迷子AGEのハンター日誌 (Sillver)
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第1章 AGEからハンターへ
1頭目 迷子属性が高いとこうなる


 何かが迫り来る。強大で畏ろしくも哀しく、狂おしく『何か』を探して。呼び声がする。酷く、切々と。その様子はまさに荒ぶる神そのもので、いつも私が神機で倒しているアラガミとは違う『ナニカ』だった。不意に目が合った、と思ったら語られたその言葉が何だか分からないまま、目を覚ました。

「『私達を鎮めよ』」

 

「んー??ここは何処??寝てたのに普通の服??こんなに自然豊かな所って大渓谷くらいしか知らないけれど……。はて??」

 

 目を覚ましたら見知らぬ自然豊かな場所にいました。なんてバガラリーくらいしかないと思ってた時期が私にもありました。いやいや、訳分からんよ?なんでこんな所に?というか、腕輪どこ行った?そんでもって、普段の出撃時の格好なのなんで?

 

「腕輪、綺麗さっぱり無くなってるなぁ。かと言って話に聞くアラガミ化の兆候は無し。どーなってるんだか」

 

 綺麗に腕輪の所だけ日焼けしてない。なんてこった。めっちゃ目立つ。腕輪は無くなったのに、メガネやら通信機器やらは無くなってないのも謎だし。そもそもクリサンセマムの乗組員室で寝てたのになんでこんな所にいるのかというのもある。

 

「とりあえず、アラガミ化した時はもーしゃーないから諦めるとして。大渓谷にしてはなんか可笑しい。灰域濃度が低い感じがする。というより、喰灰がない??」

 

 元々、根無し草みたいなものだ。理不尽には慣れてる。ただ、こんな訳の分からない現象に巻き込まれている以上、他の皆が無事である保証は無いかもしれない。内心、そんな覚悟を固めた。

 嫌な覚悟を固めた心とは裏腹に空は澄み渡っている。遠くに見える灰嵐の様子もない。何より、肌を突き刺すようなビリビリとしたものがない。

 本当に現在位置が分からないまま、一先ず通信を試みる。が、頼みの綱の通信は繋がらなかった。

 

「デスヨネー。うん、知ってた。物語では大抵こういう時に通信機器持ってても繋がらないもの」

 

 とりあえず、辺りを探索する。その結果、どうやらここは滅んだ人里らしいことが分かった。昔の極東地域で見られた『寺』や『神社』と言ったものが無数に建造されていた場所らしい。

 

「んー、けどミョーなんだよなぁ。なーんか、まだここ人がウロウロしてるっぽい。鋭利な刃物で切られた跡があるし」

 

 鋭利な刃物で切られたらしい草が点在している。切り口はとてもきれいで、あえて一株だけ残すというような形だ。これは明らかに全滅させないための工夫だった。

 そのまま、人の痕跡を辿っていくとツタの生えた崖を見つけた。近くにはパッと見綺麗な水の流れる川もある。

 それなりに太陽が移動するくらいには時間が経ち、喉が渇いていた。ドキドキしながら水を掬って口に含む。どうやら、見た目通り綺麗な水のようで、そのまま勢い良く渇きが癒えるまで飲む。

 暫くして、ひと心地が着いたところで目の前の崖のツタを眺めた。そして、引っ張ってみる。存外、丈夫なものらしく体重をかけても大丈夫そうだ。

 

「バースト状態での2段ジャンプとかダイブでも上には届かないだろーし。そもそも、神機ないし。アラガミの気配もないし。覚悟決めて登りますかー」

 

 よっこらせとツタに手をかけた瞬間、ゾクッとする。この感覚は――殺気。弾かれたように振り返る。そして、無意識のうちに神機を構えようとしてないのに気が付く。歯噛みしながら警戒を解かないまま索敵する。そして視界の端に動くものをとらえた時。

 

「動かないでくれるかな?」

 

 穏やかな声に似合わず、物騒なモノを突き付けられる。そのひやりとした感触に、首へと刃物が突きつけられている事を悟る。

 焦りを隠しつつ何もしないことをアピールするために両手を上に上げた。というか、見知らぬ場所なのに言葉が分かる事に安堵した。極東地域ならば、言語が違う可能性もあったし。

 

「君は何者かな?見たことの無い服を着ているけれど。ここになんの用かな?」

「何の用、と言うと何も無く。ただの迷子です」

「ただの迷子、ねぇ。ここいらには危険なモンスターがウロウロしているのに、丸腰で?」

「ええ。どうやら彷徨っているうちに何処かへ落としたようで」

 

 刃物を突きつけられたままの応酬。モンスターがなんなのか分からないまま応える。世界にアラガミは居ても、『モンスター』などは空想の産物だった。……そんなのよりもアラガミは恐ろしいのだから。ずっと腕を上げているのにも疲れたなと思いつつ、とりあえず振り返ることにした。

 急に動いたから、向こうが刃を引くのが間に合わず首が少し切れる。ちょっとした痛みと出血にポーチを探る。が、案の定回復錠はなかった。

 向こうは私が急に振り返りポーチを探ったからかとても驚いていた。まあ、首が切れるのも構わず振り返ったりポーチをゴソゴソする奴はあんまりいないだろうしね。てか、私良く斬られなかったな。なんでだ。斬られると思ってたのに。

 振り返った先の人物は、忍者のような格好で顔に傷跡のある人物だった。普段は優しい表情をしているのだろうが、今は厳しい顔だ。

 

「ずーっとさっきの体勢というのもどうかなって思ったもので。あと、切れて痛かったから傷薬を探していたの。まあ、そのへんも落としたようなんですが。ごめんなさいね」

「……とりあえず、これを」

「これは?」

「回復薬だよ。その程度の傷ならそれで治る」

「おや、ありがとうございます」

 

 脅して誰何してきた割に回復薬をくれる優しさ。別に傷をつけたい訳じゃなかったようで安心した。多少の毒には慣れているから液体タイプのそれを躊躇せず飲み干した。なんなら、今の私は丸腰だ。手にした双剣で切り伏せることも可能なのだから毒を渡す必要も無いという考えもあった。

 

「……青汁みたいな味だー」

「余裕そうだね」

「まあ、刃物突きつけられるような人間ではないと思ってますから」

 

 のほほんとしていると、痛みが消える。手で触ると無事に傷が塞がったようだ。……F制式士官服、襟の内側が黒くて良かった。でないと、赤くなっていただろうから。

 少し考え込むような素振りを見せている御仁に問いかける。私の処遇で悩んでるんだろうけれども、迷子なので道は教えて欲しいところだ。

 

「……」

「どーしました?」

「そこでじっとしてて」

 

 そう言って、双剣をひき指笛を鳴らしたかと思うと何やら動物が飛んできた。とても可愛らしい。旧世界には居たとされるフクロウだろうか。御仁はそのフクロウに何やら持たせると飛ばした。この場所での通信方法だろうか。

 暫く、無言で見つめ合う。双剣の御仁は私の服やら耳に着けたヘッドセットなんかが気になるらしく、結構じーっと見ていた。いい加減、名前も知らないのはどうかと思って名乗ってみた。

 

「……不毛な探り合いは嫌なので、とりあえず名乗りますね。私はシルバー・ペニーウォートと言います。ミナト・クリサンセマム所属の対抗適応型ゴッドイーター、通称AGEです」

 

 すると、どうしたことか双剣の御仁は首を傾げた。なんでだ。エルヴァスティの奇跡って結構あちこちで話題になってなかったっけか??

 それともあれか。私は知らぬ間にクリサンセマムの守護神だのハウンドの鬼神だの言われて天狗になってたんだろうか?

 

「……よく分からない言葉が多くてね。俺はカムラの里のウツシだ」

「……例えば、どの言葉でしょうか?」

 

 どうしよう。本格的にどうしよう。カムラの里という地名に心当たりがない。なんだかんだローカルデータベースしか閲覧出来ず旧フェンリルの巨大ネットワークに繋がらないと言っても世界地図くらいはあった。

 これでもしも__。

 

「申し訳ないが、『みなと・くりさんせまむ』や『対抗適応型ごっどいーたー』とは何かを教えて貰えないだろうか。聞いたことがないんだ」

 

 嫌な予感というものは、ことごとく的中するものらしい。そして、この出会いが私の今後の人生に大きく関わるとは思いもしなかったんだ。




2022/07/30 表記ぶれを修正しました。


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2頭目 カムラの里へ

章分けのために話タイトルを改題しました。


 暫くして。ウツシさんが飛ばしたフクロウらしき生物が戻ってきた。どうやら、先程教えてくれたカムラの里からの返事のようだ。

 

「色々確認をしたかったんだけれど、里長からの指示が届いた。君を里まで連れてくるように、と」

「おろ、いいんですか?」

「そんなに悪い人ではなさそうだしね。それにーーいや、これは里長から聞いた方がいいだろう」

 

 そんな会話をしつつ、私はウツシさんに連れられてカムラの里へと移動することになったのだった。

 

「あの大きな丸いのなんですか?」

「ハチミツだけれど……」

「なんと、甘味の王様!!」

「……」

「?」

「待ってて」

 

 中々お目にかかれない甘味にとてもテンションが上がる。その様子を見ていたウツシさんは人が良いようで、ハチミツを取ってくると私にくれた。ミナトではそうそう手に入れられなかった甘い物に物凄く顔が綻ぶ。ポーチに上手いことしまっておく。諸々落ち着いたら食べよう。

 そんなやり取りから2-30分経っただろうか。目の前に大きな門が見えてきた。先程の場所で見た建造物と同じ構造のように見える。文化的にはやはり、ここは極東地域なのだろうか。私がいたのは欧州地域だったはずだし、まだ超長距離対アラガミ装甲は完成していなかった。正確には、作れる技術と理論は完成していたが。というか、寝てたのに本当にどうしてこんな所にいたのやら。里長さんは何か知っているのだろうか。つらつらと考えながら、ウツシさんについて行く。大きな朱塗りの橋を渡り、大きな煙突から火が吹き出ている建物の前にその人は居た。

 渋みのある深い青の鎧に、年月を経て色々な苦楽を刻み込んだ顔のしわ、年齢による衰えを感じさせない筋肉。ひと目で手練れだと分かる。背負われた双剣も丁寧に手入れされているのが柄巻から分かった。ウツシさんも似たような鎧を身につけていたけれど、何だか格のようなものの違いを感じた。

 

「よくぞ参られた、お客人。わしはこのカムラの里で里長をしているフゲンという。何やらお困りのようだが話を聞かせてはもらえないか」

「ウツシさんからはどのようにお聞き及びで?」

「明らかに獲物を持っていることを前提とした武の心得がある動きなのに、何も持っていない不審者だ、と。そして、迷子と自らを称していると言うように聞いている」

 

 やっぱり、その辺りは見抜かれていたらしい。まあ、仕方ない。不審者扱いにはちと物申したくなるが。迷子なのは本当だし自分から言っているから問題ない。

 

「とりあえず、不審者ではなく迷子です。先程こちらに向かう際にウツシさんに名乗りましたがフゲンさんにはしていないので、しますね。私はミナト・クリサンセマム所属の対抗適応型ゴッドイーター、通称AGEのシルバー・ペニーウォートと申します」

「『みなと・くりさんせまむ』、『対抗適応型ごっどいーたー』とは?そのようなものは聞いたことがない。ゴコク殿、聞いたことは?」

「んー、無いでゲコねぇ」

 

 後ろから独特の語尾の声がして振り返る。そこには耳が尖り、ふくよかな体型をしたご老人がいた。この人も偉い人なのだろうか。ずっと黙っていたウツシさんが少し驚いている。

 

「ただ、この感じだと嘘はついてないゲコ。もしかしたら、昔でいうところの神隠しにでもあったんだと思うゲコ」

「おぅふ……。いくら荒ぶる神々を喰らって来たからと言ってもあんまりじゃないかなー。てことは何ですか、ここは別の世界だとでもいうのですか。ひどい話だ」

 

 まあ、予想してなかったと言えば嘘になる。見たことのない植物、愛らしい動物。何よりも、普通の人間がなんの装備もなしに外に出ていて生きていられる。これらは私の居た世界では有り得ない。あの世界は荒廃しきり、世界をまとめていたフェンリルも壊滅した。今はグレイプニルがフェンリルに変わり世界をまとめている。そうでなければ、無法の地となっていたであろう。

 そして、なにより。ヒトよりもヒトの天敵であるアラガミに近しいAGEを知らず、こうして恐れられないというのは世界が違いでもしない限りおかしい。

 

「……んー、どうしたもんかなー」

「行く宛てはあるのかい?」

 

 困ったなぁという感じでんーんー唸っているとウツシさんが聞いてきた。無論、世界単位で迷子になっているというミラクルの関係上、身分を証明するものも何も無い。当然、行く宛てもあるはずはなかった。

 

「行く宛てないですねー」

「……里長、ゴコク様」

「うむ」

「いいと思うでゲコ」

「?」

 

 ウツシさん、フゲンさん、ゴコクさんが目配せし合う。そして、3人の意見が一致していたのが確認できたのか、代表してウツシさんが提案をしてきた。

 

「君、ハンターにならない?」

 

 曰く。ハンターとは生態系保護や人里を守るために獣を狩る職業のことらしい。が、狩人と違うところは獣の中でもモンスターと呼ばれる特殊なものを相手にする。

 モンスターは獣よりも獰猛で、大きいものが多いらしい。

 

「なんだか、私達AGEみたいですねぇ。人々に尊敬されたりしている分、とっても素敵ですが」

「その『えいじ』について教えてくれないかな?」

 

 私の住む世界はある日突然現れた『自ら考えて喰らう』細胞、オラクル細胞によって捕食されている。オラクル細胞はある一定の偏食性を個々に持ち、同じ偏食傾向を持つ細胞達はひとつの生き物のような形を取るようになった。人々は極東地域の荒ぶる八百万の神に例えてオラクル細胞の群体を『アラガミ』と呼ぶようになった。そして、荒廃していく世界の中でも生きていくために人々はヒトの身体にオラクル細胞を移植し、人工のアラガミである神機を手に戦う存在、ゴッドイーターを生み出した。

 しかし、そこにさらなる厄災、灰域(かいいき)が広がった。私達の住む世界はこの灰域で覆われている。大気中を漂い、接触する全ての構造物を喰らって灰へと変えてしまう。発生直後から爆発的に広まり、今なお拡大し続ける「目に映らない霧」。この霧の捕食対象は構造物に留まらず、人やゴッドイーター、アラガミすらも例外ではない。灰域濃度の比較的低いエリアですら、普通の人であれば10分も持たず、さらにゴッドイーターでも長くその場に留まれば死んでしまう。通常時は目に映らないこの霧も空気中の濃度が濃くなり、嵐のようになる灰嵐(かいらん)と呼ばれる現象でその姿を目にすることが出来る。

 AGEとはゴッドイーターですらも死んでしまう灰域の中でも行動ができるように調整された偏食因子を投与された対抗適応型ゴッドイーター。灰域に対する強い耐性を持ち長時間潜行することが可能で、灰域の発生と共に出現した新たな『灰域種アラガミ』に対抗するために高い感応能力と戦闘力を持つ。

 私達AGEは、「従来型ゴッドイーターよりアラガミに近い」存在とされている。神の名を冠する人類の敵に。既に、世界はアラガミに捕食され大部分の都市文明は滅んでいる。通常兵器が全く効かないこの敵と同じ存在と見なされる。自分たちの敵(アラガミ)と戦わせておきながら。ヒトとして扱われることはない。

 そんな生き残った人やゴッドイーター、AGEが暮らす拠点をミナトという。まあ、AGE達にとっては牢獄だったりするのだが。

 

「……とまあ、そんな感じであんまりいい扱いを受けていなかったんですよ」

「そうか……」

「まあ、こうして有難い話を頂いたことですし精一杯働きますよ。幸いにして、何かを『狩り喰らう』のは共通しているようですし」

 

 立ち話にしてはかなり重い話をしてしまった自覚はある。が、これを話さずにAGEが何たるかは伝わらないと思った。沈痛な面持ちの三人を見る。優しい人たちのようだ。そんな顔をさせたいわけではなかった。

 

「そんな顔しないでください。そんな環境下でも生きていたし、『私達は死なない。絶対に』って約束していますから」

 

 暫く沈黙が落ちて。口を開いたのはゴコクさんだった。

 

「ギルドに連絡して登録するための手続きをするでゲコ。ただ、時間がかかるからその間ウツシにでも師事してこちらの武具等に慣れて欲しいゲコ」

「ゴコク様、お願いします」

「ゴコクさん、ありがとうございます」

「では、俺は里の皆に知らせておこう」

 

 働くことが出来るのであれば、何とか生きていけるだろう。住むところは……。うん。お金がたまるまではどこぞで野宿かな。そうと決まればどこかいい場所を見つけないと。さっきの跡地は建物のガワは残っていたから雨露はしのげるだろう。颯爽と立ち去ろうとすると、ウツシさんにストップをかけられた。

 

「待った待った、どこへ行こうとしてるの?!」

「え?さっきの人里跡ですよ。住む場所もないですし、家賃払おうにも今は無職ですし」

 

 あそこなら、人が放棄してるから家賃かかりませんからねーとケラケラ笑いながら会話は終わったし暗くなる前にたどり着こうと動き出したら腕を引かれた。

 

「君はもう少し人に頼ろうね。……村の共有財産の水車小屋がある。そこを寝泊まりに使うといい」

「おや、よろしいので?」

「あのね……。よろしいも何も、武器も何も持ってない子を放り出すような人はこの里には居ないよ」

 

 カムラの里の人はどうやら優しい人たちばかりのようで、ウツシさんに連れられてあちこちに挨拶をしていくと、皆一様に「何か困ったことがあれば相談して欲しい」と言ってくれた。

 そして、借り受けることになった水車小屋でウツシさんとは別れた。

 

「ふぃー、なんか色々ありすぎたなぁ……。疲れた……。こんなの灰嵐種の相手ばりに厄介だよ……。フィム、大丈夫かなぁ。ユウゴやアインさんはきっと探し回ってるだろうし、ジークたち三兄弟やルル、エイミーはわたわたしてそーだなー。イルダとリカルドさんはあちこちのミナトに連絡とってるかなぁ」

 

 どうしてこんなことになったのか分からない。分からないけれど何かしらの理由があると信じて出来ることをしよう。そう心に決めて、壁に背中を預けると眠りに落ちた。



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3頭目 こっちの世界とあっちの世界

 壁に背を預け寝ていた私は、ふと気配を感じて目を覚ました。どうやら、招かれざる客人達のようだ。そのまま、寝たフリを続けて客人達が自分の間合いに入った瞬間に一気に背後へ回り、首を抑え両腕は後ろに拘束を掛けた。

 

「……カムラの里の人達は皆親切なんだと思っていたけれど、寝込みを襲うのがこの里の流儀なの?」

 

 客人はギルドの受付嬢、ヒノエとミノトと言う姉妹だった。私が拘束したのは、タレ目なヒノエの方だ。しかし、解せない。里で何かしらの職に就く者達はそれなりに武の心得があるようだった。何故こんな真似をしたのか。軽く威圧しながら問いかける。

 

「で?朝からいきなりノックもなしにやってきて何用ですかな?」

「御無礼の段、平にご容赦を。ゴコク様からその武を確かめるよう言われて参ったのです」

「ふーむ。ま、ハンターなる者はこの世界ではかなりの尊敬を集めているようですし、確かめたくなるのは分からなくはないですね」

 

