STARDUST∮FLAMEHAZE 【完全版】 (沙波羅 或珂)
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第一部 【PHANTOM BLAZE】
プロローグ ~MEN OF THE DESTINY~


 

 

 

 

 

 

 

          

神である主、今おられ、かつておられ、

        

やがて来られる方、全能者がこう言われる。

       

「わたしはアルファであり、オメガである」

        

【新約聖書 ヨハネの黙示録-第1章-8節】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨。

 舞い落ちる銀色の雫。

 その緩やかに降る儚き存在の飛沫(ひまつ)が、

派手な学制服のズボンに両手を突っ込んで佇む

無頼の美貌を(たずさ)える貴公子を濡らしていく。

 急激な気温の変化によって白い(もや)が発生するほどの、

()せ返るような雨の匂い。

 その特注品である学ラン姿の「彼」を取り巻く状況、は。

 血。 

 血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。血。 

 夥しい量の、鮮血の海。

 砕けた歯や千切れた肉片、ソレらが引き裂かれた衣服の切れ端や

粉々に破壊されたメッキのアクセサリー、

バラバラに砕けた凶器の破片らと共に路上へ散らばっている。

 そして周囲から湧き起こる、無数の(うめ)き声。

 服装と頭髪で、(タチ)の悪い街のチンピラだと一目で解る風体。

 

「う……うううぅぅぅ……!」

 

「に、人間じゃ……ねぇ……」

 

「バ、バケモノ……だ……!」

 

「こ、殺され……る……」

 

“バケモノ” か。

 劣悪な街のチンピラ風情にそう呼ばれた美貌の青年は、

ただ自嘲気味に微笑(わら)っただけだった。

 

「確かにな……」

 

 バケモノ。

 周囲の重篤な男達にそう呼ばれた張本人は、

自嘲的な笑みを崩さないまま前衛的な学生服の内側から

青い煙草のパッケージを取り出す。

 慣れた手つきで一本引き抜き、

チャコールフィルターの濃い末端を色素の薄い口唇に(くわ)える。

 ジボッ!

 突如、その口唇の先端に、()()()()()()()()()火が点いた。

「……」

 彼は、眼前の「変異」に眉一つ(ひそ)めず、端麗な口唇から紫煙を細く吹き出す。

 そして、舞い落ちる雨露に身を濡らしながらゆっくりと空を仰ぎ見た。

 

 日本人離れしたライトグリーンの瞳、

雨雲で灰色に染まってはいるが彼はしっかりとその光景を灼きつけた。

 しばらく、見納めになるからだ。

 これから自分は、冷たいコンクリートと頑強な鉄格子とで覆われた牢獄に

己の身を 「封印」 しなければならない。

 いつの頃からか?

 知らない間に己の背後に巣喰っていた、一匹の 【悪霊】 と共に。

 やがて聞こえてくる、無数のサイレン。

 日常と非日常とを割かつ、律法の反響。

 その音を聞いた彼は恐怖と絶望の表情を浮かべるでなく、

かといって逃げるわけでもなく、口唇から根本まで灰になった

煙草のフィルターを路上に吹き捨てただけだった。

 赤い飛沫が、雨露と共にアスファルトの上で跳ねる。

 

「やれやれ、遅ぇんだよ……」

 

 彼はそう毒づき、プラチナメッキのプレートが嵌め込まれた学帽の(つば)で目元を覆った。

 

「とっとと捕まえろ。そしてこのオレを、二度と外に出すんじゃあねぇぜ。

今、オレの「背後」に取り()いてやがる、この 【悪霊】 と一緒にな……!」 

 

 投獄という、 世間一般の人間なら

誰もが拒絶反応を見せる己の暗い未来に

彼は微塵の不安も嫌悪も抱いてはいなかった。

 ただただ、強い 『決意』 と気高い 『覚悟』 のみが彼の存在を充たしていた。

「彼」の名は、 【空条 承太郎】

 その、永き血統が築き上げた、

『黄金の精神』 の輝きを()に宿す誇り高き一族、

“ジョースター” の末裔。

 この 『物語』 は、その()と一人の()()との出逢いが織り成す、

数奇で不可思議なる 【冒険譚】 の記録である。

 

 

 

 

 

 

              ジョジョの奇妙な冒険

 

                   第三部

 

                 【空条 承太郎】

 

         *STARDUSTφFLAMEHAZE*

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 



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『悪霊に取り憑かれた男と炎髪灼眼の少女』

 

 

【1】 

 

 成田新東京国際空港。

 巨大な機体の轟音が何度も空間を交錯する。

 多種雑多な人々が行き交う空港ロビーで、

清楚な服装に身を包んだ壮麗の淑女が大きく手を挙げた。

 

「ここよ! パパ!」

 

 その静粛な声に、初老の男性が振り向く。

 しかしその体格は老齢のそれではなく、

見上げるほどの長身に加え

全身は鍛え抜かれ引き絞られた筋肉で覆われていた。

 ソレに合わせる様に服装も、

古代遺跡の探険家を想わせるワイルドなスタイルである。

 

「ホリィ! おいどけ!」

 

 偶然二人の間に入ったスーツ姿の男に肘鉄をくらわせ、

初老の男性はホリィと呼んだ女性の元へと駆け寄る。

 

「パパァ!」

 

 淑女はまるであどけない少女のように、

父親である男性の広い胸に飛び込んで抱きついた。

 父である彼もその力強い両腕で愛娘を優しく抱き留める。

 そして、しばし周囲の目など気にせず互いにはしゃぎながら

数年ぶりの親子の再会を喜び合う。

 しかし、淑女は突然我に返ったかのように顔を曇らせると、

 

「カバン、持つわ」

 

先刻の (劇的とも言える) 再会に罪悪感でも抱いたのか、

足早に空港を去ろうとした。

 その彼女に父親が問いかける。

 

「ところでホリィ? 我が孫の “承太郎” の事じゃが、

たしかに、 【悪霊】 と言ったのか?」

 

「!!」

 

 父の口から出た “ 承太郎 ” という名前にホリィの足が、

その場で硬直したように止まった。

 そして張りつめた氷が溶けるように、

美しい瞳に透明な雫が溜まっていく。

 

「ああ! なんてことッ! 承太郎ッ!

他の人達には見えなかったらしいけど、

()()()()()()()……!

承太郎のとは 『別の腕』 が見えて……

それで……それで……!」

 

 ホリィの脳裡に甦る、一昨日前の変わり果てた姿。

 愛息は薄暗い牢獄の中、全身血に塗れた姿で

こちらと目を合わせようともせず、ただ俯いていた。

 なんとか懇意在る 『財団』 の協力を得て、

傷害事件の「正当防衛」は認められたのだが

それでも最愛の息子は頑なに牢獄から出る事を拒否した。

 そして激昂する警察官のホルダーからいつの間に抜き取ったのか、

黒光りするニューナンブの銃口を自らのこめかみに当て、

躊躇(ためら)いもなくその引き金を()いた。 

 死のマズルフラッシュを放つ銃口、次いで轟音、

しかし、真の驚愕は()()()()来訪した。 

 

 至近距離で音速射出された鉛の弾丸を、

承太郎の腕から透化するように伸びた

“別の手” が(つま)み取っていたのだ。

 指の隙間でコイル状に鋭く回転を続ける弾丸を

「その指」は何事もなかったように弾くと、

ソレは自分の足下に硬質な音を立てて転がってきた。

 停止した弾丸から立ち上っていた白い硝煙。

 

「オレを此処から出すンじゃあねぇ……死にたくねぇんならな……」

 

 最愛の息子はソレだけ告げ、再び闇の中に戻っていった。

 かける言葉は、みつからなかった――。

 

 顔を覆いさめざめと泣く娘の肩を優しく抱きながら、

初老の父親は娘に問う。

 

「他の人には見えないのに、 ()()()()()()()のかい?」

 

「えぇ……」

 

 ようやく目元の涙を拭って愛娘は答える。

「承太郎は最近 “取り憑かれた” と云っているらしいが、

おまえにも何か 『異常』 はあるのかい?」 

 

 優しい声でそう問いかける父にホリィは。

 

「私には、 ないわ。何も。

でも、承太郎は原因がわかるまで2度と牢屋から出ないっていうのよ!

パパ……私、 一体どうすればいいのか……」

 

 睡眠不足が祟ってか、ホリィの顔色は悪い。

 

「よしよし、可愛い我が子よ。

この “ジョセフ・ジョースター” が来たからには安心しろッ!」

 

 ジョセフと名乗った男性は、そう言って力強く娘の肩を抱く。

 

「まずは、早く会いたい……」

 

 ジョセフは貧血気味で頼りない足取りの娘の身体をしっかりと支え、

共にエントランスに向けて歩き出した。

 

「我が()の、 承太郎に」

 

 そう実孫の名を口にしてジョセフは、

腕の中の娘に注意を払いながらも背後へと視線を送る。

 目当ての人物は、備え付けのソファーに足を組んで腰掛け、

湯気の立つ紙コップを口元に運んでいた。

 近寄れば、噎せ返る程甘い匂いがするに違いない。

 マントのような黒寂びたコート。

 そのフードをすっぽりと被っているため今表情は伺えない、

が、カップが口元に運ばれたその時だけは、

きっと妖精のような笑みを浮かべているのだろう。

 ジョセフはその黒コートの人物に向けて左手を差し出した。

 白い手袋で覆われた鋼鉄の腕。

 数十年前、第二次世界大戦の最中、 

かけがえのない者達と共に

この世界の 【命運】 を賭けた戦いへ

身を投じた時の 『証』

 名誉の、負傷。

 

 パチンッ!

 

 弾かれた指が、 義手とは想えぬ澄んだ音を立てた。

 それを合図と受け取った黒コートは、

空になった紙コップを背後に投げ捨て

(ちなみにそれは30メートル先のダストボックスに見事着弾した)

娘と寄り添いながら歩くジョセフの後を付いていく。

 音も無く、 影も無く、 衣擦れの音すらしなかった。

 

 

 

 

【2】

 

 ゴギギイイイイィィィィ……………………

 鉄製の錆びた扉が重苦しい音を立てて開かれる。

 承太郎の居る牢屋の中は、一昨日とはまた別の部屋のように様変わりしていた。

 オーディオ、DVDデッキ、エアロバイク、ソファー、コーヒーメーカー、

ノートパソコンetcetc、

 およそ人間が快適に生活出来る、 ありとあらゆるものが存在していた。

 中にはバイクのメットや飛行機のラジコン等、マヌケなものもいくつかあったが。

 

「お……恐ろしい……またいつのまにか物が増えている……!

こんな事が外部に知れたら、私は即免職になってしまう……!」

 

 兇悪な犯罪者を見慣れている筈の中年看守が、

その恐怖心を隠す事もなく呻いた。

 

「大丈夫……孫は、 ワシが連れて帰る」

 

 ジョセフは穏やかに、しかし各個とした意志を込めて看守に告げる。

 

「孫……?」

 

 簡易ベッドの上で煙草を燻らせていた美貌の青年が、その一言に反応する。

 脇には 「ESPの全て」 「神秘と魔法」 「死者の書」 「真紅(あか)い世界」等、

オカルトじみたタイトルの書物が山積みになっていた。

 それらについた付箋と折り目から、

投獄中に内容は全て読破しているらしい。

 

「承太郎! お爺ちゃんよ! お爺ちゃんはきっとあなたの力になってくれるわ!

お願いだからお爺ちゃんといっしょに出てきて!」

 

 鉄扉の脇で彼の母親であるホリィが叫ぶ。

 承太郎は祖父の顔を一瞥すると、銜えていた煙草を吹き出した。

 赤い飛沫が冷たいコンクリートの床で弾ける。

 ジョセフは無言で、孫である承太郎のいる牢屋に近づいた。

 承太郎もそれに合わせるようにベッドから身を起こす。

 

 ガッッッッッッシャアアアアアアアァァァァァァァ

--------------ッッッッッッ!!!!!!

 

 最後のゲートが、暴力的な音を立てて開いた。

 承太郎、ジョセフ、両者共に言葉は一言も交わさなかった。

 が、空気どころか空間まで震えるようなプレッシャーを伴う、二人の邂逅だった。

 

 

 

 

 

     ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

     ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

     ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 

 

 

 

「出ろッ! ワシと帰るぞ!」

 

「消えな……」

 

 牢屋を挟んで、十年ぶりの再会を果たした祖父と孫。

 その、 最初の一言。

 ジョセフの言葉が終わる前に承太郎はそう吐き捨てた。

 

「およびじゃあないぜ……オレの力になるだと……? 

一体何が出来るっていうんだ……?

わざわざニューヨークくんだりから来てくれて悪いが……

アンタはオレの力になれない……」

 

 そう言って承太郎は挑発的にジョセフを指差す。

 

「……」

 

 その彼の指の隙間に、何か光るものが握られていた。

 

「はッ!」

 

 ジョセフは咄嗟に自分の左手に視線を向ける。

 頑丈な鉄製の義手、その小指部分がいつのまにか欠損していた。

 凄まじい力で捻じ切られたというよりは、

余りに速いスピードで抜き取られたかのような、

眼前のその事実にジョセフは戸惑いを隠せなかった。

 

 老いたとはいえ、かつて生物進化の究極にまで到達した太古の最強種、

『柱の男』 と戦い抜いた戦闘者である自分が、

「気配」すら感じ取る事が出来なかったのだ。

 

「見えたか? 気づいたか? これが 【悪霊】 だ」

 

 承太郎はジョセフの小指を指先で弾く。

 鉄片が扉にぶつかって耳障りな音を立てた。

 

「オレの傍に近づくンじゃあねぇ……残り少ない寿命が縮むだけだぜ……」

 

 そう端的に祖父に告げ、実孫はもう話は終わりだとでもいうように背を向けた。

 

(なんてやつだ……このワシをいきなり欺くとは……)

 

 ジョセフは十年ぶりに出逢った、

成人前の実孫へ畏怖に近い感情を覚えた。

 自分が知っている孫の姿は、

まるで女の子と見紛うような

あどけなく可愛らしい少年だったというのに。

 目の前の孫はもう立派な青年、否、

精悍な一人の “男” として成長していた。

 十年という 「時間」 が、

これほどまでに人間を変えるモノか、

感慨と共に一抹の淋しさを感じながら

ベッドの上で片膝を抱え込む承太郎を見つめる。

 その孫はもうジョセフに興味を失ったのか、

再び白いシーツの上で紫煙を燻らせていた。

 

「むうぅ……」

 

 呻きのような嘆息がジョセフの口から漏れる。

 

(おそらくアイツは……()()()()を……

アノ 【悪霊】 を自分自身だけで抱え込むつもりなのだ……

他人に頼る等という事は、

端から思考の隅にも存在すらしなかったらしい……)

 

 奇妙な事だがソレは、

血の繋がりで殆ど確信に近く 『実感』 出来た。

 もし自分が同じ立場に置かれたなら、

考えの相違はあれど結果的にはおそらく同じ選択をするだろう。

 しかし、()()()()()承太郎に、

自分の 【悪霊】 を実際に体験させなければと思った。

 近い将来、必ず訪れる 『危機』 の為にも、

いま、ここで、身体で理解する必要がある。

 

「君の出番だ」

 

 ジョセフはパチンッと右手で弾く。

 その合図と同時に牢獄前の壁へ

背をつけて座っていた黒コートの人物が、

静かに立ち上がり承太郎のいる牢屋の前に立った。

 フードを被っているのでその表情は覗えない。

 

「最近知り合った友人の一人だ。

名は愛刀の銘から取って

“ニエトノノシャナ”

長いので単純に 「シャナ」 と呼んでいるがな。

シャナ、孫の承太郎をこの牢屋から追い出せ」

 

 そのジョセフの言葉に承太郎はやれやれと、

プラチナメッキのプレートが光る学帽の鍔で目元を覆う。

 

「やめろ。何者かはしらねーが、

目の前で 「追い出せ」 と言われて

素直にそんな “優男” に追い出されてやるオレだと思うのか?

イヤなことだな。 逆にもっと意地を張って、

なにがなんでも出たくなくなったぜ」

 

 承太郎の言った優 「男」 という言葉に、

シャナと呼ばれた黒コートの人物の肩がピクッと震える。

 

「コイツ、ムカつく……ねぇジョセフ? 少し荒っぽくいくけど良い?

きっと自分の方から 「出してくれ」 って、

泣いて喚いて懇願する位苦しむ事になると想うけど」

 

「!」

 

 声の主の意外なトーンに、

承太郎が一抹、 驚きの表情をみせる。

 

「こいつ…… ()か!?」

 

 しかもまだ “ションベンクセェ……” と頭の中で付け加える。

 それが伝わったのかどうか、シャナのイラだちが一層強まる。

 

「……腕の2、3本へし折っちゃうかもしれないけど、良い?」

 

「かまわんよ」

 

 怒気で少々震えるシャナの言葉に、ジョセフはこともなげに応じた。

 

「パパ!? いったい何を!?」

 

「おいおい! さわぎは困るぞ!」

 

「だまっとれィッ!」

 

 騒ぎ出したホリィと看守をジョセフは一喝する。

 その声に、 一瞬視線を逸らした承太郎の目の前に、

いつのまにか 「シャナ」 が立っていた。

 

「……!」

 

 扉は閉じたまま、しかも鍵が掛かっていた筈だ。

 ()じ開けたとしても、 何の音もしなかった。

 しかも、 こんな数秒の間に……

 目の前で備え付けのベッドの上、

状況の分析を続ける無頼の貴公子を後目に、

シャナはおもむろに頭部を覆っていたフードを外した。

 腰の下まで届く艶やかな黒髪が、

音もなく垂れ下がり空間を撫ぜる。

 その、 暗闇の中で一際光る、 鮮麗なる少女の姿。

 白い肌、 まるで磨き込まれた水晶のように。

 強靱な自制心を持つ承太郎でなければ、

その清冽な美しさにしばし見入っていた事だろう。

 そしてベッドの上から、

承太郎は初めてシャナの姿を覗う事になった。

 その身に纏った黒衣の異様な存在感で気づかなかったが、

彼女の背丈は約140㎝前後。

 自分が立てばその腰まで届くかどうか、

年もせいぜい12歳前後といったところだ。

 しかしその顔立ちには、 年齢特有のあどけなさが微塵も感じられない。

 無表情な黒い瞳からは、 何も言わなくても強い意志を感じる事が出来た。

 容姿に不釣り合いな黒寂びたコートの内側は、 ミッション系のセーラー服。

 制服の胸元に垂れ下がった、 奇妙なデザインのペンダントが妙に目を引いた。

 

 ()()()()()? ()()()()()

 

 目の前の少女に対して、

承太郎が最初に抱いた感想はそれだった。

 自分も従順な子供ではなかったが、

ここまで人間味をなくしてはいなかった筈だ。

 純朴さや無邪気さ、そんな幼年期特有の柔らかい感情、

その全てが欠落、 或いは剥離したような子供では。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 考え込む承太郎の目の前で、

その少女の袖先から覗く細い指先がコートの内側へと潜った。 

 

(!?)

 

 そして、次に出てきたその手の中には、

少女の身の丈に匹敵するほどの大刀が握られていた。

 どこからどう出したのか、まるで魔術師(マジシャン) のようだった。

 

「!」

 

 そして承太郎は、(しば)しその大刀の本刃に魅入られた。

 それほどまでに、 その刀は美しかった。

 長い鋼の刀身は、まるで冷たい水で濡れているかのよう。

 人を殺傷する事を最大の目的としながら、

同時に人心を誘惑し官能に近い感情すら想起させる、

そんな危険な甘さがその刀には在った。

 

「峰だぞ」

 

(!)

 

 不意に、少女の胸元のペンダントから声があがる。

 重く荘厳な、男の声。

 

「こいつ次第よ」

 

 少女は感情を込めず、胸元の「喋る」ペンダントへ返した。

 そし、て。

 少女の艶やかな黒髪が風もないのにわずか靡き、

いきなり多量の紅蓮の火の粉を撒いて灼熱の光を灯す。

 

「!!」

 

 まるで自分の周囲の時間が数秒まとめて消し飛んだかのような、

驚愕の “事態” に想わずライトグリーンの双眸を見開いた

無頼の貴公子の眼前で。

 舞い落ちる炎の飛沫の向こう側で。

 二つの、 強烈な光がこちらをを見ていた。

 火の粉を撒いて靡く紅い髪と同じ、

灼熱の輝きを燈した真紅の瞳が!

 

 

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【3】

 

 脈絡のない少女の変貌に承太郎が声をあげる間もなく、

その張本人は大刀の重量など意に関する事無く軽やかに跳躍し、

そして承太郎の胸元に大刀の峰を鋭く逆袈裟に撃ち込んだ。

 

「う、ぐぅッッ!?」

 

 鍛え抜かれた承太郎の胸板で無ければ、

間違いなく胸骨陥没コースまっしぐらの激しい打擲(ちょうちゃく)だった。

 いきなりの空中からの打撃によりベッドの上から弾き飛ばされ、

コンクリートの床に転がった多量の電化製品を跳ね飛ばしながら、

承太郎は牢獄の罅割れた壁に激突する。

 

「ぐ……うぅ……ヤ……ロウ……!」

 

 (とどこお)った呼気がようやく吐き出され、頭蓋が揺らぐ。

 ブレる視点を意志の力で無理に繋ぎ合わせ、

承太郎は壁を支えに立ち上がろうとした。

 が、 次の瞬間。

 

「!?」

 

 得体のしれない力が承太郎の身体を押さえつけ、

その全身を牢獄の壁面に縫いつけた。

 

「こ……これ……は……ッ!?」

 

 腕に、足に感じる熱。

 肉と革の焦げる匂い。

 煙のような炎が、まるで生き物のように自分の身体を這い回っていた。

 ブスブスと燻る音を立てながら、炎は次第次第に承太郎の身体を侵蝕していく。

 信じがたいことだが、自分が、今、

“炎に焼かれている事” を嫌でも認識できた。

 

(う……ぐ……ぐ……ッ! ほ……“炎”……か……!?

や……焼け……る……! オレの……腕が……焼けて……いる……ッ!

こいつは……!? まさか……あのガキの…… 【悪霊】 の力か……!?

こいつも……! オレと同じ…… 『取り憑かれたヤツ』 なのか……ッ!?)

 

「パパ! 承太郎に何をするのッ!? あの子の身体に火がッ!」

 

「火? 火なんて見えるか?」

 

「なんだ? あいつ? なにを勝手に苦しがってるんだ?」

 

 悲痛なホリィの叫びとは裏腹に、傍にいる看守達はポカンとしている。

 

「う、うおおおおぉぉぉぉ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 己の危機に際して湧き上がった承太郎の咆吼と共に、

ソノ背後から途轍もない存在感を持った 『ナニカ』 が、

まるで空間が捻れるような異質な「音」を発して

彼の身体から抜け出るように姿を現した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「!!」

 

 ジョセフはその存在の「出現」に目を見開いた。

 

「おおおッ! 出……()おったッ! 

よ……予想以上の承太郎のパワーッ!

ついにアレが “姿” を見せたか!」

 

 いつのまにか、牢獄内の人数が、 ()()()()()()()

 否、 果たしてソレを 「人」 と呼んで良いのかどうか?

 その極限まで鍛え抜かれた長身の体躯を包む、

古代ローマの剣闘士を彷彿とさせるプロテクター。

 剥き出しの剛腕の先端を覆う、

無数の鉄鋲が穿たれたブラスナックル。

 背にかかるしなやかな、

しかし獅子の鬣を想わせる黒い髪。

 その開けた額に白金のサークレットが嵌められた、

巨大で異様な 『人型』 のナニカ。

 ソレが血に飢えた餓狼のように承太郎の身体から躍り出て、

シャナの大刀に掴みかかっていた。

 

「ふぅ……ん……! 

ここまではっきりした 『形』 で出せる、なんてね……

意外だわッ!」

 

 ソレは口元に凶暴な笑みを浮かべ、

戦いの 「歓喜」 に打ち震えていた。

 そしてその技術もへったくれもない、

乱暴で一方的な圧力のゴリ押しに

シャナの片膝が意図せず湿った床の上に落ちる。

 

「テメーもオレと同じような……

【悪霊】の力を持ってるとはな……!

そして、ジジイ? 

アンタはその 【悪霊】 の正体を――」

 

 今を以て解除されない、

己の身を焼く炎の苦悶に強靱な精神で耐えながらも、

なんとか承太郎は言葉を紡ぎ出す。

 

「ああ。知っている。

そちらのシャナは 『また違った力の発現系』 だがな。

しかし、彼女が今驚いているように

【悪霊】 の形がこんなにはっきり「視える」とは、

相当のパワーだ!」

 

「うるさいうるさいうるさい! 別に驚いてなんかないッ!」

 

 奥歯をギリッと食いしばりシャナが喚く。

 

「でも、ジョセフ? 

アナタがコイツを牢から出せと言ったから、手加減したけど……

このままじゃ、 ちょっとヤバいわ……

正直、 肩の関節外れそう」

 

 刀と素手の奇妙な鍔迫り合いは、

明らかに 【悪霊】 の方に分があった。

 シャナの片膝は地に付き、

悪霊の凄貌(かお)が眼前にまで迫って来ている。

 

「やめ、る? このままどーしても出せッ! っていうのなら、

コイツを半年程、 病院のベッドの上で暮らさなきゃならないほど、

荒っぽくやらざる負えないんだけど」

 

 震える手で柄を持ちながらも、

その可憐な風貌に似合わない 強靱な精神で

眼前の悪霊を睨み返す少女にジョセフは微笑を浮かべると、

 

「かまわん。 想う存分ためしてみろ!」

 

余裕たっぷりに応じる。

 

「了・解ッッ!!」

 

 少女はそう叫ぶと、大刀をいきなり高速で内側に引き抜いた。

 

「ッッ!!」

 

 突如力の均衡が崩れ、その対象を失った承太郎の【悪霊】は

逆に自分自身の力に引っ張られて大きく体勢を崩し蹈鞴(たたら)を踏む。

 その隙にシャナは悪霊の手から愛刀を回転させて引き剥がし、

バックステップで距離を取る。

 そして柄から利き腕を放し、指を立てて高々と頭上に掲げた。

 その先端に、蛍のような儚い色彩を持つ光が幾つも集まり

やがてより強く発光、 点滅する。

 その刹那。

 承太郎の全身を押さえつけていた煙状の炎が

瞬時に “荒縄状” に変化!

まるで蛇のように蠢いて巻きつき、 彼の呼吸器を塞いだ。

 

「ぐっ!?」

 

 ソノあまりといえばあまりな眼前の変異に、

鋭敏な彼の頭脳もその演算処理速度が追いつかない。

 そしてシャナは指先に振り子のような弾みを付け、

素早く先端を真一文字に薙ぎ払う。

 空間に疾走(はし)る、 紅い閃光。

 その動きに炎の荒縄が連動し、

起点の見えない力に引っ張られた承太郎は

牢の鉄格子に勢いよく叩きつけられた。

 衝撃で鉄芯がギシギシと軋んだ音を立てる。

 

「ぐ……! お……ぉ……! い……息……が……ッ!」

 

 できねぇ、 と最後に言葉にならない声で叫んだ承太郎と同時に、

再びシャナに掴みかかろうとしていた 【悪霊】 は

いきなりガクンッと膝を折り、

吸い込まれるように元の身体の裡へと戻っていく。

 

「悪霊が引っ込んでいく……

熱で呼吸が苦しくなればお前の悪霊は弱まっていく。

いまこそ、その 『正体』 を言おう! 

ソレは()()()()()()()()()()()()()()じゃッ!

承太郎! お前が悪霊だと思っていたモノは!

お前の生命エネルギーが創り出す、パワーある映像(ヴィジョン)なのじゃッ!

“傍に現れ、立つ” というところから、 そのヴィジョンを名付けて

幽波紋(スタンド)!!』」

 

「スタ……ンド……?」

 

 消え去りそうになる意識を懸命に繋ぎ止めながら、

承太郎は祖父の言葉を反芻した。

 

「人間のお伽噺にあったわね……? 

寒風では旅人は衣を纏うだけだけど、

熱さは音をあげさせる……

おまえ? 此処から出たくなった?

今なら 「出してください」 って心の底からお願いすれば、

考えてあげないでもないわ」  

 

 

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 勝ち誇った表情に小悪魔的な微笑みを浮かべた美少女は、

目の前で煩悶し続ける無頼の貴公子に向け、澄んだ声で勧告する。

 

「テメ……ェ……! いい加減にしやがれ……ッ!

オレがこっから 「出ねえ」 のは! 

この悪霊が知らず知らずのうちに

他人へ【害】を加えるからだ!!

数日前のあの男達も、

オレが悪霊を止めなきゃ()()()()()じゃ済まなかった!」

 

「!?」

 

 意外な返答に、シャナはその紅い瞳を丸くする。

 てっきり傍若無人な人間の 「不良」 が、

想定外の能力(チカラ)が突然「発現」した事に混乱し、

己の殻に閉じこもって駄々を捏ねているだけだと想っていたのだ。

 

「同じような能力を……持ってるって事で……多少は……親しみが……

湧く……が…… コレ以上……続けると……テメー……死ぬ……ぞ……ッ!

コイツは……この……悪霊は……“オレの身に危機が迫った時”……

このオレの意志に叛して……【暴走】するッッ!!」

 

 そう叫んだ刹那、承太郎はせめてその被害を最小限に押し留めようと身を翻し、

後ろ廻し蹴りの要領で背後にある剥き出しの水道パイプを破壊した。

 目の前の、出逢ってからまだ数分足らずの少女の身を想い遣っての事ではあるが、

悪霊の「脅威」の方に意識がいっていた為彼はその事実に気がつかない。

 

 バジュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!

 

 勢いよく吹き出す大量のカルキに(まみ)れた水によって、

承太郎を縛り付けていた炎の荒縄は官能的な音を伴いながら

白い湯気となって立ち消え、

本体が自由となった『スタンド』は俄然勢いを取り戻す。

 

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!

テメェ――――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!

もうどうなってもオレは知らんぞ!!!!!!!!!!!」

 

 承太郎の悪霊は、否、『幽波紋(スタンド)』は、

「本体」 である彼の意志を無視して頑強な素材と造りの鉄格子を

まるで溶けた飴細工でも捻じ切るかのように容易く左右に押し広げ、

そして引き千切る。

 己が護るべき主を、傷つけた者を断罪する為に。

 そして、そのどんな刃物よりも鋭利な手刀で

檻から引き抜いた一本の鉄芯を真っ二つに斬り裂き、

強力な殺傷能力宿す凶器と化した鉄格子を両手に持って構える。

 その炎と水が生み出した白い靄の立ち込める空間の中で、

承太郎のスタンドと、大太刀を持ったシャナが再び対峙した。

 

 

 

【4】

 

 

 

 

        ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

       ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!

       ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

 

 

 

 

 承太郎のスタンドの全身から放たれる、

封印から放たれた魔獣のように狂暴な威圧感(プレッシャー)と、

シャナの全身から静かに立ち昇る、

天使のように神聖な煌めきを宿した炎の燐光。

 その鬩ぎ合いに、

空間が歪むかのような重苦しい空気が場を錯綜する。

 対峙する空間で、

承太郎のライトグリーンの瞳とシャナの真紅の双眸が交差した。

 

『オッッッッッッラアアアアアァァァァ―――――ッッッッッッ!!!!!!』

 

 荒々しいスタンドの咆吼によって、均衡は突如破られた。

 承太郎のスタンドが唸りを上げて全身を脈動させ、

手にした鉄壊刃の投擲体勢に入る。 

 精密なフォームを寸分の狂いもなく形成しながらも、

同時に視線は正確に着弾地点を射抜いている。

 人体の正中線最上部。

 シャナの 「眉間」 

 その目の前のスタンドの動きに対し、シャナが執った行動、は。

 

「……」

 

 いともあっさり、承太郎に対してその小さな背を向けるという行為。

 

「!!」

 

 慮外の行動に虚を突かれたのか、

承太郎のスタンドは投擲体勢を保ったままその場で停止する。

 承太郎とスタンドに背を向け、ジョセフとホリィの佇む場所に

静かに歩いていく少女の紅い髪と瞳は、

やがて焼けた鉄が冷えるようにゆっくりと元の艶のある黒に戻っていく。

 

『貴様ァッッ!! 何故急に後ろを見せる!! こっちを向きやがれッッ!!』

 

 両者(?)共に猛っているので、まるでスタンド自身が喋っている

かのような錯覚を見る者に覚えさせた。

 現在所謂 【暴走状態】 で、危険極まりないとはいえ

宿主の高潔な精神を多少なりとも受け継いでいるのか、

スタンドは少女の背後から不意打ちを仕掛けるような真似はしない。

 シャナはこの承太郎とスタンドの問いを無視し、

彼には見向きもせず手にした剥き身の大太刀をコートの中、

左腰のあたりに収める。

 切っ先から、後ろにまで突き抜けるような勢いで押し込まれた刀が、

そのままコートの中にすっぽり消えてしまった。

 刀身は少女の身の丈ほどもあったというのに、

まるで本当に『魔術師』のようだった。

 シャナはそのままジョセフの居る壁際までトコトコと歩いていき、

そして瞳を閉じて再びコンクリートの床に腰を下ろす。

 

「ジョセフ。見ての通り。 ()()()()()()()()()()()()

 

 

【挿絵表示】

 

 

「!!」

 

 承太郎は自らの足下を凝視した。

 いつの間にか、スタンドが捻じ曲げた鉄格子の隙間から

靴が鉄の仕切りを跨いでいた。

「……」

 意図せず漏れる、深い吐息。

 そして興が殺がれたのか、

スタンドは承太郎の存在の裡側へ、

ゆっくりと潜るように戻っていく。

 アレだけ凄まじい存在感を誇示して発現していたのにも関わらず、

消えた後にはその余韻すらも残らなかった。

 

「してやられたというわけか?」

 

 誰に言うでもなく無頼の貴公子はそう一人語ちる。

 

「そうでもないわ。私は本当におまえを病院送りにするつもりでいた。

正直、破壊力(パワー)だけは予想外だった」

 

「だけは」というのを殊更に強調してシャナが応えた。

 やがてスタンドが完全に承太郎の中に立ち消え、

手にしていた鉄の刃が落下して重い音を立てる。

 

「もしオレの悪霊が、この鉄棒を投げるのをやめなかったら、

一体どうするつもりだった?」 

 

「私は 【フレイムヘイズ】 “炎髪灼眼の討ち手”

『宝具』 でもなんでもないただの「鉄棒」なんか、

空中で粉々にするのはわけないわ」

 

 問いかける承太郎に素っ気なく答えるシャナ。

 意味不明な単語が幾つかあったが、

要するに自分の戦闘能力は高いという事なのだろう。

【フレイムヘイズ】というのは、こいつの悪霊の名前か?

 考え込む承太郎に、

 

「シャナはおまえと同じような『能力』を持つ者。

もう暗い牢屋内で一人、悪霊の「研究」に勤しむこともなかろう?」

 

口元に明るい笑みを浮かべたジョセフが、

親指をグッと立てて彼を促した。

 

「チッ……」

 

 言っている事は正論だが、

結局何から何までジョセフのお膳立て通りに

事が運んで面白くない実孫は、

苦々しく口元を歪め学帽の鍔を下ろす。

 

「わァ~~~~♪ 承太郎♪ ここを出るのね♪」

 

 暗い牢屋の中から久方ぶりに姿を現した最愛の息子に、

待ちかまえていた淑女がまるで恋人同士のように承太郎に抱きつき、

その細い腕を絡める。

 

「ウットーしぃんだよ! この(アマ)ッ!」

 

 苦虫を10匹まとめて噛み潰したような表情で

母親にそう返す承太郎。

 

「はあぁ~~い♪ ルンルン♪」

 

 優しい声で本当にルンルンと口に出し、

ホリィは承太郎の逞しい二の腕に頬を寄せている。

 

「!」

 

 その二人の態度にジョセフはあからさまに「ムッ」とした表情を浮かべる。

 

「おい! きさまッ! 自分の母親に向かってアマとはなんじゃ! アマとはッ!

その口のききかたはなんじゃ! ホリィもいわれてニコニコしてるんじゃあないッ!」

 

「はぁ~~~~い♪」

 

「……」

 

 その「光景」を、シャナは冷めた視線で眺めていた。

 甘いものは大好きだが、 このような「雰囲気」は正直苦手だった。

 

「ジジイ、ひとつだ!」

 

 一人の淑女が醸し出す、場の甘ったるい流れを断ち切るように

承太郎は立てた指先をジョセフに向けた。

 

「たったひとつだけ……今……解らないことを訊く……

なぜアンタはオレの【悪霊】……

イヤ……そこの「ガキ」も含めた……

とんでもねぇ『能力』の事を知っていたのか……? 

ソコがわからねえ……」

 

「な!? ガ、ガキって……おまえ誰に向かって!」

 

 真っ赤になって抗議の声をあげるシャナを、

ジョセフが慣れた手つきで制止する。

 そして再び真剣な表情で承太郎に向き直る。

 

「いいだろう……それを説明するために、

わざわざニューヨークから来たのだ……

だが、説明するにはひとつひとつ順序を追わなくてはならない。

これは、我がジョースター家にとても関係の深い話でな……

まずは、この写真をみたまえ」

 

 静かな、しかし確固たる意志を込めて承太郎にそう告げたジョセフは、

レザーコートの内ポケットから取り出した数枚の写真を彼に手渡した。

 

「?」

 

 承太郎は訝しげに祖父の手からそれを受け取り、視線を落とす。

 

 

 

 

 一枚目……大海原に浮かぶモータークルーザー。

 二枚目……フジツボにびっしり覆われた、金属製の大型の箱。

 三枚目……開かれた箱、内部は二重底になっている。

 四枚目……箱の側面に刻まれた、『DIO』という刻印。

 

 

 

 

 

「なんの写真だ?」

 

 一通り目を通した承太郎がジョセフに問う。

 

「今から4年前、その鉄の箱がアフリカ沖大西洋から引き上げられた。

箱はワシが回収してある……

ブ厚い鉄の箱は棺桶だ。ちょうど100年前のな……

棺桶はお前の5代前の祖父……つまりこのワシの祖父、

『ジョナサン・ジョースター』 が死亡した客船につんであったモノ、

ということまでは調べがついている。

中身は発見された時にはカラっぽだった。

だが! ワシには! 

()()()()()()()()()()()解るッ!」

 

 穏やかな口調で承太郎に写真の詳細を説明していたジョセフだったが、

最後の最後で感極まったのか激しい口調でそう叫び、

再び強い意志で満ちた眼光を承太郎へと向ける。

 

「ワシとシャナは()()()行方(ゆくえ)を追っている!」

 

 ジョセフの瞳に宿る気高き光。

 それは、その誇り高きジョースターの血統の者のみが持つ事を赦される

『黄金の精神』の輝きだった。

 

()()()? ちょい待ちな……

そいつとは、 まるで「人間」のような言い方だが、

百年以上海底にあった箱の「中身」を、

()()()と呼ぶとは一体どういうことだ?」

 

 承太郎の自然な問いに、ジョセフは確信を込めて言い放つ。

 

「そいつは 【邪悪の化身!】 名前は 『DIOッッ!!』

そいつは百年の眠りから目醒めた男!

()()はッ! その男と闘わねばならない『宿命』にあるッッ!!」

 

(――ッッ!!)

 

 

『DIO』

 呪われた 【石仮面】 が生み出した、狂気と戦慄の悪魔。

 承太郎、ジョセフ、ホリィ、そしてシャナの背後に浮かび上がる、

この世の何よりも(くら)き邪悪を司る一人の男。

 ジョースター家にまつわる百年の因縁。

 このとき、彼は、空条 承太郎は、

まだ、己の置かれた 『運命』 を認識していなかった。

 そして。

 己の傍らに佇む、少女の紅い瞳が招き寄せる幾千の“因果”も。

 しかし、その日、そのとき。

 彼の「日常」は、終わりを告げた。

 或いは、跡形もなく燃え上がった。

 静かに、音もなく。

 

 

 

 時は流れる。

 運命の車輪は、回転を続ける。

 世界は変わらず、ただそうであるように、動いている。

 

 

←To Be Continued…

 

 

【挿絵表示】

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=en8A1SI-zu4

 

 



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『VOODOO KINGDOM』

 

 

【1】

 

 日当たりの良いカフェテリア。

 ガラス張り吹き抜けの天井から、

柔らかな陽光が店内全域に降り注いでいる。

 上質な珈琲の香りが仄かに舞う洗練されたフロア、

全体の構図を考え適度に配置された異様に大きな観葉植物も

店の格を上げるのに一役買っていた。

 そんな穏やかで暖かな空気の店内一角、

店名のロゴがプリントされた窓際で少女の怒声があがる。

 

「ちょっとおまえ! ちゃんと聞いてるのッ!」

 

 目の前に置かれた、豪勢で色鮮やかなパフェとは対照的に

シャナの顔は怒っていた。

 

「……」

 

 空条 承太郎は、

砂糖もミルクも入ってないエスプレッソをゆっくり口に含むと、

剣呑な瞳で円卓上のテーブル、真向かいに座っている少女へと視線を向ける。

 

「シャナとか言ったな? 

お前、何者か知らんがガキのくせに態度がデカイな」

 

「な!? またガキって」

 

 騒ぎ出す少女を無視して承太郎はジョセフに言った。

 

「それとジジイ……その百年以上も前に死んだ、

『DIO』 とかいう男が海底から甦っただと?

そんな突拍子もない話を、

いきなり 「はいそーですか」 と信じろというのか?」

 

 猜疑の視線をジョセフに向けた承太郎は、

学ラン内から煙草のパッケージを取り出して火を点ける。

 

「……ッ!」

 

 シャナが露骨に抗議の視線を送ってきたが、

こちらも嫌いな甘ったるい匂いを我慢しているので

文句を言われる筋合いはない。

 そこに。

 

「だが、貴様の云う 【悪霊】 も、

“超常” で在るという点では

共通の事象ではないのか……?」

 

「!」

 

 不意に、そして唐突に、第三者の声があがった。

 シャナの方向、しかし抗議の声(主に承太郎への罵声)

をあげ続けている少女ではない。

 荘厳な賢者の声。

 遠雷のように重く低い響きを持った、『男』の声。

 ソレはシャナの胸元で静かに光を称える、指先大の漆黒の球、

その周囲に金色のリングが二つ交叉する形で絡められた

ペンダントから発せられていた。

 

「この声、()()()()……! おい、テメー一体誰だッ!」

 

 承太郎はライトグリーンの瞳を訝しく細め、

火の点いた煙草の穂先をその優美な「喋る」ペンダントに向ける。

 

「……」

 

 承太郎の行為に内部で怒りのメーターが振り切れたのか、

シャナの黒髪が突如靡いて深紅の火の粉を撒き始めた。  

 そして髪と瞳とが先刻の牢獄内と同じように鮮やかな色彩を携える

“炎髪灼眼” へと変貌する前に、再びペンダントが声をあげた。

 

「よい」

 

「アラストール……」

 

 鶴の一声。

 鉄が冷えるように、シャナの髪と瞳が元の艶ある黒に戻っていく。

 

「……」

 

 胸元のペンダントに諭された少女は、

しきりに口をもごもごさせながらも不承不承押し黙った。 

 

「名乗るのが遅れたな。

我が名は 『アラストール』

紅世の王 “天壌の劫火” アラストール」

 

「……紅世(グゼ)……? 天壌(テンジョー)……? 王……だと……?」

 

 突拍子も無い話の上、更に累乗で不可思議な現実が加わり

怜悧な頭脳も過剰回転(オーバー・レブ)を引き起こした。

 

「紹介が遅れた。 こちらが最近知り合った

もう一人の“友人”じゃ」

 

「うむ」

 

 ジョセフはそのアラストールと名乗った優美な芸術品、

或いは超精密機械のような喋るペンダントに向けて敬意の視線を送る。

 

「信じ難い事かもしれないが、彼の言ってる事は本当だ。

今のこの “状態” は、世を忍ぶ仮の姿といった所か。

お前が先程牢内で体験したシャナの 『能力』 

実はこの彼、アラストールの力に依る所が大きい」

 

「……」

 

 紅世の王……

 天壌の劫火……

 牢屋の中で、 【悪霊】 の『正体』を解き明かすため

悪霊本人に持ってこさせた

(と言っても頭の中でそう想っただけで、

悪霊がどこからか勝手に持ってくるのだが)

オカルト関係の書物を読み漁っていた時に、

確か似たような記述を目にした覚えがあった。

 

“紅世”とは、 『クレナイノセカイ』 の事。

「この世」、つまり「現世」に折り重なるようにして存在する、

もうひとつの世界(アナザー・ワールド)

 ソコに存在する、自らの実体を持たない真名の王達が、

この世の人間を 『依り代』 として

その強大なる力を現世に“顕現”させた事が、

後の世の 『神』 や 『天使』 の原型となった云々……

 余りにもアホらし過ぎて途中で本をブン投げたが、

しかし現に、今、目の前で、

ペンダントが自分に向かって喋っている。

 録音や機械合成等というチャチな代物とは全く違う、

紛れもない生の肉声。

 ソレは紙の上の知識からだけでは決して得られない情報だった。

 最も、ただの首飾りを王だのなんだのと鵜呑みにする気はサラサラないが。

 

「あらすとおるさん? 漢字でどうやって書くのかしら?」

 

 

 そんな中、ホリィだけが妙にピントの外れた思索に耽っている。

 

「まぁ、 『彼』については追々シャナが説明してくれるじゃろう。

何しろワシなどより遙かに長いつき合いじゃからな」

 

「なッ!? なんで私が! こんなヤツにッ!」

 

 再び騒ぎ出そうとするシャナを、

ジョセフは慣れた感じでケーキを追加注文し宥める。

 

「さて、話を戻すぞ。

まぁ、お前がいきなり信じられないのも無理はない。

ワシも昔 『死んだ筈のアノ男が』

あのようなカタチで(サイボーグとして)生きていると解った時、

一体どのような態度を取ればいいのか解らなかったからな。

そこでだ……有無をいわさず信じるようにしてやろう。

何故、このワシがDIOの 「存在」 を知り、ヤツの行方を追っているのか?

その理由を聞けばなッ!」

 

 最後にそう叫んでジョセフは、

カバンの中から「あるもの」を取り出した。

 ソレは、精巧なデザインの一眼レフカメラ。

 

「理由をみせてやる。

実はワシにも1年程前に、お前のいう悪霊、

つまり 『幽波紋(スタンド)』 の能力が、

なぜか突然発現している!」

 

「なんですって!? パパ!」

 

「ジジイ、今なんといった?」 

 

 ジョセフの口から出た予期しない言葉に、

その娘と孫が同時に声をあげる。

 

「見せよう、ワシの幽波紋(スタンド)は……」

 

 静かにそう言ってジョセフは自らの右手を手刀の形に構え、

頭上に高々と掲げる。

 その刹那。

 突如、ジョセフの手刀から深紫色をした、無数の(イバラ)が飛び出てきた。

 ソレは周囲に同色のオーラを纏い、高圧電流に感電しているかのようにも見える。

 

()()じゃあ――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 鋭くそう叫び、ジョセフは紫の棘が生えた手刀を

テーブルの上に置かれたカメラに向けて思い切り叩きつけた。

 

 グァッッッッシャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!! 

 

 爆音を伴ってレンズと金属片を飛び散らせ、

無惨な残骸と化したカメラから、

やがて「写真」が一枚、

無機質な電子音と共に吐き出される。

 ソレは瞬時に感光し、無数の像を表面に結び始めた。

 

「見たか? 今ワシの手から出た(イバラ)をッ!

コレがワシの幽波紋(スタンド)

その名は 隠者の紫(ハーミット・パープル)!!

能力は遠い地の映像(ヴィジョン)をフィルムに写す “念写”!

ブッ叩いていちいち3万円もするカメラをブッ壊さなくちゃあならんがなッ!」

 

 NYで最大規模を誇る不動産王の血がそうさせるのか、

ジョセフは使用コストの高い己の能力へ苦々しげに口元を軋ませ、

摘み上げた写真を振りながら言った。

 

「お客様? いかがなされました?」

 

「なんでもない。気にしなくていいわ。

それよりミルフィーユと小豆のシュークリーム持ってきて」

 

 破壊音で駆けつけて来た中年のウェイターに、

シャナが背を向けたまま素っ気なく告げる。

 

「だがッ! これからこのポラロイドフィルムに浮き出てくる映像(ヴィジョン)こそ!

承太郎ッ! おまえの 『運命』 を決定づけるのだッ!」

 

「なん、だと?」

 

 ジョセフは写真を持ちながら更に続ける。

 

「ところで承太郎、そしてホリィ。

おまえたちは自分の、首の後ろをよくみたことがあるか?」

 

 不意に放たれる、奇妙な質問。

 

「……? なんの、話だ?」

 

「注意深く見ることはあまりないだろうな。

実はワシの首の背中の付け根には、

星形のような(アザ)がある」

 

「は!」

 

 突如驚きの声を上げるホリィ。

 ジョセフの首筋にあった星形の痣、

ソレは愛娘であるホリィ、

そして孫の承太郎の首筋にも確かに刻まれていた。

 まるでその血統の“歴史”が象徴する、

数奇なる『運命』の【証】で在るかのように。

 

「だから、ソレが何の話かと訊いているんだぜ」

 

 少々苛立った口調で、ジョセフに問い(ただ)す無頼の貴公子。

 

「ワシの母にも聞いたのだが……

幼い頃事故で死んだワシの「父」にも……

()()()()()()……

どうやら……ジョースターの【血統】の者には……

みな首筋にこの星形の『痣』が刻まれているらしい……」

 

 息を呑むジョセフのその顔に、

いつのまにか汗が滲んでいた。

 

「そして……今まで気にもとめなかったこの『痣』こそが……

ワシ等の、これからの運命の“兆”なのじゃ……!」

 

「パパ!」

 

「テメー! いい加減に……ッ! 

一体何が写ってるのか見せやがれ!!」

 

 隣で腰掛けているホリィが

怯えるような真似をする祖父に苛立った承太郎は、

鋭い声でそう叫びその「写真」を毟り取る。

 

「!!」

 

 取り上げた、写真。

 その中に、映ったモノ。

 ソレ、は。

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 

   

 

 

 

 一人の、人間。

 背を向けたまま、鋭い視線でこちらを見る半裸の男。

 剥き出しの上半身の前で、

その両腕を背徳の鉤十字のように交差させ、

そして開いた右手の指先を艶めかしく折り曲げている。

 そして片眼だけだが、射るなどという言葉ではとても足りない、

精神(こころ)どころか魂までもバラバラに引き裂かれるような、

この世のどんな暗黒よりもドス黒い邪悪なる眼光!

 そしてその瞳とは対照的に、

長く美しい黄金の髪を背に携え、

まるで生きた芸術品のように輝きを放つ長身細身の躯は、

写真を持つ承太郎と同等かそれ以上に磨き抜かれている。

 そしてその、()()()()()()()()()白い首筋には、

悠麗な外見とはまた対照的に

凄惨なる夥しい数の縫合痕があった。

 

『DIO』ッッ!! ワシの「念写」には!

いつもいつもいつもッ! ()()()()()()()()

そして! ヤツの首筋の後ろに在るモノは………………ッ!」

 

 一瞬、頭の中が真っ白になり、ジョセフの声が遠くなる。

 承太郎のライトグリーンの瞳は、

ある一点だけを釘づけにされたように凝視していた。

 DIOと呼ばれる男の首筋にある星形の 『痣』

 そのコトが指し示す意味!

 余りにも残酷なる【真実】が、

同じ血統の者から煮え滾る怒りと共に噴出する。

 

「このクソッタレ野郎の首から下はッッ!!

ワシの祖父 『ジョナサン・ジョースター』 の肉体を!!

()()()()()モノなのじゃあああああああああッッッッ!!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「ッッ!!」

 

 魂の慟哭。

 突如告げられたその【真実】に、

承太郎は頭蓋をハンマーで殴られたような

激しい衝撃を受ける。

 

「……」

 

 放心状態に陥った孫を憂うように見据え、

ジョセフは言葉を続ける。

 

「百年前の大西洋の【事件】は、

ワシが若い頃エリナお祖母さんから聞いた話の推測でしかないが、

とにかくDIOは、ワシの祖父の肉体を奪って生き延びた。

そして! これだけはいえる! ヤツは今! 

この世界のどこかに潜んでナニカを策しているッ!

ヤツが甦ってから4年! 

ワシの“念写”も! お前の【悪霊】もッ!

ここ僅か1年以内に発現しているという事実……!

おそらく、イヤ確実にDIOが元凶ッ!」

 

「おまえの能力は、人間の世界でいう(ところ)のいわゆる超能力。

私のは違うけど、おまえとそのDIOとかいう男は、

乗っ取ったおまえの祖先の肉体と

見えない因果の糸のようなモノで結ばれている。

その存在がおまえの裡で眠っていた能力(チカラ)を呼び(おこ)した。

今、解ってるのはそんな所よ」

 

 ジョセフの説明をシャナが完璧に補足した。

 しかし、ケーキがその小さな口元へ運ばれる度に

目元がにへっと年相応に緩むので恐ろしく説得力がない。

 

「……」

 

 承太郎は写真にもう一度、

DIOの姿を確認するため視線を落とした。

 

「ッッ!?」

 

 驚愕に三度その両眼が見開かれる。

 いつのまにか、()()()()()()()()()()()()()

 DIOを中心として、その周囲に無数の者達が群がっている。

 承太郎がジョセフから写真を奪い取ったとき、

まだ 『念写』 の 【現像】 は終わっていなかったらしい。

 そしてソレが完了した今、大小様々な人物が写真の中にいた。

 が、しかし、その全てが邪教徒のような(くら)い色彩のローブを纏っており

フードを目深に被っている為、

表情は疎か性別すらも判別できない。

 冥き色彩を纏う者達は全て、

その中心部に屹立するDIOに向かって(かしず)くように片膝を下ろし、

片腕を立てたもう一方の膝に携え、

全員が忠誠の誓いを示すように(こうべ)を垂れていた。

 その様子から伺えるの両者の関係は、

【王】 とソレに仕える 『下僕』

 一体何者なのかは当然、皆目見当もつかない。

 ただ、彼等がその身に纏っているローブは、

目の前でシャナが着ているマントのような黒衣とよく似ていた。

 寂びた色彩、そして異様な存在感。

 

「気がついた? 私が用があるのは、

そのDIOとかいう男よりも

寧ろ()()()()()()()()

 

 承太郎の反応から写真に何が映っているか察したのか、

口元をナプキンで綺麗に拭いながらシャナが言う。

 

「もちろんどう好意的にみても無関係とは想えないから、

当然その男も討滅するつもりだけど」

 

「……!」

 

 少女の視線は、いつのまにか鋭くなっていた。

 ケーキを口元に運んでいた先程とはまるで別人。

 この少女にも、己が祖先の肉体を奪って現代に甦った男、

『DIO』 と何らかの “因縁” が在るのだろうか?

 

「アラストール? この写真から、

こいつが今どこにいるか解る?」

 

「……」

 

 承太郎の手から写真を引ったくり、

シャナはアラスールに訊いた。

 

「……わからぬ、な。

背後の空間がほぼ完全に闇で埋まっている。

()の仕業かは、考えるまでもあるまい」

 

「そう」

 

 シャナは短く呟いて写真を承太郎ではなくジョセフに手渡した。

 

「ホリィ、ワシ等はしばらく日本に滞在する。

すまぬがお前の家にやっかいになるぞ」

 

「不本意ながら、ね」

 

 そう言って承太郎を一瞥するシャナ。

 

「とんでもない。家が賑やかになって嬉しいわ。

何か困った事があったなら遠慮なく言ってね?

シャナちゃん、今日からよろしく」

 

 ホリィはそう言って、店内に降り注ぐ

陽光よりも優しい笑顔を向けてくる。

 

「ふぇ? あ、ぁ、うん……」

 

 ホリィの何気ない言葉と仕草に

何故か顔が紅潮したシャナは、

その表情を気取られないように俯き

スティック5本分の砂糖が入った

カプチーノを一気に飲み干して椅子から飛び降りた、

着地の反動で黒衣の裾がふわりと揺れる。

 そのままジョセフと一緒に出口に向かおうとしたシャナを、

彼女の胸元からあがった声が引き止めた。

 

「待て。まだだ。話は終わっておらぬ」

 

 唐突なアラストールの声に、

出口に向かおうとしたジョセフとシャナがテーブルに向き直る。

 承太郎も椅子に座って煙草を銜えたまま、

シャナの胸元で光るアラストールに視線を向けた。

 

「空条 承太郎。

貴様のその虚ろなる「器」の力。

幽波紋(スタンド)

我が察するにどうやらソレは、

我らが紅世に近い領域に位置する能力(チカラ)で在るらしい。

そこで此れより、貴様の器に我が『名』を付けよう。

己が分身(わけみ)の存在をそうして“認識”する事により、

今までより()るのが容易となる筈だ」

 

「なァッ!? ジョセフはともかく、

なにもアラストールが……

こんなヤツにそこまでしなくても!」

 

 本日、累計4度目の「な!?」の後、

シャナは躊躇いがちにもアラストールに抗議の声をあげる。

 しかし、件の如く「よい」の一言であっさりと却下された。

 我が孫も嫌われたものだなと、

ジョセフは心の中で苦笑する。

 

「例の、物を」

 

 アラストールの威厳に満ちた声に不承不承、

シャナの細くて可憐な指先が黒衣の内側へと潜る。

 再び出てきた手には、

一纏めにされたタロットカードの束が握られていた。

 

「紅世の “宝具” の一つだ。

図柄を(あらため)ず、無造作に一枚を引いて決めよ。

ソレが貴様の運命の暗示と成り、能力の暗示と()る」

 

「あぁ……」

 

 正直、【悪霊】に「名前」が無いのは不便だったので、

アラストールの提案は渡りに船だった。

 何より形はどうあれ

今日まで自分の身を護ってくれた「存在」を、

いつまでも【悪霊】と呼ぶのは気が引けた。 

 その承太郎の目の前で、

シャナは一流ディーラー顔負けの鮮やかな手つきで

カードをショットガン・シャッフルし、

滑らかな放射状に拡げて並べた。

 相変わらずの技の冴えを見せつける、

小さな魔術師。

 

「おまえには 【愚者】 か 【吊られた男】 がお似合いだわ」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 口元に冷たい笑みを浮かべ、

少女は殊更にいじわるな口調でそう告げる。

 

「……」

 

 承太郎はその台詞を意に介さず伏せられたカードを一枚手に取り、

自分では図柄を検めずソレを指の隙間に挟んでアラストールへ開示する。

 何故かシャナが横を向き小さく舌打ちした。

 

「名づけよう。貴様の器、『幽波紋』の名は……」

 

 高々とその神聖なる運命の「真名」が、

深遠なる紅世の王 “天壌の劫火” の口から宣告される。

 

 

星の白金(スター・プラチナ)

 本体名-空条 承太郎

 能力-近距離パワー型。強靭な破壊力と超精密な動作とスピードとを互いに併せ持つ。

 破壊力-A スピード-A 射程距離-C

 持続力-C 精密動作性-A 成長性-A

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

…………

………………

 空条 承太郎は、一人カフェの中に残っていた。

 灰皿の中は、煙草の吸い殻で溢れかえっている。

 店内は学校帰りの学生や仕事終わりの

サラリーマンやOLで込み合ってきた。

 寡黙だがその風貌と存在感の為にどうしても目立つので、

周囲の不躾な視線が煩わしい。

 考える「時間」が欲しかった。

 元来禁欲的な性格だが、今は切実にソレを欲していた。

 悪霊 幽波紋(スタンド) 炎 大太刀 念写 シャナ アラストール

 今日目にした、あるいは体験したあらゆる出来事が、

心の裡で綯い交ぜになり混沌となる。

 そし、て。

『DIO』 

 その男の姿を想い返すたびに、

何故か全身の血が沸騰するほど熱く燃え滾る。

 まるで溶解した灼熱のマグマの濁流が、

己の裡で渦巻いているかのようだった。

 頭に昇った血を冷ます為、

承太郎は今日何本目かわからなくなった

煙草をその色素の薄い口唇に銜えた。

 カキンッ!

 澄んだ金属の着開音がしてスタンド、

星の白金(スター・プラチナ)』が五芒星の刻印(レリーフ)が刻まれた、

愛用のジッポライターを忠実な従者のように

自分へと差し出して火を点ける。

 しかし、その承太郎に火を捧げる屈強なる従者の姿は、

何故か周囲の人間には()()()()()()

 

「……」

 

 深々と肺の奥まで吸い込み、

細い紫煙が口唇の隙間から吐き出された。

 

「やれやれ、だぜ……」

 

 煙草の濃いチャコールフィルターを噛み潰し、

無頼の貴公子は苦々しくそう呟いた。

 これにて、ハードでヘヴィー過ぎる

空条 承太郎の1日は、

ようやく終わりを告げた。

……はずだった。

 

 

←To Be Continued……

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=83VIsPiAw3Y

 

 

 

 

 

 

 





 


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『RED ZONE ~封絶~ 』

 

 

【1】

 

 

 黄昏時の喧噪。

 まるで血のように紅い夕焼けに染まる繁華街とざわめく人の流れ。

 その中を、無頼の貴公子が銜え煙草で練り歩く。

 周囲の人間は洪水のような人混みを掻き分けるのに難儀していたが、

彼にその必要はなかった。

 あらゆる要素に誘発されて増大した彼の圧倒的存在感を前に、

気圧された人間が勝手に道を空けるからである。

 その人物、空条 承太郎。

 日本人離れした長身。

 鍛え抜かれ引き絞られた、

一流モデル顔負けのスタイル。

 中世芸術の黄金比を象った彫像を彷彿とさせる、

整った鼻梁の完璧すぎる美貌。

 夕焼けの光で琥珀がかり、

神秘的な煌めきを点したライトグリーンの瞳。

 専用にコーディネートしてある前衛的なデザインの学生服が、

その魅力をより一層際立たせる。

 首筋から仄かに立ち上る麝香の残り香、

ソレに合わせるように襟元から垂れ下がった

金色の鎖が擦れて澄んだ音を奏でた。

 彼とすれ違った女性が皆、年代を問わずに想わず振り返り、

その頬を初恋の少女のように染めていたのは

夕日の所為ではないだろう。

 切れ切れの雲の彼方に沈みつつある夕日が、

その全てを寂寥の紅に染めていた。

 そんな、何気のない日常の風景。

 それは、唐突に、何の脈絡もなく終わりを告げた。

 

 

 

 突然、「炎」 が、空条 承太郎の視界を満たした。

 澄みつつも不思議と深い、白の炎が。

 

「……」

 

 その最初の瞬間、承太郎は銜えていた煙草を口元から落とした。

 周囲をまるで壁のように取り囲み、その向こうを霞ませる陽炎の歪み。

 足下の火の線で描かれる、文字とも図形ともつかない奇怪な紋章。

 その中で歩みの途中、不自然な体勢で、瞬き一つせずピタリと静止する人々。

 まるで突如世界が裏返ったかのような、異様な体感が身体を包む。

 

「……どこだ? ここは?」

 

 彼らしくない、あまりにも平凡な言葉がその口から漏れた。

 表情にこそ現れないが承太郎は承太郎なりに混乱していた。

「どこか?」と問われれば、

今の今まで彼が歩いていた繁華街としか答えようが無い。

 何もかもが“不自然”に覆われていたとしても、

『場所』は変わっていないのだから。 

 しかし、承太郎が考えを巡らせる(いとま)もなく、

『不条理』は轟音と共に来訪した。

 奇妙な、モノ……が二つ、

動きを止めた雑踏の中にそびえていた。

 一つ、は、子供向けのマスコットのような三頭身の人形。

 そしてもう一つは、有髪無髪のマネキンの首を固めた玉。

 何れも、長身を誇る承太郎の倍はあった。

 その“怪物”達、「人形」の方が巨体を揺り動かして

はしゃぎながら耳まで裂けるように、

『首玉』がけたたましい声を幾重にも重ねて、

横一線にぱっくりと、各々口を開けた。

 

「……ッ!」

 

 途端に、止まっていた人々が猛烈な勢いで燃え上がった。

 奇妙な事だが、熱も匂いも感じさせない、しかし異常に明るい、炎。

 そし、て。

 燃え盛る人々の炎の先端が、細い糸のようになって宙へと伸び、

怪物達の口の中へ吸い込まれていく。 

 

(……悪霊ッ! イヤ、ジジイの言ってやがった 『スタンド』 かッッ!?)

 

 フリーズしていた承太郎の思考が、

迫る危機に際してようやく再起動を始める。

 炎渦巻く薄白い空間の中、

承太郎は一人取り残されたように立っていた。

 そんな彼の存在に、怪物が二人(?)してようやく気付いた。

 人形が首だけをぐるりと回し、傾げた。

 

「ン? ンンン~? なんだい? コイツ?」

 

 可愛いマスコットに相応しい子供っぽい声。

 巨大なガラス玉の瞳が自分を睨んでいる。

 いつしか首玉も丸ごと向き直っていた。

 真中にぱっくりと開いた口から、若い女の声で言う。

 

「さあ? 御 “(ともがら)” では……ないわね」

 

「でも、 封絶(ふうぜつ) の中で動いてるよ。

もしかして……『ミステス』?」

 

「……に、限りなく近い存在(モノ)だと思うわ。

どうやら “トーチ” じゃないみたいだけれど。

でも、人間の「器」の中に、

途轍もない力が内在されているのを感じる事が出来る。

久しぶりの嬉しいお土産ね。

『ご主人様』 もお喜びになられるわ」

 

「やったあッ! じゃあ僕達、お手柄だ!」

 

「首玉」が喜びに充ちてはいるが穏やかな声。

「人形」が子供っぽい開けっぴろげな歓声上げ、

そして、ズシンッ! と粗雑な大足を一歩、承太郎に向けて踏み出した。

 ゆっくりと、ゆっくりと。

 耳元まで裂けた口で、ニタリと笑いながら

地響きを立ててこちらに向かってくる。

 

「じゃ、さっそく!」

 

 やがて承太郎の目の前で跪いた、

巨大な人形の視界を覆うような右手が

承太郎の長身の身体を軽々と掴み、人形のように持ち上げ、

 

「いッッッただッッッきま―――――――す!!」 

 

 耳元まで裂けた口を大きく開けた。

 

 

 

 

 グシャアッッッッ!!!!

 

 

 

 

 重苦しい音と共に人形の口が閉じた。

 否。

 正確には、()()()()()()()

 突如、その剥き出しになった歯の隙間から

白い蒸気が音を立てて吹き出す。

 掴まれた承太郎の身体から生えた2本の『腕』

その右拳がボクシングでいうスマッシュの角度で

人形の顎に高速で撃ち込まれ、内部に深々とメリ込んでいた。

 逃げ場の無い場所で跳弾の如く暴れ回った余波の為、

顔面に地割れのような亀裂が幾つも走る。

 同様に口の中も相当に悲惨な事になっているだろう。

 

「いきなり出てきて、ナニ調子コイてやがる……? テメェ?」

 

 自分を「お土産」呼ばわりした相手の片割れを、

承太郎は不良特有の威圧するような視線で睨めつけた。

 

「ッッッッッぅぎゃああああああああああ―――――――――ッッッッ!!!!」

 

 絶叫と共に再び開いた人形の口の中から、バネやゼンマイなどの

クラシックな機械部品が薄白い火花と共に吐出された。

「痛み」を感じるかどうかはしらないが、

ともあれ緩んだ巨腕の拘束から自由になった承太郎は、

燃え盛るアスファルトの上に手を付いて着地する。

 だが、不思議と熱さは感じなかった。

 人形はその土管のような膝を直角に折り曲げて前のめりに倒れる。

 ズゥン! と、ダンプが横転したような重低音が白炎空間内に鳴り響いた。

 砕けた顎をおさえ、道路の上で転がり回る人形の頭を

承太郎はガンッ! と革靴の踵で強烈に踏みつける。

 

「おい? テメーの 『本体』 は一体ェどこだ? 

どっかで操ってるヤツがいるはずだ」

 

「うあぁぁぁぁぁああああぁぁぁぁ! 僕の顔があああ!!

よくも、よくも、よくもををを―――――――――ッッ!!」

 

 まるで話が噛み合わない。

 舌打ちと共に苛立った承太郎は

頭に乗せた靴の先端を捻り込むように力を込めた。

 

「ぎゃあああああああ!! 痛い! 痛い! 痛いぃぃぃぃぃ!!」

 

 巨大な外見とは裏腹に、あがる悲鳴は幼い子供の声。

 その事に、承太郎の力が意図せず緩む。

 それを敏感に感じ取ったのか、いきなり人形が立ち上がった。

 

「チッ……!」

 

 短い舌打ちと共に、反射的に出たバックステップで

承太郎は背後に飛び去る。

 だが、その肩を、いきなり「伸びてきた」人形の両腕が掴んだ。

 

「アハハハハハァァァァァ!! バ――――カッッ!! 死んじゃえぇぇぇぇぇッッ!!」

 

 己の頭上から見上げる形で人形の顔があった。

 愛くるしかった顔面は半壊しているので、

最早見た目的にも完全なモンスターだ。

 やがて軋んだ音を立てて開いた口の中から燃え盛る薄白い炎が顔を出す。

 その色彩が、先刻の人形の「行為」を否応なく呼び起こした。

 

(……こいつはさっき、オレの目の前で、

“動けなくなった人間を燃やして喰った”)

 

 一際高鳴る、裡なる鼓動。

 

()()()()()()ッッ!!)

 

 認識した事実に慈悲の心は跡形もなく消し飛んだ。

 頭蓋の奥で正気を司るコードが数十本まとめて千切れ飛び、

 淡い色彩の碧眼に怒りの炎が燃え上がる。

 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。

 

 

 

 

 ガッッッジュウウウウウウウゥゥゥッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 まるで大型火炎放射器のような射出音と共に、

吐き出された白い炎の洪水が掴んだ人形の手ごと承太郎を呑み込んだ。

 

「アァァァァハハハハハハハハハハハハ!! ざまぁ―みろ!!

キャハハハハハハハハハハハッッッッ!!!!」

 

 炎に呑み込まれた人間の姿に、

人形は開けっぴろげな子供の声で勝利の狂声をあげた。

 

「……何が……・可笑しい……?」

 

「!?」

 

 狂声を遮るように、その背後から怒気の籠もった声があがる。

 人形は首だけで後ろを振り返った。

 いつの間にか、承太郎は人形の背後にいた。

 その身体には、火傷は疎か服に焼け焦げ一つすらついていない。

 

「なッ!? ど、どうして!? 確かに僕の炎で焼かれたはずなのに!!」 

 

 先刻、承太郎が炎に呑まれる瞬間、

足から伸びたスタンドの“脚”が、

軸足を高速で反転させ発生した遠心力、

ソレが人形の腕に掴まれた肩を引き剥がすと同時に

その背後へと廻り込ませたのだ。

 炎は音速で巻き起こったドーム状の旋風が弾き飛ばした。

【残像】を攻撃していたという事実(コト)に、人形だけが気づかない。

 

「……お前……お前……一……体……ッ!? う、うああッ……!」

 

 承太郎の両眼で渦巻く怒りに、人形でも「恐怖」を感じるのか

作り物である真鍮の歯がカタカタと鳴る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!」

 

「うッ! うわあああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 悲鳴とほぼ同時に、神速で承太郎の身体から延びたスタンドの腕が、

人形の全身に夥しい拳撃のラッシュをゼロコンマ1秒以下で叩き込んだ。

 

 

 

 

 

 グアッッッッシャアアアアアアアアァァァァァ!!!!!!!

 

 

 

 

 破砕分解され砕け散った人形の部品が

薄白い火花と共に路面の上に雨のように降り注ぎ、

バチバチと音を立てて爆ぜる。

 

「次はテメーだッ!」

 

 承太郎はその精悍な表情を崩さないまま、

尖鋭に構えた逆水平の指先で喋る首玉を指差した。

 

「何の 『目的』 があるかは知ったこっちゃあねーが、

動けなくなったヤツらを女だろうが子供だろうが皆殺し。

テメーさえよけりゃあいいという……

もはやこの地球上に存在してて良い存在(モン)じゃあねーな」

 

 そう言って承太郎は無数のマネキンの首が埋まった集合体へ距離を詰めた。

 その事に危機を感じたのか、突如、

開かないはずのマネキンの口が開き、甲高い叫声があがる。

 巨玉に埋め込まれた首の数だけ、全部。

 それに合わせるように、承太郎の周囲の空間に突如、

無数の巨大な火の玉が出現した。

 そしてその中から、今バラバラにしたものと

同じタイプの「人形」が次々と現れる。

 その数、目測で約50体以上。

 それぞれ色や模様が違い、なかには剣や槍で武装している者もいた。

 

「なるほど……

一人じゃかなわねーから数にモノをいわせるという事か?

臆病モンが考えそーな事だぜ」

 

 自分を取り巻く怪異に対し、

微塵の動揺もなく承太郎は剣呑な瞳でそう言い放つ。

 

「フッ、いいだろう……

半端な事じゃあ今のこのムカつきは収まらねー。

まだまだ暴れたりねーぜッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 精悍な声で叫び、前方で蠢く巨大な人形の群に向かって承太郎は駆けた。

 その長身からは想像出来ない俊敏さ、

人形達はすぐさまに方円を組んで承太郎を取り囲む、

まるで見えない意図で操られているかのように。

 そして。

 すぐさまに振り上げられた拳や剣が唸りをあげ、

前後左右さらに上下ととあらゆる方向から襲い掛かってきた。

 その嵐の中心で。

 

()()ッッ!!)

 

 承太郎は、己の精神の深奥に存在する『ソレ』に強く呼びかける。

 ドク、ン。 

 蠢く精神の胎動と共に 『ソレ』 は、

待ちかねたかのように彼の身体から勢いよく

躍り出てその“姿”を現した。

 

星の白金(スター・プラチナ)ァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 承太郎の鋭い呼び声に感応するかのようにそのスタンド、

スタープラチナは襲い掛かる巨大な拳と武器の群に

自分の拳を高速と共に向ける。

 その、“最初の一つ” がブツかりあった時、

体積比で遙かに上回る筈の人形の拳は

軋むように硬められたスタンドの拳の前に跡形もなく粉砕された。

 物理法則を完全に無視した現象だった。

 スタンドはそんな事実至極当然だとでもいうように、

視界に映る全ての存在に向けて拳の弾幕の狂嵐を一斉射撃する。

 

 

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラァァァァァァァァァ――――――――!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 猛る承太郎。

 スタープラチナの咆吼。 

 空間がぐにゃりと歪むように全ての人形、

それもありとあらゆる箇所に隙間無く拳型の刻印が穿たれた。

 同時に巻き起こる衝撃の余波で、陥没した人形十数体の全身が一瞬で弾け飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

 ドグッッッッッシャアアアアアァァァァ―――――――――――!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 破壊の轟音は、全て()()()でヤってきた。

 全ては刹那の間、瞬き一つに満たない時、

無数の人形達の攻撃が承太郎の身体に到達する前の出来事だった。

 右手をズボンのポケットに突っ込んで立つ承太郎の前へ、

スクラップにされた人形の残骸が豪雨のように降り注ぐ。

 弾けた空気が生み出した気流に、学ランの長い裾が靡いた。

 

「アラストールとかいうジジイに感謝しねーとな。

『名前』があるとスタンドが想い通りによく動くぜ。

さて、残りはあと半分といった所か……」

 

 背後に向き直った承太郎に人形達はたじろく。

 右手をポケットに突っ込んだまま悠然と歩を進めてくる承太郎に対し、

あろうことか後退までする始末だった。

 そして承太郎が再びスタンドを繰り出そうとした。

 その瞬間(とき)

 

「封・絶ッッ!!」

 

 凛々しい駆け声と共に突如、紅蓮の猛火が視界を充たした。

 そして己の眼前の遙か彼方から、深紅の炎の大波が頭上を

滑走していきながら白を紅へと染め変え、

ソレと同時に足下の奇怪な紋字が描き変わり

紋章が別の形に組み直される。

 

(何だッ!? まさか、新手の 『スタンド使い』 かッッ!?)

 

 承太郎が目の前の状況の変異を認識したその刹那。

 輝く白銀の光が、遠間に位置する人形達の群を真一文字に斬り裂いた。

 そして。

 まるで空間がズレたように人形の上半身が胴体から音もなく滑り落ちる。

 その数10体以上。

 切断面は鏡のように滑らかだった。

 人形達は自分が斬られた事すら認識出来なかったのか、

ガラス玉の瞳は最後まで承太郎を見たままだった。

 後に遺された下半身から鮮血の代わりに

白い火柱が無数に噴き上がる。

 その、ゆらめく陽炎の向こう側、に。

 そこに承太郎は、再び見た。

 焼けた鉄のような、灼熱を点す両の瞳。

 火の粉を撒いて、たなびく長い髪。

 可憐な指先に握られた戦慄の美を流す大太刀。

 黒寂びたコートの裾が斬撃の余韻に靡いて揺れていた。

 交差する碧と紅、二つの双眸(ひとみ)

『星の白金』 と “炎髪灼眼の討ち手” 

 スタンド使いとフレイムヘイズ。

 二度目の邂逅だった。

 

←To Be Continued……

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=8klLh8vp2ew

 

 

 





 ハイどうもこんにちは。
「長い」ので『二回』に分けます、この回。
 理想的には毎回『5000字』前後の方が
読み易いかもですね体感的に。
 まぁ追々考えて往きましょう、
まだ『機能』に慣れてない処も在るので。
 ちなみに作者は『ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム』に
そっくりです……('A`)
【本体】の方に似たかった……orz


PS
チトフライング気味ですが
今回『アノ娘』が出てきたので『挿絵』乗っけときます。
【第一部】のメインヒロインなんで
やはり此処は外せません。
決してどこぞのチ〇ジャリでは(うわなにをするだぁせry)


【挿絵表示】




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『RED ZONEⅡ ~絶空~ 』

 

 

【1】

 

 聞きたい事は山ほどあった。

 言いたいことは山ほどあった。

 だが二人が同時にとった選択は

「言葉」ではなく『行動』だった。

 互いに右の方向に向かって素早く疾走を開始する。

 合わせ鏡の立ち位置だったので

結果として真逆の方向に分かれる事になった。

“前門の虎、後門の狼”

 そのロジックが現実のモノとなった為、

驚愕でアスファルトと道路の上で

棒立ちになっている数十体の人形達。

 それに向けて承太郎はその身に宿るスタンドを。

 シャナはその手にした大太刀を同時に繰り出した。

 

「オラオラオラァァァ―――――――――――――――――――ッッ!!」

 

「でやぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――――――――ッッ!!」

 

 二人の戦闘スタイルもまるで合わせ鏡のように対照的だった。

 スタンドのパワーギアをゼロコンマ一秒で限界MAXにまで叩き込み、

音速に達したスタンドが繰り出す拳の弾幕によって

まるで黄金の旋風の如く全てを巻き込み全てを破壊する承太郎。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!」

 

 その姿、まさに疾風迅雷。

 対して、必要最低限の動きで相手の力さえも利用しつつ、

鋭敏な頭脳で緻密にコンビネーションを組み立てながら

白銀の刃で次々と相手を斬り捨てていくシャナ。

 一見地味だが完成されたその動きは、

刹那の余韻すら残さず人形達を両断し

物言わぬ(かばね)へと化しめていく。

 

「ッはあぁぁぁッッ!!」 

 

 その姿、まさに鎧袖一触。  

 戦闘、と呼ぶにはあまりにも一方的過ぎる展開だった。

 瞬く間に紅蓮の炎で覆われた空間は、

破壊されたスクラップと切断されたジャンクの山で埋まっていく。

 承太郎とシャナ。

 ソノたったの二つの存在によって、

52体もいた人形は

出現してからたったの3分で【全滅】した。 

 最後に一つ、道路の真ん中に残っていた人形に向かって

承太郎はスタンドを放った。

 回る首でしきりにおろおろとしていたが別にどうでもいい。

 

「ッッッッオラァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 承太郎の身体からまるでカタパルトで射出されたように

神速で飛び出したスタープラチナが、

その勢いとスピード、全体重を乗せた

オーバーハンド・ブローを人形の左胸に叩き込む。

と、同時に右胸から白銀に輝く刃が飛び出してきた。

 まるで榴弾の直撃でも喰らったかのように、

人形の胸元がバックリと抉れて全身が即座に爆散する。

 その、開けた視界で。

 碧と紅。

 二つの瞳が三度交差した。

 シャナの戦慄の大太刀、“贄殿遮那”の切っ先は承太郎の喉元。

 承太郎の無双のスタンド、『星の白金(スター・プラチナ)』 の右拳は

シャナの眉間の手前でそれぞれ停止している。

 

「なんで、()()()……? 

確か、『ジョータロー』とか言ったわね? おまえ」

 

 双眸に灼熱の光を灯した紅髪の美少女が、

その凛々しい視線を承太郎に向けた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「やれやれ、そいつァこっちのセリフだぜ。

ウチのジジイと一緒に帰ったんじゃあねーのか?」

 

「異変を感じたから来たまでだ。

よもや貴様が “封絶” に取り込まれているとは

想定していなかったがな…………息災だったのか?」

 

 銀鎖で繋がれたシャナの胸元のペンダント、

アラストールがそれに応える。

 

「まぁ、な……

だが敵の『本体』がどこにいるのかわからねー。

さっきから探しちゃあいるが、

スタープラチナの「眼」と「耳」でもみつからねーんだ」

 

 承太郎はシャナではなく胸元のアラストールに向けて言った。

 

「ウチのジジイの話じゃあスタンドは『一人一体』

それに【遠隔操作】のスタンドは “パワーが弱い” そうだが、

あんなフザけた「人形」がワラワラ出てくるようじゃあ、

どうやらデタラメだったらしーな。テキトーな事フカシやがって。

とうとう本格的にボケやがったか、あのクソジジイ」

 

 学帽の鍔で目元を覆いながら、承太郎は苦々しく吐き捨てる。

 

「バカね、『本体』なんか、 どこ探したっているわけない。

第一()()()、おまえが考えてるような『幽波紋(スタンド)』じゃない」

 

 冷静な口調で告げる少女に対し

承太郎は剣呑な瞳で問い返す。

 

「なんだと? おいクソガキ? 

そいつァ一体ェどういうことだ?」

 

「クッ!?………………おまえッッ!! 

言うに事欠いてなんて事いうのよ!!」

 

 シャナはその髪と瞳に加え顔まで真っ赤になって毒づいた。

 今まで「敵」に、その容姿の事で皮肉めいた事を言われた事はあるが

こんな風に直接的な言葉で(ののし)られたのは初めてだ。

 

「ン?」

 

 承太郎は目の前で喚くシャナの怒声よりも、

遠くの『首玉』の妙な動きが気になった。

 戦いの熱に浮かされて、

不覚にも随分と目標か離れてしまったらしい。

『首玉』は振動するように全体を揺すぶらせたと思うと、

自身の張力でいきなり道路からバウンドして大きく後方に跳ねた。

そのままピタリと空中へ固定されたように停止し、

そして例の如く埋め込まれたマネキン達が叫声を響かせる。

 しかし今度はバラバラではなく、

一部の狂いもなく全てのマネキンが一斉に鳴いた。

 

 そし、て。

周囲のビルのガラスが振動するような、

ソノ奇怪な叫声に煽られるかのように

バラバラとなって路上に散乱していた

スクラップとジャンクの山がカタカタと音を立てて蠢いた。

 然る後、分解された夥しい数の機械部品、

その中で比較的損傷の少ないモノが

空中に浮かんだ『首玉』に向かって次々と集まっていく、

 ソレが『首玉』の表面に付着して瞬く間に周囲を覆っていった。

まるで悪趣味なジグソーパズルのように、

在るべき場所にそれぞれ組み込まれ

みるみるうちにそのサイズを膨張、

人の形を成していく。

 最終的に生まれたモノは、一体の「人形」

 しかしその大きさは規格外で横の五階建ての雑居ビルを上回った。

 ゾンビのような剥き出しの機械部品がそのおぞましさ増長させ、

本来爪が在る指先に武器であった剣や槍が埋め込まれ鈍く光っている。

 最早「人形」とは呼べない、完全な【異形(いぎょう)】だった。

 

「……やれやれだぜ。

数でも勝てねぇと知ったら今度はデカくなる、か……

芸のねぇヤローだ。しかし、あんだけデカイとブッ壊し甲斐がありそうだぜ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 再び闘争心に誘発された笑みを口元に浮かべ

前に歩み出る承太郎を、シャナの小さな腕が鋭く制した。

 

「アレは私の“獲物”おまえは引っ込んでて」

 

 そう言って焼き付くような視線を承太郎に向けてくる。

 

「知ったこっちゃあねーな。あの悪趣味なマネキンには用がある」

 

「それこそ知ったこっちゃあないわ。フザけた事言わないで」

 

「テメーに指図される筋合いはねぇ」

 

「うるさいうるさいうるさい! おまえに選択権はないわ!」

 

「やめよ。戦いの最中(さなか)だ」

 

 シャナの胸元でアラストールが、重く低い声で云った。

 

「空条 承太郎。貴様の心の内は、だいたい想像がつく。

()()のだな? 『燐子(りんね)』が、人の存在を喰らう所を

…………が、とりあえずここは引け。

歳長(としおさ)であるならそれが「筋」だ 」 

 

「……」

 

 穏やかな、声だった。

 ささくれ立った神経が宥められるような。 

 そのアラストールの言葉に承太郎は小さく鼻を鳴らす。

 

「……ジジイ? アラストールとか言ったな?

確かテメーには「借り」があった。いいだろう。

そのガキのお手並み、拝見といかせてもらうぜ」

 

「うむ」

 

「……」

 

「ジジイ」という言葉が侮辱と受け取れたが、

アラストールが何も言わない以上

自分も何も言う事が出来なかった。

 しかし、何か面白くない。

 先刻 『幽波紋(スタンド)』 の名付け親になった事といい、

ジョセフの「孫」というのもあってなのか、

どうやらアラストールはこの『ジョータロー』とかいう

(実に)いけ好かない男を随分と買っているようだ。

 それがまた、無性に面白くない。

 

「……来るぞッ」

 

 そのシャナの葛藤は、尊厳なるアラストールの声で中断を余儀なくされた。

 

 

 

【2】

 

 

 

 

 ズァッッッッギャアアアアアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 いきなり、今まで自分の立っていた道路が裂けた。

 砕けたコンクリートの飛沫と、

吹き飛ばされた土砂が暴風のように自分へと襲い掛かる。

 路面に、無数の剣と槍が突き立っていた。

 異形が指先に埋め込まれた武器を、

こちらを目掛けてミサイルのように飛ばしてきたのだ。

 

「フッ……!」

 

 瞬時にサイドステップで左方向に飛び去って

廻り込んでいたシャナは左手を一振り、

黒衣の裾を捺し広げて伸ばし自らを守る「盾」とした。

 その表面に突き当たったコンクリートの飛沫は、

触れるそばから次々に燃え上がり裏には一点のへこみもつけられない。

 

「……」

 

 シャナ同様、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま

スタンドのバックステップで「武器」着弾前に

大きく後方へと飛び去っていた承太郎は、

端から防御など選択肢にいれず襲い掛かる瓦礫の障害物を

全てスタープラチナの両拳乱打で跡形もなく粉砕した。 

 着地と同時にシャナのコートの裾がフワリと舞い、一瞬その全身を覆い隠す。

 彼女はその間に左手を柄に戻し、柄頭を左脇の奥に引き込んでいた。

 右肩をやや前に突き出す、刺突の構え。

 だが、シャナが『首玉』の取り込まれた

左胸の部分へ突貫するより前に、

異形は軋んだ音を立てながら

巨大な両腕を胸の前で交差し防御態勢を執った。

 

 実に単純な構えだが、明け透けすぎるが故に

撃てる(すべ)がかなり限定される。

 ()()()()()()、両腕を挟むとシャナの長刀でも

異形内部に在る『本体』には届かない。

 さらに距離が遠すぎて貫通力が分散されるため、

腕が串刺しになることを「覚悟」で受け止められれば

逆にこっちが捕まる事になる。

 その事を認識した異形はその醜い瞳をニヤリと歪め、

巨大な口を耳元まで開いて炎を吐いた。

 白炎(ほのお)の、瀑布。

 誇張でもなんでもなく、本当に路上の全てを覆い尽くすほどの量で

白の濁流がシャナを呑み込もうと襲い掛かった。

 シャナは瞬発力で路面に扇形の痕が付くほどの踏み切りを付け、

即座に左斜めに飛び去っていた。

 その足痕は駆け抜けた炎の濁流によって蒸発する。

 

「!」

 

 高速で空間を翔ける、フレイムヘイズの少女。

 その視界の隅に、空条 承太郎の姿が眼に入った。

 自分と同じように、スタンドで高速移動したビルの路地裏にて

優雅に煙草と洒落込んでいる。

 先刻アラストールに言った通り、

高みの見物を決め込むという事なのだろう。

 だが、その戦闘中に不謹慎な、或いは余裕に満ちた態度に

自分で言い出した事とはいえ

シャナは何故か無性に「カチンッ」ときた。

 少女がそう想う間にも異形は再び、

シャナの飛び去った方向に向けて

白炎の大放射の狙いを定める。

 しかし、異形の炎が吐き出される前に、

シャナは前方のビルの窓枠を蹴りつけ更に真上へと上昇した。

 

「!!」

 

 そして異形が眼で追う暇もなく、今度は換気用のダクトを蹴りつけて

獲物を狩る鷹のように前方左斜めに急降下してくる。

 着地はせずそのままガードレールが変形するほど強く蹴っとばし、

再びシャナは高速で宙に舞い上がった。

 同じ要領でドラッグストアの看板を、BARのネオンを、曲線を描く街灯を、

花屋の庇を、赤い郵便ポストを、およそ視界に存在する

ありとあらゆるものを全てを「足場」にして、

高速でジグザグに飛翔しながら、

幻惑すると同時に異形との距離を詰めていく。

 異形が何度か当てずっぽうで炎を吐いたが、

無論命中するわけもなく

承太郎にそこへ吸い殻を弾いて捨てられる始末だった。

 あっというまにゼロの距離に達し、

ワンボックスカーほどもある異形の足下に

シャナは犀利な八字立ちで空間を斬り裂くように着地した。

 高速移動で巻き起こった気流に、

膝下まである炎髪が舞い上がり

まるで吹雪のように火の粉を撒く。

 

「……」

 

 だが、射程距離に入ってもシャナはそこですぐ攻撃を仕掛けず、

また残像を(のこ)して左斜めへと飛び去った。

 そして今度は、異形の目の前で先程と同じ動作が繰り返される。

『立体』ではなく【平面】で。

 しかし飛行距離が縮まった為、その速度と軌道の複雑さは段違いだった。 

 炎髪が火の粉を撒くのでソレが軌跡となりまるで赤い陽炎(かげろう)

もしくは(くれない)の流星が何度も何度も飛来しているようにも視える。

 異形はシャナを攻撃しようと唸りをあげてその巨腕を振り回すが、

熊が目の前で飛び回る蜂を叩き落とそうとしているようなもので

『本体』は疎か火の粉が描く軌跡にすら触れる事が出来ない。

 しかも速度はその回転が上がるつれ更に増していった。

 

 

 

 

 

 ガシュッッ!!

 

 

 

 

 

 いきなり異形の巨大な右腕が真っ二つに切断された。

 高速で飛翔する紅い影に斬撃が混ざり出したのだ。

 間を置かず右足が両断され、大きくバランスを崩した異形が

蹌踉(よろめ)めいて路面へ倒れそうになる。

 しかし。

 異形が突っ伏す前に白銀の光が上半身を、

肩口からバッサリと斬り上げる戦形(カタチ)で切断した。

 そして、宙を舞った異形の首に紅い影が意志を持った糸のように

巻きついて木っ端微塵に引き裂く。

 弾けたザクロのように、白い火花に包まれた

大量の機械部品が路面に降り注ぐ。

 その直後。

 突如異形の左胸に、向こう側まで見渡せるような大穴が開き、

背後から刺突の構えで突貫したシャナがその中枢部である

『首玉』を大刀で串刺しにしたまま勢いよく飛び出してきた。

 

「ッッシィッッ!!」

 

 すぐさまに貫いた首玉を返す刀で真っ二つに斬り捨てた後、

シャナは靴を滑らせて路面に火線を描きながら

派手な音を立ててブレーキングし、

いつの間にかそこにいた承太郎の目の前へ着地する。

 

「ヒュウッ」

 

 承太郎の端正な口唇が、キレのある音色を奏でた。

 

「……ッ!」 

 

 それを冷やかしと解釈した少女の鋭い眼光を承太郎は黙って受け止める。

 

(……このガキ、どーやら牢屋の中でヤりあった時は、

本来の力の半分も出てなかったみてーだな。

狭ぇ場所と今じゃ動きがまるで別人だぜ。

背丈(タッパ)の所為で一発じゃあ両断出来ねーから

「速度」を「力」に換えて、

「点」じゃなく「線」の動きで斬りやがった。

しかも一番ヤワそーな部分だけを狙って……

やれやれ、スタープラチナの“眼”でも追うのに苦労したぜ)

 

 一瞬でそこまで分析した承太郎の洞察力も

またただならぬモノではあるが、

ともあれ承太郎は初めてシャナに

「妙なガキ」以外の感想を持った。

 

「やるじゃあねーか。クソガキ」

 

 右手をズボンのポケットに突っ込んだまま、

素直に称賛の言葉を贈る承太郎。

 しかしその言葉にシャナは。

 

「……さっきといい……いまといい……!」 

 

 額に青筋を浮かべ 怒りで胸元に握った右拳をブルブルと震わせた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そのふんぞり返った脳天にドバカ、

とお仕置きの鉄槌を入れてやろうと刀身を峰に返し、

そして背後へ大きく振りかぶる。

 だから次に承太郎が取った行動は、

完全に思考の範疇外だった。

 

「ッッ!?」

 

 承太郎は、開いた右手を無造作に目の前へと差し出した。

 自分の背丈に合わせるよう、やや下げて。

 完全に虚を突かれたシャナは、

その紅い瞳を大刀を振りかぶったままの体勢で丸くする。

 どうやら「叩け」という事らしい。

 それは解る。

 ()()()()()解る。

 問題はそんな事に、今、自分が面食らっているという事実だ。

 承太郎は口元に微笑を浮べていた。

そこに皮肉や侮蔑を表す色はない。

 あるのは、ただ。

 ただ……

 

 世間一般の女性なら、その殆どが再起不能に陥るであろうと

推察される承太郎の微笑に、

何故かシャナの裡で渦巻いていた怒りは霧のように消え去った。

 まるで最初から、存在すらしていなかったかのようだった。

 その感情がまるで理解不能な為、

シャナは半ば八つ当たり気味に承太郎の大きな掌中へと

自分の小さな手の平を跡がつくほど思いきり強く叩きつける。

 渇いた音が、紅く染まった空間に大きく鳴り響いた。

 

「……」

 

 そのまま黙って数歩前に進んだシャナは、

いきなりピタッと立ち止まったかと思うと

素早く背後に振り返って承太郎を睨んだ。

 

「言っとくけどッ! 私の名前は()()()

ク……ガキでもチビジャリでもないッ! 二度と間違えるな!!」

 

 胸の中を吹き抜ける爽快感は何かの間違いだと思考の隅に追いやり、

その顔を灼眼より真っ赤にしたシャナは叫ぶ。

 自分には今まで「名前」がなかったので、

何故かソレを不憫に想った

ジョセフとその妻のスージーが色々と試行錯誤の上、

持っている愛刀の銘から付けてくれた「名前」だった。

(何故か二人とも途轍もなく「真剣」で、

テーブルの上で山積みとなった命名に関する書物を前に、

議論は夫婦喧嘩寸前にまで白熱(ヒート)した)

 でも今では、それなりに気に入っていた。

 共に過ごした時間はそんなに長くはない筈だが、

二人とも自分を本当の「孫」のように可愛がってくれたから。

 

 二人の「善意」は非常に解りやすかったので、

ジョセフとスージーには素直に好意を抱く事が出来た。

 そう、アラストールと同じように。

 だが。

 今、目の前にいる、 その二人の 『孫』 は。

 睨み返して言った自分の言葉に

「やれやれ」とハンドマークのプレートが付いた

学帽の鍔を摘んだだけだった。

 影になった顔の口元には、まださっきの余韻が残っている。

 その余裕の態度が、さらにシャナを苛立たせた。

 

(なによ、なによ、なによッ! 一体なんなのよッ! コイツはッ!?)

 

 不分明な感情が余計に火勢を煽る。 

 

(わけわかんない! なんだかしらないけど生意気よ!

本当になんて変な、じゃない! 妙な、違う! 

嫌な、そう! イヤな奴ッッ!!) 

 

 心中で上がる声には、彼女らしくない愚痴のような響きがあった。

 

(……)

 そんな彼女のいつにない精神の荒れ様、

あるいは取り乱し様に

アラストールは心中で可笑しそうに苦笑した。

 未知の感情の前では、認識よりも拒否反応の方が強く出る事に

この時少女はまだ気付いていない。

 今までシャナにあんな事をした「人間」はいなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()

 自分が戦った事を認めてくれる、褒めてくれる 「人間」 は。

 それは、あまりにも単純で、あっけなさすぎるほど平凡な答え。

 嬉しかったのだ、少女(シャナ)は。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 




ハイ、どうもこんにちは。
当初予定には無かったんですが、
何とかシャナの『挿絵』が出来上がりまして、
だから気に入った『絵』が撮れたら随時
『更新』して参ります。
たまに『過去の話』を見直すと
想わぬ発見があるかも知れません。
ソレでは(≧▽≦)ノシ

PS
【承太郎】は絶対無理です……('A`)
『コートのような学ランと襟元の鎖、特徴的な学生帽』が無い
承太郎は【承太郎ではありません】
世界で一番、空条 承太郎を愛する者として、
ソレだけは最初に云っておきます。
でもマージョリーとヴィルヘルミナ(メイド服無し)
くらいなら何とか作れるかも知れない……('A`)


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『DETERMINATION ~決意~ 』

 

 

 

【1】

 

 不意に背後で轟音。

 

「!!」

 

「!?」

 

 シャナに両断された筈の首玉が、二つに分かれて砲弾のように

向かい合う二人を狙って飛んできた。

 振り向き様にスタープラチナとシャナの強烈な前蹴りが撃ち出される。

 正反対の方向からの強烈な打突を受けた首玉は、

その反動であらぬ方向へと弾き飛ばされた。

 そして近距離に位置するレストランと携帯ショップとを砕いて中にメリ込む。

 

「……」

 

 シャナは承太郎を一瞥すると、

蹴りの反動で路面に刺さった軸足を抜き

濛々と土煙を上げるレストランに向けて歩き出す。

 承太郎は内ポケットから煙草を取り出し火を点けた。

 

「わざわざ確認する間でもねぇんじゃねーか?」

 

「おまえは黙ってて」

 

 シャナは背を向けたまますげなく言う、

その刹那、背後から「人影」が飛んでくる。

 その人影は承太郎の背を狙って手を伸ばす。

 シャナが振り向き様、刀を一閃した。

 承太郎の首筋すれすれを横薙ぎの斬撃が通り過ぎる。

 これら四半秒もない時の流れの中で、

誰かの悲鳴が上がっていた。

 

「っぐぎ! くあぁぁッッ!!」

 

 背後で何かが、路面に落ちた。

 承太郎の足下、女性のものらしい、

切り落とされた腕が転がっていた。

 その腕はさっきの巨大な人形同様、

薄白い火花となって立ち消える。 

 更に上部で、金髪の女性が目を見開いたまま空中で停止していた。

 華奢な躰の脇腹に、スタンド、スタープラチナの裏拳が

深々とメリ込んでいる。

 妙に無機質な顔を苦痛に歪め、女性は路面に落下した。

 

「フン、逃げるにしても “せめて一太刀浴びせていく” ってワケか?」

 

 承太郎は銜え煙草のまま、 

 

「こんな簡単に釣れちゃうと、返って拍子抜けしちゃうわ」

 

 シャナは笑みを含ませて傲然と言い放つ。

 

「なかなか悪くねぇ 「読み」 だったぜ? ()()()

 

 自分で言ったことだが、初めて面と向かって呼ばれた名前にシャナは、 

 

「うるさいうるさいうるさい! 

図体デカイから 「囮」 に利用しただけよ!」

 

と、頬を紅潮させそっぽを向いた。

 先刻シャナは、自分の意志を最大限瞳に込めて承太郎を見た。

 承太郎はその『意図』を一瞥しただけで理解した。

 瞬き一回に満たない、刹那の交差。

 戦闘の『天才』同士のみによって初めて可能な、

高度なアイコンタクトだった。

 

「 “炎髪と灼眼” ……アラストールの “フレイムヘイズ” か……!

そ……それに……! そっちの人間は……ッ!

ま、まさか……まさ……か……ッ!

天目一個(てんもくいっこ)ッ!?』

馬鹿なッ! 確か「討滅」されたはずッッ!!」

 

「もうしゃべンな。話が噛み合わねえ」

 

 承太郎が片腕の美女に吐き捨てる。

 

「お、お前達……! 私の『ご主人様』が黙っていないわよ……!」

 

 陳腐な脅し文句に、二人は鼻で笑って返す。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なるほどな。あのフザけた玩具(オモチャ)の山は

その 『ご主人様』 とやらのモンか?

だがもう二度と遊べないように(たた)っ壊してやるぜ……」

 

 そう云って承太郎は、逆水平に構えた先鋭な指先で彼女を差す。

 

「ご主人様の『顔面』の方をな……」

 

「でも、今はとりあえず、()()()()断末魔を先に聞かせて」

 

 そう言ってシャナは、片手で大刀を大きく振りかぶった。

 

「ぎゃああぁッッ!!」 

 

 美女の甲高い、引き絞るような絶叫が紅い空間に響き渡った。

 微塵の躊躇もない、左の肩口から腹にかけての袈裟斬り。

 斬り裂かれて仰け反って倒れる女。

 その舞い散る火花の中から、小さな『人形』が飛び出した。

 

「クッ!」

 

 悔しそうに歯噛みするその人形は、

茶色い毛糸の髪、黒いボタンの目、

赤い糸で縫われた口という簡素なモノ。

 靴も指もない肌色フェルトの脚が路面を擦って、

低く後ろに飛び去る。

 コレを追おうとしたシャナと承太郎は、しかし、

胸元のアラストールから呼び声を受ける。

 

「後ろだ!」

 

 背後で埋もれていた半分になった首玉が再び二人を狙って、

瓦礫の奥から砲弾のように飛び出してきた。

 

「オッッッッッラァァァァァ―――――――――――ッッ!!」

 

「ッッッはあぁぁぁぁぁ―――――――――――――ッッ!!」

 

 一閃。

 神速のスタンド右ストレートと、戦慄の大太刀の直突きとが

共に半球状の首玉を貫く。

 拳と剣とに串刺しにされた二つの首玉は、

しばらく生き物のように蠢いていたがやがて動かなくなり

大量の白い火の粉となって爆ぜ、消えた。

 だがこの間に人形も何処かへと消え去っていた。

 不意な静けさが、人々の小さな残り火と破壊の傷跡を残す街路に訪れる。

 それをシャナの声が破った。

 

「あの “燐子(りんね)” の言い方からすると、案外大きいのが後ろにいそうね」

 

 それに答えるアラストール。

 

「うむ。 久々に『王』を討滅できるやも知れぬ」

 

「うん。それにしても、」

 

「……」

 

 空条 承太郎は、黙って二人のやりとりを聞いていた。

 訊きたい事は山ほどあったが状況から推察して今、

その疑問を口にしても自分が満足するような解答は得られないだろう。

 二人 (?) の会話が一段落した後、

アラストール辺りに問い(ただ)すのが

一番合理的なやり方だと思った。

 

「……おい? おまえ?」

 

 上げた視界の前に、シャナがいた。

 ()()()()()()()()()

 その身体は宙に浮いていた。

 灼熱の光を灯す瞳と髪が急に迫り承太郎の瞳に焼き付く。

 

「アン? 何か用か?」

 

 今更、特に驚く事でもないので承太郎は普通に返す。

 

「気が進まないけど……」

 

 シャナは小さく呟く。

 

「アラストールが、 ()()()()()()してやれって……」

 

 頬も触れあうような、その近さ。

 シャナの視界の隅に、両耳を飾るピアスの煌めきが映る。

 鼻にかかる、熱い火の香りと、仄かで柔らかな匂い。

 その小さな口唇がすぼめられ、承太郎に細く息を吹きかける。

 いきなり承太郎の全身が激しく燃え上がった。

 

「……ッッ!!」

 

 思わず声を上げそうになるが、熱さを全く感じないので

その必要がない事に気付く。

 火は、消えていた。

 大事な制服には焼け焦げ一つ付いてない。

 しかし、その事を確かめた後に眺めた風景に――。

 

(……なん、だ?)

 

 ぽつん、と点る小さな光が紅い空間、

元の街の中そこかしこに点在していた。

 まるで蛍の光のような、

しかし今にも消え去りそうな弱々しい色彩の光。 

 

(……人間? イヤ、喰われた生命(いのち))の……「残り火」……か?)

 

 直感以上の確信。

 それを目の前の少女に訊く。

 

「オイ、一体ェ何しやがった? 

あっちこっちに妙な『光』が見えるようになったぜ」

 

 が、シャナはもう遠くの方に行っていた。

 

「さっきの見た? あの“燐子”ちゃっかり手下が集めた分、持ってっちゃった」

 

 それにアラストールが、嘆息混じりに答える。

 

「うむ、抜け目のない奴だ……が、

“アノ者” が(ともがら)に引けを取らぬ事が

解っただけでも、よしとすべきだろう。

『討滅』 自体はいつでもできる」

 

「……どうだか、ね。」

 

 シャナは呟いて右の人指し指を天に向けて突き立てた。

 周囲で光が弾け、承太郎は思わず身構える。

 路面にまばらに散っていた、まるで人々の名残のようだった小さな灯りが、

ふ、と幻が湧くように、人の形を取り戻していた。

 

(無事だったのかッ!?)

 

 一瞬、希望を抱いた承太郎はしかし、棒立ちの彼らの胸の中心に、

先程の今にも消えそうな弱々しい灯りが点っているのに気付いて愕然とする。

 その灯りは、最初に怪物に人々が襲われた際、燃え上がった

炎と同じもののように思える。

 

(だが……さっきは『光』が身体全体を包んでいた。

しかし、今は“喰われた分”減っちまったみてーだぜ……)

 

 突然、承太郎の体を怖気が走り抜けた。

 理由は解らないが、その『光』に得体の知れない邪悪な意志を感じ取った。

 その存在。その概念に。

 

「フム、“トーチ”はこれでよし、と。

()()のに何個か使うね」

 

「うむ……それにしても、相も変わらず派手に喰らいおるわ」

 

 言う間に、幾人かが、再び一点に凝縮された。

 瀕死の蛍のようになったその灯は宙を流れて、

シャナの突き上げた指先に宿った。

 瞬間、灯は一斉に弾け、無数の火の粉となった。

 それらの火の粉は、この陽炎の壁に囲まれた空間の中に舞い散ってゆく。

 怪物や自分によって壊された所に触れると、火の粉はそこから持てる

暖かさを染み透らせるように微光を宿らせ、周囲へと広げる。

 

「!」

 

 承太郎が眺める先で、微光を宿した全ての箇所が、

ゆっくりと、無音で、テープの逆回しのように、

()()()()()姿()へと戻っていく。

 砕けた敷石が罅を霞ませ、割れたショウ・ウインドウが張り直され、

落ちたアーケードが持ち上がり、折れた街灯が伸びる。黒い焼け跡や、

薄く澱んでいた煙さえ、消えてゆく。

『修復』の終わった場所からは微光が失せ、

光景はどんどん元通りになる。 

 この空間に囲われた人々が、胸に灯を点した事以外は。

 シャナの指先で火の粉となって散った人間が、欠けている事以外は。

 やがて、『修復』が全て終わる。

 それは、時間にしてほんの十秒ほど。

 そしてシャナが、おもむろに告げる。

 

「終わり、と」

 

 光と衝撃が湧き起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

「!」

 

 承太郎は反射的に手で視界を遮る。

 次の瞬間、彼は雑踏の喧噪に包まれていた。 

 視界を覆っていた手をどければ、そこには、

血のように赤い夕焼けに染まる繁華街と、

ざわめく人の流れがあった。

 周囲を覆っていた陽炎の壁も、

足下に描かれていた火線の紋章も、

全て掻き消えている。

 異変が起こる前の状態に、完全に戻ったのか。

 

(……違う)

 

 承太郎は、その違いをはっきりと感じていた。

 自分と一緒にあの妙な場所に囚われた人々は、

まだ弱く薄い灯を、胸の内に点していた。 

 シャナの指先で火の粉となった人間も、いない。

 なのに、()()()()()()()()()()()

 まるで当たり前のことのように、皆、気にしない。

 

(……いや、()()()()()()()()()

オレの 『スタンド』 が、他の人間には視えねーのと同じように……)

 

 やがて、灯を胸の内に点す人々は、雑踏の中に、

どこか弱々しい足取りで散っていった。

 

「オイ? ちょい待ちな」

 

 承太郎は胸に薄い光を宿した、スーツ姿の若い男の肩を掴んだ。

 

「……ッッ!!」

 

 男は、ゾッとするほど精気のない顔をしていた。

 目の前にいるのに、その存在感は虚ろそのもの。

 意志も、感情も、気配すらも感じられない。

 男は承太郎と一度も視線を合わせずに

背を向けて雑踏に消えていく。

 それが去るのを黙って見ていた承太郎は自分の前へ

シャナが立っていることに、ようやく気付いた。

 髪と瞳は元の艶のある黒色に戻っている。

 そうやってシャナを見下ろしていた承太郎は、

やがて自分こそが周りの注目を集めている事に気づいた。

 視線がいつの間にか鋭くなっていたので、

所謂 “ガンをつけている” 状態になっていたのだ。

 周囲の人間には長身の男が因縁をつけているように見えたのだろう。 

通り過ぎる足並みが早々に去っていく。

 

「フン……」

 

 承太郎は小さく鼻を鳴らすと学帽の鍔で目元を隠し、

シャナと共に歩き出した。

 黄金色に輝きながら黄昏の終焉を迎えつつある繁華街で、

派手な学ランに身を包んだ長身の美丈夫と、

黒いコートを着た小柄な美少女の組み合わせは、

その身長差も相()って恐ろしく目立った。 

 相乗効果によりその存在感が歯車的砂嵐の小宇宙と化した為、

二人が歩むにつれて人込みが旧約聖書の十戒のように割れていく。

 周囲から無分別に寄せられる好奇の視線や言葉。

 中には映画か何かの撮影と間違えてTVカメラを探し出す輩までいた。

 それらを一切気にも止めず、承太郎とシャナはざわめく人の波を切り裂いていく。

 

「……早ぇトコ、『説明』してくれンのを期待してるんだがな」

 

 承太郎の呟きにシャナはいきなり冷淡に告げた。

 

「アレはもう「人間」じゃない、ただの“(モノ)”よ」

 

「……なんだと?」

 

 再び視線が尖る承太郎にシャナは更に冷淡に告げる。

 

「本物の “人間だった存在” は、『紅 世(ぐぜ)(ともがら)』に存在を喰われて、

とっくに消えてる。

アレはその存在の消滅が世界に及ぼす衝撃を和らげるため置かれた

“代替物” 『トーチ』 なの」

 

 端的な言葉を、承太郎はその怜悧な判断力で

すぐさまに分析し、そして理解する。

 シャナもそれを見抜いた上で話していた。 

 

「トーチ? 代替物……だと? 

つまりアレはさっきのスタンドみてぇな

人形に喰われた人間の成れの果て――。

“残り(カス)” ってコトか?」

 

 追い討ちかけるようにシャナが続ける。

 

「そうよ。理解が早くて助かるわ。

周りにぞろぞろ歩いてるのも見えるでしょ?

そいつらもみーんな、喰われた残り滓。

この近くに、さっきみたいに、『存在の力』 を集めて喰ってる

“紅世の徒” の一人がいるのよ。その犠牲者ってわけ。

別に珍しくも何ともない、世界中で普通に起きてることよ」

 

 承太郎は今度は黙ってシャナの言葉を聞いていた。

 途中一度、周りの『トーチ』を見渡すと、視線を落として俯く。

 

「……」

 

 何も言わず、表情は伺えないが怒りに震えているのが解った。

 

「そんな大事が起こってんのに誰も気がつかねーのは、

さっき周りにあった赤い “壁” みてーなヤツの所為か?

確かそこのジジイが “フーゼツ” とか言ってやがったな?」

 

 そう言って承太郎は、その細い顎でアラストールを差す。

 

「ッ!? ……おまえ……意外と鋭いわね?」

 

「……我の事は 『アラストール』 で良い」

 

 シャナが驚きと、アラストールが珍しくムッとした

声を上げたのはほぼ同時だった。

 

「正確には、あの壁の中の空間。

あそこは世界の流れ、『因果』から一時的に切り離されるから、

周りに何が起こったかを知られることはない。

それに“存在それ自体”を喰うから、

喰われた人間は“いなかったこと”になる。

後には痕跡すら残らないわ」

 

「誰にも見えねえし、解らねえ、か。

その点じゃ 『幽波紋(スタンド)』 と殆ど変わらねえな」

 

 いきなりシャナが立ち止まった。

 目の前にタイヤキの売店がある。

 シャナは店員に言って、ホットプレートの上にある分を全部買った。

 袋に詰めてもらうのを待ちながら、世間話でもするように、軽く言う。

 

「でも、ただ無闇に喰い散らかしていると、

急に存在の空白を開けられた世界に【歪み】が生じる。

だから、“全部は喰わずに”後にトーチを残して、

空白が閉じる衝撃を和らげるのよ」

 

 シャナはタイヤキで一杯になった袋を受け取る。

 

「……さっきテメーがやってた()()か?

残された人間の『光』を使って、壊れた場所を修復してたな」 

 

「当たり前じゃない。薪がなければ火は燃えないでしょ。

元になる存在(チカラ)が無いと、物は直せない、人も治せない」

 

「…………そうだ、な……」

 

 少し考えた後、承太郎は学帽の鍔で目元を覆いながら静かに呟いた。

 

「……それだけ? おまえなら、

「直すのに人間を使うなんてフザけるな」

とか言うと思ったけど?」

 

 それに対する反論はもう出来ていたので、

シャナは肩透かしを喰ったような気分になる。 

 以前、ジョセフに喰われた「人」を“物”扱いするのは、

あまり好ましくないと静かに諭された事があるので、

当然この男も「トーチ」による『修復』には

反発するだろうと想っていた。

 

「ソレしか “手” がねーんだろ? 

まさか街も人間もブッ壊れたまま放っとくわけにもいかねーしな。

なら何も言いようがねぇ。

一番悪ィのはあのバケモン共で、

何もテメーが殺したわけじゃあねーからな」

 

 死んだ人間は、もうどんな『能力』を使おうと戻らねぇ、

そう小さく呟いて承太郎は再び押し黙った。

 

「フン、知った風な事を」

 

 なんだか擁護されたみたいで面白くないシャナは、

わざと突き放すような言い方をした。

 

「あ、ちょうどいいわ。見なさい、おまえ」

 

 シャナが空いた方の手で指差した。

 

「今、正面から歩いてくるトーチ、もうおまえには視えるでしょ?」

 

 人込みに頼りない足取りで混じる、印象の薄い中年の男。

 背広姿のその胸の内に、小さな灯がある。

 それが、ふと、消えた。

 燃え落ちた。

 男もいつしか、消えていた。

 それがなんでもないことでもあるかのように。

 周りを歩く人々は誰も、そのことに気付かない。

 いや、気にしない。

 承太郎も、言われなければ注意を払わなかったかもしれない。

 それほどまでに、男の()()()()()()()()

 

「今のが、燃え尽きるって事か? 

もうさっきの男の事を覚えてるヤツは、

オレ達以外、誰もいない?」

 

「そ」

 

 シャナは簡単に答えて、また歩き出した。

袋からタイヤキを取り出す。

 やらないわよ、と横に鋭い視線で訴えるが、

承太郎は何か別の思索に耽っていて

自分の視線には気づいていないらしい。

 結果的に無視された形になったシャナは、

なによ、とムクれてタイヤキの上半身に噛みついた。

 承太郎は、スタープラチナで周囲の雑踏を見渡した。

 シャナの言うトーチになった人々を探す。

……血のように紅い夕焼けに染まる街並みの中、

弱々しい灯を内に宿すその 『人の代替物』 は、

街中嫌になるほど目についた。

 

「!」

 

 その視界の端で、また一人、灯が燃え尽きた。

 赤いランドセルを背負った小さな子供が、消えた。

 傍らには、母親らしき中年の女性がいた。 

 しっかりと繋がれた二つの手。

 その母親の目の前で、鞄も、服も、靴も、

余韻すら残さずその子は消えた。

 まるで、宙をたゆたうシャボンのように。 

 しかし、母親はその事に気づかない。 

 人込みは、変わらずに流れている。

 

「……ッ!」

 

 承太郎の口中が、ギリッと軋んだ音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

母親を喰われた子供は、母の帰りをずっと待つのだろう……

 

子供を喰われた母親は、息子の帰りをずっと待つのだろう……

 

バケモノに殺された娘や兄弟達の帰りを、家族達はこれからもずっと待つのだろう……

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

これからも。

 

ずっと……

 

 

 

 

 

 

「―――ッッ!!」

 

 

 爪が皮膚を突き破るほど、強く拳を握りしめた承太郎の心中を

敏感に察知したアラストールが、

タイヤキを頬張り始めたシャナの代わりに言った。

 

「……そう(いきどお)るな。我ら “紅世の徒” の中にも、

この世の存在を無闇に喰らうことで世界のバランスが崩れ、

それが我らの世界 『紅世』 にも悪影響を及ぼすかもしれぬと

危惧する者は少なからずいる」

 

 承太郎はシャナの胸元で揺れるペンダント、アラストールを睨んだ。 

 

「我、ら? アラストール……テメーもそのグゼとかいう……

さっきのバケモン共の仲間なのか?」

 

 胸中で渦巻く云い様の無い憤激を、

承太郎は半ば八つ当たりに近い感情でアラストールにブツける。

 その瞳に宿る光が、もしお前もさっきの人形達と同じように、

他の人間の生命(いのち)を『侮辱』し、虫ケラのように嬲り殺すのならば、

オレも一切の容赦はしない。叩き潰すッ! と激しく訴えていた。

 

「……」

 

 アラストールはその強暴にギラつく眼光を

黙って受け止め、おもむろに口を開いた。

 

「……貴様が出会ったのは “燐子” という、

我ら 『徒』 の下僕に過ぎぬ存在だが、

まあ、人間の視点で言えばそのような異形のモノだ。

ともあれ、その災いが起こらぬように、

存在の乱獲者を狩り出して滅す『使命』を持つのが、

我ら “フレイムヘイズ” というわけだ。」

 

 声を発するアラストールの上で、

タイヤキを頬張った()()フレイムヘイズの少女が、

年相応に目元を緩ませている。

 

「……やれやれ、それはまた、

随分と頼り甲斐がありそうだな?」

 

 剣呑な瞳で見据えながら、

皮肉めいた口調で承太郎は言った。

 こんな年端もいかない少女が、

どうしてそんな異様とも言える

「戦闘組織」に属しているのか?

 気にはなったが承太郎は訊かなかった。

 無闇に他人を詮索するのは趣味じゃない。

 承太郎はシャナとアラストールの話した内容を

もう一度反芻して理解した後、核心に入る。

 己自身の、核心に。

 

「最後の、「質問」 だ」

 

 そう言って承太郎は、顔前で厳かに指を立てる。

 

「テメーらが追ってるその “紅世の徒(グゼノトモガラ)” とかいうヤツらと、

アノ男、 『DIO』 との関係は一体なんだ?」

 

 DIO。

 その名前に、周囲の空気が一気に重くなる。

 まるで固定化した空気が、己が存在を押し潰そうとでもしているように。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 三者三様の、重苦しい沈黙の中、アラストールが静かに口を開いた。 

 

「……我らにも、アノ男の概要はよく解らぬ。

元は桁外れの運命の『器』をその裡に蔵していた

「人間」 で在ったらしい、という事以外はな。

ただ、最近になって “紅世の徒” の多くが、

()の者の「下僕(ボク)」となった事が判明した。

この世界の、強烈な歪曲(ゆがみ)によって……」

 

「……」

 

 シャナは、その時の感覚を思い起こしていた。

 脳裏に最初に浮かんだ言葉は、魔王。

 しかし、そんな陳腐な表現ではとても足りない。

 世界の存在の要石に、楔が穿たれたかような途轍もないプレッシャー。

 その存在の力は、かつて己が討滅した

“紅世の徒”など比べモノにもならない。

 ソレが、DIO。

 

「彼の者は、その強大な力を以て

“紅世の王”にすら勝利し支配する。

その存在はまさに 『王の中の王』

かつて己が潜血より数多の魍魎を生み出したという事から、

幽血(ゆうけつ)統世王(とうせいおう) と我らは呼んでいる」

 

 アラストールの言葉にシャナが補足した。 

 

「それでフレイムヘイズとして王を討滅するなら、

ジョセフと一緒に行動した方が良いって、

アラストールと相談して決めたの。

どうやらおまえの 『血統』 は、

アノ男と関わりが深いようだしね」

 

「それじゃあ、さっきのも……DIOのヤローの差し金か?」 

 

「うむ。そうみるのが妥当であろう。

我らの入国とほぼ同時に、

この界隈で “封絶” が起こったからな。

偶然にしては出来過ぎだ。

配下に()いた “徒” から、我らが仇敵、

ジョースターと盟を結んだ事は伝え聞いていようしな」

 

「悪党は悪党同士、連みやがる、か」

 

 廃れた下水道に棲むドブネズミも

反吐をブチまけるような暗鬱とした気分が、

承太郎の裡に広がっていく。

 

「残された 『時間』 は、限りなく少ない。

彼の者はこうしている間にも下僕を増やし、

人間を喰らい、その力を増大させている。

現世(うつしょ)の真の帝王となるためにな。

そしてその覇業の手始めとして、空条 承太郎。

まずは貴様が狙われるはずだ」

 

 脳裏に、写真の男が思い浮かぶ。

 その視線。

 この世のどんな暗黒よりもドス黒い、邪悪な眼光。

 その男の欲望の為に、関係のない人々が大勢死んだ。

 何の脈絡もなく。唐突に。理不尽に。虫ケラのように。

 何も、何もわからないまま。

 その存在すら消し飛んだ。 

 

「……野郎……ッ! DIO……!!」

 

 怒りで、承太郎の眼輪が細かに震え出す。

 まるで空間まで(つんざ)くようなその強烈な気配に、

前方を歩いていたシャナが振り返った。 

 

「おま、え……?」

 

(舐め腐りやがって……! 上等だ……ッ! わざわざ待つ間でもねー!

囲ってやがるその『(ともがら)』諸共ッ!

この空条 承太郎が直々に出向いてテメーをたたむッッ!!)

 

 倒すべき宿命。

 消し去るべき因縁。

 承太郎のライトグリーンの瞳に、決意の炎が燃え上がった。

 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。

 

←To Be Continued……

 

 

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『逆襲のシャナ ~Der Freischutz~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 繁華街を抜け、承太郎とシャナは

空条邸へと続く長い坂を昇っていた。

 眼下で斜陽が市街地を紅に染めている。

 渇いた風がシャナの腰の下まである

長く艶やかな黒髪を揺らした。

 凛々しい顔立ちと一点の曇りもない白磁のような肌の前で

舞い踊るその髪を、シャナは慣れた仕草で伽き流す。

 互いに、無言だった。

 最もそれは必要な事以外は口にしない

という両者の性格によるものであったが。 

 沈黙の中、おもむろに承太郎が口を開く。

 本来なら一番最初に訊くべきことだったが、

立て続けに捲き起こる超常的な出来事によって

一般的な思考がスッカリ麻痺していたのだ。

 

「ところでオメーら、ウチのジジイとは一体いつ知り合ったんだ?

場所はニューヨークか?」

 

 承太郎の問いに、シャナの小さな肩がピクッと震える。

 しかし刹那にその動揺を表情から消し去り、

落ち着いた口調で言った。

 

「そうよ。ほんの数ヶ月前、ニューヨークで跋扈してた

“紅世の徒” を討滅しにいった時にね」

 

「?」

 

 シャナのその態度がやや不自然だったので

承太郎は妙な違和感を感じた。 

 

「……」

 

 アラストールも心なしか、

意図的に押し黙っているように見える。 

 

「でも……」 

 

 そう呟いて急にシャナが立ち止まった。

 何故か俯いているのでその表情は伺えない。

 風に、長い前髪が靡いた。

 

「どうした? 腹でも痛ぇのか?」

 

 先刻、大漁のタイヤキで溢れかえっていた紙袋は

その中身をすっぽりシャナの小さな身体に納められ、

丸められてコンビニのダストボックスに投函された。

 

「……遅かれ早かれ、解ることだから……

今……いうわ……おまえ……? 

『覚悟』 は……在る……?」 

 

「あ?」

 

 予期せぬシャナの言葉に、

承太郎は煙草を銜えたまま訝しげに視線を尖らせた。

 

「……もう……解ってるわよ……ね……

トーチは……紅世の徒に……喰われた残り滓……

でも……当面は……

()()()姿()()()()()()()()()()()()()……」

 

 シャナは、か細い声で言葉を紡ぎだす。

 

「……なんの話だ?」

 

 承太郎は手にした煙草を指の隙間でくの字に折り曲げた。

 その事は、もうすでに聞いた、わざわざ再確認するまでもない。

 

「……でも……その存在は……いずれ、消えて・・・・・・

()()()()()()()()()()……

その光が……トーチの灯火が……

もう……今のおまえには……視える……」

 

 シャナは俯いたまま、承太郎と視線を交えずに言葉を続ける。 

 口から出る言葉は先程説明を受けたものと全く同じ内容。

 詳細でも補足でもない。

 まるで、心の下準備をされているようだ。

 おそらくこれから話す 『真実』 の。

 

「だから、一体なんの話かと訊いてるんだぜ?」

 

 少々苛立った口調で、承太郎は目の前で俯く少女に再び問いかける。 

 

「ジョセフと初めて会った「場所」は、

()()()()()()()()()()()」 

 

「!?」

 

 衝撃。

 悲痛な想いを押し殺すように一息で告げられたシャナの言葉に珍しく、

というより初めて、先刻封絶に取り込まれても冷静な表情を

崩さなかった承太郎の顔に動揺らしき焦りの色が浮んだ。

 

「む……ぅ……」

 

 その少女の胸元で、銀鎖で繋がれたアラストールが小さく呻く。

 

「そう言え……ば……少しは……解る……?」

 

 

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 シャナは、承太郎を見上げるようにしてその視線を重ねた。

 微かに潤む瞳に、今まで少女が見せたことのない感情が宿っている。

 それは、悲哀と憐憫。

 承太郎の怜悧な頭脳は、

シャナの瞳に映る色が意味する事実を残酷に割り出す。

 

「……だから、ジジイが、どうしたんだ?」

 

 だが感情はソレを認められない、

()()()()()()()()()()()。 

 

「……」

 

 シャナは、再び押し黙った。

 その小さな顎が小刻みに震えている。

 それらが「意味」すること。

 最悪の事態を予感した承太郎の背筋を戦慄が劈いた。

 

「オイッ! テメー! いい加減一体何があったのか言いやがれッ!

オレのジジイが()()()()()()()()()()ッッ!?」

 

 激高した承太郎がシャナの肩を掴んだ。 

 小さなその肩が、震えていた。

 長い髪で表情は伺えない。

 シャナは顔を少し横に向けた後、静かに呟いた。

 

「……残念だけど……・私たちが駆けつけた時には……もう……」

 

「何ィッッ!!?」

 

 驚愕にその美貌が歪む。

 同時に瞳が引きつった。

 形の良い口唇を起点に、やがて全身が震え出す。 

 承太郎の脳裏に遠い日の祖父の顔が浮かんだ。

 

 

 

 太陽のような笑顔。

 皺に刻まれた深い威厳。

 そして豪快な笑い声。

 記憶の中、昔撮られた若き日の写真も合わせて、

ジョセフの過去と現在が混ざり合う。

 そして。

 ()()()()()()()()()()()()

 その存在すら、消し飛んでしまう。

 後には、存在の「欠片」も遺らない。

 青年の心に去来する、無明の暗黒。

 そして、絶望。

 

 

 

「………………ジ…………ジジ……ィ…………?」

 

 全面蒼白の、承太郎の口からようやく漏れた声は、

今までの彼のものとは想えないほどか細く、そして弱々しかった。

 

 

 

 

……

…………

…………………

 

「……っくく」

 

 こらえるような、笑い声。

 それはすぐに、一斉に弾けた。

 

「ッッあははははははははははははは!!」

 

 無邪気で明るい笑い声が、風と共に夕焼けに響く。

 

「アラストール! 見たッ!? 今のコイツの顔!!」 

 

 心底嬉しそうにシャナは言う。

 

「……おい……? テメー…………まさ……か……?」

 

 半開きの口のまま唖然となる承太郎。

 

「ッはは!! あははははははははははははッッ!!」

 

 シャナは大きく陽気な声で笑いながら承太郎の背中を、

といっても届かないので腰の辺りをバシバシと何度も叩く。

 

「ふ、ふ、ふ」

 

 いつのまにかアラストールまでが、忍び笑いを漏らしていた。

 それらが意味するものを全て、その鋭敏なる頭脳で完全理解した承太郎。

 目深に被った学帽の鍔で表情が伺えないその彼の全身から、

静かな、しかし途轍もない怒りと共に空間を歪めるかのような

激しい威圧感(プレッシャー)が湧き起こる。

 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

 

 

 

 

「てぇぇぇめえええええぇぇぇぇぇ―――――――――ッッッッ!!!!」

 

 目の前で無邪気に大笑いしている少女にものの見事にハメられた事と、

羞恥との相乗効果によって完全に「プッツン」した承太郎は

背後で高速出現したスタンド、スタープラチナと共に音より速くその拳を振り上げる。

 

「あははははははははははは!! 

まぁッ!! ちょっと! 待ってッ!!

うそ! うそ! 冗談よ冗談ッ! ()()()ッ! 」

 

 シャナが笑いながら広げた片手をこちらに向けて承太郎を制する。

 痙攣で引きつるのか右手は脇腹の位置に寄せられていた。

 

「ふ、ふ、よもや貴様がこうも簡単に掛かるとはな。

あまり想定通りに行き過ぎると返って笑いが出るというものだ。

「機」はないと思っていたが、どうやらこの子は戦略の女神に

祝福されているらしい……ふ、ふ、ふ」

 

……どうやら、周到に準備していたらしい。

 先刻、自分を「クソガキ」呼ばわりした事を相当根に持っていたようだ。

 アラストールにはアイコンタクトで

 ()()()()()黙っていろとでも合図したのだろう。

 タイムリミットは家につくまでの短い間というのにも関わらず、

タイヤキでカモフラージュしながら綿密に策を練り、

自分からは話を振らずに承太郎が話しかけてくるのをジッと待っていたのだ。

 話す口調に緩急を付けていたというのも、今想えば狡猾な伏線だ。 

 今、目の前で笑う少女は、先程の戦闘のときとはまるで別人。

 まるで初めての悪戯が成功した子供のように無邪気に笑っていた。

 

「こ……この……クソガキ……ッ! ただモンじゃあねぇ……」

 

 その美貌を、苦虫50匹まとめて噛み潰したような表情で歪め、

承太郎はブツけ処のない拳をブルブルと震わせる。

 

「まぁ、堪えよ。空条 承太郎。

暖気(だんき)も時には必要であろう?

それに貴様も「弱み」を知っただけ利もあったではないか?

肉親が絡むと、冷静な貴様も我を失う」

 

 アラストールの穏やかな言葉に、承太郎は不承不承握った拳を降ろした。

 

(うむ。しかしこの子がよもやこんな真似をするとはな……

我も少々意外であった……

フレイムヘイズとして地に降りた後、

今まで人間と交わった事は数少ない。

故にコレがこの子の本当の姿なのか?

或いはこの男、空条 承太郎との邂逅によりこの子、

シャナの中の何かが変わりつつあるというのか……?)

 

 胸元で長考するアラストールの上で、

ようやく笑気の収まったフレイムヘイズの少女が

晴れやかな声をあげる。

 

「安心なさい。ジョセフは無事よ。

“紅世の徒” にその存在を喰われたわけじゃない」

 

 すっかりいつもの調子を取り戻したシャナが、

活き活きと快活にこちらを見た。

 

「 “波紋(ハモン)” っていうの? 

特殊な「呼吸法」で血液の流れを操作して、

『太陽』と同じ力を編み出す「技」は。

ソレの影響で存在の力が大きかったから、

“封絶” の中でも動けたみたいよ。

逃げ足が速かったから “燐子” も捕まえるのに苦労してたわ」

 

 クソジジイ、と小さく呟いて承太郎は学帽の鍔を摘む。

 

「うむ。しかしアレは 「戦略的撤退」 といった感じだったがな。

彼奴の全身から迸る鮮赤の「波紋」

燐子如きなら容易く粉砕出来そうな力ではあった」

 

「それにしても、おまえ? 意外と可愛い所あるのね?

そんなに()()()()()()が心配だった?」

 

 一部分を殊更に誇張して、ぷぷっ、とシャナが口元を押さえまた笑う。

 

「……」

 

 押し黙る承太郎。

 しかしその胸中は渦巻く(わだかま)りを抑えるのに(やぶさ)かでない状態だった。

 

(……このクソガキ……あとでぜってーシメる……ッ!)

 

 そんな不機嫌極まりない承太郎と、

コレ以上ないというくらい上機嫌であるシャナの視界に、

夕闇に染まる空条邸の大きな門構えが見えてきた。

 そしてその前に “ジョセフ” がいた。

 

「おお! 承太郎! シャナも一緒かッ! 遅かったな!

今迎えに行こうとしていたところだッ!」

 

 こちらに気づき快活な表情で大きく手を振っている。 

 

「ただいま! ジョセフッ!」

 

 一際明るい声で、シャナが纏った黒衣の裾を揺らしながら

ジョセフの元へと駆け寄る。

 

「今日は随分早かったな? 

折角これからこのワシが助太刀に

行こうとしていた所じゃったのに」

 

「冗談。あんな “徒” なんか、私一人で充分よ」

 

「つまらんのぉ。このワシが 『戦いの年季』 の違いというものをじゃな、」

 

「……」

 

 実の孫である自分以上に、

笑みを混じ合わせながら親しげに言葉を交わす二人。

 その祖父の「胸元」に、“トーチ” はなかった。

 

「……やれやれ、だぜ 」

 

 ジョセフの無事を密かに安堵した承太郎は、

今日何度目か解らなくなった

お馴染みの台詞を苦々しく吐き捨てた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

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『戦慄の侵入者 ~Emerald Etrange~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 その日、目覚めの一服の後、早朝のシャワーを浴び、

愛用の学ランに袖を通して

朝食の間に足を踏み入れた空条 承太郎は、

表情にこそ現さないがスタンドも月までブッ飛ぶような衝撃を受けた。

 

「Good-Morninge! 承太郎!」

 

 テーブル前、チェスナット・ブラウンのガウン姿で

優雅に新聞を広げ、太陽のように明るい声を上げながら

こちらを見る祖父の真向かいに、 

 

「おはよう。遅かったわね」 

 

綺麗に糊付けされたクロムグリーンのセーラー服に

その身を包んだシャナが座っていた。

 凛々しい顔立ちを引き締め

腰の下まである長く艶やかな髪を背に流し、

堂々と胸を張って承太郎を見つめている。

 朝食はもうすませたらしくテーブルの上には

何故か異様に甘い匂いのする緑茶が置かれていた。

 腰掛けた椅子の脇に置かれている真新しい学生鞄には、

油性ペンで達筆に書かれた

『空条 シャナ』 というネームプレートが貼られている。

 

「あら? おはよう承太郎。

どう? 似合ってるでしょう? シャナちゃんの制服。

まるで昔の私みたいだわ」

 

 湯飲みと急須の置かれたお盆を運びながら、

緩やかな笑顔でうっとりとしているホリィを承太郎は一瞥すると、

訝しげな表情でシャナへと向き直った。

 

「何でテメーが()()()()()()()()着てやがる……?」

 

「おまえを狙う奴らを「釣る」には、

やっぱりその近くにいた方がイイ、

って予め「3人で」相談してたの。

ま、私もこういう場所には滅多にいかないから

見物がてら、ってとこ」

 

 怪訝な視線でこちらを見る承太郎に、

素っ気なくシャナは言って

スカートの中で足を組み直した。

 

「彼女はお前の“従兄妹(いとこ)”という事になっておる。

そのつもりで頼むぞ承太郎。

新しい学校で不慣れな事も多いだろう。

色々と世話を焼いてやりなさい」

 

 いつのまにか湯気の立つ湯飲みを持って

傍にいたジョセフが、快活に笑い肩を叩いた。

 

「ボケたか? クソジジイ。

昨日、日本に来たばっかでンな事出来るわけねーだろ。

大体こいつァはどう見ても17にはみえねーぜ。

どう贔屓目に見ても中坊(チュウボウ)、ヘタすりゃあ幼稚園児にみえる」

 

 神速で飛んでくる中身の入った湯飲みを

スタープラチナが上半身だけ飛び出して受け止めた、

承太郎は学帽の鍔を摘む。

 

「可能なのだ。我が“自在法(じざいほう)”を行使すればな」

 

 シャナの胸元で銀鎖に繋がれたペンダント、アラストールが答えた。

 

「貴様も昨日、代替物、トーチが消滅する所を見たであろう。

それはつまり、世界の存在に『空白』が出来るという事。

そこに存在の力を操る術、

“自在法”を用いらば己が存在をその空白に

()()()()()()()も可能。

最も過度の干渉は世界の存在の歪みを増長させる事になる故、

この子を貴様の「縁戚」という事にしたのだ。

それが歪みを最小限に食い止める方法だからな」

 

「つまり、オレの学校で消えたヤツと

“立場を挿げ替えた” ってことか?

便利なモンだな。」

 

 承太郎は半信半疑ながらも剣呑な瞳でアラストールを見る。

 昨日の、破壊された街を「修復」した

シャナの『能力』を見ていなければ

とても信じられない話だが、

今は()()()()()()だと納得するしかない。

アラストールがそう言うのだからそうなのだろう。

 その声の重みと感じられる荘厳な雰囲気から

ウソやデタラメ、ましてやくだらない冗談を言うような男(?)

でない事は類推出来る。

 

「フン、オレぁもう行くぜ。 朝メシはいらねぇ」

 

 そう言い捨て緩やかな陽光で充たされた部屋から

出ていこうとする承太郎を淑女の優しい声が呼び止める。

 

「あ、ちょっとお待ちなさい。承太郎」

 

 そう言って満面の笑顔で彼の母親

(最も二人並ぶと少し歳の離れた姉弟にしか見えないが)

空条 ホリィが最愛の息子にそっと歩み寄る。

 

「ハイ♪ いってらっしゃいのキスよ♪ チュッ♪」

 

「この(アマ)~。 いい加減に子離れしやがれ……!」

 

 まるで恋人同士のように朝から(一方的に)睦み合う母と子。

 その(まにま)でハァ、と嘆息するシャナの下で、

ムゥ、とアラストールが少し強い口調で呻いた。

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 

 穏やかな春の陽光が木々を照らし、

小鳥達の囀りが閑静な住宅街に木霊する。

 その清涼な朝の空気の中を、

承太郎とシャナは肩を並べて(?)

歩いていた。

 出る家も行き先も同じなので

必然的に一緒に登校する事になる。

 件の如くお互いに無言。

 歩幅の大きい承太郎に、小柄なシャナが汗をかくこともなく

普通についてきているのが奇妙と言えば奇妙であったが、

それを除けば一応は同じ学校に通う

同級生同士が一緒に登校しているように、

相当無理すれば見えない事もない。

 まぁ“自在法”の影響下ではあまり関係のない話だが。

 早朝の澄んだ空気の中に、

承太郎の香水とシャナの洗い髪の残り香が混ざって靡く。

 襟元から垂れ下がった黄金の鎖と

胸元のペンダントを繋ぐ銀鎖の擦れる音も、

絡まり合って和音を奏でた。

 一羽の燕が、身を翻して二人の前を横切る。

 その瞬間、だった。

 

「あぁッッ!! 承太郎だわ!!」

 

 友人と共に登校中の、女生徒の一人が突如黄色い歓声をあげる。

 

「えッ!? 承太郎ッ!?」

 

 その声を起爆剤として、登校途中の女生徒達が

数十人まとめて一斉に振り向く。

 

「ほんとだ!承太郎!」

 

「おはよう承太郎!」

 

「おはよう承太郎!」

 

「おはよう承太郎!」 

 

「おはよう承太郎!」

 

「おはよう承太郎!」

 

 若々しい少女達の歓声はまるで核分裂の連鎖反応の如く、

夥しく増殖していった。

 

「……」

 

 明るいそれらの声とは裏腹に、

承太郎は苦々しげに学帽の鍔で目元を覆い

小さく舌打ちする。

 瞬く間に承太郎とシャナは数十人の女生徒達に取り囲まれ、

周囲に可憐な少女の環が出来上がった。

 思春期特有の少女達から発せられる、

柔らかく甘い果実のような芳香。

 どれも標準レベルを軽くクリアする、

愛くるしい容貌の少女達だ。 

 

「承太郎? 4日も学校休んで何してたの? まさかまたケンカ?」

 

 シンプルだが品のある茶色いストレートヘアの女生徒が明るい声で

彼にそう尋ね、そしてさりげなく承太郎の腕に自分の細い腕を絡める。

 

「……」

 

 即座に承太郎は鋭い眼光でその女生徒を一瞥した。

 それに(つら)れたのか隣で同様に何故かシャナも。 

 

「ちょっとあなた! いきなりなに承太郎にすりついてんのよッ!

馴れ馴れしいのよ! 離れなさいよ!!」 

 

 二人の中に割って入った、長いポニーテールの女生徒が

ムッとした表情で組まれた腕を引き剥がす。

 

「なによ」

 

「そっちこそなによ」

 

 その二人の女生徒はいきなり火花が散るような強い視線で睨み合い、

そして大声で口喧嘩を始めた。

 

「……」

 

「……」

 

 承太郎とシャナの歩く速度が速まる。 

 

「あれ? ちょっとこの子、誰?」

 

 ボーイッシュなショートカットの女生徒が

ようやく承太郎の隣で歩く、シャナの存在に気づいた。

 数日振りに見た彼の存在で最高にハイってヤツになっていたのか、

その隣を歩く長い艶やかな黒髪を携えた凛々しい瞳の美少女の存在は

()()()()()()()()()()()

 

「やぁ~ん。ちっちゃくてカワイイ~~♪ 人形みた~い」

 

「あなた見ない顔ね? もしかして転校生?」

 

「何年何組? クラブは何に入るの?」

 

「どこに住んでるの? 帰りは電車?」 

 

「そのペンダント良いデザインね? どこで買ったの?」 

 

「――ッッ!!」

 

 これら矢継ぎ早の質問の嵐に、

シャナは先程の承太郎同様目元を伏せて

奥歯をギリッと軋らせる。

 

「でも、ちょっと待って。

空条君の「隣」で一緒に登校してるって事、は……」

 

 先程の黒髪の女生徒が宥めるように周囲にそう促す。 

 空条 承太郎の隣で一緒に登校する事。

 それは学園に通う多くの女生徒達の夢であり、

その彼の傍らは彼女達にとって殆ど『聖域』

或いは『天国』にも等しき場所であった。

 その神聖な場所に見ず知らずの美少女が

いきなりちょこんといるのだから、

彼女達にとってはまさに青天の霹靂、

驚天動地の出来事である。

 

「もしかして……まさか……

承太郎の()()ッッ!!??」

 

「!」

 

 ゼロコンマ一秒の誤差も無く、一つになった女生徒達の驚愕。

 響き渡った少女の声に、周囲が一瞬静寂に包まれる。

 シャナは自分でも何故か意外なほどに衝撃を受け、

想わず息を呑んでいた。

 承太郎の目元は学帽の鍔で目深に覆われているのでその表情は伺えない。

 渇いた風が一迅、女生徒達の前を通り抜けた。 

 まるで嵐の前の静けさの如く……

 そし、て。

 

「ええ~~!? ウソでしょう!?」

 

「確かにカワイイけど承太郎の趣味とは違うわよぉ~!」  

 

「もしかして承太郎ってマニア!?」

 

「もう普通の女の子なんか飽きちゃって、ロリとかに目覚めちゃったの!?」

 

「イヤァ~~ン! 承太郎様ァァ!!」

 

 爆発的に弾けた。

 周囲の(かしま)しい少女達の騒ぎに

正比例して承太郎とシャナの額に、

青筋がびしびしと音を立てて浮かびあがる。 

 やがて、それは、臨界を超え……

 

「やかましい!! うっとーしいぜッ! てめえらッッ!!」

 

「うるさいうるさいうるさい!! 

どっかに消えてッ! おまえたちッッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 凄みに満ちた怒声があがったのはほぼ同時だった。

 その声に周囲は一瞬静まり返るが、すぐに。

 

「キャー♪ あたしに言ったのよ!」

 

「あたしよおー!」

 

「何言ってるの私よー!」

 

 と、装いも新たにはしゃぎだした。

……誠に、いつの時代も恋する乙女は無敵である。

 

 大名行列よろしく、後ろに女生徒達の群れを引き連れて

通学路を歩く承太郎とシャナ。

 各々幸福を絵に描いたような満面の笑顔で

付いてくる女生徒達をシャナは一瞥すると、

 

「大した慕われようね? おまえ。 

毎日こう? どこの“皇族(おうぞく)”かと思ったわ」

 

皮肉たっぷりに言った。

 

「ほざきやがれ! ウットーしいだけだッ!」

 

 世のモテない男達が、集団自殺引き起こしそうな暴言を

承太郎は学帽で目元を覆いながら苦々しく吐き捨てる。

 

「それは同感。全く馴れ馴れしいったらありゃしないわ、コイツら」 

 

 シャナはキツイ目つきで後ろを睨め付けた。

 

(うむ。構成を維持する力が、ちと甘かったようだな。

まだ存在の『定着』には至っていないらしい。

或いはあの娘共の「情動」が、ソレを上回った、か……)

 

 シャナの胸元でアラストールが心中で小さく呟く。

 このとき。 

 その数多くの女生徒達を隠れ蓑にして、

その更に背後から一つの(くら)い影が迫っていた事に、

このとき二人は気づいていない。

 

 

 

 

 

 

 

【3】

 

 

 視界に、神社の赤い大きな鳥居が見えてきた。

 その先にある石階段を片手をポケットに突っ込んだまま降りる承太郎、

脇を両手で学生鞄を携えたシャナも同様のペースで共に降りる。

 二人の足が、13段目に掛かった。

 そのとき、だった。

 

「!!」

 

「!?」

 

 突如、全身を劈く怖気。

 次いで、激痛。

 

 

 

 

 

 

 ズァッッッッッヴァァァァァァァァァ―――――――ッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 承太郎の左足膝下の部分が、

まるで真空のカマイタチにでも

遭ったかのように突如ザックリと切れた。

 

「なに、イッ!?」

 

 苦痛(ダメージ)で身体能力機構の幾つかが強制キャンセルされ、

体幹のバランスを崩し大きく仰け反る承太郎。

 そしてその長身の身体が不可思議な力で引き上げられ、

見えない糸で操られたマリオネットのように宙へと浮き上がり、

やがて地球の重力に引っ張られて落下していく。

 

「承太郎ッ!」 

 

 シャナは反射的に小さく可憐な手の先を伸ばすが長さがまるで足りない。

 

「きゃああああぁぁぁ――――――――――!!

承太郎ォォォ――――――ッッ!?」

 

 たくさんの少女達の絶叫が背後で上がったのはその後だった。

 

「チィッ!」

 

 素早く肩から伸びたスタープラチナの腕が

傍にあった杉の木の枝を掴んだ。

 弾力で枝が大きく(たわ)み、やがて荷重を支えきれず圧し折れる。

 承太郎は首筋を傷つけないように身を屈め、

杉の葉と枝とをクッションにしながら、

眼下に在る石畳との激突に供えて

肉付きの良い肩口をその接触面に向けた。

 

「ぐぅッッ!?」

 

 身を(こじ)るような衝撃。

 大量の呼気が意図せずに喉の奥から吐き出される。

 

「た……た……たいへんよ―――――ッ! 

承太郎がぁ! 石段から落ちたわ―――――ッッ!!」

 

 ようやく、目の前の現実を認識した女生徒達が

一斉に承太郎の元へと駆け出した。

 その少女達の中には余りのショックで

石畳の上にヘタリ込んでしまった者や、

友人の腕の中で意識を失ってしまった者までいる。

 

「……」

 

 シャナは、承太郎が落ちた石段の上で静止していた。

 鮮血の滴る不安定な足場で付近を見渡し、周囲を警戒している。 

 その少女を一瞥した後、ようやく承太郎は自分の足の負傷を確認した。

 どうやら骨までは達していないようだが、

皮膚が真っ二つに断ち切られ

バックリとその内部の肉が裂けている。

 生々しい傷口から、大量の血液が溢れ出していた。

 

(左足のヒザが切れてやがる……ッ! 

木の枝? イヤ違うッ!

()()()()()切れていた。

あの時一瞬、石段の中から緑色に光るナニカが見えた。

ソレに足を切られ、そしてその後見えない力で

襟首引っ掴まれてブン投げられたんだ)

 

「……」

 

 早朝の「惨劇」が起こった神社の石段最上部から、

野次馬と化して群衆をなす無数の生徒達。

 それに紛れ、冷ややかな視線で

承太郎を見下ろす一人の少年がいた。

 しかしその中性的な風貌と知性に磨かれた怜悧な瞳、

年齢に似合わない清廉な雰囲気から

厳密には少年という呼び方は似つかわしくない。 

 長身だがまるで女性と見紛うような細身の(からだ)

その滑らかなラインに密着したバレルコートのような学生服。

 黄楊(つげ)の櫛に含まれる油が浸透して鈍く煌めく茶色の髪。

 長い襟足の耳元で、果実をモチーフにした

デザインのイヤリングが揺れていた。

 

(フッ……なかなか鋭いヤツだな……

頸動脈をカッ切ってやるつもりだったが、

寸前に幽波紋(スタンド)を使って身体を(ひね)り、「着弾地点」を変えたか……

ソレにあの 『幽波紋(スタンド)』 のパワーとスピード、そして精密動作性……

“アノ御方” が始末しろというのも無理はない……

しかし……ボクの『幽波紋(スタンド)』の敵ではない……)

 

 その個性的な学生服に身を包んだ細身の美男子の躰から、

仄かなライムオイルの芳香と共に、

煌めく翡翠の燐光に包まれた人型のナニカが

流動的な「音」を伴って抜け出して来る。

 

(このボク……“花京院(かきょういん) 典明(のりあき)” のスタンド……

法皇の緑(ハイエロファント・グリーン) の敵では、な……)

 

 心中でそう呟いた花京院という少年は、

己の狩るべき 【標的】 をその頭上から冷たい視線で一瞥し、

そしてスタンドと共に人混みに紛れ姿を消した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

【4】

 

 

「大丈夫!?承太郎!!」

 

「大丈夫!?承太郎!!」

 

「大丈夫!?承太郎!!」

 

「大丈夫!?承太郎!!」

 

「大丈夫!?承太郎!!」

 

「大丈夫!?承太郎!!」

 

 女生徒達は一様に同じ台詞で承太郎の元へと駆け寄る。

 

「来るなッッ!!」

 

 鋭く叫ぶ承太郎。 

 

「ッッ!!」

 

 しかし女生徒達は一瞬怯んだものの、

すぐに集まって承太郎を取り囲んだ。

 

「大丈夫? 承太郎。良かったわ。

後15㎝ずれてたら石段に頭をぶつける所だったわ」

 

「この石段はよく事故が起こるのよ。

明日から私と手を繋いでおりましょうネ。承太郎」 

 

 心配そうな顔と大惨事ならなかった事への安堵の表情で、

交互に自分を潤んだ瞳で見つめる女生徒達。 

 

「クッ……!」 

 

 もし自分の傍にいれば、今度はこの彼女達が

さっきの【攻撃】に巻き込まれる。

 

「チッ!」

 

 短く舌打ちすると、承太郎は立ち上がり目の前の林に向けて疾走を開始した。

 無理に動かした為、傷口から血が噴き出したが無視した。

 

「あ! どこに行くの!? 承太郎! 病院に行かなきゃダメよッ!」

 

 追ってこようとする女生徒達に承太郎は素早く振り返り、そして叫ぶ。

 

「いいかッ! ついてくんじゃあねー! 

オレの言うことが聞けねぇのかッ!

先公(センコー)にオレは遅れるって言っとけ! 頼んだぜッ!」

 

 出来るだけ端的に早口で、承太郎は自分に

追いすがってこようとする女生徒達にそう告げ、

再び彼女達に背を向けて林に向かって駆ける。

 振り返る事は、もうなかった。

 

「……」

 

 女生徒達は、ポカンとした表情でその場に立ち止まっていた。 

 アノ承太郎が「頼む」と言った。

 ()()()()()()()()()()()()

 背後で湧き上がる少女達の黄色い嬌声を聞きながら

承太郎は走った。

 ちなみにその日、承太郎の通っている学園の職員室が、

始業前に駆け込んでくる多数の女生徒達で

パニック状態になったのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

【5】

 

 草の踏みしむ音。

 木の葉のざわめき。

 神社の山裾にある林の中を疾走しながら、

その永い血統で培われた承太郎の鋭敏な頭脳は既に

『戦闘の思考』を開始していた。

 

(今のは間違いなくスタンドによる攻撃だ。

“グゼノトモガラ”かいうヤツらじゃあねー。

「感覚」で『判別』出来るようになった。

オレの脚が切れただけで吹き飛ばなかった事からすると、

パワーはそんなに強くねぇ。【遠隔操作型】のスタンドだな……)

 

 無数の石塔がそびえる、開けた空間に出ると承太郎は立ち止まった。 

 高ぶった気分を落ち着かせる為、

凝ったデザインで知られる愛用の煙草を取り出し、

細長いソレを一本銜えて火を点ける。

 形の良い口唇の隙間から紫煙が細く吹き出された。

 

「なら、『本体』を探し出して叩きのめせばすむ話だな。

一体どこにいやがる? どっかでオレを見てるはずだ。

遠隔操作のスタンドは、

スタンドに“眼”がついてねーってジジイが言ってやがった」

 

 平静を取り戻した表情で承太郎は呟く。

 

「!」

 

 不意に、右方向から強烈な気配と視線を感じた。

 身構えて咄嗟に出現させたスタープラチナに戦闘態勢を執らせるが

すぐにその必要がない事に気づく。

 そこにいたのは、燃えるような紅い髪と瞳を携えた少女、

シャナだった。

 どこから取り出したのか黒寂びたコートをその身に纏い、

髪と瞳は件の如く焼けた鉄のように紅く染まっている。

 手には、戦慄の美を流す大太刀、贄殿遮那が握られていた。 

 

「不意打ちを喰らったわりには、随分余裕じゃない」 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そう言って凛々しい双眸でこちらを見る。

 

「やれやれ。オメーか? シャナ。

敵は()()()狙ってきた。

わざわざ付き合う必要はねーんだぜ」

 

「うるさいうるさいうるさい! 勘違いしないでッ!

おまえを攻撃してきたヤツを捕らえて、

“紅世の徒”の事を洗いざらい吐かせるのッ!」 

 

 何故か顔を真っ赤にしてそう叫ぶ

相変わらずの少女に承太郎は微笑を滲ませる。

 

「フッ……なら勝手にしな。

敵は遠隔操作型のスタンドだ。

今どっかに潜んでこっちの隙を伺ってやがる。

こういう場合は『本体』を見つけだして叩くのが一番手っ取り早い。

この林のどっかにいるはずだ。 見つけだしてブッた斬れ」

 

「うるさい! 指図するなッ!」

 

 反発したがシャナは足裏を爆散させると、

瞬時にその場から飛び去った。

 木立の間に紅い影が見える、

高い場所の方が見通しが利いて

『本体』を見つけ易いから木の上に昇ったのだろう。

 

「さて、シャナのヤツは動きながら『本体』を探す。

オレはここで待ちながら『本体』を探す。

つまり、ハサミ討ちの形になるな……」

 

 紫煙と共に承太郎はそう呟く。 

 やがて根本まで灰になった煙草を指先で弾いた。

 そして二本目を口に銜えようと

制服の内ポケットにその手を忍ばせた刹那。

 

「あ、あの、空条、君?」

 

 唐突な、声。

 承太郎が振り向いたその先に、

控えめな印象の少女が真っ赤になった顔を

両手に抱えた学生鞄に伏せて立っていた。

 

「!」

 

 渇いた風が、草叢(くさむら)を揺らす。

 気流が、静寂(しじま)に舞い踊る。

 その少女との邂逅により。 

 彼。

 空条 承太郎の。

 日常崩壊の序曲は、音も無くその幕を上げた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

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『戦慄の侵入者Ⅱ ~Parasite Green~ 』

 

 

 

【1】  

 

(コイツ、は……)

 

 確か、“吉田(よしだ) 一美(かずみ)” という女生徒だった。

 承太郎とは学年が同じというだけでクラスも違い、

無論特に親しかったわけでもない。

 だが、かつて授業に(かま)けて不特定多数の女生徒に

セクハラまがいの真似を働いていた陰湿な体育教師を、

授業中に学ラン姿の承太郎がふらりと現れ

そして生徒達の目の前で思いッ切りブン殴って顎を砕いた為

『停学処分』(ちなみにこの温情判決の影にはホリィの涙ぐましい内助の功が在った)

となったとき、()()()()()()授業ノートのコピーを

停学開けの自分に渡してきた。

 御丁寧にもキレイな付箋つきで。

(注:不良だが承太郎の成績は常にトップクラスである)

 それ以来、誰のことも気にかけない承太郎だったが、

この少女の事だけは覚えていた。

 オレの傍に来るな、そう言おうとしたとき、

 

「あ、あ、あ、あの、こ、こ、これ……」

 

 差し出された少女の小さな手の平には、

同じくその中に収まってしまうほど

小さな「包帯」が乗せられていた。

 確かノートを渡された時も、こんな風に震えながら

真っ赤になって俯いていた。

 

「あ、あ、あ、あの、わ、私、び、病弱なんで、

い、い、いつも、く、薬とか、も、持ち歩いて、るんです。

そ、そ、そ、それ、に、こ、転ぶことも、お、多いから、

ほ、包帯とか、ば、絆創膏も。

さ、さっき、こ、転んで、け、ケガしたみたい、

で、ですから、よ、よ、よ、良かったら、

こ、こ、これ、お、応急手当に、つ、使って、下さい……ッ!」

 

「転ぶ」 という表現は、(いささ)か適当ではないが。

 正確には片足をナイフのようなモノでブッた斬られ、

襟首を無造作に引っ掴まれてブン投げられ、

硬い石畳の上に(ひしゃ)げたカエルのように叩きつけられたのだ。

 どうも、自分の母親と同じく妙な所で思考のピントがズレているらしい。

 

「……」 

 

 承太郎は黙って少女から包帯を受け取った。

 

「そ、そ、そ、それ、じゃ、

お、お、お、お大事に、です」

 

 少女は顔を真っ赤にして承太郎に一礼すると、

背を向けて小走りに去っていく。

 その小さな背中に、承太郎は不良の定番、

凄味のある声で言った。

 

「待ちな!」

 

「ひやあっ!?」

 

 少女は縮こまってジャンプ、という器用な真似をした。

 そして、自分は何かとんでもない

間違いをしてしまったんじゃないかと、

涙ぐんだ表情で恐る恐る振り返る小柄な少女に、

 

「ありがとよ」

 

短くそう伝え、指先で摘んだ包帯を振った。

 

「……は、は、は、はい……ッ!」

 

 言われた少女はパッと顔をほろばせた。

 

 まるで野に咲く雛罌粟(ひなげし)のような、

見る者に安らぎを与えるそんな笑顔だった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 承太郎は剣呑な瞳のまま背を向けると、

慣れた手つきで傷口に包帯を巻きつけた。

 その白い帯面が鮮血で朱に染まっていく。

 無理に何度も動かした為、出血がひどいので

承太郎は少女から貰った包帯を

幾層にも念入りに折り返して巻き付け、きつく縛る。

 

(ッッ!?) 

 

 不意に、背後から強烈な殺気を感じた。

 

「何ィッッ!?」 

 

 いきなり、さっき立ち去った筈の吉田 一美が、

ネコのシャープペンを右手に握り

その先端を承太郎の頸動脈に向けて振り下ろしてきた。

 

「くぅッ!」

 

 間一髪、少女の凶行をなんとか手首を掴んで受け止める。

 しかし少女の動きは完全には止まらず、

強引に掴んだ承太郎の右手ごとシャープペンの先端を

その奥に在る彼の顔面(かお)へと捻じ込んでくる。

 

「!」

 

 そしてソレが、承太郎の左瞼の下に突き刺さった。

 

「な、何だッ! この力ッ!? 女のモンじゃあねえ!

まさかッ! 敵の『スタンド攻撃』かッ!?」

 

「そのとおり」

 

 背後で、澄んだ声があがった。

 

「テ、テメーはッ!」

 

 視線だけで振り返った承太郎の先に、

いつのまにかコートのような学生服を着た男が

腰の位置で細い両腕を組みながら立っていた。

 

「フッ……強靱なパワーも常軌を逸したスピードも、

()()()()()()()()()()(カタ)無しだな? 空条 承太郎」

 

 中性的な、美しい風貌をしているが

同時に凍り付くような

冷ややかな視線でこちらを見ている。

 

「ボクの名は花京院(かきょういん) 典明(のりあき)

初めまして、空条 承太郎。

そしてさようなら」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 花京院と名乗ったその中性的な男子生徒は、

怜悧な美貌にゾッとするような

冷たい微笑を浮かべてそう宣告した。

 

「ぐッッ!!」

 

 吉田 一美の手に籠もる力が、より一段と強まる。

『本体』 と 『スタンド』 との 【距離の法則】 による影響だ。

 スタンドは、()()()()()()()()()()()()()()()()、そのパワーが大きくなる。

 

「……」

 

 顔前の少女の瞳は、まるでマネキンのように

無機質で虹彩がなく焦点を失っていた。 

 その半開きの口の中に、

緑色に発光するスタンドの頭部らしきものが見える。

 

「テ、テメーが! このスタンドの 『本体』 かッ!」

 

「フッ……その女生徒には今、

ボクの 『幽波紋(スタンド)』 が取り憑いて操っている。

ボクのスタンドに攻撃を加える事は、

()()()()()()()()()()のと同義だぞ? 空条 承太郎」

 

 承太郎の問いに微笑だけで応じ、

花京院は冷たくそう言い放った。

 

「承太郎ッ!」

 

 木々の隙間から、舞い落ちる青葉と共に紅い影が降ってきた。

 異変を感じたシャナが駆けつけてきたらしい。

 着地の衝撃で真紅の炎髪が大きく舞い上がり、鮮やかに火の粉を撒いた。

 

「おまえはッ!?」

 

 予期せぬ乱入者に、花京院の視線が釘付けとなる。

 

「こいつが! 『本体』ッ!」

 

 一瞥しただけで状況を把握し、

紅い灼眼で花京院を鋭く射抜いたシャナは

流れるような動作で素早く刺突の構えを執る。 

 しかしその足裏を爆散させて大地を踏み切る前に、承太郎が叫んだ。

 

「そいつを攻撃すんじゃあねー! そいつは今ッ! 

この女を 『人質』 にとっているッ!」

 

「え? 人質?」

 

 シャナが首だけで小柄な女生徒と格闘する

承太郎に振り向き紅い双眸を瞬かせた。 

 

「この女ン中にッ! 今そいつのスタンドが取り憑いてやがるんだッ!

『本体』 を攻撃しようとすれば中からスタンドで喰い破るつもりだッ!」 

 

「……くっ! 卑怯なッ!」

 

 シャナは苦々しく歯を食いしばり刺突の構えを解く。

 花京院はそのゾッとするような(くら)い瞳を今度はシャナに向けた。

 

「……君のことは、()()()から伝え聞いている。

我らが宿敵、ジョースターと盟約を結んだ

“フレイムヘイズ” だな?

ボク達 『スタンド使い』 の間でも有名だよ。

ジョセフ・ジョースターを始末する為に送り込んだスタンド使いを、

(ことごと)く闇に葬った 『スタンド使い狩り(スタンド・ハンター)

紅い髪と瞳を持ち、炎を自在に操るという事から叉の名を

紅の魔術師(マジシャンズ・レッド)

少し待っていたまえ。 空条 承太郎を始末したら次は君の番だ……」

 

「おまえなんかにやられるかッ!」

 

 大刀を両手に構え、勇ましき声でシャナが叫ぶ。

 

「テ……テメェッ! 一体何者だッ!」

 

 瞼の裏から吹き出る鮮血にその頬を濡らし、

口元を歪ませてながら承太郎は花京院を睨む。

 目の前の少女の力は、留まるということを知らない。

 

「ボクのスタンドの名は 法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)

君の祖父、ジョセフ・ジョースターと同じタイプのスタンドだ……

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

だから――」

 

 花京院が突如、前に突き出した

白く細いピアニストのような指先を、

熟練の技巧で艶めかしく動かす。

 

「君を殺すッッ!!」

 

 そう叫ぶと同時に、花京院はその両手を合わせて

勢いよく前に突き出した。

 

「!!」

 

 その動作へ合わせるように、

吉田 一美が今度は両手でシャープペンを押し込んできた。

 眼窩(がんか)に食い込み始めたシャープペンが、

再び強烈に暴れ出し空間に鮮血の飛沫が迸る。

 

「がッ……! ぐぅッ……! う……おぉ……!!」

 

 承太郎もその小さな(からだ)を何とか引き剥がすように、

掴んだ腕と肩とに渾身の力を込めるがまるで効果がなく、

血塗れのシャープペンは鮮血と共にゆっくりと、

しかし確実に眼窩へと埋没していく。

 

(“封絶(ふうぜつ)” を起こして、この女の腕を斬り落とす……ッ!)

 

 一見冷酷だが、戦場では一番正しく合理的な方法をシャナは選択した。

 

(傷はトーチで修復出来る! 幽波紋(スタンド)で操られてるから

相応の痛みを伴うかもしれないけれど、四の五の言ってる暇はないッ!)

 

「!!」 

 

 シャナの足下の草むらに、

紅蓮の炎で出来た紋章が浮かび上がった。

 そして頭上に高々と掲げ上げられ、

立てた一本の指先に集まる無数の光を見て

意図を察した承太郎が怒気の籠もった声で叫ぶ。

 

「シャナッ! 余計なマネしてんじゃあねー! 

テメーはスッ込んでろ! こいつの相手はオレがする!」

 

「ッ!」

 

 予想外の返答。

 だが明確な拒絶の言葉に、シャナの思考が一瞬止まる。

 しかしそんな言葉など無視して何故封絶を実行しないのか?

不明瞭な感情の動き、その心の空隙に怒りが流れ込んだ。

 

「強がってられる状態!? おまえ! 

そのままじゃ目を潰されるわよッッ!!」

 

 少女の怒鳴り声が周囲の取り巻く木々の間に響いた。 

 

「フッ、甘いな? マジシャンズ……

()()()()()()()()()()()()

このまま眼球を抉り取った後、

開けた眼窩を通して脳幹を串刺しにし、

更に 『その中』 を掻き回してやる。

イタリアン・ジェラードを作るように丹念にな……」

 

 花京院はその美しい顔に冷酷な微笑を浮かべ、

シャナに向けて艶めかしく指先を動かした。

 

「DIO様に逆らいし愚か者にはッ! 最も(おぞ)ましき死を!!」

 

 壮烈にそう叫んで花京院は、

細い右腕で空間を真一文字に薙ぎ払い

それを水平に保ったまま清廉に直立した。

 

「こ、こいつッ! 調子に乗ってくれちゃってぇ……!」

 

 シャナは花京院を睨み付けた。

 しかしそれは半ば八つ当たりに近い感情で、

心の内は先刻の承太郎の言葉に対する疑問でいっぱいだった。

 出会ってまだ一日しか経ってないが、

その密度が大きかったので空条 承太郎に対する

大体の人格分析は出来ていた。

 その性格は、徹底して冷静沈着。

 高い知能と深い洞察力を併せ持ち、

いかなる状況でも合理的、

柔軟に対応する判断力を備えている。

 だから、今の言葉はどうみても

彼らしくない不合理な発言だった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その証拠に今だって、目の前の女の攻撃を

バカ正直に真正面から受け止めている。

 蹴り飛ばして引き剥がすなり、

幽波紋(スタンド)で投げ飛ばすなりすれば良いのに

一向にそうする気配はない。

 

 傷つけるのが嫌なのか?

 なら、さっき自分がやろうとしたように

封絶の中でそれを行えば良いのだがそれも駄目だという。

 一体何がそんなに気に入らない?

 腕を斬り落とすとはいってもそれは一時の事、

痛みは感じるだろうが

傷はトーチで『修復』出来るのだから何の問題もない。

 その事は 「仕方がない」 と昨日確かに承太郎は言った。 

 なのに、今になって何故?

 目の前の少女を “攻撃する事自体” が嫌なのか?

 だったら、その理由は何だ?

 そして。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 どうして承太郎の言葉なんか無視して、さっさと封絶を起こさない?

 

「うぐ……!! おおおぉ……ッッ!!」

 

 承太郎の瞼の裏に冷たい金属の感触が混ざってきた。

 目元から流れる血が口に入って錆びた味が広がる。

 鍛え抜かれた膂力(りょりょく)を脈動させてなんとか引き離そうと試みるが、

吉田 一美の力はソレに対抗するように強まるばかりだ。

 スタンドによって無理矢理限界以上の力を引き絞られている為、

少女の華奢な身体から関節と筋繊維の軋む音が聞こえてくる。

 このままでは、自分の身同様、彼女の身体もまた持たない。 

 

(!)

 

 血に染まる視界、自分に同化するようにして存在する

スタープラチナの「眼」が、ある変化を捉えた。

 眼前の少女の頬を、返り血ではない透明な雫が伝っていた。

 虹彩を失った無機質な瞳から、涙が止めどなく流れていた。

 幾筋も。幾筋も。 

 意識があるのかどうかまでは解らない。

 だが少女は、泣いていた。

 自分の眼の前で、泣いていた――。

 

(……)

 

 腕に力は籠もったままだったが、

鬼気迫る表情だった承太郎の目つきが

ふと穏やかなものに変わる。

 そのライトグリーンの瞳に浮かんだ色は、

包み込むように強く、そして暖かなものだった。

 

(なるほど……な……解るぜ……気持ちはよ……

あんなゲス野郎にいいように使われてるんじゃあな……

『逆』 の立場だったらオレだって泣きたくなるぜ……

まってな……今……おまえの中にいるスタンドを……

このオレが引きづり出してやるぜ……ッ!)

 

「ぐ……! おおおおおおおおおおおお!!」

 

 強い決意と共に承太郎は再び鋭い目つきに戻ると

血塗れのシャープペンから身を引くのを止め、

そして眼球が傷つかないよう角度を計算して

()()()()下向きに強く押し込んで引き絞るような苦痛を噛み殺し

シャープペンの先端を固定すると、

瞬時に『覚悟』を決め勢いよくその顔を横に逸らした。

 ヴチィィッッ!!

 耳障りな音がして、肉を抉りながらシャープペンの軌道が

鮮血と共に赤い弧を描いて逸れる。

 

「!!」

 

 思いつきはしても自分では絶対に取らない選択を

承太郎が突如実行した事にシャナは驚愕しその紅い双眸を瞠る。

 

(どうして……そこまで……! 

何で……()()()()()()()()()……ッ!?)

 

 シャナが考えをまとめる間もなく、承太郎は瞬時に次の行動に移った。

 そしてその()()は。

 あらゆる意味でシャナを完全に裏切った。

 

 

 

 

 

『オッッッッッラァァァァァァァ―――――――――ッッッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 猛りながら吼えるスタンド、スタープラチナが

本体である承太郎と折り重なるようにして出現する。

 そして承太郎はいきなり少女の折れそうな首筋を掴むと、

右手で顎を微かに持ち上げその純潔さを象徴するような

淡く可憐な口唇に、自分の色素の薄い口唇を躊躇なく重ねた。

 

「ッッッッ!!??」 

 

 強引で(ねぶ)りとるような、深い口づけだった。

 その眼前の光景に、突如シャナの身体が硬直する。

 小さな口の中で、歯がカタカタと音を立てて鳴っていた。

 

「あ……あ……ッ!」

 

「どうした!? 戦闘中だぞッ!」

 

 胸元で、アラストールが、何か言っている。

 でも、頭に(もや)がかかっていて、何を言っているのか解らない。 

 鼓動が早鐘を打ち、今まで経験した事のないまるで全身の血が

一斉に逆流でもしたかのような、異様で強烈な体感が身を包む。

 大太刀、贄殿遮那を握った小さな手が震えていた。

 寒くもないのに、身体全体が震えていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(……な……何……で……?

……やだ……胸が……すごく……痛い……

苦しい……よ……どう……して……?)

 

 見たくないのに目を背けられない。

 目を閉じたいのに閉じられない。

 戦闘中、だから?

 いや、ちがう。

 わからないけれど。

 たぶん、そうじゃない……

 

 

 

 メキッ……メギィッ……!

 メキョメキョ!! メギョッッ!!

 

 

 

 関節の軋む音、肉の(こす)れる音、何れかに似てはいるが

そのどれでもないスタンド(ノイズ)を伴いながら

吉田 一美の口から彼女を操っていた存在の『元凶』が

一気に引きづり出される。

 

「!!」

 

 花京院のスタンド、法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)の頭部に噛みついた

星の白金(スター・プラチナ)が、少女の身体をスタンドの支配から開放した。

 

「フッ……! この女をキズつけはしねーさッ! 

そしてこーやって引きづり出してみれば、なるほど。

ろくでなしのヒモみてーに女に取り憑くしか芸のなさそうな、

ゲスな幽波紋(スタンド)だぜ! 花京院ッッ!!」

 

 自由になった吉田 一美の肩を力強く(いだ)きながら、

承太郎は不敵な風貌で花京院を真正面から射抜いた。

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『CRAZY PLATINUM LIGHTNING ~雷吼~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 花京院の操る幽波紋(スタンド) 法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)の全体が、

完全に少女の外へと抜き出された。 

 承太郎の幽波紋(スタンド) 星の白金(スター・プラチナ)

頭部を鷲掴みにされたその姿は(さなが)ら異星人、

或いは未来人の様な形態(フォルム)

甲殻類がその身に纏うようなプロテクターを局部に装着していた。

 鮮やかなエメラルドグリーンの、

その全身はまるで深海生物のように発光を繰り返している。

 

「花京院! これがテメーの 『スタンド』 かッ! 

緑色でスジがあってまるで光ったメロンだな!」

 

 承太郎は、スタープラチナが頭部を拘束したスタンドを()め付ける。

 

()()()()()()()()……ッ! 【後悔】するぞ……!

空条……承太郎……ッ!」

 

 スタンドと本体を結ぶ法則(ルール)による影響で、

頭蓋を圧迫する苦痛に堪えながら花京院は口中を軋らせた。

 

「ケッ! 強がってんじゃあねー。 

額にスタープラチナの指の痕がくっきりと出てんだよこのタコ。

このまま……テメーのスタンドのド(タマ)をメロンのように叩き潰せば、

()()()()()()()()()ようだな? 

ちょいと締め付けさせてもらうぜ。

そして気を失ったところでテメーをオレのジジイの所へ連れて行く……

DIOのヤローの事を洗いざらい喋ってもらうぜ!

テメーが望もうと望むまいとなッ!」

 

 そのとき、承太郎のスタンド、スタープラチナが眼前の異変を捉えた。

 花京院のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の手の平から

緑色のオイルのような液体が湧き水のように滔々(とうとう)()()ずり、

絶え間なく下方へと溢れだしていた。

 

「花京院ッ! テメェ! 今更妙な真似をするんじゃあねえ!!」

 

 そう叫んで頭部への圧迫を強めようとスタープラチナの手に力が籠もる。

 そのとき、だった。 

 

「かはッッ!!」

 

 突如、腕の中の吉田 一美が口から血を吐いた。

 その返り血が、承太郎の顔にかかる。

 

「ッッ!?」

 

 その事に、承太郎は一瞬呆けたような顔になり、

その影響でスタンドは完全な無防備状態になる。

 

「くらえ……我がスタンド、 『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』 の……」

 

 艶めかしく動くスタンドの掌中で、

緑色の液体が水中の軟体生物(アメーバ)のように浮き上がり、

そしてうねりながら攪拌(かくはん)され、集束していく。

 ソレは、やがて硬質な翡翠の「結晶」と化し、

眩い輝きを以て一斉に弾けた。

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

『エメラルド・スプラッシュッッッッッ!!!!!』

 

 

 

 

 

 

「前をみなさいッ! 承太郎ッ!」

 

 己が流法(りゅうほう)名を高々と宣告した花京院の声とほぼ同時に、

我へ返ったシャナが咄嗟に叫んだ。

 しかし、二人の声はどちらも承太郎には届かなかった。 

 スタンドの重ね合わせた両掌から一気に射出された、

エメラルドの波に覆われる無数の翡翠結晶光弾。

 ソレが棒立ちになっているスタープラチナの無防備の胸へ

モロに「着弾」しそして深々と挿し貫いた。

 スタンド操作の “極意” とも呼べる、 幽波紋流法(スタンド・モード)の直撃を

受けたスタープラチナの胸部は、

瞬時に抉れて膨張し引き裂かれ、

そして最後は爆散する。

 その衝撃で、背後に弾き飛ばされた

スタープラチナとその影響で引っ張られた承太郎は、

生い茂る木々を幾本も圧し折りながら地面と平行に空間を滑走し、

天に向かって(そび)え立つ樹齢700年の巨木に激突してようやく止まった。

 

「が……は……ぁ!」

 

 巨木の幹から力無く崩れ落ちる承太郎の口から、

生温かい血が夥しい量で吐き出される。

 更にスタンド『本体』である彼の胸部にも、

スタープラチナ同様凄惨な裂傷が浮かび上がり、

多量の鮮血が間歇泉のように噴き出した。

 

「な、なんて威力……ッ!

私が手こずった 『星の白金(スター・プラチナ)』 をたったの【一撃】で……ッ!

それに、あんな複雑な『構成』を一瞬で編み上げるなんて……!」

 

 花京院の華麗かつ壮絶な『幽波紋流法(スタンド・モード)』に

驚愕の声をあげるシャナ。

 

「むぅ……彼奴(きやつ)、人の身で在りながら

“王” に匹敵する力を携えている……!」

 

 両足をT字に開いた体勢で立ち、右腕を水平に構えて差し出した

威風堂々足る姿に、胸元のアラストールは敵と云えど想わず声を漏らした。

 

『エメラルド・スプラッシュ』

……我がスタンド、『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の体液に()えたのは、

破壊のエネルギーの(ヴィジョン)……

君のスタンドの「胸」を貫いた。

よって、君自身の内蔵はズタボロだ」

 

 冷たい声色でそう呟いた花京院は、

遙か遠くに吹き飛ばされた承太郎にそう告げる。

 更に、ソレよりももっと冷たい声で。

 

「そして……その女生徒も……」

 

 そう言った花京院が指差した先、前方の地面に仰向けに倒れていた

吉田 一美が再び喀血(かっけつ)した。

 

(!!)

 

「あ……あ……ッ!」

 

 声にならないか細い悲鳴を上げ意味なく空に伸ばした手が、

やがて糸の切れたマリオネットのように弧を描いて地面に落ちる。

 土の上に、口から静かに流れ落ちる少女の血が染みていった。

 

「言ったはずだぞ……?

ボクの『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』に攻撃を仕掛ける事は、

()()()()()()()()()()()()()()

ボクのスタンドは君より遠くまで行けるが、

広い所はキライでね、必ず何かの中に潜みたがるんだ。

無理に引きずり出すと怒ってしまう……

だから喉の辺りを出るときにキズつけてやったみたいだな……

君が 【悪い】 んだぞ……? 空条 承太郎……

これは君の責任だ……これは空条……

君のせいだ……()()()()()()()……

最初から大人しく殺されていれば、この女生徒は無傷で済んだんだ……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 花京院はその秀麗な美貌を歪め、忌々しそうに吐き捨てる。

 

「くっ! おまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」 

 

 あまりにも身勝手な花京院の言い分に、

シャナの怒りが燃え上がった。

 灼眼の煌めきが増し、炎髪が鳳凰の羽ばたきのように

火の粉を空間へ振り撒く。 

 

「……」

 

 その花京院の言葉に対して何の反論もせず、

空条 承太郎は無言で立ち上がった。

 俯いている為、表情は伺えない。

 しかし全身から血を流しながらも、

重い足取りでゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

 その彼の足跡には、無数の血の痕が紅い(わだち)となって残った。

 

「ほう? 立ち上がる気か? 愚かな。

わざわざ殺される為だけに死力を尽くすとは。

大人しくしていればこのボクに

『奥の手』 を使わせた事に対して敬意を表し、

楽に殺してやったものを」

 

「!」

 

 シャナが紅い灼眼でキッと花京院を睨むが、

すぐ敗残兵のようにボロボロな姿のまま

こちらに歩み寄って来る承太郎に向き直って叫んだ。

 

「承太郎! おまえはもう戦える状態じゃない! 

後は私に任せなさい!

この男 『法皇の緑』 は私が討滅するッ!」

 

 しかしもう、シャナの声は承太郎に届かない。

 もう誰の声も、今の彼には届かない。

 

「……」

 

 承太郎は地面の上に倒れている吉田 一美の傍まで来ると、

そこで足を止めた。

 胸元から血を流す承太郎の身体から幽波紋(スタンド)

星の白金(スター・プラチナ)』 が静かに抜け出る。

 そしてそのスタンドの両腕が、

吉田 一美の小柄な躰をそっと抱きかかえた。

 少女のその躰は、想像していたよりも、もっとずっと軽かった。

 歩きながら半透明のスタンドの手が口元の血を拭い、

野生の花々が群生している草むらに、

そっとその身を横たえる。

 もう決して誰にも触れさせないように。

 もう決して誰にも傷つけさせないように。

 承太郎の脳裏に、先刻のあどけない笑顔が甦る。

 名も無き花に囲まれた少女は、本当にただ眠っているようにみえた――。

 

 

 

 

 

 

 

彼女に一体、何の『罪』が在ったのか?

 

少女はただ、自分の為に行動しただけだった。

 

彼女なりに精一杯、自分に出来る事を考え、一生懸命それを実行しただけだった。

 

しかし。

 

その少女は、今。

 

いま……

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 

 

 

 

 空間が蠢き空気まで震撼(ふる)えるような

途轍もないプレッシャーが承太郎の全身から、

(ほとばし)る白金の『幽波紋光(スタンド・パワー)』と共に発せられる。

 その顔を伏せたまま、承太郎はようやく口を開いた。

 

「このオレ……空条 承太郎は……いわゆる……

『不良』のレッテルをはられている……

ケンカの相手を必要以上にブチのめし、

いまだ病院から出てこれねえヤツもいる……

イバルだけで能なしなんで気合を入れてやった教師は、

もう2度と学校へは来ねえ……!

料金以下のマズイ飯を食わせるレストランに

代金を払わねーなんてのはしょっちゅうよッ!」

 

 承太郎はそう叫んで口中の血を吐き捨てた。

 ビシャッ、と草むらが彼の鮮血で染まる。

 

「だがッ! こんなオレにも! 吐き気のする 【悪】 はわかる!!」

 

 承太郎が血塗れの手で拳を握るのと同時に、

隣でスタープラチナも力強く拳を握る。

 その拳は煌めきを放ち、周囲に舞い散る燐光は、

ダイヤモンドよりも気高く輝いていた。

 

「【悪】 とは!! ()()()()()()()()()()()!!

()()()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!」

 

「!?」 

 

 承太郎がいきなり顔を上げた。

 瞳孔を見開き歯を剥き出しにして軋らせる、

完全に “キレタ” その風貌は、

歴戦のフレイムヘイズであるシャナでさえ

想わず気圧される程のモノだった。

 

()()()()『女』 をォォォォォォォォォォ――――――――――ッッッッ!!!!

キサマがやったのはソレだッッ!! ア~~~~~~~~~~~~~~ンッッ?!

テメーのスタンドは被害者自身にも見えねえし! わからねえ! だからッ!」

 

 承太郎が学帽の鍔に走らせた二本の指が、

全身から迸るスタンドパワーの影響で

光の『軌跡』を描く。 

 

「オレが裁く!!」

 

 全身で渦巻く途轍もない怒りを、

永い血統の歴史によって培われた

精神の力で制した承太郎の風貌。

 怒りは臨界を超え、その血の運命(さだめ)が司る感情、

『正義』となって昇華した。

 その何よりも気高き光が、ライトグリーンの瞳へと宿る。

 熱く。激しく。燃え尽きるほどに。

 その勇猛果敢な双眸で自分を見る承太郎に、

花京院は穏やかな微笑で以て応えた。

 

「フッ、それは違うな。

【悪】? 【悪】 とは敗者のこと。

『正義』 とは勝者のこと。

生き残った者のことだ。 過程は問題じゃない。

敗けた者が【悪】なんだ。

君が言っている事は、弱者の遠吠えに過ぎない」

 

 冷淡にそう告げると花京院は再び先刻同様、両手を艶めかしく動かした。

 連動してスタンド、ハイエロファント・グリーンも同じように動く。

 

「さらばだ、空条 承太郎。

くらえ……とどめの……

『エメラルド・スプラッシュ』をッッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 再び、ハイエロファント・グリーンの両掌に緑色の光が集束する。

 そして、開いた両手から無数の翡翠光弾が先程以上の輝きを持って弾けた。

 

「スタープラチナァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」

 

 承太郎の咆吼と共に、彼の守護霊であるスタンド、

スタープラチナが疾風迅雷の如くその身体から高速で出現した。

 その余波で周囲に旋風が巻き起こる。

 木々の枝を揺らし、木の葉がざわめくほどに。

 スタープラチナは白金のスタンドパワーによって

覆われた剛腕で即座に “十字受け” の構えを執り、

軸足を大地が陥没するほど強力な踏み割りをつけると、

まるでカタパルトで射出されたように

放たれた『エメラルド・スプラッシュ』に音速で突撃し、

緑色の結晶光弾を真正面から受け止めた。

 スタープラチナはそのまま軸足で踏ん張ったまま

花京院の流法、『エメラルド・スプラッシュ』に

気圧される事なくその場に立ち塞がり、

やがて両者の放つエネルギーは膠着状態に陥る。

 

「こ、こいつッ!? 

このズタボロの身体の一体どこにこんな底力(チカラ)が!?

それにこのパワーッッ!!」

 

 花京院の美貌が驚愕で引きつる。

 しかし『スタンド使い』としての長年の経験により、

すぐさまに動揺した自分を(いさ)めてその表情を引き締めた。

 

「フッ……! いいだろう……

真剣勝負というのも嫌いじゃない。

()()()()()() 『スタンド使い』 の

絶対的戦力差でないという事を教えてやる!!」 

 

 そう叫んだ花京院が再び、ピアニストのように

艶めかしくも無駄のない動きで

指先を動かしながら腕を何度も交差させると、

やがてハイエロファント・グリーンの盲目の瞳が発光し、

中間距離で停止する流法

『エメラルド・スプラッシュ』 の後押しをするように

両手からエメラルドグリーンの光が放射された。 

 それを呼び水とするが如く、

承太郎の身体からも白金に輝くスタンドのエナジーが迸り、

スタープラチナの内部へと注入される。 

 二つの強力なスタンドパワー同士が真正面から激突し、

空間が飴細工のようにぐにゃりと歪んだ。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 承太郎は両手をズボンのポケットに突っ込んだまま。

 花京院は右腕を水平に構えたまま。

 互いに、猛る。 

 力が拮抗している以上、その勝敗を決するのは互いの精神力。

 相手の気迫に一時でも気圧された方が敗北する。

 空条 承太郎と花京院 典明。

 特異な才能を持つ二人の『スタンド使い』の能力(チカラ)は完全に互角だった。

 しかし。

 そのとき。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

 

 

 

 

『オォォォォォラァァァァァアァァァァァァァ――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!』

 

 

 

 

 まるで魂すらも軋むような、

慟哭の咆吼を同時に上げる承太郎とスタープラチナ。

 そして両者の咆吼に呼応するが如く、

その生命の脈動と精神の胎動が具現化したかのように、

白金色に輝く無数の光が、スタープラチナの全身から発せられた。

 

「うぅッッ!?」

 

「むぅぅ!!」

 

 突如、目の前で顕現した光の波に照らされた

シャナとアラストールが、ほぼ同時に声をあげる。

 その光の中心部。

 スタープラチナから発せられた光は

白夜の太陽よりも明るく周囲を照らし、

電磁波のようにバリバリと音を立てながら爆ぜ、

放電を繰り返し、そして激しく炸裂(スパーク)した。

 

「な、何ィッッ!?」 

 

 花京院の放った必殺の流法(モード) 『エメラルド・スプラッシュ』は

その光の波に呑まれ、やがて徐々にその直進力と貫通力とを失っていく。

 

「うぅ……ッ! 目……目がくらむッ! 

限界なく明るくなるッッ!!

一体何!? この 『光』 は!?」

 

 光に目をやられないように黒衣の袖で視界を覆ったシャナに対し、

 

「むう! 馬鹿な! 信じられん!

()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

突如胸元のアラストールが叫んだ。

 

「ウソでしょ!? アラストール!

“怒って強くなれる” なら、

誰も苦労なんてしないわ!」

 

 眩い光に照らされ、シャナの炎髪と灼眼も白く染まった。

 

「うむ……確かに通常の(ことわり)ではそうだ。戦闘中に我を失う等愚の骨頂。

だが思い返して見よ。彼奴(きやつ)は、何の戦闘訓練も受けていないにも関わらず

フレイムヘイズであるおまえと互角に渡り合った。

人の身でありながら “封絶” の中で動き、

数多の『燐子』をたった一人で粉砕した。

そして現に今も、手練れの異能者を相手に、全く引けをとっておらん……!」

 

「そ、それ、は……」

 

 鋭敏な頭脳を持つ筈の少女も、

理から外れた事象に対しては押し黙るしかない。 

 

「お前には黙っていたが、我には初めから解っていた。

彼奴の運命の『器』は、常人のソレではない。

彼の者、 ()()()()()()()()()()()なのだ」

 

「え!?」

 

 予期せぬ、言葉。

 承太郎とDIO。

 光と闇。

 流星と世界。

 バラバラの記号がランダムにシャナの思考の内に点灯する。

 

「俗な言い回しになるが、今はこう云うしかないだろう……

『例外』 或いは 【特異点】 と……」

 

 

 

 

 

『ッッラァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!』

 

 

 

 

 

 交差したその両腕を、スタープラチナが超音速で押し拡げた。

 ズンッッ!! という臓腑の隅々にまで鳴り響くような重低音と共に

輝く無数の翡翠光弾は全て、粉微塵になって跡形もなく消し飛んだ。

 砕けたエメラルドの飛沫が、煌めきながら空間に散華する。

 

「バ、バカな!? 『エメラルド・スプラッシュ』 を

()()()()()()全て消し去るとはッ!

……ハッ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべる花京院の目の前に、

白金色に輝くスタンド、スタープラチナが音より(はや)く迫っていた。

 

「は、(はや)い! うぐうッッ!?」

 

 即座に神速のスタープラチナの右拳が、

ハイエロファント・グリーンの顔面に撃ち込まれる。

 そのスピードが衝撃を上回った為、

本体とスタンドは一刹那遅れて後方へと弾き飛ばされる。

()()()()()()()()()再びスタープラチナが花京院の眼前に迫った。

 

「敗者が 【悪】 か! それはやっぱり! 

テメーの事だったようだなッ! 花京院!!」

 

 承太郎が逆水平に構えた右手で花京院を指差し、叫ぶ。

 MAXスピードに達し、最早視えなくなったスタープラチナの超速の拳が

スタンド、ハイエロファント・グリーンに向けて全弾総射された。  

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラァァァァァァァァァ!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 白金に輝くの拳の狂嵐により『法皇の緑(ハイエロファント・グリーン)』の全身に、

隈無く拳型の刻印が撃ち込まれる。

 

「がッ!? ぐッ!? ぐはッ!? うぐッ!? ぐうッ!?」

 

 花京院の細身の身体にも、それに連動して刻印が刻まれていく。

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアア

ァァァァァァァ――――――――――――!!!!!!!!』

 

 

 

 

 叫ぶ承太郎の脳裏に、一人の少女の姿が浮かんだ。

 淀んだ【悪】に踏み(にじ)られた、何の罪もない少女の姿が。

 ソレが裡なる火勢を煽りスタンドはさらに加速していく。

 

 

 

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!

裁くのはッッ!! オレのッッ!! 

スタンドだあああああああぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 承太郎の決意の叫びと共に摩擦熱で火を噴いた

スタープラチナ渾心の右ストレートが、

撃ち下ろし気味にハイエロファント・グリーンの左胸に撃ち込まれる。

 ドギュッッ!!  という着弾点から拡がる、

全身が痺れるような振動波をその身に感じる間もなく

花京院はスタンドと共に遥か後方へと超音速で吹き飛んだ。

 そして先刻の承太郎をトレースするように

木々を何本も圧し折った花京院の躰は、

梵字の刻まれた石碑に激突し

亀裂の走った石面にその全身を縫いつけられると、

間歇泉(かんけつせん)のようにソノ躰の至る箇所から真紅の鮮血を噴き出した。

 (さなが)ら、『磔刑(たっけい)』に架けられた殉教者のように。

 

「な……なん……て……凄まじい……スタンド……能力……ッ!

見事……だ……空条……承……太郎………………」

 

 肉体は疎か精神と五感まで破壊された花京院は、

声にならない声でそれだけ呟くと意識を闇に呑みこまれた。

 承太郎は、スタープラチナと同じ撃ち下ろしの構えのまま、

大地に屹立していた。

 俯いたまま身体を朱に染め、

まるで血に飢えた獣のように息を荒げている。

 全身血に(まみ)れ、そして傷だらけのその無惨なる姿は、

木々から漏れる緩やかな陽光の下、何故かシャナの胸を打った。

 まるで、今は無き 『天道宮(てんどうきゅう)』 の聖堂に飾られている

一枚の絵のように、美しく荘厳に感じられた。

 

「…………アイツ……凄い……」

 

「恐るべし……『星の白金』……空条 承太郎……」

 

 あらゆる感情が()()ぜになり、

最早言葉もないシャナの胸元で

銀鎖に繋がれたアラストールが呟いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

「シャナ。オメーに頼みがある」

 

 血塗れの花京院を片腕で軽々と抱え上げ、

地面の上に降ろした承太郎が言った。

 

「う……ぅ……」

 

 花京院は、かろうじて死を(まぬが)れたようだ。

 額から断続的に血を流し、呼吸も微かだが死んではいない。

 

「オメーが昨日やってたそのジザイホーとやらで、

この女の 「傷」 と今の 「記憶」 を消せ。

ブッ壊れた街を 『修復』 出来るんだ。

それぐれぇ出来る筈だ」

 

 そう言って花京院から少し離れた位置で

意識を失っている少女、吉田 一美を指差した。

 

「不可能よ」

 

 そう言ってシャナはゆっくりと首を振った。

 

「昨日のは “封絶” 内だったからトーチで修復出来たの。

コイツが傷を負ったのは因果閉鎖空間ではない現実世界。

トーチなんかじゃ治せない」

 

 その答えをあらかじめ予想していたように

承太郎は落ち着いた口調で言った。

 

「誰も残り滓を使えとは言ってねぇぜ。

()()()()使え。

その、 “オレ自身の存在の力” とやらをな」

 

 

「バ、バカ! そんな事したらおまえ!」

 

 自らの存在の力を消費する事は、

体力の消耗というよりも怪我に似た形で現れる。

 体調が万全の状態でもその 「痛み」 は相当なものだ。

 それなのに負傷したこんな状態でそれを行えば、

後の事は想像するのも恐ろしい。

 

「うむ。確かに。

貴様自身の存在の力を使えば、不可能ではない」

 

「アラストール!?」

 

 信じられない、と言った口調のシャナの代わりに

胸元のアラストールが応えた。

 

「しかし “フレイムヘイズ” でない者が

そんな事を行えばどうなるか我にも解らぬ。

貴様、死ぬかもしれんぞ」

 

「ナメんなよ? 

ンな事でビビり上がるようなシャバイ気合いじゃあ、

『不良』はヤってられねーぜ」

 

 微塵の動揺もなく承太郎は言い放った。

 

「記憶の操作もまた問題だ。

“自在法” は、 そう都合良くは出来ていない。

この娘の記憶を(いじ)るという事になると、

その『反作用』によって

()()()()()()()()()()()()()()()()()事となる。

貴様を 【軸】 にして起こった出来事を消す、という事だからな。

良いのか? それで?」

 

「好都合だ。やりな」

 

 これにも承太郎は即答した。

 

「むぅ……」

 

 あまりにも明瞭な受け答えに、

アラストールが小さく呻く。

 承太郎の 「胆力」 と 「覚悟」 の程を試す為に、

多少事実を誇張して云ってはみたが、

予想に反して承太郎が全てをあっさりと受け入れ、

全てをあっさりと差し出してくるので、

不意に老婆心に近い感情が

『紅世の王』 ”天壌の劫火” の裡に湧いた。

 

「……貴様? 本当にそれで良いのか?

()()()()()()()()()()()()()()()だとは、」

 

「同じ事を、 二度いう必要はねーぜ……」

 

 アラストールの言葉が終わる前に、

承太郎は学帽で目元を覆いながら遮った。

 

「オレの傍にいれば、必ずまた同じ目に()う。

ロクでもねぇ事に関わって死ぬこたぁねー」

 

「……」

 

 傍を渇いた風が通り過ぎ、シャナの黒衣の裾を揺らす。

 承太郎の目元は学帽の鍔で覆われているので、

その表情は伺えない。

 だが、感情も目も言葉も必要なかった。

 その存在だけで、アラストールには充分だった。

 承太郎の全てが、伝わった。 

 その想いも、何もかも。

 

「ならば、 最早語らぬ。

貴様がそれで良いというのならば……」  

 

「……」

 

 自分の胸元で、明らかに含みのある言葉でアラストールが言った。

 ()()()()()()解る事が在るのだろう。 

 シャナは胸元の首飾りを見つめる。

 アラストールには、一体何が解っているのだろう?

 シャナは承太郎の前に立つと、その凛々しい灼眼でライトグリーンの瞳をみた。

 

「いいのね? 言っとくけど、半端じゃなく痛いわよ」

 

「痛い」という部分を強調してシャナが言う。

 

「くどい……とっとと始めろ」

 

「手ぇ出して」

 

「……」

 

 シャナは差し出された承太郎の血に塗れた手に、

少し赤くなって自分の小さな手を重ねて繋ぐと

瞳を閉じて自在式を編む為に精神を研ぎ澄ました。

 

「はあああああぁぁぁぁぁ」

 

 鋭い声と共にシャナの足下に封絶の時とは違う、

深紅の火線で描かれた紋章が浮かび上がる。

それと同時に繋がれた手から

承太郎の白金色に輝く存在の力が流れ出した。

 

「!」 

 

 自分を……体などではなく、

自分そのものを削るかのような薄ら寒い喪失感。

 その感覚が全身の傷の至る所に絡みつき、

やがて悲鳴を上げ始める。

 全身を蝕むような、その痛み。 

 まるで、同じ箇所を何度も何度も切り刻まれているようだった。

 

「……う……ぐぅ……!」

 

 全身を生き物のように這い回る苦痛に、

想わず呻き声が漏れそうになるが承太郎は耐えた。

 耐えなければならない 『理由』 があった。

 目の前で横たわるこの少女は、もっと苦しかったはずだから、

もっと辛かったはずだから。

 シャナが振り子のように何度も指を振り翳すのと同時に、

承太郎から抜け出た白金色の光が煌めきながら

吉田 一美の華奢な身体を螺旋状に包んでいく。

 優しく、そっと、スタープラチナの腕がそうしたように。

 そして、やがて、靡きながらも消えていく。

 制服の血糊も、躰の傷も、涙の痕も、悪夢の記憶も、

そして、承太郎への想いも、全て。

 輝く白金の光に包まれて……

 

「空条……君……」

 

 漏れ出る光が消え去る寸前、

吉田 一美の口から声が漏れた。

 閉じた瞳から、涙が一筋流れ落ちる。

 最後の涙。

 承太郎の存在が宿った、最後の雫。

 その声に承太郎が、本当に小さく呟いた。

 風に消え去りそうな、小さな声で。 

 あばよ、と。

 その独り言が、シャナには聞こえた。

 シャナにだけ、聞こえていた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『闇夜の血闘 紅の魔術師VS幽血の統世王 ~Darker Than Darkness~ 』

 

 

 

【1】

 

 腕の良い職人の手が行き届いた池泉回遊式庭園。

 (りん)とした空間に鹿威(ししおど)しの音が響き渡る。

 その池に架けられた石橋の向こうで、

壮麗なる淑女が可憐な鼻歌を奏でていた。

 

「カモン♪ ベビィ♪ ドゥーザ♪ ロコモーション♪」 

 

 皺一つ無い真珠のような艶やかな肌に、

母性に満ちあふれた女神のような美貌。

 (なよ)やかな体つきのスーパーモデル顔負けのスタイル。

 客観的には、とても日本人離れした長身の息子がいる

一児の母には見えない。

 

「あ!」

 

 その淑女、空条・ホリィ・ジョースターは

脳裏に走った直感に想わず床の間の机の上に置かれた

写真立てへと視線を向けていた。

 その中に映った最愛の息子は口元に精悍な微笑を浮かべ、

凛々しい視線をこちらに向けている。

 

「今、承太郎ったら、学校で私のこと考えてる……♪

今……息子と心が通じ合った感覚が確かにあったわ♪」

 

 そう呟くとホリィは家事の手を一時休め、

その写真立てをまるで初恋の少女のように

胸の中へと掻き抱く。

 そこに。

 

「考えてねーよ」

 

「学校行ってないものね」

 

「残念だったな奥方」

 

 いきなり上がった三者 (?) 三様の声。

 

「きゃあああああああ!」

 

 淑女は当然の如く無防備な悲鳴を上げた。

 写真立ての中とはうって変わって最愛の息子は、

不機嫌な仏頂面で自分を睨んでいる。

 

「!?」

 

 その肩には、コートのような裾の長い学生服を着た

全身血塗れの少年が担ぎ上げられていた。

 

「じょ……承太郎……それにシャナちゃん……

が、学校はどうしたの? そ、それに、その、その人はッ!?

血、血が滴っているわ! ま、まさか、あ、あなたがやったの!?

承太郎ッ!?」

 

 その質問には答えず承太郎はホリィに背を向ける。

 

「テメーには関係のないことだ。オレはジジイを探している……

広い屋敷は探すのに苦労するぜ。茶室か?」

 

「え、ええ。そうだと思うわ」

 

 確認すると承太郎は血だらけの少年を肩に担いだまま

檜の床を踏み鳴らして行ってしまった。

 

「……」

 

 ホリィは、その背中を心配そうにみつめる。

 だから、目の前の少女の見上げるような視線に気づいたのはその後だった。

 

「あ、あら? な、なぁに? シャナちゃん?」

 

 幼い外見に不相応な凛々しい顔立ちと視線だが、

何分長身のホリィからすると小さいので

どうしても子供に話しかけるような口調になってしまう。

 何よりその瞳に宿る色が、

昔の承太郎を思い起こさせたせいかもしれない。

 

「ごめんなさいね。新しい学校だもの。一人じゃ心細いわよね。

学校には私の方から連絡を入れておくわ。今日は家でゆっくりしていて。

あ、お昼ご飯は何が食べたい? 

何なら昨日みたいに外へ行きましょうか?

パパと承太郎も誘ってね」

 

「……」

 

 ホリィのその言葉を聞くだけ聞くと、

シャナはおもむろに口を開いた。

 

「他人の家族の事に口出しするのは、趣味じゃないんだけれど」

 

 と、まず前置きし。

 

「ホリィはこの件に関わらない方が良い。

冷たい言い方になるけど、出来る事ないと思うから。

信じられないかもしれないけど、

あの血だらけのヤツは私と承太郎を()()にきたの。

承太郎やジョセフと同じ 『能力』 を持った人間。

だから、死にたくなかったら何も知ろうとしないことが得策よ。

アイツもそれで何も言わなかったんだと想うし」

 

「……」

 

 ホリィは黙って、目の前のシャナを見つめていた。

「殺す」という言葉に驚かなかったと言えば嘘になるが、

目の前の圧倒的な存在感を持つ小柄な少女は、

どうやら彼女なりに自分の事を気づかってくれているらしい。

 不器用だが、そのやり方が承太郎と似ていたので

想わず優しい笑みが淑女の口元に浮かんだ。

 

「ええ。解っているわ。あの子は、本当はとても優しい子だもの。

今回の事だってきっと、私には解らない『理由』が在っての事なのよ。

母親の私が信じてあげなきゃね」

 

「優しい、ね」

 

 その言葉に、何故かシャナは素直に同意出来ない。

 脳裏に、見ず知らずの女生徒のため全身血塗れになりながら

花京院と闘った先刻の姿が浮かんだ。

 苦痛に耐えながら、己の存在の力を削ぎ取っている姿も。

 血糊はトーチで消したので今愛用の学制服は新品同然になってはいるが、

その内の傷痕はまだ生々しく残っている筈だ。

 

「……」

 

 押し黙るシャナの遙か向こう側から、

 

「おい」

 

凄味のある呼び声がかかる。

 

「はい?」

 

 反射的にそう答えたホリィの視線の先、

中庭に設置された花壇を挟んで振り返った承太郎が

鋭い眼光でこちら見ている。

 

「今日は、あんまり顔色がよくねーぜ。元気、か?」

 

「……ッ!」

 

 その承太郎の言葉に、ホリィはまた初恋の少女のように

顔を赤らめ、まだ持っていた胸の中の写真立てをより強く抱きしめると、

 

「イエ~~イ♪ ファイン! サンキュー!」

 

と笑顔で愛らしく手の平を広げたピースサインで応えた。

 

「フン」

 

 鼻を鳴らして再び背を向ける承太郎を後目に、

 

「ほらね♪」

 

と、ホリィは満面の笑顔でシャナに向き直る。

 

「まぁ、そういう事にしておくわ」

 

「我は、奥方の賢明な育て方の(たまもの)だと」

 

 短くホリィに答えると同時に、何故か胸元から上がった声に

シャナが視線を落とす。

 

「あ、いや、うむ……」

 

 心なしか少し熱くなったペンダントの中で紅世の王、

天壌の劫火は咳払いをして押し黙った。

 

「オイ! シャナ! モタモタしてんじゃあねー!

後で文句垂れても聞いてやらねーぞ!」

 

 遠くになった承太郎が再びこちらを振り向いて叫ぶ。

 

「うるさいうるさいうるさい! 誰の所為だと思ってるのッ!」

 

 シャナは承太郎に向かってそう叫び返し、

足下の床を鳴らして踏み切ると、

軽々と跳躍して中庭を飛び越えた。

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

「だめだな、これは」

 

 ジョセフは、茶室の畳の上に寝かされた花京院を見下ろした。

 

「手遅れじゃ。この少年はもう助からん。

おそらく、あと数日のうちに死ぬ」

 

「……」

 

「死ぬ」 という言葉に、承太郎の視線が尖った。

 

「承太郎、お前のせいではない。見ろ。この少年がなぜ?

DIOに忠誠を誓いお前を殺しに来たのか? その理由が、 」

 

 そう言ってジョセフはいきなり花京院の茶色い前髪を右手で(まく)り上げた。

 

()()にあるッ!」

 

(ッッ!?)

 

 花京院の、額の表面に、何か、異様な「物体」が蠢いていた。

 弾ける寸前の木の実のような形をしているが、

まるで生物のように微細な脈動を繰り返している。

 その 「物体」 の触手らしき部分が、

花京院の額中央部に埋め込まれ、

一部は皮膚と癒着していた。

 

「……なんだ? この動いている、クモみてーな肉片は?」

 

 その承太郎の問いに対し、シャナの胸元のアラストールが答える。

 

「それは、彼の者の細胞からなる『(にく)()

この小僧の脳にまで達している。

この 『肉の芽』 は、その生物の精神に影響を与えるよう

脳に打ち込まれているのだ」

 

 そのアラストールの説明を、

棕櫚(シュロ)の磨き丸太の柱に背を預けたシャナが

腕組みをしながら補足する。

 

「つまり、 “コレ” はコイツを思い通りに操る『装置』なのよ。

常に脳に刺激を与え続け、

()()()()()()()()()()()()精神操作を行ってるの。

コイツの養分を吸い取りながら動いてるから殆ど永久機関と変わらないわね。

故に時間をおけばおく程効果は増大していって、

最終的には自分の命令を麻薬のように

追い求める 【奴隷】 の一丁上がりってわけ」

 

「手術で摘出すればいいんじゃねえか?」

 

「それが出来たら苦労しないわ。

コレは脳の中の一番デリケートな部分に打ち込まれてる。

摘出する時、ほんの僅かでも触手がブレたら、

こいつの脳はクラッシュしたまま永遠に再起動しなくなるわよ。

何より外科医は “封絶” の中じゃ動けないしね。

そこまで計算して “アイツ” はコレを生み出したのよ」

 

「アイツ?」

 

 想わぬシャナの言葉に、承太郎の瞳が(いぶか)しく尖る。

 

「 “アイツ” とは、一体ェどういう意味だ?

まるで()()()()()()()みてぇな口振りだな?

アノ男……『DIO』 のヤローによ」

 

「……ッ!」

 

 承太郎のその言葉に、シャナは俯いて言葉を閉ざす。

 

「……」

 

「……」

 

 そして舞い降りる、沈黙の(とばり)

 それをアラストールの厳粛な声が開く。 

 

「空条 承太郎よ。実は、このような事が在った……」

 

 シャナの代わりに、胸元のアラストールが静かな言葉で語り始めた。

 

「ほんの四ヶ月ほど前……我らは北米の地で、彼の者、

『幽血の統世王』 と邂逅したのだ」

 

「何ッ!?」

 

 アラストールのその言葉に、承太郎が両眼を見開く。

 

(……ッッ!!)

 

 追憶の欠片(かけら)が、少女の脳裏に甦る。 

 シャナは、思い返していた。

 自分の受けた 【屈辱】 を。

 

 

 

 

 

 

 

 

【3】

 

 

 それは、ニューヨークのスラム街で

犯罪者の魂を好んで喰らう紅世の徒を討滅した帰りの事だった。

 売店でクレープを買い目元と口元を綻ばせながら

ジョースター邸への帰路についていたシャナの前に、

その男は何の脈絡もなくいきなり現れた。

 まるで、定められた運命であるかの如く。

 人気のない路地、煌々と点る夜の街灯の下にその男は背を(もた)れ、

両腕を組んで静かに立っていた。

 心の中心に忍び込んでくるような凍りつく眼差し。

 黄金の美しい頭髪(かみ)

 透き通るような白い肌。

 男のモノとは想えない妖しい色気が、首筋に塗られた

成分の解らない香油によって増幅されている。

 華美な装飾はないが良質な絹で仕立てられた、

古代ペルシアの王族がその身に纏うような衣服を着ていた。

 

(!!)

 

 シャナは、すぐに解った。

 その時はもう既にジョセフと知り合っていたので

こいつが大西洋の海の底から甦った男、

『DIO』 だと。

「……」

 月影(げつえい)に反照し官能的に光る口唇をおもむろに開くと、

その男は静かにシャナに向かって話し始めた。 

 

(ふる)き友を訪ねてこの地に来たが……まさか()と逢えるとはな……

初めまして 『紅の魔術師(マジシャンズ・レッド)』 ……いや……

フレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手”

と、云ったほうが良いのかな……?」

 

「ッッ!?」

 

 その男を、 ()()()()()()()と想ったのはその時だった。

 男が話しかけてくるその言葉は、心が安らいだ。

 まるで魔薬のように危険な甘さが、そこには在った。

 しかし、 ()()()()()恐ろしかった。

 

「全く驚いた……

私の配下の 『スタンド使い』 を始末した魔術師が……

まさか本当にこんな可愛らしいお嬢さんだったとは……」

 

「ッッ!!」

 

 DIOの言葉が終わる前にシャナは足裏を爆発させて跳んでいた。

 刹那に身を覆った黒衣の内側から抜き出した大太刀、

贄殿遮那が空気を切り裂く空中で髪と瞳が炎髪灼眼に変貌する。

 

「でやぁぁぁぁッッ!!」

 

「フッ」

 

 至近距離で唸りを上げながら迫る、大太刀刺突の一閃。

 ソレが、DIOの姿を刺し貫く瞬間。

 そのDIOの全身が、まるで陽炎のように揺らめいたかと想うと、

一瞬でその(からだ)が今度は蜃気楼のように左右にブレ、そこから姿を消した。

 

「……ッッ!?」

 

 眼前で起きた怪異に困惑したまま、

滑りながら道路に着地したシャナの黒衣の裾が舞い上がり、

深紅の髪が火の粉を撒く。

 

「性急な事だ……」

 

「!!」

 

 見開かれる、灼熱の双眸。

 そのシャナの 「背後」 に、いつのまにかDIOが立っていた。

 まるで異次元空間から、たったいま抜け出してきたかのように。

 或いは空間を飛び越えて、『瞬間移動』 でもしたかのように。

 

「クッ!」

 

 シャナは目の前の状況の分析しながらも、

素早く足裏のアスファルトを鋭く踏み切って

その男から距離をとる。

 鼓動が、激しい警鐘を鳴らし続けていた。

 

「こい……つ……()()()がッ!? 

今! 私の目の前にいるこの男がッ!」

 

 その男は、想像していたよりもずっと美しい風貌をしていた。

 だがその男の顔の裏側は、

この世のどんな罪人よりもドス黒く呪われていた。

 その瞳の奥は、

この世のありとあらゆる邪悪を焼きつけ、

王族のように優美なその指先は、

数え切れないほどの多くの人間の

死と運命とを弄んできた。

 何年も。何年も……

 何人も。何人も……

 そしてその存在が、いま世界の歪みを増大させている。

 

「私の目の前にいる! この男がッ!」

 

「馬鹿な……」

 

 胸元で、アラストールも動揺を押し隠せないらしい。

 多くの紅世の徒、例え王であったとしても

自分の存在は、なるべく隠そうとするのが普通だ。

 自由に好き勝手に暴れ回っていれば、

すぐに自分達フレイムヘイズにその居場所を察知され、

残らず討滅されてしまうからだ。

“封絶” も 『トーチ』 も、その事を回避する為に生まれた(すべ)

 それなのに、目の前のこの男は、

自分を追っている 『天敵』 の前にあっさりとその身を現した。

 

「この者が……幽血の……統世王……!」

 

「DIOッッ!!」

 

 シャナは大刀を両手に構え、大地に屹立した。

 燃え上がる灼眼は鋭くDIOを射抜いている。

 

「封・絶ッッ!!」

 

 その小さく可憐な口唇から勇ましい猛りが湧き上がると共に、

シャナの足下から火線が走り道路の上に奇怪な文字列からなる紋章が描かれた。

 シャナとDIOを中心にして、紅いドーム状の陽炎が形成される。

 

「 “封絶” ……因果孤立空間か。

なかなか面白い 『能力』 を持っているね?

君達 “紅世の徒” は。

ひとつ……それを私に見せてくれると、嬉しいのだが」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 穏やかな声に、心臓の凍る思いがした。

 しかし同時に、心の一部分がその声に強く惹かれ形を(とろ)かす。

 

「……!!」

 

 刹那とはいえ、心を魅入られた自分自身に凄まじい

まさに燃えるような怒りを感じ、風に靡く黒衣にそれを纏わせた。

 

(この男が! 全ての元凶! 数多くの王を下僕に()いた! 全ての根元ッ!)

 

 燃え上がる使命感にDIOを見つめる瞳が灼熱の煌めきを増し、

髪から鳳凰の羽ばたきのように火の粉が舞い上がる。

 

(討滅! 討滅する!!)

 

 足元のコンクリートを鋭く踏み切り、

紅い弾丸のように飛び出したシャナは

DIOの首筋に向けて空間に残像が映るほど

高速の袈裟斬りを繰り出した。

 周囲の空気を切り裂きながら、

星形の痣が刻まれた首筋に迫る白銀の刃。

 意外――。

 DIOはソレを、あっさりと右手で受け止めた。

 戦慄の美で光る刀身が手の平の肉を音もなく

切り裂き、骨に食い込む。

 

「ッッ!?」

 

 驚愕。 

 全身が燃えるように猛っていても、

シャナの頭の中はクールに冷め切っていた。

 まさか()()受け取めるとは思わなかった。

当然避けるものと考えていた。

 その後の攻防の応酬の果てに

必殺の一撃を頭蓋に叩き込もうと

もう脳裏に数十手先の動きまで構築していたというのに、

最初の一撃で全て計算が狂った。

 速度はあったが様子見程度の撃ち込みだったので、

手は切断されず中程まで食い込み刃はそこで動きを止める。 

 今まで、こんな敵はいなかった。

 どの紅世の徒の中にも。王の中にも。 

 ()殿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(こ、こいつバカ!? このまま刀を引き抜けばッ!)

