ダンジョンで英雄を騙るのは間違っているだろうか? (モンジョワ〜)
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原作一巻・ソード・オラトリア1
プロローグ


ダンまち十八巻が冬に出ると聞いて!


 

 子供の頃、英雄に憧れた。

 全てを救う英雄に、怪物を倒す英雄に、誰かを助ける英雄に、未知を越え続ける英雄に――何より大切な人を守れる英雄に……何も知らない無知な子供時代に俺は英雄に憧れていたのだ。

 その時の俺は、憧れることを間違いだと思わなかった。

 きっと自分も英雄になれるって信じて疑わず、憧れの人の力を持った俺は英雄になれる――何より家族達のような英雄になれるって。 

 

「なぜ泣く? お前は(わたし)を打ち破ったんだぞ?」

 

 最愛の人が倒れている。

 俺の刃を受けて限界に達した彼女が地に伏せている。

 悪となっても美しかったこの人は……どこまでも英雄だった彼女はこのまま命を落とすだろう。

 

「誇れ、泣くな――そして忘れるな『最後の英雄』にお前がなれ」

 

 言葉を紡ぎ彼女は歩く、モンスターが開けた大穴へと。

 きっと彼女は灰に還るのだろう。

 止めようとは思わなかった。

 だって俺には止める資格などないのだから。彼女を打ち破った者として、英雄になると決めた愚者として、彼女の最後を見届けないといけないから。

 

「さらばだ、正義の眷属。さらばだオラリオ――そして、シャルル」

 

 彼女が奈落へと身を投げる。

 燃えさかる縦穴の中に落ちていき、その身を灰に変えながら自身を裁くように業火に焼かれて――最愛の人は、俺達の前から姿を消した。

 

「あぁ、さよなら――アルフィア」

 

 一つ聞かせてくれ。

 守りたかった人を殺した俺は、何をすれば英雄になれるだろうか。

 それでも英雄にならなければいけない俺はどうすればいいのだろうか。

 いったい、いつまで英雄を掲げ騙り続けなければいけないのだろうか? 

 

 

            ◆   ◆   ◆

 

 

 ダンジョン深層に度重なる咆哮が響いていた。

 それに続き、地響きすら起こす足音が連なり荒れた大地を踏みならす。

 悪魔を思わせるような捻れ曲がった二本の大角。醜悪な馬面とも言うべき顔面。怪物と称するに値する巨躯を進撃させる夥しい数の黒い塊が、鈍器を振り回す。

 

「盾ェ構ええぇー!」

 

 号令と共にその場に響いたのは数多の衝突音。

 怪物達の衝突を大盾を構えた者達が受け止める。

 あまりの威力に盾を構えた者達の踵が埋まるが、怯まず臆さずその進撃を受け止め続ける。

 

「前衛、密集陣形を崩すな――準備できるまで持ちこたえろ!」

 

 複数の種族から鳴る集団がモンスターを迎え撃つ。

 前衛後衛に二分されるこの部隊は、ドワーフやエルフに獣人そしてアマゾネスによってなっており、陣の中心には道化師(トリックスター)のエンブレムが風に揺られている。

 全てが赤茶色に染められた一本の草木もない荒れ果てた大地。

 そこで一人の青年が首領たる団長に告げる。 

 

「団長、いつでも行けるぞ!」

「前衛引けぇ! シャルルの魔法が整った!」

 

 この戦場で誰よりも小柄な少年、小人族の指示が飛び前衛にいたアマゾネスの姉妹が後ろに引いた。

 今まで前衛で戦っていた青年が、後ろへと下がり言葉を紡ぎ剣を構え飛翔する。

 

「【聖光で、遍く全てを照らし出せ!】」

 

 黒のインナーに白銀の軽甲冑と、上に表が白銀・裏が水色の外套という出で立ち。

 黒と銀のコンビネーションを持つ髪色をした青年がその唄を奏でる。

 

「【永続不変の輝き、千変無限の彩り! 万夫不当の騎士達よ、我が王勇を指し示せ!】」

 

 彼が呪文を唱えると背に数本の剣が顕現する。

 それが翼のように変わっていき広がりその矛先がモンスターへと示される。

 戦場にいる全てのモンスターを対象に、彼は告げる。

 

「【王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣(ジュワユーズ・オルドル)!!】」

 

 剣を纏った青年――シャルル・ファルシュがそう言えば、剣は従う様に獲物へと向かっていく。

 突貫し全てを蹂躙するように踊り、その場を更地へと変えた。

 そして――残ったのはロキ・ファミリアの面々のみ。

 あれほどモンスターで溢れていたこの階層、そこに怪物の姿はなかった。

 

 

 ・

 

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 ・

 

 

 【安全階層(セーフティポイント)】と呼ばれるダンジョンの五十階層。

 

 通常モンスターが生まれることのないこの場所には今雑多な騒がしさが流れている。

 金属の擦れあう音、取り留めない話し声。

 それらが絡み合う中で、多くの者が周囲を行き交いながら何らかの作業に勤しんでいた。

 

 そして、その中で一段と大きいテントの中に首脳陣と他に一組の男女が集められていた。

 集められた一組の男女の内、一人はアイズ・ヴァレンシュタインという少女。普段からダンジョンに潜っているというイメージの粗暴な冒険者とは思えないような外見の彼女は今、見て分かるように項垂れていた。

 

「……」

「今の立場は窮屈かい、アイズ」

「団長、その言い方は卑怯じゃないか? アイズも分かってるって」

「シャルル、君がアイズに甘いのは分かってるけど茶々入れないでくれ……それに、今回は君にも話があるんだ」

「……まじ?」

 

 自分が怒られるとは思っていなかったのか、シャルルは心底驚いた様にそう言い。しばし無言を貫いて数秒で理由を察してしまった。

 

「シャルル、君張り切って剣を多く出したよね?」

「なんの事か分かりませんが?」

「……シャルル?」

「あ、はい。俺は被害を考えずに張り切って剣を多く出しました――でもあれじゃん? こんな場面で張り切らない訳いかないだろ? だってそっちの方がカッコいい……あ、団長? 地味に足踏むのは……反省します」

「あとさ、君温存しろって伝えたのに作戦無視して飛びだしたよね?」

「……後輩達にカッコいいとこ見せようと思いまして……」

 

 反省しているのかいないのか、早口で言い訳したかと思えば足を踏まれたシャルルはすぐに謝った。

 相変わらずのその様子にフィンは溜息をつき、後ろにいたリヴェリアとガレスも苦笑いする。

 毒気を抜かれたのかそこで説教は終わり、最後にフィンが二人に釘を刺しアイズとシャルルはテントの外に出て行った。

 

 

              ◆   ◆   ◆

   

 

 吾輩は転生者である。

 名前はシャルルで、性はファルシュ。

 最初に言うが、俺はFateのシャルルマーニュの力を持ってこの世界に生まれ落ちた。

 ダンジョンがあるとされるこの世界、オラリオという名前を聞いてこの世界がダンまちであると知った十八年前、ヘラ・ファミリアに拾われ、色々あってロキ・ファミリアの身を寄せるこの俺だがそんな俺には悩みがある。

 

 それは――どうしたらシャルルマーニュのようなカッコいい男になれるかだ。

 この世界に生まれ、シャルルの力を持った俺は思った。

 英雄になろうって、この世界にシャルルマーニュの名を刻もうじゃないかと! ――前世で俺はこの英雄がカッコいいと思った。というかめっちゃ憧れた。

 シャルルマーニュになりてぇ! とすら思った。

 だからこうやってカッコいいを求めて冒険者をやっているのだが……どうしても満足できないのだ。

 転生してから二十四年、どうしてもシャルルマーニュに近づけている気がしないのだ。

 一応……Lv6にまでなったから英雄とは呼ばれるようにはなったんだが、それでも足りない。というか、満足出来ないんだ。

 でも俺は諦めない。理想のシャルルマーニュになるために、何よりめっちゃクソカッコいい男になるために俺は今日も生きていこう。

 そして英雄になって、この世界にシャルルマーニュの力と名を刻んでやるのだ!

 

 

 

 

 




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第一話 兄

 

「どこにいるんだ! 出てこい、アイズ!」

 

 ホームの別館から聞こえてくる恐ろしいハイエルフの声。

 それから隠れながら私はこそこそ距離を取る。

 今日は団員があまりいないのか、階段や廊下で誰かとすれ違うことはなく居場所を密告される心配がなかった……だから今は恐怖の大王たるリヴェリアに見つかる心配がない筈だ。

 一度安心したところで今までの不満が溢れてくる。

 

(勉強なんて嫌い……勉強嫌)

 

 思い出すのはアレルギー反応すら起こしそうになる辞書の束。

 不満を胸の中で溜めながら、四つん這いで塔を繋ぐ空中回廊を移動したあと私は無人の書庫に侵入した。

 そこならバレないと思って、何より今日は団員達がクエストやミッションに駆り出されていると聞いていたから、こんな書庫で休んでいる人なんかいないと思って。

 だけど、その人はいた。

 書庫の椅子に背中を預けながら顔に本を乗せて、すっごくだらしない姿で。

 

「……誰?」

 

 初めて見る人だ。

 最初のこのファミリアに来た時殆どの人と顔を合わせたけどあの場所にはいなかったと思う。人の顔は殆ど覚えてなかったけど、その人はかなり特徴的な髪色をしていたから間違ってないはず。

 

「……? ……あ、サボってない。クエストサボってない…………ってなんだこの幼女」

 

 私の声で起きたのかその人は本をどかしてこっちを見てきた。

 しまったと思った。だって、今の私は逃げているのだから人に会っちゃいけないから。リヴェリアに言われる? そう思っただけで体が震えたんだけど……。

 

「新人か? その表情……分かった分かったぞ。幼女よ、お前は俺と同じサボり仲間だ。つまりあれだ。仲間同士密告せずここは見なかったことにしてサボろうじゃないか」

 

 この人、大丈夫かなと思った。

 初対面の私をサボり仲間認定しただけじゃなくて、堂々とサボり宣言をしたのだから。

 それに少しムカついた。私はサボってるわけじゃないのに、戦いたいのにリヴェリアに邪魔されてるだけなのにと。 

 

「……私はサボってない」

「なに、ならまさかの敵か? 俺をフィンに差し出しに来たんだろう! くそあのショタ爺め、こんな幼女を使うとは卑怯だぞ!」

「ねぇ、シャルル? 君は僕をそんな目で見てたのかい?」

「ヴェッ、フィン!? 俺はサボってないぞ、クエストはもう終えたし優雅に休憩していただけだ」

 

 気配なく現れたのは小人族の少年。

 喧しいこの人を責めるように笑っている。

 対してシャルルと呼ばれた人は凄く目を泳がせて誰が見ても嘘をついているように見えた。

 

「で……君はなんでこんなとこにいるのかな?」

 

 びくりと体が跳ねた。

 小人族の少年が、急にこっちに話しかけてきたから。

 

「あ、責めるつもりはないよ。大方リヴェリアの座学から逃げてきたんだと思うから。でも二日も持たないとは驚いたな」

「勉強してる暇なんてっ」

 

 そう言われて溜まっていた不満を吐き出そうと思ったんだけど、その前にシャルルって人が横槍を入れてきた。

 

「いや、フィンあの座学はキツいだろ。俺は半日で逃げる自信がある」

「君は黙っててくれないかな?」

 

 なんとなく、フォローしてくれてるのは分かる。

 だけど、その内容が酷くて毒気が抜けてしまった。

 

「……酷くないか? それより幼女よ、俺には分かるぞあの座学がキツくてきっと気晴らしにダンジョンに行きたいんだろう。なら任せろ、このカッコいいお兄さんが手助けしてやろうじゃないか」

「先に言うけど、まだアイズにはダンジョンに行く許可してないからね」

「じゃあ俺がサンドバッグになろうじゃないか! さっ中庭行くぞ幼女」

「……いいの?」

「おうどんとこい、未来の英雄様が相手になってやろう!」

「……怪我させないでよシャルル」

 

 それが私とシャルルが出会ったときの話。兄のような人になる前のシャルルとの思い出。どうしても追いつきたい大切な人との最初の一歩だった。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

 

「まだ来るわよ!」

「任せて」

 

 迫り来る巨大な芋虫、それを切り捨て剣姫が進む。

 彼女が最後のモンスターを切り伏せた頃、それを見届けたティオナが沸いた。

 

「手こずらせやがって……キャンプに残っていたアイツ等無事なんだろうな」

「あれ、ベート、リヴェリア達の心配してるの珍しーね」

 

 確かにとアイズは思った。

 そのまま始まる言い争いを尻目にアイズは仲間達の安否を確認する。

 くっついて離れないティオネとフィン、へたり込むラウルの背中を叩くガレス、そして皆に笑いかけてくれるレフィーヤ。皆が五体満足で、張り詰めていた表情は和らいでいる。

 それに。

 

「あっちにはシャルルがいる。だから、大丈夫だと思う」

 

 彼がいるなら大丈夫。

 きっと皆は無事だろうと思いながら、野営地に視線を送ったその直後。

 

「――!!」

 

 木々が壊れる音が届いた。

 辺りの木々を全て壊すよう破壊音、その発生源にはおよそ6M程の化物が。

 先程まで戦っていた芋虫たちの大型個体よりも大きい――女性のような上半身を持つ化物がいた。

 芋虫を彷彿とさせる下半身は変わらないが、先程までとのモンスターとは明らかに異なるその姿……腐食液を撒き散らす特性を考えるとあんな巨体を持つアレを倒してしまえば。

 

「倒せば巻き込まれるね」

 

 誰もがした脳裏に映した想像を代表してフィンが口にする。誰も頷くことはなかったが、皆がそう思ったのは確かだろう。

 腐食液を出さない用に倒すには魔石を破壊する必要があるが、あの巨躯から魔石を探し出すのは至難の業。

 

「――ッ来るよ」

 

 冒険者故の直感からか、なにかが来ると分かった。

 そして、それはただしかったようで姿を現したモンスターがおもむろに動き出した。

 四本あるその腕を誰かを抱きしめるように広げたかと思えば、鱗粉が舞ったのだ。

 間を置かず、それが爆発する。

 その鱗粉に触れた瞬間、周りの者が悉く爆破され壊れていく。辺りに散らばっていた腐食液も撒き散らされそこには地獄が広がった。

 

「また来る」

 

 アイズが言えば、その通りにまた鱗粉が舞いだした。

 第二撃、しかもそれは方向性を持ったもので散らばったロキ・ファミリアの面々に襲いかかる。

 アイズ達第一級冒険者は避けられるだろう――だが、それに満たない者達は……。

 

「【エンチャント・ノーブル】」

 

