シチリアのライダーが東京に召喚されました~La lotta di qualcun altro senza nome~ (はちコウP)
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第一話

「砕け散れ霊核!受け取れ人理!……宝具、解放―――!」

 己が身体に残された微かな、あらん限りの力を振り絞り、名もなき戦士は赫き空へ一撃を放つ。

 それと共に彼の身体は崩壊し、輝ける粒子と化し霧散。

 世界からその存在が消えてゆく。

 刹那、名もなき戦士は口元に笑みを浮かべる。

 脳裏に浮かび上がるは六人の仲間たちの姿、身に宿す狂気に抗う少女の姿、そして一人の少年の懸命に足掻く姿。

 戦士は祈る、少年の無事を。

 偉大なる大帝や大勢の仲間たちの勝利を。

 あるべき人の世の復活を。

 そして……

(またいつか、こうやって誰かの為に―――)

 最期のささやかなる願いは、彼の身体と共に何処へともなく散っていった。

 

 

 


 

 

 

 暗闇に蠢く羽虫のように小さなそれは思案する……何故、と。

 続いて湧き出るは怒り、憎しみ、戸惑い、嫌悪、怨嗟、嘲り、嫉み、そして……恐怖。

 己が身を辱め、凋落せしめた者らへ呪詛は、吐き出されることなく己が裡にて渦巻き続ける。

 忌々しき者らへの復讐を、頂点を極めんとした自らの復権を望むそれは、思考を一先ず捨て置いて本能のままに動き始める。

 生きとし生けるもの全てが抱く本能、即ち“生存”の為、手近な獲物へとその身を寄せ、捕食活動を開始したのだった。

 

 

 


 

 

 

 伴田逸仁(はんだいつひと)は平凡な大学生だ。

 家は一般的な中流家庭、容姿は凡庸、運動神経はそれなり、性格はどちらかといえば温厚、友人は多くもなく少なくもなく、趣味は音楽鑑賞、動画鑑賞――とはいっても世間一般で流行っているものを齧る程度――そして勉強は、まあ人並み以上には出来る方だった。

 その為、難関校と呼ばれる私大に現役で合格することが出来た。

 とはいえ周りの学生も彼と同じく狭き門を潜り抜けた者たちである。その中にあっては逸仁はやはり平凡な存在であったといえる。

 そんな彼は今、大手チェーン居酒屋の座敷席の一角で唐揚げの盛られた皿に箸を伸ばしていた。

「でさ、こないだのライブがマジで最高だったわけ!最前列の迫力マジでパなくてよ!」

「いいな~、私DVDでしか見たこと無いし~」

「勿体ないぜそりゃあ!人生の半分損してる!」

「え~ひっど~い!それ自慢とか嫌味ってやつじゃん。さいあく~」

「悪い悪い、別にそういうつもりじゃなくてよ。ん~だったら今度チケット取ってやるから一緒に行かね?」

「マジ!?やった~!約束だかんね!」

「おう!泥船に乗ったつもりでいてくれ!」

「それ言うなら宝船だし」

(……大船だよ)

 向かいの席で盛り上がっている軽薄な雰囲気の男子学生と、年齢に見合わない高級なアクセサリーを身に着けた女子学生の会話に心の中でツッコミを入れながら、逸仁は唐揚げに齧りつく。

 肉汁と醤油の風味が口の中に広がる。まあ旨いと言える部類の味付けだが、実際唐揚げなんてものは誰が作ってもそれなりの味になる。自分が作ってみたことのある物と比べて大差無いように感じられた。