 

 刃の切れ味で、指が根刮 (ねこそ)()げ落ちる。

 考えるのとほぼ同時に身体が動いた。

 大刀を掴んだDIOの手を支点にして、

シャナは一瞬の躊躇もなく柄を内側に素早く引き込む。

 だが刀身は動かなかった。

 まるでその場で、()()()()()()()()動きを止めていた。

 

「貧弱……」

 

 DIOのその美しい口唇に、

絶対零度も凍り付く冷酷な微笑が浮かぶ。

 貴公子の仮面に(ひび)が入り、

残虐なその本性が姿を垣間見せた。

 

「貧弱ゥゥゥゥゥゥッッ!!」

 

 いきなり、周囲一帯に白い膨大な量の水蒸気が、

暴発したボイラーのように巻き起こった。

 大太刀 “贄殿遮那” の刀身を掴んだDIOの手から肘の辺りまでが、

いつのまにか超低温に冷やされた鋼のような質感に変わっていた。

 その腕から発せられる冷気に、周囲の全てが凍り付く。

 大気が凍り大地が凍り、贄殿遮那が凍った。 封絶すら凍った。

 

「こ、凍るッ!?」

 

 冷気が刀身を伝達して柄を握るシャナの手にまで侵蝕してくる。

 

気化冷凍法(きかれいとうほう) 使用(つか)うのは実に100年振りだ。

“波紋使い” 以外に、使用することもないだろうと想っていたが」

 

 DIOは渦巻く冷気よりも冷たい微笑を浮かべて、

シャナの灼熱の双眸をみつめる。

 冷気が柄を越えシャナの腕にまで達し、

熱疲労でその皮膚が引き裂かれる瞬間。

 

「ムゥンッ!」

 

 胸元のペンダントを中心にして巻き起こった柔らかな炎が、

一瞬でシャナの躰を包み込んだ。

 

 冷気で柄に張り付いた皮膚を、

アラストールが 『浄化の炎』 で解き剥がした。

 

「!」

 

 胸元のアラストールに意識がそれた

DIOの手から刀身を引き抜くと、

シャナはその手の温度が上がった部分を

足場にして背後に跳躍し

軽やかに宙返りをして距離を取った。

 

「ありがと。アラストール」

 

 水滴に濡れた手を黒衣で拭い、

同じく透明な水で濡れた大太刀を

構え直しながらシャナは言う。

 

「今のが、彼奴(きやつ)(からだ)を流れる 『幽血(ゆうけつ)』 の能力(チカラ)、その一端か。

油断するな。まだどんな能力(チカラ)を隠し持っているのか予測がつかん」

 

「解ってる」

 

 シャナは短く言うと刀身に付いた

水滴を一振りで全て叩き落とした。

 

「……クククククククク、100年間も眠っていたので忘れていたよ。

己の能力(チカラ)を存分に開放する事の出来る、この得も言われぬ充足感。

久しく戦いから離れていたので血が(たぎ)るというやつか? フフフフフ……

凍てついた私の血も、君の炎に(あぶ)られてどうやら()け始めたようだ」

 

 DIOはその悪の華と呼ぶに相応しき美貌に

邪悪な微笑を浮かべる。

 

「もっと()べてくれ。

深海の底で凍てついたこの私の心に。

君の炎を。君の熱を」

 

 そう言うとDIOは超低温の冷気に覆われた両手を差し出し、

緩やかに構えを執る。

 その構えは、華麗にて美しくそして流絶な力強さを併せ持っていた。

 そしてそれに劣らぬ畏怖も。

 それは、シャナの両手に握られている贄殿遮那と全く同じ戦慄の美。

 否、威圧感だけならソレを上回った。

 

「さあッ! 手合わせ願おうかッッ!!」 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そう叫ぶとDIOはいきなりアスファルトが陥没するほど

地面を強く蹴りつけ、一瞬でシャナの眼前に迫った。

 

「!!」

 

 

 

 

 

 

「UUUUUUUURYYYYYYYYYYYY――――――――――ッッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 周囲のビルのガラスに罅が走るような狂声を上げながら、

シャナの黒衣を纏った躰に向け凍った掌で()き手の連打を繰り出してくる。

 着痩せして見えるその細身の躯からは想像もつかない、

途轍もない怪力の籠もった撃ち込み。

 だが、「砕く」 事を目的とした動作ではない、

明らかに 「掴む」 事を念頭に()いた撃ち方だ。

 どこでもいいからシャナの(からだ)の一部を掴み、

先刻の冷気で全身を凍りつかせる為に。

 

「ッッくぅ!」

 

 素早く複雑な軌道を描く精密な足(さば)きで、

シャナはその躰を高速で反転させながら

DIOの暴風のような撃ち込みをなんとか(かわ)す。

 だが、同時に舞い上がる黒衣の裾にまで気を配らなければならないので

避けづらい事この上ない。

 

「クハハハハハハハハハハハハハハハハ!! 

どうした! どうしたぁぁ!! 自慢の炎は出さんのかッ! 

逃げてばかりでは永遠にこの私には勝てんぞ!!

もっと私を(たの)しませろッ!

UUUUUUUUREEEEEEYYYYYYYYYYYYY――――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」 

 

 更に、DIOの心理状態が微塵も読めないので

次の攻撃が全く予測出来なかった。 

 紳士然としていたかと思うと、

いきなり何の脈絡もなく狂戦士のような風貌に変わる。

 こんな異常な心理を持つタイプには、

今まで遭遇した事はない。

 

「こ、この! 誰が逃げてなんか!」 

 

 負けず嫌いの性格故に思わず声が口をついて出るが、

でも確かにDIOの言うとおりだった。

 しかし攻撃は出来ない。

 どんなに鋭い斬撃を放ったとしても、

この男は躊躇せずにまたソレを掴んで

そこから冷気を送り込んでくるだろう。

『浄化の炎』 があるにはあるが、同じ手が二度通用するとは想えない。

 それに次は、恐らく胸元のアラストールの方が先に凍らされる。

 しかし、今のままだと防戦一方なので永遠に勝機は訪れない。

 時間を置けば置くほど回避によって神経がどんどん摩耗していき、

最終的には僅かに生まれたその隙から全連撃を一斉に捻じ込まれる。

 

(それ……なら……)

 

 決意の光が灼眼に煌めく。

 ()()()()()()()()()()()()()ッ!

 

「はあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 己が血を流すことを覚悟した、

鋭い猛りがシャナの裡から湧き上がる。 

 

「ッッ!!」

 

 過負荷により神経の電気伝達がショートし、

目の奥で火花が弾けた。

 だが、その甲斐はあった。

 次の瞬間。

 贄殿遮那の刀身全体が、渦巻く紅蓮の炎で覆われていた。

 火炎が刀身を焼き焦がし、発する熱気が周囲の冷気を全て弾き飛ばす。

 すぐさまに横薙ぎの一閃がDIOに向かって放たれた。

 ガギュンッッ!!

 まるで鋼鉄の門扉(もんぴ)に灼熱の破城鎚(はじょうづち)でも撃ち込んだかのような、

異質で異様な斬吼と共に重い手応えが柄を握るシャナの手に跳ね返ってくる。

 

「美しい……コレが……君の生み出す “炎” か。マジシャンズ」

 

 胴体に向けて放たれた炎刃の一撃を、

先刻同様凍った掌で受け止めたDIOは、

炎に照らされた微笑で応える。

 その手の中で、冷気と熱気が音を立てながら互いに弾けていた。 

 炎と氷の(くすぶ)った(もや)が、DIOの内なる火勢を更に煽る。 

 

(いけるッ!)

 

 かなり無理をしたが、シャナのやった事は功を奏した。

 受け止められはしたが、今度は冷気が躰に廻ってこない。

 これでようやく、こちらからも攻撃出来る。  

 

「おまえをッ! 討滅する!! 幽血の統世王ッッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 シャナは凛々しく激しい瞳で眼前のDIOを鋭く射抜いた。

 湧き上がる熱気と共にその全身が火の粉を撒く。

 

「フッ……」

 

 DIOは、精神の高揚で牙が飛び出した

口元に笑みを浮かべると

大刀を掴んだ手を高速で振り払った。

 怪力によって飛ばされたシャナは、

空中で軽やかに体を返し着地する。

 

「やあああああああぁぁぁぁぁッッッッッてみろおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!

青ちょびた(ツラ)小娘(ガキ)があああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッッッ!!!!!!」

 

 理性の仮面が完全に破壊され、

この世のどんな暗黒よりもドス黒い

本性を剥き出しにした邪悪の化身。

 DIOは。

 凍りついた両腕を広げ、殺戮の歓喜に身を震わせながら

シャナに向かって狂叫(さけ)んだ。

 

 

←To Be Continued……

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 





はいどうもこんにちは。
まだ『序盤』なのでDIOサマの御尊顔は拝謁出来ません。
やはりDIOサマは終盤まで()()()()()()()
ミステリアスで良いですね。

『挿絵』はようやく最近、「刀」や「アクセサリ」など
付けられるようになったので、
その内過去の「画像」を変えるかも知れません。
まぁ【絵柄の変化】というのは『ジョジョ』では
よくあるコトなので、ソコも忠実にヤっているのです( ̄ー ̄)v
ソレでは(≧▽≦)ノシ


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『闇夜の血闘 紅の魔術師VS幽血の統世王Ⅱ ~All Dead~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 シャナは、刹那に戦闘の思考を開始し撃つべき術を展開した。

 

「はぁッッ!!」

 

 刺突の構えで足裏を爆散させ、紅蓮の炎に覆われた刃で

真正面から高速でDIOに向けて突貫する。

 

「マヌケがッ!! そんなねむっちまいそうなスッとろい動きで!

このDIOが倒せるかァァァァァ―――――――――――!!」

 

 邪悪な声で猛りながらDIOは距離、スピード、タイミング共に完璧な、

芸術的とも呼べる神速のクロス・カウンターをシャナの顔面に向けて撃ち出す。

 

「UUUUUUUUUUURYAAAAAAAAAAA―――――――ッッ!!」

 

 全体重を乗せた輝く氷拳が命中する寸前に、

シャナは身体を捻って突進する力の矛先を換え

唸りを上げて迫る一撃を躱した。

 

「ッッ!!」

 

 躰の前を、冷気の塊が弧を描き狂暴な速度で駆け抜けていく。

 余波で、黒衣に白い結晶が張り付いた。

 

「やあぁぁぁぁッッ!!」

 

 そのまま勢いを殺さずに体幹を軸にして中空で躰を反転させたシャナは、

生まれた遠心力で周囲の空気を巻き込みながらDIOの後頭部に向けて

渦旋(かせん)の一撃を振り放った。

 

「フンッ!」

 

 DIOはソレを鼻で笑うとガゼルのように素早く膝を落とし、

ボクシングのダッキングの要領でその一撃を交わす。

 相当訓練された動きらしく一切のムラがなく、空間にブレた残像が映った。

 着地とほぼ同時にシャナは贄殿遮那を黒衣の内側に押し込むと

片膝を落として居合いの構えを執り、

宛ら抜刀術の如く黒衣の裡から真紅の一撃を繰り出した。

 

「せぇいッッ!!」

 

「無駄無駄無駄ァァァァァァァァァ!!」

 

 DIOは余裕の表情を崩さず上体だけを逸らした

スウェーバックで空間を疾走する紅蓮の刃を避けた。

 刹那に駆け抜けた刀身が、ガオッと炎の軌跡を空間に描く。

 しかしシャナは既にその動きを読んでいた。

 空を斬った刀身が、軽やかに反転した手首の動きで再び戻ってくる。

 その軌道は完全にDIOの死角。

 狙いは最初からこの一撃。

『十字斬り』

 しかしその刀身は、DIOの肩口に呑み込まれる寸前でピタリと止まった。

 DIOが凍った指先で紅蓮の刃を受け止めている。

 その指の隙間で熱気と冷気が輝きながら互いに(くすぶ)っていた。

 

「無駄だ」

 

 刃には視線を送らず傲慢な笑みを浮かべてDIOはまっすぐ自分を見ていた。

 直感で見切ったとは想えない。

 おそらくDIOにそうしたように、自分の動きもまた読まれていたのだろう。

 刀身に冷気を送り込まれる前にシャナは刃を回転させて振り解き、

再びバックステップで距離を取った。

 

(小細工は通用しないか。流石に 『統世王』 の真名()は伊達じゃないわね。

力もスゴイけど、頭のキレが半端じゃないわ。

“狡猾” が服着て歩ってるようなヤツと

知恵比べで勝負するのは得策じゃない。なら、)

 

 炎刃と化した贄殿遮那を握る手に力が籠もる。

 

(出たとこ勝負ッ!)

 

 シャナは構えを解き、静かにそして悠然とDIOに向かって歩を進めた。

 全身から立ち上る炎の燐光が空間を灼き焦がす。

 

「ほう? 向かってくるのか? 炎を遠隔操作で撃ち込むことをせずに。

我が流法 『気化冷凍法』 も甘くみられたものだ」

 

 傲然と自分を見下ろすDIOにシャナは堂々と返す。

 

「仕方がないわ。近づかなきゃおまえを討滅出来ないから。

視界が悪いのよ、この辺りの建物。

着弾の炎幕に紛れて逃げられても困るしね」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 地の利がありながら敢えてソレを捨て、

わざわざ相手の射程距離に飛び込む。

 よほどの愚者か力に自信のある者しか撃てない(すべ)

 

「フン、なら十分近づくがよい」

 

 そう言うとDIOは白い冷気の立ち上る指先で手招きし、

自分もシャナに向かって邪悪のオーラが生み出す

ドス黒いプレッシャーを放ちながら歩み寄った。

 シャナとDIO。

 両者の放つ巨大なプレッシャーによって

封絶に囲まれた紅い空間が歪み始める。

 

 

 

 

 

 

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!

 ドドドドドドドドドドドドドドドドドド!!!!

 

 

 

 

 

 シャナの黒衣の裾が靡く衣擦(きぬず)れの音。

 DIOの耳飾りが揺れる金属音。

 その音が互いの耳に届き、そして両者の射程距離にまで間合いが詰まる。

 その刹那。

 

「ッッシィィッッ!!」

 

「WOOOOORYAAAAAAAAA―――――――――――!!!!」

 

 交差した両腕から繰り出された、

上半身の廻転運動のみによって放たれた右払いの一閃。

 身体を覆う黒衣を利用した為、

予備動作が完全に消えた虚空の一撃とほぼ同時に、

激しい叫声と共に軸足で足下のコンクリートを

ドリルのように抉り、テコの原理で跳ね上がった脚から

繰り出されたDIOの狂速の廻し蹴りが

シャナに向けて撃ち出された。

 捲き起こる、真空の渦。

 シャナ、DIO、両者の攻撃は共に空を斬る。

 しかし威力で勝ったDIOの廻し蹴りによって巻き起こった旋風により、

シャナの黒衣が音を立てて引き裂かれた。 

 余波で間合いの空気が、一方は切り裂かれ一方は爆散する。

 千切れた黒衣の切れ端が、シャナとDIOの眼前で舞い踊った。

 

「ククク、予備動作(モーション)を消しても、

殺気を消さなければなんの意味もないぞ? マジシャンズ。

貴様の気配は100㎞先からでも察知出来るほど強烈なモノだ。

その身に宿る巨大な存在故に、今までお前は多くの敵に勝利してきたのだろうが、

同時にまた()()()()このDIOに攻撃を当てる事が出来ない。

フフフ、まさに長所と短所は表裏一体。ままならぬものよ」

 

 DIOは目を閉じて腕を組み、不敵な笑みを浮かべて言った。

 

「講義は終わり? 

100年も海の底で、会話に飢えてるのは解るけど。

あいにくおまえの話し相手になる気も暇もないわ」

 

 感情を込めずにシャナが返すと、

DIOは目を開き険難な瞳でこちらを見つめる。

 

「フン、口の減らない小娘だ。いいだろう。

くだらん挑発に乗ってやるとしようかぁぁぁッッ!!」

 

 DIOは再び残虐な笑みを口元に浮かべると、

氷拳の冷撃を左右ほぼ同時にシャナに向けて繰り出した。

 

()()()きたッ!)

 

 シャナはその拳に向けて全く同じ速度の斬撃を放つ。

 

「はあぁぁッ!!」

 

 ガギュゥゥゥッッ!!

 

 高速で正面衝突した炎刃と氷拳は、

煌めく燐光を伴いながら互いに弾け飛ぶ。

 

「フッ!」

 

 シャナは空気を一息吸い込むと、

呼吸を止める為に口元をきつく結ぶ。

 

「どこを見ているッ! マジシャンズ!! KUUUUUAAAAAAAA!!

 

 奇声を発しながらDIOが、

シャナに向けてその華奢な躰の全急所を狙った

無数の冷撃を一斉に撃ち出した。

 

(コレから先はッ! もう息を吸わない! 

アイツを八つ裂きにしてその身が灰燼と化すまで!

もう私は決して止まらないッッ!!)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 胸に強くそう誓うとシャナは視界に存在する

全てを斬り裂くが如く、瞬速の斬撃を繰り出した。

 

 ズァァァギュゥゥゥゥゥッッッ!!!

 

 再び超高温と超低温の連撃が高速で正面衝突し、

DIOの放った冷撃が紅く輝く無数の閃光によって弾き飛ばされる。

 シャナはその事実を認識する間もなく視界に存る全ての存在に向けて、

斬鬼の如く縦横無尽に炎の斬撃を撃ち出した。

 

「せやあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 鋭い掛け声と共に袈裟斬り、逆袈裟、右薙ぎ、左払い、

更に正面斬り、半面斬りとありとあらゆる斬撃技が

凄まじい速度で繰り出される。

 DIOはその、ありとあらゆる角度から自分に迫る

紅い斬閃を目の前に余裕の表情を崩さずに応えた。

 

「フン、連打(ラッシュ)の速さ比べか? 無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァ!!」

 

 そう叫ぶとDIOも同じく無数の打撃技からなる、

氷拳の連撃を全身から射出した。

 目の前で星の数ほどの炎撃と冷撃がブツかり合い、

光を放って対消滅を引き起こす。 

 シャナは視点をDIOの眼に固定したまま

腕からはやや意識を逸らし、己の身体能力のみに全てを委ねた。

 

(防御は、考えないッ! 

目の前に存在する全てを斬る事が出来るなら必要ない!!

思考と視界の死角を突いてこようとも関係ない!!

()()()()()()()!! なにもかも斬り倒すッッ!!)

 

 回転が上がるに連れ、少女の撃ち出す斬撃は歯車的に加速していく。

 灼眼が煌めき、無呼吸で繰り出される数多の真紅の斬撃が、

空間で爆裂炎上した。

 DIOの悪魔の瞳にも暗黒の光が宿り、

氷拳の冷撃が空間を彷徨う死霊のように

狂った速度で跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)する。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

UUUUUUUURRRRRRRRRRYYYYYYYYYYYYYY!!!!

 

 シャナはその勇ましき喊声(かんせい)で、DIOはその狂った叫声で、互いに猛る。

 紅い斬撃と蒼い打撃が目の前で無数に何度も何度も何度も弾け、

炎刃と氷拳のキラメキが空間に散華する。

 炎と氷(ファイアーアンドアイス)

 かつて、ジョナサン・ジョースターとディオ・ブランドー、

両者の間に同じような壮絶な戦いが繰り広げられた。

 それが、いま、100年の時を経てここで再現される。

 

(くうッ! ここまでついてくるなんてッ! 

予測じゃもう()()()()5、6発は入ってるはずなのに!!)

 

 スピードには絶対の自信を持っていた事と、

接近しての乱撃戦なら小廻りの利く自分の方が有利だという

戦術が外れた事に、シャナは焦れる。

 

「ククククククク、どうした? 顔色が悪いぞ? マジシャンズッ!

どうやら無呼吸で連打を繰り出せる時間はそんなに長くないようだな!

時間は後どれだけ残っている? 3分か? それとも1分かッ! 」

 

 冷静に状況を分析しながらも口元にサディスティックな笑みを浮かべ、

DIOは真正面から見下ろすようにしてシャナを睨め付ける。

 

「実に残念だ! こんなに楽しい時間がもう終わっちまうとはなッ!」

 

 そう言いながらもDIOの連撃の速度は一向に緩まない。

 それどころか冷撃の手数は増える一方だった。 

 

(クッ……! こ、の……! うるさいうるさいうるさいッッ!!)

 

 シャナは心の中でそう毒づいた。

 だが、確かに残された時間は少ない。

 1分どころか持って後30秒といった所だ。

 だがシャナはそのDIOのプレッシャーに気圧される事なく、

その悪魔の瞳を凛々しい瞳で睨み返した。

(でも、おまえは気づいてない。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それはただの陽動(カモフラージュ)ッ!)

 

 シャナの黒衣の袖口から、火の粉が幾筋も

“贄殿遮那”の柄を伝い刀身内部に向かって延びていた。

 

(私は、今、この瞬間も炎を編み込んで贄殿遮那の中に送り込んでる。

ソレは、内部で凝縮を繰り返しながら高密度で貯蔵されてる。

もう、おまえの全身を焼き尽くす位の力は溜まってるはず。

その炎の塊をおまえの体内に送り込んで一気に 【爆裂】 させれば、)

 

 DIOの瞳を見つめる灼眼が鋭く煌めいた。

 

(その時が! おまえの最後ッ!)

 

 シャナは左手を前に差しだし素早く貫突の構えを執ると、

渾身の力を込めて柄を起点に刀身を規則的に回転させた

螺旋の貫突をDIOに向けて射ち出した。

 

「りゃあああああああああああああああああッッ!!」

 

 紅い螺旋の炎刃が、周囲の空気を攪拌(かくはん)しながらDIOに迫る。

 目を慣らさせない為に敢えて斬撃技だけで

連打を行っていたのは全てこの一撃の為だった。

 

「無駄だああああああァァァァァッッ!!」

 

 DIOは凍った掌で真正面からその一撃を受け止める。

 弾丸のように回転しマズルフラッシュを放つ紅い刃が、

鋼鉄のような質感の手の肉を抉り、

やがて刃先が甲側から皮膚を突き破って飛び出した。

 DIOは空洞の開いた右手でそのまま刀身を掴む。

 贄殿遮那はそこで螺旋と前突の動きを封じられ停止した。 

 

(そんな事は予測の範囲内! 

どこだろうがおまえの身体に()()()()()()()()

ソレで構わないッ!)

 

 シャナは贄殿遮那の内部に宿っていた炎の塊を全て、

一気に圧縮してDIOの手の傷口から一斉に流し込んだ。

 

「はああああああああああッッ!!」 

 

 

 

 ギュァァッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 

 

 猛りと共に紅蓮の炎が、DIOの腕の中で

激しく渦巻いて凍った皮膚と肉を引き裂き、

龍のように暴れ廻りながら腕を伝って

胴体の方へと駆け昇っていく。

 

「弾けろッッ!!」

 

 シャナは先鋭に構えた指先でDIOを突き刺し、

凛々しい瞳でその悪魔の光彩を射抜いた。

 

「UREEEEEEEEEEYYYYYYYYYYYY!!!!」

 

 DIOは、腕を昇ってくる炎に向かって叫声をあげた。 

 だが、意外。

 絶望の表情を浮かべると思いきや、

DIOは口元をより邪悪に歪ませて(わら)った。

 まるで目の前の状況を愉しんでいるかのように。

 

「くだらんッッ!!  貧弱!!  貧弱!! 貧弱!! 貧弱!! 貧弱!! 貧弱!!

貧弱ゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!!!!」

 

 その邪悪なる咆吼と同時に突如、

贄殿遮那を掴んでいたDIOの手が蒼い光を放ち、

そこを起点に冷気が拡散してDIOの右腕全体を

ダイヤモンドのような輝度で瞬く間に凍てつかせる。

 DIOの身体を狂暴な速度で駆け昇っていた紅蓮の炎渦は、

その蒼い冷気によって一瞬で凍りつき、

刹那の形も(とど)めず粉微塵になって消し飛んだ。

 砕け散った炎の飛沫が、空間を靡き冷気の余波で吹き飛ばされる。

 

「う……そ……」

 

 想定外の事態に、余りにも平凡な言葉がシャナの口から漏れた。

 認識するには目の前の出来事はあまりに現実感がなく、

まるで夢を見ているようだった。

 シャナの鋭敏な頭脳により、

綿密な計算と緻密な構成の元に構築された戦術は

皮肉にもパワーという実に単純な、

しかし圧倒的な一撃の前に脆くも崩れ去った。 

 

(さか)しいだけの小娘がッッ!! 貴様の青ちょびた炎などそんなものッッ!!」

 

 邪悪に猛るDIOの、その刃に貫かれた手から発せられる絶対零度の冷気によって、

贄殿遮那を覆っていた紅蓮の炎も全てまとめて跡形もなく消し飛ぶ。

 

 

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!」

 

 

 

 勝ち誇った表情でDIOは嗤い、サディスティックに

猛りながらシャナの精神を蹂躙した。

 

「トドメだッッ!!」

 

 DIOはもうシャナに興味を失ったのか、

その視線を目の前の小さな影に送る事はなかった。

 蒼く輝く冷気が刀身を掴んだ右手に集束していく。

 その光が、死のキラメキが、

紅世の彼方まで浮遊していたシャナの意識を

無理矢理現実世界へと引き戻した。

 

(アレを……をやるしかない……)

 

 即座に覚悟を決めたシャナの炎髪が火の粉を撒き、心の中の絶望を吹き飛ばす。

 

()()()! やるしかないッッ!!)

 

 灼眼に決意の炎が再び燃え上がった。

 

←To Be Continued……

 

 

https://www.youtube.com/watch?v=en8A1SI-zu4

 

 

 

 

 

 









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『闇夜の血闘 紅の魔術師VS幽血の統世王Ⅲ ~World's End~ 』

 

【1】

 

「はあああああああああッッ!!」

 

 掛け声に合わせ紅い双眸が一際強く煌めく。

 DIOは刀身を凍りつかせていた冷気を一時止め、

再びシャナに視線を戻した。

口元により、サディスティックな微笑を浮かべながら。

 悪足掻きをするならば、

敢えてそれを実行させ粉々に踏み砕き、

そしてその苦痛と苦悶と絶望の果てに

地獄へと叩き堕とす。

 ソレが殺戮の快楽、狂気の愉悦。

 シャナはこれから払う“代償”の為に

奥歯をギリッと噛みしめた。

 

「……ッッ!!」」

 

 身を掘削するような痛みと共に、

シャナの全身から湧き出した真紅の存在力。

 それがまるで、鮮血のように艶めかしく腕へと伝い

前方に突き出された贄殿遮那の刃の中へと呑み込まれていく。

 そして剣先から紅蓮の火の粉が一挙に捲いて、

一つの流れを形成していった。

 やがて火の粉は宙を舞い前へ前へと膨らんでいく。

膨らむにつれて火の粉の密度は薄れ、

形造るモノの輪郭を立体的に巡った。

 

「!」

 

 突如、シャナとDIOの頭上に、

全長5メートル以上はある巨大な『腕』が出現した。

 鉤爪を指先に尖らす、鎧とも生身ともつかない

フォルムの手の中に同じく巨大な火炎で出来た剣が握られている。

 しかしソレは、「剣」 と云うにはあまりに大き過ぎた。

 大きく、熱く、重く、そして凄絶に過ぎた。

 ソレはまさに “熱塊” だった。

 

「……」 

 

 DIOは呆気に取られたような表情で、

巨大な炎で形造られたその腕と剣とを

剣呑な瞳で見つめていた。

 その事により意識は完全にシャナから逸れた、

というより身を犠牲にして放った

シャナの炎絶儀の方に興味が移ったという方が正しい。

 そし、て。

 

「そううううううりゃあああああああああああ――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 シャナの激しい喊声と共に、その炎の巨腕が唸りを上げて動き、

紅蓮の大剣がDIOに向かって断頭台のように振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 ガギャンンンッッッッ!!!! 

 

 

 

 

 

 その巨大なる炎刃により

贄殿遮那を掴んでいたDIOの蒼く輝く右腕が、

鋼を斬り裂いたような音を立てて真っ二つに両断される。

 空間を紅蓮の軌跡が、渦を巻いて踊り狂った。

 ソレと同時に、その巨大な紅蓮の(かいな)

多量の火の粉を撒いて空間から掻き消える。 

『気化冷凍法』により体温が極度に低下している為、

炎が身体を廻ってはいかないが、

ともあれシャナは冷気の呪縛からは完全に解放された。

 

「ほう……」

 

 DIOは苦痛の色を全く示さず、

斬られた腕の鏡のように滑らかな切断面を見つめていた。

 高温で傷口が灼かれているので血は一滴も噴き出ない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「だぁぁぁッッ!!」

 

 間髪入れず刀身に残った手を振り飛ばし、

転がりながらDIOの死角に回り込んでいた

シャナは素早く刺突の構えを執り、

足裏を爆散させてその影からDIOに向けて突貫した。

 狙いは、正中線の最上部。

 眉間。

 いくら不死身の化け物で在っても、

脳を破壊されて生きていられる道理はない。

 しかし。 

 その次の刹那、シャナは視ていた。

 眼前の変異を。 

『フレイムヘイズ』 “炎髪灼眼の討ち手”として

驚異的に研ぎ澄まされた少女の動体視力は、

その様子をディスクのスローモーションのように

精密に捉えていた。

 DIOの斬られた腕の切断面。 

 その中心、骨の部分がいきなり延び

硬質な感覚を伴いながら一瞬で指先まで再生すると、

すぐにその周りへ神経の束が絡みつき

さらに血管と筋繊維とが後を追う。

その上を真新しい皮膚が覆うまで1秒も掛からなかった。

 秒速で完全再生されたDIOの濡れた右腕が、

空気を切り裂いて前方に突貫するシャナに向けて突き出される。

 

()()()()ッ!)

 

「無駄ァァァァァッッ!!」

 

 邪悪な笑みを浮かべ突き出されたDIOの、

掌の中心がバックリと裂け口の開いた

ソコから超高圧力で噴出された真紅の血が

一気にシャナへと襲い掛かった。

 

「!!」

 

 開いた疵痕がマズルフラッシュを放ち、

反動でDIOの身体はマグナム弾でも

発射したかのように蠕動(ぜんどう)する。

 直感によって咄嗟に身体を左に捻り、

廻転動作により間一髪避けたシャナの脇を

紅い液体がレーザーのように通り過ぎ余波が黒衣を引き裂く。

 その背後で爆音が轟いた。

 

「!?」

 

 シャナの後ろにあった鉄筋コンクリート製のビルが、

一階部分から斜めに切断され、

まるで積み木崩しのように上階部分が滑り落ちていた。

 その(にわか)には信じがたい事実に唖然となったシャナは、

このとき一つのミスを犯していた事に気づいていなかった。

 闇夜の帝王、ヴァンパイアの超絶的な再生能力と攻撃能力とを

目の当たりにしては無理のない事だが、

シャナはこれでDIOの攻撃が終わったと思ってしまった。

 相手が並の“紅世の徒”や『スタンド使い』であったのなら、

その判断は正しかったのかもしれない。

 しかし現在(いま)目の前にいる相手は、紅世の王さえ下僕にする

この地上、否、 ()()最強の魔皇。

『幽血の統世王』

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 DIOは両腕を交差してだらりと下げ前屈の構えを執ると、

その動作で舞い上がった美しい金色の髪がいきなり

爆発増殖するコンピューター・ウィルスのように伸び出した。

 煌めきを放ち生き物のように空間を踊り廻るその髪が、

シャナの腕に、足に、胸に、腰に、首筋に、そして大刀へと絡みつき

空間に小さな躰を拘束する。

 

「な!?」

 

 シャナが驚愕の声を上げる間もなく

その髪から黄金に輝く光がバリバリと音を立てながら発せられ、

髪を通してシャナの身体に流し込まれた。

 

 

 

 

 

『WWWWWWWWWRYYYYYYYYYYYYYY―――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 空間が爆砕するかのような狂声と共に、

髪は強化セラミックに酷似した

滑らかな質感に代わり光の伝導率が増強される。

 

「くああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!!」

 

 躰をバラバラに引き裂かれるような

凄まじい衝撃がシャナの全身を隈無く駆け巡った。

 その間にも黄金の光は輝きを増し続ける。

 やがて光が発する高温に髪自体が耐えられなくなり、

中部分から灼き切れ始めた。

 しかし千切れた髪にも光が滞留しており、

美しく輝く黄金の欠片は衝撃で空中に縛り付けられた

シャナの躰を尚も執拗に蝕んだ。

 まるで高圧電流に感電したかのような凄まじい激痛を、

その素肌に感じながらシャナはビルの残骸の中へと弾き飛ばされた。

 交差した両腕を下げ、前屈の構えのまま星形の痣が刻まれた

首筋を剥き出しにしてアスファルトの上に屹立するDIO。

 身体の周りには、無数の黄金の火花が

バチバチと音を立てながら爆ぜている。

 その 「火花」 の正体は、かつて己を追いつめた

“ジョナサン・ジョースター”の『波紋法』 から学習し、

そしてソレを応用して得た新たな 『能力』 

 人間は、体内に微量ながらも 「電気」 を持つ特性がある。

 DIOはその特性を石仮面によって得た

全ての人間を超越する能力で爆発的に強化し、

属性の違う体内電流を瞬時に生み出すと同時に

変質した髪を通してそれをシャナの躰に叩き込んだのだ。

 攻防一体。超絶の魔技。

 幽血の流法(モード)

邪 揮 深 劾 拷 雷 流(エレクチオン・デプス・オーヴァーロード)

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ぐ、う……」

 

 コンクリートの残骸の上で仰向けに倒れていたシャナは、

倒壊したビルの瓦礫の中からよろよろと力無い動作でその身を起こした。

 大刀を杖のように、瓦礫の上に突いてもたれかかる。

 戦慄の美を流す大太刀、

“贄殿遮那”を手に入れて以来初めての使い方だった。

 

「……」

 

 その少女の胸元で揺れるペンダント、

紅世の王 “天壌の劫火” アラストールは、

道路を挟んで屹立する男の、

その余りにも圧倒的な力に驚愕を禁じ得なかった。

 元は生身の人間で在りながら、

紅世の王さえも下僕に()いたという事実から

その力の強大さは理解していたつもりだったが、

本当に()()()に過ぎなかった事を思い知らされた。

 まさか、ここまで一方的な展開になるとは

想像すらしていなかったのだ。

 

「ま……だ……まだ……」

 

 電流の高熱で焼き焦がされ無数の白い煙が

音を立てながら昇る黒衣の中で、

シャナが譫言(うわごと)のように呟く。

 だがその瞳は闘志を失わずボロボロの身体とは相反して、

遠間で立つ幽鬼のように虚ろで堕天使のように壮絶な

存在感を持つ男を鋭く射抜いていた。

 その男、邪悪の化身DIOは、

両腕を組んだ余裕の表情のまま、

右手の指を哲学者のようにすっと顔前に持ち上げる。

 

 

【挿絵表示】

 

 

()()()()()()()()

いま君の周りを、私の 『スタンド』 が取り囲んでいる。

操作は 【遠隔自動追跡】 になっているから

射程距離に入れば私の意志に関わらず攻撃を仕掛ける。

命が惜しければジッとしていたまえ」

 

 思う様シャナに破壊欲求を吐き出し、

一通り満足したのか口調は貴公子のそれに戻っていた。

 

「!!」

 

 その男の言葉に、シャナは思わず意識を

大刀から逸らし周囲を警戒する。

 最早完全にDIOのペースに呑み込まれていたが、

もうそこまで気を廻す精神的余裕は

砂漠の砂一粒ほども残されてはいなかった。

 シャナは電流に灼かれた全神経を無理矢理フル稼働させて

周囲360度に向けて研ぎ澄ました。

 自分を取り囲む全ての存在を、

五感を総動員して感じ取る。

 背後の瓦礫の質量。封絶の放つ火の香り。

DIOの微かな衣擦れの音。

気流の流れ、空気の淀みまでも全て感じ取れた。 

 だが、()()()()()()()()

 音も聞こえない。気配すら感じない。

 

「ハッタリを!」

 

 一歩踏み出したシャナの脇を、背後を、正面を、足下を、頭上を、

煌めくナニカが通り過ぎた。

 

 

 

 

 

 ドグッッッッッシャアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!

 

 

 

 

 何の脈絡もなく上がった破壊音。

 ソレが自分の躰から発せられたものだと察するまで、

シャナは数秒要した。

 黒衣に覆われた華奢な身体に、

巨大な拳型の刻印が無数に穿たれている。

 全方位から微塵の誤差もなく均等にダメージを与えられた為、

身体は一㎜も動かずその場に縫いつけられた。

 

「あ……」

 

 口元から血が細く伝い、足を支える力が抜けて膝が

アスファルトの上に崩れ落ちる。

 

『WORLD21』……

我がスタンドの 『原型(プロトタイプ)』 とも言える姿だ……

お気に召したかな……? 『亜光速』 のスタンドの動きは……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 耳元で掠れるDIOの声を聞きながら、

シャナはアスファルトの上に倒れた。

 何も、解らなかった。

 感じ取れなかった。

 どこから攻撃されたのか、何をされたのかすら。

 感じたのは、ただ痛みだけ。

 残ったのは、攻撃されたという 「結果」 だけ。

 

(はや)い……なんてもんじゃない……ッ! ()()()()ッッ!!)

 

 絶望的な思考が頭の中で演算されながらもシャナの躰は、

その心を無視して立ち上がろうとしていた。

 戦いの申し子、フレイムヘイズの本能。

 そのシャナの様子を、

DIOは悪魔の微笑を浮かべて満足気に見つめる。

 

「もう止めたまえ。私は君が気に入った。

どうだね? 私と “友達” にならないか?

君にも私と同じ 『永遠の力』 を与えてあげよう。

きっと、今以上に強くなることが出来る――」

 

「フザけるなッ!」

 

 シャナは鋭く叫び悪魔の誘惑を刎ねつけた。

 

「フザけてなどいない。本当の事さ。

()()()()()()()()()()()()()()()

今のスタンド攻撃、まさか本気で撃ったと思っているのか?

それが理解(わか)らない君じゃないだろう? マジシャンズ」

 

 宥めるように優しく、労るように甘い声。

とても、先刻までと同一人物とは想えない。

 

「……く……ッ!」

 

 それは、解っていた。

 露骨に手を抜いていた。

 屈辱感に、怒りが燃え上がる。

 

「っこの、舐めるな……! 痛ッ!?」

 

 そのまま走ろうとしたが、体中を走る激痛に思わず膝をつく。

 穏やかなDIOの声が、再び優しく、

子供に言い聞かせるように耳朶(じだ)を揺らす。 

 

「無理はよくない。これから私に仕える大切な躰だ。

それに君は何か勘違いをしている。

()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

寧ろ敬意を表したい位だ。

私の腕を斬り落とした人間は、

ジョナサン・ジョースター以外では君が初めてだからな」

 

 女神さえも下僕に(かしず)かせるような甘い微笑を口元に浮かべると、

DIOは澄んだ音を響かせながらを拍手をシャナに送った。

 (さなが)ら背徳の残響。

 追いつめられた精神に、

魔薬のような声と魔皇の賛美が同時に響き

一片の容赦もなく心を蕩かす。 

 

「……誰……が……お……まえ……なん……かに……う……ぅ……」

 

 そんな自分自身を呪いながらもシャナは戦闘の思考を止めていなかった。

 

(アイツの『幽波紋(スタンド)』の動きは、悔しいけど見切れない。

今度攻撃されたら終わり。

でも、なら、使()()()()()()()()()

アレだけ疾いならきっと、その 「操作」 も難しい筈。

接近すれば、近距離で使えば自分も攻撃に巻き込まれるから使えない)

 

 シャナは今までで最大の速度で、

DIOの(ふところ)に飛び込もうと足裏に火の粉を集め始めた。

 

(アイツは今、私を格下だと思って油断してる。

構えも解いてる。やるなら今が好機(チャンス)

 

「ほう? 窮地にあっても闘志を失わないその瞳。

我が肉体、かつてのジョナサン・ジョースターにうり二つだ。

実に良い。ますます君が欲しくなった」

 

 DIOは拍手を止めると口元に笑みを浮かべたまま

ゆっくりと両手を前に差しだした。

 

「いいだろう。君には特別に見せてあげよう。我がスタンドの」

 

 DIOの悪魔の瞳がシャナの灼眼を真正面から鋭く射抜く。

 

()()()()を」

 

 その声と共に男の全身から闇夜のオーロラのように立ち昇る、

『無限』 とも想える莫大な量のスタンドパワー。

 

「あ……あ……!」

 

 その黄金の輝きに、シャナは戦闘中という事も忘れて呆然となった。

 自分を追いつめた先刻の「能力」は、

本当に男の言葉通り『原型(プロトタイプ)

その一端にしか過ぎなかったらしい。

 剣技で言えば、実戦では使用しない演武のようなもの。

 今から見せるその力こそ、真の本質。

 だが。

 ソレを見た自分は。

 一体、どうなる?

 

 黄金に輝くスタンドパワーが、やがて意志を持ったように

DIOの両手の間に集束していく。

 もうここまでくると、考えるまでもなくバカでも解った。

 次に繰り出される攻撃は、

今までのうちで最大の速度と最大の強さと

最大の流法(ワザ)で以て繰り出される。

 否。

 ソレはもう、 「攻撃」 などという領域に

留まるモノではないのかもしれない。 

 黄金に輝くスタンドパワーがやがて

手の中に一つの(ヴィジョン)を創り出した。

 その中に映った、モノ。

 その(ヴィジョン)は。

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

 

 

 

 

 この世界の、根源。

 全ての根源。

 数多の銀河と夥しい星雲から構成される。

『宇宙』

 

 

 

 

 DIOの背後に、一切の過程を消し飛ばして

巨大なスタンドのフォルムがいきなり現れた。

 そして。 

 その両腕が、高々と天空に向けて押し拡げられる。

 

「…………よ…………れ………………」

 

「逃げろオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ――――――――――――!!!!!!!!!」

 

 アラストールの渾心の叫びに、

そのDIOの言葉は掻き消された。

 そしてアラストールが叫ぶよりも「前」に、

シャナは足裏を爆散させて高速で宙に飛び去っていた。

 ビルの壁面を蹴り、眼下に輝くネオンを抜け、そして封絶を突き破る。 

 最早、()()()等とは考えなかった。

 ただただ逃げ切る事のみを考えていた。

 誇り高きフレイムヘイズにとって、

討滅すべき相手に背を向けて逃げる等という行為は

文字通り死にも匹敵する 『屈辱』 だった。

 事実シャナは、己が使命を果たす為なら死をも厭わないという

高潔な覚悟をその身に秘めて、今日まで戦ってきた。 

 しかし、今は、()()()()()()()()()

シャナの心を支配していた。

 

 

 

 太古より、全ての人間を蝕み続けてきた、

心の深奥に巣喰う根治不能の病魔。

 誇りを、尊厳を、死すらも凌駕する精神の暗黒。

 その名は、【恐怖】

 

 

 

 シャナは視界に存在する全てのものを

がむしゃらに足場にしてDIOから距離を取る。

 その胸元で、アラストールがようやく口を開いた。

 

「我は……我は今まで……

戦いに【恐怖】 というものを感じた事がなかった……

これが……これが 【恐怖】 なのか……? 

()()()……ッ!」

 

 紅世の王、天壌の劫火の胸の内に

感嘆にも似た感情が走る。

 

「……彼の者の力……決して侮っていたわけではないが……

お前に討滅出来ぬわけでもないと思っていたのも、また事実だ……

まさか……まさかアレ程とは……

赦せ……あのような者の前に、お前を立たせてしまうとは……

出会っては、ならなかったのだ……!

今は……まだ……ッ!」

 

 アラストールは悔恨を滲ませて、シャナに云う。

 

「いいの……アラストールの所為じゃない……」

 

 寒いわけでもないのに震える全身を黒衣で抑えながら、

シャナは言った。

 

「それに、解った……

今のままじゃ……アイツに勝てない……

それにアイツ……()()()()()()()()()()()()()……

猫が鼠を食べる前に甚振(いたぶ)るように……遊んでた……

今こうして生きてるのが……不思議な位……」

 

 勝てない。

 解らないけど、あの 『光』 の前では、

何をやっても全て通用しない。

 そう、何もかも。

天破壌砕(てんぱじょうさい)”さえも。

 

「あの 『光』 の本質が、何で在るのか想像もつかぬが……

力の是非などと云う、些末なものでない事は確かであるようだ……

仮に我が “顕現(けんげん)” したとして、果たして通用するか否か……

それだけの畏怖を感じた……」

 

 DIOのスタンド能力。

世界(ザ・ワールド) の本質を、

この時二人はまだ理解していなかった。

 が、シャナ、アラストール両者の考えは、

偶然かそれとも運命か、

その一面を正鵠に捉えていた。

 そして。

 ()()()()()()()()()()()()()()()という絶望も、また。

 生命(いのち)がいずれ尽きるように、どんな強大な力も、

(たと)え天を割り、地を引き裂く力だったしても、

()()()()()()()()()()()()()()()()という事を。

 

「……」

 

 シャナの眼下で、ニューヨ-クの夜景が輝いていた。

 先刻数㎞先で起こった悪夢など、意に介さぬといったように。

 諦めたのか、それともいつでも捕らえる事が出来るという自信なのか、

DIOはシャナを追ってはこなかった。 

 ビルの壁面を足場にしながら天空を駆けるシャナの眼前に、

夜空を切り刻むようにしてそびえ立つ摩天楼が迫る。

 そのハレーションが全身を白く照らした。

 シャナはそこで、初めて後ろを振り返った。

 

「アラストール!」

 

「むぅっ……!」

 

 背後で。

 人間の目には見えない黄金の光が、

紅い封絶から月に向かって立ち昇っていた。

 その圧倒的な存在感により、

大地から月にかけて『黄金の階段』が出来たようだった。

 それを行っているのは云うまでもなく、アノ『男』だ。

 この世界全ての存在に、自分の力を誇示する為に。 

 

 

 

 

 

 

 

世界の頂点に立つ者は、ただ一人。

 

そして、ほんの僅かな恐怖をも持たぬ者。

 

『運命の半身』とも言うべき、この世で最も憎み、最も愛する者の肉体を手に入れ。

 

 この世ならざる力の中でも最強の能力を手中にした『男』に、最早不可能はない。

 

そして、それを止める事が出来る者も、また。

 

それが出来るのは。

 

DIO自身か、或いは全くの同じ『次元』の存在だけだ。
  

 

 

 

 

 

 

 

 シャナはエンパイアーステートビル

最上部のアンテナを強く蹴りつけ、

紅蓮の火の粉を撒きながら

煌めく星空の海へと舞い上がった。

 紅いシルエットに、一迅の流星が折り重なる。

 その少女の背後で。

 黄金の光は。

 ただ、月へと向かって立ち昇っていた。

 静かに、音もなく。

 世界の終焉を告げる篝火(かがりび)のように――。

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

『DIO(幽血の統世王)』

 

幽波紋(スタンド)

●不明 

 

原型(プロトタイプ)

●WORLD21

破壊力-A スピード-A 射程距離-B

持続力-B 精密動作性-B 成長性-A

能力-DIOのスタンドの(ひな)型とも言える存在。射程距離は20~30メートル。

領域に入り込んだ異質な存在を亜光速で 「自動追跡」 し無差別に攻撃する。

弱点は命令に忠実過ぎる為、接近されると本体も攻撃に巻き込まれる事。

 

流法(モード)』-「幽血(吸血鬼のEXTRACT(エキス)によって変質した血液)」

●気化冷凍法

=己の肉体を自在に操れる吸血鬼の能力により、体表の水分を気化させ瞬時に凍らせる。

自分以外の生物も触れた状態なら気化させ凍りつかせる事が出来る。

 

空 烈 眼 刺 驚(スペース・リパー・スティンギー・アイズ)

=体液を圧縮し眼から高圧力で噴出する。厚さ30㎜の鋼板を貫通する威力がある。

融合したジョナサン・ジョースターの肉体の影響で、

手や足などの身体の末端部分からも射出する事が可能となった。

 

邪 揮 深 劾 拷 雷 流(エレクチオン・デプス・オーヴァーロード)

=体内で造り出した数十万ボルトの電流を、

変質させた髪などを通して相手の身体に流し込む。

 本来は「波紋法」と同じく打撃を介して撃ち込む技。

『気化冷凍法』 を使った状態で繰り出すと、

“超電導状態” を引き起こす事が出来る為、

更に威力が爆発的に増大する。

 

 

 殺害討滅共に、現時点では不可能。

 完全無敵。

 君臨――。

 

 

←To Be Continued……

 



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『VERMILION&PLATINUM DANCE』

 

 

 

 

【1】

 

 部屋に、重い沈黙の(とばり)が舞い降りた。

 アラストールの言葉を通して語られた、

DIOの途轍もない存在に全員が感応し、

その場にいた全ての者が言葉を閉ざすこと以外を余儀なくされる。

 その重苦しい沈黙の中、ようやくジョセフが口を開く。

 

「あの日……君がズタボロの姿で帰ってきた夜……

()()()()()()()()()()

強敵だとは言っていたが、

その相手がまさかあの、『DIO』だったとは……」

 

 動揺を隠せぬ表情で、脇にいるシャナを見るジョセフ。

 

「すまぬな、盟友(とも)よ。

隠すつもりはなかったのだが、

機が来るまで黙って置いた方が良いと我が言ったのだ。

もし真実を知れば、

(ぬし)の性格上すぐさまに屋敷を飛び出し、

彼の者に挑み掛かって行きかねんのでな」

 

「む、う……そ、それは」

 

 違うと否定したかったが、

確かにアノ時「本当の事」を聞かされていたら

果たして自分を抑える事が出来たかどうかは正直自信がない。

 何しろ『波紋使い』ではない普通の人間である妻のスージーですら、

惨たらしく傷ついたシャナの姿に動転し、

“次からは私も一緒に付いていくッ!”

と言って聞かなかったのだから。

 

「……」

 

 承太郎は、鋭い眼光で

シャナの胸元のアラストールを見つめていた。

 

「なるほどな。

この空条 承太郎に喧嘩を吹っ掛けてくるだけあって、

なかなかヤりやがるみてーだな。

その、DIOのヤローはよ」

 

 取りようによっては傲慢とも受け取れる承太郎の言葉に、

いつもならここでシャナのツッコミが入る所だが

今少女に彼の言葉は届いていなかった。

 

(逃げた……私は……()()()……ッ!)

 

『屈辱』 が胸の内に甦り、全身が己に対する怒りで燃え上がる。

 

(アラストールの “フレイムヘイズ” で在るはずの……この私が……!)

 

 肩を震わせるそのシャナの心情を敏感に察知したジョセフが、

小刻みに揺れるその小さな肩に、そっと自分の右手を乗せた。

 

「……ッ!」

 

 いつもの凛々しさは影を潜め、

シャナは今にも泣き出しそうな瞳でジョセフを見る。

 その視線を黙って受け止め、

ジョセフは静かに穏やかに、そして優しく言った。

 

「シャナ? 逃げた事を恥じる必要は、全くない」

 

 顔に刻まれた、巨木の年輪を想わせる

深い皺の数に裏打ちされた、威厳のある声。

 

「ワシもかつて、若き頃。

『神』に匹敵する絶大な力を手に入れた

【究極生物】と戦わねばならなかった時、最初は逃げた。

相手の正体も解らない、能力も解らないでは勝機はゼロに等しいからな」

 

 そう言うとジョセフは突然何かを思い出すように

顎髭に手を当て、そして少し俯いた。

 そのまましばらくしてその顔を上げると、

 

「 “人間の偉大さは恐怖に耐える誇り高き姿にある” 」

 

と一息に言った。

 

「ッ!?」

 

 言われたシャナはキョトンとなる。

 

「ギリシアの史家、プルタルコスの言葉だ。

古き 『戦友』 の受け売りだがな」

 

 そう言うとジョセフは

少しだけ淋しそうな表情をその顔に浮かべ、

自嘲気味に笑う。

「その男」 は、もうこの世界にはいない。

 今は、此処(ここ)とは違う別の世界で、

 

“JOJOのヤロー、オレのセリフでカッコつけやがって”

 

とでも言っているのだろう。

 

「君は、 「恐怖」 を知った。

あとはそれを乗り越え、『成長』 に変えていけば良い。

それが()()()という事だ。

ワシも “アイツ” も、そうやって強くなっていった」

 

「アイツ?」

 

 その質問に、ジョセフは穏やかな微笑だけで応じた。

 その瞳には、微かに切なげな色があった。

 もし “アイツ” が現在(いま)()()()()()()()()()()()

果たして一体、何と言っただろうか?

 

 

 

“マンマミヤー! 可愛らしいお嬢さん! 貴女(アナタ)が御無事で本当に良かったッ!

御安心ください! この私が全力で貴女を御護(おまも)り致します!!”

 

 

 

 

 とでも、言ったのだろうか?

 もっと共に生きていたかった。

 喩え一分でも、 一秒でも。

 同じ 『宿命』 を背負う者として共に切磋琢磨し、

辛い時も苦しい時も、互いの存在が自分を支えてくれた、

本当の “親友” だったから。

 互いが互いの、『誇り』 そのものだったから。

 自分の家族を、見せてやりたかった。

 自分の孫を、逢わせてやりたかった。

 そして。

 最近出来た、紅い髪と瞳を持つ、

誇り高く心底負けず嫌いなもう一人の()も。

 そのもう一人に、ジョセフは優しい口調で言い聞かせるように告げる。

 

「大丈夫じゃ。君ならその 「経験」 を(かて)に、

今よりもっと強く『成長』 する事が出来る。

このワシが保証するよ」

 

 目の前の少女、その小さな姿に何故か、

かつて偉大なる 『風の戦士』 に啖呵(たんか)を切った、

若き日の自分が折り重なった。

 

(乗り、越える? 成、長?)

 

 身体の 『生長』 が止まったフレイムヘイズで在る自分には、

いまいちピンとこない話だった。 

 だが、奇妙な説得力が実感としてあった。

 その自分の心情を知ってか知らずかジョセフは、

春の陽光のような優しい微笑みを向けてくる。

 

「得体の知れぬ、それも “アノ男” を相手に、

よくたった一人で孤独に闘ったと思うよ。

その小さな躰でな。

シャナ。ワシは君を誇りに想う」

 

「……ッ!」

 

 ジョセフのその穏やかな言葉に、

シャナは何故か目頭が熱くなった。

 反射的に俯いて目蓋の裏に力を込める。

 自分も含めて、今まで逃げた事を(ののし)るフレイムヘイズはいても、

褒めてくれる者など決して誰もいなかった。

 そしてそれは、当たり前の事だと思っていた。

 今でもそう思っている。

 では、なんなのだろう?

 いま心の中を流れる、この温かな気持ちは?

 

「ッ!」

 

 不意に、頭の上に熱を感じた。

 空条 承太郎が、自分の頭にポンッと手を置いていた。

 そして。

 

「良かったじゃあねーか。死なずにすんでよ」

 

 (くだん)の剣呑な瞳で自分を見つめながら、彼は静かにそう言った。

 ぶっきらぼうな言い方だが、手の平から伝わる熱からは

本当に自分の身を労り、無事を喜んでくれているのが感じ取れた。

 感情を無闇に表現しないという性格は、

同時に己の感情を偽らないという事にも繋がる。

 

 苦しんできた者には、慈悲を。

 傷ついてきた者には、慈愛を。

 差し伸べずにはいられない。

 例えそれが、終わりのない 『悲劇』 の始まりだったとしても。

 何度も。何度でも――。 

 それが、ジョースターの血統の者。

 それが、何百年にも渡り受け継がれてきた 『黄金の精神』

 

「ヤローの腕一本ブッた斬ったんだろ? 

なかなか大したもんだぜ」

 

 変わらぬ静かなトーンで再び承太郎は言った。 

 慰めなのか戯れなのか、

ともあれDIOにも勝る響きで耳に届く承太郎の言葉。

 手から伝わる暖かな熱、

水晶のような静謐さと気高さを併せ持つ怜悧なる美貌、

陽光に煌めくライトグリーンの瞳と両耳のピアス、

仄かな麝香の匂い。

 

(……え!? う、うそ、やだ! ちょっと待って!?)

 

『星の白金』の真名に恥じないそれら全ての要素に、

浄化の炎を遙かに凌駕する温もりを感じ

 ()けた心に不覚にも涙腺が決壊しかけた

シャナは神速で部屋を飛び出した。

 顔を見合わせる承太郎とジョセフの耳元に

洗面所の方から勢いよく流れる水の音が聞こえてくる。

 しばしの間。

 

「……」

 

 アラストールに渇かしてもらったのか水滴一つ無い顔で、

檜の床を踏み鳴らしながらゆっくりと戻ってきたシャナは

承太郎をキッと睨み付けると件の如く

 

「うるさいうるさいうるさい!」

 

と遅いリアクションを返した。

 灼眼でもないのに目が微妙に赤いのが気になったが、

ジョセフも承太郎も何も言わなかった。

 

「しかしまさに、九死に一生とはこの事だった」

 

 何事もなかったかのようにアラストールが話を続ける。

 

「もしあのまま彼の者との戦いを続けていたら、

この子、シャナもまたこの小僧のように

“肉の芽” で下僕にされていただろう」

 

「そしてこの少年のように、数年で脳を喰い尽くされ死んでいただろうな。

イヤ、或いは――」

 

 ジョセフは憐憫(れんびん)の表情で、畳に横たわる花京院を見つめる。

 そのジョセフの言葉に、承太郎の瞳が(いぶか)しげに尖った。

 

()()()()()? ちょい待ちな」

 

 承太郎の視線が祖父であるジョセフの両眼を真正面から鋭く射抜き、

それから脇にいるシャナを一瞥する。

 

「この花京院のヤローはまだ」

 

 そう言葉を発する承太郎の背後から

スタンド、スタープラチナがその獅子の(たてがみ)のように

長く雄々しい髪を揺らしながら勢いよく出現する。

 

「死んじゃあいねーぜッ! シャナ!」

 

「了解ッ!」

 

 承太郎が片膝をつき両手で花京院の頭部を固定するのと同時に、

シャナの髪と瞳が、“炎髪灼眼” に変わる。

 そして即座に華奢な躰をフレイムヘイズの黒衣が拡がって包み込んだ。

 

「オレのスタンドで! こいつの “肉の芽” を引っこ抜く!」

 

 承太郎は簡潔に言うと、スタープラチナの手が

素早く精密な動作で花京院の額に埋め込まれた

“肉の芽” に伸びた。

 

「待て! 早まるな! 承太郎ッ!」

 

 ジョセフは驚愕の表情で、承太郎に向かって叫ぶ。

 

「騒ぐんじゃあねーぜ! ジジイ! 気が散るから静かにしてろッ!

こいつの脳をキズつけずに、 “肉の芽” を摘出(てきしゅつ)する……

オレの 『スタンド』 の 「指先」 はッ!

目の前で発射された弾丸を掴み取るほど

「精密」 な動きが出来る!」

 

 承太郎が集中力で研ぎ澄まされた

そのライトグリーンの瞳で“肉の芽”を見るとほぼ同時に、

彼と折り重なるように出現している

スタープラチナの指先が微塵の躊躇もなくソレを摘んだ。

 

「やめろッ! その“肉の芽”は()()()()()のだ!!

なぜ肉の芽の 「一部」 が額の外に出ているのかわからんのか!

優れた外科医にも摘出できないわけがそこにあるッ!」

 

 外部からの刺激に反応した “肉の芽” が、

一度生々しく(うごめ)くと、

露出した触手が毒蛇のように鎌首を(もた)げて延び、

高速で頭部を固定する承太郎の生身の手へと襲いかかった。

 

「摘出しようとする者の 『脳』 にッ!

ソレは侵入しようとするんじゃああああああああああああ――――――――ッッ!!」

 

 ジョセフの痛切の叫び。 

 そのドリルのような触手の先端が承太郎の手に突き刺さる瞬間、

ソレは突如音もなく真っ二つに両断された。

 

「何ッ!?」

 

 ジョセフは、その両目を見開く。 

 しかし斬られた触手はすぐに、

その宿主譲りの驚異的な再生能力で瞬時に元へ戻り、

再び承太郎の手に潜り込もうとする。

 が、それよりも速くその触手全体が

()()()()()()()()()蒸発した。

 

「!」

 

 いつのまにか、承太郎のそのすぐ真横に

シャナが大刀を片手に構えて立っていた。 

 その手には、溶鉱炉の中で融解した鋼のような

峻烈(しゅんれつ)なる色彩の刃が握られていた。

 刀身の周囲に揺らめく陽炎が舞い踊る、

灼紅(しゃっこう)の大太刀。 

 ソレは。

 DIOとの戦いによって己の未熟さを悔いたシャナの、

血の滲むような鍛錬の結晶の末に生み出された、

新たなる炎刃の(カタチ)

“火炎そのもの” ではなく、熱をより強力に円環状に集束させ、

加粒子に近い状態で刀身内部に宿らせる。

 その為に持続力は低下し、存在の力も多く喰うが

威力は飛躍的に上昇した。 

 強靭無比。閃熱(せんねつ)の劫刃。

贄殿遮那(にえとののしゃな)煉獄(れんごく)ノ太刀』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 本能的に危機を察知したのか“肉の芽” は、

花京院の額の皮膚と癒着していた触手を全て剥離(はくり)させ

本体を摘出しようとする承太郎へと一斉に襲い掛かった。

 しかしそれら全部まとめて朱の軌跡を描いて空間を疾走する

紅蓮の劫刃に両断され、そして今度は再生前に全て蒸発する。

 

「UUUUUUUGYYYYYYYYYYYY―――――――――――!!!!!!」

 

 スタープラチナの引き絞られた指先に掴まれている

“肉の芽” の本体は、奇声を上げて蠢き再び触手を量産し始めた。

 ものの数秒で先刻の倍はある触手が再生を完了し、

死体に群がる禿鷲のように大挙して

承太郎の生身の手へと襲い掛かる。

 

「ッッシィィィ!!」

 

 しかしそれすらも、キレのある喊声と共に

瞬時に空間を疾走する灼熱の斬撃によって

全てバラバラに斬り落とされた。

 

「その調子だ! “肉の芽” の触手を

一本たりともこっちによこすんじゃあねーぜ!」

 

「うるさいうるさいうるさい! 誰に向かって言ってるの!」

 

 出逢って一日の二人が、

まるで十年来の相棒(パートナー)同士のような

優れた連携を見せつける。

 

(いかせるわけ……ないでしょ……おまえの所になんか……絶対にッ!)

 

 シャナはそう強く己の胸に誓い大刀を振り乱した。

 

「ッッ!!」

 

 不意に、今まで頑なに閉じられていた

花京院の両眼が突如見開く。

 清廉な琥珀色の双眸が、真正面から承太郎の姿を捉えた。

 

「…………空……条……? お……まえ……」

 

 眼前の事態がとても信じられないのか、

花京院は驚愕の表情で承太郎を見る。

 

「ジッとしてな、花京院。

動けばテメーの脳は、永遠にお陀仏(だぶつ)だぜ」

 

 承太郎は花京院が目覚めた事など意に返さずそれだけ告げると、

全身の神経が指先で一体化したような精密な動きで

微細な振動すら起こさず “肉の芽” の本体を抜いていった。

 

「む……ぅぅ……」

 

 ジョセフは、今、自分の目の前で行われている

壮絶なる光景に想わず息を呑んだ。

 

(ワシの孫は、いや、孫()は……全くなんて奴らだ……ッ!

承太郎は熟練の外科医でも不可能な

“肉の芽” の摘出手術を行っているにも関わらず、

その手捌(てさば)きは冷静そのもの……! 

本体もスタンドも震え一つ起こさず

精密機械以上に、力強く正確に動いているッ!

対してシャナは、微塵の誤差もなく触手のみを切り裂き、

承太郎の身体数㎜の位置まで正確に探知している!

それなのに承太郎本人にはキズは(おろ)か焼け焦げ一つ付いておらんッ!)

 

「…………………………………………」

 

「はあああああああぁぁぁぁッッ!!」

 

 静と動。

 二つの絶技が、半径3メートルにも満たない

空間の中で互いに折り重なって交錯する。

 

「ッッ!!」

 

 シャナは。

 胸が、奇妙な高揚に充たされているのに気がついた。

 自分は今。

 使命以外、“戦い以外の事で” 贄殿遮那(カタナ)を振るっている。

“戦う為にではなく” 誰かを護る為に、助ける為に。

 今までの『使命』とは、全く違う剣の使い方。

 しかし、悪くない。

 悪くは、ない。

 その可憐な口元へ、いつしか微笑が浮かんでいたのに

シャナは気づいていなかった。

 

(悪くない)

 

 胸の奥、体の芯、足の底から、力が叫ぶように湧き上がってきた。 

 

(悪く、ないッ!)

 

 灼紅の大太刀に灼眼が映え、笑みが頬に強く刻まれる。

 それと同時に、斬撃の廻転が加速度的に上昇した。

 

()()()ッ!)

 

“肉の芽”の本体が花京院の額から半ば露出した所で、

承太郎はその下部から伸びている骨針が

脳の致命点を通り過ぎた事を確信する。

 

『ッッッッラァァァァ!!』

 

 音速の手捌きで素早く

“肉の芽” の本体を花京院の額から摘出すると、

スタープラチナは即座に両手で、

周囲で蠢く触手の束を全部まとめて引っ掴み

その怪力でバラバラに引き千切った。

 

「コオオオオオオオオオォォォォォォ――――――――――――――!!!!!」

 

 その背後で、ジョセフが既に“波紋の呼吸”を練り始めていた。

 

(驚いてばかりもいられんッ! 

ワシとて歴戦の 『波紋使い』

まだまだ若いモンにゃあ負けはせんッ!)

 

 やがて。

 その全身から迸る、煌めく山吹き色の生命光が右手に集束していく。

 

「50年振りに行くぞぉぉぉぉぉぉ―――――――――――!! 

太陽の波紋ッッ!!

山 吹 き 色 の 波 紋 疾 走(サンライトイエロー・オーヴァードライヴ)――――――ッッッッッッ!!!!!!

 

 ジョセフの渾心の叫びと共に高速の掌打が

撃ち落とし気味に触手本体に叩き込まれ、

“肉の芽” は鉄扉(てっぴ)に流弾がブチ当たったかのような

音を立て、瞬時に跡形もなく蒸散した。

 

「な……?」

 

 血が伝うこめかみを手で押さえながら、

花京院は呆然とした表情で承太郎を見る。

 

「……」

 

 承太郎はまるで何事もなかったようにすっと立ち上がると、

そのまま花京院に背を向けて歩き出す。

 その背に向けて、花京院は動揺と困惑を隠せない表情で訊いた。

 

「空条 承太郎。

何故君は……敵である筈のボクを、

自分の命の危険を冒してまで助けた?」

 

 その花京院の問いに、承太郎は背を向けたままで答えた。

 

「さあな……そこンところが、オレにもよくわからん」

 

「空……条……」

 

 感極まった表情で、 花京院は喉の奥に何かが詰まったように押し黙る。

 

「あと()()()のサポートがなけりゃあできねー芸当だったぜ。

後で礼いっときな」

 

 承太郎はシャナの紅い頭をむんずと鷲掴みにすると、

そのまま部屋を出ていった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「!」

 

 瞬時に真っ赤となったシャナが黒衣を翻して後を追う。

 

「こら! 待ちなさい! おまえ!」

 

「褒めてやったんだがな」

 

「うるさいうるさいうるさい! 

やり方が問題()なのよ! おまえの場合!」

 

 徐々に遠くなっていく二つの声。

 それを肩を震わせながら聞く花京院の瞳で、

微かに光るものがあった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 ジョセフはそれからそっと目を逸らすと、

静かにそこから立ち去った。

 庭で、鹿威しの澄んだ音が静寂した空間に響き渡る。

 その中心で、包容なる淑女が。

 

(お母さんは……ちゃんと解っているんですからネ♪)

 

 見る者全てを安息に包み込むような温かな笑顔で、

純白のシーツを広げていた。

 

←To Be Continued……

 

 



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『REDMAGICIAN’S QUESTIONS』

 

 

 

 

【1】

 

「御休みの(ところ)、失礼致します」

 

 清冷なる若い男の声が、豪奢な装飾品で彩られた空間に響く。

 

「入れ」

 

 その空間に相応しい風格に満ちた声が、それに応えた。

 

「失礼致します」

 

 男は両開きの重いドアノブに手をかけ中に入る。

 傍でアンティークの振り子時計が、

微塵の狂いもなく時を刻んでいた。 

 

「何用だ? ヴァニラ・アイス

 

 部屋の中心、艶めかしいシルクのシーツで覆われた

天蓋付きのスーパーキングサイズ・ベッド。

 その上で “邪悪の化身” DIOは、

妖麗な素肌を惜しげもなく晒した半裸の姿で

ヴェネチアン・グラスに注がれた紅い液体を傾けていた。

 天井から垂れ下がった北欧風のシャンデリアに照らされたその(カラダ)は、

まさに生きた芸術品とも言うべき絢爛たる永遠の姿。

 手元には中世の教戒師によって書かれた

訓戒録の原本が置かれている。

 ヴァニラ・アイスと呼ばれたその男は、

足音を立てる事もなく静かにDIOの傍まで寄ると

主に対する絶対の忠誠の証しを示すために片膝をつき、(こうべ)を垂れた。

 

「ご報告致します、DIO様。

花京院 典明が空条 承太郎へ戦いを挑み、

そして敗れたそうです」

 

 ヴァニラ・アイスはたった今入った情報を、

短く完潔に己が全存在を捧げた主に告げた。

 その眼光は強靭な意志によって

戦刃のように鋭く強暴に研ぎ澄まされ、

極限まで鍛え上げられ筋肉が

ダイヤモンドのように凝縮した躯は、

両腕部と大腿部が完全に露出した

ラヴァー・ウェアとジャケットで覆われている。

 緩やかなウェーブを描く、背に掛かるアッシュブラウンの髪。

 その開けた額に、ハートを象った銀製のサークレットが繋がれている。

 剥き出しの右肩には、奇妙な形の“(やじり)”を

モチーフにした刺青(タトゥー)が刻まれていた。

 

「ほう? あの “花京院” がか。

私の配下の『スタンド使い』の中でも

かなりの手練(てだれ)だったはずだが」

 

 本から視線を逸らさず、

DIOは蠱惑的な香りを放つ紅い液体を口に運ぶ。

 

「はい、私も耳を疑いました。

花京院は、()()()()()()() “スタンド能力者”

故にその経験と技術は第一級のモノ、

なにより「才能」がありました。

ソレが、ほんの数日前スタンド能力に目覚めたばかりの、

『スタンド使い』 とも呼べぬ小僧に敗れるとは」

 

「流石はジョースターの血統といった所か。

一筋縄でいかない所は変わっていない」

 

 ヴァニラ・アイスはそこで初めて顔を上げ、

DIOを見た。

 

「DIO様。畏れながら申し上げます。

どうかこの私に、ジョースター共の討伐を御命じ下さい。

我がスタンドで、必ずやジョースターに(まつ)わる全てのモノを

根絶やしにして参りましょう」

 

 ヴァニラ・アイスの進言に対しDIOはすげなく告げた。

 

「だめだ」

 

「DIO様……」

 

 微かに落胆した声で、ヴァニラ・アイスは応える。

 

「お前の他に、私の「護衛」が務まる者がいるのか?

お前のスタンドは、我が 『世 界(ザ・ワールド)』 を除けば最強のスタンドだ。

そしてソレを操るお前は最強の 『スタンド使い』

戦闘技術や思考は元よりその強靱な精神力がな」

 

「……」

 

 そのDIOの言葉を、ヴァニラ・アイスは

感慨至った表情で瞳を閉じ、厳粛に受け止める。

 

「在り難き。そして勿体なき御言葉。

しかし、このままジョースター共を捨て置くわけには……

空条 承太郎、放っておけばいずれ

恐るべき 『スタンド使い』 に成長する可能性が御座います」

 

「フッ……それはそれでまた、

見てみたいという気持ちもあるがな」

 

 王者の余裕を崩さずにDIOは言う。

 

「しかしDIO様、あの“スタンド使い狩り”

紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)』が空条 承太郎と接触したという情報も入っております。

もし奴らが 「共闘」 を組むような事態に陥れば、少々面倒な事になると思いますが」

 

 自分の冗談に気づかず生真面目に応じる部下に対し、

DIOは微笑を浮かべた。

 

「アイス? お前は忠誠心に厚いが、堅物過ぎる所が玉に疵だ」

 

 心蕩かすような、甘く危険な声でDIOは言った。

 

「申し訳御座いません」

 

 その誘惑を、ヴァニラ・アイスは強靭な精神力で抑えつけ

表情を一切崩さずに応じる。

 

「いい。あとソレについては無用の心配だ。すでに()は打ってある」

 

 そう言ってDIOは本から手を放し、

顔の前で細い指先をすっと立てた。

 

「『スタンド使い』 では無理だったのなら、

()()()()()()を使う。

「ヤツ」の王足る力、存分に示してもらおう。

その真名 “狩人(かりうど)” と共にな……」

 

「まさか、あの者の「願い」をお聞き入れに?」

 

 驚きの表情と共に、心中で生まれた嫉みの情を何とか押さえつけ

ヴァニラ・アイスは平静を装った。

 

「『スタンド使い狩り』 と “フレイムヘイズ狩り”

狩人(ハンター)狩人(ハンター)

なかなか面白そうな 「戦い」 になりそうだとは想わないか?

ヴァニラ・アイス?」

 

 DIOのその口元に再び悪魔の微笑が浮かんだ。

 他者の運命を、己が掌中で意のままに操り

ソレを高見から見て愉しむ、

王者にのみ赦された、至高の悦楽。

 

「はっ……あの者なら、必ずや、

DIO様の御期待に、添える事でありましょう……」

 

 表面上は主の意を厳粛に受け止める忠臣、

しかしその精神の裡側では、

凶暴に燃え盛るドス黒い嫉妬の塊が

マグマのように蜷局(とぐろ)を巻いていた。

 

(少々目を掛けられているからといって、

良い気になるなよ? “フリアグネ”

DIO様には深いお考えがあっての事、

決して貴様を『信頼』してなどの事ではない。

それを忘れるなッ!)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ヴァニラ・アイスのアッシュ・グレイの瞳に、

突如漆黒の意志が宿って冷たい熱を帯びる。

 それを愉しむように一瞥したDIOは、

ヴェネチアングラスの紅い液体を愛しむようにみつめた。

 

(さて、 「あの子」 はあれから一体、

どれくらい成長しているのか?

私の期待を裏切ってくれるなよ? 

そうでなければ、 わざわざ()()()()()()()意味がない)

 

 グラスの中に嘗ての姿を想い起こし、

その瞳に微笑みかけると

DIOは紅い液体を一気に飲み干した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 その日。

 池に囲まれた空条邸の広い庭での早朝鍛錬の後、

檜造りのこれまた広い浴槽で

ゆったりと朝風呂につかった空条 シャナ(仮名)は、

湯上がりのホコホコ顔でリビングに戻ってきた。

 彼女の鍛錬に付き合ったジョセフは、

情け容赦なく撃ち込まれた木の枝で

赤くなった顔をタオルで冷やしながら

ソファーの上でグッタリとしている。

 一応承太郎にも、シャナ(口では拒否していたが顔は満更でもない感じで)

と一緒に声をかけたのだが、

ドア越しの「かったりぃ」の一言ですげなく却下された。

 それに対しシャナが文句を言うと、

声の代わりに部屋の中から

ステレオ脇に設置されたスピーカーの大音響が返ってきた。

 和製HIP・HOPの舌を噛みそうな

キレのあるリリックに声を掻き消され、

頭にきたシャナは装飾の入った分厚い木製のドアに

後ろ廻し蹴りをブチ込んだ。

 そしてムクれたままの表情で2階の窓から庭へと飛び降り、

靴を忘れた事を承太郎の所為にしながら

羊毛でフワフワのスリッパで

玄関へと舞い戻りそして現在へと至る。

 

「パパ、シャナちゃん、お疲れさま」

 

 その二人を笑顔で迎えるのは、

世界的ジャズ・ミュージシャンであり

現在演奏旅行中でもある夫に成り代わり、

家の中の全てを取り仕切る空条邸事実上の主。

 母性と慈愛に満ち溢れた美貌の淑女。

 空条・ホリィ・ジョースター。 

 その艶やかな手が持つ青いトレイには、

良く冷えた自家製のグレープフルーツジュースと

同じくホリィお手製のクッキーがキレイに並べられた

花紋入りの白い皿が乗せられていた。

 それが大理石のテーブルの上にそっと置かれる。

 

「シャナちゃん。たくさんあるから

足りなくなったら遠慮なく言ってね」

 

 ホリィはそう言ってシャナに輝くような笑顔を見せる。

 つられて笑いそうになるがそこは抑えて、

 

「うん」

 

とシャナは短く答えた。

 

「おいおい、ホリィ。それじゃあ朝食が食べられなくなるじゃろう」

 

 ジョセフが愛娘に向け(たしな)めるような口調で言う。

 

「あら、大丈夫よパパ。甘いものは入るところが違うもの。

ね? シャナちゃん?」

 

「そうなの?」

 

 シャナは真顔でホリィに聞き返した。

 どこぞの殺人鬼が聞いたなら

“質問を質問で返すなぁ―――――ッッ!!”

と怒り狂いそうだがそれはまた別の話。

 

「……」

 

 その愛娘の様子に、ジョセフはいま一度深い溜め息をついた。

 愛娘は昨日から、正確には一昨日前の夜から、

まるで新しい 『娘』 が出来たかのように終始上機嫌だ。

(ちなみにその日の夕食は承太郎の出所(?)祝いも兼ね、

晩餐会を彷彿とさせる豪華絢爛たるものだった)

 確かシャナがジョースター邸に住み出した頃、

妻のスージーも似たような感じだった。

 血は争えないといったところだろうか?

 ジョセフはいつしかホリィが、

“男の子もいいけど、やっぱり女の子も欲しかったわねぇ~”

とこぼしていたのを思い出した。

 しかし。

 スージーにしろホリィにしろ、シャナに対し少々過保護が過ぎる。

 確かにシャナは、その妖精のように可憐な見た目は勿論の事、

誇り高い凛々しい瞳と甘いものを口にした時の幸せそうな表情、

加えて卓抜した知識と判断力、

更に妙な所で世慣れない面を見せるなど

色々相まって途轍もなく可愛らしいが、

それはそれ、これはこれだ。

 仮にも一家の主であるならば、

子供の前では威厳のあるところを示さねばならん

というのがわからんのか、と心の中で愚痴をこぼす。

 

「……」

 

 そのジョセフの目の前に、

シャナがトレイに添えられた一流レストラン並に

磨き込まれた二つのグラスにジュースを注ぎ、

その一つを渡してきた。

 

「おお、すまんな。シャナ」

 

 ジョセフはシャナからグラスを受け取ると、

笑顔でそれを口元に運ぶ。

 シャナもそれに(なら)って二人、

朝の陽光に反照する爽やかな香りと味の

淡黄色の液体に喉を鳴らした。

 

「しっかしワシも歳だのぉ~。もう少しイケると想ったがな」

 

 赤くミミズ腫れになった痕をさすりながら、

ジョセフは少しだけ苦々しい口調で言う。

 

「痛かった? ゴメン」

 

 ジョセフの真横に座り、

承太郎の前では決して見せない心配そうな

顔と素直さで少女は言う。

 

「いやいや、訓練にならんから本気で来いと言ったのはワシの方じゃ。

それにこの程度、昔の『修行』に比べれば痛くも痒くもない」

 

「ハモンと 『幽波紋(スタンド)』 使えば良かったのに、わぷっ!?」

 

「いやいや、可愛い “孫” にそんなモノは向けられんよ」

 

 ジョセフはそう言いながらシャナの頭を

くしゃくしゃになるほど撫で回し快活に笑った。

“言ってる事とやってる事が違うじゃあねーか、ボケジジイ ”

という承太郎のツッコミが聞こえて来そうな猫可愛がりっぷりだった。

 

「孫……」

 

 頭を撫でられながら、その言葉にシャナは顔を赤くして俯いた。

 ジョセフはその様子を頬ずりしたい程可愛いと思いながら、

上機嫌でグラスを口に運ぶ。

“その暑苦しい髭面(ヒゲヅラ)ですり寄られる方の身にもなりやがれ、クソジジイ”

という承太郎の声が以下略。 

 

「ねぇ? ジョセフ」

 

 顔を赤くしたまま、シャナはおもむろに切り出した。

 

「なんじゃ?」

 

 ジョセフは左手で頭を撫でながら、

右手でグラスを口元に運び視線を向ける。

「一つ、訊きたいことがあるの。

昨日自分なりに考えてはみたけれど、

答えは出なかった」

 

「ほう? 君でも解らない事か。

果たしてこのワシに答えられるかのぉ~」

 

 出会って以来、シャナの見かけに似合わない

知識の豊富さには驚かされっぱなしなので、

ジョセフは自嘲気味に顎髭を(さす)った。

 その少女の口から、

かつて偉大なる 『風の戦士』 との壮絶なる【戦車戦】をも(せい)した、

歴戦の波紋使いの鋭敏な頭脳にも全く予想だにしえない“爆弾”が

急転直下で投下される。

 

「キスって、どんな意味があるの?」

 

「!!」

 

(な!?)

 

 ジョセフが音を立てて霧状になったジュースを前方へ噴き出すとほぼ同時に、

制服の胸元に下げられたアラストールはその強力な自制心を総動員して

なんとか発声を押し止めた。

 

(なななななななななななななななな)

 

 以降は大いに乱心していたが。

 ジュースが気管に入ったのか()せながらジョセフは、

波紋の呼吸法を利用して息を整える。

 

「こ、こ、これは、また、随分唐突な「問い」じゃのう」

 

 口元を手で(ぬぐ)い、何度か咳き込みながらジョセフは言った。

 最初は、承太郎が何か妙な事を

少女に吹き込んだのではないかという懸念が浮かんだが、

それは孫の性格上天地がひっくり返ってもありえないので

考えからは除外される。

 まぁ、その懸念は当たらずとも遠からずといった処だったが。

 

「あ、ほら、ホリィが何かあるとすぐに承太郎にしてるでしょ?

昨日寝る前にもしてたし、どんな意味があるのかなって」

 

 隣に腰掛けていたホリィが私? といった表情で自分を指差す。 

 実は、その本当の 『理由』 は別にあったのだが、

ソレは口に出したくはなかった。

 昨日承太郎が、自分を慰めてくれたのは嬉しかった。

 承太郎と一緒に、花京院を助ける為に共闘したのは楽しかった。

 だから余計に、“アノ場面” が脳裏に強く焼き付いて離れない。

 胸の痛みは、時が達つ事に強くなっている。

 その所為で、昨日はあまりよく寝られなかった。

 その一部始終を少女の傍で見守っていたアラストールは、

心の中で激しく毒づく。

 

(むうううう、おのれ 『星の白金』 空条 承太郎。

全く余計な真似をしてくれおって……ッ!)

 

 無論、何処(どこ)ぞの軟弱者(ヘタレ)と違って

承太郎に(やま)しい気持ちなど欠片もある筈がなく、

「アノ場」 は()()()()しか手がなかったのだが、

そんな理屈はいま燃え盛る炎の魔神、

“天壌の劫火” の頭 (?) の裡からは

紅世の辺境のそのまた彼方まで吹き飛んでいた。

 アラストールの放った壮絶な呪いを受けて、

今2階の自室でリリックとグルーヴのたゆたうエコーの中、

現世と夢の狭間で微睡んでいる無頼の貴公子が呻いた……

かどうかは定かではない。

 

「う~む。どんな()()()あるか……か? 簡単なようで難しいのう」

 

 ジョセフは心底困ったという表情でシャナを見る。

 そんなジョセフをシャナはその凛々しい瞳で真剣に見つめる。

 

(くれぐれも良識的な回答を頼むぞ! 我が盟友(とも)

『隠者の紫』 ジョセフ・ジョースター!)

 

 アラストールの強烈な信頼を背負って、

ジョセフは静かに口を開いた。

 

「考えた……という事は……

()()()()()()()()()()()()()()

知っては、いるのじゃな……?」

 

 何故か頭に若き頃、親友と共に挑んだ

地 獄 昇 柱(ヘルクライム・ピラー)の試練を思い浮かべながら、

ジョセフはおそるおそる話を切り出す。

 その顔は冷や汗でいっぱいだ。

 そしてその胸の裡では、

“こんな時 『アイツ』 がいれば代わってもらうのになぁ~ ”

等と情けないコトも考えていた。

 

「うん。前に本で読んだ事あるからどんな対人作法かはしってる。

その……見た事も、ある」

 

 即座に昨日の「光景」が脳裏に浮かび、胸がズキンッと痛む。

 すぐさまに目を(つむ)って頭を振り、その光景を振り払った。

 

「ならば小説とかに、似たような場面(シーン)が出ておらんかったか?」

 

「個人の主観が入っているものは、適格な分析と思索の役に立たない、って

アラストールが言ってたから、重要文献を丸暗記しただけ。

考察の対象にはしたことない」

 

 読んだ事があるのなら「それをもう一回読み直してみなさい」と言って話を

切り上げるつもりだったジョセフの目論見はものの見事に外れた。

 

(やれやれ、我が盟友(とも)らしい石頭な教育法じゃのう)

 

とジョセフは頭の中で苦笑混じりに呟く。 

 

「では映画とかで見たことは?」

 

「映画は見たことない」

 

「そうですか……」

 

 にべもなく即答するシャナに、ジョセフは口を開けたまま苦笑する。

 そしてそのまま、少女の胸元で静謐に光るアラストールへと視線を送った。

 

(むう?)

 

 アラストールは、ジョセフのその視線に気づいた。

 いま、己の全てを(たく)した、

信頼の『絆』で結ばれた掛け替えのない盟友は、

いま、露骨に苦々しい顔で自分をみている。

 そしてその顔にはっきりと

「おとうさんそれはマズイよ」 と書いてあった。

 そのコトに対し何故かアラストールは激しい憤りを覚えた。

 

(き、貴様! 何だその顔は! 何故そのような目で我を見る!?

我の情操指導に何か問題があるとでもいうのかッ!)

 

 今にも灼熱の炎の衣を纏って“顕現”しそうな勢いで

アラストールはジョセフを一喝した。

 

(う~む。困ったのぉ。本当に、何と言ったものか)

 

 説明するにも何か “取っかかり” がないと、正確に理解させるのは難しい。

 しかし、事が事だけに誤った解釈を与えるのは実に危険だ。

 年頃の少女であるだけに。

 両腕を組んで考え込むジョセフを後目に、

シャナは質問の相手を変えた。

 

「ねぇ? ホリィはどうしていつも、承太郎にキスするの?」

 

(それは我も(うらや)みの情を禁じ得、あ、いや、うむ)

 

 アラストールは心の中でコホンと咳払いをした。 

 清楚に両手を組んでシャナの隣に座っていたホリィは、

顔を少しだけ赤くして困ったように首を(かし)げた。

 

「そうねぇ~。特にはっきりとした理由はないわねぇ。

()()()()()()()()()しているだけで」

 

 と、おっとり答える。

 

「ふぅん」

 

 特に、理由はない。

 なら、自分の今の胸の痛みも、ただの気のせいなのだろうか?

 ただ初めて見たから、驚いただけで。

 

「ふむ」

 

 ジョセフはようやく考えがまとまったのか、

組んでいた両腕をゆっくりと解いた。

 その瞳に、何故か決意めいた光が宿っているのが奇妙ではあったが。

 

「ところでシャナ? 君は先程の訓練もそうだが、

戦闘の技術(ワザ)を修得しようとする時、

本を読んだだけでそれが即実戦で使用出来ると想うか?」

 

 突然話題が変わったが、何かの(たと)えだと解したシャナは素直に答える。

 

「まさか。それで強くなれるなら苦労はないわ。

知識は大事だけど、ソレを戦闘で運用出来るようになるには、

実戦を想定した反復練習を何度も繰り返さないと」

 

 その言葉にジョセフはいきなり手を打つと、

鋼鉄の義手で真っ直ぐシャナを指差した。

 

「その通りだッ! だから今の君の問いもそれと全く同じ!

理解するには、百の言葉よりも()()()()()()()()()()()のが一番良い!!」

 

(な!? き、貴様ッ! いきなり何を言い出す!?

気でも違ったか! ジョセフ・ジョースター!!)

 

 盟友の想定外の言葉に、胸元のアラストールは大いに慷慨(こうがい)する。

 

「ふぇ? 試すって? 私が? 誰に?」

 

 シャナはキョトンとした表情で自分を指差す。

 

「決まっておるだろう! 今2階でスヤスヤ寝とる

()()()()()()()()()だッ!

今なら誰の邪魔も入らん! ()るなら今がチャンスッ!」

 

 そう言ってジョセフはその右手を逆水平に構え、

鋭くバシッと決めた。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 3者 (?) の間に、静寂の(とばり)が舞い降りた。

 部屋の中なのに何故か、渇いた風が一迅(いちじん)、傍らを通り過ぎる。

 そして。

 

「……そ……そ……ッ……そ……!!」

 

 握った拳をブルブル振るわせ、

羞恥と怒りとでシャナの顔がみるみるうちに

噴火寸前の活火山のように真っ赤に染まっていく。

 全身から立ち昇る紅いプレッシャーからは

まるで “ゴゴゴゴゴゴ” という

幻聴が聴こえて来るかのようだった。

 

「君は次にッ! ()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()!! と言う! ハッ!?」

 

 昔の癖でつい口走ってしまった台詞(セリフ)に、

ジョセフは自分自身が唖然となる。

 そこに間髪入れず

 

「そんな事出来るわけないでしょッッ!! 

このブァカぁぁぁぁ――――――――ッッ!!」

 

「はぐおあぁぁぁぁッッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ジョセフの顎に唸りを上げて迫る、

シャナの左アッパーが高速で炸裂した。

 衝撃でジョセフはソファーの後ろにもんどり打って転がり落ちる。

 色々考えてはみたが結局は良い答えが思いつかなかったので、

ジョセフはお茶を濁して誤魔化す事にした。 

 ジョースター家に伝わる戦闘の思考最終奥義 “逃げる” である。

 ジョセフをKOしたシャナは拳を振り上げたまま心の中で激高する。

 

(な!? なんで私がアイツにそんな事しなきゃいけないのよ!

アイツの所為で安眠妨害までされてるっていうのに!

さっきもせっかく誘ってやったってのに寝ちゃうし!

あんなヤツ大キライ大キライ大キライ!!)

 

 惨劇の場と化したリビングで、

ホリィだけがあらあらと口元を押さえて笑っていた。

 流石に承太郎の母親だけあって、

その「器」の大きさは桁外れのようである。

 

「訊いた私が間違ってた! ジョセフのバカ! もう知らない!」

 

 シャナはそう言ってプイッとそっぽを向いた。

 

(む、う……これで、まとまったのか? これで、良かったのか?

取りあえず、当座の危機は去ったようだが。

一応身体を張ったその “覚悟” に敬意を表しておこう。

我が盟友(とも) 『隠者の紫』 ジョセフ・ジョースター。

因果の交叉路でまた逢おう)

 

 アラストールは、今己の背後で死の淵に瀕している

掛け替えのない盟友に合掌を送った。

 そこへ、第三者のクールな声が割り込む。

 

「おいジジイ……? テメー朝っぱらから何やってんだ……? アホか?」

 

 ソファー後ろの開いたドアから、

いつのまにかそこにいたシャナの葛藤の張本人が、

襟元から黄金の鎖が垂れ下がり二本の革のベルトが

交差して腰に巻き付いた愛用の学ランをバッチリと着こなし、

仄かな麝香を靡かせながら床に仰向けで寝そべるジョセフを見下ろしていた。

 

「ようアラストール。早ぇな」

 

「うむ」

 

 短く朝の挨拶を交わし、承太郎の怜悧な光の宿る

ライトグリーンの瞳をみたアラストールは、

 

(まぁこの男なら、シャナに妙な真似はしないだろう。

思いつきすらせんかもしれぬな)

 

と一人得心した。

 

「おまえが遅いのよ! バカバカバカッ!」

 

「?」 

 

 先程の事をすっかり忘れている承太郎に、

シャナは殊更にキツイ口調で吐き捨てると

ホリィと共に朝食の間へと歩き出す。

 

「ぐはあぁッ!?」

 

 途中でジョセフを踏んづけたが、

少女は気づかなかった。

 朝から最高に不機嫌なシャナの、

その理由がまるで理解不能な為、承太郎は

 

「やれやれだぜ」

 

とプラチナメッキのプレートが嵌め込まれた学帽の鍔を摘んだ。

 その足下で涙に濡れるジョセフは、

 

(シーザー……ワシ……()()()()()()()()()……?)

 

と、心の中で呟く。

 しばらく口をきいてもらえないかもしれないが、

シャナの為を思えば致し方ない。

 それが、ジョースターの血統の男。

 それが、何百年にも渡り受け継がれてきた 『黄金の精神』

 閉じた瞳の中。

 薄れ逝く意識の中。 

 最愛の親友は、優しく自分に微笑みかけてくれていた。

 

 

 

【ジョセフ・ジョースター】

 かつて 「光」「炎」「風」を司る太古の最強種全てに打ち勝ち、

『神』 となった究極生物にも、見事勝利を掴み取った伝説の男。

 幽波紋(スタンド)は、遠隔操作型スタンド 『隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)

 フレイムヘイズの少女 “炎髪灼眼の討ち手” 怒りの鉄拳のもと、儚くここに散る。

 しかしその顔は穏やかであったという――。 

 

 

←To Be Continued……

 

 




はいどうもこんにちは。
何故か『この回』だけ異様にPV数多いんですよね。
「第一話」を除けばここが突出しています。
まぁ「ネタ回」としては()()()()()()()が出せたので
概ね満足してますが、まぁやっぱりシャナの
『こーゆー描写』が読者にウケるのですかね?
『ストーリー作品』は描きますが「萌えラノベ」は
書くつもりがないので色々と複雑な心境です……('A`)



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『蒼い霹靂 ~BLACK OR WHITE?!~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 ジョセフを欠いた3人で一つのテーブルにつき、

朝食をすませた承太郎とシャナは

ホリィの笑顔に見送られながら登校のため空条邸を後にした。

 朝の街路に承太郎のマキシコートのように

裾の長いオーダーメイドの学ランと、

シャナの綺麗に糊付けされたセーラー服の裾が翻る。 

 昨日の行動をトレースするように無言。

 朝の風に、麝香と椿油の匂いが混ざって靡いた。

 そしてちらほらと、登校途中の他の生徒が見えだした頃

いきなりシャナが周囲を警戒、否、威圧し始める。

 今はまだ来ないが昨日のように女生徒が

大挙して自分達に群がってきたのなら、

今日はフレイムヘイズ自慢の虹

彩を射抜くような鋭い眼光で追い払ってやろうと考えていた。

 

(ちょっとでも私たちに近づいたら……()る!)

 

 そう強く胸に誓いシャナは全神経を研ぎ澄ますと、

周囲360度全てに己の「殺し」を張り巡らせた。

 いつの間にか傍に居た、

雇った覚えのない小さな用心棒の先生の

その有り難い(?)御心には気づかず、

護られる立場の当人は道を外れて脇に逸れた。

 

「おまえ? どこに行くの? 学校はそっちじゃないわ」

 

 問いかけるシャナに、

 

「今日は気が乗らねぇ、フケるぜ」

 

と短く承太郎は告げ、潰れた学生鞄を脇に抱え

ズボンのポケットに片手を突っ込んだまま

正反対の方向へ行ってしまった。

 

「もう!」

 

 自分の行為が徒労に終わった事に苛立ったシャナは

すぐに地面を蹴ってその後を追う。

 

「おい? 何付いてきてんだ? 

「不良」でもないのにサボってるんじゃあないぜ」

 

 残像を映して追いついてきたシャナに承太郎は視線を合わせず言う。

 

「うるさいうるさいうるさい。

何の為に私がおまえの傍にいるのか忘れたのッ!」

 

 そう言ってシャナは再び承太郎の隣についた。

 

(むう。此奴(こやつ)、昨日の“あの事”を気に掛けているのか。

自分が接触する事で、「あの娘」の「記憶」が戻る事を……

確かに強引な記憶の操作だった故、

その可能性は無きにしも在らずだな)

 

 シャナの胸元で揺れるアラストールは小さくそう呟いた。

 再び互いに無言のまま10分ほど歩き、

見えてきた自然公園のベンチに承太郎は腰を降ろす。

シャナも必然的にそれに(なら)った。

 承太郎は広いベンチにゆったりと背を預け、

両腕を大きく広げて(もた)れかかった。

 その体躯(からだ)が大きいのでシャナの座るポジションは

必然的にベンチの端になる。

 だがこちらは(からだ)が小さいのでそれでも十分過ぎるスペースだ。

 足を大股に開いて座る承太郎の横に、

スカートの中で足を組みちょこんと大人しく座っている。

 

「……」

 

 承太郎は、そのまま黙って空を眺めていた。

 時折思い出したように煙草を取り出して火を点け、

ソレが吸い終わると足下で吸い殻を揉み消し

再び空を眺めながら時折考え込むように俯く。

 

(こいつ……空見るのが好きなんだ……ッ!)

 

 シャナは、承太郎に自分と同じ嗜好が在った事に

驚き、更に少し嬉しくなる。

 つられて自分もその無限へと続く、

果てしない蒼の空間へと視線を移した。

 そして。

“こいつになら、いつか自分の大好きな景色を見せてやっても良いかな?”

 と、密かに想った。

 空と大地、その水の鏡に全く同じ色彩が映った、

『特別な景色』を。

 

(喰われそうだな……)

 

 その水晶のようなライトグリーンの瞳に

広大なスカイブルーの光景を映しながら、

承太郎は心の中で呟いた。

 眩いばかりの、陽の光。

 頬を撫ぜ、髪を揺らす早春の息吹。 

 巨大な雲海が、少しずつその形容(カタチ)を変えながら緩やかに流れていく。

 その、今にも落ちてきそうな空の下で、

承太郎は学帽の鍔で目元を覆いその瞳を閉じた。

 シャナは脇の承太郎が微睡みの世界に落ちた事に気づかず、

そのままベンチの縁に両手をつき無言で空を見つめていた。

 そのまましばし、時が流れる――。

 公園の花壇に設置された花時計の針は、

気がつくともう10時を指していた。

 承太郎の足下の吸い殻は、もう十本以上になっている。

 沈黙の中、シャナがおもむろ口を開いた。 

 

「さて、と。いつまでも此処で空見てても仕方ないし、

昼食の買い出しにでも行くわ」

 

 そう言って脇に立てかけてあった真新しい学生鞄を手に取り、

ベンチから腰を浮かせる。

 

「おう行ってこい。ついでに煙草も頼むぜ」

 

 心底無関心な口調で承太郎は両足を開いたまま、

両手をズボンのポケットに突っ込みながら言った。

 シャナが消えるので、この後は久しぶりに雀荘にでも行くか、

それともバカラにするか、午前中でも酒を飲ませてくれる

BARは近くにあったか、等と健全な不良に相応しい思考に

耽っていた承太郎の襟首が、

いきなり強い力で引っ掴まれ無理矢理ベンチから引き起こされる。

 

「!」

 

 一瞬の浮遊感の後、黒い有名ブランドの靴底が

アスファルトへ接地するのと同時に、

 

「何言ってるの? おまえも来るのよ」

 

シャナが澄ました表情で言った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 外資系の企業がスポンサーとなって設営された

巨大なアメリカン・スーパーマーケット。 

 平日の昼間、しかも早朝セールが終わった後なので

広い店内は閑散としている。

 静かに開いた自動ドアから中に入ったシャナは、

青い網の目状の買い物カゴを手に取ると目の前の生鮮食品には目もくれず、

通常の買い物順路を無視してその中心辺りにあるお菓子売り場に向かった。

 その中からスナック類などは度外視してチョコレートのクッキーや

カスタードクリームの入ったマドレーヌ、マカロンなどを手当たり次第に

次々とカゴに入れている。 

 

「……」

 

 その様子をしばらく見ていた承太郎は、

やがてやれやれと軽い溜め息をつき近くにあった冷蔵庫から良く冷えた

緑色の缶ビールを取り出し、何本もそのカゴの中に放り込んだ。

 

「真っ昼間(ぴるま)からお酒飲むの? おまえ?」

 

「感心せんな」

 

 ジト目でこちらを見るシャナとアラストール (?) に、

 

「 “不良” だからいいんだよ」

 

と滅茶苦茶な論法で返す承太郎。

 シャナはその脇に設置された冷蔵棚から

子供用の甘いコーヒー飲料を取りカゴに入れた。

 承太郎は同じ冷蔵棚にあったブルーチーズを

クラッカーと一緒にカゴへ放り込んだ。

 いつしか、大量のお菓子と少量の食品でいっぱいになった買い物カゴを

ちゃっかり承太郎に持たせたシャナは、最後にレジ近くの棚でパンを選ぶ。

 何故か少女がその視線を釘付けにしているモノは

“メロンパン” だった。

 紅くはないがまるで戦闘中のような真剣な表情で、

何種類もあるメロンパンを慎重に吟味している。

 

「……」

 

 甘いものがさして好きではない承太郎には、

顔面からジッパーで無線機(トランシーバー)を取り出すくらい

永遠に理解不能の感情だった。

 そのシャナの真剣さにつられたのか承太郎は何となく

メロンパンの入った袋を一つ手にとり、

まるで新種の海洋生物でも見るかのようにしげしげと眺める。

 

「こんなモンの一体どこが美味(うめ)ぇんだか? 果汁入り、ね……」

 

 その承太郎の呟きにいきなりシャナが立ち上がって

胸を張ったまま凛々しい視線をブツけてくる。

 今にも髪と瞳とが炎を撒いて、真っ赤に変質しそうな勢いだった。

 

「メロンパンってのは、網目の焼型が付いているからこそのメロンなの!

本物のメロン味なんて、ナンセンスである以上に、邪道だわッ!」

 

 突然の大声と主張に、周囲の買い物客たちからも、おお、と声が漏れる。

 

「やれやれだぜ……」

 

 承太郎は学帽の鍔で目元を覆い、苦々しく呟いた。

 結局、厳選の作業にはそれから十分の時を要した。

 

 

 商品を選び終わり、買い物カゴをレジに置いたその刹那

自分の脇にいたシャナが絶妙の間とタイミングで

 

「今日はありがとう♪ “お兄ちゃん” 」

 

と、言った。

 声色を使い、顔に年相応の無邪気な笑顔を浮かべて(無論演技である)

 その所為で再度周囲の注目を浴びたので

空気的に代金は承太郎が支払う事となった。

 

(このクソガキ……長生きするぜ……)

 

 心中でそう毒づきながら(無論自分の「分」は出す気だったが)

承太郎はシルクリンクのウォレット・チェーンで繋がれた

パイソンの財布から黒いクレジットカードを取り出し

レジの中年女性に手渡した。

 日用雑貨からは個人専用のジェット機まで買える、

SPW(スピード・ワゴン)財団』 特性のモノだ。

服装(ナリ)は不良でも、その風貌と風格は永い歴史を持つ貴族のソレであるので、

承太郎がブラックカードを所持している事に特に違和感はない。   

 レジ係の女性は目を白黒させて手渡されたカードと承太郎とを何度も見たが、

剣呑な表情を崩さない承太郎の雰囲気に気圧されてカードを素早く

CAT端末のスリットに通した。

 支払いを終え、備え付けの台でそれぞれの品物を

店のロゴがプリントされたビニール袋に入れる。

 承太郎はビールとチーズとクラッカー、

それと店内に出店していたS市杜王町を本店とする

某有名店のパンしか買ってないので、ものの数秒で作業を終える。

 シャナは慣れた手つきでお菓子やパンを袋の中に入れていたが、

その量が膨大に及ぶので全体の作業工程はまだ半分と言った所だった。

 

「ぼさっとしてないで手伝いなさい」

 

「……」

 

 荷物持ちに加えて代金まで払わされ、

その上最後の手伝いまで強制される筋合いは全くないのだが、

承太郎は昨日の自在法と花京院の礼だと割り切って

この小さな暴君の命令に黙って従った。

 

「やれやれだぜ……」

 

という苦々しい呟きは抑えられなかったが。

 店を出るとき、互いの手から下げた買い物袋は

何故か自分の買った品物ではなく

相手のものだという奇妙な構図ではあったが、

ともあれ 『スタンド使い』 にも “紅世の徒” にも襲われる事なく

二人は無事に買い物を完了した。

 さて、次なる問題は、

()()()()()()()()()? という事だった。

 先程の公園でも別に良いのだが

二人で居るとただでさえ目立つ上に平日の昼間、

潰れた学生鞄を持った派手な服装(ナリ)の男がベンチで酒を飲んでいたら、

子連れの良識ある御夫人方にまず間違いなく通報されるだろう。

 オマケにその脇には大量のお菓子を抱えた

自分と同じくらい目立つ存在感の美少女が居る。

 警察官に職務質問を受けたら最悪、

幼児誘拐だという疑いを掛けられかねない。

 なので、承太郎は仕方なく「学校」に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【3】

 

 

 ギギ……ギギギギギギ……

 表面の塗装が剥がれた木製のドアが重苦しい音を立てる。

 承太郎とシャナは、近々取り壊される予定の木造旧校舎3階、化学実験室に来ていた。

 荒れた外見とは裏腹に、その中は意外と片づいている。

 埃が綺麗にふき取られ、ゴムチューブで繋がれる錆びたガスバーナーが

二つ並ぶ中型の机の上には、海洋生物や遺跡、地理、歴史書、哲学書など

多岐に渡るジャンルの書物が無造作に置かれていた。

 元は、2、3年の (進学校にありがちな陰湿なタイプの)

不良グループがたむろしていた場所であったが

偶然迷い込んだ承太郎に人数と所持していた武器の虚勢と、

加えて他の女生徒達からの人気への嫉妬も相まって

よせばいいのに薄ら笑いと薄汚いガンツケを浮かべながら絡み初め、

その後全員まとめて顎を砕かれ、その他色々潰されて血祭りに上げられた為

ソレ以降は誰も此処には近寄らなくなった。

 なので。

 承太郎が学校での自分専用の個室 (というには少々大きすぎるが)

にしてしまったのである。

 かったるい体育の授業や無能なボンクラ教師の授業をサボる時には、

大概ここに来て煙草を吸うか本を読むか机の上で寝るかしている。

(サボリ場所の定番、保健室でも別に良いのだが仮病を装って隣で寝よう

とする女生徒が大挙して押し寄せるのでウットーしいのである)

 ちなみに、取り壊しの具体的な日時が決まっていないので一応水や電気も通っている。

 旧式の黒いスイッチを入れると、

黒カーテンに包まれた空間に蛍光灯の明かりが灯った。

 先刻。

 承太郎とシャナは学園裏口の高い壁をスタンドとフレイムヘイズの力を使って

軽々と飛び越え、外縁に設置された螺旋階段を使い非常口からここに侵入した。

 当然、新校舎の方はまだ授業中なので周囲は静寂に包まれている。

 グランドの方からは球技でもやっているのか、

生徒達の遠い歓声が聞こえてきた。

 

「やれやれだぜ……」

 

 と承太郎は今日何度目か解らなくなったお馴染みの台詞を呟き、

大量の甘さのみを追求したお菓子の山が入っている袋を机の上に置くと、

背もたれのない直方体型の椅子に腰を下ろしその長い脚を組んだ。

 シャナも若干の食品と缶が入った軽い袋を机に置くと、

彼の真向かいの位置に座る。

 

「まさか 「学校」 とはね。 おまえ? 

教師に見つかったら色々と面倒じゃないの?」

 

「ブッ壊される予定の校舎だから誰もここにはこねーよ。

まぁ来たところでセンコーの一人や二人、軽く撫でてやるがな」

 

 と、承太郎は簡潔に答える。

 

「ふぅん。ま、邪魔が入らないなら私はなんでも良いけどね」

 

 承太郎はクラシック(古風)なタイプの不良なので、

基本的に彼の生き方のスタンスは

ロックでストイックな反体制である。

 まぁ彼がそうなった理由は、

肩書きだけの無能教師があまりにも多過ぎた

という事実も多分にあるのだが。

 自分の周囲にいる人間はジョセフやホリィ、祖母であるスージー、

更に(よわい)100を越える超高齢にも関わらず

女神のような若さと美貌を誇る 『最強の波紋使い』

曾祖母エリザベス等あまりにも偉大過ぎる人物が多過ぎるので、

どうしても肩書きだけで無能のくせに知ったふうな講釈を垂れ、

そのくせイジメや差別等を見て見ぬフリをしている

ことなかれのサラリーマン教師が

どうしようもないただのアホにみえるのである。

 承太郎は袋から緑色のビールの缶を

シャナはイチゴミルクの缶を取り出し、

無論乾杯などはせずタブを捻ってそれぞれの口元に運んだ。

 一息で半分以上飲み干した承太郎は、

袋からブルーチーズを取り出し机の上に放られていた

刃渡り15㎝の良く磨かれたジャックナイフでビニールを切り裂き、

慣れた手つきでソレをまな板代わりにチーズを切り

先端に刺して口へと運ぶ。

 何度か噛んで独特の味と香りを楽しんだ後

クラッカーの袋を破り数枚まとめて口の中へ放り込んで

一緒に咀嚼(そしゃく)した。

 そのまま後を追うようにビールの缶を手にして残りを一気に呷る。

 淡い吐息が短く形の良い口唇から漏れた。

 シャナはメロンパンを取り出して袋を開け、両手で持ってぱくついた。

 相当に美味しいのか、顔が綻び容姿が見かけ通りの年齢に戻る。

 承太郎は2つ目のビールの缶を手に取り

袋からはビニールに包まれ金色の紐で先端を結ばれた

ホットドッグを取り出した。

 紐を解き本体に囓りつくと、

先程と同じようにビールの缶を口元へと運ぶ。

 

「?」

 

 小気味よく喉を通り過ぎる、

泡立つ黄金色の液体にシャナが反応した。

 綺麗な焦げ目がついたソーセージに、

露で濡れたレタスとオニオンが挟まれた

ホッドドッグに囓りつきながら

あんまり美味しそうに喉を鳴らしているので、

なんとなく興味が湧いたシャナは承太郎の袋の中から

緑の缶を一つ手に取りそのタブを捻る。

 

「おい?」

 

「こら……」

 

 剣呑な視線を自分に送る承太郎と

その行為を(たしな)めるアラストールを無視して、

蓋の開いた缶を口元へと運ぶ。

 その直後。

 

「――――――――――――――――ッッッッ!!!!????」

 

 未だかつて経験した事のない、

途轍もない苦さと筆舌に尽くし難い異様な味。

 鼻に抜ける発酵した麦の匂いと

口内を電撃の如く暴れ回る刺激に、

想わず中身を吹き出したいという欲求が

耐え難く迫り上がってくる。

 が、そこは誇り高きフレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。

 顔をしかめ目元をいっぱいの涙で滲ませながら、

口の中の液体を無理矢理嚥下(えんか)する。

 小さな喉が、液体の通り抜ける音と共にコクリと動いた。

 

「ッッくはァッッ……!! ハァ……! ハァ……ハァァァ……」

 

 ある意味DIOとの戦い以上の死闘をなんとか征した少女は、

心中に溜まった憤懣(ふんまん)やるかたない幾つもの感情を

八つ当たり気味に (最も完全な八つ当たりだが) 承太郎にブツけた。

 

「スッッゴクスッッゴクマッッッズイッッ!! 信じらんないッッ!!

おまえ! よくこんなモノ平気な顔して飲めるわね!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 目元に涙を浮かべたまま真っ赤になって抗議の声を上げるシャナに承太郎は、

 

「ガキに酒の味は解らねーよ」

 

缶を口元に運んだまま眼を閉じて返す。

“天道宮” での修行時代の、彼女の 『養育係』 がみたら

「ご自身の失態の結果であります」

と評しそうな、いっそ清々しいくらいの逆ギレっぷりだった。

 目元の涙を拭いムクれたまま口直しに

シャナは袋からチョコスティックの入った箱を取り出す。

 その前に、それとは別の箱が差し出された。

 

「……?」

 

「酒は口に合わなかったみてーだな?

ならこっちはどうだ?」

 

 承太郎が表情を変えないまま、

袋から最後に残ったボックスのサンドイッチを

取り出してフタを開け、ソレを目の前に差し出していた。

 半透明の容器の中に白いパンに挟まれた

綺麗に揚がったチキンカツ、

照りのある焼き色の付いたローストビーフ、

艶めかしい色彩のスモークサーモン等が

バリエーション豊かに並んでいる。

 

「……」

 

 特に断る理由もないのでシャナは左端の

カツサンドを手に取って口に運んだ。

 

「……ッッ!?」

 

 柔らかいパンの感触に

こんがりと揚がった香ばしい衣が調和し、

特製のソースが脂の乗った肉と

歯応えが良い野菜とに絡みついてパンと融和する。

 久しぶりに (初めて?) 甘い物以外に美味しさを感じ、

 

「お」

 

と思わず本音が口を付いて出そうになるが、

そこは誇り高き (天の邪鬼なとも言う)

フレイムヘイズ、炎髪灼眼の討ち手。

 

「ま、まあまあねッ!」

 

 そっぽを向いて残りを口に運んだ、

左手でちゃっかり2切れ目を取りながら。

 承太郎はホットドッグの残った切れ端を口の中に放り込むと

そのまま2本目を飲みきってしまう。

 袋の中の新しい缶に手を伸ばす前に、

承太郎はシャナの目の前で放置されている、

中身の殆ど減っていない缶を手に取った。

 

「あ……ちょ、ちょっと」

 

 その缶を口元に運ぼうとしていた承太郎を、

シャナの声が制する。

 

「アン?」

 

 承太郎は缶を口に持っていく仕草のままでシャナを見る。

 

「その……だ、だから……」

 

 そう言ってシャナは口籠もる。

 口の中で何かごにょごにょ言っているが、

言葉になっていないので判別不能だ。

 しきりに、承太郎の口唇と缶の飲み口とを気にしていた。

 

「やれやれだぜ……」

 

 その意図を解した承太郎が目を閉じて静かに呟くと、

背後でスタンド、スタープラチナが異質な音と共に出現した。

 そして人差し指を立て(おごそ)かに構えると、

 

『オッッッラァァァッッ!!』

 

精悍な掛け声でその指先が鋭く缶の底部を刺し貫いた。

 あまりの速さとキレに中の液体も一瞬反応が遅れ、

凹凸が全くない綺麗な楕円状の空洞から

泡立つ黄金色の液体が勢いよく流れ落ちる。

 承太郎はその放物線の下で口を開くと、

所謂 “ショットガン” の方式で喉を鳴らしながら

流れる液体を全て飲み干す。

 そして中身が全て無くなった缶を手で潰すと

微かな音を立ててそれをシャナの前に置いた。

 

「これでいいんだろ?」

 

 件の如く剣呑な瞳を向ける承太郎。

 

「う、うん……」

 

 力無く頷いたシャナを一瞥すると

承太郎は袋からまた新しい缶を取り出した。

 そのまましばし、無言のまま互いの食事に専念する。

 何故か2つ目のメロンパンを口に運ぶ

シャナの手つきは辿々(たどたど)しかった。

 そして、徐々に互いのビニール袋の中身が少なくなっていった頃。

 

「よぉ?」

 

「ひゃわッ! ななな、なに!? 何か用!?」

 

 ビールの缶を運びながら口を開いた承太郎に、

シャナが過敏に反応した。

 

「オメーが属してるとかいうその戦闘組織……

“フレイムヘイズ” っつーのは一体何なんだ?」

 

「な、何でいきなり、そんな事訊くの?」

 

 まだ動揺が収まらないシャナが、そう聞き返す。

 どこぞの殺人鬼が聞いたのなら “質問を質問で” 以下略。

 

「さぁな? ただ何となく興味が湧いただけだ。

ジョースターの男は昔ッから妙な事に

首を突っ込みたがる性質があるようでな。

オレもその血を引いてるって事だろ?」

 

 ビールを飲みながら承太郎は他人事のように言った。

 

「ま、言いたくねーんなら、無理には聞かねーがよ」

 

 そう言いながら4本目を空にすると、

承太郎は制服の内ポケットから

煙草のパッケージを取り出し口に銜えて火を点けた。

 端正な口唇の隙間から、紫煙が細く吐き出される。

 シャナは煙草は味(無論未経験故の独断)も匂いも死ぬほど嫌いだが、

何故か承太郎が吸っている仕草には嫌悪感が湧かない。

 未成年が煙草を吸うのは堕落した行為の筈だが、

承太郎が煙草を吸う姿は不自然なほど自然に感じられた。

 

「“紅世の徒” によって、世界が歪んでしまうのを防ぐために

(ともがら)” と戦う者達。

世界の歪みを憂い、同族を倒す決意をした

“紅世の王” をその身に宿す事によって不老の肉体を持ち、

死ぬまで “紅世の徒” との戦いを続ける 『使命』 を負った者」

 

 胸に手を当てて動揺を抑えたシャナは可能な限り簡潔に、

“フレイムヘイズ” の概念を承太郎に説明する。

 承太郎はその説明を鋭敏な頭脳で即座に呑みくだすと

口唇の端に煙草を銜えたままシャナを見つめた。

 

()()()()()()()、 オメーか。シャナ」

 

「そう」

 

(……)

 

 承太郎は灰皿代わりの空き缶に、 慣れた手つきで煙草を弾く。

 

「王を()()()()宿()()っつーことは、

そのペンダントはアラストールの 「本体」 じゃあねーのか?」

 

 これにはシャナの代わりに胸元のアラストールが答える。

 

「うむ。これはこの子の内に蔵された “紅世の徒” たる我、

その 「意思」 だけをこの世に顕現させる、

『コキュートス』 という神器だ」

 

 承太郎は二本目の煙草に火を点けながら静かに呟く。

 

「コキュートス……嘆きの川、氷縛の巨人、か……

なかなか洒落が利いてんな……? 炎の魔神さんよ……」

 

 細く紫煙を吹きながらアラストールに向けて言う。

 

「多識だな? 貴様」

 

「別に。 サボって暇つぶしに読んだ、古典の受け売りだ」

 

(ダンテの『神曲』……第九圏…… “裏切者の地獄” ……)

 

 承太郎の呟きに、 “天道宮” の書庫で読んだ

古典文学の原本をシャナは思い出した。

 承太郎の自分に匹敵する知識の量に、

シャナは高揚する気持ちを押し隠しながら

アラストールの説明を補足する。

 

「つまり、アラストール本人は 『契約者』 であるこの私の(うち)にいて、

このペンダントはその意思を表に出す仕掛けってことよ」

 

「契約者、ね……それでその紅世の王とやらと 『契約』 した者が、

特殊能力を持った “フレイムヘイズ” になるってわけか?」

 

「その通りよ」

 

と言って思わずニッコリ微笑みそうになるが、

そこは強靭な意志の力で言葉と表情を押し留める。

 

「じゃあオメーは、 元は 「人間」 なのか? シャナ?」

 

 剣呑な瞳で自分を見てくる承太郎にシャナはキョトンと返す。

 

「何だと想ってたのよ?」

 

(あけ)ぇ眼と髪のうるせーガキ」

 

「こ、こいつ!」

 

「冗談だ」

 

 拳を振り上げたシャナを承太郎は

新しいビールのタブを捻りながら押し止めた。

 

「まぁ、 大体の(コタ)ァは解ったぜ。

要するにシャナ、 オメーが 「本体」 で

アラストールが 『スタンド』 みてーなモンだな」

 

「ぜッッッんぜん違うッッ!!」

 

 そう言って缶を口元に運ぶ承太郎にシャナの怒声が轟いた。

 あながち間違いではない、独特な解釈なのだがそこは強く否定する。

 そしてアラストールが承太郎の結論に付け足した。

 

「まぁこの子は、 フレイムヘイズの中でも少々異質な存在でな。

フレイムヘイズの大半は紅世の徒に強い恨みを持ち、

【復讐】 を戦いの動機と目的とする者が多いのだが、 この子は違う」

 

「ほう? じゃあこいつの 「家族」 とかは、

別にあのバケモン共に喰い殺されたってわけじゃあねーんだな?」

 

「ッ!」

 

 その 「家族」 と言う言葉に、

シャナの小さな肩がピクッと反応する。

 

「……」

 

 その反応が少々過剰だったので失言だと判断した承太郎は、

 

「あぁ、そいつぁオレの知った事じゃあねー話だな。わりーが忘れてくれ」

 

と、静かに自分の言葉を取り消した。

 

此奴(こやつ)……)

 

 承太郎のその想いに、心の中でほんの少しだけ

笑みを浮かべたアラストールは、 厳かに話を続ける。

 

「この子は、 幼き頃から()()()()()()()()()()()()()()()養成された子。

“在るべくして在る者” とでも今は云っておこう」

 

 そのアラストールの言葉に、

承太郎はビールの缶を口に運びながら静かに言った。

 

「“在るべくして在る” ね。 似合いの呼び名のようだな? シャナ」

 

 剣呑なその視線に、何故か自分を見透かされたように

感じたシャナは強く反発する。

 

「お、おまえなんかに! 私の何が解るっていうのよッ!」

 

「さぁな? 会ったのはほんの2日前だが、

オメーが()()()()()()()()()()()()()位は解る。

悪いヤツならわざわざ身体張ってバケモン共と戦おうとはしねーだろ?

ガキで女のくせによ」

 

「うるさいうるさいうるさい! ガキっていうなッ!」

 

「ガキはガキじゃあねーか。

嫌なら “お嬢ちゃん” とでも呼んでやろうか?」

 

「うるさいうるさいうるさい! もっとイヤッ!」

 

「やれやれ、わがままなヤローだ」

 

 そう言いながら承太郎はビールの缶を口元に運んだ。

 終始承太郎のペースに乗せられたまま会話が終了してしまい、

なんだか面白くないシャナは捨て台詞のようにそっぽを向いて言った。

 

「おまえに、私たち “フレイムヘイズ” の事は解らないわよッ」

 

「オメーにも、オレ達 『スタンド使い』 の事ぁ解らねー」

 

「……」

 

「……」

 

 折り重なった、二つの言葉。 

 振り向いた自分を剣呑な瞳で見ている承太郎。

 そして、 奇妙な沈黙。

 それがなんだか、 可笑しくて。

 

「ククッ」

 

「フッ……」 

 

 シャナは思わず吹き出し承太郎の口元にも微笑が浮ぶ。

()()()()だった。

 突如、世界が裏返ったかのような異様な体感が二人の身体を貫いた。

 

「!!」

 

「!?」

 

 弾かれるように二人同時、窓の方へと向かって飛び出す。 

 窓の手前で勢いよく停止したシャナの脇で、

承太郎が両手で黒のカーテンを掴み引き裂くように押し拡げた。

 開いたカーテンの、先。 

 薄白い炎が奇怪な紋様を浮かべながら、

承太郎とシャナの頭上でドーム状に拡がっていた。

 いつか見た光景。

 悪夢と絶望への地獄門。

 因果孤立空間 “封絶”

 ソレが、新校舎を中心に学園全体を覆っていた。

 

()()()()()()……ッ!」

 

 歯をギリッと食いしばった承太郎の瞳に、決意の光が宿る。

 同時にシャナの髪と瞳が炎髪灼眼に変わり、

その紅い虹彩の奧に使命の炎が燃え上がった。

 華奢なその躰を、 黒衣が舐めるように

足下から迫り上がり絡まり合って全身を覆っていく。

 そして一度、全身から鳳凰の羽ばたきのように

紅蓮の火の粉を振り撒くと

勇ましいその声で開戦の始まりを宣言した。

 

「さあッ! 始めるわよ! 承太郎!」

 

「上等だッ! 行くぜッ! シャナ!」

 

 承太郎は猛る闘争心を言葉で吐き出し、

そしてその背後から流星を司る幽波紋(スタンド)

星 の 白 金(スター・プラチナ)』が勢いよく長い鬣を揺らし

白金色の燐光を漲らせながら高速出現する。

 

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァ―――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 すぐさまに繰り出されたスタープラチナの多重連撃が、

目の前の窓ガラスを粉々にブチ破り

衝撃でミクロン単位にまで爆散した

硝塵(しょうじん)が煌めきながら空中へと振り撒かれる。

 素早く窓の(さん)へと同時に足を掛けた承太郎とシャナは

砕けたガラスのシャワーの舞い踊るキラメキの中、

学ランと黒衣の裾を渦巻く気流に靡かせ

スタープラチナの放つ白金の燐光と炎髪の撒く深紅の火の粉とを

振り捲きながら共に空中へと舞い上がった。

 

 

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←To Be Continued……

 

 

 



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『戦慄の暗殺者 ~White Stranger~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 その日。

 (うず)く傷痕を押しかなり遅れて学園に登校した花京院 典明は、

突如何の脈絡もなく出現した白い “封絶” を呆然と見上げていた。

 

「こ……この能力は……ッ! 

まさか……“アノ男” が此処に来たのか……!?」

 

狩人(かりうど)” フリアグネ。

 そのあまりに純白な為に青みがかってみえる

白のスーツを端正に着こなし、

同じく純白の長衣を細身の躰に纏っていた

まるで現世(うつしょ)幽界(かくりょ)の狭間に立っているかのような幻想の住人。

 半年前。

 家族との旅行先、エジプトでのDIOとの最悪の邂逅により

“肉の芽” で下僕にされ、

いつのまにか軟禁されていた館で命令を待っていた時、

壁に立てかけられたランプの灯火のみが光源の

薄暗い地下の書庫でよく顔を合わせた。

紅世の徒(グゼノトモガラ)” という『幽波紋(スタンド)使い』と同質の力を持つ

異次元世界の能力者の存在は、

DIOの参謀である褐色の麗人、

『占星師エンヤ』 から聞かされてはいたが

実際に逢ってみるとその容姿や風貌は

人間のソレと殆ど変わらないので拍子抜けした憶えがある。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 その地下の書庫でフリアグネは花京院に幽波紋(スタンド)

同様の能力を持つという異界の神器

『宝具』を自慢したり、

その宝具の能力や上げた戦果の解説

(というよりフリアグネが一方的に喋っていただけだが)

をカルトコレクターにありがちな大仰な手振りと言い回しで語ったりした。

 どんな書物にも書かれていないそれら異界の住人の神奇な話は、

フリアグネ自身の持つ幻想的な雰囲気とその語り口の巧さも手伝って

花京院の好奇心を刺激するものでもあったので、

手元の本に視線を落としながら適当に相槌を付く振りをして

毎回深く聞き入っていた。 

 そうやって何度かの館の書庫で話を交わす内、

ある日、フリアグネは唐突に「ある事」を告げてきた。 

 その時の言葉が、花京院の脳裏に鮮明に甦る。

 

 

 

 

“どうだい? 私と「友達」にならないか?”

 

 

 

 

 靴も指もない肌色フェルトの喋る人形

“マリアンヌ” を大切そうに胸元に抱きかかえ、

いつもの通り愛用宝具の戦果を多少誇張して話し終えたフリアグネは

いつもの通り本に視線を落としながら話に聴き入っていた

花京院に向かって静かにそう言った。

 

『君と私は、良く似ている。

その容姿も。性質も。能力も。

まるで、現世と紅世の合わせ鏡の存在であるかのように。

そうは想わないかい? 花京院 典明君?』

 

 

【挿絵表示】

 

 

 フリアグネは自分にそう問いかけながら

豊かな頭髪と同色のパールグレーの双眸で

自分の瞳を覗き込んできた。

 口元にナルシスティックな耽美的微笑を浮かべ

触れれば輪郭が掠れそうな線の細い美男子の紡ぐ声は、

何処か調律が狂った弦楽器のような韻を含んでいた。

 その怜悧な瞳に宿る端麗な光が、

今まで押し隠し続けてきた心の暗部を照らし出し、

無言のままに問いかけてくる。

 

 

 

 

 

“孤独なんだろう?”

 

 

 

 

 と――。

 

『誰も、自分の “真の姿” を知る事が出来ないから。

だから、誰にも心を開けない。

だから、誰にも心を許せない』

 

 そして蠱惑的な誘惑と共にこう語りかける。

 

『安心し給え。 私には視える、“君の真実の姿” が。

私には聴こえる、 君の “もう一つの存在” の、 声無き声が。

この世界で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――』

 

「……」

 

 そのフリアグネの、やや軽薄な見かけと口先とは裏腹の、

先鋭な(やじり)のような洞察に花京院は本能的に警戒心を抱く。

 その花京院の微妙な心情の変化を

パールグレーの瞳ですぐさまに見抜いたフリアグネは、

即一歩引いて(なだ)めるような口調で云う。

 

『おおっと、 そう警戒しないでくれたまえ。

別に疚しい(やま)下心や他意は一切無い。

君の知性と精神に対する純粋な敬意と好意さ』

 

 そう言って大仰に開いた両手を、

わざと演技っぽい動作で振ってみせる。

 その大袈裟なリアクションが

(かえ)って花京院の警戒をより尖らせた。

 その様子を黙って見つめていた

フリアグネの胸元で抱かれている人形、

燐子(りんね)” マリアンヌが

笑みの形で結ばれた口を一切開かずに言葉を告げる。

 

『アナタ? 一体何を勘繰(かんぐ)っているのかは知らないけれど、

正直それは無粋と言うものよ。

私の “ご主人様” を信用なさい。

ご主人様に好意を抱かれ、 友人に選ばれるなんてとても名誉な事よ?

この方は、 誉れ高き “紅世の王” なのだから』

 

 純白で鈍い光沢のあるシルクの手袋に

スッポリ収まってしまう程小さいその人形は、

愛くるしい見かけとは裏腹に清廉そのものの声で言った。

 その途端、

 

『マリアンヌ!!』

 

急に先程以上の芝居がかった過剰な演技で

フリアグネは右腕を悩ましく折り曲げて額に手を当てる。

 

『よしておくれ私のマリアンヌ!

友人同士の信頼関係の前には

そのような身分や肩書きなど障害でしかない。

私が望んでいるのはそんな俗な関係ではないのだよ!

解ってくれるだろう? 私のマリアンヌ? 

私の友人は君の友人でもあるのだから』

 

 フリアグネはまるで赤子をあやすような

悲哀滋味た声で、 マリアンヌに告げる。

 心なしかそのパールグレーの瞳も潤んでいるようにも見えた。

 

『申し訳ありません。 ご主人様。

出過ぎた真似をしてしまいました』

 

『謝らないでおくれ、私のマリアンヌ。

先に君に言っておかなかった私が悪かったんだ』

 

 フリアグネはそう言うと

今度は過度に優しい笑みを口元に浮かべ、

マリアンヌのフェルトの頬にそっと口づけた。

 まるでコワレモノを扱うような繊細な仕草だった。

 

「……」

 

 花京院は、 黙ってその二人のやりとりを見つめていた。 

 正直ついていけないと内心では思っていたが、

目の前のこの二人 (?) は()()()()()()()()

「人間」 である自分の価値観で判断するのは

あまり好ましくないという彼なりの配慮だった。

 

『おおっと、すまない。 恥ずかしい所をみせてしまったね』

 

 フリアグネはそう言って何事もなかったかのように

その躰に絡みついている純白の長衣を翻した。

 

『実は私は、この “マリアンヌ” さえいれば

他には何もいらないと今まで想っていたのだが、

『アノ方』 に出逢って以来少々欲張りになってしまってね。

話の合う 「友人」 も一人位はいても良いかな、

と最近では想い始めていたのだよ』

 

 そう言ってフリアグネは手品師のように

両腕を大袈裟に広げてみせた。

 

『ところで敬意と言えば、 ()、 何と言ったっけ?

そうそう、『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイスと云ったか。

『アノ方』 の信頼する「右腕」であり

『最強の幽波紋使い』 というので興味が在ったのだが、

どうやら彼は私が嫌いらしい。

特に気に障るような事をした憶えもないのだが……

でも、 残念ながら()られてしまったよ』

 

 心底残念 (本当にそう思っているかどうかは疑わしいが) といった表情で、

フリアグネは大袈裟にその(こうべ)を垂れる。

胸元のマリアンヌも一緒になって俯いた。

 

「彼は、 DIO様以外、 誰にも心を赦さない」

 

 よく喋る男だと思いながら花京院は

腰の位置で両腕を組み簡潔に言った。 

 

『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイスの、

ソノあまりに凄まじ過ぎる 『幽波紋(スタンド)能力』 は、

正に一騎当千、 並の 『幽波紋(スタンド)使い』 千人分に相当する。

 その最強能力が故に、

DIO様に仕える者は自分だけで充分だと常日頃公言している彼、

DIOの幽傑(ゆうけつ)の軍勢、 『スタンド使い』 と “紅世の徒” の混成軍、

幽 血 幻 朧 騎 皇 軍(ファントム・ブラッド・ナイトメア) の中では参謀である占星師エンヤと共に、

その双璧を為すヴァニラ・アイスの事だ。

 自分と同じようにDIOへと心酔し、

そして彼にはない柔らかな物腰と卓越した話術で

主に接するフリアグネに、 良い感情を抱く筈がない。

 おそらくはDIOとの謁見時、

巧みな話術と豊富な話題で言葉を交わすフリアグネに、

内心では歯軋りをしていた事だろう。

 

「君はもう、 彼の前でDIO様の事は一切口にしないほうが良い。

()()()()()? 冗談ではなく()()()()――」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 今まで聞かせて貰った話の礼代わりに、

花京院はフリアグネにそう忠告した。

 

『そのようだね。

私は彼のように古風な男も決して嫌いではないのだが……

おおっとすまない、 

終わった後朝(きぬぎぬ)の話を君にしても詮無き事だな』

 

 そう言うとフリアグネは再び長衣を翻してその両手を組み、

嫌味なほど(てら)いのない笑顔で花京院へと向き直る。

 そしてその透き通るようなパールグレーの瞳で、

花京院の瞳を真正面から見つめてきた。

 

『さて? では私の語らいに対する返答は如何に?

流麗なる “法皇の翡翠” 花京院 典明君?』

 

 そう言ってフリアグネは、

耽美的な口唇をより深く笑みの形に曲げる。

 

「……考えて、おこう」

 

 花京院はそれだけ告げて、

クラシックなデザインの椅子から

腰を上げフリアグネに背を向けた。

 

『では、 明日また、 同じ時間にこの場所で』

 

 背後で先刻よりも調律の狂った声色がした。

 

『良い返事を期待しているよ? 花京院 典明君。 フフフフフ……』

 

『ご主人様と一緒に、 これからよろしくお願いするわ。

仲良くしましょうね? カキョウイン』

 

 歩き出した花京院の背から、

喋る人形とその主の声が

笑みと共に自分を追いかけてきた。

 

 

 

 エンヤを通して、 ジョースター討伐の勅命が下ったのは、 その直後だった。

 フリアグネには何も告げず (その(いとま)もなかったが)

そのままエジプトからエンヤ所有の個人機で

直接故郷の日本へと向かった。

『星の白金』 空条 承太郎を抹殺する為に。

 もしあと一日、 勅命が遅れていたのなら。

 もし次の日に、 あの男の前に立っていたのなら。

 果たして自分は、 ()()()()()()()()()()()()……?

 

 

 

 

 脳裏に甦った、解答(こたえ)無き問い。

 それは現在の疑問を前に、花京院の頭から掻き消えた。

 

「しかし、一体何故? 学校(ここ)で能力を発動させたんだ?」

 

 白い封絶の放つ火の粉と気流で、

バレルコートのように長い学生服の裾が靡く。

 そのとき、 直感にも似た確信が脳裏を過ぎった。

 

「まさか!? 空条が! 今此処にいるのか!?」

 

 驚愕に花京院のその琥珀色の瞳が見開かれる。

 

「信じられないがそれしか考えられない! 全くなんてヤツだ!

『エメラルド・スプラッシュ』 の直撃を受けていながら、

その傷がたったの一日で完治したというのか!?

そんな凄まじい耐久力と再生力を持つスタンドなんて

今まで聞いた事もないぞッ!」

 

 承太郎の強大なスタンド能力に驚嘆しつつも

花京院の胸裏に、 言いようのない焦燥感が迫り上がってくる。

 本人の自覚のないままに。

 

「空条ッッ!!」

 

 花京院は黄楊(つげ)の油で磨き込まれた学生鞄を

無造作に芝生へと放り投げると、耳元のイヤリングを揺らしながら

昇降口に向けてアスファルトを蹴った。

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 承太郎とシャナは、 木造旧校舎三階から

新校舎とを繋ぐ噴水の設置された中庭を軽々と飛び越え、

新校舎とは別棟にある図書室の前へほぼ同時に着地した。

 承太郎は足裏がスタンドとほぼ同化していた為

接地の瞬間派手な音を立ててアスファルトを陥没させ、

シャナはその磨き込まれた体術により着地の衝撃を

ほぼ掻き消して落葉のようにひらりと舞い降りる。

 そのまま互いを一瞥し、 そして無言のまま白い陽炎が揺らめく

昇降口に向けて共に全速で疾走を開始した。

 高速移動によって発生した気流が

学ランと黒衣の裾を地面と平行に舞い上げる。

 瞬く間に白い陽炎が揺らめく昇降口が、

カメラのズームアップのように迫ってきた。

 その距離が目測20メートルにまで縮まった瞬間、

承太郎が叫ぶ。

 

「シャナッッ!!」

 

 声とほぼ同時にシャナが承太郎の脇で疾走しているスタンド、

スタープラチナの肩へと飛び移る。

 

「解ってンな!! オメーは 「上」 !! オレは 「下」 だッッ!!」

 

「了解ッッ!!」

 

『オッッッッラァァァァッッ!!』

 

 スタープラチナは黒衣の腰辺りを掴むと、

そのまま片腕で学園の屋上へと少女を投擲(とうてき)した。

 シャナも投げられる瞬間、

スタープラチナの腕を蹴って更に加速を付ける。

 炎髪が火の粉を撒きながらシャナは紅い流星のように、

天空へと垂直に駆け昇っていった。

 その様子を確認する間もなく承太郎は

閉じられた昇降口のスチール製の扉を

スタンドと自分の足で蹴破って新校舎の中へと突入する。

 狂暴な破壊音と共にガラスと鉄の破片がタイルの上にブチ撒かれた。

 その開けた空間から承太郎は一瞬で下足箱を通り過ぎ、

軸足を右に反転させて二階へと続く階段に向けて駆け出す。

 しかしそのとき。 

 

「!!」

 

 閉じていた一年の教室、 両開きのドアがいきなり中からブチ破られ

そこからいつぞやの巨大な人形が大挙して飛び出してきた。

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァ―――――――――――――――!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 すぐさまにスタープラチナの多重連撃が疾走状態のまま撃ち出され、

承太郎とスタンドは拳風の嵐と共に人形達の間を駆け抜ける。

 スタンド操作に慣れてきたコトもあり、

拳撃の速度と軌道の精密さは一昨日よりも格段に向上(あが)っていた。

 足下を拳風によって巻き起こった一迅の気流が吹き抜けた直後、

背後で無数の拳型の刻印を全身に穿たれた人形達は

その衝撃と余波とで巨体を爆散させ瞬く間にスクラップとジャンクの山と化す。

 承太郎の足下に歯車やゼンマイ等のクラシックな機械部品が

白い火花を放ちながら無数に転がった。

 それらを一瞥し再び駆け出そうとした時、

今度は1-4と1-6のクラスの扉が同時に開いた。

 そしてそこから先程の3倍以上の人形の大群が、

ドアと壁とをブチ破りながら

再び承太郎とスタープラチナへと襲い掛かって来る。

 その巨大な各々の手には、

それぞれファンタジー小説にでも出てきそうな

機能性を欠く大仰な武器が握られていた。

 

「チィッ! 挟み撃ちかッ!」

 

 咄嗟の事態に承太郎は、 自分を見失わずに冷静に対処した。

『多人数に襲われた時は4方向を同時に対処する』 等という

都市伝説じみた俗説を信じたりはせず、

瞬時にスタープラチナの 「眼」 で前方、後方の個体数を確認する。

 

(さっきのは 「囮」 ……数は前が 「12」 後ろが 「8」 ……

()()だ……ッ!) 

 

 微塵の躊躇もなく刹那に決断を下すと、

リノリウムの床をスタープラチナの脚力で

爆砕しながら踏み砕いて後方の人形達に迫り、

廊下を押し塞ぐようにして向かってくる最前列の人形3体に

接地した右足を軸にして摩擦の火線を描きながら加速を付けた

予備動作(モーション)の大きい右旋撃を撃ち落とし気味に射出した。

 

 

 

 

『ッッッッラァァァァァァァ!!』

 

 

 

 

 前方3体の人形に、 白金色の閃光が斜めに駆け抜ける。

 途轍もない破壊力とスピードにより衝撃でソレ自身が巨大な人形魚雷と化した

3つの体が後方へと弾け飛び、後ろで構えていた人形達を巻き添えにする形で

5体全てをバラバラにする。

 戦果を耳だけで確認した承太郎は次なる戦闘の為、

フレキシブルに背後へと振り向く。

 そこへ。

 

 

 

 

 

『エメラルド!! スプラァァァァァァァシュッッ!!』

 

 

 

 

 

 聞き覚えのある清冽な声と共に、

輝く数多の結晶が空間を隈無く数直線状に滑走した。

 死と破壊の煌めきを放つ無数の翡翠光弾は

承太郎の後方に居た12体の人形達の巨体、

そのありとあらゆる部分を挿し貫き

飛散する白い炎の破片と共に物言わぬ残骸へと化しめる。

 瞬く間に人形達を貫殺した輝く魔弾の群は、

承太郎とスタープラチナには一発も着弾せず掠る事もないままに

碧い余韻を残しながら遙か後方へと駆け抜けていった。

 

「無事か!? 空条ッ!」

 

 花京院は幽波紋(スタンド)法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 と

共に流法の構えを執り、 額に透明な雫を浮かべながら承太郎に叫んだ。

 

「テメー……花京院……!」

 

 予期せぬ侵入者に、承太郎はその視線を鋭く尖らせた。

 

「……」

 

「……」

 

 そして無言のまま、 互いの瞳に宿った光が空間で交錯する。

 その狭間では、 激しい観念での心理戦が行われていた。

 相手との、 そして自分自身との。

 DIOの “肉の芽” で操られていたとはいえ嘗ての敵同士、

理屈で解っていても感情はそう簡単にいかない。

 しかし、 今自分が居る場所は戦場、 どこかに敵が潜んでいる、

それは承太郎もそして花京院も、 充分過ぎるほど熟知していた。

 下らない私情で大局を見失う事があってはならないと――。 

 沈黙の中、 承太郎がおもむろに口を開く。

 

「傷はもう、 良いのかよ?」

 

 左手をズボンのポケットに突っ込んだままぶっきらぼうにそう言った。

 花京院は承太郎が負傷していない事に安堵の表情を浮かべると、

構えとスタンドを解き彼の傍へと歩み寄った。

 

「昨日 「あの後」 君の祖父、ジョースターさんに治してもらった。

『波紋法』という能力だそうだね? 

精神の力 『幽波紋(スタンド)』 とはまた違う

肉体の力を極めて編み出す超能力らしいが」

 

 承太郎は無表情で、しかし複雑な心情で花京院を見つめる。

 昨日の 「あの事」 を責めるべきか?

 それとも今自分を援護してくれた事に礼を言うべきか?

 そのどちらとも判断が付かなかったので、

承太郎は至極一般的な応えを花京院に返した。

 

「そうは言っても 「アレ」 は万能じゃあねーぜ。

病み上がりは家で大人しくしてな」 

 

 少々乱暴な物言いだが、視線を逸らす彼に

花京院は穏やかな微笑を浮かべる。

 

「大丈夫さ。 多少の痛みはあるが、 戦闘には差し支えない。

「あの時」 君が猛りながらもちゃんと

『急所』 を外して置いてくれたからね。 お優しい事に」

 

「ケッ……」

 

 そう吐き捨てた承太郎にもう一度笑みを浮かべた花京院は、

次に執るべき行動のため表情を引き締める。

 

「それより急ごう。

もう知っているかもしれないがこの 『能力』 は、

発動させた 「本体」 が倒されるまでは解除されない。

時間を於けばおくほど、 他の生徒達が危険に(さら)される事になる」

 

「……」

 

 大体の予測はしていたが複雑な心境の承太郎は、

背を向けた花京院に己の疑問を投げつける。 

 

「まちな。 敵のテメーが、 何でオレを助ける?」

 

 承太郎は鋭い視線のまま、 指先を斜水平に構え向き直った花京院を差す。

 その問いへ対して翡翠の美男子は肩を竦め、 小用のように軽く答える。

 

「さぁ? そこの所が、 ボクにもよく解らないのだが?」

 

「……」

 

 承太郎は鋭い視線を崩さないまま花京院を見つめた。

 

「君の御陰で目が覚めた……それだけさ……」

 

 瞳を閉じまま今度は静かに重く、 花京院はそう告げた。

 

「……」

 

 そのまま、またしばらく静止していた承太郎は

やがて差した指先をゆっくりと折り畳むと、

 

「フン……なら勝手にしな」

 

静かに、しかしはっきりとした口調でそう言った。

 

「!」

 

 その言葉に、花京院は自分でも意外なほど衝撃を受けると

 

「あぁ、 そうさせてもらうよ」

 

再び穏やかな微笑を口元に浮かべる。

 封絶の放つ白い光が、 二人のスタンド使いを照らした。

 

「ところで空条? 昨日君の傍にいたあの女の子、

“マジシャンズ” は、 今日は一緒じゃないのか?」

 

「ああ、アイツは今屋上にいる。

「上」 と 「下」 から追い込めば、

親玉を燻り出して 『挟み撃ち』 に出来るというオレの判断だ」

 

「……」

 

 承太郎の言葉に花京院は口元を片手で覆い

少し考えるように俯くと、

やがて瞳だけを動かしてこちらを見つめた。

 

「悪くない手だとは思うが……

マジシャンズを 「上」 に行かせたのは、

ミスだったかもしれないぞ? 空条」

 

「……だと?」

 

 予期せぬ返答に承太郎は視線を細める。

 

「実は、 いま君達を襲ってきた 【敵】 をボクは知っている。

詳しい説明は省くが “フリアグネ” という

ボクと同じ、『遠隔操作系』の能力者だ。

その戦果の完全性から

“狩人” の異名で仲間内では呼ばれていた」

 

「 『スタンド使い』……じゃねーな。

人間じゃねぇ特殊能力を持つヤツら……

紅世の徒(グゼノトモガラ)” とか言うヤツか?」

 

「その通りだ。今まで数多くの異界の能力者

“フレイムヘイズ” を相手にしながら、

()()()()()()()()()()()()()らしい。

それ故の “狩人” の通り名、 又は 『炎の暗殺者』 とも呼ばれている」

 

「暗殺……」

 

 承太郎は、シャナのフレイムヘイズの戦闘能力と

ソレ専用に特 化(カスタマイズ)された暗殺能力との

【相性】 をすぐさまに分析し始めた。

 そして弾き出されたその結果は……最低最悪。

 一撃必殺の威力持つ戦慄の大太刀 “贄殿遮那” に加え、

ソレをまるでを竜巻のように縦横無尽で繰り出す強靭な身体能力と戦闘技術、

加えて激しく渦巻く紅蓮の炎とを同時に操る能力を併せ持つシャナは

一見して 「無敵」 かに想われる。

 しかし、 それはあくまで一体一、

()()()()()()()()()()()での話だ。

 姿は解らないが今回のような相手、

戦略と戦術とを戦闘の主体に据え

真正面からブツかり合う事を得策とせず、

可能な限りリスクは殺ぎ落とし、

力の消耗を抑え博打は避け、

“目的の成就のみを” 至上として勝利へのコマを

一手一手着実に詰めていく老獪(ろうかい)な相手、

『暗殺者』 は、 シャナような近接戦闘を得意とする

「戦士」 にとってはまさしく “天敵” と言って良い。

 シャナの戦闘能力は確かに凄まじい。

単純な殺傷能力だけなら、 自分の 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 すらも

瞬間的には凌駕するかもしれない。

 しかし、強い力はそれに正比例してエネルギーも多く喰う、

つまり、『持続力』 が短いのだ。

 花京院は言葉を続ける。 

 

「その “狩人” フリアグネ、必勝の 「秘密」

ソレは、 彼の持っている 『銃』 にある。

スタンド能力ではないが特殊能力を持っているという点ではほぼ同じだ。

その銃で撃たれた異界の戦闘者 “フレイムヘイズ” は、

弾丸が掠っただけでも己の全身が炎に包まれて灰燼と化すらしい。

フレイムヘイズは自分の力に絶対の自信を持っている者が多いから、

“拳銃如きには関心を示さない”

という事が思考の死角を生み、 彼に倒されてきたようだ。

これは 「本人」 の口から直接聞いたから、おそらく本当の事だろう」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 花京院はそこで一端言葉を切って、

承太郎に考えをまとめる時間を与える。

 

「……その紅世の徒、 フリアグネとか言うヤローは

()()()()()()……それで間違いねーのか?」

 

 そこまで考えが廻らなかった、

己の甘さに歯噛みしながら承太郎は言葉を紡ぐ。

 

「ああ。 派手好みで高慢な男だったから、

「下」 は下僕(しもべ)に任せて

自分は 「上」 で高見の見物を決め込むという可能性が高い。

マジシャンズはボク達 『スタンド使い』 とは違う異界の能力者、

“フレイムヘイズ” だったな? だとしたら状況はフリアグネに有利だ。

“狩人” の能力で彼女を 『人質』 にでも取られれば、

君は一切手が出せなくなる」

 

「クッ!」

 

 想わず悔恨が口をついて出る。

 この “封絶” という奇妙な空間を生み出す能力を使う相手は、

自分では直接手を下さない、 黒幕的な性格を持つ者であるという事には

とっくに気がついていた。

 何よりDIOの配下の者であるという時点で、

正攻法のやり方が通用しないという事は推して知るべしだったのだ。

 

「クッ……シャナ……!」

 

 一人にするべきではなかった。

 承太郎の脳裏に、己の紅蓮の炎に焼かれる少女の姿が過ぎった。

 

「シャナ? マジシャンズの事か?」

 

 花京院の問いに承太郎は視線だけで頷く。

 そして苦々しい想いを噛み砕きながら、花京院の考えを肯定した。

 

「花京院、 確かにオメーの言うとおりかもしれねーな。

そのフリアグネとかいうヤローはまず、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

対複数戦の場合、 倒せるヤツから着実に潰していくのは定石中の定石だからな。

アイツの 『能力』 は、DIOのヤローを通して敵のヤツらに知れ渡っている。

つまり 『弱点』 までもだ! 今まで倒したスタンド使いの事も含めて、

()()()()()()()()()()()()()()()()()やがるッ!」

 

 承太郎はささくれ立った神経を宥める為、煙草を取り出し火を点けた。

 細い紫煙が鋭く口唇の隙間から吐き出される。

 彼らしくない、 苛立ちを露わにした吸い方だった。

 

「そしてアイツは! 

一見冷静に見えて実は直情的で考えなしな所がある。

テメーに対する 『挑発』 は受け流せてもそうじゃあねぇ、

例えば身内のヤツとかを 【侮辱】 されたらカッとなって、

一気に相手の射程圏内に招き寄せられる可能性は大だ。

そうなりゃあもうその 『銃』 の餌食、

イヤ、 もう片足突っ込みかけてっかもしれねぇ……!」

 

 紫煙と共に苦々しく言葉を吐き捨てながら、

承太郎はチャコールフィルターを噛み潰した。

 

(フリアグネ……ソイツはシャナを(おび)き寄せて

先に始末する為に、 「屋上」 で能力を発動させたんだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……!

クソッたれがッ! この空条 承太郎ともあろう者がまんまと

敵の術中にハマっちまったゼ……!)

 

 吹き出した煙草の吸い殻を足下で乱暴に揉み消した承太郎に、  

 

「君? 随分詳しいんだね?

マジシャンズ、 イヤ、 シャナ、 だっけ? 

彼女の事に」

 

花京院がしげしげと自分を見つめながら言った。

 

「……」

 

 まるで心理の虚を突かれたように

承太郎は一瞬視点が遠くなったがすぐに

 

「詳しいのはオレじゃあなくてジジイの方だ。

オレはヤローの話を又聞きしただけだ」

 

と微塵も表情を崩さず否定した。

 

「そう……」

 

 いつになく強い口調で言ったので花京院は静かに応じ、

そしてすぐ承太郎の瞳を見つめ返した。

 

「でもこれで敵の狙いは読めた。

“狩人” フリアグネはまずマジシャンズ、

シャナを捕らえた上でそれを(トラップ)に利用し、

同時に君も始末するつもりだ。

さあ! 先を急ごう!

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、 君は速く屋上に!」

 

「花京院……テメー……」

 

 その言葉に思わず声が詰まる。 

 ただ 「戦い抜く」 よりも 『護り抜く』 事の方が遙かに難しい。

 自ら一番危険な役目を買って出た花京院の覚悟と決意に、

承太郎の心は静かに震える。

 花京院はもう一度穏やかな微笑を浮かべると彼に背を向け、

 

「君は命懸けでボクを 【DIOの呪縛】 から救ってくれた!

だから! 今度はボクが君を助ける 「番」 だッッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

そう花京院は、背を向けたまま偽りのない気持ちを力強く承太郎に告げる。

 そして。

 

「ハイエロファント・グリーン!!」

 

 即座に己のスタンドを背後に出現させ、

学生服の裾を靡かせながら職員室の方向へと共に消えていった。

 

「……」

 

 その彼の姿を黙って見送った承太郎は、

 

「やれやれだぜ……死ぬんじゃねーぞ……花京院……!」

 

口元に微笑を浮かべ学帽の鍔で目元を覆った。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 





ハイどうもこんにちは。
『魔女エンヤ婆』の設定は少し変えてあります。
DIOサマの“血”を受けて()()()()()()というコトで。
屍生人(ゾンビ)”ではありません『吸血鬼(きゅうけつき)』です。
ジョナサンの肉体と「融合」した事により、
DIOサマの『能力』も進化しているというコトです。
まぁ()の元気な「お婆ちゃん」も捨てがたいのですが、
作品の“カラー”にちょっと()()()()ので
そこは「アンレジ」を加えました、予め御了承ください。
(【若返る前】が()()だったというコトで……('A`))

出来れば『ヴェール』と『ショール』くらいは付けたかったのですが、
如何せん素材不足です、ソコは想像で補ってください……('A`)
ソレでは(≧▽≦)ノシ


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『戦慄の暗殺者Ⅱ ~Stairway to Hell~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 スタンド、スタープラチナに垂直の軌道で真上に投擲されたシャナは、

まるで獲物に襲いかかる隼のように双眸はただ一点のみを凝視していた。

 全身に掛かる重力を振り切る、絶息の空間疾走。 

 

『オメーは 「上」 だッッ!!』

 

 先刻の言葉。

 シャナは、 その言葉にもう一度だけ心の中で頷いた。

 

(ウン。 「下」 はおまえに任せた。

だから、 ()()()()任せて……!)

 

 屋上全域に張り巡らされたフェンスを抜けたシャナは

そこで黒衣を翻して軽やか反転、

尚も直上に向かおうとする力の矛先を換え

華麗に宙返りを打って屋上の路面に手をついて着地した。

 真新しいコンクリート、 遠間にたくさんの空調機器や大型の給水タンク。

 その、 開けた空間の先――。

 自分の3倍以上の規模と密度を誇る

巨大な “封絶” の中心部に、

長身細身の男が白い存在のオーラを靡かせながら片膝を抱え

純白の長衣を気流に揺らしながら悠然と宙に浮いていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「こんにちは。 お嬢さん」

 

 甘い耽美的微笑をその口元に浮かべ、

今目覚めたかのように気怠い瞳と口調で男はシャナに言った。

 

「初めまして、 だね。

アラストールのフレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手”

私は紅世の王、 その真名 “狩人” フリアグネ。

以後御見知り於きを」

 

 フリアグネと名乗った純白スーツの美男子は、

幾重も躰に巻き付いた長衣の裾を静かに揺らしながら

屋上の路面へと軽やかに舞い降り、

相も変わらずの気怠げな表情と幻想的な雰囲気のまま、

パールグレーの頭髪を緩やかに靡かせシャナの方へと歩み寄る。

 

「……」

 

 周囲を警戒する事を忘れずに、

同じようにフリアグネへと歩み寄ったシャナが

その男の声とはまた対極の凛とした声で訊き返す。

 

「おまえが、王? 

2日前私たちにチョッカイを出してきた、

燐子達の主?」

 

「その通りだよ」

 

 純白の貴公子は悪びれもせずに

そう言って肩を竦め、そして厳かに瞳を閉じる。

 

「私の、 この世で何よりも大切な “マリアンヌ” に、

随分酷い事をしてくれたらしいね? 

全く、 どう(くび)り殺してくれようか?

この討滅の道具が……ッ!」 

 

 再び見開かれたそのパールグレーの瞳の中に、

険難な光を宿らせてフリアグネは殺気だった言葉をブツける。

 

「……ッ!」

 

 そのフリアグネに対し胸元のアラストールが、

わずかに声を低くして言葉を漏らす。

 

「フリアグネ……そしてマリアンヌか……

音に聞いた名だな……」

 

「知ってるの? アラストール?」

 

 アラストールの呟きにシャナが緊張感を崩さない口調で訊き返す。

 

「うむ。 数百年の永きに渡り、

数多のフレイムヘイズをたったの一人で討滅してきた

『フレイムヘイズ殺し専門』 の “狩人” だ。

加えて燐子創りの鬼才としてもその名は王達の間に鳴り響いている。

永続的に意志を持つ人形、 “マリアンヌ” は

彼奴(きやつ)が創造した燐子の中でも最高傑作の一つだ。

しかし、その者がまさか、彼の者の軍門に降っていたとはな」

 

 アラストールの言葉に、 フリアグネは口唇を笑みの形に曲げた。

 

「君と逢うのは初めてだね? 

荘厳なる紅世の王 “天壌の劫火” アラストール。

しかし、初対面の君に、()()()()()そう呼ばれるのは、

少々心外だな?」

 

数多(あまた)のフレイムヘイズを灰燼に帰しておきながら、

今更何を言う」

 

 アラストールとフリアグネ。

 紅世にその名を轟かせる二人の王が、

白い封絶で囲まれた学園屋上で対峙する。

 

「フッ……まぁいいさ。

最早 “狩人” の真名など、

私にとってはどうでも良い存在だ。

本来の意、 紅世の宝を集める狩猟者としての意も含めて、 ね」

 

 そう言うとフリアグネは、 純白の長衣を閃撃のように鋭く翻した。

 それだけで、 今までの気怠げな雰囲気が一気に吹き飛ぶ。

 

「貴様……それは一体どういう意味だ?」

 

 シャナの胸元から発せられるアラストールの問いに、

フリアグネは猛々しく名乗りを上げた。

 

「聞いての通りの意味さッッ!! 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!

今の私はアノ方の敵を抹殺する 『炎の暗殺者』 フリアグネ!!

身の程知らずにもアノ方を討滅しようと考える薄汚い“フレイムヘイズ”も!

そして 『幽波紋使い』 も! 一匹残らず探し出し全て残らず狩り殺すッッ!!」

 

 狂信者特有のギラギラした眼光を嫋やかな瞳に輝かせながら、

フリアグネは己の暗黒の決意をシャナとアラストールに向けて言い放った。

 

「そしてェェェッッ!! 『幽波紋使い狩り』!! フレイムヘイズ炎髪灼眼ッッ!!

貴様を斃してその真名をも頂戴し!

より完璧な 『暗殺者』 として私はアノ方に仕えよう!!

幽靈(ゆうりょう)劫炎(ごうえん)の簒奪者ッッ!!】

それがこの私の新たなる真名だッッ!!」

 

 フリアグネはそう叫んで獲物を狙う黒豹(クーガー)のような眼光でシャナを睨め付ける。

 

「やれるものならやってみろ!!」

 

 シャナは右腕を鋭く水平に薙ぎ払い、

黒衣を翻らせるとその凛々しき灼眼で

フリアグネを睨み返し勇ましき(とき)の声を上げた。

“狩られるのはおまえの方だッッ!!”

 真紅の双眸に宿る気高き光が何よりも強くそう訴えていた。

 自分の上で熱く猛るシャナとは裏腹に、

アラストールは冷静に眼前の状況を分析していた。

 

此奴(こやつ)の……()()()()()()()()()()()()……

よもや……この者も……)

 

 重い沈黙が醸し出す、 独特の雰囲気からアラストールの心情を察したのか

フリアグネはいきなりそのパールグレーの前髪をアラストールに向けて

(まく)り上げた。

 

「!」

 

 開けた額、 そこには、 ()()()()()()

 

「……」

 

 再度沈黙するアラストールに向け

フリアグネは不敵な笑みを浮かべて言う。

 

「無粋な勘繰りは止めて戴きたいものだな? アラストール?

()()()()()()()()アノ方に忠誠を誓ったのだ。

増長してアノ方に弓引くような愚か者でもなければ、

その絶大なる存在に畏怖して “逃げ出すような” 臆病者でもない」

 

 明らかに 「含み」 のある言葉で、

フリアグネはシャナではなく胸元のアラストールに告げる。

 直接的にではなく間接的に心疵(トラウマ)(えぐ)った方が、

効果は大きいというコトを熟知しての応答だった。

 

「なん、ですって……!」

 

 己の意志とは無関係に沸き上がる怒気と羞恥とを必死に抑えつけて、

シャナはフリアグネを鋭く睨み付ける。

 フリアグネはそんなシャナを無視し、

小馬鹿にするようにアラストールへ告げた。

 

「それに君は、 アノ方を幽血の統世 “王” 等と

無礼極まる呼び方をしているが、

全く以てとんでもない思い上がりだ。

まさか自分も “王” だからと言って

アノ方と 『同格』 の存在だとでも想っているのかね?

その厚顔無恥と傲慢不遜さは万死に値するよ」

 

 そう言い捨てまるで道端のつまらないものでも見るかのような

侮蔑の視線でアラストールを見下ろす。

 途轍もない憤激が、 シャナの全身を駆け巡った。

 

「キ・サ・マ!!」

 

 怒号と共に炎髪が一迅鋭く舞い上がり、

逆鱗に触れられた赤竜のように

大量の火の粉が空間を灼き焦がす。

 

「……」

 

 空間まで蠢くような途轍もない

怒りのプレッシャーを全身から放つシャナ、

それをフリアグネは再び無視して

再度アラストールに侮蔑の言葉を投げつけた。

 

「まぁ、 愚鈍な君にも名前を覚える位は出来るだろう。

次からはせいぜい 『悠血の統世神』 とでもあの方の御名を改め給え。

最大限の礼意と敬意を尽くしてな」

 

「……」

 

 きつく結ばれた可憐な口唇の中で、犬歯がギリッと軋んだ音を立てた。 

 アラストールがこのあからさまな嘲弄(ちょうろう)

眉 (?) 一つ動かす事無く梳き流したのとは逆に、

その上のシャナは今まさに噴火寸前の活火山のように怒り狂っていた。

 その強靭な意志と精神力とで何とか必死に抑えつけてはいるが、

血が滲むほど強く拳を握りしめ(俯いているためにその表情は伺えない)

きつく食いしばった細く小さな顎が憎悪の為に震えている。

 今にも戦慄の大太刀 “贄殿遮那” を黒衣の裾から抜き出し

真っ向から飛びかかりそうな危うさだった。

 ソレを実行しないのは 「まだアラストールの質問が終わっていない」

ただそれだけの理由だった。

 そうでなかったら、 こんなヤツの言葉に耳を貸す気などサラサラない。 

 かつて自分にこの上ない 『屈辱』 を与えた、

()()()の軍門に堕ちた王の戯言等に。

 

「……」

 

 アラストールは少女の様子を(つぶさ)に感じ取りながらも、

敢えて私情を抑えフリアグネに問いただす。

「多く」 とはいえ、 果たして一体どれだけの紅世の徒が

アノ男の配下に加わっているのか?

 そして、 如何なる 「理由」 から忠誠を誓っているのか?

明確に理解しておく必要があるという判断での行動だった。

 全ては、 アノ男を最後に 【討滅】 する為に。

 

「……フリアグネ。 いま一つだけ答えよ。

紅世の王足る貴様が、 何故に彼の者の僕となった?」

 

 己の挑発を意に介さず、

再び平静な声で発せられたアラストールの問いに

フリアグネは再度小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、

大袈裟に両腕広げヤレヤレと首を振った。

 

「一体何を訊くかと想えば……

これはまた答える価値の無い、

愚かな質問だな? アラストール?

“天壌の劫火” の眼力も地に堕ちたものだ」

 

「おまえの主観なんか訊いてないッッ!!

黙ってアラストールの質問に答えろ!! 消し炭にするぞッッ!!」

 

 忍耐の限界超えたシャナがアラストールの上で激高する。

 フリアグネはその様子を愉しむようにみつめると、

少女とは対照的な口調で言葉を返す。

 

「フフフッ……威勢がいいね? お嬢さん……

でも、 ()()()()()()()()()()()()()()()

今まで紅世の徒も含めて我が同胞が何人も君に討滅されたが、

「斬殺」 された者はいても “焼殺” された者は、

ただの一人もいなかったよ 」

 

「!?」

 

 驚愕に真紅の双眸が見開かれる。

 ついで燃え盛っていた怒りも僅かにその火勢を弱め

冷静な思考がシャナの中に舞い戻った。

 

「イヤ、実に残念だ。

灼炎の魔導士の華麗なる炎儀を愉しみしていたというのに、

まさかそれが “封絶” を知らない者の勘違いにしか過ぎなかったとは」

 

 フリアグネはそう言って淡い嘆息と共に長衣の裾をハタハタと振ってみせる。

 その仕草にカッとなったシャナが、 即座に怒気の籠もった声で反論する。

「勝手な、 憶測は止めておくのね……ッ!

いつ、 誰が、 炎の 『自在法』 が苦手なんて言った……!?」

 

 努めて平静を装うシャナを、フリアグネは眼を細めて真正面から見据えた。

 その射るような視線は、 一度標的にした獲物を執拗につけ狙う

“狩人” そのものだった。

 

「誰って……? ()()()()()()()

さっきから、 ()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか?」

 

(!?)

 

 予期せぬ言葉にシャナの瞳が更に遠くなる。

 一瞬、 言っている意味が解らなかった。

 しかし、 長い戦いの日々で磨き込まれた少女の鋭敏な頭脳と経験は、

すぐさまにフリアグネの言葉を理解した。

 論理(ロジック)ではなく感覚(フィーリング)で。

 

()()()()()()()()? 

先刻から君の 『視線の動き』 を少々注意して 「観察」 していたが、

君が行っているのは私の攻撃予備動作と自分の間合いとの確認。

気の勢とソレによって生じる心の虚への集中力の収斂(しゅうれん)

後は精々目眩ましと隠し武器に対する警戒だけだ。

ソレは典型的な 「剣 闘 士(スレイヤー)」 或いは 「格 闘 士(ケンプファー)」 の瞳の動き。

もし君が炎の自在法を得意とする 「魔 導 士(ウィザード)」 なら、

()()()()()()()()()()()? 

私が何を飛ばそうが己の躰へ着弾する前に

全て焼き尽くせば良いだけなのだから。

何よりいま現在に至るまで己の 「弱点」 である

水や氷の宝具や自在法に対する “結界” 一枚すらも張っていない。

その(てい)たらくで私に 『炎 の 魔 術 師(フレイミング・ソーサレス)』 だと想え、

と云う方が無理な話だろう?」

 

(クッ!! コ、コイツ!? 一体何者!?)

 

 法王と読んでも何ら異和感のないフリアグネの、

そのあまりの洞察力の鋭さにシャナは白刃の切っ先を喉元へ

当てられたような寒気を感じた。

 淡く冷たい、 今は人形のように無機質なパールグレーの瞳が

自分の 「弱み」 を正鵠に射抜いていた。

 今まで――。

 特にここ一年ばかりの間は、 戦い慣れた “紅世の徒” はともかく

最近になってその存在を知ったばかりの

幽波紋(スタンド)使い』 相手の戦いには殆ど、

王との契約によって得た人間を遙かに超越するフレイムヘイズの身体能力と

戦慄の大太刀 “贄殿遮那” との力のゴリ押しという戦形(カタチ)で何とか勝利を重ねてきた。

幽波紋(スタンド)』 と云う驚異的な変異変則能力を持つ異能の戦闘者、

『スタンド使い』 には今までの経験で培い、

そして磨き抜いてきた戦闘のマニュアルが

全く通用しない場合が実に多かった。

 その変幻自在の異形なる能力(チカラ)の前では、

一見した戦闘総力値が相手を上回っているという事などという事は、

文字通り気休めにもならない。

 最弱が突如最強に。

 極小が突如極大に。

 そんな全く予測の付かない、 一筋の道標すらない混沌とした力場こそが

スタンド使いとの通常戦闘。

 

 更に 『スタンド使い』 相手の場合、

その戦闘力はソレ固有の能 力(スペック)に合わせた環境と使用法により、

威力はありとあらゆる状況に合わせて文字通り千変万化する。

 戦闘の黄金律である筈の “如何に敵である者に致命的なダメージを与えるか?”

シャナの言葉を使えば “己の 「殺し」 を相手に刺し込むこと” 自体が

敵スタンドの特殊能力 『発動条件』 で有ったりした場合が何度も在った。

 相手の保持する能力如何によっては、

圧倒的に優位なフレイムヘイズの身体能力までもが時に足枷(あしかせ)となったり、

折角編み込んだ炎の自在法が逆に操られて自分に牙を剥いた事さえあった。

『幽血の統世王』

 DIOとの戦いによりその事を再認識したシャナは、

 直近(ちょっきん)では最初からフルスロットルで己の全戦闘能力を開放し、

相手の特殊能力を発動させる 「前」 に、

一気に大太刀の連撃の一斉総射をスタンド本体に捻じ込んで

一挙に討滅してしまうという方式を執っていた。

 当然反撃のリスクもあるが、

“スタンド能力はソレを操る本体が倒されてしまえば解除される”

というジョセフからの言葉を認識した上での選択だった。

 攻撃の多種多様多彩性は距離を縮める事によって潰し、

逆に至近距離での乱打戦なら肉体の生命力、 耐久力で遙かに勝る

フレイムヘイズの方が圧倒的に有利。

 そう見越して執ったシャナの戦闘方式は未知の敵、

『スタンド使い』 相手にものの見事に(ハマ)った。

『幽血の統世王』 以外のスタンド使いは全て生身の人間、

故に本体への直接攻撃が他の何よりも効果がある。

 そうやってスタンド共通の弱点を突く戦いを続け、

(たお)したスタンド使いの数が10人を超えた頃、

幽 波 紋 使 い 狩 り(スタンド・ハンター)紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)

という、 あまり有り難くないレッテルが自分に貼られていた。

 

 だから。

 それ故に存在の力を編み上げるのに大きな時間をロスする

“炎の戦闘自在法” は、 最初から戦いの選択肢からは除外された。

 その能力の解らない 『スタンド使い』 に、

ましてや一撃必殺の能力を携えているかもしれない相手に、

力を編むため硬直状態に陥るのは完全な自殺行為と言っていい。

 しかも折角編み上げた自在法も相手の能力によっては無効化、

或いは操られてこちらに弾き返されるという事態に陥ってしまう。

 故にDIOとの戦闘以降で “炎の自在法” は

全くといって良いほど使っていなかった。 

 最近の 「鍛錬」 の内容も、

身体能力の向上と剣技の練磨或いは新技能の開発という

贄殿遮那(カタナ)” 主体の訓練法で、

炎を用いる鍛錬は “封絶” くらいしか行っていない。 

 炎術の練度(れんど)が鈍っているのは明らかだった。 

 そして、 いま、 目の前にいるこの男は、

その事実、 ()()()()()()()()()()()()()

 もし自分の近接戦闘、 その主武器である “贄殿遮那” を封じる手段を

ヤツが持っているとしたら、 状況は極めて分が悪いと断じられた。

 シャナは怒りで燃え上がりながらも頭の隅で冷静にそう分析し、

警戒心をより強く研ぎ澄ました。

 しかしせっかく鎮まりかけた少女の内なる炎に、

フリアグネの次の言葉がまた余計な油を注ぐ。

 

「まったくもってガッカリだよ。

君は生粋の 「刀 剣 使 い(ブレイダー)」 だ。

それ以上でもそれ以下でもない。

凡庸で有り触れた相手、 今まで飽きるほど 「討滅」 した。

愚直に前から突っ込むしか能のない、

品位も礼節も欠片も持たない粗暴なる者が相手では、

戦意の高揚も戦果の充実も生まれようがない。

実に矮小(わいしょう)な、 “取るに足らない存在” だよ? 君は」

 

 そう言って斜に構え、割れた硝子の側面のような視線でシャナを見下ろす。

 

「ッッ!!」

 

「全く、私の 「同胞」 には君と殆ど容姿は変わらないが、

途轍もない炎の自在法の 「遣い手」 がいるよ。

焔儀だけならこの私すらも凌駕する、

『最強の自在法士』

紅世の王、その真名 (いただき)(くら)

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……ッッ!!」

 

 フリアグネの口から出た、 全く予想だにせぬ者の名。

 その事に、 胸元のアラストールが絶句する。

 上のシャナには、 最早その 「名」 は届かない。

 

「有名だから、 その存在くらいは知っているだろう?

君も少しは彼女を見習ったらどうかな?

あ、 君はここで討滅されてしまうから、

もうその機会は永遠に訪れないか?

これは失礼、 フフフフフフフ……」

 

 嫌味な程の笑顔で、 嬉しそうに口元を長衣で覆うフリアグネに対し、

 

「ぐ……!! うぅ……うううぅぅ……!!」

 

生まれて初めて血に塗れた獲物を目の前にした、

獣のような唸り声がシャナの口から漏れた。

 しかし少女のその様子に、

心中の驚愕のため今度はアラストールが気づかない。

 

( “頂の座” だとッッ!? 現世(うつしょ)ではフレイムヘイズと双璧を成す巨大組織

仮面舞踏会(バルマスケ)の 『大 御 巫(おおみかんなぎ)!!』

バカな!! 既にそのような者まで配下に誣いているというのか!? 彼の者は!?)

 

「うっ、ぐ……うっうっうっ……ウゥ~~~~~~~!!」

 

 少女は感情に心を焼かれまいと必死に憎しみを抑えようとしたが、

漏れる吐息と声までは抑えようがなかった。 

 身体の奥底からドス黒いナニカが湧き上がり、

早鐘を打つ鼓動と共に炉解した鋼のような

灼熱の血液が全身を隈無く駆け巡る。

 心の内で熱く激しく渦巻く感情に気が遠くなりかけた。

 奮熱(ふんねつ)する怒りで頭がどうにかなりそうだった。

 自分の能力に対する侮辱は、

同時に契約者であるアラストールに対する侮辱でもある。

 自分自身に対する揶揄や中傷だったら幾らでも耐えられた。

しかしこの世で最も尊敬し敬愛する、

己の存在の全てを捧げた

アラストールへの侮辱だけは絶対に赦せない。

 侮辱する者も、 付け入る隙を与えた自分自身も。 

 そんなシャナの様子を、

完全にその怒りが 『不可逆』 になった事を

フリアグネは満足気に確認すると、

再び彼女を無視してアラストールの方に向き直った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「さて、と。 お待たせしたかな? アラストール?

それでは君の下らない質問に答えて差し上げよう」

 

“下らない” という部分を殊更に強調して、

フリアグネは慇懃無礼を絵に描いたような仕草で

アラストールを睨め付けた。

 

「私がアノ方に忠誠を誓った理由……

それは、 ()()()()()()()()()()()()()

 

 俯いて怒りに震えるシャナとはなるべく視線を合わせないように、

瞳を閉じて横に向き直りそしてその両腕を組むと

フリアグネはアラストールにそう言い放った。

 

「実に単純な理由だがそれが全てだ。

何よりアノ方の世界を覆い尽くすような巨大な存在は、

その 『復活』 前から犇々(ひしひし)と感じていた。 「君」 もそうだろう?」

 

 意図的に少女の存在を無視し、 得意気に言葉を紡ぐフリアグネ。

 

「……」

 

 シャナの震える左足が、 無意識に一歩前に出た。

 フリアグネはDIOに劣らぬ邪悪な笑みを浮かべると、

妖しく煌めくパールグレーの瞳でサディスティックに一瞥した。

 

「その 『(きざし)』 が微睡(まどろみ)の中に現れた事も在ったか。

夢の中のアノ御方は、 神々しき麗絶な竜神の御姿(みすがた)をしておられたが、

実際に相対したその御姿は較べモノにならなかった。

同じくアノ方に御逢いした君なら、

()()()()()()()()()()? アラストール?」

 

「むう……」

 

 アラストールは此処から大海を挟んだ遙か遠く、

北米の地で垣間見たDIOの姿を想い起こした。

 確かに、 その全身が黄金に煌めくかのような、

絢爛たる永遠が顕在したかの如き男の姿に、

討滅の使命感以外の感情が芽生えなかったと言えばソレは嘘になる。

 沈黙するアラストールを誇らしげに一瞥した見つめたフリアグネは、

そのまま微かに高揚した声で言葉を続ける。

 

「私を始めとする紅世の徒の多くは、

アノ御方が永き眠りから 『復活』 するとほぼ同時に

すぐ御許(みもと)へと馳せ参じた。

それをしなかったのは、 アノ方の存在を感じ取れない無能な(ともがら)

愚かなフレイムヘイズだけだ」

 

 フリアグネはそう言って何もない空間を、

纏った長衣ごと愛おしそうに両腕で掻き抱く。

 頬には人間のように赤みが差し、 瞳はあくまで澄んでいた。

 

「アノ御方の存在は……あまりにも……あまりにも……ッ!

大きく、 深く、 そしてお美しい……

その御姿を前にしてその御力を試そうなどとは微塵も想わなかった……

アノ方の絶対的な存在の前では……この私の存在など塵芥にも等しい……

“フレイムヘイズ狩り” の自負など跡形も無く消し飛んだ……

そして気がつけば……私は自分の宝具をアノ方に献上していた……

そしてアノ方はそれをお受け取り下された……!

それだけで私の心は……この上ない至福で満たされたよ……ッ!

あんなに素晴らしい気持ちに包まれたのは……!

666年前にマリアンヌを生み出して以来初めてだった……ッ!」

 

 端麗な口唇から紡ぎ出されるフリアグネの言葉は、

か細い呟きのような淡い声調でアラストールに聞かせるというより

自分自身に言い聴かせているようだった。 

 そして純白の長衣を愛しそうに抱きしめながら、

赤子のような笑みをその耽美的美貌に広げる。

 

「遂に、 王足る 『誇り』 すらも失ったか? “狩人” フリアグネ」

 

 敵とはいえ、 同胞の余りに変わり果てた姿に

落胆を押し隠せない口調で告げられるアラストールの言葉に、

フリアグネは夢から覚めたように長衣から顔を起こすと

再び愚者を見下ろす歪んだ笑みで応える。

 

()()?」

 

 細めた流し目でアラストールを見たフリアグネは、

そのまま数秒言葉と動きを止める。

 そし、て。

 

「クッ、ハハハハハハハハハハハハハハ!!

アァァァァァァァァハハハハハハハハハハハハハ!!」

 

 いきなり子供のような、 無邪気で開けっぴろげな声をあげて笑い始めた。

 

「何が可笑しいッッ!!」

 

 怒髪天を突くようなシャナの喚声で空間がビリビリと震える。

 

「イヤイヤ、失礼。 まさかそんな低次元な応答が

返ってくるとは想わなかったのでね。 つい」

 

 口元を長衣の裾で覆いながらフリアグネは

小馬鹿にするような流し目をシャナに送って来た。

 相当に精神がHigh(ハイ)になっているのか、

小さな舌先まで出している。

 

「……!!」

 

 底無しに湧き上がってくる怒りに頭が沸騰するのを覚えた。

 

「しかし、アラストール? 

君はまだそんな次元の話をしていたのか?

全くもって最早救いがたい。

その老いた精神の鈍重さ加減には、

嫌悪を通り越して哀れみすら湧いてくるよ。

紅世の最果てに小屋でも(こしら)えて、

隠居していた方が良いんじゃないのかい?」

 

 心底呆れ返ったという表情で言い捨てられる露骨な侮蔑の言葉に、

シャナの奥歯がバリバリッと音を立てた。

 フリアグネはそんな少女の様子など意に介さず、

理解の悪い受講生を啓蒙(けいもう)する教授のように指先を立てた。

 

「いいかね? 誇りや使命などというそんな偏狭なヒロイズムは、

アノ方の絶対的な存在の前では全く無意味だ。

アノ方の前で全ての言葉は意味をなくす。

善や悪などという些末な概念など最初(はな)から超越しているのだよ!

アノ方は!」

 

 そう言ってフリアグネは大仰に両腕を広げてみせる。

 

「そして愚かなフレイムヘイズ風情には解るまい!

アノ方に存在を認められ永久(とわ)仕えることの出来るこの至上の悦びが!

今なら解る! そしてはっきりと実感出来るッ!

私はアノ方に逢う為に! 

数千年も時の中を彷徨(さまよ)ってきたのだ!!」

 

 フリアグネは最早完全に、 自分の紡ぐ言葉に自身で陶酔していた。

 カルト宗教の煽 動 者(アジテーター)特有の症状、 催 淫(ヒュプノシス)現象である。

 その端正な口唇から出る言葉は、

宛ら死霊の取り憑いた弦楽器が

狂って勝手に動き出したかのような、

異様で不気味な調律と韻を掻き奏でていた。

 

「そしてアノ方は!! この使命を完遂した暁には!!

この地での 『都喰らい』 を御赦し下された!!

これで私の永年の “悲願” も!! ようやく成就出来るというわけだッッ!!」

 

「!!」

 

「!!」

 

『都喰らい』

 その言葉にシャナとアラストールが同時に絶句する。

 そんな二人の様子など無視して、

フリアグネは狂った調律の狂騒を奏で続ける。

 

「クククククククククク! 全くもって最高だッ!

実に実に実に素晴らしいッ!

アノ方に出逢ってから私という存在の 『運命』 は、

その全てが完璧に回転している!!

ハハハハハハハハハハ!! 『神』 だ!!

アノ方は正しく現世(うつしょ)紅世(ぐぜ)とを統覇するべくして生まれた

『神』 なのだよ!!

フハハハハハハハハハハハハハハハ!!

クハハハハハハハハハハハハハハハ!!

アアアァァァーーーーーーハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

「貴様……」

 

 最早身も心も完全なるDIOの下僕へと堕ちたフリアグネに、

流石に嫌悪を滲ませた王に対し、

 

「アラストール……ッッ!!」

 

懇願するようにシャナは叫んだ。

 

「も……う……! 無駄……よ……!!

アノ男の……!! 奴隷に……!! 成り……下がった……!

ヤツに……!! もう……! これ以上……!

何……言っても……! 通じ……ない……!!」

 

 怒りで、 言葉が切れ切れにしか出てこない。

 でももう、 これ以上聞いているのは堪えられなかった。

 ()()()()()()()()()()

 アノ男に関する言葉も。

 そしてその(おぞ)ましき従属奴隷の声も。

 全身を生き物のように這い回り、

胎動と脈動とを繰り返す溢れ出る憎しみに気が狂いそうだった。

 そう……

 戦わないと気が狂う!

 討滅しないと気が狂う!!

 目の前のこの男を!

 そしてアノ男に纏わる全ての存在を!!

 

「クハハハハハハハハハハハハ!! このマヌケめッッ!!

貴様はその 『奴隷』 に惨たらしく殺されるのだよ!!

卑しい王の討滅の 【道具】 がッッ!!」

 

 フリアグネはまるでDIO自身が取り憑いたかのような

邪悪な風貌でサディスティックに嗤うと、

その瞳にも仕える主と同じ邪悪の光を宿らせて叫んだ。 

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 





はいどうもこんにちは。
『頂の座・ヘカテー』のキャラデザは変えました。
現在の挿絵作成の環境上、()のデザインは
どう足搔いても無理なんです。
なので“和洋折衷”の『魔法少女』という感じに致しました。
(「内側」が“和”で身体の末端に至るにかけて『洋装』が入る)
「能登ぉ~」とか言われても知りません、
『ノトーリアスB・I・G』でも喰らっといてください。

一応設定上はヴァニラ・アイス、エンヤと並ぶ
【ケタ外れの強さ】というコトになっておりますので、
まぁ『強キャラ感』出せたと個人的には満足しております。
多少、露出は多めになってしまいましたが、
ソコは『ジョジョのテイスト』が入ってるというコトで
予め御了承ください。
(『エルメェスの兄貴』よりはエロくないでしょ……('A`))
ソレでは(≧▽≦)ノシ



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『戦慄の暗殺者Ⅲ ~a Red Magician's Girl~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

「上等、よッッ!! 」

 フリアグネの悪意の叫びを開戦の火蓋と決定した

シャナの右手が黒衣の内側に伸びる。

 戦慄の美を流す大太刀 “贄殿遮那” を抜き放つ為に。

 その刹那。

 

 

 

 

 

 ズズズゥゥゥゥゥゥゥゥンンンンッッッッ!!!!

 

 

 

 

 激しい爆裂音が真下から、 屋上全体に向かって鳴り響いた。

 ついで巨大な何かが障害物に激突して爆砕したような重低音が轟き、

破壊の余波が足元からビリビリと伝わり靴の裏が揺れる。

 

(!!)

 

 シャナは反射的に、自分の足下を見つめた。

 その 「原因」 が誰なのかは考える迄もなかった。

 ()()()だ。

 

「あ……」

 

 少女の口元から想わず漏れた。

怒りや憎しみとは対極の感情が篭もった声。

 アイツもいま、 戦っている。

 自分と同じように。

 同じ場所で。同じ相手と。

“自分と一緒に戦っている”

 ただそれだけの当たり前の事実に、

心で渦巻く幾重にも絡み合った負の感情にも勝る想いを抱いたシャナは、

一瞬安堵の表情を無防備に浮かべ口元にも笑みが刻まれる。

 

「……」

 

 しかしその様子を老獪に見据えていたフリアグネは、

すぐさまに冷徹な言葉を少女に浴びせた。

 シャナに味方するものは、

例え 「音」 でさえも赦さないという

主譲りのドス黒い精神の残虐さで。

 

「おやおや?  「下」 は随分派手にやっているようだな?

どうやら私は居る場所を間違えたようだ。

早々にこのくだらないフレイムヘイズを片づけて、

マリアンヌを迎えに行ってやらねばね……」

 

 フリアグネはそこで一端言葉を句切り、

さらに周到にも一拍置いて

その美形を兇悪に変貌させて言い放つ。

 精神的に限界が近い今の少女には、 何よりも残酷な言葉を。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

その 「首」 を手土産に持ち帰れば、アノ方もお歓びになられる」

 

 そう言ってフリアグネは心底愉しそうにクスクスと嗤った。

 狂った光の宿るパールグレー流し目で、

シャナの一番純粋な部分を陵辱するかのように。

 

「!!!! 」

 

 そのフリアグネの言葉が終わるよりも速く

シャナの心の裡で、 理性の「(タガ)」が遂に数十本まとめて弾け飛んだ。

 精神の最後の主柱が音を立てて崩れ落ちた影響で、

シャナの心の中で渦巻いていた様々な負の感情と共に

それとは別に湧き上がっていた 「対極の感情」 とが混ざり合い、

正と負が煮え滾り心の局が無明の渾沌と化す。

 

「ッッッッ!!?? 」

 

 

 その瞬間(とき)

 シャナの(なか)で。

 ナニカが弾けた。

 

 

 シャナ自身ですら自覚の無い、

しかし少女の裡で静かにその覚醒の(とき)

待ち侘びながら胎動していた、 決定的なナニカが。

 脳裏の中、その頭蓋の深奥で一瞬の閃光の後、

紅い光暈(こううん)が網膜全てを充たし

そしてソレは己が全存在を輝きながらも包み込む。

 次の刹那、 シャナの 「灼眼」 に変異が起こった。  

 真紅の双眸に宿る、 いつもの燃え上がるように

鮮烈な色彩は完全に消え去り、

代わりに熔解した灼紅の鋼を瞬時に凝結したかのような、

まるで暗黒の重力場を想起させる超高密度な色彩へと変容する。

 虹彩に宿る紅蓮の光は完全に消え去り、

否、 変異した瞳の発する引力によって

光は全て外部へ脱出出来ずにまとめて瞳孔に吸い込まれ、

一片の光の存在すらも赦さない無限の虚無へと変貌した。

トランス(逸 脱)状態 ”

 今のシャナの状態を言葉で現すのなら、

その一言に尽きた。

 その己の急激なる 「変貌」 に、

その張本人であるシャナだけが気づいていない。

 しかしそれは当然の事象と云えた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったのだから。 

 今だ嘗て無いほどの凄まじい正と負の感情に心身を灼かれ、

その他様々な要素が複雑に折り重なって

半ば偶発的に覚醒し(めざめ)た 『能力』 なのだから。

 

「……ッッ!!」

 

 シャナの、 未だ嘗て視たコトの無い程の壮絶な変貌振りに、

誰よりも彼女を良く知る筈のアラストールまでもが、

驚愕の余り言葉を失う。

 シャナ自身が知り得ない能力(チカラ)の本質を、

一心同体であるアラストールもまた知りようがない。

 戦いの場に突如降臨した、

【特異点】 とでも云うべき無常の不確定要素により戦局は、

最早誰も予測だにしえない昏迷の事態へと陥った。

 

 

 

 ヤ・キ・ツ・ク・ス!!!!!

 

 

 

 シャナは純粋に、 ただソレだけを想った。

 通常の彼女の灼眼を、 闘志と使命に燃ゆる修羅の瞳と(たと)えるならば、

今のシャナの灼眼は、 破壊と滅亡を司る羅刹の瞳。

 

(楽には……滅さない……! おまえの犯したその 『罪』……ッ!

私が灼熱の劫火で断罪するッッ!! )

 

 何よりも強くそう心に誓い、

硬質な色彩を浮かべる無明の存在を宿した

その (しん)灼眼(しゃくがん) で、シャナはフリアグネを真正面から貫く。 

 

()()()には!! 指一本触れさせないッッ!! )

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……ッ!」

 

 無明の双眸と化したシャナの全身から発せられる、

まるでその存在自体が圧搾されるような凄まじいプレッシャーに

フリアグネは背筋に寒気を覚えながらも、

 

「ほう?  なかなからしい表情になったじゃないか?

少しは楽しめそう、 かな? 」

 

そう言って小さな口笛を奏で、 純白の長衣を翻した。

 

(チッ……少し煽り過ぎたか……

憤怒が回帰し過ぎて意識の円環を突き破り

ソレが精神の未知の部分を覚醒させて少し 「冷めた」 ようだ。

“アノ方 ” から聞かされていた性格とは大分違うな。

こんなに激情家だとは想わなかった)

 

 心の中でそう呟き、しかしフリアグネは

その老練な頭脳ですぐに戦闘の手順を修正する。

 

(フッ……まぁ良い。予定と少々違っても()()()()()()()()()

少しくらい力が向上(あが)ろうと私は

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

そうだろう? 私のマリアンヌ? )

 

 心の中で何よりも優しく燐子の恋人にそう問いかけると、

いきなりその視線を矢を番えた弦のようにキリリッと引き締め

長衣を真一文字に大きく翻した。 

 純白が滑らかに空間を撫でると同時に、

シャナの周囲を取り巻いて数十もの薄白い炎が

広い屋上に次々と湧き上がった。

 

「!!」

 

 どうやらフリアグネの纏っている長衣には、

「召喚」 或いは 「空間転移」 の自在法が既に編み込まれていたらしい。

 揺らめく白い陽炎の内側から、

武装した無数の等身大フィギュアが次々と姿を現した。

 どれもシャナの2頭身以上の長身で全て少女型。

 ペット樹脂の上にクロームでメッキされた滑らかな身体のラインに、

目立たない形で関節が仕込まれている。

 着ている 「服装」 は古今東西種々折々で、

ストリート・ファッションからセーラー服、

アーミールック、 ゴスロリ、 デカダン調のドレス、

更にブランド物のスーツや無意味に露出の多い武闘着、

加えて浴衣や晴れ着等々、

作り手である主の倒錯したセンスを

象徴したかのような滅裂振りだった。

 ソレら、 まさしく頽廃の趣味の産物が可愛らしく描かれた笑顔のまま、

スチールの関節を軋ませながら、 シャナへと向かって詰め寄ってくる。

 

「フッ……!」

 

 己の自在法が正確に起動した事を確認すると

フリアグネは軽やかに背後へと大きく跳躍し、

純白の長衣を優雅に気流に靡かせながら

屋上最奥に設置された給水塔の上へと着地した。

 

「クククククククク…………どうだい? お嬢さん?

私の可愛い下僕(しもべ)達は? ご期待に添えたかな? 」

 

 得意気なフリアグネの声が、

その武装フィギュア達の遙か向こう側からかかる。

 

「良い趣味してるわ……ッ! 虫酸が走るくらいにね……! 」

 

 吐き捨てるシャナにフリアグネは、

 

「つれない感想だねぇ。

せっかく記念すべき今日という日に備えて、

腕に()りをかけたというのに」

 

 そう言って給水塔の縁に右足をダラリと下げ左膝を抱えて座り込み、

純白の長衣の裾を頭上の封絶から発せられる気流に靡かせる。

 

「まぁ、 良い。 開戦の宣告にしては少々物足りないが、

さぁ!!!  始めようかッッ!! 」

 

 フリアグネは再びDIOと重なる

サディスティックな微笑を浮かべると、

今度は長衣の裾を鋭く斜めに翻した。

 その合図と同時に武装フィギュア達の盲目の瞳が白く発光し、

サーベルやレイピア、 スティールウィップやライトスピア、

ジャベリン、 クロスボーガン等女性でも扱える軽量の、

しかし殺傷能力は充分の武器を携えた人形達が

シャナへの包囲網を徐々に狭めていく。

 表面をクロームで覆われたそのフィギュアの群は、

開かない口からそれぞれ同じ機械合成音のような声を

全く同調のトーンで口走りながらシャナに詰め寄ってきた。 

 

「行かせない……」

 

「ご主人様を……」

 

「キズつけるものは……」

 

「誰一人……」

 

「どこにも……」

 

「ここから……」

 

「行かせない……」

 

「フレイム……」

 

「ヘイズ……」

 

「炎髪……」

 

「灼眼……」

 

「討滅の……」

 

「討滅の……道具……」

 

 金属の軋む耳障りな音が、 シャナの苛立った神経をささくれ立たせ

その苛立ちが更に己の使命感と破壊欲とを刺激してより激しく燃え上がらせる。

 ようやく訪れた、 約束の時。

 フレイムヘイズの使命を果たす事に、 胸が高揚した。

 同時に目の前に存在する全てを、

粉々に破壊してしまいたかった。

 そう、 なにもかも。

 恐らくは自分自身すらも。

 そんな矛盾した心象を併せ持ちながらも、

戸惑いは微塵も感じられなかった。

 頭の中は限りなく透明に澄み切っていた。

 草原を翔る清らかな涼風と、

廃墟で吹き荒れる破滅の乱風とが同時に混在していた。

『世界の果て』

 心象の在り様を一言で云うなら、 その表現こそが適当。

 少女は顔を俯かせたたまま、

口中を軋らせ黒い熱の籠もった声で呟く。

 

「冗談じゃ……ないわ……! どこにも……行かない……ッッ!!」

 

 そう言いながら細く可憐な手の先を、黒衣の内側に入れる。

 再び出てきた()には、 (くだん)の妖刀 “贄殿遮那” ではなく

煌々と光る存在の灯火 『トーチ』 の塊が乗せられていた。

 決して、 フリアグネの挑発に乗ったわけではない。

 だが、 今の自分には “炎” が必要だった。

 自分の心象の有り様を余す事なく顕現させる事の出来る、

紅蓮の “炎” が。

 

「例え……一匹でも……この私が……おまえ達を放って……

素通りすると……想う……!?」

 

 言葉の終わりとほぼ同時に、

掌の上のトーチが激しく渦巻く紅蓮の炎へと変貌する。

 自在法の練度が鈍っている為、

炎は彼女の制御を離れて気流に靡き

黒衣の肩口をチリチリと焦がす。

 シャナはそんな事など意に介さず、

黙ってこれから発動させるべき

『炎の自在法』 を精神の中で丹念に編み始めた。

 確かに自在法の 「練度」 は鈍っていた。

 しかし、 ()()()()()()()()()()()()()()()

 先程から自分の内部から絶え間なく沸き上がる、

得体の知れない(くら)い力。

 心の深奥から滲み出てて、 神経を介して全細胞を駆け巡り

やがて雨露のように冷たく全身へと染み渡る。

 その冷たく硬質で、 しかし何よりも危険で甘やかなカオスの感覚が

シャナの心の中の弱みを一切残さず全て吹き飛ばした。

 同時に屋上全域に響き渡る、 凛々しく猛々しい鬨の声。

 

(しらみ)ッ潰しよッッ!!  どけなんていわないッッ!!

おまえ達を一匹残らず焼き尽くしてッ!! 私はアイツを討滅するッッ!! 」

 

 勇ましきその喊声と同時に20を超える武装フィギュアが

一斉にシャナへと襲い掛かり、 更に十体以上が空中へと飛び上がり

頭上から共に襲い掛かってきた。

 

「せりゃあああああああああああああああああッッッッ!!!! 」

 

 シャナはまず跳躍のエネルギーを使い切り

自由落下へと陥った武装フィギュアに

右の掌から火炎の連弾を撃ち放った。

 己の内で炎の砲弾を瞬時に量産し次々に射出するシャナの躰は、

まるで戦闘機に搭載された機銃ように微細な振動を繰り返す。 

 射撃の精密性は無きに等しいがまるで暴風のような炎弾の狂瀾に、

重力に縛られた空中で自由が利かないフィギュア達は

まさに炎の篭に囚われた雛鳥も同然だった。 

 鉄製の刺が付いた鉄球を持ったブレザー、

セラミックのメスを構えたナース服、

カスタムされたスタンガンを持ったゴスロリ等が

次々に手と顔面、 ついでに胸と武器を撃ち抜かれ

瞬く間にグロテスクなジャンクへと変わる。

 

「うりゃああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 すぐさまにシャナは視線を前方に移すと、

交差した左の掌で同じように炎弾の嵐を一斉乱射し

チャイナ服やランジェリー姿の殺 戮 機 械(キリング・マシーン)を蜂の巣にして爆散させた。

 まるで炎髪の撒く深紅の背後に、

無数の機銃と副砲、 そして爆弾を搭載した重戦闘機のシルエットが

視えるかのような壮絶さだった。

 武装フィギュアの斬り込み部隊を(あまね)く炎弾の乱舞で

即座に壊滅させたシャナは、 

その虚無の視線で解れた包囲の外で二の足を踏む後方支援部隊、

更にその奧、 給水塔の上で優雅に座っているフリアグネを鋭く貫く。

 

(おまえ? さっき言ったわよね?  ()()()()()()()()()

 

 硬質な無明の色彩と化した双眸が、

一際重く狩人を(すが)める。

 

(みたい、の……?)

 

 シャナは仇敵へ言い聞かせるように、 小さく呟く。

 

「そんなに見たけりゃ()せてあげるわッッ!! 」

 

 そして激高したシャナは、 手の中のトーチを全て紅蓮の炎に換えた。

 

(おまえは一つ、 大きな勘違いをしている……ッ!

私は 『炎の自在法』 が 「苦手」 なわけじゃない……!)

 

 やがて右手に宿った炎が火勢を弱め、

その減った分の炎が左手へと移る。

 

( “贄殿遮那” で斬り倒した方が手っ取り早いから使わないだけよッッ!!)

 

 開いた両手で炎を腰の位置に構えた少女は、

心の中でフリアグネにそう叫んだ。

 

「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 猛りと共にシャナの両脇に広げられた手に宿る二つの炎が、

一切の過程を省いて瞬時に変容する。

 右手に、 波濤が渦巻く業火の炎。

 左手に、 静謐に揺らめく浄化の炎。

 シャナはその二つの炎の塊が宿った掌を、

固定されたリズムと軌道で何度も何度も眼前で撃ち合わせる。

 静と動の火花が、 何度も何度も弾けて交錯した。 

 そして混ざり合った属性の違う炎は、

やがてシャナの目の前で巨大な深紅の球となり

宝玉のような神聖さで煌めきながら宙に浮く。

 

(恐悦の歓喜に(むせ)()けッッ!! おまえが!!

フレイムヘイズ炎髪灼眼最大最強焔儀最初の討滅者だッッ!! )

 

 渦巻く紅蓮の炎が心の内で顕現したかのような、

魂の慟哭。 シャナの誓い。

 紅く輝く炎の球は、 砕けた戦刃のように

凶暴な火走りの余波で空間を灼きながらも、

自身は静かに発動の(トキ)を待つ。

 

(思い、 知らせてやる……ッ!)

 

 シャナの両手に宿った二つの炎は、

その密度を薄めつつも尚も激しく

互いに炎の球へと撃ち付けられ、

その身を軋ませながら融合し、 膨張していく。

 

(“フレイムヘイズ” をナメるとどうなるかッッ!! 私をナメるとどうなるか!!

それにッッ!!)

 

 シャナの脳裏に、 一人の人間の姿が浮かんだ。

 

(モタモタなんてしてられないッッ!!)

 

 ほんの僅か二日前、 少女の心中に宿ったまだ小さい、

しかし他の何よりも強い輝きを放つその存在の篝火が、

少女を、 シャナを、 己が黒い炎に呑み込まれるのを

ギリギリで踏み留まらせていた。

 

()()()が下で待ってるのよッッ!! 」

 

 己の決意を叫ぶと同時に、

右と左、 属性の違う炎が互いに混ざり合い

極限まで引き絞られた炎の球は

眼前でまるで生き物のように蠢き、 そして胎動する。

 シャナは焔儀発動の構えを緩やかな動きで執りながら、

閃烈な無明の瞳で前方を射抜いた。

 炎弾を警戒して寄ってこれないフィギュア達ではなく、

その奧にいる人形達の主、 殺戮の “狩人” フリアグネを――!

 

「くらえええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!」

 

 勇ましき駆け声と同時に、

シャナは両腕を(日根「)りながら目の前で素早く交差し、

直角に折り曲げられた左肘に顔を埋めるようにして

隙間から覗く視線は標的、 フリアグネからやや降ろす。

 そして交差された腕の指先には、

いつの間にか密教徒が結ぶ 「印」 のような、

不可思議な形が結ばれていた。

 その動作と呼応するように、 今は無明の煌熱(こうねつ)をその身に宿す

カーディナル・レッドの灼眼が初めてキラメキながら何よりも強く輝いた。

 その輝きに同 調(シンクロ)して、 炎気を極限まで超圧縮して凝結された

高密度の真紅の球は、 周囲に火花と放電とを撒き散らしながら

徐々にその身を巨大な 『北 欧 高 十 字 架(ケルティック・ハイクロス)』 の(カタチ)に変容させていく。

 其の、 シャナが執った 「術式」 は。

 地上に()だ歴史が存在しない悠久の遙か太古より紅世に伝わる、

“フレイムヘイズ専用戦闘焔儀大系” の中の一つ。

 遍く幾千もの炎を集束して高め、 そして爆発的な威力で()り出す為に

アラストールを始めとする紅世の王達と、 優れたフレイムヘイズ達に()って

幾重にも渡る淘汰と研磨、 進化と深化の相剋の果てに創り出された

究極の綜合汎用型焔術自在法。

 

 

 

 

 

 

【|紅 堂 伽 藍 拾 弐 魔 殿 極 絶 無 限 神 苑 熾 祇《ゾディアック・アビスティア・アヴソリュート・エクストリーム》】

 

 

 

 

 

 

 その 「領域」 の一体系、 『流式(ムーヴ)』 に拠って結合された反属性同士の炎は、

シャナの目の前でさらに激しく高ぶる。

 

紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(アーク・クリムゾン・ブレイズ)ッッ!!」

 

 己が執行する焔儀の 「御名(みな)」 を猛々しく叫んだシャナは、

八字立ちで指の印を振り解きながら交差した両の(かいな)(ひね)りを加えて、

鳳凰の羽撃(はばた)きのように勢いよく押し拡げ全身から深紅の火の粉を撒くと。

 

 

 

 

 

 

炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)!!!!!!』

 

 

 

 

 

 絶叫した。 

 ソノ、 術式発動の叫声と共に閃光とスパークとに揺らめく火の粉を

花片(はなびら)のように飛ばしていた灼熱の炎架は、

即座にドギュッッ!! という爆発的な加速音を立てて

白い封絶に覆われた空間を駆け巡った。

 

 

 

 

 

 グァジュウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 狂嵐の焦熱地獄。

 唸りを上げて武装フィギュア達に迫る灼熱の炎架は

まるで錯乱した兇天使のように、

縦横無尽に踊り狂い誰の予測も付かないランダムな軌道で

高熱の巻き起こす余波と共に空間を(ところ)狭しと暴れ廻った。

 樹脂の灼ける音。

 鉄の焦げる匂い。

 焔儀創造の際、 同時に内部に編み込まれていた

無数の “操作系自在式” によって

空間に紅い精密な幾何学模様の軌跡を描く

炎 の 高 十 字 架(フレイミング・ハイクロス)』 は、

防御も回避も視認すらも出来ないフィギュア達に

情け容赦なく激突してその身を轢断(れきだん)し、

そしてバラバラになった残骸を次々に蒸散させていく。

 まるで、 シャナの内なる精神の火勢を代弁するが如く。 

 気が付けば、 70体以上いた筈の武装燐子フィギュアは

残り僅か数体、 内無傷なものはたったの3体のみ。

 残りは必殺の大太刀 “贄殿遮那” を温存したままの怒れるフレイムヘイズ、

“炎髪灼眼の討ち手” その凄絶なる焔儀によって全て跡形もなく焼き尽くされた。 

 術の反動、 そして射出の勢いで宙に舞い上がっていたシャナは

その身を中空で反転させ軽やかにコンクリートの上へ着地する。

 目の前の視界、 白い火花を放つ燐子達の

最早残骸とも呼べぬ存在の残滓が其処彼処(そこかしこ)に散乱した、

見る者によっては阿鼻叫喚の地獄絵図を想起させるような

惨憺(さんたん)たる光景を、 少女は真紅の煌めきをなくした

無明の双眸で見つめていた。

 

 今し方発動した輪舞型の操作系自在式は、

あくまで目の前の視界を明瞭にするため高架に編み込んだモノ。

 幾ら武装しているとはいえ燐子如きが例え何百体集まろうと、

()()シャナの眼中には端からいないも同然だった。

 そのシャナの傍らに、 術者の命令を忠実に果たした紅蓮の炎架が

主を護る守 護 者(ガーディアン)のように舞い降りる。

 シャナはその一切の光を宿さない無明の双眸で、

給水塔の上、 笑顔のまま拍手をしているフリアグネを冷酷に見据えると

人間の関節可動域を完全に無視して複雑に絡められた

自在式発動印が結ばれた右手を肩口へと掲げる。

 そして咎人を断罪する執行官のような峻厳足る動作で

勢いよく印を振り解きながら真下へと振り下ろした。

 その動作に合わせ内部に編み込まれた突貫型の操作系自在式が発動し、

炎架中心部に埋め込まれた灼熱の紅玉がより強く発光する。

 

「ッッッけぇぇぇぇ!!!!」

 

 シャナの叫びが終わる前に深紅の炎架は迫撃砲が発射されたかのような

爆裂音を轟かせながら超加速し、 笑みを浮かべて拍手を続ける

フリアグネに向かい一部の狂いもない正確な命中精度で襲い掛かった。

 

(灰に! なれ!!)

 

 空間に紅蓮の軌跡を残す火炎の疾走を見送りながらシャナは強く心の声で、

 

灰燼(はい)になれええええぇぇぇぇッッ!! 狩人フリアグネエエエエェェェェッッ!! 」 

 

そして現実の声でそう叫ぶと、 自分が認める二人の血統の男と同じように

右手を逆水平に構え標的を、フリアグネを貫くように差した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)

流式者名-空条 シャナ

破壊力-A スピード-B 射程距離-B

持続力-A 精密動作性-B 成長性-C

 

能力-業炎と浄炎。 異なる二つの属性の炎を自在式によって結合させ、

   相乗効果によって増大した存在の力を高架型に変容させて

   相手に撃ち込む炎の戦闘自在法。

   高架に様々な自在式を編み込むことによって、

   その軌道や属性を複雑に変化させる事が出来る剛柔一体の焔絶儀。

   弱点は発動までの所要時間が長い事と、 存在の力の消耗が大きいこと。

 

 



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『戦慄の暗殺者Ⅳ ~Illuminati Cradle~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

灰燼(ハイ)になれええええぇぇぇぇッッ!! 狩人フリアグネエエエエェェェェッッ!! 」

 

 焼魂の叫びと逆水平に構えた指先で鋭くフリアグネを刺すシャナ。

 その標的に向け “轟ッッ!!” という凄まじい唸りを上げて迫る、

赤熱の 『灼 炎 高 十 字 架(フレイミング・ハイクロス)

 

「フッ……」

 

 炎架の放つ凄まじい灼光にその耽美的な美貌を照らされ

給水塔の上に片膝を降ろして座っていたフリアグネは、

笑みを浮かべたまま拍手を止めると純白の長衣が絡み合った

女性のように細い左手をゆっくりと前に差し出し、

そして緩やかな反時計廻りに動かしながら

誤差一㎜の狂いもない円を空間に描き始めた。

 ピアニストのように細く艶めかしい指先が

時間軸の四半点を撫ぞる度、 その印が複雑に組み換えられる。

 流麗な動作とは裏腹に頭蓋の神経が毟られるような

精密手技を執っているにも関わらず、

フリアグネは額に汗一つかかず口元の笑みも崩していなかった。

 己の知力と技術とに、 絶対の自信を持っている何よりの証。

 その廻転運動に合わせ、

純白の長衣と同色の手袋で覆われた掌中からやがて、

奇怪な紋字と紋様が湧き水のように溢れ出した。

 白炎で包まれた無数の紋様はすぐさま立体的に膨張し、

フリアグネの周囲に円球状と成って展開されその華奢な躰を包み込む。

 突如場に出現したその白炎障壁に、

シャナの撃ち放った紅蓮の炎架が真正面から激突した。

 バシュッッッ!!!

 その刹那、 赤熱の 『灼 炎 高 十 字 架(フレイミング・ハイクロス)』 は

跡形もなく粉微塵となって消し飛んだ。

 エネルギーの膠着も、 拮抗も、 対消滅も、

()()()()()()()()()存在の忘却の彼方へと吹き飛んだ。 

 白炎の紋様障壁に包まれたフリアグネの周囲を、

砕けた炎架の飛沫が余韻のように靡く。

 宛ら、“アノ時” を再 現(トレース)するかのように。

 そんなコトはさも当然だと言わんばかりに、

フリアグネは口元を長衣で覆ったまま

勝ち誇ったようにシャナを見下ろしていた。

 

「そ……そ……んな……ッ!?」

 

 一切の光の存在を赦さない、 無明の双眸が驚愕で見開かれる。

 自分の、 最大最強焔儀がいとも簡単に防がれた。

 炎術の練度が鈍っていた等という些末な問題ではない、

自分は、 先刻の焔儀を刳り出す為に手持ちの存在力の塊

『トーチ』 を全て残らず消費した。

 それに加え大きさに比例して制御も難しくなる巨大なる力を、

己の精神力のみで強引に捻じ伏せ最高の威力を編み出した上で発動したのだ。

 それなのに、 自分がアレだけ時間と労力を賭けて造り出した攻撃型自在法を、

眼前の男はものの数秒でソレ以上の防御系自在法を生み出し封殺した。

 消し飛んだ炎塊の余韻と共にパールグレーの前髪が、

封絶の放つ気流でたおやかに揺れている。

 その余裕の表情は、 (かげ)る事を知らない。

極 大 魔 導 士(スペリオル・ウィザード)

 そんな突拍子もない単語がシャナの脳裏に浮かんだ。

 しかし事実、 そう認めるしかない。

 自分の最大焔儀、 『炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)』 の焦熱力は、

重さ一トンの鉄塊を蒸発させるくらいの威力は在った筈。

 その上で今までの最高の力を乗せて焔儀を刳り出せた。

 ソノ力の結晶をいとも簡単に封殺されたのでは、

否が応でもそう認めざるをえない。

 そして再び、 頭上から到来する壮麗な “王” の声。

 

「フフフフフフ……君のその姿に相応しい、

実に可憐な焔儀だったよ? お嬢さん?

しかしその 『威力』 も君の姿と同じで、

脆く儚い存在だったようだねぇ?

まるで野に咲き乱れる霞草のように。

無人の荒野を駆るこの私には、

ただ踏みしだかれるだけの脆弱な存在だったようだ。

イヤ、“だからこそ美しい” かな? 

フフフフフフフフフフフフフフ……」

 

 フリアグネはそう言って倒錯的な微笑をシャナへと向ける。

 

「ッ!」

 

 その挑発に、 シャナはキッとした鋭い視線で返す。

 そして心中の動揺を悟られぬよう、 極力平静を装って言い放つ。

 

「流石に大口を叩くだけの事はあるわね?  “狩人”

超遠距離からの 『暗殺』 を得意とするだけあって、

ソレに対する防御対策は万全ってワケ?

でもそれは同時に接近されたら、

一巻の終わりって白状しているようなものだわ」

 

 その言葉に、 フリアグネはわざと平淡な口調で応じる。

 

「フッ、 その通りだよ、 お嬢さん。 私は荒事が嫌いでね。

この手では薄氷一枚砕いた事がない」

 

 そう言ってシルクの手袋で覆われた細い手をこちらに差し向ける。

 

「愛するマリアンヌに、 無骨な手で触れたくはないからね。

フフフフフフフフ」

 

 己の弱点をアッサリと晒らけ出しながらも、

フリアグネは嫌味なほど余裕で右手を振っている。

 

「第一、 戦闘者同士が暑苦しく近距離で押し合い引き合い、

ソレで一体何が 『美しい』 と云うのかな?

真の 『美』 とは、 一切の無駄を省いた所にこそ初めて存在し得るのさ。

そう “アノ方” のように、 ね」

 

 甘くそう呟いて言葉の終わりに軽く片目を閉じる。

 人間には持てない幻想的な魅惑がそこには在った。

 

「さて、以上で前 奏 曲(プレリュード)は終了したようだね?

ソレでは私と君の “戦闘組曲第二楽章”

IN MY DREAM(幻 惑 の 中) の開幕といこうかッッ!!」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 そう言ってフリアグネは再び魔力の宿った純白の長衣を上方の空間に翻した。

 瞬時に先刻同様薄白い炎が次々と浮かび上がってシャナを取り囲み、

頽廃のマリオネット達が第一波を遥かに超える数で召喚される。

 

「!」

 

 シャナは表情を引き締め、 先刻同様壮烈な鬨の声を挙げる。

 

「何かと想えば性懲りも無くまた燐子の召喚ッ!?

この私に同じ 「手」 を二度使う時点で、 既に凡策よッッ!!」

 

 凛々しく叫び、 シャナは右手を素早く黒衣の内側に押し込む。

 そこから握られて出てきたのは(くだん)の妖魔刀、

少女の名の銘でもある戦慄の美を流す大太刀、

贄 殿 遮 那(にえとののしゃな)ッッ!!”

 

「生憎だけど、 どんな強力な防御障壁を展開してもこの私には通用しない!!

編み込んだ己の自在法を 『増幅』 させッ! 

同時に触れた全ての自在法を虚無へと還す!!

この “贄殿遮那” の前ではねッッ!!」

 

 そう叫んで掴んだ大太刀を鋭く薙ぎ払う。

 己の迷いを、 全て断ち切るかのように。

 大気の割かれる痛烈な斬切音と共に、

巻き起こった気流が黒衣の裾が揺らした。

 

「それに “第二楽章” なんかじゃないッッ!!

これが “最終楽章” !! DEAD END(討 滅) よッッ!!」

 

 そうフリアグネへ宣告すると同時に、

シャナは炎髪の撒く火の粉を足裏に集束して爆散させ

石版を踏み砕きながら前方右斜めの武装燐子の群に挑みかかった。

 その胸元で突風に揺れるアラストールは、

心に浮かんだ一抹の異和感を拭いきれずにいた。

 

(むう……先刻、 この子の焔儀から彼奴の身を護ったのは果たして、

()()()()()()()()()()()? ソレにしては 「自在式」 の執り方が

少々乱雑な(フシ)が在ったが……)

 

「でやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 

 アラストールの懸念をよそに、

シャナは燃え上がる鬨の咆吼をあげながら

黒衣を翻して武装燐子の群に突貫した。

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 空条 承太郎は階段を5段抜かしで疾風のように素早く二階へと駆け上がると、

素早く軸足をターンさせ屋上へと繋がる中央階段の方向に向かって駆けだした。

 今昇ってきた階段で3階まではいけるが屋上まではいけない。

 マキシコートのように裾の長いSPW財団系列のブランド

“CRUSADE” 特製オーダーメイドの学ランが風圧で舞い上がり

襟元から垂れ下がった鎖が澄んだ音を立てる。

 体温上昇の発汗により蠱惑的な麝香が一際高く空間を靡いた。 

 今、 その永き血統が司る気高きライトグリーンの瞳には、

明らかに焦燥の色が在った。

 彼自身自覚のない、 まだその理由さえも形になっていない

焦り、 戸惑い、 そして苛立ち。

 深夜の繁華街でゴロツキ共と刃傷沙汰になった時、

冷や汗一つかかなかった承太郎らしくない焦り方だった。 

 鍛え抜かれた長い健脚で非日常の場と化した

廊下を疾走する、 無頼の貴公子。

 その怜悧なライトグリーンの瞳が一点、 何かを捉える。

 

「ッ!」

 

 承太郎はスタンドの 「脚」 を使って摩擦熱を伴いながら急ブレーキをかけ、

それ自体は決して珍しくない、 しかしその存在の “有り様” が実に異様な

ソレに視点を向けた。

 中空に浮き上がり窓から漏れる白光に妖しく煌めく 「長方形」

 くるりと軽やかに回って見せた図柄は、 身の丈を越える大鎌を肩口に掲げる死神

“JOKER”

 

(トランプ……か……?)

