 絶対ですから!」

「は、はいぃ!!」

 

 良く分からないが取り敢えず逆らえる気はしなかった。

 

 

 その翌日。アイズとの鍛錬最終日。

 アイズと対面して、改めて追いつきたいと思った。彼女の、そして自分の師でもあるヴァルドにも。

 絶望的な差だとしても……それでも、あの高みへと手を伸ばすと、改めて心に誓う。




ちなみに今回の護衛はリュー一人だけだった


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猛牛

Q.ヴァルドはリヴェリアの裸、見たことあるん?『PN.道化』
A.あるよ。水の都でファミリアと逸れた際、体温の低下を防ぐために気絶したリヴェリアを脱がせた。なお、この事を知ったのをリヴェリアに知られると頭痛とともに記憶を失う。


Q.ヴァルドは、年上の女の人をどう思ってるのかしら『PN.天秤と翼』
A.年上だと思ってます


Q.奴は誰かに頼るということを知らんのか!?『PN.月の姫』
A.知ってたらもう少しやりようもあったろうな


Q.奴は猪以外の冒険者をどう思ってやがる『PN.戦車』
A.冒険者だと思ってます


Q.ヴァルドとリヴェリアの関係がエルフの里にバレたら不味くないかの?『PN.Lv.6ドワーフ』
A.世界中のエルフが束になった程度で負けるわけないので大丈夫です。


Q.どうやったら彼奴を殺せますか?『PN.名無しの従者』
A.毒も呪いも魅了も効かないので、殺せるだけ強くなれば殺せます。後はまあ、恩恵を封印してすぐにLv.5以上3人がかりぐらいで襲わせれば可能性があります。


 例えば、と思うことがある。

 例えばもし、あの時『才禍』を彼女達全員と倒していれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()『災厄』と戦い持ち堪えられていたのではないか、と。

 元より一人しか残らない筈だったとか、壊滅するはずだった彼女達の【ファミリア】を残せたとか、そんな事言い訳にもならない。

 『彼女』がヴァルドを警戒して()()()()()()()()()()とか、漆黒の怪物が幽冥の神により2体目も召喚されたとか、戦力を分ける理由は十分あったとしても、ヴァルド・クリストフにとっては誰がなんと言おうとあれは失態の記憶。だから、【アストレア・ファミリア】に会えても彼女達を誰よりも愛していたアストレアに会うことが出来なかった。出来なかったのだが………

 

「来ちゃった♪」

 

 街を歩いていると向こうから来た。しかも眷属(むすめ)達とは何度か会ってるくせに自分に会いに来ないことをちょっとキレてる。

 

「…………お久しぶりです、女神アストレア」

「………………………」

 

 そのまま【アストレア・ファミリア】のホームに連れて行かれるヴァルド。挨拶するがにっこり微笑んだままだ。

 

「…………久し振りだな、アストレア」

「ええ。だいぶ前から帰ってたのにね」

 

 やはり美人は怒ると恐ろしい。笑顔のままだが逆らえそうにない。

 

「………貴方が私に会いに来なかったのは、罪悪感?」

「…………ああ」

「あの子達の成長の機会を奪ってしまった事と、何時か起こる災厄を防げなかったことに対する?」

「そうだ」

 

 神に嘘は通じない。故に素直に応えるヴァルド。いや、ヴァルドは神の権能を防げるが、それでも嘘をつかずに誤魔化すという手段を取らないのはアストレアに対する罪悪感だろう。

 

「………俺が知る限り、本来なら【アストレア・ファミリア】はアルフィアに打ち勝ち11人全員がランクアップするはずだった。だがアルフィアを倒したのは俺一人。彼奴等はエレボスの呼び出した漆黒の階層主(ゴライアス)……ランクアップしたのはアリーゼ、リュー、輝夜の3人」

 

 その後別の戦いを経てランクアップしたが、あの時にランクアップしていれば『災厄』と戦う時、もう少し持ち堪えていたかもしれない。

 

「そしたら間に合ったかもしれない? それはあの子達への侮辱よ」

「………………」

「あの子達だって強くなるために頑張っていたわ。その機会が一つ奪われていただけで、貴方が知る彼女達より強くなれないと決めつけないで」

「………すまん。軽率を詫びよう」

「もっと早く会いに来てくれたら、早く解決したんだけど」

「…………すまん」

「別に怒ってないわ。ええ、怒ってないの」

 

 間違いなく怒っているが指摘しないことにした。これは、ヴァルドが自分を責めていたことを怒っているのだから、指摘したら余計不機嫌になる。

 アストレアが怒ると長い。とても長い。口を利かないくせに何か言いたげに頬を膨らませて服の裾を摘んで付いてくる。

 

「…………俺は、少なくとも四人は救えた。これからはそれを誇る」

「……………」

 

 正解だったらしく、アストレアから怒気が消える。

 

「ええ、そう。貴方は救ったの………あの子達を救ってくれたのよ。だから、何も救えなかったなんて自分を責めないで。それは、助けてもらったあの子達への侮辱よ」

「……………ああ………ああ、それならば反省もしよう」

「ふーん。さっき軽率を詫びるって言ったのに、反省はしてなかったのね?」

「………………」

 

 失言だった。

 ニコニコしているアストレアが怖い。

 

「たっだいまー! アストレア様ー、ステイタス更新を………あらヴァルド、来てたの」

「今日はお前がダンジョンか」

「ええ、ヴァルドの主神様やベル君の護衛があるから皆んなで潜れないのよね」

 

 アストレアの護衛なら、昔と違い余裕のある【ファミリア】にお願いして遠征に向かえるが、ベルとヘスティアまで守るとなると人手が足りない。

 

「すまんな」

「気にしなくていいわ。貴方には返しきれない恩があるもの。気にすると言うなら、そうね……今度デートでもしましょう、アストレア様と!」

「え………ええ!?」

「何故そうなる」

「だってヴァルドったら女神様の中で一番美しいのはアストレア様〜って言っておきながらデートの一つでもしたことないじゃない。はっ、まさか美の女神様達をかわすための嘘? 本当はいやなの!?」

「…………………」

 

 ヴァルドが『アストレアこそ最も美しい女神だ』と言った時の事を思い出したのか頬を染め、その言葉に嘘がないのを事の発端となった発展アビリティ『耐神威』を手にしていたせいで把握出来ないので不安そうに見詰めてくる。

 

「いや、アストレアは誰よりも美しい。そこに噓はない……神に逆らう力を手にした俺の言葉に信憑性があるかは解らんが」

「………もう、意地悪言わないで。ちゃんと信じるわ」

 

 『耐神威』などという、いざとなれば地上の子供が神を害せない絶対性を覆す発展アビリティを得たヴァルドを面白がる神も多いが警戒する神も多い。だから、ヴァルドに関しては神々は本神(ほんにん)に信じて貰うしかなく、アストレアはコホンと咳払いしながら信じる。

 

「じゃあアストレア様とデートしましょう! それとも輝夜とデートする? 色々言いたいことありそうだったわ。はっ、まさか狙いは私!?」

「………………」

 

 アストレアは無言でヴァルドの服の裾を掴む。

 

「輝夜か………いや、デートならアストレアとする」

「私も候補に入ってるんですけど〜? あ、そうそう。貴方のライバルの【猛者(おうじゃ)】、なんだか不思議なことしてたわ」

「…………知っている」

 

 【ロキ・ファミリア】の遠征が行われる。ならば、ベルの冒険も今日だろう。だからこそダンジョンには近付かない。

 

「…………面倒くさいわよね、ヴァルドって」

 

 何かを察したのか、アリーゼはそれだけいうと何も聞いてこなかった。

 

「………ベル達の護衛なら、そろそろ解除する。元々ガネーシャもやってくれていたしな」

「あら、いいの?」

「別の宛も向かってる」

「別の?」

「【アルテミス・ファミリア】だ」

「まあ、アルテミス!?」

 

 と、その名に同郷のアストレアが嬉しそうな顔する。

 

「【アルテミス・ファミリア】って、下界に散らばったモンスター専門の狩人よね? 良く来てくれることになったわね」

「ヘスティアとアルテミスは神友(しんゆう)で、後人里近くのモンスターの殲滅と竜の谷を含めた秘境のいくつかを半壊させた」

 

 モンスターの群生地をヴァルド一人で殲滅させに行けば逃げたモンスターがどのように散らばるか分からない為、あくまで縄張りを追い出される個体が減るように半壊だ。時期が整えば【アルテミス・ファミリア】と共に壊滅させることも約束した。

 

「その為にも【アルテミス・ファミリア】の強化も必須。奴等もダンジョンに潜るから、偶に代わってもらう必要はあるが」

「ええ、わかったわ。ふふ、三柱(さんにん)で揃うのも久し振り」

 

 アストレアはそう言って楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

「ブゥオオオオオオ!!」

「な、なんだコイツ!? ただのミノタウロスじゃ………ぐぇ!」

 

 気絶させられ、箱に閉じ込められ運ばれていたミノタウロス。

 しかし突然箱は開き、ミノタウロスは褐色の肌を持った女達を睨み鬱陶しそうに大剣を振るった。たかがミノタウロスと油断していた彼女達はその一撃で絶命し動揺していた者達を殴り殺す。

 

「………………」

「グゥ……」

 

 自分を閉じ込めた強き者。鍛えられたからこそ解る、絶対的な差。この中で唯一勝ち目のない相手は此方を無言で見つめる。

 

「…………あちらに行け」

 

 そう指差す方向を見るミノタウロス。言葉は理解していない。しかし、身振りで言いたいことは解る。

 ミノタウロスはそちらへと歩き出した。

 

 

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:SS1009

耐久:SS1287

器用:S907

俊敏:SS1562

魔力:A876

《魔法》

【ファイアボルト】』

 

 

 

 

「…………?」

「どうしました、ベル様」

 

 肌がカサつくような感覚に落ち着かないベルにリリが不思議そうに声をかける。

 

「いや、なんていうか………ちょっと、おかしくない? モンスターが少ないっていうか、ダンジョンが静かっていうか」

「そういえば………」

 

 9階層に入ってから、なんだか気持ち悪い。肌を這う汗が鉛のように重い。

 あまり長居したくない。早めに10階層へと向かおうとした時だった………

 

「──ヴ──ォ」

「!?」

 

 背後から聞こえた声に振り返る。

 ボタボタと血が地面に垂れる。腕に持つのは、ダンジョン・リザードの死骸。魔石が噛み砕かれ灰へと還る。

 

「…………え」

 

 ダンジョン・リザードを食ったモンスターの姿を見て目を見開く。

 ありえない!

 居るはずがない!

 だけど、いる!?

 

「ヴゥオオオオオオ!!」

 

 巌のような筋肉。針金のような剛毛。ねじ曲がった角。

 中層に出現する、上級冒険者でさえ殺すこともある怪物、ミノタウロス。その適正Lv.は、2。

 

「ミノタウロス!? なんで、9階層(ここ)に!? に、逃げましょうベル様!」

「グオオオオオ!!」

 

 リリの叫びを掻き消すような咆哮を上げ大剣が振り下ろされる。咄嗟に剣を斜めに構え、受け流す。

 

「ずっ!?」

 

 重い!

 受け流しきれなかった衝撃が腕を通し全身に伝わる。爆発でもしたかのように飛び散る地面の破片が体に当たる。

 

「きゃあ!?」

「リリ!?」

 

 その礫でリリが吹き飛ばされる。

 攻撃を外そうとその余波で、サポーターを殺しかねない怪物にベルの顔から血の気が引く。

 

「ヴヴォオオオオオオ!!」

「っ! 【ファイアボルト】!!」

 

 何時でも殺せるリリを獲物としてすら見ていないのか、距離を取ったベルに真っ直ぐ向かってくるミノタウロスに連続して魔法を放つが威力の低い速攻魔法の雨はミノタウロスの硬皮と剛毛に防がれ突破される。

 拳が鎧にめり込み、バギンと金属が砕ける音が響く。壁まで吹き飛ばされ慌てて空中で姿勢を整え足を曲げながら衝撃を殺す。

 

(鎧がなかったら、やられてた!)

 

 圧倒的な能力値(アビリティ)の差。

 勝つ姿が想像できない。そんな怪物が、自分の攻撃を2度も受け尚も立っているベルに警戒心と敵意を向ける。

 

「べ、ベル様……」

「っ! リリ、逃げて!!」

 

 と、吹き飛ばされたリリが立ちあがりベルの名を呼び、ベルは慌てて逃げるように叫ぶ。その声に反応したかのようにミノタウロスが襲いかかってくる。

 

「ベル様ぁ!」

「リリ、逃げて!!」

「っ!!」

 

 ベルの言葉にリリは置いて逃げるなんて出来ないと首を振る。

 

 何でだよ!? リリが居たら逃げられないだろう!? リリがこの場から離れたら僕だって逃げられる!

 解るでしょう!? 解らないの? お願いだから解れよ!!

 

「早く………早く、いけええ!!」

「っ!!」

 

 お願いではなく、命令。ビクッと肩を震わせたリリは一目散に走り出す。これでベルも逃げられる…………訳がねーだろ!

 

(此奴が、リリに狙いを定めたら………!)

 

 

 ここでミノタウロスを抑えなきゃならない。そうじゃないと、自分は逃げられたとしてもリリが、誰かが死ぬ。

 だが、ダンジョン・リザードの魔石を噛み砕いていた。間違いなく強化種。Lv.1の自分に勝てるのか? いや、耐えていればリリが人を呼んでくるかもしれない。

 

「っ! 来い!!」

「ヴゥアアアアアア!!」

 

 

 

 

 ダンジョン上層、【ロキ・ファミリア】遠征選抜隊。

 

「アイズアイズ、聞いた? 【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)達がついてきてくれるんだって」

「うん、聞いた。すごいね」

 

 これで武器の手入れをしながら進める。その筆頭である椿は何やら個人的な依頼を受けていたようだが主神命令で参加させられたらしい。

 

「【ヘファイストス・ファミリア】の連中か。なら足手纏いにはならねーな」

「出た……ベートって何でそんな言い方しか出来ないの? 他の冒険者見下して気持ちいーの? あたしそういうの嫌い」

「ああ? 雑魚なんて見下したところで愉快なわけあるかよ。俺は事実を言ってるだけだ。俺は弱ぇくせに何もしねぇでヘラヘラしてる奴が大嫌いなだけだ。虫唾が走る」

 

 脳裏に浮かぶのは兎のような少年。恩恵を得たばかりで、キラーアントと渡り合っていた駆け出し。

 

「泥にまみれて歯を食いしばって努力したってんなら好きにすりゃいい。それすらできねえなら強者に文句言わず黙ってりゃいいんだよ」

「強者の位置に立ったものの驕りにしか聞こえんな」

「そーだよ。ベートだって弱っちい時があったくせに〜」

「…………」

 

 その言葉に頭に過ぎるのは、愛した女達と死に顔。

 

「……身の程を知れって言ってんだよ、俺は」

 

 身の程。

 あの日、あの場所でベルは泣いていた。ベートの言葉で、自分達のせいで、嫌というほど身の程を知らされて。

 それでも這い上がった。ヴァルドに師事されているという誇りもあるのかもしれないが、それだけだろうか? あの日の悔しさをバネにして?

 

(………っ! なら、まさか………)

 

 ベルに尋ねた、強くなりたい理由。憧れの人がいると言っていた。師であり、義母であり、そしてこの街で新たに生まれた憧れが居ると。レフィーヤに先に聞かれていたらしいがそれは置いといて、その相手はまさか

 

(ベートさん!?)

 

 『漢之背中』という奴だろうか? 何時だったかロキがそんなことを言ってた気がする。

 自分の想像にショックを受けたアイズをベートが不思議そうに見る。

 

「?」

 

 が、そこで顔を上げるアイズ。足音……4人。酷く慌てている。

 

「ねー、どうしたのー?」

「げえ、【大切断(アマゾン)】!?」

 

 見えてきた人影にティオナが心配から声をかけるもモンスターでも見るかのように驚かれた。

 

「そんなに慌ててどうした。仲間でも見捨ててきちまったか?」

「んだと!?」

「おい、よせって!」

 

 ベートの物言いに一人が激高するが第一級冒険者に勝てるはずのないと嘲笑に文句一つ言わないリーダーが抑える。その様子につまらなそうな顔をするベート。

 

「……ミノタウロスが居たんだ」

「あぁ?」

「だから、ミノタウロスだよ!! あの化け物がこの上層で彷徨ってやがったんだ! ()()()()()()()()()()()()()()()、俺達はとにかく逃げてきたんだ!」

「!? その冒険者を見たのは何処ですか!? 冒険者が襲われていた階層は………!」 

「きゅ、9階層だ………」

「──」

「アイズ!?」

「何やってんだお前!?」

 

 階層を聞いたアイズは走り出す。もし本当に『彼』が襲われているとしたら、勝ち目はない。殺されてしまう。

 

 

 

 

 9階層。猛牛の鳴き声と戦闘音が微かに聞こえる。

 間違いなくこの階層にいる。と探しに行こうとしたアイズの前に、小柄な人影が現れる。

 

「冒険者…さま………どうか、お助けください…………!」

 

 血を流し、ここまで懸命に走ってきたのだろう、アイズを見て気が僅かに抜けたのか力が抜け倒れる少女はそれでもまた立ち上がろうとする。

 

「あの人を………ベル様を………!」

「っ! 場所は?」

「正規ルート……E-16の広間(ルーム)………」

 

 少女が指さした方向に走り出す。

 目的の広間(ルーム)に通じるルートの、最後の広間(ルーム)を通り抜けようとして、人影が見えた。

 

「止まれ」

「っ! 【(おう)(じゃ)】………」

 

 二M(メドル)を超える巨軀。防具を纏った巌のような筋肉。

 肌を刺すような威圧感。

 背囊から大剣を始めとする無数の武器を地面に刺しながら、男は告げる。

 

「手合わせを願おう………」

「っ! どうして、今………?」

「敵対する積年の派閥(かたき)とダンジョンでまみえた。殺し合う理由は、それで足りんか?」

 

 【ロキ・ファミリア】と最強の座を争う【フレイヤ・ファミリア】の団長にして、ヴァルド・クリストフ同様最強(ゼウス)と同じ頂にたどり着いた冒険者。

 Lv.8、【猛者(おうじゃ)】オッタルはそう言って剣を構えた。




オラリオコソコソ噂話
美の女神からの立て続けの襲撃の際に、ヴァルドは責任を感じて【アストレア・ファミリア】と共にアストレア様を守っていたんだけど、その際『星屑の庭』に泊まっていたんだ。必要ないからと全然寝ようとしないヴァルドにアストレア様が膝枕したんだって


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始まりの冒険

 眼の前で構える武人、オッタル。

 Lv.差があるから当然とはいえ、過去に何度もアイズの師であるヴァルドを降した男。

 

「…………」

 

 それでも、彼の背後に用がある。

 

「そこを……どいて!」

 

 小細工なしの渾身の踏み込み。

 並の冒険者では知覚すら不可能の神速の袈裟斬りを、オッタルへと放つ。

 

「温い」

「!!」

 

 その全力の斬撃を、武人は片手の大剣でいとも容易く弾く。

 体が浮き上がり、しかしその勢いを利用して回転しながら斬りかかる。再び、防がれる。アイズは委細構わず連撃を放つ。

 

「あああああああああっ!!」

 

 仮借のない連続攻撃。

 『少年』の危機に、アイズは人形の仮面を脱ぎ捨て彼と知り合い語り合った少女として、進路を塞ぐ男へと斬りかかる。

 

「その動き、そうか………お前もまた新たな高みへと至ったか」

 

 それら全てが防がれる。

 アイズのランクアップの公式発表を知らないオッタルはその動きを見て感嘆と称賛を込め、一撃を放つ。

 

「何処まで強くなる、【剣姫】」

 

 振り下ろしを『不壊属性(デュランダル)』のデスペレートで防ごうとして、吹き飛ばされる。両足で地面を深く削り続け、何とか停止する。

 

(なんて、力…………!)

 

 10M(メドル)近く吹き飛ばされ戦慄するアイズ。

 これがLv.8………いや、違う。これが【猛者(おうじゃ)】。

 階位云々ではない、ヴァルドと同じく愚直に己を鍛え続けた武人の力量。

 だが、それを理解した上ですぐさまオッタルに斬りかかる。

 この先に、ミノタウロスと少年がいる。このままでは間に合わなくなる!!

 行かなくては!

 助けなくては!!

 死なせたくない!!

 

 

「───【目覚めよ(テンペスト)】!」

「むっ……」

 

 第一級の力で振るわれた剣であろうと押し返す風を纏うアイズ。手加減はしない、する余裕もない。

 猛る。

 少年を救うために気流を纏い爆風と共に姿が掻き消えるアイズ。そして、信じられないものを見た。

 

「ぬんっ!」

 

 風を力任せに突破し、アイズの剣を弾くオッタル。再び吹き飛ばされるアイズ。オッタルは、一歩たりとも動いていない。

 

「軽いな」

「──っ!」

 

 圧倒的な力で魔法を捻じ伏せられた。

 壁に()()したアイズは耳を澄ませる。声が聞こえない。

 

「──リル・ラファーガ!!」

 

 速く速く速く!!

 一秒でも早く向かうために、放つ『必殺』。風の槍となって突き進むアイズに対しオッタルは……

 

「ふん!!」

 

 アイズの手首を掴み地面へと押し付ける。技術ですらない力任せのそれに、アイズの必死の一撃は逆らうことすら出来ず地面を抉る。

 

「………………」

「退け、【剣姫】。この先にお前を通すわけには行かない」

 

 腕が、抜けない。立ち上がれない。ミシリと万力に締め付けられるような圧迫感にアイズが顔を歪め………頭上に影が差す。

 

「むっ!」

 

 オッタルに向かい振り下ろされる大鉄塊。

 超重量の大双刃(ウルガ)を振るうのは【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。オッタルは獲物を振るい、打ち返した。

 

「どうなってんのこれ〜!?」

 

 大双刃(ウルガ)を弾かれ着地するティオナはしかしすぐさま仲間を襲う敵へと肉薄する。アイズとともに猛攻を仕掛けるティオナ。

 甚だしい破壊力を秘めた大双刃(ウルガ)に、畳み掛けられる複数の斬撃。それでもなお、止められない。

 周囲に突き刺した武器の一つを手に取り振るう。ありえない程の轟撃となり、ティオナが吹き飛びその陰から翔ける一つの影。

 

「猪野郎!!」

 

 オッタルを睨むベートが渾身の蹴りを放った。それを防いだ武人のもとに、湾曲刀(ククリナイフ)が飛来する。

 

「どうなってんのよ、コレ!」

 

 妹と同じ疑問の声を上げるティオネもまた参戦する。第一級冒険者達の猛攻。僅かに生まれた一瞬の隙──アイズは駆け出し

 

「………え」

 

 オッタルに片足を掴まれる。

 誰も反応できなかった。【ロキ・ファミリア】最速のベートも、瞬間的加速だけならベートよりも上のアイズも。

 そのまま、振るわれる。

 

「かっ!?」

「ぐぇ!」

「がぁ!」

 

 咄嗟に回避出来たのはベート一人。ティオナとティオネがアイズと共に壁に叩きつけられ、肺の中の空気を吐き出す。

 圧倒的な速度に、膂力。先程までより、速く重い………手を抜いていた。

 

「これは、どういう状況かな?」

 

 と、そこに現れるフィン。オッタルが視線を向けたと同時に駆け出しており、放たれた突きは受けとめられ、咄嗟に槍を放し距離を取る。

 槍を掴んだままだったならそれごと壁にでも叩きつけられていただろう。予備の武器であるナイフを抜くが、予備とはいえここまで武器を頼りなく感じたのは初めてだ。

 リヴェリアも追いついてきたが、彼女の魔法なら或いは可能か? 詠唱を終えるまで守れればという前提を果たせればだが。

 

「この戦いは派閥の総意、ひいては君の主の神意と見ていいのかな? 女神フレイヤは全面戦争をお望みかい?」

「………俺の独断だ。だが……」

 

 オッタルは剣を構えたままフィン達を見据える。

 

「全面戦争になろうと、叩き潰す自信はある」

「「「っ!!」」」

 

 頭皮に触れる頭髪の感触すら不快に感じるほどに神経が研ぎ澄まされる。Lv.8という怪物を前に、その場の誰もが息をつまらせる。

 

「此処から先を通らぬと言うのなら、俺がなにかすることもない。だが、通ると言うなら……この場で雌雄を決するか?」

「いいやそこまでだ」

 

 と……天井が砕け……否、()()()()()()()()()

 現れたのは白髪の若き剣士、ヴァルド。

 

「そこを通せ、オッタル」

「………………」

 

 その場に揃った二人のLv.8。戦いの音に怯えていたモンスター達はとっくに逃げているが、生まれてくることを拒絶したかのように階層からモンスターの出現が止まる。

 

「………通せ、と?」

「ここで救われるなら………救われることを受け入れるならそこまでだ。だが、そうはならん」

「…………良いだろう。お前も参戦した時点で、俺はこの先を誰も通さぬという目的は果たせない」

 

 剣を収め、地上に向けて歩き出すオッタル。アイズは直ぐ様横を通り抜け、ベートとティオナ達が慌てて追う。

 

「……助かったよ、ヴァルド………我ながら、情けない」

「………………」

 

 笑みを浮かべながらも力強く握られた拳を見て、ヴァルドは目を細める。

 

「しかし、良く解ったね」

「………知り合いの魔術師(メイジ)のおかげでな」

 

 何らかの方法で、監視されていたということだろうか?

 

「行くぞ」

「………この先に、何か見せたいものでもあるようだね?」

「ああ………学ぶべき技術も称賛する駆け引きもない、ただの冒険だがな」

 

 

 

 振るわれる剛腕を神様の剣(ヘスティア・ソード)で横から殴り逸らす。腕は、切れていない。

 切れ味が足りない? いいや、足りてないのはベルの膂力と技術。

 よくよく見れば傷だらけで、片角も折れたミノタウロス。同格か、或いはそれ以上の存在との戦いを経験したであろうミノタウロスの強化種は、力任せではない拙いながらも確かな技を持って大剣を振るう。

 

(Lv.2上位……? まさか、Lv.3は行ってるんじゃ…………!?)

 

 その平均を知らぬゆえに判断出来ぬが、初めてあったダンジョン産のミノタウロスより明らかに強い。個体差で済ませるには足りない程。

 別のモンスターと思ったほうが納得できる。

 

(これが、強化種!)

 

 勝てない。勝とうとするな。リリが助けを呼んでくるまで、逃げ回れと本能が訴える。

 かと言って、下手に距離をとっても助走距離を与えるだけ。なら………

 

「ブオオオオオ!!」

「っ!!」

 

 振り下ろされる大剣を回避し懐に飛び込む。ミノタウロスの死角へ、安全地帯に! と、ミノタウロスの目が自身の肉体の陰に隠れようとする獲物を捉え、頭を大きく振るう。

 

「っ!?」

 

 迫るは角。咄嗟にエイナから貰ったプロテクターで受けるもあっさり貫かれる。鋭い角は僅かに逸れベルの腕を浅く切り裂くだけで済んだ。が、ミノタウロスの角はプロテクターに刺さったまま。

 

「ヴゥン!!」

「っぅ、あ!!」

 

 ブンブンと首を振り回し、角に引っかかったベルが振り回される。プロテクターが砕け宙に放り出される。

 

「が、あ……かはぁ………っぁ!」

 

 天井近くまで投げ出され、地面に落ち空気を吐き出す。全身が痛い。指一本動かすことすら苦痛になる。

 立てない。まずい、死……

 

「────」

 

 死の足音が近付く中、遮るように金色の風が吹く。

 

「………大丈夫? ……………頑張ったね」

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。ベルの憧憬が、出会い(あの時)のようにベルをミノタウロスから救いに来た。

 

 

「いたぁー! アイズー!」

「チッ、つまんねーことに巻き込まれてんじゃねえっつーの」

 

 ベートとティオナの声が聞こえる。

 二人の気配を感じながら、アイズは怯えるように後ずさるミノタウロスを見る。拙いながらも堂に入った構え。感じる気配は、恐らく強化種。

 

「…………頑張ったね」

 

 本当に、頑張った。

 鎧は砕け、体もボロボロ。それでも、逃げずに戦っていた。勝てなかったけど、君は負けてなんかないよ。

 

「今、助けるから」

 

 

 

 

「………………」

 

 助けられる?

 また………この人に?

 同じ様に、繰り返すように………誰が?

 

 僕が?

 

「ッッッ!!」

 

 立て、立てよ!

 格好悪い自分はもう嫌なんだ! 強くなるって、決めていただろう!?

 憧れた人が居るんだ。同じ憧れを持ってる人が居るんだ!!

 ここで、今立ち上がらずに……ここで助けられて………じゃあ何時立ち上がるって言うんだ!?

 ここで高みに手を伸ばさないで、何時届くっていうんだ!!

 

 

 

「……………」

 

 背後で、音がする。地面を踏みしめ立ち上がる音が。

 アイズのものではない。ミノタウロスでも、ベートやティオナでもない。

 ありえない。立ち上がれるはずがない。立ち上がる必要なんてない。

 勝てる相手じゃない。

 戦える相手じゃない。

 なのに………それが解っていて剣を取れるとしたら………

 

「──いけ、ないんだ!」

 

 ダン、と草原を踏みしめ振り向こうとしたアイズの手を掴み驚愕するアイズを後ろに押しやる。

 

「もう、アイズ・ヴァレンシュタインに………助けられるわけには行かないんだ!!」

「……………」

 

 どう、して……。

 怒りでも、憎しみでもない。その目に宿るのは真っ直ぐなまでの白い決意。

 少年は立ち上がり勝てぬはずの相手に向かう。怒りと憎悪に飲まれなければアイズには出来なかった事だ。

 英雄の器ではなかった。何処にでもいる、しかし優しい少年だった。

 どうして立てる。どうして挑める。

 

「君は……いったい…………」

 

 君はいったい、何なの?

 怖くないの?

 恐ろしくないの?

 憎くないの?

 許せないんじゃないの?

 どうしてそんな顔で、冒険ができるの………?

 

「──っ! 待っ──!」

 

 疑問は後だ。勇気を出したからって勝てる相手じゃない。止めようとしたアイズは、しかし固まる。

 

『そこにいなさい、アイズ』

 

 少年の背中が、父の最後の姿と重なる。

 アイズは伸ばしかけた手を戻す。

 

 

 何が君をそうさせるの?

 解らない……

 

 

 『冒険』をしよう。譲れないこの想いの為に

 

 

 だけど、解るよ。君は今も白いまま、そして……

 

 

 僕は今日初めて冒険をする。

 

 

 ──今私の前で一人の『冒険者』が生まれた。

 

 

 己の『殻』を破り『冒険』に挑む。

 『英雄』への道のりを一歩踏み出した少年を前に、アイズの体は動かなくなる。

 

 

 

 

 最早あの獲物は喰らえない。

 自分より遥かに強い者達が来たからだ。後はもう、殺されるだけ。

 その筈だった。

 獲物は強い者を押しのけ己の前に立つ。武器を構える。

 理解できない。何故そんな真似をするのか。死にたいのか? ただ殺されるだけの獲物のくせに。

 

「────っ」

 

 違う。

 あれは逃げ惑う獲物の目ではない。あれは、彼奴は………あの男は!!

 敵………敵だ。倒すべき、倒さなくてはならない、全霊を持って挑んでくる、全霊を持って挑まなくてはならない、敵!!

 

「………今、あのミノタウロス………笑わなかった?」

「何言ってんのよ、そんなわけ無いでしょうが」

 

 言葉を理解し得ない彼にはその声が自分に向けられているのに気付かない。いや、言葉を理解していようと、気付く必要すらない。

 今自分の全神経を集中すべきはただ一人なのだから!

 

「勝負だあああ!!」

「ヴオオオオオオ!!」



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雄牛を倒すだけの物語

ヴァルドは英雄神話の時代に生まれてたら複数の精霊と契約して複数の奇跡を操りながら、天界で見てる神々も『一番の奇跡は普通の人間なら人生に1度か2度あればいい『覚醒』を何回も行ってることだよな〜』と笑い話にする(現実逃避とも言う)。
性格の悪い奴(酔っ払いとか)が試練と嘯き変な代償あるアーティファクトとか送ってくるだろうけど何故か呪いを克服するか利用する。どうやってって? 気合と根性と本気。
あとアルゴノゥトにあったらサイン求めて周りを困惑させる。


「勝負だ!!」

 

 己を奮い立たせる咆哮の後、通じるはずもない宣言に雄牛は大剣の一振りを以って応える。

 避けられる距離にないその一撃を剣で受け、勢いを逃がすように、威力を奪うように回転し蹴りの威力へと変換する。

 肉の薄い頬へと爪先がめり込みミノタウロスは首の向きを無理矢理変えさせられ、ベルが視界からハズれる。

 その一瞬の死角を利用し、斬りかかる。

 

「──っ!」

「ぅしっ!」

 

 斬れた。斬れた! 斬れた!!

 圧倒的な格上との命のやり取りに、技量を活かしきれていなかった。力を込めきれていなかった。

 だが今は違う。斬れる、傷つけられる! なら、倒せる!!

 

 

 

 

「あん時のガキか…………」

 

 ミノタウロスから逃げ、酒場では言い返すこともなく、しかしキラーアントの大群と戦っていた少年。Lv.2のミノタウロス……いや、あの異常な身体能力は強化種。

 駆け出しが、ただでさえ格上の強化種と切り結んでいる。

 

「ねぇ! あの男の子Lv.1なんでしょう? 助けなきゃ殺されちゃうよ」

「…………誰がだよ」

「え?」

 

 ティオナの言葉に苛立つように返すベート。視線は動かない。が……

 

「お、お願いします…………」

「うお!」

 

 そんなベートに縋り付く小さな人影。

 アイズに途中まで連いてきていた小人族(パルゥム)の少女だ。

 

「………冒険者様、お願いします………ベル様を、ベル様を助けてください………あ、うぅ………!」

 

 彼女も怪我をしている。その場で崩れ落ちる少女をリヴェリアが支え傷を癒やしていく。

 

「まだ無理をするな。傷は癒えても失った血までは戻らない」

「………あたし、行くよ。こんなにボロボロになっても仲間のために頑張った小人族(パルゥム)ちゃんの為にも……」

「恩には必ず報います………リリは何でも、何でもしますから………冒険者様、ベル様を助けてください」

「…………必要か?」

「はぁ!?」

 

 こんな時まで何を、とベートを睨み、しかし固まる。目の前の戦いに目を奪われたからだ。

 

「あれって………Lv.1、だよね?」

 

 ミノタウロスの剛腕によって振るわれる大剣に、速度が乗り切る前に己の剣を当て、速度が乗れば逸らし、捌いていく。

 渡り合っている。普通のミノタウロスではない、武器を使いこなし、身体能力も下手をすればLv.3に届きかねない怪物に、Lv.1が………。

 

「ガキが(おとこ)かけてんだ、雌が邪魔してんじゃねえよ」

 

 黙ってみていろ、と、吐き捨てる。黙っていろというのには自分も入っているのかベートも無言でその戦いを………『冒険』を眺める。

 

 

 

 図体に騙されるな!

 ただでかいだけだ!

 この怪物より速い動きを知っている。この怪物より素早い一撃を覚えている!

 情けない妄想でもない。格好悪い虚栄心でもない。

 ただ夢を見ているだけの、分不相応の願いでもない!

 

 僕は──英雄になりたい!!

 

 師から受け継ぎ神様を通して生まれ変わった剣!

 エイナから与えられた知識!

 義母から受けた恐怖への耐性!

 アイズや師から培った技術!

 その全てを持って、全部全部全部、余すことなく全部振り絞って、此奴を倒せ!!

 

 

 

「…………………」

 

 誰もが見入る。

 圧倒的な戦いではない。攻撃を当てているが浅く、捌ききれなかった剣戟で体に傷を増やしていく、ともすれば逆に負けてしまいそうな冒険者と怪物の戦い。

 第一級へ至った彼等から見て余りに拙い『技量』。

 都市最強の片翼となった彼等からして『経験』の足りない『駆け引き』。

 ヴァルドの言う通り、その技術に学ぶべきものはない。

 ヴァルドの言う通り、その駆け引きに称賛に値するものはない。

 

「ウヴオアアアアアアアアアア!!」

「ウアアアアアアアアア!!」

 

 雄叫びが走る。一人と一匹の決闘……。人とモンスターの殺し合い。有史以来繰り返されてきた光景にして、英雄譚の一頁。

 

「………っ!」

 

 ベートは毛が逆立つような感覚を覚えた。こんな、どちらかが自分に挑んでくれば鼻で笑ってしまいそうな稚拙な戦いに、体が疼く。

 

「………………」

 

 フィンは無意識に槍を握る手に力を込めていた。

 Lv.1とは思えない、それでも強化種のミノタウロスに遥かに劣る身体能力で渡り合う少年。

 一瞬の怯えが、一度の遅れが取り返しの付かぬ敗北に繋がる刹那の攻防を延々と繰り返すことが出来るのは………勇気。

 臆することなく全霊を懸け、挑む強い精神。

 【勇者(ブレイバー)】を名乗る自分が魅せられるほどの勇気。

 

「………いいね、彼は………凄くいい」

 

 見込みがないと追い返した?

 ふざけるなよ、見る目がない。あれは、あれこそが冒険者に最も必要な資質だろう。

 

「『アルゴノゥト』……」

 

 ポツリとティオナが呟く、英雄譚にして主人公の英雄の名。

 英雄を夢見る青年が、人の悪意と数奇な運命に翻弄されるお伽噺。

 騙され利用され嘲笑われて、友人の知恵を借り、精霊から武器を授かり、牛人を倒し姫を救う物語。なし崩しに英雄になった、滑稽な童話のお話。

 

「あたし、あの童話好きだったなあ………」

 

 ティオナは胸に手を当て、宝物を見るかのように少年と牛人の戦う光景を眺める。

 少女の面影を残す彼女の顔を、静かに浮かぶ懐古の笑みが彩った。波紋を広げるように周囲の者の耳朶を打つその声は、アイズの記憶を呼び起こす。

 

『この物語は好き?』

 

『俺はこの物語が好きだ。お前は?』

 

 そう尋ねながら、自分はこの物語が好きだと、母が自分に読み聞かせてくれた。

 周りを受け入れ始めた頃を見計らい、師が自分に読み聞かせてくれた。

 

(…………わからない、わからないよ)

 

 解らない。

 自分には、解らない。

 でも……ああ、それでも。目が離せない。

 

 

 

 それはきっと、英雄譚の一(ページ)

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 緋色の雷が宙を迸りミノタウロスに当たり爆発する。

 

「速い! 超短文詠唱!?」

「ていうか、詠唱してた今!?」

 

 速攻で発動した魔法に目を見開くティオナとティオネ。ミノタウロスは鬱陶しそうに煙を払い突撃する。

 攻撃が軽い。詠唱の長さが威力に直結する魔法の特性上、間違いなく最弱の威力であろう魔法。熱や冷気に強いミノタウロスには通じない。

 

「ミノタウロスを斬るにも力が足りてねえ」

「手詰まりだって言うの!?」

「まだそう決めるには早い……けど…」

 

 斬れ味は十分。技量も活かせ始めた。だが、力が圧倒的に足りない。

 

「づう…………ああああ!!」

「オオオオオ!!」

 

 振り下ろされる剛剣に合わせ、剣を振るう。

 

(力が、足りないなら………寄越せ!!)

 

 相手の力を利用した斬撃。一歩間違えれば弾き飛ばされる、刹那の技巧でミノタウロスの腕に赤い線を走らせる。

 

「ヴオ!!」

 

 大剣を落としたミノタウロスは拳を振るう。大剣より、遥かに軽い!

 武器を取らせに行かせないとベルも無数の斬撃を叩き込む。ミノタウロスは岩石の如く固く握りしめた拳を剣に叩きつけた。

 

「ゥ──オオオオオオオ!!」

 

 調子に乗るなと全身を怒らせ獣の本能を呼び覚ます、生来の体に宿った暴力。

 後退しそうになる体を地面にめり込んだ足が支え、拳と剣がぶつかり合う。

 

「アアアアアア!!」

 

 体が軽かった。頭が冴えていた。五感が研ぎ澄まされ、しかし目の前の戦いにのみ注がれる。

 思いが燃え上がる。

 前へ! 前へ! もっと前へ!!

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 零距離の魔法の爆発。一匹と一人の体は互いに吹き飛び、距離が開く。

 

「フゥーッ、フゥーッ…………ッ!! ンヴウウウオオオオオ!!」

 

 ミノタウロスは原形を殆ど失った拳で()()()()()()()()。追い詰められたミノタウロスが行う行動。全身のすべての力を使い放つ突進(ラッシュ)。数多の冒険者を殺してきた、ミノタウロスという怪物が持つ切り札。

 ベルもまた、剣を構える。

 呼吸を止めたかのように、一瞬、周囲の空気が限界まで張り詰めた。

 ベルの眼差しとミノタウロスの眼光がかち合う。刹那……

 

「あああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 突っ込んだ。

 

「……若い」

 

 真っ向からの突撃を断行したベルに、リヴェリアは目を細める。

 

「馬鹿が!」

「駄目です、ベル様ぁ!!」

 

 青い感情を非難するベートの罵倒と、張り裂けるようなリリの悲鳴。

 一瞬で縮む間合い。響き渡る………筈の金属音は、ない。

 

「!?」

 

 剣を弾き飛ばす筈の角は何に当たることなく、ベルにかわされる。あの位置では、剣を引くなど間に合うはずがない。

 そもそも、剣を持っていなかった。

 角を振り上げた状態で固まるミノタウロスの視界の端に一筋の光が落ちる。

 真っ向勝負に見せかけ、ベルが直前に真上に投げたヘスティア・ソード。

 

「あああああああ!!」

 

 柄を掴み、渾身の力でミノタウロスの体に突き刺す。一点に集中した力はミノタウロスの皮膚を貫き内臓にまで達した冷たい金属の感触は一瞬で灼熱の業火へと変わる。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 ボンッ! とミノタウロスの体が膨張する。剣が貫く傷から火炎がガバっと溢れ出し、体内を緋色の雷光が駆け巡る。

 

「【ファイアボルトォ】!!」

 

 更に肥大。

 ミノタウロスの上半身が風船のごとく肥大化した。

 鼻腔と口腔から緋色の炎が勢いよく噴出した。

 

 それはきっと、英雄譚の一(ページ)

 冒険者ならば誰もが夢見た戦い(すがた)。忘れて、失って──それでも

 

「ガバ、ゲッホ………グッ…………ォオオオオオオ!!」

 

 喉を焼かれ焦げた血を吐きながらミノタウロスは咆哮し、振り上げた巨腕をベルへと直下させる。ベルの体を一撃で肉塊に変える鉄槌。超膂力で放たれる肉のハンマーが頭皮に触れる、その僅差。

 

 それでも憧れ、胸の奥で燻ぶり続ける

 

「ファイアボルトォォォォッ!!」

 

 ──真っ白な情熱(ほのお)

 

「──────────ッ!!」

 

 爆散。

 凄まじい断末魔が炸裂し、ミノタウロスの上半身が粉々に弾け飛んだ。

 体内で圧縮されていた熱塊はダンジョンの天井にまで届く緋色の柱となり立ち上る。

 辛うじて原型をとどめた下半身が崩れ落ちる。

 降りしきる血と肉の雨。

 音を立てて猛牛の破片が地面に転がる最中、巨大な魔石とミノタウロスの角が地面に落ちた。

 

「勝……ち………やがった」

 

 呆然とベートは呟いた。信じられないものを見るかのように、ベルを見つめる。

 自分が一人であのモンスターを倒せるようになるまで、どれだけ時間がかかった?

 

「……………っ!!」

 

 ギチッと、歯が擦れる音が響く。どうしようもない苛立ちと羞恥が、全身を隅々まで行き渡る。

 

「……精神枯渇(マインドゼロ)

「立ったまま気絶してる」

 

 立ったまま動かないベルにティオネとティオナの姉妹は呆然と呟きを零す。リリが慌ててベルに駆け寄り、ベートはベルの背中が殆ど見えているのに気付く。

 

「──! リヴェリアッ、あいつの【ステイタス】を教えろ!」

「………私に盗み見をしろというのか。大体………」

 

 同派閥にして彼の師であるヴァルドがいる。

 

「………構わんさ、見えている範囲でならな」

 

 『魔法』や『スキル』のスロットは窺えず、目の届かないアビリティ欄も幾つかある。それを好きに見ろというヴァルドに呆れながらも興味はあるのか、リヴェリアは【神聖文字(ヒエログリフ)】を読み解いた。

 

「おい、まだかよっ!」

「待て、もうすぐ読み終わ……」

 

 リヴェリアは中途半端に言葉を区切る。ベートは訝しげにし、聞き耳を立てていたティオナ達も不思議そうに彼女を見る。

 

「………くっ、ふふ、はははっ」

「何なんだよ、オイ!? ったく……アイズ、お前もちっとは【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めんだろ! なんかわからないのかよ!?」

 

 心底おかしそうに笑うリヴェリアに悪態をつき、問答の先をアイズに向けた。

 

「………S」

「………はっ?」

「全アビリティ、オールS」

「「「オールS!?」」」

 

 ベートとティオナ達が驚愕の声を揃える。彼らは今度こそ、言葉を失った。

 実際のところは魔力を始めとしたアビリティ欄はインナーの陰に隠れて判然としないのだが、似たようなものだろうとアイズは解釈していた。

 実際はSどころか限界突破(SS)

 あり得ざる光景に、その方法を知りたくなる。

 

「そこまでだ、約束を違えるな」

「それ以上は道理に反する」

 

 『スキル』の欄を見ようとインナーに手を伸ばしたアイズの手を、リヴェリアとヴァルドが同時に掴む。

 

「……………ごめん」

「…………煽った俺も悪かった」

 

 そう言いながら手を放し、ベルと血を流しすぎて気絶したリリを抱えるヴァルド。

 

「………よくやった、ベル」

「お、とう…………さ…………?」

「誰が父親(おとうさん)だ………」

 

 と、どこか呆れたようにこぼすその顔は、母親(ママ)と呼ばれた時のリヴェリアの顔に似ているな〜とティオナは思った。

 

「俺はこのまま地上に戻りアミッドの下まで運んでくる。お前達はお前達の『冒険』をしろ」

 

 そう言うとヴァルドはベル達に負担をかけない最大速度で走り去る。

 

「………なーんかやな感じ〜。あんなに頑張ったんだからもっと笑顔で褒めてあげても良いのに。無表情でよくやった、って」

「いや、彼奴は相変わらず身内に甘い」

「え〜?」

 

 リヴェリアの言葉に何処が〜? と言いたげな声を出すティオナ。

 

「治療施設ならバベルにもある。わざわざ【ディアンケヒト・ファミリア】に向かわねばならない程の傷でもないだろうに」

「…………あ」

 

 言われてみれば、そうだ。早く治してあげたいのか、忘れてたのか。

 

「そっかそっか、良い人だね!」

「あっさり掌返してんじゃねーよ………」

「しかしおとうさん、か………となると母親は…………リヴェリア、落ち着いてくれ」

「何の話だ、私は別にどうも思っていない」

「魔力が溢れてるんだけど」

 

 フィン達の会話を聞きながら、アイズはヴァルドの去った方向を見る。

 

「…………………」

 

 初めてのランクアップをするに至った激闘を終えたアイズに、リヴェリアは『愛したい』と言ってくれて、母の面影に重なったことをヴァルドに話した。母の面影と重ねたことを、ヴァルドにだけ話した。

 ヴァルドは『そうか』としか言わなかった。別に何かを期待していたわけではない…………ないのだが………

 

「……………良いなぁ」

 

 冒険を終えた少年に対する称賛。それと同時に、微かな嫉妬。漏れ出た言葉の意味は、アイズ本人にも解らない。




因みにヴァルドがフレイヤファミリアに入ってepisodeフレイヤをやった場合、幹部の会議で皆が護衛やると言い出したらどうぞどうぞとダンジョンに向おうととして幹部に睨まれ侍女が受け取った手紙に名指しされててさらに幹部に睨まれる。
もちろん合流したあとフレイヤを睨むがフレイヤは楽しそうに笑う。

砂漠での王女と英雄の物語とかepisodeリューならぬ暗黒期終盤の黒拳、黒猫のクロクロコンビとの出会いやグラン・カジノは本編でそのうち書きたい


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ランクアップ

「ヴァルドの弟子で、ミノタウロスとLv.1で戦うような人です。念のため監き……特別室に」

 

 ベルは完治するまで部屋から出ないように特別な部屋を充てがわれたらしい。

 

「明日には出れるだろうが、必要か?」

「たった一日の休養もできずにダンジョンに向かった貴方が何言ってんですか?」

「俺には『不眠』がある。あの時点でも、1時間寝れば半年は動けた」

「体力、精神力(マインド)が治るのと体が万全になるのは別です。そんなことも解らないのですか?」

「? そんなこと理解しているが?」

「──────!!」

「ああ! アミッド様ご乱心! 落ち着いてください!」

「放してください! 殴る、この男は殴る!!」

 

 完治してないと理解した上でダンジョンに潜ると治療師(ヒーラー)の自分の前で言うヴァルドをぶん殴ろうとするアミッド。慌てて他の団員が止めようとするがLv.4のアミッドを止められない。

 

「心配かけてすまないと思っている。だが、直す気はない。俺に迫るのがオッタルしかいない現状では、止まれるものか」

「何時か……何時か必ず追い付いてみせます」

「………ああ、楽しみにしている」

 

 そう言ってアミッドの頭に手をおいてから去るヴァルド。アミッドはヴァルドの手が離れたあと己の手を頭に乗せしばし固まった。

 

「なあ、このポーションもう少し安くなんねーのかよ。いつも買ってやってんだ、少しぐらいサービス──」

「…………貴方はこの店に来るのは初めてのようですが?」

「!? な、何を根拠に……! そーいういちゃんもんつけるってんなら、こっちにも考え──」

「すいません今は気分がいいので面倒を起こさず大人しく帰るか買うかしてください」

「ア、ハイ………スイマセンデシタ」

 

 どうやらLv.1の一般的な冒険者は、Lv.4の威圧にビビって大人しく引き下がった。

 

 

 

 

 そして翌日。

 無事退院したベルがホームに戻ってきてヘスティアとリリに抱き着かれる。豊満な胸がベルの胸板で潰れた。

 

「ベルぐ〜ん! 心配したんだぞ〜!」

「ご無事で、本当にご無事で良かったです!」

「ご、こめんなさい神様、リリ……」

「ヴァルド君もヴァルド君だ! 勝てたからいいものを、助けてやろうと思わなかったのかい!?」

「そうですそうです! 修行にちょうど良いとか、この鬼畜!!」

 

 ヘスティアとリリに責められる中、ヴァルドはベルに目を向ける。

 

「助けてほしかったか、ベル」

「…………いいえ。手を出さないでくれて、ありがとうございます」

「ベル君…………」

「ベル様」

 

 嘘のない真摯な感謝の言葉に、流石にヘスティアもリリも黙り込む。

 

「ま、まあいいや。頑張ったからね、【ステイタス】の更新をしようぜ」

 

 そう言ってヘスティアはベルをベッドに引っ張る。上を脱いで横になるベルの背に乗り、血を垂らし指を走らせる。

 

「あ、と………悪いけどサポーター君は外にいてくれるかい? ベル君のステイタス、あまり知ってる人を増やしたくないんだ」

「はあ………」

 

 若干不服そうながらも外に出るリリ。ヘスティアは【ステイタス】の写しをベル達に見せる。

 

『ベル・クラネル

 

Lv.1

力:SSS1234

耐久:SSS1582

器用:SSS1399

俊敏:SSS1808

魔力:SS1056

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

【   】    』

 

 オールSS超え。どうなってんだろうこれ、と現実逃避したくなるヘスティア。

 

「って、んん? あれ………ベル君ランクアップ出来るぜ!」

「本当ですか!?」

 

 喜びのあまり体を起こすベル。上にいたヘスティアがコロンと転がった。

 

 

 

 

「ベル程とは言わずとも、これを機にランクアップを目指す者が増えてくれるといいのだが」

「いや〜、ミノタウロスをLv.1で撃破なんてベル様以外に出来ませんよ」

()()()()()……なら、出来ぬ理由は何処にもない」

「え〜………」

「あ、そっか! 僕、ランクアップの方法が師匠と同じなんですね!?」

 

 どういう理論だとドンびくリリ。ベルは目をキラキラさせて師を見つめる。

 

「そうだな、俺と同じだ」

 

 尤も強化種一体と通常種の群れという違いはあるが、難易度は似たようなものだろう。普通、誰も真似したがらないし真似できない。いや、Lv.1でも冒険者歴が長くアビリティオールSいってたら通常のミノタウロス一匹になら万に一つ可能性があるが、普通ミノタウロスはLv.2でも避けれるなら避けるモンスターだ。うん、この白髪師弟がおかしいとリリは遠い目をする。

 

「発展アビリティは3つかぁ………『耐異常』、『狩人』、『幸運』だね」

「『不眠』はないのか?」

「ないね……」

「…………そうか」

 

 昼夜問わず鍛えられると思ったのだが、と少し残念に思うヴァルド。ヘスティアは何故だか目覚めなくて良かったと安堵した。

 

「幸運………おと──っ、師匠以外目覚めた人が居ないんですよね!?」

「表向きにはな」

 

 【ヘルメス・ファミリア】のように自身のLv.を偽ったり、発展アビリティを隠す冒険者が居ないわけではない。

 

「で、でも僕これ………コレが良いです!」

「そうか。まあ、担当アドバイザーにも相談はしておけ」

「あ、はい!」

「ではな」

「ダンジョンですか?」

「ギルドからの呼び出しだ」

 

 

 

 

「ソフィ、来たぞ」

「来ましたか。これを……」

「…………」

 

 と、ソフィが渡したのは一枚の手紙。蝋印は月と弓矢。

 

「【アルテミス・ファミリア】からです。お知り合いなのですか?」

「一度組んだ」

「……………【アルテミス・ファミリア】には、女性しかいないそうですね」

「……………そうだな」

 

 ジトッとした目で見つめる………というか若干睨んでいるソフィの言葉を肯定するヴァルド。主神のアルテミスは別に男嫌いというわけではない。むしろ普通に下界の子供達に優しいが、『貞潔』を司る女神のため男女のまぐわいを忌避している。そのため自身の眷属は全て同性で固めていた。

 眷属に男を近づけぬために寝る場所も離していた。かわりに主神自ら場所を離したヴァルドの天幕の夜の見張りを買って出たがヴァルドは寝る必要がなかったので、逆に駆けつけられる範囲で見張りをしていた。まあ寝る時以外は普通に行動していたし、ランテとかいう人懐っこいのも多少咎める程度だったが。

 

「良い【ファミリア】だった」

「良い女が多かったのですね」

「………否定はしない」

 

 皆力無き民のために命をかけられる立派な狩人達だった。

 

「アルテミスもアストレアに劣らぬ美しい女神だった」

「へー、それは良かったですね」

「…………街道で何かあったのか、手紙は遅れたらしいな。この到着予定なら長くても一週間はかからんだろう」

「では、ギルド長にも伝えておきます」

「彼奴は一度【アルテミス・ファミリア】を都市内に入れたらあれこれ理由をつけて縛ろうとするだろうな………」

「…………可能性はありますね」

 

 そして【アルテミス・ファミリア】に助けを求める者達の声を依頼として受けるのだろう。【アルテミス・ファミリア】の外での人気なども踏まえれば、そこまでの額には出来ないだろうが…………。ウラノスを通して抑えておくか。

 

 

 

 

「……………あぅ…………ううぅ………」

 

 オラリオの路地裏。人気のない、薄汚れた道で幼い少女が歩いていた。ボロボロで泥だらけ、見る人がいれば手を差し伸べただろうが、先程も言ったが人気がない。

 

「ガウ! ワウワウ! グルルル!」

「わあ!?」

 

 人の居ないその場所で生ゴミを漁っていた野良犬が、少女に気付き吠え立てる。恐怖で尻餅をつく少女を縄張りから出ていかない敵と認識したのか唸りながら寄ってくる。

 

「コラ!」

 

 そんな野良犬に叱責の声が響く。

 少女も振り向くと、そこには草色の給餌服を着た銀髪の女性が立っていた。

 

「ワンちゃん、女の子をいじめちゃ駄目でしょ!」

「グルルルルゥゥ〜」

「ウゥゥ」「ガルル」「ガアア」

「って………あらら〜………こんなにいたの?」

 

 自分を睨んでいると、それだけは理解した野良犬が唸り一歩前に進むと物陰にいた仲間達も顔を出す。簡単に噛み殺せそうな幼い娘と違い、大きいからだ。

 

「ワンワン! ワン! ワンワン!」

「う〜ん、困っちゃったなあ……………」

 

 特に慌てることなく自らに吠えてくる犬達を眺めながら、女は目を細めた。

 

「──あまりおいたしちゃ駄目よ?」

「クゥ!! キャイン! キャイ~ン!!」

 

 野良犬達は慌てて逃げ出した。残されたのは幼い少女と銀髪の少女………シル。

 

「はぁ〜、よかった。あっちに行ってくれて………えーと………」

 

 と、シルは少女に視線を合わせる。

 

「…………………」

 

 少女も自分を助けてくれたシルをじっと見つめていた。

 

「………あれ、あなた………」

「…………?」

「ううん、なんでもない。それより平気? 怪我はない?」

「………こわかった………」

 

 

 

 

「おみず、です………」

「………………」

 

 ソフィを誘って豊穣の女主人で食事を取っていると、とても小さな店員がヴァルドに水を持ってくる。

 小人族(パルゥム)でも無さそうだ。

 

「? お前、まさか………」

「んぅ………? あ、あの………えっと………の、ノエルです」

「そうか」

「………あの………あなたは、おとうさんですか?」

「………………」

 

 瞬間、ソフィの目が絶対零度のものになる。

 

「あ、ノエル! 違うよ、その人はお父さんじゃなくて…………う〜ん、おじいちゃん? ベルさんのお父さんなの。そして私が貴方のお母さん!」

「俺はベルの父でもないしベルはお前と子を作ってないだろ」

 

 やってきたシルに呆れたように言うヴァルド。ノエルと呼ばれた少女はシルとヴァルドを交互に見る。

 

「おとうさん、じゃ……ないの?」

「逆になぜ俺を父だと思う」

「実は本当にお父さんだからじゃないですか? 心当たりなんていくらでもあるでしょう」

「この年となるとこの髪の色になる心当たりはない」

「年だけならあるんですね。最低、汚物………自分からは手を出さないくせに誘われたらホイホイついていくチョロヒューマン」

 

 普通のエルフ……というか女なら席を立って何処かに行きそうなものだが、座ったまま不貞腐れたように食事をするのはソフィがヴァルドをその実不誠実な人間だとは思ってないからだろう。シルも何とも言えない笑みをソフィに向けていた。

 

「あの………あの、ね……みてたら、あんしん? こわいこと、ぜんぶなくしてくれそうだな……って、だから……おとうさん?」

「……………」

「おとうさんもってるこたちが、わたし………ぅ? こたち……? こたちって、だぁれ?」

「…………記憶を?」

「うん。失ってるの………自分の名前も。私がつけてあげたんだよ! ね、ノエル」

「うん、シルがね…………くれたのぉ」

 

 嬉しそうに微笑む少女を見て、金の少女の幼い時を思い出すヴァルド。

 

「……良い名だ。雪のように無垢なお前によく似合っている」

「………………そういうとこ本当に直したほうがいいよ」

「同意です」

 

 雪のよく降る「聖夜祭」に出るケーキの名を持つ少女にヴァルドが褒めればシルとソフィが呆れたような視線を向けるのだった。

 

「それでシル……お前はこの子をどうするつもりだ?」

「うーん……帰る場所が解るまで、預かってるかな。この子もヴァルドといると安心できるみたいだし、暫くうちに来てくれると助かるんだけど………」

「それぐらいなら別にいいが………」

「後々、お父さんとして紹介するためにベルさんを………!」

「………おかあさん、は………このひと、おとうさんは……やなの?」

「え──っ」

「あっ(察し)」

 

 ノエルの無垢な質問に固まるシルを見てソフィは察する。

 

「…………こいつは今好きな男がいる。俺の弟子だ……その弟子の前で、俺と夫婦みたいな扱いされるのはいやだろう」

「まじかこいつ」

 

 ノエルに視線を合わせるようにしゃがんで語りかけるヴァルドを見てソフィは信じられないものを見る目でヴァルドを見るのだった。口調もちょっと乱れた。



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神会と二つ名

ヴァルドは美の女神が嫌いなのではなく苦手です。嫌いなやつ(イシュタルとかアストレア襲った奴ら)は居ますが基本的には苦手。
美の女神自身は間違いなく美しく、体も極上。
嫌悪感あるならともかく精神的に抵抗がなければ自分なんてあっさり溺れてしまうと思ってるから美の女神を遠ざけます。つまり嫌悪感がない美の女神ほど遠ざけ、綺麗だと思わない美の女神はそもそも嫌い。なので美の女神ととことん相性が悪い。というかだいたい全部イシュタルが悪い。
因みにこの事をよりによって「一番美しい」と言ったアストレアに相談して、アストレアは笑顔のまま無言で睨んだ。(そういうとこだぞ英雄


「僕は『幸運』にします」

 

 更に上を目指すなら、『運』は得難い武器だとエイナにも言われ、神と担当アドバイザーからも推薦を得た師のみが持つ発展アビリティを選んだ。

 刻み込む発展アビリティも決め、後はステイタスを更新させるだけ。ランクアップ可能になってもアビリティを成長させる者もいるが、SSとかSSSとか限界突破してるベルには不要な行為だろう。

 

「終わったよ」

 

 ヘスティアの言葉にガバっと勢いよく体を起こすベル。二度目なのでヘスティアは転がり落ちる前にベルから降りていた。

 

「……特に、何も変わらないですね。師匠の言うとおりだ」

 

 ランクアップしたからと言って力が湧いてくる、となるわけではない。ただ間違いなく、今のベルはLv.1だった頃とは一線を画す。

 

「だがこれで神へと近づいた。できることも増えるだろ」

「そうだね。新し───じゃなくて、君の待望だったスキルも増えてるぜ!」

「…………!!」

 

 ぽかんとしていたベルは、すぐに言葉の意味を理解して勢い良く用紙に視線を落とした。

『ベル・クラネル

Lv.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

幸運:I

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権   』

 

「お、おおーっ! おぉ────お? 英雄、願……望?」

 

 『ステイタス』に刻まれる『スキル』や『魔法』は経験はもちろん、刻まれた本人の資質や望みが現れる。つまり、このような名前のスキルが現れるという事は………

 

「…………」

 

 チラリとヘスティアを見るとニコニコ優しい笑みを浮かべていた。

 

「可愛いね」

「うわああああああああああああああああああああ!!」

「落ち着けベル。同名の『スキル』なら俺にもある」

 

 と、【偽・雷公後継(アルゴノゥト)】のスキルを見せるヴァルド。ベルは、ん? と首を傾げた。

 

「雷公って、ミノス将軍のことだよね? なんでそれがアルゴノゥトって読み方に?」

「アルゴノゥトは自分こそミノス将軍の後継だって名乗ったろ?」

「あ、そっか!」

 

 そして王様に騙されて危険な猛牛退治に向かうのだ。いまいちぱっとしない英雄譚。というかお伽噺に近い。でも何故か祖父と師はこの物語が一番のお気に入りだった。

 

「それに、英雄になりたいというお前の意思が紛れもない真実である証として現れたんだ。誇りこそすれ恥じる道理はない」

「し、師匠……!」

 

 ジーンと感動するベル。そんな師弟の様子を微笑ましく見守り、ヘスティアはさて、と立ち上がる。

 

「ボクはそろそろ出掛けるよ。今日は3ヶ月に一度の『神会(デナトゥス)』の日なんだ」

「『神会(デナトゥス)』って………も、もしかして」

「ああ、そうさ。暇な神達の会合だよ………」

 

 そして【ランクアップ】を果たした者達に称号(ふたつな)を送る会議でもある。アイズの【剣姫】、ヴァルドの【剣聖】などもその一つ。それが自分にもつく、と目を輝かせるベル。

 

「………欲しいのか?」

「そりゃあそうですよ! 神様達が決める称号はどれも洗礼されていて、かっこいいじゃないですか! 【漆黒の堕天使(ダークエンジェル)】とか【暗黒獄炎殲滅者(ブラックフレイムディザスター)】(使うのは普通の赤い炎)とか、聞いただけで強そうって思っちゃいますもん!」

「……………あぁ、なるほど」

「ヘスティア。俺はこの際横文字でもいいから仰々しくないのにしてくれ」

「ヴァルド君の感性はこっち側なんだね………」

「…………?」

 

 どういうことだろう、と首を傾げるベル。気のせいか、ヘスティアとヴァルドとの間に見えない壁が生まれたような?

 

「任せろヴァルド君! ボクは必ず、君達の為に無難な二つ名を手に入れてみせる!!」

 

 

 

 

 

 そして『神会(デナトゥス)』会場。進行役はロキ。

 まずは情報交換で、ソーマが【ファミリア】運営に力を入れ始めた事がからかわれた。ソーマは『酒を飲んだ幼女は恐ろしい』とだけ返した。後、軍神(アレス)が治める王国(ラキア)が性懲りもなく攻めてこようとしてるらしい。

 その後はロキが極彩色のモンスターについて話題に出す。揺さぶりをかけてみたが、そんな簡単にボロを出す神などヘスティアぐらいだろう。そしてヘスティアは裏などないから関係ない。

 

「ヴァルドが昔やんちゃしとったクソ共の生き残りを見つけたらしい。皆も気をつけー」

 

 ヴァルドの名に数名の神が反応したが、それだけでは確証としては弱い。特に気持ち悪い笑みを浮かべ【ランクアップ】した冒険者の資料を見ているアポロンは違うだろう。別の意味で危険だが…………。

 

「うし、ほんならそろそろ命名式に進もか」

 

 ロキの言葉に殆どの神々がニヤリと笑い一部の神々の顔に緊張が走る。

 

 

「ほなセトんとこのセティ・セルティ。称号は【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】」

「「「「イッテエエエエエイエエエエイ!」」」」

「うわああああああ!!」

 

 下界の子供達からすれば洗練された、神々からすれば香ばしい二つ名をつけられた冒険者に神々が嘲笑い主神が己の無力を呪う。

 その後様々な二つ名が決められていき、ヘスティアの貧乏仲間の眷属ヤマト・命は【絶†影】と名付けられた。†が味噌である。

 アイズもランクアップしたが力ある【ロキ・ファミリア】に誰も逆らえるはずもなく、無難に【剣姫】のまま。オッタルは【猛者】のまま読みを『もさ』にした。オッタル本人の希望で『王者』の名を捨てたのだ。

 

「最後はヘスティアんとこか…………二人も。つーか片方はヴァルドやけど……」

「あーはいはい、ヴァルドね」

「オッタルさんより先にLv.8になってたらしいな。オラリオの外で」

「精霊が封印しかできなかった古代の怪物でも狩ってたの?」

「半端ねーっすわ」

「てか発展アビリティ『不死身』て………これはもう(おれ)と添い遂げる準備が………はっ、アストレア様から殺気が!?」

「ねえねえロキ、今どんな気持ち? 出ていった眷属がLv.8になって他の神の眷属になってどんな気持ち〜?」

「おいてかこの弟子所要期間一ヶ月半なんですけど!?」

「流石ヴァルドちゃんの弟子ねえ」

「あー、ヴァルドの弟子かぁ」

「【剣聖】の弟子だもんなぁ。5年間他の弟子を放置するほどの」

「むしろおかしくないほうがおかしいな!」

 

 やいのやいのと盛り上がる神々を見てヘスティアはダラダラと汗を流す。めちゃくちゃ興味を持たれてる。これは、変な名をつけられるのでは?