 眠りを邪魔されて少々腹が立つものの、外を見れば十分に日は昇っている。ひとまず、ヒノエを解放した。

 

「痛めないように気を使いはしたけれど、おかしな所は?」

「大丈夫ですよ。なんの問題もありません。流石、御三方に認められただけはありますね」

「姉様……。そういう問題ですか?」

「あら、ミノトだってとっても感心していたじゃない」

 

 会話を聞く限り、痛めたりなどしていないようだ。しかも、ああいう拘束劇があったばかりだというのに普通に会話をしている。というか、感心しているそぶりもなかったのにどうやってヒノエはそれを知ったのだろう?感応現象でも二人の間で起こったのだろうか。双子だって聞くし。

 

「さて、姉妹仲睦まじくて実に良い事なんだけれど、何か他に用があるんじゃないの?」

 

 そう言うと、ミノトは思い出したと言う表情で姉を促した。ヒノエはにこやかに笑うと、誇らしげに言った。

 

「里長がお呼びですよ、シルバーさん」

 

 ざっと身支度をすると外に出る。とても天気が良かった。ふと、遠くにナニカが飛んでいるような気がして目を凝らした。すると、姉妹が振り返ってこっちだと誘導してくれた。まだ全ての位置関係を把握している訳では無いから、正直誘導はありがたい。

 何やら騒がしく、薄く開いた扉から炎が見える扉の前にフゲンさんは立っていた。なんだか、御機嫌の良さそうな表情ではなくむしろ何かしらの問題が起きた顔だ。

 

「里長、シルバーさんをお連れしました」

「ご苦労。ヒノエ、ミノト」

「おはようございます。で、何かあったんですか?」

「……恐らく、お前に関わりがあるものだと思うのだがな」

 

 そう言ってフゲンさんが見せてくれたのは一振の鎌だった。禍々しい見た目、けれど私には見慣れた感覚を呼び起こす。私が使っていたラモーレチェコに似ている。あっちはとげとげが少ないけど。刃の部分とか結構似たものを感じる。

 

「この鎌がどうしたんです?」

「これは、ダークトーメントという。その残虐性からギルドが使用を禁じた禁忌の武器なのだ」

 

 曰く。その鎌で斬られた者は想像を絶する痛みとともに息絶えるのだとか。何それ怖い。鎌使いではあるけれど、そんな怖い説明のやつはあんまり……いや、ヴァリアントサイズも大概だったわ。

 

「何より、ダークトーメントに触れただけで痛みが走るなんて聞いたことがない。昨日、神機の説明を受けたがもしやと思ってな。触れてみてはくれないか」

 

 割と怖いことを話しておきながら触れという。が、私も惹かれるものがあるのは確か。適合試験の時のように覚悟を決めて触れる。

 

「行きます」

 

 触れても、特に痛みなど何も無かった。心に湧き上がるのは安心感。大切なものが手元に戻ってきたと言う歓喜。

 

「特に痛みとかないですね。なんていうか、神機を持った時の感覚に近いです」

「やはりか……。その武器はウツシが見つけてきたのだが、昨日お主が発見された場所にあったそうだ」

「おろ?私も昨日現状を把握するために周囲を調べましたけど、その時はなかったですよ??」

 

 そう、私は確かに昨日あちこちを調べたのだ。アイテムパックの中身やら神機やらがないかを兼ねて。なのに、ウツシさんが後から調べて出てきたということは……。

 

「んー、これって不味くないですか?」

 

 もし、この調子で私の世界の物がひょこひょここっちに来たとして。最悪のケースはオラクル細胞が来る事。そうなれば、この世界は無事には終わらないだろう。

 

「そう思って、ギルドを通じて新大陸や現大陸に問い合せたところ、古代竜人が有益な情報をくれたのだ」

 

 たまに世界規模で迷い込んで来る人やモノは稀にあるそう。ただし、世界の境界を超えるときに移る世界に致命的に害のあるものは無害なものへと変換されるか消失するんだとか。そうでなければ、ある程度元の性質を残し既にあるものに近いものへと変化する。

 

「どーりで、偏食因子を投与する腕輪が無くなっているし体内のオラクル細胞が減ったというか存在している感じがしないはずです。ついでに、常に持ち歩いてる回復アイテムだのなんだのも無くなってたのも境界を超えるときに無くなったんですね」

「恐らくは」

「はー……。とりあえず、オラクル細胞がこっち来ることはなさそうで安心しました。……この武器どうするんです?もし、神機の性質を残しているのならば適合する人じゃないと触っただけで痛みや恐怖、その他宜しくないものを感じるかと。本来の神機であれば適合者以外が触れると喰われてしまいますが、幸いにしてそういった凶悪性は変換されているようです」

 

 諸々の懸案事項が片付いたので、手に握ったダークトーメントを眺めながら問いかける。純粋に命を奪う為だけの鋭い刃先。誰もが想像する死神が持つ武器の形。

 ギルドが使用を禁じたといえど、特別な許可があれば使えるそれに変化した私のラモーレチェコ。

 

「どうするも何も、持ち主がいるのだから返すぞ?ギルドにはゴコク殿から連絡しておいてもらおう」

「ありがとうございます」

 

 一通り、武器に関しての話が終わって今度は私の話になった。どうやら、私は現在見習いハンターという事になっているようだ。故に、ひと月程はウツシさんについてあれこれ習うことになるようだ。

 例えば、鎌の扱い。こちらでの鎌は太刀と言う区分になるそうで、振るい方も変わってくる。何よりも、カムラの里独自の技術である翔蟲(かけりむし)や操竜を学ばなくては狩猟に出る事は許されない。……虫、苦手なんだけれど大丈夫かなぁ。現物を見て何をどうやっても無理だったら相談してどうにかしよう。

 

「とはいえ、その武器の使用許可はまだ出す訳にはいかないんだ」

「と、言いますと?」

「その武器はある程度の実力とギルドへの貢献が認められたハンターが審査を経て初めて扱えるものだからね。変化前の武具の持ち主が君だから、持つこと自体に文句を言わせたりはしないんだけれど。こちらの世界の規律の為に使用許可はまだ先になると思って欲しい。他の事情を知らないハンターから君を守る為にも」

 

 前言撤回。ひょっこり顔を出したウツシさんの説明ですぐに使えると思ったダークトーメントはしばらく使えないようだ。……まあ、向こうの世界でも自身の強さによって作れる武器は変わっていったから仕方ない。変化する前の神機が、直前まで使っていた私のラモーレチェコならば、そうなるのも仕方の無い話だ。ヴァリアントサイズの中では最高の威力を誇るものだったし。そこから更に強化を続けていたし。

 

「さて、と。シルバー、君はどのくらい動ける?」

「それなりには動けると思いますよ」

「ふーむ」

 

 これに関してはひとまず修練場という所で見てもらえることになった。そして、カムラノ太刀という初心者ハンターに渡されるモノを装備する。こちらにもスキルという概念があるらしく、武具や防具は装備しないと意味が無いそうだ。

 

「今日のところは、翔蟲と大翔蟲(だいかけりむし)、オトモアイルーとオトモガルクの紹介と雇用をしようか」

「……お金、無いですよ??いえ、あるにはありますが向こうの世界のですし」

「ハンターになると支度金が貰えるんだ。だから、大丈夫だよ」

「良かった……」

 

 そんなこんなで、私はウツシさんに連れられて修練場へ向かったのだった。



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4頭目 修練場にて

 オトモ広場と呼ばれる所を通り抜けて、桟橋へ。少し船に揺られて辿り着いた場所は、湖に浮かぶ島、その洞窟の中だった。そして、狭く短い洞窟を通り抜けるとそこにはカエルのような形をしたものが中央にあり、崖に囲まれ空が見え周囲には櫓らしきものや動く的がある正しく「修練場」だった。ペニーウォートでは修練場なんて気の利いたものはなく、訓練と言いつつアラガミを相手にフォローもなく実戦で生き残らねばならないと言うものだった。そのような事を思い出しつつ、カエルの様な物を眺めているとウツシさんが手招きをしたので近寄る。

 

「ここは修練場。新米ハンターの訓練、一人前のハンターが使い慣れない武具や新調した武具なんかに慣れるための場所だよ。ここは、ハンターであれば誰でも使えるんだ」

 

 カエルのようなものはそのままからくり蛙と言って、動かない的から様々な動きをして回避やガードの練習相手になってくれる。動く的は弓やライトボウガンと言った向こうでの銃のような物をメインに扱う「ガンナー」という存在のためのもののようだ。逆に、私のように太刀や槍などをメインに扱う人は「剣士」と呼ぶ。……太刀使いと登録されているけれど、実の所私は鎌使いなんだよなぁと思ったのはここだけの話。

 

「あのからくり蛙に君の動きを見せてくれないか?ひとまず、動かないようにしておくから」

 

 ウツシさんに促され、今だけという事でダークトーメントを受け取る。構えて動かないカエルをアラガミに見立てて一通り向こうの世界での動きをやっていく。物理的に無理なダイブは諦めた。あれは、盾がないと出来ないし。仮想敵には灰域種アラガミ、バルムンクを選ぶ。

 仮想バルムンクの動きを思い出し猫パンチを避けるべくステップ。そのまま薙ぎ払い、縦斬り袈裟斬り。捕食行動は出来ないけれどいつもの流れをなぞっていく。バースト時に出来る特殊な攻撃、バーストアーツの動きを再現する。ステップをしながら横薙ぎに斬ることで具現化した三本の爪痕が敵の体力を奪うブラッディクロー。

 ダウンした仮想バルムンクに大ダメージを与えるべく、ジャンプをして一回転する。そうする事で威力を上げるディストピア。ただの横薙ぎではなく攻撃した相手の体力を奪うソウルイーター。

 離れるバルムンクにヴァリアントサイズだけしか行えない技もやっていく。本来であれば伸ばした鎌で円を描くように周囲を薙ぐラウンドファング。そのまま縦切りのバーティカルファング。最後に刃を自分へと引き寄せるクリーヴファング。もちろん、この辺りの技は神機の特殊機構が絡むため動きをなぞるだけだ。本来であれば神機が伸び縮みして色んな間合いで戦う。そういった機構がない故に起こるどうしようもない違和感以外はダークトーメントから来ない。

 機構がない違和感も、型をなぞるうちにだんだんと慣れていった。捕食ができないし必要ないというのには少し慣れるのに時間がかかりそうだけど。この捕食自体が私の攻撃行動に組み込まれていたのだから仕方の無いところではあるが。最後に、仮想バルムンクにトドメを刺して残心。

 普段の動きを見せ終えた後に思う。このダークトーメントは手に馴染む。神機とは根本が違うと言えどもだ。変化したラモーレチェコだから当然と言えばそうだが。重心すら私にあっている。渡されていたカムラノ太刀は重心の調整が必要だったのに。

 動きを見ていたウツシさんが残心の終わった私に感想を言った。なんだか、ちょっと悲しそうな顔をしている。なんでだ。あれか。型もへったくれもない喧嘩殺法でこれから先の事を思って絶望しているとか?……有り得る。

 

「なんて言うか、本当に実戦で身に付けた動きって感じだね」

「でしょうねぇ。順応プログラムとは名ばかりで生き残れなければ死あるのみでしたから」

 

 生き残れなければ、容赦なく灰域に置き去りにされアラガミに喰われて死ぬ。運良くアラガミから逃げきれても偏食因子が切れてアラガミ化して死ぬ。そうならなかったとしても灰域に呑まれて死ぬ。常に死がそこにあった。全く、クソッタレな職場だ。思わず思い出して遠い目をしていたら勘違いさせてしまったようで、ウツシさんが何やら覚悟を決めたような顔をしていた。まるで、元の世界にカチコミでもしそうな感じの。

 

「ここではそんな事は絶対しないしさせない。……何か動くときは絶対に相談してね?」

「あはは、大丈夫ですよ。今は高潔の花が私達を守ってくれてますから。それに、ここに来る前にその状況もどうにか改善したので」

 

 あの混迷しきっている状況で、人命救助を即断する。その志の清らかさに私達は救われた。だから、今も夢を追い続けている。こんな良く分からない状況下でさえも。エルヴァスティの奇跡は、イルダに出会えたからこそ起こり得たんだ。

 

「まあでも。なんだって世界規模の迷子になったのか分からないので暫くはお世話になります」

「うん、よろしくね。愛弟子よ!」

 

 ……どうやら、よく分からない琴線に触れてしまったのか愛弟子になってしまった。いやまあ、これからお世話になるのだし間違ってはいないのだけれども。この人、いい人すぎてだまされたりしないだろうかと心配になった。

 

「さあ、愛弟子よ!君が先ほど行っていた後ろに下がってから斬るというものだが__」

 

 曰く。太刀の立ち回りはカウンターやこの里独自の武技である「鉄蟲糸技」により錬気……説明を受けた感じ私達AGEやGEのバーストっぽい。これにより自己を強化しつつ戦うのだそう。その中のカウンター技に、見切り斬りというのがあった。それは、モンスターの攻撃が当たる直前に下がり回避して一撃を当て、上昇した錬気により強化された気刃大回転斬りを当てるというものだった。確かに、私がよくやるステップで回避してからの攻撃に似ている。これならちょこちょこやれそうだ。

 

「さて、ちょうど鉄蟲糸技の話を出したから説明しておこう。鉄蟲糸技とは、この里の周囲に見られる翔蟲という虫を使った特別な武技のことだよ。君の言うバースト、つまり錬気にも関係してくるんだ。というのもね__」

 

 説明や実際に動きを見せてもらい、やってみる。ウツシさんが私の動きを見てお勧めしてくれた鉄蟲糸技「桜花気刃斬」。これは相手に突進しその後複数回の斬撃が入るというもの。神機に取り付けた盾を展開してアラガミに突進するダイブみたいだ。この鉄蟲糸技のいい所は、移動を伴うため危険な時の離脱にも使えることだ。

 心配していた虫が苦手だから大丈夫かというのは問題なかった。翔蟲、普通の虫と違って淡く薄い水色に光っていて綺麗だった。それに、なんだか可愛らしく思えたし。

 

「よし、それじゃからくり蛙を動かすからやってみよう」

 

 ウツシさんにダークトーメントを一度返し、カムラノ太刀を受け取る。こちらの太刀は向こうにはなかった。大剣はロングブレードとよく似ていた。ちょっとした感想を持ちつつ、からくり蛙を見る。からくり蛙は一定の感覚で四股踏みしている。それに合わせてステップ……こちらの回避を入れ肉薄。斬りつけて斬りつけて回避。肉薄した状態をなるべく保ち攻撃を掻い潜る。錬気をあげるために鉄蟲糸技を挟む。バーストなら仲間からのリンクバースト弾を受けなければLv3まで上げられないが、錬気は見切り斬りか桜花気刃斬を3回当てれば刀身を赤く染められる。この世界には「気」という概念があるのだそう。それにより、錬気も可視化している。AGEも体内のオラクル細胞の活性化具合でバーストレベルを測っているから似たようなものだ。

 そんなことを考えながら、私は斬りつけ回避していく。カウンターよりも先に回避して一撃を当てる。どうしても染み付いた癖でカウンターするよりも掻い潜り回避してしまう。私は歯噛みしながら一度離脱した。

 

「うーん……」

「どうしたの?斬れ味落ちちゃった?」

「それもありますが、どうにもカウンターが使いづらくて」

「そっちにはカウンターがなかったんだから仕方ないよ。ゆっくり慣れていこう。もしかしたら、今までの事があるから実物相手ならやれるのかもしれないし」

 

 砥石で斬れ味を回復させ、また斬り掛かる。ウツシさんの言葉に甘えて、元の世界に戻った時の事を考え太刀使いでありながらも回避主体という独特なスタイルになるのだった。

 

「うん、今日はここまでにしようか」

 

 回避主体になったものの、ある程度こちらの動きに慣れて来た頃ストップがかかった。吹き抜けになっている空を見上げると夕暮れになりかけていた。

 

「いやぁ、まさかこの時間まで頑張ると思わなかったよ。お腹すいたでしょう?なにか食べようか」

「……っありがとうございます」

「……今日は止めなかったけれど。今後は止めるからね?」

「あはは……」

 

 心配や色々なことを紛らわせるために過度に暴れていたのは流石に伝わってしまった。優しい人達だ。気持ちを汲んで止めずにいてくれたのだから。

 

「予定してたオトモ雇用と大翔蟲の紹介はまた明日ね」

「分かりました。何時からですか?」

「呼びに行くから、水車小屋に居てくれたらいいよ」

 

 了承し、うなづいた。その後、私はウツシさんに連れられてご飯をご馳走になるのだった。美味しかった。ジークの当たりご飯並に美味しかった。



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5頭目 思い出という空に浮かぶ白い雲

 昨日、自分の動きを見せるために太刀を振り回して集中していた私は時間が経つのも忘れてしまい、結局オトモを雇用することが出来なかった。今日はその雇用をするためにウツシさんと待ち合わせをしているのだが、当の待ち人が中々現れない。

 

「はて?今お借りしている水車小屋で待っててと言われたからここにいるけれども。中々来ないなぁ」

 

 ……よくよく考えれば、時間については話してなかったような気もする。太陽は南天しようかというところだろうか。困った。このままウツシさんが来られなかった場合どうしようかと思っていると何やらこちらに高速で近付いてくる気配があった。そのまま上を見ていると人影があった。逆光になってよく見えないが、恐らくウツシさんだろう。寄りかかっていた塀から離れておく。なんというか、軌道的に正面衝突しそうだったのだ。

 結果的に、正面衝突はしなかった。すごい勢いでこちらに来ていたことは来ていたのだけれど、途中で翔蟲に掴まって勢いを殺してから着地していた。

 

「やあ、待たせてすまないね。ちょっと立て込んでしまっていたんだ。早速、オトモ広場へ行こうか」

「大丈夫ですよ。昨日、時間を聞き忘れた私も悪いですから」

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 無事に待ち人が来た私は、早速今日の本題について尋ねることにした。オトモ『雇用』。そう、雇用なのである。つまり、私はあっちの世界の貨幣であるfc(フェンリルクレジット)は持っているけれどこちらの貨幣であるz(ゼニー)は持っていない。一応、支度金があるとは聞いているけれど初期装備であろうカムラノ太刀やカムラノ装を整えたらさほど残っていないはず。

 

「あの、ウツシさん。お金、支度金があるとおっしゃってはいましたがさほど残っていないのでは?初期装備といえど、武具防具はお金がかかる物です。雇用まで出来るのですか?それに、雇うのであれば継続的に賃金の支払いが必要かと思いますが」

「ああ、そうか。その辺の事をまだ伝えてなかったか。そうだね、お金の残りについてから行こうか」

 

 そういうと、教えてくれたのが以下の通り。まず、お金の残りはオトモを雇用するのに十分に足りるということ。なんでも、初めてのオトモはハンターと共に成長するために訓練が終わりたてのアイルーとガルクになるため、そこまでかからないのだそう。賃金についても、雇うといっても寝食を共にするため賃金の支払いはなく統一した家計になるそう。

 

「アイルーにガルク、ですか。どちらか一方だけでしょうから、特徴を教えてくださいますか?」

「最初はどちらか一方ではなく、両方を雇うんだよ。特徴は……実際に見てのお楽しみだね」

 