 

 その宙に浮く、 一枚のカードからはらり、 と、 存在しないはずの二枚目が落ちた。

続けて三枚目、 四枚目……月下の白光に酷似した光に反照するカードが

次々と空間に零れ落ち、 そして舞い上がり、 どんどん増えていく。

 やがてトランプの規定枚数52枚を超えて増殖し、

無軌道に宙を固まって紙吹雪ように舞い踊るソレは、

徐々に速度を速めながら渦巻いて承太郎を取り囲み

周囲半径5メートル以内を完璧に覆い尽くす。

 現実性を完全に欠如した光景。 

 まるで奇術師のいない悪趣味なマジックを魅せられているようだった。

 承太郎は周囲を警戒しながら、 静かに臨戦体勢を執る。

 

(コレが……アラストールの言ってやがった

スタンドと同質の能力(チカラ)を持つ道具、

紅 世 の 宝 具(グゼノホーグ) とかいうヤツか?

やれやれ全く薄気味悪いったらありゃしねーぜ)

 

 心の中で毒づきながらも承太郎は研ぎ澄まされた五感を総動員して

カードの動きを追跡しながら集中力を高めていく。

 突然、 そのカード群の軌道の一つが周囲から外れて

流れ始めたと思うと、 一方を指向する。

 承太郎の首筋、 頸動脈の位置を。

 続けて他のカード達もそれぞれ軌道を外れて各々の流れを造り出すと、

同じようにそれぞれの指向を刺し示した。

 人体の急所、 頚椎、 眉間、 鳩尾、 背梁、 脇影、 聖門、 手甲、

そして三 陰(アキレス腱)を。

 まるでギリシア神話に出てくる玖 頭(きゅうとう)の蛇、

ヒュドラのように鎌首を(もた)

それぞれが差し示した致命点へと高速で襲いかかってきた。

 

「スタープラチナァァァァァッッ!!」

 

 承太郎の猛りと共に、 ストリートダンスの 「フロア・ムーブ」 のような、

()した高速廻転錐揉み状態で出現したスタンド

星 の 白 金(スター・プラチナ)』 がそのままの体勢で前後左右、

あらゆる角度から致命点へと襲いかかる死のカードに向けて貫き手の乱打を射出する。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!』

 

 その流麗且つ壮絶な姿、 まさに輝く黄金の竜巻、 否、 煌めく白金の乱気流。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァ!!!!!!!』

 

 

 自らの起こした拳風によって周囲の空気を円環状に攪拌しながら、

同時に捲き上がった旋風と共に中空へと舞い上がり承太郎の前方右斜め、

1,5mの位置へと着地したスタンド、 スタープラチナ。

 その交差された剛腕の先端、 引き絞られた指の隙間には

それぞれ同数のカードが一枚の誤差も無く挟み込まれていた。

 タネも仕掛けもない、 勇壮なる 『スタンド使い』

空条 承太郎の、 神業的な 『幽 波 紋 魔 術(スタンド・マジック)

 スタンド本体の攻撃力(パワー)瞬速力(スピード)、 精密動作性、

そして何よりもソレを操る宿主の適切な状況判断力と

ソレに対応できる技術力(テクニック)、 加えて鋭敏な知能と強靭な精神力とが

それぞれ融合して初めて繰り出す事が可能な戦巧技。

 燐纏昇流(りんてんしょうりゅう)。 裂空の嵐撃。

 流星の流法(モード)

流 星 群 漣 綸(スター・スパイラル)

流法者名-空条 承太郎

破壊力-B スピード-A 射程距離-C(最大半径3メートル)

持続力-D 精密動作性-A 成長性-B

 

 

 

 

 

『オッッッッッラァァァァァッッ!!』

 

 刃よりもキレのある咆哮と共に今度はスタープラチナがそう叫び

交差した両腕を眼にも止まらない動作で払い合わせる。

 先端のエッジが薄刃のように研がれた殺人カードの束は、

自身の切れ味で互いが互いを刻み、

シュレッダーにかけられた薄紙同様に

線切りとなってリノリウムの床に力無く舞い落ちた。

 

「フン、 こんな子供騙しでこの空条 承太郎を仕留めようなんざ

随分と虫のイイ話だぜ」

 

 承太郎は足下で動かなくなったカードの残骸を

ドイツ製の革靴で乱暴に蹴り払う。

 そし、 て。

 

「出てきやがれッッ!! ()()のは解ってんだぜッッ!!」 

 

 そう叫んで誰もいない空間へ向かい、

逆水平に構えた指先を差し示した。

 

 

 

 

“流石……ね……! 『星の白金』 ……空条 承太郎……ッ!”

 

 

 

 

 開けた視界の中、 誰も居ない筈の空間に若い女の声が木霊した。

 日本人離れした長身を持つ彼には通常あり得ない位置 “頭上” から。

 

 

 

 

 

“いいえ……! 我が主の名誉(ほまれ)の為に……! こう呼ばせてもらうわ……!

星 躔 琉 撃(せいてんりゅうげき)殲 滅 者(せんめつしゃ)』 ……ッッ!!”

 

 

 

 

 

 

 仰々しい言い回しに、 承太郎は小さく舌打ちする。 

 

 

 

 

 

 

“ご主人様御自慢の 「宝具」……

『レギュラー・シャープ』 をいとも簡単に封殺するなんて……ッ!

それでこそ私自身が討滅する価値があるというものよ……!! ”

 

 

 

 

 

 

「ケッ! 余計な御託を並べてんじゃあねーッ! 勝手な 「通り名」 まで付けやがって!

とっとと姿を現しやがれッ! もう()()()居るのはバレてんだぜ!」

 

 

 

 

 

“フフフフフフフ……光栄に想いなさい……! 

アナタの為に、 とびきり高貴な真名を考えてあげたわ……!

ご主人様勝利の御為に、 ね……ッ!”

 

 

 

 

 微かな笑みを含んだ声と共に、

静寂な廊下中央にいきなり白い炎が濁流のように渦巻いたかと思うと、

そこに人型のシルエットが浮かび上がった。

 

「……」

 

 余韻を残して余熱も残さず立ち消えた炎の向こう側。

 膝下まである砕けたホワイト・サファイアを(ちりば)めたかのような光沢の髪に、

至純なる紫水晶(アメジスト)の瞳を携えた絶世の麗女が、

神秘的な雰囲気を纏わせながら其処に立っていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 




はいどうもこんにちは。
この()が描きたくて此処までヤって参りました……('A`)
正直かなりイイ出来になったと個人的には満足しております。
まぁ当然「中身」は()()なんですけどね。
ソレも含めて面白いかと。
ソレでは(≧▽≦)ノシ


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『戦慄の暗殺者Ⅴ ~The Greatful Depletion~』

 

 

 

 

【1】

 

 

 

   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!

 

 

 

 

 

 

 突如目の前に姿を現した、 中世芸術彫刻のような白銀比の躰と

腰に届く以上に長い艶やかな髪を併せ持つ幻想的な雰囲気の美女。

 否、 (からだ)は成熟しているが可憐な顔立ちをしているので

正確には 「美少女」 と呼んだ方が適切かもしれない。

 透き抜けるような白い肌、 露わになった肩口と細い二の腕、

深い瑠璃色の、 胸元が開き右脚の部分にスリットの入った

サテンスカートのドレスに身を包み、

更にドレスとは正反対に純白な、

天使の羽衣を想わせる長衣(ストール)を纏っている。

 足下は踵の高い 『十 字 弓(クロスボウ)』 の刻印が入った

ヒールリング付きのミュールを(しゅく)と履いていた。 

 白い封絶の逆光に反照された

その “月下美人” と呼んでも差し支えない艶麗なるその姿。

 見る者が見ればきっと彼女をこう評したであろう、

【闇夜ノ花嫁】 と。

 

「……」

 

 承太郎は警戒と緊張とを崩さずぬまま、

その幻想的な雰囲気を醸し出す美少女を見つめ状況分析を測る。

 そして同時に纏っている純白の長衣が放つ神秘的な煌めきに、

全世界波紋戦士直属の長である曾祖母(そうそぼ) 『エリザベス』 の

その妖艶且つ威風足る姿を想い起こした。

 目の前の少女は、 曾祖母に比べて妖しさと勇ましさこそ薄れるものの

その様装は彼女の戦闘体系に酷似していた。

(更に付け加えるのなら、 その全身に纏った清純な気は

成長し女性として完成されたエリザベスにはないモノである)

 比較対象である曾祖母も、 『波紋』 の修練時には

似たような色彩を放つ首 帯(マフラー)を身に纏っていた。

 しかしその本質は装飾用のソレではない、

使()()()次第によってどんな屈強な刀剣をも凌駕し

どんな頑強な甲冑すらも一撃で粉砕する超絶の波紋兵器だ。

 似たような形状をしている以上、 そして先刻の奇怪なトランプも含めて

少女の纏う長 衣(ストール)にも、 何らかの 「特殊能力」 が付与されていると

視るのが妥当であろう。

 それならば衣擦れによって長 衣(ストール)の微妙な動きを感知する為に

素肌を露出しているのも頷ける。

 曾祖母も実戦を想定した戦闘訓練の時は、

常に軽装でしかも動きやすい薄地の服を着ていた。 

 

 仮に “ジョースター” の血族であるエリザベスを光の女神と喩えるならば、

『DIO』 の使い魔である眼前の少女はその対極、

差詰め影、 闇の隷 女(スレーディ)

 その闇の美少女が神秘的な煌めきを放つ

アメジストの瞳で、 静謐に語りかける。

 

「それにしても……よく私の 「居場所」 が解ったわね?

空条 承太郎。 影も形も完璧に消し去った筈なのに」

 

 清純な姿に相応しい美しき声で、 異界の美少女は承太郎に云った。

 

「そりゃあそんだけ強烈な “殺気” を四方八方に撒き散らしてりゃあな。

マヌケな猫でも近寄る前に逃げていくぜ。

()()()の 『能力』 で透明になっても意味ねー」

 

 そう反論し承太郎は逆水平の指先で、

艶やかな胸元でサラサラと()き流れる長衣を指差した。

 

「流石の洞察力ね。ご主人様から譲り受けたこの 「宝具」

『ホワイトブレス』 の特性を一目で見破るなんて」

 

 純白の長 衣(ストール)がその軽さ故まるで陽炎のように、

少女の周囲で婉麗(えんれい)に揺らめいている。

 

「身内に似たようなモン持ってるのが一人いるんでな。

だがその 「能力」 は、 “透明になる” なんてなチャチな代モンじゃあねーぜ。

本気で使()()()ブ厚い鋼鉄の扉でもブチ砕いちまうからな」

 

 承太郎は少し得意気に少女へ説明すると、

即座にその表情を引き締めた。

 

「確かテメーは、 一昨日(おととい)街中で

オレにケンカを吹っかけてきやがったヤツの片割れだな?

悪趣味なマネキンの 「首玉」 ン中に潜んでやがった金髪の女。

()()()が少々変わっちゃあいるが、 声と雰囲気で解るぜ」

 

 承太郎の問いに目の前で佇む異界の美少女は、

その長く麗しいホワイト・サファイアの髪を(たお)やかにかきあげる。

 フワリ、 と舞い上がった髪が、

まるで極上の絹糸のように優しく空間を撫でた。

 

「御指摘の通りよ。

私は、 壮麗なる紅世の王 “狩人”フリアグネ様の忠実なる従者、

燐子(りんね)” マリアンヌ」

 

 マリアンヌと名乗った美少女の形の良い耳元に、

磨かれた瞳と同色のピアスが仄かに光っていた。

 

「私のご主人様。 そしてそのご主人様が敬愛する “アノ方” の御為に

その命頂戴させてもらうわッ! 覚悟なさい!」

 

 ドレスの少女はそう清冽な声で鋭く言い放ち、

そして長 衣(ストール)を先鋭に翻す。

 その容貌は正に少淑女とでも云ったような嬋媛(せんえん)な佇まいだが、

仕える主を 『ご主人様』 と呼ぶ等所々が妙に子供っぽい。

 その懸 隔(ギャップ)が見る者によっては抗いがたい強烈な魅力となるが、

承太郎はその凛とした宣戦布告とは裏腹に剣呑な表情で応じる。

 

「やれやれ。 見た目が変わろーがホーグとかいう 「得物(エモノ)」 持ってこよーが、

結果は何も変わらねーぜ。

また痛い目みねー内にとっととご主人様ン所にズラ帰えんだな?

“マリアンヌ” だったか?」

 

 少女の露わな素肌から立ち昇る、

アイリスやブルガリアン・ローズ等が

絶妙にブレンドされた甘い香気に

承太郎は眉一つ動かさず言った。

 

「フッ、甘いわね? 空条 承太郎?

今のこの姿()こそが、 ご主人様が私の為に創って下された

この私の 『完成体』 なのよ。

この前の同じだと想っていたら、 痛い目を見るのはアナタの方だわ」

 

 主に対する絶対的な信頼がそうさせるのか、

マリアンヌは余裕の表情でそう返す。

 

「……」

 

 その言葉に承太郎は嘆息をつき学帽の鍔で目元を覆う。

 

「やれやれ。 そんな掴めば折れちまいそうな細腕で何言ってやがるんだか。

『スタンド』 を使う間でもねぇ。

「今」 のテメーじゃ生身のタイマンでも楽勝だぜ。

女を殴る趣味はねぇ。 今すぐオレの前から消えろッ!」

 

 そう宣告し三度突き出した指の先でマリアンヌを射す。

 曾祖母譲りの、 威風堂々足るその風貌。

 しかしマリアンヌは小悪魔的な微笑と共に彼へと問い返す。

 

「ウフフフフフフフフフ。

一体、 ()()()()()()()()()()()()()()()? 

「上」にいる “炎髪の小獅子” がそんなに心配なの?」

 

「……ッ!」

 

 予期せぬ指摘に一瞬虚を突かれたかのように承太郎の視点が遠くなるが、

すぐに強靱な意志で表情を引き締める。

 

「テメーの知ったこっちゃあねぇ話だ。

アラストールのヤツも傍に居る。 何も問題はねぇ」

 

「フフフフフフフフフフ。

()()()()()というのよ。 空条 承太郎。

アナタは今、 余計な事に意識が逸れていて

目の前の存在の 『本質』 に気がついていない」

 

 マリアンヌの、 その明らかに含みのある言葉に承太郎が反応する。

 

「……だと?」

 

 疑念を浮かべた承太郎によく聞きなさい、

と前置きしてからマリアンヌは告げる。

 

「今の私の()()姿()は、 アナタを 「討滅」 する為のモノではないし、

ましてや戦闘用のソレでもない。 もっと大いなる “目的” の為に創られたモノ。

その 『本質』 を理解していないアナタに勝ち目はないわね? 空条 承太郎」

 

「……ッ!?」

 

 自信に満ち溢れたマリアンヌの言葉に困惑の表情を浮かべる承太郎。

 しかし彼の鋭敏な頭脳は、 己の意志とは無関係に

与えられた情報を精査しその「理」を模索する。

「戦闘用」 では、 ない?

 なら、 何故、 この女はオレの前に姿を現した?

 ()()()()()()()()()()目的ではないのか?

 脳裏に様々な疑問がランダムに点灯する。 

 困惑した表情に対し口元に清らの微笑を浮かべ、

魅惑的な甘い芳香を靡かせながらマリアンヌは言葉を続けた。

 

「私の今のこの 「躰」 は、

紅世(ぐぜ)禁儀(きんぎ) 『都喰らい』 によって発生する

膨大な量の “存在の力” を注ぎ込む為に創られた、

云わば聖なる 『器』

そして、 ご主人様と共に永遠を歩む為に創られた

悠久の 『似姿』……」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 自信に満ち溢れた清冽な表情で細い手を胸に当てながら、

マリアンヌは己が存在の本質を語らう。

 しかし承太郎は同時に語られた “別の事象” に意識が向き

想わず声が口から漏れた。

 

『都喰らい』…… だと……ッ!?」

 

 その彼の動揺には気づかず、 紅世の美少女マリアンヌは主譲りの

麗らかな口調で言葉を紡ぎ続ける。

 少女にとっては 『都喰らい』 と呼ばれるモノの事象よりも、

今の自分の本質を語る事の方が遙かに重要であるらしかった。

 

「だから、 今の私のこの 「姿」 は、 ご主人様の私に対する想いの結晶。

フリアグネ様の永遠の愛が顕在して 「形」 と成ったモノ。

だから今のこの躰で私がアナタに――」

 

「おいッ! “そんな事ァ” どうでもいいッ!」

 

 甘い熱を秘めて紡がれる令嬢の言葉は、

無頼の貴公子が放つ怒声によって掻き消された。

 自らの言葉に陶酔していた少女は、 まるで微睡(まどろ)みから覚めた仔猫のように

アメジストの双眸を(みは)り瞬かせる。

 

「答えやがれッ! その 『都喰らい』 っつーのは一体ェどういう意味だッッ!!

テメエッ! アレだけ殺ってもまだ飽きたらず、

今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!?」

 

「――ッ!」

 

 仇敵に何よりも大切な主との 『絆』 を 「そんなもの」 呼ばわりされた事に、

少女は宝珠のような綺羅の肌を微かに紅潮させムッとなったが

すぐにその表情を引き締める。

 

“相手の感情を読み取りその 「弱み」 を利用しろ。

特に 「怒り」 は最も生み出し易く尚且つ利用し易い”

 

という主の言葉を思い出したからだ。

 

(ハイ……解っております……私のご主人様……)

 

 心中で甦った最愛なる者の言葉に、

マリアンヌは感謝の意を捧げると同時に頬を朱に染めた。

 

「ウフフフフフフフフ。 コトは()()()()()()()()()()()

そう 『単純』 ではないわ。 空条 承太郎」

 

 そう言ってマリアンヌは焦らすように言葉の間隔を開けると、

淡いルージュの引かれた夢幻の口唇で静かに告げる。

 今の承太郎にとって、 何よりも残酷な 【真実】 を。

 

「紅世の禁儀で在る究極自在法 『都喰らい』 の効力は、

()()()()()()()()()()()

この街に存在する全て、 草木や動物は勿論、 花や虫、 石や土、

水や空気に至るまで有機物無機物は問わず、 文字通り 『全て』 よ――!」

 

「――ッッ!!」

 

 衝撃。

 淑とした声で淡々と告げられたマリアンヌの言葉、

『都喰らい』 その本質に承太郎は絶句する。

 名称から類推して漠然と大量殺戮のイメージを膨らませていたが、

その 『本質』 はより残虐な事実、 ()()()()()()()()()真実だった。

 マリアンヌは、 蒼白になった承太郎の表情を愉しそうに一瞥すると

声のトーンを高めて言葉を続ける。

 

「更に 『都喰らい』 発動の直後、

膨大な量の存在の力へと還元されたこの街は、

()()()()()()()()()()()()()()になる。

その痕跡すらも遺さずに、 忘却の彼方へ掻き消されてね。

ウフフフフフフフフフフフフ」

 

「……」

 

 瞳を見開いたまま無動となる承太郎に、 マリアンヌは尚も続けた。

 

「そ、 し、 て、 この 『()』 を還元された存在の力で満たす事によって、

私はようやく 『一個』 の存在として

この世界に 『自律』 出来るようになる。

もうご主人様の御手を煩わせる事もなく、

一つの存在として、

永遠に傍らでお仕えする事が出来る」

 

 そこでマリアンヌは一度言葉を切り、 淡い吐息をつくと

 

「そして今度は私が護られるのではなくッ!

私がこの手でご主人様を御護りするのよッッ!!」

 

決意の叫びと共に純白の長 衣(ストール)を鮮麗に翻した。

 周囲を揺蕩う気流にすら靡く極薄の長衣が

羽根吹雪のように空間を舞い踊る。

 

「アナタには解らないでしょうね? 

今の私の至上の幸福感なんて。

想像すらも出来ないのでしょうね?

「人間」 で在るアナタには。

ウフフフフフフフフフフフフフ」

 

 嫋やかな声調と微笑で心底嬉しそうに、

マリアンヌは承太郎へと問いかける。

 瞬時には全く理解不能な言葉の羅列。

 あまりにも突拍子がなく、 まるで寓話の中の話でもされているようだった。

 しかし、 この少女が2日前に行った 『行為』 を思い起こせば、

ソレが真実か虚実か等と問う事は愚問だった。

 目の前の異界の少女は、“紅世の徒” は、

()()()()()()()()()()

 一片の躊躇もなく、 一片(ひとひら)の慈悲すらなく、

数十万単位という人間を蟻でも踏み潰すかのように躊躇いなく葬り去る。

 無邪気な幼子が、 残酷な遊戯に興じるように。

 

「――ッッ!!」

 

 承太郎の口内で、 犬歯がギリッと軋んだ音を立てた。

 しかしそれだけの大惨劇を企てているにも関わらず、

口唇に清らの微笑を浮かべている少女 “マリアンヌ”

 神秘的に光るアメジストの瞳には、

その 『行為』 に対する背徳感も罪悪感も

まるで感じ取るコトが出来ない。

 それどころかその 『都喰らい』 という人間の、

否、「存在」 の 『大消滅』 を何かとても 「崇高」 なモノ、

或いは 「神聖」 なモノとでも想っているようだった。

 数十万単位の人間の 『生命(いのち)』 が、

自分の 『()』 に流し込まれる事に対して

微塵の恐怖も嫌悪も抱いてはいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 空条 承太郎は、 否が応にもその事実を思い知らされた。

 幾らその姿が、 人間に酷似しているとはいっても。 

 自らの宿敵、 『DIO』 もまた、

嘗て己が祖先に対する “血染めの裏切り” によって

『人間の心』 を完全に捨て去った者。 

 全ての人間が生まれながらに持っている筈だった “ある感情” を、

己がドス黒い意志と欲望とでその全てを潰滅させた、 【真の邪悪】

 いま目の前にいるこの少女は。

 その主、 “紅世の王” は、ソノ――

 

 

 

 

 

 

 

 

DIOの使徒。

 

邪悪の信徒。

 

生命と精神の簒奪者。
 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……! ううぅっっ……!!」

 

 怒りで身を震わせる承太郎の口元から、

手負いの獣の如き強暴な呻り声が漏れる。

 マリアンヌは一瞬驚いた表情を見せたがすぐに、

たおやかな微笑を浮かべ満足そうにその様子を(すが)めた。

 

「フフフ……フフ……ウフフフフフフフフフ……ッ!」

 

 ルージュの引かれた耽美的な口唇から、 意図せず少女の微笑が零れる。

 欣快(きんかい)だった。

 2日前、 アレだけの燐子の大群を前にしても掠り傷一つ負わず、

更に自分を地に這わせるというこの上ない 『屈辱』 与えたこの男が、

今、 ただの 「言葉」 で、 苦悶の形相を浮かべているというその事実。

 マリアンヌにとってもその反応は予想外だった。

しかしだからこそ、 余計にソレが何にも代え難い

愉悦である事がより深く身に沁みた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()というコト。

 それに、 よく見ればこの男は、

自分の主には遠く及ばないが

「人間」 にしてはかなり美しい風貌をしている。

 単に物理的な造形や構成の美しさではない、

その内に宿る強靭で高潔な 『精神』 に裏打ちされた、

それこそ存在そのものが放つ真正の至純美。 

 その風貌が、 自らの紡ぎ出す言葉一つで苦悶に歪むソノ悦楽。

 まるで、 完成された芸術品を(ほしいまま)粉々にするような、

倒錯した愉悦だった。 

 もっとコノ男を苦しめてみたい。

 肉体的にも、 精神的にも。

 もっと。もっと――。

 臍下(せいか)の深奥から湧き出てて全身を駆け巡る

何よりも甘美で危険な昏い熱をその肌に感じながら、

マリアンヌは(とろ)けるような微笑を口唇に浮かべた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「フフフフフフフフフフフ。

人間とは、 厄介なモノね? 空条 承太郎?

自分以外の人間が死ぬのが、 そんなに辛いの? 苦しいの?」

 

 まるで恋人をからかうような甘い声調で、

マリアンヌは承太郎に問いかける。

 

「滑稽だわ。 自分達は、 ありとあらゆる種類の生物を殺しておきながら、

それが自分の()になると憤るなんて。

随分身勝手な話よね?

そうは想わない? 空条 承太郎? ウフフフフフフフフフフフフ」

 

 甘い吐息と共に紡がれる清らかで静謐な声が、

頭蓋の神経に絡みつき更に神経を掻き乱す。 

 そんな 『理屈』 は、 聞きたくもなかった。

 自分は人間という存在の在り方を探求する哲学者でもなければ、

人類の罪深さを贖う聖職者でもない。

 ただ――。

 

 

 

 

 

 

『無抵抗の人間を虫ケラのように嬲り殺すヤツらが赦せないだけだッッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!! 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 

 

 

 

 

 俯きその表情が伺えない承太郎の全身から、

激しく渦巻く怒りと共に放出される

まるで空間自体が蠢くような途轍もないプレッシャー。

()()()()()()()()()()放出される。

 承太郎の全身から、 白金色に煌めくスタンドパワーが

止め処もなく迸り出ていた。

 臨界を超えた怒りと共に――。

 スタンドは、 人間の 「生命」 が創り出す(パワー)在る映 像(ヴィジョン)

 そして、その 『原動力』 となるモノは、 ソレを司る人間の 『精神』

 故に! 「本体」 である “人間の精神が高まれば高まるほど”

()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!

 熱く! 激しく! 燃え尽きるほどに!!

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 承太郎の全身から迸る白金のスタンドパワーが床を伝い、空間を伝い、

やがてマリアンヌの周囲を覆い尽くし露出した肌に絡みつく。

 

「――ッッ!!」

 

「体感」 は、何もなかった。

 熱さも冷たさも、 質量すら感じなかった。

 しかし、 己の意志に、 精神の深奥に直接触れられたかのような衝撃が

『実感』 として在った。

 その奇妙で不可思議な感覚に、 マリアンヌは驚愕よりも歓喜で身を奮わせる。

 そう、 燐子造りの天才である主の創り出した

最高傑作で在るこの 『躰』 に、

注ぎ込まれる力は何も有機物無機物に留まらない。

 この世ならざる能力(チカラ)、 『幽波紋(スタンド)』 すらもその範 疇(カテゴリー)に含まれる。

 ソレが自分に注がれた時の事を想像して、

マリアンヌはアメジストの双眸を幼子のように煌めかせた。

 ()()()()わざわざ、 再三に渡る主の反対を押し切ってまで

自分は危険な相手にその身を晒したのだ。

 

「ス、スゴイ……ッ! 

コレがアノ “天目一個(てんもくいっこ)” すらも凌駕する、 地上最強の 「ミステス」

『星の白金』……! ソノ真の能力(チカラ)……ッッ!!」

 

 この力を手に入れ、 ソレを主の為に役立てる事が出来たのなら、

その至福で自分は一体どうなってしまうのか?

 湧き上がる期待と高揚で心が()けそうになるのを

マリアンヌは懸命に押し止めた。

 

「……け……るな……! ……れ…………う……」

 

 目の前で歓喜を輝かせるマリアンヌとは正反対に、

顔を俯かせ怒りを軋らせる承太郎。

 きつく握り締められた拳の中で、 爪が皮膚を突き破り

流れ出した鮮血が冷たいリノリウムの床に染みていった。

 決意のように。 誓いのように。

 挑発されているのは、 解っていた。

 しかしッ!

 心の深奥から際限なく噴き上がってくる、

マグマのような途轍もない怒りは抑えようがなかった。

 そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!

 承太郎の全身からさらに膨大な量のスタンドパワーが迸った。

 彼の心中を代弁するが如く。

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 脳裏に、 一人の子供の姿が()ぎる。 

 2日前、 自分の母親の傍らで、 存在の残滓すらも遺さずに掻き消えた、

年端もいかない子供の姿が。

 その消滅に気づかない傍らの母親。

 紅い “封絶” の(なか)遺言(ことば)も無く消えて逝った者達。

 圧倒的で一方的な 【悪】 の前に、

無惨に喰い潰されていくしかなかった人々の姿が

閃光のように承太郎の脳裏を駆け巡った。

 そしてそれが、 いま再び、

未だ嘗てないほどの 『規模』 で執り行われようとしている。

 不安、 恐怖、 怒り、 絶望。

 承太郎の裡であらゆる負の感情が堰を切って、 更に激しく渦巻き始めた。

 確かに、 DIOや紅世の徒のような強大な力を持つ者達からみれば、

スタンド能力を持たない生身の人間など、

取るに足らない脆弱な存在なのかもしれない。

 そして生物界の基本原則、 『弱肉強食』 の鉄則からすれば

弱い者は何をされても仕方がないのかもしれない。

 しかしッ!

 例え、 能力(チカラ)を持たなくとも。

 強大な悪意の前では、 儚く消え去る存在であったとしても。

 ()()()()()毎日を懸命に生きている人々の生命(いのち)を、

少しずつでも創りあげたささやかな幸福を、

 

 

 

 

 

 

 

『無惨に踏み躙る事が出来る 「権利」 など! この世の誰にも有りはしないッッ!!』 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その人間の想いの全てを。

 その存在の全てを!

 過去も現在も未来も、 己が欲望の為だけに嘲笑いながら喰い潰し、

そして虚無の彼方へと消し飛ばしてしまおうとする異次元世界の住人。

 紅世の徒(ぐぜのともがら)

 そして!

 その支配者DIO!! 

 赦すことは出来ない。

 赦せる筈がない!

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 この街にはいま、 祖父であるジョセフがいる。

 母であるホリィがいる。

 そして決して仲が良かったわけではないが、 同じ学園に通う生徒達。

 とことん鬱陶しいが、 純粋に自分を慕い気づかってくる女生徒達。

 更に毛嫌いしていた教師や刑事達の中にも、

矛盾に満ちた社会へのわだかまりを晴らすため

日夜争いに明け暮れる自分の身を、 真剣に案じてくれる者がいた。 

 その彼らにもきっと、 自分と同じようにその身を案じ、

帰りを待つ者達がいる筈だ。 

 それならば!

 護らなければならない。

 闘わなければならない。

 誰もやらないならこのオレが。

 この “空条 承太郎” が!

 この街を統括する不良の 「頭」 として。

 ジョースターの血統の “末裔” として。

 何よりも一人の 『男』 として!

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

 

 

 

 

 人ならざる能力、『幽波紋(スタンド)

 その力を持たない者達からすれば、 (おそ)れられ、そして蔑まれ、

疎まれ(おとし)められるだけの能力(チカラ)なのかもしれない。

 そしてその目に視えない、 同類以外誰にも解らないソレを自在に操る

超能力者 『スタンド使い』 は、 異分子として世界から淘汰される

存在でしかないのかもしれない。

 血塗られた闇の歴史の中で、 際限なく繰り返された悲劇のように。

 しかし、 それでも。

 この能力(チカラ)に何か 「意味」 があるとするのならば。

 この能力が生まれた 「理由」 があるというのならば。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ジョセフやエリザベス、 そしてその祖先であるジョナサン・ジョースターの

『波紋法』 が呪われた 【石仮面】 によって生み出された

“吸血鬼” やその創造主である 『柱の男』 のような

人智の及ばない超生物から人類を護る為に生まれた能力で在るのなら、

自分の能力 『幽波紋(スタンド)』 は “紅世の徒” のような

異次元世界の魔物から何かを護る為に生まれた力の筈だ。

 

「――ッッ!!」

 

 承太郎の碧い双眸に、 気高きダイヤモンドすらも凌駕する

決意と覚悟の光炎が燃え上がった。

 熱く。 激しく。 燃え尽きるほどに。

 その栄耀なる双眸で、 承太郎は紅世の少女へと向き直る。 

 その “紅世の徒” マリアンヌは、

口元に翳りのない微笑を浮かべて立っていた。

 心なしか頬と露出した肌に仄かに赤みが差しているように見えたが、

そんな事は別にどうでもいい。

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙と静寂の中。

 ライトグリーンとアメジストの瞳に宿った

互いの精神の光彩が空間で交錯した。

 最早互いに、 言葉は必要ない。

 所詮は 「種」 の違う生物(モノ)同士。

 故に、 理解(わか)り合う事は不可能。

 コレは、 「人間」 と “紅世の徒”

両者の存亡を賭けた戦い。

 迸る白金のスタンドパワーを空間に漂わせながら承太郎は、

その “紅世の徒” マリアンヌに向けて開戦のその一歩を踏み出す。

 マリアンヌは恐悦と歓喜でゾクゾクと身を震わせながらそれに応じた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 その事実を深く実感しながら。

 

「スゴイ闘気、ね……ッ! まるで空気まで震撼(ふる)えているようだわ……!!」

 

 (らん)と輝く紫水晶の瞳で承太郎を見据えながら、

漆黒のミュールがコツリと韻を踏む。

 

(アナタを討滅して、 その魂が肉体を離れる瞬間、

(しっか)りとその力の 『源泉』 を戴かせてもらうわ。

でも安心なさい。

その能力(チカラ)は私のご主人様の為、 有効に使わせてもらうわ。

未来永劫永遠に、 ね。

フフフフフフフフフフ……

フフフフフフフフフフフフフ……!

ウフフフフフフフフフフフフ…………ッッ!!)

 

 マリアンヌは清らの微笑を崩す事なく、

力強い口調で開戦を宣言する。

 

「さあッ! 今こそッ! 一昨日前の恥辱を(すす)ぎ! 

その 『存在(チカラ)』 頂戴させてもらうわッ!

“覚悟” なさいッ! 『星の白金』 空条 承太郎ッッ!!」

 

 清廉な声でそう叫び、 ミュールの爪先でリノリウムの床を蹴り突け

マリアンヌは宙へと舞い上がると、 長 衣(ストール)を羽を拡げた孔雀の如く

扇状に揺らしながら標的へと踊りかかった。

 承太郎は頭上から迫る異界の美少女に

その気高き光炎の宿った視線を向け、

そしてあらん限りの力を込めて吼える。

 

「やれるもんならやってみやがれッッ!!

もうこれ以上テメーらに誰も殺させねぇッッ!!

テメーの方こそ “覚悟” しやがれ!!

この(アマ)ッッ!!」

 

 勇猛果敢に右腕を翻し、

その脇で高速出現した 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 が

逆水平に構えた指先でマリアンヌを鋭く差し貫いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『戦慄の暗殺者Ⅵ ~Standing Beat Up! ~』

 

 

 

【1】

 

 

「スタープラチナァァァァッッ!!」 

 

 承太郎の背後から瞬現したスタンド、

スタープラチナが長い鬣に白金の燐光を散りばめながら

頭上から迫る紅世の少女、

マリアンヌに向け素早く対空迎撃の構えを執る。

 

「せぇいッッ!!」

 

「オラァッッ!!」

 

 マリアンヌは清廉な声で半身の廻転による遠心力を加えた

長 衣(ストール)による打ち下ろしの閃撃を。

 承太郎は猛々しい咆吼で片膝を落とした反動による捻りを

加えたスタンドの対空抉撃(けつげき)を同時に放つ。

 その閃撃と抉撃とがブツかり合う瞬間、

承太郎は意図的にスタンドの拳を逆回転して引き抜き、

動作に連動したスタンドの爪先でリノリウムを罅割りながら

バックステップで背後に高速で飛び去った。

 

「!?」

 

 不意を突かれたマリアンヌの放った閃撃は

目標を失って宙を泳ぎ、

最終的には硬く冷たいリノリウムの床へ着撃した。

 

 

 

 

 

 ヴァガァァァァァァァァァッッッ!!!

 

 

 

 

 

 けたたましい号音で床が爆砕し、

階下に突き抜けてバラバラになった

破片と粉々になった土台のコンクリート、

そして長 衣(ストール)に編み込まれた不可思議な能力(チカラ)によって

合成が解除されたのか多量のコルクの粉塵が白い空間へ舞い上がる。

 承太郎はその驚異に意識を奪われず、 (つぶさ)に状況を分析した。

 

(やっぱりな……曾祖母(ひいばあ)サン (こう呼ぶと怒るがな) の 「首 帯(マフラー)」 と同じで、

アノ 『長 衣(ストール)』 にはジジイの 『波紋』 みてーな

何か妙な力が滞留しているようだ。

十分に水を吸わせた手織りの(たすき)

丈夫な樫の木でも砕いちまうらしいが、

コレはそんなモンとは次元が違う……

しかしどうやら威力がバカデケェだけで

()()()()()()どーこーなるとかはなさそうだ。 やれやれだぜ)

 

 フル稼働させた脳細胞と交感神経とを宥める為、

承太郎は学ランの内ポケットから煙草を取り出して火を点ける。

 昨日の花京院との戦いで、 承太郎は既にDIO配下の者達の

戦闘に於ける “狡猾さ” に気がついていた。

 ソレは逆説的だが、 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 現に昨日も、 自分が圧倒的優位に立っていた状況から

花京院の必殺 『流法(モード)』 輝く翡翠の魔連弾、

『エメラルド・スプラッシュ』 によって戦況はいともアッサリと逆転したのだ。

 

 

 

“相手が勝ち誇った時ッ! そいつは既に敗北している!!”

 

 

 

(やかましい! テメーに言われなくても解ってンだよ! クソジジイ!)

 

 何故か脳裏に甦った祖父の言葉に、 その実孫は心の中で毒づいた。

 

「意外に臆病なのね?  空条 承太郎? 

そんなに、 ご主人様の創造なされた 「宝具」 が恐ろしかったの?」

 

 純絹のように艶やかな肩口を向けながら、 マリアンヌは横目で彼を見た。

 

「相手の能力も解らずに、 (ふところ)へ飛び込むバカはいねーぜ」

 

 承太郎はその挑発を意に介さず、 細い紫煙を口唇の隙間から吹く。

 

「テメーはオレの 『能力』 を知ってるが、

オレはテメーの 『能力』 を知らねーんでな。

でもまぁ良い。 今ので大体の事ァ解ったぜ。

オレのスタンドとの “相性” は、 それほど悪くはねぇようだ」

 

「その憶測が果たして正しいのか、 試してみるのねッ!」

 

「上等だッ! 来なッッ!!」

 

 承太郎は半ばまで灰になった煙草を吹き、

マリアンヌに向け研ぎ澄まされた集中力で念じたスタンドを繰り出した。

 まるでカタパルトで射出されたように、

超高速で自分へと迫るスタープラチナに、

 

「はあぁぁぁッッ!!」

 

マリアンヌは踏み込んだ床にミュールの軸足を反転させ、

発生した遠心力を宿した煌めく左廻しの一閃を

スタンドの側頭部に向けて撃ち出す。

 

『オッッッラァァァッッ!!』

 

 けたたましい猛りと共に足下のリノリウムを爆砕して

踏み込んだスタープラチナは、 白金の燐光で覆われた豪腕で

己に迫る閃撃を廻し受けで素早く弾き飛ばす。

 白金と純白の火花がバチッ! と互いの中間距離で爆ぜた。

 

(キレはあるが定石(セオリー)通りの動き……

競技(スポーツ)」 ならともかくな……ッッ!!)

 

 承太郎は眼前の状況を一切見落とすことなく更にスタンドを念じ、

その精神に呼応したスタープラチナはすぐさまに足下の床を蹴り砕いて

マリアンヌの懐へと飛び込む。

 

「!!」

 

 その無駄のない、 あまりの踏み込みの速さに

マリアンヌはアメジストの双眸を見開く。

 まるでその存在自体が巨大なプレッシャーのような、

途轍もない威圧感を放つスタンドの両眼が超至近距離で

マリアンヌを傲然と(すが)める。

 

( 「攻撃」 はともかく 「防御」 がなってねぇよ!

生身のタイマンじゃあ急所に一発喰らっても

怯まず前に出てくる(ヤロー)もいるんだぜ!

無抵抗の人間ばっか相手にしてやがる紅世の徒(テメーら)には想像もつかねぇだろうがなッ!)

 

 心中でそう叫ぶと、

 

『オッッッラァァァァッッ!!』

 

回避の予備動作は疎かガードすら上げていないマリアンヌ、

その無防備なる 「水月(みぞおち)」 にスタープラチナは瞬速のボディーブローを撃ち放った。

 

(眠れッッ!!)

 

 元々長い時間を掛ける気など毛頭なかった承太郎の

渾身の覇気を乗せた一撃。

 しかし、 意外。

 ソレが目標箇所に命中する瞬間、

マリアンヌは先刻と変わらぬ清らの微笑を口唇に浮かべた。

 その微笑みに呼応するように、 純白の長 衣(ストール)

突如何かの 「引力」 に引っ張られたかのように高速で動き、

鋼鉄の鋲が無数に撃ち込まれたスタンドのブラスナックルを包み込んで

衝撃を吸収し、 打拳の動きを停止させた。

 再び火花が、 互いの空間で宙を舞う。

 そしてその火花の飛沫すらマリアンヌの肌に触れる瞬間、

長 衣(ストール)が大きく扇状に拡がって全て吸収した。

 

(何ッ!?)

 

 今度は承太郎が、 スタープラチナと同時に双眸を見開く。

 マリアンヌは、 別段何の動作も行っていない。

 防御や回避の 「初動」 は、 その躰のどこにも視られなかった。

 一度エリザベスに、 全身を微動だにせず強烈な一撃を放つ

帯術の 「極意」 を見せてもらった事があるが、

ソレは曾祖母のような達人クラスの 「領域」 に成って

初めて使う事が出来る絶技だ。

 防御の基本も出来ていない目の前の少女に

とてもそんな 『能力』 があるとは想えない。

 

(能力……?)

 

 脳裡に閃きが走った承太郎は、 純白の衣が絡みついたスタンドの拳を

強引に引き剥がしスタープラチナを自分の傍まで引き戻した。

 

「テメーの、その長 衣(ストール)の 「能力」……

どうやら “透明になる” だけじゃあねぇな。

相手の攻撃に反応して、 ()()()()テメーの躰を防御(ガード)しやがるわけか」

 

 鋭い視線で承太郎はマリアンヌの躰を包む純白の長 衣(ストール)

紅世の宝具を指差す。

 

「御明察の通りよ。フフフフ。

ご主人様が攻撃強化の他に、 様々な 「防御系」 自在法を

この長 衣(ストール)に編み込んで下されたのよ。

他にも色々と、 ね。

この紅世(ぐぜ)宝具(ほうぐ) 『ホワイトブレス』 は、

様々な自在法を編み込んで溜めておく事の出来る、

いわば超軽量のタンクのようなモノ。

そして編み込む自在法によって、

その性質や属性を変化させる事の出来る 「宝具」 よ」

 

 そう言ってマリアンヌは一度言葉を切り、

その長く麗しい白水晶の髪を秀麗な仕草でかきあげる。

 

「ソレによって、攻撃・防御の二つを “同時に行う事” が出来る。

だから私は安心して攻撃だけに専念することが出来るというわけよ」

 

 そう言ってマリアンヌは再びその純白の長 衣(ストール)鷹揚(おうよう)に構え直すと、

 

「さぁ!! この 『ホワイトブレス』 をさっきみたいに、

封殺出来るというのならどうぞやってごらんなさいッッ!!」

 

 挑発的な笑みを口元に浮かべてそう叫び、

足下のリノリウムを踏み切って

真正面から堂々と承太郎の射程圏内へと飛び込む。

 

「ハアァァァァァッッ!!」

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァ!!!!』

 

 一直線に突っ込んできたマリアンヌの細い腕から

撃ち出された直突の一撃をスタープラチナは紙一重で(かわ)すと、

その華奢な躰に向けて音速の多重連撃を一斉射出する。

 

「フフフ……ッ! おバカさん……!」

 

 マリアンヌが笑みを深くすると同時に純白の長 衣(ストール)が先刻同様、

否、 ソレ以上に素早く拡散して羽根吹雪のように捲き上がり、

空間を舞い踊ってスタープラチナの連撃を全て防御、 吸収する。

 

「チィッ! ()()すらも防ぎやがるのか!」

 

 音速の動きにすら対応する 「宝具」 の潜在能力に驚愕しながらも、

承太郎は反撃に備えスタンドのバックステップで距離を取る。

 しかし彼が背後に飛び去るよりも速く、 マリアンヌの長 衣(ストール)が再動。

 

(ッッ!!)

 

 捲き上がって収斂し、 正面のあらゆる角度から

白の帯撃が豪雨のようにスタープラチナへと降り注ぐ。

 

「クッ!」

 

 承太郎は咄嗟に十字受けの構えで防御体勢を執らせ、

顔と首筋を腕の中に埋めさせると

やや前屈の構えで腹部の面積を減らし

更に左脚を上げて脇腹を防ぐ。

 

 ズギャギャギャギャギャギャギャッッッッ!!!!

 

 流麗に煌めく神秘的な外見とは裏腹に、

凶暴な炸裂音がスタープラチナの全身を撃ち抜いた。

 

「グッ!?」

 

 苦痛に顔を歪める承太郎の脇を、

マリアンヌがホワイトサファイアの髪を

揺らしながら華麗に飛び去っていく。

 連撃でガードを抉じ開けられ

さらに衝撃で背後に弾き飛ばされたスタープラチナと、

そのダメージの影響を受けた承太郎の両腕部と右脚部が

学ランごと鎌 鼬(カマイタチ)にでも()ったかのように

引き裂かれ鮮血が空間に飛び散る。

 

「!」

 

 承太郎は自分とスタンドの蹴り足で

何とか崩れた体勢を立て直し、

リノリウムの上に急ブレーキをかける。

 しかし。

 その眼前に再び、 清らの微笑を浮かべたマリアンヌが

長 衣(ストール)を気流にはためかせながら迫る。 

 

(クッ!? 向かえ討つのはマジィ……!

アノ長 衣(ストール)の 『能力』 で

こっちの 「攻撃」 が全部 “カウンター” になっちまう……!)

 

「せえぇぇぇぇぇぇぇいッッ!!」

 

 マリアンヌは手練の手捌きで閃光の三連撃をスタープラチナの急所

「聖門」「秘中」「水月」 の位置に向けて撃ち出してくる。

 

『オラオラオラァァァァァァッッ!!』

 

 スタープラチナは精密な()の動きでその閃撃を全て迎撃する。

 急所に向かって撃ち出された長 衣(ストール)は、

スタープラチナの胴体に掠る事もせず全て撃ち落とされる。

 

(“コレ” は……見切れる……!)

 

「ハアァァァァァァァッッ!!」

 

 地に足を着いたマリアンヌは、

直進の動作で発生した力を殺さず軸足を滑らかに反転させ

円舞のような流麗の動きで身体を何度も廻転させながら

遠心力の増幅した巻撃をスタープラチナに向けて次々と繰り出す。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!』

 

 その動作に、 妖艶な体捌きに幻惑される事なく

集中力を研ぎ澄ました承太郎は、

スタンドで次々に迫る長 衣(ストール)の側面を弾き、

胴体と顔面に向かって放たれた攻撃を全て叩き落とす。

 円を描く死の (ステップ) が12廻転を終えた所で、

マリアンヌは演舞を舞い終えた 「巫女」 のようにその両腕を交差し

片膝をリノリウムの床についてその顔を俯かせた。

 終演の動作で舞い上がり散らばった

煌めく白水晶の髪が、 壮麗に周囲の空間を優しく撫ぜる。

 華麗さこそ極まるが、 戦闘中には自殺行為と言って良い無防備な挙動。

 並の戦闘者なら 「機」 の誘惑に負けて想わず

反撃に撃って出る処だが、 承太郎はあくまで冷静に対処した。

 

(完全に隙だらけ……! だが違う……ッ! ()だ……!)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 防御体勢を保ったままマリアンヌの目の前で停止するスタープラチナ。

 その眼前で捲き上がった長 衣(ストール)が一迅、

突如煌めきを増したかと想うと更に先刻以上の勢いをつけて再動。 

 マリアンヌが腕を動かしていないのにも関わらず、

またも純白の長 衣(ストール)はソレ自身が意志を持ったかのように周囲へ拡散し、

変幻自在の軌道でスタープラチナへと襲いかかった。

 

(今は()()()()()()()()()()()……!

「防御」 にも反応しやがるのか……!? イヤ……!)

 

 瞬く間もなく襲いかかる白撃の乱舞を前に、

承太郎の思考は中断を余儀なくされた。

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!』

 

 再度羽根吹雪のように縦横無尽で

空間を舞い狂う長 衣(ストール)の多重連撃を、

スタープラチナは猛々しい咆吼で迎え撃った。

 その夥しい弾幕と同義の一斉掃射をスタンドの腕が

超精密な動作で己の対角方向に迎撃していく。

 しかし、 死角の位置から両腕の隙間に侵入した長 衣(ストール)の先端が

そこで一瞬力を矯めるかのように停止すると、

 

 ズギャッッッ!!!

 

素早く発光し鎌首を(もた)げた白蛇の如く、

スタープラチナの左胸へ急速に伸びて撃ち抜く。

 

「ガッッ!?」

 

 その閃撃で再び背後に弾き飛ばされたスタープラチナと承太郎は、

リノリウムの床に足裏を滑らせ派手なスキール音を立てながら

片手を床につき前屈の構えで停止する。

 革の焦げた匂いが周囲に漂った。 

 閃撃のダメージは左胸から背中にかけて突き抜け、

着弾箇所のシャツが引き裂かれその内部が熱を持って痺れている。 

 承太郎の口元から、 血が細く伝った。

 

(クソッタレが……ッ! あんな布っ切れが当たっただけなのに、

まるで鉄のシャベルでも胸にブッ込まれたみてーだ……ッ!

オマケに競馬場のハズレ馬券みてーに空中をヒラヒラ舞ってやがるから

動きが読み難くてしょうがねぇぜ……ッ!)

 

 心中で毒づきながら手の甲で血を拭う。

 

(アノ女の攻撃自体は見切れない動きじゃあねー……

だが、問題はその後の 『追撃』 だ……!)

 

 不意を突かれた事に苛立ちながらも、

承太郎は冷静に戦況を分析する。

 

()()()()()()()()()()()()長 衣(ストール)自体が動く……!”

つまり攻撃の 「起点(きてん)」 がねぇから

“全部動体視力と反射神経だけで”

防がなきゃあならねー……! だが……ッ!

無数に撃ち出される帯撃の、 その一発一発がとんでもなく速くて強ぇ……!) 

 

 異質な相手の 『能力』 に歯噛みする承太郎の、

その10数メートル先で悠然と佇む異界の美少女。

マリアンヌは幻想的なアメジストの瞳で悠然と彼を見据えていた、

 獲物を狡猾につけ狙う、 まさに “狩人” の(しもべ)そのままの視線で。

 

「ウフフフフフフフフフフ……

失礼。 空条 承太郎。

どうやら少し説明不足だったみたいね?」

 

 調律の狂ったプリペアドピアノのような、

奇怪なトーンの声が廊下に木霊(こだま)した。

 

「この 『ホワイトブレス』 の(なか)に編み込まれた

「攻撃」 「防御」 の “自在法” の中には、

無数の 『操作系自在式』 が組み込んであるのよ。

法儀(ほうぎ)の名手として名高いご主人様御得意のね。

つまりアナタは今、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

自分の置かれている状況が、 どれだけ絶望的か理解出来たかしら?

ウフフフフフフフフフフフ……ッ!」

 

 そう言ってマリアンヌは口元を長 衣(ストール)で清楚に覆い

その瞳を綺麗な笑みの形に(ほころ)ばせる。

 背後に、 主の不敵な微笑が透けて視えるような確信の様相で。

 周囲を純白の長 衣(ストール)が、 微かな衣擦れすら伴わず

天使の羽衣のように燐光を(なび)かせ揺らめいている。

 攻防連導。 稀彩(きさい)聖衣(せいい)

 紅世(ぐぜ)宝具(ほうぐ)

『ホワイトブレス』

創者及び法者名- “狩人” フリアグネ

破壊力-B スピード-A(自在法発動時) 射程距離-C(最大7メートル)

持続力-C 精密動作性-A(自在法発動時) 成長性-なし

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 マリアンヌ告げられたその事実に、

承太郎の苛立ちはさらに激しさを増す。

 

(チッ……! “自在法” ……ッ! 

一昨日(おととい)シャナがやってた()()()……!

ブッ壊れた街を元に戻したのにも驚かされたが……

コト 「戦闘」 に使うとなるとこんな厄介な代モンはねーぜ……ッ!)

 

 衝撃の余波で裂けた額から伝う血を手の甲で拭う。

 

(それにその 『操作系自在式』 とやらを長 衣(ストール)に組み込んだ

“フリアグネ” とかいうヤロー、

花京院の云う通り相当()()性格してやがる……!

多量の目眩ましの中に 『本命』 の一撃を紛れ込ませる……!

それも意識が前方に集中している相手(オレ)からは完全に 「死角」 の位置から……!

幾らスタープラチナの 「眼」 でも、

()()()()()()()()()その精密動作も空廻りするしかねぇ……!)

 

 心中で毒づきながら承太郎は血の混じった唾液を廊下に吐き捨てる。

 しかし苛立ちは持続せず、 すぐに彼は持ち前の冷静さを取り戻す。

 無益な愚行と周囲には想われていた幾多の争いの日々が、

彼に合理的な戦闘の思考を密かに育んでいた。

 

(さて……どうする……!?)

 

 自分が護るべき者、 多くの人間達の姿を想い浮かべながら、

空条 承太郎は打つべき 「手」 を模索し始めた。

 

(理想としては、 このまま攻防を繰り返すとみせかけて防御と牽制(けんせい)とに徹し、

あの長 衣(ストール)の内蔵エネルギーを使()()()()()()()()ってのが上策のようだが……)

 

「!」

 

 脳裏に、 一人の少女の姿が(よぎ)った。

 黒寂びたコート、 真紅の瞳と深紅の髪、

その左胸に照準を合わせる、

“フレイムヘイズ殺し” の 「拳銃」

 

(やれやれ……グズグズしてる暇はねぇみてぇだぜ……!)

 

 戦法を長期戦から短期戦へと移項し、

承太郎の頭脳は新たな戦略を生み出すために再始動する。

 脳裏で紡がれる幾つもの布石の中、

承太郎は先刻からのマリアンヌの 「行動」 から類推出来る、

ある戦闘パターンを発見した。

 

(アノ女は……さっきから 『スタープラチナ』 にばかり意識がいっていて、

「本体」 である()()()()()その眼中に入ってねぇ……

オレをスタープラチナの 「付属物」 或いは 「消耗品」 だとでも考えていて、

『司令塔』 だとは夢にも想ってねぇみてぇだ……

つまり……()()()()()()()()()()

 

 その事実に、 怒りが再び躯の内部から迫り上がってきた。

 

(舐め腐りやがって……! そうやって軽くみていやがるから、

その生命(いのち)も虫ケラみてーに簡単に喰い潰すことが出来るってわけか……!

いいだろう……紅世の徒(テメーら)が甘くみてやがるその 「人間」 の力……!

この空条 承太郎が思い知らせてやるぜ……!!)

 

 決意と共にそう叫び、 承太郎は襟元から垂れ下がった

黄金の長鎖(くさり)を血に塗れた右手で強く掴んだ。

 攻撃を仕掛けてこないのを諦めと受け取ったのか、

マリアンヌは再び軸足で足元を踏み切り、

純白の長 衣(ストール)を揺らめかせながら真正面から突っ込んできた。

 

「どうやら万策尽きたようねッ! ではコレで終劇とさせてもらうわッッ!!」

 

 華麗なるその容貌と手にした宝具の背徳から、

まるで死の天使が如く迫り来る異界の美少女。

 

(勝負は……()()……ッ!)

 

 承太郎は即座にスタンドを正面に出現、 配置させ

同時にその裡では他の何ものにも揺るがない

確固たる 『覚悟』 を決める。

 ソレが彼の全神経を、 極限まで研ぎ澄ました。

 

「コレでお別れよッッ!!  “Au revoir(オ・ルヴォワール)!!”

星躔琉撃(せいてんりゅうげき)!” 空条 承太郎ッッ!!」

 

 最後の言葉と共にスタープラチナの顔面へ向けて、

煌めく聖衣の閃撃が一際鋭く撃ち出された。

 その瞬間(とき)

 

「オッッッラァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 突如、 激しい喚声が白の空間に挙がった。

 スタンド、 スタープラチナではなく

その「本体」 ()() ()()()()()()()()()()

 そして挙がった咆哮の先から真横へ延びるようにして撃ち出された

白金に輝く一迅の閃光が、 マリアンヌの右手に艶めかしく絡みついた

純白の長衣を鋭く打ち据える。

 

「……()ッッ!?」

 

 ソレによって閃撃の軌道が逸れ、

純白の長 衣(ストール)は本来の標的とは

あさっての方向へと流された。

 いつのまにかスタープラチナの左側面、

接近しているマリアンヌからは完全に 「死角」 の位置から

()()()()()()攻撃を放ったのだ。

 その手に握られた、 普段は学ランの襟元から垂れ下がっている

『黄金長鎖』 によって。

 

「ま、まさかッ!? ひ弱な 「人間部分」 が攻撃してくるなんてッ!?」

 

 アメジストの双眸が、予期せぬ驚愕で大きく見開かれた。

 そして次の刹那。

 

 

 

 

 雷・光・()()るッッ!!

 

 

 

 

 攻撃したのが承太郎なので紅世の宝具 『ホワイトブレス』 の 「攻撃目標」 は、

()()()()スタープラチナから空条 承太郎へと 「変更」 される。

 その情報の変遷によって一時停止状態に陥る

「宝具」 『ホワイトブレス』 のその一瞬の間隙を縫って

『流星』 を司るスタンド、 スタープラチナが

乾坤一擲の拳をマリアンヌの麗しい顔に向けて射出する。

 その強襲の許となった 『能力』

 人智を越えた超常の力を携える、

波紋戦士やフレイムヘイズを初めとする

「超能力者」 のなかでも 『スタンド使い』 にしか使えない、

幽波紋(スタンド)』 と 「本体」 による超高速連携技。

 名付けて――。

 

 

 

【タンデム・アタックッッ!!】

 

 

 

 

 ライトグリーンとアメジストの瞳が重なる、

凝縮されたゼロコンマ一秒の世界で、

互いの思惑が交感した。

 

(このチェーンは、 オレのケンカの 【奥の手】 だ……

多人数に囲まれた時と相手が光モン(刃物)抜いた時しか使わねーがな……)

 

(そ、そんな……!? “宝具” でもない、 ただの 「鎖」 がなんで……!?)

 

()()()()じゃあねーんだよ……

曾祖母(ひいばあ)サンから貰ったコレには、

バアサン特製の 「波紋」 が練り込んである……

ついでにジジイのヤローも騙くらかして波紋込めさせたから、

“相乗効果” で 「強度」 が半端ねー事になってんだよ……

オメーの一撃程度なら弾き返せる位にな……)

 

(ただの人間が……!! 紅世の徒である私の動きに着いてこれる筈が……!!)

 

(昔、ガキん頃曾祖母サンに、 「帯術」 の基本だけ教わった……ジジイには内緒でな……

テメーの得物(エモノ)は威力こそデケーが、 その 「使い方」 がまるでなっちゃいねー……

スピードとキレはあるがその軌道は直線的だ……

曾祖母サンの帯捌(たいさば)きに比べれば止まって見えるぜ……ッッ!!)

 

(ク……ッッ!!)

 

( 『スタープラチナ』 にばかり目がイって、

本来一番警戒するべき 「人間」

()()()() ()()()()()()()()()()()()()()敗因だったな?

マリアンヌッ! オメーの負けだぜッッ!!)

 

 ライトグリーンの双眸が一際強く輝き、マリアンヌの瞳を鋭く刺し貫いた。

 熱く。 激しく。 燃え尽きるほどに。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『戦慄の暗殺者Ⅶ ~Marionette in the Mirror~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 

 

 

『オッッッラァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!』

 

 

 

 

 咆吼。

 その長い鬣を揺らし廻転させた下半身の動きによって

舞い上がった腰布を渦巻く気流に靡かせながら

連動して射出された、 唸りをあげて迫る

スタンド 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 戦慄の豪拳。

 

「ホワイトブレスッッ!! ダメ!! 間に合わないッッ!!」

 

 マリアンヌは手の先から防御式最優先の自在法を長 衣(ストール)へ送り込んだが、

既にして状況は絶望的だと細胞が解しその躰は意志に反して硬直する。

 

「――ッッ!!」

 

 最早出来る事はただ瞳を閉じ、 木偶(デク)人形のようにスタンドの豪拳を喰らうだけだった。

 

(申し訳ありません……!! ご主人様……ッッ!!)

 

「死」 を覚悟したマリアンヌは、

その今際の刻まで最愛の主、

フリアグネの事だけを想っていた。

 

 

…………

……………………

……………………………

 

 

 しかし、 何時まで経っても来るべき筈の衝撃が来ない。

 自分は痛みを感じるまもなく首でも()ね飛ばされ、 絶命したのだろうか?

 目を開けるのは恐ろしいが閉じているのはもっと怖い。

 恐る恐るマリアンヌがアメジストの双眸を見開くと……

 

「……」

 

 眉間の直前で、 白金の燐光を放つ豪拳が停止していた。

 拳風で前髪が(まく)れ上がっている。

 沈黙の(まにま)に、 花々の芳香が気流に乗って靡いていた。

 その先、 剣呑な視線で自分を見下ろしている宿敵、

『星の白金』 空条 承太郎。

 

「どうして……私に……止めを刺さなかったの……?」

 

 鋼鉄の鋲で覆われた鉄拳を、 眉間の照準に当てられたまま

マリアンヌは震える躰を努めて抑えながら承太郎に問う。

 

「言った筈だぜ。 女を殴る趣味はねぇ。

「オレ」 がテメーの一撃を弾き飛ばした時点で

もう既に 『決着』 は着いていた。

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 血に濡れた手に握られている 「黄金長鎖」 を

襟元の留め金に繋ぎ直しながら承太郎は素気無く言った。 

 

「甘い、のね……」

 

 マリアンヌは瞳を閉じ静かに呟く。

 

「まぁ、 人間じゃねぇオメーに言っても、 解りゃあしねーか」

 

 そう嘆息した後、 承太郎はスタープラチナの拳を引いた。

 

「その 『甘さ』 がアナタの命取りよッッ!!」

 

 マリアンヌの瞳が再び妖しく反照し、

承太郎に向けて白い閃撃を撃ち出してくる。

 

「……」

 

 その行動を予め読んでいた承太郎は、

両目を閉じたままスタンドのバックステップで余裕に(かわ)し、

マリアンヌから約10メートル離れた位置に爪先を鳴らして着地する。

 

「私は!! もう絶対敗けるわけにはいかないのよッッ!!

私自身の為に!! 何よりもご主人様の御為にッッ!!」

 

 そう叫んで己を包んでいる懼れを吹き飛ばすかのように、

純白の長 衣(ストール)を尖鋭に翻すマリアンヌ。

 激昂する彼女とは対照的に、 承太郎は怜悧な瞳で彼女を見据えていた。

 

「やれやれ。 往生際が悪ぃぜ、 マリアンヌ。

オメーのその長 衣(ストール)の 『能力』 は、

()()()()()()()()()()()()

 

 そう静かに告げると、 制服の内側から煙草を取り出して口に銜える。

 スタープラチナが五芒星のジッポライターで火を点けた。

 口唇から吹き出された紫煙が二人の中間距離で舞い踊る。

 

「一度 『ホワイトブレス』 を破った位で良い気にならないでッ!

同じ 「手」 は二度通用しない!

今、 私に止めを刺さなかった事を後悔させてあげるわ!!」

 

 確信していた勝利が露と消え、 更に余裕の態度に苛立ったマリアンヌは

純白の長 衣(ストール)を大きく両手に構え、 躍進するため前傾姿勢を執る。

 最愛の主から譲り受けた 「宝具」 を侮辱される事は、

まるで主自身を侮辱されたように彼女には感じられたのだ。

 

「今度は、 『ホワイトブレス』 の中に編み込まれた

全ての攻撃型自在法を全開放して!

“アナタ自身に” 撃ち込んであげるわッ! 

幾ら強力なミステスとは言っても所詮は生身の人間!

「宝具」 の一斉攻撃を受ければ跡形も遺らずに粉々よッッ!!」

 

 そう叫んでマリアンヌの漆黒のミュールがリノリウムを踏み切る瞬間――。

 

「オメーの長 衣(ストール)に仕込まれたその “操作系自在法” とやらには、

『発動条件』 が在る」

 

「――ッッ!?」

 

 驚愕。

 紫煙と共について出た、 予期せぬ言葉にマリアンヌは絶句する。

 その影響で細い躰が硬直し、 全ての攻撃予備動作は解 除(キャンセル)された。 

 

「ソレは必ず “一撃目” は、()()()()()()()()()()()()()()()()()、 マリアンヌ」

 

 そう言って承太郎は火の点いた穂先を自分へと向けてきた。

 

「その 「証拠」 に、 さっきからオメーはその長 衣(ストール)から一度も手を放してねぇ。

オレの射程圏内からは距離を取り、

安全地帯から飛び道具のように投げて使えば良いのにも関わらず、

オメーはわざわざ危険を冒してまで 『近距離パワー型』 である

オレのスタンドの射程圏内にまで踏み込んで攻撃してきた。

ソレは、 ()()()()()()()()使()()()()()()だろ?」

 

「――ッッ!!」  

 

 戦慄。

 空条 承太郎の言葉は、 自分の携える 「宝具」 の本質を、

その 「弱点」 までをも正鵠に見透していた。

 確かに内に込められた自在法を発動させるには、

自分が直接 「指示」 を送らねばならない。

だから迷彩も兼ねて攻撃の中にその行為を(まぎ)れ込ませる。

 しかしたったの数回攻防を繰り返しただけで、

初めて視る 「宝具」 の能力をこうも正確に看破出来るものか?

“紅世の王” でもない、 ただの 「人間」 が。

 

「どんな優れた精密機械でも、 スイッチが 「ON」 にならなきゃあ作動はしねー。

能力(ネタ)が割れた以上、 もうオレとスタープラチナには通用しねーぜ。

次は 「一撃目」 から 「掴む」 事に専念させてもらう。

生身のオレに見切られる技とスピードで、

果たしてスタープラチナの 「眼」 が (あざむ) けるかな?

破滅願望でもあるんなら試してみな」

 

 そう言って顔を上げたライトグリーンの瞳が、

再びマリアンヌの瞳を真正面から射抜く。

 

(クゥッッ!?)

 

 その強烈な威圧感にマリアンヌの足が意図せず背後へと下がった。

 戦うことは、 恐くなかった。

 死ぬことすらも、 怖れはしなかった。

 最愛の主の為ならば、 自分の生命(いのち)など少しも惜しくはなかった。

 しかしこのままでは、 自分はその主の身を危機に晒させる事になる。

 人間(ヒト)の身でありながら、

その鋭敏なる頭脳で紅世の宝具の性質を余すことなく看破し、

さらに携えたその途轍もない能力(チカラ)で封殺するような、

想像を絶する存在の力を持つ男を、 最愛の主の元へと行かせる事となる。

 アノ “天目一個(てんもくいっこ)” をも超える、 皮肉にも自分がその名付け親になってしまった

星 躔 琉 撃(せいてんりゅうげき)殲 滅 者(せんめつしゃ) を。

 

「ご主人……様……」

 

 力無く呟いたマリアンヌは、 袋小路に追いつめられた獲物のように後ずさった。

 凄むでもなく威圧するわけでもなく、

()()()()()()()()()()()()の男の存在が、

彼女の恐怖を否応なく増大させた。

 

(だ、 ダメッッ!!)

 

 寒いわけでもないのに震える自分の躰を、 マリアンヌは懸命に(いさ)めた。

 だが、 躰の震えは止まっても心の震えまではどうしようもない。

 それでもマリアンヌは懸命に、

後退しようとする躰と停滞しようとする心を押し(とど)めた。

「宝具」 と “自在法” の加護がなくなり

剥き出しの生身で向き合わざる負えなくなった今、

ハッキリ言って、 目の前のこの男は途轍もなく恐ろしい。

 こうしてただ対峙しているだけでも、 躰が意に(はん)して震え出し止まらない。

 足下の感覚もまるで現実感がなく、 自分がどう立っているのかすらも曖昧だった。

 そしてソレは当然の事と言えた。

 アノ時、 もし承太郎が心を憎しみに呑まれたまま

その拳を全力で撃ち抜いていれば、

ソレを受けたマリアンヌは確実に絶命していたのだから。

 

「……ッ!」

 

 震える躰を長 衣(ストール)越しに掻き抱いているマリアンヌを見据えていた承太郎は、

やがて淡い嘆息をその口唇から漏らした。

 その様子はまるで激しい雨の中、 ずぶ濡れで足元にすり寄ってくる

仔犬のように弱々しかったからだ。

 そのか弱き異世界の少女の様相に、

無頼の貴公子は学帽の鍔で苦々しく目元を覆う。

 

(やれやれ。 これじゃあどっちが悪モンか解らねーな。

理由はどうあれ弱い者イジメみてーで気分が悪いぜ。

その、 テメーの “ご主人様” とやらに対する気持ちを、

ほんの少しだけでも他の人間に与え(クレ)てやれば、

こうはならねー筈なんだがな) 

 

 瞳を若干斜めに逸らし、 そして承太郎は少女に促す。

 

「オメーの負けだ。 マリアンヌ。

もうこれ以上続けてもオメーに勝ち目はねぇ。

潔く認めて道を開けな」

 

 そう言って自分へと歩み寄る無頼の貴公子に、

異界の美少女はアメジストの双眸をきつく結んだ。

 

(ご主人……様……)

 

 脳裏に甦る、 最愛の者の笑顔。

 

(ご主人様……ッッ!!)

 

 その(くるお)しい程に愛しき存在が、 『決意』 と成って心に巣喰った 【恐怖】 を吹き飛ばした。

 

「ご主人様の(もと)には!! 絶対に行かせないわッッ!!」

 

 閉じていた双眸を見開いたマリアンヌは、

鮮鋭にそう叫んで長 衣(ストール)を再び空間に翻す。

 純白の衣が弧を描いて、 空間を扇ぐと同時に内部へ編み込まれた 『召喚系自在法』 が発動、

承太郎の前方に数十もの薄白い炎が、 封絶の光に照らされる廊下へ所狭しと噴き上がった。

 

「!」

 

 その中からマリアンヌの着ているものと同じ、

瑠璃色を除いた色とりどりのドレスに身を包んだフィギュア型の燐子、

承太郎の言葉で云えば悪趣味な動くマネキンの群が

形状もまちまちな細身の武器を (たずさ) えて現れた。

 

「無駄だぜ。 雑魚(ザコ)を何匹掻き集めようが、

オレとスタープラチナの敵じゃあねぇ」

 

 微塵の動揺も示さず、 スタンドと共に指を差し向ける無頼の貴公子。

 心中を突かれたように気勢を削がれる異界の美少女。

 ソレは、 解っていた。

 天目一個以上の超強力なミステスに、

低級燐子が喩え何体集まろうが砂上の楼閣にもならない事は。

 しかし、 ほんの僅かでも可能性が在るというのなら、 退くわけにはいかない。

 ()()()()()()()()()()()()()

 最愛の主のために、 この身を犠牲にしてでも護りたい(ヒト)のために――。

 退()()()()()()、 何が在っても絶対に!

 

 燐子の少女は己の決意を強く胸に誓い、

その双眸にも同様の光が宿る。

 ソレは、 承太郎の瞳に宿るモノにも全く引けをとらない精神の輝き。

 

「!」

 

 空条 承太郎はそこで初めて、

マリアンヌに対し、そして紅世の徒に対し、

「怒り」 以外の感情を抱いた。

 コトの善悪は抜きにしてこの異界の少女もまた、

自分以外の 「誰か」 の為に戦っていた。

 

“大切な者を護る為に”

 

 種の違う者とはいえど、 その一点だけは自分と何ら変わりはしなかったのだ。

 

(やれやれ……オレが想像していた以上に、 厄介な相手だったのかもな。

紅世の徒(テメーら)(ゆる)す気は全くねーし、

ブッ倒す事をカワイソーだとは微塵も想わねぇが、

窮地にあってもその “ご主人様” とやらの為に

ヘコたれねぇ精神にだけは、 『敬意』 を払うぜ、 マリアンヌ)

 

 承太郎は互いの中間距離で足を止め、 その背後からスタンド、

スタープラチナを静かに出現させる。

 己の全霊を持って戦い、 そして倒すべき相手だと

承太郎自身がマリアンヌを認めたのだ。 

 

「どうやら、 何が在っても退く気はねぇみてぇだな?

ならもう今度は拳を止めねぇ。

()()()()()()()()()()()? マリアンヌ……!」

 

 承太郎は静かに、 だが有無を言わさぬ口調でそう言い放ち、

逆水平の指先を武装燐子越しにマリアンヌをへと差し向けた。

 

(――ッッ!!)

 

 とうとう 「本気」 にさせたという事実を実感しながら、

再び迫り上がってきた脅威と畏怖で下がろうとする脚を、

逆にマリアンヌは一歩前へと踏み出した。

 

(ご主人様……どうかマリアンヌに……『勇気』 を与えてください……!)

 

 心の中でそう呟き、 開いたドレスの胸元から取り出した、

メビウスリングを模した鎖の刻印が入った 「金貨」 を手に握り、

静謐に煌めく鏡のような表面に主の面影を想い起こした。

 

「……」

 

 そして一度、 その金貨に可憐な唇でそっと口づけると、

 

「さあ!! 行きなさいオマエ達!! 

ご主人様を傷つけようとする者を討滅するのよ!!」

 

マリアンヌの叫びと共に長 衣(ストール)の絡まり合った右腕が尖鋭に振り下ろされる。

 それを合図に四十を超える燐子の大群の目が薄白く発光し、

陣形などはお構いなしで真正面から十数体まとめて承太郎に襲いかかった。

 ある者は関節に仕込まれた機械部品を軋ませ、

またある者はペット樹脂の肢体に互いの身体と武器にブチ当てながら、

自虐的な無数の斬撃を承太郎とスタープラチナに振り下ろす。 

 煩雑な軌道と剣速だが、 しかしその凶悪さと凄惨さは一層にも増して

自分に一斉に襲いかかる剣林を承太郎は眉一つ動かさずに見据えると、

 

「スタープラチナァァァァァッッ!!」

 

精悍な声でそう叫び、 力強く右腕を薙ぎ払った。

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ!!!!!!』

 

 

 

 

 ソレに同調したスタンド、 スタープラチナが猛りながら

引き締めた拳の嵐撃を目の前を覆い尽くす斬撃に向けて撃ち放つ。

 数こそ多いがどんな状況でも冷静に対処出来る精神を持つ人間、 空条 承太郎と

音速のスピードとソレに対応する動体視力をも携えるスタンド、 スタープラチナの前では

その兇刃乱舞ですら端から止まっているも同然だった。 

 

 

 

 

 ドグッッッッシャアアアアアァァァァァッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 衝撃と共に強烈な破壊音を伴って砕けた夥しい刃の破片と

フィギュアの残骸が瞬く間に空間へと散乱した。

 肉眼では判別不能の速度で繰り出される、

スタープラチナのスタンドパワーが乗った豪拳に触れたものは、

刃だろうがフィギュアの本体だろうが内部に組み込まれたスチールの骨組みだろうが、

文字通り触れた先から枯木のように粉砕された。 

 余波によって生まれた旋風が、 紅世の少女へと勢いよく叩きつけられる。

 

「……あうぅぅぅッッ!!」

 

 パールグレーの髪が風に舞い踊りストールが激しくはためき、

ドレスの裾が捲れ上がって白い脚線美が露わとなる。  

 

「フン、 敵とはいえ女の姿をしたモンを殴るのはチト心が痛むが、

テメーらは放っておきゃあ他の人間を襲い出す。

悪いが全部まとめてブッ壊させてもらうぜ」

 

 そう言って承太郎は一度微かに口唇を歪めると、

スタープラチナと共に周囲を囲む武装燐子の集団など

まるで存在しないかのように悠然とマリアンヌとの距離を詰めてくる。

 先刻の攻撃。

 たったの一合しただけで、 全戦力の三分の一以上がアッサリと持っていかれた。

 廊下にはバラバラに砕けた燐子の残骸が、 薄白い残り火を上げながら爆ぜている。

 蒼白の焦燥がマリアンヌの胸を突いた。

 先程の言葉通り、 今度 『星の白金』 の射程圏内に入られたら、

もうあの男は決して容赦しないだろう。

 それだけの 【凄味】 が、 もう今のあの男にはある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(違うッ!)

 

 マリアンヌは心に浮かんだ感情を即座に否定した。

 もし自分がやられれば、 この危険極まりない男を主の許へと

行かせてしまう事になる。

 そのことだけを強く胸に刻みながらマリアンヌは残った全ての燐子に、

内に編み込まれた攻撃動作自在式発動の法儀(ほうぎ)長 衣(ストール)を翻して放った。

 

「ま、 まだ終わりじゃないわッ! 行きなさい! オマエ達!

()()()()()()ご主人様を御護りする為にッッ!!」

 

 悲壮なその言葉に華美なドレスを纏った

殺 戮 操 り 人 形(キリング・パペット)」 の群が全て、

縦横無尽に廊下全体へ(ひし)めき多重方向から再び襲いかかってきた。

 しかし。

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアァァァァァァァ―――――――――ッッッッッッ!!!!!!』

 

 

 

 再度廊下全体に響き渡る、スタンド 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 の咆吼。

 強力な紅世の宝具、

『レギュラー・シャープ』 の速度と複雑な軌道にも対応出来る精密動作の前では、

幾ら背後から襲いかかろうとも真正面からの超 低 速(スローモーション)と全くの同義。

 さながら先刻の場面を再 現(リプレイ)するが如く、

武装燐子の群は風の前の塵に同じくバラバラに分解爆裂させられ

空間にジャンクの残骸を振り撒いた。

 

(……ッッ!!)

 

 マリアンヌの眼前で、 白い炎に包まれながら

次々と無惨に撃ち砕かれていく己の同胞。

 自分と違って 『意志』 こそ持たないが、

最愛の主の手から産み出された

“燐子” で在るという点では、 全く変わりがなかった。

 その 『同類』 が今、 眼前で跡形もなく、

何の抵抗も出来ないまま次々と葬られていく。

 白金色に輝く、 美しさと畏怖を併せ持つ超絶の弾幕 “星 躔 琉 撃(せいてんりゅうげき)” に。

 その悪夢のような光景を目の前に、 マリアンヌは想わず視線を背けそうになる。

 が、 しかし、 主に与えられた 『意志』 の力で、

少女は無理矢理その双眸を見開いた。

 何も出来ないのなら。 何もしてあげられないのなら。

犠牲になる事(こ う な る こ と)を承知で自分が呼び出したのなら。

 せめて、 その最後の時まで、

主の為に戦おうとした名もなき燐子達の 「姿」 を、

その目に焼き付けておかなければならないと想った。

 

(ごめん、 ね……本当に……ごめんね……

でもお願い……もう少しだけで良い……ご主人様の為に()えて……!

ほんの一瞬だけで良い……

あの男の意識が、 ()()()()()()()()()()……ッ!)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 胸元で金貨を強く握りしめながら、

心の深奥から沁み入ずる、 マリアンヌの純正な祈り。

 その少女の切なる願いは、 彼女の予期せぬ形で唐突に訪れた。

 

(ッッ!?)

 

 空間に舞い散らばる、 無数のフィギュアの残骸と

その内部に組み込まれた数多の機械部品。

 一瞬、 本当に神の気まぐれのような一瞬だったが、

ソレが承太郎とマリアンヌの間を覆った。

 承太郎からはマリアンヌが、 マリアンヌからは承太郎が、

完全に互いの視界から消え去る。

 さらに砕けた刃とフィギュアの塗料とが

封絶の光を反射してその効果を増大させた。 

 

()()……!! ()()()()()()……!! ご主人様……ッッ!!)

 

 マリアンヌは生まれて初めて 「神」 に心から感謝し、

手にしていたチェーンレリーフの金貨を素早く長 衣(ストール)の先端に忍ばせると

渾心の力を込めて白の閃撃を撃ち放った。

 

「せやああああああああぁぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 

「!」

 

 視界の向こう側から挙がった清冽な掛け声を承太郎は一瞥する。

 

(完全に()()()……フェイントか……? それにしちゃ雑な……)

 

 次の刹那。

 

「!?」

 

 その射程距離外から撃ち出された筈の長 衣(ストール)から、

煌めく 『金色の鎖』 が追伸して瞬時にスタンドの周囲を取り囲み、

全身を幾重にも巻き絡めた。

 

(とら)えたわよッ! 空条 承太郎!

これで今度こそアナタの敗北は決定的だわッ!」

 

 撃ち出した長 衣(ストール)の裾をきつく引き絞りながら、

紅世の美少女は歓喜の嬌声(きょうせい)をあげる。

 

「こ、 これはッッ!?」

 

 スタンドと本体の因果関係により、

承太郎自身の躯も見えない力で引き絞られ

その圧力が獣の牙のように食い込み前衛的なデザインの学ランが歪み出す。

 純白の長 衣(ストール) 「内部」 からまるで手 品(マジック)のように

金鎖が延びているため重量は関係ないのか、

それとも長 衣(ストール)を引き絞る力がそのまま金鎖にも連動しているのか、

ともあれマリアンヌ細腕でも金鎖には万力のような力が込められ、

巻き絡めたスタープラチナの全身を軋ませる。

 先刻、 長 衣(ストール)の中に仕込まれた 「金貨」 は、 

彼女の精神と同調して瞬時にその形を黄金長鎖に変容させ、

帯撃と共にスタープラチナへと射出されたのだ。

 二つの 「宝具」 を結 合(ドッキング)させてその射程距離を延長()ばし、

そして背水の陣を覚悟して放ったまさにマリアンヌ執念の一撃。 

 魔装封殺(まそうふうさつ)簒奪(さんだつ)縛鎖(ばくさ)

紅世(ぐぜ)宝具(ほうぐ)

『バブルルート』

操者名- “燐子” マリアンヌ

破壊力-なし スピード-A(変異速度) 射程距離-C

持続力-A 精密動作性-C 成長性-なし

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「ウフフフフフフフフフフフフフ!

捕らわれの雛 鳥(ひなどり)になった気分はどう!?

空条 承太郎ッ! 

両腕を封じられてしまっては、 アナタ御自慢の嵐撃も(カタ)無しねッッ!!」

 

 不安、 恐怖、 安堵、 歓喜、 様々な正と負の感情が綯い交ぜとなって

混沌となり、 その(くら)い熱に浮かされたマリアンヌは頬を桜色に染め、

小悪魔的な笑み刻んで言い放つ。

 

「クッ!」

 

 幾ら鋭敏な頭脳を持つ承太郎でも、

()()()()()()()()()までは予測しえない。

 先刻の一瞬、 本当に瞬き程度の一瞬だったが、

目の前を覆う残骸の所為で自分は確かにマリアンヌから 「意識」 を逸らした。

 その一瞬の間隙(かんげき)が、 今スタープラチナを捕らえている

『能力』 の起動を捉え損なったのだろう。

 そんな偶発的な事象にも支えられた、

殆ど僥倖(マグレ)に等しいような戦略上のミスだったが

歴戦の修羅場を潜り抜けてきた承太郎は厳しく己を諫めた。

 

「調子に乗ってンじゃあねーぜ。

こんなチャチな “鎖” でこの空条 承太郎を縛り付けたつもりか?

ナメんなよこの(アマ)

 

 己の(ゆる)みに苛立ちながらも、 承太郎はスタンドに絡みついた金鎖を

スタープラチナのパワーで引き剥がそうと精神を集中する。

 しかし、 近代建造物も内部に仕込まれた鉄筋ごと破壊する筈の剛力でも、

己を縛る金の鎖はただ軋むだけでほんの僅かな隙間すらも()じ開ける事が出来ない。

 その様子をみつめていたマリアンヌが

鎖の繋がれた長 衣(ストール)を逆くの字に折り曲げて自分の側に引き込みながらも、

揚々とした口調で主が宝具を誇る。

 

「無駄よ! 無駄無駄!

いくらアナタが天目一個以上のミステスだったとしても、

ご主人様秘蔵のもう一つの 「宝具」

武 器 殺 し(キリング・ブレイド)” 『バブルルート』 を砕く事は決して出来ないわ!

どんな業物の刀剣、 仮に炎髪灼眼の持つ “贄殿遮那” で在ったとしても絶対にねッ!」

 

 その宝具、 白い封絶の光で幻想的に反照する 「黄 金 長 鎖(ゴールド・チェーン)

『バブルルート』 は、 まるで熱帯の密林に潜む(おぞ)ましき大蛇のように

スタープラチナを圧迫し更に恐ろしい力で引き絞った。 

 

「グッ!! オオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!」

 

 躯を束縛する圧力が強まり、 次第に呼吸もままならなくなってきた承太郎は

その物理法則に反抗するが如くスタープラチナと喚声をあげ、

スタンドの全能力を開放してバブルルートを引き千切ろうとした。

 猛りと共に白金色の膨大なスタンドパワーが互いの全身から迸る。 

 しかし、 先刻のマリアンヌの言葉通りスタープラチナの全力を持ってしても、

頑堅無双の強度を誇る武器殺しの宝具 『バブルルート』 はビクともしない。

 それどころか力を込めれば込めるほど、

その反動で鎖はより深くスタンドのボディに喰い込んでいった。

 

「ウフフフフフフフフフフフ! 往生際が悪いわよ? 

もうアナタの 【敗北】 は決定されたの!

やはり 「アノ時」 私に止めを刺しておくべきだったわね?

空条 承太郎ッ!」 

 

 完全に立場が逆転したマリアンヌが承太郎の台詞をトレースし

勝ち誇ったように微笑(わら)う。

 

「こちらの燐子もだいぶやられたけど、

でも動けないアナタを討滅するだけなら、 コレで十分過ぎるわね」

 

 長 衣(ストール)を引き絞る動作のまま首だけで周囲を見渡す。

 40体以上いた筈の武装燐子の群は、 今や僅か7体を残すのみ。

内、 無傷なモノはたったの2体だけだった。

 他は腕なり腹なり顔面なりを打拳の嵐によって半分以上吹き飛ばされ、

金属の関節を軋ませながら敗残兵のような姿を晒している。

 あと、 ほんの数秒バブルルートを発動するのが遅かったのなら、

戦況は全く別のモノとなっていた事だろう。

 

「……」

 

 それら傷だらけの燐子達を、

一度労るような表情で見回したマリアンヌは即座に表情を引き締め、

生き残ったその者達に一斉攻撃をしかけさせるため

長 衣(ストール)の絡みついた左腕を処刑執行官のように高々と掲げる。

 

「アナタの忠告に従い、 一番危険なアナタから先に討滅させて戴くわ。

今度こそ “覚悟” は良い? 空条 承太郎? フフフフフフフフフフフフ」

 

「……」

 

 妖しく冷たい死の光を双眸に称えるマリアンヌの宣告を受け止めながらも、

承太郎の瞳に宿る気高き光は断裁処刑される寸前の、

絶望に支配された囚人のソレではなかった。

 

『……』

 

 そしてその分身であるスタンドもまた決して諦める事なく、

最後まで紅世の宝具、 バブルルートと無動の戦いを繰り広げていた。

 金の鎖が絶え間なく軋み上がり、 鼓膜を掻き毟る音が空間に錯綜する。

 

(やれやれ。 こいつぁマジに頑丈な鎖だ。

単純な腕力だけじゃあいつまで経っても破壊は出来そうにねぇ。

逆にオレのスタンドのプライドってヤツが、 粉々にブッ壊れそうだぜ) 

 

 その承太郎の周囲を、 凶暴な光を放つ砕けた刃を構えた

ボロボロの燐子達が取り囲み、 ジリジリと包囲網を狭めていく。

 数多くの同胞を皆殺しにした、 承太郎とスタープラチナに、

この世で最も残虐な死を与える為に。

 だが承太郎はそんな怨 讐(おんしゅう)に狂う燐子達には目もくれず、

その先で冷たい微笑を浮かべているマリアンヌに向かって呟いた。

 

(だがマリアンヌ……人間じゃあねぇオメーに言っても解りゃあしねーだろうが……

この世に特別な存在(モン)なんてありゃしねぇのさ……

“紅世の徒” だろうが…… 『DIO』 だろうが……何一つな……ッ!)

 

 言葉の終わりと同時に、 高潔なるライトグリーンの瞳に決意の炎が燃え上がる。

 同様に、 スタープラチナの白金の双眸も鋭く発光した。

 

 

 

 

 

『「オォォォォォォォォォラァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」』

 

 

 

 

 まるで空間を劈くような喚声で、

承太郎とスタープラチナは共に(トキ)の声をあげる。

 

(突破口は……必ず……どこにでも在る……ッッ!!)

 

 心中でそう叫び、 スタンドの踏み込みを利用して生まれた

最後の力に渾身の勢いを込めて、

紅世の宝具 『バブルルート』 内部へと一斉に注ぎ込んだ。

 

「……」

 

 その一心不乱な様子に、 マリアンヌはやや白けたような表情を浮かべ

ツマラナイものでも見るかのように承太郎とスタンドを(すが)める。

 

「無様ね。 空条 承太郎。

まさか追いつめられて自暴自棄になるなんて。

もう少しマシな男だと想っていたけれど。

生憎だけれどアナタが力を込めれば込めるほど

『バブルルート』 はより深くアナタの(からだ)()じ込まれていくわよ」

 

 そのマリアンヌの言葉を無視して承太郎は尚もスタンドを念じ続ける。

 

 

 

『「オッッッッッッッッラァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」』

 

 

 

 スタープラチナは自分を螺旋状に絡みついて拘束し、

尚も屈服させ続けようとする異界の金鎖 『バブルルート』

そのありとあらゆる箇所を鋭い眼光で微細なく()めつけ、

宿主譲りの強靱な精神力で金鎖を圧搾し続ける。

幽波紋(スタンド)』 と “紅世の宝具”

異なる強力な能力(チカラ)が互いに擦れ合い、

軋み合う音が間断なく白い封絶空間に鳴り響き続けた。

 

「この男ッ! 本当になんて諦めがッ!」

 

 自分が起死回生で放った、 正に乾坤一擲の切り札だったのに

その事をまるで意に介さない承太郎に苛立ったマリアンヌは

怒気を含んだ声で彼に叫んだ。

 

「いいかげんになさいッ! 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

もう無駄な悪足掻きはお止めなさい! 

大人しくしていれば苦しみを与えず、 楽に死なせてあげるわ!」

 

 その申し出に対し、 承太郎は微塵の動揺もない表情で微笑を返す。

 

「悪、 足掻き、 ね。 さて、 それは、 一体、 どう、 かな?」

 

「何を」 

 

「この世に」

 

 マリアンヌが何か言う前に、 承太郎の言葉が割り込む。

 

「 “絶対” なんてモンは……()()()()()()()()……」

 

 そのとき。

 

 

 ビギッ……!!

 

 

 次の瞬間。

 

 

 ビギビギビギビギ…………ッッ!!

 

 

(ッッ!!)

 

 微かな。

 しかし、 確実に、 アメジストの飾る耳元に届いた、 罅割れる金属音。

 

「ま、まさか!? ()()()()()、 在り得る筈がッ!?」

 

 今日何度目か解らなくなった驚愕を、

再びその秀麗な顔に浮かべるマリアンヌ。

 

 

 ビギ!!

 

 

 ビギビギビギビギビギビギビギビギッッッ!!!

 

 

 

 バギィッッ!!!

 

 

 

 しかしその間にも、 まるで薄氷を踏み砕くような破壊音は鳴り続け、

次第次第にその音響を上げていく。

 そし、 て。

 その無敵の強度を誇る筈の宝具 『バブルルート』 の、

鏡のような鎖面に夥しい数の亀裂が浮かび上がってきていた。

 

「そ、 そんな! バカな!  ()()()()()()()()()()()()!!」

 

 完全に想定外の事態にその素肌をより白く染めるマリアンヌに向け、

承太郎が変わらぬ静かな口調で告げる。

 

「フッ、 人間じゃあねぇテメーに言っても解りゃあしねーだろーが、

冥土の土産に教えてやるぜ」

 

 宝具本体のダメージによりその圧迫が弱まってきたのか、

承太郎は赤味の戻った表情で言った。 

 

「どんな強固な物質だろうと、

その分子レベルでの 『結合』 は常に一定じゃあねぇ。

必ず目には見えない細かな 「(キズ)」 や、

結合の(ゆる)い「(ゆが)み」が存在する。

宝具だか秘蔵だか知らねーが、

()()()()()()()その法 則(ルール)からは逃れられねぇのさッッ!!」

 

 そう言って承太郎は再びその不敵な微笑を口唇に刻んだ。

 

「オレはスタープラチナの 「眼」 でその部分を見つけだし!

更にッ!

()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 スタープラチナの虹彩が、 一際強く光る。

 

 

 

 バギバギバギバギバギバギバギバギバギバギィィィィッッッッ!!!!

 

 

 

 そして、 極寒の湖面に張った分厚い氷が一斉に砕けたかのような、

より強烈な破壊音が両者の鼓膜に飛び込んできた。

 

「そ、 そ、 そ、 そんなッッ!? まさかッッ!?」

 

 目の前の現実を受け止められず、 動揺するマリアンヌに尚も冷静に承太郎は続ける。

 

「この鎖、 確かに頑丈だが、 どうやら相当な年代モンらしいな?

スタープラチナの 「眼」 でその 「(ゆが)み」 を見つけだすのは難しくなかったぜ。

後はその小さな 「疵痕」 を! スタンドの (パワー)()じ開けるだけさッッ!!」

 

『オッッッッッッラァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッッッ!!!!!』

 

 言葉の終わりとほぼ同時に、 猛々しい咆吼で長い鬣を振り乱し、

躯を反転させながら()し拡げられたスタープラチナの剛腕(かいな)

 

 

 

 

 ガギャンンンンンッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 繋ぎ目が集束したスタンドパワーに()って断砕され、

二つに割かれて輝く破片と共にスタープラチナから弾き飛ばされた

『バブルルート』 は、 行き場を失った 「力 」を溜め込んだまま

空間を狂ったように暴れ廻り、

傍にいた武装燐子フィギュア達を巻き込んで爆 削(ばっさく)させた。

 一方は3体の燐子を(から)み込んだまま右の窓ガラスをブチ破って

噴水のある中庭の方面へと飛び消え、 もう一方は同じく燐子の上半身を

容易く千切り飛ばして2-4の壁面にメリ込み、

教室の内と外とに貫通したまま絶命した蛇のようにダラリと垂れ下がった。

 その、 凄まじい破壊劇の原動力となったスタンド能力。 

 超至近距離で接触した対象を、 スタンドの冠絶(かんぜつ)した暗視能力を駆使して

瑕 瑾 箇 所(ウィーク・ポイント)」 を高速スキャンし、 そして分子レベルで破壊する。

 極点滅壊(きょくてんめっかい)星眼(せいがん)裂撃(れつげき)

 流星の流法(モード)

流 星 眼 破 砕(スター・アイズ・クラッシュ)

流法者名-空条 承太郎

破壊力-A スピード-E 射程距離-E(接触膠着状態のみ)

持続力-A 精密動作性-A 成長性-B

 

 

 

「ご主人……様……」

 

 最後の切り札すらも、 その圧倒的な精神の力で完殺した承太郎を前に、

マリアンヌは虚ろな瞳で主の名を呟く。

 そして黄金の縛鎖から完全に自由を取り戻した承太郎とスタープラチナは、

 

『「さぁ? お祈りの時間だぜ? マリアンヌ」』

 

甘く女の心を蕩かす声でそう告げ、

緩やかに構えた指先を燐子の恋人に差し向けた。

 

←To Be Continued……

 

 



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『戦慄の暗殺者Ⅷ ~Heat Capacity~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 

「でやああああああああぁぁぁぁぁぁ―――――――――ッッッッ!!!!」

 

 紅い弾丸のような突貫で巻き起こる気流に

黒衣を靡かせながら空間を疾駆するシャナ。

 そして大上段に構えた戦慄の美を流す白刃が唸りをあげて

サムシング・ブルーのウェディングドレスを纏った武装燐子の

頭蓋に向けて振り降ろされる。

 ギィィィィィィィンッッッ!!!

 

「!!」

 

 しかし今度呼び出された武装燐子は先刻のモノを

より強力に改 造(カスタム)したモノのようだった。

 高速で繰り出されるシャナの斬撃に反応した、

その持ち手も反射的に防いだのではなく

守りと()なしに従事した構えである。

 大刀と細 剣(サーベル)とがブツかり合い金属の軋る音が空間に鳴り響く。

 だが。

 

「だああああああああああああああああああッッッッ!!!!」

 

 即座にシャナは打ち落としの斬撃を武器破壊の斬撃へと変換し、

全身の膂力を総動員して搾力を刀身へと捻じ込む。

 その影響で強度で劣る燐子の白刃はバラバラになって砕け散る。

 すぐさまにヴェールを被った無防備の頭蓋に贄殿遮那の本刃が叩き込まれた。

 音もなく斬り裂かれていく身体内部で斬撃が音速に達した為、

次の刹那衝撃波が巻き起こり真っ二つに両断された燐子が爆風で跡形もなく吹き飛ぶ。

 その後に到来した炸裂の破壊音が、

壮麗なる紅世の王 “狩人” フリアグネが

言う処の 「戦闘組曲第二楽章」 開幕のベルだった。

 大刀を振り下ろしたままの体勢で俯くシャナの背後から、

すぐさまに様々な色彩のウェディング・ドレスを纏った燐子7体が

細 剣(サーベル)を振り上げて彼女に襲いかかる。

 ガギィィィィィィィィィ!!!!

 今度はシャナが背後から襲いかかる無数の剣林を

彼女(?)らには背を向けたまま左手を大刀の峰に押し当て

全て受け止める。

 そして。

 

「ぜえぇぇぇぇぇぇッッッッ!!!!」

 

 息吹と共に全身の筋力と更に内腑(うち)のソレまで使って生み出された、

その小さな躰からは想像もつかない強烈な灼熱の 「剣気」 が

贄殿遮那の刀身から喚き起こる。 

 吼えるフレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手”

その灼熱の剣気を手にした武器を透してクローム樹脂の身体に叩き込まれた

武装燐子の群は、 まるで破壊振動波を喰らったかのような衝撃を身に受け

全て後方へと弾き飛ばされた。

 すぐさまに後方へ向き直ったシャナは

右手の柄頭を基点に大刀を円環状に廻転させ、

周囲に遍く無数の剣輪を波紋の如く生み出した。

 鋭い白刃の旋風が巻き起こり、 その動作を警戒した

強化型武装燐子達が二の足を踏む。

 敵に対する威嚇と同時に廻転運動によって生まれた遠心力を、

シャナは肩と肘とに集束させ、 素早く大刀を返して揺らめく炎髪と共に背へ流す。

 そして執るその 「構え」 は、

左肩をやや前面に押しだし後ろ足を斬撃と同時に送り出す、

古流剣術で言う処の 「(くるま)の構え」

 ソレを己の超人的な身体能力に合わせて特 化(カスタマイズ)した、

フレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手” 専用 「斬刀術」

 

「ッッだあぁぁぁぁッッッッ!!!!」

 

 鋭い掛け声と共にシャナは瞬時に足下のコンクリートを踏み割り

半月状の足痕を残して、 背後に跳ね飛ばされた武装燐子達の脇を

彼女 (?) 達が着地するより素疾(すばや)く駆け抜ける。

 舞い上がる黒衣、 火の粉撒く炎髪。 

 まるでDVDのコマ送りのように不穏な動作一つなく前方で

一時停止したシャナの手の内で、 大刀は既に全力で振り切られていた。 

 彼女の背後で、 7体の燐子が空間に疾走った斬閃に因って左斜めに両断され、

空中で割かれた上半身をコンクリートの上に落下させる。

 ソノ斬刀の余りの疾さ故に、

血の代わりに吹き出す白い炎の間歇泉までもが一刹那遅れた。

 疾風烈迅(しっぷうれつじん)断空(だんくう)穿牙(せんが)

贄殿遮那(にえとののしゃな)火車(かしゃ)太刀(たち)

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A スピード-A 射程距離-B(最大25メートル)

持続力-E 精密動作性-B 成長性-B

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 大刀を振り下ろしたままの体勢で足を止めたシャナの背後から、

一呼吸の間も置かず3体の燐子が組になって襲いかかる。

 

「ッッシィッッ!!」

 

 白い(うなじ) が微かに覗く程度に首を動かし、

流し目で燐子を睨め付けたシャナの交差した右手の隙間から瞬速で放たれた

紅蓮の刃が、 人体の急所に当たる燐子達の喉元と眉間に突き刺さり

その着弾箇所周辺を燃え上がらせた。

 炎髪の撒く炎気を、 指の透き間で手裏剣状に変化させ敵の急所に撃ち込む。 

 穿たれた紅蓮の硝刃(しょうじん)は、 対象に喰い込んで尚燃え続け標的を内部から蝕む。

 華麗さと凄絶さ、 二つの顔を併せ持つ

フレイムヘイズ対中間距離用 「打剣術(だけんじゅつ)

蓮華(れんか)

遣い手-空条 シャナ

破壊力-C スピード-シャナ次第 射程距離-シャナ次第

持続力-A 精密動作性-シャナ次第 成長性-A

 

 

 

 

 顔面と喉元を焼かれた燐子3体が力無くその場に崩れ落ちるよりも速く、

シャナは既にそこから躰を90°反転させ真横に飛び去っていた。

 高速で黒衣をはためかせながら鋭く中空を翔る紅の少女は、

光彩を無くした無明の双眸を(みは)りながら全身から際限なく湧き上がってくる

未だ嘗てない力の奔流に身を奮わせていた。

 

(スゴイ……ッ! 理由は解らないけど、 躰がスゴク軽い……ッ!

それに、 信じられないくらいよく旋廻(まわ)る……!!

「今」 ならきっと……! 誰にも負けない……!

アイツにも……! アノ男にも……ッ! 誰にも……ッッ!!)

 

 その少女の昂りへ呼応するかのように、

全身から鳳凰の羽根吹雪の如く発せられた

紅蓮の火の粉が空間を灼き焦がす。

 

(今ならきっと……“アレ” が出来る……!

一度修得しようとして出来なかった “アレ” が……ッ!)

 

 脳裏に浮かび上がる新たな炎刃の戦形(カタチ)を想い浮かべながら、

シャナは斬撃で開いた隙間より包囲網を抜け出した。

 着地と同時に、 革靴の裏がキュッと鳴る。

 その前方から関節を軋ませつつ迫ってくる、

個々の力では太刀打ち出来ないと判断し人海戦術に撃って出た

武装燐子の大群に向けて少女は不敵な笑みを刻む。

 

「無駄よッ!」

 

 凛々しく清廉な掛け声。

 

「はああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 大刀の腹を真横にして、 中段に構えた刀身内部へ左手を (あてが) って炎気を込め、

更に柄を握る右手からも波長の違う炎気を送り込む。

 やがて贄殿遮那の内部にて波及効果を起こした炎気がその全体に拡散していき、

刀身が真紅の火の粉を振り撒きながらまるで烈火に()べられた

溶鉄の如き形象に変わっていく。

 

「りゃああああああああああああああああッッッッ!!!!」

 

 叫びと共に大きく振りかぶった焼紅の大刀を、

勢いよく前方に撃ち出すシャナ。 

 その高速で振り抜かれた刀身から、

具現化した紅い斬撃が追進して勢いよく飛び出した。

 余波である直線状の火走りをコンクリートの上に噴き上がらせ、

高速射出された実体の在る斬撃の紅い牙が進撃してくる

武装燐子達を持っている武器ごと斜めに寸断し、

更にその背後の青いフェンスまでも突き破って彼方へと消える。

 掌に集束した炎気の塊を贄殿遮那を通して増大させ、

カマイタチ状に変化させて射出するフレイムヘイズ専用 「斬撃術」

 斬光裂閃(さんこうれっせん)紅蓮(ぐれん)闘刃(とうじん)

『贄殿遮那・炎妙(えんみょう)ノ太刀』

遣い手-空条 シャナ

破壊力-B スピード-B 射程距離-B

持続力-B 精密動作性-B 成長性-B

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 たったの一撃で、 十数体の武装燐子を

武器ごと斬り飛ばした少女を懼れ(おそ)た他の燐子達は、

すぐさまに動きを止めて左右に方向転換し始め、

遠距離攻撃を警戒してか今度は広域に散開して飛び上がり頭上から急襲した。

 しかし、 これまでの長い戦いで培われた状況判断力を有する少女は、

すぐさまにその事態へと対応する。

 

「馬鹿ねッ! それじゃあわざわざ自分で逃げ場を(せば)めたのと同じ事よ!」

 

 そう叫んで両手に構えた大刀を、 高々と頭上へ掲げた。

 手の平から湧き上がる無数の火の粉を刀身内部に送り込みながら。

 

「やああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――!!!!」

 

 喊声(かんせい)と共に贄殿遮那の中央部が赤く発光し、

刀身から圧搾された炎塊が弾けて放射線状に変異、

その周囲全方向に向けて隈無く疾駆する。

 張り詰めた鋼線のような灼熱の光が、

上空の重力に縛られた回避不能の燐子達、

そのありとあらゆる箇所に着弾して全身を貫いた。

 その一発一発の威力は低いが、

広範囲を一度に攻撃出来る炎の戦闘自在法。

 光塵乱舞(こうじんらんぶ)閃華(せんか)赤裂(しゃくれつ)

『贄殿遮那・火足(ひたり)ノ太刀』

遣い手-空条 シャナ

破壊力-C スピード-C 射程距離-C(半径15メートル)

持続力-C 精密動作性-C 成長性-A

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 シャナの周囲、 円周上にスクラップとジャンクの残骸が白い火花を伴って

五月雨(さみだれ)のように舞い落ちる。

 

「……」

 

 その様子を給水塔で立ち上がったフリアグネは両腕を組み、

純白の長衣とパールグレーの髪を封絶の放つ気流に靡かせながら

先刻とはまるで違う、 引き締めた表情で戦況を見つめていた。

 

()()……先刻の 「常用型」 の量産タイプとは違う、

“フレイムヘイズ討滅” を目的に創り上げた

この私秘蔵の強化型武装燐子達を、 こうもあっさりとはな……)

 

 状況的に追い込まれたわけではないが、

愛着の深い秘蔵のコレクション達がその価値の解らない者に

身も蓋もなくバラバラにされていくのを目の当たりにし、

偏 狂 人 形 師(カルトモデラー)の誇りが著しく傷つけられる。

 

(流石はアラストール秘蔵のフレイムヘイズといった処か……

単純な戦闘能力だけなら “彼” を倒した 『星の白金』 以上、 か……?)

 

 フリアグネは様々な宝具の検分によって研ぎ澄まされた審理眼で

冷静に状況を分析しながらも、 そこで初めて耽美的な美貌を(かげ)らせた。

 脳裏に甦る、 一人の人間。

 その瞬間引き締められた表情が自覚のないままに、

ふ、 と切なげなモノへと変化する。

 気流に消え去る声で、 ただ一言大丈夫と呟いたフリアグネは、

再び見開いたパールグレーの双眸を尖らせると、

勇猛な闘いを繰り広げた少女を傲然と見下ろした。

 

「どうしたの? あまりの事に声も出ない? 

おまえの可愛い 『お人形達』 は、 もう半分以下になったわ。

何か自在法で援護をするなら今の内よ。

次の一合で全滅させるつもりだから」

 

 紅い無明の双眸でシャナはフリアグネを捉え、

危うく揺れる微笑を浮かべる。

 己の勝利を信じて疑わない、 確乎たる意志を持って。

 

「勇猛果敢な事だね。 お嬢さん。

確かに、 ()()()()()()()()、 今の君はこの私すらも凌ぐだろう」

 

「ハッ、まさか此の期に及んで命乞い? 聞く気はないけど」

 

「フッ、 コトは君が想っているほど単純ではないという事さ。

古来より 「戦果」 とは、 「武力」 の大きさだけで決するモノではないのだよ」

 

 そう俯いて、 自嘲気味に微笑むフリアグネ。

 

「その事実。 この私が教えて差し上げよう。

アノ御方の忠実なる (しもべ)!!

紅世の王! この “狩人” フリアグネがなッッ!!」

 

 叫びながら長衣を翻し、 鮮烈な声で宣告する白色の貴公子。

 

「だったらとっととそこから降りて来なさい!

ザコが何匹集まっても私には通用しないわ!」

 

 叫ぶシャナにフリアグネは、

 

「イヤ、 ()()()()()()()

 

と静かに告げた。

 

「ッッ!?」

 

 意外な(こた)えに瞳を丸くするシャナに、 次の瞬間、

フリアグネはその耽美的な美貌を何よりも邪悪に歪ませた。

 まるで己が仕える主の、 空身(うつせみ)であるかのように。

 

「何故なら……君は……」

 

 ゾッとするほど静かな声で、 フリアグネは冷酷な微笑を浮かべつつシャナを見下ろす。

 

「もう! 私の能力(チカラ)でッ! ()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!」

 

「!!」

 

 そう叫んだフリアグネが、 邪悪な表情のまま純白の長衣を素早く

弧を引いて撃ち放つと同時に、 シャナの周囲で無造作に転がっていた

夥しい数の残骸が蠢き、 ソレが次々と宙に浮かび上がり全方位から襲いかかってきた。

 

「――――――――――ッッッッ!?」

 

 驚愕の事実にシャナの反応が一瞬遅れる。

 ソレがもう、 既にして致命的損失。

 しかし、 少女を責めるのは酷というモノであろう。

 動く 「残骸」 の大群は、 周囲360°全てから微塵の隙間もなく

シャナに、 文字通り豪雨のように降り注がれたのだから。

 どんな強者も、 降り落ちる雨の雫を全て避ける事など、

絶対に不可能なのだから。

 

「な!?」

 

 たったいま自分が斬り倒した、

夥しい燐子の手が、 足が、 胴体が、そして首が、

シャナの黒衣を掴み、 或いは接着し、

更に首が黒衣の裾に噛みついて全身を覆っていく。

 

「くぅッッ!! ナメるな!! こんなものォォォォォォォッッ!!」

 

 体内の中心部に炎気を集め、 一気に爆裂させてまとわりついた

残骸を吹き飛ばそうとシャナは、 全細胞の力を限界まで引き絞る。

 しかし――。

 

「え!?」 

 

 いきなり片膝の力が抜けて、 コンクリートの上へコトリと落ちた。

 自身の躰の、 予期せぬ突然の造反にシャナの頭の中は一瞬蒼白となる。

 そこに降り注ぐ “狩人” の声。

 

「フッ……! 当然だろう! お嬢さんッ!

ソレだけの 「力」 を回復もせず、セーブもせずに常時全開放して、

全力の攻撃を繰り出し続けていれば()()()()()()当たり前さ!

熱に浮かされて自覚は無いようだがな!!」

 

 フリアグネはそう叫び、 既に勝ち誇った表情でシャナを見下ろす。

 

「だからッ! 次の私の攻撃を! 防ぐことも不可能だッッ!!」

 

 再び弧を描いて純白の長衣が前方に撃ち出されると、

中に編み込まれた “操作系自在法” が発動して奇怪な紋様が

シルクの表面に浮かび上がり、 そして発光した。

 ソレと同時に周囲13体の燐子、 そのクローム樹脂の表面にも

奇怪な紋様が(まだら)のように浮かび上がり、

遠隔操作を受けた人形達は手にした武器を投げ出して

次々とシャナに抱きついていく。

 群がるその重量に、 シャナは無理矢理引き()り倒された。

 

「あうぅッッ!!」

 

 コンクリートの地面に強く頭を打ちつけられ、

ボヤける視界のまま封絶の空を仰ぐ形となったシャナの眼前に、

無数の燐子の顔があった。

 その(かお)は、 敬愛するべき主に身を捧げることを

至上の悦びとする狂気の笑みで覆われていた。

 

「……ッッ!!」

 

 全身に走る、 穢れた、 しかし圧倒的な 「数の力」 で

存在を蹂躙される、 原始的な恐怖。

 その先で、 敗者見下ろす冷たい視線で、 シャナを睨め付ける紅世の王。

 

「どうもありがとう。 ()()()()()()()()()()()()

 

「!!」

 

 邪悪そのものの声だった。

 しかし、 信じ難いほど甘い響きがそこにあった。

 その狂気にギラついた視線を受けながら、

シャナは自分が完全に “狩人” の (てのひら) で踊らされていた事に気づいた。

 必要以上にアラストールを侮蔑したのも、 自分を挑発し続けたのも、

全ては怒りで 「我」 を喪失(うしな)わさせ、

そして力尽きさせる為の 「布石」 だったのだ。

 更に、 今自分の内から湧き上がるこの新たな能力(チカラ)さえも、

この 「結果」 の為の 「伏線」

 自分を捕らえる 「罠」 を、 ()()()()()()()()()()()()()()

 意気揚々と、 得意気に、 微塵の疑いすら抱くことなく。 

 憎むべき相手の謀略を、 自ら掻き抱いていた。

 その残酷な 「事実」 が、 優秀な戦士である少女の 「誇り」 を

一片の容赦も無くズタズタに引き千切る。

 そこに間髪いれず、“狩人” の言葉が舞い降りた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「さあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!! いまこそ()せてあげようッ!

アノ御方の忠実なる 『暗殺者』 !!

この “狩人” フリアグネ最大最強焔儀をッッ!!」

 

 そう言って長衣が艶めかしく絡み合った両腕を逆十字型に交差し、

指先に不可思議な自在式印を結んで王は “流 式(りゅうしき)” の構えを執る。

 そのフリアグネの右手には、 いつの間にか神秘的な輝きを放つ

麗美なハンドベルが握られていた。

 ソレは、 己の使役する燐子を 「爆弾」 に変えて 「自爆」 させる事の出来る

「能力」 を持つ背徳の魔鐘(ましょう)

“紅世の宝具” 『ダンスパーティー』

 その能力と己が自在法とを結合して編み出された、

「宝具」 と “自在法” の高等融合焔術儀。

 

「くらえええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!! フレイムヘイズ!! 炎髪灼眼ッッ!!」

 

 その “流式” の魔名が、 耽美的な口唇から

高々とシャナに向けて宣告される。

 魔焔鏖殺(まえんおうさつ)寂滅(じゃくめつ)煉劾(れんがい)

「簒奪」の流式(ムーヴ)。 

邪 裂 爆 霊 傀 儡 殺(スレイヴィング・エクス・マリオネーション)ッッッッ!!!!』

流式者名-“狩人” フリアグネ

破壊力-A(燐子の数により無限に増大) スピード-A 

射程距離-A(燐子の数により無限に増大) 

持続力-A(燐子の数により無限に増大)

精密動作性-A 成長性-A(燐子の数により無限に増大)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「さああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!! 弾ッッッけろォォォォォォォォッッ!!

アアアァァァ――――――ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 

 狂ったように嗤いその全身から纏っている

長衣よりも白い存在のオーラを立ち昇らせながら、

フリアグネの右手に握られたハンドベルが緩やかに空間を流れ、

そして清らかな音色がを奏でられる。

 その音に同 調(シンクロ)して、 まとわりついた残骸と抱きついて拘束する

武装燐子全てがその身を歪ませて凝縮し始めた。

 

「むうぅッッ!! イカンッッ!!」

 

 瞬間、 胸元のアラストールが深紅に発光する。

 その時、 シャナは、 眼前に迫る破滅よりも、

まるで別の事を考えていた。

 たったいまフリアグネが言い放った、

たった一つ言葉を――。

 

 

 

 

“弾けろ”

 確か、 自分が言った、 言葉だ。

 いつ、 だったか?

 そう、 だ。

 アノ時、 だ。

 アノ時、 自分が、 言った、 言葉、 だ。

 ()、 に?

 そして、 ()()()、 どう、 なった?

 脳裏に、 一人の男の姿が浮かぶ。

 黄金に輝く、 この世の、 何よりも、 ドス黒い、

闇黒の、 瞳。

 そして。

 そし、 て……

 

「ジョ……」

 

 その言葉が口唇から紡ぎ出される前に、 シャナの視界が白く染まった。

 

 

 

 

 

 ヴァッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ

ォォォォォ―――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 鼓膜を劈くような、 大爆裂音。

 巻き起こった真空波の影響で校舎の窓ガラスが全階まとめて砕け散る。

 そして給水塔の上で静かに佇む殺戮の “狩人” フリアグネの眼前で、

爆破炎蒸する巨大な垂直ドーム状の火柱。

 激しく渦巻く白い爆炎の中心部に浮かび上がる少女のシルエット。 

 スパークする爆炎光に全身を白く染められながら。

 

REQUIEM(討滅)……FINALE(完了)……」

 

 主譲りの、 悪の華のように危険な微笑みを浮かべた口唇を、

フリアグネは長衣で覆いながら呟いた。

 

←To Be Continued……

 

https://www.youtube.com/watch?v=6cgQ76eEYAU







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『戦慄の暗殺者Ⅸ ~In Silence…~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「さぁ? お祈りの時間だぜ? マリアンヌ」

 

 鋭く構えた逆水平の指先で自分を差し、

やや気怠げな口調で零れた甘い声が

マリアンヌの躰に恐怖と陶酔の入り交じった体感を駆け巡らせる。

 

(ま、 まだ、 何か手があるはず……! 

高速接近してくる 『星の白金』 に、

巧く 『バブルルート』 を合わせられれば……ッ!

「金貨」 の状態で指先から弾けば……!

その死角から空条 承太郎 「本体」 を攻撃出来る……ッ!)

 

「せめて苦しまねぇように、 一瞬で終わらせてやるぜ」

 

 承太郎の甘い言葉と共に白金に煌めく 『幽 波 紋 光(スタンドパワー)』 が

スタープラチナの右手に集束していった。

 

(勝負は……一瞬よッ! マリアンヌ!)

 

 強く己を鼓舞してマリアンヌは、 交差法(カウンター)に備え

長 衣(ストール)を梳き流しながらやや前傾姿勢の構えを執る。

 だが、 このとき、 マリアンヌは、

目の前の空条 承太郎へ 「意識」 がいき過ぎていた為に

気がついていなかった。

 その白金色に煌めく 『幽 波 紋 光(スタンドパワー)』 が、

スタープラチナのケリ足である

()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 次の瞬間、 目の前の 『スタンド』 スタープラチナは、

「本体」 である空条 承太郎と共に音もなく消え去っていた。

 

 

 

 

 

『―――――――ッッッッラァァァァァァァッッッッ!!!!』

 

 

 

 

「!?」

 

 気がついたのは、 その声の()だった。

 視線の先、 20メートル辺りの位置で、

砕けたリノリウムの破片が中空に舞っている。

 そして、 マリアンヌの可憐な容貌と細身の躰にはややアンバランスな、

美しい造形のふくよかな左胸にスタープラチナの寸撃(すんげき)

いつのまにか叩き込まれていた。

 防御と回避を犠牲にし、 代わりに破壊力とスピードを

極限にまで高めた必殺のスタンド攻撃。

 強靱無双(きょうじんむそう)戦慄(せんりつ)轟撃(ごうけん)

 流星の流法(モード)

『流 星 爆 裂 弾《スター・ブレイカー》』

流法者名-空条 承太郎

破壊力-A スピード-A 射程距離-B(最大25メートル)

持続力-D 精密動作性-B 成長性-A

 

 

【挿絵表示】

 

 

「あっ……?」

 

 痛みも衝撃もまるで感じず、一切の 「過程」 を消し飛ばして

その 「結果」 だけがいきなり現れたかのようだった。

 貫通はさせずその驀進(ばくしん)突撃の威力が、

スタンドパワーで覆われた右拳を透して

全てマリアンヌの躰内部に叩き込まれた為、

内部で凄まじいまでの破壊衝撃波が

夥しい 「波紋」 を引き起こし

滅砕振動波と化した攻撃エネルギーが裡を音速で駆け巡った。

 まるで、 全身の血液が沸騰したかのような異常な感覚。

 同時に超高圧の電流が全身を駆け廻ったかの如き強烈な体感。

 その二つの衝撃が声を上げる間もなく、 マリアンヌの全身で激しく渦巻く。

 次の刹那、 マリアンヌの躰はそのダメージにより

存在の形を維持出来なくなったのか、

白い人型の炎の塊と化しまるで宵闇前の夜霧のように空間へと散華した。

 残された純白の長 衣(ストール)が宙に靡き、

一枚の金貨がリノリウムの上に落ちて澄んだ音を立てる。

 

「フッ……やっぱり、 “ハリボテ” かよ?」

 

幽 波 紋 流 法(スタンド・モード)』 を放つ前から、

その 「結果」 を予測していた承太郎は

微笑を浮かべ、 洞察の正しさを実感する。

 

「くぅぅぅッッ!!」

 

 霧散する白炎に巻かれながら本当に悔しそうな声をあげて、

宙に浮いた一体の 「人形」 がバランスを崩した軌道で飛び出した。

 

「おっと!」

 

 周囲に立ちこめる残り火の中、

死角からからいきなり伸びてきた 「人間」 の腕が、

肌色フェルトの躰を素早い手捌きで掴んだ。

 

「なぁッ!?」

 

 予想外の事態にその 「人形」

先刻までの異界の美少女 “マリアンヌ” は驚愕の声をあげる。

 

「この空条 承太郎に、 同じ 「手」 が二度通用するなんて思い上がるのは、

十年早いンじゃあねーか? マリアンヌ?」

 

 口元に不敵な微笑を浮かべて、 承太郎はすっぽりと手の中に収まる

マリアンヌの顔をライトグリーンの瞳で覗き込む。

 

「こ、この! 離しなさいッ! 空条 承太郎!」

 

「フッ……!」

 

 口調と声色は変わっていないが、

何分 “見た目” が随分可愛らしくなっているので

意図せず承太郎の口から笑みが零れる。

 

「わりーがそいつぁ出来ねー相談だな。

このままオメーを連れて屋上に行き、

それをダシにオメーのご主人様とやらには

無条件降伏と洒落込ませてもらうぜ」

 

「な!?」

 

 再び手の中でマリアンヌは、 その愛くるしい表情は変えないままで声をあげる。

 

「あんまり気が進まねー 「手」 だが、

他の生徒やセンコー共の生命(いのち)には代えられねーんでな。

ま、 堪えてくれ」

 

 承太郎は怜悧な美貌に少しだけ (よこしま) な笑み浮かべながら、

マリアンヌにそう告げた。

 

「ひ、 卑怯よッ! 空条 承太郎!

男なら正々堂々、 私のご主人様と勝負なさい!」

 

 激高したマリアンヌがその (本当に) 小さな躰を動かしながら抗議の声をあげる。

 

「ハッ、 紅世の徒(テメーら)には、 死んでも言われたくねぇ台詞(セリフ)だな?」

 

 事実上、 もうこの戦いは 「結末」 を迎えたも同然なので、

やや気分が弛緩した承太郎は左手で煙草を取り出し器用に銜える。

 

「まぁ安心しな。 命までは取らねーよ。

その代わりメキシコに在る、

S P W(スピード・ワゴン)財団秘匿の 【地下隔離施設】 で、

『柱の男』 と一生仲良く暮らして貰うがな」

 

「?」

 

 銜え煙草のニヒルな口調で語られた承太郎の、

その言葉の意味がまるで理解不能だった為

手の中で抗議の声をあげていたマリアンヌは唐突に押し黙る。

 

紅世の徒(テメーら)に人間の 『法律』 は通用しねぇし、

かといって黙って放置しとくにゃあ危険過ぎる存在だぜ。

テメーら “紅世の徒” はよ」

 

 (かしず)いたスタープラチナに火を点けてもらいながら、

承太郎は銜え煙草のままそう告げる。

 

「その紅世の徒も、 “アラストール” みてぇなヤツ

ばっかなら話もラクなんだがよ。

ホント、 ままならねーモンだぜ、 現実ってヤツはよ」 

 

「……い、 一体、 何を、 言ってるの、 かしら?

アナタ、 解らないわ……」

 

 赤い大きなリボンのついた毛糸の髪に、

大粒の汗玉を浮かべながらマリアンヌは絶句する。

 そのいきなり押し黙ってしまったマリアンヌに、

承太郎はその人形を掴んだ右手を軽く揺すってみる。

 

「よぉ? どうした? 起きてッか? マリアンヌ?」

 

「!!」

 

 その呼びかけにハッ、 と我を取り戻したマリアンヌは、

 

「こ、この! 離せ! 離せ! エイ! エイッ!」

 

手のないフェルトの腕で薄く血管の浮いた右手をポカスカやり始めるが、

無論象と蟻の戦力差なのでまるでお話にならない。

 

「この! 卑怯者ッ! 離せ! 離せ! 離せェェェッ!」

 

「あぁ~あ、 うるせぇうるせぇうるせぇ」

 

 この2日間、 野別幕(のべつまく)なしで本当に 「うるさい」 ほど聞かされた為に、

いつのまにか移ってしまった口調でボヤきながら

承太郎は屋上に向けて歩き出した。

 彼の脳裏で、 その台詞の張本人は 「なによッ」 という表情でムクれていた。

 その、 刹那だった。

 清らかな鐘の音色が、 忽然と空間を流れた。

 次の瞬間、 いきなり周囲に散乱していた武装燐子達の残骸が、

いきなり膨張して(ひし)めき合い

事態を認識する間もなく無数の爆発が巻き起こった。

 

 

 

 

 

 

 ズァッッッッガァァァァァァ―――――――ッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

「ッッ!!?」

 

 同時に頭上からも、 途轍もない大音響の爆裂が鳴り渡り、

衝撃の伝播で蛍光灯が次々に割れ周囲にガラスの豪雨が降り注ぎ

更に破壊の轟音と爆炎の嵐で承太郎の周囲30メートルは

瞬く間に白が司る頽廃の 「地獄」 と化した。

 

「チィッ!」

 

 咄嗟にスタンドを出現させ、 反射的に足下の床を爆砕させて踏み抜き

ソレによって生まれた運動エネルギーによって防御体勢を執ったまま

素早く後方へと飛び巣去り白炎の爆破圏内から脱出を試みる承太郎。

 

「クッ!」

 

 しかしその規模が余りにも巨大過ぎた為

彼の執った行動は 「直撃」 を避けるだけに終わり

結果激しい衝撃と爆風、 その他諸々の余波によって承太郎は

スタープラチナと共に大きく上空へと弾き飛ばされ、

天井の板をその身で深々と打ち砕き更に内部に組み込まれていた鉄筋に

背からブチ当たってようやくその軌道を変え、

斜めに急速落下しながら焼けたリノリウムの上へ大の字で叩きつけられた。

 

「がはぁッッ!!」

 

 全身を劈くほどの落下衝撃。

 気が緩んでいた時に到来したまさかの惨劇に、

さしもの承太郎からも苦悶の叫びが生温い鮮血と共に吐き出される。

 

「ぐっ……うぅ……な……何……だ……?

今の…… “爆弾” みてぇな……モノ凄ぇ 『能力』 は……ッ!」

 

 血の伝う側頭部を右手で押さえ、

グラつく視界を精神で強引に繋ぎ直しながら、

承太郎はよろよろと身を起こす。

 その表情は不意打ちを喰った事に対する己への戒めと、

愛用の学ランがボロボロにされた事に対する両方の怒りで歪んでいた。

 

(クソッタレが……ッ! アバラが何本かイッちまったかもしれねぇ……!

オマケに大事な制服までズタボロにしてくれやがって……ッ!

やってくれたな……! “ご主人様” よ……ッッ!!)

 

 その彼の周囲は、 先刻の大爆発現象の爪痕である

白い炎があちこちで燃え上がり、

通常の物理法則を無視して至る処に類焼していた。

 

(マリアンヌの仕業じゃあねぇ。

もしこんな芸当が出来るンなら、 さっきとっくに使っていた筈だ。

コレがそのご主人様とか抜かす紅世の徒

“フリアグネ” とかいうヤツの、 真の 『能力』 か?

確かに花京院のスタンド能力 『エメラルド・スプラッシュ』

と較べてもまるで引けを取らねぇ、 ()ッそろしい能力だぜ)

 

 心の中で能力の解析を終えた承太郎は、

裂傷によって口内に溜まった血を吐き捨てる。

 ビシャッッ!! と白い光で染められた廊下が

無頼の貴公子の鮮血で染まった。

 

「ッッマリアンヌ!?」

 

 承太郎は咄嗟に自分の右手へ視線を送った。

 先刻、 しっかりとその手に握っていたはずのフェルト人形が、

いつのまにかなくなっていた。

 突然の爆発で想わず離してしまったのだろうか?

 ()()()()()、 アノ白炎が渦巻く焦熱地獄の中に放り出してしまった事になる。

 

「……ッ!」

 

 寒気に似た体感が、 承太郎の背に走った。

 

「クッ……! マズったか……! 命まで取る気はなかったんだがな……

しかし……いくら敵とはいえその相手を味方もろとも 『始末』 しようなんざぁ、

全くとんでもねぇ下衆(ゲス)ヤローだな……! そのフリアグネとかいうヤローはよ……ッ!」

 

 敵とはいえ、 正々堂々勝負を挑んできたマリアンヌの、

その悲劇的な最後に承太郎は苦々しく口元を軋らせる。 

 

「仇は、 取ってやるぜ。 マリアンヌ……!」

 

 そう強く心に誓い、 胸の前で強く拳を握った承太郎の前方から

唐突に聞き慣れた声が返ってきた。

 

「私のご主人様を悪く言わないでッッ!! それと勝手に殺さないで!!」

 

 誰もいない空間から、 清廉な少女の声だけが木霊する。 

 そして。

 その何もない空間にいきなり純白の長 衣(ストール)がフワリと弧を翻らせて出現し、

中から人形姿のマリアンヌが姿を現した。

 

「私は無事よッ! 掠り傷一つ負ってない! 

ご主人様が現在お持ちの最大 「宝具」

“ダンスパーティー” を発動なされた時には、

()()()()()()()()()()() 『ホワイトブレス』 の中に

自在法を編み込んで下されていたの!

この戦いが始まるよりも、 もっとずっと 「前」 からね!!」

 

 そう叫んで敏腕弁護士宛らに、 最愛の主を擁護するマリアンヌ。

 

「それに大体今の 「爆発」 は、 ()()()()()()()()()じゃないッ!

だからご主人様が私を巻き込んでアナタを 「討滅」 するなんてコト自体が

ありえないのよッ!」

 

 目の前で愛狂しい表情を崩さないまま、

ヒステリックな口調で怒鳴り続ける人形。

 

「……」

 

 彼女(?)の無事な姿に、 承太郎は複雑な感情を抱きながらも疑問を投げかけた。

 

「今のが、 オレを狙った “遠隔能力” じゃあねぇとするなら、 一体何だってんだ?

もしかしてシャナのヤツが、 もうオメーのご主人様をヤっちまったのか?」

 

「縁起でもない事言わないで!

今のはおそらく “炎髪灼眼” に向けて放った

ご主人様 『最大焔儀』 に対する単なる余波よッ!」

 

「何ッ!?」

 

 心に走った衝撃により、 頭蓋へのダメージで鈍っていた

思考回路がようやくその機能を回復し始める。

 そうだ。

 何故、 ()()()を考えなかった?

 先程、 マリアンヌに問いかけた疑問とは 「逆」 の事実を。

 

「!!」

 

 その、 あまりに強烈過ぎる存在感から、 思考の盲点になっていたのか?

 いくら強力な戦闘能力をその身に宿していたとしても、

まだ年端もいかない 「少女」 である事には変わりがないというのに。

 

「覚えておきなさい! 空条 承太郎ッ!

アナタなんか! アナタなんかッ!

私のご主人様には 「絶対」 敵わないんだからァァァァァ―――――――ッッ!!」

 

 涙ぐんだ声で強烈な捨て台詞を残しながら、

マリアンヌは中身が空になった『ホワイトブレス』 を残し、

妖精のような白い燐光を靡かせて

割れた窓ガラスから外に飛び出し上へと消えていった。

 大事な 『人質』 にまんまと逃げられてしまったが、

承太郎の思考はいま “そんな事” とはまるで別の方向、

否、 正確には脳裏を駆け巡った衝撃により停止状態に陥っていた。

 そして、 耳障りなほどに激しく脈打つ心臓の鼓動と共に、

一つの言葉が甦ってくる。

 

 

 

 

“フリアグネの必勝の秘密は、 その彼の持っている 『銃』 にある ”

 

 

 

 

 先刻の、 花京院の言葉。

 

 

 

 

“その銃に撃たれた “フレイムヘイズ” は、

全身が己の炎に包まれて灰燼と化すらしい”

 

 

 

 

 今のが、 その銃に装填された 「弾丸」 がシャナに着弾した結果、

起こった現象なのか?

 それとも、 仲間であった花京院すら知らない全く別の 『能力』

 (いず)れにしても、 あの 「爆発」 の後では、

余波ですらアノ凄まじいまでの破壊力を引き起こす

能力の 「直撃」 を受けてしまっては。

 もう。

 もう……

 最悪の事象が、 思考の中で形造られていった。

 しかし意識は、 頑強にその形成へ叛逆した。

 そんな筈は、 ない。

 ()()()()()()()ッ!

 今朝まで、 否、 ついさっきまで、

自分の 「傍」 でやかましく騒いでいたのだ。

 まだ年端もいかない、 その身に不釣り合いな凛々しい瞳と艶やかな黒髪を携えた

“フレイムヘイズ” の少女が。

 この世ならざる空間、 “封絶”

 その中で、 今日まで勇敢に戦い続け数多くの生命を護ってきた、

紅い髪と瞳の少女。

 誰に称えられる事なく、 誰に誉められる事もなく、

人外のバケモノ達を相手に血塗れで闘ってきた筈の少女。

 何れその命尽きる時も、 誰に知られる事もなく

戦場の荒野で散っていく事のみを定めづけられた、

悲憐の存在。

 その事自体に、 自分が言うべき事は何もない、

 ソレはきっと、 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 少女が自分で選び取った、 己の 「戦場」 なのだから。

 その事に、 自分が言える事は何もない。

 だが。

 そんな戦いの申し子のような暮らしを続ける少女にも、

微かではあるがようやく、 「救い」 が訪れる筈だったのだ。

 戦い続ける運命(さだめ)は変わらないだろう。

 これからも少女は戦場で血を流し続けるのだろう。 

 でもそんな少女にもようやく 『帰る場所』 が出来る筈だったのだ。

 自分の祖父、 “ジョセフ・ジョースター” との出逢いによって……ッ!

 

 闘う以外、 何も知らない少女。

 本来闘いに向かない 「女」 であるのに、

自ら “フレイムヘイズ” という過酷な道を選んだ少女。

 でもようやく、 これから始まる筈だったのだ。

 少女の、 シャナの、 “人” としての 「生」 が。

 それが。

 それ、 が。

 こんな、 こんな()()()

 在り得る筈がない。

 在って良い筈が、 ない!

 

 

 

 

 

 

『何人もの人間の生命を救っておきながら、

自分自身は最後まで救われない結末など!』

 

 

 

 

 

 

「シャ……ナ……」

 

 口唇から、 意図せずに少女の名が零れる。

 そう、 少女には、 祖父と出逢うまで、

自分の 「名前」 すら無かったのだ。

 

「シャナァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 封絶で覆われた空間に、 彼女を呼ぶ叫号が響き渡った。

 50年前、 祖父が友の名を叫んだ時と同じように。

 けれども、 還ってきたのは、 ()()()()()()

残酷な静寂のみだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 



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『戦慄の暗殺者Ⅹ ~Don't leave you~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 

邪 裂 爆 霊 傀 儡 殺(スレイヴィング・エクス・マリオネーション)ッッッッ!!!!』

 

 

 

 何よりも邪悪な笑みをその耽美的な口唇に浮かべ、

白き存在の闘気(オーラ)(ほとばし) らせながら魔性のハンドベル

“ダンスパーティー” を手にした紅世の王 “狩人” フリアグネ。

 その動作に連動して奏でられる鐘の音、

神聖なる音色はこの世の何よりも残虐な

破壊の大惨劇を学園の屋上で引き起こした。

 

 

 

 

 ヴァッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ

ォォォォ――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 途轍もない破壊力の大爆裂音が屋上、 否、 学園全体に轟いた。

 巻き起こった破壊衝撃波によりコンクリートの石版が(めく)れ上がって根刮(ねこそ)ぎ吹き飛び、

更に周りを囲っていた青いフェンスが爆風に歪んで押し倒される。

 その凄まじいまでの破壊惨劇の中心部、

垂直ドーム状に激しく天空へと駆け昇っていく

白い火柱の真柱部に、“彼女” はいた。

 そして、 渦巻く白炎の嵐の只中でその()を灼かれながら、

少女の瞳はもう輝きを無くしていた。

 その精神活動すら完全に停止していた。

 最早、 己の躰を灼き焦がす苦悶すらもどうでもよかった。

 ()()()()()()()()()()()

 ただ一つの、 残酷な 【事実】 だけが少女の裡を支配していた。

 

 

 

“終わった” と。

 

 

 

 

 大爆裂の破壊衝撃波によってフリアグネが屹立する給水塔以外の全てが砕かれ、

蹂躙の限りを尽くされて瓦礫の海と化した残骸の水面に、

シャナは激しい落下音と共に着弾した。

 その小さな躰が一度大きくバウンドし、 反動で砕けたコンクリートの飛沫が巻き上がる。

 もう、 落下衝撃を分散する 「体術」 すらも使わなかった、 使えなかった。

 白炎の焦熱によりボロボロに焼けた黒衣と、 その中の真新しいセーラー服、

裾が引き千切れたスカートと、 ズタズタに引き裂かれたニーソックス。

 戦意を完全に喪失し、 まるで糸の切れた操り人形(マリオネット)のような少女に、

巻き上がったコンクリートの破片と土砂が降り注ぎその身を汚していく。

 そんな中、 超高密度の双眸 “真・灼眼” がゆっくりと元の色彩に戻っていった。

 しかし、 最早その裡に燃えるような使命感も闘争心も存在せず、

無限の虚空がソコに在るだけだった。

 全ての望みを跡形もなく砕き尽くされた 【絶望】 の表情と共に。

 白磁のように清冽な素肌すらも、爆炎の高熱で灼き焦がされたその無惨なる姿は、

まるで折れたまま戦場に打ち捨てられ、 永い風雪により錆びて朽ち果てた(つるぎ)を想わせた。

 もうコレ以上無いという位の、 完璧なタイミングとキレとスピードで

完全に()まった “狩人” フリアグネの最大最強焔絶儀、

邪 裂 爆 霊 傀 儡 殺(スレイヴィング・エクス・マリオネーション)

 その深名()に恥じない、 途轍もない破壊力の爆炎儀(ばくえんぎ)だった。 

 そして、 白い神聖な気に身を包んだその王が、

給水塔から瓦礫の海と化した屋上へと長衣を揺らしてフワリと舞い降りる。

 勝者の微笑を、 その耽美的な口唇に浮かべて。

 花々の芳香を破滅の戦風に靡かせながら、

ゆっくりと、 ゆっくりと、 シャナに歩み寄った。

 

「ほう? 5体満足で焼け残ったか? まぁ少々加減したからね。

咄嗟に “結界” を張ってくれたアラストールに感謝する事だな?」

 

「……」

 

 頭上から、 忌むべき男の声がする。 

 その身から発せられる芳香が周囲に靡いていた。

 アイツの(まと)わせているモノとは全く対照的な香り。

“キモチガワルイ”

 風雅なる花々の香りも、 今のシャナにはそう感じられた。

 

「まぁ腕でも脚でも焼け落ちてくれていれば、悲愴感が増して良かったかな?

アァァァァァァァハハハハハハハハハハハハ!!!!

 

 再び頭上で、 調律の狂った弦楽器のような声が聞こえる。

 勝者の、 声。

 そう、 自分は 【敗者】

 また、 負けた。

 しかも、 最も憎むべき 『アノ男』 の、 奴隷に過ぎない者に。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 

「貴様……!」

 

 胸元のペンダント、“天壌の劫火” アラストールは

何よりも大切な愛娘に等しき存在を惨たらしく蹂躙した男に対し、

憎悪と悔恨を(にじ)ませた。 

 その言葉を意図的に無視したのか、 或いは端から聞こえていなかったのか、

フリアグネは口元に余韻を浮かべたままシルクの手袋をはめた右手、

握り込んだ親指を軽く弾いた。

 ピィンッ。

 澄んだ音色を奏でて宙を舞った、 一枚の金貨。

 その軌跡は回転運動を続けて廻りながら、 消えない残像と共に高く上がっていく。

 次の刹那、 その残像を手練の手捌きで真一文字に薙ぎ払った

フリアグネの手の中に、 煌めく金色の鎖が握られていた。

“狩人” フリアグネ、 この男もまた、

シャナとは対極の 「領域」 に位置する同格、

否、 ソレ以上の “魔術師”

白 炎 の 魔 導 師(マジシャンズ・ホワイト)

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 まるでペルシャ猫のようにその瞳を細め、

甘い口調と吐息でフリアグネはそう告げた。

 

「君とは戦闘の 『相性』 が、 実に良かった。

無論、 私自身にとっての話だが。

君のような近接戦闘を得意とする 「刀剣使い(ブレイダー)」 にとって、

私のような 『幻 影 暗 殺 者(インビジブル・ナイトレイダー)』 は

まさに “天敵” と云っての良い存在だからね?

更に性格の 『相性』 も実に良かった」

 

 そこでフリアグネは一度言葉を切り、 純白の長衣を緩やかに翻す。

 

「感情を露わにして戦う者は、

その殺傷能力こそ凄まじいモノがあるが、

同時にまたその 『弱さ』 をも剥き出しにする。

勢いに任せて戦い過ぎるあまり、 その動作は 「単調」 になり

さらに 「我」 を失っている為、

自分自身の消耗すら満足に把握する事が出来ないのさ。

今、 君が、 身を以て知っている通りだよ」

 

 涼やかな声で、 フリアグネはシャナの 「敗因」 を反芻する。

 心の(キズ)を、 さらに切り刻むように。

 何度も、 何度も、 抉り込むかのように。

 そうして言葉を終えると、 フリアグネはもう一度長衣を大袈裟に翻した。

 

「だが、 もう一人の 「標 的(ターゲット)」 『星の白金』 は話が別だ」

 

 焼 塵(しょうじん)(まみ)れた風が、 死地に吹き荒れる。

 

「本来在り得ない事ではあるが、

私の崇拝するアノ御方が唯一懸念(けねん)を抱かれるという存在。

更に私と互角の能力を持つ “彼” を相手に、

戦闘経験値、 技術値で遙かに劣る立場でありながら

勝利するほどの存在に、 真正面から挑むのは得策ではない」

 

「……」

 

『星の白金』 スタープラチナ。

 アイツの、 事だ。

“指一本触れさせない” と己に誓った。

“こっちは任せて” と彼に誓った。

 しかし、 「現実」 は、 何よりも何処(ドコ)よりも、 遠くなる……ッ!

 悔しさと切なさで瞳に涙を浮かべるシャナを後目に、

フリアグネは意気揚々と言葉を続けた。

 

「だからこの鎖、 宝具 『バブルルート』 で君を縛り、

そして、 そうだな、 アノ給水塔の上にでも(くく)りつけて

獲物が(おび)き寄せられるのを待つ。

そしてヤツが来たのなら、 ()()

 左手に金の鎖を携えたまま、 スーツの内側に潜り込ませたフリアグネの右手に、

クラシックなデザインのリヴォルバーが握られて来た。

 その「銃」の本質は、 “フレイムヘイズ討滅(フレイミング・キラー)” のみを

目的に創りあげられた戦慄の拳銃。 

 焔人殲滅(えんじんせんめつ)完殺(かんさつ)魔弾(まだん)

“紅世の宝具”

『トリガーハッピー』

破壊力-A(フレイムヘイズのみ) スピード-B 射程距離-A

持続力-A(フレイムヘイズのみ) 精密動作性-B 成長性-なし

 

 

 

「“フレイムヘイズ殺し” の 『能力』 を持つこの銃で君を撃つ。

我が愛銃 『トリガーハッピー』 の()()()()()() 「弾丸」 は、

全てのフレイムヘイズの内部に宿る

“王” の 「休眠」 を強制解除する効果がある。

つまり、 いつでも、 私の気分次第でこの屋上全体を、

先刻以上の紅蓮地獄に変貌(かえ)るコトが出来るというワケさ。

「器」 を破壊されて暴走したアラストールの劫火に焼かれては、

さしもの 『星の白金』 も一溜まりもあるまいッ!

そして紅世ではない現実世界では、

その存在を維持できないアラストールは、

私に 『復讐』 することすら叶わずにそのまま紅世へと還るしかない!

つまりはッ! もう既にして! 私とアノ方の完全勝利というワケさ!

アアアアアアァァァァァァハハハハハハハハハハハハハ!!!!

 

 白く神聖な存在のオーラを身を覆い、 口唇を何よりも邪悪に歪めて、

フリアグネはシャナを嘲笑(あざわら)った。

 エコーを響かせて、 狂った弦楽器の歓声が屋上全体に鳴り渡る。

 

「貴様……ッ! 何たる卑劣な……ッ! 

敗者に鞭打つばかりかその身を灰燼に帰して 「罠」 に変えようとは!」

 

 激高したアラストールの声をフリアグネは愉しむように受け止め、

邪気に充ち溢れた微笑を嘗ての同胞へと向ける。

 

「これはこれは、 天壌の劫火の御言葉(ミコトバ)とは想えない発言だな?

戦いとは、 (すべから) く 『結果』 のみが全て。

敗者は勝者に何をされても仕方がない。

その鉄の掟をお忘れか?」

 

 そう言ってフリアグネはパールグレーの双眸を散大させ、

ギラついた狂気の光でアラストールを睨めつける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

相手の 「言い分」 など訊きもせず、 斟 酌(しんしゃく)もせず、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

我々と、 一体()が違うんだ?

にも関わらず “自分の時” は情状を酌 量(しゃくりょう)してくれとは、

また随分と虫の良い話だな? ン? “天壌の劫火” 殿?」

 

 長文を淀みなく明瞭に紡ぎながらフリアグネはそう言い放ち、

そして慇懃無礼を絵に描いたような立ち振る舞いで

左腕を前へ差しだし最上級の一礼を捧げた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 論理的な挑発にもアラストールの心中は乱れなかったが、

しかし窮地とは別の事象でその不動の精神に若干の(ほつ)れが生じた。

 

「それとも、まさか 『星の白金』 に何か、

“特別な感情” でもお在り、 でも?」

 

「!」

 

 隔意(かくい)なき言葉にアラストールは一瞬虚を突かれるが 

 

(たわ)けた事を……」

 

そう言って押し黙った。

 

「ふぅん」

 

 フリアグネは蕩けるような甘い声でそう呟き、

幻想的な流し目でアラストールを見つめた。

 紅蓮と白蓮。

 二人共強力な紅世の “王” ではあるが、

言葉遣いや立ち振る舞いはまるで対極だった。 

 

「……」

 

「……」

 

 その両者の間に、 沈黙の帳が舞い降りる。

 フリアグネはまだ己の 「戦果」 について話し足りない様子だったが、

ソレを見越してアラストールは小康状態を選択した。

 全ては、 シャナの 「回復」 の時間を図る為。

 そして、 間に合うかどうかは解らないが、

“あの男” の到着を待つ時間を少しでも稼ぐ為だった。

 かつて、 この 『世界』 の致命的な 【危機】 を、

二度も救った偉大なる血統の末裔。

 そして今再び、 その 『世界』 の存在全てが

“幽血” の脅威に染まりつつある 『宿命』 と戦う男。

『星の白金』 空条 承太郎を――。

 

「イヤ、 それにしても君の “焔儀” には、 正直肝を冷やしたよ」

 

 アラストールが喋らないのでジレたのか、

フリアグネは長衣を梳き流しながら純白の手袋、 左側を外した。

 

「!」

 

 想わず息を呑むアラストール。

 露わになった左手の薬指、 精巧に彫金された純銀の台、

その上に同様の研磨技術でカットされた

紺碧の宝玉が光る 「指輪」 が在った。

 しかし惜しむらくかな、 その神秘を灯す宝玉には

いま頂点部から一筋、 細かな亀裂が走っていた。 

 

「まさか、 この火除けの指輪 “アズュール” に(ひび)が入るとはね。

もう二、 三発同じ焔儀を撃たれていたら危ない処だったよ」

 

 そう言ってフリアグネはからかうように、

その火除けの宝具 “アズュール” を振ってみせる。

 

「貴様……やはり先刻この子の焔儀を防いだのは、

“自在法” ではなかったのだな?」

 

 フリアグネの余裕、 その本質を見切れなかったアラストールは

口惜しく歯噛みする。

 

「フッ、 己のキリ札は決して敵に晒すな、 さ。

私がフレイムヘイズの焔儀に対して

絶対の防御式を持っていると 「錯覚」 させておけば、

相手は必ず武器を持っての近接攻撃を仕掛けてくるだろう?

後は適当に使い捨ての “燐子” に相手をさせておいて、

我が 『邪 裂 爆 霊 傀 儡 殺(スレイヴィング・エクス・マリオネーション)

の 「布石」 を造ってもらうだけさ。

他でもない、 ()()()()()()()()()()、 ね」

 

 そう言ってフリアグネはアラストールに片目を(つむ)ってみせる。

無垢なるその仕草は遊戯に興じる幼子のようだった。

 

「コレが、 私の 『必勝の秘密その2』 さ。

そう言えばこの事は “彼” にも話していなかったな。

実際に見せて説明しようとしたのが(アダ)となったか。

次はここまで完璧に極まるかどうか、 正直自信がないよ」

 

 長衣で口元を覆い、 クスクスと微笑(わら)って見下ろすフリアグネ。

 シャナの、 その全存在を嘲笑うかのように。

 

「“彼?” 彼の者 『幽血の統世王』 の事か?」

 

「フッ、 君には関係のないコトさ。

ソレに、 幾ら時間稼ぎをしても、

()()()()()()()()()()()()()()

 

「!!」

 

 いつかは見抜かれると想ったが、 否、

最初から見抜きながら興じていたと考えるのが妥当か。

 その悪魔の狡猾さと老獪さで、 シャナは敗れたのだ。

 

「……………………………………」

 

 その “狩人” の傍らで、 無限の荒野と化した絶望の瞳で、

完全に戦意を喪失した少女が一人、 頭上を見上げる形で倒れていた。

 その少女に、 二人の王の声はもう届かない。

 瞳にも、 見上げる空は映ってはいない。

 大破壊現象の起こった屋上で、 少女の時間(とき)は完全に停止していた。

 その裡では、 自虐的な問いかけがいつ果てる事もなく、 延々と繰り返されていた。

 自我のフィルターが消失した、 生の本音で。

 次々に沸き起こる言葉の羅列は、

皮肉にも絶体絶命の窮地に陥って初めて、

心の底から滔々(とうとう)と湧き出した。

 

 

 

 

 私は……一体……誰……?

 私は……紅世の王……天壌の劫火……アラストールの……フレイムヘイズ……

 でも……もう……私に……その 『資格』 は……ない……

 こんなに……弱い……フレイムヘイズ……

 こんなに……弱い……炎髪灼眼の討ち手……

 敵わないと知ると……逃げる……臆病な……戦士……

 フレイムヘイズの……(ツラ)汚し……

 こんな私を……認めてくれる者なんて……

 もう……この世界の……何処にも……いない……

 この……私……自身……すら……も……

 それ……なら……

 それ……なら……

 

 

 

 せめて、 アラストールの名誉だけは護りたい。

 過去に深く刻まれた、 心の疵痕(トラウマ)

 余りにも絶対的な力を持つ男によって (もたら) された 『屈辱』

 だが、 幾つかの 「人間」 との関わりにより、

最近ようやく癒え始めたその “疵” の全く同じ部分に、

再び悪意の刃が情け容赦なく抉じ込まれ

少女の心は今限りなく 【死】 に近い状態に在った。

 幾ら五体満足でも、 心が死んだ者はもう戦えない。

「戦場」 とは、 そのような絶対零度の雰囲気(オーラ)で充たされた

冷酷非情の場所。 

 シャナの脳裏に、 一人の 「人間」 の姿が浮かんだ。

 

「?」

 

 何でこんな時に、“アイツ” の事が想い浮かぶんだろう?

 でも、 自分が生きていればきっと、 アイツを窮地に追い込む事になる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 初めて、 自分の存在を、 認めてくれた人。

 フレイムヘイズとしてではなく、

一人の少女 “シャナ” として、 自分に接してくれた人。

 同じような存在の力をその身に携えた 『対等』 の立場の人。

 勝利の手合わせが楽しいと教えてくれた人。

 意外な表情を引き出すのが面白いと教えてくれた人。

 切なさという感情を教えてくれた人。

 強さに対する脅威と敬意を教えてくれた人。

 ビールの苦さを教えてくれた人。

 メロンパン以外のパンの美味しさを教えてくれた人。

 共に闘う事が嬉しいと教えてくれた人。 

 他の誰かを護る事が誇らしいと教えてくれた人。

 ほんの二日前、 出逢ったばかりだというのに、

その想い出は尽きる事がない。

 手のひらの温もりを教えてくれた人。

 

 

 

 

“大切な、 人” 

 

 

 

 

 そう。

「時間」 なんて、 関係ない。 

 誰よりも何よりも 『大切』 な人だから。

 もう。

 その事に、 気がついてしまったから。

 少し、 遅過ぎたのかも、 しれないけれど。

 

(ッッ!!)

 

 霧が晴れるように、 心の裡で、

一つの 『真実』 が浮かび上がってきた。 

 

 

 

 

 

 どうして? 人は、 自分の本当の気持ちに、 素直になれないのだろう?

 どうして? 何もかもどうしようもなくなってから、 本当の気持ちに気づくんだろう?

 

 

 

 

 

 一番、 大切な、 人ですらも。

 

「承……太郎……」

 

 か細い声で、 その人の名を呟く。

 自然と涙が、 瞳から溢れる。

 構わない。

 いっそ、 涸れるまで流れ落ちてしまえば良い。

 全てが灰になってしまうまで……

 全てが終わってしまうまで……

 今まで……ずっと……一人で良いと想っていた…… 

 人と関わらず……交わらず……

 街路で楽しそうに言葉を交わす……多くの人々を後目に……

 永遠に死ぬまで 「孤独」 で構わないと……

 でも……

 本当は……

 本当、 は……

 

 

 

 

 

“誰かに傍にいて欲しかった……ッッ!!”

 

 

 

 

 

 少女の脳裏に、 紅蓮の劫火に覆われる “アイツ” の姿が過ぎる。

 

「……イ……ヤ……」

 

 か細い呟きが、 口唇から零れた。

 

「ソレ……だけ……は……絶……対……イヤ……」

 

 震える手が、 傍に転がっている贄殿遮那へと伸びた。

 

「ッ!」

 

 その意図を瞬時に解したフリアグネは、 諌める事もなく静観した。

 

(ほう? 生き恥を晒す事を(きら)い、 自ら死を選ぶ、 か? 

幼いながらも骨の髄までフレイムヘイズのようだな?

まぁ、 それもよかろう。

生きていようが死んでいようが、

“それらしく” 見えれば問題はない。

自在法でマリオネットのように操れば良いのだからな。

寧ろ口を塞ぐ手間が省けるというもの)

 

 身の丈以上の大刀を操る、

可憐な少女の 「自決」 というのも滅多に見れるモノではないので、

背徳的な嗜好を持つフリアグネは興味深そうに成り行きを見守る。

 やがて、 シャナの手が、 弱々しくも大刀の柄を掴む。

 

(私の……承太郎……は……)

 

 脳裏に浮かぶ、 姿。

 その存在が微かに遺った最後の力を呼び熾し、

灼熱の決意と共に大刀を握る。

 

(私が(まも)る……ッッ!!)

 

 この生命(いのち)に換えても!

 絶対にッ!

 

「う……」

 

 震える両手で大刀を掴み、 本刃を 「逆」 に返して高々と頭上に掲げる創痍の少女。

 

「うぅ……!」

 

 鬼気迫る表情に、 一瞬翳りが浮かぶがソレもすぐに掻き消える。

 そし、 て。

 

「う、 うわああああああああああぁぁぁぁぁぁ――――――――ッッッッッ!!!!!」

 

 ()き叫ぶような魂の叫喚と共に、 冷たく光る白刃の切っ先が、

左胸の位置に少女自身の両手で振り下ろされる。

 

「むうぅッ!? シャナッ!? 何をッッ!!?」

 

 少女の、 ソノ、 信じがたい突然の兇行に胸元のアラストールでさえも

現実を認識出来ない。

 

(咲き乱れる徒 花(あだばな)は……果たして……)

 

 皮肉にも、 状況を一番冷静に認識していたのは

少女をそこまで追い込んだフリアグネ自身だった。

 その刃の切っ先が、 その銘が示すが如く、

少女自身を(ニエ)に捧げようと未成熟な左胸を刺し貫こうとした……

 

 

 

 そのとき!

 

 

 

 猛々しい咆吼がッ!

 

 

 

 シャナの真下から轟いたッッ!!

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ―――――ッッッッッッッ!!!!!!!』

 

 

 

「ッッ!!」

 

 激しい喚声と共にコンクリートを爆砕する破壊音がシャナの身に響く。

 贄殿遮那を振り下ろそうとしていた少女の動きが、 その白刃の切っ先が、

左胸の直前で停止していた。

 

「……」

 

 逆に返した大刀を抱えたまま、 茫然自失となるフレイムヘイズの少女。

 特に想う事は、 何もなかった。

 ただ、“アイツ” だ、 そう想った。

 その少女に届く、 耳慣れた声。

 

「シャナッッ!! 聞こえてンだろッッ!! 返事はいらねーから聞けッッ!!

いいか!! ソイツの持ってる 『銃』 には当たるンじゃあねー!!

当たればテメーの躰は着弾箇所がどこだろーと、

爆弾みてーに木っ端微塵に弾け飛ぶ!!

相手に距離を取らせんな!! 一気に接近してブッた斬れ!!」

 

 その声を聞いたシャナは、 ただ、 安らかに、 微笑(わら)った。

 

「…………フ……フフフ……フ……フ……」

 

 切なさよりも儚く。

 愛しさよりも尚強く。

 満身創痍の躰から、 か弱い微笑みが涙と共に、 ただ、 零れる。

 

「……」

 

 ひとり、 いた。

 いて、 くれた。

 何が起きても、 何が在っても、 絶対自分を見捨てない 「人間」 が。

 誰かが傷つけば傷つくほど、 失敗すれば失敗するほど、

躍起になって必死になって、 全身ズタボロになってでも助けようとする

底無しに甘い 『大バカ』 が。

 シャナがそう想う間にも声は尚猛々しく、 屋上全域に響き渡る。

 

「あとソイツの持ってる “鐘” は周囲のマネキンの起爆装置だ!!

今こっちでも確認したから間違いねー!! 

()()()()()()()()()()() 「爆発」 は防ぎようがねぇ!!

だから人形に 「形」 を残すな!!

昨日の “アノ剣” で跡形もなく蒸発させろッッ!!」

 

 的確な指示と正確な忠告。

 そして、 本当に本当に自分の身だけを案じている精神(こころ)

 その全てが温かな雨露のように、 傷ついた躰へと沁みいってくる。

 

「……」

 

 頬を伝う透明な雫をその肌に感じながら、 シャナは哀しいほどの笑顔で頷いた。

 何度も。 何度も。 何度も――。

 

「この階にいる人形を全部ブッ潰したら! オレもそっちにいってやる!!

それまでやられんじゃあねー!! 死んだら殺すぞッッ!! じゃあな!!」

 

 革靴の踵と鎖の擦れる残響が聞こえる。

 ソレと同時に再び、何かが爆砕したかのような破壊音。

 

「邪魔すんじゃあねぇぇぇぇぇ――――――――――――ッッ!!

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァ――――――――ッッッッ!!!!」

 

「……」

 

 階下から聞こえるスタープラチナの咆吼に合わせ、

シャナの小さな口唇も微かに動く。

 そしてその胸の裡では、 先刻の言葉を何度も反芻していた。

 何度も、 何度も。

 

(勝手なこと、 言って、 くれちゃってぇ……

アレ、 は、 “煉獄(れんごく)” は、

存在の力を、 大きく、 消耗する上に、

集中力を、 極限まで、 研ぎ、 澄まさなきゃ、 いけないから、

持続力が、 スゴク短い、 のよ……

昨日、 アノ後、 私がどれだけ疲れたか、

おまえは、 知らないくせに……)

 

 でも、 力が、 湧いてくる。

 もう、 何も残ってないと想われた自分の裡に、

それに屈さず 「絶望」 に立ち向かおうとする精神の力、

【勇気】 が。

 アイツ、 が、 たったいま、 与えて、 くれた。

 

(……だけど、 おまえの、 御陰で、 ひとつ、 良い 「手」 を、 思い出したわ……

イヤな、 思い出が、 あるから、アレ以来、 封印、 してたけど、

四の五の言ってる、 場合じゃない、 要は、 使いよう、 よね……)

 

「そう、でしょ……?」

 

 少女は、 譫言のようにそう呟いて、

大刀を杖代わりにしながら立ち上がる。

 

「承……太郎……ッッ!!」

 

 そして、 二人で見た空に、 その風貌を重ねて問いかける。

 

 

 

 

“一人じゃない”

 

 

 

 

 その事実を、 シャナは今、 何よりも強く実感した。

 そう、 いま、 自分は、 決して、

 

 

 

“一人なんかじゃない!!”

 

 

 

 ただそれだけの当たり前の事実が、

心に巣喰った恐怖と絶望を、 跡形もなく吹き飛ばした。

 そしてその瞳に、 再び灼熱の炎が何よりも激しく燃え上がった。

 

(逢いたい、 な)

 

 穏やかな微笑を口唇に浮かべ、 灼きつく躰を無理矢理引き起こしながら、

シャナは純粋にそう想った。

 まだ、 さっき別れてから、1時間も、 経っていないけれど。

 でも、 逢いたい。

 いま逢いたい。

 すぐ逢いたい。

 因果の交叉路の、 真ん中でッ!

 

「うぅっ!」

 

 全身を蝕むダメージにより、 気持ちとは裏腹に膝を支える力が抜け、

少女はもう一度抉れた地面の上にヘタリ込んでしまう。

 その様子を、 裡なる存在が激しく叱咤した。

 

(バカッ! 立つのよッ! 立ちなさい! シャナ!

アイツが 『勇気』 をくれたんだから! それを無駄にするのは私が赦さない!)

 

「ッッ!?」

 

 その、 自分の「背後」に、 いつのまにか 『もう一人の自分』 が、 いた。

 脳に受けたダメージの影響が生み出す 「幻覚」 なのか?

 それとも自分の精神のナニカを、 無意識の内に 「投影」 しているのか?

 とにかく陽炎のように朧気だが、 確かな存在感を持ってそこに居た。

 まるで、“アイツ” の操る 『幽波紋(スタンド)』 と同じように。

 灼眼ではない黒い瞳と、 炎髪ではない黒い髪、

そして今自分が着ているものとは違う、 白い半袖のセーラー服。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なんで……立つ、 の……?」

 

 再び無理に躰を引き起こしながら、 答えの解りきった質問を

シャナは背後の自分に向けて問いかける。

 

(そんなの……決まってる……)

 

 静かに答えて、 自分が自分に歩み寄る。

 そして、同時に口を開く。

 

(アイツが)

 

「アイツが」

 

 

 

「「待ってるからッッ!!」」

 

 

 

 二人の声が重なった。

 同時に沈黙していた刀身が、 突如紅蓮の炎で覆われる。

 炎刃合一(えんじんごういつ)灼熱(しゃくねつ)紅刃(こうじん)

『贄殿遮那・炎霞(えんか)ノ太刀』

破壊力-A スピード-シャナ次第 射程距離-C

持続力-A 精密動作性-シャナ次第 成長性-A

 

 

「私は一人じゃない!!」

 

 一際強くそう叫び、 最早大刀の支えも必要とせず、

シャナは凛とした表情で立ち上がった。

 そう、 死しても尚、 炎の中からより強くより美しい姿で甦る、

“不死鳥” で在るかのように。

 その全身から深紅の火の粉が、 まるで鳳凰の羽撃(はばた)きのように舞い上がり、

空間を灼き焦がす。

 

「……ッッ!!」

 

 フリアグネはその光景に一瞬パールグレーの双眸を丸くするが、

すぐに己を諫めて表情を引き締める。

 

「ほう? 満身創痍の状態でまだ立ち向かう気かい?

一体何が、 そこまで君をそうさせるのかな?」

 

 余裕に充ちた口調でそう問いかけるフリアグネに。

 

「それは」

 

 と、 シャナは一瞬口ごもるが、 すぐにその必要がない事に気づく。

 そう、 自分の真 実(ほんとう)の 「気持ち」 に、 口を閉ざす必要なんか全くない。

 

「それは、 私が、 アイツの、 『星の白金』 の “片割れ” だからッ!」

 

 手を黒衣の左胸に当て、 微塵の違和感もない言葉が口をついて出る。

 無論、 アイツの了承はまだ取ってない。

 でも、 もう決めた、 いま決めた。

 アイツが望もうが望むまいが、 もう絶対完全決定事項、

殴ってでもそうさせる。

 今までは、 フレイムヘイズの 「使命」 の為に剣を振るってきた。

 でも、 此れからは、 ()()()()()――!

 

「フッ……腐ってもフレイムヘイズ、

腐っても “炎髪灼眼の討ち手” という事、 か?

哀れな、 これ以上続けてもただ苦しみが増すだけだというのに」

 

 皮肉めいた物言いを、 シャナは甦った紅蓮の双眸で凛と受け止める。

 そして同じように、 口元にも凛々しい微笑を浮かべてフリアグネへと告げる。

 何よりも強く、 己を誇りながら。

 

「そう。 私はフレイムヘイズよ。 でもおまえ?

私の “もう一つの名前” は知らないでしょう?」

 

「もう一つの、 名前?」

 

 眉を怪訝に顰めるフリアグネに、 シャナは

 

「教えて、 あげる!」

 

そう叫び、 紅蓮の灼眼でフリアグネの光彩を真正面から射抜く、

己が全存在を刻みつけるように。

 

「 “空条 シャナッッ!!” 叉の名をッ!」

 

 言葉と同時に左手が真一文字に薙ぎ払われる。

 

紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)ッッ!!』

 

 黒衣を靡かせながら、 紅蓮の炎で覆われた贄殿遮那を眼前に突き出した。

 

「フッ……だが、 そのダメージだらけの躰では、 ね。

最早私が相手をするまでもあるまい。 お前達」

 

 微笑を浮かべたままフリアギネはそう呟き、 小気味よく指を鳴らす。

 その合図に合わせて周囲にいた武装燐子達が、 剣を両手に携えて陣形を組み出した。

 

「……」

 

 シャナはその燐子達になど目もくれず、 あくまで紅世の王、

フリアグネのみを射抜いていた。

 紅蓮の炎が宿る、 誇り高き真紅の瞳で。

 そして、 止まった瞬間(とき)が、 刹那(いま)動き出す。

 シャナは右手に握っていた大刀をそのまま軽やかに放った。

 宙に放たれた刀身が反転して紅蓮の弧を描く、

そして目の前に来た柄を素早い手捌きで持ち直すと、

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォッッッッッ!!!!!」

 

逆手で大刀を前に差し出したシャナの口唇から、

勇ましく猛々しい灼熱の息吹が湧き上がり、

同時に炎髪が大量の火の粉、

否、 「炎気」 を撒き熾し空間を灼き尽くす。

“炎妙ノ太刀” の要領で、 柄を透して刀身内部に炎気を込め、

ソレと同時に剣気と闘気、 そしてアイツから貰った何よりも大切な

『勇気』 を込める。

 そしてシャナは、 大刀を逆手に携えたまま居合い斬りの要領で

腰を(ねじ)りながら落とした構えを執り、

左手は絡めながら前方へと押し出しそしてやや(ひね)る。

 揺らめく炎の陽炎に紅蓮の残像が映る無駄のない動作に呼応して、

“贄殿遮那” 内部で集束した三種の 「気」 の融合体がやがて、

周囲の分子配列を変異させ紅い放電現象を引き起こし始める。

 その、 戦慄の美を流す大太刀 “贄殿遮那” の(なか)で――。

 いま、 『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ”

 ソノ二つの存在が一つとなるッ!

 星炎融合(せいえんゆうごう)。 流星の灼撃。

『贄殿遮那・星迅焔霞(せいじんえんか)ノ太刀』

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A+ スピード-A+ 射程距離-B(最大20m)

持続力-A+ 精密動作性-B 成長性-A+

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「オッッッッッッラアアアアアァァァァァ―――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 その背後に、 最愛の者の存在を強く感じながら、

シャナは乾坤一擲の一撃を全身全霊で撃ち放った。

 駆け声と共に音速で()り出された抜刀斬撃術の、

紅蓮の真空波が瞬時に具現化して焔の討刃と成り、

贄殿遮那の刀身から唸りを上げて途轍もない存在の猛威となって飛び出し

標的に、“狩人” フリアグネに縛鎖を引き千切った魔獣のように襲いかかった。

 

「何ッ!?」

 

 前方の燐子6体を瞬断した焔の討刃に、

フリアグネは咄嗟に長衣を突き出して

その三日月状の刃を真正面から受け止めた。

 奇怪な紋章と紋字の浮かび上がった円球ドーム状の防御障壁が、

瞬く間にフリアグネを覆っている。

 しかし、 その音速発射された紅蓮の討刃が放つ余波である、

紅い放射状の閃光により射程距離外の燐子達が側部から、 背後から、

ありとあらゆる角度から撃ち抜かれまとめて爆散する。

 更に、 炎の攻撃に対してはありとあらゆるモノに対抗出来る筈の

絶対防御の 「宝具」 “アズュール” ですらも、

討刃の猛進を押し止めただけで

その 『本体』 を消滅させる事は出来なかった。

「効果」 は、 確実に出ている筈だった。

 フリアグネの直近で紅蓮の討刃は、

巨大な岩石に()し当てられた鎖 鋸(チェーン・ソー)のように

けたたましい摩擦音と狂暴な火花を夥しく()き散らして、

徐々に先端から刃全体の絶対量を減らして来ている。

 だが、 討刃自体があまりに巨大過ぎるのと、

その磨耗速度が致命的に遅かった。

 そう、()()()()

 そし、 て。

 

 

 

 ピシィッ……!

 

 

 

 火除けの指輪 “アズュール” の(コア)である紺碧の宝玉が、

官能的とも言える音を立てて罅割れ――。

 

 

 

 ピキィィィィィィィィ……

 

 

 

 煌めく貴石の破片が、 火の粉に混じって空間へと散華する。

 

「ア、 アズュールがッッ!? バ、」

 

 フリアグネの驚愕とほぼ同時に白炎の防御障壁は霧散して立ち消え、

代わりに火除けの 「結界」 が消えた瞬間、

それまで位相空間に (とどこお) っていた破壊衝撃波が

全部まとめて前方へと弾き飛ばされ、

シャナの放った紅蓮の討刃を爆発的に加速させ

フリアグネの胴体を音よりも(はや)く斬り飛ばす。

 

「バ……カ……な……ッ!」

 

 同時にその切断面を起点にして紅蓮の炎が燃え上がり、

二つに別れたフリアグネの上半身と下半身とを刹那に呑み込んだ。

 更に紅蓮の討刃はソレでも勢いが止まらず、

背後にあった給水塔の土台に叩き込まれて石壁を抉り、

コンクリート内部で爆破、 粉砕、 融解を繰り返しながら

最終的には激しく爆裂する。 

 瞬時に土台全体へ夥しい数の亀裂が走り、

その前方の瓦礫の大地で二つに別れて燃え盛る純白の貴公子の上に、

崩壊した残骸が嵐のように降り注いだ。

 まるで墓標のように、 破滅の墓碑銘(ぼひめい)を凄惨な残響を轟かせて其処に刻む。

 

 

 

 

 ズンッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 最後に、 衝撃で()き上がった給水塔本体が、

積み上がる残骸の最上部に逆さとなって突き刺さり

その事を確認したシャナは、

 

「私達二人は最強よ!!  絶対誰にも負けないッッ!! 」

 

 

【挿絵表示】

 

 

紅蓮渦巻く大太刀を足下の瓦礫に突き立て、

逆水平に構えた指先で破滅の墓標を鋭く差した。

 その燃え上がる紅蓮の双眸に、

無限の精神の輝きが生み出す黄金の光が宿る。

 熱く。 激しく。 閃光のように。 

 何よりも気高く、 少女の歩み出した 『運命(みち)』 を照らしていた。

 

←To Be Continued……

 

https://www.youtube.com/watch?v=IAiobr9dpR8

 

 



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『戦慄の暗殺者Ⅺ ~Emerald Explosion~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「エメラルド・スプラッシュッッ!!」

 

 封絶の放つ白い光で幻想的に照らされた校内に響く、

清廉なる美男子の声。

 その声の主、 花京院 典明の 「幽波紋(スタンド)

法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 の両掌から(とうとう)々と流れ落ちた緑色の液体が

瞬時にうねって集束、 煌めく無数の翡翠結晶へと変貌し、

スタンドの手から発せられる眩い輝きを以て一斉に弾ける。

 無より生み出された輝く翡翠の魔連弾は即座に空間を隈無く疾走し、

襲いかかってきた巨大な武装燐子達の全身に隈無く着弾して爆散させ、

瞬く間に貫殺した。

 紅世の法儀に支配された因果孤立空間。

 学園中央部に設置された時計台の針が静止した世界。

 まるで全ての時間が止まってしまったかのような無音の静寂。

 その中で、 細身の躰にフィットしたバレルコートのような学生服に身を包む

中性的な美男子と異形の怪物達との死闘が絶え間なく繰り広げられていた。

 

「先刻の大爆発――。 どうやら戦局に大きな動きが在ったようだ。 だがッ!」

 

 ギャギィィィィィィィッッ!!

 華麗な体術で横っ飛びに中空を舞った花京院の、

その1秒前までいた場所に機能性を欠いた大仰な造りの武器、

剣や槍や斧などが多数突き立てられリノリウムの床を打砕する。

 

「この人形達、 そしてこの特殊空間を生み出す能力

“封絶” が 「解除」 されてない(ところ)を見ると

まだ決着はついてないようだな」

 

 側方に一回転し、 手をついて着地した花京院の傍らで

スタンド、ハイエロファント・グリーンが

流法 『エメラルド・スプラッシュ』 をすかさず連続発射し、

前方の巨大燐子3体を爆砕、 存在の闇へと葬り去る。

 リノリウムの上に舞い散る白い火花が消えると同時に、訪れる沈黙。

 次の刹那、 その中性的な美貌が微かに(かげ)った。

 

「空条、 キミは、 無事でいるのか……?」

 

 脳裏に浮びあがる、 熟練の 『スタンド使い』 で在る自分を圧倒した、

勇壮且つ精悍な姿。

 そこへ。

 

(!?)

 

 突然何故か、 一人の少女の姿が重なる。

 真紅の瞳、 深紅の髪、 マントのような黒寂びたコート。

 その少女は、 その彼の傍らで挑発的な仕草のままこちらに笑みを向けていた。

 想像の中とはいえ、 完全に勝ち誇った表情で。

 

 

【挿絵表示】

 

 

(!!)

 

 その事に何故か無性にカチンッときた花京院の思考が一瞬止まるが、

すぐに己を律して落ち着きを取り戻す。

 体温上昇による発汗作用で、 ライムオイルを基調にした

爽やかなフレグランスが一際強く空間に靡いた。

 

「あと “マジシャンズ” も、 一応」

 

 シャナ、 だっけ? と頭の中で付け加え、

額に少々青筋を浮かべ、 若干苛立った口調で美男子は呟いた。

 そんな彼の気が休まる暇もなくいきなり調理室と美術室、

その両開きのドアが一斉に開き中から再び大小様々な形態の

フィギュアとマネキンとマスコットが大挙して押し寄せた。

 

「クッ! まだこんなに数が! これじゃあキリがない!」

 

 一階部分の敵はこれで最後だと想いたいが、

先刻からロクにインターバルもなしで流法(モード)を撃ち続けているので

スタンドパワーの残量はそろそろ半分を切る。

 故に、 ペース配分の事もこれからは考えながら戦わなければならない。

 そんな押し迫った状況の花京院とは裏腹に、

眼前の武装燐子達は件の如ガラス玉の瞳と耳まで裂けた口とで

血に飢えた獣のように花京院を見据えていた。

 この動く人形 “燐子(りんね)” は、 「存在の力」 と云う

人間の生命エネルギーに酷似した力で動き、

さらに存在(ソレ)のみを喰らう 『能力』 が在ると

かつてDIOの館の書庫でフリアグネから聞いた事がある。

 そして今、 この特殊空間の中で仮死状態のように静止している

他の生徒や教師達を無視して、

自分のみを 「標的」 として攻撃を仕掛けきているのは、

停止している生徒達よりもその中で動き回っている自分の方が

旨そうに見えるからなのか? 

或いは “動く者を優先的に攻撃しろ” と

『遠隔操作』 されているからなのかもしれない。

 物質の遠隔操作能力は、 自分の最も得意とする処。

 故に、 自分が出来るコトならフリアグネにも出来る。

 自分と同じ 「領域」 にフリアグネもいる。

 かつて彼の言ったとおり。

 まるで合わせ鏡の如く、 自分と酷似した存在。

 だから――

 

「クッ!!」

 

 花京院は唐突に脳裏へ浮かんだ、

花々の香気に包まれる美男子の姿を無理矢理消し飛ばした。

 

(ボクとしたことがこんなときに……うかつな……ッ!)

 

 両目をきつく閉じ頭を左右に振ってから、

花京院は脇にあった開いた窓からスタンド、

ハイエロファント・グリーンの右腕を細い紐状に変化させ、

射程距離の延びたスタンドの触手をザイルのように三階に向けて投擲し、

窓枠にスタンドを括りつけた。

 元々他の生き物やスタンドへの潜行、

寄生操作を目的に生み出された 『能力』 なので

巻き絡める力は細い見た目に反して強力。

 そのまま触手をクレーンのように巻き戻してスタンドと共に、

「本体」 である花京院の躰はスタンド法則の影響で素早く上階へと昇っていく。

 みるみる内に眼下で縮小されていく数十体の燐子に花京院は

血気の(こも)った声で叫ぶ。

 

「どうした!? このボクを喰らいたいンだろう!!

だったら早くこの上まで追ってこいッッ!!」

 

 静謐なライトアンバーの瞳で見据えられた燐子達は一度戸惑ったように

互いの顔を見合わせたが、 すぐにその位置を元に戻すと

無機質なガラス玉の瞳に白い小炎が宿り、

それが次の行動命令発動の合図なのか

上階に逃げた花京院を追って背後の階段に大挙して押し寄せた。

 全身にかかる重力の魔を感じながら花京院は、

これから撃つべき戦術を構成する為にその長い経験で培われた

スタンドの思考を練り始める。

 

(これで、 少しは時間が稼げる。

その間になんとかヤツらを一網打尽にする 「手」 を考えなければ。

出来れば、 “エメラルド・スプラッシュ” 一発で

『全滅』 出来るような 「手」 を)

 

 集中力を研ぎ澄ませるその彼の眼前に、

予期せぬ光景がいきなり飛び込んできた。

 

(―――――――――ッッ!!??)

 

 スタンドを使った上空移動、 視界に入った 「2階」 の惨状、

時間的には一秒に満たなかったが

階層に存在するありとあらゆるモノが破壊されていた。

 少なくとも花京院にはそう見えた。

蛍光灯が割れ、 床の表面が剥がれ、 壁が抉れ、

全ての教室のプレートが砕けていた。

 そして、 その周囲にはもれなく数多の白い炎が類焼している。

 まるで爆弾テロにでもあったかのような、 壊滅的な惨状。

 問題なのはその惨状自体ではない、

そこに 「誰が」 居たのかだ。 

 

「ッッ!!」

 

 心臓の鼓動が、 うるさいくらいに脈を打つ、

背筋に冷たい雫の伝う戦慄が走る。

「彼」は、 そのとき、 2階、 に。

 

「く、」

 

 震える花京院の口唇から、

 

「空条オオオオオオオオオオォォォォォォ――――――――――ッッッッ!!!!」

 

自分でも予期しない程の絶叫(こえ)が飛び出した。

 しかし、 当然の事ながら返事は返って来ず、

望みに反して花京院は目的地である3階に到着する。

 

「空……条……」

 

 半ば放心に近い状態で、 その淡く潤った口唇から弱々しい呟きが漏れる。

 すぐにもその身を翻して、 二階の窓に飛び込みたいという欲求が

耐え難く湧き上がってきた。

 が、 しかし、 その強烈な感情を花京院はなんとか押し留めた。

 爪が皮膚を突き破る程拳を握りしめ、

己がいま果たすべき事を再確認し、 強い覚悟と共に背を向ける。

 口内もきつく食いしばったため口唇の端から細く血が伝っていた。

 

(任せてくれ……空条……ッ! 「約束」 したよな……?

今度はボクが君を助ける番だと。

“君がボクにそうしてくれたように”

何が在っても! 絶対にッ!)

 

 彼は、 自分に他の生徒達の安全を託した。

 自分を 『信頼』 して託してくれた。

 だから、 ()()()()()()()()()()

 そんな事をしても、 彼は喜ばない筈だから。

 だから自分も、 彼を 『信頼』 する。

 こんな事で、 自分を倒した彼がやられる筈はない。

 

「……ッ!」

 

 離れているのに傍にいるような、 奇妙な充足を感じながら

花京院は決然と顔を上げた。

 その視線の先。 

 3階の惨状、 否、 「状態」 だった。

 そこは、 ()()()()()()()()()()()()――。

 

「どういうこと、 だ?」

 

 (さん)に足をかけ窓の縁に掴まったまま花京院が見下ろした3階の光景は、

白い光に覆われていることを除けば平穏そのもの、

まるで黄昏時の放課後のように、 沈黙と静寂とで包まれていた。

 それが2階の惨状と反比例して、 余計に不気味さを際立たせる。

 

「一体、 どういう事だ? 2階はアノ惨状だったのに、

何故、 ()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

“狩人” の余裕?

 絶対に有り得ない。

 アノ純白の貴公子は、

そのやや軽薄にも見える甘い風貌とは対照的に、

実は度が過ぎるほどの完全主義者。

 水も漏らさぬ完璧な戦略と、 一片の(ほつ)れもない緻密な戦術とで

歴戦の強者達を闇に葬ってきた、 正に至高の暗殺者。

 その彼が現状の戦局で最後の砦ともいうべきこの 「場所」 を、

無策で放置するなど有り得る筈がない。

 

 ならば、 どうする?

 もし自分だったなら、

()()()()()()()()()()()()()

 

(もし、 彼にも、 “アレ” が出来るのだとしたら……)

 

 花京院は静かにスタンドの右腕を紐状に変化させ、

窓枠の下にタラリと揺らしその射程距離が通常の3倍近くに

引き延ばされた拳を一度振り子のように大きく揺らし、

素早い手捌きで封絶に煌めくリノリウムの廊下へ撃ち込んだ。

 ズガァァァァッッ!!

 砕けて飛散する、 青い破片。

 その刹那。

 

(!!)

 

 突如、 スタンドの着弾箇所に奇怪な紋章が刻まれた

まるで黒魔術の儀式に(つか)うような純白の方円陣が浮かび上がった。

 そしてその円陣内部から、 夥しい数の人形の手が(ひし)めき合って(うごめ)き合い、

何もない空間を無造作に掴み合う。

 

「やはりッ! “結界” かッッ!!」

 

 予測できたとはいえ驚愕の事態。

 通常はその防衛本能故、 反射的に飛び去る処。

 しかし花京院は 『逆』 に、 前方に向けて大きく跳躍し

本体と同化させたスタンドの足で着地、

そのまま鋭く床を蹴って疾走(はし)った!

 次々と廊下の上に先刻と同様の白炎法陣が浮かび、

その内から漏れなく(おぞ)ましき人形の腕が飛び出してくる。

 やがてその手に 「標的」 が触れない事が解ると、

白い法陣の内部からやはり同様大仰な武器を携えた人形が次々と現れ、

花京院に向かい大集団で襲いかかってきた。

 

(やはり、 言葉通り勝利の方程式は万全というワケか。

ボクが無防備のまま床の上に飛び降りていたら、

おそらくアノ “結界” 内部に在る特殊空間に引きずり込まれていた筈だ。

もし空条かマジシャンズ(シャナ)だったのなら、

この圧倒的数量を前に相当自力を削られていただろう。

彼らの能力は 『近距離パワー型』

ソレ故に、 対複数の持久戦には不向きな能力(チカラ)だ)

 

 疾走しながらも花京院の集中力は研ぎ澄まされ、

瞬時に状況を分析、 把握、 そして対応策を紡ぎ出す。

 

(流石に 『炎の暗殺者』 の名は伊達ではない。

十重二十重(とえはたえ)で構築された完璧な戦略。

()()()()()既に勝利が確定している。

特に空条は他の生徒達が人質に取られているも同然の中、

例え殺されても逃げ出す 「選択」 だけはしないから、

ソノ効果は絶大だ)

 

 後方を仰ぎ見ると、 廊下で犇めく人形の数は目測で約60体以上。

 一階で始末し損ねた数も合わせれば、 その総数は軽く100体を超える筈だ。

 しかしそのような窮地にあっても、 翡翠の美男子は静謐な美貌を崩さない。

 

(だが、 そのような徹頭徹尾練られた戦略は、

()()()()()()()()ボクのような “異分子” の存在の前には、

往々にしてその 「脆さ」 を晒け出すモノ。

ソレが解っていた、 か? フリアグネ?)

 

 心中でそう呟く花京院の瞳が怜悧に光る。

 

(此処は()()()、 一点は外しておくべきだったな?

そうすればボクを 「疑心暗鬼」 に陥らせ、

この場に足止めする事も出来た。

この事は確実に君の不利に働くぞ? “狩人”)

 

 花京院は口唇にアルカイックな微笑を浮かべ、

走りながら後方の燐子達を見据える。

 その疾走の行き着く先、 3階東棟の突き当たり。

 そこに設置された窓枠の外に、 花京院はすぐさま紐状に延ばした

スタンドの触手を打ち放ち、 自分も外部へとその身を投げた。

 背後で窓枠と壁とをブチ破って次々と大地に落下しながら

追ってきた燐子達を空中で一瞥すると、

再度紐状になった触手を旧校舎と新校舎とを繋ぐ電線に巻き絡め、

大きく一回転しながら落下エネルギーを相殺する。

 そして素早く触手を電線から振り解いて

細身の躰を廻転させながら空中を飛翔し、

周囲の空気を巻き込みながら渡り廊下に設置された床板を踏み割って着地、

そのまま踏み切りのエネルギーを殺さずに目当ての『場所』へと

前方回転で受け身を執りながら転がり込む。

 後は、 ()()()()()()()()()()使()()()()()()()()を祈るのみ。

 ゆっくりと上げた視界の先。

 柱の無い開けた空間、 フローリングの上にワックス剤が塗布された床。

 花京院の中性的な口唇に勝利の微笑が浮かぶ。

『賭けには、 勝った……ッ!』

 心の中で快哉を覚えた瞬間、 正面と両脇に設置された 「体育館」 の

出入り口残りの4つが狂暴な破壊音を伴って鉄扉を吹き飛ばす。

 その破壊された箇所から、 グラウンドが覗く空洞から、

述べ100体以上の武装燐子の大軍が多種雑多な足音を立てながら蠢き、

ゆっくりと体育館内に侵入してきた。

 その耳まで裂けた口で、 これから始まる清廉な存在を蹂躙する悦楽に

それぞれ下卑た笑みを漏らしながら。

 無数の巨大なプレッシャーが塊となって差し迫ってくる。

 その悍ましき人形の大軍に向かい、

花京院は微塵も気圧される事もなく壮烈な眼差しを返した。

 

「お前達? まさか、 ()()()()()()()()()()と想っているのか?

逃げ惑い袋小路に閉じこめられた、 か弱き兎、 だと?」

 

 言葉の終わりと同時に、 花京院は敏捷な手捌きで左腕を真横に鋭く薙ぎ払った。、

 

「違うッッ!! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

我が最大流法(モード)が、 ()()()()()()()()()()()()()()()()ッッ!! 」

 

「KYYYYYYYYYYY――――――――――――ッッ!!」

 

 花京院の頭上から、 猿のような燐子がいつのまに忍び込んだのか、

網の目のように張り巡られた天井の鉄骨から飛び降り、

奇声をあげながらナイフを首筋に振り下ろしてきた。

 

 

 

 

 グァッッッッギャンンンンンンンッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

「GYYYYYYYYYYYYY――――――――――――ッッッ!!!」

 

 その白刃が首筋へ突き立つ前に、

武器自体がバラバラになって砕け散り

継いでその燐子本体も同様に粉砕される。

 花京院は薄白い火花を放ちながら転がる機械部品を見下ろしながら、

手向けるように言葉を紡いだ。

 

「フッ、 愚かな。 ()()()()()()()()()()()()()()攻撃をしかけるとは。

それとも、 ()()()()()()()()()()えなかったのか?」

 

 巨大な包囲網を組んだ武装燐子達の中心部。

 花京院とその前方に位置する異星人のようなフォルムのスタンド、

ハイエロファント・グリーン。

 その周囲を微か、 本当に微かだがエメラルドの結晶原石のような

仄かな燐光がチカ、 チカ、 と数秒毎に煌めいていた。

 その光の 「正体」 が静かにスタンド本体の口唇から語られる。

 

サークリング()エメラルド()スプラッシュ()

結晶化させた幽波紋光(スタンドパワー)を精神の力で遠隔操作し、

己の周囲円環状に集束、 高速廻転させる。

ソレは鉄壁の防御陣、 ボクとハイエロファントを攻撃しようとすれば、

お前達自身が傷つく道理。 正に攻防一体の “結界” だ」

 

 花京院が自身の 『能力』 を語り続ける間、

エメラルドの発光間隔が徐々に狭まってきていた。

 更にスタンド自体の放つ光の強さも、

その輝度(きど)を加速度的に増大させていく。

 

「そして! ()()()ッ! これから()り出す我が最大流法(モード)

“準備段階” にしか過ぎないッ!」

 

 やがてその発光間隔が限りなくゼロに等しくなり、

花京院の周囲360° が激しく輝く

エメラルドグリーンのスパークで満たされる。

 スタンド操作の概念は、 モノを扱う熟練度、

つまり原初的な経験則のソレに酷似している。

 故に、 本体の精神力と技術力次第で、

どんなスタンドでもソノ 『潜在能力』 を自在に引き出す事が可能なのだ。

 その法則一点にかけて、 生まれついてのスタンド能力者、

云わばスタンドのエキスパートである花京院 典明の右に出る者はいない。

 輝く翡翠結晶の放つ光が花京院の全身を充たしていき、

やがてその姿は煌めきによって神聖なエメラルドのシルエットと化す。

 その中心部分でスタンド、 ハイエロファント・グリーンが

周囲を廻る夥しい数の結晶弾を更に、

爆発的威力を以て全方位へと一斉総射する為

構えた両掌で能力発動のスタンドパワーを集束し始める。

 そして花京院は、 無駄のない動作で拝火教徒のような印を

左手を肩口、 右手を脇腹の位置に置き厳粛な流法の構えを執る。

 その構えと同時に聖法を司る幽波紋(スタンド)

法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』は

爆発的パワーの余剰エネルギーでゆっくりと宙に浮き始める。

 

「ッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 そこに至ってようやく危機感を抱き始めたのか、

或いはたった一つの存在が放つ巨大なプレッシャーに気圧されたのか、

大軍の包囲網が徐々に後退し始める。

 しかしそれより速く、 花京院の壮烈な声が空間全域に木霊した。

 

()()()()()()()()()()()ッッ!! 異界の “狩人” の下僕共ッッ!!

己が欲望の為だけに罪無き人々を無惨に喰い散らかしッ!

その嘆きすらも忘却の彼方に消し飛ばした赦し難き数多の 『罪』 ッッ!!

己が 『死』 を以て今こそ全霊で償えッッ!!」

 

 空間を揺るがすかのような、 鉄の反響で体育館全域に轟く断罪の宣告。

 

「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 花京院の叫びと同時にスタンド、 ハイエロファント・グリーンの両掌に集束した

エメラルドのスタンドパワーが、 爆発的エネルギーを円周上に放出するため

うねるように凝縮し始める。

 そして、 宙に浮くスタンドの足下が花京院の視線と重なった時、

空間を軋ませる両腕が左右に高速で押し拡げられた。 

 

「――――――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 閃光を伴い放射状に弾けるスタンドパワーと共に、

射出される結晶爆裂弾の存在を刻み付ける流法名。

 それは、 哀別の言葉。

 生まれて初めて出来た、

異世界の友人に対する最後の(はなむけ)

 聖光寂寞(せいこうじゃくばく)覇翔(はしょう)浄裁(じょうさい)

 聖法の流法(モード)

エメラルド・エクスプロージョン(E × E)ッッッッ!!!!』

流法者名-花京院 典明

破壊力-A(結晶廻転により無限に増大)

スピード-A(結晶廻転により無限に増大)

射程距離-A(結晶廻転により無限に増大) 持続力-A

精密動作性-A 成長性-A(結晶廻転により無限に増大)

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 ヴァッッッッッギャアアアアアアアァァァァァァァ

ァァァァ―――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 超高速廻転運動により、 爆発的な威力と成って

一斉総射された莫大な数量のエメラルド光弾。

 空間に満ち溢れる幽波紋光(スタンド・パワー)の洪水。

 その中心部、 荒れ狂う翡翠結晶弾の爆心源。

 壮麗なる紅世の王 “狩人” フリアグネが評する処の

“流麗なる法皇の翡翠” 花京院 典明が操る

法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 その絶殺流法(モード)

 次々と、 それこそ無限を想わせる破壊力と廻転力とで

武装燐子の大軍に音速で撃ち出されるエメラルドの結晶爆裂散廻弾。

 精神の力によって次々と生み出される結晶の大きさはほぼ均等に揃っているが、

表面の研磨(カット)が微細に違っているので爆裂廻転射出の際

弾道に微妙な変化が起こり、 ソレが結果として周囲の敵全てに微塵の隙なく

弾丸の嵐が降り注ぐ戦形(カタチ)と成る。

 

 

 

『GAAAAAAGYYYYYYYYYYYYYYY

YYYYYYY――――――――ッッッッッ!!!!!』

 

 

 

 その領域で響き渡る、 総数100体を超える燐子達の

阿鼻叫喚の地獄絵図。

 そのたった一つが当たっただけで、

体積比十倍以上の右半身が何の苦もなく削ぎ飛ばされる。

 そのたった一部が掠っただけで、

頑丈なスチールの腕が内部の骨格ごと千切れ飛ぶ。

 血の代わりに噴き散る白い炎の飛沫と流法の放つ輝きで充たされた

その “結界” は、 壮麗なる外環とは裏腹に内環は聖光の冥府。

 そして、 いつまでもいつまでも止むことなく、

複 式 廻 転 機 関 砲(リヴォルバー・カノン)』 のように間断なく射出される

凄まじい数の廻転翡翠魔煉弾。

 その直線軌道と、 更に頭上で張り巡らされた鉄骨と両サイドに設置された

スチール製の格子に弾き返って 『跳弾(ちょうだん)』 と化した結晶に、

加えて後続射出されたソレにも弾かれて跳弾が跳弾を呼び、

反射弾幕の乱流に巻き込まれた燐子の大軍は

その身体のありとあらゆる部分をありとあらゆる角度から蜂の巣にされ、

次々に爆散、 撃砕、 散滅する。

 そんな煌めくエメラルドの暴風圏内でも、

夥しい翡翠の結晶弾は流法行使者である

花京院とハイエロファント・グリーンにだけは

掠りもせず全てその脇を除けて通る。

 遙かな太古、 幾千の矢の豪雨にその身を晒しても

傷一つすら負わなかったと云う軍神アレキサンダーのように。

 そこまで、 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

花京院は流法(モード)を放ったのだ。

 防御と攻撃力上昇を兼ねての流法(モード)から最大流法(モード)へと、

瞬時に移項する正にその名の如く流れるように完璧な

高 等 幽 波 紋 連 携 技(ハイ・スタンド・コンビネーション)

 全ては、 スタンドの遠隔操作能力にかけて他の追随を赦さない

花京院 典明の才能によるモノ。

 (しか)る後、 全ての燐子が聖光の冥府に呑みこまれ

残酷無惨な亡骸が大量の火花を伴って体育館全域に散乱し、

更に夥しい量の結晶爆裂弾連続射出の結果として

巨大な弾痕の空洞が開け廃墟と化した建物の中心部。

 その細身の躰を斜めに傾け、 せめてもの情けか

燐子達の断末魔から視線を背けた美男子の姿が

後屈立ちの構えでエメラルドのシルエットから

鮮麗に浮かびあがる。

 巨大な弾痕から流れてきた風が、 淡い茶色の頭髪を揺らした。

 その残骸の中心で、“彼” が使役する結界の中で、

花京院は静かに 『決意』 を告げる。

 

(フリアグネ……ボクは……君とは一緒に行けない……

彼と共に……DIOを(たお)さなければならないから……

もう……そう決めたから……)

 

 滔々と沁み出る胸裏に、 かつて一時、

戯れに想い浮かんだ映 像(ヴィジョン)(よぎ)った。

 DIOの館、 瀟洒なヴァルコニー、 風に揺れるシルクのカーテン。

 麗らかな太陽の光と、 海から吹き抜ける風が絡み合った清涼な大気。

 その中で、“彼ら” と共に語らう自分の姿が。

 その時の自分は、 果たして笑っていたのだろうか?

 きっと、 笑っていたのだと想う。

 全ては、 泡沫(うたかた)の夢、 消え去る寸前の、 存在の飛沫(ひまつ)

 今はもう、 あまりにも遠くなってしまった、 幻想の追憶なのだから。

 花京院は琥珀色の瞳を静かに閉じ、

哀悼を捧げるように呟いた。

 

(でも……君の気持ちは……嬉しかった……

それだけは……嘘じゃない……)

 

 空洞から封絶の放つ白い光が満ち、

渇いた風があらゆる方向から吹き抜けて

花京院の髪を揺らし、 躰を撫ぜ、 制服の裾を靡かせる。

 その、 運命の交叉路の中心で。

 輝く純白(しろ)いの旋風(かぜ)の中で――。

 

Au revoir(オ・ルヴォワール)……

壮麗なる紅世の白炎……

“狩人” ……フリアグネ……」

 

 花京院は、 静かに別れの言葉を告げた。

 その彼の心中で、 耽美的な微笑を浮かべる幻想世界の住人は、

純白の長衣を纏ったまま(たお)やかに微笑んでいた。

 手にしたマリアンヌと共に。

 いつまでも。

 いつまでも……

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『戦慄の暗殺者Ⅻ ~Rebirth Chronicle~ 』

 

 

 

【1】

 

 

(ご主人様……ッッ!!)

 

 白い封絶で覆われた学園屋上で繰り広げられた、

フレイムヘイズの少女と紅世の王との壮絶なる死闘。

 その結末の一端を、 燐子の少女は上空から見ていた。

 

「オッッッッッッラァァァァァァァァァ――――――――ッッッッッ!!!!!」

 

「バ……カ……な……ッ!」

 

 白い光で満たされた屋上全体に響き渡る、 灼熱の咆吼。 

 その躰を、 その精神を。

 そしてその存在全ての力を大太刀 “贄殿遮那” に込め、

渾心の一撃で刳り出されたシャナ極限の超絶技、

『贄殿遮那・星迅焔霞ノ太刀』

 炎気、 闘気、 剣気、 三種の気を融合させて具現化した

巨大な三日月状の討滅刃。

 ソレが同時に込められた黄金の輝きを放つ生命光によって爆発的に超加速され、

火除けの宝具 “アズュール” が創り出す絶対火炎防御の結界障壁すらも

超越して突き破り、 宝具ごと操者である “狩人” フリアグネの長身痩躯を

音を超えた速度で斬り飛ばし、 二つに別れた躰を紅蓮の劫火が焼き尽くす。

 さらに標的を討ち果たした紅蓮の刃は、

それでも尚強力に存在を誇示し続け背後の給水塔に激突して爆砕し、

劫火に包まれた “狩人” の上に砕けた残骸の豪雨を撒き散らした。

 瓦礫の墓標に突き刺さる、 巨大な鉄塊。

 刻まれる、 残骸の墓碑銘。

 その一連の出来事を、 定められた運命であるかの如く見据えていた、

今は燃え上がるような紅蓮の双眸に黄金の輝きを宿す一人のフレイムヘイズ。

 その少女が紅蓮渦巻く大太刀を瓦礫の上に突き立て、

逆水平に構えた指先で破滅の墓標を差す。

 

「私達二人は最強よ!!  絶対誰にも負けないッッ!! 」

 

 最早己を蝕む苦痛も煩悶も、 その全てを精神が捲き起こす

黄金の旋風で吹き飛ばしたかの如く、

一点の曇りもない表情でシャナは “狩人”の墓標に叫んだ。

 

「……主人……様……?」

 

 紅蓮と白蓮。

 二つの存在の終演を頭上から見つめる、 燐子のか細い呟き。 

 真一文字に両断された紅世の王が、 己が自在法により無から生み出した最愛の少女。

 意志を持つ肌色フェルトの人形、 マリアンヌの開かない口唇から痛切な叫びがあがった。

 

「ご主人様ァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッ!!!」

 

「ッ!」

 

 その何よりも悲痛な声に、 シャナはゆっくりと首だけ動かしてマリアンヌに向き直る。

 そして、完全にいつも通りへと戻った凛々しき風貌で、

簡潔にしかし有無を言わさぬ強い口調で燐子の恋人に告げる。

 

「見ての通りよ。 おまえの 『ご主人様』 は、たった今この私が討滅したわッ!」

 

「ウソ! ウソ! ウソよッッ!! 私のご主人様が! オマエなんかにッ!

フレイムヘイズなんかにやられたりするわけない!!

この私を置いて、 一人死んでしまったりするわけないッッ!!」

 

 口元に笑みを浮かべた愛らしい表情とは裏腹に、

マリアンヌの声は悲哀に充ち何度も何度も頭を振って

シャナの言葉と目の前の現実を否定した。

 

「事実よ。おまえも王の “従者” だったのなら潔く受け止めなさい」

 

 虹彩を射抜くような鋭利な眼光で、

再びシャナは異論を許さない強い口調でマリアンヌに宣告する。

 

「王を討滅した以上、 もうおまえに用はない。 無益な討滅も好まない。

おまえはすぐにここから立ち去って、 この事実を “アノ男” に伝えなさい」

 

 そう言ってシャナは一度瞳を閉じ、

強い決意と共に真紅の双眸を見開く。

 

「そして、アイツを 『星の白金』 を討滅したいのなら

“今度はおまえ自身が直々に出てきなさい” とね」

 

 そうマリアンヌに己のメッセージを完結に告げる。

 その脳裡に甦る、 この世のありとあらゆる存在を完全に超越した、

一人の男。

 その名は、『DIO』

 叉の名を “邪悪の化身” 『幽血の統世王』

 アノ男の全貌は、 いまでも計り知れない。

 アノ男が最後に見せた黄金の 『光』 の正体は、

今でも想像すらつかない。

 でも。

 それでもッ!

 

「あと! これも伝えてッ!」 

 

 胸中に唐突に湧き上がった何よりも熱い一つの使命感、 否、

それよりも遙かに強い感情にシャナは頬を朱に染めながら出来るだけ速く、

しかし的確に伝える。

 

「 『星の白金』 空条 承太郎はッ! フレイムヘイズで在るこの私が護るッ!

おまえなんかに指一本触れさせないとねッ!」

 

 早口でそう口走りながらも、 無意識の内に心の中で競り上がってくる、

己の力に対する疑念。

 果たして、 本当に、 そんな事が可能なのだろうか?

 その、 真実(ほんとう)能力(チカラ)は疎か、

本来の主力である 『幽波紋(スタンド)』 すらもを使っていない

「生身」 の状態で手も足も出なかった自分が。

 再びその世界を覆い尽くすような存在を前にして

果たして “そんな事” が出来るのだろうか?

 でも、 そんな大言壮語を吐きながらも、

何故かシャナは恐怖も絶望も感じなかった。

 状況は、 アノ時より遙かに悪くなっていると言って良かった。

 このほんの数日の間に、『法皇』 の名を冠する手練の 『幽波紋(スタンド)戦士』 や

たった今討滅した “狩人” フリアグネのような存在が先陣として来襲してきたという事実。

 この事から類推して出る答えはただ一つ。

 アノ男の現世と紅世、 両世界の支配大系は、

もうほぼ完璧に整いつつあるという事。

 そう、 明日にでもこの世界の存在全てがそのバランスを決壊させて、

潰滅してしまったとしても不思議はない。

 でも、 それでも、 自分は何も恐れない。

 だって、 あの時とは決定的に違う 『真実』 が、 今の自分にはあるから。

 今度は “一人じゃない” から。

“アイツが傍にいるから”

 いて、 くれるから――。

 だから今度は、 絶対負けない。

 アイツと私なら。

 二人一緒なら。

 どんな巨大な存在にも絶対負けるわけがない。

 きっと。

 

 

 

 

“何でも出来るッッ!!”

 

 

 

 

 

 精魂の叫びと共に、 心の中で吹き荒れる灼熱の烈風。

 特別な根拠は、 何もない。

 しかし、 いつの間にか何よりも強い確信が、 少女の裡に存在していた。

 アイツが自分にくれた、『勇気』 と共に。

 宵闇に輝く明けの明星よりも、強い光で自分を照らしてくれていた。

 

 

 

 

『――――――――――――ラァァァァァッッッッッ!!!!!』

 

 

 

 

「ッッ!!」

 

 遠くで聞こえる、 スタープラチナの咆吼。

 それはきっと、 アイツの精神(こころ)咆吼(さけび)

魂の誓約、 『護るべき者を護る』 という、 誰に命令されたわけでもなく、

「使命」 を課せられたのでもなく、

自らの 「意志」 で、 自分の 『正義』 を貫き続ける者。

 その事を誇らしく想う反面、 何故か心の淵で湧いた、

切なさにも似た感情が双眸を滲ませる。

 

「バカ……大バカ……」

 

 微かにその瞳を潤ませて、 シャナはそう呟いた。 

 

 

 

 

 誰も、 誉めてなんかくれないのに。

 誰も、 感謝なんかしてくれないのに。

 それどころか、 自らの行為を認識すらしてもらえないのに。

 それでも、 おまえは、 戦い続けるの?

 例え、 全身傷だらけになったとしても?

 例え、 腕や足を引き千切られたとしても?

 それでも……?

 ずっと……?

 

 

 

 

(何か……ズルイな……)

 

 少しだけ嫉妬の混じった口調で、 少女はまた呟く。

 だって、 あまりにも正し過ぎて、 格好良過ぎて、

非の打ち所がないから、 自分の立つ瀬がなくなってしまう。

 自分が、 アイツに 『してあげられる事』 が、 何もなくなってしまう。

“アイツ” とは、 いつでも、 “対等” の立場で在りたいのに。

 

(!)

 

 何故か脳裡に、 一人の女性の 「姿」 が想い浮かんだ。

 無口で、 無表情で、 不器用で。

 でも、 他の誰よりも自分の身を案じ、 愛してくれた女性(ひと)

 崩壊した天道宮での、 別れの時に垣間見せた、 その時の表情。

 シャナは、 心象の中のその女性に、 静謐な口調で問いかける。

 

(貴女も、 ()()()……今の私と同じ気持ちだったの……?

ねぇ……? “ヴィルヘルミナ”……)

 

 心の中で語りかけたその女性は、

白いヘッドドレスで彩られた、ただただ美しい想い出の中で、

優しく自分に微笑むだけ。

 最後に見せた、 身と心を引き裂くような痛みを押し殺してでも

微笑みかけてくれた、 翳りのない強さと気高さと共に。

 それを答えだと受け取ったシャナは、

もう一度瞳を閉じて想いを反芻する。

 

 

 

“間違って、 ない”

 

 

 

 彼女が、 そう言ってくれた気がするから。

 

 

 

“あなたが 「正しい」 と信じた事に、天下無敵の幸運を”

 

 

 

 彼女がそう勇気づけてくれた気がするから。

 だから、 シャナは。

 

「ありがとう……ミナ……」

 

 今はただそれだけを、 もう傍にいない彼女に送った。 

 湧き上がる万感の想いを一つに束ねてただ一言。

 それだけを。

 

(むぅ…… “万条(ばんじょう)仕手(して)” ……か……)

 

 口唇から漏れたその名に、 胸元のアラストールが小さく声を漏らした。

 その上でシャナは再び瞳を閉じて、 己の想いを(つづ)る。

 綴り、 続ける。

 

 

 

 もっと楽に、 生きれば良い。

 おまえは “フレイムヘイズ” じゃないんだから。

 普通と少し変わった能力(チカラ)を持つだけの、

「人間」 なんだから。

 そうすれば、 エメラルドの光に胸を引き裂かれて血に塗れ、

無惨な姿で地に伏する事もない。

 心も体もボロボロなのに、 自ら傷を引き裂いて血を噴きながら、

限界を超えて戦う必要もない。

 助ける筈の存在を操られて利用され、 激しい存在の痛みを代償に

永遠に忘れられてしまう事もない。

 そして。

 そし、 て……

 数多の紅世の王すらも下僕にする、

この世界史上最大最強の存在と戦わなければならない

『宿命』 を負う事もない。 

 そう。

 嫌だと言って逃げれば良い。

 関係ないと言って投げ出せば良い。

 後は私達フレイムヘイズに任せれば良い。

 そんな重過ぎる運命(さだめ)を、

おまえに強制する権利なんて、 誰にもないんだから。

 でも。

 それでも、 おまえは。

 …… 

 戦う、 の?

 その余りにも苛酷過ぎる己の 『運命』 を、

哀しむ事もなく、 嘆く事もなく。

 ただ 『覚悟』 だけをその裡に秘めて、

全てを受け入れ、 全てに納得して。

 戦い、 続けるの?

 おまえの精神に宿った、 或いは受け継がれてきた、

沢山の人達の 『血統』 と 『絆』 と共に。

 自分が正しいと信じる、 『正義』 の為に。

 渇いた風が一迅、 傍らを通り過ぎ、

爆炎で灼き裂かれた黒衣の裾を揺らす。

 その少女の脳裡に甦る、 ジョセフの屋敷の応接室で見せてもらった、

古い背表紙のアルバム。

 中に納められた、 モノクロームの写真。

 多くの人々の姿。

 その全ての人達が皆、 アイツと同じ瞳の輝きを持っていた。

 そして、 微笑っていた。

 その誇り高き血統によって導かれた、 因果の中で――。 

 

「優しいん、 だね……おまえの…… 『歴史』 は……」 

 

 追憶と共に口唇から零れる、

何の偽りもない、 本当に本当に正直な気持ち。

 想いはいつか、 「彼」 という一個の存在すらも超えて、

現在(いま)の “アイツ” を形創った 「時」 の流れにまで(さかのぼ) り、

拡がっていった。

 そのシャナの心中で静かに滔々と沁み出ずる、

今まで体感した事のない緩やかで温かな存在の何か。

 胸の中心で芽吹くようにゆっくりと湧き上がり、

そして刹那の淀みもなく意識の全領域に拡がって、

自分の存在を充たしていく。

 素直にただ、 感謝したかった。

 彼の存在を育んでくれた、 全ての人々に。

 その感覚に他の何にも代え難い感興を抱いたシャナは、

白い封絶が巻き起こす気流に長い髪を靡かせながら、 

穏やかで優しい微笑を、 小さく可憐な口唇に浮かべていた。

 

(……)

 

 胸元のアラストールは、 黙したまま少女を見守っていた。

 表情にこそ現さないが、 心中に浮かんだ一抹の驚きと共に。

 少女は今まで、“封絶の中で微笑った事が無かった”

 こんなに、 穏やかな表情で。

 まるで、 暖炉の前で母親と会話をする娘のように、 安らいでいる表情で。

 少女の、 シャナの、 その使命に燃ゆる凛々しき表情は

これまで星の数ほど見てきた。

 力強く、 誇り高い子である事も知っていた。

 しかし、 こんなにも優しい笑顔を浮かべる子だったとは。

 戦鬼のようなフレイムヘイズの 「業」 の渦中に在りながらも、

こんなにあたたかな心を微塵も失わない子だったとは。

不覚ながら、 今に至るまで気づかずにいた。

 

(どうやら……我の取った 『選択』 は……間違いではなかったようだな……)

 

 シャナに連れたのか、 存在の裡で少しだけ笑みを浮かべたアラストールの、

その更に深奥で静かに形を成す、 真の決意。

 フレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手” として、

今まで生きてきた名も無き少女。

 その凄絶なる戦いの日々、 これまでの 『運命』 を全て受け継ぎ、

そして今、 新たに始まる!

 どんなに深い絶望の中であろうとも、

希望という 『星』 の光を決して見失わない、

気高き血統の者達との出逢いによって生まれた、

今、 ようやく産声をあげる事の出来た、

一人の 「人間」

“空条 シャナ” としての戦いが。

 もう自分は、 「討滅の道具」 なんかじゃない。

 今ようやく私は、 「人間」 になれた。

 或いは 『転生』 した?

 解らない、 解らないけれど。

 でも、 今の自分は、 フレイムヘイズである以前に、

一人の 「人間」 だと、 胸を張って言うことが出来るから。

 最愛の人達から貰った、 この世でたった一つだけの 「名前」 があるから。

 だから、 もう、 淋しくはない。

 その事に目を背けて、 心を押し殺す必要もない。

 だって、 こんなに素晴らしい人達に、 出逢うことが出来たのだから。

 ジョセフ。 スージー。 エリザベス。 ホリィ。

 こんなにあたたかい人達に、 私という存在は囲まれていたのだから。

 その事を、 今は何よりも大切に想えるから。

 どうして、 今まで気づかなかったのだろう?

 でも、 それを自分に気づかせてくれたのは、 他の誰でもない、

同じ血統の末裔である “アイツ” だ。

 ただ、 それだけの、 当たり前の事実。

 それが何より、 シャナには嬉しかった。

 本当に本当に、 シャナは嬉しかった。

 そして共に見た空を見上げて、 何よりも澄んだ声で、

しかし強い声で、 決意を天空に誓う。

 

「私、 ついて行くよッ! どんな暗い、 たとえ、

『世界』 の闇の中で在ったとしてもッ!」

 

 脳裡に甦る、 別れる直前に一度だけ見せてくれた、 彼の微笑。

 その存在が、 心に巣くった 『幽血』 の恐怖など、 全て跡形もなく吹き飛ばす。

 

(怖く、 ない……ッ! きっと……おまえと一緒なら……ッ!)

 

 だから、二人で行こう。 

 どこまでも、 どこまでも。

 遠くまで――。

 

 

 

 

“この世界の遙か彼方までッッ!!”

 

 

 

 

 そう心の中で歓喜を叫んだシャナの周りに、 ゆっくりと世界が戻ってくる。

 絶え間のない破壊の残響と消滅の砕動、

そんな、 いつもと何ら変わる事のない、

殺伐として、 淋しくて、 何よりも冷たい戦場の空気。

 でも今のシャナには、 その破滅の戦風すらも清々しく感じられた。

 吸い込む空気は、 今までにないほど爽やかに胸の中を満たした。

 やがて、 少女の心中に決着が付いた事を悟った王が一言。

 

「もう。 良いのか?」

 

「ウン!」

 

 大きくシャナは、胸元のアラストールに向かって頷いた。

 

「……では、 ()くか。 彼奴(あやつ)(もと)に」

 

「ウンッ! アラストール! 早くアイツに逢いに行こうッ!」

 

 一際大きくそう叫び、 シャナは過去との決着を付けた瓦礫の墓標に背を向けた。

 アイツに逢ったら、 まず何を話そう?

 言いたいことは、 山ほどある。

 聞きたい事も、 沢山ある。

 でもその数が多過ぎて、 何から話して良いか解らない。

 それにきっと、 いつものように素直になれなくて、

想っている事とは逆の事を言ってしまうかもしれない。

 でも、 それで良い。

 それが良い。

 何気のない日常。

 紅世とも封絶とも隔絶されていない、

緩やかな変化のみが繰り返される、 平穏な世界。

 それが、 一番大切なものだと、 今は想えるから。

 それを護れた事を、 今は何よりも誇りに想えるから。

 だから、 何を話すかは考えないで行こう。

 アイツの顔を見たら、 その時一番言いたい事を言おう。

 多分、 いつもの 「アノ台詞」 になってしまうとは想うが。

 そして、 その後。

 そうだ、 二人でアノお店に行こう。

 初めて逢った日に、 ジョセフ達と一緒に行った、 アノ喫茶店に。

 正直疲れたし、 お腹も空いた。

 この前は頼めなかったものを、 片っ端から網羅しよう。

 勿論アイツの “オゴリ” で。

 自然と溢れてくる笑みをシャナは自分でも可笑しいなと想いながら

かみ殺し、 でも巧くいかないので仕方無しに笑顔のまま

足下の(こぼ)れたコンクリートを蹴って駆け出す。

 

(いま……すぐにそっちへ行く……ッ! だから、 待ってて……!)

 

 

 

 

“ジョジョッッ!!”

 

 

 

 

 何故か心の中から自然に浮かんできた、

でも確かに今自分で決めた彼の綽名()を口ずさみ、

駆け出したそのシャナの背後。

 堆く積み上がった残骸の墓標。

 それが突如、 何の脈絡も無く弾けた白い閃光と共に激砕する。

 鳴動する破壊空間に、 不可思議な紋字と紋章を迸らせながら。

 そし、 て。

 けたたましい破壊の残轟と同時に湧き上がる、

狂気と憎悪に充ち充ちた怒号(コエ)

 

「がああああああああああああァァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 

「ッッ!!」

 

 振り向いたシャナの眼前で、 白い閃光の放つ強大な衝撃波によって、

直上に吹き飛ばされ粉微塵となって爆砕する無数の瓦礫。

 まるで薄紙のように引き裂かれる、 最上部に突き刺さっていた給水タンク。

 その砕かれた灰燼の嵐の中に浮かび上がる、 白い光のシルエット。

 白炎を司る、 壮麗なる紅世の王。

 今は、 シャナの超絶技と瓦礫の豪雨に存在を悉く蹂躙され、

耽美的な風貌も雰囲気も完全に粉砕された

“狩人” フリアグネ、 その無惨なる姿。

 上質のシルクで仕立てられた純白のスーツは斬衝と焦熱で至る所がズタボロに

引き千切られ、 残骸の余燼(よじん)にまみれて惨憺足る有様になっている。

 まるでたった今、 シャナの手によってこれ以上ない位に討ち砕かれた、

彼の 『誇り』 を象徴するかのように。

 そして、 心身共に蹂躙され尽くしたその純白の貴公子は、

先刻までと同一人物とは想えないほどの、

まるで煮え滾る黒いマグマのような憎悪を全身から放ち、

そして空間が罅割れるかのような狂声を

歯を剥き出しにしてシャナに浴びせた。

 

「貴様ァァァァァァァァァッッ!! フレイムヘイズゥゥゥゥゥゥゥゥ!!