 

「一ヶ月半でランクアップか………ヘスティア、貴様どうやって神々(われわれ)の力を扱う抜け道を見つけた?」

「……………?…………っ!!」

 

 イシュタルの言葉に首を傾げていたヘスティアは、しかし言葉の意味を理解して立ち上がる。

 

「僕がベル君を『改造』したっていうのか!?」

「そう考えるのが普通だ。ああ、何ならあの愚者もお前に改造してもらいLv.8へと至ったか?」

「っ! ヴァルド君にふられたからって、言葉がすぎるぞ!」

「〜〜!? 黙れ! あの気狂いの話をするな!」

「そっちが切り出したんだろう!?」

 

 ヴァルドを嫌っていると聞いていたが、思った以上に悪意を向けてくるイシュタル。

 

「改造していないと言うなら、この成長速度は何だ? 一ヶ月半? オラリオの外でLv.8? 説明してみせろ!」

「あら、別に良いじゃない」

 

 と、美しいソプラノボイスが響きイシュタルが顔を歪める。

 

「ヴァルドのランクアップ方法なんて、知るだけ無駄と切り捨てたのは神々(私達)でしょう? 弟子の子も、ヴァルドの弟子だと思えば細かいことなんて気にならないんじゃない?」

 

 それで確かに、と神々が頷くあたりがヴァルドクオリティ。

 

「それにミノタウロスをLv.1で倒すなんて、憧れの師と同じ経験なら獲得した【経験値(エクセリア)】も特別な意味を持つ………【ランクアップ】することだってあり得るでしょう?」

 

 資料によればベルは前にもミノタウロスに出会い、敗北している。それを乗り越えたともなれば、確かに有り得なくもない話ではあるのだ。

 

「ミノタウロスといえばおたくの子が中層で来る日も来る日も格闘していたそうじゃないか。上層に現れたっていうミノタウロス、おたくのところの()()だったりするのかい? だったらギルドはなんて言うだろうねえ?」

「それが聞いて頂戴、イシュタル。私の眷属()がミノタウロスと遊んでいたら、覆面をした()()()()()達が襲いかかってきたの。そのどさくさに紛れてミノタウロスは()()してしまって………不躾だと思わない? 主神(おや)の顔が見たくなってしまう…………」

「………っ!」

 

 ぐっと押し黙るイシュタルにフレイヤはクスクス笑う。

 

「ねえアストレア、貴方はヴァルドの新しい二つ名………なにかないかしら?」

「え? そうね……………【天秤の守り手(デネボラ)】なんて………」

「却下よ。私情に走らないで頂戴」

「っ……そ、そういう貴方はどうなの?」

「そうね……【美神の伴侶(ヴァナディース・オーズ)】はどうかしら?」

「却下! 却下却下却下!」

「お、おお………アストレアの駄々なんて初めて見た」

 

 ヘスティアを始めとしたアストレアの同郷の神々が驚いたようにアストレアを見る。アストレアは頬を赤くしてこほんと咳払いしながら座り直す。

 そして様々な案を出し合う神々。一人の神がベルに兎吉(ピョンきち)と名付けようとしたがヴェルフ・クロッゾなる鍛冶師が先にその名前の鎧を作ったらしい。

 最終的に…………

 

 

 

「【リトル・ルーキー】に、【不死之英雄(ジークフリート)】か………まあ【輝く夜明け(ルシフェル)】だの【偉大なる英雄王(ザ・グレイト・ヒーローキング)】なんて候補があったことを思えば、無難な方か」




「貴方はどうしてフレイヤを拒絶したの?」
「………質問の意図が解らん」

 お洒落なカフェテリアのテラス席に座ったアストレアとヴァルド。
 ヴァルドはアストレアの唐突な質問にパフェを食べる手を止めていた。

(こういうところ、結構かわいいのよね…………)

 Lv.2への最速記録者(レコードホルダー)であり、【ロキ・ファミリア】の若き英傑。そんなふうに囃し立てられているが甘いものが好きだったり唐突な質問には驚いて固まったりと、普通の男の子らしいところがアストレアは気に入っている。彼女の眷属である輝夜は凡人のくせに英雄になろうと足掻いて本当になってしまった愚か者、などと罵られていたが。

「アストレア?」
「あ、ごめんなさい。そ、その………貴方が私の事を『一番美しい女神』って言って、沢山の美の女神達が襲撃してきたでしょう?」
「その節は迷惑をかけた」
「それはいいの。ただ、貴方が嫌ってるのはイシュタルや嫉妬で私を襲った女神達でしょう? フレイヤや他の美の女神を嫌っているようには見えないのだけど………」

 少なくとも、イシュタルや嫉妬に狂った女神達には確かな嫌悪の視線を向けていた(美の女神相手に)が、フレイヤや人類(子供)もの美の価値観を面白がっていた美の女神達にはそういった嫌悪を持っているように見えなかった。
 だがヴァルドは、フレイヤを始めとした美の女神達に関わってくる事すら嫌がった。確かにそういう関係になれば自分に執着させようとしてくるのが美の女神だが、可能性だけで誰かを嫌うような子ではないはず。

「………そうだな、相談も兼ねて、話しておくか」
「相談? 珍しいわね。ええ、話してみて」

 輝夜ではないが、アストレアも頑張りすぎているヴァルドに頼ってもらうのは嬉しい。ニコニコと笑みを浮かべる。

「俺が美の女神を拒絶するのは、彼奴等が美しいからだ」
「────」

 そして口元は笑みを浮かべたまま目を見開きピシリと固まった。
 自分の記憶が確かなら彼はついこの前、詰め寄ってくる美の女神達を前に『一番高潔で美しい女神はアストレアをおいて他にいない』と言っていたのだが。ご丁寧、『耐神威』による嘘の隠蔽を使わず………。

「イシュタル共のようなクズならともかく、そうでない美の女神達と親交を築き、求められれば、根が俗物の俺は断りきれる自信がない」

 僅かに目を細めるアストレア。相談するからか、こちらに気を使って嘘がわかるようにしている。つまり嘘はない。

「イシュタルなどは性格がまず受け入れられん。他の女神達には……失礼だとは解っている。どうすればいい、アストレア」
「………………」
「アストレア?」

 ニコニコ笑みを浮かべたまま黙り込むアストレア。顔は笑顔のままだが、これは睨まれている。

「…………俺はお前に迫られても断りきれないと思っている」
「せまっ!? そ、そんなことしません!」

 もう、と赤くなってそっぽを向くアストレア。ヴァルドはアイスが溶けないうちにパフェの残りを食い始める。

「………高潔で美しいという評価を違える気はないが、可愛らしい嫉妬もするものだ」
「かわ………っ………べ、別に嫉妬なんて」
「神に対して称賛になるのかは知らんが、人間らしい一面も見れて俺としては満足だ」
「…………もう」



「………あたし等は一体何を見せつけられてんだ?」
「クサレナンパ男の口説き文句とそれに落ちてしまった主神様だろう。アストレア様も………あの男は苦労するぞ」
「そうよね。輝夜も嫌われてるって思われてるから、輝夜にはあっちから話しかけてくれる事殆どないし大変ね!」
「? 輝夜はヴァルドさんを嫌っているのでは?」


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次を目指して

「ベルさん、ヴァルド、それにリリさん。いらっしゃい。ランクアップ、二つ名決定おめでとうございます」

「ありがとうございますシルさん。神様は用事があって来れないみたいで」

 

 豊穣の女主人でシルに出迎えられる一同。ザワリと周囲の視線が集まる。

 

「ベル………【リトル・ルーキー】か?」

「間違いねえよ。【剣聖】………じゃねえや、【不死之英雄(ジークフリート)】も居るし」

「あんなガキが最速記録保持者(レコードホルダー)?」

「まあ【不死之英雄(ジークフリート)】の弟子だし」

「ああ、なるほ……いや一ヶ月半はおかしいだろ!?」

「ミノタウロスを倒したらしいぜ」

「おいおい、そんな馬鹿なことするやつ………いたな、彼奴の師匠だ」

「親子なんじゃねーの、髪白いし」

「ああ、白いな。じゃあ実はハーフエルフ?」

「ハーフエルフ? お前それ相手は………あ〜」

 

 周りから聞こえる声や視線に居心地が悪そうなベル。周囲が自分を気にしているという状況に心が落ち着かない。ここに来るまでにも「僕と契約して眷属になってよ!」とか「マジで私の眷属になりなさい」とか男神や女神達に絡まれまくったし。

 

「名の売れた冒険者の宿命だ。暫くすれば落ち着く」

「ど、どれぐらい?」

「一ヶ月半でランクアップだからな………次のランクアップに、2年ぐらいかければ……」

 

 そうすれば十把一絡の上級冒険者の仲間入りするだろう。まあ容姿が良かったり、Lv.4まで行けばその限りではないが。

 

「まあまあ、未来の話はおいておきましょう。今はベルさんのランクアップとヴァルドの新しい二つ名襲名を祝って、乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

「かんぱ〜い」

 

 ジョッキとコップをぶつけ合う。

 

「って、誰!?」

 

 と、ベルは混ざっていた幼女に驚く。

 

「? わたしは、ノエル。シルおかあさんの、むすめ」

「シルさんの!?」

「そうです。血が繋がらなくても、私の可愛い娘です。昨日から!」

 

 ふふん、と胸を張るシル。実の娘ではないんだ、と納得する。

 

「ほ〜ら。この人がベルさんだよ」

「ベルさん………ベル、おとうさん?」

「ふぉあ!?」

「なななな!? ベル様がお父さん!? は、まさかシル様外堀を埋めるどころか一度自分で作って!?」

 

 戦慄するリリにシルは「えー、なんのことかわかりませ〜ん」と笑顔で返す。

 

「それよりほら、ご飯冷めちゃいますよ」

「ぬぬ。色々言ってやりたいことはありますが………」

「あ、あはは……食事にしよっか」

「うん! ミアおかあさんの、ごはん。とっても、おいしー!」

 

 各々頼んだ食事を手を伸ばしていると、アーニャが新たなジョッキを持ってやってきた。

 

「おっまちどう!」

「頼んでないが?」

「ミア母ちゃんからニャ。シルとミャーを貸してやるから今日は存分に笑って飲め! 後は金を使え! というわけでサボ、もとい休憩するニャ」

 

 そう言うとアーニャはヴァルドの膝の上にちょこんと座り料理に手を伸ばす。

 

「あの二人、仲いいんですか?」

「アーニャはヴァルドと付き合いが長いんですよ。この店に連れてきて世話しろって、私に頼んできまして」

「へー………」

 

『いらっしゃいヴァルド……あれ、その子は?』

『拾った。育てろ』

『え〜……まあ良いけど。こんばんは、子猫さん。私はシル……お名前の前に、お風呂入ろっか。風邪、引いちゃうもん』

 

 雨の中ヴァルドが文字通り拾ってきた猫。シルに育てろと押し付けて去って行った。シルは仕方ないなぁ、とミアに話を通しアーニャを豊穣の女主人に迎えたのだ。

 

「その後もちょくちょく様子を見に来てくれてたニャ。ま、ミャーは可愛いから構いたくなるのも当然ニャン!」

「ルノアやクロエも似たような境遇なんですよ」

「一緒にすんな!」

「こっちは無理やり入れられたニャー!」

 

 シルの言葉に食事を運んでいたルノアとクロエが叫ぶ。ミアに怒鳴られすぐに仕事に戻ったが。

 

「む、無理矢理?」

「ん〜………そうですねえ。ものすごくやんちゃしてた二人が喧嘩売ってきたから返り討ちにして、更生の為にここに放り込んだというか、ここに泊まっていたヴァルドを襲撃する際、二人が色々壊したというか」

 

 師匠に喧嘩売るなんて、この店の人達強い強いとは思っていたけど思っていた以上にやばくない? と周囲の店員を見るベル。でも、このノエルという子といい、此処はそういう境遇持ちが多いのだろうか?

 

「? どーかしたの?」

 

 ベルの視線に気づいたのか首を傾げるノエル。なんでもないよ、と笑って誤魔化す。事情は、踏み込まないほうがいいのだろう。

 

「まあ、そいうわけでアーニャは私やヴァルドに懐いてるんです」

「感覚的には妹のようなものだ」

「ふにゃ〜ん♪」

「アーニャ、ずるい。わたしも………」

 

 何時の間にかヴァルドの膝に上体を預け頭を撫でられているアーニャ。ヴァルドに食べさせてもらってる。義母もよく調子が悪い時ヴァルドに食べさせてもらっていたっけ………となんだか懐かしい記憶が蘇り、その後祖父の「ぬふふ、少し冷めてしまったが儂のお粥も、おおっと手が滑って顔にかけぶぉぎゃらぱ!!?」と吹き飛ばされる光景が蘇る前に過去を振り返るのをやめた。

 ノエルもヴァルドに駆け寄り………アーニャの耳を掴んだ。

 

「ふぎゃ!」

「もふもふ………」

「あまり強く握ってやるな」

 

 紅葉のように小さな手をヴァルドがそっと放してやり、アーニャの耳の裏あたりを撫でる。

 

「フニャ〜ン…………ヴァルドは撫でるの上手いのニャ〜」

「因みに、ヴァルドのライバルとされていたほぼ同期の猫人(キャットピープル)がいたらしいんです。戦ったらどっちが強いか、なんて言われてたんですけどヴァルドが『興味ない』といったせいで殺し合いになったらしいですよ。その時は猫人(キャットピープル)側が辛くも勝利を収めてランクアップしたとか」

「興味ないって、仮にもライバルと思われてる方にそれは」

「事実だ。彼奴が俺より才能があるのは知っていたし、どちらもオラリオ有数の冒険者だった。ならばあの時勢、互いに精進した方が良い。ライバルなどと持て囃されたからといって競い合うことに興味はない」

「…………それ本人にもちゃんと言いました?」

「当然だろう」

「ヴァルドって昔からそうだよね〜」

 

 と、シルが呆れたように言う。

 

「俺の過去はどうでもいいだろう。今気にするべきはベルの今後だ」

「それは、Lv.2になったからには更に先に………中層に潜るか、ということですか?」

「ああ。冒険者は段階を経て強くなる。最早上層では大した成長は望めない。時間さえあれば大樹の迷宮に放り込んでやってもいいが」

「段階の意味知ってます!?」

「…………かいだん?」

「う〜ん。ノエル、おしい!」

 

 いきなり中層の中でも最深部にLv.2になりたてを突っ込もうとするヴァルドにツッコむリリ。そういえばこの人駆け出しにキラーアントを群で狩らせるような人だった。

 

「問題ない。ソロでも案外行ける……ふむ」

「何『やらせるのもありか』みたいな顔してやがるんですか! 中層でソロってLv.3からやるべき事ですから!!」

「ああ、おかげで死にかけた。そうだな、Lv.2なら『不眠』を持っていないと流石に死ぬだろう」

 

 因みに流石のヴァルドも大樹の迷宮までモンスターを倒してきたわけではない。ランクアップ祝いに武器を打ってやると言った椿のためにレア素材を探しに行ったのであって、余計な体力を使わぬよう可能な限り戦いを避けた。可能な限りは……。

 

「ベルも中層に挑むなら仲間を集めろ。お前一人では処理しきれなくなる」

 

 中層はモンスターの質も数も違う。初っ端からソロで飛び込んで生きて帰還したヴァルドがおかしいのだ。まあ帰還というか、リヴィラの街になんとか戻りリヴェリアにおぶられ地上に戻れただけだが。

 

「仲間………師匠は」

「俺ではお前の成長の妨げになる。何より俺は俺でダンジョン深層でステイタス上げがある」

「ですよね。仲間かぁ………」

 

 【アストレア・ファミリア】の人達とかにお願いできないだろうか、と考え込むベル。

 

「仲間が必要か、【リトル・ルーキー】」

 

 と、不意に聞こえた声に振り返ると見覚えのある冒険者がいた。

 

「ゲドさん!?」

「っ! ゲド、様………」

「あ〜、怖がんじゃねえよガキ。もうてめぇを狙わねえさ。それよりだ、【リトル・ルーキー】。この俺【野良犬(ストレイドッグ)】様がパーティーに入ってやってもいいぜ?」

 

 二つ名、ということは彼もまたLv.2になったのだろう。何処か得意げに語る彼に、確かにモンスターに囲まれた際助言してくれたし、と考え込むベル。でも、問題はリリだ………。

 

「その………えっと…………」

「…………ああ、まあ良いさ。俺の自業自得だわな」

 

 ベルの視線を追いリリを見たゲドは大人しく引き下がる。

 

「よ、良かったんですかベル様…………リリは、ベル様のためになるなら…」

「余計な気苦労が増えるならやめておけ。Lv.2になりたてが余計なことに気を割ける程気楽な場所じゃない」

「Lv.1で中層に潜ろうとしたりランクアップしたてで潜ったヴァルドがそれ言うなんて説得力な〜い」

「…………………」

 

 ごもっとも。

 シルの言葉に反論することなく、黙らせるためにチキンステーキの切り身をシルの口に突っ込むヴァルド。

 

「むぐぐ、流石ミア母さんの料理。美味しい」

「…………あの、お二人は付き合ってるんですか?」

「「いいや全然」」

「息ぴったりじゃないですか………」

「それより、パーティメンバーだよね。やっぱり、アリーゼさ………」

「俺のパーティに入れてやろうか、【リトル・ルーキー】」

 

 と、また誰かが絡んんでくる。ゲドにも負けず劣らず、というかゲドよりも粗雑そうな大男だ。ノエルが怯えてシルの後ろに隠れた。

 

「俺達はLv.2だからなぁ、中層なんて何度も潜った。そこに入れてやってもいいぜえ」

「え、あの…………」

「仲間になるんだ。色々分け合おうじゃねえか、金も魔石も………この別嬪な姉ちゃんなんかも」

 

 と、酒で赤くなった顔をさらに興奮で赤く染めシルに手を伸ばす大男。ベルが立ち上がり叫ぼうとした瞬間……

 

「汚い手でシルに触れるな」

 

 何時立ち上がったのか、ヴァルド以外には視認できない速度で動いたアーニャが「ニャ」もつけず大男の手首を掴み捻り上げる。

 

「うぎ、ぎゃああ!? は、放せ!! な、なんだ此奴力強………!?」

「アーニャ………かっこいい!」

 

 Lv.2の冒険者である自分が全く振りほどけないことに驚く大男。それを見て目をキラキラさせるノエル。

 

「!? て、てめぇ何しやがる!?」

「ちょーし乗らないでよね!」

 

 と、仲間の二人がアーニャに掴みかかろうと駆け出しアーニャも迎え撃とうして………。

 

「騒ぐな、ここは食事を楽しむ場だ」

 

 カコンと二人の顎が弾かれたように揺れ倒れる。

 

(は、速────!!)

 

 手加減していたのだろう。ベルにもギリギリ軌跡が見えた一撃………いや、二撃なのだが同時に決まったようにしか見えなかったヴァルドの拳に目を見開く。

 気絶はしていないが酒も手伝い立てない冒険者二人。アーニャが大男から手を放しヴァルドの背に隠れべーっと舌を出す。

 

「【け、剣せ──】……【不死之英雄(ジークフリート)】!!」

 

 Lv.8のオラリオ最強の男を前に大男は漸く自分が喧嘩売った相手が誰の知人か悟り顔を青くする。

 

「おおお、おぼ、覚えてやがれ【リトル・ルーキー】!!」

「バカタレぇ! ツケは利かないよ!!」

「ひっ、は、はいぃ!!」

 

 仲間を担ぎ逃げようとした大男はミアの怒号に慌てて財布を放り投げ、今度こそ逃げ去った。

 

「アーニャが動くより先に動けたでしょー? なーんで直ぐに助けてくれなかったの」

「アーニャが膝の上にいたからな」

「にゃ~。悪い奴ら追い払ったからまた撫でるニャ!」

 

 などと店員達とヴァルドが話す。シルはもう、と拗ねたように頬を膨らませ、しかしすぐに笑みになりパンと手を叩く。

 

「それじゃあ、仕切り直ししましょうか」

「しきりなおし?」

「さっきの人達のせいで止まってたお祝いを再開するの」

「お〜…………」




ヴァルドととある猫人の会話一部抜粋

「お前か……」
「…………愚図が世話になってるようだな」
「? ああ、俺はあの子を愚図などと思わないが。健気でひたむきで、かわいいじゃないか」
「…………はっ。てめぇがあの愚図に発情しようが知ったこっちゃねえが、それで強くなれんのかよ? 巷じゃ俺とてめぇなんかがライバルだの、戦ったらどっちが強いかだの好き勝手言われてるみてぇだが、腑抜けたてめぇが俺のライバル? ふざけた噂だ」
(此奴にとって、超えるべきは俺ではなくオッタルだろうしな。何より今の時勢、冒険者同士で争うのはただの愚行だ)
「最近じゃこっちに顔も出しやがらねえ。俺と決着をつけるのが怖いかよ」
「いや、俺は(今は)お前(と勝敗を決める事)に興味はない」
「っ!! ぶっ殺す!!」
「!? 何をしやがる、気でも狂ったか──!!」

 因みにヴァルドがLv.6になった際Lv.6の猫人と決闘して、その時はヴァルドが勝った。


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鍛冶師と冒険者

ちなみに前回の過去ヴァルドは剣の腕も精神面もまだ未熟な頃なので、嫌われていることに気付かずアレンをオッタルの次ぐらいに仲のいいエインヘリアルと思ってたから「やっぱ妹心配なんだな。しかし顔出さないことに関しても建前じゃないだろうし、誘われたんだし久し振り顔ぐらいだすか」的なことを考えてたらいきなり攻撃されて戸惑った。
その後ランクアップしたアレンを祝うつもりで訪れたら襲撃に来たと勘違いした門番に挑まれてフレイヤはその光景に腹を抱えて笑った。
元々よく顔を出していたからアーニャとは顔見知りで、アーニャも兄と互角のヴァルドに強くなるコツを教わろうと話しかけていたりしたのをアレンは見ていた。


「なあお主、この前も剣を買いに来ていたな? それならいっそ不壊属性(デュランダル)とは言わずとももっと高価な剣を買ったらどうだ?」

「不要だ。俺の技量が剣に追いつかない、いたずらに壊して金を消費するだけだ」

「今は違うとでも?」

「少なくとも、俺の腕に見合い、その上で安いものを選んだつもりだ」

 

 数日でボロボロにしておいて何を、と呆れ、なら剣の腕を見せてみろといった。

 そして事実だった。当時の剣の腕なら、下手に高いものを買っても壊して損をするだけ。かと言って安い剣を買うとしたら、その腕を発揮できるモンスターに通らない。それが意味するのはただ金を稼ぐ目的でダンジョンに潜っているのではなく、強さを求めてより強大な敵を求めている証左。

 

「うはは! 面白い、これだけの短期間にここまで使い込まれる剣など見たことがないぞ。おいお主、手前はお主が気に入ったぞ。剣を打たせろ!!」

 

 それが後にオラリオの歴史においても傑物の一人とされる英雄と、その専属鍛冶師の出会いである。

 

 

 

 

「専属鍛冶師?」

「は、はい。ヴェルフさんって言うんですけど、その人とパーティを組みたくて」

「好きにしろ。お前のパーティだ…………助言してやるとするなら、己の命を預ける防具、武具の制作者である鍛冶師との絆は無駄にはならん」

 

 その言葉にヴァルドの装備を見るベル。確か、ヴァルドの装備は基本全部専属鍛冶師が作ったのだとか。

 オラリオを離れている間の間に合わせは手に馴染まないとよく愚痴っていた。

 

「うん。僕も、この装備すっごく気に入ってるんです」

 

 なんというか、ひと目見た時から心惹かれた。絶対これにすると魂が訴えかけるような……。

 ミノタウロス戦で壊れてしまったが、同じ作者の作品を探していると偶然作者本人と出会い、専属契約を結ぶことになった。その際もらった新しい鎧も最初の鎧に負けず劣らず気に入っている。

 

「武器選びの感覚は大事にしろ。俺も、昔買っては使い捨てていた剣の殆どが今の専属鍛冶師の作品だった」

 

 あくまで金稼ぎ目的、程度の品であったり昔打ったのが残っていたもの、とかではあったが。というかそういった物でもなければ彼女の作品に手が届かなかった。

 

「感覚、か………」

 

 鎧に触れ、これがいいと感じた。勘のようなものだけど、事実その鎧に命が救われた。

 

「はい。ありがとうございます!!」

 

 

 

 

 という師の言葉もありヴェルフ・クロッゾとパーティを組んだベル。リリは不満そうだ。ヴェルフの条件である『鍛冶のアビリティ』を手に入れるまで、とはつまり用が済めば解散する臨時パーティでしかないということ。

 しかしベルは彼と組みたいと言うし、リリが我慢するしかない。

 まあ特に問題なくパーティは機能したが。

 

 

 

 

「ベルおとうさん、ヴァルドおとうさん、いらっしゃいませ」

「どっちもお父さんのままなんだ」

「気にするな。知り合いの大人を父と呼ぶ娘は少なくない」

 

 ベルも昔はそうだったので、むぐぐと昔を思い出し恥ずかしそうに顔を赤くする。まあ割と今も偶にしてるのだが、言わないでおくことにした。

 

「で、お前がヴェルフ・クロッゾか」

「う、うす!」

 

 Lv.8にして、オラリオ最強の『()()()()』を倒し最強の座を得た正真正銘の現世界最強。暗黒の時代を終わらせた若き英雄を前に緊張したように返事するヴェルフ。

 

「そう畏まるな。俺など崇められる程の存在でもない……()()()()()()()()の存在だ」

 

 敵は殺し尽くせても、救えなかった者達も多くいる。自分が救い、感謝してくる者達を蔑ろにする気はないが、救えなかった存在がいる時点でそう大層な存在だとは思えない。事実黒竜に勝てなかったLv.9(女帝)より下なのだ。

 

「いやぁ、そう言われましても…………あ、いや……ええと、すいません、敬語のままで良いっすか? 俺年下ですし」

「…………まあ、良いだろう」

 

 無理強いする気はないので了承する。敬語程度はよく使われるし。

 

「これからもベルを頼む」

「は、はい! いやまあ、恥ずかしいことに俺のほうが助けられてんですが」

「それを恥と思えるなら十分だ。Lv.が上なら自分を守って当然、と頼り切るくせにパーティなのだから分け前を均等にしろなどという輩もいる」

 

 自分は先を目指さないくせに、お前のLv.なら先に進めるだろと文句を言いより稼ごうとして、強いモンスターが現れればギャイギャイ騒ぐ輩はたしかにいるのだ。根性鍛え直してやったが。

 

「精進しろ。先を目指す意志があるのなら、人はどんな壁も乗り越えられる」

「………うっす」

 

 と、頭を下げるヴェルフ。と、トテトテとノエルが歩いてきた。話が終わるまで待っていてくれたのだろう。

 

「ごちゅーもんはおきまりですか?」

「お、おお………じゃあ俺はこのチキングリル」

「僕はサーモンのアクアパッツァで」

「リリはパスタで良いです。小盛りで」

「日替わり定食」

「ごちゅーもんを、かくにんします。ちきん、ぐりる。さーもんの、あくあぱつあ、ぱすたのしょうもり、ひがわりていしょく、じょうですね?」

「……シル?」

「…………テヘ♪」

 

 勝手に値段が上の『上』に変えられたのを聞きシルに目を向けるとシルはペロと舌を出して片目を閉じ自分の額を小突く。シルの禁忌の業(テヘペロ)にベルや周りの男達が騙され顔を僅かに赤く染め、ヴァルドが片手で来いとジェスチャーする。

 

「あう!?」

 

 バチンとデコを指で弾いた。もちろん手加減はした。してなければ今頃頭が砕ける。

 おおぅ、と額を押さえるシルを見てノエルはオロオロとヴァルドとシルを交互に見る。

 

「ごちゅーもん、まちがえました?」

「………………」

 

 不安そうに見つめるノエル。大方多くの冒険者がこの顔にやられ日替わり定食『上』を頼んだろう。そう察せる程の顔だ。なのでヴァルドは………

 

「ああ、『じょう』は必要ない。普通の日替わり定食だ」

「な!? よく見てヴァルド! ノエルはこんなに可愛いんだよ? 少しお金使うぐらい良いじゃない!」

「それがお前の教えた手段じゃないなら俺も考えた」

「ぶー、ヴァルドのケチ。ほら、ノエルも言ってやって!」

「えっと………けち?」

「ミア、少しシルを借りるぞ」

「好きにしな」

「あ、ちょ!? どこへ連れてく気ですか!? やめて、私に乱暴する気でしょう!」

「お前に料理を作らせてお前に喰わせる」

「ああ、それがきちんと罰と思える自分が憎い!」

 

 そのまま厨房に連れて行かれるシル。シルの言葉にベルは「シルさん、美味しくないって解ってて僕にお弁当を?」と戦慄した。因みにベルに渡されているのはまだギリギリ人の料理と言える範疇だ。

 

「助けてアーニャ! 私このままだと私の料理をヴァルドに食べさせられちゃう!!」

「訳分からん懇願だな」

「でも理解できちまうニャ」

「はにゃにゃ、シル!? うう、でも悪いのはシルで………シルの料理は半端なくて? ヴァルドに喧嘩売るのはもっとやべーから………うにゃー!」

 

 ルノアとクロエが呆れ助けを懇願されたアーニャは混乱で目を回す。

 

「仕事に戻るニャ!」

「あ、現実から目を背けた」

「アーニャが自分から仕事をするって言うなんてニャー」

「………? ……………あ! ごちゅーもん、もういちど、おねがいします!」

「あ、うん……」

 

 ノエル、結構図太い子? いや、多分父や母と慕う二人が仲が良いと思ってるんだろうが。

 

 

 

 

「よいしょ………よいしょ………」

 

 と、水を運ぼうとするノエル。周りがハラハラと見守っている。子供には重そうだが、懸命に運んでいる姿は微笑ましい。

 

「あ、ノエル! 駄目だよ、水は重いから私達が運ぶって」

「だい、じょうぶ…………できる、もん!」

「そうじゃなくて」

 

 ヨロヨロと水を運ぶノエルに慌てて駆け寄ろうとするルノア。しかし僅かに遅かった。

 

「あっ!」

 

 と、重み耐えられなくなりバランスを崩すノエル。ピッチャーに入った水は床にぶち撒けられ近くの男性にかかる。

 

「言わんこっちゃない! すいません、お客様!」

「あ、うぅ………」

「ノエル、大丈夫? あ、お客様、全べて此方の責任です。すぐにお召し物を………」

「……………くくくっ…………くっくっく………あはははは! いやはや、面白いお店ですねえ。気に入りました。ええ、気に入りましたとも。ははは!」

 

 ルノアが慌てて謝罪する中、男は突然笑い出した。

 

「………おこって、ない?」

「私が? なぜ? こんなに愉快だというのに! それに、この上着、実はずっと喉がからからだったのです。貴方がお水をごちそうしてくれたから、喜んでいます。ほら、この通り………『ありがとう、ノエルちゃん!』」

 

 口元を隠し雑な腹話術を行う男。子供に気を使ってくれたのだろうか?

 

「………ほんと?」

「ええ、ええ、本当ですとも。さて、私にもごちそうを頂けますか? 鳥の香草焼き、それも大盛りで……ああ、お持ち帰りでお願いします!」

「うん! ごちゅーもん」

 

 と、パタパタ走り出すノエル。残ったルノアは申し訳無さそうに客に声をかける。

 

「本当にすいません、お代は結構ですんで。それと、お着替えも……」

「いえいえ結構ですよ。ここで着替えたら、私が嘘つきになってしまう。帰ってから着替えますよ。笑うか笑わせるしか取り柄がない私にはちょうどいい。なにより、いいお店が見つかって喜ばしい。賑やかで、あんなにかわいい店員までいる。実に愉快ではありませんか、今度はゆっくりここで食事を取りたいものです」

「そう、ですか………その時は、シルにも会ってやってください。今回の話聞いたら、謝ろうとすると思うんで」

 

 ノエルの母親代わりのつもりだし、間違いなく謝るだろう。

 

「そうですか。ええ、解りました。私はヴィトーともうします。今後とも、よろしくお願いします」

 

 ヴィトーはお持ち帰りの商品を受け取ると帰っていった。その後暫くして顔を青くしたシルが戻ってきた。

 

「うう、あんなの乙女に食べさせるなんて」

「自分で作った料理だろ。何故卵焼きをあそこまで未知の味に出来る」

「材料がおかしいのよ! コレが神様の言う下界の未知!?」

「お前の料理の腕が神秘の類だ。ん、待っていたのか。悪いな、俺は今から食事を摂る。先に帰っててくれ」

「あ、はい。じゃあ、また後で」

「おかあさん、だいじょーぶ?」

「うん、大丈夫だよノエル………というか自分の料理食べて大丈夫じゃないなんて言いたくない………」

 

 因みに卵焼きは、見た目焦げてないのに外はザクザクで甘く、中はドログチャでしょっぱく、噛めば噛むほど味が口の中で未知のものへと変化する。塩は使っていない、ちゃんと砂糖を使ったのをヴァルドは見ていた。ウインナーを切って焼くだけのタコさんウインナーを不味く作れる女の料理は神秘に満ちている。



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出会い

「新しい異端児(どうほう)を見つけたのはいいけどよぉ…………」

「彼奴、俺っちより強くね?」

「ですガ、まだヴァルドさんの方が上でス」

「Lv.6……それ以上か………?」

「アア、貴様ト同等ダナ………」

 

 ヴァルドは定期的に知性を宿し意思疎通が可能なモンスター、異端児(ゼノス)を探しに異端児(ゼノス)達とダンジョンに潜る。

 上層、中層浅部等では冒険者や密猟者(ハンター)に見つからぬようヴァルドだけで、下層や中層深部以降では異端児(ゼノス)も交えたパーティを組む。その方が説得しやすいからだ。

 因みにアーディを連れていけば異端児(ゼノス)が居なくてもほぼ確実に説得できる。

 そして同胞を見つけること叶わなくても採取した魔石は異端児(ゼノス)達を強化するので無駄はない。そんな彼等は【ロキ・ファミリア】と接触しないよう非正規ルートで深層に赴き、深層の同胞を見つけた。

 本来なら中層で見られるモンスターの姿をしているが、肌の色からして恐らく黒犀(ブラックライノス)の亜種。()()()()()()膝を突き明らかに満身創痍だった彼はヴァルドの顔を………というよりは、ヴァルドの髪を見た瞬間に立ち上がり襲いかかってきた。

 一体どれだけの魔石を食らったのか、深層種の亜種だとしても異様な能力値(スペック)異端児(ゼノス)のリーダーであるリドや異端児(ゼノス)最強でありヴァルドを騎乗させることも多い『彼』に迫る。

 

「【輝け(クレス)】」

「ヴォ!?」

 

 片手に付与した雷光を放つヴァルド。雷に焚かれながら吹き飛び、しかし更に闘志を滾らせる異端児(ゼノス)

 

「大したものだ。万全であったなら、或いはより多くの魔石を喰らっていたならと、想像するのも恐ろしい」

「ヴゥ、フゥ………ヴォオオオオオオ!!」

 

 そこらで狩ったであろう竜の鱗(ドロップアイテム)を削っただけの無骨な、剣と呼ぶのも烏滸がましい塊を構える異端児(ゼノス)。無骨であろうと深層種の竜の最も発達した部位を削ったそれを、何処か堂に入った構えで構える。

 それでも格下。技量もスペックもヴァルドが上。その上で、全力を懸ける者に油断も慢心もなくヴァルドは応える。

 

「来るがいい。勝つのは俺だ」

 

 

 

 

 

 ダンジョン深層、未開拓領域。

 ダンジョン中層のとある場所にもある温泉に似た環境。蓮の葉に似た、しかし盆のように硬い葉に饅頭に似た果実を載せ寛ぐ一同。

 何なら徳利に似た樹の実の汁はアルコールも入った酒だ。

 

「ふぃ〜、やっぱいいなぁ此処。どうせ住むならここに住みてえよ」

「無茶ヲ言ウナ」

 

 そんな楽園のような環境は、しかし見つけ難いくせに迷宮の罠(ダンジョントラップ)。侵入者が現れても暫くは放置し、油断しきった所を気配を消していたモンスター達が襲いかかる。Lv.4上位クラスのモンスターが群れを成して。

 第一級でも嵌れば命を落としかねない罠だがそのモンスター達は切り刻まれ魔石はこの場の異端児(ゼノス)達の糧と残留組達の土産になった。

 とはいえ、此処の者達なら簡単に勝てるが、第二級程度の同胞も多くいる。ここに住むというのは現実的ではない。

 

「ヴァルドさん、翼を洗うノ、手伝っテもらってモヨろしいデすか?」

「嗚呼わかった」

 

 セイレーンの言葉に立ち上がるヴァルド。石の竜はそれをどこか不満そうに見る。

 

「どうしたグロス、嫉妬か?」

「タワケ! 不安ナダケダ。結局、何処マデ行コウト奴ハ人間ナノダゾ。オ前モ、レイモ、何故信用出来ル」

「まあレイにとっちゃ父親みたいなもんだしなあ。それによ、もう十年以上の付き合いなんだぜ? ヴァルドっちが俺っち達の為に命を懸けてくれたことだって、何度もあるじゃねえか。偶に何で生きてるのか解らねえときもあるけどよ。あれ、マリィの血が無かったら絶対死んでたよなぁ」

「イヤ、普通飲厶前ノ時点デ死ヌダロウ…………」

「ああ、でも死ななかったよなぁ。ああ、死ななかっただけだ。死なないわけじゃねえ、それでも戦ってくれたんだぜ? それでも、不満なのかよ?」

「……………奴ハ英雄ダ。怪物(我々)トノ繋ガリガ人間ニ知ラレ、天秤ニカケレバ、我等ヲ切リ捨テル」

 

 それは人間なんだし、仕方ねえんじゃねえ? というのがリドの本音だが、口にはしない。自分達を裏切るとしたらそのタイミングしかないと、そう思えてる時点で彼もまたヴァルドを完全に嫌ってはいない。むしろ、その時が来て良いように嫌おうとしているのだろうから。

 

「さて、お前は俺に負けた。従ってもらう」

 

 セイレーンの翼を洗い終えたヴァルドが一言も発さず大人しくしていた異端児(ゼノス)を見る。

 

「…………渇きを」

「ん?」

「自分は、渇きを癒せるのか?」

「…………ああ。再戦の為に強さが必要なのだろう? 他の異端児(ゼノス)同様……いや、それ以上に鍛えてやろう」

 

 

 

 

 

 

 地上に戻ったヴァルドは深層のドロップアイテムや魔石を換金し豊穣の女主人に向かう。と………

 

「おじさん、かっこいい!」

 

 ノエルが男性を褒めていた。褒めていたのだが、何やらシルが耳打ちしている。

 

「ごにょごにょごにょ〜」

「おらりおで、いちばんにまいめさん、です」

「そ、そうかい? いやぁ、これでも昔はモテてたからなあ」

 

 と、照れたように笑うおじさん。シルは再びノエルに耳打ちする。

 

「ごにょごにょ」

「それに、とってもやさしそう! はんさむだから、おにくをやすくしてくれそう!」

「いや、それとこれとは話が………」

「わたし、やさしいおじさん、すきだよ?」

「ぐっ………えーい、クソ! 騙されてやるよ! 幾らにしてほしいんだい?」

「えへへ。おやすくして〜」

 

 見事に値切りに成功したノエル。と、お肉を受け取り次の店に向かおうとしてヴァルドに気づく。

 

「あ、ヴァルドおとうさん」

「…………シル、何教えてんだ」

「フフン。お店の人は可愛いノエルに褒められて、ノエルは安く材料を揃える。これぞ神様達の言うウィンウィンって奴だよ!」

「ノエルをお前みたいな魔女に育てるな」

「え〜、これはノエルの才能だよ。今日だって冒険者にステーキ6つも注文させてたもん」

 

 どういうこった。

 その冒険者の財布は大丈夫なのだろうか?

 

「わたし、なにかまちがえた?」

「間違えてはないさ。強いて言うなら母と慕う女を選び間違えた。今からでもアストレアに教育を任せるか?」

「ぶーぶー、横暴だー」

「? おーぼーだー……」

「……………」

「うにゅ」

「ふぎゅう!」

 

 シルの真似をするノエル。ノエルを軽く小突きシルにはバチンと音がなる程度のデコピンを食らわせる。

 

「扱いに差を感じるよぅ」

「差別してるからな」

 

 ヨヨヨ、と泣き真似するシルにきっぱり言い切るヴァルド。と……

 

「あら、そこに居るのはヴァルドね!」

「あ、本当だ! お〜い、ヴァルド〜!」

「アリーゼ………と、アーディもか」

 

 不意に名を呼ばれ、振り返ると【アストレア・ファミリア】の面々とアーディがいた。なんでも今日のヘスティアの護衛は【ガネーシャ・ファミリア】の面々。なので久々に皆で食事を取りに行こうとなった、らしい。

 アストレアはヘスティアやヘファイストスと先に約束していたのだとか。

 

「なになに、迷子の相手でもしてたの? あらやだ〜! かっわいい〜!」

「ひゃ!」

 

 アリーゼがノエルに抱きつこうとすると驚いたノエルがヴァルドの背中に隠れる。チラリと顔を僅かに覗かせる姿にアリーゼはメロメロだ。

 

「あれ? その制服、豊穣の女主人の………小人族(パルゥム)……じゃ、ないよね?」

 

 と、アーディが首を傾げる。小人族(パルゥム)のライラも「ちげーな」と肯定する。

 

「怯える必要はない。ほら、挨拶してやれ」

「う、うん。ヴァルドおとうさんが、いうなら」

「………ヴァルドおとうさん? ……………ヴァルドおとうさん!?」

「あらあらまあまあ。見たところ5歳以上ではあるようですが、そんな子を残してオラリオを出ていたなんて随分薄情な父親ですねえ」

 

 ニコニコ笑みを浮かべているが黒いオーラが見える。ノエルはサッとヴァルドの背に隠れる。

 

「出会ったのは最近だ。血は繋がっていない」

「…………またか」

「またですね」

「まただね」

「またね!」

「……またでございますか」

「またなんですよ」

 

 ライラを始めにリュー、アーディ、アリーゼ、輝夜が呆れ、シルが笑う。ヴァルドが優しく接して父と呼んでくる子は結構多いのだ。

 

「でもそういうところがヴァルドらしいですよね。5年前も、今も……」

「………………お前に言われずとも

 

 シルがヴァルドに笑顔を向けながら嬉しそうに言うのを見て、輝夜はボソリと呟く。

 

「じゃ、丁度いいし今日の夕飯は豊穣の女主人にしましょう。かわいい店員さん、ご注文をお願いするわね」

「はい! すてーき、10!」

「まだ頼んでないけど!?」

「しかもサラッと一人2つかよ」



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家族

「ふふふ。ノエルのおかげで安く仕入れた!」

「わたし、えらい?」

「偉い偉い!」

 

 シルに頭を撫でられむふ〜、と嬉しそうなノエル。アーニャの初めてのお使いを思い出す。シルに連れられ無理矢理後からそっと監視していたが、値段より少ない量を買わされるわ蝶を追いかけるわで散々だったが二人で気づかれぬよう軌道修正して戻ってきたアーニャが得意げにこんな顔をしていた。まあムカついたので額を指で弾いたが。

 

「あまりノエルに変なこと教えるな」

「変なことじゃないよ、処世術。ノエルの将来に役に立って、私達の今にも役に立つ。家族は助け合わないと」

「たすけあう? かぞくは、たすけあうの?」

「そうだよー。皆が家族の役に立ちたいって思うし、家族の誰かが困ってたら助けたいって思うの。家族が泣いてたら行って慰めてあげる。家族が苦しんでいたら、何も言わず守ってあげる。そうしたい、そうしてあげたいってなれるのが、本当の『家族』だって………私は思うな」

「………うーんと」

「小難しいことは考えなくて良い。共に笑えれば、幸せな家庭と言えるだろう」

「うん。そうだね………」

「わら、う………」

 

 その言葉にノエルはふと周囲を見つめる。街行く人々、その笑顔を見る。

 

「………みんな、わらってる……」

「え?」

「わたしも、わらってるよ…………えへへ」

「うん。そうだね、とってもかわいい笑顔だよ」

「えへへへっ」

 

 ノエルは笑う。シルの言葉に、本当に嬉しそうに。

 

(たのしいなぁ──ずっとずっと、たのしいよ──ねぇ、ありがとね──)

 

 わたしをみつけてくれて──ありがとう──  

 

 

「うにゃにゃ………うにゃにゃにゃ〜」

「どうしたアーニャ?」

 

 豊穣の女主人につくとアーニャが何やら唸っていた。

 

「今日ミャーが指切っちまったけど、傷がなくなっちまったにゃ」

「まだ言ってんの? どうせアーニャの勘違いだって」

「アーニャはアホだから赤いゴミでもついてて勘違いしたニャ」

「そんなことねーニャ!」

「………ここか?」

 

 と、ヴァルドがアーニャの手を取る。

 

「………それは誰かに見られたか?」

「う、うにゃ………客はいっぱいいたし誰かは見たかも………」

「そうか………」

 

 顎に手を当て考え込むヴァルド。と……

 

「おとうさん、ごちゅうもんは?」

「ノエルちゃ〜ん、こっちにも! こっちにもおいで〜!」

「は〜い、すてーき、おひとりさま、5つ!」

「なんで!?」

 

 

 

「ねえヴァルド、最近街の様子が変なのよ」

「変?」

「『なりたて』が暴れてやがんだよ。しかも所属が未登録」

 

 冒険者になりたて、あるいはランクアップ仕立ての者は、万能感に酔いやすい。その万能感に酔い、Lv.の概念も忘れ格上に挑む者もいる。特に恩恵のない破落戸なんかは破落戸の冒険者に強く出られなかった鬱憤を晴らすように暴れる事もよくある。そうならないために事前に先達が冒険者として如何に未熟か教える。そうでもしないと他派閥に喧嘩をうる可能性も高いからだ。

 ベル? あれはそういうの必要ないタイプの人間だから。

 

「背中の【ステイタス】はギルドに登録されてないみたい」

「なんつーかなぁ………刻まれた奴等の行動に一貫性はねえ。力に溺れて無秩序に暴れてるだけ」

「神からも力を与えてやる、そう言われただけのようですが………行動に移すのにためらいがない」

「単純にそういう者達を集めた可能性はありますが………ええ、そうではない」

「『悪』に染めるのが………ううん、『悪意』を感染させるのが上手い、とでも言うのかしら」

 

 アリーゼの言葉は的を射ている。ダンジョンに潜らず怪物に会わず、元が恩恵なし故に真っ先に力をひけらかす相手は自分のような恩恵なしの破落戸。その力に魅せられ、自分も自分もとその神の元へ訪れ背に恩恵を刻まれる。

 

「刻まれた神の名は【ラシャプ】………多分ね、そもそも目的はないと思うの」

「アーディに同意よ。ようは目を引きたいのよ…………ヴァルド?」

「ラシャプだと? そうか、来ていたか………」

 

 明らかに不機嫌になるヴァルド。嫌悪………と、不甲斐なさ?

 

「知ってる神なの?」

「ワルサに巣食っていた【ファミリア】だ………獣そのものの眷属達が、悪意を感染させ元より略奪で生計を立てていたワルサ軍をより悪辣な畜生に染め上げた」

「ワルサ………って、砂漠の国の一つよね?」

「ああ、シャルザードとの戦争の際、俺も参加していた」

「ああ、八万の軍勢を二万で倒したとか、王子が実は王女だったとか話題に事欠かねえあの戦争か。そりゃお前がいりゃ6万の差なんて無いようなもんか」

「いや、俺一人で相手した」

「「「…………………」」」

 

 全員何やってんだこいつ、と言いたげな顔でヴァルドを見る。

 

「だが本陣に主神の姿はなく、団長他精鋭と既に逃げていた」

 

 後バジリスクが居たが瞬殺した。

 恐らくその時点で既に逃げていた。そして少しでも目立たぬよう一切の騒ぎを起こさず潜み闇派閥(イヴィルス)と接触した。或いは、元より繋がりがあったのだろうか?

 

「『悪』の数だけ揃えるなら死神(タナトス)の方が上だろうが、(しつ)は兎も角(タチ)の悪さなら嘗ての邪神とも引けを取らん」

 

 死後の再会を盟約としやらなくてはならないからやる死神の眷属と異なり、やりたいからやる集団。主神に大層な神意はなく、眷属(こども)達が欲望のまま暴れ下界を乱すのを楽しむ愉快神(ゆかいはん)

 

「オラリオに来るとか馬鹿なやつだな。せっかく逃げた英雄様がいるってのに」

「あるいはそれでも勝つ算段でも聞いたのかもしれん。どのみち警戒は必要だ」

 

 

 

 キィ、と小さな音がなり扉が開く。そおっと中に入ったシルはノエルに声をかけた。

 

「…………ノエル〜?」

「………すぅ………すぅ………」

「そっか、寝ちゃったか。いっぱいお仕事して、疲れたもんね?」

「んんぅ………シルぅ………」

 

 と、眠りながらシルの手を掴むノエル。

 

「ふふ、夢にも私がいるの?」

「すぅ………すぅ…………」

「………………………」

 

 静かに寝息を立てるノエルの頭をそっと撫でる。

 

「────できれば──ずっとこのまま────」

 

 

 

 

 ダンジョンの何処か。

 雪原のような真っ白なその場所に、人影があった。

 

「………それは本当ですか?」

「ええ、ええ、もちろん。私がこの目で見ました。間違いありませんとも」

「ですがまさか………そんなことが…………」

「『奇跡』とでも言ったところでしょうか? ははは、彼女に相応しい。おや?」

 

 と、人影の一つが不意にこの場に侵入者が訪れたことに気付く。

 

「おいおい、何だよこりゃ!? 何処に出たんだ、おい!?」

「侵入者のようですね。数も多い、行ってまいります」

「いえ、ここは私が行きましょう。なにせ、今はすこぶる気分がいい」

 

 人影………ヴィトーはそう言って迷い込んできた冒険者に向かって歩き出した。冒険者達もヴィトーに気付く。

 

「お、おい! アンタ! ここは一体なんなんだ!?何でいきなり雪原が……!」

「死にゆくものには必要のない情報です。だって、冥府への餞別にもならない」

 

 一閃。

 

「……え………ぁ、がぁ!」

 

 斬られたことに気付いた男が血を出し倒れる。

 

「て、てめぇ!? 一体何を……!」

「『蹂躙』ですが、なにか?」

「ぐぎゃあああ!」

 

 またひとり、殺された。

 

「いやぁ、ツイていない! 実にツイていませんでしたね! 奇跡とやらに私達が祝福される一方で貴方達のような存在がいる! これが下界! これが神々が作りもうた箱庭と欠陥品! 不確かな『未知』とやらに振り回される不完全な境界!」

 

 嘲笑する。

 目の前の冒険者を、神を、世界そのものも男は嘲笑う。

 

「ふふふふっ。笑えますねぇ! 笑えるでしょう? いいから笑いなさい!」

「な、なんだ………こいつ…」

「はははは。だからこそ、こんな世界無くなったほうがいいと思いませんか?」

「こ、このイカれ野郎がぁ──!!」

「話は変わりますが、私弱い者いじめは嫌いなのです」

 

 ヴィトーに切りかかった男は一瞬で逆に切り刻まれる。

 

「ぐ、ああ…………」

「が、人が泣き叫ぶ声は、それ以上の好物でして………」

「!?」

 

 そのまま冒険者を痛めつけるヴィトー。何度も蹴りつけ雪原に冒険者を転がす。

 

「嗚呼、なんて矛盾。酷いと思うでしょう、皆様も? 思慮も分別も作法(マナー)すらない。我ながら呆れ返っていまして」

 

 言葉も暴力も止めず、冒険者を痛めつける。

 

「私という存在がいること自体、世界の欠落の証明にして立証。やはり瑕疵(かし)は滅ぼしてでも正さなくてはならない!」

「………………」

 

 既に事切れていた。ここまで脆いと気づかなかったと嘯き、逃げ出す冒険者の背を見る。

 

「おっと、逃げるのですか? 亡骸(なかま)を置いて? 本当に? それでよろしいので? くっ……………フハハハハハハハッ! 逃がすとお思いですか? いいえ、逃げられない! 逃がす道理がない! こんな光景、神々が見ていたなら笑うことでしょう! こう言うに違いない! 『あぁ、可哀想に──死んでしまった』と! そこは戦わなくては、誇り高く、最後まで足掻く! そう『英雄』のように……」

 

 そして新たな骸が転がった。




街娘と英雄の会話
「ああ、アーニャ違うよ! お肉屋さんはそっちじゃないよ!」
「地図逆さまで逆に良くここまでこれたな」
「感心してる場合じゃないよ! あ、よし、ちゃんと道がわからなくなったから人に聞いてる」
「路地裏に連れ込まれそうになった挙げ句、仲間らしき奴等が後からついてってるがな」
「ヴァルド何落ち着いてるの!?」
「冒険者ですらねえ。ほらぶっ飛ばされた」
「もう……アーニャもだけど、あの人達も後で反省させなきゃ」



「蝶々追い掛けたり、お昼寝したり、ぼったくられてたり色々あったけど後は帰るだけだね。食材も間違えてるけど………ヴァルド、先に帰ろう。運んで?」


「ふっふーん。ミャーの手にかかれば初めてのお使いもお茶の子さいさいなのニャ! プギャ!? 何でデコピンするニャ!?」


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誘拐

Q.ゲームであった聖夜祭衣装のファッショショーをやったらヴァルドは誰が一番かわいいって言うの?
『PN普通の街娘』
A.あの中ならシル


Q.ヴァルド君は結構ただれた関係を沢山持ってるけど、最終的に落ち着くのかい?
『PNジャガ丸くんの神様』
A.相手がそれを望むなら。ただその場合戦争が起こる。彼の弟子もおそらくは………


Q.ヴァルドは神様やリヴェリア様を除いた人類の中で誰が一番綺麗と思ってるのかしら?
『PN究極優美絶対(ハイパーパーフェクトビューティ)正義美少女(フォージャスティスガール)
A.輝夜


Q.ならなら、一番可愛いと思ってる女の子は? 娘枠は抜きで!
『PN超可憐紅髪少女(ウルトラプリティースカーレット)
A.輝夜


Q.ヴァルドはアレンのことをどう思ってるのかしら? それ、ちゃんと伝わってるの?『PN恋人探し中』
A.最初は競い合うライバルでお互い認め合っている………と、本人は思ってたが最近何故か嫌われていることに気付いた。伝わってたらこんなことにならなかったかなあ


「ミノタウロスの角から作られた短剣か」

「はい! 牛若丸っていうんです!」

 

 赤い短刀を嬉しそうに見せてくるベル。そうなると新しい戦闘スタイルとして剣と短剣を使い分けるものになるのだろう。どちらも近接とはいえ、その戦い方は大きく異なる。敵の虚をつきやすくなるだろう。

 

「良い名だな」

「あ、はい。本当に…………」

 

 ヴェルフがミノタウロスの角から生まれた短刀だから牛短刀(ミノたん)と名付けようとしていたことを思い出し遠い目をするベル。

 

「明日に備えてよく休め」

「はい!」

 

 明日は初めての中層。体力も気力も万全にするべく休息を取る。ヴァルドはまだ日も沈んでいないので、もう一度ダンジョンに潜る事にした。

 

 

 

 

 豊穣の女主人。もうすぐ開店のため、皆が慌ただしく動く。

 

「あ、誰かゴミを出しといて〜」

 

 と、ゴミを出し忘れていたことを思い出したシルが言うと、生返事が返ってきた。これは後で自分で確認したほうが良さそうだ、といま手を付けている作業に戻る。

 

「………………うんっ。わたしが、やれば………おかあさん、よろこぶ!」

 

 

 

「よいしょ…………よいしょ…………」

 

 裏口を開きゴミ袋を持って歩くノエル。ノエルの体躯には、少し重くて大きい。だけど、終わればシルが褒めてくれると思うと笑みが浮かぶ。

 店に来てくれるヴァルドも、頭を撫でてくれるだろうか?

 

「……………ふふふっ。ほうじょうのおんなしゅじんは、やさしい。あったかい。ポカポカするの。だいすきっ」

 

 もう、さみしくない…………。

 ………………………。

 

「さみ……しい? なに………? さみしい? しらないけど、しってる……」

 

 しっている。それがとてもいやなこと。

 しっている。それから、にげだしたかったこと、

 

「……なに? わたしは………うんと………わたしは………わたしは…………だれ?」

「ノエルさん………」

「…………え?」

 

 

 

 

「………あれ、ノエルは?」

 

 開店準備も殆ど終え、シルはふとノエルの姿がないのに気付く。

 

「そういえば、裏口の方へ行ったの見たニャ〜。ゴミを抱えながら」

「止めろよ………」

「じゃあ私、呼んでくるね」

 

 と、シルがノエルを呼びに裏口から外に出る。

 

「ノエルー? 勝手に出ていっちゃあ…………え?」

 

 返事はなく、静寂が人気のない路地を支配していた。子供の影は一つもない。

 

「ノエル……? どこへ行ったの……?」

 

 暫く辺りを見回して、顔色を変えて店の中に戻る。

 

「ねぇ! ノエルは本当にお店の中にいない!?」

「は、はぁ? いや、いない……けど

ゴミ出しに行ったんでしょ?」

「……………………」

「どうしたニャ? ノエルが居なくなったニャ?」

「私、探してくる!!」

 

 シルはそう言うと店の外に飛び出した。

 

 

 

「…………………いた」

 

 

 

 

 その背を見つけ、走る。歩いているその背に、追いつき、声をかける。

 

「待ってください!」

「………………」

「不思議ですね、最初から貴方を探していたわけじゃないのに……でも、走り出してすぐに貴方の背中を見かけてしまった」

 

 シルの言葉に立ち止まった男は、そのまま黙ってシルの言葉を聞く。

 

「その時におかしいなって思ったんです。ううん、本当はもっと前から気付いていた……貴方が『嘘』しか言っていないことを………聞こえていますよね? 全部、貴方に言っているんですよ?」

 

 返事をしない人影を睨みながら、シルはその名を呼ぶ。

 

「……ヴィトーさん」

「……ああ、私に話しかけていたとは。失敬失敬、気付きませんでした。それで、お美しい酒場の店員さん? どうなさったんです? 随分と走り回っていたようですね、そんなに息が上がっているとは。何か、あったのですか?」

「………ご存知ありませんか?」

「ええ、ええ。全く。見当も付きません」

「そうですか。それじゃあ、ヴィトーさん。随分と大きな鞄ですね」

 

 そういってシルはヴィトーの持つ鞄に視線を向ける。ヴィトーはオラリオを発つことになったと残念そうに伝えた。

 

「私は根無し草の旅人。オラリオにも寄っていただけなのです。暫く滞在していましたが、そろそろ次の街に行こうかと。せっかく素晴らしいお店を見つけて、とても惜しくはありますが…………」

「荷物を持って、旅へ出ると?」

「ええ、もうじき執り行われるグランド・デイや神月祭には興味がありますが、だからこそそろそろ発たないと長居しすぎてしまいそうで……」

「嘘ですね」

「────………嘘、と?」

 

 糸のように細い目を、微かに開き睨むようにシルを見つめる。シルは慌てることなく笑みを返した。

 

「はい、全くの嘘です。笑ってしまうくらい」

「……どうして嘘と断じられるのか、私にはよく…………」

「私に呼ばれていたのに気づかなかったのも嘘ですね? その鞄の中身が荷物というのも嘘ですね?」

「ははは、そう言いがかりをつけられては………」

「もっというと、うちの料理を美味しいと口にしたのも、お気に入りなのも嘘ですね?」

 

 確認するようでありながら、しかしその言葉は確信に満ちている。ヴィトーの浮かべる笑みがどこか薄っぺらくなっていく。

 

「残念です、新しい常連さんが増えてくれなくて。それと、本当にいいお店なのに、貴方には伝わらなかったことも、とてもとても残念です」

「先程から何を言っているのでしょうか? 私の言動が嘘だという根拠はあるのですか?」

「いいえ、ありません」

 

 ()()()()()()()()、嘘を見抜いたなどと証明する事など街娘には出来はしない。

 

「なら………」

「ですが、今は嘘だと確信できます。笑顔が消えていますよ? ヴィトーさん?」

「……………………」

「『嘘』をつくなら、もっと上手に『仮面』を被らないと」

「………嗚呼、不愉快だ。とてもとても不愉快だ。なんなのでしょうね、これは……まるで、私が忌み嫌っている神々と相対しているような………酒場のお嬢さん、貴方、その瞳の中に『何』を飼っているのです?」

 

 言葉の通り不愉快そうにシルを睨むヴィトーは、自身に向けられる薄鈍色の瞳の奥を見据える。

 

「飼っているだなんて。私は私、それ以上でもそれ以下でもありません。ただ、そうですねぇ……化かし合いが上手くなりたいなら、貴方が嫌う神様たちと話すことをおすすめします。本当が嘘か、白か黒か……瞳を見るだけで解るようになりますから」

「………魔女めっ」

「ヴィトーさん、鞄の中を見せてください」

 

 ちょうど、()()()()()()()()()()()()()()()()鞄を見て言うシルに、ヴィトーは笑い出す。

 

「…………くっ。はははははははっ!!」

「……………」

「チェックと言ったところでしょうか? いやぁ、参った参った。化かし合いでこうも負かされるとは。この私が、笑顔(かめん)を忘れてしまうとは。ええ、ええ、なんて道化──フフッ、ハハハ! だかそれもいい! この私が道化とは、ええ、愉快ですとも!」

 

 突如笑い出したヴィトーに何だ何だと視線が集まる。

 

「………貴方の一人舞台に付き合う気はありません。早く鞄を……」

「できないでしょう、お嬢さん? その細腕で鞄を取り上げることも、私を追い詰めることも」

「……………っ!」

 

 冒険者なら或は、力尽くで奪えたかもしれない。しかしシルには手段がない。

 

「……不愉快な貴方に一つ忠告してあげましょう。これ以上関わるなら、後悔することになりますよ?」

「……どういう意味ですか?」

「我々は貴方が思っているよりも、面倒な連中なのです。自分で言って笑ってしまいますが……とても『残酷』な者共です」

「……ご忠告、ありがとうございます。ですが、大丈夫です。私達も、なかなか面倒だと思いますから」

 

 結局ヴィトーの言葉に怯えることなく返すシルに、ヴィトーは不愉快そうに顔を歪めた。

 

「……最後までも不愉快なお嬢さんでしたね……まったく」

「………っ!」

 

 ドガアアアァァァァン!!

 

 不意に街に響く爆音が住民の鼓膜を揺さぶる。

 

「なんだいなんだい!? いきなり爆発したよっ!」

「このままだと火事になっちまうぞ! 早く消せ!」

 

 周囲に混乱と恐怖が広がり、ヴィトーはその隙に走り出す。慌てて追おうにも身体能力の差と爆発騒ぎの混乱で人混みが行く手を遮る。

 

「ちっ、何が起こってやがる!?」

「これはまるで7年前の………!」

「ふええ〜!? は、早く消さないと〜!」

「落ち着いてミイシャちゃん。輝夜、住民の避難誘導、アーディは【ガネーシャ・ファミリア】に連絡を!」

「解りました!」

「う、うん!」

 

 と、そこへ見知った顔を見つけるシル。

 

「すいません、さっきここに大きな鞄を持った男の人見ませんでしたか!?」

「え!? あ、さっきすれ違ったような…………」

「何処に行きました!?」

「何処って、あっちだけど………」

「………っっ!」

 

 と、ミイシャが指さした方向はバベル。シルは直ぐに走り出した。

 

「あ、あれ………シルさ〜ん!?」

「………ミイシャちゃん、豊穣の女主人に行って店員の誰でも良いから今起きたことを伝えて」

「い、今起きたことって!? ええ!?」

「輝夜、ライラ、リュー……後、アーディも。【ガネーシャ・ファミリア】が到着次第私達もダンジョンに向かうわよ」

「アリーゼ? それは、どういう………」

「私の勘がビンビン反応してるの。これよりもっと、良くない事が起こるって」

「わーったよ団長様。久々のフルメンバーでのダンジョンだ」

「聞いたな? 言われたな? ならば疑問など挟むな、団長命令だ」

「わ、解っています!」

「私も?」

「だってアーディ回復魔法使えるし」

「わかった! 任せて!」

 

 

 

 

 

「はぁ………はぁ………はぁ………」

 

 胸が苦しい。息がしづらい。

 胸の痛みを無視しながら、懸命に走る。

 

『──何をやっているの? (あなた)はそんな娘だった?』

『笑わせる。『お遊び』だったくせに。孤児院(あそこ)に行って、すっかり子供に甘くなってしまった?』

 

 頭の中に、自らを嘲笑う声が響く。愚かな行動をする体を、心が嘲笑う。

 

『でも………』

「しょうがないでしょ? 『嘘』じゃないんだから。この気持ちは、決して『嘘』なんかじゃないだから! こんなお別れは違う! 絶対に違う!」

 

 何時か願ったずっとは、続かないことを知っていた。いつか別れる時が来るのを、目を背けながら気付いていた。でも、これは駄目だ。こんな別れ方は違う。

 

「はぁ、はぁ………今、迎えに行くから…………ノエル!」

 

 

 

 

「なんだったのでしょうかねぇ、彼女は。酷く癇に障って………無力な少女が、この私を………」

 

 あの全てを見透かすがごとくの人成らざる異様な目。神を前にしたかのように、こちらの本質へと入り込んでくる薄鈍色の瞳を思い出し顔を歪めるヴィトー。

 

「神に言わせれば、これも下界、と言う奴ですか………くくく」

「ヴィトー様………」

 

 と、そんなヴィトーに声をかける影。白いローブの男。闇派閥(イヴィルス)の残党だ。

 

「おやおや! 出迎えご苦労様! 遅れてしまって申し訳ありません」

「何かあったのですか?」

「あったといえばありました。私の不手際です。全く不甲斐ない」

「………お言葉ですが、その割に、嬉しそうに見えるのは気の所為でしょうか?」

「嬉しそう? この私が!? はははははっ! ええ、正解かもしれません」

 

『『嘘』をつくなら、もっと上手に『仮面』を被らないと』

 

 不愉快な女の笑みと言葉を思い出す。

 

「どうやら私も、『やり込められた』ままというのは気に食わないようです。人並みに、ね………」

「敵対しうる勢力が迫ってくると?」

「ええ。もしかしなくとも、またお会い出来ることでしょう。それが今なのか、あるいは全てが終わった後かは解りませんが。(コレ)が例の代物です。『彼女』に捧げる『贄』の()()……」

「おぉ……!」

「嗚呼、年甲斐もなくはしゃいでしまいそうです。枕元に贈り物を見つけた、そんな朝の気分のよう………」

「我等の大願が、ついに………!」

 

 感動で震える男を見ながらヴィトーもまた笑う。

 

「これが成就に至るかは解りませんが──きっと面白いことにはなるでしょう」

 

 

 

 息を切らし、ダンジョンを駆ける。よくここまでモンスターに襲われなかったものだ。

 

「………シル?」

 

 短い呼吸を繰り返し、走る足に力も入らなくなった頃、声がかかる。重い身体を動かし、相手を見上げる。

 

「ヴァルド………」

「ここで何をしている。今すぐ地上に戻れ」

 

 ノエルが、攫われて………そんな説明しなきゃいけない言葉は沢山あるのに、口から出た言葉はなんの情報もない懇願。

 

「………助けて、ヴァルド」

「解った」



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合流

Q.ヴァルドは偶に私を見て『今日はお前か』って言うのは何で?
『PNただの街娘』
A.心当たりがあるでしょ?


