オラリオに失望するのは間違っているだろうか? (超高校級の切望)
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プロローグ

 剣戟の音が響く。

 片やオラリオ最強の猪人(ボアズ)を下した鎧の男。方や白髪紫目の青年。

 誰もが鎧の男に挑んだ青年がただの一撃でやられると思った。しかし、現実の光景は互角とは言わずとも互いに剣を交える戦いの光景。

 

「はは………はははは! 居るではないか、食いでのある獲物が!」

 

 獲物、そう、獲物だ。男にとって青年は、それでも獲物でしかない。その事実を受け入れた上で、青年は男に挑む。時間稼ぎ? 否。死ぬ気? アホか。

 勝つ気に決まっているだろう。

 剛剣に相対するのは至高の絶技。レベル差を覆し、瞬殺されるべき青年が、もろに爆発を受け火傷を負い、骨すら罅が入っている青年が都市最強を一撃で降した男と斬り合うさまは、正しく英雄の所業。

 

「『失望』するには早かったか………いや、邪神の甘言に乗らねばお前とも斬り合えなかったであろうよ」

「『失望』を早まった、か………確かにそのとおりだな」

「何?」

「早いだけで、『失望』するには十分なんだよ、この街は」

 

 見下すような、嘲るような、怒るような青年の言葉に男は兜の奥で目を細める。

 

「未来を知ったかのように語るなぁ、若造」

「正しくは知らん。だが、お前が踏み台となったところで上がる段は一段に過ぎない。黒竜という脅威を知りながら、やれ最強派閥は何処だ、やれ勇者の伴侶だ、やれそいつ殺すだと乱痴気騒ぎでまるで成長しない」

 

 吐き捨てられる未来予想、あるいは未来予知?

 それは確かに看過できぬと男は唸る。

 

「だがどの道、俺に残された時間は少ない。期待するしかあるまいよ、お前のような輩もいることだ」

「ならその殺気は何だ……」

「遊びで成長できるものか。生きていれば、慈悲を一度くれてやる」

英雄(怪物)め……! いいぜ、来いよ。勝利も敗北も、せめて俺の糧としよう!」

 

 

 

 

 

 

「それでそれで、どうなったの!?」

「負けた」

「え〜」

 

 目をキラキラさせていた少年は青年の言葉にがっかり、と言うように声を漏らす。

 

「仕方あるまい、それだけの差があった。ただ、まあ……そこで青年は死ななかった」

 

 そんな子供を宥めるように言うのは灰色の髪を持つ女性。青年は彼女に話を引き継がせることにしたのか、畑に吹っ飛んだ老人の回収と家の修理に向うため部屋から出る。扉ではなく跡形もなくなった壁の僅かな残骸を跨いで。

 

「男の言う『慈悲』というやつだ。生き残って、もう一度だけ挑む権利を与えた」

「じゃあその人は、再戦して勝ったの?」

「いいや、別の戦士に譲った。因縁があったからな………そして、その戦士は次の位階に上がり力を得た。男もまたそれを予測していたのだろうよ」

 

 『ここはお前に譲ってやる、必ず勝て』ということだろうか? その戦士も応え、さらなる力を手にした。なんか格好良い!

 

「青年は鎧の男とは別の脅威、地下にて生み出された怪物と、女魔導師を討つべく数人の仲間とともに洞窟へと潜った」

「まどーしなら、せっきんできれば勝てるね!」

「馬鹿言うな、当時の未熟なあい………青年よりも、その女魔導師のほうが剣士として優れていた。100回やっても99回女が勝つ」

「え………」

「だがその一回を引き寄せるために、諦めなかった。一回以上にするために、青年もまた戦いの中で進化していった」

 

 神の恩恵とは別に、己の器を壊し、次のステージに上がる。戦いの中で、勝てぬ相手に挑む絶望の丘で一分一秒凌ぐように強くなっていった。

 至高の絶技はさらなる高みへ、剣技に於いては最強派閥の者達に迫っていたそれを、追いつき、追い抜くほどの高みへ。

 

「周りの女どもの言葉など聞こえず、援護など不要とばかりに女に迫り、魔法を打ち合い剣を振るい、たった二人だけの世界を何時間…………いや、実際には数分続け女の身に刃を届かせた。青年自身が驚いていたよ」

 

 すっと服の上からその下に刻まれた傷をなぞる女。少年はそれに気付かず英雄の偉業に目を輝かせる。

 

「その後怪物と戦っていた仲間に混じり、怪物を倒した」

「急に雑!?」

「別に見応えのある戦いではなかったしな………その後、青年は自ら命を絶とうとした女を攫い、街から逃げた」

「? なんで?」

「その女には、残した血縁が居たんだ。どうせ死ぬならその短い命、罪に苛まれようとその子とともに生きろ、と……全く、勝手なやつだ。英雄になれたろうに、その愚行で全てを捨てたのだから」

 

 そういう女の顔は、どこか幸せそうに見える。それに気づいた少年は首を傾げた。

 

「その人はどうしたの?」

「幸い英雄の都に戻ることは出来た。そこで偉業を積み、第一級と呼ばれる者達の中でも上位の位階に到達した一人となった。だが最近また姿を消したらしい」

 

 どこで何をしているのやら、と笑う女。大きな音を建てず家が直せるよう考案した組み立て式の家を組み立てている男に目を向けた。

 

「この子もそろそろ寝る時間だ。お前も来い」

「……………」

 

 ピシリと青年が固まる。女はニヤリと笑う。

 

「この子にとって、お前は父親だそうだ。家族はともに寝るものだろう? どうした、子供を悲しませる気か? 速く来い」

「そうじゃそうじゃ。家族は一緒に寝るものじゃからなあ! さあ、儂を挟むように並ぶのじゃ! お前は子の横に、何なら床に寝るがいい! ゆくぞ!」

「【福音(ゴスペル)】」

「おじいちゃああああん!?」

 

 せっかく直した壁が爺とともに吹き飛んだ。

 

 

 

 

   □

 

 どうも皆さん、ベル・クラネルの義父です。髪の色は同じでも血の繋がりはありません。

 まあベル君目は父親似で髪は母親譲りらしいから白髪の俺が父親のはずないよね。あ、因みに自分転生者っす。

 恋人が複股してたせいで、やってる時にやってきた男に刺されて死んだ。童貞卒業と一緒に人生卒業ってね………。

 で、俺が生まれたってわけ。

 気付いたら中世の外国風景で、獣耳やエルフ耳の人間が街を歩いていた。

 12歳ぐらいだった俺の目の前で、両親が白いローブ着た変人に殺された。俺は親父の灰皿で男の頭をかち割って、吐いた。気持ち悪かったからね。

 孤児になった俺を面倒見てくれる人なんて居なかった。というよりは、余裕がなかったのかね?

 黒竜が何たら、ロキだのフレイヤがなんたら言ってるのを聞いて俺は思った。あれ、ここ「ダンまちじゃね?」と。

 正式名称「ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか?」。主人公のベル・クラネルが英雄の街オラリオにて、初恋を拗らせスキルを得て、一途なのに色んな女を落としに落としてハーレム築いているのに気づかず一途に一人の女を思い続け英雄になっていく物語である。なんか番外編もあるらしいが知らん。本編もミノたんがベル君好きすぎるやろって辺りまでしか知らねえ。

 ただ動画サイトでアプリの周年イベントでベル君の前世とか見るともうある意味両思いなんだな、って思いましたはい。

 そして、3周年のイベント。あれはすごい。超すごい。皆かっこいい!

 唯一、思うところがあるとするならオッタルもフィンもその後の7年何してたんだよって話だよ。好きなキャラで、格好良かっただけに残念感が半端ない。

 なので一計を案じることにした。そう、起爆剤になればいい!

 アルゴノゥトもやっていた、こいつにも出来るのだから自分にも、そう思わせる存在になろう! と【ロキ・ファミリア】に入団。結構無茶して、半年でランクアップ!

 それに感化され周りの者達がやる気になって…………でも面倒なことに【闇派閥(イヴィルス)】なる悪党どものせいでダンジョン探索も難しく、既に一度殺していた俺は未来の英雄達の邪魔をするなと殺して殺して殺し殺しまくってフィン達に止められた。何だかリヴェリアがとても悲しそうな顔をしていた。

 俺が【ロキ・ファミリア】に入って5年ほど、あの後邪魔な白蟻共のせいで中々上がれずまだLv.4だった頃に金髪の目が死んでるガキが入団した。原作ヒロインじゃん。

 半年でランクアップし、同じ剣士というのもあってか俺に師事を求めてきたので鍛えてやった。手足折ったらリヴェリアに怒られた。

 ランクアップしたがってたので教えたかったが主神ストップ。まあ10ヶ月と少し早めになった。「師匠超えたかった」という弟子が最高に可愛かったね、もう。

 そしてなんやかんやあり『死の7日間』の際にオッタルの成長のためにザルドを譲り、リヴェリア、ガレスと共に怪物及びアルフィアとの戦闘。何度も死にかけ気合と根性でまだだしながら勝利をもぎ取り消化試合の怪物退治をしたあとアルフィアを攫いベル君探しの旅に出た。まあ場所だけならアルフィアが知ってたが。

 会わない、会わせると言い合って、なんとか折れたアルフィアをベル君に合わせふと気づく。帰れねえや、俺。

 暫くショタベル君とアルフィアと一緒に過ごすことに。

 こうなると解っていながら何故助けたというアルフィアに(ベル君の)笑顔が見たかったからと言ったらゴスペられた。その後ヘルメスからの手紙で帰って大丈夫なことを知り一度帰る。

 フィンの野郎、大勢の冒険者見捨てて邪神を討ちに向かいやがった。間違いではないと心で解るが気に入らなかったので27階層に向かい………遅すぎた。助けられたのは数名。そのうち一人、エルフの女には散々罵倒されたな。

 その後彼奴とパーティーを組むと死ぬという噂が流れ、まあただの自己満足のためにパーティーを組んだ。

 後は【アストレア・ファミリア】も、結局全員救うことは出来なかったなあ。リューの代わりに俺が弱った彼奴等を狙う脅威全てを殺して回り、またオラリオから逃げた。いや、関係者も皆殺しだ〜なんてしてないから指名手配されてないけどね。

 このままじゃ駄目だと思った。最強に全然追いついてねえくせに伝説を超えたとか言われるオッタルも、偶像になるべく耳に心地のいい偉業を優先するフィンも。

 見込みがあるのは狼ぐらい。俺はオラリオを出て、アルフィア達の真似をすることにした。別に敵になるわけじゃない、ただ上から目線で『失望した』と言ってやれば彼奴等もやる気になるだろ。あと単純に、なんかかっこいいからやってみたい。

 ついでに『もはやお前達になんの期待もしない。英雄は俺が育てる』とベルを俺の弟子扱いで紹介したらアイズとかどんな顔するのか見てみたい。

 

 

 

 

「まあそのためには説得力がいる。俺が『最強』でなくてはならない」

「グルルルルル!!」

「グオオオオオオ!」

 

 大地に届く黒い雲の中、大型の階層主すら超える超大型の怪物の群れを前に青年、ヴァルド・クリストフは剣を構える。

 その奥に佇む漆黒の霧の向こうの怪物を見据え不敵に笑う。冷や汗が流れるほどの威圧感。一人で挑むには無謀なその行為を、余裕だと己を偽るための笑み。

 

「偶然………あるいはこれも必然か。来るがいい、明日の光は奪わせぬ」

 

 

 

 

 人知れず復活した大地を穢す怪物の王は、人知れず打倒され、世界に新たなLv.8が誕生した。



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酒場の再会

何で皆ヴァルドを前妻と娘おいてったみたいに扱うんですかね?
彼は未婚ですよ、今も昔も(笑)


 先に行く、お前はお前だけで【ファミリア】を見つけろ、その後俺も其処に入ろう。

 自分にとっての父親代わりであり、師でもある男性の言葉に従いベルは祖父と義母に別れを告げオラリオに向かった。別れを告げたとは言うが何時でも帰ってこいと言われているが。

 祖父達曰く師と共にいれば汎ゆる【ファミリア】が入団を歓迎するだろうとのこと。ベルではなく、その師を求めて。

 それでは意味がないと、師の名を出すことなく探して…

 

「ぜ、全滅………」

 

 処女雪の如く白い髪を持つ少年はどんよりした空気を滲ませる。行く先行く先で弱そうだの金を用意したらいいだのと門前払い。

 師の嘗て所属していた【ファミリア】にも顔を出したがやはり門番に追い返された。

 もういっそ、師の名前をだそうか? 神ならば信じる、というか真実が解るだろうし。いやいや、自分の力で探さなくてどうすると首を振る。

 落ち込んだベルは人の喧騒すら煩わしく感じ、義母の気持ちを少しだけ理解し人の少ない路地裏に向かおうとして……

 

「おーい、そこの君ぃ。路地裏は危ないから、行かないほうがいいぜ?」

 

 彼は運命に出会った。色恋の、ではなく神と眷属的な意味で。

 

 

 

 

 

 そして現在。

 

「ブオオオオオオオオッ!!」

「づぅ!?」

 

 ミノタウロスの振るう剛腕がベルの持つ蒼黒の剣に叩きつけられる。ベルの体はあっさり吹き飛び、鉄板仕込の靴裏が地面を削る。

 

「これが、ダンジョンのミノタウロス………!」

 

 地上で義母に戦わされた個体とはまるで違う。というかあの個体は可哀想になるほど既にボロボロにされていた。

 地上のモンスターは自らの核である魔石を分け与え繁殖し、その結果子々孫々は弱ると聞くが、もはや別物だ。

 威圧感も違う。

 上層のゴブリンやコボルトなど比べるのも烏滸がましい大型級の体躯。己より巨大な相手が殺意を向けてくるというのは、それも己より強い相手というのは想像以上に枷となる。

 未だ恐怖を捨てきれないベルが死んでないのは武器の性能と、鍛え込まれた技術。その技術すら恐怖から拙くなっていく。

 

「ブゥ、オオオオ!」

「あっ!?」

 

 ギィン! と剣が弾かれる。手の力が抜けていたのだ。逆に、だからこそベル自身にそこまで衝撃は来なかった。だが武器を失った。

 無手になった恐怖はベルを容易く飲み込み、目の前のミノタウロスが何倍にも巨大に見える。

 

「ブォ?」

「……え?」

 

 その身に走る、一本の赤い線。2本、3本と増えていく。

 

「ブオ、オオ!? モオオオオ!?」

 

 刻まれた線に沿い、ミノタウロスの体がずれ、肉片へと変わっていく。バシャ、と大量の血がベルを襲う。真っ赤な鮮血の向こうには、輝く黄金。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

 へたり込むベルを心配そうに覗き込む金の瞳。その顔は美しく、女神や義母にも勝るとも劣らない。

 知っている。聞いたことがある。【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。己の師が嘗て所属していた【ファミリア】の現幹部の第一級冒険者。

 

「………あの」

「だ…」

「だ?」

 

 心臓が早鐘を打つ。顔に熱がたまる。芽吹く淡い………盛大な恋心。

 

「だああああああああああああああああああああ!?」

 

 気づけばベルは、全力でその場から逃げ出した。武器の回収は忘れない。残された少女はキョトンと固まり、怖がられた? とショックを受けるとクックと喉を鳴らし笑う狼人を睨むのだった。

 

 

 

 

 担当アドバイザー、エイナ・チュールにアイズについて聞けるだけ聞いたベルは応援してくれたエイナに大胆な告白をすると自らのホームである教会に帰る。

 

「神様、師匠、帰ってきましたー! ただいまー!」

「やあやあおかえり、今日は早かったね!」

 

 寝そべりながら本を読んでいた黒髪の少女………その実悠久の時を生きる超越存在(デウスデア)の一柱にしてベル達の主神、ヘスティアがトトト、と駆け寄ってくる。

 

「帰ったか」

 

 パタンと本を閉じメガネのブリッチに指を添え位置を整える青年。ベルの師匠であり父親代わり。ヴァルド・クリストフだ。

 

「何かあったか?」

「あはは、実はちょっと死にかけちゃって………」

「おいおい大丈夫かい? 君になにかあったら僕等は悲しいぜ」

 

 小さな手が忙しなくベルに触れ怪我の有無を確かめる。ヴァルドは数秒ベルを見つめ、そうか。とだけ返した。

 

「なあなあヴァルド君。やっぱり君もダンジョンに…………いや、ごめん。君が潜りたくないなら、仕方ないよね」

「…………やはり貴方は優しい女神だ」

 

 ベルに惚れているのなら、間違いなく世界最強に至ったヴァルドはベルを守れるだろうに、無理強いしない。その在り方にヴァルドは好感を覚える。

 

最強(おれ)はベルの成長の妨げになる。鍛えはするが、ダンジョン探索の手助けはしない。それが師としての俺の方針だ」

「…………そうか。君がベル君を信じるなら、ボクも君達を信じよう」

 

 ヘスティアは仕方ないというように肩をすくめ、自分の成果であるバイト先のジャガ丸くんを取り出す。ヴァルドは賭け事で稼いだ金で得た野菜類を出し、あまり稼げなかったベルはシュンと落ち込む。

 

「とはいえ、俺もそろそろ冒険者に戻ろう」

「え、本当かい!? な、なにかダンジョンにトラウマとかあったんじゃ………」

「別にない。強いて言うなら、この街を観察していただけだ………ああ、5年前から殆ど変わらなかったがな…………」

 

 その声に滲む確かな『失望』は、しかし師の冒険者としての活躍を夢想する弟子と明日からのご飯が豪華になるぞ〜! と叫ぶ主神には聞こえなかった。

 

 

 

 

 ギルドの受付嬢は美人揃いである。採用基準に、事実容姿も入っている。美しい、或いは可愛らしい受付嬢に会うために、男性冒険者達は今日もダンジョンに潜るのだ。

 

「ソフィさ〜ん、お客様ですよ〜!」

 

 そんなギルド受付嬢の中でも1、2の美貌を誇る銀髪のエルフに後輩のヒューマンが駆け寄ってくる。

 どこか冷たくも見える整った顔立ちに浮かぶは困惑。この時間、冒険者はダンジョンに潜るのが普通だ。まさかそれを見越して会いに来た?

 また軟派だろうかと辟易しながらも業務を果たすべく受付のカウンターに向かう。黒いローブを纏った………恐らくは、男性。顔は隠れているわけではないが、何故か良く認識できない。

 

「久しぶりだな、ソフィ……」

「…………どちら様でしょうか?」

 

 若干の警戒を滲ませるソフィに男は首を傾げ、ああと納得したように眼鏡を取る。かけていたのも認識していたはずなのに解らなかった。魔道具(マジックアイテム)の類なのだろう、顔の輪郭が鮮明になっていく。

 長く伸ばされた白髪に、紫水晶(アメジスト)の瞳…………

 

「…………ヴァル?」

「ああ………」

「…………生きて、たの?」

「俺が死んだと思ってたのか?」

 

 その顔は、知っている。14年ほど前に王族(ハイエルフ)の女性が連れてきた少年。世界記録(ワールドレコード)を塗り替え、5年前にはLv.6に上り詰めしかし姿を消したソフィの担当冒険者。

 

「っ! 今まで、どこに行ってたんですか!? リヴェリア様も、心配して! 恩恵の繋がりが消えたって、ロキ様も………!」

「ああ、改宗(コンバージョン)したからな」

「は? え、何故?」

 

 ヘルメスやロキ、アストレアが奔走することになった7年前と違い、5年前の虐殺はなんのお咎めも無しだった。きっちり闇派閥(イヴィルス)と繋がっていた証拠が現場に置かれ、死者も【ルドラ・ファミリア】の団員のみ、神殺しも行なわれず主神ルドラは『アイアム・ガネーシャ』の鼻に吊るされながらニヤニヤ笑っているところを発見された。

 むしろ逃げる理由がなかったはずなのに闇派閥(イヴィルス)を実質的に壊滅に追い込んだ男は姿を消した。それと同時に、Lv.6に至っていたと言う申請が主神ロキから齎された。

 Lv.6ともなれば、外でアビリティを成長させるなど不可能に近い。わざわざ外で改宗(コンバージョン)

 

「それとランクアップの申請も………」

「…………はい?」

 

 今何と言った? ランクアップ? 誰が?

 

「俺が…」

「え、じゃあ………Lv.7になったんですか?」

「いや、2回」

「2回って、ことは…………………………………え?」

 

 ソフィは思わず目眩を覚えた。彼のトンチキぶりは知っていたけど、オラリオの外でLv.8?

 オラリオの外で何があったというのだ。

 

「いえ、深くは聞きません。聞いてもどうせ理解できないでしょうし、どうせ上から公開できないと言われるだけでしょうし」

 

 何なら上に「もう彼奴の偉業聞く意味ねーから」と神々からの苦情があったらしい。Lv.6に至ってはギルド上層部から詮索不要と命が来たし。

 

「公開は、少し遅れますが構いませんか? 今は色々忙しい時期なので」

「ああ、お前に任せる。それと再登録と改宗(コンバージョン)申請なんだが………」

「行方不明扱いでしたから登録は残ってますよ。改宗(コンバージョン)も、どうせ【ロキ・ファミリア】に戻るだけなら」

「いや、俺【ヘスティア・ファミリア】に入ったから」

「…………………はあ!?」

 

 オラリオに戻ってきて、席があるくせに元の最大派閥ではなく聞いたこともない弱小派閥!?

 何考えてるんだこいつ。いや何考えてるか考えるだけ無駄だろうけど………。

 

「貴方と関わると今日も頭痛が痛い」

「悪いな、また飯を奢ってやる………」

「…………今日は着替える時間もないので、また後日」

「ああ」

 

 ソフィが必要書類を提出するとキッチリ記入したヴァルド。またな、と去っていく後ろ姿を見送りながら頭を押さえ………ああ、本当に帰ってきたのだな、と微笑を浮かべ………

 

「薬舗、よらないとですね」

 

 頭痛薬を買って帰ることを心に決めた。

 

 

 

 

 

「ベル君のばっきゃろおおおお!!」

 

 ヘスティアが何やらベルを罵倒しながら走り去っていく。

 

「あ、師匠! おかえりなさい!」

「ただいま。ヘスティアはどうした?」

「それが、ステイタスを更新してもらったら不機嫌になって………」

「……あ〜」

 

 ベルの言葉に、ヴァルドはベルの背に刻まれた恋心を証明するスキルを思い出す。ステイタスが上がれば上がるほど、その思いが強いということを見せつけられるヘスティアとしては堪ったものではないのだろう。

 

「今日の夕食どうするかな」

「あ、それなんですけど実は今日知り合った人に、店に誘われてて…」

 

 

 

 

 

「あー! あんた、よくも私等の前に顔を出せたなあ!?」

「ここで会ったが百年目! ブラック環境に放り込まれた恨み、晴らしてやるにゃー!」

「覚悟しやがれ!」

「けちょんけちょんにしてやるにゃー!」

 

 

 

 

「やはり眼鏡をしておくべきだった」

「きゅう……」

「ふにゃあ」

 

 けちょんけちょんにされた美女達を横目に認識阻害のメガネをかけ直すヴァルド。怒った女将に連れてかれる様を、ベルは若干引きながら眺める。

 

「し、知り合いなの………なんですか?」

「昔、オラリオから出る前に絡まれて軽くひねってこの店に放り込んだ」

「うちは託児所でも駆け込み寺でもないんだけどね」

 

 と、呆れた様子でジョッキを置くのは店主の大柄なドワーフの女性。

 

「だが、ここに預けて正解だった」

 

 叩き起こされ時折恨みがましい目を向けてくるヒューマンと猫人(キャットピープル)の女性を見るヴァルド。

 

「ミア母さんに良く教育されてるようだな」

「ま、最初は失敗も多かったがね。ほら、さっさと注文しておくれ」

「ああ………しかし」

「ほらベルさん、これなんてどうですか?」

「…………まあ良いか」

 

 何故か当たり前のように席に座りベルにメニューを開いて見せる鈍色の髪の少女。シル・フローヴァという、ベルをこの店、『豊穣の女主人』に誘った本人。

 知識で知ることはなかったが、この世界にてその正体を知ったヴァルドとしてはベルの成長の手助けになれば上々といったところだ。

 と、その時だった。

 

「おい、見ろよ」

 

 団体客が入ってくる。

 客の誰もが嫉妬、畏怖、そして羨望の眼差しを向ける、都市最大派閥の一角、【ロキ・ファミリア】。

 ベルの情景の少女、そしてヴァルドの嘗ての仲間にして…………

 

 

 

 

 

「ベルさん!?」

「ああ?」

 

 ガタンと椅子を倒して立ち上がった少年が走り去る。その髪に、後ろ姿に見覚えがあったアイズは慌てて追おうとして、足を止める。

 なんのために追うのか。追って、何になるというのか。怖がらせるだけ。

 せめて彼の連れに謝ろう、と彼が座っていた席で酒を飲む男性に視線を向ける。

 

(…………?)

 

 何処かで見たような。だがどこで? 顔は、見覚えがない……いや、これは………顔が見えない? なのに、集中するまでその違和感にまるで気づけなかった。

 なにかの魔道具(マジックアイテム)? 顔を隠す?

 怪しい………。とは思うが、まずは謝罪を。何やら騒がしく、振り返るとベートがアマゾネスの姉妹に縛られようとしていた。

 

「アイズたーん、なにやってる〜ん?」

 

 手をワキワキさせながら近づいてきたロキ(馬鹿)に張り手を食らわせ男に声をかけようとした、その時…………

 

「喧しい」

 

 シン、と空気が固まる。それは【ロキ・ファミリア(最大派閥)】に対して文句を言った何者かへの驚嘆…………()()()()

 たった一言、愚痴のように呟かれたその言葉に乗った「黙れ」と言わんばかりの強制力。魔法でも、スキルでもない。怪物を前に幼き子供が息を殺すのと同じ、絶対的な畏怖。

 

「あいも変わらず雑音を奏でるか。余裕があるようで何よりだ………なあ、【ロキ・ファミリア】?」

 

 皮肉の効いたその言葉に血の気の多い団員達が眉根を寄せる。ティオネやベート(第一級冒険者)すら混じったその敵意に男は気にした風もなく緩徐に立ち上がる。

 

「タイミングを考えるに、君の連れが、ベートが罵倒していた冒険者なのかな? ミノタウロスの件と合わせ、謝罪しよう」

「謝罪は不要だ【勇者(ブレイバー)】、元よりお前の言葉に己の名声を守る以上の意味は期待していない」

「……………」

 

 フィンに対しても皮肉を崩さぬ態度に何名かがあんぐり口を開ける。その中で、一人だけ我慢出来ぬ者が居た。

 

「てめぇ、団長を馬鹿にしてんじゃねえぞ!」

 

 フィンに想いを寄せるティオネが男に殴りかかる。第一級(Lv.5)の彼女の拳は、恩恵を持とうと第二級ですら殺しかねない。アイズが慌てて割り込もうとするよりも速く、ティオネは男に接近し──

 

「…………え?」

 

 気が付いたら、ティオネが床に倒れていた。

 殴られたのか蹴られたのか、あるいは何かの魔法か。何も解らない。【ロキ・ファミリア】のメンバーは、二軍以下は畏怖を、幹部達は警戒を男に向ける。

 

「君は、何者だ?」

「……これでいいか」

 

 男はそう言って眼鏡を取る。顔の輪郭が、肌や髪、目の色が漸く認識出来る。

 

「っ! お前は…………!」

「………驚いたな、何時戻ってきていたんだ?」

 

 リヴェリアが思わずと言った風に声を漏らし、フィンが問いかける。【ロキ・ファミリア】のメンバーもその殆どが驚愕で目を見開きティオナやレフィーヤを含めた数名がそんな彼等に困惑する。

 

「なんや〜、ヴァルやないかー! 5年ぶりやな。つ~かお前、恩恵切れとったぞ! 勝手に改宗(コンバージョン)しおったな自分!」

 

 がー、と吠えるロキをチラリと見て直ぐに目をそらす男。

 

「師匠!」

 

 そして、レフィーヤも見たことがない満面の笑みで男に抱きつくアイズ。

 

「んなあ!? なななな、なに、なにをしてるんですか貴方はあああ!?」

「いや、したのはアイズの方じゃん」

「喧しい妖精が入ったな。そいつはお前の後釜か、リヴェリア」

「ああ、なかなか見込みのあるエルフだ。どこぞの馬鹿と違い、勝手な行動もしないし何も言わず出ていくこともない」

「手厳しい」

 

 アイズの頭を撫でながら、しかしそっと肩を押し体を離させる。

 

「だ、誰なんですかあのヒューマン!」

「ヴァルド・クリストフ……」

 

 レフィーヤの疑問に答えたのはフィンだった。

 

「アイズの剣の師匠にして、【ロキ・ファミリア】の幹部の一人。独断先行、ダンジョンへの長期滞在と何度も問題を起こす問題児でもあった……そして、7年前の悪夢にて嘗ての最強と渡り合った男」

「【ロキ・ファミリア(うち)】の、幹部!?」

「5年前、何時ものようにダンジョンへ潜り、その際窮地に陥った【アストレア・ファミリア】を救助し下手人である【ルドラ・ファミリア】及び闇派閥(イヴィルス)を一人で壊滅させ、少々強引な手段で関係者を検挙させ姿を消した………それからしばらく、恩恵が切れたとロキが叫んでいたよ」

「ああ、オラリオの外であった神に恩恵を刻み直してもらったからな」

 

 言外にどういうつもりだと尋ねるフィンにヴァルドは何でもないかのように返す。

 

「オラリオの外で、Lv.6になった君が成長できるとは思えないけどね」

「そうでもない」

「まあまあ、小難しい話は後でええやん。それより、帰って改宗(コンバージョン)しようや」

 

 と、行方不明だった眷属(こども)が見つかり嬉しそうなロキ。フィンも仕方ないというように肩を竦め、リヴェリアはジッとヴァルドを睨む。

 

「……お前が身を隠していたのは、あの女の住処か?」

「5年前の時点では他に知り合いも居なかったからな」

「………まあいい、それも含め帰ったらじっくり話してもらうぞ。今夜は寝られると思うな………いや、お前に()()()()()()()()な」

 

 存分に明日の昼まで説教してやる、と意気込むリヴェリアに、しかしヴァルドは否定を返す。

 

「帰らないぞ、俺は」

「………なんだって?」

 

 フィンが思わず聞き返す。

 

「俺は『黄昏の館』には帰らない。というか、俺にとってもう彼処は帰る場所じゃない」

「なんやと!?」

「………どういう意味だ?」

「先日、俺はオラリオにて新たな主神を得た。向こう一年は改宗(コンバージョン)は不可能だ」

「なっ!? 7年前といい、5年前といい、お前はどうして、どうして何時もそう勝手なんだ………!」

「師匠…………?」

 

 幹部の勝手な改宗(コンバージョン)に、リヴェリアが憤慨しアイズが困惑する。

 

「7年前と5年前………そうだな、そこだ。7年前、俺は疑念を覚え6年前確信し、5年前決意した」

「確信、だと……何を確信し、ここまで勝手な事をした!」

「失望」

「…………『失望』だと?」

英雄の街(オラリオ)に、冒険者(お前達)に、そして【ロキ・ファミリア】に………だから見限った、それだけの話」

「っ! 見限った、だと…………!」

 

 どこからも上から目線なその物言いに、リヴェリアが食って掛かる。

 

「そうとも、俺は『英雄』を求めた。小人の勇者も、妖精の王族も、ドワーフの戦士も美の神に仕える色ボケ共も………結局期待を満たさなかった。ならば外から探すしかあるまいよ」

「それ、って…………さっきの、子?」

「ああ、ベルだ。俺とアルフィアが育てた、未だ未熟で脆弱な、卵と呼ぶにも烏滸がましい英雄候補。だが誰よりも期待せずにいられぬ」

 

 と、少年が飛び出した入り口を見つめるヴァルド。

 

「英雄が生まれぬなら俺が育てる。お前達には、もう何も期待していない」

「ふざけんじゃねえよ!」

 

 と、そう叫んだのはベートだ。

 

「てめぇが何を思ったか知らねえが、何を勝手に見限っただの失望しただの………勝手に知ったような口をきいてんじゃねえよ」

「………やはりお前も見込みがあるな。だが、いくら吼えようと弱者の言葉は俺に届かない」

「っ!」

「その遠吠えを届けたければ証明しろベート・ローガ。俺の失望が誤りであったと、確信させてみろ」

 

 ヴァルドはそう言うと注文した商品の代金を近くにいたヒューマンの店員に渡すと店を出る。アイズが慌てて追おうとして、リヴェリアが何かを叫ぼうとするも店の外に出た瞬間その姿が掻き消える。

 

「し、しょ………」

「……………彼奴は!」

 

 アイズをして、見えなかった。Lv.6だから、という言葉で片付かぬ速度。方法は不明だが、なるほど確かにオラリオの外でさらなる力を得ている。

 

「リヴェリア…………師匠が………」

「………幸い、この街にいるようだ。現在の拠点を見つけたら、文句を言ってやれば良い」

「でも、私………期待に応えられてないって…………」

「勝手に期待したのは奴だ。あの馬鹿者は、自分が出来ること以上を他人ができて当たり前だと思うふしが昔からある。応えたいと思うのは良いが、応えるのは義務じゃない」

 

 落ち込むアイズの頭を撫でてやりながらリヴェリアは虚空を睨む。

 

「………ところで、あのベルって子。髪の色似てた………師匠の子供かな?」

「それはない。ない、よな……?」




認識阻害メガネ
ヴァルドをヴァルドと認識したあとは意味ないが、認識してないと顔が見えないしそれを特になんとも思わない変装用。ただ対面すれば顔が見えないことを不思議に思う。製作者は上司の無茶振りに振り回されるOL系メガネ。
上司に頼まれたアイテム作りの間に入った依頼で、半分寝ている状態で作業してた彼女に上司が囁いた戯言の機能が付与され認識阻害の他に発光機能もある


ヴァルド「よし、ここまで言えば皆やる気出すやろ」

何度か誤字報告来てるけど頭痛が痛いはわざとです


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ステイタス

リヴェリアの秘密♪(バーガーピエロの秘密風に)
リヴェリアが『彼氏としたい6つのイチャイチャ〜聖夜編〜』なる『呪いの書』の影響を受けた際、二人だけで解決した。この事実はロキはもちろんフィン達すら知らない。二人は墓場まで持っていくと決めている。知った者は闇に葬られるか、後日記憶が一日分抜け落ちる。
迫るリヴェリアの色っぽさになんとか耐え抜いたのは偉業に数えてもいいんじゃないかとヴァルドは思っている。童貞だったら即死だった


「うあ、あああああ!!」

 

 走る、奔る、疾走る。

 耳についてはなれない、狼人の嘲笑。目に焼き付いた、助けを求めた師から向けられた当然だろうという失望ですらない眼差し。

 何を勘違いしていた?

 義母と師に育てられ、英雄街道まっしぐらだとでも? そんな訳あるか!

 彼等は常々言っていた、迷宮のモンスターはこの程度ではないと。そしてここ数日でそれを実感していた筈だ。

 なのに、その怪物達と、ベルが出会ったどんな怪物達よりも強大な階層の怪物達と殺し合ってきたアイズ・ヴァレンシュタインの隣に立ちたい?

 

(馬鹿かよ、僕は!)

 

 何もしないまま彼処に立てると、本気で思っていたのか!?

 師に紹介してくれと言った時、なんて言われたのかもう忘れたのか!?

 

──お前が並べるだけの男になれたなら、な。アイズは俺の弟子の中で一番才能があった、今はまだ置いてかれてるぞ?

 

 置いていかれる、その表現すらヌルい。置いていくも何も、同じ道にすら立っていなかった!

 なのに、期待していた! 同じ師を持つ者同士、何時か師が紹介して、知り合って、仲良くなって、何時かは………そんなくだらない妄想をありえる未来だと勘違いして!

 

(畜生! 畜生! 畜生!)

 

 そんな自分に殺意を覚える。

 狼人の嘲笑を否定出来ない自分に、憧憬の対象に庇われる自分に、思わず師に縋った自分に。

 情けない。笑われて当然。

 変わらなくては、誰よりも強くなるために!

 あの憧憬(少女)に並ぶために!

 あの義母(ひと)に誇れるように!

 あの憧憬()が誇れるように!

 

「う、あああああ!!」

 

 ビキリと壁を砕き現れたウォーシャドウ。鋭い爪と人ほどもある中型種。新人では敵わぬ、調子に乗って下に降りた冒険者を終わらせる『新人殺し』の一種。

 それが、2体。

 師から譲り受けた長剣は置いてきている。持っているのは護身用のナイフ一本。いけるか?

 

「いくんだ、よおおお!!」

 

 

 

 

 

「意気込みはいい。心が体を凌駕するのは俺自身もアイズの風も実証済みだ。とはいえ相応の鍛錬が必要だがな」

 

 次々現れるモンスターに肩で息をするベルにかけられる声。流石にそろそろ撤退を視野に入れ始め、そのタイミングを見計らったかのように現れた。

 

「し、しょう………」

「よくやった…………十分、とはお前のために言わずにおこう。これからも励め、ただし今日はこれで終わりだ」

 

 抜き放たれる長剣。

 人々を恐怖に陥れ、破壊の限りを尽くすモンスター達が怯えるように後退る。

 

「帰るぞ、ベル」

 

 風が吹いたと思えばヴァルドはベルの横に立ち肩を叩く。モンスター達は皆一様に魔石を抜かれ灰へと還る。

 

「うん、お父さ………」

 

 安心と疲労から意識を失うベル。ヴァルドはベルをおぶるとダンジョンの出口へ向かって歩き出す。

 

「だから俺は父じゃない………」

 

 そう呆れるように言うヴァルドの口は、確かに笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「う〜ん………う〜ん………」

 

 2人とも、帰ってくるのが遅い。

 もうそろそろ夜明けだ。とヘスティアはソワソワと落ち着かない様子で唸る。

 ベルに文句をいって出ていった後、帰ってきてみればベルもヴァルドも居ない。ヴァルドはもとより心配する必要などないだろうし、一緒ならベルも安全だろう。だからといって帰ってこない眷属(こども)達を心配しないなど孤児の守り神(ヘスティア)には出来るはずもなく、外を探し回った。帰ってきてるかと部屋に戻るもやはりいない。

 もう一度探しに行こう、と部屋を飛び出そうとした瞬間、扉が開く。

 

「戻ったぞ、ヘスティア」

「ヴァルド君! ベル君も………! こんな時間までどこにいって…………ベル君ボロボロじゃないか!? 本当にどこに行ってたんだ!?」

「ダンジョン」

「ダンジョン!?」

「う、う〜ん……神、様?」

 

 ヘスティアの叫びにベルが目を覚ます。

 

「なんて無茶をしたんだ! ベル君か!? ヴァルド君か!? どっちが言い出した!」

「あ、えっと………僕が、飛び出しました……師匠は追ってきてくれたんです」

「ベルくぅん…………何でそんな無茶を………そんな自暴自棄に、君らしくもない」

「………」

 

 どこか暗い雰囲気をまとうベルに、ヘスティアは怒る気も失せ仕方ない、とため息を吐く。

 

「………神様、師匠………」

「なんだい?」

「どうした?」

「僕……強くなりたいです」

 

 強い決意を宿した瞳に、ヘスティアはハッとし、目を伏せ「うん……」と真摯に受け止める。

 

「なれるさ、お前なら誰よりも」

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:H145→G281

耐久:I56→H124

器用:H185→G255

敏捷:G234→F333

魔力:I0

《魔法》

【 】

《スキル》

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

・早熟する。

懸想(おもい)が続く限り効果持続。

懸想(おもい)の丈により効果向上。  』

 

「──っ」

 

 ステイタスを更新し、その伸びに愕然とするヘスティア。

 ()()()()

 ヴァルドから聞いていた冒険者の一般的な速度とも世界記録保持者(レコーダー)のヴァルドのそれと比べても常軌を逸している。成長、どころか飛躍だ。

 チラリとヴァルドを見れば察したのかコクリと頷いてくる。やはりこの早熟スキルが関係しているのだろう。

 問題はどう伝えるか、だ。素直に伝えていいものか。

 即席の強さは油断を生む。しかし伝えず弱い敵とばかり戦わせていては彼が強くなれない。

 ベルは調子づくタイプではないと思うし近くに最強(ヴァルド)が居るうちは、絶対に調子に乗れないタイプだと思うが………。

 

「…………ベル君、今回の【ステイタス】は口頭で伝えていいかい?」

「あ、はい。別に構いませんよ」

 

 【憧憬一途(リアリス・フレーゼ)】については隠すことにした。アイズへの嫉妬もあるが、『レアスキル』や『オリジナル』といった言葉が大好きな神々にこのスキルを知られることを恐れたからだ。絶対玩具にされる。

 

(まあその時はヴァルド君にけちょんけちょんにしてもらうけどね!)

 

 それはそれでベルが申し訳なく感じそうだなあと思いながら、ベルに【ステイタス】を伝えると案の定、驚いていた。

 とりあえず成長期と誤魔化すことにした。納得がいってないながらとりあえず受け入れてくれた。

 

「その成長速度ならこの剣もお役御免だな……」

「え、師匠の『カエルム・ヌービルム』が!?」

「これはそもそも鍛錬用だ。俺がLv.3の時のな」

「な、なら暫く使えるじゃ」

「敢えて刃に特殊加工を施し一定の角度以外だと切れ味が鈍る造りになっている。『器用』を上げるために作ったんだが、技術が無ければ上層のキラーアントすら切れん鈍らだ」

 

 逆に言えば確かな技術さえあれば中層でも十分通用する。これはそういう武器だ。造らせた半亜人(ハーフ)は用途を説明した時爆笑していた。

 

「かと言って、強い武器はそれはそれで成長を妨げる。身の程にあった武器にその都度変えるのが現実的ではあるが………」

「う〜ん………」

 

 と、ヘスティアは何やら探し始める。食器棚の中段ほどの引き出しにはビラや通知書があり、その中から目当ての物を取り出す。

 それは『ガネーシャ主催 神の宴』への招待状。恐らくは()()も居るはず。

 

「ベル君、ヴァルド君、ボクは今日の夜………いや何日か部屋を留守にするよ。構わないかな?」

「えっ? あ、わかりました、バイトですか?」

「いや、出るつもりはなかったんだけど友神のパーティーに出ようと思ってね。久しぶりに皆の顔が見たくなったんだ」

 

 ヘスティアは服を整えるべく出ていった。一瞬ドレスでも買ってやろうかと思ったヴァルドだがヘスティアの低身長でありながらたわわに実った母性は間違いなくオーダーメイドする必要があるだろうと考えやめた。

 

「ベル、俺も少しダンジョンの深いところに潜る。数日は帰れないと思え」

「え……うん………あ、はい。でも、何で急に?」

「金稼ぎ。5年前、急な出奔は色々心配かけたろうからな」

「…………【ロキ・ファミリア】の人達には?」

「幹部の一人が抜けた穴埋めをしようと奮起してたなら対応も変えてやったさ」

「………………」

 

 この人の【ロキ・ファミリア】の評価は………なんというか、低いくせに高い? そんな妙な感覚を覚えたベルであった。

 

 

 

 

(それにしても、ベル君もベル君だけど…………ヴァルド君も大概だよなあ)

 

 服屋に向かう道中、ヘスティアは改宗(コンバージョン)した際のステイタスを思い出す。

 

 

『ヴァルド・クリストフ

Lv.8

力:H102

耐久:H139

器用:G201

敏捷:H195

魔力:G234

不眠E

耐異常E(F)

耐神威D

不老F

幸運G

不死身G

加護I

《魔法》

【ジュピター】

・雷光属性。

・詠唱式【クレス】

【サートゥルナーリア】

魔法吸収(マジックドレイン)

・魔法を魔力に還元。

・詠唱式【サータン】

【■■■■■】

・■■■■

・詠唱式【■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■】

《スキル》

夢想睡眠(ヒュプノス・シープ)

・睡眠時間の短縮。

・短時間睡眠での体力回復効率化。

・睡眠時、精神力(マインド)の回復効率化。

偽・雷公後継(アルゴノゥト)

・雷光属性強化。

・肉体内部に雷付与可能化。

英雄試練(ペライスモス)

・最強証明

・経験値の補正。

・他者の経験値補正。

・最強降格時スキル消失。 』

 

 発展アビリティも訳解んないのが幾つがあるが、それを差し措いて最後のスキル。

 スキルの説明からして、Lv.8へと至ってから得た間違いなくレアスキル。ベル同様己を鍛え、そして何より他人にまで影響を及ぼす成長促進スキル。

 

(本来なら、大手に入れるべきなんだろうなあ)

 

 その【ファミリア】は間違いなく、名実共に都市最強へと至るだろう。

 

(……だけど………)

 

──ヘスティア、俺を思い【ロキ・ファミリア】に戻そうと考えるなら、それは不要だ。元より俺は、彼奴等と長くいるべきじゃなかった

 

 そう語るヴァルドの言葉を思い出す。

 

──俺は確かにこの世界を俺が生きる現実と認め、その上で()()()()()()()()()。彼等は違うと理解しながら英雄に至ると決めつけている。近くにいればその理想を押し付ける。応えられるのは、ベルぐらいだろう

 

 あの発言、ヴァルドにも教えてないはずだがベルの早熟スキルについて知っているのだろう。

 

──俺は(ただ)しく破綻者だ。彼奴等を人として愛しながら英雄としての憧れを押し付ける。6年前それを確信した。今でも奴等に理想を抱いて、押し付ける気だ。ならばこの位置が丁度いい

 

 それが彼の選んだ道だ。ならばロキになんと文句を言われようと、彼は自分の眷属(こども)で、主神(おや)たる自分は彼を守る。それだけだ

 

(それにしても、このステイタスだと何処まで潜れるんだろう?)

 

 

 

 

 

 天井に空いた大穴から降ってくる影。悍ましい気配を纏う黒いレザーコートを着た人間は長剣を背に砲竜(ヴァルガングドラゴン)達を見据える。

 不遜なる侵入者に名の通り、砲撃を放つ。幾つもの階層を破壊する、強力な一撃。連続して放たれる大火球を………人間は()()()()()()()()()()。腕を振るう、それだけの動作で自身の自慢の攻撃を文字通り消しさられた竜達は瞠目する。人間は剣を抜く。

 

「【輝け(クレス)】」

 

 バチリと雷光が剣を覆う。竜達に知るすべはないが、光り輝く剣を持つ人間というのは、人類や神々から見れば格好良く見えるらしい。

 

「牙と爪、あと鱗。それだけ置いて逝け、皮膜は要らん」

 

 振るわれる、光纏った一撃。雷光混じりの衝撃波が竜の群れを飲み込んだ。




ヴァルドのランクアップ偉業
Lv.2
少しでも強くなるために他の【ファミリア】にサポーターとして潜り込み、ミノタウロスの群にもう一人のサポーターと共に放り込まれるもそのサポーターを守りきった。所要期間半年。二つ名【剣鬼】
発展アビリティ『不眠』を獲得。Iでどれくらい眠らなくて済むのか試すために一週間ダンジョンに潜りリヴェリアに叱られた

Lv.3
闇派閥が治療院を狙い襲撃。心臓を貫かれ脊髄を損傷するも雷魔法で無理やり体を動かし闇派閥構成員34名討伐し当時Lv.3のヴァレッタを退かせる。ヴァレッタからは「いかれてんのかキチガイ!」と罵倒された。なぜそこまで無茶をしたのか聞いたLv.1の治療師見習いの銀髪少女に怪我人とお前達治療師を守るためと言ってから気絶した。決まり手は気合。
所要期間1年半。二つ名【不死身英雄(シグルド)
発展アビリティ『耐異常』。リヴェリアにめっちゃ叱られた

Lv.4
さる娼婦の企てでイシュタルに貪られ骨の髄まで『魅了』されたがイシュタルを殴り【イシュタル・ファミリア】構成員を半殺しにした。『美』に耐えたとか『魅了』されなかったとかでななく、確かに『魅了』されてから打ち破った。以来、イシュタルからは蛇蝎のごとく嫌われている。決まり手は気合。
所要期間2年。二つ名変更なし
発展アビリティ『耐神威』。神の権能たる魅了や神威による威圧を受け付けない。リヴェリアに歓楽街に行ったことを叱られた。誘ったノアール達がさらに叱られた

Lv.5
『最強』の眷属とほぼ一人で渡り合い勝利した。決まり手は気合と根性。リヴェリアに何故他の冒険者と協力しなかったのかと叱られた。
ノアール達から衰えていく自分に対する愚痴を聞かされていたからか、発展アビリティ『不老』獲得。所要期間3年。
ただでさえ若くいられる上級冒険者が、さらに長く若く要られる。Eともなればエルフと生涯添い遂げることすら出来る。二つ名【剣聖】

Lv.6
『厄災』の討伐。
発展アビリティ『幸運』。後に【ルドラ・ファミリア】を壊滅させ闇派閥(イヴィルス)に大打撃をあたえた。所要期間2年。二つ名は非公式に【輝く夜明け】

Lv.7
精霊の力を取り込んだ『蠍』の討伐
発展アビリティ『不死身』。
耐久に超域高化。『耐異常』ワンランクアップ。
体力や精神力は回復しないが傷が治る。
所要期間3年

Lv.8
復活した『陸の王者』およびその子供である大型、超大型、特大を『不死身』『不眠』『耐異常』ゴリ押しで耐久戦を行い勝利。決まり手は気合と根性。
所要期間1年。発展アビリティ『加護』。毒、呪詛の類を一切受け付けない。『耐異常』が飾りになった

何やってんのこいつ? 頭おかしいんじゃねえの?


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神の宴

現在のヴァルドは『不眠』と【夢想睡眠(ヒュプノス・シープ)】が合わさり一日寝れば一年は眠らずぶっ通しで活動できる。一年以上立つと眠くなってくる。2年ぐらい経つと3徹ぐらいの気分になる。

『不老』の取得条件。
前世においてノアール達が衰えから死を選ぶことを知っており、本人達からも衰えについて聞かされて、後進のためにも今のためにも衰えるわけにはいかないと強い意志で発現させた。要は気合。

因みに今更ながら、ヴァルドの年齢は27歳。見た目は20前半ほど


 神々の宴。

 言葉の通り神達が集う宴だ。神が多く住まうこのオラリオにて、誰かが言い出した暇つぶし。

 商業系同士の取引だったり探索(ダンジョン)系の情報交換、牽制……果は暗躍ごっこと様々だ。そういったことが苦手なヘスティアはうへぇ、と顔を歪めながら日持ちの良さそうな料理をタッパーに入れていき、神々からうわぁ、と顔を歪められていた。

 ヴァルドの稼ぎは確かに多いし、料理も美味い。だけど自分だって彼になにかしてあげたいと………それでパーティーの料理を持って帰るのはまあご愛嬌。

 

「あ、でも流石に数日は持たないかな? う〜ん、一旦帰るべきか? でもなあ………」

「女神様、よろしければお届けしましょうか? 何か用があって、帰れないんですよね?」

 

 と、唸るヘスティアに声をかけてきたのは人懐っこそうな蒼銀の髪の女。恐らくはガネーシャの眷属だろう。

 

「届けてくれるのかい? いやあ助かるよ。住所は…………」

「あれ、そこって………あの教会の?」

「知ってるのかい?」

「むか〜し、色々ありまして。はい、場所は解りました。宴が終わったら届けさせてもらいますね」

「ありがと〜!」

 

 去っていく女の背を見つめながら、そういえば名を聞いていなかったことを思い出す。今度会えたら御礼と一緒に名前を聞こう。

 

「何をやってるのだ、お前は」

「あれ、ミアハ?」

 

 そんなヘスティアに呆れたような声をかける神が居た。神の中でも女性人気の高いミアハだ。

 

「驚いたなあ、君も来てたのかい?」

 

 借金のせいで零細。故にこういった催しでも本拠(ホーム)に籠もりポーション作りをしているミアハ。そんな彼が来ているなんて珍しいこともあったものだとヘスティアは感じた。

 

「ああ、うむ……少し気になる噂を聞いてな。少しでも情報を訊けぬかとこうして足を運んだのだ」

「噂………?」

「うむ。第一級冒険者が、失望を持ってオラリオに帰って来たと」

「ふ〜ん……ん?」

 

 何処かで訊いたような?

 

「7年前の『死の七日間』、それもまた嘗ての最強が『失望』故に起こしたという。皆それを警戒しているのだ」

「ロキは怒ってるみたいだけどね」

 

 と、ミアハの言葉に付け足すようにやってくる眼帯の麗人。ヘスティアが探していた女神、その(ひと)だ。

 

「ヘファイストス!」

「元気そうね、ヘスティア。ミアハも、変わりないようでなによりよ」

「うむ、お主も相変わらず美しいな」

「…………ほんと、変わらないわね」

 

 流れるような口説き文句をその気が一切なく言い放つミアハにヘファイストスは呆れたようにため息を吐く。そして、ある方向に目を向ける。ヘスティア達もその視線を追えばロキが複数の神々に囲まれていた。一柱一柱(ひとりひとり)に対応するのに疲れたのかガーッと叫び、遠目で聞き耳を立てていた神々諸共そそくさと離れていく。

 

「かー! ほんまムカつくわ。ヴァルがオラリオに害をもたらす訳あらへんってのに」

「お疲れ様、ロキ……大変ね」

「んぉ? おお、ファイたん、ミアハ………んでドチビィ!」

 

 ヘファイストスの声に駆け寄ってきたロキはヘスティアの姿を見て顔を歪め叫ぶ。呼び方から分かる通り、ロキとヘスティアはあまり仲が宜しく無いのだ。

 ロキは絶壁ゆえの嫉妬もまじり、ヘスティアは天界でのやんちゃぶりに良い感情を抱いていない。

 

「ふむ、帰ってきたのはあやつか。であるなら、確かに余計な心配だったかもしれぬ」

「そうね………でも、良いタイミングで帰ってきたわよね。遠征も終わったばかりだし、次の遠征に備えて十分話せる時間もあるし」

「……………抜けおった」

「………え?」

「ヴァルの阿呆! 勝手に改宗(コンバージョン)しおったんやー!」

「ぶふぅ!」

 

 と、ヘスティアが思わず吹き出す。ロキが子供を大事にしてるとは聞いていた。天界の頃の彼女を覚えているヘスティアはまたまた〜と最初は思っていたが、話を聞いているうちにマジだと思うようになっていた。その子供を、意図せず自分が奪った事を思うといたたまれない。

 

「勝手にって………そんな事出来るの?」

「まあヴァルやし」

「それは…………そうね…………」

「そもそも『耐神威』がどの程度影響を及ぼすのかも解らん。それこそ神が眷属を縛る要因たる改宗不可を無視できても可笑しくないやろ」

「あの頃荒れてたわよね、あなた…………」

 

 相当好かれていたんだなあヴァルド君。とヘスティアは遠い目をする。

 

「幹部、それもLv.6が勝手に出奔して【ロキ・ファミリア(ウチ)】へのペナルティはなんもなし。絶対準備しとったやろ!」

 

 オラリオでは冒険者の出入りが厳しく管理されている。暗黒期の終焉に都市が沸き立つ中、その貢献者を幾ら罰しにくいからと言ってなんのお咎めなしなどギルドと何か取引があったと考えるのが普通だ。

 

「そうね、あの子は何でも自分の中で解決する悪癖があったもの。そして、それを悪癖と自覚しても治す気がないから質が悪い」

「げっ、フレイヤ…………」

 

 会話に混じってきたのは美形揃いの神の中でも群を抜いて美しい女神だった。ただそこに立ち微笑むだけで、この世のあらゆる芸術品すら霞ませる圧倒的な美。

 美を司る女神、フレイヤだ。愛多き女神が多い美の女神の一柱、処女神(ヘスティア)の苦手な神でもある。

 

「一応聞いとくがヴァル奪ったんお前やないやろうな?」

「確かにあの子も欲しいけど、残念ながら私じゃないわ」

 

 ロキの睨みにあっさり微笑みを返すフレイヤ。神同士嘘は通じるとはいえ、折角手に入れたヴァルドを自慢しないとは思えないし、多分本当だろう。

 

「ロキはあの子がどの【ファミリア】に入ったか調べに来たのね」

「おう、ぶっ潰したる」

 

 ヘスティアはダラダラと冷や汗を滝のように流す。

 

「と、言いたいところやけどなあ。まあわざわざうちに帰らずその神を選んだのにも理由があるやろ。ムカつくけど、ヴァルに免じて一年は様子見したる」

 

 今度はホッと安堵の吐息を漏らす。

 

「さっきからなんやねん自分」

「いや〜、実はヴァルド君が入った【ファミリア】ってボクのところだからさ〜。ちょっとやばいなあって……でも心配し過ぎだったみたいだね!」

「『戦争遊戯(ウォーゲーム)』や! ぶっ潰したる!」

「えええ!?」

 

 何だ何だ、と視線が集まる。『戦争遊戯(ウォーゲーム)』と聞き色めき立つ者達も。

 

「なんでよりによってお前んとこにヴァルが入っとんねん!」

「あわわわわ! ぼぼ、ボクだって知らないよよよよ!!」

「ちょっとロキ! 落ち着きなさい!」

 

 がくがく揺らされるヘスティアを見てヘファイストスが慌てて止める。フレイヤは微笑ましいというように笑みを浮かべていた。

 

「ぼ、ボクだって改宗(コンバージョン)してみて初めて彼の【ステイタス】を知ったんだ。ある日ふらりとボクの住んでる教会に来たと思ったら、そのまま住み着いて………」

「よく受け入れたわね」

「何でも人を待っているって………滞在費も払ってくれたし、嘘はなかったし。そして、その数日後街で勧誘断られてたベル君を見つけて恩恵刻んで帰ったらベル君の師匠だって言うんだから」

「何よそれ、その子が貴方の眷属になるって解ってたっていうの?」

 

 ヘファイストスが信じられない、と言いたげな顔をするがヘスティアが嘘を付くとは思えない。何より相手は神々から『考えるだけ無駄な存在』と言われるヴァルド・クリストフ。まあそういうこともあるのかも、と思えてしまう。

 

「くそう! 何でその子ウチに来なかったんや!」

「門番に追い返されてたぜ、弱そうだからってね!」

「誰やその門番! 極東流や、腹ぁ斬らせたる!」

 

 ヘスティアの言葉にまた発狂するロキ。ヘファイストスが煽らないの! と叫びながらロキを宥める。

 

「くぅ………まぁムカつくけど、ヘスティアんとこやったら変なことにもならんやろ。まあイシュタルには気ぃつけい」

「イシュタル? 何でまた」

「ヴァルドは昔、イシュタルに狙われたのよ。その際『魅了』に抗ってイシュタルを殴った挙げ句【イシュタル・ファミリア】の団員達を殆ど全員戦闘不能に追い込んだの」

「以来イシュタルはあの子を嫌ってるのよねえ。だけどあの子は普通に歓楽街に通うし」

「ええ!? ヴァ、ヴァルド君が………ボクの眷属(こども)が、そんな………! 歓楽街に!?」

 

 ガーンとショックを受けるヘスティア。とはいえヴァルドは年頃というか世帯を持ってもおかしくない年頃だし………ああ、自分はどうすれば!?

 

「ヘスティア達は堅すぎるのよ。良いじゃない、一夜の夢に浸るぐらい」

美の女神(きみたち)が軽すぎるんだい!」

 

 フレイヤの言葉にヘスティアが叫ぶ。

 

「というか! 今更だけどベル君時折ヴァルド君のことお父さんって呼んでたぞ!? まさか27歳にして14歳の子持ち!?」

「お、お父さんやとぉ!?」

「落ち着きなさい!」

 

 混乱するヘスティアとロキをヘファイストスが一喝する。

 

「ヘスティア、それにあの子はなんて答えてたの」

「ち、父親じゃないって………嘘はなかった」

 

 まあ仕方ない、と呆れながらと笑っていたが。

 

「なら、違うんでしょ。父親代わりではあるのかもしれないけど」

「せやなあ………いやそれでもアイズたんになんて言えば」

「っ! ひょっとして、ヴァレン某はヴァルド君のことが好きなのかい!?」

「まあ異性っちゅーより兄とか父親に近い好意やと思うけどなあ……ほんま、なんで勝手に【ファミリア】変えんねん…………」

 

 うぐぐ、と悔しそうに唸るロキ。

 自分に当てはめれば、ベルやヴァルドが何も言わず出ていってしまったようなものか。うん、すごく嫌だ。まだ一ヶ月経っていない自分でそうなのだ、ロキはもっと………。

 

「あのね、ロキ。ボクも元の【ファミリア】に帰ったらどうだいとは訊いたんだ。まあ、帰らなかったけど………だから、嫌いになったのかも訊いた。ヴァルド君は『それはない』って言ってたぜ」

 

 そしてそれにも嘘はなかった。それを聞いたロキはウンウンと唸り始める。

 

「まあええわ! ウチ等のこと嫌っての行動じゃないっちゅうなら、今は見逃したる! 一年後覚悟しとけよヘスティア!」

 

 ロキはそう捨て台詞を残して去っていった。

 

「ふふ、それじゃあ私ももう帰ろうかしら」

「あら、もう帰るの?」

「ええ、聞きたいことは聞けたし………それともヘファイストス、貴女が今夜私と一緒にいてくれるのかしら?」

「…………私はもう美の女神に振り回されるのはごめんよ」

 

 知ってるでしょ、と不機嫌そうに睨んでくるヘファイストスにフレイヤは笑顔でごめんなさいね、と肩をすくめる。

 

「相変わらずだな〜フレイヤは」

「気をつけるのよ? イシュタルは兎も角、魅了の効かない人類(こども)を面白がる美の女神は多いんだから」

 

 一時期、彼を落とせば自分こそ至高の美を名乗れると手を出そうとした美の女神達が後を絶たなかった。最終的にヴァルドに「誰が一番美しい女神か」とか「私を美しいと称えれば望むものをくれてやる」とか言い出した。

 

「ど、どうなったんだいそれ………」

「……………私だったわ」 

 

 ヘスティアがその結果を尋ねようとすると、不意に新たな女神が現れる。

 

「あ、アストレア! ん? 私………?」

「ええ、ヴァルドは汎ゆる美の女神を差し置いて『一番高潔で美しい女神はアストレアをおいて他にいない』と言い切ったの」

 

 知己との再会に喜びつつその言葉に首を傾げるとヘファイストスが補足する。アストレアはそう言われた時の事を思い出したのかほんのり頬を染めていた。

 

「あの時の騒ぎ様は凄かったわね。フレイヤやイシュタルみたいな一部の美の女神を除いた美神達の連合による【アストレア・ファミリア】への襲撃を、Lv.4成り立てのヴァルドが一蹴したんだもの」

「………もしかしてボクの眷属、結構やばい?」

「そうね………いい子なんだけど、ね………」

 

 アストレアも困った、というような顔になる。

 

「でも、そうね。私にとっては恩人よ、可愛い眷属()達を助けてくれたのだから」

「そうなのかい? その時はボクの眷属じゃなかったけど、君の助けになれたなら良かったよ」

「ふふ。助けが必要な時は、何時でも言って? 私も、彼には恩を返したいから」

 

 アストレアはそう微笑むと神々の会話に戻っていった。

 

「ヘスティア、貴方はどうする? もし残るならこの後久し振りに飲みに行かない?」

「あ、うん………その、実はヘファイストスに頼みたいことがあったから丁度いいな〜………なんて」

「………………」

 

 その言葉にヘファイストスはすっと目を細める。地上に降りてきたばかりのヘスティアを世話してやったのはヘファイストスだ。その後あまりのぐうたらぶりに追い出したら今度はアストレアに甘えていやがったので教会の地下室という物件に押し込んだという経緯がある。

 

(ベル君、ヴァルド君! ボクに勇気をくれええ!)

 

 

 

 

「アミッド様、店の外にこんなものが!」

「これは………」

 

 アミッドは店員が持ってきた箱を見る。上には一枚の上質な紙。『5年前の壁の修理代』そう書かれていた。

 

「………噂は本当だったのですか。5年間、一体どこで何を………」

 

 と呆れながらも蓋を開く。『カドモスの皮膜』や『泉水』、及び下層、深層域で取れる素材。あの人何処まで潜ったのだろう?

 また無茶をしたのではあるまいか。それはそれとして………

 

「ちょっと【ロキ・ファミリア】に行ってきます」

 

 顔を出さないとはどういう了見か、きっちり話してもらおう。なお【ロキ・ファミリア】から改宗(コンバージョン)していたらしく、無駄足だった。




【アストレア・ファミリア】内ヴァルド評価
アリーゼ「優しくて厳しくていかれててそれを自覚してるって面倒よね! 良い人なんだけどややこしい人だわ! 私には解るのよ、フフン!」

リュー「恩人です」

ライラ「英雄様だろうよ」

輝夜「私達を見ながら私達を見ていない。それを自覚して直せないと諦めているのが腹が立つ。何が英雄だ、あの破綻者め! 私を見ろ、妙な理想を押し付けるな!」


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鍛冶師と魔導師


「最()級待遇部屋」
【ディアンケヒト・ファミリア】治療院に存在する特別室。一見するのただの部屋だが壁や扉は内部にオリハルコンが格子状に存在し、床に固定されたベッドの足から伸びた鎖には首輪がつけられている。もはや監禁部屋だが5年前、団員が回収し忘れた果物ナイフで壁を切り裂かれた。材料費の関係で修繕費は高くついた。今は不懐属性(デュランダル)を付与され室内にはステイタスダウンの魔道具(マジックアイテム)がたっぷり。
ロキにより『完治しないと出られない部屋』という看板が内側に存在する。
因みに最終手段として破壊されると腕輪の方に強力な電流が流れる首輪と腕輪が鎖で繋がった魔道具が用意されてる。逃げたら私が苦しむぞ、という無言の脅し。


「ぜあああ!!」

 

 吠えながら迫るベル。それを受け止めるのはヴァルドだ。ベルより動きが遅い。そういう風に手加減している。

 それでも技術だけでベルの上を行く。ベルが動き始めた頃には既に迎撃される位置にヴァルドの木刀が添えられている。

 

「動きが直線的すぎる。嘘を混ぜろ、先を読め」

「がぎゅ!?」

 

 ゴッ、と額に突きが放たれ転ばされるベル。額を押さえ涙目になるベルに迫る靴裏。慌てて飛び退く。

 

「やられた程度で気を緩めるな。モンスターはお前が生きてる限りお前を殺そうとするぞ」

「は、はい!」

 

 

 

 

 肩で息をするベルはポーションを飲みながら傷を癒やす。ヴァルドはポーションを一口飲んで僅かに目を細めた後、残りを飲む。

 

「師匠、僕……強くなれてますか?」

「ヘスティアが居ない以上【ステイタス】は上げられない。現状鍛えられるのは技術のみだ………お前は良く応えている」

「っ! はい! でも、神様どこに行ったんでしょう? ミアハ様は宴以来見てないって言ってたし」

「………まあ、ヘスティアにも成すべきことがあるのだろう。今日教えた分はダンジョンでものにしろ」

「はい!」

 

 

 

 

 その頃のヘスティア。

 彼女は膝を曲げ、地に額をこすりつける極東の奥義『DOGEZA』なるものをヘファイストスの部屋で行っていた。

 

「……何時までそうしてるのよ。いい加減、気が散るんだけど?」

 

 ヘファイストスの言葉にも顔を上げない。

 頼み事を聞いてくれるまで動かないつもりだろう。しかし、その頼みごとも昔馴染み相手であってもかなり無茶なものだ

 

「あのねぇ、ヘスティア。何度も言うけど【ヘファイストス・ファミリア(ウチ)】の上級鍛冶師(スミス)の武具は最高品質。()()()()()()一流なのよ」

 

 【ヘファイストス・ファミリア】は生産系【ファミリア】、鍛冶の神たるヘファイストスに付き従うは炎で熱した鉄に己の魂を、心を打ち込む鍛冶師達。それを売り、生計を立てる。

 武器の値段とはつまり鍛冶師の腕の、誇りの証明だ。

 

「子供達が血と汗を流して造り上げる武具。それを友神の誼で格安で譲るなんて出来るわけないでしょう?」

 

 それの値段を吊り下げるなどありえない。それは鍛冶師として、何より鍛冶師達(かれら)主神(おや)として絶対に行えない。

 

「お金ならヴァルドがちゃちゃっと稼げるでしょ。あの子に頼まないの?」

「あんまりあの子に頼りすぎるのは………」

「私には頼ってくるくせによく言うわね?」

「わ、悪いとは思ってるよ! でも、あの子だと眷属だから返さなくていいって言いそうだし………その点ヘファイストスなら何百年経っても返せってきちんと言ってくれるだろうから」

 

 自分のわがままには、きちんと金は返したいということか。志は立派だが先立つ物がないなら妄言だ。ヘスティアがこういったことの約束を破るような神ではないと知っていても、頷けない。

 

「俺からも頼む、ヘファイストス」

 

 と、その時扉が開き人が入ってくる。ヴァルドだ。ヘスティアが驚いている横で机に置かれたバックパック。中には大量のドロップアイテムやダンジョン鉱石。

 

「ヴァ、ヴァルド君!? 何でここに!?」

「武器の話を聞いてから宴を行くことを決めて、数日は帰らないと宣言した。おまけにヘスティアは俺が住み着いたばかりの頃ヘファイストスについて話していたろ」

「な、なるほど…………」

「久し振りねヴァルド。ノックぐらいしたらどうなの?」

「椿が鍛冶師相手にノックなどせず入ればいいと言っていたぞ?」

「あの子は………」

 

 はぁ、と呆れたように息を吐くヘファイストス。

 

「ヴァ、ヴァルド君………でも、これはボクが…………」

「ベルはお前の眷属である前に、俺の弟子でもある。彼奴の武器と言うなら俺も払うのが道理だろう」

「そ、それはそうかもしれないけど………」

「…………俺の弟子、ね…………【剣姫】の時とは対応が違うのね?」

「あの時【ロキ・ファミリア】は既に大手だ。態々俺が出すより確実だった」

「…………それもそうね」

 

 ヘファイストスはバックパックの中身を確認しながら頷く。少なくとも当時の彼ではこれらは用意できなかったろう。

 

「ヴァ、ヴァルドくぅん…………」

「情けない声を出すなヘスティア。先程も言ったが、ベルは俺の弟子だ………」

「う、うう………解ったよお。でも、せめてお金はボクから君に………」

「必要ない」

「いやボクにも主神(おや)としてのプライドが………」

「なら、材料費はいらないからそれを抜いた、働きに見合った金額を私に払いなさい」

 

 子供に頼りきりなのがそんなに嫌なのか、食い下がるヘスティアにヘファイストスが落とし所をつける。

 

「う、うん。解った、それなら………いいかい、そこから先は依頼したボクが払う! 君は気にしないでくれ!」

「………主神の命なら従うまでだ。ではなヘファイストス、俺は椿に用がある」

「あの子なら鍛冶場にいるわ。場所、変わってるけど今は槌を振るってるから………」

「なら、問題ないな。彼奴の音なら覚えている」

 

 ヴァルドはそう言うと部屋から出ていった。

 

「それでヘスティア、ヴァルドの弟子ならその子の武器は長剣でいいの?」

「え………そ、そうだけど」

 

 そう、と一言呟いてヘファイストスは壁に作りつけられた棚に向かう。新品同然に磨き抜かれているショートハンマーから一本抜き取りバックパックの元に戻る。

 

「って、これ『カエルム・ヌービルム』じゃない………」

 

 ドロップアイテムに混じりバックパックに入れられていたのは、布に巻かれた一本の剣。ヘスティアにも見覚えがあった。

 

「それ、ヴァルド君がオラリオに来た時ベル君に上げてた奴だ。ベル君はそれでダンジョンに潜ってたよ」

「これを? まあ、上層でなら普通の冒険者にも有難い性能だけど」

 

 それでも使いこなせなければ上層最硬のキラーアントは斬れないと製作者自ら認める鈍ら。世界で唯一人しか使いこなせなかった特注品。

 

「これも使えってことね………後は、これ?」

 

 『カエルム・ヌービルム』と同じく布に包まれているドロップアイテム、あるいは鉱石。布を開くと出てきたのは漆黒の塊………。

 

「…………アルテミス?」

「何よ、いきなり」

「あ、いや………ただそれからアルテミスの…………ううん、これはアルテミスの精霊(こども)の気配?」

 

 布が特殊なのか、解いた瞬間感じる存在感。確かに悍ましい相応の力持つモンスターの一部だったろうに、精霊の加護の気配……いや、これは精霊そのものの気配が混ざっている?

 

「詳しくはどうせ教えないでしょうね、あの子。でも、確かにこれはいい素材になる」

「って、まさかヘファイストスが打ってくれるのかい!?」

「そうよ………何、不満なの?」

「そんなことあるもんか! 嬉しいに決まってるよ!」

 

 からかうように言うヘファイストスにヘスティアは満面の笑みで不満を否定する。天界の様に『神の力(アルカナム)』を使えない制限があるとはいえ、鍛冶を司る神の腕は文字通りの神業だ。

 

「でもそれは、あくまで業………技術としてよ。それ、解ってる?」

「もちろん! ヘファイストスの技術は天界でも誰にも負けないのをボクは知ってるぜ!」

「………………」

 

 自分を信頼するヘスティアに、ヘファイストスは何とも言えない顔をする。まあ、悪い気はしない。

 

 

 

 

「………………」

 

 鉄を打つ音が聞こえる。昔はどれもこれも同じに聞こえたそれは、しかし何度かその光景に立ち会う内に、少なくとも一人、違いが分かるようになった。その音に導かれるように、迷いなく歩く。

 

「ここか………」

 

 ノックせず扉を開けば、開け放たれていた窓からも抜けきれず籠もっていた熱気がムワリと襲う。部屋の隅の炉の近くには鉄を打つ眼帯をした褐色肌の女。

 鉄床(アンビル)に乗せた鉄を打つ音が響く。鉄から発せられる熱気ゆえか、極度の集中や体力の消耗ゆえか汗を流しながらもその女は猛々しい職人の顔に笑みを浮かべていた。

 やがて鉄を打つ音が止み、鋏で剣身を持ち水に浸ける。じゅううっ、と立ち上る湯気。研がれ、磨かれていく刃。柄と鍔を組み合わされ一振りの剣が完成した。

 

「……椿」

「む?」

 

 片手に持つ剣をまじまじ眺めていた彼女はヴァルドの声に気づき振り返り、右目を丸くする。

 

「おお! ヴァルドではないか、帰ってきたのか!?」

「ああ。数日前にな」

「そうかそうか。で、ここに来たと言うことは手前に打ってほしい武器があるのだな?」

「……何をしていた、とかは訊かないんだな」

「訊いたところで、手前にはなんの関係もないことであろうよ。手前は鍛冶師でお主は剣士。我等の間にある関係は、これだけで十分よ」

 

 はは、と豪快に笑う女………椿・コルブランドの言葉に違いない、とヴァルドも同意した。

 

「それより工房に籠もりきりで人肌が恋しいのだ。抱きしめさせろ!」

 

 赤い袴に、さらしを巻いただけの露出度の高いハーフドワーフ。ハーフだからか、短足短腕ばかりのドワーフの血を引く身でありながらスラリと長い手足に細いくびれと、豊満な胸。女としても極上の肢体を持った美女が両手を広げ迫ってくるのを、ヴァルドは困ったような顔を一瞬浮かべ、大人しくされるがままになる。

 

「ああそうだ、事後承諾になるが『カエルム・ヌービルム』、あれを弟子に渡した」

「ほう、【剣姫】にか? 武器など所詮は消耗品よ。永遠に使い続けられる武器などないから好きにせよ。しかしなぁ、言っては悪いが、あれを下層でも使えるのはお前ぐらいのものであろうよ」

「いや、オラリオの外で見つけた弟子だ。せいぜい上層でしか使えないが、今ヘファイストスが造る武器の材料になってるだろうよ」

「ほう!」

 

 と、その言葉に椿は弾んだ声を出す。

 

「どうせ今のお前は使わず他の誰にも使いこなせぬ剣だ。主神様の手で生まれ変われるならなんの不満があろうか。で、わざわざそれだけを言いに来たのか?」

「いや、お前も言っていたように制作依頼だ」

 

 そう言って取り出されたのは、真っ黒な肉の塊。

 骨や爪、牙などはまだ解るが肉? 革なら戦闘衣(バトルクロス)の材料と理解できるが。

 

「これで一振り、剣を造って欲しい」

「これでかあ?」

「ああ。あと念の為この特別調合された毒消しを渡しておく」

「毒あるモンスターの一部か。とは言え死体にそこまで…………ん? いや……これは()()()()()()()?」

「ああ、()()()()()()()()。モンスターにでも食わせりゃたちまち体を乗っ取るだろう。俺の雷霆で散々焼いて、残った部分だ。一番生命力が強かったんだろう。それで一振り、剣を頼む」

「手前も生きている肉を使って剣を打つのは初めてだ。というかこれで特殊武装(スペリオルズ)を造れとでも? どう考えても『神秘』持ちの領分であろう。ちょうど【フレイヤ・ファミリア】の黒妖精(ダークエルフ)の剣を造った呪詛師(ヘクサー)が──」

「知らん」

 

 鍛冶師としてのプライドはあれど、だからこそ十全に力を引き出せぬ依頼ならば他所に頼めと言おうとした椿だったが、ヴァルドが遮る。

 

「【フレイヤ・ファミリア】の【外面厨二病黒妖精(ダインスレイフ)】なら知っている。Lv.6の専用武装なら、なるほど確かに一級品だろう。だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()…………」

「………む」

 

 鍛冶師としてなんとも嬉しい褒め言葉………を通り越してもはや口説き文句に照れくさそうに頬をかく椿。

 

「そうまで言われては最早断らんがなあ………これの力を引き出せぬというのは」

「問題ない。鍛冶師としてはお前を一番に置いているが、『神秘』として一番に置くのは別だ」

「ふむ? もしや【万能者(ペルセウス)】との合作を造れと?」

『いいや、私とさ』

 

 不意に聞こえた、二人だけの室内に響く第三者の声。第一級(Lv.5)であり自らもダンジョンに潜り怪物を倒してきた椿の感覚が、すぐにある方向に何かが存在していることを捉える。

 何も映らないが、何かがいる。椿に気付かれ観念したのか、空間に浮かび上がるように黒ずくめのローブを纏った謎の人物が現れる。

 

「はじめまして【単眼の巨師(キュクロプス)】。私は訳あって名を隠させてもらうが、ヴァルドとは個人間での取引をする間柄にある魔導師(メイジ)。今回はそちらのドロップアイテムで造られる剣に特殊効果を付与する依頼を受けた」

「その二つ名はよしてくれ、怪物(モンスター)のようで好かんのだ。しかしなるほど? お主と共にこのドロップアイテムを加工すればいいのだな?」

「そういうことになる。剣の制作においては役に立たずとも、そのドロップアイテムの力を引き出すということに於いては役に立てると自負しているよ」

 

 とはいえ、かなり怪しいともローブの人物自体自覚している。知人の紹介とはいえそう簡単には頷かぬだろう。そう思っていたが………

 

「よし! では始めるぞ!」

「…………は? いや………え? し、信用するのか? こう言っては何だが、私はかなり怪しい見た目をしているぞ」

「だからどうした。見た目など、腕になんの影響がある。それにヴァルドが紹介したのだ、手前が信じる理由はそれで足りる」

「だ、そうだ。期間は?」

「何を他人事のように言っておるか、お主の雷霆に耐える肉なのだろう? 手前の炉では火力が足らん。お主の雷霆(魔法)で焼け」

「………………解った」




ヴァルドの情報
白髪紫眼で【ロキ・ファミリア】にいるだけありイケメン。ランクアップの偉業が毎回半端なく、女性人気をフィンと1、2を争うほど。
現在はある女に言われ髪を伸ばしており、ポニーテール。昔ベルに引っ張られた。髪留めは自作。
纏っている黒いコートはとある黒髪エルフとダンジョン探索中異常事態(イレギュラー)で発生した漆黒の獅子の皮から作られており、高い防御能力を誇る。
長剣は獅子の牙とミスリルを使った特注品だったが知り合いに新しい長剣の制作を依頼した。
シルの飯を食べると『加護』の影響で味も食感も、何一つ感じない。栄養だけは取れる。
歓楽街での好きな種族はエルフ、獣人、人間、ドワーフ、小人の順。アマゾネスは嫌いではないが苦手な部類。
入団したてのベートをボコボコにしたこともある。
実は甘味が好き。


漆黒の獅子 推定推奨能力値Lv.6の迷宮の孤王(モンスターレックス)級 出現場所28階層
全体的な特徴は3周りは巨大なライガーファング。ただし鬣が生えており、縞模様は黒い毛並みなので存在しない。
魔法、物理どちらに対しても高い耐性を持つ毛皮を持ち、殺傷能力の高い爪や牙を振るう。
当時のヴァルドの剣では毛皮を斬れなかったので大口開けた際歯茎を切り牙を奪い突き刺した。ドロップアイテムは毛皮と牙。毛皮は革にしてレザーコート。牙は剣に混ぜ込んだ。
因みにLv.5になって約一年の頃。ランクアップはしなかった


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怪物祭

椿が初めてヴァルドを見て思った印象は砥石で出来た剣。
自らも剣でありながら周りに己のあり方を示し、研磨する。嘗てのヴァルドのあり方に魅せられ先を目指した冒険者は少なくない。


聖女が初めて思ったのは他者を顧みず己を顧みない救済装置。他人の命を助けるくせに、自分が死んだ際死ぬ命は気にするくせに、心は気にしない破綻者。
誰かのために身を削れるのは素晴らしい、だが身を抉るのは違うだろうと思っている。
命を救われたことあり、その事を恩に感じているが同時に自分達もせめて己の身を守れていたらと引け目を感じている。


 逃げる逃げる逃げる。

 主神を抱えて、モンスターから逃げる。迫りくるは純白のモンスター。両腕に引き千切られた鎖がついた枷を持つ巨大な猿。

 名をシルバーバック。上層にて出現する怪物の一種。狙うは幼い容姿をした女神。()()()()()()()()()()()、怪物は兎を追いかける。何で、こんなことに!?