 過った最悪の想像を、覆すような声が響いた。

 空に浮かぶは剣を構えたシャルル。自分の持つジュワユーズに風を付与し、舞った鱗粉を一カ所に集めた。そしてその集めた鱗粉を器用に女性型のモンスターにぶつけたのだ。

 

「団長、作戦は!?」

「総員撤退」

 

 空からフィン達の所に現れたシャルルがそう聞けばフィンは迷い無くそう答える。

 それに不満を示すティオナとベート。

 それはそうだ。あんなモンスターを放っておけば後にどんな被害が出るか分からない。それに今後あのモンスターが上の階層に上がらないとは言えない。そうなってしまえば、かなりの数の冒険者が犠牲なるだろう。

 

「放置するのは僕も大いに不本意だ。でもあのモンスターを必要最低限の被害で始末するにはこれしかない。月並みの言葉で悪いけどね」

 

 表情を消し、フィンは言う。

 これから言う内容を忌みながら……だけど、不安はないと思いながら。

 

「アイズ、シャルルと共にあのモンスターを討て」

「うん、分かった任せて」

「了解だ団長、任せろ」

 

 

                   ◆   ◆   ◆

 

「【エンチャント・ノーブル】」

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

 シャルルに釣られるように私は静かに呟いた。

 自分だけに許された風の魔法。

 愛用する風を召喚し、私は一度剣を振り鳴らす。

 私達を敵と定めたのか、女体型が震える呼び出された二つの風に反応するように私達だけを狙って鉄砲水如き勢いで腐食液を打ちだしてくる。

 回避はしない。 

 受ければ大怪我必須のこの攻撃を私は恐れることなく突っ込んでいった。

 

「(だって)」

「その腐食液、凍らせれば意味ないよな」

 

 後ろに構えるシャルルのジュワユーズから冷気が放たれ、腐食液を固体に変えた。そして風を使い相手の頭部に氷塊を彼がぶつける。

 怯む巨体、その隙を私は逃さない。

 持ち前の敏捷を駆使して腕を一本落とす。

 怒ったのか、相手は先程までとは比べものにならない量の鱗粉を放ってくる――だけどそれも私達には通じない。

 だって彼の風が守ってくれるのだから。

 風が道を作る。

 彼が見つけた最適解。

 風の道に乗りながら私は駆ける。

 

 狙いは定めた。

 彼のサポートのおかげで私はトドメを刺すことだけに集中すれば良い。

 だからここは最大出力で。

 

「リル・ラファーガ」

 

 ロキに言われた必勝法。

 必殺技を唱えれば威力はあがる。 

 だから私は彼女がくれた技の名前を唱えて、風の矢となった。

 

 




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第二話 ステイタス

 

 深層と呼ばれる五十階層から上がり、今ロキ・ファミリアの面々がいるのは地上に迫った十七階層。

 進むは岩窟、剥き出しの岩石から作られる通路は無秩序に張り巡らされた横穴の他にも縦穴が存在し天然の洞窟と言っても差し違えない。

 あの女体型がいた場所は荒野であり、今の階層とはかなり異なった場所であったがそれには理由がある。

 このオラリオのダンジョンは決まった階層域ごとにその地形を大きく変える。

 地上に直結する一階層から頻繁に見られる標準的な迷宮構図を始め、森、湖、国屋などの様々な形態が存在し地中とは思えない小世界を階層内に広げているからだ。

 

「リーネ……手伝おうか?」

「えっ? あ、だ、大丈夫です!」 

 

 遠征の帰り道、疲労を顔に色濃く映す一人のヒューマンの少女にアイズが声をかけたのだが、滅相もないと断られてしまう。その断固たる反応からは第一級冒険者に荷物持ちなんか任せられないという意志が感じられた。

 

「止めろっての、アイズ。雑魚に構うな」

 

 その一部始終を見ていたベートがそう言い、そのままサポーターの団員を軽く蹴りつつ言葉を続ける。

 

「それだけ強えのに、まだ分かってねえのか? お前は弱い奴に関わるだけ時間の無駄だ。間違っても手なんか貸すんじゃ――」

 

 そこでベートの言葉は途切れた。

 理由としてはティオナが彼を蹴ったから。

 

「アイズ、ベートの言うこと聞いちゃ駄目だよ。時間の無駄だから」

「痛ッ――何するんだ糞女。俺達が雑魚の荷物持つ必要ないのは間違ってないんだろ」

「でも、シャルルは持ってるよ」

 

 ティオナにそう言われ後方を見やるベート。

 その視線の先には魔法で何十人分の荷物を浮かせるシャルルの姿があった。

 

「…………あの馬鹿」 

「私も大双刃(ウルガ)持って貰ってるんだー」

「せめててめぇは自分で持てよ、あの馬鹿に甘えんな」

「えーだって持ってくれるって言ったんだもん」

 

 持ってると言うより浮かせてると思う。

 そうアイズは思った。

 そのままいつもの言い合いが始まると思ったが、それはすぐに途切れる事になる。

 

『ヴゥオォ!』

 

 進行中のルームから獰猛な気配を感じ、その先には赤銅色の肌をした牛面の怪物であるミノタウロスの大群がいた。

 

「ほらベートがうるさいからミノタウロスが出ちゃったじゃん!」

「関係ねぇだろ。糞が馬鹿みたいに群れやがって……」

 

 アイズ達を包囲するように輪を作るミノタウロス。 

 血走った目を向けてくる猛牛の化物は、興奮しているのか呼吸の度に体を上下させていた。

 そのまま襲いかかろうと、一匹のミノタウロスが攻撃を仕掛けてきたときだった。

 後ろから剣が飛来し、数匹の怪物を斬り伏せたのだ。

 

「猛牛、いま俺達は疲れてるから帰ってくれ」

「おいシャルル、ここは下の団員の経験値にだな」

 

 荷物を宙に浮かせるシャルルが、後衛から剣を飛ばしミノタウロスの数を開幕から減らす。

 さっきまで生きていた仲間が一瞬で魔石に変えられたミノタウロスは怯えからか一歩後ずさり……それどころかアイズ達に背を向ける。

 ――そして、怪物なのにもかかわらず集団逃走を開始した。

 

「あ……本当に帰った」

 

 まさか本当に帰るとはと漏らしながら唖然とするシャルル。

 流石のアイズもこの状況に目を見開いた。

 

「馬鹿言ってる場合じゃない、追えお前達!」

 

 そして動揺を抑え込んだリヴェリアの号令が飛び……皆が一斉にミノタウロスを追うという珍事態が発生。

 ダンジョンには当然、アイズ達以外の冒険者もいる。

 この中階層に見合った力しか持たない冒険者達からすれば悪夢と言えるミノタウロスの群れ、一匹でも逃し、そのせいで冒険者が帰らぬ者となったら他者からの糾弾は免れない。

 それに目覚めも悪い。

 しかも追っている内に、ミノタウロスの何匹かが上層への階段を上ってしまい。

 アイズ達は死に物狂いで彼等を追うことになったのだ。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

「アイズ拗ねるなって、あれは……そう、なんか事故だ」

「……拗ねてない」

 

 ダンジョンから自分達の本拠である『黄昏の館』に向かう帰り道。

 そこで俺は拗ねるアイズを宥めながら歩いていた。

 何があったかと言えば、アイズが白髪の冒険者に逃げられたという話なのだが……。

 あのミノタウロスが逃げ出した珍事件、それで襲われていた冒険者をアイズは助けたのだが、その冒険者に逃げられるというさらなる珍事件が起きたのだ。

 それをベートに笑われ、他の人にも笑われた結果――アイズが拗ねた。

 

「それフォローになってないよシャルル」

「あー……そうだ。皆先帰ってくれ」

「ん、何するのー?」

「内緒だティオナ……」

「駄目だよシャルル、君が帰らないとロキまで拗ねる」

「なん……だと」

 

 そうだ。

 あの主神の事だ。

 皆で帰ってきてないと知れば絶対に拗ねるだろうし、何より後で俺がなんで帰ってないんだーと責められる。

 

「くそ、俺のジャガ丸君を買ってアイズの機嫌直そう大作戦が……」

「シャルル、私はそんな安くない」

「でも食べたいんだろ?」

「…………うん」

「じゃあ今すぐ買ってこよ――ぐげ」

 

 素直じゃない妹分のために今すぐにでもジャガ丸君を買ってこようとしたのだが俺はリヴェリアに襟首を捕まれ潰れた蛙のような悲鳴を上げた。

 無言でそのまま歩けとだけ目配せ、ようは買ってくるなという事らしい。

 仕方ないと思いつつ、俺はそのまま先頭を歩き黄昏の館を目指す。

 そして辿り着いた本拠で俺は門番に挨拶し、開門して貰う。

 

「ッ、この気配は!」

「――おかえりぃいいいいいいいい!」

「セクハラ親父だ避けろアイズ!」

「うん」

「甘いわぁ!」

 

 現れたセクハラ親父は避けるアイズの先を予想したのかそのままアイズに抱きついた。くっ、この神いつからこんな高度なことが出来るようになったんだ!

 

「ぐへ、ぐへへ、久しぶりのアイズたん。あれ、なんかあったん?」

 

 拗ねている様子のアイズを見て何かに気がついた様子のロキがそう聞くが、アイズは答えない。

 

「まあええわ、シャルルもおかえり待っとったよ」

「おうただいまだロキ」

 

 それだけ伝え、俺はそのまま自室に帰る。

 俺の防具などは魔法を使ったときに現れる物なので、こうやって戦場ではない場所では俺は基本荷物がないから助かる。

 そして一息、ずっと魔法を使っていたからか疲れがどっと沸いてくる。

 

「シャルル、ステイタス更新のお時間やで!」

 

 ベッドに横になっていると、ロキがそう言って部屋に突撃してきた。

 いつもなら、アイズが一番乗りで更新しているからもうちょっと俺の更新は後になるのだが、帰ってきてからすぐに来るのは珍しい。

 

「早いなロキ、アイズ達は更新しないのか?」

「アイズたん達は今シャワーや、せやから今のうちにシャルルの分をやっておこうと思ったんよ」

「成る程な、じゃあ脱ぐわちょっと待ってくれ」

 

 ステイタスを更新するために彼女の前で服を脱ぎ、ベッドの上に横になる。

 そしてステイタスが刻まれている背中に神血が流され、更新が始まった。

 

「おい、ロキ……手つきがいやらしい」

「酔ってるだけや、気のせいやで?」

「ジュワユーズ」

「あ、酔いはもうないです」

「男である俺にやるなよ」

「つまりアイズたん達には可!?」

「【エンチャント・ノーマル】」

 

 ジュワユーズを呼び出し、炎元素を付与する。

 

「はい終わったでぇ!」

「……次はないぞ」

「相変わらず過保護やね……はいこれが今のステイタスや」

 

 ロキからステイタスが記された羊皮紙を受け取った俺は、そのままステイタスを確認する。

 

 

 

 Lv.6 

 

 力:A861→A867

 

 耐久:B715→B717

 

 器用:A813→A856

 

 敏捷:A876→A887

 

 魔力∶S996→SS1023

 

 幸運A

 対魔力A

 精癒C

 魔導E

 騎乗D

 

 《魔法》

五大元素(エーテル)

・付与魔法

・五大元素を剣へと付与する

・詠唱によって効果の変動

【エンチャント】

オー()

ノーブル()

ノーマル()

テール()

エーテル()

【英雄装填】

・変身魔法

・聖騎士帝へと己を変質させる

【この身は英雄に非ず、されど英雄と為らん】

王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣(ジュワユーズ・オルドル)

・対軍魔法

・英雄であるほどに剣群の増加、最大十三本

・状況によって破壊力の向上

【聖光で、遍く全てを照らし出せ!】

【永続不変の輝き、千変無限の彩り!万夫不当の騎士達よ、我が王勇を指し示せ】

《スキル》

【偽・聖騎士帝】

・絶大なカリスマ

・魔性への特攻

・神性への特防

・聖性を持つ武器への適応

【王道踏破】

・一部ステイタスの向上

・王道を貫くかぎり効果上昇

・王道を破るとステイタス弱化

【魔力放出(光)】

・悪と定めた者にアドバンテージを有する。

・能動的行動に対するチャージ実行権。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

 

 羊皮紙を見つめながら難しい顔をするシャルルを見る。

 彼に渡したステイタスには一つだけ記していない物がある。

 

【偽造英雄】

・自戒

・早熟する

・英雄である限り効果持続

・英雄に近付くほどに効果向上

・英雄であり続けなければいけない

 

 これは、自分とヘラしか知らないスキル。

 彼の成長の起源であり、呪いとも言っていいスキルだ。

 シャルルは、最短でLV.6になった冒険者……その裏にはこのスキルの恩恵があるのだが、彼を預かったときヘラにこれだけは伝えてはいけないと釘を刺されている。 

 理由は分かる。

 このスキルはつまり、お前は英雄になれないと偽物の英雄なのだと言っている様なものだから。

 英雄を誰より夢みているシャルルにそんな事を伝えられる訳がないのだ。

 

「レベルは、まだ上がらないのか」

「せやな、まだやで」

「そっかぁ、もう五年経つんだけどなぁ」

「今までが異常やったんやで、それに魔力なんて限界突破してるやろ」

「まあ、魔法はずっと使ってるからなぁ。まあいいや、助かったぞロキ。これからアイズ達の更新行くのか?」

「せやな、シャルルは何するん?」

「俺はちょっと出てくる。そうだロキ、酒でもいるか?」

 

 どうせいつものように鍛錬だろうと思って聞いてみたが、答えはいつもと違った。

 珍しいと思うも、彼の事だしまた誰かのために何かをするんだろう。

 

「いるいるソーマで頼むで!」

「了解だ。一番いいのを持ってきてやる」

「楽しみにしとくでー」

 

 そのまま自室から出て行く彼を見送って、しばしの静寂が訪れる。

 

「……また魔法解いてへんかったなぁ」

 

 最後のぽつりと、彼の姿を思い出してそう呟いた。

 




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第三話 豊穣の女主人

 

「ミア母ちゃん来たでー!」

 

 残照が消え完全な夜を迎えた辺りで、ロキが予約を入れてくれた酒場に到着した。

 彼女が女将の名前を呼べば、すぐにウェイトレス姿の店員がアイズ達を出迎えてくれる。

 今日やってきた店の名は、『豊穣の女主人』。 西のメインストリートの中で最も大きなロキのお気に入りの店である。その理由はウェイトレスの制服が可愛いというのと店員が全て女性であるからだそうだ。