Q.ヴァルド君はあまり関わってほしくないダンジョンのイレギュラーに関わってるんだが、どうにかやめさせられないか?
『PN羽帽子』
A.たとえ神であろうとやると決めた事を邪魔するなら斬ってくるので、何か役に立つことを滅茶苦茶して生かす価値を作っておこう。


Q.恋愛禁止にしたせいで子供達にも恋愛経験者がいない。誰に相談すればいいと思う?
『PN月の狩人』
A.アフロディーテ(笑)


Q.あの子が恋したってマジ!? どんなシュチエーションで恋に落ちたの!?
『PNこの世で一番ゴージャスでラグジュアリーで尊くてエモエモのエモな男も女も跪きたくなるような最強究極無敵な女神』
A.マジです。片腕片目失いながらも蠍の腸から引き摺り出して貰った時かな?


Q.じゃあ、今はあれかしら? 介護プレイ!?
『PN天界下界そして地界(ダンジョン)さえ含めた三千世界で最も美しく気高い至上の美と愛を司る女神』
A.その後ランクアップして得たアビリティのおかげで片目片腕も神経が千切れた脊髄も潰れた足も治ったので看護プレイは数日だけでしたね。


Q.………あんた何言ってんの?
『PNあらゆる美の神すら霞む美しいという言葉さえ足りない詩人が新たな言葉を作りたくなる超絶可憐優美な女神』
A.何って、英雄について?


『会うのは初めてだろ? ウチの店員のシルだ、店を時折手伝うってんなら仲良くしな』

『はじめまして、ヴァルドさん。シル・フローヴァです』

『…………街で見かけたことはあるが、ああ、なるほど。()()()()()()()()()。こちらこそ、よろしく』

 

 彼は意外と人の本質を見ている。だから『私』に直ぐに気付いた。

 

 

『探しものか?』

『え〜っと……子猫? 風邪引いたりお腹空かせる前に見つけられると良いんだけど……』

 

 

『いらっしゃいヴァルド……あれ、その子は?』

『拾った。育てろ』

『え〜……まあ良いけど。こんばんは、()()さん。私はシル……お名前の前に、お風呂入ろっか。風邪、引いちゃうもん』

 

 『私』が『友人(シル)』として接してる間だけだ。この関係は、たった一つの、だけど何よりも重い『嘘』の上に成り立つ関係。

 

『………助けて、ヴァルド』

『解った』

 

 大丈夫、解ってるよ。私は友達でいい。それ以上は、望まないから。

 

 

 

「あっち!」

 

 片腕でシルを支えながら、シルの指示に従いダンジョンを駆けるヴァルド。シルはノエルの気配を『覚えた』。シルにはノエルの居場所が解るのだ。

 

「援軍は?」

「ミィシャさんに、豊穣の女主人の皆に伝えるよう言ってきた。【アストレア・ファミリア】の人達もいたし、あの人達ならきっと………」

 

 戦力としては十分。に、見えるが。

 闇派閥(イヴィルス)が持つ『不正』の遺産。その外法を用いて来たら、解らない。少なくともダンジョンに連れて来る時点で、ノエルに何かをさせようとしている。その何かをするまでは無事だろうが………。

 

「急ぐぞ、しっかり掴まれ」

「うん」

 

 首に回した腕に力を込める。

 自分という荷物を抱えて、ヴァルドは本気で走れていない。本当ならもうもうとっくに追いついている筈なのに。

 

「俺一人ではノエルを追えない。気を落とすな、顔を上げろ。母親(お前)のそんな顔を見たら、あの子が悲しむ」

「………うん」

 

 

 

「…………あれ…………ここ…………え?」

 

 目を覚まし、目の前に現れたのは酷く寂しげな森。葉のない白い枯れ木が薄暗い霧の世界の中に不気味に佇む。

 ここは……()()

 霧に包まれてるとか、薄暗いとか、枯れ木の森とか………人を不安にさせる要素が幾つもあることは関係ない。その場所そのものが恐ろしい。

 大口を開けた怪物の中に飛び込んだかのような、言い知れぬ不安感。

 

「おや……起きましたか? ノエルさん?」

「えっ………? ここ、どこ………? だ、だれ?」

「混乱していますねぇ、そうですよねぇ。ですがご安心を。この私に全てを委ねれば何も煩うことはない」

 

 優しげな言葉で語りかけてくるのは、ヴィトーだった。ノエルはしかし不安そうに辺りを見回す。

 

「喚かず、騒がず、暴れず、従順に。人形のように、考えることを止めてください。あるいは………奴隷のように」

「いや……やだっ………こわい、こわいよぉ!」

「ああ、泣かないでください。困りましたねぇ…………」

 

 と、困ったような顔をして片腕を上げるヴィトー。そのままノエルの頬に振り下ろそうとして…………

 

 

「ノエルッ!!」

 

 

「っ!!」

「え、あ………おとう、さん?」

 

 階層中に響き渡る声量の大声。ヴィトーは思わず動きを止め、ノエルが顔を上げる。

 

「ぁ………おと……」

「全く不躾な。あるべき場所へ、導こうとしているだけだというのに」

「か、かえらなきゃ…………おとうさん、むかえに………」

「おとうさん? くく、はは、ははははは!! いやはや、なんとも滑稽な茶番ですねぇ。貴方という存在が、()()としての本能が求めているのですか?」

「ヴィトー様」

「ええ、ええ、このままでは追いつかれるでしょうね。躾の時間も惜しい………時間稼ぎ、おまかせしますよ?」

「っ!?」

 

 ノエルを抱え上げ走り出すヴィトー。悲鳴を挙げられぬように首を締める。その背を追う数名と、その場に残る複数の影。その中の一人が、美しい顔に暗い笑みを浮かべた。

 

「英雄…………英雄かあ。フフ、嗚呼、また格上の【経験値】を頂いてしまうぅ〜〜」

 

 

 

 

「走った! ヴァルドなら、すぐ追い付ける!」

「子供を殴ろうとしていたんだな?」

「うん……」

「外道が」

 

 漏れ出た怒りの気配に本来なら襲いかかる筈のモンスター達も慌てて道を空け、丁度地面から生まれるところだった小竜(インファントドラゴン)の頭蓋が踏み砕かれた。

 

「っ! 魔力………シル!」

 

 と、魔力の高ぶりを感じたヴァルドはシルを抱き締めながら『獣王の毒牙』を抜き放つ。

 

「【荒べ! 悪疫の幻風(かぜ)!】」

 

 魔法、ではない。この禍々しい魔力は、呪詛(カース)

 

「【ハル・レシェフ】!!」

 

 霧の向こうに見えた人影の目が怪しく輝く。見ることで発動する『視線の光線』。眩い黒紫の閃光が広間(ルーム)を照らした。

 

「邪魔だ」

 

 そして勝ち誇った笑みを浮かべながら毒刃を持った男達を切り捨てる。

 

「………ワルサの兵士?」

「は、はあぁ!?」

 

 切り捨てた死体に混じった兵士の服装に見覚えがあり、目を細めるヴァルド。それに目を見開くのは不気味な入れ墨を施した痩躯の妖精(エルフ)

 妖精らしからぬ血の匂いが鼻に付く。

 

「何故、何故だ!? お前の目には、『最愛』が映っているはず!?」

 

 エルフ……【ラシャプ・ファミリア】の団長シールの呪詛(カース)【ハル・ラシャプ】は幻影の呪い。姿、香り、声、感触、全てがその記憶から再現された本物の『最愛』を映し出す。英雄とも謳われる程の戦いを経験しLv.8という規格外の偉業をなしたのなら、『犠牲』も払ったことだろう。仮に生きていたとしても、早々手にかけられるはずがない。故にこそシールは己の最愛の悪疫(ハル・ラシャプ)が破られるなど想像もしていなかった。

 

「俺に呪詛(カース)は効かん」

 

 だがヴァルドには、呪いも毒も病も一切合切通じない。大地を殺す毒の王を相手に耐久戦をするという頭のおかしい【経験値(エクセリア)】が与えた発展アビリティ『加護』の前では、呪いだよりの呪詛師(ヘクサー)などあまりに脆い。

 

「…………『最愛』?」

「────」

 

 ポツリとシルが呟く。瞬間、シルを残しヴァルドの姿がその場から消える。

 

「は、え……………は?」

 

 自己を最弱のLv.4であると自覚するシールは呪詛(カース)が効かなかった時点で勝ち目はないと半狂乱になりかけていた。しかしヴァルドが消えたことで混乱に変わる。

 

「………気を遣わせちゃいましたね」

 

 静かな、だがよく響く声にシールや残りの【ラシャプ・ファミリア】の団員達が振り返る。そのシルの美貌に、男達の顔が獣のように歪む。

 

「気を、遣わせた?」

「ええ、はい………ヴァルドは知らないふりをしてくれているんです。だから、今からすることを見られるのは駄目なんです」

 

 耳朶を震わせる美しい声。先程までの恐怖も困惑を忘れさせる声に、距離を取っていたシールも無意識にシルへと近付いていく。

 

「みせ、られない………とは? 『最愛』の者達に、嬲られたい願望でもありましたかぁ?」

 

 下劣な言葉に周りの男達も下卑た視線をシルの身体に送る。

 

「『最愛』の者達? いいえ、貴方達は不愉快です。とても、とても不愉快…………」

「は? 何を、そんなわけが………」

「五月蠅い」

「ッ!?」

 

 言葉が詰まる。無力な少女を前に、男達は立ち尽くす。恐怖、ではない。威圧感ともまた違う、しかし覚えがあるような感覚。そんな『何か』を纏って少女は眉間に皺を刻む。

 

「不愉快……不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快不愉快!! 嬲る? その人の姿で? その人の臭いで? その人の声で? 笑わせないで! その人が、私の『最愛』な訳がない! それは駄目なの、それだけは駄目なの………!」

「な、何を言って…………」

「だって………だって『私』が彼を求めてしまえば、この関係も終わりだもの。彼は『私』から逃げてしまうもの…………だから、ええ。彼を『最愛』と嘯くなら、私は貴方を、貴方達を許さない。絶対に」

 

 彼女を知る者ならば想像もできない冷たい声。何か不味い。何かされる。解っているのに、体が動かない!?

 

『跪きなさい。その姿で、その目を私に向けることは許さない』

 

 ()()()()()()()()()()()()

 世界から音が消えたような錯覚に陥るほど、全ての感覚がシルを感じるために使用される。

 【ラシャプ・ファミリア】の眷属達と彼等についていき欲望の限りを満たすことを選んだ者達が、シールすらもその場に跪く。

 

「私の愛が欲しい?」

 

 それは笑みだが、氷のように冷たい。敵意を隠しもしない、嗜虐的な『魔女』の笑み。しかし今のシール達にとっては何よりも愛おしく、その質問は直ぐにでも答えなくてはならないものだった。顔を上げぬまま、恍惚とした顔を地に向けながら叫ぶ。

 

「はい! はい! ぜひ、どうかっ、貴方様のご寵愛を!!」

「嫌よ。だって、ええ………貴方達がその姿で生きているだけで、私の心は傷つくもの」

「ッ! ああ、ならば、どうか! この命を持って精算を!」

 

 『惨劇』は一瞬。

 【ラシャプ・ファミリア】の面々は各々の得物を己の首に突き刺す。シルを不快にする時間を少しでも減らすためにシールすら解呪の呪文を唱えず自害した。

 

「…………」

「終わったか?」

「ひゃ!? ヴァ、ヴァルド………」

 

 血に染まった草原を無表情で見下ろしていたシルの背後に音もなく戻ってきたヴァルド。シルは申し訳無さそうに顔をふせた。

 

「………ごめん、余計な時間を………」

「………()()()()()()()()()、許せなかったんだろう? 謝罪は不要だ。ノエルの母である前に、お前はお前だ。ただ、少しばかり負担がかかるのは我慢しろ」

「うん」

 

 再びシルを抱え走り出すヴァルド。シルは今の顔を見せたくないのか、ヴァルドに額を押し付け黙り込み指だけで行き先を示す。

 

 

 

「まじかまじか〜。一気に死んだな〜、英雄ってやべぇ〜」

 

 『扉』の前で少年神はゲラゲラ笑う。神が刻んだ『恩恵』が消えていくのを感じ、自身の眷属が殺されたことに特に気にした様子もなく、一頻り笑ったあとはぁ、と息を吐いた。

 

「自慢の眷属も失って、残るのはオラリオで勧誘した役立たず。うっは〜、これで僕パシリ決定じゃ〜ん。じゃあ、早速仕事しないとね☆」

 

 

 

 

「!? 『神威』………?」

 

 ダンジョンで放たれた神の威光。まだ上層とはいえ、いや、だからこそ危険だ。

 

「グギャオオオオオオオ!!」

 

 聞こえてくる敵意の籠もった怪物の咆哮。この辺りにいる冒険者達では、歯が立たない。

 

「先に塞がれた階層の出口を破壊するぞ」

「え、でも………」

 

 ここで殺さなくては、冒険者に被害が。ヴァルドがそれを放置するなんて、と困惑するシルを抱えたまま走るヴァルド。

 背後で大きな魔力が弾け、怪物の悲鳴が聞こえた。

 

「援軍が来た…」

 

 下の階層に続く連絡路。岩で塞がった通路を前に、ヴァルドはシルを大きな岩の陰に避難させ、瓦礫を吹き飛ばした。

 

「びっくりしたわ! 何で上層に深層種(ペルーダ)が?」

「しかも黒光りして大きいのニャ!」

「いや、その言い方はどうかと」

「あらあら、何を想像したのですかねぇ?」

「黒くて大きいのはあれニャ! ゴキ──」

「おいくだらねえこと話してるんじゃねえよ」

 

 話し声が聞こえてくる。駆け足が聞こえる。全員女………。

 

「爆音の場所は、ここね! 追い付いたわ、シルちゃ…………ヴァルド!?」

「説明はあとだ。行くぞ」

 

 口数が少ないなんてものではない。

 シンプルという言葉が可愛く思えるほど説明のせの字もないその言葉に。

 

「「「「了解!」」」」

 

 【アストレア・ファミリア】とアーディは従う。だって、彼が自分達に力を借りるとしたら目的は誰かを救うこと。

 

「やってやるニャー!」

「ノエルを助けるってことでいいんだよね?」

「そうじゃないならシルが居る訳ねーニャ」

 

 戦車の片割れ、賞金稼ぎ、暗殺者達も素直に従う。正義の派閥ほどではないが、ヴァルドという人間をよく知っている。

 第一級、第二級、Lv.8。恩恵のないシルを入れても深層に容易く挑めそうなメンツが闇派閥(イヴィルス)を追い掛けた。




因みに輝夜さんはヴァルドに抱えられているシルを時折チラ見します


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精霊獣

 シルの案内の下迷宮を駆ける一同。

 シルを抱えるヴァルドの代わりにアリーゼ、リュー、アーディ、輝夜が道中襲いかかってくるモンスターを切り飛ばしていく。

 

「さすが第一級………あたし等いらなくね?」

「ニャ!? そ、そんなことないニャ! ミャー達が行けばノエルも安心するのニャ!」

「ま、それはそうかもニャー」

「…………普通についてくんだな。中々高ぇステイタスみたいだが、何もんだ?」

 

 その後衛で手持ち無沙汰にLv.5の戦闘を見ている豊穣の女主人の店員達に、後ろからの襲撃に備えるライラが疑問を口にし全員の顔色が変わる。

 

「まあなんとなく心当たりはあるんだけどよ」

「「………………」」

 

 アーニャはともかく、クロエとルノアは闇派閥(イヴィルス)ではなかったとはいえ『悪』に類するものだった自覚があるため脂汗を流す。

 というか闇派閥(イヴィルス)と癒着していた商会の依頼を受けたことが何度かあった。

 

「あたしだって褒められた人生歩んできたわけじゃあねえよ。ヴァルドが何もしてねえなら、根は良い奴か性根が腐ってても悪ってわけじゃねえんだろ」

 

 因みにアタシは後者な、と笑うライラ。

 自分達はそのどちらでもないのだが、と言いたげなクロエとルノア。

 

「自分が悪党と自覚してんならマシだろうよ。闇派閥(イヴィルス)の中には可哀想な自分達を『正当化』する奴等だっていんだからよ」

 

 世界への不平不満、自分だけが失ったと嘆き他者から奪いながらも『正当性』を疑わない己の『悪』。それに比べれば彼女達は遥かにマシだ。

 

「っ……行き止まり?」

「どういうことニャ、シル。やっぱり山勘?」

 

 ノエルの居場所が解るというシルの案内で辿り着いた壁にルノアとクロエが困惑する中、ヴァルドが目を細め壁を見る。

 

「…………いや、あっている」

 

 異端児(ゼノス)達とその場所を探し、時に利用する『未開拓領域』にして『安全領域(セーフティーポイント)』の入口に似た雰囲気を感じ取るヴァルド。

 

「ルノア、その岩を砕け」

「え? まあ良いけど………おおりゃあ!!」

 

 困惑しながらもヴァルドが指した岩を殴りつけるルノア。付与(エンチャント)も無しに、途轍もない轟音が響く。間違いなくLv.4の中では最強クラスの『力』の能力値(アビリティ)

 

「うっし!」

 

 ガラガラと崩れる人より巨大な岩。クロエがうわ〜、とドン引きしていた。が、吹き抜けてくる風に気付く。

 現れたのは薄白い洞窟。

 

「『未開拓領域』………? それも、かなり広い」

「間違いない。ノエルはこの先………」

 

 マッピングされていない未知の領域に目を開くリュー。シルはヴァルドの服を掴む手に力を込め呟く。

 

「これは、雪か?」

「雪っぽいけど、雪じゃないニャ」

「水晶の欠片ですねぇ、かなり細かく、触った感触は雪そのものですが」

 

 溶けない雪。差し詰め幻想の雪原と言ったところだろう。

 ルノアが砕いた岩はダンジョンの修復機能で修復されていくが、かなり速い。今まで見つからずに済んだのはこれが理由だろう。謀をするにはこれ以上ない環境。

 

「来るぞ」

 

 敵の拠点である証明のように現れる食人花達。怪物祭(モンスターフィリア)にも現れた怪物に、やはり相当深い闇が関わっている事を確信するアリーゼ達。

 

闇派閥(イヴィルス)の残党、正確には死んだはずの邪妖精(リャナンシー)白髪鬼(ヴェンデッタ)が操っていた新種だ」

 

 一部の第一級のいる派閥のみ公開されている闇派閥(イヴィルス)怪人(クリーチャー)の情報を思い出し、アリーゼ達は顔を顰める。

 ヴァルドがほぼ壊滅状態にしたとはいえ根強く残っていた都市の闇。本来なら都市に残った自分達が祓わねばならなかった存在。

 

「気を病むな。俺の失態でもある………今度こそ殺し尽くす。その時は頼む」

「………お前が、私達に頼むだと?」

 

 ヴァルドの言葉に食人花を切り刻みながら反応する輝夜。

 

「ああ、事実俺一人では殺し尽くせなかった」

「……ヴァルド、顔怖いよ。ノエルを迎えに行くんだから」

「そうか? すまない」

 

 闇派閥(イヴィルス)の過去の所業、残党が生きていたこと、ディース姉妹やオリヴァスを思い出し顔を顰めるヴァルドの頬にシルがそっと手を添える。

 闇派閥(イヴィルス)や自身の未熟に思うところはあれど、一先ず気を落ち着かせるヴァルド。

 

「お前、5年経ってもそういうところ変わらねえなあ………」

 

 ライラが呆れたように言い、クロエがウンウン、と頷く。と、不意にクロエ達の耳がピクリと動く。

 

「追加で来るニャ!小型種複数と………新しい足音!」

「おっけー! リオン、魔法詠唱!」

「はい!」

 

 アリーゼの言葉に詠唱を始めるリュー。Lv.5のランクアップで覚えた『魔導』による魔法円(マジックサークル)が広がり膨大な魔力が大気を揺らす。

 

「『魔法剣士』になっていたか」

「そうよ!ただでさえ高威力のリオンの魔法が更に跳ね上がって、大抵のモンスターなら魔石ごと轢き潰して稼げなくなるわ!」

「なら、放て。()()を近付けさせるな」

 

 何故か得意げなアリーゼはヴァルドの言葉に奥からやってくるモンスターを見る。

 

「芋虫!?気持ち悪ぅい!リオン、やっちゃって!」

「はい! 【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 リューの魔力に反応し速度を増しながらボタボタと口から液を吐きながら迫る芋虫の群れにアリーゼが叫ぶ。リューが放った風を纏う光弾は芋虫たちを擦り潰し、引千切る。

 

「「「────!?」」」

 

 飛び散った体液が壁や床を溶かし、無事だった芋虫も溶かされ、体が異様に膨らみ爆発する。交じっていた複合体も悲鳴を上げながら溶けていく。

 

「ちょ、あれ通れない!」

「問題ない」

 

 ヴァルドはそう言って懐から取り出した小瓶を投げつける。瓶が溶け中身の白い液体が広がると同時に白い煙が広がり腐食液を凍らせた。

 

「知人の魔導具制作者(アイテムメーカー)に作らせた氷結薬(クリスタルドリップ)だ」

「ふーん、【万能者(ペルセウス)】?」

「別人だ」

 

 ライラは薬品に興味を持つがヴァルドが答える気はないと気付いたので今は追求しないことにする。

 

「まだまだ来るニャ! て、後ろからも!?」

「挟撃するつもりか………シル、コレ着てろ」

 

 ヴァルドはシルを降ろしてから『獅子王の外套』を着せる。普通のモンスターならば深層種であろうと傷を付けることは出来ない。

 

「げぇ! また芋虫!?」

「奥になんかでかいのいやがるぞ!」

 

 現れたモンスターは先程と同じ芋虫と、芋虫に酷似した下半身を持つ女体型。そして──

 

「炎を纏ったヘルハウンド?」

「この気配、まさか………!」

 

 全身から炎を吹き出しながら駆けてくるヘルハウンドに、妖精(エルフ)のリューが混ざった気配の正体に気付く。放火魔(バスカビル)の異名を持つモンスターとはいえ、炎を吐き出すだけのはずのモンスターは全身から溢れる炎を揺らしながら大口を開けた

 

「グォワ!」

 

 吐き出された炎は深層の竜の息吹にも匹敵にする赤い津波となって迫った。

 

「ッ!! 【燃え上がれ(アルガ)!!】」

 

 直ぐ様飛び出したアリーゼが炎を纏い迎撃する。2つの炎が互いを焼き尽くさんと空気を飲み込み唸り声を上げ弾ける。

 

第一級(アリーゼ)の魔法と互角!? おいおい、強化種ってレベルじゃねえぞ!?」

「………『精霊』を取り込んでいる!」

 

 ライラの言葉にリューが忌々しげに燃えるヘルハウンドを睨む。その延髄に突き刺さった短刀、血走った目、ダラダラと垂れ流される唾液。その症状には見覚えがあった。

 

不正(アパテー)の狂化兵か!」

 

 薬と呪詛で体を壊すほどの力を与える代わりに精神を侵し、強制的に『武器化』した『下位精霊』を取り込ませたモンスター。モンスターであるなら魔石食いによる強化もなされているだろう。

 

「ん?」

 

 と、女体型が周囲に輝く粉を撒き散らす。ヴァルドが剣圧で吹き飛ばすと同時に粉が爆発した。

 

「まじかよ、こんなのあと何体もいやがるぞ!!」

 

 精霊狂化モンスターに芋虫の女体型。前からも後ろからも迫る群の脅威度は深層深部にも匹敵するだろう。

 

「先に行け。殿は俺が引き受ける」

「え、でも………!」

「俺以外に奴等の腐食液に耐えられる者が居るか?」

 

 ヴァルドが残るという言葉に難色を示すアリーゼだったが、何もかも溶かす芋虫型の腐食液に耐えられるかと言われれば言葉に詰まる。アリーゼなら腐食液が身体にかかる前に魔法で蒸発させられるだろうが、爆発する粉塵は別だ。

 

「理解したなら行動に移れ。【輝け(クレス)】」

 

 発動された魔法に反応する女体型。吐き出した腐食液を『黒風(かぜ)』で吹き飛ばしたヴァルドは女体型に腕を突き刺し内側から雷光で魔石を焼く。

 

「…………私達に出来ることはなし! 突っ切るわよ!」

「っ! ああ……!」

「わかり、ました」

 

 輝夜とリューが悔しげに顔を歪めアリーゼの判断に従う。

 

「アーニャちゃん、シルちゃんをお願い!」

「解ったニャー」

 

 と、シルを抱えるアーニャ。ヴァルドの魔力に反応している女体型の間を擦り抜け、魔力に反応しないヘルハウンドが襲いかかろうとしたがヴァルドが尾を掴み女体型へ投げ付ける。

 

「──────!?」

 

 途中迄腐食液を蒸発させていたが源泉とも言える女体型の中に押し込められやがて溶ける。ヴァルドは残った精霊の武器を取り出すと背後から迫ってきたヘルハウンドが吐き出した炎を生身で突っ切り頭を握り潰す。

 

「──────!!」

 

 分厚い鰭のような腕を持つ女体型がその腕をヴァルドに叩きつける。ボフッ!と粉塵が吐き出され、爆炎がヴァルドを飲み込む。

 大概の冒険者ならこれでかなりのダメージを与えるだろう。後は腐食液でも吹きかければ終わる、女体型の必勝法。

 相手が並の冒険者であれば、だが。

 

「!?」

 

 ザンッと腕が斬り飛ばされる。

 爆煙から飛び出してきた影に慌てて腐食液を吐き出そうとするが首が切り落とされ、死体が爆発し周囲に腐食液をばら撒く。

 

「「「────!?」」」

 

 降り注ぐ腐食液に体の表面を溶かされる女体型。ヘルハウンド達は炎で腐食液を焼くが、ヴァルドが一匹の頭を踏み潰し新たな精霊の剣を回収。

 

「っ!!」

 

 粉塵が腐食液と反応したのか特大の爆発が起こる。吹き飛ばされたヘルハウンド達は下位とは言え精霊の奇跡を以って傷を癒やすが、復帰する前にヴァルドが精霊武器を回収し、切り刻む。

 

「これを量産されてるとなると、厄介が過ぎるな」

 

 自分なら兎も角、下位の冒険者達にとっては脅威そのものだ。特に芋虫型が厄介極まりない。不壊属性(デュランダル)の武器を複数揃えるという、上位派閥でも顔を顰めるレベルの出費だ。

 

「………残りでインナーも作らせるか」

 

 ズボンは『獅子王の外套』と同じ素材だったが、インナーは少し丈夫程度の物だった。腐食液と炎でボロ布になったインナーの残りを破り捨てヴァルドはシル達を追おうとして、再び響く爆音。ドドドと雪崩のような音が響いた。

 

 

 

 

「うぅ………ああぁ………」

 

 粉水晶の雪原に連れてこられたノエルは()()を見て顔を青く染める。

 

「やだ、なに、これ………いや、やだっ! こわい!」

「随分なご挨拶ですね。それでは『彼女』が悲しんでしまいますよ? せっかく貴方の新しい『家族』になるというのに」

「かぞくじゃない!」

 

 怯えるノエルを嘲笑うヴィトー。自分よりも『家族』という繋がりを嘲笑されたノエルは怯えながらも叫んだ。

 

「かぞくは、もっと、ぽかぽかするの! あったかいの! おかあさんとおとうさんとみたいに! でもっ………これはちがうもん! ちがうんだから!」

「違うと言われましても………理屈として正しいのは私の方なのですよ? いいですか? 『彼女』は、貴方と同じ──」

「ヴィトー様、少しよろしいですか?」

「……何がありました?」

 

 言葉を続けようとしたヴィトーに闇派閥の団員が声をかける。

 少し不機嫌そうに睨むヴィトーに尻込みしながらも男は言葉を続ける。

 

「………件の連中が、この秘境まで………」

「…………ほう」

 

 その言葉に糸のような目を歪めるヴィトーは再びノエルに視線を向けた。

 

「朗報ですよ、ノエルさん……貴方が『家族』と呼ぶ方々が、ここまで来たそうです」

「えっ……? おかあさんと、おとうさんが? アーニャたちも?」

 

 家族という言葉に、ノエルの瞳に希望の光が灯る。

 

「ええ、ええ、とても勇敢な方々です。我々が困ってしまうほどに、『面倒』な輩ですとも。おっと、しかもかの英雄までいるとなると………これは急がねばなりませんねえ。ですが、ええ………ちょうどいい」

「……っ!」

 

 不気味な笑みにノエルが怯える。ドロドロとした悪意がヴィトーの言葉に、瞳に、顔に宿っていた。

 

「どんな方法を試そうか思案していましたが、彼等を利用することにしましょう。ここに居る全ての構成員に連絡を、侵入者を始末し、その首を持ってくること。ああ、英雄はどうせ無理なので何とか引き剥がしてください。彼にしか倒せないモンスターでも放てば、あるいは………」

 

 それでも数秒しか止められないだろうと当たりを付けるヴィトー。

 

「切り離し次第通路を火炎石で爆破。ここに来るまでの時間を稼ぎなさい」

「はっ」

 

 言外に死んでこいと言ったヴィトーの言葉に誰一人反論せず従う。

 

「手始めに、こちらはしっかり抵抗しましょう。ええ、しますとも。愉快に、滑稽に、全力で。敗れるもよし、抜けてくるもよし、喜劇も悲劇も惨劇も、全て取り揃えておりますとも! できるなら飛び切りの『英雄譚』を! 私が愛する悲壮の物語を!」

「……おかあさん、おとうさん………みんなっ……」

 

 ここにいない家族に悪意を向ける男に、ノエルが泣きそうな声を絞り出す。その声に反応してくれるものはここには居ない。

 

「同胞達よ! ヴィトー様からの厳命だ! この領域に侵入した連中を抹殺せよ! 我々の大願は、直ぐそこにある! 不条理なる世界に鉄槌を下す日は近い!!」

 

 彼等は世界に『悪意』を振りまき悪を成しながらも、自らの『正義』を疑わない。自分達だけが『可哀想』で、世界そのものが自分達を苦しめてくるとし『正当』な『復讐』を成し、邪魔する『悪』を滅ぼさんとする。

 

「その前に、奴等の血で大願を彩るのだ! 殺せ! 殺せ! 一人残らず蹂躙せよ!」

「「「はっ!!」」」

 

 自らの使命感に酔った闇派閥の男も女も、己の行動になんの疑問も持たず動き出す。ヴィトーは唯一人、そんな光景を蔑むように見つめていた。



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例え何者でも

Q.輝夜は何故ヴァルドさんの前ではあぐらも欠かず暑くても下着姿にならないのでしょう? 他の男性と明らかに扱いが違います………。
『PN疾風』
A.PNの意味も理解してないことと良い、だからお前はポンコツなのだ。


Q.ヴァルドに開発中の放電機能付きゴーレム壊された。ちょっと無断で髪の毛をもらい、少し暴走しただけなのに。費用が無駄に……彼奴絶対許さん! どうすればいい?
『PN皮膚と肉が恋しい』
A.制作費言えば金と新しい素材を持ってきてくれるよ。後一回謝れ


Q.時折側近の様子がおかしくなる。働かせすぎたのだろうか?
『PN祭壇の椅子石にした奴絶対許さん』
A.一年以上寝ない奴も居るんだし大丈夫大丈夫。


Q.ヴァルドっちと新入りが暴れて母ちゃん哭きそうなんだけど、毎度毎度止めるのも大変でよぉ。どうすりゃ良い?
『PN赤いトカゲ』
A.「そういう事はもっと岩盤が硬いここより深層でやれ」と注意しましょう。え、無理? ………まあヴァルドもその辺気を使ってるから何時もギリギリで止まるでしょ?


Q.あの馬鹿ども外に追い出したい。
PN『■■■■■』
A.黒いのと骨を連れてこいよ、群れでな!


「ふっ!」

「おらあぁ! 退きやがれ!」

 

 先行するのはアリーゼとルノア。

 道が広がっていき、現れるモンスターの数も増してきた。連携など苦手なルノアと炎の付与魔法(エンチャント)を持つ二人が目の前の敵を蹴散らし、二人の攻撃を掻い潜った食人花をアーニャや輝夜が相手する。

 元暗殺者のクロエと小人族(パルゥム)のライラは大型種に対して火力不足なのでシルの護衛。倒し難いが倒せないわけではない。

 リューとアーディは回復魔法を持つため今は待機だ。

 

「燃えるヘルハウンドとやばい芋虫がいねーニャ」

「全部ヴァルドに向かわせたか………あるいは」

 

 と、クロエが暗殺者時代の口調で目を細めた瞬間、背後から爆音が響く。続いて雪崩のような轟音。

 

「っ! 通路の破壊? 分断されたか!」

「ミャー達だけなら勝てると思われてるニャ?」

 

 輝夜の言葉に不快そうに顔を顰めるクロエ。だがまあ、ヴァルド・クリストフという存在の理不尽さを思えば他の冒険者が有象無象に見えるのも道理だと思う自分も居る。

 

「あ、あの………大丈夫なんですか? その、生き埋めとか」

「「「「生き埋め程度で死ぬならとっくに死んでる」」」ニャ」

「えぇ…………」

 

 分断ではなく生き埋め目的の破壊ではないかと心配するシルに全員が声を揃えて言う。信頼の表れと取ればいいのか、シルは何とも言えない顔をした。

 

「通路があります。恐らく、この先が『未開拓領域』の深部でしょう」

 

 モンスターを倒し終え、リューが先に続く通路を見つけた。17階層の広さを考えれば、そろそろ深奥。

 

「ノエルが居るなら、そこなんでしょ?」

「そうね! 『ボスは一番奥にいるのが相場』って神様も言ってたわ!」

「適当なこと抜かしてんじゃねえよ団長。でも、まあ…………」

「罠の匂いがプンプンするニャァ」

 

 ルノアの言葉にアリーゼが良く分からない根拠でライラを呆れさせ、クロエが目を細める。

 その意見に同意なのか、全員奥に広がる闇を警戒していた。

 

「皆さん、気を付けて……」

 

 戦う力のないシルは皆の無事を祈るしか出来ない。それでもこの先に娘がいるのだ、進まない道理は存在しない。

 

「……広い」

「うん、ホールみたいになってるじゃん。上にもなんかあるし。なにあれ?」

 

 サクサクと音を奏でる水晶雪は、その広大な広間(ルーム)を本物の雪原のように彩る。上には水晶で出来た橋が幾つも伸び、まるで空中回廊のようだ。

 本物の雪のような水晶雪も合わさって、氷の世界のようだ。寒くはないが………。

 

「いかにも『ぼす』がいそーニャ!」

「きっと一番奥に待ち構えてるのね!」

「どういう理屈なのでしょうねぇ? 一番奥…………!?」

 

 アーニャとアリーゼの言葉になんとなしに奥を見る輝夜。そして、()()を見つけた。

 

「あれは…!」

「「「!?」」」

 

 輝夜の言葉に広間(ルーム)の奥に視線を向け、それを見つけた。

 

「なんニャ、あれ!?」

「デカい…………それに、人型? あれ、モンスターなの!?」

「少なくとも、我々は知りませんねえ」

「ミャーもニャ! あんな変なの、『深層』でも見たことないニャ!?」

 

 深層に潜ったこともある【アストレア・ファミリア】やアーニャも知らない未知の存在。2つの花を持った怪物の下半身。そして、人の形をした上半身は女神にも劣らぬ美しさを持っていた。瞳孔も虹彩も存在しない淀みがかった瞳は開いたまま動かない。凍りついたかのような水晶に覆われていた。

 

「──お気に召してもらえましたか?」

「!? てめぇは!」

 

 かけられた声に反応し振り向いたライラは、その人物の顔を見て不快げに顔を歪める。立っていた男、ヴィトーはそんな彼女達に貼り付けたような笑みを向ける。

 

「『彼女』こそ、我々を導く真の女神。破壊の暴力の化身にして、世界是正の象徴です!」

「………生きていたか。あいも変わらず、思ってもいないことをペラペラと」

 

 輝夜もまた不快そうに眉根を寄せヴィトーを睨む。ライラよりも遥かに怒りに満ちている。シルもまた彼を睨み付け、その隣に連れられた小さな影に気づいた。

 

「ノエル!」

「おかあさん………! みんなぁ!」

「おや、貴方は」

 

 さも今気付いたと言うようにわざとらしくシルを見るヴィトー。駆け寄ろうとするノエルを掴みながら笑みをシルに向けていた。

 

「再会するとは思っていましたが、予想以上に早い。いけませんよ、こんな所に貴方のようなか弱い方が来ては」

「ノエルを返してください!」

「返せ、とはこれまた妙なことを。貴方の『家族』ではないでしょうに………」

「相変わらず、人の揚げ足取るのが好きね」

 

 シルの叫びを嘲笑うヴィトーにアリーゼは呆れたように、しかし敵意を向けて呟く。

 

「ええ、ええ。癖、のようなものでしょうか。捻くれた性格で申しわけない」

「………彼を知っているのですか?」

「そういやリオンだけ顔合わせてねえな。『絶対悪』の眷属だよ」

「!?」

 

 困惑していたリューはライラの言葉に目を見開いて男を見る。

 『絶対悪』それが意味するのは、7年前の『死の七日間』を引き起こした邪神。送還された最悪の邪神の眷属が、生きていた?

 

「その節はお世話になりました。今は別の神の眷属をさせていただいております。まさか貴方方に会えるとは思っていませんでしたよ。全滅しかけたというのに、まだ性懲りもなく闇を払わんとしますか」

 

 その嘲笑に【アストレア・ファミリア】とアーディが肩を揺らす。確かに【アストレア・ファミリア】は闇派閥を滅ぼさんと全滅しかけた。ヴァルドが来なければ全滅、それを逃れたとしても一人しか残せなかったろう。

 

「ええ、払うわ。当然でしょう? だって、誰かが泣くじゃない。その子みたいに!」

 

 涙目のノエルを見つめ、ヴィトーを睨むアリーゼ。誰かが泣くなら、その涙を止められるなら、何度だって闇に挑んでみせる。

 

「それで、貴様は一体その童に何をさせるつもりだ? あの怪物は何だ?」

「『怪物』とは、酷い言い方だ。『彼女』はね、そこの酒場の店員さん達が可愛がっているこの娘と同じ存在ですよ?」

 

 輝夜の言葉にヴィトーはノエルを指しながら演技臭い非難をする。無知を嘲笑う彼に困惑する豊穣の女主人店員と【アストレア・ファミリア】。シルとアリーゼは心当たりでもあるのか目を細める。

 

「どこが一緒ニャ! ノエルはもっと可愛いのニャー! そんな気色の悪いのと一緒にするんじゃないニャ!」

「いいえ、一緒です。少なくとも起源は。何故ならここに眠っている『彼女』も──『精霊』なのだから」

 

 『精霊』。

 『恩恵』のない『古代』に神々が人類に遣わした救済措置。エルフ以上の長い寿命、高い魔力を持ち、奇跡を扱い英雄と共に歩んだ種族。このオラリオにも火妖精の護符(サラマンダー・ウール)水精霊の護符(ウンディーネ・クロス)など精霊と交流しているが、恐らく彼が言っている精霊は『大精霊』。

 

「精霊? あんな気持ち悪いのと、ノエルも?」

「そうなのニャ、ノエル? だから、あの時ミャーの傷を治せたニャ!?」

 

 ノエルに触られ傷が消えたアーニャが思わず叫ぶ。そう言えば、ヴァルドがそれを誰かに見られたか聞いていた。ヴァルドは知っていた? じゃあ、ノエルが攫われたのは自分が怪我をしたから?

 

「…………せいれい? なに?」

 

 が、とうのノエルは困惑するように瞳を揺らす。

 

「わたしが、せいれい? みんなと、ちがうの? わかんない………わかんないよぉ………」

「ノエル……」

「わたしが、せいれいだから…………みんなと、『かぞく』じゃないの………?」

 

 ヴィトーの言っていた言葉を思い出した泣き出すノエル。ヴィトーは水晶に封じ込められた『彼女』こそが家族といった。それは、今ノエルが家族と思ってる存在が………

 

「関係ないよ」

「おかあさん………」

 

 シルはノエルに笑みを向ける。安心させるための笑みではない。本当に心から『娘』に向けた笑み。

 

「ノエルがただの女の子でも、精霊でも、たとえモンスターや神だったとしても………そんなこと関係ない。だって、ノエルはノエルだもん……」

「おかあさん…………」

 

 溢れる涙は悲しみではなく喜び。だからこそ、より一層この二人を守らねばと思う気持ちが強くなる。

 そしてそれを嘲笑う者もここに居る。

 

「いやぁ、美しい。真なる善とは母子の愛ですか。それがたとえ、偽りの関係であろうとも」

「ヴィトーさん……」

 

 心の籠らぬ言葉に睨み付けてくるシルに肩を竦める。

 

「おっと、もう少し心を込めた方が宜しかったですか? 貴方に睨まれるのは怖い怖い。ですがこれで、私達が何故ノエルさんを攫ったのか理解して頂けたのではないですか?」

「分かる訳ねーニャ! ノエルが精霊なのと、お前等が攫う理由は何なのニャ!?」

「ノエルさんには、彼女を目覚めさせる贄になって頂こうと思いましてね」

 

 アーニャの言葉にヴィトーが隠すことなく返し、豊穣の女主人の店員達が目を見開く。

 

「彼女が目覚め、迷宮の『蓋』たる神塔(バベル)を吹き飛ばせば……世界の崩壊はどれだけ進むのか。愉快な想像が止まりません」

「っ! 馬鹿な、バベルを破壊するだと!? 7年前以上の殺戮を振りまくというのか!」

 

 リューが叫び、全員が獲物を持つ手に力を込める。

 バベルを失いモンスターが地上に溢れ出せばそれは人と人との戦争であった7年前の7日間よりも多くの人間が死に絶える事になる。

 

「………あの男、壊れてるわね」

 

 クロエは蔑むような目をヴィトーに向けた。

 

「我々は彼女に目覚めてほしいのです。ですが、彼女は眠り姫のまま………私達がどんなに望んでも、手を尽くしても瞳を開けてはくれない。同族たるノエルさんの悲鳴ならば、と思いまして………嗚呼、ですが折角なら」

 

 

 

「皆様の悲鳴で、『彼女』を起こしてくれませんか?」

 

 

 ヴィトーが指を鳴らすと同時に疑似雪原の中から、空中回廊から芋虫型のモンスターが現れた。

 

「げぇー! さっきの芋虫ぃ!」

「しかも、この数は………!」

「では皆さん、歌って踊ってください。眠っている彼女も思わずこおどりしたくなる、陰惨な歌劇を!!」




その頃のヴァルド
うっかり階層を破壊しないように研削中

因みに今18階層には【ロキ・ファミリア】が居たりする。彼等ちゃんと原作通りの敵と戦えたのだろうか? この章終わったら時系列遡って彼等の冒険も
ところでヴァルドが居たらヘルメス絶対ついてこれないよなぁ。都市外の冒険者依頼でも受けてもらうか………確か精霊の悪夢は都市外のはず。良かったなフィルヴィス、都市外デートだ!


嘘予告

「問うよ、君が私のマスター?」

 月光を反射し輝く金の髪、風を纏う剣を持って少女は、僕にそう問いかける。僕の彼女の運命(フェイト)が、こうして始まった。

セイバー
マスター ベル・クラネル
「聖杯戦争が誰かを傷つけるなら、僕はこの戦争を終わらせます」
サーヴァント アイズ・ヴァレンシュタイン
「聖杯を使って、私は全部取り戻す」


ライダー
サーヴァント アルゴノゥト
「我が名はアルゴノゥト! 猛牛退治をなした英雄なり! へ〜い、そこの英雄譚好きそうな笑顔が素敵なアマゾネスの少女〜! 良ければ私と私とお茶しな〜い!」
マスター レフィーヤ・ウィリディス
「ありえませんありえませんありえません! 私のサーヴァントが、こんなぁ〜!」


アサシン
サーヴァント エイン
「聖杯さえ手に入るなら、彼奴にまた会えるのなら、再び神の玩具に成り果ててやる」
マスター ヘルメス
「さあ、英雄の歩む道を作ろうぜ!」


キャスター
サーヴァント ???
「来るがいい、小娘。嫁と………ついでに英雄の作法を教えてやろう」
マスター フェルズ
「……オラリオ、滅ぶかも。すまんウラノス」


ランサー
マスター フィン・ディムナ
「一族の誇りを取り戻す。その為にも、まずは優勝しなくてはね」
サーヴァント 二代目フィオナ
「私の役目は終わりました。望むものはとうにない………だが()にも叶えたい願いがある」


バーサーカー
マスター ヴァルド・クリストフ
「どれだけの英傑が揃うと、それでも勝つのは俺達だ」
サーヴァント アステリオス
「ヴゥオオオオオオオオ!!」


アーチャー
マスター ヴェルフ・クロッゾ
「聖杯ってのを手に入れりゃ、希少な素材を取り放題にできんだろ?」
サーヴァント クロッゾ
「「よし! こいつの名前は滅炉凛(メロリン)だ!!」」

久々にサーヴァント差し替えシリーズを見てなんとなく思い付いた。皆はどこが勝つと思う? 俺はバーサーカー陣営に500000ヴァリス。


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境地

オラリオコソコソ噂話
ヴァルドは昔とある男神様に『正義』とは何か? と尋ねられた際自分ではなく正義の味方か英雄に聞けと返したよ。その後それを聞いた極東の姫様に自分をそう思わないのか問われ自分は『悪の敵』と言ったらしい。脛を蹴られたよ。どっちが痛かったんだろうね?極東の姫様に聞いてみ(居合


 ブシュウウウウウと音を立て地面が溶ける。

 触れただけでヤバイと解る腐食液を含んだ芋虫はヴィトーの命に従い襲いかかる。

 

「ああもう、近づくんじゃねえ!」

 

 ルノアが拳大ほどの石を拾いぶん投げる。砲弾のような威力のそれは芋虫型の一部を貫き傷口から溢れた腐食液が撒き散らされる。

 

「──────!?」

 

 のた打ち回りながら腐食液を零す芋虫に、炎を纏ったアリーゼが接近し切り捨てる。腐食液は炎に触れ蒸発する。

 現状接近戦が行えるのは彼女だけ。

 

「誰か短文詠唱で攻撃系の魔法持ちはいねぇのかよ!!」

「ミャーは短文だけど幻惑系なのニャ!」

「ああそうかい黙ってろ!」

 

 悪態をつきながら芋虫型に爆薬を投げつけるライラ。リューが魔法詠唱を始めるが、長文詠唱なだけあり直ぐに撃てない。これがただのモンスターならリューも前衛に交じったのだろうが防御不能の腐食液が厄介過ぎる。

 

「っ! シル、危ないニャ!」

「!?」

 

 と、空中回廊から芋虫型がシル目掛けて落ちてくる。アーニャが咄嗟に槍で殴り飛ばすも槍が溶けてしまった。

 

「シル! 無事ニャ!?」

「う、うん…………」

 

 咄嗟に『獅子王の外套』を頭から被ったおかげで、腐食液による被害はなかった。芋虫型の腐食液にも耐えるらしい。

 

「リオン! 詠唱はまだか!?」

「こうニャったら、ミャーが歌うしか……!」

「「おい馬鹿ヤメロォ! 災害音痴ィ!!」」

 

 何をトチ狂ったのか歌いだそうとするアーニャをクロエとルノアが羽交い締めにした。

 

「フギャー!? 何するニャー!?」

「こんな時に何やってんだ!?」

 

 混乱からコントしだす3人に思わず叫ぶライラ。リューの魔法さえ完成すれば纏めて吹き飛ばせる確信はあるのでライラ自身、あくまで面倒という感想なので突っ込む余裕があった。

 

(だが、これだけか?)

 

 仮にもバベルの破壊なんて御大層な目的を抱えておいて、この程度で得意気になるか? ヴァルド・クリストフが来ているのも知っているだろうに崩れない余裕は何だ?

 後ろのあれが精霊だとしても、それで勝ちを確信するには根拠として弱い。まだ何かを隠している?

 

「【──空を渡り荒野を駆け、何物より疾く走れ。星屑の光を宿して敵を討て】!!」

「ッ! 下がれ団長! 吹っ飛ばせ、リオン!」

 

 疑問は残るが、リューの詠唱が完了した。今厄介なのは芋虫型。その殲滅を優先する。

 アリーゼが下がると同時にリューが魔砲を放った。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 深層のモンスターすら轢き潰す風を纏った光弾。その数58。第一級の『魔法剣士』の放つ風の暴乱は抵抗の間もなく芋虫型を蹂躙した。爆発し腐食液をばら撒こうにも、風に捉えられ吹き飛ばされていく。

 

「ノエル!」

「ッ!?」

 

 その隙にアーニャがノエルを取り返した。第二級とはいえ、『最速』の妹だけありかなり速い。あと単純に、ヴィトーが明らかにノエルに執着していない。

 

「ノエル!」

「お母さん!」

 

 シルがノエルを抱き締めノエルも抱き返す。麗しき母娘のやり取りを、ヴィトーはやはり慌てる様子もなく見守っている。

 

「感動的ですねえ。力を合わせ困難に打ち勝ち、偽りとはいえ母娘の絆を守ってみせた。素晴らしい! まさに私が憧れる英雄そのもの!」

「口を閉じろ下郎。憧れる? くだらん嘘をつくな、お前は英雄を嫌っているだろう」

 

 芝居染みた身振りで叫ぶヴィトーに対し、輝夜は潰れたゴキブリでも見るかのような目を向ける。

 

「随分余裕そうじゃねえか………で、次はどんな手を用意してやがる」

「そんなに睨まないでください。戦力の逐次投入は、数で圧倒してるなら当たり前の手段でしょう?」

 

 魔法で飛ばされた疑似雪(すいしょう)が降ってくる。薄暗いダンジョン内でさらに視界が奪われた。

 

「貴方方に敵わない『伏兵』も、これなら使い道がある!!」

 

 ヒュッ! と煙幕の向こうから飛来する短刀。1つ2つではない、四方八方から絶えず飛んでくる。

 かなりの業物。Lv.4の耐久を突破し傷を付けていく。

 

「ああくそ! 面倒臭え! この程度で第一級がやられると思ってんのか! やっちまえ、お前等!」

「偉そうにしないで頂きたいですねぇ。守る気も失せます」

 

 さらりと守られる側に移動し叫ぶライラに呆れる輝夜。

 確かに数は多い。視界も悪い。だが、それだけ。精々がLv.2程度が放つ投擲など、第一級が4人も居る彼女達に効くはずもない。

 Lv.2だけなら………。

 

「ッ! 危ない!」

「!?」

 

 元とはいえ()()だから気付けたクロエがリューに迫っていた凶刃を代わりに受ける。今の投擲は、明らかにLv.2を超えていた。

 速度に長けたリューならばギリギリ気付き、戦闘不能は免れただろうが動きに支障が出ただろう。

 

「手練……? 違う、暗殺者(アサシン)!」

 

 『隠密』の発展アビリティでも持っているのか、周りに余計な気配が多いとはいえ第一級の知覚を掻い潜った者が数名いる。

 

「ク、クロエ! だいじょうぶ!?」

「大丈夫!? 今治すから!」

 

 と、アーディがクロエに駆け寄る。

 

「【ディア・カウムディ】! って、え………あれ?」

「ニャ?」

「傷が癒えない? 不治の呪い!?」

「「「「!?」」」」」

 

 もしかしなくても、十分やばい。かすり傷一つでも血が止まらないなら致命傷と同義になる。血を流し過ぎれば人は死ぬ。明らかに血を失いすぎても動いた奴は、アリーゼ達が知る限り一人しかいない。

 

「ですが、ええ。それだけでは足りないでしょう?」

「【血と踊れ】」「【血と】」「【血と踊】」「【血】」「【と踊れ】」「【踊れ】」「【血】」「【血と】」「【血】」

「【闇に惑え】」「【惑え】」「【闇】」「【闇に】」「【闇に惑え】」「【に惑え】」

「均一化された詠唱!? 質が悪い!」

 

 本人の精神性や経験から生まれるはずのスキルや魔法。それが同文、同一効果になるとしたら、個を完全に廃し殺しのみに人生を捧げさせた証拠。個性を持つことを許されたクロエの元【ファミリア】もそれはそれで質が悪いが別ベクトルで悍ましい。

 

「体が、重い………異常魔法(アンチステイタス)呪詛(カース)か!」

 

 能力の低下と倦怠感の付与。Lv.差はあれどこの数はそれすら覆す。量より質の時代において、量を以って質を落とす生粋の殺人集団が動きの鈍った冒険者へと襲いかかる。

 

「っ! すいません、私のせいで」

「反省は後にしろ! どのみちあの状況では魔法に頼るほかなかった!」

 

 不用意に魔法を使ったことを悔やむリューに叫ぶ輝夜。暗殺者達の強さはLv.2。高くても3が精々だが、この数と異常魔法(アンチステイタス)の重ねがけは十二分に脅威だ。

 

「くっ、そ………ダリィ。体も動かし難い!」

 

 ここまで重ねがけされれば最早位階下降(レベルダウン)だ。ランクアップ後に体の動きにズレが生じるように、急激なステイタスの変化は冒険者達の感覚を狂わせる。

 

「【燃え上がれ(アルガ)】!!」

「ぐああ!!」

「馬鹿な、効いていないのか!?」

「………異常魔法(アンチステイタス)を覆す強化。魔法だけではありませんね」

 

 動揺する暗殺者達の奥で目を細めるヴィトー。アリーゼは得意気に胸を張る。

 

「フフン、よくぞ見抜いたわね! その通り、私のレア・スキル【正華紅咲(ルブルード・べギア)】の効果は──」

「アリーゼ! だから敵にスキルをバラしては駄目だ!」

 

 過去にも似たような事があり、その時同様リューが止める。

 

「ですがそれなら、更に重ねがけすればいい」

「ならその前に片を付けるまでよ!」

 

 と、アリーゼがヴィトーに向かう。

 まだ十分Lv.5に相応しい速度。Lv.5でも上位に位置する攻撃を、ヴィトーは剣で受ける。

 

「言い忘れてましたが私、これでもL()v().()6()()()()

「なっ」

 

 第一級の中でも、上位!

 単純な膂力の差を持って弾き飛ばされるアリーゼ。

 万全であれば【正華紅咲(スキル)】で迫れたかもしれないが弱体化したアリーゼでは遥かに劣る。

 

「【血と踊れ】」

「!?」

 

 更に重ねがけされる異常魔法(アンチステイタス)

 暗殺者達はその隙を逃さず襲いかかる。

 

「アリーゼ!」

「こっちの心配もしろバカエルフ! 非戦闘員もいんだぞ!」

 

 リューが生んだ僅かな隙に陣形の奥に押し入りノエルを抱き締めたシルへと斬りかかる暗殺者。ライラが暗殺者の首を切り裂く。

 

「形勢逆転という奴です。よしんば逃げ帰れたとしても、不治の病が貴方方を殺す。解呪など間に合いません。絶対。必ず。死ぬのです」

「ころ、す………? しぬ………?」

 

 ヴィトーの言葉にノエルは目尻に涙を浮かべ震える。傷付いていくアーニャやアリーゼ達を見て、今にも零れ落ちそうなほど目を見開く。

 

「ええ、ノエルさん。貴方を助けに来てくれた方々が、死にます。消えてなくなるのです。可愛そうですねぇ。哀れですねぇ。貴方と関わってしまったばっかりに、彼女達は無惨な亡骸を晒してしまう」

「あ、あぁぁ……」

「貴方が地上(オラリオ)に現れなければ………貴方があの酒場に行かなければ………!」

「わたしの………せい?」

「ノエル! 聞いちゃだめ!」

 

 シルがノエルを抱き締め叫ぶ。ヴィトーはそんな光景を嘲笑いながら言葉を続けた。

 

「何を思ってこの世界に現れたのか知りませんが、貴方はとても罪作りです」

 

 

 

 さみしいよ────

 わたしも──みんなみたいに──

 いつか──きっと──

 

 

「貴方のために、貴方の『家族』が死ぬ」

 

 

 

「や……やぁ…………そんなこと………いやああああああああ!!」

 

 光が溢れる。

 それは魔力の光。桁違いな魔力は道理を超え奇跡を起こす。

 

「傷が治った!?」

「ニャ? ニャニャ!? 体も怠くねーニャ!」

呪詛(カース)を一発でかき消した!? 『聖女』様じゃねえんだぞ!」

 

 傷が癒え、倦怠感が消える。理外の治療師(ヒーラー)と呼ばれるアミッドにも匹敵、あるいは凌駕する奇跡に、冒険者達も瞠目する。

 

「精霊の奇跡!」

「…………ノエル」

「はぁ……はぁ…………みん、な………」

 

 傷が治ったアーニャ達を見て安堵するノエル。ヴィトーは、笑みを深めた。

 

「────ようやく使いましたね?それも強大に、見境なく、取り返しのつかないほどの。同胞を呼び覚ますほどの、『力』を!」

 

 バキィ

 

 何かがひび割れる音が響く。

 

「え………ま、まさか………!」

 

 広間(ルーム)全体が音を立て揺れる。

 ヴィトーが精霊と呼んだ異形を覆う水晶がひび割れ砕けていく。

 

「さあ、目覚めの時間です! この世界で最も醜く、美しく! 何よりも清く、悪しき存在! 『穢れた精霊』よ!」

 

 ヴィトーの言葉に反応するように、穢れた精霊を覆っていた水晶が完全に砕け散る。『女』の体は艷やかな髪を靡かせながら天を仰ぐ。

 

『アアアアアアアアアア……アァァァァァァァッ!!』

 

 歓喜の叫びが迸った。

 疑似雪原(すいしょう)が吹雪のように吹き飛ぶ。

 

「ははははははっ! 素晴らしい、これこそ、私が求めていた破壊の化身! では、どうか精霊よ。視界に映る者達を存分に蹂躙してください!」

『【燃エ盛レ炎熱ノ槍】』

「っ!? 詠唱だと、この魔力やべぇ!」

 

 第一級の魔砲をも凌駕する膨大な魔力に青褪めるライラ。すぐに狙いを分散させる為に四方に散る。

 

『【我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)

「げぇー! もう完成した!」

 

 現れる緋色の魔法円(マジックサークル)。短文詠唱によって紡がれていい魔力量ではない。その砲身が向けられるは………

 

「アタシかよ!」

『【ファイア・ランス】』

 

 放たれる炎の大槍。既で躱すが槍が暴発しその衝撃だけで高く吹き飛ばされるライラ。

 

『アハッ………アハハ!』

「がっ!?」

 

 振るわれた触手がライラを吹き飛ばす。地面に激突すると同時に疑似雪原(すいしょう)が舞い上がる。それが面白いのか、穢れた精霊はケラケラと笑う。

 

『フフ。ハハ。アハハハハ!! 【突キ進メ雷鳴ノ槍】!』

「!?」

 

 

 

 魔法に触手。リュー達の知る階層主を超えた圧倒的な破壊力を持つ穢れた精霊は敵味方関係なく楽しそうに破壊の限りを尽くす。第一級が為す術もない。おまけに……

 

「冒険者達を道連れにしろぉ!」

「……………」

 

 命を捨てた闇派閥(イヴィルス)の死兵に、標的を殺すために命を惜しまぬ暗殺者達が生きた枷になろうと掴みかかってくる。

 

「どうやら、この舞台が向かう先は『惨劇』のようですねぇ。精霊の虐殺という名の」

「………貴方だって、ただじゃ済みませんよ」

 

 ノエルを抱きしめながらヴィトーを睨むシル。穢れた精霊は敵味方の区別をつけていない。ただ壊し、ただ殺す。それは恐らくヴィトーとて例外ではない。

 

「それも本望です。『彼女』を解き放ち、バベルを破壊し世界是正の礎になるというのなら。後は、それを確実にするために『生贄』を捧げましょうか?」

「………っ!?」

 

 穢れた精霊の起源はモンスターが数多の『精霊』を喰らい、精霊の自我が乗っ取るもモンスターの性質、即ち破壊と殺戮の本能に支配された存在。

 

「上位精霊である貴方を取り込めば、『彼女』はより強大になる………良かったですねぇ、ノエルさん。本当の『家族』と一つになれますよ」

「いや………そんなの、いや!」

「させません。ノエルを生贄になんて!」

「貴方に何が出来ますか? なんの力もない、嘘を見抜くだけの貴方に!」

 

 より強くノエルを抱き締めるシルを嘲笑うヴィトー。シルが穢れた精霊に視線を向け、再びヴィトーを睨む。その目に銀の燐光が灯りかけ

 

『──────アァ?』

「っ!」

 

 キョロキョロと穢れた精霊が何かを探すように攻撃を止める。シルの肩が僅かに震えるのを見て、ヴィトーは訝しげに首を傾げる。

 

「貴方………『精霊』が反応する()()がありますね。面倒ですねぇ…………殺しておきましょう」

「させるか外道」

 

 一歩シルに近付こうとしたヴィトーの前に輝夜が立ちはだかる。

 

「おや、貴方が立ちはだかりますか。いやぁ、因縁というやつですかね? オラリオ崩壊の前に、相応しい戦いだ」

「くだらん嘘をつくな外道。オラリオの崩壊? 世界是正? 貴様()()()()()()()()()()()()()()()()

「……………もしや単純に、私は嘘が下手なのですかねぇ?」

 

 シルと言い、輝夜と言い。己の本心を見抜く女達にヴィトーは肩を竦めた。つまり、興味がないことを認めた。

 

「以前貴方には話しましたね。私が抱える欠落を」

「………それがどうした」

「私はこれを世界の瑕疵としながら、同時に何か意味があるのではないかとずっと考えていたのですよ。私のような『悪』に堕ちるしかない者がいるのは、世界の瑕疵ではなく意味があるのではないかと!」

「………それで?」

 

 どうせくだらん答えだろうと言わんばかりの輝夜の目を気にすることなくヴィトーは言葉を続ける。

 

「そして見つけました。その意味を………私は英雄に打倒される『悪』であると」

「…………ヴァルドの敵になりたいわけか」

 

 ヴァルド・クリストフに憧れ英雄を目指す者が居る。並び立ちたいと願う者が居る。方向は違えどヴィトーも似たようなものだろう。

 『敵』として、『英雄』に打倒される存在として己の『欠落』には『意味』があったと言い張りたいのだ。

 

「巫山戯るなこのクソ野郎」

「ふざけている? 私が?」

「ああ巫山戯ている。巫山戯ているとも………あの男が英雄だと? 悪を打ち倒すべき世界救済の象徴にでも見えたか戯け。あの男が英雄なわけがないだろう!」

 

 あれは凡人だ。何をまかり間違って英雄に()()()()()()()かなど知る由もないが、ただの一般人として生きるべき、冒険者として劣等と呼べる才覚が精神性だけで覚醒してみせた結果だ。その精神性だって歪なものだ。

 

「私は彼奴が嫌いだ! 世界の為に命を捨てられる、誰かの為なら喜んで死ねるあの馬鹿が大嫌いだ! 本当は死ぬのが怖いくせにその結果誰かが生きれるなら恐怖を押し殺せてしまうあの愚か者が嫌いだ! 私は呪うぞ、奴を英雄に()()()()()()この世界を、己の不甲斐無さを!」

 

 この世界を愛していて、この世界に生きる英雄を誰よりも信じている愚か者。自分という弱者が立ち上がる姿を見せれば皆が後に続いてくれると信じ決して挫けず立ち上がり続け、誰よりも先頭に立ってしまったあの馬鹿が、輝夜は嫌いだった。

 自分が歪んでいる自覚を持っているくせに、それでも信じ続けて止まらないあの男が目障りですらあった。

 

「だがそれ以上に、彼奴の『運命』を気取る貴様が気に入らん。お前如きが、下らん思想で奴の前に立つなど認めるものか」

「認めない、と? 一体何の権利があって………」

「権利などないさ。ただ…………」

 

 小太刀を構え、輝夜はニィと凶悪に笑う。

 

「彼奴に惚れた女として、お前のような倒錯者を関わらせたくないだけだ」

 

 大嫌いだ。理想を追い求める姿が癪に障る。

 それでも、ゴジョウノ・輝夜は…………ヴァルド・クリストフを愛している。




因みにヴァルド遅くね?と思う方もいるでしょうが、その気になれば一瞬で道塞いでる瓦礫を吹っ飛ばせるけどやりすぎると下の階層に落ちるし、巻き添えに出来ない恩恵なしがいるのと、【アストレア・ファミリア】やアーディ、豊穣の女主人と街娘の護衛を信用してるから。これ極東と姫と猫には内緒ね?