 女神を抱え走る少年、ベルは内心で悲鳴を上げる。

 怪物祭(モンスター・フィリア)の存在を知ったのは、つい先程。『豊穣の女主人』の店員アーニャにいきなり「はいこれ」と財布を渡されルノアに休みを取ったシルが財布を忘れたから届けてほしいのだと説明してくれた。

 シルを探していると、数日帰ってこなかったヘスティアと合流し、エイナとほんの少し会話をしてシル探しを続けていたら急に周りが騒がしくなり、そのモンスターが現れた。何故かベル達を………否、ヘスティアを執拗に狙っている。

 

「か、神様! なんであのモンスター神様を狙ってるんですか!?」

「し、知るもんか! 初対面だよ!」

 

 通行人には目もくれずヘスティアだけを狙うというモンスターらしからぬ行動。まさか、操られている?

 何となく感じる視線。これが、この騒動の首謀者? しかし、視線はヘスティアではなくベルに注がれている?

 モンスターの視線と何者かの視線、2つの視線を感じながら逃げるベルは、宛もなく走り回り………

 

「っ……ベル君、だめだっ、こっちは……!」

「えっ!?」

 

 ヘスティアの言葉にハッと意識を取り戻し、すぐにその言葉の意味に気付く。そこには雑多な空間が広がっていた。

 捩れたような何本もの通路、壁から不自然に飛び出した正方形の部屋、入り交じる無数の階段。それは地上の迷宮、『ダイダロス通り』。迷い込めば二度と出られないなどと揶揄されるほどの複雑怪奇な広域住宅街。

「グゥオオオオオオ!!」

「「っ!!」」

 

 姿は見えぬが、咆哮は聞こえる。迫りくる足跡も聞こえる。ヘスティアはくそう、と叫んだ。

 

「ええい! こんな形で渡すなんて!」

「え、か、神様!?」

「受け取れ、ベル君!」

 

 そう言ってずっと背負っていた布に包まれた何かを渡してきた。

 

「こ、これは?」

「君の新しい武器さ!」

「ええ!?」

 

 困惑しているベルだったが、シルバーバックが追いついてくる。慌てて布を解くベル。

 

「ゴアア!」

「つぅ!」

 

 モンスターの拳が布から取り出された剣の鞘に叩きつけられ、ベルの体が僅かに浮き上がり飛ばされる。

 

「フー……グフゥ………」

「あわわ!」

 

 吹き飛んだベルに興味を持たず、ヘスティアを睨むシルバーバック。どうせ逃げられないと思っているのかノソリと近づき手を伸ばし………

 

「その人に、触るな!」

「グゥ!!」

 

 ベルが鞘に収められた剣で殴りかかる。それに反応し腕を振るい鎖を鞭のように扱うシルバーバックだったがベルは直前で身を低く屈め、体全体を伸ばしながら突きを喉元に放つ。

 

「ギャウ!?」

 

 筋肉の鎧に覆われたシルバーバックだが、気道周りは薄い。そこを攻撃され反射的に飛び退き「げぇげへ!」と咳き込み、怒りに満ちた目でベルを睨む。

 

「よしベル君、一時撤退だ! 【ステイタス】を何処かで更新するぞ!」

「え? あ………は、はい!」

 

 さあやるぞ! と意気込んだベルだったがヘスティアが背中にひっつき叫ぶので慌てて走り出す。

 

「ガ、ガァ! ガルアアア!」

 

 その後を慌てて追おうとして咳き込み息を整えるシルバーバック。直ぐに怒りで顔を歪ませ走り出す。

 

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:G281→E459

耐久:H124→F334

器用:G255→E437

敏捷:F333→D563

魔力:I0   』

 

(全アビリティ熟練度、上昇値トータル800オーバー!? というか俊敏はともかくこの耐久、どんだけヴァルド君にボコボコにされてたんだ!?)

 

 ここでモンスターの仕業と思えないあたりがヴァルドクオリティ。

 

「と、とにかく行くんだベル君! 今の君()ならやれる!」

 

 

 

 

 

「いーい、ヘスティア。良く聞きなさい」

 

 その剣を渡す時、ヘファイストスはヘスティアにその剣の特徴を伝えた。

 

「モンスターの甲殻、ミスリル、精霊の力、あんたの髪………色々材料が特別だけど、それでもこれは欠陥品。『カエルム・ヌービルム』とは違った意味でね」

「欠陥品?」

「この剣にはあんたが【神聖文字(ヒエログリフ)】を刻んだ通り【ステイタス】が発生している。()()()()()()()この武器は」

 

 それはつまり『神の恩恵(ファルナ)』を授かった眷属ということ。【経験値(エクセリア)】を糧に、この武器もまた進化する。

 ヘスティアの眷属にしか使えない、武器としては欠陥品。造り手の手から離れ勝手に『最強』へと至る邪道。

 

 

 

「オオオオオ!」

「グオオオオオ!」

 

 ベルの【ステイタス】更新の影響を受け、一歩最強へと近付いた剣を手に、シルバーバックに迫る。シルバーバックもまた、鎖を振り回し目の前の兎に向かい攻撃する。

 しかし、当たらない。動きは単調。速さも足らない。

 そんなもの、ベルに当たるはずがない。彼を鍛えたのは人類史の中でも最高位の剣士。

 

「ああ──!」

「っ!!」

 

 ザン、とシルバーバックの胸が切り裂かれる。内部の魔石を斬られ、シルバーバックの肉体は灰へと変わり崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「【毒舌小型猫(ヴァナ・フレイア)】、【根暗厨二黒妖精(ダインスレイヴ)】、【インテリ眼鏡妖精(ヒルドスレイブ)】に………【4Pカラー兄弟(ブリンガル)】………錚々たる面子だな。街で暴れてる怪物退治は良いのか?」

「てめぇ、今なんか馬鹿にしただろ!」

 

 Lv.6が3名、一歩劣るがその連携はLv.6も圧倒すると言われるLv.5の4人。【勇者(ブレイバー)】や【重傑(エルガル厶)】ですら圧倒できるであろう集団を前に、ヴァルド・クリストフは慌てることなく己を取り囲む相手を見回す。

 

「チッ、まあいい。てめぇはここで大人しくしていろ。モンスター共は被害を出せねえよ」

「繋がりを隠そうともしないのか」

「知られたところで何が出来る。せいぜいがペナルティを言い渡されるだけだ」

 

 それが都市最大派閥の特権。三大クエストの悲願を達成させたいギルドは【フレイヤ・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】、例外的に【イシュタル・ファミリア】などに強く出られない。

 ましてや今のヴァルドは団員数2名の弱小派閥(ファミリア)。与えられる罰などたかが知れている。

 

「それだけの権威を許されるのなら、それに相応しい器を得てほしいものだがな」

「品行方正な英雄にならてめえがなってろイカれ野郎」

「フレイヤ様の寵愛を拒絶したくせにチビ女神に改宗(コンバージョン)したロリコン」

「フレイヤ様以外の評価とかどうでも良いんだよ若白髪」

「ロン毛似合ってるぞ、女みたいでな。女装でもしてろ」

 

 呆れたようなヴァルドの言葉に小人の4人が毒舌を飛ばす。

 

「品性など、あの女の眷属に求めるわけがないだろう」

「………おい、状況を解っていってるのか? この数相手に、よくもまあ啖呵を切れる」

「ク、ククク………蛮勇な……ぐ、愚者は躯を晒すが精々」

「だまれ根暗」

「ひぅ!」

 

 ヴァルドに睨まれ「なんで俺だけぇ」と涙目になる黒妖精(ダークエルフ)

 

「あの猪、あれから7年経ってまだLv.7らしいな。あとは試練を超えるだけだろうに」

「今彼奴は関係ねえだろうが……」

 

 目の前の自分達を無視されて、世間話でもするかのように気に入らない団長の名を出され猫人(キャットピープル)の顔が不快げに歪む。

 

「そうだな、あの猪もお前達と同じだ。大神(ゼウス)女神(ヘラ)の足元に及べて満足する。まあ、フレイヤの身の程を良く表している」

「──!!」

 

 瞬間、殺意が膨れ上がる。猫人(キャットピープル)の姿が消えるのはそれと同時。他の者達が動かなかったのは、彼が一番に攻撃を当てると、悔しいが理解していたから。

 事実銀槍の穂先はヴァルドの片目に当たる。当たる、だけだった。

 

「…………あぁ?」

 

 剥き出しの人体の中でも特に柔い眼球に、神速の一刺しはまるで損傷(ダメージ)を与えない。

 

「っ!?」

 

 ギョロリと瞳が動き、猫人(キャットピープル)は慌てて距離を取る。次だとばかりに飛び出してきたのは黒の妖精。振るわれた剣は首を切り落とさんとし、しかしやはり刃が食い込まない。

 

「てめぇ、何をしやがった………! どんなカラクリだ!」

「何も。強いて言うなら、耐久で防いだ」

「抜かしやがれ!」

 

 そんな事、あるはずがない。それは耐久に秀でた上で位階(レベル)差がある相手だけ。ヴァルドはその在り方から耐久が上がりやすいが、それだけだ。猫人(キャットピープル)の銀槍は当たりさえすれば、癪だが最強と認めざるを得ない彼等の団長にもダメージを与えられる。

 

「オラリオの外で、生温い環境で5年過ごしたてめぇが、どうやってそこまでの耐久を得るってんだ。寝言は寝て言いやがれ!」

「俺以上の環境にいたというのなら、何でまだ5年前の俺と同じLv.6のままなんだお前等」

 

 ヴァルドはそう言うと背負っていた長剣の柄を握る。巻き付いていた布が解け漆黒の剣身が顕になる。

 

「品性など求めないが、最強を名乗るなら、ゼウスとヘラ(彼奴等)に最強を()()()()ならば最強へと至れよ。失望させるな美神の眷属(エインヘリヤル)

「てめぇも()()か………鎧野郎といい、見下しやがって!」

「軽いな………微風よりかはマシな程度だ」

「っ!!」

 

 片手で槍を受け止めるヴァルド。指で挟むでも柄を握るでもなく、掌で、僅かな傷一つ作ることなく………

 

「『毒』は使わん。『黒風(かぜ)』で済ませてやる。せいぜい足掻け、俺に期待を持たせてみせろ」

 

 ドグン、と()()()()()()。黒い風が剣から発生し、ヴァルドを覆う。

 山を吹き飛ばし、谷を崩し、森を枯らし、大地を穢し、暴威を振り撒いた『陸の王者』の権能の一端が開放された。

 

 

 

 

 

「ぐ、う………」

「あが………」

 

 黒き竜巻が美神に仕える冒険者達を一蹴し、その中心に立つヴァルドは街中から聞こえる悲鳴に眉根を寄せる。

 多すぎるし広すぎる。モンスターの気配が、二桁では足りない。

 

「オオオオオ!」

「何だ、此奴は?」

 

 と、地面を破壊しながらやってきたハエトリグサのようなモンスターを()()()()、見たこともないそのモンスターに更に顔を歪める。

 新種……。まさか、深層のモンスター? だとするなら、【ガネーシャ・ファミリア】が地上に持ってくるなど…………いや、今はどうでもいい。

 

「【奔れ(クレス)】」

 

 ヴァルドの足から雷光が走る。次の瞬間、都市の各所、上級冒険者が居らず蹂躙されかかっていた戦場で、モンスター達の頭部が吹き飛んだ。

 

 

 

 

「っ………流石にこの速度は脚に来るな」

 

 地面を削りながら静止したヴァルドは己の状態に顔をしかめる。急ぎ向かう必要がある場所を優先的に排除したが、それでもまだ数十体残っている。

 冒険者達が相手する音が聞こえるが、だからといって彼等に任せる道理はない。まだ足の神経が焼けており、『不死身』のアビリティで治り始めてはいるが完治には時間がかかる。まずは近場から…………

 

「ヴァルド?」

「アミッドか?」

 

 と、角を抜けると銀髪の少女がヴァルドの登場に目を見開き驚愕していた。思わぬ再会にヴァルドもほんの一瞬固まり、しかしすぐに「アミッドちゃんを守れー!」と叫ぶ冒険者達に囲まれた3匹の食人花に目を向け………

 

「不要です」

 

 しかしアミッドは助力を拒み、腰の後ろに挿していたショートソードを抜き食人花を斬り刻む。

 

「私は貴方に守られなければいけないほど、弱くはない。他の場所へ」

「ああ…!」

 

 ここに助けは要らない。ここだけではないだろう。

 食人花相手に戦える冒険者は居る。戦えぬ者が居る場所に向かい、ヴァルドは駆け出した。

 

「…………あの脚でよく走れますね」

 

 そんなヴァルドを見て銀の聖女は呆れたように呟くのだった。




エニュオ「え、あのトンチキ帰ってきたの? まあ街中にモンスター放てば狂乱(オルギア)を止められ………え、止めた? 嘘だろ」



アミッド
この作品で一番強化された戦う治療師(ヒーラー)


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最強の座

「速いわねえ………私には、何も見えなかったわ」

「5年前よりも、遥かに速くなっております。おそらく、アレン以上に」

 

 オッタルの評価にフレイヤはそう、と目を細める。

 

「やっぱり素敵ね、あの子も。光に焦がれ、光を求め、自身も輝く(ひかり)のようだというのに、まるで満足していない」

 

 宝石を眺める貴婦人のように、熱に浮かされる娼婦のように、恋に溺れる少女のように、女神は美しく微笑む。

 『彼』の弟子に『ちょっかい』をかけて観察した後、見覚えのない怪物が都市各所に現れ折角のいい気分を台無しにされた瞬間、黒い竜巻が自身の眷属達が向かった方向から吹き荒れ、次に雷光が都市を駆け巡り新種のモンスターの8割を殺し尽くした。

 残りの2割もその場の上級冒険者や、再び雷光にはならずとも疾風の如き速度で駆け回る『彼』に討伐されていく。そして………

 

「無遠慮に舐め回す視線はやめろ、フレイヤ」

 

 ザッとオッタルとフレイヤが佇んでいた建物の屋上に足音と声が響く。

 オッタルもフレイヤも驚愕することなく振り返る。

 

「いいじゃない、女の子は何時だって気になる子を目で追ってしまうものなのよ?」

「子と言う歳でもないだろう」

「もう、貴方って何時もそうね」

 

 と、少女のように拗ねて見せるフレイヤに現れた青年、ヴァルドは眉根を寄せる。

 

「お前達美の神が何時も俺の神経を逆なでするからだろう。正義の女神(アストレア)炉の女神(ヘスティア)を見習え」

「ヘスティア……そう。貴方、ロキのところから抜けてあの子の眷属(こども)になったのよね。私だってさんざん誘ったのに」

「好みではない」

 

 バッサリと美の女神の流し目を切り捨てるヴァルド・クリストフ。きっと多くの者が驚愕するであろう光景を、オッタルはむしろ当然だというような顔をしており、それに気づいたフレイヤがジトっと睨む。

 

「方法は定かではないが、お前もまた一歩高みへと至ったか」

「………一歩?」

 

 オッタルの言葉にピクリとヴァルドが肩を震わせる。明らかに不機嫌になったヴァルドにオッタルが困惑した。

 オッタルとヴァルド・クリストフ。嘗て都市最強の座を巡る【ロキ】と【フレイヤ】それぞれの派閥に居ながら、二人は決して仲が悪くはなかった。寧ろ良い方だ。

 オッタルは【ゼウス】や【ヘラ】に泥をかぶらされていたことを知らず彼のこれまで(人生)を過酷で華やかなものだと称える若き世代の中で真に己を理解するヴァルドに好感を持っていたし、ヴァルドもまた敗北の味を知り己の主神(女神)のために前に進むオッタルにある種敬意を覚えていた。

 【暴喰(ザルド)】との決着を譲ったのは、それこそがオッタルの試練であると知識以上に付き合いで理解していたからだ。

 故に、ヴァルドがここまでオッタルに敵意と失望を向けるのは初めてである。

 

「気づけば久方振りに酒でも飲み交わそうと思ったがやめだ。お前とは此方があっていた」

 

 何かの魔道具(マジックアイテム)なのか、ヴァルドが柄に手を添えた瞬間巻かれていた布が解け漆黒の長剣が姿を表す。

 

「構えろオッタル」

「女神よ、お下がりください」

 

 オッタルもまた、身の丈ほどもある大剣を構えフレイヤを下がらせる。合図は要らない。踏み込むのは同時。

 激突する剣と剣。オラリオ中に響き渡る轟音を持ってして、力負けした者が吹き飛ばされる。

 

「ぐぅ!?」

 

 建物から足が浮き、それでも尚飛ばされるオッタルは漸く接近した地面を足裏で擦りながら、腕に響く衝撃に目を見開く。決して手加減はしなかった。する必要のない相手である以上に、するのは侮辱に当たると分かっているから。ならばと、殺す気で振るった。

 押し負けた………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で………。

 

「何だその脆弱は。何だその惰弱は………」

 

 降りてきたヴァルドから紡がれる言葉に覚えがある。向けられる感情を知っている。

 

「『頂点』と讃えられることに屈辱を感じていたのだろう。『最強』と謳われることに恥を覚えていたのだろう。『真の最強』に及ばぬことを、お前は知っていたのだろう」

 

 それは怒り。それは呆れ。

 上に立つ者が下の者に向けるその瞳に見覚えがあった。

 

「【英傑(マキシム)】! ヴァルド、お前は既に………!」

「打ち合えばわかる。お前、()()()()()な? ならば後は試練を超えるだけ。何を立ち止まっている。立て、歩け。いいや走れ………『最強』になりたいのだろう? お前の女神こそが頂点であると示したいのだろう? あと2つ足りねえぞこの7年何をしていた」

 

 その領域に立った者が放つ一撃に見覚えがあったオッタルは思わず嘗ての『真なる最強』の名を叫ぶ。ヴァルドは目を細め、剣を構える。

 

目指す先(うえ)が居なけりゃ顔もあげられぬというのなら、立ってやろう。頂きに、上り詰めてみせろ!」

「っ!!」

 

 響く強者の激昂に、オッタルは理解する。

 嘗て己の後にいた後進の少年は、今や己の前に立つ『真の最強』の領域に至ったのだと。

 

「なんたる脆弱。なんたる惰弱! お前の言葉に、返す道理を俺は持たない!」

「ならばどうする猪? 最強の座を奪われ、女神の名に再び泥を落とされて………お前は一体何をする?」

「無論、お前を倒し、その座を取り戻す! 『真の最強』の領域に、踏み入るまでだ!」

「…………それで良い」

 

 ヴァルドはそう言って微笑む。

 

「吼えたなら必ず成せ猪! これは選別……いいや、お前達に合わせて言うなら『洗礼』か」

 

 剣を掲げる。その所作一つ一つに籠もった、昼夜問わず剣を振り続け怪物を殺し続けた愚者の至った頂きが、人の身でありながら数多の武神戦神に神域と讃えられた技術を感じ取れる。

 『強者』が『弱者』へ放つ一撃。目指すべき高みの証明。

 

「【銀月(ぎん)の慈悲、黄金(こがね)原野(げんや)。この身は(いくさ)猛猪(おう)を拝命せし】」

 

 相対させるは己の最強の技。意地ではない。相手を強者と認めた上で、それでも勝つために放つ一撃。

 

「【駆け抜けよ、女神の神意を乗せて】」

「【ヒルディス・ヴィーニ!】」

「【威光よ(クレス)】──」

 

 【静寂】にも匹敵する超短文詠唱と同時に現れる漆黒の暴風。大地を殺す、暴力の具現。

 

「【ジュピター】」

 

 そこに加わるは雷霆、輝かしき英雄の光。

 振り下ろされるのは、やはり合図なくとも同時。オラリオに再び響く轟音、吹き荒れる衝撃。銀の女神は顔を歪め目を覆う。

 決着は付いた。いいや、遺憾ながらこれは決着ですらない。彼等が打ち合ったのはたったの二撃。真に決闘であれば、会話もなくもっと早く終わっていた。

 勝者は始まる前から決まっていて、これは敗者になる男が目指すべき頂きに再び顔をあげるための儀式。

 

「もらうぞ、『最強』の称号」

 

 土煙から飛び出してきたヴァルドはオッタルを抱えながらフレイヤにそう告げた。傲岸不遜にも見えるその態度に言ってやりたいことはあったが、満足そうな眷属を見てやめた。

 

「ええ、いずれ返してもらうわ。ところで、私一人で帰らなきゃ駄目かしら? 貴方がここに居るのなら、アレン達も気絶してるのだろうし」

「…………………」

 

 ニコニコ微笑む女神にヴァルドは眉根を寄せ、オッタルを降ろすとフレイヤを抱える。

 

「オッタル達も後で送る。それでいいな」

「ええ、治療師(ヒーラー)の準備をしておくわ」

 

 

 

 

 

 怪物祭(モンスターフィリア)にて起こったモンスターの脱走。それと同時に現れた、大量の新種のモンスター。

 2つの事件は無関係であると言うのがギルドの発表。方法は不明だが、何者かがモンスターを持ち込んだ。しかし、どうやってあれだけ大量に?

 と、オラリオは不安に包まれる、かと思われた。

 それを塗りつぶすニュースがあった。

 一つは、【フレイヤ・ファミリア】の団長【猛者(おうじゃ)】オッタルの敗北。歓楽街の女神が大笑いしたとかしてないとか。

 しかしすぐにそれは絶叫に変わる。

 英雄の帰還。

 暗黒期を実質的に終わらせ行方不明になっていた第一級冒険者が再びオラリオに現れた。そして、そのランクアップ。

 

 

 

 

 【ヘスティア・ファミリア】所属【剣聖】ヴァルド・クリストフ。Lv.8。

 オッタルを下したのも、彼。

 レベルも、そして実力も最強であることを示した英雄がオラリオに居ることに住民達は安堵し歓楽街の美神はグラスを叩きつけ食人花の大群と後手に回っていた冒険者を見て暗躍ごっこをしようとしていた神々は「ふひひ、さーせん」と自粛した。

 

 

 

 

「Lv.8かぁ………先をいかれた、というか。置いていかれたね」

「オラリオの外で何をしたんじゃぁ、奴は」

「考えるだけ無駄だ。何時の間にか世界を救っていても驚かんぞ私は」

 

 

 

「みてみてアイズ! この人アイズの師匠なんでしょ!? すっごいね!」

「うん、師匠は凄く、凄いよ………」

 

 

 

「オッタル! てめぇ、負けやがったのか!? 何処に行きやがった!?」

「オ、オッタル様ならダンジョンに向かいました」

 

 

 

 

「ヴァルド………」

「帰ってきたようだな、お前の英雄は」

「…………お戯れを。あいつにとって私は、ただそこにいただけの娘です。救うべき多くの一つに過ぎません。特別でも、特例でもない。仲間ですらない。英雄のすべき行動だからやっただけ。役目だから手を差し伸べただけ。どうせ5年も経てば、私のことなど忘れているでしょう」

 

 

 

 

 

 そして都市を騒がせる最強は人気のない路地裏を歩いていた。有名人になりすぎたため、認識阻害のメガネをかけている。

 

「フェルズ、ここらで良いだろう」

「ああ、もう人は居ないようだ」

 

 ヴァルドの言葉に闇の奥から現れたローブの人物。フェルズと呼ばれた者はヴァルドに金の斧を差し出してくる。

 

「本来はハシャーナに届けさせる予定だったのだが、君がいるなら君に任せたほうがいいだろう」

「だとしても急だな」

「30階層で異変が起きた。単独で向かい、リド達と合流してほしい」

「5年ぶりか………俺が救助した異端児(ゼノス)達は?」

「無事、隠れ里まで送り届けた」

「そうか………」

 

 ヴァルドはそう言うと金の斧の形をした魔剣を受け取る。椿の作品だろう、手に馴染む。属性も自分と近い。

 

「それと、これも」

 

 そう言って渡したのは黒い球体。しかしヴァルドが魔力を流すと一瞬でローブへと早変わりした。それを羽織り、ヴァルドは顔を隠す。認識阻害の眼鏡にローブで顔を隠したヴァルドはフェルズに背を向ける。

 

「彼奴等、鍛錬をサボってはいなかったか?」

「ああ、毎日嬉しそうに報告してくるよ」

「そうか。では5年ぶりに揉んでやるとしよう」

 

 そういうと、ヴァルドはダンジョンに向かって歩き出した。




オラリオ各所の反応

「Lv.8ぃぃぃ!? くっそお、何でヘスティアのとこにとられんねん! やっぱり『戦争遊戯(ウォーゲーム)』やあああ!!」
「ロキ! ただでさえ化け物みたいだった師匠がLv.8になってるんすよ!? 勝てるわけ無いっすー!」



「あのガキ! あのガキが、Lv.8だと!? ふざけるな! そんなの、足りない! Lv.6を呼んでも……足りないではないか! 異常魔法(アンチステイタス)呪詛(カース)でなら………いや、彼奴がそんな正攻法でやれるか?」


「それでなぁ! ヴァルドの奴め、『俺が納得できる剣を用意できるのはお前以外にありえない』と………」
「ああ、うん。もう6回目よ、その話……」
「いや全く鍛冶師冥利に尽きる!」
「はあ、これが爆発しろってやつなのかしら………」



「すごいわね、ヴァルド。Lv.8だなんて」
「Lv.4であの化け物女と斬り合えたんだ。今はどれだけのものかねえ」
「そりゃもう不壊属性(デュランダル)もスパスパ斬っちゃうのよ。そして言うんだわ、『またつまらぬものを斬ってしまった』って………!」
「あのお方なら本当に斬ってもおかしくありませんからねぇ」
「流石にそれは………いや、たしかに」


「ぬふふふ! 流石だなぁ、ヴァルドきゅん!」
「みみ、見える! 雷火の怒りを買って太陽が斬られる未来が!」
「うん、今回ばかりは有り得そうだわ」



「あのイカレ野郎がLv.8だぁ!? おいおいおいおい、大丈夫かよこれ………まあ、殺したがってる奴は多いけどよぉ」
「殺す殺す殺す! あの英雄を、あの人を奪った光を!」
「あの人の魂を取り戻すために!」
「泥に染め地に沈め穢しぬいて殺してやるううう!」



「いいのか、彼に会わなくて」
「何度も言いますが、彼奴にとって私は」
「この前、訪ねてきたそうだ。お前が私と回っている時に。彼もお前を忘れてなんかいないよ」
「っ………」




「ヘスティアああああ! よりによって、あの糞女神のもとに、あの忌々しい英雄があああ!? Lv.8!? 大神(ゼウス)に追いついた!? くそくそくそ! 何処までも邪魔を!! 酒だ、酒を持ってこい! もっと酔わせろ!」


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番外編 聖夜の恋の冒険譚 前編

 『大抗争』を勝利して一年。

 多くの冒険者が亡くなったが、闇派閥(イヴィルス)もまた疲弊し第一級に至った【剣聖】を筆頭に若き冒険者達が積極的に動き完全な壊滅とはいかぬまでも街に笑顔が戻ってきている。

 もちろん良いことばかりではないが………具体的には冒険者を目指す者が増えた結果、もしくは『神の恩恵(ファルナ)』を授からぬ身で闇派閥(イヴィルス)の凶刃から誰かを守ろうとして死ぬ人間の比率が上がった。いや、全体的な死者数で見れば下がってはいるのだが。

 とはいえ、『悪夢』の件もあり闇派閥(イヴィルス)の邪神、ネームドの撃破も成功し、結果として数年ぶりに聖夜祭を開けた。もちろん、冒険者達は皆武装をしているが。

 

「とはいえ、恨み言はなくならない、か………」

 

 ヴァルドに向けられた賛美の声に混じった()()()()()()()()()()()()()()を見ながら、リヴェリアはため息を吐く。

 救われなかった者、憧れ挫折した者、憧れ走り出し、走りきってしまった者の縁者から毎日のように届く手紙だ。

 ヴァルド本人は「救えなかったのは俺の未熟。死なせてしまったのは俺の不徳」と受け入れるものだから、リヴェリアは当然憤慨した。懸命に戦い人を救い続けている者が何故恨まれねばならぬのか。

 救われなかったことを差別だと感じているのだろうが、ならば恨むべきは己を追い詰めた者だろうに。ギルドも含めて対処を始め、少しずつ無くなってきたが………。

 

「切り刻まれた人形に、血……に似た赤インクで書かれた手紙。髪の毛の混じったクッキーに……これは、本?」

 

 献上品の中から嫌がらせの品を漁っていると本が出てきた。

 これは、どちらだ? ヴァルドは何気に英雄譚を読むのが好きだが、それを知る者は【ロキ・ファミリア】の外だと【アストレア・ファミリア】の面々か【猛者(おうじゃ)】オッタルぐらいのはず。ヘルメスは何故か知ってても可笑しくないが、彼等が匿名で送る理由はない。

 

「『彼氏としたい6つのイチャイチャ〜聖夜編〜』? な、なんだこれは…………」

 

 あまりにもあんまりなタイトルに、リヴェリアは思わず本を開いてしまう。なにか新手の嫌がらせなのだろうか? と

 

「…………っ!?」

 

 ズックン、と鼓動が速まる。本を開いた手から、脳にかけて何かが流れ込んでくるかのような不快感に顔を歪める。

 

(………たい…………したい…………)

 

 頭の中に響く声。何かをされた? この本は、一体…………。

 

「ぐ、う…………」

 

 目眩がする。息がしにくい。リヴェリアは、机に突っ伏す様に意識を失った。 

 

 

 

 

──……たい…………したい………聖夜の夜に…………とろける恋が、してみたい

 

 

 

 

 

「………リア………リヴェリア、起きろ」

「ん、っう………」

 

 声が聞こえ、目を見開くリヴェリア。肩に添えられた腕を視線で追えば紫紺の瞳が自分を見つめていた。

 

「お前が作業中に寝るとは珍しい。休息が足りていないのではないか?」

 

 おそらくお前が言うな選手権なる何時だったかロキが言っていた神々の大会がこの下界にて行われたら上位にランクインするであろう言葉にリヴェリアは眉根を寄せながら体を起こす。

 

「別段厳選する必要はない。賛美も罵声も、全て俺に向けられたものだ」

「それが理に適わぬなら止めもする。それを受け止めてどうなる」

「…………そうだな。確かに俺は、誰になんと言われようと止まるつもりはない」

 

 不退転の決意を宿した瞳を見て、だからこそお前の後を追う者が、跡を歩く者がいるのだな、と納得してしまう。と…………

 

「ッ!?」

 

 ゾクッと背中を駆け巡る妙な感覚。臍下あたりから登る熱に、リヴェリアの視界が歪んでいく。

 

「リヴェリア?」

 

 その様子に気付いたヴァルドが声をかけてくる。それだけで、はぁ、と熱い息が漏れた。

 

──もう、いい………もう、なんでもいい……誰でもいい!

 

「誰、でもいい…………」

「熱でもあるのか?」

 

 と額に触れようとして、素肌同士は流石に不味いと手を引こうとしたヴァルドの手を掴むリヴェリア。そのまま頬に触れさせる。

 

「ヴァルド………」

 

 その名を呼ぶだけで多幸感に満たされる。上気した頬に潤んだ瞳、ヴァルドは絶賛混乱中。

 

「お前は………近くで見ると綺麗な顔をしているな」

「…………は?」

「ああ、エルフにだってここまで白い肌を持つものはそうはいない。ふふ、睡眠時間を削ってるとは思えない肌だ」

「!?!!?」

 

 スルリとリヴェリアの手がヴァルドの頬を撫でる。スベスべとした陶器のようで、人の温もりと柔らかさを持った指が頬を伝い耳朶に触れる。

 

「私は、お前がまだ小さい頃から面倒を見ていたからな。母親のように見られているのかも、そう思う事は何度もあった。だが今は、一人の女として見てくれないか?」

「【目覚めろ(クレス)】!!」

「にゃ!?」

 

 かなり強力な静電気程度の電撃がリヴェリアを襲う。瞳に宿っていた妙な熱が消え、しばし呆然としたリヴェリアは直ぐにかあっ、と赤くなる。ああこれは叫ぶな、とヴァルドが備えるが、そのままバランスを崩しかける。

 

「おい、大丈夫か? 一体何が………ん?」

 

 と、ヴァルドは妙な気配を放つ一冊の本を見つけた。

 

 

 

 

「『生涯モテなかった女神とその眷属達の呪い』?」

「ああ。これによると『チョーかっこいい男をゲットしてマジ死ぬほどイチャイチャしたかったのに。一人もカレシ出来ないとかありえなくない? マジこの世クソじゃない? 許せなくない? その想いを呪いとして後世に残す………』と書かれている」

「なんて迷惑な………」

「この『モテないチカラ』が呪いとして発露するようだな。それが暴走し、異性同性問わず口説きまくるようになる呪い、らしい」

「真面目にやれ!」

「俺は至って真面目だ、リヴェリア」

 

 リヴェリアが開いてしまった本は呪詛(カース)が宿った『呪いの書』。本が開くことが条件であることから、おそらく呪いの内容は知らず呪いを振りまくという部分だけ知りヴァルドに送られてきた可能性が高い。

 

「なんなんだ、そのふざけた呪詛(カース)は……」

 

 しかも最悪なことにヴァルドを口説いた時の記憶が残っている。

 

「まあ呪詛(カース)ならアミッドに………」

「アミッドならディアンケヒトと都市外の商会と商談しにいっている」

「……………………この呪いは、進行するんだよな?」

「ああ、永遠に誰でも構わず口説き続ける人生になるそうだ」

 

 呪いの書を見ながら答えるヴァルドにリヴェリアは眉間を抑える。クソみたいな呪いなのに、そうなるぐらいなら死を選びたい。

 

「解く方法………まあこれだけやりたかった願いを書いているのだから、【モテない女神達】の執念が宿ったお前がこれを行えば解けるのでは?」

「こんな訳のわからん呪いを残すような奴らが考えた、異性としたいことを?」

「現状それしか手段がないのだ、仕方ないだろう。とりあえずお前の恥を広めぬであろうエルフを………」

「私にこれ以上恥を広めろと?」

「………俺がやれと、そういうのか?」

 

 現状このことを知るのはヴァルドとリヴェリアだけ。他の誰かに頼らなければ、それ以上知られることはない。

 

「本来俺に向けられた呪いだ。お前がやれと俺に望むのなら、応えよう」

「そうか、やれ」

 

 

 

 『冷え込んだ町中で、先に待っているカレ。アタシは少し、イタズラをしたくてそっと近寄るの。少し冷たくなった手で、カレの首元に触れる。うわあ! あはは、びっくりした? したよ。たく、冷えてるじゃないか。カレはそう言ってアタシの手をそっと包んで温かい吐息を吹きかけた』

 

「………………」

「………………」

 

 数年ぶりの聖夜祭。賑わう人々の中で、異質を放つ二人組。

 男の首元に手を伸ばし触れられず固まるリヴェリアと、触れるのを待ち続けるヴァルドだ。どちらも認識阻害のメガネをかけている。あくまで誰かわからなくするだけなので、エルフの女がヒューマンの男の首に手を伸ばし固まるという妙な光景に段々と視線が集まっていく。

 

「まだか………」

「待て……まだ、少し待て。これは呪いを解くため、解呪のため………」

「………………」

「ひゃあ!?」

 

 流石に焦れてきたヴァルドが体を傾けリヴェリアの手に首元を触れさせる。リヴェリアが真っ赤になって叫び後ずさる。

 

「なな、何を!?」

「お前がちんたらするからだ。次だ」

「そ、そうだな。つ、次…………次?」

 

 

 『カレはそう言ってアタシの手をそっと包んで温かい吐息を吹きかけた』

 

 

 やるのか、今ここで!?

 

「ま、待てヴァルド! こっちのほうが心の準備がいる!?」

 

 と、リヴェリアが差し出していた両手を慌てて引こうとするが、その前に包まれる。ヴァルドのマフラーによって。

 

「………へ?」

 

 困惑するリヴェリア。ヴァルドはマフラーに包まれた手にそっと口をつける。それはさながら、騎士の忠誠の口づけ。

 

「良し」

 

 と口を離しマフラーを解く。

 

「………は? ……………え? ……は?」

「マフラーで()()()、息を吹きかけた。見ろ、良かったらしい。ページから妙な気配が消えた」

 

 ヴァルドの言うとおり、本の纒う禍々しさが薄くなった。呪いが一つ消えたのだろう。なんだか釈然としない…。

 

「次は…………『カレと手を繋ぐ』だそうだ…………」

 

 

 

 

『彼が温めてくれた手は、寒い夜風にさらされてまた冷たくなってしまう。手袋を忘れたばっかりに、なんて思ってた。彼が手袋を片方貸してくれて、もう片方の手を大きな手でそっと握る。もう心までポッカポカ』

 

 これを彼氏がいないどころか呪いを遺すほどモテなかったと考えると男友達すらいない者達が自分のしたかった妄想を書いていると思うと………かなりきつい。

 

「……………………」

 

 そして、これもまた手袋を渡すまではいったが手を繋ぐ時になってリヴェリアが固まる。後少しだというのに………。

 

「リヴェリア………」

「わ、解っている! 解っては、居るんだ。ええい、お前から握れ! 本にもそう書かれているだろう!」

「それはそうだが、さっきと違って暫く歩かなければならないようだ。お前のタイミングで…………と、すまない」

 

 人が増えてきた影響で、ドンと誰かにぶつかる。つったていても邪魔だろうと移動しようとリヴェリアに提案しようとしたヴァルドは、ジッとこちらを見つめてくるぶつかった女性…………アマゾネスに気づく。

 

「ん〜? 顔が、よく見えない。でも、解るわ。あなた強いでしょう? ねえ、せっかくの聖夜なんだもの、私と甘い夜を過ごさない? ほら、あっちに私の店があるの。ただでいいわよ?」

 

 スルリとヴァルドに腕を絡ませ、胸元をはだけさせるアマゾネス。明らかにヴァルドだけに己の豊満な胸の全てを見せている。ブチッとリヴェリアの中で何かがキレる。

 

「結構だ。こいつは今夜、私と居る」

「………そういうことだ、悪いな」

「そう? なら、今度遊びに来てね」

「っ!!」

 

 ヴァルドに腕を絡め引っ張るリヴェリア。アマゾネスはそれを見て楽しそうに笑うとヴァルドの頬に艶めかしい仕草でキスをして去っていった。

 

「まったく種族的な特徴とはいえ、これだからアマゾネスは……お前も良く歓楽街に行ってるらしいが、節度を弁えているだろうな」

「当然だ。むしろアマゾネスが節度を弁えず乗り込んでくる」

 

 第一級冒険者にして『大抗争』の折、最強の一角を第二級冒険者の身で打倒したヴァルドは強い雄を好むアマゾネスにそれはもうモテる。アマゾネス程でないにしろ、自身もモンスターと戦える女冒険者も強い男を好むので彼女達からもモテる。

 そういえば恋文も混じっていたな、とリヴェリアは不機嫌そうに鼻を鳴らすのだった。

 

 

 

 

 もう読むのはやめよう。

 次は2種類のケーキを頼んで、それぞれ食べさせ合う。なお、フォークは二人合わせて2つだけ。取り替えないこととする。あとイチャイチャトークをするらしい。

 

「あ、あ………ああ、あ〜ん…………」

 

 恥辱に震えるリヴェリアのフォーク。口にした瞬間恥ずかしがったリヴェリアが思わず突き出してきそうだったので、早業で喰らう。

 

「あの本を送った者、必ず見つける! うむ!?」

 

 リヴェリアがダークサイドに落ちそうになったので大きめに切り分けたケーキを突っ込む。

 

「…………うまい」

「それは何よりだ」

「……………慣れているな」

「昔はアイズの腕を折ってたからな。その後の世話は俺がやってる。慣れもするさ」

 

 そしてリヴェリアが叱る。そこまでが流れだ。

 

「お前の教育方針は過激にすぎる」

「だがアイズ自身が望んだことだろう。事実お前より俺に懐いている」

「力を欲していたからな。そしてお前は己を超える後継を欲していた。傍から見る私達は気が気ではなかったな。だというのに、お前に懐くし」

「お前は叱ってばかりだからな」

「叱らねばならぬことをお前達がするからだろう……」

 

 リヴェリアは呆れたように言う。ヴァルドも自覚はあるのか目をそらし、しかし改善する気はないので謝らない。リヴェリアがジトっとした視線を向ける。

 

「アイズが将来お前のようになってしまうかと思うと不安で仕方ない」

「俺のようにはならんだろう。お前がいるのだから」

「自分のようになるのを止められるべきことだと思うのなら、もう少し己を見直したらどうなんだ?」

「見直した上で、直すべきだと自覚して、直さないだけだ」

「子は親を見て学ぶ。私が居るというが、お前だってあの子に………どうした?」

「呪いが弱まった」

「何? 今の会話のどこに『イチャイチャ』があったと言うんだ?」

 

 だが、順調にことが進んでいる。そう思った時だった………。

 

「っ! こ、れは………」

「『発作』か!?」

 

 弱まっていたはずの瘴気が強まる。ヴァルドはリヴェリアの手を引き人気のない場所へ移動した。

 

「大丈夫かリヴェリア………大丈夫じゃなさそうだな」

 

 トロンと熱に浮かされたような瞳を向けてくるリヴェリア。ヴァルドとて情欲も性欲も持ち合わせている。これは、結構キツい……

 

「どうした? 固まって、緊張しているのか?」

 

 普段の彼女からは考えられない至近距離で顔を覗かれ、普段の彼女ではありえない、熱に浮かされた笑みを浮かべる。

 

「かわいいなぁ、お前は。知っているぞ? お前がこうして、ほんの少し休むようになったのは誰かのためだということを…………自分の後を追い、休まぬ誰かのために休むことを選んだのだ。全く、しようのない奴だ」

 

 吐息がかかるほど接近する。認識阻害の眼鏡が無かったらオラリオ中のエルフから敵意を向けられたことだろう。

 

「常に誰かを思う………そんなお前を誇らしく、同時に不安になる」

 

 紡がれるそれは、間違いなくリヴェリアの本心である。ヴァルド・クリストフには才能がない。ランクアップに必要だった偉業の過酷さを見ればそれは明らかだ。リヴェリア、フィン、ガレスはもちろん一時期彼に剣を教えていたノアールもそう判断していた。

 上級冒険者の大半を占めるLv.2へ至れれば上出来、Lv.3まで行けば十分と、そう思っていた。

 

「お前が復讐など望んでいないことはもう解っているんだ。だからこそ、何故あそこまで力を求めるか解らない。解らないから不安になる」

 

 ここまでは本心。そして、呪いはリヴェリアのそんな不安に漬け込み思考を溶かす。

 

「ああ、いっそ………私がお前の立ち止まる理由になろうか。遺して死ねぬと、そう思えるだけの関係になれば、お前は止まるのか?」

 

 両頬を押さえ、リヴェリアの顔が近づいてくる。神にすら嫉妬を覚えさせる美貌に獣性を滲ませ迫るリヴェリアにヴァルドは………。

 

 

 

 

 

 

 

「触れるな」




『彼氏としたい6つのイチャイチャ〜聖夜編〜』
未来、エイナや千草が被害に合う呪いの書の一つ。聖夜変なだけありより呪いを受けたものはよりアダルティになる。


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番外編 聖夜の恋の冒険譚 後編

ヴァルドは怠慢には厳しいですが挫折には理解を示します。同意はしません。
原作キャラも己が理想を押し付けている事も止められるべきことをしているのも自覚があるので挫折や己を止めること自体には失望しません。膝を折ることを許しても立ち止まるのは許しません。なので()()()()()()()()には地雷はありません。

因みに膝を折るのは何もかもやりきった後じゃないと許さないし認めないしそれが押し付けとは自覚してるがそれはそれの破綻者。
あと折れたくせに理想を語ったり誰かに折れた責任を押し付けるのはNG。ただし自分に押し付けるのは問題ないやっぱり破綻者。



ヴァルドの声優イメージは梅原裕一郎さんにすることにしました


「触れるな」

 

 男も女も問わず魅了するであろう熱に浮かされたリヴェリアに、ヴァルドは肩に手を置き肢体を押しのけ拒絶を叩きつける。

 その瞳はリヴェリアではなく、もっと奥へと向けられていて。

 

「何度も叱られている。何度も止められている。聞き入れる気はないが、俺は俺が異質であることを理解している。俺がまだ人でいられる理由があるとしたら、偏にリヴェリアのおかげだろう」

 

 もし誰も止めずに走り続けていたなら、道を間違えていたかもしれない。ヴァルド・クリストフは英雄ではない。英傑ではない。

 道を間違えることもあるだろう。間違いだと気付くことなく進んでしまっていた未来もあったかもしれない。

 

「引き止めたのはリヴェリア達だ。正してくれたのはリヴェリア達だ。俺を見捨てず、叱り、道を示したのは他でもないリヴェリアだ。リヴェリアが俺に止まれというのなら、受諾はしないがその言葉を聞こう。リヴェリアが折れ、膝をつくというのなら、共に戦う者ではなく庇護すべき存在として守ろう」

「な、なら………」

「だがそこまでだ。今の()()の言葉の、それ以上は看過しない」

 

 名ではなくお前という呼び方に急に変わり、滲み出る敵意が増す。

 

「リヴェリアが俺を止めるために体を差し出すわけがないだろう。拳や魔法が先に出る。そうでなくとも、彼奴は何時だって言葉を紡ぐ」

 

 言うべき言葉を聞かせるために拳骨が飛んでくるが、言うことを聞かせるために体を使うなどありえない。それがリヴェリア・リヨス・アールヴだ。

 

「未練があるなら晴らしてやる。願いがあるなら叶えてやる。望みがあるなら果たしてやる。だから、大人しくしていろ」

「なに、を………?」

「お前達ごときがリヴェリア・リヨス・アールヴを穢すな。リヴェリアは俺が知る最も高潔で美しいエルフだ……!」

「っ!!」

 

 怯えるようにリヴェリアを包んでいた瘴気が内に引っ込むのを確認し、ヴァルドは肩に添えていた手を放す。

 

「…………」

「戻ったようだが、どうかしたか?」

「どうかしたか、ではない!」

 

 耳まで赤くなりヴァルドを睨むリヴェリア。自分の何がそこまで彼女を怒らせたのか、と先程の台詞を思い出す。

 

──リヴェリアは俺が知る最も高潔で美しいエルフだ

 

「………言われ慣れた言葉だろう?」

「それは、そうだが………ええい! もういい!」

「それと、どうやら今のやり取りが『強引な彼に迫られる』を達成したらしい」

 

 どうやらヴァルドに怯え引っ込んだものの、満足していたらしい。これで4つ、あと2つだ。

 

「さて次は…………『聖夜祭を抜け出して、二人で人気のないところで愛を語る』…………か」

「人気のないところ………恋人としたいこと、ということは………まあ路地裏では駄目なのだろうな」

 

 実際今のところ反応はない。となれば、人気がなくかついわゆるロマンチックな場所となると……。

 

 

 

 

 

 

「森、か………」

「月明かりでもあれば、もう少しいい雰囲気になれたのだろうがな」

 

 セオロの密林。オラリオの近くに存在する森だ。市壁を飛び越え、その中に存在する泉までやってきた。

 

「よくこの場所を知っていたな」

「以前冒険者依頼(クエスト)でな…………」

 

 銀の少女を思い浮かべ疲れた顔をするヴァルド。まさかここに来た理由が料理の材料集めで、しかもモンスターの卵を使うとか思わなかった。

 まあ前方不注意で彼女が持っていた材料をぶちまけてしまった自分が悪いのだが………試食させられた後『耐異常』がワンランクあがっていた。

 

「その際ここの泉を知った………あの時はまだ暖かったから、あいつははしゃいでいたな」

 

 あとこっそり監視してる猫が鬱陶しかった。

 

「そうか………本は?」

「反応している。ここで愛とやらを語れということだろう」

「…………愛、か………そ、それはその………ああ、愛していると言えば良いのか?」

「恐らく」

 

 森の奥で2人きり、その上愛を語るとなればそれこそエルフの少女が夢見るそれだが、相手はヒューマン。親友に人と結婚したエルフがいるのだからそれを否定する気はサラサラないが寿命という覆しようのない種族を考えると、やはり相手は同種のほうがいいだろう

 

(いや、だがヴァルドはLv.5のランクアップで『不老』というアビリティが発現していたな)

 

 発現したのはヴァルドが初なため詳細は不明だが、まあ名前からして歳を取りにくくなるのだろう。だとするなら、別に自分とも……

 

(って、何を考えている!? ただヴァルドにはエルフと添い遂げるという未来もあるというだけだ。私には関係ない!)

 

 それよりも愛について語る。愛、愛か………とリヴェリアは考え込む。愛とはなんだろうか?

 この場合恋愛なのだろうが、考えたこともない。里にいた頃は王族たる自分は何時かハイエルフに近い血筋の、所謂高貴な血筋と子を成させられるのだろうと考えていたし、里を出た後も恋愛について考えたことはない。アイナが年下の男性と付き合ったのを知った時は驚いたものだ。

 母親代わりはしても、夫が居るわけではない。ノアールやダイン、ラウルが未亡人だなどと好き勝手言っていたな………。

 

「お、お前はどうだ? 愛について、なにか知っているか?」

「…………愛、ね。そういう意味でなら、俺には嘗て恋人がいた。お前達と出会う以前だが」

 

 それはつまり12歳より前?

 ませていたんだな。

 

「まあ浮気されて相手に………殴られたが」

「…………は?」

「それとも俺が浮気相手だったのか。今となってはもう解らんが………そうだな、俺は彼女を愛していたよ」

「…………そうか」

「だが愛についてそれで知ったかと言われると、自信をなくす」

「…………は?」

 

 恋人がいたのに? と困惑するリヴェリア。

 

「………好きだの何だのは、結局その時にしか解らん。過去の記憶は過去のもの、今それを感じ取れるかと言われれば………やはり解らない」

「………つまり?」

「今誰かに恋をしていない俺には解らんということだ」

 

 と、肩をすくめるヴァルド。恋をしたことのない90代に、恋はしたことがあるが解らない20代。話は終わりだ。

 

「だから、これだけは言える。もし仮に彼奴が俺の前に現れようと、お前やアイズに向ける以上の感情を向けることはないだろう。それを愛というのなら、俺はかつての恋人よりお前達を愛している」

「 〜〜!?」

 

 再びボッ、と耳まで赤く染まるリヴェリア。確かに今の発言は誤解を生む、と理解したのかヴァルドは慌てて訂正する。

 

「今のは誤解を招くな。忘れてくれ」

「誤解……? 嘘、なのか?」

「……………嘘では、ない」

 

 悶えていたリヴェリアが顔を上げ見つめると、必然的に上目遣いになる。ヴァルドは息を呑みながら、なんとかその言葉を口にした。

 

「っ………今ので、良かったらしい。呪いは最後の一つだ」

「あ、ああ……そうか。最後は…………」

 

 妙な空気を誤魔化すように、リヴェリアは呪いの書を開き、固まる。

 

「…………『キス』」

 

 また何やら様々な欲望が見え隠れ……隠れてないわ、欲望丸出しのシチュエーションを綴られていたが、要約するとキスをしろというものだ。

 

「よし、死のう。【終末の──」

「はやまるな!?」

「ええい離せ! キスだと!? 70年以上歳の離れた子供と!? できるかぁ! だがしなければ誰かれ構わず口説くというのなら、私はここで死を選ぶ!」

「だから落ち着けぇ!? フレイヤも似たようなことをしているが讃えられてるだろう?」

「神だからな! ハイエルフの私がそのようなことをしてみろ、都市の………世界中のエルフが発狂する!」

「お前が死んでも同じだ! あと【ロキ・ファミリア】のメンバーもな!」

 

 杖を喉に当てながら詠唱を唱え始めるリヴェリアを慌てて止めるヴァルド。Lv.6と5とはいえ、前衛職のヴァルドの方がリヴェリアより『力』がある。

 

「【サータン】!」

 

 魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を起こしそうになったリヴェリアの膨大な魔力をヴァルドの魔法、【サートゥルナーリア】が吸収する。メタな発言をすると何気に初出しの魔法がここでいいのか。

 

「アイズはどうする。お前が死ねば、あの子の心にまた傷をつけるぞ」

「っ!!」

 

 娘のように可愛がっているアイズの名を出され固まるリヴェリア。

 

「だが………だが! それでも、キ……キスをせねばならんのだろう!? しなければ誰彼構わず口説き、しかしするとなると………お前と!?」

「そうだな。せめて歳の近い………とは言わずとも、お前がキスしてもいいと思える相手を見繕うべきか………」

「……………」

「【白妖の魔杖(ヒルドスレイヴ)】はどうだ? ハイエルフでこそないが、王族の真似事をしていたエルフだ。お前にも敬意を払っている」

「本気で言っているのか?」

「まあ確かに彼奴はフレイヤを敬愛しているが………」

「そうではなく、お前は私が誰かと口付けをしてもいいと、そう言ってるのか!?」

 

 リヴェリアの叫びにヴァルドは黙り込む。

 ヴァルドにとってはこの世界における第二の……『記憶』が戻る前の記憶が曖昧なことを考えるなら、この世界における親であるリヴェリアが誰かとキス………それは、まあ面白くない。ないが……

 

「それでお前がこれ以上恥辱を味わわずに済むというのなら、是非も無し」

「…………そうか。だが私が嫌だ………他の誰かと、キスなどと。せめてお前が…………いいや、お前がいい」

「っ………その言い方は、卑怯だ」

「ふっ。だが、今日ほどヒューマンや獣人に老婆扱いされる年齢に感謝することはないだろうな」

「?」

 

 唐突な自嘲じみた言葉に首を傾げるヴァルド。

 

「私のような年齢の者に、ヒューマンのお前では欲情すまい? ふふ、とはいえ年齢が近かったら私の方がお前に恋をしていたかもしれんな?」

「…………やめろ」

「なに?」

 

 リヴェリアがヴァルドの言葉に首を傾げるとヴァルドが、リヴェリアの肩を掴む。

 

「先程迫られて、興奮しなかったと言えば嘘になる。ああ、あの呪いがお前の体で余計なことを言わなければ我慢できなかったかもしれん。お前はそれほど魅力的だ。だから、そういう言葉を軽々しく言うな。お前にとっては子供かもしれんが、俺だって男だ」

「………はい」

 

 思わず敬語で返すリヴェリア。顔が熱い。

 鼓動が五月蝿い。

 頭の中がぐるぐるする。

 興奮した? 自分に? 我慢出来なかったかも? 我慢してなかったらどうなった!?

 

「………それで? 俺はこのとおり、お前を女と意識してしまうが今からでも別の相手を探すか?」

「あ、え……………あぅ……うう!!? や、やはり無理だ!」

 

 バッ! と距離を取るリヴェリア。赤くなった顔を少しでも隠そうと両手で顔を覆う。

 無理だ、とにかく無理だ。男、そう男だ。育てた子供とかそう言うの抜きにして男なのだ。そんな彼と、キス!? 無理だ!

 

「うっ!?」

 

 と、バクバク鼓動を打っていた心臓に不意にズッグンと別の痛みが走り、リヴェリアの体から黒い何かが溢れ出てくる。

 

「リヴェリア!?」

『あ、あああ…………あああああ!! 後、少し……後少しだったのにいいい!? このヘタレ妖精!』

 

 怒声と共にリヴェリアの体から飛び出してきたのは、一言で形容するならドレスを纏った黒いミイラ。痩せ細った不気味な痩躯が煌びやかなドレスに包まれているというアンバランスさが、不吉さを際立たせる。

 一目で理解する。あれこそが、今回の呪詛(カース)、その集合体!

 

「【我が名はアールヴ】!」

『遥か年上を女としてみてくれるのよ!? 何でキス………なんて?』

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

『あああああああ!?』

 

 純白に輝く光が天へと登っていく。怨念の塊を一瞬にして消し去るほどの怒りという感情がこもっている吹雪は呪詛(カース)の集合体を消し飛ばし曇り空に到達した。

 冷やされた雲が雪となって降り注ぎ始めた。

 

「よし、ヴァルド。このことは私達だけの秘密だ。いいな?」

「ああ…」

 

 ヴァルドは頷くことしか出来なかったという。

 

 

 

「リヴェリア! 師匠!」

「おーう、二人共帰り遅かったやん。二人揃って朝まで帰ってこんのかと心配したで〜?」

「そんなわけあるか!」

 

 ロキの言葉にリヴェリアが叫ぶ。駆け寄ってきたアイズはリヴェリアとヴァルドの手を掴む。

 

「せーやさい、何でしょ? 一緒に周ろう?」

「…………ああ、そうだな」

「俺も周るのは初めてだ。まずは、聖夜限定ジャガ丸くんでも買いに行こう」

 

 

 

 

Fin.




間違った道の例
「いいぞ本気か、覚醒したか? 限界点をいくつ超えたよ!!」


「アルゴノゥトなら出来だぞ? アルゴノゥトなら出来たぞ? アルゴノゥトなら出来たぞ?」


追記
ヴァルドはリヴェリアと組むと一切後ろに攻撃を通さないことから神々に通り名で『妖精騎士(ディーナ・シー)』と呼ばれていたこともあるが5年前姿を消した後ある噂が流れ『妖精騎士(タム・リン)』になった


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時代の変革

 最強の【ファミリア】は何処だ。そう訊かれれば、誰もが【フレイヤ・ファミリア】か【ロキ・ファミリア】の名を出しただろう。

 最強の冒険者は誰だ。そう訊かれれば誰もが【猛者(おうじゃ)】の雷名()を称えるだろう。

 だが、それも先日まで。

 祭りの終わりと同時に流されたニュースは、英雄の帰還とオッタルとの戦いにおける勝利、そして新たなLv.8の登場。

 オラリオ中がその話題で湧く。

 ある者は讃え、ある者は歓喜し、ある者は恐怖し、ある者は心折れ、ある者は嫉妬し、ある者は奮起する。

 

 

 

 

ドゴォォォオンッ!!

 

「っ!? なな、なんすかあ!?」

 

 突如響く轟音に、【ロキ・ファミリア】幹部候補、ラウル・ノールドは飛び起きる。音の発生源は近かった、というか館の中だ。

 慌てて部屋から飛び出すと既に他の者達も起きてきた。

 

「っ! クルスは団長達に報告、Lv.2以下は待機! 他は現場に向かうっす! ニック、ロイド、アークスは全員の武器を用意!」

「わ、解った! 女子達はどうする!?」

「そっちはアキが同じような指示を出してるはずっす! 俺達は現場に向かう!」

「「「おう!」」」

 

 素早い状況整理に、指示。誰一人文句を言わず従うのは彼が幹部候補として、時に指揮官として行動し、皆がそれを信頼しているから。

 

「ラウル!」

「アキ! 団長達は!?」

「まだ来てないけど、これだけ大きな音が鳴ったんならもう行動してるでしょ………」

 

 継続的に聞こえる轟音。場所は、鍛錬場!

 既にフィンとガレスはいた………いた、が。

 

「ぬううううん!」

「があああああ!!」

 

 音の発生源は二人だった。

 全身の筋肉を隆起させ振るわれた斧は地面を砕き、赤い目を輝かせ獣のような闘気を放ち瓦礫を跳ね回る。

 

「なにやってるんですかお二人共!?」

「ベートさんが瓦礫の下敷きに!?」

「おいおいどうすんだよ!? あの二人を誰が止めるんだ!?」

「リヴェリア様を誰か呼んで〜!?」

「『ダンジョンに行ってくる』という書き置きが!?」

「【目覚めろ(テンペスト)】!」

「ああ!? アイズさんが止めに………いえこれは、参加しました!?」

「…………………」

「……………」

 

 阿鼻叫喚の大混乱に、ラウルとアキは呆然と固まる。

 

「どうしよう?」

「どうしよっか………」

 

 ティオネとティオナも参戦しだした。一応止めようとしてるみたいだけど、むしろ被害が大きくなるような。リヴェリアも居ないし、どうやって第一級冒険者の戦いを止めろというのか。

 その後騒ぎを聞きつけたドワーフの女性が「朝っぱらからうるさいんだよおお! 近所迷惑考えな!」と叫びながら【ロキ・ファミリア】の堀を飛び越えてきて全員沈めた。

 僅かな疲労はあったろうが、あの人クソやばい。後都市中に響き渡った轟音の苦情が来たら、今はいないリヴェリアになんと言えばいいのだろうとラウルは白み始めた空を見上げるのだった。

 

「って、リヴェリアさんは!?」

「だからダンジョンだってば。聞いてなかったの?」

「え、1人で? そんなアイズさんみたいな?」

 

 

 

 

 魔法の効果を減衰させる『紅霧(ミスト)』。水で消すことも叶わぬ焼夷蒼炎(ブルーナパーム)

 更には龍種としてのポテンシャルの高さを持つ階層主、アンフィス・バエナ。

 その推定Lv.は5。ただし、水場という環境に於いてはそのLv.は6と推定される怪物。おおよそ()()()()()()()()()相手ではない。

 

「だからこそ、試練には丁度いい……」

 

 リヴェリアは杖を構え、目の前の双頭の白竜を見据える。蒼炎に彩られた水面には複数の氷塊が浮いている。それを放ったリヴェリアの魔法を警戒し、アンフィス・バエナは『紅霧(ミスト)』を温存する。鎧ではなく、盾として使わねば己の身に届くからだ。

 

「オオオォォォオォオオ!!」

 

 竜たる己の行動を制限する小さき妖精に怒りを覚えるアンフィス・バエナ。Lv.6の階層主に、それも魔導師の天敵に魔導師が単騎で挑む。普段の聡明なリヴェリアならまず行わない愚行。だが………

 

 

 

 

「ほんで、自分等なんでこんなことしたん?」

「力を得るため」

「遠征に向けてステイタスを上げておきたくてね。かと言って、僕等Lv.6がステイタスを上げるには下層でも心許ない、深層に………それこそオッタルのように単騎遠征でもしなければ、早々上がらないだろう」

 

 ロキの言葉に正座させられたフィンとガレスはそう返す。

 

「置いていかれた………そう、置いていかれたんだよ、僕達は。最早僕達は先を示す者じゃない、先行く者を追いかける立場だ」

「………………」

「いいや、それはずっと前からそうだったんだろうね」

「なにせLv.9は、ほんの少し前に存在してたからのぉ」

 

 当時Lv.4だったフィン達の遥か先を行く者達。その幹部にすら追いついていない自分達が、今では都市最強と呼ばれている。Lv.1が大半をして、一生懸けてもLv.2が殆どの冒険者においてLv.6ともなれば十分素晴らしい功績だ。もっと上がいるだろうなどというのは、現実を知らない者の言葉。

 

「だけどその身を持って証明した者が居た。ましてやそれが、間違いなく僕達に憧れていた子供だったともなれば思うところもあるさ」

「しかも才能などない、大成しないと思っておった小僧がなあ」

「あ〜……ようするに、あれか………自分等火がついたと?」

 

 呆れたようなロキの言葉にフィンとガレスは笑う。

 

 

 

「「「Lv.8(頂き)を見せられて、滾らぬ者など冒険者ではない」」」

 

 

 

 

 

 

「故に………」

 

 深層、49階層。獣蛮族(ファモール)の群はたった一人の男を怯えるように攻めあぐねる。男、オッタルの足元に転がる彼等の同胞の死体が地面を赤く染める。魔石が砕かれた者は灰へと還るも、夥しい血に染め上げられていた。

 圧倒的な実力差。破壊と殺戮が本能として備えられているモンスター達が怯えるほどの威圧感。

 不意にビキリと荒野に亀裂が走る。獣蛮族(ファモール)達はどこか歓喜するように吠えた。

 

「オオオオォォォ!」

 

 現れたるは独眼の怪物。獣蛮族(フォモール)の王。迷宮の孤王(モンスターレックス)、バロール。

 鋼も魔法も弾き返す堅牢なる肉体が、殺意を滾らせオッタルを睨む。同時に放たれる、熱線。溜めはない、視線を向けられればその瞬間死が確定する邪眼こそ、バロールの真髄。それを知るオッタルは既に回避していた。

 嘗て半殺しにまで追いやったものの、結局勝つことは出来なかった怪物…。

 

「雪辱を果たしに………いや………」

 

 再び頂きを見た。

 Lv.8でありながらLv.9を差し置き人類最強と称された傑物(おとこ)の姿を、今の己さえ超えていた男を何れ己に追いつくだろうと思っていた少年に見た。

 滾らぬ訳がない。故に

 

「『冒険』をしよう…………」

 

 何故なら彼等彼女等は、冒険者なのだから。

 

 

 

 

 

 

「時代が動く、か………」

 

 30階層、食料庫(パントリー)と名付けられたモンスター達の栄養となる液体が流れる広間に向かう道中にて、緑の肉に包まれた道を歩くヴァルドは不意に呟く。

 

「どうした、ヴァルドっち………」

「ウラノスの言葉を思い出した。変革の時だと、そう言っていた………この世の在り方が大きく変わる。人とモンスターの関係も」

 

 そう言って見回す視界に映るのは、武装したモンスターの群。どれもこれもが明らかに通常種を超えた力を感じさせる、強化種。それが人のように武器を持ち、()()()()()()()()宿()()()()を持っている。冒険者………人類からすれば発狂ものの光景だろう。

 

「俺はお前達の日の下を歩きたいという願いを叶えると決め、10年経った今も何もしてやれていない。だが、ウラノスは時代が変わると言っていた」

「私達ガ、空ヲ見れるト言うことですカ?」

「それはいいですね! 私、雲の中に入ってみたいです!」

「それには()()()()()()()()()()()が必要らしい。必然的に、人類は今より強くなる。今のままでは足りない……それは【ゼウス】と【ヘラ】が証明した」

 

 もしこの時代に成されるとするのなら、擡頭するのはヴァルドのよく知る現第一級冒険者達。彼等が今より力を付けるのだろう。

 

「全員が全員、お前達を受け入れるとは限らない」

 

 椿あたりなら面白がるだろう。オッタル達ならフレイヤの意思次第。フィンやアイズ達は…………少なくともヴァルドが知る現時点では不可能だろう。敵対するかもしれない。緑の髪を持つエルフ、何度も守り続けた彼女に剣を向けるかもしれない。

 

「故に俺も力を得なくてはならないな。奴等と敵対した時に、お前達を守れるよう」

「へへ、そう言ってくれるとなんだか照れくさいな!」

「面と向かって言わレるのハ………確かニ」

「でもでも、とっても嬉しいです!」

「キュー!」

「ミスター・クリストフ。感謝します」

「だが、お前達の望みでもあるのなら、お前達が何もしないという選択肢もあるまい」

 

 ピシリと空気が固まる。全員、なんだかとても嫌な予感を覚えていた。

 

「一人当たり20匹倒せ、五分以内だ。一秒でも遅れれば次の修行のレベルを上げる。攻撃も当たるな、一撃喰らえば一撃ごとに次の修行時間を10分増やす」

「う、うおおおお! やるぞ皆!!」

「「「うおおおおおお!!」」」

 

 蜥蜴人(リザードマン)の言葉に武装したモンスター達は一斉に駆け出した。

 それを確認し、ヴァルドは振り返る。

 ヴァルド達が空けた大穴から入り込んでくるモンスターの群れ。緑の肉壁に邪魔され食料庫(パントリー)に近づけなかったモンスターが戻ってきたのだろう。

 

「人間相手には試せなかったが、どの程度の毒か試させてもらおう」

「「「ッ!?」」

 

 母の中に侵入した人間を食い殺さんと唸っていたモンスターの群れはヴァルドが剣を抜いた瞬間怯えだす。どす黒い風が発生すると同時に踵を返して逃げ出す。

 

「逃さん」

 

 漆黒の暴風が迫る。振り返った一部のモンスター達は、己を睨む黒き巨獣の姿を幻視し次の瞬間には溶けて消えた。




ヴァルド・クリストフ
白髪長髪のイケメン。CVは梅原裕一郎だったらコラボイベとかで面白くなりそう。キノとかゴブスレとか。
 その世界に生きる者として多くの民に生きていてほしくて
 戦士として対峙した者としてアルフィアやザルドと同レベ、格上がいた最強派閥を返り討ちにした『黒き終末』を恐れて
 『読者』としてフィン達に期待して
 『冒険者』として己の理想が荒唐無稽だと自覚している。
 した上でどのみち今のままなら『黒き終末』にただ一方的に滅ぼされるかもしれないのだから強くなるしかないと周りと己に成長を求めている。
 7年の年月の怠慢を失望していてもやる気になれば出来るはずだと信じているしそれが過酷なものだとも理解しているがやらなきゃならないのだからやるしかないだろう考える破綻者。自覚はある。
 ヴァルゼライドの英雄性とファブニルの英雄憧憬と糞眼鏡の人類賛歌が混ざりあったトリニティ。糞眼鏡やファブニルほど押し付けがましい訳ではないが、あの二人が基準な時点で、まあうん。
 フィン達から見て才能はなかったし、成長補正スキルに目覚めるのにも思いだけではなくLv.7からLv.8になる際の【経験値(エクセリア)】を必要とした。
 一度死んでいるからか、死への認識が緩いくせに一度味わった自分はともかく一度も死んだことがない誰かが味わっていいものじゃないと考えている。
 前世について知ってるのはロキ、3幹部、ウラノス、フェルズ、椿、ヘファイストス、オッタル、フレイヤ、アルフィア、アストレア、アリーゼ、輝夜、ゼウス、ガネーシャ、シャクティ、ミア、アミッド。
 前世の全てを教えているわけではないが(異端児などの爆弾もあるので)人造迷宮に関してはフィン達と探した。見つけられなかったけど。
 神に嘘が通じないように、魂は世界に合わせて【加工】されているらしく、死ねば輪廻に流れるとフレイヤ、ロキ談。
 ソード・オラトリアの知識はない。


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襲撃

 ランクアップ前に毎度毎度死にかけるヴァルドは『耐久』と『不死身』のアビリティによりLv.5以下の冒険者の攻撃はほぼ無効、Lv.6でも力に優れていない限りダメージを与えられないというFateのカルナやジークフリートみたいな存在。
 現状ヴァルドにダメージを与えられるのは物理でアルフィア、オッタル、ガレス、エイン、フィン(狂化)、アレン。
魔法でアルフィア、リヴェリア、ヘディン、ヘグニ、エイン。条件次第ではベートとアイズ、レフィーヤぐらい。
う〜ん、闇派閥今すぐ土下座したら?


 リヴィラの街。

 モンスターの産まれぬ安全階層(セーフティーポイント)の中で最も浅く、故に比較的簡単に来られる事からダンジョン内の補給地として建設された街だ。リヴィラというのはこの街を作ろうとした女の名前。

 重要な場所ではあるが、だからこそ足元を見た法外な値段での取引が行なわれる。

 

「変わらんな、ここも」

 

 運び屋に荷物を渡したあと、時に殴り合いの喧騒が響く街を見てヴァルドは目を細める。力こそ至上とする冒険者の街であるここは、値段交渉にも当然のように暴力が振るわれたりするのだ。

 リド達の鍛錬を終え、地上に戻る際少し立ち寄り懐かしむ。そして、どうせ寝る必要のないヴァルドは適当な酒場で腹を満たしてさっさと街から出ていくことにした。

 

「そこのお前」

「む……」

 

 そんなヴァルドを呼び止める声。振り返ると、ローブを被った女がいた。フードで顔は隠されているが、美人であるとは解る。体を覆うローブ越しの肢体は艶めかしく、男の視線を集めている。

 

「私を買え」

 

 売り込み、というか押し売りのような誘いに周りの冒険者達が舌打ちしたりヒューヒュー捲し立てる。

 女の誘いを受けるのは初めてではないし、【イシュタル・ファミリア】のように()()()()()()()使()()()()()()()()()

 

「解った。場所を変えよう」

 

 目的は十中八九、30階層で手に入れたあれだろう。

 緑の胎児のような物が入った宝玉を思い出し女を警戒するヴァルド。望ましいのは人気のない森の奥だが、人気がないだけならともかくモンスターが現れるような場所で情事を行おうとするなど無用な警戒をもたせるだけか。

 5年前のままなら洞窟にできた、比較的に修繕費がかからない宿があったのを思い出す。『幸運』の発展アビリティで手に入れたレアドロップアイテムや質の高い魔石もある。強化種たる食人花の魔石は極彩色と通常の魔石と異なるので売れないだろうと全部リド達に食わせたがそれでも稼ぎは十分。

 

 

 

「いらっしゃ〜い」

 

 稼ぎが良くないのか、受付で不機嫌そうに対応する獣人の男性。泊まりに来たのがローブ姿の男女二人組みと気付くと一瞬警戒するも更に不機嫌になる。

 

「宿を貸し切りたい」

「……………は?」

「ご覧の事情でな、【ファミリア】には知られたくない。現物で頼む」

 

 ゴトッと置かれた魔石やドロップアイテムを見て目を輝かさせた男は、しかし直ぐに貸し切りにする理由に思い当たりチッと舌打ちした。

 

「好きにしろよ。けっ、恋人に見つかっちまえ!」

 

 ヴァルドも顔を隠していることから不貞を働いているとでも思ったのだろう、男は捨て台詞を吐き捨てると何処かに行ってしまった。睦言の声を聞かぬためと、自棄酒のために酒場にでも向かったのだろう。

 二人はそのまま宿の一室に移動する。

 

「さっさと寝ろ」

「その前に、一ついいか?」

 

 ヴァルドにベッドで横になるように促す女に、しかしヴァルドは立ったまま女に尋ねる。

 

「……何だ?」

「30階層で見つけたあれについて、お前は何を知っている?」

「っ!!」

 

 ヴァルドの問いかけに即座に殴りかかる女だったが、拳を叩きつけ頭に浮かんだ光景は山にでも拳を叩きつけたかのようなイメージ。

 

「Lv.5…いや、6か。俺が知らぬ間に育った第一級なら喜ばしい存在ではあるのだが………」

 

 ヴァルドは特に気にした様子もなく女の頭を掴み壁に押し付ける。ビシリと亀裂が走り、意識が飛びかけるがなんとか踏みとどまりヴァルドを蹴りつける女。だが、やはりヴァルドには効いた様子がない。

 

「あの宝玉、似た気配を知っている。精霊とモンスターの融合体に似ていたが………あれは何だ? お前はあれを使って何をしようとしている」

「っ!!」

 

 女は壁を肘で破壊して隣の部屋に逃げる。ヴァルドが剣を掴み追おうとすると、女が口笛を吹く。

 

「っ!?」

 

 同時に現れる、無数の敵意。街から響く怒号と悲鳴、怪物の鳴き声。外に出て、映ったのは大量の食人花の群。

 

「【奔れ(クレス)】」

 

 それらを一瞬で斬り捨てるヴァルド。ヴァルドの剣『獣王の毒牙』の威圧に怯えない個体は、推定Lv.4。怯えるものが多いのは、強化による個体差か?

 目に見える範囲を殺しても次から次へと湧いてくる。タイミングから考えて調教(テイム)されているのだろうが、数が多すぎる。

 動きが食人花より鈍いが、さらに妙な芋虫まで現れる。

 

「うおおおお!!」

 

 冒険者の一人が斧で切り裂く、と………

 

「!!」

「うお!?」

 

 吹き出す不気味な体液。不自然なほど刃溢れした斧。ヴァルドは即座にその男の襟首を掴み芋虫を他の芋虫に向かって蹴り飛ばす。

 

「な、何しやがる!?」

「斧を見てみろ」

「へ? う、うおお!?」

 

 付着していた体液が斧を溶かしていく。刃は完全に潰れ、鈍器としても心許ない。魔法で焼いてみるも、死に際に爆発して腐食液を撒き散らした。

 

「面倒な」

 

 斬れば腐食液、殺しても腐食液。本来理想の殺し方は近付けず魔法や矢で殺すことだろうが、ここまで街に侵入されては下手に殺せば街への被害が大きい。

 

「消すか」

 

 一閃。黒い軌跡を描いた斬撃は芋虫の体をスルリと通り抜け、芋虫の身体は爆発することなく灰へと還る。

 魔石の破壊、それが手っ取り早い。剣を見る、その漆黒の剣身に一切の傷はなし。

 

「問題ないな。とはいえ、数が多い」

 

 人が居ないならまとめて吹き飛ばせたが、人のいる街で魔石を正確に狙うとなると骨が折れる。だがやらねば最悪死者が出る。ならばやるしかあるまい。

 

「あの女は……いや、今は人命優先。下がれリヴィラの民、モンスターは俺が殺す」

 

 

 

 

 

 

 想定外だ。

 宝玉(たね)を奪った黒ローブの冒険者の戦闘能力はLv.6以上。あれが話に聞いていたLv.7の【猛者(おうじゃ)】か?