 何人かの団員がカフェテラスに案内され、アイズ達主要メンバーは予約していた故に空いていた大きめの机に案内された。

 木張りの店内はどこか落ち着きのある内装で、普段酒場に顔を出さないアイズもここには萎縮せずに来ることが出来るらしい。

 席に座り、周りの冒険者の視線が集まってくる。

 その中にいつもとは違う何かを感じた時アイズが気がついた。

 

 

「……ねぇ、皆。シャルルは?」

 

 そういえばこういう催しでは必ずと言ってもいい程いて、必要以上に騒ぐ兄の姿がなかったことに。

 

「シャルル? あれ、さっきまでいたと思うけど……」

「こうなると分かってたから言わんかったのに、今度は目隠しでもつけへんと」

「無理矢理は駄目だよ、ロキ」

「まあええわ、あとでシャルルには絡むとして……とにかく皆ダンジョン遠征ご苦労さん! 今日は宴や飲めぇ!」

 

 理由を分かっているらしいロキとフィン。

 気になるけど、何か事情があるのかなと思ったアイズは追求せずに皆が乾杯する隅でティオナ達と乾杯し頼んだジュースを飲み始めた。

 皆が騒ぎ、リヴェリアが飲み比べの景品になったりしたが、宴は順調。

 この場所にシャルルもいれば良いのになと……少し恥ずかしいがそう思いながらもアイズはお酒だけは飲まないように楽しんでいると一人のエルフが近付いてきた。

 

「剣姫、シャルルはいないのですか。神ロキから来ると聞いてたのですが」

「……いないよ。何か用があるの?」

 

 アイズが初めて彼女に会ったのは八年前。

 ファーストコンタクトが最悪だった事もあるが、なんとなく彼女の事は苦手だ。

 理由は分からないのだが、モヤモヤする。

 

「あの人は……分かりました。次は連れてきて下さい」

「……多分無理だと思う」

「何故……ですか」

 

 バチバチと火花が散ったような気がしたと、後にレフィーヤが語る。

 同じエルフがこんなに冷ややかな視線を他人に送れるなんてと恐怖すら覚えたと……。

 そんなかるい戦争が起こっている中、酔った様子のベートが大声で何かを喋り始めた。

 

「そうだアイズ、あの話聞かせてやれよ」

 

 アイズの斜め向かいに座る彼は、そうやって何かの話を催促してきた。

 機嫌が良さそうな彼に小首を傾げれば、分かんないのかといいたように続けてこう言う。

 

「あれだって、ほらよっ、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス! その最後の一匹。お前が五階層で仕留めたやつだよっ! そん時の話だってっ! あのトマト野郎の!」

 

 そこから先は酷かった。

 あの時の白髪の少年を酒の肴にし、皆が釣られて笑いだす。

 不快だ。酔っているとはいえ、誰かを笑うなんて……それをあの人が許すだろうか。こんな格好悪い行為を兄が許容するだろうか。

 止めてと思った。

 だけど言い出せない。

 そういう事が苦手な自分はそう言い出す事が出来ない。

 世界が遠くなる。見かねたリヴェリアが叱り始めたが酔ってるベートには効きははしない。

 見かねたロキも仲裁に入るが彼は言葉の唾棄を緩めることがなかった。

 少しでも何か言わないと、そう思うも上手く喋れない。

 そして彼はそのまま喋り続けてこう締めくくった。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

 直後一つの影が立ち上がり、店員の叫びと共に一人の少年が駆けだして店の外に飛び出した。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

 

 (畜生、畜生、畜生っ!)

 

 暗闇の中、白髪の少年ベル・クラネルは駆ける。

 今自分の中には数々の罵倒が浮かびそれを自分に浴びせ続けていた。

 惨めな自分が恥ずかしくて恥ずかしくて、笑いの種に使われ侮蔑され失笑され、挙げ句の果てには庇われた自分を消し去りたいとすら思った。

 

 (何もしてない僕に何かが起こるわけないだろう!)

 

 青年の言葉を肯定した。

 肯定してしまったのだ。

 あの場で言われた言葉は事実だ。

 雑魚じゃあ、弱いままの自分じゃあの人に近づけるわけがない。

 何より何もせずに待っている僕は、一人の少女の前に現れることすら許されない。

 悔しさだけが胸を支配する。

 青年の言葉を肯定する自分が、何も言い返せない無力な自分が、彼女にとっては炉端の石でしかない自分が、彼女の隣に立つ資格を欠片ほども持っていない自分が悔しい。

 強くならなくちゃいけない。

 何よりも誰よりも、憧れに近付くためには――。

 

 深紅の双眸が遙か前方を睨み付ける。

 迷宮のように積み上げられた摩天楼施設が地下に口を開けて彼を待っていた。

 目指すはダンジョン目指すは高み。

 たった一つの願いを持って、彼は迷宮に疾駆した。

 

 そして、それを見つけた影一つ。

 黒と銀のコンビネーションを持つ髪色をした青年が彼の姿を見ていたのだ。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

 

「ロキの奴、あそこに連れてくなら言ってくれよ。絶対参加しなかったのに」

 

 西のメインストリートにやってきた時点で嫌な予感がしていたが、本当に危なかった。

 あそこには苦手……というよりあまり会いたくない人がいるから出来るだけ行きたくはないのだ。

 ……会いに行かないといけないのは分かるが、そんな勇気は俺は持てない。

 何より資格がない。

 

「はぁ、駄目だな。これじゃあかっこよくない」

 

 魔法が綻ぶ。

 だけど、すぐに思考を切り替えて俺は前へと進む。

 今の時間は皆が宴を開いていて、楽しんでいる頃だろう。

 アイズは酒を飲んでいないだろうか? ベートは悪酔いしないだろうか? リヴェリアは苦労してないだろうか? ロキは……どうせセクハラしてるんだろうな。

 自分から抜け出したとはいえ、皆の事が心配だ。

 

「……気晴らしにダンジョンでも行くかぁ。暇だしな」

 

 目的を持ったことでダンジョンに向かう事にした俺はバベルを目指す。

 その時だった。暗闇を疾駆する一人の冒険者を目にしたのは……。

 

「あの様子……心配だな」

 

 死に急ぐようなその表情。

 昔のアイズを思い起こさせるような強さを渇望する少年を見て、どうしてか俺は放っておけなくて。

 

「……追うか」




十二時頃にもう一話投稿するかも


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第四話 主人公

 

 ダンジョンに向かう白髪の少年を追って六階層にやってきた。

 件の少年は今迷宮から生まれたばかりのウォーシャドウと四対一で戦っており、形勢は不利。

 さっきまで戦っていたフロックシューター等とは違う上層の脅威の一つ。

 頃合いかと思ったが、俺の勘が見届けろと伝えてくる。

 駆け出しであろうあの冒険者……本来ならウォーシャドウが出た時点で助けた方がいいが。俺はそれを見て動けずにいた。

 

「冒険か……」

 

 あの冒険者は今上に上がろうと冒険を始めている。

 それを先人たる俺が邪魔できるわけがない。それにどうしてか、彼の姿がとても眩しいのだ。

 

「厄介なのは『指』、それをどう対処する?」

 

 ウォーシャドウは鋭利な指を持っている。

 前世で言う手長という妖怪のように異様に長い腕の先に三本の指があり、それは冒険者の中でナイフによく例えられている。

 しかも、このモンスターは上層の中でかなりの敏捷を持っている。

 それこそ、序盤に戦うようなゴブリンやコボルトとは比較にならない速度だ。

 LV.1――それもまだ駆け出しであろう彼では本来なら勝てるはずがない。

  

 事実、その通りになった。

 四体いるウォーシャドウに連携という概念はないが、そのどれもが少年の命を狩ろうとしている。

 絶え間なく続く指による攻撃、下手に攻めれば狩られ攻めなくともジリ貧だ。

 近づけず、攻撃され放題。

 徐々に削られる少年――このままだと見殺しだ。

 

(でも、どうしてだ?)

 

 何故、彼はまだ死なない。

 そして何故俺は助けようとしないんだ?

 その答えはすぐに分かった。彼は成長しているのだ。

 この死闘の中で加速的に。

 ステイタスが更新されたというわけではない。まだ拙いが、技術を手に入れている。

 生き残る術を本能で理解し始めたのか動きが良くなっているのだ。

 この少年は、あの時ミノタウロスから逃げていたいかにも駆け出しの冒険者。

 逃げた時の速度を考えるにそれは間違いない。だけどどうだ? これが駆け出しの姿か?

 

「……すげぇな」

 

 その光景を見て自然と言葉が漏れた。

 なんと一匹のウォーシャドウの隙を突き、完全に命を奪ったのだ。

 そして彼は落ちたばかりのドロップアイテムを拾いその刃を構えた。

 まだ戦う気だ……あぁ、本当にカッコいいな。

 

 

    ◆   ◆   ◆

 

(真っ白だ) 

 

 戦い続てどれぐらい経ったか分からない。

 ウォーシャドウを三匹倒した所まで記憶はあるが、その後のことは覚えていない。

 ――僕は死んだのだろうか?

 でも、それならなんで意識があるのだろうか?

 

 覚醒した直後、ふと思ったその疑問。どれほど意識を失ってたか分からないが、ダンジョン内で気絶なんかすれば死は逃れ慣れない。

 ……じゃあ、生きている理由は?

 ふと、温もりを感じた。

 それと体を揺らされる感覚。

 何かと思って目を開ければ誰かの背中が目に入る。

 

「ん……あぁ、起きたか少年」

「……何が?」

「あ、ちょっと待ってろ下ろすからさ」

 

 ベンチが近くにあったからかそこに下ろしてもらって僕は背負ってくれていた誰かを見る。

 僕より十C程高い身長。

 白銀の軽装に、珍しい髪――この姿には見覚えが――いや、聞き覚えがある。

 あの日、ヴァレンシュタインさんの事をエイナさんに聞いた時に一緒に伝えられた英雄……その名も。

 

 

「聖騎士……シャルルさん?」

「やめろ少年、その二つ名で俺を呼ぶな。マジで恥ずかしいから」

「どうして、ここに……」

 

 この人が所属しているのはロキ・ファミリアだ。つまりは、あの場所にいて逃げた僕を見ている筈。

 追ってきた? 態々僕を?

 なんで……とネガティブな考えが沸いてくる。

 

「いやな、ぶらぶら散歩してたらダンジョンに向かう少年を見つけたんだよ。こんな時間にダンジョンに潜るなんて珍しいから気になって後を付けてきたんだ……って、それよりさお前凄いな!」

 

 だけど、そんなこの人の様子を見て、酒場にはいなかったんだろうと思った。

 あの場で話されていた特徴に当てはまる僕を見て馬鹿にするような様子なんかなく、それどころか。 

 

「凄い……僕がですか?」

「おう! だって少年は駆け出しだろ? それなのに三匹もウォーシャドウを倒すなんてさ!」

 

 テンションを高めながら僕を褒めてくれるこの人からは何処までも純粋な思いが感じられる。

 本心から僕を褒めていて、馬鹿にしている様子なんて一切感じない。

 

「でさ、一応ポーション飲ませたから大丈夫だろうけど怪我はないか?」

「大丈夫……です」

 

 自分の体を見る限り、負ったであろう傷は一つもない。

 だから大丈夫と伝えると目の前の人は自分の事のように安堵して良かったと笑ってくれた。

 

「あの、助けてくれたんですよね」

「そうだな、気絶した少年をダンジョンの外に運んだ感じだ」

「ありがとうございます」

「いいって、困ったらお互い様だ。それにいいもの見せて貰ったお礼だ」

「いいもの?」

「あぁ、お前が冒険してる姿だ。かっこよかったぞ!」

 

 見られてた? あのウォーシャドウと戦う姿を?

 しかもカッコいい? あんな無様に足掻く姿が……。

 嫌味だとは感じない。それどころか眩しい笑顔で純粋にそう思っているのか、続けざまに僕を褒めてくるシャルルさん。あまりの好印象に僕はこう聞いてしまう。

 

「どこが、かっこよかったんですか?」

「ん? そんなの少年の姿だ。諦めずに強敵に挑む、しかもずっと前を向きながら。正直すっごい眩しかった!」

 

 この人、本当にそう思っているんだな。

 まだ会って本当に短いけど、この人の事はなんとなく分かる。

 陽気で眩しい人だ。 

 それこそ英雄譚の主人公のような……そんな人なんだろう。

 羨ましい……そう思ってしまう。

 この人は、アイズ・ヴァレンシュタインさんと並ぶ強者だ。

 過去にどれほどの冒険をしたのか分からないけど、それを何度も超えてきたんだろう。頑張って、足掻いて、僕の浅い想像では片付けられないほどの物語があったんだろう。

 だから聞きたかった。

 

「……どうやったら強くなれますか?」

「強くか? ……難しいな、だから俺の持論で良いか?」

「大丈夫です」

「何かを貫き通す事だ! 何でも良い、一つ大事なものを見つけて、それを何が何でも曲げず貫き通せばいい。挫折することもある。だけど、最後までそれを掲げれば貫けば、きっと強くなれるさ」

 

 早朝のオラリオで元気よく僕にそんな答えをくれるシャルルさんはとても眩しくて、英雄みたいだった。勇気をくれるそんな英雄、とても暖かくてあの人とは違う憧れを彼に抱いてしまう。

 

「えっと、ありがとうございます」

「何か得たなら良かったよ……そうだ。まだ疲れてるだろ? よければホームまで付き添うぞ?」

「いえ、大丈夫です。僕も冒険者ですから一人で帰れます。今日は本当にありがとうございました」

「そうか、じゃあまたな。そうだ最後に名前を教えてくれよ、お前の名前が知りたいんだ」

 

 そうやって手を出しながら僕に名前を聞いてくるシャルルさん。

 名前を改めて教えるというのはなんとなく気恥ずかしかったけど、この人には名前を知っていて欲しいなと思った僕は彼の目を見ながらしっかりと告げる。

 

「ベルです。ベル・クラネル」

「分かったベルだな……よろしくなベル、改めて俺はシャルル。世界一カッコいい英雄になる男だ」

 



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第五話 買い出し

今回は日常回


 

 東の空より朝日が上がり、広大なオラリオの町を照らし始める。

 清涼な空気が都市全体を包みだし、今日も一日が始まった。

 

「元気ないなぁアイズたん」

 

 胸壁に寄りかかりながらぽつりとロキが一言漏らす。

 神の視線の先には黄昏の館の中庭にいる金髪の少女が写っている。

 彼女は珍しく長椅子に座りながらぼーっとしており、いつもなら行っている鍛錬もしていない。

 

「昨日一日もずーっとあんな感じやったし……不思議やなぁ」

「確かに珍しいを通り越して不思議だな。いつもなら遠征の後だろうが、ダンジョンに行くんだが」

「目の届く範囲にいてくれる分、安心できるんやけど……心配や」

「同感だ……原因は二つ予想できるが、さてどっちだろうな」

 