とある英雄と猫と街娘のやり取り

「ヴァルド、聞いて! モンスターの影響で生まれた下界の植物の中に、とっても美味しい果物があるって噂を聞いたの。連れてって!」
「断る。今日はダンジョンに潜る」
「え〜! 私と強くなるの、どっちが大事なの〜?」
「強くなること」
「即答!? も〜、少しは迷ってよ!」
「………解った解った、引っ張るな。今回は予定を立てたから、また明日なら」
「うん!」



「アレンさ〜ん、お願いが──」
「嫌です」
「え〜……はぁ、解りました。今回は諦め…………なんですか、その顔?」
「いえ…………貴方は俺達相手だと諦めず勝手に行動する時が多いですが、聞き分けのいい時もあります…………ただ、あの野郎相手でそんな姿を見たことがない、と思いまして」
「親友には我儘言い放題ですから」
「……それだけですか?」
「………だって、私、ヴァルドの困った顔が好きなんです。………フフ、内緒ですよ?」
「………………」

 次の日の猫は何時もより苛烈に戦う姿が目撃されたという。


「………………殺気?」
「ヴァルド、どうしたニャ?」
「お前のあに………いや、何でもない」
「疲れてるのかニャ? ミャーが労ってやるニャ!」
「その気持ちだけで十分だ」
「ニャ? ンニャア………んへへ、もっと撫でるニャ!」

 次の日の(以下略




『ヴァルドが絡まれ続けられるよりマシか、って諦める時の顔が可愛いんです。この世界が好きなくせに、修行ばっかりであまり知らないヴァルドがオラリオの外………と言っても近くですけど、知らない場所を見て目を輝かせて、それを誤魔化すのが好きなんです。また何処かに行こうねって言った時、楽しかったから断りきれずぶっきらぼうに仕方ないって苦笑するのが大好きなんです』
Q.あの後懇切丁寧にここまで説明された猫の心境を答えよ
回答者『英雄』
A.知らん。
答え
次の(以下略

Q.街娘とデートするだけで猫のヤる気が上がるよ?
回答者『英雄』
A.その為に彼奴を利用するわけないだろう


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超えるための覚悟

Q.そういえばヴァルド君のLv.1最終ステイタスは? やっぱりベル君みたいにとんでもないのかい?
『PN竈の女神』
A.力:E481
耐久:S903
器用:D504
敏捷:F367
魔力:I0
ですね。耐久は滅茶苦茶高いけどそれ以外はまあギリギリ。でも大体的に名を知らしめるためにあえてステイタスを極めずランクアップしたよ。


Q.やっぱり師匠の魔法は昔っから凄かったの?
『PNジャガ丸くん冬のホワイトクリーム味』
A.全然。このままじゃまずいとリヴェリアから魔導書(グリモア)を渡されて魔法を覚えたけど効果範囲はクソ狭いしLv.1を痺れさせてもLv.2以上ともなれば一瞬激痛を与える程度。Lv.2時代は心臓潰れて脊髄が破壊された身体を動かす時以外目立った活躍はないよ。その後ランクアップ時にスキルを覚えて漸く切り札と言える程度になった。


Q.おれ女神の戦車のランクアップの糧になった時の剣技はどの程度だ?
『PN銀の槍』
A.今が剣技Lv.100なら当時は剣技Lv.43ぐらいかな。その敗北をバネに更に鍛えたのと、追い詰められて成長しなきゃいけない段階になってようやく鍛えた成果が体に追い付くから。


Q.輝夜はヴァルドの何処に惚れたのかしら?
『PN天秤と翼』
A.一緒に戦ったりと経緯はいろいろあるけど切っ掛けは夕日に照らされた顔が好みだった。


Q.うちの子達が英雄のせいで大切な人を失ったって嘆いているけど、彼等の死の瞬間に思った言葉を流せば英雄に精神攻撃ぐらいはできるかな?
『PN昔見たいに仕事したい』
A.お前の部下が発狂するからやめときな


 Lv.差は覆るか? と問われれば、多くの冒険者が否と答えるだろう。そして僅かな冒険者が是と答える。

 Lv.6がLv.7に勝ったように、Lv.5がLv.6の階層主に勝ったように、Lv.差はスキル、環境、技術、信念、魔法、体調。様々な要因が絡み合い時に冒険者は格上を食らう。

 だが、その為に何よりも重要なのは勝利を諦めぬ覚悟。

 

「貴方にはそれがあるのですか!? Lv.差を覆す覚悟が!」

「っ!!」

 

 第一級冒険者には簡単に成れるわけではない。ましてやLv.6ともなれば、それだけの修羅場を潜り抜けていたという事。

 単純な能力値(アビリティ)はもちろん技術も7年前と比べ物にならない。

 

「私より先にLv.4になりながら、未だLv.5の貴方に!?」

 

 輝夜達は7年前の大抗争の際、ヴァルドと才禍の怪物の戦いを誰にも邪魔させぬためにエレボスが召喚した漆黒のゴライアスと戦いランクアップを果たした。その2年後に【ファミリア】は半数以上を失うという実質壊滅状態になり、ろくな遠征もこなせず新たに上がった位階は一つだけ。Lv.1のまま生涯を過ごす冒険者という生業を考えれば第一級になるだけで十分偉業なのだが、ヴィトーはその上を行った。

 本気で上を目指す覚悟は彼のほうが上だった。

 

「殺されたいだけの変態が言うではないか!」

「ええ、英雄に立ち塞がり殺されるなら本望ですとも。ただし、全力で、殺すつもりで挑みます。それこそが英雄に対する敬意というものでしょう?」

 

 極彩色のモンスター、呪いの武器、暗殺者、精霊獣、穢れた精霊。

 自身が用意できる全てを用意し、己を鍛え、備えていた。本気でヴァルドの敵となるつもりなのだろう。

 

「まさかLv.8になっているとは思ってもいませんでしたが。オラリオの外に古代の原種でも生き残っていたのですかね? まあそうでなくとも、追い詰められたところで彼は逆境でこそ輝くのですが」

 

 そして、誰かの命がかかっている時余計に力を絞り出す。本当に英雄のような存在だ。ムカつくまでに。

 

「………覚悟か」

 

 額から流れた血を拭い、一向に止まらないことに気付く。ヴィトーの持つ剣もまた、呪道具(カースウェポン)

 技術は輝夜が僅かに上。ステイタスの差はヴィトーが上。Lv.6でも上位勢。武器の性能もヴィトーが上で、輝夜は傷付くほどに不利になる。

 誰が見ても、輝夜本人からしても勝敗は決した力関係。それを覚悟だけで覆せ? 簡単に言ってくれる。そんな事できるのは極一部の人間が起こせるものだ。それだって簡単じゃないのに何度も起こす彼奴が可笑しい。昔っからそうだった……………昔っからそんな所が嫌いだった。

 

 

 

 『正義』を掲げる【アストレア・ファミリア】の中でも、輝夜とライラ程『正義』の強さを信じていない眷属は嘗てのメンバーにも居ないだろう。どちらも育った環境が環境だ。

 特に輝夜は『正義』を語る屑どもを見てきた。

 人を陥れ嘲笑い、正しいと言い張る気持ち悪い大人達。

 『神』の名の下に悍ましい使命を子孫に強いる老害共。

 下界の子供達のそんな有様を笑う神々。

 『正義』を蹂躙するのが『怪物』ならば、『正義』を否定するのは人間だった。

 『正義』を騙る悍しき()()共。正しいと嘯き他者を陥れる()()等が『正義』を騙る姿のなんと不愉快なことか。

 だから故郷を捨てた。それでも、『正義』というのはあまりに脆いと知った。

 力が無ければ容易く蹂躙され、力があろうと数が足りなければ取りこぼす。そして取りこぼされた者やその縁者は正義(彼等)を否定する。

 だけど『正義』を諦めきれず、輝夜はそれを今もなお嫌っている故郷の奴等のように大義名分として用いた。

 悪を成す者達を暴力で黙らせ、民衆を納得させる都合のいい無色の旗。

 理想は潰え、現実を知った少女はそれでも正義を捨てきれなかった。だからヴァルド・クリストフが嫌いだ。

 まさしく英雄のように人々を救う。

 質実剛健。

 滅私奉公。

 公明正大。

 一度戦場に立てば勝利し、助けを呼ぶ声に駆け付ければそれ以上の被害を出させない。輝夜が切り捨てた理想がそこにあった。

 でも気に入らない。自分が諦めた理想を他の誰かがやったから? ああ、それは気に入らないだろう。だがそれ以上に、あの男が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 その頃を見たわけではないが見ていれば解る。

 『不眠』などという発展アビリティがまっ先に目覚める程寝る間を惜しみ、適正階層を無視して鍛え、それで漸く並の冒険者を超える成長速度。偶発的に起きたランクアップに相応しい偉業。他の誰かが同じことをやればもっと先を目指せただろう。

 その前に死ぬだろうが。

 死なないのは才能ではなく、死ぬわけには行かないという精神力ゆえ。

 

『お前は死ぬのが怖くないのか?』

『? 死ぬのが怖くない人間なんてそういないだろう?』

 

 死後の再会を約束された闇派閥(イヴィルス)の兵士も死を前には恐怖が宿る。死を真に恐れぬとしたら、よほど幼少期から徹底的な洗脳を受けた者達か異常者だけだろう。

 

『少なくとも俺は死にたくはない』

『ならば何故あのような無茶ばかりする』

『それで救える命があるからだ』

 

 即答された。他の命を救うためなら自分の命など惜しくないと。自分の命を勘定に入れていないその考えが本当に嫌いだ。

 

『貴様は全てを救うつもりか? くだらん。理想論だ、それは』

『…………………』

『現実を見ろ。身に余る理想はお前を殺す。そうでなくとも、いずれ何かを取りこぼす』

『断る』

『…………はぁ〜!?』

『俺の心根は凡俗だ。一度でも『これが現実だ』と折れてしまえば、()もそうする。妥協点を見つけ、増やし、結局救えたはずの命すら切り捨てる』

 

 だから一度だって現実を妥協する訳にはいかないと、そう言い切る男のどこが俗物なのかと舌打ちしたが、しかし実際そうだろうと理解してしまう。

 現実に打ちのめされて妥協点を決め救えるものだけを救うべきだと考える輝夜だからこそ、その本音を理解する。

 

『だから理想を追い続けると? 貴様にそんな力などあるものか。どの道現実を見ずに未来を願い続ければ、今を取りこぼす』

『ならそれはお前が拾ってくれ』

『……………は?』

『理想を見ることしか出来ない俺が現実を見過ごすなら、現実を見据えるお前が俺が見過ごしてしまった者達を救ってくれ。そうすれば俺たちは、何もかも救える』

 

 苦渋の決断を迫られた時、選ぶのは何も本人だけである必要はない。だって誰かを救いたいとねがうにんげんはひとりではないのだから。

 

『「英雄(ひとり)に任せるのではなく、人類(みんな)で立ち向かえばいい。一人では割と何もできない。でも、二人ならできることがある。三人ならもっと。みんなとなら、それこそなんでも」………俺の好きな英雄の言葉だ』

『聞いたこともない』

『そうか………そうだろうな。その英雄はとても弱い。『百』を救えず、『一』を選ぶ』

『………だがやはり理想論だ。誰も彼もが戦えるわけではない』

『それでもいないわけじゃない。俺は信じている、俺の軌跡に皆が続くと。俺に出来て、誰かに出来ないはずがないと』

 

 これだ。

 才能という点では文句の言いようがないほどの事実で、精神的な部分で出来るかクソがと言いたい。

 

『理解している。誰も彼もが俺の様に出来ない事もな』

『矛盾してるぞ』

『ああ……』

『破綻者め』

 

 それを自覚してるのだから、それでも直す気がないのだから質が悪い。

 

『俺程度では破綻でもしなければやっていけんのでな』

『…………お前に感化され、それで折れる者もいる』

『ならば俺がその分強くなる』

 

 街を見下ろしていた彼はそう言って、漸く此方に視線を向けた。夕日に照らされたその姿に

 

 

 

「苛ついたな、あの時は………」

「? ………ぐっ!?」

 

 ギィン! とヴィトーの剣が弾かれる。

 

「あの破綻ぶりに、何より胸が高鳴った自分自身に………」

 

 しかも後から知ったが、別世界で知ったこの世界の冒険者に期待しているからこその破綻ぶり。自分を正しく見ていない……いや、見てはいるのに他の女を見ているのが腹立たしく感じた。

 

「覚悟を問うたな!? あるとも、あらねばならん。私達が折れたら、あの馬鹿は一人で突き進むだろ。私が折れたら、あの馬鹿の隣が他の誰かに奪われるだろ!」

 

 剣戟に勢いが増す。

 刃と刃の応酬。咲き乱れる火の花。奏でる金属音。

 ヴィトーの顔に焦りが浮かぶ。治らぬ傷を体中に負い、血を流し、死に近づくばかりの女は尚も燃え上がる。

 

「今ばかりは『正義』ではなく、女として戦ってやる。悔しいだろう、『悪』を自称する貴様には!!」

「っ! 貴方はあああああ!!」

 

 英雄に立ちはだかる『悪』を目指すヴィトーに『正義』を背負わず剣を振るう輝夜。

 降り注ぐ銀の閃光にヴィトーの顔が怒りに歪む。最早彼が輝夜の相手をする理由などない。時間をかければ勝手に死ぬ。だが殺す。確実に!

 踏み込みで、剣圧で、疑似雪原(すいしょう)が僅かに舞い上がり二人の周りを薄っすらと覆う。

 

「何故貴方なのです!? 正義を掲げるというのなら、私も全力を持って挑みましょう。なのに、よりにもよって正義を掲げず、惚れた腫れたなどと下らぬ題目を掲げる貴方が私の前に立つ!」

 

 己の瑕疵に意味があると証明するために、英雄に挑まなくてはならない。正義を証明するために悪となると決めた。

 嗚呼、ならば【アストレア・ファミリア】ならば討たれるのも是としよう。だが、惚れた男に近づけたくないなどという理由に誰が納得しようか!

 

「貴方は、邪魔だ!」

「それは貴様だ!」

 

 距離が開き、獲物を鞘に納める輝夜。居合が来る!

 嘗ての己を破った業に最大限の警戒を払い()()()()()()()()()()()()()

 敢えての接近。Lv.6の能力値(アビリティ)を以て、抜き放たれる前に斬り殺す!

 鮮血が舞う。

 ヴィトーの呪われた剣が輝夜の肩から肺にかけて深々と突き刺さり、輝夜の口から血が溢れる。

 

「────っ、とらえ、たぞ!」

「ッ!? 抜けな──」

「あああああ!!」

 

 咆哮。

 抜き放たれる銀の刃がヴィトーの胸を切り裂く。

 

「が、あ………っ! ま、だ…………まだだ! まだ、私は────!」

「いいや、死ね!」

 

 緩んだ手に再び力を込め柄を握り締めようとしたヴィトーの手の腱が切り裂かれる。肩が、首が、腕が、腹が、足が銀の軌跡に切り刻まれる。

 

「これで、終わりだ!」

 

 最後の一閃がヴィトーの肩から腹にかけて切り裂いた。

 

「………!」

 

 血を流しすぎて倒れる両者。ヴィトーに回復薬はなく、部下もこの状況では来られないだろう。

 

「だが、これでは貴方も…………!」

「傷の深さは、私の方がマシだ。まだ可能性ぐらいはあるさ…………」

 

 強がりだ。輝夜は間もなく死ぬ。地上までは決して持たない。

 

「相打ちなど………私は、こんな……! これでは、私の生まれた意味が…………!」

「…………殺帝(アラクニア)や妖魔、白髪鬼(ヴェンデッタ)は自らの行いに意味など求めなかったな」

「……………?」

「お前だけだ。己の『悪』に生まれた意味を求めたのは………その結果が正義に立ち塞がるなど、つくづくお前達は神と眷属(おやこ)だ」

 

 その言葉にヴィトーは顔を歪める。

 

「…………あの方は、なぜ私をあの場で死なせてくれなかったのでしょう」

 

 あの世界を愛していながら、あの世界を壊したいと嘯き、あの世界を憎んでいたヴィトーを眷属とした。何故?

 

「貴様を、愛していたのだろうよ…………神からすれば、世界の瑕疵も、貴様の欠落も………関係ないのだろう」

 

 (おや)として、眷属(わがこ)を愛していた。それだけの話だという輝夜にヴィトーは天を仰ぐ。地下ゆえ阻まれ見えないが、あるいは神ならこの光景を見ているのだろうか?

 

「………は、はは………ふふふ、ひひひ………ははははは! 愛、神の愛!? そんな下らぬ、望まぬもので、私は生かされた………? ………本当に…………本当に、身勝手な方だ………」

 

 嘲笑っていてくれたほうが良かった。それならばまだ恨みようもあるというのに。

 

「…………さみしいの?」

「…………ノエルさん」

 

 ヴィトーに問いかけたのはノエルだ。シルが心配そうに寄り添いながら近付いてきていた。

 

「さみしい………私が? まさか…………そんなわけないでしょう」

 

 ノエルの言葉にヴィトーは鼻で笑う。血を流しすぎたのか、目の焦点は合わない。ノエルは迷うように視線を彷徨わせ、決意したようにヴィトーに近づこうとしてシルがそっと肩に手を置く。

 

「駄目よ、ノエル…………その人はもう、眠らせてあげて」

「…………最期まで、癪に障るお方だ…………見透かすようで、知っているようで……私の嫌う、神々そのもの! はは………しかし、ええ。あの神に見送られるより、マシでしょう……」

 

 声が途切れる。

 呼吸が止まる。

 死んだ。涙は、誰も流さなかった。ノエルは輝夜に近付きその手を触れる。眩い光が輝夜の呪いを消し去り傷を癒やす。

 

「感謝する………これで………っ!」

「駄目ですよ! 失った血まで戻ったわけじゃ………!」

「それでも、まだ戦いは…………」

 

 黒幕たるヴィトーを倒したところで既に目覚めた汚れた精霊は止まらない。こことて何時魔法や触手が飛んでくるか解ったものではない。

 

芋虫(ヴィルガ)をどがぜぇぇぷ!!」

 

 グチャリと潰されたこの場最後の闇派閥(イヴィルス)の言葉に従い現れる芋虫型と、それをベースとした女体型。戦況は刻一刻と不利になっていく。

 

「…………おかあ、さん…………わたし、みんなを……まもりたい。みんなの………ちからに、なりたい」

「えっ………? 何を言ってるの? 無茶をしたらダメ!」

 

 明らかに疲労している。それなのに、これ以上力を使えば………

 

「お前はその身に纏う『奇跡』を保てなくなるぞ」

「あ、おとうさん………」

「ヴァルド……」

 

 何時の間にか、ヴァルドが来ていた。

 

「輝夜、俺の娘を守ってくれたこと、感謝する」

「………ふん」

 

 顔を逸らす輝夜に肩を竦めたヴァルドは、その場でしゃがみ込みノエルの頭を優しく撫でる。

 

「もうこれ以上誰も傷つけさせない。だから、このまま………」

「………やだ、よ。みんな、がんばってるのに…………なにもできないの、やだぁ………たすけてもらうだけなんて、いやだ……」

「……………ノエル」

 

 ノエルの泣きそうなか細い声に、シルは胸を押さえる。ヴァルドが来てくれた。だからもう大丈夫………それで納得しないのは、何もできない自分を嫌うのは、本当に父親そっくりだ。

 

「わたし、みてたの………ずっと、みてた。わたしじゃない、みんなが、たのしそうにしてるの………」

「………私と、出会う前のこと?」

「うん………わたしも、みんなみたいに、ぽかぽかしたいって………『かぞく』になりたいって………でも、ちがったの」

「えっ?」

「ぽかぽかするだけが、『かぞく』じゃないの。みんなが、みんなをすきだから………みんなが、みんなをまもるから………だから『かぞく』っていうんだね」

 

 儚く笑うノエルにシルは言葉を失う。

 

「おかあさん、おとうさん……わたしも、みんなと……ほんとうの『家族』になりたい……だから──」

「…………一つだけ」

「え?」

「一つだけ、方法がある。皆をノエルが助けて、ノエルも皆と帰る。たった一つの出来過ぎた方法が」

「………ほん、と?」

「…………ただ、これは俺の人生にお前を巻き込む。より危険な目にお前を遭わせることになる。どうする?」

「……わたし…………みんなと、まだ、はなれたくないよ。おとうさんと、おかあさんと、クロエもルノアも、アーニャや、ミアおかあさん。みんないっしょに、いたい!」

 

 縋り付く少女にヴァルドが浮かべる顔は、罪悪感だろうか? 暴れまわる堕ちた精霊を見て、目を細める。

 

 

 

 

 

「ヴァルド………」

「シル?」

「この服、返すよ。頑張ってね………」

「……………ああ」

 

 

 

 

 まだ残っていたらしい防御不可、攻撃不可の芋虫型の投入によりさらに追い詰められる冒険者達。穢れた精霊はくすくす笑いながら触手を振るい女体型の一匹を破裂させる。

 雨のように降り注ぐ腐食液が装備や皮膚を溶かしていく。

 

「くそ! アリーゼ、リオン! なんとかしろ!」

「こんな状況二人で覆せるわけないでしょ!? げぇ、また私狙ってきた!?」

 

 自分に向かって飛んでくる氷の槍を回避するアリーゼ。女体型が放った爆粉を先に魔法で吹き飛ばす。魔力は何時までも持つわけではない。ジリ貧。このままでは押し切られる。

 

「いいや、そこまでだ」

 

 そして響き渡る声に怪物達は動きを止めた。いや、狙いを変えた? 引き寄せられるように声のする方向に向かい、凍りつく。

 普段の雷鎚ではない、それ以外に攻撃魔法を持たぬはずの彼はしかしダイヤモンドダストを纏い悠然と歩む。

 

『…………ァ』

 

 穢れた精霊も初めて警戒するように笑みを止め、やってきた人物を見つめる。

 その感覚を知っている。存在するだけで場の空気を支配し、不条理を切り捨て理不尽を押し潰す、条理も理も否定する存在。

 

『エィ、ユウ…………!』

 

 笑い、歌い、殺戮の限り尽くしながら殺意の一つも持たなかった穢れた精霊はここに来て初めて殺意と敵意と……憎悪を滾らせる。

 

『ラァ────』

「「「「───────!!」」」

 

 それに反応するように襲いかかるモンスターの大群。穢れた精霊もまた上級冒険者を容易く吹き飛ばす触手を振るうがヴァルドが軽く腕を振るうだけで凍り付き砕かれる。

 

『【火ヨ来タレ】!』

 

 触手を引き戻し芋虫達に時間稼ぎをさせて詠唱を唱える穢れた精霊。吹き上がる膨大な魔力は、これまでで最高。

 

「下がれ、お前達」

『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄(カレ)ノ時ノ代償ヲ──】』

 

 紡がれる詠唱(うた)に、高まる魔力に誰もが顔色を変える。 

 

「超長文詠唱!?」

「なんて魔力、こんなものが………!」

 

 ただ一人、ヴァルド・クリストフを除いて、だが。

 

『【代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(オウ)】』

「行くぞ、()()()

 

 ヴァルドの周囲に浮いていたダイヤモンドダストが片腕に集まり一本の巨大な剣を生成する。

 

『【ファイアーストーム】』

 

 世界が紅に染まる。

 津波が如く迫る炎嵐。共に迫って来る芋虫と女体型を前に、ヴァルドは剣を振るう。

 

『────!?』

 

 放たれる吹雪は炎を掻き消し、芋虫も女体型も等しく凍りつく。

 ガラガラと崩れる芋虫共の死体はザラザラと崩れ落ち本物の雪となって疑似雪原(すいしょう)を覆う。

 

『っ!』

「おい、まだ生きてるじゃねーか! そこはぶっ殺しとけよ!」

「出来なくはないが……どうする、アリーゼ」

「もちろん、私達が戦うわ!」

 

 文句を言うライラだが、ヴァルドが尋ねるとアリーゼがヴァルドの横に立つ。

 

「痛感したわ。影に潜んだ闇は、私達が想像してたよりずっと深く濃くなっている。だから私達も、それを乗り越えるだけの力が必要。折角の強敵なんだもの、皆で頑張って乗り越えましょ?」




ダンメモ風ステイタス
【雪華白耀】ヴァルド・クリストフ
初期ランク ★4
カテゴリ 冒険者
タイプ 魔法攻撃型
攻撃属性 水
英雄昇華 可能

精霊と契約し、その力を振るう姿。
姿は襟にファーの付いた白いコートを着たヴァルド。実は白いのは大気中の水分が凍りついただけである。ファーの正体も霜。触れただけで凍りつく。
白霞罸と大紅蓮氷輪丸が合体したみたいな性能。


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家族の愛

Q.ヴァルドが6年前の悪夢でほぼ全滅確定の冒険者を4割救っていたが、もし間に合わなかったらどうなっていた?
『PN一人は二人になった』
A.ヴァルド自身はあれでも間に合ってないと思ってますが、生存者が2割をきってたら自分自身に完全に失望して船頭に立つことを諦めオラリオを成長させるために二度目の大抗争を引き起こすために闇派閥になります。


Q.ヴァルドさんは、私の夢では、その………6年前、間に合わず絶望してその……な、なんで覆ったんでしょう。
『PNファミリア抜けたい』
A.自分に不甲斐なさは感じれど、見限らないギリギリのラインに被害を留められたから。何故間に合わない予知が覆ったかって? お前が悪夢について教えたのと、後は……ヴァルドだからさ。


Q.あの男と私が出会ったどうなる?
『PN愛しのヌーボォー』
A.酒臭えなと思われます


Q.あの英雄と私が出会えば?
『PN二日酔いには迎え酒』
A.痛みなく、気づいた頃には天界に帰れます。帰れるよね? 黒の魔獣の生きた素材使ってるからひょっとしたら…………


 ヴァルドが現れた時点で……というか新しい力を見た時点で勝敗は決したと誰もが確信した。だがヴァルドはとどめを刺さず、アリーゼは立ち上がり剣を構える。

 

「おいおい、正気かよ団長!? アタシ等であれ倒そってか!? みろよ、ヴァルド警戒してんだ、彼奴に任せりゃ解決って…………あ〜」

 

 そこまで口にして頭をガシガシかくライラ。

 さも当然のようにヴァルドに頼ろうとしていた。当たり前といえば当たり前で………だけど、自分達がしてはいけない行動。

 

「わあったよ、これから先戦う時に力が足りねえなんて言い訳にもならねえしな。で、輝夜は?」

「彼奴は、今回はもう戦えん」

「勝ったのか?」

「ああ」

「だとよ、リオン」

 

 ライラの言葉にリューはそうですか、と目を伏せる。仲間であると同時に、好敵手(ライバル)でもある彼女はヴィトーに勝ったのだろう。

 

「で、あるならば。私も偉業をなさねばならない」

「じゃあ私も!」

 

 リューの言葉に続きアーディも剣を構える。これでLv.5が3に、Lv.4が一人。正直心もとない。

 

「ヴァルド………その姿…………ノエルなのニャ………?」

 

 と、アーニャがヴァルドに駆け寄ってくる。

 普段の黒いコートとは異なる白いコート。感じる魔力は絶大で、冷気を放ち周囲の地面が霜を張っていた。

 

「ああ、お前達を………『家族』を助けたいと、ノエルが願った結果だ」

「……………ノエル」

 

 その言葉を聞き、アーニャはキッと穢れた精霊を睨み付けた。

 

「ミャーも………ミャーも戦うニャ! そんで、そんで……もっと、強く………」

 

 仮にここで戦ったとして、経験は得ても経験値(エクセリア)は彼女の主人に会わねば更新できない。技術の向上はあるかもしれないが【ステイタス】の更新はない。彼女はもう何年も主人と顔を合わせていないのだから。

 

「………その時は俺もついていってやろう。ただ、どうしてその気になったかだけ聞かせろ」

「…………ミャーだって………『家族』を守りたいニャ!」

 

 ノエルが『家族』の為にヴァルドの力になったように、アーニャだって『家族』の為に戦いたい。だって、『家族』とは助け合うものなのだから。

 

「血が繋がってても、繋がってなくても………『家族』が大事! 家族を愛してるから!」

「…………そうか」

 

 と、唐突にヴァルドの頭に向かって銀の閃光が走る。ギィンと音を立て弾かれたのは、銀の槍。弾かれ回転する槍を空中で掴んだヴァルドはそのままアーニャへと突き出す。

 

「使え」

「え? あ………は、はい!」

(思っきり頭狙ってやがった………全く気にしてねえけど)

(脳天狙って飛んできましたね、小動もしませんでしたが)

(間違いなく殺す気だったわ今の! 眉一つ動かしてないけど)

(殺意をヒシヒシ感じたね。ヴァルド、避けようともしなかったけど)

 

 ヒソヒソと話す【アストレア・ファミリア】の三人とアーディ。アーニャは困惑しながらも受け取った槍をみて、ハッと目を見開く。

 

「これって………兄様の?」

「使えということだろう」

 

 銀の槍。

 アーニャの兄、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】の象徴とも言える武器。槍を握る手に無意識に力が入り、槍が飛んできた方向を見て頭を下げる。

 

「それと、お前らはどうする?」

 

 そう言って目を向けたのはクロエとルノア。

 

「ミャーは人に任せられる事は全部任せるタイプニャ。でも………やられっぱなしは性に合わないし、何よりあんなこと言われたらねぇ」

「あたしもまあ、あそこは好きだし、今回みたいに強い奴等が狙ってくる可能性考えたら………」

 

 アーニャの言葉を思い出し、何処か複雑そうな二人。元々人の命を奪う事を生業としていた自分達が、今更『家族』の為に強くなりたいなどと考えることに思うところでもあるのだろう。

 

「…………お前達にとって、強くなるのは結果であって目的ですらなかったはずだ」

「ん?」

「ニャ?」

「そのお前達が誰かの為に強くなりたいと望むことを、望めることを………俺は嬉しく思う。あの時、お前達が最後に狙ったのが俺で良かったと」

「「────ッ」」

 

 クロエの耳と尻尾がピンと立ち、ルノアと揃って顔を赤くする。

 

「こいつ、普段はあたしらの前じゃノエルかシルの前でしか笑わないくせに…………!」

「落ち着くニャ。相手は三十路間近のジジイ!」

「…………?」

 

 クロエ達の反応に首を傾げるヴァルド。二人は誤魔化すようにアーニャ達に合流する。その間穢れた精霊は、ヴァルドから向けられた殺気で動けずにいた。

 

「やっぱもう全部彼奴一人でいいんじゃねえ?」

「無理よ。ヴァルドは一人しかいないから、全部は救えない。だから私達も頑張らなきゃ!」

「そのとおりだライラ。ヴァルド一人に任せた結果、ヴァルドしか生き残らないなんてことになれば目も当てられない」

 

 それでもヴァルドは生き残っている前提なのは、ヴァルドだからだろう。

 アリーゼとリューの言葉にチッと舌打ちするライラ。アーディはあはは、と苦笑しながら詠唱を唱え終わった魔法を発動する。

 

「【ディア・カウムディ】!」

 

 治癒魔法であり、一定時間能力を引き上げる。相手の強さを思えば誤差範囲だが、何もしないよりはマシだろう。

 

『ア──』

 

 ヴァルドが殺気を解くと穢れた精霊は金縛りが解けたかのように動き出す。

 

「それと、これぐらいはさせてもらおう。ノエルが騒ぐ」

 

 ヴァルドが剣を軽く振るうと全員の周りをダイヤモンドダストが覆う。

 

「私、炎の魔法使うけど、大丈夫?」

「上位精霊の氷だ、Lv.5の炎で溶けたりはしない」

 

 因みにこの男、大精霊を食らった蠍の放った精霊の矢を斬った経験もあったりする。

 

「そっか。よし、じゃあ行くわよ皆!」

 

 精霊の加護を得た冒険者達が走り出す。それはさながら、英雄譚の一頁のようであった。




ルノアの理想の旦那像
顔に好みはない
気を使ってくれる
家でゴロゴロさせてくれる

ヴァルドの特徴
顔はイケメン
気を使ってくれる(偶に空気の読まない)
家事を何でもこなせるのでゴロゴロできる(最新刊の特典味見る限りアルフィアも)


因みにヴァルドがクロエやルノアの感情の機微を察せたのに何で他人を怒らせたり(主にアレン)胃を傷めさせたり(主にロイマン)してるかというと、察し力はむしろ高い故に、自分の口数が少ないという前提に辿り着けないから。少なくともヴァルドは自分の口数を相手にされても気付くし、リヴェリアやアルフィア、アミッド、フィルヴィスなどならあれとかそれで理解出来るしオッタルは言わずもがな。
恋愛方面に関しても全然鈍くねえけど気付いても反応しないのと、どの台詞がフラグを立てたいるのかは察してない。
多分目で殺す英雄とかLv.3の時と今の二つ名になってる英雄達とかと出会ったら二言三言で会話してる。


というかアストレア・レコード3巻見て思ったけど、【アルテミス・ファミリア】や『学区』、『世界勢力』とかが頑張って近郊を保ってるオラリオの外も結構やばそうだけど、世界の広さが知らないからなんとも言えないけどヴァルドはアルテミスが来れる程度には均衡を人類よりに傾けたんだろうな。何こいつやばくね? 流石Lv.8。結論『やはり本気は素晴らしい』


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特別編 聖夜祭

 病を癒やす泉とやらに巣食っていた醜悪なモンスターをぶち殺し、正常化した泉の水を持って帰ってきたヴァルド。

 

「聞いた話では沼の王とやらは無限に回復するようだが」

「ああ、回復するより早く切り刻んだ」

「…………沼は触れれば溶けるらしいが。ベヒーモス程ではないのだろうが」

「ああ。我慢した」

「……………そうか」

 

 何を言ってるんだこいつは、と言いたげな目を向ける女は、渡された水を飲み干す。

 

「体はどうだ?」

「…………楽になった」

 

 ここに来て暫くしてから、目隠しして、かつ直前まで氷水につけ手の感覚を殺した老神に更新させた『ステイタス』には、彼女の病を不治としていたスキルが消え代わりに生えたスキルが長い間病に冒された体を癒やし始めた。とはいえ、まだまだ不健康。こうしてヴァルドが効きそうな物を見つけてくるのだが、今回も体にあったようだ。

 

「これなら明日は動けそうだ」

「ああ、聖夜祭か」

 

 村人達で行う一年で一回の催し。世界中で行われる冬の行事は、ヴァルドの前世にも似たような行事があった。サンタもいるらしい。というか、これも神が齎した知識だったりするのだろうか?

 

 

 

 

 

「…………ベル」

 

 女も動けるので、3人で回る予定だったのにサンタを見るために夜更かししたベルがスウスウ寝息を立てている。

 

「全くこの子は…………」

「仕方あるまい。子供というのはそういうものだ、アイズも最初の聖夜祭は寝過ごしていた」

 

 仕方がないので翌年からリヴェリアが寝かしつけるようになって、そのまま翌日はヴァルド、リヴェリア、アイズの3人で聖夜祭を回るようになった。

 

「どうする? ベルは寝てしまったが………」

「仕方ない、二人で回るぞ」

「…………意外だな。起きるまで待つかと思ったが」

「早く寝ろといった私の忠告を無視したバツだ」

 

 強い魔導師というのは性格が似るのだろうか? とリヴェリアを思い出すヴァルド。女はそれを察したのかムッと顔を歪めた。

 

「お前は、一つ一つの行動に一々他の女を挟まないとならない性分なのか?」

「そういう訳では無い………まあ、未練なんだろう」

 

 置いてきた彼女達が今でも気になる。ちゃんと強くなっているか、よりも元気にしているか、と。

 

「なっているさ、お前の弟子なのだろう」

「なら、いいのだがな」

 

 

 

 

 小さな村とはいえ、飾り付けされた村の光景は中々幻想的で、ちらほら見かける男女達もその光景を見ながら腕を絡める。

 ヴァルド達も例外ではなかった。

 

「…………」

「なんだ?」

 

 腕を抱き寄せた女に何とも言えぬ顔をするヴァルド。端的に言えば、どうしてこうなったと言いたげな顔だ。

 

「……本来なら」

「ん………」

「私は2年前、死んでいた。死ぬつもりだった………こんな血に汚れた手で、あの子を抱きしめたくなかった」

 

 だから、当初は恨んだものだ。村に連れてこられて、初めてあの子を見て抱き締めてしまった日から、罪悪感で寝込んだ。

 何度も殺そうと思った。

 ヴァルドの勝利は直前まで共に戦っていた【アストレア・ファミリア】と、オラリオの民という守るべき存在のために限界を超えた故。あの時点で再び戦えば、間違いなく自分が勝ち殺せていただろう。

 でも殺せなかった。

 あの子がいた。そして何より、自分を才禍の怪物としてではなく虚弱な少女として扱われるのが初めてで戸惑ってしまったから。

 

「お前は、私を生かした。それは本来許されざることだ」

「………………」

「私達にどんな考えがあろうと、外界を思おうと死んだ人間が報われるわけではない」

「知っている………だからこれは、俺のただの自己満足だ」

「だが、少なくとも私はお前の自己満足に救われたよ」

 

 罪が消えるとは思っていない。許されて良い筈がないのは解っている。だけど、あの子が育つのを見守れるなら、彼等が救世(マキア)をなしてくれるその時を見ることができるなら、この罪悪感を抱えたまま生きるのも悪くないと思ってしまう。

 

「…………雪」

 

 と、ハラハラと空から白い花弁のごとく雪が降り始めた。気温は更に冷えていく。ヴァルドは家に帰ろうとするが女は立ち止まったままヴァルドの腕に絡めた腕に力を込める。まだ、もう少しこのままということだろう。

 

「…………体調が悪くなったら言え」

「ああ……」

 

 絶対に言わないが、女は内心そう思いながらもう少しだけ腕の力を強めた。

 

 

 

 ヴァルドに睡眠は不要だが、取れないわけではない。

 一日一時間でも睡眠を取っておけばその日消費した魔力も体力もスキルの影響で回復する。少し厄介なモンスターを倒してきたらしいので、今日は寝る。昨日はベルが寝ようとしなかったから寝ていなかったのだ。

 どうせ一時間も寝ればスキルのおかげでスッキリ目覚めるだろう。

 

「…………………」

 

 そんな寝顔を見つめる女は、そっと耳に髪をかけると顔を近付けた。

 

「………ほわ〜」

「…………………」

 

 と、二人の間で寝ていたベルが目を見開いていた。

 

「あ! み、見てない! 見てないから!」

「忘れろ」

 

 コン、と頭を叩く女。軽い音なのにベルは再び眠りについた。




ベル「昨日何か見たような…………?」



因みに爺は「聖夜祭は性夜祭!」と叫んで縛られて井戸に落とされた。三日後に出てきた。


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雪原の戦い

 穢れた精霊は自分に向かってくる者達と奥に控えるヴァルドに首を傾げる。

 ヴァルドは途轍もなく強い。同族の力を纏った時点で、()()でしかない自分に勝ち目はない。だというのに、ヴァルドは動かない。

 

『……………』

 

 不思議に思うも、しかし自分にとって都合がいい。まずは鬱陶しい蝿共を駆逐する。

 精霊の魂を汚すモンスターとしての本能が自身に向かう人間達の殺戮を選ぶ。

 

「げぇっ! こっち見た!」

「来るぞ!」

 

 ヴァルドから視線をそらしこちらを睨む穢れた精霊に思わず叫ぶアリーゼ。無数の触手が振り下ろされる。

 

「散開!!」

 

 アリーゼの合図と同時に全員がバラける。無数の触手を持とうと、穢れた精霊の瞳は2つ。同時に捉えられる数には限りがある。

 

『────!!』

 

 散らばった冒険者に対して出鱈目に振るわれる触手の鞭。闇雲に振ろうと、その威力は第一級冒険者を吹き飛ばすほどの威力を秘めている。

 思うように進めなくなった冒険者達に対して精霊は唄を歌う。

 

『【地ヨ唸レ】』

 

 

 

「シル………俺達の後ろに下がれ」

「うん………」

 

 広大な空間に満ちた大気を揺らす魔力の波動。ヴァルドが剣を振り、氷の障壁を生み出す。

 

「………心配か、ノエル?」

『うん………』

 

 ヴァルドの血に宿ったノエルは、ヴァルドの視界を通してみた光景に対して不安を覚える。

 大精霊たる自分とその力を遺憾無く発揮出来るヴァルドがいれば、あのダンジョンに囚われた同胞の力の欠片を倒すのは訳ないはずなのに。

 

「俺一人では全てを救えない。手が届くだけ守っていても、守られるだけの者達に世界は救えない………」

 

 彼女達は庇護すべき民ではなく、ともに戦う仲間。彼女達を助けたいし、死んでほしくない。だが、だからといって彼女達の冒険を否定することはしない。

 

「手を出すな。これは、彼奴等の冒険だ」

『…………うん』

 

 

 

『【来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃(ヒカリ)ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲ架ケ天地(ヒトツ)トナレ】』

 

 溢れ出す膨大な魔力。真なる精霊であらずとも、強化種という特性で無理やり英雄時代の精霊の御業を再現する精霊の分身。

 第一級冒険者が数人揃おうと、早々耐えられるものではない。

 だが、如何なる魔法も発動させなければ良い。

 

「歌うの、やめるにゃー!!」

 

 銀の光が縦横無尽に駆け回る。

 近付けぬために振り回された触手が銀槍に斬り刻まれる。

 

「はっや………まじで【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】みてぇだ」

 

 速度だけなら第一級でも通用する神速を持って疾走るアーニャを見て思わず呟くライラ。先程槍を見て兄様と呼んでいた………。

 表舞台から姿を消した【戦車の片割れ(ヴァナ・アルフィ)】だろう。

 

「そういや一時期ヴァルドとの関係が噂されてたな」

 

 【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】がヴァルドを敵視する理由の一つとして、ヴァルドが彼の妹に手を出したからだとか言う噂があった。無いだろうが、仲良くはあったのだろう。

 

「そのまま触手切り払っとけ!!」

 

 と、アーニャにより数が減らされた触手の鞭。その隙間を見抜きありったけの爆薬を投げつけるライラ。完全に赤字だ。ヴァルドに請求してやる。

 

『!! 【降リ注ゲ天空ノ斧破壊ノ厄災】』

「これでも止められねえのかよ!!」

 

 2つの花が盾の如く爆発を防いだ。圧倒的な魔法に、堅牢な防御。まるで砲台だ。

 

『【代行者ノ名ニ】────!?』

 

 余裕の笑みを持って詠唱を唱え終えようとしたその時、花の盾に衝撃が走る。

 

「歌うんじゃねえええええ!!」

 

 アーニャの切り開いた道を駆け抜け、ライラの爆薬の煙を炎幕代わりに接近したルノアが拳を力の限り叩きつける。

 アーニャがLv.4として破格の敏捷を持つなら、ルノアは破格の力を持つ。それでも相手は階層主を超える怪物。拳の骨がきしむ。肌が裂け、血が滲む。

 

「うらあああああ!!!」

『【オイテ命ジル我ガ名ハ】──』

 

 叩きつけるれる連打の雨に、わずかに開いた花の隙間。そこに飛び込む投げナイフが精霊の口に刺さる。

 

『──────ァ』

「!!」

 

 詠唱が止まり、魔力の手綱が離れる。練られた魔力が暴走し、精霊の体は内側から弾け飛ぶ。

 膨大な魔力故に肉が弾け欠損するほどの暴発。

 ルノアも吹き飛ばされ、慌ててアーディが抱え治癒魔法を使う。

 

『コノ──!!』

「わひゃ!!」

 

 膨大な魔力を持って回復した精霊がルノア達に向かって蔓を振るう。ルノアを抱えて回避しきれず、剣で受ける。亀裂が走った。2600万ヴァリスが!

 

『【吹キ抜ケロ氷雪ノ吐息代行者タル我ガ名ハ氷精霊(ウェンディゴ)氷ノ化身氷ノ女王(オウ)

「!!」

『【ホワイト・ウェーブ】』

 

 迫りくる白銀の津波。

 短文詠唱とは思えぬ高威力、広範囲の氷結魔法。ヴァルドとノエルの一撃に劣ろうとも上級冒険者を屠るには十分な威力。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

 その吹雪に風を纏った複数の光弾がぶつかり合い相殺する。

 

『──!?』

 

 擬似雪原(すいしょう)の煙と雪が舞い上がり生まれた白い煙幕を突き破り現れる炎を纏ったアリーゼ。

 精霊は再生させた花の盾で攻撃に備える。勝ち誇った顔で新たな詠唱を唱え、盾の内側の人影に気付き腕を振るうも擦り抜け、反対の方向から喉に先程口に飛び込んできたナイフと同じ型のナイフが突き刺さる。

 

「ワンパターンなのよ、貴方」

 

 獲物を甚振る猫のように微笑むクロエが魔力暴発(イグニス・ファトゥス)に巻き込まれる前に距離を取る。

 

『!!』

 

 喉に刺さり再生を阻害するナイフ。鏃のような返しが付き抜けないそれを己の首の肉ごと抉り取る精霊は、しかし遅い。

 既に接近していたアリーゼに気付き、魔法から物理攻撃に切り替え蔓を振るい……

 

「づぅ!!」

「ライラ、ナイス!!」

 

 ライラが下から盾で受け流すように逸らす。その衝撃でライラの盾が砕け、おそらくは手の骨も砕けただろう。

 

『─────!!』

 

 喉が再生しきらず、悲鳴をあげることすら出来ない精霊の顔が恐怖に歪み、アリーゼの炎に覆われた剣が胸に突き刺さる。

 

「【全開炎力(アルヴァーナァァァ)】!!」

『!!!』

 

 突き刺さった剣から炎が流れ込み、爆発する。広間(ルーム)を照らす真紅の炎は天井に届くほどの火柱となった。

 魔石ごと上半身を失った精霊の体が灰に還るのを見て、ヴァルドはふぅ、と息を吐いた。

 

「ノエル、もう良いぞ」

『うん……』

 

 ヴァルドの体を覆っていた霜や冷気が剥がれ、ノエルが姿を表す。

 

「ノエル、怪我人を頼む」

「うん!」

 

 怪我人の方へとかけていくノエルがある程度離れると、ヴァルドはシルへと向き直る。

 

「恨んでも構わん」

「…………ノエルが、ヴァルドの戦いに巻き込まれるから?」

「ああ」

「…………私が文句言わなくても、自分で自分を責めるくせに」

 

 ふん、と不機嫌そうな顔をするシル。

 

「間違えないでヴァルド、貴方が道を示して、ノエルが選んだことだよ。あの子が選んだことを、貴方が否定しちゃ駄目」

「…………………」

「それに……()()()()()を見た後だもん、きっと貴方は何があってもあの子を守るわ」

「その信頼を裏切らぬよう精進しよう」

「うん、頑張れ」



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ブッシュ・ド・ノエル

 ノエルが治療を終え、地上に戻る一同。ヴァルドは報告があるとギルドに向かった。

 そして、ギルドの地下にてウラノスとフェルズと話し合う。

 

「フィン達が討伐したのに比べれば数段劣るが、それでもオラリオの冒険者大半を殺せる怪物だった」

「そうか………それが、複数」

「それだけじゃない。輝夜が打倒したが、Lv.6に至った闇派閥(イヴィルス)もいた………7年前、【アパテー・ファミリア】に所属していた【オシリス】の残党と同じだ、研鑽を積んでいたんだろう」

 

 嘗てゼウスとヘラに破れ、残された第二級冒険者達が復讐のために第一級まで上り詰めた。それと同じように、闇派閥の残党もまたヴァルド達に復讐するために牙を研いでいた。

 

「死した者に会いたいと願う者がいる限り闇派閥(イヴィルス)は数を増やす。拠点を見つけられなかった俺の落ち度だ」

「それを言うなら君が去った後見つけられなかった我々もだよ」

 

 ヴァルドの言葉にフェルズも申し訳無さそうに返す。

 

「………穢れた精霊は地上に再び戻ることを願っている。赤髪のレヴィスとやらや邪妖精(リャナンシー)共はともかく、心酔していたオリヴァスが大人しくしていた辺り、エニュオとやらが立てた策がそれだけ信用できたのだろうな」

「…………おまえが帰還する前提かは知らんが、その上で立てた策だとしたら?」

「だとしても関係ない。どちらにしろ、勝利しなくては下界に未来がないのなら、勝つのは冒険者(おれたち)だ」

 

 オラリオの外、人とモンスターのバランスは未だ名のある派閥が動かなければ対等とは言い難い世界。その天秤を傾けた男の言葉だ、説得力が違う。

 

「それじゃあ、俺は戻る。祝勝会に遅れてるからな」

「ああ………ヴァルド、あの子はあのままでいいのか?」

「…………あの子がそうするといったんだ、俺は父親として、あの子の意志を尊重する………………母親に怒られそうだし」

「?」

「みんな方針が違うから、どれが正しいかなどやはりわからんな」

 

 

 

 

 豊穣の女主人に向かうと、既に【アストレア・ファミリア】とアーディ達も来ていた。

 

「おっそい! もう食べちゃってるわよ。ミア母さんのご飯美味しい!」

 

 と、アリーゼ。

 

「こんなご馳走久しぶりにゃ〜」

「馬鹿娘どもが一人もかけずに帰ってきたんだ、こんくらいやっても罰は当たんないさ」

 

 実際、ヴァルドが居なければ誰かがかけていた可能性は十分にある。

 

「それって、あたし等が居ていいのか?」

「うちの娘の一人のために戦ってくれたんだろう? お礼もするさ。ほらノエル、少し季節からズレてるがケーキもある」

 

 ライラの言葉に豪快に笑いながらミアはノエルにケーキを渡した。

 

「あっ……これ『ブッシュ・ド・ノエル』。ノエルの名前のもとになったケーキだよ!」

「ついでに言えば、昔ヴァルドが作ったレシピのね」

「これ、ノエル? わたしとおなじ! おとうさん、つくってたんだ」

「菓子作りに関してはあたしより上だからね」

「光栄だな。冒険者をやめたら、菓子屋でも開いてみるか」

「ヴァルドのお菓子!!」

 

 と、アーディやアリーゼが反応する。

 

「今はねりきりしかない」

「逆に何故ある」

 

 雪の結晶が彫られたねりきりを見て疑問を口にする輝夜。

 

「荷運びの礼に貰った材料で作れそうだったからな。ミア母さんに明日の客に出してもらう予定だったが、折角の宴だ……」

 

 輝夜は懐かしい故郷の味に舌鼓をうつ。とても美味い。ノエルも目をキラキラさせて腕をブンブン振っている。

 

「おいしい! おかあさん、おとうさんのおかし、おいしいね!」

「ふふ、そうね。ヴァルドはお菓子作りがとっても上手なの」

「……………………どうしてノエルちゃんはヴァルドとシルさんをおとうさん、おかあさんって呼ぶの?」

 

 と、アストレアが不意に尋ねる。輝夜が僅かに肩を揺らす。

 

「ヴァルドが小さい子にお父さんって呼ばれるのは何も初めてじゃないですよ」

「ええ、そうね。それは知っているのだけど………」

 

 因みに一番多いのは歓楽街の子供達だ。多すぎて実は本物が交じってるんじゃないかと噂になってたりするが、ヴァルドがちゃんと一人一人調べたので全員ヴァルドの子ではない。

 

「その………どうしてシルさんをおかあさんと呼んでるのかしら?」

「それは私がノエルのおかあさんだからです。ね〜?」

「うん!」

「………………そうですか」

「にゃ〜………? はっ! そう言えば、アストレア様とシル会うの何気に初にゃ! だから警戒してるにゃ」

 

 名推理! と豊かな胸を張るアーニャ。

 

「………そうね!」

「うわっ、びっくりした」

 

 アリーゼは切り上げたほうが良さそうなのであえて大声で叫んだ。

 

「それにしても、こうしてみると大分雰囲気が変わったよね」

「…………?」

 

 ノエルが放つ精霊の気配に呟くルノアにノエルは不思議そうに首を傾げる。

 精霊とは、神と同じく対面したものに種族を察せられるほどの気配を放っているのだ。

 

「だからエルフ共が外からよってきてんのか………」

「うちのポンコツも距離取っておりますしねえ」

「せ、精霊に近付くなど恐れ多く…………」

 

 エルフの里によっては神より崇められる精霊。その気配に一目見ようと店の外にエルフが集まっている。リューも距離を測りかねていた。

 

「これから面倒になるかもね。ノエルと契約、なんて言う輩が出てきそうだよ」

「わたし、おとうさんとけーやくしてるよ?」

「そうだな。そこもギルドを通して公表させるか」

 

 エルフの一部が騒ぎそうだが………。まあ騒ぎ立てるエルフが束になっても、ノエルの自由のために負けるつもりはないが。

 実は2柱目と知られたらもっと面倒なことになりそうだ………。

 

「………ふみゅ」

「あ、ノエル………こんなところで寝ちゃ駄目だよ。ほら、一緒に部屋に行こう? 一緒に寝よっか」

「むにゅ………おとうさんも」

 

 ピシリと空気が凍る。ヴァルドはキョロキョロと辺りを見回す。ノエルも首を傾げながらヴァルドの服の裾を掴んだ。

 

「…………だめ?」

「いや………」

 

 睡眠は()()なれど()()()ではない。眠ろうと思えば寝れるが、シルと………。

 リヴェリアとアイズ、ベルやアルフィアの時とは違い面倒な予感しかしない、と外の気配を探るヴァルド。

 

「お願い、ノエルが寝付くまででいいから」

「……………解った」

 

 

 

 

 

「寝たか?」

「うん………これだけ深く寝れば、朝まで起きないよ」

 

 ノエルが寝たのを確認すると、服を掴んでいた手をそっと放すヴァルド。音を立てぬように立ち上がり、シーツをかけ直してやる。

 

「…………本当は」

「………」

「この子は、あのまま居なくなってしまってもおかしくなかった」

「…………………」

 

 精霊が人を真似る奇跡は、相応の力を有する。それこそ、初めてあった時ノエルから精霊の気配が殆ど消える程度には。

 

「本当に全部助けちゃうんだから、凄いなぁヴァルドは」

「俺一人では何も知らないまま終わっていた。お前がいたから気付けたんだ」

「ふふん、尊敬してもいいんだよ?」

「ああ………子供を想う時のお前は、尊敬に値する」

「……………………」

 

 素直に褒められ気恥ずかしそうに押し黙るシル。

 

「…………ありがとう、ヴァルド。この子を助けてくれて」

「助けるさ………俺はノエルのおとうさんだからな」

 

 ヴァルドはそういうと部屋から出ていった。おそらくは、ダンジョンに向かうのだろう。

 Lv.8になって、それでもまだ強さを求めてる。それも当然か、彼は世界を救えると思っていなくても、世界を救いたいと思っているのだから。

 

「救えると思うけどなぁ、あなたなら」

 

 今日だってそうだった。ノエルの頭を撫でながら、シルは今日を振り返る。

 なんの説明もなくただ助けてと言った自分を助けてくれた。ノエルの願いを叶えた上で、ノエルを繋ぎ止めてくれた。

 自分の命を顧みないのが難点だが、誰かを救おうとする時は何時だって死んでいられないとばかりに生き残る。ちょっと頭おかしいレベルで………。

 

「でも本当に、誰かのために必死になれるんだよね………」

 

 もっと自分を大事にしろと言いたいが、そんな彼に興味を持ったのだから文句も言いにくい。

 

「ベルさんもサポーターの子を助けたり、似た者師弟だから、きっとまた誰かを救うんだろうね〜?」

「んぅ………」

 

 救われた側である自分とノエル。でも、特別だから救ったわけではない。誰でも救う、その中の一人でしかない。

 まあ、友人だしただ助けられる誰かよりは特別なのだろうが………それ以上は望めない。望んではならない。()()がそれを望み行動に移せば、彼は間違いなく距離を取る。そして、それが自分の臆病さ故だと自分を責めるのだろう。

 ある意味ではリヴェリア達よりも特別視されているわけだが………その結果距離を取られるなど皮肉な話だ。

 

「…………………」

 

 今の関係が、自分と彼の最良の関係。それを崩そうなどと、馬鹿なことを考えるな………。

 

『………助けて、ヴァルド』

『解った』

 

「……………」

 

 ノエルは寝ている。護衛は、声が聞こえる距離にはいない。だからこれは、誰にも聞かれない独り言。

 

「好きだよヴァルド…………大好き」

 

 決して口にはできない、既に諦めた街娘の恋の告白。

 

 


 

 

その頃の女神の従者は…………うん、言わぬが花な気がしてきたぞう!



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守りたいもの

Q.ヴァルドの奴偶にシルとあまり話さないのはなんでにゃ? 次の日は普通に話すし、喧嘩してるようにも見えねーにゃ。
『PN名探偵』
A.その日のシルは自分と話したくないだろうと察するからです。でも無視したいわけではないので必要な会話はするし酔っ払いに絡まれてたら助ける。


Q.酒場のシルちゃんに好かれるにはどうすればいい? あの英雄と仲良さそうだけど、あいつより好かれたい!!
『PN俺はもうLv.3』
A.偶にある変化に気づいてその時だけ接し方を変えれば可能性が増えますよ。どんな変化? 見抜けるのあるファミリアの連中ぐらい。ヴァルドは一目で見抜いた。


Q.何故あの街娘には気付けて彼奴は私に気づかない
『PN仮面』
A.お前のスキルと魔法のせいです。


Q.ヴァルド君ってモテるけど女性関係で問題起こしたことはあるのかい?
『PN窯の女神』
A.基本的に自分は誰かと恋人関係になることはないけどそれはそれとして複数人と遊びに行く約束が被ったことがあります。
因みに被った理由はとある呪いの本により女性陣が積極的になり断れない雰囲気だったからです。本は消滅しました。


 ベル、ヴェルフ、リリはいよいよ中層に挑む。

 準備は万全……とは言えない。ダンジョンに挑むに当たって、備えすぎるなどということはないからだ。予備の剣数本持ってドロップアイテムやダンジョンの作物だけ食って数日過ごす奴は備えなさすぎるが………。

 

「重要なのは動揺しないことだ………ここはダンジョン、何が起きてもおかしくないと言う前提で、現状を受け入れながら進め」

「はい、師匠!!」

「よし………」

「ていうか、ヴァルド様はついてこないんですか?」

冒険者依頼(クエスト)がある」

 

 その言葉にリリは複雑そうな表情を浮かべる。

 ベルを信頼しているということだろうし、そもそもこの人が交じった時点で中層は冒険ではなくなる。それでも最強戦力には来てほしかった。

 

「ヴェルフ」

「は、はい!」

「優先すべきことを違えるなよ」

「? はい………」

 

 ヴェルフが背負っているものを見ながら助言するヴァルド。次はリリに視線を向ける。

 

「アーデは、己を良く弁えている。が、弁えすぎている………ベルもヴェルフもサポーター(おまえ)に頼ることに忌避はない。思ったことは口に出せ。この中で一番経験が多いのはお前だ」

「……………はい」

「後は、ベル………Lv.2………つまりこのパーティー最高戦力だ。お前が崩れれば、全滅もありうる」

「…………っ!」

「だから、気張れ…………運が良ければ帰還中の【ロキ・ファミリア】に出会すかもな」

 

 その言葉にはっと顔を上げるベル。

 【ロキ・ファミリア】………つまり、アイズと運が良ければ同行させてもらえるかもしれない!?

 

「中層で出会えればランクアップしたと伝わるだろう」

「…………あ」

 

 そう言えば【ロキ・ファミリア】には『彼女』もいた。誰よりも早くランクアップしてみせるという宣言を聞いたただ一人の少女。

 

「どうかしたか?」

「えっと………【ロキ・ファミリア】の皆さんと、会えたらいいなあ、って………」

「そうか………」

「じゃあ、行ってきます。シルさん達にもよろしく」

「ああ、今日はシルと会わない」

「え、そうなの?」

 

 冒険者依頼(クエスト)が忙しいのかな?

 

 

 

 

 

 ミアに休みを貰い、アーニャはとある場所に来ていた。

 

「…………………」

 

 近づいては離れ、離れては近づいて………猫よけの魔導具を前にしたかのようにウロウロしている姿は、なんとも怪しい。なので当然人が来た。

 

「貴様! そこで何をしている!!」

「ふにゃ!!」

 

 ピーンと尻尾と耳を立て叫ぶアーニャ。振り返ると槍を持った冒険者が二人走ってきた。

 

「ここをどこだと思っている!!」

「かの女神の領域を汚そうとしているのなら、その命を以って償ってもらう!」

「あ、いや………その、にゃあ…………」

「ん? その槍は………」

 

 と、アーニャが持つ銀槍を見て困惑する男。

 

「何してやがる」

 

 その声に、その場の全員が固まる。

 振り返ると、不機嫌そうな猫人(キャットピープル)の男性が立っていた。

 

「ア、アレン様………」

「あぅ………あ………あの、これ………ありがとうございました!」

 

 と、アーニャは銀槍をアレンに渡す。アレンはひったくるように槍を受け取った。

 

「用事はこれで終わりか?」

「その………フ……フレイヤ、様に…………っ!!」

「…………………」

 

 瞬間、身を刺すような殺気が放たれる。

 アレンは殺気を隠さぬまま、舌打ちしながら背を向ける。

 

「ついてこい、あの方がお待ちだ………」

「は、はい!」

 

 慌てて後を追うアーニャ。困惑する見張り達にアレンはチッと舌打ちする。

 

「なに呆けてやがる。さっさと持ち場に戻れ」

 

 男達は慌ててその場から立ち去った。

 

 

 

 

 『庭』から漂う血の匂い。響く怒声、轟音、剣戟の音。

 魔法が誰かを焼く。刃が誰かを切り裂く。拳が誰かを砕く。

 比喩ではない、正真正銘の殺し合いの場。それが【フレイヤ・ファミリア】のあり方。

 希少な治療師(ヒーラー)を潤沢に抱え、心臓が止まろうが四肢が引き千切れようが()()()()()()()()()()()()()()()。連携をするのはそういった戦いを強みとされた4兄弟ぐらいの、個人主義の戦闘集団。

 

「……………………」

 

 自分も数年前まであそこに居た。兄に置いていかれないために………。

 そこでヴァルドに出会った。アーニャのような極々例外を除き女神の寵愛を求める戦士達の中に、女神の寵愛を求めず飛び込んだ男。他派閥の眷属。

 余計に狙われる中、それでも戦い治療師(ヒーラー)に回復してもらうとアーニャのようについていくだけで必死の者達に助言してから『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の手伝いまでしてた。

 

「ついたぞ」

「!!」

 

 正気に戻り、目の前の扉を見る。アレンが戸を叩くと「入っていいわ」と声が聞こえた。

 

「お帰りなさい、アーニャ」

「フレイヤ様………」

 

 部屋の中にいた女神は笑いかけてくる。

 「貴方は要らない」と言ったアーニャに、昔と変わらず。

 

「今日はどうしたの?」

「ス………ステイタスの、更新を……した、したく……て」

「あらそう………戻ってくるのかしら?」

「あぅ………あ、の………戻る気は、なくて………」

「おい」

 

 と、アーニャの言葉にアレンが苛立った様子で口を挟む。

 

「ふざけてんのか、お前? フレイヤ様のもとに戻る気はねぇ、そのくせステイタスの更新をしろだと?」

「アレン………」

「少しお待ち下さい。今すぐこの恥知らずを」

「アレン」

「…………………」

 

 フレイヤが責めるように見つめると、押し黙るアレン。フレイヤはニッコリほほえみアーニャに視線を戻した。

 

「ねぇアーニャ、どうしてステイタスの更新をしたいの? また冒険者に戻るのかしら?」

「……………私は……シルが大好きなんです」

「………………」

「ミア母ちゃんも、クロエやルノア……ノエルやメイ達も皆………あそこが好き! 失いたくない……でも、昨日………家族が攫われて、クロエやルノアも危なくて………ヴァルドに頼ろうとして………」

 

 最後の最後、ヴァルドが戦わせたが、それがなければきっと彼一人で解決しただろう。それだけの力を持っている。でも、ヴァルドは一人だ………

 

「ヴァルドも、大好きだから背負いすぎて欲しくない………一緒に戦えなくても、重荷になりたくない。家族は、私だって守りたい! だから、力が必要なんです…………!」

「……………そう」

 

 フレイヤは、やはり笑っていた。

 

「こっちへいらっしゃいアーニャ。背中を出して」

「!!」

「………フレイヤ様」

 

 目を見開くアーニャ。対してアレンは納得がいかないと言う顔をしていた。

 

「貸一つ」

「…………?」

「アレンが文句を言うようなら、ヴァルドに言うように言われたの。アーニャのステイタスを更新してくれるなら、一度だけヴァルドがお願いを聞いてくれるって」

「だからなんだって言うんですか。自分の時間が女神の時間と等価と勘違いしたクソ野郎なんざ、無理矢理貴方の前に………」

「今の貴方じゃ無理よ」

「………………」

 

 フレイヤの言葉に歯ぎしりしながら再び押し黙るアレン。

 

「…………俺はここで失礼します。そんな愚図でも、帰り道は間違えないでしょう」

 

 そう言うとアレンは去っていった。

 

「ダンジョンに行ったみたいね…………ほら、アーニャも早くしなさい?」

「はい!」

 

 慌ててフレイヤの前に移動して、服を脱ぎ背中を見せる。

 背中をそっと撫でる指先。懐かしい感覚……

 

「アーニャは、今の居場所が好き?」

「はい」

「ヴァルドも好きなのね」

「はい」

「お世話になったお兄さんとして? それとも、男の子としてかしら?」

「…………それは、解りません」

「あら、そうなのね」

 

 赤くなって俯くアーニャにフレイヤはクスクス笑う。

 

「守りたいのね、今の居場所を」

「はい。だから、力が欲しいんです」

「そう………なら、おめでとう」

「え?」

「ランクアップよ、アーニャ」

 

 

 

 

 

 

「…………さて」

 

 ヴァルドは建物の屋上から、その場所を見下ろす。

 自分は確かに冒険者依頼(クエスト)を受け廃城に来た筈なのだが………。

 

「どこだ、ここは?」

 

 ギルド職員のソフィが付き添いたまたまあったフィルヴィスを誘い、ギルドの募集でやってきた【ディオニュソス・ファミリア】のアウラと合流し微妙な空気のまま廃城に訪れ妙な光に包まれた。そこまでは覚えている。

 気がつけば妙な服装で、この『学校』にいた。

 

「ボルト先生、そろそろ授業が始まりますよ?」

 

 妙な『役割』まで与えられて。

 後なんでアイズが『先生』なんだ。いや、見た目だけ取り繕った人形だけど。

 情報を集めたいが、この人形達は『監視』の役割もあるとすると、目立つ行動は控えるべきか。

 そう思い教室に向かったのだが………

 

「せ〜んせっ、授業なんてやめてあたしといいことしな〜い?」

 

 何故か性に奔放なソフィに………

 

「ボルト! 俺と勝負しやがれ!!」

 

 何故か男子の制服を着たアウラがいた。そして

 

「はわ〜、ボルト先生今日もかっこいいよ〜」

 

 うっとりしたフィルヴィスが窓の外に………。

 エルフの三人娘が、なんかもう………残念なことになってる。これ正気に戻した瞬間発狂するのではなかろうか。




ダンメモイベント『ナイトメア・スクールライフ』編、はじまりはじまり

お前の次の台詞は『運営の悪ふざけイベントもやるのかよ』という!