 言ってしまえば、この唐揚げも……普通だ。

 数度それを咀嚼して彼はグラスに入っている、すっかり泡の消え去ったビールを喉の奥へと流し込む。

 常温に近い温度となっていたそれは、爽快とは程遠い何とも言えない微妙な感覚を彼に味わわせた。

「おっ、グラス空になってんじゃ~ん」

 と、逸仁が置いたグラスの中へと、瓶からビールが注ぎ込まれる。

「ちょ、ビールはもういいっての!」

 逸仁は隣の席に座る小太りの同級生に抗議の声を上げる。

「な~んだよ、せっかく人が注いでやったんだぞ、もっとありがたがれよ~。恐縮です!って言いながらペコペコして一気に飲み干せよ~」

「どこのサラリーマンだよそれは!」

「あそこの?」

 そう言って彼が指さした先には、カウンター席でスーツ姿の男性が頭を下げながら、申し訳なさそうにビールをあおっている姿があった。

「おい!聞こえてたらどうすんだよ!」

「大丈夫だって、俺らの周りみんなクッソうるせ~から。ほら、飲~め飲~め!」

 手拍子しながら囃し立ててくる友人、太一のその様に嘆息しながら、逸仁はグラスの中身を一気に飲み干した。

「お~!良い飲みっぷりだね!ささ、もう一杯」

「だからもういいっての!」

 グラスを太一の手の届かない位置へと置いて、もう片方の手で向けられたビール瓶を軽く払いのける。

「なんだよノリ悪りいな~!そんなんだから彼女できねえんだぞ」

「うるせーよ!それ別に関係ねーだろ!」

「い~や、大いに関係あるね。俺と美知子ちゃんとの出会いは、飲み会での俺の雄姿があってのことなんだぞ。いいか、鼻の穴かっぽじってよ~く聞け」

「ちげ~よ」

「そうだった、尻の穴を」

「汚ねえな!それを言うなら耳の穴だろ!」

「ともかくだ!あの時の俺は――」

(うだうだ五月蠅い……要約すると、周りに囃し立てられて調子に乗って、一気飲みをして酔いつぶれたこいつを現彼女が介抱したって話だろ。俺もその場にいたから状況はよ~く分かっているよ。でもってそれをきっかけにお前は彼女へと猛アタックを開始、いつしか二人は結ばれました。はい、めでたしめでたし)

 熱弁を振るう友人へのツッコミを煩わし気に心の中で済ませて、頬杖を付きながら逸仁は周囲を見渡してみる。

 座敷席には二十数名の学生たち。いずれも逸仁のクラスメイトだ。

 大学にも小中高の学校のようにクラスというものは存在する。だがそれは形式上のものであり、多くの授業が選択制である大学ではクラスごとの纏まりは小中高の学校に比べ希薄である場合が殆どだ。

 サークルやゼミといったものがある大学という空間では、そちらの方のコミュニティに比重を置く学生も少なくない。

 だが逸仁のクラスではまとめ役を買って出た人間が積極的なせいか、彼らが三年生になった今でもこういった飲み会の催される頻度は高く、参加者もそこそこに多かった。

 逸仁の場合はサークル活動をしているわけでもなく、他に親密な間柄の者もいなかったので暇つぶしも兼ねて顔を出している。

 だが、実際のところその理由は建前で…… 

 逸仁の目に映るのは男子だけで固まったむさ苦しさの漂うグループ、男女混合で和気あいあいと――それでいて妙な緊張感を漂わせながら――話すグループ。そして女子だけで固まった姦しさと華やかさを――表向きは――感じさせるグループ。

 その内の一人の人物に自然と視線が留まる。

 艶やかな長い黒髪、白ブラウスのトップスを身に着けた、どことなく上品な雰囲気を漂わせる女性。

 周囲の友人と楽し気に談笑しつつ、薄紫の液体――恐らく巨峰サワーだろうか――が入ったグラスを両手で持って口元に運んでちびりちびりと飲む。

 その姿をぼんやりと眺めつつ、逸仁は思案する。

(神田さん、やっぱり綺麗だなあ……)

 と同時に数日前にあったある出来事が脳裏に思い浮かぶ。

(……はぁ、我ながらカッコつけた、キモい、痛いことしちまった)