 リヴェリアの中で思い浮かぶのは酒場の一件。

 彼女の対するベートのセクハラ事件の可能性があるが、それにしてもあの落ち込み方はいつもと違う。

 

「こんな時にシャルルは珍しくダンジョン潜っとるし」

「あいつがいれば幾分かマシだっただろうな」

「二日会えないぐらいで落ち込む程アイズたんは繊細でもないしなぁ」

 

 事件の起こった二日前の宴会。

 一応ティオナ達がベートに報復し、元凶であるベートも事の顛末を知り項垂れている。

 なら……あるとするのは。

 

「他の原因か」

「多分な、それこそアイズたんにしか分からんくらいの」

 

 思い当たるのはもう一つ酒場で起こった食い逃げ事件。

 ただ客が食い逃げをしただけかと思っていたが、思えばタイミングがおかしい。

 そして浮かんだ想像にリヴェリアがまさかと思っているとロキが「ん!」といって胸壁から起き上がった。

 

「頼んだで母親(ママ)

「……何?」

「リヴェリアに任せる。うちがあれこれするよりそっちの方が何倍もええやろ。それに、気になってるみたいやしな」

 

 それにな、とロキは続けてリヴェリアが何かを言う前に遮る。

 

「内心気が気でないんやろ? そんな澄ました顔で興味ない振りしてもうちには分かる」

「……はぁ、母親(ママ)とは呼ぶな」

「でもあってるやろ? 小さいシャルルとアイズを育てたのリヴェリアなんやし……」

「――行ってくる」

 

 思い当たる節があったのかは分からないが、気になっていたのは確かだったリヴェリアは早速行動に移すため、中庭へと足を運んだ。

 長椅子に腰掛けるアイズの傍には愛用しているレイピアが木に立てかけてある。

 こんな様子だきっと日々の日課をこなそうとこの場所にやってきたんだろうが、気分が乗らなかったんだろう。

 

「アイズ」

「……リヴェリア?」

 

 そして訪れる少しの間。

 どう切り出そうかとリヴェリアは迷ったが、彼女との間にある決まりを思い出してすぐに聞く事にした。昔から彼女に関する事で回りくどいことはしないと決めているから。

 

「何があったんだ?」

「…………」

 

 少しの沈黙。

 アイズは顔を上げたが、小さく視線を彷徨わせる。

 珍しく葛藤する彼女に、余程の事があったんだと察し、彼女が喋るまで待つ事にする。

 

「……酒場であったミノタウロスの話」

「ああ、あったな」

 

 そう切り出され、そのまま続くのは遠征中に出会った白髪の冒険者の話題。

 語られている内容に耳を傾けていると、話が進むにつれ何があったかを知り、自分の想像が当たってしまった事に頭を痛める。

 ないとは思ったが、あの場所に当人がいたとは。

 こんな事なら何が何でもあの時に止めるべきだったと後悔し続くアイズの言葉を待った。

 

「私が止めるべきだったのに、何も……出来なかった」

「でもあれはベートが悪いだろう?」

「違う。あの場にシャルルがいたら絶対止めてたのに、私には出来なかった」

 

 誰しも得意不得意があるからそれは仕方ない。

 そう言いたかったが、アイズはシャルルを慕い何より目標にしている。

 そんな彼女がシャルルが嫌うような行動を見過ごして自分を責めないわけがなかった。

 疑問が解け、全てを打ち明けてくれたアイズの顔色を窺い、珍しく落ち込み感情を動かす彼女の様子に再度訪ねる。

 

「お前は、どうしたいんだ?」

「……分からない――でも、謝りたいんだと思う」

「そうか……」

 

 そこで会話は途切れる。

 そしてそれを見計らったように黄昏の館のチャイムが朝食を告げた。

 

「アイズ、まだ悩め。自信がないなら言ってくれれば相談に乗るぞ――なんならシャルルに話してみてはどうだ?」

 

 いつも団員の悩みを率先して解決しに行く彼の事だ。

 どうせ、それならそこから巻き返せ! とか言うだろう……それに、彼なら悩むアイズを救ってくれるだろうから。

 これ以上は私の領分ではない。

 それこそ彼女の兄であるシャルルの仕事だ。

 きっかけは与えた。

 だからこれから何かするのはアイズ次第。

 慣れていないから不器用だが、自分の意志で何かをしようとする娘同然のアイズに手探りで良いから自分のしたいことを見つけて欲しいと、リヴェリアは望んだ。

 

「ありがとね、リヴェリア」

 

 感謝を告げたリヴェリアは彼女の暖かい感情を感じて頬を緩めた。

 願わくはこれが彼女の助けになれば良いと思いながら、踵を返し朝食を取るために食堂へと二人で向かう。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 

「ほらシャルルも早く!」

「はいはい……急ぐから待ってくれ」

 

 時刻は昼頃。

 ダンジョンから帰った途端、ティオナ達に半ば強引に買い物に付き合わされることになった俺は北のメインストリートにやってきていた。この通りはギルドの関係者が多く住んでいるせいか、高級住宅街が隣接しており、お洒落な店や商店街が活気づいている。

 通りの真ん中を馬車が行き交い、多くの人間や亜人が路上を闊歩していた。

 

「にしても急だなティオナ、お前達が買い物なんてさ」

「いーじゃん、女子ってたまには気晴らしに買い物行きたくなるんだよ!」

「……あと聞きたいんだが、なんで俺を連れてきたんだ? こういうの得意じゃないんだぞ俺」

 

 女子の買い物は長いという考えが染みついている俺。 

 それに、センスなんか殆どないし……俺を連れてくる意味あったかなぁ。

 

「そんなの、荷物持ち?」

「そんな買うのか?」

「うんいっぱい!」

「それを俺が持つ?」

「うんうん!」

「……拒否権はー」

 

 無言で圧をかけられた。

 どうやら駄目って事らしい。

 

「了解だ……確かに四人分の荷物となると重いよな」

「さっすがシャルル頼りになるね」

「で、何買いに行くんだ? お前等の事だし武器か?」

「――服だよー。今日はダンジョンの事は考えず回りたいから」

 

 ……どうするか、買い物の中でも特に長いやつだろそれ。

 うわぁ……選択ミスったか? 

 頭に過るのはヘラ・ファミリアの時の記憶。買い物だーって楽しみにしながらいったら、服を見るだけで半日潰れた悪夢。しかも俺はその時八歳、服の善し悪しなんか分からないしめっちゃ大変だった。

 ――三人の女性の服選ぶのもうやりたくない。ゼウスの好みなんか知らない……てかあのエロ爺、俺に覗きを教えるな。囮にするな。

 しかもバレた俺は遊ばれ……やめよう、忘れたい記憶だこれは。

 

「っと、それならアイズもいるなんて珍しいな。何か欲しい服でもあったのか?」

 

 アイズがこういう買い物に行くのは大抵がジャガ丸くん目的だし、長い付き合いで分かるのだが、アイズは自分が欲しいって思った者がない限り買い物になんか行かない。

 だから珍しいなと思ってそう言った。

 

「……ティオナに誘われて」

「そっか……うんそうだな、よしアイズの買い出し記念だ今日は俺が服を奢ってやろう」

「え、いいの!?」

「妹分の衣替えを見せてくれるお礼だ。それに、お前等遠征で頑張っただろ? その褒美って事で」

 

 それに最近いいもの見れたし俺は気分が良いのだ。

 それなら奢るぐらいしてやろうじゃないか。

 

「やったー! じゃあアイズ早速行こう?」

 

 アイズの手を引き、先導するティオナ。

 それに後ろから着いていく形で俺は歩き、ヴァリス足りるかなと財布を確認し始めた。

 いつもかなりの金額を持っているようにしているが、女子の買い物って高いんだよな……という事を思い出し、何より今四人もいることに気づき、少し後悔した。

 

「ってか、なんで大通りなんだ?」

「そうですよティオナさん、服なら路地裏の方が品揃えいいですよ?」

「分かってるよー。でもあたしとティオネが行く店がすぐにあるんだー!」

「えっ、その店ってアマゾネスの……」

 

 そこで言葉は途切れる。

 思った以上にはしゃいだ様子のティオナがアイズを連れて一気に走り出したからだ。

 そしてやってきたのは……紫色を基調とした看板のアマゾネスの服飾店。

 この店の外からでも分かる際どい衣装が窺え、さっそく俺が場違いな気がした。

 

「なあ、俺……別の店」

「せっかくだからあんたが選びなさいよ、まっ万年インナーなシャルルじゃセンスは期待できないけどね」

 

 いやそうじゃないんですよティオネさん。 

 この店内、俺にとって目に毒すぎるんだ。

 だってさ、カウンターの奥で見本として飾られている品々なんて、男である俺は勿論だが、人並みの恥じらいを持つ奴なら絶対に着ないほどに露出がやばい。

 民族衣装のような踊り子を彷彿とさせるその服の数々、あまりの強敵に今すぐ店から出たい。

 それに……なんか先程からカウンターからめっちゃ獰猛な視線を感じるのだ。

 ちょっと気になってみてみれば、下着同然の格好のアマゾネスの店員が……。

 

「レフィーヤ……俺、ここ出たい」

 

 心が限界に向かえそうになった俺は顔を赤らめるアイズとは違って、ツッコみに勤しむ良心に助けを求めた。

 

「なんで私に振るんですか!? ってティオナさんそんな際どい服を二着も持ってこないで下さい!」

「いいじゃんいいじゃん、せっかくなんだしレフィーヤも着なさいって」

 

 拝啓、ロキへ。

 変わってくれ、お前こういうの好きだろ?

 というかまじで……なにこの居づらすぎる空間。

 あ、そうだ。観葉植物になろう。

 

「あ、アイズこれなんかどう? あたしとおそろいだよー! シャルルもこれ良いと思わない?」

 

 ティオナが勧めるのは紅色のパレオと胸巻の組み合わせだ。

 今彼女が着ている服と似通った衣装に、今までで既に限界だったアイズがとうとう紅潮した。

 

「な、なぁ……アイズの意見も」

「万年黒インナーは黙ってて……というか、アンタはアイズがこの衣装着たの見たくないの?」

「ロキじゃあるまいし……というかインナー馬鹿にしたな! 知ってるかインナーって最強なんだぞ!」

「うわぁ――だからセンスないのよ」

 

 なんだこのアマゾネス戦争か?

 ……いや、今はそうじゃない。できるだけ早くこの服飾店を出なければいけない。

 男として、この場所に居続けるのは英雄メンタルでもキツい。

 

「アイズさん、エルフの店行きますよ! 不詳レフィーヤが似合う服を見繕います!」

 

 あれ、レフィーヤも正気失った?

 というか延長戦……?

 これめっちゃ長いやつだよな――ははっ、つらい。

 最後の砦であったレフィーヤまでが破れた光景を見て、これ今日一日潰れるなと確信した俺は、最後まで付き合う事になるだろうと悟って、そのまま彼女たちに着いていった。

 そしてこれは余談だが、最終的に俺が昔お世話になったヒューマンの店に決め、そこで俺が選んだ服を買うことになったんだが……詳細は恥ずかしいので語るまい。

 




今更ですが、皆様のおかげ日刊ランキング三位取れました!
これからも頑張って投稿していきますので、応援よろしくお願いします!
あと、感想返信が出来ていませんが全部に目を通して楽しませて貰ってます。これからもどんどん送って下さい。
ここすきも嬉しい。


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第六話 フィリア祭

 

「アイズたん、主神命令やシャルルとデートしてきぃ!」

 

 神の宴から帰ってきたロキがアイズとリヴェリアの傍を通りかかると酔った様子の彼女がそう言った。

 そんな彼女は足元がおぼついておらず、顔色が果てしなく悪い。そして何より女性にあるまじき酒臭さを纏っている。

 ロキは神の宴から帰ってきたあとずっとこのような調子だった。

 フィンやリヴェリアの声も聞かず、うちを止めるなぁ! という様子で浴びるように自棄酒をし……そして宿酔、いや三日酔いだろうか? なんでも馬鹿にしようとしていた女神に逆にやり込められ、悔しさの余り酒を飲まずにはいられなかったらしい。

 団員がロキの部屋を通る度にドチビがドチビめぇといううわごとが聞こえてきたことから相手は小さいんだろうと言うことだけ分かる。

 

「さっき帰ってくるのが見えたやけど、この時間までダンジョン潜ってたんやろ? たまには息抜きせんと駄目やで」

 

 どう見ても酔った様子の彼女は酒気を漂わせながらそのまま宣言する。

 

「だからここはシャルルと出かけてくるんやで、たまには二人でゆっくりしてき?」

「…………断られるかも」

 

 こないだの服選びで疲れた様子の彼を見るとシャルルは私達と出かけるのは苦手じゃないかと思った。

 だけど、ロキはそれをすぐに否定する。

 

「シャルルがアイズたんの誘いを断る訳ないやろ、だからどんと誘えばええ」

「まあそうだなあいつは断らん、私はああいう雰囲気には馴染めんが二人で楽しんでくるがいい」

 

 本当ならゴブニュのもとに整備が終わってるだろう《デスペレート》を取りに行きたかったけどこの雰囲気は断れない。リヴェリアも息抜きしてこいと目で伝えてきているし、何より彼女たちの心遣いが分かってしまってしまうから。

 

 そして翌朝。

 

「アイズ、シャルルとフィリア祭行くの!」

「うん、ロキに言われて二人で行ってこいって」

 

 部屋に訪ねてきたティオナがフィリア祭に誘ってきたのだけど、予定があるからシャルルと一緒に行くと答えるとあからさまにテンションを上げてきた。

 

「だからごめんティオナ」

「ううん、全然良いよ! でも、それならお洒落しなきゃじゃん。あ、そうだシャルルに買って貰った服とか丁度良いよね」

「うん、着ていくつもり」 

 

 窓の外が祭日和とばかりに晴れ渡り、それに負けないような暖かさでティオナが喋る。

 自分の事のように喜ぶ彼女は、楽しそうに笑い「そうだ待ってて」という一度部屋に戻った。

 少し待って戻ってくるティオナ、その手には赤い花の髪飾りが握られていた。

 

「これ貸してあげる! よければ着けてってよ」

「いいの?」

「いいって、いつも二人にはお世話になってるし楽しんできて欲しいんだー」

「ありがとうティオナ」

 

 そう言って淡くアイズは笑い返し、一緒に食堂に行くことになった。

 依然酔いが抜けていないロキはやはりいなかったが、そこにはフィンと共に朝食を取るシャルルの姿がある。祭には早く行った方が回れるから、誘うのは早めが良いが……こんな公共の場で誘うのは恥ずかしい……と、そんな事を考えているとアイズに気付いたシャルルが手招きしてきた。

 

「なあアイズ、一緒にフィリア祭回らないか?」

 

 そして近付いた彼女に対してそう提案してきたのだ。

 予想外の出来事、一応昨日誘う練習はしたがまさか彼から誘われるとは思ってなかった。

 でも……なんとなく嬉しい。

 

「……行く」

「よかった。よし、じゃあ飯食い終わったら行こうぜ?」

「分かった」

 

 それから朝食を済ませて部屋にアイズは戻り、買ったばかりの服に着替える。

 彼が選んで買ってくれた白い短衣にミニスカート。さりげなく花を象った刺繍が施されていて美しい柄のその服。彼が自分の為に選んでくれたというだけでも嬉しいが、これを着たときに褒めてくれたことも思い出してしまい気恥ずかしさがやってくる。

 顔を振ることでそれを振り払いながらも、護身用の剣を持って準備は完了。

 あとはエントランスホールで待っているシャルルの元に向かって祭に行くだけなんだけど……。

 そこで一度鏡で自分の姿を見る。

 

 ……似合ってるのかな?