やるとも、だってフィルヴィスが面白いことになるじゃない


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ナイトメアスクールライフ

 近隣で行方不明者が出て、調査対象になった廃城。

 事前調査では怪しいところは発見できず、しかし『何か』を感じた者と、『何も』感じなかった者達に分かれた。

 判断に迷ったギルドは再調査にギルド職員を同行させたのだ。

 感じた者と感じなかった者、その差が分からぬのでなるべく複数。その結果………

 

「…………………」

「…………………」

 

 【葡萄の杯(クラーテル)】アウラ・モーリエルとフィルヴィスの間に微妙な空気が流れていた。

 フィルヴィスの噂を知っているソフィは、派閥内でもこうなのか、と少しだけ辟易とした。

 

「ディオニュソス様の右腕を気取っているかと思えば、今度はかの英雄に縋りますか」

「アウラ………私は………」

「英雄になったつもりはない」

 

 と、フィルヴィスを庇いながら言うヴァルド。

 

「だが縋る相手を振り解かない程度には、英雄の真似事はできるつもりだ」

「………………」

 

 フィルヴィスがヴァルドの陰に隠れるのを見て眉間にシワを寄せるアウラ。ふぅ、と息を吐いて気を落ち着かせる。

 

「失礼…………お久しぶりですね、【不死之英雄(ジークフリート)】………私を、覚えていますか?」

「ワインを買いに行って酔っ払いに絡まれていたエルフか。ディオニュソスの眷属だったか」

「はい、あの時はありがとうございました」

「あの頃はまだ幼かったが、綺麗になったな」

「!!?!?」

 

 尚、他意は一切ない本音である。

 

「そ、そう言っていただけると…………その………」

「まあ、今は依頼に集中しよう」

「……………はい」

 

 

 

 

 そして、5()()揃って廃城に入った瞬間、4()()は光に包まれ、気が付けば魔法学院なる場所で教師をしていた。

 担当教科は魔法料理。後魔法剣学の教諭補佐。フルネームはボルトルド・クラストン………らしい。

 そしてやたら挑発的なソフィがセフィアで、男勝りなアウラがアクトという()()()()らしい。他にもアイズそっくりなアイルズなる教師もいた。

 

「妙な世界に紛れ込んだものだ。何より、この気配は…………? ノイズ掛かっているが、まさか………」

「早く外にでろ。上を目指せ」

 

 と、不意に聞こえた声に振り返ると小さな少女………というか幼女がいた。ノエルより幼い見た目だ。

 

「『創造主』は待っている。故に上だ。上しかない。上なのだ」

「『創造主』?」

「この箱庭を作りし、悪夢の元凶。神々の支配より脱却せし世界の意志達」

「なるほど、ここは複数の精霊の集合体が作った夢の世界。3つの起点を破壊し脱出するのか」

「…………我らを遮る言葉に壁はない」

「喋り方が妙なのもこの世界の影響か………ん? ああ、案ずるな。お前の言いたいことは解る」

「夜を待て………我が力を振るえる時は、静かに、必ず」

「解った。こういったことは、お前に任せる」

 

 幼女の言葉に頷き、夜を待つ。

 昼は普通に授業を行った。

 

 

 

 

「せ〜んせ、今日の授業終わりでしょ? あたしと良いことしようよ〜」

「それが素面のお前からなら、俺は断るつもりはないが今は駄目だ」

「おい! セフィアから離れやがれ!」

 

 アクトはセフィアが好きらしい。

 で、このセフィアは一見遊んでいるように見えて、その実男子と手を繋いだことがない。

 初恋の相手である引っ越してしまったお兄さんの気を引くために手を出しやすいキャラを演じてるらしい。いる? この設定………。

 

 

 

 

「では、向かおう。『大回廊』の奥へ」

「それは構わないが…………あちらはどうする?」

「好かれるのもまた宿命、か」

「まあ、成績優秀者だし問題ないだろう」

 

 二人が振り返ると2つの影が慌てて隠れる。

 

「出て来い、ソ……セフィア、アクト」

「「………………」」

 

 名を呼ばれ大人しく出てくるセフィアとアクト。セフィアはチラチラ幼女を見る。

 

「先生…………その………その子は? まさか、娘!?」

「こいつはフェルズ。こんなナリではあるが俺の友人だ。娘ではない、娘は別にいる」

「な、なぁんだ………え、娘はいるの!?」

「あんた結婚してたのか!?」

「いや、未婚だ。今のところ誰かと結婚する気もない」

 

 それは本音。地上に進出したモンスターを全て排除するとは流石に言えないが、黒竜を倒し天秤を人間に傾け終えてからでなければ誰かと結ばれるなどできようはずもない。

 まあ、特定の誰かと結ばれるのが一番困難な気もするが…………。

 

「未婚で父!? えっと、どういう!?」

「養子だ」

「な、なるほど?」

「戯れはそこまでだ」

「……この幼女なんか発言がいちいち偉そうだな」

「私は余興に付き合う気はない」

 

 そう言ってスタスタ歩き出す幼女。3人もその後に続く。

 

「それにしても『大回廊』………俺達まで良いのか? 立入禁止のはずだろ?」

「教師の俺がいる」

「学院の七不思議が関係してんの?」

「七不思議?」

「知らないのかよ。あんたら教師がそこに行くなって言ってるくせに」

「『湖畔の古城』、『13番めの部屋』と並ぶ学院七不思議じゃん」

 

 七不思議………この世界にもその手の噂があるようだ。

 

「『魔竜』、『悪狼』……『大蛇』……恐ろしい魔物が住み着いているって聞いた」

「恐ろしい魔物、か……」

 

 『獣王の毒牙』は手元にはなく、代わりに学院支給の安い剣を持たされている。どの程度の強さが知らないが、この剣が壊れぬ程度の力で戦えるといいのだが……。

 

「実は教師達の秘密のお宝でもあるんじゃねえの?」

「あったとしても俺は知らん。で、残りの4つは?」

「「知らない」」

「…………七不思議とは?」

「所詮は虚構………箱庭に蔓延る噂の数など、数える道理もない」

「………ほんと偉そうだなこのガキ」

「私の理解者は彼を措いて他にいない」

「それは聞き捨てならんな、小娘!」

 

 と、不意に声が響いた。

 

「私こそが! ボルト先生の一番の理解者なのだから!」

 

 教室の外からヴァルドを覗いているフィルヴィスだ。教室に入ってこないし会話もないから彼女の設定の詳細を知らない。

 

「お前は………誰だ?」

「え、忘れたの先生!?」

 

 言葉を考え思いつかなかったので、割と失礼な聞き方をするヴァルド。

 

「はぅん!! まさかの、他人のふり!?」

 

 なんか、悦んだ。

 

「ふ、ふふ………忘れているなら教えてやる。私はフィリウス・アスタロス! 悪の魔法使い! そして、愛しのボルト先生のストーカーだ!!」

「……………………」

 

 ヴァルドは思わず言葉を失った。

 

「ボルトに付き纏うこと週7日! 週休なにソレ美味しいの? と言わんばかりの現代社会が生み出した闇そのもの!」

「先生の入浴を何度も覗いて、宿直室のシーツや下着を何度も盗んだ魔法学院のモンスター! 因みにあたしの秘蔵写真と交か………ゲフンゲフン!!」

 

 どうやらセフィアはフィリウスと取引しているらしい。早く正気に戻してやらないと、悲惨な結果に………いや、もう十分悲惨だ。

 

「さあボルト先生! 早くお風呂に入ってベッドで横になるんだ! 私は残り湯を堪能し、先生が起きた後のベッドで温もりに包まれよう!!」

「…………流石に、キツイな」

「!? はぁ〜〜ん! 幸せぇ〜〜〜〜!!」

 

 もっと悦んだ。

 

「悪いが『大回廊』の先に用がある。どいてくれ」

「よし、ならば私もついていく」

「………………そうか」

 

 

 

 

 『大回廊』の先に辿り着くと、広い部屋に出る。

 そして………来た。

 

「下がれ、お前達」

「先生?」

 

 ズン、と地面が揺れる。突然気配が現れた。

 

「グオオオオオオ!!」

「な、竜!? まさか、あれが魔竜!?」

「おい悪の魔法使い! あれなんとかしろ!!」

「ふっ、私は爬虫類恐怖症なのだ」

「「使えねぇーーーー!!」

 

 そんなやり取りをしている間に魔竜が叫び、周りからもモンスターが現れる。

 

「………ん?」

 

 と、更に現れた強大な気配。眼の前の魔竜や、周りのモンスター達を合わせてもまるで追いつかない巨大な気配が…………()()()()()

 

ズドォォォォォン!!

 

「うわあああ!? こ、今度はなんだ!?」

「更にでかい爬虫類なら、私は気絶する」

「自信満々に言うなぁ!」

 

 現れた巨大な()は魔竜を踏み潰す。その足に添い視線を動かさば、それと目が合う。

 

「…………………………」

「…………………」

 

 ()()はヴァルドの持つ剣を見て、牙をむき出しに唸る。

 

「!? 何だ、この怪物は!!」

 

 幼女も困惑している。彼女もこのモンスターについては知らないのだろう。ただしヴァルドは知っている。

 

「俺の剣だ」

「は、剣? この怪物が? 何処をどう見たら剣に見えるんだ!!」

「先生、混乱してんの!?」

「ふぅ、よく見たら哺乳類っぽいな。うん、良かった良かった」

 

 と、三者三様の反応を見せる。幼女は何かを察したように怪物を見上げる。

 

「俺を探していたのか? 苦労をかけ──」

「グオオオオオオオオオオ!!!」

 

 ズドォォォォン!!ブチッ

 

 怪物はヴァルドを前足で踏み潰した。

 

「「「ええええええええええ!!?」」」




今回の幼女翻訳
◆「『創造主』は待っている。故に上だ。上しかない。上なのだ」
◇「この世界を創った者が居る。ソレをどうにかしなければ帰れん」


◆「この箱庭を作りし、悪夢の元凶。神々の支配より脱却せし世界の意志達」
◇「ここは夢のようなものだ。作り出したのは、墜ちた精霊達」


◆「…………我らを遮る言葉に壁はない」
◇「…………よく私の言っていることが解るな」


◆「夜を待て………我が力を振るえる時は、静かに、必ず」
◇「夜には少しだけ力が戻る。私の力が必要とは思えないが、動くなら夜だ」


◆「好かれるのもまた宿命、か」
◇「お前はどこに行っても好かれているな」


◆◇


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ナイトメアスクールライフ2

こういうファンタジー書いてると偶にオリジナルを書きたくなる今日この頃。


 ヴァルドを踏み潰した黒い巨獣。

 竜すら簡単に屠った怪物だ、ここにいる者達に勝ち目はない。

 全員が戦慄する中、怪物の姿が()()()

 

「ふう………」

 

 黒い霧となった怪物の体はヴァルドを踏み潰した場所に集まり、ヴァルドが一本の大剣を持ち姿を現した。

 

「ボ、ボルト先生………大丈夫なんですか?」

「爪や牙ならともかく、ただ重いだけの一撃なら問題ない。彼奴も、それがわかった上で拗ねたんだろ」

「拗ね………?」

「前回使った力はまだ納得できても、この程度の剣を自分の代わりにされるのが納得できないようだ」

 

 そう言って溶け崩れた剣を放り捨てるヴァルド。大剣を背中に回すと布が現れ剣身を覆う。

 

「帰ったら調整を頼む。それで少しは機嫌も良くなる」

「心得た」

 

 幼女はヴァルドの言葉に仕方ないというように肩をすくめた。

 

 

 

 

 その後解散し、翌日。

 魔法薬学の権威かつ魔法薬学法人団体会長兼マンドラゴラ保護会会長という肩書の多い校長と少し話してアイルズの授業を手伝いに行くヴァルド。

 

「…………?」

 

 学院の空気が可笑しい…………いや、これはこの世界そのものが歪んでいる? 魔竜を倒した影響か?

 疑問に思いながらも日中はこの世界に合わせている。教室の扉を開くと既にアイルズが来ていた。

 

「揃ったようだな………では、殺し合え」

「…………ん?」

「存分に、仮借なく、鮮血を撒き散らして。杖の歯の仕様はもちろん、撲殺絞殺毒殺爆殺、その他の殺し方は許可しない。扱うのは剣のみ。私が諸君に教えた剣学の全てを持って殺戮しろ。上手く殺し合えた者から単位を与えることにする」

「何を言って……」

 

 と、アイルズの言葉に疑問を持つヴァルド。ただし周りは違ったらしい。

 

「「「はーい、アイルズ先生!!」」」

 

 不気味なほど明るい声で応える生徒達。アイルズの始めという声と同時に近くの相手に飛びかかる。

 剣戟の音が響き、鮮血が舞う。

 

「せーんせ、右腕を頂戴? 代わりにあたしの左足をあげる!」

「ああ、ボルト先生! あなたの心臓を抉り出させてくれ! それを食べて、私達はずっと一つになろう!」

「ボルト! 血の一滴までオレによこせ!」

「…………………ふむ」

 

 ヴァルドはアイルズを切り裂いた。途端に生徒達が糸の切れた人形のように倒れる。

 

「………弱いな。本物の足元にも及ばん………しかし、面倒な」

「次の番人を速やかに倒すのだ」

 

 と、何時の間にか現れる幼女。

 

「既にこの世界に合わせる道理はなくなったか。場所は?」

「小城」

「解った………む」

 

 と、廊下から叫び声と足音が聞こえてくる。

 

「急げ! アイルズが倒れた! 『歪み』を正すのだ!」

 

 この世界の住人達だろう。向こうの数も分からず、ソフィ達もまた可笑しくされる可能性がある中戦うのは避けたいが………

 

「嗚呼、ボルト先生………どうしてあなたはボルト先生なんだ! キリッとした横顔もかっこいいよ〜、はぁ〜ん!」

「フィル………フィリウス? お前、おかしくなっていたのではないのか?」

「フハハハハッ! 私の頭は最初っからおかしいわ!」

 

 この世界を作った精霊達は一体どういう基準で偽りの人格を設定したのだろう。ただでさえ真面目なエルフ3人が、こんな痴態に………何かもう大きな悪ふざけめいた意志を感じる。

 

「この身は闇の権能から力を授かった、汚れし使徒! 世界の因果律が崩壊したところで汚染されることはない!」

「何? 既に別の汚れを背負っている?」

 

 フィリウスの言葉の意味を正確に読み解くヴァルド。まあ頭がおかしくなってるのは確かなので深く考えても意味がないか?

 フィルヴィスは現実でも明らかに何かを隠しているが、自分に知られたくないようだし…………彼女の主神に聞いてみたいが実はタイミングが合わず直接あったことは数回しかない。

 

(避けられているからな)

 

 神威の効かないヴァルドは本来なら神がその気になれば人類には不可能に近い神殺しを簡単に行える。それ故にヴァルドを避ける神も珍しくはないのだ。

 

「まあいい、今のお前なら触れられない、なんて事は言わんだろう。運ぶのを手伝え」

「報酬は?」

「……………」

「後で体をクンクンさせてくれる?」

「もうそれでいい」

 

 ヴァルドはフィリウスにセフィアとアクトを運ばせ、周囲を警戒しながら移動した。

 

 

 

 

 

「一先ずここで休むか……」

 

 追手を撒いてセフィアとアクトを眠らせるヴァルド。フィリウスはヴァルドの胸に顔を埋めクンクン匂いを嗅いでいる。

 

「うっ………ここは?」

「あれ、私達………」

「起きたか」

 

 フィリウスは気にせず後ろに回りうなじをクンクンしている。

 

「酷い悪夢を見てた気分だ………今も悪夢なのか? 頭痛が止まらねえ」

「ええ、ずっと耳鳴りもする。どうしてあたし達、あんなことを………」

「記憶があるのか?」

「………残念なことに。先生に、あんな提案しちゃったことも」

 

 と、自己嫌悪から俯くセフィア。アクトも似たような様子だ。フィリウスが服を脱がせようとしてきたので流石に止める。

 

「一体、俺達になにが………」

「隠し立ては不要か。全て話そう………」

 

 と、ヴァルドはオラリオの事、彼女達の本当の名前、この世界について話すことにした。

 

 

 

「つまり、今のあたし達は本当の自分じゃないと」

「ああ、正直正気に戻った時お前達の精神が崩壊しないか心配になるぐらい本来の人格と異なる」

 

 おまけに3人揃ってエルフだ。心配、などといったが間違いなく発狂するだろう。

 

「………信じるよ。先生の言う事……不思議なんだけど、受け入れられるんだ」

「それで、俺達はどうするんだ?」

「小城に向かう。お前達はどうする?」

「もちろん、あたしは先生についてくよ!」

「オレもだ」

「私は………少し調べたいことがある。少し離れていいだろうか」

 

 と、フィリウスだけは同行せず、一同は小城に向かった。道中モンスターや教師が襲ってきたがヴァルドがあっさり倒した。

 

「いいぞ、全て、導かれるままに進んでいる」

「うわ!? またどっから現れたんだこの幼女!」

 

 と、唐突に現れた幼女に驚くアクト達。

 

「この先に居るぞ、番人だ」

「番人……あのボルトの剣だっつー化け物に潰された魔竜もそうなら、七不思議的に次は…………」

「悪狼だな」

 

 と、眼の前に人影が現れる。

 

「よく来たな、ボルトとその仲間たち!」

 

 現れたのはボールスそっくりなこの世界の住人ボールド。

 

「……お前が、悪狼?」

「俺の正体を見破るとは流石だな。そう、膝に矢を受けた話も満月の夜に姿を現さなかったのも全て伏線(フラグ)……フフ、褒めてやるぜ」

 

 何一つ知らないのだが、その伏線。

 

「ていうか膝に矢は関係ないだろ!」

 

 と、アクトが叫ぶ。確かにこの学院に悪狼に矢を放ったことがある誰かがいれば伏線になり得たが、そんな話聞いたこともない。

 

「俺は夜になると残酷な獣と化す人狼! 夜な夜なこの屋敷に足を踏み入れては迸る獣性を解き放っていたのだ!」

「聞いてもないのに説明始めた!?」

「そのあまりの凶暴さに誰もが恐れ、ついた渾名が──【凶狼(ヴァナルガンド)】!」

 

 ベートが知ったらぶっ飛ばしに来そうだ。

 

「正体を見破られたからには、生きて帰すわけには行かねえ! ここで血祭りにしてやるぜ! ウオオオオオオオオオ!!」

「ほ、本当に狼に変身した!?」

「ふっ!」

「きゃいん!!」

「そして瞬殺された!?」

 

 2体目の番人があっさり倒され、世界が歪む。同時にセフィア達が頭を押さえ苦しみ出す。

 

「『洗脳』も解けつつある。後は現実世界に紐付いた言霊をぶつけるしかない。ヴァルド、君の出番だ………ごにょごにょゴニョリータ」

 

 と、幼女はヴァルドに耳打ちする。

 

「愛してるぞ、ソフィ」

「はあああ!?」

「数年ぶりの再会だったが、伝え忘れていた。綺麗になったな、アウラ」

「ひゃうっ!?」

「ふむ、流石は色を拒まぬ英雄。この手の言葉はお手のものか」

 

 幼女が感心する中、二人の顔はどんどん真っ赤に染まっていく。

 

「「ひにゃあああああああああああ!?」」

 

 そして同時に叫びだした。

 

「あああああああああああああああ!? なんで、私あんな破廉恥な性格になってヴァルド相手に汚らわしい真似をー!?」

「私など何故男になって同胞に恋慕の念を!? 過去に助けられたお方にあんな無礼なあああ!?」

「よし! もとに戻った!」

 

 この世界の住民として過ごした自分の所業が高速再生(フラッシュバック)されたようだ。今の彼女達の心境は……恥辱の極み。

 

「「死ぬ! 死んでしまう! いっそ死のう!!」」

「いかん! 精神が死んでしまう!!」

「………まあ、知ってた」



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ナイトメアスクールライフ3

「…………落ち着いたか?」

「ええ……もうこの傷は、一生消えないでしょうが」

「私なんて同じ派閥の団員にも見られてますよ。いえ、お互い様ですけど」

 

 正気に戻ったソフィとアウラは涙目で返す。きっと今日のことを思い出す度に身悶えするだろう。モテない女神達の書物の呪いを食らったリヴェリアもこうなっていた。

 

「だがこれで残る起点は一つだ」

「喋り方が戻ってきたな」

「ああ、これまでは夜しか力の一部を振るえなかったが、その力も大分戻ってきた」

 

 と、幼女はローブを羽織り仮面を被った姿へと変わる。ボロボロのローブといい、何処か亡霊のような印象を与えてくる。

 

「!? そ、その人は結局何者なんですか?」

「ヴァルドの友だよ。或いは共犯者と言ってもいい………明確な犯罪行為はヴァルドが嫌うし我々もする気はないが、表向きにできない仕事を頼んだりしている」

「それをギルド職員の前で言いますか…………」

「犯罪行為ではないと言ったはずだ。それに、ギルドを介さず個人的に依頼を出すのも褒められた行為ではないが特段責められるものでもあるまい」

 

 そう言われてしまえば何も言えないソフィ。ヴァルドが関わっているのなら、それは下界にとって害となることではないと思うが………。

 

「一先ず私のことは亡霊(ゴースト)と呼んでくれ」

「………ゴースト?」

 

 ギルドでそんな噂を聞いたような、と首を傾げるソフィ。

 

「私は、君達がこの世界に取り込まれるのを見て自分から飛び込んだのだ………しかしそのせいか、力の一部を封じられ言うことも一々意味深になってしまっていた。まあ、ヴァルドには普通に通じていたが」

 

 おかげでスムーズに事が進んだ。

 なんでこの男はこうして言葉が足らずとも察せるのに自分の言葉が足らないのだろうか? いや、寧ろ足りていない自覚がないからか。

 

「とにかく、今は最後の番人を討ちに行くぞ」

「お待ち下さい、フィルヴィスは………」

 

 と、アウラ。確執があるとはいえ、エルフである彼女は仲間であるフィルヴィスを見捨てられないのだろう。

 

「………恐らくフィルヴィスはお前たちより強く洗脳を受けている」

「え?」

「番人の守り人として現れる可能性が高い」

「それは………本当なのですか?」

 

 フィルヴィスを『死妖精(ヴァンシー)』などと蔑んで嫌っているが、だからといって本当に彼女が真に悪だとは思っていないアウラが納得していないように表情を歪める。

 

「この中で一番現実を捨てたがっているのがあいつだからな。恐らく俺達と別れた後、教師達と合流した………」

「フィルヴィス…………」

「となれば、最後の戦いの場にいるか…………移動しよう」

 

 

 

 移動しながら亡霊はこの世界についての見解を話す。

 この世界は、取り込んだ者達の記憶を頼りに『登場人物』を模倣している。やたらと見知った顔が多いのはそういった理由だ。

 強さの再現ができていないとはいえ、エルフの女王やヴァルドと5年近く共に過ごした相手である最強の魔道士を出さないあたり、出すには情報の濃さより数が必要なのかもしれない。

 

「この世界の趣旨は不明だが、彼等は『魔法学院』という枠組みに沿って行動する」

「それでは、ヴァルドが番人を倒し不安定になった世界全てが敵ということですか?」

「中には我々同様、囚われたものもいるだろう。が、今は頭痛に苦しみ、大した脅威にはなり得ない。無視していい」

 

 

 

 そして、大した戦闘を行うことなく辿り着いたのは最上階。『13番目の部屋』……。その奥に、やはりフィルヴィスがいた。

 

「ついにここまで来たか、『歪み』とその仲間達」

 

 そして、ティオネそっくりな校長。

 そういえば本物の彼女の二つ名は【怒蛇(ヨルムンガンド)】………。

 

「ボルト………いや、この世界の『上書き』を跳ね除けた『歪み』そのもの。やはりあなただけは早々に始末しておくべきだった」

「………………」

「世界の干渉に抗う貴方を取り込んでしまったが為に、私達の楽園は崩れつつある。とんだ招かれざる客だったわ、貴方達は」

「招いたのはそちらだろう」

 

 勝手な言い分を、と睨みつけるヴァルド。

 

「どこの世界に下位精霊の集合体とはいえ神の分身たる我々の支配が一瞬も効かない挙げ句夢の世界そのものを崩壊させかねない化け物が宿った剣を持った奴を想像する者がいる!!」

「こうしてお前達の眼の前にいるだろう」

「…………………………ふざけんな!!」

 

 この時ばかりは全員校長の叫びに同意だった。

 

「この世界は誰も傷つくことのない楽園だった。たとえ偽りの記憶と価値観を植え込まれたとしても、ここでは誰も傷つかない。現実の過酷から解放される。誰もが幸せでいられる、文字通り『夢の世界』だったのよ!」

「──真実を騙るなよ、堕ちた精霊達」

 

 と、亡霊が校長の言葉を遮る。

 

「同意だな。上位とはいえ、同じ精霊と契約しているから解る。既に実態を失い夢を…己達の生きる世界を存続させるために生者から力を吸い上げているだけだ」

「この世界に取り込まれた者は、いずれ夢想に抱かれて死ぬことになる」

「「!?」」

「君達の言う楽園とは、一時の幸せと引き換えに死を引き渡す最悪の悪夢だ。その罪を自覚しろ、『夢想の食人花』ども」

 

 己の戯言が見破られ忌々しげに亡霊を睨み付ける校長。事実としてこの世界に取り込まれた者達は、本来の自分を見失いやがて死に至る、自分が何者かも大切な者達も忘れてしまう悪夢でしかない。

 

「……妖異め。生者でも死者でもない異端者。何者だ、貴様は」

「なに、私は真実ただの亡霊(ゴースト)さ。自分を見失うあまり、理から外れた愚者。その末路に違いない。この格好も随分皮肉っているが、私は気に入っているよ。その点だけは感謝してあげよう」

「つくづく神経を逆なでしてくれる………もういい、お前達はここで抹消する。記憶を改変することなく、楽園の養分にしてくれよう!!」

 

 堕ちても、下位であろうと精霊の集合体。膨大な魔力を吹き出す校長。こいつを討てば、この世界は崩壊する。と……

 

「!!」

 

 戦闘態勢に入ったアウラに向けられた魔法をヴァルドが片手で弾く。意識を校長に向けていたアウラは目を見開き魔法を放った相手を睨んだ。

 

「フィルヴィス! なんのつもりですか!?」

「まさか、この世界に洗脳されて!?」

「いいや、私は彼女──『闇の権能』に力を授かった悪の魔法使い。世界の理の外にいる………この身に洗脳は効かない」

 

 ソフィの言葉に何処か自嘲するような笑みを浮かべるフィリウス。

 

「なら、なぜ……!」

「私は思ったんだ……ここで、ボルト先生とペロペロしていた方が幸せなんじゃないかって!」

「「「…………えっ?」」」

「闇の権能たる我がマスターの話通りなら、現実に戻っても汚れた体と辛い現実が待ってるだけ! なら、たとえ死す運命だとしても

最後の時までボルト先生とイチャイチャ愛し合っていたほうがいいじゃない!!」

「「いやいやいや! 絶対に後悔するから! 天国で絶対死にたくなるからっ!!」」

「うるさーい! アウラに私の気持ちなんかわかるもんか! ファミリアではすれ違うたびに団員に舌打ちされ、ディオニュソス様といるだけで睨まれる私の気持ちが!!」

 

 と、少しだけ現実の愚痴が顔を出すフィリウス。

 

「いや、それは………えっと………」

 

 すれ違いに舌打ちなどと恥知らずな行為こそしていないがフィルヴィスを嫌い特に止めず、睨むこともあるアウラは言葉を失う。

 

「しかも、しかもだ! ディオニュソス様に散々汚された後にヴァルドが戻ってきたんだぞ! こんな体で、愛してなんて言えない………抱きしめてほしいなんて言えるわけないのに!!」

「!? ディ、ディオニュソス様に汚さ………!? な、何を………一体何をされたというのですかフィルヴィス!!」

「私はこの世界で、現実のすべてを忘れるぐらいにそれはもうネットリたっぷり愛し愛されハスハスクンカクンカして! どろどろになるまでまぐわり合う!!」

「フィルヴィス〜〜!? お願いだから正気に戻って!! 貴方今正気に戻った瞬間死にたくなりますわよ!? 私も見てて辛い!」

「……………………」

 

 洗脳した張本人である校長も『どうしてこうなった』と言いたげな顔をしている。

 

「【不死之英雄(ジークフリート)】! 早く正気に戻してあげてください! ほんと、見てられない!!」

「ああ…………フィルヴィス……お前は変わらず美しいままだ」

「!?」

 

 一瞬で近づき、手を取り囁くヴァルド。フィリウスの顔がぼっと赤く染まり…………みるみる青くなっていく。

 

「う、うわあああああああああ!? 私は、私はぁ!? うわああああああ!! 殺せ、殺してくれぇ! 誰か私をおおお!!」

 

 正気を取り戻した人間の中で一番酷い結果になった。まあ、知ってた。



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ナイトメアスクールライフ4

「馬鹿な、フィリウスの呪縛まで解けただと!? 奴は私自ら力を与え、解けるはずがないというのに!?」

「元より無理がある設定だからな。いや、というかなんで全員現実とあまりに乖離した人格設定なんだ」

 

 まるで正気に戻った時の混乱を楽しみたいかのように性格があまりにあれだった。

 

「かくなる上は、私自ら……!」

「そういえば、この世界のヒリュテ氏はどういう人物でしたっけ、魔法薬学の権威とか校長とかは聞いたような……」

「魔法薬学の権威にして魔法学院の校長かつ悪の大魔法使いでもあるティオネス・ワルプルギスが手を下してやる!!」

「「設定盛りすぎ!?」」

「………そうか?」

 

 学区最強戦力にしてイケメンかつ騎士でLv.7の男だっている。英雄候補を探しに乗り込み戦った記憶は新しい。世界最高の教育機関だけあり有望な生徒たちも多かったし、砂漠の戦争の際には特別な魔導具を用いて知恵を借りた。

 更に言えば自分も元世界記録保持者(レコードホルダー)にして転生者かつLv.8でしかも神の神威が効かないし神と精霊を古代のモンスターから救い、その精霊を含めた2体の上位精霊と契約している。

 

「まあ、確かに君も盛りに盛られた設定だな」

「お前が言うな」

 

 古代に近しい時代から生きる不死者にして『賢者の石』を生み出した賢者であり理から外れた愚者たる骨も大分設定を詰め込んでいる。

 

「とはいえ、どれだけ設定を盛ろうと強さが変わるわけではない。所詮は虚構、行為ゆえに盛られた私達とは天と地ほどの差もある」

「ふん、忌々しいことだが、私とてお前に勝てると思い上がって──」

「【一掃せよ破邪の聖杖(いかずち)】! 【ディオ・テュルソスゥ】!!」

 

 と、ティオネスが何かをしようとした瞬間フィルヴィスが魔法を放つ。

 

「この恥辱、この屈辱………この苦しみ………全て貴様のせいだ! 全て全て全てこの世界のせいだぁ!! 絶対に許ザンッッッ!!」

 

 怒りの魔砲に吹き飛ばされるティオネス。しかし仮にもこの世界の王。容易くは倒れない。

 

「おのれおのれおのれ!! ならば見るがいい、囚われた人間の記憶に宿りし最強の存在を!!」

 

 ゴウッと周囲の空間が解け崩れ、黒い霧となりティオネスを包み込む。霧が形をなしていき、現れたのは黒髪のヴァルド。

 

「! この世界を構築する力と人々の記憶を使い、新たな設定を生み出したか!」

「どういうことですか!?」

「【剣姫】を模したアイルズが剣を使っていたように、この世界の再現体は人々の記憶を元に設定が与えられる………」

「その通り。流石に『黒き終末』を再現しようとすれば、この世界もろとも滅ぼされる。だが、その終末を打ち倒すと人々に信頼される英雄ならば話は別だ」

 

 つまりこの世界に取り込まれた者たちは、Lv.8となったヴァルドが黒竜を討つほど強い、あるいは強くなれると信じているのだろう。現状この世界で二人だけのLv.8にして、最強の冒険者故に。

 

「今の私は人々がイメージする最強そのもの! 人類の希望、最強以上に最強の剣士となった!!」

 

 瞬間、ティオネスの姿が消える。ヴァルドがティオネスの振るった剣を受け取め、遅れて世界が気づいたかのように轟音と突風が起こる。

 

「!!?」

 

 ソフィはもちろん、アウラやフィルヴィスでも見ることができなかった。最低でもLv.4………いや、間違いなく第一級冒険者以上の能力値(ステイタス)

 

「ッ! だとしても、ヴァルドなら………!」

「待ちなさいフィルヴィス! 私達のその思いすら、あの偽物の力になる可能性も!?」

「!?」

 

 フィルヴィスが目を見開くと同時にティオネスはヴァルドの腹を蹴りつける。砕けた床の上では踏ん張ることのできなかったヴァルドが吹き飛ばされた。

 

「夢は現実の前で折れる。それは、現実が夢を超えられぬからだ……だが、この楽園においては違う! 夢は現実となり、現実を超える!!」

「…………………」

 

 砕けた壁を押し退け立ち上がるヴァルド。

 

「人々が貴様に抱いた希望に絶望しろ!!」

「ヴァルド!!」

 

 フィルヴィスが慌てて障壁魔法を発動しようとするが、間に合わない。人々の思い描く英雄の力を持って突撃したティオネスは…………一瞬で切り裂かれた。

 

「「「……………へ?」」」

「…………まあ、解ってた」

 

 困惑するエルフ3人と、何処か諦めたかのような亡霊。

 

「人々の思い描く最強? 笑わせるな、嘗て人々が希望を託した大神(ゼウス)女神(ヘラ)ですら黒竜に敗れた………人々の思い描く最強の範疇にとどまっていれば、オラリオに住まう英雄達に発破などかけられるものか」

 

 大剣を背中に戻すヴァルド。ティオネスの体は地面に倒れる前に崩れ、消え去った。

 

「…………えっと、つまり?」

「実際に再現できていたかはおいておくとして、ヴァルドは人々が想像する最強では満足しないらしい」

「あ〜、成る程〜…………え、マジ?」

 

 エルフ三人娘はもう深く考えるのはやめようかな、とヴァルドを見る。と、突如世界が揺れひび割れていく。

 

「『根源』たる精霊達を失い世界が崩れ始めた………! 急げ、脱出だ!」

「だ、脱出って………どこに!?」

「広間の奥に穴ができている! あそこに向かうぞ!」

 

 と、ヴァルドの言葉に全員走り出す。亡霊だけはその場に留まる。

 

「私は『後始末』がある……先にいけ」

「任せたぞ」

 

 ヴァルドはそう言うと走り出した。

 崩壊する世界に残る亡霊に、躊躇うことなく………。

 

「『信頼』か………応えなくてはな」

 

 そう言うと、亡霊も後始末のために動き出す。

 

 

 

 

 

 ヴァルド達が現実世界に戻ると、行方不明になっていた者達も全員倒れていた。おそらく完全に崩壊する前にあの亡霊がやってくれたのだろう。

 ヴァルドはソフィを背負いオラリオに戻り、ギルドに迎えを出させてから教会に戻ろうとした時……

 

「ヴァルド!」

「アミッド?」

 

 と、アミッドがやってきた。今、夜なのだが……。

 

「……ヴァルド…………私と、ダンジョンデートしましょう」

「解った。何階層だ?」

「18階層です」

 

 

 

 

 

「フィルヴィス、アウラ、戻ったか! 遅かったな、心配したんだぞ?」

「ディオニュソス様……」

 

 戻ってきた二人の眷属を見て安心した顔をするディオニュソス。そのまま二人の頭を撫でようと近づいた瞬間、フィルヴィスとディオニュソスの間にアウラが割り込む。

 

「アウラ?」

 

 先に構ってほしかったのだろうか? だが、そんな理由で割り込むような子ではない。困惑するディオニュソス。

 

「フィルヴィスに近づかないでください!」

「……………え?」

「ア、アウラ………?」

 

 確かにディオニュソスを尊敬しているアウラがディオニュソスとフィルヴィスが共にいる光景をよく思わないことは多かった、しかし今回は明らかにディオニュソス()フィルヴィスに近付くことを嫌っている。

 

「っ! いえ、申し訳ありません………ディオニュソス様が、そのようなことをするとは思いません。思わないのですが、あの時のフィルヴィスの叫びが演技などには見えなかった」

「な、何の話だ? フィルヴィス?」

「え、いや………あの…………」

 

 ディオニュソスも彼に視線を向けられたフィルヴィスもアウラの行動に戸惑っている。

 

「ですからせめて! 私の目が黒いうちは、暫くフィルヴィスとディオニュソス様が二人きりになるようなことは控えさせてください!」

「えっと………アウラさん?」

 

 アウラの目はディオニュソスを信じたい気持ちと疑念が渦巻いているかのようだった。生真面目なエルフだ、暫くは梃子でも動かないだろう。

 

「……わかったよ。時にフィルヴィス、君の弟子が18階層まで戻ってきたようだ」

「弟子………? ああ、ウィリディスですか」

「会いに行ってやったらどうだい? 彼女を鍛えてあげるように頼んだのは私だが、それでも弟子は弟子だろう?」

「……………解りました」

 

 【ロキ・ファミリア】と仲良くしておけということだろう。フィルヴィスは了承した。

 

「私も行きます」

「アウラ?」

「何かを調べているのでしょう? お二人が私達を巻き込まないようにしているのか、まだ確定していないから話せないのかは解りませんが………暫く二人きりにしないために私も知っておくべきでしょう」

「………ふむ…………まあ、うちの子達が【ロキ・ファミリア】と仲良くなってくれるなら、いざという時ロキに頼みやすいだろう」




学区に乗り込んだ方法
船で向かっていたが水棲モンスターに襲われ破壊されたので仕方なく水棲モンスターを調教して追い掛けさせた。
水棲モンスターは残念ながら死んでしまったので船を借り帰るもまた壊れたので数キロル泳いで帰った。彼が通ったあとはモンスターと鮫の血より海が赤く染まったとか


ヴァルドが調教したモンスター
カリュブディス
特徴 黒い、デカい
他の詳細はウィキで

死因
学区が襲撃だと思い攻撃し興奮したから仕方なくヴァルドが葬った。生きていればメレンあたりで番海星をやらされていた


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中層の洗礼

 ヴァルド達が悪夢に囚われていた頃、ベル達は中層に来ていた。

 

「ここが、中層…」

「そういやベル、ヴァルドさんから中層での思い出とか聞いてないのか?」

「えっと………師匠はLv.1の時に臨時パーティーでおいてかれたってお義母さんに話させられてたかな」

 

 話していた、ではなく話させられていた。ここが重要。義母は自分が知らず他の誰か(主に女)が知っているのが我慢ならなかったようだ。

 

「………参考にならねえな」

「あと、ランクアップした後、謹慎が解かれてから水の都まで行ったって」

「参考にならないです………は? え、水の都って下層………」

 

 そのまま数日ほど潜っていたらしい。ただ、その時の事は詳しく話してくれなかった………あれは、義母ではなくベルに何かを隠していた……。

 

「っ! 来る………!」

 

 と、ベルが足音に気づく。この足音は………四足獣!

 ベルの感覚に狂いなく、現れたのは犬型のモンスター。口の中から煌々と輝く火が除く、5体のヘルハウンド。

 『放火魔(ヴァスカビル)』の異名を持つ火を吹くモンスターだ。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 一切の逡巡なく放たれた速攻魔法。先頭のヘルハウンドが焼かれる。

 その判断の早さに一瞬遅れるヴェルフとリリ。しかしすぐに追い付く。

 

「ベル様、突っ込んでください! ヴェルフ様、援護を!」

「おう!」

「うん!」

 

 先頭がやられても、駆け引きを行う深層のモンスターでもない中層種はモンスターの本能に従いベル達に襲いかかる。Lv.2の上がりたてとしては破格の敏捷を持つベルが特攻し再び火を吐こうとしていた個体の顎を蹴り上げる。

 ガチンと牙が折れる勢いで口が閉じられ口内の火が暴発する。残り3体が自分達のど真ん中に現れたベルに牙を剥く。この距離なら爪牙が先に届くと襲いかかるも、一匹の目に矢が刺さり、一匹をヴェルフが大剣で切り捨てる。

 最後の一匹はベルの『牛若丸』によって切り裂かれた。

 

「ふぅ………」

 

 戦えている。

 「じゃあとりあえず下層までいってみるか」とか考えるどこぞのキチガイめいた行いはしないが、もう少しだけこの中層に留まっていられそうだ。

 

 

 

「………ん?」

 

 と、ベルはふと複数の足音を捉える。リリやヴェルフがベルだとからかっていた色合いそっくりのアルミラージが周囲でピョンピョン跳ねているが、それとは別の振動。まだ距離はあるが、近付いてきている。

 二足のモンスター………いや、これは靴………複数の人間と……大量のモンスター!

 リィンと鈴の音が響く。

 

「ベル様…?」

 

 ベルのスキル、【英雄願望(アルゴノゥト)】。

 蓄積(チャージ)時間に応じて次の行動の威力を高める逆転のスキル。代償として体力と精神力を大きく消費するスキルをこの場で使うことに首を傾げるリリ。しかし、犬人(シアンスロープ)に変身していた耳がベルに遅れて足音に気づく。

 

「てっ、こっちに来てます!? ヴェルフ様、モンスターの大群が冒険者を追って…………!? 速度を上げて、まっすぐ!!」

「は!? くそ、押し付ける気か! おい、べ──!」

「【ファイアボルト】!」

 

 魔導士の長文詠唱に匹敵する魔砲となった紅蓮の雷が冒険者達の頭上を通り越し天井を焼く。赤く輝く瓦礫がモンスター達に降り注ぐ。

 

「援護します! そのまま走って!」

「ああ、もう! ベル様のお人好し!!」

「ははっ! まあ、こうなったら仕方ねえだろ!」

 

 困惑している冒険者の横をすり抜け瓦礫から這い上がってきたモンスターを蹴りつけるベル。すぐさまヘスティア・ソードと牛若丸の二刀流でモンスターの群を削っていく。

 

「ガアア!」

「っ!!」

 

 と、瓦礫から這い出したヘルハウンドが大口を開ける。炎が来る。防御、回避、迎撃、どれも間に合わない!!

 放たれる炎は………しかしベルが装備する火精霊の護符(サラマンダーウール)によりなんとか耐えられる。

 が、輝く目隠しとなった炎を突っ切りハード・アーマードが体当りしてくる。

 

 上層最硬のモンスター、ハード・アーマード。その中層種の一撃に吹き飛ばされるベル。

 倒れた獲物に、爪と牙を向けるハード・アーマード。鋭い一閃が柔らかい腹部を切り裂いた。

 

「助太刀感謝。ここからは自分も戦います!」

 

 ベルを救ったのは先程の冒険者の一団に交じっていた少女。動きからして、恐らくLv.2の上級冒険者。

 先の一閃からも読み取れる高い技術は、ステイタスに依存してない証拠。

 

「ヴェルフ様はリリを守ってください! ベル様、冒険者様! 援護しますので突っ込みすぎないで!!」

 

 ヴァルドの知り合いの小人族(パルゥム)から貰って来たらしい薬品の詰まった瓶を取り出すリリ。

 細長い瓶に入ったそれをボーガンで射出する。

 ガシャンとモンスターの額に当たり砕けると中の液体が顔を多い、モンスターが激痛で喚く。

 

「冒険者様、お仲間の皆様は!?」

「おかげさまで撤退できました………ですが………」

 

 何匹かは後を追った。あの数なら、恐らくは対処できると思うが自分達まで向かったら結局元の木阿弥。

 リリは事前に調べた中層の地形を思い出す。

 

「あちらに逃げます! ベル様! 冒険者様! やっちゃってください!」

 

 リリが示した道を塞ぐモンスターを一気にふっ飛ばすベルと少女。一瞬だけ空いた穴に飛び込みモンスターの包囲から抜ける。

 逃げ切れないにしても態勢を立て直せばまだ勝機はある………!

 

「………?」

 

 ビキリ

 モンスターが生まれる音がする。パラパラと落ちてくる砂埃。

 ベルは上を見て固まる。通路の天井に走る無数の亀裂は、生まれてくるモンスターが一体ではないことを示していた。

 怪物の宴(モンスターパーティ)

 最悪のタイミング、最悪の場所………迷宮の悪意が、先程我が子達へベルが行った事の意趣返しとでも言うように牙を剥く。

 

「頭を庇って!!」

 

 リリが叫ぶと同時に降り注ぐ岩雨。生まれたてのバットバットの羽音が哄笑の様に響き渡る。

 

「ぐぅ………」

「うう………」

「っ……」

「……くっ」

 

 4人とも、なんとか無事だ。リリの指示のおかげで頭を打ち意識不明、などという最悪な結果は免れた。

 だが、それは落石の被害による最悪。ダンジョンの最悪は、まだ更新されていない。

 

「っ!!」

 

 瓦礫の上に降り立ったヘルハウンド達の口が赤く灯る。一匹には対処できるかもしれないが、この数は………!!

 紅蓮の炎が冒険者達を包んだ。

 

 


 

 

ちなみにヴァルドはLv.2初の中層進出時にそのまま下層に向かい悲鳴が聞こえモンスターに囚われたハーピィとハーピィを助けようとするモンスター達を見つけた。

モンスターを襲ってた奴は強化種でマーマン・リーダー。冒険者から奪った槍を使う他、同種以外も操る、味方を狂化する咆哮を放つ、やられた配下(強化種含む)を喰うなど強化種として後に現れるモス・ヒュージ同様高い知性を宿す。能力値(ポテンシャル)はLv.4中位。

高い能力を持ちながら指揮官タイプで、常に退路を用意していたが最後は部下を退け、ヴァルドと一騎打ちの末敗れた。

この時他のモンスターとの戦いで多少負傷していたとはいえ何度もいうがLv.4相当。ヴァルドがダンジョン禁止にされ、地上でフィン達にランクアップ後の調整を受けていたとはいえLv.2なりたて………本人曰くどちらが勝ってもおかしくなかった。次のお前の台詞は「そこがおかしいことにまず気付け」と言う。

重傷を負って動けなくなったヴァルドは………この先を知ってるのはウラノスとフェルズとモンスター達ととある女だけ

何時か詳しく書くかもね



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救出隊結成

「アドバイザー君!」

 

 ギルドに飛び込んでくる小柄な神。ヘスティアの叫びにギルド職員や冒険者達の視線が集まる。

 

「ベル君達を見てないかい!?」

「さ、昨日は探索(ダンジョン)出発前に訪れたのみで、以後彼とはあっていませんが……」

「っ……!」

 

 エイナの返答に顔を歪める。

 ベルとリリが昨日から帰ってきていないのだ。彼等とチームを組んでいる別派閥の冒険者も同様に戻ってきていないらしい。恐らくは、まだダンジョンに………。

 

「か、確認してきます!!」

 

 エイナはすぐにバベルの記録を調べに向かう。

 そしてベル達が帰還した報告がないことをヘスティアに伝えた。

 

「アドバイザー君、ベル君達の目撃情報を集めてくれるかい?」

「わかりました! できる限り他の冒険者の方々とも連絡を取ってみます………あの、クリストフ氏は?」

 

 正真正銘のオラリオ最強にしてヘスティアの眷属でありベルの師匠。嘘か真かLv.2のなりたてで下層まで行った彼なら中層での行方不明者などすぐにでも見つけられそうだが……。

 

「ヴァルド君は冒険者依頼(クエスト)で都市外に居る。連絡が取れれば飛んできてくれるだろうけど………」

 

 連絡が取れなければ意味がない。何時戻るのかも分からず、こうしている間にもベル達は………!

 

「アドバイザー君、冒険者依頼(クエスト)を発注する! 依頼内容はベル君達の救助、報酬はファミリアの総資産、40万ヴァリス全てだ!!」

 

 ヴァルドの個人資産は使えない。一億ぐらいポンと出しそうだし簡単に稼げるだろうが、ここにいない眷属(こども)の金を無断で使うような主神(おや)ではないのだ。

 

 

 

 

 

 時を少し遡り、ダンジョン中層。

 爆発に吹き飛ばされ、ダンジョン内に存在する階層と階層を繋ぐ縦穴に落ちたベル達はなんとか生きていた。

 火精霊の護符(サラマンダー・ウール)の耐炎性のおかげだ。護符を持たない少女はベルが咄嗟にかばったが、それでもダメージは大きく落下の衝撃の際いくつか失ったポーションを使用し応急処置を施した。

 それでも戦闘に参加は出来そうにないが………。

 

「申し訳ありません、助けてもらった上に、ご迷惑を………」

 

 少女………ヤマト・命。【タケミカヅチ・ファミリア】のLv.2。二つ名は【絶†影】。†の意味? 子供達は知らない。とりあえずなんか格好いい。

 

「謝らないでください、命さんの索敵には助けられてます」

 

 命のスキル【八咫黒鳥(ヤタノクロガラス)】。遭遇経験のあるモンスターという縛りはあるものの、探知系スキルのおかけで戦闘回数は少ない。

 遭遇したことのないモンスターや、今まさに生まれるモンスターには反応できないが助かっている。

 

「とにかく、急ぎましょう。次産間隔(インターバル)を過ぎてしまえば目も当てられません」

 

 一同が向かうのは、地上ではなく更に下、18階層。

 13階層から15階層に一気に落ち、ヴェルフの片足が潰れ命も火傷でまともに戦えない。リリは元よりサポーター。戦力はベル一人。

 上に登る道を探すより、縦穴を利用して下に降りモンスターの生まれない安全階層(セーフティポイント)に避難し、帰還する冒険者に保護してもらうのが最良。

 しかし18階層前の17階層には迷宮の孤王(モンスターレックス)、ゴライアスが鎮座している。通常のモンスターと違い再生産(リスポーン)には時間を有し、それは2週間。ちょうど【ロキ・ファミリア】が遠征に行ったのが2週間前………【ロキ・ファミリア】が倒しているであろうことを考えれば、ギリギリ間に合うかもしれない。

 

「そう、だね………ヴェルフと命さんも休ませないと」

 

 可能な限り戦闘を避け、下に向かう。

 嘗てはヴァルドも行った行動だ。彼の場合そもそもの目的が自分がどの階層までなら戦えるか下見した上でそのまま自分より強いモンスターがいる階層に向かったが………。

 

「っ! ベル、殿!」

 

 命が叫ぶと同時に、壁に亀裂が走る。探知を嘲笑うかのように今まさにその場で生まれるのは、ライガーファング。

 

「グオオオオオオオ!!」

「「「────!!」」」

 

 その咆哮は獲物の位置を他の同胞に伝える警報(アラーム)。直ぐ様ベルが接近するも、獣らしい機敏な動きで回避する。

 その鋭い牙を突き刺そうと大口を開けるライガーファング。バックステップで回避したベルは片手を突き出す。

 

「【ファイアボルト】!!」

「ガッ!?」

 

 威力こそ低いが顔を襲う熱に固まるライガーファング。その隙を逃さずベルが首を切り裂く。そして、飛んでくる石斧。

 ライガーファングの咆哮に寄ってきたモンスター………アルミラージだ。

 ヘルハウンドも交じっている。

 

「くっ、そ!!」

 

 遠距離攻撃手段を持つヘルハウンドを先に倒したいのに、アルミラージが邪魔だ。モンスター達は連携しているわけではなく本能に従い人を襲うだけ。アルミラージの巻き添えなど関係なしにヘルハウンドが炎を吐こうと大きく口を開け……

 

「【燃えつきろ下法の(わざ)】【ウィル・オ・ウィスプ】!」

 

 と、ヴェルフが魔法名を唱えると同時に魔力がヘルハウンドに絡みつき、突如暴発。ヘルハウンドは己の炎の制御を失い火に包まれる。

 

対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)?」

「……ああ、変わった魔法………らしいな」

 

 一定の魔力の反応を火種(きっかけ)に燃え上がる魔法殺しの魔法。相手を自爆に追いやる魔法は、どうやらモンスターにも通じたらしい。

 ただしこの状況のストレス、傷の痛みに加え魔法まで使ったヴェルフは明らかに疲弊していた。

 

「! まだ、来ます………これは………ミノタウロス!!」

「ヴォオオオオ!!」

 

 現れたのは3体のミノタウロス。ギルドの登録ではLv.2だが、Lv.3すら屠ることもある中層の中でも特に強力なモンスターが天然武器(ネイチャーウェポン)の石斧を携え向かってくる。

 大きく、恐ろしい…………だけど、自分がランクアップしたことを加味してもあの個体ほどではない!

 一瞬で接近したベルにミノタウロスが斧を振り下ろすも何もない地面を砕き、無数の裂傷が刻まれる。

 

「グム!?」

 

 肘の骨の隙間から腱が切られる。落した斧が拾われ、片足を切り裂く。

 バランスを失ったミノタウロスは倒れる方向に蹴り飛ばされ残りの2体を巻き込む。リィンと、鈴の音が響く。

 

「ゴオオオ!」

「ヴゥアアア!!」

 

 仲間を押しのけ突っ込んでくるミノタウロス2匹に、ベルは白い光を纏う石斧を振るう。

 

「せやああああ!!」

 

 瞬間、爆砕。

 ミノタウロスの体が吹き飛ばされ、衝撃が壁を抉る。石斧はその衝撃に耐えきれず砕け散った………。

 

「……ベル……クラネル…………Lv.1でミノタウロスを倒した、猛牛殺し(オックススレイヤー)………」

 

 

 

 

 

 一方地上では、ベル達を助けるために【タケミカヅチ・ファミリア】が志願していた。

 救われた恩義を返したいとのことだが、戦えるのは桜花という男。千草という少女がサポーターとしてついてくるが、戦力が心もとない。

 

「うちの戦える子たちは皆【ロキ・ファミリア】の遠征についていってるし………」

 

 と、ヘファイストス。

 今残っているメンバーで中層に向かえる者はいるだろうが、人探しをする余裕がある者は居ないのだ。

 他にこの場にいるミアハも眷属が一人で、しかも彼女はトラウマ持ちでダンジョンに潜れない。

 

「やあ困っているようだなヘスティア!」

 

 と、そんな中新たな影が教会に現れた。帽子を被った優男………ヘルメスだ。

 

「ヘルメス……? 何しに来たんだよ」

「何しに来た、は酷いな………力を貸そうってのに」

「……………力?」

「ヴァルド君には先日眷属達が世話になってね、そのお礼をしたいと思っていたんだ」

 

 胡散臭いがヴァルドとヘルメスはそもそも交流を持っていたらしい。ヴァルドやベルが故郷に送る手紙の一部は実は【ヘルメス・ファミリア】が送っている。

 

「それに、盗み聞きした話だとタケの眷属()達はモンスターを押し付けようとしたんだろう? 良くないね、非常に良くない。中層に潜る冒険者がそんな体たらくだと知ったらベル君のママがキレるかもしれない」

「ベル君のお母さん?」

「ああ、()には出てこれないが、【猛者(もさ)】やヴァルド君に並ぶ英傑だよ。今のオラリオの全戦力を持ってきても、ヴァルド君次第では半壊するかもね」

「何者なんだよベル君のお母さん………」

 

 いや、ヴァルドと一緒にベルを鍛えていたなら、そんなものなのか?

 

「俺のところからはアスフィを()()()()()()。うちのエースだ、安心してくれ」

「……ん? ヘルメス様、今連れて行くって」

「ああ、俺も行くよ? ベル君に会ってみたかったからね。ママが過保護なんだ………」

 

 そりゃ、ヘルメスをよく知るなら子供に会わせたくないだろう。と、ヘスティアとヘファイストス、タケミカヅチは思った。ミアハは「お主も日頃の態度を戒めたらどうだ」と優しく諭す。

 

「ボクも行く」

「ヘスティア?」

「お主、何を………」

「自分が何もしないまま、ベル君とサポーター君を待つなんて出来るものか! ボクもついていく! ついていくと言ったらついていくぞぉ!」

 

 

 

 

 

「というわけで、戦力を借りにきた!」

「なにがというわけなのですかねぇ」

 

 突然拠点(ホーム)にやってきて寝言をほざくヘルメスに輝夜がニコニコ殺気を飛ばす。

 

「なんの説明もなしにというわけで、と言われても困るわヘルメス」

「ごめんよ〜、アストレアママ〜! ぶへ!?」

 

 優しく諭すように語りかけるアストレアに飛び付こうとしたヘルメスをアスフィがぶん殴った。

 

「やめてください本当に! 彼女達の怒りを買いますよ!? ていうかもう若干買ってますよ!!」

「ヘルメス様ったら相変わらず愉快ね!」

 

 楽しそうに笑うアリーゼを除き若干の殺気を滲ませる【アストレア・ファミリア】に顔を青くするアスフィ。

 ヘルメスも流石にふざけてられないかと、ベルがダンジョンから帰還していないことを伝える。

 

「そんなもの、あの英雄に任せればいいでしょう。ダンジョン内では放任主義とはいえそのような状況なら動くのでは?」

「ああ、ヴァルド君は冒険者依頼(クエスト)で都市外にいるからね。なんでも見目麗しいエルフの娘を3人も連れていたそうだよ。いやぁ、隅に置けないねえ」

「文鎮でも縫い付ければその軽薄な口もマシになりますかねえ」

 

 先程とは比べ物にならない殺気にアスフィがヒッと声を漏らす。ヘルメスも冷や汗を流す。

 アストレアに救いを求めるも、ニコニコ微笑んでちょっとキレてる。

 

「調子乗ってすいませんでしたー!!」

 

 ヘルメスは土下座した。

 

 

 

「私としても、ヘスティアの眷属()でヴァルドの弟子は助けてあげたいけど……人手不足なの」

 

 アストレアを【ガネーシャ・ファミリア】などの有力派閥に預ければ全員動けるが、あくまでファミリアの問題で街の憲兵は動かせない。

 

「たたでさえ最近治安が悪くなってきたし………貸せるとしても、一人だけよ」

 

 Lv.1の成り立てではあるが一般人にとっては十分な脅威。万能感に酔った破落戸が増えている。例のラシャプ眷属だ。

 

「一人でも十分さ。Lv.5でも4でもね」

「それなら、期待以上に応えられそうね」



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18階層

 まずはリリが倒れた。

 この中で一番ステイタスが低いからと自分より周りを優先して残り少ないアイテムを回し、疲労が溜まった結果だ。

 続いてヴェルフ。怪我の痛み、出血に加えて、避けきれなかった接敵時にヘルハウンドが交じっていた場合、なれない魔法を使ったから。

 

「自分を、置いて行ってください………元はと言えば、自分達が貴方達にモンスターを押し付けようとしたばかりに」

「助けようとしたのは、僕です」

 

 ヴェルフとリリを腕に抱え、命を背負う。置いていけとほとんど力の入らない腕で背中を押すから縛り付けた。

 

「命さんの索敵が、命綱です」

 

 半分本当で、半分嘘。命を置いていけば機動力は上がるし、いざ接敵した時も二人を地面に落とし対処できるが、背負って縛り付けている命は文字通り荷物になる。

 意識が朦朧としてきた彼女の索敵も、ベルが耳で感知できる範囲だ。連れて行くメリットはない。

 寧ろ全員置いていけば、ベルは確実に生き残れる。

 

「………ふざ、けろ!!」

 

 見捨ててたまるか。諦めてたまるか。

 誰に戦い方を教わったと思っている。誰に地獄を見せられてきたと思っている!

 師も、母も、この程度でへこたれるような生易しい鍛え方なんてしていない!

 命が意識を失ったのか、背中の重みが増す。それでもベルは歩き続ける。

 本来の歴史より育てられたベル・クラネル。ヤマト・命という索敵能力持ち。2つの要素が合わさり、ベルはゴライアスが生まれる前にその階層へと辿り着いた。

 モンスターの生まれない安全階層(セーフティポイント)。ただし、それはつまりゴライアスの雄叫びで様子を見に来たアイズが来ないということ。

 ベルは森の中から聞こえる話し声を頼りに今にも気絶しそうな体を引きずり歩く。

 

「誰ですか!? そこで止まりなさい!」

 

 ダンジョン内で闇討ち、謀殺……よくある話だ。故にその声の少女はベルに向かい叫び、現れたベルを見て目を見開く。

 

「ベ、ベル!?」

「………レフィーヤ、さ………」

 

 見知った顔に緊張が解け、ふらりと倒れるベル。慌てて支えるレフィーヤ。ボロボロの姿に最悪な想像が過るも、息をしている。ホッと一息吐く。

 

「…………4人パーティ………」

 

 18階層に来るには珍しいとも言えない編成。ただし、それは全員上級冒険者の場合。リヴィラの街にLv.1がいるように、Lv.2複数とLv.1のパーティもあるが、それはもっと数がいる。

 小人族(パルゥム)の少女はサポーター。一人だけ火精霊の護符(サラマンダーウール)をつけていない少女は………途中で保護したとか?

 だとするとこの赤毛の青年がLv.2?

 その場合どう考えても18階層に来るのはおかしい………。

 

「レフィーヤ、さん………」

「びゃい!?」

 

 考え事をしていたが、聞こえてきた声に正気に戻る。

 

「おねがい、です………皆を………助けて、ください」

 

 

 

 

 

 レフィーヤが担いできた冒険者を見たフィンは、テントで休めることを良しとしてくれた。驚くことに赤毛の青年はLv.1………黒髪の少女が大怪我を負っていたことを考えると、Lv.1だけで中層に来たか、或いはベルが………

 

「Lv.2になっているだろうね………」

 

 仕事があるレフィーヤのかわりにベルを診ていたアイズに、フィンが言う。

 リリは一度見たことがあり、赤毛の青年………ヴェルフは椿と同じ【ヘファイストス・ファミリア】で普段は一人で潜っている。黒髪の少女は知らないが、格好からして彼女と合流したのはダンジョン内でだろう。もう仲間はいないと判断し、探索は出していない。

 

「下層を、目指してたのかな?」

「ヴァルドや君じゃないんだから…………いや、そうか。ヴァルドが目をつけた弟子だし……」

 

 ランクアップした当時、下層に向かおうとしたアイズはリヴェリアにより止められた。危険だとか適正だとか言われて『師匠は下層に行ったのに』と呟いたアイズに拳骨。心配をかけるなと言われ、その時は大人しく引き下がった。

 ちなみにその後ヴァルドはリヴェリアにより叱られていた。

 

「どっちにしろ、怪我人を担ぎここまで来たのは称賛に値する。今は休ませてあげよう」

「うん………」

 

 フィンが天幕から出ていき、アイズはベルの頭をそっと撫でる。自らの師が選んだ英雄候補。自分の弟弟子……。

 アイズが一年、師が半年かかった記録を大きく抜いた冒険者。

 

「もう、こんなところに来ちゃったの?」

 

 称賛と、嫉妬。困惑に驚愕。

 色んな感情が混じっている。

 自分の言えた義理ではないが、無茶をしちゃ駄目、と心の中の小さなアイズが叱責する。

 

「うぅ………」

「あ……」

 

 と、ベルが呻き、目を開く。すぐに飛び起きた。

 

「ヴェルフ、リリ! 命さん!?」

 

 慌てて周囲を見渡し寝かされている三人に気づきホッとし、倒れかける。慌てて支えるアイズ。

 

「あ、ありがとうござざざざ!? あ、あ、あ、アイズしゃぁん!?」

 

 倒れかけていたとは思えない速度でバビュンと離れるベルに嫌われてる? と小さなアイズが涙目になる。顔を赤くして狼狽えるベルに、取り敢えず落ち着いてもらおうと話しかける。

 

「ここは、【ロキ・ファミリア】の天幕の中。レフィーヤが貴方達を見つけてきたの」

「レフィーヤさんが……そう、ですか…………あの、皆は」

「女の人の怪我が酷かったけど、ポーションのおかげでもう治ったよ。次に酷かったのはベル………安静にしなきゃ、駄目」

 

 と、そこまで行ってこれは膝枕チャンスなのではとベルを見るアイズ。無理するようなら無理矢理寝かしつけて………と思ったが、多少ふらつく程度のようだ。

 

「フィン……団長に、目を覚ましたら連れて来るようにって…………歩ける?」

「は、はい。なんとか………」

 

 立ち上がったベルに少し残念に思いながらも天幕の外に出る。ベルもそれに続き、【ロキ・ファミリア】の団員達が睨んできた。アイズに甲斐甲斐しく世話されていたのが怒りを買ったのだ。と………

 

「ベル、起きたんですか!?」

 

 駆け寄ってくるエルフの少女。レフィーヤだ。

 

「レフィーヤ………」

「…………歩いて大丈夫なんですか? 杖のかわりになりそうなものでも探してきますけど」

「大丈夫。あの………ありがとう、僕達を運んでくれたみたいで」

「冒険者は助け合いですから………それに、貴方は私の好敵手(ライバル)なんですからあんなところで死なれては困ります」

「そう、だよね………まだまだ、僕達が追い付きたい人に追いついてないから」

 

 グッと拳を握りしめるベル。ランクアップしたようだが、それで傲慢になってたり、今回の件で折れてしまうようなら活を入れてやろうと思ったが必要ないようだ。

 

「あ、そういえば……あの言葉を果たせたんですね………」

「あの言葉?」

「忘れちゃったんですか? ほら………」

 

 ランクアップしたということは、これはあの宣言通り………

 

「あ〜! アルゴノゥトく〜ん!!」

 

 と、ティオナがベルに抱き着いた。

 

「へ、ア、アルゴノゥト……!?」

 

 ティオナが読んだその名は、とある英雄譚のタイトルにして英雄の名。そして、ベルのスキル名。ステイタスを知られた!? と慌てるベル。

 

「そ、ミノタウロス倒してたから! あたしの好きな英雄譚を思い出したの!」

「あ、そういう………」

 

 バレたわけじゃなかった。ホッと安心するベル。

 

中層(ここ)に居るってことはランクアップしたの? 可愛い顔してやるじゃない、あなた」

「あ、そういえば! 世界記録保持者(レコードホルダー)だね! 師匠さんを超えたんだ、すっごーい!」

「あ、ありがとうございます……………あの、すいませんレフィーヤ。それで、何だっけ?」

「ナンデモアリマセン」

「え、でも………」

「ナン・デモ・アリマセン!!」

「ひぃ!? ごめんなさい!?」

 

 プンプン頬を膨らませ去っていくレフィーヤ。何を怒っているんだろうと、アイズとヒリュテ姉妹は首を傾げた。



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救出隊合流

 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ、【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック、【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ。

 かつて師が所属していた【ロキ・ファミリア】のトップスリーにして現代を生きる英雄達。

 彼等との対面にガチガチに緊張したベル。遠征がよほど過酷だったのか、かなりの重症だったがベル達の滞在を快く受け入れてくれた。

 でも他の団員からはやはり何故か睨まれている。

 

 

 

 

「ラウルさん! 誰なんすか、あの白髪頭!」

「アイズさんとあんなに親しく! 麗しの【剣姫】は陰から見守るのが鉄則なのに!」

「はいはーい! 私は、レフィーヤとあの子との関係が知りたいで〜す!」

 

 幹部陣との橋渡し役でもあるラウルは平団員達に詰め寄られていた。アイズに甲斐甲斐しく世話されていたベルが何者か気になるようだ。

 

「あんた達はいいの? 師匠の選んだ弟子だけど」

 

 と、アキがロイド達に尋ねる。特にロイドとレミリアは【ロキ・ファミリア】の中ではアイズを除けば一番成長した。そんな彼等を措いて次代の英雄として選ばれたのはまだ幼さの残る少年。

 

「それはアキも同じでしょ?」

「私は正直……期待に応えられてる自覚ないもの」

「ど、どういう人なんですか? ヴァルド・クリストフさんって………」

 

 彼についてあまり知らないリーネが尋ねる。名前は聞いたことがある。というか、聞かないほうがおかしい。

 最強派閥の一角である【ロキ・ファミリア】の元幹部にしてフィン達をして同レベル帯なら最強と言われていた冒険者で、しかも今はLv.8。アイズを含め【ロキ・ファミリア】の何割かが弟子らしい。それどころかオラリオに何人も弟子がいる。

 

「ん〜、そうね…………期待がすっごく重い人、かしら?」

「期待?」

「全員が全員、自分より強くなれると思ってるのよ」

 

 歴史で見てもゼウスとヘラしか存在しなかったLv.8になった身でありながら、周りの方が凄いと本気で思っている。

 

「ああ、いや………実際そうなんだっけ? でも、真似できないだけで」

 

 他の先達いわく、才能という面では何ならラウルの方が上らしい。ただし寝る間も惜しみ、適正階層を大きく超えてダンジョンに挑み、その地獄で折れることなく戦い続ける必要があるが。

 

「無理無理。格上に挑む必要があるのはわかるよ? でも、それは強くなるのに必要なことで生きるには不要なこと……結局私は、死にたくないから真似できない」

 

 だから、見限られたって文句など言えない。

 

「少なくとも私はLv.2のなりたてで、怪我人3人も18階層まで運ぶなんてできない。あの人の期待には応えられないわ」

「アキさん…………」

 

 と、リーネは諦めたようなアキの顔を見て呟く。

 

「それ普通に考えてヴァルド・クリストフさんとあの子がおかしいですからね?」

「……………まあ、そうね」

 

 

 

 そして、その晩の食事。アイズ、ヒリュテ姉妹がベルに寄っていき、リリが引き剥がそうとする。命は感謝の証として食事を取ってきたり飲み物を運んできたりと見事に女だらけ。

 ヴェルフは我関せずだ。

 

「そ、それにしても不思議なところですね………ダンジョンの中とは思えない。師匠達から聞いていましたけど………」

「そうですね………良ければ、街を案内しましょうか? 少し、いえ、かなり高額ですが装備を新調したほうがいいでしょうし」

「あー…………じゃあ、お願いします」

「……………私も、案内するよ?」

「うえ!? ア、アイズさん!?」

「……………いや?」

 

 コテンと首を傾げるアイズの可愛らしさに顔を真っ赤にするレフィーヤとベル。と、その時だった………

 

「ぐぬああー!?」

 

 突如聞こえてきた悲鳴に、ベルはバッと振り向く。その声に聞き覚えがあった。直ぐに走り出すベル。既に人が集まっていた。

 

「通してください!」

 

 ベルが人垣の向こうに押し入ると、やはり見知った顔。ヘスティアが、そこに居た。

 

「神様!?」

「いたた…………って、ベル君!? ベルくーん! サポーター君も!」

「ぐえ!」

「げふ!」

 

 ベルに気づいたヘスティアは直ぐ様己の眷属達を抱き締める。小柄な神だ、Lv.2のベルはなんとか倒れず受け止めた。

 

「二人共………無事で良かった……………本当に、良かった」

「神様………」

「ヘスティア様………」

 

 普段ならベルを巡るライバルでもあるリリ。

 この時ばかりは、幼子のように包容を受け入れた。

 

 

 

 

「可愛いエルフか生意気な小人族(パルゥム)かと思った!? ここに来るなら、普通はどっちかよね? けど残念! いいえ、喜びなさい! 私よ!」

「……………彼女は突然何を言い出したんだ?」

「アリーゼちゃんは相変わらず面白いな〜」

 

 ビシッと虚空に向けてポーズを取るアリーゼ。彼女がヘスティア達の護衛としてアストレアから派遣された眷属だ。

 困惑するリヴェリア。ヘルメスはヘラヘラと笑っていた。

 

「ベルがヴァルドの弟子である以上、保護するなら【ロキ・ファミリア】だと思ったわ。ありがとう。ベルってば私の親友の将来の伴侶になりそうだから死なれなくってよかった」

「君は、相変わらず元気な子だね」

「あらやだ、元気で愛らしいなんて、褒めても何も出ないわよ【勇者(ブレイバー)】」

 

 言ってねえだろ、とティオネが睨んだ。

 

「そういえば、『遠征』は成功したのかな?」

「まあね」

「そりゃ凄い! ゼウスとヘラ以来の快挙じゃないか! それで、59階層でなにか見つけたかい?」

 

 ヘルメスの言葉にピリッと空気が張り詰める。ヘルメスは笑みを浮かべたまま、しかしその瞳は人類の真意を覗く神の瞳。

 

「我々はロキの眷属だ。得体のしれない神に話す義理はない」

「それはそうだ! いやすまない、さっきも言ったようにゼウスとヘラ以来の快挙だからね、気になったんだ」

 

 ははは、と笑って流すヘルメス。彼も情報が引き出せるとは思っていなかったのだろう。

 

「ちなみに私達は17階層で『宝玉の胎児』が成長しきった精霊もどきを見つけたわ」

「「「!?」」」

 

 アリーゼの言葉に【ロキ・ファミリア】の表情が強張り、それを見てあらやっぱりと笑う。

 

「『宝玉の胎児』に関わる女から来いって言われてたんでしょ? 見てると思ったけど、あたりみたいね」

「………ヴァルドから聞いたのかい?」

「ええ、ヴァルドも居たし……その時に詳しくね…」

「彼奴は………本当に騒動を目ざとく見つけるな」

「ああ、今回はシルちゃんとの娘が誘拐されたからよ」

「……………あ?」

 

 

 

 

 

「…………?」

「どうしました?」

 

 ヴァルドに抱えられながら18階層に向かうアミッド。不意にヴァルドが表情を強張らせ、首を傾げる。

 

「なにか嫌な予感が……」




最近感想が少ない。もっと、もっとくれぇ


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情報交換

Q.ヴァルドが英雄時代に居たらどうなってた?
『PNモテまくりイケイケ爺』
A.アンタレスが討伐されベヒーモスは『黒風(かぜ)』を生み出す器官が損傷しリヴァイアサンは片目を失い黒竜は隻腕になってアイズの理想の男性像が白髪になる


Q.ヴァルドがゼウスの時代に冒険者になっていたら?
『PN静かなる女帝』
A.黒竜戦で亡くなるも殿を努めゼウスとヘラは未だオラリオの頂点たった


Q.彼ともっと早く出会い、酒でも飲み交わしていたら仲良くなれたかな?
『PN葡萄酒の神』
A.強制送還(死ぬ)


Q.もしヴァルドが小人族(パルゥム)で、僕と同じ年、同じ村だったらどうなっていたかな?
『PN勇者』
A.頭で負けて拳で語るする村人達をボッコボコにしてくれる。モンスターが村を襲った際怪我人こそ出るも死者は出さない。ただしお前はその光に潰されないようにしなくてはならない


Q.もしもヴァルドがエルフとして生まれていたらどうなっていた?
『PN我が名はアールヴ』
A.長い寿命があるくせに生き急ぎとっとと出ていくのでどこぞのハイエルフとはあまり面識がない。ハイエルフを差し置き他種族から『最も尊い妖精』と呼ばれ多くの森住みのエルフから反感を買う


Q.もしヴァルドがドワーフとして生まれとったらどうなっていた?
PN『火酒』
Q.頑丈な体を手に入れたと無茶を………あんま変わんねえなコイツ


 『実は私のお父さんかもしれない冒険者ランキング』というものがある。両親が居ない孤児や、父親が物心つく頃から居ない母子家庭の子供限定のアンケート。

 その不動の1位がヴァルドである。

 フィンのように世間体を気にせず強さを示せれば良く、オッタル達のようにたった一人の存在に入れ込んだりしない。なので誘われれば断らず、その結果女好きと思われている。

 実際に関係を持っている相手は多く、ヴァルドが拒絶するのは溺れてしまいそうな美の女神や、かつてアイズを殺そうとしたフリュネぐらいである。

 おまけに子供に優しく、歓楽街やダイダロス通りの孤児達の面倒も偶に見に行く。子供達はヴァルドが自分の父親だったらいいなと思ったり、実は子供だから優しくしてくれるのでは、と期待するのだ。だから、ヴァルドに娘が現れたと聞いても驚かない。

 驚かないが、それはそれとして母親がいる?