 勝てるか、と言われるとまず無理だ。力も速さも技巧も上。今のままで勝てる相手ではない。取り返すのは不可能に近い。ならば徹底的に破壊する。

 女が片手を上げると同時に現れる無数の芋虫の群。元々は水の中に潜める食人花だけのつもりだったが30階層の破壊の光景を見て警戒して正解だった。

 

「行け」

「「「────!!」」」

 

 王の号令に従うように腐食液を多量に含んだ芋虫の群れがリヴィラに向かって突撃し──

 

「っ!?」

 

 白光の吹雪が全てを凍り付かせた。

 

「そのモンスター、見覚えがある。何者だ、お前は……」

 

 振り返り、そこに立つのは美しいエルフ。煤や泥、血に汚れていてもその美しさは損なわれない。

 怜悧な瞳が細められ、女を睨む。

 

「魔導師か………前衛もなく姿を表すとはな」

「問題はない、前衛ならいる」

「戯言を」

 

 近くに彼女以外の気配はない。見たところ純正の魔導師、自分の敵では──

 

「っ!?」

 

 首をへし折ろうと拳を振るう女だったが、その腕が消える。

 

「触れるな」

「がっ!?」

 

 女の警戒範囲の遥か彼方から一瞬にして距離を詰めた黒ローブの冒険者はその速度の乗った蹴りを女に叩きつける。

 

「相変わらず、無茶がすぎるな。前衛が遥か後方にいながら啖呵を切る魔導師など聞いたことがない」

「お前なら、私に攻撃など一つも当てさせぬだろう」

「まあ、今はその期待に応えよう」

 

 そう言って女が吹き飛んだ方向を睨む男。

 

「生きているのか?」

「背骨は折った。だが、立っているな」

 

 その言葉に女も目を見開き、それと同時に男が振り返り女の背後に移動する。

 

「【雷光よ(クレス)】!」

 

 放たれる雷光。相対するは漆黒の雷霆。ヴァルドの雷光と相殺し合い、周囲一体の森に弾けた雷が周囲の森を焼く。

 

Lv.8(ヴァルド)の魔法と、互角だと!?」

 

 女……リヴェリアの言うように、男……ヴァルドの魔法と互角の威力。Lv.8という規格外の存在と、だ。

 『魔導』のアビリティを持つ魔法剣士ではなく、魔法種族(マジックユーザー)でもない短文詠唱の魔法。しかし【偽・雷光後継(スキル)】によって高められたそれは魔砲の領域に達しているはず。

 

「来るぞ」

 

 剣を背中に戻しリヴェリアを抱えると横に飛ぶヴァルド。再び黒い雷霆が森を抉り取る。

 避けたヴァルド達を追撃するように再度放たれる雷霆を片腕で凪ぐヴァルド。その手に火傷を負う。

 

「今の追撃速度、短文詠唱!? この威力でか!?」

「魔力に優れたLv.6か……あるいは、7クラス」

「ありえん!? そんな強者を誰も知らぬなど!」

「事実先程のあの女の……第一級の実力者も知らなかった」

 

 ヴァルドの探知範囲から既に脱せられた。再び来る狙撃に目を細め、リヴェリアの膝裏に片手を回す。

 

「捕まれ」

「あ、ああ………」

 

 両手をヴァルドの首に回し、ヴァルドの片腕が開放される。リヴィラの街も近くにある故に毒を抜いて黒い風を纏う。

 

「────!!」

 

 暴風。

 森の木々を土台の土ごとひっくり返しかき混ぜながら漆黒の風が18階層の一角を吹き飛ばした。

 

「……やったのか?」

「さて………それが望ましいが。一先ず街に戻るぞ」

「そうだな………」

「しかし、随分珍しい化粧だ」

「…………?」

 

 その言葉にリヴェリアは首を傾げ、しかし直ぐに己が血や泥に汚れている事に気づき顔を赤くする。

 

「あまり見るな」

「例えお前が泥や埃に汚れていようと、その美しさは変わらんだろう」

「っ!!」

「『階層主(アンフィス・バエナ)』に挑んだか?」

「ああ………だが、駄目だな。感覚だが、超えるには至らなかった」

「お前は挑んだ。それだけで、今は十分だ。フィンもガレスも、今頃奮起しているだろう」

「失望は消えたか?」

「お前達次第だ」

 

 その言葉にリヴェリアは目を細める。フィンとガレスは大丈夫だろう。なんなら自分と同じように、ダンジョンに潜る準備でもしているかもしれない。

 

「アイズはショックを受けていたぞ」

「…………だろうな」

「ああ、解っていて言ったんだろうなぁ」

 

 グッとヴァルドの頰をつねるリヴェリア。先程見た桁外れの『耐久』の前には無意味だろうがやってやらねば気がすまない。

 

「お前はあの子に……私達に期待を持ちすぎだ。その失望が身勝手が過ぎるものだと、理解しているのか?」

「当然だ。した上で俺は、英雄達(お前達)への期待はやめられない」

「………『例の記憶』か。詳細を話す気はないのか?」

「ロキの前でも言ったろう、お前達に関しては詳しくは知らない」

「なのにその期待、か。勝手な奴だ………」

 

 ふん、と鼻を鳴らすリヴェリアはふと、7年前の光景を思い出す。『大最悪』を倒した後、突如女を抱え走り去ったのも確かこの階層………。

 

「…………重くないか?」

「俺は前衛のLv.8だ。羽のように軽い………気になるなら下ろそうか?」

「…………このまま連れていけ」




ヴァルド・クリストフのファミリア相性

ロキ・ファミリア
ヴァルド目線S+ 主神目線S 団員目線B
ヴァルド成長性B−     団員成長性B+
深層に向かう事もあるファミリアだが『集団』の力を重きにおいた──ソード・オラトリア一巻で特攻したアイズが叱られた──ファミリアなため成長性が落ちる。それでも触発される者は触発される。
団員は一部から恐れられている。


ヘスティア・ファミリア
ヴァルド目線S 主神目線S 団員目線EX
ヴァルド成長性A+    団員成長性SSS
本編。二重成長促進スキルでベルくんがやばい。
恋とは別の純粋な憧憬を向ける弟子と期待する師の関係。深層に単騎で何度も潜る。

フレイヤ・ファミリア
ヴァルド目線B− 主神目線A+ 団員目線C−
ヴァルド成長性S      団員成長性S
主神のわがままに振り回されるのが玉に瑕。団員目線の数値殆どがオッタル。オッタルとヴァルドが高め合い団員も触発される。されるが、フレイヤ・ファミリア内だけだし此奴等黒竜討伐より美の神優先だから反りが合わない。ダンメモのアレンのように苦労させられる立場。崇拝がないのだから更にキツイ

ヘファイストス・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線B+ 団員目線A
ヴァルド成長性B     団員成長性C
鍛冶師というよりは武器の出来を確かめる専門員のような立場になる。魔法詠唱にきっと【鍛冶司る独眼よ】とか入る。

ミアハ・ファミリア
ヴァルド目線B 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性C−     団員成長性C
借金返済完了。

ガネーシャ・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性B+     団員成長性B
ダンジョンに潜ることは少ないがそれはそれとして町の住民守るために昼夜の問わず不眠で動く。エニュオは死ぬ。

ソーマ・ファミリア
ヴァルド目線E 主神目線A− 団員目線F
ヴァルド成長性B−     団員成長性A
規律が生まれる。酒が欲しくば金より結果を求められる。サポーターを不当に扱えば酒瓶で黙らせる伝統が。酒の匂いに敏感でエニュオは死ぬ。

イシュタル・ファミリア
ヴァルド目線C 主神目線C 団員目線SS
ヴァルド成長性B     団員成長性S
強いからアマゾネスにモテる。というか娼婦にモテる。主神無視してダンジョンに籠もるし娼婦の方を優先するしでイシュタルからの好感度は低い。魅了したらヴァルド目線はG(ゴキブリ)になる。春姫は救われる。エニュオとタナトスは死ぬ。

タケミカヅチ・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性A−     団員成長性B+
ヴァルドの剣の腕の成長速度が上がる。Lv.4でアダマンタイトも斬る。団員達も触発される。
ヴァルドが抜けた状態でダンジョン探索で怪物進呈すると桜花がボコボコにされて地面とキスする。

ヘルメス・ファミリア
ヴァルド目線B 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性A+     団員成長性B
現代に生き残る封印されし黒の怪物達を殺しに回る。ロキ、デュオニュソスと食人花調査に乗り出しエニュオは死ぬ。

デメテル・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線A
ヴァルド成長性B+     団員成長性C
ルノアとよくダンジョンに潜り鍛える。エニュオは死ぬ。

アストレア・ファミリア
ヴァルド目線A 主神目線A+ 団員目線B
ヴァルド成長性S     団員成長性S
全員でジャガーノートを倒す。生存する。
ふらりと出ていき連れて帰ってきた弟子がリューと結ばれる。お義父さん?
ルドラとタナトスとエニュオは死ぬ。

デュオニュソス・ファミリア
ヴァルド目線B 主神目線B 団員目線A
ヴァルド成長性A     団員成長性B
可もなく不可もなし。27階層の悪夢にて全員生存するがヴァルドが行方不明になり、帰ってきたらエニュオが死ぬ。

タナトス・ファミリア
道を間違えたヴァルド目線A 主神目線A 団員目線C
道を間違えたヴァルド成長性A+ 団員成長性あるわけねえだろ、そんなもの!
殺戮も暴力も破壊も強奪も全て己を英雄が打ち倒す怪物にするため。怪人に出会うと怪人になるけど神と精霊の言うことも聞かないし最終決戦では7体の精霊の分身と2体の怪人の魔石全部食ってレイド戦強制発動してエニュオは死ぬ。

カーリー・ファミリア
ヴァルド目線C− 主神目線A+ 団員目線E→S
ヴァルド成長性S     団員成長性A
元奴隷。カーリーに直接談判しに行き恩恵を得る。周りは種族的に優れるアマゾネスばかりだが、例え奴隷の身であろうと不遇の扱いを受けようと、ヴァルド・クリストフなら英雄になったろうさ


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漆黒の蛇

 4000万ヴァリス。

 愛剣『デスペレート』の代わりにレンタルされていた剣の値段であり、アイズが怪物祭(モンスターフィリア)にて砕いた為背負った負債。

 その返済のためにヴァリスを稼ぐべく、ダンジョンに潜る。メンバーはアイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤ、そしてフィン。ガレスも行こうとしていたが敵も多い【ロキ・ファミリア】は事前に色々準備せずに幹部全員でダンジョンに潜るわけにはいかない。

 Lv.4、3を複数揃えている時点で早々攻めて来られる【ファミリア】は居ないだろうが念を入れるに越したことはない。

 

「………師匠も、潜ってるのかな?」

「う〜ん。どうだろうね、彼の発言からして今は後進育成に力を入れている可能性も高い」

 

 アイズの呟きにそう応えるフィン。後進育成と聞き、アイズが僅かに沈む。

 

「げ、元気だしてくださいアイズさん! アイズさん達に失望するなんて、あの男の方が見る目がない失礼な男なんですよ!」

 

 事実として【ロキ・ファミリア】は第一級、それもLv.6を抱える最大派閥。Lv.4ですら幹部候補、Lv3でもあまり目立たず、Lv.2なら末端扱い。普通に考えて彼等に失望するヴァルドが可笑しいのだ…………()()()()()()

 

「だが僕達が最強を名乗りながらもLv.6にしか達していなかったのは事実。嘗ての『最強』の2大派閥は、Lv.6を複数抱えた上で、そんな彼等ですら幹部止まり………彼が冒険者になった頃には既に僕等が最強となっていたけど、威信は遥かに劣る」

 

 それこそ闇派閥(イヴィルス)の台頭を許してしまうぐらいに。彼等の弱体化というだけでも確かに闇派閥(イヴィルス)は活性化しただろう。だが、彼等に()()()()()()()()()()()おいて成果を残せなかったのは紛れもないフィン達だ。

 

「その結果、彼は闇派閥(イヴィルス)により家族を失った」

「──」

 

 その言葉に息を呑むレフィーヤ。

 

「で、でもそれは団長達のせいじゃ………!」

「自粛していた闇派閥(イヴィルス)が動き出したのは、僕達を恐れなかったからさ。そして後手に回っていたあの頃と違い、幾らでもチャンスを持ちながら僕等は停滞し置いていかれた」

「5年前はフィン達と一緒のLv.6だったんだよね〜? すごいよね〜」

 

 ティオナが呑気に笑うのを見て姉のティオネは顔をしかめる。為す術もないどころか、何をされたのかすら解らず気絶させられた時のことを思い出したのだろう。

 

「正直、都市外でLv.8なんて信じられません」

「だが事実だろうね。Lv.7になろうとも彼の鍛錬相手になれる存在も、近くにいただろうし………その後何か偉業をなしてランクアップした」

 

 ダンジョンの外にて二度のランクアップ。それも第一級としても上位に位置するLv.6が。突拍子もないどころか荒唐無稽な与太話にしか聞こえない。

 それは何もレフィーヤが彼を嫌っているのではなく──まあそういった気持ちがないとは言えないが──冒険者としての常識故に、だ。

 

「まあ普通ならそういう反応になるだろうね………でも彼はヴァルド・クリストフだ。彼を知る者からすれば、『ああ、またか』って思いを抱くよ」

「うん。師匠はすごいから」

 

 フィンとアイズが褒めるのを面白く感じないのはレフィーヤとティオネだ。フィンにとってはかつての旧友、アイズにとっては師。そしてその関係をあっさり捨てた、二人を尊敬するからこそ、そこに嫉妬を交えた怒りを覚える。

 

「そもそも、7年前の疑問とか6年前の確信とか言ってましたけど、何があったんです?」

 

 軽口を叩きながらモンスターを切り捨てるティオネ。フィンもミノタウロスの喉を貫きながら、質問に答える。

 

「7年前、彼はLv.7と戦ったんだ」

「Lv.7と!? どうして!?」

「詳細は説明できないけど闇派閥(イヴィルス)として都市を破壊せんとする彼等彼女達と戦い、今の最強がどれだけ脆弱かその時の成果を持って体感した。これが疑問を持ったきっかけだろう」

 

 7年前というのなら、あの『死の7日間』と呼ばれるオラリオ最悪の一週間だろう。伝え聞いた事しか知らないが、まだ幼いアイズも参戦していたらしい。

 

「そして6年前、僕は数多の冒険者達を見捨てる選択を取った」

「え……」

「言い訳に聞こえるけど、それが闇派閥(イヴィルス)との力関係を完全に崩した。事実、闇派閥(イヴィルス)を警戒しながらも祭りを開けたのはあの後だ」

 

 主神と幹部を失い闇派閥(イヴィルス)は弱体化した。後はほぼ残党狩りだった。

 

「でもその事件の際、ヴァルドは僕の命令を無視してダンジョンに飛び込み、結果として全員とはいかぬまでも多くの冒険者を救ってみせた。僕等が動けば、もっと多くを救えていただろう」

「それは………」

 

 更に言うのなら、フィンは『27階層の悪夢』が起こる前に流れていた噂、あれが罠だと気づいた上で多くの【ファミリア】が向かうのを止めず、目を引かせ本命をとった。オラリオの住人は【勇者(ブレイバー)】を讃えたが、団員の多くを失い中堅、弱小となり、あるいはオラリオを去った【ファミリア】の中にフィンを恨んでいる者がいるのは、それが数人でないのは間違いない。

 

「そして残党処理にも一年かかり、最終的にはヴァルド自身が行った。彼の失望に、僕等は否定する言葉がない」

 

 フィン本人がそう言ってしまえば、レフィーヤ達も何も言えない。空気が沈む中ティオナだけが気にせず話題を変えた。

 

「アイズの師匠ならさ、アイズより剣の腕上なの?」

「うん。私の剣は、お父さんと師匠が教えてくれたもの」

「ど、どういう修行をしてたんですか?」

「えっと……腕が上がらなくなるまで素振り」

「……………え?」

「上がらなくなったらポーションで回復して、また繰り返す。走り込みも、吐くまで走らされた」

「虐待じゃないですか!?」

「うん。僕等も止めたよ? でも、同じ事をヴァルド本人もきっちりやってたんだよなあ………」

 

 肉体の限界? ポーションを使え。

 精神の限界? 知るかとばかりの過酷な修行法。さらに剣の打ち合いで骨を折ったりしてくる。ヴァルドの場合、【ロキ・ファミリア】にそこまでする人間がいなかったので【フレイヤ・ファミリア】の本拠(ホーム)に飛び込んで、半死半生でオッタルに運ばれてきた。

 リヴェリアが『そんなに【フレイヤ・ファミリア】のやり方が合うなら神フレイヤの眷属になれ!』とよく叱っていた。

 その後、聖女と知り合いポーションを使おうともやりすぎれば成長期のアイズの体に悪影響が、などという説明を受けじゃあ全癒魔法を使ってくれといって殴られていた。

 

「それに闇派閥(イヴィルス)も活発化してきて無用な傷を作るわけにはいかなくなって、模擬戦の危険度は減った」

「模擬戦はね。二人してダンジョンに籠もり、リヴェリアに叱られていたのを忘れたのかい?」

 

 アイズはぷい、と顔を逸らした。

 

 

 

 

「あれ、なんか街の様子が変じゃない?」

「街以前に、森の一角が吹き飛んでいるんだけど」

 

 18階層、リヴィラの街を見て不思議そうな顔をする妹に姉が突っ込む。

 

「ていうか街そのものが壊れてません?」

 

 レフィーヤの言うように、外壁が壊され建物もいくつか破壊されていた。モンスターの襲撃でもあったのだろう。その話を聞かなかったのは、比較的すぐに終息したのだろう。

 

「………………」

 

 ()()()()()()破壊跡があるのを見て、フィンが一人静かに目を細めた。

 

「あ……」

「あれは、リヴェリアか………」

 

 さらに、階層の一部が凍りついていた。あんな事を出来るのはリヴェリアぐらいだろう。彼女もこの階層にいるらしい。

 

「じゃあ森もリヴェリアかな?」

「まあ今はリヴィラにいるだろうし、彼女に訊いてみようか」

 

 そして一同はリヴィラの街に向かう。『335』の文字が入った看板がちょうど立てかけられるところだった。

 住民にリヴェリアの居場所を聞いて彼女が泊まっているというエルフが経営する宿に向かう。

 エルフが経営しているだけありきれいな印象を受けるそこは、法外な値段ばかりのリヴィラに置いても高級宿。

 受付のエルフにスイートルームの場所を案内してもらい扉を開けた。

 

「来たか、フィン」

「………………」

 

 リヴェリアは居た。一人ではなかったが。

 

「なあ!? リヴェリア様と………あの時の!?」

 

 寝台に座るリヴェリアとソファに座るヴァルドがその部屋の中にいた。男女が、ホテルで二人で一部屋!? と混乱するレフィーヤをよそにヴァルドはフィンを見つめる。

 

「なんだい?」

「雰囲気が変わった……いや、昔に戻ったというべきか? 少しはやる気を出したようだな」

「あれだけ言われればね」

「そうか………」

 

 失望を叩きつけた者と叩きつけられた者、しかし二人の間に剣呑な雰囲気はない。

 

「それで、何があったのか聞いてもいいかな?」

「ああ、構わない」

 

 

 

 

 

「例の食人花に芋虫型、そしてそれを操る赤髪の調教師(テイマー)に………推定Lv.6上位、それも少なく見積もった結果がそれの魔導師、もしくは魔法剣士か………」

 

 ヴァルドとリヴェリアの説明を聞いたフィンは口元に手を当て考え込む。

 

「仮に俺のような魔法補助スキルや『魔導』のアビリティ持ちでなかったのなら、もっと上がるがな」

「それは怖いなあ…………それで、その襲撃者が君を狙った理由は冒険者依頼(クエスト)で採取したものが原因だっけ?」

「ああ、運び屋から返してもらった。今は隣の部屋で寝ている」

 

 何でも報酬が受け取れなくなるかもしれないからせめて宿を奢れ、と言ってきたらしい。中々豪胆な相手だ。

 

「ふぁ〜……よく寝たぁ……お、【剣聖】。世話になった……げ、【勇者(ブレイバー)】!?」

 

 タイミングよく部屋から出てきた褐色肌の犬人(シアンスロープ)の女性がフィン達に気付きギョっと固まる。

 

「やあ【泥犬(マドル)】、僕の記憶が確かなら君は一人でリヴィラに来れるレベルではなかったと思うんだけど、泊まったのは君一人かい?」

「あ、あははは…………それじゃ、あたしはこれで!」

 

 二つ名【泥犬(マドル)】、【ヘルメス・ファミリア】所属のルルネ・ルーイは誤魔化すように笑うと逃げ出す。ティオネが後を追いかけようとする。

 

「必要ないよ、ティオネ。おそらく彼女は何も知らない」

「………そうですか」

 

 と、大人しく戻ってくるティオネ。彼女がフィンに向ける目には見覚えがある。彼もまた、狙われてしまったのだろう。

 

「フィン、親指はどうだ? また攻めてくると思うか?」

「うん。まあ………疼いているね。きっとまた来る………どういう手かは解らないけど…………っ!!」

 

 瞬間、()()()()()()()()()

 窓の外に見えるのは乾きや飢えを彷彿とさせる敢えて形容するなら『貧寒の色』の神威の光。神がダンジョンに入り込み、その存在をダンジョンに知らしめた。

 

「こう来たか………」

 

 苛立つようにヴァルドが壁に立てかけてあった剣を取る。

 

「これは、あの時の?」

 

 アイズが既視感に困惑する中、ヴァルドはポーチをフィンに投げ渡す。

 

「フィン、それを頼む。壊れたら困るからな」

「君はどうする?」

「俺はこれから産まれるものに対処する。モンスターが攻めてくるだろうから、そちらを頼む」

「ああ、任せた」

「ま、待って。私も………!」

「足手まといだ」

 

 アイズが慌ててついていこうとしたが、その言葉に思わず固まる。

 

「フィンに従ってこの街を守っていろ」

「…………うん」

 

 明らかに気落ちするアイズを後目に窓を蹴破り外に飛び出すヴァルド。18階層の天井に存在する光を放つ水晶が、本来『昼』の光量を放つ時間帯に翳っていた。否、中に何かがいる。

 バキリと罅割れ、その中身が落ちる。

 ダンジョンは気付いていた。嘗て己が生み出した強大な力を持つ内の一つの力が己の中で『外敵』の意思で振るわれたことを………つい先日時間をかけて生み出した個体が殺されたことを。

 放たれた神威は()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。

 『巨人』では足りない。

 『双頭』では力不足。

 故に生み出されるのは新たな個体。

 

 

 

 

 地面に落ち、階層を揺らす巨体。鎌首をもたげて1()8()()()が周囲を睥睨する。その威容は40M(メドル)と『アンフィス・バエナ』を超える。

 漆黒の鱗が全身を覆い、足のない長い体は蛇を彷彿とさせる。

 しかし纏う威圧は『竜種(怪物の王)』のそれ………。

 

「コオオオオオオ!」

 

 口から吐き出す赤黒い霧、全身から吹き出す漆黒の霧。どちらも『猛毒』。木々は勿論地面も溶かし、まるで沼地のような景色に変えていく。

 ヴァルドの持つ『獣王の毒牙』の気配に警戒しているのか、9()()()()全てがヴァルドを睨んでいた。

 ヴァルドが剣を振るい漆黒の竜巻を発生させる。

 

「────!?」

 

 一人と一匹を閉じ込めるために現れた巨大な竜巻。不運にも中にいたモンスター達が浮き上がり飲まれ、バラバラに引き千切られる。

 『黒風』の最大出力。この竜巻が健在な限り『獣王の毒牙』はこれ以上の風を操れない。

 

「コオオオオオオ!」

「ハアアアア!!」

「シイィィィッ!」

 

 9つの首がそれぞれ唸り声を上げ敵を睨み、ヴァルドは短い詠唱を唱え雷光を纏う。

 

「俺に『毒』は効かぬが、それで攻略できる相手でもなさそうだ……」

 

 推定Lv.7階層主級。古代、地上を蹂躙した者達にもあるいは迫らんとする怪物。毒を抜きにしても相当な戦闘能力だろう。

 

「だが、フィンに約束した手前………いいや、それがなくともリヴィラの住人にも被害を与えるというのなら打ち倒すまで。来るが良い」

 

 死を撒き散らす毒蛇に、相対するは雷光(ひかり)纏いし不死身の英雄。

 漆黒の風に包まれ、観客は今もなお減り続けているモンスターのみ。直ぐに居なくなるだろう。それで構わない。

 名誉は不要。

 賛美は無用。

 観客の居ない英雄譚の一幕が、今ここに開かれた。




漆黒の怪物(モンスター) アルファルド
古代の怪物の一歩手前。アンフィス・バエナが倒されピリピリしていたダンジョン内で過去に放った最強の一角の力が己に牙を向いた挙げ句人を脅すためではない神威の解放にブチギレたダンジョンが生み出した神抹殺の刺客。
純粋な毒としてはベヒーモスには劣るものの、酸性はより凶悪化した毒霧を持って地面を沼のように変える。
モデルはヒュドラ。名の由来は海蛇座で最も明るい星。


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神々の対話

 アイズ達がダンジョンに潜った頃、ベートは地上に居た。本来ならダンジョンに潜りたかったが酒場で酔った際に【ファミリア】の失態で死にかけた冒険者への暴言、アイズへのセクハラ発言などの罪で主神の奉仕を言い渡されロキの手伝いに。

 こういうところが何気に律儀なのだ、彼は。

 とはいえ不機嫌そうな顔のまま街を歩いているので視線を集める。

 元々種族の女子達にもモテていた彼の容姿は成長してより端正なものとなり、第一級という裏打ちされた実力も示され女冒険者達がきゃあきゃあと黄色い声を上げながら見てくるが、ギロリと睨まれ慌てて去っていく。

 

「なんや〜、今の結構可愛い子やったのに追い払うなんて可哀想やないか」

「はん、強い雄に抱かれてえなら愛だの美の神以外なら誘うものに恥をかかせねえ馬鹿がいるだろうが」

 

 と、吐き捨てるように言うベート。ヴァルドの事だろう。確かに彼が歓楽街に行くのは事前に誘いを受けていた場合が殆どだ。例外はヴァルドを嵌めイシュタルに食わせた【イシュタル・ファミリア】の元サポーターぐらいか。その例外というのも、ヴァルドの方から会いに行くというものだから「もしや英雄はあの娼婦を!?」などと都市で騒がれていたものだ。

 なおリヴェリアに尋問された際は「俺はエルフが好きだ」と答えリヴェリアを狼狽させた。

 

「そんな事言って〜、アイズたんがヴァルに懐いてるのは知っとるやろ? ああ、そうなったらうちはどないすれば!?」

「一人で盛り上がんな。アイズがあの野郎に感じてるあれは父親とかに向ける類のもんだろうが」

「せやけどそうなると、途端にヴァルドが娘とその母親(ママ)捨てて他の女のところに駆け落ちしたクズ野郎みたいになるよなぁ」

 

 自慢の(元)眷属(こども)がそんなやつになるとか勘弁してほしい。後それ言ったらリヴェリアとアイズがキレる。

 

「他の女だぁ? そういやババアがあの女とか言ってたな」

「ヴァルの奴な〜、7年前もその女連れて都市を出てるんよ。3ヶ月ぐらいで帰ってきたけど………てか、今更やけど生きとるんかあの女」

「病気でも患ってやがんのか?」

「せやで」

「なら何時ものお優しい英雄様の行動だろうよ」

「にしてはなぁ………」

 

 違和感がある。

 人を救うために常に身を削るのはヴァルドのあり方だ。あれもそうだと言われてしまえばそれまでなのだろうが、どうにも違和感が拭えない。だって薬がなければ戦えず、それでも限界を超えて戦い最終的にはヴァルドに斬られていたのに、治療より運ぶことを優先した。まるで運ぶ先を知っているように………。

 ついでにオッタルの証言によるとザルドも連れて行こうとしたが、既に死んでるのを見てやめたらしい。

 

「くだらねえ、どうでもいい。帰ってきててめぇ等は嬉しいのかもしれねえが、俺には関係ねえ」

「何やねん、自分だって『勝ち逃げは許さねえ!』とか言うとったくせに」

「ああそうだ、俺にはそこだけしか関係ねえ」

 

 彼奴が何をしてようと知ったことか、と吐き捨てるベート。ようは何をしてたのかは知らないが、それが何であれ彼への接し方は変えないということだろう。

 

「相変わらずツンデレやなぁ」

「ぶっ殺すぞ」

 

 

 

 その後地下下水道を調べ祭りの際各所にて暴れまわった食人花の同種を旧貯水槽で発見。殲滅したのち地上に戻る。

 

「祭の時の範囲と数を考えるなら、あそこ以外にもありそうやな」

「蟻みてぇに地下に巣食ってやがるわけだ。面倒くせえ」

「地下、な………」

 

 ロキはヴァルドの『知識』に存在し、しかし結局見つけること叶わなかった存在を思い出す。()()を利用したとなると、闇派閥(イヴィルス)の残党?

 

「んん? ディオニュソスか?」

「………ロキ?」

 

 と、考え事をしながら歩いているととある神と横道に折れる街の一角にて遭遇する。

 貴公子然とした金髪の男神、ディオニュソスだ。眷属であろう美しい黒髪のエルフも連れている。

 よぉ、と奇遇だとばかりにロキは声をかけようとして──

 

「待て」

 

 ベートの一声が止める。

 振り返るとベートがディオニュソス達を睨みつけていた。

 

「そいつ等だ」

「………どゆこと?」

「あの地下水路で嗅いだ残り香は、()()()()()()()()

 

 意味を尋ねる主神に眷属は顎で一柱と一人を顎でしゃくる。

 ロキがディオニュソスを見つめ、ベートは睨み付ける。己の主神を守ろうと身を翻したエルフに、ディオニュソスが制止をかける。

 

「止せ、フィルヴィス。お前では勝てない」

「ですがっ……ディオニュソス様」

 

 フィルヴィスと呼ばれたエルフはそれでもひこうとしない。己の主神を守るという強い気配を感じさせる。

 

「逃げも隠れもしない。だからロキ、訳を聞いてくれないか? できれば神々(我々)だけで」

「……………」

 

 ロキはその話に乗ることにした。

 とあるホテルの休憩室(ラウンジ)に移動し、ディオニュソスが説明を始める。

 彼等もまた、食人花を追っていたらしい。その理由は一ヶ月前、彼の眷属が殺された事件。正面から近づき首をへし折られた。Lv.2もいた事から下手人は最低でもLv.4の上級冒険者。ディオニュソスは独自に調査を始め、何かを見てしまったがために殺されたのではないかと言う推理材料を見つけた。

 そう言いながら、机に置かれたのは極彩色の魔石。

 怪物祭(モンスターフィリア)当日ヴァルドが一瞬でその殆どを殺した食人花の一匹からギルドより先に抜き取ったものらしい。

 一ヶ月前に見つけたのはこれより小さな欠片だったそうだが。

 

「子供達の遺体とこの魔石があったのは都市東の寂れた街路。今丁度私達がいるこの周辺だ」

 

 そしてこのあたりでは怪物祭(モンスターフィリア)が開催される。その当日になにか起きるのではないかと網を張っていた結果、都市全体に現れたが。

 

「私達はその食人花を追ってあの下水道を見つけた。まあ、モンスターの数を見て断念したが、匂いはその時のものだろう」

 

 ロキの場合は実は祭の日にレフィーヤが怪我させられたのがあの付近だったからなのだが、偶然重なったらしい。

 

「しかしLv.3以上の冒険者がおる【ファミリア】なら一気に候補は絞れるなあ。まあ闇派閥(イヴィルス)の残党かもしれんが」

「いや、ヘルメスのように眷属(こども)の【ランクアップ】を敢えて申請せず秘匿する神もいる」

 

 ヘルメスそんなこともしてたのか。本当、色々信用ならない神だ。

 

神々(わたしたち)人類()は隠し事ができない。だが神の考えていることは神にもわからない」

 

 神は曲者が多い。例外的なのはよほどのバカか、お(ひと)よし。

 

「私にとって都市にいる神は全て容疑者、眷属(こども)の仇だ」

 

 その決意に嘘はないように見える。少々思うところはあるが、本気に見えた。

 

「で、うちのことは?」

「………限りなく白になった、かな。少なくとも都市の神々の中では一番信用してるよ」

 

 どうだかなー、と胸の中で呟くロキ。

 

「………時にロキ、ヴァルド・クリストフの動向を知ってるかい?」

「あん?」

「彼が帰還したタイミングで起こった事件。人目を気にしない弱小派閥への改宗(コンバージョン)………君はこれを、偶然だと思うかい?」

「殺すぞ」

 

 ピリ、と空気が張り詰める。天界にて神々に殺し合いをさせたトリックスターの気配を滲ませディオニュソスを睨むロキ。ディオニュソスは失言だった、と肩をすくめる。

 

「だが彼はギルド………いいや、ウラノスと繫がっている」

「……………」

「そうでなければ、5年前の【ロキ・ファミリア】に対するギルドの対応がなかった説明がつかない。ロイマンが戦力流出を許すとは思えない、より上からの指示があったと見るべきだ」

「まあそれは薄々思っとったけど、今回の件とは──」

「いいやロキ、忘れたのか」

 

 と、ディオニュソスが首を振る。

 

怪物祭(モンスターフィリア)はギルドが催した企画だ。あのギルドが、だ」

 

 そして神々が『面白そう!』という理由で深く考えず認めた。怪物を地上に運ぶ、それは間違いなくギルドが始めた事だ。

 

「……………」

 

 ディオニュソスは確証も証拠もない『もう一つの迷宮』については知らないのだろう。ロキとて存在を知ってるだけのそれを使えば、そもそも関係なくなるが敢えて今は言わない。ギルドが、ウラノスが何かを隠してるのは確かだろうし。

 

「というわけでロキ、探りを入れてきてくれ」

「はあ?」

「ヴァルド・クリストフがギルドの私兵であった場合、元主神の君の言葉なら止まるだろう。そうでなくともLv.4だ、私の眷属では危険に晒すだけ。その点ロキのところは第一級もいるじゃないか」

 

 と、悪びれる様子もないディオニュソスにロキは顔を歪める。

 

「ロキとてここで引き下がるつもりはないだろう? そして、ヴァルド・クリストフとギルドの関係も気になるはずだ」

 

 そこはまあ、否定しない。

 しかたないとロキが折れる。そのままお互いの眷属と合流し解散しようとした時だ………

 

「「っ!?」」

 

 地震。否、ダンジョンが揺れた。

 

「ロキ、今のは………」

「ああ………チッ、ベート。ちょいとダンジョンに向かってくれ」

「ああ? 何階層だよ………」

「んなもん、()()()()()()()()()()や」

 

 その曖昧な返答にベートが眉根を寄せる。

 

「フィルヴィス、君も行ってくれ。時期が時期だ、関わりがあるかもしれない」

「し、しかしそれでは貴方の護衛が………」

「フィルヴィス、頼む」

「ベート、自分もや」

 

 困ったように微笑むディオニュソスと有無を言わせぬロキ。二人の眷属は仕方なくダンジョンに向けて走り出した。

 

「おや、ベートさん?」

「ああ? 何でお前も走ってやがる」

 

 と、ベート達と並走するように現れた小柄な女にベートが顔を顰める。

 

「今ダンジョンで異変が起きましたよね?」

「ああ………」

「そして今、オラリオにはヴァルドがいる。ならばこの異変に彼が関わっている」

 

 何だその理屈、とベートとフィルヴィスが走っている女、アミッドを見る。

 

「………私はそう確信しています。よしんば関わっていなくても関わりに行きます。ダンジョンでなにかあるたびに、彼は飛び込む。いい加減に首輪でもつけましょうか」

「デ、【戦場の聖女(デア・セイント)】はヴァルドと仲がいいのか?」

 

 と、こんな時にフィルヴィスが尋ねてくる。

 

「恩人です……何時も無茶をするから、気が気でない。影すら踏ませてもらえないあの人に追い付こうと、努力していますがあの人は振り返らないでしょう。その程度の関係です」

「………………」

「くだらねえ事話してんな女ども。てめぇ等足を引っ張るんじゃねえぞ」

「抜かせ狼人(ウェアウルフ)

「これでもL()v().()4()です。足手まといにはならないかと」




はい、ということでアミッドさんはLv.4でした!
そりゃ食人花程度なら瞬殺ですよ。因みに並行詠唱も使えるし発展アビリティに『魔導』があるからチート級の魔法に磨きがかかるしマジックアイテムもさらに強力な物が造れる


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混戦

 ヴァルドが巨大な竜巻の中に巨大な蛇と閉じこもったのを確認し、フィンはリヴィラに攻めてきた食人花を睨む。

 幸い芋虫はいない。自分達からなら取り返せるから、破壊は不要だとでも判断されたのだろう。

 

「しかしこの数を調教(テイム)するなんてね………」

 

 恐らく『大最悪』と同じ方法で生み出されたモンスターをヴァルドが相手してくれて助かった。竜巻が包む前に見えた毒の霧、最悪リヴィラのほぼ全員が戦闘不能になっていたかもしれない。

 逆に言えば、今は全員戦えるのだ。ならば、年下のヴァルドに任せ自分達が楽など出来るはずもない。

 

「階層の出口は塞がれた! 総員、必ずここを死守しろ!」

「「「おおおおおお!!」」」

 

 フィンの号令に巨大なモンスターや食人花の群に及び腰になっていた冒険者達が吠える。もとより逃げ場はないのだ、ならば戦うしかないのだ。

 

 

 

 

 

「………………」

 

──足手まといだ

 

「うぅ………ううう!!」

 

 その言葉が耳から離れない。他のことに集中しようとばかりに振るわれる剣は、()()()()()。モンスターの鮮血と断末魔を振りまく少女の姿は嘗ての通り名であり蔑称たる「戦姫」、あるいは「戦鬼」の如し。

 

「うあああああ!」

 

 強くなりたいと思っていた。Lv.5に、第一級になってもまだ足りないのは解っていた。それでも三年前、Lv.5になったとき少しは追いつけたと思っていた。

 

──幾らでもチャンスを持ちながら僕等は停滞し置いていかれた

 

 だけど実際は、置いていかれていた。ずっとずっと先に居た。それはまるで………まるで………

 

「あああああ!!」

 

 嫌な記憶だ。思い出したくもない悪夢。

 戦えない自分を置いていったその背中が重なる。『黒い風』の中に姿を消した光景があの人に重なる。

 置いていかないで………!

 7年前も、5年前も、あの人は唐突にいなくなる。また居なくなるかもしれない、今度は帰らないかもしれない。そんなの嫌! そんなの耐えられない!

 どうして置いていくの?

 私が弱いから? 貴方達と一緒に戦えないから?

 強くなるから。隣に立つから、置いてかないで!

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

 吹き荒れる暴風が食人花を、荒れ狂うモンスターを纏めて粉砕する。魔力に惹かれたモンスターは愚かにもその身を風に晒し散っていく。

 

「アイズ、落ち着け! 突貫しすぎだ!」

 

 フィンの制止は、確かに彼女の耳に届いた。それでもなお、アイズの目に映るのは赤い髪を伸ばした女。ヴァルドとリヴェリアの報告とも一致する、二人の敵!

 

「その『風』」

 

 風の鎧を纏うアイズを女は気怠げに見つめ、無造作に血管を束ねたかのような不気味な赤い剣を構える。

 

「お前が『アリア』か………」

 

 ──……え?

 と、一瞬の硬直。その致命的な刹那に振るわれた剛剣が風の鎧を消し飛ばした。

 

「かっ!?」

「アイズ!?」

 

 それでも勢いは衰えず、ギリギリ斬られることはなかったアイズの身体は台風の中の木の葉のように舞い水晶に叩きつけられる。

 第一級、その中でも白兵戦においてはLv.6にも迫るであろう、ランクアップ間近なのは疑う余地のないアイズを一方的に吹き飛ばすという光景に、誰もが己の目を疑う。

 

「っ………その、名前を……何処で!?」

 

 とうのアイズは焦りなど吹き飛び………否、異なる焦燥を持って女に向かって叫ぶ。それは、その名前と己を関連付けさせる者は限られているはずだ!

 ロキとフィン、ガレス。そしてリヴェリアとヴァルド。

 なら、目の前の女は何故知っている?

 

「あなたは、誰!?」

 

 水晶の瓦礫から這い出し叫ぶアイズの言葉を煩わしいと言わんばかりに女が目を細めた、まさにその時だった。

 

「──ァァァァァァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 背後から響く甲高い声が響く。発生源はフィンがヴァルドに渡されたウエストポーチ。その隙間からズルリと這い出す胎児に似た何か。

 ギョロリとした大きな2つの瞳に、緑の皮膚。頭に生えた触手はまるで己を(おんな)であると象徴するよう。

 その異形はまるでアイズの『風』に反応するかのように吠え、アイズに向かって飛んでくる。

 

「っ!!」

 

 咄嗟に回避し、目標を失った胎児は勢いそのまま転がっていた食人花の死体にへばりつき──()()した。

 輪郭が溶け葉脈のように、血管のような悍ましい形へと姿を変えていく。混ざっていく。

 全身を覆うと死した筈の食人花が体を跳ね上げ吠える。

 

「オオオオオオオオ!!」

「ええい、全てが台無しだ!」

 

 苛立つような女の言葉からして、これはあの女にとって想定外であっても異常事態ではないのだろう。暴れまわる食人花は荒れ狂うモンスターも同族のはずの食人花もその生死に関わらず取り込んでいき、その身の体積を増やしていく。

 腫瘍のように膨れ上がった肉が徐々に輪郭を得ていく。それはまるで、人の女のようにも見える。下半身は無数の食人花により形成されていた。半人半蛸(スキュラ)を思わせるそのモンスターは8M(メドル)はある。

 

「なにあれ〜!? タコ!?」

「あれって、50階層の……?」

 

 【ロキ・ファミリア】はその姿に既視感を覚えた。それは先日の『遠征』の時現れた腐食液を持つ芋虫の群れを撃退した後に現れた女体型。細部は違えど概ね同じ。あの芋虫の女体型は胎児が寄生した姿?

 無貌の顔を動かしアイズを見つめる女体型は大きく吠え………ようとして紫の閃光に貫かれた。

 

「は?」

 

 軌跡を残す黒紫の線は雲が風に晒されたかのように輪郭を崩し黒紫の霧を撒き散らす。

 

「総員、離れろ!」

 

 フィンが慌てて叫ぶより早く、霧の末端に数名が触れる。

 

「うぐ、おえええ…」

「ぎ、ぎもじわりぃぃ………なんだこれええ………」

「う、ぐ……目が、いでええ!」

「体が、熱いいい!」

 

 毒だ。それも恐らく『耐異常』を持っているであろう何名かも交じっているはずの上級冒険者をも苦しめる。

 

「ティオネ! ティオナ! 彼等を移動させろ!」

 

 すぐさまフィンが彼等を霧の範囲から外に出す。末端でこれだ。しかも皮膚が溶け始めている。霧の濃い部分は地面をも溶かす規格外の酸性の『猛毒』。

 竜巻を突き破り飛んできた。竜巻はそのサイズを縮める代わりに風速が増していた。

 それでも残った霧は広がっていく。

 

「【目覚め(テン)──」

「お前は私だ」

「っ!?」

 

 すぐさま風で払おうとしたアイズだったが後頭部を捕まれ地面に叩きつけられる。

 

「あの男が戻る前に帰らせてもらう」

 

 ギリギリと途轍もない力で地面に押し付けられる。尋常じゃない『力』の能力値(アビリティ)。ヴァルド曰くLv.6上位……。それにしたって、それこそ力に特化したドワーフのような………

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

「っ!!」

 

 吹き荒れる魔法の風が女を浮かせる。その隙をつき拘束から抜け出したアイズは体勢を整え女を睨む。

 あの男……ヴァルドが戻る前に、と……そう言った。それはつまり彼女にとって脅威はヴァルド・クリストフだけであり、アイズは問題にもしていないということ。

 

「面倒な…」

 

 事実浮かべる苛立ちは、餌に抵抗される捕食者のそれ。

 突っ込んでくる女の剣を受け止め、その重さに直様受け流しに切り替える。刹那にも満たない切り替えはヴァルドとの修行の賜物。それでも、圧倒される。

 技術は間違いなく自分が上だ。

 しかし膂力、速度、大凡全ての能力値(アビリティ)は女が上。それを以て蹂躙される、怪物が人にそうするように。

 

「っ! 【目覚めろ(テンペスト)】!!」

 

 人間相手だとか、そんな事を言っている余裕はない。最大出力の風を纏い、叩きつけ……

 

「────!!」

 

 アイズの考えを正面から叩き伏せるかのような叩きつけ。剛腕から放たれる一撃は最大出力になる前の【エアリアル】を掻き消しアイズの体を吹き飛ばす。剣は健在。彼女の剣もまた、第一級に匹敵する。

 

「っ!」

 

 その剣でアイズを斬ろうとした瞬間、背後から穿たれた槍が脇腹を抉る。

 後少し反応が遅れていたら内臓までやられていただろう。

 

「ちぃ!」

 

 槍を振るう小柄な男、フィンに苛立ったように剣を振るう女。

 フィンは槍を地面に突き刺し軽業師のように身体を浮かせ、剣が槍を弾く勢いを利用し回転し槍の柄を叩きつける。

 

「第一級、Lv.5……いや、6か」

 

 吹き飛ばされた女はゴキリと首を鳴らす。そのままチラリと竜巻を見る。

 

「分が悪いな」

「っ! 待って!」

 

 女は踵を返し街の外へと駆け出す。アイズが慌てて追おうとするも、大量の食人花………そして森で待機させていたであろう芋虫の群れが現れる。

 流石にこれに対処しないわけにはいかず、第一級並みの身体能力を持つ女の背はみるみる小さくなっていき、やがて崖に辿り着くと躊躇いなく飛び込んだ。

 

「っ!」

 

 ギッとアイズの歯が軋む音をたてる。『アリア』を知る何者か、それを逃してしまった。そんなアイズの心情などお構いなしに残されたモンスター達は暴れまわる。

 この階層のモンスター自体は下層、深層クラスのモンスターに為す術なく殆どが食われている。残されたのは強化種となった極彩色。

 

「いてぇ、いてぇよお!」

「あ、足が………骨が、見えて………!」

 

 怪我人も多数。アイズ達はともかく、このままでは他の者達が………

 

「【癒しの滴、光の涙、永久の聖域。薬奏(やくそう)をここに】」

 

 響く詠唱(歌声)、エルフにも劣らぬ膨大な魔力。魔力に反応する食人花や芋虫が一斉に振り返る。

 

「【三百と六十と五の調べ。癒しの(おと)万物(なんじ)を救う】」

 

 襲いかかる食人花と芋虫。その群れに怯えることなく、詠唱を紡ぐ銀の聖女は腰に差していた短剣を抜き迫りくる触手を切り捨て、あるいは逸らして芋虫に当てる。

 

「【そして至れ、破邪となれ。傷の埋葬、病の操斂(そうれん)】」

 

 極上の餌を前にした獣のように迫るモンスターを前に一切臆することなく舞うような軽やかさで攻撃を一切受けない。

 反撃は最低限、回避と防御のみに集中し詠唱を途絶えさせず魔力も常に安定している。

 

「へ、並行詠唱!? あんな魔力で!?」

 

 未だその域に至れぬレフィーヤが目を見開く。並行詠唱………別の行動をしながら詠唱を唱え魔法を放つというのは、本来それだけ離れ業なのだ。

 

「【呪いは彼方に、光の枢機へ。聖想(かみ)の名をもって──私が癒す】 」

「【ディア・フラーテル】」

 

 冒険者達の傷が癒える。毒に侵されていた冒険者達の中から毒が消える。疲労がなくなる。

 リヴィラ全体で同様の現象。規模も効果も規格外な治療魔法をやってのけた銀の聖女、アミッドは回避と防御に向けていた意識を反転し、食人花達に向かい刃を振るう。

 その動きはリヴィラの冒険者達を凌駕している。能力値(ステイタス)以上に、技術が。

 

「あれが、【戦場の聖女(デア・セイント)】……」

 

 誰かが呟く。彼女の二つ名。治療師(ヒーラー)の身でありながら最前線で戦う実力も兼ね備えた第二級冒険者でも更に上位のLv.4。規格外の治癒魔法の使い手にして、自らもまた戦士。故に【戦場の聖女】。

 長文詠唱での並行詠唱、魔導師の理想の一つを前に、その高みにレフィーヤは戦慄した。気にしない能天気もいるが。

 

「わあ〜! アミッド、すっご〜い!」

「ティオナさん………ヴァルドは何処で無茶をしてますか?」

「え、ヴァルド? ああ〜………あの人ならあの竜巻の中ででっかいモンスターと戦ってるよ!」

 

 近付いてきたティオナに真っ先にヴァルドの所在を尋ねたアミッドは竜巻を見て目を細める。あれ、これ怒ってる? とティオナが思わず冷や汗をかく。

 

「まあLv.8ですし………大きな怪我をしてなかったら良しとしましょう」

「そうだアミッド! アタシに回復魔法かけ続けてよ! そしたらあの芋虫の変な汁気にしないで戦えるから!」

「その必要はないかと」

 

 平然と捨て身特攻を行おうとするティオナにアミッドはある方向を指差す。

 

「【一掃せよ破邪の聖杖(いかずち)】!」

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

 白き雷霆が詠唱の通り、芋虫達を焼き尽くし数匹を一掃する。

 

「死にやがれええ!」

 

 魔剣に込められた風の魔法を《フロスヴィルト》という特殊武装に吸収させたベートが風の銀靴を持って芋虫を蹴り飛ばし吹き飛ばし同士討ちさせる。

 

「時間の問題かと。あと残るのは、その巨大なモンスターとヴァルドの決着でしょう」

「!!」

 

 アミッドの言葉にアイズは直様竜巻に飛び込もうとする。が、アミッドがそれを止める。

 

「お待ち下さいアイズさん、あれを……」

 

 よくよく見ると竜巻の周囲が黒く染まり溶けていく。

 

「『毒』……いえ、『猛毒』でしょう。下手に近づけば命を落とします」

「でも、それは師匠も………!」

「彼はLv.8です。『耐異常』の評価も相応に高いはずです………というか心臓なくても動く人が『毒』で死ぬなら闇派閥(イヴィルス)はもっと元気に活動していたことでしょう」

「ええ!? ヴァルドって人、心臓なくなっても動くの!? ゾンビなの!?」

「ゾンビの方がまだ可愛いですよ」

 

 アミッドははぁ、とため息を吐き肩をすくめるのだった。

 

「格下の私達が行っても足手まといになるだけです。我々にできるのは、信じて待つのみです」

 

 

 

 

「クオオオオオ!!」

「シュアアアアア!」

 

 ()()5()7()()()()()()()()()毒沼の主は9つの首でヴァルドを睨む。切ったそばから首が復活する。胸を抉ってみたが、魔石はどうやらそこではない。

 ゴバッと吐き出される毒霧は炎でこそないがその威力は深層の竜の咆哮と遜色なく、凶悪さは比較にならない。

 沼に浮かぶ木々はない。飛び石もない。溶けるからだ。

 代わりに毒に溶けない首を足場に跳ね回るヴァルドは雷光を放つも首の一つが吐き出した毒霧に魔法が散らされる。

 『アンフィス・バエナ』の『紅霧(ミスト)』と同じ………否、それ以上の魔法減衰能力。そして……

 

「っ!!」

 

 プシュッと空気が抜けるような音で放たれる毒の閃光。加圧された霧の一線はヴァルドの『耐久』を突破し肉を貫き内臓に穴を空ける。多少の傷なら『不死身』の発展アビリティで癒せるとはいえ、喰らい続けるのは得策ではない。

 

「ゴハアアアア!!」

 

 と、毒沼と化した地面に向かい毒の咆哮を吐き出す数本の首。ゴボ、っと人を飲み込むほどの水深となった沼が盛り上がり破裂し毒と混ざった溶けた地面が竜巻の中に撒き散らされる。水面が波立ち足場が揺れる。

 バランスを崩したヴァルドを黒蛇の尾が毒沼の底に叩きつける。土と混じり酸性が薄くなったとはいえ、毒に晒され溶け崩れタールのような粘度になった底の地面が絡みつく。踏ん張ることもできない。

 だがどうした。

 再び振り下ろそうとした尾が斬り裂かれる。

 剣の刃渡りに合わぬ斬撃、スキルも魔法も関係ない、技術で行う飛ぶ斬撃。

 

「やってくれる」

「クウウゥゥ!!」

 

 沼から這い出て近場の首の上に立つヴァルドは口の中に入った毒を吐き捨て黒蛇を睨む。

 硬い上に再生能力も高い。再生能力自体はベヒーモスに劣るが、サイズ比で見れば同等。それに強力な毒。18階層という密閉された空間では、毒さえ通じるなら推定Lv.は一つ上がると考えてもいいだろう。

 

「だが俺に毒は効かん。絡繰も見えてきた」

 

 そう言って足場の首の一部を切り裂く。そこには紫根の石……魔石が存在した。

 魔石を失い存在できるモンスターはいない。魔石を持たぬのなら何れ自壊するはずだ。これはその手の『階層の殲滅者』ではない、可能ならそのまま地上を蹂躙することも視野に入れた『神の抹殺者』。魔石はあった、しかし一つではない。恐らく9つの首全てに。

 一つでも無事なら他の首を魔石ごと再生させる。

 

「ならば全て砕くまで…………【威光よ(クレス)】」

 

 雷光が剣を覆う。

 バチバチと空気を焼く紫電の音はしかし徐々に収まる。空気へ散る一切の無駄を無くしたそれは、正しく光の剣。

 

「行くぞ……」

「…………?」

 

 首の一本が痛みを感じ、自らの身に穴が空いていることに気付く。極限まで圧縮された雷光は肉の融解を許さず灰へと還し、炭化した肉が再生の邪魔をする。

 

「────!?」

「──!!」

「!?!!?」

 

 己の魔石を再生出来ぬことに気付いた黒蛇は残る頭を同様に震わせる。そんな暇などないというのに。

 2つ目の魔石が砕かれる。やはり炭化した組織が再生を阻み、魔石の復活ができない。

 

「ハアアアアアア!!」

 

 魔法すら殺す猛毒を放つも、圧縮された雷光の僅か表面を殺すのみ。大口をヴァルドに向けた隙だらけの首が縦に斬り裂かれる。

 バグンとヴァルドの左腕に噛み付いた首が振り下ろされた剣に斜めに切り裂かれ、宙に浮いたヴァルドを飲み込もうとした首が内から爆ぜる。

 2本の首が纏めて根本から切り裂かれ、八本目に迫るヴァルドを振り落とすべく体を回し背中を毒沼に漬ける。が、八本目が何時の間にか切り飛ばされ残るは一本。慌てた黒蛇は、あくまで魔石を砕かれただけの首を最後の首で炭化した部位を噛みちぎろうとして──

 

「それは悪手だろう」

 

 隙を晒した毒蛇の首は、雷光(ひかり)輝く剣に魔石を切り裂かれた。

 頸椎で辛うじて繋がる首が沼に倒れ毒液が竜巻の中を舞う。すべての魔石を砕かれたことにより肉体が灰へと還り黒い骨が残る。ドロップアイテムだ。周囲に転がっていた首も肉や皮を崩し大量の骨だけが残った。




え? 治るとはいえ内臓に穴あけられて痛くないのか? 大丈夫、痛いだけなら耐えられる


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泥棒兎

ちなみにダンまちの世界に元々ゾンビ伝承はありません。ダンメモのとあるイベントで天界では神々の娯楽として伝わっていたようで、下界で再現されるイベントがありました。つまりこの世界でも似たようなことが起きた。


 毒霧は主を喪い徐々に薄くなっていく。地面と混ざった毒沼はそのままだが、ダンジョンの回復機能で何れ元の姿を取り戻すだろう。過去に業火に焼かれても元の姿を取り戻せたのだから。

 剣を軽く振るい竜巻を消す。背中に戻すと自動的に布が巻き付いた。

 

「………………」

 

 下手な素材では溶けてしまうので個人的な繋がりを持つ魔導師(メイジ)に造らせたのだが、この毒沼に浸かりながらも原型を保っている骨、役立つのでは?

 そう思ったヴァルドは全部持って帰ることにした。一先ずフィン達と合流すべく、リヴィラに向かう。

 

 

 

「どうも」

「アミッド……?」

 

 リヴィラに戻ると見知った銀の髪を持つ少女が見えた。小柄だが、ティオナ達より歳が上の昔からの知り合いだ。ヴァルドにとって少し後ろめたさもある相手だ。

 

「久し振りだな…………いや、祭の時も会っていたか」

「すれ違い、声を交わしただけでしょう。改めて、お帰りなさい、ヴァルド」

 

 アミッドはそう言って、美しく微笑む。人形のようだと言われる精緻な顔が浮かべる笑みに、周りの男性冒険者、女性冒険者問わず目を奪われる。

 

「ああ、ただいま………暫く見ないうちに、2つも試練を超えたらしいな。治療師(ヒーラー)のお前が……俺のせいだとしたら無茶をさせた」

「貴方のせいではありません。貴方のために、私が勝手にしたことです」

「俺のため?」

「貴方は自分を大切にしませんから。100と1を天秤にかければ、自分を1に置くような人ですから………」

 

 まあヴァルドはその1になっても生き残るのだが。

 それでも何時か最悪な事態になるかもしれない。

 

「隣に立てるなどと思っていません。後を追えるはずもありません………それでも、私は貴方を救いたい」

「そうか、だが不要だ」

「そう、言うんでしょうね。貴方は………自分より他の誰かを救えと。ですが、お断りします。貴方が頼まれずとも人を救うように、私は勝手にあなたを救う。言ったでしょう? 勝手にしていることだと」

「……………ならば勝手にしろ」

「ふふ。ええ………はい!」

 

 アミッドってあんなふうに笑うんだ〜、と興味深そうに見つめるティオナ。ヴァルドが気に入らないのか睨むベートとティオネ。相変わらずだと笑うフィンに眉根を寄せるリヴェリア。二人を複雑そうに見つめるアイズと、フィルヴィス。

 

「………!」

 

 と、ヴァルドがフィルヴィスに気付き視線を向けるとフィルヴィスが固まる。後ろめたい何かがあるかのような、今の自分を見られたくないかのように顔を伏せ後退り………走り出すより早くヴァルドがその手を掴む。

 

「久し振りだな、お前も」

「っ………あ、ああ…………5年ぶりだ……………5年…………5年、も………放って他の女と子育てしていたお前が今更なんのようだどうせ私など英雄が救った大勢のうち一人にしか過ぎないのだから気に留める価値もないのだろうなにせ約束も守らず何も言わず姿を消したのだからなだから離せお前のお人好しが感染する!」

「すご、一息で言い切った!」

「あんたは黙ってなさい………」

 

 感心する妹に呆れるティオネ。というかあのエルフ離せと言う割には自分から振りほどこうとはしていない。ヴァルドとのステイタス差で振りほどけない、というようには見えない。エルフが己に触れさせている時点で、まあそういうことだろう。

 

「くそっ、じれったいわねえ。あの男もあの男よ、とっとと押し倒して子供産ませればいいのに」

「自分がフィンにされたいことでしょそれ」

 

 と、今度は妹が姉に呆れた。

 

「そうだな、お前の汚名を返上させると息巻いておいて、置いていったのは俺だ。好きなだけ詰れば良い。だが一つだけ………元気にしていたか?」

「〜〜っ!!」

 

 かぁ、と怒りや羞恥で顔を赤くするフィルヴィス。

 何も言わず姿を消したことに怒りもある、だけど心配してくれるのが素直に嬉しい。

 そんなぐちゃぐちゃした感情を処理できず固まるフィルヴィス。

 

「………ディ、ディオニュソス様が………居てくれた、から………あの(ひと)が、私を受け入れてくれた………ああ、そうだ。私を、こんな私を受け入れてくれるのは………」

 

 と、フィルヴィスはヴァルドの手を払う。

 

「お前にまた会えて、嬉しいよ。だけど、お前と会えぬ日々で、私は醜く穢れてしまった………お前に手を差し伸べられる価値なんてない………」

「そうか………深くは聞かん。だが、再会を喜んでもらえるのなら、今はそれで満足しよう」

 

 フィルヴィスはその言葉を聞くと少しだけ微笑み走り去った。

 

 

 

「どうして、今更………なんで、私は…………!」

 

 この身は穢れている。たった一人生き残ったあの日から、死を振りまく悍しい『死妖精(バンシー)』になった日から。

 自分に救われる価値などありはしない、あの英雄の手を取れるわけがない。

 

「ああ、私は……お前を信じられなかった。帰ってくるとは思えなかった………だから、ディオニュソス様に愛を求めた……なのに、なんで今さら………何であの時、私を連れて行ってくれなかったんだ………」

 

 彼は7年前、都市を滅ぼそうとした女を連れて都市から離れ、噂では5年前にその女の下に身を隠していたらしい。なら私だって、そう思ってしまう。

 

「……………」

 

 【戦場の聖女(デア・セイント)】……美しい娘だった。聖女の名に恥じぬ容姿、そして力は……ああ、正しく英雄の隣に立つに相応しい。

 【剣姫】も、ハイエルフも穢れたこの身より、ずっとあの英雄の側にいるのに相応しい。

 

「ああ………だけど、お前はきっと手を差し伸べてくれるのだろうな」

 

 そうだ、きっとそれは自分だけだ。こんな穢れ果てた後も手を差し出されているのは自分だけの特権。そう思えば僅かに沸き立つ優越感。そんな事を考えてしまう自分に、すぐに嫌気が差した。

 

 

 

 

 

 

「ボールス、これをやる」

「おう、金になるんだろうな?」

 

 ヴァルドが持ってきた黒い骨を見てボールスが厭らしい笑みを浮かべる。が……

 

「街の柵に使え」

「はあ?」

「モンスター避けに使える。下層から進出してきた場合はまだわからんがこの階層にやってきたモンスター程度なら避けるようだ」

「そうなのか? んじゃ売れねえか………いや、あんなにでけぇなら──」

「階層主………ではないが俺が一人で討伐したものだ。ドロップアイテムは全て俺のものだ」

 

 チッ、と舌打ちするボールス。ヴァルドは運ぶのを手伝えば少しは金をやるというとやる気を出した。

 

「俺は一度地上に戻る。お前達はどうする?」

 

 ヴァルドは魔石の入った袋を担ぎフィン達に尋ねる。

 

「ん〜……そうだね。僕達も戻るよ。怪我人の護送は、アミッドがいるから不要だね。ギルドの報告は僕等からしておこう」

「そうか、頼む」

「あ、あの………師匠」

「どうした?」

 

 アイズが恐る恐る話しかけるも、しかし何も言えず黙り込んでしまう。リヴェリアが杖の石突でヴァルドの足を軽く小突いた。

 

「アミッドやあのエルフだけでなく、アイズにも何か言ってやれ、馬鹿………」

「置いていった俺が今更何を言えと?」

「それが罪の意識と思っているのなら、それはただの自己満足だ」

「知っている」

「………………」

 

 だから厄介なんだお前は、と今度は杖で頭を叩いた。どうせ後衛の攻撃などダメージにはなりしないのだろうが。

 

 

 

 

 7階層辺りで、戦闘音が聞こえてきた。

 ベテランのLv.1だろう、と予想する一同。この階層に潜れるほどの能力値(アビリティ)を得るには数ヶ月の時を必要とするからだ。

 

「相手はキラーアントか………消極的な戦い方だ、すぐに決着をつけている」

「うん、7階層に潜ったその日にわざとキラーアントを半殺しにして経験値(エクセリア)稼ぎに利用する君と一緒にしないように」

「アイズの時もしていたな………」

 

 まあ半年ほどで潜る師弟がここに居るのだが。しかもキラーアントの特性を聞いていたヴァルドはキラーアントを半殺しにして仲間を呼び寄せ戦っていた。

 アイズに修行をつける際も半殺しのキラーアントを持ってきた。

 

「ベルにもするか」

「その少年が恩恵を得たのは半月前なのだろう? 流石にそれは早すぎる」

「そうでもないようだな」

「何?」

 

 と、曲がり角を曲がるとそこで目に飛び込んできた光景は、キラーアントと戦う白髪赤目の少年。

 

「………嘘」

「アイズ?」

 

 アイズが信じられないというような目で目の前の光景に目を見開く。リヴェリアは改めて白髪の少年を見る。7階層に来るには頼りない装備、駆け出しと言っても過言ではない………どう考えても、この階層に来られるだけの戦いを経験した者の出で立ちには見えない。

 

「知り合いか?」

「ミノタウロスの、時と…………酒場で、師匠と居た………」

「っ! それは、つまり…………」

「ああ、彼奴がベル・クラネル。俺の弟子だ」

「…………ベートの目には、彼は駆け出しに見えたと聞いていたけど」

「ヴァルドの弟子………だけじゃねえ。どうなってやがる、能力値(アビリティ)が駆け出しのそれじゃねえ」

 

 ダンジョン・リザード、キラーアント、ウォーシャドウ。それら全てを相手取る少年の動きは、技術はもちろん能力値(アビリティ)もEはある。

 

「どういうことだ、彼は恩恵を得たのは………」

「ああ、半月前だ。半月で、彼奴はこの階層に来た」

「「「────」」」

 

 元々オラリオに来た頃にはLv.3となっていたティオナ達やLv.2で後衛故にパーティーを組ませられていたレフィーヤなどは今一ピンときていないが、オラリオにて恩恵を得た者達はそれがどれだけ異常なことかが解る。

 

「そんな………ありえない。なんで、そんなに速く………」

「それがベル・クラネルだ………」

 

 と、ヴァルドはベルへと近付いていく。ベルもヴァルドに気付くと駆け寄ってきた。

 

「師匠! お疲れさまです!」

「ああ、お前もな」

「………撫でられてる」

 

 アイズは己の頭に手を置きながら白髪を撫でられる少年を見つめる。

 自分も昔は撫でられてたし……。羨ましくないし。

 

(………あ、謝らなきゃ)

 

 モヤモヤした感情はおいておいて、今はミノタウロスの件と酒場の件を謝らなきゃ、とベルに近づこうとするアイズ。

 

「っ!? ア、アイズ・ヴァレンシュタインさん!? な、なんで師匠と一緒に!?」

「………………」

 

 そうか……自分がヴァルドと一緒にいるのが、そんなに不思議か。

 アイズの中の小さなアイズがプンプン頬を膨らませ両腕を振り回す。

 

「泥棒兎!」

 

 そのままサッとリヴェリアとヴァルドの背に隠れる。当のベルはポカンしていたが顔をチラッと覗かせたアイズはべーっと舌を出す。

 よくわからないが、嫌われたというのは解る。

 

「う、うわあああああん!!」

 

 逃げ出した少年を見てふふん、と何だか得意気になるアイズ。リヴェリアがごん、と妖精王拳骨(アールヴ・パンチ)。超短文詠唱より速い。

 

「うぎゅう………!」

「何をしているんだお前は」

 

 ヴァルドも呆れたように言う。二人に呆れられ、あの兎のせいだと逆恨みするアイズ。と……

 

「…………あ」

 

 リヴェリアに殴られた場所を優しく撫でてくれる手に目を細める。

 

「ア、アイズさんにあんなに親しげに〜!!」

 

 レフィーヤが何やらギリギリしている。ベートはベルの戦闘の跡、倒されたモンスターの死体を見て眉根を寄せる。

 

「あのガキは、本当に半月前に恩恵を得たのか」

「そうだ」

「……………チッ」

 

 舌打ちして踵を返すベート。

 

「どこへ行くんだい?」

「潜るんだよ、ここはダンジョンだろうが」

 

 フィンの言葉にそう言いながらベートはダンジョンの奥へと向かっていく。フィンは仕方無いというように肩をすくめ

 

「では僕も」

「お前は組織の長としての義務を果たせ」

 

 ダンジョンの奥に向かおうとしたフィンの首根っこをリヴェリアが掴んだ。




フィルヴィス「何故私を…連れて行ってくれなかったのだ………」

フィルヴィスは好いた男に捨てられたと思った後ディオニュソスに汚されたんだって、と噂が流れたとか流れなかったとか


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街の反応

 ヴァルド・クリストフがLv.8に到達し【ヘスティア・ファミリア】に所属したという話がオラリオ中に広がる。【ゼウス】と【ヘラ】、嘗ての最強しか到達しなかった領域に新たな名が刻まれた。神々も冒険者もそれはもう大騒ぎで、特に神は()()()()

 他者の迷惑などなんのその、己が楽しめればいいと早速ヘスティアの元に突撃した。

 

「ヘスティア〜! 俺にヴァルきゅんを譲ってくれ〜!」

「どうやって勧誘したんだ!? ロキから抜けてお前ってことは、胸か!?」

「希望した者を受け入れるだけだった英雄が自分からスカウトした兎がいるって聞いたぞ!」

「いや俺は血の繋がった親子って聞いたぜ!」

「二人まとめてこの私が面倒を見よう!」

「恋人関係というのは本当か!? 妾達にこっそり教えよ!」

「大丈夫よ、言いふらすから!」

 

 バイト先の屋台まで押しかけ好き勝手騒ぐ神々。ヘスティアが思わずうがぁ〜! と叫ぶ。

 

「仕事の邪魔だぁ! 買わないならあっちいけええ!!」

「ヘスティアがキレた!」

「ロリ巨乳が揺れてるぞ!」

「胸が揺れない私に対する嫌味!? ギリィ!」

 

 収拾がつかない。なにせ騒いでいるのは神々で、下界の子らは彼等に不敬を働くなど恐れ多くてできないしその気になれば神威を放って人類の動きを止められる。神を止められるのは神だけだ。故に……

 

「そこまでだぁ!」

 

 文字通り神の声が神々を止める。

 

「なんだ!? 何処だ!? 誰だ!?」

「はっ、あそこだ!」

 

 誰の声か解ってるだろうに何故か解らぬふりをして、声の発生源も探すまでもないのに探すふりをする。これが神のノリという奴だ。

 

「ぅおれが、ガネーシャだああああ!!」

 

 建物の上でポージングを決め象仮面の筋肉質な大男、ガネーシャの大声が響き渡る。

 

「ガネーシャだ!」

「ガネーシャだぞ!」

「なんで高いところにいるんだ!?」

「馬鹿だからだろう」

「馬鹿なんだろうな」

「とぅ!」

 

 と、ガネーシャが飛び降りる。結構な高さを………。

 ドン、と着地し……

 

「んぬぅ………………んん!!」

「足が痛かったんだな」

「あの高さだもんな」

「やっぱ馬鹿だ」

 

 神々が呆れる中、復活したガネーシャはガバリと体を持ち上げる。

 

「お前達、そこまでだ! ヴァルド・クリストフの無理な引き抜きは許可できん!」

「なんだと!? ふざけるな!」

「そんな事言いつつお前が引き抜く気だな? 知ってるぞ、お前んとこのアーディたんがヴァルきゅんをお義兄(にい)ちゃんにしようと画策してるの!」

「歳の差10歳とかお前んとこの団長ショタコンか〜!?」

「ヒヒ、何だよガネーシャ〜。なんの権利があって止めるんだ〜?」

「そうじゃそうじゃ! 妾達は通行の邪魔と騒音被害と営業妨害しかしておらん!」

「うむ! それだけでも十分捕まえられるが、これはギルドの決定だ!」

 

 ギルドの決定と言われ水を打ったように静まる神々。ダンジョンの出入り、魔石の換金、魔石製品の売買、【ファミリア】の管理………その他諸々を受け持つギルドに逆らえる者はいない。無視して動けるだけの力を持つのは現最強候補2派閥と資金が潤沢の歓楽街の支配者ぐらいで、今この場にはいない。

 

「ヴァルド・クリストフは過去2回オラリオから離れた。3度目もないとは限らず、また3度目も戻ってくる保証はない。よって、彼の不快になりうることを禁ずる。これがロイマンの決定だ! そして、俺がギルドの伝達を伝えたガネーシャだ!」

 

 『建前』はそうなのだろう。だがあのロイマンが【ロキ・ファミリア】から金を絞れる機会に何もしなかったことといい、もっと『上』とヴァルドが繋がっているのは明らか。ウラノスの神意だ、不用意にあの老神の機嫌を損ねる訳にいかず、神々は渋々引き下がる。

 

「は〜い皆さ〜ん、通行の邪魔にならないようゆっくり帰りましょうね〜!」

 

 と、見覚えのある蒼銀の髪をした女性が神々を案内していく。

 

「う〜ん、ヴァルドに頼まれていたけど本当に来たねお姉ちゃん」

「仕事中はお姉ちゃんはやめろ…………それとアーディ、ヴァルドをお前の義兄(あに)にするとは………私が年下好き扱いされているのはどういう了見だ?」

「あ〜、私仕事思い出した!」

「お前の仕事を私が把握していないとでも?」

 

 そして高身長の女性がその女性に近づくと逃げようとして肩を掴まれる。

 

「あ、あ〜………ヘスティア様! お久しぶりです!」

「う、うん。久し振りだね、この前はベル君達にご飯届けてくれてありがとね。君の名前、聞いてなかったね」

「はい、私はアーディ・ヴァルマと申します。お姉ちゃんや親友のリュー達と同じLv.5の第一級冒険者!」

「へー………あ、そっか。それって凄かったんだよね!」

「………………」

 

 初眷属の一人がLv.8だったヘスティアは色々感覚がズレていた。

 

「神ヘスティア」

「あ、と………アーディ君のお姉さん!」

「シャクティ・ヴァルマと申します。この度は対応が遅れ、申し訳ありません」

「いやいや、いいんだよ。というかここまで騒ぎになるとは」

「まあ、ヴァルドはそれだけ人気で………同時に恨まれていますから」

「…………恨み? ヴァルド君は英雄じゃないのかい?」

「…………本人に言わせれば、奴は救う者ではなく守るために殺す者。数多くの闇派閥(イヴィルス)を葬り、その関係者を白日の下に晒し都市を去った。しかし闇はまだ根強く残っています」

 

 完全殲滅、と表向きになっているがそもそも彼等が何処に潜んでいたのか未だ解っていない。また、闇に漬かって居なくともあの若さでLv.8まで上り詰めた者を嫉妬する眷属もいるだろう。

 

「あと男寝取られた〜とか言う人達がね〜」

「え、ヴァルド君そんな趣味が!?」

「いえいえ、ヴァルドってほら………物語の英雄みたいじゃないですか? それに憧れて恋人そっちのけで冒険する人多くて」

 

 なんとなく、解る気がする。ベルとか自分と話してる途中でもヴァルドが帰ってくると意識がすぐにそっちに向くし。まあベルはそれでも会話を再開してくれるが。

 

「まあだからといって、Lv.8に上り詰めたヴァルドを殺せるやつなどおりませんので、貴方を狙う可能性もあります」

「…………マジ?」

「マジだ!」

 

 ドン、とガネーシャが叫ぶ。

 ヘスティアはうへぇ、と息を吐く。

 

「マジかよぉ………」

「安心しろ! 俺の眷属やヴァルドの個人的知り合いの元暗殺者などが交代制で見守っている! それに、どうせ一時的なものだ!」

「なんでそう言い切れるんだい?」

「7年前、勝手な行動をした罰として無茶を出来ぬようロキに『恩恵』を封じられたヴァルドは、それでも闇派閥(イヴィルス)の蛮行を許さず………なんか、()()()()()…………」

「…………………はぁ?」

「勿論公にはなっていないが、多くの神々が気付いている」

 

 神の恩恵は『促進剤』。下界の人類(子供達)が持つ可能性を引き出すもの。だから『恩恵』は消滅はしない。しかし封印はされる。神の封印だ。それを打ち破るのは、どう考えても普通ではない。

 

「それって、ヴァルド君の魂が関係しているのかい?」

「それはない。『記憶』はともかく『魂』も『肉体(うつわ)』もこの世界のものになっている」

 

 つまりはその『記憶』により形作られた『心』が作り出した意志力。それを少なくとも多くの神々が知っている。いや、正確には『記憶』を知らないから正しい答えにたどり着いている。

 

「………胃が痛いんだけど」

「安心しろ! ウラノスから無償で胃薬を届けていいと許可をもらっている!」

「わ〜い、ありがとう! って、最初からボクの胃にダメージあること前提か!」

「まあヴァルドに関われば、うん………」

「嘗てのフィン・ディムナも胃薬中毒になったと聞きます」

「そうかそうか…………う〜ん。胃が痛い!」

 

 

 

 

 

 その頃のベル。

 

「兎は何処だ!? 探せ探せ〜!」

「げっへへ、親子丼もとい師弟丼で頂いてやるわ〜!」

「女神にあるまじき顔をしてるよこの(ひと)

 

 ヘスティア同様神々に追われていた。

 

(なんで、なんでこんなことに!? あ、でもいい匂い…………)

 

 そして金髪の女エルフに抱き締められ物陰に隠れていた。

 

「…………行ったようです。もう出ても平気でしょう」

「あ、は…はい!」

「? 顔が赤いようですが、熱でもあるのですか?」

「いいいいえ!? そそそ、そんなことは!」

「しかし………」

「そこまでにしてあげてはどうですか、ムッツリ妖精様ぁ」

 

 額に手を当てられアワアワ慌て出すベルを心底心配そうに見つめるエルフ。そんな彼女に何処か小馬鹿にしたような間延びした声が聞こえる。振り返ると、極東の服を着た極東美人が居た。

 

「輝夜、いきなり人をムッツリ扱いとはどういうつもりだ」

「おや、お気づきでないので? そこまで殿方に身を寄せておいて」

「何? ……………っ!」

「うわあ!?」

 

 その言葉に現状に気づいたエルフはバッ!とベルを突き飛ばした。

 

「こらこら駄目じゃないリオン! ごめんねボク、怪我はない?」

「トロくせえなあ、本当にあいつの弟子か?」

 

 更に現れる赤毛のヒューマンと小人族(パルゥム)の女性。全員美人だ。

 

「あ、貴方達は一体?」

「「「…………あ」」」

 

 ベルの言葉に何故か赤毛の美女を除いた全員がやっちまった、とでも言うような顔をした。

 

「よくぞ聞いてくれたわね!」

「!?」

「何を隠そう私達は、清く! 正しく! 美しく! 正義の刃で悪を討つ! 弱きを助け強きを挫き、偶にどっちも懲らしめる! 差別も区別もしない自由平等、全ては正なる天秤が示すまま! 願うは秩序、想うは笑顔! その背に宿すは正義の剣と正義の翼! 私達が【アストレア・ファミリア】よ! はい、拍手!」

「え、えっと………」

 

 パチパチと拍手するベルに赤毛のヒューマンはふふん、と胸を張る。

 

「申し訳ありませんねぇ。うちの団長、少々あれでして」

「輝夜、アリーゼへの侮辱は許さない。アリーゼは、その…………ええと」

「フォローできねえなら口を挟むんじゃねえよ」

「ええ………」

 

 なんだろう、この人達。がベルの素直な感想だった。全員すっごく美人だ。だけど赤毛の人だけなんかこう………色々残念な気配がする。

 

「なぁに? そんなに見つめちゃって、見惚れたかしら? ああ、私ったら罪な女!」

「アリーゼ、話が進まない…………さて、失礼しましたクラネルさん」

「あ、えっと………僕の名前を?」

「貴方は一躍有名人ですからね。それに、ヴァルドから聞いています」

 

 ヴァルドから、と聞いてベルが反応する。

 

「『ダンジョン内でまで面倒を見る必要はない、地上では気にかけてやってくれ』……たったそれだけ言うとあの英雄様は去っていきましたねえ」

 

 この輝夜と呼ばれていた女性は、なんとなく苛立っているように見える。

 

「あ、そういえば自己紹介まだだったわね。私はアリーゼ・ローヴェル。Lv.5よ! よろしくね、ベル! ちなみに団長なんだから!」

「リュー・リオン……Lv.5です」

「ゴジョウノ・輝夜と申します。Lv.は5ですわ」

「ライラだ。あたしだけLv.4」

「!!」

 

 Lv.5にLv.4。憧憬の少女と同じ階位の存在にベルの目が輝く。

 

「第一級冒険者に、第二級! す、すごい!」

「Lv.8の師を持つ貴方に言われても嫌味にしか聞こえませんねえ」

「あ、え………ご、ごめんなさい……………」

「輝夜、何故クラネルさんにそう強く当たる」

「極東には『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』という諺がありまして……ようするにあの男の関係者というだけで癇に障る!」

「ひっ!」

 

 自分に直接向けられたわけではないが敵意の籠もった叫びに思わず叫ぶベル。輝夜は何事もなかったかのように笑みを取り繕う。

 

「さて、お時間を取り申し訳ありません。そろそろダンジョンに向かっては?」

「は、はい! そうします、失礼します!」

 

 ベルはそう言ってダンジョンに向かって走っていった。その数時間後何故か泣きながら街を疾走する兎が出たとか出なかったとか。




誰かアシュレイ・ホライゾンみたいな能力持ってる奴が大抗争時代に自爆兵相手にドッカンボッカン大騒ぎする小説書かない?


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成長する者

「ななぁかいそぉ〜?」

「は、はい!」

 

 怒っている。明らかに怒っている。

 ベルは義母(はは)に叱られ吹き飛ばされ木の枝に引っかかったまま『美人を怒らせると強さ関係なく怖いぞ』と言っていた父、もとい師の言葉を思い出した。尚、師は『リヴェリアや輝夜、アストレアなんかもそうだった』と呟いた瞬間再び鐘の音に吹き飛ばされていた。

 そんな義母に比べれば虎と猫……ライガーファングと絵の子猫ぐらいの差はあれど、なるほど確かに美人が怒ると怖い。恩恵持ってるベルの方が強いのに逆らえる気がしない。

 

「き・み・は! 私の話を聞いてなかったのかなあ!? 7階層!? 迂闊にもほどがあるよ!」

「ごご、ごめんなさい!!」

「一週間ちょっと前5階層でミノタウロスに殺されかけたのはどこの誰かなあ!?」

「僕です!」

「じゃあなんで君は下層に下りるの! 痛い目にあってもわからないかなベル君は!」

「す、すみませぇん…………」

 

 バンバン机を叩くエイナの迫力に押され尻すぼみしていくベル。まあ適正階層をしっかり考えてくれたエイナの言葉を無視したのはベルだから、彼女の怒りは当然だ。

 

「危機感が足りない! 絶対足りない! 今日はその心構えを徹底的に矯正して──!!」

「ま、待ってくださいエイナさん!」

 

 それはそれとしてベルとしても言いたいことはある。

 

「その、僕っ……あれから結構成長したんですよ!」

 

 適正階層は主にステイタスの数値と先達の冒険者達の報告からこれ、と決められる。絶対ではないが数値が高ければ当然適正階層も深くなる。ベルは少なくとも、己の数値を超えた階層を潜ってはいない。

 ちなみに数値無視してサポーターとしてとはいえ中層まで行きやがったのが彼の師だ。似たのかな? やっぱり噂通り実は親子?

 

「冒険者になって半月。アビリティ評価H(100台)がやっとのくせにどの口が成長なんて言うのかな?」

「ほ、本当なんです! 僕のステイタス、Dにいったのもあるんです!」

「え………D(500台)?」

 

 ベルの口から紡がれたアビリティ評価に固まるエイナ。しかしすぐに疑わしげな視線を向ける。

 

「そ、そんなでまかせ言ったって………」

「本当です! 本当なんです! なんか僕今、成長期らしくって!」

「………………」

 

 ベルとの付き合いはまだ長いとは言えない。それでも彼が嘘をつくような人間ではないと…

 でも、D………エイナはS、A、B、Cと指を折り曲げ数えていく。

 エイナの先程のHという評価は決して適当に言ったわけではない。ダンジョンに入って半月の冒険者が到れるのは通常Hだ。それだって腕のいい冒険者に限った話。Gなら出来すぎ、E以上というのはいくらなんでも早すぎる。多くの冒険者達を見てきた受付嬢達から満場一致で才能がないと判断されたベルが?

 

「………ねぇ、ベル君」

「は、はい」

「君の背中に刻まれている【ステイタス】、私に見せてくれないかな?」

「え!?」

 

 エイナの言葉にベルは思わず叫ぶ。ステイタスは本来秘匿されるべき情報だ。それはLv.1でも変わらない。例外的にギルドがステイタスを確認することはあるが、それは本当に例外的な事例。それこそランク申請を偽っていた疑いがあった時など。

 

「君が嘘を吐くとは思えないんだけど………」

 

 それでも常識的に考えてDは可笑しい。ヘスティアの伝え間違いとか書き間違いと思ったほうがまだ現実がある。

 

「で、でも【ステイタス】って一番見せちゃいけないんじゃ」

 

 『魔法』や『スキル』、【ステイタス】に刻まれた情報は本来秘匿されるべき事柄だ。敢えて公開するものや、その強さ故に推察される者もいるが基本的にギルドは不干渉で居るべきもの。

 因みにヴァルドは神々からは「5つぐらい持ってるだろ」「剣に関する技能を上げるスキルがあると見た」「思いの力で効果変動するステイタス補正があるに違いない」とか的はずれな考察がされている。

 

「お願いベル君! ベル君の【ステイタス】が知られることがあったら私、君に絶対服従するから!」

「ふ、服従!? そ、そんなことしなくたって!」

「どうしても確認したいの! じゃなきゃ私、何時までも君の適正階層を更新しないよ?」

 

 もちろん、冒険者がそれを無視することはある。が、ベルは恐らくそう何度も出来る輩ではない。こうして素直に進出階層を教えてしまうだろう。

 

「わ、わかりました………エイナさんが言うなら、僕………ぬ、脱ぎます!」

 

 ザワッ、とベルとエイナに視線が集まる。エイナは顔を赤くして慌ててベルを談話室に引きずり込んだ。

 

 

 

「…………嘘」

 

 

『Lv.1

力:D509

耐久:F398

器用:D524

敏捷:C624

魔力:I0   』

 

 駆け出しの『アビリティ』ではない。熟練の、何ならランクアップに足をかけた冒険者レベルのアビリティ。

 これが冒険者として、恩恵を刻んで半月のアビリティだなどと誰が信じるのか。

 

(………クリストフ氏が見つけた、英雄候補)

 

 エイナはとある噂を思い出す。ヴァルド・クリストフの帰還が報じられると同時に広まった噂。彼の者は【ロキ・ファミリア】に見切りをつけて、都市外で己の後を継ぐ者を見つけたというもの。そして、同【ファミリア】唯一の眷属はベル一人。

 まさか、と思った。

 【ロキ・ファミリア】でヴァルドの弟子といえば【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドや【貴猫(アルシャ―)】アナキティ・オータム、【炎翼(ヴィゾーヴニル)】ロイド、【戦乙女(ヴァルキリー)】レミリア……そして、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。他にもいるが有名所はこんなところ。

 前3名は第二級上位のLv.4で、後者2名に至っては第一級Lv.5。特にアイズはヴァルドに継ぐ天才として知られる世界記録保持者(レコードホルダー)に最も近い存在。

 

(そんなヴァレンシュタイン氏を差し置いて、ベル君を………なんて思ったけど。でも、このアビリティなら……まさか、本当に?)

 

 ベル・クラネルがヴァルド・クリストフの後継者。

 

(でも、それって………ベル君がクリストフ氏のような無茶をするってことだよね?)