この 「討滅の道具」 風情がよくもッッ!! よくも “王” 足るこの私に!!

この私にィィィィィィィィィィッッ!!」

 

 現世に顕在してより初めて体感する、

永い年月を賭して築き上げた誇りを跡形もなく

ズタズタに引き裂かれた 『屈辱』 に、

純白の貴公子は身を震わせて激昂する。

 

「ハァ……」

 

 そのフリアグネに対しシャナは、 苛立たしげに大きくため息をついた後、

 

「何、 邪魔してンのよ……ッ!」

 

奥歯をギリっと軋ませ怒気の籠もった声を零す。

 そして、 くるりと身を翻して振り返り、 ふわりと揺れる黒衣の中

細く小さな顎をやや高く持ち上げ、 遙か高見から見据えるような表情を執る。

 

「やれやれだわ。 “狩人” 」

 

 アイツ譲りの剣呑な瞳で、 不敵にそう告げる少女。

 そして、 ゆっくりと開いた右手を前に差し出すと。

 

「おまえ? 同じ事を二度言わせないでほしいわね?

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

【挿絵表示】

 

 

言葉を紡ぎながら、 差し出した右手を素迅く反転させる。

 

「 “そいつの頭が悪い” っていう事よッッ!!」

 

 紅蓮の双眸を精悍に見開き、 もうすっかり定着した逆水平の指先で

堕ちた紅世の王を鋭く差す。

 

【挿絵表示】

 

 

「――ッッ!!」

 

 想わぬ言動に、 フリアグネは怒りで思考が停止し、

絶句する事を余儀なくされる。

 その王に対し、 シャナはあらん限りの咆吼で、

己が存在を指先から刻みつけた。 

 

「私の名前は “空条 シャナッッ!!”

「同胞殺し」 でも 「討滅の道具」 でもないッッ!!

もう二度と間違えるんじゃあないわッッ!!」

 

←To Be Continued……

 

 

 




はいどうもこんにちは。
ヴィルヘルミナの『挿絵』を期待していた人はすいません。
一応「パイロット版」は創ったんですが、
まだ作中に載せられるほどのクオリティーに達してないので
今回は見送りました。
まだ「登場」までは時間があるので、
なんとか『対策』していきたいと想います。
(「メイド服」()()()()()()()幾らでもイケるんですが……('A`))

しかし、意外と『長編』だったんですね、『フリアグネ戦』って。
単行本ならもう「一巻」過ぎてると想いますが、
まぁ『ジョジョ』のストーリーラインに沿ってヤってるので
御容赦ください。(「巻(また)ぎ」はよくあるので)
こうなると【DARK BLUE MOON編】とか
どうなるんだ?
「ローマ数字」足らないかも知れない……('A`)


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『戦慄の暗殺者ⅩⅢ ~Blade of King Leo~ 』

 

 

【1】

 

 

 白い封絶が鳴動する。

 不可思議な紋字と紋様が、 火の粉と共に噴き散る。

 まるで、 その法者の心中を代弁するかの如く。

 

「キサ……マ……!!」

 

 屈辱に身を灼き焦がし、 憎悪の籠もった瞳でシャナを睨め付ける

紅世の王 “狩人” フリアグネ。

 しかし、 狂気の対象であるフレイムヘイズの少女に、

最早その存在は映っていない。

“アイツ” 譲りの剣呑な瞳でつまらないモノでも見るかのよう、

明後日には屠殺(とさつ)される家畜を(すが)めるような冷たい視線だった。

 そして少女は、 全身から発せられる殺気など意に返さぬといった様子で、

フリアグネとは視線を交えずに言う。

 

(うずたか) く積まれた瓦礫を跡形もなく粉砕するなんて、 大したパワーね?

その “手” じゃ薄氷一枚砕いた事が無いんじゃなかったっけ?」

 

「黙れッッ!!」

 

 フリアグネは乱暴に長衣を振り払い、

全身から血の代わりに飛び散る白い炎を撒き散らしながら

憎悪に充ち充ちた声をシャナに浴びせた。

 そんな殺伐とした空気の中。

 

「ご主人様ァァァァァ―――――――――――ッッ!!」

 

 宙に浮いたフェルトの人形、“燐子” マリアンヌだけが

歓喜の声を上げる。

 

「ッッ!?」

 

 予期せぬ存在の介入に、 フリアグネは一瞬怒りを忘れ

その双眸を無垢な少年のように丸くする。

 

「ご主人様ァァァァァァァァァ――――――――――――ッッ!!」

 

 悦びを押し隠せない声で、 マリアンヌは白い燐光で尾を引きながら

宙を滑るように駆けフリアグネの眼前に舞い降りる。

 

「マ、」

 

「御無事で何よりですッッ!! ご主人様ァァァァァァァ!!」」

 

 マリアンヌは灰燼で汚れてはいるが、 端正な線は変わらない

フリアグネの頬に抱きつきフェルトの頬、 否、 全身を寄せる。

 

「マリアンヌ……」

 

 フリアグネは舞い戻った最愛の存在に、

すべすべしたフェルトの肌触りに、

己の怒りが急速に冷えていくのを感じた。

 

「すまない。 私のマリアンヌ。 君の前で取り乱したりして。

随分格好悪い姿を見せてしまったね?」

 

 再び耽美的な光が戻ったパールグレーの双眸を、

フリアグネは愛しそうに細め、 マリアンヌを切なげに見つめる。

 

「そんな事はありません! アレだけの凄まじい宝具の自在法を受けても

御無事だったんですもの! やっぱり私のご主人様は偉大なる紅世の王ですッ!」

 

「マリアンヌ……」 

 

 嬉々として高揚を叫ぶマリアンヌにフリアグネは若干照れたような、

そして幸福そうな微笑を口唇に浮かべた。

 

「感動の再会シーンは終わった? 

ならとっとと始めたいんだけど。

悪いけれど急いでるから」

 

 凛としたシャナの声が、 灼けたフリアグネの素肌に響く。

 言っていることは戯れではないらしく、

苛立ったように灼けた靴の爪先をコツコツと鳴らしている。

 

「マリアンヌ」

 

 宿敵の声からも護ろうとするように、

フリアグネは手中のマリアンヌを純白のスーツ、

その左ポケットにそっと入れた。

 

「ご主人様……」

 

 スーツ越しに主の熱を感じながら、

マリアンヌはポケットの中にすっぽりと収まる。

 フリアグネは先程と同じような瞳で一度自分を見つめ、

“大丈夫” と口唇の動きだけでそう告げた。

 

「正直討滅終了かと想ったけど、 意外にシブといわね。 おまえ?

真っ二つに両断した(からだ)も、 いつのまにか繋がってるみたいだし」

 

 シャナの鋭い視線を真っ向から受け止めたフリアグネは、

落ち着きを取り戻した表情で言葉を返す。

 

「マリアンヌの為を想い、万が一に備え

()() 『ホワイトブレス』 に編み込んでおいた治癒系自在法。

よもや “私自身の為に使う事” になろうとはな。

確かに少々貴様を見縊っていたようだ。

アラストールのフレイムヘイズ。 “炎髪灼眼” 」

 

「フッ、 おまえは自分の手を汚さず勝つ事に慣れすぎてるのよ。

だから不測の事態には対処が遅れるし、 目の前の敵を侮って過小評価する。

おまえの最終標的は 『星の白金』 空条 承太郎かもしれないけれど、

今、 おまえの目の前に居るのはこの私、

『紅の魔術師』 空条 シャナよ」

 

 そう言って少女は微笑を浮かべたまま、 挑発的に見据え返す。

 

「後先の事ばかり考えず、 まずは目の前の標的を討滅する事に集中するべきだったわね?

今の自分の惨状をみれば、 やはりおまえは “アノ時” 私に止めを刺しておくべきだった」

 

「……」

 

 余裕に充ちた表情と忠告紛いの言葉を無遠慮に浴びせてくる少女に対し、

再びフリアグネの胸中でドス黒い憎しみの炎が理性を焼き尽くすほどに蜷局を巻く。

 しかしフリアグネは、 永年の戦いで培われた教訓と

左胸の掛け替えのない存在の温もりとで裡なる黒い火勢を(いさ)めた。

 どんな窮地に陥っても決して冷静さを喪わず、

己の意志とは無関係に戦局を合理的に判断出来る

“狩人” の特殊本能。 

 

「……不意打ち紛いの一撃が偶発的に()まったからといって良い気になるなよ。

貴様の最大のミスはこの私を 「本気」 にさせた事だ。

それがどれほど愚かしいコトか、 身を以て知るのだな?

アノ時死んでおけば良かったと……」

 

 最初の邂逅時に見せた、 甘く気怠い雰囲気は今や微塵も感じられず、

代わりに王の真名に恥じない深遠なる声調でフリアグネは告げた。

 同時に全身から発せられる、 まるで硝子(ガラス)鳴箭(めいせん)が如き犀利(さいり)なる存在力。

 ソレを前にシャナは再びゆっくりと左手を逆水平に突き出し、

細く可憐な指先でフリアグネを差す、 否、 ()す。

 

「アレは、 運命の因果がおまえに与えてくれた千載一遇の好機。

ソレを活かせないような 「器」 じゃあもうおまえに勝機は訪れない」

 

 深紅の髪から火の粉を舞い踊らせるフレイムヘイズの少女は、

『預言者』 のように森厳な声で眼前の王に宣告する。

 

「二度目は、 もう来ない! 今度は私の逆襲開始よッ!

おまえに攻撃の機会は巡ってこないけどねッッ!!」

 

 灼熱の喊声と同時に、 シャナは足下に突き刺さっていた

紅蓮渦巻く “贄殿遮那” を引き抜いて差し向けた。

 

「図に乗るなと言った筈だ……! 小娘が……ッ!」

 

 苦々しく口元を歪め、 フリアグネは引き裂かれたのスーツとは逆に

煤一つ付いていない純白の長衣、 紅世の宝具 『ホワイトブレス』 を

鋭い手捌きで螺旋を描く軌道を空間に流した。

 舞い散る白い火花と共に空間を踊る不可思議な紋章。

 宝具である長衣に編み込まれ、 発動する召喚系自在法。

 数と範囲をあまり精密には設定せず、 微調整もなしに発動させる

先刻までの自在法とは一線を画す、 遙かに高度な召喚儀。

 その、 メビウスリングを想わせる螺旋状の法陣中心に、

一際輝度の高い光が一つのシルエットとして浮かび上がる。

 

「!」

 

 現れたその存在に、 シャナが敏感に反応した。

『刀剣使い』 の本能が、 意志と無関係に騒ぎ出す。

 その形容(カタチ)が指し示すモノ、

ソレは一刀の、 抜き身の 「(つるぎ)

 やがてシルエットは眩い光を一迅放つと同時に、

具現化して現実の存在となる。

 

「まさかフレイムヘイズ如きを相手に、

()()を使う事になろうとはなッ……!」

 

 心底苦々しい口調で呟いたフリアグネの、

虚無の空間から浮かび上がって握られたシャナの大刀に匹敵、

否、 ソレ以上の刀身を誇る長剣。

 ブレードの揺らめきが燃え上がる炎のような、

波状の刃紋を流す氷刃。

 その美しい外見とは裏腹に、 エッジは肉厚の白刃に鋭い反りを描いている為

長さに裏打ちされた異常な殺傷力の高さを危険な斬光と共に見せつけてくる。

 恐らく、 この剣で斬りつけられれば喩え両断を免れたとしても

その傷口は肉片が飛び散って抉られたような創傷(そうしょう)となり、

生命の自然治癒力を著しく阻害する痕となる為

永遠に塞がる事はなくなるだろう。

 そして、 長い時間をかけて次第次第に肉体が腐蝕する地獄の苦悶を味合わせた後に、

残酷な死へと至らしめる、 戦慄の美を流す己の大太刀とはまるで対極に位置する

「切断」 ではなく 「破壊」 のみを目的に造り上げられた正に 『魔剣』

 宝具ではない、 宝具ではないが限りなくソレに近い、

おそらくは過去に、 人間の中でも存在の力が大きい

ジョセフやエリザベスのような者達が

通常の武器が全く通用しない王を討滅する為に造り出した

『対紅世の徒殲滅兵器』

 皮肉にもソレが討滅すべき其の者に握られた剣の名が、

清廉な声と共に告げられる。

 

『獅子王ウィンザレオの剣』 ッッ!! 私がその忠誠の 「証」 として

アノ方から(たまわ)った! 古今無双の極刀だッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 そう叫んでフリアグネは細身の躰に不釣り合いの両手剣を片手で持ち上げ、

威風堂々とシャナに向けて突き出す。

 鋭くも重くのしかかるような斬壊音と共に、

互いの中間距離にある空気が弾けて千切れ飛んだ。

 その長剣が放つ、 酷烈ながらも美しい白銀の煌めき。

 ソレが “アノ男” の存在を象徴し、 邪悪なるその姿が

浮かび上がったかのような錯覚を覚えさせた。

 しかしその存在を前に、 少女は凛々しき双眸のまま微塵もたじろきはしない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 アイツにそう 「約束」 したから。

 何処までも共に行くと誓ったから。

 

「……」

 

 そのシャナの様子を無感動に一瞥したフリアグネは、

マリアンヌに見せたのと同じ慈しむような表情で刀身に己を映し

表面を労るように撫ぜる。

 

「出来れば、 永遠に(つか)いたくはなかった……

アノ方から下賜(かし)された神聖な御品(みしな)を、

フレイムヘイズの薄汚い血で(けが)したくはなかったから……」

 

 憂いを秘めた瞳で剣に語りかけたフリアグネはやがて、

覚悟を決めたように表情を引き締めシャナへと向き直る。

 

「だがッ! おまえは危険な存在だ!!

まだこの世に存在してから100年足らずのフレイムヘイズで在りながら!

数多(あまた)の同種を討滅してきたこの私を

(まぐ)れとはいえここまで追い込むとはな!

このまま生かしておけば何れ 『星の白金』 共々、

必ずやアノ方の脅威となる存在になるッ!

故に今ここで全力で討滅させてもらおう!

天壌の劫火アラストールのフレイムヘイズ、 炎髪灼眼の討ち手ッ!

否ッッ!! 我らが宿敵ジョースターの血統の片割れ!

紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)、 空条 シャナッッ!!」

 

 決意の叫喚と共に、手にした 『ウィンザレオ』 の氷刃が逆巻く白蓮(びゃくれん)の炎で覆われる。

 その揺らめきが、 パールグレーの双眸に映って烈しく燃え上がった。

 武力、 能力、 これで両者の条件は五分。

 しかし、 体力は治癒能力を施していないシャナの方が遙かに悪いと言えた。

 だが、 そんなリスク等端から存在しないかのように、

フレイムヘイズの少女は露一つ浮かべない表情のままフリアグネを見る。

 

()なんて、 使えるの? おまえ?」

 

「舐めるな小娘。 忘れたのか? 私の真名は “狩人” だぞ?

(およ)そ武器と呼べるモノなら、 その全てに精通しているのさ。

今まではソレを使う必要がなかったというだけの話だ」

 

「ふぅん。 ま、 精々好きに足掻くのね。 結果は変わらないんだから」

 

「ガキ、 が……! 首と胴とが離れた状態で、

果たして同じ口が利けるのか今から愉しみだぞ……ッ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 怒気を押し殺した言葉の後、

互いに沈黙したままフレイムヘイズと紅世の徒の二人は、

互いの色彩で覆われた剣を構える。

 シャナは右足を前に、 左足は爪先が右の踵延長線へ並ぶように置く、

比較的オーソドックスな 『正眼(せいがん)の構え』

 対してフリアグネは左足を前に、 肩幅へ開き膝をやや弛緩、

更に肘を張って刃を水平に寝かせ、 迎え撃ちの際手首の返しで裏刃も使えるようにする、

西洋剣術に於ける “フォム・ダッハ” と呼ばれる構えの変形。

 攻撃主体とカウンター主体という、 まるで対照的な両者の構え。

 そしてその構えを微塵も崩さないまま、

互いの存在から刹那の時間も視線を逸らさず、

音も無い気流のような足捌きで自分に有利な間合いと攻撃位置、

初刃のタイミングを針のように研磨された戦闘神経で探り合う。

 そし、 て。

 両者の身体から、 否、 存在から空間が捻れるかのような

プレッシャーが静かに立ち昇り始めた。

 まるで、 世界の果てを象徴するかのように。

 ただ、 立ち昇っていた――。

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 

 

 

 二人の全身から発せられる存在のプレッシャーが、

渇いた戦風が吹く破壊空間を錯綜し、

そして相互にブツかり合い高密度で圧縮されていく。

 シャナとフリアグネ。

 フレイムヘイズと紅世の王。

 紅蓮と白蓮。

 その二つを司る強力な存在同士の激突は。

 決して避けられえぬ因果。

 決して逃れられえぬ宿命。

 喩えるならば。

 ジョースターとDIO。

 その二つの巨大な運命の歯車が織り成す。

 血統の妙。

 血統の業。

 やがて、 視る者全てに、 下腹部の弛緩を促すような気怠い痺れを誘発し、

精神を切迫して引き絞るような威圧感がその臨界を超えた瞬間。

 

 

「ッッッシイィィィィィィィィィィィィィ――――――――――――!!!!」

 

「オッッッッッッラァァァァァァァァァァ――――――――――――!!!!」

 

 

 

 ギャッッッッガアアアアアアアァァァァァァッッッッッ!!!!!

 

 

 

 大太刀 “贄殿遮那” と両手長剣 『獅子王ウィンザレオ』 が、

互いの存在で彩られた熾烈な炎が、

周囲の空気を斬り裂いて灼き焦し凄まじい衝撃と共に激突、

斬刀炎撃同士の高速衝突に伴う火走りが空間に飛び交って踊り狂った。

 同時に、 剣に込めた互いの想いも鮮烈に弾ける。

 シャナ、 フリアグネ両者の視線が再び、

二本の剣を通して斬撃よりも強い威圧感で真正面から激突した。

 

「―――――――――ッッ!!」

 

「―――――――――ッッ!!」

 

 そのまま、 互いの刃と歯を軋ませながら両者一歩も引かない壮絶な鍔迫(つばぜ)り合いが展開。

 ソレと同時に執り行われるは、 己が存在を相手に刻みつけ

凌駕し呑みこもうとでもするかのように(せめ)ぎ合う熾烈な眼視戦。

 きつく食いしばった両者の口元から、 意図せず呻きのような声が漏れる。

 刀身に込める力も同じならばそれを扱う技術もまた互角。

 発する眼光の気迫すらも、 何れ劣らぬ完全拮抗状態。

 

「チッ……!」

 

 永年の経験則からこのまま鍔迫り合いを続けても、

戦局は膠着したまま喩え千日を経っても決着は着かないと判断した

フリアグネは、 仕切直しの為に長剣を大きく、 しかし鋭く振り廻して

シャナの大太刀を薙ぎ払い同時に開いた躰へ撃ち込ませないよう

大きくバックステップで跳躍。

 遙か後方、 20メートルの位置に足裏を鳴らして軽やかに着地する。

 そこへ。

 

「ッッッッラァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッ!!!」

 

「ッッ!!」

 

 灼熱の喊声と共に突如眼前から勢いよく追進してくる紅い斬光。

 脳裡に甦る、 先刻の悪夢。

 そしてその裡に込められた炎気が唸りを上げ、

空間を縦に切り裂きながら迫るカマイタチ状の炎刃(ヤイバ)

 その殺傷力こそ他に較べて一歩劣るが、

汎用性と射程距離では数歩先んじる斬撃術。

 紅蓮の闘刃、 『贄殿遮那・炎妙(えんみょう)ノ太刀』  

 その具現化した炎の刃をフリアグネは手にした白炎揺らめく長剣、

『ウィンザレオ』 の刀身を素早く斜傾に構えて受け止める。

 ガァッッッギャァァァァァァァァッッッ!!!

 金属音とも炸裂音とも異なる着撃と共に、

存在の炎同士のブツかり合いが引き起こす焦熱の散華。

 

「クッ!」

 

 不意ではないが意表は突かれたフリアグネは、

鋭い躰のキレで亜音速射出された炎の闘刃の圧力に

一瞬持ち手を内側に押し込まれるがすぐに。

 

「こんな子供騙しがッ! ナメるなッ!」

 

 すぐさま刀身に込めた白い存在の炎気を内部で収斂、

放散させて 『ウィンザレオ』 を覆う炎を強化、

真一文字に薙ぎ払った斬撃で 『炎妙ノ太刀』 を引き裂いて

猛火の破片を眼前に撒き散らす。

 

「フッ」

 

 研ぎ澄まされた戦闘神経の影響で、

その耽美的な口唇を笑みにする事もなく

フリアグネは手にした長剣を次なる迎撃に備え膝下に垂れ下げる。

 その炎刃同士のブツかり合いで引き裂かれた炎が舞い踊る眼前から、

突如紅蓮の業火で覆われた一刀が喊声と共に飛び出してきた。

 

「オラオラオラァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッ!!!」

 

(ッッ!!)

 

 刹那に満たない時間の交錯の中、

火の粉を撒く深紅の炎髪と貫くように自分を視る真紅の灼眼。

 紅世の徒である自分にとっては死神を想起させるその色彩。

 先刻、 斬撃を放った瞬間に足下で生まれた踏み込みの力をシャナは、

長い鍛錬によって磨かれた 「体術」 により爪先へ温存、

後は炎刃が引き裂かれて自分の姿が一瞬フリアグネの視界から消えた瞬間に

素早く足先に火の粉を集束させて爆砕、 足下の瓦礫を踏み割り

鋭く超低空姿勢で紅い弾丸のように飛翔していたのだ。

 そして黒衣を突風に揺らしながら

高速の片手廻転刺突をフリアグネへと繰り出した。

 

(先刻の一撃は 「囮」 ……ッ! 

私の動作を 「先読み」 して行った連携技、 だと……ッ!?)

 

 今度こそ不意を突かれたフリアグネは、

超人的に研ぎ澄まされた “狩人” の反射神経で意識よりも(はや)(かわ)す。

 刹那まで自分がいた場所をガオッと炎の軌跡が螺旋状に渦巻き、

さらに白い残像を灼熱の紅刃が刺し貫いた。

 

(……ッッ!!)

 

 あとゼロコンマ一秒避けるのが遅れていたら、

フリアグネの背筋に薄ら寒いモノが走る。

 しかし。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァ!!!!」

 

 その感覚を認識する暇もなくフレイムヘイズの少女は、

呼気を吸う間も与えず飛びかかるように距離を詰め、

無数の斬閃を繰り出してくる。

 袈裟斬り、 逆袈裟、 水平斬り、 胴薙ぎ払い、 更に上下刺突と

ありとあらゆる剣技をありとあらゆる角度から、 無造作に次々と射出する。

 前後の技の繋がりはほぼ皆無、 ただフリアグネという存在に

刀身を叩き込む為だけにやたらめったらに剣を繰り出し続けるという、

とても 「連携技」 とは呼べない愚直な攻撃だったが

その手数が多過ぎるのと炎で覆われた大太刀の殺傷力が

凄まじ過ぎるという利点により攻撃のリスクとデメリットは

この状況に於いて全てカバーされる。

 

(クッ……! この……ッ! 調子に……!)

 

 そう苛立ちながらもフリアグネは眼前のやや下方から次々と撃ち出される

紅い斬撃の嵐を、 研ぎ澄まされた戦闘神経と手練の剣捌きでなんとか着弾を阻止、

己の周囲に 「結界」 でも張り巡らせたかの如く全弾迎撃しながら眼下のシャナを見据える。

 炎撃のブツかり合う炸裂音と飛沫を上げる火花が絶え間なく錯綜した。 

 

「いつまでも調子に乗るなッッ!! この愚か者が!!

愚直に前へ出るだけで、 この私に勝てると想っているのかァァァァァ!!」

 

 そう叫ぶとフリアグネはシャナが三種連続で撃ち出した斬撃の内二つを

長剣の斜面で受け、 最後の一つを躰を僅かに反らしただけの

華麗な体捌きにより紙一重で躱し、 即座に手にした両手剣の柄に

軸足から体幹を経由させて集束した力を込める。

 

「ハアアアアアアアアァァァァァァァァッッッ!!!」

 

 そして清廉な掛け声と共に鋭く蹴り足を半円を描いて転回させ、

更に生まれた力を腰の捻転と肩の廻転とで強力に増幅させた一撃を

空間を断ち斬るかのような勢いでシャナの頭上から撃ち落とす。

 

「!」

 

 ギャッッギィィィィィィィッッ!!

 シャナはその断空の一撃を小柄な体躯を利用して

一瞬速くフリアグネの間合いに踏み込み、

斬撃が最大の威力を発揮する地点へ達する前に

素疾(すばや)く大刀の(なかご)に近い部分で受け止める。

 一転。

 少女は暴風のような乱撃の余韻を露も遺さず掻き消し、

その身体能力に裏打ちされた高度な防御術で “狩人” 渾身の一撃を受け止めた。

 高速移動が巻き起こす旋風が、 黒衣とスーツの裾を揺らす。

 

「―――――ッッ!!」

 

「―――――ッッ!!」

 

 そして再び激突する、 互いの想念。

 

(おまえは、 (ゆる)せない! 赦さないッ!

私自身の事じゃない! ()()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 誰かを心から想えるコトによって、 始めて生まれる真実(ほんとう)の強さ、

ソレが少女の裡で爆発する。

 

(でもアイツなら! きっとおまえの事を!

“おまえのしてきた事” を赦さない筈!

だったら私も赦さない! なんだか知らないけどさっきからッ!

おまえの存在自体が頭に来て仕方がないのよ!!)

 

 フリアグネはその全身から発せられる強烈なプレッシャーと、

瞳に宿る閃光のような煌めきに戦慄する。

 

(な、 なんだこいつは!? こいつのこの “眼” は!?

今まで討滅したフレイムヘイズの中に!

()()()()をしたヤツは一人もいなかった!)

 

 そう、 今までフリアグネが(たお)してきたフレイムヘイズは、

それぞれ人種も性別も操る炎の色彩も異なる中、

ある一つの 「共通点」 が在った。

 その 「共通点」 を利用し、 或いは逆手に取り、

フリアグネは今日まで勝利し続けてきたと云っても過言ではない。

 しかし、 目の前の少女には、

正確には 「今の」 この少女には、

()()()()()()()()()()()()

 

(こいつは! こいつにはッ!

私に対する 『憎悪』 、 紅世の徒に対する 『憎悪』 が無いッ!

こいつは! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!

一体何なんだこいつは!? こんな異様な心理を持つ

フレイムヘイズは初めて見るッ!)

 

 一体こいつは、 『何に』 突き動かされている? 

 突如 “狩人” の胸中に刻み込まれた、 一つの疑問。

 しかし、 ソレは紅世の徒である彼には、

決して解くことの出来ない永久の謎。

 ()()()()()()()()()、 永遠に理解出来ない一つの想い。 

 その想いに突き動かされた少女は、

尚も存在を圧搾するような力を刀身の柄に込める。

 想いがシャナを、 突き動かす!

 

(おまえが! 自分の欲望の為だけにトーチにしてきた! 殺してきたッ!

数多くの人間達! その人達にもきっと! 

私にとってのアラストールやヴィルヘルミナ、

ジョセフやホリィのような存在がいた筈よッ!

それを……その存在を……無惨に……虫ケラみたいに……ッ!)

 

 そして、 もう一人。

 自分にとっての “アイツ” のような存在を持つ者も。

 きっと。

 その認識と同時に、 痛烈に湧き上がる灼熱の咆吼。 

 

「そんなヤツ!! 絶対に赦せないッッ!!」

 

 火を吐くように吼えたシャナに連動して、 急速に振り抜かれる紅蓮の大刀。

 

「ッッッッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァッッッッ!!!!」

 

「な、 に……ッッ!?」

 

 想いの爆裂と同時にシャナの全身から灼熱の剣気が噴き上がり、

渾心の力の籠もった大太刀がソレに後押しされて全速で振り切られ、

フリアグネの躰を手にした長剣 『ウィンザレオ』 ごと後方へ弾き飛ばす。

 拮抗状態が解除されると同時に、 シャナは爪先に細く炎気を即座集束、

一度視線を向け吹き飛ばされたフリアグネの落下地点を算出すると。

 

「ッッッッだぁぁぁぁッッッ!!!」

 

 鋭い駆け声と共に足下の瓦礫を強く踏み割り、

ギリギリまで引き絞られた弾弓の如く跳躍する。

 なんとか空中でバランスを建て直し、

練熟の体捌きで着地するフリアグネの遙か頭上で

少女は鮮麗に一廻転すると落下重力を利用し、

さらに背後より込めた膂力(りょりょく)で全身を強く弾き飛ばして加速を付け、

上空から強烈な廻転遠心力を乗せた大上段の一撃を

全体重を込めて撃ち()とす。

 その、 紅い陽炎に彩られた凄絶なる姿、

正に(あぎと)を開いた紅龍が如く。

 旋空墜刃(せんくうついじん)天翔(てんしょう)輪舞(りんぶ)

『贄殿遮那・炎牙(えんが)ノ太刀』

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A スピード-B 射程距離-C(最大上空10メートル)

持続力-E 精密動作性-D 成長性-C

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「オッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」

 

 紅蓮の双眸に黄金の光を称え咆吼するシャナの、

その廻転大刀の一撃が、 顎を開いた紅龍の牙が、

覚醒したフレイムヘイズ怒りの正義の鉄槌が、

途轍もないプレッシャーを伴って “狩人” の頭上から

灼熱の断頭台のように情け容赦なく(たた)()とされた。

 

←To Be Continued……

 

 



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『戦慄の暗殺者ⅩⅣ ~Metamorphoze~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「オッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァ―――――――ッッッッ!!!!」

 

 白蓮で覆われた両手長剣を携える王の頭上から、

燃え盛る断頭台のように敲き堕とされたシャナ渾身の一撃。

 飛翔斬刀術と炎の戦闘自在法の融合技。

 天翔の灼刃、 『贄殿遮那・炎牙ノ太刀』

 

「クゥッ!」

 

 凄まじい熱気と共に唸りを上げて頭蓋に迫る一刀に対し、

フリアグネは即座に対空迎撃の構えを執り

両掌から細かな紋字を描く自在式を刀身内部に送り込んで

刃とソレを覆う炎を同時に強化する。

 そして撃ち堕としの斬刀を研ぎ澄まされた戦闘神経で捉え

長剣の (フラー) 部分で受け止める。

 

 

 ギャッッッッッグァアアアアアアアアァァァァァァァッッッッ!!!!

 

 

 強烈に灼けた刃鋼(はがね)刃鋼(はがね)の空中衝突と共に

鼓膜を劈くように響く炎斬吼。

 空間に吹き荒ぶ、 死を司る火線の狂騒。

 伝わる衝撃でフリアグネの手袋が引き裂け

冷たく硬質な痺れが両腕に流し込まれ

構えた右の肘が意図せずカクリと落ちる。

 

「ッッ!?」

 

 想わぬ躰の造反に一瞬瞳の虹彩を失うフリアグネ。

 

(こいつ……本当に……満身創痍の一体どこにこんな力が……ッ!)

 

「ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――!!!!」

 

 辟易しきった表情で歯を食いしばるフリアグネが想う間にも

シャナは刃の交叉点に中空に浮いたままの状態で尚も強引に

圧力を捻じり込む。

 そし、 て。

 

「ッッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァ―――――――ッッッッ!!!!」

 

 炎の咆吼と同時に先刻同様大刀の一撃が強烈に振り抜かれ、

空間に三日月状の火線を描きながら灼熱の突風と斬刀が長身痩躯の躰を吹き飛ばす。

 

「ッッ!!」

 

 斬刀の衝撃で風に舞う薄紙のように

空を仰ぐ形で弾き飛ばされたフリアグネ。

 

「―――――――ッッッ!!?」

 

 その視界に、 一瞬の(いとま)もなく飛び込んでくる紅蓮の刀身 「本体」

 

(な、に!?  『投擲術(とうてきじゅつ)』ッッ!! このタイミングでッ!?)

 

 フリアグネを 『炎牙ノ太刀』 で吹き飛ばした直後、

既に放物軌道を算出していたシャナが微塵の躊躇もなく

己が愛刀を標的に向けて撃ち放っていた。

 武器強い執着を持つ 「刀剣使い」 らしからぬ思い切りの良さ。

 先刻同様シャナ 「本人」 が飛び込んで来るモノだと想っていた

フリアグネの思惑は外れ、 更にその動作に慣れすぎていた所為も在り

若き王の躰を純粋な脅威が貫く。

 三度、 その耽美的な美貌に唸りを上げて迫る紅蓮の飛刀刃。

 

(クゥッ! う、 動けッ!)

 

 フリアグネは 『炎牙ノ太刀』 で麻痺した右手に

在らん限りの意志の力を神経末端部に集束させ、

真下から飛刀の腹を片手薙ぎ払いで何とか弾く。

 灼けた金属音を響かせ紅蓮の軌跡を描きながら宙を舞う

“贄殿遮那”  

 しかし安堵する間もなく、 激痛。

 投擲するとほぼ同時に姿勢を低く両腕を交差して

死角から駆け込んで来ていたシャナの、

振り解きと共に放たれた痛烈な生の飛び膝蹴りが

フリアグネの左頬にメリ込んだ。

 口内で無理矢理軋らされた歯と肉とが耳障りな潰滅音を立てる。

 

「グァッ!!?」

 

「ご主人様ァァ!!」

 

 主の苦悶と従者の悲痛な叫びが同時に上がる。

 表情は前髪に阻まれて伺えないが、

確かな手応えを感じたシャナは宙を舞う大刀を飛び上がって掴み

その手に戻す。

 

「……」

 

 フリアグネは今度こそ完全に意識を断ち切られ、

まともな体術すら使えないまま瓦礫の海に鋭角の軌道で着弾した。

 そして衝撃の余波で荒れた海面に細身を引き擦られながら

自分の焔儀によって倒壊したフェンスの残骸に粉塵巻き上げて衝突し

尚も勢いは止まらず後ろの縁に激突してようやく止まる。

 だがその 「左手」 だけは、 無意識状態にも関わらず

左胸の部分()()を庇うように前屈の姿勢で(あて)がわれていた。

 

「……」

 

 生まれて初めて、 地に伏した状態で自分の起こした封絶を

見上げる事になったフリアグネ。

 感慨は何も湧かずまるで夢の中にでもいるかのよう。

 そのグラつく視界の頭上から、 忌まわしき者の声が静かに到来した。

 

「随分お上品な戦いに慣れすぎてるようね?

『決闘』 でもしてるつもり?

「戦場」 の剣技(けん)は剣だけじゃない、

“足” も使うのよ?」

 

 響き渡る高潔な声の主は、 遙か遠くで横たわる己を見下ろしていた。

「討滅の道具」 と侮蔑していた矮小なる存在に、 それも年端もいかぬ小娘に、

二度も地に這わされるという 『屈辱』 に、 半ば放心状態で空を仰ぐフリアグネ。

 まるで先刻のシャナをトレースするが如く、

虚ろなる表情で封絶の紋字と紋章を見つめている。

 

「ご主人様ァ……」

 

 その彼の胸元で、最愛の恋人が両手で口元を押さえ、

今にも泣き出しそうな声で語りかけてきた。

 

「……ッ!」

 

 その儚くも甘い囁きに、 フリアグネはハッと我に返る。

 そしてその者の熱を感じ、 パールグレーの瞳を滲ませる。

 

(ありがとう……私のマリアンヌ……君はいつも……

私に…… 「勇気」 をくれる、ね……?)

 

 そんな想いが、 胸の中の屈辱感を洗い流した。

 そう、 強者と戦う事は何も今日が初めての事ではない。

 紅世の “狩人” を生業として生きる以上、

常に争いは避けられなかった。

 でもいつだって、 胸元のマリアンヌと共に戦い、

共に今日まで生き抜いてきたのだ。

 ソレは、 ソレだけは、 決して変わる事はない。

 今までも、 そしてこれからも。

 追憶を反芻したフリアグネはマリアンヌを見つめながら、

穏やかな口調で語りかける。

 

「大丈夫。 私なら、 何も心配はいらない。

こう見えても、 私は結構頑丈で、 ね……ぐっ!?」

 

 無理に起き上がろうとしたフリアグネを、

突如激しい眩暈(めまい)と嘔吐感が襲う。

 

「ご主人様ッッ!?」

 

 怯えるような声をあげるマリアンヌを、 フリアグネは片手で制する。

 再び落ちた片膝、 それでも無理に目元と口元を笑みの形に曲げ、

 

「それより、 ケガはなかったかい? 私のマリアンヌ?」

 

整った輪郭の線の震える笑顔で、 優しく彼女に問いかけた。

 

「ハイ……」

 

 その優しさが痛かった。

 その優しさが辛かった。

 どうして、 今、 アノ 「躰」 じゃないのだろう?

 どうして、 今、 こんなに小さい 「器」 なのだろう?

 そして、 なんて無力なんだろう?

 今の自分の存在は。

 そのマリアンヌの葛藤を余所に、

フリアグネは再び精神を集中させ戦闘の思考を研ぎ直した。

 そして、 戦況的にこうも押されている自分の状態を、 (つぶさ)に分析し始める。

 

(戦力的には互角。 否、 ダメージの在る分ヤツの方が遙かに不利の筈。

にも関わらずこうも後手後手に廻るのはヤツの精神状態、

引いてはその怒りの 「源泉」 が微塵も読めていないからだ。

だから解らないが故に、 「力」 だけで強引にコトを押し進めようとする戦闘傾向に陥る。

先刻から私は熱く成り過ぎて、 ヤツのペースに巻き込まれている。

無益な鍔迫り合いでの攻防等その良い証拠、 )

 

 しかしその戦況解析は、前方から迫る烈しいの喚声によって中断を余儀なくされる。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!!」

 

 灼熱の息吹と剣気を撒き散らせるフレイムヘイズの少女が、

紅蓮の炎で覆われた刀身を大地に引き()り、

瓦礫の水面に狂暴な音を掻き立て夥しい火花を噴き散らしながら

疾走してきていた。

 その強烈な気配へ反射的に応じそうになる自分を、 フリアグネは激しく戒める。

 

()()()()()()! それより 「感覚」 を研ぎ澄ませッ! フリアグネ!

ヤツの無軌道で乱雑な斬撃が、 次は “マリアンヌに当たらない” という

「保証」 はどこにもないんだぞ!!)

 

 そう強く心の中で叫び、水平に両手長剣を構えブレードの表面に

左手を浸すように(かざ)す。

 刀身で白い陽炎に、 怜悧な瞳を揺らめかせながら。

 

(次の 「一合」 で見極めるッ! 貴様の()の 「正体」 !)

 

「ッッッッッッラアアアアアアアアアアアァァァァァァァァ――――――――!!!!!」

 

 必殺の一刀の為に、 無防備な左の肩口を敢えて相手に晒す

「車の構え」 のまま、 摩擦の火線を描きながら瓦礫の上を引き擦ってきた大太刀。

大地を 「支え」 にして肩と腕から連動して発生する力と下からの反動とを

存分に溜め込んだ刀身が、 手首の 「返し」 で勢いよく跳ね上がり

テコの原理と摩擦力とでその殺傷力を増大させた真一文字の大薙ぎ払い。

 瓦礫の上へ滑らすようにして軸足を踏み込み反転させ、

腰の捻転と大地を 「鞘走り」 の代わりに利用した抜刀炎撃斬刀術。

 ソノ軌道が瓦礫の火線と交差して十字を描き、

フリアグネの胴体に向け強音速射出される。

 疾風軋迅(しっぷうれきじん)断空(だんくう)咬牙(こうが)

『贄殿遮那・火車ノ太刀/斬斗(キリト)

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A~C(地形状況により増減) 

スピード-A~C(地形状況により増減)

射程距離-シャナ次第(通常10~20メートル) 持続力-C

精密動作性-A~C(地形状況により増減) 

成長性-A~C(地形状況により増減)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

(き、 た……ッッ!!)

 フリアグネは咄嗟に長剣を瓦礫に突き立て、柄頭に両手を当てて固定し

片膝を地につけた堅牢な防御法でその一撃を受け止めた。

 

 

 ギャギリィィィィィィィィィィィィィィィ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!

 

 

 凶暴な斬撃音とけたたましい火花を撒き散らして炎の双刃が激突し、

衝撃が剣の柄からフリアグネの肩口にまで貫通して伝わってくる。

 しかし瓦礫の上に突き立てた長剣の支え、

シャナ同様大地の恩恵の影響で今度は弾き飛ばされずにすんだフリアグネ。

 しかしシャナは次の斬撃技の予備動作(モーション)には入らず、

先刻同様尚も強引に刃を押し込んでくる。

 

「――――――――――ァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 湧き上がる灼熱の息吹とその強烈な威圧感(プレッシャー)が、

まるでフリアグネの 「誇り」 の 「象徴」 である剣ごとまとめて斬り飛ばさないと

気が済まないとでも言っているようだった。

 

「グッ……!! ゥゥゥゥゥウ……ッッ!!」

 

 その火花捲き散らす狂熱の突進をフリアグネは

片膝を地につけた体勢で渾身の力を込め何とか大刀を押し止める。

 このような不合理な戦い方、

精神的にも “完膚無きまでに相手を叩き潰す” といったような戦い方を執る者は、

一瞬の気の弛みが生死を分かつ事を宿命とする 「戦士」 の中にそうはいない。

 ましてや紅世の徒の討滅のみを目的とする “フレイムヘイズ” なら尚更の事だった。

 故に、 その様々な不確定要素が悉くフリアグネの予測を裏切り、

結果常に戦いの主導権を握られる事になる。

 しかしフリアグネは胸元の最愛なる者の為、 歯を食いしばって

両腕に渾身の力を込めながらも圧力を押し込んでくるシャナの双眸を

極限まで研ぎ澄せたパールグレーの瞳で鋭く射抜いた。

 視界を越え、 光彩を抜け、 その遙かな深奥までも見透かすかのように。

 

「ッッ!!」

 

 そして、 その燃え上がる紅蓮の双眸の中に、

今は正義と勇気の輝きを称える真紅の灼眼の裡に彼は視た。

 否、 感じ取った。 

 先刻からの言動と感情の変遷に折り重ねて、

少女の瞳、その深奥に宿る黄金の、 否、 「白金」 の燐光、

『星の白金』 【空条 承太郎】 の存在を。

 

(そうか……! なるほど……な……!  『星の白金』……

否……その「本体」である “星躔琉撃(せいてんりゅうげき)殲滅者(せんめつしゃ)” に対する強い執着(おもい)が、

ソコから生み出される精神力が、 肉体の苦痛を超えて限界以上の

存在力を器から引き絞っているという事か……ッ!)

 

 忌々しくも認めたくない事実ではあった。

 だが、 その 「動機」 こそ不明瞭ではあるが

自分のマリアンヌに対する 『想い』 と同じ理由で少女は戦っていたのだ。

“自分自身ではない、 誰かの為に” 

 フリアグネが解らないのも無理はない、

己の 「復讐」 以外で戦うフレイムヘイズに等、

今まで彼は遭遇した事がなかったのだから。

 ソレ故に、 今日までその存在を侮蔑してきたのだから。

 

(フッ……皮肉な話だ……な……!

()を守る獣は、 “手負い” の方が狂暴、 か……だが……ッ!)

 

 状況の分析を終えたフリアグネは、 その力の源に怯む事もなく

尚も刃を押し込んでくるシャナの双眸を見つめ返した。

 

“ソレは私も同じ事だッッ!!”

 

 そして脳裏に浮かび上がる、 二つの存在。

 その一つは今、 何よりも近い自分の胸元に。

 その一つは今、 どんなに遠くても何処より近い心の中に。

 その 「認識」 が、 狂しいまでの痛切な叫びが、

パールグレーの双眸を一際大きく見開かせる。

 その瞳に灯る、 シャナに宿る光とはまた対極の源泉。

 ソレが何よりも激しく狂暴に、 最初の 『決意(きもち)』 を呼び熾こした。

 

「!!」

 

 同時に甦る、 この世のスベテを超越した絶対者の存在。

 首筋に星形の痣が刻まれたその御方は、

刹那自分に微笑んでくれた気がした。

 

【挿絵表示】

 

 

 その全身をバラバラに引き裂いて劈くかのような、

魔薬の如き甘く危険な多幸感。

 その感覚が呼び水のようにフリアグネの裡なる焔を呼び醒ます。

 ソレに共鳴して剣に宿った白蓮の炎が今迄以上に激しく逆巻いて強烈に燃え上がり、

瞬時に集束してドス黒い放電現象を引き起こし始めた。

 

「ッッ!?」

 

 眼前の変異を敏感に察知したシャナの、

驚愕とほぼ同時に背筋を駆け昇る戦慄。

 ソレはかつて、 少女が一度だけ感じた存在と限りなく酷似していた。

 しかしその事実を分析する間もなく。

 

「無駄だァァァァァァァァァァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 咆哮。

 継いで衝撃。

 

「―――――――ッッ!!?」

 

 突如、 シャナの眼下から己の刀身を押し込みながら疾駆する黒い斬閃。

 細身の、 しかも片腕だけから()り出されたとは想えない

得体の知れない力の籠もった右薙ぎ払いの一閃。

 反射的に刀の腹を顎の下で構えていなければ、

そして手にした剣が戦慄の大太刀 “贄殿遮那” でなければ、

間違いなく今の一撃で首を()ね飛ばされていた。

 そしてフリアグネの渾心の力で以て空間へと刳り出された

黒い放電を伴う斬光閃は、 贄殿遮那、その刀身ごと

シャナを空中へと強烈な力を以て弾き飛ばす。

 

「きゃうッッッ!!!」

 

 膠着状態、 寧ろ自分の方が優勢だった鍔迫り合いの予期せぬ終結に、

シャナは半思考停止状態のまま空中へと飛ばされ

バランスを崩して荒れたコンクリートの上に華奢な身を叩きつけられる。

 

「あうぅぅッッ!!」

 

 落下衝撃で大きくバウンドした躰を何とか中空で反転させ体勢を立て直し、

靴裏を瓦礫に滑らせながら強引に停止させ

激突で新たに開いた側頭部の裂傷に左手を押し当てながら

ブレる視界を無理に繋ぎ直す。

 

「う、 うぅ……()、 のは……?」

 

 シャナは流れてきた血を目に入らないよう黒衣で拭いながら

痛みを堪えて状況の解析にかかる。

 先刻、 強烈な斬撃閃に弾き飛ばされる瞬間、

自分は確かに感じた、 フリアグネの背後に確かに視た。

 かつて自分を絶対絶命の窮地に陥れ、

フレイムヘイズの誇りも尊厳も全て跡形もなく蹂躙し尽くした、

この世界史上最大最強の存在。

 艶めかしい首筋に刻まれた星形の痣、 

その魔性の美が彩る絢爛たる永遠の器を裡に称えた

“邪悪の化身” 『幽血の統世王』 の姿、を。

 そし、 て。

 その強大なる存在の邪気(オーラ)をまるでアイツの操る

幽波紋(スタンド)』 のように背後へ携えた、

長衣を翻す 『覚醒』 した紅世の王。

 今はその壮麗なる瞳の裡に常闇の暗黒の光を宿す “狩人” フリアグネ。

 否、 悪夢と絶望を司る統世王の完全なる(しもべ)

幽靈(ゆうりょう)と劫炎の簒奪者】

 

(こ……の……()()()()は……! まさか……ッ! まさか……!?)

 

 かつて一度だけ対峙したアノ時の光景が、 シャナの脳裡にフラッシュバックする。

 

「む……ぅぅ……」

 

 胸元のアラストールまでもが眼前のフリアグネ、

その余りの変貌振りに驚きを隠せないようだった。

 沈黙する二人の前で、 暗黒の炎をパールグレーの瞳に

宿らせたフリアグネが、 静かに口を開く。

「自分だけが、 “何か” を背負って戦っていると、 想い上がるな……

私のアノ御方に対する 『忠誠』 と 『覚悟』 の強さは、

貴様如き小娘の到底及ぶ処ではない……ッ!」

 

 ゾッとするような絶対零度の声音でそう告げ、

白蓮の炎と漆黒の放電とに包まれた氷刃

『獅子王ウィンザレオ』 をこちらに突きつける。

 

「クッ!」

 

 心底口惜しそうに、 少女は口中を軋らせる。

 

(アイツ……さっきまでと雰囲気が違う……!

明らかに気配が、 違うッ! 『存在』 が変貌(かわ)った……!)

 

 優勢だった先刻までの 「流れ」 が、

これで再び一気にゼロまで、 否、そ れよりも遙か前に巻き戻された。

 焦れるシャナの胸元で炎の魔神が対照的に感慨を漏らす。

 

「うむ。 真に恐るべきは 『幽血の統世王』

彼の者、 その常軌を逸した 「器」 か。

此処より遙か彼方より、 自らは指一本すら動かす事なく

()()()()()彼奴(あやつ)の 「器」 に力を注ぎ込むとは」

 

「じゃあ、 やっぱり」

 

 一番良くない事態が到来しようとしていた。

 いま目の前にいる紅世の王もまた、

“自分以外の存在によって自らの存在の力を増大させている!”

 本人の意志とは、 意識とは無関係の領域で。

 

「うむ。 それにしても、 げに恐ろしきモノよ。

盟友(とも)大奥方(おおおくがた)より伝え聞いてはいたが、

他者を介して生み出される 『精神』 の存在の力というモノは。

先刻のお前、 そして昨日の彼奴(あやつ)の変貌振りにも驚かされたが、

今の彼奴(きやつ)はソレ以上かもしれぬ。

否、 それは最早 「数値」 等と云う 「領域」 に

属するモノではないのかもしれぬ、 な……」

 

「そう……だね……確かに」

 

 そう呟いて押し黙るシャナ。

 紅世の徒を、 それも “王” を、

ただ力で支配するだけではなくここまで 「魅了」 してしまう

超人性(カリスマ)』 

 身体だけではなくその精神(こころ)までも、

“人間を止めた者” だけが初めて持つコトを赦される

無限の能力(チカラ)

 やっぱり、 凄い。

 自分が想ってるより何十倍も何百倍も、

本当にアノ男は凄い。

 その完全なる僕と化した紅世の王が、

暗黒を宿した双眸で傲然と少女を見下ろす。

 

「終わりだ、 フレイムヘイズ。 最早貴様に勝ち目はない。

何故ならば私は、 今、“アノ方の存在と共に” 戦っているのだからッ!」

 

 何よりも強く己を誇り、 フリアグネは悪意の放つ雷の流散で彩られた宝具、

『ホワイトブレス』 を鮮麗に翻す。

 

「そしてソレだけではないッ!

この胸元のマリアンヌと友の名誉の為にも私は戦っているッ!

紅世の徒の討滅のみを目的としている貴様等フレイムヘイズとは、

戦う 『動機』 の 【格】 が違うのだ!!」

 

「ご主人様ァァァッッ!!」

 

 その威風堂々たる姿に胸元のマリアンヌが歓喜の叫びをあげる。

 

「……ッ!」

 

 自分もその事実を実感しているだけに、

有無を言わさぬ説得力にシャナは口籠もりそうになる。

 でも、 それでも!

 自然と心の淵から湧き昇って来る気持ちが、

決然と裡に宿る炎を呼び熾す。

 シャナの精神(こころ)を灼き焦がす。

 熱く、 激しく、 燃え尽きるほどに――!

 

(私……私……! 今まで……

()()()()()()()()()()()戦ってきた……!

生きて……きた……ッ!)

 

 まるで悔恨のように、 心中で言葉を漏らし

少女は胸元で拳をギュッと握り締める。

 しかしすぐに、 溢れ出す決意と共にその風貌を上げる。

 

(でも!! もう違う!! ()()()()()()()()()()()()ッッ!!)

 

 だから。

 そういう 「理由」 なら、 「こっち」 も負けてない!

 そういう 「気持ち」 ならッ! おまえなんかに絶対負けない!!

 

 

 

 

“私に人間の 『精神(こころ)』 を与えてくれた!!

みんなの想いの為に戦ってみせるッッ!!”

 

 

 

 

 だから!

 少女は渾心の想いで叫ぶ、 ()える!

 

「うるさいうるさいうるさい!! おまえが忠誠を誓う “統世王” なんかより!

アイツの方が! 私の承太郎の方が絶対に強いンだからッッ!!」

 

 贄殿遮那と共に突き出された言葉、

それに対しフリアグネはアノ男から譲り受けたような視線で

険難(けんなん)にシャナを見下ろした。

 

「追い詰められて、 とうとう気でも違ったか?

一体何をどうすればそのような結論が出る?

まぐれとはいえ、 私の友に勝利したその存在は一応認めてやっても良いが、

所詮は 「人間」

アノ方の絶大なる存在を前にすれば、 塵芥に等しきモノに過ぎん。

第一アノ方に手も足も出なかった! 貴様風情が今更何をほざくッ!」

 

「うるさいうるさいうるさい!! ジョセフから聞いたわッッ!!

おまえの主はかつてジョセフの 『祖父』 と

“二度も戦って二度とも負けた” って!」

 

 フリアグネの言葉に気圧される事無く、 決然とシャナはそう叫び

黒衣に覆われた左手を真一文字に翻した。

 

「ッッ!!」

 

 予期せぬ言葉、 だが、100年前の【真実】

 首だけとなった運命の片割れを胸に抱き、

業火の中、 永遠の眠りにつく一人の青年――。

 完全無欠の絶対者に、 唯一付けられた消せない瑕疵(かし)

 

「貴様、 一体いま、 何と言った……?」

 

 ワナワナと破れた手袋の拳を震わせ、

余りにも凄まじい怒りで一瞬頭の中が白くなり

口内で歯が自分の使役する人形のようにカタカタと音を立てる。

 その 「事実」 は、 その 「過去」 だけは、

DIOを崇拝し一命を賭して仕える者で在るならば

決して触れてはならない 「禁忌」 中の 『禁忌』

 ソレに触れる事は絶対の死を意味する。

 その 『禁忌』 が忌むべき宿敵の口から

無造作に曝け出され無分別に叩きつけられる。

 その痛み、 その屈辱。

 

「フ……フ……ッ!」

 

 シャナの告げた事実に、 決して触れてはならないその 【真実】 に

今度こそフリアグネの理性は完全に決壊した。

 

「フザけるなァァァァァァァァ!! 貴様ァァァァァァァァァァッッッ!!!

アノ御方を愚弄する事はこの私が赦さんぞッッ!!

アノ方にその存在全てを蹂躙され尽くされ!!

そして滅ぼされた脆弱な 「敗北者」 の片割れ如きが

戯れ言をほざくなァァァァァァァァ!!!!」

 

 絶対が絶対でなくなれば、 ソレを崇拝する己も意味を無くす、

刹那に消え逝く灰塵に等しき存在となる。

 これまで努めて冷静さを保ってきたフリアグネが、

ここまで激昂した理由はシャナの言った内容もさることながら

その言葉を彼女に語った 「存在」 にこそ有った。

 その存在。

『神滅の奇巧士』

“ジョセフ・ジョースター”

 ただの人の身に過ぎず、 そしてミステスですら無いが

その異名は片割れである 『幻麗(げんれい)の獅子』

その両者の師である 『千年妃(せんねんき)』 と共に、

紅世の徒の間にも広く轟いている。

 紅世の徒にとって単なる 「餌」 に過ぎない「人間」 の中でも

『例外』 或いは 【特異点】 とも呼ばれる存在。

 その 「理由」 は史上最悪のミステス “天目一個” が生まれるよりも遙か以前、

()()()()()()()()現世と紅世とを恐怖の坩堝(るつぼ)に巻き込んで

席巻していたという事実に端を発する。

 数千年の永きに渡り、 紅世の徒、 王ですらも見境なく討ち滅ぼし、

人間、 徒、 フレイムヘイズ他この地上に生ける者全てを

無差別に掻き喰らっていた 『光』 『炎』 『風』 を司る太古の最強種。

 その禍々しい外見からは想像もつかない傑出した知性で

創成した血塗られた 「宝具」 によって、 夥しい数の 「魔物」 を生み出し

更に自らソレを 「餌」 として喰らっていたという凄惨なる事実から、

殺 戮(さつりく)三 狂 神(さんきょうしん) の名で呼ばれていた(おそ)るべき超存在。

 功名心、 闘争本能、 或いは危機感、 使命感、

異なる動機に駆られた多くのフレイムヘイズと紅世の王が彼らに戦いを挑むも、

その (ことごと) くが撃砕、 炎蒸、 そして斬断されて討ち滅ぼされ

骨も遺らず喰らわれたというその事実から、

紅世の徒の最大規模を誇る組織、 時の 『仮面舞踏会(バルマスケ)』 ですら危険過ぎて

彼らが 「休眠」 に入るまで 「傍観」 のみを余儀なくされたという

絶大なる三つの巨頭。

 その途轍もない存在を全て、 人間で在りながら信じがたい事に

僅か一ヶ月余りという超短期間の内に全て討滅した伝説的存在。

 その 『柱の男』 以上の存在の魔の手が自分達に及ばないよう、

全ての紅世の徒が 「彼」 との 「接触」 を意図的に避ける事を暗黙の内に了承したという

その “伝説の男” の言葉ならば、 心の裡で幾ら否定しても圧倒的な説得力を持つ。 

 その対象が紅世の王で在ったとしても例外ではない。

 心は渦巻く幾つもの感情がブツかり合い、

「葛藤」 の 「軋轢」 という精神の乱反射を引き起こす。

 そこに、 (トド)めの一言。

 

「おまえの崇拝するアノ男は!! ジョセフの祖父に一度も勝てずッ!

100年間その身を海底に 「封印」 されただけよ!!

もう二度と 『復活』 なんて出来ないよう! 

私と承太郎に完全討滅される為にねッッ!!」

 

 そう叫んで白金の燐光宿る紅蓮の双眸が、

暗黒の宿るパールグレーの瞳を真正面から貫く。

 

「そもそもジョセフの祖父の身体を奪わなければ生き残れなかった!

自らの宿敵の存在に(すが)らなければ生き延びられなかった!

その時点で! ()()()()()()()()()()()()()()()よッッ!!」

 

「―――――――――ッッ!!」

 

 そのシャナの言葉に、 怒りが臨界を超え

危うい笑みすら浮かべて絶句するフリアグネ。

 端正な口唇の隙間から、 狂った音階が狂った符丁で零れ落ちた。

 しかし即座に宝具 『ホワイトブレス』 でその顔を覆い、

一瞬にしてドス黒い憎悪の風貌に戻った紅世の王は

歯を剥き出しに軋らせながらシャナに吼える。

 

「貴様ァァァァァァァ……!! 

放っておけばどこまでもツケあがるその傲慢な心と無礼極まる穢れた口ッ!

どうやら早急(さっきゅう)に削ぎ落とす必要があるようだなッッ!!」

 

「どの口でそうほざくッッ!! やれるものならやってみろッッ!!」

 

 シャナの炎髪から、 フリアグネの全身から、 それぞれ色彩の異なる

存在の火花が今まで以上の輝度で弾ける。

 

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――――――――!!!!」

 

「オラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァ――――――――――!!!!」

 

 そして、 互いに吼え、 大地を蹴り、 空間を駆け抜けて。

 

 

 ギャッッッッッッッッッグアアアアアアア

アアアアァァァァァァァッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 三度、 斬り結ぶ。

 己が存在の全てを賭けて。

 両者の放った斬轟が、 屋上全体に響き渡る。

 炎燃え盛る互いの愛刀を介して、 激突する両者の視線。

 

「焼き尽くしてやるッッ!! 卑しい王の討滅の道具!!」

 

(きよ)めてあげるわッッ!! 堕落した哀れな紅世の王!!」

 

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 フリアグネは狂気の宿った暗黒の瞳孔で。

 シャナは正義の宿った勇壮なる双眸で。

 己が最大の存在を相手に刻みつける。

 

「おまえの!」

 

「貴様の!」

 

 振り翳した剣で距離を取り、 両者は左腕を先鋭に薙ぎ払う。

 

「存在全てをッッ!!」

「存在全てをッッ!!」

 

 交叉した二つの誓約が、 炎の空間に鳴り響く。

 そして、 再び。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 互いの眼前で夥しい数の剣戟があらゆる方位から刳り出される、 熾烈なる斬滅戦。

 色彩の異なる火炎の火走りが、 先刻以上の輝きを以て空間に狂い咲く。

 何度も。

 何度も。

 何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァァ!!!!」

 

「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄ァァァァァァァ!!!!」

 

 超高速の剣捌きで互いに無数に斬撃を刳り出し続ける

そのシャナ、 フリアグネの壮絶な存在の背後に浮かび上がる、

己が精神の支柱。

 まるで、 巨大なスタンドが 【顕現】 でもしたかのように。

 時間も、 空間も、 存在すらも超えて

『星の白金』 空条 承太郎と 『邪悪の化身』 DIOが、

天空で真正面から睨み合う。

 片や勇敢な風貌に誇り高き正義の精神を宿した救世者の瞳で。

 片や挑発的な微笑にドス黒い邪悪を漲らせた支配者の瞳で。

 いつか確実に激突する運命(さだめ)に在る二人が、

シャナとフリアグネの存在を介して刹那(いま)、 此処でブツかり合う。

 その、 ジョースターとDIOにまつわる、

現世も紅世も巻き込んで廻り続ける余りにも巨大過ぎる因果の火車。

 始末するべき因縁。

 抹消するべき宿命。

 フレイムヘイズと紅世の王とが織りなす、 その壮絶なる運命の代理闘争は。

 いつ果てる事もなく、 その終局を()が知る事もなく。 

 激しく存在の血風と炎風とを捲き散らしながらも。

 続く……ッ!

 

「オッッッッッラァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」

 

「無駄だァァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」

 

 

 

 グァッッッッッギャアアアアアアアアアアアァァァァ

ァァァァァァァァァ―――――――――!!!!!!!!!

 

 

←To Be Continued……

 



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『戦慄の暗殺者ⅩⅤ ~Cross Fire Evolution~ 』

 

 

【1】

 

 

 

「オッッッッッラァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」

 

「無駄だァァァァァァァァァァァァァァァァ――――――――ッッッッ!!!!」

 

 響き渡る数多の斬吼。

 踊り狂う幾多の火走り。

 ソレらを次々に生み出す焔人が、 二人。

 激戦の残光。

 死闘の飛沫(しぶき)

 

()()()……()()()()……ッッ!!)

 

 もう何合目か解らなくなった炎刃の斬り結びから距離を取ったシャナは、

瓦礫に足裏を滑らせながらその呼吸を3秒で戻す。

 

「どうした? 息が上がっているぞ! マジシャンズッ!」

 

 傷ついても揺るがないその耽美的美貌に微かな露を浮かべ、

フリアグネは不敵な微笑を浮かべる。

 勝利の女神が天空で吊す天秤は、 少しずつ己に傾きつつあった。

 武力、 精神力、 能力共に互角ならば、

最終的には最も原始的な肉体の勝負になる。

 先刻自分の最大焔儀を受けたダメージは、

幾ら精神の加護が在ろうと完治には程遠い。

 加えてこちらは体力的に勝る男、

幾らフレイムヘイズであろうとも 「生物」 で在るならば、

人の形容(カタチ)を持って存在している以上

この原初的な法則(ルール)からは逃れられない。

 加えて未だ使っていない無数の 「宝具」 も手中にある。

 そろそろ斬撃戦に目が慣れきった炎髪の仔獅子に、

銃と剣との複合攻撃を仕掛けてやろうかと純白の長衣

“ホワイトブレス” に収納されているフレイムヘイズ完殺の魔銃

『トリガーハッピー』 の銃身を細い指先でつ、 と撫ぜる。

 必勝の手札(カード)は、 今や全て自分の手の内に在った。

 

(……ッッ!!)

 

 そして、 そのフリアグネが気づいている事を当然シャナも察知していた。

“このまま長期戦になれば勝ち目はない” と。

 でも、 たった一つだけ 「手」 が残されていた。

 でも、 その 「手」 は。

 奥歯をギリッと食いしばるシャナの胸元で厳かに声があがった。

 

「一時、 『退()く』 か? 

燐子の包囲網が無くなった今、 ここより撤退するのは容易い。

彼奴(あやつ)と合流し、 体勢を立て直すのだ」 

 

「ダメッ!」

 

 戦闘に於いては一番合理的で正しいアラストールの提案を

シャナは即座に()退(しりぞ)けた。 

 

「むう……」

 

 普段、 殆ど自分に逆らった事のない少女の明確な拒絶に

アラストールは少々意外そうな声を漏らす。

 

「ソレは、 出来ない。

ソレだけは、 ()()()()()()()()()()()()

ゴメン、 アラストール」

「う、 む……」

 

 少女の言葉の意図を悟ったアラストールはそう一言だけ漏らし、

再び押し黙る。

 額から、 全身から流れる汗と満身創痍、

疲労困憊で震える躰をシャナはなんとか意志の力のみで抑えつけ、

歯を食いしばりながらも大刀を正眼に構え続ける。

 その傷だらけの少女の胸の裡で、 滔々と沁み出る想い。

 

(アイツは、 昨日、 “アノ時”

今の私以上に絶望的な状況だったのに、

一切私には頼ろうとしなかった。

傷だらけの心と体でも、 最後まで必死に、

たった一人で戦い続けた……!

だから、 “私もアイツには頼らない”

もし、 一度でも頼ったら。

もし、 一度でも縋ったら。

もう私は、 二度とアイツと 『対等』 にはなれない気がするから。

理由は解らないけれど、 そんな気がするから……ッ!)

 脳裡に浮かぶ、 「アノ時」 の “アイツ”

 全身血に塗れたズタボロの躯でも、 降り注ぐ陽光の下、

何よりも美しく何よりも気高く瞳に映った、 アノ姿。

 だったら、 私もやってみせる。

 おまえと同じように。

 否。

 ソレ以上に!

 

「!!」

 

 シャナは突如、 自分の左胸を掴み躰を覆う黒衣を解くと、

空間に翻されたその外套は一瞬で霧散するかのように掻き消える。

 まるで魔術師の操る呪法のように。

 そして、 その華奢な躰を覆うものは

胸元を大きなリボンで飾る灼け焦げたセーラー服のみとなった。

 

「正気、 か? 己が身を護る 『夜笠(よがさ)』 を自ら解くとは……ッ!」

 

「……」

 

 遠間に純粋な悪意に充ちた微笑を浮かべるフリアグネを後目に、

窮地に陥った立場を更に悪くするような、

自虐的とも言える選択を少女が取った事に対し

アラストールは抑えながらも驚愕を発する。

 もし、 この状態でフリアグネの剣が掠りでもすれば、

氷刃の殺傷力と纏った炎の高熱により

その部分は跡形もなく蒸散してしまうだろう。

 つまり、 どんな 「小技」 でも()まれば終わり。 

 そのアラストールの危惧をよそに、

少女は決意に満ち溢れた双眸で眼前を見た。

 

「アラストール。(しゃく)だけど、 このままじゃいつまで経っても決着は付かないわ。

認めたくないけれど、 幾多のフレイムヘイズを討滅してきただけあって

アイツ大した “王” よ。 さっきまでは精神的に押してたけれど、

今じゃソレも五分以下に引き戻された」

 

「むぅ、 確かにな。

携えた宝具の能力(チカラ)も含めれば、

今や近代最強の “徒” かもしれん」

 

 当代を生きるフレイムヘイズにも、

この男を(たお)せる者が果たして何人いるか――。

生半(なまなか)に答えの出ぬ疑問に魔神は息を呑む。

 

「だからッ! アイツに勝つにはアイツ以上の 『覚悟』 をこの私が!

アイツ自身に示さなきゃいけないって事よッッ!!」

 

 そうシャナが叫び左腕を振りかざすと同時に、

全身から紅蓮の火の粉が迸って舞い散り空間を灼き焦がした。

 

「オラオラオラァァァァァァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 そして勇ましき喊声と共にフリアグネへと躍りかかるシャナ。

 

「!」

 

 繰り出されるは瓦礫にけたたましく刀身を引き擦りながら放たれる、

抜刀炎撃斬刀術、 『贄殿遮那・火車ノ太刀/斬斗(キリト)

 ガギィィィィィィィィィィ!!!

 だが、 ソレは熟練の体術で地面を滑るように高速移動してきたフリアグネに、

剣の(つか)(なかご)部分近くをブレードで打たれ発撃を阻止される。

 

「その 『技』 は、 もう “()た” よ……二度目は通用しない……」

 

「!!」

 

 下部で刃と刃を軋らせながらフリアグネは、

真上から陶然とした笑みを浮かべて見下ろす。

 

「フッ!」

 

 そしてその至近距離の場から一歩も動かない、

上体の廻転のみの旋撃で撃ち抜くように大刀ごと弾き飛ばす。

 

「クゥッ!」

 

 靴裏を瓦礫に滑らせて、 シャナは崩れた体勢を何とか立て直す。

 疲労の上に重ねられた衝撃により、 膝がガクガクと意志とは無関係に震えた。

 その様子を異界の貴公子は満足気に見据える。

 

(フッ……少々熱くなり過ぎている、 か? 私らしくもない。

だが、 真剣勝負というモノも嫌いではない。

久しく忘れていた何かが、 精神の(フチ)から甦ったようだ……!) 

 

「オラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!」 

 

「フッ! 無駄だぞッッ!! 無駄無駄無駄ァァァァァァァァァァァッッ!!」

 

 アイツ譲りの激しい喚声と共に、 再び躍りかかるフレイムヘイズの少女に

フリアグネは主譲りの傲慢な口調でそう叫び、

半身になって剣を水平に構えた低空迎撃の構えを執る。

 そして、 眼前で数多繰り出される凄まじい速度の斬閃を、

手にした氷刃で空間に蜘蛛の巣のような剣閃の軌跡を描いて

全て弾き落とす。

 

「フッ……!」

 

「お見事ですッ! ご主人様!」

 

 適度に脱力した、 剣技の理想型とも言える構えのまま

フリアグネは余裕の笑みを浮かべて手にした剣をだらりと下げる。

 しかし、 次の瞬間。

 

 ジュバァァァァァァッッッ!!!

 

「何ッッ!?」

 

 そのフリアグネの、 左腕が突如引き裂かれた。

 

「ご主人様ッ!?」

 

 驚愕の表情を浮かべるフリアグネと胸元の従者。

 

(バ、 バカなッ!? 確かに全て迎撃した筈!

ヤツの斬撃で偶然生まれた 「真空」 によって斬れたのか?

イヤ違う! 確かにヤツ自身の放った大刀の本刃が 「命中」 したのだッ!

無数に撃ち出された斬撃の(うち)一つをこの私が見逃した?

ヤツのスピードは、 この私を上回りつつあるというのか?

この極限の状況下で? 満身創痍のあの躰で!? バカなッッ!!)

 

 身に纏う紅世の黒衣を取り去った、

今や戦場では裸に等しき状態でいる少女の、

その冷静な視線がフリアグネの困惑と焦燥とを煽る。

 

「貴様ッッ!!」

 

 素早く瓦礫に踏み込み後ろの蹴り足でキレと射程距離を延ばして繰り出された、

多数のフェイントも織り交ぜたフェント(直突き)の連閃を

今度はシャナが剣を一切交えず、 緩やかな水のように流麗な体捌きのみで全て(かわ)す。

 身体の加重移動を最大に活かす為、

胸の前で真一文字に構えられた大太刀を

それぞれ刺閃に合わせ振り子のように揺らしながら。

 

「!!」

 

 己の最も得意とする剣技が、

悉く掠りもせず全て空間を駆け抜けた事に

フリアグネはパールグレーの双眸を見開く。

 その驚愕の回避法。

 ソレは昔、 少女が血の滲むような修練の元に会得した

凄惨、 酷烈を(むね)とする古流剣術一流派の 「(ワザ)」 に由来。

 本来、 他の武器と引き較べて比較的折れ易い日本刀の強度の弱点を

補強する為に編み出された斬刀回避術、 「虎眼(こがん)の構え」

 それをフレイムヘイズの超人的身体能力に特 化(カスタマイズ)した、

極限レベルでの寸の見切り。

『フレイムヘイズ・灼虎(しゃっこ)(じん)

遣い手-空条 シャナ

破壊力-なし スピード-A 射程距離-C(近距離、 最大半径5m前後)

持続力-D 精密動作性-A 成長性-B

 

【挿絵表示】

 

 

「オラオラオラオラオラァァァァァ―――――――――――――!!!!」

 

 そのような驚愕の “絶技(ぜつぎ)” を繰り出したのにも関わらず、

少女はそんなコトに等興味がないとでも言うかのように

再びフリアグネに向け斬撃の嵐を撃ち出す。

 興味が在るのはおまえの “首” だけだ、 とでも云わんばかりに。

 

「クッ!? 無駄だァァァァァァァァ――――――――――!!!!」

 

 フリアグネは己の慢心が油断を招いたのだと半ば強引に解答を出し、

即座に思考を戦闘モードに切り換える。

 しかし、 今度の斬光の連撃戦は

先刻までとはまるで展開が変わった。

 一撃の 「破壊力」 は、 体力と自在法の影響で明らかにフリアグネが上、

しかし眼前のフレイムヘイズの少女は()()()()()()()()()()

累乗の如く斬撃を繰り出してくる。

 力の優位性は数の原理で押し潰され、

次第に自身の手数は減っていき防戦一方の展開を余儀なくされる。

 まるで少女の放つ夥しい斬撃に

自分という存在が圧搾(あっさく)されているようだった。

 

(くっ、うぅ!?  技術は、 互角!

しかしッ! 『空間把握能力』 はヤツの方が上ッ!

私が㎝で動く所を、 ヤツは㎜単位の動きで攻撃を(かわ)しているッ!

その 「差」 の分どうしてもこちらが出遅れるッ!

接近戦での戦闘経験値の差がここに来て出たかッ!)

 

 そのフリアグネの 「死角」 から

瓦礫に鋭い火線を描いて繰り出された

至近距離の膝蹴りが脇腹に突き刺さって衝撃と共に爆散する。

 

「ガァッッ!?」

 

 瞳孔を見開いて多量の呼気を吐き出したフリアグネの

細身の躰が “くの字” に折れ曲がる。

 

「やっぱり頭が悪いわねッ! おまえ!

戦場じゃ 「足」 も使うっていったでしょッ!

同じ事を二度言わせないでッ!」

 

 そう叫んで素早く蹴り足を引き戻したシャナは、

そのまま下げた刀身を本刃に返さず右手を柄頭に当てる。

 

「そしてッ! 刀身だけじゃなく 「柄」 もねッ!」

 

 そう先鋭に叫んで足下の瓦礫を爆散させ、 強烈に踏み切る。

 

「だァァァァァッッ!!」

 

 高速の束 頭(つかがしら)による穿突(せんとつ)がフリアグネの躰

「水月」 の位置に叩きつけられ捻じ込まれた。

 

「グハァァァァァ―――――――――ッッ!!?」

 

 今まで仕掛けられた事の無い 「技」 を

体勢が崩れた状態で唐突に繰り出されたので、

対応が遅れたフリアグネはそのシャナの打撃術をモロに喰う事となる。

 まるで鳩尾(みぞおち)周囲の皮膚と肉がバラバラに削げ落ちて、

ズタズタになった神経が剥き出しにでもなったかのような

途轍もない苦痛と嘔吐感がフリアグネの全身を劈いた。

 その衝撃で空間に弾き飛ばされながら、

フリアグネは新たなる 「事実」 に気づきつつあった。

 

(私はッ! もしかすると途轍もない大きな勘違いをしていたのかもしれない!!

ただ戦闘能力が強いだけのフレイムヘイズなら今まで何人も討滅してきた!

しかしこの少女の()()()()()()()()ッ!

戦闘力でも頭脳力でも手にした大刀の殺傷力でもないッッ!!)

 

 その脳裡を直撃する、 揺るぎのない確信。

 

(アノ “天壌の劫火” アラストールの! 

途轍もない存在をその 「器」 に呑み尽くしても微塵も揺らがない!

その想像を絶する 潜 在 能 力(ポテンシャル) だッッ!!)

 

 その火の粉を撒く少女の裡に。

 そして存在の背後に。

 フリアグネは、 感じ取った。

 巨大な、 漆黒の塊を深奥に秘め、 灼熱の衣をその身に纏い、

同じく巨大な紅蓮の大翼を背に押し拡げた深遠なる紅世の王

“天壌の劫火” アラストール其の真の御姿を――。

 

(ソレがいまッ! 黒衣の加護を捨て去った 『覚悟』 を起爆剤として

正と負あらゆる要素が内部で 【爆裂】 している!!

ソレがいまのこの強さの源泉ッ!

肉体のダメージや疲労など今や “どうでも良い” 状態なのか!!)

 

 崩れた体勢でフリアグネはなんとか瓦礫の海に着地。

 苦痛に身を苛まれながらもその老獪な知能を総動員して

次に打つべき手段を数種、 刹那の間に構築、取捨(しゅしゃ)選択する。

 そして彼が取った “手” は回復の時間を図る為に 「挑発」 として

剣を自分の前へ防波堤のように突き立てるという行為。

 

“やってみろ! 討滅の道具! この私が赦せないのだろう!?

だったらこの私の 「誇り」 ごと、 見事私を討滅してみせろッッ!!”

 

 そのメッセージを、 『獅子王ウィンザレオの剣』 一心に込めて。

 そし、 て。

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ―――――――――!!!!!」

 

 勇ましき喊声をあげながらセーラー服に身を包んだ

フレイムヘイズの少女が空間を翔る。

 胸中に湧く、 自分ですらもどうしようもない強烈な想いと共に。

 

(そう……痛みなんか……どうでも良い……!

手足が千切れたって構わない……ッ!

“そんなこと” より……ッ! 私が本当に痛いのは……!

私が本当に怖いのは……ッッ!!)

 

 涙が滲んだ少女の裡に、 突如紅蓮の炎が燃え上がり

灼熱の閃光を背景に炎が一つの人間の形を成す。

 その存在が、 何よりも熱く何よりも激しく何よりも狂暴な感情を

少女の胸の裡に呼び熾す。

 

(おまえなんかに教えてやるもんかッッ!!)

 

 灼熱のシャナの咆吼。

 その想いの全てを乗せた灼熱の炎刃が、

眼前に突き立てられたフリアグネの氷刃へ

力任せに叩きつけられる。

 

 ギャッッッッグオオオオオオオオオオ―――――――――――ッッッッッ!!!!!

 

「ッッッ!!!」

 

 その途轍もない衝撃の為に、

まるで空間ごと削り取られたかのようにフリアグネの体が

突き立てた剣ごとコンクリートを抉りながら数メートルズレる。

 その刹那。

 まるで今の斬吼が精神の “呼び水” でも在ったかのように、

シャナの精神の深奥で眠っていた真紅の存在の 『源泉』 が再び、

先刻以上の激震を以て弾け散る。

 

(―――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!)

 

 シャナの脳裏を煌めく紅蓮の光暈(こううん)が充たし、

刹那の甘く気怠い痺れがその華奢な躰を、 細い指先を、 爪先の突端まで、

そして長く美しい髪の先端までをも隈無く包み込み、

その灼熱の双眸が再び一切の光の存在を赦さない無限の超高密度、

無明の双眸へと変貌する。

 神炎覚醒(しんえんかくせい)天壌(てんじょう)灼刻(しゃくごく)。 

【フレイムヘイズ・ “(しん)灼眼(しゃくがん)” 】

発動者名-空条 シャナ

破壊力-??? スピード-??? 射程距離-???

持続力-C(現時点) 精密動作性-∞ 成長性-A+(現時点)

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 全身から。

 鳳凰の飛翔のようにより紅く染まった紅蓮の羽根吹雪を振り捲き、

空間を灼き焦がしたシャナの、 その深遠の双眸がゆっくりとしかし、

ゾッとするような凄まじい威圧感を以て再びフリアグネに向けられる。

 

「ッッ!?」

 

 その冷たく、 しかし強烈な存在感にフリアグネは想わず後退(あとずさ)る。

 

(クゥッ!? さ、 最悪だッッ!! ここに来て再び!!

先刻のアノ 『能力』 がッッ!? )

 

 フリアグネは、 恐れた。

 シャナの未曾有の 『能力』 を。

 その 『能力』 が胸元の “マリアンヌに及ぶことを”

真に恐れた――。

 

「フッ……ッ!」

 

 シャナは無表情のまま一度鋭く呼気を吸い込むと、

残像が映る程の超スピードで足下の瓦礫を踏み砕き

フリアグネとはあさっての方向に超低空で疾風のように跳躍する。

 

(!?)

 

 炎髪の撒く火の粉によって陽炎を残しシャナはフリアグネの側面に高速移動すると

そこで一度動きを完全停止させ、 陽炎の揺らめきが終える刹那、 再び元の場所、

寸分違わぬ位置に同じ軌道で移動する。

 同じように今度はフリアグネの遙か頭上を飛び越え背後に着地、

その後眼にも止まらぬ音速移動で彼の脇につく。

 

「ッッ!!」

 

 咄嗟にフリアグネは 『ウィンザレオ』 で目の前を薙ぎ払うが、

もう既に少女の姿はない。

 そのスピードが速過ぎて、 本体は疎か残像にすらも攻撃出来ない。

 そしてシャナは、 ソレと同じ動作をフリアグネを中心点とする

円周状にて何度も繰り返す。

 寄せては返す (さざなみ) のように、

速度に、 軌道に、 その精密な足捌きに 「緩急」 を付けて、

フリアグネの周囲を円球のドーム状に覆っていく。

 

(!?) 

 

 その少女の不可思議な動作に、 やがて変化が起こり始めた。

 正確には、 ソレを目で追う “フリアグネの五感に” 変異が引き起こされた。

 

(なッ!? バ、バカなッッ!? げ、幻覚か!?

あのフレイムヘイズの小娘の姿が、 分身?

否、 そんな次元じゃない! 『増殖(ぞうしょく)』 して見える!? )

 

 手にした長衣で目元を拭ってみるが状況に変化はない。

 目の前にいるフレイムヘイズは確かに一人、

しかし今の動作に 「緩急」 を付けて音速及び低空移動を続ける少女の姿は、

フリアグネの視覚には無数に 『分裂』 して()えた。

 まるで、 巨大な騙し絵の中に、 自分が閉じ込められたかのように。

 

(もっと速く……もっと速く……!)

 

 取りあえずはフリアグネの事は無視しておき、

シャナはこれから刳り出す 【奥義】 の発動のみに

その全神経を研ぎ澄ます。

 幾多に及ぶ戦闘訓練で、 今まで一度も成功した事のない未知の 『超絶技』 を。

 実戦のこの場で以て、 無謀にも決死の試みを敢行する。

 

(もっと|疾《はや)く……ッ! もっと疾く……!!)

 

 舞い踊る気流の中、 脳裡に甦る、 あの人の言葉。

 何度やっても一度も成功せず、 ほとほとイヤになってソファーの上に倒れ込み

悔しさで涙ぐんでいた時に、 いつの間にか隣に腰掛け優しく髪を撫でてくれていた

あの人の、 温かなアノ言葉。

 

 

 

 

 

『シャナ? 「結果」 だけを追い求めようとするな。

「結果」だけを追い求めると、 人は近道しようとするものじゃ。

やる気も次第に失せていく。

大事なのは、“自分はいつか出来る” という 『真実』 に向かおうとする意志だ。

向かおうとする “意志さえあれば” 例え今は無理でも

いつかは必ず目的のものに辿りつく事が出来る。

『向かっている』 わけじゃからな…………違うか?』

 

 

 

 

 

 その言葉に、 シャナは心中で嬉しそうに大きく頷く。

 

(うんッ! 違わない! 違わないよ! 一番悪いのは!

『失敗を恐れて挑戦する事に無縁な場所にいる事』 だよねッ!)

 

 何よりも澄み切った声でそう問いかけるシャナに、

ジョセフは歯を剥き出しにした子供のような笑顔で

親指をグッ、 とこちらに向けてきた。

 ただそれだけの仕草が、 痛いほどに胸を灼き焦がす。

 満身創痍の全身に、 紅蓮の力が甦ってくる。

 風の化身となって駆け巡る空間の中、

いつの間にか口元に笑みを浮かべていたシャナは、

陽光のような明るい声で心中のあの人に叫ぶ。

 

(私! やってみる! やってみるよッ!

今度こそ絶対に成功させるから! だから! 見ててッ! )

 

 

 

 

“お爺ちゃん!!”

 

 

 

 

 緊張と失敗を恐れる不安等、 最初から存在していなかったの如く

紅世の遙か彼方にまで消し飛び、 代わりに輝く高揚感のみが胸を充たす。

 

(もっと(はや)く! もっと、 迅くッッ!! )

 

 少女の脳裡を掠める、二人の男。

 

(“アイツ” よりも! “アノ男” よりもッッ!! )

 

 やがて、 そのスピード、 技術、 精神の存在の力が少女の内部で一点に集束し、

そして! 紅蓮の大爆裂を引き(おこ)す。

 

「だああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――ッッッッッ!!!!!」

 

 湧き上がる咆吼と同時に巻き起こる天空の旋風(かぜ)

 

「!!」

 

“狩人” フリアグネを取り囲む紅蓮の乱気流。

 素疾く精密な足捌きによって生まれる体術に適切な 「緩急」 をつける事により、

対象者に引き起こる 「動体錯覚現象」 を利用して相手を幻惑、

炎髪の放つ陽炎(かげろう)でその効果を増大させ

さらに高速移動に連動して生まれた

強烈無比な数多の斬撃技を縦横無尽に叩き込む

虚実一体、 対単多数汎用型の奥義。

 幻洸繚乱(げんこうりょうらん)真眼(しんがん)翔撃(しょうげき)

【贄殿遮那・魔幻鏡(まげんきょう)ノ太刀】

遣い手-空条 シャナ

発動条件- “真・灼眼”

破壊力-A+ スピード-A+ 射程距離-B(最大半径30m)

持続力-C 精密動作性-A+ 成長性-B

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

「こ、 こ、 ()()()……!」

 

 突如。

 白い封絶内部にてフリアグネを取り囲んだ紅蓮の 『結界』 が

彼の身を、 否、 存在を震撼させる。

 舞い踊る深紅の光塵が周囲360度全てを支配する、 ドーム状の異次元空間。

 まるで誰かの悪い夢に取り込まれてしまったかのような非現実感が

フリアグネの全身を染め上げていった。

 しかし、 悪夢は実体を成して彼に襲いかかる。

 突如、 その深紅の光塵が人のカタチを成して鋭く大上段に、

まるで高々と振り上げられた死神の鎌のように

生命を断ち斬ろうとフリアグネの首筋に紅蓮の閃光が疾走(はし)った。

 

「くぅぅぅッッ!!?」

 

 フリアグネは永い経験で研ぎ澄まされた反射神経で、

何とかかろうじてその超速の斬撃をウィンザレオの剣で受け止める。

 しかしその刹那。

 

「ッッ!!?」

 

 受け止めた筈の斬撃が、 まるで蜃気楼のように高速で左右にブレ

炎刃の幻影が突如実体を以てフリアグネの右腕を鉤爪状に切り裂いて

白い炎の飛沫を鮮血のように空間へ撒き散らす。

 

「な……!? に……ッ!?」

 

 驚愕と苦悶を同時に浮かべるフリアグネ。

 しかしその苦痛を解する間もなく再び眼前から迫る、

紅い人型の陽炎と共に真正面から繰り出される超速の刺突。

 

「!!」

 

 今度は剣で払わず何とか体捌きのみでその尖撃をかわすフリアグネ。

 だが軌道を逸れた本刃とは別に、 眼前から迫る無数の閃光。

 その閃光の端末部を全て、 長い髪を携えた紅い人型のナニカが両手で握っていた。

 そしてその赤光がフリアグネの右腕、 左肩、 左右脇腹、 そして右足を鋭く穿(うが)ち、

血の代わりに飛び散る白い存在の炎が空間に散昇する。

 

「グアアアアアアアアアァァァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 苦悶の表情と共に貫衝で背後に弾き飛ばされたフリアグネは、

瓦礫の水面に引き擦られ朽ち木のように転がる。

 だが彼はすぐに苛む苦痛を押し殺して、 震えながらも立ち上がろうとする。

 護らなければならない存在が、 地に伏し続ける事を赦さない。

 そこに頭上から。 

 さらに左右背後足下からすらも。

 凛々しい少女の声色が、 まるで実体を持った木霊(エコー)のように

森厳な響きを以て到来した。

 静かに。

 ただ、 静かに――。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

(しん)灼眼(しゃくがん)

能力-遣い手であるシャナ自身が()()()()()()

   行使している能力なのでその全容は不明だが、

   どうやら神経の “情報伝達速度” が異常に 『加速』 される能力のようである。

   そのコトにより身体の 「精密動作性」 が極限まで向上し

   剣技の威力、 精度共に数段上昇、

   更に通常では成し得ない 『超絶技』 なども使用可能となる。 

  「弱点」 は体力の消耗が激しい為 「持続力」 が短い事だが、

   ソレらは全て()()()()()話である――。

 

 



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『戦慄の暗殺者ⅩⅥ ~Final Prayer~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 

 

 

『私の動きに幻惑されず……斬撃を受け止めた事は……誉めてあげるわ……

大した反射神経ね……でも……私が今(つく)りだした……

この “魔幻鏡(まげんきょう)” の(うち)では……返って逆効果よ……

幻光の斬撃を……防ぐ事が……出来たとしても……

反射して……無数に……弾き返る……光の飛沫(しぶき)からは……

決して……逃れられない……どんな……紅世の徒だろうと……

例え…… “王” であろうと……絶対にね……』

 

 ありとあらゆる角度から聴こえるエコーの残響に、

フリアグネは自分が発狂したのではないのかと当惑する。

 

『さあ……立ち上がるまで……待っててあげるわ……

ここからは……公平(フェア)に……いきましょう……

善悪(カタチ)は……どうあれ……

おまえの……その…… 『精神』 には……

「敬意」 を……表するわ……だから……尊敬の念を……込めて……

討滅……して……あげる……壮麗なる……紅世の王……

“狩人” ……フリアグネ……』

 

 自分の周囲円周上全てを、 煌めく紅蓮の燐光と共に疾走る紅い幻影が。

 ありとあらゆる方向から響き渡る、 神霊な少女の声が。

 静かに終末の訪れを告げる。

 撃つべき 「手」 は全て完全に封じられた。

 あまりにも(はや)過ぎて 『トリガーハッピー』 は命中しない。

 純白の長衣 “ホワイトブレス” も同じ事。

 残った宝具は、 燐子自爆能力を持つ背徳の魔鐘

『ダンスパーティー』

 しかしあの疾さでは。

 燐子を 「召喚」 した時点で全てバラバラに切り刻まれるだろう。

 否、 ソレ以前に召喚系自在法を執る際の無防備状態を狙われれば、

ソレだけで一瞬にして首筋をカッ斬られる。

 フリアグネは、 己の現状を呪った。 

 ()()()()()()()()――。

 フレイムヘイズ自身も、 己の動きについていくだけで精一杯の筈。

 つまり、 攻撃に特化しているが故に、

“防御にまでは対応出来ない”

 故に広範囲を一度に攻撃できる “爆破系自在法” なら、

どんな小さなモノでも発動させれば必ず命中(あ])たる。

 カウンター効果でその威力を数倍にも増大させて。 

 なんとか、 なんとか 「一体」 だけでも、

燐子(りんね)” を召喚出来れば、 閉塞状態に陥った現状を

打破出来る 「(くさび)」 を撃ち込む事が出来るのだが。

 

()……()……?)

 

 フリアグネは、 無意識に自分の胸の中の存在を見つめていた。

 そして、 永い経験で培われたその戦闘思考能力は、

本人の意志を無視して一番合理的な方法を紡ぎ出す。

 これもまた、 遠隔暗殺能力に特化した “狩人” の本能。

 しかし、 【その事】 を認識したフリアグネの全身を、

これまでにない戦慄が劈いた。

 

(私……は……私は……ッ!

一体いま……()()()()()……ッ!?)

 

 フリアグネは、 激しく己自身を呪った。

 全身を引き裂いて引き千切り、 灰燼(はい)も遺らない程に焼き尽くしてやりたいと

想うほどの憎しみを抱いた相手は、

皮肉にも己が 「宿敵」 である “フレイムヘイズ” ではなく

それと対峙する “自分自身” だった。

 

「……」

 

 蒼白の主の表情から意図を察したのか、

胸の中のマリアンヌが静かに問いかける。

 

「ご主人……様……?」

 

 その声は、 何よりも甘く、 何よりも優しく、

そして何よりも哀しくフリアグネの耳に届いた。

 

「ダメだッ! マリアンヌッ!」

 

 両腕で細身の躰を包み、 全身を駆け回る吐き気と怖気(おぞけ)を堪えながら

フリアグネは叫んだ。

 

「ご主人様……ッ!」

 

 まるで懇願するような、 悲哀と慈愛に充ちた最愛の者の声が

再び耳に届く。

 

「ダメだダメだダメだダメだダメだダメだダメだァァァァァァァァァッッッッ!!!!

()()()()()()()()!! マリアンヌッッ!!」

 

 まるで依るべき者を失った子供のように、 フリアグネはその表情を崩壊させた。

 

「ご主人様……ッ! でも……! でも……!」

このままじゃ貴方の御体が!」

 

 マリアンヌがそう叫ぶより前に、 フリアグネが彼女の声を断ち切った。

 

「私は君がいれば! 君さえいれば! 他に何もいらないんだ! ずっと一緒にいよう!

今までもこれからもいつまでも! ずっと! ずっと! ずっと!」

 

 今にも泣き出しそうな、 まるで幼子のような表情で

フリアグネは悲痛な声で懸命に叫ぶ。

 

「君が! 君が私に教えてくれたんじゃないか!

今まで! ずっと独りきりだった私に! ずっと 「孤独」 だった私にッ!

紅世の宝具をただ簒奪することのみに心血を注いでいた私にッ!

君が生まれて初めて! 存在の灯火を与えてくれたんじゃないか! 」

 

「ご主人……様……ッ!」

 

 感極まった涙ぐんだ声で応じるマリアンヌに、

フリアグネは尚も胸元の彼女に向かって叫ぶ。

 

「そうさッ! 君が! 君が私に教えてくれたんだ! 

温もりも優しさも愛しさも何もかも!

生きる事の喜びさえも!

『幸福』 を、 私に与えてくれたんじゃないか!

君が! ()()()()! 」

 

 

 

 

 そう。

 全ては、「彼女」 が始まり。

 彼女がいなければ、 途轍もない絶対的な存在に平伏し

忠誠を誓おう等とは想わなかっただろう。

 彼女がいなければ、 紅世の徒でもない 「人間」 という存在を、

己が友として受け入れようとは想わなかっただろう。

 何故なら、 それまでの自分の生涯など、

虚無に等しき日々だったのだから。

 何もかも、 “自分すらもどうでもいい” 時の流れの中、

ただただ 「紅世の宝具」 を奪う事で、

淋しさと虚しさを紛らわせていただけなのだから。 

 全ては、 「彼女」 がいたから。

 いて、 くれたから。

 自分という存在は初めてその殻を破り、 他の存在へと手を伸ばす事が出来た。

 出来る事なら、 今すぐ剣等を手離して彼女を包み込んであげたい。

 彼女を護る為なら、 自分の身等どうなろうとどうでも良かった。

 しかし、 無情にも――。

 マリアンヌは涙で歪んだフリアグネの視界、

その一瞬緩んだ僅かの(いとま)に最愛の主の胸元から意を決して抜け出す。

 その肌色フェルトの左手に、

“ホワイトブレス” の中に収蔵されていた破滅の魔鐘

『ダンスパーティー』 を携えて。

 

「お赦しくださいッ! ご主人様! 」

 

「マリアンヌ!?」

 

 マリアンヌは、 生まれて初めて、 最愛の主の命令に背いた。

 最愛なる存在(もの)を護る為に。

 その燐子が行き着く先。

 眼前に拡がる、 悪夢と破壊の滅砕陣。

 紅蓮の光塵結界、 フレイムヘイズ “炎髪灼眼” の生み出す 『魔幻鏡』

 

「――――ッ!」

 

 フリアグネは、 咄嗟に 「彼女」 に向けて、 もう届かない手を伸ばす。

 他の事は、 自分の身体の傷は無論、

今一番意識を向けるべきフレイムヘイズの事すらも意識からは消え去り、

ただただマリアンヌの存在だけがその心中を支配する。

 しかし、 時の流れは余りにももどかしく、

まるで停止した時間の中にでもいるようだった。

 その彼の手に、 マリアンヌの背から靡いた白の燐光が、 微かに触れる。

 そんな極度に減速して引き延ばされた時間の中で。

「世界」 の中で。

 フリアグネの、 真実の想いだけが、 空間を駆け巡る。

 

(私は……君がいれば……君さえいれば……それで……それで幸せなんだ……

宝具なんていらない……アノ御方に見捨てられたとしても構わない……

君とずっと一緒にいられれば……他にはもう何にもいらないから……!)

 

 

 

 

 そして、 時は、 動き出す。

 

 

 

 

(だから! だからッ! マリアンヌッッ!!)

 

 周囲の時の流れが通常に戻ると同時に、

フリアグネの絶叫が屋上全域に響き渡った。

 

「“そこに” 行ってはダメなんだァァァァァァァァァァァァッッッッ!!!!」

 

 そこで。

 初めてマリアンヌは、 フリアグネに向かって振り返った。

 そして、 その心の裡で、 何よりも優しい声で語りかける。

 聖女のように。

 天使のように。

 

(大丈夫……ご主人様……貴方の御力なら……私を……いいえ……

“マリアンヌ” を……一から 「修復」 する事も可能でしょう……

大丈夫……大丈夫だから……だから……泣かないで……) 

 

「―――――――――――――ッッッッ!!!!」 

 

 そのマリアンヌの、 『覚悟』 の意志を感じ取ったフリアグネは

声にならない声で叫ぶ。

 でも、 彼女の傍に駆け寄ることは出来なかった。

 全身を切り刻まれた先刻のダメージ。

 意志に叛して身体は動かない。 

 加えて今、 彼女の傍にいけば、

自分も 『ダンスパーティー』 の誘爆に巻き込まれる。

 マリアンヌの一番哀しむ事を、 自分が行う事になる。

 最愛の者の “死” を目の前に、 何もせずにただ 「傍観」 するだけという、

最も卑劣で残酷な 「選択」 をフリアグネは取った。

 ()()()()()()()()()()

 彼女の為に。

 マリアンヌの為に。

 

 

 

 

 

 

 

人の世の 『運命』 には、 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

『ぬきさしならない状況』 というモノも存在する。

 

 

 

 

 

 

 無情なる、 因果の交叉路の只中にて。

 交錯する、 二人の言葉。

 最後の、 邂逅。

 

「必ずッ!  必ず君を甦らせてみせる!! マリアンヌ!!

君の存在の原核(コア)はッ! まだこの長 衣(ホワイトブレス)の中にッッ!! 」

 

(ハイ……ハイ……! 必ず……必ず……復活させてくださいませ……ッ!

ご主人様……ッ! 「約束」ですよ……貴方はいつでも……()()()()()……)

 

 その、 紅世の少女の願い。

 ソレは、 ()()()()()()()()()()()()

 何故なら、 生みの親であるフリアグネ自身すらも

気がついていない 『真実』 に、

彼女は、 マリアンヌは、 もう遠い昔に気がついてしまっていたから。

 創成の自在法により、 無数に生まれいずる “燐子” だからこそ気がついた、

一つの、『真実』

 それは、 緩やかに降る雨露よりも、 もっと淋しい存在の(つぶ)

 それ故に、 滔々と沁み出ずる、 少女の想い。

 何の偽りもない、『真実』 の追送(ことば)

 

(ご主人……様……? お心遣い……感謝致します……でも……)

 

 そう心の中で呟いて、 そこでマリアンヌは、

少しだけ哀しそうに微笑った。

 

(でも……それは……きっと……)

 

 封絶の放つ気流が、 毛糸の髪を静かに揺らす。

 

 

 

 

“今の私じゃないと想います”

 

 

 

 

 湧き上がる、 万感の想い。

 紅世の少女の、 切なる声。

 

 

(この……“貴方にさよならを告げるマリアンヌ” では……きっと……)

 

 

 

 

 

そう。

 

例え、 何から生み出されたものであろうとも。

 

例え、 無から生まれた存在であろうとも。

 

どんなものにでも 「生命(いのち)」 は一つ。

 

どんなものにでも 「精神(こころ)」 は一つ。

 

そして、 魂は、 たったの一つ。

 

それは、 とても淋しくて、 哀しいことなのかもしれないけれど。

 

()()()()()()()

 

他の何よりもかけがえが無く、 存在の輝きを放つもの。

 

 

 

 

 その事に、 マリアンヌは気がついていた。

 最愛の主が、 教えてくれた。

 

(でも……いいんです……マリアンヌは……

ご主人様が、 笑っていてくださるだけで……

ただ……それだけで……全てに……充たされます……

それだけで……

全てに……満足……致します……!)

 

 本当は、 そうじゃない。

 本当は、 もっとずっと一緒にいたい。

 時が赦してくれるのなら。

 いつまでも。 いつまでも。

 共に、 傍らに。

 永遠、 に。

 でも。

 後悔等、 ない!

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()、 気がついたから。

 いま、 ようやく、 ソレが解ったから。

 穏やかな気持ちのまま、 終わっていける。

 

(ありがとう……ご主人様……貴方の存在が……貴方と今日まで過ごした

たくさんの 『想い出』 が……私の精神(こころ)を……

ここまで…… 『成長』 させてくれたんです……導いてくれたんです……

モノ言わぬ操り人形…… “燐子” である……この私を……)

 

 そのマリアンヌの脳裡に、 まるで水晶で出来た万華鏡のように甦る、

最愛なる主との、 光輝くような幾千の日々。

 柔らかな雨の降る深い森の中、 自在法の加護を借り

二人共に清浄な空気の許を歩いた事。

 寒い冬の最中、 二人で暖炉を囲みたくさんの 「宝具」 に囲まれながら

他愛のない事で笑い合った事。

 時に些細なことやつまらないことで、 ケンカをした事。

 シルクのベッドの上で愛する主の手に抱かれ、

その胸の上でお互い無防備な表情のまま、 一緒に眠った事。

 どれも、 みんな、 大切な想い出。 

 他にはもう、 何もいらないくらい。

 その全てに、 感謝したかった。

 最愛の主が、 自分を誕生させてくれなければ、

そんな大切な 『想い出』 が、 生まれる事もなかったのだから。

 生きているという事の素晴らしさに、 気がつくこともなかったのだから。 

 だから、 逃れようのない絶対の破滅を目の前にしても、

マリアンヌの心はこの世の何よりも澄み切っていた。

 恐怖は、 なかった。

 絶望も、 感じなかった。

 不安な事は全て消え去り、 ただただ静かな気持ちでいられた。

 在るのは、 最愛の主との、 輝くような 『想い出』 だけ。

 そして、 その主が与え育ててくれた、 何よりも暖かな心だけ。

 

(新しいマリアンヌと……どうか……どうか……

いつまでもいつまでもお幸せに……)

 

 遠い追憶の中、 そして、 遙かな未来の中。

 最愛の人は、 いつでも笑っている。

 例え自分が誰よりも遠い場所に行って、

その姿を感じる事は出来ないとしても。

 いつでも。

 いつまでも。

 ソレが、 幸せ。

 きっと、 幸せ。

 誰よりも、 何よりも。

 この 「世界」 で、 一番大切な事。

 意志を持つ燐子の脳裏に、 最後に映る存在。

 それは、 彼女最愛の主の、 汚れのない笑顔。

 涙は流さなかったが、 きっと、

マリアンヌは泣いていたのだろう。

 そして、 静かに奏でられる、 終末の鐘の音。

 

(さようなら……大好きな……大好きな……)

 

 

 

 

 

 

“私のご主人様”

 

 

 

 

 

 

 

 白く染まる、 視界。

 その中でマリアンヌは、

脳裏で微笑むフリアグネに笑みを返した。

 自分が出来うる、 精一杯の笑顔で。

 最愛の主は満面の笑顔と共に、

優しい声で自分の名前を呼んでくれた。

 そう。

 淋しくはない。

 誰も、 淋しくはないのだ。

 この 「世界」 に生きている者は。

 一人残らず、 誰も――。 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 ヴァァァァッッッッグオオオオオオオオオオオォォォ

ォォォォォ―――――――ッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白い、 閃光。

 彼女は、“燐子” マリアンヌは、 『消滅』 した。

 己の生命の全てを。

 己の存在の全てを。

 白炎の大爆裂に換えて。

 死して尚、 己の想いを貫いた。

 

「あ、ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅ――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 空間を覆う白い爆炎の中から飛び出した、

人型の炎の塊が崩落した瓦礫の上に勢いよく叩きつけられる。

 同時に、 屋上中域を覆っていた紅蓮の光塵結界も掻き消える。

 爆炎でズタボロになったセーラー服。

 焼け焦げた胸元のリボン。

 そして華奢な躰から、 長い炎髪から、

多量の水滴が蒸発するような音と共に白煙が幾筋も空間に舞い上がった。

 

「…………………」

 

 剥き出しの、 生身に近い状態で死の白炎を至近距離で

直撃されたフレイムヘイズの少女。

 瓦礫の海に仰向けの状態で、

瞳孔が裏返り白一色の双眸で完全に失神していた。

 その傍らには、 先刻まで刀身全体を覆っていた炎が掻き消えた

贄殿遮那が無造作に転がっていた。

 その意識を断たれたフレイムヘイズの、

先に立つ者は――。

 今や、 無限の精神の暗黒に支配された、 哀れなる紅世の王。

 

「…………………」 

 

 前髪でその表情が伺えないまま、

まるで幽鬼のように虚ろな足取りで、

糸の切れたマリオネットのような狂った歩調で、

気絶しているシャナの脇を通り過ぎ

「彼女」 の許へと歩み寄る。

 瓦礫の海でただ一人、 笑みの口元のままで浮かんでいる、

肌色フェルトの人形の元へ。

 最愛の、 マリアンヌの元へ。

 

「誰が……そんな勝手な真似をしろと……言ったんだ……?」

 

 右腕が焼け落ち、 左足が(こぼ)れ落ち、 特製に設えた清楚な服も

今や爆炎でボロボロとなり、 そして、 全身無惨に焼け焦げたマリアンヌの亡骸を、

フリアグネは優しくそっと(すく)い上げた。

 

「どうした……? 返事をしろ……? マリアンヌ……」

 

 そう言って静かに、 灼けたその身体を微かに揺すり、

口調が一度も彼女に使った事のない命令調になる。

 でも、 もう、 優しい言葉では足りなかった。

 乱暴でもなんでも良い、 ただ彼女に傍にいて欲しかった!

 

「何か……言え……よ…………ッ!」

 

 しかし、 言葉は虚空に消え去るのみ。

 フリアグネにしか見えない、 彼女の幻影がたゆたうのみ。

 

「笑えよッ! マリアンヌッッ!!」

 

 透明な温かい雫が、 手のひらの中で静かに眠る

マリアンヌの亡骸に何度もかかる。

 何度も。 何度も。 

 ズン、 とフリアグネの両膝が重く瓦礫の上に堕ちた。

 そし、 て。

 

「ア……アァァ……ア……ッ!」

 

 震える全身から、 その口唇から、

悲哀と絶望に充ち充ちた魂の慟哭が

白い封絶に覆われた屋上全域に鳴り響く。

 

 

 

 

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァァァァ

ァァァァァ―――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 紅世の “狩人” の、咆吼。

 最愛の存在を永遠に喪失った、 絶望の嘆き。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「ッッ!!」

 

 その絶叫でシャナは目を覚ました。

 その瞳は意識を失って精神の持続力が途切れた影響か、

元の灼眼に戻っている。

 

「マリアンヌ…… マリアンヌ……ッ! マリアンヌ……ッッ!!

私の…… 私の…… ! マリ……アンヌ……ッ!」

 

 その美貌を涙で全面濡らしながら、

フリアグネは物言わぬマリアンヌを全身で掻き抱いた。

 もうどこにもいかないように。

 もう勝手にいなくならないように。

 自分の、 一番傍に置いておく。

 いつまでも。

 いつまでも。

 

「大丈……夫……何も……心配は……いらない……この私が必ず……!

君を……『復活』……! させて……みせる……ッ!

万が一自在法が無理でも……! アノ方の……死者をも……甦らせるという……ッ!

『幽血』 の……御力を……お借りすれば……!

だから……だから……! 何も……何も……心配しなくていい……ッ!

何も……心配する事は……ないんだよ……私の……私の……!

マリ……アンヌ……ッ!」

 

 涙で濡れた掠れる声で、 フリアグネはマリアンヌを純白のスーツの内側に

そっとしまい込む。

 そし、 て。

 一瞬の、 沈黙の後。

 

「―――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 憎悪で剥き出しにしたその口元をきつく食いしばり、

コレ以上ないと言う位のドス黒い暗黒の光で充たされた

パールグレーの双眸でシャナを睨む。

 その眼光だけで、 少女を()り殺そうとでもするかのように。

 そして、 ゆらりと立ち上がると、

その身に纏った宝具 “ホワイトブレス” の中から

クラシックなデザインのリヴォルバーを取り出し、

慣れた手つきでシリンダー部を開錠、 鋭く回転させて銃身に戻す。

 そしてコツコツと瓦礫を踏みならしながら、

狂暴な存在のプレッシャーを全身から放ちながら、

シャナの方へと歩み寄る。

 

「私には……この世に……生まれ落ちた時の 「記憶」 がない……ッ!」

 

 流れ落ちる幾筋もの透明な雫で、

その磨き込まれた水晶のような肌を全面濡らしながら

憎しみで彩られたこの世の何よりも禍々しいパールグレーの瞳で

フリアグネは拳銃を右手に携え、 黒い放電を撒き散らしながらシャナへと近づいていく。

 

「気がついたら紅世の存在の坩堝(るつぼ)の中に在りッ!

そしてその無限の存在の坩堝の中を彷徨(さまよ)っていた!!」

 

 そう叫んでシャナの目の前で立ち止まり、

震える憎悪と哀切の輪郭で少女を見下ろす。

 

「その……無限の存在の虚無の中を……幾星霜も彷徨ってきた私の……!

たったひとつの拠り所が……ッ! 私の生きた 『証』 こそが……!!

“私のマリアンヌ” だったのだからッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 そして言葉の終わりと同時にその銃口を至近距離、

シャナの眉間の延長線上に突きつける。

 

「殺す……ッ! フレイム……ヘイズ……炎髪……灼眼……!!」

 

 この世の何よりも(くら)き声で、 瀕死の少女に宣告するフリアグネ。

 

「イヤ違うッ! 貴様には 「死」 すらも生温い! 

その身を八つ裂きにしてッ! 紅世の暗黒空間にその肉片をバラ撒いてやる!!

我が自在法により永遠に苦痛が続くようにしてなッッ!!」

 

「……ッッ!!」

 

 シャナは何とか立ち上がろうとした。

 が、 ズタズタの黒いニーソックスで覆われたその足は、

もうただ痙攣(けいれん)するだけでそれ以上は決して動こうとしない。

 体力が限界を超えた所為(せい)なのかもしれないし、

または先刻の爆裂で完全に折れたのかもしれない。 

 しかし、 どっちにしろ状況は同じ事。

 突き立てた大刀の柄を支えに、 しゃがみ込んだ今の体勢を維持するのが

やっとという状態。

 そんなシャナの様子を、 最後の悪足掻きと受け取ったのかフリアグネは

余計にその憎悪を募らせる。

 トリガーへかかる指に、 力が籠もる。 

 

「さて……()()()()()まず……邪魔なモノを排除しなくてはな……

君にはそろそろ御退場願おうか……? アラストール……」

 

 冷酷な声でそう宣告し、 手にしたフレイムヘイズ殲滅の魔銃

『トリガーハッピー』 の照準を眉間の中心に合わせる。

 そんな絶対絶命の状況下の中、シャナは、

“それとは別の事” を考えていた。

 昔、 今はもう無き 『天道宮(てんどうきゅう)』 の書庫で読んだ、

一冊の 「書物」 の事を。

 

(二……人の……囚……人が……鉄……格子の……窓……から……外を……

眺めて……いた……一……人は……「泥」を……見て……いた……

もう……一……人は……「星」を……見て……いた……

私は……一体……どっち……?)

 

 考える間もなく、 もうとっくに答えは出ている。

 多分、 最初に逢った時から、 きっと。

 

(もちろん私は…… 『星』 を見るわ……!

アイツに逢うまで…… 『星』 の光を見ていたい……ッ!)

 

 その暗黒のフリアグネの視線に、

シャナは一歩もたじろかず逆に自ら照準へ歯向かうように顔を向け

凛々しい視線を返した。

 

「キ、 サ、 マッッ!!」

 

 この期に及んでも絶望の表情をあげない。

 あげさせなければ気が済まないフリアグネは、

歯を軋らせて険難にシャナを見下ろす。

 

(そう。 アイツがいるから。 いて、 くれるから。 だからッ!)

 

 湧き上がる、 決意の炎。

 そう。

 いつだって。

 どんな時だって!

 

「 『希望』 は在るのよッッ!! 【闇】 じゃないッッ!!」

 

 その眉間に銃口を突きつけられながらも、

シャナは微塵もたじろかず震える指先で構えた逆水平の指先を

フリアグネへと突きつけた。

 

←To Be Continued……

 

 

 




あぁ~、やっぱあきませんね「この回」は。
(久しぶりにティッシュ箱「空」になったわ……('A`))
もう『この二人』が可哀想で可哀想でね( ノД`)
でもまぁ、【敵でも死んだら悲しい】という
『ジョジョのテイスト』は受け継げたと想います。
(チト「やり過ぎ」な感もありますが)

『挿絵』はちょっと迷ったんですが、
この回『人型のマリアンヌ』は載せない事にしました。
フリアグネは彼女の「姿」が好きなのではなく
()()()()()()好きなので、「人形」じゃないと
その焦点がブレてしまうのですね。
所謂『本当に肉体を介在させない、究極の純愛』というヤツです。
(“スティール氏とルーシー” とか、
作品違いますが“メルエムとコムギ”とか)


しかしまぁ、やはり【第一部のヒロイン】は“彼女”だった。
それだけは揺るぎない『真実』だったと想います。
願わくば、彼女の存在を覚えて於いてあげてください――。

【挿絵表示】


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『戦慄の暗殺者FINAL ~LAST IMPRESSION~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 

    ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 

 

 

 灼熱の、 エピローグ。

 神々さえも息を呑む、 死闘の終焉。

 目が眩む程の存在の光が、 二つの存在から立ち昇っていた。

 決意、 憎悪、 友愛、 正義、 邪悪、 信頼、 純潔、 信念、 覚悟。

 ありとあらゆる、 巨大な情念の渦。

 生命(いのち)

 その全てが刹那(いま)、この一極に。

『運命』 に――。

 

「もう……いい……」

 

 眉間に銃口を突き付けられながらも

恐怖も絶望もその表情に現さないフレイムヘイズの少女に、

紅世の王 “狩人” フリアグネは冷酷に吐き捨てる。

 少女の真紅の双眸は得体のしれない輝きで充々ていた。 

 ソレが、 余計にフリアグネの裡で逆巻くドス黒い憎悪の炎を煽る。

 

「永劫の……闇に堕ちろ……ッ!

フレイム……ヘイズ……!!」

 

 そう言って手にした殲滅の魔銃、

『トリガーハッピー』 の銃爪(トリガー)を引き絞る。

 

永遠(とわ)に続く地獄の苦悶の中ッッ!!

せめて私のマリアンヌに詫び続けろォォォォォォォォォ―――――――――!!!!」

 

 その、 時。

 突如、 フリアグネの背後、 階下から粒子線状に迸る

エメラルドの閃光。

 継いで、 大爆裂音。

 

「!!」

 

「!?」

 

 シャナとフリアグネ。

 両者を照らす幽波紋(スタンド)の光。

 その 「正体」 が、 「法皇」 を司る 『スタンド使い』

花京院 典明の最大最強流法(モード)

『エメラルド・エクスプロージョン』 であるコトを

()()()()知らない。

 

「……あ……の……「光」……は……?」

 

 フリアグネの視線は、 迸るエメラルド光へ吸い寄せられるように釘付けとなっていた。

 周囲全域を照らす眩いエメラルドのハレーションにより、 その髪も瞳も碧一色に染まる。

 そして、 震える口唇から、 零れるか細い呟き。

 最早、 依るべき藁すらを掴む力を失った、 儚き声。

 

「……」

 

 再び視た視線の先。

 光の大放流と共に原型を無くしていく体育館の、

バックリ抉れた巨大な着弾孔から鉄の瓦礫と共に飛び出してくる燐子達の残骸。

 ソレらが、 意味するモノ。

 無言の、 別れ。

 最後の、 流法。

 決別の、 餞。

 

「……」

 

 脳裡に浮かぶ、 その者の姿。

 時折浮かべた、 穏やかな微笑。

 その面影が、 ゆっくりとフェードアウトするように、 消えていく。

 消えて、 いく……

 ソレと同時に、 己も予想だにし得ない程の

途轍もない喪失感が総身を覆い尽くした。

 もうコレ以上ないという位の深い哀しみで充たされていたフリアグネの心は、

さらに、 無限の精神の 「暗黒」 へと堕ちていった。

 最早彼には、 生きる理由や希望と呼べるモノは、

これで何も無くなってしまった。

 己が身を引き裂き、 心凍てつく程の、 深い 【絶望】 によって。

 

「……」

 

 そのフリアグネの白い頬を伝う、

何よりも冷たい、 ひとすじの雫。

 彼の心にまだ微か遺っていた、 最後の涙の単結晶。

 ソレが静かに、 瓦礫の水面へと落ちた。

 

 

 

 

 みんな……

 みんな、 離れていく。

 大切な者は。

 本当に護りたい存在は。

 みんなみんな。

 遠くへ行ってしまう。

 自分を、 置いて。

 

 

 

 

 

 無情なる因果の交叉路の直中で、

フリアグネはただ哀しかった。

 ただただ、 哀しかった。

 

「…………ッッ!!」

 

 流法の放つエメラルドの光に照らされながらその場に立ちつくすフリアグネに向かい、

シャナは足元の大刀を手にして斬りかかっていた。

 

「……」

 

 しかし、 フリアグネは()()()()()()向き直って手にした銃の、

死の銃爪(トリガー)を引き絞る。

 

「!!」

 

 無限の精神の暗黒で充たされた、 虚無の瞳で。

 皮肉な事だが、 ()()()()()()()()()()()()

“狩人” フリアグネの精神は、

完全に 「昔」 の状態へと戻っていた。

 虚ろな心のまま、 ただただ 「宝具」 を簒奪する事のみに明け暮れていた、

しかしその戦闘能力だけは 『絶頂』 で在ったアノ頃に。

 その 「純粋」 な彼に、 至近距離での抜き撃ち合いに勝てる者など誰もいない。

 どんな紅世の王でも、 フレイムヘイズでも、 絶対に。

 ソレが銃と剣での勝負なら尚更のコトだった。

 銃口から迸る、 死の閃光。

 白い、 マズルフラッシュ。

 渇いた、 射出音。

 そして。

 そし、 て!

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()ッッ!!

 

 

 

 

“三つ目の” 存在がシャナの背後から、

けたたましい破壊音と共に鉄製の扉へ掛けられた南京錠を鎖ごとブチ破り

極限の速度でプラチナの弾丸のように空間に飛び出してきていた。

 眼下のエメラルドの光と同じ、

否、 ソレ以上のスタンドパワーの輝きを携えた

『白金の旋風(かぜ)

 ソレが、 一瞬でシャナの脇を通り過ぎ限界を超えたスピードで、

全身からスタンドパワーを迸らせながら眼前のフリアグネに向かって

一迅の流星のように翔け抜けた。

 

「!!!!」

 

 その顔に、 もうこれ以上ないというくらいの喜びを浮かべようとするシャナの

深紅の髪が捲き起こった烈風により一刹那遅れて空間に舞い挙がる。

 甘い麝香の残り香を感じると共に灼熱の歓喜が

凄まじいまでの勢いで少女の全身を駆け巡り

精神の裡を狂おしい程に灼き焦がす。

 炎髪の撒く深紅の火の粉と灼眼の放つ真紅の煌めきと共に。

 

 

 

 

 

 

 そう。

「約束」 したから。

 来てくれると、 想ったから。

 貴方の足音が。

幽波紋(スタンド)』 の呼動(こどう)が、

ずっとずっと、 私には聴こえていたから。

 だから私の、 今のこの想いを、 こう呼ばせて欲しい。

 そうすれば、 フレイムヘイズで在った今までの自分を、

(まっと) うできると想うから。

 今のこの想いを。

『希望』 と――。

 

 

 

 

 

 

 シャナの真紅の双眸に、 一迅の閃光が映る。

 まるで空間までも斬り裂くかのような、

微塵の乱れもない尖鋭なる直線。

 ソレが、 既に全速力(フルスピード)で振り抜かれたスタンド、

スタープラチナの二本貫き手に構えられた指先に集束する

幽波紋光(スタンド・パワー)』 の 「軌跡」 を示している。

 疾風烈迅(しっぷうれつじん)斬空(ざんくう)洸牙(こうが)

 流星の流法(モード)

流 星 指 刺(スター・フィンガー)

流法者名-空条 承太郎

破壊力-A(贄殿遮那並) スピード-A 射程距離-C(最大7メートル)

持続力-D 精密動作性-B 成長性-A

 

 

 

 

 そのスタンドの放った超高速流法(モード)が、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

既にフリアグネの右腕を切断していた。

 宙に舞ったフリアグネの右手に握られた銃口から、

「標的」 からはまるで見当違いの方向に

フレイムヘイズ殲滅の弾丸が渇いた音と共に発射される。

 そして、 舞い散る白い火花と共に瓦礫の海へと落ちるフリアグネの右腕。

 ソレは、 大量の火の粉を放って音もなく空間へと消える。

 全ては、 刹那の瞬間(とき)

 神々すらも見落とす、 時の狭間(はざま)

 意識の限界すらをも超えた 「世界」 の中でのコトだった。

 

「……」

 

 フリアグネは、 その、 いつの間にか目の前にいた、

時間を消し飛ばして突如瞬現したかのような

長身の男を、 虚ろな瞳で見つめていた。

 先刻までそこに誰もいなかったとは、

信じられない位の強烈で圧倒的な存在感。

 強靱な意志と覚悟が秘められたライトグリーンの瞳。

 極限まで鍛え抜かれ磨き抜かれた、 芸術的なフォルムの体躯。

 血と炎の匂いが混ざり合った、 蠱惑的な麝香の芳香(かおり)

 その姿にフリアグネは、 己が絶対の忠誠を誓う君主の姿を重ね合わせた。

 

「……貴様……が……星の……白……金……?」

 

 虚ろな瞳と表情でそう問いかけるフリアグネに、

 

「よぉ……逢いたかったぜ……『ご主人様』……」

 

目の前の男、 空条 承太郎は静かにそれだけ言った。

 しかし、 その神麗なる風貌とは裏腹に、 その男の全身はズタボロだった。

 身に纏った、 マキシコートのような学生服の至る箇所に

使役する燐子達が手にしていた武器の創傷痕や尖突痕が存在し

ソコから血が滴っている。

 自分の燐子達を殲滅する際についた傷なのか?

 しかし、 学園内ほぼ全域に放ってきた総数延べ500体を超える武装燐子の

大軍を相手にしながら、 人の身にも関わらず五体満足だという事態が

信じられない話だった。

 

「ツレが、 随分世話ンなったみてぇだな……」

 

 承太郎はそこで初めて、 今の自分以上にズタボロな姿のシャナを、

今やその喜びの表情を隠そうともしない少女を鋭い視線で見つめた。

 

「……」

 

 その姿。

 白い封絶の放つ月光に酷似した煌めきに照らされた、 幻想的なる風貌。

 虚無で充たされた自分の心にも、 まるで闇夜の太陽の如く鮮烈に映る。

 全身傷だらけで血に塗れていても。

 否、 ()()()()()何よりも気高く誇り高く映る。

 その男の姿、 『星の白金』 の 「真名」 に微塵も(もと)る事はないその存在に、

フリアグネは戦闘継続中という事も忘れて魅入った。

 まるで、 初めてアノ方に邂逅した時、 そのままに。

 

(……美)

 

 想わず、 心の中でそう呟きかけたフリアグネに向けて、

 

 

 

『オッッッッッラァァァァァァァァァァァ―――――――――――ッッッッ!!!!』

 

 

 

 突如、 その男の背後で上がった咆吼。

 ソレと同時に、 自分の脇腹にその男の腕から延びた

“もうひとつの腕” が、 極限まで鍛え絞られた剛腕の鉄拳が

微塵の容赦もなく叩き込まれていた。

 

「がはぁぁぁッッッ!!!」

 

 腹の底から、 臓腑の奥の方から、 多量の呼気が一気に吐き出され

そして何かが軋んで圧し折れる音が耳元に届く。

 

「今のは……テメーがその身勝手な 『目的』 の為に生命(いのち)を奪った、

数多くの 「人間」 達の分だ。

今のは、()()()()()テメーのアバラをブチ砕いたと想え……」

 

「!!」

 

 そう言ったその男の、 『星の白金』 の内部から、

同等かソレ以上の存在感と威圧感を併せ持った巨大な人型のナニカが

空間を歪曲するかのような異質な音と共にズルリと抜け出す。

 ソレは、 その全身に神聖な白金の燐光を纏い

自らの創り出した封絶よりも強くフリアグネを照らしていた。

 

「そして!! コレも!! ソイツらの分だッッ!!」

 

 

 

 

 ドッッッッッグォォォォォ――――――――――ッッッッ!!!!

 

 

 

 

「がぁぐぅッッ!!」

 

 今度はフリアグネの顔面左頬に、

スタープラチナの鉄鋲が穿たれたブラスナックルの拳が捻り込まれた。

 歪む美貌と滲む視界。

 継いで牽き搾るような強い衝撃で背後に弾き飛ばされたフリアグネは、

突風に飛ばされた紙屑のように瓦礫の上を無造作に転がる。

 そして、 そのフリアグネの頭上から到来する、 余りにも巨大で強烈な存在の声。

 まるで、 一人の強大な紅世の “王” が、

特殊な 『能力』 でこの世に 【顕現(けんげん)】 でもしたかのように。

 

「いいか……? 覚えておけ……その 「次」 もソイツらの分だ……

その次も……その次の次も……その次の次の次……も……」

 

「!!」

 

 スタンドと共にゆっくりと歩み寄りながら言葉を紡ぎ続ける承太郎の、

その言葉の 「意味」 をフリアグネが認識する間もなく

その全身から白金の燐光を稲妻のように迸らせるスタンド、

スタープラチナの戦慄の轟拳の狂嵐が

フリアグネの全身に向けて爆裂一斉総射された。

 

「ソイツらの 「分」 だァァァァァァァァァァ―――――――――ッッッッ!!!!

コレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレもコレも!!!!

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァァァァァァ―――――!!!!」

 

 

 

 

 グァッッッッッッギャアアアアアアアアアアアアア

アアァァァァァァ――――――――!!!!!!!!!

 

 

 

 

「――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!????」

 

 己の躰の至る処から発せられる、

存在そのものを圧削して撃砕するかのような壊滅音。

 その腕は、 たったの二つの筈なのに。

 その拳は、 たったの二つの筈なのに。

 己の視界全域に夥しい拳の弾幕が遍く流星群の如く次々と瞬現し、

一斉に自分の存在目掛けて襲いかかってくる。

 そしてその輝く流星の群が、 躰の至る処に次々と着弾し、

拳型の刻印を全身に穿つ。

 

「―――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!」

 

 その余りに凄まじい弾幕の破壊力とスピードの為に、

倒れる事は疎か声すらあげるコトも出来ない。

 躰は宙を浮き、 落下重力によって地に伏する事も赦されない。

 微塵の容赦も躊躇もない、 正義の鉄槌。

 星の白金、 空条 承太郎の断罪殲滅撃。

 

(――――ッッ!!)

 

 その苛烈なる大破壊劇を、 少女は、 シャナは、

笑みを浮かべたままの表情で、 輝く真紅の瞳で見つめていた。

 湧きあがる無数の感情を、 微塵も抑えるコトもなく。

 両手をズボンのポケットに突っ込んだまま、

学生服の裾を翻して 『幽波紋(スタンド)』 を繰り出し続ける

青年の凄烈なる姿を。

 

「……」

 

 

 

 傍に、 立つ者。

 そして、 苦難に、 立ち向かう者。

 私にとっての 『守護者(スタンド)』 は、

きっとこの人。

 

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアア

ァァァァァァ――――――――――――――!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 空間に響き続ける、 スタンドの咆吼。

 肉の(ひし)ぐ音。

 骨の軋む音。

 そして、 血の代わりに空間へ捲き散る、 白い炎。

 瓦礫の上にしゃがみ込んだままでその光景をみつめながら、

少女は、 心の底から嬉しかった。

 だがしかし、 それでも、 心の中に湧いた一抹の不平を漏らす。

 

(…………なによ……他の人間(ひと)の……コト……ばっかり……

“私の為には”……怒ってくれないの……?

おまえの中の……私の 「分」 は……まだな、 わけ……?)

 

 そう心の裡で呟いたシャナに、

スタンドに攻撃態勢を執らせたままの承太郎がこちらへと振り返る。

 

「……」

 

 そして、 一度だけ自分を見て、 小さく頷く。

 その、 ライトグリーンの瞳に映ったモノ。

 

(!!)

 

 ソレを一瞥しただけで、シャナはその 「意図」 を感じ取った。

 そして、微笑を浮かべて傷ついた躰を、

大刀の柄を支えにしながら引き起こす。

 

「フッ……やれやれ……だわ……

()()()()()()()()()()()、 ってワケ……?

心に……()()()()()()()()……()()()()……?

ったく……怪我人相手に……無茶なコト……言って……くれちゃってぇ……!」

 

 口元に微笑みを浮かべてそう愚痴りながらも

傷ついた躰で立ち上がったシャナは、

大太刀 “贄殿遮那” を瓦礫の上に突き立てたまま

躰の裡に残された存在の力を指先へと集め

火の粉舞い散るソレを丁寧に編み始める。

 

「はああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――!!!!!」

 

 再び湧き上がる、 灼熱の喊声。

 結果は、 どうでも良い。

 ただ、 己が最大焔儀を、 全力で()り出す為に。

 アイツの気持ちに、 全霊で応える為に。

 己が存在の、 スベテを懸ける。

 やがて八字立ちで、 腰の位置で開いた少女の両掌に、

それぞれ属性の違う炎が宿る。

 そこで足を組み換え、 ソレら二つを重ね合わせる為に両腕を素早く交差させる。

 何度も。 何度も。

 迸る電撃のような着撃音と共に、 空間に舞い散る静と動の火花。

 最大焔儀発動の、 初期挙動。

 

「まだまだぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 スタンドの放つ遍く夥しい殲滅の弾幕で、

引き裂かれたスーツの胸元を掴まれてがくりと俯くフリアグネを

片手で軽々と掲げたスタープラチナは、 その細身の躰を無造作に頭上へと放り投げる。

 そし、 て。

 落下してくる紅世の王に向け高々と宣告される、

流星 『幽波紋流法(スタンド・モード)』 の流法名。

 

「スタァァァァァァブレェェェカァァァァァァ――――――――――ッッッッ!!!!」

 

「――――――――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

流星爆裂弾(りゅうせいばくれつだん)

 右拳に白金色のスタンドパワーを強力に集束させた白熱の爆裂撃。

 ソレが 「全力」 でフリアグネの左胸に荒れ狂う龍の如く撃ち込まれ、

そして煌めきながらも爆散し同時に生まれた驀進力でフリアグネの躰は

直線の軌道で地面とは平行に吹き飛んでいく。

 その、 先。

 少女の、 シャナの眼前至近距離で。

 逆十字状に交差された両腕の先端、複雑な印の形に結ばれた指の先で。

 宙に浮いて蠢く、砕けた白刃のように凶暴な火走りを放つ紅蓮の火球。

 

「アーク……クリムゾン……ブレイズ……ッ!」

 

紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(ぐれんひゃくしきふうめつえんぎ)

 少女を司る、 究極焔術大系の一局を担う御名(みな)

 その領域が焔絶儀の一つ。

 渦巻く業炎と揺らめく浄炎、

異なる二つの属性の炎を己が編み込んだ自在式によって融合させ

相乗効果によって増大した存在力を高架型に変容させて対象に撃ち込む

炎の強化型戦闘自在法。

 その流式の深名(みな)が、 今再び、 高々と少女の口唇から宣告される。

 

「レイジング……! クロス……ッッ!!」

 

 流式発動の動作とほぼ同時に、

シャナは既に指先に編み込んで集束させておいた操作系の自在式を

その両掌を重ねて腰撓めの位置に構え、残された時間の中

可能な限り式を修練させてその威力を高める。

 そし、 て。

 シャナの腰の位置で合わせられた両掌が、

前面で迸る紅蓮の大火球に向けて。

 その延長線上からこちらに吹き飛んでくるフリアグネに向けて。

 極熱の咆吼と共に渾心の力で以て刳り出される。

 

「ヴォォォテェェェェェッッックスゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――ッッッッ!!!!」

 

 魔葬焼刹(まそうしょうさつ)灼煉(しゃくれん)劫架(ごうか)

炎 劾 華 葬 楓 絶 架(えんがいかそうふうぜっか)

 術式発動の自在式と共に突貫型操作系自在式も同時に、

双掌撃を経由してその内部に叩き込まれた火球が突如

北 欧 高 十 字 架(ケルティック・ハイクロス)』 のカタチに変容し、

高架の紅い残像を描きながら 『流 星 爆 裂 弾(スター・ブレイカー)

に吹き飛ばされてきたフリアグネの躰を、

微塵の容赦もなく己の遙か頭上、天空へと轢き飛ばす。

 

「―――――――――――――――――――――ッッッッッッッッ!!!!!!!!!」

 

 交叉法(カウンター)効果によってその威力を更に加速させて。

 燃え盛る 『灼 熱 の 高 十 字 架(フレイミング・ハイクロス)』の直撃を受けた

フリアグネの躰は瞬時に紅蓮の炎で全身を覆われ、

その炎はフリアグネの躰に集束していた

白金の 『幽波紋光(スタンドパワー)』 と融合して激しくスパーク、 爆裂し、

頭上に真円の軌道を描いて撥ね上げられた全身を

白金と紅蓮の混ざった閃熱で灼き焦がしながら一度強烈に光を放つと、

そのまま直下の瓦礫の海を撃ち砕いてまるで暴龍の如く苛烈なる勢いで

凄まじい衝撃と共に着弾する。

 空間に捲き上がる、 莫大な瓦礫の飛沫と夥しい量の粉塵。

 

「……………………」

 

 その中心内部で、今や完全に意識を断絶され白一色の双眸のまま

大地に(はりつけ) られた背教徒のように、

陥没した瓦礫の上で仰向けに這い(つくば) る紅世の王。

 そのフリアグネの全身から焼煙と共に、

無数の白金の燐光と紅蓮の火の粉が混ざり合って寄り添うように

立ち昇っていた。

 (さなが) ら、 断罪者の御霊を弔う葬送曲でも在るかのように。

 その立ち昇る燐光と火の粉に向けシャナの視線の先、

空条 承太郎は。

 その指先を逆水平に構え、 瓦礫の水面で斃れているフリアグネを差す。

 連られるわけではなく、 ソレがまるで当たり前の事のように、

シャナも同じように指先を逆水平に構え同じようにソコを差す。

 その両者の指先の先端が、空間延長線で重なる。

 そしてほぼ同時に、 二人の口を付いて出る言葉。

 

「裁くのは……」

 

「裁くのはッ!」

 

 折り重なって響き渡る、 壮烈なる二つの声。

 

「オレのスタンドだ……ッ!」

 

「私の能 力(スタンド)よ!」

 

 破壊の乱風と封絶の放つ気流に揺れる、

承太郎の学生服とシャナのセーラー服。

 

「…………」

 

 直接触れあったわけでもないのに、

以前、 手を合わせた時等較べモノにもならない程の高揚感が

シャナの全身を貫いて甘い痺れが神経へ直に接触しているかのような、

強烈な体感を(もたら) す。

 否。

 確かに、 触れた、 繋がった。

 手と手が、 ではなく、 (からだ)(からだ) が、 ではなく、 『精神』 が。

 或いは 『魂』 が。

 互いがたった今全力で以て撃ち放った

『流法』 と “流式” を楔として、 時間も空間も超えて、

二人の存在が確かに繋がったのだ。

 

「……」

 

「……」

 

 そのまま、 互いに、 無言で押し黙る二人。

 様々な感情が波濤のように()し寄せ、 時は、 止まる。

 その両者が、 たった今創り出した、

殲滅討滅双方の原動力と成った究極の能力。

 互いの最大の流法と流式とを、 正反対の方向から激突させて

凄まじいまでの累乗波及効果を引き熾こし爆 裂(ヴァースト)

その二つの存在の狭間に途轍もない超絶的破壊空間を生じさせる極絶技。

『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ”

 両存在の完全融合(ワザ)

流法式祁(フォース)

 星炎招来(せいえんしょうらい)星天真紅(せいてんしんく)神撃(しんげき)

 流星灼眼の流法式祁(フォース)

スターダスト()タンデム()ブレイズ()

流法及び流式者名-空条 承太郎&空条 シャナ

破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-AAA

持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-AAA

 

 

 

 

 尚、この 『究 極 の 流 法(アルティミット・モード)』 は、

司令塔である空条 承太郎の神懸かり的な状況分析能力、

空間把握能力が絶対条件であり、 ゼロコンマ1秒タイミングがズレただけでも、

ただの 「連撃技」 に堕する事を此処に銘記しておく――。

 

「……………ッッ!!」

 

 墜落の衝撃によって大きな放射状の亀裂が走った瓦礫の海原にて、

引き()るように細身の躰を震わせる紅世の王。

 最早彼に、 戦う力は微塵も残されてはいない。

 宝具を操る力も、 自在法を編み込む力も全て

一片も残さず空条 承太郎によって放たれた

流法式祁(フォース)』 によって跡形もなく殲滅され、

今やただそこで生きているだけ、 ただ呼吸をしているだけの存在と成り果てた。

 

「……」

 

 しかし、 何もかも、 大切な者も立ち上がる力すらも失ってしまった彼だったが

奇妙な事に、 その心の裡は波打ち際の夕凪のように澄み渡りつつ在った。

 静かに、 そして穏やかに。

 そう、 何かが、 フッ切れたように。

 深い哀しみの憎悪と絶望で充たされいたパールグレーの双眸は、

今再び元の宝石のような光を取り戻しつつ在った。

 そのフリアグネの耳元に届く、 衣擦れの音。

 

「……」

 

 傍に、 立つ者。

 燃え盛る灼熱の双眸と火の粉舞い散る紅蓮の髪を

破滅の戦風に靡かせる、 凄絶なる一人の少女。

 その少女の右手に握られる 『討滅』 の刃は、

刀身に炎を円還状に集束させ加粒子に近い状態で刃に宿す

強靱無比なる閃熱の劫刃。

『贄殿遮那・煉獄(れんごく)ノ太刀』

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A++ スピード-シャナ次第 射程距離-C

持続力-D 精密動作性-シャナ次第 成長性-B

 

【挿絵表示】

 

 

 

 フリアグネの()には、 目の前に佇むその少女の姿が

まるで、 『天使』 のように視えた。

 最愛の彼女の(ところ) へ、 “マリアンヌ” の(もと)へ、

自分を送ってくれる“御遣い” のように。

 

「……フッ」

 

 それならば、 と力無く微笑ったフリアグネは灼けつく躰を引き起こし、

座り込んだままの姿勢で幼子がやるように左手をゆっくりと拳銃の形に模すと、

再びゆっくりとその銃口の先端をシャナの方へと向ける。

 

「!?」

 

 最早万策尽きた己の奇妙な行動に、

疑念の表情を浮かべる炎髪の少女に向けて。

 全霊を尽くしてブツかり合った存在に向けて。 

 

「……フレイム……ヘイズ……」

 

 フリアグネは(かげ)りのない微笑を浮かべたままそう呟き。

 

「この……討滅の……道具め……」

 

 そう片目を閉じてからかうように小さく、

「BANG」 と指先を弾いてみせた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 ズァッッッグゥゥゥゥゥゥゥ――――――――ッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

「うる……さい……」

 

 少女の呟きと共に、 強い踏み込みで全身の力一点に連動させて放たれた

渾身の袈裟掛けにて、 融解した鋼の如き灼紅の劫刃が

フリアグネの左肩口を透して躰の中心部に叩き込まれる。

 

「……ッッ!!」

 

 最早、 声というモノは、 なかった。

 存在そのものを灼き斬られるような激しい 「痛み」 と共に、

途轍もない 「歓喜」 が湧き上がってきた。

 最愛の 「彼女」 と、 もう一度 「再会」 出来るという歓びが、

躰を蝕む苦痛すら上回った。

 そし、 て。

 眼前で捲き起こる、 灼熱の咆吼と刳り出される劫刃の乱舞。

 

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

 うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

 うるさいうるさいうるさいうるさァァァァァ―――――――――いッッッッ!!!!」

 

 次々と湧き上がる激しい喚声と共に己が全身を、 その存在を、

数多の斬撃技で以て刳り出される灼紅の劫刃で刻まれながら、

フリアグネは憂いに充ちた表情のまま、 呆然と己の想いを反芻していた。

 逃れられない絶対の 「死」 を目の前にするコトによって初めて生まれ出ずる、

極度に引き延ばされ、 静止した 「世界」 の中で。

 

(本当は……本当……は……もう……とっくに……解っていた……

()()()()()……君の処へ……旅立たねば……もう……君とは……

決して…… 「再会」 ……出来ないと……いう……事は……)

 

 無数の朱い斬閃と、 次々に舞い散る白い、存在の火飛沫(ひしぶき)

 その色彩、 哀しいほどに鮮やかな、 花片(はなびら)の如く。

 ソレと一緒に散華する、 フリアグネの想い。

 何の偽りようもない、 真実の想い。

 

(でも……認めたく……なかった……頭で……解って……いても……

まだ……この世界の……どこかに……君が……いるような……気がしたから……

この……一秒後にでも……私の前に……ひょっこり……君が……現れて……

いつもの……ように……微笑みかけて……くれるような……

そんな……気が……したから……)

 

「―――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 叫びと共に数多の劫刃を繰り出し続けるシャナの躰にも、

フリアグネの全身から迸る純白の炎が、生命の飛沫(しぶき)が、

返り血のようにかかる。

 

(燐子……だったから……私が……自分で……生み出したから……

愛した……わけじゃない……

「君」 が……()()()()()()……

この世界で……たった一つの……かけがえのない……存在……

“マリアンヌ” ……だったから……

だから……君の為になら……何でも……して……あげたかった……

ソレが……例え……どんなに……罪深い……事で……あろう……とも……)

 

 脳裡に甦る、 最愛の彼女。

 緩やかな陽光を背景に映る、

その、 (くるお)しい程に愛しき姿。

 

(……後悔は……ない……()()()()……()()()()……

アノ方に……忠誠を……誓った事……

炎の灰燼……一枚(ひとひら)すらの……後悔も……私には……ない……

君と共に……生きられて……そして……アノ方に……出逢えて……

私は……私は……本当に……幸せ……だった……本当に……

本当……に……)

 

 やがて、 空間に散華する白い飛沫と共に、

フリアグネの躰は、 ゆっくりと地球の 「引力」 に(いざな) われ

背後へと、 堕ちていく。

 そのパールグレーの双眸も、 静かに、 閉じられていく。

 まるで、 彼の生命の、 その存在の終幕を、 そっと降ろすかのように。

 

(……今……傍に……いくよ……

今度は……もう……離さない……

ずっと……一緒だよ……

永遠に……永……遠……に……

私の……私……の………………)

 

 

 

 

 

 

 

“マリ……アンヌ……”

 

 

 

 

 

 

 

「オッッッッッラァァァァァァァァァ――――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 勇烈な駆け声と共に 『火車ノ太刀』 の構えで。

大刀を振り抜いた体勢のまま一気に駆け抜けるシャナ。

 

「……」

 

 一際鋭く、 飛び散る純白の炎。

 その瞬間、 フリアグネは糸の切れたマリオネットのように、

力無く地に伏した。

 天を仰ぐその躰を、 舞い落ちる純白の長衣にそっと包まれて。

 そして、 その白炎を司る壮麗なる紅世の王は、

もう二度と、 立ち上がる事は無かった。

 その理由も必要も、 最早存在しなかった。

 

←To Be Continued……

 

 



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『眠れる嬰児 ~Star Platinum/Magician's Red~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 

 静かに立ち上る、 存在の燐火。

 瞳を閉じたまま瓦礫の上に伏する紅世の王。

 その、 白い生命の残光。

 承太郎とシャナは、 黙ってその存在の終焉を見届けていた。

 善悪(カタチ)はどうあれ己が死力を尽くして戦った相手に対する、

コレが彼らなりの 「敬意」 だった。

 その沈黙を突如打ち破る、一つの、声。

 

「フリアグネッッ!?」

 

 二人の間に来訪した、 第三者の声。

 

「!!」

 

「!?」

 

 先刻、 本体とスタンドの蹴りでブチ破られた鉄製のドアから

上がった声の主を認識する間もなく、 花京院 典明は駆け出していた。

 瓦礫の海の上でたった一人、 いま正に死の淵に瀕している彼の元へ。

 フリアグネの元へ。

 その空間を駆ける美男子の心中で湧き上がる、 一つの声。

 もう一人の、 自分の声。

 

 

 

“彼は 「悪」 だ!”

 

 

 

 そんな事は解っている!

 

 

 

 

 

 

“数多くの人間を! 己が 『目的』 の為に犠牲にした!”

 

 

 

 

 

 そんな事は解っている!

 なら、 何故?

 今、 駆け出すのか?

 それは。

 それ、は。

 

 

 

 

 

“こんなヤツでも 『友達』 だからッッ!!”

 

 

 

 

 

 誰よりも何よりも自分の存在を必要としてくれたから。

 ソレ以外の理由なんて何もいらない。

 

「フリアグネッッ!!」

 

 花京院は、 仰向けの体勢で地に伏していたフリアグネの肩を掴んで

優しくそっと抱き起こした。

 

「……」

 

 もう、 死に逝く運命(さだめ)は変えられない。

 それだけの 「罪」 を、 彼は既に犯してしまっていたから。

 でも、 それでも。

 せめて、 せめて最後の最後の(とき)くらいは、

安らかな気持ちを与えてやりたかった。

 誰にも気にされず、 一人淋しく散って逝く位なら。

 例えどんな罪人でも、 死の尊厳を与え、

静かにその生命の終焉を看取ってあげたかった。

 それだけは、 偽りのない 『本心』 だった。

 

(……)

 

 甘い、 ライムオイルの匂い。

 遠い追憶、 嘗て一度だけ、 その香気に包まれたコトが在るような。

 そしてその香気にと共に聴こえてくる、 (こだま) のような声。

 誰かの、 呼ぶ声。

 誰か、 が。

 その声に誘われるように、 フリアグネは、

もう二度と開かないと想われた双眸を、 微かに開いた。

 ぼやける、 微睡みようなその視界に、 映る姿。

 ソレは次第に線を結び、 像を成す。

 

(……)

 

 その視界の殆どが闇に閉ざされつつある瞳に、 映った姿。

 たった一人の、 人間。

 震えるフリアグネの口唇から漏れる、

気流に掻き消える程か細い、 儚き声。

 花京院にしか聞こえない、 一つだけの声。

 か細く震えるフリアグネの手が、 そっと左胸の部分に触れる。

 花京院は、 寄せられたそのフリアグネの手を強く握り返す。

 

「……」

 

 震えるその手で、フリアグネは花京院の頬をそっと撫でる。

 その存在を、 確かめるように。

 微かに開かれたフリアグネの双眸に向け、

花京院は優しい微笑を浮かべ、 穏やかな口調で語りかける。

 

「大丈夫。 何も、 心配しなくて良い。

ボクは、 此処にいる。 どこにも、 行かないよ。

だから、 今はただ、 安らかに」

 

「……」

 

 もうこれ以上何も感じる事は無いと想っていた

自分の凍てついた心に、 温かなナニカが甦ってきた。

 これが、 人間の温かさ?

 これが、 人間の温もり?

 解らない。

「人間」 ではない “紅世の徒” で在る自分には。

 何も。

 でも、 それでも、 構わない。

 抱かれたその肩に、 繋がれたその手に、 花京院の温もりを感じながら、

フリアグネは最後に、 本当に安らかに微笑(わら)った。

 

「フリアグネ……」

 

 花京院は、 (うれ)うように左手を強く握り返した、

温もり、 消えて、 しまわぬように。

 やがて、虚ろに現世の境界を揺蕩(たゆた)っていたフリアグネの躰の線が、

その輪郭を消失()くしていく。

 ソレが人の形を失って大量の純白の炎となり、

一つの 『鳥』 の形と成って天空へと翔け昇り、 一斉に爆ぜた。

 元なる場所へ。

 全てが、 そう在るべきだった処へ。

 (かえ)っていった――。

 

「……ッッ!!」

 

 その、 音もなく舞い堕ちる白い欠片(カケラ)を手に掬いながら、

花京院は震える背を向けたまま言った。

 

「……彼……は……フリアグネ……は……決して……「幸福」 には……

なれない運命(さだめ)の……男だった……

もう既に……ソレだけの事を……

行って……しまっていたから……」 

 

 もう少し早く、「別の形」 で出逢えていたならば。

 馬鹿げた考え、 でも、 そう想わずにいられない。

 

「でも……自分以外の……「誰か」 に対する気持ちは……それだけは……

「純粋」 な……ものだったと想う……少なくとも……このボクは……」

 

「……」

 

 空条 承太郎は、 黙って花京院の言葉を聞いていた。

 否定も肯定もしなかった。

 例え敵であろうと、 数多くの人間を殺してきた咎人(とがびと)であろうとも、

花京院とフリアグネ、 その両者の関係は、その中で生まれた互いの想いは、

この世界で二人だけのものだから。

 

「……」

 

 花京院は、 手の平に遺ったフリアグネの残霞(ざんか)

自分の左胸に捺し当てた。

 その存在を、 己に刻むかのように。

 これから、 フリアグネは、 自分の裡で生きる、

自分の存在、 『幽波紋(スタンド)』 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 と共に。

 

「これで……ずっと……忘れない……」

 

 左胸に手を捺し当てたまま花京院は(おもむろ) に立ち上がり。

 

「おやすみ……」

 

 両目を閉じ、 もう誰もいない瓦礫の墓標に向けて、 静かに哀悼を捧げた。

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 両手をポケットに突っ込んだまま、 押し黙る承太郎の視界の端、

空間を舞い散る白い飛沫が完全に消え去ったその瞬間、

力無く瓦礫の上に崩れ落ちる少女の姿が在った。

 

「ッッ!!」

 

 咄嗟に出現させたスタンドで足下の瓦礫を踏み割り、

超高速で少女の元へと移動し承太郎はその躰が瓦礫へと伏する前に抱き留める。

 

「……」

 

 腕の中の少女の躰は、 信じられないほどに小さく、 そして頼りなく、

そしてその存在が身の丈以上の大刀を振り翳して戦っている事など

想像もつかない程の軽さだった。

 その少女は、 もう荒くすらもない本当にか弱い息遣いで

静かにその閉じられた双眸を開く。

 儚く己を映す、 真紅の双眸。

 しかし最早その(うち)に、

初めて視た時のような鮮烈さや凛々しさはもう見る影もなく、

ただただ戦いに傷ついた少女の瞳が其処に在るだけだった。

 

「ッッ!!」

 

 そして、 そのスタンドに抱き留められた少女の方も、

眼前の事実に双眸を見開いて驚愕する。

 今、 自分を。

 他の人間には視えない 「もう一つの腕」 で支えてくれている

青年のその躯には、 夥しい数の傷痕が刻まれそこから流れ出る鮮血が

全身を染め上げていた。

 躯の至る所についた、 鋭利な武器による創傷や擦過傷、

引き裂かれた極薄のアンダーシャツから覗く、

亀裂骨折の影響で赤黒く腫れあがった生身の素肌。

 本来の戦闘能力を鑑みれば、

自分と同等以上の力を携える彼ならば、

幾ら大軍とはいえ “燐子” 程度の相手に

ここまでの重傷を負うとは考えられない。

 でもソレは、 ()()()()()()()()()()()()()()()()の話。

 一体何故彼がここまでの傷を負っているのか?

その 「理由」 は既に明確だ。

 そして、 互いの疵痕を見つめ合ったまま同時に湧き上がる互いの声。

 

(シャナ……おまえ……)

 

(承太郎……おまえ……)

 

 交叉する、 二人の想い。

 

(ズタボロ……じゃあ、ねぇか……!)

 

(ズタボロ……じゃ、ないの……ッ!)

 

 交錯する、 二つの感情(こころ)

 

(バカヤロウ……! 他の奴の為に……こんなにズタボロになりやがって……!)

 

(バカバカバカ……! 私の為に……そんなにボロボロになって……!)

 

 ブッきらぼうな言葉でそう毒づき合いながらも、

承太郎は、 腕の中の少女の事を考える。

 少女の、 シャナの、 「戦う」 事、

その、 真の 『意味』 を。

 

 

 

 

 人間は、 自分も含めて、

(すべから) く何かを 【破壊】 して生きていると言っても良い存在だ。

 そんな哀しい人間の宿業の中で、

その身を 「犠牲」 にして血に塗れ、

心も躰も傷だらけになりながらも、

それでも懸命に誰かを 『救済』 し続けているこの腕の中の少女、

「シャナ」 の存在は、 きっと、 この世界のどんなものよりも優しい。

 だが、 傷つき戦い続ける少女の心の(きず)は、

例えどんな 「能力」 を以てしても決して癒す事は出来ない。

 そして、 終わりの見えない戦いの日々の中、

ゆっくりと溶けない根雪のように降り積もっていく

少女の冷たい魂の 「孤独」 は、

例えどんな 『スタンド』 だろうと絶対に埋める事は出来ない。

 

 

 

 そう考える無頼の貴公子の心に、

音もなく去来する想い。

 静かに形を成す、もう一つの 『決意』

 

(……やかましくて。

何か知らねーが紅い眼と髪で。

バカデケェ刀をブン廻す、

可愛げのねぇ小娘(ガキ)だと想ってたンだがな……)

 

 

 

 でも、 もういい。

 もう、 たった一人で、 頑張り続けなくても良い。

 辛い時は、 辛いと言って良い。

 泣きたい時は、 思い切り泣けば良い。

 これからは、 オレが傍にいるから。

 お前が嫌じゃないなら、 いてやるから。

 例え、 この世界中がお前の 「敵」 に廻ったとしても、

懸命に誰かを護り続けるお前を、 誰も護ってくれないというのなら。

 せめて、 このオレが。

 空条 承太郎が。

 この世のどんな残酷な事からも、 必ずおまえを(まも)ってやる――。

 

(……)

 

 少女は、 温もりを感じていた。

 体温ではない、 精神の、 存在の温もり。

 

(あたた……かい……)

 

 気づけばいつも傍にいて、

崩れ去りそうな自分の存在を支えてくれている。

 

(あたたかいわ……おまえ……

まるで……太陽に……抱かれてるみたい……)

 

 ()()、 は。

 逢うのが、 ずっとずっと、 待ち遠しかった。

 此処に来るのが、 本当に本当に楽しみだった。

 ジョセフから、 自分とそんなに歳の違わない 「孫」 が、

一人いると聞かされた時から。

 その時はもう、 ジョセフもスージーもエリザベスの事も、

好きだったから。

 人間ではない、 バケモノじみた能力(チカラ)を持つ、

怖れられて、 疎まれて当然の “フレイムヘイズ” で在る自分にも、

何の分け隔てもなく温かく優しい、『ジョースター』 の血統の人達が

本当に本当に、大好きだったから。

 だから、 古いアルバムのページ。

 幼い頃の “アイツ” の姿を、

ジョセフに見つからないように、 アラストールにも内緒で

こっそりと何度も何度も眺めていた。

 でも、 実際に逢った “アイツ” は。

 自分が想っていたよりも、 ずっとずっとヤな奴で……

 良い奴で。

 想っていたよりもずっと想い通りにはならなくて……

 でも、 一緒にいると楽しくて。

 想像していたよりもずっとブッきらぼうで……

 でも、 他の誰よりも優しくて。

 写真の中とは似ても似つかない 「不良」 だったけれど……

 でも、 正義と覚悟と決意の精神(こころ)に充ち溢れた、

本当に強くて誇り高い人だった。

 

(!!)

 

 そのとき、 突如、 鮮明に甦る、 一つの言葉。

 己が(からだ)を醜い 「白骸(ムクロ)」 に換えてまで。

 そして。

 そのたった一つの大切な生命を 「犠牲」 にしてまで。

 自分をフレイムヘイズへと導いてくれた者の言葉。

 

 

 

『いいか……?』

 

 

 

 ソレが、 彼の最後の、 手の感触と共に甦ってくる。

 

 

 

 

『……いいか……? 覚えておけ……

今此処に在るものは……“紅世の王” さえ一撃で虜にする力を生む……

この世界で最大最強の自在法だ……

いつか……自分で……見つけろ……

そして……ソレだけは……絶対に……

何が在っても……手放すな……

()()()()()()()……なる……なよ……』

 

 

 

 

 最後に、 そう言い遺して、 彼は消えた。

 崩壊する 『天道宮』 の中、 無音のまま儚く空間に舞い散る

虹色の火の粉と共に。

 そのとき、 自分は、 果たして彼に、何と言ったのだろうか?

“ありがとう”

 それとも。

“おやすみ”

 認識するには、 目の前の事実は余りにも唐突過ぎて。

 そして、 『運命』 は余りにも残酷過ぎて。

 ただ、 泣いていただけだったのかもしれない。

 でも、 「その言葉」 だけは覚えていた。

 何が在っても絶対忘れちゃいけない。

 それだけは、 解るから。

 誰だって、 きっと、 そうだから。

 その、 今は亡き青年に向かって、 少女は静謐な声で呼びかける。

 

 

 

 

(……『見つけた』……よ…… “シロ” ……

コレが……貴方の言っていたものなのかどうかは……解らないけれど……

でも……多分……きっとそうだよ……)

 

 

 

 

 体温も感触も感じないスタンドの腕に抱かれながら、

少女はその 『みつけたもの』 見上げる。

 

「……」

 

 その人は、 ずっと視線を逸らさず

ただ黙って自分を見護ってくれていた。

 何か、 言いたい。

 でも、 何を言えばいいのか解らない。

 来てくれてありがとう、 という感謝?

 それとも、 来るのが遅い、 という文句?

 先刻、 戦っている時は、 頼まれずとも彼に関する言葉が

次々に溢れ出てきた筈なのに。

 実際、 その彼を目の前にすると

みんな白い闇の彼方に消え去ってしまう。

 言葉はいつも、 役に立たない。

 アノ時の自分の言葉は、 もうこの人には届かない。

 

(!!)

 

 再び脳裡に走る、 白い閃光。

 直感以上の、 確かな確信。

 そうか――。

 だから。

 だか、 ら。

 

「……」

 

 シャナは、 痛みで引きつる躰をスタープラチナの腕の中で

無理に揺り動して引き起こそうとする。

 

「バカ! 無茶すんな! ジッとしてろッ!」

 

 そう怒鳴って顔を近づけてきた彼の線の細い頬に向けて、

少女は震える指先をそっと手を伸ばす。

 

「どうした? どっか痛ぇのか? 

待ってろ、 すぐにジジイの所へ連れてってやる」

 

 スタンドの両腕で自分の躰を両膝ごと抱きかかえ、

そして震える口唇から漏れる声を聞き漏らさないように

その顔をすっと近づけてくる。

 

「オイ、 アラストール。 昨日みてぇにオレのスタンドの力を使って、

応急手当くれぇは出来ねーのか?」

 

「その創痍(そうい)の身体で何を言う。

昨日の 「娘」 と違いこの子はフレイムヘイズだ。

今の状態で治療など行えば、 本当に貴様が死ぬぞ」

 

 承太郎とアラストール。

 二人が何かを言い合っている。

 でも、 聞こえない。

 もう、 聞こえない。

 

(自分で……試してみるのが……一番……良いん……だよね……?

ね……? ジョセフ……お爺ちゃん……)

 

 少女の心中に無限に拡がっていく、

光り輝くように眩く、 強烈な感情。

 ちょっと、 苦しいけど。

 でも。

 全然不快なものじゃない。

 

 

 

 

 

“想いを伝えるのは、 言葉だけじゃなかったんだ”

 

 

 

 

 

「やれやれ、 スタンドだ、 超能力だっつっても、 肝心な時には何の役にも立たねー。

こんな事なら曾祖母(ひいばあ)サンに 「治療」 の波紋も教わっとくンだったぜ、 チ」

 

 空条 承太郎の言葉は、 唐突にそこで途切れた。

 静かに重ねられた、 少女の 「口唇」 によって。

 

「ッッ!?」

 

 星形の痣が刻まれた、 その首筋に絡められた細い腕。

 風に揺れて靡く、 深紅の髪。

 甘く痺れるような、 火の匂い。

 そし、 て。

 少女の、 淡く潤った可憐な口唇が。

 承太郎の、 色素の薄い口唇に触れていた。

 互いの血と血で塗れた、

口唇と口唇とが穏やかに触れあう、

鮮血の、 口づけ。

 これから、 この世界を覆い尽くそうとしている巨大な 「闇」 と、

共に闘っていく事を誓う、 何よりも尊く何よりも神聖な行為。

 

「―――――――――――――ッッッッ!!??」

 

 少女の、 その余りにも突然の行為に、

胸元のアラストールは戸惑いを隠すこともなく驚愕を漏らす。

 しかし、 その事に、 当の本人達は微塵も気づいていない。

 承太郎にはシャナしか。

 シャナには承太郎しか。

 その存在が視えていない。

 他のものは全て、 その意味を無くし、

二人以外の存在は時空間の遙か彼方にまで消し飛んでしまった。

 

「……」

 

 そして、 完全に想定外の事態に、 少女のその行為に、

両眼を見開いて絶句する 「彼」 に向かって

ゆっくりと口唇を離したシャナは。

 一度、 向日葵のような満面の笑顔をその顔いっぱいに浮かべ、

そし、 て、 静かに瞳を閉じた。

 

【挿絵表示】

 

 

「シャナッッ!!」

 

 精神の支えがなくなりズシンッと重くなるスタープラチナの腕の中、

だらりと垂れ下がった少女の首筋からさらさらと零れ落ちていく真紅の髪。

 ソレが、 焼けた鉄が冷えるように元の黒い色彩へと戻っていく。

 少女の生命の消耗を象徴しているかのように。

 咄嗟に伸びた手が、 彼女の左胸に触れていた。

 

「……」

 

 微かだが、 鼓動は在った。

 少女の温かな、 体温と共に。

 確かに、 そこに存在していた。

 生命の息吹。

 命の鼓動。

 少女が、 いま此処に居るという(シルシ) 。 

 ただそれだけの事実が、 何故か無性に愛しい。

 一度消えたら、 もう二度とは戻らない 『真実』 故に。

 

「気ィ失っただけか……無理もねぇな……」

 

 シャナの左胸からそっと手を離した承太郎はそう呟き、

そして学帽の鍔で目元を覆う。

 正直、 何故か鼓動は異常な迄に高鳴り、

体温の急上昇に伴う多量の発汗作用が背に感じられたが

敢えてソコは意図的に無視した。

 理由は、 考えたくもなかった。 

 取りあえず、 ()()

 

「…………様々な事象が同時に折り重なった為、 この子も動転していたのだろう。

つまり 「我」 を喪失した状態での事。 あまり深く考えるでない」

 別に何も訊いていないのに

何故か異様にムッとした口調でそう一人語ちるアラストールに、

承太郎は後ろめたさを隠す意味も込め少しだけ(よこしま)微笑(えみ)を浮かべて返す。

 

「そういわれると、 寧ろ 『逆』 に考えろっつーのが

ジョースター家に代々伝わる 【家訓】 なんだがな?

()()()()、 果たしてどーなるのかな?」

 

「なッ!? き、貴様ッッ!!」

 

 珍しく感情を露わにしてそう喚くアラストールに、

 

「冗談だぜ? アラストール。

アンタでも取り乱す事在るんだな? 意外だぜ」

 

承太郎は軽く言って微笑ってみせる。

 

「むう……意外に根に持つ男よ……」

 

 アラストールは先刻以上にムッとした声でそう呟き、 不承不承押し黙る。

 

「……」

 

 その二人の耳元にやがて、 スタープラチナの両腕に抱かれた

少女の口唇から、 静かな寝息が聞こえてきた。

 傷だらけの、 服も躰も焼塵に塗れた姿でも

まるで、 嬰児(みどりご)のような表情で眠る少女。

 空条 承太郎は、 スタンドの腕の中で眠るその少女に、

己が使命を立派に果たした一人のフレイムヘイズに、

静かに語りかける。

 

(眠れ……今はただ……何も考えず……

目が覚めれば……また……戦いの日々が……おまえを待っている……

だから……今は……今だけは……何も考えず静かに眠れ……

このオレが……スタープラチナが……

()()()()()()()()()()……)

 

「……」

 

 安らかな表情。

 安心しきった寝顔。

 今までフレイムヘイズとして少女は、

己の身は己で護らなければならなかった。

 故に少女は、 こんなにも大きな安息に包まれて眠った事はない。

 たった一つの存在が。

 たった一人の人間が。

 これほどまでに少女の存在を変えてしまうモノか?

 胸元のアラストールは、 感慨いった表情で眠る少女を見る。

 その、 『幽波紋(スタンド)』 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 の両腕に抱かれながら。

 (あまね) く星々の存在に包まれながら。

 少女は、 シャナは、 ただただ安らかな表情で眠っていた。

 まるで、 目醒(めざ)めることで何かを成す、

『運命の眠り姫』 で在るかのように――。

 

 

 

 

 紅世の王 “狩人” フリアグネ

 その従者 “燐子” マリアンヌ

……共に 【消滅】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 



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エピローグⅠ ~BEYOND THE WORLD~

 

 

 

 

【1】

 

 

 

 精巧な造型(デザイン)のヴェネチアン・グラス。

 その中に注がれていた真紅の液体は

いつの間にか無くなっていた。

 

「……」

 

 男はグラスの表面に映った自分の姿を黙って見つめる。

 その脇に佇んでいた白い大きな外套と帽子、

そして零下に磨かれた氷像を想わせる

繊細な容貌の少女が音も無く男に歩み寄る。

 そして手にしたクリスタル製の水差しから

たった今湧きだした鮮血のように紅い、

空気に触れてその蠱惑的な芳香を最後まで引き出された

液体を完璧な作法でグラスに注ぎ、 中程までに充たす。

 

「……」

 

 そのグラスを手にした者。

 その真名 “邪悪の化身”

叉の名を 『幽血の統世王』

 DIO。

 その絶大なる能力(チカラ)を精神の裡に携えた全能者は、

クリスタルの水差しを手にした少女に向けて

堕天した熾天使(してんし)のような微笑を口唇に浮かべる。

 

「……ッ!」

 

 少女は、 その絶対零度の容貌を仄かに朱に染め、

クリスタルの水差しを両手に持ったまま少し俯いた。

 DIOはその様子を悦しそうに一瞥すると、

真紅の液体で満たされたグラスを傾けた。

 

【挿絵表示】

 

 

「……ッッ!!」

 

 そのDIOと少女の背後で、

イタリアギャングの 「幹部」 が着るようなダークスーツに、

プラチナブロンドの髪をオールバックにしたサングラスの男が

口元をギリッと軋ませ震える右手で拳を握った。

 

「……」

 

 またその一方で、 ダークスーツの男の様相を敏感に察知する

アッシュ・グレイの髪を背に携えた長身の男。

 象牙のように滑らかな質感の白い肌、

両腕両脚部を剥き出しにしたラヴァー製のコスチューム、

細身だが戦闘用に極限まで鍛え抜かれた肉食獣(プレデター)の如き

美しさと獰猛さを併せ持つ肉体。

 ソレに相剋する強靱な精神力、

統世王配下最強の幽波紋(スタンド)戦士

『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイス。

 その途轍もなき遣い手が静かな、

しかしこの世の何よりも暗い眼差しでダークスーツの男を見据える。

 

「ッッ!!」

 

 男の方もすぐに、 そのドス黒い険難な視線に気づく。

 ヴァニラ・アイスは言葉には出さず、

しかし瞳孔に宿った漆黒の意志のみでダークスーツの男に呼びかける。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 

 

 

(ッッ!!?)

 

 ダークスーツの男を、 突如全身バラバラにされるような凄まじい戦慄が劈く。

 紹介が遅れたが、 実はこの男、 ()()()()()()

 この世に渡り来た “紅世の徒” が作った組織の中では最大の規模を誇る組織、

仮装舞踏会(バルマスケ)

その主柱的存在 『三柱臣』 の一角足る強大なる“紅世の王”

その真名 “千変(せんぺん)” シュドナイ。

 付け加えるならば先刻DIOのグラスに真紅の液体を注いでいた

零下の美少女も同じく “紅世の王”

『三柱臣』 では 『大 御 巫(おおみかんなぎ)』 の役割を担う、

冠するその真名を 『(いただき)(くら)』 “ヘカテー” である。

 当然の事ながら、 この両者は他の “徒” など足下にも及ばない程の

強大な力を携えた恐るべき存在である。

 ()()()()()()、 そうで在る筈のこの男が

自分の僅か数メートルの距離に位置する

たった一人の 「人間」 に戦慄している。

 (さなが) ら、 蛇に睨まれた蛙の如く。

 そう、 決してシュドナイ自身が弱いわけではない。

 だが、 彼の視線の先にいる白い肌の男、

『亜空の瘴気』 だけは、 話が別次元の 「領域」 だったというだけだ。

 仮に、 シュドナイがその “千変” たる力を如何に駆使しようとも、

この男、 ヴァニラ・アイスの()り出す闇黒(あんこく)の 『能力』 の前には

そのスベテが文字通り跡形もなく “無” に(かえ)される。

 

「……ッッ!!」

 

 シュドナイの脳裡に甦る、 己の存在に深く刻まれた 『屈辱』

 そして、 その更に深奥に抉り込まれた未だ嘗てない 【恐怖】

 ソレは、 ほんの数ヶ月前――。

 永い時の中で苦楽を共にした同胞の協力により、

「探訪」 の自在法に拠ってようやくその居場所を探り当てた

『幽血の統世王』 その最初の邂逅時。

 まるで異次元空間のような深く永い回廊を抜け、

数多の幻影に惑わされながらようやく辿り着いた統世王の寝所にて。

 天蓋付きの豪奢なスーパーキングサイズのベッドの上、

半裸の姿のまま片膝を抱え込み、

妖艶な視線で既にこちらの来訪を予見していた存在に対し、

シュドナイが口走った言葉。

 

 

 

 

“アンタが 『DIO』 か?”

 

 

 

 

 その、 たったの一言。

 いつものように挑発的な薄ら笑いを口元に浮かべ、

ベッドの上で佇む統世王にシュドナイがそう言い放った刹那。

 そのすぐ傍に控えていたこの男は、

自分が連れてきた配下の “徒” 数十名と 「己の半身」 を

音もなく一瞬で跡形もなく削り飛ばした。

 

(―――――――――――――――ッッッッッ!!!!!?????)

 

 ()()()()、 眼前の驚愕を認識するだけで精一杯で、

当然 “なにをされたか” は微塵も解らなかった。

 男が、 ヴァニラ・アイスが執った行為は、

ただ目の前で構えた二本の指で鋭く空間を薙ぐ

という、 たったソレだけの行為。

 だが、 たったのソレだけで、

屈強なる自分の配下の徒が(中には “王” もいた)

己が死んだコトすらも解らずに上半身を()ぎ飛ばされ、

遺った胴体からそれぞれ色彩の異なる炎を間歇泉のように噴き上げながら

存在の忘却の彼方へと消え去った。

 宛ら、 今まで自分達がその存在を喰らってきた人間の成れの果て、

『トーチ』 で在るかのように。

 ()()()、 背筋に疾走(はし)った怖気(おぞけ)と戦慄の為

咄嗟に己を 「変貌」 させていなければ。

 そして、 眼前の惨状に眉一つ動かさず穏やかな口調でかけられた

まぁ待て、 というDIOの言葉がなければ。

 濁った紫色の火花をコルク栓を抜き取ったかのような切断面から

鮮血のように吐き出し続け、 首と僅かな上半身を残して

柔らかなペルシャキリムの絨毯に転がっていた自分は、

間違いなく己が 「全身」 を消し飛ばされていただろう。

 何故なら、 そのとき既にこの男は、

先刻と同じように構えた二本の指を

狂気の光で充たされたアッシュグレイの眼前に構え、

ソレを断頭台(ギロチン)のように振り下ろそうとしていたのだから。

 それが、『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイス。

 統世王に絶対の忠信とそれに見合う極大なる能力(チカラ)を携えた

途轍もない存在。

 

「……ッ!」

 

 シュドナイの強張る視線の先に位置したその男は、

充分に過去の 「背景」 を見据えた上でダークスーツの男を、

強大なる紅世の王である筈の“千変”を、

まるで虫ケラでも見るかのような表情で見据え

狂気の視線を通じて宣告した。

 

(つくづく学ばないヤツだ……貴様如き異界の虫ケラが……

DIO様に “そのような感情” を向けることなど赦されない……)

 

「ッッ!!」

 

 突如見開かれたアッシュ・グレイの双眸が、

一際兇悪な光を放つ闇黒の視線が、

シュドナイを真正面から挿し貫く。

 その心の裡で噴出する、 ドス黒い精神の叫号。

 

 

 

 

“ブチ殺すぞッッ!! このド畜生がッッ!!”

 

 

 

 

 そこでヴァニラ・アイスの、

ギリシア彫刻の如き犀利な美貌が何よりも残虐に歪んだ。

 秀麗な芸術作品が、 一瞬で狂った邪教徒の創造した

悍ましき偶像(オブジェ)に変わったかのような、

正に凄惨なまでの変貌振りだった。

 

(クゥッ!? や、 殺る、 気か……ッッ!!)

 

 絶対の 「殺意」 を向けられた “千変” シュドナイは、

頬に冷たい雫が伝うの感じながらも平静を装い

ヴァニラ・アイスに向かって一歩歩み寄る。

 幾ら途轍もない 『能力』 を携える最強戦士だとはいえ、

自分もれっきとした紅世の“王”

その誇りも面子(メンツ)も、 引くに引けない 「理由」 も在る。

 それを開戦の合図だと解釈したヴァニラ・アイスは、

 

(ほう……下賤な貴様にしては良い 「覚悟」 だ……

ソレに免じ、 一瞬で 『消し飛ばして』 やろう……)

 

即刻その男の断裁処刑を決意し、 自分もシュドナイの方へとゆっくり歩み寄る。

 最愛の主に、 ほんの僅かでも薄汚い感情を向ける者は決して赦さない。

 その 「矜恃」 の為になら 「死」 すらも覚悟しての行動だった。 

 そこへ、 静謐に到来する楚楚(そそ)たる声。

 

「……止さぬか……貴様等……此処を一体何処だと心得ておる……?」

 

 殺気だった 『スタンド使い』 と “紅世の王”

その両者の間に殆ど水着のような、

半裸に等しき洋装を纏った絶世の麗女が割って入った。

 背にかかる漆黒の髪。

 褐色の艶めかしい、 流線型の躰のライン。

 蒼黒の翡翠のような、 神秘なる双眸。

 極薄に織られ黒く染め上げられたパシュミナのショールで妖艶な素肌を覆い、

頭部にソレと同色の、 黄道の象徴を彫金した銀鎖の装飾で彩られたヴェールを被っている。

 その神麗なる姿。

 まるで闇冥(あんめい)の水晶が人の形に具現化したかのような、

霊妙かつ嬌艶(きょうえん)極まる風貌。

 しかしその美しい外見とは裏腹に、

紡ぐ言葉はまるで百年以上生きた賢者のように凛然としている。

 

「血気の抑まりが付かぬというのなら……

この()()()相手をしてやっても良いのだぞ……?

貴様等若僧()()()()()()()……我が至宝のスタンド……

正 義(ジャスティス) も “蹂躙(おど)る相手” が

いなくなって久しい故な……」

 

 森厳なるその声で、 スタンド使い、 紅世の徒両名に問いかける傾城傾国(けいせいけいこく)佳人(かじん)

 統世王DIO配下の組織、

幽 血 幻 朧 騎 皇 軍(ファントム・ブラッド・ナイトメア) の中では

『最大』 のスタンド能力を携えた妖麗なる占星師。

 その名は “エンヤ”

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

「……」

 

 片方はその相手に対する敬意から、 もう片方は自分に対する保身から、

不承不承振り上げかけた拳を降ろす。

 

(貴女とコトを構える気は毛頭ありませんよ……

失礼の段、 お詫びいたします)

 

(チッ……この女の 『能力』 もまた未知数……!

今ヤり合うのは得策じゃない……

ここは引いといてやるぜ、 妖怪ババア……ッ!)

 

 そう対照的に心の裡を呟いた両者は、

互いに背を向けて元の位置に戻る。

 その酷烈なる精神のブツかり合いの波濤が

一人の麗女の存在に拠って引いた瞬間、

空間に鳴り響く、 讃美の音が在った。

 

「見事だ。 “狩人” フリアグネ」

 

 黒い本革のソファーの上にその長い脚を組んで座っていたDIOが、

眼前に拡がる 『光景』 に向けて拍手を送っていた。

 

「敗れこそしたが、 お前はこのDIOの心を震わせた。

その真名に恥じない、 見事な戦い振りだったぞ」

 

 その眼前の 『光景』 に向けて讃辞を贈り続けるDIOの、

細く艶めかしい指先から延びたモノ。

 ()()、 は。

 無数に煌めく、 透明な(かずら)

 その透き抜けるウォーターブルーの蔦全体から

まるで放電現象を引き起こしているかのように遍く光が迸り、

そして光源を 「台座」 にして 『この空間ではない映像』 が

スーパーハイテクノロジー機器の多 重 高 質 画 像(マルチ・ハイヴィジョン)

ように浮かび上がっていた。

 その 「映像」 の中に在る、 三つの人影。

 裾の長いマキシコートのような学生服に身を包んだ、

ライトグリーンの瞳を携える美貌の青年。

 ズタボロに灼け焦げたセーラー服を纏い、

所々その白い素肌が露出した紅い髪と瞳の美少女。

 前述の青年と同じく裾の長い、

バレルコートのような学生服を着た中性的な美男子。

 そして、 たった今、 その葛の映し出す 「映像」 の中で

バレルコートの美男子の腕の中、

『鳥』 の形を成して消え去った存在。

 その最後の最後の刻まで己が最愛の存在の為に戦い抜き、

そして悠麗に散って果てた同胞その真名が、

清冽な水色の髪と瞳を携えた美少女の口から語られる。

 

(いた)みます……壮麗なる紅世の王…… “狩人” フリアグネ……

その従者…… “燐子” マリアンヌ……」

 

 その美少女、 ヘカテーは宝石のようにエメラルドがかった双眸を閉じ、

可憐な指先を組んでたった今天へと昇った

二つの存在に静謐な祈りを捧げた。

 眼前に拡がる、“此処ではない何処か” に向けて――。

 

【挿絵表示】

 

 

 その、 此処より遙か遠方の彼方を映し出す、

DIOの左手から延びた 『スタンド能力』

 冠するその名は、

永 久 水 晶(エターナル・クリスタル)

 本来、 今や一心同体となったDIOの 「肉体」 嘗ての保持者、

“ジョナサン・ジョースター” の 「幽波紋(スタンド)」 として目覚める為に

潜在の中で眠っていた 「能力」

 だが、 今、ソ レを操るのは、

その彼の肉体と完全に融合したDIO本人。

 男は、 較ぶ者なき絶対者は、

ジョナサン・ジョースターの肉体のみではなくその精神の力、

『スタンド』 すらも己のモノとしていた。

 DIOはそのスタンド 『永 久 水 晶(エターナル・クリスタル)』 が映し出す、

己が忠実な配下であったフリアグネの残霞(ざんか)に穏やかな声で語りかける。

 

「しばらくは冥府で安らうが良い。

何れ 『(きた)るべき時』 が到来したなら、

其処から 『復活』 させてやろう。

お前の愛する従者共々な。

ソレが、 最後までこのDIOの為に戦い抜いた

お前の 「忠心」 に対する褒賞だ」

 

 呟くようにそう言ったDIOが、 葛型のスタンドが絡みついた左手を軽く振る。

 その動作とほぼ同時に、 DIOの左腕に絡みついていた水晶の葛は

余韻すらも残さずアッサリと立ち消え、 眼前の 「映像」 もまた全て掻き消える。

 スタンド能力を解除したDIOが再びグラスを口元に運んだ刹那、

一つの小さな影が、 いつの間にか視界に飛び込んで来ていた。

 

「……」

 

 DIOは別段ソレを気に止めた様子もなく、

かといってその存在を見落としたわけではなく、

真紅の液体で白い喉を潤す。

 組まれた脚の上に、 軽い衝撃。

 同時に湧き上がる、 無邪気で明るい少年の声。

 

「DIOサマァァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 脚の上に、 上品な臙脂色のスーツを着た

波打つ金色の髪を携える十代半ば少年が

黄金の双眸を嬉々とした表情で覗き込んでいた。

 

【挿絵表示】

 

 

「こ、小僧ッ!? 貴様ッ!? ()()ッ!」

 

「……」

 

 その背後で怒髪天を衝くヴァニラ・アイスの凄まじい気配を察したのか、

DIOは背を向けたまま軽く片手を挙げ制する。

 

「!」

 

 ヴァニラは、 ただそれだけの所作で歩みを止め、

一度剣呑な表情のエンヤに振り向くと、

主の意図を感じ取り不承不承押し黙る。

 傍らでは氷像のような美少女が珍しく、

不快感を露わにした伏し目でDIOに抱きつく

少年を見据えていた。

 

「……あ……あ……あ……あ……の……? あの……?

お……お……お……お兄……様……?」

 

【挿絵表示】

 

 

 唐突に挙がった、 静かに空間を流れる少女の声。

 いまDIOに抱きついている少年と全く同色の、

豪奢な金髪の先端が大人びた螺旋状にくるまった美少女が、

大量の冷や汗を空間に飛ばしながら焦燥していた。

 無数のリボンをあしらった淡い撫子(なでしこ)色のドレスを身に纏い、

ソレと同色の鍔広帽子で美しい金色の髪が飾られた

まるでフランス人形のように可憐さ極まるその美少女が、

直ぐにドレスの裾を摘んで瀟洒にDIOの元へ駆け寄り

頭に被った大きな帽子を両手に取って深々と頭を下げた。

 

「統世王様ッ!  し、 し、 し、 失礼の段! 心からお詫び致します!

ですからッ! どうか! どうか!

「罰」 ならこの(わたくし) めに! どうか! どうか!」

 

 今、 星形の痣が刻まれた首筋に両手を廻して抱きつく少年と、

全く瓜二つの容貌。

 わざわざ 「双子」 だという説明が不要なほどに似通った、

まるで合わせ鏡のような存在。

 

「フッ……相も変わらず、 気苦労が絶えないようだな? “ティリエル” 」

 

 DIOは心蕩かすような甘い声でその青い瞳をきつく閉じ、

大量の冷や汗を飛ばしながら真っ赤な顔で頭を下げる

美少女に語りかける。

 

「顔を上げろ。 いつものコトだ。 気にはしていない」

 

「ハ、 ハ、 ハ、 ハイ……ッ!」

 

 青の双眸をキツく閉じながら “ティリエル” と呼ばれたドレス姿の美少女は、

頭を下げた姿勢のままでそそ、 とDIOの元から離れる。

 その紅世の美少女、 ティリエルの胸中で湧きあがる感情の渦。

 

(あぁ……! 本来なら……

その真名 『愛染他(あいぜんた)』 足るこの私の存在からするなら……ッ!

お兄様がこの私を差し置いて他の者に抱きつくコトなんて、

絶対に絶対に絶対に我慢できないコトの筈なのに……ッ!

どうして……? どうして “コノ方” には……!

()()()()()()()()……ッ!

そんな感情が微塵も湧いて来ないのかしら……ッ!?)

 

 心の裡でそう煩悶する紅世の少女、 ティリエルの胸中で湧くモノは

今まで 『溺愛する兄』 に近づく者に対して抱いてきた感情とは、

対極に位置するモノ。

 

(そ……そ……そ……ソレ……どころか……も……も……も……もし……!

もし……ッ! ゆ……赦されるのなら……! わ……わ……わ……私も……!

お……お……お……()()()()()()()……ッ!)

 

 そこで少女はハッと、 そのフランス人形のように可憐な顔を上げる。

 気流に揺れる豪奢な髪が、 巻き挙がるように空間を撫でる。

 

(あぁ……! イケない……イケない……! イケないわティリエル……ッ!

そんな(はしたな) くて不敬なマネ……! コノ御方相手に出来る筈がない……ッ!)

 

 心中でそう叫び、 美少女は鍔広帽子を胸元に抱えたまま

その触れれば折れるような(くび)を何度も何度も

金色の髪と一緒に振り乱した。

 その愛くるしい仕草に連動して異様に明るい山吹色の火の粉が、

落葉のように次々と空間へ撒き散る。

 

(――ッ!)

 

 そのティリエルの、 揺れる視界に映ったモノ。

 少女のその、 視線の先。

 エメラルドがかったサファイア・ブルーの双眸を携えた少女が、

己の煩悶を咎めるような視線で静華にこちらを見据えていた。

 その零下の美少女、 ヘカテーの存在を認識した刹那

ティリエルに湧き起こる激しい憤慨。

 

(何か、 文句、 ありますのッッ!!)

 

 ティリエルは先刻の表情とは対極のキツイ視線で透徹の少女を睨み返すと、

研がれた小刃で張り詰めた糸を斬るように視線を外した。

 

「……」

 

 透徹の少女ヘカテーもまた、 視線を横に傾ける。

 その、 見た目も性格もまるで対極な美少女の狭間では、

先刻の少年がDIOの艶めかしい首筋に手を廻しより強く、

キワどい体勢で抱きついてた。

 

「フッ……アノ 「剣」 が。

マジシャンズの(つか)っていたアノ 「剣」 が、

気に入ったのか? “ソラト” 」

 

 ほんの30分程前、 妹と共にこの部屋を訪れ

「能力」 の映し出す 『光景』 に魅入っていた少年の様子から

その意図を汲み取っていたDIOは、 今自分の至近距離にいる美少年

紅世の徒、 その真名 『愛染自(あいぜんじ)』 “ソラト” に向け

微笑を浮かべて問いかける。

 

「ウンッ! ()()()欲しい! 欲しいよッ! DIOサマ!」

 

“ソラト” と呼ばれた金髪の美少年は、

嬉々とした表情で何度も頷く。

 

「フッ……自分の 『願望』 に忠実なのは良い事だ。

通常は理性の “タガ” が働いて、

なかなか素直には成りきれんからな。

特に 「人間」 は」

 

「もしアノ 「剣」 がッ! “ニエトノノシャナ” が手に入ったら!

ボクがソレでDIO様の 「敵」 をみんなみんなみィィィ~~~んな

ブッ殺してあげるッッ!!」

 

「ほう? それは頼もしいコトだな」

 

 無邪気な口調で兇悪な台詞を、

嬉々として語る少年に向かいDIOは静かに告げる。

 

「ウンッ! ボクDIO様大好きッッ!!」

 

 そう言って再び、 自分の首筋に両腕を絡めて

抱きついてくる異界の少年。

 

「いい子だ……」

 

 DIOは甘く危険な微笑を口唇に浮かべて呟き、

少年の波打つ金色の髪をそっと撫ぜた。

 

「――ッ!」

 

 少年 『愛染自』 ソラトはDIOの躯から湧き熾る、

信じられないほど甘い美香とその艶めかしい手つきの心地よさに

まるで仔猫のように青い瞳を細める。

 しかし、 その甘美なる悦楽の刻は即座に終わりを告げた。

 

「さっ、 お兄様。 お(たわむ) れはソレ位になさってくださいませ。

後ろで怖い方が睨んでいらっしゃいますから」

 

 ソラトは再び猫のように、

ただし今度は実の 「妹」 にその襟首引っ掴まれて

無理矢理DIOの元から引き剥がされる。

 ソラトはまだ甘え足りないのか、

絨毯の上を引き擦られながらも

その両腕を伸ばしワタワタと動かす。

 その無垢な紅世の少年の様子を、

一人の超強力な 『スタンド使い』 が鬼神の如き形相で見据えていた。

 

「……」

 

 DIOは残った真紅の液体を一気に呑み干すと、

配下の者達に背を向けたまま指示を送る。

 

「フリアグネの御霊(みれい)に哀悼の意を送ってやりたい。

下がっていいぞ。

ヴァニラ。 エンヤ。 ヘカテー。

おまえ達 「3人」 もだ」

 

 そう言ってDIOは空になったヴェネチアングラスを北欧風のチェストに置く。

 その背後で、 配下の者達は規律正しく動いた。

「失礼致します」 とドレスの少女が完璧な礼儀作法で一礼し、

(その隣で笑顔で手を振っていた兄も無理矢理頭を下げさせられ)

その後をダークスーツの男が仏頂面のまま軽く頭を下げてから続き、

最後にDIOに呼ばれた 「3人」 がそれぞれ最大限の敬意を払った挙措(きょそ)で、

主に深く(かしづ) き部屋を後にした。

 豪華な造りと繊細な装飾の入った両開きの扉が閉まる音。

 ソレと同時にその真ん中に位置していた麗人と、

その脇にいた美少女の視線とが重なる。

 

「……」

 

「……」

 

 微妙に険悪な雰囲気が、 その両者の存在から滲みつつ在った。

 が、 場所が場所で在るだけに、 褐色の麗女の方が先にその視線を外す。

 

()くぞ。 ヴァニラ・アイス」

 

 エンヤが隣にいた男に、 視線を向けずにそう告げる。

 

「……」

 

 意外だったのか、 ヴァニラは少しだけ見開いた視線を麗人に返す。

 

「茶ノ湯じゃ。 一人で飲んでもつまらん。 付き添え」

 

 そう言ってティールームの方角へと踵を帰すエンヤに向け、

 

「……えぇ」

 

と端的にヴァニラ・アイスは応え、 その後に続いた。

 

「……」

 

 後に残された人間ではない少女は、

その二人とは逆方向に足を向け

先刻、 己が主の 「能力」 が映し出した

幽波紋(スタンド)』 の 「映 像(ヴィジョン)」 を反芻(はんすう)する。

 その裡に映った、 凄烈なる者の姿を。

 

「アレが……『星の白金』……」

 

 強靱な精神の光で充たされた、 栄耀なる瞳の輝き。

 

「アノ方の……倒すべき……敵……

この私の……討滅すべき……「敵」……ッ!」

 

 己の意志とは無関係に紡ぎ出される言葉と共に

透徹の少女の裡で湧き上がる、 『大命』 の焔。

 足下に敷かれた柔らかな絨毯を踏みしめながら、

紅世の少女は一人回廊を歩く。

 その眼前に、 一つの人影が唐突に現れた。

 

「……ッ!」

 

 額に、 軽い衝撃。

 それと同時に空間を舞う、 白い大きな帽子。

 ソレを、 今自分にブツかった人物の腕から延びた 『もう一つの腕が』

硬質に煌めく白銀の甲冑で覆われた 「右手」 が、

宙を舞った細い金細工で飾られた白い帽子を素早く掴み取り、

手練の手捌きでサッと自分の頭の上に戻した。

 

「失礼。 美しいお嬢さん」

 

「!」

 

 若い、 男の声。

 今自分とブツかった男性はそう言って非礼を詫び、

(非は考え事をしながら歩いていた自分の方に在ったのだが)

そして自分の頭に戻された白い大きな帽子を

からかうようにポフポフと叩いた。

 

「……」

 

 その、 自分の目の前に立つ男性。

 銀色の髪をまるで獅子の鬣のように雄々しく梳きあげ、

やや細身だが鍛え抜かれた躯を

両腕部が剥き出しになった黒のレザーウェアで包み、

ラフな麻革のズボンを履いている。

 腰元には銀の鋲が付いた黒いサロンが巻きつき、

耳元ではハートの象徴(シンボル)を二つに切り刻んだイヤリングが揺れていた。

 黙っていても、 その全身から否応なく発せられる

研ぎ澄まされた細剣(サーベル)のような雰囲気から、

超一流の 「遣い手」 で在るコトは容易に類推できる。

 

「ソレじゃ」

 

 男性は発せられる雰囲気とは裏腹の陽気な声でそう言い、

片目を軽く(つむ)ると脇を通り過ぎ自分の通ってきた回廊を逆に進んでいった。

 

(……)

 

 恐らく、 次の 「大命」 遂行者は、 今の男性。

 他者の存在を介さない、 統世王直々の勅命。

 ソレは、“アノ方自身が” 今の男性に対して

絶対の 『信頼』 を寄せているという何よりの証。

 その事実に対し何故か無性に、

羨望にも似た感情が “紅世の王” 『頂の座』 の胸中に沁み出ずる。

 少女は、 ヘカテーは、 その男性の背を視界から消えるまで見つめていた。

 そして心の中で、 少しだけ切なげな口調で問いかけた。

 

(貴方の御為(おんため)に……貴方の御命(みめい)に背く事は……果たして……

貴方に対する……【裏切り】 なのでしょうか……?)

 

 サファイア・ブルーの双眸を閉じる少女の背後に、

絶対の全能者の微笑が幻象の如く浮かび上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 

 国籍も種類も多種多様な、 その配置も精緻(せいち)を尽くされた

調度品で彩られる豪奢な客間に一人残ったDIOは、

再び左手をスッと差し出しスタンド、

永 久 水 晶(エターナル・クリスタル)』 を発現させた。

 DIOの左腕から絡みながらも湧き上がり、 具現化する水晶の葛。

 その手から数メートル延びた葛の先端がより強く発光し放電現象を

引き起こしながらも上へ上へと立ち昇り、 やがて一つの 『象』 を結ぶ。

 浮かび上がったその 「映像」 は、

上質のシルクのように艶めかしい素肌を露出させた

ドレス姿の美しい女性。

 幽波紋(スタンド)の放つクリスタルの燐光に照らされた

眩いばかりのその姿はさながら聖女、 或いは女神の似姿。

 このスタンド、 『永 久 水 晶(エターナル・クリスタル)』 を発現させた時は、

()()()()()()()()()()()()()

 そしてDIO自身も、 この女性のコトはよく知っている。

 嘗て、 ジョナサン・ジョースター相手に不覚を取り

「首」 だけとなった己の屈辱的な姿を、

敢えて晒した数少ない者の一人なのだから。

 DIOはスタンドの映し出す美貌の女性を一瞥すると、

左手から延びた()()()()()甘く危険な口調で語りかける。

 

「ジョナサン……お前の愛する 『エリナ』 は……もうこの世にはいない……

もう……遠い昔に……死んでしまったぞ…… “ジョジョ” ……」

 

【挿絵表示】

 

 

 当然の事ながらスタンドは何も語らず、

ただ透明な光を迸らせ眼前の女性を映し続けるのみ。

 

「フッ……」

 

 DIOは再び甘い微笑を浮かべると、

葛の絡みついた左手を振り翳しスタンドを 「操作」 する。

『エリナ』 と呼ばれた女性の姿が静かに立ち消え、 映像が反転し、

次々と違う人物をフラッシュバックのように空間へ映し出す。

 スタンド使い。 紅世の徒。 フレイムヘイズ。 “ソレ以外の” 能力者達。

そして、『能力』 を持たない者達、 ()()()()()()()()()()人間達。

 やがてその映像が、 一人の 「人間」 の所で停止した。

 裾の長い学生服に身を包み、 襟元から黄金の鎖を吊り下げた一人の男。

 DIOはその無頼の貴公子に向け、 挑発的な笑みを口元に浮かべる。

 

(フッ……鼓動が……微かに高鳴っている……フフフ……

ジョナサン……()()()()()()()()()()()……?

お前の “子孫” の血脈を……

時空を巡ってこの現代にまで受け継がれてきた……その 『精神』 を……)

 

 DIOの呼びかけに呼応するかの如く、 鼓動は一際大きく脈を打つ。

 全身を駆け巡る、 魔薬のような体感と共にDIOは、

己が 『宿敵』 の末裔である青年にその美貌を何よりも邪悪に歪めて告げる。

 

「空条……承太郎……!」

 

 闇黒の光で充たされた黄金の双眸が、 強烈にその存在を突き挿す。

 

「お前はッ! 必ずオレが()るッッ!!」

 

 そのDIOの心中で、 黒いマグマのように噴き挙がる精神の波動。

 魂の、 渇仰(かつごう)

 

「速く此処まで上がってこい!! ()()()()()()()()()ッッ!!」

 

 最愛の者に対する言葉と錯覚するかのように、

DIOは 『スタンド使い』 である青年にそう宣告する。

 

「もし此処まで来れたのならッ!

貴様の 「片割れ」 となった “マジシャンズ” 共々!

このオレが直々に相手をしてやる!! 

全てを超越したッ!

我が最強のスタンド 『世 界(ザ・ワールド)』 すらもブッちぎりで超絶した真の能力ッ!」

 

 そう狂い猛るDIOの 「背後」 から突如、

空間を爆滅するかのような途轍もない存在感を伴って

這い擦り出して来る、 一つの巨大な(くら)き 『影』

 

「この 新世界(ザ・ニュー・ワールド) でなッッッッ!!!!」

 

 その超極絶なる存在の冠する御名が、

『幽血の統世王』 自身の口唇から高々と宣告される。

 そし、 て。

 邪悪な声音で猛り狂うDIOの口唇から、

意図せず魔皇の微笑が零れ落ちた。

 

「クッ、 クククククククククク、 ククク、 クハハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 やがてソレはこの世の何よりもドス黒い、

邪神の狂 嗤(きょうしょう)となって空間に響き渡る。

 

「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!

フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!

クァァァァァァハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!」

 

 深遠の闇の中で、 その牙を剥き出しにした統世王の嗤い声が鳴り響いた。

 いつまでも。 いつまでも。

 この世界の終幕を彩る、 最後の鐘の音で在るかのように――。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

 

永 久 水 晶(エターナル・クリスタル)

本体名-ジョナサン・ジョースター(現本体名-DIO)

破壊力-B スピード-C 射程距離-∞(この世界の全て)

持続力-A 精密動作性-C 成長性-完成

 

能力-ジョナサン・ジョースターの潜在の中で眠っていたスタンド能力。

   DIOのスタンド 『世 界(ザ・ワールド)』 が発現したコトに影響を受け、

   彼と融合したジョナサンのスタンドもまた同時に覚醒した。

   能力はこの世界中のありとあらゆる場所の映像を

   超高画質のマルチ・ハイヴィジョンで視るコトの出来る

  【多重遠隔透視能力】

   更に一度視た映像は、 PCのハードディスクのようにスタンド内部に

  「保存」され、 いつでも好きな時に再生可能となる。

   戦闘以外の様々な分野にも応用可能な、 正に汎用遠隔型究極能力。

   尚、 このスタンド能力が発現したその【真の理由】 だが、

   ソレは死しても尚、 最愛の者の 『幸福』 を心から祈り。

   そして、 この世の何よりも温かく優しい心を持った()()()生きる世界を、

   いつまでもいつまでも護り続けたいというジョナサン・ジョースターの、

   その強く気高き精神が具現化したモノだと推察される。

 

 

 

 

 

 

新 世 界(ザ・ニュー・ワールド)

能力者名-DIO

破壊力-UNKNOWN スピード-UNKNOWN

射程距離-UNKNOWN 持続力-UNKNOWN

精密動作性-UNKNOWN 成長性-UNKNOWN

 

 

能力-その全貌は、 全く以て不明……

   一体どのような 「能力」 なのか?

   ()()()()()()()()()()()()()()()()()解らない。

 

 

 

 



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エピローグⅡ ~Wheel of Around~

 

 

 

【1】

 

 

 

 穏やかな春の陽光。

 緩やかな早春の息吹。

 静かに舞い散る桜色の花片(はなびら)

 その中を、 3つ人影が静かに歩いていた。

 一番左側。

 マキシコートのような学生服の前を全開にして高雅に着こなし、

襟元から黄金の鎖を垂れ下げた長身の青年。

 その真ん中。

 クロムグリーンのセーラー服の胸元に、

銀鎖で繋がれたペンダントを揺らしながら歩く小柄な少女。

 その隣。

 まるで女性のように線の細い躰をタイトな学生服で包み

耳元で果実を模したイヤリングを揺らして歩く中性的な美男子。

 その三者の身体からそれぞれ湧き上がって靡く、

麝香と果実と花々の香り。

 最近、 三者の真ん中に位置する少女も自分の左隣の青年に(なら)

彼と同タイプの “天使の心” という名の付いた

女性用の香水を仄かに香る程度つけるようになっていた。

(一度ソレを使用している事になかなか 「彼」 が気づいてくれないので、

付ける量を徐々に増やし最終的には 「付けすぎだ」 と注意を受けている)

 

「……」

 

 その少女の胸元で揺れる紅世真正の魔神 “天壌の劫火” アラストールは、

彼女が自らは気づかない内にその 「殻」 を破ろうとしている事に対し、

少々複雑な心境で沈黙を護る。

 実は、 その軽率な街娘のような所行を

何度か窘めようとした事は無きにしも在らずだが、

しかし少女の躰から発せられる特有の香りと混ざって湧き熾る花々の美香は、

神明なる紅世の王足る彼の心を揺らすに充分足るモノだったので

ソレを一番間近で感じる事の出来る至幸の冥利には贖いきれず現在に至っている。

 そんな種々の芳香の中、 3人ともほぼ無言で桜並木のなか歩を進めていたが

険悪な雰囲気は微塵も感じ取れなかった。

 それ所か言葉には出さなくとも、

互いに繋がり合っている強い 『信頼』

ソレがもう今は三者の間には在った。

 そんな穏やかな沈黙の中、 所々傷の在る潰れた学生鞄を持った

美貌の青年が口を開く。

 

「腹減ったな。 ラーメンでも食ってかねぇか? 花京院?」

 

 呟くように青年は、 小さな影一つ隔てた中性の美男子に問いかける。

 

「そうだね。 少し歩くけれど、 美味しい所を知ってるよ」

 

「決まりだ」

 

 そう言って承太郎は花京院の掌を叩き、 彼も同じようにソレを返す。

 

「ダメ。 アノ喫茶店に行くわよ」

 

 まるで対戦格闘ゲームの乱入者のように、

真ん中の少女の声が割り込んだ。

 その凛々しき事、 閼伽水(あかみづ)に磨かれた滔鉄(とうてつ)の如く、

有無を云わさぬ響きで少女は両隣を歩く二人に告げる。

 

「じゃあオメーとはここでお別れだな」

 

「さようならシャナ。 また学校で」

 

 少しだけ(よこしま) な口調と変わらぬ穏やかな態度で、

両脇の美男子がそれぞれ告げる。

 

「うるさいうるさいうるさい。 おまえ達に選択権はないわ」

 

 その二人に対し少女は相変わらずの暴君さ返した。

 承太郎はやれやれと肩を(すく)め、 花京院も仕方ないねと細い両腕を広げた。

 一度、 一人ズンズンと歩を進める少女を何となくそのまま見送り、

二人が付いて来てない事に気が付いた少女がキッとした表情で

こちらを振り返って睨んだ後、 (しば)しの間、

そのままいきなり小さな肩を震わせふぇっと泣きそうになったので

この小さな姫君のわがままは極力素直に聞き入れるというのが

この若き 『スタンド使い』 二人の共通認識となっていた。

(長身の男二人の間に小柄な少女が一人涙を浮かべていれば、

どうみても 「悪者」 は 『こちら側』 である)

 アレから――。

 異次元世界の 『能力者』 紅世の王 “狩人” フリアグネとの死闘から

既に二週間が経過していた。

 そして日々は、 それなりに平穏で過ぎていた。

 そして、 その戦いに身を投じた3人も、

一様に変わらない普通の高校生と同じように時を過ごしていた。

 例を挙げるならば、

アミューズメントパークで承太郎の出したパンチング・マシーンのトップスコアに

対抗意識を燃やしたシャナが、 フレイムヘイズの力を抑えず 「本気」 で殴って

機械を叩き壊し逃げた事や――

 カラオケ店の個室で承太郎の歌う洋楽と花京院の歌う邦楽が軒並み90点以上の

高得点を連発する中、 ようやく自分の知っている歌を見つけ承太郎の番に割り込んで

歌ったシャナの童謡が見事19点の大台を叩き出しキレたシャナが

カラオケの機材を蹴っ飛ばして破壊し逃げた事や――

 映画館のアクション・シーンでスクリーンに映ったフルCGのモンスターを

新手の “徒” と勘違いしたシャナが暗闇の中突如炎髪灼眼に変わり、

纏った黒衣を気流に靡かせながら劇場の大スクリーンを大太刀

“贄殿遮那” で一刀両断の許に斬り捨てて逃げた事や――

……

 と、 まぁ、 逃げてばかりではあるが取りあえずはスタンド使いにも

紅世の徒にも襲われる事はなく日々は平穏だった。

 

「……」

 

 美形二人に挟まれるようにして歩くシャナは、

まだ少しムッとした表情で目当ての場所に向け歩を進めていた。

 その表情の 「理由(わけ)」 は、

二人が自分を置いてけぼりにしようとしたコトとはまだ別に在った。

 実は、 この二週間の間アノ時の 「記憶」 が、

紅世の王 “狩人” フリアグネとの壮絶なる死闘、

互いの剣技と焔儀の限りを尽くした極限レベルの炎熱戦、

ソノ、 ()()()()()()どうしても思い出せない。

“煉獄ノ太刀” の一斉乱射でアノ男を 「討滅」 した所までは覚えているのだが、

どうしても()()()が。

 今までの “紅世の徒” 討滅の際、

頭部、 特に脳に強い衝撃(ダメージ)を負った時

その前後の記憶が 「飛ぶ」 というコトはまま在ったのだが、

フレイムヘイズで在る自分にとっては 『討滅した』 という結果のみが

重要だったのでその 「喪失した部分」 に気をかける事はなかった。

 しかし、 ならば何故? 今回に限って “そんなこと” が

無性に引っ掛かっているのだろう?

 でも、 そんな意味のない筈の事が何故かどうしようもなく気になって仕方がない。

 どうしても想い出したいような、 逆に、 何が何でも想い出したくないような、

相反した感情が相克状態に陥って一歩も引かない。

 なにか、 “スゴク大事なこと”

或いは、“途轍もなく凄まじいコト” を

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 その事について同じ場にいた承太郎に訊いてみると、

“さぁな? オメーが覚えてねーんなら、別に何にもなかったンじゃあねぇか?”

と、 すげなく言われ。

 アラストールに訊くと、

“我は知らぬ。 何も 「見て」 おらぬ”

と、 強固な口調で言われ。

 花京院に訊くと、

“……別に”

と、 何故か少しムッとした口調でそう言われ。

 勢いでつい訊いてしまったジョセフには、

“なんでワシに訊くんじゃ?”

と、 (もっとも)な正論を苦笑で返されてしまった。

 結局 「真相」 は闇の中。

 誰も知らない宇宙の果てでも在るかのように永遠の謎となってしまった。

 まぁ、 肝心要の紅世の王は討滅したわけだし、

そのコト自体は覚えているわけだから、

本当に何も無かったのかもしれない。

 常識的に考えて 「その後」 に何か特別なコト等起こりようがないわけだから。

(ただ 「その後」 不覚にも気を失ってしまい学園の 『修復』 を

アラストール任せにしてしまった事は本当に申し訳ないと想ったが)

 でも、 自分が覚えていない事でも 『良い事』 は別に在った。

 その時の事を想い出す度に何故か勝手に顔が綻んで、

少し面はゆい気持ちになるけれど。

 実は、 「アノ後」 自分は――。

 己の 「器」 から限界を超えて存在の力を絞り尽くした

その極限をも超えた疲労とダメージの為、

三日三晩眠りっぱなしだったらしい。

 そして、 『波紋』 で傷の治療をしてくれたのはジョセフで

着替えや全身の至る処に巻かれた包帯を取り代えてくれたのは

ホリィ(慈愛に充ち充ちた 『聖女』 のようだったとはアラストールの談)だったのだが、

その後、 熱を持った爆炎の裂傷を氷漬けの冷水で浸したタオルを絞り、

ソレでずっと患部を冷やしてくれていたのは承太郎であったらしい。

 彼と共にずっと自分の傍にいたアラストールの口から

(不承不承の面もちで)語られたコトに拠ると、

冷水にその手を何度も何度も浸し

ソレを何百回、 何千回と繰り返した為承太郎の 「手」 は、

最後の方は紫色に変色し(あかぎれ) でボロボロになって血が滲んでいたらしい。

 ()()()()()()

 彼は、 自分が小康状態を取り戻すまでロクに睡眠も取らず

三日三晩付きっきりで看護を続けていたそうだ。

 自分も戦いの疲労とダメージが在るにも関わらず、

ずっと、 傍らで――。

 自分が傷の痛みとソレの発する熱で(うめ)くごとに、

タオルを(あてが)う箇所を逐一変えて。

 ジョセフも何度か助力を申し出たそうだが

彼は 「ジジイはスッ込んでろ」 「ジジイは寝てろ」 の

台詞のみで取り合わなかったらしい。

 そして、 (あかつき) の曙光が部屋に射し込む明け方、

ようやく発熱が治まり自分の頬に仄かな赤味が差し

寝息が穏やかなものに変わった事を確認すると、

彼は一度口元を笑みの形に曲げ

“後は任せたぜ。 アラストール”

ソレだけ言って部屋を出ていったそうだ。

 

 脳裡に思い起こされる、 彼の手。

 目を覚まし 「その事」 をホリィとアラストールから聞かされた自分は、

二人が止めるのも聞かずパジャマ姿のまま寝室から飛び出し

広い屋敷を迷い子のように駆け廻って、 目に付いた扉は手当たり次第に開けて

ようやく茶室でジョセフと将棋を打っている承太郎を発見した。

 呆然と立ち竦む自分にその時の彼は、

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()

「よぉ、 起きたか寝坊助(ねぼすけ)」 とソレだけ言った。

 いつものように、 無愛想な表情と口調で。

 その視線の先、 両手に血の滲んだ包帯が巻かれた

彼の 「手」 が眼に入った時。

 自分、 は。

 もう何もいう事が出来ず、 咄嗟に部屋から飛び出していた。

 だって、 「その後」 の自分の顔は、

とても他人に見せられるようなモノじゃなかった筈だから。

 どこをどう走っているんだが解らないまま、

動物のプリントが入った寝間着のままフレイムヘイズの黒衣を捺し拡げ、

渡り廊下の縁側から屋根の上へと飛び移った。

 だって、“誰も来ない場所が” そこしか思いつかなかったから。

 その屋根の最上部で。

 蓮の彫刻の入った役瓦に囲まれて。

 そのフレイムヘイズの少女は、

小さな両膝を抱え声を押し殺して、 泣いた。

 何故だか、 涙が止まらなかった。

 哀しいワケじゃない。

 でも。

 次々に涙が溢れて止まらない。

 自分が何で泣いているのかも解らない。

 でも、 ただ、 一つだけ――。

 

 

 

 

 

“いいな”

 

 

 

 

 

 そう想った。

 

 

 

 

 

“人間って、 いいな”

 

 

 

 

 

 そして。

 その誰にも見つからず、 昇っては来ない空条邸の屋根の上で、

フレイムヘイズの少女は、 その小さな肩を震わせ、

声を押し殺して泣き続けた。

 その瞳を “灼眼” よりも真っ赤にして。

 いつまでもいつまでも、 泣き続けた。

 まるで、 たった今産声(うぶごえ)をあげたばかりの、

嬰児(みどりご)のように。

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

「何ニヤついてンだ? 妙なヤローだな?」

 

「!?」

 

 突如、 頭上から来訪する冷然とした声。

 少女の見上げた視線の先で、 件の青年が剣呑な視線で自分を見据えていた。 

 どうやら、 無意識の内に思い起こしていた記憶の 「映像」 に

不覚にも理性のタガが緩んでいた自分は、

包み隠さない満面の笑顔のままで二人の間を歩いていたらしい。

 心中の肯綮(こうけい)を不意に突かれた少女は

そのまま(くだん) の如く顔を真っ赤にして、

 

「う、 う、 うるさいうるさいうるさい! 別にニヤついてなんかないッ!」

 

お決まりの台詞を長身の青年に返した。

 

「ニヤついてたじゃねーかよ」

 

「してない!」

 

「あぁそーかい。 じゃあ、 ()()()()()()()しといてやらぁ」

 

「うぅ~~~、どーしていっつもおまえはそーやって

引っかかるコトばっかりいうのよッ!」

 

 顔を更に真っ赤にして息む少女を、 隣の中性的な美男子が

まぁまぁと笑顔で諫める。

 その、 見ようによっては微笑ましい光景を、 遠巻きに眺める幾百もの視線。

 ほんの数メートル隔てたその三者の背後には、

目測で100は降らない大人数の女生徒達が後を追っていた。

 その理由は言わずもがな、

周囲の状景を無視して無理矢理己にクローズアップさせてしまう

長身の美男子二人である。

 例え傍らにいられなくても構わない、

その二人と帰り道を共有するだけで彼女達は幸せなのであった。

 もっとも、 その二人の傍らは今や最も近く、 最も遠い場所と成ってしまったが。

 多くの女生徒達にとっては正に 『聖域』 にも等しき場所で在る

その二人の間に、 いつも当然のように陣取っている

妖精のように可憐な風貌だが絶対的な強さと知性を兼ね備える

天が誤って二物も三物も与えてしまった用心棒の 「先生」 によって。

 ちなみにこの 「先生」 は、

その容貌は似ても似つかないが件の美青年の従兄弟(いとこ)であり、

そしてその明晰な分析力と観察眼で何人もの教師のアイデンティティーを粉々に粉砕し

再起不能に陥れたという 「武勲」 を誇る。

 直近では体育の自由競技で行われたドッジボールでの、

中性的な美男子との異次元レベルでの 「攻防」 が記憶に新しい処だ。

(ちなみに「決着」はつかず。 もう一人の無頼の貴公子は当然の如くサボり、

屋上で銜え煙草のままその様子を眺めていた)

 まぁそんなこんなでただでさえ遠かった空条 承太郎の傍は、

今や完全に難攻不落、 無敵の超要塞を化してしまった。

 その様子を、 そこから更に遠巻きに見る人影が数名。

 目の前の、 大名行列真っ青の 「一団」 からすれば

存在を掻き消されそうな幾つかの下校グループ。

 その中の一つから陽気な少女の声があがった。

 

「かぁ~。 相も変わらずだねぇ~。 空条クンは」

 

 その声を発した一人の少女は、 周囲の女生徒達と比べてもかなり背が高く、

すらりと均整の取れたスレンダーな躰付きをしている。

 下校途中なので当然制服姿だが、 まるで少年のようなショートカットの髪と

その躰から醸す健康的な雰囲気から一目でスポーツ少女だというのが視て取れる。

 

「ねぇ池クン? 男の立場からすると、 やっぱあーゆーのに憧れるモン?」

 

 スレンダー少女がTVリポーターのように手をマイクの形に模し、

脇の 「池」 と呼ばれた縁取り眼鏡の少年に問いかける。

 

「そうだね。 男の僕からみても、 魅力的な人物だと想うよ」

 

「えぇ~!? ソレって問題発言じゃない!?」

 

 眼鏡の少年の受け応えに、 少女は陽気な声で大袈裟に返す。

 

「ご、 誤解だよ! 緒方さん! 僕はただ客観的な事実を述べただけでッ!」

 

 池という少年と緒方と呼ばれた少女が、

しばし無邪気な冷やかしと生真面目な抗弁を繰り返した。

 

「……」

 

 その二人の傍らでもう一人の小柄な、

肩口でキレイに整えられた亜麻色の髪の少女が俯いて歩く。

 自分の脇では親友である少女 “緒方 真竹” の、

そして同じく友人である “池 速人” に対する冷やかしが

ようやく一段落付いたようだ。

 

「そういう緒方さんはどうなんだい? 