 そう言われてはなおのこと気になるけれど、ウツシさんが歩き出したため質問を一旦やめてついていく。オトモを2人も雇うことになるとは思っていなかったからちょっと驚いた。本当に2人も雇って大丈夫か不安に思っていたけれど、それは目の前の光景に吹っ飛んだ。

 

「さあ、ここがオトモ広場だよ。訓練中のアイルーやガルク、他のハンターが雇って狩猟に連れて行っていないオトモなんかもここで過ごしているんだ」

「わあ~!!」

 

 中央にある修練場で見たからくり蛙の小さいバージョンに飛びかかっていくもの、あるいは周囲に程よく残された木々に張り渡された綱や橋を駆け回るものなど、見渡す限りのもふもふ!もふもふ!オトモたちは、旧世界に居たとされる猫や犬に近い姿をしていた。その姿はとてもとても可愛らしい。

 

「ココがこの世界の天国ですか!?!?もふもふがいっぱい……!こんなもふもふ、寝子(ねこ)くらいしか見たことない!あの子はクリサンセマムでずっと寝ていて動いている所を見たことなかったけれど。こんなに可愛らしいなんて!!」

「やー、凄い喜びようだね。君がいた世界ではこういう子達はいなかったの?」

「……アラガミは、すべてを喰らいますしその戦闘力は凄まじいものです。猫や犬といったいわゆる愛玩動物は真っ先に死に絶えていきました。人々が逃げる混乱で飼い主とはぐれたり、混乱の最中でアラガミに喰い殺されたりしたそうです。今生き残っているのはほんの僅かなんですよ」

 

 この可愛らしい光景を目にしながら、言わなかった事がひとつある。それは、人に喰われた子も居るということ。爆発的に広がり文明を食い荒らしていくオラクル細胞に対抗する準備を整えていた初期の混乱で食料が足りなくなり、そういった行為もあった。ペニーウォートでも、クリサンセマムでも。その記録は端末のローカルデータベースの片隅にひっそりと残っていた。非人道的なペニーウォートでも残っていたのは、きっと生き残るためなのだろう。

 だからこそ、別の世界と言えど今の目の前の光景を守りたいとそう思った。この子達を喰らわずに済むように。喰らわれずに済むように。

 少しだけ暗い顔をしていたのか、ウツシさんが心配そうにこちらを見てきたので頭をふって「なんでもないです」と笑う。訝しみながらも、触れないでおいてくれるようでアイルーとガルクについて説明をしてくれた。

 

「まずは、ガルクから説明しよう」

「お願いします!」

「ガルクは犬のようなオトモで、アイルーは猫が二足歩行で歩いているような姿のオトモだよ。どちらも得意なことに差があるから、詳しい説明はオトモ雇用窓口のイオリくんとオトモ広場管理人のシルべさんから教わるといい」

 

 そう言うと、入口に居たアイルーと少し広場に入ったところにある木でオトモと戯れていた青年を紹介してくれた。

 

「オトモ広場管理人のシルべだニャ。ハンターさんがいない間、狩猟に連れて行っていないオトモたちを見ているニャ。安心して出かけて欲しいニャ」

 

 シルべさんは全体が黒い毛並みで口元が白く、ピンクのハチマキと法被が特徴的。他のアイルーよりも少し小柄に見えた。

 

「初めまして、僕がオトモ雇用窓口のイオリです。皆、君と狩猟に行きたくて選ばれるのを待ってるからどんな子と狩りに出掛けたいか教えてね。きっとぴったりな子を紹介するから」

 

 イオリさんは、左側の前髪を長く伸ばした青年で穏やかな印象を受ける。けれど、その動きには武の心得があるように見えた。

 

「お2人ともありがとうございます。この度、ハンターになることになりましたシルバー・ペニーウォートです。お世話になります」

「そんな形苦しくしなくて大丈夫ニャ」

「そうだよ?里のハンターになるなら家族みたいなものだし」

「2人の言う通り。心に余裕をもって、というのはまだこちらに来たばかりで難しいかもしれないけれど」

 

 優しい言葉を3人から受けつつ、本題に戻った。アイルーとガルクの特徴は、補助と機動力に大別できそうだ。アイルーは獣人という人と獣の間という器用さと小回りでハンターを補助し、ガルクはハンターを背中に乗せて早く移動できる。なんでも、ガルクはカムラの里以外ではオトモとして見る機会がないらしく、里独自の訓練を施しているんだそう。そして、ガルクは個体によって得意なことの差があまりないのに対してアイルーは個々で得意なことに差が大きくあり複数雇うハンターが多い。なにより、アイルーは別の地域では「ニャンター」という職業でハンターと同じようにクエストを受けて生活しているものも居る。同じ「モンスター」という括りではあれど、とても大きな差があるようだ。

 

「アイルーは、個々に得意なことが違うってさっき言ったけれど5種類に得意なことを分けることが出来るんだ」

 

 そのまま、イオリさんとシルべさんは交互に5種類の得意なことについて教えてくれた。傷の手当てが得意なヒーラー、モンスターの動きを封じたりするのが得意なアシスト。ハンターと同じように戦うのが得意なファイト。色々なタイプがいるようで、本当に個性的だ。

 

「モンスターの剥ぎ取りで珍しい素材を得やすいコレクトという得意を持っているタイプもいるニャ」

「剥ぎ取り?」

「あー、まだその辺りは説明してなかったね。また今度しようか」

「お願いします」

 

 剥ぎ取りと言う聞き慣れない言葉を聞き返すと、今度教えてくれるという。素材を得るのはいつも倒した後に神機で捕食していたけれど、こちらでは素材の得方はやはり違うようだ。

 

「最後の1種は?」

「最後の1種はボマーと言ってね。狩猟の時に爆弾を使うことがあるんだけれどこれの扱いがとても上手な子達だよ。ファイトとの違いは、武器よりも爆弾を優先して使っている所かな」

「それはまた、個性的ですね」

「そうだよ。さあ、説明ばかりしていてもしょうがないから、ここにいるオトモたちと関わってみて。きっと君が気に入る子が見つかるよ」

 

 イオリさんに促されてからくり蛙の近くへと進む。皆のびのびと訓練していたり休憩していたりと見ているだけでも癒される。私はとりあえず奥の方の子達から関わってみようかとひときわ大きな木のそばへと行った。

 そこには、小さな社があって裏へ回ると近くを流れている大きな川を良く見渡せた。遠くには昨日散々太刀を振り回した修練場が見えた。いい眺めだなぁと思っていると、視界の端に何か白いものが見えた。

 

「おや、君はガルク?綺麗な白い毛並みだね」

 

 見えたものはガルクだった。真っ白な毛並みの中に、黒く大きな瞳が印象的だ。もっと近寄ってみようとすると、何故か距離を離されてしまう。しかも、何故か右目のほうを見せようとはしない。

 

「どうしたの?何もしないよ。いい天気だね」

 

 無理に距離を詰めると良くない気がして、そのまま話しかけた。天気の事、私の事。話ながら様子を見に来たらしいウツシさんの方を見ると続けてというような雰囲気でイオリ君たちのほうへと向かっていった。どうやら、この子は過去に何かあったのかもしれない。それでも、私は構わないと思った。この子の色が、フィムを思い起こさせたから。フィムは銀の髪でこの子は白なのに日に当たるときらきらして銀のようだ。

 そんな話をつらつらとしていると、いつの間にか白いガルクが私のそばにいた。ようやく見れた右目は潰れて一筋の傷跡になっていた。

 

「君、フィムっぽいなって思ったけれどどっちかっていうとアインさんみたいだね。アインさんも私の仲間でね。すごく強くて仲間思いで、君やフィムみたいな銀に見える白い髪を長く伸ばしていてね。かっこいいんだよ。……アインさんは君とは逆で、左目を失っている。だからっていうわけじゃないけれど。私と一緒に来ない?」

 

 まだ帰れないと決まったわけじゃあないしそこまで日が経ったわけでもないけれど。それでも既に仲間が懐かしく感じて。想いの縁にするのは白いガルクに失礼だと思いつつも縋ってしまった。白いガルクは何かを思ったのか、イオリさんの方へと歩いていった。私はダメだったかと思ったのに、何やら手招きされた。

 

「この子、君のオトモになりたいみたいなんだ。だから、良かったら名前をつけてあげて欲しい」

 

 白いガルクはこれを伝えるためにイオリさんの元へ行ったらしい。フィムやアインさんを思い起こさせる白。名前を考えながら、空を見ると青い空に雲が一つだけ浮かんでいた。思い出という空に浮かぶ白い雲。思いついた私は白いガルクと目線を合わせて伝えた。

 

「あなたの名前、『白雲』にしようと思うのだけど、どうかな?」

 

 白いガルクは私の目を見ると、こくりとうなづいてくれたのだった。

 



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6頭目 真白の雪

 私の初のオトモガルクは白雲に決まり、次はオトモアイルーを選ばなくてはいけないのだが、これが酷く難しい。というのも、アイルーは個々で得意なことに差が大きく狩りの戦略も変わってくるからだ。

 

「どうしようかなぁ」

 

 目の前のもふもふに心奪われてそのまま戯れ倒したくなるのを抑えて考える。私はどんなサポートを望むのか?火力?それとも素材の入手?傷の手当て?そこまで考えた時に浮かんだのはクレアの顔だった。

 クレアはクリサンセマムの医官でもあり、戦場での傷の処置に長けたゴッドイーターだ。何度も何度も戦場で傷を負ってはクレアに手当をしてもらった。前線に立って戦うにしても、もっと己の身を大切にしろと怒られながら。メディカルチェックをなんやかんや理由をつけて避けていたアインさんにもお説教をしていた。

 心は決まった。私の最初のオトモアイルーはヒーラータイプにしよう。もちろん、そのタイプの子が私のオトモになってもいいってなってくれたらだけれど。

 

「イオリさん、私のオトモになってもいいよって言ってくれている子の中にヒーラータイプはいますか?」

「ふふ、皆と同じように『イオリくん』でいいよ。で、質問の答えだけれどもちろん居るよ!」

「では、紹介をお願いします」

「分かった。任せて」

 

 暫くして、イオリくんが連れてきてくれたのは白雲と同じように真っ白な毛並みのアイルーだった。まるで、極東地域にあるという雪に覆われた鎮魂の廃寺のような清冽な印象。向こうの世界との繋がりがまだ切れてないのだという希望が持てるような気がした。……もしかしたら、私は若干ホームシックなのかもしれない。とはいえ、ずっと見つめているわけにもいかない。アイルーは獣人ということで人の言葉が話せるので挨拶をする。

 

「こんにちは。あなたのお名前は?私はシルバー・ペニーウォートと言います」

「旦那さん初めましてニャ。僕に名前はないのニャ。だから、僕をオトモにしてくれる人につけて欲しいのニャ。これを言うと、何故かハンターさんは僕じゃない別の子を選ぶのニャ」

「それはまた不思議な。私は貴方がそう望むのであれば名前を差し上げます。そして、オトモになって欲しいです」

 

 私は既にこのアイルーに贈る名を考えていた。鎮魂の廃寺の雪。真白の雪。そして、先にオトモになってくれた白雲と同じ白。

 

「私は貴方に『白雪』って名前を贈ろうと思うんです。いかが?」

「しらゆき、白雪。うん、気に入ったのニャ!僕は白雪。これから旦那さんのオトモアイルーになるニャ」

 

 無事に気に入ってもらえたようだ。良かった。互いの了承が取れたところでイオリくんが何かを差し出してきた。何だろうと思っていると、それはオトモの登録票らしい。

 

「これにシルバーさんのオトモたちの名前を書いて欲しいんだ。そうしたら、この子達はシルバーさんのオトモだってギルドに登録されるから」

「分かりました。では、お借りします」

 

 差し出されていた登録票と筆を借りて書く。こちらの文字はまだ綺麗に書けないので元の世界での字だが。ミミズが這ったような字でずっと残る書類を書くのははばかられる。向こうでは極東地域やそれ以外の地域のゴッドイーターやAGEと通信が復活するかもしれない事を考えて各地の言語を覚えることも仕事だった。そして、二人は極東地域の漢字で名を記入した。もし帰れないのだとしても忘れてしまわないように。

 

「うん、大丈夫。問題ないよ。ただ、僕らは読めないから読み方を教えてくれるかな。横に読み方を書いておくから」

「ガルクのほうが白雲、アイルーのほうが」

「白雪ニャ!」

「ん、大丈夫。書けた。これで登録は完了です。後でゴコク様に報告をしておくね」

「ありがとうございます」

 

 無事に登録が終わり、ずっと見守っていてくれたウツシさんにもお礼を言おうとすると何故かストップをかけられてしまった。何でだろうと思ったら、唐突に鞘に入った小型のナイフを投げ渡された。とりあえず、上手いことキャッチはしたものの危ないし驚いた。

 

「わ!?」

「うん、咄嗟の時もちゃんと動けているね。驚かせてごめんね。それは剥ぎ取りナイフ。狩猟が終わった時に使うものだよ」

 

 こちらの世界では、狩った獲物から素材を得る方法が剝ぎ取りというのだそう。死んだ獲物にナイフを使って解体して選別する。その際、一度に得られる素材は3つまでなのだという。

 

「何故、3つまでなのですか?全てを得たほうが良いようにも思えますが」

「君の世界のアラガミと違ってこちらの世界のモンスターは生態系に組み込まれているからね。死した後の肉なんかも普通の動物や木々の栄養となる。ハンターは生態系を保護するもので破壊するものではないんだ」

「なるほど」

 

 確かに、ハンターにならないかと言われたときもそんな事を言っていた。そういう理由なら全てを得てしまうのも良くないのだろう。

 

「その代わり、戦闘中にモンスターの頭が壊れたり、尻尾なんかが切れることがあってね。そういう時に落ちた素材は得てもいいことになっているんだ。そういう部位を壊さないとそもそもモンスターにダメージが通らなかったりするしね」

「結合崩壊を起こしたとしても、素材を落としたりしないアラガミと違ってモンスターは本当に生き物なんですねぇ。アラガミから素材を得ようとするならば討伐後に神機で捕食するしかありませんよ。迂闊に触れればアラガミを構成しているオラクル細胞に喰われてしまいますから」

 

 モンスターもモンスターで厄介なのだろうけれども。しみじみと、アラガミの厄介さを認識し直しているとウツシさんが不思議な顔をしていた。

 

「結合崩壊?」

「アラガミも特定部位を攻撃するとそこが壊れるんですよ。オラクル細胞の結合が断ち切れた事で起きるんですが、攻撃が通りやすくなったりするので」

 

 うっかり、向こうの世界での言い方をしていた。そりゃ不思議な顔もされる。少しずつこちらの世界での動きを知らないと。帰るためにはいろんな人や場所に行かないといけない。そのためには知識が必要だ。どんなに大変だったとしても。私の家族は、あちらの世界にいるのだから。

 

「なるほど。こちらではそういうのは部位破壊っていうんだ」

「そうだったんですね。うっかりしてました。けれど、世界が違うのに似たような事をしてるのって面白いですね」

「うん。不思議だけれどね」

 

 異なる系統の生物が環境要因などで選択肢が限られていった結果、似かよった形態へとそれぞれ進化を遂げるような現象がある。それを収斂進化というらしい。ペイラー・榊博士という極東支部の技術開発部長であり、支部長を勤めていた人の論文で少し読んだだけの知識だが。しかも、読んだのも随分前だから結構忘れてしまっている。もしかしたら、オラクル細胞が出現しなかった場合は元の世界でもこちらの世界のようなモンスターが出現したのだろうか。

 オトモ広場での用事が終わり、里へと戻りつつ私はそんな事を考えていた。全てはたらればでしかないのだけれど。

 

「さて、一通りの準備は出来たかね。明日からは、里の事をもっと知ってもらいつつハンターになるための訓練をしよう」

「分かりました。よろしくお願いします」

 

 たたら場の前で私はウツシさんと別れて、オトモになった二人との親睦を深めるべく今日を過ごすことにした。2人のことを知らなくてはいけないし、逆に知ってもらっていた方が狩猟でも上手く連携を取ることが出来るはず。戦略を練り、なるべく死の危険性が無いようにしなくては。傷薬や各種薬がそろっていると言っても死ぬときは死んでしまうのだから。




22/11/13 読み書き出来ない〜のくだりを変更しました。話の大筋に変更はありません。


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7頭目 ハンターの世界

 オトモ雇用から暫く経ち。オトモの2人と上手く連携も取れるようになり、こちらの武具防具に慣れてきたころ。ウツシさんから修練場ではなく、実際のフィールドでの訓練をしようということになった。場所は、初めてウツシさんと出会った場所『大社跡』でやるのだそう。

 

「あそこは、いろんな生き物が生息していて中には獰猛な種もいるけれどタイミングを選べばこういった訓練に使えるくらい穏やかな時もあるんだよ」

「なるほど。まあ、生き物も移動したりとリズムがありますもんね」

「そういうこと。ではまずは、俺たちがいるこのキャンプの説明をしよう」

「お願いします」

 

 山々に囲まれながらもぽっかりと周囲が開けた場所や周囲を岩壁に囲まれ出入口は這って進むしかないような場所などにキャンプは置かれる。なぜなら、ハンターは夜を徹して狩猟を行ったり時には何時間も待ったりと待機も多い。その際、ずっと神経を張り詰めさせている訳にも行かないため設置されるようになったそうだ。そして、クエストの進行が厳しく戦略を練り直すために撤退した際に大型モンスターなどに襲撃をされたら目も当てられない。装備に不具合が出た際にも、ここで簡単な調整や修理をする。万が一の為に、予備の武具防具も置かれており、モンスターに合わせての調整も可能だ。そのための技術はハンターには必須なんだとか。割と本当に世界が変わってもやる事は案外似通っているらしい。

 テントの外には青い色でギルドのマークが描かれた箱があった。中を覗いてみると各種傷薬や閃光玉といったアイテムが入っていた。閃光玉は向こうの世界でいうところのスタングレネードのようだ。モンスターの目を眩ませ怯ませたり出来る。

 

「そこにあるのが支給品BOXだ。狩りに役立つアイテムが入っているよ。ギルドからハンターに支給された品だから、自由に持って行ってかまわないからね」

「なんか親切ですね。ハンターズギルドって」

 

 AGEは、というよりゴッドイーターもだけれども。ミッション中に使用する携行品は自身で用意するものだった。故に、こうして少なくとも用意をするハンターズギルドを親切に思う。慣れないうちは支給品のお世話になることもあるだろう。無駄にせず、大切に使わせてもらおう。

 

「それだけに、うっかりヘマをして気絶なんかをしてネコタクに運ばれると容赦なく報酬金は減るけれどね」

「基本的にソロなハンターと部隊ごとに出撃するAGEの差ですね」

 

 下手をやるとそのまま死ぬのは同じだが、気絶程度だとまたここでも違いが出るのが面白い。基本的にソロで動くハンターはネコタクと呼ばれるアイルー達がおり、万が一の時はクエストの報酬金3分の1と引き換えに回収され、キャンプに待避させてもらえる。かなり危険なように思えるが、むしろそのスリルが楽しいと好んでネコタクの担い手になりたがるアイルーが一定数いるのだという。基本的にスリルはさほど求めていない私からすると有難くはあれどちょっと分からない感覚だ。