 頬杖をついた姿勢のまま溜息を吐く。

 と……

「……っ!」

 神田綾音の視線が逸仁と交錯した。

 その瞬間、逸仁の胸は早鐘のように鳴り、思考が真っ白に染め上げられる。

 そして一瞬とも永遠とも感じられる時間が過ぎ、逸仁の意識は元に戻る。

 真っ先に視界に飛び込んできたのは、キョトンとした様子で目を瞬かせている神田綾音の顔。

 内心慌てふためいた逸仁は、即座に顔を背けて視線を逸らす。

 するとその先には……

「でだ!見てみろこの写真を!こないだ美知子ちゃんと行ったバラ園だ!綺麗だろ、なっ!」

 眼前にかざされたスマホに映る、男女のツーショットがあった。

「……いい白バラだな」

「そっちじゃねえ!美知子ちゃんだ!バラに負けない、いや!それ以上に彼女は可憐だろうが!」

「……そうだな」

「はっはー!そうだろそうだろ!」

 鼻の穴を大きく広げ得意気な様子の太一は、スマホをタップして新たな写真を表示させていく。

 止まることを知らない友人の惚気話に呆れながら

(神田さんと比べたら月とスッポンだよ、悪いけど)

 そう心の中で呟いた。

 

 

 


 

 

 

「う~寒っ」

 雑居ビルから出てきた逸仁(いつひと)は思わず身震いをする。

(半袖は失敗だったな。羽織るもん持ってくりゃよかった)

 季節は春から初夏へと変わるころ。

 日中は汗ばむ陽気だったので薄着で出かけた逸仁だったが、夜の気温の低さを考慮に入れていなかったことを僅かながらに後悔しながら歩き出す。

 そこは煌びやかな光に包まれた繁華街。眠らない街と称されるこの場所は、新たな日を迎える時間が近づいてもなお賑わいを見せている。

(流石にオールするほど付き合ってらんねえしな)

 先の居酒屋での会がお開きとなり、参加者の大半はそのまま二次会の定番カラオケへと流れ込んだ。

 それを途中で切り上げて逸仁は家路を急ぐ。

 明日は日曜ではあるが、朝からバイトの予定。

 今日の飲み会で出費した分と、生活費の一部、更には貯蓄する為の金を稼がねばならない。

(とりま終電には絶対に間に合わせなきゃな。逃して歩きたかねえし、タクシーなんて論外だし)

 逸仁は足早に繁華街を歩いていく。

 その途中で、ふと路地裏へと続く小道が目に入る。

(確かここ突っ切ってけば駅までの近道だったよな)

 順調であれば、少々足早に歩く必要はあるものの、まだ終電に間に合う頃合い。

 だが信号待ちなどに遭遇し、タイムロスすることを考えると走る必要性が出てくるかもしれない。

(こないだは酒入った状態で走ってコケたんだよな……)

 暫しの逡巡の後、決意した逸仁は大通りから横道へと進路を変えていく。

 

 

 

 

 そして後に逸仁は懐古する。この選択が文字通り運命の分かれ道であったことを。

 

 

 

 

 路地裏は照明らしい照明も無く、表通りから流れ込む光と周囲を取り囲むビルの小窓から漏れ出る明かりで、かろうじて数メートル先が見える程度の薄暗さだった。

 以前友人に連れられて通った際は日中であった為、難なく歩いていけたのだが……

(歩き辛い……先もよく見えねえし……失敗だったか)