 彼の前の言葉を信じていない訳ではないが、自分はお洒落というものに弱い。

 だから自信があまり持てない。

 

「……待たせると悪いし行かないと」

 

 人波に乗って、混雑を極める東のメインストリートを進む。

 花を始めにした飾り付けが施されている大通りは歩くのにも一苦労。

 普段から目にすることのない彩りが添えられていて、いつもとは違った場所に感じられる。

 他にも怪物祭を表す獅子のシルエットや、この祭を主催した【ガネーシャ・ファミリア】のエンブレムも見ることができた。

 

 屋台も沢山あり気になるのは火で豪快に焼かれている鳥肉。

 その肉からは肉汁が滴り、ジューっという油の始める音が道行く人々の食欲を刺激しているだろう。

 そして目指す屋台は決まっている。

 こんなに沢山の屋台があるが、やっぱり最初はこれを食べなきゃ始まらない。

 

「あ、おばちゃんジャガ丸くん二つ。一つは普通ので、えっとアイズは小豆クリーム味でいいんだよな?」

「うん大丈夫」

「じゃあ、もう一つは小豆クリーム味で頼みます」

 

 はいよといって手渡されるのは、芋を衣揚げにした一口大の料理。

 大好物のこれを食べながらそのまま彼と一緒に祭を回る。

 

「あ、アイズそろそろ怪物祭が始まるぞ?」

 

 彼と一緒にゆっくり歩くという珍しい体験に時間を忘れてしまっていたが、もうそんな時間らしい。

 肝心な怪物祭を見ないとなるとあとでロキに何を言われるか分からないから早く向かわないと……そう思って、闘技場に向かっていく。

 そして辿り着いたのだけど……そこは異様な雰囲気に包まれていた。

 祭の環境整備のために働いていたギルド職員が騒がしく何より慌ただしくて、今も歓声が絶えず響いている闘技場とは真逆に同様と混乱が場を支配していた。

 それに、今本来ならショーをしている【ガネーシャ・ファミリア】の面々が武器を構えて広場に散っているのだ。

 そこからの行動は早かった。

 シャルルがギルド職員にコンタクトを取り、何があったかを尋ね始める。

 

「すまん、この雰囲気何かあったのか?」

「聖騎士シャルル……それにアイズ・ヴァレンシュタイン?」

 

 彼等は二人の英雄の姿を見て唖然としたあと、飛びつくように近寄ってきて早口で現状を説明始めた。

 聞けば祭のために捕獲していたモンスターの一部が檻の中から脱走したようなのだ。

 外部犯の仕業であろうこの事件、一部のギルド職員や檻を見張っていた【ガネーシャ・ファミリア】の団員が魂が抜かれたように放心していたそうなのだ。

 

「アイズ、分かってるな?」

「うん」

「ギルドの皆、俺とアイズが加勢する。モンスターが行った逃げた方向は分かるか?」

 

 そうして教えられた場所にアイズとシャルルは向かう事にして、一度ここで別れることになった。

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 教えられた情報ではシルバーバックがダイダロス通りに向かったらしい。 

 あそこにはかなりの人がいるのは分かっている。

 しかも一般人が多い。

 そんな所であのモンスターが暴れたとなると……急がないとな。

 

 そう考えてシルバーバックを追うためダイダロス通りに入ろうとしたときだった。

 一瞬だが濃すぎる殺気が俺を襲ったのだ。

 何かと思い出所を探る。

 そして視線の先、路地裏の影から現れる男の姿が目に入る。

 猪人の男だ……しかもこの気配は覚えている。

 

「なんでここにいるんだオッタル?」

「貴様か……あの方の言った通りだったな」

「その様子、モンスターを追ってきた訳じゃない……よな」

 

 なんでこいつがここにいる?

 それに、明らかに俺を待っていたその様子。

 俺に何か用があるのか……いや。

 

「俺はモンスターを追いたいんだが、通しては……くれないよな」

「進むなら斬る。引き返すなら何もせん」

「――今回の主犯はフレイヤか、お宅の主神は何する気だ」

「…………」

「だんまりか――はぁ、仕方ない」

 

 人が傷つくのは見逃せない。

 いや見逃してはいけない。だって、誰かを守るのが英雄なのだから。

 

「押し通らせて貰うぞ、猛者」

「そうか……今の貴様に何が出来る?」

「さぁな、その余裕崩させて貰う。いくぞジュワユーズ!」

 

 ――英雄は、試練を越えなければいけない。

 久方ぶりの格上に、そんな言葉が一瞬過った気がした。

 



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第七話 猛者

 

 

 対峙するのは迷宮都市最強の男。

 Lv.差は1だが、現在どこまで差が開いているかは分からない。

 勝てるとは思わない、だが負けるという事もないだろうが……この男がどういう目的かによって変わってくる。足止めなら殺し合いには――。

 

「考え事か?」

 

 距離が詰められる。

 そして振るわれるは大剣、確実に体の両断を狙った一撃が空を切る。

 避けれたが今ので分かった。

 この男、完全に殺す気だ。

 

「あの方は言っていた。今の貴様には興味が湧かないと」

「……意味が分からないな」

 

 会話を交わしながら踏み込み、三連撃。

 この狭い空間で無闇に魔法を使えばどんな被害が出るか分からないので、ここは剣技のみで戦うしかない。

 

「やはり、軽い」

 

 放った攻撃を大剣で防ぎきったこの男は、そのまま隙が出来た俺の腹に拳を叩き込まれた。

 その攻撃は重く、俺の体が少し浮いた。

 

「そして脆くなったな」

「――ッ」

 

 大剣の峰が迫る。

 その一撃が浮いた俺の腹にぶつけられ、激しい痛みが襲ってくる。

 戦闘不能には至らないが、内臓にかなりのダメージがいったであろう。

 

「あまり俺を失望させるな、昔の貴様ならこの程度の攻撃貰っていないはずだ」

 

 さっきからの発言。

 やっぱりこの男は、そして上にいる女神は俺の秘密を知っている。

 確かフレイヤは魂を見れるとかいう噂があったが、それでバレたのか? ――そして何より、オッタルは昔より強くなってる。手加減されているのは分かるが明らかに敏捷が上がっているのだ。

 

 ――負ける?

 いや、駄目だ英雄は強敵を倒さなければいけないのだから。

 何かが警鐘を鳴らす。

 勝てと降せと誰かの声が聞こえる。

 だから起き上がらないと――この男は嘘が苦手だ。

 だから殺すと言ったのなら俺を殺すだろうし、あの女神のためならばロキ・ファミリアとも戦争する。

 ロキの事だ俺が死んだと知れば、きっと激怒するだろう。だってあのヒトは優しいのだから。

 負けられない、生きなきゃいけない。

 なら――殺してでも。

 

「【この身は英雄に非ず、されど英雄と為らん】」

 

 魔法の重ねがけ。

 普段より魔力消費が激しくなるし、あとでどんな代償が来るか分からないが。

 死なないのなら安い。

 姿が変わる普段のインナー姿から白銀の鎧に。

 よりシャルルマーニュの力を引き出して、なんとしてでもこの男を倒す。

 

 ――英雄でなければいけない。

 英雄は強者を降さなければいけない。

 英雄は試練を越えなければいけない。

 

 そんな言葉が頭を過り、呪いのように何度も聞こえてくる。

 

「――戻ったか?」

「オッタル、死ぬなよ」

「そうか、来い」

 

 オッタルは俺を見下しながらそう一言だけ告げる。

 ――倒して生き残る。

 そして、皆の場所に帰る。

 

「ははっ!」

 

 英雄は逆境でも笑ってないといけない。

 だから俺はこの状況で笑った。

 ほら、試練だぞ? 喜べ、乗り越えればまた一歩英雄に近付く。

 だれかの声がそう言った。何故か聞き覚えのある声だ。

 この声は一体誰のものなんだろうか? 

 

 

   ◆   ◆   ◆

 

 ――英雄は全てを救わなければいけない。

 英雄は怪物を倒さなければいけない、英雄は誰かを助けなければいけない。

 英雄は未知を越え続けなければいけない。英雄は逆境でも笑わなければいけない。英雄は、英雄は、英雄は――――。

 

 声が聞こえる。

 自分にかけた呪いが何度も復唱される。

 己が憧れた英雄になるために定めた自戒が復唱される。

 

 そんな中、夢を見た。

 灰色の髪をした女性が見える。彼女はそれを薄汚いと言っていたが、俺はその髪が綺麗に見えてとても好きだった。

 あぁこれは、騒がしい本拠でいつも一人で黄昏れていたあの人との夢だ。

 時期は黒龍討伐の一年程前まだ俺が八歳の時の話。

 

「結婚を前提に付き合って下さい!」

「……シャルル、誰にそれを教わった?」

「えっとぉ、ゼウスの爺ちゃん」

「潰してくるちょっと待っていろ」

 

 いつも目を閉じているその人が珍しく目を開けて、どこかに向かうのを本気で止めた。

 この時の彼女は本気だったのが分かるし何より、ゼウスが帰ったらヘラが怖いから。 

 

「それで、何の用だ。そして何故そう言った?」

「アルフィアと鍛錬するにはどうすればいいって聞いたら、そう言えばいいって伝えられたから」

 

 正直に言った。 

 だってこれで何かを隠したら必殺福音拳骨(ゴスペルパンチ)が飛んでくるから。

 知ってる? あのパンチ頭頂部を貫通して全身に轟き渡る衝撃が来るんだぜ? しかも超短文詠唱より速い。避けられるわけないし、八歳ボディじゃ死ぬ。

 

「その程度なら誘われたら付き合う。それともなんだ断るとでも思ったのか?」

「だってアルフィア、静かなの好きだし」

 

 普段団員が騒いでいると五月蠅いの一言で制裁する彼女だ。

 自分の鍛錬には付き合わないと思っていたから。

 

「私はそんなに薄情ではない」

「じゃあ、戦ってくれるの?」

「あぁ、だがあまり手加減はしないぞ」

「全然問題なし、むしろこいさぁ喰らいあうぞ!」

 

 テンションが上がりすぎて前に鍛えてくれた優しい人の真似をしてしまった。

 だけど、その瞬間福音拳骨が飛んできた。

 

「分かるがそれは誰に教わった?」

「……ザルド」

「ゼウス共々魔法で飛ばすか」

「止めて? 二人とも天に召されるからやめてあげて!」

「お前がそこまで言うならやめてやろう。その代わり今度付き合え、断りはしないだろう?」

「イエス・マム!」

「やはり一度ゼウスを飛ばすか」

 

 なんかもう楽しかった。

 前世で何もなかった俺がただダンまちが好きだっただけの俺がこの世界で生きるのが。

 何より惚れてしまったこの人と笑うのが楽しかった。ただ無意でもいいから、少しでも一緒にいられるのが嬉しかった。

 

「だが、シャルルこの鍛錬では魔法を使うな。私はお前の紅い目の方が好きだからな」

「いや、変身した時の青い目の方がカッコよくない?」

「駄目だ使ったら殴る」

「使いません!」

 

 そんな昔の夢を見た。

 ずっと昔の忘れちゃいけないあの人との夢を見た。

 そしてまた聞こえてくる。

 ――英雄は……と。

 彼女に誇れる英雄にならないといけないから――それが俺に出来る唯一の償いだから。何が何でも英雄にならないといけない。何をしてでもカッコいい英雄に、シャルルマーニュのような英雄に――。

 



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第八話 英雄(愚者)になった日

 

 ロキ・ファミリア本拠。

 黄昏の館にてロキは一人団員達の過去の記録を漁っていた。

 大切な子供達の活動記録――それは子供達を愛するロキにとっての大切な宝物である。

 

「やっぱり久しぶりに見るとええなぁ」

 

 子供達の頑張りの成果、一人一人の記録を見ながら笑みを浮かべ遂にはシャルルの記録に手を伸ばす。そこに記されているのはいつ見ても目を疑うような五つの記録。

 

 

【Lv.2】

 所要期間――半月。

 年齢八歳。

 モンスター撃破記録約五千。

 ――偉業、十二階層に出現した二体のインファントドラゴンの強化種の撃破。

 パーティーメンバー四人を守りながらトドメとして相手を魔法・【王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣(ジュワユーズ・オルドル)】により撃滅。

 二つ名、【龍殺し】を獲得。

 

【Lv.3】

 所要期間――二ヶ月。

 モンスター撃破記録約八千。

 ――偉業、二十七階層に出現したアンフィス・バエナの水上討伐。

 本人曰く、少しでも皆に追いつきたかったと供述。

 ヘラからの説教に加え、一ヶ月の休息を団員に言い渡される。だが本人はそれを無視してダンジョンへと突撃し続ける。

 二つ名【龍☆滅】が提案されるもヘラにより阻止され、【龍殺し】を維持。

 

【Lv.4】

 所要期間――八ヶ月。

 年齢九歳。

 モンスター撃破記録約七千。

 ――偉業、三大クエストにて黒龍に最大出力の【王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣(ジュワユーズ・オルドル)】を直撃させる。シャルルが放ったその攻撃だけが黒龍に対する唯一の傷らしい傷となった。

 反撃をくらい六年間昏睡。

 この間、ヘラによりロキ・ファミリアに預けられる。

 

【Lv.5】

 所要期間――八年。

 年齢十七歳

 ――偉業、オラリオを襲った【静寂】のアルフィアを撃破。

 

【Lv.6】

 所要期間――二年。 

 年齢十九歳。

 偉業、ダンジョンに現れた未確認モンスター四体の討伐。

 