 

 それは、なんか嫌だ。ヴァルドが狂っているとは言わないが、その偉業は異常。誰かが真似できる類とは思えない。ましてやベルのような少年が………。

 

(でも、この【ステイタス】なら7層どころか10階層以降も………そんな速度で成長する冒険者なんて………もしかして、スキル?)

 

 と、エイナは本来規則違反と解っていてもつい目が行ってしまう。

 

(………あ、駄目だ)

 

 読めない。ヘスティアの癖か、もしくはプロテクトか…。とにかくエイナには読めない。

 

「あ、あの………エイナさん?」

「あ、ごめんね! もう服を着ていいから」

 

 ベルはいそいそ服を着直す。エイナはうむむ、と顎に手を当てる。

 この【ステイタス】なら7階層以降の進出を認めないわけにはいかない。そうなるとそうなるで、別の問題がある。

 

「………?」

 

 じっとベルを見つめるエイナ。厳密には、ベルの貧相な装備。

 

「ベル君、クリストフ氏はベル君が深く潜ることに対してなにか言ってた?」

「えっと、装備を変えろって」

 

 うん、その方がいいだろう。今の装備はどうにも心許ない。

 

「じゃあベル君、明日空いてるかな?」

「…………え?」

 

 

 

 

 女の人と、待ち合わせ!?

 などと混乱しながら談話室から出るベル。と、何やらギルドが騒がしくなる。誰かが入ってくると同時だ。ベルもそちらに目を向ける。

 筋骨隆々の、猪人(ボアズ)の大男が入ってきた。

 

「っ!」

 

 気配が、違う。上級冒険者特有とか、大きな体とかそういった類ではない。似ているとすれば、ヴァルドに近い気がする。

 

(なんだろう、あと少し……嬉しそう?)

 

 しかめっ面にも見えるがなんとなくそう感じた。

 男が歩けば冒険者達は慌てて道を空ける。

 

「…………【猛者(おうじゃ)】オッタル」

「え、【猛者(おうじゃ)】って……師匠が倒した?」

 

 大丈夫だろうか、目をつけられないといいのだが。

 と、オッタルはズンズンと進みカウンターにたどり着く。

 

「ふえぇ……」

 

 不幸にもそこにいた小柄なヒューマンの少女は涙目だ。

 

「ほほ、本日はどど、どのようなご要件で…………」

「ランクアップの申請だ」

「で、ですよね!」

 

 アドバイザー制度を利用しない【フレイヤ・ファミリア】が来る理由などそれぐらい…………え? 今なんと? と少女は怯えも忘れ惚ける。

 

「? ランクアップの申請をしに来たのだが」

「あ、えっと…………Lv.8………に?」

「ああ」

 

 次の瞬間、ギルドが叫喚に包まれた。

 

 

 

 

(Lv.8…………師匠と同じ……)

 

 ベルはじっとオッタルを見つめる。世界最強の座についた師に追いついた冒険者。しかも師と因縁があるらしい。喧嘩にならないよね?

 などと戦々恐々しているとその視線に気づいたのかオッタルがベルを視界に捉える。

 

「ヴァルドの弟子か」

「は、はい……」

「奴が選んだ男か…………せいぜい励め。お前の行動は奴の名声により正当な評価を受けないかもしれない。そして、お前の零落は奴の名に傷をつけるだろう」

「っ…………はい!」

「………では、奴に伝えておけ。今夜、あの場所で待つと」

 

 ザワッと再び騒がしくなる。まさか、ランクアップして雪辱戦を!? おいおいオラリオどうなるんだ、と。しかし、だからといってオッタルを止められるはずもない。

 

「そ、そんなことを認められるか!」

 

 と、そう叫んだのは小太りしたエルフだ。エルフとは思えぬほど俗欲にまみれた姿をした男は脂汗を流し足をがくがく震わせながらオッタルに向かって叫ぶ。

 

「…………何がだ」

「おお、お前と【剣聖】の………ふ、再びなど、認められるはずがない! ギルドから、せせせさ接触きんきき禁止令を出させてもらう!」

「…………何故だ」

「とにかく、これはギルドの決定だ! やぶ、やぶれば罰を………!」

「………………解った」

 

 オッタルがそう言って去ると小太りしたエルフはその場でヘナヘナとへたり込んだ。

 

 

 

 

 

「あらオッタル、早かったわね。今日はヴァルドを飲みに誘うんじゃなかったの? また額に牛肉(ミノ)と書かれてくるかと思ったのに」

「ギルドに、接触禁止を言い渡されまして」

「ギルドが………?」

 

 フレイヤはギルドとオッタルの認識に大きな誤りがあることに気付いたが、なんか面白いので黙っておくことにした。




ロイド、レミリア。
本来はクノッソスで死ぬLv.3のモブ冒険者。良かったねクノッソス! 彼等を殺せれば【ロキ・ファミリア】に大打撃を与えられるよ!


 ヴァルドは映画については知らなかったけどウラノスに復活の可能性がある『秘境の蠍』調査の依頼を受けて、見てくるだけでいいのに精霊を解放するために死にかけて『不死身』手に入れ完治したあと同居してる女に『何故私を頼らなかった』と問われ『(もしお前まで死んだらベルが寂しがるから)お前を俺の仲間として連れて行くわけ無いだろ』と言って吹き飛ばされた。



ちなみにベルの祖父に色々英雄譚を語られて知っているからオリンピアに行ってエトンと話したら「なるほど確かにエピメテウス(やつ)は陸の王者も、海の覇王も、秘境の蠍も討てなかった。雄牛一匹倒しただけで、英雄と担がれた道化もいたと聞く。それに比べれば酷い差別もあったものだ。
 ………だが、()()()()()()()。世界が失望しようとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう」とか言う。復活した『陸の王者』や精霊取り込んだ『秘境の蠍』を打倒した本人が。
 知られたら普通に「イヤミか貴様!」と言われて斬りかかられても文句言えねえなあ


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小さな出会い

「お〜お〜、モテるねえあの兎。さっすがヴァルドの弟子だ。子供ってのもあながち嘘じゃねえのかもな」

「餌をやって放置するところもそっくりですねえ。何時か屑だのなんだの罵られて愛憎入り交じったナイフで刺されるでしょうねえ」

「うーん、これはヴァルドの子!」

「皆、いくらなんでもそれは彼に失礼だ」

 

 ハーフエルフのギルド職員と買い物に行った挙げ句『私が貰ってほしいなあ』と籠手を渡された光景を見て好き勝手話す【アストレア・ファミリア】。リューだけは同情的な視線を向けていた。

 

「それにしても、やっぱり現れやがったなあ英雄アンチ」

 

 と、ライラは地面に転がる死体を睨む。ベルへ明らかな殺気を放ち、声をかければ【アストレア・ファミリア】の姿に顔を顰め、ナイフを振りかざしてきたがその動きはあまりに遅く、捕えれば全員服毒自殺をした。

 『恩恵』なしだが、恐らくは闇派閥(イヴィルス)の信者………というよりはヴァルド・クリストフを憎み、唆されたであろう者達。皆ベルの命を狙っていた。

 

「武器は市販品。特定は無理だな………恩恵持ちを使ってこないあたり、様子見か」

「ま、大きく弱体化した今派手に動いて今度こそ殲滅されたらたまらないんでしょう………後は、ガス抜き」

「だろうなあ」

「捨てていい駒なのでしょうねえ」

 

 と、アリーゼが目を細め虚空を睨む。

 通常、闇派閥(イヴィルス)など様々な目的で数を揃えた集団はそれこそなにか目に見える成果を用意しなくては一部が暴走する。ただ、相手がヴァルド関係なら成果を出せなくてもまあ仕方ないかと思うだろう。行動はしている、そう見せるために末端を消費して深い情報を持つ駒を抑える。そんなところだとアリーゼは予想し輝夜やライラも同意する。

 

「まあ、それでも油断したところで『恩恵持ち』を使う可能性はあるから、あの子にも早く強くなってもらいたいところね」

「なにせ、あの英雄様が、わざわざ都市の外に出て、選んだ後継ですものねえ。きっと半年かあるいは3ヶ月でランクアップするのではあ?」

「色々強調してんな」

「輝夜はヴァルドが頼ってくれないことを根に持ってるからね」

 

 何やら黒いオーラを出す輝夜を見てライラが引いてアリーゼが補足する。空気の読めないポンコツ妖精が首を傾げながら輝夜に質問を投げつけた。

 

「輝夜はヴァルドさんに頼ってほしいのですか?」

「直球だなアホエルフ!」

「まさか。あの心臓止まろうと動き続け内臓溢れようと未知の骨糞蜥蜴と戦いを続けるイかれた男の頼みなど、命がいくつあっても足りませんので」

「と、言いつつ。頼ってもらったら皮肉を言いながら絶対に力を貸す輝夜なのであった、まる!」

「イラ☆」

 

 輝夜はそっと刀の柄に手を添えた。

 

 

 

 

「…………何か騒がしいなあ」

 

 時折感じる舐め回すような不躾な視線と異なり見守るような温かな視線を感じた方向が何やら騒がしい。今は視線を一人分しか感じない。

 何が起きてるんだろう?

 

「………ん?」

 

 と、不意に接近する気配。別のところに意識を向けていたベルは反応しきれずぶつかってしまい、走ってきた少女が転ばぬように慌てて支える。

 

「すいません、大丈夫でしたか?」

「追い付いたぞクソ小人族(パルゥム)!」

「っ!」

 

 更にやってきた男は物凄い剣幕で少女を睨みベルは反射的に少女を庇うように身を割り込ませる。

 

「……ああ? なんの真似だ。ガキ、邪魔だ、そこをどきやがれ!」

 

 装備の質からしてそこそこ稼げる冒険者だろう。つまりダンジョンのそれなりの深さに潜れるベテラン。ベルの装備を見て取るに足らない駆け出しだと判断したのか、だからこそ邪魔が我慢ならないと表情が物語っている。

 

「た、助けてください冒険者様!」

「あ、えっと………その、何があったんですか?」

「何も知らねえなら黙ってろ! いい、てめぇからぶっ殺す」

 

 駄目だ、話を聞く気がなさそうだ。苛立った様子で剣を抜く男にベルも【女神の剣(ヘスティア・ソード)】を抜く。

 怯えるどころか敵意を向けたベルにますます苛立つ男。

 

「死ねやあああ!」

 

 当然と言えば当然だが、その動きは手加減しているヴァルドより遥かに遅いし、技術も拙い……補足しておくがヴァルドが規格外としても、その男はいささか【ステイタス】任せが過ぎる動きだ。

 

「え……っと…………」

「っ!?」

 

 対人の基準値がぶっ壊れてるベルは困惑しながら剣を弾く。自分の一撃があっさり弾かれ男は目を見開く。

 ベルが向ける視線は、明らかにこんなに簡単に弾けるものなの、とでも言うような顔。その態度が男のプライドを刺激する。

 

「何なんだてめぇ、なんでそのガキを庇いやがる! 知り合いか!?」

「えっと、違います………」

「じゃあなんだって邪魔しやがる!?」

「その…………女の子、だから?」

「はあ!?」

 

 『女の子には優しくするんじゃ、ベルよ。え? お義母さんは? 彼奴女の子じゃぐはあああ!!』という祖父の教えを思い出しなんとなしに答えるベルに、何いってんだ此奴と言いたげになる冒険者。

 

「訳分かんねえ、もう良い………次こそ殺す」

 

 と、改めてベルを敵と認識した上で剣を構える男だったが………

 

「次から次へと、今度は何だぁ!?」

「リューさん?」

 

 現れる金髪のエルフの美女、リューだ。

 鋭い視線を男に送り、男は思わず息を呑む。

 

「その方は我々の恩人の弟子だ。彼に危害を加えることは許さない」

「っ………お、お前……【疾風】だな!? だったらそのチビを捕まえやがれ、そのガキが俺の金を盗んだんだよ!」

「貴方が最低賃金すら払おうとしなかったからでしょう!」

 

 最低賃金とは、サポーターを雇う場合において同派閥、他派閥問わず一定の給料を払うという決まりだ。世界記録保持者(レコードホルダー)がLv.1の時サポーターをやって感じた現状の不満をギルドに直接交渉して決めさせた規律。先に一定金額を払っておいてモンスターにやられてはその日の稼ぎがマイナスになったりするのでサポーターの死者は減ったし、そのぶん換金率も上がりギルドは正式採用とした。因みにサポーターの最低賃金はパーティーの平均レベル、到達階層、人数などで細かく決められるため見殺しにしたり囮にした場合寧ろ損をするようにロイマンがうまく調整した。規則なので破れば当然罰則が下る。

 

「まあ、だからといって盗むのはどうかと思うけどな。それはそれとして、私刑よりギルドに仲介頼んだほうが良いんじゃねえの?」

 

 と、ライラも現れる。

 

「サポーター軽視をやめさせようとした英雄様がご帰還したってのに随分とまあ、勇気のある行動するじゃねえの」

「っ! るせぇ! 小人族(パルゥム)風情が、いっちょ前に報酬をもらおうってだけで烏滸がましいんだよ!」

「…………ああ?」

 

 見た目は少女、実際は小人族(パルゥム)のライラはパルゥム差別のその発言に目を細める。

 

「その小人族(パルゥム)に劣るLv.が何をいっちょ前に偉そうにしてやがる。それとも【勇者】や4兄弟、アタシは小人(パルゥム)じゃねえってか?」

「っ!」

「うわ、あの人自分で弱い種族だなんだと言っておきながら強いと知ってると黙り込んだわ。格好悪い!」

「まぁまぁ団長様、そのような事実を受け入れる器量もない方に言っては可愛そうですよ」

 

 と、アリーゼと輝夜まで現れ男は顔を青くする。第一級冒険者や第二級冒険者に勝てるわけがないと、どうにか言い訳をしようと必死に頭を回転させる。

 

「っ………わ、解った解った! 金を渡せばいいんだろ!」

「だって、どうするおチビちゃん」

「チ……ま、まあ、団長に報告するのでその時まで護衛をしてほしいですが」

「じゃ、アタシがついていってやるよ」

「…………ありがとうございます」

 

 ライラが少女の護衛につくというと、闇討ちでもしようと思っていたのか男はちっと舌打ちする。

 

「ところで、今更だけどあなたの名前は?」

「リリはリリルカ・アーデです。そちらの冒険者様はゲ………えっと…………ゲドウ・ラッシュ様?」

「確かに外道なことをたくさんしそうね」

「名は体を表しますねえ」

「ゲド・ライッシュだ!」

 

 男、ゲドはそう言うと去っていった。

 

 

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア】本拠(ホーム)にて、リリが扉を開け酒場にもなっている一階でカウンター席に座る。

 

「おうアーデ、戻ったか。今回はどうだった?」

「どうもこうも、まぁた値切られそうになりましたよ。盗んでやったらバレかけましたけど」

 

 その隣にやってきたドワーフはその言葉を聞いてそうか、と顎に手を当てる。

 

「他派閥かぁ、こういう場合どうすんだあ? あの野郎ならうまくやれたんだろうけど」

「その男が残した価値観のせいで未だうちのファミリアはギルドの警戒対象なんですがねえ」

 

 と、リリはちらりと一部の団員を見る。ニヤニヤニタニタ下品な笑みを浮かべ何やら話し合っている。

 

「団長も気をつけてくださいよ? 闇討ちなんてされて、彼奴等の誰かが団長になったら今度こそ潰されますよ、うち」

「…………まあ、仮に俺が殺されてもソーマ様がまともな奴を選んでくれるだろ」

「へっ、あんなアホがマトモな団長を選べるわけねぇですよ。団長だって選んだのは英雄様ですからねえ」

 

 やさぐれたように笑うリリにドワーフの男は「あの(ひと)だって子供の面倒見たりしたんだけどなあ」と苦笑いする。

 

「そういえば英雄の弟子に会いましたよ。噂になってる………なんというか、何も知らない子供でしたねえ。随分真っ白で、羨ましい限りです」

「………いじめるなよ?」

「いじめませんよ。リリを何だと思ってるんですか………英雄の弟子なんて、精々煽てて羽振り良くしてお金を貢がせるぐらいしか使い道ないです」

「………………」

 

 

 

 

「あ、お〜い! ヴァルド!」

「シルか」

 

 ダンジョンからの帰り道、給仕服姿の銀髪少女が駆け寄ってくる。

 

「こんばんは。聞いたよ、オッタルさんと接触禁止令を出されたって」

「………?」

「あれ、まだ知らなかったの?」

「ああ………しかし、何故?」

 

 心当たりが無いというようなヴァルドにシルはん〜、と顎に指を当てる。

 

「ヴァルドがオッタルさんをボコボコにしちゃったから、リベンジしに来たと思ってるんじゃないかな〜?」

「それはそれで望ましいが、今のままで挑んでくる性格でもないだろう」

「あんまり知られてないもんね、あの人の性格。ランクアップ果たしたばかりって言うのもリベンジ説の一つかなぁって」

 

 まあだとしてもギルドから接触禁止令が出ている以上、ギルドで勘違いさせるようなことを言ったのだろう。

 

「彼奴は昔から、言葉が足りない」

「…………………」

「何だその目は?」

「いえ、べっつに〜………」

「仕方ない、俺からロイマンに話を通す」

「…………因みに、なんて言うの?」

「俺もオッタルも無意味に街を破壊する趣味はない。雌雄を決するのは今ではない、と」

「忙しかったら?」

「簡潔に、いずれオッタルとは決着をつけるつもりだ、と…………」

「う〜ん………」

 

 シルは困ったように笑う。

 

「まあ頑張ってね。禁止令が解かれたら私がご飯作ってあげる♪」

「………………………急いで誤解を解く必要はないか」

「なんでえ!?」

 

 と、シルは叫びながらヴァルドの髪の毛を引っ張った。ヴァルドにこんな事を出来る者は、そうはいない。

 Lv.8ゆえ本気で抵抗することできず、それが解っているのかシルは楽しそうに笑うのだった。




ヴァルドととある女神の関係
女神・愛おしい。そばに置きたい。他人が大好きね。
ヴァルド・厄介。神の愛は面倒。恋をしてから出直せ。

ヴァルドととある街娘の関係
街娘・友達。たまに遊びに誘う。料理をどうぞ。
ヴァルド・友人。たまに振り回される。料理はいらない。


ヴァルドがとある女神に言った言葉
「お前は俺を愛していても恋してない。俺ではお前の願いを叶えられない。だから、振り回されるだけ振り回されて、俺に何も得るものがない。ただ迷惑だ、関わるな鬱陶しい」

ヴァルドがとある銀の少女に言った言葉
「美の女神と関わるのはもう御免被るが、ただの街娘と話すぐらいなら問題はない」

ベルのおb……お義母さんが話を聞いて言うかもしれない言葉
「そういうところだ」



ヴァルドとシルはあくまで友達です。男女の友情が成立してる。シルは抱きついたり肩に顎を乗せたりお姫様抱っこさせたりと色々好き放題してるが本人曰く男女間の感情は芽生えていない。ただリヴェリア達の反応を楽しむこともある。


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サポーターの少女

シルとヴァルドは友人なのでシルのヴァルドへの口調はアーニャやリュー(原作)にするように砕けた感じにすることにした。
砕けた口調のシルさんと話す男主人公みたい…………見たくない?


「それが新しい装備か。新人の作品にしては、良く出来ている」

 

 ベルの装備を見てそう評価したヴァルド。己が選んだ装備が師に褒められ嬉しそうだ。

 

「むむむ、女の子と買いに行ったのはすこ〜し納得いかないけど、これで更に深い階層を目指せるね!」

「はい!」

「キラーアントは直ぐに殺すな。仲間を呼ばせ、素材と魔石を集めるのに使えるし、目に頼らず己の周囲を把握する訓練になる」

「え、あの……エイナさんはキラーアントは直ぐに倒せって」

「ベル、お前の成長速度は俺やアイズより早い。ならば戦いの数も増やしておけ……とはいえ、ランクアップするにはまだアビリティも低い。今はまだ無茶をする時期じゃない、か」

 

 要するにアビリティを極めてからランクアップしろということだろう。アビリティの伸び具合を見るに、そう遠くない未来。

 ヘスティアからすれば気が気でない、なんてレベルじゃない。ベルの成長速度がこのままなら、一体どれだけの間隔で危険を冒さねばならぬのか。

 

「冒険者とは冒険をするものだ。冒険をせずランクアップしても、たかが知れている。半端な偉業をするなよ?」

 

 期待から出たであろうその言葉に、ベルは「はい!」と叫びグッと拳を握りしめた。

 この人の弟子として、恥じない冒険者になろう。そう心に決め、ふと気になることを思い出す。

 

「あの、師匠には、アイズさんの他にも弟子が居たんですよね……その、【ロキ・ファミリア】に…………」

「ああ」

「…………なんで、僕なんですか?」

 

 彼に選ばれる、それだけで自分が特別なのだと勘違いしそうになるほど、ベルにとってヴァルドは特別な存在だ。というかLv.8の時点で……さらには世界記録保持者(レコードホルダー)の時点でそうだが、ベルにとってそれは関係なくヴァルドは凄い。

 それに対して、自分はどうだ。彼と義母に鍛えられ、それでもミノタウロス相手に殺されそうになり怯え、助けてくれた相手に惚れて何もせず何時か道が交わるなどと妄想した矮小な夢見がちな子供だ。

 

「今だから言うが、俺はお前を見た時弟子にする気はなかった」

「──え?」

「あの女も居た……さっさと秘境にでも向かおうと思っていた。育てる気などなかった」

「………………」

 

 ヘスティアが何も言わぬあたり、それは全て本音なのだろう。

 ベルは泣きそうになった。悔しいからではなく、悲しいから。義母がいて、祖父が居て………そこに彼が居ない未来はあったのかもしれないが、居た事実を知るベルには想像だけだって耐えられない。

 

「だが5年前、暫くの滞在に使おうと立ち寄り、あの女に何を聞かされたのかお前は俺の弟子になりたいと言った」

 

 本来であれば、ヴァルドにとって喜ばしいことだった。だがただの村人として過ごしていたベルを知っていたから、躊躇った。

 

「お前は言ったな? 「何時かお義母さんや貴方を守れるような英雄になりたい」と………」

 

 自分より遥かに強い相手を守りたいと言ったのだ。曲がりなりにもその強さの一端を知っているのは何度も吹き飛ばされた形跡のある家の周りの地面と丁度地面にめり込んでいた祖父を慣れたように引き抜こうとしていたのを見て明らかだろうに。

 

「誰だって強い奴に頼る。だがお前は、大切な相手が強いのなら自分がそいつを守るためにもっと強くなる、そう考える奴だ。だから選んだ」

「で、でもそれは………子供の頃の話で………」

「確かに、あの頃に比べると、随分夢を見なくなった………人類は変化する。夢を見なくなった奴が再び夢を見ることもあるだろう」

「ち、ちなみに師匠は自分より強い人が怪物にやられたら、どうするんですか?」

「その怪物が多くの命を奪おうとするなら、どのみち俺には戦い倒す以外の選択肢はない」

 

 

 

 

 

 アイズがベルを意識している。いい傾向だ。

 仲間以外で誰かに興味を向けるのは、5年間の空白があるとはいえ初めてだ。アイズが年相応の顔を少年(ベル)に見せるのは嬉しくもあり寂しくもあり切なくもあり愛おしくもある。

 

(完全に嫌っている、というわけではなさそうだが。やはり置いていかれるのは堪えるか)

 

 それを知りながら異端児(ゼノス)の救出、距離を取っての修行など、諸々の理由で何も言わず別れた後、新たに弟子を取ってこちらに期待することにした、などと傍から見てもかなり勝手だ。

 だが、あの時より危なげがなく、それでいてやる気に満ちていた。

 

(好かれたいベルには悪いがもう少し負けん気を保ってもらうとするか)

 

 

 

 

 

 

(師匠は、やっぱり僕よりアイズさんみたいに凄い人達を鍛えるべきじゃないのかな……)

 

 師の期待と裏腹に、ベルはそんなことを考えていた。

 ミノタウロスに圧倒され、武器を失い死の恐怖で動けなくなった自分。そして、たとえ己より強い誰かがやられてもその怪物に挑むと言い切った師。

 自分にはきっとできない。その時が来ても、情けなく逃げ出すだろう。

 

(アイズさんなんかLv.5だし………)

 

 ヴァルドや義母が聞けば()()5だ、と言うだろうがベルにとってつい先日までLv.7が最強でLv.6や5は雲の上のような存在だ。彼等を鍛えたほうが、きっと………

 

「っ!」

 

 パン、と両頬を叩く。駄目だ、思考が悪い方向にばっかり行ってる。期待されたんだ、それに応えれるよう努力することを考えよう!

 というわけで、ベルにとっての未踏破領域を広げより強いモンスター、より過酷な戦場に………。

 でも、モンスターの数も増えて魔石とか回収しにくい。このままでは稼ぎを師に任せきりになるのでは? と………

 

「お兄さんお兄さん、白い髪のお兄さん」

「ん?」

「昨日はどうも、お兄さん」

 

 振り返ると大きなバックパックを背負った、昨日出会った小人族(パルゥム)の少女がいた。

 

「君は昨日の。あの後大丈夫だった?」

「はい。団長にも報告しておいたので、諸々対応されるといいな〜と言ったところですね」

「? 対応、してくれないの?」

「他派閥のサポーターに何しようと謝る冒険者なんていませんよ。ましてやリリみたいな小人族(パルゥム)ならなおさら」

 

 小人族(パルゥム)差別、サポーターの蔑視。話には聞いていたが、改めて体験したであろう本人から聞かされるのはなんとも心に来る。

 

「とはいえ、同派閥の連中と組むのも嫌なので…………お兄さんは優しそうですし、よろしければリリを雇いませんか?」

「え、でも………その、僕なんかよりもっと強い人と組んだほうが良いんじゃ」

「その結果昨日みたいな事になったらたまりません。その点お兄さんはあの【アストレア・ファミリア】のお知り合い。お金を払わなかったり、払うように言って暴力を振るうなんてこともしなさそうですし! 逆もまた然り、彼の派閥のお知り合いからお金をちょろまかそうとする者は居ませんよ!」

 

 信頼されている、ということだろうか? なんとなく照れくさい。

 

「それでお兄さん、どうします?」

「あ、うん。じゃあ、お願いしようかな」

 

 

 

 

 

「ヴァルド、ヴァルド。じゃ〜ん! これ、な〜んだ!」

魔導書(グリモア)

「はい、正解です!」

 

 帰り道、待ち伏せしていたのかシルが魔導書(グリモア)を持って駆け寄ってきた。

 魔導書(グリモア)とは読むだけで魔法を発現させることができる『神秘』持ちの造る魔道具(マジックアイテム)の中でも規格外のもの。特にこれは、かなり質が高い。何十億ヴァリスもするだろう。

 ちなみにヴァルドの【ジュピター】はLv.2になった際少しでも生存率を上げるために、【サートゥルナーリア】はLv.5になった記念に、どちらもリヴェリアが渡した魔導書(グリモア)で発現している。

 あれも高品質だったがこれも中々。

 

「これをベルさんに届けてほしいの」

「自分で渡さないのか?」

「ふっふっふ。私はほら、陰から支える系の女子ですから」

「………だが、お前はこんなにしてあげたのだから自分のことを好きになってと思いそうだ」

「そんなことないよ! 私のことなんだと思ってるの!?」

「……………ストーカー?」

「む〜〜!!」

 

 真剣に考え真面目な顔で言ってきたヴァルドをシルが魔導書(グリモア)の角で何度も叩く。もちろんノーダメージだ。

 

「ふん。ヴァルドは本当に意地悪なんだから! いいもん、じゃあ誰かの落とし物ってことにするもん! 優しいベルさんなら罪悪感に苛まれるかもしれないけど!」

 

 と、魔導書(グリモア)を抱えて『豊穣の女主人』に向かおうとするシルからヒョイと魔導書(グリモア)を奪う。

 

「あ、もう! 返して!」

「渡しておく。それでいいだろう? ベルに強くなって欲しいのは、俺も同じだ」

「最初からそういえばいいのに、ヴァルドは素直じゃないよね。そんなふうだから嫌う人にはとことん嫌われるし、色んな人を拗らせちゃうんだよ。沢山の人を誑かして、何時か刺されても………いひゃいいひゃい! ほおをひっはらにゃいれ〜!」

 

 赤くなった頬を擦り涙目でヴァルドを睨むシル。

 

「もう、ベルさんに内出血がキスマークと勘違いされたら責任取ってもらうからね!」

「手加減はした。それに、内出血になったとしてもベルにその手の知識はない。ガキの生まれ方すら知らん」

「え………ヴァルド、ちょっと過保護すぎて気持ち悪いよ?」

「母親の教育方針だ。俺は何方かといえば、その手のことには寛容な方だ」

「それは…………確かに」

 

 何せランクアップの記念だと……つまり12歳の時にノアールとダインに歓楽街へ連れて行かれたのだ。なお、翌日二人は氷漬けになった。

 

「間違いを起こさぬように逆に知っておくべきだとは思うが、教えたら教えたで彼奴が飛んできそうだからな」

「う〜ん…………それは、確かに困るね」




ヴァルドのベルくん感想
初対面→ただの村人。恩恵もない………祖父が居なくなっても、この村で義母と平穏を過ごす選択肢があるのでは?

弟子入り→まさか何度も家をふっ飛ばす母親を守れるぐらい強くなりたいと言い出すとは。夢見がち、で切り捨てるのは簡単だが………良いだろう、鍛えてやろう

現在→あの頃に比べると僕なんかが、と思うようになってしまったが、もう少し様子を見よう


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サポーターの仕事

「ほわああああ!?」

 

 ダンジョンを駆け抜ける兎、もといベルの背に張り付いたリリは悲鳴を上げる。壁を、天井を駆け回り次々とキラーアントを切り裂いていく。

 その動きはどう見ても駆け出しのそれではない。

 キラーアントは瀕死になると仲間を呼ぶフェロモンのようなものを放つ。それに寄り集まったキラーアントの群れに、血の匂いと少女の悲鳴に寄ってきたモンスター。更に新たに生まれるモンスターが階層の一角を覆い尽くし死体の魔石を踏み潰したり、あるいはベルが砕いたりしたことにより産まれた灰の山を赤く染める。

 

「っ! 流石に、そろそろ…………リリ、お願い!」

「こ、こんなのサポーターの仕事じゃありません!」

 

 と、リリはバックパックから取り出した袋を投げつけ鼻をつまむ。厳重に包装されたそれは、しかしモンスターの爪にあっさり引き裂かれ、激臭が周囲を覆う。

 

「「「─────!!」」」

 

 モンスター達がその臭いに目を見開き硬直し、我先にと逃げ出そうとするも通路いっぱいに詰まった同胞と押し合い踏み合いまともに逃げられる個体は殆ど居ない。

 

「ふっ!!」

 

 その隙を突き、ベルがモンスターを一掃した。

 

 

 

 

 

「魔石が35、魔石が36…………あ、ドロップアイテム」

 

 リリは死んだ魚のような目で灰の中から魔石やドロップアイテムを回収していく。ベルが周囲の壁に切り込みを入れモンスターを生まれぬようにして、やってこないか警戒してくれているのでモンスターの心配はない。

 

「リリ、ありがとね。モンスターが来たら、絶対に守るからね」

「ありがとうございます。ところで、さっきのは?」

「師匠がナァーザさんに作ってもらった『強臭袋(モルブル)』って言うんだって」

 

 事前に臭いと聞いていたが、想像以上だった。モンスターが逃げ出すのもわかる。直ぐに消臭のアイテムをぶち撒けた。

 

「ところで、自分でやっておいてなんだけど………怪我、してない?」

「………………ええ、まあ」

 

 リリは「師匠に言われたキラーアント狩りをやりたいんだ。でも、モンスターが多いとリリを守れるか心配だから、その間僕の背中に掴まっててよ」という言葉を思い出しながら応える。

 最初は何言ってるか解らなかった。だって駆け出しがキラーアントを敢えて殺さず仲間を呼ばせ倒していく修行なんて、普通しない。ベテランだってまずしない。Lv.が低ければ危険だし、高ければもっと深くに潜ればいいからだ。

 

「良かった。でも、リリが危ないと思ったら確認取らずに使っていいからね。僕も人を背負って戦うのははじめてだけど、おかげでなんていうんだろう…………視野が広がった、のかな? リリのおかげだよ」

 

 最初はリリが後ろから迫るモンスターについて教えていた。

 始まりはモンスターの名前まで叫んで、途中から「来ました」と言ってる間に視界がくるりと入れ替わって、最終的には叫ぶために空気を吸い込んだ瞬間にはモンスターへの攻撃が終わっていた。

 

「よく反応できますね」

「師匠とお義母さんの修行に比べたら……目隠しして一ヶ月ぐらい過ごさせられたし」

 

 ちなみに義母(はは)は瞼を開ける事が疲れると言って常に目を瞑って生活していた。ヴァルドと話す時は何時も目を開くくせに。祖父いわく「なんでって、そりゃあヴァルドの顔を目に焼きつげばあああああ!!」だそうだ。

 

「お義父さ………師匠もお義母さんも凄いんだよ! どっちも修行って言って後ろから矢で打ったりするんだけどどっちも怪我したことないんだ!」

「ちょっと何言ってるかわかりません」

「あ、えっとね。後ろから攻撃された時の対処法のお手本として、こういう修行をするって………もちろん僕は鏃を潰して先端を綿や布で包んだのを」

 

 そういうことじゃない、と言う言葉をなんとか飲み込むリリ。だがなるほど、後ろからの攻撃に対する異様な反応速度はその修行故か。

 まあ暗黒期にたまに見かけた第二級とか、普通に後ろからの攻撃回避してたし………

 

「…………というか、ベル様こそ怪我は大丈夫ですか?」

 

 が、下級冒険者であるベルは全ての攻撃をかわせたわけではない。いや、それでも本来ならここまで傷つくことはなかったろう、何せ紐で背中に引っ付いていてまともに動けなかったリリが無傷なのだから。

 要するにベルは、リリを庇うような動きばかりしていたということだ。

 

「大丈夫大丈夫、師匠に木刀で殴られる方が痛いから」

 

 あはは、と笑うベル。そういえばヴァルド・クリストフは英雄の一人として崇められる反面、修行は厳しく幼女にも容赦無かったと聞いたことがある。その幼女は今や第一級のアイズ・ヴァレンシュタインだけど。

 

「でも、リリを庇わなければつかなかった傷もあります」

「? えっと…………でもそしたらリリが怪我しちゃうよ?」

「……………は?」

「うん。そっか………そうだね。やっぱり、このやり方は良くないか。リリも危険に晒すし、修行の時は誰かに迷惑かけないように一人でやるよ」

「いや、え………は? あの、リリが………危険だから、ですか?」

「あ、あはは。まあ、僕もやっぱりちょっと怖いかな………」

 

 バレちゃった、みたいな顔をしてるけど、さっき一人でやるとか言ってた。要するにリリが危ないからやめたのだ。

 リリは改めてバックパックを見る。魔石にドロップアイテム………この稼ぎはリリの見立てでも5人パーティーが数日は潜って稼ぐ稼ぎになるだろう。リリはそれらの回収しかしていない。そんなリリが、危ないから?

 賃金や囮に関する問題は少なくなったとはいえ、まだ残っている。サポーター、それも他派閥のサポーターなど多少怪我しようが気にしないしなんならそれを理由に値引きしようとするものまでいるのに。

 

「…………変なの」

 

 

 

 

 

 サポーターの給金。

 まずはサポーターを雇う場合、パーティー人数、Lv構成、潜る階層を決める。そして、その3つの要素によって前払い金が変わる。因みにこれは当日渡すもので、如何なる理由があろうと返金不可だ。ギルドのルールとして明記しないとサポーターから無理やり奪おうとする輩が出る。

 今回のベル、リリのLv.1のツーマンセルで9階層予定。前払い金額8000ヴァリス。

 

「それと、稼ぎの分割ですね。5人パーティーなら5%、ツーマンセルなら10%」

 

 今回の稼ぎは128000ヴァリスなので、12800ヴァリス。ベテラン下級冒険者の日当も凌駕する、サポーターとしては破格の金額。

 

「ここに冒険者様が色を付けてもいいわけです」

 

 その色を付けてくれる冒険者を見つけ、稼ぎを増やすのがフリーのサポーターのやり方。【ファミリア】のあり方が改善され、脱退金もなくなった今リリにはそこまでお金に頓着する理由はない。とある老夫婦に送る金と、何時かオラリオの外に出る為の金がリリの金を貯める理由。別段急いで貯める必要はないが、あるにこしたことはないので多少多めに貰えたら………まあたまにゲドのような輩にも運悪く出会うが。実入りが少なく、老夫婦に送れないと焦ったのが良くなかった。

 

(まあ今回の稼ぎなら10%でも十分な金額。色を付けなくても………)

「はい、これリリの分」

「……………へ?」

 

 64000ヴァリスが入った袋をヒョイと渡された。

 

「………………え?」

「ありがとう、リリ。もし良かったら、明日も組んでくれないかな?」

「あ、はい…………あっ! ま──」

「ありがとう、じゃあまた明日!」

 

 そう言って笑顔で走り去るベル。リリでは追いつけない。

 

「………………まあ、でもこの稼ぎなら」

 

 今日みたいなことをされないのなら、割はいい。お金があって困ることもない。

 

 

 

 

 

 

「俺の弟子がサポーターを雇った」

「そうなの……?」

 

 歓楽街のとある店、その最上階。ヴァルドに最近の出来事を聞いたエルフの娼婦はどこか懐かしむように目を細めた。

 長く伸びた薄緑の髪はきめ細やかで少し首を傾げるだけでサラサラと流れる。翡翠の目は同じ色を持つリヴェリアに比べ鋭さがなく、優しげな印象を与える。

 嘘か真か王族(ハイエルフ)の遠い傍系に当たるらしい彼女は、リヴェリアとは比べ物にならない包容力を持っていた。

 

「私と貴方の出会いも、サポーターとしてだったわね」

「俺もサポーターだったがな」

「そして、二人揃って見捨てられて………貴方1人なら逃げられたのに、私を守るために闘ってくれた。素敵だったわ、あの時の貴方」

 

 うっとりと頬を染めるエルフの娼婦にヴァルドはそうか、と返す。

 

「【ソーマ・ファミリア】の少女というのが、なにかの意思を感じないでもないがまあ悪い結果にはならないだろう」

「信頼してるのね」

「これがベル以外の誰かなら、未来を知ってようと不安になったろう。だがベルならば大丈夫だろう、そう思える」

「ふふ。その子のこと、本当に信頼してるのね。羨ましいわ………少し、妬けてしまう。なんて、娼婦の私が言っても嘘くさいかしら?」

 

 微笑む仕草、指の動きの、目の動きの一つ一つが男の情欲を高ぶらせる娼婦の技。そこに女神にも劣らぬエルフの美貌も合わされば、並の男ならすぐに虜になるだろう。己に気があると勘違いし、入れ込み、破産するかもしれない。というかこのエルフに入れ込んで破産した男の数は10や20ではきかない。何なら【ファミリア】の主神が入れ込んで【ファミリア】単位で滅んだことがある。

 名はシャムハト・ハリムトゥ。二つ名は【破滅毒蜜(バビロン)】。【イシュタル・ファミリア】所属の第一級冒険者。かつてヴァルドに救われたサポーターであり、ヴァルドにイシュタルを差し向けた張本人。

 現在の関係は客と娼婦。

 

「シャムハト姐さん、ヴァルド来てるって?」

「遊んで良い? 遊んで良いよね!」

 

 が、男女の甘い時間が始まる前に部屋に飛び込んできたのは幼いエルフ達。娼婦に身を落としても、堕胎など出来ないと産んだ生まれながらにして歓楽街以外を知らない娼婦見習い。

 ヴァルドは彼女達に外の世界の知識や生き方を教え、教師のような役割をしているからか人気が高い。

 大抵の子供はダイダロス通りに捨てられる中、この店は例外的に全員で助け合い子育てをしている。エルフだからかもしれない。

 

「ごめんなさいシャムハト、折角久し振りの二人っきりなのに」

 

 と、他のエルフの娼婦達が申し訳無さそうにやってくる。娼婦らしく露出が多いが、エルフにしてはという言葉がつく。どこか品のあるように見えるのは、彼女達の美しさも理由の一端だろう。

 

「ふふ、もう仕方ないわね。皆呼んできて、ヴァルドには英雄譚でも語ってもらいましょう? 居候先のお爺さんが絵本を書いてて、ヴァルドも読まされてたんですって」

「本当!? セルディア様のお話あった?」

「詩人のリュールゥが語ったお話聞きた〜い!」

「わ、私はええっと………ええとぉ」

「精霊のお話聞かせて!」

 

 シャムハトの言葉に子供達がキャッキャッと騒ぎ出す。子供達を連れて行こうとしたエルフはいいの? と聞きたげな視線を送る。

 

「良いのよ。それに、ヴァルドが帰ってきて最初の歓楽街での一日を私が独占したら、貴方も、皆も、妬いちゃうでしょう?」

「べ、別に私はシャムハトが誰と寝たって………」

 

 顔を赤くして視線を逸らすエルフにシャムハトはニコリと優しげに微笑む。

 

「ふふ、私にだけ? ヴァルドだって、気になってるくせに」

「そ、そんなこと……!」

「ヴァルド、早く早く!」

「私この前のテスト一位だったの。私のリクエスト!」

 

 元気な子供達に囲まれるヴァルドをチラリと見て、目が合うと慌てて逸らす。シャムハトはそれを見てニコニコ笑っていた。




シャムハト・ハリムトゥ
【イシュタル・ファミリア】所属
エルフの娼婦にして第一級の魔法剣士。
元々は別の美の女神の眷属にして妻の一人。イシュタルに【ファミリア】を滅ぼされ女神を送還され、無理やり所属させられ娼婦に。客を取りたくないなら金を自分で稼げと言われ、フリーのサポーターをやっていた期間にヴァルドと知り合い助けられる。なんでイシュタル差し向けたかって? その内書く。
両刀使い。
仕草が一々色っぽいくせに品を感じさせ、甘い匂いに誘われた客が自分が救うと金を出し続け破産する。二つ名は眷属が何人も破産した神達が結託してつけた。本人は気にしていない。ヴァルドに合わなきゃ死んでた。


ヴァルドの歓楽街での主な活動。
出来ちゃった子供の世話。ダイダロスに捨てられた子供とかの為にとある孤児院にお金渡したりしてた。誘われたら断らないのでそれなりに関係を持った娼婦が多い。


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魔導書

一応言っておくとヴァルドに実子は居ません。

シャムハトは嘗ての主神であった女神の妻です。眷属を己の夫、妻としてファミリアをハーレム化していた女神の眷属の一人、つまり女神の妻。

シャムハトの元主神
美しい者が好きで眷属に誘い、ならないなら愛人として誘う。人の夫も妻もお構いなし。何なら両方揃っていただく。
醜くなる=老いる、顔に大きな怪我をすると孫の代まで遊んで暮らせる金を渡してあっさり捨てるくせに何事もないかのように話しかけてくる。本人曰く「だって美しい私とずっといたら、気が引けるでしょ? でも、私に会いたいでしょう?」
美の女神らしく自由奔放。【ファミリア】の指針も初代団長が決めた。
身内に優しい分敵には苛烈で己の眷属の顔に傷をつけた闇派閥(イヴィルス)を捕らえ切り刻んで、焼いて、臼でひいて畑に撒いてデメテルに追い回された事もある。集団で捕らえ浴室を闇派閥(イヴィルス)の血で満たし眷属に正座させられたこともある。
ちなみにここヒント

エルフの娼婦について
原作にもいました。歓楽街で迷子になったベルに最初に話しかけていたのはエルフの娼婦だった。


「おお………」

 

 今日のベル達の稼ぎは45000ヴァリス。

 つまりリリの稼ぎは22500ヴァリスと前金の8000ヴァリスの合計30500ヴァリス。ははん、さては夢だなこれ?

 などと思いながらも宝石に換金し、借り金庫に預けておく。

 

 

「聞いてくれよヴァルド君! ベル君が、ベル君が女の子と歩いていたんだ! 不純異性交遊だ! 浮気だ! 育て親としてそこのところどうなんだい!?」

 

 ヘスティアが涙目で帰ってくるなり寝言を言ってきた。ヴァルドは読書を止め、ヘスティアに視線を向けた。

 

「男女関係に関して俺が言うことはない。ベルが誰と付き合うと、何人と付き合おうとも相手が納得しているなら当人達の問題だ」

「な、なに!? だ、駄目だ駄目だ! ハーレムなんて!」

「ベルは元々それを目的の一つに冒険者になりに来て、お前も当時笑っていたはずだが?」

「そうだけど…………そうだけど〜!」

「恋人でもないお前に、男女関係をとやかく言う資格はないだろう。まあ主神(おや)として交際人数に文句を言うぐらいなら構わぬが」

 

 正論だった。好きだから、と好意を免罪符に意中の相手に暴力を振るう、神々の言う暴力系ヒロイン、横暴系ヒロインは衰退していっている。

 

「考えてもみろ。知り合いだが恋人でもなんでもない男に誰かと付き合うな、話すななどと言われるなど、冗談ではないだろう?」

 

──やあヘスティア、今日もいい天気だね。どうだい、私と花でも見ながら食事でも……え、ヘファイストス? ははは。私より優先する必要があるのかい? さあ、愛を語り合おうじゃないか。善は急げだ! 美味しいご飯も用意して────アルテミスの矢が尻に!?

 

──ヘスティア〜、今日こそそのでかい胸にげえええ、ヘラアアアア!?

 

──ちーっすロリ巨乳女神様! なあなあその乳本物か確かめさせ……げ、ヘファイストスが走ってきたぞ!

──やっべえ、逃げろ!

 

 天界時代の男神達(ばかども)を思い出すヘスティア。特に真っ先に思い出したあの馬鹿は、本当にもう…………うん。

 なるほど、確かに今の自分も認めたくないがあのバカと一緒なのだろう。いやでも………

 

「女ならばその愛が男より清いと思っているのなら、それはお門違いというものだ」

「はい、すいません。ちょっと思ってました」

 

 素直に謝るヘスティア。

 「ボクの恋はもっと純粋だい!」と言いそうになったがそもそも相手(ベル)の気持ちを無視して己の気持ちを押し通そうとしてるのは変わらない。

 

「うう。でも〜、やっぱり悲しいし悔しいよ〜!」

「………………」

 

 主神の醜態にヴァルドははぁ、と溜め息を吐くと酒瓶を取り出した。

 

「とりあえず飲んで忘れろ」

「おお、黄金色の綺麗なお酒だね。高そう」

「手作りだ。養蜂を手伝わされた際に出来心でな。存外ハマり、鍛錬や依頼(クエスト)の合間に花を選別して、薬草なんかも一度漬けたりしてな………健康にもいいぞ。飲む量にもよるが二日酔いはしにくい」

「へえ〜。片手間に作ったとは思えない良い匂いだけどなあ」

「我儘な女王様がいたのでな。一応薬用酒だ、居候先の翁に神蜜酒(ネクタル)と名付けられた」

 

 それはまた、懐かしい名だなとオリュンポス(故郷)の酒を思い出しながらグラスに注がれた酒を飲む。

 

 

 

 

 

「ただ今戻りました〜」

「あははははははは! それでさ、それでさ!? アフロディーテったらアルテミスを怒らせてね!?」

「………………」

「聞いているのかいヴァルドく〜ん!」

 

 帰ってきたら主神が師匠に絡んでいた。酔っているのだろう、頬が赤い。

 

「聞いている」

「僕の話を聞け〜! ん? んん〜? 髪が白い〜? 白い髪だから、ベルく〜ん!」

「俺はヴァルドだ」

「ヴァルド〜? でぇも〜、白い髪で、紫の目〜………うん、べル君! あれぇ、ヴァルド君? なら、ベル君はヴァルド君で〜、ベル君はヴァルド君で〜…………二人は、ええっと……親子!」

「ベル、そこの酔い醒ましを取ってくれ」

「は、はい!」

 

 ヴァルドの言葉にベルは机の上に載っていた薬瓶をヴァルドに渡し、ヴァルドがヘスティアの口に突っ込んだ。

 

 

 

 

 

「ごめんなさい」

「酒を勧めたのは俺だ。飲みすぎてしまうぐらい美味かったというのなら、村の連中も喜ぶだろう」

「酔うとほら、色々ありますから」

 

 絡み酒となりヴァルドに絡みまくったことを猛省するように土下座するヘスティア。ヴァルドが気にしないように言い、ベルも慰める。

 その後ベルがお金結構貯まったからお出かけしようと言い出した。ヴァルドはヘスティアを酔わせてしまったので二人っきりにしてやろうと思ったが、ヘスティアがヴァルドも誘う。

 

「ボク達は家族だぜ? 家族水入らずで楽しもうじゃないか!」

 

 と、まずは身体を洗いに行ったヘスティアだったがその際女神達に眷属達とお出掛けすると喋ってしまい、噂の英雄とその弟子を一目見ようと暇を持て余した女神達がやってきて、ヴァルドが2人を抱えて街中を走り回り景観のいい建物を見つけたのだった。

 

 

 

 

 ダンジョン37階層、玉座の間。

 その主、骸の王ウダイオスが地面を突き破り生まれ落ちる。

 オウガのような二対の角を持った漆黒の巨大な骨は朱色の怪火を眼窩の奥に宿していた。

 

「リヴェリア、手を出さないで」

 

 現在そこに存在する冒険者は二人だけ。アイズとリヴェリアだ。リヴィラの事件の後、再び金を稼ぐためにダンジョンに潜ったアイズは、共に来たフィンやレフィーヤ、ヒリュテ姉妹を先に帰し、リヴェリアが残った。

 アイズの目的は偉業。()()()()()()の為に行う己の限界を超えた成果を残すこと。

 そのために選んだのが、Lv.6『迷宮の孤王(モンスターレックス)』ウダイオスとの戦闘なのだろう。

 

「本気か、アイズ………」

「リヴェリアも、似たようなことしたんでしょ?」

 

 魔導師の天敵たる『アンフィス・バエナ』の単独討伐。水中においてはそのLv.は6になるとされる階層主と戦ったリヴェリアが止めようとしたところで、お前が言うなと言われても仕方ない。

 

「だから、私も………私も、師匠みたいに」

 

 格上の階層主を倒した者は現在の冒険者には居ない。居ないが………ヴァルドが過去戦った異常事態(イレギュラー)は推定Lvが当時のヴァルド以上だったらしい。

 

「もう、置いていかれないために」

 

 父と母は、恐ろしき厄災を討伐するために戦いに向かい帰ってこなかった。

 師は世界を救う英雄を他に求め置いていった。全部全部、アイズに力があれば覆せた。

 強くなる………もっと、強くなるから。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 だからどうか、その時は今度こそ……

 

 

 私を置いていかないで………!

 

 

 

 

 

「ああそうだ、ベル。これをやる」

 

 と、ヴァルドがベルに一冊の本を渡す。

 

「えっと………これは?」

「魔法を覚えたがっていたろ?」

 

 ベルが不思議がりながらページをめくる。『自伝・鏡よ鏡、世界で一番美しい魔法少女は私ッ 〜番外・めざせマジックマスター編〜』『ゴブリンにもわかる現代魔法! その一』?

 

「………………え?」

「内容はあれだが、魔導書(グリモア)だ。読むだけで魔法が発現する。魔法大国(アルテナ)の変人が作ったんだろう」

「読んだだけで!? す、すごい!」

「ちょっと待てー! それ、すごく高いんじゃないのかい!?」

「伝手でただで手に入れた」

「う、嘘じゃない、だと…………」

 

 ヴァルドの言葉にヘスティアが目を見開く。だってこれ、ものによっては数億ヴァリス、安くても数千万ヴァリスはするんだぜ?

 それをただで? どんな伝手だ、と戦慄する。

 

「いや、えっと………でも、いいの?」

「あ、あの師匠。高いなら、僕より師匠が」

「俺の魔法スロットは埋まっている。どのみち宝の持ち腐れになる。故に、お前が読め…………何、金を請求されてもたかだか数億だ。少し深層に潜るか『人魚(マーメイド)の生き血』を分けてもらえば直ぐに稼げる」

「そんなレアドロップアイテムを分けてくれる知人がいるのかい?」

「………ああ」

 

 これも嘘じゃない。本当、どういう交友関係してるんだ自分の眷属は。

 

「まあ、だから。金のことは気にするな」

「は、はい………!」

 

 そこまで言われれば断ることも出来ず、ベルは本に再び目を通した。

 

 

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:A894

耐久:C688

器用:A807

俊敏:SS1065

魔力:I0

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

【】     』

 

「す、すごい! 本当に魔法が!」

 

 一度意識を失うも【ステイタス】を更新したら魔法が刻まれているのを見てベルは満面の笑みで喜んだ。ヘスティアはそれとは別の部分を見ていた。

 

「…………ヴァルド君、SSってなんだよ」

「…………知らん」

 

 【ステイタス】の『アビリティ』は999(S)が最大値のはず。なのにそれを、1000を超えSSと刻まれた敏捷。

 ベルの早熟スキルに加えヴァルドの育成スキル………この2つが合わさった結果、なのだろうか? あくまで経験値補正である以上何もしなければ上がらないとはいえ、何だこのチートと叫びそうになる。

 

「神様、お義父さん! 魔法、魔法ですよ! 僕に魔法!」

「ああ、うん。良かったね」

「だから俺は父ではない………」

 

 ベルはキラッキラした笑顔でことの異常に気づいていない。ヘスティアはヒソヒソとヴァルドに話しかける。

 

「限界値を超えたってこと? いやまあ、それは置いといてヒットアンドアウェイのベル君の耐久がCってどういうことさ。ダンジョン帰りの怪我の具合とポーションの減り具合を考えると、どう考えても朝の鍛錬が原因だよねコラ目を逸らすんじゃない」

「神様、でもこれ詠唱が書かれてませんよ?」

 

 と、師や義母から聞いていた話と違うことに気づいたベルはヘスティアに尋ねる。

 

「ん? ああ、なんか無かった。多分、速攻魔法ってあるし呪文いらないんじゃないかな」

「なるほど。じゃあこの【ファイア──】」

「まてい! 魔法の名前唱えただけで発動するかもしれないんだから不用意な発言はやめろォ!」

 

 それと夜も遅いから行くなら明日にしろ、となった。なったのだが…………

 

 

 

 

「はぁ………本当に仕方のない奴だ」

 

 ベルはこっそり抜け出したつもりなのだろうが、ヴァルドはしっかりついてきていた。

 新しい英雄譚の本だの木彫りの剣だのを渡すと夜こっそり抜け出し月明かりで読んだり、振り回したりして義母に気絶させられ寝かされるまでがセットのベルを5年も見てきたので何時に外に出るかも予測していたヴァルドは知神(ちじん)との酒盛りを切り上げダンジョンに潜ればドンピシャで魔法を打ちまくって気絶するベルを見つけた。モンスターが無防備な獲物に近付き………一陣の風ならぬ二陣の風が全てを切り裂いた。

 

「……………あ」

「リヴィラ以来だな。アイズ、リヴェリア」

 

 うち片方はアイズだ。まさかまた出会うとは思っていなかったのかキョトンと固まり、転がっているのがベルと気付きなんとも言えない顔をする。

 

「………この子の、迎え?」

「ああ」

「……………そっか」

「魔法を覚えたんでな。早速使いまくって精神疲弊(マインドダウン)を起こした」

「冒険者として、なってない」

「『風』を覚えたばかりの時、夜抜け出しダンジョンに潜りヴァルドに担がれてきたのは誰だ?」

「あうっ」

 

 リヴェリアの言葉にガン、と頭を叩かれたようにショックを受けるアイズ。リヴェリアは呆れたようにヴァルドをジト目で睨む。

 

「アイズと言いこの子と言い、お前の影響か? 子は親を見て学ぶというが、父親ばかり見なくてもいいだろうに」

「俺のせいか? どちらも、好奇心が強すぎるのが理由だと思うが」

「その好奇心の赴くままに行動する幼少期にお前が叱らないから、そのまま大きくなってしまうんだ」

「冒険者であるなら好奇心こそが先に進む原動力になる」

「限度がある。危険なことは危険と、きちんと教えるべきだ」

 

 リヴェリアとヴァルドが言い合いを始めアイズはワタワタ慌てだす。どっちの味方をすればいいんだろう?

 心情的には自分を自由にしてくれるヴァルドだがリヴェリアの叱責も自分を心配してくれてるからだともう分かっているし………。

 

「ふ、二人共………け、喧嘩はやめて…………」

 

 なのでどっちにもつかぬことにした。

 アイズの言葉にヴァルドとリヴェリアはふぅ、と息を吐いて言い合いを止めた。

 

「…………ところでアイズ。お前、前回彼に不義理な行為をしたな」

「え? ……………あ。あれは、その……」

「その、何だ? 彼が悪いと? 初対面で罵倒し、舌を出して良いと?」

「…………し、師匠」

 

 リヴェリアの言葉にヴァルドに助けを求めるアイズ。ヴァルドが何かを言う前に、リヴェリアが「甘やかすなよ?」と牽制してきた。

 

「………アイズ。お前は、あの行為で自分が悪くないと思っているか?」

「………………」

 

 突然泥棒兔と叫び、舌を突き出した。知らない人にいきなりやられたら、多分訳が分からない。でも、この子は傷ついて逃げ出していた。

 

「私が、悪い。この子に、迷惑かけてばかり………」

 

 ミノタウロスの件も、酒場での件も。落ち込むアイズにヴァルドがなら、と声をかける。

 

「自分が何するべきかわかるな?」

「…………償う」

「言い方というものがあるだろう」

 

 アイズの堅苦しい言葉にリヴェリアは呆れたようにため息を吐いた。

 

「何をすればいい」

「膝枕だ」

「…………は?」

 

 ヴァルドは思わずリヴェリアを見る。

 

「膝枕だ。その子の頭を膝に乗せて起きるまで待ってやれ、それで十分償いになる」

「…………そうなの?」

「…………まあ、そうだ」

 

 リヴェリアとヴァルドのお墨付き。アイズは早速ベルの頭を己の膝に乗せるべくしゃがむ。

 

「私達は先に戻る。けじめをつけるなら二人でな。行くぞ、ヴァルド」

「ああ、荷物を持とう」

 

 自然な動作で荷物の受け渡しをするヴァルドとリヴェリア。二人は地上に向かって歩いていき、やがて足音も聞こえなくなった。

 

 

 

 

 

「まさかお前の口からあんな言葉が出るとはな」

「あの少年はアイズに少なからず影響を与えているようだからな。いい方向に転がってくれると嬉しいのだが」

 

 バベルの外に出て、『黄昏の館』へと移動したリヴェリアとヴァルド。そのまま帰ろうとしたヴァルドだったが、リヴェリアがついてこいと一言。

 素直に従い訪れたのは、嘗てのヴァルドの部屋。中は掃除されていた。

 

「ここにあるのはお前の私物だ。さっさと持って帰れ」

「売り払っても良かったのだがな」

 

 英雄譚の本に、料理のレシピ本が入った本棚。武器の簡単な手入れができるような砥石などがそこには残されていた。

 それなりの数があるので紐かなんかを用意したほうがいいかもしれない。今は早朝、一度帰って………と踵を返そうとしたヴァルドの肩をリヴェリアが掴む。

 

「時にヴァルド、お前が最後に寝たのは何時だ?」

「Lv.8へのランクアップ前だから、一年前だな。そろそろ寝ようとは思っているのだが」

「そうか、なら丁度いい。寝ろ」

「……………ここは、今の俺にとっては他派閥の本拠(ホーム)なのだが」

「気にするな。少なくともロキや私達は気にしない」

 

 リヴェリアはそう言ってベッドに腰を掛けポンポン膝を叩く。

 

「ハイエルフの膝枕か。5年ぶりだな」

「どうせ歓楽街の彼奴にはもうしてもらっているのだろう?」

「ああ」

「…………ほら、さっさと寝ろ。一時間経ったら起こす」「頼む」

 

 と、ヴァルドはベッドに横になるとリヴェリアの膝に頭を乗せ目を閉じる。直ぐに寝息を立て始めた。

 

「……………」

 

 さらりと髪を撫でながら、懐かしむ。

 アイズ同様──正確にはアイズがヴァルド同様だが──無茶ばかりして、生傷が耐えなかった。Lv.2になって不眠を得てからはアビリティ評価を上げるために眠くなろうと無理やり起き続け、よくこうやって寝かしたものだ。

 正確には無理やり気絶させた。そのうちリヴェリアの膝に頭を乗せると起きていた時間にもよるが高確率で寝るようになった。一年も起きていたらほぼ確実に。

 

「一年前のランクアップ、か。要は力尽きて気絶していたのだろうな」

 

 Lv.7となったヴァルドを追い詰めるほどの何か。ランクアップするだけの偉業。本当に世界でも救っていたのかもしれない。

 

「置いていかれているな、私達は。ああ、お前の言う通りだ。たった二人でオラリオを追い詰めた彼奴等に、まるで追いついていない。だけど………」

 

 そんなこと気にせず走り続けるのだろう。来る『終末』に、一人でだって挑むのだろう。

 

「だから追いつくよ、必ず。お前が一人走り続けられるのは、私達が追いつけると期待しているからだものな?」

 

 「全く、迷惑な話だ」と苦笑し、リヴェリアはヴァルドの頬を指でつついた。




神蜜酒(ネクタル)
蜂蜜酒ベースのソーマ。ベルの義母の口出しと祖父の知識と村人達の献身とヴァルドの休憩時間により造られた酒。どれか一つなくても作られなかった。健康に良い。洗脳効果? それもはや酒じゃねえから。
村から定期的に【ヘスティア・ファミリア】に送られてくる。



この世界においてのヴァルドの名の由来
傭兵王ヴァルトシュタインのように、とこの世界の両親に名付けられた。


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お菓子

シル・フローヴァ
ヴァルドの友人。出会いは大通りで賄を配っている時。2週間ぐらいダンジョンに潜っていたヴァルドがリヴェリアから逃げていたためホームに帰れず腹を空かせ、匂いに誘われた。
当時19歳のLv.4。
本人達しか知らぬ会話の後に友人関係を築いた。以来時折ヴァルドを振り回す。派閥外でヴァルドに遠慮しない数少ない存在。ヴァルドに手料理をよく振る舞い、耐異常の訓練相手になっていた。
ところで19歳って8年前だからシルは10歳のはずだけど…………まあ細かいことはいっか!


ヴァルドの年齢とレベル
Lv.0 1歳から12歳。前世記憶ほぼなし
Lv.1 記憶復活。ロキ・ファミリア入団、12歳。途中で13歳
Lv.2 13歳から15歳
Lv.3 15歳から17歳
Lv.4 17歳から20歳 シルと友人になる
Lv.5 20歳から22歳
Lv.6 22歳から25歳。この時オラリオから出た
Lv.7 25歳から26歳。本来より早めに復活した『陸の王者』との戦い。下手したらまじで世界滅んでた。
Lv.8 26歳から27歳。


因みに入団の際動機を聞かれ、その時の会話一部抜粋

「強者が必要だから」
「ははん、なるほどなあ。確かにそれならウチかフレイヤんとこしかあらへんなあ。ほんでこっちを最強と認めたと、見る目あるやん! せやで、ウチには強い奴らが大勢おる!」
「? 今のオラリオに、強者なんて何処にもいないでしょ?」


 リリは【ソーマ・ファミリア】を信用していない。というよりは、冒険者を信用しておらずその中でも【ソーマ・ファミリア】の冒険者を特に警戒している。

 英雄の介入もあり団長が代わりソーマも眷属を見るようになった。だが、他者から奪う、他者を虐げる性質は多くの冒険者が持っており、それを【ファミリア】内で公認されていた【ソーマ・ファミリア】の連中の殆どが、未だあの時のまま他者を出し抜き奪い、虐げる機会を伺っている。

 リリのような弱いサポーターは良い的だ。だから、稼ぎは明かさない。高価な宝石に換金し、小さな借り金庫にしまっておく。

 故にリリの手持ちは必要最低限。後はダンジョンに潜るための道具を揃える。そのため手持ちはない。おしゃれになんて気を使わないし、嗜好品を買ったりしない。常にギリギリで生きているように見せる。

 

「ア〜デ、聞いたぜぇ? お前、あの英雄の弟子のサポーターやってるんだってなあ? 稼ぎはどれぐらいだ?」

 

 ニヤニヤと近づいてきた獣人の男性。カヌゥだ。

 弱者を甚振り、金を得る典型的なクズ。団長がチャンドラに代わってから大っぴらに暴力を振るえなくなったが、時折リリのようなサポーターを恐喝している。

 もはや神酒(ソーマ)は金で買えない。このカヌゥなどそれ故どれだけ金を集めても神酒(ソーマ)を飲めず、とっくに中毒が消えているだろうに金だけ欲しいらしい。

 

「少ないですよ。英雄様のお弟子と言ってもまだ駆け出しのLv.1ですし、お金だって規則分しかくれませんからねえ」

 

 嘘だ。超嘘だ。

 確かに駆け出しなのだろうが、神々の言葉を借りるなら「成長速度の平均? なにそれ美味しいの?」レベルで異常な成長性。まだ恩恵を受けたのは都市外で、鍛えていたと言われたほうが納得できる。

 当然潜る階層も深く、強いので稼げる。その半分を前金を計算に入れず渡してくるのだからめっちゃ稼げる。

 

「ほおん? どうなんですかねぇ、ソーマ様?」

「っ!!」

 

 だから、その言葉にビクリと体を震わせる。

 視線を向ければソーマが下りてきていた。嘘を見抜く神。その前でついた嘘など、すぐに見破られる。

 

「ああ、リリルカ・アーデの稼ぎは少ないようだ」

「………………え」

「チッ。そうですかい………悪かったな、アーデ」

 

 ソーマの言葉にカヌゥは舌打ちして去っていく。

 

「………なんで」

「…………何故、だろうな」

 

 リリの言葉にソーマは虚空を見つめ首を傾げる。眷属にまるで興味がなかった彼にとって、リリもカヌゥも変わらぬはず。庇う理由がない。

 

──一人で飲む酒など、どれだけ高価でも、極めていようと大して美味くもない。酔って、笑い、馬鹿騒ぎできるのなら安酒だろうと美酒に変わる。まあ、酒自体が美味ければと言うのは否定しないが

 

 不意に思い出すのは6年前、唐突に現れ当時の団長であったザニスを下し【ファミリア】の改善を要求してきた他派閥の男。神酒(ソーマ)を飲み、耐異常など関係なく、まるで美味くないと顔を顰めた青年の姿。

 

──お前は違うのか? 美味い酒を作ってどうしたい? 誰と飲みたい? どう飲むのが好きだ?

 

「………カヌゥと飲むより、お前やチャンドラと飲んだほうが、楽しそうだったからかもしれない」

「それ、は……」

「解っている。神酒(ソーマ)ではない……お前達と飲むのなら、()()()()()()()()()()

「…………?」

 

 リリが首を傾げるが、ソーマは気にせず「蜂蜜、いやアイデアが被るのは」とブツブツ呟きながら部屋に戻っていった。

 

 

 

 

 

「…………リ…………リリ!」

「っ!」

「どうしたの、リリ。大丈夫?」

 

 ハッと顔をあげると心配そうに覗き込んでくる紅玉(ルベライト)の瞳。

 

「疲れちゃったかな? 今日は、ダンジョンに潜るのはやめておく?」

「あ、えっと…………」

 

 サポーターの体調を気遣う冒険者など初めてで、困惑するリリ。ベルが今までの冒険者と違うのは十分理解した。させられた。

 心の中でどうせ今だけだと言い訳して、直ぐに黒く染まっていくと決めつけ、お金のためだと言い訳して関係を続けているが。

 

「そう、ですね………ベル様が駆け出しとは思えない強さなので、ついていくのが大変な時もあります」

 

 リリの見立てではランクアップ間近どころか、ランクアップのためにアビリティを貯めていると言われたほうが納得できるステイタス。それも、かなり極まっている。そういった冒険者はパーティーを組むことが多いので、普段より疲れるのは本当だ。

 

「じゃあ今日はお休みしよっか。最近リリのおかげで実入りも良いし、今日は僕が奢るよ」

「え………でも、リリはサポーターですよ?」

「え? うん、何時も助かってるよ」

「………………」

 

 リリの言葉にそれじゃ行こっか、と躊躇う様子も見せないベル。

 

 

 

 

「『豊穣の女主人』って言ってね、ちょっと高いけどすごく美味し…………あれ?」

 

 ベルが指差した店には、行列ができていた。主に女性。

 

「………あれえ?」

 

 確かに普段から賑わっているが、ここまでだったか? それに女性客より男性客の方が多かったような……なにせ店員が美女美少女ばかりなのだから。

 

「あれ、ベル君?」

「アーディさん」

 

 ベルが困惑していると列の中から一人の女性が話しかけてくる。以前ヘスティアからのお土産と、教会にご飯を持ってきてくれた【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者だ。

 

「ベル君も食べに来たの?」

「あの、これってなんの行列なんですか?」

「え、知らないの? 今日はヴァルドのスイーツが食べられるんだよ?」

「師匠の?」

 

 そう言えば家でも料理担当だったような。

 因みに昔、義母がベルの分のお菓子を誤って食べてしまったと知った時、何故か微妙に怯えていたような気がする。ベルはまあ別に良いよ、と許したが。

 

「ベル君も一緒に暮らしてた時食べてたの?」

「ええ、まあ。僕に合わせて甘さ控えめのお菓子を作ってくれて」

「ベル君甘いの苦手なんだ〜。私は好きだよ! お〜い! リオンも一緒にどう〜!?」

「ア、アーディ! 私は今仕事で!」

 

 と、アーディの言葉に物陰からリューが現れた。

 

「そんなこと言っても、最近は襲撃もないじゃん。だから今日はリュー一人だったんでしょ? ほらほら、一緒にいたほうが見守れるからリューも食べようよ!」

「あ、う………」

 

 困ったような顔をするリューはそのままベルに助けを求めるような視線を向けた。

 

「僕も、リューさんと一緒に食べたいです。駄目、ですか?」

「うっ………」

「ほら、ベル君もこう言ってるんだし並び直そ〜!」

 

 人が増えたからきちんと最後尾に移動するアーディ。リューの腕を掴み引っ張っていく。ベルとリリもそれに続いた。

 

 

 

「いらっしゃいませ~! あ、ベルさん! ………と、アーディさんにリューさん? と………はじめまして。わあ、見事に女の人ばっかり!」

「…………………」

 

 まばらな常連の男性達はジロリとベルを睨み、なんとも居た堪れないベル。元凶のシルはニコニコ笑っていた。

 

「ヴァルド〜! 貴方の育てたベルさんが、一度に沢山の女の子連れてきたよ〜!」

「放っておけ、どうせ今後も増える」

「増えませんよ!? 何言ってるんですか師匠〜!」

「クラネルさん。伴侶はきちんと一人に絞るべきだ」

「リューさんまで!?」

「はいは〜い! じゃあ私、立候補しちゃいま〜す!」

「なっ、アーディ!?」

「アーディさん!?」

 

 僅かな男性客達からの殺気が強まりベルはヒィ、と悲鳴を上げ、シルがニコニコしてるとスパコン! とお盆で叩かれた。

 

「あうっ! いった〜……………何するのヴァルド!」

「騒ぎを大きくするな」

「ヴァルドにも原因あるでしょ!?」

 

 私だけのせいにして〜! と頬を膨らませるシル。ヴァルドは何処からともなく飛んできた投げナイフを目視することなく受け止め近くの店員に捨ててくるように渡す。

 

「え、え!? 何事!?」

「俺は厨房に戻る。注文が決まったら適当な店員に頼め」

「あ! 待って、私だけのせいじゃないよね!? ね!?」

「うるさいよ! 何騒いでんだい!?」

 

 ヴァルドに食って掛かるシルだったがミアの言葉に慌てて仕事に戻る。

 

「シルさんと師匠って、仲が良いんですか?」

「ええ、まあ………そのようです」

「ヴァルドの料理の師匠がミアさんだからかな? 付き合いは結構長いみたいで、たまに買い物に付き合ったりするらしいよ」

「師匠の、師匠!?」

 

 そういえばここの料理を食べた時感じた既視感は………一緒に暮らしていたためヴァルドの料理の味しか知らなかったので、逆に気づかなかった。

 それにしても、ヴァルドの師匠なんて…………

 

「いや料理関係ですよベル様。というかリリはさっきのナイフが気になります」

「毎回ではありませんが、あの二人が共に居ると稀に起きる現象です。誰も正体を知らず、噂ではフローヴァさんのストーカーの仕業だとか」

「え、でも本当にそうなら師匠が対処しそうなものですけど」

「ええ、だから未だ謎に包まれています。アリーゼは「ああ、あれね。気にしなくていいわよ絶対。猫とかチビとか妖精とかの仕業だろうし」と訳の解らぬことを………」

 

 でも少なくとも問題にはしていない、ということだろうか?

 不思議に思いながらも4人それぞれ注文して、アーディがリューと食べさせ合いっこしたりしながら一同は帰路についた。

 

 

 

 

「やっぱりだ、ケチくせえなんて嘘だ。あのガキ、相当羽振りがいいぜ。小せえ女が好きなのかもなあ」

「でもよぉ、本当にやんのか? あの【剣聖】の弟子だろ?」

「なあに、ダンジョンで襲えばわかりゃしねえよ。生き残ったとしても【剣聖】の厳しさなら俺達の報復より鍛え直すことを優先するだろうよ」

 

 彼等は気付かない。彼女の言葉が嘘だった場合、主神がその嘘を見抜かなかった理由を。酒場で談笑する彼等の席の近くで飲んでいた男が主神の部屋に向かったのを。




因みにヴァルドは【フレイヤ・ファミリア】の『洗礼』は高め合うことだから貸し借りなしだと(オッタルも言ってたので)思ってるけどその後の治療や飯などには感謝し『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の手伝いをする。
 フレイヤの愛を得るために殺し合いを続けさっさと治せとばかりの態度の『強靭な勇士(エインヘリヤル)』が身近な戦士だった彼女達からの人気は高い。【ファミリア】の男達よりよっぽど慕われている。
 あそこ閉鎖的だから実質フレイヤの次に慕われていることになるかも。
 ヘイズ達は「もうこの人ウチに入ってウチの団長か副団長になってくれないかな」と思っていた。
 因みにオッタルも入ったらアレンと戦わせて副団長の座を得ることを期待していた。本人が聞いた際「我儘な小娘の面倒を部下として見るのはごめんだ。今はただでさえ、振り回してくる我儘な街娘がいるのだから」と嫌がった。
 『満たす煤者達(アンドフリームニル)』の手伝い(料理)の為にミアに弟子入りしていた。ミアの料理を好んでいたオッタルも認める腕前。菓子作りにおいてはミアを超えており、基本的に『満たす煤者達(アンドフリームニル)』、豊穣の女主人の店員、客のみが食べられる。ぶっちゃけ冒険者よりこっちのほうが才能あった。
 勇士達からは他派閥のくせに入り浸るしメキメキと強くなってくし女神にも気に入られてるので嫌われている。
とある猫が成長速度の秘密を恥を忍んで聞いた際「寝なければいい」と応え『不眠』を持ってないと返すと「ならば次のランクアップで手に入れられるよう寝ずに修行すればいいだけだろう?」と言い切った。以来その猫からは頭がおかしいと思われている。
 なお、猫の妹とはミアの料理教室の報酬で店を時折手伝ったりシルを挟んで友達の友達だったりお菓子を上げるので懐かれ、兄は余計不機嫌になっているとかいないとか


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外道の謀略

「……………」

「あ、あの〜…………アイズさん?」

 

 レフィーヤが恐る恐る声をかけるも、アイズは反応しない。どんよりと暗い空気を纏っていた。後微妙に怒っているようにも見える。

 

(………逃げられた)

 

 それは先日の出来事。

 ダンジョンで気絶していた白髪の少年。諸々を謝りたくてリヴェリアの助言に従い膝枕したのだが、目を覚ますと同時に赤くなっていき、全力で逃げられた。

 怖がりめ! ヴァルドに鍛えられてるくせに!!

 でも、自分はそんなに怖いのだろうか?

 

「…………………」

 

 いや、怖くて当然だろう。強さを求め、戦いを求め、胸の内に宿す黒い炎に身を委ねる自分は、モンスターのように恐ろしいに違いない。

 

(どうして師匠は、あの子を選んだんだろう…………)

 

 そんな風にモヤッとした感情が湧いてくる。

 私だったら怯えない、恐れないと、そう思う。

 あの子が頑張っているのは装備の傷から解る。新しい傷ほど対応が出来てきているのが解る。でも、強い誰かを育てたいなら新しい冒険者より自分達のように鍛えられた冒険者を更に鍛えたほうが…………。

 

(…………違う。理屈をこねても、これは嫉妬だ)

 

 置いていかれたから、選ばれた彼が羨ましいのだ。

 彼が頑張っているのは解るが、素直に認めたくない。自分だって頑張ってるのにと思ってしまう。

 

(だから、選ばれなかったのかな……)

 

 あの子は白かった。黒い自分とは大違いだ。臆病だけど、ダンジョンに再び潜っていた。自分からは逃げたけど、ダンジョンからは逃げなかった。

 

(…………私って、ダンジョンより怖い?)

 

 むぅ、と頬を膨らませる。先程自分で怖がられても仕方ないと認めつつも、やっぱり納得いかない乙女心。

 

「お〜い、アイズ〜? ほおら、ジャガ丸くんだよ〜?」

「はむ!」

「うっぎゃあ指が〜!?」

 

 考え事をしているといい匂いがして口の中に大好きなジャガ丸くんの味が広がる。悲鳴が聞こえた気がしたが気のせいだろう。

 

「もぐもぐ、ごくん」

 

 そういえば、昔はこうして機嫌が悪くなった自分の元には…………

 

「アイズ」

「………リヴェリア?」

 

 顔をあげると紙の箱を持ったリヴェリアが居た。

 

「土産だ」

「そんな気分じゃ…………?」

 

 と、そこまで言いかけ懐かしい匂いを感じ取る。奪い取るようにリヴェリアから箱を受け取り開ける。中にはシュークリームが2つ入っていた。

 そのままパクリと食べる。

 表面の砂糖が僅かな甘みを与えてフワフワの衣を噛みちぎると中のトロリとした濃厚なクリームが舌に広がる。噛めば噛むほど口の中で混ざり合い丁度いい甘さに変化する。

 噛み進めるとクリームの代わりに、ミルクの中に感じる卵の香りが甘さを際立たせる。

 

「これは、師匠の?」

「ああ、お前が落ち込んでいると教えたら2つ作ってくれてな。一つは私のだ」

 

 もう一つに手を伸ばしかけていたアイズだったが、リヴェリアがヒョイと取っていく。むぅ、と頬を膨らませる睨むもクスクス笑われた。

 

「ふむ、こっちはチョコと生クリームか」

 

 唇に僅かについたクリームをペロリとなめ取るリヴェリア。味が違うと気付いたアイズはカスタードの方をズイッと差し出す。一口交換、というわけだろう。

 リヴェリアは微笑み交換してやる。

 

「リヴェリアも師匠も、子供扱い」

「私達にとっては子供だからな」

 

 子供扱いされプイ、と顔をそらすアイズ。とはいえ、ヴァルドがお菓子を作ってくれたのは素直に嬉しい。

 

「ほらアイズ、せっかく得難い戦いをしたんだ、【ステイタス】を更新してこい」

「うん」

 

 

 

 

 

「アイズたんLv.6きたああああ!!」

 

 

 

 

「ベル君はもう9階層ぐらいは平気そうだね。10階層にはいくの?」

 

 と、エイナの言葉。

 「冒険者は冒険してはならない」と口が酸っぱくなるほど言っていたエイナが言うのなら、ベルは10階層でも通用するだけの力を得たのだろう。

 でも、10階層からは()()()()()()()()()()()()()()()()()()。自分にはまだ早いんじゃ…………師であるヴァルドに助言をもらおうと思ったが、彼は昨日から帰ってきていない。

 

「ベル様?」

「…………うん。大丈夫だよ」

 

 何時までも怖がってばかりではいられない。師匠にも、あの人にも追い付けない。だから、行こう。

 

 

 

 

(ベル君、10階層に向かったかな………)

 

 9階層であれだけ成果を出せるのなら確かに10階層でも通用するだろう。でも、急かしてしまったのではないだろうかと今更思ってしまう。

 10階層からは『大型級』が現れ始める階層。強さ以上に威圧感が違う。恐怖で本来の動きを行えない、ということもあり得る。

 

(ううん………やっぱり、まだ早かったかなあ……………)

「ああ、あの白髪のガキが…………」

「…………?」

 

 不意に聞こえた声の、『白髪のガキ』という言葉に思わず立ち止まるエイナ。

 

「ダンジョンの奥に潜ったら………アーデも………」「しくじるんじゃねーぞ」

 

 見た目で判断するわけではないが、ガラの悪そうな男達がそんな事を呟きながらダンジョンに向かっていく。

 『アーデ』という名に聞き覚えがある。ベルと組んだサポーターの苗字だ。

 

「…………………」

「白髪?」

「え?」

「?」

 

 と、エイナの他に彼等の話を聞いていた者が居たのか呟かれた言葉にエイナが反応しお互いを認識して目と目が合う。

 

「ヴァ、ヴァレンシュタイン氏!?」

「えっと………ギルドの人?」

「あ、はい。クラネル氏の担当アドバイザーで……」

「クラネル?」

「あ、えっと………ベル・クラネル氏です。お知り合いなのでは?」

 

 白髪に反応していたし、と思ったが彼女の師も白髪だった。

 

「ベル……そう、知ってる。でも私、怖がられてるから」

 

 ずーんと黒いオーラを出すアイズに戸惑うエイナ。怖がっている? 彼女を? ベルが?