 逸仁は早くも自分の選択を後悔し始める。

 今ならまだリカバリー出来るかと、よぎった考えに従い引き返そうとするが、その瞬間

「……っ!?」

 不意に右手の甲に痛みのような感覚が走った。

 顔をしかめ、何事かと顔に手を近づけてみるが、薄暗さのせいでよく見えない。

 スマホを取り出してその明かりで照らしてみようかとポケットに手を突っ込む。

「うわぁぁぁぁっ!」

「!?」

 突如として響き渡る悲鳴に逸仁はビクリと身体を震わせた。

「な、何だ……?」

 周囲をキョロキョロと見渡していると、先の方にあるビルに据え付けられた裏口らしきドアが勢いよく開き、人影が転がり出てきた。

 もんどり打って倒れ込んだその人物は手足をバタつかせるようにして立ち上がると、逸仁の方へ向けて走ってくる。

「た、た、た、助けてくれっ!」

 駆け寄ってきた中年と思わしき男は、恐怖を顔に浮かべながら必死の形相で縋り付いてくる。

「ちょ、ちょっと!やめてくださ……」

 男をどうにかして引き剥がそうともがく逸仁の耳に破裂音のようなものが聞こえた。

 同時にビクンと男の身体が震えて、ズルズルと地面に倒れ伏していく。

「…….え?」

 突然のことに理解が及ばす、思わず数歩後退りする逸仁。

 薄明かりに照らされた、うつ伏せに倒れ込んだ男。その身体は微かに動きながら、どうにかして立ちあがろうとしているように見えた。

 その様子から目が離せないでいると、再び響く破裂音。鳴ること二回。

 それに合わせて男の身体も二度ビクンと震え、間もなく糸が切れた操り人形のように完全に停止した。

「え……あ……」

 喉の奥から微かに漏れ出る声。

 目の前で起こった出来事を理解しようと必死に努めるも、脳はそれを拒み、身体のは震えが走り力が入らない。

「やったか」

「ばっちりタマ獲ったりました」

 聞こえてきた声に逸仁が視線を上げると、開かれたドアの側に立つ人影が二つ。

 うち一つは小柄で猫背気味、もう一つは白いスーツを身に纏った頬と目元に傷のある男だった。

「おい、ガキがいるじゃねえか。見られたんじゃねえだろうな?」

「そのようです」

「おい、どうすんだよ」

「心配いらねえっすよ、アイツと同じにしちまえばいいんですから」

「はっ、しくじんじゃねえぞ」

「俺の銃の腕、知ってるでしょう?」

 と、小柄な男がその腕を突き上げて、手にした黒光りする筒のような物体を逸仁へと向けてくる。

「え……?ピ、ピストル!?」

「まあ、何だ。運が悪かったな。生まれ変わったら今度は長生き出来るようにって祈っといてやるからよ」

「うわぁぁぁ!」

 危機的状況にあることを理解した逸仁は、瞬時に踵を返して走り出そうとする。

 それと銃口から火花が噴き出したのはほとんど同時だった。

 グラリと逸仁の身体は地面へと転がった。

「へへっ、一丁あがり」

「マジで当てやがったよコイツ」

「んじゃまあ、後は掃除屋に連絡してまとめて処理してもらえば終了っすね」

「しかし余計な出費だな。二人分始末させるとなると」

「割引とかしてくんないっすかね?まとめ割みたいな」

「なるわけねえだろ」

「うーん、じゃああのガキの親でも脅しますか。ウチんとこのお抱えの店の女孕ませたとかでっち上げて」

「えげつねえこと考えんな。けど、アリかもな。ちったあ足しになんだろう」

「そうと決まりゃ、さっそく学生証か免許でも漁って……」

 と、小男が倒れた逸仁の方へと目を向けると……

 彼が倒れていたはずの所には何も無い。目に映るのは先に撃ち殺した男の死体のみ。

 目を瞬かせた小男がやがて視線を上げる。

 するとその先には、そろりと忍び足で歩く人影が。

 腕に絶対の自信がある男は一瞬、理解できないとばかりに再び目を瞬かせ

「……テメェ!」

 銃を構え引き金を引いた。

 開いた距離、暗がりという環境、判断の遅れ、重なり合う要素は先程のように標的に弾丸が当たることを許さなかった。

 銃声を耳にした標的は弾かれたように走り出し、表通りの方へとその姿を消した。

「油断しやがって!このアホんだら!」

「そ、それを言うならアニキだって目離して……」

「うるせえ!」

 口答えする舎弟の背中に拳を一発叩き込んで

「待ちやがれ!」

 白スーツの男は逸仁を追いかけ出した。

 その後を苦悶の表情を浮かべながら銃を持った男が続いていく。

 