興味があるなら 「あの中」 に混ざってくれば良い。

僕達に気兼ねしなくていいんだよ」

 

 散々からかわれて面白くない池は少しふてくされた面もちで、

でも生来の面倒見の良さでさりげなく友人

通称 “オガちゃん” の名で親しまれているスレンダー少女に促す。

 

「!」

 

 言われた方の少女は一瞬、 口を半開きにしたままその両目を見開いた。

 ここ最近少女は、 どこにいても周囲の目を引く無頼の貴公子

“空条 承太郎” は例外としてその傍らにいる中性的な風貌の美男子、

“花京院 典明” の事を会話の折りに冗談めかして挟む事があったので

その事から彼女自身も気づかないまま 「彼」 に対して興味、

或いは憧憬に近い感情が有るのではないかと密かに推察していた。

 無論、 目の前に拡がる大集団の中には承太郎のみではなく

花京院目当ての女生徒もたくさんいるから狭き門ではあるが、

何も行動しないよりはマシだと考えての配慮だった。

 しばらくその頬を年相応に赤らめ、 沈黙していた緒方 真竹だが

やがて軽く頭を振っていつもの明るい表情に戻ると、

 

「ン? ンン~? ちょっと興味あるけど、 今日はよしとく。

傍にいる 「姫」 サンが怖いからサ」

 

そう言ってマスコットの付いた学生鞄を両手に担ぎニャハハと笑った。

 言いながらも少女は視線の隅で、

空条 承太郎と言葉を交わしながら時折爽やかな笑顔を浮かべる

美男子の姿を追いかけていた。

 

「……」

 

 池は慣れた手つきで眼鏡の縁を(つま)みその位置を直す。

 彼は、 花京院 典明は、 ほんの10日ほど前、 突然学園に転校してきて

そしてその年齢に不釣り合いな知性的な瞳と女性と見紛うほどの華麗な風貌、

加えてどこか人間離れした、 神秘的な雰囲気も相()って転校初日にして

全学年の女生徒が(中には教師も混じっていたとかいなかったとか)

一目 「彼」 を見ようと教室に殺到し、

学園全体が軽いパニック状態に陥ったという 「逸話」 を持つ男である。

 

【挿絵表示】

 

 

 更にその 「彼」 は学園内では誰一人として連まず

決して誰にも心を赦さない鋼鉄の無頼漢、

空条 承太郎と 『友人』 同士だというのだから

周囲にとっては二重の絨毯爆撃であった。

 故に彼は、 クラスも一緒というコトも在ってか学園内ではよく

空条 承太郎と二人でいるコトが多い

(正確には用心棒の 「先生」 も含めて 「3人」 だが)

 今までは男だろうと女だろうと、 馴れ馴れしく近づいてくる者に対しては常に

“うっとうしいぞ!” のセリフのみで悉く一蹴してきた空条 承太郎が、

何故か花京院にだけは気さくに声をかけ、 行動を共にしている姿を何度か見掛けた。

 一度、 学生食堂で彼が花京院と肩を並べ、

一緒にラーメンを啜っている所等を目撃した時は

想わず手にしていた紙コップを落としそうになったほどだ。

(その隣で山積みになっている 「先生」 のメロンパンの量に驚いたというのもあるが)

 

 無論、『友人』 同士であるならそんな事は当たり前の事の筈なのだが

アノ空条 承太郎がまさかそんな 「行動」 をする等という事は、

更に言うならばその彼に 『友人』 がいる等という事自体が、

授業中大勢の生徒達の目の前でセクハラ教師をブン殴り、

即日病院に送りにした彼の “武勇伝” を知る者ならば信じられない話だったのだ。

 しかしソレ以来、 無頼の貴公子の傍らに彼とは対照的な、

だが美貌では全く劣らない中性的な美男子が加わる事によって

飽和状態に陥りもうこれ以上増える事はないと想われていた

空条 承太郎の 『親衛隊』 は、

さらに爆発的に増殖し今でもその勢いは留まるコトを知らなかった。

(一説によると他校の女生徒も混ざっているとかいないとか)

 その記憶を反芻していた池の耳に、 突如飛び込んでくる二つの声。

 

 

「さぁッ! い、いくぞ! 佐藤ッ!」

 

「あ、 あぁ! 解ってる!」

 

 取り立てて説明の必要もない、 聞き慣れた声。

 一人は田中 栄太という、まるで座敷犬のように愛嬌のある顔立ちをした大柄な少年。

 もう一人は佐藤 啓作という、 まぁ 「美」 をつけても

それほど不自然ではない華奢な少年である。

 二人ともいつも一緒に帰る下校グループの仲間だから当然よく見知った間柄なのだが、

なんだか今日はいつもと少し(かなり?)面もちが違った。

 自分の脇を歩く、 いつもはあまり自己を主張しない控えめな少女、

吉田 一美までもがぎょっとした表情でその瞳を丸くしている。

 そして彼女と同様驚きの表情で、

ただならぬ雰囲気発する両者を見やる緒方 真竹。

 

「ちょ、 ちょっと? 二人共一体何する気!?

まさかッ! あの集団の中に飛び込もうっての!?」

 

 件のその二人はまるで100メートル走のタイムを測る時のような

やや前傾の姿勢で、 何故か小刻みにその身体を揺らしている。

 そこに響き渡る、 鬼気迫った少年の声。

 

「止めてくれるなッ! オガタ君! 

今日こそ! 今日こそッ!

俺は! 空条の 『兄貴』 に “舎弟(しゃてい)” にして貰うんだ!!」

 

 片や神風を想わせる決死の 「覚悟」 で。

 

「お、 お、 お、 俺、 は、 花京院……さんの……ッ!」

 

 片や自分も同じ 「人」 が良かったがジャンケンで負けたから仕方なく、

でもアノ人なら優しそうだから案外二つ返事でOKしてくれるかもしれないという

妥協と打算とが見え隠れした表情で緒方の詰問に答える。

 

「……」

 

 その両者の答えに、 絶句するスレンダー美少女。

 ハァ、 と前髪に手を当て、 ため息をつく池 速人。

 どうも、 ここ最近二人の様子がおかしかった 「理由」 がようやく解った。

 佐藤はともかく普段漫画ばかりで本などライトノベルですら読まない田中が、

突如ナニカ悪霊にでも取り憑かれたかのように

『実録! 男の生き様』 『時を越えて受け継がれる美学』 『試される男の品格』

等の書籍、 更にフィリップ・マーロオや北方 謙三等の文庫本をどっさり買い込んで

授業中にまで熱心にそれを読み耽っていた。

 しかしそれがまさか、()()()()()()だったとは。

 

「く、 空条の 「兄貴」 って、 学年同じじゃん」

 

 クラスが違う緒方はその二人の 「背景」 を知らない為、

事態についていけない困惑で田中に言う。

 

「ッ!」

 

 その隣では、 吉田 一美がやや俯き加減だった顔をいつのまにか上げていた。

 自分の邪推かもしれないが、 どうも 「空条」 という名前が挙がった瞬間のようだった。

 脇では、 緒方と田中が口論めいた口調で言葉を交わしている。

 何か端からみてると、 頑固親父と世話女房という構図に見えないコトもない。

 

「やめときなって! きっと他の子みたいに “うっとうしいぞ!” って怒鳴られるよ!」

 

「そんな事はどうでも良い! 俺はアノ人こそ!

真の 『男の中の(オトコ) 』 だとようやく理解したんだ!

最近の 「兄貴」 は! なんだか知らんが前より一段と “凄味” を増した!

まるで得体のしれないナニカが乗り移ったかのようだッ!

「男」 っていうのはあーゆー人の為に働くものだ!

そうだろう! オガタ君!」

 

「そ、 そうだろうって言われても、私 「女」 だし……」

 

 田中に 「女」 扱いされてないコトを少しだけ寂しいなと想いながら、

緒方は血気盛んな少年を押し止める。

 

「だからってTPOを考えなよ。 「明日」 にしたら? 今日は絶対マズイって。

「姫」 サンも傍にいるしさ」

 

「明日?」

 

 出来るだけ平淡な口調を務めた緒方の言葉に、 突如田中の表情が引きつる。

 

「明日の()は、 一体何を妥協するんだ? 

人がいっぱいいるから人のいない休日にしよう。

今日は月曜で機嫌が悪そうだから休み前の土曜日にでもしようとでも言うつもりか!?

この俺はッ!?」

 

 自問自答なのか緒方に対する反論なのかよく解らない口調で

田中は強く言い放つ。

 そのいつもと違う田中の声の迫力に気圧されたのか、

吉田 一美が自分の影に隠れるようにして二人を見つめていた。

 

()()()()()()ッ! ()()()()ッ!

例え何が起ころうとソレは 「運命」 の一部だ!

「天」 がそうだとこの俺に告げているッ!」

 

 そう叫んで田中は何故か照りつける太陽に向けて両腕を広げた。

 

「……」

 

「天」 と 「運命」 は概念的に似たようなモノなのだが。

 池は想わずそうツッコミそうになったが止めておいた。

 どうやらいつもはコレ以上ないというくらい人当たりの良い友人は、

今は自分で自分の言葉に陶酔しているらしく精神のベクトルが

かなりヤバイ方向に驀進しつつあるらしい。

 自分に出来る事はせめて、

傍らで怯える可憐な少女の影になってやる事くらいだ。

 

「だからって」

 

「それにッ!」

 

 緒方の言葉を田中の声が打ち消す。

 

「今を逃したらもう二度とチャンスは巡って来ない! 兄貴はッ!

()()()()()()()()()()()()()()()行ってしまいそうな気がするッッ!!」

 

「――ッ!」

 

 特に深い思慮が在ったとは想えない田中の言葉に、

吉田 一美がか細い悲鳴のような声をあげた。

 池は、 敏感にソレを察知した。

 

「……」

 

 一体、 どういう事なのだろう?

 彼女は、 空条 承太郎とはクラスも違い言葉を交わした事も、

更にいうならば一時的な接触を取った事すらない筈だ。

 それなのに何故? 空条 承太郎が

「いなくなる(しかもこれは田中の妄想に過ぎない)」

という事に、 こうも過敏に反応するのか?

 まるで、 自分の知らない所で彼と深い関わりが在ったかのようだ。

 しかし、 そんな事は天地がひっくり返っても有り得ない。

 何故なら、 彼女は会話の中に、

空条 承太郎という()()()()()()()()()()()()()()()

 その少女の様子に対し、 池 速人の心の裡に、

普段冷静な彼でもコントロール出来ない

寂しさと怒りが織り混ざったかのような、

形容しがたい感情が拡がっていった。

 その自分の脇では、 こちらの心情など意に介さないと言った様子で

田中と緒方が言い争っている。

 

「だから()しかないんだ! 解ったら黙って行かせてくれッ!」

 

「だからダメだって! 

機嫌が悪かったら怒鳴られるだけじゃなくて殴られるかもしれないよ!

三年の先輩が10人まとめて病院送りにされた事忘れたの!?」

 

「 “覚悟” の上だ! 「兄弟分」 にして貰うまでは例え100発殴られても!

否ッ! 1000発殴られても食い下がる “覚悟” だ!

それが俺の 『男』 を示す事になるッ!」

 

「アノ人から100発も1000発も殴られたら死んじゃうってッ!」

 

 緒方は田中が一発殴られるのも耐えられないと言った面もちで、

前に行こうとする少年の腕を掴んで懸命に押し止める。

 その一方佐藤の方は 「俺は殴られる心配ないから気楽だなぁ」 と言った表情で

口元に笑みまで浮かべていた。

 

「……ぅ……ク……ン……?」

 

「!」

 

 唐突に池の脇で、 再び吉田 一美が消え去りそうな声を出した。

 耳をすましても聞こえない位小さな声だったが、“池には” 確かに聞こえた。

 彼女の、 “空条 承太郎” の名を呼ぶ声が。

 その少女の様子は、 残酷な程に悲痛で、 儚くて、

在りもしない追憶を必死で想い出そうとしているかのような、

或いは、 決して完成しないジグソーパズルを

ソレでも必死で組み上げようとしているようにも見えた。

 

「……ッ!」

 

 その事に対し、 突如抑えようのない怒りが池の胸中で燃え盛った。

 善悪の観念はどこぞに消し飛び、 ()()()()()()()()()()()

全ての事象がその怒りの対象となった。

 同じ 「男」 として密かな憧れを抱いていた、 空条 承太郎にすらも。

 

「後生だ! 行かせてくれッ! オガタ君! 男が男を見込んでの頼みだ!」

 

「だぁ~からダメだって!! それに私、 女の子ッッ!!」

 

 緒方はもう両手で田中の右腕にしがみつき、靴の踵を引き擦られるようにしながら

必死で田中をその場に押し止めようとしていた。

 抜群の運動神経を持つ長身の少女だが、

大柄な 「男」 である田中を押し止めるには流石にパワーが足りない。

 

「池君もなんとか言ってやって! っていうか手伝ってッ!

この時代錯誤の即席熱血バカ何とかしてぇ~!」

 

 少々乱暴な口調だが、 これも彼女の田中を想う気持ちがそうさせているのだろう。

 しかし、 次の瞬間池が言い放った言葉は。

 

()()! ()()()()()!」

 

 眼鏡越しの鋭い視線で、 両腕を組みながら彼ははっきりとそう言った。

 

「!!」

 

「!?」

 

 予期せぬ彼のその言葉に、 腕にしがみついたままの緒方は勿論

しがみつかれている田中までもが細い目を見開いてその場で停止する。

 

「骨は僕が拾ってやる! 悔いのないようになッ!」

 

「ちょ……ちょっと……池……君……?」

 

 まだ事態が認識出来てない緒方の両手から、 田中の右腕がするりと抜け出る。

 そして田中は、 その歓びの表情を隠そうともせずに真正面から池をみつめ、

 

「池……まさか……まさかお前がそう言ってくれるとはな……

まさか……()()()……ってカンジだが……グッっときたぜ……ッッ!!」

 

感慨入った表情で右手の親指をグッと立てる。

 連られたのか池も両腕を組んだまま同じ仕草で応じる。

 その彼の行為に俄然勢いを付けられた田中は唖然とする緒方に背を向け、

 

「よしッ! 行くぞ! 佐藤! 例えこの身朽ち果てようとも!」

 

「あぁ! 死ぬときは一緒だぜ! 田中!」

 

「あ、 あぁ~ッ!」

 

 呆気に取られながらも前方にもう届かない右手を伸ばす緒方を後目に二人は、

“明日っていまさ” 等と何だかよく解らない台詞を吐き

そして意味不明の喊声を発しながら可憐な女生徒達の遙か前方に位置する

空条 承太郎と花京院 典明に向かって突撃し……

 そして、 見事に散った――。

(詳細は、 二人の 「名誉」 の為に敢えて伏せる。

まぁ何とか女生徒の群を掻き分けて目的の 「二人」 の射程距離に到達した刹那、

自分達の背後から迫る異様な存在を鋭敏に察知していた 「先生」 の、

スタンドに匹敵する左拳の片手弾幕がゼロコンマ一秒以下の速度で

佐藤、 田中両名の全身に隈無く叩き込まれたとだけ言っておこう)

 

「やはり、 こうなったか……」

 

「バカ……」

 

 余りにもお約束過ぎるその展開に、 池は両腕を組んだまま、

緒方は風に靡く前髪に手を当てて深いため息を付く。

 そのモノ言わぬ(かばね)と化した 「二人」 の周囲に、

たくさんの女生徒達が一様に驚きの表情で脚を止めていた。

 その前方では件の 「三人」 迄もがその歩みを止め、

互いに顔を見合わせ二言三言言葉を交わしている。

 

「……」

 

 吉田 一美は、 その遙か先に位置する人物を凝視していた。

 特殊なデザインの学生服に身を包んだ、 勇壮なる青年の姿を。

 同時に心の裡で湧き起こる、 得体の知れない精神の渇望。

 華奢な彼女の躰の裡に、 そんな凄まじいモノが存在しているとは

信じられない位の激しい炎が、 少女の想いを狂しく灼き焦がす。

 どうして?

 こんなに迄 「彼」 のコトが気になるのだろう?

 まともに会話をした事も、 朝の挨拶すらも交わした事がない筈なのに。

 でも。

 記憶の何処かに 「彼」 がいるような気がして。

 そしてその彼が、 懸命に自分の為に何かをしてくれたような気がして。

 どうしようもない。

 でも、 ソレは。

 いつ、 何が、 どこで、 どのようにして起こったのか?

どうしても思い出す事が出来ない。

 記憶の 「映像」 の中に何か紅い 「(もや)」 のようなモノがかかっていて、

ソレは記憶の中の 「映像」 をビデオのノイズのように覆い隠してしまっていて、

そして消えてしまう。

『真実』 は、 余りにも遠過ぎる。

 忘れてしまった。

 何か、 とても、 大切なコト。

 忘れて、 しまった。

 絶対に、 忘れちゃいけないコトだったのに――。

 

「……ッ!」

 

 再び見た視線の先。

 桜花舞い散る空間の向こう。

 彼が。

 空条 承太郎が。

「自分を」 見据えていた。

 どこか人間離れした、 神秘的な光を称えるライトグリーンの瞳で。

 

「ぁ……ッ!」

 

 想わず、 いますぐに彼の傍に駆け寄りたい。

 そういう狂暴な感情が、 耐え難く迫り上がってくる。

 邪険に扱われても構わない。

 無視されたって気にしない。

 でも、 ただ、 すぐ傍に。

 

 

 

 

 

“隣にいる 「彼女」 と同じようにッ!”

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 そのとき。

 彼の次の行動がなければ。

 吉田 一美は、 本当に彼へと向かって駆け出していたのかもしれない。

 しかし、 空条 承太郎が取った行動は。

 ただ無言で彼女から視線を逸らし、 己の背を向けるというもの。

 

「……ッッ!!」

 

 ソレが、 明確な 『拒絶』 の意を示していた。

“オレの 「傍」 に来るな”

 言葉には出さずとも、 彼はハッキリとそう言っていた。

 その行為で。 その態度で。

 そして、 余りにも大きなモノを背負った、 広く淋しいその背中で。

 その、 残酷とも言える 「選択」 の本当の 「意味」 を、

知り得る者は誰もいない。

 ソレは彼が、 少女をこれ以上傷つけない為に。

 そして、 己を取り巻く 『宿命』 の縛鎖へ巻き込まない為に、

行った 「手段」 だという事を。

 

「……」

 

 張り裂けそうな、 胸の絶望感。

 躰の一部を、 もぎ取られたかのような喪失感。

 様々な負の感情が哀しみとなって、 少女、吉田 一美の胸中に押し寄せる。

 認めたくない。

 認めたくない。

 認めたくない。

 けれど。

 でも、 もう、 嫌でも、 解る。

「彼」 は、 遠くに、 行ってしまった。

 もうどれだけ頑張っても。

 もうどれだけ必死に走っても。

 決して追いつくコトの出来ない、 遙か遠くまで。

 きっと。

 この 「世界」 の果ての、 もっとずっと先の方まで。

 

 

 

 

 

“行って、 しまった”

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

「ど、どーしたのッ!? 一美!?」

 

「吉田さん!?」

 

 彼女の前方にいた池 速人と緒方 真竹が

驚愕の表情で振り向く。

 少女は、 吉田 一美は、 まるでたった一人、

時間からすらも取り残された迷子(まよいご)のように茫然とその場へと立ち尽くし、

そしてその存在が掻き消えたかのような虚ろな表情で、 泣いていた。

 その瞳から次々と零れ落ちる、 温かく透明な雫を隠すこともなく。

 口唇を閉じたまま嗚咽すらあげる事もなく。

 ただ、 泣いていた。

 その涙に濡れた少女の頬を、緩 やかな早春の風が優しく撫でる。

 労るように、 その躰を包み込む。

 風に靡く、 亜麻色の髪とセーラー服。

 傍に駆け寄った二人の友人が、 蒼白の表情でしきりに何かを問いかけている。

 しかしソレは、 少女の耳には届いていない。

 聴こえるのは、 ただ、 風の音。

 ()()()()()()()()――。

 

 

 

 

 

 音も無く砕け散った、 少女の淡い想い。

 ソレは、 一つの 『運命』 の終曲。

 そして、 新たなる 『運命』 への序曲。

 その確かなる到来を。

 少女がこれから進むべき 『光輝ける道を』

 現在(いま)は、 旋風(かぜ)だけが知っていた。

 

←To Be Continued……

 

 

 



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エピローグⅢ ~EVERLASTING STORY~

 

 

 

 

【1】

 

 

「本当にオメーじゃねーんだろーな?」

 

 怪訝な視線で承太郎は脇を歩く少女に問う。

 

「本当よ。 何か派手に突っ走ってきたから、

落ちてた 「枝」 にでも(つまず) いて勝手にズッこけたんでしょ?」

 

 少女は悪びれもせずそう返す。

 

「それにしちゃあ、 ヤケに(アザ)の多い 「ホトケ」 だったぜ。

まるでスタンドでしこたまブン殴られたみてーによ」

 

「ふぇ? き、 き、 き、 気のせいでしょッ!?」

 

 痛いところ突かれたシャナはまるで悪戯のみつかった子供のように

はわわと焦りながらそう返す。

 

「それにしても、 一体何だったんだろうね? 彼らは?

確か君の事を 「兄貴」 とか何とか言ってた気がするけれど」

 

 生真面目な口調で花京院が疑問を口にする。

 

「おまえの事も 「兄さん」 とか言ってたわね?

弟? おまえの? それにしちゃあ似てなかったけど」

 

「イヤ、 ボクは一人っ子だから」

 

 そう言葉を交わしながら歩を進める3人の前に少々意外な、

そして見知った顔が姿を現す。

 

「やぁやぁ御三方。 今日も勉学御苦労、 御苦労」

 

 その声の主はまるで真夏の太陽のような笑顔を浮かべながら、

黒い手袋に包まれた右手を上げて承太郎達に近づいてきた。

 

「ジョセフ!」

 

 嬉々とした声と表情でシャナが、

 

「ジジイ、 こんなトコで何やってンだ?」

 

相変わらずの仏頂面で承太郎が、

その声の主、 老齢さを感じさせないワイルドな出で立ちの祖父

ジョセフ・ジョースターに問いかける。

 

「イヤイヤ、 SPW財団の日本支部に行った帰りじゃよ。

思いのほか仕事が速く片づいたのでな。

たまには 「孫達」 と昼飯を食べるのも悪くないと想って来てみたんじゃ。

今日は早上がりだとシャナから聞いていたのでな」

 

 そう言ってジョセフは笑顔を崩すことなく3人に告げる。

 

(!)

 

 シャナは、 ソレを聞いてその瞳を輝かせた。

 目当ての店を変更する反発は微塵も起こらなかった。

 ジョセフと一緒ならば、 必ず目新しくて美味しいものが食べられる。

 今まで甘いもの以外には興味の無かった食の嗜好の間口を、

大幅に拡げてくれたのは他でもない、 「この人」 だ。

 その見た目から敬遠していたイカスミのスパゲッティ

『ネーロ』 等も今では自分の大好きなモノの中の一つだ。

 そう期待に胸を弾ませるシャナとは裏腹に、

承太郎は仏頂面のまま祖父に問う。

 

「やれやれ。 ンなコトより、

『DIO』 のヤローのこたぁ何か解ったのかよ?」

 

 孫にそう問われたジョセフは、 その豊かに蓄えた白い顎髭に手を当て

少し困ったような顔をする。

 

「う~む。 状況は、 あまり(かんば)しくないのぉ。

花京院君からもたらされた 「情報」 で

数ヶ月前、 ヤツはエジプトのナイル周辺にいたらしいが

その 「すぐ後」 にはニューヨークでシャナの前に現れておるからな。

文字通り神出鬼没でその居所が全く掴めん」

 

「……チッ」

 

 短い舌打ちと共に押し黙る承太郎。

 今こうしている間にも、 一体何人の人間が、

アノ男の底知れない欲望の毒牙にかかっているのか解ったもんじゃない。

 

「……」

 

 その承太郎の様子に、 脇で喜びの表情を浮かべていたシャナの瞳も翳る。

 まるではしゃいでいた自分を悔いるような表情だ。

 それらを敏感に察知したジョセフが、 一度大きく両手をうち合わせる。

 渇いた音が鳴り響き、 陰鬱な雰囲気が一気に消し飛んだ。

 

「ま、 今日はそう言った暗い話は無しじゃ。

ワシのオゴリでひとつパーッといこうではないか?」

 

 双眸を丸くして自分を見る二人の孫に、

ジョセフは満面の笑顔で言った。

 

「やれやれ。 呑気なジジイだ」

 

「やれやれね。 でも、 気持ちを切り換えるには、ちょうどいいかも」

 

 その三者の様子を穏やかな表情で見守っていた花京院は、

 

「それじゃ、 ボクはこの辺で。

また、 空条、 シャナ」

 

そう言って立ち去ろうととする花京院をジョセフが制する。

 

「何を言っとる? 遠慮はいらん。 花京院君。 君も来なさい」

 

 そう言ってその太陽のような笑顔を中性的な美男子に向ける。

 

「え、 しかし、ボクがいてはお邪魔に」

 

「来なさい」

 

 口ごもる花京院に、 ジョセフは再び満面の笑顔でそう言った。

 

「……ッ!」

 

 不意を突かれたように花京院は一瞬絶句するが、 すぐに。

 

「ハイ……ありがとうございます。 ジョースターさん」

 

感慨を含んだ声でそう返した。

 

「フッ……」

 

 シャナの胸元で、 アラストールが仄かに微笑を浮かべる。

 この男は、 人間で在る我が盟友は、

知らず知らずの内に他者の心へ入ってくる。

 相手に微塵の警戒心も抱かすコトはなく。

 そしていつの間にか、 一つに溶け込んでしまう。

 それが少しも不快ではなく、 寧ろ安らぎに近い感情すら想起させる。

 それは己が同体であるフレイムヘイズの少女も、

“紅世の王” で在る自分ですらも例外ではなかった。

 ()()()――。

 炎禍渦巻く紅蓮の封絶の中で 『偶然』 この男と出逢わなければ、

自分は今でも 「人間」 という存在をこの 『世界』 という

巨大な存在の付属物程度のモノだと軽視していただろうし、

その分身(わけみ)である少女は、

いつまでも人間らしい心を芽生えさせる事もなく

共に血風吹き荒ぶ凄惨な修羅の道を歩み続けるのみだっただろう。

 ソレは、 少女が自分で決めた事。

 そして、 自らが少女に示した道。

 その事に、 間違いが在ったとは想わない。

 しかし。

 果たしてソレは本当に 『最善』 と云えたのだろうか?

 少女自身が強く望んだ事とはいえ、

悪い言い方をすれば少女のその気持ちに安寧して

“フレイムヘイズのみの道を” 示し続ける事が、

果たして本当に 『正しかった』 のだろうか?

 ソレで、 この少女は、 “シャナ” は、

本当に 『幸福』 なのだろうか?

 いつのまにか胸中に芽生えていた、 今まで考えた事もない一つの疑問に、

紅世の王 “天壌の劫火” の想いは惑う。

 

 

 

 

 

“幸せ、 よ”

 

 

 

 

 

「!」

 

 本当に、 唐突に。

 炎の魔神の裡で、 ひとつの声が甦った。

 遙かな、 悠久の刻を経た現在(いま)で在っても翳りのない、

ソレどころかより神麗な色彩を伴って聴こえる、

何よりも、 掛け替えの無い存在。

 その、 『最後の』 声。

 

 

 

 

 

 

 

 嘗て、 一人の女がいた――。

 己が想いの為に。

 この紅世の王である自分自身の為に。

 その全存在を極限まで燃やし尽くし。

 そして。

 自分の目の前で華麗に散って逝った、 一人の、 女。

『伝説のフレイムヘイズ』

“初代・炎髪灼眼の討ち手”

 マティルダ・サントメール。

 彼女は自分に、 フレイムヘイズで在った事を 『幸福』 だと言った。

 眼前に迫る絶対の破滅を前に、 長い炎髪を戦風に靡かせながら。

 その時の、 儚くも強い笑顔に微塵の偽りも存りはしなかった。

 しかし。

 その存在が、 余りにも強く自分に焼き付いて離れなかった為、

知らず知らずの内に自分はこの 「少女」 を、 シャナを、

マティルダと 『同一視』 してはいなかったか?

 彼女と同じ 「道」 を歩む事に、

(いささ) かの疑問も持たないようにしてきたのではなかったか?

 共に歩む、 自分自身の心すらも。

 

 

 

「……」

 

 自答を繰り返す天壌の劫火の脳裡に、

盟友の屋敷で閲覧した古びたアルバムの革表紙が思い起こされた。

 その中に納められた、 たった一人の 「人間」

 盟友の祖父。

“ジョナサン・ジョースター” その在りし日の姿を。

 強大な紅世の王足る自分ですらも畏怖する、

この世の(ことわり) さえも捻じ曲げる絶大なる能力(チカラ)を携えた存在、

『幽血の統世王』

 アノ男を前に脆弱な生身の人間でありながら、

圧倒的な恐怖と絶望を己が精神の力で吹き飛ばし、

その苛酷なる 『運命』 の中、 

『幸福』 と呼べる事など数える程しかなかった短き生涯の中。

「父親」 と呼べる者を二人も(うしな)い、 友も殺され、

そして、 愛する者とも永遠に引き裂かれスベテを失いながら

それでも、 マティルダと同じように己が一命を賭してこの世界を、

『最愛の者が生き続ける世界』 を、

その命燃え尽きる最後の(とき)まで懸命に護り抜いた者。

 その哀切ながらも限りなく気高き存在に、 敢えて名を冠するのならば、

まさに、 真の 『英雄』

 その風貌は、 若き日の盟友と酷似していた。

 しかし、 その実の 「孫」 である己が盟友は

性格も、 能力も、 そして歩んだ道程すらも祖父とは全く違っていた。

 盟友は、 ジョセフは、強大なる紅世の王ですらも 「食料(エサ)」 の一つとしか見なさない、

ある意味 『統世王』 以上の3つの存在を前にして祖父と同じく命を賭けて戦った。

 己が愛する、 たくさんの人々の為に。

 しかしその一方で、 命燃え尽きる最後の最後の刻まで “生きよう” とする事を、

絶望しか見えない暗黒の淵で在ったとしても 「人間」 として 『生きぬこう』 とする事を、

決して諦めなかった。

 そして結果、 本当に生き延びた。

 アノ現世を超えて、 紅世をも震撼せしめる絶対存在、

『究極神』 を相手にしてさえも。

 薄幸短命で在ると定め付けられた己が 『宿命』 すらも

その 『精神』 の力で変えてしまった。

 

「……」

 

 自分は少女に、 シャナに、 一体どのような 「生」 を生きて欲しいのか?

 マティルダまたはジョナサン・ジョースターのように、

己が存在の全てを賭けてこの世界を護り抜く 『英雄』 としての一生?

 それとも、 盟友ジョセフのように己を取り巻く 『宿命』 と戦いながらも

人としての 『真実』 を追求し続ける 「人間」 としての一生?

 解らない。

 一体、 どちらが正しいのか。

 一体、 どちらが 『幸福』 なのか。

 どちらを少女が望むのか、 また選ぶのか。

 今は、 まだ、 何も。

 

(……)

 

 答えのでない堂々巡りを繰り返しながらも、

アラストールの心は不思議と穏やかだった。

 その 「答え」 を出すのは自分だけではない、

それが解っていたから。

 そう、 何も自分だけで、 解答を急ぐ必要はない。

 もう 「自分」 という存在は、

“一つではないのだから”

 それに、 そう遠くない未来に、

「答え」 は出るのかもしれない。

 そして、 その解答の要の一端は、

自分の脇を少女と歩く “この者” が握っているのかもしれない。

 悠久の時を経て受け継がれる、 偉大なる血統の一族、

その 「末裔」 で在るこの男 が。

 

「……」

 

 アラストールは自分の傍らに立つ青年を一瞥した。

 その視線(?)に気づいたのか、 青年は少女の胸元で静かに揺れる

異界の神器 “コキュートス” に微笑を向けてくる。

 

「ッ!」

 

 予期せぬ、 行動。

 その青年の様相はまるで、 強大な紅世の王である自分すらも

慰撫するかのようだった。

 

(むう……此奴……よもや今の所作だけで我の所懐(くわい)

見抜いたというのか……? まさかな……)

 

「フッ……」

 

 そのアラストールの心情を知ってか知らずか、

青年は自嘲気味に笑みを漏らす。

 

「何笑ってるのよ? ヘンな奴ね」

 

 先程の仕返しとばかりに、 承太郎の行動を見逃さなかったシャナが

剣呑な視線で問いつめてくる。

 

「さぁ、 な。 アラストール?」

 

「うむ」

 

 そう言って承太郎とアラストールは互いを一瞥(?)した後、

視線を真っ直ぐ前へと向ける。

 

「むぅ。 何か釈然としないわね」

 

 何だか仲間外れにされたみたいで面白くないシャナは、

横の青年と胸元の王を交互に見る。

 やがて、 親しげに言葉を交わすジョセフと花京院を先頭とした一行の歩みが、

駅前の交叉路へと差し掛かり巨大なビル群に阻まれていた視界が抜ける。

 その、 刹那。

 少女の両眼が、 突如見開かれた。

 

「……ッ!」

 

 開けた、 視界。

 数多くの、 人々。

 街の雑踏、 都会の喧噪。

 駅前に設置された大理石の噴水から粒子状に迸る流水。

 その透明な雫の飛沫が、 光のプリズムと成って彩虹を創り出していた。

 今までは、 特に気にも止めなかった光景。

 今までは、 その全てが色褪せていた筈の風景。

 それが、 一体。 

 何、 故?

 自分でも理解不能な心中の動悸に、 少女は大いに困惑する。

 

(な、 に……? コレ……?)

 

 見慣れた風景、 ()()()筈。

 寧ろ際限なく増殖する人の波に、 疎ましさすら抱いていた。

 そう。

 

 

 

 

“今までは”

 

 

 

 

 どれだけ強大な紅世の王を討滅したとしてもソレは、

次なる討滅への通過点。

 当然、 何か護り抜いたという実感も在る筈がなく、

またその余裕も無く、 次なる戦場を追い求めて

人混みの中を漂流するように彷徨い歩いていた。

 人と関わらず、 交わらず。

 始まりを求め、 終わりを求め。

 戦いながら、 ただずっと、 一人で歩いていた。

 ソレでいいと想っていた。

 どこまで行っても、 同じなのかもしれない。

 いつか終わりが来るのならそれでも良い。

 明日自分の存在が終わりを告げたとしても、

()()()()()()()と割り切るだけだ。

 何故なら、 自分は、

“フレイムヘイズ” だから。

 もう人間ではない存在だから。

 だからいつだって、 目を背けてきた。

 穏やかな春の陽光の中。

 眩しい夏の旭日(きょくじつ)の中。

 静粛な秋の落日の中。

 森厳なる冬の斜陽の中。

 本当に楽しそうに、 嬉しそうに笑い合う、 人々の姿を。

 意識的に、 視界から遮断してきた。

 決して、 心、 囚われぬように。

 そんな人々の笑顔等、 自分を切り刻むだけの存在だったから。

 どれだけ多くの人達が笑っていたとしても、

“もう人間ではない” 自分にはその喜びが解らないのだから。

 そしてそれを分かち合う者達も、

“かつて人間で在った自分を” 覚えてはいないのだから。

 では。

 それでは。

 

 

 

 

 

 ()()

 

 

 

 

 

 そこで、 シャナは立ち止まった。

 

「……」

 

 アノ時と全く同じ、 穏やかな春の陽光、 早春の、 風。

 ソレを、 今は、 その頬に、 全身に感じ取る事が出来る。

 フレイムヘイズの 「使命」 のみが 「討滅」 の責務だけが

自分を充たしていた時には、 決して感じる事のなかったモノ。

 

「……ッ!」

 

 アスファルトの上に佇む自分の脇を、 自分よりも小さい子供達が走り抜けていった。

 自分達と同じく学校の帰り道なのか黒いランドセルを背に抱え、

その手に玩具のカードらしきモノを手にし

何やらよく解らない単語を発しながら

それぞれはしゃぎ合っている。

 幼い子供らしい無邪気な笑顔を、 いっぱいに浮かべて。

 その周囲を、 たくさんの人達が歩いている。

 ある人は楽しそうな表情で。

 ある人は疲れた表情で。

 でも、 ()()()()()

 邪悪なるアノ男の(しもべ)が来訪した、 この街で。

 強大なる紅世の王の襲撃に見舞われた、 この場所で。

 まるでそんな事など無かったかのように、 存在している。

 それは、 アイツが、 戦ったから。

 自分の欲望の為になら、 脆弱な人間など幾ら犠牲にしても一向に(いと)わない

吐き気を(もよお) すような巨大な 【悪】 から、

能力(チカラ)を持たない弱き者達の 「盾」 となって、

懸命にその生命(いのち)を護ろうとしたから。

 有象無象のこの世の 【闇】 に、 その灯火(ともしび)、 掻き消されてしまわないように。

 本当に、 必死になって、 傷だらけになって、

最後の最後まで護り抜いたから。

 だから、 存在している。

 

「……ッ!」

 

 今まで気づきもしなかった、 一つの、 意思。

 自分が、 フレイムヘイズとして今日まで懸命に生きてきたように、

この周りのたくさんの人達もまた、 同じように頑張って生きている。

 ただ、 その場所が違うだけ。

 ただ、 その形容(カタチ)が違うだけ。

 そう。

 何も、 変わりはしない。

“フレイムヘイズ” も 『スタンド使い』 も、 そして、

「能力」 を持たない生身の人間も。

 みんな。

 同じ 『精神(こころ)』 を持った、 同じ存在(にんげん)なのだから。

 それを、 護った。

 アイツと、 一緒に。

 

(ッッ!!)

 

 突然、 周囲の全てが、 光り輝いて見えた。

 今まで気にも止めなかった日常の風景が、 この世の何よりも。

 そう。

 戦ったから、 存在している。

 二人で勝利したから、 存在している。

 その全てが 『絆』 の証明。

 時空を超えてこの天空(そら)(もと)巡り逢った、

『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ” との。

 だから、 この世の何よりも輝いて見える。

 そして、 この多くの人達の中にも、

きっと、 自分達と同じような 『絆』 が、 たくさん。

 それはやがて、(ひろ)がって。

 拡がって……

 

 

 

 

 

 

“ひとつ、 に”

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

 気がつくと自分は、 アスファルトの上で一人だった。

 突然、 途轍もない恐怖感が胸の裡から迫り上がってきた。

 咄嗟に顔をあげ、 周囲を見渡す。

「取り残される」 「置いていかれる」 「一人になる」

 こんな事に、 こんなにも激しい恐怖を感じたのは生まれて初めてだった。

 巡る視界の刹那すらもどかしく、 少女はアスファルトを蹴って

がむしゃらに走り出そうとする。

 が――。

 

「!?」

 

 探していたものは、 すぐ目の前に在った。

 誰一人として自分を置いてなどいかず、 視界の先に立っていた。

 

「……」

 

 シャナは無言のまま、 その掛け替えのない者達の元へ

力無い歩調で歩き出す。

 傍らを通り過ぎセーラー服の裾を揺らす、 早春の風。

 目の前で舞い踊る、 桜の花片(はなびら)

 耳元に聞こえてくる、 水の音。

 その全てが入り交じった、 世界の中心で。

 

「シャナ」

 

 太陽のような明るい声で、 ジョセフが呼んだ。

 

「シャナ」

 

 草原を駆ける涼風のような声で、 花京院が呼んだ。

 

 そして。

 

 そし、 て。

 

「来いよ。 シャナ」

 

 あの時と同じ微笑を浮かべて、

“彼” がそう呼んだ。

 もう少しも、 寂びしくはない。

 もう何も、 怖くなんかない。

 だって。

 もう自分は、 一人じゃないから。

 

「うんッ!」

 

 緩やかな春の陽光の中。

 静かに舞い散る花片の中。

 フレイムヘイズの少女は。

 今は一人の 「人間」 と成った少女は。

 最高の笑顔を浮かべて、 最愛の者達の方へと駆けた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 この街に、 戦いが在った。

 その戦いの最中(さなか)

 ある者は、 己が存在の決意をその裡に見い出し、

またある者は、 存在の忘却の彼方へと消え去った。

 ソレは、 日常の現世を日々生きる我々には、

決して語られる事のない “影の歴史” である。

 そして、 その戦いに身を投じた強く誇り高き者達の精神は、

他の者に聞こえる事は決して起こり得ない。

 だが、 ある者には、 聞こえるのであろう。

 そして、 またある者には、 受け継がれるのであろう。

 その事が、 一体どのような 『未来』 を形創る事になるのか?

 それは、 誰にも解らない。

 しかし。

 たとえ、 いかなる世界になろうとも。

 たとえ、 いかなる未来になろうとも。

 

 

 

 時は流れる。

 運命の車輪は、 回転を続ける。

 世界はただ、 そうであるように、 動いている――。

 

~Fin~

 

 

 

 

 

 

 

連載クロスSS

 

ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ

 

STARDUST∮FLAMEHAZE

 

 

第一部

 

PHANTOM BLAZE(幻 朧 劫 火)

 

THE END

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はいどうもこんにちは。
改めて見ると【一部】が
こんなに『長い』とは想いませんでした……('A`)
【二部】はもっと長いので『挿絵』共々今から不安です。
休みなしで此処まで突っ走ってしまったので、
正直少々疲れました……('A`)
なので2~3日ほど『お休み』を戴いて、
ソレから【第二部】の開始というコトになりそうです。
『再開』については「活動報告」で行おうと想うので、
そちらをチェックしてください。
ともあれ、ここまでお付き合い戴いた方々に心より感謝!(≧▽≦)
またお逢いしましょう!(≧▽≦)ノシ


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第二部 【WONDERING DESTINY】
プロローグ ~ANOTHER ONE BITE THE BURST~


 

 

 

【怪物】 と戦う者は、

その過程で自分自身も 【怪物】 になることの

ないように気をつけなくてはならない。

『深淵』 をのぞく時、

『深淵』 もまたこちらをのぞいているのだ。

Friedrich Wilhelm Nietzsche

『善悪の彼岸 ~Jenseits von Gut und Böse~』

                    

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【1】

 

 

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO

―――――――――――――――――――!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 咆吼。

 憎悪の叫び。

 怨嗟の唸り。

 悲愴の嘆き。

 眼前の視界全域に迸る、 群青色の焼炎地獄。

 その色彩は、 この世の何モノにも勝るほどに

熱く、 激しく、 凄絶にて、 残虐。

 そして哀しいほどに鮮やかな、 蒼い焔だった。 

 焔の爆心源、 ソコから忌まわしき蹂躙(じゅうりん)の群青、

ソノ 『元兇(げんきょう)』 が周囲に残骸の暴風雨を捲き散らしながらゆっくりと、

本当にゆっくりとその 『巨身()』 を引き起こす。

 その姿、 一言で云えば余りにも巨大な狼。

 しかしそんな陳腐な言葉ではとても尽くしきれない、

さながら北欧神話に於ける悪神の呪い子、

魔 狼(フェンリル)』 が己を封じる魔の縛鎖を引き千切り、

怒りに燃えて現実世界に這い擦り出してきたかのような凄惨極まる光景だった。

 その巨大な爪の尖端迄もが焔でカタチ創られた魔狼の前脚が、

目の前の鉄筋コンクリート製のビルを上層部からバリバリといとも容易く踏み砕く。

 同じく群青色の焔で出来たその尾が背後の幹線道路に降り堕ろされ、

強烈な破壊轟音と共に大量の残骸と土砂が一拍遅れて空間に捲き挙がる。

 そして剥き出しのその 『牙』 は、 この世のありとあらゆるモノスベテを

滅ぼし尽くし蹂躙し尽くしかねないほどのドス黒く兇悪な存在感を以て、

漏れる魔狼の唸りと共にその脅嚇(きょうかく)を嫌が応にも突き付ける。

 まさに、 世界の終焉(オワリ)

 絶望しか視えない、 その惨状。

 ソレを遠巻きに見据える、 二つの人影が在った。

 襟元から金色の鎖を垂れ下げた、

裾の長いマキシコートのような学生服に長身を包み、

プラチナメッキのプレートが嵌めれた学帽を被る勇壮な青年。

 そのすぐ脇に位置する、 寂びた色彩の黒衣を小柄な躰に纏い、

灼きつくような紅蓮の髪を背に流す少女。 

 黒衣の隙間から覗くセーラー服の肩口には、

焔の形容(カタチ)を模した高 十 字 架(ハイクロス)

黄金長鎖が交叉して絡みついた紋 章(エンブレム)が刻まれている。

 そして細く可憐な指先を揃える右手には、

凛冽な光をギラつかせる剥き身の大刀が握られていた。

 目測で有に300メートル以上は離れているのに、

蒼焔の放つ熱風で意識は朦朧とし、 焦熱は容赦なく二人の肌を灼く。

 そんな蒼の地獄と化した空間の中、 学生服の青年が口を開いた。

 

「やれやれ、 ()()()()()、 一体ェどーやってブッ倒すンだ?」

 

 周囲の惨状とは裏腹の悠然とした口調で青年は呟き、

学生服の内側から慣れた仕草で煙草のパッケージを取り出し

その一本を端正な口唇の端に銜える。

 パチンッ!

 その脇に位置した凛々しき少女が、 その繊細な指先を弾いた。

 音韻の先で一抹火花が弾け、 青年の銜えていた煙草の先端に火が点る。

 青年はソレが当たり前の事で在るように、 口唇の隙間から細く紫煙を吹き出す。

 少女はただ、 叫声を挙げる眼前の魔狼を見据え続けた。

 火の粉を撒いて靡く紅い髪と同じ、 灼熱の輝きを(とも)した真紅の瞳で。  

『道』 を(たが)えた哀れな一人の “フレイムヘイズ” と、

その(うち)()(たぎ)る、 狂 猛(きょうもう)なる紅世の王を。  

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUAAAA

AAAAAAAAAAAAAAAOOOOOOOOOOOOOOO

――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 

 先刻のモノですら較べものにならない、

極大の響きを以て轟く魔狼の叫喚。

 その大気の狂瀾のみで皮膚を引き裂き、

骨骼(ほね)を揺るがし、 臓腑を震わせるが如く。

 ソレと同時に迫り上がった魔狼の前脚が

アスファルトの大地を踏みしだく、 否、 蹂躙する。

 直下型大地震のような大地の鳴轟が、 周囲全域に響き渡った。

 

「覚醒だ」

 

 不意に少女の胸元からあがる、 荘厳な声。

 遠雷のように重く低い響きを持った、「男」 の声。  

 

理解(わか)っているな。

彼奴(あやつ)の討滅以前に “封絶” が先に破られれば、

この惨状が外界と繋がり存在の大消滅を引き起こす。

その事を(むね)として行動せよ」

 

 紅髪の少女の胸元で静かに光を称える

指先大の漆黒の球、 金色のリングが交叉して絡められた

ペンダントからその男の声は発せられていた。  

 (くだん)の青年はそのコトを当たり前の事実として受け入れ、 言葉を返す。

 

「フッ…… 『アレ』 だけでも骨が折れるってのに、

御丁寧に時 間 制 限(タイム・リミット)付きかよ。

おい? 出来るか? “シャナ”」

 

 青年は銜え煙草のまま微笑を浮かべ、

からかうように脇の少女へ問いかける。

 

「出来る出来ないじゃ、 ない」

 

 そう言って一際強く輝く、灼紅の双眸。 

 

()()のよ!! 私とおまえで!! “承太郎ッッ!!”」

 

 乾坤の叫びと同時に舞い踊る、

深紅の髪から発せられた紅蓮の火の粉。

 窮地に在ってもなんら色褪せる事のない、

少女の強い言葉に、 その気魄(きはく)に、

青年は微笑を浮かべつつお決まりの台詞(セリフ)を返す。

 

「やれやれだぜ」

 

 そう一言だけ呟いた青年は、

一度ゆっくりとその瞳を閉じ、 己を決意を噛みしめる。

 そし、 て。 

 再び見開かれたそのライトグリーンの瞳には、

この世何よりも気高き光が宿っている。

 悠久の(とき)の中、 数え切れないほど多くの人々の中で育まれ、

そして受け継がれてきた、 『黄金の精神』 の輝きが。

 熱く。 激しく。 燃え尽きるほどに。

 

(犬ッコロが。“ケンゲン” だかなんだかしらねーが、 好き放題に暴れやがって。

目にモノみせてやるぜ……ッ!)

 

 栄耀(えよう)なる瞳で眼前の魔狼を射抜く青年、

その体積比は文字通り象と蟻ほども違う。

 しかし。

 その巨大なる存在の威圧感(プレッシャー)を前にしても、

青年の全身から立ち上る覇気は微塵も揺るぎもせず

逆により激しく燃え上がった。

 

星 の 白 金(スター・プラチナ)ッッ!!」 

 

 壮烈なる喊声と共に発せられる、 一つの言葉。

 破滅の烈風が学生服の長い裾をはためかせる。

 ソレと同時に青年の背後から突如、

空間を歪めるような異質な感覚を伴って出現する、

周囲に白金の燐光を舞い散らせる一つの 『象』

 青年の守護者。

 もう一人の自分。

 運命の刻印。

 呼び方は様々あれど敢えて名を冠するならば、

“傍に立つ者” そして “苦難に立ち向かう者”

人智を越えた超絶能力 『幽波紋(スタンド)

 

「いくぜッッ!!」

 

「了解ッッ!!」

 

 短く互いの存在を確認し合い、

承太郎と呼ばれた青年とシャナと呼ばれた少女は、

眼前の余りにも巨大過ぎる存在に向かい

罅割れたアスファルトを蹴って共に駆け出し、

極限レベルの戦いの火蓋を切った。

 

 

 

『GUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU

OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO

―――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!』

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ

―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 此処(ここ)は、 彼らの故郷である国から遠く離れた、 異郷の地。

 そして、 この世の(ことわり) からも隔絶された、 蒼の世界。

 その世界に、 ふたりはいた。

『スタンド使い』 の青年と “フレイムヘイズ” の少女。

 ふたりは確かに、 其処(そこ)にいた――。

 

 

 

 (きし)り上げるように加速していく、 運命の車輪、 因果の火車。

 ソノ回転が、 途切れるコトは決してない。

『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ”

 (あまね) く無数の 『運命』 は、 激しく渦巻く蒼き波濤の如く。

 いま。

 潮流する――!

 

 

 

 

 

 

 

連載クロスSS 

 

ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ

 

STARDUSTφFLAMEHAZE

 

『第二部』

 

WONDERING DESTINY(運命潮流)】 

 

 

 

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『NEXT STAGE』

 

 

 

【1】

 

 

 雲一つない空。

 その淀みのない蒼天が、 彼方への航路を創っているかのように。

 ソレを背景に高々と(そび)える、 (ぬき)を侘びた注連縄(しめなわ)で飾られた一基の 「鳥居」

 元来、 神々の神域と人間が住む俗界とを割かつ “結界” を意味するモノだが、

今現在その伝承が 『現実』 のモノと成っているコトを認識出来る者はごく僅かだった。

 

「おしまいッ!」

 

 清廉な掛け声と共に赤い鳥居の最上部から小さな影が一つ、

滑空の気流を纏わせながらその 「内」 に舞い降りる。  

 目測で有に10メートルを超す高度から飛び降りてきたその影は、

そんなコト意に介さず片手を石畳の上に付き、

片膝を曲げもう一方は鋭角に延ばして落下衝撃を分散、 着地する。

 膝下まで届く、まるで極上の絹糸のように細く艶やかな黒髪が

気流によって吹き上がり、やがて重力の恩恵を受け軽やかに空間を撫ぜる。

 継いで種々なる花々の香りも舞い踊った。

 

「……」

 

 顔を上げたのは凛々しい視線の、 全身、 黒尽くめの少女。

 上着も、 ズボンも、 ベルトも、 靴も (流石に下着までとは云わなグゴォッ!)

その頭部までをもプラチナ・プレートの嵌め込まれた

黒いレザーキャップを被っている。

 

【挿絵表示】

 

 

「終わったのか?」

 

 その黒き少女の傍らに、 彼女と同じようなデザインの

学帽を被った青年が歩み寄る。 

 見上げる程の長身。

 中世芸術彫刻のように、 美しく均整のとれた体躯(からだ)

 その身を包む、 マキシコートのように裾が長い学生服の腰に

革のベルトが二連、 交叉して巻き付いている。

 何よりもその筆舌に尽くし難い、 威風颯爽足る美貌。

 形の良い耳元で、 プラチナのピアスが煌めいている。

 

「ええ。 たったいま、 この神社周辺区域の “因果” を

その 「連続」 から切り離したわ」

 

 薫り慣れた芳香が、 少女の鼻孔を(くすぐ) った。

 

「これでもう普通の人間が此処を 「認識」 するコトはまず不可能だし、

フレイムヘイズや紅世の徒からも()()()()()()()()()

まぁ、 “封絶” の応用ね」

 

「おい? ソレじゃあよ」

 

 (いぶか) しむその青年に少女は “最後まで聞きなさい” と

開いた右手で彼を制する。

 

「その 『逆』 は話が別。 外の異変は感じ取れるように

ちゃんと 「隙間」 は空けてある。

まぁ私の経験上()()とは想うけど、

(ともがら)” の存在を感知したら教えるから安心なさい “承太郎” 」

 

 こちらの心情を見透かしたかのように話す黒髪の少女に、

“承太郎” と呼ばれた青年は学帽の鍔で目元を覆いながら返す。

 

「フン……オレが心配してンのは、「後処理」 のコトだぜ。

『スタンド』 でさんざっぱら暴れ回ったはいいが、

その後全部ブッ壊れた 「直りません」 じゃあ通らねーからな」

 

「フフッ」

 

 少女は殆ど曲線になるような、 柔らかい笑顔で懸念に応じる。

 

「無用の心配よ。 ()()()()()って言ったでしょ?

“因果孤立空間” の(うち)ならどれだけ 「破壊」 が在っても

存在を 『喰われたり』 しない限り「修復」は可能よ。

勿論ソレにはおまえにも協力してもらうけど」

 

「フン、 それなら別に、 依存はねーがよ」

 

 青年はブッきらぼうに言葉を切り、 その美貌をやや斜傾に向ける。

 ソレは彼特有の、 不器用な照れ隠しだった。

 共に過ごした時間はそんなに長くはないが、

少女は自分でも知らないうちに気がついていた。

 そしてソレを、何故か無性に誇らしく想った。

 青年自身も気づいていない、 知っているのは

自分だけかも知れないという奇妙な優越感と共に。   

 

「……」

 

「……」

 

 両者に舞い降りる、 沈黙の帳。

 気まずいわけではなく、 寧ろ心地よい緊張感。

 互いの所作をそっと(うかが) っているような、 心の射程距離。

 

「始めぬのか?」

 

 穏やかな雰囲気で黙する二人に、

荘厳な賢者の如き声が突如来訪する。

 

「ッひゃわッッ!? アラ、 アラ、 アラストール!?」 

 

 その喫驚までも愛らしい少女の胸元で、

神聖なる光を称え周囲に金色のリングが絡められた漆黒の球、

天頂部を細い銀鎖で繋がれたペンダントから声はあがっていた。

 声の主は、 深遠なる紅世真正の魔神、

その真名 “天壌(てんじょう)劫火(ごうか)” アラストール。

 眼前の少女の 「被契約者」 であり、

普段はその強大な力を宿す 「本体」 を裡に眠らせ、

己の意志のみをペンダント型の神器 “コキュートス” の能力を

通して現世に表出させているのであった。

 

「……」

 

 しかし今、 その現世に表出されている “王” の意志は、

何故か不機嫌極まりない。

 ソレは言わずもがな、 先刻の少女の自分に対する態度。

 言葉には出さず、()()()()()()万が一にも(億が一にも)

胸に抱くコトはないというのを知ってはいるが、

先刻の少女の言葉(じり)に、 いたの?

という感 覚(ニュアンス)を察したからであった。

 眼前の(自分も見込みが在ると密かに認めている)青年に、

自身の存在を時空間の彼方にまでブッ飛ばされて

不興極まりない心中をアラストールは何とか呑み下し、

声だけは平静そのもので告げる。

 

「 “アノ者” も(こしら) えは出来ているようだぞ」

 

 そう言って喋るペンダントが指差した(?)先。

 青年と少女から数メートル程離れた石畳の上。

 紅顔の美男子を絵に描いたような人物が両腕を腰の位置で端整に組み、

見る者全てに安らぎを与えるような微笑をこちらに向けていた。

 気流に靡く、 瑞々しい果実の香り。

 シンプルだが質の良いミントグリーンのシャツと

腰に密着(フィット)した細身のジーンズ、

その足下は柔らかそうなスウェードの靴で覆われている。

 耳元で揺れている果実をモチーフにしたイヤリングこそ

いつもと変わっていないが、 制服ではなく私服なので

普段と受ける印象が大分違う。

 唯一欠点を挙げるとするなら、 全くと言っていいほど嫌味がないので

その点が逆にイヤ味だという位だ。

 脇の青年が広い背を少女に向け、 爽涼(そうりょう)な美男子の方へと歩み寄る。

 その瞬間、 ほんの一瞬に過ぎなかったが、

少女がとても残念そうな顔をしたのを

アラストールは見逃さなかった。

 

「準備、 出来たようだぜ。 待たせたか? “花京院(かきょういん)” 」

「いいや、 彼女一人に任せてしまってすまないと想っているよ。

ボクの “結界” も、 ()()()()()()なら協力出来るんだけれどね」

 

 青年に“花京院” と呼ばれた中性的な美男子は、

その細い両腕を左右に広げ(なご)やかに返す。

 

「ウチのジジイの話じゃあ、

『スタンドは一人一体、 一能力』 が絶対の 【原則】 らしいからな。

もしオレ達だけなら 「訓練」 する場所を探すのにも一苦労だ。

全くもって “シャナ” 様々だぜ」

 

 青年はそう言って首だけで振り返り、 立てた親指で少女を差す。

 

「そうだね」

 

 花京院も柔らかな微笑で、 青年に応じる。

 

「……」

 

 少女はちょっとだけ頬を朱に染め、 そして何故かムッとした表情で

二人の美男子の傍に歩み寄った。

 爽やかな初夏の風が、 3者(4者?)の間を吹き抜けていく。

 今日は土曜なので学校は昼上がり。

 3人とも特に予定はなかったので、

シャナの提案で午後は前々からいつかやろうと計画していた

『特別戦闘訓練』 に当てようというコトになったのだ。

 異次元世界の暗殺者。

 紅世の王 “狩人” フリアグネの襲来から、 早一月。

 高度な自在法、 意志を持つ “燐子” の創成、

多種多様な 「宝具」 とソレをほぼ完璧に駆使する技巧(ワザ)の冴え。

何よりも “フレイムヘイズ狩り(フレイミング・キラー)” として名を馳せた、

その強大なる存在の力。

 紆余曲折在ってなんとか辛うじて討滅出来たものの、

コレからフレイムヘイズとしてより強力な “王” と戦っていくのであれば、

まだまだ戦力(チカラ)が足りないと己が未熟を悔いるのは

その当事者で在る少女だけではなかった。

 いずれ必ず訪れる、 『アノ男』 との決戦の為に――。

 とりあえず放課後、 各々一度自宅に戻り昼食の後神社に集合。 

 当然3人とも他の生徒達と同じように私服へと着替えてきている。

 最も承太郎だけは、 いつもと色違いの青い学ランだが(公私兼用で何種類かあるらしい)

 しかし。

 いつもとその風采が最も違うのは、 (くだん)の黒い洋装の美少女、 シャナ。

 西洋風の(ドラゴン) をモチーフにデザインされた、 ハードなプリントの入った薄地のニット。

 その下は凝った刻印の入った銀鋲が所々に配置された

レザーのハーフ・パンツに黒革の編み上げブーツ。

 そして頭には 『STARDUST』 という

これまたハードなロゴの入ったプレート付きのキャップである。

 首から垂れ下がったペンダントへ合わせるように、

可憐な細い指には星や鳥、 クロス等のレリーフを(かたど) ったリングが幾つか嵌められ、

ベルトラインより下には入念な彫金を(ほどこ) されたウォレット・チェーンが

2連になって繋がれている。

 実は、 承太郎の学生服に合わせてその母親であるホリィが

こっそりSPW財団専門のブランド洋品店(ブティック)に注文したモノだったのが、

当然その 「意図」 は承太郎も、 着ているシャナすらも気づいていない。

 

「さぁ! 時間がもったいないし始めるわよ!」

 

 ハードな装いの黒い少女が大きく手を打ち、

3者は予め指定された場所へと移動する。

 鳥居の笠木中央部にて、 不可思議な紋字と紋章と共に揺らめく深紅の炎。

 その周囲で爽涼に戯れる(もり)の声。

 清澄な水の流れる手水舎傍、 一対の狛犬が並び銘文の刻まれた石碑の聳える本殿前にて、

小さな師範(センセイ)の講義は始まった。

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 

「じゃあまずおまえ達。 (スタンド)()()()()能力(チカラ)を手の平に集めてみて」

 

 年季の入った本殿壇上に飛び乗り、

その視線だけは長身の美男子二人を見下ろすカタチになったセンセイは、

講義の挨拶も指針も何も示さぬまま 「結果」 のみを口にした。

 

「……」

 

 怪訝な顔をする承太郎とは裏腹に

 

「いいよ」

 

と、 その隣の花京院は事も無げに言う。

 やがて。

 胸元の位置で細い指先が艶めかしく折り曲げられた花京院の掌中に、

透き通るようなエメラルドの光が湧き水の如く溢れていく。

 煌々と安らかな色彩を称え躰の裡から沁み出ずるその光は、

能力(チカラ)の行使者の精神をそのまま具現化したような清らかさだった。

 少々意外そうな顔で自分を見る美貌の青年にその行使者は、

 

幻象(ヴィジョン)を出さなくても、 “幽波紋光(スタンド・パワー)” を操るコトは可能だよ。

無論 「威力」 や 「精度」 は本来のモノより劣るが、

瞬発的に出せるのと必要以上に相手を傷つけない等メリットも多い。

まぁ慣れるまで、 少々訓練が必要だけどね」

 

そう言って自嘲気味に微笑う。

 流石に、 ()()()()()()()幽波紋(スタンド)能力者』

 その 「経験」 と 「技術」 能力に関する 「知識」 は、

後天的に 『スタンド』 に目醒(めざ)めた自分の遠く及ぶ処ではないようだ。

 無頼の貴公子は素直にその事実を認め、 言葉を返す。

 

「なんか “コツ” とかはあんのか? 手の平に意識を集中して、 

スタンドパワーをソコに集めンのをイメージしてみたんだがな」

 

「最初はソレで良いと想うよ。

欲を云えば、 スタンドを外ではなく 「内」 に、

身体内部で 「(シルエット) 」 みたいな状態で存在していると

イメージすればエネルギーの流れを体感し易い。

スタンドは本体の外に出ていない時は、

スタンド使いの内部で眠っているだけで

()()()()()()()()()()()()()からね」

 

「フム……」

 

 親密げに言葉を交わす、 二人の美男子。

 その頭上では胸の前で力強く両腕を組み、

足を大きく八字に開いた美少女が

憮然とした表情で両者を見下ろしていた。

 出来ればソコは()()()説明したかったのだが。

 しかし、 同じこの世ならざる異能を裡に宿す身とはいえ、

チカラの 『発現系』 が違う為にその感得の仕方を

自分は()()知らない。

 ましてやその 「操作」 のコトなど夢のまた夢。

 ここはその 『能力』 に一日の長が在る花京院に任せるしかない。

 妙な胸のムカつきは消えないが。

 

「……」

 

 まぁ、 いい。

 ()()()()()()()()()()()

 口元にフ、と不敵な微笑を浮かべる少女。 

 着ている服の背徳的なデザインも相まってか、

小悪魔的な微笑が通常の二割増しで甘く光った。

 

「よし。 まぁ、 こんなモンか」

 

「!」

 

 唐突に耳に飛び込んできた声。

 向けた少女の、 視線の先。

 無頼の青年の右掌中で燦爛(さんらん)と輝く、 白金(プラチナ)の光が在った。

 その色彩は、 ソレを放つ者の高潔さを象徴しているかのよう。

 きっとこの世の如何なる負の存在でも、 くすみ一つすら付けられない。

 そんな心象を想起させるような、 綺羅の光輝(ヒカリ)。  

 

(キレ……イ……)

 

 口元に悪魔の微笑を浮かべていた少女の表情は一転、

天使の歓喜へと即座に変貌する。

 その隣で同様の光を掌中に携えている細身の美男子には一切目もくれず、

少女はその光に目を奪われる。

 彼女の 「名」 の由来にもなっている、

戦慄の大太刀を手にしたとき以上の執心を持って。

 

「よぉ?」

 

「ひゃあぁッ!?」

 

 甘美なる陶酔の時は、 同じく甘い響きを持った青年の美声で以て破られる。

 

「 「講義」 を再開してもらいてーんだがな?

この手に集めた 『幽波紋光《スタンドパワー》』を、

一体どーすりゃあいーんだ? ()()()()?」

 

 普段から教師を一度も “そう” 呼んだコトのない無頼の貴公子が、

年端もいかない少女にそう問いかける。 

 掌中の白金は、 色褪せるコトなくその光を称え続けていた。

 

「え、 えぇ、 そうね」

 

 そう言って顔を赤らめたセンセイは、

両目を閉じながら一度コホンと咳払いをして威厳を戻し、

講義を再開する。

 

「ソレじゃあ 「次」 は、 その手に集束したチカラを

『炎』 に変換()えてみて」

 

「……」

 

 再び。 

 その 「やり方」 も 「意味」 も全く告げず 「命令」 と 「結果」 のみを

突き付ける小さな師範(センセイ)。 

 取りようによっては理不尽とも云えるその無理難題に、

今度こそ完全に面食らった青年とはやはり裏腹に

その脇の美男子は容易くソレを実行する。

 

「!!」

 

「!?」

 

 突如。

 花京院の女性のように細い指先を揃える掌中に、

鮮やかなエメラルドの炎が出現する。

 炎本来の本質で在る破壊的な印象の全くない、

安らかで清らかで、そして静謐なる存在の灯火。

 その色彩。

 現世と紅世両界にその異名を(非常に悪い意味で)轟かせる、

狂気の “探求者” に爪の垢でも煎じて飲ませたくなるような、

至上の翠蓮(すいれん)

 

「……」

 

 やや呆れたような顔で再び花京院を見る承太郎。

 壇上のセンセイもその天賦(てんぷ)の才に驚いたのか、 漆黒の双眸を丸くしている。

 そんな中、 その優秀な生徒は勝ち誇るわけでも驕るでもなく、

あくまで優しい口調のまま 「()り方」 を承太郎に説明する。

 

「“エメラルド・スプラッシュ” と、 原理は大体同じだよ。

脳裡に 「結晶」 じゃなく “炎” を強くイメージして

スタンドパワーを操作、 具現化してやる。

スタンドは訓練すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

ソレに較べれば、 そんなに難しいコトじゃあない」

 

 再び壇上でムクれているセンセイの視線には気づかずに、

優等生の不良生徒に対する懇切丁寧な説明が続く。

 

「そうだな。 君の場合、 スタープラチナが殴ったり蹴ったりしてるのをイメージするのと

同じ 「感覚」 で、 “炎” をイメージして視ると良い。

()()()()()()()()()()()()()()()ソレを操る 「精神力」 の強さ次第で、

別の属性(カタチ)にも出来る筈だ」 

 

「ああ……ヤってみるぜ」

 

 承太郎はそう言って静かに瞳を閉じ、 花京院の言葉を脳裡で反芻しながら

鋭く集中力を研ぎ澄まし、 精神の裡で 『幽波紋(スタンド)』 を念じ始める。

 同時に、 その掌中で、

嵐を前にした波打ち際のようにさざめきだす、

白金(プラチナ)の 『存在の力(スタンド・パワー)

 

「……」

 

 自分の 「出番」 を取られて面白くなかったセンセイも、

この時ばかりはただひたすら “ガンバレ” という純粋な想いの許、

その存在の力を行使する者()()()握った両手へと力を篭める。

 

【挿絵表示】

 

 

 やが、 て。

 

「!!」

 

「!?」

 

 ガオッ! という狂暴な音響と共に、 青年の掌中で白金の火柱が噴き拳がる。

 花京院のモノとはまるで対照的な、 触れた者スベテを(ことごと) く焼き尽くし、

灰燼(はい)も残さないのではないかと錯覚する程の、 強烈な光を発する炎。

 しかし狂暴な破壊的存在感を以て噴き拳がっているというのに、

その色彩は視る者スベテを惹きつけるような神聖さを宿しているという

相反する要素を併せ持っている。

 周囲に眩い輝きを迸らせるその炎に頬を白く染められながら、

自分の “生徒” の想像以上の出来に、

センセイは歓びを隠すこともなく顔いっぱいに現す。

 その胸元でムゥと小さく、 心底感嘆したような声があがったコトには

誰も気がついていない。

 

「フ……ゥ……ッ!」

 

 呻くように呟いた承太郎の一声と共に、 噴き挙がっていた火柱は

一瞬にしてその高度を無くし、 一気に彼の掌中へと収まる。

 あとに残ったのは、 開放されるソノ時を待ち焦がれるように

狂暴な火花を空間に捲き散らす、 白金色の塊。

 

「フッ、 イメージとスタンドパワーとを同調(シンクロ)させて開放するタイミングが

チョイと骨だが、 まぁ、 はじめはこんなモンか」

 

 白金の炎を右手に宿らせる青年は、 己の掌中を見据えながら満足気に呟く。

 

「だが、 ()()() 「使える」 かもな。

『スタープラチナ』 はパワーとスピードはあるが、

()()()()()()()()()のが玉に疵だった。

だがコレでその 「弱点」 も補強されるってワケか。

今はまだ弱々しいが、 もうチョイ練習すりゃあ威力も向上()がるだろうしよ……」

 

 自分の生みだした白金の 『炎』 を見据えながら、

その端正な口唇に不敵な微笑を浮かべる美貌の青年。

 彼に限らず、 人は何か一つ新たな 『能力』 を、

自分の 『可能性』 を見つけた時、

こんな表情をするのかもしれない。 

 その、 静かながらも自信に満ち溢れた風貌。

 だが、 意外。 

 

「OK。 “ソレ” はもう、 ()()()()()()()()()

 

 その 「炎」 を創り出せと命じた張本人が、

いとも容易くそう口にする。

 

「……」

 

 予め可能性の一つとして少女の言葉を見越し、

瞬時に掌中の炎を掻き消した優等生とは逆に、

脇の不良生徒は口を半開きにしたまま棒立ちとなる。

 

「オイ? 一体ェどーゆーコトだ?」

 

 右手に煌々(こうこう)と光る白金の炎を宿らせたまま、

承太郎は壇上のシャナに一歩詰め寄る。

 

「 『近距離パワー型』 の 「弱点」 を補う為にヤらせたコトじゃあねーのかよ?

訓練して、 オメーみてーなバカデケェ炎を

スタンドにブッ(ぱな)せるようにする為によ」

 

 炎を自在に生みだしそして操るこの 『能力』 に関しては、

少女の方が遙かに熟練者、 というより専門家であり

自分は素人も同然だというコトは百も承知していたが、

即座に諦めてしまうにはどうにも惜しい 『能力』 だった為

承太郎は(くど)いと想いつつも食い下がる。

 その背景には己の 「弱点」 を補うコトも在るが、

シャナのように(条件付きではあるが)破壊された街や傷ついた人間を

元通りに 「修復」 出来る 『能力』 を獲得出来るかもしれない、 という想いが在った。  

 しかし。

 

()()()()()()()()()()()()、 強力な 『炎の自在法』 を

(つか)えるようになれるわけないでしょ?」

 

 壇上のセンセイは、 不良生徒の淡い期待を清々しいまでに粉砕する。

 

「“自在式” が編めないんだから、 実戦レベルにまで()()()()のは事実上不可能よ。

要はおまえ達にその能力(チカラ)の 「流れ」 を感得させたかった、 ただソレだけ。

そしてソレは、 その気になれば有形無形を問わず

“自在に形容(カタチ)()えられる” というコトも一緒にね」

 

「……」

 

 ワケの解らない専門用語も織り交ぜられながら、

取り付くしまもない程に論破され沈黙以外の選択を余儀なくされる不良生徒。

 右手に宿っていた狂暴な炎の塊も、 いつのまにか立ち消えている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 苛立ちと共に心中でそう呟きながらも、

解らない事は考えてもしょうがないので承太郎はセンセイの言葉を待つ。

 

「もう一度いうけど、 “フレイムヘイズでない” おまえ達に、

『炎の自在法』 を教えるつもりはない」

 

 センセイは念を押すように、 腕組みをしたままそう告げる。

 

「でも存在の力を操る(すべ)、 “自在法の理念” を理解し、ソレを 「応用」 する事、

つまりおまえ達自身の 『能 力(スタンド)』 に “自在法” を 「組み込む」 コトで、

より精密に、 高性能に自分の 『幽波紋(スタンド)』を

操る事が出来るようになる 『可能性』 は在る」

 

「ジザイホーを、 スタンドに組み込む、 だと?」

 

 想わず口を付いてでた承太郎の言葉に、 シャナは無言で頷いてみせる。

 

「“狩人” がヤってたでしょ? 

燐子に自在法を組み込んで思い通りに操ったり爆弾に換えたり。

アレだって元を正せばただの人形(マネキン)よ。

スベテは自在法に拠って生み出される、

『この世ならざる存在の事象』 なの。

だからおまえ達はソレを使って燐子や宝具じゃない、

自分の 『幽波紋(スタンド)』 を操るの」

 

「……」

 

「……」

 

 押し黙って顔を見合わせる二人の生徒を頭上から見据えながら、

センセイは講義を続ける。

 その瞳を、 より鋭く研ぎすまして。

 その声を、 より森厳に澄み渡らせて。

 

「“存在の力” は、 森羅万象、 ()()()()()()()()()()()()()

物質ではないけれど、 無論おまえ達の 『幽波紋(スタンド)』 も例外じゃない。

ソレを使って()()()()()()()()()紡ぎ出すのが 【自在法】

“有は無に還り無は有を創り出す”

つまりは、 『永遠』 という可能性への追求……」

 

 センセイはソコで一端言葉を切って、

無数のリングが嵌められた右手をスッと前に差し出す。

 同時にその掌中で数塵火の粉が舞い、 刹那に炎が灯る。

 不可思議な紋字と紋章とが、 周囲に(まつわ) った、 深紅の炎。

 まるで何かの儀式、 或いは敬意であるかのように、

少女は紅蓮の煌めきを、 余すコトなく空間へと迸らせる。

 そしてその煌めきと共に頭上から到来する、 預言者のような声。

 一人の、 純潔なる “フレイムヘイズ” の声。

 

「歴代のフレイムヘイズとその紅世の王達は、

『永遠』 という理念を自在法の 「象徴」 としたの。

現世と紅世の在るべき姿の為に。 

『永遠』 とは “無限” のコト。

()()()()()おまえ達に自在法を教える意味が在る」

 

 深紅の炎に勇壮なる風貌を照らされながら、

承太郎はその研ぎすまされた洞察力で

少女の紡ぎ出す言葉の意味を分析し始める。

 

「……」

 

『永遠』 だの “無限” だのと、 

何やら話が大袈裟になってきたが

シャナの言わんとしているコトは理解できた。

 つまり自分の能力 『幽波紋(スタンド)』 には、

まだまだ 「未知」 の部分が在るというコト。

 そして自分はまだ、 その 『存在能力』 を巧く引き出せてはいないというコトだ。

 言われるまでは気にもとめていなかったが、

確かに言っているコト自体は間違っていない。

 今まで自分はスタンドを 「操作」 する際、

“目の前にいるヤツをメチャメチャにブン殴れ” や

“襲ってくるモノをスベテ弾き落とせ” 等、

大雑把な 「命令」 しか与えてはこなかった。

 しかもソレすらも、 思い返してみればあぁそうだったという位で、

実際には殆ど無意識に近い状態でスタンドを念じ、

本能的にその 「操作」 を行っていたに過ぎない。

 しかしシャナの言う通り、 スタンドを効率的に動かし

尚かつその能力を最大限に引き出すのであれば、

より高度な 『操作技術』 が要求されるのは当然のコトだ。

 最新鋭の高性能エンジンをフルチューンで搭載した

モンスターマシーンの性能(スペック)を引き出すには、

ソレを自在に操るテクニックが必須条件であるように。

 それが無ければ如何に優れた機体で在ってもただの鉄屑、

コーナリングでクラッシュするだけの 「棺桶」 に過ぎない。

 その自分でも気づいていなかった事実に、

目の前(上?)の少女は気づいた。

『スタンド使い』 ()()()()()()()()()()()()。 

 しばし押し黙っていた承太郎だが、 少女の発する言葉の意味を解し

やがて閉ざしていた口唇を静かに開く。

 

「……成る程な。 F1で例えりゃあ今まではオートマだったが、

マニュアルに切り換えた方がより高度な操縦が出来るってこったな。

技術(ワザ)が要るがよ」

 

「……」

 

 自動変速と手動操縦。 

 いつもながら独特の言い回しをする承太郎だったが、

物事の核心はきちんと押さえている。

 自在法に於いてもその 「諧調(バランス)」 は非常に重要で、

傾向的に後者の方が(本能的に発動させる前者と比べ)高度な構成技術を要する為

より優れているとされている。

 同じ自在法でも、 自在式が在るのと無いのとでは

その威力も精度もまるで違ってくるように。

 自分もこの自在法の理念を解するには時間を要した為、

こうもあっさりと解かれては張り合いがないが

「正解」 を言っている以上ソレは肯定するしかないので、

 

「まぁ……概ねそんなカンジね……」

 

と、 目元を黒いレザーキャップの縁で目元を覆いながらそうに呟いた。

 本当は、 もっと間違って失敗して、 ソレを逐一修正しながら

自分に頼る以外何もない(しょ~がないわねぇ~♪ 承太郎は♪)

とか想わせようとしていた目論見は見事外れた。

 そこに追い打ちをかけるように言葉を繋ぐ、 脇の優等生。

 

「ボクも、 今まで自律動作(オート)遠隔操作(マニュアル)とを切り換えて

スタンド操作を行っていたけれど、 殆ど無意識的なモノで

あまり細分化して考えては来なかったね。

スタンド(バトル)はいつも突発的で相手の 『能力』 が解らないコトが殆どだから。

でもこれからは “そうでない敵” との戦いも覚悟しなきゃならない。

だから今まで以上にスタンド操作に磨きをかけるのなら、

シャナの言ってる事は間違いないよ。

訓練によって幾らスタンドパワーが向上()がっても、

相手の 『能力』 次第じゃ無意味どころか逆効果になるからね。

どんな状況にも臨機応変に対応できる操作技術と応用能力が、

どうしても必要になってくる」

 

「……」

 

 花京院に他意はなく、 あくまでシャナの言うコトを肯定、

補足説明をしたのみだったが、なんだかフォローを受けたみたいで

ますます面白くないセンセイは憮然とした表情のまま講義の締めに入る。

 

「兎に角、 おまえ達はこれから 『幽波紋(スタンド)』 を操作する際、

()()()()()()鋭敏に存在の力の流れを 「感得」 して

ソレを 「適正化」 する(すべ)を修得しなければならない。

腕を振り上げるとか振り廻すとかの何気のない動作の中にも、

一体どれだけの 「力の流れ」 が存在するのか

()()()()理解出来なければ収 斂(しゅうれん)も発動も巧くはいかない。

だからその 「基礎」 としてまず 『チカラの集束と変換』 を体感させたの。

状況に応じてチカラを然るべき処に集め、 無駄を殺ぎ落とし、 ソレを変換させる(すべ)をね」

 

 そう言い終えるとシャナは、 教師が持参したテキストの束をまとめるように

右手に宿った炎を大仰な手捌きで振り翳し、 掻き消す。

 そして。

 

「さて、 と。 これで私の 「講義」 は終了よ」

 

 礼の代わりに可憐ながらも強い微笑を口唇に浮かべ、 承太郎達に向き直る。 

 センセイ役は、 コレで終わり。

 再び対等の立場に戻ったシャナは壇上から飛び降り、

長身の美男子二人の前へと軽やかに着地した。

 その眼下の、 自分の腰元に届くのがやっとという

背丈の少女に承太郎は問い(ただ)す。

 

「おい? チョイ待ちな。 そのジザイホーとやらの 「ヤり方」 を、

まだ教わってねーぜ。 せめてその 「基本」 くらいは知っとかねーと

“応用” も何もねーだろ?」

 

 正当な要求。

 しかし少女から返ってきたのは、 全く 『逆』 の答え。

 

「 “ソレ” は、 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

存在の力の流れ、 その感じ方や制御の仕方は同じように見えて、

実は一人一人全然違う。 当然その 『発現型』 もね。

要は創造力(イメージ)と己の潜在能力との瞬間的な融合化よ。

ソレは誰に教えられるモノでもないし伝えられるモノでもない。

おまえ達が自分自身でやり遂げる()()ないの。

歴代のフレイムヘイズはみんなそうしてきたし私もそうしてきた。

だからおまえ達もそうしなさい。

“ヒント” はもう充分あげたでしょ? 」

 青年のライトグリーンの瞳を覗き込むようにして告げられる、 少女の返答。

 

「……」

 

 普通ならここで、 “できるわけがないッ!” と 「4回」 位叫びそうだが

幾分かの沈黙の後、 青年は答えを返す。

 その瞳に宿る、 怜悧な光に裏打ちされた答えを。

 

「……つまり、 オメーに手取り足取り教えてもらった 「ジザイホー」 じゃあ、

ソレは “コピー” ってヤツで 『本物』 じゃあねぇってコトか?

自分(テメェ)に合った能力の 「使い道」 ってヤツを、

テメー自身でみつけろってコトだな」

 

 生来の洞察力と実戦で磨き上げられた判断力とで、

自分なりの答えを導き出す 『スタンド使い』

 ソレに対し眼下の少女は、

 

「そのとおり! よく解ってるじゃない」

 

(届くのなら) その頭を被った学帽ごと撫で回しそうな心持ちで、

満足そうな笑みを彼に返した。 

 

「そりゃどーも」

 

 青年は剣呑な視線で少女の笑顔を受け止めながら、

ふと既視感によく似た感覚が脳裡を過ぎったのに気づく。

 遠い、 昔。

 ()()()()()()()()()同じようなコトが在り、

ソレを己に流れる “血” が覚えていた所為なのかもしれない。

 

「……」

 

 安堵によく似た、 その奇妙な 「実感」 を反芻する青年の傍らで、

 

「よろしい」

 

と、 黒尽くめの少女が腕組みをしたまま深く頷いていた。

 その脇の美男子は、 変わらない穏やかな微笑で二人をみつめている。

 頬を撫でる、 深緑の息吹。

 髪を揺らす、 初夏の風。

 三者の間に、 緩やかな空気が充ちていく。

 そし、 て。

 

「さて、 それじゃあ今度は 『私の番』 ね」

 

「アン?」

 

「?」

 

 穏やかな沈黙を破った少女の言葉に、

懸念の表情を浮かべる二人のスタンド使い。

 

「ボク達の()、 って?」

 

 不思議そうに自らを指差す花京院。

 

「オレらがオメーに、 一体 『何』 教えるってんだ?」

 

 件の剣呑な瞳で、 少女を見据える承太郎。

 

「格闘技はいまさらだし、 「剣」 なんぞオレらは使ったコトねーぜ。

それとも、 何か一発芸でもやれってのか?」

 

「あ、 それならボクはチェリーを口の中で結ぶ事が」

 

「“前” にヤってやった()()か? でもオメー煙草吸えねーだろ?」

 

「そんなわけないでしょ! バカバカバカ!」

 

 真っ赤な顔をして、少女は長身の美男子二人を

見上げるようにして叫ぶ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

幽波紋(スタンド)の出し方』 よ」

 

 すました顔で、 当然のように言い放つ少女。

 深緑香る爽やかな初夏の昼下がりだというのに、

何故か冷たい風が一迅、 3者の傍らを通り過ぎた。

 

 

←To Be Continued……

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

『挿絵』についてですが、「帽子」はどうヤっても無理でした。

 あと所々「描写」と違いますが『仕様』です。

 まぁ「原作」とは違う「姿」が見れたというコトで

どうか御了承ください。

 

 

 

 

 



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『NEXT STAGEⅡ ~Magician's Red Go☆Beyond!~ 』

 

 

【1】

 

 

「 『スタンド』 って……オメー……無理に決まってンだろ……」

 

 唐突且つ想定外の少女の要求。

 承太郎はやや呆れたような口調で、

 

「シャナ。 君は 『スタンド使い』 じゃないだろう?

()()()()()()にスタンドを発現させるコトは不可能だよ」

 

花京院がゆっくりと諭すような口調で、 それぞれ少女の申し出を否定する。

 しかしこの最もな正論を、 目の前のハードな洋装に身を包んだ少女は

昔々在る処の悪逆非道の王国の頂点に君臨していた

暴虐の姫君の如く突っぱねる。

 

「うるさいうるさいうるさい! ()()()()()教えてって言ってるの!

おまえ達だって元は普通の人間でしょ! 

だったらフレイムヘイズで在る私に出来ない筈がないわ!」

 

「……」

 

「……」

 

 この、 一見筋が通っているのかいないのかよく解らない理屈に

若き二人の 『スタンド使い』 は大いに困惑する。

 

「お・し・え・て! “自在法の理念” は教えたわ。

Give and take。

それとも、 ただでモノを貰ってソレでいいと想うような、

そんな情けない 『男』 なの? おまえ達?」

 

【挿絵表示】

 

 

 途中完璧な発音でそう言って、 シャナは据えた視線で二人の瞳を覗き込む。

 もう()()()()()テコでも動かないコトは

二人共充分(過ぎる程)解っているので、

少女の我意(ワガママ)を押し通す最終奥義、

“泣く” を使われる前に(その殺傷能力に自覚の無い処が真に恐ろしい)

不良生徒はその 「役」 を優等生に押し付ける。

 

「やれやれ、 花京院任せたぜ。 オレァこーゆーのは苦手だ」

 

 そう言って軽く花教院の肩に手を置き、

一服する為に鳥居の外へと足を向ける。

 

「イヤ、 そう言われても、 ボクも困るのだが……」

 

 珍しく狼狽の色を表情に出す中性的な美男子に向けて、

当の本人は背を向けたまま軽く手をあげるだけで

この件を終わったコトにしてしまう。 

 

「……」

 

 仕方ない、 ダメ元でとスタンドの出し方をシャナに教えようとしたその時、

件の少女の姿はもう彼の目の前から消えていた。

 

「……」

 

 気も早く、 鳥居を潜る前からもう煙草を口唇の端に銜えていた無頼の貴公子の、

その引き締まった腰に巻き付いた二本の革のベルト内一本が

突如学ランの上から凄まじい力で引っ掴まれ、

“振り向いていないのに” まるで 「この世」 から 「あの世」 に

連れ去られるが如く、 背後に高速で引っ張り込まれる。

 

「ッ!?」

 

 予期せぬコトに体勢を崩して膝を折った青年の広い胸に、

更に予期せぬ呼吸も止まるほどの衝撃。

 そのまま石畳の上に押し倒され弾みで(したた) かに頭を撃った彼の脳裡に、

何故か浮かんだ “圧迫祭り” とかいう意味不明な単語を

承太郎が認識する間もなく視界に入ったのは、 件の少女の凛々しい風貌。

 正確には、 その上半身。

 石畳の上に仰向けの体勢となった自分の上で馬乗り(マウント)になり、

身を(よじ)って逃げられないようしっかりと脇腹に膝を 「入れ」

完全にロックされている。

 引っ張られた勢いで口から飛んだ煙草が地に落ちるのを確認したのは、

その後だった。

 

「……」

 

 もう吸えなくなってしまったが、 手入れの行き届いた神社の清潔な境内(けいだい)

汚すのは(はばか) れるので承太郎が煙草に手を伸ばそうとした瞬間、

再びとんでもない力で今度は襟元が引っ張られ、

無理矢理前方へと引き起こされる。

 

「……」

 

 その目の前。

 鼻と鼻とがくっつきそうな超至近距離で。

 キッとした鋭い視線の少女が、 自分の瞳を覗き込んでいた。

 

「……」

 

 脳裡で 『いつぞやの光景』 が、 意志とは無関係にフラッシュバックし

無頼の貴公子はその美貌を眼前の美少女からやや引く。

 少女はそんなコトなど知らぬ存ぜぬのまま、 きつく結ばれた口唇を開く。

 

「いい? よく聞きなさい?」

 

 何故か満面の笑みで一言そう前置きした後、

少女は先刻以上に視線と口元とを尖らせて、 襟元を掴んだ青年に迫る。

 

「お・ま・え・に、 教えて欲しいのッ!

花京院は熟練の 『遣い手』 だから、 初級者の私にはまだ早い。

ソレに 「最初」 は 『遠隔操作型』 よりも

『近距離破壊型』 の方が私の 「性」 には合ってるわ。

「距離」 の 「調整」 は常時覚えていけばいいわけだし、

遠くに()けても力が弱けりゃ何の意味も無いしね。

ソレに乱戦の時は 「自動型(オート)」 に切り換えなきゃいけないから

尚更自分の得意分野から修得していった方が合理的でいいわ。

()()()()()()()()()。 光栄に想いなさい。

紅世の至宝。 そして究極の王。

“天壌の劫火” アラストールのフレイムヘイズ、

この “炎髪灼眼の討ち手” に教授出来るというコトを」

 

「……」

 

 舌を噛みそうな長台詞を淀みなく一呼吸(ワンブレス)で言い切った

少女の威圧感と、 ソレを遙かに上廻る大望に気圧されて 「下」 の青年は、

口を(つぐ)む以外の選択を余儀なくされる。

 その少女の胸元で、 微かに(つきはな)()るような音が聞こえたか否かは、

識者諸君の有能な判断に委ねるコトにしよう。

 

「……」

 

“花京院はまだ速い”

 この言葉から類推できる事実。

 つまり、 この少女が脳裡に想い描いている、

まだ視ぬ 『幽波紋(スタンド)』 の壮大な 「幻 象(ヴィジョン)」 は――。

『近距離パワー型』 でありながら “遠隔操作” が出来、

尚かつ 「本体」 から幾ら距離が離れてもパワーが微塵もダウンせず、

オマケに “遠隔自動追跡” まで出来るという人類スタンド史上類を視ない、

『最大最強能力』 で在るようだ。

 このスタンドの 『法則(ルール)』 を完全に無視しまくった

少女の遠大な申し出に、 石畳の上で広大な空を仰ぐ青年は深々と溜息を付く。

 もうツッコミ所が多すぎて、 いちいち指摘するのがアホらしくなったのだ。

『勘違い』 もここまでイくと逆に凄いと褒めてやるべきなのか?

 学帽の鍔でその目元を覆いながら青年はゆっくりとその身を引き起こす。

 彼がいきなり起きあがった為、

上で馬乗りになっていた少女はその荷重移動によって

転がる石のようにコロンとなる。

 

「やれやれ、 まぁ教えるだけは教えてやる……」

 

 無駄だとは想うがなと心中で呟きながら

クールに学ランの埃を払う美青年に、

(しっかり受け身を執って)いきなり起きあがるなと

抗議の声をあげようとしていた少女は一転、

その表情を百花のように輝かせた。

 その少女の表情とは裏腹に、

承太郎は学帽の影で苦々しさを噛み殺す。

 スタンドのコトを誰よりも良く知る 『スタンド使い』 で在るが故に、

そんな顔をされると余計にヤりづらいのであった。

 やがて不承不承の面持ちで、 両手をズボンのポケットに突っ込んだまま

少女へと向き直る。

 

「いいか? スタンドを 「発現」 させる為にはまず、

自分の背後にチョイとばかり意識を集中させてやる」

 

「背後にね! こう!?」

 

 無駄だとは言ったものの、 一応教えると約束したからにはソレなりに、

承太郎はスタンドの発現の仕方を少女に伝授する。

 少女もうって変わった、 まるで戦場にいる時のような真剣な表情となる。

 

「足の 「開き」 はこんなもので良い? 

肩はもうちょっと 「入れた」 方がいいかな?

あ! 前後の荷重の配分(バランス)は?

発現する時の 「反動」 ってどっちから来るの?」

 

「……」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる、 少女の質問。

 要は 「後ろに意識を向けろ」

たったソレだけしか言っていないのだが

少女はもう両腕を交差した独特の構えを執り、

スタンドが出た 「後」 の対処にまで気を回している。

 その純粋でひたむきな態度。

 そして一を聞いて十を理解する卓越した知性が、

今は無性に哀しく想えた。

 しかし今更止めるワケにはいかないので

承太郎は淡々と続きを説明する。 

 

「そしてたった一言、 強く念じる。

“出ろ” または “来い” そんだけだ。

やってみな。 操作の仕方はその後だ。

スタンドがなけりゃあ操作方法なんざ教えても意味ねーからな」

 

「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!」

 

 言うが速いか。

 少女の清廉な息吹が空間に響き渡る。

 ソレだけで周囲の空気が凝結したかのような、 鋭い緊張感が辺りを支配する。

 

(やれやれ……教えられるとすぐに 「使って」 みたくなるタイプか……?

始末に負えねーな、こりゃ……)

 

 この後の展開を予想して、 美貌の青年は学帽の鍔で視界を覆う。

 やがて。

 少女の膝下まで達する長く美しい黒髪が、 風も無いのに数束、

ミエナイ引力に惹かれるかのように空間へと舞い踊り、

瞬時に火の粉を撒いて灼熱の光を灯す。

 同時に。

 その漆黒の双眸も、 この世の何よりも熱く烈しい、 紅蓮の煌めきをその裡に宿す。

“炎髪灼眼”

 少女をフレイムヘイズたらしめている、 宿命の刻印(シルシ)

 身に纏っている黒尽くめの洋装等、

本当にただの装飾(かざり)にしか過ぎない

存在の光華。

 そして。

 少女の変貌と同時に交叉していた両腕が、

突如双刃の抜刀術を彷彿とさせる尖鋭な勢いで振り解かれ、

周囲に旋風を捲き起こす。

 その動作に呼応するかのように、

 

「来オオオオオオオォォォォいィィィィィィィッッッッッッ!!!!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

勇ましき灼熱の喊声が、 その可憐な口唇から発せられる。

 少女の全身から夥しく飛び散って、 空間を灼き焦がす紅蓮の火飛沫。

 まるで鳳凰の羽根吹雪のように、 空間に振り捲かれる深紅の炎髪。

 神の御遣いと錯覚するかの如く、 熾烈なる輝きを迸らせる真紅の灼眼。

 そして。

 そし、 て!!

 

 

 

 ……

 …………

 ………………

 

 

 

 

 まぁ、 ソレだけ。

 

 

 

 

「ウソ教えたわね!! 承太郎ッッ!!」

 

 その顔を炎髪より真っ赤にして、 激高する少女。

 

【挿絵表示】

 

 一言一句違わぬ、 余りにも予想通り過ぎる反 応(リアクション)だったので、

件の青年は剣呑な視線のまま冷めた言葉を返す。

 

「ウソじゃあねーよ。 最初に言っただろうが。

やり方教えようが何しようが、 ()()()()()()()()()()()

 

 少々酷かとは想ったが、 叶う筈もない願望(ねがい)をいつまでも追い求めさせるのは

更に残酷だと判断した承太郎はすげなく言う。

 ソレに対して眼前の少女がどう反応するのか、 重々承知したまま。

 

「うるさいうるさいうるさい! 今のはちょっと失敗しただけよ!

見てなさい! 今日中に絶対 “発現” させてみせるからッ!」

 

 再び予想通りの、 一語一句違わぬ少女の反応。

 こうなるともうテコでも(以下略)なので承太郎は、

 

「まっ、頑張ンな……」

 

一言だけそう告げ、彼女に背を向ける。

 まぁ、 散々自分でヤってみてソレでも 「出ない」 というコトを悟れば、

少女も諦める()()ないだろう。

 その期待が少ない内に諦めさせた方が傷も浅くてすむ。

 もう時既に遅しな感は否めないが。 

 

「……」

 

 少女の傍から離れ、 木々の茂る開けた空間の方に足を向けた自分に、

花京院が音もなく寄り沿ってくる。

 そう。

 あまり少女のコトにばかり、 (かかずら) ってもいられない。

 自分は自分の出来るコトを始めなければならない。

 逃れようのない、 そして逃れる気も毛頭ない、

いずれ必ず訪れる 『アノ男』 との決戦の為に。

 その為にまず行うべきコト。

 己のスタンドパワーの、 完璧なコントロール。

 そして。

 スタンドの潜在能力を完全に引き出す、 高度な操作技術。

 

「……」

 

 冷然で在りながらも、 強靭な決意と覚悟とをそのライトグリーンの瞳の裡に秘めた

青年の背後から、 突如空間を歪ませるような異質な音を伴って

彼の 『幽波紋(スタンド)』 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 が出現する。

 その長い髪を風に揺らし、 纏った腰布(サロン)を気流に靡かせながら。

 主譲りの勇壮な意志の光をその白金の双眸に宿らせて、 現実世界に舞い降りる。

 

「!」

 

 同時にその自分の背後で、 異質な重高音。

 振り向いたその先。

 異星人、 或いは未来人のような機能性を極限まで追求した形態(フォルム)

装 甲(プロテクター)を要所に装着した生命の「幻 象(ヴィジョン)

 花京院 典明の操る清廉なスタンド、

法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)

 ソレが周囲に神聖なエメラルドの燐光を(ちりば) めながら、

静かに自分とスタープラチナを見つめていた。

 自分のスタンドと同じ精神の輝きを、 その盲目の瞳に宿しながら。

 承太郎は口を閉ざしたまま、 学生服の長い裾を翻し

スタンドと共に彼等へ向き直る。

 

「……」

 

 四の五の考えるのは、 抜き。

 地道な反復練習も 「性」 に合わない。

 スベテは 『実戦』 の中。

 ソコでナニカを感じ取り、 選び取っていけばいい。

 自分の祖先がそうしたように。

 自分の祖父がそうしたように。

 いま、 また、 自分も、 同じ 『道』 を歩み始める。

 そう遠くない未来。

 自分と同じ血脈の者達も、 そうするように。

 確信にも似た、 奇妙な実感。

 その許で鋭く研ぎすました眼光と鮮鋭に構えた逆水平の指先で、

スタンド、 スタープラチナと共に花京院を差す承太郎。

 

「いく、 ぜ……」

 

「あぁ。 遠慮はしないよ。 空条」

 

 その細い両腕を腰の位置で粛 然(しゅくぜん)と組み、

ライトアンバーの双眸に強い自信を宿らせた表情で

言葉を返す花京院。

 時を越えて “アノ時” と同じように。

 いま再び対峙する、 二人の『スタンド使い』

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 

 

 両者の身体から、 スタンドから立ち昇る、 それぞれ色彩の異なる燐光。

 そしてソレに伴う、 壮絶な存在の威圧感(プレッシャー)

 自分と同じような 『宿命』 そして同じ 『宿敵』 を持つ者同士。

 その信頼の 『絆』 は、 血よりも紅くそして深い。

 痛みも傷も、 超越する程に。

 

「スター・プラチナァァァァァ!!!!!」

 

「ハイエロファント・グリーン!!!!!」

 

 まるで合わせ鏡の立ち位置ように。

 その右腕と左腕とを高速で薙ぎ払ってスタンドを繰り出す両者。

 さながら初めての邂逅の時を再現するかのように。 

 しかしアノ時とは全く別の意味合いで、

二つのスタンドがそれぞれ色彩の異なる

幽波紋光(スタンド・パワー)』を空間に捲き散らしながら、

真正面から激突する。

 

「オッッッッラアアアアアアアァァァァァァ――――――――――!!!!!!」

 

「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァ――――――――――!!!!!!」

 

 動き出した 『運命』 

 紡がれていく 『因果』

 若きスタンド使いとフレイムヘイズは。

 次なる 「領域」 へと歩み出す――。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

 



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『NEXT STAGEⅢ ~Awaking 3queries~ 』

 

 

【1】

 

 

「えいッ!」

 

「このォッ!」

 

「だぁぁッ!」

 

「出ろォォッ!」

 

 深紅の炎揺らめく鳥居の背景が夕焼けに移り、

斜陽に(からす) の鳴き声が響き渡る黄昏時。

 弛まぬ少女の喊声が神社に響き続ける。

 ロクに休 息(インターバル)も取らず、 無頼の青年に諭された

幽波紋(スタンド)』 の発現()し方を愚直に繰り返し続けてもう3時間以上。

“傍に立つ” どころかその影の片鱗すらも

少女が脳裡に想い描くソレは未だ姿を視せない。

 在るのは少女の深紅の髪から、 その全身から迸り続けた

多量の火の粉に灼き焦がされた石畳と、 そこに染み込んだ汗の跡。

 

「く、うぅ」

 

 最早心身共に疲労困憊で、 いつ倒れてもおかしくない状態だったが、

己が 「目的」 を果たさない内に力尽きるコトさえ

「甘え」 だと認識している誇り高き少女は、

危局に在っても尚激しく燃え上がる真紅の双眸を

研ぎ澄ませて立ち上がり、 全霊を込めて仕儀に入る。

 

「……」

 

 安易な 「結果」 だけを追い求めない。

『向かっていれば必ず辿り着ける』

 アノ人がくれた一つの言葉。

 ソレだけをただひたむきに信じて。 

 胸元のアラストールは何も云わず、

ただ少女のヤるコトを傍で見護り続ける。

 

「……」

 

 正直、 “よもや” という想いは在った。

 通常のフレイムヘイズならまだしも、 その中でも例外的な存在、

“天壌の劫火” 足る己の全存在を呑み尽くしてもその 「器」 が

微塵も揺るがないこの少女、“シャナ” で在るならば。

 しかし、 やはり件の人物の言った通り、

無いモノは出現しないのであろう。

 どれだけ強大な力を有していても。

 その戦歴が、 如何に輝かしいモノで在ったとしても。

 少女が少女で在る限り、どれだけ足掻いても 『男』 にはなれないのと同じように。

 

「……」

 

 そう思い至って押し黙る “天壌の劫火” の心中に、 一抹の疑念が過ぎる。

 件のあの男は。

 空条 承太郎は。

 本当に()()()()()()()予測出来なかったのであろうか?

 共に過ごした時間こそ短いものの、 同じ戦地にて幾度もその背を合わせた者同士。

 少女がどのような気質の持ち主なのか、

鋭い洞察力と深い観察眼とを併せ持つ()()()()()

類推出来ないわけがない。

 ソレならば。

 もっと他に言い様も在った筈だ。

 一端 「保留」 して於いて、 後日その 『能力』 を取得出来る可能性を模索するコト。

 いきなり実践からは入らず、 まずはその能 力(チカラ)の概要について討究するコト。 

 有益な選択肢は数多(すうた)在った筈。

 少なくとも、 このように無意味で非合理な、

報われない反復動作を繰り返すよりは遙かに。

 それなのに、 本当に必要最低限度の()()()()()()()()をすれば、

少女の性格上ソレに反発するであろうコトは容易に想像出来た筈。

 そして己の限界を超えて、 力尽きるまでその仕儀を実行し続けるであろうということも。

 

(む……ぅ……)

 

 義憤、 或いは失望にも似た幾分かの慷慨(こうがい)

紅世の王 “天壌の劫火” の心中に沁み(いず)る。

 自分はあの男を、 空条 承太郎を、

少し買い被り過ぎていたのであろうか?

 あの者の、 その余りにも苛酷過ぎる 『宿命(さだめ)』 については、

盟友を通して多少なりとも理解しているつもりだ。   

 そして共通の “宿敵” である、 この世界の頂点に君臨する絶対存在

『幽血の統世王』 その絶大なる能 力(チカラ)をも。

 しかし。

 ソレに比べて、 この少女のコトは一体どうなのか?

 幾ら数多の紅世の王を、 その絶大な能 力(チカラ)の許配下に()いた

狂気と戦慄の魔皇だったとしても。

 彼の者に引き較べ、 この少女はあの男にとって

そんなにも 「軽い」 存在なのか?

 先刻の少女の問い。

 一見無意味としか映らない要求は早々に謝絶し、

己の修練に時を注げればソレで良いとでも考えたのだろうか?

 どんなに荒唐無稽な要求であろうとも、 ソレに込められたこの少女の想いは、

真実(ほんとう)で在るというコトには気づかずに。

 少女が()()()()()()今新たな能 力(チカラ)を欲しているのかも汲み取れずに。

 

「……」

 

 押し黙ったまま長考するアラストールを後目に、

その頭上の少女は今日何度目か解らなくなった 「失敗」 の影響で

力の抜けた片膝を石畳の上に付き、 荒れた呼吸を戻そうと躍起になっている。

 

「く……ぅぅ……出な……い……!」

 

【挿絵表示】

 

 

 悔恨に涙を滲ませ、 震えるその口唇をきつく引き結び、

ようやく漏れたその言葉。

「弱音」 とも呼べない、 今日初めての少女の 「弱音」

 そこに至るまでの過程を知る者ならば誰も彼女を責めるコト等あるまいが、

しかしその張本人である少女だけは、 未熟な己を責め続ける。

 自分の能 力(チカラ)のスベテは。

 そして存在のスベテは。

 決して “自分だけのモノではない” というコトを知っているが故に。

 

(!?)

 

 その、 疲弊した少女の脳裡に、 出し抜けに一つの 『設問』 が思い浮んだ。

 追いつめられた状況と新たな境地を切り開こうとする必死さが、

半ば偶発的に生み出したいわば精神の防衛規制。

 

 

 

 問題です。

 一体どうやって 『幽波紋(スタンド)』 を発現させますか?

 3択-ひとつだけ選びなさい。

 

 

 

答え①強靭無比、 完全無欠のフレイムヘイズ、 空条シャナは、

   突如眠っていた 『幽波紋(スタンド)』 の才能が目醒める。

 

 

答え②承太郎が来て手助けをしてくれる。

 

 

答え③発現しない。 現実は非情である。

 

 

 

(私……が……○を……つけ……たい……のは……)

 

 疲労で朦朧とした意識が生みだした、 精神の幻 想(マボロシ)

 まるで三日三晩砂漠を彷徨って、

ようやく手にした一杯の柄杓を口元へ運ぶかのように、

その 「解答」 を口にしようとする少女。

 しかし。

 

(!)

 

 刹那に生まれた己の甘さ。

 ソレに縋ったコトを認識した灼眼の少女はその頬を紅潮させ、

 

「あぁ~~~~!! もうッッ!!

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい

うるさぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~い!!!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

咄嗟に我へ返り、 焼け焦げた石畳に白い両膝を付けたまま

沈む夕日を背景(バック)屹然(きつぜん)と空に叫んだ。

 その口元をムクらせ涙の珠が数滴、 目じりに引っ付いたままの少女の背後。

 そこ、 から。

 

「オオオオオオオオオオォォォォォォォォォ――――――――――!!!!!!!!」

 

「ハアアアアアアアアアァァァァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!」

 

 突如湧き起こる、 勇猛且つ純正なる、 二つの喚声(こえ)

 

「ッッ!!」

 

 その瞬間、 少女はまるで野犬に吠えられたネコのように背筋を伸ばす。

 撥ね返るように振り向いた、彼女の視界に映る、白 金(プラチナ)翡 翠(エメラルド)

異なる色彩の 『幽波紋光(スタンド・パワー)

 ソレを旋風のように周囲の空間に噴き散らす、

二人の幻想的な男の姿が在った。

 

「……」

 

 周囲の硬い石畳の上に、 打撃痕、 射出痕、 その他幾重もの戦闘跡と推察される

夥しい数の亀裂が走り、 そして拳大の刻印が数え切れない程()り込んだ壊滅的惨状。

 ソレらを生じさせた二人の美貌にも、 擦過傷や打撲傷と思しきダメージの痕が浮かび、

そこから血が滲んでいる。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし 、その二人は。

 整った口唇に不敵な微笑を浮かべ、 互いの存在に見入っている。

 そんな些細な疵など遥かに超える、 深い信頼関係の許に。

 頬にそれぞれの汗の跡を滲ませ、 荒い吐息をその口唇から断続的に漏らしている。

 荒涼としているのに、 どこか奇妙な 『さわやかさ』 を視る者に(いだ)かせる、 その光景。

 研ぎすました極限の集中力の為、 ()()()()()()()()()()()

眼前の事態を少女が認識する間もなく、

 

「スター・プラチナァァァァァッッッッ!!!!」

 

「ハイエロファント・グリーンッッッッ!!!!」

 

喚声と共に両者の身体から異質な重高音を伴って飛び出してくる、 二つのスタンド。

 その全身から強烈な光を迸らせ、背後に彗星のような光塵を靡かせながら、

対照的な生命の幻 象(ヴィジョン)が、各々独特の構えを執ったまま

組み討ち合いのように真正面から高速激突する。

 空間が歪曲するかのような、 異質な衝撃音。

 同時に散華する、 白金と翡翠の混じり合った燐光。

 スタンド同士の激突で巻き起こった突風が、

石畳の上で瞳を丸くしている少女の白い頬を打ち、

長い紅髪をはためかす。

 

「……」

 

 明らかに。

 両者共に以前よりも 『幽波紋(スタンド)』 の威力(チカラ)向上(あが)っていた。

 恐らくは、 先刻の仕儀。

 己の裡に存在の力(スタンド・パワー)を集束して高め、 更に圧縮。

 そしてその溜め込んで凝縮した力を、 一挙に開放。

 まるで滑車を用いて鋼線を幾重にも捲き絞られた弩弓(ボーガン)のように、

己が 『幽波紋(スタンド)』 を超 高 速(ハイ・スピード)で射出したのだ。 

 二人の周囲で対流していた光は、 その存在の裡から漏れ出した能 力(チカラ)の余波。

 自在法の技巧としては比較的簡易なモノでは在るが、

その 「(もと)」 となる 『能力』 が凄まじいと、

ただソレだけでも必殺の威力を宿す絶技と成る。

 それも。

 威力(チカラ)を “抑えた状態” でだ。

 

「……」

 

 まるで一人置いてけぼりを食ったかのように、

灼けた石畳の上で放心する少女の目の前で、

二人の 『スタンド使い』 の勢いは止まらない。

 

「いくぜッッ!! オイッッ!!」

 

「準備はいいか!! ハイエロファント!!」

 

 まるで操り人形(マリオネット)のようにスタンドを自分の傍にまで引き戻し、

若き二人の『スタンド使い』は、

コレから繰り出す新たな “幽波紋技能(スタンド・スキル)” に備え

それぞれ己が 『分身』 に問いかける。

 そして!

 承太郎は即座に右手を逆水平に構え。

 花京院も両腕を対角の位置に据え。

 その視線を、 極限まで研ぎ澄ます。 

 

(!?)

 

 次の瞬間。

 少女の目を疑う光景が、 その真紅の双眸に飛び込んできた。

 突如両者の足下から、 それぞれ色彩の異なるスタンドパワーが

烈火の如く円柱状に噴出し、 本体とスタンドの周囲を覆っていく。

 その半径約1,5メートル程の、 白金と翡翠の光方陣。

 激しく上昇し、 音も匂いも煙も無いが、

しかし高密度の重金属を叩きつけるような感覚を以て

その光はスタンドの躯体(ボディ)を駆け抜けていく。

 そしてソレは、上 に昇るにつれて徐々に色彩を希薄にしていき、

最終的にはその本体頭上近くの位置で掻き消える。 

 一見、 派手な演 技(パフォーマンス)としか眼に映らないが、

視える者には視える、 ()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

その 「意図」 を察してただ黙するだけの少女の胸元で、

 

「むう。 この短時間で、 もう此処まで 『遣い(こな)した』 か」

 

アラストールが落ち着いた口調で感慨を漏らす。 

『存在の力』 の変化を、 五感に頼らず鋭敏に感じ取るコトの出来る、

“フレイムヘイズ” と “紅世の王” だからこそ気づいた事実。

 おそらく他の 『スタンド使い』 でも、

()()()()()()()()その真意を推し測るコトは不可能であったろう。

 いま、 二人の眼前で噴き挙がっている二本の光柱。

 一見炎と見紛うその裡には、 既に無数の操作系 “自在法” が

「変換」 されて編み込んで在る。

 ソレが足下から噴出する形容(カタチ)で 『幽波紋(スタンド)』 内部に組み込まれ、

(しか)る後に 「自動的」 な特殊機動を可能とする “鍵” と成る。

 コレにより、 スタンド 「本体」 との “連続的” な同時攻撃や時間差攻撃が可能。

 更に本体を介さずスタンドに直接 「命令」 を叩き込むコトに()り、

攻撃を読まれるリスクが減りそのタイムラグも解消されるが故に、

スピードと精密性も常態より向上。

 尚且つその組み込む 『存在の力(スタンド・パワー)』 を「集束」 させてあるので、

威力も通常の3割方上乗せ(レイズ)されるという下組みだ。

「弱点」 はその発動までに少々時間を要するのと、

一度発動させたら攻撃が終わるまで 「解除」 出来ないといった処だが

ソレは実戦を想定した修練の許、 随時修正していけばいい。

 存在の力の集束、 練成、 止揚、 そして開放。

 全て諸々(つたな) いがソレはこれから研鑚(けんさん)していけば良いだけのコト。

 寧ろ両者が自在法の初心者という事を(かんが)みれば、

コレは最上の選択と言えた。

 

(……)

 

 数在る紅世の徒もそしてフレイムヘイズも、

今まで誰も用いたコトのない自在法の行使。

 その為に先刻の疑念も一時忘れ、 まるで己が高弟を見るような様相で

静かに両者を見据えるアラストール。

 

「……」

 

 それとは裏腹に、 レザー製のキャップで俯いたまま表情が伺えないシャナ。

 その少女と炎の魔神を後目に、

 

「ッッッッラァァァァァ―――――――――――ッッッッ!!!!」

 

「ッッッッけェェェェェ―――――――――――ッッッッ!!!!」

 

鮮烈な駆け声とほぼ同時に、 間髪入れず発動の術式がスタンド中心部に叩き込まれ、

その瞳孔がそれぞれ鈍く発光し、 ソレをシグナルとして両者のスタンドは音よりも遙か(はや)く、

雷光のように眼前へと撃ち出される。

 そして。

 瞬刻の(まにま) に繰り出される、

スタンドの超高速多重連続攻撃。

 

 

 

「ォォォォォォォォォォォォォォォラオラオラオラオラオラオラ

 オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

 オラアアアアアァァァァァァ―――――――――――!!!!!!!!」

 

「――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――――――

 ――――――――――――――――――――――――!!!!!!!!」

 

 

 

 声を荒げ、 まるで廻 転 式 機 関 砲(ガトリング・キャノン)のような暴威を(ふる)って

拳撃と蹴撃とを乱発するスタープラチナと、 緘口(かんこう)したまま超速の連撃を

風圧式掃射(バルカン)砲のように射出し続けるハイエロファント・グリーン。

 その幻 象(ヴィジョン)こそ対照的だが、 光と共に撃ち出される夥しい数の

閃撃火勢は全く以て互角。

 パワーとスピードは、 『近距離パワー型』 で在るスタープラチナの方が当然上で在るが、

“遠隔操作型” で在るハイエロファント・グリーンは、

その長年の経験で培われたスタンドの技術(ワザ)と四肢を触手状に延ばすのコトの

出来る特異性を利用して攻戦に応じる。

 そのパワーとスピード、 テクニック、 何よりもスタンドに込められた精神の力が

凄まじ過ぎる為、 互いの攻撃は一発も目標に着弾(ヒット)せず

ただ眼前の閃光(ヒカリ)と成って超高圧電流のような

幽波紋(スタンド)の火花を空間に迸 出(へいしゅつ)させ続ける。

“攻撃は最大の防御”

 その論理(ロジック)を地でいくような超高速のスタンド戦。

 互いの能力の総量が完全に互角でなくては起こり得ない、

極めて稀なスタンド現象。

 

 

 

 

「オッッッッッラアアアアアァァァァァァ――――――ッッッッッ!!!!!」

 

「――――――――――――――――――――――――ッッッッッ!!!!!」

 

 

 

 

 空間の割れるような爆砕音。

 組み込まれた 「自在法(プログラム)」 の最後。

 右直撃と左延蹴撃とをブツけ合った両スタンドは、

再びミエナイ糸に引かれるようにそれぞれの宿主の許へ、

高速によって発せられた気流を纏いながら舞い戻る。

 戦闘空間で弾かれた空気がようやく膠着状態からの開放を許され、

周囲に拡散して木々を揺らす。

 

「……」

 

 少女の紅髪も同じように空間へと靡いたが、

しかし少女は無言のまま何も言わない。

 その少女の様子に気づかず、 というより今は互いの存在しか目に入らず、

二人の美しき 『スタンド使い』 は再び微笑の許、

真正面からスタンドと共に罅割れた大地に屹立した。

 

「フッ、 なかなか難儀しそうだった “ジザイホー” だが、

想わぬ 「使い方」 が在ったな」

 

「流石だよ。 空条。 まさかスタンドのこんな 「使い方」 があったなんて」

 

 己の生みだした新たな “幽波紋技能(スタンド・スキル)

 その予想以上の成果に、 二人のスタンド使い達は

充足した表情を秀麗な風貌に浮かべる。

 

【タンデム・アタック】 

本来スタンドに(あらかじ) め 「命令」 をインプットしておいて、

「本体」 との 「同時攻撃」 を可能とする(スベ)

主に虚を突く技だったが、

ソレを 「応用」 すりゃあこーゆーコトも可能になる」

 

「イイカンジだ。 “自分の身を護れ” や “相手を攻撃しろ”という大雑把な命令ではなく、

具体的な 「技」 を連続してイメージしスタンドパワーを操作、

直接スタンドに叩き込む事でより力強く精 密(スピーディ)機動(うご)くとはね」

 

「初めは力み過ぎで “繋がり” が悪かったが、

鋭く細かく 『連係』 を組み立てるコトでその廻転も飛躍的に上がって行く。

後は “デケェの” を、 一体どのタイミングでスタンドに放り込むかと言った点だが、

コレばっかりは一概にあーだこーだと決められねーな。

場数踏んで感覚に沁み込ませるしかねぇか?」

 

「確かにソレは戦闘の状況に拠るからね。

寧ろ形式(パターン)化しない方が良いだろう。

その方が状況に応じて千変万化出来る強みにもなる。

ボクらの 『能力』 は、 もうDIOを通して敵全体に知れ渡っているだろうから、

“知られてもマイナスにならない” 能力を開発していった方が得策だ。

幾らスタンドの破壊力(パワー)向上(あが)っても、

ソレが命中()たらなければ何の意味もないからね」

 

 怜悧な立ち振る舞いで、 自説に対し適確な意見と正鵠な助言を返す花京院。

 

「……とはいえ、 想ったより精神の消耗が激しいな。

調子こいて(つか)(まく)ってりゃあ、

負けの込んだ博打みてーにすぐに神経が擦り減っちまう。

どーやら追撃や反 撃(カウンター)、 ここぞという時の決め処で出した方が良さそうだぜ」

 

「賛成だ。 あくまで 『流法(モード)』 の一部。

戦術の幅が少し拡がるくらいに考えて於いた方が無難だね。

頼りすぎもよくない。 他の技が鈍るからね」

 

「……」

 

 再び。

 異論の付けようの無い、 ほぼ完璧な回答。

“頼れるヤツだな” と、 承太郎は純粋にそう想う。

 今まで、 自分に真の意味での 『友人』 等、 只の一人もいなかった。

 そして、 ソレはこれからもきっと現れないのだろう、 と想っていた。

 でも、 『花京院(コイツ)』 は、 そうではないのかもしれない。

 コイツと なら、 『スタンド』 や 『宿命』

そういったモノとは全く無関係に、

共に居るコトが出来るのかもしれない。 

 何の他意も余分な気遣いも、 なにもなく。

 ただソレが、 当たり前で在るかのように――。

 

「……」

 

 らしくもない、 自分でも気恥ずかしいコトを考えているというのは重々承知していたが、

何故か少しも不快な感覚(カンジ)はない。

 そこに。

 

「どうしたの?」

 

 承太郎の全身から発せられていた闘気が微かに揺らいだコトを

敏感に察知した花京院が、 琥珀色の澄んだ瞳で問いかける。

 その質問に承太郎は答えず、 ただ穏やかな、

そして少しだけ優しげな色を帯びた微笑のみで応える。

 

「……」

 

 それだけで彼の意図を察したのか、

微笑を向けられた翡翠の美奏者も同じような仕草で応じる。 

 

「フッ」

 

「フフッ」

 

 特に、 理由はない。 

 それでも意味の無い微笑を互いに交わし合う、 若き二人のスタンド使い。

 荒涼とした破壊空間の中にて交錯する、 甘美なる刹那。

 その横合いにて、

 

「……は……しの……のに……!」

 

一人取り残されたフレイムヘイズの、 呻く様な呟きに気づく者は誰もない。

 そして。

 

「さて、 今日の仕上げといくか?」

 

「そう、 だね」

 

 再び元の不敵な表情へと戻り、 先刻以上に視線を研ぎ澄ませるスタンド使い二人。

 即座に足下から噴出する、 白金と翡翠の光方陣。

 その旋風、 否、竜巻のような光の奔流が、

余すコトなく両者の身体とスタンドとを覆い尽くし、 駆け昇っていく。

 

暴走族(ゾク)のタイマン風に言うならば、

“来な、 どっちが強いか試してみようぜ” というヤツだぜ」

 

 白金の光の中、 逆水平に構えた指先で花京院を差す承太郎。

 

「手加減は、 しないよ」

 

 翡翠の光の中、 威風堂々と左腕を振り翳す花京院。

 

「“したら” ブッ飛ぶのはテメーの方だぜ。 花京院」

 

 承太郎がそう返す中、

 

「……!……ッ!」

 

 その胸元で小さな拳を握り、 ソレを、 否、全身を震わせるシャナ。

 

【挿絵表示】

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!」

 

「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!」

 

 その少女の存在には微塵も気づかず、 再び二人のスタンド使いは

頭上へと立ち昇る光の奔流の中、共に勇壮な(とき)の声を挙げる。

 今度は、 無数の戦闘技ではなく、 ソノ 「対象」 を()()()()()に絞り、

代わりにその威力(チカラ)を極限まで集束して高め、

スタンド内部に存在の力(スタンド・パワー)をギリギリまで()める。

 

(ジザイホー入りの 『新型・流 星 爆 裂 弾(スター・ブレイカー) か……

正直ドンだけ威力が向上(あが)ってンのか興味あるぜ……)

 

(限界までスタンドパワーを高めて撃つ 『強化型・エメラルド・スプラッシュ』

正直ドレ程の威力になるのか、 奏者であるこのボクにも想像がつかない)

 

 承太郎のスタンド、 スタープラチナはその両腕を逆十字状に組んだ

独特の構えで白金のスタンドパワーを右拳に集束させ、

花京院のスタンド、ハイエロファント・グリーンは重ね合わせた両掌中に

同じく翡翠に輝くスタンドパワーを集め、

うねるような高速廻転流動のもと一極に凝集、 攪拌させていく。

 

「――――――ッッ!!」

 

 ソレら二つ、 進化した 『幽波紋流法(スタンド・モード)』 の初期機動を眼前に、

顔の上半分がレザーキャップで隠れた紅髪の美少女が、

その口元をきつく結び、 白く整った歯を軋らせる。

 自分はまだ、 スタンドの “影” すら見るコトが出来ていないというのに。

 でもこの二人はもう、 その遙か 「先」 の “領域” にまで達してしまっている。

 本来の 「予定」 じゃ、 もうとっくに 『幽波紋(スタンド)』 を発現させて、

()()()()自分も一緒に居る筈なのに。

 ソノ自在法の遣い方を、 『彼』 と討究するのは “自分” の筈なのに。

 そうできないのは、 他の誰の所為(せい)でもない。

 全て、 自分の所為。

 自分の能力(チカラ)が未熟だから。

 自分の研鑚が足りないから。

 それ以外の、 何モノでもない。

 でも。

 ズルイ。

 ヒドイ。 

 不公平。

 殆ど逆恨みにも等しい、 でも今まで感じたコトのない新種の悔しさが

少女の胸中を埋め尽くしていく。

 そんな少女の胸の裡など露知らず、 眼前の二人は極限まで()まったそのスタンドパワーを

それぞれ服の裾を旋風に靡かせながら全開放する。

 空間を劈く、 異能の閃光(ヒカリ)

 その中心部で爆裂する、 スタンドパワー。

 まるで周囲に存在する全てのモノに、 己が存在を刻み付けるかのように

猛り立つ二人のスタンド使い。 

 そしてその艶めかしい口唇から同調して宣告される、

己が 『幽波紋流法(スタンド。モード)』 の流法名。

 新星爆裂(しんせいばくれつ)及び翠蓮光翔(すいれんこうしょう)

 流星、 聖法の 【新 流 法(ニュー・モード)

 

 

 

「スタアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!」

 

「ェェェェェエメラルドオオオオオオオオォォォォォォ!!!!!!!!!!」

 

 

 

 幽光捲き奮う両者のスタンド。

 そこ、 に。

 

 

 

「なァァァァァにやってンのよおおおおおおぉぉぉ

ぉぉぉぉぉ―――――――――――!!!!!!!!!」

 

 

 

 二人の覇気に勝るとも劣らない少女の怒声が、

流法(モード)』 よりも速く爆裂した。

 

←To Be Continued……

 

 



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『NEXT STAGEⅣ ~Scarlet Mirage~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「……」

 

「……」

 

 スタンドに流法体勢を()らせたまま、

空条 承太郎と花京院 典明は自分達の側方で歯を食いしばり

目じりに涙をためたまま真っ赤になっている、

黒い洋装を紅で彩った美少女へと向き直る。

 その少女の全身から発せられる、

唯ならぬ危うい雰囲気にスタンドの(きょう)は完全に殺がれた。

 元来の生真面目な性格故に、 戦闘訓練と反射的に口に出そうになった

花京院は咄嗟にその言葉を喉の奥へと呑みこむ。

 だが、 しかし。

 

「“戦闘訓練” だ。 邪魔をしねーでもらいてーな」

 

 その鍛え抜かれた両腕を胸元で組み、

無頼の貴公子が悠然とした佇まいで少女へ速答する。 

 

「空条ッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()、 彼女が一体どのような反応を示すか

解らない筈はないのに。 

 しかしその承太郎の振る舞いを花京院が諫める暇もなく、

 

「うるッッッッさいッッッッ!!!!」 

 

再び少女の怒声が周囲に響き、 木々がざわめいた。

 だがこの言葉を浴びせられた当の本人は、

別段狼狽えた様子もなくただ淡々とした表情で続ける。

 

「 “コッチ” のコトより “ソッチ” の方はどーなんだ?

もう 『スタンド』 は出たのか?」

 

「……ッッ!!」

 

 別段棘や揶揄するような口調ではないが、

しかし今の少女には挑発しているようにも聞こえる承太郎の問い。

 痛い処を突かれたように、 少女は一瞬その小さな躰をやや引く。

 しかし、 すぐに。

「う、うるさい!! うるさいうるさいうるさいうるさい

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさァァァァァァァァァァい!!!!」

 

 三度激高する。

 

「……」

 

 額にピアニストのような細い指先を当て、

修復不能になってしまった眼前の事態に首を振る花京院の姿は目に入らず、

少女はその隣で傲然と構える無頼の貴公子を睨み続ける。

 望んでいたのは、 そんな言葉じゃない。

 それにもう一体、 何の為に “うるさい” と言っているのかさえ解らない。

 ただそう言いたいが為に、 目の前の現実を無理からにでも否定したいが為に

言葉を口走っているようにしか自分でも想えない。

 これじゃあただの八つ当たり(最も完全にそうであるが)

物事が思い通りにいかなくて駄々をこねている子供以外の何者でもない。

 自分が言いたいのはこんなコトじゃない。

 こんなコトじゃ、 ない筈なのに。

 

「……」

 

 思いつく様言葉を吐きだし、 呼気を荒げる少女に向かい

その怒声を散々浴びせられた美貌の青年は件の剣呑な視線で、

 

「気がすんだか」

 

無感動にただそう告げる。

 

「――ッッ!!」

 

 反論、 せめて訓戒でも口にしてくれれば

売り言葉に買い言葉で今の自分の惨憺足る有様を誤魔化すコトも出来ようが、

こうも冷静に来られたのでは押し黙るしかなくなる。

 コレ以上続けても、 自分が惨めになるだけだから。

 未熟な自分の姿を、 ただ晒し続けるだけだから。

 そんな彼女の心中を知ってか知らずか、

目の前の青年は再び感情を込めずに少女に告げる。

 

「さんざっぱらヤってみて、 いい加減コレで解ったろ?

()()()()()()()()()()()()()

 

「――ッ!」

 

 駄目押しのようにハッキリとそう宣告する青年に対し、

生来の性格が災いして反射的にソレを否認しようとする少女。

 

「……」

 

 しかし最早その余地も気力もなく、 失意のままに小さな肩を落とす。

“そんなコト” はもう、 誰に言われるでもなく自分が一番解っていた。

 でも。

 知りたくなかった。

 聞きたくなかった。

 少なくとも、 承太郎からは。

 ウソでも良い。

 アノ人のように、“いつか出来る” と言って欲しかった。

 だって。

 だって……

 

(……)

 

 自分は一体、 いつからこんなに 「弱く」 なったのか?

 幾度も血風にその身を晒され、 時に血の海を泳ぐコトになろうとも、

決して怯みはしなかったのに。

 何故、 この眼前に位置する青年の承認が一つ受けられなかった位で、

こうも気持ちが沈むのか?

 思考が答えの出ない堂々巡りに陥り、 再び俯く少女。

 その少女の傍らで、

 

(そんなにハッキリと言わなくても……)

 

是非なきコトとはいえ、 傷心したその少女の様子を不憫に想った花京院が、

 

(つと)に解りきった事象を兎や角と……)

 

珍しく不快の色を露わにしたアラストールが共に心中で呟く。

 

「……」

 

 沈黙の許、 暗く沈んだ空気が周囲に漂いつつ在る中。

 やれやれと無頼の貴公子がいつものように学帽の鍔を摘む。

 その眼前には、 同じくレザー・キャップの鍔で表情が伺えない紅の少女。

 無言だが、 その態度が暗に自分の諌言を拒絶しているのが視て取れる。

 どうやら、 幾つか予想していた事態の中でも

とびきり厄介なモノに自分の予感が的中したようだ。

 ヤるだけヤってみてソレでも不可能なら、

明晰な頭脳を持つこの少女なら

潔く 「諦める」 と想っていたのは、

どうやら大いなる錯覚というヤツだったらしい。

「結果」 が出ていない今、

まだ大人しく黙り込んではいるが明日になればきっと、

この少女は同じ内容の訓練を出()()()()()()()()()ヤり続けるだろう。  

 その次の日も。

 その次の次の日も。

 周囲が幾ら諭しても、 おそらくこの少女は聞き入れない。

 スタンドが発現するその時まで、 この少女はきっと止まらない。

 一体何がこの少女に、 ソコまで 『幽波紋(スタンド)』 に対して

執着させるのかは解らないが。

 

(やれやれ……しょーがねーな……)

 

 眼前の少女から顔を逸らし、

困ったのと面倒なのを半々混ぜっ返したような表情で

無頼の貴公子はその襟足の長い黒髪を学帽越しに掻く。

 まぁこの件は少女に期待を抱かせ、

最初にハッキリと拒絶しなかった自分にも責任が無いワケではない。

 今日は久々に全力でスタンドを動かしたので、

早々に引き上げて何処かで酒でも飲みたかったが

目の前で落胆する少女の(もと)

空条 承太郎は仕方なくソレを先送りにする。

 黄金に光る夕陽(せきよう)が、 その怜悧な風貌を照らしていた。

 

「さて、 こんだけヤりゃあちったぁ頭に昇った血もスッキリしたろ?

ヤるだけヤってみた。 でもスタンドは出ねぇ。

それじゃあ、 ()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「え?」

 

 ふと我に返ったように無頼の青年を見上げる少女。

 てっきり 「諦めろ」 という答えを無言のままに

語りかけられているだけだと想っていたのに。

 でもソレとは違う、 全く予期していなかった言葉を目の前の青年は口にした。

 

「オメーは、 今までオレらの想像もつかねーような 『修羅場』 を何度も潜って来たンだろ?

テメーの思い通りにいかねーなんてこたァ、 一度や二度じゃあきかなかった筈だ。

“そんな時” オメーは一体どうしてきた? 潔く 「諦めて」 ハイ降参か?」

 

 いつになく饒舌に、 眼前の少女へ答えの解りきった質問を問い続ける青年。

 その彼の問いに対し、 心中で夢想するように応じる少女。

 

(……)

 

 そんなコト、 在るわけない。

 そんな風に少しでも考えたら、 今日まで生きてはこられない世界だった。

 どんなに煌びやかな真名も。

 どれだけ輝かしい戦歴も。

 ほんの一瞬の油断で、 スベテは灰となる世界。

 その後には、 存在の痕跡も遺らない世界。

 そんな修羅の(ちまた) で、 自分はどうしてきた?

 アノ時。 アノ時。 アノ時。

 どうして、 きた? 

 

(!!)

 

 脳裡を駆ける、 閃光。

 そして行き着く、 確信。

 

「自在……法……?」

 

 殆ど無意識に等しい状態で、 少女の口唇からひとりごとのように零れた言葉。

 

「ようやく()()()行き着いたか」

 

 ソレに、 目の前の青年だけが両腕を組んだまま反応した。

 

「……」

 

 まるでいま白昼夢から醒めたかのように、 眼前の青年を見上げる真紅の少女。

 その彼は、 夕陽の影響で神秘的な煌めきを裡に宿らせた

ライトグリーンの瞳で、 剣呑に自分を見据えている。

 見放されたと、 想っていた。

 少なくとも、 この 『能力』 に関しては。

 自分でも、 認めたくなかったから依怙地(いこじ)に成っていただけで、

でも本質的には諦めているのとほぼ同義だったのに。

 でも、 目の前のこの彼は、 自分の願望(ねがい)を見捨ててなどいなかった。

 縋っても、 頼んですらもいないのに、 自分の願望(ねがい)を叶える

「可能性」 をちゃんと考えてくれていた。

 恐らく、 すげなく自分に背を向けたアノ時から。

 

「――ッ!」

 

 夕日の残光のみならず、 鮮やかな朱を差す少女の頬。

 なんだかさっきとは別の意味で、 涙まで出てきそうだ。

 真紅の双眸から透明な雫が零れないように、 俯き(まなじり) に力を込める。

 その少女に対し相も変わらず憮然とした表情のまま、 言葉を紡ぐ無頼の貴公子。

 

「確かに、 オメーにスタンドの 「才能」 はねぇ。

コレばっかりは生来のモノだからどうしようもねぇ。

だが 「他のヤり方」 で、 ソレに “近づこうとする” こたぁ可能な筈だ。

例えばオレの “曾祖母(ひいばあ)サン” は 『スタンド使い』 じゃあねぇが、

それでもアノ人に勝てる 『スタンド』 ってのはチョイ想像がつかねーな。

ソレと同じコトで、 オメーの “ジザイホー” も

その 『使い方』 とこれからの訓練次第じゃあ、

スタンドと同じかソレ以上の 『能力(チカラ)』 に引き上げるコトも可能なんじゃあねーか?

似てはいても()()()()()()()()()()()

破壊力(パワー)や射程距離も 「本体」 とは関係ねーだろーしよ」

 

「……」

 

 夕日を背景に、 件の剣呑な視線で自分に語り続ける彼。

 そうだ。

 そうだった。

 何故。

 何故、 そんな簡単なコトに気が付かなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

“その為の” 自在法なのだから。

 過去に戦った、 数多くの紅世の徒。

 最近ではアノ壮麗なる紅世の王 “狩人” フリアグネすらも、

己が願望(ねがい)を具現化する為に禁儀 『都喰らい』 まで

行使しようとしたのだから。

 無論ソレはもし使い方を誤れば、 時に取り返しのつかない

悲劇や惨劇を産み出してしまうモノかもしれない。

 でも。

 要は、 使いようだ。

 置いていかれた悔しさと彼への対抗心から、 こんな簡単なコトすらも忘れていた。

 そう。

 いつでも 『対等』 でいたいのなら、 想いだけではダメ。

 その願望(ねがい)に見合うだけの、

知性も技巧も尽力も備えなければ。

 

「……」

 

 無言のまま己の裡で沁み出る言葉を噛みしめる少女に対し無頼の貴公子は、

 

「 “無限” なんだろ? なら使えよ。 可能性が在るンならな」

 

静かな声でそう告げる。

 

(ッ!)

 

 このとき、 少女と同じく彼の傍らにいた花京院 典明は、

初めて己の過ちに気がついた。

 自分は、 如何にしてこの少女を傷つけず、

彼女に()()()()()()()()()()()()()というコトばかり考えていた。

 少女にスタンド能力は発現しないと、 (はな)から決めつけていた。

 しかし。

 この自分の傍らに位置する友人は、

既に()()()()()()()()まで見据えていた。

 一つの可能性が潰えた時にこそ初めて生まれ出る、

『新たな可能性』 のコトを。

 その承太郎を凝視する花京院と時を同じく、

 

此奴(こやつ)……)

 

先刻の不承な想いもどこへやら、 少女の胸元で揺れるペンダント、

アラストールもその青年の意外な返答に黙然となっていた。

 自分も、 少女すらも諦めかけていた可能性を、

()()()()()()()()()()()()()()

 先刻の、 みようによっては冷淡な受け答えも、

散々尽くしてみて少女が諦めるのならソレで良し、

もし諦めなければ何か別の可能性を “共に模索する” という

二段構えの心算だったのだろう。

 何よりも無駄だと解りつつもその仕儀を少女に教授したのは、

誰よりも彼女という存在を尊重してのコト。

 どのような事でも、 ヤってみなければ解らない。

 どんなコトでも、ソレを真に願うのなら。

 その想いを否定する権利は、 この世の誰にもないという

アノ男なりの思惟(しい)に拠るものだった。

 

(……)

 

 おそらく。

 最初から自在法のコトを口にしても、この少女はきっと聞き入れなかったであろう。

 ソレは似て非なるモノ、 第一戦いもせずに敗北を認めるコト等、

少女の一番嫌厭(けんえん)とする処なのだから。

 

(む……う……)

 

 先刻、 空条 承太郎という男を買い被っていたと

落胆しかけたアラストールではあったが、

その承太郎の 『真価』 は実際に値踏みしたモノよりも

遙かに 「高値」 であったコトに(不承不承ながらも)気がついた。

 この男は、 解っていた。

 少女の願いも、 想いも、 何もかも。 

“その為に” どうすれば良いのかさえも。

 

「……」

 

 自分の想像以上に解っていたというのが、

なんとなく面白くない処ではあるが。

 

「それじゃ、 やってみる」

 

 心底滅入った表情も何処(いずこ)へと。

 疲労の色も流した汗の痕のみとなった少女が壮気に溢れた風貌で、

アラストールの頭上から明るい声で言う。

 二人の若き異能の遣い手は、 遠巻きに彼女の様子を見護るようだ。

 

(……)

 

 自分が長考に耽っている間、 少女はいつのまにかその場を移動していたようだ。

 先述の二人が、 あらん限りに己の能力(チカラ)を揮っていた処。

 鞏固(きょうこ)な天然素材の石畳が、

絶え間の無い幽波の拳撃、 蹴撃とで抉り起こされ、

翡翠の晶撃で砕き尽くされた凄惨なる大地。

 これまで歩んできた幾多の戦場と引き較べてみても

なんら遜色の無い破壊の中心部にて、

少女は、 静かにその真紅の双眸を閉じる。 

 

「……」

 

 今度は、 最初から勇ましき喊声を挙げるコトはしない。

 その代わり神経を研ぎ澄まし、 精神を極限まで集中させる。

 そして。 

 意識を己の存在の裡へと、 より深く潜行させる。

 自在法を行使する際の、 最も重要な仕儀の一つ。

 想像力(イメージ)の収斂。

 

(……)

 

 その少女の脳裡で、 朧気に浮かぶモノ。

 心象に揺れるまだ視ぬ幽波紋(スタンド)幻 象(ヴィジョン)。 

 まずは、 燃え盛る灼熱の炎。

 その渦巻く紅き波濤が創り出す幻 影(シルエット)

 人型のようにも視えるが、 まだボヤけていて判断がつきづらい。

 もっと眼を凝らせば……

 否。

 違う、 そうじゃない。

 自分で。

 自分で決めるんだ。

 自己の脳裡に疾走る一迅の直感。

 その一瞬の閃き。

 ソレを信じるんだ。

 

(!!)

 

 そう。

“鳥” だ。

“鳥” が、 良い。

 この世の如何なる存在にも縛られず。

 自由に羽根を拡げ紅世の天空を()く。

 焔の鳥。

 ソレが、 私の生命の幻 象(ヴィジョン)

 ソレこそが!

 私の 『幽波紋(スタンド)』 の幻 像(ヴィジョン)!! 

 

「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァ!!!!!!!」

 

 閉じていた双眸を一挙に見開き、 抑えていた喊声を挙げる少女。

 限界まで撓め込んで収斂させた存在の力を、

意識の束縛を振り解いて感覚のままに編み上げる。

 後は想像力の赴くままに構成する。

 ソコに、 一片の躊躇も迷いも在ってはならない。

 ただ己の信じるがままに精神を開放し。

 この世の何者にも屈しない。

 新たなる力を創造する!

 

「来オオオオオオオオオオいィィィィィィィィィ!!!!!!!!」

 

 見開かれる真紅の灼眼。

 空間に捲き乱れる深紅の炎髪。

 旋風と共に真一文字に振り抜かれた右腕。

 同時に少女の背から鳳凰の翔破の如く一斉に噴き出される、

夥しい量の紅蓮の火飛沫。

 少女がフレイムヘイズで在るというコトを知らない者ならば、

間違いなく彼女が 『スタンド使い』 だと錯覚させるに足る、

凄まじい迄の灼熱の威圧感。

 しか、 し。

 

「やっぱり、 まだダメか……」

 

 己の背後を見遣り、 紅蓮の残火以外は何も無いコトを確認した少女は、

がっくりと生身の膝を砕けた石畳の上つき、 残念そうに肩を落とす。

 量の多い艶やかな深紅の髪が、 サラサラと首筋を流れ少女の胸元に垂れ下がる。

 しかし少女はすぐにその顔を上げ、 自分の真正面に位置する長身の青年を

まっすぐみつめる。

 その真紅の瞳に気高き光を宿し、

いつもよりも遙かに凛々しく美しき容相で。

 

(……)

 

 

 

 

 絶対に、 諦めない。

 例え、 今は無理でも。

 出来るように成る迄、 何度でも挑戦すればいいんだよね?

 そうすれば、 いつか、 きっと。

 もっと、 おまえのコトを――。

 

 

 

 

「……」

 

 無言のまま、 真紅の双眸を透してライトグリーンの瞳に訴える

少女の想いに気づいているのかいないのか、

無頼の青年はその表情変えず

両手をレザーのズボンにツッこんだまま、

 

「イヤ、 どうやらそーでもねぇようだぜ」

 

ただ一言、 少女にそう告げる。

 

「え?」

 

 一瞬何のコトか意味が解らず、 (ほう)けたような顔をする少女。

 その脇で、

「正直、 驚いたな。 まさか()()()()()とは想わなかった」

 

 翡翠の美男子がその琥珀色の瞳を見開き、 自分のある一点を凝視している。

 

「!?」

 

 死 角(ブラインド)になっている長い髪を背後に()けて、

見入った視線の先。

 見慣れた自分の、 左肩口。 

 その上で、 静かに動く存在が在った。

 

(!!)

 

 その外貌は、 まごうことなき鳥の形容。

 しかし、 その頸から下の躰の造りは、 紛れもない人間のソレ。

 背から脚元まで拡がる深紅の両翼を外套のように身に纏い、

その所為で雌雄の区別が付かない “鳥人” が

周囲に紅蓮の燐光を厳かに振り撒きながら、

少女の右肩の上に、 ただ在った。

 

「……」

 

 殆ど夢の中に居るようなあやふやな心地で、

自分の左肩を止まり木にしている存在に、

少女はそっと右手を差し出す。

 

(……)

 

 少女に留まっていたソレは、 まるで意志が在るかのようにソコから軽やかに跳躍し、

外套のような両翼を大きく展開してその裡に多量の空気をはらみながら、

フワリと差し出された掌の上に着地する。

 そして。

 

『KU……UU……WAAA……』

 

 鋭い鉤形の嘴を微かに開き、 産声のように小さく()いた。

 まるで、たったいまこの世に渡り来た、

新生の紅世の “徒” で在るかのように。

 

「あ……ッ!」

 

 今日一番の輝きを以て、 無頼の青年に嬉々とした表情で向き直る少女。

 件の青年は少女にしか解らないほど小さな、

しかし他の誰よりも優しげな微笑をその口唇に浮かべ、

 

「フッ、 まぁ初めてにしちゃあ、 巧くいったンじゃあねーか?」

 

クールな風貌の中にも緩やかな色を仄かに宿し、 そう告げる。

 

「私もッ! 自在法にこんな使い方が在るなんて想いもしなかった!!」

 

 慮外の出来事に、 喜悦満面の表情で白金の青年に頷く深紅の少女。

 

「まぁ取りあえずは、その “サイズ” を自由に換えられるようにするのが

当面の課題ようだな。 『スタンド使い』 にしろ “グゼノトモガラ” にしろ、

相手をするにはチョイとばかり背丈(タッパ)が足りねーようだぜ」

 

「ウン!」 

 

 相も変わらずの冷静で論理的な素っ気ない応答だが、

今の少女に取ってはソレが真夏の夜風よりも爽やかに感じられる。

 そうして表情を輝かせる少女の傍らで、

 

「ボクのハイエロファントも、 最初から今のような体型(サイズ)ではなく

子供のように小さい姿から始まった。

『スタンド』 には固有の形体のまま姿を変えないモノと、

本体の 「成長」 に合わせて共に姿を変えていくモノと2パターン在る。

どうやらシャナ、“君のは” 後者らしいね」

 

翡翠の美男子が爽やかな声で言う。

 先刻の悲嘆にくれた想いなど端から存在していなかったかのように、

澄やかに晴れ渡る少女の心。

 一つの壁を越え、 新たなる領域に足を踏み入れるコトの出来た歓び。

 今までも同じような体験が無かったワケじゃないけれど、

()()()()()()ソレを成し遂げたのはこれが初めて。

 想うようにいかず苛ついて、 傷ついて、 当たり散らして、

何かメチャメチャな今日一日だったけれど。

 でも、 悪くない。

 まるで、 悪くない。

 ソレは、 きっと。

 目の前の “コイツ” が、 ずっと見護ってくれていたから。

 

「……」

 

 無口で、 無愛想で、 不器用で。

 でもいつだって、 自分のコトを何よりも大切に想ってくれていた、

“アノ女性(ヒト)” と同じように。

 私を、 信じてくれていたから。

 金色の斜陽が映す神秘的な姿を見上げるようにして、

少女は彼に視線を注ぐ。

 その彼女の胸元で、 一人喪心する王の姿が在った。

 

()()()()()……)

 

 比類無き紅世の王、 “天壌の劫火” アラストール。

 その深遠の裡で鮮やかに甦る――。

 熾烈なる紅蓮の焔を背景に神聖な戦装束をその身に纏った、

一人の、 女性(おんな)

“ソノ者” が、 今生の(とき)に行使した、 極絶なる究極戦闘自在法。

 精鋭なる重剣士と凄絶なる狂獣、 至純なる妖精に霊妙なる呪術士他

在りと在らゆる幻想世界の住人を具現化して混成された、

焔の一大千軍万魔。 騎士団(ナイツ)

 その 「一体一体が」 通常のフレイムヘイズ等足下にも及ばない程の力を有し、

更にそのスベテを完全に支配下に置いていた超絶無比なる『能力(チカラ)』 に比するならば、

たったいま少女の生みだした小さな存在などは

大海を前にした小波(さざなみ)の如き存在に過ぎない。

 だが、 しかし。

 その存在の小さな姿は、 否応無しにアラストールの心中を揺さぶった。

 力は微弱で構成も細小で在ろうとも。

 ()()()()()()、 そして真紅のゆらめきは、

“彼女” の創り出したソレと全く同じだったのだから。

 

(……) 

 

 その。

 極大なる炎の魔神の胸中を、 一人の王の純然な想いを、

知り得る者は誰もいない。

 ソレは、 紅世で生まれた一人の男と、 現世で生まれた一人の女、 

その二人以外決して触れるコトを赦されない、

この世で二人だけのものだったから。

 

(……)

 

 彼女の在りし日の姿を。

 紅蓮の吹き荒ぶ戦場でその 『能力(チカラ)』 を揮っていた勇姿を。

 止め処なく溢れる記憶の奔流の中で想い起こしたアラストールは、

やがて一つの事実に辿り着く。

 たった今気がついた、 一つの 『真実』 に。

 

(我の力を受け継いでいる以上。 我の存在を身に宿している以上。

その炎の 「属性」 が永きに渡りソレを行使してきた

“アノ者” に剴切(がいせつ)しているというコトは、 充分に考えられる。

故に行使する自在法の構成が近似していれば、

“アノ者” と似通った姿を執るのも当たり前のコトだ)

 

 ならば、 しかし。

 ()()()()()()()()()

 たったいま、 少女の手の中で生まれた小さな存在は、

“初代・炎髪灼眼の討ち手” と “二代目・炎髪灼眼の討ち手”

その二つの存在の 『融合体』 と云った処だろうか?

 だがそれよりも、 意を向けるべきは、 この事実。

 誰よりも永きの時の流れの中、

幾千の戦場を “彼女” と共に歩んだ自分自身ですら、

予想も出来なかった『真実』

 

 

 

 

 

“彼女” は、 ()()()()()――。

 

 

 

 

 

 その愛しき姿のスベテ。

 その(くるお)しき想いのスベテ。

 一片も遺さず紅蓮の灰燼と化そうとも。

 その存在は。

 ()()()()()

 決して滅びるコトは無く、 自分の存在の中で生き続けていた。 

 そして。

 ずっと、 見護ってくれていた。

 自分、 を。

 そして。

 そし、 て。 

 いま、 他の何よりもかけがえのない、

二人の想いの結晶で在るたった一人の少女。

“シャナ” を。

 

 

 

 

 

 

“いつでも……傍に……”

 

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 空耳。

 本来、 聴こえる筈のない声。

 もうどれだけ追い求めようとも、 決してこの世には存在しない声。

 でも、 聴こえた。

 確かに、 聴こえた。

 神遠なる紅世の王、 “天壌の劫火” アラストールにだけは。

 

(消えぬ……のだな……)

 

 胸中に沁み(いず)る、 万感の想い。

 

(ヒトの生きた 『証』 は……譬え……何が在ろうとも……)

 

 心象の裡で甦る、 彼女のけがれなき笑顔。

 夕闇の渇いた風が、 傍で鳴いている。

 まるでこの世ならざる一人の王を、 慰撫するかのように。

 

「……」

 

 その王はやがて、 自分の存在を宿す少女と同様、

目の前の一人の男に視線を向ける。

 たったいま気がついた、 そして確かに実感した、『真実』

 ソレを解き明かすキッカケと成った、 遍く星々の存在を司る青年を。

 

「……」

 

 その青年は自分の視線に気づいていないのか、

或いは知っていて意図的に気づかないフリをしたのか、

少女のようにこちらへ視線を返すコトはなかった。

 

(……)

 

 ソレが、 青年の自分に対する報いだと解したアラストールは、

返礼として自分も彼から視線を外す。

 言葉は要らない。

 現世と紅世。

 例え異なる世界で生まれた存在であろうとも、

同じ 『男』 で在るのなら。

 ただソレだけで、 充分事足りた。

 

「……ところで、コイツの “名前” は一体どうするんだ?」

 

 再び少女に視線を戻した青年が、静かな口調で問いかける。

 

「ふぇ? 名前?」

 

 微細な火の粉を散らしながら、 手の中でトコトコ動き回る小さな存在に

すっかり目を奪われていた少女は、 不意を突かれたような表情で青年に向き直る。

 

「何にでも “名前” はある。 聖書にもそう書いてあるしな。

スタンドは生命の力でその幻 象(ヴィジョン)を現し、 精神の力で動く。

だからその 『能力』 に合った “名前” が在るコトに拠って、

自分の思い通りに動かし易くなる筈だ。 まっ、 オレの経験で言うンだがよ」

 

 承太郎はそう言いながら細めた流し目で一度、 少女の胸元に視線を向ける。

 

(……)

 

 今度はペンダントの方が、 敢えて青年の視線に気づかないフリ。

 その上で紅髪の少女がやや狼狽した様子で、 青年の問いに詰まる。

 

(名前……名前……!? どうしよう?

“この子” に相応しい名前……名前……)

 

 想えば、 何かに 「名前」 をつけた記憶等、 殆どない。

 昔、 『天道宮』 でのフレイムヘイズ修業時代、

自分の稽古相手となっていた一人の “徒” を、

その外形からそのまま 「シロ」 と呼んでいたくらいだ。

 

「……」

 

 思い悩んで被った黒いキャップから煙でも吹き出しそうなほど

考え込む少女に、 青年がやや嘆息気味に助け船を出す。

 

「何もそう鯱 張(しゃちほこば)って深く考える必要はねーんだよ。

あんまり()りすぎた名前だと返って操作の時に苦労するぜ。

別に何でも、 単純(シンプル)なモンでいーんだ。

好きなミュージシャンの名前でも曲のタイトルでも。

何かねーのかよ?」

 

「う、 うん……でも……」 

 

 童謡や古典派のクラシック、 それと賛美歌くらいしか知らなかった昔とは違い

最近ヒマな時はよく承太郎の部屋に出入りしているので、

近年の若者向けの楽曲も知らないわけではない。

 でも。

 そのどれもがどうも、 自分の 『自在法(スタンド)』 には

相応しくないような気がする。

 しかし自分の好きな曲の中から何か名付けようにも、

まさか “交響曲第二番・第三楽章・a n d a n t e(アンダンテ) e s p r e s s i v o(エスプレッシーヴォ)

とか名付けるわけにはいかないだろう。

 

(!!)

 

 思い悩む少女の脳裡に、 突如舞い降りる天啓。

 そうだ。

 そう、 だ。

 この子は、 私の “分身”、もう一つの、 私の存在。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから。

 だから!

 

「名前、 決まったわッ!」

 

 俯けていた視線を勢いよく上げ、

凛とした真紅の双眸で真っ直ぐ少女は彼を見る。

 そして。

 その宝珠のような口唇から。

 高々と己が 『幽波紋(スタンド)』 の真名が宣言される。

 

「この子の、 名前は……」

 

 

 

 

 

紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)

本体名-空条 シャナ

能力-まだ産まれたばかりなので不明。

破壊力-E スピード-C 射程距離-E(体から離れると数秒で消滅する)

持続力-D 精密動作性-E 成長性-???

 

 

←To Be Continued……

 

 

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『NEXT STAGEⅤ ~Bye For Now…~ 』

 

 

【1】

 

 

 夕闇に沈む街を見下ろしながら空条邸へと続く

長い坂道を昇る帰路は穏やかなものだった。

 激しい訓練内容によって付いた傷痕は自在法で消し、

更にアラストールの放った “清めの炎” で肉体を浄化した為

3人の姿はいま、 その全身を聖水で清めたかのような汚れ無きモノとなっている。

 帰路の途中、 道端の自販機で買った白桃エキス入りの天然水が

渇き切った少女の小さな喉を心地よく潤した。

 

「……」

 

 これまでは栄養面よりも単に 「甘味」 の方を最重要視し、

糖度の高い缶飲料ばかりを口にしていたのだが

今日のように激しい訓練後は寧ろ水分補給を目的とした

糖度の低いアイソトニック・ウォーター等方が飲み易いし

また美味であるというコトが最近解ってきた。

 その自分の両脇でも長身の美男子二人が、

同じようなラベルのスポーツドリンクを口に運んでいる。

 互いに交わす言葉は少ないがそれでも

奇妙な爽やかさに充たされた静寂の帰路だった。

 

「それじゃあ、 ボクはここで」 

 

 夕風にシャツの裾を揺らしながら、 花京院が静かに言う。

 そして夕闇に陰る交叉路の方へと足を向けた彼を少女の声が呼び止める。

 

「いいの? ホリィ、 おまえの 「分」 も用意しちゃってるわよ」

 

 意表を突かれたように淡い茶色の髪を揺らしながら

振り返る花京院とは裏腹に、 少女の顔は素っ気ない。

 実は今日の訓練に出向くとき、 花京院も合流する事を承太郎の母親である

ホリィに伝えたおり、 それならば彼も一緒に夕食へ招いて欲しいとの旨を

彼女から言付かっていたのだ。

 無論訓練の方に夢中に成りすぎて、 今の今までスッカリ忘れていたのだが。

 

「……本当、 かい?」

 

 別段少女の事を疑っているわけではないが、

何の脈絡もない唐突な申し出だったので

花京院は反射的により信頼性のある人物の方へと是非を問う。

 

「……」

 

 問われた人物は件の剣呑な視線のまましばらく押し黙っていたが、

やがて淡い嘆息と共に口を開き、

 

「……やれやれ、 “アノ女” の考えそーな事だ」

 

と誰に言うでもなくそう呟く。

 シャナに言伝を頼む辺り、 後の展開を充分に予想している。

 おそらく自分が頼まれても、 「自分で言え」 と素っ気なく突っぱねたコトだろう。

 この、 妙な処で勘が冴え、 先を見越す洞察が鋭いのは

我が母親ながら見事だと褒めるべきなのだろうか? 

 しかし、 そんな気が微塵も起きないのは何故だろう。

 

「……」

 

 不承不承の面持ちのまま、 学帽の鍔で視界を覆う無頼の貴公子を後目に

少女の胸元から荘厳な声があがる。

 

「奥方からの深謝に絶えぬ心遣い。

粛 々(しゅくしゅく)と頂戴するが良かろう。

ソレを無に帰すような所行は赦されんぞ。 花京院」 

 

 静かだが、 有無を言わさぬ強い口調でアラストールが、

 

「一人暮らしなんでしょ? おまえ? 

だったら用意の手間が省けていいと想うけど」

 

その上で再びシャナが素っ気なく言う。

 

「……」

 

 食事に招かれる物言いとしては、 随分とまた高圧的且つ淡々としたモノだが

自分がこのまま同道するコトに二人(?)の異議はないらしい。

 しかし美貌の淑女お招きとはいえ、

その好意に甘えて気安く乗ってしまって良いモノだろうか?

 生真面目な性格故に逡巡する花京院に向け承太郎が、

親指を立てソレを流す仕草で 「いこうぜ」 と促す。

 

「今日の訓練内容を整理しておきてぇ。

夕飯(メシ)でも食いながら話そうぜ。

“仕上げ” も御破算になっちまったコトだしよ」

 

「……」 

 

 その、 少女以上に素気ない仕草と言葉。

 でもただソレだけで、 胸の裡の葛藤はウソの消え去ってしまう。 

 

「何よ。 私が悪いっていうの」

 

 押し黙る花京院の下から、 据えた視線で見上げるように自分を睨む少女に対し、

 

「さて、 な」

 

承太郎は口元に少しだけ(よこしま) な微笑を浮かべ、

両手をズボンのポケットに突っ込んだまま先に行ってしまう。 

 

「こら、 待ちなさいおまえ! 逃げるなぁッ!」

 

 少女もブーツの踵を鳴らし駆け足でその後を追う。

 

「……」

 花京院もやがて口元に穏やかな微笑を浮かべ、 二人に続く。

 夕闇に沈みゆく太陽。

 その残照が坂の上の三つの影を、 どこまでも遠くへと延ばした。

 

 

 

 

 

【2】

 

 

「おお、 戻ったかシャナ。 “例のモノ” 届いておるぞ」

 

 玄関先で編み上げブーツの、

幾重にも交差した革紐を丁寧に解いていたシャナに

居間のドアを開いて出迎えたジョセフが背中越しに声をかけた。

 

「ホントッ!?」

 

 嬉々とした表情で頑健な躯付きの老人へ振り返った少女は、

靴を脱ぐ間ももどかしいのかそのまま両足からブーツをすっぽぬけさせて、

檜張りの廊下を走っていってしまう。

 少女が無造作に中空に放ったブーツが宿主の脳天と顔面、

それぞれに直撃しそうになったので素早く出現したスタンドの腕が

ブーツを掴んでガードする。

 

「……」

 

「……」

 

 どうやら、 意識的なスタンド操作を心掛けるコトによって

本能的な反射運動等もソレに付随して向上しているようだ。 

 想わぬ発見だったが認識した事態もまた想わぬモノだったので、

コレでいいのかと二人のスタンド使いは微妙な表情のまま顔を見合わせる。

 そのまま無言で少女のブーツを玄関先に置き、

二階の承太郎の私室へと歩みを進める。

 夕食が準備されるまではまだ多少時間があるので、

この後は部屋で話をするか、 地上デジタル放送のスポーツチャンネルでも観て

時間を潰すコトに成りそうだ。

 涼やかな初夏の宵。

 訓練で(ほて)った躯を宥める為に、 静かに過ごしたい処。

 

「それにしても、 ()()()()って一体何なんだろうね?

彼女の様子からすると、 何かとても重要なモノらしいけど」

 

 特に気に掛かったわけではないが無言でいるのもなんなので、

世間話がてら花京院が承太郎に問いかける。

 

「さぁな。 ()()パンかなんかじゃねーか?」

 

 承太郎の方もなんとはなしにその質問に応じる。

 

「パン?」

 

「あぁ。 アノ甘ったるくて、 堅ぇンだか柔らけぇンだかよく解らなくて、

『メロン』 とは名ばかりの “アレ” だ」

 

「詳しいじゃないか?」

 

 少しだけ瞳を澄ました花京院が冷めた口調で問う。

 

「そりゃあ行く先々で10個以上も喰わされりゃあな。

不味いたぁ言わねーがどうもオレの口には合わねー。

でも喰わなきゃ喰わねーであのヤローは」

 

 そこで承太郎の歩みが一度止まる。

 そして真正面から視線を合わせる、 若き眉目の 『スタンド使い』

 

「……」

 

「……」

 

 件の戦いが終わってから、 その最初の日曜日。

 ジョセフとホリィの (熱烈な) 勧めで自分の住むこの街を、

シャナに案内したコトが在った。

(いま想えばアノ時の二人の笑顔が妙に造りモノめいていた気がする)

 行きつけのショップや生活必需品が揃っているモール、

空気の綺麗な森林公園や地元の名所等を紹介している時は

少女も静かに応じていただけだったのだが、

道すがらメロンパン専門の屋台や自営業のパン屋をみつけると

必ずそこへつき合わされた。

 そして紙袋から溢れるほどのメロンパンを抱えて戻ってきた少女と共に、

アスファルトに備え付けのベンチで小休止。 

 この行為が計5回繰り返された。

 甘いモノは苦手だと確か少女に明言していたと想うが、

そんな記憶は異次元世界の遙か彼方にまで飛んでいたのか

一度の例外もなく少女にパンを勧められ、

ソレへ否応も無しに応じるコトを余儀なくされたアノ時の自分。

 何分少女が (非常に稀なコトに) 自腹で買ってきたモノである上に

パンを勧める笑顔が余りにも純粋で無垢だった為、

断るに断り切れなかったのだ。

 清楚なプリンセス・ワンピースにその身を包んだ小柄な美少女の隣で、

ラフな学ランを着た長身の男が苦々しい顔でメロンパンを(かじ)っていた図は、

(はた)から見ればさぞや異様に映ったコトであろう。

 通報されなかったのが不思議なくらい。

 麗らかな陽春の花片に彩られた、 甘いながらも苦い記憶である。

 

「……」

 

 当然()()()()()()()()素面(シラフ)(そうでなくても)

で花京院に話せるわけもなく、 逆に眼前に位置する中性の美男子は

うら冷えた視線で訴えるように自分の瞳を覗き込んでいる。

 そして気まずい雰囲気に陥る二人の前に、 救世主が登場。

 

(!)

 

 前方に位置する茶室の開き戸から、

自分の祖父であるジョセフ・ジョースターが

何故か満面の笑みでこちらに手招きをしている。

 その人懐っこい笑顔が何となく勘に障り、

いつもなら思いっ切り無視(シカト)する所だが現状が現状なので

承太郎は仕方なくソレに応じる。

 

「何か用か? ジジイ」

 

 そう言って茶室の方へと向きを変える承太郎に、

花京院も無言で連れ添う。

 そして。

 

「!」

 

「!?」

 

 馥郁(ふくいく)足る香木の薫りで充たされた茶室の中央に、

その 『姿』 は在った。

 セーラー服姿の、 シャナ。

 先程まで着ていた服は、 キレイにたたまれ足下に置いてある。

 しかし。

 見慣れた筈の少女のその姿が、 今日は一際異彩を放って承太郎の瞳には映った。

 制服の基本的なデザインは、 今までと特に変わってはいない。

が、 制服の裾が従来のモノより若干短く、

スカートの布地も機動性を重視して薄くなっているようだ。

 でも何よりの違いはその右肩口。

 燃え滾るような灼熱の焔をモチーフにした高 十 字 架(ハイクロス)に、

黄金の鎖が交叉して絡みついた紋 章(エンブレム)がセーラー服に刻み込まれている。

 まるで、 少女の存在の象徴で在るかのように。

 承太郎の着ているモノと同じ、 SPW財団系列のブランド

『クルセイド』 に特注で造らせた、 この世に一着しか存在しないセーラー服。

 本来のシンボル的な意味合いは(ナリ)を潜め、

明らかに戦闘用に特 化(カスタマイズ)された縫製(ほうせい)が随所に施してある。

 その影響でいつもより二割増しに成った凛々しい様相で、

威風堂々とこちらを見る少女に対し

二人のスタンド使いから出た最初の一言は。

 

「校則……違反だな……」

 

「うん……」

 

「!?」

 

 何故か思いっ切り期待を裏切られた表情で、

少女はその(まなじり) を見開いた後、

憤然とした面持ちで承太郎の前に詰め寄る。

 

「じゃあおまえの “コレ” は何なのよ?」

 

 そう言って他の女生徒には触らせたコトのない学生服の裾を掴み、

少女は無頼の貴公子に詰め寄る。

 

「オメーは 「不良」 じゃねーだろ」

 

「ボクはまだ制服が届いてないから」

 

「うるさいうるさいうるさい!

兎に角、明後日からコレ着ていくから!」

 

 隣で何故か返答する花京院も一緒に、

少女は鋭い一喝で両者の言葉を吹き飛ばす。

 

「勝手にしろ。 風紀のセンコー辺りがうるせーと想うが、

(ナシ)は自分でつけろよ」

 

「イヤ、 そこまでの覚悟は無いんじゃないか?

あの先生も 「再起不能」 にはなりたくないだろうし」

 

 各々そう言って再び自室の方へと足を向ける両者に、

セーラー服姿のシャナもついて来る。

 涼やかな初夏の宵。

 どうやら随分と騒がしい、 否、 賑やかになりそうだった。 

 

 

 

 

 

【3】

 

 

 その日の夕食後。

 空条邸お決まりの屋根瓦の上で視た夜の街は、

今まで視たどの景色よりも鮮やかに視えた。

 寝間着を揺らす夜風も、 何よりも優しく頬を撫ぜた。

 ただみんなで集まって、 共にテーブルを囲むという、 ありふれた行為。

 たったそれだけのコトなのに、 とても楽しかった。

 まるで、 今まで自分がずっと追い求めていた、

意味も実体も無いものを、 突然分け与えられたかのように。

 

「!」 

 

 階下、 承太郎の部屋の位置から聴き慣れた洋楽のメロディーが

微かに外へと洩れて耳に届く。

 多分窓が開いている筈だから、 いきなりここから部屋の中へと飛び込んだら

ビックリするだろうか?

 ……

 でも、 今日は止めておこう。

 アイツも(表情には決して出さないが)訓練で疲れているだろうし、

明日からの為にゆっくり休ませてあげよう。

 何事もメリハリが肝心。

 そう想いながら一度深く頷いたシャナは、

その後同じ年頃の少女達がそうするように

無垢で柔らかな笑顔を浮かべ、 組んだ膝の中へと埋める。

 

「……」

 

「……」

 

 自分も、 アラストールも、 互いに無言。

 それでも、 互いに感じている事は、 心から望んでいる事は、

同じだと想えた。

 

(このまま……今日みたいに……)

 

 そうやってずっと、 アイツと訓練を続けていけば。

 

(いつか……必ず…… “アノ男” 以上に強くなれる……!)

 

 直感以上の、 たしかな確信。

 

(私とアイツが怖くて……その姿をみせないのなら……好きにすればいい……)

 

 その間に、 もっともっと強くなってやる。

 

(やるべきコトは……ううん…… “ヤれるコト” はきっと……

数え切れないほどたくさん在る……!)

 

 アイツとの連携技、 融合業、 その他様々な戦闘コンビネーション。

 ソレらの可能性を考えているだけで、 今から理由もなくゾクゾクしてくる。

 

(勝てる……! 絶対……! アノ男に……ッ! 私とアイツで……!!)

 

 未だ以てその居所は解らないが、 きっと、 そう遠くない未来。

 共に成長した能 力(チカラ)を開放して、 統世王の宮廷内を駆け抜ける二人の姿。

 預言者の携える啓示のように、 一切の歪みなき確定的な映 像(ヴィジョン)

 

(その先には……きっと……きっと……!)

 

 ワケもなく裡で脹れ上がる期待が。

 これからきっと訪れる無数の “希望” が。

 少女の存在を充たしていく。

 

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“こんな日々が、 ずっとずっと、 続いていけばいい”

 

“きっと、 ずっとずっと、 続いていく” 

 

 

 

 

 

 この現世に産まれた者で在るならば、

必ず誰もが想い描くであろう、 そんな当たり前の日常風景。

 ささやかだが、 他の何にも代えられない

平穏なる、 人間としての 『幸福』

 ……

 無理もない事だが、 このとき、 この少女は、

ソレがそのまま継続していくと、 何の根拠もなく想い込んでいた。

 生まれて初めて感じた。

 幾千の闘いの日々の果て、 ようやく辿り着いた。

 優しく温かな、 自分の 『居場所』

 名も無き少女の、 たったそれだけの、 小さな 「願い」

 しかし。

 ソレが、 いともたやすく崩れ去る、

余りにも儚い 『幻想』 の産物で在ったコトを。

 この後、 少女(シャナ)は、 想い知らされるコトになる。

 文字通り、 嫌という程に。

 

 

 

 

 

“因縁は消え去らない”

 

“運命は変えられない”

 

 

 

 

 

 残酷なる、 この世の 『真実』

 車輪はただ、 回り続ける――。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『DIOの呪縛 ~Curse of The World~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 

 

“その日” は、 訪れた。

 何の前触れも、 脈絡も無く。

 ただ、 当たり前の事で在るかのように。

 訪れた――。

 

 

 

「フゥ……」

 

 承太郎には内緒で行った早朝の秘密特訓を終え、

いつものように広い檜造りの浴槽にゆっくりと浸かったシャナは、

一昨日前届いた丈のやや短い、 そして右肩口に灼熱の高 十 字 架(ハイクロス)の紋章が

刻まれた特製のセーラー服に袖を通し、 上気した頬と緩んだ笑顔で

()()()()()()()ダイニング・ルームの方へと足を向けた。

 特訓の上々の成果による充足感と初夏の朝風呂の清涼感とに身を包まれながら、

“普段通りに” そのドアに手をかける。

 いつもなら、 扉の隙間越しから洩れてくる淑女の可憐な鼻唄が

今日は()()()()()()()()気づかないまま。

 

「ホリィ、 何か手伝う事」

 

 扉の縁に手をかけ、 ひょこっと顔を覗かせる少女。

 その黒い瞳に、 最初に映った、 モノ。

 

「!!」

 

 常日頃手入れの行き届いた、 塵一つないフローリングの床にブチ撒けられた、

無数の調理器具と色鮮やかな朝の食材。

 開け放され内部の蛍光が外に漏れだした大きな冷蔵庫の隙間から、

細く白い、 一つの手が見えた。

 

「………………ぇ?」

 

 その光景を目にした数拍の後、 ようやく少女の口から漏れた声は、

傍にいるアラストールにも聞こえないほどか細く小さなもの。

 意識が認識するには、 余りにも現実性を欠いた惨状。

 その表情に笑顔が凍ったように貼り付き、

少女は口を半開きにしたまま数秒そこに停止する。

 沈黙。

 在るのは、 ただ、 沈黙。

 眼前の出来事に対する、 その回答の糸口すら与えられない残酷な静寂。

 

「ホ……リ……ィ……?」 

 

 かろうじて繋がっていた一抹の神経が、

足下の覚束無(おぼつかな)い危うい歩調で少女を進めていく。

 しかし床を踏みしめる足裏にはまるで現実感が無く、

水のない海面の上にでも立っているようだった。

 

(……?……?……???)

 

 少女の足を進ませるのは、コレが 「現実」 の筈がないという

断崖の薄氷を踏むかのような危うい願望。

 しかし。

 やがてその瞳に映るモノは、 現実。

 どれだけ厭でどれだけ認めたくなくとも、

絶対に覆るコトのない、 ただの 『現実』

 

「ホ……リ……ィ……?」

 

 半ば夢の中にでもいるような心持ちで、 解れた笑顔のまま

苦しげに横たわる淑女の前で膝をつき、 そのか細い躰を抱え上げる少女。

 その口唇から洩れる押し殺したような苦悶の吐息も、

布越しに伝わる異常な体温も、 いまの少女には何の意味も成さない。

否、 感じられない。

 

「むう……! 何という……凄まじい……熱だ……!」

 

 シャナと時を同じくして、 目の前の惨状に喪心していたアラストールが

ようやく我を取り戻して声を荒げる。

 淑女の躰を蝕むその 『元凶』 を、

己の意志を現世に表出させるペンダント型の神器、

“コキュートス” 全体にヒシヒシと感じながら。

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 そして。

 まるで狙いをすましたように、

その 『元凶』 は “姿” を現す。

 淑女の躰を透して実体化するソレは、

夥しい数の、 美しき “(イバラ)

 周囲をバラに酷似した双葉が取り巻き、

その先端に禁断の実を想わせる嬌艶な果実の結ばれた、

生命の 『幻象(ヴィジョン)

 ソレが周囲に神聖なパールホワイトの燐光を煌めかせながら、

淑女の全身を覆い尽くすように絡みついていく。

 

「幽……波紋……ッ!」

 

 上で曖昧な状態へと陥っている少女の代わりに、

いち早く現状を認識した胸元のアラストールが、 絶句したような声を漏らした。

 

「な、 なんというコトだ……! 奥方にこの能力(チカラ)が……!

しかもその発現の影響に 『器』 が堪えきれず、 (こぼ)れ初めている……!」

 

 悔恨を滲ますように、 一人の紅世の王は己の言葉を噛みしめた。

 

「不覚……ッ! “彼の者(DIO)” の存在の影響は、

盟友と空条 承太郎のみに止まり、

奥方には異変が視られないというコトから閑却(かんきゃく)に捉え過ぎていた……!

()()()()()()()()()()ッ!」

 

 普段は少女の胸元で静かに光を称える漆黒の球が、

今は何度も紅く発光しながら言葉を紡ぐ。 

 

「“フレイムヘイズ” にしろ 『幽波紋使い』 にしろ、

この世ならざる領域に位置する異力(チカラ)は、

その殆どが己が 「心奥」 に宿る想いの強さで繰るモノ!

云わば 『闘争の本能』 で操るモノッ!

慈愛と友愛とでその 『器』 を充たされた奥方には()()()()()!! 

彼の者の幽血の “呪縛” に 「叛逆」 する力が皆無に等しいのだ!!

故にその異力(チカラ)が、 己が存在を蝕む結果となってしまっているッッ!!」

 

 己の眼前で苦悶の吐息を漏らしながらも、

この世ならざる神聖な荊に取り巻かれて瞳を閉じる淑女の姿は

不謹慎とはいえ深い淵に彩られた、 背徳的な美しさを視る者に想起させた。 

 

「……(まず)い……このままでは……! 

奥方自身に抗う術が無い以上……その存在の灯火は何れ尽きる……

彼の者の “呪縛” に()り殺されてしまう……!

“王” との 『契約』 に失敗したフレイムヘイズが、

跡形もなく焼滅してしまうように……!」

 

 目の前で横たわる淑女の苦悶を、

ほんの僅かでも和らげる事が出来ない己に

口元を軋らせる紅世の王。

 その、 背後。

 ソコから唐突に立ち昇る、 二つの途轍もない存在の気配。

 

「ムッ!?」

 

 眼前に生い繁る幽波紋(スタンド)の荊を背景に、

咄嗟に振り返ったアラストールの視線の先。

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 淑女の父親、 ジョセフ・ジョースター。

 淑女の息子、 空条 承太郎。

 その二人が、 愕然とした表情でこちらを見据えていた。

 

「……」

 

「……」

 

 無言で自分の傍に、 力無く歩みよった二人に対し

ずっと押し黙り続けていたシャナが、 ようやくその口を開く。 

 

「承……太郎……? ジョセ……フ……? ホリィ……が……ね……

ホリ……ィ……が……ね……!」

 

【挿絵表示】

 

 

 震える声と口唇で少女は、

まだどこか夢だと想い込んでいる危うい心持ちのまま

瞳に涙を浮かべた悲痛な笑顔で、 縋るように二人へ訴える。

 見た目はあどけない少女とはいえ彼女もまた歴戦の戦士。

眼前の事態を理解出来ていないワケではない。

 ただ。

 意識が()()()()()()()()()頑なに拒んでいるのだ。

 未だ、 目の前の出来事を 『現実』 だとは受け止められず

怒り狂えばいいのか泣き叫べばいいのかも解らないまま、

幻想と現実の狭間に一人取り残されている。

 

「……ホ……リィ」

 

 少女の問いには応えられず、 か細い声でようやくそれだけ搾り出したジョセフは、

割れた食器の破片が散乱した床に膝をつき、 娘の頬をそっと撫でる。

 

「…………」

 

 一方空条 承太郎は、 俯き加減で口唇を噛みしめ、

その細い顎を微かに震わせていた。

 無言で何も言わず表情も学帽の鍔で伺えないが、

逆にそれが凄まじい迄の怒りを、 嫌が応にも周囲へと感じさせるコトとなる。

 

「……う……うぅぅ……お……おぉ……おおお……」

 

 自らの最も怖れていた最悪の事態が、

目の前で遂に現実となってしまった事を嫌が上にも突き付けられたジョセフは、

寝間着姿のまま床に蹲りその全身をワナワナと震わせる。

 そし、 て。

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ…………!!!!!!」

 

 ジョセフは呻いた。

 美しきスタンドの絡みつく、 最愛の娘の傍らで。

 まるで溶解した水銀でも呑み下すかのように呻いた。

 

「……」

 

 その盟友の姿をただみつめる事しか出来ないアラストールは、

生まれて初めて、 灼き尽くしてやりたい程怒りを己に感じた。

 

「……盟友(とも)よ……遺憾(いかん)な……事となった……」

 

 かける言葉が見当たらず、 ようやくそれだけ零れた、 空虚な言葉。

 どうしようもない。

 何もしてやれない。

 ()()()()()()()()()()()()。   

 

(……)

 

 アラストールの心中で意図せずに湧き出る、

“この男” と出逢って以来生まれた、

少女と共に織りなした幾つもの追想。

 共に語り合い、 笑い合い、 人間と紅世の徒との境界を越えて

互いにその存在を認め合った繋がりだった。

 いつのまにか、 自分にとっても、

他に掛け替えの無い存在となっていた男だった。

 その者が、 一番辛い時、 苦しい時、

自分はその痛みを和らげる事も肩替わりしてやる事も出来ない。

 己の目の前でただ絶望に嘆くジョセフの姿を目の当たりにしながら、

何が盟友だ……ッ! とアラストールは自虐的に吐き捨てた。 

 

「ワシ……の……ワシの……!

最も……! 最も怖れていたコトが……!!」

 

 呻きながらも喉の奥底から言葉を絞り出したジョセフは、

心中で渦巻く無数の感情のまま、 堅く握った拳で床を叩く。

 何度も。 何度も。 何度も。

 目の前で起こったどうしようもない 『運命』 の悲劇に対して、

己の想いをブツけるかのように。

 

「無いのではないかと……想っておった……

DIOの……魂の “呪縛” に対する……

『抵抗力』 が……!

この子は……この “子” は……!

生まれてこの方ただの一度も……

誰かを強く憎んだり恨んだりした事はない……!」

 

 遠い昔――。

 今は亡き初代スピードワゴンから伝えられた自分の祖父、

“ジョナサン・ジョースター” の生涯。

 その話を幼いホリィに聞かせた時も、

この子はスベテの惨劇の 『元凶』 と成った

“ディオ・ブランドー” に対してさえも、

『誰にも愛されなくてかわいそう……』

と一人彼の境遇を憐れんでいた。

 その、 自分の祖母譲りの、

この世の何よりも温かく優しい心。

 ソレは、 どれだけ時を経ても全く変わっていなかった。

 あどけない少女の時と同じまま、

ホリィの心の中に存在していた。

 

「しかし……ソレが……()()()……!

このような事にぃぃぃぃ……!!」

 

 哀切に充ち充ちた声で、 ジョセフは再び声を引き絞る。

 しかし悲嘆にくれる父親の前で、 その娘は閉じた瞳を開く事はない。

 

(……ッ!)

 

 そのジョセフの脳裡に、 一人の 『男』 の姿が浮かんだ。

 己のスベテを自分に託し、 神風の砂嵐の許、

一人鮮赤と共に散っていった者――。

 いつも何かしてもらうばかりで、 いつも助けられてばかりで、

結果的には何もしてやれなかった、

この世でたった一人の、 自分の、 親友。

 

(シー……ザー……!)

 

 消えない過去の疵痕と共に、

彼の存在が、 嫌が応にも己の無力さを突き付けた。

 お前は誰も護れない。

 お前は誰も救えない、 と。

 

「オイ……一体いつまで……()()()()()()つもりだ……ッ!」

 

 目の前で苦悶に伏するホリィの傍らで、

ただただ狼狽するしかない三者に突如、

地獄の底から這いずり出してきたかのような、

或いは爆発寸前のマグマを想わせる、

凄まじい怒りを圧し殺した声が頭上から降り注ぐ。

 

(!!)

 

 淑女、 空条・ホリィ・ジョースター。

その、 この世の何よりも掛け替えのない、最愛の息子。

 空条 承太郎。

 彼は、 眼前の事態に困惑するわけでもなく泣き叫ぶわけでもなく、

ただ、“キレて” いた。

 以前、 自分と無関係な少女が淀んだ悪意に蹂躙された時とは

比較にならないほどの、 凄まじい威圧感(プレッシャー)で。

 深遠なる紅世の王 “天壌の劫火” アラストールにすら

畏怖を抱かせる程の脅 嚇(きょうかく)で。

 ただ、 ()()()()()()()()

 その承太郎が、 ジョセフの寝間着の襟元を掴んで、

力任せに無理矢理床から引き吊り剥がす。

 

「目の前の事態にビビりあがって! パニくってッ!

泣き言いってりゃあソレで何かが解決すんのかッッ!!」

 

 まるでジョセフの胸の裡を見透かしたかのように

承太郎は怒りの炎が燃え盛るライトグリーンの瞳で、

困惑した祖父の瞳を真正面から貫く。

 

「言え……! 『対策』 を……!!」

 

 闇夜の肉食獣のように散大した双眸で詰め寄る実の孫に対し、

ジョセフはただ困惑した表情で応じるのみ。

 彼もまた、 目の前の事態を完全に認識しているわけではない。

 心のどこかでは、 これは現実ではない、 夢であって欲しいと想っているのだ。

 

(!?)

 

 襟元に込める力を一切緩めるコトなく

承太郎は勢いのままジョセフの鍛え抜かれた躯を、

脇に設置された食器棚へと叩きつける。

 暴力的な音が室内全域に響き渡り、 衝撃で零れ落ちた

幾つもの食器やグラスが割れて床に散り乱れた。

 

「黙ってちゃあわかんねーだろッッ!! ねぇなら今すぐ考えろ!!

一体今まで何の為に無駄に生きてきやがった!!

このオイボレクソジジイッッッッ!!!!」

 

「やめてッッ!!」

 

 突如、 少女の悲痛な叫びが、 空間を劈いた。

 

「!!」

 

 (まく)れ上がった瞳孔で振り向いた、 視線の先。

 そこ、 に。

 

「やめ……て……ホリィの傍で……大きい声……出さないで……」

 

 そう言って少女は、 自分よりも遙かに長身の淑女の躰を、

労るようにそっと包み込む。

 得体の知れない脅威から、

必死で彼女を護ろうとするように。

 

「こんなに……こんなに……苦しがってる……

フレイムヘイズじゃ……ないのに……普通の……人間なのに……!」

 

 消え去るような声でそう言葉を紡ぎ続ける少女の黒い双眸から、

抑えていたものが一気に溢れるかのように、

透明な雫が零れて淑女の衣服の上に落ちる。

 幾筋も。 幾筋も。

 

「うぅ……ひっ……く……ううぅ……ううううぅぅぅぅぅ~~~~~~~~……」 

 

 もうそれ以上は言葉に成らず、 少女はただ嗚咽を漏らして泣きじゃくるのみ。

 

(……ッ!)

 

 その少女の姿を目の当たりにした承太郎は、 無言でジョセフの襟から手を放し

代わりに皮膚が破れて肉に喰い込む程強く、 己の拳を握りしめた。

 

(……何……ヤってんだ……?)

 

 一瞬の喪心の後に襲ってくる、 途轍もなく重い罪悪感。

 

(テメエで勝手にブチ切れて……

周囲に当たり散らして……女泣かせて……

オレは一体……何ヤってんだ……!)

 

 何のコトはない。 

 結局一番取り乱していたのは自分だったと気づき、

承太郎は震える拳から鮮血を滴らせる。

 

「スゴイ音がしたが、 一体どうしたんだ!?」

 

 爽やかな果実の芳香と清廉とした声。

 正門前から騒ぎを聞きつけて何事かと想った花京院が、

その場に駆けつけた。

 

「ハッ!?」

 

 割れたガラスの散乱したダイニングルームの中心で、

 幽鬼のような表情を浮かべるジョセフと泣きじゃくるシャナ。

 そして。

 己に背を向け拳から血を滴らせながらその身を震わせる

承太郎の姿を目にした瞬間、 花京院は、 全てを理解した。

 

(……)

 

 いつもなら、 自分の他に2つしか感じない 『スタンド』 の気配、

ソレが()()()増えていたのだから。

 

「まさか、 まさ、 か……ホリィさんに……『スタンド』 が……!

しかもソレがマイナスに働いて 【害】 になってしまっているのか……!?」

 

 そう言って視線を向けた、 少女に抱かれて荒い吐息を繰り返す淑女。

 彼女を抱いている少女の腕に、 無数の美しい荊が透けていた。

 

「……」

 

 第三者といえ流石に動揺の色は隠しきれず、

蹌踉(よろ)めいた細い躰をなんとか支えた花京院の視界に

微かに震える友人の背が映る。

 

「空条……」

 

 かける言葉など何もないと知りながらも、

それでも花京院は承太郎の傍へと歩み寄り、

震える肩にそっと手を置いた。

 常に威風颯爽としていて己に対する揺るぎない自信に充ち溢れている

普段の彼の雰囲気は、 今はもう見る影もない。

 しかし。 

 そんないまにも自分に向かって崩れ落ちてきそうになっている彼の存在を、

今度は自分が支えてあげなければならないと想った。

 そうでないなら、 彼の友人である資格などないと花京院は想った。

 

盟友(とも)よ……辛いのは解るが……

こうなった以上早急に手を打たねば……

ソレが一時でも早く、 奥方をこの窮地から救う事に繋がってゆく……」

 

 未だ心中は激しく揺れ動いてはいるが、

それでも心を鬼にして己を諫めたアラストールが

ジョセフにそう問いかける。

 その異界の友人に対し、 ジョセフは震える口調で言葉を絞り出す。

 まるでこれから自分が告げる事実を、 拒むかのように。 

 

「ひと……つ……!」 

 

 断腸の想いで、 呑み下した煮え滾る水銀を

今度は吐き出すかのように、 ジョセフは言葉を絞り出す。

 

「 『DIO』 を……アノ男を……

見つけだして(たお)すしかない……!

DIOの存在を抹消して……

“呪縛そのもの” をこの世から消し去るしかない……ッ!」

 

(!!)

 

 やはり、 という予感は在ったが、 アラストールは何も言わなかった。

 かつてアノ絶対存在 『究極神』 すらこの世界から封滅したこの男なら、

ナニカ自分の想いもよらない 『策』 を創り出すかもしれないという嘱望も、

今は心の奥底に封印した。

 幾ら、 嘗てこの世界を幾多の危機から救った真の 『英雄』 とは云っても、

今は、 この世界のどこにでもいる、 子の安否を気遣う一人の父親。

 自分のたった一人の娘を、 得体の知れない脅威に踏み躪られ

その絶望に嘆くしかない者にソレ以上強いるのは、

他のどんな申し開きも通用しない、 残酷というモノだった。

 

「しかし……しかし……ワシの 『念写』 では、

()()()()()()()……ッ!

ヤツの 「姿」 は写せてもその 『居場所』 までは特定できん。

何の手懸かりも無しに()()()()()()()()

この世界から見つける術など、 一体どうすれば……」

 

 己を蝕む絶望に正気が混濁しかけてきているのか、

ジョセフは誰に言うでもなくオロオロと言葉を紡ぐ。

 

(……)

 

 アラストールは、 そのジョセフの様子をみつめていた。

 何も言わず、 ただみつめていた。

 己の裡で()(いず)る、 幾多の感情と共に。

 

 

 

 

 

 ……大丈夫。

 何も、 心配いらない。

 (オレ)が、 何とかするから。

 ()ぐには無理でも、 必ずなんとかしてみせるから。

 だから、 もういい。

 そうやって何もかも、 全部自分で背負わなくても。

 少しは(オレ)を頼れ。

“友達” だろ? 

 

 

 

 

 

 紅世でも、 一際その異名を轟かせる王へと変貌する内に、

少しずつ見失っていった、 本来の存在(じぶん)

 ソレが今再び、 アラストールの裡に甦りつつ在った。

 己の存在の裡で燃え盛る、 灼熱の 『決意』 と共に。

 先刻の、 ジョセフの言葉。

 ソレは、 広大不偏な砂漠の中で、

DIOという一粒の砂を見つけるのに等しき所行。

 事実上、 不可能に近い。

 でも、 やるしかない。

 例えどんな手を使っても。

 どれだけ可能性が低くても。

 ()()()()()()()

 何よりも、“コイツ” の為になら。

“コイツ” は、 今まで、 自分の大切なものを幾つも幾つも失ってきた。

 何度も何度も傷ついては倒れ、 その度に失い、

それでも “コイツ” は。

 

 

 

 

“笑っていた”

 

 

 

 

 

 緩やかに降り注ぐ、 太陽のような笑顔で。

 例えまた大切な何かを失う事になろうとも、

それが 「誰か」 の為であるならば、

喜んで身も心も捧げるという、

黄金のような気高き 『覚悟』 を持って。

 ソレならば。

 (オレ)が護ってやらなければ。

 この世の何よりも強く誇り高い “コイツ” を。

 ソレが出来なくて。

 何が 『紅世の王』 だ!

 何が “天壌の劫火” だ!!

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

“ククク……”

 

 

 

 

 

 そのアラストールの決意を嘲笑うかのように、

突如、 ()()()()()()()()()()()()()

室内で静かに木霊(こだま)した。

 

「!!」 

 

「!!」

 

「!!」

 

 同時に底知れない邪悪な気配が、 空間を充たした。

 ダイニング・ルームを夾ん(はさ)で在る応接間に設置された

液晶プラズマTVの大画面から、 突如迸るウォーター・ブルーの光。

 電源を入れていないのにその画面からは溢れ返る程の光の洪水が湧き出し、

そしてソノ光源を 「台座」 に、 3つの人型のシルエットが浮かび上がる。

 左に、 透徹の氷像を想わせる水蓮の美少女。

 右に、 闇冥の水晶を想わせる褐色の麗人。

 その中心に、“男” はいた。

 この世界の災厄。

 スベテの因縁と宿命の元凶である、

『DIO』 が――。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 当初創る予定はなかったんですがなんとなく創っちゃいました

『アラストールの挿絵』

 なんかマティルダより「美人」になっちゃいましたね。

(ガチで()()()()()()創ったからな……('A`))

 美男子に【悪魔の羽根】っていうのは定番かも知れませんが、

ベタでもやはり良いモノは良いですね。

 この「イメージ」が在ると過去のアラストールの言動も

ちょっと印象が変わるかも知れません。

(少々お爺ちゃんっぽいですからねセリフが……('A`))

 ソレでは(≧▽≦)ノシ

 

 

【参考動画】

https://www.youtube.com/watch?v=dZp_BDQmydk

 



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『DETERMINATIONⅡ ~真意~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 迸るウォーター・ブルーの光の奔流から、 突如現れた3つの人影。

 金細工で飾られた白い大きな帽子と

繊細な意匠が施された外套をその華奢な身に纏い、

そして至上の宝石のようにエメラルドがかった

サファイア・ブルーの双眸を携えた、 神秘的な雰囲気の美少女。

 黒い水着のような衣装に艶めく肌を惜し気もなく晒し

その凄艶な躰に極薄のショールを纏わせ、

頭部に12の銀鎖で彩られたヴェールを被った

蠱惑的な容貌の麗女。

 その両者の中心に、 男はいた。

 数多の 『スタンド使い』 と “紅世の王”

 ソレらをソノ強大な能力(チカラ)に拠り一手に支配する統世王。

 直視(まま)成らぬ眩むような黄金の髪と瞳を携えた一人の男。

『DIO』 が。

 

(……ッ!)

 

 逆立つ前髪。

 震える眼輪。

 首筋にチリチリと走る怖気。

 ソコに穿たれた星形の痣が、 何故か異様に熱く疼いた。

 

「……」

 

 空条 承太郎は、 吸い寄せられるようにソノ男の許へと歩み寄る。

 (さなが) らミエナイ 「引力」 に存在を牽かれるが如く。

 実際にその姿を視たのは、 コレが初めて。

 だが、 “知っていた”

 きっと、 生まれる前から――。

 ()()()()()()()()()()()()()()()!! 

 

「空条ッ!」

 

 俄には信じがたい眼前の事実。

 だが、 即座に思考を切り換え瞬時にスタンドを繰り出せる体勢を整え、

花京院は承太郎の許へと駆け寄ろうとする。

 

「オイ!」

 

 その花京院をシャナの胸元のアラストールが呼び止めた。

 

「……」

 

 呼びかけだけでアラストールの意図を感じ取った花京院は、

シャナの白い首筋にかかったペンダントを、

繋いでいる銀鎖の留め金を片手で外して手に携える。

 同時にジョセフも、 承太郎と同じく吸い寄せられるように、

DIOの許へと歩み寄っていた。

 宿命の邂逅。

 光と闇の相剋。

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

(“(いただき)(くら)” ……ッ!)

 

(『エンヤ』 様……!)

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 花京院とアラストールが、

DIOの両脇に位置する美女と美少女を認めた瞬間

同時に心中で叫ぶ。

 ()む世界が違うとはいえ、 何れもかつての同胞。

 (たもと)(たが)えたとはいえ、 その胸の裡は(やぶさ) かではない。

 

「……」

 

「……」

 

 対照的に視線を向けられた両者は、

各々何も云わずただ二人を一瞥しただけで

眼前へと向き直る。

 スタンド越しからでも伝わってくるような、

燃え盛る凄まじい怒りにその身を震わせる

己が最大の 『宿敵』 に対して。

 一方その両者の視線を一身に受ける無頼の貴公子は、

その二人の存在など()()()()()()

()くれ上がる寸前の瞳孔でたった一人の男のみを睨みつける。

 たった今からでも、 そしてたった一人でも、

最終決戦の火蓋を切ろうとするかのような熾烈なる気炎で。

 

「テメーが!! 『DIO』 かッッ!!」

 

 空間を震わせ大地をも鳴動するような喚声で、

承太郎がDIOに向けて叫ぶ。 

 ソノ背後から、 全身から、 抑えようにも抑え切れない

白金の幽波紋光(スタンド・パワー)を周囲に迸らせながら。

 問われたソノ男は、 妖艶な口唇に心融かすような魔性の微笑みを浮かべ

人間とは想えないような甘い声で言葉を返す。

 

「クククククククク……初めまして、 かな?

空条 承太郎。 そして、」

 

「テェェェェェェェェェェメェェェェェェェェェェェ―――――――!!!!!!」

 

 言葉が終わる前に、 承太郎は血に塗れた拳でDIOに殴りかかった。

 こいつだけは許せない。

 こいつだけは赦さない。

 オレのこの世で一番大切なモノを、

無惨に踏み躙ったこいつだけは! 

 火を吐くような渾心の想いで、 DIOのその悠麗な貌に

己が拳を限界以上の力で叩きつける。

 しかし。

 

(!?)

 

 次の瞬間、 承太郎の拳はDIOに触れるコトなくその後方に突き抜けてしまった。

 本来来るべき筈の反動(ささえ)を失った承太郎の(からだ)は、

大きく体勢を崩して前のめりに蹌踉(よろ)めく。

 

「フッ、 マジシャンズ共々、 性急なコトだ」

 

 己の背後に突き抜けた承太郎に視線を向けず、

DIOはその瀟灑な衣装で包まれた両腕を組み

瞳を閉じて不敵な笑みを浮かべる。

 

「テメェッッ!!」  

 

 刹那に崩れた体勢を整え、 DIOの右斜めの位置に回り込む承太郎。

 そしてすかさず己が能力(チカラ)を念じ解き放とうとした瞬間。

 

(!!)

 

 淡いライトグリーンの瞳に映る、 DIOの左腕に絡みついた 

煌めく無数の光の “(かずら)

 

(スタンド!!)

 

 この世ならざる異能の遣い手の中でも、

『スタンド使い』 にのみ感じるコトの出来る特有の感覚。 

 すぐにでも 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 を発動させ、

音速の乱撃(ラッシュ)を一斉総射しようとする自分を何とか諫め

承太郎はDIOから距離を取った。

 

「ほう? 気がついたか? この “葛” が 『スタンド』 だと。

ククク、 なかなか慧眼(けいがん)だな」

 

 王者の余裕を崩さず、 DIOはそう告げる。

 

「私がいま操っているこのスタンドの名は、

『エターナル・クリスタル』

本来は我が肉体 “ジョナサン・ジョースター” の 『スタンド』 として

この世に発現する筈だった力だ」

 

 嘲笑うように、 そして陶酔するように、 DIOは言葉を続ける。

 

「能力は、 この世界のスベテを見(とお)すコトの出来る

“多重遠隔透視能力”

己の望む場所を自在に映し出すコトも、

そしてまたこうしてこちら側の 「映像」 を送り込むコトも可能だ。

おまえ達の動向は、 この能力を透して常に私に筒抜けだった。

故に、 今こうしておまえ達の前に姿を現しているというワケだ」

 

「貴様……!」

 

 DIOの言葉に、 ジョセフは咬歯を軋らせる。

 スタンドは、『スタンド使い』 にとって、 己が分身も同然。

 一心同体、 否、 運命共有体と呼んでも差し支えのない存在。

 ソレが、 DIOの手に握られているというコトは――。

 己が祖父、 “ジョナサン・ジョースター” は、

肉体のみならず()()()()()()()

DIOに蹂躙されているに等しい。

 その、 余りにも残酷な事実。

 天は、 運命は、 一体どこまでジョナサンの存在を弄べば気がすむのか?

 父を失い、 友を失い、 愛する者とも永遠に引き裂かれ、

己が生命までもこの世界の為に犠牲にしても、

ソレでもまだ足りぬと尚もジョナサンを苦しめようというのか。 

 写真の中だけでしか知らない自分の祖父、

しかしその存在が、 最も忌むべき男に嬲り物にされるコトに対し、

ジョセフは全身の血が煮え滾る程の怒りを感じた。

 そこ、 に。

 

盟友(とも)よ」

 

(!?)

 

 振り向いた先。

 花京院の手に携えられ、 己の傍らで佇む異界の友人。

 その形容(カタチ)は単なるペンダントに過ぎないが、

でも確かに、 己を労る様に見つめる視線をジョセフは感じた。

 

「今は、 何も考えるな。 (ぬし)は主のコトだけを考えればそれで良い。

他の事は我に任せよ。 彼の者にこれ以上、 勝手な真似はさせぬ」

 

 穏やかな、 声。

 静謐で慰撫に充ちた、 男の声。

 

「……」

 

 その言葉に、 その存在に、 沸騰寸前まで煮え滾っていた己の血が

不思議と冷えていくのをジョセフは感じた。

 

「ほう? そちらがおまえの 「娘」 か? ジョセフ・ジョースター」

 

 口唇に浮かべた不敵な笑みを崩さぬまま、

DIOはそこで初めてジョセフに問いかける。

 遠間に位置する、 黒髪の少女に抱かれて横たわる、 一人の淑女に対して。

 

「フム、 なるほど。 面影が在る。

若き日の 『エリナ』 に瓜二つだ」

 

 そう言いながら己の遥か遠方を見つめるような、

艶かしい視線でホリィを見るDIO。

 そのコトに再び凄まじい怒りを感じた承太郎は、

己が感情の全てを爆発させてDIOに叩きつける。

 

「テメエ!! ()()()()()()()()()()()ッッ!!」

 

 戦うつもりは、 全くない。

 DIOの操るスタンド能力からそのコトを察した承太郎は、

火を呑むような想いで己の怒りを押し殺し、 問い質す。

 その承太郎に対しDIOは、

 

「お前に()いに」

 

事も無げにそう言い放った。

 

「……ッ!」

 

 嘲弄されていると気づいた承太郎は、 口中を噛み締め軋らせる。

 対照的に、 ウォーター・ブルーの光源に浮かぶ男は、

その美しい風貌に浮かべた不敵な笑みを崩さない。

 

「フッ、 まぁソレは冗談として、

どうやらこの私の 『居場所』 を探り当てるのに

随分と難儀しているようなのでな?

ならばこちらから出向いてやろうと想っただけだ」

 

「フザけんなッッ!!」

 

 左腕を鮮鋭に振り翳し、 空間がビリビリと震えるような声で叫ぶ承太郎。

 戯言(たわごと)だと想った。

 それならば何故自らの姿を現さず、 こんな回りくどい方法を執る?

 この男は、 ただ愉しんでいるだけだ。

 人間が悶え苦しむ様を、 ただ高みから見下ろして嘲笑っている。

 ソレ以上でもソレ以下でもない。

 卑劣。

 最悪に卑劣な男。

 そう認識し瞳を尖らせる承太郎に、 次に発せられたDIOの言葉は

完全に彼の虚を突いた。

 

「このDIOの居場所、 ()()()()()()()()()()()()()()()()

『エジプト』 だ。 “エジプトのカイロ” 私はソコから一歩も動かん。

ジョセフ。 貴様の娘が死すその時までな」

 

(!!)

 

 そんなコト絶対にさせるか!

 心中でそう猛り狂った後に浮かび上がる、 一抹の疑問。

 承太郎はソレをDIOに問い質す。

 

「まちやがれ! テメーを(たお)そうとしているオレ達にッ!

何故わざわざ自分の 『居場所』 を教える!!」

 

 承太郎のその問いに、 DIOは再び微笑を浮かべて答える。

 

「 フッ、 “勝ち” の決まったゲーム程、 つまらぬモノは他に無い。

ならば少しは譲歩してやろうと想ってな。

最も、 ソレでもその差は絶望的だが」

 

 再び王者の余裕を崩さぬまま、 DIOは淡々と承太郎にそう告げる。

 

(……)

 

 だがそのDIOの態度とは裏腹に、 承太郎は茫然自失となり

美しき風貌も蒼白となる。

 渦巻く怒りが臨界を超えると、 返って醒めてしまうように。

 そんな白い冷気で充たされた彼の心中で、

残酷な自問自答が繰り返された。

 脳裏を過ぎる、 幾人かの姿と共に。

“ゲーム” だと?

 狂おしい程に己が脳裏へと響き渡る、 心臓の早鐘。

 オレの母親の苦しみも。

 ジジイの絶望も。

 シャナの哀しみも。

 

 

 

 

“テメーにとってはッ! ただの遊び(ゲーム)に過ぎねぇってコトか!!” 

 

 

 

 

 

 認識したソノ事実に再び怒りが白金の火柱のように、

己の裡で渦巻いて燃え盛る。

 そしてその怒りは 『決意』 と成って、

彼の気高きライトグリーンの瞳に宿る。

 熱く、 激しく、 燃え尽きる程に。

 

 

 

 

 

 潰す……ッ!

 テメーだけは!! 絶対にこのオレがブッ潰すッッ!!

 DIOッッ!!

 

 

 

 

 

 傍にいるが何処よりも遠い男の幻影に向かい、 承太郎は吼える。

 怒りだけではない。

 哀しみだけでもない。

 己が乗り越えるべき 『宿命』 として。

 己が斃すべき 『宿敵』 として。

 今再びDIOの存在は、 空条 承太郎の存在の裡に強く刻まれた。

 

(フッ……本当に……()()()()()()()()()()……“おまえ達” は……)

 

 その誇り高き光で充たされた承太郎の双眸を満足気に見据えながら、

かつて同じ瞳で己に挑みかかって来た者を想い起こしながら、

DIOはその至宝なる黄金の瞳を一度静かに閉じた。

 

「一日も早いエジプトへの来訪、 愉しみにしているぞ。

最も、 ()()()()の話だが」

 

 そうDIOが言い放った瞬間、

その脇に控えていた麗人と美少女が一歩前に出る。

 己が最愛の主を、 如何なる危難からも護衛しようとするように。

 そして同時に口を開く。

 

「貴様等のエジプトへ至る過程に於いて、 ワシの選別した 『スタンド使い』」

 

 まずは闇冥の美女が、

 

「そして私の精選した “紅世の徒” が、 その進行を阻止させて戴きます」

 

続いて透徹の美少女が、 それぞれ口を開き己が意図を告げる。

 

「何れも名にし負う強者達。

アナタ方が “此の地” に到達する可能性は、

皆無と云っていいでしょう」

 

 冷然とした口調だがまるで水 晶(クリスタル)で創られた管楽器のように、

少女の紡ぐ声は神妙にて美しい。

 

「……」

 

 そして姿こそ対照的だが、 どことなく自分の知っている少女に

似通った雰囲気を承太郎に感じさせた。

 そしてその氷の少女が自分に向けた視線をやや逸らし、

別の方向へと向き直る。

 

「しかし、 深遠なる紅世の王 “天壌の劫火” アラストール。

貴方の口添えで在るならば……

『星の白金』 以下4名。

我が “陣営” に降る手筈は整えてあります」

 

 殆ど感情の起伏を感じさせない、 聖少女の澄んだ声。

 その進言に対し、 右隣に位置した麗女が瞳を細め微かに尖らせた。

 

「貴様? DIO様の御前にて無礼であろう。

此奴等は決して相容れぬ血統の者共。

許し難き我等の仇敵ぞ」

 

 麗女の咎める様なその問いに、 少女は表情を変えず冷然と返す。

 

「優れた 『能力(チカラ)』 を持つ者で在るのなら、

討滅するのではなく我が陣営に引き込んだ方が双方の犠牲もなく

より合理的だと判断したまでです。

()()()()()統世王様から一任された私の役目。

僭越(せんえつ)は貴女の方ではないでしょうか?」

 

「貴様」

 

「……」

 

 真正面から対峙する、 闇冥と水蓮の瞳。

 麗女の背後から冥界の大気を想わせるような。

 少女の躰から天界の霊気を想わせるような。

 聖と邪。

 それぞれ色彩の異なる存在の力が燐光のように立ち昇る。

 スタンド越しにその光を眼にした承太郎は。

 

(……ッッ!!  この女……! 二人共タダモンじゃねぇッッ!!)

 

 血気と怒りに任せて、 今まではDIOしか眼に入っていなかったが、

ウォーター・ブルーの光の中で立ち昇る

両者の只ならぬ雰囲気と威圧感(プレッシャー)に、

彼は本来の冷静さをやや取り戻し瞳を開く。

 

「……」

 

 やがて少女はゆっくりと、 その闇冥の麗女から視線を外すと

刹那に私情を諫め再びアラストールへと向き直る。

 

「さて、 アラストール。 賢明な貴方で在るならもう」

 

「断るッッ!!」

 

 有無を云わせぬ荘厳な声が、 少女の言葉が終わる前に響き渡った。

 

【挿絵表示】

 

 

「……ッ!」

 

 明確な拒絶。

 予想外の返答だったのか、 紅世の少女はその神聖な双眸を少しだけ見開く。

 しかしすぐに元の冷然とした表情へと戻り、

 

「交渉、 決裂というコトですね」

 

澄み切った声で一言そう告げる。

 

「“天壌の劫火” の輝きも、

永き時の流れの中で些か鈍ったというコトですか?

傷ましいコトです」

 

 そう言って花京院の掌に携えられたペンダントに、

冷淡な視線を送る水髪の少女。

 

「……」

 

 その自分と同じ領域に位置する強大な “王” の問いかけに対し、

アラストールは無言で応じる。

 

(何とでも云え……己が存在の貴賎よりも大事なモノが在る……

そのコトに気がついたのだ……

「人間」 という存在を理由(ワケ)も無く蔑み……

儚い塵芥のようなモノとしてしか認識していない貴様等には……

永遠に理解(わか)らぬ領域よ……)

 

 己が拠るべき存在の相違から、 完全に袂を別った二人の王。

 その一体どちらが 『正しい』 のか?

 ソレはこれから初まる果てしない壮絶な戦いの許明らかになるであろうと、

言葉を交わさなくとも両者はヒシヒシとその存在の裡に感じていた。

 

「さて、 名残惜しいがそろそろ失礼するとしよう」

 

 最後までその不敵な笑みを崩さなかったDIOが、

承太郎を見据え王者の格を魅せつける様にそう告げる。

 

「空条 承太郎。

次に逢う時は、 今よりも遥かに強力な 『スタンド使い』 として

成長しているコトを期待するぞ。

我が史上最強のスタンド、 『世 界(ザ・ワールド)』 で

貴様のスベテを撃ち滅ぼしたくなる程にな。

クククククククククククク……」

 

(!!)

 

 慈しむように、 嘲るように。

 相反した感情を同時に口唇へ浮かべ、 自分に微笑むDIO。

 ソレが、 『スタンド使い』 と “紅世の徒”

果て無き死闘の開戦の烽火(のろし)だと

言葉に出さずとも承太郎は確かに感じていた。

 

「そうでなければ貴様の母親は死ぬ。

このDIOを斃さぬ限り、 絶対にその 『運命(さだめ)』 からは逃れられぬッ!

死に物狂いで成長するコトだな?

スタンドも貴様自身も!

オレは “いつでもお前を視ている”

そのコトを忘れるな!」

 

 そう叫んだDIOが鮮鋭に、

スタンド、 『エターナル・クリスタル』 の絡みついた左腕を振り翳す。

 ソレと同時に、その葛から迸るウォーター・ブルーの光が輝度を増し、

DIOの姿を徐々に覆い尽くしていく。

 

「我が名は 『エンヤ』 」

 

「私の名は “ヘカテー” 」

 

 その光の洪水の向こう側から、 青のシルエットと化した二つの声も届く。

 

「運良く生き延びていれば、 何れ合い間見える事もあるだろう」

 

「天命がアナタ方を導くのなら、 いずれ邂逅(かいこう)するコトも在るかもしれません」

 

 やがて。

 無限に湧き出す光の奔流が完全にDIO達の姿を覆い尽くし、

そして瞬時に凝縮し始める。

 消え去るスタンドパワーと共に、 最後に自分に向けられた言葉。

 

「さらばだ空条 承太郎!!

オレは此処にいるッッ!!

このDIOを斃したいなら!! 地の果て迄も追って来い!!

ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!

フハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!

クァァァァァァァァハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!」

 

 この世の何よりもドス黒く邪悪な叫声と共に、

光の中へと消えていった男。

 眼前にはその余韻すらも遺らず、 ただ自分の姿が液晶に映るのみ。

 承太郎は静かにその瞳を閉じ。

 祈るように新たな決意を、 己が存在の裡に刻み付けた。 

 

 

 

 

 エジプトか……!

 上等だ。

 テメーをブッ倒す為なら、 どこへだって行ってやる。

 例えこの世の果てだろうと、 地獄の底だろうと!

 

 

 

 そして見開かれる、 白金の 『正義』 宿る光の双眸。

 テメーは、 ()()()()()()()()()()()()()()手を触れた。

 テメーは、 オレを。

 

 

 

 

 

“怒らせたッッッッ!!!!”

 

 

 

 

 

 湧き上がる精神の咆哮。

 時空を超えて鳴り響く黄金の波動と共に。

 先刻までDIOが居た場所に背を向ける白金の青年。

 その強い決意を漲らせた彼の視界に、 最初に映った者。

 

「……シャナ」

 

 頬に幾筋も涙の痕を残した、 少女の姿が在った。

 

(……)

 

 光と闇の邂逅。

『幽血の統世王』 自らの宣戦布告。 

 しかし、 その何れも、 今の少女にはどうでも良かった。

 何も聞こえず、 何も感じられなかった。

 承太郎の声もアラストールの声も、

今眼前に現れたDIOの声すらも耳には入らずただ少女は、

凍り付いた悲痛な表情のままホリィの躰をずっとかき抱いていた。

 ()()()()()()()

 まるで――。

 母親の 『死』 を理解できず、

冷たくなった母体にずっと寄り添う幼子のように。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

()()()()!!」というワケでしてね、

改めて見るとアラストールが結構イイ味出してたのを

気づかされた回でした。

だから予定に無かったのに『挿絵』を創ったのかも知れませんね。

見た目「美男子」だけど中身は【古風】というキャラは

存外ワタシの“ツボ”だったようです。

「原作」でもまぁ、かろうじて“嫌いじゃない”方には

入るかも知れないキャラなので承太郎とも

結構仲良くさせたりしております。

(ってか【嫌いなヤツ】が多過ぎる……('A`)

一位は断トツブチ抜きでアノ「残りカス(原作準拠表現)」ですがヽ(`Д´)ノ)

 ソレでは(≧▽≦)ノシ

 

 



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『DEPERTURES ~旅立ち~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 空条邸の城郭を想わせる大きな正門前。

 そこに翡翠の美男子と炎の魔神は佇んでいた。

 

「今はまだ背中だけですが――」

 

 遠い空を見上げるように、 花京院は手に携えたペンダントに語りかける。

 

「そのうち、 アノ薔薇のような 『スタンド』 は……

ゆっくりとホリィさんの全身を覆い尽くす筈です」

 

「……して、 どうなる?」

 

 銀製のペンダントに己が意志を表出させる炎の魔神は、

森厳な声で花京院に問う。

 

「……スタンドを動かす 「意志」 がない以上、

やがてスタンドは本体のコントロールを離れ勝手に動き出す、

所謂 『暴走状態』 に陥ります。

そうなるとスタンドは今以上にホリィさんの生命を蝕み、 精神を逼迫(ひっぱく)し、

その影響で高熱や様々な病を誘発して苦しみ、

最終的には昏睡(コーマ)状態へと入り、

二度と目覚めるコトはなく、 死にます……!」

 

 琥珀色の怜悧な瞳に強い意志を宿らせて、

花京院はアラストールにそう告げる。

 

「む、 う……」

 

 改めて切迫した現状を再認識した紅世の王は、

ただ一言そう漏らすのみ。

 その二人の傍を一迅の風が吹き抜け、 木々の若葉がさざめいた。

 しばしの沈黙。

 その間に黒塗りのリムジンが次々と空条邸の前に止まり、

中から高貴なスーツ姿の男達が機敏な動きで次々と邸内に入っていく。

 その人々の姿を認めた花京院が、 (おもむろ) に口を開く。

 

「今到着した彼等は、 これからホリィさんを24時間体制で看護する

S P W(スピード・ワゴン)財団の誇る熟練の医師達だそうですが、 望みは薄いでしょう。

一般の人間には原因不明で何も視えず解らず、 どんな名医でも治すコトは出来ない。

そしてボクにも貴方にも、 どうするコトも出来ない。

“触れたモノスベテを癒す” 或いは “他者に己の生命を分け与える”

『スタンド能力』 でも無い限り絶対に。

ボクは、 過去に自分のスタンドが 【害】 になってしまい

ソレに引き擦られて生命を落とした者を何人か知っていますが、

そのようなスタンド能力を持つ者はただの一人もいませんでした」

 

 双眸を閉じ何も出来ない自分を悔やむように、 花京院はそう告げる。

 

「だが、 奥方の場合は希望が在る……だな?」

 

 その花京院にアラストールは声色を変えず、

確固とした意志を込めて言う。

 

「えぇ」

 

 青年も王にそう返す。

 

「その前に、 “彼の地” に在る 『幽血の統世王』 を討滅すれば済む話だ。

彼の者の存在から発する因果の “呪縛” を断てば救われるのだ」

 

「その通りです。 ボクが先程言った症状になる迄には100日かかる。

ソレまでにDIOを斃すコトが出来れば。

逆に言えばDIOを斃さない限り、

ホリィさんの助かる術は無いというコトです」

 

 物静かな声で花京院はそう言い、 再び此処より遙か彼方、

エジプトへと続く空に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

「本当に、 私としたら一体どうしちゃったのかしら。

急に熱が出て気を失うなんて。 でも解熱剤で大分落ち着いたわ」

 

 上質なシルクの寝間着を身に包んだ美貌の淑女は、

羽毛布団を膝掛けにしていつも変わりない明るい声でそう言った。

 

「本当、 に。 もう、 どこも苦しくない?」

 

 心底心配した表情で、 傍に座っていた制服姿のシャナが

しきりにオロオロとホリィに問う。

 

「ええ。 心配かけたわねシャナちゃん。 もう大丈夫よ」

 

 そう言って少女に笑顔を向ける母親の姿を、

縁側へと続く引き戸に背をかけた貴公子が鋭い目でみつめる。

 

(背中、 だから……まだ自分の身になにが起こっているのか、

気がついてはいないようだ)

 

 寝間着の首筋から微かに覗く、“(いばら)” のスタンドを射るように見据えながら

青年は母親から視線を外す。

 

「本当にびっくりしたぞホリィ、

どら、 起きたらまずは歯を磨かなくてはな……」

 

 張りのあるワイシャツにネクタイ、 カシミアのスラックスという

シックな服装に着替えたジョセフが、 ホリィ愛用の清潔な歯ブラシに

歯磨きのチューブを塗って愛娘の口唇へと近づける。

 

「ウムム……」

 

 美貌の淑女は若干気怠そうな表情で、 父親の奉仕を受ける。

 

「はい」

 

 シャナがガラス製の水差しから汲んだグラスを横から差し出す。

 

「顔も拭いて」

 

 今度は湯気の昇る蒸しタオルを手にしたジョセフが、

淑女の美貌を芸術品を扱うような繊細な手つきでそっと拭う。

 

「ウーン」

 

 フワフワとした声で美貌の淑女はソレに応じる。

 

「髪も少し乱れちゃってるわ」

 

 椿油を含んだ特製のブラシで、 シャナがホリィの肩にかかる

柔らかな髪を甲斐甲斐しく梳かす。

 

「爪もキレイに手入れをしてな」

 

 一体どこにあったのか、 ボーリングのピンを模した爪切りの裏側で

ジョセフは鏡のように滑らかな娘の指先を磨く。

 

「リンゴとか食べられる?」

 

 手練の刃物(ナイフ)捌きに拠り、 一拍で滑らかな球形に剥かれたリンゴを

ほぼ同体積に切って皿の上に乗せられたモノの一つが、

フォークを持ったシャナ手からホリィの口元に運ばれる。

 

「ア~ン。 ンン~♪ 美味しい~♪」

 

 シャナがリンゴを食べさせている間に、 ジョセフは寝間着の裾を捲り上げ

細く白い脚線美の除く足の甲から膝辺りを丹念に拭いている。

 

「パパ? それじゃあ、 下着も履き替えさせてもらえる?」

 

 そう言って昔のように、 布団の下から覗き込むようにして

自分を見つめる愛娘に対しジョセフは、

 

「……う、 うむ……コホン」

 

頬を紅潮させて困惑する。 

 

「じゃあソレは私が」

 

 その脇でシャナがそっと羽毛布団を捲り上げた。

 

「フフフフフ、 冗談よ。 冗談。 ウフフフフフフフフフフ」

 

 まるで悪戯好きの子供のように、

淑女は無邪気で嬉しそうな笑顔をいっぱいに浮かべる。

 

「さ、 て、 と。 気分も良くなったし、

シャナちゃん。 今晩は何が食べ」

 

 そう言いながら淑女が身を起こそうとした刹那。

 

「動くんじゃあねぇッッ!! 静かにしてろォォォ!!」

 

「動いちゃダメッッ!! じっとしててッッ!!」

 

 突如空間を劈く、 二つの声。

 承太郎とシャナ、 その怒号と叫びに淑女はビクッとその肩を震わせる。

 

「……」

 

 ジョセフはその二人を無言で見つめる。

 両者の叫びがあと数瞬遅ければ、 自分が叫んでいたのかもしれない。

 その祖父の視線には気づかず承太郎は、

 

「ね……熱が下がるまでは何もするなってコトだ……

またブッ倒られちゃあかなわねーからな……」

 

平静を装いながら学帽の鍔で目元を覆う。

 

「家事は皆で分担してやるから、 ホリィは大人しく寝てて。 ね?」

 

 捲れた羽毛布団を元に戻しながら、 シャナも沈痛な瞳でそう告げる。

 

「フフフ、 そうね。 コレ以上皆に迷惑かけられないしね。

それに、 病気になると、 皆、 いつもより、 優しいわ。

こんなに、 温かいなら、 たま、 には、 風、 邪、 も、

いい、 かも、 ね……」

 

 淑女はそう言って、 静かに双眸を閉じる。

 

(!!)