 まさか照れくさくて逃げ回って勘違いさせたのではなかろうか。いや、それより………

 

「あの、無礼を承知でお願いがあります。私の担当冒険者、ベル・クラネルを助けてくれませんか」

「……………」

「彼は今、厄介事に巻き込まれている可能性があります」

「解った」

 

 あっさり了承したことに、エイナは思わず目を見開く。

 

「あ、ありがとうございます。あ、あの…ベル君は、貴方に助けてもらったことを感謝していましたよ」

「………………」

 

 アイズはタッと走り出す。胸の奥のモヤモヤが、僅かに晴れたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 10階層。そこからは、ダンジョンの地形すらモンスターの味方をする。『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』ともよばれ、モンスターが手にしたものが武器へと変わる天然武器(ネイチャーウェポン)がそこかしこに存在する。ミノタウロスやアルミラージが使う石斧、リザードマンの扱う剣や盾。この階層なら、オークの振るう棍棒。

 霧に包まれた薄暗い階層の至るところに生えた枯れ木をオークが握ると形を変え、根っこが消えたかのようにあっさり引き抜かれ棍棒となる。

 

「しぃ!」

「ぷぎゃあ!?」

 

 それでもベルの方が実力は上だ。単純な力ならオークの方が僅かに勝っているかもしれないが、速度も技量もベルが遥か格上。

 危なげ無くいなし、腕ごと棍棒を切り飛ばし体を真っ二つにする。その動きを見て冒険者歴一ヶ月以下などと、誰が信じるのだろうか。

 

「リリ、平気?」

「はい。ベル様があっと言う間に倒されますし、戦えなくても最低限身を護るぐらいはできますので」

 

 腕に装着するタイプのクロスボウを見せながら応えるリリ。近づいてくるモンスターの牽制程度は出来る。全く戦えないわけではないのだ、一匹倒せるのに必要な装備を準備すれば、モンスター一匹狩っただけでは足りない出費があるだけだ。あとインプやゴブリンなど小型種ならともかく大型級は普通に無理。

 

「そろそろ切り上げようか?」

「そうですね。本来ツーマンセルで長居するところでもありませんし……」

 

 と、リリがベルの言葉に同意すると同時にベルがリリに向かって駆け出し剣を振るう。

 

「え──」

 

 ギィン! と甲高い音を立てて矢が弾き飛ばされる。

 

「誰だ!?」

「べ、ベル様!?」

「リリ、僕の後ろ…………っ!」

 

 後ろに隠れて、そう言おうとしてベルが顔を顰める。囲まれている。数は3………いや、4人。

 

「チッ、不意打ちを防ぎやがった。腐っても英雄の弟子かよ」

「へっ、構うこたねえ………所詮はLv.1。数で攻めりゃ切り崩せる」

「違いねえ」

「っ! カヌゥ様……」

 

 嫌な意味で見知った顔に、リリが顔を顰める。【ソーマ・ファミリア】の冒険者、ザニスの取り巻きだった屑の部類。

 

「おおおらああああ!!」

「っ!!」

 

 と、更に現れる人影がベルに斬りかかる。ベルは咄嗟に剣で受け止め、相手を見る。ベルもその顔を覚えていた。

 

「貴方は………!」

「よお、久し振りだなあガキ!」

 

 ゲド・ライッシュは獰猛な笑みを浮かベルに叩きつけた剣に力を込め………しかし一ミドル足りとも押し込めない。

 

「……………あ?」

 

 圧倒的な『力』の差に目を見開き冷や汗を流すゲド。おかしい、話が違う。駆け出しじゃなかったのか、こいつは………。

 

「きゃあ!」

「っ! リリ!」

 

 聞こえた短い悲鳴にベルはゲドの腹を蹴り飛ばし振り返るとリリを抱え首にナイフを押し付ける獣人、カヌゥと呼ばれた男の姿が。

 

「動くんじゃねえガキ! アーデの首が切られていいなら別だがなあ」

「っ!!」

 

 リリに手出しされる前にカヌゥの顔面をぶん殴ってやろうとするベルだったが残りの二人が遮るように前に立つ。僅かな遅れは、そのままリリの命の危機に繋がるため足を止めるベルを見てニヤニヤ笑う。

 

「はは、サポーター風情を見捨てられねえとはなあ。てめえは冒険者失格だなあ!」

「貴方が冒険者を語るな……」

 

 自分がヴァルドやアイズと同じ冒険者だとでも言うようなカヌゥの言葉に、彼を知るものなら戸惑うであろう冷たい声色で話し掛けるベル。カヌゥが思わず後ずさる。

 

「ちょ、調子に乗ってんじゃねえぞガキ! ゲドの旦那、やっちまってください!」

「っ! この、クソガキがあ!」

 

 と、立ち上がったゲドがベルに再び迫る。強い。カヌゥ達程度なら束になっても敵わないであろう、Lv.1としてランクアップ間近にいるであろう実力者にベルは無視できず相対する。

 剣戟の音が響く。無視こそ出来ぬが、勝てない相手ではない。直ぐに無力化して………

 

「っ! その目………その目をやめろクソガキがぁ!」

 

 勝てる存在として自分を見てくるベルに苛立ったように叫ぶゲド。と、二人の周りに何かが落ちてくる。

 

「…………あ?」

「え?」

 

 血腥いそれは、モンスターを呼び寄せる血肉(トラップアイテム)。投げたのはカヌゥ達。

 

「て、てめぇ等なんのつもりだ!」

「へへ。此奴も追加ですぜ!」

 

 更に投げ込まれたのはキラーアントの半身。まだピクピク痙攣していることから、生きている。つまり、仲間を呼び寄せる危険信号(フェロモン)を放っているということ。

 

「て、てめぇらああああ!?」

 

 ゲドが叫ぶ。カヌゥ達は逃げ出す。ベルが直様追いかけようとして、何か袋が投げつけられる。

 

(っ! 毒!?)

 

 その可能性も考え斬るのではなく剣の腹で弾くベル。視線がそちらに引き寄せられてしまったベルの顔を目掛け飛んでくるナイフに、身体を捻らせ地面に転がる。その間にカヌゥ達は距離を取っていた。逃げ慣れている。

 

「待て! リリ………リリィィィィッ!」

 

 ベルの言葉が虚しく響き、返ってきたのはリリの返答ではなく無数の大きな足音と、ギチギチと軋むような不気味な音。

 オークにインプ、ハード・アーマードに加え、キラーアントの群れ。

 

「くそ! くそくそくそ! あのクソ野郎ども! おいガキ、お前も手伝え!」

 

 ゲドがベルに助力を求める中、ベルはリリが連れ去られた方向を睨む。

 

「貴方は、後で殴ります」

「っ! この、クソガキが!」

 

 見捨ててやると目で訴えながら、二人はモンスターの群れに突っ込んだ。




この事を報告したらヴァルドに汎ゆる態勢から反撃できるように調き……訓練させられます


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リリだから

【ヘスティア・ファミリア】のランクについて
等級(ランク)Gです
ギルドの豚的には上げたかったけど強制依頼(ミッション)でヴァルドの時間を奪われることを嫌ったウラノスにより団員も2名という至極真っ当な理由でG評価。それでもGなのは団員の片方がLv.8だから。
まあ『遠征』以外の強制依頼(ミッション)は普通に来ることはあるけど。
例えばそう、どっかの国の要人が護衛に指名するとか(ダンメモのウェディングイベントみながら


 オークが振り下ろす棍棒をなんとか弾きながら冷や汗を流すゲド。数が多い。

 確かにゲドはこの階層に来たことがある。だが、それはパーティーを組んで、だ。大型級が現れるこの階層でサポーターだけという、実質一人のようなものでこの階層に駆け出しが訪れたと聞き正気を疑った。

 

「シャアアアア!!」

「っ!?」

 

 背後から迫るインプの群れ。オークと戦っているゲドに避ける手段はない、とインプ達に赤い線が走り鮮血を撒き散らしながらズレる。

 

「ガキ………」

 

 思わず固まったゲドの前に居たオークを斬り捨てる。守られている。駆け出しに、自分が。屈辱を覚えながらも、それを挽回できる気がしない。

 

「クソ、クソ! 畜生!」

 

 駆け出しのガキが、自分より上。苛立ちをぶつけるように前に出てオークへと斬りかかる。

 

(負けてたまるか、負けて!)

 

 何年もLv.1として過ごした。恥ずかしいことじゃない、オラリオでも有り触れた在り方だ。英雄に憧れて、焦がれて、自分が何者でもないと知り自分より弱い者に当たり散らす、よくあるクズ。それがゲド。

 だけどそれが普通だ。そう簡単に強くなれない。試練に挑めない、恐怖を捨てられない。

 なのに、この少年は何だ? 今もあのサポーター少女を助けようとしている。モンスターに囲まれた今も、誰かのために戦っている。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 緋色の雷………雷の形をした炎が雷速でオークを焼く。超短文詠唱? 発動が早い。属性は、炎………。

 

血肉(トラップアイテム)だ! それとキラーアント! それを燃やせ!」

「え、は………はい!」

 

 直様血肉(トラップアイテム)と死にかけのキラーアントを焼くベル。キラーアントのフェロモンが途切れ、集まってきたキラーアント達は一瞬戸惑うも直ぐに人類であるゲドとベルを狙う。少なくとも、半端に殺さなければキラーアントの増援はない。

 血肉(トラップアイテム)は血に飢えたモンスターの本能を刺激する。それを燃やされ、餌を奪われたかのようにベルに怒りを向けるキラーアント以外のモンスター達。

 モンスターの一撃が、ベルの翡翠色の籠手の留め具を千切り吹き飛ばす。

 

「こん、のぉ!」

 

 それを拾う余裕は、今のベルにはない。

 今なら、自分だけは逃げられるのでは?

 ゲドの中でそんな考えが頭に過ぎる。後ろから蹴ってバランスを崩させて…………いや、そんなことしなくてもモンスターのヘイトはベルに集まってきている。

 

「ゲドさん、今のうちに逃げてください」

「は………?」

「その方が、僕もやりやすい」

 

 悪意はない、のだろう。だが言外に、彼は()()()()()()()()()()()()()と言い切った。

 

「なめんじゃねえ………なめんじゃねえよ! 何が逃げろだ!? 庇ってんじゃねえよ! 俺だって、俺だってやれるんだ!」

 

 オークへ斬りかかりながら叫ぶゲド。その体躯に怯えなければ、ゲドに比べて遥かにトロい。胸を切り裂き内部の魔石を砕く。灰へと還るオークの死体を突き破るように現れたインプが腕に噛み付いてきた。

 

「ぐっ!?」

「っ!」

「来るんじゃねえ! てめぇの助けなんざいらねえんだよ!」

 

 別方向から迫ってきたキラーアントに叩きつけるように腕を振るい、インプの頭が潰れキラーアントの目が凹む。そこから剣を突き刺し脳髄を撒き散らすように切り捨てる。

 戦えている。不格好で、見るものが見れば無様に映る有り様とはいえ、戦えている!

 

「プギイイイ!」

「シャアアア!」

 

 それでも、モンスターの数が多い。血肉(トラップアイテム)などを焼いた以上、やってくる数は減ったろうが戦闘音に引き寄せられるのは変わらない。少しマシになった、程度だ。ベルとゲドでは突破するだけの火力がない。と…………

 

「は?」

「え?」

 

 モンスターの群れが吹き飛んだ。いや、消し飛んだ。

 霧の中を走った一陣の風がモンスターの群を消し飛ばし、余波に巻き込まれたモンスター達が地面を転がる。魔法? それとも、高速移動? どちらにしろ、最低でもLv.4はある………

 

「すいません、ここは任せます!」

「おいまて何で俺までえええ!?」

 

 

 

 

 

「…………………あの人、パーティーメンバー…………じゃ、ないよね」

 

 モンスターを蹴散らしながら現れた冒険者、アイズはベルに引っ張られていくゲドを見ながらそう呟く。パーティーメンバーにしては連携が成ってない。初めだから上手く行かなかったというよりは、そもそも合わせる気がなかったかのような。

 モンスターに囲まれ急増で組んだのだろうか?

 

「……………10階層」

 

 だとするなら、実質一人でこの階層までたどり着いた事になる。アイズがこの階層に一人で来られるようになったのは半年。ヴァルドは4ヶ月。あの少年は、20日前は間違いなく駆け出しだった。

 

(まさか、一ヶ月で?)

 

 ふと地面に転がった焼け焦げた肉とキラーアントの死体に気づく。僅かな魔素の残留。魔法もしっかりと戦闘に活かしている。

 

「ヴァルドが欲した『成長性』………」

 

 異常、異様では言葉が足らない。成長ではなく飛躍。Lv.1がLv.6である自分に追いつくなんて、何年かかるのか………その間にだって強くなってみせると思っていた。でも………

 

(追いつかれる? それも、そう遠くない未来で………)

 

 それどころか、追い抜かれるかもしれない。ヴァルドの理想とする領域まで至るのかもしれない。そしたら、自分は? また置いていかれるの?

 

「オオオ!!」

「シャアアアア!!」

「きぃぃぃぃっ!」

「五月蠅い」

 

 八つ当たり染みた一撃。しかしLv.6へと昇華した少女の一振りがモンスターを一掃する。程なくして広間(ルーム)は静寂に包まれた。

 

(…………あ、これ…あの子のかな?)

 

 下級冒険者のものだけあり、質こそアイズ達のものより低い。それでも中々きれいな装備。ベルのだろうか? とマジマジ見つめるアイズ。と……

 

「……………」

 

 ガサリと音を立て一本角の兎が飛び跳ねていた。アイズと目が合うと一目散に逃げ出し、膝枕からの兎逃走事件(ちょっと前の出来事)を思い出し少しだけ落ち込むアイズ。

 だが、今感じたのはもっと盗み見るような気配だったのだが。気の所為? いや………()()

 抜剣し虚空を睨むアイズに、虚空から声が響く。

 

『気付かれてしまうか、御見逸れする』

 

 霧の奥から現れたのは漆黒の影。黒ずくめのローブを全身に纏い、闇に覆われたフードの中身は何も見通せない。両手には複雑な模様のグローブ。

 肌を一切露出しないその人物に警戒を緩めず剣を構える。

 

「私に、何かようですか?」

「ああ、その通りだ。だがその前に剣をおろしてもらえるか。こちらに危害を加える意思はない」

 

 敢えてアイズの間合いに入り、生殺を委ねてくる黒衣の不審者。話をどうか聞いてほしいという態度にアイズは一先ず剣を下げた。

 

「貴方は、誰ですか?」

「そうだな………以前ヴァルド・クリストフに30階層に向かうよう依頼を出した者、と言っておこう」

「!!」

 

 ヴァルドが『宝玉』を見つけた階層。『赤髪の調教師(テイマー)』が関わる何か。アイズは思わず反応してしまう。

 

「アイズ・ヴァレンシュタイン。君に冒険者依頼(クエスト)を申し込みたい」

 

 

 

 

 

「へへへ……ここまで来りゃ彼奴も追い付けないだろう」

「正気ですか、あなた方…………6年前、ヴァルド・クリストフに潰されかけたのを忘れたんですか!?」

 

 カヌゥの蛮行に思わず叫ぶリリ。6年前、唐突に現れたヴァルド・クリストフはボコボコにされた【ソーマ・ファミリア】の団員を片手で引きずりながらただ一言、「主神を出せ」と言った。

 主神、厳密には酒を守ろうとした団員達は1人残らず叩き伏せられた。リリは物陰に隠れながらそれを震えてみていた。

 あの時よりさらに強くなっているヴァルドに、少ししか変わっていないカヌゥ。だというのにその弟子に手を出す暴挙。

 

「はは。馬鹿かよお前、あの英雄様だぜ? 【剣姫】に【戦乙女(ヴァルキリー)】を始めとした第一級に、Lv.4の弟子も数多く持つあの化け物が、今更暇つぶし以外の目的でLv.1を育てるかよ」

 

 だがその育成もただの道楽だと言い切るカヌゥ。

 

「それにダンジョンで死んだって犯人がわかるわけねえしなあ。それよりもアーデ、とっとと出せよ。持ってんだろう? あのガキからたんまり貰った金を隠す部屋か金庫の鍵をよ」

「っ!!」

 

 ローブを剥ぎ取り装備品を奪い取るカヌゥ。魔石に金時計、指輪などいざという時換金できるように備えていたもの全てを奪い、リリの腹を蹴りつける。

 

「うぇ、げほ!」

 

 咳き込むリリを、自分の思いのままに出来る弱者を見て嫌らしい笑みを浮かべるカヌゥ。

 

「わか、わかり………まし、た………わかり、ましたから!」

 

 と、リリが叫んだまさにその瞬間だった。

 

「リリから離れろ!!」

「げぶぅ!?」

 

 真っ白な風がカヌゥを蹴り飛ばす。

 ベルだ。片手にはぐったりしたゲドがいた。あっちこっち引きずったかのようにボロボロだ。

 

「く、クソガキ………ころすころす」

 

 なんかブツブツ言ってる。

 

「が、ガキ………ゲドの旦那!? な、なんで!」

「よくも………リリは女の子だぞ!」

「だ、だからなんだってんだ!」

 

 不意打ちされたことに怒りを覚え、ナタを振り下ろすカヌゥ。キン、と済んだ音が響きカヌゥのナタが斬られた。

 

「リリに謝れ!」

 

 そのまま拳がカヌゥの頬にめり込む。回転しながら吹き飛び地面をバウンドするカヌゥ。残りの二人は顔を青くして慌てて逃げ出す。

 

「リリ、大丈夫!?」

「あ、え……ベル様…………え、なんで?」

 

 ここにいるのなら、あのモンスターの群れを突破したのだろう。そこはいい。そこまではいい。だけど、どうしてここにいるのだろう? そのまま逃げればいいのに。サポーターなんかほうっておけばいいのに。

 

「なんで、リリを助けてくれるんですか?」

「………え? ええっと…………女の子、だから?」

「じゃあゲド様は女の子だとでも言うんですか!? まじめに答えてください!」

「ご、ごめん! ええっと…………ええと………その、つい?」

「ついって…………」

 

 何だそれは、じゃあ誰でも助けるとでも言うのか。

 

「うーん。違う、かな………ゲドさんはそうだけど……リリのために頑張れたのは…………うん。リリだから、かな。僕は、君を助けたいと思ったんだ」

「じゃあ俺を巻き込むなよ………」

 

 と、恨みがましい目でベルを睨むゲド。内臓をシェイクされ、フラフラと立ち上がる。

 

「っ!」

「怯えんなクソパルゥムが……そのガキに守られてるお前になにかしようなんてもう思うかよ」

 

 そして、ベルを睨んだ。

 

「おいクソガキ………」

「はい…」

「……………チッ」

 

 何か言うのかと思えば、ゲドは舌打ちだけして去っていた。

 

 

 

 

「おいカヌゥ、もう歩けるか」

「いでぇ……あのクソガキ、アーデ! 許さねえ、二人まとめて………!」

「二人まとめて、何?」

「「「!?」」」

 

 ダンジョンを出て路地裏を歩くカヌゥ達3人にかけられる声。振り返ると赤い髪の女が何時のまにか立っていた。

 

「ス、【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】!? な、なんだよ! 【アストレア・ファミリア】が俺達になんのようだってんだ!?」

「ん〜。心当たりならいくらでもありそうね。でも残念、貴方達にようがあるのはこの(ひと)

「外、辛い………歩くの、面倒。帰りたい」

 

 と、ブツブツ呟きながら現れたのはカヌゥ達の主神、ソーマ。何故かすでに疲れている。そのままじろりとカヌゥ達を睨む。

 

「さて、お前達…………リリルカ・アーデ、及びヴァルド・クリストフの弟子に何をした?」

「な、なんのことですかい!? お、俺達はなにも…………!」

神々(おれ)に嘘は通じない…………まあ、密告があったから知ってるけど」

「っ!!」

「恩恵は封じさせてもらう。その上で…………えっと……………まあ牢屋に閉じ込める」

「最後雑!?」

「その牢屋の前で、リリルカ・アーデとチャンドラとほか数名で酒を飲む」

「「「なんて嫌がらせだ!?」」」

「ヒュウ、ソーマ様やるぅ!」

「だろう? 俺が一番やられたくないことだ」



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黒ローブの冒険者依頼

 怪物の行進。地を埋め尽くす大群。

 小さなうめき声すら重なり龍の咆哮すら超え大気を揺らす。

 絶望の川とでも呼称しようか。飲み込まれれば引き裂かれ、食い千切られる。

 この階層を探索しなれた冒険者でも………いいや、取り繕わなければこの階層に探索しなれる程度の冒険者だからこそ、この絶望には抗えない。それこそ、深層に到れる力がなければ。

 

「う、うわあああ! た、助けてくれええ!!」

 

 モンスターの口からぶら下がるように咥えられた冒険者。その両足はモンスターの牙が突き刺さっている。口を閉じれば、彼の両足は永遠になくなるだろう。

 

「いやだ、いやだああああ!!」

 

 悲劇、惨劇。

 ダンジョン内で有り触れた光景。抗えぬ者はただただ躯を晒すのみ。

 故に──

 

「不快な光景だ。『悪夢』を思い出す」

 

 抗える者は、そんな惨劇を許さない。

 モンスターの首が飛ぶ。地面に落ちた男を慌てて仲間が回収する。

 そして見た。怪物の群を、絶望の光景を前に立つ男の姿を。

 そう、悲劇も惨劇も終わりを告げた。

 眼の前のこの男こそ【大神(ゼウス)】と【女神(ヘラ)】の消えた時代に於いて、その2派閥以外で初となるLv.8へと至った最強の冒険者。

 

ヴァルド・クリストフ

 

 世界に広まっていた雷名()は更に強き輝きを放ち、下界の民に彼ならばと再び希望を灯した光の化身。

 剣の一振りが3桁のモンスターを灰へと還す。恐れ慄くモンスター達は後続に邪魔され逃げること敵わぬ………否、否、否。眼の前の男はたとえ逃走しようと逃さず殺す。そう思わせるだけの存在感。

 これより始まるは英雄譚。観客は力無き冒険者。

 だが()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お、遅えんだよ!」

「お、おい!?」

 

 今まさに食われかけ、助けられた男がヴァルドに叫ぶ。その目に浮かぶは怒りではなく、羨望と嫉妬。

 

「都市最強だのLv.8だの偉そうな肩書ばかりで、肝心な時クソの役にも立たねえ! それが解ってんのかよ!?」

「お、おいやめろって!」

「っ…………そうだ」

 

 仲間が慌てて止めようとするが、その声に同意する別の声が上がる。

 

「てめーが地上でのんびりしてっからこんな事になったんだ!」

「責任取れ責任!!」

「俺達ばっかり苦しい思いをさせやがって!!」

「とっととなんとかしろよ!」

 

 自ら地の底に飛び込み、誰かの助けを期待し、助けがなければ力持つ者に喚き散らす冒険者。それを見てヴァルドは………

 

「言われるまでもない。所詮この身に背負えるものなど知れている。ならば取りこぼさぬために走り回るしかないだろう」

 

 彼等の罵倒を受け入れる。むしろ、だからこそ彼等はより惨めな気分になった………己がいかに惨めか理解してしまった冒険者達は目を逸らすために再び口を開こうとして………

 

「これ以上怪物共に()()()()を傷つけさせない。今から出来るのはそれぐらいだろう」

 

 その言葉に、吐き掛けた声が詰まる。

 

「ただ、一つ問おう。お前は守られるべき『民』か、怪物と戦う『冒険者』か? 俺は()()()として扱えばいい」

「っ!!」

 

 そうとも、()()()()。ヴァルド・クリストフは己が英雄などと、力無き冒険者を守れる存在などと認めない。故に問う、力を貸す気はあるか、と。そう回りくどく助力を求める。

 

「……………っ! お前が、お前みたいのがいるから!」

 

 ヴァルドが徐に投げ渡したポーション。それにより得た選択肢は2つ。走って逃げるか、立って挑むか。

 後続のモンスター達は直ぐにでも焼け焦げた同胞の死体を乗り越えやってくるだろう。

 

「お前みたいのがいるから、夢を見ちまうんだよ!!」

 

 力、金、女。

 何もかも手に入れられるのではないかと思える栄光。オラリオにて生まれる数多くの冒険者が胸に宿す原初の夢。

 それはモンスターに怯え、その恐怖を隠すために誰かに責任を押し付ける者には叶えられぬ夢。言われなくとも、子供だって解る簡単な事実。

 

「立てるな」

「ああ」

「戦えるな」

「ああ!」

「ならばついてこい」

「「「おおおおおおお!!」」」

 

 冒険者の集団とモンスターの群がぶつかる。哀しいかな、その冒険者の殆どは歴史に埋もれ名も残らぬであろう。だが、それでも……彼等は英雄を目指し、走り出した。それだけは誰にも否定できない事実だ。

 

 

 

 

 

 

「以上が24階層の出来事だ。その後、敏捷(あし)に自信がある者達と発生源を探し、北の食料庫(パントリー)で例の緑肉を見つけた。30階層と同じだ。俺が片付けてもいいが、どうする?」

 

 24階層と23階層をつなぐ連絡口に陣取ったヴァルドは水晶に向かって話しかける。

 

『それが一番効率的なのだろうが、今丁度【剣姫】がダンジョンに居てね。彼女に依頼しようと思うのだが』

「『宝玉』とアイズの関係を確かめるためか? 精霊繋がりだと思うがな」

『それならば()()()()()()()()()()に反応してもいいだろう?』

「『彼奴』は深い眠りについている。加護が発動したこともない………文字通り()()()()()()()()でなんの恩恵もない。単に気配に気づけなかった可能性もある」

『まあ、確かに………』

 

 さらりと聞く人がいれば、特にエルフあたりが驚愕しそうな会話を続けるヴァルドと水晶から響く声。

 

「まあいい。殻を破ったアイズを鍛えるのに丁度いいだろう。とはいえ、他にも雇っているのだろう?」

『ああ、【ヘルメス・ファミリア】にな………」

「あそこか…………もし赤髪がいれば、死者が出る。やはり俺も行こう」

『君が出たら、敵も証拠を潰して隠れるかもしれないが』

「隠れながら向かう。言い方は悪いが、【ヘルメス・ファミリア】には囮になってもらおう」

『…………君の判断に任せる』

 

 

 

 

 

 

冒険者依頼(クエスト)………?」

 

 彼、もしくは彼女の言葉にアイズは首を傾げる。

 間違いなく黒ローブの人物は神の恩恵を得ている。ならば、同派閥から冒険者を募ったほうが早いはず。それ以前に、ヴァルドと繋がりがあるなら彼に頼めばそれで済む。

 

「師匠に、頼まないんですか?」

「………まあ、此方にも事情があるのさ」

「………?」

「具体的な依頼内容は24階層で起きたモンスターの大移動、その原因の排除にあたってもらいたい」

「原因は、解ってるんですか?」

「以前ヴァルドに頼んだ30階層と同じだ。例の『宝玉』、及び『赤髪の調教師(テイマー)』が関わっていると予想される」

「っ!!」

 

 それは間違いなくアイズを釣るための餌。

 あの『宝玉』も、『アリア』の名を知る女も、アイズにとって、無視できぬ単語。

 

(………悪意は、感じない)

 

 それなりに魔境であるオラリオで生きてきたアイズは感覚で、悪意を察することはできる。もちろん完全ではないが、それでも取り敢えず信用はして良さそうだと判断した。

 

「解りました、行きます」

「恩に着る。出来れば今すぐ向かってもらいたいのだがいいだろうか?」

 

 その言葉にちょっとだけ考え込むアイズ。なにせ一人でダンジョンに潜ったのだ。帰りが遅くなればリヴェリア達に心配をかけるかもしれない。

 

「あの、伝言をしてもらっていいですか。私の【ファミリア】に………」

「ん? ああ………なるほど。わかった、それくらいは頼まれよう」

 

 なのでそう頼むと、ローブの人物も了解してくれた。

 携帯用羽根ペン、少量の血をインク代わりにできる中々高価な魔道具(マジックアイテム)を取り出し羊皮紙にロキ達宛ての手紙を書いた。

 

「まずリヴィラの街によってくれ。協力者はそこにいる」

 

 酒場の名前、場所。そして協力者を確かめるための合言葉を聞いて、アイズはダンジョンの奥へと向かう為歩き出した。




Lv.8
イケメン
料理上手
品性も度量も持ち合わせてる
記念日はまあ忘れない
不老
英雄
精霊契約者


なんだ、王族(ハイエルフ)と結婚したとしても誰にも文句言えねえ要素揃ってるわ。まあ本人はまず世界を救う為の戦力を鍛えることしか興味ねーけど。


ところでフェルズってやっぱり女なのかな? 精霊の悪夢では幼女だし声優も女だし


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地上にて

今回の水着イベント………フェルズ、疲れているのかな? え、イベントは毎回こんなもん? そうだな


 金髪の貴公子。そう評しても違和感のない美形の神が花屋によっていた。名をディオニュソス。整った顔立ちの神々の中でも紳士的な雰囲気も併せ持つ彼に女性店員達が頬を赤く染めていた。

 

「女性に送られるんですか?」

「私も神様に花をいただきた〜い」

「ふふ。なら私は花よりも美しいお前達を頂いていこうかな」

 

 じゃれ合う店員達は満更でもなさそうに、期待のこもった視線を向ける。

 

「そんな目をしていると、本当に食べてしまうぞ?」

 

 囁かれた甘い言葉にきゃあ、と黄色い悲鳴を上げる女性店員。

 

「何をしているのですか、ディオニュソス様」

 

 と、不意に聞こえてきた声にディオニュソスが固まる。振り返れば呆れたような顔をしたフィルヴィスが立っていた。

 

「フッ。お前がここで嫉妬しないあたり、あの英雄の方がお前にとって心を占める割合が強いのかな?」

「っ! そんなことはありません!」

 

 ディオニュソスの言葉に頬を赤くして顔を逸らすフィルヴィス。

 そんな様子にディオニュソスはそうか、と楽しそうに笑いフィルヴィスがギロッと睨まれ肩をすくめる。

 

「ここに来たということは情報をつかんだのだろう? 向こうで聞こう」

 

 そう言うと歩き出すディオニュソス。フィルヴィスもその後に続く。

 

 

 

 

 第一墓地。

 都市南東に位置する共同墓地の一つで、冒険者の墓地とも呼ばれ花々しい功績を残した冒険者、とりわけ『古代』から『英雄』と称えられた者達の墓には巨大な記念碑(モニュメント)が設置されている。過去の先人達の誇りや敬意から【ファミリア】の垣根を超え多くの花が備えられる。

 ただ、この墓地の殆どは空だ。ダンジョンという過酷な場所から死体を持ち帰れないことが殆どだからだ。

 地上で殺されたディオニュソスの眷属()達は死体が埋まっているため他の墓地より間隔が広い。

 

「…………………」

 

 花を添えるディオニュソスは、そこになんの意味もないことを知っている。神が現れる前の『古代』から続く地上の文化だ。そこに鎮める無念も報われる者もいない。

 祈るべき冥福など天界の神のさじ加減一つで、中には神に愛され輪廻から外れ、神に抱きしめられ続けている魂もある。或いは天界で神が戻るのをひたすら待ち続け忘れ去られた魂や、嘗ての眷属の魂を待ち続ける神もいる。ディオニュソスの子達は、きっと輪廻に戻りまたこの地上に戻ってくるだろう。全く別の存在として……それでも花を添えるのは、彼なりの誠意と謝意だ。

 

「24階層の情報が、公開されていない、か………」

「はい。該当するそれらしき冒険者依頼(クエスト)も、一切ありませんでした」

 

 周囲に誰もいない中、二人は話を始める。

 フィルヴィスが先日向かった『リヴィラの街』では『モンスター大量発生』の話題で揺れていた。ギルドから解決策が提示されるまで20階層以降の探索は控える動きがある。

 

「ヴァルドがいましたが、未だ解決に至っていないことから行動に移していないのかと」

「ふむ………やはり彼の後ろにギルドがいるのかな? だとしても、目的は何だ?」

 

 異常事態(イレギュラー)を地上で隠せるのはギルドだけ。隠すということは知られたくないということだが、ならばさっさとケリをつければ良い。ヴァルド・クリストフが出れば、中層の異変など直ぐに解決出来るだろう。

 それをしないということは、異変を長引かせたい? いや、こうして情報を集められてしまう状況になって長引かせるメリットはないはず。

 

「問題は彼が関わっていることだが………」

「彼奴は、無意味に人が傷つくことに手を貸したりはしません」

「無意味でないとしたら? それこそ、試練とかね」

「……………その場合、異常事態(イレギュラー)の発生自体は予期しないものかと。予期していたのなら、怪我人など出るはずもないので」

 

 逆に言えば、異常事態(イレギュラー)を利用することはあるのだろう。誰の試練だ? 流石に駆け出しの方ではないだろうが…。

 

「いかがなさいますか、ディオニュソス様」

「………巻き込んでみるか」

 

 

 

 

「…………また来おった」

 

 黄昏の館にて、嫌そうな顔をするロキの出迎えに胡散臭い爽やかな笑みを浮かべるディオニュソスの姿があった。

 

「気になる情報を仕入れたんだ。何処かで腰を落ち着けてゆっくり話さないかい?」

 

 言外に、しかし図々しく『ホームの中に入れろ』というディオニュソスに『とっとと帰れ』と言わんばかりのロキだったがフィルヴィスの持つ極上の葡萄酒を見て通し、門番達が白い目を向けた。

 

「で、なんや? 気になる情報っちゅうのは」

 

 塔の前の狭い庭園に卓と椅子を準備させたロキは早速尋ね、ディオニュソスは24階層でモンスターの大量発生が起きたこと、そして以前にも30階層で似たような異変があったことを話す。

 30階層といえば以前ヴァルドが向かった場所だ。時期的にもだいたい同じ。解決したのはヴァルドだろう。彼ならまあ余裕か。

 

「ギルドは、ウラノスはこのことを表沙汰にしないために【剣聖】を使ったと見ている。そうなると、24階層が謎ではあるけどね」

「やっぱりギルドは信用できんか?」

「どうにもね、きな臭いことがあるのは確かだよ」

「ヴァルドが手ぇ貸しとんなら万が一もないと思うんやけどなあ」

「そうかな?」

「………あん?」

 

 ピクリとロキは糸目を僅かに開く。

 

「7年前の『大抗争』を覚えているか? 多くの冒険者が死んだ……だが同時に、多くの冒険者が殻を破った………もし今のオラリオに失望している彼が──」

「やめい」

「ロキ、私はその可能性も考えるべきだと………」

 

 己の言葉を遮るロキに苛立ったようなディオニュソス。しかしロキが止めたのは、彼ではない。

 

()()()落ち着きぃ」

「────!?」

 

 何時の間にか添えられていた剣。振り返れば酷く冷たい目で睨む女性冒険者。フィルヴィスの前にも一人の男性冒険者が。

 その二人だけではない、周囲に何時から居たのか、【ロキ・ファミリア】構成員が数名ディオニュソス達を睨んでいた。

 敵も多い【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)に残っているメンバー。第一軍には劣れどその実力はオラリオ全域から見ても上位陣。

 事実ディオニュソスの首に剣を添えている女性は第一級冒険者、【戦乙女(ワルキューレ)】レミリアだ。

 

「あんなあディオニュソス。此処どこだと思ってんのや……【ロキ・ファミリア】、ヴァルドの弟子が何人かいるんやで? そこでヴァルドを人殺し扱いってお前………潰すぞ」

 

 怒っているのは何も眷属だけではない、とディオニュソスを睨むロキ。ディオニュソスはすまない、と目を伏せる。レミリアは剣を引き、ロキの後ろに控えた。

 

「そんで? 結局うちに何させたいんや自分」

「ははは。何か解ったら連絡すると言ったろ? 他意はないさ」

「………………」

 

 嘘だな。要するに戦力を向かわせて探ってこいと言ってるのだ。

 

「生憎うちはお前んとこと違ってでっかいぶん敵も多いんや。本拠(ホーム)の戦力も残して置かなあかん。24階層に向かわせる戦力なんてあらへんぞ」

 

 もちろん嘘だ。レミリアなら24階層程度余裕だろう。

 

「【剣姫】はいないのかい? 彼女に向かってもらえば百人力だ」

「アイズたんなら…………」

 

 と、不意に空から何かが落ちてくる。ロキに当たる前にレミリアが受け止めロキに渡す。どうやら手紙のようで、上空では鳥が円を描いて飛び、直ぐに飛び去った。誰かの使い魔だろうか?

 ロキは手紙の内容を見て、頭を押さえた。

 

「アイズが24階層に行きおった」

 

 優雅に紅茶を飲んでいたディオニュソスは思わず吹き出しフィルヴィスとレミリアもギョッと目を見開く。

 冒険者依頼(クエスト)を頼まれたそうだがこのタイミング………。『心配しないでください』と書かれていたがするに決まっている。

 こういうところはヴァルド(育て親)に似たのだろうな。

 

「ベート、あとレフィーヤ呼んで。至急や」

「どうする気だい?」

「ベート達にアイズを追わせる。後、Lv.3数名戻してレミリアも行ってもらう」

「私もですか?」

「どんな形にせよヴァルドが関わってる事自体は確かや。あの馬鹿が何隠してるかついでに探ってきい」

 

 この騒動、少なくともリヴィラ襲撃とは無関係ではないだろう。で、あるならヴァルドが手を出さないなどありえない。あの男はそういう奴だ。

 

「3人だけで大丈夫かい? もちかけておいて何だが、24階層の件は危うい気がするぞ」

「………………」

 

 ヴァルドの推定でLv.6の魔導士か魔法剣士……アイズはLv.6になったばかり。Lv.5が2名と魔法の火力だけなら第一級にも引けを取らないレフィーヤの援軍なら本来は中層など過剰もいいところだが………。

 

「………フィルヴィス、ロキの子とともに24階層に向かえ」

「!? で、ですが私は貴方の護衛で………!」

「聞けフィルヴィス、私情でロキを巻き込んだのは私だ。私も唯任せるだけでなく誠意を見せなくてはならない。何より私はロキの信頼がほしい。信頼は行動で勝ち取らなければ……解るだろう、フィルヴィス」

「……っ」

 

 言葉に詰まるフィルヴィスは、しかしまだ納得していないというような顔をする。

 

「………しかし私は、彼奴以外とパーティなど…」

「フィルヴィス」

「…………………解りました」

 

 

 

 

 

 

 

 広い大空洞だった。

 中層域に位置する階層の最奥。冒険者は疎か凶暴なモンスターの雄叫びも聞こえないそこは、モンスターの体臭でも血の匂いでもない、肉が腐ったような、昆虫を引き寄せる匂いが充満し、湿った空気が漂う。

 

「…………それは役に立つのか?」

「さあー、そればかりはねえ。何せ初めての実戦投入だし? むしろ使えたかどうかを聞きたいんだよねー」

 

 赤髪の女の言葉に気怠そうに返す男。女がギロリと睨むと肩を竦める。

 

「怖い顔するのやめてよねー。僕別に君を怒らせたいわけじゃないんだから………まあ、少なくとも()()()()()やつよりは使えるからさあ」

「………………」

「できれば感想をレポートに纏めてほしいけど、まあ無理だよね………」

 

 はぁ、とため息を吐くと男は踵を返す。その男の護衛なのだろう、数名が男についていく。

 その背を睨み、しかしすぐに興味の失せた女は果実に食らいつく。

 

「必要とは思えんがな、『彼女』の生み出したモンスター達の改造品など」

「奴は強い。既存の量産品共では足止めにもならん」

「ふん、【剣聖】か…………『彼女』に選ばれた私達に勝る存在などいるものか」

 

 そんな女に話しかけたモンスターの頭骨(ドロップアイテム)を兜代わりにした白い男。女は傲慢に満ちたその言葉に目を細めた。




ヴァルドの弟子達
一部を除いてもLv.3が混じっている、他の中規模【ファミリア】なら団長をしていてもおかしくない戦力。ただし大半はついていけなかった。それでも慕っている。
因みにレミリアの神々からの二つ名とは別の呼び方は『忠犬』
ヴァルドが幹部になれと言わない限りなるつもりはない。団長であるフィン以上に慕ってるのでティオネとよくもめる。
ヴァルドに頭を撫でられると数分間強さが1.5倍になる。ちなみにアイズは1.7倍。


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剣聖の弟子達

 アイズはリヴィラの酒場で冒険者依頼(クエスト)の同行者である【ヘルメス・ファミリア】と合流。

 異変が起こっているという24階層北食料庫(パントリー)に向かう。

 

「………………」

 

 道中遭遇したモンスターと見事な連携を見せる【ヘルメス・ファミリア】。その中で気になるのが小人族の3人と獣人の男性。

 武器こそ違えど、戦場での立ち回りに見覚えがある。魔導師の少女もおどおどした態度でありながら、戦場での行動に迷いがない。並行詠唱も使える。

 

「…………あの人達、もしかして」

「気付きましたか? ヴァルドの弟子です」

 

 ヴァルドは【ロキ・ファミリア】に居た頃から、外部の【ファミリア】にさえ弟子を持っていた。志願する者が後を絶たなかったからだ。まあ逃げ出す者も似たような数だったが。因みに本来【ファミリア】で培った技術や知識は他派閥に教えるべきではないのだが、時代が時代だったのでヴァルドが『言ってる場合か、俺達だけで対処できていない現実を見ろ』と説き伏せた。

 後は様々な理由でヴァルドに挑んだ、例えば太陽神の眷属の長とかアマゾネスの娼婦とかも結果的に強くなり弟子などと呼ばれていた。

 彼等は前者だろうが、一つ気になることがある。

 獣人の男性、ファルガーと小人族の姉弟ポットとポックはまだいい。年齢的にありえなくはない。唯、小人族の魔導師のメリル………彼女は流石に若すぎないだろうか?

 

「彼女が弟子になったのって、何時ですか?」

「……………4年前です」

「え」

 

 それはおかしい。だって、ヴァルドが姿を消したのは5年前。4年前に弟子入りしたとなると、まさか……

 

「…………我々【ヘルメス・ファミリア】は、3年前まで一部団員が彼等と交流を持っていました。メリルはその際彼()に弟子入りしたんです。いえ、させられたというべきでしょうか」

 

 暗黒期を終わらせた英雄にキラキラした瞳を向けて、ポットとポックの紹介で弟子入りしたメリル。後衛って何だっけと思うような修行にもめげず健気に頑張っていたが、まぁその…………彼を見つめる目が同居人のお気に召さなかったようで………いや、鍛えられた。キチンと鍛えられたのだが…………

 

「どうか彼女に授業内容について聞かないであげてください。トラウマのフラッシュバックで使い物にならなくなります」

「あ、はい」

 

 【ヘルメス・ファミリア】団長であるアスフィの剣幕に、アイズは素直に従った。

 

 

 

 その後24階層でランクアップの、感覚のズレを直す為にモンスターの群れを一人で討伐したアイズ。この階層でモンスターと冒険者がぶつかりあったという。ヴァルドがその時指揮をしていたらしい。

 

「で、でもなんでヴァルドさんはそのまま事態を鎮圧しなかったんでしょう」

「英雄様つったって人だからなあ。無理だと感じて引き返したんじゃねえの」

「「それはない」」

「「それはありえません」」

「それは、ないと思います」

 

 猿人っぽいヒューマンのキークスが自分の知らないところでアスフィと何度も会っているというヴァルドも案外大したことがないと笑うと即座に否定された。

 

「いいかキークス、何もできそうもないは………あの人の中で()()()()()理由にはならない」

「頭のネジがぶっ飛んでるからなあ師匠。普通に一人で突っ込むぜ」

「そもそもネジ穴があったのかすら謎の人ですもの」

「え、えっと……ヴァルドさんは、諦めて引き返すなんてしないと思います」

「というかたとえソロだろうとLv.8に至った彼にも無理ならこの依頼(クエスト)は解決不可能になるでしょう」

「師匠は、すっごく、すごいよ?」

 

 キークスとしては思いを寄せるアスフィが彼に会いに行く時やたら身なりを気にしているから気に入らず、つい蔑んだ言い方をしてしまったがまさか聖夜にプレゼントを届けに来る老人を大人になっても信じている相手に向けるような視線を向けられるとは思ってもいなかった。

 いや、Lv.8が達成できなかった依頼が自分達に回ってくる筈がないと解っていたし、冗談のつもりだったのだが何だこの反応は。

 

「キークスは直接会ったことありませんでしたね。良いですか? この世界には、人の常識が通じない存在がいるんです」

 

 ヴァルド・クリストフも人じゃないの?

 

「な、なんかすいません…………」

 

 一体どういう男なんだ、ヴァルド・クリストフ。

 

 

 

 

「一体どういう存在なんだ俺は」

 

 そんな彼等の会話を聞きながらヴァルドは【ヘルメス・ファミリア】の中での自分のイメージに物申したくなる。

 しかし、パーティか。

 ヴァルドがダンジョンに潜る際に組んだ最後のパーティはフィルヴィスとツーマンセルだったか。

 あれからどれほどの強さになったのか………あるいは壁にぶつかったか………今度一緒に潜ってみるか。

 

 

 

 

 

「…………………」

 

 パーティを組むのはヴァルド以来だ。

 フィルヴィスはダンジョン内を駆けながらメンバーを見る。

 嘗てヴァルドが所属していた【ファミリア】。ヴァルドの弟子もいる………。

 

「…………何か?」

「いや、ヴァルドの弟子なだけはあるな、と」

 

 第一級冒険者の称号に恥じない戦い方。上級冒険者の中でも1割に満たない第一級は、当然技術を持っている。それを踏まえた上で異常なのがヴァルドで、その弟子である彼女も技術という点においてはベートより上。

 

「私なんてまだまだですよ。アイズさんの方が剣術も上ですし、あの人が選んだのは別の人でしたし…………」

 

 選ばれなかった、という割にはその事に関して思うところはなさそうに見える。

 

「何ヘラヘラしてやがる。役者不足っていわれてんだぞてめぇは」

「英雄たり得なくても、戦士にはなれます。あの人が戦えというのなら、私はどんな戦場にだって飛び込めます」

「…………犬っころが」

 

 アイズの『戦姫』という呼び名同様、レミリアにも二つ名とは別の呼び名がある。レフィーヤはそれを知ってはいたが由来は知らなかった。

 『忠犬』………誰に対してなのか聞いても誰もが口を噤んだがヴァルドだったのだろう。

 

「お前は、置いていかれた事をどう思っている?」

「…………思うところはあります。あの人が連れてきた弟子にも、嫉妬してます。でも…………今でも思い出せるんです………」

 

 まだレミリアが幼かった頃見た、英雄の軌跡。昼夜問わず都市を駆け回り、数多くの者を救っていた姿を。

 レミリアも救われた一人だ。闇派閥(イヴィルス)が迷宮か、あるいは都市の外から運んできたドラゴンの首を切り落とした、当時Lv.3のヴァルド・クリストフ。

 

「あの人が決めたことに恨みなんて抱きません。あの人がすることに疑問は持ちません…………ま、まあちょっと引きますけど。それでも、あの人がそうしたのなら、きっと意味がありますから」

「……………そうか」

 

 

 

 

 意味、行動の意味か。そんなこと、考えたこともない。

 いいや、考えたくもないのだ。

 考えるとしても、それは彼が自分とパーティを組んでくれた理由だけ。

 【剣姫】を育てた理由とか、弟子を多く取る必要性とか、妖精の王女と仲が良いとか、彼に関連し()()()()()()()()事など何一つ考えたくない。

 彼に自分だけ気にしてほしいと思い、他の誰かを気にすることが許せない。

 あの頃の自分なら、きっと出ていくと言われれば出来るかはさておき両足を千切ってでも止めたろう。彼がその程度で止まるはずもないから腕ももぐだろう。そうして自分の下に繋ぎ止めようとする。

 

 

 

 

 ああ、だから彼は自分に何も言わずに去ったのだろうな。




【外部の弟子】
ヴァルドに志願した者、あるいは突っかかり結果的に強くなった者達。総じて【他派閥の弟子】と呼ばれている。
志願した者は誇りに思い、突っかかり結果として強くなった者はその呼び名を否定している。


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死妖精

 ダンジョン18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 ベートは不機嫌だしフィルヴィスはレミリアと話してから何も言わない。道中助けられ、お礼を言ったが無視された。

 なんて空気の悪いパーティだろうか。気を遣って話しかけてくれるレミリアだけが唯一の救いだ。

 そしてリヴィラに到着すれば、何やら冒険者達が楽しそうに酒を飲み交わしている。

 

「? これは、何があったのかな?」

「さ、さあ……」

 

 レミリアの言葉にレフィーヤも困惑しながら返す。階層主討伐に成功した時の雰囲気に似ているが、まだ時期ではないはず。

 

「おい、何があった」

「ん? ああ、【ロキ・ファミリア】か………何がってそりゃあ、久々の冒険だからなあ、その生存祝だよ」

「こんな気分で酒を飲むのは久しぶりだなあ!」

「冒険者に乾杯! リヴィラに乾杯!」

 

 ドッ、と笑い声があがり、あちらこちらで木製ジョッキがぶつかり合う音が響く。

 

「冒険だあ?」

「おうよ、24階層で起きたモンスターの大量発生………ん? 大移動だったか? まあ兎に角モンスターの群れと戦ってな……生き残ってみせた!」

「まあ元凶潰さない限り続くらしいから一度戻ってきたがな」

「その元凶ってのはなんだ?」

 

 おそらくそこがアイズの向かった場所だろう。ベートがすぐに問いただすが冒険者はうーん、と唸る。

 

「いや、何処だったかな〜? 24階層のどっかだとは思うんだけどな…………」

「チッ、じゃあアイズを見てねえか?」

「【剣姫】か? いやあ、見かけた奴は居るって聞いたような……まあ師匠の後を追ってきたんだろうな」

「……………あの男もいんのか?」

 

 だとしたらとっとと異変が収まっているだろうに、何をしているんだと眉根を寄せるベート。

 ギルドと繋がってなにかしている可能性が高いとロキやフィンが言っていた。あの男に限ってオラリオを窮地に陥れるようなことはないと思うが、聞いた話だとLv.4のアイズを『闘技場(コロシアム)』に放り込んだりしたらしいし、その時と同じようにダンジョンを弟子の誰かの修行場にしたのか?

 いや、下手したら死人が出ているかもしれない状況でその可能性は低い。ならば、やはり誰かの命令で行動を制限させられている?

 

「…………チッ。別にあんな奴知るかってんだ」

「は、はい?」

「なんでもねえ、行くぞ」

 

 

 ベートが向かったのはボールスの貸し倉庫。

 武器のスペアなど嵩張る物資を有料で預ける場所だ。街の顔であるボールスに尋ねたところ、買い物以外にも倉庫の方も利用したらしい。

 下級冒険者向けの防具だ。第一級冒険者のアイズが何故こんなものを?

 首を傾げるレフィーヤの横でベートがアイズの行き先を尋ねボールスが金をせびり胸ぐらを掴まれ大人しく教えた。

 異変が起きたのは24階層、北の食料庫(パントリー)。ヴァルドも数人の冒険者を引き連れ向かい、引き返したらしい。

 

「そ、それってLv.8でも危険、ってことですか?」

「んなわけねえだろ、雑魚どもに気を遣ったんだ」

「危険でも飛び込むのが師匠だからね」

「あ、はい」

 

 どういう人なんだろう、ヴァルド・クリストフ。

 レフィーヤの中では残念ながらアイズを捨てたクソ野郎というイメージしかない。後アイズに抱きつかれるの羨ましい。

 

「ところで、お前等『死妖精(バンシー)』と組んでるのか?」

「え?」

 

 ボールスの視線の先にいるのは離れた場所で待機しているフィルヴィス。

 

「それってフィルヴィスさんの二つ名ですか?」

「いや、俺らが勝手に呼んでるだけだ。二つ名は別にある……あ! これヴァルドには言うなよ!」

「え、私が師匠に隠し事なんてするわけないじゃないですか」

 

 しまったというように口止めするボールスにレミリアは即答で断った。

 

「というか人に聞かれたくない呼び名をするのは良くないんじゃないですか?」

「あー、いや…………だけどよぉ、不吉だろ?」

「不吉って、フィルヴィスさんがですか?」

 

 ムッとボールスを睨むレフィーヤ。ボールスは言い訳するように話し始める。

 曰く、フィルヴィスとパーティを組んだ者はたった一人を除き()()()()()

 都市に混乱招き死を振りまいた闇派閥(イヴィルス)が起こした事件の中でも凄惨な物の一つ、偽りの情報で集めた有力派閥に誘導したモンスターをぶつけた『27階層の悪夢』、フィルヴィスはその生き残りの一人だという。

 地上にて邪神を討伐していた【ロキ・ファミリア】の一人、当時のヴァルド・クリストフが戦いを放り出して27階層に直行。それでも半数以上が命を落としたらしい。

 

「生き残りは何人かいてなあ、彼奴は発見が遅れた一人………」

 

 階層主すら巻き込んだ混戦はヴァルド一人では荷が重く、遅れて到着した冒険者達が四肢が千切れかけた半死人のヴァルドを回収したらしい。その後隠れていた生き残りなどを保護し、フィルヴィスはその一人。

 そしてその日から()()()()かのようにフィルヴィスに関わったパーティは全滅した。

 判断を誤り、異常事態(イレギュラー)に見舞われ、仲間割れを起こしフィルヴィスを残して死んでいった。

 「あのエルフと関わったら死ぬ」という噂が流れるのは早かった。そんな彼女に、悪夢の時救えなかった責任でも感じたのか手を差し伸べたのがヴァルドだ。

 

 

「救えなくたって仕方ねえとは思うがなあ。当時Lv.5って言っても、一人なんだぜ? でも、あの野郎は生き残っただけで憎まれた奴等のためにも奔走しててなあ、その最後があのエルフだ」

 

 そして死ななかった。

 異常事態(イレギュラー)に見舞われたらしいが死にかけながらも乗り越え現在の防具の素材にしたらしい。

 

「はん、要するに実力があんなら死なねえ………死んだそいつ等が雑魚だっただけじゃねえか」

「べ、ベートさん! そんな言い方しなくても………」

 

 吐き捨てるようなベートの言葉にレフィーヤが非難するもベートは聞く耳持たずフィルヴィスの下まで歩く。

 

「詳しい話は知らねえけどな、要はてめえは仲間を見捨てて、おめおめ生き残っちまったわけだ。ざまーねえな、なんでまだ冒険者なんかやってんだ。そのままくたばっちまったら良かったのによ」

「ベートさん!!」

 

 叫ぶようなレフィーヤの言葉に対して、言われた当人はふっと微笑む。

 

「お前の言うとおりだ。あの日、眷属(ファミリア)の仲間と死ぬこともできず、私はこうして生き恥を晒している…………噂を聞いたのだろう? どうする、ここで別れるか? 私とともにいて、死ななかったのはヴァルドだけだ………ヴァルドだけでいい」

 

 言い返さない女を前にベートは舌打ちして踵を返す。

 

「てめぇみてえに達観してる奴が一番ムカつく」

「あ、べ、ベートさん!」

 

 今なら絡んだ全員に喧嘩を売りかねない剣呑な気配に同じレベルのレミリアが慌てて追いかける。

 残ったレフィーヤはかけていい言葉が見つからず、その場に佇む。

 

「レフィーヤ・ウィリディス」

「っ!」

「間違っても私に情を移すな、近付くな………わたしは汚れている」

 

 己自身に言い聞かせるようなその言葉にレフィーヤは何か言わねばと思考するも言葉が出てこない。

 

ダメだ

 

     ダメだダメだ

今言わなきゃ   止めなきゃ

         この人のために

 

 

    なにか言葉を

解らない

           見つからない

    浮かばない

          言葉がない

 

「同胞を穢したくはない」

 

 言葉──────なんて!

 

「…………なっ!?」

 

 言葉が見つかるより先に行動に移る。歩き出そうとしたフィルヴィスの手を掴むレフィーヤに、フィルヴィスは直ぐにその手を払おうとする。

 

「離せ! 私は!」

「貴方は汚れてなんかいない!」

「っ!!」

「貴方は汚れてなんかいない!! 私なんかよりずっと美しくて、優しいエルフです!」

 

 フィルヴィスの言葉を遮るように叫ぶレフィーヤ。その剣幕にフィルヴィスが思わず固まる。

 

「な、何故そんな事が解る! いい加減なことを言うな、私とお前はまだあって間もないはずだ!」

「こ、これからいっぱい見つけていきます!」

「──────!」

 

 

 

 それは彼と出会った時の言葉だった。

 突然現れ、パーティを組めと言ってきた時の英雄。

 

「お前は優しいな」

「何だ、いきなり」

「道中で十分解る。俺を心配している」

「…………私のせいでまた誰かが死ぬのが嫌なだけだ」

「そうか? まあ、とりあえず一つだ」

「……………何だ、その一つとは」

「お前が自分の嫌いなところを幾つもいうものだからな。お前の長所を一つでも多く見つけておけば、少しは自嘲しなくなると思ったのだが」

 

 これから見つけていくとしよう、彼はそう言って………しかし勝手にいなくなった。

 

 

 

「…………お前ではない」

「え?」

「それは、お前の役目じゃない」

 

 バッと乱暴に手をはらわれる。レフィーヤが何かを言う前に、ベートの怒号が聞こえてくる。

 

「エルフ共、何ちんたらしてんだ、速く来い!」




レフィーヤ、友情イベント失敗
まずはヴァルドへの好感度を下げてからヴァルドとの記憶に引っかからない言葉を選ぼう。
でも好感度その辺のエルフからまあ死なないように気を使ってやるかになったよ!
なお、ベートの怒号がなく役目を代わってみせますとか言ったら好感度最底辺まで(具体的には謎の仮面に命を積極的に狙われる)落ちた模様


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腹の中

 ダンジョン地下24階層北食料庫(パントリー)に向かう道が、緑の肉壁に塞がれていた。

 事前の情報通り。これによりモンスターの大移動が引き起こされた。

 

「ここで師匠が引き返したってわけか。中の情報ぐらい持ち帰ってきてもいいだろうに」

「まあその場合あの人が全部解決してたでしょうけどね」

 

 ポットポックの姉弟の軽口にヴァルドを知る面々がウンウン、と頷く。

 

「どうする? 取り敢えず、『門』みたいなのはあるが」

 

 緑の肉壁には花弁が折り重なったかのような蕾にも見える場所があった。此処を通れる者は、これを使って通るのだろう。

 

「斬りますか?」

「発想が脳筋だよな【剣姫(おまえ)】……」

 

 アイズの言葉にルルネが呆れる。アイズはシュン、と落ち込んだ。

 

「私の魔法で焼いてみます?」

「そうですね。炎が有効か試してみたいですし…………長文詠唱の方でお願いします」

 

 アスフィの言葉に早速詠唱を始めるメリル。足元に広がる魔法円(マジックサークル)は彼女が『魔導』を持つ上級魔導師である証拠。

 

「珍しいだろ、小人族(パルゥム)の上級魔導師なんて………未来を嘱望される才能あるパルゥムってわけだ。勇者様と一緒だな」

 

 と、何処か嘲りが含まれたかのような言葉は、しかし外部に向けられたようには思えない。それこそ、己を嘲笑っているような………。

 

「フィンを知ってるの?」

「知らねえパルゥムがいるかよ。どんだけ才能に恵まれてたか知らねえけどな、勝手に英雄になりやがって。頼んでねーっての………小人族(パルゥム)でもやればできるみてえなことするもんだから、才能がねえ奴は何もしてねえみたいに扱われやがる」

「それは………師匠に?」

「あの人はLv.6で足踏みしても何もしてねえ扱いするだろうがよ。まあ実際、あの人に弟子入してLv.3になれた事考えると、何もして……………いや、うん。あれは普通にやりすぎだ」

 

 顔を青くして震えるポット。この人()修行で20階層辺りで集めたモンスターの群れの中に投げ入れられたりしたのだろうか?

 

「それでも勇者様には追いつけねえけどなあ」

「あの……フィンのこと、嫌いなの?」

「…………………」

 

 と、爆音が響く。振り返れば壁に大穴が空いていた。

 

「行きます。全員陣形を崩さないように」

 

 アスフィの号令に彼等は穴の奥へと踏み込む。本来なら岩肌が広がる筈の通路は、緑の肉で覆われており光を放つ花が照らしている。

 空いた穴が自動的に修復した。まるで巨大な生き物に飲み込まれたかのような、そんな不安が彼等を襲う。とはいえ、進まぬことには始まらない。

 地図と示し合わせて本来存在しない分かれ道があったりと、内部が作り変えられていたためルルネが改めて地図を作る。今の冒険者が殆ど忘れた技術。裏を返せば、ゼウスやヘラの到達した未知を越えた時を考えていない事を示す在り方をヴァルドは嫌い、ルルネにその技術を請うた。

 ちなみに同居人は先駆者側だったがその手の技能は別の人間に任せきりだったので教えることは出来なかった。

 

「全員止まりなさい。ファルガーは私と来なさい」

 

 ある程度進み、不意にアスフィが足を止める。全員に待機を命じ、通路に落ちていた灰を盾持ちのファルガーを連れ確認する。

 モンスターの死骸だ。門を越えるだけの力を持ったモンスターがここで殺されたのだろう。

 

「………?」

 

 その死骸に、ふと違和感を覚えたアスフィ。が、それに気づく前にアイズが叫ぶ。

 

「上です!」

 

 大口を開けた食人花の群れが大量に襲いかかってきた。

 

 

 

 

「レヴィス、侵入者だ」

 

 異質な迷宮と化した北食糧庫(パントリー)の最奥。白い男は同胞たるレヴィスに声をかける。

 

「モンスターか?」

「いや、冒険者だ。中規模のパーティー、全員手練のようだ」

 

 白服達がやはり来たかと憎々しげに唸り、レヴィスも肉壁の一部の水膜に映る映像を確認し、金髪の少女を見つける。

 

「『アリア』だ」

「なにっ!? 【剣姫】がアリア……? 信じられん」

「確かだ。私が行く、『アリア』を他の奴等から離せ……それと、彼奴等も越えてくる可能性がある。『あれら』を使っておけ」

 

 

 

 

「何だ此奴等!?」

 

 【ヘルメス・ファミリア】にとってはルルネ以外にとって初見の新種。毒々しい極彩色の花弁を持った食人花はその大きさもあり威圧感が大きい。

 

「魔法はダメ! 打撃は効かない、剣で戦って!」

「相性悪いなあクソ!」

 

 小人族(パルゥム)の足りない筋力を武器の重さで補っているメイスとハンマー使いの姉弟にとってはやり難い相手だ。

 とはいえ戦えないわけではない。25階層に放り込まれた時に比べれば数は少ないし、師の剣よりも遥かに遅い。

 勝てないまでも対応はできる。

 

「ポット、ポック、十分です!」

 

 アスフィの言葉に即座に下がる二人。アスフィは十分な数を取り出した小瓶を投げ、爆炎が食人花を焼き払う。

 アスフィお手性のアイテム、瀑炸薬(バーストオイル)。都市外の素材、大陸北部の火口近辺で取れる火山花(オビアフレア)を原料にアスフィが加工した液状の爆薬は空気に触れると暴発し、中層のモンスターすら絶命させる威力を発揮する。

 

弱点(ませき)は口の中上顎奥! 一体に付き3人で対処しなさい!」

「了解!」

 

 見事な連携で残りの食人花を倒していく【ヘルメス・ファミリア】。最後の一体も後一息。エリリーが下がるように言うと、ポックが食人花に向かって飛び出す。

 何故走っているのか? 下がれという言葉に、何をムキになっているのか?

 ああ、きっとアイズのあの言葉のせいだ。

 メリルと比べ才能が劣る自分と姉。稽古をつけられながらも、中々レベルの上がらない自分に嫌気が差し、所詮小人族(パルゥム)を他の種族と比べても意味がない、姉と師の前で自嘲した自分に、師は言った。

 

「だが彼奴は未だにLv.6で止まっている。もうすぐ40になるだろうに………」

 

 自分の倍以上生きていたことにも、それを到達ではなく止まっていると言い切る師にも驚いたものだ。

 

「才能の有無はそれだけ生きてから決めるといい。そこまで頑張りたくないというのなら、そも嫉妬する資格もない」

 

 言い返せなかった。言い返せるはずもなかった。

 そんな長い時間を戦い続けて、小人の英雄にまでなるような奴が居るから、胸が熱くなるんだ!

 小柄な体を活かし、つっかえ棒代わりにしたメイスにより作った口の隙間に入り込み、魔石をナイフで砕く。勇者のものを真似して作らせた短剣。

 地面に落ちたポックに駆け寄ってきたアイズもそれに気づく。

 

「嫌になるよな。頼んでもねえのに、何時の間にか小人族(パルゥム)の英雄になってんだからよ」

「……えっと、今度フィンを紹介しようか?」

 

 と、アイズが言うとポックはバッと顔を上げしかしすぐに顔をそらす。

 

「いや、俺はまだやればできるってとこ見せてねえし……まあ、サインくらいなら………貰ってやっても」

 

 と、そんなポックをニヤニヤと眺める【ヘルメス・ファミリア】に気付きガーッと吠える。

 

「メリルさんは、要ります?」

「いえ、私は師匠一筋なので!」

 

 むん、と胸を張るメリル。アイズが知らない間にヴァルドの師事を受けていた女性………良いなぁ。

 

「っ!?」

 

 そんなアイズの視線に何を感じたのか、メリルはビクッと体を震わせた。何か、思い出したくないことでも思い出しているかのようだ。

 

「………聞いていましたが、あれが例の新種ですか」

 

 と、場の空気が緩みそうなのを感じたアスフィが話題を変える。モンスターの話題ともなればここがダンジョンであることも相まって全員気を締め直した。

 アスフィは知っている限りの情報をアイズに求め、アイズも己が知りうる限りの情報、打撃に強く斬撃は有効、魔力に反応する特徴と、魔石を優先的に狙う性質があるかもしれないことを共有した。

 これは、正確には【ロキ・ファミリア】が51階層で遭遇した芋虫型の特徴だが、同じ『極彩色』であり、リヴィラの街を襲った際にも交じっていた事を考え話すことにした。

 魔石をモンスターが狙う理由は一つ、強くなるためだ。

 モンスターは基本的には種族が異なろうとモンスターを襲うことはない。例外は偶然、あるいは何らかの事故で被害を受け逆上して争う場合。時には群れの規模になることもある。

 そしてもう一つは、()()()()()()()()()()()()()()場合。別の個体の魔石を食らったモンスターは【ステイタス】を更新させる神の眷属のように能力を向上させる。そして力と全能感に酔い更に魔石を求めるのだ。しかも厄介なことに、モンスター同士だから獲物となるモンスターは攻撃されるまで何もしない。強くなる速度は眷属の比ではない。

 有名なのは【フレイヤ・ファミリア】により討伐された『血塗れのトロール』。精鋭部隊を返り討ちにし、最終的な被害は上級冒険者50名を超える。

 他には『金角の牝鹿』と呼ばれるソードスタッグの変異種にして強化種。強靭な四肢による高速移動に加え無尽蔵な体力で冒険者に攻撃しては逃げを繰り返し、此方はヴァルドに十日十晩追い回され、疲れ切って食料庫(パントリー)で休息を取ろうとしたところをヴァルドに襲われた。

 ヴァルド曰くその後は2日ほどダンジョンの中で眠っていたらしいが、一体どこで眠っていたというのか。

 まあ要するに、強化種とは並の上級冒険者では相手にならない危険なモンスターなのだ。

 

「…………………」

 

 モンスター同士の能力値には、確かに同種としては差があった。それに、先程の灰の中にも魔石がなかった。

 気になるのは同種であろうと食い合うはずの強化種が群れとして行動していること。

 

(………ううん。それよりも、食人花が居た)

 

 それはつまり、赤髪の調教師(テイマー)がいる可能性もある。十分な警戒をしながら進まなくては、と歩いていると分かれ道が現れる。

 

「また分かれ道か。アスフィ、今度はどっちに」

「………いえ、います」

 

 両方の道の奥から食人花の群れが現れる。

 

「両方からかよ」

「う〜ん、惜しい。後ろからもだ」

 

 完全に囲まれた。

 

 

「【剣姫】、片方を任せていいでしょうか?」

「わかりました」

「では!」

 

 第一級のアイズに通路1つを任せ、残りはそれぞれを対応する。アスフィの言葉に駆け出し…………

 

「!?」

 

 そのタイミングを見計らったかのように、天井から巨大な柱が落ちてきてアイズを【ヘルメス・ファミリア】から切り離した。




オラリオ学園、なんとかやる方法はないだろうか。
ロリヴェリアとヴァルドを合わせたい今日このごろ


因みに金角の牡鹿のモデルはケリュネイアの鹿


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大言壮語

Qもしヴァルドが何らかの理由で恩恵を失ったならどうなる?

A一部が過保護になり囲おうと、一部がこれ幸いと監禁しようとして………まあ最終的にヴァルドが気合で恩恵を取り戻す


「そちらから出向いてくるとはな……願ったりだ」

 

 天井から降り注いだ複数の柱のせいで切り離されたアイズにかけられる声。

 

(やっぱり、いた…………)

 

 振り返ると赤髪の調教師(テイマー)が立っていた。やはりこの騒動に関わっていた。

 

「また会ったな、『アリア』」

「………貴方はここで何をやっているの?」

「さぁな」

 

 アイズの質問にまともに答える気はなさそうだ。それでも、少しでも情報を取り出そうとするアイズ。

 

「これは……このダンジョンは何? 貴方が作ったの?」

「それを知る必要はない。お前に会いたがっている奴が居る………ついてきてもらうぞ『アリア』」

「私は『アリア』じゃない」

 

 否定するアイズに女は怪訝そうな顔をする。

 

「『アリア』は私のお母さん」

「世迷い言を抜かすな。『アリア』に子など、居るはずがない」

 

 確信に満ちたその言葉は………やはり彼女は『アリア(はは)』の事を知っている? ロキと、フィン達と、師しか知らない筈の秘密を………!

 

「仮にお前が『アリア』本人でなくとも関係ないことだ」

 

 女は気怠そうに、それでいて苛立つように呟く。

 

「『アリア』…名前だけは聞かされた。『アリア』に会いたいと何度も何度も………うざったらしい声に従い探していればお前にあった」

 

 ズブリと緑の肉の地面に腕を沈める。

 

「お前を連れて行く」

 

 引き抜かれた手に握られたのは、アイズも見覚えがある血肉を鋳型に押し込めたかのような不気味な赤い長剣。

 ──天然武器(ネイチャーウェポン)

 

「行くぞ」

 

 言葉とともに女が駆ける。

 第一級冒険者と遜色ない身体能力を持って接近し長剣を振るう。並の冒険者なら認識もできずに両断される一撃を、アイズは躱す。

 叩き込まれる連撃をすべて受けるアイズ。違和感を覚えたのは、赤髪の女………

 

「お前、まさか…………」

 

 疑問が確信に変わった瞬間、アイズの剣が女の剣を女諸共吹き飛ばす。

 

「っ! 器を昇華させたか」

 

 さらなる高みへと至ったアイズの強さに忌々しげな顔を浮かべる女。元々膂力で圧倒していた力関係は逆転し、技術はアイズが遥かに勝る。

 

「面倒な………」

 

 だが、()()()程ではない。

 あの男を殺すために女もまた、ダンジョンにて力を得た。

 

「………………」

 

 今一度剣技を鍛え直すべく『風』は使わないつもりだった。しかし、そうも行かないようだ。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 

 

 

「【剣姫】! おい聞こえないのかよ!?」

 

 アイズと自分達を分断した柱を叩きながら叫ぶルルネに迫った食人花をファルガーが切り捨てる。

 

「余所見するな!」

「ご、ごめん。助かった!」

「助かったと言うにはまだ早いかもしれませんね。正直良くない状況です」

 

 無数に蠢く食人花の群。一体一体がLv.3以上はあるという、上級冒険者のパーティーでも逃げ出す状況にアスフィは冷や汗を流す。

 一刻も早く移動したいが、アイズが分断されたまま………

 何時だったか、主神であるヘルメスに『命の価値が平等だと思っているのかい?』と聞かれた事を思い出す。

 アイズ一人の命のために、この場全員の命を危険に晒す訳には行かない!!

 

「全員! 道が確保でき次第この場から移動します!」

「【剣姫】を置いていくのかよ!?」

「さっきの見たでしょ!? 何があったって死なないわよ。悔しいけど私達が心配していい相手じゃないのよ、あの()()は……!」

 

 ルルネの言葉にエリリーが叫ぶ。盾を持ち皆を食人花から守っているエリリーの言葉には文句を言えず黙り込むルルネ。今はアイズを信じるしかない。

 

「モンスター! 更に後ろ、5! 前からも来るぞ!」

「各員、魔石をばらまきなさい!!」

 

 アスフィの号令ととも投げられた魔石に食人花達は我先にと食らいつく。その隙に食人花の包囲を通り抜け、爆炸薬(バーストオイル)を投げつける。

 

「ネリー! 『魔剣』を!」

 

 魔剣から放たれた炎が瓶を砕くと同時に中の薬品が大爆発を起こす。

 

「ルルネ! もう地図を書く余裕はありません、貴方は戦闘を避け全力で道筋を記憶してください」

「わかった!」

 

 直ぐ様駆け出す【ヘルメス・ファミリア】。ここから一気に食料庫(パントリー)を目指す。殿はアスフィ。

 

(やはり仕留めきれていませんか………!!)

 

 爆炎に焼かれながらも耐えた個体が襲ってくる。

 Lv.を考慮すればあの中で一番高Lv.の自分が殿を務めるべきだ、アスフィはそう考える。

 だが、そんな覚悟など無意味と嘲笑うかのように対処しきれぬ数がアスフィに襲かかり………

 

「おおぉ!!」

「!?」

 

 キークスが目の前に飛び出しアスフィの盾となる。動揺しながらも一瞬生まれた好機を逃さず爆炸薬(バーストオイル)を投げキークスを抱え後退する。食人花達は今度こそ焼け死んだ。

 

「何故こんな真似を!? Lv.4の私ならここまでの深手にならなかったというのに!」

「………アスフィさん。他の誰が犠牲になっても、アスフィさんだけは犠牲になっちゃ駄目なんすよ」

 

 アスフィの怒号に、キークスは血を吐きながらも答える。

 

「あんたが居なきゃ俺達はバラバラ。きっと…すぐ死んじまいます。あんたは【ヘルメス・ファミリア】、俺達の要………俺達の、俺の一番大事な人なんですから」

 

 と、カッコつけて笑うキークスの口にアスフィが瓶を突っこんだ。

 

「ハイポーションです。無駄口叩かず早く飲んでください」

 

 精一杯の告白を無駄口扱いされたのを見た【ヘルメス・ファミリア】の一同はキークスに同情した。

 

「アスフィさん、これ………まさか」

「私が手を加えたものです。その辺りの品より効果が高いはず。もう一本を傷口に」

「家宝にします!」

「使いなさい!!」

 

 などとコントのようなやり取りをしつつ周囲の警戒を怠らなかったファルガーが新たに迫る音に気付く。

 

「前方多数! さっきより大きい……いやまて、なんだこの大きさ!!」

「「オオオオォォォォ!!」」

「な、何だあれ!?」

「変異体………いえ、()()()!!」

 

 複数の食人花を無理矢理に混ぜ合わせたかのように、巨大な口や体の各所に張り付くように生えた食人花の頭。無数の触手を伸ばし襲いかかってくる。

 

「ぐぅ!!」

「お、も!!」

 

 巨体に相応しく、それでいてただ大きくなっただけではない一撃にエリリーとファルガーの顔が歪む。

 吹き飛ばされた盾役を見て顔色を変える【ヘルメス・ファミリア】。たった一匹で守りの要がなくなり、陣形が崩壊した彼等をさらに絶望に落とすかの如く追加で現れる集合体。

 

「────!!」

「メリル!?」

 

 その中で真っ先に動いたのはメリル。詠唱を唱えながら駆け出し並行詠唱。魔力に反応する性質は変わらないようで、巨大化した分ぶつかり合う際の隙間は大きく小柄なメリルはその隙間を潜り抜け集合体の群を突破し、魔砲を放つ。長文詠唱の炎が集合体達を焼き尽くした。

 しかし全てではない。炎に耐えた個体がメリルに向かい

 

「「させるか化物!!」」

 

 ポックとポットが己の獲物を叩き込む。打撃武器ゆえ効果は薄く、邪魔だとばかりに振るわれた触手に振り回されるが、彼等の行動に【ヘルメス・ファミリア】に闘志が戻る。

 

「十分だ」

「へ?」

 

 と、メリルが誰かに引っ張られる。メリルの居た場所に爪を振るった緑の肉に侵食されたコボルトは突然現れた影に蹴られ爆ぜた。

 

「………貴方は!」

「久し振りだなアスフィ」

 

 と、アスフィ達のもとまで移動しメリルを渡すのは、ヴァルド・クリストフ。オラリオで………世界で一番強い男。

 

「どうして、ここに………」

「元よりこれは俺の仕事のはずだった。依頼主に様子見を頼まれてな………丁度いいから、弟子の成長を見ることにした」

 

 アイズのことだろうか?

 

「メリル、ポット、ポック……良くやった」

「っ!!」

「………!」

 

 たったそれだけの称賛に、ポットとポックは目を見開き胸が熱くなる。メリルも嬉しそうに笑う。

 

「ファルガー、吹き飛ばされた程度で敵わぬと諦めるな」

「す、すいません」

「ヴァルド、その辺に………今はそのような時間はありません。後で………ええ、後でまたゆっくり話しましょう」

「ああ、あとは任せろ」

「お、おいおい! お前急に現れて何なんだよ!!」

 

 と、アスフィの態度を見てキークスが叫ぶ。惚れた女に頼りにされている男に対抗心を抱いたのだろう。

 

「はっ! さっきまで隠れてたくせに大言壮語も甚だしいぜ! 英雄様は本当に英雄みたいに強いのかよ!」

「お、おいキークス!!」

「大言壮語。なるほど返す言葉もない」

 

 ルルネが止めようとするが、ヴァルドは気にした様子もなく迫りくる集合体と融合体へと歩みを進める。

 次の瞬間、消えた。

 いや、モンスターの背後に何時の間にか移動していて、モンスター達が全て切り裂かれていた。

 映像の一部を切り取ったかのように、一瞬で目の前の光景が切り替わる。圧倒的な速さに、巨体を両断する膂力。

 

「これで、大言に相応しい行動は出来たか?」

 

 笑うでもなく、ただ純粋にキークスの疑問に答えたとでも言うような態度。女達の顔がポォ、と赤く染まりキークスはただ固まる。メリルは目がハートになっていた。




ヴァルドが一番美しいと思ってる女神はアストレア

一番仲が良い女はシル・フローヴァ

一番二人で組んだ回数が多い女はフィルヴィス

一番信頼できる女はアルフィア

一番期待している女はアイズ

一番世話を焼かせている女はアミッド

一番嫌いな女はイシュタル

一番好きな女はR──おっと、誰か来たようだ


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闇派閥

さあまた妖精ヒロインと対面するぞ!


「な、なあ………【剣姫】は良いのか?」

「ここで俺が助けに向かうのは、それこそ彼奴にとって侮辱だ」

 

 ルルネの言葉にヴァルドはそう返す。

 

「だけど………」

「彼奴はあの程度の敵では死なん」

「…………」

「話は終わりか? なら、退くかついてくるか選べ」

 

 退くと言えば、ヴァルドは一人で先に進むだろう。そしてきっと、なんの問題もなく戻ってくる。

 

「俺は行くぜ」

「私も行きま〜す。途中で引き返したから報酬なし、なんて言われたら無駄足ですし?」

「わ、私も行きます!」

「……ま、意志はそうだが判断は団長に任せるよ」

「……………行きましょう」

 

 アスフィは撤退ではなく進軍を選んだ。ヴァルドが関わるなら、間違いなくヘルメスはこの件に関わるだろう。であるなら、少しでも多くの情報を持ち帰りたい。

 

「良いだろう。このチームのリーダーはアスフィだ、俺は何処に就けばいい」

「何処からでも対応できそうですが、中央で」

「了解した」

 

 

 

 ヴァルドの姿を敵も視認したのか、一気にモンスターが来たがヴァルドがいるから問題にならない。強いて言うならいい鍛錬になると思われたのかヴァルドが最低限しか戦わないことだろう。

 日帰り予定だったのに、遠征に匹敵する経験値(エクセリア)が手に入りそうだ。

 

「全員、止まりなさい。今の内に態勢を整えます。ネリー、ドドン、全員にポーションを配布。一本は体力の回復に、各自3本はストックするように」

 

 敵の襲撃も減り、息を整えながらポーションを飲む【ヘルメス・ファミリア】。ヴァルドは消耗してないので使用しない。

 

「急に敵が止んだわね。それにこれ、赤い光……?」

石英(クオーツ)の光かしら?」

「ふむ。ついにたどり着いたか」

 

 緑の肉に侵食されたダンジョン通路の最奥、食料庫(パントリー)が見えてきた。脳内に地図を制作していたルルネも本来の地形と照らし合わせ肯定する。

 

「行きましょう」

 

 アスフィの言葉とともに先へと進む。

 開けた空間。本来なら腹を空かせたモンスターで溢れているはずの広間(ルーム)はここまでの通路にもあった緑肉が蔓延るも、地面も見える。

 中央の柱のように巨大な石英(クオーツ)には巨大な植物が蛇のように巻き付いていた。

 

「宿り木……モンスター、なのか?」

「まさか大主柱(はしら)から出た養分を吸ってる?」

「迷宮が変異したのはあれのせいだろうぜ」

 

 脈動を打つように淡く明滅する大主柱は、まさに絡みついた植物に栄養を吸われているかのよう。明らかにダンジョンを母とするモンスターのあり方ではない。

 吸い取った栄養を使って生み出したのか、肉壁から食人花が生まれている。

 

「………檻?」

 

 食人花が大人しく丸くなったまま入れられた檻があった。何故わざわざ閉じ込めるのか、何かあるのは明らかだろう。

 

「あっ、あれ! あの時の宝玉だ!!」

 

 と、ルルネが指さした方向を見れば緑肉に埋め込まれるように存在する宝玉の胎児。前回の同じ大きさが一つに………()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そして、今回の事件を起こしたであろう集団が見える。

 

「冒険者共め、忌々しい偽りの英雄め。ここまで来たか……ふん、改造種も役に立たなかったか。やはり『彼女』の力は純粋なまま使用すべきであったな」

 

 そう呟くのは白い男だった。髪も肌も色が抜け落ちたかのように不気味に白い。モンスターの頭骨(ドロップアイテム)を兜代わりに被って、顔は見えない。

 男は【ヘルメス・ファミリア】を付属品のように一瞥した後、憎悪や不快をヴァルドに向ける。

 

「仕事をしろ闇派閥(イヴィルス)の残党共。『彼女』を守る礎となれ」

「言われなくとも」

 

 色付きのローブを纏い身を隠した男は、白濁色のローブを纏った集団に声を掛ける。

 

「同志達よ!! 我等が悲願の為に刃を抜き放て!