 

 


 

 

 

「はぁ……はぁ……っ!」

 人の波を掻き分けるようにして逸仁(いつひと)は走っていく。

 男が銃を撃った瞬間、駆け出そうとした逸仁は、撃ち殺された男が流した血に足を滑らせていた。

 おかげで銃弾は逸仁の頭上を掠めるだけで済んだ。

 そして男達が油断している隙に忍び足で距離を空け、逃亡を図ることができたのだった。

(けどこのままじゃ……)

「待てコラァ!」

 罵声を発しながら男達は、通行人達を時に威嚇し、時に突き飛ばしながら追いかけてくる。

 走る速さ自体は逸仁の方が優っていたものの、強引に道を切り開く男達との距離はなかなか開いていかない。

「だ……れっ…….か、たす…….けっ……!」

 助けを求めようにも全力疾走の最中、息は絶え絶えになり上手く声が発せられない。

(こんな状況異常だろ!誰か助けてくれるか警察に通報するとかしてくれよ!)

 都会の人の多さ故の傍観者効果というもので、人々は遠巻きに逸仁らの様子を眺めるのみで、積極的に助けに入る者はいない。

 逸仁自信が誰かに縋り付いて助けを乞えば、また違う状況になったかもしれないが、彼もまた正常な判断力を失っており、ただひたすらに男達から逃げることしか頭にない状態になっていた。

(けどこのまま駅まで行ければ、なんとか!)