 

 そのコトに敏感に反応したジョセフが、 即座に彼女の異変に気づく。 

 

「ホ、 ホリィ!? また気をッ!」

 

「ウ、 ウソでしょッ!? だって、 今まで元気にしてた!!」

 

 淑女の傍でジョセフとシャナが驚愕の声をあげ、

父親は愛娘の額に手を当てる。

 

「く……ううう……き……気丈に明るく振る舞ってはいたが、 何という高熱……!

今の態度で解った……何も語らなかったが娘は、

自分の背中の 『スタンド』 に気がついている……

逆にワシらに自分の 『スタンド』 のコトを隠そうとしていた……

ワシらに心配かけまいとしていた! 

この子は……そういう子だ……!」

 

 灼きつくように熱い娘の額に手を当てながら、

ジョセフはその身を震わせる。

 

「コレも……無理して食べてたの……? 私が心配しないように……」

 

 ジョセフと同様に少女もその細い輪郭を震わせながら、

潤んだ瞳で自分の剥いたリンゴに視線を向ける。

 

「……」

 

 そうだ。

 自分の母親は、 ()()()()()だ。

 いつのまにか傍に来ていた無頼の貴公子は、

何もしてやれない自分に歯噛みするまま

再び悪夢の淵へと堕ちていった母をみつめるのみ。

 

「必ず……助けてやる……安心するんだ。

心配する事は何もない……必ず元気にしてやる……

だから、 安心していればいいんだよ」

 

 目の前の残酷な現実に屈しないように、

強い決意を持って言葉を紡ぐジョセフ。

 その彼ををみつめる、『人間ではないモノ』 の視線が在った。

 

『……』

 

 淑女の寝室に居る三者の様子を黙って見据えていたスタンド、

『ハイエロファント・グリーン』 が音もなく滑るように

空条邸の城郭のような外壁を透化して 「本体」 の処へと還ってくる。

 そしてその 『スタンド』 を操る翡翠の奏者は、

誰に言うでもなく呟くように、 静謐な響きで言葉を紡ぐ。

 

「……ホリィさんという女性(ヒト)は……

本当に、 人の心を和ませる方ですね……

傍にいるとホッとする、 そして、 温かな気持ちになれる」

 

 爽やかな初夏の風が、 茶色の髪を揺らす。

 

「こんな時にこんなコトを言うのもなんですが、

恋をするとしたなら、 あんな気持ちの女性が良いと想います。

護ってあげたいと想える……

穏やかで温かな笑顔が、 見たいと想う」

 

【挿絵表示】

 

 

「うむ。 異議を夾む余地無き事象だ」

 

 ピアニストのように細い指先を揃える掌の上で、

ペンダントが応じる。

 

「我等も、 出立の手筈を整えねばな」

 

「はい」

 

 初夏の涼風靡く碧空の許。

 翡翠の青年と炎の魔神は、

それぞれの決意を胸に秘め再び空条邸の正門を潜った。

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 

 出立の前夜、 雨が降った。

 ホリィの看護はSPW財団専属の医師達に任せ、

ジョセフはエジプト・カイロ行きの航空チケットの手配と旅立ちの準備に奔走し、

承太郎達は自分の通っている学園に休学届けを提出しに行った。

 学園を代表する3者の余りにも唐突な申し出に、

校内はその土台部分がひっくり返るほど囂然(ごうぜん)と成ったが、

件の3人は無言のまま学園の門を後にした。

 言える事も、 遺す言葉も、 何も無い。

 これから3人が向かう先は、 通常の(ことわり) を遙かに超越した、

異次元世界の流浪の旅路なのだから。

 花京院は、 広い空条邸内に無数在る客室に通され、 そこで夜を明かした。

 己の裡で静かに()(いず)る決意を、 何度も反芻しながら。

 

 

 

 

“いいのか?”

 

 

 

 

 DIOを斃す流浪の旅路に自分も 「同行」 すると言った時、

彼は、 空条 承太郎は、 驚きも戸惑いの表情も見せずただ一言、 そう言った。

 

 

 

 

 

“いいに決まってる”

 

 

 

 

 

 言葉には出さなかったが、 花京院は穏やかな微笑と共にそう返した。

 一度は彼に救われた命。

 彼が身を賭して闇から(すく)い上げてくれなければ、

そのまま何の疑問も持たず淀んだ悪の道を突き進んでいた筈の自分。

 後悔はない。

 自分の決断に、 そしてこれからの旅路で起こる事柄に。  

 例え、 何が在ろうとも――

 

「一緒に行くよ……何処までも……君の、 力になりたい……」

 

 (しめ)やかな雨音が響く一室で、 花京院は静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 シャナは、 暗い部屋の一室で佇んでいた。

 旅立ちの朝は早い。

 そして、 一体いつ 「戦い」 になるか解らない苛酷な旅なのだから、

可能な限り眠っておいた方が良い。

 だがしかし、 どうしても眠る事が出来ない。

 以前は、 自身の体力を回復させるコトも使命遂行の一つだったので

眠くなくとも眠りにつける訓練をしていた。

 無論脳は半分覚醒させたまま、 ほんの些細な衣擦れの音でも

目覚めるコトが出来るように。

 でも、 それが今、 どうしても出来ない。

 心中は常にざわめいて意識の鈍化を抑制し、

微睡みに落ちるコトすらも拒否する。 

 それに一人でいると、 耐え難い孤独と自責の念が襲ってくる。

 その原因が解らないまま、 少女は己の負の感情を振り切るように部屋を出た。

 

 雨。

 降り注ぐ、 銀色の雫。 

 屋根瓦を伝った雨露が腕木庇に集まって水流となり、

幾筋も眼前で落ちていく。

 その視線の、 先。

 

(!!)

 

 遠間に位置する幾つもの花々で彩られた、

いつもホリィがキレイに手入れをしていた花壇の中心に

一つの人影が在った。

 

「承……太郎……」

 

 半ば(おどろ) くように、 そして残りの半ば拠るように、

少女はその人物の名前を口に出す。

 声は雨音に掻き消されて、 彼にまでは届かない。

 そして少女に名前を呼ばれたその人物は、

彼女に背を向けたまま両手をズボンのポケットに突っ込み、

そのまま無言で雨に打たれ続ける。

 まるで贖いきれない何かを、 必死に贖おうする殉教者のように。

 

(――ッッ!!)

 

 咄嗟に足下の床を踏み切り、 彼の傍へ翔ぼうとする己を少女は辛うじて諫めた。

 

(……)

 

 降り注ぐ雨粒。

 その意図に、 気づいたから。

 

 

 

 

 

“泣いてるんだ”

 

 

 

 

 

 空が、 アイツの代わりに。

 

 

 

 

 

 そう。

 アイツは、 こんな時でも、 絶対に泣いたりなんかしない。

 泣いたって、 喚いたって、 ソレが何にもならないコトを知っているから。

 そうやって自分が苦しめば苦しむほど、 ホリィが哀しむコトを知っているから。

 だから、 ああやって雨の中、 必死に堪えてる。

 抑えようのない、 抗いようのない、 怒りと悲しみと憎しみを、

自分の裡に溜め込んで。

 その 「痛み」 に、 必死に堪えている。

 ソレが、 決して、 ホリィに届かないように――。

 

「……」

 

 雨音と共に、 微かに震え出す少女の口唇。

 

 

 

 

 

 何が、 出来る?

 ああやって堪えるしかない今の彼に。

 ()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 何も、 出来ない。

 何も、 してやれない。

 こうして見ている以外、 何も。

 

(……)

 

 そして次第にその彼の後ろ姿を見るのも悲痛で、

耐え難くなってきた少女は足早にその場を去る。

 檜の床を踏み鳴らし(あて)もなく彷徨うように。

 今まで必死に鍛え上げてきた己の力が、

肝心な時には何の役にも立たないコトを痛感しながら。

 今まで 「強さ」 だと頑なに信じていたモノは、

実は 「強さ」 でもなんでもなかったというコトを実感しながら。

 胸中に渦巻く感情の奔流。

 ソレを抱えたまま少女は邸内を駆けた。

 

 

 

 

 

「……」

 

 特に意図したわけではないが、 気がつけば自分が立っている場所は

ホリィの寝室の前だった。

 内部に人の気配は感じられない。

 おそらく絶対安静の容体なので、 僅かな差し障りもないよう

用務の時以外は別の間に控えているのだろう。

 可能な限り音を立てないように、 風靡な装飾の入った引き戸を開け

少女は足音を立てないように中へ入る。

 

「……」

 

 畳敷きの大広間。

 藺草(いぐさ)の独特の匂いが仄かに香る、

薄明るい行燈を模した電気スタンドのみが光源の

その部屋の中心にホリィはいた。 

 音もなく、 吐き出される呼吸音にも細心の注意を払って、

少女は淑女の元へと歩み寄る。

 淑女は微かな寝息と共に、 静かに眠っていた。

 暗がりの所為か、 それほど顔色が悪いようには見えない。

 しかし。

 その脇に設置された無数の大形な医療器具が、

一定の間隔で無機質に吐き出され続ける電子音が、

幾本もの透明な管を伝って腕に注がれる有色無色の液体が、

彼女の容体が尋常成らざるモノで在るコトを否が応にも再認識させる。 

 

「……」

 

 微かに潤んだ瞳で、 少女は淑女の躰には触れず、

かけられた羽毛布団越しにその小さな手を置く。

 

「……いってきます」

 

 一言。

 ただソレだけを告げて、 シャナはホリィの傍を離れた。

 いつかきっと、“ただいま” と言う為に。

 いつかきっと、“おかえりなさい” と言って貰う為に。

 その光景、 を。

 自分が本当に本当に幸せだった時の光景を、

一度閉じた双眸で深く想い起こしながら、

少女は引き戸に手をかけた。

 

「シャナ……ちゃん……?」

 

(!!) 

 

 消え去るようなか細い声が、 シャナの耳に届いた。

 超人的身体能力を持つ彼女でなければ、

聞き漏らしていたくらい、 小さな声。

 咄嗟に振り向いた視線の先。

 震える細い輪郭の元、 ホリィが身を引き起こそうとしていた。

 

「わざわざ……お見舞いに……きて……くれたのね……ありが……とう……」

 

「起きあがらないで! 顔を見にきただけだから!

すぐに出て行こうと想ってたから!」

 

 即座に再び淑女の傍に戻り、 悲痛な声で叫ぶ少女。

 

「大……丈夫……お薬が……効いて……大分……よく……なったわ……

せっかく……シャナ……ちゃんが……」 

 

「いいから! 寝てて! 話なら、 それでも出来るからッ!」

 

 淑女の言葉を途中で切り、 再び悲痛な声で叫ぶ少女。

 今までの歴戦の最中でも、 一度も感じたコトの無い焦燥が胸を突く。

 それでも無理に起きあがろうとするホリィを何とか宥めて、

伏せる淑女の傍らに少女は付いた。

 

「本当に……ごめんなさいね……この十年ばかり……

大きな病気を……した事は……なかったの……だけれど……

もう……私も……歳……なのかしらね……? フフ……フ……」

 

 消え去りそうなか細い声でそう言葉を紡ぐ淑女の風貌は、

神聖でこの世の何よりも美しい。

 一度、 ホリィと一緒に買い物に行った時、

洋菓子店の若い女性に 「キレイなお子さんですね」

と言われたコトを想い出した。

 理由は解らないけれど、 とても嬉しかったコトも。

 でも。

 それも、 もう。

 

「……」

 

 今にも泣き出しそうな表情で自分を見る少女に淑女は、

 

「そんな……心配そうな……顔……しなくても……大丈夫……

シャナちゃん……みたいな……優しい子が……お見舞いに……きてくれたンだから……

きっと……すぐに……良く……なるわ……きっと……きっと……」

 

儚くも優しい笑顔でそう言った。

 

「……ッ!」

 

 嘘だと、 想った。

 己を蝕む呪縛の苦悶から、

ソレがちょっとやそっとで完治するモノではないと解っている筈。

 コレはスベテ、 自分に対するモノ。

 窮状に瀕していても、 他人を想い遣って已まない。

 この人の。

 優しい嘘――。

 

「……ッ!……ッ!」

 

 少女は知らぬ内に、 己の拳を握っていた。

 自分自身に対する途轍もない罪悪感が、

己の裡で拡充していくを感じた。

 そんな 『資格』 は、 ない。

 自分に、 この人から、 こんなに優しい言葉をかけてもらえる 『資格』 は。

 この人を呪縛の苦悶に陥らせる 「一因」 は、

他でもない自分に在るのだから。 

 その俯き細い輪郭を振るわせる少女にかけられる、 憂いの声。

 

「どうした……の……? シャナ……ちゃん……? 

どこか……痛いの……? 

もしかして……伝染(うつ)っちゃったの……かしら……

アラ……アラ……困った……わね……」

 

 この期に於いても自分のコトを慮り、

ただの風邪だと信じさせようとしている優麗の淑女。

 本当は、 話す事さえ苦しい筈なのに。

 ソレでも。

 ソレ、 でも。

 

(ッッ!!)

 

 もう矢も盾もたまらず、 少女は淑女にしがみついていた。

 もうそうする以外、 自分でもどうしたらいいか解らなかった。

 ソレと同時に少女の裡で爆発する、

渦巻く無数の感情の束。

 

 

 

 

 

 

 私がアノ時逃げなかったら!

 私があそこでアイツを討滅してたらッ!

 貴女がこんなに苦しまなくてすんだ!!

 貴女がこんなに傷つかなくてすんだ!!

 

 

 

 

 

 心中で張り裂けるように迸る、 少女の裡の声無き声。

 想っても、 仕方のないコト。

“アノ時” の、 少女とDIOとの絶望的とも云える絶対的戦力差は、

何をどうしようとも覆し得るモノでは無かった。

 譬え、 この世の如何なる存在で在ろうとも。

 しかし。

 一体誰が、 今の彼女にそんなコトが言えるだろう?

 生まれて初めて、 自分の大切な者を見る影もなく蹂躙され、

ただ傷つき哀しむ、 この少女に。

 その少女を淑女は、 彼女の髪を優しく撫でながら、

この世の何よりも温かく優しい声で呼びかける。

 

「アラ……アラ……甘えん坊……さん……ね……

よし……よし……私も……シャナ……ちゃんが……大……好き……よ……」

 

 とても、 いい匂いがした。

 そして、 とても温かかった。

 こんなに温かな存在が、 この世に在るなんて信じられない位に。

 互いの意図はすれ違えど、 互いを心から想い遣っているのは同じ。

 柔らかく温かな淑女の芳香に包まれながら、

少女は、 一つの 『真実』 に気づきつつ在った。

 今まで想像だにし得なかった、

一つの 『真実』

 

 

 

 

 

 

 

“自分は、 この人の 「娘」 だった”

 

 

 

 

 

 

 

 

 例え血は繋がっていなくても。

 譬え人間とは異なる存在で在ったとしても。

 この人は、 ずっとそう想いずっとそう接してくれていた。

 ただ、 自分が気づかなかっただけ。

 ただ、 そんなコトは在り得ないと拒絶していただけ。

『真実』 は、 いつだって、 こんなに近くに在ったのに。

 ソレが、 私の願っていたスベテだったのに。  

 淑女の柔らかな胸中に抱かれながら、 少女は悔恨にきつく口唇を結ぶ。

 その刹那。

 

(!!)

 

 背後の異様な存在の気配の接近に、 少女は視線を走らせる。

 自分の周囲に。

 淑女ごと己を取り込もうとするかのように。

 神聖なパール・ホワイトの燐光を立ち昇らせる

無数の “荊” が取り巻いていた。

 薔薇に酷似した双葉がザワザワとさざめき、

その蔦の表面で嗜虐的な(けいきょく) が鈍い光を放ち、

うねるように蠢いている。

 

(来・る・なッ!)

 

 少女は、 その視線を己が愛刀よりも鋭くギラつかせ、

自分の周囲を取り巻く 『スタンド』 を睨む。

 

(来るな!! 消えろッッ!! コレ以上ホリィに指一本でも触れてみろッッ!!

消し炭にするぞッッ!!)

 

 艶めく黒髪が火の粉を撒き、 漆黒の瞳が灼紅の双眸に変貌する程の気勢で、

少女はその “荊” に向かって叫ぶ。

『スタンド』 へのダメージは、 そのまま 「本体」 へと還る。   

 しかしそんな 「法則(ルール)」 は少女の裡で、 紅世の遙か彼方まで吹き飛んでいた。

 譬え如何なる存在で在ろうとも、 彼女を傷つけるモノは赦せなかった。

 やがて淑女の 『スタンド』 は、 微かな余韻も遺さず立ち消える。

 そして少女が視線を戻した先。

 

「ホリィッッ!?」

 

 ゆっくりと、 淑女はその瞳を閉じていった。

 再び闇の中へと戻る為に。

 微かに動いた口唇。

 最後に何と、 言ったのか?

“大丈夫” それとも “心配しないで”

 何れにしても、 淑女はその最後の最後の時まで。

 意識の途切れる寸前まで。

 自分に優しく微笑みかけてくれていた。

 

(――ッッ!!)

 

 少女の胸中で弾ける、 万感の想い。

 万言を尽くしても表現出来ない程の、 純粋な感情。

 

 

 

 

 

 もう何も言わないで!

 静かにずっと眠っていて!

 今度はもう逃げないから!

 今度はきっと最後まで闘い抜いてみせるから!

 アイツと一緒に! 

 

 

 

 

 

 

 だから。

 だか、 ら……!

 

 

 

 

 

 死なないでッッ!!

 

 

 

 

“お母さん……!”

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 どこをどう歩いたかは、 覚えていない。

 気が付けば、 自分の部屋でただ一人、 朽ちた枯れ木のように佇んでいた。

 未だ胸中で激しく逆巻く、 無数の負の感情。

 震える口唇で少女はソレを、 自分自身に叩きつけた。

 

「何が…… “フレイムヘイズ” よ……ッ!」

 

 いとも容易く口から零れる、 今まで自分のスベテだったモノを否定する言葉。

 

「何がッ! “炎髪灼眼の討ち手” よ!!」

 

 己自身を拒絶する言葉。

 

「私は!! 自分の大切な人一人!! 護る事が出来ないッッ!!」

 

 紅涙と共に、 空間に吹き乱れる哀切の叫び。

 少女の脳裡に、 幾つかの人間の姿が過ぎった。

 護りたかった者。

 護れなかった者。

 何かしてあげたかったのに、 何もしてやれなかった人。

 そして。

 その人達と織りなした、 平穏なる本当に 『幸福』 だった日々。

 ソレはもう、 この世には存在しない。

 跡形もなく灰になり、 次元の遙か彼方にまで消し飛んでしまった。

 

 

 

 

 

 ゴ、ボォ……

 

 

 

 

 

(ッッ!?)

 

 不意に、 少女の躰の裡で、 ナニカが沸いた。

 下腹部の底の方から、 突如熱が噴いたように。

 ソレは動悸と共に、 全身に拡がっていく。

 熱、 い。

 フレイムヘイズに変貌したワケでもないのに。

 全身が脈動するほど、 己の存在が煮え滾っている。

 コレは。

 コレ、 は。

 

 

 

 

 

 

“怒りだッ!”

 

 

 

 

 

 

 そう。

 スベテの元凶で在る、“アノ男” に対する、 抑えようにも抑えきれない、

途轍もなく凄まじい怒り。

 アノ男は、 私の大切なものを、 次々と奪っていく。

 まるで、 侵略するかのように。

 誇りも、 絆も、 何もかも。

 やっとみつけた、 自分の 『居場所』 さえも――。

 何もかもスベテ奪われる!

 

「……ぅ……ぐぅぅぅ……!」

 

 身悶えするように、 少女は呻いた。

 ここまで激しい怒りを感じたのは、

ここまで誰かを “憎い” と想ったのは、

生まれて初めてだった。

 

「DI……O……」

 

 呟くように、 少女はソノ男の名を口にする。

 脳裡に浮かぶソノ男は、 こちらを嘲るように見つめている。 

 まるで自分が傷つけば傷つくほど、 ソレはたまらない愉悦だとでもいう様に。

 

【挿絵表示】

 

 

「DIO……DIO……DIO……ッ!」

 

 少女は、 口に出す。

 最も忌むべき 『宿敵』 の名を。

 全身全霊を以て討滅すべき相手を。

 己が存在に刻み付けるかのように。

 

 

「DIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIO

 DIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIO 

 DIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIODIO

 DIOオオオオオオオオォォォォォ―――――――――!!!!!」

 

 灼熱の、 咆吼。

 コレは、 誓い。

 少女が自分の存在に、 堕天の焼印の如く捺しつけた、 灼刻の誓約。

 もうソレ以上、 涙は流れなかった。

 少女の新たなる深紅の決意が。

 淑女に約束した鮮血の如き誓いが。

 少女の胸の裡を取り巻く哀しみをスベテ吹き飛ばした。

 新たなる、 フレイムヘイズの誕生。

 己が存在の裡に、 灼熱の使命感と黄金の精神の輝きとを同時に宿した。

 熾烈なるその真名は――。

紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 その夜、 少女は一睡もしなかった。

 己が決意を噛み締めながら夜を明かした。

 カーテンの隙間から差し込む陽光。

 ソレが己の存在を暗闇に映し初めた時。

 少女はおもむろに立ち上がり、 机の上におかれた “コキュートス” を首にかけた。

 

「行こう」

 

「うむ」

 

 短く己の契約者と言葉を交わし、 少女は自室の扉を開く。

 バサッと飛鳥の羽撃(はばた)きのように、 紅世の黒衣 “夜笠” が翻る。

 その右肩口に刻まれた、 灼熱の高十字架(ハイクロス)を

魅せつけるかのように。

 悲哀と絶望に囚われていた少女は、 もういない。

 その風貌は、 この世の何よりも透き通っていた。

 自分が今すべきコトは泣くコトじゃない。

 戦うコト。

 ソレが自分がアノ人の為に出来る、 唯一つの事だから。

 凛とした表情のまま、 威風堂々と力強く檜の床を踏み締める

少女の眼前に、 見慣れた貌が姿を現す。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに無言のまま、 真正面から対峙する。

 無頼の貴公子と紅蓮の美少女。

 昨日は、 あれから一体いつまで雨の中にいたのだろうか?

 一時間、 二時間、 ひょっとして、 一晩中?

 問い質そうと想って、 少女は止めた。

 言葉はなかったが、 感じているコトは同じだと想えたから。

 己の裡で誓った、 確かな決意は同じだと信じるコトが出来たから。

 心の中を充たす、 奇妙な実感と共に。

 

「……」

 

 沈黙の中、 少女は黒衣の内側にその細い手を伸ばし、

手にしたモノを青年へと差し出す。

 

「……」

 

 青年は少しだけその視線に力を込め、 差し出された袋を見る。

 

「あげる。 おまえ、 昨日から何も食べてないでしょ」

 

 カラフルなプリントが施されたメロンパンの袋を青年に向けながら、

少女は凛とした声と風貌でそう告げる。

 市販品では一番好きな銘柄の、 とっておきの一個。

 本来ならどのような 「宝具」 を山と積まれても、

絶対に等価交換など在り得ない逸品だが、

でもそういうモノだからこそ意味が在る。

 

「……」

 

 青年は無言のまま少女から差し出された袋を手に取り、

しばし眺めた後袋を破り中身を取り出す。

 砂糖と香料が適度に焼けた、 何とも形容し難い甘い匂い。

 反射的にうっ、 と声が漏れそうになるが少女は何とかソレを押し止める。

 しかし件の青年はそのままパンを口には運ばず、 慣れない手つきで二つに裂き、

そのやや大きい方を自分に向かって差し出す。

 

「何も食ってねぇのは、 オメーも一緒だろ」

 

 そう言っていつも通りの、 剣呑な視線で自分を見据えてくる。

 

「……ッ!」

 

 彼の手で二つに分かれたメロンパンの片方を受け取りながら、

少女は本当に久しぶりに、 その晴れやかな笑顔を青年に覗かせる。

 そのまま互いにパンを口元に運びながら、 玄関の方へと足を向ける。

 いつもどおり、 いつもの歩調で。

 学生鞄の代わりに、 胸いっぱいの決意を持って。

 

「結構イケるな、コレ」

 

「当たり前でしょ。 私のとっておきの、 最後の一個なんだから」

 

 そう。

 美味しかった。

 今まで数え切れないほど食べたメロンパンのどれよりも。

 半分になったこのメロンパンが。

 そのまま二人同時に最後の一切れを口に入れて咀嚼し、

少女は青年に己の決意を口にする。

 

「今度は、 敗けない。 私達が勝つ」

 

「上等だ」

 

 短く青年は少女にそう返し、 穏やかな微笑をその口唇に浮かべる。

 そして開かれるドア。

 空条邸の大きな正門前に、 ジョセフと花京院が立っている。

 爽やかに流れる初夏の空気の元。

 眩く輝く天空の太陽の下。

『スタンド使い』 の青年と “フレイムヘイズ” の少女は、

いま、 広大不偏なる 『世界』 への扉を開く!

 ソレは、 一つの伝説の始まり。

 ソレは、 永久(とわ)に鳴り響く生命の賛歌。

 その最初の一歩を、 承太郎とシャナは同時に踏み出した。  

 

 

 

(さぁ……)

(さぁッ!)

 

 

 

“出発だッッ!!”

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 もうホリィさんが善い女性(ヒト)過ぎて

「原作」の“アノ女”が腹立ってきますね……('A`)

 怒らない、叱らない、際限なく甘やかしてくれる、

なんならイケる、そーゆー“友達感覚”の

『エ〇ゲみたいな母親』はハッキリ言って要らないと想います。

 

 それと今回、『挿絵』の作成がちょっとキツかったです。

もうシャナが可哀想で可哀想でね(ノД`)

「原作」じゃクスリともしなかったのに何ででしょ?

(ツマンネー事じゃしょっちゅう泣いてますが……('A`))

 

 最後の部分も『挿絵』入れようとも想ったのですが、

流石に()()()()()っていうのは【違う】と想ったので

自重しました。

 だからソコは出来れば『有志』の方にお願いしたいと想います。

(まぁ、()()()()話ですがね、ただのダメ元です……('A`))

 

 ちょうどキリが良いので明日「一日」お休みを戴きます。

 なんとか『ポルナレフ』くらいは『挿絵』で出したいんですよね。

(でも現状ヤったけど無理でした、アノ「髪形」が……('A`))

 まぁ色々考える時間が必要なのでそういうわけです。

『ジョジョ3部』はここからが【本編】なので、

また新しい気持ちで『冒険の旅』に出かけましょう。

(ヘ〇レは最終回までずっと「同じ町」に引きこもってろ……('A`))

 ソレでは(≧▽≦)ノシ

 



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『TOWER OF GREY』

 

 

 

【1】

 

 

 成田新東京国際空港。

 巨大な機体の大轟音が相も変わらず交錯し、

多種雑多な人々が行き交う空港ロビー。 

 通常有名芸能人の渡航や海外の映画俳優、

ミュージシャン、 アスリートの訪日など特別な事例以外では

他者の存在を余り意識はしない空間だが今現在、

空港内の一角で異様に人目を惹きつける一団が在った。

 女性のように細い躰のラインに密着(フィット)した、

裾の長いまるでバレルコートのような学生服を着た中性的な風貌の美男子。

 近年ハリウッドでリメイクされた、

某アドベンチャー映画の冒険家を想わせる服装に

その鍛え上げられた肉体を包んだ初老の男性。

 その小柄で可憐な風貌には不釣り合いな、

黒寂びた色彩の黒衣を身に纏った凛々しき双眸の美少女。

 そして、 マキシコートのような特製の学生服の襟元に長い黄金の鎖を垂れ下げ

その勇壮なライトグリーンの瞳に強い意志の光を宿らせる、

これまで訪日したどの海外スターにも勝り得る

桁外れの美貌を携えた無頼の貴公子。

 その4者 (正確には5) の圧倒的な存在感。

 行き交う人々の群も己の意志に関わらず想わず見遣ってしまう。

 その黙していても異様に目立つ特異な雰囲気の一団は、

現在初老の男性が若者達に何かを説明をしているようだった。

 

「取り敢えずはまず、 君達に “コレ” を渡しておこう」

 

 エジプト・カイロ行きの搭乗手続きを済ませ、

発着時間まで時間を潰すコトとなった一行は

空港に備え付けのソファーに腰を下ろし各々の佇みでジョセフの言葉を聞く。

 ジョセフが年季の入った大型の旅行鞄から取り出したモノ。

 ソレは様々な色彩の 「携 帯 電 話(スマート・フォン)」 だった。

 予備も兼ねてのコトなのか、 その数は随分沢山ある。 

 

「コレからは、 いつDIOからの刺客が襲ってくるかわからん。

故に、 可能な限り一人で行動するのはさけ、

自分がいま、 どこにいるのか、

定期的に連絡を取り合い互いの位置を把握しておく必要がある」

 

 穏やかだが重い威厳を含んだ声で、

ジョセフは目の前に座る若者達にそう告げる。

 

「まぁ、 いいけどよ。 常に懐に入れてると、

戦いの時にブッ壊れねーか? コレ」

 

 ジョセフの言葉に応じながら、 無頼の貴公子は何となく摘み上げた

ミッドナイト・ブルーのスマホをしげしげと眺める。

 その孫の問いに対し、 実の祖父はフフンと誇らしげに鼻を鳴らす。

 

「その点は心配いらん。

“コレ” は 『SPW財団情報技術部』 が総力を挙げて開発したモノ。

財団独自の特殊技術に加え軍の最新鋭の機器も組み込んである特別製だ。

故にその強度は折り紙付きで例え装甲車が轢いても壊れンし、

防水性も完璧。 しかも人工衛星を介してこの世界のどこにいても

互いの位置の探査が可能という優れモノだ」

 

 胸の前でその年齢には似つかわしくない逞しい腕を組みながら、

ジョセフはまるで自分が開発したかのように尊大な態度で言う。

 

「ソレはスゴイけど、 でも、 “封絶” の中じゃ役に立たないでしょ? コレ」

 

 承太郎と同じようにスマホを手にし、

慣れない手つきでそのボディをタッチしていたシャナがジョセフに問う。

 

「“その点” も心配はいらん。

実は 『SPW財団超常特務機関』 では、

石仮面、 波紋、 スタンドと平行としてシャナ、

永年君の追ってきた “紅世の徒” に対する研究も進んでおってな。

調査に赴いた 『スタンド使い』 を通して既に

何人かの “協力者” を得るまでになっている。

彼等の協力で通常の科学技術の外に在る

「理念」 を盛り込む事に拠り、

“封絶” の中でも使用するコトが可能となったのじゃ」

 

「――!」

 

 ジョセフの想わぬ発言に、 少女は想わず息を呑む。

 

「財団に、 “フレイムヘイズ” がいるの?

しかも研究員の人達に協力してるって――。

ソレじゃ、 一種の 「宝具」 ね。 コレ」

 

 そう言って少女は、自分の手の中にある真新しいスマホを注視する。

“紅世の宝具” は、 紅世の徒同士は勿論だが、

()()()()()()()()()()()産み出されるコトが確認されている。

 自分の愛刀、 渦巻く紅蓮の討滅刃 “贄殿遮那” もその一種だ。

 それとは少しケースが違うが、 この 「携帯電話」 はその再現と言っていいだろう。

 現代に於ける最先端の情報機器に、

紅世の徒のチカラが使われているのは

何か少し妙なカンジではあるが。

 

「まぁよーするに、 とんでもなく頑丈で

フーゼツの中でも使えるケータイってこったろ。

小難しい御託はどーでもいいぜ」

 

 スマホの詳細には興味が無いらしく、

無頼の貴公子は腕を後ろに組んで革張りのソファーに背を預ける。

 

「……」

 

 思慮深くみえて、 実は結構大雑把でぶっきらぼうな所がある実孫を

ジョセフは仏頂面で見据える。

 携帯電話と言えば、 若者がこぞって最も好奇心をそそられるモノの一つの筈。

 なのにこの孫はソレに関心がないらしい。

 遠く離れていてもコレならいつでも会話が出来るというので、

操作方法を夜の目も見ずに必死で覚えたというのに。

 正直 “このような旅” でもなければ、

自分に一生孫から電話はかかってこないかもしれない、

そんな空恐ろしい想像をジョセフは思い描き即座に打ち消した。

 

「さて、 それぞれ色は違うが中の機能は全て一緒じゃ。

そこで問題は一体どの 「色」 を選ぶかという事だが、

まぁ、 ここは公平にジャンケンで――」

 

 気を取り直し笑顔で目の前の若者達に握ったグーを差し向けた

ジョセフの視線の先で、

 

「オレはコレにしとくか」

 

「じゃあ私はコレね」

 

「ボクは、 やっぱりコレかな」

 

 彼等はジョセフの言葉を(まるで)聞いてなかったらしく

各々勝手に旅行鞄の中から自分のスマホを手にし始めていた。

 

「おい、 花京院。 レーザー回線で番号送っとけよ」

 

「私の番号、 メールのアドレスと合わせて送っといたわ。

花京院のと合わせておまえの番号こっちに送って」

 

「他にも色々と機能があるみたいだね。

チュートリアルが付いてるけど

全て把握するには少々骨が折れそうだな」

 

 承太郎は怜悧なメタリック・プラチナ、

シャナは眼にも鮮やかなクリムゾン・レッド、

花京院は森厳な色彩のディープ・グリーンのスマホをそれぞれ手にし、

互いに喧しく情報交換を行っている。

 

「オイ?  どーでもいいがアドレスの一番上にもう、

ジジイの番号入ってやがるぜ。 顔付きで」

 

「ホント。 私のにも」

 

「ボクのもだ」

 

「……」

 

 自分なりのサプライズのつもりだったが、

何故か若者達の反 応(リアクション)は想っていた以上に薄い。

 

「気持ち悪ぃな。 こんなモン削除だ、 削除」

 

「かける頻度が高い順に並べ替えた方が合理的よね。

私は3番目位にしておくわ」

 

「まぁ、 ボクは、 このままで」

 

(……)

 

 必死に勉強して、 画像アイコン作成まで覚えたというのに。

 何故か誠実な青年にフォローじみたコトまで言われる始末。

 ソコへ無情に流れる、 館内アナウンス。

 

「ン? もう 「時間」 か。 行こうぜ」

 

「他の機能は飛行機の中で覚えればいいわね」

 

「機内では電源を落とさないとダメだよ。 シャナ」

 

 自分の存在に気づかないのか、 知っていてわざと無視しているのか、

それもコレが 「世 代 の違 い(ジョネレーション・ギャップ)」 とかいうヤツなのか、

離れていく若者達を見送りながらジョセフはそのまま棒立ちとなる。

 

盟友(とも)よ……)

 

【挿絵表示】

 

 

 小さくなっていく彼の姿に対し、

異世界の友人が心中で呟いた愁いの声が届いたか否か。

 何故か視界が滲んで劣化していく中、

ジョセフは最後までグーを出したままだった。

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 紆余曲折在ってようやく入った航空機内。

 ファースト・クラスなのでリクライニング・シートは

ゆったりとしていて座り心地は良い。

 10:30に離陸した成田発エジプト航空965便は途中幾つかの国の空港を経由し、

速ければ翌日の3:00には目的地であるカイロに着陸する。

 シーズン外の平日、 しかも午前中なので空席が目立ち

旅行客らしき者も殆どいないので周囲の人の気配は閑散としている。

 スーツ姿の人間が多くその大部分が時差惚け対策の為に浅い眠りへついていた。

 無論ソレはジョセフ達一行も例外ではなく、

特に承太郎とシャナは昨晩ロクに睡眠を取っていないので

動く旅客機内独特の雰囲気にその身を委ね離陸して早々、

まるで互いの魂を交換するかのように共に眠りの世界へと誘われている。

 静寂のキャビンに間断なく鳴り響くジェット・エンジンの噴射音。

 その中に突如来訪する、 ごく限られた者にだけ感知できる異質な(ノイズ)が在った。

 

「!!」

 

 最初に異変に気づいたのは、 承太郎。

 即座に傍で深い眠りへと堕ちている少女に呼びかける。

 

「オイ、 起きろ」

 

 周囲の乗客に気取られないよう、

青年は出来るだけ抑えた声で少女の肩を揺すり起こす。

 

「……ふ……ぇ……? な、 に……? もう……着いた、 の……?」

 

 完全に熟睡していたらしくトロンとした寝惚け眼を擦りながら、

少女はフワフワした声で脇の青年に問いかける。

 

【挿絵表示】

 

 

「違う。 だが今、 妙なカンジが背筋を走った。

()()()()()。 もうこの機内に、

新手の 『スタンド使い』 がな――!」

 

「何ですってッ!?」

 

 しきりに下へと落下していた瞼が、 一気に上へと跳ね上がる。

 その少女の声に合わせて、 ジョセフと花京院が同時に目を覚ました。

 

()()……!  間違いない……!」

 

「早くもDIOの刺客が襲ってきたのか……!

しかし()()()()()()()()何故――!?」

 

 両者の声に合わせるように、 突如キャビン内に姿を現す、 異質な物体。

 本来ソコにいる筈のないモノ。

 ソレは、 不気味な羽音を立てて縦横無尽に空間を飛び回る 『奇虫』 の姿。

 怪異なる紋様の浮かぶ硬質な上翅を水平に拡げ

血液の循環作用で赤みがかった半透明の後翅を展開して、

何かを模索するように機内を旋回し続けている。

 

「か……かぶと……いいえ、 クワガタ虫ッ!?」

 

 黒髪の少女がその姿を認め指差した瞬間、

奇虫は空間に鋭角の軌道を描きリクライニング・シートの陰に入る。

 

「むうぅ、座席の陰に隠れたぞ……!」

 

「機内にバカデケェクワガタ? 普通じゃあねぇな」

 

 祖父とその孫がそれぞれ声をあげ、 姿を消した奇虫の存在に神経を研ぎ澄ます。

 

「封絶ッ!」

 

 威風堂々と前を向いたまま、 鋭い声で無頼の青年がそう叫び

自分の脇にいる少女へ 『能力』 の発動を促す。

 しかし。

 

「ダ、 ダメ……!」

 

 返ってきた声は、 焦燥を孕んだ一言。

 

「出来ねーのか?」

 

 咎めるような色はなく、 青年は眼前に注意を払ったまま

細い流し目で脇の少女に視線を送る。

 

「そうじゃないけど、 リスクが高い。

普通の平野とかだったら大丈夫だけど、

今みたいに 『上空を常に高速で動いているような特殊な空間』 だと、

封絶の範囲指定が難しいの。

無理に展開してもし “因果” の切り離しをミスったら、

最悪この機が墜ちるわ」

 

「 “やり直し” は考えるなってコトか」

 

 告げられた事実から少女のサポートは期待できないと瞬時に割り切った

青年は、 より鋭い眼光で前方の空間を凝視する。

 

「 “幽波紋(ゆうはもん)” か? 花京院」

 

 少女の胸元のペンダントからあがる、 荘厳な声。

 

「在り得ます…… “虫” のカタチをした 『スタンド』 」

 

 男の声に少女の背後に座っていた、 中性的な美男子が応じる。

 その次の刹那。

 無頼の青年の超近距離で響き渡る、 奇虫の耳障りな羽音の唸り。

 

「承太郎ッ! おまえの顔の横!!」

 

 少女の叫ぶような声と同時に己の左方へ視線を向けた美貌の青年の眼前に、

おぞましき奇虫の裏面が蠢いていた。

 世界最大のクワガタ、 “ギラファ・ノコギリ・クワガタ” すらも

遙かに凌駕する奇虫のサイズ。

 巨大な顎を暴虐的にガギガギと何度も交差させ、

その下唇肢から淀んだ灰色の体液を断続的に滴らし、

更にその内部から節くれ立った階層状の “触針” を剥き出しにする

生命の幻 象(ビジョン)

 荒廃した 「本体」 の精神をそのまま具現化したかのような、

醜貌なるスタンドの姿。

 

(気味悪ィな……)

 

 眼前の超至近距離で迫った奇虫に対し、

眉一つ顰めず無頼の貴公子が心中で想った感想はソレ。

そして青年は鋭い視線でそのおぞましきスタンドを睨め付け、

即座に戦闘体勢へと移行する。

 

「ここはオレに任せろ。 ジジイもシャナも手出しは無用だ」

 

 醜悪極まる姿をしているとはいえ、

あくまで戦闘の基本は正々堂々一対一。

 その矜持の許ゆらりと奇虫に向き直った青年は、

己がスタンドを繰り出す為に精神を集中する。

 

「気をつけるんだ。 スタンドだとしたら、

“人の舌を好んで喰い千切るスタンド使い”

が、 いるという話を聞いたコトがある」

 

「……」

 

 背後から告げられた花京院の言葉をしかと耳に留めながら、

青年は軽く立てた左手の親指をそのまま鋭く己の美貌の側面へと掲げる。

 

星 の 白 金(スター・プラチナ)ッ!』

 

 勇壮なる叫び。

 空間の歪むような異質な音と共に、 突如青年の右腕からもう一つの屈強な腕が出現し、

瞬時に彼の背後に現れた勇猛なる人型のスタンドが鋼鉄すらも容易く両断する、

峻烈なる手刀を音速で奇虫に繰り出す。

 しかし。

 ソレが触れるよりも遙かに(はや)く、 奇虫は空間に残像を遺して眼前から消え去る。

 

「!」

 

「!?」

 

「!!」

 

 頭上で、 再び耳障りなスタンドの羽音。

 奇虫は淀んだ体液に塗れた剥き出しの触針をスタープラチナに向けながら、

スタンドの死角の位置で変わらぬ挙動のまま佇んでいた。 

 

(かわ)した……!? 信じられないッ! 

目の前で発射された弾丸さえも掴み取れるスピードが在る

スタープラチナよりも、 更に(はや)いッ!」

 

 眼前で刹那に繰り広げられた驚愕の音速攻防に、 少女はその双眸を見開く。

 

「このスピード、 そしてこの幻 象(ビジョン)、 間違いない。

やはり “ヤツ” だ。 タロットでの 『塔のカード』

破壊と災害。 そして旅の中止を暗示するスタンド……」

 

 その眼前で耳障りな羽音を響かせ暗い灰色の燐光を空間に撒き散らす

蟲型スタンドの全容が、 翡翠の奏者の口を衝いて出る。

 

 

 

 

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)

本体名-不明

能力-『近距離パワー型』、 スタープラチナすらも上廻る超高速のスピード。

    そして同じ超高速の触針で対象の舌を突き挿し、 引き千切る。

破壊力-B スピード-A 射程距離-C

持続力-B 精密動作性-A 成長性-D

 

 

 

 

 

 

「うわさには聞いていたがコイツがDIOの配下になっていたとは……

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は事故や災害に見せかけて

大量殺戮を繰り返す 『スタンド』

飛行機事故、 列車事故、 ビル火災等はこいつにとってはお手の物。

昨年イギリスで起こった死傷者が300名以上と言われている飛行機墜落事故は、

実はコイツの仕業だと 『スタンド使い』 の間で目されている」

 

 椅子一つ挟んだ距離で己を語る翡翠の美男子の姿を認めた奇虫のスタンドは、

やがてその怖気の走るような下唇(クチ)を蠢かせて喋る。

 

『ククククククククク……ご紹介に預かり光栄だな。

まぁ、 今言ったコトは概ね事実だと認めておこう。

余りに手広く墜とし過ぎて、 どこの飛行機のどの便か迄は忘れたがね……』

 

「テメェ……ッ!」

 

 奇虫が過去行ってきた残虐なる悪行に、 無頼の青年はその口元を軋らせる。

 

『ククククククク……空条 承太郎。

貴様だけは何をおいても真っ先に 「始末」 しろと

エンヤ殿から厳命を受けているのでな?

カワイソーだが今すぐにその舌を引き千切らせてもらうぞ』

 

「やれるもんならやってみやがれッッ!!」

 

 眼前で耳障りな羽音を鳴り響かせ悪意に充ちた宣告をつげるスタンドに向かい、

青年は一歩も怯むコトなく吼える。

 

『クククク……言われずとも、 殺ってやるさッッ!!』

 

 そうスタンドが叫ぶと同時に奇虫の下唇が陰惨なる牙を無数覗かせながら裂け、

ソコから淀んだ体液に塗れた階層状の触針が超高速で飛び出して来る。

 

「!」 

 

 予想を遙かに超える速度。

 しかし承太郎は己の精神を鋭く研ぎ澄ませ、

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 の口中から射出されるスタンド攻撃を迎え撃つ。

 その再び音速のスタンド戦を繰り広げようとする両者の死角から突如舞い降りる影、

否、 炎の人 影(シルエット)が在った。

 

(ッ!)

 

(!!)

 

 その紅い流星のように飛来する、 灼熱の存在に両者は同時に気づく。

 紅蓮の火の粉を振り撒きながら空間に舞い踊る深紅の髪。

 その裡に熾烈なる炎の燭(ともしび)を宿した真紅の瞳。

 跳躍とほぼ同時に全身を覆っていた黒衣を気流に靡かせながら、

手にした戦慄の美を流す大刀を振り挙げて構える少女の姿を。

 

(一つ “貸し” よ。 承太郎ッ!)

 

 心中で鮮やかにそう叫びながら、 少女はそのまま 『スタンド』 に向け

右斜め方向から高速の正面斬りを撃ち降ろす。

“手を出すな” とは言われたが、 相手が承太郎に攻撃を仕掛けてくるのなら話は別。

 この躰は抑えられない。

 この心は止められない。

 しかし。

 

(!?)

 

 次の瞬間、 そのスタンドは少女の眼前から完全に消え去っていた。

 振り降ろされた大太刀はそのまま後に遺された

スタンドの残像を透き抜けるのみ。

 

(そんな!? 私よりも疾いッ!?)

 

「後ろだッッ!!」

 

(!!)

 

 少女が胸中でそう認識したのと胸元でアラストールが声をあげたのはほぼ同時。

 咄嗟に振り向いた先、もう既にシャナの背後でスタンドが口を開け、

超高速の触針をその宝珠のような口唇に向けて撃ち放っていた。

 

(間に合わ、)

 

 もう既に躱すのは不可能だと解した少女は、

己に迫るおぞましき触針を直視する以外術がなくなる。

 

 

 

 

 ズァッッッッッグゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――!!!!!!!!

 

 

 

 

(――ッ!)

 

 想わず眼と耳を塞ぎたくなるような、 生の肉が抉れる貫突音。

 しかしソレと同時にやってくる筈の、 軋るような激痛が襲ってこない。

 眼前の事態を認識した次の刹那、

少女のその真紅の双眸が大きく見開かれた。

 

「グ……ウゥ……!」

 

 漏れる苦悶と共にスタープラチナの巨大な()が、

自分の眼前を覆うように伸びていた。

 伸縮するスタンドの触針はスタープラチナの右手を貫通して

完全に手の甲側を突き破り、 そこで直進の動きを止められたまま

本体はその口から淀んだ灰色の体液を周囲に撒き散らしている。

 

「承太郎ッ!?」

 

 庇ってくれた。 

 そのコトを認識するより後か先か、 しかし少女が青ざめた表情で叫んだ瞬間、

スタンドの法則により本体である承太郎の右手にも向こう側が覗ける程の傷穴が穿たれ、

ソコから多量の鮮血が噴き騰がるように飛び出す。

 

(――ッッ!?)

 

 少女が想わず悲鳴じみた声をあげそうになる最中、

承太郎はその怖気がするような苦痛に微塵も怯むコトなく

即座にスタンドを操作して次の行動に移らせる。

 音速で閉じるスタープラチナの掌握。

 しかしスタンド、 『タワー・オブ・グレー』 の触手は

()()()()()()()収縮してスタープラチナの傷穴から抜きいで、

音速の捕獲から余裕で逃れる。

 

「チッ、 針を掴んでソコから蜜蜂のように(はらわた)

引き吊り出してやろうかと思ったが、

やれやれ、 なかなかすばしっこい 『スタンド』 だぜ」

 

 口元を苦々しく結びながら、 承太郎は自分の右斜めの位置に廻り込み

耳障りな羽音を立てる奇虫のスタンドを睨む。

 奇虫は次の襲撃の機会を窺うように、

静止した空中から一㎜も動かず野生の甲虫そのままの挙動で佇む。

 

(……)

 

 瞬時に青年の裡で起動し始める、

鋭い洞察力と深い判断力に裏打ちされた「戦闘の思考」

 その刹那。

 

「じょ、 承太郎」

 

 自分の左隣から、 切迫した少女の声。

 その声に対し承太郎はスタンドに攻撃態勢を執らせたまま、

細めた流し目で一瞥する。

 

「……」

 

 己のすぐ傍で、 火の粉舞い散る紅髪の美少女がしきりに

オロオロとした表情で自分をみている。

 今自分の胸中で渦巻いている感情を、 自分でもどう扱ったらいいか

解らないとでも言うように。

 

(……)

 

 何か敵の 「弱点」 でも掴んだのかと想ったが、

どうもそうではないらしいと解した承太郎は少女から視線を切り

再び眼前に向き直る。 

 

【挿絵表示】

 

 

「大したこたァねー。 舐めときゃ治る」

 

 刺突痕が開き全面血塗れになった右手を無造作にズボンのポケットへ突っ込み、

ぶっきらぼうにそう告げながら。

 

「で、 でも、 でもッ!」

 

 しかしそれでも少女は、 変わらぬ狼狽した表情で自分に潤んだ視線を向けてくる。

 そんな少女に対し裾の長い学生服に身を包んだ青年は、

 

「オレのコトより周囲の警戒を怠るな。

()()()()()()気ィ回すと、 マジで舌根っこ引っこ抜かれるぜ」

 

感情を込めず端的にそう告げて、彼女の数歩先へと歩み出た。

 その広く大きな背中を見つめながら、 少女は心中で呟く。

 

(『余計なコト』 ……なんかじゃない……)

 

 いいながらも心中でざわめく、 自分でも理解不能の感情。

 

(今の私のこの気持ちは…… 『余計なコト』 なんかじゃない……ッ!)

 

 半ば逆ギレにも近い心情で、 少女は自分に背を向けた青年に叫ぶ。

 

「さぁ、 て」

 

 背後から少女の灼け付くような視線を感じたが、

今は自分の成すべきコトをするだけだと振り切った無頼の貴公子は

スタープラチナに音速の多重連撃を繰り出させる為、

己の裡でその高潔な精神を高める。

 スタンドの 『原動力』 は、 ソレを操る人間の精神力。

 故にその本体の精神が高ぶれば昴ぶる程、

より疾くより強力に機動(うご)く。

 熱く、 激しく、 燃え尽きるほどに。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!!!!!!!!!」

 

 まるで壮烈なる光竜の息吹のように、 承太郎の口唇から発せられる鬨の声。

 それと同時にスタンド、 スタープラチナの全身から立ち昇る、 気高き白金の燐光。

 その二つの波長が、 完全に一致したその刹那。

 

『!!』

 

 突如散大する、 スタープラチナの双眸。

 そして。

 

 

 

 

「ォォォォォォォォォォォラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラアアアアアアァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 けたたましいスタンドの咆吼と共に夥しい数の拳撃の嵐が、

山と積まれた散弾式廻転重火器が爆裂一斉総射されたかの如く、

狂乱の超弾幕が白金の迸りと共に眼前を埋め尽くす。

 

(ス、 スゴイッッ!!)

 

 青年の背後にした少女も、 心中の蟠りも一瞬忘れて魅入る程の拳嵐。

 正確に視て取れるのは半分に充たず、 数えられるのは更にその半分に充たない。

 今まで共にした戦いの中で、 その力量を充分に認めてはいたがまさかコレ程だったとは。

 否。

 明らかに以前よりも、 遙かにその威力(チカラ)向上(あが)っている。

 数多の戦いと幾多の訓練を通して、 確かにこの青年は 『成長』 している。

 自由自在、 (ほしいまま) に銀河と星雲とを翔け巡る、

白色彗星で在るかの如く。

 だ、 が。

 その白金に輝く乱撃の超弾幕はスベテ、 昏い灰色の燐光を放つ蟲型の飛行スタンド、

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 を擦り抜け虚空の彼方へと消え去る。

 触れ得たのは残像、 或いは常軌を逸した超スピードが生み出す幻影。

 目標であるスタンド本体には掠りもせず、

その異形なる外殻にも半透明の羽根にも擦り傷一つ付いていない。

 スベテは刹那の間。

 一秒にも充たない時の中。

 ソレにも関わらず――!

 

 

 

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 

 

 

 

 先刻よりも密度を増した、 薄ら寒い脅威が、 静寂の航空機内を包んだ。

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『TOWER OF GREYⅡ ~Illegal Needle~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「か、 (かわ)された……片手ではなく両手のラッシュのスピードさえも……

なんという凄まじいスピードのスタンドだ……!」

 

 背後にいたジョセフがその驚愕を抑えるコトもなく声を漏らす。

 

『ククク……例えここから一センチメートルの距離より、

100丁の拳銃で一斉に弾丸を発射したとしても、

弾丸はオレに触れるコトさえ出きん。

最も、 弾丸で 『スタンド』 は殺せぬがな』

 

 まるで機械合成音のような、 ノイズを伴う無機質な声で、

スタンド、 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は傲然とそう告げる。

 

(ス、 『幽波紋(スタンド)』 って、 こんなに強かったの……!?

今まで私が討滅してきた遣い手とは、 明らかに次元が違う……ッ!)

 

 青年の背後でその真紅の瞳を見開く少女の様子を

目敏く見据えていた蟲型のスタンドが、 耳障りな羽音共にシャナへ告げる。

 

『クククククク……3流どころの能力者を、

10人かそこら倒してきただけでイイ気になるなよ?

“マジシャンズ”

お前が今まで倒してきた 『スタンド使い』 ()()()()()()()()は、

エンヤ殿が “ある方法” を遣い生み出された、

いわば 「即席」 のスタンド能力者。

モノを知らぬ幼子のような者。 故にその経験も技術も我等には遠く及ばん。

DIO様の側近足る我等は、 その全てが 『生まれついてのスタンド能力者』

云わば神に選ばれしスタンドのエリート。

貴様が今まで倒してきた 「スタンド使い(もど)き」 とは、

その格が天と地ほども違うのだ』

 

「……ッ!」

 

 想定していなかった事実に対する驚き、

しかしソレに対する気丈な反抗心を瞳に宿らせて、 少女は奇虫を睨み返す。

 

(どこだ……? どこにいる……!?)

 

 スタンド、 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 が傲然とした態度と口調で

少女にそう語り続けているその間にも、 ジョセフは言葉を耳に留めながら

己の周囲に警戒心を張り巡らせていた。

 

(アレだけのスピード、 そして精密動作性。

スタンドのタイプは間違いなく 『近距離パワー型』

ソレを操っている 「本体」 は間違いなくワシらのすぐ近くにいる!

この周囲の乗客の中にきっとッ!)

 

 周囲の乗客はその殆どが浅い眠りに就いているが、

ソレでも寝息やほんの些細な仕草から 「不自然さ」 を発見しようと

ジョセフはその長年の戦いの年季で培われた神経を研ぎ澄ます。

 しかしそんな彼の行動を嘲笑うように。

 

「例えば……()()()()()()()()()!!」

 

 瞬きよりも短い時間、 まるで空間と空間とを飛び越えるように

スタンド、 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は

承太郎達の眼前に灰色の残像を遺し、 ソコから遙か遠方の後部座席へと移動する。

 

(!!)

 

「また移動したッッ!!」

 

 承太郎が瞬間移動したスタンドに視線を向けるのと

シャナが声を上げてソレを指差したのはほぼ同時。

 だが、 その一秒後。

 

『ククククク……』

 

 後方の悪意の塊の接近に気づかず安らかな眠りに落ちている乗客に向け、

奇虫のスタンド 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は、

 

 

 

『KEEEEEEEEEEEEEEEEAEEEEEEEEEEEEEEE

EEEEEEEEEEE―――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!』 

 

 

 

普通の人間には決して聴こえない、 磨き込まれた硝子の板を

鉤爪で掻き毟るような奇声を上げ音速で突っ込んだ。

 

 

 

 ズァッッッッッギュアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――!!!!!!!!!!

 

 

 

 刹那の間もなく一列20シート以上の最後部から突貫した蟲型スタンドは、

一秒もかからずに最前列に座る若い男性の口中から出現し、

その節くれ立った硬質な全身に鮮血を纏い空間に赤い弧を描きながら上方へと翔け昇る。

 シートごと肉を抉り、 後方の頭蓋骨が穿たれた音が耳に入ったのは

()()()()()

 

(!)

 

(!?)

 

(!!)

 

(…!)

 

(ッ!)

 

 何も出来ず止めるコトも叶わず、 遠間にスタンドを見つめる5人は

その存在を認識するだけ精一杯だった。

 その5名の視線が釘付けになっているモノ。

 ソレはスタンドそのものではなく伸縮自在の鋭利な触針に突き刺さった、

微かに湯気を上げて血に塗れる赤い肉塊。

 その者達を再び嘲笑うように、 奇虫のスタンドは針に突き刺した

赤い肉塊をまるで戦利品のようにビラビラと見せつけ

残虐に陶酔した狂暴な声を上げる。

 

塔 針(タワー・ニードル)!!” 「舌」 を引き千切ったッッ!!

そしてオレの 『目的』 は!!!!』

 

 そう叫び高速で大きく旋回した蟲型スタンドは、

長い触針の間に連ねられた無数の人間の舌を機内の壁面に擦り付け

何度も軌道を変えながら鮮血を塗りたくる。

 その後に遺された赤い痕跡が示すモノは。

 

 

 

 

 

Massacre(皆殺し)!”

 

 

 

 

 

 赤い雫が生々しく滴り、 スペルの 「M」 の部分が猟奇的に跳ね上がった、

殺戮の血のオブジェ。

 

「ヤロウッッ!!」

 

「このォッッ!!」

 

 己の能力(チカラ)をただ誇示する為()()()

罪の無い何十人もの人間の生命を容易く奪ったスタンドに

怒髪天を衝く勢いで承太郎とシャナが同時に猛る。 

 

「さっきのは全力じゃなかった……今度こそ全開のラッシュでブッ潰すッッ!!」

 

「跡形も無く焼き尽くしてやるッッ!! フレイムヘイズの焔儀で!!」

 

 片やスタンドの全身から白金の燐光を迸らせ、

片や右手に炎を不可思議な紋字と共に纏わせながら、

『スタンド使い』 の青年と “フレイムヘイズ” の少女は

同時に殺戮のスタンド、 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 へと挑みかかる。

 そこに――。

 

「待てッ! 待つんだ!! 空条!! シャナ!!」

 

 花京院が清廉な声で猛る両者を制する。

 その翡翠の美男子が視線を向けた先。

 

「う、 う~ん、 今、 何時じゃ? なんだか、 騒がしいのぉ~」

 

 簡素な服を着た初老の男性が、 寝惚け眼を擦りながら身を起こそうとしていた。

 

「……」

 

 瞬時に老人の傍へと移動していた花京院が、

その首筋に完璧な角度とタイミングで当て身の手刀を入れる。

 

「失礼……」

 

 意識を断たれ再び深い眠りへと落ちていった老人の身体を丁重に支え、

リクライニング・シートにゆっくりと伏せた花京院は

そのまま承太郎とシャナへと向き直る。

 

「今はまだ大丈夫だが、 他の乗客が気づくのは時間の問題でしょう。

そうなったらパニック状態になるのは必至、 その前にヤツを倒さなければなりません」

 

 冷然とした口調で端的にそう告げながら、 花京院は二人の傍へと歩み寄る。

 

「シャナ、 君の炎はソレがエンジンにでも引火すればこの旅客機を爆発させかねないし、

空条、 君のパワーも機体壁に大穴を開けでもしたら大惨事だ」

 

「……」

 

「……」

 

 あくまで冷静な花京院の忠告に、

承太郎とシャナは不承不承振り上げた拳を降ろす。

 

「ここはボクの 「静」 なるスタンド、

法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 こそが

ヤツを始末するのに相応しい」

 

【挿絵表示】

 

 

 そう花京院が言い終わるのとほぼ同時に、

背後から空間を歪めるような異質な音を伴って彼のスタンドが出現する。

 宇宙人、 或いは未来人のような特異なフォルムを高貴なエメラルドの燐光で包まれた

“遠隔操作型スタンド” 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 が。

 その姿を認めた蟲型スタンドは、

再び無機質な声を耳障りな羽音に絡ませながら、

その翡翠の奏者へと語りかける。

 

『花京院 典明か? DIO様とエンヤ殿から聞いてよーく知っているぞ。

アノ最強のスタンド使い 『亜空の瘴気』 ヴァニラ・アイスにも

随分と眼をかけられていたそうじゃあないか? 

『組織』 での将来が約束されているにも関わらず

その全てを捨て、 敵側に寝返るとは正直理解に苦しむな?』

 

「黙れ……」

 

 花京院はその怜悧な風貌にやや陰を落とし、 空中で停止するスタンドに告げる。

 両者の間に立ち込めるその険難な雰囲気を敏感に感じ取った少女が、

脇にいる承太郎の制服を引く。

 

「大丈夫……なの……? やっぱりあいつ、 元居た 『組織』 に未練があるんじゃ……」

 

「そう想うか?」

 

 問いかけられた無頼の貴公子は、 疑惑も危機感もその表情に微塵も現さず

寧ろ余裕すら感じさせる態度で少女にそう返した。

 

「……想わない」

 

 その彼に当てられたのか、 少女は一言そう告げ眼前に視線を戻す。

 

『フッ……何なら、 このオレからエンヤ殿に取り直してやっても良いのだぞ?

お前ほどの 『スタンド使い』 ここで殺すには惜しい。

それにわざわざ負けの決まった者共に付くコトもないだろう?

賢いお前なら理解出来るな? ン? 

二人でこいつらを皆殺しにしようじゃあないか』

 

「黙れと言っているんだッッ!!」

 

 己の過去を断ち切るかのように、 花京院は清廉な声で叫んだ。

 

「ボクは自分の 「意志」 でDIOを斃すと決めたんだ!!

誰に強制されたわけでも請われたからでもない!!

余計な御託はここまでだ!! さあッ! かかってこい!!

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)ッッ!!』

それともまさか臆したのか!!」

 

 凛としたその声に、 奇虫ややは興が削がれたかのように沈黙し口を開く。

 

「フッ、 もう少し頭の良い男だと思っていたが。

失望したぞ、 花京院 典明。

自分のスタンドが 「静」 だと解っているならばこのオレには挑むまい……

スタープラチナに劣る貴様のスピードでは、

このオレを捉えるコトは絶対にできん」

 

「さて、 ソレは、 どうかな」

 

 奇虫のその宣告に対し花京院は、

流麗な動作で左手を右肩口、 そして右手を左脇腹の位置に置き、

厳粛なスタンド操作の構えを執る。

 その両者の対峙を灼けつくような瞳に映しながら、

少女はその外見からは想像もつかない鋭敏な頭脳で状況の分析にかかる。

 

(正直、花京院に 「勝ち目」 は無い。

それはあいつが弱いからとかじゃなくて、

戦闘の 【相性】 が悪過ぎる……!

スタープラチナにも私にも遙かに劣るあのスピードじゃ……

間違いなくアノ 『幽波紋(スタンド)』 の餌食になるッ!)

 

 その少女の懸念を余所に、 花京院は眼前のスタンド戦の火蓋を切る。

 

「エメラルド……ッ!」

 

 犀利な声でそう呟くと同時に、スタンド、

 

法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』の掌中で深い緑色の液体が

瞬時に浮き上がり、 そしてうねるように攪拌され集束していく。

 そし、 て。

 

「スプラッシュッッッッッ!!!!!」

 

 やがて硬質な翡翠の 「結晶」 と化したスタンドパワーは、

眩い輝きを以て一斉に弾ける。

 

「フッ……」 

 

 眼前から迫る無数の翡翠徹光弾の嵐を前に、

奇虫のスタンド 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は微塵の焦りもなく

ソレを見据える。

 そしてその光弾の最初の一つが微かに大形に伸びた顎に触れた瞬間。

 

『KEEEEEEEEEEEEAEEEEEEEEEEEEEEEEEE

EEEEEE―――――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!』

 

 他の者には聴こえない空間の罅割れるような奇声を発し、

ブレる残像と共にソコから消え去る。

 そしてそのまま一切のバランスを崩さず攻撃照準は標的にピタリと位置したまま

凄まじい音速でフレキシブルに機動(うご)き、

まるで光の反射のような直線の軌跡を空間に描いて

放たれた華麗なる流法 “エメラルド・スプラッシュ”の結晶光騨をスベテ完全回避する。

 

(!!) 

 

 己の懸念が現実のモノとなった事に、 少女はその紅い双眸を一際大きく見開く。

 

(やっぱりあのスピードに躱された……! このままじゃ……ッ!)

 

 輝く翡翠光弾の群れが背後に翔け抜け消えた刹那、

ソレを躱したスタンドも即座に反撃へ移る。

 

「喰らえィ!! “塔 針(タワー・ニードル)ッッ!!”」

 

 再び奇虫の口腔から撃ち出された悪魔の触針が花京院のスタンド、

法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 の致命点へと襲いかかる。

“スタンドへのダメージは、 そのまま 「本体」 へと還る”

 故にその致命点を完全に突かれれば花京院の絶命は必至。

 だが撃ち放たれた “塔 針(タワー・ニードル)” とほぼ同時に

身を翻していた 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 は、

躱す事こそ不可能だったが何とか急所を撃ち抜かせるコトだけは

かろうじて阻止する。

 

「ぐっ!!」

 

 スタープラチナをも超える音速で伸びた触針はスタンドの肩を鋭く穿ち、

人間の肩胛骨に当たる部分を突き破って貫通し、 背後のシートにメリ込む。

 法則により花京院の女性のように細い肩口にも穿孔が現れ、

ソコから生温かい鮮血が勢いよく水流のように飛び出す。

 本体が大きく体勢を崩しスタンドとスタンドとが繋がった状態で、

眼前の悪意の塊、 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は感心したように声を漏らす。

 

「ほう? なかなか良い反応だな?

予め自分の攻撃(E・S)が避けられると

()()()()()()()()()()無理な反応だ。

視てから避けたのではもう遅すぎる。

だが、 同じ躱し方が二度通用するとは思わないコトだ。

我が 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 のMAXスピードはこんなモノではない。

次はこの “塔 針(タワー・ニードル)” をお前の舌に突き挿して引き千切ると予告しよう。

今度は外さないようによ~く狙ってな?

ソレでも良いと言うのなら再び攻撃を仕掛けてくるが良い」

 

法 皇 の 緑((ハイエロファント・グリーン)』 の肩口から

血を現す 「生命の映像(スタンド・パワー)」 に塗れた触針を引き抜きながら、

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は傲然と残虐なる結末を言い放つ。

 

(やっぱり花京院じゃ勝てない。 ここは私が……!)

 

 左肩から血を流しその部分の止血点を押さえながら立ち上がる

中性的な美男子の無惨なる姿を認めた少女が、

纏った黒衣を揺らしながら血気盛んに前へ出る。

 そこに。

 

「待ちな」

 

 自分の脇に位置する無頼の貴公子がクールな声でソレを制する。

 

「承太郎ッ! でも!」

 

 敵も次は本気だ。

 本気で “殺し” にかかる。

 永年の経験則から、 そんなコトはもう気配で解る。

 しかしそんな少女の抗議の声にも隣の青年は変わらぬ声調で、

 

「いいから見てな」

 

ただ一言そう言った。

 

(!?)

 

 その時の。

 彼の淡いライトグリーンの瞳に映った色。

 絶望的な状況なのに。

 もう次の刹那に死んでしまうかもしれないのに。

 彼が花京院を視る眼はその何れでもない。

 何というか、 温かな。

 信じて見護っているような。

 

(なんか、 違う……)

 

 最初はほんの微かな違和感だったが、

次第次第にザワザワと不明瞭な感情が胸の中に広がっていく。

 不安なような、 不快なような。

 そして何か。

 嫌なカンジで熱い。

 

(私を視る眼と、 花京院(あいつ)を視る承太郎の眼は、 何か違う――)

 

 最早眼前の死闘は意識の外に追いやられ、

少女の視線は傍にただ青年に釘付けとなる。

 その彼の気高きライトグリーンの瞳に映る、

血に塗れた姿の翡翠の奏者。

 痛みで引きつる肩を無理に動かして再び流法の構えを執り、

スタンドの掌中で眩いエメラルドの光が集束していく。

 その彼の視線に気づいているのかいないのか、

翡翠の奏者は先刻以上の清廉なる声で

己がスタンドの流法名を高々と発する。

 

「エメラルド・スプラッシュッッッッッ!!!!!」

 

 再び光が眼前で弾け、 遍く翡翠の結晶光弾が煌めきの洪水共に

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 へと向かっていく。

 

『クハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!!

バカの一つ覚えのように再び “エメラルド・スプラッシュ” とは!!

最早万策尽きたようだなッッ!! ならば死ねィ!! 花京院ッッ!!』

 

 奇虫はそう叫んで再び先刻の場面をトレースするように、

空間にジグザグのスタンド光跡を遺して光弾の海を躱す。

 

(!!)

 

 そして花京院の端麗な風貌の前に姿を現した奇虫は、

そのおぞましき外貌を剥き出しにし(にじ)り寄るようにして叫ぶ。

 

『オレのスタンドに舌を引き千切られると狂い悶えるンだぞ!!

クハハハハハハハハハハハハハハ!! 苦しみでなァ!!

貴様のその美しい(かお)が苦悶で一体どのように醜く歪むか!?

今から愉しみだぞッッ!!

ファァァァァァァァハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!』

 

 そう叫びながら己自身が殺戮の快楽で身悶える蟲型スタンド、

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)

 

「むう。 やはり、 “アノ(わざ)” は躱されたか」

 

 少女の代わりに眼前の死闘をその漆黒の球に映していた紅世の王が、

一切の起伏もない荘厳な声でそう言った。

 

『くたばれ!! 花京院ンンンンッッッッ!!!!』

 

 狂声を発しながら、 花京院の女性のように艶めいた口唇に射出される

悪意の灰棘(はいきょく)、“塔 針(タワー・ニードル)

 しかし。

 ()()()()()()()、 既に花京院の口唇は動き、 声を発していた。

 

「何? 引き千切られると、 狂い悶える?」

 

 その刹那――。

 奇虫の頭上から(しな)るように降りかかる、

まるで深緑の樹木を想わせるような、 無数のスタンドの触手の群。

 

『何ッ!?』

 

 自分の死角からの予期せぬ深緑の襲来に、 奇虫のスタンド、

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 はその超スピードを以て

束になったスタンドの触手の群の微かな隙間を、 なんとかかいくぐって躱す。

 だがその第一陣、 続く第二陣、 第三陣を躱しても、

既に “結界”十重二十重(とえはたえ)

 幾ら避けても深緑の触手群は、 まるで意志を持った森の牙のように

際限なく次々と湧き出て頭上から降り注ぐ。

 死に体だと想っていた者の、 突如の叛逆。

 その深緑の色彩が司るモノは、 正に樹海の異図。

 

『グエッ!?』

 

 やがて眼前、 否、 己の周囲全域を細い深緑の触手(スタンド)で取り巻かれ

回避空間を失った蟲型スタンド 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 の、

その大顎(あご)に、 その脛節(あし)に、 その背板(むね)に、

その後翅(はね)に、 その複眼()に、 その触角(はな)に、

ザイル状になったスタンドが幾重にも絡み付いて完全に動作を封じ空間へ拘束する。

 身動きの取れなくなった超高速のスタンドは、

唯一拘束を免れた下唇(くち)からグジュグジュと

おぞましき体液を吐き出しながら

ソコから抜け出ようと必死に藻掻く。

 しかし何層にも渡って巻き絡められた

法 皇(ハイエロファント)』 の “結界” は、

そんな蟲ケラの無意味な抵抗などまるで意に介さない。

 そうして完全に戦力を無にされた殺戮のスタンドに向かい、

花京院は変わらぬ清廉な声で言い放つ。

 

「解らなかったのか? 既にリクライニング・シートの中や下に、

ハイエロファントの触手や触脚が無数に()びていたのさ。

“エメラルド・スプラッシュ” はソレを覆い隠す為の迷 彩(カモフラージュ)

要はお前の飛行制空圏内全域をザイル状に引き延ばした

スタンドで蜘蛛の巣のように覆い尽くすコトが目的だったんだ。

ボクのハイエロファントの 「射程距離」 は最大50メートル。

ソレは同時にスタンドを糸のように細く引き延ばせば、

その全域にスタンドを潜ませるコトが可能というのも意味する。

「逃げ場」 を無くしてしまえば、 幾らスピードが(はや)くても関係ないだろ? 

違うか? ン?」

 

 花京院はそう言って、 自分を再び “悪の道” へと引きずり込もうとした

スタンドを睨め付ける。

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 の言ったコトは、

「ある意味」 では正しいと解される事象では在ったが、

今の彼に取ってソレは、 自分自身の誇り対する許し難い侮辱でしかなかった。

 

「さて、 待たせたな。 空条」

 

 スタンドをスタンドで空間に拘束したままの状態で、

腰の位置で端整に両手を組んだまま花京院は承太郎の方へと向き直る。

 

「!」

 

 その中性的な美男子の、 深いライトアンバーの瞳に映ったモノ。

 

(なるほど、 な)

 

 承太郎はソレを視ただけで、 彼の意図を察する。

 そう言えば、 左手を撃ち抜かれたンだった。

 眼前のスタンド戦に集中する余りスッカリ忘れていたが。

 

(借りはキッチリ自分で返しとけってトコか?

なかなかイキな処が在る男だな? 花京院) 

 

 心中でそう呟き、 承太郎は一歩前に出る。

 

『くっ、 うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ――――――――!!!!!!!!!』

 

 暗闇の中でスタープラチナの途轍もない存在を感じた

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は、 己の全身に巻き付いて引き絞る

スタンドの触手の束を何とか引き千切ろうと

暗い灰色の燐光を振りまきながら懸命に足掻く。

 ソコにまるで神の啓示のように、 静かに降り注ぐ奏者の声。

 

「無駄だ。 お前の 『能力』 は、 そのスピードと精密動作性に

(スタンドの)エネルギーの大部分を費やすタイプのモノ。

だからその代償として()()()()()()

蟲型(そんなすがた)をしているのがその良い証拠だ。

最後の最後で自慢のスピードに脚を(すく)われたな?」

 

(!!)

 

 満足に動かせない羽根と完全に拘束されている手足の先を震わせながら、

奇虫のスタンドは花京院のその恐るべき慧眼に息を呑む。

 

(試して、 みるか……)

 

 その両者を遠巻きに見つめる無頼の貴公子は、

『近距離パワー型』 で在る己のスタンドの射程距離、

半径2メートル以内には踏み込まず有効射程圏内から

遙かに離れた位置でスタンドを出現させゆっくりと攻撃態勢を執らせる。

 

(何、 する気? その位置じゃ、 おまえの攻撃は相手に届かないわ)

 

 青年の特製の学生服で覆われた広い背中を見つめながら、

少女は彼の 『能力』 を知る者なら当然の疑問を心中で口に出す。

 その、 次の瞬間。

 

(……)

 

 青年のスタンド、 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 の右掌が、

バラ手で胸の前に添えられていた手の甲側を滑るように撫でる。

 まるで熟練の奇術師のように、 その手が滑った後の左手には

ソコに “本来在るべき筈のモノ” が無くなっている。

 ソレは。

 スタープラチナの両手に装着された、

(なめ)し革のような独特の質感を携える剥き身のベアナックル。

 その拳部分に無数穿たれた、 紅世の刀剣すらも易々と破壊する鉄鋲(てつびょう)

「着脱可能」 だと知ったのは、 実はごく最近のコト。

 いつかの少女の言葉を思い起こし、 己のスタンドをより注意深く観察した結果。

 そしてスタープラチナは取り外した無数の鉄鋲を平に構えた右掌内で、

まるで投 石 機(スリング・ショット)のようにギリギリと()き絞る。

 スタンド・パワーを集束すれば “贄殿遮那” にも匹敵する斬れ味を

生み出すスタープラチナの指先。

 その指先で以て撃ち出される、 云わばスタンドの散弾、

威力は推して知るべしであろう。

 やがて、 ライフルの高性能スコープにもまるで引けを取らない照準率を誇る

スタープラチナの眼が、 空間に拘束された 「標的」 の着弾箇所を精密に割り出す。

 ソレと同時に無頼の貴公子の口を衝いて出る、

新たなるスタンドの流法名。

 幽塵疾走(ゆうじんしっそう)星貫(せいかん)烈撃(れつげき)

 流星の流法(モード)

流 星 群 烈 弾(スター・バレット)ッッッッッ!!!!!』

流法者名-空条 承太郎

破壊力-A スピード-A 射程距離-B(30メートル前後)

持続力-E(実質2発が限界) 精密動作性-B 成長性-C

 

 

 

 

 輝く白金の閃光と共に、 空間に一斉射出されるスタンドの散弾。

 ソレは目標着弾箇所から0,1㎜もズレず、

正確に奇虫の頭部、 前胸背胸、 小楯板、 会合線に

微塵のタイムラグも無く抉り込まれ、

更に右大顎と後翅、 中脚、 符節、 股節、と 順に千切り飛ばす。

 無論ハイエロファントの触手は避けたまま。

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAGYEEEEEEEEEEEEEEEEE

EEEEEEEEEEEEEEEE―――――――――――――――!!!!!!!!!!!』

 

 完全拘束状態により反射的な防衛動作も行えない状態で

流法(モード)の直撃を受けたスタンド、

灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 は無惨に哀切の叫びを上げるのみ。

 今まで、 自分が死と絶望を与えてきた者達と同じように。

 ソコに間髪入れず到来する、 翡翠の奏者の静かな声。

 この世で最後の、 別れ路の言葉。

 

「さっき、 引き千切られると狂い悶えると言ったな?

ボクのハイエロファントは……」

 

 

 

 

 

“引き千切ると狂い悶えるんだ”

 

 

 

 

 

 その刹那。

 スタンドの触手が一度鋭く脈動し、

同時に 『灰 の 塔(タワー・オブ・グレー)』 の四肢を

原型も留めない程に八ツ裂きにする。

 

「貴様のような悪党を……悦びでな……」

 

【挿絵表示】

 

 

 (しず)かな声でそう呟く花京院の眼前に、

バラバラになったスタンドの残骸が降り注ぐ。

 その結果を生み出した、 若き二人の 『スタンド使い』 に拠る、 新たなるスタンド能力。

 スタンド、 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』 の特性を活かし、

創り上げた “結界” に拠って相手を封じ込め、 必殺の一撃を確実に叩き込む融合技。

 ハイエロファントが目 標(ターゲット)を拘束している限り、

どんな攻撃でも100%当たり、 尚かつ相手の肉体を引き絞っている為

その衝 撃(ダメージ)は常に100%以上の効力を発揮する。

しかも攻撃する側は存分に力を撓め、 練る時間を有したまま。

 そして弱った相手を、 ハイエロファント・グリーンが跡形もなく引き千切る。

卓越した高度な 『スタンド使い』 同士に拠って初めて可能な、

スタンド・コンビネーション。

幽 波 紋 双 流 法(ダブル・スタンド・モード)

 星法一体。 星弾翠鎖(せいだんすいさ)絶撃(ぜつげき)

 流星聖法の双 流 法(ダブル・モード)

スターフロウド()エメラルド()スクリーム()

双流法者名-空条 承太郎&花京院 典明

破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-AAA

持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-AAA

 

 

 

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ

ァァァァァァァァァ―――――――――――――――!!!!!!!!!!!」

 

 突如空間を劈く絶叫。

 先刻、 花京院の当て身でシートに伏した老人が

この世ならざる苦悶の表情をあげ、

その口から異常に長い舌を垂らして藻掻いている。

 同時に、 その舌の表面に刻まれる、 奇虫の斑紋(はんもん)

 即座にソレは真っ二つに断ち割られ、 頭部にも裂傷が走る。

 そして老人は、 首から上のありとあらゆる穴から血汁を流出させ、 息絶えた。

“スタンドのダメージはそのまま 「本体」 へと還る”

 何人たりとも決して逃れるコトは出来ない、

『運命』 の 「法則(ルール)

 その惨状を眼にし、 肩を寄せ合うようにして屹立する若き二人の 『スタンド使い』 は、

 

「さっきのジジイが 「本体」 だったのか」

 

「おぞましい 『スタンド』 にはおぞましい 「本体」 がついているモノ、 だね……」

 

【挿絵表示】

 

 

勇壮且つ清廉な声で共にそう漏らすのみ。

「……ッ!」

 その二人の姿を遠間から紅い双眸に映したシャナは、

歯噛みするように黒衣の中で拳を握った。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『SILVER CHARIOT ~Crescent Knight~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 血に塗れたシートに伏した老人の死体。

 バックリと断ち割られた額から今も尚鮮血が滴っている。

「破壊」と「災厄」とを司る、 殺戮のスタンド 『灰の塔(タワー・オブ・グレー)

 ソノ 「本体」 の、 無惨なる最後――。

 

「……このジジイの額には、

DIOの “肉の芽” が埋め込まれていねーみてーだが……」

 

 鋭い視線で老人の死体を見つめていた無頼の貴公子が疑問を呈す。

 

「『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』 は、

元々旅行者を事故や災害にみせかけて殺し、

そして金品を巻き上げていた根っからの悪党スタンド。

金で雇われ、 欲に目が眩みソコをDIOに利用されたんだ」

 

 青年の脇にいた翡翠の美男子が簡潔に答える。

 

「愚者の末路か……」

 

 いつの間にか傍に来ていた少女の胸元から、

荘厳な響きを持つ男の声が上がった。

 その刹那。

 突如キャビン内全域を揺らす大轟音。

 

「!」

 

「!?」

 

「ッ!」

 

「!!」

 

「……」

 

 機内窓越しに、 大きく撓んだ機体の主翼が眼に入った。

 

「何じゃ!? 一体!? 機体が大きく傾いて飛行しているぞッッ!!」

 

 何の脈絡もなく再び来訪した脅威に、 ジョセフが瞳を見開いて叫ぶ。

 

「ま……まさかッ!」

 

 素早く身を翻し、 機内の最先端部まで駆ける祖父をその実孫が追い、

小柄な少女と細身の青年も後に続く。

 

「お客様どちらへ? この先は操 縦 室(コックピット)で立ち入り禁止でございます」

 

 清楚な制服に身を包んだC A(キャビン・アテンダント)が、

決死の形相で機内を駆ける初老の男性を呼び止める。

 

「知っている!」

 

 そのCAの存在を殆ど無視し、 ジョセフは操縦室に続く最後の機内扉に手をかける。

 

「お……お客様!?」

 

 まるでハイジャックと錯覚するかのような、

初老の男性の強引な振る舞いに二人のCAが目を見開く。

 ソコ、 に。

 

「……」

 

 ハイジャック等というイメージとは遙か対極に位置する、

余りにも整い過ぎた美貌の青年が姿を視せる。

 

「ッッ!?」

 

 海外の映画俳優やアーティストの来日で、

美しい男性は見慣れている筈のCA達も想わず息を呑む程の風貌。

 

(まあ……♪ なんて素敵な男性(かた)……)

 

 職業柄普段は引く手あまたである筈の彼女達ですら、

眼前の事態も忘れて陶酔してしまう程の圧倒的存在感。

 

「……!」

 

 その背後で黒髪の少女が、

何故か過剰にムッとした表情でCA達を睨む。

 しかし頬を紅潮させる彼女達に向け彼が口走った言葉は、

 

「どきな、 (アマ)共……」

 

まるで邪魔だとでも言わんばかりに、

青年はCA達を押し退け操縦室へと

その長い脚を踏み入れる。

 

「きゃあ!」

 

 短い悲鳴と共に、 頬を染めたまま落胆というややこしい表情で

後方へと押し退けられる二人の女性。

 

「~♪」

 

【挿絵表示】

 

 

 その脇を曲線のように緩んだ瞳で少女が通り過ぎる。

 

「おっと」

 

 押し退けられ微かに蹈鞴を踏んだ二人の女性を、

ピアニストのように細い指先を揃える手が優しく受け止める。

 

「失礼……女性を邪険に扱うなど、 許される事ではありませんが、

今は緊急時なのです」

 

「ッッ!!」

 

 そっと振り向かされた先、 先刻の男性に勝るとも劣らない

中性的な風貌の美男子が瞳を覗き込んでいた。

 

「許してやって戴けますか?」

 

 爽やかだが、 その裡に陶然となるような甘い響きを持った声。

 

「ハイ……」

 

 そっと肩を抱かれて神秘的な双眸に惹きつけられたCAは、

そう応える以外選択肢をなくした。

 

「なんてこった!! してやられたッッ!!」

 

 目先の操縦室の中から、

耳慣れた初老の男性の声が花京院の耳に飛び込んできた。

 女性から手を離し花京院が操縦室に脚を踏み入れた瞬間、

夥しい量の鮮血の匂いがまず彼の鼻孔を突いた。

 デジタル化した複数の計器と、 ブラウン管ディスプレイ、 液晶ディスプレイに

周辺空域の情報が集約表示されたグラスコックピット。

 ソレら最新鋭のコンピュータに拠って統括された操縦室内は、 血の海だった。

 機長以下副操縦士に当たる2名まで、 天井を仰ぐような体勢で殺されていた。

 

「舌を抜かれてやがる……あのクワガタ野郎、

既にパイロット達を殺していやがったのか……」

 

 大空での人々の安全を守り、 快適な旅を提供するコトに日々従事する者達の、

その余りにも理不尽な死に無頼の貴公子は口元を軋らせる。

 

「酷い……!」

 

 彼の傍らで、 黒髪の少女も黒衣の中で握った拳を震わせた。

 

「どんどん降下しているな……自動操縦装置も破壊されている。

このままでは、 この機は墜落するぞ」

 

 その両者を後目に、 初老の男性がデジタル表示された高度計を見ながら

沈着な声で言う。

 その次の瞬間。

 

「ぶわばばばばばばばばばあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!

はぁ!! はぁぁぁ!!! ははははははははははははは――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」

 

 背後から、 けたたましい狂声。

 

「何!」

 

 無頼の青年が振り向いた先。

 先刻、 己のスタンドをバラバラにされて絶命した筈の老人、

灰の塔(タワー・オブ・グレー)』 の 「本体」 が

フロアを這い擦るようにして操縦席内に入り込もうとしていた。

 

「あ、 頭と舌が真っ二つに断ち割られてるのに!

なんて生命力、 いいえ、 精神力!?」

 

 その今際の際までおぞましいスタンド本体の執念に、

流石少女も嫌悪感を露わにする。

 

「ブワロォォォォォォ!! ヴェロォォォォォォォ!!

儂は事故と旅の中止を暗示する 『塔』 のカードを司るスタンド!!

貴様等はDIO様の処までは行けんン!!!!」

 

 最早とても人間とは想えない奇声と狂声をあげながら、

老人はスタンド破壊に伴う大量出血を全身から噴き散らし、

二つに別れた舌を蠢かせてそう告げる。

 

「例えこの機の墜落から助かったとて、 エジプトまでは遙か一万キロ!!

その間DIO様に忠誠を誓った者共が、 四六時中貴様等をつけ狙うのドァッッ!!

この世界には、 貴様等の知らん想像を超えた 『スタンド』 が存在するゥゥゥ!!!!!」

 

「……」

 

「……」

 

 善悪は抜きにして、 その最後の刻に迄DIOの配下足らんとするその覚悟。

 一人の救いようのない悪党を、 ここまで惹きつけてしまうその超人(カリスマ)性に 

花京院とアラストールは同時に息を呑む。

 

「DIO様は、 その 『スタンド』 を “究極” にまで高められた御方!!

遍く無数の能力者の頂点に君臨出来る御方なのドァ!!

辿り着けるワケがぬぁ~~~~~~~~い!!

貴様等は決してエジプトには行けんのどあああああああああああああああああああ

ばばばばばばばばばばばばばばばば~~~~~~~~!!!!!!!!!!!」

 

 最後の奇声と共に、 その全身から迸る鮮血。

 

「べちあァッッッッ!!!!」

 

 奇虫の断末と共に、 殺戮のスタンド 『灰の塔(タワー・オブ・グレー)』 は、

今度こそ本当に息絶えた。

 

「ひ!」

 

 老人の死体の背後にいつのまにかいた二人のCAが、

その惨状を眼にし叫び声をあげそうになるが

なんとかソレを喉の奥に押し止めている。

 その二人の存在を認めた無頼の貴公子が、

 

「流石はCA。 プロ中のプロ……悲鳴をあげないのはうっとーしくなくて良いぜ……

ソコで頼みだが、 今からこのジジイがこの機を海上に不時着させる。

他の乗客に救命具つけて座席ベルトを締めさせな」

 

副操縦席にその長い脚を組んで座り、

機 長(キャプテン)さながらの口調と威厳で告げる。

 その脇で主操縦席に腰掛けたジョセフが、

 

「う~む。 プロペラ機なら、 昔経験あるんじゃがのぉ~」

 

と危機感のない声で漏らす。

 

「プ、 プロペラ……」

 

 背後で両腕を腰の位置に組んだ花京院が、

 

「大丈夫、 なの?」

 

何故かもう一つの副操縦席に座ったシャナが、 怪訝な表情でそう問う。

 

「ふ~む。 どうやら下降や上昇はこのハンドルで行えばイイらしいのぉ~。

ソレならセスナと余り変わらん、 まぁ何とかなりそうだ」

 

「……」 

 

「……」

 

 ジョセフの落ち着いた言葉に、 無頼の貴公子と長い黒髪の美少女は

ホッとしたように背もたれへ身体を預ける。

 だが、 次の瞬間。

 ジョセフはどことなくシラけたような、 或いは遙か遠い方を視るような瞳で、

頬を掻きながらポソリと言う。

 

「しかし承太郎、 それにシャナ。 これでワシは 「3度目」 だぞ。

人生で3回も飛行機で墜落するなんて、 そんなヤツあるかなぁ……?」

 

「……」

 

「……」

 

 空を()るような降下音と共に。

 一度大きく傾き慣性体勢を立て直す航空機内先端で。

 

 

 

“もう二度とテメーとは一緒に乗らねえ”

“もう二度とおまえとは一緒に乗らないわ”

 

 

 

 青年と少女の言葉が重なった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 

「たしかに! 我々はもう飛行機でエジプトに行くのは不可能になった!」

 

 航空機は、 香港沖約35㎞の地点に着水した。

 迅速に対応した現地、 国連両救護団の活躍で、

幸いにも不時着による犠牲者はゼロ。

 ジョセフ達は密かに連絡を取ったSPW財団の救護艇で

警察、 マスコミの包囲網を抜け、 数時間前無事入国する事に成功した。

 

「また……アノような 『スタンド使い』 に航空機内で襲撃を受けたなら、

今度こそは大人数を巻き込む大惨事を引き起こすだろう」

 

 世界都市、 「香港」

 英名:ホンコン、 広東名:ヒョンゴン、 北京名:シァンガン等と表記される

この地の名称は、 許は珠江デルタの東莞周辺から集められた

香木の集積地となっていた湾、 および沿岸の村の名前に由来する。

 

「陸路か……海路をとってエジプトへ入るしかない」

 

 1842年に清からイギリスに割譲された土地と租借地で、

以降はイギリスの植民地となっていたが

1997年イギリスから中華人民共和国へ返還され、 特別行政区となった。

 古くから東南アジアにおける交通の要所であり、

また、 自由港であることからイギリスの植民地時代から金融や流通の要所でもある。

さらに様々な文化が交わることから、 中華文化圏のみならずアジア地域でも

有数の文化発信地となっている都市である。

 その海を臨むパノラマに無数の超高層ビルが立ち並び

世界中の観光客が訪れる香港島の一画、

灣仔區大坑道(タイハンロード)の料理店に、 ジョセフ達はいた。

 

「ですが」

 

 目の前に置かれた陶器の茶碗にジャスミンティーを注ぎながら、

花京院が口を開く。

 

「100日以内にDIOを斃さなければ、

ホリィさんの命が危ないコトは、 前にいいましたね……」

 

 その言葉に、 周囲の空気が一気に重くなる。

 

「……」

 

「……」

 

 沈鬱な雰囲気で押し黙る、 秀麗なる淑女の父親と息子。

 そして。

 

「アノ飛行機なら、 もう今頃はエジプトに着いてたはずなのに……!」

 

 言っても仕方のない事ではあるが、

少女が歯噛みするように悔恨を滲ます。

 その少女の姿を認め、 そして周囲の者達も宥めるように

ジョセフは穏やかな声で口を開いた。

 

「わかっている。 だが案ずるのはまだ早い……

今から100年前に書かれたジュールベルヌの小説では、

80日間で世界を一周、 4万キロを旅する話がある。

自動車等まだ燃費が悪くて使いモノにならん。

汽車や蒸気船、 そして多くの移動には(もっぱ)ら 「馬」 に乗っていた時代だぞ」

 

 確信に充ちた表情でジョセフは周囲を見渡しながら、

自分の前で厳かに手を組む。

 ただソレだけで、 重苦しかった周囲の雰囲気が

不思議と柔らかなモノへと変わっていく。

 

「飛行機でなくとも100日あれば、

一万キロのエジプトまではわけなく行けるさ。

同じく100年前、 たった一頭の馬のみで

アメリカ大陸を横断したというレースの記録さえ残されているからな。

ソコでルートだが……」

 

 ジョセフは一度言葉を切り、 旅行鞄の中から真新しい世界地図を取り出して

円卓の上に拡げる。

 

「ワシは “海路” を行くコトを提案する。

船をチャーターするのに3日も要するのは正直イタイが、

一度海に出てさえしまえば、 マレーシア半島を廻ってインド洋を突っ切り、

紅海を抜けてそのままエジプトまでは一直線。

いわば 『海のシルクロード』 を行くのだ」

 

 航路が解りやすいようにボールペンで線を引きながら、

ジョセフは途中補給に立ち寄る国に印をして自分の提案を説明する。

 ソレを何度か頷きながら、 隣で注意深くみつめていた少女もその口を開く。

 

「私もソレがいいと想うわ。

陸は国境が面倒だし、 アジア大陸はヒマラヤや砂漠が在って、

もしトラブったら大きな時間ロスを喰うリスクがいっぱいよ」

 

 見かけに見合わない明晰な洞察力で、 そう持論を語る少女。

 その有無を言わさぬ説得力に残りの二人は、

 

「ボクはそんな所には両方とも行ったコトがないので何ともいえない。

お二人に従いますよ」

 

「同じく」

 

各々そう応じて目の前の茶に手を伸ばすのみ。 

 異論は一切なし。

 余りにも呆気なさ過ぎるほど、 全員一致で話し合いは終結した。

 

「……!」

 

 ジョセフを見て、 晴れやかな表情で一度頷く少女。

 ジョセフも穏和な表情でそれに応じる。

 旅の出端は挫かれたが、 コレでようやく希望が生まれてきた。

 空と太陽と潮風に包まれた、 まだ視ぬ大海の彼方へと

フレイムヘイズの少女は想いを馳せる。

 

「さて、 ソレにはまず腹ごなしが肝心だッ!

出国してからロクな食事を取っておらんからな!

ここはワシのオゴリで一つ豪勢に行こう!

何でも好きなモノを頼みなさいッ!」

 

 議論の妨げにならないよう、

中国茶と簡単な菓子の類しか注文していなかったジョセフ一行は、

ようやく本格的に店のメニューを開く。

 

(やれやれ、 一体どーなるコトやら……)

 

 如何なる時でも常に前向きな自分の祖父の態度に内心苦笑しながらも、

承太郎はメニューに手を伸ばす。

 

「……」

 

 そして黒い本革貼り表紙を開いた彼の視界に飛び込んできたモノは、

意味不明の漢字の羅列だった。

 鳥だの牛だの魚だのの単語で、 ソレが何の料理かまでは解るが

一体どのような 「調理法」 かまでは見当がつかない。

 中には食材の漢字が一つも入ってないモノまで在るのだ。

 

「……」

 

 しかたがないので辛うじて紹興酒と判別出来た項に視線を落とし、

なるべく高そうで日本では飲めないモノを識別していると。

 

「何? もしかしておまえ、 広東語が読めないの?」

 

 自分の脇に腰掛けた制服姿の少女が、 澄んだ視線をこちらに送っていた。

 

「日本の義務教育じゃ英語しか教わらねーんでな。

オメーは読めるのか? 中国語」

 

 問われた少女は変わらぬ澄んだ瞳で、

 

「“中国語” なんて言語は、 厳密には存在しない。

この国はその地域ごとに、 言語や風習が全然違うのよ。 無論文化もね。

国土が余りにも広大で人口が多過ぎてその歴史が長過ぎるから、

言語を一つに統一するコトは事実上不可能なの。

ちょっと北に位置が逸れただけで、

自分の知ってる言葉や常識が全く通じないなんてのはザラにあるコトだわ」

 

スラスラと一語一句違わず、 まるで大学教授の講義のように

この中国大陸に於ける概念を口にする。

 

「……」

 

 その少女の言葉を聞きながら無頼の青年は、

 

(本当に “見掛け” で、 判断出来ねーんだな……コイツは……)

 

そう心中で一人語る。

 アラストールに聞いた所によると、

“フレイムヘイズ” は王との 【契約】 を終えたその瞬間から、

肉体の 『生長』 が止まるそうだがそれはつまり、

この目の前にいる少女は自分よりも遙かに長い時を

生きているかもしれないというコトだ。

 

(そんなに昔から……もしかしたらオレが生まれるよりも前から……

コイツはたった一人で戦い続けてきたのか……

この広い世界で……ずっと……) 

 

 そう想い頬杖を付きながら、 目の前で高説を続ける少女を

青年はその淡いライトグリーンの瞳で見つめる。

 

「な、 なによ!? そんなジッと見たりして!」

 

 瞳を細め、 微かに潤んだような美青年の視線に気づいた少女が

その白い肌を突如真っ赤にして言う。

 だってソレは、 とても優しげで温かで、

()()()()()()()()()()()()――。

 だが。

 

「イヤ、 最初の “論点” からズレまくってんのに、

よくそんだけ話が続くもんだと想ってな」

 

 という青年の言葉により、 己の勘違いだったと少女は一人そう解する。

 いつしか少女の有り難い(?)御高説は、

この中国大陸の風土を顕著に示す例として

神話の領域の在る闘神の誕生にまで話が及んでいたからだ。

 

「う、 うるさいうるさいうるさい! 

兎に角、 旅行者なら他の国の言語くらい勉強しときなさいよ!

常識よ! 常識ッ!」

 

 そう言って青年から視線を切った少女は、 己のメニューに向き直る。 

 

「しかたがないから、 私がおまえの分まで頼んであげるわよ。

感謝しなさいよね!」

 

 青年には視線を向けずに少女は注文の為、

円卓の脇に設置されたスイッチを押す。

 その少女に釘を差すように、

 

「オレの注文に(かこつ) けて、 甘ぇモンばっか頼むなよ。

ンなモンで酒飲んでも美味くもなんともねーからな」

 

横から青年の声が追いかけてくる。

 

「だ、 大丈夫よ。するわけないでしょ、 そんなコト」

 

 曲線になった瞳に何故か冷や汗を滲ませながら、 少女は青年に告げる。

 やがてやってきたチャイナドレス姿の若い女性に、

少女は流暢な広東語で料理を注文する。

 彼女の発する言葉は完璧らしく、 店員の女性も笑顔で応じている。

 

「……」

 

 いつも違う言語を話している少女の姿は、

まるでシャナではないようなカンジを承太郎に覚えさせた。

 

「……おまえ、コレ」

 

 横から、 再び少女の声。

 話し合いも終わり料理も注文し終えやや弛緩した空気の中、

少女の声は何故か自分を責めるような棘が在った。

 

(……)

 

 少女が見ているのは、 テーブルの上に置かれた自分の左手。

 今はその指先以外全面を白い包帯で巻かれた裂傷の痕。

 

「大したコトねーって言っただろ」

 

 承太郎はぶっきらぼうにそう言い、 左手をズボンのポケットに突っ込む。

 スタンド本体が消滅したコトに拠り、

そのダメージは完治とまではいかないが、

幾分かは軽減されてきている。

 呪術者のかけた “呪い” が、

かけた張本人が死んだコトに拠り浄化されるように。

 

「でも……」

 

 しかし少女は食い下がるように、 制服の中の手を凝視する。

 

(……)

 

 妙にこだわるな、 と想った。

 別に不快ではないが。

 しかし、 一体何がそんなに気にかかっているのか?

 少女の前で負傷したコトは、 何もコレが初めてではないのに。

 

「……」

 

 そう想い学帽の鍔で目元を覆う承太郎に対し、

シャナの想うコトはまた別の「意図」

 しかしそう想っている少女に対して、 次に青年が告げた言葉、 は。

 

「出血も止まったし痛みもねぇ。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……!」

 

 承太郎にとって、 それは少女にこれ以上気を遣わせない為に

言い放った言葉ではあるが、 今の少女にとって、

ソレは――

 

「……そう……! なら……いい……!」

 

 シャナは承太郎から顔を背け、 そのまま俯いた。

 

「……」

 

 チト、 ぶっきらぼうに言い過ぎたか?

 そう想ったが過ぎたコトをこれ以上蒸し返しても仕方ないので

青年は気分を変えるため、 制服の内ポケットから煙草を取り出し火を点ける。

 その煙草が根本まで灰になる頃、

運ばれてきた料理が次々と円卓の上に置かれていった。

 一部様々な中華菓子が山積みとなっており、 バランス的にオカシイが。

 

「……」

 

 誰とはなしに箸をつけはじめ、

承太郎は蒸し鮑の冷菜で琥珀色に澄んだ紹興酒を飲んでいたが、

隣のシャナが自棄になったように円卓を廻すので

食べずらいコトこの上ない。

 その山と積まれた中華菓子があっという間に半分以下になった頃。

 

「失礼、 “Monsieur” 」

 

 低いが、 荘重な響きを持った男の声が静かに到来した。

 

「……」

 

「……」

 

 各々料理を口に運びながら、 その男を一瞥する青年と少女。

 煌めく銀色の髪を獅子のように雄々しく梳きあげ、

やや細身だが十二分に鍛え抜かれ磨き上げられた体躯。

 ノースリーヴの黒いレザーウェアにラフな麻革のズボン、

腰には銀の鋲が付いた黒いサロンが巻きついている。

 耳元でハートの象徴(シンボル)を二つに切り刻んだような、

特徴的なデザインのイヤリングが揺れていた。

 

「少し、 よろしいか? 私はフランスから来た旅行者なのですが、

その、 フフ、 恥ずかしながら “コレ” の中身が解らなくてね。

困っていた所なのです」

 

 そう言って男は、 手にした黒革のメニューを指先でトントンと軽く叩いてみせる。

 どことなく軽薄だが、 荘重な言葉遣いのわりに人懐っこくて

こちらの警戒心を弛めるような明るい声。

 

「見たところ、 貴公達も異国からの旅行者。

どうか御助力願えまいか?

厚かましいと想われるかもしれないが、 コレも何かの縁だと想って」

 

 なんとなく芝居がかって見えるが、

紳士的な口調と立ち振る舞いでこちらに言葉を投げかけてくる銀髪の青年。

 ソレに対し承太郎とシャナは、 手にしていた酒とお茶を一口で開けると。

 

「やかましい。 向こうへ行け」

 

「取り込み中よ。 他を当たりなさい」

 

 それぞれ完璧な発音の英語でそう促す。

 ソレに対し、

 

「おいおい承太郎、 それにシャナ。

まあいいじゃあないか、 旅は道連れというだろう」

 

傍に座っていたジョセフが穏やかな声で二人を制する。 

 

「ほほぉ~。 フランスのパリから。

私は行った事はないが、 それは美しい所らしいですなぁ~。

いやいやイタリアのローマなら、 地下のそのまた奥まで知っているのですが」

 

 元来の性格に共感する部分が在ったのか、

ジョセフはそのフランス人の男性と打ち解け

親しげに言葉を交わしている。

 

「ワシは香港には何度か来たことがありますからな。

レストランのメニュー位の漢字なら朝飯前ですじゃ。

ソレで……ほほう、 エビとアヒル、

それにフカのヒレとキノコの料理ですか?

初めてながらなかなかイイ所を突きますなぁ~」

 

 ジョセフは笑顔でその男性に応対し、

中年のウェイターを呼び寄せて料理を注文する。

 そして自分の隣にそのフランス人を座らせ、 そしてややあった頃、

目の前の円卓に運ばれてきたモノは。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 何やら香草の匂いのキツイ、 牛の臓物の粥。

 目にも刺激的な大量の香辛料で煮込まれた白身の魚。

 全長13㎝位の、 食用蛙の姿焼き。

 薄味の非常にシンプルな貝の蒸し物。

 

「全然違うじゃないのよ……」

 

「一体どこの朝飯前だったんだボケジジイ……」

 

盟友(とも)よ……」

 

 円卓に並べられた4つの料理に、

3者が嘆息と共にそう漏らしたのはほぼ同時。

 

「……」

 

 社交的だった青年も流石に言葉がないのか、

目の前の丸焼きになった蛙を呆然とみつめている。

 

「ハ、 ハハハハハハハハハハハハハハ。

ま、 まぁ……いいじゃあないか。

みんなで食べよう。 ここはワシのオゴリという事でな」

 

 ジョセフは無邪気な子供のようにそう誤魔化すと、

傍の青年に箸を取るよう勧める。

 

「何を注文しても結構美味いモノよ。 此処香港は食の都だからな。

ワハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」

 

 そう言って快活に笑いながら、 ジョセフは積極的に円卓を廻す。

 フランス人の青年は、 目の前で止まる料理に適当に箸を付けていたが、

やがて無数の野菜の飾り切りで彩られた中華前菜盛り合わせが目の前で止まると、

おもむろにソレに箸を伸ばし、 口を開く。

 

「ほう。 コレは素晴らしい。 まさに熟練の職人芸。 手練の手捌きだ」

 

 そう言ってその飾り切りの中の一つを、 箸で器用に摘み上げる。

 ソレは、 星の形をした人参。

 

「私はこう見えて、 刃物の扱いには少々うるさい方でしてね。

簡単そうに見えて、 ここまで整ったカタチに仕上げるのは難しい」

 

「ほほう。 失礼ながら、 貴方の仕事はコックか何かですかな?」

 

 青年の言葉にジョセフが応じる。

 

「いいえ、 ですがこのカタチを見ているとどうも、

失礼ながら “アノ方” を想い出してしまいましてね」

 

「アノ方?」

 

「フフ……そう。 私のこの世で最も尊敬すべき、 偉大なる御方。

ソノ方の 「首筋」 にも、 コレと同じような

『星形』 の痣が刻まれているのですよ……」

 

 静かに告げられた、 銀髪の青年の言葉。

 

「ッッ!!」

 

「!!」

 

「!?」

 

 一変する、 周囲の雰囲気。

 

「貴様……! まさか新手の……ッ!」

 

 歴戦の 『スタンド使い』 であるが故に、 咄嗟に身構えようとする花京院に向け

銀髪の男は挑発的に、 星の飾り切りを己の首筋に押し当てる。

 その刹那!

 目の前の鍋が突如沸騰したかのように湧き上がり、

ソコから飛び出してくる白銀の一閃。

 

「ジョセフッ!」

 

「盟友よ!」

 

 眼前の変異にシャナとアラストールが声をあげたのはほぼ同時。

 ジョセフに向かって撃ち放たれた白銀の一撃が、

冷たく研ぎ澄まされた細剣(サーベル)だと気づいたのは遙か後。

 その半円状の護拳の付いた白銀の柄を握り締めるのは、

同じくその指先までもが白銀の甲冑で覆われた 『もうひとつの手』

 

「グ……ウゥゥ……!」

 

 長年の経験で培われた戦闘の勘から、

辛うじて鋼鉄の義手で貫通されながらも

相手の攻撃を致命点から反らしたジョセフ。

 貫かれた左手の前で飛散する機械部品と電子機器の火花を瞳に映しながら、

ジョセフは己の目の前で硬質な音を軋らせる細剣(サーベル)に息を呑む。

 

「ス、 スタンドだ!! 間違いない!! 気をつけろ!! みんな!!

この男!! DIOの送り込んできた新たな 『スタンド使い』 だ!!」

 

 突然の襲撃だったが、 ジョセフはパニック状態に陥るコトなく

冷静な思考で周囲に警告する。

 

「!!」

 

 その、 次の刹那。

 反射的に椅子から飛び降り攻撃体勢を執っていた少女の瞳に、 映ったモノ。

 貫かれた、 ジョセフの左掌。

 ソレが、 ほんの数時間前に在った、

“アノ場面” を再び胸中に想起させる。

 

「このぉッッ!!」

 

 激高と共に怒髪天を突いた少女の髪と瞳が、

即座にフレイムヘイズで在る証、 “炎髪灼眼” へと変貌し、

舞い散る紅蓮の火の粉を靡かせながら身を覆った黒衣の隙間から

可憐な指先を揃える手が抜きいで眼前の存在へと照準を合わせる。

 

「燃えろォォォッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 灼熱の叫びと共に少女の右掌中から一斉に射出される、 無数の炎弾。

 ソレは空間に紅い軌跡を描き、 唸りと共に白銀の腕へと目掛けて飛んでいく。

 しかし。

 

「フッ……」

 

 スタンドは微塵の動揺も示さない声で静かに呟き、

己に目掛けて飛んでくる炎弾の嵐を空間に円を描くように

白銀の光跡を()いて取り()く。

 やがてソレらはスベテ螺旋状の渦をとなって細く細く引き延ばされ、

サーベルの刀身全体に取り込まれる。

 

「!!」

 

 驚愕にその真紅の双眸を見開く少女。

 躱したり防いだりするならまだしも、

未だ嘗てこのような魔術師じみた遣り方で

自分の焔儀を制した者はいない。

 やがて。

 その少女の眼前に、 空間を歪めるような異質な音を伴って屹立するスタンド。

 鋼鉄の踏み()む響き。

 ソレは、 一人の荘重なる騎士の姿。

 その全身を凛烈なる白銀の燐光で包まれた甲冑で覆い、

頭部に装着された鉄仮面の隙間から

極限まで研ぎ澄まされた精神の光を宿した、 生命の幻 象(ヴィジョン)

 

「むう……何という、 剣捌きだ」

 

 自分の上で絶句する少女に代わり、 胸元のアラストールがそう声を漏らす。

 

「“紅 の 魔 術 師(マジシャンズ・レッド)” 空条 シャナ!!

始末して欲しいのはまず君からのようだな? ならばッ!」

 

 そのスタンド 「本体」 で在るフランス人の男性が鮮鋭な声でそう叫び

自分の脇で倒れた円卓に一切視線を送らず、

しかし目にも留まらぬ速度で紅蓮渦巻くスタンドの剣針を撃ち込む。

 

「……ッ!」

 

「……ッ!?」

 

 ソノ後に出来上がったモノは、 灼熱の紅炎を揺らめかす “火時計”

 炎の文字盤が微塵の狂いもなく正確に撃ち込まれ、

真紅の秒針が空間に尾を引く戦慄のオブジェ。

 

「アノ “火時計” が、 12を燃やすまでに君を倒すと予告しよう!」

 

 白銀の騎士を自分の脇に携える男性は、

確信に充ちた表情で眼前の少女を見下ろす。

 そして。

 

「我が名は、 “(ジャン)(ピエール) ・ポルナレフ”

スタンドは 「侵略」 と 「勝利」 を暗示する戦車のカード。

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)ッッ!! 」

 

 高々と己がスタンド名を宣告し、 承太郎達へと向き直る。

 

「ジョースター御一行……我が忠誠を誓う主の為、 その御命頂戴する……!」

 

 そのライトブルーの瞳に宿る不屈の信念と共に、

白銀の青年は威風堂々と開戦の始まりを宣言した。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)

本体名-J・P・ポルナレフ

能力-近距離パワー型。 空気を切断し開いた溝に “真空” を造り出す程の

鋭い斬撃を繰り出すコトが出来る。

破壊力-A スピード-A 射程距離-C

持続力-C 精密動作性-A 成長性-A

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 ポルナレフがこんなにカッコよくていいのか、

という話ですが最初の頃はまだキャラが定まってなかったりしますからね、

花京院も初期は一人称が「私」でしたし、

『ジョジョ』ではよくある話なのです。

(どこぞの『大統領』……('A`))

 

 



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『SILVER CHARIOTⅡ ~Aerial Saber~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 燃え盛る “火時計”

 眼前の白銀の騎士、 『戦車』 を司るスタンドが創り上げた戦慄のオブジェ。

その真紅の文字盤、 最初の部分が静かに焼け落ち次の 「2」 が燃え始める。

 

「この炎が 「12」 を燃やすまでに私を倒すですって? 大した自信ね」

 

 眼前の銀髪の青年、 重装甲をその身に纏った生命の幻 像(ヴィジョン)

「本体」 に向け真紅の瞳と深紅の髪を携えた少女が言葉を返す。

 

「……」

 

 そして少女は纏った黒衣を揺らしながらそのまま青年の脇に在る

“火時計” へと音も無く歩いていきそこで、

 

「はあぁぁッッ!!」

 

峻烈なる声で右腕を真一文字に薙ぎ払う。

 抜き放たれたその右腕の先には、 少女の身の丈に匹敵するほどの

大太刀が既に握られている。

 冷たい刀身の煌めきに走った刃紋がそのまま空間に鳴動するような大業物。

 異次元世界の討滅刃、 その銘を “贄殿遮那”

 少女の手から放たれた脅威の一閃は若干の(いとま) を以てその結果を現し、

眼前の “火時計” は正確に両断され

鏡のような切断面から上部分が滑り落ちる。

 

「……」

 

 火時計の倒壊音と共に、 彼等の後方にいた無頼の貴公子が微笑を浮かべる。

 相も変わらずの鋭さ、 携えた大刀の威力をほぼ完璧に引き出す技の冴え。

 その彼の視線を知ってか知らずか肩口に炎架の紋章が刻まれた制服姿の美少女は、

周囲に舞い墜ちる無数の炎と共に眼前の騎士へ凛々しい視線を返す。

 

「生憎だけれど、 “炎” よりも 『剣』 の方が得意なのよ、 この私は。

どうやら自惚れが過ぎたようね? おまえ」

 

 そう言って降り落ちる炎の下、

己よりも遙かに長身の男を傲然と見据える。

 しかしその男は眼前の事態にも顔色一つ変えず少女を見据え返す。

 

「フム、 どうやら名前に騙されたようだ。

まさかオレと同じ “剣士” だったとは。

しかし、 このオレを自惚れというのか?

このオレの剣捌きが……」

 

 そう言った男の手には、 いつのまにか5枚のフランス銀貨が乗せられている。

 

「自惚れだとッ!?」

 

 そう叫ぶと同時に男は、 手にした銀貨を全て無造作に空間へと投げ放ち

炎と共に舞い踊るソレをスタンドと共にライトブルーの瞳に映し、 構える。

 そして。

 

「―――――――――――ッッ!!」

 

 少女とは対照的に声はなく、

しかしその全身から発せられる威圧感は劣るコトなく、

瞬く間の更に一瞬の(まにま) に白銀を撃ち放つ。

 その荘重なる騎士のスタンドが携えるサーベルの切っ先で、

揺らめきと共に光を称えるモノ。

 その存在を認めたジョセフが叫ぶ。

 

「く、 空中に放たれた5つものコインをたったの一突きで!

重なり合った一瞬を貫いたッ!」

 

「いや……ソレだけじゃあねぇ。 よく見て見ろ」

 

 驚愕する祖父を後目に、 その実孫は冷静な視線でスタンドを見据える。

そのライトグリーンの瞳に映るモノは、

中心点を寸分違わず貫かれた銀貨の表面で、 それぞれ燃える炎。

 通常の(ことわり) を遙かに超越した光景。

 そのコトに、 スタンドの間近にいた少女も同時に気づく。

 

(コインとコインの間、 ソコに炎を取り込んでる……!

それは、 つまり)

 

 その解答を、 白銀の騎士を傍に携える 『スタンド使い』 が口にする。

 

「コレが一体、 どういう意味を持つか解ったようだな?

オレのスタンドが繰り出す斬撃は、

空気を切り裂き空と空の間に “溝”

乃ち 『真空』 を生み出す事が出来るというコトだ。

ここまでの業前(わざまえ)、 果たして君にお有りかな? お嬢さん」

 

 そう言ってスタンドが軽く右手を引くと同時に、

剣針に突き刺さっていた銀貨と炎が何の抵抗もなく抜け落ちる。

 

(……ッ!)

 

 澄んだ金属音を傍で捉えながら

少女は眼前に位置する男の想像を絶する剣技に、

その口元を軋らせる。

 

「是是火!? 忽然子始着火!! 的火燭~~~~ッッ!!」

 

 背後から、 若い男の声がした。

 店のウェイターらしき男が両断されて炎上する円卓を指差しながら

しきりに大声をあげている。

 

(ちょっと調子に乗って騒ぎ過ぎたか。 ここは封絶……)

 

 そのウェイターを視線の隅だけで捉えた少女。

 

「ッッ!!」

 

 しかしその次の瞬間には、 もう目の前の男はソコにいない。

 

「……」

 

 傍にいた騎士のスタンドもいつのまにか立ち消え、

銀髪の男は半開きになった店の扉にその背を預けていた。

 

「いつの間に外に……」

 

 頬を伝う冷たい雫を感じながら、 少女は言葉を零す。

 その様子を見据えながら男は少女に、 否、

その後方にいる3人も含め静かに告げる。

 

「オレのスタンド、 『戦 車(チャリオッツ)』 のカードの持つ暗示は

“侵略と勝利”

こんなせまっ苦しい所で始末してやってもいいが、

貴様等の 『能力』 は広い場所の方がその真価を発揮するだろう?

ソコを正々堂々迎え撃ち、 そして討ち果たすが我がスタンド、

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 に相応しき勝利……」

 

 そこで銀髪の青年は一度言葉を切って瞳を閉じ、

不屈の信念をその裡に宿らせて再び青い双眸を見開く。

 

「全員おもてへ出ろ!! 順番に斬り裂いてやるッッ!!」

 

 一対四という余りにも不利な状況に微塵も臆するコトもなく、

鮮鋭な声でそう叫んだ。

 

「!」

 

「ッ!」

 

「―!」

 

「!!」

 

 その声に誘発されるように、 それぞれの闘争心を燃え上がらせて

青年の後を追う4人の戦士。

 その中でただ一人。

 

(むう……アノ者……)

 

 少女の胸元で揺れる深遠なる紅世の王だけが、

感歎したような声を微かに漏らした。

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

胡 文 虎 花 園(タイガー・バーム・ガーデン)

 軟膏薬 「万 金 油(タイガー・バーム)」 の売り上げで巨富を得た香港の富豪、

胡文虎により1935年、総工費1600万香港ドルという巨費を投じて建設された庭園。

 1950年代に一般公開されその中心となる高さ44メートル、

7層構造のパゴダを始め、 周囲に中国仏教、 儒教、

また様々な故事や説話を題材としたジオラマが

コンクリートや陶磁器を用いて多数配置され、

これら地獄や極楽を構成する人物・動物・怪物等の人形は

スベテ極彩色に彩られ、 見方によってはグロテスクとも取れる造形をしている

 そのセンスと世界観は香港奇妙ゾーン・ナンバーワンと呼んでも過言ではなく、

まさに狂った道化師の造りし庭と云った景観を否が応にも視る者に想起させる。

 その道化師の庭、 陶器で出来た巨大な白竜と猛虎が口を開く石段の踊り場で

白銀の騎士を己の裡に秘める精悍なる 『スタンド使い』 が口を開く。

 

「さぁ! 最初は一体誰が相手だッ! 

4人同時でもオレは一向に構わんぞッ!」

 

 敵とは想えない勇猛極まる声でそう叫び、

不屈の信念に充ちた青い双眸で4者を見下ろす。

 

「……!」

 

 その声を聞いた、 マキシコートのような学生服を風に揺らす無頼の貴公子が

闘争心に誘発された微笑を端整な口唇に刻み、 眼上の銀髪の男に向かって前へ出る。

 

「フッ……まさかDIOの配下に、 テメーみてぇな男がいるとはな。

堂々と 「本体」 を晒し、 ストレートに戦いを挑んでくるヤローがよ」

 

 そう言ってレザー製のズボンに両手を突っ込み、

勇壮なるライトグリーンの瞳で男を見据える。

 

「余計な策や小細工を一切使わねぇ。

初めて出てきた 『正統派のスタンド使い』 か。

面白ぇ、 ここはオレがやらせてもらうぜ」

 

(フッ、 空条 承太郎か……凄まじいパワーとスピードとを誇るスタンド、

星 の 白 金(スター・プラチナ)』 願ってもない相手だ――!) 

 

 無頼の貴公子の上で佇む銀髪の男も、

同じく闘争心に誘発された笑みを口元に浮かべ承太郎の方へと歩み寄る。

 その次の瞬間。

 

「……ッ!」

 

 無頼の青年の前進が、 背後からの強い力によって止められた。

 

「……」

 

 振り向いた先にいたのは、 燃え盛る灼熱の色彩をその髪と瞳に宿した少女。

 その少女が、 細く可憐な造形からは想像もつかないほどの力で、

自分の学生服の裾を掴んでいる。

 その鮮烈な姿に似つかわしくない、 どことなく儚げな、

まるで狂ったこの庭園の迷い子を想わせる様相で。

 

「先にケンカを売られたのは私よ。 おまえは引っ込んでて」

 

 鷹揚のない声で事務的にそう告げ、 少女は青年の前へと歩み出る。

 

「オイ?」

 

 以前も似たようなコトが在ったが、

そのときとは明らかに様子が違う少女の背中に

青年は怪訝な視線で声をかける。

 

「うるさいうるさいうるさい。 おまえ、 怪我してるでしょ。

ベストな状態じゃないのに戦うのは得策じゃないわ」

 

 再び返ってきた、 いつものようなうるさいほどのキレがない声。

 そして少女は青年に背を向けたまま、

眼上のスタンド使いの元へと歩みよる。

 

「……」

 

 反対に銀髪の青年は、 興を殺がれたような表情で石段を登ってくる少女を見据える。

 そして一度淡いを嘆息を口唇から漏らした後少女に背を向け、

彼女の戦い易い開けた敷地へと移動を始める。

 空間を歪めるような異質な音を伴って

右手に細 剣(サーベル)を携えた白銀の騎士が出現し、

少女が剥き身の大刀を正眼に構えて対峙したのはその約2分後。

 遠間に波濤が響き、 湿り気のある風が互いの髪を揺らした。

 

「空条 シャナ? 敬愛する我が主の命とはいえ、

女を斬るのは気が進まぬが、 向かってくるのならば話は別。

覚悟を決めて戴こうか」

 

 騎士道の礼に失せず、 敵であってもその存在に敬意を払う銀髪の青年に、

 

「情けは無用。 さっさと来い」

 

紅髪の少女は端的にそう告げるのみ。

 その両者を離れた位置で静かに見据える白金の青年。

 己が戦っているわけではないが、

その研ぎ澄まされた 「戦闘の思考」 は

既に両者の状況を緻密に分析している。

 

(あのスタンドの身のこなし、 剣の握り具合、 構えの姿勢、 そして前後のバランス。

どれを取っても完璧だ。 それに斬るような殺気を放っているのに

ソレが完全に制 御(コントロール)されてるから一切の “ブレ” がねぇ)

 

 少女の対峙する相手の、 尋常成らざる力量に承太郎はより一層視線を研ぎ澄ます。

 

(さぁ……どうするシャナ? 今回は力押しが通用するような

スタンド使い(あいて)』 じゃなさそうだぜ)

 

 そう心中で呟き青年が視線を送った先。

 

「……」

 

 少女は戦気が在るのか無いのか、 まるで夢遊病者のような

漠然とした雰囲気でただ大刀を構えるのみ。

 そして口唇からは、 譫言のような声無き声が断続的に漏れるのみだった。

 その戦闘中にあるまじき少女の姿に、 眼前の青年が訝しげに視線を歪めた刹那。

 

「――ッッ!!」

 

 少女は足下の年季の入ったアスファルトを踏み切り、

大刀を斜に構えたまま白銀のスタンドへと突っ込んだ。

 

(どうした!? 不用意過ぎるぜッ!)

 

(フッ……! このオレを相手に堂々と正面からとはな! 

舐められたものだッ!)

 

 少女の取った選択に、 白金と白銀の 『スタンド使い』 が

それぞれ対照的な心情で両目を見開いたのはほぼ同時。

 

 

 

 グァッッッッッッッッッギャアアアアアアアアアアアアアア―――――

――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 周囲に響き渡る、 空間の軋むような斬撃音。

 少女の斜め上段の構えから撃ち放たれた力任せの袈裟斬りを、

『片手で』 受け止めた騎士のスタンドは、4

そのまま少女の大刀の腹を細剣の刃で滑らせ己の脇に()らす。

“柳に雪折れ無し”

 受け止めるのではなく 「抑える」 といった感覚で、

サーベルの刀身を(たわ) ませ大刀の破壊力を

弾動した刃の空隙で()なして無効化させるスタンド剣士。

 

「……ッッ!!」

 

 極限の脱力が生み出す、 先刻の料理店で見せた技とは対極に位置する

緩やかな剣捌きにより、 少女の躰は開いて大きく泳ぎ

攻撃対象失った大刀と共に前へと流れる。

 その刹那――。

 

 ピィンッ!

 

 滑らかな半円を空間に描いたスタンドのサーベルが、

突如閃光の如き白銀の刺突と化し、 少女の左胸へと急襲した。

 

「――ッッ!!」

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!

 

 

 

 

 

「……」

 

「……」

 

 炎の紋章が刻まれた特製のセーラー服、

その左胸の位置でピタリと停止した白銀の切っ先。

 そして。

 

「チェック・メイト」

 

 揺らぎのない鮮鋭な声で戦いの終焉を告げる、

精悍なる白銀のスタンド使い、J・P・ポルナレフ。

 一瞬の交錯。

 余りにも速過ぎる決着の光景。

 湿った海風が一迅、 ソレを物語るように傍らを通り抜けた。

 

「む、 むう、 何という強さだ。 まさかシャナが手も足も出ないとは……」

 

 脇でそう声を漏らす祖父を後目にその孫は、

 

(確かに相手は強ェが……ヒデェな、 今日のシャナは)

 

心中で呟き紅髪の少女を見据える。

 

(全然戦いに集中してねぇ……今の一撃も心此処に在らずといった、 捨て鉢なカンジだ。

ソレに、 いつものアノ焼け付くような雰囲気(オーラ)がまるで伝わってこねぇ……)

 

 どういうことだ?

 落胆にも似た表情で視線の先の少女を見据える無頼の青年。

 

「不調、 のようだね。 シャナは。

やはり、 まだホリィさんの事を引きずっているのかもしれない」

 

 己の隣で佇む花京院が、 静かな声でそう語りかけてくる。

 

「……」

 

 そうは見えなかったが。

 ちゃんとフッ切れたように見えた。

 旅立ちのアノ朝に。

 

「兎に角、 ボクが代わった方がよさそうだ」

 

 そう言って歩みだそうとする翡翠の奏者を無頼の貴公子は引き止める。

 

「待ちな。 まだ肩の傷が治ってねーだろ。 ここはやはりオレが行く」

 

 鋭い意志をその瞳に宿して花京院にそう告げ、

少女の左胸にサーベルを突き付けるスタンドへと

空条 承太郎は歩みを向ける。

 その背後でワシは? とジョセフが己を指差していたのは、 まぁ余談。

 歩きながら勇壮なるその声で承太郎は白銀のスタンド使い、

J・P・ポルナレフへと言い放つ。

 

「オイ? 選手交代だ。 どうやらソイツは本調子じゃあねぇらしい」

 

「――ッッ!!」

 

 承太郎のその言葉に、 少女の首筋が羞恥で赤く染まっていった。

 その胸中を知ってか知らずか、 無頼の貴公子は言葉を続ける。

 

「昨日ロクに寝てねーし、 飛行機ン中でクワガタのスタンドとヤりあったからな」

 

 言いながら襟元から垂れ下がった黄金の鎖を鳴らし、

長い学生服の裾を海風に靡かせる。

 

「ベストの状態じゃねーヤツ、

それも女に勝った所でなんの自慢にもならねーだろ。

勝手なコトを言うようだが、 オレとテメーで仕切直しだ」

 

 そう告げる無頼の貴公子に対し、

白銀のスタンド使いは少女の左胸から

いともアッサリとスタンドの剣先を引き、

三度闘争心に誘発された瞳で向き直る。

 

「フッ、 ようやく真打ちの登場というワケか」

 

 耳元の特殊なイヤリングを揺らしながら、

ポルナレフはスタンドのサーベルを鮮鋭に構え、 承太郎へと突き付ける。

 最早自分のすぐ傍にいる少女は、 眼中に入っていない。

 

「今度は、 失望させないでくれよ……」

 

「絶望させてやるぜ。 オレのスタンドのパワーとスピードでな」

 

 互いにそう言い、 近距離で真正面から対峙する二人のスタンド使い。

 

「うるさい……」

 

 傍らでそう漏らした、 少女の言葉は両者のどちらにも届かない。

 

「フム。 その意気や良し。

どうだ? せっかく互いの射程距離にまで歩み寄ったんだ。

ここは一つ、 スタンドを一度引っ込めて、

完全なる “ゼロの状態” からでの勝負にしないか?」

 

 鋭い芯はあるがどことなく戯れるような明るい声で、

真剣勝負の方法を提案する銀髪の青年。

 

「西部劇のガンマン風に言えば、

“抜きな、 どっちが素早いか試してみようぜ”

というヤツか? 良いだろう」

 

 承太郎はその提案を受け、 銀髪のスタンド使いから一歩距離を取る。

 

「うるさい……!」

 

 自分を見ない、 ()()()()()()青年に対し、

今はその聞き慣れた声すらも少女にとっては悲痛な響きとなる。

 

「カウント・ダウンは?」

 

「任せる……」

 

 最早完全に互いの存在しか眼に入らず、

二人のスタンド使いは戦闘時微弱に流れる

幽 波 紋 光(スタンド・パワー)』すらも裡に秘め、 発動の時を待つ。

 

(サンク)

 

 銀髪のスタンド使い、 J・P・ポルナレフが制 限 時 間(タイム・リミット)

を母国の言葉でまず口にする。

 

(キャトル) ……」

 

 承太郎もそれに倣い、 同じ言語で返す。

 

(まだ……終わってない……!)

 

 その両者の間に割って入るように、 傷心の少女の声。

 

(トロワ)

 

(ドゥ) ……」

 

 その少女の存在を無視して、 無情にカウントされていく戦いへの秒読み。

 

(まだ終わってない!!)

 

(ユヌ)

 

 そし、 て。

 

「ZEROッ!」

 

「ZERO……!」

 

(ZEROッッ!!)

 

 三者三様の想いを込め、 爆発する精神の波動。

 そこに。

 

「待てぇいッッッッ!!!!」

 

 雷神の放つ霹 靂(かみとき)

 ソレが急転直下で招来したかのような峻厳なる声が、 三者を直撃した。

 

「……」

 

「……」

 

「……アラストール」

 

 再び三者三様に、 声を発したペンダントへと視線を向ける

二人の 『スタンド使い』 と一人の “フレイムヘイズ”

 

「この勝負、 我が預かる……」

 

 各々戦闘態勢を執ったまま己を見る3人に対し、

深遠なる紅世の王は静かな声でそういい放った。

 ソレは、 我が子を慮る父親の如き心情。

 そして、 遙かなる悠久の刻の中、 確かに感じた感情。

 ()()()()()()()()

 己を、 完全に見失ってしまうほどに。

 半ば諦観にも近い想いで炎の魔神は自分の上、

いま現在酷く不安定で暴走状態にも近い少女を見る。

 

「……」

 

 戦いの 「結果」 だけを求めるのなら、

先刻の一合で決着は付いていたのかもしれない。

 しかし。

 一対一。

 ソレも、 男と男の真剣勝負。

 そこに横槍を入れるような、 しかも一人の者を二人で討ち果たすような

「勝ち方」 は、 眼前のこの男は絶対に納得しないであろう。

 その事が、 余計にこの少女を傷つける事になる。

 少女の想いは、 至ってただ純粋なだけ。

 しかし純粋で在るが故に、 時に傷つき苦しまねばならないコトも在る。

 その想いに 「自覚」 が無いならば尚更。

 そしてソレは、 眼前にいるこの男も同じ事。

 互いが互いを想い遣るが故に、 そしてその想いが純粋で在るが故に、

誤解を生じ、 擦れ違い、 傷つく事になる。

 そして想いの深さ故に、

それは時に愚かな行為をそうだと気づかずに

行ってしまう事にも繋がる。

“そのような悲劇” はもう避けねばならない。

『そんなコト』 はもう、 “自分達だけで” 十分だから。 

 消えない過去の記憶を一度心中で深く噛み締めた紅世の王は、

同時に焼け付くような視線で眼前の 『幽波紋(スタンド)使い』 を見る。

 そして、 厳かに口を開く。

 

「白銀の騎士よ。 まずは非礼を詫びよう。

一対一の果たし合いに、 余計な横槍を入れてしまったな」

 

(アラストール……!)

 

 自分の所為でアラストールにまで責任が及んだコトに、

少女は衝撃を受ける。

 

「Non、 オレも戦いの熱に浮かされ些か性急過ぎたようだ。

どうやら、 まだまだ精進が足りぬらしい」

 

 少女の胸元から上がる声に、 銀髪のスタンド使いは敬意を失さずそう返す。

 

「しかし、“預かる” とは一体どのような御意向かな?

まさか、 もう一度そちらのお嬢さんと立ち合え、 と?」

 

「……」

 

 垢抜けた振る舞いでそう問うフランス人の青年とは対照的に、

その手前から鋭い視線でアラストールを見る無頼の貴公子。

 あくまで少女の代わりに自分が戦う、 その立場を譲る気はないようだ。

 その両者を見据えながら、 深遠なる紅世の王は言葉を続ける。

 

「うむ。 先刻の貴殿の “(ワザ)”、 確かに見事では在ったが、

戦いの終局とするには少々言い過ぎだろう。

そのような脆弱な鍛え方はしていない。

何より、 アノ時この子はまだ剣を放してはいなかった」

 そう問う異界の魔神に対し白銀の騎士は、

 

「Oui、 ごもっとも。 しかし気が進まぬな。

このお嬢さんの剣には、 “迷い” が在る」

 

そう言って鍛え絞られた両腕を厳粛に胸元で組む。

 

「剣は心以上にその人間の 『真実』 を、 残酷な迄に映し出す。

幾らパワーとスピードが在っても、 ソノ太刀筋が見切られてしまえば

それはもう勝負等という領域に属するモノではない、 一方的な惨殺だ。

そのようなモノは我が 『スタンド』 の名誉に似つかわしくない」

 

「うむ」

 

『剣技』 の腕では明らかに少女を上回る力量を持つ騎士に、

アラストールはその事実を認めた上で頷く。

 そして。

 

「そうだな。 ソコで貴殿の相手を仕るのはこの子ではない。

紅世の王、“天壌の劫火” 足るこの我だ」

 

「!?」

 

「!!」

 

 蒼天に紅き激震疾走(はし)る――。

 古よりの絶頂に君臨する深紅の王、

四方(よも)やの参陣で在った。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 



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『SILVER CHARIOTⅢ ~King Crimson~ 』

 

 

【1】

 

 

 

「!!」

 

「アラストール!?」

 

 想定外の提言に、 同時のその瞳を見開く青年と少女。

 

(ペンダントのオメーが、 一体ェどうやって戦う気だ?)

 

「アラストール……まさか、“アノ方法” を遣うつもりなの?」

 

 心中と口頭にて少女と青年がアラストールに問うたのはまた同時。

 

「うむ。 すまぬがおまえの 『器』 借り受ける。

我が、 出よう」

 

「……」

 

「でもそれじゃ、痛みも傷もアラストールが……!」

 

 意味不明の言葉が飛び交う為怪訝な表情を浮かべる青年とは裏腹に、

少女は心痛な瞳で胸元の契約者を見つめる。

 

「よい。 戦場(いくさば)(おもむ)く以上、 血を流すのは必然のコト。

逆に怯懦(きょうだ)に屈し、 己だけ(たし)かな場に在るコトは相手に対し無礼に当たる」

 

「アラストール……」

 

 荘厳だがその裡に緩やかな温かさを遺した王の言葉に、

少女はその名を呼ぶ以外術をなくす。

 

「よいな? 空条 承太郎」

 

 同様の響きを以て、 無頼の青年に問いかけられる声。

 

「……」

 

 青年は訝しげにペンダントを見つめていたが、

代わってやりたいのは少女だけではなかったのだが、

アラストールの心中の想いを察し、 仕方なく折れる。

 

「アンタの戦い、 オレも興味が在るな。 お手並み拝見といかせてもらおうか」

 

 そう己の心を偽り、 白金の青年は炎の魔神に背を向ける。

 

「フッ……」

 

 青年の意図を察したアラストールも、

その口唇から淡い微笑を漏らす。

 

「気をつけて、 アラストール。 手強いわ、 あの男」

 

「うむ、 ソレは解っている。

紛れもない、 『一流』 の遣い手で在るコトはな」

 

 己を気遣う少女に、 アラストールは悠然とした声で応じる。

 しかし、 その裡では。

 

(うむ。 血が騒ぐ、 というヤツか……久しく忘れていた感覚よ)

 

 かつて “彼女” と、 幾多の戦場を駆け巡ったアノ時、 ソノ時、

確かに感じた熱が、 今再びアラストールの心中に甦りつつ在った。

 

(アノ者、 (まご)うコト無き 『一流』

その “技倆(ぎりょう)” は許より心根に於いてもな。

アレほどの遣い手。 ごく稀にしか邂逅出来ぬ)

 

 心中でそう呟き、 紅世の王は眼前で傲然と構える一人のスタンド使いを見る。

 

「では、 御武運を……」

 

「うむ」

 

 最後に少女がそう言って、 その真紅の瞳を閉じた刹那。

 彼女の纏っていた紅世の黒衣 “夜笠” が、

突如海面を走る波紋のようにザワめいた。

 

「!!」

 

「!」

 

「ッ!」

 

「!?」

 

 眼前の騎士を始め、 その様子を遠間にみる3人の男達も、

少女の変異に視線が釘付けとなる。

 そし、 て。

 黒衣は通常の(しめ)やかな風合から一転、

さながら激龍の竜鱗(うろこ)を想わせる硬質な質感へと即座に変貌し、

ソレと同時に彼女の火の粉撒く炎髪が逆巻くように立ち昇り、

その全身から紅蓮の炎が輝度を増した多量の不可思議な紋章と紋字と共に迸る。

 

「!!」

 

 その刹那の合間に一瞬、 少女の背後に垣間見えた姿。

 ソレを彼は、 空条 承太郎は視ていた。

 巨大な漆黒の塊を中心に秘め、 灼熱の衣たる炎を纏その身に纏い、

紅蓮の両翼を天空に向けて拡げた紅世の王。

“天壌の劫火” アラストール、 ソノ真の姿を。

 まるで、 この世界史上最大最強のスタンドを、

眼前で見せつけられたかのように。

 そし、 て。 

 静謐な光を称える胸元の球が深紅に染まり、

通常よりも遙かに紅度を増した炎の片鱗を周囲に振り飛ばしながら、

少女は、 ゆっくりとその双眸を開く。

 その輝度を遙かに増して、 この世に顕現した “本物の灼眼” を。

 そして虹彩の裡で揺らめく真紅の煌めきが、

静かに眼前で屹立する一人の 『スタンド使い』 へと向けられる。

 

「――ッ!」

 

 その、 有無を言わさぬ強烈な威圧感。

 百戦錬磨を誇る白銀の騎士でさえ、

想わずその構えを強固にしてしまう程に。

 開戦の合図も無しに臨戦態勢を執った、 否、 ()()()()()スタンド、

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)

 遠方より蒼き波濤が一際大きく鳴り響いた瞬間。 

 

「待たせたな。 白銀の騎士」

 

 アラストールが喋った。

 

「いざ、 参られよ――」

 

“シャナの声” で。

 

 

 

 

【2】

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 

 

 

 

 海から吹き抜ける蒼き風が、 伝説上の妖魔や魔獣を象った巨象群の周囲で舞い踊る、

狂った道化師の造りし庭。

 その中心部にて、 少女の躰を依り代として現世に降臨した

一人の強大なる紅世の王。

 その真名を “天壌の劫火” アラストール。

 視線を合わせるだけで、 心は疎か魂までも焼き尽くすような灼紅の神眼。

 その瞳で眼前の白銀の騎士をしんと見据えながら、

少女の姿をした王は口を開く。

 己がたったいま行使した、 紅世禁断の秘奥の名を。

 

霞現(かげん)ノ法” 神器を介し、 契約者を 「休眠」 の状態へと陥らせ、

代わりに()()()()()()()()()()()()()()(いにしえ) の禁儀。

今や遣える者も少なくなったがな」

 

「い、 一体どういう事じゃ?」

 

 遠間で二人の対峙を見据えるジョセフが、

盟友の未だ視ぬ姿に困惑した言葉を漏らす。

 しかしその脇で傲然と佇む実孫は、

先刻の王の言葉を正確に理解していた。

 

「さっきの言葉を鵜呑みにするなら、

おそらくアラストールがシャナの精神を支配し、

その躰を 『スタンド』 みてーに操ってるんだ。

ヤツら、“グゼノトモガラ” とかいうのは、

妙な能力(チカラ)で人形や石像を自在に動かすのはお手の物。

なら “人間” を、 テメーの思い通りに操ったとしても、 別に不思議はねぇ」

 

 そう言って無頼の貴公子は、 いつもより遙かに強い印象で心に灼き付く少女を見る。

 

「フ、フフフフフフフ……コレが、 ()()()異次元世界の能力者、

“フレイムヘイズ” その真の姿か!

ヘカテー嬢から聞き及んではいたが、 まさかコレ程とはなッ!」

 

 少女の風貌を取った王の前で凛然と屹立していた白銀のスタンド使い、

J・P・ポルナレフは驚嘆の中にもそれを上回る歓喜を織り交ぜて、

眼下のアラストールにそう告げる。

 

「相手にとって不足なしッ! いざ存分に剣を交わらせようぞ!!

アラストール殿ッッ!!」

 

 そう言って猛るスタンドの切っ先を、 より鋭く少女へ向ける。

 しかしソレに対してアラストールは、

手にした大刀の柄頭を一度その細い指先で軽やかに反転させ

煌めく刃を己に向けると、 そのまま竜鱗と化した黒衣の内側に納めてしまう。

 

「……ッ!」

 

 疑念から瞳を歪ませる青年に対し、

アラストールは少女の声で端然と告げる。

 

「期待に添えなくてすまぬが。 我は(いくさ)(つるぎ) は用いぬのでな。

代わりに――」

 

 そう言った刹那、 眼前で構えた少女の手の中で

紅蓮の焔が不可思議な紋章と共に燃え上がる。

 

「この “焔儀” にて御相手する。 存分にな」

 

 しかしアラストールのその申し出に対し、

白銀の騎士はやや白けたような表情を精悍な風貌に浮かべる。

 

「これは異なコトを……オレの剣に炎が通用しないのは既に承知の筈。

端から勝負を投げ、 我がスタンドを愚弄するか?」

 

「なれば試してみるがよかろう、 貴殿の剣技で本当に我の炎を封殺出来るか、 を」

 

「ならば予言しよう……貴公は、

“貴公自身の放った炎で滅び去る” というコトを……」

 

 そう言って互いに距離を取り、 その全身から空間の軋むような

威圧感(プレッシャー)を立ち昇らせる。 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 両者とも、 超の付く一流の遣い手同士。

 真正面から向き合えば、 付け入る隙は無きに等しい。

 そうして視る者の神経を否が上にも張り詰めさせ、

下腹部に緩慢な痺れを催す緊迫感が周囲に滲みだした刹那。

 

紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(ぐれんひゃくしきふうめつえんぎ)……」 

 

 アラストールがシャナの声で、

これから刳り出す己が存在を司る、

究極焔術自在法大系内の一領域の深名を、 静謐に呟く。

 その声の終わりと同時に、少女の足下から迸る深紅の灼光。

 そしてアラストールは己の眼前で握った拳から、

厳かな仕草で人差し指をピンと立てる。

 

(えん)

 

 少女の声でそう呟くと同時に、

銀のリングで彩られた白き指先に灯る、 紅い炎。

 

【挿絵表示】

 

 

(がい)

 

 続いて同じように立てられた中指に。

 

(ごう)

 

 薬指。

 

(れん)

 

 小指に。

 

(だん)

 

 そして最後に立てられた親指に。

 真紅の炎はそれぞれの指先で気流に揺らめくコトもなく、 寂然とその光を称える。

 

「ムゥ……!」

 

 ソレを認めたアラストールは鋭い呼気と共に

もう一度堅く握った拳を己の内側に大きく引き込み、

そして荘厳なる言葉を凛然とした少女の声に乗せて告げる。

 

「その身に受けよ……報いの劫火を……!」

 

 声と同時に、 アラストールの灼眼が大きく見開かれ、

堅めた拳が竜の(あぎと) を想わせる勢いで開きその指先から、

5つの巨大な炎弾が凄まじい存在感を伴って飛び出してくる。

 そのたった一つだけでも、 眼前に屹立する重装甲で覆われた白銀の騎士を

跡形もなく灼き尽くすのは可能と想わせる、 超絶の焔儀。

 神炎爆裂(しんえんばくれつ)灼絶(しゃくぜつ)煉撃(れんげき)

 天壌の流式(ムーヴ)

炎 劾 劫 煉 弾(えんがいごうれんだん)

流式者名-アラストール

破壊力-AA スピード-AA 射程距離-AA

持続力-AA 精密動作性-AA 成長性-完成

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 ソノ己を灼き尽くさんと向かってくる5つもの巨大炎弾を

銀髪の男性は鮮鋭に見据えると、

 

「無駄だ!! 如何に威力が在ろうと “炎は” オレに通用しない!!

我が剣の斬撃は真空を生み出しッッ!!」

 

精悍な声でそう言い放った刹那、 その5つの巨大な炎の塊は

嘘のようにスタンドの繰り出す旋風斬撃にスベテ斬り裂かれ、

後に遺った無数の炎の断片は捲き起こった真空に拠り自由を奪われ、

空間に固定されたように縛り付けられる。

 

「“弾き返す” と言っただろう……」

 

 周囲で紅蓮の迸りと共に己を照らす炎の断片に精悍な風貌照らされながら、

白銀の 『スタンド使い』 は勝利を確信したように微笑を浮かべる。

 

「“真空の中で炎は存在出来ない”

故にソレを極めれば、 炎を支配するなど至極簡単なコト。

貴公の技は確かに素晴らしいが、 『風』 制するオレのスタンド能力は

どうやら()()だったようだな?」

 

 そう言ってその強靭な意志の宿った青い瞳は、

目の前の少女の姿を執った王を見据える。

 

「不憫だとは想うがコレも勝負ッ! 引導を渡させて戴こう!!」

 

 鮮烈なる声と共に、 スタンドが眼にも止まらぬ剣捌きで旋風を巻き起こし

ソレが空間に拘束されていた総数30以上の巨大な炎の断片をスベテ、

超高速で前方へと弾き飛ばし微塵の回避空間も遺さずにアラストールへと襲い掛かる。

 

 

 

 

 ヴォッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオォォォォォ

ォォォォォ――――――――――――!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 凄まじい爆熱音と共にアラストールの放った超絶の焔儀が、

形容(カタチ)を換えしかし威力はそのままに、 否、

ソレ以上の猛威を以て弾き返され、 華奢な躰に全弾直撃する。

 

「――ッッ!!」

 

 声は発しなかったがその全身を周囲の空間数十メートルと共に炎で覆われ、

その内で瞳も口唇も判別出来ずただ黒い影が微かに蠢くのみとなった少女の姿。

 

「……ア、 アラストール……己の放った炎が余りにも強すぎるので、

自分自身が灼かれてしまっている……!」

 

 輪郭を震わせながら、 紅蓮狂い乱れる眼前の驚愕に

ジョセフが信じがたいといった表情で声を漏らす。

 

「……」

 

 その脇にいた無頼の貴公子もまた同様に、

しかし視線はあくまで、 炎の中で揺らめく少女の影に釘付けになったまま。

 

「……ッ!」

 

 やがて青年の淡いライトグリーンに映るその “影” は、

まるで生きた屍のように両手を大きく開いて前に突き出し、

ゆっくりと、 本当にゆっくりと眼前のスタンド使いへと前進を始める。

 己の放った劫火の嵐の中を、 まるで死出の路を彷徨うかのように。

 その姿を認めた白銀のスタンド使いは、

 

「フッ……全身を炎で灼かれながら、

それでも尚戦おうとするソノ気概は称賛に値するが、

貴公ほどの遣い手。

コレ以上長引かせて苦しみを与えるのもまた不憫。

このオレが介錯仕ろう!!」

 

そう言って青年は、 炎の燃焼圏内からようやく抜け出そうとしていた少女の影に、

微塵の躊躇もなく白銀の斬閃を繰り出す。

 瞬く間に上下左右ありとあらゆる方向から斬り裂かれ、

空間に5つに分かれて崩れ落ちる少女の影。

 

「――!?」

 

 だが、 次の刹那。

 確実に止めを刺した筈のその青年の方が、

手の先から伝わる違和感に両目を見開く。

 

「な、 何だ!? 今の奇妙な手応えは!!

まるで紙人形でも斬ったかのように、 手応えがない!!」

 

 その青年の驚愕と同時に彼の背後死角の位置から、

静かに到来する少女の声。

 

「炎の揺らめきに、 その眼が眩んだか……?」

 

「!?」

 

 己の背後に、 先刻確かに自分の放った炎で灼かれた筈の少女が、

纏った硬質な黒衣にも焼け焦げ一つない清冽なる姿で

その長く美しい焔髪を紅蓮の火の粉と共に熱風へ舞い踊らせていた。

 

「……!」

 

 無防備な、 背後の死角の位置を取られる。

 コレは、 実力の拮抗した強者(もの)同士の戦いなら、

その決着を意味するのに十分な光景。

 云わば、 己の首筋に剥き出しの短刀を宛われているに等しき状況。

 互いにそのコトが解っているのか、 青年は何も言わず、 否、 言えず、

少女の姿をした紅世の王は、 静かに言葉を続ける。

 

「貴様が先刻斬ったのは、 我が己の存在の裡で生み出せし “陽炎(かげろう)

いわば空身(ウツセミ)の如きモノ。

貴様が我の焔儀を制した時点で、 もう既に生み出し始めていた。

そして貴様が我の炎を弾き返した刹那、

その第一波が我に触れ得た瞬間にソレと入れ替わった。

後は燐子(りんね)と同じように “陽炎” を自在法で操り、

虚を実と貴様に想い込ませるのみ」

 

「……ッ!」

 

 己の背後で、 静かに響き渡る少女の声。

 

「己が異能に脚を(すく)われたのは、 貴様の方だったようだな?

さて、 今 生(こんじょう)への別れはすんだか?」

 

「……ッ!」

 

 騎士らしく潔く散るという選択肢も在る。

 しかし、 ただでヤられるのは誇りが赦さない。

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!!!!!

 

 

 

 

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)ッッッッッ!!!!!』 」

 

 乾坤一擲の想いで、 己がスタンド名をアラストールに刻み付けるにように叫び、

白銀の一閃を背後の少女に振り下ろすJ・P・ポルナレフ。

 しかし、 ソレよりも一瞬速く。

 

「その意気や良し……」

 

 眼前のスタンド使いに告げたアラストールの指先スベテに、

先刻と同様の寂然なる炎が宿っていた。

 

「改めてその身に受けよ……炎劾劫煉弾ッッ!!」

 

 その巨大な5つの炎弾は、眩い真紅の閃光を放って再び、 一斉に散華した。

 

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ

――――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 鋼の融解する音。

 鉄の蒸発する音。

 ソレ以上に、 鼓膜を劈くような大爆裂音。

 その何れもを絡まり合わせながら、 背後に超高速で吹き飛ばされる騎士のスタンド、

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)

 

「……」

 

 その姿を静かに見据えていた真紅の王は、

 

「紅世の王足るこの我に “予言” で戦いを挑もうとは、

幾星霜の時の流れを経ても、 ()だ遠かったようだな……」

 

森厳なる少女の声で、 そう漏らすのみだった。

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

『挿絵』のアラストールは“イメージ”です、

シャナの代わりに彼が『スタンド』みたいに

戦っていると解釈してください。

(ってか『スタンドの設定』も当初はそうする予定だったらしいですね。

解りずらいのであくまで「ヴィジョン」がお互いに見えてる、

と云う風にしたようですが)

 あと何気に気に入っている「サブタイ」ですね。

元の『スタンド』が好きというのもありますが。

『ジョジョの設定』にシャナのキャラクターが綺麗に嵌め込まれると、

まぁ()が嫌いな作品にも『愛着』が生まれるようです。

 ソレでは(≧▽≦)ノシ

 

 

 



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『SILVER CHARIOTⅣ ~Fatally Flame~ 』

 

 

 

【1】

 

 

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 VS “天 壌 の 劫 火(キング・クリムゾン)

 

 精悍なる 『スタンド使い』 J・P・ポルナレフと

深遠なる “紅世の王” アラストール。

 一流同士の壮絶な果たし合いは、

少女の姿をした王の凄絶なる焔儀によって終結した。

 

「――――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!!!!」

 

 渦巻く紅蓮の大劫火によって喉が焼け落ち気管が潰れたのか、

焔に灼かれる白銀のスタンドはその 「本体」 と共に声を上げるコトすら出来ず、

纏った硬質な重装甲を蝋の様に溶ろかしながら己の周囲で立ち昇る

5つの火柱の中心でただ藻掻くのみ。

 その地獄の炎焼圏内より遙か遠間から

離れていても伝わる凄まじい熱気をその肌に感じながら、

ジョセフが驚愕と感嘆を同時に漏らす。

 

「アラストールの 『能力』 “炎劾劫煉弾ッ!”

ワシも視るのは初めてだが恐るべき威力だ!!」

 

 そう言って前方の少女の姿をした、

その背後を振り向きもせず竜鱗の黒衣を

熱風に靡かせながら戻ってくる己が盟友を見る。

 

「まともに喰らったヤツの 『スタンド』

身に纏った甲冑がボロボロになり内部も溶解し始めている……終わったな」

 

「ひでーヤケドだ。 死んだなこりゃ。

運が良くて再起不能、 イヤ、 悪けりゃ、 かな……」

 

 ジョセフの脇でその孫が、 眼前の惨状にも眉一つ動かさず

剣呑な瞳でそう漏らす。

 

「奇跡的に一命を取り留めたとしても、 最早立つコトは叶わぬだろう」

 

 無頼の貴公子の前で立ち止まったアラストールはソコで初めて、

細めた流し目で背後の騎士を見る。

 紅世禁断の秘儀まで用いて戦った、 現世の好敵手の最後を。

 

「さて、 では参ろうか。 空を()けぬ我等、 彼の地までの道のりはまだ遠い。

奥方に遺された時、 一刻も無駄には出来ぬからな」

 少女の声でそう告げ出立を促す王の遙か背後で、

ブスブスと黒い硝煙を上げる 『スタンド使い』

 周囲を囲む奇態なオブジェの上で、 海鳥達がその死肉を漁ろうと獰猛な鳴き声をあげる。

 その、 刹那!

 

「――ッ!」

 

 いち早く異変を察知し振り向くアラストールの視線の先、

己が焔儀の直撃を受け息絶えた筈の白銀の騎士が、

背徳の盟約を結び冥界から舞い戻ったかのように

突如のその融解した身を引き起こした。

 

「む……ぅ……オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ

ォォォォ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!!」

 

 空間に響き渡る、 鮮鋭なる鬨の声。

 ソレと同時にドロドロに融解しアスファルトの上に滴り落ちていた甲冑が、

内側から迸る白銀の光によって焼け付いた炎ごと周囲八方へと

凄まじい速度で弾き飛ばされ、 音速で巻き起こった旋風が周りで立ち昇る

5つの火柱を瞬く間に掻き消す。

 その様子に釘付けになった4者の視線を余所に

白銀のスタンド全身を隈無く覆っていた甲冑は、

その両腕部、 脚部、 胸部、 頸椎部、 そして頭部と

結合器具を振り飛ばしながら次々と着脱していき、

己を灼く炎と熱とを巻き込んだままソレを一挙に空間へと放散する。

 

「な、 なんだ!? ヤツのスタンドがバラバラに “分解” していくぞ!」

 

 驚愕の声を上げるジョセフを後目に

スタンドはその姿を消し、 代わりにその 「本体」 が

大きく空間へと飛び上がる。

 

「まさかな……」

 

 復活した騎士を鋭い視線で睨め付けるアラストールの脇で、

 

「とんでもねぇヤローだな……」

無頼の貴公子が静かにそう漏らした。

 

「……」

 

 自分を見上げる4者の、 その遙か上空で青い瞳を開いた銀髪の 『スタンド使い』 は

仰向けの姿勢のまま仰け反るような体勢でこちらを向き、 そして、

 

「Bravo―――――ッッ!! オオ!! Bravo――――――ッッッッ!!!!」

 

母国の言葉で衒いなくアラストールに称賛を贈る。 

 

「こ……こいつはッ!?」

 

「アレほどの炎の直撃を受けたにも関わらずピンピンしている!!

それにしても、 一体何故ヤツの(からだ)が浮くんだ!?」

 

 驚愕に瞳を見開くジョセフと花京院を余所に、

 

「感覚の眼で()よ」

 

「スタンドだ……」

 

承太郎とアラストールが同時に口を開いた。

 

「!!」

 

「!?」 

 

 空中で腕を交差する男のすぐ下で、

半透明のスタンドの幻 象(ヴィジョン)が長身の肉体と苦もなく支えていた。

 

「フッ……!」

 

 スタンドの両腕により一度大きく空中に跳ね上げられた青年は、

そのまま鮮やかな旋転運動を繰り返して勢いを消費し

靴の踵を鳴らして軽やかに着地する。

 そしてその銀髪の 『スタンド使い』 J・P・ポルナレフは、

両腕を背後で交差させる独特の立ち姿を執りながら

再び空間の歪むような音と共に己がスタンドを出現させる。

 先刻のモノとは一線を画した、 新たなるスタンドの幻 象(ヴィジョン)を。

 ソレ、 は。

 全身至る部分の甲冑が着脱され、 剥き出しの生身を晒す騎士の姿。

 見ようによってはイカれた狂科学者の創り上げた

殺 戮 機 械(キリング・マシーン)の様にも視えるが、

全身から発せられる鮮烈な威圧感は明らかに先刻のモノよりも鋭い。

 その瞬時に変 形(トランスフォーム)したスタンドの全貌が、

精悍なるスタンド使いの口唇から語られる。

 

()()()()()()()()()()!! 『銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)ッッ!!』 」

 

 再び白銀の細剣(サーベル)の切っ先を尖鋭に構えながら

ポルナレフは己を地に伏せた相手、 少女の姿をした紅世の王、

アラストールを瞠目する。

 

「……」

 

 表情こそ変わらないが、 想定外の事態にさしものアラストールも言葉に詰まる。

 

「フフフフフ……呆気に取られているようだが、

オレの持っているこの 『能力』 を説明せずに再び貴公へ挑むのは、

騎士道に恥じる闇討ちにも等しい行為。 一体どういうコトか……

説明する時間を戴けまいか? アラストール殿?」

 

 己の得手とする焔儀の直撃を受けても

全くの無傷な白銀の騎士に驚嘆しながらも、

アラストールは荘厳な雰囲気を保ったまま少女の声で告げる。

 

「畏れ入る。 敷衍(ふえん)賜ろうか」

 

「スタンドは、 さっき分解して消えたのではない。

我がスタンド 『銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 には

「防御甲冑」 がついていた。 今脱ぎ去ったのはソレだ。

貴公の炎に灼かれたのは、 いわばスタンドの 「外殻」 の部分。

だから 『本体』 のオレは無傷で済んだのだ」

 

 鍛え絞られた両腕をサロンの巻き付いた腰に当てながら、

白銀のスタンド使いは雄弁な口調で己の 『能力』 を

包み隠さずアラストールに告げる。

 

「そして、 甲冑を脱ぎ捨てた分身軽になった。

オレを持ち上げた 『スタンド』 の動きが貴公の眼には映ったか?

ソレほどのスピードで動くコトが可能となったのだ!」

 

(む……うぅ……)

 

 清廉なる少女の声にて、 心中でそう漏らすアラストール。

 確かに、 己の心胆を寒からしめるに足る先刻の超スピード。

 通常の少女を、 そして無頼の青年が携える 『星の白金』 すら上回る異能

『灰の塔』 をも凌ぐ、 異次元レベルの超絶速度だった。

 一流は一流を()る。 

 一合でソコまで見抜いたアラストールの洞察力もまた驚嘆に値。

 

「フム。 なるほど。 先刻は戎 衣(じゅうい)の荷重故に

我の焔儀を(こうむ)ったというコトか……

しかし今は白銀の庇護なき抜き身。

つまり今一度我の焔儀を被ったら、 絶命は必至というコト」

 

 竜鱗の黒衣を立ち昇る炎気をはためかせながら言葉を紡ぐ紅世の王に対し、

スタンドの騎士はフムムと口元を結び泰然と応じる。

 

「Oui、 ごもっとも……だが、 無理だねッ!」

 

 構えたサーベルよりも鋭い白銀の光をその青い双眸に宿らせながら、

酷烈なる声でそう言い放つ。

 

「無理、と? 試してみられるか?」

 

「何故なら、 これから貴公が心底ゾッとするコトをお視せするからだ」

 

「ほう、承ろうか」

 

『―――――――――――――ッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!』

 

 一瞬よりも遙かに短き時の(まにま) に。

 眼前の視界全域に拡がったスタンドの群。

 

「な、 なんじゃ!? ヤツの 『スタンド』 が6……いや7、

ええい! “多過ぎて” 数えきれんッ!」

 

「バ、 バカな!? スタンドは 『一人一体』 のはずだ!」

 

 立て続けに起きる怪異な現象にジョセフと花京院が眩暈を覚えると同時に、

間にいる無頼の貴公子の頬にも冷たい雫が伝う。

 

「……」

 

 そのスタンドの群と対峙する紅世の王もまた同様に。

 

「フッ…… 『ゾッ』 としたようだな? コレは 「残像」 だ。

視覚ではなく貴公の 「感覚」 へと訴える 『スタンド』 の残像群だ。

貴公の感覚は、 最早この機動(うごき)についてこれないのだ……!」

 

 中指と薬指にはめられた銀の指輪(リング)を見せつけるように眼前で構えた銀髪の青年は、

そのまま突撃の鼓を鳴らすようにアラストールへ鋭く指先を差し向ける。

 その動作に連動して、 無数の白銀の騎士団が一斉に少女へと襲い掛かる。

 

「“今度の” 剣捌きはッッ!!

いかがかなアアアアアアアアァァァァァァァァ―――――――――!!!!!!!!!」

 

(む……うぅ……ッ!)

 

 周囲の空気を断裂、 或いは攪拌しながら夥しい数で以て刳り出される、 斬撃と挿突の嵐。

 咄嗟の体捌きでアラストールはなんとか回避を試みるが

その瞳には無尽蔵に射出される剣撃がただ白銀の閃光状に映るだけで、

とてもスベテは(かわ)しきれない。

 まして徒手空拳と熟練の刀剣使いでは、 戦う前から勝負はみえている。

 

「ハァァッッ!!」

 

 無謀な回避行動に紛れて、 半ば破れかぶれに近い心情で前方に突き出した

アラストールの右掌中から、 突如紅蓮の炎に包まれた北 欧 高 十 字 架(ケルティック・ハイクロス)

強烈な射出音と共に飛び出してくる。

R ・ C ・ V(レイジング・クロス・ヴォーテックス)

 炎の高架に様々な自在式を組み込んで

その軌道や属性を変化させるコトの出来る、

いま在る少女最大の炎絶儀。

 シャナは発動までに若干時間を要するが

アラストールは一瞬で、 しかも片手で撃つコトが出来る。

 しかし。

 撃ち出された炎の高 十 字 架(ハイクロス)は縦横無尽に空間を疾走(はし)

白銀の騎士団内一体に確かに着弾したにも関わらず、

霞む騎士の背後に突き抜け大地を穿つ。

 

 

 

 

 ヴァッッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

ォォォォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!

 

 

 

 本来の標的を大きく外し、 大地に着撃した炎の高 十 字 架(ハイクロス)

ソコで轟音と共に爆散し、 巨大な高架状の火柱が天空へと翔け上がっていく。

 

「Non、 Non、 Non、 Non、 Non、 Non、 Non。

無理だと言っただろう? 今のはただの残像だ」

 

 背後で立ち上る紅蓮の火柱にその精悍な風貌を照らされながら、

白銀のスタンド使いは悠然と言い放ち指先を左右に振ってみせる。

 

「今のオレの 『スタンド』 にもう貴公の(ワザ)は通じない。

また無駄に地面に大穴を開けるだけだ。 大地には 「敬意」 を払わねばな?

フフフフフフフフフ……」

 

 微笑と共にJ・P・ポルナレフがそう言った刹那。

 

「――ッッ!!」

 

 突如、 躰を覆っていた竜鱗の黒衣その右腕部が胸の部分まで裂け、

余波でその内部のセーラー服にも欠刻が幾つも走り

千切れた黒衣と制服の生地を散らしながら少女の白い肌を空間に晒す。

 

「アラストールッ!」

 

 予測もしなかった盟友の窮地に、 ジョセフは咄嗟にその傍に駆け寄ろうとする。

 しかしその脚は自らの孫の手によって止められた。

 

「まて、 ジジイ」

 

「し、 しかし!」

 

 肩を掴まれ振り向き様に己をみる祖父に承太郎は、

 

「ただの威嚇だ」

 

怜悧な視線で眼前を見据えながら、 ただ一言そう漏らした。

 

「……」

 

 そしてそのコトは、 当事者であるアラストールが他の誰よりもよく解っていた。

 

「むう……なんという正確さ、 存外に研鑽を積んだ 『能力(チカラ)』 のようだな」

 

 その黒衣が千切れ飛んだ瞬間にも瞳を閉じなかったアラストールは、

微塵の揺らぎもなき強靭な精神にて己が状況を分析する。

 

「ふむ……故在って、10年近く修行をした」

 

 眼前に屹立するスタンド使いは同じく揺らぎのない風貌でそう返す。

 

(しかも今の刹那に我を斬り刻むのは可能だったのにも関わらず、

この子の肌には微塵も剣先が触れていない。

あくまで騎士道精神とやらに則り、 礼を失せぬか……)

 

 右半分が完全に開き、 今はその白い少女の肌を戦風に晒す紅世の王は

厳かな敬意と共に心中でそう呟く。

 

「さあ、 いざ参られよ。 次の一合にて、 この戦いの決着としよう」

 

 アラストールの瞳に怖れがないコトを確認したJ・P・ポルナレフは、

ゆっくりと己の背後に脱鎧したスタンドを出現させ

その躯を大きく開いて構える。

 

「うむ。 ならば我も、 これから刳り出す焔儀の本質を

明かしてから戦いに挑むとしようか」

 

「ほう?」

 

 既に臨戦態勢に入っていた白銀のスタンド使いは、

その構えを崩さぬままアラストールに応じる。

 

「先刻貴殿を追いつめた我の “炎劾劫煉弾” だが……」

 

 そう言って眼前に構えたアラストールの右手の指先に、 三度紅蓮の炎が順に灯る。

 

「実は、 片手ではなく()()()出せる」

 

 少女の声でそう言葉を紡ぐ左の指先スベテに、

右と同様の炎が連なるように灯る。

 

【挿絵表示】

 

 

「コレによって威力は倍、 否、 “誘爆” の奏効によりソノ比ではない」

 

 そう告げながら両手に灯った爆炎の灯火を、 哀悼のように掲げる紅世の王。

 

「おもしろい……ッ!」

 

 その明かされた驚愕に対し怯むどころか、

逆に先刻以上の闘気をスタンドと共に漲らせる白銀の騎士。

 

「……」

 

「……」

 

 最早、 言葉はいらない。

 ここから先は、 対峙する者以外何人たりとも立ち入るコトの赦されぬ聖なる領域。

『男の世界』

 

()くぞ……」

 

「おうッ!」

 

 銀髪の青年が応じた刹那、 渾身の力を込め右の指先を、

即座に紅蓮の交叉を空間に描いて左の指先が、

ほぼ同時に真正面へと刳り出される。

 

炎 劾 双 業 劫 煉 弾(えんがいそうぎょうごうれんだん)ッッ!!”

制せるモノなら制してみせよッッ!!」

 

 超絶をも超えた焔の流式名が空間に鳴動したその一瞬前に、

ソレと対峙する白銀の騎士は荒ぶる闘争心とは裏腹の

『静かなる集中力』 によって、 己の精神を極限にまで研ぎ澄ましていた。

 そして――。

 

“TANDEM……ッ!”

 

 専心した心中の声に同調(シンクロ)するように、

見開かれる 「本体」 と 『スタンド』 の瞳。

 その結果として現れるモノ。

 ソレは、 この世ならざる異能の遣い手の中でも 『スタンド使い』 にしか遣えない妙技。

 高ぶった己の精神力をスタンドに注入して限界以上の能力(チカラ)を引き出し、

さらに瞬間的な特殊機動と可能とさせる 『幽 波 紋 技 術(スタンド・スキル)

【タンデム・アタック】

 

(!!)

 

(アレはッ!?)

 

 そのコトに、 同じ技術(ワザ)の遣い手である二人のスタンド使いが同時に反応する。

 先刻、 アラストールが焔儀を刳り出そうとする瞬間から既に、

甲冑を脱ぎ捨てたスタンドの足下から白銀のスタンドパワーが

頭頂部に向けて間歇泉のように噴出。

 ソレに拠ってチカラを存分に溜め込んでいたスタンドは瞬時に、

己へと襲い掛かってくる10もの巨大炎弾に対して迎撃体勢を執る。

 そし、 て。

 

「オオオオオオオオオオオオオォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!

視るが良いッッ!! 我がスタンドのMAXパワーをッッッッ!!!!」

 

 高らかな喚声と共に、 スタンド『銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 は

その本体周囲360°を白銀の迸りと共に隈無く覆い尽くし、

空間を灼きながら唸りを上げて迫る巨大炎弾群に鉄壁の防御陣を敷く。

 

(ダメだ! ヤツのスタンドが円陣を組んだ戦形(カタチ)を執った!)

 

(死角がねぇッ!)

 

(弾き返されてまた逆に炎を……ッ!)

 

 刹那の間、 3人の 『スタンド使い』 が心中でそう叫んだ後。

 

「あまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまいあまい

あまァァァァァァいィィィィィィ―――――――――――――――――ッッッッ!!!!

この炎を先程と同様!! スベテまとめて斬り刻むッッッッッ!!!!!」

 

“炎劾双業劫煉弾”

 先刻のアラストールの言葉が示す通り“誘爆効果” に拠って、

着弾箇所のその瞬間最高温度は100万度にも達する紅世至宝の超焔儀。

 しかしソレはその最大の効果を発揮する前に、

ほんの数分前の光景を再現(トレース)するように、

白銀の燐光で包まれた細剣(サーベル)を縦横無尽に(ふる)うスタンドの騎士団に

総数100を超える紅蓮の破片へとバラバラに斬攪(ざんかく)され、

空を引き割く閃撃によって発生した周囲を取り巻く真空の渦に

ソレ以上微動だにするコトも出来ず空間へと拘束される。 

 再び、 アラストールの刳り出した極限レベルの焔儀を

完璧に制した白銀の 『スタンド使い』 は、

炎を携えたまま数体に分身、 否、 数十体に増殖して

感覚へと映るスタンドの騎士団を背景に、

最大限の敬意を込め母国の言葉にて哀別を贈る。

 

Au revoir(オ・ルヴォワール)……

アラストール殿……良き戦い、 良き相手であった……」

 

 そして。

 斬り刻まれた夥しい数の炎の破片を旋風斬撃でスベテ弾き返すと同時に、

スタンドの騎士団スベテにも一斉突撃を掛ける命令を下す為

その右手を高々と頭上に掲げる。

 だが、 次の刹那。

 

「フ、 フ、 フ」

 

 絶望的な状況下に在ると想われた眼前の美少女が、

突如勝ち誇ったかのように、 微笑った。

 

「な、 何がおかしいッ!?」

 

 少女の姿をした王の行為を、 己が勝利に対する侮辱だと受け取った青年は

雄々しく梳き上げたその鬣を張り裂くようにして叫ぶ。

 その問いに対しアラストールはその双眸を閉じたまま、

100を超える紅蓮の炎塊を前にして尚、 悠然とした声で告げる。

 

「否、 失礼。 まさかこれまでも完殺するとは……

そのような者等今までのどの紅世の徒の中にも、

そして王の中にもいなかったのでな。

貴殿ほどの遣い手ならよもやとも想ったが、

ソレがいざ現実となると返って笑いが出るというもの。

御無礼の断、 赦されよ、 ポルナレフ卿。 フ、 フ、 フ」

 

 少女の声で緩やかにそう微笑いながら、

千切れた竜衣を破滅の炎風に靡かせ

深遠なる紅世の王はゆっくりとその双眸を開く。

 

「!!」

 

 その瞳の裡に宿りし真紅の炎を、 更に激しく燃え滾らせながら。

 そして王は、 己が宿敵に告げるべき最後の言葉を、 本当に静かに紡ぎ出す。

 

「万雷に尽きぬ礼賛を、 貴殿に送る。 良き御業、 良き御剣。

紅世の王としての宿命(さだめ)に存在する者として、

これ以上のない本懐(ほんかい)であったぞ……」

 

「……ッ!」 

 

 心なしか愁いを滲ませて届く少女の透明な声に、

さしも白銀の騎士も言葉を失う。

 これは、 散り逝く者の最後の餞なのか。

 ならば死力を尽くして闘った者として、

ソレを聞き届ける事こそが彼に対する礼儀。

 しかし。

 

「まさか我に、“コレ” をも遣わせるとはな……ッ!」

 

 先刻の儚げな雰囲気から一転、

熾烈なる紅蓮の炎気がアラストールの躰から迸った瞬間、

いつのまにか両脇に構えていた彼の両手から神門(アーチ)状の炎が、

否、より高度にその属性(カタチ)を変貌させたモノが、

濁流の如く噴き挙がり、 流動交換をするようにそれぞれの対手の裡へと呑み込まれていく。

 ソレと同時に、 少女の身に変化が起こった。

 正確にはその膝下まで届く、 灼熱の緋で彩られた長く美しい “炎髪” に。

 通常紅蓮の色彩を携え、 周囲に無数の火の粉を際限なく撒き散らせるその髪は、

今はソノ全体、 一本の例外もなく灼蓮の光に包まれ

辛うじて色彩こそ判別出来るものの、 余りにも(まばゆ) 過ぎて直視ままならない。

 その神々足る御姿。

 まさに、 現世に光臨した女神にも相剋。

 凄まじい、 と呼ぶには余りにも聖麗な、

紅世の王 “天壌の劫火”その存在の片鱗。

 真正の “炎髪” の顕現。

 

「む……うぅ……! こ、 コレはッ!?」

 

 想像を絶する、 その視る者スベテを執心させずにはいられない、

神異極まる光景を呆気に取られて見つめる一同を後目に

アラストールはそのまま無言で、 己の両手を左右対称の形で組み合わせる。

 人間の関節可動区域を完全に無視して構成された、

さながら(あぎと) を開く竜神を想わせる印を結びながら、

ソレと同時に周囲へ湧き熾る紅蓮の炎、 否、 灼紅(しゃっこう)の光。

 火炎の属性(カタチ)を超え、閃熱(せんねつ) と化した莫大な量の存在の力が、

アラストールの全身に集束していく。

 ソレに合わせてその発動の証で在る彼の “炎髪” は、

通常の物理法則を無視して大きく空間へと捲き騰がる。

 そして到来する、 神絶なる王の喚声。

 

「幕だ!! 白銀の騎士よッッ!!」

 

「――ッ!」 

 

 その声に、 天雷のような轟きに、

脅威に縛られていたかのように立ち尽くしていた

スタンド使いは我を取り戻す。

 そし、 て。

 

「まだだ!! まだ終わらんッッ!! 我が “大命” 果たすまで!!!!」

 

 最早戦いの決着はついたと心の奥底では受容していても、

その更に深奥から湧き出る追憶が、 己が諦念を赦さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

“お兄ちゃん”

 

 

 

 

 

 

 

「!!」

 

 青年の、 J・P・ポルナレフの脳裡で甦る、 一人の華麗なる少女の姿。

 護りたかった者。

 護れなかった者。

 穏やかな光の中、 緩やかな風の中、

花々の中を駆ける、 在りし日の彼女の姿。

 どれだけの時を経たとしても、 決して色褪せるコトのない、

永遠の、 追憶。

 

「う、 ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ

ォォォォォォォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!!!!!」

 

 敵わないとは解っていても、 それでも()()()()()最後の最後まで全霊を尽くすと

誓った一人の誇り高きスタンド使いは、 背後の騎士団に一斉攻撃を命じる。

 その100を超える紅蓮の飛沫が白銀の旋風と共に猛進した刹那、

極大なる灼光が彼の眼前で弾けた。

 アラストールの、 喚声と共に撃ち出された両の印。

 ソノ形容、 泰山を砕く竜の咆吼が如く。

 そしてソコから召喚される、 無限の閃熱。

 極光閃滅(きょくこうせんめつ)天灼(てんじゃく)大河(たいが)

 天壌の 真・流式(ネオ・ムーヴ)

焔 劾 魔 葬 轟 瀑 布(えんがいまそうごうばくふ)】 

流式者名-アラストール

破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-AAA

持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-完成

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 カァッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 空間の至る処に存在する、 白銀の騎士団スベテの直下で一度灼光が弾け。

 

 

 

 ヴァッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ

ォォォォォォォォォ――――――――――――!!!!!!!!!

 

 

 

 

 継いで極光の閃熱が、 眼前に在るスベテの存在を呑み込みながら

巨大な円柱状と成って天空へと翔け昇り、 頭上の雲海を貫いた。

 

『………………………………!!!!!!!!!!!』

 

 数十体以上いた白銀の騎士はそのスベテが余すコトなく

その閃熱圏内(サークル)に呑み込まれて瞬時に炎蒸し、

その中のたった一体のみが炎に覆われ双眸を失った

「本体」 と共に大地へと陥落する。

 その様子を最後までしっかりと己の灼眼に灼きつけたアラストールは、

 

「……」

 

神秘的な紋様の入った短剣を纏った竜衣の中から取りだし、

最早立ち上がる力さえも失って蠢く男の前に突き立てた。

 

「炎に焼かれて死ぬのは苦しかろう……

我の炎は、 その存在が灰燼と化すまで決して消えぬのでな。

その短剣で、 自決するが良い……」

 

 最後の情けか、 アラストールは静かにそれだけ告げると

無惨な姿と成り果てた男にスッと背を向けた。

 

「……!……ッ!」

 

 辛うじてだがまだ強靭な意志と共に生命をも繋ぎ止めていた男は、

その先端まで紅蓮の炎に包まれた指先で短剣を掴むと

全身を焼かれる苦悶と屈辱とに身を震わせながら、

霞む視界と共に遠くなっていく少女の背中へ狙いを定める。

 が、 しかし。

 

「……」

 

 男は、 やがて腕に込めていた力をそっと抜くと

焼煙を立ち上らせる指先で軽やかに短剣を反転させ、

そのまま先端を己の喉元へと押し当てる。

 そして、 厳かに辞世の言葉を呟く。

 

「自惚れて……いた……炎……などに……オレの……剣捌きが……敗れる……

筈が……ない……と……」

 

 声帯を焼かれ、 最早発声すらもおぼつかなくなってきた声無き声で、

精悍なる一人のスタンド使い、 J・P・ポルナレフは己が敗因を静かに認める。

 そし、 て。

 スベテを受け入れた、 本当に安らかな表情で、

 

「フ……フ、 フ、 フ……やはり、 このまま……潔く……焼け死ぬコトにしよう……

ソレが……貴公との戦いに敗れた……オレの……貴公に対するせめても礼儀……

自害……する……のは……無……礼……だ……な……」

 

僅かに残る力でアラストールへの敬意をそう示し、

そして最後の苦悶からの救いである短剣を地に落とす。

 その澄んだ金属音が周囲に鳴り響いた時。

 

「……」

 

 一瞬の間も於かずに、 生きたまま焚焼されていくポルナレフの傍らに、

少女の姿をした紅世の王が佇んでいた。

 その両手には、 先刻の極絶焔儀とは対極の

神聖なる煌めきを靡かせる灼光が既に宿っており、

ソレが戦いに敗れた者を、 苦悶に喘ぐ者を労るように、

優しくそっと包み込む。

 

 ヴァジュオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ……

 

「フッ……」

 

 慈悲という想念がそのまま音韻となったかのような、

清浄な響きを靡かせて立ち消えていく焔を遠間から見据えながら、

無頼の貴公子の口唇にも笑みが刻まれる。

 

「あくまでも、 騎士道とやらの礼を失せぬ者……

しかも我の背後から短剣を投げなかった……

彼の者、 『幽血の統世王』 からの命すらも上回る、 高潔なる精神……」

 

 そう言ってアラストールは、 雄々しく梳き上げたJ・P・ポルナレフの前髪を

指先でそっと捲りあげ、 その内部で蠢く “肉の芽” を剥き出しにする。

 

「討滅するには惜しい……何か、 (ゆえ)在ってのコトだな……」

 

 そう言って双眸を閉じる紅世の王の傍らで、

 

「出番か?」

 

いつの間か傍に来ていた承太郎が、 ポルナレフの脳に撃ち込まれた

肉の芽を見据えながらアラストールに問う。

 

「否、 良い。 我がやろう……」

 

 少女の姿をした王は少女の声のままで、 その肉の芽にスッと手を差し出し

ソレが埋め込まれた数㎝ほどの距離で自在法を練り、

やがて不可思議な紋字と共に空間に沁み出る灼紅の光を、

標的に向けて照射する。

 

「UU……GYYY……GIGIGIGIGIGIGIGIGI……」

 

 肉の芽は、 己を摘出しようとする力に狂暴な防衛本能で抗おうとするが、

やがてソレはアラストールの放つ静謐な光によって全体の自由を奪われ、

微かな抵抗も奇声すらあげるコトも出来ぬまま徐々に力を失っていく。

 

「……」

 

 やがてアラストールが、 静謐な光に包まれた手をゆっくりと己の内に引くと、

ソレに連動して肉の芽本体も寄生するスタンド使いの頭部から離れていく。

 そのままポルナレフの脳内に突き挿っていた触針が完全に生体から抜け出ると一転、

拍 節 器(メトロノーム)のような鋭い反動で指先を薙ぎ、

空間を削るようにして指先の上に移動してきた肉の芽に向けて

その先端を一度だけ弾く。

 

 ヴォッッッッ!!!!

 

 ただソレだけの行為で、 賢者さえも下僕に跪かせるDIOの呪縛の元凶は、

一瞬の内に紅蓮の焔に包まれ、 後は音もなく焼け落ちていった。

 

「この者も、 また我等と同じ “宿業” を背負う者。

今日、 此処で邂逅したのも、

“また定められたコト” で在ったのやもしれぬな」

 

 吹き抜ける海風に神聖な髪と竜衣を揺らしながら、

深遠なる紅世の王は誰に言うでもなくそう一人語る。

 そのすぐ脇で、

 

「……と、 まぁ、 でもコレで肉の芽がなくなって、

『にくめないヤツ』 になったというワケじゃな! ジャンジャンッ!」

 

 ヒヒ、 と笑いながら、 炎傷だらけのポルナレフの躯をそっと抱き起こす

ジョセフに対し、

 

「アラストール、 それに花京院、 オメーらこーゆーくだらねーダジャレ言うヤツって、

無性に腹立ってこねーか?」 

 

その孫は冷めた視線で言う。

 

「ハハッ……」

 

「フッ……」

 

 問われた二人は、 爽やかな笑みと穏やかな微笑でそれぞれ応じる。

 

「に、 してもよ」

 

 戦闘が終了を告げ、 やや弛緩した雰囲気の中

無頼の貴公子が少女の姿をした王に再び問う。

 

「圧倒的だったな。 只者じゃあねーとは想っていたが、 まさかアレ程とはよ。

これから先の敵、 全部アンタがヤっちまってもいーんじゃあねーのか?」

 

 冗談半分、 本音が半分で己に言う無頼の貴公子に対し炎の魔神は、

 

「それは出来ぬ……」

 

と、 厳しさを含んだ声で云う。

 

「コレは、 フレイムヘイズの “王” の中でも、

限られた者しか遣うコトを赦されぬ 『禁儀』

その威力(チカラ)が測り知れぬが故に、 その “代償” もまた大きい。 

『この世ならざる王が』 “この世の存在である人間” を支配して

無理矢理その力を行使するが故に、 必要以上にこの子の躰を酷使し、

その精神も我がモノとする為最悪の場合は、

この子の心が我の存在に呑みこまれ

『消滅』 してしまうコトさえ在り得るのだ。

元は、 邪悪な紅世の王が討滅に対する防護策として、

人間を 「身代わり」 にする事に端を発した “外法” 故にな」

 

「!!」

 

 強大な能力(チカラ)には、 ソレに比例してリスクが付きまとうコトは理解していたが、

まさかソレほどの代償だったとは、 知らぬコトとは軽口混じりにそんな事言ってしまった

己を承太郎は戒める。

 そこ、 に。

 

「よい」

 

 いつもの少女の姿のまま、 いつものアラストールが青年に告げた。

 

「我等二人とも、 スベテ了承して行ったコト。

貴様への “借り” は、 これで返したぞ」

 

 そう言われ反射的に承太郎は、 包帯の巻かれた己の左手を凝視する。

 

「……」

 

 ああ、 そんなコトもあったな、 と想った。

 今の今まですっかり忘れていたのだが。

 

「意外と細けーヤツだな」

 

 別段何も気にするでなく、 そもそも借りだなんだと小難しく考えるのが嫌いな為

適当にそう答える。

 しかしそこに。

 

「あまり、 “この子” を(さいな) むでないぞ」

 

 いつになくはっきりとした口調で、 アラストールがシャナの声でそう言った。

 

「……どーゆー意味だ?」

 

 訝しげに瞳を尖らせる無頼の青年に対し、

 

「いずれ解る。 望もうと望むまいと、 な」

 

深遠なる紅世の王は、 凛然とした少女の声でそう “予言” する。

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 そしてその “予言” は。

 青年と少女、 両者の想いもよらないカタチで的中するコトになる。

 故郷から遠く離れたこの異国の地に、

音も無く来訪する()()()存在によって――。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 



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『幕 間 ~INTERTRUDE~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 少女はふと、 眼を醒ました。

 真夜中の、 プラチナの光の中。

 夜風に揺れるベルベッド風のカーテンから外光が室内に漏れ、

ソレが部屋に置かれた調度品に反照しモザイクのような装飾を形造っている。

 

「……」

 

 無言のままシルクのベッドのから降り、

就寝時の下着姿のまま夜風の靡く方向へと音もなく歩いていく。

 躰の節々に鈍痛が在った。

 歩を進めるごとに筋繊維と関節が軋む。

 しかしそんな痛みなど一眉だにせず少女は進む。

 通常なら、『こんな程度』 では済まされない。

 まだフレイムヘイズに成り立てで 『本当の戦闘』 に不慣れな頃、

最後の奥の手として “アノ方法” をアラストールから伝授された時

ソノ翌日は全身を劈く苦悶と眩暈と吐き気で起きあがるコトすらも出来なかった程だ。

 ソレだけで、 アラストールが如何に己を気遣い躰を丁重に扱ってくれたのかが解る。

 分厚いガラステーブルの上で佇むペンダントは何も言わなかったけれど。

 やがて少女の視界に映る、 世界都市香港の夜景。

 ありとあらゆる種類の宝石を砕き、

ソレを闇夜の空間へ幾何学的に散りばめたかのような

極彩色のマスカレード。

 しかしその世界に冠たる美色の饗宴も、 今の少女の瞳には映らない。

 

「何、 やってるの……? 私は……」

 

 ギラギラと輝く街のキラメキにその白磁のような白い肌を照らされながら、

少女はポソリとそう呟く。 夜風が髪を浚い、 キャミソールの裾が微かにはためいた。 

 

「一体、 どうしたいの? どうして?」

 

 まるで自らを断罪するように少女は深い夜の中、自答を繰り返す。

 

「こんなコトをする為に、 こんなコトがしたくて、 私はここにいるんじゃない……!」

 

 呻くように絞り出した少女の悔恨は、 ただ夜風に紛れるのみ。

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 テーブルの上のアラストールは黙として語らず、 ただ厳かに瞳を閉じる。

 脳裡に浮かぶ “彼女” が、 ただ慈しむように一度だけ自分に向かって頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 ホテルの朝は、 意外なほどの喧噪で包まれていた。

 SPW財団系列の中でも指折りの宿泊施設の筈だが、

それを常用的に利用出来る者はいる所にはいるもので

民族も人種も多岐に渡る人々がフロアを行き交っている。

 ある者は早足で携 帯 電 話(スマート・フォン)を片手に忙しくなく喋りながら、

またある者はロビーに備え付けられた豪奢なソファーで談笑しながら、

そのような中ホテル十二階の一室から一人で出てきた

小柄で髪の長い制服姿の少女の姿は一際異彩を放つものではあったが、

無論彼女はそんなコトなど気にも止めず

朝食のため指定された場所を目指す。

 周囲の無分別な視線に晒されながらエレベーターを降り一階の、

その左側が全面ガラス張りで覆われたカフェテラスに脚を踏み入れた少女は

目当ての人物達を探すため小さな首を巡らす。

 しかしその必要もなくすぐ、

 

「空条 シャナ様ですね?」 

 

早朝なのに顔色の良い若いウェイターが、 丁寧な物腰で自分に声をかけた。

 

「……」

 

「こちらへどうぞ」

 

 沈黙を肯定と受け取ったのか、 ウェイターは先を促し店の奥の方に自分を案内する。

 よく磨き込まれたガラスを透化して朝の陽光が柔らかく降り注ぎ、

屋内のなのに清涼な空気が胸を充たした。

 滑らかな天然石の床を歩きながら、

やがて見慣れた人物が自分の存在に気づき手をあげる。

 

「Good-morninge! シャナ!」

 

「おはよう。 シャナ」

 

「……よう」

 

 既にテーブルに着き朝食を取っていた二人の青年と一人の老人が、

各々の態度で自分に朝の挨拶をかける。

 

「……えぇ」

 

 少女は静かな声でそう答えると、 老人のすぐ隣の席に腰掛けた。

 焼けたばかりのパンと、 焙煎仕立てのコーヒーの薫りが届く。 

 

「昨日はよく眠れたかね?」

 

 初老の男性、 ジョセフ・ジョースターが和やかな声と表情のまま

繊細な装飾の入った陶器のカップに紅茶を注いで自分に差し出す。

 彼の邸に住んでいた時、 幾度と無く繰り返された朝の光景。

 

「えぇ、 まぁ」

 

 少女はカップを口元に運びながら、 浮かない表情で素っ気なく返した。

 

(?)

 

 その少女の様子を、 ジョセフは敏感に察知する。

 血の繋がりはないとはいえ、 数カ月以上も一緒に暮らした者、

少女がいつもと違う事はすぐに解る。

 ましてや並々ならぬ洞察力を持つ彼なら尚更のコトだった。

 

「……」

 

 やがて少女の前に色鮮やかなサラダや澄み切ったスープ、

出来たて貝のポアレなどが運ばれ少女は無言のまま機械的にソレを口に運ぶ。

 いつもの彼女を知っている者なら、 明らかに違和感を覚える態度だった。

 

「……」

 

 彼女の様子を憂慮したジョセフは、 それとなく自分の孫である承太郎に助け船を促す。

 しかしその孫は自分の視線に気づいているのかいないのか、

朝から健啖にモノを口に運ぶのみ。

 テーブル中央に置かれたハムやソーセージ等をロクに切りもせず、

チーズや添えられたハーブと一緒に忙しくなく咀嚼している。

 やがてようやく自分に向き直った彼から差し出されたものは、

 

「つげ」

 

という一言と空のコーヒーカップのみだった。

 

(むうう……こやつは……鋭いのか鈍いのか……我が孫ながら本当に解らンのぉ……)

 

 ジョセフは苦虫を50匹噛み潰したような表情で、

チャイニーズ・タイガーの絵柄が入った陶器のコーヒーポットで

孫のカップにおかわりを注ぐ。

 

「ところで、 ジョースターさん」

 

 少女の異変に気づいてはいたが波を荒立てない為に沈黙していた花京院が、

野菜と白身魚のムースを食べ終えた口元をナプキンで上品に拭いながら言う。

 

「昨日のあの 『男』、 J・P・ポルナレフと言いましたか。

彼の処遇は一体どうなりました?」

 

「……!」

 

 花京院のその言葉に、 共に全霊を尽くし互いにその存在を認めあった

アラストールが反応する。

 

「うむ。 取りあえずはSPW財団系列の医療機関にその身を安置しとるよ。

何しろ全身の至る箇所が火傷だらけで放っておけば命にかかわる重傷だったからな。

今朝方入ってきた情報によると、 昨日の深夜には意識を取り戻して

もう喋れる程度には回復したそうだ。

流石にアレだけの 『スタンド能力者』

その自然治癒力も一流といった所かの」

 

「そうですか。 よかった」

 

 花京院はソレだけ確認したかったのか、 安堵した表情でカップを口に運んだ。

 

「くれぐれもアラストールによろしくと、

頻りに感謝の意を示しておったそうじゃ。

邪悪な意志はもう微塵も感じられんらしい。

ただ、 病室を訪れる女性の看護師や医師達を、

誰かれ構わず口説き落とそうとするのでその点は困り者らしいがな」

 

 ジョセフは苦笑しながらそう言い、 魚貝類のグラタンを口に運ぶ。

 

(むう、 アノ者。 そのような嗜好の持ち主だったのか……)

 

 散るその間際まで高潔だった彼の姿からは、

俄に想像もつかないのでアラストールはなんとなく面白くない表情のまま心中で呟く。

 その上で。

 

「……ごちそうさま」

 

 いつのまにか朝食を食べ終えていた少女が静かに呟く。

 そして周囲を一眉だにしないまま席を立つ。

 

「あ、 おい、 シャナ」

 

 重苦しい雰囲気のまま自分達を避けるようにその場を離れようとする少女を、

ジョセフは反射的に呼び止める。

 しかしシャナは、 ほんの一瞬だけ立ち止まるが足早にすぐその場を立ち去ろうとする。

 その刹那だった。 

 

「よぉ?」

 

「……ッ!」

 

 振り向かず背中越しにかけられた青年の声に、

少女は雷にでも撃たれたかのように背筋を伸ばしその場に停止する。

 

「……」

 

 そして首だけで振り向いた少女の瞳。

 ソレは。

 何かを求めるような、 そして縋るような、

そしてそのスベテを拒絶するかのような矛盾した表情。

 指先で微かに触れただけで、 容易く崩れ落ちてしまいそうな、 余りにも儚い印象。

 その彼女の様子に気づいているのかいないのか、

無頼の貴公子はシャナに背を向けたまま事務的に告げる。

 

「ケータイの電源、 入れとけよ。 人喰いのバケモンが現れたらすぐに(しら)せろ」

 

 承太郎のその言葉に少女は一度鋭く彼の背中を睨め付けると、

 

「おまえの助けなんか……必要ない……一人で、 出来る……」

 

押し殺した声で、 震える口唇で、 苦悶を吐き出すようにそう返す。

 

【挿絵表示】

 

 

「どうかな?」

 

「……ッ!」

 

 明らかに猜疑の色を滲ませて、 背中越しにそう告げる青年に

少女は一層その視線を強める。

 しかしテーブルの上に置かれた青年の左手を視界の隅で捉えると、

そこから逃れるように背を向ける。

 両者の間に漂う一触即発の危うい雰囲気に、 ジョセフはただ固唾を飲むのみ。 

 まるで、 出逢った最初の頃に戻ってしまったかのようだ。

 互いの存在を視線で切り結ぶような、 険悪だったあの頃に。

 俯き加減で表情の伺えないまま、 少女は走ってその場からいなくなる。

 遠くなっていく大理石の反響音を聞きながら、

承太郎は制服から取り出した煙草を口に銜えた。

 

「……」

 

 船のチャーターと航路の調整、 更にその下準備に加えて頭痛の種が増えたコトに

ジョセフはやれやれと片手を額に当てる。

 

「何か、 ナーバスみたいだね。 彼女」

 

 静かな口調で少女の走り去った後を見つめていた花京院に、

 

「さぁ? いつも、 あんなカンジじゃあねーのか?」

 

承太郎は端正な口唇の端から細い紫煙を吹き出すのみだった。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。「新章」の導入部です。 

 なんか妙に長いのでこのような形になりました。

“彼女”の登場を期待した方はすいません、

明日までお待ちください(『挿絵』頑張りますので……('A`))

【第二部】のメインパートだからここからが本当にガチで長い。

 だから「ローマ数字」が12を超えたら少し表記が

見ずらくなりますし20越えると「変な形」になったりするかもしれません。

(最悪「数字」にする可能性も御座います)

 あぁ、あと「しぶいねぇ~」の人は()()()()()()

『月』のアルカナが“彼女”に移ったとお考えください。

(シャナが『魔術師(マジシャン)』になっているように)

 だから章名が【DARK BLUE MOON(闇蒼の月)】なんです。

 ソレでは(≧▽≦)ノシ

 

 



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『DARK BLUE MOON ~Sapphired Moment~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 巨大な航空機が轟音と共に白い尾を引く。

 心地よい海風と微かな香木の匂い。

 その遙かな空の下、“彼女” はいた。

 外見は二十代前半。 欧州系特有の鼻筋の整った美貌が、

薄化粧で見事に彩られている。

 髪は艶やかな栗色をした、 シンプルなストレート・ポニー。

 スレンダーだが 「女性」 で在るコトを示すソノ特徴的な箇所だけは、

潤沢に張り上がった完璧なプロポーション。

 (からだ)を包む丈の短い、 開いた胸元も悩ましいタイト・スーツ姿の

彼女を見る者はスベテ、 老若男女問わずそのこの世ならざる美しさに

平伏する以外術をなくす。

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 しかしその 『笑えば絶世』 という美女は、

麗しい外見とは裏腹の険悪そのものの目つきで

眼前の光景を眺め、 否、 見下ろしている。

 縁の無いキュービックなデザインの眼鏡(グラス)を貫く眼光も、

己の視界を切り裂くような鋭さをその裡に宿していた。

 

香 港(こんなところ) に逃げ込んでやがったのね、 あのクソ野郎……!」

 

 躰を取り巻くパヒュームの美香も相まって、

殆ど眩暈を覚えるような色香を無分別に振りまく

美女の口から出た言葉は、 意外にも品位を欠いた通俗的なモノ。

 次いでその声に合わせるように、

 

「まぁ、 いーんじゃねーのかぁ!? 焦らされれば焦らされるほど

“アレ” の時のお愉しみがスゲーってなぁッ!?

ギャーーーーハッハッッハッハッハッハッハッッ!!」

 

品位を欠く処か下劣極まりない、

どれだけ酒焼けしてもこんな風にはならないんじゃないかというくらい

濁った銅鑼声が、 彼女の細い腰から発せられた。

 正確には彼女が右肩から掛けた、 黒い(レザー) ベルトで十字型に繋がれる

まるで画板を幾つも折り重ねたかのように分厚い異様に大きな 『本』 から。

 

「……」

 

 美女はその喋る 『本』 に細い視線を流し、 吐き捨てるように言う。

 

「“マルコシアス!” アンタがいつもいつもそんないい加減な調子だから、

“ラミー” なんて弱っちい雑魚をいつまでもいつまでも追う羽目になってんのよ!

今回だって “アノ人間達の協力” がなかったら一体どうなってたか? 」

 

 マルコシアス、 と言うらしいその喋る 『本』 は

再び耳障りな銅鑼声で美女の問いに言葉を返す。

 

「アァ~? SOS団とか言ったかぁ?

アノ妙な能力(チカラ)を持つ人間を集めこんで、 シコシコ研究してるヤツらはよぉ~」

 

「“S P W(スピード・ワゴン) 財団” よ。

ソコに他人の記憶を 『掘り起こして』 その居場所を

探査できる能力者がいたからいいようなものの、

そうでなかったらどうなってたか解ってるの?

あのクソ野郎が中東付近で姿を消した後、

外界宿(アウトロー)” にも一切情報が落ちてこなかったのを

忘れたわけじゃないでしょう?」

 

 生真面目に不機嫌という器用な面持ちで己に問う永年の相方に対し

その 『本』 マルコシアスは変わらない銅鑼声で大雑把に返す。

 

「終わりよければスベテ良しでいーじゃねーか、 我が麗しの酒 盃(ゴブレット)

“マージョリー・ドー” 万が一逃がしたとしても、

今度ァ頼るツテがあるんだからよぉ~!」

 

 マージョリーと呼ばれた女性はあからさまにムッとした表情で、

ボスン、 と本の表面をブッ叩く。   

 

「“アイツ” に同じ手が二度通用すると想ってんの!?

背後の因果関係速攻で割り出されて、 協力者の方が先に殺られるわよ!

あのラインは今後も役に立つから残しておくに越したコトはない!

私達がブチ殺さなきゃならない “(ともがら)” は他にも星の数ほどいるんだから!

それこそ虫酸が走る位にねッ!」

 

 ヒステリックな台詞を淀みなく一 息(ワンブレス)で言い切った美女に対し、

彼女の抱える 『本』 はからかうように澄んだ口笛を奏でる。

 

「ン~、 いつになくお熱いこって、 ほんじゃあ今回は、

一つマジメに()るとするかァ~」

 

「そーよ。 マジメに()るのよ」

 

 美女はそう言うと街路に備え付けのベンチに腰を下ろして麗しい脚線美を組み、

肩から降ろした 『本』 を己の右脇に置く。

 

「兎に角、 こんな国に来たのは私もアンタも初めてなんだからとっとと

“案内人” を見つけてちょうだい。

私はあのクソ野郎を逃がさず喰い破るコトだけに集中したいから」

 

 そう言ってその眼筋のハッキリした双眸を閉じ

仮 想 戦 闘(イメージ・トレーニング)に入る美女に対し、

 

「あいあいよ~♪」

 

と脇に置かれた 『本』 から磊落(らいらく)な声が上がった。

 ソレと同時に、 不可思議な現象が起こった。

『本』 を包むブックホルダーの、 まるで日記に付いている鍵のような留め具が

ひとりでに外れ、 強風でもないのにバラバラとページが独りでに(めく)れ始める。 

 年代ものの羊皮紙らしいそのページは、

素人には解読不能の古めかしい文字で

ビッシリと埋め尽くされていた。

 嬌艶な美女の右隣二席分を占拠して捲れ続けていた本は、

やがて一つの付箋を挟んだページでピタリと立ち止まる。

 

「んで、 “選定(せんてい)” の(くく)りは?」

 

 問われて美女は双眸を閉じたまま、 一時の逡巡もなくサラリと告げる。

 

「若くて、 私を 『美人』 だと認識した人間全て」

 

「かァ~~~~~ッ! 自分で言うかね? 普通」

 

 嘲るように答えつつも、 本は古文字の一部に群青色の光を点して浮かび上がらせる。

 ソレは存在の力を繰ってこの世ならざる事象を起こす “自在式” の一つ。

 

「お黙りなさい。 余計なタイムロスをなくすにはコレが一番合理的なのよ」

 

 そう言って美女は腰にかかるストレート・ポニーの内側を慣れた手つきで掻きあげる。

 その動作と同時に、 ミステリアスな動物性香料と数種のハーブが絶妙の配合で

ブレンドされたパヒュームのミドルノートが海風に乗って周囲に靡く。

 己の美貌を自他共に認めており、 しかもその事実に練熟していなければ

決して出すコトの出来ない魔性の芳香(かおり)

 

「あ~あ~あ~、 そーゆーコトにしといてやるよ」

 

 悪態を付きながらもその事実は一心同体である自分が他の誰よりも知っている為、

マルコシアスはそれ以上は突っかからず “選定” を続ける。

 

「ン~、 とっとっとぉ~。 ったくその “選定” だと毎度毎度数が多すぎて仕方ねーぜ。

大体若ぇ人間の男なんざぁ、 頼まれなくても年がら年中発情してンだから

ウチの魅惑の酒 盃(コブレット)の肢体見りゃあ

ソッコーで犬ッコロみてぇにアレぶっグゲェオア!!」

 

 画板のようなゴツイ本の表紙に、

キツく固められた右の鉄槌が高速で撃ち落とされた。

 

「余、 計、 な、 御託はいいからさっさとなさい。

こんな所でマゴマゴしてるわけにはいかないの」

 

 そう言って美女は瞳を閉じたまま、 固めた拳横でグリグリと羊皮紙の表面を()じる。

 

「へぇへぇ、 オレが悪ぅござんしたよ。

取りあえず人の良さそうな、 騙しやすそうなヤツを選びゃあいーんだな?」

 

「……取りあえずソレでいいわ。 早くして」

 

 若干語弊があったが、 時間を節約したい美女は流して続きを促した。

 

「フゥ~、 まぁコレとコレとコレとぉ、

おっ、 コイツもカモりやすそうな顔してやがるぜ、

ヒャッヒャッヒャッ♪♪♪」

 

 邪で心底楽しそうな声が、 分厚い 『本』 の隙間から当たり前のように漏れる。

 傍から見れば完全に詐欺師の二人組だが

無論両者はそんなコト等気にせず選定を続けた。

 そんな中。 

 

「あぁ? ンンン~??? 何だァ~? こいつァ?」

 

 言葉遣いはともかく、「仕事」 はキッチリ迅速に行う自分の相方が、

突如滅多にあげるコトのない困惑した声をあげたので脇の美女は双眸を開き

その表情へ微かに険を寄せた。

 

「どうかしたの?」

 

「ン~? まぁ、 別にどうってコトもねーんだが、 ()るか? 一応」

 

「お願い」

 

 眉目秀麗の美女がそう言うと、 分厚い本の中が一瞬微かに開き

ソコから群青色の火の粉が一片、 微かに靡いた。

 ソレと同時に彼女の脳裡に浮かび上がる、 一人の人間の映 像(ヴィジョン)

 裾の長い、 バレルコートのような学生服を着た、 十代半ばの少年。

 

【挿絵表示】

 

 

「“コレ” が、 どうかしたの?」

 

 美しい風貌をしているが、 別に取り立ててどうというコトはない、 普通の人間だ。

 確かに人間にしては少々、 美し過ぎる、 が。

 己の存在の力の多寡に拠って外貌を変えるコトの出来る紅世の徒とは違って、 余計に。

 

「変なヤツだろ? 女のクセに男のカッコなんかしやがって」

 

(女?)

 

 マージョリーはもう一度双眸を閉じてその姿を確認するが

 

「バカね。 コレは男よ」

 

と、 にべもなくマルコシアスに告げた。

 

「アァ~、 マジかよ!?」

 

 頓狂な声をあげる喋る本に向かい美女は言う。

 

「たまにいるのよ。 東洋の人間、 特に日本人にはね」

 

「ヘェ~、 コレで男ねぇ~。 クソったれの神の悪ふざけにしか見えねーな。

腰回りなんかお前サンより細いんじゃあねーか?

ギャアッハッハッハッハグゴォッ!」

 

 分厚い羊皮紙の表面から、 鋭い拳撃の摩擦で起こった白煙が上がる。

 

「それで、 コレが一体どうしたってワケ?」

 

 男にしては美し過ぎると言っても、

そんな疑念に執着を持つ者ではないというコトは知っている

マージョリーは、 永年の相方に問う。

 

「いやぁよう、 本当に大したコトじゃあねーんだが、

コイツ、 俺の自在法の “通り” が悪ぃんだよ。

ホレ、 こいつの映像にだけ妙な “ノイズ” が走るだろ?

そこがチョイとばかり引っかかってな」

 

 マージョリーは再度瞳を閉じた。

 

(……)

 

 確かに、 そうだ。

 自在法の “選定” による該当者は通常、 己の存在の力の属性に従い

群青色の光に包まれるイメージで脳裡へと現れる。

 が、 何故か件のこの人物だけは、 その周囲が静謐なる翡翠の燐光で包まれている。

 もしかしたらソレがバリアの様な役割を果たして、

自在法の効果を阻害しているのかもしれない。

 確かに、 気にはなる。

“徒” ではないが、 普通の人間と割り切ってしまうには、 余りにも奇妙な現象だ。  

 今まで “選定” の 「画像」 など単に一瞥するだけで 「画質」 等

一眉だにしたコトはないマージョリーは、 生まれて初めてその対象をしげしげと眺めた。

 

(……それにコイツ……よく見ると……結構……)

 

 緩やかなエメラルドの光芒を背景に、 脳裡に浮かぶ中性的な美男子の風貌。

 上品な質感の、 光の加減によって微かに赤味がかって見える薄茶色の髪。

 見る者スベテに安らぎを与えるような、 澄み切った琥珀の瞳。

 細い長身の躰に密 着(フィット)した、 裾の長い特徴的な学生服。

 耳元で揺れる果実を模したイヤリングから足下の革靴まで、

その全てが完璧に洗練されていて非の打ち所は一切ない。

 

(……)

 

 脇の相方が、 今までにない心中で選定者を吟味しているのには気づかず

その脇に佇む長年の相棒は、

 

「取りあえず “コイツ” は除外しとくぜ。

他にもカモがいっぱいいるのに、 わざわざイモ引く必要はねーからな」

 

そう言って俺の自在法もナマったねぇ~等とボヤきつつ

該当情報削除の操作系自在法を、 開いた口からフッと吐息のように吹いた。

 その刹那。

 

「グォゴオォォォォォォォ―――――――――ッッッッ!!??」

 

 バゴンッ、 と開いた口が、 突如頭上から捻りを加えて

撃ち落とされた尖鋭な肘鉄によって強烈に閉じさせられる。

 

「な、 なにしやがる!? 我が暴虐の格 闘 士(グラップラー)

マージョリー・ドー!!」

 

 羊皮紙の口をバタバタと鳴らして、 群青色の火の粉と共に抗議の声をあげる

被契約者に向けその契約者は、

 

「ちょっと、 気に入ったわ。 コイツ。 なかなか面白そうじゃない」

 

【挿絵表示】

 

 

まるで獲物を見つけた肉食獣(プレデター)のような不敵な笑みを

ルージュの引かれた口元に浮かべ、 そう言った。

 その瞳に宿る色は紅世の徒を討滅する時と全く同じ、

否、 ソレ以上の苛烈さと危険さが在った。

 

「お、 おい!」

 

 そのタダならぬ様子から永年の相棒を諫めようとするマルコシアスを

マージョリーは 『本』 を乱暴に閉じるコトによって強制的に黙らせ、

自身は黒いレザーベルトを肩にかけ、 颯爽と立ち上がる。

“フレイムヘイズ” と 『スタンド使い』

 その禁断の邂逅まで、 残された時はごく僅か――。

 

 

 

 

 

 

 

【3】

 

 

 海から吹き付ける風が、 中性的な美貌を携える長身の美男子の前髪を揺らす。

 近代化され自分の住む国、 街と似たような風景とは言っても、

ソコに存在する長い歴史の醸し出す独特の雰囲気というのは

旅行者である自分には否応なく感じられるモノで、

花京院 典明は流れる人々を眺めながら空条 承太郎を待つ間

その異国の情緒に静かに浸っていた。

 ジョセフはエジプトへの船をチャーターするのに奔走し、

その間自分達は完全に間が空いてしまったので暇つぶしがてら

折角なので香港の街にくり出すコトにした。

 一応シャナにも声をかけてみたのだが、

既に何処かへ出掛けたらしく部屋には誰もいなかった。

 香港には旅行好きな両親と共に子供の頃から何度も来た事があるので、

花京院は熟練のツアーコンダクターさながらの流暢な口調で

その風土や名所を承太郎に説明した。

 彼は興味深そうに頷きながら吹き抜ける海風に髪を揺らし、

遠間に拡がる青い空間を仰ぎ見る。

海が好きなんだな、 と花京院は潮の香りを共に感じながらそう想う。

 特徴的な学生服に身を包んだ、 アジアの一流映画スター顔負けの美男子二人が

放埒に香港の街を練り歩く様子に、 周囲は蜂箱をひっくり返したように騒然となったが

承太郎は言葉が解らず花京院は気にしない。

 途中海沿いの屋台で本場の中華麺を啜り、

次の場所へ移動しようとした矢先に、 承太郎が煙草が切れたと自分に言った。

 

「つき合おうかい? 君、 広東語解らないだろう?」

 

「いい、 指差して金だしゃ通じるだろ。 ダメでも自販機がある」

 

 そう言って彼は雑踏の中へと消えていく。

 残された花京院は白いガードレールに腰を預けて細い腕を組み、

彼の帰還を待つコトとなった。

 

(……)

 

 どんなものであれ、『旅』 は良い。

 誰も自分を知らない異国の地に在る時、

ほんの一時でも 『スタンド使い』 であるコトを忘れるコトが出来るから。

 そしてそれぞれの国に在る長い歴史を持つ建造物や遺跡、 文化に触れる時、

その中に宿る悠久の人々の営みを感じた時、

自分の抱える 「悩み」 など、 取るに足らないモノに想えてくるから。

 流れる人の群は、 そのどこか人間離れした神秘的な雰囲気で街路に佇む

中性的な美男子に想わず眼を止めるが、

やがて後ろ髪を引かれるようにし去っていく。

 彼にはみかけの美しさ以上にどこか儚げな、

()()()()()()()()()()()()繊細さが在ったからだ。

 しかし。

 そんな文芸的な暗黙の不文律など端から度外視して直進してくる、

青年の醸し出す雰囲気とは完全に対極に位置する途轍もない存在感の美女が、

やがて傲然と彼の前に立つ。

 

「?」

 

 瞳を閉じて前髪に靡く海風を感じ、 異国の情緒に浸っていた中性の美男子は

突如己の超至近距離に何の脈絡もなく出現した、

強烈な雰囲気とソレに絡みつくようなパヒュームの魔香に想わず眼を開く。

 

「……」

 

 その琥珀色の瞳にまず入ったのは、 極上のアメジストのような深い菫色の瞳。

 次いで風に流れる、 (しな)やかな栗色の髪。

 厚くなく薄過ぎもせず、 絶妙の調整で(よそお) われたきめ細やかな肌が

自分の前にあり、 熟する寸前のブラック・ベリーのようなルージュで

彩られた口唇がその下にあった。

 

「……」

 

 閉じた瞳を開いたら、 中世彫刻の黄金比を象ったような絶世の美女がそこにいたという、

昨今微睡みの中でも滅多に見られないという光景に花京院は一瞬呆然となる、 が。

 

「怎麼了?」

 

 すぐに穏やかな微笑を口元に浮かべ、

完璧な発音の広東語で目の前の美女に問いかけた。

 

「……!」

 

 不快な低音(ノイズ)の一切無い、 透き通るような声。

 青年の言葉に虚を突かれたのか美女は、 一瞬その深紫の双眸を丸くする。

 予期せぬ応対にマージョリーは一瞬言葉に詰まるが、

そこは長年の経験で培われた感情の転換で打ち消し

自分の言い分だけを端的に、「日本語」 で問う。

 

「私って、 そんなに綺麗?」

 

【挿絵表示】

 

 

 堂々と真正面から青年を見据え、 細い両腕を腰の位置で組み、

媚びを売るでも(しな)を造るでもなく、 それこそただ道を訪ねるよう、 自然に。

 

「……」

 

 今度は青年の方が虚を突かれたようにその琥珀色の双眸を開くがこれもすぐに、

 

「えぇ、 そう想いますよ。 女優の(オードリー) ・ヘップバーンに似てると言われませんか?」

 

と吹き抜ける海風よりも爽やかな笑顔でそう答える。

 多少なりとも映画に造詣の在る者なら、

コレは女性の美に対する最大級の讃辞の一つなのだが

無論そんな習慣のない美女は、

 

「誰? ソレ?」

 

と、 やや不機嫌そうに答える。

 

「失礼。 妙なコトを言ってしまいましたね」

 

 学生服の青年は無垢な笑顔のまま、 軽く会釈をして非礼を詫びる。

 

「……」

 

 その態度が、 何故か微妙にマージョリーの心中をザワめかせた。

 

(……何で謝るのよ。 私を認めるのに失礼な事なんか何もないでしょ。

本当に日本人ってのはワケが解らないわ)

 

 瞳を少しだけつり上げた不機嫌な表情のまま、

自分の無礼さは棚にあげて美女は心中でそう零した。

 

「日本語、 お上手ですね。 見たところヨーロッパの方のようですが?」

 

 旅行中の外国人とでも想われたのだろうか?