 基本的にヴァルドは母親がいる子供の場合、その母親の相手に悪いからと父と呼ばせることはない。

 

「ヴァルドは、なんと………?」

「娘であることを受け入れていたわよ」

「…………そうか」

 

 それは、つまり………どういうことだ? あれか、シルとなら母と父の………夫婦の関係になってもいいという事か?

 

「リヴェリア、怖い………」

「怒ってる?」

「リヴェリアも男関係で怒ることってあるのね〜。でもちょっと束縛強いんじゃない?」

 

 お前は何を言っているんだとティオネに視線が集中した。と………

 

「フィン、いるか?」

 

 天幕に入ってくる新しい影。ヴァルドだ………。

 腕に抱き抱えられているのはウトウトしているアミッド。

 

「あら〜………」

 

 アリーゼはなんてタイミングの悪いと言うような顔をして、ヴァルドもその声にアリーゼに気付く。

 

「アリーゼ………それに、ヘルメスか。会議中だったか? ………アミッド」

 

 と、ヴァルドはアミッドを優しく揺する。

 

「ん………18階層についたのですか?」

「ああ、気を休めろといったがまさか寝るとは」

「仕方ないでしょう。ポイズン・ウェルミスの大量発生のせいで忙しかったのですから………ふぁ」

 

 可愛らしいあくびをして目元を擦るアミッド。その光景をアミッドを大好きな団員達が見たら鼻血でも流しそうだ……。

 

「やあアミッド」

「………? フィン、団長……………フィン団長?」

 

 フィンに声をかけられ、寝ぼけ眼だったアミッドの目が段々と開いていき、ボッと顔を赤くしてヴァルドから離れた。治療師(ヒーラー)とはいえLv.4。オラリオの上澄みも上澄みなだけありその動きはとても素早かった。

 

「ど、どうして着いた時に起こしてくれなかったんですか!?」

「起こしただろ?」

「もっと早くに! え、ま、まってください。まさか、他の冒険者の方々にも見られて………!?」

「そうだ」

「〜〜〜!!」

 

 顔を真っ赤にして涙目でヴァルドを睨むアミッド。しかし小柄な彼女がやっても可愛らしい小動物のようで、現にティオナやアイズもかわいい、とほっこりしていた。

 

「………あ〜、それで。用件を聞いていいかな?」

「…………失礼しました。ポイズン・ウェルミスの大量発生の知らせを受け、こうして現場に」

「意外だね。君は確かにオラリオ最強の治療師(ヒーラー)だけど、神ディアンケヒトがそれを認めるなんて」

「ええ、救援は送らないと………ですが私は、個人的に18階層に来たので。迷宮逢引(ダンジョンデート)です。個人的な人間関係まで口出しされる謂れはありません」

 

 そういう名目でヴァルドを雇ったのだろう。助かったが、地上ではベートが無駄足を踏んだかもしれないが。

 

「そうか、感謝しよう………ありがとう、アミッド」

「デートのついでです。ただ、そこに怪我人や病人が居るのなら仕事をするまで」

「地上に戻ったら、礼はする。神ディアンケヒトの手前無料(ただ)とは行かないからね」

「ええ…………」

「………ヴァルド」

 

 と、不意にリヴェリアがヴァルドに声を掛ける。その声色にアイズ達がビクリと震える。

 

「酒場の娘………シル・フローヴァとお前の間の娘とはなんのことだ?」

「は?」

 

 病人のいるテントに向かおうとしていたアミッドが思わず立ち止まり振り返る。ヴァルドがアリーゼを見ると、アリーゼはテヘペロ、と舌を出した。

 

「は、え? むす、娘? いえ、ヴァルドの娘を名乗るものなんていくらでも…………けど、母親がいる? 母親の相手に悪いと、父と呼ばせない貴方が、許したのですか? どうして………」

「早く答えろ。どういう心境の変化だ、あの娘となら家庭を築くのもやぶさかではないと思ったのか?」

 

 困惑するアミッド、詰め寄るリヴェリア。ティオネは「二人とも面倒な性格してるわね」と肩をすくめまた呆れたような視線を向けられていた。

 

「そもそも今のシルには相手がいない。ノエルが俺を父と呼ぶことで誰かの立場を奪う、ということにはならないからな」

「………それは………」

「だとしても、周りからシル・フローヴァがどう見られるかは別だ。お前は、それを良しとするのか?」

「どのみちノエルの状態が広まれば俺とシルがそういった関係にないとわかるだろう。そもそも俺もシルも、お互いの距離感を()()()()()

 

 どちらとも血が繋がっていない。形だけの家族だとは直ぐに解る。それに………

 

「あの子の「憧れ」を叶えてやるのは、少なくとも俺の役目だろう」

 

 それが精霊(彼女)を己の運命に巻き込んでしまった契約者の努めだ。そう思っている。

 

 

 

 

「それじゃあ私達も情報を交換しましょう! あ、ヘルメス様は出てって。これまだ秘密だから」

「え〜、俺のファミリアも関係してると思うんだけだな〜」

 

 少なくとも『宝玉の胎児』には関わっている。ヘルメスとて詳しく知る権利はあるはずだ。

 

「だってヘルメス様ってば怪しいんだもん。【ロキ・ファミリア】達が許してくれないわ。あ、もちろん私はヘルメス様信じてるわ!」

「じゃあもう少しかばってほしいなあ」

「それはいや!」

 

 ヘルメスは肩をすくめ大人しく出ていった。アミッドは既に毒に侵された者達の寝かされた天幕に向かったので、この場に残ったのはヴァルドとアリーゼ、そして【ロキ・ファミリア】の幹部陣。

 

「それじゃあ、教えてくれるかな? 君達が見たものを」

「いいわよ。まずはノエルちゃんが誘拐されて───」

 

 

 

 

 

「Lv.6の闇派閥(イヴィルス)、呪いの武器に、精霊を注入されたモンスターと、アサシンか………」

 

 アサシンだけなら想定の範囲。Lv.6に関しては、ディース姉妹が生きていた時点で可能性としては考えていた。

 しかし精霊獣とは………。

 

「不愉快な………」

 

 精霊を崇めるエルフであるリヴェリアは、他の同胞のように強い信仰こそしていないがそれでも顔を歪める。英雄譚が大好きなティオナや、アイズも同じような反応だ。

 

「それ以前に、精霊と契約したのかお主」

「2柱目だ。月の精霊と冬の精霊、それが今の俺の契約精霊」

「2柱………」

「ついでに言えばどちらも上位………いや、片方は大精霊。エルフ共に知られた後が面倒だ」

 

 精霊を時に神以上に敬うエルフ。自分達こそ至高であり他種族は心根も醜く容姿にもその証拠が現れているなどと本気で思う森に引きこもったエルフが知れば、()()()()()()()()()()向かってくるものも居るだろう。

 

「流石に、世界中のエルフを黙らせる時間は今は惜しい」

 

 出来ないとは言わない。というか間違いなくできる。

 2柱の精霊に加え英雄時代の高位の天与物(アーティファクト)にも匹敵する毒の剣を持つヴァルドは神を浅ましく愚劣極まりないと──まああまり間違いではないが──嫌い恩恵を刻まぬ引きこもりのエルフなど束になってかかってこようと誰も殺さぬよう手加減して追い払える。

 というか、神の恩恵とは別に己の器の限界を破ったヴァルドを敵に回せば英雄を支えるよう入力(インプット)されてる精霊から()()()()()()()()。それが解るのは神々だけだろうが………。

 

「しかしそうなると、君もまた敵の標的になりそうだね」

「願ってもない。それで、お前達は59階層で何を見た?」

「そうだね………じゃあ、次は僕達が見たものを話そうか」




ちなみにこのアミッドはゴブスレコラボの時ゴブリン共を蹴り殺したりする。Lv.4だからね。
素手でホブゴブリンを文字通り千切っては投げる姿に貴族令嬢は言葉を失う事だろう


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双子の分身

 58階層。

 【ロキ・ファミリア】の最終到達階層にして、今回の『遠征』の目標手前。新たなる階層到達と、赤髪の怪人(クリーチャー)の言葉の真意の確認、それが『遠征』の目的。

 道中極彩色のモンスターや黒衣の怪人(クリーチャー)の襲撃はあったが無事乗り越え辿り着いた。

 深層のさらなる地獄。足手纏は連れていけるはずもなく、故に選抜メンバーのみ。

 Lv.6。フィン、リヴェリア、ガレス、アイズ。

 Lv.5。レミリア、ベート、ティオネ、ティオナ、椿。

 Lv.4。ラウル、アキ、アリシア、ナルヴィ、クレス、ロイド。

 Lv.3。レフィーヤ。

 最低でもLv.4以上。レフィーヤは例外。

 オラリオでも上澄みも上澄み。小規模どころか大派閥でも団長をやっていてもおかしくない実力者でなくてはここから先に向かえない。

 

「………59階層は氷河の階層………そのはずだったね?」

「? はい、ゼウスとヘラの残した記録通りなら」

 

 唐突な質問に首を傾げながら答えるティオネ。フィンは手袋を脱ぎ階層出口に手を添える。

 

「第一級冒険者を凍てつかせる寒気…………それが全く伝わってこない」

 

 何かが起きている。

 ダンジョン内で気を抜くなどありえないが、それでも何時も以上に警戒したほうがいいだろう。

 休息と食事を取り、59階層へと向かった。

 寒さよりも蒸し暑さが冒険者を襲う。

 

 

 

「…………密林?」

 

 そこは密林であった。

 寒いどころか、暑い。しかしモンスターが襲ってこない。

 そして聞こえる不気味な歌。一同は警戒しながら森の奥へと向かう。

 やがて現れたのは灰の砂漠………否、モンスターが朽ちた『骸の砂漠』。その中央にて歌う美しい2名の女性は………()()()()()()()()()()

 人の物ではない。花や触手を持つ、モンスターの下半身。

 モンスターから生えている様は、寄生したような………。

 

「まさか、女体型なのか?」

 

 モンスターから生えた人型。それは『宝玉の胎児』に寄生された女体型を彷彿とさせる。もっとも、あれはあそこまで美しく、そして悍ましくはなかったが。

 極彩色のモンスターに囲まれ、捧げられた魔石を食い、楽しそうに歌を歌う。上半身だけ見れば英雄譚の精霊の戯れ………。

 

「…………嘘、あれ………精霊?」

「精霊!? あんな、不気味なのが!?」

 

 アイズの呟きにティオナが思わず叫ぶ。歌がピタリと止まり、慌てて口を抑えるも2つの上半身はアイズ達に…………アイズに視線を向けた。

 『血』がざわめく。共鳴している。それは向こうも同じなのか、美しい顔で笑みを浮かべる。

 

『……アリア…………アリア! 会イタカッタ、会イタカッタ!』

『貴方モ一緒ニナリマショウ?』

 

 子供のように辿々しく、無邪気に笑う精霊達。

 

『『貴方ヲ、食ベサセテ?』』

 

 連絡路が緑肉で塞がれ、魔石を捧げていた食人花と芋虫が振り返る。彼女の黒い意志に従い襲いかかってくる!

 

「総員戦闘準備!!」

 

 フィンの号令に団員達は正気を取り戻す。あれが何であれ、敵意を向け襲ってくる以上は戦うしかないのだ。

 モンスター達の頭上を飛び越え迫る触手………ティオネとティオナが弾く。

 

「っ! 重!!」

「どんだけ魔石を食ったのよ!?」

 

 不壊属性(デュランダル)でなければ砕かれていた。そう思わせるほどの重い一撃。それが通常攻撃。

 しかも距離を伴って来るというのだから最悪だ。

 

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ】」

「リヴェリア? いや、そのまま頼む!」

 

 リヴェリアが唱えたのは攻撃魔法ではなく防御魔法。

 階層主(アンフィス・バエナ)との戦闘経験が、大規模な遠距離攻撃を予感させた。

 そしてその予感は最悪な形で的中する。

 

『【火ヨ、来タレ──】』

「!? モンスターが詠唱!?」

 

 展開される魔法陣(マジックサークル)。溢れ出る規格外の魔力に、誰もが驚愕する。

 

「砲撃っ! 敵の詠唱を止めろ!!」

 

 直ぐ様レフィーヤやアリシアの魔砲、【ヘファイストス・ファミリア】製の魔剣による魔法が飛び出す。

 

『【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ紅蓮ノ壁ヨ業火ノ咆哮ヨ】』

 

 が、無傷。花のような部位が蠢き盾となって魔法の雨をしのいだ。

 

『【氷河ヨ来タレ】』

 

 そして紡がれる新たな呪文(うた)。2つの上半身を持つ精霊は別々の呪文を唱え始めたのだ。

 

「【森の守り手と契りを結び大地の歌をもって我等を包め】」

『【突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル海燃エル泉燃エル山燃エル命】』

『【吹雪ケ吹雪ケ雪花ノ花吹雪白キ大河純白ノ風】』

「レフィーヤ、リヴェリアの魔法に続け!!」

「っ! 【ウィーシェの名の下に願う】」

 

 フィンの言葉にすぐさま詠唱を始めるレフィーヤ。

 精霊が放つは超長文詠唱。それを、防ぎきれるか!?

 

「【我等を囲え、大いなる森光の障壁となって我等を守れ】」

『【全テヲ焦土ニ変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛サシ英雄(カレ)(トキ)ノ代償ヲ代行者ノ名ニオイテ命ズル与エラレシ我ガ名ハ火精霊(サラマンダー)炎ノ化身炎ノ女王(おう)

『【突風ノ力ヲ借リ世界ヲ満タセ停マル風停マル波停マル川停マル時】』

 

 紡がれる詠唱、膨れ上がる魔力。【ロキ・ファミリア】達はすぐさまリヴェリアの後ろに避難した。

 

「【我が名はアールヴ】! 【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

 ドーム状の緑光領域が冒険者の全てを包む。物理、魔法攻撃すべてを遮断する結界魔法。込められるだけの魔力を込めた魔法の展開と同時に、精霊の魔法も放たれる。

 

『【ファイアストーム】』

 

 世界を包み込む紅蓮の炎嵐。津波と見紛う炎の氾濫。

 階層を焼き尽くす魔法がリヴェリアの結界に亀裂を入れる。

 

「ガレス! アイズ達を守れ!」

 

 その言葉と同時に結界を突き破る炎に飲まれるリヴェリア。ガレスが盾を持ちアイズ達の前に立つも、盾はあっさり融解しガレスは生身で炎を遮る。

 

『【世界ヲ染メロ汚レナキ白愛シキ英雄(カレ)ニ迫ル死ヨ尽ク(トキ)ヲ止メヨ代行者ノ名ニオイテ命ズル与エラレシ我ガ名ハ氷精霊(アネモイ)氷ノ化身氷ノ女王(オウ)】』

『【ホワイトアウト】』

 

 世界を白く染め上げる純白の波濤。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

 レフィーヤが張る二枚目の障壁。

 翡翠の障壁は、すぐさま白く染まっていく。凍りついた障壁は吹雪の圧力に耐えきれず砕け散った。

 

「あ、ぐ………」

「くう………」

 

 炎があらゆる障害を焼き払い、灰だけとなった空間を吹雪が凍てつかせる。体中に霜が張り付いた冒険者達は倒れ伏す。

 体が上手く動かない。感覚がない。

 だがそんなものを気にしてくれる敵などいない。

 魔法を使用した証である魔力が満ちた大気から魔力が消えていく。否、吸い込まれていく。精霊へと………

 

『『【地ヨ唸レ】』』

 

 異口同音の詠唱。現れた魔法陣が重なり黒き輝きを増す。

 

『『【来タレ来タレ来タレ大地ノ殻ヨ黒鉄ノ宝閃(ヒカリ)ヨ星ノ鉄槌ヨ開闢ノ契約ヲモッテ反転セヨ空ヲ焼ケ地ヲ砕ケ橋ヲカケ天地(ヒトツ)ト為レ降り注ぐ天空の斧破壊の厄災代行者ノ名ニオイテ命ズル与エラレシ我ガ名ハ地精霊(ノーム)大地ノ化身大地ノ女王(オウ)】』』

「ラウル達を守れぇぇぇ!!」

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 ラウル達を包みこむ暴風の繭。

 

『『【メテオ・スウォーム】』』

 

 降り注ぐ漆黒の隕石。

 繭は容易く踏み潰され、岩盤が爆ぜ上下が掻き混ぜられる。

 倒れ伏した冒険者達に、精霊は楽しそうな笑みを浮かべる。




双子の分身(デミ・スピリット・ジェミニ)
ヴァルド来たし戦力減らそうと考えたエニュオにより2つの宝玉を寄生させららたモンスターの成れの果て。最初から成体であった事から解るように、『開花』してからそれなりの時間が立っている。
連続的な魔法、二重詠唱による強化など、とても厄介
ダンジョンの階層を破壊しまくった
破壊しまくった!!


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問われる勇気

 精霊の分身達は勝利を確信する。

 彼我の実力差は圧倒的。そのうえであそこまでダメージを与えたのだ。そして自分は無傷で、魔力にも余裕がある。『アリア』を食らい、他の邪魔な者を消し、地上に戻る。空を見る。

 それだけを目的に触手を伸ばした精霊の分身はふと動きを止める。

 

『………?』

 

 我が子と混ざり、本能をモンスターのままに精霊の自我に支配された神もダンジョンも予想し得なかった『下界の可能性の子』。それが行った階層の破壊に、ダンジョンが()()()

 

「「「────!!」」」

『『────!?』』

 

 人も精霊も思わず固まる異音。女を世界規模の大きさにさせ、腹を割けばこの様な悲鳴を上げるのではと思わせる甲高い悲鳴。

 やがて天井に巨大な亀裂が走る。

 ボロボロと崩れる天井から落ちてきた紫の漿液。まるで自ら子宮をこじ開けるように天井の破片を落としながらヒビは大きくなっていく。奥で瞬くは真紅の眼光。

 それは地面に落ち灰を巻き上げ、汚れた精霊もそちらに視線を向ける。

 土煙の奥に、何かがいる。たった今生まれたばかりのモンスター。

 超大型級のモンスター。その体躯は細く、腕は異様に長い。足は逆関節で、骨ばった体を覆う紫紺の『殻』。腰から伸びる6メドルある長い尾が揺れる。

 

「何だ、あれ……新種?」

 

 この階層に本来生まれるモンスター? それにしては、氷河の環境に適応しているようには見えない。

 キョロリと精霊の分身を睨むモンスター。次の瞬間、精霊の片割れの頭が消える。

 

『エ──?』

 

 警戒して盾としていた花弁ごと切り裂かれた。

 何時の間にか後ろに移動したモンスターに精霊が慌てて触手を振るうも爪の一振りで切り裂かれる。

 

「はやっ……! え、嘘でしょ!?」

 

 超大型級にして、高速移動を可能とする敏捷。そして精霊の守りを容易く突破した攻撃力。両立などありえないはずの最悪の組み合わせ。

 

『『『──────!!』』』

 

 片割れを切り裂いたモンスターに怒りの形相を向ける精霊。その怒りに呼応するように極彩色のモンスターの大群が襲いかかり……粉砕。

 

『シャアアア!?』

 

 モンスターの片手の爪が芋虫型を切り裂いたことにより溶けた。困惑するモンスターを精霊の触手が打つ。

 

『ギ、ガ…………シャアアアア!!』

 

 吹き飛ばされ、怒りの咆哮を上げるモンスター。その身を覆う殻に走る亀裂。耐久は低い。

 あんなモンスター、知らない。見たことも聞いたこともない………フィンとて初めて見る。が、その特徴を知っている………。

 

「…………『破壊者(ジャガーノート)』」

「団長、知ってるんですか!?」

「ああ、存在を秘匿された………【アストレア・ファミリア】を壊滅させたモンスター」

 

 その存在を知るのはウラノスと彼の直属の部下。

 直接見たのは襲われた【アストレア・ファミリア】に、厄災を討伐したヴァルドだけ。

 ダンジョンに修復の間に合わぬほどの傷をつけることにより生み出される免疫機能。呼び出し方は簡単で、故に悪用も容易く秘された存在。ヴァルドの交渉により【ロキ・ファミリア】の三幹部にも存在を聞かされては居たが………。

 

『ハアアアア』

 

 迫りくる芋虫型に対して地面に『破爪』を放つジャガーノート。無数の散弾となって降り注ぐ破片は元々耐久の低い芋虫型を容易く貫き破砕させる。

 

『【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トルトニス)(イカズチ)ノ化身(イカズチ)女王(オウ)】』

 

 魔法が完成する。短文詠唱とは思えぬ魔力が溢れ、ジャガーノートがその魔力に動きを止める。

 

『【サンダー・レイ】!』

 

 放たれる魔砲。魔導士の長文詠唱にも匹敵する砲撃が着弾する瞬間、ジャガーノートの体が淡く光り、雷槍が体を大きく抉る。

 

『………!? アアアアアア!?』

 

 体を焼く雷撃に困惑し絶叫する()()()()()()()()()()

 『魔力反射(マジックリフレクション)』。自身の体に向かってくる魔法を尽く跳ね返す無敵の盾。

 耐久は低い。だがその敏捷で攻撃を当てることは難しく、範囲技である魔法は自らに牙を剥く。

 グチャリと精霊の体に牙が突き刺さる。

 

『イヤアアアア!?』

 

 精霊が触手を振るうも素早い動きで距離を取る。触手から逃れ、再び神速の接近で『破爪』で切り裂く。

 と、地面から無数の蔦が伸びジャガーノートに襲いかかった。突然の不意打ちに大袈裟に飛び退くジャガーノートは、ズタボロになった精霊を睨む。

 相性はあるだろう。それでも自分達を苦しめた精霊を一方的に蹂躙するモンスターに誰もが戦慄する。

 

「構えろ。あの化物の次の標的は僕達だ」

「!? た、戦うんすか!?」

「それ以外にあれから生き残るすべはない。奴の動きは見たはずだ」

 

 Lv.4にも視認することすら困難な高速移動。【ロキ・ファミリア】最速のベートよりも、魔法を使った瞬間的な加速ならベートを上回るアイズよりも速い。つまりこの場の誰も逃げることは出来ない。

 

「でも、でもあんなの………」

 

 破爪、高速移動、魔法反射。一つ一つが絶望を与えるのに十分な能力。それを見せられ心が折れそうになる冒険者。アイズも剣を握るも構えられずにいた。

 

「君達に『勇気』を問おう。その瞳に何が映っている?」

 

 それでもフィンは、真っ直ぐに精霊を解体していくモンスターに目を向ける。

 

「恐怖か? 絶望か? 破滅か? ああ、正直に言おう。僕にだって別に、勝機が見えているわけじゃない」

 

 嘘偽りのない本音。自分達を一方的に蹂躙した精霊の方が、まだ勝機が見いだせる。

 

「それでも、抗う者を知っているはずだ。勝算などなかろうと、挑むべきだ。僕らは冒険者なのだから!」

 

 それとも、とフィンは不敵に笑ってみせる。

 

「君達にベル・クラネルの真似事は荷が重いか?」

 

 諦観に染まりかけていた瞳が、その言葉に光を取り戻す。フィンはあの光景を見た者達に問いかける。

 

「自分より強大な敵に、彼は諦めなかった。君はどうだい、ベート」

「解りきった質問、すんじゃねえ!!」

「彼は全てを出し切って戦った。ティオネ、君は限界まで戦ったか?」

「まだまだ、これからです! 団長!」

「彼は『冒険』をした。『生』と『死』の狭間に挑んだよ、ティオナ」

「だね、あたし達も負けてられない!!」

「ベル・クラネル………彼は限界を超えたよ。僅か一ヶ月で、ミノタウロスを倒すに至った。あのヴァルドですらやっていない偉業だ」

「………うん!!」

 

 立ち上がる。あの光景を見た冒険者達が……自分より遥か格下のはずの少年が見せた勇気に負けていられないと体に力を込める。

 

「…………………」

 

 レフィーヤは、知らない。

 ベル・クラネルの何が彼等を奮い立たせたのか………彼女は、その光景を見ていないから。

 だけど、会話から解る。彼もきっと挑んだのだろう。自分より強い相手に、逃げずに、諦めずに…………!

 

「っ!!」

 

 私は、彼の好敵手(ライバル)だ! 彼がやったのなら、自分だってやってみせる!!

 立ち上がった彼等を見て、フィンはリヴェリア達に視線を向ける。

 

「オッタルと対面した時、ヴァルドが来なければ終わっていたかもしれない………それだけの差があった。本当に、我ながら情けない」

 

 槍を握る拳に力を込め、おのれ自身を奮い立たせるための言葉を語る。この言葉はきっと、彼等も奮い立たせるから………。

 

「追い抜かれて、置いて行かれて……それでいいのか? 僕は……()はゴメンだ。君達がそうでないと言うのなら、そこで眠っていればいい。先に行く、待つつもりはない」

「…………生意気な、小人族(パルゥム)め! そういうところが昔からいけ好かんのだ!」

 

 ガレスが立ち上がる。

 

「おい高慢ちきなエルフ! お主は立ち上がらなくていいのか!? それとも、ヴァルドの隣はあの女に譲るか!?」

 

 リヴェリアはガレスの言葉に肩を揺らし、ゆっくり立ち上がった。

 

「………決めた。地上に戻ったら、デートに誘う」

「「…………は?」」

 

 意外も意外、超意外な言葉に思わず目が点になるフィンとガレス。

 

「ああ、だからこんなところで死んでたまるか」

 

 立ち上がり、杖を取るリヴェリア。ガレスとフィンは顔を見合わせる。

 

「走馬灯でヴァルドが去っていく時を思い出したのか?」

「女の子とデートしてたのを目撃してつい後をつけてしまった時かもね………あるいは、ただ置いていかれないより、彼女にとってはよほど戦う理由になるのかも」

 

 精霊の分身の肉を噛みちぎり魔石を飲み込んだジャガーノートは次の獲物に目を向ける。

 先程まで死に体だった冒険者達が立ち上がり、戦う意志を見せている。その変化に意味を見出す情緒は彼に存在しない。ただ殺すだけだ。




ジャガーノート深層種
特に情動が育つ予定もない破壊者。滅茶苦茶強い。
獅子王の外套やヴァルドの耐久を突破する。対峙必須条件が不壊属性(デュランダル)装備というクソ仕様。
ヴァルドと戦った場合階層を破壊しまくった奴の対処のため呼び出されたのに階層が更に破壊されまくる結果になる。


獅子王の外套の素材
実は首周りや腹の獣皮は特に硬く、当時の椿には加工が出来なかった。
ヴァルドは最近余裕で貫ける攻撃してくる敵が増えてきてのでそろそろ新しい外套が欲しいと思ってる


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ジャガーノート

 ジャガーノート。

 加工超硬金属(ディル・アダマンタイト)をも切り裂き当時のヴァルドの獅子王の外套すら切り裂く爪を持つ最強の矛、そしてあらゆる魔法を跳ね返す盾を持つモンスター。

 しかし反面物理的な耐久値は低い。

 

魔力反射(マジック・リフレクション)()()()()。ラウル達は牽制しろ………ベート、アイズ、ティオネ、ティオナは僕とガレスと共に奴の殻を剥がす!」

 

 魔法を受ける際に淡く輝く。あれは魔力を反応しているにしては魔法や接近に対して発動までの一瞬にバラつきがあった。

 とはいえよほどの高速魔法でもない限り、ジャガーノートの反撃を考慮した距離で放つ魔法は反射されるだろうが。

 

「シャアアアアア!!」

 

 迫りくる冒険者を敵ではなくただの標的として排除しようと動くジャガーノート。左の爪は溶けて使えないが、右腕は健在。

 振るわれる絶死の一撃。防御不能の最強の一撃が………

 

「ガッ!?」

「つぅ!」

 

 防がれた。標的の中で特に小さいすばしっこい小人の槍に。

 

「っ………よし!」

 

 不壊属性(デュランダル)ならジャガーノートの攻撃に対処できる! むしろジャガーノートの爪に亀裂が走った。

 とことん殲滅優先。ただただ殺すだけで、寿命も短く地上に向かうことすら決してありえぬ殺戮機構。正しい対処法は逃げ続けることだろうに、これを不壊属性(デュランダル)も持たずに挑んだ者が居る。

 負けていられない!!

 

「オオオ!」

「ギッ!」

 

 防がれると思いもしなかったのか、隙を晒すジャガーノートの顔にフィンの槍が迫る。

 本来の獲物には劣るがそれでも第二級相当の攻撃力。装甲を貫き目尻に槍が刺さる。

 グルリと回転し遠心力で振り落としたジャガーノートは距離を取り、迫る魔力に気付いた。

 即座に飛んできた炎を反射し………

 

「死ね」

 

 その炎を吸収した銀靴がジャガーノートの横腹にめり込む。

 

「!!?」

 

 炎に紛れたベートに反応が遅れ、第一級前衛の一撃に痩躯な体が吹き飛ばされる。追撃とばかりに迫る双子に気付いたジャガーノートは尻尾を振り回し体勢を変え二人に破爪を放った。

 

「ぐあ!?」

「んぎゃ!!」

「ちぃ!」

「キシャアアア!!」

 

 吹き飛ばされた二人を見てベートが舌打ちしながらジャガーノートに迫るも、長い尾を叩きつけられる。破爪のみならずその尾も十分な威力を備えベートを吹き飛ばした。

 

「【どうか力を貸して欲しい】」

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に渦を巻け】」

 

 ピクリと魔力に反応するジャガーノート。先程の炎よりも尚高い魔力。装甲が剥がれかけた今、脅威になりえる。

 故に本能のまま襲いかかる。

 駆け引きはなく、ただ近くの標的、或いは己の障害になりえる敵を……

 

「させない!!」

 

 風を纏い、一気に加速したアイズがジャガーノートを追い抜きデスペレートを振るう。顎を打ち上げられ顔の半分が破壊されるジャガーノート。

 普通のモンスターならソレで止まる。あいにくジャガーノートは普通じゃない!

 

「ガギャアアアア!!」

「!!」

 

 爪を振り上げる。剣を振り切ったアイズに、防ぐすべはない。

 

「【盾となれ破邪の聖杯(さかずき)】! 【ディオ・グレイル】!!」

 

 瞬間、レフィーヤが障壁魔法を召喚する。破爪は防げない。だから、腕を邪魔するように!

 

「!?」

 

 殻が勢いよく純白の障壁にぶつかり、弾かれる。明確な隙……

 

「やってくれたなてめぇぇぇぇ!!」

「すんごい痛かったんだからねえ!!」

 

 ティオネとティオナが渾身の拳を叩き込む。殻の亀裂が広がり、右側の装甲が大きく剥がれた。

 

「いまっす!!」

 

 ラウルの号令のもと魔剣や魔法が飛び出す。盾はない。回避を………

 

「!?」

 

 飛び出したジャガーノートだが、空中で動きが止まる。見ればガレスがジャガーノートの尾を掴み引き止めていた。

 

「ぬう、ぐう!!」

 

 全身の筋肉が引きちぎれるかと思うほどの脚力。それでもなんとか抑え込み、魔法に向かってぶん投げるガレス。

 

「ふんぬあああ!!」

「ギイイイイ!?」

 

 魔法をもろに浴び装甲が剥がれていく。オリジナルには劣る魔剣と、Lv.3の短文詠唱。致命傷にこそならないが耐久の低いジャガーノートには無視できないダメージ。

 

「逃さない!!」

「ガギ!?」

 

 雷を纏ったレミリアが迫る。立ち上がろうとしているジャガーノートに避けるすべはない。まだ装甲に覆われている後ろ足で蹴りつける。

 

「させるか!」

 

 それをロイドが防ぐ。痩躯とはいえ超大型級のジャガーノートを高速で動かす脚力はLv.4の前衛を軽々吹き飛ばす。

 だが、それた。

 レミリアが魔剣をジャガーノートの足に突き刺す。

 

「カッ──!!」

 

 暴発。ジャガーノートの足が内側から爆ぜ、機動力を完全に奪われる。

 

「ガ、ギャアアアア!!」

 

 尾を地面に叩きつけ、振り回す。破片が四方八方に散弾のごとく飛び散る。

 

「つぅ!」

「ぐぅ!」

「あう!」

 

 精霊の魔法でぼろぼろになった装備や人体を貫くには十分な威力。だが、ダメージを負いすぎた。殲滅は不可能。ならば後で生まれる母の子に処理を任せ、少しでも動けるものを減らし…

 

「ルアアアアアア!!」

「ガアアアアア!!」

「グギャ!?」

 

 傷だらけになりながらも闘志の消えぬ人狼と狂気を宿した赤い瞳の小人の一撃が残った手足と外殻を破壊した。武器も機動力も盾すら失ったジャガーノートは身を蛇のように捩り逃げ出そうとし…………

 

「いかせるかああ!!」

 

 ガレスの拳が半分以上なくなっていた顎を完全に砕く。

 目も失い、高い察知能力で周りの数は把握するも何をしてくるか見えない。闇雲に暴れまわる。

 

「【我が名はアールヴ】!」

「!!」

 

 魔力の高まり。魔法が来る!

 防ぐ手段はない。攻撃を避けるために僅かに開いた包囲の隙間から逃れようとするジャガーノートの体を、一本の槍が地面に縫い付ける。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 放たれる吹雪は、ジャガーノートの命を永遠に凍結した。

 

 

 

 

「そうか、59階層であれを倒したのか………」

「あれすっごく強いのよね〜」

 

 フィンの報告を聞いたヴァルドとアリーゼは過去を思い返す。

 

「半数以上がなすすべもなく殺された。大した体たらくだ」

「あ、因みに私達のことじゃなくて間に合わなかった自分を責めてるのよ、これで」

 

 ヴァルドの言葉にむっと顔を顰めたティオナだったがアリーゼの言葉にそうなの? と視線を向ける。

 

「当時の俺は第一級。此奴等より上だった」

「自分はLv.5で、私達は第二級。自分がちゃんとしなきゃいけなかったって言ってるわ」

「だが、アストレアの言葉もある。もう俺には関係ない」

「女神アストレアから、彼女達は彼女達のやるべきことをやろうとした。責任を感じるなと言われたから自分を責めるのはやめにした、と言っている」

「……………アリーゼもリヴェリアもなんで分かるの?」

「長い付き合いだから」

「愛よ!」

「っ!?」




ちょっとした小ネタ

「ヴァルド〜、アーニャったら全然元気がないの。まるで人形みたいに無表情! 拾ってきたのは貴方なんだから、元気付けるの手伝って!」
「断る」
「そんな事言わないで! ほら、は〜や〜く〜!」
「俺には関係ない」
「はいはい、そういうことにしてあげる。さ、いこっ」

 そしてヴァルドはアーニャを励ましに行った。ちょうどその日の護衛達は首を傾げた。なお

「(アーニャがアレンについて行けないと知りながら、それでもある程度後を追えるように鍛えてしまった俺がどのような言葉をかければわからないから)断る」
「(やれるだけやる。だがアレンはあれでアーニャを心配している。放り出したばかりで俺が関わっていると知るとまた荒れそうだから)俺には関係ない(ことにしておいてくれ)」

 という意味になる。


またある時

「師匠、私………強く、なれてる?」
「期待外れ」
「っ!! あ、うぅ………」
「だが、まだ続ける」
「う、うん」

 それを見ていたフィンは容赦ないねと思いガレスは顔を顰め、リヴェリアは呆れて後でアイズに

「(曲がりなりにも半年でLv.2になったのだから、もっと強くしてやれると思っていた。結局体の鍛え方や剣を少し教えただけで大したことをしてやれなかった。師として選んでくれたのに)期待外れ(ですまない)」
「だが(少しでも強くなれていることは確かだ。お前が)まだ(俺を師と思ってくれるなら)続ける」

 という意味だと説明した。
 ヴァルドは同じことを言われても理解できるから言葉が足りてないと言われても全部言ってる気になってる。
 リヴェリアは文法を学ばせたがテストの作文はヴァルド語を解せない者には煽ってるようにしか思えない文になり矯正を諦めた。


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精霊の血筋

追加情報

ヴァルドは元々口下手だけど落ち込んだり慌てると更に口下手になるよ

後寝不足になるとテンションがハイになるから今の不眠Eだと2年ぐらい不休で漆黒のモンスターと戦わせ続けたら一話のテンションになる

 

 


 

 

「あ、そうそうそれと、バベルの他にダンジョンの出入口があるわ」

 

 唐突に切り出された言葉に一同が目を見開く。

 

「嘗てヴァルドが探して見つけられなかった出入り口。そうでなければ説明がつかない闇派閥(イヴィルス)の動き………私達は最近増えた軽犯罪の対処で忙しいし」

「軽犯罪なのに?」

「あら、軽くたって傷つく人はいるのよ? オラリオの危機に対処するためにオラリオの人々を放っておくなんて私達の正義が許さない」

 

 ティオネの言葉にそう返すアリーゼ。正論だったので、言葉に詰まる。

 

「それじゃあ、私はヘスティア様達の護衛に戻るわ」

「俺もアミッドの下に戻る」

 

 そう言うと二人は天幕から出ていった。

 

 

 

 

 

 そして別の天幕。

 ヒリュテ姉妹、レフィーヤ、アリシア、アキ、椿などの女性陣が集まっていた。

 事が大きくなってきた。バベル以外のダンジョンの出入り口など想像もしてなかった。と言うか、そんなものがあったらダンジョンが封じられているという前提が崩れる。

 ただ、今彼女達が気になるのは………

 

「アイズの事かな〜」

 

 あの怪物、アイズ曰く精霊はアイズに反応して、アイズもまたあれを精霊だとまっさきに気付いていた。何か関係しているのだろう………。

 

「『精霊』に『アリア』………思い浮かぶのは迷宮神聖譚(ダンジョンオラトリア)かなぁ」

「じゃあなに、アイズがその精霊って言うつもり? それって『古代』の話でしょう?」

 

 アイズは精霊ではない。それは対面すれば解るのだ。

 

「あ、ほら! 子供とか!」

「精霊は子供を産めないでしょうが」

「そっか………あのお師匠さんなら知ってるかな? 精霊と契約してるんでしょ?」

「「精霊と契約!?」」

 

 と、その場に居なかったエルフ二人が反応した。

 

「ど、どういうことですかティオナ! 精霊と、契約!? 現代ではエルフの王族ですら出来ていないのに!」

「し、知らないよ! ていうか精霊と契約してるの英雄譚でもエルフ以外の割合が多いじゃん!」

「うぐ………っ!」

 

 精霊を崇めるエルフだが、その精霊はエルフよりも怪物と戦う事を決意した他種族の英雄と契約する割合が多い。まあ英雄のサポートをするために遣わされたのだからとある古代のエルフに言わせれば『恥知らず(引き籠もり)』のエルフと契約する理由があまりないのだ。

 

「契約した経緯は言ってたじゃない」

「あ、そうだった! 怪我したその子を酒場の店員さんと一緒に我が子のように育てたんだっけ? いいよね〜、英雄譚みたい!」

「精霊との親子関係……? ヒューマンが、精霊の父?」

「アイズはその逆パターンとか?」

「だとしても、アイズを精霊と誤認するものなの?」

「ヴェル吉のように精霊の血を継いでいればそういうこともあるのではないか?」

 

 と、椿があっけらかんと言い放った言葉に視線が集まる。

 

「「「……………え?」」」

 

 

 

 

「…………なんで俺はここに連れてこられたんだ」

 

 椿に無理矢理引っ張ってこられて不機嫌そうな赤毛の青年。女子だらけの天幕の中気まずいというのもあるのだろう。

 

「此奴はヴェルフ・クロッゾ。ベル・クラネルのパーティメンバーで、【ヘファイストス・ファミリア(ウチ)】の下っ端だ」

「クロッゾ?」

「あれ、何処かで聞いたことあるような?」

 

 レフィーヤとティオナが首を傾げていると、アキがぴんっと尾を立たせた。

 

「クロッゾって………もしかして呪われた魔剣鍛冶師の?」

「そうとも、彼の王国(ラキア)で不敗神話を築き上げた『クロッゾの魔剣』……その男はそれを何世代に渡って作り続けた鍛冶貴族の末裔だ」

 

 鼻高々に告げる椿に対して、ヴェルフの顔は不愉快そうに歪む。周りの者たちはそれに気づかないほど驚愕していた。

 『クロッゾの魔剣』。

 世界に名を知らしめる伝説の武器。詠唱を必要としない代わりに劣化した魔法しか放てぬはずの魔剣の常識を覆す正式魔法(オリジナル)をも超える『海を焼き払った』伝説を遺す世界最強の魔剣。

 

「まあ手前もそれに劣らぬ武器を鍛ったと自負しているが」

「それは、本当なのですか!?」

「おうとも! まああれは素材による部分が大きく」

「そちらではありません! その男が、同胞の里を幾つも焼き払った忌まわしきクロッゾだということです!」

 

 クロッゾの魔剣はエルフとの戦争にも使われた。エルフの住まう数多の森を焼き払い、里を失ったエルフが今も尚その怨みを伝播させている。

 その怒りを継ぐアリシアに睨まれたヴェルフは眉をひそめるだけだった。再び口を開こうとするアリシア、が………

 

「祖先の禍根を持ち出すなよアリシア。その理屈で言うのなら、『古代』、同胞すら見捨てて森に引き篭ったエルフ共は今もなお世界から嫌われなくてはならん」

 

 何時からそこに居たのか、ヴァルドがボロ雑巾のようになったベルを抱えて立っていた。

 

「ベル!? な、何があったんだ!?」

「鍛えていた」

 

 具体的には【英雄願望(アルゴノゥト)】の蓄積(チャージ)中動けないのをなんとかしたいと言ったベルに「今からチャージ中攻撃する。避けなければ当てる、チャージが途切れても当てる」とその辺の枝で殴り飛ばすという特訓だ。

 

「う、うう………ヴェルフ?」

「だ、大丈夫かベル………」

「うん、なんとか……………」

 

 ぐったりしたベルを抱えてやるヴェルフ。

 

「それから椿、家を捨てた男の家事情を他者に軽々しく話すな」

「む………」

「お前がお前の信念を持っているのは解る。だが、どうでもいいことだ」

「確かに手前とヴェル吉の考えは別だがなあ」

 

 今のはヴェルフの信念を椿が下らぬ意地と切り捨てるなら、ヴェルフが椿の考えを聞き入れないのは当たり前だ的な意味になる。

 

「家を、捨てた?」

「ああ、此奴は自分の『血』を忌み嫌っておる。手前より強力な魔剣が打てるくせに、魔剣造りを強制され国を飛び出すほどにな」

「さっきから人のことペラペラしゃべんな!」

 

 と、ヴェルフが叫ぶ。クロッゾである、それだけを理由に敵意を向けたアリシアはバツが悪そうな顔をするが取り合わない。気にするだけ無駄だということだろう。

 

「で、結局俺を呼んだのはどんな理由があるってんだよ?」

「えっと……その前に確認だけど、本当に精霊の血をひいてるの?」

「ああ、まあ………『初代』が精霊をモンスターから庇った際重症を負って、それを精霊が血を分け与えて癒やしたらしい」

 

 男は命を繋いだどころか、精霊由来の不思議な力にも目覚めたらしい。それがクロッゾの魔剣。皮肉なことに、エルフの森を焼き払ったのはエルフが崇める精霊のもの。

 

「精霊かぁ……そう言えば師匠もモンスターから救い出した精霊と契約してるんでしたっけ?」

「ああ………」

「あれ? でもさっきは」

「あれは2柱目だ」

 

 つまり、2柱の精霊と契約している? ベルとティオナは英雄譚から飛び出してきたかのようなヴァルドにキラキラした視線を向けている。

 

「で、本題なんだけどあんた他にも精霊から血を分け与えられた人間知らない?」

「あん? いや、知らねえよ。古代の先祖の話だぞ」

「精霊から血を………? えっと、湖の騎士ランスロー、とか?」

 

 と、ベルが記憶から英雄の話を引っ張り出す。

 

「確か、湖に住んでた精霊に育てられていたって………血については知りませんけど、幼少期からいたならあるいは」

「おお、アルゴノゥト君英雄譚詳しいの!?」

「え、えっと………少し、は?」

「じゃあ、騎士ガラードが助けようとする人の名前は?」

「王女アルティス様……」

「じゃあじゃあ、竜殺しのジェルジオが倒した怪物の住処は?」

「シレイナの湖畔……」

「じゃあじゃあじゃあ、その時に竜を倒した武器は?」

「槍と見紛う聖剣………と、乙女の(リボン)

「すごい!」

 

 質問するたびにズズイと接近してくるティオナに困惑するベル。

 

「それじゃあ──」

「はいはい、そこまで」

 

 と、さらなる質問をしようとしたティオナをティオネが止める。

 

「精霊アリアは知ってる?」

「アリア………英雄アルバートに生涯付き従った風の精霊ですか?」

「そう。その精霊が誰かに血を分け与えたとか、そんな話はない?」

「………ん? んん〜〜??」

 

 その質問にベルは記憶を引っ張り出そうとしながら唸る。

 

「えっと、そんな話は特に………」

「じゃあアリアを庇って重症を負ったヒューマンの話とかは? 後はその子孫が居るとか」

「い、居たんだとは思いますけど………特別書かれていたってことは………あ、でも……英雄アルバートに子供がいたって話なら」

「えー!? なにそれ、あたし聞いたことなーい!」

 

 ベルが口にした内容にティオナが驚く。

 

「アルゴノゥト君が読んだのって、もしかして千年前に書かれた原本(オリジナル)?」

「あ、いえ………祖父が…………あ、でもお祖父ちゃん神様だし、直接見てたのかも」

「神様? おじいさんが?」

 

 どういう事、と視線を育て親のヴァルドに向けるティオナ達。

 

「…………ベルの父が所属していた【ファミリア】の主神だ。ベルを育てていた………あの神は最初の神々の中にも居た、古代の地上を観察していた神だ。神時代前とは言え信憑性は高い」

 

 神の手記と聞きまたしても驚きを隠せない一同。ティオナだけはその話を聞きたいのかとてもウズウズして今にもベルに飛びつきそうだ。

 

「ていうか、アイズの師匠なら何か知ってるんじゃ」

「知っている」

「じゃあ、アイズって何者?」

「何故それをお前達に教えなくてはならない」

 

 と、喧嘩売ってるような言葉にティオネ達が顔を歪めるがティオナはん〜、と顎に手を当てる。

 

「それって、アイズをおいていった自分がアイズの秘密を軽々しく話せないってこと?」

「最初からそう言っている」

「言ってないよ!? さっきのアリーゼの翻訳聞いてなかったら「お前たちに教えることなんてない」って喧嘩売られてるようにしか思えないよ!?」

「………………?」

「なんでそこで不思議そうな顔をするかなあ」

 


 

前述したとおりなので今回は素です

言葉が足らねえなあ



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友達ではない関係

因みに、ベル達が戦うのはゴライアスじゃないよ!

え、じゃあゴライアスのマフラーはどうするかって? たしかにあれは普通のゴライアスより硬いからなあ

ところで皆、黒いゴライアスが出るコラボ作品を知ってるかい?

 


 

「え、リヴィラの街に?」

「はい。良かったら、レフィーヤもどう?」

「う〜ん………アミッドさんのお陰で看病の必要もなくなりましたし………そうですね、ご一緒させていただきます」

 

 断られなかったことにホッと胸をなで下ろすベルを見て、微笑ましく思ったレフィーヤ。と

 

「おーいレフィーヤ! お前に客だぞ」

「え?」

「あ、じゃあ待ってますね」

 

 団員の一人に呼ばれるレフィーヤ。ベルが去っていくのを見て、客だという人物に会いに行く。

 

「シャリアさん!」

 

 そこに居たのはフィルヴィスと………知らない同胞(エルフ)だ。レフィーヤに気づくと会釈してきた。

 

「ウィリディス、無事だったか」

 

 聞けばディオニュソスから【ロキ・ファミリア】が遠征から戻ってきたことを聞き、弟子であるレフィーヤの様子を見てくるように言われたらしい。

 

「ところで、そちらの方は?」

「アウラ・モーリエルと申します、同胞(どうほう)。はじめまして」

「は、はじめまして! レフィーヤです!」

 

 落ち着いた雰囲気。アリシアを彷彿とさせるエルフだ。フィルヴィスは同【ファミリア】の団員とも溝があると聞いていたが………。

 

「遠征はどうだった?」

「あ、えっと……そうだ! ありがとうございました、シャリアさん! シャリアさんから貰った魔法でアイズさん達を守れました!」

「…………そうか、私の魔法が………お前の助けになれたのなら何よりだ」

 

 レフィーヤが頭を下げお礼を言う姿を見て一瞬言葉を失い、己の手に視線を向けるフィルヴィスと

 

「フィルヴィス? それに、アウラ……」

 

 不意にかけられる声。振り返るとヴァルドとアミッド、リヴェリアが居た。

 

「ヴァルド………」

「来ていたのか………」

「あ、ああ………ヴァルドは何時から?」

冒険者依頼(クエスト)帰りにアミッドにデートに誘われた」

「そ、そうか………」

「ヴァルドの知り合いか?」

 

 と、リヴェリアがフィルヴィスに視線を向ける。

 

「リヴェリア様………お会いできて、光栄です……失礼します!」

 

 フィルヴィスは顔色を変え逃げ出した。

 

「なっ、フィルヴィス!? リヴェリア様に、なんて無礼な………待ちなさい!」

「レフィーヤ、行ってやれ!」

「は、はい!」

 

 レフィーヤも慌てて後をフィルヴィスとアウラの後を追いかける。

 

「………ではヴァルド、先程の話………忘れるなよ?」

「ああ、少し時間は取らせるだろうが………また」

 

 そう言うと二人も別れた。

 

 

「フィルヴィス! リヴェリア様になんですか、あの態度は!」

「私は、汚れている………リヴェリア様の前に姿を現すなど」

「…………やはりディオニュソス様になにかされたんですか?」

「!? いや、だから………忘れろあれは!! お前だって忘れたいだろ!」

 

 フィルヴィスの心からの叫びに何も言い返せなくなるアウラ。そりゃ忘れたい、というかあの悪夢を忘れる気がないのはヴァルドと亡霊(ゴースト)ぐらいだろう、最初から正気だったし。

 

「お、おいつき………ました………!」

 

 と、そこへレフィーヤも追いついた。

 

「ウィリディス………」

「聞こえ、ましたよ。シャリアさんは、汚れてなんかない!」

 

 だって、鍛えてくれた。魔法を授けてくれた。そのおかげで、アイズ達の力になれた。それがなければ、最悪誰かが死んでいたかもしれない。

 

「だから、シャリアさんは誰かを救える人です。汚れてなんか、絶対ない」

「だ、そうですよ、フィルヴィス………?」

「…………どうして」

 

 ポツリと、フィルヴィスは胸を押さえ声を絞り出す。

 

「ヴァルドといい、お前達といい…………どうして………」

 

 どうして今更なんだ、その声は、とても小さく二人にも聞こえなかった。

 

 

 

 

「レフィーヤ、どうかしたの?」

「え?」

 

 リヴィラの街にて、法外な値段にヴェルフやリリが驚く中不意にベルがレフィーヤに声をかける。

 

「元気ないように見えたから………」

「ちょっと友達………いえ、知り合いのことで…………ごめんなさい、詳しくは………」

 

 フィルヴィスの事をペラペラと話すわけにも行かず、曖昧に返すしか出来ないレフィーヤ。心配させておいて、と少し自己嫌悪。

 

「…………良く、わからないけど」

「?」

「誰かを思って悩めるのは、きっと素敵なことだと思う」

「!? な、なんですか急に………」

「あ、えっと! ごめん、話せないことを………その、申し訳無さそうに思ってるように見えたから…」

 

 それで元気づけようとした結果あんな言い方に? 祖父と母と師、誰の教育の影響だろう。

 

「お、お祖父ちゃんが女の子が元気なかったら励ませって………」

 

 祖父だった。どういう神なのだろうか?

 でも取り敢えず、元気づけようとしてくれているのだろう。

 

「僕は、貴方の友達ではないけど………好敵手(ライバル)だから………」

「…………………」

 

 レフィーヤはパンッと両頬を叩く。

 

「!?」

「貴方は、元気付けるの下手くそですね………」

「う………」

「でも、落ち込むのはやめます。あなたの前で、そんな姿を見せるわけには行かないんですから………ね、好敵手(ライバル)

「………うん!」

 

 そんな風にお互い笑みを浮かべ合うレフィーヤとベル。余談だが、ここは破落戸の街(ローグタウン)。可愛らしいエルフの少女と小柄な少年が二人っきりでいれば………

 

「見せつけてくれるじゃねえか………」

 

 こうして絡まれる。

 

「ここはガラの悪い連中も多いからなあ、そっちの嬢ちゃんがちょっと話し相手になってくれりゃ俺達が守ってやるぜ?」

「…………!」

 

 バッとベルがレフィーヤの前に移動する。それに対して面白くなさそうに顔を歪める男達は、しかしすぐにハッと目を見開く。

 

「てめぇ、【リトル・ルーキー】!? なんでここに!!」

「貴方達は…………! ………………えっと…………! 酒場の!」

「忘れてましたね?」

 

 レフィーヤの言葉にベルは気まずそうに視線を彷徨わせ男が顔を真赤にする。

 

「あれ〜、どうしたの? 知り合い?」

「【ア、大切断(アマゾン)】!?」

 

 ベルに掴みかかろうとした男は聞こえてきた声に振り返りティオナを見て目を見開く。

 怯えたように後退り、人とぶつかる。

 

「あ、すいません………」

「【剣姫】!?」

 

 アイズだった。更にティオネも見えた。

 

「チッ、行くぞ」

 

 第一級冒険者に絡まれてはたまらんと男達は逃げ出した。

 

「物騒だなあ、大丈夫かいベル君?」

「一体何があったんだい?」

 

 と、ヘスティアとヘルメスも心配そうに声をかけてくる。

 

「どうも目の敵にされてるみたいで………」

「へぇ、目の敵ねえ…………」

 


 

ダンメモのコラボ好きなんだよねえ。

ストーリーが練られてて、ダンまちの世界の核心に触れたり

 

巨人もキノもゴブスレも好きだけど一番は………

 

予告(少し先の未来)

 

「『さん』なんてつけなくていいぞ? なんかくすぐったいっていうかさ」

 

「貴様は我が仮初めの半身となることが運命づけられた」

 

「この世界で会えた初めての人が友好的で良かった」

 

「ベルと言ったな! よろしく頼むぞ!」

 

 異界より現れし新たな出会い、新たな友情、そして………新たなる脅威

 

 

「………全て、滅ぼす」

 

 

 剣の姫は反転し、オラリオに危機をもたらす。

 

 

 

「きひひひ。さあさあさあ、役者は揃ってしまいましたわよぉ? どうするのですか、お・に・い・さ・ま………」

「あちらはあちらに任せる。俺達はくだらん脚本家を見つけ出す」

「そうですわねぇ………裏方は裏方らしく、観客の目から逃れましょう。さあ………」

「俺達の戦争(デート)を始めよう」

「わたくし達の戦争(デート)始めましょう」

 

 

【時の契約者】ヴァルド・クリストフ(闇)・【月弓狩人(げっきゅうかりうど)】ヴァルド・クリストフ(光)登場予定



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万能ではないもの

「やあ、ベル君。少し良いかい?」

「えっと、ヘルメス様………?」

 

 武器の簡単な手入れをしているベルにヘルメスが話しかけてくる。キョロキョロと周りを見回す。

 

「ヴァルド君は?」

「アミッドさんと下層に……ポイズン・ウェルミスの大量発生の対処に………」

「ふ〜ん、そりゃ丁度いい。ベル君、ちょっと付き合ってくれるかい?」

 

 

 

 

 

 

 18階層に存在する泉。そこで水浴びをするアイズ、ティオネ、ティオナ。そしてヘスティアとリリにアスフィ、命に千草。

 不埒な男どもが近付かないように見張りをしているレフィーヤは何やら考え込んでいる。

 

『誰かを思って悩めるのは、きっと素敵なことだと思う』

 

 ベルの言葉を思い出し、何だか熱くなってる気がする頬に手を当て唸るレフィーヤ。同室のエルフィ・コレットはそんな珍しい様子に首を傾げている。

 

(お祖父さんの教えと言っていましたが、沢山の女性と関係を持ってるあの男の弟子…………まさか悪い影響でも受けているんじゃ…………)

 

 レフィーヤの中ではヴァルドは女好きのイメージらしい。まあ、ヴァルド側から誘うことはないがだからといって誘いを断っていなければそんな評価にもなる。

 命をかけ人を救うヴァルドを尊敬するエルフも多ければ、そういった部分を汚らわしいと唾棄するエルフも多いのだ。レフィーヤは若干後者より。なのでベルへの悪影響を懸念してしまう。

 

(まあでも、女の子と話す時恥ずかしがって目も合わせられないベルに限って────)

「──いいいいいいっ!?」

 

 ドボン! と悲鳴を上げながら誰かが泉に落ちてきた。

 

「………………ぇ?」

 

 乙女達の沐浴に強襲してきた人影は、白い髪をしていた。

 

「あれ〜、アルゴノゥト君! なになに、君も水浴びに来たの?」

「可愛い顔してやるわねえ、あんたも」

 

 と、その手の価値観が他種族とは大きく異なるアマゾネスの姉妹が恥ずかしがる様子もなくベルに近付いていく。

 

「べ、ベル君……君って奴はぁ………」

「何をなさっているのですかベル様ぁ!」

 

 ヘスティアとリリは赤くなりベルを睨み、千草と命は固まっている。アスフィは木の上を睨み、枝が慌てるように揺れた。

 顔を真赤にしながらベルは視線を彷徨わせ、ある一点で止めた。

 

「────ぁ」

「っ…………」

 

 頬を赤く染め恥ずかしそうに体を抱き隠すアイズ。他の女子への反応とは異なり完全に停止したベル。レフィーヤの中で、ブチリと何かがキレた。

 

「ごめんなさああああああああい!!」

「あなたはああああああああああ!!」

 

 羞恥と憤怒の叫びが同時に響く。Lv.2とは思えぬ速度で走り去るベルに、これまたLv.3の後衛とは思えない速度で追いかけるレフィーヤ。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹、汝弓の名手なり。狙撃せよ妖精の射手、穿て必中の矢】!!」

「駄目ぇレフィーヤ!? その子蒸発しちゃうからぁ!」

 

 怒りにより増幅した精神力(マインド)が放つ魔法の威力を感じ取ったエルフィが慌ててレフィーヤを押さえる。

 ベルはあっという間に森に消えた。

 

「うあうあ……うあああ!!」

 

 レフィーヤの叫び声は、森の中に飲まれていった。

 

 

 

 

 

「僕ってやつは、僕ってやつはぁ!」

 

 自己嫌悪に陥りながら走るベル。きれいな女性の裸は幼少期、義母(はは)のものを見たが家族と明確な異性は違う。ましてや憧れのアイズ・ヴァレンシュタインともなれば……。

 大事な部分は隠されていたが、真っ白な肌は目に焼き付いている。義母のほうが白かった。

 

「ってそうじゃなくて!!」

 

 ポカポカ頭をたたきながら何とか冷静になるベル。そしてふと気付く。ここは、何処だろうか?

 と、歩いていると何かが光っているのが見えた。

 

「………あら?」

「え?」

 

 そこはまた別の泉で、アリーゼが水浴びしていた。固まるベルにニッコリ微笑み、ベルが困惑する。

 

「【花開け(アルガ)】♪」

 

 炎を纏った拳が泉の縁を爆砕した。

 

「あわ、あわわわわ………!」

「駄目じゃないベル君、覗くんなら私じゃなくてリオンにしてあげなきゃ」

「何をいってるんですかぁ!?」

 

 

 

 

「それにしてもヴァルドの弟子が覗きなんてね。ヴァルドがそれぐらい積極的なら良いのに。それこそハーレム作るくらい! あ〜、でもある意味ではハーレムなのかしら?」

 

 付いてきなさい、と言われ着替えたアリーゼの後に続きながらアリーゼの言葉を大人しく聞くベル。

 師匠はもうハーレムを創っているのか。やっぱり凄い!

 ベルの場合義母に「お前の父は一途だった。そこだけは評価している」と言われているが………。

 

「あの、何処に………? というか何でアリーゼさんは一人で………」

「ん〜………お墓参り。あっちの泉のほうが近いのよ」

「お墓参り?」

 

 と、首を傾げながらもついていくベル。木々のトンネルを抜けると、確かにそこには墓があった。アリーゼはすでに添えられている花を見て目を細める。

 

「ヴァルドも来てたのね」

「師匠も此処に?」

「そ、独断専行も多かったヴァルドは、あの頃は【ロキ・ファミリア】の一部隊として動かすより私達と組ませて少数遊撃隊として動かした方が効率がいいって組まされてたの」

 

 私達、というのは【アストレア・ファミリア】ということだろうか?