 Lv.2・3の記録はヘラ・ファミリアから譲って貰ったものだが、その頃から彼は凄まじい成長をし、何度も記録を塗り替えてきた。

 昏睡していた時期が合ったものの、復活から二年足らずでランクアップ。

 そして、Lv.6に達し【聖騎士】とまで呼ばれるようになった大切な子供。

 ロキ・ファミリアに来た当初は強くなるためだけに何度もダンジョンに潜ってリヴェリアに叱られたり、フィンと何度も喧嘩した彼は徐々に馴染んでいった。自分も何度も彼が笑えるようにからかったり、気にかけて手を焼いたのを覚えている。預かった子供だけど、ある時本当の家族になってくれた時なんかは皆でお祝いした。

 そんなシャルルは今、魔法を使い己を偽り続けている。

 何があったか、どういう傷を背負っているかは話してくれないから分からない。

 ただ変わってしまったのは【静寂】を撃破してから、あの頃から彼は笑わなくなった。強くなろうとダンジョンに潜るはいいものの、ステイタスの伸びは悪かったのを覚えている。そしてダンジョンで未確認のモンスターを倒してからずっと魔法を使い続けるようになったのだ。

 そして彼は変わった。

 誰かを追いかけ、誰かになろうとずっと魔法を使っている。

 

「あかん、しんみりしちゃシャルルに悪いわ」

 

 ロキは待っている。

 彼が戻ってくれるのを、何より自分のままで笑ってくれるのを。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 懐かしい夢から目を覚ます。

 目覚めた瞬間、襲ってくる反動に体を痛みながら周りを見渡した。

 自分がいるのは変哲のない一室、見るからに女性の部屋で見たことがない。

 ふと、置かれている鏡が目に入る。

 ……そこに映るのは、赤目の傷だらけの自分だった。

 変身した時のシャルルマーニュではなく、本来の姿である赤目のシャルル・ファルシュ。

 それを見ただけで吐き気が襲ってきて、目覚めたばかりなのに最悪の気分になった。

 

「は――やく、魔法――使わ、ないと」

 

 声が掠れて上手く出させない。

 だけど、変わらなければ――今の自分が嫌いだから、すぐにでもシャルルマーニュに――。

 魔法を唱えようとした瞬間、部屋がノックされ誰かが入ってくる。

 

「――誰、だ?」

「私ですシャルル」

 

 入ってきたのはエルフの女性。

 五歳ほど年下の俺が守れなかった人の一人。

 俺が会いたくなかった大事な人の一人である。

 

「……リュー?」

 

 最悪だ。よりにもよって彼女に素を見られるとは……それに、この姿で彼女を見るとあの時の事が蘇る。彼女が家族を失った原因のあのモンスターを倒したときの事を――。

 何より俺がシャルルマーニュになった日の事を。

 

「目覚めて良かったです。そしてすみません持っていたエリクサーを勝手に使ってしまいました」

「別にいい――助けて、くれたんだろ?」

「何があったのですか? 貴方ほどの方が、あんな傷をダンジョン外で負うとは思えない」

「それは――」

 

 思い出すのはオッタルとの一戦。

 魔法を重ねよりシャルルマーニュに近付いて、お互い致命傷を負ったであろうあの出来事だ。

 あの時、俺は被害を考えず暴れオッタルと相打ちになった。

 最後に覚えているのは、家族の元に帰ろうと進んだことぐらい。多分、途中で倒れ俺は彼女に救われたんだろう。

 

「すまんが言えない。それよりさ、俺はどのぐらい眠ってたんだ?」

「三日です。三日間貴方は寝ていました」

「……まじかぁ、ロキ達心配してるだろうな」

 

 どうしようか、これ帰ったら説教だな。

 あぁ、なんで持ってくれなかったんだよ俺の意識。

 せめて帰っていればいくらでも誤魔化しが利いたのに……。

 

「とにかくリュー助かったよ、もう大丈夫だから帰らせて貰ってもいいか?」

「駄目です。あと数日は安静にしていなさい。神ロキからは拘束してでも休ませろと伝言を預かっています」

「まじ……?」

 

 これ説教だけじゃ済まなくないか?

 ――やばくね?

 

「だから暫くはここにいて下さい。では私は食事を持ってきます」

 

 それだけ言って離れるリュー。

 彼女を見送りながら、俺は黄昏れることになり……帰ってからの地獄を想像して涙を流した。

 …………上手く誤魔化せたかなぁ。

 

『どうして……もっと早く来てくれなかったのですか?』

 

 そんな言葉が木霊する。

 

 

  ◆   ◆   ◆

 

 

 その罪の事を俺は一生忘れない。

 ダンジョンが哭いた日、俺は偶然にも近くにいた。

 少しでも早くアルフィアの夢を叶えるために、何日もダンジョンに籠もっていた時だったのだ。

 辿り着いたときには全部が終わっていて、親しかった友人達は全員が死んで、残ってたのは倒れるリューと彼女を狙う名無しの怪物だけだった。

 原作知識という呪いで何が起こったのかを察してしまった。

 仇を取らなくちゃ、リューを守らないと――そう思った。

 

 頭がどうにかなりそうな中、俺は魔法で相手をダンジョン共々破壊した。

 そしたら増えた怪物も、例外なく壊した。

 知識から魔法が反射される事を知っていた俺は、速攻で宿った宝具で相手を壊した。粉々に復活できないように、恨みを込めてバラバラに。

 そして残った俺も――その時に壊れた。

 彼女の為に英雄であろうとしたのに、誰も守れなかったことに後悔して。

 守れたはずなのに、守れなかった事実が重くて――きっと理想の英雄(シャルルマーニュ)なら守れていたはずの現状が辛くて。

 だから俺は魔法をかけた。

 俺に許された変身魔法に呪いを込めて。

 ――英雄は全てを救わなければいけない。

 英雄は怪物を倒さなければいけない、だから敵を生かしちゃいけない。

 英雄は誰かを助けなければいけない、だから一人でも取りこぼしてはいけない。

 英雄は未知を越え続けなければいけない、だから原作知識はあってはいけない。

 英雄は逆境でも笑わなければいけない、だからずっと笑っていなければいけない。

 英雄は、英雄は、英雄は――――――と自分の理想を呪いとした。

 彼になれば全部救える筈だからと……。

 何より、俺じゃなくてきっとシャルルマーニュならアルフィアの夢を叶えられるからと。

 



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閑話 彼の冒険

 

 これは三日前のお話、シャルルが関われなかった一つの冒険譚。

 

 耳が痛くなるほどに空気が張り詰める。

 祭に相応しいかのように陽の光が煌めき、飾り付けられた何枚もの旗が陽気に揺れる。

 そんな大通りに異色な存在が一つ、場違いのように紛れ込んでいた。

 

 周りから悲鳴が木霊する。

 尻尾の如き長い銀の髪を持つモンスターを見て僕は言葉を失った。

 そのモンスターの両手首には無理矢理引き千切られたであろう鎖が垂れ下がり、地面の上でとぐろを巻く。このモンスターを僕は知識だけでしっていた。

 ――シルバーバック。

 十一階層で現れる今の僕では敵わない相手。

 自分の到達階層より遙か下層の領域を根城にする怪物。

 トラウマ(ミノタウロス)には劣るとは言え、その力は今の僕とはかけ離れているであろう。

 

 そんな怪物は何故か、迷いなく僕と一緒にいる神様に襲いかかってくるのだ。

 少し観察して分かったが、狙いは一緒にいる神様だ。

 彼女を守るために立ち塞がろうとしたけれど、そんな僕には目もくれず目の前の怪物は腕を薙ぐ。

 寸での所で避けれたものの、乱暴な拳は止むことはない。

 

(ここにいると、不味い!)

 

 狙いが神様ならこいつは何処までも追ってくる。

 この混乱に陥っているメインストリートでは誰かを巻き込んでしまうから長居は出来ない。

 それに、自分の事だけを守ることに精一杯な人達では、神様を助けてくれるような人は――。

 

(いや、違うだろ!)

 

 誰かに助けて貰うんじゃない。

 誰も戦わないのなら、僕が彼女を――家族を助けないといけない。

 

 ここは場所が悪い、だから僕は場所を変えることにした。

 

「神様、こっちに!」

 

 神様の手を引いて路地裏にへと飛び込んで、相手が追ってきたかどうかを確認する。

 案の定あの化物は僕達を追いかけ始めた。

 あの化物は神様だけを狙ってる。それこそ、まるで誰かに操られているように……。

 

「神様、ダイダロス通りに逃げます! あそこなら撒けるかもしれない!」

 

 本来ならこの人工的な迷宮で追いかけっこするなんて無謀と言ってもいい。

 だけど、今の僕のステイタスなら最悪逃げる事だけなら出来る筈だから。

 この騒ぎ、きっと人が来るはずだ。

 モンスターを町中に放置するなんてギルドはやらないだろうから。

 だからタイムリミットはそこまで、逃げ延びて生き残る。

 それが倒せない僕の唯一の作戦。

 

 だけど……そんな僕の淡い期待を壊すようにそれは現れた。

 近付いてくる不穏な音、その直後足元の石畳に大きな影が走る。

 

(しまっ――)

 

 野猿を彷彿とさせるような巨大な怪物は、まるで木々を移動するかのように軽い身のこなしで建物の間を移動し、撒くために使っていた迷宮など無視して僕達の近くに現れた。

 頭上からの奇襲により、僕と神様の間に現れたそれ。

 守らなくちゃという意志で前に出るも威嚇されるだけで僕は怯む。

 ――だってその咆哮が、埋もれていた記憶を掘り出してきたから。

 記憶の中に根付く雄牛の咆哮、それが僕を恐怖で支配する。

 

(怖い、逃げ出したい、怖い)

 

 奥にいる人を守らなくちゃ、だって今彼女を守れるのは僕しかいないのだから。

 

(怖い)

 

 恐怖、義務感、臆病風と使命感……。対立する生き残る為の本能と感情が忙しいほどに暴れる。

 だけど、そんな時――誰かの言葉が蘇った。

 強くなるにはと僕は聞いた。

 そしたら彼は答えた。

 

 何かを貫き通せと――そしたら強くなれるって。

 そしてその人は言ってくれた。僕はかっこよかったって。

 無様な僕を本心から褒めてくれて、自信をくれた。

 

 ――カッコいいって言ってくれたのだ。

 

(僕は、男だろう! その言葉を嘘にだけはしちゃいけない!)

 

 別の憧れを抱いた彼を嘘つきになんかしちゃいけない。

 何より――彼女を守るという意志をブレさせちゃいけない! 動け、武器を構えろ、負けるなんて考えちゃ駄目だ。勝て、彼女を守るんだろう? 

 シャルル・ファルシュに近付くために、アイズ・ヴァレンシュタインに並ぶために! 冒険をしろ、ベル・クラネル!

 

 自分を鼓舞する。

 武器を構えた。

 相手を見やる。

 

 こわい――だけど、先程のように絶望だけは感じない。

 

「いっけぇぇぇぇぇぇ!」

 

 持っていた二つの短刀を構え地を蹴った。

 一撃目で目を潰す。相手が侮っていたからこそ、通じた一撃は相手の目を潰した。

 もう一発を脳天に、致命傷にはならないけれどそれは怯ませるには十分だった。

 すぐに抜いてまた構える――だけど持ったナイフは刃こぼれしていた。

 

 僕の攻撃じゃ、相手を傷つけられない?

 いや――この武器じゃ足りないのだ。

 じゃあ、どうする?

 

「ベル君! これを使って!」

 

 渡されるのは黒いナイフ。

 何故か安心感を覚えるその武器、これがあればいけるそんな感覚が脳裏を過る。

 ――さぁ倒そう。初めての冒険をしよう。

 

 モンスターには弱点がある。

 それを聞いたのはいつだったか……モンスターにはモンスターたる所以があるのだ。

 それは魔石と呼ばれるもの、どんなモンスターも胸の中に持っている核。

 

(狙うなら――そこしかない!」

 

 叫び、走り……避ける。

 よく見れば単調な攻撃だ……あの時のウォーシャドウのように素早くない。

 ならば避けれる。

 その力は脅威だけど、当たらなければ意味が無い!

 隙は見えた――なら後は!

 

「ぅああああああああ!」

 

 情けないかもしれないが叫びながらの突撃槍。

 それは隙を晒した相手に突き刺さり、相手の命を奪った。

 




ベル・クラネル

Lv.1

力:E479

耐久:G246

器用:F345

敏捷:D534

魔力:I0   

【スキル】

情景一途(リアリス・フレーゼ)
・早熟する
懸想(おもい)が続く限り効果持続。
・懸想の丈により効果向上。

 主人公に褒められてやる気出した結果、この時点で原作より成長したベル君の図。武器さえよければステイタス的にシルバーバック倒せてた模様。
 到達階層は八階層。


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第九話 帰宅

 

 とても静かで、綺麗な人だった。

 いつも一人、部屋の隅でよく本を読んでいる人だった。

 体を蝕む病から余り動けない彼女、退屈だろうから俺は冒険した日は必ず彼女に話をしにいっていた。あまりはしゃぐなといいながら、それでも聞いてくれるのが嬉しかったし、何より大切な時間で……。

 そして自分は。

 そんな静かで綺麗で、冷たいけど温かく、家族を守ってくれる彼女が好きだった。

 いつも自分を気にかけてくれて、俺の事を救い続けてくれた彼女が大好きだった。

 

 一人だった俺を救ってくれたこの人に恩を返そうと、何度も頑張った事を覚えている。

 ……鍛錬でボコボコにした俺の事を慣れない手つきで治療したのを覚えている。

 家族を不器用ながらも愛していたあの人の事を覚えている。

 何度も何度も俺に勇気をくれたあの人の事を――俺は忘れない。

 忘れちゃいけないんだ。

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 夢から覚めて気がつけば朝だった。

 昨日は朝に寝たのを覚えているしどうやらまた一日ほど寝ていたらしい。

 傷はもう痛まない、それに魔力も相当回復しただろう。

 

「【この身は英雄に非ず、されど英雄と為らん】」

 

 魔法を使う。

 自分に許された彼になるための変身魔法を。

 

 目の色が変わる。

 服装が替わる――気配が変わる。

 シャルル・ファルシュからシャルルマーニュへと己を変える。

 

「さてさて、流石に四日も帰ってないとなると皆が怖いし帰ろうか」

 

 リューに何か用がある時には紙を使ってくれと言われていたからそれに、帰るありがとう……とだけ書き置きを残し俺は窓から外に出て行った。

 悪いかもしれないが、これ以上家族を待たせるわけにはいかないから俺は黄昏の館に向かう。

 アイズ達は無事だろうかとか、フィンは怒ってないかとか、ロキは揶揄ってこなければいいなとか、一度家族の事を考えると止まらなくなるが、館に着く頃には俺は割と吹っ切れていて、逆に明るく行こうという思いで――。