目の前の青年、 成熟しきった大人の女である

マージョリーからしてみれば “少年”と呼んでも差し支えない人物は、

再び穏やかな口調で自分に問う。

 

「達意のげ、 ンン、 独学よ。 使える言語が増えて困る事は何もないでしょ?」

 

「フフッ、 確かにそうですね。 言葉を理解すると、

その国のコトも良く解るような気になりますしね」

 

「そ、 そうよ。 言葉が通じなきゃ討、 仕事も、 面白くならないわ」

 

達意(たつい)(げん)

 紅世の徒やフレイムヘイズが、 自分と違う言語の相手との会話に使う、

翻訳のための変幻系自在法。

 生来裏表の無い性格なので想わず 「本音」 が出そうになるが、

それは尚早だと承知しているマージョリーは適切に誤魔化す。

 どうも、 この青年と向かい合っていると、

彼の存在が醸し出す穏やかな雰囲気にあてられて

妙なペースに引き込まれるようだ。

 ついつい言わなくていいことまで(くちばし) ってしまいそうになる。

 その澄んだ琥珀色の瞳で見つめられると、

ほんの些細な嘘や欺きすらも後ろめたいコトのように感じられて。

 

「……」

 

 なのでその美女、 マージョリー・ドーは己の想うがまま、

本来の存在あるがままに手っ取り早く、 最も直接的な手段に撃って出る。

 

「ま、 いいわ。 とりあえず、 ()()()()()

 

 そう言うが早いか青年の腕を取り、 というより掴み

そのまま街路へと共に(引きずるように)歩き出す。

 

「え? あ、 あの、 な、 何ですか? いきなり?」

 

 終始穏やかで見る者に安らぎを与える微笑を絶やさなかった美男子が、

そこで初めて狼狽の表情を見せた。

 

「いいから」

 

 その当然の問いに対し、 彼の細い二の腕を引っ掴む美女はたった一言そう返す。

 

「あ、 あの、 困ります。 ボクはあそこで人と待ち合わせが」

 

 次第次第に遠くなっていく約束の場所を振り返りながら、

しかし女性の腕を無碍に振り払うわけにもいかないまま、

花京院は焦ったような口調で美女に告げる。

 

「いいから。 『そんなこと』 より、 重要なコトがあるのよ」

 

 彼の言葉には耳を貸さず、 美女はその外見からは想像もつかないような強い力で

細身の青年を連れだし一方的に香港の街路を徒行した。

 

「じゅ、 重要なコトって、 わっ、 ちょっ」

 

 その言葉を最後に、 胸元の開いた豪奢なタイトスーツ姿の美女と

特殊なデザインの学生服姿の美男子は、

麗らかな残り香を靡かせながら共に異国の喧噪の中へと消えていく。

 傍から見れば、 年上の女が若い男をリードする一組の恋人同士に、

ある日突然空から蝸 牛(カタツムリ) の大群が降ってきて、

ソレを視たスベテの者がカタツムリ化するという

荒唐無稽な話を信じるくらい無理すれば、 見えないコトもない。

 強引に組まれた腕に戸惑いながら。

 そしてその細腕に押し付けられる豊かな膨らみに赧顔(たんがん)しながら。

 花京院 典明は、 自分の知らない 『もうひとつの世界』 へと

半ば無理矢理連れ込まれた。

 

 

 

 

 長い二日間の始まり。

 蒼き魔狼が胎動する、 破滅への序曲。

 二人の 『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ”

 その大いなる 『運命』 が、 今ここに幕を開ける――。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅡ ~Wonder of You~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 穏やかなクラシックがそれと気づかない程度に流れる店内。

 天井が高く広い空間にアンティークもののインテリアが

機能的にも華美に配置され、 悠揚たる空間を演出している。

 古き良き時代の洋館をコンセプトにした

キャンドル型シャンデリアの淡い照明が降り注ぐ、

大人の雰囲気で充たされた喫茶店の一角に

花京院 典明は座って、 否、 ()()()()()()()。 

 

「……」

 

【挿絵表示】

 

 

 テーブルを挟んで自分の真向かいに脚を組んで座っているのは、

マージョリー・ドーと名乗る北欧風の美女と

マルコシアスと名乗る……『本』

 何故 『本』 が喋るのかという当然の疑問はさておき、

花京院は眼前の美女を茫然と眺める。

 美女はそんな彼の様子など一向に気にした様子はなく

まるでこの店のオーナーであるかのように制服姿のウエイトレスを呼びつけ、

 

「一番高い紅茶、 ホットで2つ、 早くなさい」

 

と勝手に注文した。 

 完璧な発音の広東語。

 先程も想ったがこの女性は見掛け以上に、 自分の想像を超えて聡明だ。

 その妖艶な外見から職業を判別するのは難しいが、

案外歴史学や民俗学系の助教授か何かなのかもしれない。

 だからあのような異様に大きな 『本』 を肩にブラさげているのだろうか?

 最もその 『本』 は喋るのだが。

 半ば拉致同然にこの喫茶店に強制移動させられ、

しかしそれ以外の実害はなく結果としてお茶を御馳走になるコトに

なった花京院は、 戸惑ったらいいのか礼を言えばいいのかの判断がつかず

ただ沈黙する以外の術を失っていた。

 

「まだ、 名前を聞いてなかったわね?」 

 

 思い悩む中性的な美男子を射るような視線で、

真向かいに座る美女が口を開く。

 

「……え? あ、 あぁ、 花京院 典明と言います。 ミス、 マージョリー」

 

 未だ彼女に対する警戒心 (というよりソレのみ) は薄れないが、

相手が女性なので花京院は最低限の敬意を保ってそう返す。

 その受け答えに、 何故か美女の整った眉がピクリと動いた。

 

「結婚、 してるようにみえる?」

 

「……」

 

“ミス” の所で僅かに言い淀んだのが気に障ったのか?

 別に深い意図はなく、 妙な緊張感のために口先が巧く廻らなかっただけなのだが。

 非礼を詫びるべきか、 しかし是非もなく無理矢理連れてこられたのだから

そのような筋合いもないのか、 どちらともつかず花京院が口を閉ざしていると、

 

「いいじゃねえか、 いいじゃねえか。

“ミス” でも “ミセス” でもよ。

我が永遠の伴侶、 マージョリー・ドー。

大体ンなコト気にするよーな “歳” じゃあね

グボォアッッ!!」

 

 上品な店内の雰囲気をブチ壊しにする銅鑼声と共に、

女性に対しては絶対言ってはいけない禁句を躊躇なく口走った 『本』 に

美女の正義の鉄槌が即座に撃ち落とされる。

 

(だから、 ()()()()()()? しかも言わなくてもいいコトまで……)

 

 俄には信じがたい超常的な現象だが、

生来の性質上そのような事象には馴れている美男子は

伏せた視線で 『本』 を視る。

 その彼の真向かいで、

 

()()()()()()()()?)

 

深い菫色の瞳を微かに瞬かせた美女が、

鮮やかに染め上げられた栗色の髪を一度たおやかに掻きあげた。

 今まで “案内人” に、 (あね)さん、 姉御、 お姉さま等と呼ばれたコトは多々あるが、

このような 「呼び名」 は初めてだ。

 今までの人間は良きにしろ悪きにしろ、

必ず強者で在る自分の存在に媚び諂ってくるのが当然だったから。

 しかし、 ただの人間にそのような呼び方をされたコトに対し

プライドが苛立つかと想ったが、 自分でも意外なほどに心は平静だ。

 否、 それどころか、 悪く、 ない。

 そう、 悪くない、 気分だ。 

 

「もう一回呼んで」

 

 美女は開いた胸元の前でその部分を強調するように腕を組むと、

眼前の花京院にそう促した。

 

「え?」

 

 自分の意図が伝わらなかったのか、 特徴的な学生服姿の美男子は

瞳を見開いてそう聞き返す。

 どこぞの殺人鬼が聞いたのなら、

「質問を質問で(以下簡略)疑問文には疑問文で(うるさい)」だが、

美女は別段苛立った様子もなく静かに諭す。

 

「私のコト、 さっきなんて呼んだの?」

 

 そう言いながら麗しい脚線美をテーブルの下で組み替える彼女へ

花京院は店内に流れるクラシックに乗せるように

 

「ミス・マージョリー」

 

美女の深い菫色の双眸から己の澄んだ琥珀色の瞳を逸らさずに言った。

 

「……」

 

 気の所為か、 それとも外の温和な気候の所為なのか、

純白に粧された頬にほんの少しだけ赤味を差したその美女、マージョリー・ドーは、

 

「いいわ。 その “呼び方” で。

私もアンタの事、 “ノリアキ” って呼ぶから」

 

手持ち無沙汰にもう一度テーブルの下で脚を組み替えた。

 

「それじゃあ、 早速 『仕事』 に取り掛かるわよ。 ノリアキ。

手当(てあて)はその働きに応じてきちんと支払うから安心なさい」

 

「え? あ、 はぁ」

 

 何をするかは解らないが、 どうやら拒否権は端から自分に与えられていないらしい。

 異論の余地を与えぬままに中性的な風貌の美男子を自分の助手につけた美女は、

テーブルの上に無造作に放ってあった黒いレザーのブックホルダーを颯爽と肩にかけ立ち上がる。

 

「取りあえず、 この街の大まかな構造と風習、 趨勢なんかを実地で教えて。

それから、 最近起こった妙な事件や異変なんかが在った場所の聞き込みは

アンタに任せるわ。 ノリアキ」 

 

 そう言っていくわよと自分に背を向ける美女を花京院は呼び止める。

 

「あ、 あの、 ミス・マージョリー」

 

「な、 なによ?」

 

 まだ 「呼び名」 に慣れていないのか、 先刻よりも赤味が差した表情で

自分に向き直った彼女に、 花京院が指差した先。

 

「……」

 

 立ち上がった自分の傍らに、 注文された紅茶を運んできたウエイトレスが

彼女の迫力に気圧されたのか困惑顔で佇んでいた。

 

「……」

 

 縁のない眼鏡(グラス)越しにその罪なきウエイトレスを睨んだ美女は、

無言で木製のトレイから高級そうなカップを無造作に取り上げる。

 そして、 湯気の上がっている熱湯寸前の中身を、ま

るで出陣前の乾杯の如くいきなり全部喉に流し込もうとした刹那、

 

「あっ……!」

 

眼前の美男子が想わず声を漏らした。

 

「……?」

 

 不審な視線でカップを持ったまま花京院をみる美女。

 脇のウエイトレスも何故か同様に彼へと視線を向けている。

 

「や、 火傷をしますよ。 急ぐにしても、 少し冷ましてからでないと」

 

 そう言って、 自分の行為を押し留めようとでもするかのように立ち上がっている。

 

「……」

 

 火傷。

 蒼炎の魔獣の化身で在る自分には一番縁遠い言葉だが

ソノ自分に対しこの目の前の脆弱な人間は、

()()()()()()()()()()()()()()()

 ソレが心の見えにくい場所で、 妙にくすぐったくて気恥ずかしくて。

 だから青年の行為に毒気を抜かれたのか、

美女はソーサーごとカップをテーブルの上に置き不承不承席につく。  

 

「わ、 わかったわよ。 まあ、 お茶を飲む時間くらいはあってもいいわ」

 

「……」

 

 それを聞いた目の前の青年は本気で安心したのか、

先刻街路で見せていたような心安らぐ微笑を再び口元に浮かべている。

 美女はソレに再び己のペースを乱されないよう双眸を閉じ、

カップをルージュで彩られた口唇に運ぶ。

 セカンド・フラッシュの柔らかな口当たりと、

マスカット・フレバー独特の深い甘味。

 想えば、 こうやって誰かとお茶を嗜むコト等、

もう遙か遠い昔に忘れてしまったような気がする。 

 掛け替えのない 『あの娘』 を、

この腕の中で永遠に(うしな)ってしまったアノ時から。

 クラシックの穏やかな旋律とロイヤル・ダージリンの爽やかな香り。

 その自分の眼前で優美な仕草で紅茶を嗜んでいる美男子。

 血で血を洗う凄惨なる日々を今日まで生きてきた自分には、

もう二度と永遠に訪れるコトはないと想っていた平穏。

 

(……)

 

 まぁ、 確かに、 少々性急過ぎたのかもしれない。

 このカップの澄み切ったオレンジ色の液体がなくなるまで、

異次元世界の能力者 “フレイムヘイズ” と

ヒトを喰らう異界のバケモノ“紅世の徒”

ソノ概要くらいは説明してやってもいいかもしれない。

 短い間とはいえ、 同じ目的の為に行動を共にする者なのだから。

 そう想い目の前の美男子をみつめていた美女の、

ラピスラズリの破片で飾られた耳に届く電子音。

 ソレは彼の左胸、 その内側から発せられていた。

 

「失礼」

 

 短くそう言って制服の中から、

真新しいディープ・グリーンのスマート・フォンを

取り出した花京院をマージョリーの視線が鋭く穿つ。

 

(女?)

 

 という勘(邪推ともいう)により想うよりも先に手が動き、

 

「え!? あの、 ちょっ」

 

と花京院が声をあげるよりも速く彼の手からスマホを毟り取った美女は、

そのまま相手が誰かも確認せず着信ボタンを押し耳に当てる。

 そして一度優雅に脚を組み替え、 どこぞの女帝かと錯覚するような佇まいで

椅子の背もたれにゆっくりとその躰を預け、 口を開く。

 

「ノリアキは、 今現在急用で電話に出られません。

最低一週間は間を置き、 用件も何もかも忘れた頃にかけ直しやがりなさい。

あ、 いっとくけどリダイヤルは無駄よ。

アンタの番号 『着信拒否』 にしとくから」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ソコから、 数百メートル離れた海岸前。

 真新しいメタリック・プラチナのスマホを耳に当てた無頼の貴公子が、

一方的に切れた電話の通話終了音を聞きながら、

 

「誰だ? 今の女?」

 

困惑し切った表情で一人そう呟いた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅢ ~CRUCIFY MY LOVE~ 』

 

 

【1】

 

 天上天下傲岸不遜の超絶美女、

フレイムヘイズ “弔詞(ちょうし)()()” マージョリー・ドーと

その肩に黒いレザーベルトでブラ下げられた紅世の王

蹂躙(じゅうりん)爪牙(そうが)” マルコシアスは案内人に(無理矢理)据えた

『スタンド使い』 花京院 典明を付き従え香港の街路を練り歩いていた。

 

「……」

 

 先刻まで隣を歩く、キワどいタイトスーツ姿の美女に

イニシアティブ(主導権)を完全に奪われっぱなしだった

翡翠の美男子の風貌は、 今は一転。

清廉そのものだが瞳の裡に研ぎ澄まされた怜悧さと

強い意志の光とを同時に内在している。

 進める歩はまるで軍神のように壮烈としており

立ち止まれば脇の美女を置いて一人、 彼方までも往ってしまいそうだ。

 

「だからよ、 人喰いっつったって別に骨や肉をバリバリ噛み砕いてるワケじゃあねぇ。

“存在の力”っつーこの世に存在するための、 大元のエネルギーみてぇなモンを

吸い取ってやがんだよ」

 

 その彼の隣、 自分の腰元で、 マルコシアスがこの世に起きている

真 実(ほんとうのこと)』 を揚々と解説している。

 

「でも本来この世にいねぇ奴らがいて

好き勝手に暴れ回って喰い散らかしてたら、

世界の存在そのものが歪んじまうだろ?

だからソレを防ぐために俺みてぇな “王” が

人間の中に入ってこの世を荒らす“徒” を

一匹遺らずブッ殺すコトになった。

と、 いやぁまぁ聞こえはいいが、 なんのこたぁねぇ。

こっちの世界(現世)が滅びちまえばテメーらの世界(紅世)も危ねぇから”

ってんで、 重い腰を持ち上げたってのが真相だ。

オメーらの世界の 『神』 と一緒で “王” は、

人間が何人生きよーが死のうが知ったこっちゃあねーからよ。

ヒャーハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!!」

 

 何が可笑しいのか濁った銅鑼声で嗤う 『本』 の言葉を、

脇の美男子はええ、 そうですか、 なるほど、 と些かの疑問も持たずに応じている。

 

(……)

 

 隣を歩く美女は、 その彼の異様とも言える順応性の高さにグラスの奥を丸くしていた。

 確かに、 自分達の伝える荒唐無稽な話を疑うよりは

信じてもらえた方が物事は円滑に進む。

 しかし、 今までの経験上フレイムヘイズでもない普通の人間が、

即座に己の言った 『本当のコト』 を受け入れた事例など皆無に等しい。

 ソレは客観的にみても明白であり、

自分も相手の立場だったならまず信じないであろう。

フザけているか、 頭がイカれていると想うだけだ。

 しかも、 さきほど喫茶店の中で自分が彼に語ったコトは殆ど断片的なモノ。

 この街に人喰いのバケモノが逃げ込んだ。 自分達はソレを追っている。 だから手伝いなさい。

 概略すれば大体そんなモノだ。

 だが、 この中性的な風貌の少年は、 ソレを信じた。

 ほんの僅かな猜疑の視線も、 オカシイんじゃないかという嫌悪の表情も微塵も出さず。

 ただ。

 

「わかりました。 ボクはあと2日だけ此処に滞在しますが、

その間だけでよろしいのでしたら」

 

 と、 落ち着いた口調で自分に告げた。

 信じないなら信じないで構わない。

 信じようが信じまいが起こっているコトは 『現実』 なのだから。

 その事実を元に今までは半ばゴリ押し気味に “案内人” を従えてきたマージョリーは、

肩透かしを食らったような気になる反面、 逆に不安になった。

 利発そうな風貌をしているがこんなにも簡単に他人の言うこと、

それもこんな荒唐無稽な寓話にも等しき事象を

平然と受け入れてしまうこの少年は、

果たしてこの先大丈夫なのだろうか?

 こんなに無防備すぎる心ではいかがわしく(よこしま)な人間の企みに、

いつか必ず食い物にされてしまうに違いない。

 そういう結論に行き着いた美女は自分でも想わず、

何故そんな気持ちになったのかも解らず叫んでいた。

 

「駆け引きし甲斐のないヤツね!

もっと疑いなさいよ! この私を! 世の中スベテを!

アンタを騙そうとしてるかもしれないのよ!?

ドン底まで落ちてに堕ちて、 ソコで後悔したってもう遅いのよッ!?」

 

 自分でも我ながら一体何を言っているのか?

本末転倒もいいところだと理解していながら言葉は止まらなかった。

傍でマルコシアスが爆笑していたが気にもならなかった。

 彼から奪い取ったケータイを返さず、

胸元のポケットに入れた自分がバカみたいだ。

 でも彼はそんな必死な自分の様子を穏やかな微笑を浮かべてみつめたまま、

静かな物腰でこう言った。

 

「確かに、 (にわか)には信じがたい話ですが、 でも、

“貴女のような女性(ヒト)が、 そんな 「嘘」 をつくでしょうか?”」

 

 そう言われた時の自分は、 果たして一体どんな顔をしていたのか?

 隣で笑っていたマルコシアスが静かになったのを覚えている位で、 記憶は曖昧だ。

 そんな自分を後目に、 彼はゆっくりと言い含めるように続けた。

 

「貴女のように理知的で聡明な方が、

わざわざ人を騙す為に作り話まで用意して、

こんな場所に連れ込むというコトの方がボクには信じられない話なので、

だから、 どれだけ想像を超えた話だとしても、

“ソレは本当なんだ” と、 そう想いました。

ウソをつくのなら、 そんな 「人喰いのバケモノ」 や

「フレイムヘイズ」 なんて言葉は使わず、

もっと他人が信じるような話にすると想いますし」

 

 あくまで澄んだ琥珀色の瞳。

 そして、 少しも自分を疑っていない表情。

 その中性的な美男子の姿に、 彼女は、 マージョリーは、

かつて自分の傍にいた、 一人の少女の存在を折り重ねた。

 

(……()()()……?)

 

 彼の背後に、 同化するようにして浮かび上がった、 少女の幻 象(ヴィジョン)

 幾星霜の時を経たとしても、 決して色褪せるコトのない、 汚れ無き姿――。 

 

 

 

 

 

 

『マー姉サマ……』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 格子ガラスから店内に降り注ぐ緩やかな陽光の中、

彼女の 『声』 が、 聴こえたような気がした。

 今はもう、 この世のどこにもいない彼女の声が。

 己がフレイムヘイズと成る最大の理由となった、

この世の何よりも清らかで優しい心を持った少女の声が。

 少なくとも、 マージョリーにはそうとしか想えなかった。

 

「……!……ッ!」

 

 自然と、 涙が溢れてきた。

 止めようにも、 止められなかった。

 アノ娘を永遠に失って以来、 もう何百年経ったか解らない、

とうの昔に、 涸れ果てた筈の涙だった。

 

「どうしたんですか!? ミス・マージョリー!?」

 

「オイオイオイ!? 何があった!? 

我が移り気なヒロイン、マージョリー・ドー!!」

 

 傍で青年と喋る本が心底己を案じた声で問いかけた。

 

「なんでも……ない……!」

 

 そう応えるのが、 精一杯だった。

 

「本当に……何でも……ない……のよ……!」 

 

 何もしてあげられなかった。

 護ってやることもできなかった。

 この身を犠牲にしても、 スベテを失っても、

『アノ娘』 だけは救ってみせると誓った筈なのに。

 ()()()()()()――。

 だから自分に、 悔やむ資格はない。

泣く資格すらもないのだと、

マージョリーは血を轢き絞るような想いで嗚咽を噛み殺した。

 開いた胸元で鈍く光る、 銀のロザリオをギュッと握りしめたまま。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 

『現在の状況』 

 

花京院→マージョリー・ドー

=まだ 『能力』 を視てはいないが

既に異能者、“フレイムヘイズ” として認識している。

嘘を言っているとは想えないので、 期限付きだが協力を受諾。

 

 

マージョリー&マルコシアス→花京院

=「普通の人間」 だと想っている。 少し変わっているとは想うが。

 

 

承太郎=取りあえず一服中。

 

 

シャナ=現在どこにいるか不明。

 

 

 

 

“探索” は、思いの外難航した。

 香港の街を数時間練り歩き聞き込みも(主に花京院が)

行ったが、 有益な情報は出てこない。

 無論人喰いのバケモノがこの街のどこかに潜んでいる等と

荒唐無稽な 『本当のコト』 を聞くワケにもいかず、

実際はマージョリーから渡された「写真」 を見せ

あくまで人捜しという体裁を取り繕っての調査である。

 マルコシアスが存在の力を繰る “自在法” で紙に映し出した “徒” の写真。

(ジョセフの 『念写』 より精度は劣るが同じ系統の能力のようである)

 ソコに映るのは、 クラシックなスーツを着た一人の老紳士。

 自分の知る精悍な風貌の老人とは対照的な、 細身で気品と礼節に充ちたその姿。

 しかしソレが、 残虐な本性を覆い隠す 『擬態』 で在るコトも花京院は知っている。

 かつて、 己の傍らにいた異界の友人もまた、 同じような風貌だったのだから。

 脳裡に過ぎる彼とその最愛の従者の姿を

一度瞳を閉じて記憶の淵に眠らせた花京院は、

街路で周囲の注目を一身に集める美女の傍へと戻る。

 彼女に聞き込みの結果を告げる刹那、

舌打ちとあぁやっぱりなという溜息が幾つも周りから発せられた。

 

「ダメですね。 この 「老人」 を見たという方は、 一人もいませんでした。

この場所で長年商売を行っている人にも聞いてみたのですが、

()()()()()()そうです。 あ、 コレよろしかったらどうぞ」

 

 花京院が脇に抱えた紙袋から、

白い湯気が甘く香ばしい匂いと共に立ちこめていた。

 

「何? コレ?」

 

 美女は白胡麻のびっしり(まぶ)された球形の中国菓子を、

マニキュアでキレイに彩られた指先で抓みしげしげと眺める。

 

芝 麻 球(チーマーカオ)です。 流石にお店屋さんなので、

何も買わないというワケにはいきませんでしたので」

 

 花京院がそう言って肩を竦めると、

 

「ふぅん」

 

美女は特に興味なさげにその出来たてで熱く膨らんだ白球を口に放り込む。

 

「……」

 

 予想以上に甘く歯ごたえが変わっていて美味だったが、 ソレは表情に出さないでおく。

 

「オ、 オレにも! オレにもッ! 我が慈愛の守護天使マージョリー・ドー!!」

 

 自分の腰でマルコシアスが分厚い皮表紙をバタバタ鳴らしてうるさいので、

 

「あぁッ! もう!!」

 

美女は紙袋の中から白と黒の球体を6つほど鷲掴みにして、

駄鳥の撒き餌をやるように本の中へとブッきらぼうに投げ捨てる。

 

「~♪~♪~♪」

 

 こう見えて甘いモノには目がないのか(ソレ以前に味覚があるかどうかが疑問だが)

放埒な紅世の王は珍しく無言で中国菓子をページとページの隙間で

青い炎を飛ばしながら咀嚼している(律儀に呑みこむ音まで立てて)

 その奇態な光景にもいい加減なれた翡翠の美男子は、

美女から(自分の「許可」無しに絶対かけないコトを3回誓わされた後に)

返却されたスマート・フォンを開き、

特殊回線を通じてSPW財団の管轄する

メインコンピューターの一つにアクセスし、

周辺の街路図を高精細液晶パネルに映し出す。

モニターに衛星から送信された縮尺図と主要な名所や建造物等が

3ディメンションのタッチパネルとなって立体的に浮かびあがる。

 制服のポケットに入れていたボールペンの先を利用して

必要な情報をクローズアップし、 他は消去してウインドウを整理した花京院は

液晶のディスプレイを前方に向け、 爽やかに告げる。

 

「さて、 ここでの聞き込みはあらかた済んだようですから、

次はこの北ブロックに行ってみましょう。 繁華街です。

人の集まる場所ですし、 旅行客も多いでしょうから

一人か二人くらいはこの老人を目撃した人がいるかもしれません」

 

「……」

 

 彼の言葉に球形の中国菓子を王と共に仲良く噛み砕いていた美女は、

異論のない様子で頷き紙袋を携えたまま後に従う。

 

「ほら、 行くわよマルコ。 休憩は終わり」

 

「zzzzzzzzzzzz……」

 

 3時間を超える探索作業に於いても汗一つ浮かべてないマージョリーの脇で、

徒がみつかったら起こしてくれと言わんばかりに惰眠に耽る紅世の王に

美女の膝蹴りがブチ込まれた。 

 花京院はその二人の様子を微笑ましいと想いながらも、

何故自分が彼女に協力する気になったのか? その意味を考える。

 確かに人喰いの怪物を野放しにするわけにはいかないし、

そんなヤツがこの街でナニカを策しているというのであれば、

そんなコトは絶対に阻止しなければならない。

 しかし。

“もしそれ以外に理由が在るとするならば” 

 やはり、 先刻の彼女の姿を見てしまったというのが、 一番の理由だろう。

 如何なる理由であれ、『女性を泣かすようなマネをするヤツは許せない』

 ましてやソレが、 人喰いのバケモノで在るなら尚更。

 一見温和で誰よりも社交的に見える花京院だが、

実は己の信念や美学へ反する者に対する圧倒的な冷徹さは

余人の遠く及ぶ所ではない。

 非情に徹しなければ、 護れないモノもある。

 ソレは、 物心つかぬ幼き頃から望まぬその 『能力』 が故に、

数多くの邪悪な 『スタンド使い』 とソレに纏わる有象無象の怪異と

日夜戦い続けてきた彼に自然に身についていた心象、

孤高の 『精神』

 ソレがDIOの感興をそそり、

そして最大、 最強の 『スタンド使い』

エンヤ、 ヴァニラ・アイスにも一目於かれた存在であるコトに

花京院自身は気づいていない。

 そして、 自分の背後を歩く一人の女性もまた、

抗いようのない残酷なる 『運命』 の中

一人孤独に戦い必死にナニカを護ろうとしてきた

『同類の存在』 であるというコトも。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに無言のまま、 蒼炎の美女と翡翠の美男子は、 二人共に街路を歩いた。

 日がやや翳りだし、 黄昏時の到来が香港の街を朱に染め始める。

 その中で、 二人の影が折り重なるようにアスファルトへと伸びた。

 まるで互いの存在以外寄る辺を持たない、 巡礼者で在るかのように。 

 海辺から吹き抜ける風が、 静かに両者の髪を揺らす。

 ()()()()()()()

 

「待って、 ノリアキ」

 

 背後を歩く美女が、 唐突に自分を呼び止める。

 振り向いた視線の先、 マージョリーが右の建物、 否、

その遙か先を見透すかのように鋭い視線を走らせていた。

 そし、 て。

 

「……フ……! フフフ……フフフフフフフフフ……!」

 

 狂おしくそして兇悪に歪む、 彼女の美貌。

 ソレが歓喜で(わら)っていると解するまで、 花京院は数瞬要した。

 

「“きやがったわよ” 頼みしないのに次から次へと沸き出てくる。

サイコーに卑しくて浅ましくておぞましい……クソったれのクズ野郎が……!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 同時に眼前を駆ける、 炎。

 逢魔が刻の到来。

 暗い木蘭色(もくらんしょく)の “封絶” が、二人を呑み込んだ。  

 

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅣ ~Revenger×Avenger~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 破滅の戦風が吹き荒ぶアンダーワールド。

 常人には知覚、 認識するコトも許されない因果の環。

 暗い木欄色の火の粉が不可思議な紋字と共に舞い踊る空間の中心で、

美女は邪な微笑を浮かべ呟いた。

 

「ラミーを追ってる途 次(みちすがら)

私の存在を感知した徒に襲撃を受ける。

いつものパターンね。 全く困ったものだわ」

 

「ナニ言ってやがる。

だったら気配消してヤツらの存在を感知してもシカトすりゃあいいじゃねーか。

毎度毎度律儀に会う徒遭う徒全部ミナミナ殺しにしちまうから

肝心要のラミーのヤツにゃあ逃げられてンだろーがよ」

 

「当ッ然でしょ!! クズ追ってる先でクズを見つけたら跡形も遺さず討滅する!!

ソレが私達 “フレイムヘイズ” なんだからッッ!!」

 

「まッ、 当然だァな。 精々ラミーのヤローに気取られてないコトを祈ろーぜ」

 

「気取るスキなんて与えないわよ。

第一 “私の封絶” じゃないんだから。

寧ろヤツの方がこの気配に誘き寄せられる可能性の方が高いわ。

流石に封絶の中にまでは入ってこないでしょうけど」

 

 互いに慣れた口調で美女と 『本』 は些かの動揺もなく言葉を交わす。

 

「そうなったらすぐにでも見つけだしてあげるわよ。

まさか今回に限り、 嗅ぎ廻ってるのが 「ただの人間」 だとは

流石のアイツも想わないでしょ。 ねぇ? ノリアキ」

 

 そう言って美女が振り向いた先。

 火の粉舞い散る陽炎のゆらめきの中、

ピタリとその場に停止する少年の姿が在った。

 

「……」

 

 アスファルトに反照する封絶の木欄に

その中性的な風貌を当てられる美男子を、

マージョリーは正面からしげしげと見つめる。

 

「止まっちゃったか。 当たり前だけど」

 

 事も無げにそう言い特に意識した様子もない美女を後目に、

まるで心を持たぬ人形のように一点を凝視したまま、

花京院 典明は動かない。

 無論この特殊空間、 因果孤立領域 “封絶” のコトを彼は知っている。

 いつも当たり前のように友人の隣に侍る少女から(心情的に面白くないが)

そして今はもう亡き純白の貴公子から、

何度も同じ 『能力』 を視せられたコトが在りその説明も受けているから。

 しかしそのコトを、 敢えて花京院は秘匿した。

 別に “彼女” のコトを信用していないわけではない。

 だが場に無用な混乱を招きかねないという判断と、

彼女が自分に求めるモノとを察しての決断だった。

 彼女が欲しているのはあくまで “案内人”

情報提供者とその補佐に当たる者であり、

戦闘の片腕(パートナー)では決してない。

 ソレに 『スタンド使い』 は、 極力己の 「能力」 を他者に()られないようにするモノ。

 己の威容を誇示しそのスベテを相手に刻み込もうとする

“フレイムヘイズ” とは、 その存在の本質が違った。

 

(すいません。 騙すつもりはないのですが、 貴女を困惑させたくなかったのです。

頑張ってくださいね。 理不尽な能力(チカラ)に抵抗できない、

罪無き人々を護る為にも)

 

 瞬き一つしない琥珀の双眸で、

花京院は慈しむようにマージョリーをみつめ

そっと静かなエールを彼女の背中越しに送る。

 ソレが伝わったのか否か、 美女はいきなりくるりとこちらを振り向き

踵の高いヒールを鳴らしながら再度己の傍へと歩み寄り、

その美貌を肌が触れるほどの超近距離に寄せる。 

 

「それにしてもコイツ、 本当にイイ男ね。

いまなら、 キスしちゃっても気づかないかな?」

 

(!?)

 

 熱に浮かされたような声でそう言いながら、

マージョリーはマニキュアで彩られた細い指先で

花京院の整った輪郭を艶めかしくつ、 と撫ぜる。

 その頬には無垢な赤味が差し、

表情は蕩けるような艶っぽいモノとなっていた。

 

【挿絵表示】

 

 

(……そ、 ()()()、 マズイ……ッ!)

 

 一流のスタンド能力者で在るが故、

裡で眠るスタンドの気配を消す事は可能だが

己の感情まで消すコトが出来るワケではない。

「普通の人間」 を装っているため身動きできず、

しかしそのように軽々しくするような行為ではないと

認識している美男子は、 美女の誘惑が戯れであるコトを心から祈った。

 

【挿絵表示】

 

 ソコに、 意外な助け船。

 

「オイオイオイオイ、 後にしな。

我が多情な妖姫マージョリー・ドー。

それにおまえサンの熱く烈しいヴェーゼをくれてやる相手は、

まずアイツだろ?」

 

 そう言ってマルコシアスが炎で形作った指で差した先。

 ソコ、 に。

 

「……」

 

 時節は初夏だというのに、 黒いレザーのロングコートを着た男がいた。

 そのインナーもパンツもブーツも、 全て同じ黒尽くめ。

 表情は目深に被ったフードの為に伺えない。

 しかしその全身から尋常なるざる殺気を放ち、

漏れる吐息から獣のような唸りを発している。  

 

「グゥ……オオオ……見つけた、 ぞ……

我が怨敵 『蹂躙の爪牙』

そのフレイムヘイズ “弔詞の詠み手”……!」

 

 地獄の底から漏れいずるような、

憎悪と怨嗟に充ち充ちた声がその男から吐き出された。

 暗闇の奥で凶悪に光る異界の瞳。

 ソレが周囲の光景を意に返さずマージョリーとマルコシアスのみに向けられる。

 

「はぁん? 誰? お前?」

 

 己に向けられたドス黒い声とは対照的に、

美女は道端の石ころをみるような視線で男を見据え

気流に靡く髪を挑発的に掻きあげる。

 

「ムゥゥゥ……忘れたとは云わさぬぞ……我が王とその同胞スベテを……

ソノ存在の欠片も遺さず無惨に討滅した貴様等の所業を……!」

 

 全身を貫く屈辱の為、 空気を震わせるような声で己を睨む男に対し

 

「誰だっけ?」

 

と美女は取り澄ました顔でマルコシアスに問う。

 

「さぁ~てねぇ~。 王なんざぁ、 今までさんざっぱら討滅してっから、

いちいち覚えてねーなぁ」

 

 問われた被契約者は自分の上に乗せられていた紙袋を中身ごと

バリバリ噛み砕きながら無関心に返した。

 

「……!!」

 

 黒尽くめの男の殺気が一段と尖る。

 

「でもこの封絶の色……

あぁ、 テメーもしかして 鬼眼大聖(きがんたいせい) の生き残りか?

あンのヤローはその配下が無駄に 「12人」 もいやがったから、

その全ては殺りきれてなかったかもしれねぇ。

ンでそン中の一匹が亡き主の仇討ちってワケか?

そりゃあ涙ぐましいこって、

ギャーーーーーーーハッハッハッハッハッハッハッ!!!!!!」

 

 木欄色の火の粉舞い散る空間で、狂猛なる紅世の王の哄笑が木霊した。

 

「黙れッッ!!」

 

 マルコシアスの言葉が正鵠を射ったのか、 男はそこで初めて声を荒げる。

 忠誠を誓う主を護れず、 しかしその後を追うコトも赦されず、

恥辱に身を引き裂かれるような想いで生き抜いてきたこの数十年間。

 男は、 たった一つの想いが故それに堪えた。

 破滅の爪牙がスベテを切り刻んだ場所。

 無数の同胞の亡骸と共に瀕死の状態となって地に伏していた己に、

その眼前で首だけとなった王の口から、 最後に告げられた言葉。

“生きろ――”

 それだけを糧に、 男は今日まで生きてきた。

 その言葉の 『真意』 をみつける為に。

 己からスベテを奪った忌まわしきフレイムヘイズに “報復” を遂げる為に。

 

「“鬼眼大聖” ね。 思い出したわ。 なかなか強かったわね。 アイツ。

でも仲間の十二人と後先考えず人間喰らってたから “私達” にみつかって、

全部まとめて討滅されたわけだけど、 まさか生き残りがいたとはね」

 

 過去の話には興味がないのか、 美女は感情を込めず淡々とした口調で徒に告げる。

 その次の刹那。

 

「グオオオオオオオオオオオォォォォォォォ――――――――――!!!!!!!!!!

黙れぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」

 

 ビリビリと空気を劈く叫声。

 それと同時に男の全身を覆い尽くしていた黒革のコートが薄紙のように引き裂かれる。

 同様にインナーもパンツもブーツも。

 そして、 火の粉と共に空間に舞い散る千切れた残骸の中から姿を現した、 のは。

 美女の身の丈を遙かに超える諸刃の巨剣を両に携えた魔物の姿。

 全身を覆う硬い鱗は鋼鉄のような無数の突起でビッシリと埋め尽くされ、

尖った先端部周辺に肉瘤を纏った禍々しい尾を背後に流し、

頭頂部にその倍はある3本の大角を天に向けて屹立させている。

 面積比で美女の約5倍、 体積比ならその10倍は在ろうかという、 徒の真の姿の現出。

 

「……」

 

 しかしその圧倒的存在を前に美女は眉一つ顰めず、

突風で舞い踊った髪を抑えたのみだった。

 

「下世話な人間如き、 何匹掻き喰らおうが貴様等に難じられる覚えはないわッッ!!

全ては我等が “種” を厳守するが為の王の御業!!

貴様等如き討滅の道具風情が、 其の異を問うことすら烏滸(おこ)がましい!!」

 

 先刻と同一人物とは想えない、 臓腑の底まで浸透するような叫声で徒は吼え

美女を遙か高見から傲然と見下ろす。

 

「……!」

 ソコで、 今まで徒が何を言おうともその麗しさを違えるコトが無かった

マージョリーの美貌が、 微かに険難な色を帯びる。

 その背後で両者をみつめる花京院にも、 また。

 

下衆(ゲス)が……!)

 

 すぐにでもスタンドを発現させ、

人の命などなんとも想わない異界の魔物に

挑みかかろうとする壮気が全身から充ちるが、

翡翠の奏者は己を諫め眼前にて蒼然と佇む彼女に託す。

 そして物を語れない彼の心情を代弁するが如く美女は、

 

「フ……フフ……フ……! やっぱり、 (クズ)はこうじゃないとね……

こーゆー()()()()()()()……一番殺り易いわ……!」

 

震える声でそう言いながら、 これから始まる殺戮の歓喜にその身を奮わせる。

 

「……ッ!」

 

 そして彼女の全身から急速に発せられる群青色の存在の殺気(オーラ)に、

遙か高見から見下ろしている徒の方が気圧された。

 無論その様子を遠間にみつめる花京院も。

 そし、 て。

 彼女の肩から下がった黒いレザーベルトで繋がれた巨大な 『本』

神器 “グリモア” を介して、 狂猛なる紅世の王が残虐なる闘いの始まりを宣告する。

 

「ウチの魅惑の酒 盃(ゴブレット)の、 一番好きな “殺り方” ってのを教えてやろうか?

ソレは、 テメーみてぇな逆恨みの勘違いヤローを」

 

 ソコで重なる、 紅世の王とフレイムヘイズの声。

 

「返り討ちにするコトよッッ!!」

「返り討ちにするコトだッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 言葉の終わりとほぼ同時に、 全身から迸る群青の火走り。

 開いたグリモアを練達の挙止で秋水の如く構える美女。

 復 讐 者(リヴェンジャー)VS報 復 者(アヴェンジャー)

 勝者無き死闘、 その無情なる幕が、 一人のスタンド使いの前で壮絶に上がった。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅤ ~Hierophant Emerald~ 』

 

 

 

 

【1】

 

 

 戦闘、 と呼ぶには、 余りにも一方的過ぎる展開だった。

 相手に毛筋ほどの付け入る隙も与えない猛攻、 暴虐、

ソレはその王の真名が示すが通り、 まさに “蹂躙” だった。

 徒に見せ場らしきモノが在ったのは最初の一撃。

 掠めただけで美女の麗しき肢体を跡形もなくバラバラにしかねない

巨剣を、 難なく振りかぶりそして引き絞るように撃ち落とす。

 しかしその巨大な斬撃が唸りと共に周囲の空気を弾き飛ばすより速く、

美しき魔獣を彷彿とさせるフレイムヘイズは前方に素早く廻り込みながら

徒の死角の位置に()き、 闘争本能で研ぎ澄まされた

深紫の双眸で相手の全急所を一瞬の内に看破する。

 けたたましい破壊音と共にアスファルトを削岩機のように粉砕し、

即座に美女をへと向き直った大角の徒は返し刀で左の巨剣を大きく薙ぐ。

 しかし。

 既にソレよりも速く、 マージョリーの自在法がグリモア内部で発現し

精鋭無比なる攻撃を完了していた。

 

「――ッ!?」 

 

 突如徒の巨大な左上腕部が爆薬で吹き飛ばされたかのように抉れ、

力の本流を失った剣はあらぬ方向へと大きく蛇行して街路に突き刺さる。

 血の代わりに迸る木欄色の火花を水流のように吹き散らし、

信じがたいといった表情で己を見る徒に美女が返した微笑は

この世の何よりも静かで冷酷なモノ。

 そして後は、 その繰り返し――。

 

「うぅ……ぐおおぉぉ……!」

 

 モノの僅か数分で、 徒は左脇腹をそっくり苅り取られ、 右大腿部を骨ごと抉られ、

左上腕部が皮一枚でかろうじて繋がっている状態で地に伏していた。

 さながら、 忌まわしきアノ時を再現(トレース)するが如く。

 その標的から正確15メートル先の位置にピタリと就けている美女は、

眼前の惨状とは裏腹の拍子抜けしたような表情で徒を見下ろす。

 

「息咳切って現れたかと想えば、 まさか()()()()

ハッキリ言って弱過ぎるわ。

戦闘殺傷力なら紅世最強を誇る、

“蹂躙の爪牙” を舐めてるんじゃないでしょうね?」

 

「自在法なら現フレイムヘイズ最強の我が愛しの酒 盃(ゴブレット)のコトもなッ!

テメーもケンカ売るんならちったぁ相手考えろや!

しぬぜ! シヌぜ!! 死ぬぜぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

 

 普段は仲が良いのか悪いのかよく解らない二人だが、

戦闘時の睦まじさは極上モノ。

 

「……ッ!」

 

 己の頭上から降り注ぐ忌むべき者の嘲弄に、

徒はただ歯噛みする以外余儀がなかった。

 眼前のフレイムヘイズが繰り出す攻撃を防ぐ術、 躱す術、

対応策はなに一つ思いつかない。

 ()()()()()()()()()()()()()

 認識できるのはソレのみ。

 アノ女の視線が微かに動いた瞬間、

肩から下げた神器から高速で飛び出す魔獣の頭部を成した

(そうだと理解できたのは全て事後)

蒼い炎が、 既に己の躯に喰らいついているのだ。

 そして痛みを知覚する間もなく、 その牙が着撃箇所を跡形もなく咬断する。

 後に残された自由は、ただ苦悶の絶叫を挙げるコトだけ。

 戦闘の 「相性」 が良いとか悪いとかいう問題ではない。

 ただ単にレベルが違う。

 ただ単に次元が違う。

 己の眼前で繰り広げられる “蹂躙” を、

(つぶさ)にその双眸に焼き付けていた花京院は

陽炎舞い踊る空間で冷たい雫が頬に伝うのを感じた。

 

「……」 

 

 圧倒的過ぎる、 そして凄惨に過ぎる。

 単純な戦闘能力だけなら、 この美女は自分の良く知る少女を、

そしてあの “狩人” フリアグネすらも遙かに上廻る。

 今まで自分が交戦した 『スタンド使い』 の中にも果たして、

ここまでの強者がいたか否か。

 加えてこの美女の、 マージョリーの能力(チカラ)はまだまだ底が知れない。

 

「が……ぐぅ……おぉぉぉぉおお……何の……コレしき……!」

 

 巨大な身体の至る箇所が蒼きの双牙によって喰い破られ、

もうその機能を満足に果たせなくなったにも関わらず徒は、

抉れた疵痕から木欄色の炎を吹きだしながら

ただ精神の力のみで無理矢理立ち上がろうとする。

 だが身体は意志に反して殆ど動かず

苦悶よりも悔恨で口中をギリッと鳴らした瞬間、

 

「ほらほら、 ボサッとしてると」

 

「!!」

 

 再び神器 “グリモア” から伸びた魔獣の牙が徒の右頭部に喰らいつき、

中の眼球ごとその上部に位置する大角を表面に微細に走る亀裂と共に断砕した。

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――ッッッッッッッ!!!!!」 

 

 己の肉体と共に尊厳と誇りまでも粉々に撃ち砕かれた徒は、

鼓膜を劈くような絶叫を封絶で覆われた空間に響かせた。

 

「フン、 不味(マズ)かァねーが、 オレ達の敵じゃあねーな。

それにテメー? 昔マージョリーにヤられた疵が治癒(なお)ンねーんだろ?

自在法で誤魔化しちゃあいるようだが、 内部はもうガタガタの筈だぜ」

 

 目敏(めざと)く砕け飛んだ一角を(くわ)えてグリモアに戻ってきたマルコシアスは、

その硬い突起を苦もなくガリガリ噛み砕きながら 『本』 の中へと咀嚼する。

 

「……ッ!」

 

 そして肯綮(こうけい)を突かれたのか押し黙る手負い徒を一瞥した後、

 

嬲る(あそぶ)のもそろそろ飽きたぜ。 終いにしねーか?

我が壮烈なる “自在師” マージョリー・ドー」

 

惨憺足る姿で地に伏す己が同胞から視線を逸らし長年の相方に問う。

 

「どうやら 『ゾディアック』(つか)うまでもなさそうだしね。

“アレ” を試すのはお預けか」

 

「おお、 ヤめとけヤめとけ。

“あんなモン” 発動させちまったら、

こんなちんけな封絶なんぞクソの役にも立ちゃしねー。

噴き走った存在の力を感知されたら、

ラミーでなくても海の彼方まで逃げ出すぜ」

 

「そうね。 ウォームアップはコレ位でいいか」

 

 そう言って長い栗色の髪を封絶に靡かせ、 三度徒を傲然と見下ろす美女。

 その姿は、 己の数倍以上の巨大な存在として徒の隻眼に映った。

 そして、 静かに到来する言葉。

 憎しみと狂気の悦楽に歪んだ、 永別の弔詞。 

 

「何年も何十年も、 ()()()()()ご苦労様」

 

【挿絵表示】

 

 

 言葉の終わりと同時に、 硬い装甲で覆われている筈である己が躯、

その胴体部をいとも容易く喰い破る魔獣の双牙。

 一瞬の間も置かず轢断するかのように真っ二つへと割かれた己が存在。

 

「――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 最早断末の叫びを発するコトも赦されず暗く冷たい忘却の淵へと堕ちていく意識。

 その刹那、 名も解らぬ徒の脳裡で、 鮮やかに甦る光景が在った。

 時間を超え、 空間を超え。

 今ソコに在るコトかのように感じられる、 追憶の欠片(かけら)

 強く、 そして何よりも美しい、 凄烈なる王の姿。

 そしてそれを取り囲む、 同じ天命に殉じるコトを誓った、 掛け替えのない同胞達。

 いつか還りたいと願う場所。

 永遠の群像で充たされた、 光輝ける世界。

 ソレが、 決して逃れられない死への暗黒にすら叛逆する。

 絶望の 『先』 に在るモノ。

 たった一つの、 想いの結晶――。

 

(……)

 

 ()き断たれた徒の下半身、 その切断面に微少な紋字と紋章が夥しい数で浮かび上がり

やがてソレが木欄色の存在の輝きと共に一点へと集束していった。

 先刻の戦闘中一度も使わず、 そして相手の攻撃範囲外に於いていた無傷の “尾” に。

 勝てるとは、 (はな)から想っていなかった。

 紅世の王の中でもその狂猛さに於いて、

一際異名を鳴り響かせる “蹂躙の爪牙”

ソノ者が自ら 『器』 に選んだフレイムヘイズに敵う等とは。

 しかし、 その残酷な真実を認めるコトによって、 初めて気がつくコトも在る。

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()、 付け入る隙が有るというコトを』

 

()()()()()()()()()()()()()、 限界を超えた威力(チカラ)を発揮する自在法が在るコトを』

 

 

 

 

 

 ソレが、 亡き王の意に背くコトだと知っていながら。

 誰も望んでいない愚かな行為だと解っていながら。

 

「……」

 

 空洞の開いた右眼窩部から落涙のように木欄の炎を散らしながら、

徒は最後の自在法を “触媒” で在る尾に向けて紡ぎ続ける。

 そう。

 解っていた。

 最後に王が自分に遺した言葉の意味は、

決して 『復讐』 しろ等という事ではない。

“そんなコトの為に” 生きろと言ったのではない。

 何がなんでも生き延びろ。

 どれだけ辛くとも、 苦しくとも。

 生きているのなら、 己が全霊を以て生き抜いてみせろ。

 おまえが生きている限り、 オレ達の存在はおまえと共に在る。

 ソレは解っていた。

 しかし、 しかし。

 

 

 

 

“こうせざる負えなかったのだ!”

 

 

 

 

 掛け替えの無い者達がスベテ命を賭して散って逝ったにも関わらず、

自分だけが生き延び、 安楽に身を浸すコト等耐えられなかった。

 己の千切れた背後で、 呪詛と怨嗟の凝縮した尾が、 次第次第に膨張していく。

 その周囲に晦冥(あんめい)の自在式を幾重にも纏わせて。

 その形容(カタチ)も、 『潰滅(かいめつ)

ただそれのみを目的としたモノに変換()えて。

 コレが()まろうが極まるまいが、 発動した瞬間確実に自分は死ぬだろう。

 だが、 一人では死なない!

 徒はあらん限りの精魂を込め、 自分に背を向けた忌まわしき存在を貫いた。

 

 

 

 

 

“お前も死ぬんだッッッッッ!!!!!”

 

 

 

 

 

 最後の、 自在法。

 名も知られぬ徒の、 心中に甦るモノ。

 それは。

 初めて、 自分の存在を認めてくれた者の姿。

 自分に、 生きる意味を与えてくれた王の姿。

 徒は、 渇望にも似た声で、 その存在へと語りかける。

 

 

 

 

 

 我が王よ。

 亡き意に背きしコト、 どうかお赦しください。

 しかし、 私にとっては、

『貴方の御為に尽くす事こそ』

“生きる” というコトなのです。

 我が全能の主 『鬼眼大聖』 ガルディス様。

 

 

 

 

 そして乾坤一擲の念いで、 発動する極限禁儀。

 

 

 

 

 

鬼眼十二衆(きがんじゅうにしゅう)』 が一人、 “闘 暁 角(とうぎょうかく)” サルファス。

 今、 ここに、 ようやく――。

 

 

 

 

 

 

“討ち死にで御座います……ッ!”

 

 

 

 

 

 

(ッッ!?)

 

 突如何の脈絡も無く出現した、 美女の背後で渦巻く凄まじいまでの存在の力。

 

「なァっ!?」

 

 完全に息絶えたと想っていた存在の、 予期せぬ叛逆。

 振り向いたマージョリーの眼前で既に、

禍々しい木欄の火花を自在式と共に空間へ迸らせる巨大な “尾” が、

視界スベテを埋め尽くし己の存在を呑みこむかのようにして差し迫っていた。

 完全に戦闘態勢を解除していた為に、

幾ら総合力で上回ろうとも現時点でソレは関係ない。

 超絶的な能力(チカラ)を持つが故の “(おご)り”

 ソレが現代最強のフレイムヘイズの一人 “弔詞の詠み手” の弱点であり、

死に逝く徒が付け込める殆ど唯一の隙。

 ただその為だけに、 徒は己が身を犠牲にし、 その生命までも自在法に託したのだ。

 己が全存在を賭けてこそ、 初めて発動させるコトの出来る禁儀。

 幾ら格上の相手であっても、 直撃を受ければ絶命は必死。

 しかも無防備の状態で在っては、 その裡に秘められた “呪い” の為に

掠っただけでも確実に死ぬ。

 だが。

 しかし――

 

 

 

 

 

 ヴァッッッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ

オオオォォォォォォォォ――――――――――――!!!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 唐突なる破壊音。

 群青と木欄。

 その何れの色彩でも無く弾けた、 精練無比なる存在の力。

 目が眩む程目映い、 エメラルドの閃光群。

 美女の、 目下数㎝の位置までをも差し迫っていた硬質な外殻に覆われる

禍々しい尾の継ぎ目(ツギメ)、 その関節部分を中心に無数の翡翠結晶弾が寸分違わず命中し

更に周囲も廻転遠心力で外装が剥離しやがてメリ込んだ内部で炸裂する。

 そして爆散したスタンドパワーと共に、

極限の自在法を宿した尾はその威力(チカラ)が故に

美女から遠く離れた上部空間へと千切り飛ばされる。

 質量の為に不定型な楕円を描きながら弾け飛ぶ尾が、

木欄色の炎で揺らめくアスファルトに落ちるよりも速く、

 

 グシャアッッッッ!!!!

 

 徒の残った頭部に、 その半分ほども在る巨大な翡翠単結晶が穿たれ、

左眼部の正中から上がそっくり削ぎ飛ばされる。

 

「……が……ぐぉ……ぉぉ……」

 

 確実に勝ったと想った瞬間、 己が全霊を尽くして撃ち放った奥の手が

完全に極まる寸前に起こった、 まったく予測も付かない現象により

徒は混迷する以外術を無くす。

 その彼の傍らにいつのまにか佇んでいた、 気配を全く感じさせない一つの存在。

 淡い茶色の髪を戦風に揺らし、 特徴的な学生服の裾を外套のように靡かせる一人の人間。

 

【挿絵表示】

 

 

「……ミス……テス……」

 

 残った左目で徒が認めた、 青年の姿。

 その背後に翡翠の燐光を全身に纏わせ、 地より浮遊して存在するモノ。

 異星人、 或いは未来人のような特異な形容(フォルム) 

“遠隔操作型スタンド” 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)

 

「う……うぅぅ……おぉぉ……

うぅぅぅおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……!!」

 

 左目から木欄の炎を垂れ流し、 最早立ち上がる力すらも失った徒は

地獄の底でも尚足掻く亡者のような嘆きを漏らした。

 何故。

 一体何故、 ()()()()()()()()を見越していなかったのか?

 空白の数十年の中、 忌むべきこのフレイムヘイズが

“ミステス” を己の傍らに従えているという事実を。

 幾ら何の気配も発していなかったとしても、

“戦闘用ミステス” ならソレは当然の事象だというコトを。

 

「……」

 

 嘆きの声を挙げ続ける徒の眼前で、 その張本人であるマージョリー自身も、

今自分の眼前で起こった光景を理解できないでいる。

“ミステス” ではない。

 もしそうならば、 最初の時点で既に気づいている。

 それなら、 目の前のこの少年、

カキョウイン ノリアキとは一体何者なのか?

 少なくとも、 生身の人間で在りながらアレ程の、

紅世の王にも匹敵する能力(チカラ)を携える存在を自分は知らない。 

 舞い散る木欄にその幽 波 紋 光(スタンド・パワー)で彩られた

神秘的な風貌を照らされながら、 嘆き続ける徒に向け花京院は静かに告げる。

 哀悼のように。 敬意のように。

 

「最後に何か、 言い遺すコトはありますか?」

 

 目の前で伏するこの異形の者は、 数多くの人間を喰い殺してきた人外の怪物。

 だがそれとは関係なく、 その瞳には尋常ならざる 『決意』 が在った。

 善悪をも超えた、 気高き精神の輝きが。

 ソレ故に、 男の戦いに余計な横槍を入れてしまったかもしれないという

懸念が花京院の心中に渦巻いていたが、

しかしこの者が狙う女性(ヒト)を死なせるわけにはいかなかった。

 多くの人々の生命(いのち)が懸かっている。

 何より、 アノ時は想うよりも先に躰が勝手に動いた。

 やがてズタボロの巨体を微かに蠢かせ、 呪詛に充ちた声で徒が遺した言葉。

 

「呪われろ。 蹂躙の従者……!」

 

 

 

 

 

 ドグッッッッッッシャアアアアアアアアアアアアアァァァァ

ァァァァ――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 

 言葉の終わり痛烈な壊滅音と共に、

一際色濃く空間へ噴き迸る木欄の炎が在った。

 拳中にスタンドパワーを集束させ、

触手で繋がれた振り子運動の瞬発力に拠って

“徒” の顔面を完全破壊したスタンド、

ハイエロファント・グリーンの手から伝わる感触。

 他者の生命を叩き潰し、 そして屠った死の感触が絡みつくように

腕の神経を伝わり脳幹を直撃する。

 

「……」

 

 何度、 否、 きっと何万回繰り返したとしても、 慣れるコトは決してない。

 それが救いようのない鬼畜の罪人でも、 人喰いのバケモノであっても。

 他者の生命を奪うという行為は、 どんな正当な理由が在ろうとも。

 しかし、『ヤるしかない』

 人間としての倫理や法律が通用しない相手には。

 斃さなければその非道な行いを阻止出来ないのであれば。

『スタンド能力』 とは、 きっとその為の能力で在る筈だから。

 罪無き人々がこの能力(チカラ)の餌食にされるコトに較べれば、

自分の心の痛みなど、 きっと小さなコトの筈だから。

 勝利した筈である翡翠の奏者の美貌は、

底の知れない深い憂いで充たされていた。

 その彼の傍に歩み寄る、 フレイムヘイズの美女。

 

「ノリアキ……アンタ……」

 

 先刻とは裏腹の呆然とした表情で、 グリモアを脇に抱え自分を見ている。

 その美女とは裏腹の穏やかな表情で、 そして少し困ったような顔をした花京院は、

 

「御覧の通り “超能力者” です。

手を触れずにスプーンを折り曲げたりは出来ませんがね」

 

隠し事の見つかった子供のように小さく肩を竦めた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅥ ~Harmit Tracer~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 舞い散る火の粉と共に香る、 互いの髪の匂い。

 徒の大剣で陥没したアスファルトと禍々しい尾によって爆砕した道路中央部。

 その二つの破壊痕を挟むようにして、 蒼炎の美女と翡翠の美男子は屹立していた。

 やがて深い菫色の瞳で花京院の澄んだ琥珀色の瞳を

真正面からみつめた美女が、 厳かに口を開く。

 

「人間じゃ、 なかったのね」

 

「いいえ、 ボクは人間です。

ただ、 普通とは少し違った 『能力』 を、

生まれながらに持っています」

 

 互いに歩み寄りながら、 躰から立ち上る香水のラストノートが

気流に紛れて靡いた。

 

「その 『能力』 って?」

 

「誰が名付けたのかまでは解りませんが、

『スタンド』 と呼ばれる精神の力です。

この 『能力』 を持つ者は、

己の生命力を形容(カタチ)在るモノに幻 象(ヴィジョン)化するコトが出来、

ソレは普通の人間には視るコトが出来ません。

そして、 それぞれの特性に応じた超常的な現象を引き起こすコトが出来ます。

最も、 原則としてスタンドは “一人一体一能力” ですが」

 

「……」

 

 簡易的にスタンドの概念を説明してみたが、

美女の瞳に宿った懐疑的な光は薄れるコトはなかった。

 そして、 その彼女の態度に対し花京院に、

失望やそれに準ずる感情は生まれなかった。

 在るのはただ己の宿命に対する諦観、 ソレのみだった。 

 やがて消え逝く封絶の気流が、 静かに彼の髪を揺らす。

 

「怖い、 と想いますか? このボクのコトを」

 

 畏怖される事は覚悟して、 寂然と告げる言葉。

 しかし美女は不意を突かれたように一瞬瞳を丸くしその直後、

 

「はぁ!?」

 

と、 その美貌に似つかわしくない頓狂な声をあげた。

 瞳に宿っていた懐疑の光も、 どこぞへと吹き飛んだ。

 

「なんでこの私がアンタを怖がらなきゃならないのよ。

まさかアンタ、 さっきので私を “助けた”

なんて想ってるんじゃないでしょうね?」

 

【挿絵表示】

 

 

 先刻の疑いの視線など比べものにならない、

高圧的な闘争心を漲らせて美女は己の超至近距離に差し迫る。

 

「え、 あ、 いや、 そういう意味ではないのですが」

 

 腰に手を当て指を突き出す前傾姿勢になったコトにより、

開いた胸元が必要以上に誇張されるので

花京院は視線を背けたまま美女を押し止めた。

 

「兎に角、 アンタには “ミステス” みたいな特殊能力が在って、

ソレで封絶の中でも自由に動けるってコトね。 それだけ解ればいいわ」

 

「……」

 

 もっと話が(こじ)れるかと想ったが、

被契約者譲りの磊落な気質なのか美女は勝手に怒って勝手に納得したようだ。

 

「それに、 アンタみたいな能力(チカラ)を持つ者に会ったのは、

別にこれが初めてじゃないしね。

マ……マ、 マ? 忘れたけど100年くらい前、

北米でアンタと良く似た 『能力』 を持つ男に会ったコトが在るわ」

 

「 『スタンド使い』 と、 会ったコトが在るんですか?」

 

 驚く場所が違うとは想ったがそれは無視して花京院はマージョリーに問う。

 

「ええ、 自分の身体をロープのように、 バラバラに出来る処なんか良く似てるわ。

そう言えば確かに、 その能力のコトを、 『立ち向かうもの(スタンド)』 とか

呼んでたような気もするわね。 今の今まで忘れてたけど」

 

「その人は、 今?」

 

 幽波紋(スタンド)も “波紋(はもん)” の一種、

その成長と練度如何に拠っては

通常の人間を遥かに超える 『生命力』 を宿すコトが出来る。

 

「死んだわ。 “殺された” らしいわよ。 私と会ってちょうど3年後に」

 

「そうですか……」

 

 素っ気なく告げる美女に対し、 眼前の美男子は名も知らぬその男を憂いた表情になる。

 己と “同属” という事が、 そんな表情を生むのだろうか?

 自分は、 自分以外のフレイムヘイズが生きようが死のうが

きっと眉一つ顰めないだろうというのに。

 しかしマージョリーは、 そんな花京院の態度に理不尽な怒りを感じた。

 理由はよく解らないが、 コイツのそんな顔は見たくなかった。

 

「ほら! そんな100年前のコトより今は 『仕事』 よ!

さっきのバカが要らない真似したコトで、 余計に状況が差し迫ったわ。

物見遊山(ものみゆさん)でここに集まる徒が、 この先何匹襲ってくるか解ったもんじゃない」

 

 美女の言葉に押し黙っていた美男子は冷水をブツけられたように顔を上げる。 

 

「いつものパターンだな。 他の徒ブッ殺してる間、

ラミーのクソヤローに存在嗅ぎ付けられてまんまと逃げられる。

毎度毎度本末転倒もいいとこグゴォッ!」

 

 堅い 『本』 の縁に、 ソレより硬い拳骨を叩き落とされて悶えるマルコシアスを

後目に花京院はマージョリーに問う。

 

「つまり、 時間をおけばおくほど、

ラミーを取り逃がす可能性が高まるというコトですね?」

 

「そーゆーコト。 私の存在が気取られてなくても、

他の徒がワラワラ集まってきちゃ意味は同じでしょ?

あのクソヤローは他者と一切交わらない亡霊みたいな生き方をしてるから、

逃走する際に何か “自在法” を行使するかもしれないわね。

無論、 生きてる人間を何百人もブッ殺して」

 

「自分がただ、 逃げる為だけにですか……」

 

「……!」

 

 そう言って自分を見る花京院の瞳が、 いつのまにか鋭く尖っている。

 普段の、 見る者全てに安らぎを与えるような彼の表情からは

俄に想像しがたい程の変貌振り。

 強い意志と信念、 そして、 ソレに反する者に対する圧倒的な冷徹さ。

 そのギャップが、 まるで己の分身を視ているような感覚が、

マージョリーの心の裡をゾクリと震わせる。

 

「解りました。 その 「問題」 を、 解決出来る人の所へ案内しましょう。

出来ればあの人の手を煩わせたくはなかったのですが、 致し方在りません」

 

「あの人?」

 

 怪訝に眉を顰めるマージョリーに、花京院は告げる。

 

「その存在を知っている者で在るならば、

“この世のどんな者でも捜し出すコトの出来る” 人物です。

ボクと同じ 『スタンド能力者』

しかし、 戦いの年季では遙かに勝ります」

 

「んな便利なヤツがいんなら、 何で最初から使わねーんだよ?

こんな七面倒くせぇコトせずによ」

 

 マージョリーの腰元でマルコシアスが当然の疑問を口にすると花京院は視線を伏せ、

お前が原因だとでも言うように 『本』 へと顔を寄せた。

 

「マルコシアスさん」

 

「あぁ? マルコでいーぜ。

オレ達ァ親友(マブダチ)だろ? カキョーイン」

 

「そうなんですか……」

 

 瞳を細めたまま花京院は呟き、 自分が知る紅世の王との相違に

釈然としない気分になる。

 

「ではマルコシアス。 貴方にお願いがあります。

“絶対に喋らないでください”

これから起こるコト、 起きたコト、 何が在ってもスベテです」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 目当ての人物は、 やはりホテルの部屋にいた。

 ドアをノックし自分だと告げると二つ返事で扉が開かれた。

 しかし来訪者は自分だけではなくその背後の存在を認めると

おお! という声と共に少々目を白黒させながらも、

やがて紳士的な応対で部屋の中へと招き入れられた。

 脇に大きめのコーヒーカップが置かれた白い大理石のテーブルには、

見たこともない大仰な海図や船舶の詳解書、 海洋資料等で溢れ返っている。

 コレだけ大変な仕事を一人任せにしてしまったコトへの後ろめたさで

表情を曇らせる花京院とは裏腹に、 部屋の主ジョセフ・ジョースターは

若い者はもっと世界を知らねばならん! と言って送り出した時と同じ表情で言った。

 

「花京院、 お主もなかなかスミに置けんのぉ~。

香港の街に出るやいなや、 こんな美人と連れ添ってくるとは」

 

 ジョセフは小声でイジワルそうに話し、 白い健康な歯を剥き出しにしたまま

うりうりと肘の先で花京院の薄い胸をつつく。

 

「フフッ、 そんなんじゃありませんよ。

何というかまぁ、 人助けのようなモノです」

 

 そんなジョセフの冷やかしを穏やかな表情で受け止めながら、

中性的な美男子は静かに返した。

 

「なんじゃ、 そうなのか? それはまた、 なんとも勿体ない」

 

 そう言いながら上へ下へとシゲシゲと自分を見回すワイルドな風貌の老人を、

美女は一言も発さず何? このジジイ、 という仏頂面で見下ろしていた。

 

【挿絵表示】

 

 

 そんな両者の対照的な態度を後目に、 花京院は制服の胸ポケットから

一枚の写真を取りだしジョセフに手渡した。

 

「単刀直入に言います。 この写真の男性なのですが実は、」

 

 んん? と言いながら写真の老紳士に視線を送るジョセフ。

 その彼に対し花京院は淀みのない口調でサラリと、

 

「こちらの御婦人の、 生き別れた 『父親』 なのです」

 

(なぁッ!? だ、 誰が!!)

 

予期せぬ言葉にマージョリーは声を上げて激高しそうになるが

辛うじて言葉を呑みこむ。

 その彼女の細い腰元でマルコシアスがクックッと笑いを噛み殺していた。

 

「どうやらいま、 この香港の街におられるようなのですが正確な居場所が解りません。

何よりこちらの御婦人、 マージョリーさんはビザの滞在期限が迫っていまして

今日と明日の二日しかこの国に居る事が出来ないのです。

なので何とか、 ジョースターさんの力をお借り願えないかと想いまして」

 

「……」

 

 即興で、 微笑混じりにスラスラと嘘八百並べ立てる花京院を見ながら

マージョリーは、 実はこいつ凄くコワイ奴なんじゃないかと密かに想った。

 一方説明を受ける老人は彼の言葉を疑う様子はなく、

両腕を組みながらふむふむと頷きながら聞いていた。

 

「う~む。 そういう理由ならば、 協力するのにやぶさかではないのだが」

 

 歯切れの悪い感じでジョセフはそう言った後、

再び花京院に顔を寄せヒソヒソ話を始める。

 

「……しかし、 あの御婦人はワシの 『スタンド能力』 のコトを知っておるのか?

幾ら “視えん” とは言ってもな。 『念写』 した後のコトはどう説明する?」

 

「大丈夫。 非常に聡明で理解力の在る女性です。

事前にここで見聞きしたコトは他言しないと了承を取ってあります。 カメラは?」

 

「まぁ君がそう言うのなら、 特に心配する事はなさそうじゃが」

 

 ジョセフからその保管場所を聞き、 年季の入った旅行鞄の中から

精巧な一眼レフカメラを取り出した花京院は、

それを大理石テーブルの空いたスペースに置く。

 ジョセフはその前に座り、 意志を集中させた瞳でソレに向き直る。

 そして己の右掌を見据えスタンドを発現させる瞬間、

 

「さて、 お嬢さん?」

 

くるりとソファーの後ろを振り向き腰の位置で腕を組んで佇むマージョリーを見た。

 

「これから、 少々不思議な光景をお見せする事になるが、 別に怖がる必要はない。

人間なら誰しもが持っている、 他人とは少しだけ違った 『能力』 じゃ。

そう、 貴女のその美しい姿と同じようにな」

 

 穏やかな声でそう告げ、 まるで真冬の太陽のように温かな笑顔を自分に向けてきた。

 視る者全てに安らぎを与えるような、 ノリアキのソレとはまた違った雰囲気。

 

「……!」 

 

 お嬢さんと呼ばれたコトや、 自分に対する畏怖や猜疑が全くない表情に

マージョリーは想わず口籠もる。

 それは当然ノリアキがこの老人に充分信頼されているといったコトの

裏返しなのだろうが、 でも何故か、 不思議と温かな感情が心に沁みてくる。

 

「……」

 

 何も言えずジョセフという老人の顔を見つめ返すしかなかった自分に対し、

彼は笑顔を崩さぬまま前に向き直ると己の右手を高々と頭上に掲げる。

 そして。

 

「 『隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)ッッッッ!!!!』 」 

 

 壮烈な声でそう叫び、 ソレと同時に掲げた右の掌中から

深紫色をした無数の(いばら) が何の脈絡もなく飛び出した。

 周囲に同色の高圧電流のような光を帯び、

その眩耀(げんよう)に拠ってこの世のスベテを見透かすかのように。

 再び眼にする、 己とは違うこの世ならざる異能の発現系にマージョリーは

想わず息を呑むが、 脇にいる花京院から静かにと眼で諭される。

 すぐさまに老人はその無数の茨を纏った紫の手刀をテーブルの上に置かれた

一眼レフカメラに向け、 空間に弧を描く軌道で振り下ろす。

 手撃そのものは当たらず周囲に纏った茨のみがカメラ内部を透化して

反対方向へと突き抜ける。

 やがてシャッターを切ったワケでもないのにフラッシュが(たか)れ、

中から無機質な電子音と共に一枚の写真が吐き出された。

 ジョセフはソレを左手で摘み上げ室内の照明に透かしながら感光具合を確かめ、

 

「まぁ、 こんなカンジかの?」

 

と背後の美女に手渡した。

 

「!!」

 

 見開かれる美女の瞳。

 ずっとずっと追い続けてきた、 因縁の敵。

 ソレが、 はっきりと写真の中にいた。

 淡い照明の降り注ぐどこかの建物の中、

ガラス工芸らしいアンティークに囲まれた空間の中心に。

 己のイメージをそのまま紙に投射した

マルコシアスの自在法とは明らかに次元が違う、

はっきりと、 ()()()()()()()()正確に映し出されている。

 しかも 「背景」 までもが鮮明に写っているため、

ソコから位置を特定するコトも可能の筈だ。

 右下に他人のコートの裾らしきモノが映っているが

別に気にもならない。

 

「ノリアキ!!」

 

 鬼気迫る勢いで向き直る美女の視線を真正面から受け止め

花京院もその写真を覗き込む。

 

「ふむ、 流石ですね。 “アノ男” の時とは違い、 キレイな映り方だ。

でも、 まだ 『現像』 は終わってはいないようです」

 

 そう花京院に促され視線を戻す美女。

 

(!?)

 

 写真の右斜めの位置に、 ボンヤリとやがて鮮明に 「象」 を結ぶモノがあった。

 不定型なジグソーパズルのピースを一定の間隔を置いて設置したかのような、

簡易の “街路図” のようなモノがソコに追記されている。

 

()()()!?」

 

「言うまでもなく、 この街の 『地図』 です。

この×印の部分に、 目当ての人物がいるというコトでしょうね。

微細な振動を繰り返していますが、

ソレはこの建物の内部を移動しているというコトで、

外には出ていないのでしょう」

 

「――ッ!」

 

 もうコレ以上ないというくらい正確無比な情報に、

マージョリーは歓喜でそのルージュの引かれた口唇を軋ませた。

 

「今度こそもう逃がさない!! 行くわよ!! ノリアキッッ!!」

 

 言うが速いか美女は抱えたブックホルダーを肩にかけ直しドアへ向けて駆け出す。

 

「解りました。 急ぎましょう、 ミス・マージョリー」

 

 それとほぼ同時に花京院も彼女の後を追っていた。

 

「あ、 おい」

 

 そう言うジョセフを後目に、

 

「助かった! 礼を言うわッ! ジジイ!!」

 

「ありがとうございましたッ! ジョースターさん!!」

 

ドア前で一度振り返り、 忙しなく礼ともつかない言葉を残して

若い二人は脱兎の如く部屋を飛び出していった。

 

(ジジイ……?)

 

 美女が初めて自分に言った言葉と普段とは様子の違う美男子に、

一人部屋に残されたジョセフはポカンとなる。

 そして。

 

「ふむ……ワシも()は、 あんなカンジだったのかのぉ」

 

 と一人呟き、 ぬるくなったコーヒーを口に運んだ。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 なんか正式に仲間になったら、

マージョリーはジョセフの事を“ボス”とか呼びそうですね。

言われた本人は戸惑うでしょうが。

 何のかんのいって『3部』の“リーダー格”は

やはり彼だというコトでしょう。

 戦闘力はやや落ちますが、()()()()優れているというコトです。

【前部の主人公】があまりしゃしゃり出ないで、

でもストーリーの大事な部分は『支え』になっている。

 この【バランス感覚】は流石荒木先生、と云った処です。

 何より『スタンド使い』と“フレイムヘイズ”なんて、

ジョセフじゃないと『まとめられない』でしょう。

 そういった意味でもやはり彼は、

【ジョジョの主人公】だったというワケですね。

 

 

   

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅦ ~You're not here~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 花京院とマージョリーがジョセフの部屋を訪れた折りより、

時刻は数時間前に戻る。

 待ち合わせの場所に目当ての人物がいない事から、

携帯電話(スマート・フォン)で彼に連絡を取り謎の女にけんもほろろに遮断された

空条 承太郎は(どうでもいいが本当に 『着信拒否』 にされていた)

完全に手持ち無沙汰となっていた。

 特にアテがあるわけでもなく銜え煙草のまま香港の街を練り歩く。

 花京院のコトが気にならないと言えば嘘になるが

別段 『スタンド使い』 に襲われたわけでもなさそうだし、

(もしそうならば相手はケータイには出ないだろう)

人の良さそうな顔をしているから強引な女に無理矢理誘われ

断り切れなかったのかもしれない(逆ナンとかいうヤツだろうか?)

 まぁ自分のケータイに連絡が来ない以上それほど大事とは想えないし、

いよいよとなれば最悪逃げる位のコトは出来るだろう。

 なんだかんだでアイツの判断力は信用しているし、

今は休暇なのだから別段神経質になる必要もないと想えた。

 近代的な構造をした街並みに、海から吹き付ける風が緩やかに舞い踊る。

 その中をマキシコートのような学生服の裾を靡かせながら

悠然とした歩調で歩く無頼の貴公子。

 20分ほど無作為に歩き、やがて彼の脚を止めさせたのは街の一角、

正面に大海原を望むコトの出来る近未来的な造りの建物だった。

 

「……」

 

 視界の開ける舗装されたアスファルトの先、

ガラスカーテン・ウォールのウェーブが輝く大型美術館。

 アプローチを進んだ先、丹念に整備された芝生と白い噴水があり

エントランス前に館のシンボルなのか見上げるように巨大な

()()()()彫像が聳えている。

 正面に設置された大理石のプレートは広東語なので解らなかったが、

その上に記載された刻字から 『DRAGON’S DREAM』

と読みとるコトが出来た。

 どうも最近竣工されたらしいこの美術館は、

内部が全層吹き抜けの半屋外空間(アトリウム)になっており

上層部に側面がガラス張りとなったブリッジが絡み合うように数本渡してある。

 ソレが天空で覇権を争う龍をイメージしているのか

建築には詳しくないのでよく解らないが、

取りあえずの暇潰しには打って付けの場所に想えた。

 

(ほう)

 

 エントランスを抜けロビーのアトリウムを見上げた承太郎は、

まずその内部構造の見事さにそう漏らす。

 階下への採光効率ギリギリの太さを持つアーチは、 その上半分がガラス張り。

 一階おき、 四十五度ずつズラして架けられた上三層のアーチと、

その上に張られた強化ガラスの大天蓋が最下層部から一目で見渡せる。

 更に立体に交叉するアーチの構造美と、 柔らかく降り注ぐ陽光の自然美が

それぞれ過不足なく空間の中に調和していた。

 ただしエントランス正面に設置された、

創設者らしい男のやけに悪趣味な銅像が玉に致命傷だったが。

 ロビーに設置された販売機でチケットを購入し、

その中ほどにあったインフォメーションで承太郎は展示物を確認する。

 どうやら今展覧されているモノは、

世界各国から古今より厳選した 「硝 子 工 芸(グラス・アート)」 らしかった。

 都合が良い。

 昔から透明感のある色はスベテ好きだったし、

平日の美術館という雰囲気も嫌いじゃない。

 そういえば、幼い頃は母の手に引かれて

よくこういった場所を訪れていた記憶がある。

 眼前に延びるアーチの先、展示台に置かれた種々折々のグラスアートが

陽光の中で様々な色彩に煌めいていた。

 承太郎はそれら崇高な芸術品を、 己のライトグリーンの瞳で(つぶさ) にみつめていく。

 スタンドや己の血統とは関係ない、 今は年相応の一人の青年に戻って。

 その先に待つ、 ()()()()()()()()との邂逅など、 予想だにしえないまま。

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 気がつくと、 美術館の第三層にまで自分は昇っていた。

 美術に対してそれほど深い造詣が在るわけではないが、

基本同じ材質のガラスが透き通った円柱や絡み合う蔦を模した緑のレリーフ、

空間を掴むように曲げられた手など全く違った形に変えられ

それらを眺めているうち密かに、 己の心中で共鳴するモノが在った。

 おそらくは造型の技術ではなく、 その奥に秘められたモノに。

 芸術(アート)とは、 端的に言ってしまえば人間の 『精神』 の表れ、

つまりはその 【具現化】 だ。

 故にソレが己の裡に宿るスタンドと、 否応なく共通する部分が在るというコトを

感じた所為かもしれない。

 時計を見ると、 もうこの館内に入ってから3時間が経過していた。

 おそらく出館する頃には、 日も完全に落ちているだろう。

 時間も忘れるほど美術品に見入っていたという事か。

 久しぶりに、 一人になった。

 今までは頼みもしないのに、 いつも 「オマケ」 が横についていた。

 

【挿絵表示】

 

 

(……)

 

 そう言えば、 本当に一人になったのは久しぶりだ。

 家にいても、 外に出ても、 気づけばいつも傍にあの少女がいた。

 買ってきた本を読む時、 借りてきたDVDを観る時、 暇潰しにPCを動かしている時、

いつもいつも当たり前のように彼女はいた。

 一度気まぐれにバイクで遠出しようとした時など、

動き出したリアシートに彼女が飛び乗ってきたコトも在ったくらいだ。

 それらを不快に想ったコトは、 多分なかったように想える。

 それくらい当たり前の事象として、 日常の風景として、

彼女は自分の生活に溶け込んでいた。

 

(……)

 

 だからなんだというんだ。

 承太郎は学帽の鍔で目元を覆う。

 少女とは、 シャナとは、 たまたま偶発的な事象が折り重なって、

それで行動を共にしているだけだ。

 DIOという、 共通の敵を討ち斃すために。

 彼女は使命として。 自分は宿命として。

 ただ、 ソレだけのコト。

 そう想い包帯の巻かれた、 己の左手を見る。

 だから、今は互いに協力関係にあるのだから、

こんな傷如きで 『あんな表情』 を浮かべる必要はない筈だ。

 誰が悪いわけでもない、 同じ目的の元に行動する者ならば当然のコトなのだから。

 

(!)

 

 承太郎はソコで、 己の瞳を見開いた。

 

(オレは今、 何を考えていた?)

 

 らしくない事を考えたと、 無頼の青年は己の側頭を掌底で何度か叩く。  

 その時。

 

(……!)

 

 いつのまにか、 視界の裡にぼんやりと浮かぶ小さな灯火が在った。

 温和そうな老婦人の胸の部分、 その中心で今にも消えそうに儚く揺らめく存在の光。

 異次元世界の怪物に喰われた人間の成れの果て、“トーチ”

 意図せずに瞳が尖っていたので、 視えていたのだろう。

 出逢って間もない頃、 シャナに拠って施された視操系 “自在法”

 一度発動してしまえば半永久的に効果が持続するのか、

今では眼を凝らすだけでトーチで在る人間とそうでない者を識別するコトが出来る。

 老婦人の脇には、 夫らしき長年の男性がいた。

 もうその記憶も、 感情すらも何もない筈だが

その男性は大切そうに彼女の肩を抱き、

老婦人の方も幸福そうな笑みを浮かべ前に飾られた

蒼く透き通る大杯に目を向けている。

 

「……」

 

 いずれは、 消え去る存在。

 やがては、 忘却され逝く生命(いのち)

 ソレは何も、 この女性に限ったコトではないのかもしれない。

 しかし。 

 ソレでもこの二人には、 きっと良い “想い出” が在ったのだろう。

 死が二人を割かったとしても、 ずっと傍にいるという 『絆』 が。

 視るべきではないと判断した無頼の貴公子は、

静かにその二人から視線を逸らした。

 明日か明後日か、 そう遠くない未来にあの女性は消える。

 それでも、 二人に遺された僅かな時間は、

この世界で二人だけのものの筈だった。

 死すべき、 否、 既に死した存在だからこそ、 せめて最後は安らかに。 

 そう想い承太郎が二人に背を向けて立ち去ろうとする刹那、

そのタイミングがゼロコンマ一秒でも遅れていれば、

後の 『運命』 は大きく形を変えたモノとなっていたのかもしれない。

 しかし、 端から定められていたかの如く、

或いは最初からそう決まっていたかの如く、

その存在は彼の目の前に姿を現した。

 

「……ッ!?」

 

 トーチで在る老婦人の背後から、 音も無く歩み寄る一つの影。

 事実を知らない者からするならば、 ソレは周囲に無数いる見物客の一人に過ぎない。

 しかしスーツ姿のその男が老婦人にそっと手を伸ばし、

それが触れるか触れないかの間に、 彼女の存在は消え去っていた。

 何の痕跡も、 余韻すらも遺さず、 老婦人の胸元で揺らめいていた光のみが、

男の手の中に握られていた。

 彼女の脇にいた男性は、 自分が何故こんな位置に手をあげているのかと

不思議そうな表情でその場を去る。

 後には、 老婦人の存在の灯火を手にしたスーツ姿の男だけがそこに残った。

 

「――ッッ!!」

 

 全身の血が煮え滾るほどの怒りが、 承太郎の裡で激しく渦巻いた。

 総身から放つ威圧感(プレッシャー)のみで、

周囲の壮麗なるグラスアートが片っ端から砕け散ってしまうかのように。

 口元を軋らせ足下に敷かれた絨毯を踏み躙るようにして近づく

その尋常ならざる気配に、 男の方も気づいたのかトーチを手にしたまま振り返る。

 クラシックスーツを纏った、 針のような痩身。

 左手に鈍い光沢の在るステッキを持ち黒い天然素材の帽子を被っている。

 厳かな気品に充ち充ちたその姿は、 さながら老紳士といった佇まいだが

今の承太郎にそんなコトは目に入らない。

 老齢にしては長身であるその男を見下ろすようにして

承太郎はその老紳士、 否、 “紅世の徒” に向けて口を開いた。

 

「テメェ……ッ!」

 

 そのたったの一言だけで、 即座に足下へ跪き訳も分からず命乞いをしかねない恫喝。

 しかしその老紳士は落ち着いた表情のまま、 趣のある枯れた声で告げる。

 

「ほう、“視える” のか? ただ者ではないな」

 

「やかましいッ! とっとと表でろ! クソジジイッッ!!」

 

 穏やかなクラシックの流れる閑静な空間に、無頼の貴公子の怒号が響き渡った。

 周囲の人間が何事かという視線を己を見るが、 無論そんな事は気にならない。

 

「ふむ、なるほど、“ミステス” ……()()()()()()()……

しかし、 出来るかな?」

 

「ッ!」

 

 少しだけ険難な色を帯び、 自分に告げられた老人の言葉。 

 当然ソレを宣戦布告と判断した承太郎は、 来るべき 『能力』 の発動に身構える。

 戦闘の主 導 権(イニシアティヴ)を一時相手に与えるコトになるが、

そんなものは発する光に眼をやられなければどうというコトはない。

 

(来や……がれ……ッ!)

 

 すぐさまにでもスタンド、 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 を発現出来る

精神態勢を整え、 承太郎は目の前のまるで霧のような存在感の徒を睨め付ける。

 しかし。

 彼の全身で研ぎ澄まされる闘志とソレに附随して湧きあがる

スタンドパワーとは裏腹に、 目の前の徒は()()()()()()()

 虚を突かれたように顔を引く美貌の青年に対し、

静かに告げられる老紳士の言葉。

 

「仮に私が “封絶” をこの場で発動させた所で、 結果は同じではないかな?」

 

「!!」

 

 その言葉に、 承太郎はあまりにも初歩的な、 そして致命的なミスに気がついた。

“シャナがいない”

 そう、 仮に目の前の徒が封絶を発動させ外界に影響を及ぼさない

因果孤立空間を創り出したとしても、

その空間を 『修復』 する能力は自分にはない。

 戦闘となれば相手もただではやられないだろう、

故に幾らこの徒を斃したとしても、 それでは何の意味もない。

 

「テメェ……! 小賢しい真似を……!」

 

「だが有効だ。 コレで君は、 私に手が出せない」

 

 口中で歯を軋らせる無頼の貴公子とは対照的に、 穏和な表情で彼と対峙する老紳士。

 確かに、 その通り。

 コレでは周囲の人間全員を 『人質』 に取られたも同然だ。

 あのやかましいクソガキがいないだけで、

こうも簡単に自分が追いつめられるとは。

 完全に手詰まりとなり、 承太郎は冷たい汗に塗れた拳を握る。

 このままでは、 捕らえられるも殺されるもこの男の意のままだ。

 

( “スター・フィンガー” で、 一瞬の内に首でも斬り飛ばすしかねぇ……ッ!

だが、 果たしてソレで死ぬか……!? 

イヤ、 それ以前に命中()たるのか……!?)

 

 瀬戸際の緊張感の中、 承太郎は己の思考回路をフル稼働させ打開策を模索する。

 しかし眼前の老紳士はあくまで穏和な表情のまま

承太郎のライトグリーンの瞳をみつめ、

そして予想外のコトを口走った。

 

「フム。 少し悪ふざけが過ぎた、 か。

そう構えるな。 私は君と争う気はない」

 

(!?)

 

 交戦の意志はないというコトを証明するように、

尖った容貌が笑みの形に折り曲がる。

 

「それより、 ミステスとは言ったが、 ()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そう言って老紳士は興味深そうに承太郎を観察する。

 訝しげに眼を細める承太郎に、 老紳士は更に予想外のコトを告げた。

 

「どうだ? 茶でも飲まないか? 君に色々と聞きたい事がある」

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

【挿絵表示】

 

まぁ、「遊び」です。

3部じゃなくて「6部」になっちゃいましたが……('A`)

まぁ「学ラン」も結構似合いますね、彼女……('A`)

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅧ ~Dead Man's Anthology~ 』

 

 

 

【1】 

 

  

 美術館最上階に位置する飲食街。

 入った店はカフェというよりソレを兼用したレストランに近いらしく

周囲に料理の匂いが漂っている。

 その店の一角、 外の風景を一望出来る窓際にて

大形に脚を組む無頼の貴公子と風雅な佇まいの老紳士が

テーブルを挟んで向かい合わせに座っていた。

 右脇の強化ガラス越しに香港の街が夕陽に照らされて

鮮やかに煌めき、 その先の海原も金色に輝いている。

 夕暮れ時なので店内の人気は少なくなかったが、

燻した木材で構成された空間独特の色彩により

落ち着いた雰囲気を周囲に生み出している。

 案内された席に着くやいなや、

煙草のパッケージを取り出し火を点けた承太郎に対し

真向かいの老紳士の眉が微かに動いた。

 やがて注文を取りにやってきた上品な制服姿のウェイトレスに

承太郎は開いて目の前に放置していたメニューの写真を指差し、

 

「水割り」

 

と日本語で告げる。

 理解不能の言語で注文された為、 指差されたメニュー覗き込む彼女を

承太郎は解ったかい? とその漏れる斜陽で神秘的な色彩を携えた

ライトグリーンの瞳でみつめる。

 

(!?)

 

 突如火を噴くように真っ赤になったそのウェイトレスは、

わ、 解りました! と広東語でそう告げ足早にその場を去った。

 その所為で目の前に座る老紳士の注文は完全に無視される形となる。

 

「こんな時間から酒かね? 

それにみたところ、 君はまだ未成年のようだが?」

 

「人間じゃあねぇヤツに、 人間の法律で説教垂れられたくねーな」

 

 咎めるような口調ではないが幾分声音が硬くなった老人に、

承太郎は銜え煙草を噛み締めたままそう返す。

 

「……フム、 まずは名乗っておこうか、 青年よ。

私は “屍拾(しかばねひろ)い” ラミー。

君も気づいた通り “紅世の徒” だ」

 

“屍拾い” とは随分とまた、 その見た目に似合わない(あざな) が在るものだと

承太郎は根本まで灰になった煙草をガラスの灰皿でもみ消す。

 そして。

 

「……承太郎、 空条 承太郎だ」

 

 背後のシートに両腕を組んで身を預けながら、 誰に言うでもなくそう告げた。

 

「フッ、 無頼を気取ってはいるが、 一応の礼儀は弁えているようだな?」

 

「ケッ」

 

 軽く毒づいて承太郎は前へと向き直る。

 

「それより一つ答えな。

さっき手にした人間の光、 一体何に使うつもりだ?」

 

「“コレ” のコトかな?」

 

 問われた老紳士、 紅世の徒ラミーはスーツの内ポケットから

ゆらゆらと儚い色彩を称える光を取り出した。

 当然周囲の人間にソレは視えてはおらず、

逆に視える承太郎はその瞳を微かに鋭くする。

 

「失礼。 人間に対しては、 無神経な物言いだったな。

安心したまえ。 決してこの存在を無為にするようなコトには用いない。

信じられないというのなら、 このトーチを君に託すのも、 (やぶさ) かではないが」

 

 そう言ってラミーはその淡い存在の光を自分へと差し出してくる。

 

「……」

 

 イヤなジジイだ、 と承太郎は想った。

 そんな事をされても責任は持てない。

 まさか今更さっきの男性を探し出して

この光を渡すわけにもいかないだろう。

 故に自分の出来る選択は端から決定されている。

 

「わァったよ。 信じりゃいーんだろ。 アンタが悪党じゃあねーって。

第一、 本当にオレをヤる気ならこんな回りくどい方法は取らねーだろうしな」

 

「誤解が解けてなによりだ」

 

 そう言って目元を笑みの形に曲げる老紳士に

タヌキジジイと承太郎は心中で漏らした。

 コレでは完全に、 自分が勘違いで勝手にブチキレていた道化だ。

 その原因は妙にイラついて冷静さを欠いていた所にあるのだが、

さりげなくその部分にまでフォローを入れられたようで面白くない。

 苦々しげに再び外の風景に視線を移した承太郎の前に、

先刻のウェイトレスが何を勘違いしたのか年代モノらしいウイスキーを

『ボトルごと』 銀色のアイスペールと2つのロックグラスと

一緒にテーブルに置き、 深く一礼して下がっていった。

 嗜む程度で本格的に飲む気はなかった承太郎は仕方なしに、

慣れた手つきでグラスにゴトゴトと氷を入れる。

 そこに。

 

「私もいただこうか」

 

 目の前のラミーが素っ気なく告げる。

 

「……」

 

 一応年長者 (?) なので彼の分まで作り、

原液と一対一で割った水割りを承太郎は老紳士の前へ置く。

 そして原液のみが注がれた自分のロックグラスを口元に運ぼうとした時、

ラミーがこちらにグラスを傾けてきたので仕方なくソレに応じる。

 硬質な結晶が弾けるような、 澄んだ音が二人の間に響いた。

『スタンド使い』 と “紅世の徒” が共に酒を酌み交わすという奇妙な光景の中、

一息で並々とつがれた琥珀色の液体を三分の一ほど減らした無頼の貴公子が

(おもむろ) に口を開く。 

 

「ンで、 何なんだよ、 オレに聞きてぇコトってのは?」

 

「フム、 君の存在に宿る宝具ではない能力(チカラ)にも興味は尽きないが、

それは取りあえず於いておこう。

まずは、 君の傍にいる “フレイムヘイズ” についてだ」

 

「……チョイ待ちな。 ()()()()()()って言い切れる?

確かにヤツ等のコトは知っちゃあいるが、

いま現在オレの近くにいるとは限らねぇぜ」

 

 もう目の前の老人に対して警戒心らしきモノは殆ど抱いていなかったが、

その優れた洞察力故に承太郎は疑問を口にする。

 

「フッ、 確かに推測に過ぎないが、 十中八九確定的な事項だ。

この街に入った時よりフレイムヘイズの存在を強く感じているし、

君にはその気配が色濃く残っているからな」

 

「残り香みてぇなモンか」

 

「そのようなものだ。

ともあれ、 そのフレイムヘイズの名前と王のコトを教えて欲しい」

 

 注がれていた液体がなくなり、 グラスの底で氷が音を立てる。

 

「シャナっていう女だ。 見た目は完全に小娘(ガキ)だがな」

 

「シャ・ナ……? 聞いたコトのない名だ」

 

「名前がねえっつーから、 オレのジジイがつけたんだ」

 

「ほう、 名前がない……変わったフレイムヘイズだな。

一体誰の契約者だ?」

 

「アラストール。 別名を、 “天壌の劫火” とか言ったかな?」

 

「なに!? では、フレイムヘイズは “炎髪灼眼の討ち手” か!」

 

 初めて驚愕らしき表情を露わにするラミーの前で、

承太郎は変わらぬ表情のまま新しくいれたグラスに口をつける。

 

「有名らしいな? “ソッチ” の方面じゃよ」

 

 昨日己の眼前で繰り広げられた、 アラストールの凄まじい迄の超絶能力。

 アレだけの力を目の当たりにさせられれば、

その異名があらゆる場所に轟いているコトも認めざる負えない。

 

「うむ。 私も存外についているな。

よもや “天壌の劫火” の庇護の下で行動出来るとは」

 

 独り言のように漏らしたラミーの言葉に、 承太郎が敏感に反応する。

 

「知り合いなのか? アラストールのヤツと」

 

「まぁ、 そのようなものだ」

 

「……」

 

 いともあっさりと告げられたその事実に、

だったらもっと早く言えと承太郎は自分のコトを棚上げして視線を逸らす。

 最初からソレが解っていれば、 こんなややこしい事態に陥らずにすんだ。

 

「では空条 承太郎、 “天壌の劫火” と “炎髪灼眼の討ち手” に伝えてくれ。

私がしばらくこの街に……、……!?」

 

 ラミーはそこで言葉を切った。

 中程まで減ったグラスを手にしたまま、 先刻とは較べものにならない程の

鋭い視線で外の風景を、 否、 その遙か先を見据えている。

 

「……どうした?」

 

 二杯目も、 もう空ける寸前のグラスを傾けながら承太郎はラミーに訊く。

 

「……封絶だ。 想ったよりも近い。

先刻、 今にも消え去りそうな小規模のモノを感知したが

コレは密度、 規模、 構成共にその比ではない。

彼奴(きやつ)らめ、 もう私を追ってこの地に来ていたのか」

 

 ラミーの全身から発せられる張り詰めた空気に、 承太郎は問う。

 

「穏やかじゃあねーな。 誰かに追われてんのか?」

 

「フレイムヘイズだ。 昔とある場所で出くわして以来、 しつこく付きまとわれている。

普通のフレイムヘイズなら、 私のような世界の存在に影響しないモノは放っておくのだが、

其奴(そやつ)らは “徒” を討滅するコトのみに執着している “戦闘狂” なのだ」

 

『スタンド使い』 にも、 善い人間と悪い人間と普通の人間がいる。

 元は同じ存在である以上、 フレイムヘイズもそれは変わらないというコトか。

 

「……」

 

 承太郎はグラスに残っていた液体を一気に呑み干した。

 そし、 て。

 

()()()()?」 

 

 決意の光で充たされたライトグリーンの瞳で、 真正面からラミーを見据える。

 

「……?」

 

 承太郎の言葉の意味が解らなかったのか、 ラミーは無言のまま彼を見つめ返す。

 

「方角教えろ。 オレが(ナシ) つけてきてやるよ。“無実” なんだろ?」

 

 ますます解らないといった表情で、 老紳士は目の前の無頼の貴公子に問う。

 

「何故だ? 何故君が、 見ず知らずの私の為にそこまでする必要が在る?」

 

「……」

 

 理由は、 幾らでも考えられた。

 アラストールの知り合いだから。

先刻の行為に対する罪滅ぼし(ケジメ)

或いは、 酒を一杯オゴってもらったから。

 しかし、 承太郎が出した結論は。

 

「要るか? 理由が?」

 

 おもむろに立ち上がりラミーに背を向けて告げた言葉は、 ただそれだけだった。

 

自分(テメー)が何かをするのに、

いちいち “理由” が必要なのか?」

 

 そう言って振り向いた彼の瞳。

 その裡に宿った気高き光。

 風貌も気配も何もかも違う存在だったが、 同じだった。

 かつてラミーの、 ()()()()存在であった時、

自分が強く惹かれた 「人間」 に。

 

「……此処より北北西の方角。 3㎞ほど行った所だ。

トーチを視るコトのできる君ならば、

近くまでいけば確認出来るだろう」

 

 まるで引力に強く()きつけられるが如く、

そう口走っていたラミーの言葉に承太郎は小さく頷く。

 そして。

 

「じゃあな」

 

 と短く告げ、 制服の長い裾を翻して店を出ていった。

 一度も、 こちらを振り返るコトはなく。

 それが意味するものは、 決別。

 もう二度と会うコトはない者に対する言葉。

 それにも関わらず彼、 は。

 

「……」

 

 もっと早く “彼” に出逢えていれば。

 この世界に存在してすぐ、 最初に逢った人間が彼だったのならば。

 かつて無垢なままに行ってしまった自分の愚かな行為も、

無かったコトに出来たのだろうか?

 想っても、 仕方のない事。

 幾ら嘆いても、 決して戻る事はない時。

 それは充分過ぎるほど解っていても、 ラミーは憂いに充ちた瞳で外をみつめる。

 その磨き込まれたガラスの表面に、 朧気に映った姿。

 ソレは、 気品に充ちた老紳士のそれではなく、

紫の髪を携えた、 儚げな印象の少女だった――。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 少女は、 香港の街中を駆けていた。

 道行く人々の僅かな隙間を縫いながら、

しかし弾丸のような速度でソレを目指す。

 右の肩口に刻まれた炎架の紋章を気流にはためかせながら。

 先刻、 現れてすぐに消えた封絶。

 その周囲は(もぬけ) の殻で存在の残り香すらなかった。

 何の違和感もない後の状況から察するに、

相当な力量を持つフレイムヘイズか王 (或いはその両方) が

その封絶の主を討滅したというのがアラストールとの共通見解。

(熟練のフレイムヘイズ程、 己の存在の気配を制御し絶つ術を身につけている)

 警戒心を弛めるコトなくその辺り一帯を(さら)っていた処

再び途轍もない存在感を持つ者が、

ソレを微塵も弛めるコトなく

高速で南東へ移動するのを感知した。

 少女はいま、 その存在を追っている。

 

(……)

 

 早朝から、 ジョセフには何も告げずホテルの外に出た。

 見知らぬ街を歩き、 海のさざめきでも眺めていれば

今の鬱屈した気分も多少は晴れるかと想っていた。

 しかし、 結果はまるで逆効果。

 穏やかな波音も、 響く海鳥の鳴き声も、 淡い潮の香りも、

全ては意味無く自分の感情を苛立たせ、 ささくれ立たせるだけだった。

 

(“アノ時” は、こんなじゃなかったのに)

 

 埠頭の先端で両膝を抱え、

その中に顔を埋めた少女の脳裡にふと甦る、 一つの追憶。

 砂浜に(わだち) を引く自動二輪車の傍で、 共に二人で見た光景。

 目に映る全ては輝いて、 聴こえる音はあくまで澄んで、

吸い込む空気すらこれまでに感じたコトがないほど爽やかに胸を充たした。

 その所為で、 まるで子供のように波打ち際で(はしゃ) いでしまい、

砂浜でソレを見ていたアイツに水をブッかけ、

そのまま互いが濡れるのも構わず夕焼けの中で戯れていた。

 

(……アイツが、 いないから?)

 

 少女の心中に浮かぶ、 無口で、 無愛想で、 無感情で、

それでも、 いつもいつも当たり前のように傍にいた、 一人の青年。

 ソレがいま自分の傍らにいないというだけで、

心の一番大事な部分を削り取られたかのような

途轍もない喪失感を感じる。

 今朝の、 アイツの自分に対する態度。

 そして、 昨日からの思い出したくもない失態の数々。

 アイツは、 自分を見てくれなかった。

 ホリィを救う、 アイツにとって絶対負けられない戦いなのに。

 それなのに自分はその一番最初で、 アイツの足を引っ張ってしまった。

 汚名を払拭する為に挑んだ戦いも、 いとも容易く相手に制された。

 挙げ句の果てにアラストールの身までも危険に晒して。

 アイツはもう、 足手まといの自分なんかには

愛想を尽かしてしまったのかもしれない。

 

(!!)

 

 朧気に心中で浮かんだ思惑だったが、

そこで少女は全身を劈くような恐怖に愕然となる。

 今までの幾多にも及ぶ紅世の徒との戦いの中、

一度も恐怖に屈したコトのない名にし負う強者、

フレイムヘイズ “炎髪灼眼の討ち手” が。

 

(イ、 ヤ……)

 

 震える口唇と共に、 意図せずに零れ出る声無き声。

 

(そんなの……イヤ……!)

 

 アイツがもう、 二度と自分に振り向いてはくれない。

 アイツがもう、 二度と自分に優しく微笑みかけてはくれない。

 明確に認識したその事実に、 少女は張り裂けるように叫びそうになる。

 

(怖い、 怖い、 怖い……!)

 

 死ぬコトは、 怖くない。

 今までの血に塗れた修羅の道の中、 何度も何度も 『覚悟』 してきたから。

 でも。

 で、 も。

 

 

 

 

 

“アイツに見捨てられ、 自分の存在を必要とされなくなるのだけはイヤだ!” 

 

 

 

 

 

 

「……ナ」

 

 まるで信仰、 否、 渇仰にも等しき感情の奔流で沸き返る少女の胸元で静かに呼ぶ声。

 

「シャナ」

 

(!?)

 

 一瞬アイツの声と、 しかしそんなコトはある筈もなく

反射的にみつめた胸元のペンダント。

 そこから、 荘厳な響きを持った男の声が告げる。

 

「……封絶だ。 たったいま北東の方角にて現れた。 気づかなかったのか?」

 

 咎めるような口調ではないが、

事実意外そうな様相を以てアラストールは訊く。

 

「……ごめん……なさい……!」

 

 悲痛な響きを持って自分に告げられる少女の声。

 以前の自分ならば、 そのフレイムヘイズにあるまじき気構えを

厳格に諫めていたのかもしれない。

 

「……」

 

 しかし、 言えない。

 もう、 ()()()()()()何も言えない。

 少女自身も気づいていない心中の 『真実(こたえ)』 に、

気がついてしまったから。

 アノ時の、 自分も “彼女” もきっと、

今のこの子と同じだったのだから。

 

「……よい。 行こう。 大した遣い手でもなさそうだが油断はするな。

老獪な者はソレを逆手に取る」

 

「……うん」

 

 儚いながらもその裡に強い芯を残して、 少女は頷く。

 そして無意識に手を入れていたスカートのポケット。

 指先に触れる、滑らかな流線形のボディー。

“人喰いのバケモンが現れたらすぐに報せろ”

 脳裡に甦る、 彼の声。

 しかし少女は、 その言葉を握りつぶすように

ポケットの中の真新しい携 帯 電 話(スマート・フォン)に力を込めた。

 その理由は、 少女自身も定かではない。

出立前にジョセフの言った事も忘れ、

今起こったコトを誰にも告げず埠頭に背を向ける少女。

 

 

 

 

 

 そして時は、 元に戻る。

 

 

 

 

 

 ホテルを飛び出し共に目的の場所へと疾走する花京院とマージョリー。

 互いに互いをフォロー出来る間合いを保ったまま、

周囲の人間をものともせず縦横無尽に夕闇に染まった街中を翔る。

 鮮やかな栗色の髪が舞い踊る気流の中、 美女が徐に口を開いた。

 

「……また邪魔者が一匹、 こっちに向かってきてるわね……」

 

「そうなんですか!?」

 

 隣を走る中性系の美男子が彼女の横顔に問う。

 

「えぇ、 このままいくと、 ちょうど目的の場所でカチ合うわ。

そうなると少し面倒かも」

 

「戦い、 ますか?」

 

 瞬時に決意を固め、 花京院は己の肩から翡翠色の

幽 波 紋 光(スタンド・パワー)』 を滲ませる。

 その彼に対し、

 

「ノリアキ! 二手に分かれるわよッ! 

私は後ろのバカを始末してからいくから、

アンタは先に行ってラミーのクソ野郎を見張ってて!!」

 

長年の経験に裏打ちされた瞬時の判断力で、 美女はそう指示する。

 

「いい? 絶対に私がいくまで手を出しちゃダメよ。

ヤツは逃げる力なら他の誰よりも長けてるし、

それにどんな奥の手を隠し持ってるか解らない正体不明のヤツだから」

 

 マージョリーの言葉に、 同じ速度で脇を走る美男子は一度無言で頷く。

 そして。

 

「解りました。 気をつけて、 ミス・マージョリー」

 

 決意に研ぎ澄まされた視線を逸らさぬまま、 静かにそう告げた。

 

「……ッ!」

 

 たったそれだけの言葉だったが、 美女は何故か自分の頬が紅潮するのを覚える。

 戦い前の猛り狂う熱ではない、 ソレとは全く異質の奇妙な高揚。

 ソレに叛するように、 余すことなく受け止めるように、 マージョリーは口を開く。

 

「フッ! この私を一体誰だと想ってるのよ!

すぐに済ませて追いつく。

心配するコトなんて何もないわッ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 そう言うが速いか、 美女の躰がまるでミエナイ糸で引っ張られるかのように

高速で背後に上空へと駆け昇っていく。

 飛燕の旋回が常人の目には映らないのと同じように、

周囲の人間はその姿を認められない。

 後に残ったヒールの陥突痕から、

足裏の瞬発力で飛んだと解した花京院は

振り向く事なく目的の場所を目指す。

 これから始まる彼女の戦いに、 微塵の憂いも残すコトのないまま。

 

「……」

 

 やがて前もって目をつけていた、 廃ビルの広い屋上にヒールの踵を鳴らして

着地したマージョリーは眼前から高速で迫ってくる存在に対し、 開戦の自在法を行使する。

 

「封・絶ッッ!!」

 

 通常を遙かに超えて猛り上がる喚声と同時に、

美女の足下から群青色の火走りが不可思議な紋字、 紋章と共に拡散し、

周囲半径数百メートルをドーム状に覆い込む。

 その中心で、 美女は両腕を腰に組んだ余裕盤石の構えで決闘の相手を待つ。

そしてほぼ間を置かず、 その群青の結界内に熾烈なる存在を宿す者が

封絶の表面を突き破るようにして飛び込んできた。

 

「――ッ!」

 

 美女の目測、 正確350メートルの位置。

 燃え盛る深紅と真紅を髪と瞳に携え、

纏った黒衣の内に長鎖を絡めた炎架を刻み、

手にした煌めく白刃を既に刺突へと構えた紅蓮の少女。

 

(フレイムヘイズ!?)

 

(フレイムヘイズ!!)

 

 大地と天空(そら)にて。

 一瞬の交錯のうち、 互いの存在を認めた美女と美少女が心中でそう叫んだのはほぼ同時。

 

(“炎髪灼眼” か……久しぶりだなァ……アラストール……!)

 

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 マージョリーの腰下で、 マルコシアスが兇悪な笑みを口元に浮かべた。

 止まった歯車が動き出す時。

 隔たれた火車が噛み合う時。

 互いの譲れないモノを賭けた、 同属同士の戦い。

 ソレが、 いま、 凄絶に幕を開けるッ!

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 画像はイメージですがまぁ『誰』かは解るでしょう。

 ちょっと美男子にし過ぎましたかね?

「普段」がアレなのでギャップがあってワタシは好きです。

(アラストールとは対照的になりましたし)

 しかしまぁ、いよいよ「紅世の王」が『スタンド』みたいな

扱いになってきましたね。

 じゃあ“ティアマトー”とかも創らなイカンのか……?('A`)

 本当に【終わりの無いのがオワリ】です……('A`)

 あと「ボツ絵」リゾット的なポーズを取らせてみましたが

何かストーリーに合いませんでした。

 

【挿絵表示】

 

 

 

PS

明日は、「お休み」戴きます。

なんかちょっと疲れたので、一旦小休止です。

“一番の近道は遠回り”……('A`)

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅨ ~Flaming Tusk Act・2~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「……」

 

「……」

 

 群青の火片を戦風に振り捲く封絶を背景に、

二人のフレイムヘイズが真正面から対峙する。

 音も無く屋上に舞い降りたセーラー服姿の美少女と、

その中心で傲然と屹立していたタイトスーツ姿の美女。

 両者は互いの表情や佇まいから発せられるほんの僅かな気配から、

相手の胸裡を推察する為全身の神経を研ぎ澄ませる。

 やがて沈黙するフレイムヘイズを余所に、

契約者の王が口を開いた。

 

「久しいな……“蹂躙の爪牙”

其の者が音に聴いた貴様のフレイムヘイズ、

“弔詞の詠み手” か……」

 

「ヒャーーーーーーッハッハッハッハッハァ!!!!!!

相変わらず(カビ)クセェ喋り方だなぁ!?

えぇ!? アラストール!!」

 

 質問には答えず、 相手の荘厳な口吻とは正反対の物言いで

マルコシアスは狂声をあげた。

 

「ンでそのチッコイのが今のテメーのフレイムヘイズ、

“二代目・炎髪灼眼の討ち手” かッ!

()()()較べて、 随分小さくまとまっちまったなァ!?

ギャーーーーーーハッハッハッハッハッハァ!!!!!!」

 

「何ィ!」

 

 あからさまな挑発に、 シャナが敏感に反応する。

 

「よせ。 相手に呑まれるな」

 

 普段よりもかなり感情的になっている少女を、 アラストールは厳格に諫めた。

 

「アラストール、 一体何なの? こいつら……」

 

 口中をキツク食いしばり幾分目つきの鋭くなった少女は、 胸元のペンダントに訊く。

 

「……うむ。 出来れば、 極力邂逅するのは避けたかった者達ではあるな。

論難しようとも話が噛み合わぬ……」 

 

 滅多に嫌悪というモノを感じるコトはなく、

そしてソレを表情に出すコトもないアラストールの語気が少々揺れている。

 敵で在る紅世の徒ではなく、 味方で在るフレイムヘイズに対して。

 

「フン、 勝手に人をつけ回しておいて、 随分な言い様ね?

用がないのならさっさと帰ったら? 私もそうそう暇じゃないしね」

 

 そこで初めてマージョリーが、 栗色の髪をかき上げながら興味なさげに言う。

 異世界 “紅世” に一際威名を轟かせる “天壌の劫火” に対しても、

全く気後れするコトはなく。

 その美女に、 アラストールは脇に抱えられた王よりも話が通じると解したのか

落ち着いた口調で問う。

 

「“弔詞の詠み手”マージョリー・ドー。 一つだけ答えよ。

貴様がこの地にいるというコトは、

当然紅世の徒の討滅を目的としてのことであろうが、

一体()を追ってきたのだ? 

我等は貴様よりも早くこの地に渡り来た故、

その存在に気づかぬコトは在り得ぬのだが」

 

 アラストールのその問いに対し、

美女は妖艶な瞳で神器コキュートスを一瞥した後

深いルージュの引かれた口を開く。

 

「フッ、 まぁわざわざ答える義理もないんだけど、

ここは “天壌の劫火” の顔を立ててあげましょうか。

“屍拾い” のラミーは知ってるわよね?

あのクソヤローがこの地に逃げ込んでるっていう情報を私のルートで仕入れたのよ。

そしてようやくその正確な居場所までも探り当てた。

その折角の獲物を、 これから狩り殺そうって時に邪魔されちゃたまらないから

封絶張って待ち受けたってワケ。 まさか相手が “同属” とは想わなかったけど」

 

「まぁ、 そーいうこった。

残念だがヤツに眼ェつけたのはこっちが先なんでな。

手は出させねーぜ、 天壌の」

 

 意気がピッタリ合った両者の言葉に、 アラストールは静かに息を呑む。

 

「……ラミー、 だと? 莫迦な、 何故其の者を討滅する必要が在る?

彼奴(きやつ)はその 「真名」 が示す通り人を喰わぬ。

そして世界の存在に極力影響を与えぬようトーチに乗り移って行動をしている

無害な “徒” だ。 討滅等すれば寧ろ無用な犠牲と混乱が」

 

()()……ですって?」

 

 アラストールの真摯な謹言は静かな、

しかしこの世の何よりも冷たい美女の声によって遮られた。

 ソレと同時に、 美女の全身から群青の火の粉が吹雪のように立ち昇って

その長身の躰を包む。

 そし、 て。

 

「“紅世の徒” に!! 無害な存在なんているわけがないでしょうッッ!!」

 

 突如その美貌を兇悪に歪ませ、 手負いの獣のようにマージョリーは吼えた。

 

「今はたまたまヤツの気紛れで、 生きた人間に干渉してないってだけでしょうが!!

この先いつ溜め込んだ存在の力を暴発させて、

どんな災厄を引き起こすかわかったもんじゃない!!

“なってからじゃ” ()()()()()()()()()()ッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 深い、 哀しみ。

 心を(こわ)し、 魂までも砕きかねないほどの絶望。

 ソレに堪えられぬが故、 否、 堪えるが為に狂おしく燃え盛る憎悪の炎。

 そのドス黒い火勢をそのまま吐き出すかのように美女は叫ぶ。

 

「“徒” はスベテ殺す!! 殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!!

殺して殺して殺して殺して殺して殺し尽くすしかないッッ!!

一匹残らず例外なくッ! どいつもこいつも 『有罪』 よッッ!!」

 

 己も、 紅世の王をその身に宿すフレイムヘイズ。

 明らかに矛盾したコトを口走りながらも、

美女の憎悪の叫びには有無を言わさぬ暴威が在った。

 周囲に存在するスベテを、 自分すらも焼き尽くして尚足らないという狂気と共に。

 全身が煮え滾る程の慷慨の中、 胸元で光るロザリオがやけに冷たく感じられた。

 

「……蹂躙、 貴様は、 一体何をしていた?」

 

 マージョリーの、 その余りにも逸脱した紅世の徒に対する憎悪に

幾分()されながらも、 アラストールは被契約者に是非を問う。

 

「ここまでの “憎悪の化身” となるまでに、 己がフレイムヘイズを堕とすとは。

なんとか止められなかったのか?」

 

「……テメーにだきゃあ言われたかねーんだよ」

 

 ソレまでの軽躁な物言いから一転、

マルコシアスは重くナニカを含んだような

険悪な声でアラストールに吐き捨てた。

 

「“紅世” がヤバくなるまで “徒” の乱獲おっぱらかしてた 「偽善者」 がよ。

封絶遣わねーで人間喰うヤツもいる。

「使命」 だの何だのとくだらねー御託並べ立ててる間に、

一体何人くたばったかテメーこそ解ってんのか? アァ?

今この間も、“紅世に影響がなけりゃあ” テメーの世界の都合の悪ィモン全部!

マージョリーみてぇな 「人間」 におっかぶせて死なせるつもりだろうがッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

「……ッ!」

 

 予期せぬ言葉。

 昔から、 感情に走る男では在った。

 敵であろうと味方であろうと、 気に入らない者には誰彼構わず戦いを挑み、

そして跡形もなく徹底的に叩き潰す。

 ソレ故の “蹂躙の爪牙” の真名。

 

【挿絵表示】

 

 しかし、 自分の()っていたこの男とは、 明らかに異なっていた。

 己の意のままに行動し、 他者の存在など歯牙にもかけなかった者とは。

 

「蹂躙……貴、 様……?」

 

 既視感にも似た感覚に惑いながら己をみつめるアラストールに、

マルコシアスはケッとグリモアの隙間から火吹を漏らした。 

 

「兎に角、 ラミーのヤローは何があろうとも絶対ェにブッ殺すッ!

その決定に変更はねぇ。 邪魔しようってんなら、

テメーから先に咬み千切るぜ! アラストールッ!」

 

「こいつ……!」

 

 露骨に剥き出しにされた戦意からアラストールを庇護するように、

少女は白刃を握る手に力を篭め一歩前に出る。

 余りにも一方的なマルコシアスの誹謗にも腹は立ったが、

ソレより優先すべき事項の為胸中の思考は霧散した。

 その刹那。

 

「!?」

 

 突如己の眼前に迫る群青。

 反射的に身を翻した自分のすぐ脇を蒼い炎の濁流が駆け抜けていき、

一瞬前まで自分がいた場所で、 先端が(あぎと)のように開いた炎が空間を噛み砕いていた。

 ソレが魔獣の頭部を成した焔儀(モノ)だと知ったのは遙か後。

 刻み目のような魔獣の隻眼がニヤリと自分を一瞥し、

空間を焼き焦がしながら高速で元の場所へと戻っていく。

 前方で屹立する美女の携えた巨大な 『本』 神器グリモアの中に。

 

「……ッ!」

 

 驚愕に息を呑み、背中に冷たい雫が伝うのを感じる少女に向け、

美女は無感動に告げる。

 

「よく(かわ)したわね? 最も、 コレ位余裕で躱せないようじゃ、

“天壌の劫火” の名が泣くってモノだけれど」

 

 路傍の石でも見るような冷たい視線で、

マージョリーは真紅の双眸を開いた少女を見下ろす。

 ソレは、 他の紅世の徒を見下ろす視線と全く同じ。

 胸の鼓動がうるさい位にシャナの裡で高鳴った。

 得体の知れない恐怖が、己の心を蝕んだ。

 

(……)

 

 余裕なんかじゃ、 なかった。

 紙一重だった。

 今日に至るまでの、 幾度にも及ぶ戦闘訓練の中アイツの、

星 の 白 金(スター・プラチナ)』 のスピードに眼が慣れきっていなければ、

いまので確実に終わっていた。

 

(……ッッ!!) 

 

 その事実を認識すると同時に、 少女の全身を途轍もない憤激が駆け巡った。

 まるで、 己の血がマグマのような高熱を宿し逆流でもしたかのように。

 もし今の自在法が直撃していたら、

重傷を負った自分の所為で全員がここに足止めされるコトになった。

 もし今ので 『再起不能』 にでもされていたら、 スベテが終わっていた。

 こんな、 何もかも中途半端な状態のまま、 自分で何の答えも出せていないまま。

 永遠にアイツの傍から引き離されていた――。

 

「のォ……!」

 

 その花片(はなびら)のような口唇を血が滲むほど強く噛み締め、

泰然とした状態を崩さない美女を貫くように睨んだシャナは、

 

「こォ、 のおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

ぉぉぉぉ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!」

 

自身が炎の塊と化したかのような凄まじい咆吼と共に、

眼前の一人のフレイムヘイズへと挑み懸かった。

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 燃え盛る怒りと共に足裏を爆散させ、 弾け飛ぶコンクリートの飛沫よりも疾く、

シャナは既に刺突へ構えた “贄殿遮那” でマージョリーに猛進していた。

 その戦慄の美を流す大太刀の切っ先が、

瞬く間もなく美女の潤沢に脹りあがった左胸を深々と刺し貫く。

 

「……」 

 

 一時の感情の爆発で己が同属を屠った少女の瞳には、

微塵の躊躇も後悔もそして罪悪感すらも感じられない。

 その真紅の瞳の裡には、 得体の知れない “漆黒の意志” が宿り先刻とは一転、

全身の血が凍り付いたような冷たい感覚が少女の存在を充たしていた。

 自分がここまで冷徹に、 残酷になれるモノかと一抹の駭然と共に愛刀を見つめる

少女の視線の先で、 美女がその両眼を見開いたまま貫かれた左胸を凝視していた。

 しか、 し。

 

「……ッ!」

 

 急所を貫かれ絶命した筈の美女はグラスの奥で一度挑発的にシャナに微笑むと、

霧が陽光の中へ溶け込むようにその躰の稜線と空間の境界を無くし消えていく。

 

(“陽炎(かげろう)!?” )

 

 以前アラストールが遣ったモノを感覚的に覚えていた少女は咄嗟に背後へ振り向く。

 その視線の遙か先、 肩口にブックホルダーを下げた無傷の美女が同じ挑発的な微笑を

口元に刻んでこちらを見据えていた。 

 

「まったく、 こうも簡単に引っかかると、 騙し甲斐ってものがないわね」

 

 そう言って件の如く、 大仰な手つきで背後の栗色の髪をかきあげる。

 

「くっ……!」

 

 即座に追撃に移ろうと、 少女が再び足裏へ炎気を集めようとした瞬間。

 

(!?)

 

 美女の足下で群青の光が放射状に弾け、

ソコから多量の不可思議な紋章と紋字が

具現化した音響のようにコンクリートの石面を滑ってきた。

 やがて、 規定された位置でそれぞれ正確半径3メートルの円周(サークル)

組んだその紋章群は、 一度強く発光した後内部から巨大な火柱を噴き

ソコから在るモノを現世に 『召喚』 する。

 石の焦げる匂いと灼けた空間が生み出す水蒸気と共に現れたモノ。

 ソレは、 群青の炎で形創られた異形の獣。

 (ヒグマ) を横に圧し拡げたような、

大形な体躯にダラリと垂れ下がった長い腕、

刻み目のような両眼に鋸のような牙。

 総数十二体の巨大な獣の群が、

口元に狂暴な、 或いは嘲弄するような笑みを浮かべて

少女の前に立ちふさがった。

 

「……ッ!」

 

 紅世の徒複数に囲まれた時より、 余程生きた心地がしない焦燥に

少女が息を呑むと同時に胸元のアラストールが告げる。

 

「むう…… “蹂躙の爪牙” が存在の証 憑(しょうひょう)。 炎獣 『トーガ』 か。

しかしコレだけの数を一度に召喚するとは、 戦闘に長けた恐るべき 『自在師(じざいし)

気を引き締めてかかれ。 間違っても “燐子” 等と同一には考えるな」

 

 過剰な挑発を受けたとはいえ感情のままに戦いに挑んでしまったコトを、

アラストールは咎めずいつも通りに接してくれている。

 その敬愛する己が王に一度深く頷いたシャナは、

炎獣の群より遙か後方に位置する美女に向き直る。

 

「おまえも……“ゾディアック” の遣い手……!」

 

 心中の動揺を気取られぬよう握った刀身を前へと突き出し、

可能な限り平静を装って少女は問う。

 

「フッ……宝具や神器に頼り切ってる、 ソコらの三下と一緒にするんじゃないわよ。

己に宿る王の威力(チカラ)を自在に引き出すコトが出来なくて、

一体何の “フレイムヘイズ” なの?」

 

 美女はその不敵な笑みを崩さずに応じる。

【|紅 堂 伽 藍 拾 弐 魔 殿 極 絶 無 限 神 苑 熾 祇《ゾディアック・アビスティア・アヴソリュート・エクストリーム》】

 かつて幾多の紅世の王とフレイムヘイズにより、

幾千もの淘汰と研磨の果てに創り出された

フレイムヘイズ専用、 究極の戦闘焔術自在法大系。

 しかしその修得が至難なコトと遍く宝具の蔓延によって、

実際に 『遣える者』 は思いのほか少ない。

 アノ “狩人” フリアグネですら、

宝具や燐子を “触媒” として焔儀を繰り出していたのにも関わらず、

目の前の美女は己の能力(チカラ)のみで自在法を行使している。

 余計な策や小細工を一切使わない、 否、 必要としない純粋なフレイムヘイズ、

ソレが自在師 “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー。

 

(“蓮華(れんか)” じゃ駄目だ。

アノ大きさじゃ当たっても針が刺すようなもの。

なら……!)

 

 焦って挑み懸かっても勝機はない。

 まずは目の前の炎獣(トーガ)を各個撃破し確実に数を減らすコトを選択した

少女が繰り出す(ワザ)は、 炎気を刀身に込めカマイタチ状に射出する斬撃術

“贄殿遮那・炎 妙(えんみょう)ノ太刀”

 

「りゃああああああああああぁぁぁぁぁ―――――――――!!!!!」

 

 渾身の叫びと同時に大刀から飛び出した紅蓮の闘刃が、

コンクリートに火走りを残しながら炎獣の群へと襲い掛かる。

 前方に位置する二体の脇を擦り抜け、

他のモノと姿が被っていない中間の一体に狙いに定めた炎の刃。

 ソレはそのトーガが前に伸ばした長い腕で真正面から受け止められ、

両手を半分以上斬り込みながらもそこで前突の動きを停止する。

 そして掴んだ闘刃をゆっくりと見据えた群青の獣は、

 

「――ッ!」

 

意外。 その鋸のような牙を剥き出しにする口を大きく開き、

刃の表面に喰らいついた。

 数回の咬撃で跡形もなくシャナの撃ち放った紅蓮の闘刃を咀嚼したトーガは、

そのまま体表を何度か点滅させて一回り大きくなる。

 

「な……ッ!」

 

 驚愕に言葉を漏らす少女に、 遠間に位置する美女が説明する。

 

「言い忘れたけど。 私の可愛いこの子達は、 ()()()()()()特殊な能力(チカラ)が在るの。

それに喰ったら喰った分だけより強力に 『成長』 するから、 半端な攻撃は逆効果よ。

「ごちそうさま」 も言えないくらい強烈なヤツで一気に消し飛ばさないと。

最終的には私にも手が負えなくなるわ」

 

 己の焔儀を完全に識る者は、 その 「弱点」 までも正確に知り尽くしている。

 故にソレを逆手に取り、 駆け引きの材料にも用いる。

 己に降りかかるリスクを怖れず相手を討ち滅ぼすコトのみに特化された、

自虐的とも言える自在法を行使するマージョリーに、 シャナは嫌悪にも似た寒気を覚えた。 

 

「さぁ~て、 今度はこっちからいかせてもらいましょうか。

おまえ達、 遊んであげなさいッ!」

 

 美女がそう言って手にしたグリモアを前に差し出すと同時に、

開いたページの古代文字が蒼く発光し、 ソレを合図とするように炎獣の群が一斉に、

屍肉へ飛びつく餓鬼のように襲い掛かってきた。

 

(速い……ッ!)

 

星 の 白 金(スター・プラチナ)』 には及ばないが、 しかし相手は一体ではない。

 しかもビルの屋上という限定された空間の為、 地の利は最悪と言えた。

 即座に()びてきた二本の巨大な腕をシャナは身を低く、 前のめりに躱す。

 頭上を通り過ぎる巨大な腕の先端で突き立つ鋭利な爪が黒衣の裾を切り裂く。

 まるで花京院の操る幽波紋(スタンド)だが、

スピードはソレよりも速く破壊力は比較にならない程強い。

 しかし少女がその事実を認識する間もなく、 攻撃を潜り抜けた先、

既に5体の炎獣(トーガ)がその巨腕を振りあげ、

それぞれ違う方向から爪撃を繰り出していた。

 

(前のは囮!? “統率” が執れてるッ!)

 

「だぁッッ!!」

 

 想うのと駆け声をあげたのはほぼ同時。

 足下を踏み割り上空へと飛んだ少女の足跡に群青の爪撃が殺到し、

階下に突き抜ける程の陥没痕を開ける。

 間一髪空中へと逃れた少女だったが、 ソコでも一呼吸する程の暇すら与えられない。

 先刻己の放った斬撃を吸収した一匹が、 頬まで裂けた口を開き逸らした(おとがい)

をこちらに向けていた。

 

「ヴァハァァァァ――――――――――――ッッッッ!!!!」

 

 危局に口元を軋らせた少女に襲いかかる、 群青の激浪。

 羽根の生えた鳥でもない限り、 一度飛び上がった物体は重力の魔に縛られ

そのままの軌道で落ちるしかない。 つまり少女はこの激浪を避けられない。

 だが、 意外。

 窮地に於ける一瞬の閃きか、 少女は己の愛刀を背面に据えるとその腹を足場に、

集めた炎気を(しのぎ) 部分で爆散させた。

 慣性の法則を無視し、 直線軌道を斜角軌道へと強引に切り換えたシャナは

そのまま獲物を狩る鷹のように高速で急降下する。

 

「でやああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ――――――――!!!!!!!」

 

 そしてその勢いを一切殺さず、 背面の膂力も合わせ後方で己を見る

トーガを一閃の元に斬り捨てる。

 裂空刹刃(れっくうせつじん)天翔(てんしょう)閃舞(せんぶ)

『贄殿遮那・炎牙ノ太刀・犀咬(サイク)

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A スピード-A+ 射程距離-B(最大半径25メートル)

持続力-E 精密動作性-A 成長性-B

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 片膝立ち大刀を袈裟に振り抜いた体勢で着地した少女の背後で、

斜めに両断された炎獣(トーガ)の上半身が滑り落ち

その巨大な体躯が跡形もなく霧散する。

 触れたスベテの自在法を無に還す、

紅世の宝具 “贄殿遮那” の特殊能力。

その練度と効果範囲は剣撃の威力に比例して増大する。

 退路を断たれた危難が、 偶発的に生み出した新手。

 自身も想いもよらぬ速度で疾走(はし)った一閃に少女は身を震わせる。

 

「ふぅん。 なかなか……」

 

「ヤるもんだな。小娘にしちゃあよ」

 

 トーガを一体消滅させられたが、

遠間で傍観者に徹するマージョリーとマルコシアスは

余裕盤石の表情でそう呟いた。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 マルコシアスの『挿絵』は創ってて楽しかったですね、

ワタシと気性が似てる所為かも知れませんが……('A`)

 アラストールの象徴が『翼』なら、

じゃあ彼はやはり『牙(武器)』だろうと云う事で

このような表現となりました。

 多分“どんな武器でも具現化出来る能力”

とか持ってるんでしょう、作中には出てこないネタですが

荒木先生は常にキャラクターの『履歴書』を作っているので

ソレに沿った形です。

(吉良 吉影は幼い時に母親から虐待を受けていた、

承太郎が最初牢屋にいたのは「自殺」するためetc)

ソレでは(≧▽≦)ノシ

 

 

【挿絵表示】

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩ ~Bake The Dust~ 』

 

 

【1】

 

 

 瀬戸際の状況で編み出された剣技により

何とかトーガ一体を屠った少女。

 しかし次の刹那だった。

 

(……ッ!)

 

 その背後で既に逃げ場のない包囲網を組んでいた11体のトーガが、

余す事なく大挙して雪崩(なだ)れかかった。

 

(数が……多過ぎる……ッ!)

 

 足裏を爆散させ側面に廻り込もうとはしたが、

もうその(いとま) はなく少女は纏った黒衣を拡げて身を包み防御体勢を執る。

 ソコを待ちかねたと言わんばかりに、

無数の炎獣(トーガ)の巨腕が大襲撃をかけた。

 

「ぐ……ッ! うぅ……!」

 

 視界に留まらない、 ありとあらゆる方向から繰り出される乱撃の嵐。

 気を抜けば瞬く間に押し潰されてしまうような炎獣の猛攻。

 速く重く、 そして一向に途切れない、

まるでスタープラチナの連撃(ラッシュ)でも真正面から受けているようだった。

 少女が刀身を(しゃ)に構えているのにも関わらず、

自分の腕が切れるコトも構わず攻撃を繰り出してくるモノ、

それとは逆に着撃箇所を正確に狙ってくるモノもいる。

 どれも同じように見えるが、 実は一体一体に個性があるのかもしれない。

 黒衣が引き裂かれ腕に裂傷が走り、 その白い頬にも赤い(けい)が走り

珠のような飛沫が空間に跳ぶ。

 

(このままじゃ持たない……! 相打ち覚悟で……ッ!)

 

 そう決意し細めた瞳を開く少女への一方的な猛攻が不意に止んだ。

 

(!?)

 

 反射的に双眸を開くシャナの眼前、 先刻己の斬撃を吸収した炎獣(トーガ)

その拳を硬く握り締め弓を引くように大きく振りかぶっていた。

 そして少女の躰を木っ端微塵に砕くかのように、

その巨拳を容赦なく撃ち降ろす。

 

「あうぅッ!」

 

 反射的に出た底掌受けでなんとか直撃は避けたものの

威力を消す事は当然叶わずシャナは背後に高速で弾き飛ばされる。

 乗り越え防止の為かなり頑強に造られた鉄柵に

少女の躰は磔刑のように叩きつけられた。

 暴力的な激突音。

 (ひしゃ) げた背後からそのまま殉教者のように

力無く地に落ちるシャナに再び、 群青の獣が我先にと群がる。

 立ち上がる力が在る内は執拗に叩き、

徹底的に嬲り殺しにするつもりのようだった。

 

(とても……全部は相手に仕切れない……なら……!)

 

 グラつく視界を何とか意志の力で繋ぎ止めシャナは炎獣(トーガ)達の最奥、

最初から構えを違えず細い両腕を腰の位置で組むマージョリーを見据える。

 

(『本体』 を叩く……ッ!)

 

 完璧に統率された群集を成して殺到する炎獣(トーガ)に対し、

シャナは意志の力を研ぎ澄ませる。

 ソレに呼応するように、 千切れた黒衣の裾がさざめいた。

 そこにすかさず繰り出される炎獣(トーガ)の猛攻。

 先刻の一方的な暴虐の熱に浮かされているのか、

威圧感と手数の多さは比較にならなかった。

 そして、 夥しい数の爪撃が無惨に少女の躰を数多の破片へと引き裂いた刹那。

 炎獣の群の前には、 散り散りになった黒衣の脱け殻だけが

巻き起こった気流にたなびいた。

 

((((((!?)))))) 

 

 目の前にいた筈の標的を見失いキョロキョロと周囲を見回す炎獣達の背後、

セーラー服姿の少女が胸元のペンダントを揺らしながら

最奥のマージョリーへと差し迫っている。

 無数の爪が自分に着撃する瞬間、 即座に己の身を黒衣から素早く抜き出し

「残像」 を代わり身として相手に攻撃したと錯覚させる高度な回避術。

 マージョリーの遣ったモノとは性質が違うが

相手を幻惑すると言った点では同じのモノ。

 トーガ達の足の隙間を転がりながら潜った為やや崩れた体勢ではあるが、

少女はそのまま手にした大刀を足下のコンクリートに引き擦り

凶暴な火花を掻き散らしながら必殺の一閃を射出する為に眼前の美女へと疾走する。

 空を穿つ抜刀炎撃斬刀術、

『贄殿遮那・火車ノ太刀/斬斗(キリト)

 

「フッ……!」 

 

 その少女の姿に邪な笑みを浮かべた美女は、 手にしていた 『本』 を宙へと放る。

『本』 はそのままピタリと固定されたように空間へと貼り付く。 

 そし、 て。

 

 ドグオオオォォォォォッッッッ!!!!

 

 大地を支点にした刀身を己に射出しようとしていた少女へ瞬く間に強襲し、

無防備な水月へ路面に亀裂が走る程の強い踏み込みで跳ね上げた膝蹴りをブチ込んだ。

 

「う……ぐぅ……ッ!?」

 

 想定外の事実に、 そして急所にメリ込んだ蹴撃に少女の瞳が大きく見開かれる。

 意図せずに大量の呼気が吐き出され、 大刀の柄に据えられた両手も小刻みに震えた。

 それと同時に、 並の戦闘者ならその場に(うずくま)り恥も外聞もなく沼田打(のたう)ち回るほどの、

筆舌に尽くし難い痛みと怖気と吐き気が少女の脳幹を劈く。

 

「“遠隔操作能力” を遣うから、 近接戦は出来ないとでも想ったの?」

 

「あ、ぐぅッッ!!」

 

 その直後、 開いて剥き出しになった少女の背中に

美女の肘が錐揉み状に旋廻して捻じ込まれた。

 通常のフレイムヘイズの防御能力なら、 ただそれだけで背肉が爆ぜ、

内部の胸椎も軒並み圧し潰される程の痛烈な撃ち落とし。

 肉が歪み、 みしりと骨が軋む音に混ざって成熟した女の声が到来した。

 

「無数の炎獣(トーガ)を率いるこの私が、 ソレより弱いワケがないでしょう?」

 

 崩れた体勢で硬直するシャナに、 マージョリーは優しく教授するように語りかける。

 そして。

 

(顔は、 勘弁してあげるか。 一応女だものね)

 

 美女は平に構えた拳を収め、 代わりに身を低く鋭く踏み込み

左の肘を少女の右脇腹に挿し込んだ。

 

「ぐァッ!?」

 

 辛うじてに後ろに飛んだものの、 左拳に添えられた右腕の撃ち込みの威力を

完全に殺すコトは叶わず少女は背後へ直線状に弾き飛ばされる。

 主の道を開ける従者のように、 左右に散開したトーガ達の間を擦り抜け

突き破った鉄柵の支柱に、 なんとか指を絡ませ墜落するだけコトは避けるシャナ。

 しかしそこから再びコンクリートの上に降り立った少女の脳髄に、

痺れるような激痛が直撃した。

 

(!!)

 

 一瞬にしてその顔が蒼白となり、 膝が折れて地面につきそうになるのを

少女はなんとか押し止める。

 

(……折……れた……!?)

 

 蒼褪めた表情で着撃箇所を手で探る。

 制服越しの指先から伝わる感触では正確に解らないが、

少なくとも罅は入っているようだ。

 人体の負傷はどんな軽微なものでも常にその全体へと影響を及ぼすモノではあるが、

シャナのような己の身体能力をフルに活用する 『刀剣遣い』 にとって

コレは著しい不利益をもたらす。

 特に上体を捻る動作を要とする廻転、 旋廻系の剣技はコレで完全に封じられた。

『今までの』 少女で在るなら、 負傷に伴う苦痛はソレを上回る闘争心、

或いは使命感に拠って脳内モルヒネのように打ち消してきたが

『今の』 少女にはソレがない。

 故に、 痛みは痛みとしてしか躰に認識されない。

 その創痍の彼女の前に、 未だ無傷のトーガ11体が立ちはだかる。

 最奥にいるマージョリーの姿が、 今はやけに遠く感じられた。

 

(とても今の状態じゃ、 剣技は遣えない。 逆に贄殿遮那に引っ張られる。

なら……!)

 

 刀身を足下のコンクリートに突き立て代わりに右手を顔前に構える。

 

焔儀(コレ)しかない……ッ!)

 

 開いた掌中に紅蓮の炎が激しく渦巻いた。

 

「アラ? もう終わり? 最近欲求不満だったから、

もっと格闘戦を愉しみたかったんだけど」

 

 追いつめられた少女とは裏腹に、 美女は世間話でもするように軽く言う。

 それを無視し、 シャナは己が焔儀の執行に移る。

 

「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 喊声を挙げると同時に、 右脇腹がズキンッと悲鳴をあげるが歯を軋らせて

ソレを堪え、 両脇に広げた手にそれぞれ属性の違う炎を瞬時に生み出す。

炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)

 今ある少女の焔儀の中では最大最強の威力を誇るモノだが、

ソレがどこまで通用するかは解らない。

 相手は明らかに焔儀の腕では自分の上をいく存在、

トーガを二体か三体までなら片づけられるだろうが、 全ては無理だ。

 しかも途中で吸収される可能性も在る。

 

()()()()()……こんなとき……どうする?)

 

 当たり前のように口にしていた心中の言葉に、 少女は自分自身でハッとなる。

 頼らないと決めた筈なのに、 一人で出来ると今朝言ったばかりなのに。

 それなのに、 気がつくと、 いつも……

 その時、 全く予期しなかった音響が少女の心臓を撃った。

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 耳元で鳴る、 無機質なコール音。

 夕暮れ時なので街は人波でごった返しており走り辛い事この上ない。

 進行方向を遮る人々の脇を抜い、 時に肩をブチ当てながらも

無頼の貴公子は目的の場所へ疾走していた。

 

(……でねぇな。 ホテルに忘れたのか?)

 

 だったら別にそれで構わない。

 少女が依怙地になって電話に出ないのだとしても一向に構わない。

 しかし、 もし、 ()()()()()()()()()()()――。

 

(あそこかッッ!!)

 

 焦燥よりも先に認識が走った。

 視線の遙か先、 高層ビルの隙間に煌めく群青の色彩をスタープラチナが捉えた。

 無論周囲を行き交う人々にソレは視えていない。

 耳に真新しいメタリック・プラチナのスマホを当てたまま、

空条 承太郎はその場を目指す。

 しかしその中心点で、 既に同属同士の熾烈な戦いが始まっているコトを彼は知らない。 

 

 

 

 

 

 

(――ッッ!!)

 

 スカートのポケットから断続的に発せられる、 無機質な電子音。

 困惑したまま瞳を上へ下へと動かす少女に対し、

遠間からそれを聴くマージョリーは訝しげにその音の発生源をみる。

 

「……何か知らないけど、 鳴ってるわよ? 出たら?

その間に攻撃するなんて、 セコい真似はしないから。

これが現世のラストコールになるかもしれないしね」

 

 封絶の中で何故携帯電話が鳴るのか?

 疑問には想ったが考慮に値しないと判断した美女に促されるように、

少女は小刻みに震える左手でポケットに手を伸ばす。

 その音を待ち望んでいたかのような、 全身で拒絶するような、 矛盾した表情。

 着信音に合わせランプが点灯する紅い携帯電話の、

液晶画面に記載された名前。

 

「……」

 

 しかし少女は通話パネルの上で震える指先をそれ以上押す事はなく、

どうしたらいいか解らないまま呆然と立ち尽くした。

 やがて静寂した空間に無機質な電子音が20回以上鳴り響いた後、 それは途切れる。

 沈黙の中、 興醒めしたように美女が口を開いた。

 

「良かったの? 彼氏からの熱烈なラブコールとかだったんじゃない?

それにしても封絶の中までかかってくるなんて変な電話」

 

「うるさいッッッッ!!!!」

 

 からかうように告げられたマージョリーの言葉だったが、

それに心の深奥を無遠慮に触れられたように感じたシャナは怒声で返した。

 戸惑いも逡巡も、 躰の痛みもその一声で全て吹き飛んだ。

 

(おまえが……おまえなんかが……!)

 

 わなわなと震える全身を駆け巡る理解不能の感情と共に、 再び両手に炎が宿る。

 

()()()()()入ってくるなッッ!!)

 

 そう激高し、 少女は手に宿った二つの炎を眼前で鋭く弾き合わせた。 

 そのたった一度の動作だけで属性の違う炎同士が一瞬で融合し

巨大な深紅の球となる。

 戦慄の暗殺者、 紅世の王 “狩人” フリアグネとの戦い以降一ヶ月余り、

この少女も何もしていなかったわけではない。

己に課した日々の鍛錬の中、 確実にアノ時よりも 「成長」 し

焔儀発動までの時間を大幅に短縮するコトを可能としていた。 

 

(“連発” だッ! 自在法を吸収するのなら、

()()()()()()()()()連続で射出し続ければ良い……!

3回、 4回、 ううん、 手が千切れるまで撃ち続けるッッ!!)

 

 そう思い切り決意の炎が燃え上がる灼眼を、美女は興味深そうに見据える。

 

“ゾディアック” の力較べ、 ね。 子供っぽいけど面白そうだわ。

折角だから乗ってあげましょうか?

試してみたい “(ワザ)” も在るし、 ね」

 

 そう言ってマージョリーが指先を弾くと同時に、

少女の前に傲然と立ちはだかっていた炎獣(トーガ)の壁が一瞬で消え去り、

元の存在の力へと戻った群青の炎が蒼き螺旋を渦巻いて美女の躰へと還っていく。

 

炎獣(トーガ)を消した!? でも、 逆に好 機(チャンス)ッ!)

 

 油断なのか傲りなのか、 理由はどうでも良い。

 コレで勝負は総力戦ではなく、 極めるか極められるかの瞬発戦になった。

 ならば既に焔儀を完成させかけている自分が有利。

 如何に練達した 『自在師』 だとはいえ、

“アノ男” のように 【不死身】 というわけではない。

 炎への耐久力はどのフレイムヘイズも一律で在る以上、

コレが極まればソレで全てが終わる。

 ()()()()()――。

 

紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(アーク・クリムゾン・ブレイズ) ……!」

 

 己が存在を司る、 究極自在法大系内の一領域の深名が、

目睫で両腕を交差した少女の口唇をついて出る。

 指先に神妙な印を結び、 交差した腕の隙間から

標的であるフレイムヘイズを鋭く射抜く少女。

 だが、 意外。

 その視線の先の美女も、 合わせ鏡のように自分と同じ形態を執った。

 

()()()()……!? フザけてるの……!?)

 

 一瞬の逡巡。 

 その(まにま) に、 美女は構えを崩さぬまま足下をヒールの先端で踏み割って

カメラのズームアップのように強襲する。

 

迫撃(はくげき)型焔儀……!?) 

 

 刹那の間に思考するがソレよりも勢いが勝り、

 

「レイジング・クロス!!」

 

己が流式名を刻みつけるように、

少女は印と共に重ね合わせた両掌を深紅の球に繰り出す。

 しかし術式発動の自在式が球内に叩き込まれる瞬間に、

眼前の 「標的」 が突如姿を消した。

 

(!?)

 

 目標を失った灼熱の高 十 字 架(ハイクロス)は、

そのまま空を滑走し鉄柵を熔解させて突き破り封絶の彼方へと消え去るのみ。

 直後に背面から(かお)る、 魔性の美香に気づいた時はもう遅かった。

 

「――ッッ!!」

 

 背中合わせの状態から左拳に右掌を添え穿つように放たれた肘打ちが脊椎を直撃し、

下腹部が弛緩するような衝撃と共に少女は前方へ飛ばされる。

 そのまま冷たいコンクリートの上に受け身も取れず叩き付けられるが、

追撃の可能性に際して躰が勝手に反応し震える足下のまま少女は背後に向き直った。

 

「馬鹿正直に、 真正面からの “ゾディアック” の撃ち合いなんかに応じると想ったの?

ただの消耗戦にしかならないのに。 見た目の通り、 本当にお子さまね? アンタ」

 

 先刻、 自分が言い放ったコトをあっさりと反故(ほご)にし、

悪びれる様子もなくそう告げるマージョリー。

 圧倒的な能力(チカラ)を持ちつつも尚、 勝つ為なら何でもするという狡猾さ。

 一見えげつなく想えるが、 一切の綺麗事が通用しない戦場に於いては寧ろ当然の仕儀。

 精神的な少女の不調を差し引いても、 戦士としての機転に於いて

マージョリーはシャナを上回っていた。 

 

「でも、 少しだけ誉めてあげるわ。

完全に(かわ)したと想ったけど、 余波に掠っただけでこの威力とはね」

 

 美女はそう言って、 微かに焼けて白い煙を(くずぶ) らせる手の甲をみせつけるように(かざ)す。

 

姿(ナリ)はチビジャリでも、

流石は “天壌の劫火” のフレイムヘイズと言った処かしら? 

でも、 まだまだね。

アノ程度じゃ、“フレイムヘイズの焔儀” ()()()()()()()

 

 そう言った美女が指先を弾くと、 遠間で浮いていたグリモアが滑るように

移動し頭上で停止する。

 そして、 微笑と共に告げられる、 ゾッとするほど妖艶(あま)やかな声。

 

「アンタに、 教えてあげるわ…… “ゾディアック” の……

その真の能力(チカラ)をね……」

 

 言葉の終わりと同時に美女は、 その両腕を高々と掲げ頭上で交差し

己を司る焔儀領域の深名を口にする。

 

蒼 蓮 拾 参 式 戒 滅 焔 儀(ダーク・フェルメール・ブレイズ)……”

 

「ヒャーーーーーーーーーーッハッハッハッハァァァァァ!!!!!!」

 

 艶やかなマニキュアで彩られた指先の印の上で

神器 “グリモア” の表紙が開き、 中のページがマルコシアスの狂声と共に

嵐の中ではためくように暴れる。

 やがて、 規定のページでピタリと停止した 『本』 の紙面が

強烈な群青の光を放ち、 それと同時に凄まじい存在感を轟かせるモノが、

美女の背後に出現した。

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

   ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

  ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 

 

 

 

 

 空間に展開した、 闇蒼の紋章と紋字を鏤める特殊自在式法陣。

 その裡から、 異次元空間より現世へ這い擦り出すかのように姿を見せた存在。

 ソレは、 焔に因って形創られた、 一本の巨大なる腕、 否、 (あし) 

 鋼鉄の如き骨格と装甲に等しき肉塊を刃のような群青の毛革で覆われ、

その先に破滅の爪牙を鳴轟する 【魔狼の前脚】

 掌握すれば周囲の高層ビルを砂の城の如く()り砕き、

振り廻せば枯葉の如く粉微塵にしてしまうで在ろうコトを否応なく

視る者に感じさせる、 その脅 嚇(きょうかく)

 

「――ッッ!!」 

 

 フレイムヘイズとしての、 焔儀の遣い手としての絶対的戦力差を魅せつけられ、

絶句する以外術をなくす少女の前でマージョリーは静かに口を開く。

 

「 “ゾディアック” の神髄、 その真の意味とは、

『王の存在をこの世に完全顕現させるコト』

アンタの遣っているような低級焔儀は、

その過程に於いて派生した 「副産物」 に過ぎない」

 

 両腕を頭上で組んだまま、 まるで諭すような口調で美女は言葉を続ける。

 

「今はまだ、 マルコの前脚を一本現世に召喚するのが精一杯だけど、

いずれはその “全身” を完全に顕現させてみせるわ」

 

「おぉ~おぉ~、 頼んだぜぇ~。

我が最強の “フレイムヘイズ” マージョリー・ドー。

一日も速くこのオレサマのカッコイイ躯体(ボディ)を現して、

大暴れさせてくれよなぁ~」

 

 破滅の戦風と共に、 蒼蓮の火走りが空間に迸る。

 

(むう……蹂躙、 己がフレイムヘイズを此処まで鍛え上げたか……!)

 

 まるで蛇に睨まれた蛙ように、 微動だに出来ない少女の胸元で

アラストールが戦慄と共に呻く。

 もうこの時点で既に勝敗は決したと言って良いほど、

マージョリーの発動させた超焔儀はその絶対的大要を揺るがすコトはない。

 少女は既に、 美女がこれから刳り出す “流式” の

その死の射程圏内に位置し、 現状の如何なる術を用いようが

防ぐコトも躱すコトも不可能な状態へと陥っている。

 意図せずに口の中がカチカチと鳴り、 冷たい雫で濡れた首筋がチリチリと疼いた。

 頼みの綱である贄殿遮那も、 今は自分から遙か遠い位置に突き刺さっている。

 

(何も……出来ない……? 何も……出来ない……ッ!)

 

 かつて、 最も忌むべきアノ男の、 その真の能力(チカラ)と対峙した時と同じように。

 

「……」

 

 少女の口唇が、 意図せずに動いた。

 

「さぁ~て、 一応 “同属” だから手加減してあげるけど、

もし殺しちゃったらごめんなさいね? 

この焔儀(ワザ)制御が難しくて、 ()()()()()()遣ったコトないから」

 

 そう言って蒼き焔で彩られた指先を、

四足獣が爪を立てるように折り曲げた美女の背後で、

数十倍のスケールを誇る魔狼の前脚もソレに連動するように蠢く。

 現世に顕現した魔狼の爪。

 しかしその絶対的威力は、 最早爪に留まらずソレを超えた牙!

 そして、 美女が空間を斬り裂くように右腕を繰り出すと同時に響き渡る流式名。

 闇蒼刻滅(あんそうごくめつ)魔狼(まろう)爪痕(そうこん)

“蹂躙” の流式(ムーヴ)

冥 拷 禁 曝 蹂 躙 牙(フォビドゥン・バイツァ・ブレイクダウン)ッッッッッ!!!!!】

流式者名-マージョリー・ドー

破壊力-AA+ スピード-A++ 射程距離-B(最大50m)

持続力-D 精密動作性-E 成長性-B

 

 

 

 

 空間を断絶する、 フレイムヘイズ “弔詞の詠み手” 最大最強焔儀。

 コレを受けて生き残った者は、 未だ嘗て皆無……

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 ()()マージョリーは、原作と違って【圧倒的に強い】です。

『ジョジョ』ではよくあるパターンで

【何かを背負っている者ほど強い】ので

彼女もそのラインに乗せたと云った感じですね。

(ソレは追々解ります)

 だから不調だろうが好調だろうが【勝てない】んです。

まぁ何百年も生きてますから、「新人」にあっさり負けるのも

ソレもどうかと想いますからね……('A`)

「噛ませ犬」にも「ラブコメのダシ」にもしたくなかったのですよ。

 故に「屠殺の即興詩」を使わないのも解って戴けるでしょう、

出すと『強さ』がボケてしまいますし

またその必要も無いというコトですね。

 ソレでは。

 

 



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『DARK BLUE MOONⅪ ~Heaven's Door~』

 

 

 

【1】

 

 

 空間を、 巨大な蒼き閃光が翔け抜けた。

 否、 斬り裂いた。

 後から捲き起こった猛烈な突風が少女の炎髪を大きく翻す。

 その、 刹、 那。

 

 

 

 

 ヴァッッッッッッッジュアアアアアアアアアアアアアアアア

アアァァァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!!

 

 

 

 

 少女の首筋から下、 等間隔に三迅、 セーラー服が引き裂かれ

その欠刻から深紅の飛沫が空間に咲く。

 大気を濡らし、 時間すらも朱に染める、 生命の血華。

 ソレは周囲に滞留する高熱によって瞬時に蒸散し、

紅の靄と化した血霧の中へ少女の躰はゆっくりと堕ちていく。

 制服の切れ端と共に宙を舞う大きなリボン。

 意識が消え去る瞬間、 何もかもが虚ろな心中に、 過ぎる姿。

 

(……承……太郎……やっぱり……私……)

 

 今際の際の光景のように、 静かに紡がれる少女の言葉。

 

(アナタが……いないと……)

 

 熱いのか冷たいのか解らないコンクリートの感触と、 暗転する視界。

 

 

 

 

(ダ、 メ……!)

 

 

 

 

 もう二度と開くコトはないかのように、 閉じられた灼眼。

 罅割れたコンクリートの上へ、 無造作に散らばった炎髪。

 完成された焔儀は、 ソノ対象以外余計な破壊を一切生まない。

 もしマージョリーが全力で魔狼の爪を()り抜いていたのなら、

周囲を取り囲む高層ビルを内部の鉄筋ごと軒並み真っ二つに斬り裂いていただろう。

 無論ソレは、 眼前で伏す少女も同じコト。

 非の打ち所のない、 完全無欠なる己の勝利に満足げな微笑を口唇に刻む美女。

 その姿を彩るかのように背後の巨大なる魔狼の前脚は、

大量の群青の火花となって一斉に空間へと爆ぜた。

 廃ビルの荒れ果てた屋上全域に、 音も無く降り注ぐ炎粒。

 空間を染めていく火の香りにその嬌艶なる肢体を包まれながら、

美女とその契約者は口を開く。

 

「ヒュウッ、 爪先掠めただけで一発KOかよ。

相変わらずおッそろしい焔儀(ワザ)だな?」

 

「フッ、 最近威力が向上()がるに連れ、

ソノ精度が落ちてるような気がしたから照準率を試したみたんだけど、

どうやら無用の心配だったようね。

小さくて素早しっこかったから返って良い実験台だったわ」

 

 その風貌と立ち振る舞いから、 王と同様狂猛に視えるマージョリーだが、

実は他のどのフレイムヘイズよりも実戦の怖さや不条理を熟知し

万全の態勢を整えるコトに日々執心している。

 この戦闘に於ける妥協無き姿勢もまた、

“蹂躙の爪牙” のフレイムヘイズ “弔詞の詠み手” の恐ろしさの一つ。

 

「さて、 それじゃあ失礼するとしましょうか。

ご機嫌よう “天壌の劫火” アラストール。

『本命』 前の前哨戦としては、 なかなか愉しめたわ」

 

「 “前の” たァ大分タイプが違うが、 良いフレイムヘイズだぜ。

大事にしなよ天壌の。 巧く育てりゃあ我が愛しの酒 盃(ゴブレット)

片腕くらいには遣えるかもな?

ヒャーーーーーーーーーーッハッハッハッハッハァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

 

 称賛とも嘲弄ともつかない言葉をその場に残し、

美女と王は地に伏した少女に背を向ける。

 しかし、 ソレよりも速く。

 

(チ・ガ・ウ……ッッ!!)

 

(!?)

 

(!!)

 

 灰燼と化した存在から、 突如立ち昇る灼熱の闘気。

 戦いを識る者なら、 ましてや歴戦の勇で在るマージョリーからしても、

絶対に起き上がらない、 否、 ()()()()()()()

倒れ方をした目の前の少女が、 ものの片時で立ち上がった。

 無惨に刻まれた蹂躙の爪痕、 引き裂かれた衣服、 布地に染み込んだ鮮血、

誰がどうみても戦闘続行不可能なズタボロの躰。

 しかし、 その己に不利な条件をスベテを吹き飛ばすかのように、

愛刀の助けも借りず、 震える脚を無理に引き起こして

少女は遮二無二立ち向かおうとしていた。

 絶体絶命の状況下の中、 その瞳の裡に宿った光だけは、 先刻以上に滾らせて。

 

「シャ、 ナ……」

 

 胸元のアラストールが、 慨嘆と驚愕とを滲ませた声で少女に呼びかけた。

 黙って眼を閉じてさえいれば、 きっとコレ以上の危害は加えず相手は立ち去った事だろう。

 少女の不調を差し引いても、 目の前のこのフレイムヘイズは強過ぎる。

 仮に万全の状態で在ったとしても、 果たして一矢報いるコトが出来るか否か。

 戦闘経験、 自在法の練度、 死地に於ける狂暴な迄の精神性、

あらゆる面に於いてマージョリーはシャナを圧倒的に上回っている。

 だがしかし少女は、 シャナは、 彼我(ひが)の実力差など顧みないかのように

再び戦場へと立ち上がった。

 絶体絶命の状況下に於かれるコトによって初めて気づく、

『真実』 故に。

 

(……私……私……間違ってた……優しいアイツに……甘えてた……ッ!

一番辛いのは、 本当に苦しいのは、 ()()()()()()()()()()()()ッ!)

 

 旅立ちの前夜、 己の身を引き裂くような凄まじい怒りと悲しみを

冷たく降り注ぐ雨の中、 懸命に耐えていた彼の姿。

 

(それなのに、 アイツは、 そんな自分の辛さなんか少しもみせないで、

私を護ってくれて、 庇ってくれて、 いつもいつも気遣ってくれて。

それなのに、 私、 自分の気持ちを受け止めてもらうコトばかり考えてた。

そんなんじゃダメだって、 もう気がついていたのに……!

今度は私が、 アイツを支えてあげなきゃいけなかったのに……ッ!)

 

 少女の心を劈く、 どうして同じ過ちを何度も繰り返すんだという悔恨。

 ソレ故に少女は俯き、 その小さな肩を震わせる。

 

(もう、 イヤ……アイツの為どころか、

自分の中のイヤなコトは全部 “アイツのせい” にして、

自分の本当の気持ちを、 誤魔化し続ける。

もう、 そんなのは、 イヤ……)

 

 そっと、 心中で呟いた言葉。

 そしてその後、 伏せていた顔を少女は決然とあげる。

 ソレと同時に、 その真紅の双眸で燃え盛る、 黄金の光。

 心中で湧き上がる精神の咆吼。

 

(だから! もう負けられないッ! 負けたくない!!

目の前のこの女にじゃないッ! ()()()()()ッッ!!)

 

 渾心の叫びと同時に、 シャナは再び目の前の強大な存在へと挑み懸かる。

 そして、 決意の言葉を口にする。

 

「もう何をどうしたって!! 絶対私は負けるわけにはいかないのよッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 眼前の驚愕にグラスの奥を丸くする美女、

しかしその姿は今、 少女の瞳には映っていない。

 

(胸を張って……逢いにいかなきゃ……アイツの処に……)

 

 そして、 聞いてもらおう。

 ごめんなさいって。 ありがとうって。

 喩えそれがどんな結果に結びついたとしても、

今度は逃げずに全部受け止めよう。

 自分の本当の気持ちを、 誤魔化さずに、 偽らずに。

 

「フッ……! フフ……フ……! 

まさか、 まだ本当に 『戦える』 とは、 ね。

殺しこそしなかったけど、

一ヶ月は指一本動かせない位のダメージは与えた筈なのに」

 

 慮外の事態とは裏腹に、 美女は感奮に熱を浮かされたような表情を浮かべる。

 ルージュに彩られた微笑も、 先刻までの余裕に充ち充ちたモノとは違っていた。

 

「前言を、 撤回するわ。 アンタ、 素晴らしい、 最高よ。

このまま後100年、 いいえ、 50年もすれば、

歴代屈指の “フレイムヘイズ” に成るコトは間違いないわ」

 

 最早凄惨な復讐者として気配は消え

一人の正統なフレイムヘイズとして、

マージョリーはシャナに向き直る。

 磨けば至宝の光を放つ、

極上の原石をみつけたような瞳を爛と煌めかせて。

 今はまだ想像だにし得ないが、 近い将来自分とコイツが 「組め」 ば、

この世に蔓延る紅世の徒を()()させるコトも可能だという心算に()を震わせて。

 

「だから、 とことんまでつき合ってあげたいけど、 でも悪いわね?

「先約」 が有るからもう行かないと。

あまり男を待たせ過ぎるのも、 良い女のするコトじゃないから」

 

 そう言ってマージョリーは背後へ大きく跳躍する。

 

「!」 

 

 反射的にシャナは追おうとするが、 心とは裏腹に膝の力が抜け大きく体勢を崩す。

 高い鉄柵の最上部、 不安定な足場に端然と屹立した美女は、

ソコから蒼い紋章を浮かべる封絶を背景に、 揺るぎない視線で少女を見据えた。

 そして、 厳かな微笑と共に口を開く。

 

「名前、 まだ聞いてなかったわね? 教えてくれる?」

 

(ッ!) 

 

 想わぬ問いかけに少女は一瞬息を呑むがすぐに、

 

「空条、 シャナッッ!!」

 

己が存在を刻み付けるように凛々しい声でそう返す。 

 

「フフ、 ちょっと変わってるけど、 良い名前ね? 覚えておくわ。

お互い生きていたら、 凄惨なる修羅の隘路(あいろ)でまた逢いましょう」

 

(逃げる気……!? イヤ、 違う……!)

 

 深いルージュで彩られた美女の妖艶な口唇を覆い隠すように、

分厚い革表紙の神器 “グリモア” が逆さなった状態で空間に静止する。

そして、 哀別のようにシャナへと告げられる、 一人のフレイムヘイズの言葉。

 

「アンタの存在、 認めたわ。 ()()()()()()()()。 死ぬんじゃないわよ」

 

 そう言うと同時に、 複雑に絡められた自在式印と共に、

天空へと抱え上げられる美女の両腕。

 

蒼 蓮 拾 参 式 戒 滅 焔 儀(ダーク・フェルメール・ブレイズ)

 

 次いで微塵の躊躇もなく宣告される、 虐殺の流式名。

 闇蒼絶獄(あんそうぜつごく)魔狼(まろう)叫吼(きょうこう)

“蹂躙” の流式(ムーヴ)

冥 導 禍 顕 滅 碎 流(カラミティー・メイル・エキゾースト)!!!!!!』

流式者名-マージョリー・ドー

破壊力-A+++ スピード-B 射程距離-A(最大150m)

持続力-C 精密動作性-D 成長性-A

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 そう叫んだマージョリーが両手を交差して結んだ印ごと自在式を

神器に叩き込むと同時に、 真一文字に大きく開く “グリモア” の口。

 その戦慄、 正に月に吼える魔狼に相剋。

 そして表面の刻印と内部の文字が蒼く染まった神器の内部から

突如屋上全域を覆い尽くす程の、 莫大な群青の禍流が狂ったように飛び出してきた。

 ソレが己に襲い掛かる遙か前から、

既に 『覚悟』 を決めていた少女の執った選択は、

両腕を大きく左右に開き渦巻く焔儀と真っ向から対峙する姿。

 

「莫迦なッ! ()()()()()()()()()()()()!?」

 

「防御すれば両腕が塞がる! 守りに入れば反応が遅れるッ!」

 

 意想外の、 暴挙と呼んでも差し支えない少女の選択に、

さしものアラストールも声を張り上げる。

 確かに、 相手が焔儀を撃つよりも前に間合いへ飛び込めば、 当然その動きに対応される。

 だが真正面から受け止めるならば、 その焔儀自体を煙幕にして奇襲攻撃を掛けられる。

 どんな自在法の巧者で在っても、

焔儀を繰り出した直後はその原理故に躰が硬直せざる負えず、

しかもソレはソノ威力が高ければ高いほど大きくなる。

 少女が狙うのは、 その針の孔のような一瞬の隙。

 しかし、 現代最強のフレイムヘイズが全力で撃ち放つ凄絶焔儀を、

満身創痍の無防備状態で受け止めるのは、

無謀をも遙かに逸脱した狂 謀(きょうぼう)

 だが、 その狂謀を決死の覚悟で敢行する少女の瞳は、

自暴自棄に陥って捨て身になる愚者のソレではない。

 喩え如何なる状況に於かれても、 最後まで決して諦めないという勇士の似姿。

 そしてその存在を支え得る、 少女の胸の裡に宿る確かな想い。

 人間であるならば、 誰しもが例外なく持っている “在る感情”

 ソレは時に、 人をこの上なく脆弱にしてしまうコトもある。

 だがしかし!

 時に人はソレ故に、 この上もなく強くなれるッ!

 そう。

 今のこの少女と同じように。

 喩え何が起ころうとも、 真実から生まれ得た 『誠の行動』 は、

何が在っても絶対に滅びない!

 そし、 て。

 真に 『祝福』 されるべき資格を得たのは、 この少女。

 

 

 

 

 

 

“自らを(たす)くる者を、 天は(たす)く”

 

 

 

 

 

 

 彼女が行ったのは、 つまりは()()()()()()

 信じようが信じまいがソレが 『真実』

 信じようが信じまいがソレが 『現実』

 否、 だからこそ天は、 地との間に “人” を創ったのだろう。

 人を救うのも、 また人なのだと。

 そして、 天国への扉は開く――。

 否、 ブチ破られる。 

 音速の衝撃波を周囲に纏わせる白金の蹴撃によって。

 少女のスベテを呑みこむかのようにして迫る炎の激浪。  

 その直中に音よりも(はや)く、 少女の傍に立つ者。

 眼前の蒼き災厄に立ち向かう者!

 

「――ッッ!!」

 

 俄には信じがたい 『現実』 に、 シャナはその紅い双眸を限界以上に見開く。

 来る筈がない。 居る筈がない。

 喩えどれだけ自分が、 その存在を強く求め深く焦がれていたとしても。

“来てくれる筈がないのだ”

先刻自分がし損じた 『炎架』 の軌道から、

この場所が特定出来たのだとしても。

 絶対に在り得ない眼前の光景に、

少女は自分が極限の精神状態に於ける

幻覚を視ているのではないかと錯覚する。

 しかしそのシャナの疑念を吹き飛ばすように眼前に立つ青年から

白金の光と共にもう一つの存在が瞬現し、

二人を呑む込もうと迫る蒼い狂 濤(きょうとう)へ敢然と挑み懸かった。

 天道の眩耀(げんよう)の如く空間で弾ける、 白金の閃光と群青の狂炎。

 

「……ぐ……ッ!おおぉ……ッ!」

 

 青年の躯から抜け出たスタンド、 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 が

十字受けの構えのまま蒼炎の大激浪と真正面からブツかり合った瞬間、

旧約聖書の 『十戒』 の如く二つに割けた炎が

元に戻ろうとする流動法則を無視して半円筒(カプセル)状に()け、

シャナの頭上と脇へと逸れていく。

 

(!?)

 

 その少女の周囲を包み込むように取り巻く、

白金の 『幽波紋光(スタンド・パワー)

“近距離パワー型スタンド” 『星 の 白 金(スター・プラチナ)』 の射程距離は、 半径2メートル。

故に、 その距離内であるならば 「本体」 から放出される

スタンドパワーを場に留め、 防御膜(フィールド)を展開するコトも

短い時間であるならば可能なのだ。

 

「……ッ!」

 

 しかし、 たった今その 『能力』 を繰り出した空条 承太郎に、

別段深い思慮が在ったわけではない。

 咄嗟の事態だった為半ば無意識、 或いはスタンド自身が勝手に動いたように感じた。

 護るべき者を護るという彼の精神が、 生命の深奥、

その更に奥底の原初的な部分を強撃したのだ。   

 

「むっ……うぅぅ……ッッ!!」

 

 己が操るスタンドと共に、 口中をきつく喰い縛りながら

眼前の流式(ムーヴ)と対峙する承太郎。

 特に想っていたコトは、 何もなかった。

 ただなんとなく、 “いるんじゃないか” と想った。

 そして、 やっぱりいた。

 予想通り、 大窮地(ピンチ)に陥って。

 

「ぐ……ッ! オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォ

ォォォォォォォォォ―――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 今を以て執拗に、 己と少女を呑みこもうとする炎の圧力に屈しない為、

彼はスタンドと共に喚声を上げる。

 幾らスタンドパワーを全開にして周囲に展開させているとはいえ、

その威力を全て無効化出来るわけではない。

 己の存在をジリジリと焦がすように迫る炎の熱は確実に

フィールドを侵蝕し、 スタープラチナの両腕を炙り始めている。

 同時に自分の両腕からも立ち上る、 皮膚と肉の灼ける匂い。

 感じる炎傷とは裏腹に青褪めていく表情。

 気を抜けば最前線で炎を防ぐスタープラチナのガードが

一瞬の内に弾き飛ばされ、 そのまま蒼い狂濤に呑み込まれてしまいそうだ。

 だが、 退()くことは出来ない。

 否、 退()()()()()()

 自分の後ろには――。

少女(シャナ)” がいるッ!

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 以前この作品に於いてシャナは「康一君」だと云いましたが、

別に7部のジョニィでも8部の康穂ちゃんでも構いません。

 要するに心に「疵」を負いながらも、

前に向かって『成長』していくという

キャラクターが描ければソレで良いのです。

 あぁ、だから奇しくも『徐倫』が一番近いかも知れません。

 皮肉にも“愛情に餓えている”という点では一緒ですからね。

(ソレに対して“反発”してしまうのも)

 まぁゲームの『アイズ・オブ・ヘブン』じゃ、

4部で杜王町に一緒に連れていってるので

(他の「部」の仲間も全員生きてる……(ノД`))

そんなカンジに描けていけたらなとは想います。

 ソレでは(≧▽≦)ノシ

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅫ ~If Only You…~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 燃え盛る蒼炎の波濤。

 

「……」

 

 その青年の背後で、 放心するように佇んでいたシャナの躰を支える力が抜け、

剥き出しの両膝がコンクリートの上につく。

 先刻まで心中で何よりも烈しく燃え盛っていた戦意は

存在すらしなかったように沈静し、 

代わりにきつく胸を締め付けるような感情が己の裡を充たしていった。

 嬉しさ、 悔しさ、 切なさ、 哀しさ、 愛しさ。

 そのスベテが感情の奔流となって少女の全身を駆け巡る。

 

(頼りたく……なかった……だから電話にも……出なかった……

何かがあればきっと……助けてくれるから……

いつでも……どんなときでも……必ず傍に来てくれるから……)

 

 でもそれじゃ、 何も変わらない。

 他の人間と何も、 変わりはしない。

 ソレとは違う眼で、 自分を見て欲しかった。

でもソレ以上に、 もう自分の為に傷ついて欲しくなかった。

 

(おまえが傷つくと……辛いの……おまえが血を流すと……苦しいの……

自分が……殴られたり蹴られたりするよりずっと……ずっと……!)

 

 そう言って見上げる、 彼の姿。

 大きく、 広く、 そして寂しい背中。

 感謝など、 求めない。

 何の利害も打算も、 存在しない。

 ただ、 当たり前のコトのように、 他者の為に平気で己の身を危険に晒す。

 無尽の荊にまみれた 『苦難の道』 を歩み続ける。

 ソレが余計に、 少女の心を締めつけるとは知らず。

 

(ごめん、 ね……何も、出来なくて……)

 

 潤んだ瞳と共に紡ぎ出された、 少女の言葉。

 ソレが伝わったのか否か、 周囲の空間全域に響き渡るスター・プラチナの咆吼。

 

 

 

 

 

「オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ

ァァァァァ―――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 ただ護るだけではない、 白金の防御膜を構成すると同時に

スタンドの両腕にパワーを集束させていた承太郎は、

そのリミットの針が限界点に触れた瞬間、

押し固めていた腕部を音速で振り解き発生した衝撃波と共に溜め込んだ

スタンドパワーを解放し、 屋上全域に渦巻く群青の狂濤をスベテ吹き飛ばした。

 

 

 

 

 ヴァオンンンンンンンンンンンンッッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 空間を拉ぐような衝撃音と共に、 高速発生した莫大な量の気流が

周囲ビル群の強化ガラスを亀裂と共にビリビリと揺らしたのは()()()

「炎」 と 「風」 という “属性” の「相性」を利用したとはいえ、

ともあれ承太郎とスタープラチナは現代最強のフレイムヘイズが放った

凄絶焔儀を完全に撃ち破った。 

 降り注ぐ余波の為、 屋上の至る処で延焼する群青の残り火。

 十字受けの構えのまま屹立するスタープラチナと、

その全身から焼煙を上げ佇む承太郎。

 限界を超えるスタンドパワーを、 精神の力で無理矢理引き絞った為か

その口唇からは荒い吐息が断続的に漏れている。

 

(逃がした、 か……)

 

 誰もいない開けた視界。

 そして。

 

(無事……か……)

 

 背後のソレを認識した刹那、 突如承太郎の膝の力が抜ける。

 傍に立つスタープラチナも、 ソレと同時に掻き消えた。

 

「う……ぉ……」

 

 自分でも意外だったのか少し驚いた表情でコンクリートの上に片膝をついた

無頼の貴公子は、 その後興味なさげに自分の制服を抓む。

 

「やれやれ、 しこたまブチ込んでくれやがって。 大事な制服が焼け焦げちまったぜ……」

 

 そう言って学ランの内側から煙草のパッケージを取りだし、

一本引き抜いて口に銜えようとするが、 痙攣する指先では叶わず地面に落ちる。

 それを面倒そうに拾って銜え直すと、

近くで燃えていた炎に先端を翳して火を点け細く紫煙を吹き出しながら、

そこで初めて彼は少女の方へと向き直った。

 自分以上にズタボロの、 惨憺足る有様で両膝をついている少女に。

 

「よう……らしくねーんじゃねぇのか? 昨日といい今日といいよ」

 

「……」

 

 誰に言うでもなく、 空を仰ぐようにして紡いだ彼の言葉に

俯く少女の反応はない。

 まぁ予想通りの反 応(リアクション) だと鼻を鳴らした承太郎は、

銜え煙草のまま焼け付く躯をおもむろに引き起こす。

 そして。

 

「後は、 任せても構わねーか? アラストール」

 

 件の剣呑な瞳で少女の胸元にそう問う。

 

「うむ。 しかし、 貴様の治療は良いのか?」

 

 過程はどうあれ結果的には少女の絶体絶命の窮地を救った男に、

特別待遇の自在法を施そうと定めていた深遠なる紅世の王はそう問い返す。

 

「オレなんかより、 すぐにでも治さなきゃならねーのがいるだろ。

オレァジジイのヤツにでも頼むさ。 その前に行かなきゃならねー所もあるしよ」

 

「むう? そう言えば貴様、 一体どのようにして 『この場』 を()った?

トーチを視るコトは出来ても、

封絶や紅世の徒の存在を感知する能力(チカラ)は、 貴様には無い筈」

 

「後で話すさ。 色々と入り組んでるンでな。

じゃ、 後は頼んだぜ、 炎の魔神サンよ」

 

 戦いが終わった以上、 もう自分に出来るコトは此処にない。

 何より 「敵」 がもうラミーの元へと向かった可能性が有る。

 なので端的にそう告げ、 襟元の鎖を揺らしながら承太郎は

先刻スタンドでブチ抜いた出口へと足を向ける。

 

「じゃあ、 な」

 

 そう言って、 少女の(かたわら) を通り過ぎようとした刹那。

 

「ッッ!?」

 

 気流に靡く長い学ランの裾が凄まじい力で引っ掴まれ、

先刻受けたダメージの所為かバランスを大きく崩した無頼の貴公子は、

そのまま落下するリンゴのように後頭部をコンクリートに強打した。

 鋼鉄のクラッカーが真後ろから高速でブツかったような激痛に、

さしもの承太郎からも呻き声が漏れる。

 

「……ぐ……ぉぉ……! テメー、 いきなり何しやが」

 

「うるさいうるさいうるさい!! 行くなバカッッ!!」

 

 石造りの地面に仰向けの状態で、 ぼやける視界一面に映ったモノは、

その紅い瞳に涙を浮かべた少女の顔。

 その瞳に映った感情に、 他の何よりも強いその気持ちに、 戸惑いは隠せない。

 

「痛く……ないわけない……」

 

(?)

 

 やがて、 呻くように少女の口唇から漏れた言葉。

 

「大したコトないなんて……在るわけない……ッ!」

 

(!)

 

 そう言って少女は、 自分の包帯が巻かれた左手を取り、 制服の(そで)を捲り上げる。

 剥き出しになった、 己の左前腕。

 ソコはスタンドが受けたダメージと同様、

炎傷でケロイド状に焼け爛れ部分部分が高熱を持ち、

痛みで満足に動かすコトも叶わない程だった。

 

「こんなにズタボロのくせにッ! 何が舐めときゃ治るよ!!

デタラメなコト言わないでよ!! 大体こんな(からだ)で一体どこ行く気よ!!

だったら私と一緒にいてよッッ!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 論理も道理もそして前後の繋がりもないまま、

少女はただ感情のままに言葉を吐きだし続ける。

 ソレに比例して疵痕に落ちる、 透明で温かな雫。

 

(やれやれ……()()()()()()か……)

 

 心中でそう呟き、 無頼の貴公子は仰向けに寝っ転がったまま学帽の鍔を抓む。

 どうやら、 上で己を組み如く少女は、

果てしなく不器用でブッきらぼうながらも

自分のコトを 『気遣って』 くれているようだ。

 昨日の気が抜けたような戦い振りも、 今朝の不自然な態度も、

スベテは “コレ” が原因だったらしい。

 

(もしかして、 “オレの所為” か? そうかもな……)

 

 少女を庇って傷を負ったコトに、 微塵の後悔もない。 間違っていたとも想わない。

しかし、 ()()()()()彼女の気持ちを、

もう少し()んでやるべきだったのかもしれない。

 気丈で、 とことん自分の気持ちに素直じゃないが、

その心の裡は他の誰よりも温かく、

そして優しい心を持った少女だというコトは、

もうとっくの昔に()っていた筈だから。

 

(……)

 

 こーゆー時、 どんな事を言えば良いのか解らない。

 一体どうすれば、 目の前で泣く少女の涙を止めてやれるのか?

 己に流れる血統も、 背後のスタンドも、 何も教えてはくれない。

 だから承太郎は、 自分の一番正直な気持ちを口にする事にした。

 何の偽りもない、 自分だけの、 少女に対する気持ち。

 そして定められた運命で在るかの如く、

肌と肌が触れる程の近距離で交錯する、

淡いライトグリーンの瞳と深い真紅の灼眼。 

 ソレと同時に口唇へ刻まれる高潔な微笑と共に、

透き通った表情でシャナへと伝えられる言葉。

 

「何度も言っただろ? 大したコトねーよ。 この程度」

 

 そう言って少女の前に、 剥き出しの左腕を翳してみせる。

 

(そんな……!)

 

 解ってくれないの? と少女がその紅い双眸をより潤ませるより速く、

再び承太郎の口唇が動く。

 

「 “オメーの代わりと想えば、 大したこたァねー” 」

 

「――ッッ!!」

 

 瞬間。

 脳裡を、 否、 己の存在全体を充たす、 緩やかで温かな光。

 言葉等ではとても表現出来ない、 余りにも激しく強烈な感情に、 息が、 出来ない。

 でも、 不思議と全然不快じゃない。

胸の中が無くなってしまうかのように

狂おしく締め付けられてはいるけど。

 その眼前で、 自分の一番好きな微笑を浮かべて瞳を見つめている青年。

 やっぱり、 この人は、 ホリィの息子なんだ。

 どれだけ悪ぶっていても、 この世の誰よりも温かく優しい精神(こころ)を持っている。

 そして、 少女が思考出来るのは、 ソコまで。

 次の瞬間、 シャナの意志は、 霧散した。

 継いで躰はまるでミエナイ引力に惹かれるが如く、 眼前の存在へと降りていく。

 抵抗出来ない、 拒否する気も微塵もない。

今在る感情のスベテを、 ただ在るがままに受け止めたかった。

 その結果どうなろうと、 もうどうでも良かった。

 星形の痣が刻まれた細い首筋に、 そっと絡められる少女の腕。

 素肌に感じる、 小さな吐息。

 

「……ッ!」

 

 嫌ではないが、 若干困ったような表情で少女の抱擁を受け止める承太郎。

 

(どうしてオメーはこう、 いっつも、 “いきなり” なんだ……)

 

 己を包み込む、 火の匂いと種々の花々が入り交じった芳香。

 頭の中が気怠く痺れ、 心の表面をそっと撫ぜるような甘い感覚に、

何故か気が遠くなりかける。

 

(なんかした方が、 良いのか?)

 

 蒼く染まる天を仰ぎ、 誰に言うでもなく心中で呟いたその言葉に、

無論応える者は誰もいない。

 なので仕方なしに、 己に覆い被さる少女の頭に右手を向け、

しかし想い直してその小さな肩にそっと置く。

 

「もっと……強く……」

 

 その瞬間、 待ち焦がれていたかのように、

少女の消え去るように澄んだ声がピアスで彩られた耳元に届いた。

 戦いで傷ついた躰にそれ以上力を込めるのは気が引けたが、

彼女がそう望むのなら、 仕方無しに承太郎は背を抱えた右手に力を込める。

 少女の肩口に刻まれた炎架の紋章と、

青年の襟元から下がった黄金の長鎖が互いに折り重なった。

 

「もっと……もっと強く……!」

 

(おいおい、 もう随分力入れてるぜ。 アラストール潰れンぞ)

 

 少女の可憐な、 更なる要請に無頼の貴公子は自棄(ヤケ)になったように応じる。

 

「ッ!」

 

 開いた制服の、 極薄のインナー越しに、 破れたセーラー服から露出した

少女の素肌が感じられた。

 そしてその傍に刻まれた、 戦いの疵痕も。

 

「……」

 

 自分と同じ、 傷を持つ者。

 少女への謝罪代わりにコトへ応じていると想っていた自分だったが、

どうもそうではないらしい。

 よく解らないが、 おそらくソレとは違う、 もっと別のナニカだ。

 それは一体何だと考えようとして、 承太郎は止めた。

 胸元から伝わってくる、 少女の鼓動、 そして体温。

 散々なメに在ったようだが、 この少女は生きている。

 今はただ、 その無事を喜んでやるのが、 何よりも大事なコトに想えた。

 やがて、 少女の躰が惜しむようにそっと離れ、 真紅の双眸が真っ直ぐ己を見つめる。

 

「ッ!」

 

 その表情の変化を、 承太郎は見逃さなかった。

 

(コイツ、 ()()()()だったか?)

 

 外貌が美しいとかそういう次元ではなく、

まるで心の中の不純物がスベテ流れ去ったかのような、

澄み切った表情。

 初めて視る筈なのに、 以前から知っていたような既視感。

 ソレが己の 『分身』 を視るような感覚だったコトに、

この時彼はまだ気づいていない。

 困惑する彼を余所に、 少女の口唇が静かに開く。

 己の裡で生まれた新たな誓いを、 そして祈りを、 そっと分け与えるかのように。

 

【挿絵表示】

 

 

「もっと、 強くなる。 おまえを護れる位、 大切な誰かを護れる位、 強く」

 

「……」

 

 静かに告げられた少女の決意を、 承太郎はただ黙って受け止める。

 そして。

 

「ま、 がんばんな……」

 

 件の剣呑な瞳でその長い炎髪を撫でるように、 そっと彼女の頭に手を置く。

 

「やれやれ、 よね」

 

 そう言って微笑むシャナの顔は、 封絶に降り注ぐ斜陽の所為か、

今まで見たどの表情よりも眩しく輝いて見えた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅢ ~In My Dream~ 』

 

【1】

 

 

「消え、た……!?」

 

 大形な龍を模したオブジェが見下ろす美術館前で

花京院と合流したマージョリーは、

告げられた報告に困惑の表情を隠さず問い返す。

 館内はもう閉館時間のため至る所の照明が落とされている。

 前衛的なデザインの街灯が淡く照らすエントランスで、

暗闇と静寂の中を流れる夜風がそっと互いの髪を揺らした。

 

「ええ、 突然 “写真の中の” 姿も地図の印も」

 

 そう言って花京院は、 ジョセフの 『念写』 した写真を美女に手渡す。

 

「……」

 

 その中に確かに映っていた筈の忌むべき徒も、

右斜め位置に記載されていた地図も

ミエナイピンセットで取り去ったかのように、

今はきれいさっぱり掻き消えていた。

 

「オメーが探してる間に、 どっかから逃げちまったんじゃねーのか?」

 

「在り得ません。 ボクのスタンド 『法 皇 の 緑(ハイエロファント・グリーン)』を美術館内に潜行させ、

地下やスタッフルームに至るまで隈無く徹底的に探し尽くしました。

ソレに前以て細く延ばしたハイエロファントの触手を “結界” にして、

この敷地内に張り巡らせて於いたので件の人物が掛かれば認識出来た筈です」

 

 他に一つ、 妙に気にかかったコトと言えばスタッフルームのソファーの上で、

薄紫色の髪を携えた幻想的な雰囲気の美少女が仔猫のように眠っていたコトだが、

まぁコレは関係ないだろう。

 

「もう、 この街からは、 逃げてしまったんでしょうか……」

 

 無言の美女に対し遺憾な表情で、 花京院は呟く。

 もしそうだとするなら、 完全に自分のミスだ。

 万全の態勢で監視を行っていたとは言え、

相手が自分の想像だにし得ない『能力』 を遣って

逃走を試みた可能性は否定出来ない。

ソレならばその責任は自分に在ると翡翠の美男子が歯噛みする中、

 

「ま、 ソレは無いわね」

 

写真を胸ポケットにしまった眼前の美女が、

端然と両腕を腰の位置で組みながら告げた。

 

「“結界” なら、 ()()()()()()()()()()()()()()()

此処に来てすぐ、 この街半径数キロ以内をグルリと取り囲むようにね。

まぁ、 簡単な封絶の応用ってトコ。

ソレには “ヤツ(ラミー)の存在にのみに反応する” 特殊な自在法が編み込んである。

他の徒は素通り出来るが故にその効力は絶大よ。

だからヤツがこの私に気づかれず 「領域」 を突破するコトはまず不可能。

間違いなく、 ヤツはまだこの街のどこかにいるわ」

 

 流石に同じ 「標的」 をずっと追跡してきた歴戦の巧者。

 その事前事後への 「対策」 は万全のようだ。

 

「そうですか。 では、 次はどうします?」

 

 マージョリーがそう言うのなら、 その事柄に異論の無い花京院は再び問い返す。

 

「アンタ、 見掛けによらずタフねぇ」

 

【挿絵表示】

 

 

 中性的な外見とは裏腹に、 大の男でも音を上げるような 『仕事』 を

尚も精力的に続行しようとする美男子に、 美女はグラスの奥を丸くする。

 そし、 て。

 

「今日は立て続けに、 二度も戦ったから流石に少し疲れたわ。

完璧を期す為に、 続きはまた明日にしましょう」

 

「そうですか」

 

 翡翠の美男子は、 別段拍子抜けした様子もなくそう告げる。

 

「もう随分、 暗くなってしまいましたしね。

今日のホテルは、 もうどこかに決まっているのですか?

良ろしかったらそこまでお送りしますが」

 

 何気のない、 しかし男であるなら当然の花京院の申し出に

マージョリーは今日何度目か解らなくなった紅潮を覚える。

 

「ま、 まだ、 ね。 ま、 適当に見つけるわ」

 

「そうですか。 では、 明日の待ち合わせ場所はアノ海岸沿いで良いでしょうか?

もっと別の場所が良いというのならそれに従いますが」

 

「そ、 そうね、 良いんじゃないかしら。 それで」

 

 まるで己の秘書であるかのように、

てきぱきとした花京院の受け答えとは裏腹に、

マージョリーはただ応じているだけなのにしどろもどろとなる。

 

「では、 ソコに明日の9時と言うコトで。 お疲れさまでした。

ミス・マージョリー。 今日はよく休んでくださいね。 さようなら」

 

 そう言って自分を労う爽やかな笑顔の後、

深く一礼して背を向ける翡翠の美男子。

 

「……」 

 

 そして夜の闇の中、 徐々に遠くなっていく、 その後ろ姿。

 今日は、 コレで終わり。

 そう、 おわり。

 オワリ。

 

 

 

 

“また、 あした”

 

 

 

 

(――ッ!)

 

 突如心の裡で噴き出した、 激しい情動。

 その 「理由」 を認識するより速く、 マージョリーは声を発していた。

 

「ま、 まちなさいッ! ノリアキ!」

 

(?)

 

 想いの外大きくなってしまった呼び止めに、

花京院は静かに振り返り自分の傍へと駆け寄る。 

 

「どうかなさいましたか? ミス・マージョリー」

 

「べ、 別に、 どうってコトも、 ない、 けど、 けど」

 

 再び眼前に現れた、 夜の中より色濃く映る琥珀色の瞳から

逃れるようにしながら、 マージョリーは妙に高い声を絞り出す。

 

「き、 今日は、 アンタ、 も、 よ、 良く、 頑張った、 から。

だから、 だから、 食事、 くらい、 御馳走、 して、 あげるわ」

 

「はぁ……」

 

 相変わらず脈絡のない美女の申し出に、

花京院はキョトンとした表情で応じる。

 

「さ、 さぁ、 行くわよ、 ノリアキ。 急がないと、 混んじゃうから」

 

 そう言って花京院の腕を強く掴み、

マージョリーはネオンとイリュミネーションで

華麗に彩られる夜の街へと彼を連れ出す。

 白く粧われた頬を微かに染めて

花京院の腕を引くマージョリーの顔は、

実際の年齢以上にあどけなく視えた。

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

「“屍拾い” ラミーに会っただと?」

 

「おう。 たまたま入った美術館の中で、 偶然な」

 

 シャナとアラストール(主に後者)が協力して周辺区域の修復を行い、

戦闘で灼け破れた互いの制服も肉体のダメージも自在法で治した為、

承太郎とシャナは今( 一応) 異国の学生同士として周囲の眼には映っている。

 最も両者の疵痕は、 治すというより 「埋める」 に近かった為

完治というにはほど遠いが取りあえず街並みを移動しつつ

情報交換をする位には回復出来ていた。

 

「それで、 貴様が彼奴(きやつ)を追う “戦闘狂” の討伐役を買って出たわけか」

 

 その荘厳なる口調に裏打ちされた深い洞察力で、

アラストールは告げられた事実と前後の状況から

背後の因果関係を明察する。

 

「ンな御大層なもんじゃあねぇよ。 ただの成り行きさ」

 

 承太郎はそう言って視線を遠くに向ける。

 何故か無性に煙草が欲しくなったが今は我慢した。

 

「ふむ。 しかし結果的には彼奴に借りを作った形になる。

いずれ返礼をせねばならぬな」

 

「そーしてやれよ。 大事な知り合いなんだろ」

 

「……」

 

 承太郎の言葉には応じず、 代わりにアラストールは先刻の強敵、

“蹂躙の爪牙” マルコシアスと “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー

についての詳細を彼に述べた。

 

「……想像以上にヤベェ連中みてぇだな。 目的の為には手段を選ばねぇ。

DIOのヤローと繋がってねぇのが、 せめてもの救いか……」

 

「だが、 楽観は出来ぬと考えた方が良い。

彼の者 『幽血の統世王』 の配下には、

既に承知の通りかなりの数の紅世の徒が集結しつつある。

彼奴らにとっては正に垂涎を欠く事の無き蝟 集(いしゅう)

この先、 その存在を放置するとは到底想えぬ」

 

「“裏切る為に” 配下に降って、

その間に他の人間も襲い出す可能性があるってコトか。

肉の芽で下僕にされるにしろ、 他の 『スタンド使い』 と組むにしろ、

確かにぞっとしねぇな」

 

「だからそうなる前に徹底的に叩き潰す!

向こう100年はもう、 二度私達に楯突こうなんて想わない位

完膚無きまでに!!」

 

 唐突に背後から、 スタンドよりも近い場所であがる少女の声。

 青年が美貌を向けたその超至近距離に、 シャナの可憐な風貌があった。

 

「ンなカッコで言っても、 いまいち締まらねー台詞だがな」

 

「うるさいうるさいうるさい。 黙って歩く」

 

 先刻、 修復を終えて元通りになった廃ビルの屋上から立ち去ろうとした時、

少女が自分に向けた言葉はただ一言、 「疲れた」

 躰の傷が痛むのか、 ならもう少し休んでいくかという自分の問いに

彼女は駄々をこねるように同様の台詞を語気を強めて何度も言い放つのみ。

 その後ワケの解らぬ数回の問答を経て、 結局現在のような形に落ち着いた。

 己の背にシャナをおぶって、 宿泊先のホテルにまで帰るというモノである。

 海岸沿いの、 繁華街からはやや逸れた道だが

それでも人通りはそれなりに有り只でさえ目立つ二人は

周囲の注目を一身に浴びるコトとなる。

 好奇の視線と無分別な言葉、 その意味が解らないのがせめてもの救いだった。

 

「……」

 

 背から感じる、 少女の鼓動と体温。

 長い髪がサラサラと首筋にかかるのが妙にこそばゆい。

 自分でもらしくないコトをしているとは想ったが

でも疲れたというのならソレは本当だろうし

何より肝心な時にはいてやれなかった自分だから、

コレ位のワガママを聞いてやるのは別段苦ではなかった。

 それに、 不調なら不調なりに、 この少女はよく頑張ったと想うし、

今までこうして誰かに “甘える” コトなど一度もなかったのかもしれない。

 なら、 甘えるだけ甘えれば良い。

 背や胸くらいなら、 貸してやれる。

 

「あ、 あの、 もしかして、 重い、 かな? 私」

 

 己を背負ったまま無言で歩を進める承太郎に憂慮したのか、

シャナが気を揉んだような口調で問いかける。

 

「……」

 

 何を言うかと想えば、 こんな小さな躰の一体どこに

身の丈に匹敵する大太刀を縦横無尽に(ふる)う力が在るのかと承太郎は返す。

 

「軽過ぎるくれーさ。 もっときっちりメシ喰わねーと、

いつまで経ってもデカくなんねーぞ」

 

「う、 うるさいうるさい。 ヴィルヘルミナみたいなコト言うな」

 

 目の前にある承太郎の帽子をポカスカやりながら、

シャナはその白い頬を真っ赤にして言った。

 

「前にオメーが言ってた、 スッゲー強ぇっていうあのメイドサンか?

今どこにいるか解らねーんだったよな?」

 

「うん……」

 

 シャナは手を止め、 再び承太郎の肩に顔を置く。

 大海に沈んだ 『天道宮』 で、 不器用に生真面目に、

そして深情に自分に接してくれた、 一人の優艶なフレイムヘイズ。

 逢いたい。

 ただ純粋に、 そう想った。

 こんな気持ちで逢うコトは、 向こうは望まない筈だけど。

 でも、 逢いたい。

 最初にする事は、 一番始めに伝える事は、 もう、 決まっているから。

 

【挿絵表示】

 

 

「逢えるさ」

 

「!!」

 

 その自分の心中を見透かしたように、 承太郎がそう言った。

 

「生きてりゃあ、 いつかきっと。

オメーにとって大事な相手なら、

向こうにとってもそうだろうからな」

 

「う、 うん!」

 

 何の確信も根拠もない言葉だけど、 承太郎がそう言うのなら、 本当のように想えてくる。

 首筋に絡める腕に力を込め、 麝香の残り香が立ち昇る首筋に少女は再び顔を埋めた。

 天には、 無数の星々と眼の冴えるような満面の月。

 耳元で間断なくさざめく波の音、 潮の匂い。

 そびえ立つビル群や水面を走るクルーザーのネオンサインにライトアップされ、

たくさんの宝石を()かしたように煌めく異国の大海原。

 

(キレイ……)

 

 以前、 紅世の徒を討滅しに来た時には何も感じなかった風景を、

今はその漆黒の双眸へ鮮やかに映しながら少女は呟く。

 それと同時に。

 

「海は、 いいよな……」

 

 いつのまにか立ち止まり、 同じ方向を見ていた承太郎が独り言のように呟く。

 

「海、 好きなの? おまえ」

 

 青年に背負われ、 同じ方向を見つめている少女が澄んだ声で訊く。

 

「まぁ、 な。 この、 どこまでも続いてるンじゃあねぇかっていう海原を見てると、

『運命』 だの 『宿命』 だのと考えるのが、

何だか取るに足らないちっぽけなモンに想えるようでよ……」

 

「……」

 

 潮風と波音に委ねるように一度その瞳を閉じた青年は、

やがて独白のように純然たる意志を込めて告げる。

 

「いつか、 この大海原を、 自由に駆けてみたい。

誰に邪魔されるコトもなく、 自分の想うがまま、 その遙か彼方まで――」

 

「承太郎……」

 

「 『海洋冒険家』 ってヤツか。 ソレに、 なってみたい。

きっとこの世界には、 オレの想像もつかねぇような物凄ェモンが、

まだまだ眠っている筈だから」

 

「それが、 おまえの 『夢』 ……?」

 

「あぁ」

 

 緩やかな表情でそう問うシャナに、 承太郎も同じような口調で返す。

 そして、 波間にたゆたうしばしの沈黙の後。

 

「……不思議だな」

 

「え?」

 

「こんなことを話したのは、 おまえが初めてだぜ……」

 

(――ッッ!!)

 

 月明かりに照らされながら、 そう言って淡い微笑を浮かべる青年の風貌は、

美しく気高く、 そして何よりも絶対的な存在として少女の瞳に映った。

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

はいどうもこんにちは。

今回は承太郎が『エグイ』ですね。

彼にあんなコト云われて堕ちない女はいないでしょう。

(ましてや「原作」の【残】イヤこれは止めておこう……('A`))

ともあれ、【空条 承太郎】みたいなキャラがいないのが

「ライトノベル」の弱点だと想いますね。

コレは純粋にそう想います……('A`)

 

 

PS

明日は「お休み」戴きます。

『他にも』色々とヤるコトがあるので。

多分これからは、『一週間に一回』くらいの

休載ペースになると想います。

まぁワ〇ピースよりは少ないと云う事で……('A`)ノシ

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅣ ~Scar Faith~ 』

 

 

【1】

 

 

 紆余曲折あって、 結局美女が腰を落ち着けた場所は

自分が予約を取ったホテルの地下2階に在るBARだった。

 落ち着いた大人の雰囲気をより一段シックに洗練した造りの店内に、

高級そうなソファーやスツールが余裕たっぷりに(しつら)われ、

夜の気品を携えた照明が淑やかに降り注いでいる。

 鈍い光沢のあるカウンターの向こうでグラスを磨いたり

シェイカーを振っているバーデンダーも、

臨時雇いの者ではなく熟練の技巧をその腕につけた本職らしかった。

 その背後に無数の酒瓶が一見無造作ながらも機能的に並び

静かに今宵の来訪者を待っている。

 

「……」

 

 隣の大人の色香に彩られた美女はまだしも

明らかに学生服姿の自分には不相応である店の雰囲気に、

花京院 典明はその表情に微かに強張らせる。

 しかし己の細い左腕をがっきりと拘束 (傍目にはただ組んでいるだけに見えるが)

されているので後退するコトは叶わず、

そのまま美女に促され店内のカウンター席に腰を下ろすコトになった。

 落ち着かない心持ちのまま店内を視線の動きだけで見回す花京院を後目に、

美女は慣れた手つきでメニューを開き

ウェイターを呼びつけあれこれと注文を始めている。

 夜とはいえソレが深まるまでにはまだ時間がある為、

店内に人影は少なくソファーには誰も座っていない。

 食事の為に入った筈の店ではあるが

本来 『そうゆう店』 ではなく、

純粋に酒を愉しむ場なのであろう。

 最も未成年である自分の見解なのでその正当性は定かではないが。

 

「……キ、 ノリアキ」

 

 他愛もない思考に耽っていた自分の脇で名を呼ぶ声がし、

顔を向けた先で美女が開いた革表紙のメニューを差し出していた。

 

「アンタの注文は? 取りあえず飲み物だけでも先に頼んでおきなさい」

 

「え、 えぇ、 そうですね」

 

 そう応じてメニューに視線を移すが、 一体何を注文すれば良いモノやら。

記載された文字を読めないわけではないが

当然こんな店には今まで入ったコトがないので

眼に入るスベテは意味不明な言葉の羅列だ。

 なので花京院は丁寧な手つきと物腰でオーダーを取っている若いウェイターに、

何かアルコールの入ってない飲み物はあるかと流暢な広東語で聞き、

柔らかな笑顔でメニューを差す彼に従いよく解らない名前のカクテルを注文した。

 やがて、 初来店だというのにボトルを入れたマージョリーの前に

大量の氷で充たされたアイスペールとグラスが置かれ、

その他新鮮な魚介類の冷製やチーズ、 生ハム、 生肉の盛り合わせ、

パフェの器に盛られたサラダや個性的な彩りのパスタ等が次々に置かれていく。

 多様で華やかではあるが、 どうみても全て酒 肴(しゅこう)であり健全な夜の食事とは言い難い。

 しかし折角の美女のお招きであるし、 何より熟練の 『スタンド使い』 である自分は

最大一週間は飲まず食わずで活動出来るので、 花京院は何も言わず表情にも出さなかった。

 そして目の前に運ばれた、 微かにミントの香りのする液体で充たされた

フルート型のグラスを手に取り静かに美女へと向き直る。

 

「……」

 

 マージョリーもソレに倣い 、何故かムッとしたように頬を紅潮させるという

器用な表情でアイリッシュ・ウイスキーの注がれたロックグラスをこちらに向ける。

 

「では、 何に乾杯するとしましょうか?」

 

 あくまで礼儀作法に習い、 店内に降り注ぐ淑やかな照明の許

神秘的に煌めく瞳で己を見つめる美男子に

 

「な、 なんでも良いわよ。 テキトーにアンタが決めて」

 

美女はぶっきらぼうに返す。

 

「ン……そうですね。 では」

 

 花京院は一度瞳を閉じた後グラスを掲げ、

 

「今日という 『運命』 に――」

 

澄んだ声と共に美女の差し出すグラスと合わせる。

 静謐な音が響き渡り、 その場は時が止まったかのように、

極めて森厳な雰囲気で充たされた。

 まるで、 古き名画のワンシーンで在るかのように。

 少し雰囲気に酔ったのか、 自嘲気味な笑みを浮かべてグラスから口を放す翡翠の美男子。

 しかし。

 その彼の穏やかな心情はこの数十分後、 急転直下で変動するコトになる。

 

……

…………

………………

 

「ッハ、 ハハハ、 アハハハハハハハハハハハ!!!!」

 

 まるで年端もいかない少女であるかのように、

マージョリーは今日初めて、 あけっぴろげな笑い声をあげた。

 その原因は言わずもがな、 来店して一時間も経ってないのに

速くも半分近くに減ったボトルの中身である。

 

「ふぁ~、 久ぁ~しぶりにぃ~良い酒ェ~、

いいわぁ~、 ここぉ~、 気に入っちゃったかもぉ~♪」

 

 (とろ)けるよう、 否、 既に溶けた後のようなフニャフニャした笑い声で

美女は合わさる氷の音と共にグラスを傾けている。 

 最早通常の、 高原で気高く咲き誇る一輪の花ような雰囲気は残らず消し飛び

ただ酒気に戯れる無邪気な女がいるのみだった。

 

「本当に、 お酒がお好きなんですね」

 

 露の浮かんだカクテルグラスを前に、 花京院は穏やかな笑みと共に言う。

 無論彼女の唐突な豹変ぶり(笑い上戸というヤツだろうか?)

に驚かなかったと言えば嘘になるが、

心底楽しそうに酒を嗜むマージョリーを見ていると

余計なコトを指摘するのは無粋に想えた。

 

「そうぉ~ようぉ~、 酒とぉ~、 戦いがぁ~、 無かったらぁ~。

この世なんてぇ~、 生きるにぃ~、 値しないわぁ~」

 

 トロンとした表情で歌うように哲学じみたコトを口走った美女は、

そのまま残りが三分の一ほどになった花京院のカクテルに手を伸ばす。

 

「あ、 あの、 ソレは……!」 

 

 飲み物の確保とは全く別の意味でマージョリーの挙動を制しようとした

美男子を無視し、 彼女はそのまま中の液体を一息で飲み干す。

 

「なぁ~にぃ~、 これぇ~、 ただのぉ~、

フルーツ(しぼ)ったシラップじゃないのぉ~」

 

 半分閉じかけた瞳のまま、 美女は(もぉ~等と言いながら)

そのマニキュアで彩られた細い指先でグラスに氷を入れ、

次いで琥珀色の液体と同じ原産地の水で割り

ガラス製のマドラーで軽くかき混ぜて元に戻す。

 

「はぁ~い、 ノリアキの分~」

 

 まるで児戯のように、 無垢な満面の笑顔でソレを勧めるマージョリー。

 しかし当然中身は空想の産物ではなく現実の酒なので花京院は想わず息を呑む。

 

「あ、 あの、 お気持ちだけ、 受け取っておきます。

ボクはまだ、 未成年なので、 ミス・マージョリー」

 

と、 真っ当な正論で美女の勧めを辞退しようとしたがすぐに、

 

「なぁ~にぃ~? 私のぉ~、 酒がぁ~、 飲めないってぇのぉ~? ノリアキィ~」

 

と、 酒席では一番言ってはいけない台詞を座った眼で訴える。

 

「……」

 

 やがて両者無言の膠着状態に陥り、 自分から瞳を逸らさない美女に根負けしたのか、

花京院は緊迫した面持ちのまま不承不承グラスを手に取る。

 そして己の端麗な口唇に運ぶ刹那、 飲み口にルージュの痕が眼に入ったので

そこは作法のようにそれとなく避け慎重に中身を呷る。

 

「……!」 

 

 枯れた、 渋みのある複雑な味に微かな甘さ。

 口当たりが想ったよりも滑らかだったので別段飲めなくはない。

 だがしかし、 酒に於いて真に怖ろしいのは 『その後 (良い見本が目の前にいる)』

なので花京院は軽く口に含んだ程度でグラスを置こうとするが、

ジッと己を凝視する深い菫色の双眸がそれを許さない。

 

「……ッッ!!」

 

 コレなら、 『能力』 の解らないスタンド攻撃を受けた方が余程マシだという心情のまま、

中性的な風貌の美男子はその瞳を閉じてグラスの液体を一気に嚥下(えんか)する。

 

「良~いィ、 呑みっぷりだったわぁ~。

やっぱりぃ~、 男はぁ~、 こうじゃないとねぇ~」

 

 (てら)いのない笑顔のまま、 美女は子供のように手をパチパチとやっている。

 

「……」

 

 無言のまま深く息をつき、 口直しにアイスティーの類でも注文しようとした

花京院のイヤリングで飾られた耳元に、

 

「それじゃあ~、 “二杯目” を作るわねぇ~。

どっちがどれだけ呑めるかぁ~、 勝負よぉ~、 ノリアキィ~」

 

「ッッ!!」

 

信じがたい事実が飛び込んできた。

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 ソレから約3時間後、 花京院 典明は故郷を発ってから

最大最強の危難に遭遇していた。

 途中承太郎に連絡を入れ、 自分はかなり遅くなるという旨を伝えた後

今は見事なまでに酔い潰れてしまったマージョリーを肩に背負い、

だらりとなった右腕を胸元で抱え半ば引きずるようにしながらフロアを歩く。

 自分も相当量の酒を呑まされた筈だが、 何とか美女を(熟練のホスト顔負けの話術で)

巧みに(なだ)(すか)したコトにより、 何とか前後不覚になるのだけは避けられた。

 最も、 美女と二人で完全にボトル一本空けてしまった為、

正直足下は妙にフラつき視界も滲むようにボヤけている。

 普通は直進するのもままならぬ深酔いの状態ではあるが、

ソコは何とか歴戦の 『スタンド使い』 のみに宿る強靭な精神力で

崩れ落ちそうになる躰をなんとか支える。

 正直かなりしんどいが、 しかし絶対に倒れるワケにはいかなかった。

 高級ホテルの煌びやかなフロアとはいえ、

その一画で絶世の美女が一人酔い潰れていたら

世に蔓延る邪な男の誰かに間違いなく “お持ち帰り” にされてしまうだろう。

 幾ら凄絶極まる能力(チカラ)を持つフレイムヘイズだとしても、

この状態で抵抗出来るかどうかは疑問だ。

 ソノ自分でもよく解らぬ使命感の許、

肩にかけた “グリモア” の重さに辟易としながらも

翡翠の美男子はマージョリーの予約した部屋

(よりにもよって最上階のロイヤル・スイートルームである)を目指す。

 頬にかかる、 酒気の入り交じった悩ましげな吐息。

 鼻腔を取り巻く、 パヒュームの残り香と入り混じった女の香り。

 暑いからといって大きくはだけた胸元の豊かな双丘が

不遠慮に背へと押し付けられるが、 とてもそこにまで気を回している余裕はない。

 本当に、 今の自分は糸一本で鉄骨を支えているようなもので、

いつ崩れ落ちてしまっても不思議はない。

 そして倒れたら、 もう二度と立ち上がるコトは不可能だろう。

 

「悪ィなぁ~、 カキョーインよぉ~。 いつもはここまで呑まねーんだが、

一体何がそんなに御機嫌だったのかねぇ~、 我が麗しの酒 盃(ゴブレット)はよぉ~、

ヒャッヒャッヒャ」

 

 自分の腰元からマルコシアスの戯弄するような銅鑼声が聞こえたが花京院は無視した。

 手伝ってくれない(手伝えない?)のならせめて黙っていて欲しい。

 ただでさえ周囲の人目を引く状況だというのに、

尚かつ喋る 『本』 を訝る者の対処にまで回す気力はないのだ。

 その、 とき。

 

「……ゥ……」

 

 耳元のすぐ傍で、 消え去りそうな美女の囁きが聞こえた。

 

「……ルル……ゥ……」

 

 想わず視線を向けたその先、 閉じたマージョリーの瞳から、

透明な雫が一条(ひとすじ)音も無く流れ落ちる。

 ソレはすぐに己の学生服の肩口へと伝い形をなくす。

 同時に彼女の胸元から、 鈍い光を称える銀色のロザリオが零れた。

 

「……」 

 

 家族か誰かの、 名前だろうか?

 確かフレイムヘイズは己の肉親なり恋人なりを紅世の徒によって存在諸共喰い殺され、

その 『復讐』 を動機に人間としてのスベテを捨て “変貌” する者が多いと

アラストールから聞いたコトがあった。

 

「やれやれ、 想い出しちまったか。

或いは、 アノ “嬢ちゃん” との、

『在りもしねぇ』 幸福な未来の夢でも見てんのかね」

 

 珍しく真面目な口調でマルコシアスがそう言う。

 

「ミス・マージョリーの、 御姉妹(ごきょうだい)か誰かですか? ソレを紅世の徒に……」

 

「イヤ、 そうじゃあねぇ。 ()()()()()()()()()ねーんだ」

 

 花京院の足並みに合わせて振り子のようにゆらゆら揺れる本が、

複雑な心情と共に告げる。 

 

「結果的には同じコトになっちまったが、

紅世の徒に身内を喰われたワケじゃあねーよ。

『もしそうだったのなら』 逆にソッチの方がどれだけマシだったかよ……」

 

 微かな悲哀を滲ませて言葉を紡ぐ紅世の王の言葉を聞きながら、

花京院はもう一度自分に寄り添うマージョリーの顔を見た。

 頬を朱に染め微かな吐息を漏らすその眠れる美女は、

どこにでもいる一人のか弱い女性にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

【3】

 

 

 長い時間と労力を費やし、 やっとのコトで辿り着いた美女の寝室。

 内装は瀟洒なメゾネットタイプで一人で泊まるには充分以上に広い。

 ハロゲンランプの優しく暖かな光に包まれた部屋の中脇に設置された

豪奢なダブルベッドの上にマージョリーを下ろし、

寝返りを打つと危険なのでグラスも外し脇のチェストに置いておく。

 上 掛 け(カバーレット)もかけようとしたが

暑いのかマージョリーがすぐに突っぱねてしまうので

仕方なくそのままにした。

まぁイオンミストを大量に放出する高性能のエアコンが

常時回っているので風邪を引く心配はないだろう。

 これにて、 花京院 典明のフレイムヘイズ付きの 『仕事』 はようやく終わり。

 その手当代わりというわけではないが、 喉が渇いたので冷蔵庫の中から

ミネラル・ウォーターを取りだし革張りのソファーに腰を下ろしてそれを飲む。

 何より少し酔いを醒ましてからでないと、

帰りの道すがら路上でブッ倒れるのは今度は自分かも知れない。

 

「よぉ~、 御苦労だったなぁ~、 カキョーイン」

 

 手前の、 木目の美しいウォールナットのテーブルの上で、

人目を気にする必要がなくなったからかマルコシアスが

革表紙をバタバタ鳴らしながら磊落(らいらく)な声をかける。

 

「えぇ……」

 

 立場上、 美女の保護者のような者だと認識しているこの異次元世界の魔獣を、

だったら少しは手助けしてくれても良いだろうにと花京院は (いぶか) るように見る。

 

「でもよぉ~、 正直 “役得” だったろぉ~?