 アリーゼは道中積んできた花を添え目を閉じた。

 

「………その、死んじゃったんですか? 師匠がいたのに」

「あら、貴方ヴァルドが全能の英雄だとでも思っているの? そんな訳無いでしょ。ヴァルドは戦士としての才能なんて全然ないんだもの。守れなかった人は沢山いる」

「才能が……? え、でも………」

「ないわよ。全部料理洗濯掃除裁縫に持っていかれてるもの」

 

 そう言えばヴァルドは義母が壊した家を片付けて新しく建て直すのが早いし、美味しい御飯も服も作ってくれた。

 でも、才能がないなんて信じられない。現に今彼は世界最強なわけで………

 

「とても頑張ったのよ………」

「それは………他の冒険者もそうなのでは?」

「…………そうね! じゃあ、とてもとても頑張ったのよ!」

「…………………」

「簡単な道のりじゃなかったわ。何時死んでもおかしくなかったし、心が折れてもおかしくない……………それだけやって、最強になれたのよ。それだけやっても、Lv.8だけど」

 

 それってすごいことじゃ、と思う。だって、都市最強だったオッタルもLv.7だった。

 

「ヴァルドは世界が救われてほしいの。そしてそれは、Lv.8じゃ足りない。ヴァルド一人じゃ足りない」

「…………一人じゃ」

「ヴァルドに憧れるのは止めないわ。でも、彼を万能の英雄にしないで。出来ないことも、救えないこともあるんだって知ってあげて………じゃなきゃ、隣に立って力になるなんて出来ないんだから」

「アリーゼさん…………」

「…………あの時の私には、出来なかった。ヴァルドが来て、もう大丈夫だって体から力が抜けちゃって、傷つくあの人のために立つことも出来なかった」

 

 後悔するように、懺悔するようにアリーゼは語る。

 きっとそれが彼女の心残りなのだろう。

 

「さ、戻りましょっか」

「はい………」

 

 

 

 

「ほげぇ………」

 

 アスフィに無理矢理頭を下げさせられ………というか地面に顔面を叩きつけられボロボロになったヘルメス。

 どうやら彼がベルを騙して水浴び場まで連れてきたらしい。戻ってきたベルはそれなのに皆に頭を下げて回ったとか。

 

「……………………」

 

 何の話も聞かずに魔法を放とうとしてしまった。

 他の男がやっても同じことをしただろうが、あそこまでの怒りは沸いただろうか?

 いや、多分怒りは沸くが別物だ。そこらの男なら純粋な怒り。ベルに対しては、失望も混じっていた。

 勝手に女性慣れしてない純朴な少年であるという像を押し付けて、裏切られた気になっていた。けど実際彼は覗きを行う気はなく、話も聞かず燃やそうとしてしまった。

 ちゃんと謝らなきゃ………。

 と、ベルが吊るされているヘルメスに近づいてくのが見えた。レフィーヤも声をかけようと近付き………

 

「ひゃああ!?」

 

 真っ暗闇の中でボロボロのヘルメスの顔を見て幽霊でも見たかのように叫び後に跳ぶベル。背後にはレフィーヤ。

 

「え………」

「うわ!?」

「きゃあ!」

 

 二人揃って地面に倒れる。

 さて、ここで神々が地上に持ち込んだ名詞について話そう。

 それはラッキースケベ。

 幸運、そして助平。意図せず異性とムフフな展開になることだ。そして、幸運………そう、これは『幸運』なのだ!

 

「………………!?」

 

 ムニュリとベルの肘に伝わる柔らかい感覚。聞き覚えのある悲鳴。

 ギギギと錆びついた人形のように振り返るベル。涙目で、真っ赤な顔でベルを睨むレフィーヤ。

 

「あ、あの……………すいませんでしたああああああ!!」

「待ちなさあああああああい!!」

 

 逃げる兎! 追いかける妖精!

 冒険者故にとても素早い二人はあっという間に森の奥の闇に消えていった!

 

「…………面白いことになってきたなあ」

「何処がですか」

 

 ヘラヘラ笑うヘルメスに呆れたような声で近付くアスフィ。縄を切ってやり、ポーションを渡す。

 

「さて、行こうかアスフィ」

「…………本気でやるんですか?」

「保護者からも許可は取ってるさ。『人の悪意に、一度は触れておくべきだ』ってさ………まあなんの効果もなくただ嫌な思いさせただけなら吊るすと脅されたけど」

「その時はどうぞヘルメス様だけで」

「おいおい、俺とアスフィは神と眷属だぜ? 苦しみは分かち合おうじゃないか!」

「ぶっ殺しますよ」

「直球!?」



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迷子の二人

「………………………」

「……………………」

 

 18階層の森の中。ベルとレフィーヤは走り疲れて項垂れながらも、お互い気まずそうにしていた。

 

「…………あの」

「…………言わないでください」

「でも………」

「言わないでください!」

「迷子だよね、僕達」

「言わないでって言ったのに!」

 

 でも現状をしっかり把握しなくてはならない。

 二人は迷子になっている。

 

「あ、貴方が逃げるからです!」

「だ、だって殺されるかと…………」

「そんな事しません! ちょっとお仕置きするだけです!」

「お、お仕置き!? それは、井戸に沈めたり岩にくくりつけて山から転がしたり木に吊るして蜂蜜をかけて虫に群がらせたり煙突に嵌めて下で湿った薪を燃やしたり牛4頭に手足を引かせたりする!?」

「しませんよ!? なんですかそれ!」

「えっと、お祖父ちゃんがお義母さんの布団に入ろうとしたり下着盗んだりするとやられてた…………」

 

 彼の祖父は神なのでは? 正しく神をも恐れぬ所業ということか。

 

「そんな事しません。えっと……………げ、拳骨とか?」

「げ……福音拳骨(げんこつ)………わ、解りました!」

 

 ギュッと目を閉じ少し震えながら衝撃に備えるベル。Lv.1の差があるとはいえ後衛相手に怯え過ぎでは? いや、これはなにかトラウマを刺激されてる?

 

「…………? あ、あの………」

 

 レフィーヤが考え込んでいると片目だけあけ上目遣いで見てくるベル。

 

「………もうしません。追いかけ回してしまいましたから」

 

 なんか変な趣味に目覚めてしまいそうなので、レフィーヤは目を逸らした。

 これはあれだ。きっと、弟とかに憧れていたからに違いない。子供を可愛いと思うあれに決まっている。

 

「とにかく、キャンプに戻りましょう。何時モンスターに襲われるか解りませんからね」

「え? ここって、モンスター生まれないんじゃ………」

「それでも別の階層から迷い込んできます。食料となる果実もありますからね。ベルは初めての18階層ですから、私のあとに付いてきてください」

「う、うん! でも、方向とかは………」

「任せてください、考えがあります」

 

 フフンと胸を張るレフィーヤ。おお、と感心するベル。

 

 

「明かりを消して極力戦闘は避けます。ええっと、風下は」

「あ、あっちかな」

「え?」

「たぶん、あってると思う。昔はよく野山で遊んでいたので………」

 

 事実森の中の移動にも慣れていた。余計なことをせず、しかしレフィーヤの言いつけを守りながら自分に出来ることはしっかりする。

 

「【ロキ・ファミリア】の人達って、本当にすごいな。レフィーヤは後衛で魔導師なのに、探索者みたいで…………なんか、すごく頼りがいがあるっていうか」

「なななっ! 何ですか藪から棒に!? おだてたって何も出ませんよ!」

 

 突然の褒め殺しに耳まで真っ赤にするレフィーヤ。

 でもそれを言うなら………

 

「貴方だって、18階層は初めてなんて思えないぐらい良く動けてると思います」

「本当!?」

「か、勘違いしないでくださいね! ホメてるんじゃなくて、私の好敵手(ライバル)として及第点っていうか………だから、その…………ちょっと見直しました」

「ありがとう!」

「〜〜〜〜!?」

 

 言ってて恥ずかしくなってきた。ベルは素直に喜ぶし………。これが俗に言う可愛いというやつなのだろうか?

 

「…………それと、まだ言ってませんでした」

「?」

「ランクアップ、おめでとうございます。本当に師匠の記録を超えちゃいましたね。一ヶ月半でミノタウロスなんて、流石に誰も達成してませんよ」

「……………!」

「まあ、既にティオナさんにも言われ…………な、なんですかその顔?」

 

 と、ベルが目と口を大きく開けてほうけているので思わずぎょっとするレフィーヤ。

 

「あ、いや………何も言ってくれなかったから、忘れたのかなって」

「………ティオナさんも言ってたし、私が言う必要もないって思っただけです」

「うん、でも。やっぱり嬉しいな………あの言葉を聞いて、認めてくれたのは貴方だから…………うん、嬉しい。ありがとう!」

 

 また顔が熱くなる。今度は何で!?

 きっと、自分が最初に言いたかった言葉をティオナに取られたと子供っぽい嫉妬をしたのが今更恥ずかしくなったのだ。そうなのだ!

 

「レフィーヤ……? ………っ!」

「……!」

 

 ハッと二人ほぼ同時に振り返る。

 人の気配。だけど、これは隠れるように? モンスターを警戒しているのだろうか? それにしては、正規ルートを外れすぎている。

 

「…………僕達を探しに来たとか…」

「だったらもう少し人数が居ます。モンスターも出るんですよ?」

 

 物陰に隠れ様子を窺う。

 現れたのは、白いローブを着た人影。

 

「…………闇派閥(イヴィルス)

闇派閥(イヴィルス)って、あの……?」

 

 レフィーヤ達は知る由もないが、数日前の神会(デナトウス)においてロキの他派閥への注意勧告により18階層の冒険者達は夜間探索を控え、結果として闇派閥(イヴィルス)の気が抜けた。

 ただ、それを発見したのはレフィーヤ達だけ。

 

(………どうしよう)

 

 戦う必要はない。この階層で何をしているのか、或いは目的地を割り出しフィン達に伝えるだけで良い。問題は、安全階層(セーフティポンイト)とは言え中層のモンスターが住まうこの森はLv.2に成り立てであるベルには危険だということ。

 一人には出来ない。

 

「………すいません、ついてきてくれますか?」

「……………うん」

 

 レフィーヤの言葉にベルは表情から何かを察したのか頷き、二人で闇派閥(イヴィルス)の後をつける。

 やってきたのは階層の東の端。古代の遺跡の環状列石(ストーンサークル)を思わせる水晶の林。

 水晶に身を隠しながら追跡する。決して見失わぬように、その背に視線を向け。だから、足元に気づかなかった。

 

「…………え?」

「!?」

 

 ガバリと地面が開き、二人を飲み込んだ。



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共闘

 バシャリと水面に落ちる二人。

 ジュウッと音を立て服が溶け肌が爛れる。

 

「熱っ!?」

 

 赤い肉壁に覆われた縦穴。そこに溜まった水の底に溜まっているのは冒険者の骨。まるで巨大な怪物の胃の中。

 

「レフィーヤ、上!」

 

 ベルの言葉に上に視線を向け、思わず固まるレフィーヤ。天井からぶら下がった青い冠をかぶったかのような()()()()()()にも見える巨大なモンスター。バラ鞭のような腕と髪をゆらゆら揺らし、単眼の下にある口がニタニタ笑っていた。

 

「極彩色………しかも、女体型!?」

 

 よくよく見れば溶けかけの怪物の死骸(ドロップアイテ厶)も見える。つまり、強化種!

 

「し、新種!? 気持ち悪い!」

 

 半端な人型、目が痛いほどの極彩色という生理的嫌悪を感じさせる造形にベルが思わず叫ぶ。言葉を理解したのか声に反応したのか、女体型は触手を振るう。

 

「っ!!」

 

 ドバシャア! と酸の泉が爆ぜ大量の酸と骨や鎧の欠片が巻き上がる。雨のように降り注ぐ酸が冒険者達の体を焼いた。

 極彩色に溶解液、肉の壁。この穴そのものが新種のモンスター。

 酸性は芋虫型に比べ遥かに弱いがそれでも肌が爛れるレベルの濃度。

 

「ベル! これを着てください!」

 

 と、レフィーヤが己の上着を渡す。ベルが着ている火精霊の護符(サラマンダー・ウール)と自分の戦闘衣(バトルクロス)なら暫くは耐えられるはずだ。正直、気休めだが。

 ヒュンヒュン空気を切り裂きながら進む鞭を何とか回避しモンスターを観察する。

 キョロキョロと忙しなく動く単眼がレフィーヤ達を追い続ける。捕えたものを決して逃さないつもりだろう。こんなモンスターを用意するぐらい、ここには発見されたくない何かがある。

 

「わ、つぅ!」

 

 ドパンと水面が爆ぜる。

 まずは生き延びないことには意味がない。そのためにも、対処法を………!

 

「目です! 目の動き、あのモンスターの攻撃は視線の先です!」

 

 ギョロンとベルを捉える単眼。同時にベルが跳ぶ。

 先程まで居た場所を鞭が叩き、ベルを追う視線。足が水底についた瞬間跳ね、追撃を躱す。

 

「敵の攻撃はあの鞭だけです! 目を離さないで!」

「う、うん!」

 

 鞭の威力、速度はLv.5相当。だが動きは単調。避けられないことはないが、攻撃範囲が広い。

 飛び散る酸と武器防具の破片が間近で当たり細かい傷が刻まれ、酸が触れ激痛が走る。

 激痛の中の戦闘。一瞬の油断が命取りになる状況において、神経が磨り減っていく。

 

「づぅ!!」

 

 靴が溶け、皮膚が崩れ、剥き出しの肉が骨や武具防具の欠片を踏む。

 アイズ達なら壁を蹴って本体に迫りそうだが、自分にそれだけの動きは出来ない。

 

「魔法を撃ちます! 貴方は壁に傷をつけて!」

「わかった!」

 

 パシャシャと水面を跳ねていると錯覚するほど素早く移動するベル。鞭の束の攻撃範囲が大きい為、進行方向を変えなくてはならないが、それでも壁に接近して切り裂く。

 漆黒の片手剣。酸を分泌する胃壁のような肉を大きく切り裂き酸が付着するが溶ける様子はない。

 足元の上級武器もそれなりに原型が残っている。あの武器も相当な高級品だ。

 だけど、壁は分厚く女体型も堪えた様子はない。

 やはり本体を狙うしかない。遠距離技である魔法で……

 

「?」

 

 青い冠のような器官が光る。何かの遠距離攻撃が来る!?

 どのような攻撃だろうと回避すると身構えるレフィーヤとベル。その判断を嘲笑う()()()()()

 

「ラアアァァァ────!!」

「「!?」」

 

 水面が波立つ『怪音波』。慌てて耳を塞ぐも骨を通り全身を震わせる不快な音波。ベルがその場で膝を突き、オェと吐き出す。

 鼓膜が破れたのか耳の穴からドロリと血が流れる。

 

「………アハ」

「!! ベル!!」

 

 身動きの取れない哀れな兎に目を向ける女体型。レフィーヤが叫ぶが、気付かない。

 触手が振るわれる。直前になり漸く気付いたベルが水底から大盾を取り出す。だが、酸に浸され腐食されあっさり砕かれた。

 肉壁まで吹き飛ばされるベル。包帯の下の傷が開いたのか、赤く染まる。

 

「この………! 【解き放つ一条の光】!」

「────」

 

 ピクリと魔力に反応する女体型。キョロッとレフィーヤに目を向ける。

 やはり、魔力に反応する性質は共通………

 

「【聖木の弓幹、汝弓の名手なり】………!?」

 

 レフィーヤとベルを見比べ、再びベルを狙う女体型。魔力に反応する。それはそれとして、動けぬものから狙う判断………深層同様、駆け引きを持つモンスター!

 

「ベル!!」

 

 振り下ろされる鞭。魔力を霧散させ、間に割込むレフィーヤ。苦し紛れに杖を間に挟ませるも、そのまま吹き飛ばされる。

 

「づ、あ………!」

 

 服を裂き、皮膚を引き千切る鞭の束。

 内臓が潰されたかと錯覚するほどの衝撃がレフィーヤを壁まで吹き飛ばす。

 力なく酸の泉に倒れるレフィーヤ。このままじっくり溶かすか、殺してから死体を溶かすかユラユラと揺れながら考え込む女体型。殺すと決め、片腕を振り上げる。

 

「………っ!」

 

 『怪音波』に加えLv.5相当の一撃。割り込んだため威力が乗りきっていなくても、地面が揺れる。下がどちらかすら解らないレフィーヤ。

 動けと念じても体が付いてこない。

 振り下ろされる触手鞭。直撃は、まずい!

 

「【ファイアボルト】!!」

「え?」

「──!?」

 

 放たれる紅の雷光。

 着弾と同時に爆発し、鞭がそれる。

 声のした方向を見ればベルが片手を突き出していた。彼の魔法だろう。女体型が反応しなかった……超短文詠唱?

 

「【ファイアボルト】!」

(無詠唱!?)

 

 詠唱しなければ魔法は使えない。魔法は連発が出来ないという前例を覆す異端の魔法に目を見開くレフィーヤ。

 因みに彼の義母も師も超短文詠唱の中でも特に短いので連発できる。

 

「効いてない………詠唱無しじゃ………」

 

 本当に、そうか? 駆け引きを持つモンスターが、何時放たれるかもわからない魔法を無視していた。

 見渡せば魔導師と思われる死体もチラホラと。魔法を使っても脱出出来なかった………使えなかった可能性もあるが、今はより最悪な方を想像する。

 もしやこのモンスターは、そもそも魔法が効きにくいのでは?

 だから威力の低いベルの魔法は目隠しにしかならない。と……

 

「つぅ!」

(………動きが悪くなってる?)

 

 それも当然か。このような足場では………だけど、もし足場が整えば?

 

「ベル! ………ぁ」

 

 無理だ。今のベルに声は届かない。これでは作戦を伝えられない。

 と、ベルがレフィーヤに視線を向ける。

 レフィーヤは酸の泉、自分、そして上を指差す。魔法を発動した瞬間跳ねろという指示のつもりだ。

 

「…………!」

 

 コクリと頷くベル。通じた? それを確かめる術はない。だから、通じたと信じる!

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】」

「────」

 

 キョロンと単眼を動かし手負いの兎と妖精を見比べる女体型は、レフィーヤを無視する。

 

「っ! 【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」

 

 やはり、魔法に対して脅威を感じていない。深層のジャガーノートのように反射………は、ないだろう。魔法に焼かれた死体は見受けられない。

 それなりに魔力があると自負するレフィーヤの魔力でも無視を決める魔法耐性。

 

「【繋ぐ絆、楽宴(らくえん)の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪】!」

 

 急げ、急げ! ベルは手負い、この足場で何時まで逃げられるか解らない!

 

「【どうか──力を貸し与えてほしい】 」

 

 魔法が完成。魔法を呼び出す準備が整う。

 

「【凍る空、天上の蒼雨(あめ)】」

 

 召喚する魔法の所有者はアリシア。大陸北方、白氷の森ファナシュを故郷とする彼女の氷結魔法。

 

「【森を彩る白氷(はくひょう)よ、浅ましき蛮族を撃ち払え。凍てつけ、冬の縛鎖】 」

 

 詠唱の完成とともにレフィーヤの頭上に出現する蒼と白の光球体(スフィア)。ベルが上に跳び、レフィーヤも水面から飛び出る。

 

「【ヘイル・ダスト】!!」

 

 四方に飛び散る魔力弾。恐ろしいまでの冷気を纏う魔力弾は、レフィーヤの想像通り魔力に対して耐性を持っていた女体型には効果が薄い。

 それでも底に溜まった酸の泉や、壁から分泌された酸の膜が凍りついていく。

 

「────!?」

 

 凍りついた地面となった泉に着地するベル。トントンと感覚を確かめるように跳ね…………()()()

 足場が悪い状況でさえ、その攻撃を避けてみせたのだ。今のベルにもはや女体型の攻撃は当たらない。

 壁を、床を蹴り縦横無尽に駆け回る。

 キョロギョロと忙しなく動く瞳はもはやベルを捉え切れない。

 正直無闇矢鱈に振り回されれば視線の先読みをしているベルに避けるすべはないのだが、それを見抜ける程の駆け引きの経験はないようだ。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)。汝、弓の名手なり】」

 

 

 ベルと目が合う。剣を指差し、女体型に移動させながらスッと動かす。ベルは頷き、リィンと鈴の音を立てながら女体型の攻撃を避ける

 

「っ! 【狙撃せよ、妖精の射手】」

 

 ベルを捉えきれず、とうとう諦めたのかレフィーヤにも視線を向ける女体型。だが、苛立ちより雑になった攻撃など当たるはずもない!!

 

「【穿て、必中の矢】 !!」

「ラアアァァァ────!!」

「づぐぅ!?」

 

 ここで怪音波。

 全身を襲う不快感。魔力の手綱が離れそうになる……でも!

 ベルを見る。レフィーヤが魔法を放つのを待っている。信じている………信じられたなら、応えろ!!

 

「【アルクス・レイ】!!」

「───────!!」

 

 放たれる特大の光線。天に登る光の柱。Lv.3でありながら第二級冒険者でも最上級に位置するレフィーヤの砲撃。それに耐える女体型。それでも体が徐々に焼ける。

 だが、この威力なら耐えきれる!

 

「【光散(アリオ)】 !」

「────!?」

 

 パアンと魔法が爆散する。強烈な光に目を焼かれる女体型に、壁を蹴りながら駆け上がったベルが白く輝く拳を振るう。

 

「っああ!!」

 

 瞬間、爆散。

 縦穴の蓋が女体型諸共消し飛び、その轟音と土煙は階層中で確認できるほど立ち上る。

 第二級………いや、第一級の剛腕にも匹敵する一撃。

 フッと空中で体から力を抜くベルをレフィーヤが慌てて受け止め縦穴から脱出した。

 

「はぁ………はっ、はぁぁ…………」

 

 息も絶え絶えなベル。恐らくは、あの桁外れの膂力を使用した反動(だいしょう)

 それにしたってなんて規格外な…………。

 

「何だこれは!?」

「っ!!」

 

 と、あれだけ派手に脱出すれば、やはり気づかれた。

 白いローブ姿の闇派閥(イヴィルス)がレフィーヤ達を見て顔を隠していても解るほど忌々しげに歪めた。

 

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】……【ロキ・ファミリア】か!」

巨靫蔓(ヴェネンテス)を倒したのか!?」

「…………だが、仲間はそれだけのようだな」

 

 そう言うと現れた二人の男の片方が茂みに消える。そして、檻を開くような音が聞こえた。

 

「!!」

 

 ズリズリと這うような音とともに現れたのは食人花。ベル達をここで始末する気だろう。

 

「ここで死ね! 冒険者ぁ!」

 

 せめてベルだけでも守ろうと杖を向けるレフィーヤ。が、食人花達が突如として切り裂かれる。

 

「え?」

「いやぁ、危ない危ない。間に合って何より!」

「貴方は………」

 

 真っ赤な髪をなびかせ、剣を構える女剣士。

 推定Lv.3から4のモンスターをこともなげに倒してみせた第一級冒険者。

 

「アリーゼ・ローヴェル!」

「はぁい♪」

 

 軽い調子で応えながらも、炎のような闘気を向けられ震え上がる闇派閥(イヴィルス)。直ぐ様背を向け逃げ出した。

 

「私は追うから、あとの説明よろしく! あ、それと前隠したほうが良いわよ」

 

 アリーゼはそう言いながら彼等の後を追う。

 前…………?

 不思議に思い服を見る。見事に溶けていた…………ベルは、幸いまだぐったりして目を瞑ったまま。

 

「ん………あれ?」

「うにゃ〜〜〜〜〜!?」

 

 まるで猫のような声が森の中に響いたと言う。

 


 

巨靫蔓(ヴェネンテス)女体型。

原作以上の酸性、耐性、膂力を誇る宝玉の未熟児寄生体。階層主級ではないが推定Lv.は6。

装備次第では体内に落としたLv.5数人とも互角に渡り合える。

通常種と異なり蔓の鞭がバラ鞭のようになっているため攻撃範囲、飛び散る酸の量が数倍になっている。

ただ酸性が強めなので原作のように使える武器は殆ど残っていない。

誰だよこんなのLv.3と2に当てた奴。

普通のLv.3の魔法じゃ傷一つつかないしLv.2の拳なんて効かない。普通ならな

 

 

 

ベル達家族が同じレベルで魔法を使った場合

 

母>ヴァルド>ベルとなる。ただしこれはスキルあり前提

スキルなしの場合

母>ベル>ヴァルドとなる。超短文とはいえ詠唱があるのにスキルがないと無詠唱以下のヴァルドの魔法。

フルチャージならスキル有りでも

ベル>母>ヴァルド



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人の悪意

「はい、これで大丈夫ですよ」

「あ、ありがとうございます」

 

 【ロキ・ファミリア】の治療師(ヒーラー)であるリーネに回復魔法をかけてもらったベル。おかけで破けた鼓膜ももとに戻った。

 

「あの、レフィーヤは大丈夫でしたか?」

「ええ、レフィーヤの方へ先に治療を終えて、今は団長達と現場に向かってます。ポーションも残ってましたからね、跡も残ってませんよ」

「良かった……」

 

 ホッと安心するベルにリーネはニコニコ笑顔を向ける。自分の怪我よりも他人の怪我………いい子だ、とてもいい子だ。

 

 

 

 

「そう、そっちも何も見つけらなかったの」

「ああ、残党を追った君はどうだった?」

 

 朝になりレフィーヤとベルが闇派閥(イヴィルス)をみた水晶の林に移動したが、再生を始めた破壊の跡ばかりで手掛かりは見つけられなかった。残党を追っていたアリーゼはどうか?

 

「さっぱり。途中で黒いローブの仮面の新手に殺されちゃったから。消し飛んで()()()()()()()()

「そうか………なら、一度戻ろう。地上に戻り、装備を整えてから改めて調査する」

「そうね。その時はライラを貸してあげるわよ?」

「あはは、その時はティオネにバレないようにしないとだね」

 

 

 

「兎野郎が居るってどういう事だ!? 聞いてねえぞ!」

 

 せっかく特効薬を持って戻ってきたのにアミッドが来ていたせいで無駄足になり苛ついていたベートは、ベルが来ているという話に苛立ちも吹っ飛んだ。

 しかもアイズ達の水浴びを覗いたらしい。アイズに聞けば頬を染めながら頷かれた。

 

「………ここにいるってことは、Lv.2になったのか?」

「はい………」

「…………そうか。おい、兎野郎は何処に居る?」

「…………えっと」

 

 ベルが憧れている一人がベートなのではないかと思い違いをしているアイズはベルがベートに憧れの目を向ける姿を想像し、別の方向を指さした。

 ベートが去り、丁度入れ違いでベルがアイズのもとに来た。

 

「アイズさん、先に出発するって聞いたんですけど」

「うん………」

「えっと………その、気をつけてください」

「………………うん、ありがとう」

 

 誰かに心配されるなど、何時以来だろう。リヴェリア達は同じ派閥だけど、第一級になったアイズに今更そんな言葉は言わない。懐かしい言葉に、胸が温かくなる。

 

「君も、ね………」

「はい………!」

 

 

 

 本当は先発隊だったレフィーヤ。

 だがヴァルドが階層主(ゴライアス)を倒し、昨夜の一件もあり後発隊に組み直された。

 

「……………?」

 

 と、不意に森の中に向かい走る影に気付く。

 

「………ベル?」

「どうしたのレフィーヤ、もう行くよ〜?」

「あ、はい! あ…………」

 

 エルフィの言葉に我に返る。だけどもう一度ベルが走り去った森を見る。

 

「………すいません、先に行っててください!」

「あ、ちょっと〜!? ああ、もう………どうしよう。まあ、レフィーヤはしっかりしてるし大丈夫かなぁ?」

 

 

 

 何やら慌てていた。焦っていた。

 【ロキ・ファミリア】野営地で滅多なことが起きるとは思えないが、あんな顔を見て放置は出来ない。

 

 

 

 

 見失った。

 方向はこちらであってると思うが、一体何処に?

 と、足音が聞こえた。

 

「貴方達は……ベルの仲間と、【タケミカヅチ・ファミリア】?」

「【ロキ・ファミリア】!? 何でまだ残って………! いや、それよりベルとヘスティア様が………!」

「っ! 場所が解るんですね? 案内してください、話は道中!」

 

 

 

 聞けば天幕から慌ててベルが出ていったのを千草が目撃したらしい。不思議に思い中を見ると、主神を返して欲しければ一人で一本水晶の下まで来いという手紙。

 

「たぶん、街でベルに絡んだっつー冒険者共だ」

「そうですか………あの、その背中の剣、使わないなら貸してくれますか?」

「は、はぁ?」

 

 と、レフィーヤの突然の提案に戸惑うヴェルフ。

 

「確か、Lv.2だったはず。私の魔法じゃ、()()()()()()()()()かもしれないので」

「お、おお………悪いな、これは魔剣なんだ」

 

 ヴェルフの言葉にそうですか、と杖を握る手に力を込めるレフィーヤ。仕方ない、殴り飛ばそう。Lv.3とはいえ後衛だ、ちょっと強めに殴っても問題ない。

 

「すいません、【ロキ・ファミリア(わたしたち)】が油断したばっかりに」

「悪いのはヘスティア様をさらった奴等だ……」

 

 と、一本水晶に向かう一同。途中、見張りなのか冒険者達が数人その場に居てヴェルフ達を見て驚愕する。

 

「くそ、【リトル・ルーキー】の仲間か!」

「やっちまえ!」

 

 有無も言わさず臨戦態勢。明確な敵対行為………理由は、嫉妬だろう。レフィーヤも良く体験した。

 すぐさまぶつかり合い乱戦。ヴェルフが背に担いでいた剣を落としてしまう。

 【タケミカヅチ・ファミリア】は武神の眷属だけありそれなりに戦えているが、数が多い。敵には魔導師も居る。こんな数の冒険者が、嫉妬のために手を組んだ………。

 レフィーヤは知っている。ほんの数日だけど、ベルが努力していた姿を。努力もせず、自分より才能があるものを妬み足を引っ張る者が、彼を傷つけようとしている。

 

「そこをどきなさい!」

 

 杖で思いっきり冒険者を殴り飛ばす。頭に血が上っていた冒険者達も、漸く自分達が相手にしている怒れる妖精(エルフ)の正体に気づく。

 

「サ、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】!?」

「なんで【ロキ・ファミリア】が! き、聞いてねえぞ! 俺は降りる!」

「お、俺はそこそこの冒険者相手にして金だけ貰えるって聞いたんだよ!」

 

 都市最強を敵に回せるかと逃げ出す冒険者達。ただ一部は、今更引けないとでも思ったのか顔を青くしながらその場に残る。

 

「く、くそ! 告げ口なんて出来ねぇ体にしてやんよ!」

「【ロキ・ファミリア】つったって強いのは第一級だけだ!」

「あら、第一級がお望み?」

 

 と、現れたのはアリーゼ・ローヴェル。

 

「因みに私達はランクアップしてLv.6よ、フフン!」

 

 さぁ、と蒼を通り越して白くなる冒険者達。蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。

 

「それにしても、都市最強の冒険者の弟子を良く襲おうなんて……」

「そうね、誰かから見逃してもらえるとでも言われたのかしら?」

「誰か?」

「誰かしらね〜?」

 

 

 

 昨夜、ベルとレフィーヤが森で追いかけっこしている頃、リヴィラのとある酒場。

 

「クソ! 【リトル・ルーキー】の野郎、どんな手品使いやがった!!」

 

 ヴァルドが連れてきた? いや、オラリオに戻ってからは基本的に一人で潜っていると聞いている。

 自分の実力だけで潜ったとでも言うのか?

 

「ふざけやがって!」

「あれてんな〜、モルド!」

「ぎゃはは!」

「うるせえ! てめぇ等も他人事じゃねえぞ!?」

 

 冒険者なりたての新人(ルーキー)がもう中層にまで来た。何年も中層で足踏みしている冒険者はいい笑い物だろうというモルドに、一部冒険者が言葉に詰まる。

 

「いや、【不死之英雄(ジークフリート)】の弟子と比べられてもふざけんな、としか言えねえけど」

「「「右に同じ」」」

 

 オラリオの戦力の底上げとなった要因が態々選んだ弟子だ。それと比べられて、お前等は情けないと言われてもぶっちゃけそりゃそうだろうとしか言えない。

 

「けっ、腰抜け共が!」

「じゃあお前等が文句言いに行ってこいよ」

「っ!!」

 

 その言葉に固まるモルド達。彼等もヴァルドに目を付けられたくないのだ。

 

「なら、ヴァルド君達が文句を言ってこないと知ればベル君に手を出すのかい?」

 

 

 

 

 そう言って、面白いものが見たいとヘルメスが彼等に渡したのは『透明化(インビジブル)』の兜。

 土煙で目眩ましをして兜を被り姿を消したモルドはベルの背後に移動して殴りかかり……。

 

「っ!」

「あ?」

 

 拳をベルの後ろ回し蹴りで弾かれる。弾かれた拳の痺れを自覚する間もなく、無数の拳打がモルドに叩き込まれた。

 

「「「……………は?」」」

 

 生意気なルーキーが甚振られるさまを見ようとニヤニヤ悪意に塗れた笑みを浮かべていた冒険者達が固まる。ベルの踵落としが兜を砕き、モルドの顔面を地面に叩きつけた。

 

「ぶふぅ! げ、な、なんで…………!? てめぇ、見えてたのか!?」

()()()。ですが、視線にさらされるのはなれています…………何よりお義母さんに目を瞑ったままでも戦えるよう鍛えられてますから」

 

 何いってんだコイツ?

 

「あらら、助けは必要なかった? 昨日あの後ステイタス更新してたものね」

「ベル! 大丈夫で…………すね」

 

 と、そこへヴェルフやアリーゼ、【タケミカヅチ・ファミリア】の面々に………何故かレフィーヤもいた。

 

「みんな、どうしてここに?」

「て、手紙が置きっぱなしだったので」

「ヘスティア様の方はリリ助が探しに行ってくれたぜ」

 

 ヴェルフの言葉にベルが少しだけ安心する。と、タイミング良くヘスティアとリリも追いついた。

 

「ベル様!」

「ベルく〜ん!」

「リリ、神様! 良かった、無事で………」

 

 今度こそ、完全に安心するベル。レフィーヤやアリーゼまで居るのだ。この件は解決したも同然。

 

「…………ふざけんじゃ、ねえよ」

「お、おい………モルド? もう無理だって、逃げようぜ!」

「ふざけんなぁぁぁ! てめぇ等みてぇに才能がある奴らが寄ってたかって強くなるから、俺等みてぇなのが肩身の狭い思いをするんだろうがぁ!!」

「逆ギレ!? しかもなんて滅茶苦茶な八つ当たり!」

 

 アリーゼが思わず突っ込む滅茶苦茶な理由。しかし本人にとっては重要なのだろう。ベルにボコボコにされたというのに立ち上がり剣を振り上げ………

 

「やめるんだ」

 

 場の空気が、たった一言に支配される。

 いや、支配とも違う。人の言葉で言い表すには難しい、超越存在(デウスデア)の気配。

 

「剣を収めなさい」

 

 人類に逆らうことを許さぬ神の気配に、冒険者達は等々完全に戦意を失い逃げ出した。

 

「…………か、神様?」

「ベル君! 怪我は!? 何処か痛くないかい!?」

「わぷ!?」

 

 何時ものヘスティアがそこに居た。ホッと安堵するベル。

 

「ベル………」

「レフィーヤ………どうして」

「………あんな顔して走っていけば心配になりますよ。置いてかれてしまいましたし、地上に戻る際同行させてもらいますからね?」

「うん、わか────!?」

 

 その時だった。ダンジョンが揺れる。遠くでガラガラと何かが崩れるような音が聞こえた。

 

「な、なんですか!?」

「こ、これって………あの時の? いえ、あの時とは何かが…………」

 

 レフィーヤが思い出すのは厄災の誕生の瞬間。でも、今回のはあの時とは何かが違う。あれは悲痛な悲鳴………これは、寧ろ怒り?

 

「…………()()()?」

 

 ヘスティアが冷や汗を流す中、天井の巨大水晶の奥に黒い影が見える。ビシリと亀裂が走った。

 

「は!? まさか、モンスター!? 18階層で!?」

「しかもあの大きさ………超大型……いや、それ以上…………」

 

 バガァと巨大水晶が砕け、巨大な黒い影とともに地面に落ちる。

 森の一角に落ちた黒い影は土煙を()で吹き飛ばす。

 

「っ! あれは、まさか………」

 

 割けた大顎、歪曲した角。まるで悪魔の仮面のような顔。

 巨大ながら痩せ細っているかのような四肢は、蛇と人の混成種(キメラ)のような印象を与える。

 

「………神獣の触手(デルピュネ)………」

 

 7年前討たれたはずの大最悪(モンスター)。さる邪神の策略により37階層で生れたはずの災禍の獣。

 いま再び、牙を剥く。

 


 

因みに7年前より強化されてる。ダンジョンがめっちゃキレてるからね。

誰だよこれLv.6が一人、Lv.4が一人、後はせいぜいLv.3の集団にこんな化け物放ったの。

まあ神を2度もダンジョンに送ったり厄災を生むような状況を作ったエニュオのせいだね。許すまじ

 

 

 

【フレイヤ・ファミリア】メンバーにクエスチョン、ヴァルドについてどう思う?

 

オッタル

嘗ては見込みのある後進、今は超えるべき壁

 

 

アレン

クソが死ね殺すなめてんじゃねえぞ見下しやがって何見てやがる目ぇ合わせんじゃねえ何処見てやがるてめぇの敵は俺だろうが。

(因みに、とある愚図がヴァルド以外の、特に軽そうな男と話しているのを目撃すると次の日ヴァルドを睨む)

 

 

ヘディン

女神に気に入られて、それを自覚しながら愛を受け取らないムカつく相手。女神の想いから何時までも逃げ続けられると思うな

 

 

ヘグニ

魔法について説明してからなんか残念な生き物を見る目で見られる。根性鍛えろと人の多いところに連れて行かれたことがある

 

二人の共通

正直あの姉妹に目をつけられた時はザマァと思った。

でも黒い方はちょっとだけ罪悪感を感じてる

 

 

4兄弟

あの方の『娘』に膝枕するとかふざけんな

逆にしてもらうこともあるとかぶっ殺してえ

眠る必要ないのにされるとかナメてんのか

でもあの方のあの笑顔は彼奴ぐらいにしか見せないんだよな

「「「それな」」」

 

 

ヘイズ

正直この人が団長になってくれないかなと思ってる。

マナポーション差し入れしてくれるし薬品の買い出し手伝ってくれるし何処ぞの猪共とは大違い。

 

 

とある侍女

は? あれに思うところなんて何もありませんが?

逆に何故あると思うんですか?どれだけ人が心配しようと無視して死地に飛び込み何時死ぬかもわからない愚図に心を割くなど時間の無駄でしかありませんよ。彼に好意を寄せてしまった憐れな女達は今すぐ記憶を消して新しい恋を見つけるべきです。ええ、どうせ何処かで野垂れ死ぬのだからそれが一番です。寧ろ何でまだ生きいるんですか。思わず行かないでと言いたくなるようなとっくに死んでもおかしくない戦いを何度も経験して全部生き残るのはあれが人間ではなくもっと悍ましいなにかの証拠です。実際何のスキルもなく『女神の魅了』に堕ちてから抗っていますしね。それが素晴らしいことのように言われていますが何故その恐ろしさに誰も気づかないのか不思議で仕方ありません。どうせ容姿や偉業で褒め称えるだけで内面などまるで見ていないのでしょうね。あれは狂ってます。死にたくないくせに死ぬことで誰かが立ち上がり剣を取るなら己の死すら容認します。その立ち上がった誰かが悲しみから剣を取っても乗り越えられると本気で思っているんですよ。自分の中で自分の価値が低いからって、周りもそうだと決めつける。いいえ、語弊がありました。自分の死に悲しむと自覚しながらも価値が低いのは変わってない矛盾を孕んだ破綻者。どんな前世を歩めば……いえ、今のは忘れてください。とにかく、あれに惚れる女は見た目だけが好きなのでしょう? ならエルフにでも鞍替えしなさい。たしかにあれの見た目が整っているのは認めます、とても認めがたいことですがね。紫の瞳なんて守るための戦いと倒すための戦いでは別の光を宿しますし日常的にはとても穏やかです。その『ぎゃっぷ』とやらに惑う者も多く居ると聞きますしいっそ抉り出して私の部屋にでも封印しておきましょうか。白い髪もムカつくほどサラサラです。あれで数日ダンジョンに潜り手入れしてないとか………指から擦り抜ける艷やかな髪質は全女性に喧嘩を売ってますよね。世の多くの女性はそんな見た目だけは良いあれに惹かれているだけなのですぐに諦めたほうが身のためです。私は貴方達のために言っています。既に近しい者達は、勘違いでもしているんでしょうね、あれが自分を助けてくれていると。違います、関係ありません。誰でも助けるんです。そのせいで惑わされ、目が曇る。助けてと頼めば何のためらいもなく「解った」なんて何も考えていない証拠なのにそれを嬉しく思………ってしまうならそれもはや洗脳です。ああ、やはりあのクズは今すぐにでも殺さなくては。自分が溺れないなら色を拒まないせいでより多くの女性が毒牙にかかっているし、彼に洗脳されたものがどれだけ居るのか、きっと数えていたらキリがない。それだけアレの行動は眩しい。目を焼くほどに。解りましたか? そんな危険な存在に少しでも思考を割けば脳が焼かれます。頭から離れないほどに鮮明に焼き付きます。何も思わないのが正しい対処法です。だから私もあれに思うところなど何もありません。貴方も何も考えてはいけませんよ、あれは何時か私が殺すから

 

そうですか。なんか、聞いてた話とは違うようでショックですね

 

貴方が彼の何を知って失望しているんですかふざけたこと抜かしていると殺しますよ。人から聞いた程度であれを理解できると思っているなら、なんて傲慢。そもそも私はあれをまるで語りきれていません。良いですか、良く聞きなさい──

 

 

…………これ最後まで読む人は侍女さん大好きやな



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デルピュネ

 デルピュネと呼ばれたモンスターはゆっくりと体を持ち上げる。

 巨大で醜悪な黒鱗の竜は、足元に這う虫螻を一瞥し爪を振るう。攻撃ですらない、そこに不快なものが居たから払う程度の動作。だからこそ生き延びてしまい、だからこそ心が絶望に染まる。

 

「グウウゥゥゥ………」

 

 苛立つように目を細めあたりを見回すデルピュネ。その口内に、火が灯る。瞬間、天井に向かい吐き出された。

 

「う、うおお!?」

 

 その余波で吹き飛ばされる冒険者達。火球が天井を吹き飛ばし、燃え上がる瓦礫が森に落ちあっという間に階層が火に包まれた。

 

 

 

 

「階層破壊!? まさか、あのモンスター地上に出る気ですか!?」

「そういえばエレボス様やアストレア様も無視してたわねあれ………」

 

 レフィーヤの言葉にデルピュネを睨みながら呟くアリーゼ。神抹殺の使徒であることには違いないが、あの時も最終的には地上進出を目的としていた。

 なまじ階層を越えるだけの力があるからだろうか?

 

「っ! あのモンスターが落ちた場所、さっきの冒険者達が逃げた方向です!」

 

 ベルがそう言って駆け出そうとする。冒険者達を助けたいのだろう。

 

「あら助けるの?」

 

 と、アリーゼが首を傾げる。

 

「このチームで、嫌がらせしてきた相手を? 死んじゃうかもしれないわよ?」

「っ!」

 

 その言葉にリリ達に視線を向けるベル。もう一度モンスターの足元を見て、グッと拳を握りしめる。

 

「それでも、助けたいです………!」

「リーダーとして正しい選択とは言えないわね。でも好きよ、その『正義』!」

 

 

 

 

 

「な、何だありゃ………くそ、お前等巻き込まれる前に撤退を……!」

 

 ボールスは突如現れた大最悪(モンスター)を見て即撤退を選択。その判断の速さは長年リヴィラでトップを張っていた故だろう。

 だが………

 

「無駄ですよ。階層の連絡路は塞がっています」

「【万能者(ペルセウス)】!? ど、どういうことだぁ!?」

 

 やってきたアスフィがその判断を否定する。

 

「ダンジョンは我々を逃がす気がないというわけです。あのモンスターも、地上を目指す前に我々を相手していくつもりのようですよ」

 

 天井の穴を見て、何時でも外に出られると思ったのか街を睨む大最悪(モンスター)

 

「オオオオオオオオオォォォォォ!!」

 

 大気を震わせる咆哮はそのまま破壊力を持ち木々を吹き飛ばす。その咆哮に呼応するように、森の火に逃げ惑って居たモンスター達が踵を返し冒険者達に向かってきた。

 数多の怪物を率いる正しく怪物の王は、群れた虫螻を潰すことにした。

 

 

 

 

「俺達には取り敢えず興味を持ってないみたいだが、良いのか悪いのか」

「悪いに決まってるだろ!? ていうかなんだいあれ? ()()()()()()()()()()()()()()()()………」

 

 リヴィラの街が建つ丘を盾にするように隠れるヘスティアとヘルメス。ヘスティアが神を探さず地上を目指し、ついでに冒険者の集団を殺そうとするモンスターに疑問を覚える。

 

「ここ最近、神のダンジョン侵入が立て続けにあったみたいだからなぁ。少なくとも()()()()()()()()()ようだし、逃げられたんだろう。今度は逃げられても地上ごと焼いてしまえってコンセプトで生み出したのかもなぁ」

「誰だよそのはた迷惑な神々は……………いや、ボクもだけど。うう、無事でいてくれよ皆」

 

 心配そうに覗き込むヘスティア。ダンジョン内において、神にできることはないのだ。

 

 

 

 

 モルド達が動けない。

 デルピュネは自分の近くに佇む人間を、モンスターの本能そのままに殺そうと再び腕を持ち上げる。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 ボゥ! と片目に着弾する炎雷。ダメージはないが、デルピュネの意識がモルド達から別に移る。

 

「ゴアアアアアアア!!」

「避けろぉ!!」

 

 桜花が叫ぶと同時にベル達が左右に分かれる。放たれた炎が階層の床を大きく抉り飛ばす。深層域の階層主と比肩しうる規格外の竜の息吹(ドラゴン・ブレス)

 触れずとも肌をさす熱の威力。直撃すれば第二級だろうと消し飛ぶだろう。

 

「この!!」

「せい!」

 

 桜花と命が接近し己の得物を振るう。が、弾かれる。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

 レフィーヤの放つ砲撃魔法。光の本流がデルピュネの巨体を下がらせる。

 

「グルアアアア!」

 

 が、無傷。武器も、魔法も、冒険者の攻撃は漆黒の竜鱗に傷一つつけることは敵わない。

 

「【花開け(アルガ)】!!」

「グゥ!?」

 

 否、一人だけそれが敵う。

 Lv.6へとランクアップし都市最強の一角となったアリーゼ・ローヴェルの剣が竜鱗を砕き魔法が肉を焼く。

 

「っ! 浅い………!」

 

 その傷も、すぐに癒える。超速再生。

 ギョロリとアリーゼを睨みブレスは自身を巻き込むと判断したのか、腕を振るう。

 

「とぉ!?」

 

 纏う火炎を爆発させ空中で跳ねるアリーゼ。腕が通り過ぎた風圧だけで姿勢が崩れ、鞭のようにしなる尾がアリーゼを吹き飛ばす。

 

「あいたた………あら?」

 

 目が合う。口が開く。慌ててその場から跳び退くアリーゼ。炎が着弾し、爆発した。

 主観だが、前回のより強い。

 

 

 

 アリーゼ以外は取るに足らないと判断したのかデルピュネはモルド達には意識も向けない。だが、集まってきたモンスター達は違う。

 逃げようとしていたモルド達に襲いかかる。

 

「スコット!? ガイル!? クソ、誰かいねぇのか!?」

 

 仲間とはぐれ、モンスターに囲まれるモルド。一匹ならともかくこの数では………

 

「ぐあ!?」

 

 バトルボアのタックルで吹き飛んだモルドに牙を剥くバグ・ベアー。

 

「や、やめろぉぉ!?」

 

 ザン、と魔石ごと胸を切り裂かれ灰へと還るバグ・ベアー。

 バグ・ベアーを切り裂いたベルは直ぐ様次のモンスターへと向かう。

 

「な、なんで………てめぇ…………え?」

 

 ガシリと首根っこを掴まれるモルド。そのまま一気に引きずられる。モンスターの仕業かと見ればリリだった。

 

「離れますよ! ベル様の邪魔になります!」

「あだだだ!? し、尻が削れる! な、なんだよ!? 何でお前等が俺を助けるんだ!?」

「ベル様がお人好しだからですよ!」

 

 そう言ってモンスターと戦うベルを複雑そうに見るリリ。

 

「なんじゃ、そりゃあ…………」

 

 

 

 

 モンスターの数が多い。

 しかも全部が凶暴化し、負傷しても突っ込んでくる。

 

「ベル!」

「っ!!」

 

 レフィーヤの言葉にその場から跳び退くベル。レフィーヤは詠唱を完成させた魔法を放つ。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

 魔法の火矢がモンスター達を焼き払う。

 

「ベル! リヴィラからも冒険者が来ました! 一度彼等と合流しましょう!」

「解った!」

 

 ベルはそう言うとレフィーヤを抱えて走る。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹(ゆがら)】」

 

 Lv.3とはいえ、後衛で、その上並行詠唱を覚えたばかりのレフィーヤは詠唱中機動力がかなり落ちる。Lv.2のベルのほうが速いぐらいだ。なのでこうして運ばせる。

 

「【汝、弓の名手なり。狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】 !」

 

 詠唱の完成とともにベルが振り返る。照準は、追ってくるモンスター達。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

 放たれた光がモンスター達を消し飛ばした。

 

「よお【リトル・ルーキー】! エルフ抱えて走るたぁ師匠に良く教わってるみてぇだな?」

「……………?」

 

 その言葉に首を傾げるベル。レフィーヤも不思議そうな顔をしている。そんな二人を懐かしむような目を向ける冒険者。

 18階層の総力戦が始まった。



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貴方の名前は

「ヴェルフ! リリ! 無事!?」

 

 リヴィラの住人がモンスターと戦い始め余裕ができたベルはヴェルフとリリの安否を確認する。二人ともどうやら無事だ。

 

「おお、お姫様抱っこぉぉぉ!?」

「潔癖なエルフが抱きかかえさせるたぁやるなぁ、ベル」

「!!」

「わ!?」

 

 その言葉にバッと離れるレフィーヤ。

 

「へ、ヘスティア様達は?」

「避難してるよ。兎にも角にもあのバケモンをぶっ飛ばさねえ限り安心できねぇが………」

 

 アリーゼやアスフィと戦うデルピュネを見るヴェルフ。ゴライアスすら超える超大型級にして、あの桁違いな破壊力。

 

「間違いなく深層の階層主級だな…………攻撃も派手だし、そのうちヴァルドさんも気付いて戻ってくると思うが………」

 

 あるいは、上の階層に居る【ロキ・ファミリア】か………。

 とはいえあの化け物が目指す上ならともかく、下のヴァルドが何時気づくか……。放置すれば、どれだけの犠牲が………。

 

「ベル、あのスキル(チャージ)は魔法にも使えますか?」

「う、うん…………」

「なら、私の魔法と同時に放ってください」

 

 ただ暴れるだけで他を寄せ付けず、Lv.3の魔導師が放つ魔法にも堪えた様子はない。

 今現在魔力をためている長文詠唱の魔法なら通じるかもしれないが………それでもモンスターの頂点たる竜だ。念には念を入れても入れすぎるということはないだろう。

 

「グオオオオォォォォォッ!!」

「っ! モンスター!」

「レフィーヤ、魔法撃つ時は合図して!」

「あ!?」

 

 ベルはモンスター達の群れに飛び込む。片手に白い光を灯しリィンリィンと(チャイ厶)の音を鳴らしている。

 あのスキルの詳細はわからない。集中力が居るのか、ただの時間なのか………どちらにしろ後方に控えておくべきだろうに………!

 

「もう! 【ウィーシェの名のもとに願う】」

 

 文句を言ってやりたいが、それは後だ。取り敢えずこの戦いが終わったら説教してやる!

 

 

 

 

 

「ブオオオオオ!!」

 

 ミノタウロスが目の前のベルに向けて振り下ろす混棒は、しかし地面のみを砕く。一瞬で背後に回ったベルはミノタウロスの膝裏を蹴り倒れてきたミノタウロスの角を掴むと他のモンスターに向かって投げつける。

 

「ぶぉ!?」

「ガァ!」「キィィ!」

「【ファイアボルト】!!」

 

 放たれた炎雷がバグ・ベアーを燃やす。下敷きになったミノタウロスは耐久力故に焼け死ぬことはないが、立ち上がれずベルの剣が胸を穿き魔石を砕いた。

 

「ベル様! 詠唱、終わりました!」

「前衛、ひけぇ!!」

 

 リリとボールスの言葉にベルを含めた前衛達が一気に下がる。逃さぬと追ってくるモンスターに向かい投げられるヘルハウンド。

 

「【ウィル・オ・ウィスプ】!!」

「ギャウン!!」

 

 即席の爆弾とされたヘルハウンド。自分をぶん投げた人間に向かい吐こうとしていた炎が爆ぜモンスターを巻き込む。

 

「えげつねぇ………」

 

 冒険者の一部がヴェルフに「お前まじかよ」と言いたげな視線を向けた。

 

「アリーゼ!!」

 

 詠唱の完成を確認したアスフィがありったけの爆炸薬(バーストオイル)をデルピュネに向かい投げつける。

 意図を察したアリーゼは既にデルピュネに向かい跳んでいた。

 

「【燃え盛れ(アルガ)】! 【燃え盛れ(アルガ)】! 【燃え盛れ(アルガ)】! 【全開炎力(アルヴァーナ)】!!」

 

 放たれる炎。

 アリーゼのスキルにより強化された、Lv.6の短文詠唱として破格の火炎が【万能者(ペルセウス)】の秘薬に反応し盛大に爆ぜる。

 

ゴガァァァァァァァァァッ!!

 

「ギュアアアアアア!?」

 

 竜鱗が剥がされ肉が焼かれる。防御力が著しく減った傷跡に、無数の魔法が叩き込まれた。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

「【ファイアボルト】!!」

 

 炎、雷、氷の槍、魔力の剣……。

 特にエルフの火矢と純白の炎雷が秀でた威力を持っていた。

 

「やったか!?」

 

 煙が晴れる。顔の半分と胸の一部、片腕を失い倒れ伏すデルピュネ。

 

「カロロロ………!」

 

 まだ息がある。忌々しげに片目で冒険者達を睥睨するデルピュネ。

 

「っ! まだ生きて………!」

「虫の息だ! やっちまえ!!」

怪物の宝(ドロップアイテム)はとどめを刺した奴のものだ!」

「うおおお!!」

 

 明らかに深層の階層主級のモンスター。そのドロップアイテムともなれば金にもなるし、強い武具防具を作れるかもしれない。

 そうとも成れば、勝ちを確信した時点で目の色を変えるのが冒険者。死んでいないだけの死にかけなど怖くはない。

 

「グギャオオオオオオオオオッ!!」

「「「!?」」」

 

 咆哮をあげ、立ち上がるデルピュネ。口内に炎が灯る。

 魔導師の何名かが咄嗟に防御魔法を張った。

 ボッ、ボッボボン!! と吐き出される炎弾。狙いは、天井!

 

「っ!? アスフィ!!」

「〜〜〜〜!!」

 

 ヘルメスの言葉の意図を察したアスフィは直ぐ様飛び、ヘルメスとヘスティアを抱えて階層の端を目指す。

 降り注ぐ天井だった巨大な瓦礫の雨。冒険者達は慌てて逃げ出す。

 

「……グルルル」

 

 デルピュネは()()()()()()()()ベルとレフィーヤを睨む。

 脅威と判断したのだろう。

 

「ゴアアアアァァァァァッ!!」

 

 片顎が幾つも割れ、体に突起が生え、片腕が肥大化する。さらなる異形とかしたデルピュネは瓦礫の雨を突っ切りながら襲いかかる。

 

「レフィーヤ!」

 

 ベルが慌ててレフィーヤを突き飛ばすも、デルピュネの腕が迫る。未だ攻撃範囲………。

 

「っ!!」

 

 盾を持ち割り込む桜花。だが、諸共吹き飛ばされる。

 

「ベル!」

「桜花ぁ!!」

 

 ヴェルフと千草の叫びが虚しく響く。アリーゼが瓦礫の雨を掻い潜りながらデルピュネに迫る。

 

「カアッ!」

 

 地面に向かい吐き出される炎。階層全体が激しく揺れ、砕ける。

 

「う、うおお!?」

「ぎゃあああ!!」

「おわあああ!」

 

 18階層の床が半分以上抜ける。崩落に巻き込まれる冒険者達。体勢を崩すアリーゼに、デルピュネが口を向ける。

 

「まず───!!」

 

 纏う炎を全力で放ち相殺しようとするも、威力が高すぎる。

 

 

 

「アリーゼ…………」

「これは、まずいな………」

「ベル君、サポーター君…………」

 

 18階層の端でその光景を見て顔を青くするアスフィ。ヘルメスも帽子を深く被り直しヘスティアは心配そうに下を除く。

 階層が半壊した。

 圧倒的な破壊力。頼みの綱のアリーゼも炎に飲まれた。

 

「これって、もう………」

「まだだ………ベル君達の恩恵は切れてない、けど…………」

 

 

 

 

 

 バサッ! バサッ!

 

 羽音が遠ざかっていく。

 既に相手する価値もないと思われたのか、見向きもされない。

 

(畜、生………)

 

 意識が遠のく。

 悔しい。見向きをされないことに、安堵を感じてしまうことが何よりも……。

 

「…………まも……………たれ………しのび………えぬ……めつ……」

 

 声が、聞こえた。

 

「………いせんの……たから…びき………ぎゃくなる…てを……みこむ……」

 

 この声は………これは──

 

「至れ……の炎……な猛火………汝は………化身なり………ことごとくを一掃し……」

 

 ………歌だ。

 

「大いなる戦乱に……幕引きを………焼き尽くせ…スルトの剣………」

 

 あの人の、歌。勝利を望む歌。

 

「【我が名はアールヴ】【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

 召喚される妖精の女王の殲滅魔法。巨大な火柱がデルピュネを飲み込む。

 

「グオオオオオオオオオオォォォッ!?」

 

 翼が焼かれ19階層に落下する。

 こんな事ができるのは、この場には一人だけ。

 

「レフィーヤ……」

「っ! 私、は………」

 

 震える体で立ち上がり、デルピュネを睨むレフィーヤ。

 

「私はレフィーヤ・ウィリディス……ウィーシェの森のエルフ………神ロキと契りを交わした、迷宮都市(オラリオ)で最も強く、誇り高い偉大な眷属(ファミリア)の一員………この世で最も尊い妖精(エルフ)の女王の弟子……決して屈したりはしない!!」

 

 闘志は未だ消えず、レフィーヤは叫ぶ。 

 

「じゃあ、貴方は?」

「グルルルルルゥゥゥッ!?」

「貴方は、誰!?」

 

 モンスターに聞いているんじゃない。

 彼女が問いかけているのは、ベルだ。

 

「私は、こんなところで終わらない! 私は、こんなところで終われない! だから何度だって立ち上がる! やるべきことがあるから! 貴方は、違うんですか!?」

 

 信じている。

 ベルが立つことを、信じてくれている。

 

「貴方は………?」

「僕は………」

「貴方の名前は?」

「僕の名前は……!」

「貴方は、誰!?」

 

 遠のきかけた意識が戻ってくる。力が抜けた体に無理矢理力を込める。

 

「僕はっ! 僕はベル・クラネル!! 神ヘスティアと契りを交わし、不滅の聖火(ほのお)をもらった、偉大な眷属(ファミリア)の一員! この世で最も強い冒険者の弟子! 絶対に諦めたりなんかしない!」

「…………そうですか………待っていました」

(………僕を待っていてくれた。嬉しい………でも、たまらなく悔しい)

 

 なんだろうこの気持ちは。沢山悔しい思いをしたのに、今が一番悔しい。

 もうこれ以上、情けない姿を見せたくない!!

 

「グオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 立ち上がった二人を見て叫ぶデルピュネ。

 19階層のモンスターが集まってくる。

 

「うおおお! やるぞお前等! 彼奴等に近づけるなぁ!」

「!?」

 

 現れたのはモルド。倒れた冒険者達に向かい叫ぶ。

 

()()!! こんなガキに、小娘に……戦わせて、逃げるなんて情けねえ姿を晒せるのかぁ!?」

「っ! うるせぇぞモルド! 偉そうに!」

「その馬鹿に調子のらせんな!!」

 

 冒険者達が立ち上がる。

 ベルも立ち上がり、スキルを発動する。

 

ゴオォン! ゴオォン!

 

 鳴り響く音は(チャイム)ではなく大鐘楼(グランドベル)。全身をつつむ純白の光………。レフィーヤも詠唱を唱え始めた。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う。森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」

「グオオオオオオ!!」

 

 ベルとレフィーヤを『敵』と認め迫るデルピュネ。

 

「やらせないわよ!!」

 

 アリーゼがデルピュネに斬りかかる。回復した片目と反対の目を焼かれ悲鳴を上げる。

 

 

 

 

「【繋ぐ絆、楽宴(らくえん)の契り。円環を廻し舞い踊れ。至れ、妖精の輪。どうか──力を貸し与えてほしい】 」

 

 レフィーヤの詠唱とベルの大鐘楼(グランドベル)の音が聞こえる中、ヴェルフは瓦礫の中から何かを探していた。

 

「くそ! くそ! ベルが命張ってんのに、何やってんだ俺は!」

 

 ヘファイストスから渡すようにと頼まれた魔剣をヘスティアが渡す際、メッセージを添えられた。

 「意地と仲間を天秤にかけるのはやめなさい」。

 魔剣を打ちたくない、使いたくない。それがヴェルフの意地。だが、ここでその意地を通せば仲間が死ぬ。

 

「あった!!」

 

 瓦礫の中から見つけた魔剣を引き抜く。

 込められた力を使い切れば砕ける武器。ヴェルフはこれを武器と認めたくなかった。

 

「都合がいいってのは解ってる。だけど、力を貸してくれ!」

 

 

 

 

「ゴアアア!」

「シャアア!」

 

 モンスターが後から後から沸いてくる。終わりが見えない。

 チャージと詠唱に集中したベル達は動けない。

 

「【フツノミタマ】!!」

「「「!?」」」

 

 グシャリと重力の檻がモンスター達を抑え込んだ。魔法を放ったのは命だ。

 デルピュネを押さえることは不可能と判断し、ベル達を守るのを優先した。

 

「グオオオオ!!」

「でかいのが来るぞぉ!!」

「お前等、どけぇ!!」

 

 咆哮を上げ迫りくるデルピュネに冒険者が狼狽える中、響く声。魔剣を掲げたヴェルフが、魔剣の銘を叫ぶ。

 

「火月ぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 

 劣化した魔法しか放てぬ魔剣とは思えぬほどの紅蓮の奔流。デルピュネを飲み込み、片翼を焼き払う。

 

「グギャアアアアアァァァァァァ!?」

 

 正規魔法(オリジナル)を超えた威力。伝説に語られるクロッゾの魔剣。その伝説の一端が、時間を作った。

 

「グオオオオオオオ!!」

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に風(うず)を巻け。閉ざされる光、凍てつく大地。吹雪け三度の厳冬──我が名はアールヴ】 !!」

 

 これまでで一番の威力の炎が放たれる。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

 相対するは純白の吹雪。

 炎をも凍らせる吹雪がデルピュネの口を凍らせた。

 

「ベル!!」

「!!」

 

 レフィーヤの言葉と同時に飛び出すベル。純白の光が尾を引き、まるで白い流星。

 

「ウオオオオオオオオ!!」

「ゴアアアアアアア!!」

 

 デルピュネが肥大化した腕の爪を振るう。

 ベルの剣が振るわれる。

 純白の斬撃が、竜の爪を、鱗を、胸を切り裂いた。

 

 

 

 

「……………どう、なりました?」

 

 【英雄願望(アルゴノゥト)】の反動でその場で倒れるベル。もう体が動かない。

 そんな彼に歩み寄るレフィーヤは魔力を使いすぎ、その場に座り込む。

 

「……………勝ちましたよ」

「……………」

「私達の、勝ちです」

「……………そっか、良かったあ」

「そうですね………」

 

 へニャリと笑うベルに、レフィーヤも笑みを返した。



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眷属の物語

「ああ……嗚呼! 見たぞ! このヘルメスしかと見たぞ!!」

「うわぁ! な、何だよ急に…?」

「発作です。気にしないでください………神ヘスティア、手を。眷属のもとまで連れていきます」

 

 アスフィがそう言ってヘスティアを連れ飛び立つも、ヘルメスの興奮は冷めやらぬ。

 

「あれがベル・クラネル! ゼウス(あなた)の置き土産! 才禍と最優に鍛えられた冒険者か! 素質がない!? 大成する器ではない!? 馬鹿を言うなよゼウス! 喜べ貴方の孫は本物だ! ヴァルド・クリストフの目は正しかった!」

 

 歌劇のように高らかに語る。観客は居ない。(かれ)こそがこの下界(ぶたい)の観客だから。

 

「動く、動くぞ! 時代が動く! このオラリオの地で時代を揺るがす何かが起こる! 【猛者(もさ)】オッタル! 【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ! 【九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ! 【剣姫(けんき)】アイズ・ヴァレンシュタイン! 【不死之英雄(ジークフリート)】ヴァルド・クリストフ! これだけの英雄の器が揃いながら何も起こらないはずがない!!」

 

 故に見守ろう。この最高の世界(ぶたい)を。

 歴史(ものがたり)に刻まれる偉業を。

 英雄達の行く末を、その生と死を。

 

「親愛なる彼等が紡ぐ【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】を!」

 

 最高の見世物。最高の娯楽。

 最高の暇つぶしにして最高の娯楽。

 

「ああ、この地に降りて良かった!!」

 

 

 

 

「どういう状況だこりゃ………?」

「この景色……7年前に、似てる………」

 

 ダンジョンの異変を感じ取り、フィンに調査に向かうよう言われた【ロキ・ファミリア】でも特に機動力の高いアイズとベートは17階層にて見つけた特大の大穴から覗ける18階層の惨状に眉をひそめる。

 18階層も半壊して19階層と繋がっている。

 階層破壊といえば深層のヴァルガング・ドラゴンを 連想させるが17階層の壁は焼き焦げているだけで崩れてはいない。貫通力の代わりに破壊力が増しているようだが………。

 

「モンスターの姿がねぇ。まさか倒したのか? リヴィラの雑魚どもが?」

 

 だとしたら、まあ良くやった。

 

「…………後続部隊…………レフィーヤが、遅れてたそうです。巻き込まれてないといいけど」

「とにかく現状確認だ、急ぐぞ………」

 

 ベートはそう言って大穴に飛び込んだ。アイズも直ぐ後を追う。

 

 

 

 リヴィラの街跡地。もう既に仮説的なテントが建てられ冒険者達が休憩している。この空気からして、異常事態(イレギュラー)は終わったと見ていいだろう。

 後は誰かに何があったか聞けばいい。緊急だったらどちらかが報告に戻るよう言われたが、これなら問題はなさそうだ。

 

「あら【凶狼(ヴァナルガンド)】にアイズちゃんじゃない」

「あ、アリーゼさん……」

 

 と、そんな彼等に気付いたのはアリーゼだった。装備がだいぶぼろぼろになっている。

 

「ここで何があった?」

「アイズちゃんも知ってる7年前の大最悪(モンスター)が現れたのよ。死ぬかと思ったわ、割とマジで!」

「ああ? 7年前………」

 

 と、記憶を探るベート。7年前………ダンジョン内に邪神が放ったというモンスターか? 討伐されたらしいが、同種がまた現れた?