 

「皆帰ったぞー!」

 

 と……門番に門を開けて貰い入ってすぐにそう叫ぶ。

 すると、誰かが黄昏の館の入り口から見覚えのある金髪の少女が顔を出した。

 

「あ……えっと、お帰りシャルル」

「ただいまアイズ、それと悪かったなフィリア祭」

「別にいい、シャルルが無事だったなら。それでどうしたの?」

「えっとぉ……そうだ立ち話もなんだしホームに入ろうぜ」

「……分かった」

 

 そう言って本拠へと帰り、俺は先にロキに会うために彼女の自室を目指したんだが……なんだか、黄昏の館が騒がしいのだ。何だと思い、ロキの元に行けば俺が寝ていた間の事件を聞かされた。

 

「了解ロキ、調教師の赤髪の女に気を付ければいいんだな」

「頼むで、フィンの見立てではLv.6程の力を持ってるらしいからな」

「分かったとにかくただいま」

「ん、おかえりシャルル。それで……何があったんや?」

 

 いつも閉じている細い目を開けて俺に何があったかを聞いてくるロキ。

 彼女は神だ。つまりは嘘をつけない――だから誤魔化しても意味が無いし、無駄に不安にさせてしまう可能性がある。だからここは正直に言うしかないな。

 

「ちょっとオッタルと戦ってきた」

「……なんでなん?」

 

 素直に言えば何してるんだこいつと言わんばかりの顔でロキは言う。

 自分でも無理があるというか……こいつ大丈夫か? と思われても仕方ないが、事実オッタルとは戦ったのでこう言うしかない。

 

「いやちょっと……色々あってぇ」

「ほんまなにしてん? でも嘘は吐いてないみたいやしぃ……というかそれで三日も寝たんか?」

「それはもうぐっすりと」

「アホや……アホがおる」  

 

 心底頭が痛そうに……頭を抱えテーブルに肘をつきながら何かを考えそして――俺がトドメを刺した。

 

「まあ、それで結構無茶して……まあこんな感じ?」

「なぁシャルル」

「なんだロキ?」

「二日謹慎や――ダンジョン行ったら玉潰すで」

「あ、えっとぉ……まじ?」

「大マジや、少しでもダンジョン行く素振り見せたら分かっとるな?」

 

 まじか、やばい。

 俺帰ったらすぐにアイズ達とダンジョン潜る気でいたんだが……これ絶対ロキは本気だ。

 マジでダンジョンに潜れば潰される。目が本気だった。というか、反論したらヤル目をしてた。

 

「イエス・マム!」

「分かったのならええ――とりあえず、ステイタスの更新はするから後は二日間は絶対に安静や」

「了解……散歩ぐらいならいいよな?」

「そんぐらいならええけど……それとうちちょっと用事あるから出てくるで」

「分かった……行ってらっしゃいロキ」

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

 

 そしてその翌日、大通り沿いの喫茶店にロキはフィンを連れてやってきていた。

 本来ならフィンは、二日程前に起こった『リヴィラの街』の事件の後始末に追われていたのだが、ロキにどうしてもと言われて彼女と共に行動する事になった。

 

「堪忍なフィン、せやけどどうしても外せへん用事があってん」

「別にいいよ、アイズ達の事はリヴェリア達に任せたからね……それで、誰と会う気なんだい?」

「すぐ分かるで……よぉー待たせたか?」

 

 ロキ達が喫茶店に足を踏み入れた瞬間感じるのは時間が止まったような静けさ。

 この喫茶店にいる客の誰もが心を何処かに置き忘れ、口を半ば開きっぱなしにし、全ての視線を一カ所に集めている。彼等が魅入っているのは、窓辺の席で静かにその身を置いてる、紺色のローブを纏った神物――美の神と呼ばれるフレイヤだった。

 

「いえ、少し前に来たばかりよ」

「態々来て貰ってすまんなぁフレイヤ」

「別にいいわよ、私達の仲じゃない」

 

 彼女の元に真っ直ぐと足を運び、気さくに声をかけたロキ。

 フィンはそのまま座るロキの後ろにつき、警戒しながら神フレイヤを見やる。

 

「それで、何の用かしら?」

「……そういえば今日はオッタルおらんの?」

 

 いつもこの女神と共にいる猛者の姿がない事を指摘するロキ。

 それに少し顔を顰めたフレイヤは、少し間を開けてからこう続けた。

 

「オッタルなら今ダンジョンよ、久しぶりに潜ってるみたいなの」

「――シャルルに受けた傷はええのか?」

「問題ないわ、エリクサーを使ったもの」

「そか……知ってるのなら話は早いわ、この落とし前、どうつけるつもりや?」

 

 空気が変わった。

 抑えてはいるものの怒気からか『神の力(アルカナム)』が漏れている。

 普段から仲はいい神に対しては甘いロキからは考えられない程の気迫……そしてその怒気にフィンは帰ってない彼の事もあり、何があったのかを察した

 そして一瞬だが、女神を睨んだ。

 大切な家族が帰っていなかった原因を知ってしまったからだ。

 

「あの子は優しい子や、無意味に戦うわけがない。自分……何しでかす気や?」

「怖いわね、でも私だって想定外だったのよ。ただちょっと足止めしてとお願いしただけなのに……まさかあそこまで――」

「御託はええ、それともなんや――そんなに戦争したいんかフレイヤ」

「貴方と戦争したらただではすまないわ、だから今回は私に貸し一つという事でどうかしら?」

「ふざけとるんか?」

「いえ、本気よ。彼を傷つけるつもりは私にはなかった。本当に足止め程度を想定してたのだから今回はオッタルの事も考えて痛み分けという事で手を打たないかしら」

 

 真剣な目でロキに対してそう伝えるフレイヤ。

 そのまま数秒間睨み合いが続きロキは怒気を抑えることなくこう言った。

 

「――貸し二つや、ただし次うちのファミリアに手を出したら許さんからな」

「肝に銘じとくわ――それと、神友である私からの忠告よ、早くなんとかしないと壊れるわよ彼」

「ッ――分かっとるわ、そんな事」

 

 最後に伝えられた忠告に……苦虫を噛み潰したかのような顔でロキは言いこの場は解散となった。

 

 



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アストレア・レコード:英雄失墜
番外のプロローグ:正義共闘


今回よりアストレア・レコード編。
これが終わったら原作二巻とソード・オラトリア二巻部分を書き始めます。


 

「アリーゼ! 三番倉庫、押さえた!」

「そのまま四番まで制圧! イスカとマリューに指示! ライラは先の区画、押さえて!」

 

 小人族(パルゥム)の少女の声が木霊しそれに対して人間(ヒューマン)の女性が答える。

 

「ほいほいほいっと、注文(オーダー)は!?」

「火災は助っ人に任せて、襲撃を私達で止める。ほら皆、進軍進撃進行進行(ゴーゴーゴーゴー)!」

 

 忙しく走り続ける人間の少女、アリーゼを主軸にした一団が火災を助っ人に任せて闇派閥を蹂躙する。そして、今回このパーティーに加わった助っ人は裏方に回り少しでも被害を押さえるために尽力していた。

 

「【エンチャント・オー】」

 

 助っ人と呼ばれた人物がそう魔法を唱えれば、宙に浮かぶ五つの剣群から氷が放出され炎と敵諸共氷漬けにされる。そして目に付く範囲を氷漬けにした彼はそのまま敵に突貫し闇派閥のメンバーを次々と無力化していく。

 

「輝夜、リオン! このままじゃ本命取られるよ!」

「これじゃあ乗り遅れますわよ、エルフ様」

「言われなくても分かってる輝夜、彼に任せてばかりではいけない」

 

 名前を言われたエルフと人間のコンビが本命とさ派閥の三人を助っ人に取られないように駆けだし、数秒のうちに倒していった。

 それで終わったかと思えたその瞬間、一人の敵がある方向から襲撃してきて爆撃した。

 

「今の方角、アリーゼがやべぇ!」

「いや、あいつなら無事だろ――だって」

 

 皆の元に戻ってきた助っ人が爆撃があった方角を見ながら言った。

 残ったメンバーが一斉にそっちをみればそこにはドヤ顔をするアリーゼが……。

 

「笑止、清く美しい私に悪者の炎なんて効かないの! ふふん!」

「アリーゼ、笑ってるとこ悪いが……お前服燃えてるぞ?」

 

 見れば爆撃をくらって無傷の彼女が、だけどその代償に彼女の服は燃えていてこのままじゃ焼け死んでしまうだろう。

 

「シャルル、私は燃えないわ!」

「いやマジだってアリーゼ、お前服燃えてんぞ! 笑止! じゃなくて焼死すんぞ!?」

 

 助っ人であるシャルルの言葉は信じなかったが同じファミリアのライラに指摘され自分で確認したところで服が燃えているのに気付いたのか、そこら辺を走り回り火を消そうとする――だが、結構勢いが強いのか火は消えなかった。

 

「あ、助けてシャルル――ほら、水でバーっと!」

「はいはい、【エンチャント・オー】」

「って勢いが強いわ、これじゃあ風邪引くじゃない」

「どうしろと……」

 

 そんな二人の漫才じみたやり取り。

 それを見守る三人がそれを見て呆れた声を上げる。

 

「すっげ力業で誤魔化そうとして失敗してたぞ、アタシ等の団長……」

「前向きで都合の悪いことは全て揉み消す立ち振る舞い、わたくし達も見習わなければいけませんねえ」

「……誤魔化せてなかったけどな」

「輝夜、アリーゼを侮辱するな。彼女はただ……少々アレなだけです!」

「庇えてないぞー」

 

 彼女らも彼女らで漫才じみたやりとりをしていると無力化され下半身だけ氷漬けにされた闇派閥のメンバーが話しかけている。

 

「お、お前達は、まさか……!」

「やっぱり自己紹介が必要なようね。それなら正々堂々たっぷり聞かせてあげるわ」

「する必要ないぞ?」

「自己紹介は正義の味方の鉄板よ? やる必要しかないわ……こほん、弱きを助け強きを挫く! たまにどっちも懲らしめるをモットーの、差別も区別もしない自由平等、全ては正なる天秤の示すまま!」

 

 そこで剣を構えて決めポーズ。

 そのまま一呼吸を置いてからの決め台詞。

 

「願うは秩序、想うは笑顔! その背に宿すは正義の剣と正義の翼! ――私達がアストレア・ファミリアよ! ……あ、あとついでのシャルル・ファルシュ!」

 

 ……ゼウスとヘラの『黒竜』討伐の失敗。

 それは全ての引鉄となり、迷宮都市オラリオに『暗黒期』をもたらした。

 悪の台頭を許し、秩序は混沌に塗り替えられ、血で血は現れる。多くの人々が泣き、多くの者が傷付き、多くの悪が嗤った、最悪の時世。

 そしてこれは、そんな暗黒の時代を駆け抜けたとある眷属と――生き残ってしまった英雄が堕ちるきっかけの物語。

 

闇派閥(イヴィルス)も捕まえたし、火災はシャルルが食い止めた! これで一件落着、ふふんさっすが私と皆ね!」

 

 鎮圧された工場で高らかに笑う正義の使途。

 彼女は戦闘の余韻に浸りながらライラと会話していた。

 

「今回の被害は殆どゼロ、完全勝利とは言えないけど皆かなり早く動けて良かったわ。……本当なら私達だけでやりたいけど、そうも言ってられないわよね」

 

 チラリと端で休む黒がメインの髪色をした青年を見やり、そのまま振り返ったアリーゼに輝夜が声をかける。

 

「そう気に病む必要はございません。わたくし達は強くなっている……それに、少し被害が出たのは、どっかのエルフ様が足を引っ張ったせいでございましょう」

「輝夜、私に落ち度があったとでも?」

「あら……気付いてらっしゃらないので?」

 

 噛みつく輝夜に乗っかるリュー。

 落ち度は何処かだと聞く彼女は、今の猫を被っている輝夜の口調が腹立たしいとさえ言った。

 

「いくらシャルルの前だからって、猫を被るのは……」

「ッまぁまぁ、威勢のいい。なら遠慮なく言わせて貰いますが――ぶわああああぁぁぁかめ! どこに不手際が? そんなの落ち度だらけだろうがたわけ! シャルルがいるからって突っ走り過ぎだ。義憤に駆られたお前の尻拭いを私達はさせられたんだぞ! お前はまだ弱いんだから、図に乗るな愚か者! いや糞雑魚妖精め!」

 

 余程鬱憤が溜まっていたのか、そのままリューの駄目な部分を指摘していく輝夜。

 くそざこ……とショックを受ける彼女に対して、次々と言葉を浴びせていく。

 

「視野は狭く、判断が甘い! 状況把握できてないから二度の奇襲を許される! 気付いてないと思うが、彼がいなければ二回は死んだぞ青二才!」

「……そ、そちらこそ暴れるあまり被害を増やしたではないですか! 本末転倒の貴方にそのように言われる筋合いはない!」

「私はフォローを織り込んで動いてました、団長がいっただろ被害はほぼゼロだって!」

 

 そのまま始まる極東の姫君と森の妖精の大喧嘩。

 減点方式で始まった罵り合いをきっかけにここに第何次が分からない戦争が勃発した。

 

「…………俺は別の工場確認してくる。アリーゼ、二人の仲裁はしとけよ? 喜んでないでさ……」

 

 その現場の空気に場違いな事を感じたシャルルは、別ファミリアの団長にそれだけ忠告して自身の魔法を使って空を飛んで移動を始めた。

 

「私は好敵手って感じが好きなのに……」

「落ち込むなあほ団長、呆れられてんだぞ?」

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

「なんであの二人はいつも喧嘩するんだろうなぁ」

 

 彼女らと別れた俺はオラリオの空を飛びながら見回りを続け、先程までの事を思い出してそう呟いた。

 ロキ・ファミリアに所属するようになって二年、色々あったが今も俺は冒険者を続けている……その中で知り合ったアストレア・ファミリアの面々とは不思議な関係が続いており、助っ人として自分から手伝う事が多い。

 

「元ヘラ・ファミリアの団員として闇派閥(イヴィルス)とは無関係じゃないからな。出来るだけ頑張ってるが……まじで一向に減らねぇな」

 

 基本的には正義を司るアストレア・ファミリアに闇派閥のことは任されているが、俺はロキに我が儘を言ってこうやって助っ人をやっている。

 理由としては今言った通りで、元ヘラ・ファミリアとして闇派閥は出来るだけ早く殲滅したい。

 

「せっかくだし、アイズ達にお土産でも買って帰るか。今日の仕事は終わりだし」

 