 愚かな侵入者共に死を!!」

「「「死を! 死を! 死を!」」」

 

 その号令に興奮したように叫びだす。やる気、ならぬ殺る気は十分。すぐにでも向かってくるだろう。

 

闇派閥(イヴィルス)の残党だ、死兵に警戒しろ。それと、あの宝玉………()()()はどうでも良い。でかいのだけは壊せ」

「あれが何か、知っているのですか?」

「知らん。ただ一つ解る………未熟児共は、そもそも完成させる気がない」

 

 理由は知らんがな、と付け足すヴァルド。あれは、完成させる気があったとしてもでかいのを完成させてからだろう。敢えて一つの生成に時間をかけず、複数に栄養を持っていく理由は解らないが。いや、恐らくは………

 

「既製品と量産品ですって、ヴァルド」

「言われなくても解っちゃうわよね、だってヴァルドですもの」

「っ!!」

 

 キャラキャラと耳当たりのいい綺麗な声が耳障りなほど悪意を乗せて響く。その声を聞いたことのある暗黒期を生きた面々が目を見開き声のした方向を見ると、白と黒の美しい妖精(エルフ)が居た。

 

「お前等、何故生きている?」

「え? あ………彼奴等まさか、ディース姉妹!?」

 

 踊子のような露出の多い蠱惑的な服装は惜しげもなく肌を晒す。

 しかし赤子のように滑らかで無垢な白い肌と、情欲を誘う艶美な褐色な肌には痛々しい傷跡が刻まれていた。

 エルフ特有の美しい顔にも傷が付けられているが、彼女達は隠すことなく寧ろヴァルドを見つめながら愛おしそうに傷口を撫でていた。

 体に走る傷は、ただの傷跡ではない。皮膚を一周して繋がる………それこそ、切り落とした体を無理やり繋ぎ合わせたかのような……。

 

「斬り殺したはずだ。腕も、足も、腹も、顔も……あの時確かに切り落とした」

「ふふ。ええ、ええ! そうよ、そうだわ! あの時貴方の強い憎悪(想い)を感じたわ!」

「私達が抵抗したから痛め付けるようになってしまったけど、本当は一秒でも早く殺したいっていう貴方の殺意()が体中を駆け巡ったわ!」

 

 エルフに有るまじき興奮し頬を赤く染めるディース姉妹。男を誘う毒花のようで、その実もっと悍ましい人食い花。

 嘗ては美神に仕える妖精二人に恋をして(殺意を抱いて)いたが、エルフより高潔などと噂が流れていた英雄(ヴァルド)に目を付け、殺し合い、以来ヴァルドに執着し大抗争をしぶとく生き残り悪夢にてヴァルドに切り刻まれた筈の姉妹。

 

「でも生き返ったの。だって貴方を殺したかった(愛したかった)のだもの。ねぇ、お姉様!」

「そうね! グチャグチャに、美の女神なんか忘れるほどに屈辱的に犯して首を飾るのも素敵よねヴェナ!」

「吠えるな邪妖精(リャナンシー)。俺は貴様等がイシュタルと殺帝(アラクニア)の次に嫌いだ」

「私達は好きよ。だって妖精と呼んでくれるのだもの!」

「でも一番嫌って(想って)くれないなんて、悲しいわ」

「そうねお姉様。ヴァルドったらあの時もそうだったわ。私達を前にしながらどうでもいい冒険者達ばかり気にして見てくれない」

「「じゃあ刻みつけましょう!!」」

 

 二振りのスティレットを持ち突っ込んでくる白妖精(ホワイトエルフ)(ディナ)。援護するように黒妖精(ダークエルフ)(ヴェナ)が魔剣から氷の槍や風の刃を放つ。

 

「っ! この動き、位階を昇華させたか!」

「ええそうなの。貴方に追いつけたと思ったのだけど、気がつけば2つも先に進まれていたけど」

「戻ってきてくれたと思ったら、また置いていかれた気分よ」

 

 その言い方からして、つまり彼女達のLv.は6ということになる。これで? ランクアップ間近だとしても高すぎる。

 だが逆に言えば、Lv.7(一つ上)()()

 

「きゃあ!!」

 

 ただでさえ同Lv.内なら最強になると言われるLv.8(ヴァルド)の敵ではない。

 神域の絶技に加え、能力値(アビリティ)でも上回ったヴァルドに、幾ら連携が取れてるとはいえディース姉妹に勝ち目などない。

 ディナのスティレットを腕ごと切り裂き、隙だらけの腹を蹴りつける。足裏に伝わる内臓を潰し背骨を砕く感触。

 砲弾のように吹き飛んだディナの体はヴェナに向かい、纏めて壁に叩き付ける。緑肉が剥がれ岩肌を覗かせ巨大なクレーターを作った。

 

「もう一度殺してやろう。お前達に言わせるなら、それも愛なのだろう?」

「ふ、ふふ。うふふ………それも素敵ね。素敵だわ!」

「でも私達は……ええ、私達は貴方を殺したいのよ?」

 

 達の部分に、嫌悪を宿す。姉妹仲を指す時は決して宿さぬ意志。その意味はすぐにわかる。

 

「スレイ! 今仇を討ってやる!!」

「アルグスをよくも!!」

「お前さえいなければルインは!!」

 

 憎悪を宿しながらヴァルドに向かう闇派閥(イヴィルス)の団員達。何かを引っ張ると同時に爆発する。

 ローブに編み込んでいたであろう小さくとも高純度な超硬金属(アダマンタイト)の破片が散弾のように飛び散る。並の冒険者ならば装備ごとズタズタにする自爆特攻。しかし煙が晴れると、無傷のヴァルド。

 陸の王者にこそ劣れど強大な力を持った黒き獣の獣皮から作られたコートもヴァルドも傷一つ付いていない。

 

「…………何故貴様等がその名を出す」

 

 しかし不快げに闇派閥(イヴィルス)を睨む。

 

「き、貴様は覚えていないだろうが、あの名は──」

「覚えている。だから聞いているのだ、何故闇派閥(イヴィルス)が奴等の名を出す」

「それはねヴァルド。その人達は貴方のせいで大切な人達を失ったの」

「貴方があまりに高潔だから、貴方があまりにかっこいいから、真似して死んだ………そんな人達の遺族よ」

「…………たしかに骨を砕いた筈だが」

 

 ヴェナはともかくディナは戦闘不能レベルの一撃を食らわしたはずだが、相当質の良いポーションを使えばともかく、そのような隙を与えた覚えはない。

 自分の『不死身』に似た回復系のスキル? いや、それよりも……

 

「貴様等が叫んだ名は嘗て俺と共に都市を、あるいは大切な誰かを自らの手で守るために剣を取った者達だ。平和のために立ち上がった英霊達だ………その名を騙り、都市に厄災を齎す闇に堕ちるだと? 巫山戯るのも大概にしろ!!」

 

 ヴァルドの怒声に、怒りに染まっていた目に恐怖が宿る。憎悪に突き動かされ命に代えてもこの人の目を焼く輝く光を消し去ろうとしていた彼等も、それ以上の英雄の怒りに憎悪が消し飛ばされる。

 

「アスフィさん!!」

 

 と、不意に聞こえた声にヴァルドが視線を向けるとアスフィが骨兜の男に腹を刺されていた。

 

「アスフィ!!」

「やっと隙を見せた。駄目よ、私達から目を逸らすなんて!」

「酷い人ね! 今は私達が居るのに!」

「っ!?」

 

 と、この瞬間を待っていたのだろう。先程以上の速度でヴァルドに接近したディナが歪な気配をしたスティレットをヴァルドの右肩に突き刺す。

 ヴァルドのコートを、超耐久を貫き突き刺さるスティレット。その気配には覚えがある。

 

「精霊、武器か!!」

 

 嘗てオラリオの美神の眷属を苦しめた狂化兵を生み出すために造られた武装。それも、複数を()()()()造られた武装はヴァルドの防御を突破した。

 ヤマアラシの針のように返しの棘が付いたスティレットを強引に引き抜き肉の繊維と皮膚の一部を千切り取るディナ。そのまま追撃を行おうとして──

 

「【威光よ(クレス)】」

 

 雷光が輝きディナが慌てて離れる。

 Lv.と【偽・雷公後継(スキル)】に底上げされた雷光だ、下層のモンスターさえ一瞬で焼き尽くすだろう。

 

「チッ」

 

 見れば白髪の骨兜は今まさにアスフィを救おうとして食人花の触手に腹を貫かれたキークスの頭を踏み潰そうとしていた。一瞬で詰められる距離で、しかしその衝撃で道中のすべてを破壊する事を悟ったヴァルドは『獣王の毒牙』を投げつける。

 空気を切り裂きながら亜音速で突き進む剣を男はギリギリで回避し、剣は壁に深く突き刺さる。

 

「ちぃ、忌々しい! しかし、あいも変わらず愚かだ! 自ら一級品の剣を捨てるなど」

 

 と、男はヴァルドの剣を引き抜こうと柄を掴む。

 

「自らの武器に斬られるが良い!」

 

 グジュッと湿った音が聞こえる。剣を引き抜く感覚はなかった。男が腕を見ると………()()()()()()()

 

「な、あ………ああああ!?」

()()()は気難しい。俺以外だと整備する椿やフェルズにしか触らせない。女に至っては致死の猛毒を食らわせる」

 

 まるで武器に意思があるかのような言い方に困惑する男に、回復したアスフィが爆炸薬(バーストオイル)を投げつける。

 

「ぐっ!?」

「キークス! 今のうちに回復を!!」

「あ、アスフィさん………!」

 

 取り敢えず、死ぬことは無さそうだ。と………

 

「っ!」

 

 ディナのスティレットがヴァルドの首を狙い迫る。ヴァルドはディナの手首に己の手の甲を添えるように逸らすと人差し指、中指、親指を合わせディナの右肩に突き刺す。

 

「っぅ!!」

 

 グッと指を開けばゴグンと肩関節を外される。スティレットが手から零れ落ち、ヴァルドが回転しながら背中をディナの体に叩きつける。

 

「カ──ッ!」

 

 内臓の破裂こそしなかったものの揺さぶられる激痛に、肺の中の空気を無理やり吐き出される強制酸欠。

 壊すではなく動かなくするための攻撃。

 神々に神域に至ったと称される剣技に、剣を手放しても尚圧倒的な強さ。それに加えスキルの恩恵により第一級の魔導師と遜色のない威力の魔法。

 一体この男は何を持ち合わせない?

 

「大丈夫、お姉様!?」

「大丈夫よヴェナ。それにしても、なんて強い!」

妖精(私達)以上に高潔な精神! 誇り高い生き方! そしてその強さ! 嗚呼、まさに英雄そのものだわ!」

「何て素敵なのかしら! ますます貴方をブッ殺したい(愛したい)わ!」

 

 ディナとヴェナはますます興奮し、片手を指揮者のように振るう。一部の食人花がヴァルドの怒号に固まっていた闇派閥(イヴィルス)達を咥えヴァルドに特攻してきた。

 

「高潔? 誇り高い? 勘違いも甚だしい」

 

 食人花を蹴り上げ他の食人花とぶつけ誘爆させたヴァルドは不愉快そうに眉間にしわを寄せる。

 

「高潔であるなら、全て一人で終わらせるべきだ。誇りなど、犬にでも喰わせた。ここにいるのは他者に期待し背負わせる、低俗で傲慢な男だ」

「…………そう。でもそう感じるのは、貴方がすべてを切り捨てたくないからでしょう?」

「傲慢なのは同意してあげる! そうよね、貴方の理想は高すぎるのだもの! 自分なんてまだまだって思うのね!」

「それって今も私達を前にしながら他の誰かを考えているのね?」

「今回だったら【ヘルメス・ファミリア】かしら? 皆殺しにすれば集中してくれる?」

「きっと駄目ね。それにそんなの一時だけだわ!」

「もっともっと! 私達だけ憎んで(愛して)もらうにはどうしたらいいのかしら?」

 

 そうだわ、と二人は名案を思いついた子供のように無邪気で邪悪な笑みを浮かべる。

 

「私達の秘密、教えてあげる!」

「貴方も知ってるわよね? イケロス達の玩具!」

「イケロス……? っ!!」

 

 顔色が変わるヴァルドを見て、ディース姉妹は悪戯の成功した子供のようにキャッキャッと笑う。

 

「ダンジョンで捕まった全てが売られたと思ったかしら?」

「無事帰した筈の子達は今もダンジョンにいると思ったかしら!」

「殺したわ。全部ではないけど」

「捕まったことのないお友達もね! 『何処に連れてかれようと彼奴が見つけてくれる』ですって!」

「でもね、でもね! 何処にも連れて行かずただそこで殺されるとわかると泣き出すの! 『助けて〜、助けてヴァルド〜』って!」

「「アハハハハハ!!」」

 

 ヴァルドが固まったのを見て、骨兜の男が食人花をけしかける。ヴァルドが地面を踏みつけると岩盤が捲れ上がり壁となる。

 

「ああ、今……【ヘルメス・ファミリア】を危機に陥れる敵が向かってきてくれたのに邪魔だと思ったわ!」

「私達との時間を誰にも邪魔されたくないのね! 嬉しい、私達も!」

「「ブチ殺してあげる(愛しているわ)! ヴァルド!!」」




嘘は言ってない

いやだって、ぶっちゃけオリヴァスじゃ役不足だからオリキャラ出すしかないと思ってたら公式から魅力的なキャラが出たんだもん。つまり悪いのは俺じゃない!


 因みにヴァルドはエルフを絶対的に高潔な存在として見ていないからディース姉妹をただそういう趣味の妖精(エルフ)と見て、魔物(モンスター)を絶対的な悪としていかいから邪妖精(リャナンシー)と呼んでいる。
 フィルヴィスや異端児(ゼノス)の件もありまず絶対『妖魔』とは呼ばない。


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悪夢の残滓

リャナンシー
愛を求めて男を衰弱させる妖精。ヴァルドがディース姉妹に与えた呼び名


 蹴りが放たれ地面の欠片が散弾のように舞う。それだけで土属性の上級魔導師の長文詠唱の魔砲に匹敵し得る破壊の暴風。

 しかしディナもヴェナも7年前の大抗争時点で第一級冒険者と同等のLv.5。横降りの雨のような飛礫の隙間を縫いヴァルドに近付き……それ以上の速度で接近したヴァルドに顔を掴まれ地面に叩きつけられる。

 ドォン! と爆音が響き階層全体が揺れ亀裂が食料庫(パントリー)の壁まで走り地形が変わる。

 

「………!」

 

 追撃しようとしたヴァルドの腕を万力のような力で掴むディナ。岩盤に叩き付けられようとも、高い耐久を持つ第一級からしたらクッションの上で戦うのと大差はない。

 

「あはは!」

 

 ヴァルドの腕を引きながら腹を蹴り上げるディナ。

 宙へと投げ出されたヴァルドに襲いかかる魔剣の魔法を、ヴァルドは空中で身をひねり回避すると勢いそのまま回転し蹴りをディナに放つ。

 防いだ腕の骨をへし折る感触。ただ、先ほど斬ったはずの腕が繫がるほどの回復能力。この程度では意味がないと追撃する。

 頰にめり込んだ拳が顎の骨を砕き、脇腹にめり込んだ拳が肋を圧し折り肺を破裂させ、腰にめりこんだ拳が仙骨を砕き、腹にめり込んだ拳が内臓を潰す。

 自称Lv.6、推定能力値(アビリティ)はLv.7の前衛であるディナが一方的に壊される。それでも()()()()

 

「げ、ぇ………ふ、あは……あはは!」

 

 肉が千切れ、骨が砕け、口から血と共に内臓の一部を吐き出そうと、第一級だろうと致死の一撃を何発も食らい笑っている。

 

憎悪(ぞうお)♡ いい目………あの時と同じね、ヴァルド」

 

 12年程前、その噂は都市に破壊と恐怖と死を齎していた姉妹に届いた。

 殺帝(アラクネア)が敗走した。Lv.2という格下に。当然馬鹿にして笑った。楽しかったとか面白かったとか、それは別にどうでも良い。

 ただその日を境に流れた噂。高潔な精神を讃え、誇り高き存在だと称賛する声。妖精(エルフ)が自分達こそそうであるとする尽善尽美の言葉を送られるヒューマンの少年の噂が気になった。

 聞けば妖精(エルフ)の中にさえそれを肯定する者がいる少年は、世界記録保持者(レコードホルダー)

 曰く上級冒険者でも逃げ出す複数のミノタウルスから仲間を守るために戦った。

 曰く幼い身でありながら鍛錬を怠った日はない。

 曰く謙虚な心根で、世界記録保持者(レコードホルダー)であることを鼻にかけず先達を敬う。

 曰くただ盲目的なだけでなく、悪しき行いをする者は先達であろうと容赦はしない。

 曰く心臓が貫かれようと力なき者達の為に動き続けた。

 最後のは殺帝(アラクニア)本人が忌々しげに肯定した。清く、美しく、正しい。エルフがエルフに贈る言葉を贈られた幼い英雄に、何時ものように悪戯気分でちょっかいを出しに行った。

 そして見た。物語の英雄のような存在を。連れてきた闇派閥(イヴィルス)構成員を纏めて斬り殺し、実力を上回る自分達に殺されかけてもその目の光は陰らず立ち上がり、逆にこちらが逃げざるを得なくなった。

 認めよう。あれは清い存在だ。

 理解した。あれは高潔な存在だ。

 称賛しよう。あれ程誇り高い存在は他にない。

 卑劣なる闇を忌避し、力に溺れず、弱者の盾となる英雄そのもの。

 嗚呼、なんて忌々しい(愛おしい)

 あの目を穢したくなった。あの存在を凌辱し尽くしたくなった。

 絶望でも怒りでも恐怖でも悲しみでもなんでもいい。あの光を穢し、自分達だけのものにしたくなった。

 

『殺戮に酔うか邪妖精(リャナンシー)共……俺の前でもはや誰も殺させてなるものか』

 

 そういえば『妖魔』と呼ばなかった冒険者は彼が初めてだったかもしれない。

 そんな彼が、今まさに自分を殺そうと迫る。

 

「素敵! さあヴァルド、もっと私達を憎んで(愛して)! 怒り狂って(愛して)! 3人で殺し合いましょう(愛し合いましょう)!!」

 

 血と泥に汚れながらも、尚も男を誘う娼婦のような色気を孕んだ無邪気な笑みを浮かべるディナ。その嬌笑を不愉快とばかりに砕かんとする拳。

 

「二人だけでずるい! 私を忘れないで!」

 

 拗ねる子供のようにヴェナが叫び、闇派閥(イヴィルス)構成員の死体を投げつけてくる。

 弾き飛ばそうと殴りつけた瞬間、死体の影に隠すようにはなった魔剣の炎が引火し爆発する。

 当然ヴァルドには火傷一つ負わせないが、視界が炎と煙で覆われる。

 

「っ!!」

 

 炎の中からディナがスティレットをヴァルドに突き刺す。

 嘗て暗黒期に、邪神の『外法』を用いて下位精霊を弄び強制的に『武器化』させた上で、複数折り重ねた『融合体』。第一級装備を超える、精霊を冒涜した武器。選りにもよってそれをエルフの姉妹が使うのは皮肉が………いや此奴等は昔からそうだ。

 エルフから蔑まれる報復のように、エルフが尊ぶものを蔑み嘲笑う。過去に何があったのか、過去に何をされたのか、そんなものに興味はない。

 此奴等は壊しすぎたし殺しすぎた。あの時のようにここで…………

 

「……………リヴェリア?」

 

 と、不意に感じた魔力の波長に振り返るヴァルド。次の瞬間食料庫(パントリー)の入口から吹雪が吹き荒れる。

 リヴェリアにしては、弱い。いや、魔力も微妙に違う。そういえば聞いた、彼女の後釜にしようと鍛えている弟子は他のエルフの魔法が使えると………。

 

「チッ。妙にしぶとく妙に硬え雑魚どもだ」

 

 『集合体』と『融合体』の氷像を砕きながら現れたのは、狼人(ウェアウルフ)の青年。【ロキ・ファミリア】所属のLv.5(第一級)、【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガ。

 

「あぁ? 何だてめえ等は!」

 

 そして、集まった視線に対して鬱陶しそうに叫んだ。

 その後ろには二人のエルフの少女。フィルヴィスとレフィーヤだ。

 

「もう少しだったのに!!」

「邪魔しないでよ!」

「え!?」

 

 そしてレフィーヤに向かって攻撃を仕掛けるディース姉妹。突然のことにレフィーヤの反応が遅れフィルヴィスが前に出る。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(せいはい)】 ! 【ディオ・グレイル】!!」

 

 純白の障壁が展開される。短文詠唱とはいえ魔法種族(マジックユーザ)たるエルフであり『魔導』持ちのフィルヴィスの障壁魔法は深層のモンスターの一撃だって耐え抜くだろう。だが………

 

「「邪魔よ」」

 

 魔法でも、ましてやスキルもなく砕かれる。一瞬とも呼べぬ時間、止めたと言うにも烏滸がましい時間稼ぎに………英雄は追いつく。

 ヴェナを雷で焼き、ディナの首を蹴りつける。ゴギッと首があらぬ方向に曲がりながら吹き飛んだ。

 

「あ、ありが………」

「礼を言うのはこちらだ。おかげで冷静になれた」

 

 そう言って足元の小石を蹴り飛ばし白髪の男を吹き飛ばす。

 

「おい、さっきのエルフども………ありゃ『妖魔』か?」

「え………」

 

 『妖精』ではなく『妖魔』。エルフに対して最大限の侮辱の一つを口にしたベートの言葉に敵とはいえレフィーヤが反応する。が……

 

「あはは! 懐かしい呼び名ね、ヴェナ!」

「でも気にしないわお姉様! ヴァルドがもっと素敵な名をくれたもの!」

 

 キャイキャイと無邪気に笑うエルフの姉妹。え、と固まるレフィーヤにベートが舌打ちしながら呟く。

 

「てめぇ等エルフ共がうぜえぐれえ同族好きなのは知ってるが、あれは同じだと思うんじゃねえ。闇派閥(イヴィルス)だぞ、あれは」

「え、同胞(エルフ)が……? そんな、何で………」

「自分たちが唯一絶対の穢れ無き種族だという価値観を持つから、その程度に疑念を覚える。探せばいくらでもいる破綻者だ」

 

 レフィーヤの言葉にヴァルドがそう返しながらもディース姉妹を睨む。その視線に頬を朱に染めるディナと瞳を潤ませるヴェナ。

 が、ヴァルドの前に飛び出した影を見て目を細める。

 

「私を、私を覚えているか『妖魔』!!」

「…………さあ? お姉様知ってる?」

「知ってるわ! でも会ったことあるかしら?」

 

 傷跡を残してもなお女神すら嫉妬させる美貌を持つ姉妹はフィルヴィスの怒りに可愛らしく首を傾げる。

 

「6年前! 貴様等が起こした悪夢! あの悪夢のせいで、私は………私は!!」

「フィルヴィスさん………」

 

 フィルヴィスの過去を知るレフィーヤが何か言おうとして、言葉を失う。悪夢とは、『27階層の悪夢』……フィルヴィスが仲間を失った事件だろう。

 話に聞くだけで吐き気を催す悍しき所業。それを妖精(エルフ)が?

 

「提案したのはヴァレッタよ?」

「実行したのはオリヴァスね!」

「私達も参加したけど、貴方達なんてどうでも良かったの」

「全員殺して死体を転がしておけばヴァルドが怒り狂うと思ってたのに、貴方達がしつこいせいで皆殺しにする前にヴァルドが来ちゃったし」

「おかげであの時のヴァルドったら、怒ってはいたけど周りを気にしてばかり。私達がいるのに!」

「貴方達のせいで折角の殺し合い(逢瀬)が台無しだったわ!」

 

 子供の癇癪のように叫ぶディース姉妹に、愛らしい筈なのに言いしれぬ恐怖を覚えるレフィーヤ。

 うまく言葉に出来ないが、気持ち悪い。腐肉で見てくれだけはいい芸術品を作ったかのような、そんな不安と不快。

 

「あれを同族と思うなウィリディス。あれは、猟奇の虜となった忌むべき恥さらしだ!」

「恥さらしですって、お姉様!」

「どうして皆そんな酷いことを言うのかしら? 私達だって歴とした『妖精』なのに!」

「認めてくれるのはヴァルドだけよ」

「「だからぐちゃぐちゃに殺したいの(愛しているの)!」」

 

 キャッキャッと姦しく騒ぐディース姉妹。と……

 

「何を遊んでいる! 『彼女』の敵が目の前にいるのだぞ!」

 

 と、ヴァルドが蹴った小石に吹っ飛ばされた男が叫ぶ。その顔にフィルヴィスが目を見開く。

 

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】……オリヴァス・アクト!!」

「彼奴もか………おい、どうなってんだヴァルド!」

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】はモンスターに体を割かれていたし、邪妖精(リャナンシー)共は切り刻んでやった筈だ…………神の恩恵とは別の何かによって復活したようだ」

 

 それが今回の異変の元凶。死に瀕した人類を復活させる………性質が反転しても権能は変わっていないのだろう。いや、元凶が魔石という成長手段で今も尚成長していることを考えるとより面倒かもしれない。

 

「切り刻まれた筈の妖魔共も復活させただと?」

「『彼女』ならばそれも容易い!」

 

 と、オリヴァスが高らかに叫ぶ。その目は狂信に満ちている。両手を広げ突き出した胸はヴァルドが蹴った小石により抉れ、肉の中に()()()()()()が埋まっていた。

 

「人を捨てたか」

「人を…………人を超えたとなぜ言えない匹夫めが!!」

 

 ヴァルドの言葉に激高するオリヴァス。そんな彼を可笑しそうに笑うディース姉妹。

 

「!? 貴方は………貴方達は一体何なんですか!!」

 

 レフィーヤの言葉にオリヴァスが高らかに叫ぶ。

 

「人と、モンスター。2つの力を兼ね備えた至上の存在だ!」




ヴァルド・クリストフ
年齢 27歳
身長 183
体重 76.7
髪の色 白
目の色 紫
好きな食べ物 ジャガ丸くん エルフの王女の拙い料理 ミアの料理 甘い物
嫌いな食べ物 街娘の手料理
戦闘スタイル 疑似魔法剣士(魔導を持たない)
特技 寝ない事 呼吸音を完全に睡眠状態に偽ること 料理
趣味 鍛錬(自・他)
女性関係 聞かぬが吉
主武装
武器 『獣王の毒牙』
 ヴァルドが打倒した二代目の大地の王の心臓部から造られた生きた武器。普段は気配を抑えてモンスターが逃げないようにしている。
 『黒風(かぜ)』と『猛毒』を操り、ヴァルド以外は整備士にしか触れさせない。
防具 『獅子王の外套』
 漆黒のモンスターの獣皮からに造られたコート。内側にサラマンダー・ウールを縫い付け防熱、防寒の効果もある。中層域のジャガーノートの破爪なら耐えられる高い防御性能を誇るが、ヴァルドがLv.7クラスとか漆黒のモンスターばかり相手するので定期的な補修は必要。5年前も下層のジャガーノートに斬られた。脆いんじゃない、ヴァルドが相手してる奴等がおかしいんだ!


性格は昔は内心は軽かったけど過酷な世界で生きるうちにだいぶ変わった。『不眠』を手にした今超珍しいが睡眠不足になるとテンションが変わる。第一話も寝不足になってた。またあのテンションを見るには毎日疲れさせた上で寝かせず1年と半年ぐらい必要。まあリヴェリアが膝枕するから多分一生ない


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怪人

 人とモンスター。

 幾万の時を争い、ほんの千年前には人類を滅ぼしかけたモンスターが、人と融合?

 その悍ましさに誰もが顔を歪める。

 

「ざけんな………ふざけんなよ!! 闇派閥(イヴィルス)の残党が、今度は半分モンスターになって調教師(テイマー)の真似事か!? てめーらのせいで、一体何人の人が死んだと!!」

「我々をあのような残り滓と同じとされるなど、心外だ。ましてや調教(テイム)などという児戯と同列に扱うなど」

 

 ルルネの叫びを聞きオリヴァスは不愉快そうに顔を歪める。

 

「私も、『妖魔』も、食人花(ヴィオラス)も! 全て『彼女』という起源を同じくする同胞(モノ)! 『彼女』の代行者として我々の意思にモンスターは従う! 此処こそ、その苗床(プラント)! 食料庫(パントリー)巨体花(ヴィスクム)を寄生させ食人花(ヴィオラス)を生産させる、『深層』のモンスターを浅い階層で増殖させ地上に運ぶ『中継点』だ!!」

「モンスターが、モンスターを!?」

 

 モンスターとはダンジョンで生まれるものだ。地上にて繁殖した個体は己の中の魔石を砕き劣化した存在を生み出すだけ。生来の人類の天敵(オリジナル)を生み出せるのはダンジョンだけ。

 神々も認める世界の理を、この場所は歪めている!

 

「貴方達の目的はなんなのですか?」

 

 核心を迫るアスフィの言葉にオリヴァスは誇るように答える。

 

迷宮都市(オラリオ)を滅ぼす」

 

 その場の大勢が愕然としヴァルドは混沌を望む神から離れてもなお変わらぬ性根に眉根を寄せた。

 

「じ、自分が何言ってるかわかってるのかよ……」

 

 震える声で聞くのはルルネだ。

 オラリオは『蓋』なのだ。地下より無限に湧き出るモンスターの進出を抑える唯一の砦。千年前の英雄達が命を懸け、犠牲を払い作り出した封印を破壊するということは、千年続いた仮初めの平穏は終わりを告げ人類とモンスターの混沌とした戦乱が再び幕を開ける。

 

「理解しているとも。私は自らの意志でオラリオを滅ぼす! 『彼女』の願いを果たすために! お前達には聞こえないのか、『彼女』の声が!? 『彼女』は空を見たいと言っている! 『彼女』は空に焦がれている!!」

「っ……」

 

 その言葉に微かに反応したヴァルドに気付いたディース姉妹はニマニマと笑う。

 

「気になるの? 気になるのよねヴァルド!」

「そうよねそうよね! ただそれだけを願う者に、英雄(あなた)が冷たく出来るはずがないもの!!」

「……………その結果がオラリオの崩壊だというのなら、その純な願いを踏み躙るまでだ…」

 

 ほんの一瞬だけ目を閉じ、しかしすぐに開き鋭く冷たく自分達を睨んでくるヴァルドにディース姉妹はキュンキュンと胸を高鳴らせる。

 

「もう一つ答えろ。ならば、それに手を貸す神は誰だ」

「え?」

 

 暗黒期を経験せず、話しか知らないレフィーヤは改めてこのような目的に協力する神が居ることを信じきれず声を漏らす。

 

「【白髪鬼(ヴェンデッタ)】は必要としてないだろうが、お前達は己のLv.を6と言った。お前達に再び恩恵を与えたのは誰だ」

「さあ? 知らないわ、本当よ?」

「私達はヴァルドに嘘ついたりなんてしないわ!」

 

 信じて、と親に縋る幼女のような無垢な目を向けてくるディース姉妹。そして恐らくそれは嘘ではない。

 

「仮面を被っていたの」

「偽名を名乗っていたわ」

「男神様かしら? それとも女神?」

「お酒が好きなのか、葡萄酒(ワイン)の香りがしたの」

「偽名だと?」

「だって、エニュオよ? 別の神様いわく、『都市の破壊者』ですって!」

 

 本当にそのような名を名乗っているのだとしたら、神々の感覚で言うならふざけている神だ。人類(こどもたち)の感覚で言うなら、恐ろしい神だ。

 

「そのようなことさせるものか。ここがその要の一つというのなら、壊すまでだ」

「そんなこと言わないでヴァルド!」

「私達もオラリオを滅ぼしたいの。だって、そうすれば貴方が気にするものが無くなるでしょう?」

「「まっさらな大地で私達と永遠に殺し合い(愛し合い)ましょう!!」」

 

 それが再戦の合図。ディース姉妹とヴァルドが同時に飛び出す。剣が壁の深くに突き刺さり、無手で相手するヴァルド。

 自身を傷付け得る精霊武器に対して物怖じすることもなく躱し、あるいは手を添えるだけで逸し人類最高峰の膂力を持って砲弾のような拳を放つ。

 ベートはオリヴァスに向かって駆けた。この場であの男と戦えるのは自分だけだと判断したからだ。

 

「ぬう!!」

「はん! 小石一つで随分辛そうじゃねえか、至高の存在とやらのくせによぉ!」

「黙れ! あの男は存在するだけで世の理を乱すのだ!!」

 

 目の前のベートではなくディース姉妹と戦うヴァルドに敵意を向けるオリヴァス。片腕を失い、ヴァルドの蹴った小石に吹き飛ばされダメージを負い、ベートの動きについていけない。

 元よりオリヴァスは怪人(クリーチャー)特有の人外の耐久力と膂力で戦うタイプ。実力という意味ではベートに遥かに劣る。大ダメージを負い本来の動きをできない今、ベートに勝てるはずもない。

 

「死ね」

 

 と、ベートがオリヴァスの首を蹴りを放とうとした瞬間、ベートに向かって人が飛んでくる。

 

「っ!! おい、ふざけんな……何してんだヴァルド!!」

 

 吹き飛んできたのはヴァルドだった。剣を持ってなくとも、破れてはならぬはずの男が吹き飛ばされてきたという事実に思わずベートが叫ぶ。

 

「あはは! どうかしらヴァルド?」

「貴方と殺し合う(睦み合う)のだもの、強くなきゃ駄目よね?」

 

 嘗てヴァルドに付けられた傷に添えるように突き刺さった『短剣』。嘗て【アパテー・ファミリア】が行った外法。英雄と通じ合い力を与える『精霊』の力を無理やり使用する『不正』。

 艶めかしく己の体に突き刺さる『精霊の短剣』に触れる彼女達は精霊の力を()()したのだ。

 

「でもそんなに効いてないのね? 傷も治ってるし」

怪人(私達)みたいね。不老なのだし、永遠に殺し会える(何時までも愛し合える)わ!」

「「ああ、でも今すぐにでもぶっ殺したい(愛したい)!!」」

 

 モゴッと頬を動かし、何かを吐き出すヴァルド。

 

「っ!?」

 

 ディナの目に突き刺さるのは薄い物体。ヴァルドの爪だ。歯で引き剥がし吹き付けたのだ。

 視界の半分を失ったディナの死角から蹴りつける。肩の骨を砕くが、吹き飛ばされながら癒えて地面に指を食い込ませ止まるディナ。

 

「ヴァルド……!」

「フィルヴィスか………【ヘルメス・ファミリア】のサポートを頼む………悪いが足手まといだ」

 

 言葉を取り繕う暇はない。故に簡潔に言うヴァルド。

 

「っ! 私は………」

 

 何かを言いかけ、しかし足を引っ張りたくないのか踵を返すフィルヴィス。ディナは目に突き刺さった爪を抜きながらフィルヴィスの背を見る。

 

「その妖精はヴァルドにとって何?」

「仲間だ」

「ふふ、そうなの? ()()()()()()()

「抜かせ」

 

 先程ディナは知っているといった。あった覚えがないとも。大方自分達と同じ様に同胞から蔑まれるエルフの噂を聞いていたのだろう。

 と………

 

「アイズ!?」

「………っ!!」

 

 壁が吹き飛び風を纏ったアイズが現れる。壁に空いた穴から新たに現れた赤髪の女は力の限り振り下ろした大剣でアイズを地面に叩き落とす。

 

「アイズさん!!」

 

 ランクアップした筈のアイズをして、なおも圧倒される存在にレフィーヤが目を見開く。

 

「レヴィスか。まだ終わらせていなかったとはな」

「貴様の方こそ、如何なる英雄といえど敵ではないのではなかったのか?」

 

 と、ヴァルドを忌々しげに睨むレヴィスと呼ばれた女。先程まで戦っていた自分には目もくれないその態度にアイズが顔を歪める。

 

「ふん。私の見通しが甘かったのは認めよう………だが、此処で殺せばそれで済む話だ!」

「あら駄目よ。殺すのは私達」

「誰にも譲らないわ。邪魔するなら、貴方達から……ね?」

 

 と、殺気を向け合う怪人(クリーチャー)達。一枚岩ではないようだ。

 

「ならば纏めて磨り潰すまでだ。死ななければ相手してもらえ! 巨大花(ヴィスクム)!!」

 

 オリヴァスの言葉に石英(クオーツ)に巻き付いていたモンスターが動き出す。大きさだけなら階層主すら優に超える超大型。

 その質量を持って冒険者達を押し潰そうとする巨大花。慌てて散り散りになる冒険者。

 体を叩きつけただけで広間(ルーム)が揺れる。が……

 

「…………は?」

 

 ()()()()()()()()()()。引き抜いたのはヴァルドだ。

 巨体を片腕で受け止め、指を食い込ませ腕力で根本から引き抜く。

 

「【輝け(クレス)】」

 

 巨大花の体が雷光に包まれ、次の瞬間ヴァルドが巨大花を鞭のように振りまわした。



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収束

 雷光を纏った巨大な鞭が何もかも纏めて吹き飛ばす。食人花達は雷に焼かれ、巨大花に砕かれ、巨大花自身も内部の魔石を焼かれたのか灰へと還る。

 

「あはは。すごいすごい!」

「本当に、無茶苦茶ね! Lv.が上がって理不尽さが増してるわ!」

「笑っている場合か、妖精共」

 

 とはいえその大雑把な攻撃はディース姉妹やレヴィスには躱されていた。

 ただ一人、オリヴァスだけはまともに喰らい壁にめり込んでいて。

 

「ぐ……あ、ば、馬鹿な………!」

 

 全身が雷光で焼かれ、骨も砕けているのに尚も生きている。それは最早拷問にも近いだろう。だが死なない。

 

「レヴィス…時間を、時間を稼げ! 我々が揃えば、如何な英雄であろうと…………!」

「…………その言葉は聞き飽きた」

 

 オリヴァスの言葉にレヴィスは蔑みの目を浮かべその胸に手を沈める。

 

「が、あ……な?」

「数をいくら集めたところで、質が伴わければ意味がない」

「よ、よせ! 私はお前達と同じ、『彼女』に選ばれた人間!!」

「選ばれた? お前はあれが女神にでも見えているのか? あれがそんな崇高なもののはずがないだろう。お前達も、そして私も()()の触手にすぎん」

 

 引き抜かれた腕に握られる極彩色の魔石。それを見た瞬間ヴァルドが走り出し、ディナが立ち塞がる。

 

「駄目よヴァルド。もっと私達だけを見て?」

「レミリア!」

「はい!」

 

 と、ヴァルドの言葉に今の今まで隠れていたレミリアが飛び出し雷をまとった剣をディナに向かって振り下ろす。

 ベート達とこの階層に来て、殿として後方から迫るモンスターを相手し、先程追いついたのだ。それに気付いたヴァルドが手信号で待機を命じていた。

 

「!?」

 

 突然の襲撃に対応が遅れるディナ。スティレットで受け止めるも、ヴァルドがその横を通り抜ける。

 

「起きろ!」

『『『────!!』』』

 

 レヴィスの言葉に壁一面の未熟児達が産声を上げ宝玉から飛び出ると散らばるモンスターに寄生し女体型へと変異する。その内一体がヴァルドの前に立ち塞がり、蹴り殺すも一瞬の猶予にレヴィスが背後に飛びながら魔石を噛み砕き飲み込んだ。

 そして、先程ととは比べ物にならない速度でヴァルドに肉薄し拳を放つ。

 

「っ!」

「軽い」

 

 ヴァルドの頬に触れた瞬間拳の骨が砕け、ヴァルドの拳がレヴィスにめり込む。一度も地面に触れることなく壁まで吹き飛んだ。

 

「レミリア」

「っ! はい!」

 

 ヴァルドの声にディナに防戦一方になっていたレミリアがヴァルドの下まで移動する。

 

「お前はアイズと赤髪をやれ。俺は邪妖精(リャナンシー)を相手する」

「っ! 師匠、私は………」

「お前一人で勝てる相手ではないだろう。ベート! 【ヘルメス・ファミリア】を撤退させつつ守れ」

「命令してんじゃねえよ!」

「頼んだぞ」

 

 ベートの返答を聞かずディース姉妹へと駆け出すヴァルド。ベートは舌打ちして【ヘルメス・ファミリア】を睨む。

 

「聞こえたろうが! 足手纏いの雑魚どもはさっさと失せろ!」

 

 聞くんだ、とメリルは思った。口には出さない。言い合いになったら時間の無駄だからだ。

 

「既製品だというあの胎児の回収をします! あれが今回の異変の中心!」

 

 証言だけでなく証拠も持ち帰る。それをしなくてはここまで来た意味が半分はなくなる。ベートに断りを入れ返答を待たずに駆け出すアスフィ。

 

「後ろだ!」

「え、がっ!?」

 

 と、アスフィの背後から迫った黒ローブの仮面の人物がアスフィを蹴り飛ばした。疲労しているため正確ではないが、Lv.4を蹴り飛ばせるとなると、Lv.4か下手しても3の第二級と同等。

 

「っ! 追いなさい、ルルネ!」

「ま、待てぇ!!」

「馬鹿が! 離れるんじゃねえ!!」

 

 ルルネが追おうとしベートが叫ぶ。このままベートがルルネの代わりに仮面を追えば、追いつけるだろう。アイズとレミリアを相手しながらそれを確認したレヴィスは巨大花に向かって叫ぶ。

 

巨大花(ヴィスクム)! 枯れ果てるまで産み続けろ!」

「!?」

 

 ドシャリと、その言葉に反応するようにルルネの前に未成熟の食人花が落ちてくる。その一匹ではない。ドシャドシャと一度に降る音は増えていき、天井や壁にぶら下がっていた蕾から現れた食人花が地面を覆い尽くしていく。

 数は300、それとも400? いいや、おそらくもっとだ。

 『怪物の宴(モンスターパレード)』という、ダンジョンで起こる脅威を思い出す。だけど、これはそれ以上の!!

 

「来るぞおお!」

 

 生まれたばかりの食人花は誰に命令されるでもなく近くの獲物へと襲いかかる。ベートがルルネ達に襲いかかる食人花を炎の魔法を纏った長靴で蹴り飛ばしながら【ヘルメス・ファミリア】を合流させる。

 

「こんな、こんなの…………どうすれば!」

「絶望してる暇があるなら戦え!」

 

 食人花と女体型の群。一匹一匹がLv.2からLv.4はあるモンスターが数百匹。第一級冒険者でも命を落としかねない絶望の光景。

 その場の主な闘争は3つ。

 一つは【ヘルメス・ファミリア】とベートの撤退戦。レフィーヤ達は食人花の襲撃を避けながら【ヘルメス・ファミリア】と合流を目指す。

 一つはヴァルドとディース姉妹の殺し合い。

 そして最後はレヴィスの猛攻に晒されるアイズとアイズを援護するレミリアだ。

 

「っ!!」

 

 第一軍と第二軍という違いはあれど、最近まで同じLv.5でヴァルドの弟子という共通点のある二人はよく組んだ。連携だってかなりのものだ。

 その二人をしてなおも圧倒される。

 

「忌々しい剣技だ」

 

 だが押しきられない。

 ギリギリ抗う。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)!!】」

「【エアリアル!!】」

 

 アイズの扱う風が剣の威力を引き上げレヴィスの持つ大剣をギシギシと唸らせる。

 

「【この燃える山越えたなら、あなたの思いに応えましょう。勇猛示した愛しき英雄(ひと)よ、私は貴方の愛を欲するのです。己を偽る王ではなく、本当の貴方を想わせて!】」

「【ロヤリテート・ブリュンヒルド!!】」

 

 レミリアの並行詠唱が唱えられ、剣が雷を纏う。ただの付与魔法(エンチャント)と侮るなかれ、詠唱の長さに相応しい威力に加え、精神力(マインド)を後から焚べ威力を底上げできる火力変動効果の魔法。

 この場にいるヴァルドへの忠誠心(おもい)を糧に激しく輝く雷火は魔力に反応した食人花を悉く焼き尽くしながらレヴィスへと叩きつけられる。

 

「………………」

 

 取りあえず全員すぐに死ぬことはないだろう。

 

「【──間もなく、()は放たれる】」

「!」

 

 聞こえてきた詠唱は、何度も聞いたエルフの女王(彼女)のもの。Lv.3が放とうとも、その威力は絶大だろう。

 

「見て見てお姉様! ヴァルドったら、あの方の詠唱(うた)を思い出して余所見だなんて!」

忌々しい(尊い)あの御方を思い出したら、私達の事なんてどうでもいいのね!」

 

 拗ねるように責める妖精達。彼女達の意志に従い、女体型が群れとなって襲ってくる。

 『既製品』に劣る『量産品』なれど、元の状態でLv.5の前衛、それも身体能力に特化した女戦士(アマゾネス)の拳を平然と耐える食人花をベースにした女体型。その硬度はかなりのもので、ヴァルドといえど素手では………

 

「邪魔だ」

 

 蹴りがめり込む。女体型の腹部が千切れた。

 拳がめり込む。女体型の頭部が爆ぜる。

 裏拳が叩き込まれ、女体型の首が明後日の方向に吹き飛んだ。

 打撃に高い耐性を持つ? 無効化ではないのなら力で押し通せばいい。

 無効化でも突破しそう? それは気合が足りてるだろう。

 

「ふふ! あはは! 凄い凄い、なんて理不尽!」

「それならこれはどうするの? 【開け、第五の(その)。響け、第九の歌!】」

 

 今この瞬間まで()()()()()()()()()()()()起動させる詠唱を完成させる(ヴェナ)。現れる4つの魔法陣(ほうもん)がヴァルドを囲う。

 

「【呑め(サータ)──っ!】」

 

 あらゆる魔法を飲みこむ反則級の魔法を使おうとしたヴァルドはしかし固まる。これは違う………()()()()

 

「「さあ、どっちを選ぶの!? ()()は全部なんて選ばせないわ!」」

 

 キャハハアハハと、妖精達は残酷に残虐に笑う。両手を握り合い、指を絡め合う(ディナ)の『魔力』が流し込まれ、(ヴェナ)は魔法名を告げる。

 

「【ディアルヴ・ディース】」

 

 魔法が狙うは【ヘルメス・ファミリア】とベート達、アイズとレミリア。効果のかわりに範囲の少ない【サㇳゥールナーリア】では、位置的に助けられるのはどちらか片方。

 ヴァルドは、地面が爆ぜるほどの踏み込みでアイズ達へと向かう。

 

「数じゃないのね、意外だわ!」

「躊躇なく選ぶのね。残酷(素敵)ね!」

「【呑め(サータン)!】」

 

 ヴァルドの魔法が魔法陣から放たれた炎を飲み込む。ならばと彼に選ばれなかった者達が炎に飲まれた様を嘲笑おうとして………

 

「「………え?」」

 

 居なかった。燃え尽きたのではない。精霊の力を取り込み強化されたとはいえ、ベート・ローガの死体ぐらいなら残るはずだ。

 というか地面がなかった。先程までヴァルドが居た場所。というか、ヴァルドが踏み抜いた場所から亀裂が広がり、縦穴が生まれていた。

 

「………ああ、成る程ね! ……………え?」

「それって、あり?」

 

 元々ヴァルドが暴れてボロボロだった食料庫(パントリー)の床を、文字通り砕いたのだ。下の階層まで。【ヘルメス・ファミリア】とベート達はそのまま炎に焼かれる前に25階層に落ちたのだ。

 

 

 

「いいか馬鹿エルフ! 返事はしなくていい、魔力を暴発させないことだけ考えろ!」

「〜〜〜!!」

 

 頷くことも出来ず瓦礫を跳ねるベートに抱えられたレフィーヤ。並行詠唱よりは難易度は下がるだろうが、だからといってその練習もしてない魔導師が体験していい経験ではない。

 

「あの野郎何考えてやがる!!」

「私達の事を考えてくれたのだろう」

「黙ってろ!!」

 

 フィルヴィスの言葉に叫ぶベート。と、レフィーヤの魔力に引かれた食人花が、共に落ちてきた奴等に加え上の穴から新たにやってくる。

 

「【や、焼き尽くせ、スルトの剣!】」

「気張れお前等! この雑魚でも踏ん張ってんだ、情けねえ姿晒すんじゃねえぞ!!」

 

 ベートの言葉に【ヘルメス・ファミリア】達も食人花の猛攻を凌いでいく。

 

「【我が名はアールヴ!】」

 

 

 

【レア・ラーヴァテイン!!】

 

 

 

 ひび割れ脆くなった床を砕き現れる炎の柱。その魔法を知らないレヴィスは、知っているアイズとレミリアに遅れを取る。

 

「リル・ラファーガ!!」

「トルエノ・エスパーダ!」

 

 風の矢となったアイズがレヴィスの剣を砕き、ヴァルドを思わせる雷光の剣が体を切り裂く。

 吹き飛ばされたレヴィスは血を吐きながら胸に手を当てる。魔石は免れた。

 

「今のままではお前等には勝てないか。引くとしよう」

「逃さない!」

巨大花(ヴィスクム)!!」

 

 レヴィスの命令で、蕾がなくなるまで食人花を産み続けていた枯れかけの巨大花が最後の力を振り絞り動く。その巨体を一瞬でどうにかするには魔力を消費しすぎた。

 

「アリア、59階層にいけ。丁度今面白いことになっている。お前の知りたいこともわかる」

「どういう意味ですか?」

「薄々感づいているのだろう? お前の話が本当だったとしても、お前に流れる『血』が教えているはずだ。お前が自ら行けば余計な手間も省ける。地上の連中は私達を利用しようとしているようだが、精々こちらも利用してやるさ」

 

 その言葉の意味を問いかけようとして、巨大花が地面に体を叩きつける。

 レヴィスはその隙に逃げた。

 更に今の魔法の衝撃で食料庫(パントリー)全体の床が崩れ始め大主柱が崩落に巻き込まれると同時に食料庫(パントリー)そのものの崩壊が始まる。

 

「私達はどうする、お姉様?」

「そうね。まだ無事なヴァルドの仲間を、一人でも殺しましょう?」

 

 と、ディナとヴェナはあくまでも己をヴァルドの心に残そうとして………

 

「ディナ! ヴェナ!」

「「?」」

「来い」

 

 初めて名ディース姉妹の名を呼び、片手を突き出し初めて名前で誘うヴァルド。初めて名前で呼ば

 罠? 何かを企んで初めて名前で呼ばれ

 行く必要はな名前で呼ばれた

 それよりも下の冒名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた名前で呼ばれた

 

「「行くっ♡」」

 

 刹那の動揺はたった1つの喜び(感情)に塗りつぶされ、二人はヴァルドへと向かう。その二人の間を通り抜ける影。

 

「「!?」」

 

 『黒風(かぜ)』を纏った一本の大剣。

 ………()()

 

「あ………」

「おね、さ………ま」

 

 一瞬。刹那の間に、何時かの悪夢のように斬り刻まれるディース姉妹。そのまま瓦礫とともに25階層へと落ちていった。

 

 

 

 

「死ぬかと思った〜!」

「最後なんだよ! 24階層の天井も降ってきたぞ!」

 

 ぎゃいぎゃい騒ぐ【ヘルメス・ファミリア】。幸いにも、死者はいない。最良の結果だがそのために強制階層移動させられたり降ってきた瓦礫を必死に避ける羽目になったり轟音に引き寄せられてきた下層のモンスターから逃げたりと大変な目にあった。

 なんとか18階層まで戻ってきた。ヴァルドは報告があるとさっさと地上に戻ってしまった。

 

「ですが………全員でまた戻ってきました」

「お、じゃああの酒飲みにいきましょうよ!」

 

 アスフィの言葉にキークスが叫ぶ。ここに来る前、験担ぎとしてボトルの半分を15人で分け呑んだのだ。そして全員居るから、あのボトルを空にできる。

 

「そうですね。疲れました、一度宿を取ってから帰還しましょう」

 

 

 

 

 

闇派閥(イヴィルス)の残党、怪人(クリーチャー)、下位精霊を使った精霊武器、か…」

「何よりも腹立たしいのは異端児(ゼノス)の件だ……俺への嫌がらせのためだけに」

「それはお前が気にすることではない」

 

 ウラノスの祈祷の間。ウラノスを含め、3人の人影は各々の意見を言い合う。

 

「元よりかの『妖魔』共が相手ならば、異端児(ゼノス)でなくとも誰かを殺したろう。そこに君の責は存在しない」

「…………俺がそれに納得できん」

 

 美味くもない煙草を吸いながら顔を歪めるヴァルド。ウラノスはその言葉に静かに目を伏せる。

 

「だが、それは目下の危険を見過ごす理由にもならん。異端児(ゼノス)達を後で闘技場(コロシアム)に閉じ込めるとして………闇派閥(イヴィルス)の件、どうする?」

「何やら不穏な言葉が聞こえた気がするが、どうするとは?」

「公表するか否か、だ」

 

 余計な混乱を避けるなら公表は控えるべきだろう。だが………

 

「弱体化したとはいえ【正義の派閥(アストレア)】も、5年前より強くなってる【都市の憲兵(ガネーシャ)】もいる。俺も含め、最強の派閥(【ゼウス、ヘラ】)以来のLv.8もだ………公表すべきだと思う」

「ふむ………ネームドが生存、あるいは復活してる可能性を考えれば、都市の連携は不可欠か」

「あの頃とは情勢が違う。【フレイヤ】と【ロキ】が足並みを揃えてくれるか」

 

 暗黒期でさえ、お世辞にも纏まっていたとは言い難い。暗黒期が終わり距離が空き、時折戦ったりした2つの派閥が足並みを揃えられるか………

 

潤滑油(アストレア)が居るから大丈夫だろう」

 

 3人の脳裏に浮かぶ、うふふ、と優しげな笑みを浮かべる女神。あの女神が二柱(ふたり)の間に入ってくれれば、確かに足並みを揃えるとまでは行かなくとも余計な敵対はしないだろう。

 

「公表するか、するとしてタイミングはどうするかはそちらに任せる。俺は一度ホームに戻って、明日ダンジョンに発つ」

「うむ」

「ああ、それと」

「どうした?」

「冒険者の死体から剥ぎ取った武器では、そろそろ限界が来ている。椿と異端児(ゼノス)を会わせたい」

「彼女か………ふむ、少しともに作業をしただけだが、私も問題ないと思うぞウラノス」

「…………お前達がそういうのなら、信用しよう。リド達の負担を減らせるならそれに越したことはない」

「ああ、そうさせてもらおう」

 

 

 

 

 

 ダンジョン25階層。その一角が、瓦礫だらけになっていた。天井にして24階層の床は修復したが、瓦礫の撤去はまだ時間がかかる。

 モンスターは生まれることなく、しかし迷い込んだモンスターが瓦礫をつつく。

 

「!?」

 

 飛び出してきた腕が蟹のようなモンスターを捉え甲殻を握り砕き魔石を抜き取る。

 ガリッと噛み砕く音が聞こえ、やがて腕の持ち主が現れる。片腕が無くなり、片足が潰れ、顔の半分は砕けた骨が除く。辛うじて繋がっている肉体は今にもバラバラになりそうだ。

 灰へと還ったモンスターのドロップアイテムには目も向けず、人影は歩き出す。これでは足りない。これではいずれ………

 

「「……………」」

 

 そして見つける、極上の魔石を持った今の自分と似たような姿となった人影。

 言葉はいらない。敵意はない。

 お互い考えていることは同じで、どっちに転ぼうと本人達にとってはどうでもいいのだ。

 やがて2つの影はぶつかる。

 

 

 

 

 グチグチと湿った音が響き、少女は2()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「危なかったわ! 本当に、死ぬかと思った!」

「ふふ。でも生きてるわ。これでヴァルドを殺しに行ける(愛してあげられる)

「そうねお姉様。でも、暫くは休む必要があるかしら?」

「ヴェナの言う通りね。得難い経験もしたのだし、主神様にステイタスを更新して貰いましょう?」

 

 楽しそうに笑いながら、()()()()()()闇の中へと消えていった。




ヴァルドと煙草
 それなりの過去

「…………妙な明かりが見えたかと思えば」

 夜の中庭でリヴェリアの言葉に振り返るのは、まだ年端も行かない少年。されど世界記録保持者(レコードホルダー)という異例の才覚を見せた若き冒険者、ヴァルドだった。その口には煙が揺れる煙草が先端を赤く輝かせていた。

「体に悪い……格好いいと思っているなら、今すぐやめろ」
「上級冒険者に多少の毒なんざ嗜好品の域を出ないさ」
「お前は耐異常を持っていないだろ」

 初めて下界に発現したレアアビリティ………いや、恐らくは彼の真似をすれば手に入れられる可能性はあるが誰にも真似できていない発展アビリティを選んだヴァルドは耐異常を持っていない。その代わり睡眠時間が大幅に減り、何時もぎりぎりまで潜り寝るを繰り返す。

「肺に汚れが溜まり呼吸がし辛くなる。何故そんなものを吸う?」

 お前らしくもない、そういったリヴェリアから目を逸らしたヴァルドは星を見上げる。

「……カレンが、耐異常を手に入れたら酒や煙草の味を教えてやると言っていた」
「……………彼奴」

 カレン。
 つい先日死んだ、ドワーフを父に持つアマゾネスの女だ。やたらヴァルドを気に入っていた酒飲みで喫煙家。耐異常がレベルの割に高かったのは、間違いなくそんな私生活の影響だろう。

「まあ酒はともかく煙草は吸わないと断ったがな」
「断らなければよかった、とでも思ったか?」
「いいや? だが、まあ………彼奴の顔が思い出せる。俺を庇って、笑って死んだ顔…………思い出したくもないがな」

 自嘲するように笑い、煙を吸う。顔を歪めるのは何も煙を吸ったが故ではないだろう。

「格好いいと思ってるならと言ったな? こんなものは嗜好品。楽しむものであって、格好をつけるものではないさ。煙草が吸えようと酒が飲めようと、それは体が成長しただけであって大人になったわけでもあるまい」
「そうだな…………」
「だから、まあ………弔いだ。これから俺は、死人が出る度にこれを吸う。俺の弱さを忘れないために………カレン達を忘れないために」
「………………」
「そうでもしなきゃ、俺はきっと誰かが死ぬことに慣れてしまうからな」

 ふぅ、と吐き出した煙が空へと登っていく。
 神々の住まう世界は天界と呼ばれているが、天へと向かうこの香りは、果たして届くのだろうか………。

「……………一本、寄越せ」
「………これ、安物だぞ?」
「構わん」
「……………」

 リヴェリアの言葉にヴァルドは紙巻煙草を一本リヴェリアに渡す。

「お前の言うとおりだ。私達は、慣れてしまった。仲間の死を悲しみながらも、()()()()()()()()()と思っている。軽蔑したか?」
「いいや」
「即答か……フフ。嬉しいものだな………」

 リヴェリアはそう言うと星を見つめる。

「受け入れることを強さとは言わないし、引きずることを弱さとは言わない。だが、ならば何が正しいのかなんて解らない………それでも、その死を悼み、弔いたいと思うのは間違いじゃないはずだ」

 そう言って、火種がないのに気付くリヴェリア。ヴァルドはリヴェリアから煙草を奪い取ると咥えさせ、手招きする。

「…………?」

 そのまま煙草の先端同士を繋げ火を移す。

「悪いな、歩き煙草をしていたもんで」

 火種はヴァルドも持っていないということだろう。行儀の良くないその行動に眉間にしわを刻みながらも煙を吸うリヴェリア………

「っ! げほ、ごほ! こ、こんなに苦いのものなのか? 喉も、痺れて………!」
「安物だと言った筈だ。ちゃんと美味い煙草なんて、平時でも欲しくなる。弔いの味なんて、二度と吸いたくないぐらいがちょうどいい」

 蒸せて涙目で睨むリヴェリアにヴァルドはそう言い返す。

「……………ああ、苦いな」

 改めて吸ったリヴェリアはその苦味に顔を歪め、煙を空へと吐き出した。


量産品
ヴァルドの影響で全体的にちょっと底上げされた挙げ句ヴァルド本人が居るので急遽作られた少し強めの雑魚を作る『宝玉の未熟児』。女体型にはなれるが『精霊の分身』にはなれない。1000匹ぐらい揃えたら足止めぐらいは出来るという希望的楽観測の下、量産中。


【ロヤリテート・ブリュンヒルド】
ヴァルドへの忠誠心から芽生えた魔法。
レミリアちゃんの設定、原作には何もないので取りあえず実力ないくせにあるふりしてる冒険者が団長やってたファミリアで、モンスターの群で囮にされかけた時ヴァルドに助けられたってことで


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美神の策謀

「…………脆い」

 

 オッタルはつい口に出てしまった言葉に申し訳無さを覚える。後悔はない。

 今の言葉に倒れ伏す団員達の目に闘志が更に強く宿ったからだ。

 Lv.8…………【暴喰(あの男)】すら辿り着けなかった、だが身を侵す『毒』さえなければ至っていたであろう領域。先日そこに踏み込んだオッタルは体を慣らすために団員達と戦ったのだが、相手には不足だ。

 やはりダンジョンの深層にでも潜るべきか。しかしそうなると女神の護衛が…………

 

「………いや、何よりも力を得なければ守れぬか」

 

 もし7年前に『彼等』がより悪辣に、徹底的にオラリオを滅ぼしに来ていたら【ロキ】と【フレイヤ】は終わっていただろう。全力でオラリオを潰しに来ていても、本気ではなかった。

 今のオラリオはあの時の名も記されぬ英雄達の尽力と堕ちた英雄達の手心がなければ滅びていた。

 そして、都市の外に存在するLv.8までランクアップを可能とするほどの存在が全て討滅された保証もない。

 

「あら終わったの? 少しいいかしら、オッタル」

「何でしょう」

 

 そんな風に、力を得るために奮起するオッタルに声を掛けるのは彼の主神であるフレイヤ。

 

「あの子は強くなってるのだけど、その輝きに陰りがあるのよ。オッタルにはそれがなにか解る?」

「因縁かと」

 

 あの子、とは誰のことは今更聞くことはない。今彼女が欲しているのが誰か解っているからだ。もう一人欲している者もいるが、女神としてはともかく、『彼女』としては十分満たされている。余計な手出しはしないだろう。

 なのであの少年を思い浮かべ、その魂に影を落とすとしたら何かと考え答えを出す。おそらくは、嘗て自分が幾度と味わった『敗北』の記憶。今の少年も、恐怖と劣等感に苛まれているのだろう。

 

「フレイヤ様がお話しくださったあの少年とミノタウロスとの因縁。そしてヴァルドのLv.2へと至った逸話。間違いなく少年の魂に大きな影を落とすかと」

 

 なまじ()()()()()である彼は、オッタルをして異常な成長速度を見せているが本人が納得していない。

 期待に応えなくてはという使命感、応えられないという己に対する恥。それらが魂を澱ませているのだ。

 

「それなら、あの子についている茨を取り除くならどうすればいいかしら?」

()()()()()()()()()()……己の手で過去の敗北を雪ぎ、超えなくては前に進めぬのでしょう。私のように」

 

 何度も敗北の屈辱を味わわせた男に勝利した時のように、決着をつけられなかった独眼の王との決着をつけた時のように、たった一度の勝利でも、心の淀みを晴らし先に進むには十分な活力になる。

 

「冒険をしなければ殻を破ることも出来ません」

 

 彼の担当アドバイザーとは真逆の真理を以って告げるオッタル。その言葉にフレイヤは考える。

 あの子なら何時かその壁を超えるだろう。それを待てばいい………だがそれはあの子の『未知』の可能性を潰すかもしれない。

 

「オッタル。今度のあの子への働きかけ、貴方に任せるわ」

「私に? どのような風の吹き回しですか?」

「だって、貴方のほうが今のあの子を解っているのだもの。嫉妬しちゃうぐらい」

「………ヴァルドはどうします?」

「邪魔されたならそれまで。貴方もランクアップした感覚の調整に付き合ってもらえた、と思えば良いんじゃないかしら? それに彼もあの子を育てたいのだし、案外協力してくれるかもしれないわよ?」

 

 

 

 

 【ソーマ・ファミリア】の牢屋。なぜホームに牢屋があるかはこの際おいておいて、その前にわざわざ机が置かれ、酒や飯が置かれている。

 

「………それでは、リリルカ・アーデの旅立ちを祝って………団員が抜けることを祝っていいのか?」

「良いんじゃないですか? 酒が飲めるんなら何でもいい!」

「ちげえねえ!!」

 

 ソーマの言葉に酒が飲んで騒げるならそれでいいと笑う団員達。ソーマもまあ酒を飲んで笑えるならいいかと酒を飲む。

 

「くそ! 俺等にも呑ませてくれよ!」

「本当に実行するなんて、てめぇにゃ人の心がねぇのかよ!?」

「……まあ、神だし」

 

 何でこんなことになってるのだろう。主神の方のソーマにファミリアを脱退したいと告げたら、ならば宴だと呟き耳聡く反応した団員たちが酒盛りを始めた。何故かリリを襲った団員達を閉じ込めた牢の前で。

 

「ファミリア内であろうと強奪、恐喝は認めない。奴等はそれを破った………だから、閉じ込めて目の前で酒を飲む」

「なんで?」

「オラリオメリー。神酒(ソーマ)ではない新作だ、飲むといい」

「………………」

 

 クイ、と飲む。相変わらずこの(ひと)の作る酒は美味い。味も喉越しも鼻に抜ける香りもどれも最高だ。

 

「おいこらアーデ! ふざけんじゃねえ! サポーターの分際で、こんな目に遭うなんて割に合わねえ!」

「俺達のほうが【ファミリア】に貢献できてたんだ! だいたいお前、昔は俺達のお陰で生きてこれたんだろうがよ!」

「この恩知らずが、ここから出すようてめぇからもなんか言え!」

「……………なら、心を入れ換えこれまでのことを反省すればいいのでは?」

 

 元よりその行動を咎められ閉じ込められているのだ。ならもうしないと、嘘の通じぬ神の前で誓えばそれで済む話だ。

 

「ノルマがなくなった今、そこまでお金に固執する理由もないでしょう。真っ当に働けば相応の生活だってできる筈。わざわざ犯罪まがいのことなどしなくてもいい」

「っ、それは………し、知るかよ!」

「弱ぇ奴から奪って何が悪いってんだ! 恩恵貰っといて戦えねえ、才能のねえサポーター共が悪いんだろうがよぉ!」

「ギャーギャー囀ってんじゃねえぞ糞どもが。股ぐらにぶら下がったきたねぇもん千切らねえと発情期も収まらねえのか、ああ?」

「「「……………………………………えっ?」」」

 

 聞こえてきた滅茶苦茶どすの利いたガラの悪い言葉にその場の誰もが固まる。

 リリはオラリオメリーの入った酒瓶をソーマから奪い取るとグビグビと飲み干し瓶を投げ捨て口元を拭きながら牢まで歩く。

 

「弱いから奪っていいなら、私も恩恵を封印されたお前達から何を奪おうとしてもいいってことでしょうか?」

「え、あ……いや、あの………」

「はっきりしろよ」

 

 カヌゥの服の襟を掴み引き寄せ牢の鉄格子を食い込ませるリリ。カヌゥの取り巻き二人がガクガク震える。

 サポーターとはいえ、恩恵を封じられ一般人と同等になったカヌゥは抗えない。というか恩恵があっても逆らえる気がしない。

 

「ごごご、ごめんなさぁい!?」

 

 顔を青くして震えるカヌゥから手を放したリリは今度はソーマを睨む。

 

「だいたいソーマ。てめぇもてめぇだ、今日の今日まで対応がお座なりだからこんな馬鹿が出てきたんだろうが」

「あ、す、すいません」

「謝罪してる暇あったらもっと明確な指針を決めるとかして管理しろ。言葉だけなら誰でも出来んだよ」

「マムイエスマム」

「黙れ玉無し野郎」

「サーイエッサー!」

 

 そして【ソーマ・ファミリア】は改めて採取系ファミリアとしてギルドに報告し、団員達は定期的に神の前でどのようにして金を稼いだか報告する義務をつけた。

 

 

 

 

「うにゃあああああ! 殺せ、誰かリリを殺してくださいぃぃぃぃ!!」

 

 メリーウコンなる酔い醒ましを飲み正気に戻ったリリは羞恥からのた打ち回る。記憶がそのままとかどんな拷問だ。

 しかもあれは間違いなく自分の本心だという自覚がある。

 

「落ち着いてくださいリリの姐御!」

「かっこ良かったすよリリの姉さん!」

「やめろやめろやめろやめろおおお!!」

 

 何故か下手に出る冒険者達。リリは更にのたうつ。

 

「………面白いなこれ」

 

 酒とは楽しむものだ。これは、(周りが)楽しめる酒。とはいえ解酔薬が無ければ酔が覚めないのは良くない。改良できてから売ろう。

 なお、販売後数日で店頭に置かせてもらえなくなる。

 

 

 

 

 

 

「えっと………ボクのファミリアに入りたいんだよね? なんか、暗いんだけど大丈夫?」

「気にしないでください。リリは、もうあそこに戻れないだけです」

 

 ドヨーンとした少女を見て、ヴァルドが剣を取り部屋を出ようとする。

 

「あ、違うんです! 悪い意味、ですけど………酷い目に……もあいましたけど、暴力事とかじゃなくて…………」

「………………」

 

 その言葉に剣を置き座り直すヴァルド。危うく【ソーマ・ファミリア】が壊滅するところだった。いやまあ、ちゃんと調べるだろうけど。

 

「えっと、リリは【ヘスティア・ファミリア】に入ってくれるの?」

「はい、ベル様」

 

 その後ヘスティアとリリのマウントの取り合いが始まり、ヴァルドはダンジョンに向かった。

 ベルも大変だな、と思いながら。きっと彼を知るものが聞けば、お前の弟子だからなとでも言うだろう。

 

 

 

 

 

 

「来るぞ畜生!」

「リド! 毒持ちでス、不用意に接近しナイで!」

「ぬううう!」

 

 上級冒険者の耐異常すら突破する猛毒を持ったハリネズミやヤマアラシを思わせるモンスター、ペルーダ。リドを狙い襲いかかってきたペルーダの針を石の体を持つグロスが庇う。

 一匹一匹がヴァルドが数分間殺しまくってから放置した魔石を食らった『強化種』。深層ではあるが最も浅い37階層のモンスターは、50階層以降のモンスターにも匹敵する強さとなって異端児(ゼノス)達に襲いかかる。

 

「おお、強化種の素材が取り放題だ!」

 

 と、呑気に素材採取に勤しむハーフドワーフ。迫るモンスターを斬り伏せ、新たな素材(ドロップアイテム)を背負った籠に放り込む。

 

「貴様も少しは戦え!」

「何をいうか。手前は鍛冶師で冒険者ではない。何よりこれはお前達の修行なのだろう」

 

 ラーニェの言葉に椿はそれだけ返し毒針を拾う。この地獄を作り出した鬼畜はどこで何をしているのか、とラーニャは苛立ちをモンスター達にぶつける。そして、その鬼畜は戻ってきた。

 

「追加だ」

 

 深層から生け捕りにしてきた強竜(カドモス)闘技場(コロシアム)に投げ入れられる。

 階層主にすら匹敵する能力値(ポテンシャル)を持った竜は道中無理矢理食わされた魔石の味を覚え、己の尻尾を掴み放さなかった不届き者を屠るにはさらなる魔石が必要だと知った。そのため散らばる魔石と魔石を持ったモンスター、異端児(ゼノス)達を見つけ牙をむき出しに唸る。

 彼等は思った、彼奴後で絶対殴る!

 

 

 

 

「ほう、中々良い炉だ。お主やるではないか」

 

 バシバシと椿に肩を叩かれ困惑する異端児(ゼノス)。地上に憧れ人類に憧れる彼等の中には、手先が器用な者も居る。そんなうちの一人が造った炉は、椿の目にも適う出来だった。

 

「さて、では誰から作る? 要望があれば聞いてやる」

「…………本当にいいのか? 俺っち達、モンスターだぜ?」

「手前は頭が悪いのだ!」

「………え?」

「難しいことは解らん。お前達の存在が下界を揺るがすとか、冒険者に躊躇いを、とか。聞いても想像も出来ん。元より人を導く賢者でも、人類に希望を示す英雄でもないのだ」

 

 リドの言葉にカラカラと笑う椿。

 自分はただの鍛冶師であり、出来ることなど鉄を打つこと。ならば目指すは神域の絶技。

 

「どのような経験も手前の力になる。それが貴重なら尚良し。ひとならざる異形の者達に合わせた武器を作るなど、手前しか体験したこともあるまい」

「我々が、恐ろしくないのですカ?」

「あのなあ、手前は心臓がなくなっても戦い続ける頭のおかしい人間と専属契約を結んでおるのだぞ? ただの怪物が恐ろしいわけないだろう」

「心臓…………え?」

「ほれ、あそこに()る」

 

 と、椿が指差した方向では武装した複数のモンスターを掴んでは転ばし、投げ、時に蹴り飛ばし、殴り付けるヴァルドの姿。動きの余計な部分を指摘し、指摘した箇所が改善されなければ壁まで殴り飛ばしていた。

 

「あれに比べれば大概の怪物など可愛いものよ!」

「…………………あの人は、怪物デは」

「なんだ、ヴァルドを好いておるのか? あやつを狙う女は多いぞ?」

「あ、いえ。私ハ、どちらかというト………恐らク、父のようナものかと」

 

 10と数年前。生まれたばかりの彼女を見つけ無言で手を引き同胞の下へ送ってくれたヴァルド。その後地上への僅かな記憶しかない自分達の為に様々な本を持ってきてくれた。

 

「そうか、父か! 家族に憧れているなら手前を母と呼んでもよいぞ!」

「え、あ。いえ、その…………お父様やお母様ト誰かヲ呼ぶのは、少し恥ずかしくテ………」

 

 歌人鳥(セイレーン)は照れくさそうに頬を染める。そこにはモンスターが持つ凶暴性も敵意もない。椿はそうか、と微笑む。

 人とモンスター。歩み寄るはずのない存在は、その場で確かに互いに歩み寄っていた。

 

「…………ヴァルっち心臓なくても動けんの? え〜………やっぱ彼奴やべぇ」

 

 リドはそう呟きながら強竜(カドモス)異端児(ゼノス)を叩き伏せるヴァルドを眺めるのだった。




深層の異端児(ゼノス)って多分生まれてもすぐに死ぬと思うんだよね、第一級ですら死にかねない階層なわけだし。けど異端児(ゼノス)がヴァルドに鍛えられてたりヴァルドと探しに行ったりして、そこそこ保護されている。
ヴァルドは古参組とも付き合いが長いので、割と若い異端児(ゼノス)の兄貴分、親代わりをやっている。ほら見ろよ剣姫さん、人とモンスターが手を取り合ってるあの光景を!


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修行の始まり

Q.ヴァルドはその……色んな女と寝ているが子はいるのか?『PN.懺悔室の妖精シスター』
A.現状いません。でも突然幼女がパパ〜と飛びついてきてもすぐに否定できない程度には女の誘いを断れてません。


Q.【ロキ・ファミリア】でヴァルドと寝た女性は居るのかい? 居るとしたら誰だろう?『PN.小人の光』
A.生き残ってるメンツではいません。ヴァルドを知る者は脳内で公式CPがあるので。なのでその方向で戻すのはあきらめな


Q.ヴァルドと接触禁止になったなるとしたら、その理由は?『PN.女神の剣』
A.言葉が足りなかったんじゃね?


Q.ヴァルドと一番息を合わせられる人は? 十人ぐらいで教えてください。最初の弟子の【剣姫】は入ってますか?『PNジャガ丸くん小豆抹茶クリーム味』
A.1位異端児の一人
 2位異端児の一人
 3位妖精の王族
 4位猛者
 5位小人の勇者
 6位白巫女
 7位腹黒大和撫子
 8位異端児のリーダー
 9位災禍の怪物
 10位骨の愚者ですね。剣姫? あな、彼女は15位です


 リリが【ヘスティア・ファミリア】に入った。

 団員数が増えたことの報告と貰ったプロテクターを無くしてしまった事を謝罪をしに向かうベル。

 人がチラホラ居るが、幸いにもすぐに見付かった。誰かと話しているらしい。

 

「…………あ」

「………」

「………ほ?」

 

 ベルに気付いたエイナの視線を反射的に追ったその人物が振り返る。サラリと長い金髪が流れ、金の双眸が此方を見る。

 唇は瑞々しく、ほっそりした顎、ほっそりした首筋は色気とは無縁で美しいとだけ感じる。それはきっと、彼女に惚れているからなどという理由ではなく万人が感じることだろう。

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。ヴァルド最初の弟子にして、最強の弟子。ベルの情景の一人であり姉弟子に当たる人物。後さっきも言ったが惚れ込んでる。義母(はは)や師匠のおかげで幼少期から美形は見慣れているが、周りの空気が煌めいて見える。

 ドクンドクンと心臓が早鐘をうち、顔に熱が溜まる。ベルは逃げ出した!

 

「えっ、ベル君!?」

 

 エイナが何やら叫んでいるがベルは止まらず走り出した。

 

 

 

 

 また逃げられた!

 ガーンとショックを受けるアイズ。あの時舌を出したこととか、ミノタウロスの件とか、謝らなきゃ行けない事があったのに。

 プロテクターを返しに行く建前で会おうと彼の担当アドバイザーに協力してもらえることになった矢先にこれだ。自分は小動物に嫌われるらしい。

 

「追ってください! ヴァレンシュタイン氏!」

「っ!」

 

 エイナの言葉にハッと正気を取り戻すアイズは小さくなっていく背中を見つける。

 に、逃がすものか! と追い掛ける。Lv.6とLv.1。追いつけない道理はない!

 

 

 

(追い越された!?)

 

 アイズが目の前に回り込み、瞬間ベルの中に蘇るトラウマ(記憶)。修行の厳しさからつい『オバサン!』と呼んだ義母(はは)から逃げようとし、回り込まれた記憶。あの時より自分は速くて、あの頃より相手は遅い!

 

「!?」

 

 止まるどころか加速したベルに困惑するアイズ。1秒にも満たない硬直。だが、ここ!

 方向転換、と呼ぶには僅かな向きの変更でアイズの横を抜けるベル。このまま……!

 

「待って!」

 

 逃げられるわけもなく、アイズに手首を掴まれる。虚を突けてもそのLv.差は5位階もあるのだ。当然、膂力にも。全力疾走中に腕が何かに引っかかったかのような、というかまんまその痛みが肩と肘を襲う。それに気づいたアイズが慌てて放そうとして逃がすわけには行かぬと手を掴んだまま、ベルの方向へと体を動かす。バランスを崩し倒れそうになるベルは体を回転させ、背中を地面に向ける。ところでベルの腕を掴んだままのアイズが、Lv.6とはいえ咄嗟に体勢を変えてすぐ目の前に人が居るのにバランスを取れると思うか?

 応えは否。下手したらベルの脚を踏んでしまうので、一緒に倒れる。

 一緒に倒れる!

 

「つう〜」

 

 背中の痛みに唸りながら目を開けるベル。すぐ目の前に、金の瞳があった。

 

「えあ!?」

 

 視線をそらそうとするも自分と彼女の間にかかる金のカーテン、アイズの髪が頬に触れ慌てて顔を戻す。やはり目が合う。

 

「あ、あ………あ…………!」

 

 パクパク口を開けるベルを見て不思議そうに首を傾げるアイズ。傍から見ると、年下のあどけない少年を押し倒した女。とても目立っているが残念なことに今のアイズにはベルしか見えていない。

 

「あば、ばば!? は、放してくださいぃ!!」

「やだ」

「なんで!?」

「放したら、君が逃げちゃう」

「逃げません! 逃げませんからあ!」

「………本当?」

「本当です!?」

「ほんと〜に?」

「ほんとーです!」

「………………」

 

 スッとアイズが退く。滅茶苦茶いい匂いだった。

 チョコンと座ったアイズはジーッとベルを見つめる。ベルもそんなアイズに何も言えず、暫く無言の時間が続く。

 

「………あの、場所変えよ?」

 

 その沈黙を破ったのはアイズだった。

 

 

 

 

 10階層で助けてくれたのはアイズらしく、その時にプロテクターも拾ってくれていたらしい。

 

「ごめんなさい」

「え?」

 

 突然謝られ困惑するベル。アイズの謝罪の意味が解らない。

 

「私達が逃したミノタウロスのせいで君を危険な目に遭わせたし、7階層で君に嫌な態度取った」

 

 そういえばそうだった。べー、と舌を突き出されたっけ。可愛かった。

 

「ずっと謝りたかった。ごめんなさい」

「ち、違います! 悪いのは迂闊に下に潜った僕の方で、ヴァレンシュタインさんは全然悪くなくて! というか謝らなきゃいけないのは貴方にお礼もせず逃げてた僕の方で………ご、ごめんなさい!」

 

 と、アイズに頭を下げられベルも慌てて下げる。

 こんな風に喋るのか。いい子そうだ…………悪い子だったら、もっと素直に嫌いになれたのにな、と複雑な思いを抱くアイズ。

 

「ダンジョン探索、頑張っているんだね」

「し、師匠や周りのおかげですよ。特訓だって一人じゃあまりできなくて、師匠も今ダンジョンに数日は潜るって………」

 

 謙遜するベルだが、その成長速度は異常だ。

 10階層へと半月で到達するなんて、それが普通ならオラリオの半数以上がLv.1のまま一生を終えたりなんてしない。

 

「………それじゃあ、師匠がいない間私が鍛えようか?」

「…………え?」

 

 知りたい。ヴァルドがオラリオを離れてまで弟子にした彼の成長速度の秘訣を。それが解れば、自分はもっと強くなれるだろうか? ヴァルドは………

 

(………そしたら、今度はこの子がおいてかれるのかな?)