 一方、AGEは基本的にソロではなく一部隊4人での行動を推奨される。それ故に、気絶した場合は仲間内でフォローし合う。ただ、何度も気絶を繰り返すと最終的に戦場での手当では間に合わなくなるためあらかじめ耐久値という形で気絶回数が決まっている。もちろん、深手をおった場合はそのままミッションを中断し帰投する。ここはハンターもAGEも変わらない。何より、報酬金が減らずとも得られるアラガミ素材や回収素材が一気にしょっぱくなるためどのみちAGEだろうがハンターだろうが気絶しないに越したことはない。ダイレクトにお財布に直撃してくるだけに死活問題になりかねない。

 

「キャンプの説明はこんなところかな。俺は先に、崖の下の河原で待っているよ!」

 

 そういって、翔蟲であっという間に飛んで行ってしまった。確か、今いるキャンプから真っ直ぐに降りていけば河原に出られたはず。

 

「そうはいっても、初めて迷い込んだ日から来ていないし。周辺情報を得ておかないと不安なんだよなぁ。回収できる物も向こうとは違って多岐に渡るわけだし」

 

 実物を目にするのと、書物で知識を得るのは違ってくる。先に行って待っているということはここで準備を整えてから来いということでもあるのだろう。

 

「白雲、白雪。気になる物を見つけたら教えてね」

「ガウ!」

「了解ニャ」

 

 とりあえず、支給品をあらかた拝借しポーチにしまう。そして、ウツシさんを追って崖の方に向かう。崖のすぐ近くに薬草が生えているのを見つけてこれも得ておく。これ以上目ぼしいものはなさそうなので崖から飛び降りる。

 

「さて、ミッションを開始しますかね」

 

 自然と向こうでの口癖が出ていた。存外、訓練と言いつつも外に出れたのは嬉しい。そのままの勢いで翔蟲を飛ばして一気にウツシさんに近付く。崖から飛び出た時に姿が見えたのだ。

 

「よく来たね。では、先程のように翔蟲を飛ばしてこの岩の上に来てごらん」

 

 ひょいっと翔蟲の力を借りて上に飛ぶ。毎回思う。これ、ダイブアタックみたいだなぁと。ダイブアタックも大型のアラガミや浮遊しているアラガミに当たるくらいに高く飛べる。これも、一回でそれくらいの高さまで行けてしまう。

 

「よしよし。それではオトモとの連携を確認しようか。ガルクに乗って俺を追っておいで」

「分かりました」

 

 ガルクはカムラの里で新しくオトモとして認定されたそうで。他の町や里では一般的ではないのだとか。それ故に、イオリくんのご両親がガルクを広めるべく各地を旅して広めて回っているのだという。

 仲間と戦うことはあっても、オトモ__旧世界風にいうのであれば犬や猫に近しい存在達と共に戦うのは初めてで戸惑うことも多かった。

 

「白雲、乗せてもらうね」

「ワン!」

 

 今では慣れたものだなと感慨を抱きつつウツシさんを追う。……あの人、翔蟲使って自力で走ってるのはいいんだけれど、どうもガルクよりも早い印象を受けるのはなんでなんだろう。私も走るのはそこそこ早いはずだし、白雲はガルク故に私よりももっと早いのに。

 追いついた先には黄色ヒトダマドリが居た。こういった生物は環境生物と呼ばれてハンターに様々な恩恵をもたらしてくれる。害ばかりをもたらしてくる喰灰とは大違いだ。あれもウィルス大といえどアインさん曰く一応は「生物」の範疇らしいし。

 

「来たね。さて、突然だけれどモンスターの気配が近い。君の実力なら余裕で狩れるから、訓練がてらやってみない?」

「どんなモンスターですか?」

「この感じだと小型だね。どうする?」

「やります」

「では、準備が出来たら狩猟開始だ。俺は近くで見守っているよ。何かあったらすぐに助けるからね」

「大丈夫です。このまま行けます」

 

 そのまま、ウツシさんが指示した方向へ進むと確かに小型モンスターが3体。イズチだ。本来はオサイズチが率いる群れで過ごしているのだが、はぐれたのだろう。放置してもいいのだろうけれど、何だか気が立っている。近頃、そういうモンスターが増えているような気がする。考えつつ、武器を構える。

 

「さてさて、君にとっての死神がまかり越したよ?」

 

 飛び掛かりを回避。すれ違いざまに一閃。いい手ごたえが相手への確かなダメージを伝えてくる。ただ、まだ立つ気力がある上に他の2体が仲間を庇わんとこちらに向かってきていた。

 

「無駄だよ」

 

 今度はこちらから打って出る。横薙ぎで2体まとめて吹き飛ばす。そして、立ち上がり飛び掛かろうとしていた1体目を巻き込んで行く。ちょうどいいからそのまままとめて倒すことにする。

 

「これでおしまいだよ」

 

 翔蟲を飛ばした勢いで引っ張られてそのまま傷をつけていく。鉄蟲糸技、桜花鉄蟲気刃斬。残心をしているうちに、つけた傷が開いたのだろう。モンスターが怯みそのまま倒れた。

 

「討伐完了だ!お疲れ様、愛弟子。みごとな狩りだったよ」

「ありがとうございます」

「もし自分で納得のいかないところがあったとしても大丈夫!君のハンター生活はこれからだからね」

「そうですね。目指せ、ダークトーメント!という目標はあるので」

「ごめんね、ずっとこっちで預かることになっちゃって」

「いえ。仕方ありませんよ。頑張ってくださったのは知っていますし」

 

 そう、結局のところ持ち主登録は出来たもののハンターランクという基準を満たせていない私は未だ本来の獲物であるラモーレチェコが変化したダークトーメントを手元に置けていない。そう、手元に置く事すらも許されなかったのだ。その為、今は加工屋のハモンさんのところにある。手入れの時ばかりは私も同席している。相変わらず、他者が触れると恐怖や激痛といった物に襲われるようで、それはハモンさんも例外ではなかった。だが、なぜか私が同席し手渡しするとそういった現象が起きないのだ。生体兵器だったが故に、持ち主が納得しているなら受け入れるのだろうか。分からないけれども、ひとまずは手入れなどは出来るようになって安心だ。

 

「さあ、そろそろキャンプに戻ろうか。かなり遠くまできてしまったからね」

「分かりました」

 

 キャンプへと戻るころにはとっぷりと日が暮れていた。日が暮れてから空を見上げると星が輝いていて綺麗だった。月の光はこちらでは乳白色だ。柔らかな色合いで美しい。

 

「さて、これで今日の訓練は終わりだよ。また同じような訓練をするから頑張ってね」

「はい!」

 

 その日の晩御飯は何にしようか迷った挙句、白雲と白雪に尋ねた。白雲は肉を、白雪は魚を希望し、仁義なき戦いに発展した。仕方なく、くじにしたら見事に魚に。キャンプ近くの川で獲れた魚にしたのだった。塩焼きはたいそう白雪が喜んでいた。敗れた白雲はしょんぼりしていた。

 

「明日はお肉にしようね」

「くぅーん」

「よしよし」



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8頭目 操竜と料理

 普段よりちょっと長くなってしまいました。お気に入りやUAが少しずつ上がっていて、本当にありがとうございます。


 昨日の白雲と白雪の夕飯のメインを決める仁義なき戦いは運を味方につけた白雪の勝利で終わった。今日の夕飯は白雲に約束した通り、お肉にしようと考えているとウツシさんに話しかけられた。

 

「やあ、愛弟子。今日は他のハンターがモンスターを捕まえてきてくれたんだ。だから、これから操竜の訓練をしようと思うんだけれどいいかな?」

「構いませんよ。準備が出来たらどこへ行けばいいですか?」

「では、集会所へ来てくれるかい?」

「分かりました」

 

 すっかり、愛弟子呼びに慣れてしまっているなぁとさくさく準備しながら思う。とはいえ、私も未だにウツシさんを教官呼びではなく、出会った当初のさんづけのままだ。人それぞれの距離感や呼び名があるのだからそれでいいのかもしれないが。

 借り受けている水車小屋で着替えやアイテムの補充なんかをすませて外に出る。今日もいい天気だ。やる気になってきたところで集会所についた。集会所は大きな桜の木が中に生えていて外の桜とも相まってとても美しい。

 

「ウツシさん」

「来たね、愛弟子!早速、俺と一緒に闘技場へ行こう。今日の訓練はそこでやるからね」

 

 そう言われて移動すること暫し。闘技場に着いた。闘技場とはいえども人が観覧出来る感じではなく、言うならば決闘するための場所に思える。そして、いつも通りに予備の武具等を置けるキャンプもあった。雰囲気のせいでどちらかというと控え室の様相だ。

 

「今日やる操竜という技術だけど。これはモンスターに鉄蟲糸技を当てていくと段々と翔蟲の糸が絡みついてきてね。モンスターの動きが止まることがあるんだ。そして、モンスターの上に乗り自在に操れるんだよ。もちろん、一定のダメージを相手モンスターに与えるか、乗っているモンスターに与えるかしないと振りほどかれてしまうんだけどね」

「翔蟲って綺麗なだけじゃなくて本当に頼りになりますね」

「残念ながら、環境の問題なのか今のところカムラの里近辺でしか見かけないんだけれどね」

 

 一通りの操竜の仕方を教わったところで闘技場へと降りる。降りたところでウツシさんの声が響く。こっちでは無線通信機なんてものは無いが故にだいたいは大きな声での伝達か何かしらの道具を使った音によるものだ。

 

「アオアシラを放つよ。闘技場に同じく放っておいたクグツチグモを使うか、鉄蟲糸技を何回か当てて操竜待機状態にするんだ」

 

 少し馴染んできた太刀を構えてアオアシラを迎え撃つ。向こうのアラガミ基準だと小型か中型の間くらいの大きさだろうか。ぱっと見では可愛らしいが、その動きは余り可愛くはない。立ち上がり、その剛腕で周囲を薙ぎ払ってくる。動きに既視感を覚えて回避しながら思い出す。……あれは、ハンニバルやカリギュラがやる薙ぎ払いにそっくりだ。

 なら、対処は容易い。全力で走り、背後を取る。そして、ハンニバルやカリギュラには尻尾があるが、尻尾を持たないアオアシラに桜花鉄蟲気刃斬を決める。そして、回避で痛みから暴れるアオアシラから一度距離を取った。

 しかし、存外小回りが利くようで回避も迎撃も間に合わず一撃を貰ってしまった。というか、ぬいぐるみがぽてんと尻もちをつくような動きをする生物がいるとは思わなかった。そんなことをやりながら、四度目の桜花鉄蟲気刃斬を決めた時だった。かなりはっきりと糸がまとわり付いたのだろう、アオアシラがそれまでの動きが嘘のように大人しくなったのだ。その隙に、翔蟲たちを飛ばすと私はアオアシラの上に飛び乗った。

 

「私に従ってもらおうか」

 

 そして、振り払おうとする動きを糸を使って上手くいなしながら前進させる。というか、前進させるので今は精一杯だ。

 

「くっ……、こ、のぉ!」

 

 苦戦しつつ、どうにか乗った状態でもダメージを与えるべく奮闘していると何を思ったのかアオアシラが壁に激突した。咄嗟に手綱を捌くようにして落ちることは防いだ。アオアシラには自傷といえどかなりのダメージが入ったようだ。

 

「なるほど。なんとなくわかった」

 

 手綱にしていた糸の限界を悟った私は今の要領でアオアシラを壁に激突させると離脱した。そして、残っていた糸は地面に張り付いたかと思うとそのままアオアシラを拘束した。その好機を逃すはずもなく、攻撃をしていく。長くは続かなかった拘束を振り払うと、アオアシラは薙ぎ払いをしてきた。

 

「お生憎様。その動きは向こうでさんざん見て慣れてるの」

 

 見切り斬りでそのまま躱して気刃大回転斬りを決める。それまでのダメージの蓄積からか、明らかに弱った様子で逃げた。とはいえ、狭い闘技場に餌場があるわけでもない。すぐに追いつくと止めに気刃斬りを決めた。

 アオアシラは最後に雄叫びを上げるとそのまま動かなくなった。動かなくなったアオアシラに軽く手を合わせてから剝ぎ取りナイフを取り出して素材を入手していく。解体していくと大量の血が流れた。その中に、光る玉のような物が見えた。

 

「モンスターにはコアなんてないと思ったけれど、違うのかな?んー、よく分からないや」

 

 とりあえず、珍しそうなので手元に置いておこうかと剥ぎ取った。それは、血をふき取るとより輝きを増したように見えた。青くきらきらと光を反射していた。私がそれに魅入っているとウツシさんが降りてきた。

 

「どうしたんだい?ずっと動いていなかったから様子を見に来たよ」

「あ、いえ。珍しい剥ぎ取り結果を手に入れたので眺めてただけで何かあったというわけではないです」

「見せてごらん」

 

 ウツシさんに渡してみると、ああというような表情をして返してくれた。曰く、獣玉といってアオアシラなどの獣種から採れる貴重な玉で、体内の分泌物が凝縮されて結石となった物なんだとか。

 

「これは、今後武器や防具なんかの強化にも使えるし単純にお金に困ったときにも売れるから大切にするといいよ」

「分かりました。じゃあ、売りに行こうかな」

「いや、今すぐに売らなくても」

「現状、全てをウツシさんが賄ってくださっていますし。貴重なものといえど暫くは出番がなさそうなので換金してしまおうかなと」

「俺は気にしてないし、弟子はそういうものだと思ってるよ。特に、君は事情が事情だし」

 

 こう言ってくれているのに、固辞するのは逆に失礼になりそうだ。独り立ちをしたらきちんとお礼をしようと心に決めて獣玉は大切に持っておくことにした。

 

「では、いつか使います」

「それがいい」

 

 空を見上げると、夕暮れになりつつあった。こちらの空は本当に濁りが無くて綺麗だなと思っているとお腹が鳴った。なんだかんだでクリサンセマムからこっち、きちんと食事をしているせいか腹時計が出来てしまったようだ。

 こちらの食事は極東の文化らしく、米が主食だ。欧州ではパンが主食であったが、これはこれで美味しい。ウツシさんが食材を下さっているから成り立っている。そうだ。

 

「ウツシさん、今日は白雲のリクエストでお肉を使うのですが、食べていかれませんか?」

「おや、いいのかい?」

「いつものお礼と言っては何ですが、是非」

 

 水車小屋まで戻ると、一度ウツシさんと別れた。流石に着替えが必要だしウツシさんもウツシさんで残った仕事や諸々を片づけるのだそうだ。血で汚れた衣服を洗い(こちらには血の汚れが驚くほどよく落ちる石鹸がある)、お風呂に入り普段着に着替える。

 

「お肉を使うとなると、私の好物にしちゃおうかな」

 

 まずは、付け合わせから作っていく。各種野菜を貰っていたから、ざっと洗い手でちぎりサラダに。緑ばかりでは面白みがないから、トマトを櫛切りにして飾る。

 玉ねぎ・人参・じゃがいも・生肉を一口大に切っておく。鍋に水を入れ、切った玉ねぎの1部とじゃがいもを入れる。フライパンは油を敷き、鍋も火にかけて放置。白雲には焼く前のお肉を用意する。白雲はいっぱい食べるので、1cmほどの厚みの肉を3枚ほど用意する。足りなければ、また用意しよう。深めの器を用意してそこへ卵をいれてかき混ぜて溶き卵を作る。米はおひつにあるので問題はない。下準備をしているうちにフライパンも良い温度になった。

 

「白雪、今日のご飯はお肉使ってるけどどうする?」

「一緒に食べるニャ」

「じゃあ、私達と同じメニューでいい?」

「ニャ!」

 

 向こうでは、寝子(ねこ)は専用のご飯を食べていたけれど、こちらでは同じものを食べても特に悪影響はないらしい。世界が変われば細かいところも似ているようで結構違って面白い。食材の味や見た目は似通っている。ここだけはさほど変わらないのは謎だ。

 温まったフライパンに、玉ねぎを入れ少し透明になるまで炒める。色が変わってきたら今度は生肉を入れて火を6割ほど通す。通ったら、今度は米を入れて塩コショウ。米にも火が通り、肉も程よい焼き色がつき始めていたらケチャップを入れて香りだたせる。一度、火を止めて人数分の皿を用意して盛り付け。再度、フライパンに油を敷き湯気がでるまで加熱する。

 その間に、鍋が沸いているので火を緩めてコンソメキューブ・塩コショウを少々。味見をして加減をする。オムライスの方も味があるのでこちらは心持ち薄めにしておく。塩分の過剰摂取はよくないし。そのまま、弱火で味を浸透させておく。

 

「いい匂いだニャ」

「ありがとう、白雪」

「くぅーん、わふ」

「待ちきれないって白雲が言ってるニャ」

「もうちょっとで完成するから、ね?」

「ニャ!」

「ワン!」

 

 待ちきれないオトモたちのためにも完成させよう。事前に溶いておいた卵をフライパンに流し入れ、半熟になったところで先程作ったご飯とチーズをフライパンに入れる。そのまま、くるっと巻いてお皿に盛り付けていく。と、トントンと戸を叩く音がした。

 

「いい匂いだね」

「おや、ウツシさん。グッドタイミングですよ。ちょうど、夕飯が出来たところなんです。配膳をするので座っててください」

「ごちそうになるのだし、それくらい手伝うよ」

「お礼の食事なので、お客様は座ってて頂いていいのですよ?」

 

 なんともグッドタイミングで来てくれた。これで、夕飯が冷めずに済む。ウツシさんが手伝おうとしてくれたが、お客様なので却下。席に着いてもらった。作っておいたスープとオムライス、サラダを並べる。白雲用のご飯も渡す。お茶もテーブルにある。皆に食事が行き渡ったのを確認して、私も席についた。

 

「では、どうぞお召し上がりください」

「いただきます」

「いただきますニャ~」

「わふわふ」

 

 オムライスを一口。こちらの世界で作るのは初めてだが、いつも通りの味になったようで一安心。コンソメスープも食べる。こちらは比較的あっさり目に作ったが、程よくオムライスの濃厚さを流してくれる。サラダはさほど手を加えていないが、向こうの世界の物と違って味が濃く美味しい。

 

「この料理、初めて食べるけれどとても美味しいね。なんていうんだい?」

「オムライスというそうです。簡単な割に美味しいのでよく作るんですよ」

「料理は誰かに習ったの?」

「ルルっていう仲間がとても上手でその子に」

 

 穏やかに会話をしながら食べていくとやがて完食してしまった。すっかりきれいになったお皿を見て、嬉しくなった。クリサンセマムの皆もこうして綺麗に食べてくれていた。

 

「ごちそうさまでした」

「お粗末様でした」

「流石に、食事の後片付けくらいは手伝わせてね」

「えー、別に大丈夫ですよ?」

「いいからいいから」

「では、お皿を拭くのをお願いします」

 

 二人して洗ったり、拭いたりしているとちょっと笑えて来てしまった。思い出し笑いをしていると、ウツシさんに変な顔をされてしまった。

 

「どうしたんだい?」

「いえ、ルルがクリサンセマムにきちんと同乗するのが確定する前を思い出しまして」

 

 ルルは、元々クリサンセマムの乗員では無かった。あるきっかけが元で仲間になった。それまではお客様対応だったが、今のウツシさんのように食事の後片付けだけはこちらが断っても手伝ってくれていた。どことなく頑として手伝うぞという雰囲気が同じで微笑ましかった。

 

「では、戸締りをきちんとしてゆっくり休むんだよ。今日は本当にごちそうさま」

「いえ、いつものお礼ですからお気になさらず」

「では、また明日の修行で」

「はい、おやすみなさい」

 

 誰かと食事をするというのが随分と久しぶりだった私は、その夜クリサンセマムの皆とご飯を食べる夢を見たのだった。




 料理に使っている野菜とか調味料とかが割とそのままなのはそういうものだといことでお願いします!!だって、モンハンワールドの猫飯ムービーとか見ましたけど割と現実と同じ感じだったんだもん!