 そう考えた時だった。

「おい!そのガキだ!」

 後ろから聞こえてきた声に何事かと思い、周囲を見渡すと、右斜め前方から走り寄ってくる強面の筋骨隆々な大男の姿があった。

 察するに自分を追いかけてくる男達の仲間のようだった。

「マジかよっ!」

 逸仁は咄嗟に左手方向へと進路を変える。

 その先には路地裏へと続く道が見える。

 全力で逸仁はそこへ向け駆け込んでいく。

 路肩に置かれているポリバケツやら箱やらを薙ぎ倒しながら、必死に細い路地裏を駆け抜けていく。

 どこをどう走っているのかもよくわからないまま、がむしゃらに進んでいった逸仁は、やがて開かれた場所へと辿り着いていた。

「はぁ…….はぁ……えっ?」

 見渡してみればそこには鉄パイプやら三角コーンやらの道具に加え、様々な建築資材が積み上げられている光景が広がっていた。

「……行き止まり!?」

 その事実に気づいて踵を返す逸仁。

 しかし……

「はぁ……ようやく……追いついたぞ……このガキが」

 この場に続く唯一の道は、駆け込んできた三人の男達に完全に塞がれていた。

「あ……ああ……」

「ふぅ……手間かけさせやがって。……おい」

「へい」

 呼びかけに答えるようにして進み出た小男が、懐から取り出した銃を逸仁へと向ける。

 その瞬間、逸仁は地面に両手を付けて跪いた。

「きょ、今日の事は絶対に、誰にも言いません!だから、殺さないで!」

「ほほう……」

 その様を見て白スーツの男は嫌らしく口の端を歪めた。

「お願いします!」

 逸仁が地面に額を擦り付けるかの如く頭を下げる。

「わかった、いいぜ」

「ほ、本当ですか!?」

 逸仁は安堵の表情を浮かべて顔をあげる。

「ただし、一つ条件がある」

「条件?」

「さっき死んだアイツな、ウチと敵対してる組のスパイでな。大切な情報盗もうとしてたのをどうにか寸前で防いだわけよ」

「……はあ」

「けどなあ、殺したのがバレたとあっちゃあ、向こうさんも黙っててくれないわけよ。メンツやらケジメやら色々とややこしいことがあってなあ」

「……はい。あの…….それで?」

「だからよ、お前さんがアイツを殺したってことにしてくれねえか?」

「……え?」

 逸仁の目の前でにこやかに微笑む男。

「まあ、何年かムショに入るかもしれんが、ここで殺されるよりはマシだろ?」

「いや、それは…….」

 困惑する逸仁の目の前で男は、ひとつ思い出したとばかりに拳をポンと叩く。

「ああ、それと相手方の組の報復がお前さんに来るかもしれんけど、そこは自己責任ってことで何とかしてくれや」

「そ、それじゃあ、俺、その人達に殺されるんじゃ……」

「だな……ああっ、なら結局一緒か!はははは、俺とした事が、こいつあうっかりだ!」

 愉快そうに笑う男。後ろに立つ男達もそれに同調するかのように、嘲るような表情で笑い声をあげる。

「す、すみません。他のことで何とかしてもらえないでしょうか?」

「んー?しょうがねえな。だったら……」

 と、男は三本指を逸仁の眼前に突き立ててきた。

「……さん?」

「三百万、死体処理にかかる費用だ。それを払ってくれればいいぜ?」

「そ、そんな大金……!」

「もちろん現金即払い。分割もカード払いも無しだ。でなきゃ掃除屋が引き受けてくれないんでな」

「お、親に相談して……」

「ダメダメ、それじゃあ時間かかっちまうだろ。コンビニのATMでパパッとワン、ツー、スリーで出してもらうくらいの早さじゃなきゃ」

「そ、それは……無理、です」

 一介の大学生である逸仁には、言うまでもなくそんな大金は無い。

 貯金はしているもののたかだか数十万程度、男の提示してきた金額には遠く及ばない。

「そっかそっか」

 渋面を浮かべる逸仁に対して男は、にこやかな表情で告げた。

「じゃあ、死ね」

 立ち上がり踵を返した男に代わって銃を手にした小男が逸仁の前に立ちはだかる。

「んじゃまあ、苦しまないようにサクッと撃ち殺してやるからよ」

「あ……ああ……」

 逸仁の身体が恐怖に震え出す。

 鼻の奥がツンと痛くなり、目の端に涙が浮かび出す。

「にしても相変わらずアニキは人が悪りぃ。このガキが要求飲めるわきゃないのわかってたんでしょうに」

「ははは、何のことやら」

 三人の男達は愉快そうに声をあげて笑う。

 逸仁を、ついさっき出会ったばかりの見ず知らずの人間を殺すことを、この男達は何とも思っていない。

 敵対していたとはいえ人ひとりをアッサリと殺し、人を陥れることを当たり前のようにやる男たちがいることを、恐怖に身を震わせながらも逸仁は許し難く思う。

 理不尽な運命を呪い、しなくてもいいような近道を選んだことを後悔する。何もできない自分に歯痒さと情けなさを覚える。心の中には様々な感情が、想いが渦巻いていく。

(クソッ!畜生!どうして……っ!……本当にいいのかよ、このまま、やられっぱなしで……!)

 内なる声が問いかける。

 地面に広げられた手がグググっと閉じられ、土の上に指の形が刻まれる。

(このまま、黙って死ぬぐらいなら……)

 決意をもって顔を上げた逸仁は、拳を小男の眼前にて横払いにする。

「うおっ!?」

 手のひらから撒き散らされた土が小男の顔面に降りかかる。

「くっ!目がっ!」

 目を閉じて狼狽する男へと逸仁は掴みかかり、その手の銃を奪い取ろうとする。

「うあああっ!」

 渾身の力で腕を引き寄せようとするも、小男もまた取られまいと必死に銃を握りしめて抵抗する。

「この、ガキッ!」

「うがああああっ!」

 組み合った腕が右に左にと振られ、主導権を取られまいと二人は互いに最大限の抵抗をする。

(このまま、一気に……!)