 

 それでも、戻って来てほしいと思ってる。

 

(私って、嫌な子だな)

 

 そんなアイズの様子に気付かずベルは考え込んでいる。

 同じ師を持つとは言え他派閥で、Lv.だって釣り合わない。そんな自分が果たして彼女の時間を奪って良いのだろうか? それは、確かに彼女との時間ができるのは嬉しいが。

 

(………でも、師匠がいない間にも強くなれる)

 

──俺がいない間に良く頑張ったな。偉いぞベル

 

 あ、良い。これ良いかも。いない間に頑張れば、ヴァルドも褒めてくれるかもしれない!

 

「あ、あの。ヴァレンシュタインさん! ご教授、よろしくお願いします!!」

「………………」

 

 真っ直ぐで、綺麗な目。アイズは無意識に胸を抑えた。自分の厚意だと思ってくれているが、実際は成長性の秘密を暴こうとしている。こんな期待に満ちた目で見られていい人間ではないのだ。

 だけど、その視線が嬉しいと思った。

 私は本当に、嫌な子だ。

 

 

 

 

 その翌日、神様にも内緒でベルはホームを抜け出しアイズとの待ち合わせの市壁へと向かう。他派閥同士の交流は、あまり知られてはならないらしい。

 もう来てるだろうか? と少し急ぎ足になるベル。と

 

「きゃ!?」

「わ!?」

 

 と、角で走ってきた誰かにぶつかる。見れば山吹色の髪をした少女が尻餅をついていた。彼女にぶつかってしまったのだろう。

 

「大丈夫ですか?」

 

 そう手を差し伸べ、固まる。彼女の耳を見たからだ。

 長く横に伸びた耳。妖精(エルフ)だ。生粋のエルフは認めた相手以外の他種族には同性であろうと肌を許さないという。

 

『などと堅物ぶって、あえて一人の男にだけ触れる事によってアピールするムッツリ年増妖精もいるがな』

 

 とは義母(はは)の言葉。

 知り合いですらない眼の前のエルフの少女には当て嵌まらないだろう。と、手を差し出したまま困ったような様子のベルに少女は首を傾げ、エルフの価値観を知っているのだろうと思い当たり、手を取る。

 

「ありがとうございます。それと、ごめんなさい、余所見しながら出てきて」

「あ、え……?」

「ふふ。別に全てのエルフが他種族と触れ合いたくないって思ってるわけじゃないですよ」

「あ、そ、そうか。そうですよね」

「……?」

 

 何か歯切れが悪いような、とベルの顔を見て、エルフの少女はギュッと繋いだ手に力を込める。

 

「あ、あの?」

「…………貴方、アイズさんの師匠の弟子ですよね?」

「え、あの………」

「7階層で頭撫でられてるの見ましたよ」

「7か……あ!」

 

 そう言えばあの時、ヴァルドやアイズ以外にも【ロキ・ファミリア】のメンバーがいた。その中に、彼女も居たのだろう。

 

「アイズさんがこの辺りに向かいました。貴方、なにか知ってます?」

「え!? あ、えっと…………」

 

 ベルは嘘が下手だ。少女もベルの反応から知っていると直ぐに解った。逃げようにも、見るからに後衛の少女は上級冒険者。下級冒険者のベルでは逃げられるはずもない。

 

「ははははは放してぇ!」

「そっちこそアイズさんについて話しなさぁい!!」

 

 

 

 

 

「……………………」

 

 その様子をじっと眺める一人の女神。なんだろう、あの娘はああいった出会いだととても危険な存在になるような気がする。

 

 

 

 

「………………」

「おい、何を不満そうな顔をしているポンコツ妖精(エルフ)

 

 ベルの護衛として見守っていた輝夜とリュー。

 リューは同胞(エルフ)少年(ベル)に触れているのをなんとも言えない顔で見ていた。彼女は、自分と違い忌避感なく他種族に触れることが出来るのだろう。自分が触れられるのは数えられる程しかいない。ベルもその一人なのに……

 

「くだらん嫉妬などするなら少しは積極的に動いたらどうだ? 奥手と臆病は別物だぞ」

「わ、私は別にクラネルさんとそのような関係になりたいわけでは………それに奥手と言うなら貴方だってヴァルドさんに素直になれないでしょう!」

「言うではないかクソ雑魚妖精〜!」

 

 

 

 

 

 迷宮に響く竪琴の音色。美しい歌声。

 その歌声を以って冒険者を水に誘い、あるいは同士討ちさせる人魚(マーメイド)達もその歌声に『魅了』されたかのようにボンヤリと一方向を眺める。

 

「マリィ」

「ヴァルド!」

 

 パァ、と顔を綻ぼせるモンスターならざる美貌を持った人魚(マーメイド)。彼女も異端児(ゼノス)の一人。それも古参メンバー。なのだが、発言も行動も子供そのもの。水に潜り勢いをつけて飛び出すとヴァルドに抱き着く。

 

「上手くなったもんだ」

「フフン。デショ? イッパイイッパイ練習シタノ」

 

 彼女の竪琴はヴァルドが与えたものだ。過酷なダンジョンで使用するのだからと素材に拘り、注文できる相手もいなかったので頑張って造った。

 

異端児(ゼノス)の私物を造ってくれる奴が出来た。椿ならもっとしっかりした楽器を作れると思うが、どうする?」

「ヤ! ヴァルドガクレタコレガ良イ!」

 

 と、竪琴を胸に抱きしめるマリィ。ヴァルドはそうか、と頭を撫でる。

 

「魔石だ、喰え」

「ウン!」

 

 ヴァルドが持ってきた袋の魔石をガリガリと食べるマリィ。どれもこれも深層の強化種、闘技場(コロシアム)から持ってきたものだ。

 

「マリィ、妙な気配を感じたら必ず逃げろ。殺したとは思うが、それでも生きていた奴だからな」

「危ナイ人?」

「ああ」

「解ッタ。気ヲ付ケル! 良イ子ニシテルカラ、マタ来テネ」

「ああ、約束する」

 

 スリスリ体を擦り寄せてくるマリィの頭を撫でるヴァルド。堪能してからヴァルドから離れ、ヴァルドも歩き出す。

 マリィはヴァルドの姿が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 

 

「む」

「ぬ」

「ヴォ」

 

 地上へ戻る途中、17階層でオッタルがミノタウロスを鍛えているのを見つけた。

 

「…………何をしている?」

「………お前の弟子への『洗礼』だ」

「……………ああ、そうか。なるほど、これが」

「止めるか?」

 

 まあLv.8に上がった程度で何を遊んでいるとは思うが、これはベルには必要な試練。

 

「………元より俺とお前はギルドから接触禁止を言い渡されている。ここで俺達は出会わなかった」

「そうか……」

「俺の弟子は強いぞ。半端な強さで満足させるな」

 

 ポン、とミノタウロスの肩を叩くヴァルド。ミノタウロスは自分に剣技を教えている男と同じ、今の自分ではどれだけ強いのか解らないほど強い男にビクリと震える。

 

「深層の魔石の残りだ、食わせておけ」

「ああ」

 

 ヴァルドはオッタルに魔石を渡すと今度こそ地上を目指した。




因みに今のオッタルは下層の方から来たヴァルドを見て、自分も潜って鍛えたいと思ってます


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強くなりたい理由

「ふわぁ………眠い、かも…」

 

 まだ早朝と呼ぶにすら早い時間帯。アイズは眠そうに欠伸をする。ファミリアの皆に見付からぬ時間を選んだが、やはり眠い。

 皆に、見つかるわけには行かない。アイズが扱う技術は【ロキ・ファミリア】の財産だ。ヴァルドは気にせず振りまいていたけど、あれは暗黒期というのも相まってだし………。

 あの子もヴァルドを師に持つとは言え、アイズに戦い方を教えたのはヴァルドだけではない。バレたら、多分すっごく怒られる。ヴァルドの名を出したら? リヴェリアがすごくすっごく怒るだろう。

 想像し、少し震えながら階段を見る。

 あの子はまだだろうか?

 時間より早めに来たとはいえ、あの子の目もやる気に満ちていた。きっと遅刻はしないだろう。そう思いながら、今度は町並みを見下ろす。

 

「ア、アイズさん…………」

「あ、おは………よ、う………」

 

 アイズは聞こえてきた声に振り返り、固まる。

 申し訳無さそうなベルの横で、彼と手を繫ぎながら現れたのは良く知る顔。

 

「アイズさん………」

「レフィー………ヤ?」

 

 レフィーヤ・ウィリディス。【ロキ・ファミリア】所属のLv.3、第二級冒険者の魔導師で、リヴェリアの直弟子。そう、【ロキ・ファミリア】でリヴェリアの直弟子。

 

「!!??!?」

 

 見つかった!? バレた!?

 まずい、何がまずい? 怒られる。それもリヴェリアに!

 こうなったらレフィーヤの頭を叩いて記憶を!?

 などと混乱するアイズの中の小さなアイズ。もちろん本物アイズも絶賛混乱中。

 

「ほ、本当にいた。貴方、他派閥のくせにアイズさんに鍛えてもらおうとしたんですか!?」

「ご、ごめんなさい!」

 

 あ、手繋いでる。

 片腕を掴まれたままなので逃げられず片手で顔をかばい震える年下の少年にレフィーヤがハッと慌てる。

 

「そ、そこまで怯えなくても! その、私も言い過ぎました! もう怒ってませんから」

「で、でも………美人の怒りは中々収まらないってお義父さんが………」

「びっ!? ななな、何を言ってるんですか貴方はぁ!!」

「やっぱり怒ってる!」

「……………………」

 

 仲、良い?

 うん、仲良い。でも黙ってくれるとは限らないし、やはり頭を叩いて記憶を…………。

 

「あの、アイズさんがこの人の修行をつけようと思ったのって、姉弟子として、なんですか?」

「え、あ……う、えっと……………謝罪?」

「謝罪?」

 

 アイズはミノタウロスを結果的にけしかけてしまったこと、酒場で仲間が彼を嘲笑い傷付けてしまったこと、7階層で失礼な態度を取ってしまったことの諸々の謝罪がしたくて、彼が必要としていることを教えてあげたいと思った、という()()を話す。実際は彼の成長の秘密を盗んで師を取り戻そうとしているという、人には言えぬ本音があるのだが。

 

「酒場…………? っ! ぁ………あの、ごめんなさい!」

「え?」

 

 アイズの説明の一部に首を傾げたレフィーヤが、しかし何かを思い出し慌ててベルに頭を下げる。

 

「私もあの時、あの場所で、笑ってたんです。リヴェリア様に叱られても、貴方への申し訳無さよりも先に自分の行為への恥を感じてました」

「え、えっと………か、顔を上げてください! その、僕が情けない姿を晒してたのは事実なわけで」

「だからって、ミノタウロスに殺されてたかもしれない人のことを笑うなんて………!」

 

 そしてそれを真っ先に反省できなかった。彼処には死にかけ、それを嘲笑われた者が居たのに。

 アワアワと慌てるベルは助けを求めてアイズを見るがアイズもどうすればいいのか分からずオロオロしている。

 

「決めました! 私も手伝います!」

「え?」

「………え?」

「お金とかはやっぱり不誠実ですし……かと言って、アイズさんやアイズさんの師匠に教わっている貴方になにか教えられるとは思えません。でも、お手伝いぐらいならできます!」

 

 

 

 

 

「だぶら!?」

「ベル・クラネル!?」

 

 動きを見せるよ、とベルの剣を借り振るったアイズ。そのまま蹴りの動きに繋げる動きを見せようとしてベルが蹴り飛ばされた。

 その後は鞘をつけた剣で打ち合う。当然といえば当然だがベルが一方的にやられている。

 

「痛みになれてるんだね。前にも進めるけど、闇雲じゃない………後は、避けに徹する癖をなくすのが重要かな」

「それは、確かに………」

 

 なにせ相手がヴァルドと義母(はは)だ。手加減した一撃でも気絶しかねないのに、防御なんて取れるわけがない。あの二人は手加減してても恩恵なしが相手していい存在ではないのだ。

 

「攻撃に怯えてるわけじゃない。その癖さえ直せば、反撃もしやすくなる。行くよ?」

 

 と、再び打ち合う。言われたところを素直に直すベルにアイズが微笑み、手加減を忘れてふっ飛ばした。

 

「ベル・クラネルゥゥ!? 気絶してる!! わ、私ポーション持ってきます!」

「あわ、あわわわわ!」

 

 気絶したベルを見てホームへ走っていくレフィーヤ。アイズはオロオロとベルを見る。

 

「………!」

 

 これは、5階層のリベンジのチャンス。

 膝枕をして逃げられた記憶のあるアイズはその時のリベンジをするためにベルの頭をそっと持ち上げる。

 

『逃げられたのはお前のやり方が悪かったのではないか? 男なら普通は喜ぶものだ………なに、やったことがあるのか? ………………あ、ある。ヴァルドに、良く。逃げられたこと? それはない』

 

 とリヴェリアは言っていた。逃げられたことを笑われたアイズは何時か必ず成功させると夢見ていたのだ。

 膝に頭を乗せ、髪を撫でる。ヴァルドの髪質とはまた違ったフワフワした髪の毛。撫でていると心が洗われるような気がする。

 この子はとても綺麗だから。真っ黒な私と違って、真っ白で綺麗だから、触れているだけで、その白さが伝わってくるような気がする。

 

『黒い炎? それがお前の中にあると? ふむ、面白い例えだ』

『リヴェリアは、これを抑えろって』

『炎はやがて全てを焼き尽くす。モンスターだけでなく、お前自身も………あるいはお前の周りも』

『…………()()は、消さなきゃ駄目?』

『消せと言われて消えるようなものでもない。だが、俺達でも抑えることは出来るだろう。何時か、お前の中の炎を消してくれる誰かに出会うと良いな』

 

 何時か言われた師からの言葉を思い出す。

 自分の中の、火を消してくれる誰か…………

 

『英雄が生まれぬなら俺が育てる。お前達には、もう何も期待していない』

 

 ピタリと手が止まる。

 ヴァルドが求める英雄候補。選ばれたのは彼で……選ばれなかったのが私。

 高い成長性に、真っ直ぐな心。対して自分は師が5年で2度もランクアップしていたのに、最近漸くLv.6になった。もちろん冒険者全体から見れば上澄みどころか最強候補。しかし男神(ゼウス)女神(ヘラ)の時代なら、やはり上澄みなのだろう。

 心だって純朴な彼の期待に漬け込むような………

 なんだろう。側にいると落ち着くのに、同時に胸にジクジクとした痛みが走る。

 

「ん、ぅ…………あれ?」

「あ、えっと…………おはよう?」

「おは…………っ!? な、なんで膝枕!?」

 

 膝枕されているのに気付いたベルがバッと離れる。これでは5階層の繰り返し。

 

「…………膝枕(これ)をすると、体力の回復が早くなる、から?」

「………………」

 

 精一杯考え、我ながら完璧な回答をしたアイズだが、ベルの目に浮かぶのは疑念。騙せなかった。

 

「………ごめん。本当は私が君にしたかったから」

「!? アイズさんは天然! アイズさんは天然!!」

「?」

 

 自分に言い聞かせるように頭をポカポカ叩きながら叫ぶベルを不思議そうに見るアイズ。

 

「い、嫌だった?」

「うえ!? い、嫌じゃ………ないです。むしろ役得っていうか………って嘘! ウソうそ嘘です! その、嬉しいんですけどいや変な意味じゃなくてー!」

「じゃあ、してもいい?」

「してくれてもいいというかされたいというか、でも恥ずかしい情けないし、気絶してる間は不可抗力ですけど起きてる時は……!」

「解った。気絶させてからするね」

「…………はい?」

 

 

「ポーションもってきま………アイズさん!?」

 

 アイズがまた少年をふっ飛ばしていた。市壁の塀にぶつかり気絶するベル。アイズはレフィーヤに気付き気まずそうに顔を逸らす。

 

「や、やり過ぎなんじゃ……」

「あ、う………えっと、その…………膝枕するから………」

「それは羨ましいですけど無かったことにはなりませんよ?」

「………あぅ」

 

 流石に目の前でぶっ飛ばされた年下の少年相手に文句も言えないレフィーヤ。取りあえず寝ているベルの首を傾けポーションを飲ませる。

 

「………………」

「……………起こさないんですか?」

「え?」

「え? えっと……遠征までですよね、修行つけるの。なら、あまり時間がないわけですから起こしたほうがいいんじゃ」

「………………っ!」

 

 今気付いたというように目を見開くアイズはしかしジッとベルを見つめる。

 

「………無理は、良くない。うん、無理は良くないから」

「そ、そうですか?」

 

 そうかもしれないけど、ううん。

 

「そういえば、レフィーヤはどうしてこんなに早く?」

「え? あ、その………そのですね。アイズさんに、修行を付けてほしくて」

「私に? ……………うん、良いよ。その代わり、これは内緒ね?」

「はい!」

 

 

 

 

 

「もしかしてわざとやってません?」

 

 3日後。

 レフィーヤはとうとう聞いた。ベルに膝枕していたアイズはビクッと震える。

 気のせいか、アイズはやたらベルを気絶させている気がする。

 

「あ、わ……わた、私………ポーション取ってくる」

 

 流石にファミリアの備品を使うわけにもいかず、初日持ってきたのはレフィーヤの私物だったのだがそんなに持ってるわけではない。今日は持ってきてないのでアイズが自分の分を取りに帰った。

 あの反応、本当にわざと? でもアイズがそんなことをするとは思えない。まさか膝枕するためだけに?

 

「…………アイズさんの、膝枕」

 

 羨ましい、とベルの頬をつつくレフィーヤ。うーんと唸るベルは目を覚ました。

 

「あれ、アイズさんは………」

「ポーション取りに行きましたよ。明日からは自分でも持ってきてください。取りあえず簡単にできる治療をするので、脱いでください」

「え!?」

「ち・りょ・う! 何を勘違いしているんですか!?」

 

 包帯と湿布を取り出すレフィーヤ。ベルは少し恥ずかしながら脱ぎ、レフィーヤが痣になってるところに湿布を張っていく。

 

「……良く続けられますね」

「え?」

「こんなに、ボロボロにされて、辛くならないんですか?」

「…………えっと、まあ辛いですよ?」

「なら」

「でも、強くなりたいんです」

 

 と、ベルは握り締めた拳を見つめる。

 

「追いつきたい人達がいる。守れるようになりたい人達がいる。その為に、走り続けるって決めたんです」

「…………なら、同じですね」

「え?」

 

 市壁の塀を背もたれ代わりに空を見上げるレフィーヤ。空に浮かべるのは、先を歩く者達の背中。

 

「私も、追いつきたい人達が居ます。その人達を守れるぐらい、力になれるぐらい強くなりたいって思ってます。だから、同じ……解りますよ、その気持ち」

「────っ!」

 

 今更ながら、エルフというのは容姿の整った種族だと改めて再認識させられるベル。

 

「でも、先に追いつくのは私です!」

「! ぼ、僕だって負けません!」

「むっ、Lv.1が生意気な………」

「今は、Lv.1でも………何時か、絶対………誰よりも早く、ランクアップしてみせます!」

 

 現在の世界記録(レコード)は半年。所有者(ホルダー)はヴァルド・クリストフ。それを超えると宣言したベルに、レフィーヤはそうですか、と立ち上がりビシッと指差す。

 

「それじゃあ私と貴方は好敵手(ライバル)です! どっちが先に追いつくか………いいえ、どっちがより強くなるか、勝負です!」

「ライバル………はい、負けませんよ、ウィリディスさん!」

「…………レフィーヤでいいですよ。私も、ベルって呼んでいいですか?」

「はい、もちろん!」

 

 と、そこでアイズがポーションを持って戻ってきた。

 

「あれ、二人共………仲良くなった?」

「「……………内緒です」」

「…………なってる」

 

 アイズの言葉にお互いを見つめ、同時にいたずらっぽく笑い指を口に添える二人を見てアイズは『私が先に知り合ったのに』のレフィーヤをジトッと睨む。

 その翌日ベルが持ってきたポーションに『ユメミール』なる薬品が混じって一悶着あったり、【ロキ・ファミリア】と同盟を組んでいる【ディオニュソス・ファミリア】の主神であるディオニュソスがフィルヴィスにレフィーヤの修行をつけさせフィルヴィスが不承不承に了承したりと色々あった。

 

 

 

「………………」

 

 そんな仲睦まじい様子を眺め不機嫌になるのは、とあるポンコツ妖精と、とある女神。

 女神は無意識に椅子の肘掛けを指でトン、トンと叩いたり髪をクルクル弄る。

 

「………ああ、私、妬いてるのね」

 

 己の無意識の行動に気づきクスリと微笑む。こういった経験は少ない。神ともあろうものが、子供のようだ。

 だが面白くないものは面白くない。と………

 

「あら?」

 

 少年の白とは別の白を見つけ、女神は静かに微笑んだ。

 

 

 

 

「お〜い! ヴァルド〜!」

「ん……」

 

 ダンジョンから地上に戻ってきたヴァルド。聞こえてきた声に振り返ると空から、というか高台の道から薄鈍色の髪をした少女が降ってきた。

 難なく受け止めるヴァルド。成人男性が成人間近の少女に高い高いでもしているかのようなポーズになる。

 

「ヴァルド、お料理教えて!」

 

 そう満面の笑みで言うのは、シル・フローヴァ。豊穣の女主人の店員にして、ヴァルドの友人。どうやらヴァルドから料理を教わりたいらしい。

 

「断る」

「やっぱりベルさんの胃袋を掴むにはベルさんの実家の味付けを知ってる……………え?」

「俺が一番美しいと思ってる女神はアストレアだ。そして、その次はデメテル」

「あ、うん……ふーん」

 

 唐突に好みの女神の話を始めたヴァルドに、シルは地面に降ろされながらジトッとした目を向ける。

 

「お前の料理はそんな【デメテル・ファミリア】達を含めた農家など第一次産業に対する冒涜だから断る」

「それは言いすぎじゃない!? べ、ベルさんだってお弁当受け取ってくれるもん!」

「ああ、あれか。あれは俺も驚いた」

「ふふん、でしょう? 私だって成長して────」

「人の料理と呼べなくもない味になるとは」

「てい!」

 

 と、シルがヴァルドの脛を蹴り、足を痛める。

 

「…………硬い」

「当然だろう。俺は恩恵持ちだぞ」

「うう…………」

 

 涙目でヴァルドを睨むシル。

 

「でもヴァルド、練習しないことには上手くなれないじゃない。失敗するとしても、成功のためにも練習しなきゃ!」

「……………まあ、一理あるが………ウィンナー切って焼いただけでミア母さんを昏倒させたお前に食材を渡すのは、やはり食材に悪い」

「ヴァルドはもう少し私に悪いと思って言葉を選ぼう!?」

 

 う〜っ! とポカポカ叩くシル。

 

「解った。じゃあお料理の勉強は諦める。帰ってきたなら、少なくとも明日まで潜らないでしょ?」

「ああ」

「デートしよ、ヴァルド!」




アイズ→ベル
一緒にいるとなんだか嬉しいけど嫉妬もあって、アニマルセラピー味を感じる純粋なベルと自分を比べてちょっと落ち込む

レフィーヤ→ベル
ライバル。頑張る姿を見て私も頑張ろうと思える………まずい


シル→ヴァルド
親友。一緒におでかけだしたりもする



とある女神の従者→ヴァルド
もう色んな感情がグッチャグチャ。取りあえずもし素の状態であったら刺す


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街娘のデート

「何をしている、ガネーシャ?」

「ヴァ、ヴァルド!? 違うんだ、聞いてくれおハナちゃんは悪いモンスターでは!」

「きしゃあああああ!」

「…………思い切り威嚇してきてますよ?」

 

 市壁を飛び込えたオラリオ近郊のセオロの森の中。何やら人影があったので追ってみると、ガネーシャがモンスターを育てていた。調教(テイム)したモンスター、というわけでは無さそうだ。

 

「そ、それは、おハナちゃんは恥ずかしがり屋なんだ。大丈夫、この二人は怖くあぶな!?」

 

 ガキンと歯が閉じる。ギリギリで回避したガネーシャ。筋肉は無駄ではないらしい。ヴァルドは枝をひろい再びガネーシャに噛みつこうとする植物型モンスターを切り捨てた。枝は砕けた。

 

「ぬう、無念! 仲良くなれると思ったのに!」

「モンスターと無条件で仲良くなれるのはアーディぐらいだ」

「しかし、この経験を活かしてくれることを祈ろう! 俺はめげないガネーシャだ!」

「反省はしないと?」

「うむ! 俺はポジティブなガネーシャだあああ!!」

「そうか」

「ん? げぇ、シャクティ!?」

 

 ガネーシャはそのままシャクティに連れて行かれた。

 

「何、今の?」

「気にするな、最近暖かいからな」

「うーん。でも、ヴァルドはどう思う? モンスターと仲良くって」

「殺し合わずに済むならそれに越したことはない」

「ふ〜ん?」

 

 なにか引っ掛かることでもあるのかマジマジとヴァルドを見つめるシル。しかし答えは出なかったのでそのまま大人しく運ばれる。

 因みに現在、彼女はヴァルドに片腕で抱っこされている。落ちないように首にしっかり手を回していた。

 

「着いたぞ」

「わあ、懐かしい!」

 

 セオロの森の中にポツンと存在する小さな泉。昔は川と繋がっていたのだろう、魚がチラホラと見える。

 木々が開け、陽光が風に波打つ泉に反射する。中々幻想的な光景だ。

 

「夜ともまた別の趣がある」

「あれ、夜来たことあったっけ?」

「リヴェリアと………」

 

 と、そこまでいって口を閉ざす。これ以上は自分にとってもリヴェリアにとっても知られたくない情報があるからだ。主に呪いの書に関する。あれからシリーズを探しているが、恐らくまだあるのだろうな。

 

「デートなのにどうして他の女の人の名前出すかな?」

「…………まあ、わざとの時もある」

 

 その結果変な癖になり、こうしてうっかりをすることも。

 

「わざと、ね。まあヴァルドに本気で恋する人も多いもんね」

 

 それに応える気がないが、かと言って例外を除けば好意的な相手に冷たくして傷つける事も出来ないのでこの様な中途半端な態度をとるのだ。

 

「いっそ傷つけてくれた方が、安心する人だっているんだよ〜?」

 

 ツンツンとヴァルドの頬をつつくシル。ヴァルドは自覚してるのか文句を言わず目を逸らす。

 

「ヴァルドって強いのに変なところで臆病だよね。()()()()()遠慮してるっていうか」

「………()()()()()()()したことはないが?」

「あー…………ほら、私って勘の鋭い女の子だし」

 

 テヘペロ、と舌を出すシル。まあ、『彼女』なら勝手に気づきそうではある。

 

「世界に遠慮。言い得て妙だな…………何れなされる『救世』。確かに俺は、そこにいる自分が想像できん」

「…………………」

 

 そこに当然オッタルもいるのだろう。ベルやアイズもいるのだろう。フィンやリヴェリア、ガレスだって。今より強くなり、世界を救うのだろう。

 想像は容易く、そしてそこに自分はいない。

 

「………ふーん」

 

 ヴァルドの言葉に立ち上がったシルは靴と靴下を脱ぐと泉に入り、パシャパシャと水面を蹴る。

 

「う〜ん…………うう〜ん…………よし、踊ろうヴァルド!」

「…………はあ?」

「ヴァルドが好きな英雄も、難しい顔してる女の人に踊りを誘うんでしょ?」

 

 突然の提案に訝しんだヴァルドは、しかし続く言葉に目を細め、やがて諦めたようにため息を吐くと腰を掛けていた岩から降りて靴と靴下を脱ぎ捨てる。

 

「『さぁ、踊りましょう、麗しいお嬢さん。愉快に舞って、私に笑顔を見せてください』」

「ふふ。笑顔を見せるのはヴァルドの方でしょ?」

 

 ヴァルドが差し出した手を引き、踊りだすシル。

 木漏れ日をスポットライトに、鳥や虫、葉擦れの音を演奏に、水が跳ねる音が周囲に響く。

 

「ねえヴァルド、貴方は世界を救うわ」

「………………」

「だって貴方は、この世界が大好きだもの。資格なんて、それで十分なんだよ」

「…………」

「貴方がこの5年の間救った国だって、資格があるから救ったんじゃない。救いたいから救ったんでしょ?」

「………何でも知ってるな」

「何でもは知らないよ、知ってることだけ」

「………」

 

 クフフ、といたずらっぽく笑うシル。

 

「…………今更だけど、ヴァルドはどうして私とは仲良くしてくれるの?」

「?」

「美の女神様でも顔を殴ったり関わるな〜って言ったりするのに」

「彼奴等は縛ろうとしてくる」

 

 美の女神とはそういうものだ。美しいという価値観そのものである彼女達は、自分の側に侍るものは勿論、誰もが己を優先するものだと思っている。笑いかければ誰もが従う。誰もが己を求めると。

 

「う〜ん。イシュタル様はともかく、フレイヤ様や、今はもう居ないけどアナト様とかはそうでないかも」

「己の側に仕えた人間が己以外を優先することを何時までも許容できるとは思えん。奴等は我儘だからな」

「そうかな? そうかも」

「お前と仲良くするのは………面白そうだったからだな」

「え、私面白れー女?」

 

 意外な応えに首を傾げるシル。俗っぽい返答だと思うのは、ヴァルドにそういう知識があるからだろう。

 

「言葉が悪かったな。お前が面白そうにしていたからだ…………」

「……………………」

「おまえの言うとおり、俺はこの下界が好きだ。だから、楽しんでいたお前に共感を覚えた。それだけだ」

「…………………なんか違う」

 

 ヴァルドの言葉に踊るのをやめ俯くシルは、ポツリと呟く。

 

「なに?」

「笑顔にするんだもん! こういう上品な踊りじゃないよね。もっと愉快に踊りましょう!」

 

 トントンと跳ねるように、先程より激しく踊るシル。ここに観客が居れば愉快に手拍子でも贈ることだろう。

 

「ヴァルド! きっとね、世界を救う戦いに貴方もいるの。オッタルさんと難しい顔して、ベートさんやアレンさんに噛みつかれて、フィンさんから作戦の全容を伝えられて、成長した【剣姫】さんやベルさんと一緒に戦って、皆で世界を救って戻ってくるの。私達は、宴の準備をして、ご飯を作ってそれを待つの!」

「………最後のはいらん。こっそり自分の料理を混ぜるな」

「!! もー! 余計なこと言わないの! わ、私だってちゃんと美味しい料理つくれるもん!」

「ウィンナー焼いただけで不味くなるお前が?」

「あ、あれはその……焼き加減間違えただけだもん。今は平気だよ! よし、ヴァルド。魚取って!」

 

 私の腕前見せてあげる、というシルにヴァルドは仕方無く魚を二匹捕まえ持っていたナイフで内臓を抜き取る。

 

「ほら、塩だ」

「フフン。焼くだけなら私でもできるもんね」

 

 ヴァルドが焚き火の用意して、二人でそれぞれ焼く。焼いた時間は同じ。焼き方に差はあれど、味にそこまで差は出ない筈。

 

「ん………!」

 

 ヴァルドが焼いた魚を受け取ったシルは一口食べて目を見開く。

 身はふんわりしていて噛みやすく、噛めば噛むほど塩が魚の脂と混じり深みを増していく。

 一方ヴァルドは、オッタルとランクアップを祝うわけでもないのになぜこんな目に、と魚を見つめていた。しかし現実逃避しても仕方ないので一口齧る。ガリグチョっと妙な音がした。

 

「………………」

「ど、どうヴァルド?」

 

 ヴァルドも一口喰い、首を傾げる。

 

「…………味がしない」

「え? 嘘、ちゃんと塩もふったのに」

「全く味がしない…………いくらなんでもこれは………いや、まさか」

 

 と、ヴァルドは一つ心当たりに気付く。

 

「俺の発展アビリティに、毒など身体に害となるものを無効化するものがある。それが発動したのかもしれん」

「なるほど。つまり私の料理は味だけで害になるって事かぁ…………って、いくらなんでも酷くない!?」

「だがそれ以外に味がない理由が思いつかん」

「普通に味付けが薄かっただけだよ!」

 

 そう言ってシルは自分が焼いた魚を一口食べ…………気絶した。

 

 

 

 

 

「あれはこの世の味じゃない……」

 

 ヴァルドに膝枕されながらシクシク泣くシル。流石にショックを受けたらしい。

 

「安心しろ。ベルに提供してるのは、辛うじて喰える。味も感じるから害にはなってないのだろう」

「安心させる要素ある!?」

「…………………すまん」

「謝られると余計惨めだよぉ」

 

 さめざめと泣くシルの頭を撫でてやりながら、ヴァルドは何と声をかけるか、と考え込む。

 

「………先程お前が言った世界を救う場所に俺が居る、と言ったのは………お前で二人目だ」

「初めてじゃないんだ。リヴェリア様?」

 

 シルの言葉に無言の肯定を返すヴァルド。

 

「で、何があった?」

「え?」

「お前が急に、予定もなくデートに誘うのは良いことがあった時や嫌なことがあった時だ。ベルがアイズと修行した姿でも見たか?」

「…………なんで、嫌なこと前提?」

「それなりに付き合いも長い。それぐらいは解る」

「…………もう大丈夫。スッキリした」

「そうか」

 

 

 

 そして翌日。店の準備をしつつ、ふと外を見るシル。今日もベルはアイズ達と特訓しているのだろう。冒険者の特訓、自分に関われない時間。

 

「……………」

 

 パン、と両頬を叩くシル。

 

「よおし、今日も一日がんばるぞお!」




因みにギルドの接触禁止も流石に公共施設の入場禁止はできないので、アミッドのだし汁温泉が出来るとオッタルとヴァルドがサウナで我慢比べをして、ロイマンが慌てて向かって監視するという………………話を何時か書きたい


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保護者達

「リヴェリア?」

「ヴァルドか………」

 

 今日は一日修行だというベルの様子でも見てこようとしたヴァルドは、道中コソコソしている人影を見つけた。滅茶苦茶知り合いだった。

 

「………アイズか」

「ああ、最近どうにも様子がおかしくてな。レフィーヤと二人で何やら隠しているようだが」

「…………こっちだ」

 

 鉢合わせるとアイズが色々困惑した挙げ句壊れそうなので、別の市壁に案内する。

 素直に後に続いたリヴェリアは少し離れた市壁の上に来る。

 

「彼処だ」

「あれは…………」

 

 ヴァルドが指差した市壁の上で、アイズとベルが戦っていた。いや、戦いと言うには一方的に過ぎるが……。

 

「………修行をつけているのか?」

「そのようだな」

「…………………」

 

 アイズの戦いのいろはは【ロキ・ファミリア】の経験(ざいさん)であり、おいそれと他派閥にあたえていいものではないのだが………。いや、それを言うなら元幹部が彼の師だが…………それに………

 

「…………はぁ、仕方ない」

「許すのか?」

「私が許すと思っているから連れてきたのだろう? 全く白々しい」

 

 と、ヴァルドの頬を抓るリヴェリア。Lv.6でも魔導師の力では内出血すら起こさない。

 

「否定はしない。お前が俺を理解しているように、俺もお前を理解しているだけの話。隠すようなことでもない」

「……………………」

 

 何でこいつは恥ずかしげもなくこういう台詞が言えるのだろう、と僅かに頬を染めながら睨むリヴェリア。

 ヴァルドとて他人からの好意は理解しているが、それ以外は弟子に劣らず鈍感なので今の発言のどこに照れさせる要因があったのか解らず首を傾げる。

 

「…………む?」

「ん?」

 

 と、ふと見るとアイズ達が横になっている。あれは、寝ている。

 

「恐らく連日早朝から起きて、疲れが溜まっていたのだろう」

「だろうな。絶対どこでも寝られる特訓とか言ってるだろうアイズは…」

 

 ヴァルドの言葉にはぁ、と頭を抱えるリヴェリア。年頃の娘が男の横で眠るなど。レフィーヤもアイズに素直に従い寝てるし。

 いや、これもいい変化なのだろう。アイズも、そしてレフィーヤも………。

 

「…………おい、お前の弟子が何やら悶え始めたぞ?」

祖父の教育(心の闇)に飲まれかけているな、あれは。なんとか抵抗しているようだが」

 

 

 

 

 隣で眠る美少女二人。幾ら義母(はは)が美人だろうと、だからといって女に慣れるわけでもなく、ベルはガチガチに緊張していた。

 

『ゆけ、ベルよ』

 

 ………ん?

 

 突如頭の中にひびいた懐かしい声。聞き間違えるはずのない、ベルの育て親の一人の祖父の声が何故か頭の中に響き、気が付くとアイズが近付いていた。

 

『ゆくのだ、ベルよ。行けぇーい!!』

「!?」

 

 自分から無意識に近づいたと漸く理解したベル。それでも体が離れてくれない。むしろちょっと近付いた!?

 

『寝込みを襲えぇぇーい!』

(いいぃっ!?)

 

 祖父の教えがベルの体を動かす。

 あどけない寝顔のアイズ、その睫毛もよく視えるほど顔が近付く。

 

(いやいやいやいやいや!? 駄目だよ、おじいちゃん!!)

『え? じゃあそっちのエルフにする? ベルったら相変わらずエルフスキーなんじゃからー』

 

 レフィーヤサァン!?

 違う、違うよおじいちゃん! 寝込みを襲うのがいけないんだ!!

 と頭の中で祖父の言葉と言い合うベル。

 

『問題ない。寝込みの接吻程度、お前の義母(はは)も──』

『【黙れ殺す(ゴスペル)】』

『ぐあああああああ!?』

(お、おじいちゃぁぁぁん!?)

『ベル………解っているな?』

 

 頭に響く義母(はは)の声に、スンと平静を取り戻すベル。そのまま横になり微睡みに沈んでいった。

 

 

 

「………ふむ、必要なかったか」

「ああ。弓を下ろせ、リヴェリア」

「お前もその石を捨てたらどうだ?」

 

 両親(保護者)は各々の獲物をおろし、暫く様子を見守る。

 

「…………あの子は、変わってきている。いい傾向だ」

「それが見ず知らずの男によるもので、少し不満のようだな」

「………よく解る」

「お前のことならば」

「別に私だけでもないくせに」

「まあ、そうだな」

 

 5年ほどともに過ごした女とか友人とか二人で組んだ回数が一番多い妖精とか一番抱いた回数の多い娼婦とかともに競い合った獣人とかの機微は大体察せる。

 

「………戻るぞ」

「許すのか?」

「ああ。あの子に………いや、あの子達にとっていい刺激になるだろう。知っているのは私達だけ、一先ずそれで良い」

 

 そう言って仲良く眠る三人を見るリヴェリア。

 

「お前の弟子だ。不埒な真似もすまい………いや、先程揺れていたがまあ、いざ実行に移す勇気もないだろう」

「……………否定はしない」

 

 いざという時間違いなくヘタれるだろう。というかさっきの葛藤は祖父の教えに対するヘタレが自分を止める誰かの形で頭に響いたのだろうし。

 

「そういえば、もうすぐあの子のランクアップが公式に発表される」

「そうか。ベルのいい刺激になれば幸いだ」

「並び立ちたいと思った相手がLv.6に昇格したのだぞ? いい刺激にはならんだろ」

「…………そうだな。だがきっかけにはなる」



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努力する理由

「Lv.6………? アイズさん、が……」

 

 ギルドの提示版に、【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインのランクアップの公式発表が載る。

 

「本当に少し前だったかな。ヴァレンシュタイン氏が【ランクアップ】したって公式発表されたのは……」

 

 しかもその方法は大規模パーティーで挑むべき階層主──『迷宮の孤王(モンスターレックス)』──の単独討伐。

 成し遂げたのは公式ではヴァルドとオッタルだけ。後、彼等は知らないがリヴェリアも魔導師の天敵(アンフィスバエナ)を討伐している。だがベルにとって重要なのは、憧憬の、それも恋慕の対象に差を開かれてしまったという事実。もとより開いていた差が、更にその背が霞むほどに遠くなった。

 

「…………………」

「あ、あのね。今回のことは気にしなくていいと思うの………」

 

 ベルの想いを知っているエイナは何とか慰めようとするがベルは何処か覚束無い足取りで歩き出す。

 

「あ、すいません。ぼーっとしちゃって………今日はもう、帰ります」

「…………ベル君」

 

 強がってみせたが、やはりショックは大きい。

 遠い。

 遠すぎる。

 追い付かなくてはならないあの人と、自分の間に開く隔絶とした距離。

 

(………何時かお義母さんや貴方を守れるような英雄になりたい、か……)

 

 それは何時? そんな日が果たして本当に来るのだろうか。

 

「わっ!」

「おっと」

 

 下を向いて歩いていれば、誰かにぶつかる。

 慌てて顔をあげると小柄な少年。しかし、人ではない。神だ

 

「ご、ごめんなさい!」

「いいよいいよ〜、気にしない気にしない!」

 

 ケラケラヘラヘラと楽しそうに笑う軽薄な少年神。怒っていないようでホッとため息を吐く。

 

「どうしたの? なにか暗いね、僕様に相談してみなさい」

「え、でも………」

「これでも神だぜ? 永く存在してるんだ、下界の子の悩みの一つ二つ相談に乗れるさ」

「……………」

 

 実際、ただ悩んでいたところで自分になにか思いつくとは思えない。神様が親身になってくれるのだし、と自分の迷いを話すベル。

 

「ふ〜ん、憧れの人が更に強く。良いことじゃん! 君の人を見る目は間違ってないってことだろう?」

「それは………」

 

 憧れた存在が、実際に凄いと証明されたのだ。喜ぶことはあっても、悲観にくれるとしたらそれは自分のただのわがまま。待っていてほしいなんて、勝手が過ぎる。

 

「まあそれも子供の思いというのなら、僕は止めないぜ。君と仲良くしてたくせに君を置いてくなんて、確かに酷い女だ!」

「ち、違います! アイズさんは…………!」

「あ、そう? なら君が情けないだけか〜」

「っ!!」

 

 神の嘲笑を否定できずに歯軋りするベルに、神はやはりケラケラと笑う。

 

「自分が追いつけないからって待っててほしかったなんて、そんなんで良く強くなろうって努力したなんて言えるね〜。努力ってね、報われる奴は天才だけなんだ。凡人には無理無理、ましてや憧れの人が強くなったのを喜べない君みたいな奴はさ〜」

「……………」

「そんな君に元気になる魔法の言葉を教えて進ぜよう………ほら、あれ」

 

 と、少年神が指さした方向にはサポーターらしき人物。

 

「ああいう風にさ、冒険者に寄生するしか能のないサポーターだっているんだ。君はあれより上……『僕は彼奴等よりまし!』………ほら、そう思うと気が楽になる」

「…………やめてください」

「…………あれ〜?」

 

 ベルが不愉快そうに顔を歪めると少年神は態とらしく首を傾げる。

 

「誰が下とか、自分が上とか………そんな事、考えたくもありません」

「なら誰がランクアップしたかなんて気にしなくていいのに〜。差を感じて差別してるのは君も同じだろ〜?」

「っ!!」

 

 言い返せない。

 事実としてベルはアイズと自分を不釣り合いだと決め付けている。

 

「まあなら簡単だよね。強さに差があろうと関係ないなら、別に無理に強くなる必要なんてないんだから」

「それは………」

「いやぁ〜、これで解決だね! 今日も下界の子供達を導いてしまったゼ☆」

「……………」

 

 ()()()()()

 動作一つ一つに悪意が見て取れるのに、この神は間違いなく人類を愛している。その歪さが、酷く気持ち悪い。

 

 

「ああ、探しましたよ。こんな所に一柱(ひとり)で………」

「ああジミー君じゃ〜ん」

「私の名は………いえ良いでしょう。おや、そちらの方は?」

 

 と、唐突に現れたのは一人の青年。なんというか、印象がないというか、人混みに混じれば見失いそうな顔立ちだった。

 

「そういや名前聞いてね~や」

「はぁ………彼はまあ、無害そうですがお気をつけください。貴方は大事な客神(きゃくじん)なのですから」

「めんごめんご☆」

「本当に反省しているんですかねえ」

 

 はぁ、と疲れたように嘆息する青年は、ベルへと体を向ける。

 

「このお方が迷惑をかけたようなら謝罪します。何分、神々には変わった方々が多いでしょう? この方も例に漏れず変り者で………」

「ウェ〜イ☆」

「………おや、もしや貴方はベル・クラネルでは?」

「僕を知ってるんですか?」

「ええ、まあ。有名ですよ、あの英雄が連れてきた英雄候補ですからね」

 

 ニコッと優しげな笑みを浮かべる青年に、しかしベルは恐縮してしまう。

 

「え〜、その子があ? 憧れの女の子が強くなってショックを受けちゃう子が〜?」

「嫉妬ですか。ええ、それも素晴らしい感情だと思いますよ。超えたい、負けたくないという願いなくして強くなれるのは極一部の人間でしょう。それこそ、英雄と呼ばれるような」

「あはは、えーゆー! すごいよね、凡人じゃあ努力したって追いつけない」

 

 笑う少年神。

 やはりそれは、悪意を持った言葉。努力だけでは英雄になれないと彼はあざ笑う。

 

「私はそうは思いません」

 

 それを否定するのは、青年だった。

 

「信念と弛まぬ努力があれば、如何なる不可能も可能になる。事実私は抗うことなど不可能な『サイカ』を打ち破ってみせた英雄を見たことがあります」

「ふ〜ん?」

「努力は限界を突破する。あらゆる偉業を成し遂げるでしょう。しかしそれを、称賛されるべき形で行える者が少ないだけです。何故なら彼等はこぞって()()()()()()のだから」

「認められない?」

 

 努力を認める彼が、なぜそのようなことを言うのか困惑するベルに、青年は続ける。

 

「ええ、ええ。人々は英雄の軌跡とは白くあることを望む。汚れが一つでもあれば騒ぎ立てる。嘗てかの英雄が、たった一人の女と、悪とともに姿を消したオラリオはそれはもう醜いものでした」

 

 功績は偽りだと騒ぎ立て、強さは幻想、これまで救われた者達すら喧しく騒ぎ立てた。無論、そんなものはすぐに情報操作で押し潰されたが。それでもその間、彼に救われたことを感謝する者達、彼を称える者達の声は()()()()()()

 

「人は努力に()()を求める。それがどれほどの偉業だろうと、シミ一つ見つければこき下ろす。オラリオではそれが顕著ですよ? Lv.2に、3に至るのは十分な偉業。ですがランクアップ当時は褒め称え、しかし直ぐに忘れ、或いは成長出来ぬ存在を嘲る。自分はなんの努力もせず、何も成していないというのに」

「………………」

「ええ、ですからそれでもなお努力を貫けるものがいるとしたら、それは正しく、それだけで正しく英雄の如き信念を持っていると言えるでしょう」

 

 「故に私は努力を肯定します」と、青年は語る。

 

「努力をすれば必ず夢はかなうでしょう。不断の努力が報われないとしたら、それは成果がついてこないのでなく認められないだけなのだから」

「…………でも、努力って言われてもどうすれば」

「簡単ですよ。偉業を成せば良い」

「偉業?」

「ええ、私これでも第一級に分類されるレベルでしてね。だから、知っています。偉業をなす、それが冒険者がランクアップへと至る道。己より強大な敵に打ち勝つ、より上位の『経験値(エクセリア)』を手に入れ一定量を超過する。それがLv.上昇(ランクアップ)の条件です」

「でも、自分より強い相手って普通負けちゃうんじゃ………」

「だからこその偉業が認められるのです。貴方の師のように」

 

 ヴァルドのように、と言われ微かに肩を震わせるベルを見て青年は微笑む。

 

「では私達はこれで」

「まったね〜☆」

 

 青年は少年神を引き連れ去っていった。

 ベルもホームへ戻ろうと歩きだし………

 

「あ、ベルさん! 丁度いいところに、会いたかったです!」

 

 シルに捕まり店の手伝いをさせられた。

 

 

 

 

「全く、お気をつけください。見つかったのが弟子の方だったから良かったものを」

「あはは。大丈夫大丈夫、あの化け物にだって顔は見られてないよ…………見られてないはずだけど」

 

 青年の言葉に少年神は引きつった笑みを浮かべた。

 

「しかしあれだよね〜、ちょーっと下界の戦争を引っ掻き回そうとしたところでオラリオに帰還中の英雄に鉢合わせるとかついてないよ」

「ですが、そのおかげで貴方はこうしてこの都市へと来た」

「まあね〜、開始の一撃で砂漠の一部が吹っ飛んだもん。『あ、こりゃムリゲー。逃げなきゃ死ぬな』って使えそうな子引き連れてスタコラサッサーってね………で、君達()()に勝てるの?」

「さあ………ですが一つだけ言わせてもらうとするなら、()()()()()()()()()()

「……………」

「ようは英雄を()()()()()()()()()………らしいですよ。私にはとんと興味のないことですが」

「ふーん………都市の破壊者(エニュオ)って奴は、あれだね。あの化け物さえ帰ってこなければ作戦通りだーって高笑いしてたろうに、戻ってきたせいでもうこれしかないって慌ててると見た」

 

 アハハハハ、と愉快そうに少年神は路地裏から人気のある大通りを見つめる。

 

「僕みたいな新参が今更やれることなんてないと思ったけど、まぁまぁ楽しそうだね、オラリオって街は」

「ええ、ええ、それはもう……では此方へ、神ラシャプ」

 

 

 

 

 

「ベルさん、今日はごめんなさい。ほんとうにありがとうごさいました」

 

 『豊穣の女主人』の手伝いから開放され、今度こそ帰ろうとするベルにシルがお礼を言った。

 

「…………あの、ベルさん」

「はい?」

「………冒険は、しなくてもいいんじゃないでしょうか」

 

 心配そうな声で、シルは言う。冒険をせねば強くなれない冒険者に向かい。

 

「無理はなさらないでください。なんだか、それだけ伝えたくて」

「………シルさん」

「まあこの街には、何時も無理ばっかりして人に心配ばっかりかけるどーしようもない人もいますが」

「シ、シルさん………?」

 

 ふと師の『美人は怒ると怖い』という言葉を思い出した。

 

「ベルさんはくれぐれも、散々心配かけておいて『デートする約束があるから死ぬ訳には行かないだろう』とか調子良い事ばっかり言う所まで似ないでくださいね! 絶対ですから!」

「は、はいぃ!!」

 

 良く分からないが取り敢えず逆らえる気はしなかった。

 

 

 その翌日。アイズとの鍛錬最終日。

 アイズと対面して、改めて追いつきたいと思った。彼女の、そして自分の師でもあるヴァルドにも。

 絶望的な差だとしても……それでも、あの高みへと手を伸ばすと、改めて心に誓う。




ちなみに今回の護衛はリュー一人だけだった


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猛牛

Q.ヴァルドはリヴェリアの裸、見たことあるん?『PN.道化』
A.あるよ。水の都でファミリアと逸れた際、体温の低下を防ぐために気絶したリヴェリアを脱がせた。なお、この事を知ったのをリヴェリアに知られると頭痛とともに記憶を失う。


Q.ヴァルドは、年上の女の人をどう思ってるのかしら『PN.天秤と翼』
A.年上だと思ってます


Q.奴は誰かに頼るということを知らんのか!?『PN.月の姫』
A.知ってたらもう少しやりようもあったろうな


Q.奴は猪以外の冒険者をどう思ってやがる『PN.戦車』
A.冒険者だと思ってます


Q.ヴァルドとリヴェリアの関係がエルフの里にバレたら不味くないかの?『PN.Lv.6ドワーフ』
A.世界中のエルフが束になった程度で負けるわけないので大丈夫です。


Q.どうやったら彼奴を殺せますか?『PN.名無しの従者』
A.毒も呪いも魅了も効かないので、殺せるだけ強くなれば殺せます。後はまあ、恩恵を封印してすぐにLv.5以上3人がかりぐらいで襲わせれば可能性があります。


 例えば、と思うことがある。

 例えばもし、あの時『才禍』を彼女達全員と倒していれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()『災厄』と戦い持ち堪えられていたのではないか、と。

 元より一人しか残らない筈だったとか、壊滅するはずだった彼女達の【ファミリア】を残せたとか、そんな事言い訳にもならない。

 『彼女』がヴァルドを警戒して()()()()()()()()()()とか、漆黒の怪物が幽冥の神により2体目も召喚されたとか、戦力を分ける理由は十分あったとしても、ヴァルド・クリストフにとっては誰がなんと言おうとあれは失態の記憶。だから、【アストレア・ファミリア】に会えても彼女達を誰よりも愛していたアストレアに会うことが出来なかった。出来なかったのだが………

 

「来ちゃった♪」

 

 街を歩いていると向こうから来た。しかも眷属(むすめ)達とは何度か会ってるくせに自分に会いに来ないことをちょっとキレてる。

 

「…………お久しぶりです、女神アストレア」

「………………………」

 

 そのまま【アストレア・ファミリア】のホームに連れて行かれるヴァルド。挨拶するがにっこり微笑んだままだ。

 

「…………久し振りだな、アストレア」

「ええ。だいぶ前から帰ってたのにね」

 

 やはり美人は怒ると恐ろしい。笑顔のままだが逆らえそうにない。

 

「………貴方が私に会いに来なかったのは、罪悪感?」

「…………ああ」

「あの子達の成長の機会を奪ってしまった事と、何時か起こる災厄を防げなかったことに対する?」

「そうだ」

 

 神に嘘は通じない。故に素直に応えるヴァルド。いや、ヴァルドは神の権能を防げるが、それでも嘘をつかずに誤魔化すという手段を取らないのはアストレアに対する罪悪感だろう。

 

「………俺が知る限り、本来なら【アストレア・ファミリア】はアルフィアに打ち勝ち11人全員がランクアップするはずだった。だがアルフィアを倒したのは俺一人。彼奴等はエレボスの呼び出した漆黒の階層主(ゴライアス)……ランクアップしたのはアリーゼ、リュー、輝夜の3人」

 

 その後別の戦いを経てランクアップしたが、あの時にランクアップしていれば『災厄』と戦う時、もう少し持ち堪えていたかもしれない。

 

「そしたら間に合ったかもしれない? それはあの子達への侮辱よ」

「………………」

「あの子達だって強くなるために頑張っていたわ。その機会が一つ奪われていただけで、貴方が知る彼女達より強くなれないと決めつけないで」

「………すまん。軽率を詫びよう」

「もっと早く会いに来てくれたら、早く解決したんだけど」

「…………すまん」

「別に怒ってないわ。ええ、怒ってないの」

 

 間違いなく怒っているが指摘しないことにした。これは、ヴァルドが自分を責めていたことを怒っているのだから、指摘したら余計不機嫌になる。

 アストレアが怒ると長い。とても長い。口を利かないくせに何か言いたげに頬を膨らませて服の裾を摘んで付いてくる。

 

「…………俺は、少なくとも四人は救えた。これからはそれを誇る」

「……………」

 

 正解だったらしく、アストレアから怒気が消える。

 

「ええ、そう。貴方は救ったの………あの子達を救ってくれたのよ。だから、何も救えなかったなんて自分を責めないで。それは、助けてもらったあの子達への侮辱よ」

「……………ああ………ああ、それならば反省もしよう」

「ふーん。さっき軽率を詫びるって言ったのに、反省はしてなかったのね?」

「………………」

 

 失言だった。

 ニコニコしているアストレアが怖い。

 

「たっだいまー! アストレア様ー、ステイタス更新を………あらヴァルド、来てたの」

「今日はお前がダンジョンか」

「ええ、ヴァルドの主神様やベル君の護衛があるから皆んなで潜れないのよね」

 

 アストレアの護衛なら、昔と違い余裕のある【ファミリア】にお願いして遠征に向かえるが、ベルとヘスティアまで守るとなると人手が足りない。

 

「すまんな」

「気にしなくていいわ。貴方には返しきれない恩があるもの。気にすると言うなら、そうね……今度デートでもしましょう、アストレア様と!」

「え………ええ!?」

「何故そうなる」

「だってヴァルドったら女神様の中で一番美しいのはアストレア様〜って言っておきながらデートの一つでもしたことないじゃない。はっ、まさか美の女神様達をかわすための嘘? 本当はいやなの!?」

「…………………」

 

 ヴァルドが『アストレアこそ最も美しい女神だ』と言った時の事を思い出したのか頬を染め、その言葉に嘘がないのを事の発端となった発展アビリティ『耐神威』を手にしていたせいで把握出来ないので不安そうに見詰めてくる。

 

「いや、アストレアは誰よりも美しい。そこに噓はない……神に逆らう力を手にした俺の言葉に信憑性があるかは解らんが」

「………もう、意地悪言わないで。ちゃんと信じるわ」

 

 『耐神威』などという、いざとなれば地上の子供が神を害せない絶対性を覆す発展アビリティを得たヴァルドを面白がる神も多いが警戒する神も多い。だから、ヴァルドに関しては神々は本神(ほんにん)に信じて貰うしかなく、アストレアはコホンと咳払いしながら信じる。

 

「じゃあアストレア様とデートしましょう! それとも輝夜とデートする? 色々言いたいことありそうだったわ。はっ、まさか狙いは私!?」

「………………」

 

 アストレアは無言でヴァルドの服の裾を掴む。

 

「輝夜か………いや、デートならアストレアとする」

「私も候補に入ってるんですけど〜? あ、そうそう。貴方のライバルの【猛者(おうじゃ)】、なんだか不思議なことしてたわ」

「…………知っている」

 

 【ロキ・ファミリア】の遠征が行われる。ならば、ベルの冒険も今日だろう。だからこそダンジョンには近付かない。

 

「…………面倒くさいわよね、ヴァルドって」

 

 何かを察したのか、アリーゼはそれだけいうと何も聞いてこなかった。

 

「………ベル達の護衛なら、そろそろ解除する。元々ガネーシャもやってくれていたしな」

「あら、いいの?」

「別の宛も向かってる」

「別の?」

「【アルテミス・ファミリア】だ」

「まあ、アルテミス!?」

 

 と、その名に同郷のアストレアが嬉しそうな顔する。

 

「【アルテミス・ファミリア】って、下界に散らばったモンスター専門の狩人よね? 良く来てくれることになったわね」

「ヘスティアとアルテミスは神友(しんゆう)で、後人里近くのモンスターの殲滅と竜の谷を含めた秘境のいくつかを半壊させた」

 

 モンスターの群生地をヴァルド一人で殲滅させに行けば逃げたモンスターがどのように散らばるか分からない為、あくまで縄張りを追い出される個体が減るように半壊だ。時期が整えば【アルテミス・ファミリア】と共に壊滅させることも約束した。

 

「その為にも【アルテミス・ファミリア】の強化も必須。奴等もダンジョンに潜るから、偶に代わってもらう必要はあるが」

「ええ、わかったわ。ふふ、三柱(さんにん)で揃うのも久し振り」

 

 アストレアはそう言って楽しそうに笑った。

 

 

 

 

 

「ブゥオオオオオオ!!」

「な、なんだコイツ!? ただのミノタウロスじゃ………ぐぇ!」

 

 気絶させられ、箱に閉じ込められ運ばれていたミノタウロス。

 しかし突然箱は開き、ミノタウロスは褐色の肌を持った女達を睨み鬱陶しそうに大剣を振るった。たかがミノタウロスと油断していた彼女達はその一撃で絶命し動揺していた者達を殴り殺す。

 

「………………」

「グゥ……」

 

 自分を閉じ込めた強き者。鍛えられたからこそ解る、絶対的な差。この中で唯一勝ち目のない相手は此方を無言で見つめる。

 

「…………あちらに行け」

 

 そう指差す方向を見るミノタウロス。言葉は理解していない。しかし、身振りで言いたいことは解る。

 ミノタウロスはそちらへと歩き出した。

 

 

 

 

 

『ベル・クラネル

Lv.1

力:SS1009

耐久:SS1287

器用:S907

俊敏:SS1562

魔力:A876

《魔法》

【ファイアボルト】』

 

 

 

 

「…………?」

「どうしました、ベル様」

 

 肌がカサつくような感覚に落ち着かないベルにリリが不思議そうに声をかける。

 

「いや、なんていうか………ちょっと、おかしくない? モンスターが少ないっていうか、ダンジョンが静かっていうか」

「そういえば………」

 

 9階層に入ってから、なんだか気持ち悪い。肌を這う汗が鉛のように重い。

 あまり長居したくない。早めに10階層へと向かおうとした時だった………

 

「──ヴ──ォ」

「!?」

 

 背後から聞こえた声に振り返る。

 ボタボタと血が地面に垂れる。腕に持つのは、ダンジョン・リザードの死骸。魔石が噛み砕かれ灰へと還る。

 

「…………え」

 

 ダンジョン・リザードを食ったモンスターの姿を見て目を見開く。

 ありえない!

 居るはずがない!

 だけど、いる!?

 

「ヴゥオオオオオオ!!」

 

 巌のような筋肉。針金のような剛毛。ねじ曲がった角。

 中層に出現する、上級冒険者でさえ殺すこともある怪物、ミノタウロス。その適正Lv.は、2。

 

「ミノタウロス!? なんで、9階層(ここ)に!? に、逃げましょうベル様!」

「グオオオオオ!!」

 

 リリの叫びを掻き消すような咆哮を上げ大剣が振り下ろされる。咄嗟に剣を斜めに構え、受け流す。

 

「ずっ!?」

 

 重い!

 受け流しきれなかった衝撃が腕を通し全身に伝わる。爆発でもしたかのように飛び散る地面の破片が体に当たる。

 

「きゃあ!?」

「リリ!?」

 

 その礫でリリが吹き飛ばされる。

 攻撃を外そうとその余波で、サポーターを殺しかねない怪物にベルの顔から血の気が引く。

 

「ヴヴォオオオオオオ!!」

「っ! 【ファイアボルト】!!」

 

 何時でも殺せるリリを獲物としてすら見ていないのか、距離を取ったベルに真っ直ぐ向かってくるミノタウロスに連続して魔法を放つが威力の低い速攻魔法の雨はミノタウロスの硬皮と剛毛に防がれ突破される。

 拳が鎧にめり込み、バギンと金属が砕ける音が響く。壁まで吹き飛ばされ慌てて空中で姿勢を整え足を曲げながら衝撃を殺す。

 

(鎧がなかったら、やられてた!)

 

 圧倒的な能力値(アビリティ)の差。

 勝つ姿が想像できない。そんな怪物が、自分の攻撃を2度も受け尚も立っているベルに警戒心と敵意を向ける。

 

「べ、ベル様……」

「っ! リリ、逃げて!!」

 

 と、吹き飛ばされたリリが立ちあがりベルの名を呼び、ベルは慌てて逃げるように叫ぶ。その声に反応したかのようにミノタウロスが襲いかかってくる。

 

「ベル様ぁ!」

「リリ、逃げて!!」

「っ!!」

 

 ベルの言葉にリリは置いて逃げるなんて出来ないと首を振る。

 

 何でだよ!? リリが居たら逃げられないだろう!? リリがこの場から離れたら僕だって逃げられる!

 解るでしょう!? 解らないの? お願いだから解れよ!!

 

「早く………早く、いけええ!!」

「っ!!」

 

 お願いではなく、命令。ビクッと肩を震わせたリリは一目散に走り出す。これでベルも逃げられる…………訳がねーだろ!

 

(此奴が、リリに狙いを定めたら………!)

 

 

 ここでミノタウロスを抑えなきゃならない。そうじゃないと、自分は逃げられたとしてもリリが、誰かが死ぬ。

 だが、ダンジョン・リザードの魔石を噛み砕いていた。間違いなく強化種。Lv.1の自分に勝てるのか? いや、耐えていればリリが人を呼んでくるかもしれない。

 

「っ! 来い!!」

「ヴゥアアアアアア!!」

 

 

 

 

 ダンジョン上層、【ロキ・ファミリア】遠征選抜隊。

 

「アイズアイズ、聞いた? 【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師(ハイ・スミス)達がついてきてくれるんだって」

「うん、聞いた。すごいね」

 

 これで武器の手入れをしながら進める。その筆頭である椿は何やら個人的な依頼を受けていたようだが主神命令で参加させられたらしい。

 

「【ヘファイストス・ファミリア】の連中か。なら足手纏いにはならねーな」

「出た……ベートって何でそんな言い方しか出来ないの? 他の冒険者見下して気持ちいーの? あたしそういうの嫌い」

「ああ? 雑魚なんて見下したところで愉快なわけあるかよ。俺は事実を言ってるだけだ。俺は弱ぇくせに何もしねぇでヘラヘラしてる奴が大嫌いなだけだ。虫唾が走る」

 

 脳裏に浮かぶのは兎のような少年。恩恵を得たばかりで、キラーアントと渡り合っていた駆け出し。

 

「泥にまみれて歯を食いしばって努力したってんなら好きにすりゃいい。それすらできねえなら強者に文句言わず黙ってりゃいいんだよ」

「強者の位置に立ったものの驕りにしか聞こえんな」

「そーだよ。ベートだって弱っちい時があったくせに〜」

「…………」

 

 その言葉に頭に過ぎるのは、愛した女達と死に顔。

 

「……身の程を知れって言ってんだよ、俺は」

 

 身の程。

 あの日、あの場所でベルは泣いていた。ベートの言葉で、自分達のせいで、嫌というほど身の程を知らされて。

 それでも這い上がった。ヴァルドに師事されているという誇りもあるのかもしれないが、それだけだろうか? あの日の悔しさをバネにして?

 

(………っ! なら、まさか………)

 

 ベルに尋ねた、強くなりたい理由。憧れの人がいると言っていた。師であり、義母であり、そしてこの街で新たに生まれた憧れが居ると。レフィーヤに先に聞かれていたらしいがそれは置いといて、その相手はまさか

 

(ベートさん!?)

 

 『漢之背中』という奴だろうか? 何時だったかロキがそんなことを言ってた気がする。

 自分の想像にショックを受けたアイズをベートが不思議そうに見る。

 

「?」

 

 が、そこで顔を上げるアイズ。足音……4人。酷く慌てている。

 

「ねー、どうしたのー?」

「げえ、【大切断(アマゾン)】!?」

 

 見えてきた人影にティオナが心配から声をかけるもモンスターでも見るかのように驚かれた。

 

「そんなに慌ててどうした。仲間でも見捨ててきちまったか?」

「んだと!?」

「おい、よせって!」

 

 ベートの物言いに一人が激高するが第一級冒険者に勝てるはずのないと嘲笑に文句一つ言わないリーダーが抑える。その様子につまらなそうな顔をするベート。

 

「……ミノタウロスが居たんだ」

「あぁ?」

「だから、ミノタウロスだよ!! あの化け物がこの上層で彷徨ってやがったんだ! ()()()()()()()()()()()()()()()、俺達はとにかく逃げてきたんだ!」

「!? その冒険者を見たのは何処ですか!? 冒険者が襲われていた階層は………!」 

「きゅ、9階層だ………」

「──」

「アイズ!?」

「何やってんだお前!?」

 

 階層を聞いたアイズは走り出す。もし本当に『彼』が襲われているとしたら、勝ち目はない。殺されてしまう。

 

 

 

 

 9階層。猛牛の鳴き声と戦闘音が微かに聞こえる。

 間違いなくこの階層にいる。と探しに行こうとしたアイズの前に、小柄な人影が現れる。

 

「冒険者…さま………どうか、お助けください…………!」

 

 血を流し、ここまで懸命に走ってきたのだろう、アイズを見て気が僅かに抜けたのか力が抜け倒れる少女はそれでもまた立ち上がろうとする。

 

「あの人を………ベル様を………!」

「っ! 場所は?」

「正規ルート……E-16の広間(ルーム)………」

 

 少女が指さした方向に走り出す。

 目的の広間(ルーム)に通じるルートの、最後の広間(ルーム)を通り抜けようとして、人影が見えた。

 

「止まれ」

「っ! 【(おう)(じゃ)】………」

 

 二M(メドル)を超える巨軀。防具を纏った巌のような筋肉。

 肌を刺すような威圧感。

 背囊から大剣を始めとする無数の武器を地面に刺しながら、男は告げる。

 

「手合わせを願おう………」

「っ! どうして、今………?」

「敵対する積年の派閥(かたき)とダンジョンでまみえた。殺し合う理由は、それで足りんか?」

 

 【ロキ・ファミリア】と最強の座を争う【フレイヤ・ファミリア】の団長にして、ヴァルド・クリストフ同様最強(ゼウス)と同じ頂にたどり着いた冒険者。

 Lv.8、【猛者(おうじゃ)】オッタルはそう言って剣を構えた。




オラリオコソコソ噂話
美の女神からの立て続けの襲撃の際に、ヴァルドは責任を感じて【アストレア・ファミリア】と共にアストレア様を守っていたんだけど、その際『星屑の庭』に泊まっていたんだ。必要ないからと全然寝ようとしないヴァルドにアストレア様が膝枕したんだって


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始まりの冒険

 眼の前で構える武人、オッタル。

 Lv.差があるから当然とはいえ、過去に何度もアイズの師であるヴァルドを降した男。

 

「…………」

 

 それでも、彼の背後に用がある。

 

「そこを……どいて!」

 

 小細工なしの渾身の踏み込み。

 並の冒険者では知覚すら不可能の神速の袈裟斬りを、オッタルへと放つ。

 

「温い」

「!!」

 

 その全力の斬撃を、武人は片手の大剣でいとも容易く弾く。

 体が浮き上がり、しかしその勢いを利用して回転しながら斬りかかる。再び、防がれる。アイズは委細構わず連撃を放つ。

 

「あああああああああっ!!」

 

 仮借のない連続攻撃。

 『少年』の危機に、アイズは人形の仮面を脱ぎ捨て彼と知り合い語り合った少女として、進路を塞ぐ男へと斬りかかる。

 

「その動き、そうか………お前もまた新たな高みへと至ったか」

 

 それら全てが防がれる。

 アイズのランクアップの公式発表を知らないオッタルはその動きを見て感嘆と称賛を込め、一撃を放つ。

 

「何処まで強くなる、【剣姫】」

 

 振り下ろしを『不壊属性(デュランダル)』のデスペレートで防ごうとして、吹き飛ばされる。両足で地面を深く削り続け、何とか停止する。

 

(なんて、力…………!)

 

 10M(メドル)近く吹き飛ばされ戦慄するアイズ。

 これがLv.8………いや、違う。これが【猛者(おうじゃ)】。

 階位云々ではない、ヴァルドと同じく愚直に己を鍛え続けた武人の力量。

 だが、それを理解した上ですぐさまオッタルに斬りかかる。

 この先に、ミノタウロスと少年がいる。このままでは間に合わなくなる!!

 行かなくては!

 助けなくては!!

 死なせたくない!!

 

 

「───【目覚めよ(テンペスト)】!」

「むっ……」

 

 第一級の力で振るわれた剣であろうと押し返す風を纏うアイズ。手加減はしない、する余裕もない。

 猛る。

 少年を救うために気流を纏い爆風と共に姿が掻き消えるアイズ。そして、信じられないものを見た。

 

「ぬんっ!」

 

 風を力任せに突破し、アイズの剣を弾くオッタル。再び吹き飛ばされるアイズ。オッタルは、一歩たりとも動いていない。

 

「軽いな」

「──っ!」

 

 圧倒的な力で魔法を捻じ伏せられた。

 壁に()()したアイズは耳を澄ませる。声が聞こえない。

 

「──リル・ラファーガ!!」

 

 速く速く速く!!

 一秒でも早く向かうために、放つ『必殺』。風の槍となって突き進むアイズに対しオッタルは……

 

「ふん!!」

 

 アイズの手首を掴み地面へと押し付ける。技術ですらない力任せのそれに、アイズの必死の一撃は逆らうことすら出来ず地面を抉る。

 

「………………」

「退け、【剣姫】。この先にお前を通すわけには行かない」

 

 腕が、抜けない。立ち上がれない。ミシリと万力に締め付けられるような圧迫感にアイズが顔を歪め………頭上に影が差す。

 

「むっ!」

 

 オッタルに向かい振り下ろされる大鉄塊。

 超重量の大双刃(ウルガ)を振るうのは【大切断(アマゾン)】ティオナ・ヒリュテ。オッタルは獲物を振るい、打ち返した。

 

「どうなってんのこれ〜!?」

 

 大双刃(ウルガ)を弾かれ着地するティオナはしかしすぐさま仲間を襲う敵へと肉薄する。アイズとともに猛攻を仕掛けるティオナ。

 甚だしい破壊力を秘めた大双刃(ウルガ)に、畳み掛けられる複数の斬撃。それでもなお、止められない。

 周囲に突き刺した武器の一つを手に取り振るう。ありえない程の轟撃となり、ティオナが吹き飛びその陰から翔ける一つの影。

 

「猪野郎!!」

 

 オッタルを睨むベートが渾身の蹴りを放った。それを防いだ武人のもとに、湾曲刀(ククリナイフ)が飛来する。

 

「どうなってんのよ、コレ!」

 

 妹と同じ疑問の声を上げるティオネもまた参戦する。第一級冒険者達の猛攻。僅かに生まれた一瞬の隙──アイズは駆け出し

 

「………え」

 

 オッタルに片足を掴まれる。

 誰も反応できなかった。【ロキ・ファミリア】最速のベートも、瞬間的加速だけならベートよりも上のアイズも。

 そのまま、振るわれる。

 

「かっ!?」

「ぐぇ!」

「がぁ!」

 

 咄嗟に回避出来たのはベート一人。ティオナとティオネがアイズと共に壁に叩きつけられ、肺の中の空気を吐き出す。

 圧倒的な速度に、膂力。先程までより、速く重い………手を抜いていた。

 

「これは、どういう状況かな?」

 

 と、そこに現れるフィン。オッタルが視線を向けたと同時に駆け出しており、放たれた突きは受けとめられ、咄嗟に槍を放し距離を取る。

 槍を掴んだままだったならそれごと壁にでも叩きつけられていただろう。予備の武器であるナイフを抜くが、予備とはいえここまで武器を頼りなく感じたのは初めてだ。

 リヴェリアも追いついてきたが、彼女の魔法なら或いは可能か? 詠唱を終えるまで守れればという前提を果たせればだが。

 

「この戦いは派閥の総意、ひいては君の主の神意と見ていいのかな? 女神フレイヤは全面戦争をお望みかい?」

「………俺の独断だ。だが……」

 

 オッタルは剣を構えたままフィン達を見据える。

 

「全面戦争になろうと、叩き潰す自信はある」

「「「っ!!」」」

 

 頭皮に触れる頭髪の感触すら不快に感じるほどに神経が研ぎ澄まされる。Lv.8という怪物を前に、その場の誰もが息をつまらせる。

 

「此処から先を通らぬと言うのなら、俺がなにかすることもない。だが、通ると言うなら……この場で雌雄を決するか?」

「いいやそこまでだ」

 

 と……天井が砕け……否、()()()()()()()()()

 現れたのは白髪の若き剣士、ヴァルド。

 

「そこを通せ、オッタル」

「………………」

 

 その場に揃った二人のLv.8。戦いの音に怯えていたモンスター達はとっくに逃げているが、生まれてくることを拒絶したかのように階層からモンスターの出現が止まる。

 

「………通せ、と?」

「ここで救われるなら………救われることを受け入れるならそこまでだ。だが、そうはならん」

「…………良いだろう。お前も参戦した時点で、俺はこの先を誰も通さぬという目的は果たせない」

 

 剣を収め、地上に向けて歩き出すオッタル。アイズは直ぐ様横を通り抜け、ベートとティオナ達が慌てて追う。

 

「……助かったよ、ヴァルド………我ながら、情けない」

「………………」

 

 笑みを浮かべながらも力強く握られた拳を見て、ヴァルドは目を細める。

 

「しかし、良く解ったね」

「………知り合いの魔術師(メイジ)のおかげでな」

 

 何らかの方法で、監視されていたということだろうか?

 

「行くぞ」

「………この先に、何か見せたいものでもあるようだね?」

「ああ………学ぶべき技術も称賛する駆け引きもない、ただの冒険だがな」

 

 

 

 振るわれる剛腕を神様の剣(ヘスティア・ソード)で横から殴り逸らす。腕は、切れていない。

 切れ味が足りない? いいや、足りてないのはベルの膂力と技術。

 よくよく見れば傷だらけで、片角も折れたミノタウロス。同格か、或いはそれ以上の存在との戦いを経験したであろうミノタウロスの強化種は、力任せではない拙いながらも確かな技を持って大剣を振るう。

 

(Lv.2上位……? まさか、Lv.3は行ってるんじゃ…………!?)

 

 その平均を知らぬゆえに判断出来ぬが、初めてあったダンジョン産のミノタウロスより明らかに強い。個体差で済ませるには足りない程。

 別のモンスターと思ったほうが納得できる。

 

(これが、強化種!)

 

 勝てない。勝とうとするな。リリが助けを呼んでくるまで、逃げ回れと本能が訴える。

 かと言って、下手に距離をとっても助走距離を与えるだけ。なら………

 

「ブオオオオオ!!」

「っ!!」

 

 振り下ろされる大剣を回避し懐に飛び込む。ミノタウロスの死角へ、安全地帯に! と、ミノタウロスの目が自身の肉体の陰に隠れようとする獲物を捉え、頭を大きく振るう。

 

「っ!?」

 

 迫るは角。咄嗟にエイナから貰ったプロテクターで受けるもあっさり貫かれる。鋭い角は僅かに逸れベルの腕を浅く切り裂くだけで済んだ。が、ミノタウロスの角はプロテクターに刺さったまま。

 

「ヴゥン!!」

「っぅ、あ!!」

 

 ブンブンと首を振り回し、角に引っかかったベルが振り回される。プロテクターが砕け宙に放り出される。

 

「が、あ……かはぁ………っぁ!」

 

 天井近くまで投げ出され、地面に落ち空気を吐き出す。全身が痛い。指一本動かすことすら苦痛になる。

 立てない。まずい、死……

 

「────」

 

 死の足音が近付く中、遮るように金色の風が吹く。

 

「………大丈夫? ……………頑張ったね」

 

 【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。ベルの憧憬が、出会い(あの時)のようにベルをミノタウロスから救いに来た。

 

 

「いたぁー! アイズー!」

「チッ、つまんねーことに巻き込まれてんじゃねえっつーの」

 

 ベートとティオナの声が聞こえる。

 二人の気配を感じながら、アイズは怯えるように後ずさるミノタウロスを見る。拙いながらも堂に入った構え。感じる気配は、恐らく強化種。

 

「…………頑張ったね」

 

 本当に、頑張った。

 鎧は砕け、体もボロボロ。それでも、逃げずに戦っていた。勝てなかったけど、君は負けてなんかないよ。

 

「今、助けるから」

 

 

 

 

「………………」

 

 助けられる?

 また………この人に?

 同じ様に、繰り返すように………誰が?

 

 僕が?

 

「ッッッ!!」

 

 立て、立てよ!

 格好悪い自分はもう嫌なんだ! 強くなるって、決めていただろう!?

 憧れた人が居るんだ。同じ憧れを持ってる人が居るんだ!!

 ここで、今立ち上がらずに……ここで助けられて………じゃあ何時立ち上がるって言うんだ!?

 ここで高みに手を伸ばさないで、何時届くっていうんだ!!

 

 

 

「……………」

 

 背後で、音がする。地面を踏みしめ立ち上がる音が。

 アイズのものではない。ミノタウロスでも、ベートやティオナでもない。

 ありえない。立ち上がれるはずがない。立ち上がる必要なんてない。

 勝てる相手じゃない。

 戦える相手じゃない。

 なのに………それが解っていて剣を取れるとしたら………

 

「──いけ、ないんだ!」

 

 ダン、と草原を踏みしめ振り向こうとしたアイズの手を掴み驚愕するアイズを後ろに押しやる。

 

「もう、アイズ・ヴァレンシュタインに………助けられるわけには行かないんだ!!」

「……………」

 

 どう、して……。

 怒りでも、憎しみでもない。その目に宿るのは真っ直ぐなまでの白い決意。

 少年は立ち上がり勝てぬはずの相手に向かう。怒りと憎悪に飲まれなければアイズには出来なかった事だ。

 英雄の器ではなかった。何処にでもいる、しかし優しい少年だった。

 どうして立てる。どうして挑める。

 

「君は……いったい…………」

 

 君はいったい、何なの?

 怖くないの?

 恐ろしくないの?

 憎くないの?

 許せないんじゃないの?

 どうしてそんな顔で、冒険ができるの………?

 

「──っ! 待っ──!」

 

 疑問は後だ。勇気を出したからって勝てる相手じゃない。止めようとしたアイズは、しかし固まる。

 

『そこにいなさい、アイズ』

 

 少年の背中が、父の最後の姿と重なる。

 アイズは伸ばしかけた手を戻す。

 

 

 何が君をそうさせるの?

 解らない……

 

 

 『冒険』をしよう。譲れないこの想いの為に

 

 

 だけど、解るよ。君は今も白いまま、そして……

 

 

 僕は今日初めて冒険をする。

 

 

 ──今私の前で一人の『冒険者』が生まれた。

 

 

 己の『殻』を破り『冒険』に挑む。

 『英雄』への道のりを一歩踏み出した少年を前に、アイズの体は動かなくなる。

 

 

 

 

 最早あの獲物は喰らえない。

 自分より遥かに強い者達が来たからだ。後はもう、殺されるだけ。

 その筈だった。

 獲物は強い者を押しのけ己の前に立つ。武器を構える。

 理解できない。何故そんな真似をするのか。死にたいのか? ただ殺されるだけの獲物のくせに。

 

「────っ」

 

 違う。

 あれは逃げ惑う獲物の目ではない。あれは、彼奴は………あの男は!!