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9頭目 ハンター就任

 日々の訓練を重ねること早ひと月。私はようやくこちらの武具を余り違和感なく振るえるようになった。カムラの里の人々とも打ち解け、徐々に居場所を確立していた。同時に、どうにかして元の世界へと戻る方法を探し続けている。ハウンドの面々と交わした約束は私の生涯の夢。叶える為になんとしても戻らないと。

 

「さて、今日も今日とて帰るために情報を集めつつ、お世話になっている里の皆さんのお役にたちに行くとしますかね。……ヒノエさんにミノトさん、戸の外にいないで中へいらしたらどうですか?」

 

 受付嬢姉妹は相変わらず人を驚かせようとこっそり戸の前に立っていた。里に来た直後にも似たようなことがあった気がする。

 

「あらあら。今日も気づかれてしまったわ。ミノト」

「いや、今日『も』というか……」

「無念です。ヒノエ姉さま」

「そういう問題なの!?」

 

 無念とかそういう問題ではなく、デリカシーとかプライバシーとか。そういう問題だと思うのは私だけなんだろうか。どうするんだろう、着替え中だったり、お手洗い中だったら。少なくとも、私はそういう時は一人でゆっくりしたい。緊急の要件ならまだしも。

 

「完璧に気配を消していたはずなのに。本当に聡いですね」

「まだまだ、わたくしたちは修行不足のようです。もっと精進いたすとしましょう」

「うん、いやまあ……。もういいや。それで、ご用件は?」

 

 私が当然と言えば当然の質問をすれば、受付嬢姉妹はいつかのようにふわりと微笑むと言った。

 

「里長がお呼びですよ、シルバーさん」

「それを早く言ってくださいよ!」

 

 里長が呼んでいるイコール、割と重大な用件の事のほうが多い。軽く服装を整えて外に出る。空を見上げると、今日もよく晴れていた。遠くに、ナニカが飛んでいるような気がしたが、それが何なのか分からないうちに見えなくなった。受付嬢姉妹と共にフゲンさんがいるたたら場に行く。

 

「里長、シルバーさんをお連れしました」

「ご苦労。ヒノエ、ミノト」

「おはようございます、フゲンさん。それで、如何なさいました?」

 

 近づいたときに、フゲンさんの腕からフクズクが飛んでいくのが見えた。きっと、どこからか手紙が来たのだろう。それにしては、表情が険しい。

 

「たった今、文が届いたぞ。近々__『百竜夜行』が起こるそうだ」

「ついに 始まってしまうのですね……」

 

 百竜夜行。修行の合間にウツシさんから聞いていた。竜の異名を持つ数多のモンスターたち。これを『百竜』と呼び、その大襲来を『夜行』と呼びならわしているのだと。ヒトの生存域がモンスターによって限られている中で、百竜夜行はこの世界にとっての『厄災』だ。

 

「そのようだ。50年前に里を襲ったあの悲劇、一時たりとも忘れたことはない。近いうちに砦へ遠征することになるだろう。里を守らねばならん!!」

 

 過去の痛みを思い出しているのか。悲痛な面持ちで里を守るのだというフゲンさんに、私も何かできないかと考える。私だって、大事な居場所は守りたい。特に、異世界から来た私をカムラの里の人々は優しく受け入れてくれた。会話は何故か出来たけれど、文字の読み書きが出来ないと知ると丁寧に教えてくれた。恩返しの1つや2つしたって罰は当たらないだろう。

 

「ご心配には及びません、里長。私たちカムラの民が日々修行を重ねてきたのはまさにこの時のため!」

「姉さま、さっそく準備に取り掛かりましょう」

 

 普段の様子とはまるっきり違う真剣な表情だ。長く生きる竜人族であり、ギルドの受付嬢の2人は落ち着いた様子で一礼をするとたたら場から離れていった。皆に伝えに行くのだろう。私もこれが用件ならば、集会所にいるウツシさんに今すぐ組み手をお願いしにいこうと、2人の後を追うようにたたら場から立ち去ろうとした。

 

「待て、シルバーよ。百竜夜行の件で話が逸れてしまったが、呼び出したのはこの件ではないのだ。今しがた、ハンターズギルドから連絡があってな。『シルバーをハンターとして認める』とのことだ。長く待たせてすまなかった。これで、元の世界へと戻る手がかりが見つかればよいが」

 

 それは、私にとってはひと月待ち望んだ朗報で。ハンターにならなければ立ち入れない場所や読むことが許されない書物などがある。帰還を望む私にとって、ありとあらゆる情報に触れることが出来るハンターになることは必須だった。それが今、叶ったのだ。帰ることは私にとって最優先だ。

 

「そうですね。ありがとうございます。しかし、これから百竜夜行が起こるのでしょう?なら、私もお手伝いします。第2の故郷のようなものですから」

「ありがたい。では、里の防衛を手伝って貰えぬか。里守だけでは手が足りんだろう」

「もちろんです」

 

 けれど、私の選択は百竜夜行の防衛を手伝うことだった。私はAGEだ。その役目は、クリサンセマムを、ひいては大切な仲間を守ること。生きたいと望む力のない人を守ることでもある。百竜夜行だって毎日毎日あるわけでもないはず。なら、調べつつ里の防衛に力を貸すのは当然だ。クリサンセマムの皆だって、「シルバーらしい」って許してくれるだろう。というか、力を貸さなかったらそれはそれで怒りそうな気がする。「本当は力を貸したかったくせに」とか言って。

 

「里長。百竜夜行のこと、里の皆に伝えて参りました」

 

 やはり、皆に知らせに行っていたらしいヒノエさんが戻ってきた。そして、とても晴れやかな笑顔で私のハンター就任を言祝いでくれる。ギルドの受付嬢だし、同時に知らせを受け取っていたのだろう。

 

「念願のハンター就任、おめでとうございます。ただし、ハンターとしてクエストを受けられるのは、ギルドへの登録が終わってからになります」

 

 クリサンセマムでも、乗組員の情報が変わったり人が増えたらデータベースに書き加えるために本人の情報が必要なことがあった。しかも、生体登録がしてあったりするからエイミーが一時的にミッションの発注を止めて作業していた。それと似たようなことをこちらでも行っているのだろう。でなければ、救援要請なんかがあっても対応できない。

 

「そのためには、集会所にいるギルドマネージャー・ゴコク様のところへ行かなければなりませんよ」

「分かりました。ありがとうございます。早速、ゴコクさんの所へ行ってきます」

「お待ちくださいな。ハンター就任を皆にお知らせして挨拶をなさるとよいかと」

 

 確かに、色々今まで沢山のフォローをしてもらったのだからお礼と挨拶くらいはするべきだろう。私はヒノエさんのアドバイスに従って、里の面々に挨拶をしに行くのだった。

 まず最初に声をかけたのは、雑貨屋のカゲロウさん。顔を紙で隠しているので素顔は知らないが、商品を買うとたまにおまけをくれたりといい人だ。傷薬や私は使わないけれど、ライトボウガンやヘビィボウガンの弾なんかも扱っている。

 

「カゲロウさん」

「おや、シルバー殿。聞きましたよ。ついにハンターになられたとか」

「そうなんです。それで、ご挨拶に」

「ありがとうございます。では今後とも、どうぞごひいきに。ハンター特別価格でご奉仕しますよ」

 

 次に声をかけたのは、私のダークトーメントを保管・手入れをしてくださっているハモンさんだ。世界を超える時に神機・ヴァリアントサイズ種ラモーレチェコは太刀種・ダークトーメントに変化した。変化後、適合者以外は捕食してしまうという神機では無くなったものの、その性質を色濃く残している。例えば、私以外が触れると恐怖や激痛に襲われるといったものだ。そんな厄介なシロモノを預かってくださっている。感謝しかない。

 

「こんにちは、ハモンさん」

「……シルバーか。見ての通り、ヒノエが伝えた百竜夜行への備えで忙しい」

「すみません。ただ、私、本日付けでハンターに就任することになりまして」

「……フム。ならば、シルバーよ。祝儀代わりに伝えておこう。アレは、まだ強化が出来る。本来の世界でも、強化途中だと言っていたな」

 

 元の世界では、ミナトを作るための資金を得つつラモーレチェコの強化を楽しみにミッションに出撃していた。戦場で散って逝ったゴッドイーターやAGEの神機の破片は、生体兵器である神機に捕食させるとその強度などを増す。何でも捕食させれば強度が増したりする訳ではないので、1種の運試しでもあるのだ。

 

「ダークトーメントから強化を重ねて作る武具がある。精進することだ」

 

 新たな強化先があるというダークトーメントの行く末を楽しみに、私は一礼をするとハモンさんの所から立ち去った。米穀店のお2人、おにぎり屋の子、魚屋。皆に挨拶をし、お祝いを告げられた。里には、里守という立ち位置の人はいてもハンターは居なかったんだとか。だから、不安だったのかもしれない。元の世界へ帰ることを決めているが、せめて優しくしてくれた里の人たちを守ってくれる後任が来るまでは。そんな事を考えながら歩いていると、ヨモギちゃんに声をかけられた。

 

「あ、シルバーさんだ!聞いたよ!ギルドに認められたんだよね!ハンター就任、おっめでとぉ!て、あれれ?なんだか怖い顔してるけど、どうしたの?」

「ヨモギちゃんか。私、そんな顔してた?」

「してたよ~。目なんかこぉーんな風に鋭くなっちゃってたし。なんか、悩み事?それとも、緊張してる?」

 

 知らず知らずのうちに、茶屋の前まで来ていたらしい。形は違えど、『厄災』と聞いて気が立っていたのか。心配をさせてしまったようだ。不安な時こそ笑え。思い描く明日をその手に掴むために。それが、ハウンドだ。私は気合いを入れ直すために、両頬を叩く。べチンという音の後にじんわりとした痛み。

 

「ありがとう、ヨモギちゃん。……うん、もう大丈夫」

「ふふふ、いつも元気な茶屋の看板娘、ヨモギだからね!そろそろ、ゴコク様の所に行くんでしょう?狩猟前の腹ごしらえになるうさ団子、用意して待ってるね!」

「行ってきます」

「いってらっしゃーい!」

 

 ヨモギちゃんの元気な声に見送られて、茶屋から集会所へ。入ってすぐのところにゴコクさんはいる。いつも、テツカブラというモンスターの幼体の上に座ってちょっかいをかけたり、クエストの依頼書の絵を描いている。きっと大丈夫だろうけれど、無事に登録できるだろうか。

 

「ゴコクさん、こんにちは」

「お〜う、シルバー。来たでゲコか」

「はい。フゲンさんからギルドに認められたと聞きましたので、登録に」

「登録なら、終わっとるでゲコ」

「ゑ?」

 

 思わず、変な声が出る。なんかこう、色々と書いたりなんだり色々としないといけないと思っていたからだ。それが、もう終わっている。どういうことだろう。余程、変な顔をしていたのだろう、ゴコクさんが笑っていた。

 

「ウツシとの修行をたまに見ていたゲコ。お主の動きは戦い慣れていて、ひと月ほどでも分かるくらい人もいい。問題ないと判断してギルドから文が届いたときに、そのまま登録しておいたでゲコ」

「ありがとうございます」

「これで、元の世界へ戻る手がかりが見つかると良いでゲコね」

 

 イルダといい、アインさんといい、カムラの里の人々といい。どうしてこうもいい人たちばかりなんだろうか。私は、フゲンさんに言ったのと同じように里を守る手伝いを申し出る。

 

「ありがたいゲコ。でも、無理はしないようにの」

「はい。『私達は死なない。絶対に』がハウンドの約束でもあるので。死なない程度に頑張ります」

「頼もしいでゲコ。クエストを受ける時は、ヒノエかミノトに声をかけるでゲコ」

「わかりました」

 

 こうして、私はAGEからハンターへとなったのだった。ひとまずは、元の世界への情報を集めつつ、百竜夜行の撃退を目指そう。

 

「さてさて、まだ見ぬモンスターたちのご機嫌は如何かねぇ」




 書いていくごとにちょっとずつ文章量が増えているような気がします。大丈夫かな……。読みにくくなければいいのですが。


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番外編 ハウンドの面々

「あいつはまだ見つからねぇのか!くそっ……」

 

 苛立ちのまま、イルダの執務室にある大きな机に拳を叩きつける。

 

「落ち着いて、ユウゴ。私も伝手のあるミナトにそれとなく情報がないか確認しているわ。もちろん、アインさんもね」

「……ああ」

「……悪かった。イルダ、アイン」

 

 イルダの声に、自分がかなり余裕を失っていることに気が付く。大きく息を吸って、冷静になるべく一度ため息をする。忽然と姿を消した幼馴染であり、大切な仲間のシルバー・ペニーウォート。無茶な作戦だって、あいつが横でサポートしてくれたからやってこれた。

 仲間の中でも、キーパーソンになりがちなあいつが姿を消して早3日が過ぎた。灰域の中を超長距離で航行出来る対抗適応型装甲の事業が進みだし、俺達ハウンドの夢である『皆の夢を叶えるミナト』の一号建設地も決まりかけていた矢先だった。

 イルダはビジネスパートナーであり、俺らが間借りしている灰域(かいいき)踏破船「クリサンセマム」のオーナーだ。正直、イルダが俺達をペニーウォートから買ってくれなかったら今のハウンドは無かった。保守的に動いているかと思いきや、賭けに乗ってくれたりと本当にいい奴だ。

 アインは元々はミナト『ダスティーミラー』のオーナーだった。が、その正体はこの灰域を発生させたと言われる災厄の3賢者の1人、ソーマ・シックザールだ。よくよく話を聞くと、アインに責任はないんだがな。元々はフェンリル極東支部の『独立支援組織クレイドル』の人間で、極東に帰るために対抗適応型装甲を開発し、その為に必要な灰嵐(かいらん)種を狩れる俺達と行動を共にしている。長くミナトを開けることになるため、ダスティーミラーのオーナーを退き、ハウンドへと移籍を進めている。

 

「私も、何度も船内の監視カメラを確認しているんですが、夜に皆さんと解散して女性乗組員室へと戻られた所までは映っていました。その後、生体反応が夜中に消失していますね」

 

 オペレーターで、船内のあらゆる履歴などを管理しているエイミーも困り顔でタブレットを見ながら報告を入れる。それ自体は初日にも言っていたことだが、何度も確認を取ることで少しでも情報を得ようとしているようだ。

 

「先輩が普段から使ってるラモーレチェコから、使わないのにアインさんの神機がかっこいいからって作ったイーブルワンも全部、神機保管庫に残ってる。つまり、先輩は丸腰で誘拐されたことになる。いくら、体術が出来るって言ってもアラガミに襲われたら……」

「キース、お前なぁ。フィムが泣きそうになってんぞ」

 

 俺たちの神機をメンテナンスしてくれているキースはあいつがアラガミに襲われることを心配しているようだが、どうにも違和感が拭えない。あいつは感応能力が桁違いに強い。そのせいか、気配感知にも優れている。そんな奴が誘拐されるだろうか。そもそも、船内には監視カメラがある。それに映らずには不可能だ。キースを窘めたジークはキースの兄で、もう一人弟のニールがいる。ゲームではズルをしてばかりだが、悩みながらも本質を掴んでいく強さを持っている。3兄弟の立派な長兄だ。

 

「ごめん、フィム。兄ちゃんも」

「おかあさん、しんじゃう?」

「フィム、大丈夫だ。お前のお母さんは強い。そう簡単にくたばったりしないさ」

 

 あいつを母と慕うフィムは、キースの発言で大きな赤い瞳を潤ませている。いつもあいつについて回っているフィムは幼女の姿をしたヒト型アラガミだ。俺たちAGEはヒト型アラガミの細胞から作られたP73ーc偏食因子を投与されて作られている。まあ、フィムの細胞から作られたわけではないのだが。灰域が始まる前後からヒト型アラガミはちょくちょく遺骸として発見例がある。

 フィムは、元々グレイプニルで実験体としてクリサンセマムのコンテナに入れられ運ばれていた。灰域種は、ヒト型アラガミを執拗に狙う習性があり、フィムも例外ではなかった。コンテナが襲われ、自由意思を奪われていたフィムは逃げることも出来ず、捕食されそうになった時、あいつが身を挺して庇った。それから、フィムはあいつを『おかあさん』と慕うようになった。

 

「しかし、誘拐されたのでもない。本人の意志で出ていったのでもない、となるとまるで御伽噺のチェンジリングにでもあったようなものだな」

「そうね……。にわかには信じられないけれど。実際、そうとしか思えない」

「随分とロマンチストなんだな、ルル。だが、俺もだ。ま、チェンジリングよりも『神隠し』というのが正しいと思うがな」

「研究者がそんなこと言っていいのか、アイン」

 

 ルルは今の状況から、妖精に連れ去られ、代わりに妖精がこちらに来るチェンジリングを連想し、アインは神に連れ去られる極東の言い方である神隠しを思い浮かべたようだ。茶化しちゃいるが、正直俺もそう思う。

 

「とにかく、紅煉灰域(ぐれんかいいき)を含めて痕跡を探すしかないとおじさん思うなぁ。あの子は濃い灰域でも平気だし、よくわからん事を引き起こせる新種のアラガミがいるとしたらあそこくらいしか思いつかない」

 

 紅煉灰域。喰灰(しょくかい)は海の海流のように流れがある。各地の灰域の流れは『灰流(かいりゅう)』となりぶつかり合い、様々な灰域異常を起こしている。そのせいか、普通は目に見えないはずの喰灰が赤く見える領域でもある。灰域濃度もそんじょそこらの灰域よりも高いせいか、紅煉灰域だけでみられる灰煉種(かいれんしゅ)というアラガミもいる。

 

「リカルド、いくらあいつでもそんなところに丸腰ではいかないと思うし、仮にそうなった場合は抵抗すると思うぞ」

「だよねぇ。変なことを言ってすまなかった」

 

 リカルドはいつもは思慮深いのに、珍しく軽率な発言をしている。冷静な所やあえてお道化ている所を見ていたから、新鮮な気分だ。……もっとも、そういった一面はもっと平和な時に見たかったが。

 

「では、今日はどこを探しましょうか。もし、ケガをしていたら手当しないといけませんし、私も捜索隊に入りたいです」

「そうだな……。クレアのファーストエイドは正直捜索隊に欲しいが、あまり高い灰域濃度だとヤバいだろ?」

「それはそうだけど」

「なら、こうしましょう。暫くはクリサンセマムのミナト周辺を徹底的に探して。それでも見つからなければ次は旧ペニーウォート、ダスティーミラー、フェンリル本部、旧朱の女王拠点。最後に紅煉灰域。それでいいわね?」

 

 一番の権利者であるイルダの提案で捜索する場所と順番が決まった。それに、この順番ならばAGEではなく正規のゴッドイーターであるクレアとリカルドも捜索に関われる。万が一、あいつがケガをしていたらクレアの医官としての知識は助けになる。もちろん、俺たちにとっても。ミッション中に些細なケガをしても、喰灰は入り込んでくる。そうすると、除去に長い時間がかかり、仕事にも支障を来す。最初はツンツンしていたが、本当に丸くなったもんだ。