 勝負を決めようと腕に一層の力を込めた瞬間、逸仁の側頭部に衝撃が走った。

「がっ!?」

 逸仁の身体が地面に横倒しになる。

「くっ……痛っ……」

 痛みに顔を歪めながら目を薄らと開いてみると、彼の傍には拳を握りしめた強面の大男が立ちはだかっていた。

「ふざけやがって!ぶっ殺してやる!」

 激昂した小男が、起きあがろうとする逸仁の頭に銃を突きつけ引き金に手をかけた。

(ああ、ダメか……)

 死を覚悟したその瞬間、逸仁の意識は一瞬真っ白に染まっていく。

 

 

 

 

 木漏れ日の差す森の中、自分の傍にはローブを身に纏った女性が佇んでいた。

 こちらに向け何か喋りかけているが、その内容はよくわからない。その表情も被ったフードに覆い隠されて窺い知ることはできない。

 けれどもそれを聞いている自分の心は、不思議と安らかで尊い気分に包まれている。そう感じられた

 やがて女性はその頭に被ったフードを外し、彼へ向け微笑みかけてきた。

 その顔は……

 

 

 

 

(神田さん……?)

 

 

 

 

 刹那、逸仁の手に紋様のような痣が浮かび上がり、熱を帯びたような感覚が走る。

 それと共に青白く眩い光と衝撃が、彼の目の前の地面からほと走りだす。

「うおおっ!」

「んなっ!?」

 逸仁の目の前の男達が衝撃を受け、その場から数メートル弾き飛ばされて地面へと転がった。

「ど、どうしたってんだ!?」

 白スーツの男が眩しさに目を細めて叫ぶ。

 やがて光の奔流が収まり、朧げな意識を徐々に覚醒させていった逸仁の目の前には、人影が立ちはだかっていた。

 その人影は首を曲げて振り返り、逸仁を一瞥する。

(…….仮面?)

 仮面のような兜のような何かを被って、鋼鉄の鎧の様なものを纏った人影は、首を左右へと振り周囲を見渡す。

「な、何だ、テメェは!」

 立ち上がり、銃を突きつけた小男に対し

「ほっ!」

 軽い掛け声と共に人影は手にした得物をサッと振う。

「あっ!」

 その一撃で拳銃は弾き飛ばされ、軽い音を立てて地面へと転がり落ちる。

「はっ!」

 続け様に振るわれる一撃が小男の身体打ち据えて、壁際まで弾き飛ばす。

「この野郎っ!」

 強面の大男が横合いから殴りかかるが、その拳は虚しく空を切る。

「よっと!」

 しゃがみ込んだ状態から得物の石突きによる一撃が男の腹を打ち付ける。

「か、はっ!」

 肺に溜まった空気を押し出されながら、その身体は宙を舞い、仰向けに地面へと投げ出される。

 白スーツの男は困惑し、呆然とただその光景を眺めるのみだった。

 逸仁もまたぼんやりと男達が打ち倒される様を見ていたが、不思議とその心は穏やかな湖畔の水面の如く澄み渡り落ち着いていた。 

 するとその人影、鎧を纏った戦士は逸仁の方へと振り返り

「えっと、こういう時は何て言うのがいいんだっけか?」

何やら思案する様な仕草をし、やがて思い付いたとばかりに手を叩き、咳ばらいをひとつしてから、かしこまった調子で告げてきた。

「……アンタが俺のマスターか?」

 

 

 

To Be Continued...




FGO2部6.5章でのシチリアのライダーの活躍がカッコよくて彼の戦う様をもっと見たいと思ったので書き始めた次第です。

Fate系の捜索は初めてなので至らぬ点、ガバ知識などを晒してしまうかもしれませんが最後までお付き合い頂ければ幸いです。


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