 

「お前が倒したのか?」

「いいえ。リヴィラの皆で戦って、とどめはベル君よ」

「……………ベルが?」

「兎野郎だと!? 何処にいやがる!」

「あっち」

 

 と、アリーゼが指さした方向に向かい走るベート。アイズはキョロキョロと破壊の跡を見回す。間違いなく深層級の怪物。あの時と同じ…………それを、Lv.2のベルが? リヴィラの住人の協力もあったとはいえ、可能なのだろうか………。

 

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】も頑張ってたわよ」

「レフィーヤも………? あの、今何処に………」

「あっち」

 

 アリーゼが指さした方向は先程と同じ。アイズも直ぐにベートの後を追う。

 

 

 

 

「兎野郎!」

「へ、へい!?」

「てめぇじゃねえ!」

 

 ベートは己の言葉に反応した兎人(ヒュームバニー)の冒険者に一喝し、白髪赤目の少年を見つける。ズカズカ近付く剣呑な雰囲気のベートに困惑するベル。周りの冒険者達が慌てて割り込もうとし睨まれ引き下がりベートの苛立ちが募る中、引かぬものが2名。

 

「悪いな、彼奴疲れてんだ。そっとしといてくれねえか?」

「話なら俺達が聞こう」

 

 Lv.1とLv.2。第一級たるベートからして取るに足らない雑魚。しかしベートを睨み、引かない。ほぉ、と少しだけ苛立ちが消えるベート。

 

「…………ベートさん?」

「ああ? なんでてめぇがここにいやがる」

 

 レフィーヤに気付いたベートはジロリと睨み付ける。後続部隊に帰還しようとしたタイミングで森に向かったと聞いていたが………。

 

「あ、あの! 違うんです、レフィーヤは……僕達の為に………」

 

 レフィーヤを庇うように前に出るベル。怯えながらも、逃げない。

 

「あ、いた………」

「「ア、ア、アイズさん!?」」

 

 そしてアイズが姿を現すと同時に二人揃って同じ反応をする。

 

「レフィーヤも、居たんだね。二人とも無事で良かった」

「むっ! ヴァレン某!」

 

 ツインテールの少女はサッとアイズの前に移動して威嚇する。

 ベートは舌打ちして頭をかくと自分の前に立った二人の冒険者に視線を向ける。

 

「何があった、話せ………」

「あ、ああ………」

 

 

 

 

 どうやらツインテールのチビは気配を隠している神だったらしい。

 その神を、ベルに嫉妬した冒険者が誘拐。その様子に気づいたレフィーヤが後を追い、冒険者達と混戦。ヘスティアが場を収めようとしたが今度は突如深層の階層主級の怪物が出現。

 18階層の床と天井に大穴を開けたらしい。

 その規格外の怪物を最終的にとどめを刺したのがベル。サポートしたのがレフィーヤ。Lv.6のアリーゼですら倒しきれない怪物をLv.2とLv.3が………正直巫山戯てんのかと言いたいが周りの冒険者達が口を挟まない辺り本当なのだろう。

 その後下の階層から戻ってきたアミッドが皆を回復させ、報告してくるとヴァルドに抱えられて帰ったらしい。丁度入れ違いだ。

 リヴィラの住人も、ここまで派手に破壊された以上は順次一度地上に戻るらしい。

 

「僕達は功労者ってことで一番最初に帰って良いって」

「まあそもそもダンジョンに神がいるのは良くないしねぇ」

 

 ヘラヘラと笑うヘルメス。アスフィはなら来るとか言うなよと言いたげな顔をしていた。

 

 

 

 

 

「ベル、すごく………すごいね。私との修行も、ちゃんといかせてる」

「そうよねえ。すばしっこくって兎みたい!」

「流石ですベル様!」

「ヴァルドに目をかけられるだけはありますね」

「流石は私の好敵手(ライバル)です!」

 

 地上に向かう道中。襲ってくるモンスターに対処するベルを見ながらアリーゼやアイズが褒める。それを面白くなさそうに見るヘスティアは足元の小石を蹴り飛ばす。

 

「!? な、なんだあ!?」

 

 その小石が壁に当たり、亀裂が走り壁が崩れる。

 ざぁ、砂煙が舞い、人が通れそうな穴が空いた。

 

「これは、未開拓領域!?」

「ヘスティア様が見つけたの? すごい……」

「すごい偶然ね!」

 

 アスフィ、アイズ、アリーゼ。第一級や第二級の彼女達でも知らないダンジョンの新たな領域の入口。ベートは顔を顰める。

 

「クンクン…………ハっ!」

「なんだぁ、この卵みてぇな匂いは………今此奴獣人(おれ)より早く匂いに反応してなかったか?」

 

 ベートが思わず口に出す反応速度を見せた命はそのままスンスン鼻を鳴らし、穴の奥へと消えていった。

 

「………命!? おい、一人は危険だ!」

「ま、待ってください!」

「追うわよ、皆!」

「はい………」

「おいアイズ!? たく、何でお前まで………!」

 

 


 

ベル君頑張ったからご褒美あげよう。アイズさんの水着姿というご褒美をな!

よかったね、ご褒美回だ。ゆっくり休むといいよ

 

 

さて、アイズがまともに活動できなくなる深い温泉を追加しとくか

 

 

 

因みにヴァルドはギルドへ報告が終わると公衆浴場に向かった



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迷宮の休息地(表)

ジャガーノート級のモンスターも異端児になるなら、ヴァルドと死闘を繰り広げた漆黒のモンスター達もワンチャンある?


 温泉。

 名の通り、温かい泉。地下から湧き出て、なんか色々効能があるお湯。

 それに浸かるベートは天井を見つめる。

 なんでこうなった?

 

 

 

 突然穴の奥へと走り出した命を追い、たどり着いたのは柄杓や徳利の実を生やす竹が群生した広間(ルーム)

 更に広がる温泉。モンスターの姿は見えない。

 安全領域(セーフティーゾーン)なのだろうか?

 迷宮の休息地(ダンジョン・リゾート)とでも言おうか。

 

「………温泉?」

「はい! 間違いなく温泉です! 自分、温泉のことだけは自信があるんです! す〜〜! はぁ〜!」

 

 温泉の匂いを堪能する命。ベートは獣人なので鼻がとてもいい。何処か落ち着かない様子だ。

 

「モンスターも見当たりませんね」

「ここなら少しはのんびり出来そうだな」

 

 そう言って荷物を下ろす桜花達。ベートはふん、と鼻を鳴らす。

 

「そうかよ。俺等は帰らせてもらうぜ。行くぞ、クソエルフ、アイズ」

「は、はい!」

「え?」

 

 と、ベートの言葉に大人しく従おうとしたレフィーヤと異なりアイズは固まる。

 

「………あ?」

「休んで、行かないんですか?」

 

 本来なら本拠(ホーム)で風呂にでも入っていたであろう時間。水浴びぐらいしか出来ていなかったアイズはソワソワと温泉を見る。

 

「おお、【剣姫】殿も温泉にご興味が!?」

「えっと………入って、みたいかも」

「そうでしょうそうでしょう! では一緒に入りましょう!」

「おお、良いねぇ!」

 

 と、ヘルメスが笑う。とたんに乗り気になっていた他の女子達もテンションが下がった。

 

「ん? なんだい?」

「何だじゃありません。水浴びの件忘れたんですか?」

「ああ、ベル君が良い思いしたあれかぁ!」

「ちょぉ!?」

 

 ヘルメスの言葉にベルが慌て、ベートがハッとベルを見て桜花とヴェルフが首を傾げる。

 アイズは顔を赤くして、レフィーヤはヘルメスを睨み付ける。

 

「とにかく、ボク等はヘルメスが居る限り安心して温泉に入れないよ。アリーゼ君もヘルメスには気をつけなよ?」

 

 と、あの場にいなかったアリーゼに忠告するヘスティア。

 

「あら、私の場合はベルが一人で覗きに来ましたよ?」

「アリーゼさぁん!?」

「「「!?」」」

 

 アリーゼの言葉にその場の全員がベルに視線を向けた。

 

「どういうことだいベル君! ボクの時はヘルメスに連れてこられたのに、アリーゼ君は自分からいったのかい!?」

「へ、ヘルメス様に唆されただけって言ってたのに…………変態! 変態! 変態!!」

「ベル様ぁ!? ベル様も手足がスラリと伸びた体型がいいんですか!? ちんちくりんな小人族(パルゥム)に興味ないっていうんですかぁ!?」

 

 ヘスティア、レフィーヤ、リリが叫ぶ。オロオロと周りに助けを求めるベル。アリーゼはバチコーン☆とウィンクしてアイズは…………

 

「えっち………」

「ごふぁ!?」

 

 色んな意味で衝撃を与えてきた。

 

 

 

 

「つまり、逃げた先でたまたまアリーゼ君がいたんだね?」

「そうなんですほんとうです! 覗きたくて覗いたんじゃないんです!!」

 

 神の判決、本当(しろ)

 ヘスティアの言葉にホッと落ち着く女子達。アイズは落ち着いた自分に首を傾げる。

 

「まあとにかく、ヘルメスがいる以上安心して温泉になんか入れないよ」

「そんな〜!」

 

 ヘスティアの言葉に項垂れる命。よっぽど温泉に入りたいらしい。

 

「なら水着でも着たら? それで裸じゃなくなるわよ?」

「み、水着ぃ!?」

 

 神々が齎した文化。俗に言う『神器』とされる様々な衣類の中で不変の存在。水辺で戯れるための衣装。水着!

 下着と変わらぬ露出もあれば、一応腹も隠すがピッチリ張り付くタイプなど様々。人前で着れるかと羞恥を覚えるものも一定数居る。

 

「でも水着がないじゃないですか?」

「ふっ! こんな事もあろうかと!」

「きゃあああああ!?」

 

 バッとアスフィのマントとスカートを捲るヘルメス。マントの裏には大量の水着。

 スカートの中には水着はなかった。アスフィの拳がヘルメスにめり込む。

 ゴス、ガスと数発殴りつけるアスフィ。誰にも止めることはできなかった。

 

 

 

 

「水着は俺が見立てた特別品だ。遠慮はいらない、貰ってくれよ」

「何で俺等の分まであんだぁ?」

 

 救出隊や救出対象のベル達のぶんならともかく、何故か【ロキ・ファミリア】のメンバーのぶんまで用意されていた水着にベートが眉間にしわを寄せる。

 

「まあ神の勘というか、これくらいのご都合主義は話の流れ的には仕方ないと言うか、そもそもあったこともないベル君たちのぶんが用意されていた時点でおかしいんだから別にいいっていうか!」

「メタな発言はするなよヘルメス…………」

 

 神々にしかわからない会話をするヘスティアとヘルメス。とにかく、これで全員裸ではなくなった。

 

「さ、着替えはその岩の向こうで。レディーファーストだよ」

 

 ヘスティア達とともにアイズも向かい、レフィーヤも渋々と岩の陰に消えた。消える前に顔をひょこっと出すレフィーヤ。

 

「覗いちゃ駄目ですからね、ベル」

 

 釘を刺し、今度こそ岩の向こうに消えた。

 

「………ベル、覗いたのか?」

「うええ!? だ、だから違うんだって!」

「言い訳は良い! どうして俺達を連れて行かなかった!?」

「え?」

「俺達も覗きたかったって言ってんだ。なあ大男?」

「うむ、そうだな。是非見たかった」

 

 ヴェルフの言葉に力強く頷く桜花。あまり仲が良いようには見えなかった二人の意気投合。覗きは男の浪漫と語る二人にベルは顔を引き攣らせ、ベートはくだらねぇ、と吐き捨てる。なおこの狼男、ベルが覗いたことを知って俺でも出来ねぇことをと呟くムッツリである。

 

「──解ってるじゃないか、ヴェルフ君、桜花君!」

 

 と、復活したヘルメスも会話に交じってきた。

 

「当たり前ですよ、俺達だって漢だ。あんな美女(べっぴん)揃いの水浴び、ぜひ拝みたかった………」

「うむ」

「フフ、言うじゃないか。因みにヴェルフ君達は、どの娘が好みなんだい?」

「自分は断然ティオナ・ヒリュテ。淫らに見えすぎないあの健康的な色香。伸びやかな肢体も眩しいかぎりです」

「うわ、お前、真っ平らの貧乳(ぜっぺき)趣味かよ。それだったら俺は姉の方だな。全く持って侮れねえぜあの(しり)とケツと巨峰(むね)とおっぱいはよ!」

「重複してるぞ」

「俺は当然命ちゃんだよ! 【剣姫】も捨てがたいけど、何と言っても黒髪万歳!」

 

 などと下世話な話題で盛り上がる男衆。恋人がいたことがあるベートは冷めた目を向けていた。

 

「素敵な会話中恐縮だけど、ちょっと来てくれない鍛冶師君」

「うおわぁ!?」

 

 何時の間にかアリーゼがおり、ヴェルフを連れて行く。

 

「………悪いなベル、大男、狼男」

 

 なお、ベートは獣人なので布が裂ける音とヴェルフに直させよう、という声が聞こえてたりする。暫くして葉っぱを水着代わりにしたヘスティアと水着に着替えた女子達、落ち込んだヴェルフが戻ってきた。

 ベルはアイズに見惚れている。

 

「いやらしい目をアイズさんに向けないでください!」

「ご、ごめんなさ! って、別にいやらしくなんか…………っ!?」

 

 レフィーヤの言葉に慌てて目を逸らすベル。レフィーヤはふん、と頬を膨らませる。

 

「………レフィーヤも、きれいだね」

「〜〜〜〜!?」

「…………流石ヴァルド君の弟子だなぁ」

 

 

 

 

「では、よろしいですね?」

 

 男達も着替え終え、ベートも仕方ねぇと付き合う。因みに命は水着を着ずに布を巻くという入浴スタイルだ。

 本人は全裸が良かったらしい。極東の作法を教えると二礼二拍手一礼、お賽銭、祝詞など妙なことまでしている。桜花達曰く極東ではなく彼女の文化。温泉が好きすぎて暴走しているらしい。

 温泉を飲んだ後、手首足首良く回してかけ湯せずに飛び込んだ。

 

 

 

 

 

「……………………」

「………………」

 

 各々がゆっくり浸かったりお湯を掛け合ったりする中、ベートは近くで無言のまま湯に浸かっているベルに目を向ける。

 

「おい兎野郎」

「え? あ、はい…………!」

「Lv.2になったのか?」

「…………はい」

「………そうか」

 

 嘗てベートが詰った相手。冒険者の質を下げるとか色々言った。

 

「………俺はあの時の言葉を取り消す気はねえぞ」

「?」

「酒場のことだ!」

 

 なんのこと、と言いたげな顔をするベルにベートは何で俺が説明してんだと思いながら叫ぶ。漸く何のことか理解するベル。

 

「………取消さなくていいですよ」

「………………」

「実際、あの時の僕は言われても仕方ない奴でしたから。師匠の弟子で、アイズさんと知り合えて………何時かすごい冒険者になれるって思ってた。その何時かが、何時か来る保証なんてないのに」

「…………………」

「悔しいって思ったんです。でも、貴方にじゃない。言い返せない自分自身に………貴方の言葉があったから、僕は走り出せた…………まあ、燻るようなら師匠にぶっ飛ばされたでしょうけど」

 

 あはは、と笑うベルにベートはふん、と鼻を鳴らす。

 

「一つだけ、訂正してやる」

「?」

「お前は雑魚だが………『冒険者』だ」

 

 ポカンと固まるベル。舌打ちして顔をそらすベート。言葉を理解し、ベルは微笑む。

 

「ベートさん、色々怖い噂聞きますけど…………僕、ベートさんのこと好きみたいです」

 

 今度はベートが固まった。

 

「!!? はぁ!? いきなり何をほざいてんだ気持ち(わり)ぃ!!」

「ベートさんって、優しいんだなぁって………」

 

 その目はとある治療師(ヒーラー)の少女がベートに向ける目に似ていた。男女故に差異はあるが、だいたい同じだ。ベートがそんな目に噛みつこうとしたその時だった………

 

「べ、ベル!」

「わっ!? ア、アイズさん!?」

 

 アイズがベルの腕を掴む。

 

「あっち、凄かったよ。すごく………その、すごかった。ベルにも見せてあげる、行こ!」

「え、あ! ちょっ!?」

 

 何やら慌ててその場からベルを連れて行こうとするアイズ。まるでうさぎの近くに寝ている狼を見つけた少女のようだ。一刻も早くここから離れたがっている。

 Lv.6と2。抵抗できるはずもなく、連れて行かれた。

 

 

 

「わぁ……」

 

 そこは正しく泉のように広かった。

 浅いところは座れるが、深いところは立っていても顔まで水に沈みそうだ。

 発光する水晶が天井や壁に無数に存在し、水面がその光を反射し幻想的な景色を作り出す。

 

「綺麗ですね、アイズさん……」

「う、うん………そう、だね………」

「………?」

 

 何やら歯切れが悪いアイズ。ベルが奥に向かえばついていこうとして、足場を見て戻る………。

 

「………あの、もしかして…………泳げないんですか?」

「!? !! !!??」

 

 アイズはわかり易いほど狼狽えた。今彼女の中ではお姉さんぶりたいが過去のトラウマで深いところに近付けない幼いアイズが現実のアイズと変わらぬレベルでワタワタしている。

 

「泳げないなら、何で………」

「……君が、ベートさんを好きって言ってたから」

「?」

「私の方が、面倒見てるのに………」

 

 なんか、餌を上げていた野生の兎がいきなり現れた犬に懐いて構ってくれない女の子みたいだ、と妙に鮮明なイメージを与えてくるアイズ。

 

「仕方ないよね………私、泳げないもん」

「いや、それは関係ないんじゃ…………あの、じゃあ泳ぐ練習します?」

「…………石をくくりつけて沈めたりしない?」

「しませんよ、お義母さんじゃありませんし」

 

 母親はやるのか。自分もリヴェリアにやられた。

 

「最初は足がつくけどちょっと深いところで………水底を蹴りながら進みましょう」

 

 アイズの手を取りながら少し深い場所に移動する。アイズは不安そうにベルを見つめる。

 

「手、離さないでね?」

「……………………」

 

 可愛い。

 心臓が止まるかと思った。

 

「と、とにかく、水の中で進む感覚を覚えましょう」

「うん………?」

「アイズさん?」

 

 と、不意にアイズが首を傾げる。

 ベルもなにかに気付きハッと顔を上げた途端、天井から巨大な何かが降ってきた。

 

「わぶ!?」

「!?」

 

 ドバァ! 高波のように押し寄せる温泉に流されそうになりながらもなんとか耐えるベルとパニックになって流されるアイズ。

 現れたのは鮟鱇のようなモンスター。その体躯は、超大型。

 6つの目を持ち触手を生やしている。

 

「ゴオオオオオ!!」

「っ! このぉ!」

 

 振るわれる触手をなんとか回避するベル。水辺に足を取られる。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 ボウ! と着弾するも、効果はない。鬱陶しいとばかりに振るわれる触手。かなりの力で水面が波立ち動きを阻害する。

 

「……ん? って、ええ!?」

 

 何やら温泉が赤くなり始めたと思ったら、服が溶け始めていた。

 

「〜〜!?」

 

 特に布の面積が少ないアイズの被害は酷い。慌てて体を隠す。

 

「アイズさん! 一旦温泉から出て──!?」

 

 バッチと何かが弾けるような音。次の瞬間ベル達に襲いかかる激痛。

 

「──かっ!?」

「あう!!」

 

 覚えのある痛み。これは、ヴァルドと同じ雷……!?

 全身の動きが一時的に麻痺する。その隙を逃さず触手がベルを殴り飛ばし………アイズにはそれではダメージが通らないと思ったのか触手が絡みつき水底に引き摺り込んだ。

 


 

温泉の主(強化種)

アニメOVAより強化されたモンスター。

柔らかい体に滑った体液。打撃への耐性は食人花(ヴィオラス)以上で斬撃にもそこそこの耐性を持つ。魔力を電気に変換することも出来る。

装備を溶かす力も強化されており、第三級装備程度なら溶かしてしまう。なのに人体には影響がない不思議。

潜在力(ポテンシャル)はLv.4だが水辺という環境と合わさるとその脅威はLv.5にも匹敵する。Lv.2や第一級とはいえ泳げない奴が相手して良いモンスターではない。

 

温泉魚(強化種)

潜在能力はLv.2〜3。ただし打撃への耐性はやはり食人花を上回る。ヒリュテ姉妹が苦戦したように、素手ではLv.5でも負けこそしないものの苦戦は必至。こちらは電撃は使えない。温泉の主によって統治されており、餌が不足すると下位のものから食われ強化種の糧になる。

 

 

多くの迷い込んだ冒険者はリラックスしていて不意をつかれたり、戦闘態勢を取れても装備を失いなすすべもなく食われた。

なお、ヴァルドが異端児と利用する迷宮の休息地(ダンジョン・リゾート)は使用前にモンスターを討伐する他、強化種が生まれぬよう定期的な見回りがなされている。罠の怪物(ギミック・モンスター)は所詮ダンジョンの敗北者

 

心も体も癒やされる安らぎの場は何処に?

少なくとも作者は知らないですね



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迷宮の休息地(裏)

Q.ヴァルド君が誰かと付き合った場合、その子を大事にしてくれるのかい?『PN主神(おや)目線』

A.します。まあ発展アビリティのせいで殆先に死ぬけどね。

 

Q.ヴァルド君が誰かと付き合った場合、独占欲強かったりするのかい?『PN帽子の似合うイケメン』

A.強いよ。男と仲良さそうな光景を見ると明らかに嫉妬してくれるので女の子たちの心臓もたないかもね

 

Q.実際彼は誰かの付き合う気じたいはあるのか?『PN愚者』

A.ないよ。最悪黒竜に手傷でも負わせて英雄の助力になれるなら死んでもいいと思ってるから。死にたくはないけど生き残りたいと強く願えない限りは恋仲になることはない

 

Q.破綻者! 破綻者! 破綻者! もういっそ恩恵を封じて戦えぬように手足を切り取って誰の目にも映らない場所の地下深くで超硬金属(アダマンタイト)で出来た部屋に閉じ込め超硬金属(アダマンタイト)の鎖で縛り上げるしかないの?

A.彼奴自力でステイタスの封印解くし『不死身』持ちだから新しい四肢生やして出ていくだけだよ。それにたとえお前しかいない場所を用意しても世界を滅ぼしうる黒竜と滅ぼされる人類がいる限りお前だけを見ることは(ナイフが人を突き刺す音)

 


 

 

 沈む。沈む。

 引きずり込まれる。そうでなくともアイズはもとより泳げない。

 水の中では風も呼べない。そもそも呪文を唱えられない。

 締め付けてくる力はLv.4程度。Lv.6のアイズには致命的にはならない。だが、肺の中の空気を絞り出すには十分な力。

 ゴボッと吐き出した瞬間僅かに緩む触手。空気の代わりに水が入り込む。

 

「────!?」

 

 溺れさせるのに、慣れている。

 本能………いや、経験だろう。水を呑み、パニックになるアイズ。

 水面に手を伸ばし、白い光を腕に纏わせ飛び込んできたベルが目に映る。

 

 

 

(取れない……! すごい力!)

 

 超大型級の体躯に相応しい力。触手を抜こうとするベルに全く攻撃が来ないのは、ベルを敵と認識していない。アイズを捕えるためなら後回しにしてもいい獲物だと思われている。

 

(………っ!!)

 

 と、アイズの水着が溶けていくことに気付くベル。

 水の中でぼやけているとはいえ、思わず吹き出すベル。

 潜水可能時間が減った。『潜水』の発展アビリティを持ってないとはいえ人理を外れた冒険者。常人よりは潜れるとはいえ、後2分もないだろう。

 ベルは標的を変え本体を狙う。武器はないので殴ってみるが、水の中で力が入らず、ヌメヌメした体液で拳が滑る。

 いや、水の中でなくともこのブヨブヨした肉体ではLv.2のベルではまともなダメージを与えられるかどうか………。

 

「………っ!!」

 

 殴るのを諦め、群生していた竹を割って作った即席の槍を強く握りしめる。

 ダンジョン産だけあり、ササクレが皮膚を貫き肉に突き刺さる。その痛みを我慢して、狙うは目玉。

 

「〜〜〜!?」

 

 意識を大して向けていなかったベルからの攻撃にのたうつ温泉の主。触手が緩んだのを見逃さず、ベルは温泉の主を踏みつける。

 蓄積(チャージ)を開放。今この瞬間、Lv.3上位にも匹敵しうる力となった脚力で打ち出されたベルの体は水を掻き分け解放されたアイズを掴み水面へと向かう。

 だが、勢いが落ちる。

 再び蓄積(チャージ)。と、ベルの足に絡みつく触手。標的を脅威となるアイズではなく、己に傷をつけたベルに変えたようだ。

 

(2秒………でも、この距離なら!)

 

 アイズを水面に向けて投げるベル。アイズが水面を突き破り、落ちてこない。陸地に乗り上げたようだ。だがベルはチャージ時間こそ短いとはいえ【英雄願望(アルゴノゥト)】の連続使用により虚脱感が襲う。

 グンッと勢い良く水底へと引きずり込まれる。体に触手が絡みつかずとも、水圧がベルの胸の奥から残った空気を吐き出させた。

 

 

 

「ちぃ、鬱陶しい!」

 

 突如襲ってきた魚型のモンスターに蹴りを放つベート。表面のヌメヌメとした粘液に足が滑り、それでも第一級の脚力は凄まじく2メートルはある大型級を蹴り飛ばした。

 が、あまり効いていない。弾力のある肉が衝撃を殺した。

 

(…………打撃耐性だけならクソ花より上だな)

 

 そんなモンスターが、5体。硫黄の匂いで鼻が利きづらかったとはいえ獣人であるベートをして襲ってくるまで気付なかった。

 ダーク・ファンガスなどと同じ潜伏による待ち伏せタイプ。だというのに、中層にあるまじきステイタス。

 

「強化種ね!」

「わかってんだよんなこたぁ! おい魔力馬鹿! さっさと魔法打て! って、なに目ぇつぶってやがる!!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! でも、目を開けるなんて無理ですぅ!」

 

 ベートのヴァナルガンドが見えかけている。ここにいるのが少し先の未来のとある恋愛暴走発情少女(アマゾネス)ならば目をかっぴらいていたのだろうが、お年頃エルフのレフィーヤは目を開けられない。

 

「素っ裸で戦うなんてレベルが高いわ。流石【凶狼(ヴァナルガンド)】ね!」

「なんでてめぇは普通に服着てんだぁ!?」

火精霊の護符(サラマンダー・ウール)、さっきそこで見つけたの」

 

 何気に勘が鋭いアリーゼは違和感を覚え周囲を探索し、この場の被害者の遺品を見つけたのだ。まあそれを伝える前にモンスターが現れたのだが……。

 

「シャアアアアアア!!」

「とと……【花開け(アルガ)!!】」

 

 炎を纏った蹴りが表面の粘液を蒸発させ肉を焼きながら温泉魚を吹き飛ばす。

 吹き飛ばされた温泉魚は火傷に温泉の水をかける。みるみる傷が塞がっていく。

 

「!? なんて効能、この温泉、侮れないわ!」

「ええ、モンスターを倒した後もう一風呂するのもありかもしれません」

「いやおかしいだろうがどう考えても!」

 

 思わず突っ込むベート。アリーゼの方はふざけているのだろうが、命のあれはマジだ。

 この温泉、モンスターにのみ高い回復効果もあるようだ。

 もとより優れた耐久値に加え、回復による持久戦。下手に時間をかければ服が溶かされ素っ裸にされる。戦いにくいことこの上ない。

 

「面倒くせえ」

 

 ベートは舌打ちして、正面からモンスターに突っ込む。大口を開けて飲み込もうとする温泉魚。その上顎を掴み………()()()()()()

 

「んなぁ!?」

「まじかよ………」

 

 多くの冒険者を見てきたが第一級の戦いを見たことがないリリは自分の知る冒険者と比べあまりに隔絶した力に目を見開き、ヴェルフもドンびく。

 ベートは牙がびっしり生えた上顎を桜花と千草に襲いかかろうとした温泉魚に叩きつける。

 ゾギャッと突き刺さった牙が温泉魚の表皮を抉り取る。グロテスクな光景に千草が腰を抜かす。

 肉が剥き出しになった温泉魚がのたうち温泉に浸かろうとし、ベートの蹴りが突き刺さる。

 脂肪と滑った表皮がなくなり直接打ち込まれた一撃は温泉魚の体を爆散させた。

 

「ベートさん!」

 

 と、レフィーヤがベートにむかい短剣を二本投げる。岸辺に置かれて無事だった服を抱えてしっかり体も隠していた。

 

「まあ良くやった」

 

 刃物を手にした以上、もはやこの程度のモンスターは相手にならない。一瞬で残りも解体した。

 

「ロキの子つっよ…………あれに追いつくの大変だぜ? あれに追いつくなんて難しいぜ。まずは身近な……………あれ、ベル君とヴァレン某君は!?」

 

 と、ヘスティアの言葉にハッとする一同。

 

 

 

 

「ベル! っ………【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

 ゲホゲホと水を吐き出したアイズは魔法を温泉湖に向けて放つ。が………

 

「!? 効果が、薄い?」

 

 超大型級のモンスターさえ両断しうるアイズの(エアリアル)は、水面を数メートル切り裂くも温泉の主まで届かなかった。

 もう一度魔法を放つ。今度は刺突のように一転に集中して………。

 

「また………!?」

 

 この水、魔力の伝達率が異様に高い。霧散してしまう。

 

「っ!!」

 

 水中の光に気づき上に跳ぶアイズ。温泉の主の雷撃だ。魔力を通す温泉の特性で速度と効果範囲が増している。

 

「っ!!」

 

 アイズは泳げない。飛び込んでも、二人揃って溺れるだけ。誰か助けを呼ぶべき? でも、その間にベルが………!

 息を大きく吸い込み、意を決してアイズは飛び込む。ベルの片足に巻き付いた触手をLv.6の腕力を以って引きちぎる。

 

「!!」

「っ!」

 

 触手を蹴りつけ弾きながら敢えて沈んでいく。

 ベルは……息をしていない。アイズを庇い息を吐き尽くしたのだろう。

 

(……………ごめん)

 

 迷惑かけてしまったことと、これから行うことを先に心の中で謝り、唇を重ね息を吹き込む。

 ゴボッとベルが空気を吐き出し、慌てて口を抑える。

 

「──────!!」

 

 と、本体が突っ込んでくる温泉の主。触手と違い、弾き飛ばすことはできない。

 

(水底を………蹴る!!)

 

 Lv.6の脚力は水の抵抗を押しのけ二人の体を一気に水面まで持っていく。同時に全身に襲いかかる激痛。また、雷撃だ………。

 

「────ッ! 【テン……ペスト】!!」

 

 それでも無理やり詠唱する。風の球体が、水を弾き飛ばす。最大出力、アイズ達を追ってきた温泉の主ごと弾き飛ばした。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 水底に潜る時間は与えない。神速の追撃、水面の水を弾きながら、魔力を奪われ威力が減衰するも圧縮された空気の刃は温泉の主の体を大きく抉る。

 

「ギィアアアアアアアア!?」

「!!」

 

 外した。

 体を大きく抉られながらも、まだ活きている。温泉へと浸かる温泉の主。傷が、癒えていく!?

 まずい、とアイズが追撃しようとして、リィンと澄んだ鈴の音が聞こえた。

 

「げほ、はぁ…………【ファイアボルト】!!」

 

 魔砲の如き魔法が放たれる。特性は、炎。温泉に触れた途端に魔力が散るも、その高温を以って水蒸気爆発が起きる。

 

「アイズさん!」

「うん! 【吹き荒べ(テンペスト)】! リル・ラファーガ!!」

 

 風を纏った突撃(チャージ)が、温泉の主を魔石ごと吹き飛ばした。

 

 

 

 

「アイズさん! ベル! 服を持ってきました!」

 

 レフィーヤが二人の服を持ってやってくると、二人は別々の岩場の陰に隠れていた。

 

「モンスターは現れませんでしたか?」

「出た……水着、溶かされた」

「アイズさんも………って、まさかベルに見られたんじゃ!?」

「んだとぉ!? おい、どうなんだ兎野郎!」

 

 レフィーヤの言葉にベルに詰め寄るベート。

 

「見てません! 見てません! 水の中なので、ぼんやりとしか見えませんでしたぁ!」

「ぼんやりとは見えたんじゃないですかぁ!!」

 

 素直すぎるベルにレフィーヤが叫ぶ。ベートもくっ、と悔しげに顔を歪めていた。

 

「まって、レフィーヤ………モンスターのせい、だから」

「それは、そうですけど」

「うう……ごめんなさい、アイズさん………」

「ううん、私の方こそ………ごめんなさい」

「? どうしてアイズさんが謝るんですか?」

「………………本当に、ごめんなさい」

「え? ちょ、何があったんですか!?」

 

 

 

 

 

 ブロロロ。

 霧の奥で音が響く。モンスターの唸り声とは違う、不可思議な音。

 

「霧が出てきましたね」

「霧が出てきましたねぇ………どうします、師匠? 結構濃いですけど、停めます?」

「…………いえ、抜けました」

「ああ、そうですね…………ちょうど良く街もありますよ」

 


 

復活!

 

Q.結局何でここの奴等こんなに強かったの?『PNアニメ視聴者(仮)』

A.何処かの英雄が異端児達と似たような場所を利用する際先に罠の怪物(ギミック・モンスター)を全滅させ続けた結果、モンスターは転生してるため罠の怪物(ギミック・モンスター)は強化種になるのを本能で優先するようになったから

 

 

 

 

温泉の効能

汗疹 荒れ性 しもやけ 湿疹 冷え性 うちみ くじき 肩こり 痔 魔法分散 やけど 擦り傷 腰痛 疲労回復 高血圧性 

モンスター、異端児(ゼノス)の方は癒やしの効果が倍増します。



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出会いがある国

オリジナルを書きたいという意志と二次創作が書きたいという意志がせめぎ合う今日此の頃。どうすればいいんだ、ヴァルド!
あ、駄目だこいつに聞いても『本気でなしたいのならば寝る間も惜しんで両方書けばいい』とか言われる。
そんなわけで二次を選ぶぜ、今はな!




 アイズ・ヴァレンシュタインに続き、この遠征でベート・ローガ、ティオネ・ヒリュテ、ティオナ・ヒリュテ、レミリアがLv.6に至り、フィン・ディムナ、ガレス・ランドロック、リヴェリア・リヨス・アールヴがLv.7の極地に至った。

 長い歴史においてもLv.7が同時に3人も所属している派閥がいただろうか? まあ今オラリオにはLv.8が二人も居るのだが。

 そして、そんなニュースを塗り潰すほどのニュース。

 ベル・クラネル、Lv.3へランクアップ。()()()()()()()()世界記録(ワールドレコード)の再更新。それも、超大幅に。

 ランクアップの方法? まずはモンスターを切りまくってLv.8に切られまくってLv.1の鍛冶師とサポーターを連れて中層に向かい臨時で加わったLv.2上がりたてとモンスターの群れを対処し18階層まで移動してからLv.6相当のモンスターをLv.3の魔導師と共に倒して、深層の階層主級のモンスターにとどめを刺せばいい。何、できるわけがない? ()()()()()。だから彼はLv.3になっている………などと、素直に公表出来るわけもない。

 これをやってみてくださいなんて言った日には、ギルドに非難が殺到する。だから、ヴァルドと同じくもう別に知らなくていいや、と多くの神々が判断した。

 

 

 

「ふ〜ん………お弟子君も、やっぱり彼奴の弟子なんだねぇ」

 

 と、ルノア。ここは都市郊外の【デメテル・ファミリア】の所有する畑の休憩所。手伝いに来ていたベルは何故かルノアと遭遇した。

 

「その、ルノアさんはどうしてここに?」

「ん〜………まあ詳しくは話せないんだけど、あたしデメテル様の眷属でさ。ようやく時間作れたからステイタスの更新お願いしに来たんだけど………手伝いをしてくれたらって…………ま、野菜とか作るのは無理だけど、荷物持ちぐらいはね」

 

 やはり前々から思っていたけど、この人も強い。オラリオの中でも上澄みだろう。Lv.3………もしかしたら、Lv.4はあるかもしれない。

 

「あ、そろそろ交代の時間ですね。いってきます、ルノアさん」

「ん………今日頑張ればヴァルドの作っといた菓子が出るってさ。デメテル様のも美味しいけど、ヴァルドも負けてないんだよなぁ…………ね、ヴァルドって恋人いるの?」

「え、ええ…………お義母さんとは、一緒に住んでましたけど恋人ではないと思いますし」

 

 ルノアの質問に悩みながら返すベル。

 恋人はいないようだが、子供を一緒に育てるあたりベルの母親にも思うところはあるのだろうか? だけどそうなるとシルも同じようなものだが………。

 と、時間をかけすぎたのか休憩に入るメンバーが来てしまう。

 

「あ、お疲れ様ですフーロルさん、ロット君」

 

 入ってきたのは獣人の親子。ロットは大きなかごいっぱいに野菜を入れている。子供が持てる重さではない、彼もまた冒険者でこそないが神の眷属なのだ。それでも重そうだが。

 

「偉いね、ロット君。手伝うよ」

「…………机に置くだけでいい」

「そっか……」

 

 と、受け取ったかごを机に載せるベル。それじゃあ、と畑に向かうベル。そんなベルをじっと見つめるロット。

 年頃の子供らしく冒険者に憧れているのだろうと微笑ましく見守るフーロルとルノア。まあ、正直なってほしくはないけど…………。

 

「俺、大きくなったら──」

 

 やはり、冒険者を目指すのだろう。

 

「ベル兄ちゃんをお嫁さんにする!」

「「……………は?」」

 

 こいつ今なんて言った?

 

「いや、ちょっ………年の差、じゃない! 性別考えろ!」

「あたしが孫抱けなくなっちまうだろ!?」

「問題点はそこじゃねえー!」

 

 

 

 

「……あれ、なんだろう?」

「どうしたんですか、ベル様………」

 

 都市外の畑で【デメテル・ファミリア】で仕事を手伝っているベル。ふとみると、街へと続く道を走る見たことない何か。

 荷馬車にも見えなくないが、馬が見えない。自走している………。

 

魔法大国(アルテナ)の新しい魔道具(マジックアイテム)でしょうか? 最近妙に増えたならず者たちに襲われないといいのですが……」

 

 

 

 

「生憎だが、俺の剣は気難しい。売れば確かに金になるだろうが、そもそも売れんぞ」

 

 ここ最近増えた【ラシャプ】の眷属。ただ闇雲に暴れていた彼等は眷属内で派閥を作り始め、彼等は上級冒険者の装備などを盗み売り払う集団だ。

 ヴァルドの目を引くために二人が喧嘩し、背後から飛び出した仲間が盗もうと触れた瞬間腕が溶けた。

 混乱している三人をヴァルドが全員気絶させた。

 恩恵を受けてすぐの万能感に酔い、レベル差を理解できていない素人集団。とはいえ、珍しいものを持った旅人でも襲われれば厄介だ。

 

「今日珍しい物を持った人達は4組だよ!」

 

 と、ランクアップを果たし姉と同じくLv.6になったアーディがグレイウルフをもふもふしながら応える。

 うち2組は厳密には一人で旅して、喋る魔道具(マジックアイテム)とともに来たらしい。残り2組は馬もなく動く荷車。

 それぞれ喋る犬と幼女を連れた青年と、背の低いイケメンと背筋がスラリとした妙齢の美女という組み合わせらしい。

 

「そうか。それは、あれか?」

 

 と、ヴァルドが指さした方向では男の足の間を蹴りつける妙齢の美女と中のグリップで相手を顎を殴り付ける背の低いイケメン。

 まだ周りには数名の男達。

 

「行くぞアーディ、と…………」

「この子はサラ、女の子!」

「行くぞ、アーディ、サラ」

「お〜!」

「ワフ!」




ロット君
獣人の男の子。初恋をベルに取られた………男が好きなんじゃない、好きになった相手が男だったんだ!
ベルの優しい笑顔に胸が高鳴り頭を撫でられるのは嬉しいが子供扱いされている気分になり少し悔しい思いをする今日此の頃



ベル君【デメテル・ファミリア】の子供達の(男女問わず)初恋泥棒。
原因。尊敬する両親に恥じぬ人間になるために博愛度が増しているから。ちなみにペルセフォネも満更ではない。


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霧の向こうの国

ちなみにヴァルドの他者への経験値補正スキルの範囲はオラリオ全土です。なので今オラリオは空前の成長期になってます。やったね!

畑仕事しかしてないのに『力』の上がり幅が異常な農業系ファミリアは首を傾げている。

 

 

Q.もし貴方一人が誰も来ない地下深くに永劫閉じ込められ世界中の生命に憎まれれば世界が平和になるとしたらどうしますか?『モブ邪神(女神)』

A.回答者『ヴァルド・クリストフ』

世界中から憎まれるのならば、俺を想い泣くものも居ないということだ。引き受けよう、どうせ一度は死んだ命だ。

 

 

と、このようなやり取りをある邪神とした結果、暫く皆に睨まれた。

ちなみにそのモブ邪神は『だがお前が望むのは平穏ではなく混沌だろう?』とヴァルドに眷属ボコボコにされた。

 

最後のマスターになったらモルガンが色んな意味で死にそうになるかも。

 


 

 

「大きい国ですねえ。でも地図には載ってないような?」

「霧の中で道に迷ったのでは?」

「う〜ん、そんなに長いこと霧の中にいましたかねぇ?」

 

 市壁が近づくにつれ国がどれだけ大きいか分かる。とてもでかい。それと、国のシンボルであろう巨大な塔もこの角度からでもまだ見える。

 

「残りのガソリンも少ないですし、追加できるといいですね」

 

 その言葉にふと畑を見る女性。車を珍しそうに見ている住人達。補充は、あまり期待できそうにない。

 

「……………」

 

 ふと窓の外から見える白髪の少年。農夫のようだが、強い。あんな幼い少年が………意外と武闘派の国なのだろうか?

 

 

 

「やはり大きいですね。道をそれたとしても、近くの国で噂になりそうなものですが」

「あ〜、実は異世界とか?」

「何を馬鹿な………」

 

 男の台詞に呆れながら、徐行しながら自分達の番を待つ。

 

「冒険書志望か? それ………魔法大国(アルテナ)の新作か?」

 

 と、門番が車を見ながら尋ねてくる。

 

「アルテナ? いえ、そのような国は存じませんよ?  それと、冒険者志望でもないですね。ただの旅人………観光と買い込みです」

「通行許可証は?」

「そういったものは特に…………」

 

 そういった物が必要なのだろうか?

 だとすると、面倒だが引き返すしかないか?

 

「念の為恩恵(ファルナ)の有無を確認させてほしい」

「ファルナ?」

 

 

 

 

「ランタンを背中に当てて………何だったんですかね?」

「さあ? この国の宗教とか?」

 

 車を徐行させながら進む二人。とりあえずは馬車置き場を利用していいとのことだ。男は地図を確認する。

 

「ふむふむ………こっちが近道ですね」

 

 そう言って路地裏に進むと、男達が道の前に立つ。ニヤニヤ笑いながら後ろにも別の男達。女を見て更に笑みを深めた。

 

「よお、珍しいもん持ってんじゃねえか。俺等に貸してくれよ」

「ちゃんと返すからよぉ、百年後ぐらいに」

 

 ゲラゲラと下品に笑う男達。二人は顔を見合わせた。

 

「なんか前にもありましたね〜。ほら、盗賊に襲われた」

「治安が良いわけではないようですね」

 

 はぁ、とため息を吐きながら車の外に出る女を見て、男達は更に興奮する。

 

「へへ、素直な女だな。このまま大人しくしてりゃ、もっと気持ちいい思いを………」

「……………」

 

 ゴシャ、と女の足が男の股の間を蹴り上げた。

 

「ぱぴょ!?」

 

 泡を吹いて気絶する男。誰もがその光景に固まる中、小柄な男が近くの男の顎を砕く。

 

「て、てめぇ等!?」

「くそ! やっちまえ!」

「はあ、また以前のように罪を着せられる可能性もあります。殺さない程度に…」

「了解です師匠」

 

 響き渡る爆音。この街の男達は、それを知らない。ただ一つ分かることがあるとすれば………

 

「!? いっでぇぇ!?」

「な、なにが!?」

 

 肩や足に穴が空いたということ。

 再び爆音。また男の仲間が倒れる。音がすると、なにかされる。それがなにか解らない。

 その恐怖に男達がパニックになる。取る手段は逃げるか、特攻………。

 

「そこまでだ」

「ぷぺ!?」

 

 と、突如現れた黒いコートの男が女に襲いかかった男達を一気に蹴飛ばす。更に現れた銀髪の女性を乗せた巨大な狼が男達を踏みつけた。

 

「え、でか!?」

 

 小柄なイケメンがグレイウルフのサラを見て思わず叫んだ。女の方も驚いている。

 

「こ、こんどはなんだぁ!? って、あ…………【不死之英雄(ジークフリート)】………終わった」

「げぇ〜!? ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァルド・クリストフゥゥゥゥ!?」

「私もいるよ!」

「【象神の詩(ヴィヤーサ)】!? 第一級とオラリオ最強が、なんだってここに!? クソ、逃げろ逃げろ!!」

 

 と、今度は一人残らず大慌てで逃げ出そうとする。が、道を遮るように現れたのは仮面を被った男達。

 

「最近治安が悪いからねぇ、珍しい物を持った旅人さんにはこっそり護衛をつけてたんだ」

 

 アーディの言葉になるほど、と先程から各所で感じた気配の正体に納得がいくヴァルド。と

 

「そう! そして、俺がガネーシャだ!」

 

 家の上でガネーシャが筋肉を見せつけるポーズをしていた。

 

「旅人達よ、勝手に済まない! だが、安全のためなのだ。このとおり、謝罪のガネーシャ!!」

 

 謝罪しているようには見えない。めちゃくちゃ胸筋をアピールしてくる。

 

「…………撃っていいですかあれ?」

「落ち着け。あれでもオラリオの憲兵とも言われる【ガネーシャ・ファミリア】の主神だ」

「…………主神?」

 

 と、訝しむ女。

 

「そちらの乗り物、ヴァルドの黄金駿馬(グルファクシ)と同じ自走型の魔道具(マジックアイテム)とお見受けする! 現在オラリオに4点、それを狙った盗賊達! だがあんずるな! 何故なら、我が眷属達がいる! そして、俺がその主のガネーシャだ!」

 

 


 

黄金駿馬(グルファクシ)

命名・ロキ 開発者・フェルズ

表向きには制作者不明のヴァルド専用移動魔道具。

ヴァルドの魔法(雷)を動力に稼働する。見た目はサイバーパンクなバイク。ミスリルがふんだんに使用され、突撃と同時に雷を食らわせることが出来る。その際雷光で黄金に光ることが名の由来。かつてこれに乗りオラリオ中を移動し闇派閥を轢いたり現場に駆けつけたりした。

ロキとリヴェリアとアイズとシルとアミッドと椿が乗せてもらった事がある。

 

 

 

 

ホントは何処かで書くつもりがすっかり忘れてたお話

 

 

 【フレイヤ・ファミリア】。

 美の女神であるフレイヤを至高と仰ぐ一団は、彼女の寵愛を求め常に「殺し合い」をしている。比喩ではなく事実として………。

 殺す気で斬りかかり、踏み付け、時に殺されそうになる。そうして他派閥と比べ物にならないほどの成長性を見せるのだ。団長であるオッタルでさえ、愛する女神の横に我が物顔で立ついけ好かない筋肉という認識だ。

 そんな彼等が一番嫌いな相手は誰か、と問われれば間違いなくヴァルド・クリストフと猫が応えるだろう。

 寵愛を求め鎬を削る自分達の闘争に、寵愛を求めず入り込み、しかも強い。そして何より、女神に関心を持たれそれを拒絶したくせに『娘』と仲が良い。「ふざけんな、死ね」と4兄弟は息ぴったりに叫んだ。

 その敵意を自覚しながら平然と闘争に入る神経の図太さには「う、羨ましいなぁ」と黒い妖精は一種の尊敬を覚える。

 フレイヤの派閥にあらずしてフレイヤ派閥の持つ恩恵とも言える「殺し合い」に参加し力を付けついには英雄になったヴァルドを「常識が通じん」と白い眼鏡は呆れた。

 さて、そんな彼等はつい先日ヴァルドに負けた。

 そりゃもう完膚なきまでに完敗だ。そして、その数日後に団長がLv.8へと至る。

 大嫌いな奴に負けて、しかも超嫌いなオッタルが先に進んだ。そんな【フレイヤ・ファミリア】で何が起こるか?

 

「死ねええええ!!」

「【永争せよ不滅の雷兵(らいそう)】!!」

「我が剣の錆となるがいい!」

「「「「斬撃飛ばしてんのに血がつくか間抜け!!」」」」

 

 答え、何時もより激しい殺し合いが起こる。

 腕が千切れる。足が斬られる。内臓が飛び出す。顔が焼ける。

 知ったことかと治させ再び闘争の中に。

 さて、こんな状況で誰が一番疲れるだろうか?

 眷属が殺し合いをしてしまう女神? 楽しそうねと笑った後最近出来た『娘』の下に向かった。

 巻き込まれた未熟な戦士達? 知るか、ここはそういう場所と知って入ったんだろうが。

 なら答えは?

 

「…………訴えて、やる………絶対に、訴えてやる……ガク」

「ヘイズ様が精神枯渇(マインドダウン)! マナポーション、在庫ありません!」「追加のハイポーション、エリクサー買ってきました!」「マナポーションは!?」「買い出し中!」「薬草、在庫尽きました! 買い出しに行ってきます!」「怪我人です!」「ポーションでもぶっかけておいて!」

「おい、早く治せ!」

「「「「うるせえ死ね!!」」」」

 

 答えは『満たす煤者達(アンドフリームニル)』達である。

 治療担当の治療師(ヒーラー)や薬師達は、ただでさえ酷使されているのにさらなる過酷にとうとう筆頭たるヘイズが労働環境改善を願い意識を手放した。

 かつて一人で「殺し合い」を支えた経験のあるヘイズの脱落に阿鼻叫喚の『満たす煤者達(アンドフリームニル)』達。このままでは死者が出る。もういっそ死ねマジでと本心では思っているが、それでも彼等は敬愛するフレイヤの所有物なのだ。と………

 

「ぐぽぉ!?」

 

 どこからか飛んできた瓶が戦士の一人にぶち当たり砕ける。中の液体がかかった戦士の傷が回復した。

 エリクサーだ。だが、何処から?

 

「手伝おう」

 

 と、ポーションやエリクサーの瓶が大量に入った木箱を抱えて降りてきたのはヴァルド・クリストフ。

 

「「「ヴァルド様!!」」」

 

 名前を知ってるだけの新入り達の困惑をよそに5年前からいる古株達の顔に笑みが浮かぶ。

 

「「「ああ!? ヴァルド・クリストフだぁ!! 殺せ!!」」」

 

 向かってくる戦士達。その中で特に重症なものに向かいエリクサーをぶん投げるヴァルド。壁まで吹き飛び気絶した男はエリクサーの効果で回復した。

 残りの面子も同じように傷の程度に合わせた薬の入った瓶を投げつけ、軽傷の者はすれ違うと同時に地面に倒れる。

 

「!? な、治せ!」

「………関節が外されてますね。治癒魔法や薬では治りません」

 

 そういう処置だ。脳を揺らす、関節を外す、肺の中の空気を吐き出させ気絶させる。治癒魔法や薬では治せない。

 

「くそがあああ!」

「アレン達か………マナポーションもある、魔力をためておけ。流石に奴等に手を抜けない」

 

 

 

 

「うぅ………もう、働きたくない…………ん?」

「起きたか、ヘイズ………」

 

 夢の中まで忙殺されていたヘイズが目を覚ますと自室にいた。土鍋が置かれ、ヴァルドが本を読んでいた。

 

「どうして貴方が?」

「連日騒がしいから来た。俺の責任だ」

 

 騒がしいと聞いて、ヴァルドが原因で『満たす煤者達(アンドフリームニル)』が激務に追われているのだろうと手伝いに来てくれたらしい。

 ほんと、こういう気遣いを欠片でもできないのだろうかあの猪共は。

 

「りんご粥だ、疲れていても食える」

 

 そう言って土鍋のフタを開けると林檎の甘い香りが立ち上る。差し出された蓮華を口に含み一口味わう。酸味と甘味、煮立てたあと追加された擦り下ろされた林檎のシャリシャリした食感が気持ちいい。

 

「連日は無理だが、暫くは手伝おう」

「そう言ってもらえると助かります。いや、本当に…………」

 

 

 

 

 その頃。

 

「また恥ずかしげもなく食べさせて。そんなことしなくても食べれるのはわかっているでしょうにどうしてそんなに簡単にやるんですか。この前だってあの子にケーキを作ってあげる時にあの人を通して私に……相変わらず美味しかったけどどうせそれも共に逃げたあの女に作ってやったから腕が落ちなかったんでしょうね。5年もずっと一緒に子育て、本当にいやらしい。だいたいこうして迷惑をかけるとわかっていながらどうしてそれをやめないんですか。やめる気なんてどうせない、反省なんてしていない。貴方のせいなのに恩着せがましい! 力なんて求めなければいいのに、それでも求めるんでしょうね。自分が最も危険なことをすれば自分より才能がある者達が真似してくれるはずだと、その結果自分が死ぬような事でもその者達なら死なないからなんて勝手な妄想をして………身勝手身勝手身勝手! そもそもここを利用するのが身勝手の極み。だったらいっそこのファミリアに………いえ、いいえ。それは駄目、そんなの耐えられない…」

「せ、先輩……」

「貴方が入ったの3年前だったわね。目を合わせちゃ駄目よ、飲み込まれるわ」

 

 

 

その後

 

「チッ、早く治せ。それが仕事だろうが」

「────」

 

 ブチッ。

 

「ヘイズ様ご乱心、ごらんしーん!!」「誰かぁ、止めてぇ!」「無理無理無理!」「ああ、ヴァン様が殴り殺される!?」「レクス様が蹴り飛ばされた!?」「誰か第一級呼んできて!」「全員ダンジョンか護衛です!」

 

 

 

 

「ヘイズ? 珍しいな、お前と外であうとは」

「ヴァルド………と【戦場の聖女(デア・セイント)】」

「………どうも」

 

 『銀の聖女』、『金の魔女』という呼び名もあるオラリオ二大治療師。何かと比べられることの多い二人はしばし無言で見つめ合う。別段敵対はしていない。

 ヘイズは素直にアミッドの方が治療師としては格上だと認めている。アミッドも優秀な治癒師がいるのは嬉しい。

 ただし、二人の共通点はヴァルドの知り合い………

 

「…………この前はありがとうございます。また、何時でもうちに訪ねてきてください。今度はお礼をします」

「そうか」

「………うちに?」

「ええ、手伝いに来てくれたんです。私は、心配されてますから」

「そうですか………私は、されたことはありませんね。私は()()()()()()()()()()

 

 ピキリと亀裂が走ったような音が聞こえ、たまたま目撃していた神々はすっと座り経過を見守る。

 

「ちょうど依頼の報告に来てくれたところなんです。()()()()()()()()()()

「ああ、だから一緒に………そういえばヴァルド、外で会うのは珍しいと言っていましたね。ギルドに報告した帰りなんです、ランクアップの」

「ランクアップ。そうか……第一級の治癒師とはな」

 

 と、ヴァルドが笑う。その笑みを向けられたヘイズはチラリとアミッドを見てフフンと勝ち誇る。

 

 

 

ヘイズ

第一級冒険者。

愛は全てフレイヤに捧げているし二人が敵対したら迷わずフレイヤにつくが、それはそれとしてフレイヤに子を残せと言われたら真っ先に(というか唯一)頼む相手は決まっている。

【フレイヤ・ファミリア】の第二級冒険者達をボコボコにしてランクアップした



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神々の国

輝夜が人気だなぁ



「神様………?」

「うん。ガネーシャ様は神様ですよ?」

「…………」

 

 アーディの言葉に女は筋肉を見せつけながら子供達に声をかけられる仮面の変質者を見る。

 

「……………ああ、そういう役職がこの国にあるんですね」

「違いますよ師匠、ガネーシャ様は神様です」

「あなたの国にも似たような文化が?」

 

 背の低い男の言葉に何を言ってるんだと言いたげな顔をする女。どうやらガネーシャを本気で神だと思っていないらしい。

 

「確かにあの馬鹿は神と認めるのは癪かもしれんが……」

 

 神を前にすれば本能的に分かるはず、と訝しむシャクティ。ヴァルドはふむ、と男女と車を見る。

 

()()()()…………」

「………何?」

「まあ、そういうこともあるさ。ただ、俺は一度報告に行く。シャクティは此奴等を尋問して商品の保管庫を聞き出してくれ」

「ああ、分かった」

「む? 報告か、俺も行こう!」

「待て、お前はサボるな!」

「ぬう!?」

 

 シャクティに首根っこを掴まれ引き摺られる様子を見て、やはり神というのはこの国特有の役職なのだろうと考える女。

 

「独特の文化がありますね。いえ、それもまた当然ですね」

「まあ、だろうな」

「あ〜、良ければ明日誰か案内してくれませんかね? やっちゃいけないこととかあったら教えてほしいし」

 

 と、背の低い男が言う。ヴァルドはふむ、と車を見る。

 

「………いいだろう、引き受けた。では明日な」

 

 ヴァルドはそのままギルドに向かった。

 

 

 

「そうか、報告ご苦労」

「またどこかの神のいたずらか? それとも、()()()()()()に残った奴等か………」

「………今の私は全知であるが零能故に、調べる術はない。ただ……《真実》にゲームに誘われた。時期を早めるなら連絡があるだろう、少なくとも奴等ではない」

 

 フェルズの言葉にピクリと眉尻を吊り上げるヴァルド。

 

異端児(ゼノス)を貸してほしい、とのことだ」

「こちらの脳天気な神々に劣らぬ気分屋どもめ…………そのゲームとやら、俺も参加しよう」

「助かる」

「他所の神の遊戯で彼奴等が不利益を被るなど馬鹿らしいからな………」

 

 はぁ、と疲れたかのようにため息を吐くヴァルド。フェルズもその時のことを思い出しているのか遠くを見つめる。まあ、見つめる目玉はないのだが。

 

「今回の迷い人は全員共通して旅人だ。旅に戻れば、あるいは元の世界に返されるかもしれん」

「それですむなら、それがいい。今は異邦の旅人を歓迎しよう………銃の技術が闇派閥(イヴィルス)に取られぬようこちらでも護衛しておく」

 

 正直一定以上の冒険者なら脅威にならないが、大量生産され一般人に向けられたらその脅威は計り知れない。

 

「苦労をかける」

「お互い様だ………」

 

 

 

 

 

 

「キノに、エルメス?」

「はい! 冒険者じゃないらしいけど、すっごく強くって!」

 

 ベルがあったという旅人の話を聞きヴァルドはふむ、と考え込む。恩恵持ちのゴロツキに絡まれていたところをベルとヘスティアが発見したらしい。

 キノと言うのはベルいわく可愛い顔立ちだがかっこいい()()で、エルメスは喋る魔道具(マジックアイテム)

 明日はオラリオを案内するらしい。

 

「キノに、エルメス…………未知の道具(マジックアイテム)に、旅人………」

「師匠?」

 

 ふむ、と考え込むヴァルドに首を傾げるベル。

 

「もしかして、知り合いかい?」

 

 かつてオラリオの外で、ベルの故郷を拠点としつつ世界中を回っていたヴァルドなら何処かで知り合っていてもおかしくないとヘスティアが尋ねる。知り合いなら会わせてあげよう。と、主神目線(おやめせん)

 

「知り合いではない…………俺が一方的に知っている奴の可能性もあるが」

「ふ〜ん?」

 

 ヴァルドに神の権能は恩恵(ファルナ)以外効かないので嘘か本当が見抜けないヘスティア。だけど主神(おや)なので眷属(こども)の言葉を信じることにした。

 

「よかったらヴァルド君も来るかい?」

「いや、俺も俺で別の旅人に街を案内する約束がある」

「そうなのかい? すごい偶然だね。流石師弟だ!」

 

 


 

《幻想》とウラノスのゲーム

参加プレイヤー

ヴァルド・クリフトフ

ヘイズ・ベルベット

爆乳眼鏡の魔術師

口の悪い小人の忍

眩しい鎧を着た男

銀髪の女斥候

 

 

ゴブリンにぶち切れたヴァルド(当時Lv.5)によってフラグ回収する間もなくダンジョンのゴブリンも(本人曰くついでに)オーガやダークエルフに魔神将もぶっ殺された。

《幻想》は二度と彼を自分のゲームに呼ばないと決めた。

 

《幻想》「ファンブルが連続で出て死んでもおかしくないのになんで動くの? 治療師ちゃんの回復明らかに間に合ってないよね? チート! チートだぁ!」

 

ちなみにヘイズはあの時の出来事を詳しくは知らない。ヴァルドはウラノスに説明された



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観光の国

百話は輝夜とのデート、【ロキ・ファミリア】入りたての2本をお送りします。お楽しみに!

まあ、あくまで百話になって早めになるだけでどのみち何時か全部書くんだけど

 

Q.ヴァルドには冒険者の才能がないのよね? ならなんの才能があるの? やっぱり料理人?『PN正義の美少女』

A.回答者『PN.勇者』冒険者以外の才能ならたいてい持ってるよ。ギルド職員になってギルド長、もしくは副ギルド長をしてくれていたら僕はだいぶ楽をできていただろうね

 

 

Q.ヴァルドが好きな女性のタイプ………いや、引っかかっかてしまいそうな女は?『PN大和の乙女』

A.回答者『PN.イケメンジジイ』寝不足にして聞き出した限り基本的に中身を重視するが容姿なら黒髪長髪の極東風らしいぞ。

 

 

Q.ヴァルドの影響を受け本来の歴史より成長したのは誰かしら?『PN兎観察中』

A.強さや心根という観点で見るから結構いるけど、Lvが成長したネームドはアミッドとヒュアキントス

 


 

 翌日。

 待ち合わせの場所に向かうヴァルド。車の前で待っていた男女のうち男の方が手を振ってくる。

 

「車、持ってきたのか?」

 

 正直また狙われるだけだと思うのだが………いや、それともあえて狙わせているのか?

 

「まあ、あなたの考えている通りかと……」

「そうか………」

 

 未だ姿を見せず恩恵だけを与えるラシャプの眷属。基本的には銃が通じる相手だろうが、ノエル誘拐の時のように『勇士(カビール)』の生き残りがいるかも知れない。

 流石にLv.4はいないだろうが、3でも銃弾をかわせるやつはかわせるだろう。

 

「いや、解っているならいい。どちらにしろ、変わらん」

 

 どちらにしろ盗みを働くなら全員のせばいい。

 

「ところで、昨日の男達は?」

「末端………と呼ぶのも烏滸がましいな。中継地点しか知らなかった」

 

 そこから先何処に運ばれるのか、構成員は何人なのか、それすら知らない切り捨て要因。神に入れ知恵されたか、元々そういう発想はあるも神を得られなかった眷属がいたのか、意外と組織として機能している。

 

(面倒な…………)

 

 冒険者の街で悪事を働くなら恩恵……あるいは恩恵持ちは必須。眷属を雇う金がなければ悪事を働こうにもそこらの破落戸に潰される。

 かといって、嘘の通じぬ神に犯罪行為がしたいですと正直に言って眷属にしてくれるものなど割といるが自由があるか解らない。その点、ラシャプは放置………眷属を好き勝手させている。

 それは恩恵がないからと犯罪行為に走らなかった者の背を押し、これだけ犯罪者が増えているなら軽い犯罪ならと潜んでいた者達を引き上げた。

 まさしく悪疫そのものだ。

 

「それで、何処に案内すればいい?」

「外国の品が売れる場所ですね。その後は、外国で売れるこの国特有の品が買える場所」

「なるほど、となると…………」

 

 

 

 

 舶来品や交易品の多い露天が並ぶ通りに来る。

 異国の物を売るならまずはここだろう。

 

「随分多くの国と交流があるのですね………」

 

 なのに地図にも載ってない。その不自然さに首を傾げる女に、ヴァルドは特に言葉を返さなかった。

 

「あれ、師匠?」

「ベル………」

 

 と、偶然ベルと出会った。彼も旅人をここに案内したのだろう。

 

「お知り合いですか、ベルさん?」

「あ、はい。この人は僕の師匠で、育ての親の一人でもあるんです」

「…………師匠……育ての親」

 

 と、何やら髪の短い旅人が震えだした。

 

「キノさん?」

「あ、いえ………こんにちは。キノです」

「ヴァルドだ、宜しく。女の一人旅は、この街では少し危険だ」

「ちょ! 師匠、失礼ですよ! キノさんは男性で………!」

「女だ」

「女ですよ?」

「女性ですね」

 

 と、ヴァルドの言葉に反応したベルに対して返される三者三様の声にベルはキノに恐る恐る振り返る。

 

「えっと………女性です」

「────!!」

 

 その日、すいませんでした! という大声がオラリオの一角に響いたという。

 

 

 

「それにしても偶然ですね、同じ日に訪れた旅人が師弟を案内人にするなんて」

「あ、はい………」

「キノどうしたの〜?」

 

 何やら顔が青いキノに、モドラドのエルメスは間延びした声で尋ねる。

 

「いや、なんかこの人師匠に似てて」

「へ〜、師匠みたいな人が他にも………え、この世の終わり? おっと………」

 

 背の低い男は師匠から向けられた無言の笑みに軽口を止める。

 

「で、でも師匠なんですよね? そこまで怯えなくてもいいんじゃ………」

「お金とか黙って持っていったから、見つかったら殺される」

「ああ、それは………私なら殺しますね」

 

 その言葉にキノがガタガタ震えだした。

 

「ところでキノさん。ガソリンのあまりなどはないでしょうか?」

「あ〜、実は僕もあんまり足りてないんだよね」

 

 と、エルメス。そうですか、と残念そうな師匠。ヴァルドはふむ、と顎に手を当てる。ダンジョンにはそれなりに揮発性の高い油などもあるが……。

 

「でもガソリンが少ないなら、乗り回さないほうが良かったんじゃ………」

「いざとなれば馬車でも買います。お金を手に入れる予定があるので」

 

 と、一瞬だけ路地裏に視線を向けた。

 馬を必要とせず動く様をあれだけ見せつけたのだ。今、この車は奴等にとって絶好の獲物となった。

 

「………お前にとって、あれは資源か」

「ええ、有効活用しませんと」

 


 

あの捻くれ輝夜とデートさせる方法? この世界線はあのモテない女神の遺産がアプリより作られてるんだぜ?

 

【ロキ・ファミリア】入りたてはヴァルドがリヴェリアを選んだ理由書きたいけど、弟子と違って速攻で惚れたのではなく少しずつだからなぁ。まあ始まりぐらいは書けると良いな



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