 

「では、捜索をミッションとして幾つか登録しておきますね。感応レーダーにも中型や大型のアラガミの反応がありますので……」

「分かってるさ、エイミー。この船の安全確保も俺たちハウンドの仕事だ」

 

 本当に、あいつはどこに行ったんだ。元々、目を離すとすぐに迷子になってはいたが、ここまでの規模はそうそうなかった。マップデータをちゃんと見ていても迷うさまは、はたから見ていたら面白かったが、それは目が届いていたからだと痛感する。焦燥を抱えながら、受けていた依頼をこなしていく。そして、一時的に新規の依頼を受けないように調整をする。せっかく、軌道に乗ってきたところだが背に腹は代えられない。再開の目途はひとまずひと月とした。

 

「ほんと、お前は迷子属性高いよな。探す方の身にもなれっての」

「ま、あいつもそれくらいの弱点とかあった方が人間味があっていいんじゃねぇの?」

 

 一日の終わり。ミッションから帰投し、船に乗る前に空を見上げて呟く。俺の呟きは、たまたま傍にいたキースに聞かれていたらしい。キースはその後特に何かを言うまでもなく船に乗り込んだ。俺もその後を追うように乗る。夜、捜索と依頼に疲れ切ってベッドに横になると俺は、あいつを含めた仲間たち皆で食事をする夢を見るのだった。




2022/12/25 少し改稿しました。大筋に変更はありません。


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第2章 新米ハンターの日々
10頭目 特産品探しと迷子の本領発揮


「特産品探し、ですか」

 

 それは、天気が良いうららかな午後の事だった。午前中、もう少し太刀の扱いに慣れるべく修練場に籠っていた私は、空腹を感じて茶屋でうさ団子を食べていたヒノエさんと同席して食事を摂っていた。その時に、ヒノエさんから初クエストに特産品探しはどうかと提案されたのだ。

 

「そう、カムラの里近辺でしか採れないモノがあるんです。それを求めてハンターズギルドへ依頼を出される方もいるんですよ。やはり、いくらか安全な道や場所といえど、大型モンスターと出会ってしまうと一般の方では危険ですから」

「確かに。なるほど、ハンターはそういった依頼もやるんですね」

「ええ。そして、比較的簡単なので、新米ハンターさんが受けられることが多いですよ。今日おすすめしたクエストは大社跡ですし、肩慣らしには最適です」

 

 白雲にお代わりを渡しつつ、白雪の口を拭くように促す。戦闘慣れしていると言えど、こちらでは実績のない新米ハンターだ。ダークトーメントを使えるようになるためにも、コツコツと評価を上げておくのは悪くない。私は食事を終えてお茶を飲み、ヒノエさんに言った。

 

「午後からはその依頼をやることにします」

「では、こちらをどうぞ」

「これは?」

「カムラの里周辺にある狩場の地図です。ハンターの皆さんは地図をもって採取ポイントや自分にとって必要な情報を書き留められるんです」

 

 ヒノエさんから5枚ほど地図を受け取って確認する。一番上にある大社跡の他はまだ行ったことのない場所だ。他の場所の名前は、寒冷群島、水没林、砂原、溶岩洞となっている。まだ見ぬ場所に想いを馳せそうになるが、これからクエストだ。

 

「ありがとうございます。これから準備して出発しますね」

「はい。無事のお帰りをお待ちしておりますよ」

 

 一度、水車小屋へ戻り大社跡以外の地図をしまう。そして、各種携行品の確認をする。問題がないことを確認した後に出発した。

 大社跡は、最初に来た時に思った通り、滅んだ人里だった。ギリギリのところで滅びゆく大社跡から逃れた人の手記からそういった記述があった。昔は八百万の神に祈りを捧げ、豊かさを享受していたものの、人は驕り高ぶり腐敗した。そして、今はその痕跡だけが残り、大型モンスターが闊歩する地となった。

 

「どこの世界でも、人が滅ぶ工程っていうのは同じなんだね」

「旦那さん、どうかしたかニャ?」

「ううん、何でもないよ」

 

 なんとなく、言いようのない感情がよぎった気がしたが、それを振り払って地図を確認する。今は、クエストに集中しないと。地図を見ながらベースキャンプから出る。途中に薬草があったので地図に目印をいれて回収。今日の目的は特産である火玉ホオズキと特産キノコを指定量回収すること。数はそれぞれ8個。群生地を荒らしてしまうわけにはいかないから、幾つか自生している場所を見つけないと。依頼主はそれぞれ別だが、両方とも同じ場所で採れるモノなので一気に受けた。

 

「さて、と。とりあえずはこの間の訓練で来た辺りまで行ってみようか。白雲、乗せてもらえる?」

「ワン!」

 

 白雲に乗せてもらって道中にある採取物や環境生物たちの事を調べながら進んでいく。地図もちょくちょく確認しながら進んでいた。が。

 

「さて、ここはどこだろうね。大社跡の中なのはあってるんだけども」

「旦那さん、地図見ていても真逆の方向に行ったり環境生物を追いかけてそもそもの道から外れたのニャ。現在地が分からなくなっても不思議じゃないのニャ」

「あ、あはは……」

「笑い事じゃないのニャ!!僕、何度も声をかけたのに自分の世界に入り込んでいたのか気付かなかったのニャ!」

 

 どうやら、良くない癖が出ていたらしい。何かに集中すると周りが見えなくなってしまう。向こうでは、ユウゴがこれを上手くコントロールしてくれていたのと、感応レーダーによりはぐれても皆と合流できていた。こちらでは感応レーダーなんていう便利な物はない。気を付けないと。

 

「ごめんね、白雪。今後、こういう感じになりそうだったら肩とか叩いてもらえる?そうしたら集中も切れて反応するから」

「……集中は旦那さんの特徴だもんニャ。仕方ないのニャー。今日の晩御飯を魚にするので手を打つニャ」

「OK。魚屋のカジカさんがいいのあるって言ってたから、買って帰ろうか」

「ニャ。けど、それとお説教は別なのニャ。そこになおれニャー!!正座するニャー!!」

「はいぃぃぃぃぃ!」

「旦那さんのその高い集中力は確かにいい所ニャ。けど、僕の声までシャットアウトするってどういう了見ニャ!!警告にも気付かなくてケガしたらどうするニャー!!!!!!!応急手当が得意な僕でも限度があるニャー!!!!!」

 

 ひとしきり、白雪に怒られた後、地図と周辺を見比べる。心なしか、白雲も呆れている気がしなくもないがスルーする。……魚は、今日のクエストの依頼料で買える範囲で1番いいものをカジカさんに頼もう。白雪の怒りは思ったより怖かった。妙な迫力があって、ちょっとアインさんを思い出した。口数は白雪の方が多いけれど。

 私よりも慣れている白雪によると、どうやら中央部にある参道入り口から上ってきたところらしい。偶然の産物と言えど、高いところに来たので景色を眺める。

 天を衝かんばかりの山々。その合間合間に流れる川。空を行く鳥たち。地に目をやれば、苔むした祈りの痕跡。物悲しくも、とても綺麗だ。

 

「地図によれば、上にまだ道が続いてて行けるみたい。行ってみようか」

「旦那さんからすればどこも初めて見る場所だから探検したくなるのニャ?」

「そういうこと。だから、迷子も悪いものじゃないと思うんだよね」

「…………すっごく屁理屈なのニャ」

「わふ」

「2人とも、今日の晩御飯少なくしようか?」

 

 ちょっぴり、意地悪な気分になった。白雪はそうでもないけれど、白雲はわりと食べるのでちょっとした脅しになった。流石にご飯を本当に減らしたりはしないが、やっぱり面白くはない。どうにかして、この世界にも感応レーダーに似たものを作れないだろうか。そうしたら、迷子になってもどうにかなりそうなものなのに。

 途中で見かける特産キノコの群生地と火玉ホオズキを回収していく。もちろん、全滅させないようにあちらこちらから少しずつ。迷子になる前と合わせて、指定量が回収できた。そして、日も暮れた時に大社跡の頂上に着いた。

 

「ん-ん。やっぱり、灰域がないと空ってこんなにもきれいなんだね。月なんか、手を伸ばせば届きそうなくらい」

「旦那さんの故郷では、見にくかったのニャ?」

「うん。それに、月が緑化しててね。こっちとは違って緑色に光るんだ」

「月にも、誰かいるニャ?」

「それは、分からない。ある日突然、緑色になったそうだから」

 

 のんびりと話していると、くぁ〜というような声が聞こえた。白雲があくびしたのかと振り向くと、そこには白い狐がいた。割と気配に鋭い私が簡単に背後を取られたことで、小型のモンスターなのかと思い武器を構えようとした。

 

「待つニャ!!この狐さんは『ハクメンコンモウ』ニャ!そんなに殺気だたなくていいのニャ!」

 

 白雪の声に、武器から手を放して観察する。殺気に驚いたのか、少し震えている。悪いことをしたなと思いつつ、手のひらになんとなく持ってきた干し果物を乗せて差し出す。

 

「ごめんなさい、驚かせて。てっきり、小型モンスターかと思ったの。これで、許してもらえる?」

 

 手のひらに乗せたままではきっと受け取ってもらえないだろう。そう考えて、腕1本分を開けて干し果物を置き、距離を取る。私が何もしないことを分かってもらえたのか、距離を開けると干し果物に近付き、匂いを嗅いだ。好みのものだったのだろうか。匂いを嗅いだあとはあっという間に食べつくしてしまった。そして、こちらに近寄ってくると座ってじっと見つめてくる。もしかして、もっと欲しいのだろうか。だが、残念ながらもう品切れである。どうしたものだろうか。

 

「もっと欲しいの?」

「コン!」

 

 甘いものが好きなのだろうか。とても期待した目でこちらを見ている。何かあっただろうか。とくには思い当たらない。

 

「の、ようだニャ」

「うーん、あいにくこれ以上の甘いものは持ってなくて。ごめんなさいね」

 

 すると、白雲が私のポーチを鼻先でつついてくる。何かあっただろうか。突いている辺りを探すと、ハチミツが出てきた。これは、ウツシさんと初めて会った時に貰ってそのままポーチにしまいこんでいたものと、迷子になっている時に採取したものだ。ウツシさんから貰ったほうは落ち着いたら食べようと思っていて、すっかりそのまま忘れてしまっていたらしい。

 ポーチから今日、採取したハチミツのビンを取り出し、ふたを開けてハクメンコンモウの前に置く。すると、感謝するかのように頭をぺこりと下げると、勢いよく舐めつくした。流石に、これ以上強請られても何も渡せない。

 が、杞憂だったようで、舐めつくした後は伸びをすると月を眺め出した。私も月を眺める。大きく、柔らかな乳白色の光が3匹と1人を照らす。月が出ているというのに、星々の輝きも美しい。

 

「あ、流れ星」

 

 空を見上げていたら、流れ星があった。流れ星に願い事をすると叶うというのはどこで読んだのだっただろうか。そんな事を思いながら、無事に元の世界へ帰れるように願う。

 

「さて、もう帰ろうか。大社跡のマップも分かったし。お腹もすいたしね」

「ワン!わふわふ!」

「やっとなのニャ~」

「ほら、迷子も悪くなかったでしょう?」

「屁理屈、と思うニャ。けど、今だけは分かるのニャ」

 

 横を見れば、ハクメンコンモウはまだいた。綺麗な狐だ。また会えるだろうか。私が見つめていると、ぱたりと尻尾を振った。別れの挨拶なのだろうか。

 

「ふふ、またね」

「またなのニャ」

「ワォーン!」

 

 私達は、ハクメンコンモウに別れを告げて大社跡を後にしたのだった。

 カムラの里に着いたら、里の入り口に誰かが立っていた。気配やシルエットで、ウツシさんとヒノエさんのようだ。

 

「遅くなってすみません。お二方とも、どうしました?」

「まさに、シルバーさんのお帰りが遅いので探しに行こうかという話をしていたんですよ。特産品探しはそんなに時間のかかるものではありませんから、てっきり夕暮れには戻られると思っていましたので」

 

 そういえば、これは初心者ハンターが最初に受けるくらい簡単な物だった。そりゃあ、ここまで遅くなったりしないか。これはだいぶ怒られるのではないだろうか。

 

「愛弟子、遅くなった理由は?ケガはしてないかい?」

 

 案の定、ウツシさんはいつになく険しい顔をしている。初めて会った時ほどの顔ではないが、修行中では見なかったような顔だ。心配をかけてしまった。言い分としては、とても言い訳じみているが事実を伝えよう。

 

「迷子になってしまったのと、ハクメンコンモウと月を眺めたりしてました」

「…………そういえば、愛弟子は訓練中にもふと目を離すとすぐはぐれていたね」

「至って真面目に地図を見て周囲も見て歩いているのに、不思議な事です」

「…………ソウダネ」

「困ったものだニャ」

 

 事実を伝えると、がっくりとした表情で、ウツシさんと白雪は頭を抱えてしまった。2人は気があうらしい。いや、本当に申し訳ないとは思っている。思ってはいるのだが、何故か気が付いたらはぐれてしまう。これは本当に早急に感応レーダーもどきを作れないか考えないといけない。

 

「まあ、とにかく。無事のお帰りで何よりです」

 

 ヒノエさんが、この何とも言えない空気を断ち切るかのように手を叩きながら、私の無事を祝ってくれた。そして、そのまま私はヒノエさんに取ってきた依頼品を納品する。

 

「火玉ホオズキ8個、特産キノコ8個。確かに受け取りました。これにてクエスト完了です。お疲れ様でした」

「いえ、遅くなって本当にすみませんでした」

 

 そして、ひとしきり挨拶を交わした後、もう夜も遅いので解散となった。私も2人に再度心配をかけたことを謝罪して水車小屋へと戻った。魚を買う約束をしていたが、夜も更けてしまっていたので別の機会にする。晩御飯は、ひとまず白雲と白雪の分を用意して私は眠った。里に帰ってきて、疲れが出たのかとても眠かったのだ。

 翌日、起きて今日もクエストを受けようとヒノエさんの方へ行こうとしたとき、フゲンさんに呼び止められた。昨日の件でお説教を受けるのだろうか。

 

「朝から精が出るな、シルバー」

「はい、おかげさまで。無事にハンターに認められましたし、精進しようと思います」

「だが、お前はかなりの方向音痴らしいな」

「そうなんです。割と困ってます」

 

 怒られるかと思いきや、そんな気配はなく。なんとなく事実確認をされているだけの様な雰囲気だ。かといって、私の方向音痴は生来のもので直そうとしてもどうにも直し方が分からない。

 

「そんなオマエに、フクズクをやろう。本当に迷って帰れない時や、帰れるが遅くなる時はコイツに文を持たせて飛ばせ。そうすれば、ウツシや手の空いているものが迎えに行くだろう」

 

 フクズク。里ではペットや伝書鳩のように扱われている鳥だ。初めてここに来た時にも、ウツシさんが先に飛ばして知らせていた。

 

「でも、いいんですか?」

「里長の俺が渡し、良いと言っているのだ。気にせず受け取れ!」

 

 そういうと、すぐ近くに居た茶色のフクズクを渡してくれる。くりくりとした目やふかふかの羽毛が、白雲や白雪とは違った魅力を持っている。

 

「そいつは訓練が終わったところでな。まだ名前がない。オマエが名前をつけてやってくれ」

「わかりました」

「フクズクは指笛を鳴らせば来る。賢いぞ」

 

 もらったばかりのフクズクを眺めつつ、同時に渡された餌を与える。餌を食べ終えると、フクズクは飛び立ったので、その様子を見て思いついた。指笛を鳴らして呼ぶ。

 

「遊んでたのにごめんね。君の名前を決めたよ。『木ノ葉』」

 

 自由に飛んで、そしてすうっと降り立つ姿が木の葉の様だったから木ノ葉だ。我ながら、だいぶ安直だが、本人は気に入ったのかすり寄ってくれた。

 

「これからよろしくね。木ノ葉」

 

 新たな仲間を得て、私は今日も元気にクエストをこなしていく。



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11頭目 ハチミツと熊と甘党

 迷子事件から5日たち。あの日貰った地図に従って他のエリアにも出かけ、迷子になっても初日のように遅くはならなくなった。白雲や白雪も案内しようとはしてくれるのだが、どうしても生活に必要な素材や諸々を集めながらとなるとしんどい。

 そこで、フゲンさんから貰った木ノ葉が役に立った。呼ぶと、キャンプやサブキャンプまでの道を教えてくれたり、狩猟対象のモンスターの位置を教えてくれる。もちろん、最初の数日間は元の伝書フクズクとしても役に立ってくれた。砂原と溶岩洞は、本気で迷い過ぎて帰れないんじゃないかと思った。けど、悪いことばかりではなかった。

キングトリスやゴクエンチョウという珍しい生物にも会えた。彼らはすごく人懐っこいみたいで、挨拶をすると返してくれたし、迷子になっていることを伝えると私のわかる道まで案内してくれた。どこの世界に、希少な生物に道案内させるハンターがいるんだろうね。

 その話をすると、里の面々は頭を抱えていたけれど。うん、本当に申し訳ない。いや、私の迷子属性が高すぎるからいけないんだけど、どうにも迷うのだから仕方ない。徐々に慣れてくださいといったやり取りをしたここ数日を思い返しながらクエストを物色していた。

 その中に、可愛らしい熊が蜂の巣を抱えた絵があった。元の世界でも、熊はハチミツを採って食べる習性があると、ローカルデータベースに残っていた。それを思い出して、少しほっこりする。

 

「ヒノエさん、このクエストを受けようと思います」

 

 うさ団子を食べながら、私がクエストを選び終わるのを待っていてくれたヒノエさんから詳細を聞く。クエストの依頼者は里で一番の釣り名人と呼ばれているツイバさんからで、どうやら、アオアシラが付近の川魚を皆食べてしまうせいで、里に持ち帰る分が取れなくなってしまっているらしい。このままでは、生態系も崩れてしまうであろうことから依頼が受理されたようだ。

 

「アオアシラ一頭の狩猟ですね。シルバーさんならそこまで心配はいらないでしょうが、迷子にだけはならないように気をつけてくださいね?」

「あはは。まあ、何かあったら木ノ葉が迎えに来て欲しいっていうのを伝えに行きますから。その時は、申し訳ないですがお願いします。では、行ってきます」

「おかえりをお待ちしております」

 

 ヒノエさんに見送ってもらって、クエストへ出掛ける。今回のフィールドは大社跡だから、ヒナミさんのいる門を通って里を出る。里を出たところで、白雲に乗せてもらって私は大社跡メインキャンプへと向かった。

 

「お疲れ様、白雲。メインキャンプに着いたし、暫く休憩がてらお団子を食べようか。ヒノエさんの所に行く前に、ヨモギちゃんに包んでもらっておいたんだ。白雪も食べるでしょう?」

「食べるニャー!ヨモギちゃんのお団子は美味しいのニャ」

「わん!」

 