 ……もう八年か。

 帰路に着く最中思い出すのは黒竜との決戦。

 俺が昏睡する前の事……大切なあの人の事だ。

 

「今……何してるんだろうなぁ、アルフィア」

 

 俺は頑張っている。

 いつかあの黒竜を倒すため、強くなるために……寝ていたせいでブランクがあり、まだランクアップは出来ていないがロキ曰くもうすぐ上がりそうとのこと……。

 彼女の勘は馬鹿に出来ないから信じているが、一体いつなんだろうか。

 

「いけね、暗いのは駄目だろ。こんな暗い時期だせめて俺は笑ってないとな」

 




Lv.4
シャルル・ファルシュ 
 力:S957
 耐久:A827
 器用:S949
 敏捷:S987
 魔力∶SSS1123

 幸運A
 対魔力A
 精癒C
 
 《魔法》
五大元素(エーテル)
・付与魔法
・五大元素を剣へと付与する
・詠唱によって効果の変動
【エンチャント】
オー()
ノーブル()
ノーマル()
テール()
エーテル()
【英雄装填】
・変身魔法
・聖騎士帝へと己を変質させる
聖剣(ジュワユーズ)の形態変化を可能とする。
【この身は英雄に非ず、されど英雄と為らん】
王勇を示せ、遍く世を巡る十二の輝剣(ジュワユーズ・オルドル)
・対軍魔法
・英雄であるほどに剣群の増加、最大十三本
・状況によって破壊力の向上
【聖光で、遍く全てを照らし出せ!】
【永続不変の輝き、千変無限の彩り!万夫不当の騎士達よ、我が王勇を指し示せ】
《スキル》
【偽・聖騎士帝】
・絶大なカリスマ
・魔性への特攻
・神性への特防
・聖性を持つ武器への適応
【王道踏破】
・一部ステイタスの向上
・王道を貫くかぎり効果上昇
・王道を破るとステイタス弱化
【魔力放出(光)】
・悪と定めた者にアドバンテージを有する。
・能動的行動に対するチャージ実行権。
【偽造英雄】
・早熟する
・英雄である限り効果持続
・英雄に近付くほどに効果向上


 


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木漏れ日の約束

前回の感想で年表が欲しいという意見が合ったので記載します
五歳:奴隷として売られ、その最中にモンスターに襲われる。自分に宿っていた魔法を使い単独撃破。この際ヘラ・ファミリアに拾われる
六歳~七歳:だんまちの世界だと知る。二年間恩恵を受け取らず鍛錬。迷宮都市外のモンスターを討伐したり
八歳:恩恵を受け取り、半月でレベルアップ。最初偉業はインファントドラゴンの強化種の撃破。二ヶ月後、アンフィス・バエナの水上討伐。
九歳:八ヶ月黒竜討伐に駆り出され、黒竜に魔法による傷を与える。
十~十五歳:昏睡
十七歳:アルフィアの撃破
十八歳:腐り始める
十九歳:ジャーガーノート四体の討伐、自戒する。友人を失う。
二十~二十四歳:原作開始までダンジョンに潜るもランクアップせず。


 

「団長団長、【ガネーシャ・ファミリア】との定期連絡行ってきました! 詳細、この羊皮紙にまとめてあります!」

 

 黄昏の館の一室にやってきたラウルがフィンに報告しにやって来た。それに受け答え彼を見送ったロキ・ファミリアの主戦力三人組……フィンが彼に年齢を尋ねた事をリヴェリアが追求する。

 

「他意はないかな。ただ……少し麻痺してると、ふと思ってしまった。僕達……ようはロキ・ファミリアの頭が。この無法地帯が続く暗黒期に、成人もしてないような子供まで駆り出さなくてはならないこの状況が」

「致し方ない……と済ませていい問題では確かにないな。だがアキと同じくラウルは裏方だ。前線などで戦わせているわけではない」

「【アストレア・ファミリア】の面々もラウル達と同じ年齢の筈だよリヴェリア。それに若いと言ったらシャルルもそうだ」

「彼等を持ってくるのは反則だフィン……あの子達は特別。優れた戦闘経験を持ち何より信念を持っている。それにシャルルはヘラ・ファミリアから託された英雄だ」

 

 その後、ガレスもツッコミを入れ暫く他愛のない話が続く。

 フィンはその後、【ガネーシャ・ファミリア】との定期連絡をまとめた羊皮紙に目を落とし、再びリヴェリア達と会話を交わす。闇派閥(イヴィルス)の動向を考察し、各々で相手の目的を探っているとその一室に彼等の主神であるロキがやってきた。

 

「フィンー、リヴェリアー、ガレスー、話し合いの途中すまんけど、ダンジョンでまた『冒険者狩り』が出たらしいでー」

「またか? 地上でも地下でもことごとく……全く見境のない連中よ、これも嫌がらせの一環か?」

「フィン、向かうか?」

「いや、そっちは必要ないよ。もう来る頃だと思ってたからね――彼女たちとシャルルに任せてあるからね」

 

 そして場面は変わりダンジョンへ。

 本来なら闇派閥が暴れ数多くの死者が出来ていたはずのこの現場……そこには敵にとっての惨状が広がっていた。

 

「うわわぁぁぁぁ!?」

「りゅ……龍殺しだぁぁぁ!」

「何故あいつがここにいるんだ地上にいるって話だろ!」

「に、逃げろぉぉぉ空から剣が降ってくるぞぉぉぉぉ!」

 

 最初はダンジョンにやってきていた冒険者達が逃げていたもののシャルルが来た事により状況は一変。

 闇派閥が逃げ惑い、遅れた瞬間に剣によって気絶させられる。空を飛びながら聖剣を顕現させ降らせる彼はさながら魔王のようだった。

 

「遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ! 龍殺し、シャルル・ファルシュ此処に参上! 刃は潰してあるから死なずにすむぞ、勇気ある者はかかってこい……ま、触れたら凍るけど」

「何故逃げるのですか! 彼は一人、数で攻めればどうということは!」

「それは悪手です。数で攻めても意味が無い。それと彼を攻撃させるわけないだろう阿呆」

 

 ヴィトーという闇派閥のメンバーは想定とは全く違う光景に激昂し、彼に攻撃を繰り出そうとする……だが、その瞬間輝夜によって止められた。

 

「それにしてもまた当たったな、フィンの読み! まじどうなってるんだアイツの頭! マジで結婚してやってもいいぜ、一族の勇者様ぁ!」

「超絶無理に決まってます、貴方のような狡い小人族などと。夢と現実の区別をつけてくださいまし――あと五月蠅いから黙れ」

「そういうお前こそ、シャルルに相手されてないだろ。知ってるぜ、アイツの前だといつもより猫被るってぇ!」

「――てめぇ潰す」

「やってみやがれ極東の姫がぁ!」

 

 恒例の【アストレア・ファミリア】の漫才に顔を引き攣らせたヴィトーが尋ねる。

 この状況でふざけられる事は彼の堪忍袋の緒に障ったらしい……かなりの怒気を滲ませながら彼女らの正体を聞いた。

 

「非道な行いを見過ごすわけがない、私達は正義の味方よ! まあ殆ど終わっちゃったけどね」

「正義……あぁ、【アストレア・ファミリア】の。それにあれが正義? 何を仰るのですか、あれは蹂躙、ただの暴力。ご大層な信条を掲げる愚人の方々は正義と暴力の区別もつかないのですか?」

「安心しろ、我々が愚人なら貴様等は屑だ。それにシャルルは貴様等と違って誰も殺さん、そんな事も分からないのかこの愚物」

「……ッふふっ正義の味方だというのに、随分とまぁ口が悪く容赦がない。聞いていたより面白い方々のようだ」

 

 輝夜の毒舌が火を噴き、ヴィトーは青筋を立てながらも言葉を返す。 

 面白いという割には殆どのメンバーが潰されてしまった事に焦っているのか、その表情に余裕はない。

 

「もう降伏しなさい。冒険者狩りなんか意味が無いわ」

「意味が無い……? 貴方たちは、美しいものを観るのに、理由を必要としますか? 澄み渡る青空を仰ぎ、色とりどりに咲く花を愛でたい……私の欲望はそれと同じです。この愚かで不完全な世界で……最も鮮やかな色を誇る血というものが見たいだけ!」

「破綻してるな……だが残念だったな。彼がいるなら───血は流れない」

「ッ黙りなさい」

 

 武器を構えたヴィトーは怒りを顕わにしながらアリーゼ達に攻撃してきた。

 それにそっちの方が分かりやすいと答え、アリーゼも会わせるように武器を構える。

 

「貴方は一生牢獄にいた方がいいわ、私が決めた今決めた!」

 

 そして始める戦闘。

 言動から三下だと思われたヴィトーは善戦し、アリーゼ達とやり合うことが出来た。

 だがこの間にも数多くいた闇派閥のメンバーは次々と凍獄されていき、氷塊へ……生きてはいるものの暫くは氷の中であろう。そしてすぐにこの場所に剣が飛来する。

 その剣の後ろからリューがやってきた事でヴィトーは二桁にも満たない仲間達と共に撤退した。

 

「大丈夫ですか三人とも」

「大丈夫だ。幹部は逃がしちまったがな。で、そっちは?」

 

 パンパンと埃を払いながらリュー達の報告を聞くライラ。

 それに少し得意げな顔でリューは報告を始める。

 

「逃げてきた冒険者も最初に襲われた冒険者も全員無事です。それどころか数十名の闇派閥のメンバーを確保できました。完全とは言えませんが勝利とは言えるでしょう」

「つけあがるな、何故自分の手柄のように報告している。遠目で見たが戦果はほぼシャルルのものだろう」

「ッ……! 訂正しろ輝夜、私だって何人も救った。それに私がいなかったら危なかったと彼は言ってくれたぞ」

「……表出るか? 糞雑魚妖精」

 

 そしてまた始まる喧嘩、それを横目に呆れるアストレア・ファミリアの面々。

 死者がいないと言うことでいつもより気が楽な今回の戦。

 

「輝夜、お前がシャルルに憧れて冒険者になったのはいいけどよ。たまには褒めてやろうぜ? それともあれか、嫌よ嫌よも好きのうちってやつか?」

「それだけは訂正しろ、いくらライラでも許せん」

「はいはい、喧嘩しない。どうせ彼もあそこにいるんだしちょっと寄り道していきましょ?」

 

 パンッと手を叩いて意識を自分に向けさせた。

 そして自分達が好きな景色の場所へ行こうと提案し、皆を連れて歩き始めた。

 

「んーここは変わらず綺麗ね! っと、シャルルー先に来るなんてずるいわよ」

 

 伸びをしながらやってきたアリーゼは木陰で休むシャルルを見つけてはそう言った。

 ここは天井の光によって出来た木漏れ日が差し込む水晶の森……十八階層を探索していた時にアストレア・ファミリアが見つけて足を運ぶようになった大切な場所。

 

「さぁ、二人ともここの空気を吸い込んで! ほらほらシャルルも」

「何で俺もだよ……てかお前等、またここに来たのか? それとリューの顔……喧嘩したな」

 

 巻き込まれて事でそんな事をツッコんで、リューの顔を見て察したシャルルは安心したような顔をする。呆れもほんの少しだけ混じっている気がするも、その顔から見れるの安堵だった。 

 

「喧嘩はしてませんわ、いつものようにエルフ様が突っかかってきただけです」

「そうか、いつも通りなら安心したよ。それよりさ、皆が無事で良かった」

「ふふん、私達なら当然よ! で、シャルルは何しにここに?」

「別に用はないぞ? ただ綺麗な景色が見たかったってだけだ。それと墓の下見?」

「シャルル? 貴方は何を言ってるのですか!」

 

 何があるわけでもなくそんな事を言ったシャルルに突っかかるリュー。

 冗談のように言ったその一言だが、彼女は真面目に受け取ってしまったらしい。

 

「ほら、俺は冒険者だろ? 少し人より強いとは言え、冒険してればいつかは死ぬ。それに俺って結構波瀾万丈な人生だったしさ、死んだ後ぐらいはこの綺麗な場所でゆっくりしたいと思ってさ」

「いいな、それ。モンスターさえいなければここに家でも建てようと思ってたが、墓もいいな」

 

 シャルルの意見に最初にライラが賛成し、この場に来ていたアストレア・ファミリアのメンバーが同意する。最後に輝夜が乗ったところでリューが声を上げる。

 

「青二才エルフめ、お前は死ぬ覚悟が出来てないのか?」

「そ、そんな事はない……そんな事は、ないが……そうだとしても私はそんな日訪れて欲しくない。私はこのときを守り続けたい。だから冗談でもそんな事を言って欲しくない」

「そっか、じゃあ死ねないな。安心しろリュー、俺は老人になるまでは生きてやるよ。なんなら約束するか?」

 

 リューの願いにすぐに答えたシャルル。

 彼は何でもないかのように指を出し、指切りを求めてくる。

 

「リューだけずるいわ、どうせなら皆でやりましょ!」

「待てそんなに俺の指はないぞ?」

「いいからいいから!」

 

 

 ◆  ◆  ◆

 

 

「何をしている?」

 

 オラリオの城壁の上に黒衣の男と女が佇んでいた。

 女の問いに男は答える。

 眺めていると――懐郷だと。

 

「そうか。それでどうだった、見逃していたようだが手応えはあったか?」

「蟻だった。それと話は変わるがアイツはいなかったぞ、俺が来れば姿ぐらい見せると思ったが」

「彼ならダンジョンのようだ。相も変わらず戦っているらしい――本当なら私は姿を見せたいがいないのなら仕方ない」

 

 彼女の答えに珍しく眉を動かした黒衣の男は驚いた様にこう続ける。

 

「意外だな、お前なら会いに行くと思ったが」

「私は私でやることがある。それに今ではない――彼に会うならもう少し着飾る時間を寄越せ」

「会いに行けばいいものを――知っているぞお前はアイツの寝顔写真を持っていると――」

「誰から聞いた?」

 

 その言葉と共に放たれるのは高速拳骨。

 超短文詠唱より早いそれは男の腹を的確に撃ち抜いた。 

 

「ゼウスだゼウス、それと戦う前から消耗させるな」

「仕方ないだろう、女には準備というのが必要なのだ」

「……今更だが覚悟はいいのか?」

「愚問だな、私は踏み台だ。腐った彼を救うためならこの命惜しくない――だが、準備はさせろ。女にした責任を取らせるつもりだからな、私は」

「……やはり重いな、アイツが不憫でならん」

「もう一回喰らうか?」

「遠慮しておくぞ……」

 

 そこで会話は途切れ、二人はオラリオの全体を見やった。

 これから行われる殺戮を思って、何より……自分達が願った英雄の成長した姿を想って。



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