 敵………敵だ。倒すべき、倒さなくてはならない、全霊を持って挑んでくる、全霊を持って挑まなくてはならない、敵!!

 

「………今、あのミノタウロス………笑わなかった?」

「何言ってんのよ、そんなわけ無いでしょうが」

 

 言葉を理解し得ない彼にはその声が自分に向けられているのに気付かない。いや、言葉を理解していようと、気付く必要すらない。

 今自分の全神経を集中すべきはただ一人なのだから!

 

「勝負だあああ!!」

「ヴオオオオオオ!!」



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雄牛を倒すだけの物語

ヴァルドは英雄神話の時代に生まれてたら複数の精霊と契約して複数の奇跡を操りながら、天界で見てる神々も『一番の奇跡は普通の人間なら人生に1度か2度あればいい『覚醒』を何回も行ってることだよな〜』と笑い話にする(現実逃避とも言う)。
性格の悪い奴(酔っ払いとか)が試練と嘯き変な代償あるアーティファクトとか送ってくるだろうけど何故か呪いを克服するか利用する。どうやってって? 気合と根性と本気。
あとアルゴノゥトにあったらサイン求めて周りを困惑させる。


「勝負だ!!」

 

 己を奮い立たせる咆哮の後、通じるはずもない宣言に雄牛は大剣の一振りを以って応える。

 避けられる距離にないその一撃を剣で受け、勢いを逃がすように、威力を奪うように回転し蹴りの威力へと変換する。

 肉の薄い頬へと爪先がめり込みミノタウロスは首の向きを無理矢理変えさせられ、ベルが視界からハズれる。

 その一瞬の死角を利用し、斬りかかる。

 

「──っ!」

「ぅしっ!」

 

 斬れた。斬れた! 斬れた!!

 圧倒的な格上との命のやり取りに、技量を活かしきれていなかった。力を込めきれていなかった。

 だが今は違う。斬れる、傷つけられる! なら、倒せる!!

 

 

 

 

「あん時のガキか…………」

 

 ミノタウロスから逃げ、酒場では言い返すこともなく、しかしキラーアントの大群と戦っていた少年。Lv.2のミノタウロス……いや、あの異常な身体能力は強化種。

 駆け出しが、ただでさえ格上の強化種と切り結んでいる。

 

「ねぇ! あの男の子Lv.1なんでしょう? 助けなきゃ殺されちゃうよ」

「…………誰がだよ」

「え?」

 

 ティオナの言葉に苛立つように返すベート。視線は動かない。が……

 

「お、お願いします…………」

「うお!」

 

 そんなベートに縋り付く小さな人影。

 アイズに途中まで連いてきていた小人族(パルゥム)の少女だ。

 

「………冒険者様、お願いします………ベル様を、ベル様を助けてください………あ、うぅ………!」

 

 彼女も怪我をしている。その場で崩れ落ちる少女をリヴェリアが支え傷を癒やしていく。

 

「まだ無理をするな。傷は癒えても失った血までは戻らない」

「………あたし、行くよ。こんなにボロボロになっても仲間のために頑張った小人族(パルゥム)ちゃんの為にも……」

「恩には必ず報います………リリは何でも、何でもしますから………冒険者様、ベル様を助けてください」

「…………必要か?」

「はぁ!?」

 

 こんな時まで何を、とベートを睨み、しかし固まる。目の前の戦いに目を奪われたからだ。

 

「あれって………Lv.1、だよね?」

 

 ミノタウロスの剛腕によって振るわれる大剣に、速度が乗り切る前に己の剣を当て、速度が乗れば逸らし、捌いていく。

 渡り合っている。普通のミノタウロスではない、武器を使いこなし、身体能力も下手をすればLv.3に届きかねない怪物に、Lv.1が………。

 

「ガキが(おとこ)かけてんだ、雌が邪魔してんじゃねえよ」

 

 黙ってみていろ、と、吐き捨てる。黙っていろというのには自分も入っているのかベートも無言でその戦いを………『冒険』を眺める。

 

 

 

 図体に騙されるな!

 ただでかいだけだ!

 この怪物より速い動きを知っている。この怪物より素早い一撃を覚えている!

 情けない妄想でもない。格好悪い虚栄心でもない。

 ただ夢を見ているだけの、分不相応の願いでもない!

 

 僕は──英雄になりたい!!

 

 師から受け継ぎ神様を通して生まれ変わった剣!

 エイナから与えられた知識!

 義母から受けた恐怖への耐性!

 アイズや師から培った技術!

 その全てを持って、全部全部全部、余すことなく全部振り絞って、此奴を倒せ!!

 

 

 

「…………………」

 

 誰もが見入る。

 圧倒的な戦いではない。攻撃を当てているが浅く、捌ききれなかった剣戟で体に傷を増やしていく、ともすれば逆に負けてしまいそうな冒険者と怪物の戦い。

 第一級へ至った彼等から見て余りに拙い『技量』。

 都市最強の片翼となった彼等からして『経験』の足りない『駆け引き』。

 ヴァルドの言う通り、その技術に学ぶべきものはない。

 ヴァルドの言う通り、その駆け引きに称賛に値するものはない。

 

「ウヴオアアアアアアアアアア!!」

「ウアアアアアアアアア!!」

 

 雄叫びが走る。一人と一匹の決闘……。人とモンスターの殺し合い。有史以来繰り返されてきた光景にして、英雄譚の一項。

 

「………っ!」

 

 ベートは毛が逆立つような感覚を覚えた。こんな、どちらかが自分に挑んでくれば鼻で笑ってしまいそうな稚拙な戦いに、体が疼く。

 

「………………」

 

 フィンは無意識に槍を握る手に力を込めていた。

 Lv.1とは思えない、それでも強化種のミノタウロスに遥かに劣る身体能力で渡り合う少年。

 一瞬の怯えが、一度の遅れが取り返しの付かぬ敗北に繋がる刹那の攻防を延々と繰り返すことが出来るのは………勇気。

 臆することなく全霊を懸け、挑む強い精神。

 【勇者(ブレイバー)】を名乗る自分が魅せられるほどの勇気。

 

「………いいね、彼は………凄くいい」

 

 見込みがないと追い返した?

 ふざけるなよ、見る目がない。あれは、あれこそが冒険者に最も必要な資質だろう。

 

「『アルゴノゥト』……」

 

 ポツリとティオナが呟く、英雄譚にして主人公の英雄の名。

 英雄を夢見る青年が、人の悪意と数奇な運命に翻弄されるお伽噺。

 騙され利用され嘲笑われて、友人の知恵を借り、精霊から武器を授かり、牛人を倒し姫を救う物語。なし崩しに英雄になった、滑稽な童話のお話。

 

「あたし、あの童話好きだったなあ………」

 

 ティオナは胸に手を当て、宝物を見るかのように少年と牛人の戦う光景を眺める。

 少女の面影を残す彼女の顔を、静かに浮かぶ懐古の笑みが彩った。波紋を広げるように周囲の者の耳朶を打つその声は、アイズの記憶を呼び起こす。

 

『この物語は好き?』

 

『俺はこの物語が好きだ。お前は?』

 

 そう尋ねながら、自分はこの物語が好きだと、母が自分に読み聞かせてくれた。

 周りを受け入れ始めた頃を見計らい、師が自分に読み聞かせてくれた。

 

(…………わからない、わからないよ)

 

 解らない。

 自分には、解らない。

 でも……ああ、それでも。目が離せない。

 

 

 

 それはきっと、英雄譚の一(ページ)

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 緋色の雷が宙を迸りミノタウロスに当たり爆発する。

 

「速い! 超短文詠唱!?」

「ていうか、詠唱してた今!?」

 

 速攻で発動した魔法に目を見開くティオナとティオネ。ミノタウロスは鬱陶しそうに煙を払い突撃する。

 攻撃が軽い。詠唱の長さが威力に直結する魔法の特性上、間違いなく最弱の威力であろう魔法。熱や冷気に強いミノタウロスには通じない。

 

「ミノタウロスを斬るにも力が足りてねえ」

「手詰まりだって言うの!?」

「まだそう決めるには早い……けど…」

 

 斬れ味は十分。技量も活かせ始めた。だが、力が圧倒的に足りない。

 

「づう…………ああああ!!」

「オオオオオ!!」

 

 振り下ろされる剛剣に合わせ、剣を振るう。

 

(力が、足りないなら………寄越せ!!)

 

 相手の力を利用した斬撃。一歩間違えれば弾き飛ばされる、刹那の技巧でミノタウロスの腕に赤い線を走らせる。

 

「ヴオ!!」

 

 大剣を落としたミノタウロスは拳を振るう。大剣より、遥かに軽い!

 武器を取らせに行かせないとベルも無数の斬撃を叩き込む。ミノタウロスは岩石の如く固く握りしめた拳を剣に叩きつけた。

 

「ゥ──オオオオオオオ!!」

 

 調子に乗るなと全身を怒らせ獣の本能を呼び覚ます、生来の体に宿った暴力。

 後退しそうになる体を地面にめり込んだ足が支え、拳と剣がぶつかり合う。

 

「アアアアアア!!」

 

 体が軽かった。頭が冴えていた。五感が研ぎ澄まされ、しかし目の前の戦いにのみ注がれる。

 思いが燃え上がる。

 前へ! 前へ! もっと前へ!!

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 零距離の魔法の爆発。一匹と一人の体は互いに吹き飛び、距離が開く。

 

「フゥーッ、フゥーッ…………ッ!! ンヴウウウオオオオオ!!」

 

 ミノタウロスは原形を殆ど失った拳で()()()()()()()()。追い詰められたミノタウロスが行う行動。全身のすべての力を使い放つ突進(ラッシュ)。数多の冒険者を殺してきた、ミノタウロスという怪物が持つ切り札。

 ベルもまた、剣を構える。

 呼吸を止めたかのように、一瞬、周囲の空気が限界まで張り詰めた。

 ベルの眼差しとミノタウロスの眼光がかち合う。刹那……

 

「あああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

「ヴヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 突っ込んだ。

 

「……若い」

 

 真っ向からの突撃を断行したベルに、リヴェリアは目を細める。

 

「馬鹿が!」

「駄目です、ベル様ぁ!!」

 

 青い感情を非難するベートの罵倒と、張り裂けるようなリリの悲鳴。

 一瞬で縮む間合い。響き渡る………筈の金属音は、ない。

 

「!?」

 

 剣を弾き飛ばす筈の角は何に当たることなく、ベルにかわされる。あの位置では、剣を引くなど間に合うはずがない。

 そもそも、剣を持っていなかった。

 角を振り上げた状態で固まるミノタウロスの視界の端に一筋の光が落ちる。

 真っ向勝負に見せかけ、ベルが直前に真上に投げたヘスティア・ソード。

 

「あああああああ!!」

 

 柄を掴み、渾身の力でミノタウロスの体に突き刺す。一点に集中した力はミノタウロスの皮膚を貫き内臓にまで達した冷たい金属の感触は一瞬で灼熱の業火へと変わる。

 

「【ファイアボルト】!!」

 

 ボンッ! とミノタウロスの体が膨張する。剣が貫く傷から火炎がガバっと溢れ出し、体内を緋色の雷光が駆け巡る。

 

「【ファイアボルトォ】!!」

 

 更に肥大。

 ミノタウロスの上半身が風船のごとく肥大化した。

 鼻腔と口腔から緋色の炎が勢いよく噴出した。

 

 それはきっと、英雄譚の一(ページ)

 冒険者ならば誰もが夢見た戦い(すがた)。忘れて、失って──それでも

 

「ガバ、ゲッホ………グッ…………ォオオオオオオ!!」

 

 喉を焼かれ焦げた血を吐きながらミノタウロスは咆哮し、振り上げた巨腕をベルへと直下させる。ベルの体を一撃で肉塊に変える鉄槌。超膂力で放たれる肉のハンマーが頭皮に触れる、その僅差。

 

 それでも憧れ、胸の奥で燻ぶり続ける

 

「ファイアボルトォォォォッ!!」

 

 ──真っ白な情熱(ほのお)

 

「──────────ッ!!」

 

 爆散。

 凄まじい断末魔が炸裂し、ミノタウロスの上半身が粉々に弾け飛んだ。

 体内で圧縮されていた熱塊はダンジョンの天井にまで届く緋色の柱となり立ち上る。

 辛うじて原型をとどめた下半身が崩れ落ちる。

 降りしきる血と肉の雨。

 音を立てて猛牛の破片が地面に転がる最中、巨大な魔石とミノタウロスの角が地面に落ちた。

 

「勝……ち………やがった」

 

 呆然とベートは呟いた。信じられないものを見るかのように、ベルを見つめる。

 自分が一人であのモンスターを倒せるようになるまで、どれだけ時間がかかった?

 

「……………っ!!」

 

 ギチッと、歯が擦れる音が響く。どうしようもない苛立ちと羞恥が、全身を隅々まで行き渡る。

 

「……精神枯渇(マインドゼロ)

「立ったまま気絶してる」

 

 立ったまま動かないベルにティオネとティオナの姉妹は呆然と呟きを零す。リリが慌ててベルに駆け寄り、ベートはベルの背中が殆ど見えているのに気付く。

 

「──! リヴェリアッ、あいつの【ステイタス】を教えろ!」

「………私に盗み見をしろというのか。大体………」

 

 同派閥にして彼の師であるヴァルドがいる。

 

「………構わんさ、見えている範囲でならな」

 

 『魔法』や『スキル』のスロットは窺えず、目の届かないアビリティ欄も幾つかある。それを好きに見ろというヴァルドに呆れながらも興味はあるのか、リヴェリアは【神聖文字(ヒエログリフ)】を読み解いた。

 

「おい、まだかよっ!」

「待て、もうすぐ読み終わ……」

 

 リヴェリアは中途半端に言葉を区切る。ベートは訝しげにし、聞き耳を立てていたティオナ達も不思議そうに彼女を見る。

 

「………くっ、ふふ、はははっ」

「何なんだよ、オイ!? ったく……アイズ、お前もちっとは【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めんだろ! なんかわからないのかよ!?」

 

 心底おかしそうに笑うリヴェリアに悪態をつき、問答の先をアイズに向けた。

 

「………S」

「………はっ?」

「全アビリティ、オールS」

「「「オールS!?」」」

 

 ベートとティオナ達が驚愕の声を揃える。彼らは今度こそ、言葉を失った。

 実際のところは魔力を始めとしたアビリティ欄はインナーの陰に隠れて判然としないのだが、似たようなものだろうとアイズは解釈していた。

 実際はSどころか限界突破(SS)

 あり得ざる光景に、その方法を知りたくなる。

 

「そこまでだ、約束を違えるな」

「それ以上は道理に反する」

 

 『スキル』の欄を見ようとインナーに手を伸ばしたアイズの手を、リヴェリアとヴァルドが同時に掴む。

 

「……………ごめん」

「…………煽った俺も悪かった」

 

 そう言いながら手を放し、ベルと血を流しすぎて気絶したリリを抱えるヴァルド。

 

「………よくやった、ベル」

「お、とう…………さ…………?」

「誰が父親(おとうさん)だ………」

 

 と、どこか呆れたようにこぼすその顔は、母親(ママ)と呼ばれた時のリヴェリアの顔に似ているな〜とティオナは思った。

 

「俺はこのまま地上に戻りアミッドの下まで運んでくる。お前達はお前達の『冒険』をしろ」

 

 そう言うとヴァルドはベル達に負担をかけない最大速度で走り去る。

 

「………なーんかやな感じ〜。あんなに頑張ったんだからもっと笑顔で褒めてあげても良いのに。無表情でよくやった、って」

「いや、彼奴は相変わらず身内に甘い」

「え〜?」

 

 リヴェリアの言葉に何処が〜? と言いたげな声を出すティオナ。

 

「治療施設ならバベルにもある。わざわざ【ディアンケヒト・ファミリア】に向かわねばならない程の傷でもないだろうに」

「…………あ」

 

 言われてみれば、そうだ。早く治してあげたいのか、忘れてたのか。

 

「そっかそっか、良い人だね!」

「あっさり掌返してんじゃねーよ………」

「しかしおとうさん、か………となると母親は…………リヴェリア、落ち着いてくれ」

「何の話だ、私は別にどうも思っていない」

「魔力が溢れてるんだけど」

 

 フィン達の会話を聞きながら、アイズはヴァルドの去った方向を見る。

 

「…………………」

 

 初めてのランクアップをするに至った激闘を終えたアイズに、リヴェリアは『愛したい』と言ってくれて、母の面影に重なったことをヴァルドに話した。母の面影と重ねたことを、ヴァルドにだけ話した。

 ヴァルドは『そうか』としか言わなかった。別に何かを期待していたわけではない…………ないのだが………

 

「……………良いなぁ」

 

 冒険を終えた少年に対する称賛。それと同時に、微かな嫉妬。漏れ出た言葉の意味は、アイズ本人にも解らない。




因みにヴァルドがフレイヤファミリアに入ってepisodeフレイヤをやった場合、幹部の会議で皆が護衛やると言い出したらどうぞどうぞとダンジョンに向おうととして幹部に睨まれ侍女が受け取った手紙に名指しされててさらに幹部に睨まれる。
もちろん合流したあとフレイヤを睨むがフレイヤは楽しそうに笑う。

砂漠での王女と英雄の物語とかepisodeリューならぬ暗黒期終盤の黒拳、黒猫のクロクロコンビとの出会いやグラン・カジノは本編でそのうち書きたい


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ランクアップ

「ヴァルドの弟子で、ミノタウロスとLv.1で戦うような人です。念のため監き……特別室に」

 

 ベルは完治するまで部屋から出ないように特別な部屋を充てがわれたらしい。

 

「明日には出れるだろうが、必要か?」

「たった一日の休養もできずにダンジョンに向かった貴方が何言ってんですか?」

「俺には『不眠』がある。あの時点でも、1時間寝れば半年は動けた」

「体力、精神力(マインド)が治るのと体が万全になるのは別です。そんなことも解らないのですか?」

「? そんなこと理解しているが?」

「──────!!」

「ああ! アミッド様ご乱心! 落ち着いてください!」

「放してください! 殴る、この男は殴る!!」

 

 完治してないと理解した上でダンジョンに潜ると治療師(ヒーラー)の自分の前で言うヴァルドをぶん殴ろうとするアミッド。慌てて他の団員が止めようとするがLv.4のアミッドを止められない。

 

「心配かけてすまないと思っている。だが、直す気はない。俺に迫るのがオッタルしかいない現状では、止まれるものか」

「何時か……何時か必ず追い付いてみせます」

「………ああ、楽しみにしている」

 

 そう言ってアミッドの頭に手をおいてから去るヴァルド。アミッドはヴァルドの手が離れたあと己の手を頭に乗せしばし固まった。

 

「なあ、このポーションもう少し安くなんねーのかよ。いつも買ってやってんだ、少しぐらいサービス──」

「…………貴方はこの店に来るのは初めてのようですが?」

「!? な、何を根拠に……! そーいういちゃんもんつけるってんなら、こっちにも考え──」

「すいません今は気分がいいので面倒を起こさず大人しく帰るか買うかしてください」

「ア、ハイ………スイマセンデシタ」

 

 どうやらLv.1の一般的な冒険者は、Lv.4の威圧にビビって大人しく引き下がった。

 

 

 

 

 そして翌日。

 無事退院したベルがホームに戻ってきてヘスティアとリリに抱き着かれる。豊満な胸がベルの胸板で潰れた。

 

「ベルぐ〜ん! 心配したんだぞ〜!」

「ご無事で、本当にご無事で良かったです!」

「ご、こめんなさい神様、リリ……」

「ヴァルド君もヴァルド君だ! 勝てたからいいものを、助けてやろうと思わなかったのかい!?」

「そうですそうです! 修行にちょうど良いとか、この鬼畜!!」

 

 ヘスティアとリリに責められる中、ヴァルドはベルに目を向ける。

 

「助けてほしかったか、ベル」

「…………いいえ。手を出さないでくれて、ありがとうございます」

「ベル君…………」

「ベル様」

 

 嘘のない真摯な感謝の言葉に、流石にヘスティアもリリも黙り込む。

 

「ま、まあいいや。頑張ったからね、【ステイタス】の更新をしようぜ」

 

 そう言ってヘスティアはベルをベッドに引っ張る。上を脱いで横になるベルの背に乗り、血を垂らし指を走らせる。

 

「あ、と………悪いけどサポーター君は外にいてくれるかい? ベル君のステイタス、あまり知ってる人を増やしたくないんだ」

「はあ………」

 

 若干不服そうながらも外に出るリリ。ヘスティアは【ステイタス】の写しをベル達に見せる。

 

『ベル・クラネル

 

Lv.1

力:SSS1234

耐久:SSS1582

器用:SSS1399

俊敏:SSS1808

魔力:SS1056

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

【   】    』

 

 オールSS超え。どうなってんだろうこれ、と現実逃避したくなるヘスティア。

 

「って、んん? あれ………ベル君ランクアップ出来るぜ!」

「本当ですか!?」

 

 喜びのあまり体を起こすベル。上にいたヘスティアがコロンと転がった。

 

 

 

 

「ベル程とは言わずとも、これを機にランクアップを目指す者が増えてくれるといいのだが」

「いや〜、ミノタウロスをLv.1で撃破なんてベル様以外に出来ませんよ」

()()()()()……なら、出来ぬ理由は何処にもない」

「え〜………」

「あ、そっか! 僕、ランクアップの方法が師匠と同じなんですね!?」

 

 どういう理論だとドンびくリリ。ベルは目をキラキラさせて師を見つめる。

 

「そうだな、俺と同じだ」

 

 尤も強化種一体と通常種の群れという違いはあるが、難易度は似たようなものだろう。普通、誰も真似したがらないし真似できない。いや、Lv.1でも冒険者歴が長くアビリティオールSいってたら通常のミノタウロス一匹になら万に一つ可能性があるが、普通ミノタウロスはLv.2でも避けれるなら避けるモンスターだ。うん、この白髪師弟がおかしいとリリは遠い目をする。

 

「発展アビリティは3つかぁ………『耐異常』、『狩人』、『幸運』だね」

「『不眠』はないのか?」

「ないね……」

「…………そうか」

 

 昼夜問わず鍛えられると思ったのだが、と少し残念に思うヴァルド。ヘスティアは何故だか目覚めなくて良かったと安堵した。

 

「幸運………おと──っ、師匠以外目覚めた人が居ないんですよね!?」

「表向きにはな」

 

 【ヘルメス・ファミリア】のように自身のLv.を偽ったり、発展アビリティを隠す冒険者が居ないわけではない。

 

「で、でも僕これ………コレが良いです!」

「そうか。まあ、担当アドバイザーにも相談はしておけ」

「あ、はい!」

「ではな」

「ダンジョンですか?」

「ギルドからの呼び出しだ」

 

 

 

 

「ソフィ、来たぞ」

「来ましたか。これを……」

「…………」

 

 と、ソフィが渡したのは一枚の手紙。蝋印は月と弓矢。

 

「【アルテミス・ファミリア】からです。お知り合いなのですか?」

「一度組んだ」

「……………【アルテミス・ファミリア】には、女性しかいないそうですね」

「……………そうだな」

 

 ジトッとした目で見つめる………というか若干睨んでいるソフィの言葉を肯定するヴァルド。主神のアルテミスは別に男嫌いというわけではない。むしろ普通に下界の子供達に優しいが、『貞潔』を司る女神のため男女のまぐわいを忌避している。そのため自身の眷属は全て同性で固めていた。

 眷属に男を近づけぬために寝る場所も離していた。かわりに主神自ら場所を離したヴァルドの天幕の夜の見張りを買って出たがヴァルドは寝る必要がなかったので、逆に駆けつけられる範囲で見張りをしていた。まあ寝る時以外は普通に行動していたし、ランテとかいう人懐っこいのも多少咎める程度だったが。

 

「良い【ファミリア】だった」

「良い女が多かったのですね」

「………否定はしない」

 

 皆力無き民のために命をかけられる立派な狩人達だった。

 

「アルテミスもアストレアに劣らぬ美しい女神だった」

「へー、それは良かったですね」

「…………街道で何かあったのか、手紙は遅れたらしいな。この到着予定なら長くても一週間はかからんだろう」

「では、ギルド長にも伝えておきます」

「彼奴は一度【アルテミス・ファミリア】を都市内に入れたらあれこれ理由をつけて縛ろうとするだろうな………」

「…………可能性はありますね」

 

 そして【アルテミス・ファミリア】に助けを求める者達の声を依頼として受けるのだろう。【アルテミス・ファミリア】の外での人気なども踏まえれば、そこまでの額には出来ないだろうが…………。ウラノスを通して抑えておくか。

 

 

 

 

「……………あぅ…………ううぅ………」

 

 オラリオの路地裏。人気のない、薄汚れた道で幼い少女が歩いていた。ボロボロで泥だらけ、見る人がいれば手を差し伸べただろうが、先程も言ったが人気がない。

 

「ガウ! ワウワウ! グルルル!」

「わあ!?」

 

 人の居ないその場所で生ゴミを漁っていた野良犬が、少女に気付き吠え立てる。恐怖で尻餅をつく少女を縄張りから出ていかない敵と認識したのか唸りながら寄ってくる。

 

「コラ!」

 

 そんな野良犬に叱責の声が響く。

 少女も振り向くと、そこには草色の給餌服を着た銀髪の女性が立っていた。

 

「ワンちゃん、女の子をいじめちゃ駄目でしょ!」

「グルルルルゥゥ〜」

「ウゥゥ」「ガルル」「ガアア」

「って………あらら〜………こんなにいたの?」

 

 自分を睨んでいると、それだけは理解した野良犬が唸り一歩前に進むと物陰にいた仲間達も顔を出す。簡単に噛み殺せそうな幼い娘と違い、大きいからだ。

 

「ワンワン! ワン! ワンワン!」

「う〜ん、困っちゃったなあ……………」

 

 特に慌てることなく自らに吠えてくる犬達を眺めながら、女は目を細めた。

 

「──あまりおいたしちゃ駄目よ?」

「クゥ!! キャイン! キャイ~ン!!」

 

 野良犬達は慌てて逃げ出した。残されたのは幼い少女と銀髪の少女………シル。

 

「はぁ〜、よかった。あっちに行ってくれて………えーと………」

 

 と、シルは少女に視線を合わせる。

 

「…………………」

 

 少女も自分を助けてくれたシルをじっと見つめていた。

 

「………あれ、あなた………」

「…………?」

「ううん、なんでもない。それより平気? 怪我はない?」

「………こわかった………」

 

 

 

 

「おみず、です………」

「………………」

 

 ソフィを誘って豊穣の女主人で食事を取っていると、とても小さな店員がヴァルドに水を持ってくる。

 小人族(パルゥム)でも無さそうだ。

 

「? お前、まさか………」

「んぅ………? あ、あの………えっと………の、ノエルです」

「そうか」

「………あの………あなたは、おとうさんですか?」

「………………」

 

 瞬間、ソフィの目が絶対零度のものになる。

 

「あ、ノエル! 違うよ、その人はお父さんじゃなくて…………う〜ん、おじいちゃん? ベルさんのお父さんなの。そして私が貴方のお母さん!」

「俺はベルの父でもないしベルはお前と子を作ってないだろ」

 

 やってきたシルに呆れたように言うヴァルド。ノエルと呼ばれた少女はシルとヴァルドを交互に見る。

 

「おとうさん、じゃ……ないの?」

「逆になぜ俺を父だと思う」

「実は本当にお父さんだからじゃないですか? 心当たりなんていくらでもあるでしょう」

「この年となるとこの髪の色になる心当たりはない」

「年だけならあるんですね。最低、汚物………自分からは手を出さないくせに誘われたらホイホイついていくチョロヒューマン」

 

 普通のエルフ……というか女なら席を立って何処かに行きそうなものだが、座ったまま不貞腐れたように食事をするのはソフィがヴァルドをその実不誠実な人間だとは思ってないからだろう。シルも何とも言えない笑みをソフィに向けていた。

 

「あの………あの、ね……みてたら、あんしん? こわいこと、ぜんぶなくしてくれそうだな……って、だから……おとうさん?」

「……………」

「おとうさんもってるこたちが、わたし………ぅ? こたち……? こたちって、だぁれ?」

「…………記憶を?」

「うん。失ってるの………自分の名前も。私がつけてあげたんだよ! ね、ノエル」

「うん、シルがね…………くれたのぉ」

 

 嬉しそうに微笑む少女を見て、金の少女の幼い時を思い出すヴァルド。

 

「……良い名だ。雪のように無垢なお前によく似合っている」

「………………そういうとこ本当に直したほうがいいよ」

「同意です」

 

 雪のよく降る「聖夜祭」に出るケーキの名を持つ少女にヴァルドが褒めればシルとソフィが呆れたような視線を向けるのだった。

 

「それでシル……お前はこの子をどうするつもりだ?」

「うーん……帰る場所が解るまで、預かってるかな。この子もヴァルドといると安心できるみたいだし、暫くうちに来てくれると助かるんだけど………」

「それぐらいなら別にいいが………」

「後々、お父さんとして紹介するためにベルさんを………!」

「………おかあさん、は………このひと、おとうさんは……やなの?」

「え──っ」

「あっ(察し)」

 

 ノエルの無垢な質問に固まるシルを見てソフィは察する。

 

「…………こいつは今好きな男がいる。俺の弟子だ……その弟子の前で、俺と夫婦みたいな扱いされるのはいやだろう」

「まじかこいつ」

 

 ノエルに視線を合わせるようにしゃがんで語りかけるヴァルドを見てソフィは信じられないものを見る目でヴァルドを見るのだった。口調もちょっと乱れた。



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神会と二つ名

ヴァルドは美の女神が嫌いなのではなく苦手です。嫌いなやつ(イシュタルとかアストレア襲った奴ら)は居ますが基本的には苦手。
美の女神自身は間違いなく美しく、体も極上。
嫌悪感あるならともかく精神的に抵抗がなければ自分なんてあっさり溺れてしまうと思ってるから美の女神を遠ざけます。つまり嫌悪感がない美の女神ほど遠ざけ、綺麗だと思わない美の女神はそもそも嫌い。なので美の女神ととことん相性が悪い。というかだいたい全部イシュタルが悪い。
因みにこの事をよりによって「一番美しい」と言ったアストレアに相談して、アストレアは笑顔のまま無言で睨んだ。(そういうとこだぞ英雄


「僕は『幸運』にします」

 

 更に上を目指すなら、『運』は得難い武器だとエイナにも言われ、神と担当アドバイザーからも推薦を得た師のみが持つ発展アビリティを選んだ。

 刻み込む発展アビリティも決め、後はステイタスを更新させるだけ。ランクアップ可能になってもアビリティを成長させる者もいるが、SSとかSSSとか限界突破してるベルには不要な行為だろう。

 

「終わったよ」

 

 ヘスティアの言葉にガバっと勢いよく体を起こすベル。二度目なのでヘスティアは転がり落ちる前にベルから降りていた。

 

「……特に、何も変わらないですね。師匠の言うとおりだ」

 

 ランクアップしたからと言って力が湧いてくる、となるわけではない。ただ間違いなく、今のベルはLv.1だった頃とは一線を画す。

 

「だがこれで神へと近づいた。できることも増えるだろ」

「そうだね。新し───じゃなくて、君の待望だったスキルも増えてるぜ!」

「…………!!」

 

 ぽかんとしていたベルは、すぐに言葉の意味を理解して勢い良く用紙に視線を落とした。

『ベル・クラネル

Lv.2

力:I0

耐久:I0

器用:I0

敏捷:I0

魔力:I0

幸運:I

《魔法》

【ファイアボルト】

・速攻魔法

《スキル》

英雄願望(アルゴノゥト)

能動的行動(アクティブアクション)に対するチャージ実行権   』

 

「お、おおーっ! おぉ────お? 英雄、願……望?」

 

 『ステイタス』に刻まれる『スキル』や『魔法』は経験はもちろん、刻まれた本人の資質や望みが現れる。つまり、このような名前のスキルが現れるという事は………

 

「…………」

 

 チラリとヘスティアを見るとニコニコ優しい笑みを浮かべていた。

 

「可愛いね」

「うわああああああああああああああああああああ!!」

「落ち着けベル。同名の『スキル』なら俺にもある」

 

 と、【偽・雷公後継(アルゴノゥト)】のスキルを見せるヴァルド。ベルは、ん? と首を傾げた。

 

「雷公って、ミノス将軍のことだよね? なんでそれがアルゴノゥトって読み方に?」

「アルゴノゥトは自分こそミノス将軍の後継だって名乗ったろ?」

「あ、そっか!」

 

 そして王様に騙されて危険な猛牛退治に向かうのだ。いまいちぱっとしない英雄譚。というかお伽噺に近い。でも何故か祖父と師はこの物語が一番のお気に入りだった。

 

「それに、英雄になりたいというお前の意思が紛れもない真実である証として現れたんだ。誇りこそすれ恥じる道理はない」

「し、師匠……!」

 

 ジーンと感動するベル。そんな師弟の様子を微笑ましく見守り、ヘスティアはさて、と立ち上がる。

 

「ボクはそろそろ出掛けるよ。今日は3ヶ月に一度の『神会(デナトゥス)』の日なんだ」

「『神会(デナトゥス)』って………も、もしかして」

「ああ、そうさ。暇な神達の会合だよ………」

 

 そして【ランクアップ】を果たした者達に称号(ふたつな)を送る会議でもある。アイズの【剣姫】、ヴァルドの【剣聖】などもその一つ。それが自分にもつく、と目を輝かせるベル。

 

「………欲しいのか?」

「そりゃあそうですよ! 神様達が決める称号はどれも洗礼されていて、かっこいいじゃないですか! 【漆黒の堕天使(ダークエンジェル)】とか【暗黒獄炎殲滅者(ブラックフレイムディザスター)】(使うのは普通の赤い炎)とか、聞いただけで強そうって思っちゃいますもん!」

「……………あぁ、なるほど」

「ヘスティア。俺はこの際横文字でもいいから仰々しくないのにしてくれ」

「ヴァルド君の感性はこっち側なんだね………」

「…………?」

 

 どういうことだろう、と首を傾げるベル。気のせいか、ヘスティアとヴァルドとの間に見えない壁が生まれたような?

 

「任せろヴァルド君! ボクは必ず、君達の為に無難な二つ名を手に入れてみせる!!」

 

 

 

 

 

 そして『神会(デナトゥス)』会場。進行役はロキ。

 まずは情報交換で、ソーマが【ファミリア】運営に力を入れ始めた事がからかわれた。ソーマは『酒を飲んだ幼女は恐ろしい』とだけ返した。後、軍神(アレス)が治める王国(ラキア)が性懲りもなく攻めてこようとしてるらしい。

 その後はロキが極彩色のモンスターについて話題に出す。揺さぶりをかけてみたが、そんな簡単にボロを出す神などヘスティアぐらいだろう。そしてヘスティアは裏などないから関係ない。

 

「ヴァルドが昔やんちゃしとったクソ共の生き残りを見つけたらしい。皆も気をつけー」

 

 ヴァルドの名に数名の神が反応したが、それだけでは確証としては弱い。特に気持ち悪い笑みを浮かべ【ランクアップ】した冒険者の資料を見ているアポロンは違うだろう。別の意味で危険だが…………。

 

「うし、ほんならそろそろ命名式に進もか」

 

 ロキの言葉に殆どの神々がニヤリと笑い一部の神々の顔に緊張が走る。

 

 

「ほなセトんとこのセティ・セルティ。称号は【暁の聖竜騎士(バーニング・ファイティング・ファイター)】」

「「「「イッテエエエエエイエエエエイ!」」」」

「うわああああああ!!」

 

 下界の子供達からすれば洗練された、神々からすれば香ばしい二つ名をつけられた冒険者に神々が嘲笑い主神が己の無力を呪う。

 その後様々な二つ名が決められていき、ヘスティアの貧乏仲間の眷属ヤマト・命は【絶†影】と名付けられた。†が味噌である。

 アイズもランクアップしたが力ある【ロキ・ファミリア】に誰も逆らえるはずもなく、無難に【剣姫】のまま。オッタルは【猛者】のまま読みを『もさ』にした。オッタル本人の希望で『王者』の名を捨てたのだ。

 

「最後はヘスティアんとこか…………二人も。つーか片方はヴァルドやけど……」

「あーはいはい、ヴァルドね」

「オッタルさんより先にLv.8になってたらしいな。オラリオの外で」

「精霊が封印しかできなかった古代の怪物でも狩ってたの?」

「半端ねーっすわ」

「てか発展アビリティ『不死身』て………これはもう(おれ)と添い遂げる準備が………はっ、アストレア様から殺気が!?」

「ねえねえロキ、今どんな気持ち? 出ていった眷属がLv.8になって他の神の眷属になってどんな気持ち〜?」

「おいてかこの弟子所要期間一ヶ月半なんですけど!?」

「流石ヴァルドちゃんの弟子ねえ」

「あー、ヴァルドの弟子かぁ」

「【剣聖】の弟子だもんなぁ。5年間他の弟子を放置するほどの」

「むしろおかしくないほうがおかしいな!」

 

 やいのやいのと盛り上がる神々を見てヘスティアはダラダラと汗を流す。めちゃくちゃ興味を持たれてる。これは、変な名をつけられるのでは?

 

「一ヶ月半でランクアップか………ヘスティア、貴様どうやって神々(われわれ)の力を扱う抜け道を見つけた?」

「……………?…………っ!!」

 

 イシュタルの言葉に首を傾げていたヘスティアは、しかし言葉の意味を理解して立ち上がる。

 

「僕がベル君を『改造』したっていうのか!?」

「そう考えるのが普通だ。ああ、何ならあの愚者もお前に改造してもらいLv.8へと至ったか?」

「っ! ヴァルド君にふられたからって、言葉がすぎるぞ!」

「〜〜!? 黙れ! あの気狂いの話をするな!」

「そっちが切り出したんだろう!?」

 

 ヴァルドを嫌っていると聞いていたが、思った以上に悪意を向けてくるイシュタル。

 

「改造していないと言うなら、この成長速度は何だ? 一ヶ月半? オラリオの外でLv.8? 説明してみせろ!」

「あら、別に良いじゃない」

 

 と、美しいソプラノボイスが響きイシュタルが顔を歪める。

 

「ヴァルドのランクアップ方法なんて、知るだけ無駄と切り捨てたのは神々(私達)でしょう? 弟子の子も、ヴァルドの弟子だと思えば細かいことなんて気にならないんじゃない?」

 

 それで確かに、と神々が頷くあたりがヴァルドクオリティ。

 

「それにミノタウロスをLv.1で倒すなんて、憧れの師と同じ経験なら獲得した【経験値(エクセリア)】も特別な意味を持つ………【ランクアップ】することだってあり得るでしょう?」

 

 資料によればベルは前にもミノタウロスに出会い、敗北している。それを乗り越えたともなれば、確かに有り得なくもない話ではあるのだ。

 

「ミノタウロスといえばおたくの子が中層で来る日も来る日も格闘していたそうじゃないか。上層に現れたっていうミノタウロス、おたくのところの()()だったりするのかい? だったらギルドはなんて言うだろうねえ?」

「それが聞いて頂戴、イシュタル。私の眷属()がミノタウロスと遊んでいたら、覆面をした()()()()()達が襲いかかってきたの。そのどさくさに紛れてミノタウロスは()()してしまって………不躾だと思わない? 主神(おや)の顔が見たくなってしまう…………」

「………っ!」

 

 ぐっと押し黙るイシュタルにフレイヤはクスクス笑う。

 

「ねえアストレア、貴方はヴァルドの新しい二つ名………なにかないかしら?」

「え? そうね……………【天秤の守り手(デネボラ)】なんて………」

「却下よ。私情に走らないで頂戴」

「っ……そ、そういう貴方はどうなの?」

「そうね……【美神の伴侶(ヴァナディース・オーズ)】はどうかしら?」

「却下! 却下却下却下!」

「お、おお………アストレアの駄々なんて初めて見た」

 

 ヘスティアを始めとしたアストレアの同郷の神々が驚いたようにアストレアを見る。アストレアは頬を赤くしてこほんと咳払いしながら座り直す。

 そして様々な案を出し合う神々。一人の神がベルに兎吉(ピョンきち)と名付けようとしたがヴェルフ・クロッゾなる鍛冶師が先にその名前の鎧を作ったらしい。

 最終的に…………

 

 

 

「【リトル・ルーキー】に、【不死之英雄(ジークフリート)】か………まあ【輝く夜明け(ルシフェル)】だの【偉大なる英雄王(ザ・グレイト・ヒーローキング)】なんて候補があったことを思えば、無難な方か」




「貴方はどうしてフレイヤを拒絶したの?」
「………質問の意図が解らん」

 お洒落なカフェテリアのテラス席に座ったアストレアとヴァルド。
 ヴァルドはアストレアの唐突な質問にパフェを食べる手を止めていた。

(こういうところ、結構かわいいのよね…………)

 Lv.2への最速記録者(レコードホルダー)であり、【ロキ・ファミリア】の若き英傑。そんなふうに囃し立てられているが甘いものが好きだったり唐突な質問には驚いて固まったりと、普通の男の子らしいところがアストレアは気に入っている。彼女の眷属である輝夜は凡人のくせに英雄になろうと足掻いて本当になってしまった愚か者、などと罵られていたが。

「アストレア?」
「あ、ごめんなさい。そ、その………貴方が私の事を『一番美しい女神』って言って、沢山の美の女神達が襲撃してきたでしょう?」
「その節は迷惑をかけた」
「それはいいの。ただ、貴方が嫌ってるのはイシュタルや嫉妬で私を襲った女神達でしょう? フレイヤや他の美の女神を嫌っているようには見えないのだけど………」

 少なくとも、イシュタルや嫉妬に狂った女神達には確かな嫌悪の視線を向けていた(美の女神相手に)が、フレイヤや人類(子供)もの美の価値観を面白がっていた美の女神達にはそういった嫌悪を持っているように見えなかった。
 だがヴァルドは、フレイヤを始めとした美の女神達に関わってくる事すら嫌がった。確かにそういう関係になれば自分に執着させようとしてくるのが美の女神だが、可能性だけで誰かを嫌うような子ではないはず。

「………そうだな、相談も兼ねて、話しておくか」
「相談? 珍しいわね。ええ、話してみて」

 輝夜ではないが、アストレアも頑張りすぎているヴァルドに頼ってもらうのは嬉しい。ニコニコと笑みを浮かべる。

「俺が美の女神を拒絶するのは、彼奴等が美しいからだ」
「────」

 そして口元は笑みを浮かべたまま目を見開きピシリと固まった。
 自分の記憶が確かなら彼はついこの前、詰め寄ってくる美の女神達を前に『一番高潔で美しい女神はアストレアをおいて他にいない』と言っていたのだが。ご丁寧、『耐神威』による嘘の隠蔽を使わず………。

「イシュタル共のようなクズならともかく、そうでない美の女神達と親交を築き、求められれば、根が俗物の俺は断りきれる自信がない」

 僅かに目を細めるアストレア。相談するからか、こちらに気を使って嘘がわかるようにしている。つまり嘘はない。

「イシュタルなどは性格がまず受け入れられん。他の女神達には……失礼だとは解っている。どうすればいい、アストレア」
「………………」
「アストレア?」

 ニコニコ笑みを浮かべたまま黙り込むアストレア。顔は笑顔のままだが、これは睨まれている。

「…………俺はお前に迫られても断りきれないと思っている」
「せまっ!? そ、そんなことしません!」

 もう、と赤くなってそっぽを向くアストレア。ヴァルドはアイスが溶けないうちにパフェの残りを食い始める。

「………高潔で美しいという評価を違える気はないが、可愛らしい嫉妬もするものだ」
「かわ………っ………べ、別に嫉妬なんて」
「神に対して称賛になるのかは知らんが、人間らしい一面も見れて俺としては満足だ」
「…………もう」



「………あたし等は一体何を見せつけられてんだ?」
「クサレナンパ男の口説き文句とそれに落ちてしまった主神様だろう。アストレア様も………あの男は苦労するぞ」
「そうよね。輝夜も嫌われてるって思われてるから、輝夜にはあっちから話しかけてくれる事殆どないし大変ね!」
「? 輝夜はヴァルドさんを嫌っているのでは?」


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次を目指して

「ベルさん、ヴァルド、それにリリさん。いらっしゃい。ランクアップ、二つ名決定おめでとうございます」

「ありがとうございますシルさん。神様は用事があって来れないみたいで」

 

 豊穣の女主人でシルに出迎えられる一同。ザワリと周囲の視線が集まる。

 

「ベル………【リトル・ルーキー】か?」

「間違いねえよ。【剣聖】………じゃねえや、【不死之英雄(ジークフリート)】も居るし」

「あんなガキが最速記録保持者(レコードホルダー)?」

「まあ【不死之英雄(ジークフリート)】の弟子だし」

「ああ、なるほ……いや一ヶ月半はおかしいだろ!?」

「ミノタウロスを倒したらしいぜ」

「おいおい、そんな馬鹿なことするやつ………いたな、彼奴の師匠だ」

「親子なんじゃねーの、髪白いし」

「ああ、白いな。じゃあ実はハーフエルフ?」

「ハーフエルフ? お前それ相手は………あ〜」

 

 周りから聞こえる声や視線に居心地が悪そうなベル。周囲が自分を気にしているという状況に心が落ち着かない。ここに来るまでにも「僕と契約して眷属になってよ!」とか「マジで私の眷属になりなさい」とか男神や女神達に絡まれまくったし。

 

「名の売れた冒険者の宿命だ。暫くすれば落ち着く」

「ど、どれぐらい?」

「一ヶ月半でランクアップだからな………次のランクアップに、2年ぐらいかければ……」

 

 そうすれば十把一絡の上級冒険者の仲間入りするだろう。まあ容姿が良かったり、Lv.4まで行けばその限りではないが。

 

「まあまあ、未来の話はおいておきましょう。今はベルさんのランクアップとヴァルドの新しい二つ名襲名を祝って、乾杯!」

「「「乾杯!!!」」」

「かんぱ〜い」

 

 ジョッキとコップをぶつけ合う。

 

「って、誰!?」

 

 と、ベルは混ざっていた幼女に驚く。

 

「? わたしは、ノエル。シルおかあさんの、むすめ」

「シルさんの!?」

「そうです。血が繋がらなくても、私の可愛い娘です。昨日から!」

 

 ふふん、と胸を張るシル。実の娘ではないんだ、と納得する。

 

「ほ〜ら。この人がベルさんだよ」

「ベルさん………ベル、おとうさん?」

「ふぉあ!?」

「なななな!? ベル様がお父さん!? は、まさかシル様外堀を埋めるどころか一度自分で作って!?」

 

 戦慄するリリにシルは「えー、なんのことかわかりませ〜ん」と笑顔で返す。

 

「それよりほら、ご飯冷めちゃいますよ」

「ぬぬ。色々言ってやりたいことはありますが………」

「あ、あはは……食事にしよっか」

「うん! ミアおかあさんの、ごはん。とっても、おいしー!」

 

 各々頼んだ食事を手を伸ばしていると、アーニャが新たなジョッキを持ってやってきた。

 

「おっまちどう!」

「頼んでないが?」

「ミア母ちゃんからニャ。シルとミャーを貸してやるから今日は存分に笑って飲め! 後は金を使え! というわけでサボ、もとい休憩するニャ」

 

 そう言うとアーニャはヴァルドの膝の上にちょこんと座り料理に手を伸ばす。

 

「あの二人、仲いいんですか?」

「アーニャはヴァルドと付き合いが長いんですよ。この店に連れてきて世話しろって、私に頼んできまして」

「へー………」

 

『いらっしゃいヴァルド……あれ、その子は?』

『拾った。育てろ』

『え〜……まあ良いけど。こんばんは、子猫さん。私はシル……お名前の前に、お風呂入ろっか。風邪、引いちゃうもん』

 

 雨の中ヴァルドが文字通り拾ってきた猫。シルに育てろと押し付けて去って行った。シルは仕方ないなぁ、とミアに話を通しアーニャを豊穣の女主人に迎えたのだ。

 

「その後もちょくちょく様子を見に来てくれてたニャ。ま、ミャーは可愛いから構いたくなるのも当然ニャン!」

「ルノアやクロエも似たような境遇なんですよ」

「一緒にすんな!」

「こっちは無理やり入れられたニャー!」

 

 シルの言葉に食事を運んでいたルノアとクロエが叫ぶ。ミアに怒鳴られすぐに仕事に戻ったが。

 

「む、無理矢理?」

「ん〜………そうですねえ。ものすごくやんちゃしてた二人が喧嘩売ってきたから返り討ちにして、更生の為にここに放り込んだというか、ここに泊まっていたヴァルドを襲撃する際、二人が色々壊したというか」

 

 師匠に喧嘩売るなんて、この店の人達強い強いとは思っていたけど思っていた以上にやばくない? と周囲の店員を見るベル。でも、このノエルという子といい、此処はそういう境遇持ちが多いのだろうか?

 

「? どーかしたの?」

 

 ベルの視線に気づいたのか首を傾げるノエル。なんでもないよ、と笑って誤魔化す。事情は、踏み込まないほうがいいのだろう。

 

「まあ、そいうわけでアーニャは私やヴァルドに懐いてるんです」

「感覚的には妹のようなものだ」

「ふにゃ〜ん♪」

「アーニャ、ずるい。わたしも………」

 

 何時の間にかヴァルドの膝に上体を預け頭を撫でられているアーニャ。ヴァルドに食べさせてもらってる。義母もよく調子が悪い時ヴァルドに食べさせてもらっていたっけ………となんだか懐かしい記憶が蘇り、その後祖父の「ぬふふ、少し冷めてしまったが儂のお粥も、おおっと手が滑って顔にかけぶぉぎゃらぱ!!?」と吹き飛ばされる光景が蘇る前に過去を振り返るのをやめた。

 ノエルもヴァルドに駆け寄り………アーニャの耳を掴んだ。

 

「ふぎゃ!」

「もふもふ………」

「あまり強く握ってやるな」

 

 紅葉のように小さな手をヴァルドがそっと放してやり、アーニャの耳の裏あたりを撫でる。

 

「フニャ〜ン…………ヴァルドは撫でるの上手いのニャ〜」

「因みに、ヴァルドのライバルとされていたほぼ同期の猫人(キャットピープル)がいたらしいんです。戦ったらどっちが強いか、なんて言われてたんですけどヴァルドが『興味ない』といったせいで殺し合いになったらしいですよ。その時は猫人(キャットピープル)側が辛くも勝利を収めてランクアップしたとか」

「興味ないって、仮にもライバルと思われてる方にそれは」

「事実だ。彼奴が俺より才能があるのは知っていたし、どちらもオラリオ有数の冒険者だった。ならばあの時勢、互いに精進した方が良い。ライバルなどと持て囃されたからといって競い合うことに興味はない」

「…………それ本人にもちゃんと言いました?」

「当然だろう」

「ヴァルドって昔からそうだよね〜」

 

 と、シルが呆れたように言う。

 

「俺の過去はどうでもいいだろう。今気にするべきはベルの今後だ」

「それは、Lv.2になったからには更に先に………中層に潜るか、ということですか?」

「ああ。冒険者は段階を経て強くなる。最早上層では大した成長は望めない。時間さえあれば大樹の迷宮に放り込んでやってもいいが」

「段階の意味知ってます!?」

「…………かいだん?」

「う〜ん。ノエル、おしい!」

 

 いきなり中層の中でも最深部にLv.2になりたてを突っ込もうとするヴァルドにツッコむリリ。そういえばこの人駆け出しにキラーアントを群で狩らせるような人だった。

 

「問題ない。ソロでも案外行ける……ふむ」

「何『やらせるのもありか』みたいな顔してやがるんですか! 中層でソロってLv.3からやるべき事ですから!!」

「ああ、おかげで死にかけた。そうだな、Lv.2なら『不眠』を持っていないと流石に死ぬだろう」

 

 因みに流石のヴァルドも大樹の迷宮までモンスターを倒してきたわけではない。ランクアップ祝いに武器を打ってやると言った椿のためにレア素材を探しに行ったのであって、余計な体力を使わぬよう可能な限り戦いを避けた。可能な限りは……。

 

「ベルも中層に挑むなら仲間を集めろ。お前一人では処理しきれなくなる」

 

 中層はモンスターの質も数も違う。初っ端からソロで飛び込んで生きて帰還したヴァルドがおかしいのだ。まあ帰還というか、リヴィラの街になんとか戻りリヴェリアにおぶられ地上に戻れただけだが。

 

「仲間………師匠は」

「俺ではお前の成長の妨げになる。何より俺は俺でダンジョン深層でステイタス上げがある」

「ですよね。仲間かぁ………」

 

 【アストレア・ファミリア】の人達とかにお願いできないだろうか、と考え込むベル。

 

「仲間が必要か、【リトル・ルーキー】」

 

 と、不意に聞こえた声に振り返ると見覚えのある冒険者がいた。

 

「ゲドさん!?」

「っ! ゲド、様………」

「あ〜、怖がんじゃねえよガキ。もうてめぇを狙わねえさ。それよりだ、【リトル・ルーキー】。この俺【野良犬(ストレイドッグ)】様がパーティーに入ってやってもいいぜ?」

 

 二つ名、ということは彼もまたLv.2になったのだろう。何処か得意げに語る彼に、確かにモンスターに囲まれた際助言してくれたし、と考え込むベル。でも、問題はリリだ………。

 

「その………えっと…………」

「…………ああ、まあ良いさ。俺の自業自得だわな」

 

 ベルの視線を追いリリを見たゲドは大人しく引き下がる。

 

「よ、良かったんですかベル様…………リリは、ベル様のためになるなら…」

「余計な気苦労が増えるならやめておけ。Lv.2になりたてが余計なことに気を割ける程気楽な場所じゃない」

「Lv.1で中層に潜ろうとしたりランクアップしたてで潜ったヴァルドがそれ言うなんて説得力な〜い」

「…………………」

 

 ごもっとも。

 シルの言葉に反論することなく、黙らせるためにチキンステーキの切り身をシルの口に突っ込むヴァルド。

 

「むぐぐ、流石ミア母さんの料理。美味しい」

「…………あの、お二人は付き合ってるんですか?」

「「いいや全然」」

「息ぴったりじゃないですか………」

「それより、パーティメンバーだよね。やっぱり、アリーゼさ………」

「俺のパーティに入れてやろうか、【リトル・ルーキー】」

 

 と、また誰かが絡んんでくる。ゲドにも負けず劣らず、というかゲドよりも粗雑そうな大男だ。ノエルが怯えてシルの後ろに隠れた。

 

「俺達はLv.2だからなぁ、中層なんて何度も潜った。そこに入れてやってもいいぜえ」

「え、あの…………」

「仲間になるんだ。色々分け合おうじゃねえか、金も魔石も………この別嬪な姉ちゃんなんかも」

 

 と、酒で赤くなった顔をさらに興奮で赤く染めシルに手を伸ばす大男。ベルが立ち上がり叫ぼうとした瞬間……

 

「汚い手でシルに触れるな」

 

 何時立ち上がったのか、ヴァルド以外には視認できない速度で動いたアーニャが「ニャ」もつけず大男の手首を掴み捻り上げる。

 

「うぎ、ぎゃああ!? は、放せ!! な、なんだ此奴力強………!?」

「アーニャ………かっこいい!」

 

 Lv.2の冒険者である自分が全く振りほどけないことに驚く大男。それを見て目をキラキラさせるノエル。

 

「!? て、てめぇ何しやがる!?」

「ちょーし乗らないでよね!」

 

 と、仲間の二人がアーニャに掴みかかろうと駆け出しアーニャも迎え撃とうして………。

 

「騒ぐな、ここは食事を楽しむ場だ」

 

 カコンと二人の顎が弾かれたように揺れ倒れる。

 

(は、速────!!)

 

 手加減していたのだろう。ベルにもギリギリ軌跡が見えた一撃………いや、二撃なのだが同時に決まったようにしか見えなかったヴァルドの拳に目を見開く。

 気絶はしていないが酒も手伝い立てない冒険者二人。アーニャが大男から手を放しヴァルドの背に隠れべーっと舌を出す。

 

「【け、剣せ──】……【不死之英雄(ジークフリート)】!!」

 

 Lv.8のオラリオ最強の男を前に大男は漸く自分が喧嘩売った相手が誰の知人か悟り顔を青くする。

 

「おおお、おぼ、覚えてやがれ【リトル・ルーキー】!!」

「バカタレぇ! ツケは利かないよ!!」

「ひっ、は、はいぃ!!」

 

 仲間を担ぎ逃げようとした大男はミアの怒号に慌てて財布を放り投げ、今度こそ逃げ去った。

 

「アーニャが動くより先に動けたでしょー? なーんで直ぐに助けてくれなかったの」

「アーニャが膝の上にいたからな」

「にゃ~。悪い奴ら追い払ったからまた撫でるニャ!」

 

 などと店員達とヴァルドが話す。シルはもう、と拗ねたように頬を膨らませ、しかしすぐに笑みになりパンと手を叩く。

 

「それじゃあ、仕切り直ししましょうか」

「しきりなおし?」

「さっきの人達のせいで止まってたお祝いを再開するの」

「お〜…………」




ヴァルドととある猫人の会話一部抜粋

「お前か……」
「…………愚図が世話になってるようだな」
「? ああ、俺はあの子を愚図などと思わないが。健気でひたむきで、かわいいじゃないか」
「…………はっ。てめぇがあの愚図に発情しようが知ったこっちゃねえが、それで強くなれんのかよ? 巷じゃ俺とてめぇなんかがライバルだの、戦ったらどっちが強いかだの好き勝手言われてるみてぇだが、腑抜けたてめぇが俺のライバル? ふざけた噂だ」
(此奴にとって、超えるべきは俺ではなくオッタルだろうしな。何より今の時勢、冒険者同士で争うのはただの愚行だ)
「最近じゃこっちに顔も出しやがらねえ。俺と決着をつけるのが怖いかよ」
「いや、俺は(今は)お前(と勝敗を決める事)に興味はない」
「っ!! ぶっ殺す!!」
「!? 何をしやがる、気でも狂ったか──!!」

 因みにヴァルドがLv.6になった際Lv.6の猫人と決闘して、その時はヴァルドが勝った。


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鍛冶師と冒険者

ちなみに前回の過去ヴァルドは剣の腕も精神面もまだ未熟な頃なので、嫌われていることに気付かずアレンをオッタルの次ぐらいに仲のいいエインヘリアルと思ってたから「やっぱ妹心配なんだな。しかし顔出さないことに関しても建前じゃないだろうし、誘われたんだし久し振り顔ぐらいだすか」的なことを考えてたらいきなり攻撃されて戸惑った。
その後ランクアップしたアレンを祝うつもりで訪れたら襲撃に来たと勘違いした門番に挑まれてフレイヤはその光景に腹を抱えて笑った。
元々よく顔を出していたからアーニャとは顔見知りで、アーニャも兄と互角のヴァルドに強くなるコツを教わろうと話しかけていたりしたのをアレンは見ていた。


「なあお主、この前も剣を買いに来ていたな? それならいっそ不壊属性(デュランダル)とは言わずとももっと高価な剣を買ったらどうだ?」

「不要だ。俺の技量が剣に追いつかない、いたずらに壊して金を消費するだけだ」

「今は違うとでも?」

「少なくとも、俺の腕に見合い、その上で安いものを選んだつもりだ」

 

 数日でボロボロにしておいて何を、と呆れ、なら剣の腕を見せてみろといった。

 そして事実だった。当時の剣の腕なら、下手に高いものを買っても壊して損をするだけ。かと言って安い剣を買うとしたら、その腕を発揮できるモンスターに通らない。それが意味するのはただ金を稼ぐ目的でダンジョンに潜っているのではなく、強さを求めてより強大な敵を求めている証左。

 

「うはは! 面白い、これだけの短期間にここまで使い込まれる剣など見たことがないぞ。おいお主、手前はお主が気に入ったぞ。剣を打たせろ!!」

 

 それが後にオラリオの歴史においても傑物の一人とされる英雄と、その専属鍛冶師の出会いである。

 

 

 

 

「専属鍛冶師?」

「は、はい。ヴェルフさんって言うんですけど、その人とパーティを組みたくて」

「好きにしろ。お前のパーティだ…………助言してやるとするなら、己の命を預ける防具、武具の制作者である鍛冶師との絆は無駄にはならん」

 

 その言葉にヴァルドの装備を見るベル。確か、ヴァルドの装備は基本全部専属鍛冶師が作ったのだとか。

 オラリオを離れている間の間に合わせは手に馴染まないとよく愚痴っていた。

 

「うん。僕も、この装備すっごく気に入ってるんです」

 

 なんというか、ひと目見た時から心惹かれた。絶対これにすると魂が訴えかけるような……。

 ミノタウロス戦で壊れてしまったが、同じ作者の作品を探していると偶然作者本人と出会い、専属契約を結ぶことになった。その際もらった新しい鎧も最初の鎧に負けず劣らず気に入っている。

 

「武器選びの感覚は大事にしろ。俺も、昔買っては使い捨てていた剣の殆どが今の専属鍛冶師の作品だった」

 

 あくまで金稼ぎ目的、程度の品であったり昔打ったのが残っていたもの、とかではあったが。というかそういった物でもなければ彼女の作品に手が届かなかった。

 

「感覚、か………」

 

 鎧に触れ、これがいいと感じた。勘のようなものだけど、事実その鎧に命が救われた。

 

「はい。ありがとうございます!!」

 

 

 

 

 という師の言葉もありヴェルフ・クロッゾとパーティを組んだベル。リリは不満そうだ。ヴェルフの条件である『鍛冶のアビリティ』を手に入れるまで、とはつまり用が済めば解散する臨時パーティでしかないということ。

 しかしベルは彼と組みたいと言うし、リリが我慢するしかない。

 まあ特に問題なくパーティは機能したが。

 

 

 

 

「ベルおとうさん、ヴァルドおとうさん、いらっしゃいませ」

「どっちもお父さんのままなんだ」

「気にするな。知り合いの大人を父と呼ぶ娘は少なくない」

 

 ベルも昔はそうだったので、むぐぐと昔を思い出し恥ずかしそうに顔を赤くする。まあ割と今も偶にしてるのだが、言わないでおくことにした。

 

「で、お前がヴェルフ・クロッゾか」

「う、うす!」

 

 Lv.8にして、オラリオ最強の『()()()()』を倒し最強の座を得た正真正銘の現世界最強。暗黒の時代を終わらせた若き英雄を前に緊張したように返事するヴェルフ。

 

「そう畏まるな。俺など崇められる程の存在でもない……()()()()()()()()の存在だ」

 

 敵は殺し尽くせても、救えなかった者達も多くいる。自分が救い、感謝してくる者達を蔑ろにする気はないが、救えなかった存在がいる時点でそう大層な存在だとは思えない。事実黒竜に勝てなかったLv.9(女帝)より下なのだ。

 

「いやぁ、そう言われましても…………あ、いや……ええと、すいません、敬語のままで良いっすか? 俺年下ですし」

「…………まあ、良いだろう」

 

 無理強いする気はないので了承する。敬語程度はよく使われるし。

 

「これからもベルを頼む」

「は、はい! いやまあ、恥ずかしいことに俺のほうが助けられてんですが」

「それを恥と思えるなら十分だ。Lv.が上なら自分を守って当然、と頼り切るくせにパーティなのだから分け前を均等にしろなどという輩もいる」

 

 自分は先を目指さないくせに、お前のLv.なら先に進めるだろと文句を言いより稼ごうとして、強いモンスターが現れればギャイギャイ騒ぐ輩はたしかにいるのだ。根性鍛え直してやったが。

 

「精進しろ。先を目指す意志があるのなら、人はどんな壁も乗り越えられる」

「………うっす」

 

 と、頭を下げるヴェルフ。と、トテトテとノエルが歩いてきた。話が終わるまで待っていてくれたのだろう。

 

「ごちゅーもんはおきまりですか?」

「お、おお………じゃあ俺はこのチキングリル」

「僕はサーモンのアクアパッツァで」

「リリはパスタで良いです。小盛りで」

「日替わり定食」

「ごちゅーもんを、かくにんします。ちきん、ぐりる。さーもんの、あくあぱつあ、ぱすたのしょうもり、ひがわりていしょく、じょうですね?」

「……シル?」

「…………テヘ♪」

 

 勝手に値段が上の『上』に変えられたのを聞きシルに目を向けるとシルはペロと舌を出して片目を閉じ自分の額を小突く。シルの禁忌の業(テヘペロ)にベルや周りの男達が騙され顔を僅かに赤く染め、ヴァルドが片手で来いとジェスチャーする。

 

「あう!?」

 

 バチンとデコを指で弾いた。もちろん手加減はした。してなければ今頃頭が砕ける。

 おおぅ、と額を押さえるシルを見てノエルはオロオロとヴァルドとシルを交互に見る。

 

「ごちゅーもん、まちがえました?」

「………………」

 

 不安そうに見つめるノエル。大方多くの冒険者がこの顔にやられ日替わり定食『上』を頼んだろう。そう察せる程の顔だ。なのでヴァルドは………

 

「ああ、『じょう』は必要ない。普通の日替わり定食だ」

「な!? よく見てヴァルド! ノエルはこんなに可愛いんだよ? 少しお金使うぐらい良いじゃない!」

「それがお前の教えた手段じゃないなら俺も考えた」

「ぶー、ヴァルドのケチ。ほら、ノエルも言ってやって!」

「えっと………けち?」

「ミア、少しシルを借りるぞ」

「好きにしな」

「あ、ちょ!? どこへ連れてく気ですか!? やめて、私に乱暴する気でしょう!」

「お前に料理を作らせてお前に喰わせる」

「ああ、それがきちんと罰と思える自分が憎い!」

 

 そのまま厨房に連れて行かれるシル。シルの言葉にベルは「シルさん、美味しくないって解ってて僕にお弁当を?」と戦慄した。因みにベルに渡されているのはまだギリギリ人の料理と言える範疇だ。

 

「助けてアーニャ! 私このままだと私の料理をヴァルドに食べさせられちゃう!!」

「訳分からん懇願だな」

「でも理解できちまうニャ」

「はにゃにゃ、シル!? うう、でも悪いのはシルで………シルの料理は半端なくて? ヴァルドに喧嘩売るのはもっとやべーから………うにゃー!」

 

 ルノアとクロエが呆れ助けを懇願されたアーニャは混乱で目を回す。

 

「仕事に戻るニャ!」

「あ、現実から目を背けた」

「アーニャが自分から仕事をするって言うなんてニャー」

「………? ……………あ! ごちゅーもん、もういちど、おねがいします!」

「あ、うん……」

 

 ノエル、結構図太い子? いや、多分父や母と慕う二人が仲が良いと思ってるんだろうが。

 

 

 

 

「よいしょ………よいしょ………」

 

 と、水を運ぼうとするノエル。周りがハラハラと見守っている。子供には重そうだが、懸命に運んでいる姿は微笑ましい。

 

「あ、ノエル! 駄目だよ、水は重いから私達が運ぶって」

「だい、じょうぶ…………できる、もん!」

「そうじゃなくて」

 

 ヨロヨロと水を運ぶノエルに慌てて駆け寄ろうとするルノア。しかし僅かに遅かった。

 

「あっ!」

 

 と、重み耐えられなくなりバランスを崩すノエル。ピッチャーに入った水は床にぶち撒けられ近くの男性にかかる。

 

「言わんこっちゃない! すいません、お客様!」

「あ、うぅ………」

「ノエル、大丈夫? あ、お客様、全べて此方の責任です。すぐにお召し物を………」

「……………くくくっ…………くっくっく………あはははは! いやはや、面白いお店ですねえ。気に入りました。ええ、気に入りましたとも。ははは!」

 

 ルノアが慌てて謝罪する中、男は突然笑い出した。

 

「………おこって、ない?」

「私が? なぜ? こんなに愉快だというのに! それに、この上着、実はずっと喉がからからだったのです。貴方がお水をごちそうしてくれたから、喜んでいます。ほら、この通り………『ありがとう、ノエルちゃん!』」

 

 口元を隠し雑な腹話術を行う男。子供に気を使ってくれたのだろうか?

 

「………ほんと?」

「ええ、ええ、本当ですとも。さて、私にもごちそうを頂けますか? 鳥の香草焼き、それも大盛りで……ああ、お持ち帰りでお願いします!」

「うん! ごちゅーもん」

 

 と、パタパタ走り出すノエル。残ったルノアは申し訳無さそうに客に声をかける。

 

「本当にすいません、お代は結構ですんで。それと、お着替えも……」

「いえいえ結構ですよ。ここで着替えたら、私が嘘つきになってしまう。帰ってから着替えますよ。笑うか笑わせるしか取り柄がない私にはちょうどいい。なにより、いいお店が見つかって喜ばしい。賑やかで、あんなにかわいい店員までいる。実に愉快ではありませんか、今度はゆっくりここで食事を取りたいものです」

「そう、ですか………その時は、シルにも会ってやってください。今回の話聞いたら、謝ろうとすると思うんで」

 

 ノエルの母親代わりのつもりだし、間違いなく謝るだろう。

 

「そうですか。ええ、解りました。私はヴィトーともうします。今後とも、よろしくお願いします」

 

 ヴィトーはお持ち帰りの商品を受け取ると帰っていった。その後暫くして顔を青くしたシルが戻ってきた。

 

「うう、あんなの乙女に食べさせるなんて」

「自分で作った料理だろ。何故卵焼きをあそこまで未知の味に出来る」

「材料がおかしいのよ! コレが神様の言う下界の未知!?」

「お前の料理の腕が神秘の類だ。ん、待っていたのか。悪いな、俺は今から食事を摂る。先に帰っててくれ」

「あ、はい。じゃあ、また後で」

「おかあさん、だいじょーぶ?」

「うん、大丈夫だよノエル………というか自分の料理食べて大丈夫じゃないなんて言いたくない………」

 

 因みに卵焼きは、見た目焦げてないのに外はザクザクで甘く、中はドログチャでしょっぱく、噛めば噛むほど味が口の中で未知のものへと変化する。塩は使っていない、ちゃんと砂糖を使ったのをヴァルドは見ていた。ウインナーを切って焼くだけのタコさんウインナーを不味く作れる女の料理は神秘に満ちている。



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出会い

「新しい異端児(どうほう)を見つけたのはいいけどよぉ…………」

「彼奴、俺っちより強くね?」

「ですガ、まだヴァルドさんの方が上でス」

「Lv.6……それ以上か………?」

「アア、貴様ト同等ダナ………」

 

 ヴァルドは定期的に知性を宿し意思疎通が可能なモンスター、異端児(ゼノス)を探しに異端児(ゼノス)達とダンジョンに潜る。

 上層、中層浅部等では冒険者や密猟者(ハンター)に見つからぬようヴァルドだけで、下層や中層深部以降では異端児(ゼノス)も交えたパーティを組む。その方が説得しやすいからだ。

 因みにアーディを連れていけば異端児(ゼノス)が居なくてもほぼ確実に説得できる。

 そして同胞を見つけること叶わなくても採取した魔石は異端児(ゼノス)達を強化するので無駄はない。そんな彼等は【ロキ・ファミリア】と接触しないよう非正規ルートで深層に赴き、深層の同胞を見つけた。

 本来なら中層で見られるモンスターの姿をしているが、肌の色からして恐らく黒犀(ブラックライノス)の亜種。()()()()()()膝を突き明らかに満身創痍だった彼はヴァルドの顔を………というよりは、ヴァルドの髪を見た瞬間に立ち上がり襲いかかってきた。

 一体どれだけの魔石を食らったのか、深層種の亜種だとしても異様な能力値(スペック)異端児(ゼノス)のリーダーであるリドや異端児(ゼノス)最強でありヴァルドを騎乗させることも多い『彼』に迫る。

 

「【輝け(クレス)】」

「ヴォ!?」

 

 片手に付与した雷光を放つヴァルド。雷に焚かれながら吹き飛び、しかし更に闘志を滾らせる異端児(ゼノス)

 

「大したものだ。万全であったなら、或いはより多くの魔石を喰らっていたならと、想像するのも恐ろしい」

「ヴゥ、フゥ………ヴォオオオオオオ!!」

 

 そこらで狩ったであろう竜の鱗(ドロップアイテム)を削っただけの無骨な、剣と呼ぶのも烏滸がましい塊を構える異端児(ゼノス)。無骨であろうと深層種の竜の最も発達した部位を削ったそれを、何処か堂に入った構えで構える。

 それでも格下。技量もスペックもヴァルドが上。その上で、全力を懸ける者に油断も慢心もなくヴァルドは応える。

 

「来るがいい。勝つのは俺だ」

 

 

 

 

 

 ダンジョン深層、未開拓領域。

 ダンジョン中層のとある場所にもある温泉に似た環境。蓮の葉に似た、しかし盆のように硬い葉に饅頭に似た果実を載せ寛ぐ一同。

 何なら徳利に似た樹の実の汁はアルコールも入った酒だ。

 

「ふぃ〜、やっぱいいなぁ此処。どうせ住むならここに住みてえよ」

「無茶ヲ言ウナ」

 

 そんな楽園のような環境は、しかし見つけ難いくせに迷宮の罠(ダンジョントラップ)。侵入者が現れても暫くは放置し、油断しきった所を気配を消していたモンスター達が襲いかかる。Lv.4上位クラスのモンスターが群れを成して。

 第一級でも嵌れば命を落としかねない罠だがそのモンスター達は切り刻まれ魔石はこの場の異端児(ゼノス)達の糧と残留組達の土産になった。

 とはいえ、此処の者達なら簡単に勝てるが、第二級程度の同胞も多くいる。ここに住むというのは現実的ではない。

 

「ヴァルドさん、翼を洗うノ、手伝っテもらってモヨろしいデすか?」

「嗚呼わかった」

 

 セイレーンの言葉に立ち上がるヴァルド。石の竜はそれをどこか不満そうに見る。

 

「どうしたグロス、嫉妬か?」

「タワケ! 不安ナダケダ。結局、何処マデ行コウト奴ハ人間ナノダゾ。オ前モ、レイモ、何故信用出来ル」

「まあレイにとっちゃ父親みたいなもんだしなあ。それによ、もう十年以上の付き合いなんだぜ? ヴァルドっちが俺っち達の為に命を懸けてくれたことだって、何度もあるじゃねえか。偶に何で生きてるのか解らねえときもあるけどよ。あれ、マリィの血が無かったら絶対死んでたよなぁ」

「イヤ、普通飲厶前ノ時点デ死ヌダロウ…………」

「ああ、でも死ななかったよなぁ。ああ、死ななかっただけだ。死なないわけじゃねえ、それでも戦ってくれたんだぜ? それでも、不満なのかよ?」

「……………奴ハ英雄ダ。怪物(我々)トノ繋ガリガ人間ニ知ラレ、天秤ニカケレバ、我等ヲ切リ捨テル」

 

 それは人間なんだし、仕方ねえんじゃねえ? というのがリドの本音だが、口にはしない。自分達を裏切るとしたらそのタイミングしかないと、そう思えてる時点で彼もまたヴァルドを完全に嫌ってはいない。むしろ、その時が来て良いように嫌おうとしているのだろうから。

 

「さて、お前は俺に負けた。従ってもらう」

 

 セイレーンの翼を洗い終えたヴァルドが一言も発さず大人しくしていた異端児(ゼノス)を見る。

 

「…………渇きを」

「ん?」

「自分は、渇きを癒せるのか?」

「…………ああ。再戦の為に強さが必要なのだろう? 他の異端児(ゼノス)同様……いや、それ以上に鍛えてやろう」

 

 

 

 

 

 

 地上に戻ったヴァルドは深層のドロップアイテムや魔石を換金し豊穣の女主人に向かう。と………

 

「おじさん、かっこいい!」

 

 ノエルが男性を褒めていた。褒めていたのだが、何やらシルが耳打ちしている。

 

「ごにょごにょごにょ〜」

「おらりおで、いちばんにまいめさん、です」

「そ、そうかい? いやぁ、これでも昔はモテてたからなあ」

 

 と、照れたように笑うおじさん。シルは再びノエルに耳打ちする。

 

「ごにょごにょ」

「それに、とってもやさしそう! はんさむだから、おにくをやすくしてくれそう!」

「いや、それとこれとは話が………」

「わたし、やさしいおじさん、すきだよ?」

「ぐっ………えーい、クソ! 騙されてやるよ! 幾らにしてほしいんだい?」

「えへへ。おやすくして〜」

 

 見事に値切りに成功したノエル。と、お肉を受け取り次の店に向かおうとしてヴァルドに気づく。

 

「あ、ヴァルドおとうさん」

「…………シル、何教えてんだ」

「フフン。お店の人は可愛いノエルに褒められて、ノエルは安く材料を揃える。これぞ神様達の言うウィンウィンって奴だよ!」

「ノエルをお前みたいな魔女に育てるな」

「え〜、これはノエルの才能だよ。今日だって冒険者にステーキ6つも注文させてたもん」

 

 どういうこった。

 その冒険者の財布は大丈夫なのだろうか?

 

「わたし、なにかまちがえた?」

「間違えてはないさ。強いて言うなら母と慕う女を選び間違えた。今からでもアストレアに教育を任せるか?」

「ぶーぶー、横暴だー」

「? おーぼーだー……」

「……………」

「うにゅ」

「ふぎゅう!」

 

 シルの真似をするノエル。ノエルを軽く小突きシルにはバチンと音がなる程度のデコピンを食らわせる。

 

「扱いに差を感じるよぅ」

「差別してるからな」

 

 ヨヨヨ、と泣き真似するシルにきっぱり言い切るヴァルド。と……

 

「あら、そこに居るのはヴァルドね!」

「あ、本当だ! お〜い、ヴァルド〜!」

「アリーゼ………と、アーディもか」

 

 不意に名を呼ばれ、振り返ると【アストレア・ファミリア】の面々とアーディがいた。なんでも今日のヘスティアの護衛は【ガネーシャ・ファミリア】の面々。なので久々に皆で食事を取りに行こうとなった、らしい。

 アストレアはヘスティアやヘファイストスと先に約束していたのだとか。

 

「なになに、迷子の相手でもしてたの? あらやだ〜! かっわいい〜!」

「ひゃ!」

 

 アリーゼがノエルに抱きつこうとすると驚いたノエルがヴァルドの背中に隠れる。チラリと顔を僅かに覗かせる姿にアリーゼはメロメロだ。

 

「あれ? その制服、豊穣の女主人の………小人族(パルゥム)……じゃ、ないよね?」

 

 と、アーディが首を傾げる。小人族(パルゥム)のライラも「ちげーな」と肯定する。

 

「怯える必要はない。ほら、挨拶してやれ」

「う、うん。ヴァルドおとうさんが、いうなら」

「………ヴァルドおとうさん? ……………ヴァルドおとうさん!?」

「あらあらまあまあ。見たところ5歳以上ではあるようですが、そんな子を残してオラリオを出ていたなんて随分薄情な父親ですねえ」

 

 ニコニコ笑みを浮かべているが黒いオーラが見える。ノエルはサッとヴァルドの背に隠れる。

 

「出会ったのは最近だ。血は繋がっていない」

「…………またか」

「またですね」

「まただね」

「またね!」

「……またでございますか」

「またなんですよ」

 

 ライラを始めにリュー、アーディ、アリーゼ、輝夜が呆れ、シルが笑う。ヴァルドが優しく接して父と呼んでくる子は結構多いのだ。

 

「でもそういうところがヴァルドらしいですよね。5年前も、今も……」

「………………お前に言われずとも

 

 シルがヴァルドに笑顔を向けながら嬉しそうに言うのを見て、輝夜はボソリと呟く。

 

「じゃ、丁度いいし今日の夕飯は豊穣の女主人にしましょう。かわいい店員さん、ご注文をお願いするわね」

「はい! すてーき、10!」

「まだ頼んでないけど!?」

「しかもサラッと一人2つかよ」



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家族

「ふふふ。ノエルのおかげで安く仕入れた!」

「わたし、えらい?」

「偉い偉い!」

 

 シルに頭を撫でられむふ〜、と嬉しそうなノエル。アーニャの初めてのお使いを思い出す。シルに連れられ無理矢理後からそっと監視していたが、値段より少ない量を買わされるわ蝶を追いかけるわで散々だったが二人で気づかれぬよう軌道修正して戻ってきたアーニャが得意げにこんな顔をしていた。まあムカついたので額を指で弾いたが。

 

「あまりノエルに変なこと教えるな」

「変なことじゃないよ、処世術。ノエルの将来に役に立って、私達の今にも役に立つ。家族は助け合わないと」

「たすけあう? かぞくは、たすけあうの?」

「そうだよー。皆が家族の役に立ちたいって思うし、家族の誰かが困ってたら助けたいって思うの。家族が泣いてたら行って慰めてあげる。家族が苦しんでいたら、何も言わず守ってあげる。そうしたい、そうしてあげたいってなれるのが、本当の『家族』だって………私は思うな」

「………うーんと」

「小難しいことは考えなくて良い。共に笑えれば、幸せな家庭と言えるだろう」

「うん。そうだね………」

「わら、う………」

 

 その言葉にノエルはふと周囲を見つめる。街行く人々、その笑顔を見る。

 

「………みんな、わらってる……」

「え?」

「わたしも、わらってるよ…………えへへ」

「うん。そうだね、とってもかわいい笑顔だよ」

「えへへへっ」

 

 ノエルは笑う。シルの言葉に、本当に嬉しそうに。

 

(たのしいなぁ──ずっとずっと、たのしいよ──ねぇ、ありがとね──)

 

 わたしをみつけてくれて──ありがとう──  

 

 

「うにゃにゃ………うにゃにゃにゃ〜」

「どうし