 二人の食べるという答えに私は笑ってうなづいて配膳をしていく。お団子には武器や防具なんかと同じくスキルがあり、食べることで発動される。元の世界でも、オラクル細胞由来の食品なんかには一時的に体力を強化したり、傷の治癒速度を早めたり、はたまたアラガミの気を引きやすくするなどといった効果があった。ここにオラクル細胞は居ないはずだが、モンスターという不思議な生物がいる以上、食事にもそういった不思議な力が宿るレシピがあるのだ。そういったモノを見つけ出し、研究していくのもまた里守の務めでもあるのだとか。死ぬことなく任務を完遂し、生きて帰れる確立が上がるならなんでも使う。ハンターとゴッドイーターはそういったところがよく似ている。

 

「さて、お団子も食べたし、そろそろ行こうか。白雲、毎回悪いけど頼んだよ」

「わん!!」

「白雪は索敵を。私もやるけれど、見落としがあるといけないから」

「了解ニャ」

 

 辺りをたむろしている小型モンスター達を横目に、メインキャンプ近くから大社跡の西側を流れる川を遡って行く。依頼のアオアシラはエサとなる魚が取れる川辺で多く目撃されている。それを事前に聞いておいた私はその近辺を白雲に乗って走っていく。途中で、ハチミツがあるのを見つけた。以前、ウツシさんから貰った分はもうすでに消費してしまっていたので丁度いい。有難く貰っていくことにした。とても大きい蜂の巣だったから、ビン3つ分ほど得ることが出来た。

 

「これで、暫く回復薬グレートや普通に甘味として消費する分に困らないね」

「また、パンケーキ作って欲しいニャ!」

「いいよー。結構たくさん取れたし。それよりも、今は依頼を達成しないと」

 

 ハチミツを見つけて緩んだ気分を引き締める。下流域を探し回るが、依頼のアオアシラが見つからない。その代わりに、薬草なんかを入手できた。

 

「中々見つからないなぁ」

「上流の方かもしれないニャ」

「そうだね」

 

 暫く遡り、上流を超えて源流近くまで来た時、探していたその姿を見つけることが出来た。鋭い爪、特徴的な青い背中の毛。幾度も川面に手を叩きつけては魚を捕まえて食べてを繰り返している。

 

「さて、今はこちらに気付いていないようだけれど。どうしようかな」

 

 様子を見ていると、どうやらどれほど食べても満たされることがないようだ。だとすると、それはどれだけ苦しいのだろうか。

 

「決めた。今回は捕獲ではなく討伐しよう。ずっと飢えた感覚があるのはどんな生物もきついからね。二人はいつものように補助をお願い。メインで戦うのは私ね」

 

 さっといつもの打ち合わせをする。私は白雲と白雪が離れたのを確認すると一気に走り寄る。途中で気が付いたアオアシラが威嚇の咆哮を上げるが、遅い。

 

「はあ!!」

 

 咆哮の風圧で飛ばされないように見切った私は、腕に一太刀を浴びせる。アオアシラは痛みで唸りつつも鋭い爪をこちらに向けて振るってくる。回避しようにもかなり密着してしまっている私は武器でガードしつつも吹っ飛ばされてしまう。

 

「んぐっ」

 

 飛ばされている最中に、翔蟲を出して受け身を取る。急制動で息が詰まるが、今はそれどころではないので無視する。なおも腕を振り回しているアオアシラの背後を取り、何度か斬りつける。

 

「背中が柔いのは知ってるのさ」

 

 くるくるとアオアシラの動きに合わせて背後を取るように動く。時折、攻撃を受けて吹っ飛ばされたり手傷を負いつつ、相手にも同じかそれ以上のダメージを与える。

 

「助かった、白雲!」

 

 アオアシラがタックルを仕掛けていたけれど、私は桜花鉄蟲気刃斬を出したばかりで動けなかった。そこを、白雲が攻撃して気を引いてくれたおかげで事なきを得る。そうして、体勢を整えてもう一度攻撃しようとしたときにそれは起こった。

 

「へ??」

 

 なんと、アオアシラが私が採取していたハチミツを奪い取ってきたのだ。奪い取ってきた右腕とは反対の左手で吹っ飛ばされる。余りの事に驚いて受け身を取るのを忘れてしまい、そのまま転がって体勢を立て直す。

 

「……飢えているのは理解してた。けど、理解の仕方が足りなかったのね。ふふ、いい度胸。私と!白雪が!楽しみにしているハチミツを奪うなんて万死に値するわ」

「旦那さん、笑顔がなんかすごく怖いのニャ」

「怖い?ふふふ、怖くないでしょうに。だって、こんなに笑顔なのよ?」

「それが怖いのニャ」

 

 白雪が怖いとかなんとか言っているけれど、無視する。私の視線はただただ、甘味を奪ったアオアシラに注がれている。中々手に出来ないハチミツ。たくさん採れたと喜んでいたのに、ビンを2本も奪われてしまった。当のアオアシラは奪った私のハチミツを夢中で舐め、2本目に取り掛かろうとしていた。今まで、切った張ったしていたのに、だ。

 私は無防備なアオアシラの背後を取り、翔蟲を飛ばす。そして、桜花鉄蟲気刃斬を叩き込む。放ってすぐの硬直を無理やり回避行動をすることで解き、もう一度連続に近い形で桜花鉄蟲気刃斬をお見舞いする。無理した反動で長めの残心をしたあとは突きを放つ。突きはアオアシラの鼻に当たる。それまでダメージを負ってもハチミツを離さなかったのに、ハチミツを放りだして痛みに悶える。悶えているのをいいことに、私はそのまま切り上げて勢いのままに太刀を振り下ろす。幾度かの交戦で浅く傷を負っていたアオアシラの額が割れ、おびただしい血が流れる。

 

「いい加減、沈みなさい!」

 

 戻ってきていた翔蟲を空中に放ち、飛び上がる。だいぶ弱り、逃げ出そうとするが私の気刃斬りが当たるほうが早かった。先程の交戦で割れていた額に刃先が突き刺さり、頭蓋骨を突き抜けていく。これが致命傷になり、アオアシラは断末魔の声を上げるとその場に倒れ伏した。

 

「安らかに……」

 

 軽く手を合わせて剥ぎ取っていく。神無き世界でも、人は誰かに、何かに縋らずにはいられなかった。故に、旧世界の十字を切ったり手を合わせたりというのが残った。私は手を合わせるのが性にあったから弔いではそうしている。そして、死んだ後こそは安息があるようにと。この個体は何らかの理由で常に飢えていた。だからこそ、次はそういったものに悩まされずにすむようにと願わずにはいられなかった。

 

「旦那さんは感情の落差が凄いのニャ?」

「そういうわけじゃないけど。確かに、ハチミツを奪われて怒ってはいたよ。けど、それとこれとは別。討伐すると決めた時から弔うことは決めてたの」

 

 生きとし生けるもの全てが『生きたい』と願っていると識ったあの日から。私は人以外にも弔いをするようになった。それが、私が狩った命に対する礼儀だった。

 

「それにしても、ここまで飢えるなんて何があったんだろう。百竜夜行が起こるかもしれないっていうのと関係してるのかな?」

 

 剥ぎ取ったアオアシラは、その毛皮に紛れて分かりづらかったが瘦せていた。私との戦闘中、とても力強かった。痩せてしまっているなどとは思えないくらいに。今にして思えば、ろうそくの炎が消える間際にひときわ強く光り輝くのと同じように、命を燃やしたのだろう。そして、特徴的な青い毛は根元の方が白くなっていた。ヒトも動物もさほど変わらないのであれば、なんらかの強いストレスが最近かかったのだろう。なんとなく、焦燥感に似たものを感じつつ、里へ帰還した。

 

「なんと、そのようなものがみられたのですね」

 

 私はアオアシラの遺体の後始末をすると、里に戻った。そして、私達の帰りを待ってくれていたヒノエさんに事の顛末を報告する。ヒノエさんは、少し俯いたかと思うと顔を上げてにこやかに笑った。

 

「なんにせよ、ご無事に戻られて何よりでした。この件は、こちらでゴコク様にご報告しておきますね。シルバーさんはゆっくりと体を休めてください」

「はい、ありがとうございます」

「わふー、ワン!」

 

 いきなり、白雲がじゃれついてきた。ヒノエさんと話が終わるまで待っていたようで、どうやらまだ遊び足りないらしい。

 

「ふふ、元気ですね」

「ちょ、ヒノエさん見てないで助け……にゃはははは!白雲、耳はやめ、、くすぐったいぃぃ!わははは!!」

 

 ひとしきり、じゃれつかれて大笑いした私は白雲が落ち着くとヒノエさんの前を辞し、寝起きしている水車小屋に戻った。そのまま、帰宅後のルーチンをこなす。

 

「旦那さん、旦那さん」

「どうしたの?白雪」

「パンケーキ食べたいニャ!!」

「今は……、おやつどきか。はちみつ見つけた時から言ってたもんね。いいよ。白雲はどうする?」

 

 時間を確認し、了承する。問いかけた白雲は、囲炉裏端の定位置で丸くなったまましっぽを2回降るとそのままあくびをした。どうやら、今日はおやつは要らないみたいだ。欲しい時は立ち上がってしっぽをブンブン振ってくれるのでわかりやすい。フライパンを火にかけ、小麦粉と牛乳などの材料を用意する。

 

「んじゃまぁ、さくさく作りますかね」

 

 用意した材料を混ぜて、熱しておいたフライパンにバターをおいて溶かす。ジュワァっといい音と共に甘い香りが広がる。私の作るパンケーキは、生地を作る段階ではちみつを練り込む。焦げやすくなってしまうが、その焦げた部分も美味しくアクセントになるから問題は無い。ハチミツは里に戻る道中、幸運なことにもう一度見つけることが出来た。行きに見つけた蜂の巣よりも大きく、奪われた分以上を手に入れることができて、プラスマイナス0以上である。

 

「白雪、お皿頼める?平たいやつ」

「ニャ!」

 

 白雪にお皿を持ってきてもらい、私は焼き上がり間近のパンケーキに目を戻す。ある程度、表面にふつふつと泡が出来てきた。火が通ったのを確認して裏返す。そして、火を止めて余熱で仕上げ。こちらの小麦粉はどうかは知らないが、火の通っていない小麦粉を食べるとお腹を壊すとはルルの談だ。昔、それで痛い目にあったらしい。かなり真剣だったルルの表情を思い出しつつ、竹串で生地がついてこないのを確認してお皿に盛り付ける。盛り付けたパンケーキに追加のはちみつとバターを載せたら完成だ。

 

「お待たせ、白雪」

「ありがとうなのニャ!……あれ?旦那さんは要らないニャ?」

 

 テーブルに座って白雪の前にパンケーキとお茶を置く。私はお茶だけだ。

 

「うん。今日はお団子も食べてるしね」

「僕、食べ過ぎニャ?」

「どうなんだろう?他のアイルー達の食生活って私知らないしなぁ」

「イオリくんに聞くニャ」

「そうだね。この後、私は修練場へ行こうと思ってるからついでに聞いておいで」

「ニャ!しかし、旦那さんは料理が上手ニャ!!僕、旦那さんのオトモになれて良かったニャ!!パンケーキ、ふわふわのうまうまなのニャ〜」

「教えてくれたルルが凄く料理上手だからねー。教えて貰った身としてはきちんと身についていたようで安心、てところかな」

 

 うまうまとパンケーキを食べている白雪をよそに、白雲のそばにいって撫でる。白雲はピクっと反応をしたけれど、気にせず昼寝を続けることにしたらしい。囲炉裏の火と日光でぬくもった毛が撫でているこちらも気持ちがいい。

 

「しらゆきー、食べ終わったらお皿洗ってしまっといてー」

 

 私は白雲を撫でていたら、いつの間にか眠っていたらしい。起きた時には、白雲と白雪に挟まれていた。



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12頭目 オサイズチの狩猟

 いつの間にか寝てしまっていた日から一夜過ぎ。今日も今日とてクエストを選びに行こうとすると何やら船着き場の方が騒がしい。どうしたんだろうかと思っていると、ヨモギちゃんが駆け寄ってきた。

 

「シルバーさん!大変、大変だよー!!大社跡でオサイズチが暴れてるの!うさ団子の材料を運んでくれている行商人さんも追われてるし!行商人さんはみんなで助けるからオサイズチの狩猟、お願いね!今、すぐに動ける人、あなたしかいないから!!」

 

 ヨモギちゃんは一気にそう話すと、船着き場の方へと行ってしまった。多分、色々な分担とかの話があるんだろう。それに、材料が搬入されなくては茶屋も立ち行かない。

 

「……いわゆる、緊急任務だねぇ。クエストを選んだらすぐに発とうと思ってたから準備はしてあるし。このまま行こうか。後から報告すればいいだろうし」

「それがいいニャ」

「ワン!!」

 

 少しばかり、ヨモギちゃんの勢いに圧されてしまって、惚けたのを振り払う。私は大社跡へ向かった。

 

「さて、大社跡についたのはいいけれど。標的が大社跡のどこにいるかまだ、木ノ葉から情報が来てないんだよね」

「待つニャ?」

「待ってもいいけれど、行商人さんが危ないからねぇ。だから、ちょっと頑張る」

「ニャ?」

「2人とも、少しの間、私の護衛をお願いね」

 

 白雪の質問に答えるように私は目を閉じて集中する。感応レーダーを使う時のように、気配を探る。薄く、薄く自分を波紋のように広げる。探っていることに気付かれないよう、慎重に。大型の存在が放つ気配、敵意、興奮。その大きさから目標を割り出す。まるで、凪いだ水面に小石を落とした時に出来る波紋がぶつかり合うように。

 

「これは違う。ただの通りすがり」

 

 ぶつかる波紋の1つ目は大きかった。けれど、それは安定していて興奮も何もしていなかった。そのまま、大社跡の領域から去っていった。

 もう1つの大きな反応を探る。それは、とても興奮して移動をしていた。周囲には3つほどそれと似ているが小さい気配が付き従っていた。そして、そこから少し離れたところに走るヒトの気配。

 

「……見つけた。興奮してる。近くに、ヒトの気配。当たりだ。まだ、持つ。でも、早く行かないと駄目だな」

「旦那さん?」

「大丈夫、行こう。こっちだよ」

 

 迷子が過ぎる私だが、気配を辿るのは得意だったりする。多分、決められたルートで行こうとすると間違えたりしたらどうしようとか考えるからかもしれない。目的地にさえつけばいいというような場合は特に問題なく辿り着けるのがその証左だ。探り当てた気配を辿り、白雲に乗せてもらって山門から少し離れた道へと行く。そこには、鼻息荒く、遠くに見える人を追うオサイズチがいた。

 

「目標を発見。これより、クエストを開始します」

 

 白雲から飛び降りて行商人さんを追おうとするオサイズチに頭上から一太刀を浴びせる。いきなりの強襲に叫び声を上げるオサイズチ。その隙を逃さず、桜花で群れから引き離す。自分たちの長を守ろうと周囲に付き従っていたイズチが連携し私に飛び掛かってくる。しかし、こちらにも仲間がいる。

 

「グルゥッ!!」

 

 唸り声を上げて、白雲がイズチの1体に飛び掛かって行く。そのまま噛みついてゴロゴロと転がって両者が離れる。離れたかと思うと、互いに噛みつこうとしたり、尻尾で切ろうとしたりと取っ組み合いが始まる。あちらはそのまま白雲に任せて大丈夫だろう。

 

「誰かがケガをする前に、癒しのシャボン玉を用意しておくニャ!」

 

 白雪はそういうと、回復薬とシャボン液を混ぜ合わせて大きなシャボン玉を浮かべる。この大きなシャボン玉は近付くか武器で攻撃をすると割れて癒してくれる。

 先程のイズチの残り2匹が白雪に飛び掛かっていく。モンスターでも、浮かべたシャボン玉が敵に利すると分かるらしい。だが、白雪はその攻撃を猫のしなやかさで躱す。

 

「僕はヒーラーだけど、攻撃だってそれなりなんニャ!!」

 

 躱したところで、一太刀。深追いはせず、そのまま2体目の攻撃を受け流す。上手い上手いと観戦していると、大きな尻尾が私めがけて降り下ろされる。怯んでいたオサイズチが復帰して攻撃を仕掛けてきたのだ。前転して回避。尻尾が地面に埋まったようで、オサイズチが隙を晒す。抜けてしまう前に、戻ってきていた翔蟲を飛ばしてもう一度、桜花鉄蟲気刃斬を放つ。

 かなりのダメージが入ったのだろう、上手く尻尾が壊れた。これで、尻尾の攻撃を少し弱めることが出来た。しかし、こちらも桜花を放ったことによって残心中で動けなくなってしまった。この間に尻尾が抜けたオサイズチがタックルを仕掛けてきた。当たる直前に硬直が解けたものの、モロに食らって吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐうぅっつ!!」

「ワン!」

「旦那さん!!」

 

 それぞれ、イズチと戦っていた2人に心配をかけてしまった。私は吹っ飛ばされて空中にいる間に翔蟲を飛ばして受け身をとる。向こうだと、普通にジャンプで受け身を取っていたけれど、こちらでそれをすると目立って仕方ない。故に、私がこちらに来て真っ先に覚えたのは受け身の取り方だった。

 

「大丈夫!2人はそのままイズチを抑えていて」

「ワン!!」

「分かったニャ!」

 

 鉄蟲糸に引き寄せられて、地面に叩きつけれられるのを回避する。そのまま、バク宙の要領で着地する。そして、太刀を構え直す。

 

「かっこ悪いところを見せちゃったなぁ。まあ、君を倒すことで挽回しようかな」

 

 私が止まったことで、またタックルを仕掛けてきたオサイズチを見切り斬りで躱して、気刃大回転斬りを叩き込む。先程壊した尻尾の傷口に当たり、苦悶の声をあげるオサイズチ。苦しめるのは本意ではないので、見切り斬りで赤く染まった刀身を振りかざして、こちらに向き直った所で縦に斬りつける。しかし、こちらのモンスターもアラガミのように頑丈だ。流石に、一撃では顔面を破壊するには至らない。それでも、連続で斬りつけていく。すると、オサイズチが体勢を崩して倒れこんだ。

 

「よし、チャンス!」

 

 私は尻尾の方へ位置を取り、桜花鉄蟲気刃斬を尻尾と頭に入れる。暫くして、傷口が開いて激しいオサイズチの叫び声が辺りに響く。私は少し目を細めて、残心をこなすともう一度、翔蟲を飛ばした。

 

「安らかにお眠りなさいな」

 

 最後の力をふり絞って、威嚇の声を上げてオサイズチが尻尾攻撃の構えを取る。一瞬、私とオサイズチが睨みあう。

 

「Grurororororororrrrrrrrrrrrrrrr!」

「桜花!」

 

 私とオサイズチが同時に動く。オサイズチの尻尾は私の頭を狙っている。鉄蟲糸に引っ張られながら、私は体勢を低くして尻尾を躱す。オサイズチの尻尾は、私の頭を髪一本分ほどの隙間を開けて通り過ぎていく。一瞬の交錯。

 血を吹き出して、オサイズチは力なく倒れるとそのまま動かなくなった。私の太刀は、オサイズチの太ももと喉元に当たっていた。

 

「旦那さん、お見事ニャ」

「そう?ありがとう。2人とも、イズチの相手をありがとうね。おかげで一対一でやれたよ。さあ、剥ぎ取りをしようか」

「くぅー」

 

 オサイズチの亡骸の傍で、手を合わせて祈りを捧げる。剥ぎ取り、残ったモノを脇の森へと置いておく。こうすることで、往来を邪魔することなく、森の循環に亡骸が組み込まれ分解されていく。

 

「そういえば、行商人さんは無事に助け出されたかな?」

「戻れば分かると思うニャ」

「それもそうか。じゃあ、行こうか。白雲、疲れてると思うけれど、里までお願いね」

「ワン!」

 

 白雲に乗って里へと戻り、ヒノエさんの元へと近付くと傍に誰か立っていた。よく見ると、それはたまにクリサンセマムに来ていた行商人のホープさんだった。

 

「ほ、ほほほ、ホープさん!?!?なんでここに!?貴女も飛ばされたんですか?」

「おや?何故、私の名前を知っているのかな?私は確かにちょっと面白い商品を扱うことをモットーにしているホープだけども。君とは初対面だよ?」

「シルバーさん、落ち着いてくださいな。この方はシルバーさんが来られる前からこの里に行商に来てくださっている方です。出身も、確か……」

 

 動揺する私に、ヒノエさんが落ち着くように声をかける。混乱する心を落ち着かせようと深呼吸をする。少し落ち着いたのを見て、ホープさんが自身の出身地を教えてくれる。それは、ウツシさんから名前だけ教えてもらった地名だった。

 

「バルバレっていう、地図にない町だよ。地図にないのは、多くの砂漠を行く船が集まって出来る町だからっていうのと、ダレン・モーランが移動するとそれを追いかけて移動するからってのがあるねー」

 

 ホープさんは、全体的に暗い緑色の服を着て、胸元を開けている。中は何も着ていないからか胸にサラシを巻いている。犬耳のようなものとゴーグルを付けた帽子をかぶり、その下からは明るい赤色の髪がのぞいている。ショートパンツを履いて、太ももの半ばまでの長い靴下、ひざ下までのロングブーツがよく似合っている。腰や背中には、行商の商品だろう、様々なものを入れたポーチやカバンを背負っている。未だ、この里しか知らない私だが、明らかに文化圏が違う装いだと分かる。なんなら、仕舞っているF制式士官服のほうがホープさんの服装と近いだろう。

 

「あ、取り乱してすみません。知人にそっくりだったので驚いてしまって」

「世の中、自分に似た人の1人や2人はいるっていうもんね。気にしてないよ」

「ありがとうございます」

 

 私の知るホープさんよりも少し軽い雰囲気でこちらのホープさんはニヤッと笑う。そういえば、あちらの世界でも似たような目に遭っているホープさんを助けたことがあった。あの時は、感応種アラガミ・マルドゥークが引き寄せたアラガミに囲まれてしまっていたんだっけか。

 

「なに、お礼を言うのはこちらの方さ。君なんだろう?私を追いかけていたオサイズチを狩猟してくれたのは。おかげで、傷みやすい食材を傷む前に届けることが出来た」

 

 思い出に浸りつつも、ホープさんからのお礼の言葉を受ける。なんだか、変な感じだ。そっくりなのに、別人だからだろうか。

 

「それは良かった。もう、茶屋の方には行かれたんですか?」

「ああ、君が帰ってくる前にね」

 

 ひとしきり雑談をすると、ホープさんはそろそろ行かなくてはいけないと言って出発してしまった。なんでも、明後日には別の町に頼まれていた品物を届けなくてはいけないらしい。

 

「君とはまたどこかで会うことになりそうだね。その時はよろしく」

「はい。その時はよろしくお願いします」

 

 握手を交わした手を見る。元の世界へ戻るために、私はもっともっとこの世界を識らなくては。そのまま帰ろうとしたところで、ヒノエさんに呼び止められる。

 

「お待ちくださいな。クエスト完了の手続きが出来ておりませんよ?」

「あ゛」

「ふふ、うっかりさんでしたね」

 

 にこやかに言うヒノエさん。その微笑ましいという表情が私の羞恥心をより煽る。

 

「〜〜!!……手続き、お願いします」

 

 声にならない声をあげた後に、そう絞り出すのが精一杯だった。

 

「旦那さん」

「どうした?」

 

 既に寝てしまった白雲を撫でながら、水車小屋でまったりとしていると白雪が小首を傾げながら話しかけてきた。

 

「今日の狩猟の時、どうしてオサイズチの居場所が分かったニャ?」

「ああ、それか。大したことは何もしてないよ。ただ、気配を探っただけ」

「かなりの広範囲を、正確に気配を読めることが大したことないってことは無いと思うのニャ」

 

 胡乱な目付きでこちらを見る白雪。仲間内でも一番の感応能力と気配察知力とは言われていた。しかし、他の船にも同じような役割を持っている人も居た。だから、そう大したものでもないと思うのだ。

 

「んー、クリサンセマムでは機械を使ってもっと広範囲を見ていたからなぁ」

「比べるものが違うと思うニャ」

 

 じっとりとした目つきでこちらを見てくる白雪に、そんな目をしていたら可愛い顔が台無しだぞ思いつつ、あまりやらない理由を話していく。

 

「あと、あれ弱点があってねー。集中力がめちゃめちゃいる上に、やってる間、身動きが出来なくなるんだよね。だから、そうそう多用はしたくないんだ」

「そういう問題じゃないと言っても、分かってもらえないことだけは分かったのニャ」

「うん?」

 

 はぁーといった感じでため息をついた白雪は、いつもの定位置にいくと丸くなった。どうやら、眠るようだ。外を見ると月が煌々としていた。

 

「私も寝ますかね。おやすみなさい」





 23/01/08細かいところを編集しました。


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13頭目 料理とこんがり肉の相関性

 ひと月半ほどたったある日のこと。いつも通り、クエストを選んでいく。が、今日はそこまでやる気になれなかった。理由は分かっている。ウツシさんが出している闘技場クエストが上手くやれないからだ。それで、ムキになって本来の獲物以外の訓練をするようになった。どうにも、他の武器は手に馴染まない。まるで、適合率の低い神機をむりやり使っているかのようだ。ウツシさんは、無理をせずにとは言ってくれている。とは言え、早く我が手元にダークトーメントを取り戻すためには実績を積まねばならない。早い話が、また焦ってしまっているのだろう。

 

「今日はどうしようかな。ここ最近、ウルクススだのアオアシラだのなんだのとドンパチしててちょっと疲れてるんだよなぁ」

「ここ最近、ずっと訓練を続けながらクエストを消化なさっていますものね。そろそろ、ウツシ教官も声をかけようかと迷われていたんですよ」

「あー、それは休まないとダメな奴だぁ……」

「ふふ、また強制的にお休みさせられてしまいますものね」

 

 事の発端は、ひと月ほど前に遡る。本格的にこちらに馴染んで来た私は、ウツシさんに勧められて集会所クエストにも手を付け始めた。集会所クエストは、他の地域のハンターと連携してクエストを完遂することが推奨されている。そのせいか、ヒノエさんが受付嬢をしてくれている里の人がメインのクエストよりも難易度が高い。

 同じ個体でも、より強い個体を相手にする。そうなってくると、太刀よりも攻撃が通りやすい武器が存在していることもままある。体がカチカチの敵に、斬撃を放ってもあまり効果が見られない。そうなった際は、打撃などの攻撃を工夫するのがAGEもハンターも定番の行動だ。定番なのだが、上手くいっていない。元々、向こうの世界でもヴァリアントサイズ種でどんなアラガミも倒し、どうしても不利な時に銃形態のアサルト種を使っていた。一応、弾は貫通と、自身で好きなように弾の効果を弄れたので、こちらで言うところの徹甲榴弾のようなものを持っていた。故に、何とかなっていたのである。

 

「んむむ……」

「そんなシルバーさんに、おすすめのクエストがあるんです。受けてみますか?」

 

 クエストの依頼文が纏まったファイルから、顔をがばっと挙げて私は、ヒノエさんの手をとった。

 

「詳細を是非!」

 

 急な動きに驚いて目をぱちぱちとさせたヒノエさんは、ふわりと笑うと一枚の依頼書を渡してくれたのだった。そして、これが私の苦難の始まりだった。

 

「やってきました寒冷群島!……うう、寒い。凍結プラントと同じくらい寒い……」

「寒い寒いって言ってても始まらないのニャ。依頼を早く片づけるニャ」

 

 白雪のもっともな言葉に、私は思わず寒いと嘆く言葉が止まる。実際、その通りである。

 寒冷群島は、里から少し離れているが、日帰りで行ける場所だ。この場所は、温暖な里と違って雪に覆われており、とても寒い。所々に、雪の吹き溜まりがあったりして、脚を取られることもしばしばだ。表面上からは分からないのが質が悪い。

 

「木ノ葉、悪いけどポポの探索お願いね」

 

 木ノ葉は、くるると鳴くと私の腕から飛び立っていった。暫くすれば、どこに居たかを教えてくれるだろう。

 ヒノエさんが渡してくれた依頼は、ポポノタンを3つ納品すること。そして、こんがり肉を10個納品することだった。曰く、ポポノタンの方は料理人見習いのアイルー、クーリさんという方からだった。肉焼きセットで作るこんがり肉は美味しいが、火加減と焼き時間の見極めがシビアでわずかでも遅れると真っ黒に焦げてしまう。逆に、早いととんでもなく生焼けになってしまうのだとか。そんな嘆きが依頼書にはあった。

 こんがり肉の方も商店からの依頼だ。そこの商店は、各ハンターが作ったこんがり肉を売っている。一口にこんがり肉と言っても、ハンターによって味付けが異なり、日替わりランチのような感覚で一定の需要があるらしい。こんがり肉を肉焼きセットで作ったことがない私は、クーリさんの依頼書を見て少し嫌な予感がしている。

 

「分かってはいるんだけどね。寒いのは苦手なの」

「ワン!ワン、わふ」

 

 白雲は、こうしたら寒くない?というような感じで私の脚を抱えて丸くなった。もふもふとした毛が素晴らしい断熱効果を生んでくれている。とても温かい。が、このままでは依頼を達成できそうにない。白雪は、やれやれと言うように首を振ると、周囲を見に行ってくれた。

 

「白雲、気持ちは有難いし、温かいよ。けど、これじゃ動けないからいいよ。ごめんね」

「くぅ~ん」

 

 少し落ち込んだ様子を見せた白雲をわしわしと撫でる。じゃれつかれて、雪に倒れこむが、白雲はお構いなしだ。

 

「ん、っふふふふ、くすぐったいよ、白雲」

 

 暫くじゃれて満足したのだろう、白雲が離れてくれた。そこへタイミングよく白雪と木ノ葉が戻ってきた。

 

「おかえり、2人とも。どうだった?」

「ポポ、見つけられたのニャ。けど、近くにウルクススが居るニャ。どうする、旦那さん」

「んー、そうさな。クナイを使ってポポとウルクススを引き離そう。上手くポポだけ連れれば混戦になることはないだろうし。駄目だったときは、諦めてウルクススを撃退しよう。それなりに痛い思いをすれば撤退するでしょ」

 

 私はとりあえずの方針を立てると白雲に乗って、木ノ葉の案内に従って進んだ。

 そして、現在。そっと狭い通路から様子を伺ったはずなのに、クナイを投げるまでもなくウルクススに発見され追いかけられている。ポポはウルクススなどと比べると大人しい性質らしく、既に逃げてしまっている。とんでもなく、気が立っているようで何かあったのかと思うくらいだ。

 

「いやいや、なんでこんなに追いかけてくるの!?まだ何もしてないのに!」

「嘆いても仕方ないニャー!!どこか、広い場所に出て戦うのニャ!!」

「まあ、それしかないよね!木ノ葉!」

 

 木ノ葉は、私の言いたいことが分かっているらしく、目の前に来ると先導を始めてくれた。木ノ葉の先導に従って暫く走ると、開けた場所に出た。私は、走るスピードを上げてウルクススとの距離を大きくした。背負った太刀に手をかけつつ振り返ると、ウルクススは今にもベアハッグを仕掛けてこようとしていた。

 

「ちょっと待ってよ!?」

 

 内心、本当にやめてくれと思いながらも横っ飛びに回避。そのまま、回避した動きを使って太刀を抜く。一瞬の睨み合い。先に仕掛けてきたのは、ウルクススだ。

 

「GuOooooooOooooooo!!」

「本当に、何があったんだか!」

 

 威嚇の声を上げ、腕を振り回して周囲を薙ぐ。その動きは、アオアシラと酷似していた。が、その後に続く動きが違った。薙いだ後に、飛んだのだ。

 

「うぇ!?散開!!」

 

 私はひとまず、白雪と白雲をばらけさせた。そして、落下地点から離れて、背後を取るように動いた。が、ウルクススの着地の振動でバランスを崩してこけてしまった。

 

「しまっ__」

 

 しかも、そこは雪の吹き溜まりだったらしく、脚が埋もれてしまった。ウルクススはその獰猛さでこちらに襲い掛かってこようとしている。

 

「ニャニャー!!旦那さん、早く立つニャ!」

 

 白雪は、手にしていたカムラネコの太刀でウルクススの鼻筋を斬りつける。そこに、白雲が追い打ちという形で噛みつく。たまらず、白雲を振り払おうとするウルクスス。おかげで、私は体勢を立て直すことが出来た。

 

「ごめん、ありがとう!」

 

 2人に声をかけながら、私も斬りかかる。クルクルとウルクススの回りを動きながらダメージを与えていく。そうやってやりあっているうちに気が付いたことがある。獰猛でとても気が立っているが、どうにも様子がおかしい。まるで、何かに怯えているようなそぶりをし、弱っているのを隠すように暴れる。さらには、痩せている。

 

「……考えるのは後からでも出来るか」

 

 私は、桜花の構えを取るとそのまま放つ。既に錬気はやりあっているうちに溜まっていた。故に、より強く技を放つことが出来る。鉄蟲糸の位置を喉元にし、そのまま引っ張られる。ぐるりと回転して一撃目をいれ、返す刀で二の太刀。首の両サイドに致命傷を負ったウルクススは静かに倒れた。

 

「本当に、大変な目に遭った……」

 

 手を合わせて剥ぎ取る。剥ぎ取れた皮も、どうも張りがない。遺骸を検分していくと、私がつけた傷以外にも、最近ついたばかりと思しき傷があった。鋭く、鋭利なもので傷付けられたようだ。

 

「ギルドに報告かなぁ。ちっと異常よな」

「旦那さん、考えるのはいいことだけど、日が暮れてしまうニャ」

「そうだね。木ノ葉ー!!」

 

 空に退避していた木ノ葉を呼び戻して、腕に止まらせる。そして、懐からおやつを取り出して与える。食べている間に私は、もう一度ポポを探してくるように頼んだ。

 

「見つかったようだね」

 

 木ノ葉が、こちらから見える位置で旋回し始めた。あの下に、ポポがいる。白雲に乗り、そこまで駆けていく。途中、寒冷群島でしか入手できない凍寒ヒヤボックリを見つけて採取。光にすかすと、水晶のようにきらきらして綺麗だ。

 ウルクススと戦ったりと寄り道があったけれど、どうにかポポと遭遇することが出来た。少し離れたところから観察をする。どうやら、3~4頭からなる群れを作るタイプのようだ。こういうタイプは、逃げやすい。そこで、閃光玉を使って目をくらませている間に狩ることにした。

 

「君たちに恨みはないけれど、ごめんよ」

 

 ぽいっと投げると、中に入っていた光蟲が解き放たれ、強烈な光を発した。いきなりの事に、ポポたちは目がくらんで動けなくなっている。そこを、一気に叩く。群れの中で一番小さな個体が逃げ去るころには、ポポが3頭倒れていた。剥ぎ取って、ポポノタンを3つ入手。後は、こんがり肉を作ればいい。作ればいいのだが……。

 

「旦那さん、肉焼きセット使ったことないニャ?でも、旦那さんは料理が上手だから、きっと大丈夫ニャ」

「その信頼が怖い……。いい?一口に料理上手と言ってもよ?使い慣れた道具でやるのと、使い慣れない、しかもどうやって火加減するのかとかも全く分からないものを使ってやるのとでは、ご飯の出来栄えは全く違うものになるんだからね?」

 

 とはいえ、作らないことにはクエストは終わらない。私は覚悟を決めて初めて使う肉焼きセットを展開した。どうやら、どんなところでも簡単に展開し、足場の不安定なところでも安全に焼けるように脚がいくつかあるようだ。今いる所は、下が雪ではあるが、平坦なところなので、予備の脚は展開せずに置く。真ん中に固形燃料らしきものがあり、剝ぎ取りナイフなんかで殴れば火が付くようになっているようだ。固形燃料が埋まっている受け皿から左右に2本の棒が伸びており、先端はUの字状になっている。ここに、骨のついた生肉を引っ掛けるのだろう。片方には、骨や肉にさして回すための取っ手が付属していた。

 

「ひとまず、何も味付けのしないスタンダードなのを作ろうか」

 

 骨に取っ手を取りつけ、火をつける。火は、とても勢い良く燃え上がった。それはもう、驚いて消火用の水を用意しているうちに、炭になるほど。出来上がったのは、コゲ肉と呼ぶも虚しい、立派な炭だ。

 

「……肉焼きセット、火力高すぎないかな?」

「ニャ?これが普通ニャ」

「うせやん」

 

 生み出してしまった炭をどうするか悩んだ挙句、中身は無事であることを祈ってかじってみる。……強烈な苦みと焦げ臭さで、精神的にダメージを負った。何度か試し、涙目になりつつ、対策を考える。あの火力の高さから考えると、悠長にやっていると炭か悲しい物体Xが出来上がってしまう。そうならないように、全力で回して程よい焼き加減になったら速やかに火から遠ざけるしかない。

 

「このタイミングはならどうだ!」

「……くぅーん」

「ダメニャ。炭になってるニャ」

「ならば、こうだ!!」

「早すぎて、全然焼けてないニャ。お腹を壊す感じの生焼けニャ」

「どうだぁー!!」

「キューン……」

 

 何度焼いただろうか。持ってきていた生肉は消費しつくし、先程狩ったポポたちの肉も全て使い切った頃。ようやく、私は肉焼きセットでこんがり肉を作れるようになった。それまでに失敗した数は以下の通り。

 

・炭25個

・謎の物体X25個

・生焼け肉30個

 

 最終的に、成功したこんがり肉は20個だった。狩ったポポたちが大きな個体でなければ、とてもではないが、こんがり肉10個の納品は無理だった。オトモたちは、あまりに成功しない私の肉焼きに戦慄していた。

 

「……ね?これで分かったでしょう?料理が出来るからといって、こんがり肉を作るのが上手とは限らないって……」

 

 ギルドへ納品し、水車小屋への帰り路に、私の悲しい事実が染みたのだった。その後、肉焼きセットが上手く使えなかった副産物である生焼け肉は、フライパンで料理をし、ローストビーフなどの各種肉料理に加工し、里の人たちに配って消費しきったのだった。なお、割と好評を得た。




 書いてる本人も、ゲームでこんがり肉を作ろうとすると10個中4個くらいは生焼け肉だったりコゲ肉になります。最終的に、ヨモギちゃんに作ってもらうことにしました。

 さて、活動報告の方にも記載をしましたが、13頭目をもって、一時定期更新をストップさせていただきます。私の遅筆が原因なのですが、ストックがなくなってしまったためです。定期更新再開予定日は、23/04/01を予定しております。再開まで、しばらくお待ちいただけますと、幸いです。投稿再開が早まったり、遅くなるようでしたら、活動報告にてお知らせをいたします。
 それでは、次回14頭目 不穏の影にてお会いいたしましょう。ここまで読んで下さり、ありがとうございました。


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