同じ男として、 オレも気を遣ってやったンだぜェ~」

 

「ハァ?」

 

 本気で解らないといった表情で、 花京院はペットボトルを口に運ぶ手を止める。

 

「我が麗しの酒 盃(ゴブレット)の魅惑の姿体(ボディ)が、

圧迫祭りの密着御輿(みこし)でよぉ~。

ほれほれ(とぼ)けンなよこのドスケベヤロー、

ヒャーーーーッハッハッハッハッハ!!!!!!」

 

「……」

 

 マージョリーのように本気で(しかもスタンドで)殴ってやろうかと想ったが、

花京院は胸三寸に収め話題を変える。

 

「ところで、 “ルルゥ” と言いましたか。

その少女について、 少しお訊きしてもよろしいですか?

ミス・マージョリーとは、 一体どのような関係だったのです?」

 

 本人のいない所で彼女の過去を詮索するのは無神経だと承知していたが、

答えは返ってこない事を予想して花京院は訊いた。

 正直、 ただ単純に 『うるさい』 のだ、 この放埒な紅世の王は。

 普段の時でもかなり鼓膜が痛いのに、 消耗したこの状態で余り聴きたい声ではない。

 というか、 それ以前にあんまり騒ぐとマージョリーが起きる。

 

「……()()、 みるか?」

 

 先刻の軽薄な物言いとは一転、 重くナニカを含んだような口調でマルコシアスは告げる。

 

「え?」

 

 意外な返答に花京院が応じる間もなく、 神器 “グリモア” の口が開き

そこから群青の炎が狭霧のようにフッと吹き出し、 彼の中性的な美貌を取り巻く。

 次の瞬間。

 

(!!)

 

 花京院の脳裡に(あまね)く無数の光景が、 閃光のようにフラッシュ・バックした。

 砕けて黒焦げになった石塀(せきべい)、 見るも無惨に焼け落ちた幾つもの(はり)

視界の全てを覆い尽くすほどの勢いで立ち込める黒煙の乱流の中、

煤と血に塗れた異常に白い手が見えた。

 場面は変わって、 どこかの草原の中。

 その目と鼻の先には、 先刻の惨劇の渦中に在ったと想われる石造りの建物が

原型を留めず灰燼と化している。

 破滅の旋風が吹き抜ける中、 眼前に在るモノが何の脈絡もなく

狂暴な金属音と共に降り立った。

 ソレは、 覆い被さるように手足を大きく広げ、 轟々と銀色の炎を全身から噴き上げる、

赤錆た西洋の甲冑。 しかし先日目にした騎士のスタンド、

銀 の 戦 車(シルバー・チャリオッツ)』 のような荘重とした雰囲気は微塵も無く、

ただただ禍々しさと(おぞ)ましさだけがその存在から迸っていた。

 やがて、 がらんどうの鎧の中から、 ザワザワと多足類のような

夥しい数の蟲が這い擦り出し、 内側から噴き上がった淀んだ銀色の炎により

バガンッと開いた兜のまびさしの中から、 優に百を超える眼がこちらを見据えていた。

 嘲笑(あざわら)うように、 (さげす)むように、 (さいな)むように、 (せせ)らうように、 (いや)しむように!

 同時に響き渡る、 この世のモノとは想えない、 地獄の蓋が開いたかのような女の絶叫。

 その光景を、 丘の上から見下ろす影。

 眼の冷めるような闇蒼の月を背景に、

鍛え絞られた剥き出しの痩躯をヴァイオレントなレザーで覆い、

刃のような群青の髪と瞳を携えた、 美しき餓狼を想わせる一人の男。

 その視線の先には。

 先、 には。

 白いワンピースのような服を鮮血と焼塵で汚し、

血涙と共に泣き叫ぶ一人の女性と、 その彼女の胸の中、

静かに瞳を閉じる栗色の髪の少女が在った。

 

【挿絵表示】

 

 

(!!)

 

 心象に映る幻影に、 花京院は想わず手を伸ばそうとする。

 その理由は解らない。 意識すらも追いつかない。

 だが、 次の刹那。

 

「!?」

 

 唐突に途切れる、 追憶の断片(カケラ)

 同時に戻ってくる、 現実の風景。

 否、 先刻の光景も、 かつてこの世界のどこかで、 ()()()()()()()()()()()

 髪形もその色も違うが、 間違えようがない。

 深い、 菫色の瞳。 

 あの、 地獄のような光景の中で、 ただ一人絶望の叫びをあげていたのは、

紛れもなく――。

 

「今の……()()、 は……!」 

 

 驚愕、 困惑、 畏怖、 何れの感情も強く渦巻いていたが

静かにしかし何よりも熱く、 翡翠色の焔のように

花京院の裡で燃え盛っていたのは 『怒り』 であった。

 激しい苦悶に身と心を灼かれ、 泣き叫ぶ女を見て 『ただ愉しんでいる』

紅世の徒に、 形容し難い嫌悪と憎悪が湧いた。

 

「 “(ぎん)” って、 オレ達ァ呼んでる。

アノ時ほんの少し垣間見ただけで、

一体どこのどんな “徒” なのかその名前すらも解らねぇ。

それから数え切れない程の徒も王もブッ殺してきたが、

その存在の切れっ端すら浮かんでこねぇんだ」

 

「では……今も……どこかで……」

 

 躰を包む怖気と共に、 花京院は鋭い視線でマルコシアスを見る。

 

「高笑いしてやがんのかもな。 マージョリーの “(きず)” を(さかな)にしてよ」

 

「……」

 

 想わずテーブルを叩きそうになったが、

自分が憤っても何もならないので花京院は抑える。

 

「何故、 ボクに()()()()()を教えたんですか?」

 

(不可抗力とはいえ) 訊いたのは自分だったが、

心中に走った衝撃の為にそのコトは忘れていた。

 

「さぁ~て、 何でかねぇ~。 ただ何となく、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

って想ったんだよ。

理由なんぞ知らねー。 考えンのもメンドクセー」

 

 ぞんざいにそう返す 『本』 に、 誰かに似てるなと花京院は微笑を漏らす。

 

「ただ、 今日のアイツ、 マジに喜んでた。

いつもは部屋で一人静かに飲んで、 オレとも二言三言話すだけなのによ。

あんなガキみてーに笑って、 バカみてーにはしゃいで。

そーゆー事ァ、 紅世の徒のオレにゃあしてやれねーからよ」

 

「……」

 

 いつもあんなカンジではないのか、

少々意外そうな表情でベッドの上の美女を見た花京院は、

やがておもむろに立ち上がる。

 

「そろそろ、 お(いとま)します。 さようなら、 マルコシアス。 また明日、 ですね」

 

 まだ完全に酔いが抜けたわけではないが、

さっきよりは大分マシになったのでドアの方へと向ける足を、

マルコシアスの無粋な声が制した。

 

「おいおいおいおい、 ()()()()()

男と女がメシ食って酒飲んだら後ァヤるコト決まって、」

 

「次に()()()()()を言ったら、

“エメラルド・スプラッシュ” を撃ち込ませて戴きます。

どうか忘れないでくださいね」

 

 細い腕を腰の位置で組んで軽快に振り返った美男子は、 澄んだ声でサラリと告げる。

 一抹の嫌味もない爽やかな笑顔が、 何故か一層の凄味を視る者に感じさせた。

 そし、 て。

 

「おやすみなさい。 ミス・マージョリー。 良い夢を……」

 

 ドアの手前からベッドの上の美女にそう告げた花京院は、

音を立てないよう静かにその部屋を後にした。

 扉が閉まる刹那、 美女の口唇が寝息と共に微かに動き、 誰かの名前を口にした。

 

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

「髪の色」が()()のはお解り戴けたと想います。

こーゆー処に「意味」を持たせないと

作品に『深み』が出ないんですよね。

なんでもかんでも「赤」にしたり「ピンク」にしたりする

風潮は正直好きではないです。

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅤ ~End Of Sorrow~ 』

 

 

【1】

 

 

 なんのかんのと時間はかかったが、

ホテルまで帰り着いた承太郎とシャナは

(流石に中までおぶえとは言わずエントランス直前で軽やかに降りた)

夜の照明を透化する回転ドアを共に潜った。

 そして取りあえず備え付けの上等なソファーに腰を下ろし小休止を取っていた所、

疲弊した肉体がその完全なる恢復を渇望したのか突如猛烈な空腹感に見舞われた。

 そのまま互いに先を争うようにしてホテル内のレストランへと駆け込み、

メニューを片っ端から次々と注文してズラリと並んだ

戦国猛将さながらの豪勢な晩餐を二人でアッサリと平らげた。

 途中花京院から連絡が入り、 自分は帰館がかなり遅れる事とその理由を伝えられ、

だから心配しなくて良いという言葉を最後に通話は切れた

(その背後で執拗に彼を呼ぶ若い女の声がしたが、

どこかで聞いたような声だったのは気のせいだろうか?)

 一応その旨を伝えたシャナの反応はそ、 という素っ気ないもの。

 まぁ、 花京院には花京院なりに、 今日色々とあったのだろう。

 自分も今朝ホテルの一室で寝起きの一服を燻らせていた時には、

まさかこんなハードでヘヴィーな一日になるとは想像もしていなかったのだから。

 その後は適当にホテルの娯楽施設をはしごして就寝までの時間を潰し、

時計の針が十一時を指し示す所で各々の部屋へと足を向けた。

 途中、 外の夜景が一望できるガラス張りのエレベーターの中、

シャナが妙にソワソワしていたのが気になったが

まぁ彼女にも彼女なりに色々とあるのだろうと察した承太郎は詮索せず

12階で開いた扉から無言で出る。

 そして自室のロックをカードキーで解除し中に入ろうとした刹那。

 

「あ、 あの」

 

 すぐ隣の部屋であるシャナが声をかけてきた。

 

「アン?」

 

 既に仕切を(また)ぎ、 その長身の躯を半分潜らせていた承太郎は首だけで向き直る。

 視線の先の少女は、 何故か困ったような表情で口をモゴモゴさせていたが、

やがて意を決したように一つの言葉を彼へと紡ぐ。

 

「き、 今日は、 ありがとう。 助けに、 来てくれて」

 

 早口のように、 語尾にいくほど小さくなる声で、 シャナはそう告げる。

 そしてソレよりもっと小さな声で。

 

「本当に、 嬉しかった」

 

 と、 囁くようにピアスで彩られた耳元に付け加えた。

 

「……」

 

 想わぬ少女の告白を、 件の剣呑な瞳で受け止めた無頼の貴公子はやがて、

 

「あの、 よ」

 

と横顔を向けたまま静かに切り出す。

 

「オレのスタンドは、 近距離パワー型だ。

破壊力とスピードは有るが遠くには行けねぇし、

壊れたものを治す能力もねぇ」

 

(?)

 

 想わぬ青年の返答に、 少女は一抹の困惑と共に瞳を丸くする。

 ソレは、 解っている。 承太郎の能力(チカラ)のコトなら、

多分、 この世界の誰よりも――。

 

「……だから、 言いたいコトや、 して欲しいコトがあるんなら、 ちゃんと言えよ?

オレも、 言われなきゃあわからねーから、 よ」

 

(!!)

 

 俯いているため学帽の陰に紛れてその表情は伺えないが、

片手を制服のズボンに突っ込んだ青年は、 深長な声でシャナに告げる。

 

「何かあったら、 すぐに呼べ。 いつでも、 どこへだって行ってやっから」 

 

「ぁ……」

 

 突如、 身体中に電流が走ったかのように強烈な、

しかし今日何度目か解らなくなった甘美なる衝撃で少女は絶句する。

“そういう意味だったのか”

 今朝、 自分に背を向けて言った事の真意は。

 それなのに、 勝手に誤解して一人で思い悩んで。

 ただ、 信じれば良いだけだったのに。

 

「……」

 

 熱に染まった頬と、 微かに潤んだ瞳で自分を見つめる少女。

 ソレとは視線を混じ合わせぬまま、

 

「じゃあ、 な。 シャナ」

 

そう言って承太郎は部屋の中へと消えていく。

 静かに閉じるスティール製のドア。

 

「……」

 

 その前でしばらくの間、 少女は放心したように佇んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 狂猛なる紅世の王 “蹂躙の爪牙” のフレイムヘイズ 『弔詞の詠み手』 は夢をみる。

 かつて、 何の能力(チカラ)も持たず、 ただ掠奪され、 凌辱を受け、

骨の髄まで毟られるのみだった、 忌まわしき記憶。

 どれだけ時を経たとしても、 決して消えない、 色褪せるコトも在りはしない。

 大事なモノ等、 何一つ存在しなかった。

 人間としての尊厳など、 既に跡形もなく叩き潰された後の、 家畜以下の扱い。

 どんなに長くても、 25までは決して生きられないというこの世の地獄。

 その腐りきった欲望の掃き溜めの中で、

人を憎み、 世界を憎み、 スベテを憎み、

そしてソレ以上に、 何も出来ない無力な自分を憎んできた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。  

 そのような最悪よりも更に劣悪な状況下で一体何の為に生きているのか?

ソレを問う余力すらも奪われ、 堕ちる所まで堕ちたと想っていた。

 腐れた人間の屑共に躰も心も余すコトなく蹂躙し尽くされ、

路傍に転がる塵以下の存在になったのだと。

 残酷な 『不条理』 で充ち充ちた 「世界」 とは

“そういうものなのだと”

 ずっと自分に言い聞かせてきた。

 アノ日、 アノ時、 “アノ娘” に逢うまでは――。

 

 

 

 

 彼女の名前は、 “ノエル・ル・リーヴ”

 柔らかな栗色の髪と沁み渡るようなアイスグリーンの瞳が印象的な、

まだ年端もいかない容貌の少女。

 貧困か、 それとも別の理由か、 彼女は大き過ぎる娼館着に

その意味すらも解らずに袖を通し、 不安そうな眼差しをこちらに向けていた。

 

【挿絵表示】

 

 

 醜い獣以下の “奴等” から自分に与えられた 『仕事』 は、

既に地方領主の “買い手” が決まっているこの娘に

人並みの行儀作法を(しつけ) ろという単純なもの。

 だが、 その真意は相手の 『どんな要求にも』 逆らわず黙って応じるという

「服従心」 を叩き込めという、 讒言(ざんげん)以外の何ものでもなかった。

 通常このような 『仕事』 は、 役得がてら男である奴等が行うモノなのであるが、

今回のように “キズもの” に出来ない、

()()()()()()()()() 「商品価値」 が在る者は、

同じ娼館の女達にその勤めが回された。

 この当時、 末期の梅毒や天然痘、 癩病 (ハンセン病)等の忌病に犯された者が、

若い娘、 (特に生娘) と交わると

その病魔が完治(なお)るという噂がまことしやかに囁かれたが、

ソレがこの少女と関係するのかどうかは定かではない。

 せいぜい “イイ子” に教育してやってくれよ、

という奴等の下卑た笑みを含ませた声を背後に聞きながら

『その時』 の自分は、 明日屠殺(とさつ)される子羊でも視るような眼で

彼女を見ていたのだと想う。

 少女の不幸な運命にその先の残酷な未来に、

心を動かすにはもう自分は

身を引き裂く程の凄まじい憎しみで荒み切っていた。

 信心深い家系だったのか、 鈍い光沢を放つロザリオを

脹らみの淡い胸元に下げていたのも気に障った。

 神など、 存在しないのに。

 

【挿絵表示】

 

 

 そして事実、 『そのように』 彼女を扱った。

 酷い言葉で侮蔑し、 失敗を見つけては詰り、

夜に啜り泣く声を聞いては感情的に罵倒した。

 自分より劣る者が出来たようで、 嬉しかった。

 何を言っても、 何をしても、 自分に縋るしかない存在が生まれたコトが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 今まで自分がされてきたコトを 『する側』 に廻った恍惚感に陶然となった。

 その行為を、 心情を自省するには、 もう自分の中の善悪という概念は

修復不能な迄に壊れきっていた。

 長い間忘れていた笑みさえもを歪んだ様相(カタチ)で取り戻し、

彼女を貶める事が何よりの楽しみとなった。

 堕ちに堕ちたドン底の、 その更に(くら)き深みに

際限なく沈んでいくような気がしたが、 もうどうでも良かった。

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

“どうせ死ねば、 スベテが終わりなのだから”

 

 

 

 

 終わりのないのが 『オワリ』 なら、

その救いのない無限地獄の中で少しくらい自分が楽しんだ所で、

誰に難じられる覚えもないと想った。

 しかし、 やはり罪は罪だったのか?

 罪無き者を傷つけたその報いは、 いとも容易く己に下された。

 彼女と出逢って二週間が過ぎた頃、

これ迄の苛酷な辛苦の果てに悪質な伝染病に罹患(りかん)し、

他の感染症も併発した自分は、 逃れられない死の淵へと追いやられていた。

『定められた時間』 まで、 後3年という時期。

 自分でも、 よく持った方だと想うべきだろうか?

 湿った体液の匂いが染み着いた錆だらけのベッドの上で、

まだ死にたくないという気持ちと、

もう良いかという気持ちが何度も交錯した。

 恐らく、 後者の気持ちの方が強かった。

 このまま疫病に(うな)される茫漠とした意識のまま、

その苦悶を逆らうコトなく黙って受け入れれば、

スベテを終わらせるコトが出来る。

 己を取り巻く苦しみ、 哀しみ、 そして憎しみ、 そのスベテから解放される。

 後には、 何も遺らない。

 肉体も、 精神も、 存在すらも。

 ソレで良いか、 と想った。

 どうせ自分には、 何もない。

 本当に、 驚くほど何も無い。

 生への執着すらも。 死への恐怖すらも。 

……もういい。

 考えるのを、 止めよう。

 このまま黙って眼を閉じていれば、 もう気がつくコトさえない。

 もう疲れた。 何もかも本当に、 疲れて果ててしまった。

 さようなら。

 さよう、 なら……

 誰に宛てた言葉かも解らないまま、 意識は死の暗黒へと呑みこまれていった。

 戻ってくるつもりは、 なかった。

 その、 とき。

 口唇に触れる、 温かな感触が在った。

 朦朧とする意識のまま瞳を開くと、 そこには、 己の渇いた口唇に

自分の生気に溢れた瑞々しい口唇を重ねる少女の姿があった。

 そして、 甘やかな感触とは裏腹の、 異様に苦い粘性の液体が

少女の口中を通して自分の喉に注ぎ込まれる。

 一瞬、 彼女(ノエル)が何をしているのか解らなかった。

 アレ程罵倒して、 侮蔑して、 暗い感情を充たす為だけに彼女を扱ってきた自分に、

()()()()()()()()()()()()

 第一、 この病は伝染(うつ)るかもしれないのだ。

 大事な 「商品」 である彼女を奴等が、

数日後には裏手の溝川(どぶがわ)襤褸雑巾(ぼろぞうきん)のように

打ち捨てられる自分の傍へ近づける筈がない。

 ()()()()()()――。

 よく見ると、 頬に殴られたような痕が有り新品である筈の娼館着も薄汚れていた。

 今自分に口移しで注いでいる薬を得るため奴等に懇願した結果か、

或いはどこからか盗んできたのかもしれない。

 何れにしても、 そんな事がバレればただでは済まない。

 それ以前に、 自分にそんなコトをしてもらう 『資格』 はない。

 今まで何もしてやらなかった、 傷つける事しかしなかった自分に。

 放っておけば良い、 そんなコトまでして助ける価値など、 自分にはない。

 死んだって誰も悲しまない。 誰にも必要とされていない。

 ()()()()()()()()()()()()()――。 

 震える腕を伸ばして、 口唇を重ねる少女を押し退けようとした。

 しかし想いとは逆に力が入らず、 肩より上へ動かす事すら出来ない。

 この役立たず!

 自分自身に激しい怒りを感じた。

 いつもいつも己に対して抱いてきた感情だったけれど、

それとは全く違った気がした。

 そのとき。

 

“ラルク……アン……シエル……”

 

 不意に、 口唇を重ねながら少女がある言葉を呟いた。

 否、 その声は少女の背後から、 或いは全く別の領域から聴こえたような気がした。

 次いで、 己の内面世界を汲み出す叙情詩のような囁きが、 一つの旋律となって紡がれる。

 

「……時は奏でる……想いの詩を……溢れ出ずる……清き聖霊の……御名と共に……」

 

 ソレと同時に、 突如全身の細胞全てが一斉に熱を噴いたように活性し、

凄まじい血液の奔流が外に迸る程の勢いで駆け巡った。

 追走するように、 透明で緩やかな液体が躰の至る処で光る波紋のように棚引き

ソレが触れた箇所から、 赤錆びて腐蝕した鎖が幾重にも細胞に癒着したような

(おぞ)ましき苦悶が、 跡形もなく剥離(はくり)していくのを感じる。

 魔法の言葉?

 そう錯覚する程に、 己の躰の裡で起こった変異は不可思議極まりなかった。

 先刻、 ノエルが口移しで飲ませた薬に、 このような効果が在るとは到底想えない。

 仮に在ったとしてもこんなすぐに、

躰の奥底の部分まで根深く巣喰った

病魔が快癒する事は在り得ない。

 まるで少女の想いが、 そして祈りが、

『安物の薬を神の水へと変貌させた』

そんな莫迦げた奇蹟としか思えない現象だった。 

 でも、 一体何故?

 何でこんな私なんかを、 自分の命の危険を冒してまで助けようとするのだ?

 あんなに非道い事をしたのに。

 殺されこそすれ、 救う理由など何もないのに。

 その解答(こたえ)は、 そっと花唇を離し己の胸に寄り添う少女の口唇から語られる。

 そして告げられた言葉は、 たったの一言。

 

「死なないで……」

 

 汗で(まみ)れた娼館着に顔を埋めアイスブルーの瞳から伝う透明な雫と共に、

何度も何度も、 少女は同じ言葉を呟いた。

 

「死なないで……死な……ないで……マー姉サマ……」

 

 そのときになって、 初めて気づく事実。

 あぁ、 そうか。

「理由」 なんて、 無いんだ。

 どれだけ非道く扱っても、 厳しい口調で罵っても、 この娘はずっと、

こんな自分を “姉” と呼んで慕ってくれていたのだから。

 他に縋る者がいないから、 媚びを売っているだけだと想っていた。

 一人でいるのが寂しいから、 捨てられた子犬のように擦り寄ってくるのだと想っていた。

 ()()()()()()()()()()

 そしてソレは、 自分にとっても同じ事。 

 この娘が憎かったんじゃない。 この娘が嫌いだったんじゃない。

 どれだけ悔やんでも、 決して赦されない事も、 たくさん行ってしまったけれど、

()()()()()()()()()()()()

 自分の作った料理を、 美味しいと言ってくれた。

 大き過ぎる娼館着を繕った時、 ありがとうと言ってくれた。

 狭い水桶での湯浴みの時、 その小さな手で背中を拭ってくれた。

 客の残した紅茶をくすねて持ってきた時、

嬉しそうに微笑む彼女と二人でそれを飲んだ。

 他にも、 他にも、 たくさん、 たくさん……

 なんで、 なんで、 忘れてたんだろう?

 大切な事も、 こんな地獄の底に差し込む光すらも、 憎しみは覆い隠してしまう。

 誰の所為でもない、 それは全部、 自分の所為。

 辛い事も悲しい事も全て 『運命』 の所為にして、

勝手に委ねて、 抵抗すらしなかった自分の所為。

 己に流れる血は何よりも熱く、 天に瞬く星は果てしなく明るく、

そして人間(ひと)は、 こんなにも温かいのに――。

 それなのに、 その事に気づかず、

勝手に自分で決めつけてスベテ捨てていたんだ。

 一番大切なものも、 何もかも。

 

「ごめんね、ルルゥ……」

 

 自然と涙が、 溢れてきた。

 もう、 とうの昔に涸れ果てたと想っていた、 透明で暖かな雫だった。

 

「ごめんね、 本当に、 ごめんね……」

 

 死に至る己を救った不思議な能力(チカラ)を使った所為か、

胸の中で深い眠りについた少女に、 何度も何度も語りかけた。

 柔らかな栗色の髪を撫でながら、 白い滑らかな肌に触れながら。

 何度も、 何度も。

 

 

 

 

 

 

 

“ありがとう”

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 この娘は、 天使だ。

 自分を病魔からだけではない、 終わりのない精神の暗黒からも救ってくれた。

 だから今度は、 私が護る。

 何が在っても、 絶対に護ってみせる。

 この世の地獄なんかに、 決して堕とさせはしない。

 その為になら、 喜んで身も心も捧げよう。

 大丈夫。

 出来る、 出来る筈だ。

 スベテを憎んで、 世界を呪って生きていくよりは、

きっと、 ずっと簡単なコトの筈だから。

 この娘は私の、 “希望” そのものなのだから――。

 

 

 

 破れたカーテンの隙間から漏れる、 夜明け前の光を浴びながらそう誓った。

 ソレが自分に “誰か” から与えられた、

掛け替えのない 『使命』 で在るような気がした。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

『ラルク・アン・シエル』

本体名-ノエル・ル・リーヴ(ルルゥ)

破壊力-なし スピード-A(治癒速度) 射程距離-C

持続力-A 精密動作性-A(治癒精度) 成長性-完成

能力-触れた対象の存在を癒し、 あらゆる重傷や病魔を駆逐するコトが出来る。

ただしルルゥが心の底から救いたいと想った者にしか効果がない。

戦闘能力は皆無(なき)に等しく、 自分の傷は癒せない。

「シエル」 を “シェル” と呼ぶと、 ()ねて出てこない場合がある。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

正直、『この娘』の『挿絵』が創れたから

この作品の『復刻』を決意しました。

ソレくらいワタシにとっては想い入れの在る

キャラクターだったようです。

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅥ ~White Snake・Death Thirteen~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 瀟洒なホテルの一室に漏れる、 麗らかな陽光と爽涼な海風。

 ソレをその至高の芸術品のような美貌に感じながら、

無頼の貴公子は黎明の浅い眠りに微睡んでいた。

 口から漏れる、 微かな吐息。

 凄艶なる男の色気を、 ゾッとする程に感じさせるその姿態。

 躯から仄かに立ち上る、 力強くもしなやかな芳香(かおり)

 その彼の脳裡に、 いつもと明らかに違う異質な感触(ノイズ)が走った。

 

(生……?)

 

 脳がまだ未覚醒状態の、 意識に靄が揺蕩う状態では在るが

それでも明確に感じる、 確かな熱。

 

(生、 なま、 ナマ暖ったけぇモンが、 腕ン中、 に……

何だ? こりゃ? 妙に、 フニャフニャして、 柔らけぇ……)

 

 手と腕と首筋と胸と、 いちいち数えるのが煩わしいと想える程

その不可思議な感覚は甘美で抗い難い。

 本能的に、 そのまま己の躯を包む甘い匂いに抱かれながら

心地よい微睡みの中にいつまでも浸っていたいという誘惑に駆られる。

 

(マジで……何、 だ……コレ……コ、 レ……?)

 

 だがしかし、 ソレとは対極に位置する意志が、 即座に脳髄を直撃した。

 

(まさかッ! 新手の 『スタンド攻撃』 かッ!?)

 

 認識した刹那、 彼は無理矢理意識を覚醒させその怜悧な両眼を見開く。

『スタンド』 は、 人間の 「精神」 を原動力として発動する超常の 『能力』 

 ならば 『夢の中に現れる』 或いは 『死の幻惑へと誘う』

スタンド能力が在ったとしても不思議はない。

 冷静に考えれば至極当然なコト、

自分の祖先の肉体を奪って現代に甦った

卑劣なる “アノ男” が、 相手の寝込みを

()()()()()()()()()()()()

 白いシーツの上に()した状態では在るが、

即座に臨戦態勢を整え己の超至近距離で感じる気配に承太郎が向き直った刹那。

 ソコに在ったのは、 殺戮の白光(びゃっこう)を背にギラつかせる大鎌を携えた死神

……ではなく、 無垢な表情で安らかな眠りにつく天使の姿。

 

「……」

 

 その天使、 否、 シャナが布地の薄い清楚な下着のみという

限りなく無防備に近い状態で自分の寝間着の胸元をしっかと掴み、

寄り添うような状態で静かな寝息を立てていた。

 普段の凛々しい風貌など視る陰も無い、 純然極まりないソノ姿体(すがた)

 全身に感じる大きな安息に包まれ、 淡く揺れる眠気。

 そのスタンドが一巡の世界を通り越して逆から戻ってきたような、

まだ幻覚から醒めたら己の肉体が溶かされていたという現実の方が

納得いくという光景に、 さしもの無頼の貴公子も茫然自失となる。

 そし、 て。

 

( 『星 の 白 金(スター・プラチナ)ッッ!!』 )

 

 勇壮な声で反射的にそう念じ、 空間を歪めるような音と共に

彼のスタンドがその雄々しい黒髪を揺らして出現する。

 

(ヤれッッ!!)

 

 現れる前から既に下していた 「命令」 を厳正に執行するように、

彼は己の守護者へと呼び掛ける。

 本来の自分の使命とは矛盾する行為だが、

主の命令には逆らえずその勇猛なる拳士のスタンド、

スタープラチナは殴った己の方が痛いといった

悲壮な表情で拳を撃ち出す。

 

(オッッッッッッラアアアアアアアアアァァァァァァァッッッッッッ!!!!!!!)

 

 キツク硬められたスタンドの右拳が、 歯を食い縛って心を決める

承太郎の額に高速で撃ち込まれる。

 ドグォッ! という想わず眼も耳も背けたくなるような衝撃音が、

瀟洒な室内に響き渡った。

 

「……死ぬほど、 痛ェ……

どうやら…… “夢” じゃあねぇようだな……」

 

 額から、 静かに滴る鮮血。

 夢なら夢でソレはまた大問題なのだが。

 せめてもの救いはテーブル上のグラスと煙草、

カードキー等で 「自分の部屋」 だとは確認出来るコト。

 そんな彼の困惑など平行世界の出来事で在るかのように、

少女は一人傍らで幸福そうな寝息を立て続けていた。

 

「……で? 一体ェどーゆーコトだ? アラストール」

 

 胸元を掴む手を苦労して外し、 シルクの掛け布団を(スタープラチナが)

少女に掛け直した後、 ベッドの縁に腰を下ろした承太郎は

一日の一番始めなのにもうどっと疲れたような口調で

炎の魔神へと問い(ただ)した。

 

「……」

 

「オメーが寝てるワケねーだろーが。 小細工すんな」

 

 己の当然の問いに無言で返す紅世の王を難じ、

承太郎は殊更にキツイ視線を少女の胸元へ送る。

 まぁ同じ “男” として説明し難い事象ではあるだろうが、

してもらわないコトには(らち)が開かない。

 

「……咄嗟の事態だったため、 我も(とど)め得る(いとま) がなかったのだ。

気がつけばもう夜笠を纏い、 露台 (ベランダ) 沿いにこの部屋へと飛び移っていたのでな。

貴様と出逢って以来、 この子にはあらゆる意味で驚かされるばかりよ」

 

 背後で響く(妙に不機嫌そうな)荘厳な男の声に、

無頼の貴公子は耳を傾ける。

 何気なく向けた視線の先、 無造作に脱ぎ捨てられた黒衣が

クルミ材の床に転がっていた。

 

「貴様の部屋の窓が開いていなければ、 この子も想い止まったのであろうがな」

 

(……なるほど、 ね)

 

 鋭い視線のまま、 無頼の貴公子は開け放しておいたバルコニーを見る。

 機械の造り出す空調よりも自然が生み出す風の方が好きなので開けて於いたのだが、

まさかソコから侵入する者がいるとは誤算だった。

というか、 第一ここは地上十二階だ。

 

「……」

 

 何だってこんな真似を、 と承太郎は考えようとして止める。

 何だか、 思考すればするほどドツボに嵌っていくような気がしたし、

『そうした』 少女にも明確な理由が在るかどうかは甚だ疑問だ。

 加えてソレを深く追求するコトが、

どう考えても良い結果に繋がっていくとは想えない。

 なのでこの一件は 「流して」 しまうのが得策だと判断した承太郎は、

淡い嘆息と共にベッドから腰を浮かせる。

 

「朝っぱらから頭が痛ぇ。 眠気覚ましにシャワーでも浴びてくンぜ。

“ソイツ” が起きても騒がねーようにしとけ」

 

「むう……」

 

 深遠なる紅世の王に対し有無を云わさぬ口調でそう命じた承太郎は、

不承不承の面持ち(?)で応じるアラストールの声を聞きながら

バスルームの扉を開く。

 しばしの沈黙の後、 聴こえてくる静かな水音の許、

少女は小さく寝返りを打ちながら天使の囁きのように誰かの名前を呟いた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

「ン……ンンぅ……」

 

 件の、 未曾有なる騒 擾(そうじょう)から数十分後、

その事象を引き起こした張本人で在りながら

ソレとは全く無関係と云った清澄な表情で眠りから覚めた少女は、

部屋に降り注ぐ陽光と早朝の空気の中、

躰を(ほぐ)すように大きく伸びをする。

 その小さな耳元に青天の霹靂の如く伝わる、 聞き慣れた青年の声。

 

「ようやくお目覚めか? お姫サマ……」

 

(!!)

 

 手入れの行き届いた清潔なベッドの上から咄嗟に視線を向けた先、

絶対にそこにいない筈の人物が革張りのソファーの上で長い脚を組み、

学生服姿のクールな佇まいで目覚めの一服を燻らせていた。

 

「ふぇ? 承……太郎……? あれ、 え? 

なん、 で? 私、 わた、 し、 あ……ッ!」

 

 気怠い眠気が残らず消し飛び刹那に覚醒した少女は、

昨夜自分があやふやな意識と勢いのままに行ってしまったコトを

いま明確に認識し、 その事態の大きさに慄然となった。

 そし、 て。

 

(……だ、 だって、 だって、 全然、 眠れなかったから。

だから、 安心できる人の傍なら、 ちゃんと眠れると想ったから。

だって、 体調を万全に保つのも使命の一つだし、

またアノ女と戦わなきゃいけないし、

それにこんなコト、 承太郎じゃないとできな)

 

 ほんの僅か数秒の合間に、 言い訳とも釈明ともつかない言葉の羅列を

一息もつかず次々と心中で溢れさせる少女。

 だが実際に口頭でなければその意味をなさず、

しかしそんなコトは口が裂けても言えないという心情の許

シャナは完全にしどろもどろとなる。

 そんな狼狽と錯綜の渦中にある彼女へ届く、 天啓のような一言。

 

「 “寝惚ける” のも、 大概にしとけよ。

次は 「墜ちて」 も知らねーぞ」

 

「ふぇッ!?」

 

 身を護るようにシルクのシーツを胸元に手繰り寄せていたシャナは、

承太郎の想定外の言葉に頓狂な声をあげる。

 

「夢ン中で、 グゼノトモガラとヤり合ってて、

更にはDIOのヤローまで出てきやがったからエスカレートして、

そのままオレの部屋まで飛んで来ちまった、

()()()()()? アラストール?」

 

 そう剣呑な流し目で胸元のペンダントを見る承太郎に対し、

 

「うむ。 昨日の戦いはこれまでに類を視ぬ程壮絶だった故、

シャナも疲れが溜まっていたのだろう。 気を遣わせたな? 空条 承太郎」

 

まるで予め打ち合わせていたように、 アラストールが淀みなく答える。

 

「別に構わねーよ。 だだっ広ぇ部屋だから客が一人二人増えよーがよ。

それに良いコトじゃあねーか? 

オレらン中で直接DIOのヤローと戦ってんのはシャナだけだから、

そっからヤローの弱点なりなんなり掴めるかもしれねーしよ」

 

「うむ。 潜在の中で眠っている意識は顕在に映るモノとはまた違う心象故にな。

彼の者の存在に対し、 戒心(かいしん)し過ぎるという事は在り得ぬ。

しかし夢境の中でも尚戦うとは、 我がフレイムヘイズながら」

 

「……」

 

 二人とも、 一体何を言っているのか?

 夢は確かに見ていたが、 承太郎、 アラストール両名が話しているような

凄惨なものではない(無論その詳細など決して誰にも話せないが)

 ソレに自分が眠りについた場所は、

宛われた部屋ではなく紛れもなくこの……

 

(!!)

 

 そこまで考えて初めてシャナは、

目の前で妙に長い論議を繰り広げる二人の意図を覚った。

 しかしだからといって、 否定も肯定も出来はしない。

 まるで己の言動を封じる幽波紋(スタンド)能力でも喰らったかのように、

何れを選んだとしても自分が赧顔(たんがん)するような結果しか待っていないだろうから。

 なので少女は次第次第に小さくなり、

たくさんの冷や汗と共にシルクのシーツへ

紅潮した頬を押し付けるしか出来なくなる。

 その様子を静かに眺めていた無頼の貴公子は、

事前にソレを予期していたように平然と告げる。

 

「おら、 目ェ覚めたンならとっとと飯いくぞ。

制服はスタープラチナに持ってこさせたからクローゼット開けな。

オレァ外にいるからよ」

 

 そう言ってこの件はコレで手打ちだといわんばかりに

くるりとシャナに背を向ける。

 やがて静かに閉じるドアの音を聞きながら、

 

「バカ……」

 

とシャナは、 立腹と恥ずかしさと嬉しさが当分に入り混じったような表情で、

下着姿のまま不平を零した。

 

 

 

 

 

 

【3】

 

 

「でよ、 そのチョウシノヨミテとかいう女が、 今どこにいるか解ンのか?」

 

「今はちょっと、 難しいわね。 多分眠ってるんじゃないかしら?

一番無防備な状態で己の気配を晒したら、

ソレだけで殺してくれって言ってるようなものだし」

 

「って事ァ、 そいつがラミーに向かって動き出すまで

こっちは “待ち” ってコトか。 後手に回ンのは性に合わねーがよ」

 

「でも、 その間に色々と対策は立てられる。

向こうも昨日の今日で再戦挑んでくるとは想ってないだろうし」

 

「やれやれ、 ジジイのスタンドはDIOのヤロー以外、

()()()姿()()()()()() “念写” 出来ねーからな。

ったく使えるんだか使えねーんだかよく解らねー能力だぜ」

 

「……ジョセフは、 ゆっくり休ませてあげましょう。

顔には出してないけど、 色々と無理してると想うし」

 

「……まぁ、 オメーがそう言うんなら、 そーしてやっても良いけどよ……」

 

 早朝のフロアを特徴的なデザインの学制服姿で共に歩きながら、

無頼の貴公子と清洌の美少女は昨日朝食を取ったカフェに足を踏み入れた。

 前もってジョセフが予約を入れておいてくれたのか、

昨日と同じ若いウェイターが丁寧な物腰で二人を席へと案内する。

 

「……」

 

「!」

 

 そこに、 優雅な仕草で食後の紅茶を嗜む先客の姿があった。

 

「やぁ」

 

 承太郎とシャナの姿を認めると、 その声の主、花京院 典明は

衒いの無い穏やかな笑顔で手をあげる。

 

「おまえ、 昨日どこ行ってたのよ?」

 

 彼の真向かいの席に座ったシャナが、

約24時間振りに姿を見せた翡翠の美男子に問い質す。

 

「え? あぁ、 まぁ、 ちょっと、 ね」

 

 心なしか困ったような表情で、 彼は笑顔のまま口を籠もらせる。

 いつもよりその風貌が細く見え(若干ではあるが)香水の匂いも濃いように想えた。

 

「享楽に(うつつ)を抜かす者とも想えぬが、

若気の至りという箴言(ことば)も在る。

自律を怠るでないぞ、 花京院」

 

 シャナの胸元で、 美香に混じったほんの微かな酒気を感じ取ったアラストールは

威厳のある声でそう進言する。

 

「え、 あぁ、 そうですね、 アラストール。

久しぶりの香港の街が楽しくて、 つい」

 

 そう穏やかに返しながら花京院は、

どことなくほっとしたような表情で彼を見る。

 

「まぁ、 いいけどよ。 それよりオメー今日暇か? ならちょいオレらと」

 

「ゴメン、 暇じゃないんだ。 ちょっと、「先約」 があって、ね」

 

「先約?」

 

 承太郎とシャナが声を重ねると同時に

 

「まぁ、 人助けのようなもの、 かな?」

 

と端的に花京院は告げる。

 

「昨日この街でボクらと同じ旅行者の人と知り合ってね。 人捜しを手伝ってる。

色々と調査をしてその手懸かりも幾つか見つけられたから、

今日辺りにはもう探し出せると想うんだ」

 

 隣同士の席で承太郎とシャナは無言のまま顔を見合わせる。

 

「……なら、 しょうがねぇか」

 

「お人好しも大概にしておかないと、 後で自分が損する事になるわよ。 花京院」

 

 特に懸念を抱いた様子もなくさらりとそう告げる両者。

 

「それじゃ、 もう行かないと、 こっちの調査が早く終わったら後で合流するよ」

 

 爽やかな果実の微香を残して、 中性系の美男子はエントランスの方向へと退出する。

 

「……」

 

「……」

 

 二人の間に降りた妙な沈黙を掻き消すように、

承太郎は煙草に火を点け、 シャナはメニューを手に取って開いた。

 

「さて、 完全に手持ち無沙汰だな。

どうする? 飯喰ったら海岸で訓練でもするか?

フーゼツ張ってよ」

 

「え!?」

 

 想わぬ承太郎の申し出に、 シャナは喫驚な声をあげる。

 その拍子でグラスの水が少し零れた。

 

「く、 訓練って、 おまえと私、 で?」

 

 そう言って自分を指差すシャナに、

 

「他に誰がいンだよ。 第一オレはその “女” の(ツラ)も知らねーんだぞ。

この待ちの一手ってのも、 オメーがいなきゃあ成立しねーだろーが」

 

紫煙を彼女とは逆方向に細く吹きながら、 承太郎は剣呑な瞳で言う。

 

「……」

 

 告げられた事は全くの正論、 しかし少女の心中ではソレとは全く別の事象が

鼓動を高鳴らせていた。

 色々あって、 最近はめっきり二人だけになれる時間はなかった。

 特に意識してはいなかったけれど、 失いかけて初めて解るその大切さ。

 そしてソレが、 今再び当たり前のように自分の元へ戻ってきた事を深く実感した。

 断る理由なんて、 何もない。

 邪魔する者は、 誰もいない。 

 

「そ、 そうね、 じゃあ、 久しぶりに」

 

 微かに上擦った声と高揚した意識。

 コイツと戦うのは、 本当に楽しい。

 討滅の時とは全く違う、 全身を隈無く満たす充実感。

 共に成長した事を実感出来る、 光り輝くようなその瞬間。

 今まで、 自分のスベテを全力でブツけてもたじろかず、

受け止めてくれる人なんて、 一人もいなかったから。

 その、 嬉々として瞳を瞬かせる少女の耳元へ届く、 予期せぬ来訪者の声。

 

「ここ、 よろしいかな?」

 

(!) 

 

 気配を微塵も感じさせぬまま、 いつのまにか己の脇にいた老紳士が

黒い天然素材の帽子を外しながら自分に会釈をしていた。

 唖然とした表情でその老紳士を見据える少女とは裏腹に、

驚愕で瞳を見開く二人の男。

 

「ラミー……」

 

 本来そこにいる筈のない者の名を、 承太郎が静かに呟いた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

まぁ、当初“こんなシーン”入れる予定無かったんですがね、

『キャラが勝手に動く』というヤツで

またヤらかしやがりましたこの小娘が……('A`)

一応『荒木先生方式』で描いているので、

サンドマンが【敵】になったのも、

東方 憲助が『味方』になったのも

つまりはこーゆー事でしょう(LIVE感)

まぁジョジョ『原作』じゃ承太郎のこんなシーンも見られないので、

そーゆー意味では稀少だったと解釈しときます。

そうでも想わんとヤってられん……('A`)

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅦ ~Body Feel Ignited~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「……ン」

 

 緩やかな陽射しが躰を撫でる瀟洒なベッドの上、

美女は一糸まとわぬ姿で目を覚ました。

 僅かに身につけているのは豊かな双丘で鈍い光沢を放つロザリオのみ。

 昨夜の深酒の影響か、 乱雑に脱ぎ散らかした衣服が周囲に散らばっており、

若干頭も重い。

 

「お目覚めかい? 我が微睡みの淑女、マージョリー・ドー」

 

 視線を向けた先、 ウォールナットのテーブルの上に置かれた

彼女の被契約者である狂猛な王が軽佻な声で呼び掛けた。

 いつもの朝の、 いつもの光景。

 シルクのシーツを胸元に手繰り寄せ、

美女は誰に言うでもなく独り言のように呟く。

 

「昨日、 本当に久しぶりに、 ルルゥの夢をみたわ。

もう100年以上、 アノ()の夢なんて見なかったっていうのに」

 

 言いながら、 物懐かしげに胸元のロザリオを弄る。

 

「そりゃあ当然だろ。

オメェさんが本格的にフレイムヘイズとして名を馳せたこの100年間。

寝る間も喰う間も惜しんでブッ潰し咬み千切る、 正気じゃ生きちゃいらんねぇ、

そんな殺し合いを毎夜繰り広げて来たんだからよ。

後ろを振り返る余裕なんぞありゃしねぇ。

そうじゃなかったら生き残れねぇ(いくさ)だった筈だぜ」

 

 共に凄惨なる修羅の(ちまた)を潜り抜けてきたマルコシアスが、

珍しく正鵠な物言いをする。

 

「 “アノ時” は気づかなかったけれど、

ノリアキと同じ 『能力(チカラ)』を持っていたのね、 アノ娘……

出来れば一度、 視ておきたかったわ。

きっと、 アノ娘の精神(こころ)と一緒で、

それは、 綺麗だったでしょうね……」

 

 夢の所為か幾分感傷的になっている己のフレイムヘイズを

マルコシアスがいつもの調子で促す。

 

「ほれ、 今日は特別に朝っぱらから “清めの炎” (ほどこ) してヤっからこっち来な。

カキョウインとの待ち合わせまで後30分もねーぜ」

 

 そう問われた美女は一度その深い菫色の瞳を閉じた後、

やがて意を決したようにもう一度開く。

 

「ノリアキを、 コレ以上巻き込むのは止めましょう。 マルコシアス」

 

「アァ!?」

 

 真っ直ぐな視線で告げられた想わぬ要望に、 紅世の王は頓狂な声をあげる。

「おいおいおいおい、 まさか見限るってぇのか?

確かに女みてーにヒョロい奴だが、 結構役に立ってたじゃねーか。

状況に応じた判断力も機転も、 今までの案内人とはダンチだし

オマケに妙な能力(チカラ)も持ってる。 正直アレ以上の奴となると」

 

()()()()

 

(本当に)珍しく、 マージョリー以外の者を称賛する王の声を彼女が遮る。 

 継いで、 憂いを込めた瞳で告げる。

 

「これ以上、 一緒にいたら、 きっと……」

 

 そこで言葉に詰まり、 美女は微かに紅潮した頬を折り曲げた膝へ

シーツ越しにくっつける。 寝てる間に解けた髪がサラサラと胸元へ流れた。

 

「おいおいおいおい、 まさかあのヤローに岡惚れしちまったってんじゃあねーだろーな!?

逢ったのは昨日だし、 第一オレ達ァアイツの好きな喰いモンすら知らねーんだぞ!?」

 

「……」

 

 そう問われた美女は何も答えず、

代わりに涙ぐんだような表情で悪い? とグリモアに訴える。

 画板を幾つも折り重ねたような大形な 『本』 が開き、

そこから深い群青色の炎が溜息のように吹き出した。

 

「……やれやれ、 マジかよ? フレイムヘイズきっての 『殺し屋』 が、

あんな女みてーな人間の男に骨抜きにされちまうとかよ。

全く以て笑い話にもなりゃしねー」

 

 そう言うとグリモアの内部から鉤爪を持つ前脚が一本出現し、

面倒そうに 『本』 の革表紙を掻く。

 

「でもまぁ、 それならソレで別にいーんじゃねーのか?

オメーが気に入ったンならそのまま連れてっちまえばよ。

どこぞの 『色惚け』 じゃあねーがフレイムヘイズや徒が

“ミステス” 囲うなんてこたぁ珍しかねぇし、

案外あのヤローは遣えると想うぜ。

オレもオメーも結構熱くなるタチだから、

緩衝材として一人位あーゆーヤツがいてもよ」

 

「……」

 

 どうした事か今日は茶化さず真剣にそう自分に忠告するマルコシアスに、

マージョリーは同じ仕草のまま無言で応じる。

 ソレはもう、 考えた。

 もし本当に、 ()()()()()()()()、 どんなに良いか。

 事実昨夜酒に戯れている時には、 もう八割方そうしようとも想っていた。

 でも。

 でも……

 

「怖い、 のよ……失うのが。 大切な誰かが、 眼の前から消えてしまうのが。

その相手が、 優しければ優しいほど。 私を、 想ってくれればくれるほど――」

 

「……」

 

 今度はマルコシアスの方が、 彼女の独白を聞きながら無言で応じる番。

 

「もう、 あんな “痛み” には、 堪えられそうにない。

あんなに、 辛いなら、 あんなに、 苦しいなら、 ソレなら……」

 

 脳裡で甦る、 栗色の髪の少女。

 満面の笑顔で、 自分を呼ぶ優しい声。

 

「最初から、 誰もいない方が良い……!」

 

 呻くようにそう言った後、 美女は剥き出しの素肌を抱え込み

俯いたまま肩を震わせる。

 その様子をマルコシアスは黙って見つめ、

マージョリーの想像を絶する心の疵の深さを改めて実感した。

 彼女と契約して以来、 それからの血で血を荒らす殺戮の日々の中で

少しはその疵も風化したと想っていたが、

どうやらソレは大いなる誤解というヤツだったらしい。

 寧ろ、 更に悪化していると見るべきか。

 昨日の、 アノ男との出逢いにより。

 

「……」

 

 厳かな仕草で、 嘗て人の形体(カタチ)を執っていた時と同じままの視線で

俯くマージョリーを見据えていたマルコシアスは、 やがておもむろに口を開く。

 

「おいおい、 随分ツレねー話だな? 

我が愛憐のデンドロビューム、マージョリー・ドー。

オメーさんにゃあ、 オレがいるだろ?」

 

「……ッ!」 

 

 伏していた顔を、 咄嗟にあげるマージョリー。

 いつもの煩い銅鑼声ではない、 優しく包み込むような、 美しい男の声。

 底すら無い絶望の淵に瀕していた自分に降り注いだ、 アノ時と同じ声。

 そんな自分の心情など意に介さず、 マルコシアスは続ける。

 

「フン、 まぁ結局いつも通りに戻ったってだけか。

無敵のオレサマ達には、 仲間もミステスも何もいらねーってかぁッ!?

ヒャーーーーーーーッハッハッハッハッハァァァァァァ!!!!!」

 

 今度はいつも通りの銅鑼声で、 悲しさも寂しさも吹き飛ばすように、

異界の魔獣は高らかに笑う。

 

「……」

 

 ソレに連られるように、 美女の口唇にも柔らかな微笑が浮かんだ。

 緩やかな陽光がその美貌を照らす中、 やがてマージョリーも静かに口を開く。

 

「この先、 何が在るかは解らない。

でも、 最後まで、 一緒よね? マルコシアス」

 

「今更訊くんじゃあねーよ! 何が在ってもオメーの傍から離れねぇ!

一生付きまとって一番傍で騒ぎまくってやっから覚悟しときやがれッ!」

 

 革表紙をバタバタ鳴らしながら狂声をあげ続けるその優しい狼を見つめながら、

 

(ありがとう……私の…… “蹂躙の爪牙” ……)

 

【挿絵表示】

 

 

本当に静謐な声で、 マージョリーは一度だけそう呟いた。

 微かに潤んだ瞳を美しく彩色された指先で拭い、

美女はベッドの周りに散らばったタイトスーツの上着に手を伸ばす。

 その胸ポケットからヒラリと落ちる、 一枚の写真。

 ソレを眼に止めた刹那、 美女の全身がザワめいた。

 

(……)

 

 凍ったような瞳の色で彼女はソレを拾い上げ、

()()()()()一人の人物を灼き尽くすように見つめる。

 熱、 い。

 心臓の鼓動が、 破裂する程に高鳴っていくのを感じた。

 

(そうか……“おまえの”……所為か……)

 

 正常な思考はソコで跡形もなく砕け散り、

ただ一つの狂おしく兇暴な感情だけが彼女の存在を充たしていく。

 

(私からアノ娘を奪ったのも……私がフレイムヘイズになったのも……

そして……私からアイツを奪うのも……ッ!)

 

 脳裡にフラッシュ・バックする、 幾つもの光景。

 ソレと同時に爆発する、 魂の叫号。

 

 

 

 

 

“全部全部!! 『紅世の徒(オマエ)』 の所為かッッッッ!!!!”

 

 

 

 

 

 裸身の美女を中心に、 部屋全域を覆い尽くす程に迸る群青の火走り。

 瀟洒な空間をジリジリと灼く蒼い破片(カケラ)の向こうに、

復讐の凝塊(カタマリ)と化した一人のフレイムヘイズの姿が在った。

 

「おいおいおいおい! いきなりどうした!? 

ンな(もぬけ) の写真なんか見て一体……

まさかッ! また 『映って』 やがんのか!?」

 

“遠隔念写能力” スタンド、 『隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)』 の効果は、

念写された対象が()()()()()()()()()()()()持続する。

 無論その存在が消えれば対象は写真の中から消失するが、

(本来有り得ないコトではあるが)もし再び現れれば、

当然スタンドは同じ 「象」 を結ぶ。

 ソノ 『本体』 の、 正確な 「位置」 さえも同様に。

 現在のマージョリー、 マルコシアス両名に、

このスタンド能力を正鵠に把握する術は無い。 

 しかし、 復讐の凝塊(カタマリ)と化したフレイムヘイズにとっては

過程など何の意味も成さずその 「結果」 のみが存在すれば充分。

 美女の裡で、 そして全身で、 コレ迄に無い程の勢いで逆巻く、 狂気の焔。

 破滅への秒 読 み(カウント・ダウン)は、 今この瞬間より、 確かにソノ時を刻み初めた。

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 従業員と財団関係者以外は立入禁止のホテル屋上。

 フェンスで仕切られていない中央部にヘリポートがあり、

その周囲は管制塔や気象観測機器、 巨大な衛星アンテナ等が天を挿す形で屹立している。

 上空を吹きつける強烈な風が、 承太郎の学ランとシャナの長い髪を靡かせた。

 忙しない朝食の後、 ラミーを伴ってこの場所に赴いた二人は

その予期せぬ来訪者の言葉を待つ。

 突風に帽子を飛ばされないように手で備えながら、

鈍色のステッキを携えたその老紳士はやがて厳かに口を開いた。

 

「一日振りだな? 空条 承太郎。 昨日は色々と世話になった」

 

 その彼の言葉に気まずそうなカンジで眼を細めた無頼の貴公子はブッきらぼうに返す。

 

「よせよ。 結局逃がしちまったんだ。

そのコトだけでもアンタに伝えるべきだったが、

色々あっていけなかった。 すまねぇ……」

 

 そう言って学帽の鍔で目元を覆う。

その隣で何故かシャナが、 頬を紅潮させて不機嫌そうに押し黙っていた。

 

「改めて初めまして。 “天壌の劫火” のフレイムヘイズ、 “炎髪灼眼の討ち手”

それとも、 シャナ、 と呼ぶべきかな?」

 

「正確には、 『空条 シャナ』 」

 

 その指先を緩やかに逆水平へと構え、 ラミーを差しながら少女は訂正を促す。

 

「フッ、 なるほど。 それは失礼した」

 

 ラミーは承太郎を見て微かに笑い、 そして視線を移す。

シャナの胸元にあるペンダント “コキュートス” その裡に。

 

「本当に、 久方振りだ。 アラストール。

どうにも、 多大な迷惑をかけたようだ。

幾ら陳謝しても仕切れない」

 

「構わぬ。 我等は我等の使命に従っただけの事。

ソレに偶発的にだが、 此方の益になる事も在った」

 

「ほう?」

 

 ラミーが再び視線を向けた先、 承太郎が訝しげに煙草を銜えていた。

 場都(ばつ)の悪さ打ち消すように、 紫煙を吹きながら彼は問う。 

 

「それより、 一体どうしたんだ? こんな朝っぱらからいきなりよ。

まぁアンタの方から来てくれた事で、 こっちの目的はヤり易くなったが」

 

 そう問う青年に、 ラミーは厳かな微笑を浮かべながら返す。

 

「イヤ、 実はお別れを言いに来たのだ。

トーチもある程度集まったし、

何よりアノ戦闘狂共がこの地に現れた以上、

留まるのは得策と言えぬのでな」

 

 少々意外そうな表情で、 承太郎は携帯灰皿に吸い殻を押し込みながらラミーに向き直る。

 

「大丈夫、 なのか? その、 一人でよ」

 

 口調は無愛想だが、 しかし誰よりも自分の身を案じてくれている青年に

老紳士は穏やかな表情で応じる。

 

「フッ、 まぁそう心配するな。 私は確かに戦闘は不得手だが、

()()()()()自在法ならまだまだ他の者には負けん。

巧く逃げ切ってみせるさ。 これまでと同じように」

 

 そう言ってラミーは一歩前に出る。

 

「君は本当に、 良い青年だな。 この地に渡り来て、

君のような人間と逢えたコトを嬉しく想う」

 

「!」

 

 目の前に差し出された、 白い手袋で覆われたラミーの右手。

 承太郎は何となく視線を背けたまま、 無表情でソレに応じる。

 人間と紅世の徒との間に流れる、 奇妙に(あつ)い雰囲気。

 

「……」

 

 その二人の様子を見つめていたシャナは、

ラミーの言葉をまるで自分の事をように嬉しく想えた。

 

「後は、 私達に任せておいて。 二度とアナタをつけ回そうなんて想わない位に、

徹底的に懲らしめておくから」

 

 手を離した二人の間へ割って入るように、 少女は明るい声でそう告げる。

 

「そうして貰えると重 畳(ちょうじょう)の至りだ。

さて、 心残りは尽きないがそろそろ失礼させて戴こう」

 

 そう言うとラミーはヘリポートの離着場に向けて歩を進め、

その中心でこちらに向き直る。

 

「では縁在らば、 因果の交叉路でまた逢おう。

空条 承太郎。 そして空条 シャナ」

 

「「ッッ!!」」

 

 承太郎とシャナが同時に息を呑む刹那、 もう既にラミーはその姿を火の粉に換えていた。

 強風に吹き曝され一斉に舞い散ったその炎は、 深い緑色をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

【3】

 

 

「さて、 振り出しに戻る、 ね」

 

「むう、 何という|疾(はや)さ。 既にもうこの街の海岸沿いにまで移動している。

空間転移系の自在法、 か?」

 

「……」

 

 ラミーが消えた後、 シャナとアラストールが各々の心情を口にする。

 だがそれよりも前から、 承太郎は胸に抱いたある違和感を既に演算し始めていた。

 

「本当。 スゴイ疾さね。 わっ、 もうまた別の場所に移動してるし。

『能力』 か “自在法” かまでは解らないけれど、

こんなに疾く動けるならそう簡単に捕まるわけない、 か。

なら尚のコト私達は戦闘狂のみに専念……」

 

 そこでシャナは、 俯いたまま長考に耽っている承太郎に気がついた。

 

「どうしたの? おまえ? さっきから黙ってるけど」

 

「どうも釈然と、 しねぇな……」

 

 やがて顔をあげた承太郎は少女を見据えるようにしてそう呟く。

 同時にシャナ、 アラストールの両者はミエナイ引力に惹かれるが如く

承太郎に視線が釘付けになるのを余儀なくされる。

 如何なる時も冷静で、 怜悧な知性に裏打ちされる

彼の研ぎ澄まされた 【洞察力】

 ソレを発揮する際の独特な気配が、 彼の全身から寂然と感じられたからだ。

 ソレがどれほど頼りになるモノかは、

今までの戦闘を通して二人は知り尽くしている。

 

「どうか、 した?」

 

 シャナは胸の鼓動が高鳴るのを覚られないように、 出来る限り平淡な口調で訊く。

 

「……さっきのラミー、 本当に “モノホン” だったのか?」

 

「どういう、 意味?」

 

 フレイムヘイズではない承太郎に、

『紅世の徒の気配』 を察知する能力は無い。

 それは本人が一番解っている筈なのに、

確かめようがない事象を彼がわざわざ口にした事へシャナは小首を傾げた。

 しかし承太郎はソレとは別の 「領域」 から紡ぎだした解答を、

確信を込めて言い放つ。

 

「前に花京院から、 単体では存在しない

群体(ぐんたい)” のスタンドがあるって聞いた事がある」

 

「!」

 

 唐突に話題が変わったが、 ソレがラミーの 「本性」 を解き明かす

重要な事実だと認識した少女は言葉を返す。

 

「でも 『幽波紋(スタンド)』 は、 “一人一体一能力” が

絶対の原則なんでしょ? ソレと矛盾してない?

複数の幽波紋(スタンド)なんて」

 

「あぁ、 だから()()()()()、 “葡萄(ぶどう)(ふさ)” みてぇなモンさ。

そうだな、 スタープラチナを細かく分解(バラ)かして、

そのちっこい一体一体で構成されてるスタンドって言えば、 少し解るか?」

 

「う、 う~ん。 まぁ、 なんとなくは……」

 

【挿絵表示】

 

 

 シャナは心なし小さな顎を引いて、 上擦ったように応じる。

 その脳裡で小さくなった無数のスタープラチナを想像して、 少し可愛いかもと想った。

 

「つまり、 さっきのラミーもソレと一緒で、

『本物ではあるが実体はその一部に過ぎない』 ンじゃあねぇか? って言いてぇのさ」

 

「むぅ……?」

 

 無頼の貴公子が発したその提言に、 アラストールが反応した。

 その彼の疑念を補填するように承太郎は言葉を続ける。

 

「オレよ、 一応警戒はしてたんだぜ。

いつその “女” が襲撃を仕掛けて来ても、 対応できる位には気を張ってた。

でも考えてみりゃあ妙な話だ。

いくら知り合いだからって、“常時追われてるこの状況で”

わざわざそんなリスクを犯してまでアラストールに会いに来ようとするか?

闇金で首が回らなくなったマヌケじゃあるまいし、 ()りゃあ100%捕まるのによ」

 

 そこで承太郎は制服の内側から煙草のパッケージを取りだして火を点け、

回転した脳細胞を宥めつつも前にいる二人に思考する時間を与える。

 

「うむ。 確かにラミーを庇護する立場に在る我等を “保険” として、

蹂躙らが張っていたとしても不思議はないな。

自らは動かずとも、 宝具や自在法を用いれば造作もなき事。

何よりラミー自身がそのような瑣事(さじ)を見過ごすとは到底想えぬ」

 

 古き朋友との久闊(きゅうかつ)の邂逅により、

客観性を欠いていた己を厳粛に諫め

アラストールは承太郎の意見を首肯する。

 

「 “にも関わらずラミーのヤツは来た” そして 『追っ手の女は来なかった』

そっから導き出せる結論は、 二つ」

 

 紫煙を深く吹き先端の灰を落とした後、

銜え煙草のまま無頼の貴公子は厳かに二本の指を眼前で構えた。

 

「ラミーは、 別に自分を追ってるヤツが此処に来ても困らなかった。

或いは、 絶対に気配を察知されない自信が在った。

いずれにしても、 そこにいるのは 『自分の存在の切れっ端』 で、

最悪殺されても()()()()()()かほどのコトもねぇからだ」

 

「!!」 

 

「う、 む……」

 

 相も変わらない、 少ない材料から決定的な解答を導き出す

空条 承太郎の神懸かり的な洞察力に、

深遠なる紅世の王とフレイムヘイズが驚嘆の意を示す。

 同時に。

 

「確かにッ!」

 

「それならば」

 

 想わず口を開いてしまった両者が、 一度決まり悪そうに互いを見つめ

最終的に王の顔を立てシャナの方が引く。

 

「それならば、 瞬間的な移動よりも余程説明はつくな。

ラミー自身が蹂躙らを幻惑しながらも、 “逐電(ちくでん)仕切れなかった”

という事実にも繋がっていく。 何より彼奴の真名は “屍拾(しかばねひろ)い”

膨大な量のトーチを余さず拾い集めるには、

確かに群体(ソノ)方が首尾良く事が運ぼうな」

 

「 “木の葉を隠すなら森の中” の、 ちょうど 『逆』 ね。

幾らトーチに寄生しててその存在の気配が薄いとしても、

()()()()()()相手もバカじゃないんだからいずれは見つかってしまう。

でも数十体、 場合によっては数百体に分裂すれば、

捕まる可能性は限りなく低くなるわ。

何しろ 『全部本物』 なんだしね」

 

「紅世の徒ってのは、 自在法で自分(テメー)の姿形を変えるのはお手の物なんだろ?

なら人混みに紛れて相手の包囲網から離れ、 その後で元に戻れば良いっていう寸法さ。

相手を攪乱しながら逃走経路を確保し、 尚かつ 『仕事』 もきっちり行う。

一石三鳥のヤり方ってワケだ。 見事なモンだな。

自分の特性と 『能力』 の遣い(どころ) ってヤツを弁えてやがる」

 

 そう言うと承太郎は、 根本まで灰になった吸い殻を携帯灰皿に押し込む。

 

「で、 具体的にこれからどうするの?」

 

 最早己の嬉々とした表情を隠す事もなく、

少女は陽光に反照するライトグリーンの瞳を見つめながら承太郎に問う。

 問われた彼も、 幾分余裕の生まれた表情で彼女に返す。

 

「そうだな。 取りあえずこの閉塞状態からは抜け出せそうだ。

まずこのまま街へ出て、 ラミーの “分身” を探す。

オレとオメーで手分けすりゃあ、 「一体」 くらいはすぐに見つけられるだろう。

時間と手間からして、 全部違う顔とは考え(にき)ィし、 何よりアラストールがいるからな。

後はそっからラミーの 『本体』 に連絡を取るか張り込むかして、

“統合” するその瞬間を待てば良い。

切り札(カード)」 はこっちが握ってンだから確実に相手の先手は取れるし、

巧くすりゃあ背後から一発喰らわしてその間にラミーを逃がす事も出来る。

後はオメーの好きにしな。

その(ひと)()がりの女に、 説教くれるなり再戦挑むなりよ」

 

「……」

 

 高潔な微笑と共にそう告げられた少女は、

旋風に舞い踊る彼の気配に気怠い眩暈(めまい)を覚える。

 スゴイ。

 やっぱりこいつは、 本当にスゴイ。

 ラミーがアラストールに会いに来ただけで、

そこから自分の想いも拠らない解答と策を

こうも簡単に引き出してしまうなんて。

 コイツと一緒なら、 本当に本当に、

出来ない事なんて何も無いんじゃないかって想えてくる。

 

「承」

 

 敬意と思慕を同時に含んだ声で、 シャナが彼に近づこうとした刹那。

 

(!!)

 

 それを阻むように莫大なる存在の波動が、 少女の脳幹を直撃した。

 

「な……! な、 に……!? この……凄まじい力の胎動……!

まるで……この世のありとあらゆる憎悪が……一点に集まっていくみたい……ッ!」

 

「むう! これは紛う事なき “弔詞の詠み手” の波動! しかし一体何故!?」

 

 一度感じたら忘れようがない、 この世の何よりもドス黒い憎悪に

王とフレイムヘイズが戦慄する中、

 

「どういう事だ!? その女が今! こっちに向かって来てんのか!?」

 

その存在を感知できない承太郎が二人に叫ぶ。

 

「ち、 違う。 どこかで、 ジッとしたまま、 動かない。 なのに……ッ!」

 

 結果としては此方の有利に事が運んでいるにも関わらず、

とてもそう想うコト等出来はしない、 (おそ)るべき脅嚇(きょうかく)

 

「バカかその女!? 相手の 『居場所』 も解らねぇのに、

テメーの気配全開にしたら逃げられちまうじゃあねぇか!」

 

「……『居場所』 は、 ()()()()()()()()()()()……」

 

 承太郎の真っ当な正論を、

シャナは永い経験で培われたフレイムヘイズ特有の見解で否定する。

 

「何だと? でも一体どうやって?」

 

「それは、 解らない……でも、 コレ、 フレイムヘイズが紅世の徒を討滅する時に出す気配。

何をしても、 どうやっても、 『絶対に相手を滅ぼす事が出来る時にしか』 出せない気配。

まるで、 トドメを()すその瞬間みたい……!」

 

「情報戦は、 向こうの方が上だったって事か……!」

 

 その詳細は不明だが、 シャナがそう言う以上否定する気はない承太郎は、

即座に思考を切り換えまだ視ぬ強大な敵が存在する香港の街路を見下ろした。

 何の脈絡もなく、 急激に差し迫った状況。

 此方の思惑など寸分も斟酌してはくれない、 混沌の坩堝。

 ソレが、 真の戦闘。

 

「やれやれ、 四の五の考えてる暇はねぇな。

ラミーのヤツが危ねぇ! シャナッ!」

 

 鋭く彼女の名前を呼ぶと同時に承太郎のスタンド、

スタープラチナが背後から音より疾く瞬現する。

 

「りょうか、 え!?」

 

 応えると共に己も炎髪灼眼に変貌しようとしたシャナの躰が、

いきなりスタープラチナの鍛え絞られた剛腕に抱え上げられる。

 

「キャッ! ちょ、 ちょっとヤダ! 何するの!?」

 

 所謂横抱きの形でワケも解らずスタンドの腕の中で

ジタバタ暴れるシャナを承太郎が律する。

 

「二人でチンタラやってたら間に合うもんも間にあわねー、

スピードならオメーよりスタープラチナの方が速い!」

 

「うるさいうるさいうるさい! 私の方が速い!」

 

 こんな時でも心底負けず嫌いな少女の言動を介さず承太郎は告げる。

 

「やかましい! “道案内” は任せたぜ! しっかり掴まってろッ!」

 

 その声と同時に、 シャナは昨夜と同じように彼の分身であるスタンドの胸元を

決して離さないようにしっかと掴む。

 

「いくぜッ!」

 

 勇壮な叫びと共に、 スタープラチナの右足へ流動するように

集束していく白金のスタンドパワー。

 ソレが屋上のコンクリートを鋭く踏み砕くと同時に、 激しく爆散した。

 

 

 

 

「オッッッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアアア

ァァァァァァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!」

 

 

 

 

 強烈な上昇空圧で引き裂かれそうな程に捲れ上がる学生服。

 天空へと轟くスタンドの喚声を背景に、

承太郎とシャナは太陽へと翔ける一つの流星と成った。

 

 

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅧ ~Cry for Tears with love…~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 紅世の徒 “屍拾い” ラミーの 『能力』 は、

己が存在を無数の断片(ピース)に分割し、

ソレに遠隔操作系の自在法を編み込んで

自律行動を促すという云わば“増殖” の幻術。

 無論スタンド能力と同様その司令塔である 「本体」 は存在し、

ソレが消滅すれば他の断片も同時に霧散するが

元の存在が()()()()()()()()()

広域に点在する数十体以上のラミーを 「本体」 か 「断片」 か、

判別するのは非常に困難である。

 恐らく卓抜した自在師、 紅世の王クラスでもまず看破は不可能。

 しかし、 水が火を消すようにどんな領域にも “天敵” というモノは存在し、

ソレがジョセフ・ジョースターの持つスタンド 『隠 者 の 紫(ハーミット・パープル)』であった。

 過程も方策も一切消し飛ばし、

ただ 「結果」 のみが歴然と現れる未知なる 『能力』

 絶対の安全圏に位置しながら他の断片になど見向きもせず、

さながら蒼き凶星の如き暴威を捲き散らしながら「本体」へと一直線に

突っ込んでくる存在を感知した刹那、

ラミーが思わず死を覚悟したのは想像に難くない。

 

「封ゥゥゥゥ絶ェェェェェェッッッッッ!!!!!」

 

 けたたましい爆裂音と共に精巧に研磨された分厚いガラスが

軒並みブチ割れるよりも速く、 この世の因果の流れを切り離す自在法が発動し

その建物を中心として群青の炎が波濤の如く異郷の街路を塗り潰していく。

 蒼き封絶の中に降り注ぐ硝子の豪雨を背景にソコへ降り立ったのは、

復讐と憎悪のドス黒い凝塊を瞳に宿す一人のフレイムヘイズ。

 崇高な芸術品が静謐に陳列される閑静な雰囲気を称えた美術館内部は、

一瞬にして殺戮の狂気に充たされた地獄と化した。

 

「どこだァッッ!! どこにいるゥッッ!! 

紅世のッッ!! 徒アアアアアアァァァァァ――――――!!!!!!!」

 

 空間をバリバリを撃ち砕くような威圧感(プレッシャー)を伴ってまず美女が

 

「今さら隠れたって無駄なんだよッッ!! もうチェック・メイトだッッ!!

せいぜい優しく咬み散らかしてヤっから出て来なラミーちゃんッッ!!

ヒャアアアアアーーーーッハッハッハッハアアアァァァァァ!!!!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

次いでその被契約者である紅世の王が蒼の空間に狂声を響かせる。

 破滅の戦風が内と外に吹き荒ぶ中、

半ば無意識にマージョリーは胸ポケットの写真に手を伸ばしていた。

 ソコに映る存在をもう一度眼に灼きつけ、己の憎悪を更に増大させる為に。

 彼女は明らかに、 そのドス黒い焔に灼かれるコトを 『愉しんでいた』 が、

それを認識する理性は既に灰燼と帰していた。

 

「ッッ!!」

 

 その美女の瞳が、 大きく見開かれる。

 継いで冷酷な微笑が、 ルージュで彩られた妖艶な口唇に刻まれた。

 

「コレは、 本当に、 便利な 『能力』 だわ……

今の私の、 望むがままに存在を映し出してくれる……!」

 

 言うが速いか、 美女は巨大な 『本』 の形容(カタチ)をした神器、

グリモアを先鋭に構え

 

「 “ソ・コ” ッッッッだあああああぁぁぁぁ―――――――ッッッッッッ!!!!!!!」 

 

己の左斜めの方向へ開いて発光するグリモアを通し蒼い炎弾の嵐を乱射する。

 優美な芸術品が展示硝子ごと幾つも砕け散り燃え上がるのと同時に、

空間を仕切る黒いカーテンから一つの影が視界に過ぎるのを

マージョリーは見逃さなかった。

 

「逃・が・す・かァッッ!!」

 

(クッ…… ()()、 か……!

存在の気配は完璧に消し去った筈……なのに何故……)

 

 それぞれ対照的な心情のまま、 両者が頭上へと飛び上がったのはまた同時。

 動きも表情も失った人々が後に残るその空間で、

蒼い炎に照らされるフロアに落ちた一枚の写真。

 その右上に記載された街路図は、

いつのまにか今いる場所の館内図に切り替わっていた。

『能力』 と 「対象」 との距離が狭まれば、

その威力と精度が増すスタンド法則。

 ソレを使用する者とされる者に、 その事実を知る術はない。

 一方は透化、 もう一方は爆砕しながら幾つもの天井を突き抜けた両者が、

最終的に真正面から対峙した場所。

 ソコは幾何学の波のようなガラスの大天蓋で覆われた、

絡み合うアーチと吹き抜けを見下ろす美術館最上部。

『DRAGON’S DREAM』 の名を冠するが如く、

背に陰陽盤を背負った巨大な龍の彫像が4体取り囲む威容の空間。 

 

 

 

 

 

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……ッッ!!

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!

 

 

 

 

 片や一切の気配を発さず、 片や触れれば焼き尽くされる程の脅嚇を以て

存在する、 異界の住人。

 フレイムヘイズと紅世の徒。

 上昇に伴ってかかった髪により片目だけだが、

この世のスベテを滅ぼしても尚足らないという憎悪をギラつかせながら

彼女は口を開いた。

 

「ったく、大した 『能力(チカラ)』 も無い癖にチョロチョロと……

アンタみたいな雑魚に拘ってる暇はないのよ……

他にもブチ殺さなきゃならない徒は腐るほどいるんだから……ッ!」

 

 まるで地獄の底から這い擦り出すような怨嗟の声で、

もう殺した後のようにラミーへと迫るマージョリー。

 

「こっちの警告シカトしやがったのはテメーの方だからなぁ?

もうラクには死ねねーぜ。 ()()()()()()()()()オレでも止めらんねーからな。

ヒャーーーーーーーッハッハッハッハァァァァァァァァ!!!!!!!」 

 

 心底欣快(きんかい)そうな狂声で、 サディスティックに己が同胞への別離(わかれ)

宣告するマルコシアス。

 

戯言(たわごと)を……)

 

 絶対の殺意を向けられた老紳士ラミーは、

頬に冷たい雫が流れるのを感じながらも

手にしたステッキの先端を前へと差し出した。

 

「……」

 

 対して美女は、 路傍の石でも見るような視線でソレを一瞥。

 被契約者の王はただゲラゲラと嘲りの狂声をあげ続けるのみ。

 その両者を意に介さず、 ラミーは己の精神を一点に集中させた。

 

「……惑えッ!」

 

 枯れた声と共に両眼を見開き一度タクトのようにステッキを振った後、

小さく回ったその先端から深い緑色の炎が繁吹(しぶ)く。

 

「――ッッ!!」

 

 次の瞬間、 マージョリーの双眸がその眦を引き裂くが如く散大した。

 眼前で発動するこの世成らざる存在の事象、

自在法ではなくその炎の 『色彩』 に。

 瞬時に純白の羽根が、 吹雪のように空間を乱舞し互いの中間距離を隈無く覆っていく。

 だ、 が。

 

「小ッ賢しいィッッッッ!!!!」

 

 己の右手に炎気を集束させ、 鉤爪で引き千切るように空間を薙ぎ払った

美女の一閃により純白の羽根吹雪は瞬く間も無くスベテ灼き尽くされた。

 後には焼塵と群青の余韻が音もなく燃え散るのみ。

 その先で、まるで手負いの獣のように、 フレイムヘイズは息と声とを荒げていた。

 

「……本当に……本当、に……! クソ、ヤローね……アン、タ……!

最後の最後まで……とことんムカつかせてくれる、わ……ッ!」

 

「!?」

 

 一体何が彼女の逆鱗に触れたのか、 ソレはラミーの解する領域には在らず

その怒気に気圧された彼は想わず一歩下がる。

 炎の戦闘自在法は兎も角、 “幻術” に於いては王をも凌ぐという自負を持っていたが、

まさか己を追っている相手も同じ階層(レベル)に達しているとは誤算だった。

 その恐るべき存在を、 ()()()()()()()()()()()()、 ソレ自体が既に致命的損失。

 これ以上退く事は適わない。 断片を統合する時間もない。

最早自分に、 一切の打つ手は無い。

 

「――ッッ!!」

 

 次の刹那、 神器グリモアから延びた魔獣の頭部のような炎が、

己の右足に噛み付いていた。

 

「グッ……!」

 

 一拍於いて吹き出る深緑の炎と共に、

膝を支える力が抜けラミーはガラスの大地に(つくば) う。

 相手を確実に討ち取る為には、 まず行動手段を先に潰す。

 次いで攻撃手段、 防衛手段、 知覚手段と順にもぎり取っていき、

最後に微塵の容赦も無く首を()ね飛ばす。

 冷酷非道にも映るが、 弱肉強食の摂理で充たされた戦場では当然の定石。

 

(ここまで……か……)

 

 己の生きようとする想いを、 相手の “執念” が上回った事を意外にも冷静に認め、

ラミーは眼前の怒れるフレイムヘイズを見上げた。

 己が 『目的』 を果たせずに消滅するのは無念ではあるが、

胸中に甦る一人の人間と同じ世界へようやく旅立てるという切望が

不思議と “彼女” の心を安堵させた。 

 

(コレが……私の 『罪』 に対する、 【罰】 だというのであれば……

致し方あるまい……)

 

「……」

 

 心中でそう呟き儚むように瞳を閉じるそのラミーの想いなど微塵も斟酌せず、

マージョリーは殺戮の焔儀を己の右腕に宿らせる。

 ものの数秒で 『炎獣(トーガ)』 数体分の炎気がヴォゴヴォゴと肉瘤(にくりゅう) のように

彼女の細腕を覆っていき、 やがてソレは巨大な群青の “脚” と化す。

「本体」 とはいえ、 実質トーチに過ぎない己を討滅するには大袈裟過ぎると

半ば諦観にも近い感情でラミーはソノ焔儀を見つめていたが、

最早風の前の塵に同じく黙として語らない。 

 そして生と死が一点に交錯する終極の中で、

今や絶対的な捕食者となったマージョリーの心奥に甦るモノ。

 ソレは、 これまでの残虐な記憶ではなく、 一つの優しい追憶。

“アノ娘” と出逢って以来共に織り成した、 光り輝くような幾つもの場面。

 

(……)

 

 部屋に戻ると、 アノ娘がいるのが嬉しくて。

 マー姉サマと呼びながら、 自分の娼館着に擦り寄ってくるのが可愛らしくて。

 子供っぽい仕草で自分の作った食事を口に運ぶのは愛しくて。

 他の娼館仲間達みんなから、 アノ娘が好かれるのは少しだけ妬ましい反面、

とても誇らしかった。

 自分を死の淵から救ってくれた、 優しい娘。

 自分に人間の心を取り戻させてくれた、 大切な娘。

 だから、 何でも出来た。

 だから、 何でもしてあげたかった。

 

 

 

 

 

 

“とても、 幸せだった”

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 アノ娘が笑ってくれるなら、 どんな悪逆非道な行いだろうと怯みはしなかった。

 そして。

 やっと。

 やっと……

 

(ルルゥ……もうすぐ、よ……)

 

 優しい過去の追憶に浸りながら、 マージョリーは今はもう傍にいない少女の名前を呟く。

 同時に、 胸元のロザリオも熱を持つ。

 

(もうすぐ、 終わるわ……ねぇ? ルルゥ……)

 

 その口唇に浮かぶ静謐な微笑とは裏腹に、

右腕に宿る巨大な群青の前脚は唸りをあげて折れ曲がる。

 

(そうしたら……二人で……静かな場所で……穏やかに暮らしましょう……

ずっと……ずっ……と……ねぇ……?)

 

 ソノ刹那、 マージョリーの瞳から流れ落ちる、 一筋の涙。

 

「ルル……ゥ……」

 

【挿絵表示】

 

 

「!?」

 

 彼女の時間の概念が混濁している理由を知らないラミーは、

長年自分を追い続けてきた戦闘狂のその意外なる素顔に息を呑んだ。

 美しく、 そして優しい記憶は、 人の心を捕らえて離さない。

 ソレは、 人間も紅世の徒も関係ない。

 そしてソレを惨たらしく踏み躙ったモノは、 誰であろうと絶対に赦さない!

 憎しみと絶望が生み出す狂気の微笑を浮かべるフレイムヘイズから、

断裁処刑の如く撃ち堕とされる魔狼の爪牙。

 その、 刹、 那。

 突如空間を疾走る、 一迅の光が在った。

 

(――ッッ!!)

 

(ッッ!?)

 

 今まさに、 ラミーの存在を原型も留めぬほどに壊滅させようとしていた群青の前脚は、

その光に肘部分から真っ二つに剪断(せつだん)され構成を絶たれた上半分は、

余波で中空に弧を描きながら弾け飛び多量の火の粉と成って爆ぜる。

 歴戦の研ぎ澄まされた戦闘神経でフレイムヘイズが反射的に視線送ったのは、

攻撃が来たであろう背後ではなくその「正体」が突き立つ前方。

 

( 『(スター)ッ!?』 )

 

 足下の強化ガラス内部に組み込まれた分厚い鋼鉄の梁に刺さったモノは、

有り触れていながらこの場には絶対にそぐわないモノ。

 一枚の 『タロットカード』

 希望と自由とを暗示する、『(スター)』のカード。

 しかし、 こんなモノで。

 その強度と耐熱性からして “紅世の宝具” には違いないが、

体積比と頑強さで遙かに上回る自分の焔儀を両断するには、

常軌を逸した途轍もないスピードと構成の脆い部分を微塵の誤差なく撃ち抜く

精密動作性が必要な筈だ。

 一体 “誰” が、 こんな真似を?

 驚愕の事態に意識の混濁から醒めたマージョリーの頭上で、

その解答(こたえ)がけたたましいガラスの破砕音と共に

己の眼前へと舞い降りた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

明日は「お休み」です(≧▽≦)ノシ

 

追記

 

https://www.youtube.com/watch?v=tTNybXzqb-g

 

やっぱりマージョリーは【X】の曲が似合いますね……('A`)

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅨ ~Il Modo Di Credere~ 』

 

 

【1】

 

 

 屋上を覆うガラスの大天蓋が砕け 降り注ぐ硝塵のシャワーの中、

マキシコートのような学生服を着た長身の男が両手をポケットに突っ込んだまま、

その傍で寂びた黒衣を身に纏った紅髪の少女が手にした大刀を斜に構えたまま、

キラメキに包まれながら軽やかに内部空間へと舞い降りる。

 そしてラミーの姿を隠すように二人で前に立つと不敵な表情でマージョリーを見据え、

宣戦布告のように逆水平へと構えた指先を共に彼女へと向けた。

 

「やれやれ、 どうやら間に合ったみてぇだな。 大丈夫か? ラミー」

 

 呆気に取られるマージョリーを後目に、

無頼を絵に描いたような男が傍で蹲るラミーに

歩み寄りそっと手を差し出す。

 

「間一髪だったわね。 カード投げなかったら危なかったかも。

まさかいきなり 『本体そのもの』 に襲撃かけるとかこっちも想わないもの。

本当、 やれやれよね」

 

(……ッ!)

 

 己の存在を無視して話を進める両者に苛立ちながらも、

マージョリーは一抹の違和感と共にその思考を動かした。

 

(“さっきのは” ……やはりあのチビジャリの仕業……?

昨日の戦い振りからは妙にそぐわないカンジがするけど、

現状を鑑みてそう判断するしか――)

 

 未だ狂気の炎は裡で激しく逆巻いてはいるが、

永年の経験により己を律しマージョリーは冷静にそう分析する。

 

「おいおいおいおい、 まさかここで昨日のガキンチョ、

御丁寧に “ミステス” 付きかよ。

相変わらずテメーのヤる事ァ理解出来ねーなぁ。

悪ィ意味でよぉ。 えぇ? 天壌の」

 

 折角の獲物をズタズタに咬み千切る瞬間を

邪魔された苛立ちを隠そうともせず

険悪な声でマルコシアスが告げる。

 その狂猛なる紅世の王の前に、 一人の長身の男が敢然と立ちはだかった。

 

「テメーらが、 イカれた戦闘狂のフレイムヘイズ “弔詞の詠み手” とかいう女と、

その契約者 “蹂躙の爪牙” とかいう犬ッコロか?

昨日は、 ツレが随分と世話ンなったみてーだな?」

 

 ラミーの無事を確認し颯爽と振り向いた無頼の貴公子は、

地獄の修羅場を幾度も潜った歴戦の不良のみが持つ

特有の眼光で両者を睨め付ける。

 

「アァ!? 犬ッコロだとぉ!? ブッ殺されてぇのか只の人間風情がッ!

宝具があるからって調子ン乗ってんじゃあねーぞ!!」

 

 グリモアから狼の形容(カタチ)を執って騒ぐマルコシアスを、

マージョリーが諫めた。

 

「つまんない挑発に乗ってるんじゃないわよ。

フレイムヘイズが傍にいるから虚勢を張ってるだけ。

よく視なさい。 存在の力なんて殆ど感じないでしょう。

何が入ってるか解らないけど、 戦闘用じゃないコトだけは確かよ」

 

「チッ、 覚えとけよ!」

 

 マージョリーの言葉に、 今は私憤よりも優先するべき事を覚ったマルコシアスは

眼前で勇壮に佇む長身の男へそう吐き捨てた。

 

「また、 君達に助けられたな」

 

 背後でアラストールの施した応急処置により、

立てる程度には回復したラミーが若干焦燥の混じった声で両者に告げる。

 

「言っただろ? (ナシ)つけるって」

 

「もう、 大丈夫。 アナタに絶対手は出させない。

それより、 遅れてごめんなさい」

 

「……」

 

 振り向いて力強い微笑と共に告げられた二人の言葉に、

ラミーは千の味方をつけたよりも篤い信頼感を覚えた。

 やがてその内の一人、 炎髪灼眼の少女が身の丈に匹敵する大刀を片手で携えたまま

悠然とした歩調で、 眼前の圧倒的存在感を放つフレイムヘイズへと歩み寄る。

 

「一日振り、 ね。 “蹂躙の爪牙” マルコシアス “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー」

 

「……」

 

 殺戮の雰囲気で充たされた空間の中、

あくまで澄んだ声で告げられた少女の言葉に

美女は一抹の衝撃を覚えた。

 

「……アンタ、 ()?」

 

 自分でそう言って、 マージョリーは想わず唖然となる。

 問う事など愚問、 紛れもない、 昨日自分が完膚無きまでに

叩きのめしたフレイムヘイズだ。 

 確かに、 その才能の片鱗と裡に眠る凄まじい迄の潜在能力の高さは認めた。

 今こうして目の前に立っているコトから、

何とかして己の放った焔儀を耐え抜いた機転と強運、

その回復力の高さは驚嘆に値するモノだろう。

 だが、 そんな些末な次元の問題じゃない。

 はっきり言って、 ()()()()

 気配も、 眼光も、 裡に秘めた闘気も、 そして何よりもその 【存在感】 が。

 まるで100年も地獄の修羅場を潜ってきたかのような、

“凄味” と 『気高さ』 を否応なく感じさせる。

 

(私、 以上に……? バカな……ッ!)

 

「おいどーしたマージョリー! (ほう)けてんじゃあねーぞッ!」

 

 己の脇で叫ぶマルコシアスの声を聞いて、 美女はハッと我に返った。

 

「……」

 

 眼前の少女は、 変わらぬ澄んだ真紅の双眸で己を見据えている。

 昨日の敗北の記憶など一巡を通り越して

『無かったコト』 に変わったかのように。

 その少女の発する気配に呑まれないように、

そして在り得ない、 考えすぎだと己を諫めてマージョリーは口を開く。

 

「何をしに来たかなんて問うのは、 どうやら無粋のようね?」

 

 炎の消え去った腕を腰の位置で組みながら冷然と告げられた美女の言葉に対し、

 

「えぇ。 無益な争いはこちらも避けたいわ。

だから、 このままアナタが立ち去ってくれるのが一番良い」

 

僅かな虚勢も劣等感も抱かず、 あくまで尊重のフレイムヘイズへの

敬意を失さぬままシャナはそう返す。

 

「勿論、 その場合は “もう二度とラミーに近づかない” って約束してもらうけど」

 

「……」

 

 やはり、 違う。 本当に、 同一人物か?

 だったら、 昨日戦ったあのフレイムヘイズは一体何だったのだ?

 疑念を抱きながらも表情には出さずマージョリーは続ける。

 

「イヤだ、 と言ったら?」

 

 その瞬間、 少女の全身を覆っていた緩やかな気配が、 いきなり鋼鉄の如く尖った。

 そして重く静かな声調で、 時間すらも吹き飛ばす爆弾のように “警告” される、

一つの言葉。

 

「後で、 死ぬほど後悔するコトになると想うわ……

“私達” 二人を、 敵に回したコトを……」

 

 ソレと同時に、 処刑宣告のように自分へと差し向けられる逆水平の指先。

 

「……ッ!」

 

 格下相手にこうまで言われる事に対し、 胸中で燃え上がる憎しみとは別に

フレイムヘイズとしての誇りもまた熱を持った。

 

「失望させてくれるわ。

どうやら、 フレイムヘイズとしての自覚がまだまだ足りないようね?

殺すべき “徒” を庇うなんてそんな甘いヤり方じゃ、 アンタそのうち死ぬわよ」

 

 その歴戦のフレイムヘイズが告げる峻厳な言葉にも、

シャナは微塵も動じず森厳に返す。

 

「……そうかも、 しれないわね。

でも、 一つだけ偉そうな事を云わせてもらえば、

私は、 『正しい』 と想ったからやってるの。

だから、 その結果自分がどうなろうと後悔はない。

血に(まみ)れ報われず、 誰にも認識されない封絶の中でも、

私は大切な人と、 『信じられる道』 を歩いていたい」

 

【挿絵表示】

 

 

 昨日の報復も、 凄惨な復讐者への嫌悪も抱く事なく、少女は静かにそう告げる。

 その真紅の双眸へ確かに宿った、 煌めく黄金の光と共に。

 ソレが何故か無性に、 マージョリーの心をメリメリとささくれ立たせた。

 

「何も知らない小娘が!! 知った風な事をベラベラとッッ!!」

 

「……」

 

 激高するマージョリーとは裏腹にシャナは無言で前を見据えるのみ。

 もう次の瞬間には無数の蒼い獣爪が

あらゆる方向から襲い掛かってきそうな暴威だったが、

少女は全く動じず瞳すらも逸らさなかった。

 その裡に宿る己と対極に在る光が、

美女の怒りの臨界点を振り切り却って気勢を醒まさせる。

 炎は高温になるほど、 その色彩を稀薄にしていくという危うさを以て。

 

「フッ……まぁ、 いいわ……

そんなに痛い目みたいなら、 また同じようにしてあげる……

絶対の力の差というのをその身に刻んで、 自分の甘さを想い知るコトね……」

 

 再びその口唇に狂気の微笑を浮かべた美女は、

ガラスの大地にヒールの音を響かせ一歩前に出る。

 

「最も……「原型」 留めてたらの話だけど……」

 

「アァ~! アァ~!! ヤっちまったなぁ~?

お嬢ちゃんよぉ~! もうどうなってもオレァ知らんぜッ!

我が麗しの酒 盃(ゴブレット)をここまでキレさせて!

生きてるヤローなんぞ今まで一人もいねーからなァッッ!!

ギャーーーーーーーハッハッハッハッハアアアアアァァァァァァ!!!!!!!!!」

 

 その陶磁器のような素肌をビリビリと劈く魔獣の叫声。

 当然ソレを戦闘開始の合図として即座に挑み掛かってくると想われた少女は意外、

くるりと己に背を向けその視線の先、 ラミーのいる方向へと戻っていく。

 そして。

 

「ごめんなさい。 忘れてるコトがあった。 だから、 チョイ待って」

 

 途中首だけで振り返り、 まるで小用でも片付けにいくような口調でそう告げる。

 

【挿絵表示】

 

 

「……」

 

 完全に気の勢を殺がれたマージョリーであったがすぐに、

 

(バカ、 が……ッ!)

 

口元を兇悪に歪め、 右手に集束させた炎気と共に

シャナの無防備な背へと飛び掛かろうとした。

 だが。

 

(!!)

 

 突如、 その少女の小さな背中に異様なプレッシャーを感じた。

 無作為に飛び掛かれば刹那に斬裂されるような、

或いは幾千の拳撃で滅砕されるかのような、 歴然とした脅威。

 得体の知れないナニカが少女自身の能力(チカラ)とは別に、

彼女を護っているのを確かに感じた。

 

「……あの小娘ぇ、 自力じゃ敵わねぇからってんで

何か妙な “宝具” でも持ち出してきやがったか?

姑息な真似しやがるぜ……!」

 

 腰元でマルコシアスも同様の気配を感じたのか、 歯噛みするように苛立ちを漏らす。

 

(……)

 

 その所感に同意したマージョリーは己の自在法が最も有利に働く場所を

刹那に見回して(あた)りをつけ、 不自然さを極力消した佇まいでソコへ移動する。 

 

「……」

 

 その姿を認めた無頼の貴公子が、 学帽の影に隠れた鋭い視線を静かに切った。

 

「承太郎」

 

 やがて目の前に立っていたシャナが、 小さな手を自分に向けて差し出している。

 

「コレ、 預かってて」

 

 その小さな手の中から託されたモノ。

 深遠なる紅世の王、 天壌の劫火アラストールの意志を現世に表出する

異次元世界の神器、 “コキュートス”

 

「……」

 

「……」

 

 渡された二人の男は、 事実意外そうな表情でシャナを見る。

 

「今回は、 今回だけは、 誰の力も借りず、

自分自身の力だけでヤってみたいの。

だから、 持ってて。 ()()()()()()()()()()()()

 

 圧倒的な能力(チカラ)を持つ相手を前にしても尚強い笑みを浮かべる彼女を前に、

承太郎は同じような微笑で、 アラストールはどこかで見た既視感と共に無言で応じる。

 そし、 て。

 

「じゃ、 行ってくる」

 

 これから始まる熾烈なる死闘に微塵の恐怖も気負いもない晴れやかな表情で

そう言ったシャナに、

 

「……暴れてこい」

 

承太郎も微塵の危惧すら抱かない心情でそう告げる。

 

「うん!」

 

 破滅の戦風の中で尚栄える、 無垢な笑顔と共に

一人のフレイムヘイズは最愛の者に背を向けた。

 振り向いたその先、 待ちかねたと云わんばかりに

憎しみの凝塊と化したマージョリーが、

収斂された群青の炎気を全身から滾らせている。

 瞬時に黄金の光で充たされた双眸を戦闘モードへと研ぎ澄まし、

シャナは手にした大太刀の切っ先を、 空を斬る音と共にその存在へと刺し向けた。

 無数の強烈な精神の波濤が、 激しく渦巻く 『運命の潮流』

 その終焉の幕が、 今壮烈に切って落とされた。

 

←To Be Continued……

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩ ~Gravity Angel Drive~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 遠間に位置する美女の足下から、

群青の光が一斉に弾けソコから雪崩(なだれ)るように

ガラスの大地を滑走する夥しい量の不可思議な紋章と紋字。

 ソレが一片の誤差も無く円形の自在法陣を組み、

ソコから火柱と共に 『召喚』 される異形のモノ。

 フレイムヘイズ 『弔詞の詠み手』 必勝の定石、 蒼炎の魔獣 “トーガ”

 その存在をライトグリーンの瞳に映した無頼の貴公子が厳かに呟く。

 

「アンタと同じ、 “群体型遠隔操作”

だがコッチは完全に戦闘のみに特化させた能力か。

アノ熊みてーな炎の獣がそれぞれバラバラに、

しかもパワー充分に攻撃して来るっつーンなら、 厄介以上の相手だな」

 

「アノような者達にこれまで()け廻されていたとは……

今更ながら肝を冷やす想いだ」

 

 マージョリーの繰り出した強剛無比なる能力に慨嘆を漏らした承太郎の横で、

ステッキを支えに佇むラミーもまた同様の感想を口にする。

 その熾烈なる戦闘の火蓋が今まさに切って落とされんという最中、

承太郎の手の平から荘厳な声があがった。

 

「どうした? 早く首にかけぬか」

 

「……」

 

 手に携えた優美な造りのペンダントに無頼の貴公子は視線を送る。

 

「よく “視えぬ” のだ。このままでは」

 

 告げられたアラストールの言葉にそうなのかと了得した承太郎は、

その後少しだけ(よこしま) な笑みを浮かべ、

 

「なら視え易いように、 “こう” しててやろーか? お父さん?」

 

コキュートスの細い銀鎖を指に絡ませ、 振り子のようにブラ下げる。

 

 

「ふ、 巫山戯(ふざけ)るな! 貴様ッ!」

 

 珍しく感情の意を明確にした炎の魔神が、 眼前のやや下で声を荒げた。

 その様子を微笑混じりにみつめていた脇の老紳士が、

一転表情を引き締めて問う。

 

「ふむ、 それにしても良かったのか? 空条 承太郎」

 

「ン?」

 

 ペンダントを首かけ、 (タバコ) はよさぬかというアラストールの声を無視しながら

紫煙を薫らせる美貌の青年。

 

「彼女は、 一度アノ者と戦って敗れているのだろう?

力量の差か相性かまでは窺い知らぬが、

既に手の内が露見している以上不利には違いない。

助けられておいて言うのも何だが、

ここは君が行くべきではなかったか?」

 

 そのラミーの当然の物言いに対し、 承太郎は銜え煙草のまま大袈裟に両手を開く。

 

「ハァ? オレが? 何故? ヤらねぇよ」

 

「むう、 しかしだな」

 

 疑念を口にするラミーを承太郎が遮る。

 

「言っただろ? アイツが “行ってくる” ってよ。

つまり、 オレの助けは必要ねぇ、 っていうか端から選択肢に入ってねーんだよ」

 

 そう言って無頼の貴公子は横を向いて紫煙を吹き出す。

 

「まぁここは一つ、 アイツのお手並み拝見といかせてもらおうじゃあねーか。

アンタの生命(いのち)が賭かってるんだ。

勝算もねーのに戦うなんてバカな真似、 アイツはしねーよ」

 

 その鮮鋭なるライトグリーンの瞳は、 視線の先で佇む凛々しき少女を見据える。

 

「彼女を、 信頼しているのだな」

 

 ラミーのその言葉に、承太郎は何故か虚を突かれたように視線を引き、

次いで学帽の鍔で目元を覆う。

 そして。

 

「……どうだかな。

ただアイツは、 一度ヤるって決めたコトは必ず最後までヤり遂げる。

善くも悪くも自分に絶対嘘をつかないのが、 アイツのイイ処だからな」

 

「フッ……」

 

 その風貌とは裏腹の解り易い繕いに

ラミーが穏やかな微笑を浮かべると同時に、

 

「むぅ……」

 

という何か面白くなさそうな呟きが加わった。

 

(昨日みたいに……時間はかけない……秒単位で終わらせる……!) 

 

 その戦闘空間にはやや不釣り合いの鼎談が行われていた場の遙か遠方で、

マージョリーは狂気の炎を心中に燃え滾らせていた。

 邪魔する者は誰で在ろうとスベテ叩き潰す。

 ソレが将来有望なフレイムヘイズだろうが、 後の味方に成り得る者だろうが関係ない。

 先を見据える未来は跡形もなく灰になり、

消えない過去の追憶が生み出す残酷なる「現在(いま)」のみが在った。

 しかし勢力と総力で圧倒的に上回っていながらも、

美女は怒りに任せて短絡的な人海戦術等には撃って出ない。

 あくまで冷静に、 そして冷徹に、 100%勝てる炎獣(トーガ)の配列を

脳裡で取捨選択し徹頭徹尾妥協なく構築していく。

 まずは、 定石通り相手の四肢をもぎ落とすコト。

 破壊衝動のままにその()をバラバラに引き裂くのは、

それからでも遅くはない。

 やがて前方で扇状に拡がった炎獣(トーガ)の包囲網が微塵の隙も無く完成する頃、

シャナは己の足下を爪先で叩き戦場の地形を確かめていた。

 

(ちょっと、 滑り過ぎるわね。 “斬斗(キリト)” は(つか)えないか。 なら……)

 

 心中でそう呟いた後、 手にした大刀をおもむろ掲げると、 そのまま背へと(かつ)ぐ。

 そして空いた左手は緩やかに前へと突き出し、

その繊細な指先を順に折り曲げながらゆっくりと手招きをした。

 ソレと平行して足下は指の力のみで(ふく)むように静かに這わせ、

ジリジリと互いの間合いを詰めていく。

 

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 しかし少女の用いたその奇怪な構えに対し、

マージョリーは些かの動揺も示さない。

 逆に怒りに伴って尚冴えるその明察により、

少女の攻撃に対応する術を瞬時に生み出した。

 

(フン……そんなくだらない挑発に乗ると想ってるの……?

()れて私が腕を伸ばしてきた所を “後の先” で向かえ撃とうって魂胆だろうけど浅いわ。

折角造り上げた鉄壁の包囲網を自ら崩すなんてバカな真似はしない。

間合いに入った瞬間放たれる一撃を、 トーガに掴ませるか迎撃させるかして終了ね。

フフフ……)

 

 口元に冷然とした微笑を浮かべながらも、 マージョリーの研ぎ澄まされた視線は

互いの間合いを完璧に見極めている。

 シャナがどれだけ(はや)く鋭い斬刀を繰り出そうとも、

“来る” と解っているモノを見過ごす彼女ではない。

 

(あと……三歩……)

 

 ジリジリと互いの間合いが詰まるにつれ、

美女の躰から立ち上る火の粉もその色彩を増す。

 少女は俯くように呼気を呑み、 奥歯をギリッと咬み縛った。

 

(あと、 二)

 

 

 

 

 

 ズヴァァァァッッッッッ!!!!!

 

 

 

 

 

 突如、 何の脈絡もなく響いた斬切音。

 シャナの近接、 マージョリーからは一番遠方にいたトーガの首が刹那に両断されていた。

 次いで宝具の特殊効果により、 後に残った首無し胴体は跡形も霧散する。

 

「ッッ!?」

 

「……ッ!」

 

 対手であるマージョリーは事態を把握できず、

遠間に両者を見据えるラミーの瞳にも結果だけが映るのみ。

 

「……」 

 

「……」

 

 少女をよく()る二人の男の慧眼(けいがん)のみが、

シャナの撃ち放った “剣技” の本質を正確に目視(とら)えた。

 

「一体、 ()()()()()()()()? 巧者ではない私の目にも

彼女の攻撃が命中(あた)る距離では無かったと想うが」

 

「シャナの “手元” を、 よく見てみな」

 

 ラミーの問いに承太郎が悠然とした口調で応える。

 促されて老紳士が視線を送った先。

 

(……ッ!)

 

 通常の “掴み” とは明らかに異なる形で、

少女の三本の指が振り抜いた大刀の末端部を支えていた。

 

「完全に射程距離外から撃たれたシャナの剣は、

アノ瞬間、 それを掴む手が柄の根本からその端まで 『横滑り』 してたのさ」

 

「その結果、 切っ先は相手の想定を越え伸長するに至った。

無論、 神妙なる指の挙止(きょし)無くば為し得ぬ “(ワザ)” ではあるがな」

 

 承太郎の解説に、 胸元のアラストールが完璧に補足する。

 

「オレの “祖先” も、 攻撃を繰り出すと同時に腕の関節外して

その 「射程距離」 を伸ばしたらしいが、 まぁソレと似たようなモンだな。

一流の遣い手ほど相手の間合いを見誤るコトァねぇし、 その精度も㎜単位になる。

その裏を掻いた巧いヤり方だぜ」

 

 ソノ、 スタンド使いと紅世の王、 両者が惜しみない称賛を送る

少女の繰り出した斬刀術。

 刹空拡刃(せっくうかくじん)虚現(きょげん)廻撃(かいげき)。 

『贄殿遮那・火琥流(ヒグル)ノ太刀』

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A スピード-A 射程距離-C(直前で迫るように伸びる)

持続力-E 精密動作性-A 成長性-D

 

 

 

(先手は取った……! さぁ! ここからッ!)

 

 慮外(りょがい)に静寂、 しかし鮮烈に火蓋を切った戦闘の第一合と同時に

11体のトーガが雪崩れ打つように襲い掛かる。

 だがソレよりも速く、 シャナは振り抜いた大刀を反転させて元の掴みに戻し

火花を噴くバックステップでトーガ達の包囲網外側へと移動を開始していた。

 その巨体からは想像もつかない素早い方向転換でトーガの群は彼女へと向き直り、

無数に散開して逃げ場を封じながらその群青の腕を次々と伸ばす。

 

「――ッ!」

 

 視線の先にくねりながら現れた7本の爪撃をその俊敏な脚捌き、

更に屋上内部に設置されたガラスの支柱をも利用してシャナは躱す。

 空間に舞い散らばる、 キラメク硝子の破片(カケラ)

 防衛反応から無意識にその色彩へと一瞬視線が移るトーガを後目に

シャナは突如身を低く、 滑空するような体勢で一番近距離にいる2体へと挑み掛かった。

 一転、 追っていた者が突如追う者に、

「線」 が 「点」 と成ったその動きに対応できないトーガは

己の右斜め、 それもかなり下方から走った

死角の一撃に脇腹を深々と刺し貫かれる。

 

「ぜえええぇぇぇぇッッ!!」

 

 継いで湧いた灼熱の喚声と同時に大太刀の特殊能力が発動、

自在法で在る炎獣は何の抵抗も出来ず無へと還る。

 

(二つ!!)

 

(バカが!!)

 

 トーガ消滅の瞬間、 近郊と遠隔で二人のフレイムヘイズが

心中で対照的な声をあげたのはほぼ同時。

 先刻少女が大刀を突き刺した後、 消滅の余波を煙幕にして

背後へと回り込んでいたもう一体のトーガが、 その巨腕を既に撃ち落としていた。

 全力の刺突に伴い宝具も発動させた為、

躰が一時硬直する少女に斬撃を放つ余裕は無い。

 だ、 が。

 次の瞬間、 シャナの白い肌を無惨に引き破ると想われた群青の爪撃が

ソレを繰り出す 「本体」 ごと空間で停止した。

 

「……ッ!」

 

「――ッ!」

 

 その様子を遠間で見据えながら息を呑む無頼の貴公子と蒼炎の美女。

 舞い踊る紅い陽炎の元、 視覚的には少女が反射的に出した細腕一本で

巨腕を受け止めているようにも視える。

 だが違う!

 実際には少女の纏った黒衣の袖口、

その内側から伸びた無数の “鎖” が

眼前の炎獣を幾重にも巻き絡めているのだった。 

 

緋 ノ 鎖(ルージュ・バインド)ッッ!!』

遣い手-空条 シャナ

破壊力-なし スピード-シャナ次第 射程距離-C(5メートル前後) 

持続力-B 精密動作性-シャナ次第 成長性-A

 

 

 

 その炎で出来た灼熱長鎖の名が、 少女の尖鋭な声と共に鳴り響く。

 

「口が開けられなきゃッ! 喰おうと思っても喰えないでしょ!!」

 

 同時に強烈な力で引き寄せられたトーガが、

一刃の片手横薙ぎと共に胴体部からバッサリと両断される。

 後には、 霧塵の火の粉と化した群青が寂寥と共にたゆたうのみ。

 

「三つッッ!!」

 

 双眸に宿った黄金の光と共に、 喊声をあげながら少女は

残った炎獣の群に逆水平の指先を向けた。

 

「炎気の具現化か。 先代のモノとは較ぶべくもないが、 アノ若さでよくも」

 

「元々 “縄” で相手をフン縛るくれぇはヤってたからな。

ソイツを応用すりゃあ不可能じゃあねーだろ」

 

 ここまでは非の打ち所が無いほど、 戦闘を有利に進める少女の俊才に

老紳士と無頼の貴公子は落ち着いた声で語る。

 

(――ッッ!!)

 

 ソレとは対照的に彼女と対峙するマージョリーは苦々しく口中を噛み締めた。

 

「おいおいおいおい、 一体ェどーゆーコトだ!?

昨日と動きが全然違うじゃねーか!

アノ刀以外宝具を遣ってる様子もねぇし、

本当に昨日ブッ倒したあのガキンチョかよ!!」

 

 まるで別個のフレイムヘイズを視るような口調で、

腰元のマルコシアスが騒ぎ立てる。

 残るトーガはあと9体。

 戦局的にはまだまだ己の優位は揺るがないが、

心中に生まれた一抹の違和感が(おり)のようにマージョリーの感情をザワめかせた。

 

(……)

 

 その周囲の注目を一身に集める少女は、

一度刀身に(のこ)った蒼い火の粉を血飛沫のように振り払い

あくまで冷静にここまでの戦況を分析していた。

 

(一つ、 ハッキリしたコトがある……

戦闘が始まってこれだけ経つのにアノ女は、

他の戦闘自在法は疎か 「炎弾」 の一発も撃ってこない。

昨日みたいな 『極大焔儀』 を警戒して距離を取ったけど、

どうやらそれは杞憂(きゆう)だったみたいね)

 

 冴え渡る脳裡で紡がれる真理と共に、 その口唇にも澄んだ微笑が刻まれる。

 

(恐らく、 あれだけのトーガを自律(オート)指 導(マニュアル)

切り換えながら同時操作するのにかなり神経を削られるか、

或いは行使する力全体の消費量が大き過ぎるのかもしれない。

何れにしても、 『トーガが出ている限りアノ女は他の焔儀は遣わない』

否、 ()()()()!)

 

 導き出した結論に、 黄金の光を宿す灼熱の双眸が一際輝く。

 そして空間に響き渡る勇ましき鬨の声。

 

「さぁッッ!! どうしたの!! 倒したトーガはたったの3体!!

まだまだこんなモノじゃあないでしょう!!

来なさい!! “弔詞の詠み手” マージョリー・ドー!!

それともまさか臆したのッッ!!」

 

(チビジャリがッッ!!)

 

 再び己を刺す剣尖から告げられた言葉に、

軋ませた(まなじり)と共に美女は激昂する。

 しかし彼女に心中の二の言も与えぬまま、 シャナは森厳な言葉で再度告げた。

 

「来ないなら……()()()()()……行ってあげましょうか……?」

 

「ッッ!!」

 

 言うが速いか少女は両の足裏を爆散させ

滑車で吊り上げられるように大きくトーガ達の頭上、

ガラス張りの天井スレスレを黒衣をはためかせながら

反転した躰で天空を仰ぐように飛翔する。

 時間にして僅か数秒にも充たない帯空だったが

見上げる炎獣と異能者達の視線の元、

制服を取り巻く気流を全身に感じながら少女は双眸を閉じ、

何かの儀式で在るかのように心中の想いを反芻した。

 

(不思、 議……自分でも……驚く位落ち着いてる……

幾ら機先を制したとは言っても……余裕なんか生まれる相手じゃない筈なのに……)

 

 凄惨なる戦場の直中でまるで涅槃の境地へ達したかのように、

想い以外の存在はスベテ意味を無くし、 跡形も無く消え去った。

 

(それに……新しいチカラが……どんどん湧き上がってくる……!

今なら……誰にも……負ける気がしない……なんでも……出来る……ッ!)

 

 言葉の終わりと同時に、 先刻以上の気高き色彩を以て見開かれる、 真紅の灼眼。

 気づけば眼下、 己の着地点数メートル先にマージョリーが在り、

呆気に取られたような表情でこちらを見ている。

 無想の刻は終わりを告げ、 少女は再び戦闘神経をギリギリまで研ぎ澄ませた。

 

(でも……一体どうして……?)

 

 一抹の疑念と共に、 少女は躰を鋭く反って縦に廻転し美女に背を向けた体勢で

ガラスの大地へと火線を描いて着地する。 無論直前に大刀を円周状に振り廻して

周囲を牽制するコトも忘れない。

 

(アイツが……視てるから……?)

 

 背後のフレイムヘイズへの警戒を怠らず、

大刀を両手で構え直すシャナへ波浪のように迫る群青の群。

 その隙間から垣間見えた、 自分の一挙一動を見過ごすまいと光るライトグリーンの瞳。

 

(アイツが、 視てるからッッ!!)

 

 二つの瞳が交差した刹那、 疑念は確信へと換わり

まるで起爆剤のように己の裡で弾け燃え盛る闘気へと変貌した。

 紅蓮舞い踊る炎髪が一度吹雪のように火の粉を振り捲き

その威圧感に身構えるマージョリーを無視してシャナは再度足裏を爆散、

それぞれ三位一体となって迫る炎獣の波浪内一対に撃ち掛かる。

 標的は、 あくまでトーガ。

 この(あまね)く炎獣の群は、 交戦するフレイムヘイズの強力な攻撃手段で在ると同時に、

極大焔儀発動の 『原動力』 とも成っている。

 相手の自在法を “喰らう” という特殊能力も、

ソノ威力を最大限に高めるというコトを目的として造り上げられたモノ。

 故にソレをスベテ潰してしまえば、 後には片腕をもがれたも同然の自在師が残るのみ。

 如何に歴戦のフレイムヘイズと云えども 『元となる力が存在しなければ』

どれだけ強大な焔儀を修得していようとも遣うコトは出来ない。

 相手の得意手は、 奪える時即座に奪う。

 コレもまた、 凄惨なる戦場での定石。

 

「「「グウウウウウゥゥゥゥゥゥオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォ

ォォォォォォォォ―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」」」

 

 しかし相手のトーガもただ狩られるのを待つ脆弱な獣ではない。

 虚を突いた攻撃ならまだしも真正面から向かってくるシャナに、

相討ち覚悟で獰猛に襲い掛かる。

 少女の斬撃射程距離より遙か離れた場所からその巨腕を伸ばし

彼女を場に縫い付ける為、 上下左右更に斜交からの同時攻撃を仕掛ける。

 空を劈く強烈なスピード。

 如何なる 「達人」 と云えど、 遮蔽物もない場所で6方向から放射状に迫る爪撃を

一振りの刀のみで対処するのは事実上不可能。

 しか、 し。

 次の瞬間、 それぞれバラバラの軌道で振り下ろされたトーガ3体の腕6本が

少女の華奢な躰に着撃する刹那、 突如何かの法則に触れたかのようにスベテ斬り飛ばされた。

 

「「「――――――――ッッッッ!!!!????」」」

 

 爪撃の勢いで大きく弧を描いて宙を掻きそして放散する蒼き腕の束。

 その結果をもたらしたシャナの剣技が、 気流に揺らめく黒衣の間から正体を現す。

 左肩口を鋭角に突き出す 「車の構え」 から、

右手で大刀の柄頭を基点とし円環状に廻転させて生み出された

月輪(がちりん)の如き捲刃(けんじん)

 ソレが空間に無数の刃紋を描き、 円形チェーンソーのように

襲い来るトーガ達の腕をその勢いも併せて瞬時に削断したのだ。

 本来相手の武器、 或いはソレを振るう腕や触手の 「破壊」 を

目的として練り上げられた反 撃(カウンター)技。

 

「だあァァァァッッッッ!!!!」

 

 そして両腕をもがれ達磨(だるま)と化した相手の喉元に

無慈悲の一尖の突き立てる完殺の交差刺刀術。

 疾風剥迅(しっぷうはくじん)惨空(ざんくう)叛牙(ほんが)

『贄殿遮那・火車ノ太刀・朔斗(ザクト)

遣い手-空条 シャナ

破壊力-A++(相手の力により増減) スピード-A 射程距離-D

持続力-D(相手の力により増減) 精密動作性-A 成長性-B

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 その脇で瞬速の片手逆斬りの許、 一刀両断にされたもう一匹のトーガが

半身同士を上下にズラして立ち消える。

 最後の一匹は惜しくも逃したが、 一つの剣技で二体を屠り一体を

再起不能に出来たのは秀逸の戦果。

 

「「「「「「「グウウウウウウゥゥゥゥゥガアアアアアアアアアアアアア

ァァァァァァァァァァ――――――――――!!!!!!!!!!」」」」」」」

 

 少女は無傷のままほぼ半数の戦力を殺がれたトーガ達は

宿主の心情をそのまま現すかのような狂声で吠え、

最早策も何もない数の暴力のみを(よすが) とし

残り7体が蒼い霹靂と成って一斉に襲い掛かった。

 

「ブッ殺せェェェッッッッ!!!!」

 

「ッッ!!」

 

 神器から魔獣の形容で狂猛に叫ぶ王の声に、

一瞬速く狂熱から醒めた美女が咄嗟に口を開く。

 しかしその展開を予め読んでいたかのように

逆水平に構えた少女の指先が差すと同時に、

決然と告げられる言葉。

 

「おまえは次にッ! “おまえ達迂闊(うかつ)にそいつに近づくな!” と言う!!」

 

「おまえ達!! 迂闊にそいつに、 ハッ!?」

 

【挿絵表示】

 

 

 出した言葉を否定するように、 ルージュで彩られた口唇に手を当てるマージョリー。

 意識の虚を完全に突かれる一瞬の喪心。

『遠隔操作能力』 の法則として、

宿主の心情がそのまま伝播しトーガ達もソレに連動して止まる。

 その隙にシャナは、 大刀を鉄梁(てつはり)に突き立て己の身を低く

そして掌中に強大な力を集束させながら焔儀発動の構えを執っていた。

 

(えん)(がい)(ごう)……!」

 

 凝縮していく粒子線状の炎気と共に、

大気を呑みこむ竜 顎(りゅうあぎと)の如き形容(カタチ)で折り曲げられた

指先に灯る、 真紅の炎。

 

( “アレ” は……ッ!)

 

(むぅ……!)

 

 その構えと色彩に、 青年と魔神が瞠目したのはほぼ同時。

 継いでソノ焔儀が真正面を向いた少女の視線の先へ、

古の灼絶流式名と共に爆裂する。

 

 

 

 

炎 劾 劫 煉 弾(タイラント・フィフス・フレア)ッッッッッ!!!!!』

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 咆吼と共に開いた竜の口から、

3つの巨大な炎弾が正面、 広角、 そして頭上から強襲し

その凄まじいスピードに対応出来ないトーガは着弾と共に炸裂し、

天蓋を突き破った火柱に呑み込まれ跡形もなく炎蒸した。

 

「アレほど巨大な火球を一度に3発も撃ち放つとは……

しかもそれぞれ軌道を(たが)えて……

また、 恐るべきフレイムヘイズを仕えたものだな。 アラストール」

 

焔儀の放つ灼光に風貌を照らされ驚愕するラミーを後目に、

 

「本当は5発撃つんだ」

 

正鵠(せいこく)には10発だがな」

 

スタンド使いと紅世の王が歪みない口調で返す。

 

「しかし、 幾らアラストールが遣ってみせたとはいえ

たったの2日で “モノ” にしやがるとはな。

オマケにジジイの “フェイント” まで途中に織り交ぜて。

アイツ、 一体ェどこまでイキやがる……ッ!」

 

 湧き起こる覇気を抑え切れないといった表情で、 承太郎は意図せず拳を握る。

 普段の弛まぬ訓練の成果も在るだろうが

明らかにソレを超えて天井知らずに騰がって行くシャナの能力(チカラ)を呼び水に、

己の血も熱く(たぎ)った。

 

(やれやれ、 柄にもなくオレの方まで(うず)いてきやがった……

カッコなんぞつけねぇで、 やはりオレがヤるべきだった、 かな……?)

 

 言いながら無頼の貴公子は、 少しだけ口惜しそうな微笑と共に煙草を銜える。

 

「残りあと4体ッッ!!」

 

 梁に突き立った大刀を前に、

黒衣を叩きながら左手を振り翳した少女の喊声が空間に轟いた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩⅠ ~Breathless Night Extreme~ 』

 

 

 

【1】

 

 

「調・子・に・乗るなァッッ!! 若年のフレイムヘイズがァッッ!!」

 

 少女の喊声を打ち消すように美女の叫声も空間に轟いた。

 同時に、 残ったトーガ全てが瞬時に元の存在の力へと還り

蒼き螺旋を渦巻きながらマージョリーの躰へと戻っていく。

 その表情に最早微塵の余裕も無い。

 己が全霊を以て(たお)すべき敵だと、

捲き起こる狂暴な感情と共に美女は理解した。

 

(とうとう “クる” か……!)

 

 一方的に戦局を押し進めていたシャナだが、

美女の裡で練り上げられそして集束されていく

炎気の凄まじさに想わず逡巡する。

 そう、 これまでがどれだけ優勢で在ろうと

ソレはすべて 「前哨戦」 にしか過ぎない。

 どんな不利な戦局だろうと、 ソレを一撃で覆してしまい得る

極大なる “焔儀” を彼女は持っている。

 従ってその 「元」 を全て封殺してしまおうとしたシャナだったが、

それを易々と完遂させるほどフレイムヘイズ “弔詞の詠み手” は甘くない。 

 しかもスタンド能力と違いどれだけトーガを消滅させようと

ソレを行使する 「本体」 へのダメージは一切無い。

 故にこれから初まる、 互いが全力で撃ち放つ

壮絶なる焔儀と焔儀の果たし合いを征した者こそ

この戦いの勝者となるであろうコトを視る者全てが認識した。

 

「う、 む……ここまでは順当に進めてきたが、 流石にコレは無謀に過ぎないか?

炎の戦闘自在法では、 弔詞の詠み手の方に分が在るのは否めぬだろう。

アラストール、 空条 承太郎」

 

「……」

 

「……」

 

 ラミーにそう問われた両者は幾分視線を鋭く、

しかし決して引くコトなくマージョリーと対峙するシャナを真っ向から見据える。

 胸中に懸念や危惧が無いと云えば嘘になるが、

それよりも篤い彼女を信任する気持ちが二人を無言へと至らせた。

 何も言わないその代わりに、 己の瞳は絶対に逸らさない。

 疵もまだ完全には癒えていない躰で遙か格上の者と一歩も引かずに戦う

少女の誇り高き姿を、 スベテ焼き付けておくのが己の責務であるように感じていた。 

 そし、 て。

 

 

 

 

蒼 蓮 拾 参 式 戒 滅 焔 儀(ダーク・フェルメール・ブレイズ)ッッ!!”

 

紅 蓮 珀 式 封 滅 焔 儀(アーク・クリムゾン・ブレイズ)ッッ!!”

 

 

 

 

 

 突如、 均衡が破れる如く、 二人のフレイムヘイズが炎を振り捲きながら

己を司る焔儀領域の御名を吼える。

 同時に少女は眼前で口唇を埋めるように、

美女は天空へと掲げるようにそれぞれ両腕を交差し、

その先に各々が発動させる焔儀の自在式印を結ぶ。

 深紅と深蒼。

 互いの全身から異なる色彩の火吹きが迸り、

既に己が裡で完成した焔儀を全力で以て発動させる為の体勢へと移行する。

 シャナは両手に集束させた炎気を前に突き出す、

マージョリーはグリモアを繋いだベルトごと振り乱す形容で、

それぞれ相手の眉間に銃口を突き付けるように差し向ける。

 そして空間で爆砕する、 両者が全力で以て刳り出す “流式” 名。

 

 

 

 

 

冥 咬 覇 貫 號 獣 架(グリード・クロイツ・エスクライド)ッッッッッッ!!!!!!】

 

炎 劾 華 葬 楓 絶 架(レイジング・クロス・ヴォーテックス)ッッッッッッ!!!!!!』

 

 

 

 

 両者が()り出したのは、 奇しくも同じ炎架型の焔儀。

 しかし一方は高架形であるのに対し、 美女が刳り出したモノは

その4つの尖端に魔獣の爪をギラつかせる背徳の鉤十字。

 そしてその本質は、 射程範囲こそ単体に留まるが

()()()()()()()、 マージョリーが携える数多の焔儀の中でも最強の威力を誇るモノ。

 炎気と炎気が噴き搾り合い、 熱気と熱気が灼け荒び、

大地と空間すらも融解させる程の壮絶な焔儀戦では在ったが、

コトこの場に至ってはその総合力に於いて勝敗の趨勢は明らかで在った。

 いつかのスタンド戦と同じく、 流式を撃ち放った後も少女と美女は

ソレに炎気を集束して送り込み続け相手の存在を圧倒する為に力を振り絞る。

 だが、 同属焔儀同士の膠着状態は長く続かず、

次第次第に少女の撃ち放った高架の方が()され始めその形容も歪めていく。

 

「やはり敵わぬか……! なれば……ッ!」 

 

 及ばずながら加勢を試みようと進み出るラミーを、 承太郎の手が制す。

 

「空条 承太郎!? しかしっ!」

 

 戦士としての誇りがそうさせるのか、

だがこのままでは少女が灰燼と帰すのは時間の問題の為

老紳士は疑念を呈する。

 だが示された無頼の貴公子は、 ()()()()()()()()諮問(しもん)をシャナに差し向けていた。

 

( “狙い” は、 確かに面白い……だが果たして、

『そんなコト』 が本当に可能なのか? シャナ。

リスクを負って無理に発動しても、 最悪 「相殺」 で終わっちまうぜ)

 

(むう……)

 

 彼の胸元で、 被契約者で在るアラストールも同様の心情で彼女を見つめる。

 だが次の瞬間、 戦闘に於いて極限まで研ぎ澄まされた彼の 【洞察力】 が、

シャナの真の “狙い” を看破した。

 一方的に少女の放った炎架を圧搾しながらも、

自身は(きず)一つ付いてない蒼き鉤十字、

その頑強さ、 (すなわ) ち 『持続力』 を原拠として。

 

(そうか……! ()()()()()()()……ッ! なら、コレはヤれる……ッ!)

 

 青年が確信と共に瞳を見開いたのと同時に、

その表面中心部の紅玉にも無惨な亀裂が走り

最早形容(カタチ)を保つのが精一杯となった灼熱の高十字架(ハイクロス)

を認めた美女の口唇に、 冷酷な微笑が浮かぶ。

 ソレを受けグリモアを透して炎気を送り込みながらも、

裡では存在の力をより強力に収斂(しゅうれん)させ焔儀を粉微塵に消し飛ばすと同時に

その術者をも焼き尽くす為の終撃を密かに()める。

 

「――ッ!」

 

 その潰滅寸前の焔儀を前に、

美女の力の流れに変化が生じたコトを感じ取ったシャナは、

すかさず己の裡で 『既に練り上げていた力』 を両手に集束させた。

 

「――ッッ!!」 

 

 ソレと同時に、 両腕の皮膚が制服と共に裂け鮮血が舞い散るが

少女は苦痛の色も僅かに、 その体勢は微塵も崩さない。

 彼女の躰を支えるのは不屈の精神力、 そして背後から確かに感じる視線。

 その存在が、 少女に限界を超える力を、 魂の叫号と共に湧き立たせた。

 

(私の “男” が視てるのよ……ッ! 私にカッコつけさせてよ……!

みっともない所なんて……絶対視せられないのよ……ッ!)

 

 美女か、 或いは己か、 少女は瞳に宿る黄金の光と共に咲き乱れる血華の許、

“もう一つの” 焔儀発動の体勢に入る。

 左手に無数の紋章と紋字を鏤める小型の自在式法陣。

 右手に極限まで炎気を集束させ “閃熱” と化した灼紅の凝塊。

 ソレを光の矢を(つが)えるように左を前へ、 右を引き絞るように正拳へと握る。

 

(やれ……想いっきりブチかませ……シャナ……ッ!)

 

 両腕を朱に染めた、 無惨ながらも美しきソノ姿を

己がコトのように凝視する無頼の貴公子。

 

「ハアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!」

 

 その彼の心中に呼応するかのように、 湧き熾る灼熱の喊声。

 

(オレはおまえを……見護って……いるぜ……)

 

 遠く離れていても近くに感じている存在を背に、

『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ” の精神(こころ)は、

今再び一つと成る。

 その互いの双眸に宿る黄金の光で、 『運命』 さえも(つらぬ) くように!

 そして背後に在る最愛の存在と共に、 同時に拳を撃ち出して炸裂する新生の流式名。

 左手で創り出した自在式法陣に、 右手に宿らせた閃熱の凝塊を叩き込み

その威力を増幅させて射出する強大焔儀。

 星焔融合(せいえんゆうごう)彗星(すいせい)灼烈(しゃくれつ)

 天壌の流式(ムーヴ)

焔 劾 星 吼 煉 灼 翔(プロミネンス・ヴァースト・インフェルノ)ッッッッッ!!!!!』

流式者名-空条 シャナ

破壊力-A++ スピード-A++ 射程距離-B(最大50m)

持続力-B 精密動作性-D 成長性-AA

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 音速で撃ち出された正拳の先から、 それ以上の速度で閃光のように疾走(はし)る灼熱の星吼。

 

「――ッッ!?」

 

 死に体と想っていた者の、 突如の造反に美女は炎気を放出しながらも双眸を見開く。

 想像だにしえない、 そして、 ()()()()()()()()法儀を、

少女が敢行したその事実に。

 そう、 数多の高度な自在法を携えるマージョリー程の “自在師” で在っても、

強力な焔儀を間を置かず 『連続して』 撃ち放つコトは出来ない。

 スタンド能力と近似して、 フレイムヘイズも紅世の王で在っても

原則として 『一度に撃てる焔儀は一発だけ』

 故にソレで相手を討滅出来なければ、

当然また一から自在法を編み直さなければならない。 

 しかし目の前の少女は、 一つの焔儀を生み出すその過程の最中

もう一つの焔儀も平行して、 二つの自在法を 『同時に』 編み上げていたのだ。

 ソレは、 努力や修練、 経験という領域を超えた生まれついての才能、

天倫(てんりん)” の域に既存。

 美女がいくら少女を上回る百戦錬磨のフレイムヘイズだとしても、

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 無論ソレを発動する際の躰に対する反動は焔儀を二発撃ち放った時の比ではなく、

更に複雑に錯綜する力の制御に伴う精神の消耗も甚大なモノとなる。

 己の超人的な恢復(かいふく)能力すらも犠牲にして、

一切の迷いなく無謀とも云える法儀を敢行した少女。

 しかし!

 空条 承太郎と空条 シャナ。

 素質は潜在の中で眠っていたとしても、 その何れの存在が欠けたとしても、

ソノ 『能力』 を目醒めさせるコトは不可能だっただろう。 

 そしてソレこそが、 昨日(さくじつ)アラストールの刳り出した、

歴代フレイムヘイズの中でもごく僅かしか()し得なかった

紅世至宝の究極焔儀 真・流式(ネオ・ムーヴ) の “骨子” と成る儀法。

輪 流 式(デュアル・ムーヴ)』 

 炎の形容を超え、 純粋なエネルギーの塊と化した閃熱の光芒が

崩れかかっていた灼熱の炎架を爆発的に後捺しする。

 一発一発の焔儀では遠く及ばないが、 二つの焔儀を 「結合」 させれば

如何にマージョリーの最強焔儀と云えども()()()()()()凌駕し得る。

 やがて狂暴な炎を噴き散らす蒼き鉤十字はシャナの放った二つの焔儀の圧力に

捺されて大きく(ひしゃ) げ、 そのまま放った勢いを逆方向に変換してマージョリーの許へと

蜷局を巻いて戻ってきた。

 

(な、 に――ッッ!?)

 

 グラス越しの視界を埋め尽くす、 紅蓮と蒼蓮の極彩色。

 彼女の美貌を焔儀の放つ灼光が一度鮮やかに照らした。

 

 

 

 

 

ヴァッッッッッッッグオオオオオオオオオオオオオオオオオ

ォォォォォォォ―――――――――ッッッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

 虹彩を灼く焦熱と、 鼓膜を劈く大爆裂音が因果の流れを無くした

美術館全域とその周辺に響き渡る。

 継いで屋上を覆うガラスの大天蓋が風に散る花片のように次々と割れ、

内部に組み込まれた鉄骨も飴細工のように融解して捻じ折れ、

足下の強化ガラスにも夥しい亀裂が走った。

 構造の重心が著しく切り替わった為、 グラグラと不安定に揺れる足場。

 

「終わった……か……」

 

 その後に吹き荒ぶ破滅の戦風に痩身を包まれ、

自分達の直前にまで走ってきた亀裂を

ステッキの先で確かめながら老紳士が呟く。 

 ラミーがそう判断するのも無理はない、

先刻の一合で美術館の一画が

その下の階層も含めて跡形もなく吹き飛んだのだから。

 正拳を突き出した少女の眼前に巨大な焼煙が茫々と立ち籠め、

開けた空間から外の風景が剥き出しになり、

封絶の放つ蒼き火の粉と冷たい気流が入り込んで来ている。

 

「やれやれ、 全くブッ飛んだスケールの判断と行動をするヤローだ。

相手の “(ワザ)” までも利用して、 テメーの炎の威力を上げようってんだからな。

想いつきはしてもフツーは実行しねぇ。

これから先、 一体どんだけ成長するか解らねぇな」

 

 荒涼とした空間に無頼の貴公子の美声が流れる。

 継いでその胸元から荘厳な男の声。

 

「うむ。 よもや “アノ法儀” までも、 この場にて完遂させるとはな。

まだ尚早だとは想ったが、 我の想像を超えてあの子は夙成してゆく。

或いは、 過日(かじつ)の貴様と花京院の “(ワザ)” が、 余程腹に据えかねたのかもしれぬな」

 

「アン? 何でオレと花京院が出てくンだよ? 関係ねーだろ」

 

「む……あくまで忖度(そんたく)での話だ。 深く詮索するでない」

 

 シャナの想像を超える成長に想わず口が滑ってしまった

炎の魔神は厳格に己を諫める。

 

「ま、 ともかく後ァブッ壊れた場所を元に戻して終いだな。 いこうぜ」

 

「うむ」

 

 アラストールを促し片手をポケットに突っ込んだまま

シャナの傍へと歩み寄ろうとする二人の男。

 しかしその足は僅か数歩足らずで止まる事となる。

 

「マジ、 か……?」

 

「まさか、 な……」

 

 各々そう呟き気流に霧散しつつある焼煙の中。

 二人よりも早く近距離に在る少女は既にその存在に気づきつつある。

 足下に突き立てた大太刀を再び正眼に構え、 警戒心を切らしてはいない。

 その刹那、 薄くなった煙幕の向こう側から群青の牙が飛び出してきた。

 

「――ッッ!!」

 

 咄嗟に身を翻し廻り込みながら避けた少女は、

そのまま大刀を腰下から斬り上げ魔獣の頭部を両断する。

 

「チッ……!」

 

 中空に刎ね飛ばされたその首は宝具の特殊能力で掻き消える刹那、

忌々しそうに舌打ちした。

 やがて、 気流に捌ける焼煙の中から朧気に現れるシルエット。

 不完全な形容だったとはいえ、 3つの焔儀の集合体を直に喰らって尚立ち続ける

蒼炎のフレイムヘイズ、 『弔詞の詠み手』 マージョリー・ドー

 流石にダメージは受けたらしくその嬌艶なタイトスーツは爆炎でズタボロになり、

所々が灼き裂けて白い素肌が露出している。

 だが戦意と殺意は微塵も衰えるコトはなく、

寧ろ先刻以上の急迫を滲ませ燃え滾っていた――!

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

はい、今回「挿絵」が少ないかもですが

良い『絵』が創れませんでした。

半端なポーズなら載せない方がマシです。

ってか本来『小説』ってそーゆーモノですけどね。

『絵』はあくまで【オマケ】なのです……('A`)

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩⅡ ~Vertical Infinity~ 』

 

【1】

 

 

 

 鮮血の付着したルージュの隙間から、 手負いの獣のような呻り声が微かに漏れる。

 

「まだ!! 来ちゃダメッッ!!」

 

 反射的に傍へと駆け寄ろうとしていた二人に、 シャナが背を向けたまま叫んだ。

 その言葉は、 最後まで自分が戦うという信念以上に

大切な二人を戦闘に巻き込みたくないという優握な想いが在った。

 半分まで出かかっていたスタンドを静かに引っ込め、

承太郎は呆れたように言う。

 

「やれやれ、 しぶてーヤローだ。 自在法、 か?

ンなもんを練る暇はなかったようにに想えるがな」

 

「うむ。 確かに練達の自在師とはいえ

“アノ瞬間” は無理で在ったであろうな。 しかし……」

 そのアラストールの言葉を先読みし、

承太郎はマージョリーの纏うズタズタのタイトスーツに眼を向けた。

 

「なるほど、 ね。 戦国時代の “仇討(あだう)ち” みてーに

()()()()準備してたってワケか。

流石に一流のフレイムヘイズ。 一筋縄じゃあいかねーってコトか」

 

 近代ビルの一画を崩壊させる程の大爆炎を受けたのにも関わらず、

美女の着ている服は想いの外原型を留めており、

裂け目から露出している肌からも出血が少ない。

 ソレはマージョリー自身の炎に対する抵抗力も在るが、

その本質は今までの凄惨なる戦闘経歴に起因。

 善も悪も関係ない、 そして一瞬の油断も赦されない無情なる戦場の直中に於いて

常にあらゆる最悪の事態を想定していた為、

予め己の(からだ)と服装にミエナイ形で

『防御系自在法』 を編み込んで在ったのだ。

 戦闘系の自在師ならば別段珍しいコトではないが、

永い時間をかけて周到に編み上げた為その防御能力は絶大なモノを誇る。

 しかしシャナの撃ち放った焔儀はその障壁すらも突き破り

更にマージョリー自身にも甚大なダメージを与えた。

 恐らくその備えが無ければ、 先刻の爆滅焔儀で跡形もなく焼滅していただろう。

 

「クッソガキがァ……ッ! 『輪流式(あんなモン)』 遣えるなんて聞いてねーぞ……!

確か “万条の仕手” でも、 “儀装の駆り手” でも無理だった筈だ……!

どうする? 我が愁傷の愛妃、マージョリー・ドー。

こうなったら、 ()()()()()()?」

 

 受けたダメージ以上に、 己の大切な契約者(フレイムヘイズ)を惨憺足る有様にしてくれた者に、

怒りと共に火を吐き散らすマルコシアスへマージョリーは私憤を諫めて気丈に言う。

 

「私を、 一体誰だと想ってるのよ? 

我が蒼惶の魔狼、 マルコシアス。

この程度、 何でもない。 まだまだこれからよ」

 

「だ、 だがよ!」

 

 食い下がるマルコシアスにマージョリーは先刻の憎しみに支配された表情からは一転、

破滅の風が吹き荒れる戦場の直中で、 まるで聖女のような微笑みを彼に向ける。

 

「ずっと、 一緒にいてくれるんでしょう……?

だったら、 大丈夫よ……信じてよ……」

 

「……ッ!」

 

 痛みで啼き叫ぶよりも、 それに堪えて微笑まれるほうが、 ずっと何も言えなくなる。

 彼女と、 マージョリーと初めて出逢った時の、

そしてソレ以降の光景がマルコシアスの裡で甦った。

 創痍の躰を押して、 マージョリーは三度シャナと対峙する。

 追い込まれれば追い込まれるほど、 絶対にソレには屈しないという

確固たる決意の許、 尚も蒼炎は燃え上がる。

 

「まだ、 続ける気……? もうこれ以上は、 どっちが勝っても無意味よ」

 

 傷つきながらも倒れない、 全身ズタボロになっても最後まで立ち向かう、

その尊さを誰よりも知っている為、 少女は悲痛な声を滲ませてそう告げる。

 

「フフフフフフフ、 もうここまで来ちゃったら、 互いに治まりがつかないでしょう。

アンタもフレイムヘイズなら、 いい加減そこらへんの所を覚りなさい。

命取りになると言ったはずよ、 その甘さ」

 

「――ッ!」

 

 胸中を突く一言。

 自分は今、 自分が 『正しい』 と信じたコトの為に戦っている。

 でもそれは、 ()()()()()()()()()()()()()()()

 口で言うだけじゃダメ、 頭で想うだけでもダメ、

本当に大事なのは、 本当に本当に大切なコトは――

 何が在っても、 絶対に揺るがないコト。

 どんな苦境に立たされても、 ソレを貫くコト。

 そういう意味では、 例え狂気の妄執に取り憑かれていたとしても、

目の前のこのフレイムヘイズの方がずっと己に殉じていた。 

 その美女に少女は、 彼に対する気持ちとはまた違う、

親愛にも似た感情が芽生えるのを覚える。

 それと同時に、 互いが憎いわけでもないのに戦わなければならない

その 『運命』 に、 何故か無常な寂しさと哀しさを感じた。

 

「……ならもう、 何も言わない。 全力でアナタを止めてみせる。

同じフレイムヘイズとして……!」

 

 言葉の終わりと同時に煌めきを増す、 黄金と紅蓮を共に宿した気高き双眸。

 

「ヤれるものなら、 ヤってごらんなさい。

追いつめた気になってるんでしょうけど、

コレでようやく五分以下だってコトを教えてあげるから」

 

 灼けつく躰で強い視線を受け止めながら、 美女は不敵にそう返す。

 言いながらも(したた) かに、 その脳裡ではこの戦局に於ける最終手段を

既に構築しつつ在った。

 

(もうここまで来たら……F ・ B ・ B ・ D(フォビドゥン・バイツァ・ブレイクダウン)

しかないわね……まさかここまで追い詰められるとは想わなかった……

存在の力は残りを振り絞ればなんとか確保出来るけれど、

でも流石に発動までの時間が大きい……

焔儀発動の瞬間にこちらの懐に飛び込まれたら終わり……

何とか力の消耗を最小限に抑えて相手の隙を造るしか……)

 

 そこまで考えて、 美女は意識していなかった、

戦闘に集中し過ぎて完全に “盲点” となっていた存在に眼を止めた。

 

「……」 

 

 自分達の標的であるラミーの傍らで、 異界の神器を首から下げ、

射抜くような視線でこちらを見ている一人の勇壮な “男” に。

 ソレを認めた刹那、 マージョリーは背徳の微笑を血で濡れたルージュに浮かべる。

 窮地に想わぬ僥倖が潜んでいた。

 何故もっと早く気がつかなかったのか?

 ()()()()()()()()()()、 フレイムヘイズがミステスを連れている理由など

『たったの一つ』 しかないというのに。

 自分もそうであったように、 この少女もまた例外ではない。

 己は手に出来なかったモノを粉々に破壊できる倒錯した喜悦を悟られぬよう、

マージョリーは眼前のシャナに視線を戻した。

 

(フッ……小娘(ガキ)のくせに、 大した上玉(くわ)え込んでるじゃないの……

自分の “男” の前だからリスクを厭わず常に背水の陣を 『覚悟』 し、

ソレで存在の力を増大させてたってワケ……)

 

 少女の変貌振りの源泉を見透かしたマージョリーは、

心中で呟きながらも両腕を掲げ、 再び焔儀発動の構えを執る。

 シャナはその発動の刹那、 一瞬の隙を突く為全身の神経を

針のように研ぎ澄ませる。

 

(でも……長所と短所は表裏一体……

アンタに力を与えているその存在が

「弱点」だというコトは盲点だったようね……

戦場で敵が攻撃するのは、

何も対峙している自分自身だけとは限らないのよ……)

 

 ドス黒い憎悪が生み出す狂気の視線で、

マージョリーはシャナからは視線を逸らさず瞬時に両手に集めていた炎気を消し、

右手を己の死角に撃ち出す。

 

( “その男” が……! アンタ最大の「弱点」よ……ッ!)

 

 一切瞳を動かす事なく、 経験と勘のみで射出された無数の蒼い炎弾は

そのスベテが微塵の誤差もない精密性で 「標的」 へと襲い掛かる。

 彼女の明察は、 概ね正解。

事実、 自分が標的へと定めた青年とほんの僅か心が擦れ違っただけで、

少女は本来の力を著しく減退させた。

 ただ一つの誤算、 は……

 

 

 

 

 

『オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアァァァァァ

ァァァァァァ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!』

 

 

 

 

 その 「弱点」 が、 他の “ミステス” 等足下にも及ばない、

紅世の王すらも凌ぐ強大な 『能力』 を携えていたというコトだけだ。

 隣にいるラミーも同時に撃ち滅ぼそうとしていた蒼き炎弾の嵐は、

その能力(チカラ)が発現した瞬間に迸った光と巻き起こった旋風に

スベテ明後日の方向へと弾き飛ばされる。

 突如、 何の脈絡もなく傍に立ったその存在を

絶句しながらみつめるラミーを後目に、

青年の胸元でフッという微笑が聞こえた。

 

『……』

 

 神聖な白金の燐光に全身を包まれて出現したその 『能力(スタンド)』 が、

真っ向から美女を見つめ引き絞られた指先を振り子のようにチッチッとやっていた。

 そんなモノでは百年経ってもオレを倒せないと啓蒙するかのように。

 全力ならまだしも牽制程度の焔儀では、 暴走する列車をも止めかねない

近距離パワー型スタンドには大海の前の小波(さざなみ)と全く同義。

 

(ノリアキと、 同じ “能力者!?” )

 

 既視感にも似た心情でその存在に視線が釘付けになる美女の視界に映る、

その能力を発現させた男の瞳。

 そして交差する二つの瞳を通して静かに告げられる言葉。

 

(オイオイ……いつまでもオレに眼ェ向けてて良いのか……?

オメーの相手はオレじゃあなくて、 “アイツ” だろ……?)

 

 そう言って顎を差し向ける無頼の貴公子に釣られ、

咄嗟に視線を戻す美女。

 

「――ッッ!!」

 

 極度に圧縮された時間の中、 マージョリーが空条 承太郎に見入っていたのは

実質3秒にも充たなかったが、 一瞬の交錯で決着が付く死闘の最中に於いては

世界が一巡するほどの致命的タイムロス。

 その間にシャナは大太刀を真一文字に胸元で構え炎を流動しながら、

この戦いの終極を告げるべき “(ワザ)” を既に完成させていた。

 何が在っても絶対に彼は大丈夫という揺るぎのない、

この旅の始まり以降更に強まった “信頼” と共に。

 本来外に向けるべき炎気を己の(うち)に、

宝具である大刀を経由して極限まで修練させ、

ソレを一挙に開放して全身に駆け巡らせる驀進永続斬刀撃(ばくしんえいぞくざんとうげき)

『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ” その互いの存在、

何れが欠けても実存不可能な至宝の能力。

 星麗無双(せいれいむそう)灼滅(しゃくめつ)殲覇(せんぱ)

【贄殿遮那・星幻灼姫(せいげんしゃっき)ノ陣】

発動者名-空条 シャナ

破壊力-AA スピード-AA 射程距離-B(最大50m)

持続力-AA 精密動作性-AA 成長性-AA

 

 

 

 

 

 

 

『Go……SHANA……(いけ……シャナ……)』

 

“Yes I am……(ハイ……!)”

 

 

 

 

 

 

 

 二つの言葉が重なった瞬間。

 少女の足下から紅蓮の灼光が弾け、 次いで足下の強化ガラスにも鋭い亀裂が

走って周囲に捲き散る。

 

(消え、……!?)

 

 瞠目したマージョリーの視界に映るモノは、 紅蓮の色彩を反照する硝塵のみ。

 ソノ余りにも(はや)過ぎて目視ままならぬ少女の影が、

大刀を斜に構えたまま既に己の超至近距離に迫り、 戦慄の一撃を振り下ろしている。

 

【挿絵表示】

 

 

「――ッッ!?」

 

 美女がグリモア内部に記載された、 纏衣型(てんいがた)の防御系自在法のページを

無意識に開いていたのは、 永年の経験に拠って染み着いた単なる躰の反射に過ぎない。

 瞬く間すらも遙かに超越した速度で疾走(はし)った斬閃が、

炎衣の表面を削ぎ取りながらも損傷(ダメージ)を無効化する。

 だがしかし!

 即座にソレと同等、 否、 ソレ以上の夥しい斬撃の嵐が

驀進の勢いと共にマージョリーに襲い掛かる。

 

「ぐ……ッ! うぅぅ……ッ!」

 

 上下左右、 更に斜交正面とありとあらゆる方向から射出され続ける斬撃に

躰を凝結され、 美女は回避も転倒すらも出来ずその場に縫いつけられる。

 

「はあああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ

ぁぁぁぁぁ――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!!」

 

 薄く狭まった視界で響き渡る少女の喊声。

 まるで己が全精力をこの一点に捻じ絞るが如く

斬撃の廻転は更に上がっていく。

 

(この……私が……?)

 

 信じられない、 認めたくないという気持ちと共に纏った群青の衣にも欠損が生じ始め、

ソコから温かな真紅の雫が空間に繁吹く。

 

(この……私が……ッ!?)

 

 今を以て在り得ない、 “敗北” という二文字が否応なく心中に刻まれる。

 やがて柔質な感覚と共に構成を維持できなくなった炎の衣が残らず消し飛び、

タイトスーツが更に引き千切れ半裸に近い姿となったマージョリーは、

その折衝で大きく蹈鞴(たたら)を踏み()()った。

 

「――ッッ!!」

 

 無論その隙を見逃すシャナではない、 というより最初から彼女の目的はソコ、

()()()()()()()()()()有ったのだ。

 傷つき崩れた体勢ながらも尚倒れるコトを拒否したマージョリーの、

グラつく視界に映ったモノ。

 もう既に先刻の嵐撃と同時進行しながら、 贄殿遮那内部に編み込んでいた存在の力。

 刀身に 『火炎そのものでない』 熱気を宿し、

周囲にその狂暴なる灼光を迸らせる強靱無比なる閃熱の劫刃。

“贄殿遮那・煉獄(れんごく)ノ太刀”

 スベテは、 この一撃の為に。

 相手の体勢を大きく崩し、 必殺の絶刃で確実に討滅する為に。

 ソノ最終形の前には、 先刻の凄まじい驀進嵐撃すらもただの 「布石」 に過ぎない。

 

(そ、 “そんなモノ” で、 ()されたら……ッ!)

 

 最早己の躰を支えるのがやっとで、 防御も回避も行えないマージョリーを劈く危局。

 

(死――ッッ!!)

 

 創痍の身で震える口唇と共に見据えた少女の口唇にも、

冷然とした微笑が刻まれる。

 

「一応…… “同属” ……だし……ね……」

 

【挿絵表示】

 

 

 だったら何だ!? 苦しませず一想いに死なせてヤるとでも言うつもりか!?

 絶体絶命の状況下により恐慌に陥ったマージョリーの前で、

シャナの手にした大刀がカラリと反転しその柄頭が美女の胸部下方へと強襲する。

 

 

 

 

 

「オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアァァァァァ

ァァァァァァ――――――――――ッッッッッッ!!!!!!」

 

 

 

 

 

 星灼の咆吼と共に、 間髪入れずマージョリーの無防備な水月へと

大太刀を支える頑強な柄の突端が添えた掌底ごと微塵の容赦も無く叩き込まれ、

真紅の炎と共に爆散する。

 

「――――――ッッッッッッ!!!!!!」

 

 同時に苦悶の絶叫を吐き出すコトも赦されず、

美女の全身を貫く皮膚と肉とがバラバラに削げ落ち

神経が剥き出しにでもなったかのような峻烈の衝撃。

『贄殿遮那・霞 雷(かすみかづち) ノ太刀』 

 ソレの影響でマージョリーの躰はくの字に折れ曲がり、

束ねた髪も根本から解れグラスも弾け飛ぶ。

 そして瞬時に霧散した意識の許、 躰は地球の引力に()かれ

スローモーションのように崩れていく。

 ガラスの大地の上に栗色の髪が散らばり、

白一色の双眸となって天を仰ぐ蒼炎のフレイムヘイズ。

 その姿を認めたシャナは、

己の勝利を誇るわけでも敗者を見下すわけでもなく、

静かに呟く。

 

「自分の力だけで勝ったとは、 想わない……

フレイムヘイズとしても、 焔儀の遣い手としても、

アナタは私を遙かに上回っていた……」

 

 まるで哀悼のように、 真紅の瞳を細める少女。 

 

「でも私は……()()()()()()()()()()()()()()……

ただ……ソレだけのコトよ……」

 

 その眼下で眠るように喪心する一人のフレイムヘイズに、

一切の遺恨は残らなかった。

 奇妙なコトではあるが、 ただただ彼女に対する感謝と敬意のみが

シャナの心を充たしていた。

 

【挿絵表示】

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩⅢ ~Golden Heart & Blazing Wing~ 』

 

 

【1】

 

 

「ただいま」

 

 白い肌を血に濡らしながらも少女は晴れやかな表情で、

本当にただ帰宅したような口調で青年に言った。

 

「……」

 

 承太郎は口元に微笑を浮かべたまま無言でソレに応じる。

 心中は自分が戦い抜いた後のような、

奇妙な充足感で満ちていたがそれを言葉にする術は持たない。

 ただ、 もしアラストールがいなければ、 ラミーがいなければ、

そのまま少女の両脇を抱え上げ、

いやがる彼女を思い切り何度も何度も振り回してやりたいと想った。

 正直それ以外、 限界を超えて最後まで立派に戦い抜いたシャナを

称えてやれる方法が想いつかなかった。

 

(最高、 だ……やっぱりおまえは……最高だ……!)

 

 代わりに己の裡でそう呟きながら無頼の貴公子はその躯を屈ませ、

首にかけた神器を少女にかけ直す。

 

「……」

 

 頬を少し紅潮させそれに応じるシャナも、

今の気持ちを伝える術を持たずただそのまま立ち尽くす。

 もしアラストールがいなければ、 ラミーがいなければ、

すぐにでも彼の胸の中へと飛び込んでいきたかった。

 そして自分がそうする以上に、 それよりももっと強い力で

壊れるくらい抱き締めて欲しかった。

 貴方の為に戦った事を、 貴方と一緒に戦っていたという事を、

その抱擁を通して心の中に伝えたかった。

 どうしても言葉には出来ない事も、 互いの存在さえ在れば、

「人間」 は確かに伝える事が出来る。

 何故か既視感にも似た強い高揚が少女の胸を充たしていた。

 

「……どーでもいーけどよ。 オメー、 オレの流法(ワザ)パクったろ?

最後のアレァどー見ても “スター・ブレイカー” だし、

嵐撃(ラッシュ)の軌道もスタープラチナのそれと同じだった。

やれやれ気ィつけねーとうかつにワザも出せねーな。

片っ端から盗まれちまう」

 

 場を包む和やかな雰囲気も悪くなかったが、

承太郎はわざと(よこしま)な微笑を浮かべ意地悪そうにシャナへと告げる。

 

「な! う、うるさいうるさいうるさい!

ちょこっと参考にしただけよ! 別にアレじゃなくても勝てたんだから!」

 

 対してシャナは件の如く顔を真っ赤にして承太郎に食ってかかる。

 その様子 (尚も文句を続けるシャナ) を黙ってみつめながら、

承太郎はやっぱり()()()()コイツらしいと密かに想った。

 からかうと面白いし、 落ち込んだ顔は似合わない。

 やかましくてうるさい女は確か嫌いだった筈だが、

どうも目の前のこの少女だけは例外であるらしいという事実を

今更ながらに認識しながら。

 その、 刹、 那。

 

「!!」

 

「!?」

 

 二人の背後から途轍もなく狂暴な存在の奔流が、

この世のありとあらゆる災厄を裡に孕んだかのような圧威(あつい)と共に立ち昇った。

 奇禍の驚愕に承太郎、 シャナが同時に振り向いた先、

完全に意識を断たれた筈のマージョリーが、

ズタボロになった半裸の躰を亡霊のように引き起こし

白一色の双眸のままその全身から自虐的とも云える

禍々しい炎気を暴走させていた。

 

「そ、 そんなッ! 立ち上がる力なんて、 それ以前に意識がもう!」

 

「……」

 

 通常絶対に在り得ない現象に言葉が断片的になる少女とは裏腹に、

無頼の貴公子は口元を軋らせながら臨戦態勢を執る。

 意識を完全に断たれた人間が、 ソレでも尚敵に立ち向かうコトは可能であろうか?

 解答(こたえ)(こう)

 確かに今現在マージョリーの脳は、

先刻シャナの刳り出した永続斬刀陣に拠り休眠の状態に在る。

 しかし、 他者の存在を想えるのは、“感じるコトが出来るのは”

「脳」 のみとは限らない。

 人体を構成する細胞、 その数約60兆。

 その一つ一つに例外なくスベテ、

数百年にも及ぶ彼女の紅世の徒に対する憎しみが宿っており、

ソノ深淵の慟哭が、 暗黒の異図で繋がれた傀 儡(マリオネット)のように

彼女の躰を無理矢理動かしているのだ。

 まるで、 死して尚 “怨念” のみで無限に稼働を続けるスタンド能力で在るかの如く。

 この世に蔓延る紅世の徒スベテを、 ただ殲滅するその為だけに。

 視る者全てに脅威を植え付けるには充分な光景で在ったが、

実質はただ立ち上がっただけなので

すかさずシャナ或いは承太郎が攻撃を仕掛ければ

敢え無く決着はついた筈である。

 しかし凄惨ながらも心を震わせるソノ姿に

想わず魅入った二人の反応が、 一瞬遅れる。

 その合間に美女の右腕を取り巻く、 夥しい量の群青の炎。

 

(こんな……所で……やられるなら……こんな……所で……倒れるなら……)

 

 マージョリーの躰の裡から嘆きのように滲み出る、 深き怨嗟の声無き声。

 

(なら……一体……何の為に……?)

 

 その間にも蒼炎は一本の巨大な脚と化し、

尖端にギラつく大爪が甲底部を突き破るのを厭わず拳を握る。 

 

 

 

 

 

“一体……()()()()……ッ!”

 

 

 

 

 

 美女の全身を取り巻く可憐な少女の幻象を背景に、

ガラスの大地に揮り上げられた群青の拳槌が断首台の如く(たた)()とされた。

 

 

 

 

 

 ヴァッッッッッシャアアアアアアアアアアアアアアァァァァァ

ァァァァァァ―――――――――――ッッッッッッ!!!!!!!

 

 

 

 

 

 海面に巨大な火球が激突したかのような大鳴動と共に、

先刻までの死闘の舞台はいとも容易く撃ち砕かれた。

 暴風が(すさ)び、 粉塵が撒き拡がり、 鉄片が飛び交う破壊の爆心源。

 それらスベテを彩る、 莫大な量の硝刃大豪雨。

 

「!」

 

「!?」

 

「!!」

 

 その直中に位置していた承太郎、 シャナ、 ラミーは崩落に巻き込まれ

周囲に(ちりば) むガラスの欠片と共に真下へと落下する。

 ほぼ同時に破壊の余波で屋上全域が完全に崩壊し、

4方を取り囲んでいた巨大な龍の彫像も重力の魔に引かれ

時空を消し飛ばす能力で呑み込まれるように奈落の底へと堕ちていく。

 落下に伴う一瞬の浮遊感を認識する間もなく

砕けた夥しい残骸が階下に絡まるガラス張りのブリッジを直撃し、

ものの数瞬で無惨な廃墟へと変えた。

 

(――ッ!)

 

 己の落下経路がちょうど、 残骸の豪雨に見舞われ大きく抉れた空間だというコトを

危難の最中で察知した承太郎は、 そのまま自分の近くを共に落ちている

ラミーをスタープラチナの左手で強く突き飛ばしバックリと口を開ける

破壊空間の喉元へと正確に押し込む。

 面食らったような表情で落下する己を見つめる老紳士を後目に

彼もスタンドの右腕を伸ばしブリッジにメリ込んだ残骸の端に掴まろうと試みるが、

射程距離が足りずもう一つの腕は虚しく空を掻く。

 

(チィッ……!)

 

 絶大な破壊力を誇る近距離パワー型スタンドも、

今この状態に在っては単なる搦め手。

 更に差し迫る窮地に承太郎が歯噛みする刹那、

己のスタンドを強く握り返す柔らかい手が在った。

 

「承太郎ッ!」

 

 暴戻(ぼうるい)たる惨状の最中口元に笑みさえ浮かべて、

シャナが瓦礫の端から躰を乗り出すように手を伸ばし落下する己の躯を支えていた。

 おそらく纏った黒衣の能力を利用して落下スピードを減退させ、

宙に浮く残骸を蹴り付けてここまで飛んで来たのだろう。

 

「……」

 

 開けた空間に宙吊りの状態で、 促されるように彼の口唇にも微笑が浮かんだ刹那。

 

「――ッッ!!」

 

 突如シャナの背で無数の蒼い炎弾が爆ぜ、 吐き出された多量の呼気と共に

黒衣と肉の焦げる匂いが無頼の貴公子の鼻をついた。

 

「あうぅッッ!!」

 

 予期せぬ襲撃にバランスを崩して瓦礫に伏し、

剥き出しの鉄骨ギリギリの位置までその身を追い込まれるシャナ。

 咄嗟に見上げた視線の先、 鉄骨が(ひしゃ) げ表面が罅だらけになったブリッジの上に

生ける(しかばね) と化した蒼炎のフレイムヘイズの姿が在った。

 長い栗色の髪を破滅の戦風に吹き散らし、

ズタズタの半裸の躰でこちらに左手を差し向けている。

 髪に紛れてその表情は伺えず、 未だ意識も復活していないが

()()()()()()()、 己の射程圏内で動くスベテの者を無差別に攻撃する

狂戦士へと変貌を遂げている。

 

「うっ……!」

 

 如何なる時も冷静で常に論理的な判断を下す承太郎の状況分析が、

眼上から聞こえた声によって停止した。

 焦撃で先刻の傷が裂け、 無数の紅い筋が伝う腕であっても

彼女はその手を反射的にも離そうとはせず

不安定な体勢のまま懸命に承太郎の躯を繋ぎ止めている。

 今の状態は限りなく無防備に等しく、

このままでは地の利の在るマージョリーの攻撃を

一方的に受け続けると()()()()()()()()()()()

 

「大、丈夫……平、 気……」

 

 線の震える顔で、 少女は笑った。

 

「ッッ!!」

 

 このままでは共倒れ。

 そう長い時をかけず少女は自分に引き擦られて落ちる。

 その後に狙われるのはラミー。

 ガラスの橋梁(きょうりょう) に立つ女は、 既に次の焔儀発動の構えに入っている。

 故に、 彼が出した結論は。

 

「承太郎ッ!?」

 

 驚愕するシャナを真上に、 承太郎はスタンドの手を高速で反転させ

彼女の小さな手を無理矢理振り解いた。

 心中に様々な思惑が渦巻いてはいたが、

いざ行動に移した時の心情はたった一つの単純(シンプル)な答え。

 自分が少女の為に傷つくのは構わない、 だがその 『逆』 はダメだ。

 

「――ッッ!!」

 

 瞬く間に重力の魔に縛られ小さくなっていく承太郎に、

シャナは声無き叫びをあげてもう届かない手を伸ばす。

 その刹那に、 承太郎はあらん限りの感情を込め、真紅の瞳に呼び掛けた。

 

(行け……シャナ……オレの事ァ構うンじゃあねぇ……!)

 

(でも……! でも……ッ!)

 

 瞳を潤ませ尚も追い縋ろうとする少女に、 彼は恫喝するように告げる。

 

 

 

 

 

“フレイムヘイズだろッッ!!”

 

 

 

 

 

(――ッッ!!)

 

 烈しい衝動と共に見開く少女の瞳。

 対して承太郎は、 超高速で眼下に迫る災厄を見る。

 絶息の重力落下地獄の終着点。

 美術館一階に設置された噴水池を圧し潰して(うずたか) く積み上がった、

夥しいガラスと鉄片で構成された残骸の墓標に。

 その秒速の(まにま) にも、 光速に等しき速度で演算される

彼の 「戦闘の思考」

 

(……やれやれ、 吹き抜けだから掴まれる場所はどこにもねぇ、

しかも墜ちる先はガラスと鉄骨の針山、

防御してもスタープラチナは兎も角、「本体」 のオレが()たねぇな。

良くて再起不能、 ヘタすりゃ死ぬな)

 

 絶望的な解答が導き出される中、 しかし彼の勇壮なる風貌は不敵な笑みを絶やさない。

 

(しょうがねぇ。 まだチョイ練習が足りねぇが、 “アレ” を試してみるか)

 

 同時にそのライトグリーンの瞳で燃え上がる決意の炎。

 

(フッ、 面白ぇ、 分の悪い賭けほど、 面白ぇモンは他にねーぜッ!)

 

 魂の喚声と共に発現するスタンド、『星 の 白 金(スタープラチナ)

 しかし彼が心中で決した新たなる流法(モード)の発動準備に入るよりも(はや)く、

その頭上から同様の決意を固めた存在が紅い流星のように迫ってきた。

 

(シャナ!?)

 

 何故来たという論難よりも、 バカな!? という驚愕が

脳裡を貫いた承太郎に反発するかの如く、 少女の裡で湧き熾る精神の叫号。

 

(なんでも……できる……!)

 

 失策の憂慮など感じる暇も無く、 ただ己のするべきコトを成し遂げる専心のみが

狂しい程に少女の胸中を充たす。

 

(なんでもできる!!)

 

 頬を打つ風など気にならない、 その先に待つ破滅の墓標も眼に入らない、

ただ一つの揺るぎない想いだけが、 少女の内と外で爆裂する。

 

 

 

 

 

“アナタの為なら!! なんでもできるッッ!!”

 

 

 

 

「!!」 

 

「!!」

 

 その次に起こった神異なる光景に、 承太郎とアラストールは同時に息を呑んだ。

 落下に伴う逆風の最中、 重力に逆らうように捲き挙がっていた炎髪の火の粉が

螺旋状にシャナの背で集束し一瞬の発光の後、 紅き波濤の如く燃え上がる。

 そしてソレは炎で構成された翼の形容を執り、

重力に抗う能力(チカラ)を彼女に授ける。

 その姿、 正に神の福音を一身に受ける熾天使(してんし)相剋(そうこく)

 

紅蓮(ぐれん)双翼(そうよく) ……ッ!)

 

【挿絵表示】

 

 

 悠遠の彼方、 己と共に在った者の姿を

アラストールが想い起こすのと重なるように、

 

「火の鳥、 か……?」  

 

承太郎も心中を衝いた印象をそのまま口に出す。

 そして自分が落ちているコトも一瞬喪心していた彼の手を、

空間を支配する重力の悪魔から奪い取るように再び少女の手が掴み直す。

 

(もう離れない! 絶対絶対離さない!!)

 

【挿絵表示】

 

 

 自分の今在る状態すらもどうでも良く、

シャナは哀哭のように繋ぐ手に力を込める。

 しかし瞳を滲ませた彼女を、 最愛の者の声が叱咤した。

 

「おい! 助けンならちゃんと助けやがれ!! “下に” 向かって加速してるぜ!!」

 

「うるさいうるさいうるさい!! 気が散るから黙っててッッ!!」

 

 互いに声を吐き、 刹那の間とはいえ正気を逸脱していたコトを諫めた少女は、

己の背に意識を集中しその延長線上に在るモノを己が全霊を以て可動させる。

 舞い散る紅蓮の羽吹雪と共に、 大きく展開する炎の双翼。

 

「――ッ!」

 

 転進――。

 絶望的な速度で目下に迫っていた破滅の墓標が炎蒸爆発を起こして弾け、

下降線を描いていた周囲の空気が息の詰まるような上昇気流へと換わる。

 ソレに伴って撒き挙がる硝塵のキラメキと共に、

炎の光跡で空間を灼きながらシャナは承太郎と共に目的の場所へと高翔した。

 瞬時に視界に入る、 二つの存在。

 先刻の崩落で生まれた瓦礫の断崖を既に飛び越え、

蒼き爪牙をその腕に宿らせてラミーへと差し迫る亡霊のフレイムヘイズ。

 

(間に、 合わない……ッ!)

 

 心中を衝く悔恨、 だが実際に口からでた言葉は。

 

「承太郎ッ!」

 

「おう!」

 

 シャナの見た光景を同時に認識していた承太郎は既にスタンドを出し

彼女の黒衣をその幻象の腕で掴んでいる。

 そし、 て。

 

「オッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアアアァァァァ

ァァァァァァァァァァァ――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 飛翔の速度を全く殺さず、 更にスタープラチナのパワーとスピードも上乗せし、

直線軌道でシャナを投擲(とうてき)した。

 急場凌ぎとは想えない、 息の合ったコンビネーション。

 

「――ッッ!!」 

 

 すぐさまに時間を数秒消し飛ばしたかのようにして迫る、 マージョリーの姿。

 雲は千切れ飛んだ事に気づかず、 炎は消えたその瞬間を炎自身すら認識しない。

 ソレほどの速度で空間を疾走った二人の能力(チカラ)

 その時の狭間で。 未来への軌跡に同調するようにして。

 シャナは、 既に斬っていた。

 

【挿絵表示】

 

 

(……)

 

 美女はその事実に全く気づかず、 ただ歩みを止めただけ、 振り向きもしない。

 だが然る後に峰へと返された刀撃の斬痕が、 メリメリと彼女の躰に刻まれていく。

 

「――ッッ!!」

 

 同時に体内へ叩き込まれた衝撃に美女が喀血して初めて

 

「い、 一体どっから!?」

 

神器を介してマルコシアスが叫び、 時空を飛び越えて出現した存在を見上げた。

 炎の双翼を左右に捺し拡げ、 重力を無視して空間上に屹立する一人のフレイムヘイズを。

 その直後、 斬閃の余波で美女の足場が大きく音を立てて崩れ、

傍にいたラミーは間一髪飛び退いたが最早彼女にそんな余力は無い。

 機転を利かせたマルコシアスがグリモアで彼女の背に廻り込んだが、

最早戦うコト等叶わず周囲の瓦礫と共にただ陥落するのみ。

 

「……」

 

 片手に剣を携えた、重 力を制する紅髪の天使が見据える先で。

 鮮やかな栗色の髪を周囲に散らばらせながら、

堕天使のようにマージョリーは群青の火の粉と共に堕ちていった。

 深い、 深い。

 ()()()()()、 闇の深淵(フチ)に――。

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

「羽根の形」が原作と違うかもですが、

「天使の翼」みたいにすると

「安っぽいコスプレ」にしかならないので

コッチにしました。

まぁ一応「アラストールの翼」が以前に出てるので

矛盾は無いかと想います。

(ってか本来“コッチ”じゃないとオカシイんでしょ、

アラストールの「存在」が現れるんだから……('A`))

あぁ、後で『挿絵』足すかも知れません。

『ノトーリアス状態』のマージョリーが抜けてましたね。

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩⅣ ~N.Y Stray Dog~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 紅蓮の双翼と流星の流法を併せ蒼炎のフレイムヘイズを

手にした大太刀で完全に討ち果たした少女は、

そのまま相手を追走する事を後回しにし空中に佇んだまま視界を巡らせた。

 

(!)

 

 目当ての人物は気流と共に開ける眼下ですぐに見つかる。

 ホールの外壁にスタンドの指をメリ込ませ、その作用で空中に固定される

カタチになった承太郎が片手をズボンに突っ込んだままこちらを認め、

立てた親指を掲げていた。

 

(タクシーじゃないんだから)

 

 シャナはちょっとだけムッとした表情のまま滑空し彼の傍へと翔け寄る。

 顔は不機嫌だが、 心中はソレとは全く裏腹なもの。

 コイツの協力がなかったら、 フレイムヘイズの使命は果たせなかった。

 ラミーを助ける事も出来なかったし、 アノ女に勝つ事も出来なかった。

 でも抱いた想いは、 何よりも強い気持ちは、 感謝ではなく、 誇り。

 自分達の成すべき事を、 二人で共にやり遂げたという掛け替えのない充足感。

 

(やっぱり…… 最強、 よね……私達……)

 

 心の中でそっと呟き、 シャナはその小さな手を彼へと差し出した。

 

「おう」

 

 精悍な微笑と共にスタンドの手を伸ばす無頼の貴公子に、

 

()()()じゃなくて」

 

【挿絵表示】

 

 

と紅髪の美少女は頬を朱に染めながらも確固たる口調で言う。

 

「……」

 

 チト強い力で掴み過ぎたか? と己を訝りながら承太郎が手を掴むと同時に

紅蓮の翼が煌めいて再び上昇を始める。

 頬を撫ぜる風と共に靡く学ランの裾。

 大の男が少女に手を引かれ飛んでいるという少々みっともない姿だが、

他に見ている人間もいないのでまぁイイだろう。

 

「良い 『能力』 じゃあねぇか、 ソレ」

 

 何とはなしに承太郎がそう言うのに対し、

 

「欲しがっても、 あげられないわよ」

 

シャナが面映い口調で無愛想に応じる。

 

「フッ、 今度ジジイのヤツでも乗っけてやったらどうだ?

驚きすぎて心臓でも止めなきゃイイけどよ」

 

「うるさいうるさいうるさい。 本当に止まっちゃったらどうするの!」

 

 戦闘後の弛緩した空気の中、 取るに足らない会話を混じ合わせながら

シャナは高翔を続ける。

 

「でも、 折角誉めてもらったのに悪いけど、

正直、 あんまり良いイメージじゃないのよね。 コレ」

 

「そーなのか?」

 

 折角発動した新たなる 『能力』 に対する

シャナの意外な感懐に承太郎は問い返す。

 

「そう、 だってイヤでも思い出すもの、 あンの “バカ犬” ……!」

 

 シャナはそう言って、 何故かその口元を苦々しげに軋ませる。

 

「……犬? そいつも紅世の徒か? 飛ぶのか?」

 

「砂の羽根を拡げて、 グライダーみたいに滑空するだけだけどね。

でも出したり消したりは自由だから捕まえずらいったらありゃしない。

って、 うるさいうるさいうるさい! 聞くんじゃないッ!」

 

「オメーが勝手に喋ってたんじゃあねーか」

 

【挿絵表示】

 

 

 そう言って瞳を細める承太郎の、

未だ知らない 『スタンド使い』

 ソイツに食べようとしていたメロンパンを取られ、

封絶の発動したニューヨークの街を追いかけ回したコト等

格好悪くて話せるワケがない。

 そこに。

 

「今度こそ、 本当に終わったようだな」

 

 薄い蛍光のような光を円形状に纏ったラミーが端然と宙に浮き、

ステッキの柄に両手を添えて目の前に現れた。

 

「何だ? アンタも飛べんのか」

 

 拍子抜けしたような口調で呟く承太郎に、

 

「イヤ、 単に浮いているに等しい状態だ。

先刻の君の機転には心から感謝している。

『今のままでは』 編むのに少々時間を要するのでな」

 

微笑混じりにラミーはそう告げ、落ち着いて話をする為ステッキの先で

外周に設置された螺旋階段を差した。

 

「……アイツ、 これからどうするんだ?

今は兎も角、 生きてる限りアンタを追ってきそうな、

恐ッろしい “執念” を感じたぜ」

 

 眼下でスローダウンのように落下している創痍の美女を、

楕円状の踊り場で一瞥しながら承太郎は先刻の惨状を想い起こす。

 

「ふむ、 確かに畏るべき自在師、 そして懼るべきフレイムヘイズだ……

が、 今は当座の危難が去った事を喜ぼうと想う。

何よりアノ躰では、 当面私を追うのは不可能であろうしな」

 

「これから、 一体どうなるの? アノ人」

 その真紅の双眸を細めながら、

先刻まで互いに(しのぎ) を削っていた者へ対し

シャナが憂慮したような口調で問う。

 

「あの者の、 紅世の徒に対する凄まじい迄の憎しみ。

“過去” に何が在ったかは窺い知らぬが……

ソレはあの者自身が疵を受け入れ、 そして乗り越えて往くしかない。

“蹂躙” がそう決したように、 ()くまで戦い続けるというのもまた一つの方法。

我等に出来るのは、 その者が現世と紅世の 『(ことわり)』 を(たが)えた時、 それを制止する事のみ。

後は、 あの者が自分自身で解答(こたえ)を見つけていくしかない」

 

「アラストール……」

 

 厳正とした口調に、 シャナは押し黙るしかなくなる。

 中途半端な同情や感傷は、相手にとっても自分にとっても

罪悪でしかない事は、 少女も充分過ぎるほど解っていたから。

 そのシャナを後目に欄干へもたれ掛かってマージョリーを見据える無頼の貴公子は、

 

(……どうなるか? か。 まぁ、 どーにもならねぇな……)

 

やり場のない気持ちを抱えながら心中で静かに呟いた。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

『後書き』

 

はい、少し短いですが、この後の展開が

【二部のクライマックス】なので一端切ります。

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩⅤ ~D・A・H・L・I・A~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 残骸の飛沫がバラバラと周囲に降り注ぐ中

まるでその部分だけ無重力空間で在るように、

マルコシアスはマージョリーの躰を己が全霊を以て支え続けていた。

 

(クソッタレが……ッ! オレの最愛の酒 盃(コブレット)をここまでズタボロにしてくれやがって……! 

覚えてやがれ……ッ! きっと今以上に他の徒ブッ殺しまくって、

テメーら全員原形留めねぇ程に咬み千切ってやる……!)

 

 得意ではない治癒系自在法を美女に施しながら、

狂猛なる紅世の王は眼上で佇む3つの存在に “復讐” を誓う。

 だが今はソレよりも優先するべきコトに己の全神経を集中し、

彼女の存在を支えながら心中で呟いた。

 

(大丈夫だ……生きてれば……()()()()()()()()……

おまえはまた……立ち上がれる……きっと……今まで以上に強さを増して……

ずっと……そうやってきただろう……? だから……今はもう眠れ……

これ以上……誰にも……指一本触れさせねぇから……)

 

 紡がれる言葉と共に美女の全身を労るように包み込む、 緩やかな群青の火の粉。

 その影響か、 或いは全く別の事象からなのか、 マージョリーの躰が微かに動いた。

 

(……ッ!)

 

 息を呑むマルコシアスの傍らで、 己の半身は震える腕を、

鮮血と焼塵に塗れたその手を、 砕けた大天蓋に向けて弱々しく掲げる。

()()()()()()()()()――。

 もうどれだけ手を伸ばしても決して届かない存在に、

それでも尚懸命に手を伸ばそうとするかのように。 

 その時の光景が、 マルコシアスの裡で鮮明に甦る。

 

(まだ、 戦えンのか……?) 

 

 心中の問いにマージョリーは応えるコトはなく、 それでも手を伸ばし続ける。

 開いた彼女の胸元から、 鈍い光沢を放つロザリオが音も無く零れた。

 

(そうか……戦いてぇのか……)

 

 静かな独白と共に王の裡で宿る、 殉教の()

 撃つ手は、 たった一つだけ遺されていた。

 紅世からこの現世に渡り来て以来、 暴虐無尽に荒れ狂い

他の存在を蹂躙してきた己の 『切り札』

 何れは決着を付けたいと想っていた “アイツ” との戦いの為に

永い年月を懸け、 ようやく完成させた

焔の “最終変幻系自在法”

 もし “コレ” を発動させれば、 存在の力を遣い果たして自分は消滅するかもしれない。

 しかし逡巡の時はごく短く、 すぐにソレで構わないという想いが胸を充たす。

 コイツがそう望むのなら。

 喩えどんな結果が待ち受けていようと怯みはしない。

 ずっと、 最後まで共に在ると、 『約束』 したから。

 

(一緒に……いこうぜ……我が永久の蒼珠、 マージョリー・ドー……

おまえは最後までおまえらしく在れば……ソレで良い……)

 

 その言葉を最後に、 異界の神器 “グリモア” から群青の炎が獣の形容を伴って

マージョリーの裡に潜り込んでいく。

 本来フレイムヘイズの力とは独立して存在する 「王の意志」 が、

再び己の力の裡に、 定められた 『器』 の中に。

 その 『器』 を彩る、 マージョリーの心象。

 ソレは、 この世の何よりも美しく、 温かく、 優しく、

そして哀しい、 追憶の幻想(ユメ)だった。

 

 

 

 

 

 

 

 幸福な、 夢をみていた。

 多く望む事など、 何もない。

 ただ、 掛け替えのない者と一緒に、

穏やかに暮らしそして終わっていけるのなら。

 ソレ以外に、 一体何を望むコトがあるだろう?

 自分が望むのは、 ソレだけだった。

 たったソレだけで、 良かった……

 

 

 

 

 

 

 最初から、 大事なものなど何もないと想っていた。 

 でも違った、 本当に大切なものは、すぐ傍に在った。

 スベテを奪われ生きていると想っていた。

 でもそうじゃなかった、 絶望に囚われてスベテを捨てていたのは自分自身だった。  

 何もかもが色褪せ、 赤錆て視えた自分の世界。 

 そこに “希望” という灯火を与え、 照らしてくれた碧眼の少女。

 だから彼女を 「救う」 為に、 限られた時間の中で周到に準備を進めた。

 決して誉められたヤリ方では、 無かったと想う。

 他の誰が赦そうと、 『神』 は決して自分の行いを赦さないであろうと。

 でも、 そんなコトはどうでも良かった。

 アノ娘を救う為ならば、 この世の暗黒に堕とさない為ならば、

どんな悪行も 『神』 すらも殺すコトさえ厭わなかった。

 そして、 同じ娼館仲間達の協力を得、

館で非合法に密売されていたモノの中から

幾つかの 『爆弾』 を盗み出し、 綿密にソレを配置した。

 錆びた銅製のカンテラを手に、 “奴等” が寝静まった後、

倉庫に足を踏み入れた自分。

 仲間の協力により濃い酒の中に入れた 『薬』 により、

アノ屑共はこれから何が起こるのかも知らないまま

まるで冬のナマズのように寝入っていた。

 次に眼が醒める場所は、 間違いなく地獄の入り口。

 残酷な冷笑を口元に浮かべながら、 多種雑多に積み重ねられた物品の中から

藁の敷布で巧妙に隠された奥の木箱へと続く導火線を取りだした。

 この最初の起爆が、 始まりの合図。

 後は仲間達が割り当てられた順番でそれぞれ同様に爆弾を起爆させ、

巻き起こる騒乱の最中、 武器と金を奪いルルゥを連れて逃げ出す。

 腐れた人間の欲望の掃き溜めで出来ていたこの忌まわしい娼館を、

ソレを造った塵屑諸共跡形もなく灰にして。

 湧き起こる背徳の恍惚感に、 下腹部を中心に全身が粟立った。

 

「ルルゥ……もうすぐよ……」

 

 表層を覆う筒形のガラスを取り外し、 中程まで溶けた蝋燭を外気に晒した。

 

「もうすぐ……終わるわ……」

 

 火の放つ仄かな明かりに照らされながら、 口元に笑みが浮かぶのが解った。

 

「そうしたら……静かな場所で……穏やかに暮らしましょう……

ずっと……ずっと……」

 

 失敗の不安も恐怖も消え、 不思議と安らかな気持ちだけが心を充たした。

 

「ねぇ……? ルルゥ……」

 

 暗闇の中でも確かに存在する灯火に、 彼女の面影を折り重ねながら、

ソレを導火線の先端へと近づけた。

 

 

 

 

 

『ククク……』

 

 

 

 

 そのとき、 自分の背後、 遙か頭上から嘲笑うような声が聞こえた。

 極限の驚駭に全身が凍り付いた瞬間、

奥の木箱から銀色の 『炎らしきモノ』 が羽虫のように次々と飛び散り、

閃光が己の全身を染め上げた。

 耳を劈くような大爆裂音。

 した筈だった。

 だが爆風に吹き飛ばされ木製の欄干を突き破った自分はそのまま一階の床張りに

無造作に叩きつけられ、 数分意識を消失していた。

 やがて、 混濁した意識と眩む視界に映ったモノ。

 紅蓮。

 一面の紅蓮。

 阿鼻叫喚の焦熱地獄。

 目の前に存在する全てのものが炎に包まれ、 猛烈な焦熱が鼻をつき、

肺を焼くほどの大気が周囲で渦巻いていた。

 燃え盛るドアが次々と開きそこからも炎が噴き出し、

中から男とも女ともつかぬ火達磨が人間のモノとは想えぬ叫声を発し

のたうつように這い擦り回っていた。

 火の廻りが、 速過ぎる。

 最初に浮かんだ思考はソレ。

 しかしすぐに誤りだと気づいた。

 仮に配置した爆弾が何かの間違いで一斉に起爆したとしても、

これほどの大惨事を引き起こすコトはなかった筈。

 万が一にもルルゥに危害が加わってはならないと、

常にそのコトを第一義として念入りに仕組んだ計画だったから。

 

(ルル、 ゥ……?)

 

 信じがたい光景を前に、 一番優先しなければならない存在を喪心していたコトに気づき、

己の愚かさを呪いながらその場所へ駆けた。

 炎に包まれて焼け落ちる階段を駆け上がり、

溶けたガラスと焼けた残骸の散乱する床を素足で踏み拉き、

灼熱が肌と髪を焦がすのも構わず自分の部屋を目指した。

 アノ()は、 『このコトを』 何も知らない。

 今日も、 仕事で遅くなると言った自分の言葉を信じて、

いつものように椅子に座って待っている筈。

 部屋を綺麗に掃除して、 欠けた食器をキラキラ光る位に磨いて、

一緒に眠るベッドのシーツをシワ一つなく整えて。

 先に食べてて良いって、 眠ってて良いって、 何度も何度も言っているのに、

それでも椅子の上で小首を傾げ、 まどろみと懸命に戦いながら待っている筈だ。

 自分に 『おかえりなさい』 と、 満面の笑顔でそう言う為だけに。

 

「ルルゥッッ!!」

 

 殆ど裂けるほど声音で叫び、 手を焼き焦がす真鍮のドアノブを開いた刹那。

 その炎傷と裂傷だらけの自分の瞳に映った……モノ……

 何もかもが、 嘘だと想った。

 そうであって欲しかった。

 この世に蔓延る、 ありとあらゆる残酷な事象。

 自分はソレに、 どれだけ蹂躙されても構わない。

 でも、 この娘は。

 この娘だけは。

 

 

 

 

『そうなって欲しくなかった!!』

 

 

 

 

 至る所に炎が類焼した室内。

 二人で食事をしたテーブルが、 共に眠ったベッドが、 戯れ合った化粧台が、

火花を散らしながら燃えていた。

 その部屋の中心で、 濛々と込める黒煙に身を晒されながら、 ルルゥが倒れていた。

 その華奢な躰に、 爆風で飛んできた木の破片が、 無惨に突き刺さって……

 

「ルルゥッッ!!」

 

 瞳から透明な雫を飛び散らせながら叫び、

脇腹から血の滲む彼女の躰を可能な限りそっと抱き起こした。

 自分の声が聞こえたのか、 少女はそっとその澄んだアイスグリーンの瞳を開き、

呼び掛けに応じた。

 

「マー……姉……サマ……? あぅっ……! 痛……い……痛い……よ……」

 

 意識と同時に痛覚も覚醒したのか、 彼女は消え去りそうに小さな声でそう漏らした。

 

「喋らないで! 大丈夫だから!! 絶対絶対大丈夫だからッッ!!」

 

 一体何が、 大丈夫だったのか……

 彼女の為? 自分の為?

 しかしそれ以外の結末など認められなかった、 堪えられなかった。

 

「……ごめんね……マー姉サマ……ルルゥ……いつも……

迷惑……かけて……ばかり……だね……

痛かった……でしょ……? ここ……まで……

ごめんね……本当に……ごめんね……」

 

 瀕死の状態で在っても自分を気遣う少女に涙が溢れ、 想わず声を荒げた。

 

「何バカな事言ってるの!! アンタは私の “妹” でしょう!!

この世界でたった一人の 『家族』 でしょう!!

見捨てるなんて、 死んだって出来るわけないじゃない!!」

 

「かぞ……く……?」

 

 告げられた言葉にルルゥは一度放心したように問い返し、

 

「……そう……なんだ……エヘヘ……うれ……しいな……」

 

焼塵に塗れた頬で、 いつもように無垢な笑顔を自分に向けてくれた。

 満身創痍のズタボロの躰に、 力が湧いた。

 この娘の笑顔は、 いつでも、 どんな絶望でも吹き飛ばしてくれた。

 だから、 護りたかった。

 護り……たかった……

 

 

 

 

 

『ク……!ククク……ッ!ククククククククククク……!!』

 

 

 

 

 再び、可笑しくて可笑しくて堪らないという、

淀んだ悪意に充ち充ちた笑い声が頭上から響いた。

 同時に爆発。

 反射的にルルゥを抱え込んだが一体どれほどの意味があったか。

 ただ網膜の奥に、 銀色の閃光が映ったコトだけは覚えていた。

 

 

 

 

 暗転――。

 一体、 どれくらい気絶していたのか、

風のさざめきと濃い草の匂いで眼が醒めた。

 眼前に見える赤い頽廃。

 燃えていく、 そして焼け落ちていく。

 腐った欲望の館、 それでも自分の生涯スベテで在ったものが。

 しかしそんな感傷に浸る暇などなかった。

 辺りを見渡しアノ娘を探した。

 爆風で吹き飛ばされたにしては、 余りにも不自然な距離。

 それに自分の躰も不思議なほど傷んではいない。

 まるで空間を削り飛ばして、 ソコに向かって閉じた場所へと

強制的に瞬間移動でもさせられたかのように。

 でもそんな疑問は次の瞬間跡形もなく霧散した。

 

(ルルゥッッ!!)

 

 恐怖と歓喜が同時に、 狂おしいほどに胸を締め付けた。

 自分から約10数メートルほどの距離。

 草むらの上で眠るように彼女が横たわっていた。

 即座に立ち上がり駆け寄ろうとする、

が膝の辺りに凄まじい激痛が走り前のめりに這い蹲った。

 視線を送った己の足が、 あり得ない角度に折れ曲がっていた。

 地面との激突で折れたにしては不可解な、

まるで別の誰かが 『この部分にだけ』 途轍もない力を込め、

捻り折ったかのように。

 しかしそんな当惑など意に介さず彼女の許へ向かった。

 足は動かなくても手は動く。

 草原を這い擦り回る蛇のように、 汗と泥に塗れながらアノ娘へと近づいた。

 ゆっくりと狭まる距離が、 発狂するほどにもどかしい。

 荒れた大地に散乱した石と砂利で、 娼館着が裂け皮膚が破れて血を噴いた。

 何も出来ない、 こうする以外何も無い、 絶望的な無力感に視界が滲んだ。

 渇きにも似た慟哭が胸を張り裂いた。

 

( “神様” ……お願い……)

 

 腕を紅く染める血と共に草むらを掻き分けながら、 自分は、

今まで一度も祈った事のない、 存在すら否定していた者に、

生まれて初めて心の底から祈った。

 

(私は……どうなっても良い……だから……この娘は……()()()()()()……!)

 

 月明かりに照らされ白く染まる、 血の気の失せた顔が眼に入った。

 

(お願い……神様……お願いよ……ッ!)

 

 透明な熱い雫が、 幾筋も頬を伝った。

 

(ルルゥを……連れて行かないで……殺さないで……お願い……お願いだから……!)

 

 幸せに、 ならなきゃいけないの。

 いつも、 笑っていて欲しいの。

 血と泥に塗れた震える手が、 ようやく少女の肩に触れた。

 そのまま強く、 傷ついた躰を抱き寄せる。

 もう決して離さないように。

 絶対誰にも渡さないように。

 

「ルルゥ……」

 

 力無く自分にもたれかかる彼女に、 全身に感じる温もりに、

どうしようもない愛しさを感じた。

 

「ルル……ゥ……」

 

 こんなにも優しく温かな存在が、 自分の腕の中にあるなんて信じられなかった。

 このまま時が、 止まってしまえば良い。

 明日なんて、 永遠に来なければ良い。

 そうすれば、 ずっと、 一緒にいられる。

 このまま二人で、 ずっと、 ずっと……

 紅く染まった娼館着に彼女の顔に、 途切れる事なく涙が落ちた。

 

「マー……姉……サマ……」

 

 閉じていた瞳を薄く開き、 気流に霧散するような声で彼女が自分を見上げた。

 

「いる……の……? ど……こ……? 視え……ない……」

 

 損傷と同時に止血の役割も果たしていた木の破片が外れ血を流し過ぎたのか、

虚ろな瞳で彼女は手を宙に彷徨わせた。

 

「大……丈夫……ここに……いる……」

 

 柔らかな手をそっと握り、 出来るだけ穏やかな声で告げた。

 

「どこにも……行かないわ……ルルゥ……」

 

 でも涙は、 止まらなかった。 止められなかった。

 

「……」

 

 自分の手を弱く握り返し、 彼女は安らかな微笑みを浮かべた。

 全てを覚り、 全てを受け入れた、 そんな儚く美しい表情で。

 

「マー……姉サマ……ルルゥ……ね……“幸せ”……だった……よ……」

 

 もう映らない瞳で自分を見つめながら、 少女は優しい声でそう囁いた。

 

「辛い……事……哀しい……事……いっぱい……あった……けど……

でも……最後に……マー……姉サマ……に……逢えた……から……」

 

 息が詰まって声が出なかった。

 ただ、 何度も何度も首を振った。

 そうじゃない。 そうじゃないって。

 

「本当に……毎日が……楽しかった……嬉しかった……

今までの……嫌なこと……

全部……無く……なっちゃう……位……」

 

 たくさん貰ったのは、 自分の方。

 本当に幸福だったのは、 私の方。

 まだ、 何もしてあげてない。

 まだ貰ったもの、 少しも返せてない。

 

「あり……がとう……マー……姉サマ……大……好き……だよ……」

 

【挿絵表示】

 

 

 言わないで。

 そんな事、 言わないで。

 だって、 だって……

 

「コレ……を……」

 

 震える小さな手が胸元で鈍く光るロザリオを外し、 そっと自分の首に掛けた。

“誰か” に与えられた、 『使命』 をそれでようやく果たしたかのように、

安堵した表情を彼女は浮かべた。

 

「神様が……護って……くれる……

もう……ルルゥ……には……必要……ない……から……

だから……ルルゥの……分……まで……生きて……

そし……て……」

 

 

 

 

 

 

 

『幸せに……なって……ね……』

 

 

 

 

 

 

 

 月光に彩られた、 翳りのない笑顔。

 嫌だと言いたかった。

 一人にしないでと泣き叫びたかった。

 嬉しくて、 哀しくて、 苦しくて、 愛おしくて。 

 そしてただ、 温かくて。

 温かく、 て……

 

「か……ぜ……」

 

 やがて、 そっと耳元に届いた、 最愛の者の声。

 草原を翔る夜風が、 自分と彼女の髪を静かに揺ら、 した。

 

「……キレイな……風……だね……気持ち……いいね……

マー……姉……サマ…………」

 

 その言葉を最後に、 力無く解かれ地面に落ちた手。

 安らかな笑みを浮かべたまま閉じる瞳は、 本当にただ眠っているように。

 でも、 その瞬間、 確かに。

 自分の心の中で、 その更に深淵で。

 致命的なナニカが、 粉々に砕け散った音がした。

 

【挿絵表示】

 

 

「…………ぁ…………あ…………ああ…………ぁ…………」

 

 自分のものではない、 別の誰かのような呻き声。

 

「あ…………あぁ~…………ぁ…………ぁ…………あ…………」

 

 継いで、 咎人のような嘆きも、 どこかで。

 そし、 て。

 

 

 

 

 

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア

ァァァァァァァァァァァァ―――――――――――

――――――――――――――!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 絶叫と共に双眸が裂け、 紅い血涙が迸った。

 人のモノとは想えぬ哀咽が、 周囲に響き渡った。

 太陽さえも凍り付かせるような、 闇蒼(あんそう)(つき)

 その無情な光の許で。

 吼え続ける愚かな獣の傍らで。

 風が、()いていた。

 永遠の 『さよなら』 を道連れに。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩⅥ ~Braze Blood~ 』

 

 

 

【1】

 

 

 どれほど、 時間が経っていたのだろう。

 永遠のような、 一瞬のような気もした。

 静寂と共に傍らを駆け抜ける風。

 目の前で燃え盛る惨劇の墓標。

 最愛の者の亡骸を抱きながら、 この世の果てに、

たった独りで取り残されているような気がした。

 

「……神様……なんて……いない……いない……のよ……ルルゥ……」

 

 僅かな温もりを腕の中に残す少女に、 嗄れた声で問いかけた。

 何度も何度もそうすれば、 また彼女が優しく語りかけてくれると想った。

 

()()()()()()()……なんで……なん……で……」

 

 彼女に託されたロザリオを、 血が滴るほど強く掴んだ。

 あれほど頼んだのに、 あれほど祈ったのに――!

 何の罪もない善良な少女一人すら救ってくれなかった

『その存在』 を握り潰すように――。

 

「なんでアンタが死ななきゃいけないのよ!! なんでこんな私が生きてるのよッッ!!」

 

 頬を流れる紅涙と共に、 堪えきれない慟哭を月に吼えた。

 

( “アンタ” は……裏切った……!

()()()()()()()()()()()()()()……! 

どんなに辛くても……苦しくても……!

『正しく』 生きてさえいれば……

いつか “アンタ” が救ってくれると……

この娘は死ぬその直前まで信じてたのに……ッ!)

 

 怒りと哀しみで軋り続ける輪郭と共に月を呪った。

 この世界を遍く光で照らす、 絶対的な存在。

 その光を少しで良い、 ほんの少しだけで良いから、

この娘に分け与えて欲しかった。

 何もしてくれない “アンタ” の代わりに、

この娘はその優しい心で、

残酷な世界を温かく照らしてくれていたのだから――。

 その彼女を救ってくれなかった存在が赦せなかった。

 護れなかった自分はそれ以上に赦せなかった。

 

「殺……して……」

 

 精神(こころ)がバラバラに引き裂かれるほどの凄まじい憎しみと絶望に、

自虐的な衝動が抑えがたく湧き上がってきた。

 

「私も……殺して……よ……もう……生きてたって……しょうがない……

もう……本当に……なんにも……残って……ない……」

 

 譫言のように繰り返しながら、 彼女の亡骸を抱き続けた。

 この娘が笑ってくれさえすれば、 他には本当に何もいらなかった。

 

「殺して!! 殺しなさいよッッ!!」

 

 届かない言葉とは知っていても、 この娘が哀しむと解っていても、

それでも叫ぶのを止められなかった。

 

「ルルゥを……返して……! 返して……返して……よ……」

 

 ただもう一度、 ルルゥに逢いたいだけだった。

 

 

 

 

 

『じゃあ、 死ねよ』

 

 

 

 

 

 絶望に打ち拉がれ彼女の亡骸に縋り付いた時、

“ソイツ” の声が、 頭上から響いた。

 眼前で燃え盛る娼館の中から、 赤い災厄のように飛び出したソレは、

纏った甲冑の至る所から白い焼煙を噴き上げ、

立ちはだかるように両方の手足を広げていた。

 そして、 何も()らない自分に、 スベテを告げた――。

 

 自分は、 この世ならざる存在、 “紅世の徒” だと。

 おまえ達 「人間」 は、 自分達のあらゆる願望を充たす、 単なる(エサ)に過ぎないと。

 故に、 おまえのスベテを知っていると。

 おまえの望むモノも、 大切なモノも、 何もかも。

 

 全身から淀んだ銀色の炎を噴き上げ、

甲冑の隙間から夥しい蟲の肢を這い擦り出し、

心底愉しそうに嘲笑(わら)いながら “ソイツ” は続けた。

 

 だから、 おまえの 「願望」 を、 オレが 『代行』 してやったのだと。

 スベテを失った人間が、 一体どんな悲鳴をあげるのか愉しみだったと。

 そして予想通り、 おまえの絶望の叫びは実に良い音色だったと。

 

 そう言って、 開いた眉庇(まびさし)の裡から無数の歪んだ眼を剥き出しにし、

心底可笑しそうに嗤った。

 もうこれ以上壊れる事はないと想っていた自分の世界が、

ガラガラと音を立てて崩れていった。

 ()()()()()()()()

 異界の住人、 紅世の徒、 炎、 宝具、 自在法。

 告げられた 【真実】 はどうでも良かった。

 ()()()()()()()()()()()()()

 この娘を……ルルゥ、 を……? 

 

【挿絵表示】

 

 

 全身に充ちていくドス黒い感情と共に、 己の血が凍てついていくのが解った。

 生きようが死のうが、 どうでもいい。

 惨たらしく殺されても構わない。

 それでも。

 コイツは。

 

 

 

 

“コイツ” だけはッッ!!

 

 

 

 

 絶え間なく流れ落ちる血涙と共に、 ガチガチと鳴り響く歯と共に、

傍にあった石を握り締めた。

 なんでも、 イイ。

 誰でも、 イイ。

 私に “コイツ” を、 殺させて……

 誰でもイイ、 悪魔でも何でも構わないから。

 

 

 

 

 

紅世の徒(こいつら)全部ッッ!! ブッッッッッッ殺させてよおおおおおおお

おおおおぉぉぉぉぉ―――――――ッッッッッッ!!!!!!!”

 

 

 

 

 

 

 

『いいだろう』

 

 

 

 

 

 

 闇蒼の月が照らす破滅の情景の中に、 声が響いた。

 同時に背後から迸る、 青い火走り。

 振り向いたその先に、 男が立っていた。

 肋 骨(あばらぼね)の浮いた、 しかし鋼線のように張り詰めた剥き出しの痩躯に

獣革と金属で(しつら) えた異質な洋装を纏い、

この世のモノとは想えぬ群青の髪と瞳を携えた、

美しき餓狼を想わせる一人の男。

 

【挿絵表示】

 

 

「臓腑の焼け焦げる臭いに誘われて来てみたが、 テメー、 見ねぇ(ツラ)だな?

どうだ? オレと遊ばねぇか?」

 

 凄艶な口唇に好戦的な笑みを浮かべ、

男は意外なほど透き通った声で赤錆た甲冑に言った。

 

「“蹂躙の……爪牙 ……!” ヒヒッ……!」

 

 問われた方はその男を知っていたのか、

怯えながら嘲るような奇声を発し

耳障りな金属音を残し夜の闇に姿を消した。

 後に残されたのはその男と、 死よりも辛い絶望に打ちのめされた自分、

そして、 最愛の者の亡骸。

 その自分達の傍らに、 細い外貌とは裏腹の重厚な装飾に身を包んだ男が

足音を全く発さずに歩み寄った。

 

「娘? 力が欲しいか? 万物を(ことごと)(たた)き潰し、

自分(テメー)の気に入らねぇモン根刮ぎ咬み千切る、 圧倒的で絶大な力が」

 

 愚問だった。

 だから、 答える事はせずその人間ではない男の眼だけを貫くように見つめ返した。

 

「ハッ……良い答えだ」

 

 名も知らぬその男は一度満足げにその牙のような瞳を歪め、

自分に向けて手を差し伸べた。

 その瞬間、 突如男の背後から、 莫大な群青の炎が凄まじい勢いで噴出した。

 無情なる月光の許で波濤の如く渦巻くソレは、

巨大なる狼の形容を伴って己の瞳に映った。

 

「なら、 この手を取れ、 娘。

オレは紅世の王、 “蹂躙の爪牙” マルコシアス。

テメーらで勝手に決めやがったいけすかねぇ 「規律」 や

クソみてぇな 「秩序」 を押し付け、

意のままに操ろうとしやがる屑共を、 一匹残らずブチ殺そうぜ」

 

【挿絵表示】

 

 

 そう言って男は、 形の整った皓歯(きゅうし) を剥き出しにして嗤った。

 

()()()()()()、 退屈せずに済みそうだ」

 

 是も非もなかった。

 微塵の躊躇もなく、 自分はその手を取った。

 マルコシアスと名乗るその男が、

悪魔だろうが邪神の遣いだろうが構わなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。 

 ソレが、 アノ娘と交わした、 最後の 『約束』 のような気がした。

 手を掴んだ瞬間、 男の姿は陽炎のように立ち消え、

代わりに不可思議な紋章と紋字が狂暴に煌めきながら自分を取り巻き、

背後で渦巻いていた群青の炎が濁流のように裡へと入り込んできた。

 総身を覆い尽くす、 決定的な喪失感。

 消えて、 いく。

 跡形もなく、 焼き払われていく。

「人間」 であった、 今までのスベテが。

 まるで、 一つの悪い夢だったかのように。

 でもその中に、 確かに残る存在。

 呑み込まれそして自分の裡から新たに湧き熾る群青の炎の中に、

掛け替えのない最愛の者が浮かび上がった。

 その翳りのない笑顔と共に、 蒼き炎に包まれながら、 彼女は清らかに葬送されていく。

 あどけない、 少女の姿のまま。

 

【挿絵表示】

 

 

 スベテが 『そうなるべきところに』 還っていく。

 死しても尚、 渦巻く炎の中でも、 絶えるコトのない神聖な気配。

 この娘は、 本当に、 『天使』 だった。

 羽根はないけれど、 自分にとっては、 紛う事無き本物の 『天使』 だった。

 だからせめて、 その想い出を胸に……

 

 

 

 

 

“さよなら。 ルルゥ” 

 

 

 

 

 

 最後の、 涙。

 同じ(ところ) には()けないけれど、 もう二度と逢えないけれど。

 それでも自分は、 遙かなる彼方に飛び立った彼女の永遠の安息を、 心から祈った。

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

「!!」

 

「!?」

 

 異変に承太郎とシャナが気づいたのはほぼ同時だった。

 存在の力を感じるも何もない。

 眼下で緩やかに陥落していたマージョリーの躰の裡から、

突如夥しい数の紋章と紋字が狂暴な煌めきと共に湧き出した。

 ソレに伴い莫大な量の群青の炎が彼女を取り巻き一瞬で衣服を焼き尽くし、

一糸纏わぬ姿になったマージョリーを神器ごと透明な真球が覆い込む。

 その真球へ更に群青の炎が覆い被さり表面が脈動を始めた刹那。

 脳裡に走った直感と肌にザワめいた怖気に、

承太郎とシャナはラミーを連れ螺旋階段から外部へと飛び去った。

 理由は解らない、 だが背骨に濡れた氷柱でも突き込まれたように

二人の全細胞がその場に留まるコトを全力で拒否していた。

 眼下に存在するモノを遮二無二足場にして空を駆け、

数百メートル離れたビルの屋上に青年と少女が着地した刹那。

 件の場所の最上部から、 想像を絶するモノが大気の唸りと共にその貌を覗かせた。

 ソレは、 余りにも巨大過ぎる獣の頭部。

 残った表層を被膜のように突き破り、

中間フロアから蒼い手足が瓦礫の崩落と共に這い擦り出し、

美術館全域を覆い尽くすほどの巨躯が己の屹立を妨げるモノを

粉々に破壊しながら迫り上がる。

 (にわか) には信じがたい光景に唖然となりながら、

青年と少女は同時に口を開いた。

 

「顕……現……ッ!」

 

「狼……か……?」

 

 そう、 二人の漏らした言葉通り、 狂猛なる紅世の王 “蹂躙の爪牙” マルコシアス、

ソノ真の姿の 『顕現(けんげん)

 全身を群青の炎で形成された、 神 虐(しんぎゃく)の 【悪魔狼(あくまろう)

 やがて、 己を阻む全ての存在を跡形もなく砕き尽くした蒼い獣が、

巨大な顎を天空へと開き破滅の産声を上げる。

 

 

 

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO

OOO――――――――――!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 その咆吼、 正にこの世の終焉を告げる、 神々の黄昏が如く。

 周囲を取り巻くビル群の全階層に亀裂が走り、

強化ガラスが軒並み弾け飛び、

止まった波間までもが大きくさざめく。

 青々しく枝を張る街路樹が圧し折れ、 (ひし)めく車が横倒しとなり、

雑踏を歩く人々が砂塵のように吹き飛ばされた。

 射程安全圏内に避難していた承太郎とシャナも、

空間を伝わってくるその大気の激浪のみで打ち倒されそうになる。

 

「……」 

 

「……」

 

 しかし、 そのような絶対的に絶望的な光景を目の当たりにしても、

両者の瞳に宿る気高き光は微塵も色褪せる事なく逆に輝きを増した。

 喩えどのような存在が目の前に立ちはだかろうと、

幾多の苦難を共に乗り越えてきた自分達に、

“後退” の二文字はないとでも言うように。

 そしてコレが、 間違いなく今までで最大の激戦になるであろうというコトを、

視界に(そび)える魔狼を前にしながら承太郎とシャナはひしひしと感じていた。

 

 

 

 

 時が奏でる、 想いが響かせる、 『運命』 の鎮魂歌(レクイエム)

前 奏 曲(プレリュード)” は終わり、 そしてここからが 【最 終 曲(クライマックス)

 遮るモノは存在せず、 天も地もなにもかも、 ただ刮目するのみ。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 はいどうもこんにちは。

 最後の方に載せた画像はイメージです。

 まだフレイムヘイズに成り立ての頃でしょう。

 前に紹介した「歌」に、『異国の空 見つめて~』

とありましたが、彼女は“ルルゥ”と一緒に

それを見たかったのでしょう。

 ソレが、彼女にとっての、

『幸福のイメージ』だったのかも知れませんね。

 

 明日は「お休み」します。

 

 

PS

 

https://www.youtube.com/watch?v=5fqnfiwBfIo

 

まぁこの曲が合いますな。

これがテーマソングになったアニメ映画は

主人公以外全員〇んでましたが……('A`)

 



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『DARK BLUE MOONⅩⅩⅦ ~I'm my Savior~ 』

 

 

【1】

 

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO

――――――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!』

 

 

 

 

 大気を震撼させる、蒼き魔狼の鳴轟が響き続ける。

 その咆吼は兇悪な憎悪の怒号であると同時に、

コレ以上ない哀咽に充ちた悲愴の嘆きを称えていた。

 その周囲で捲き起こる破壊の暴風雨。

 叫びと巨大な全身から発せられる圧威で生まれた乱気流に、

夥しい残骸が噴き挙がり混沌の渦を形成した。

 

「やれやれ、 あんなモン一体ェどーやってブッ倒すんだ?」

 

 破滅の戦風に長い学ランの裾を靡かせながら

銜え煙草でそう漏らす無頼の貴公子に、

 

「出来る出来ないじゃない。ヤるのよ! 私とおまえで!!」

 

その隣に位置した紅髪の美少女が、

眼前の災殃に怯むコトなく凛々しい声で返す。

 

(うむ…… “天破壌砕(てんぱじょうさい)” のような神儀ではなく、

霞幻(かげん)ノ法” を転用した禁儀であろうが、

しかし不完全とは云え王の顕現を可能とするとは……

だが死ぬ気、 か? 蹂躙……)

 

 己の予想もつかない自在法を思慮とは縁遠い者が生み出していた事実と、

その先に待ち受ける結果を洞察したアラストールは

使命と私情の狭間で心を揺らす。

 

 その古き畏友の心情を無言の裡から感じ取ったラミーが

静かに歩み寄った。

 

「ふむ。 やはり戦う気か。 流石に “退()く” と決断をしても、

誰も責められぬと想うが」

 

 言いながら手に持ったステッキで、 遠方にて吼え狂う群青の魔狼を差す。

 

「老婆心ながら一つ言わせてもらおう。

“狙う” なら、 ()()()()だ」

 

 老紳士が細い杖で示した先。

 ソレは巨大な前脚の脇部分、 獣の心臓がある位置を正鵠に射抜いていた。

 

「場所が場所だけに希望と言うには程遠いが、

しかしソコに王の動力源足る 『原核(コア)』 が内包されている可能性が高い。

今は内部に取り込まれ休眠の状態に陥っている “弔詞の詠み手” がな」

 

「なるほど。 “急 所(バイタル・ポイント)” か。

幾らデカくても犬ッコロは犬ッコロ。

そこらへんの機能は同じにしとかねぇと、

動くに動けねぇってワケだな」

 

「う、 うむ。 確かにその通りだが……」 

 

 自分の指摘した事実を一瞬で理解する分析能力、

何より顕現した紅世の王を “犬” 呼ばわりする承太郎の心胆に

ラミーは半ば呆れながら返した。

 

「ごめん……」

 

 その脇で、 唐突にシャナが口を開く。

 

「あ?」 

 

 こちらは意味が解らない物言いに、 承太郎は剣呑な視線で応じた。

 

「 “アズュール” 前に話した事があるでしょ?

“狩人” が持ってた火除けの宝具。

もしアレがここにあれば、 戦局も幾分かは楽になったんだろうけど、

私が粉々にしちゃったから」

 

 言われるまで忘れていた事象を、 少女は本当にすまなそうな表情で

真紅の瞳越しに訴える。

 その悔恨に対し、 無頼の貴公子は確乎足る口調で告げた。

 

「いらねーよ。 ンなモン」

 

「え?」

 

 面責はないが落胆は覚悟していた少女は、 予想外の返答に瞳の奥を丸くする。 

 

「おまえがいるだろ」

 

 継いで当たり前の如く告げられた言葉に、 鼓動が一度澄んだ音を立てるのが解った。

 同時に最大の激戦を前にしての、 不安や緊張が嘘のように消し飛んだ。

 真の姿を現した狂獰な王に対する畏怖や気負いも霧散し、 その咆吼すら遠くなった。

 

「こんな所で、 立ち止まっていられねぇ。

アノ男 『DIO』 のヤローは、

あーゆー化け物を他に何人も従えてンだからよ。

だから、 見せつけてやろうぜ。

オレ達は、 何があろうが絶対に屈しないってトコをよ」

 

 そう言って勇壮なその風貌と共に、

自分の一番大好きな微笑を向けてくる。

 言いたい事はたくさんあったが、

それでも自分は笑っているかもしれない顔を前に向けた。 

 正直、 これ以上嬉しい言葉を貰うのが、 何故か少し怖かった。

 

「さ、 て、 と」

 

 そんな自分の心中を知ってか知らずか、 その隣に(くつわ) を並べる美貌の青年。

 そして、 決意に充ち充ちた声で、 静かに開戦を宣言する。 

 

「いこうぜ……相棒……」

 

「了解ッ!」

 

【挿絵表示】

 

 

 

 互いの存在を確認する言葉を残し、 二つの影が罅割れた大地に降り立った。

 そのまま着地の勢いを殺さぬまま、 視界の遙か先で鎮座する蒼き魔狼に

真正面から向かっていく。

 矮小ながらも両者の発する異質な気配を敏感に感じ取ったのか、

魔狼はその刻印のような瞳を二人に向け威圧するように三度吼えた。

 

 

 

 

『GUUUUUUUUUUUUUUUUOOOOOOOO

OOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO

―――――――――――――――!!!!!!!!!!!』

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ

ォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ――――――――

―――――――――――――!!!!!!!!!!!!!」」

 

 

 

 

 大気を揺るがす暴威を弾き返すように、

『スタンド使い』 と “フレイムヘイズ” も同時に叫ぶ。

 その咆吼が鳴り止んだ刹那、

蒼き魔狼は剥き出し牙を歪んだ両眼と共に軋らせながら開き

ソコから頽廃の大禍流を吐き出した。

 

「「!!」」

 

 昨日(さくじつ)マージョリーが行使した “流式” に酷似してはいるが、

コレはその威力、 射程距離、 持続性共に比較にならない。

 天から(たた)き堕とされる暴虐の裁きの如く

街の一角が群青の禍流に呑み込まれ、

ソコに存在していたスベテが炎に包まれ燃え上がった。

 

「やれやれ、 直撃(チョク)ったら骨まで消し炭だな。

オイ、 今の喰らった奴等、 後でちゃんと治せんだろうな?」

 

「大丈夫、 『喰われ』 さえしなければ、

例え粉微塵に擦り潰されても 「修復」 は可能よ。

だから今は余計な事を考えないで」

 

 魔狼の叫吼が噴出する刹那、 既にその軌道を読んでいた承太郎とシャナは

周囲に並ぶ高層ビルを陰にしながら中空へと飛び去り、

吹き荒ぶ熱風の中で短く言葉を交わした。

 

「にしても、 もう2, 3発同じモン撃たれたら逃げ場がなくなっちまうな。

封絶もガタがきててヤバイ。 一旦二手に別れ(バレ)ようぜ」

 

 ビル裏手の壁面にスタンドの指をメリ込ませ、

魔狼の挙動に比例して頭上から剥がれ落ちてくる

幾つもの紋章を手の平で受け止めながら承太郎が言った。

 

「いいけど、 でも時間稼ぎは通用しそうにないわ。

何か良い策でもあるの?」

 

「ある」

 

 纏った黒衣の能力で傍らに貼り付くシャナに、

承太郎は確信を込めてそう宣言した。

 

「このまま離れて、 あの犬ッコロとの中間距離にまでお互い近づく。

そうしたら 「合図」 を送るから

おまえはアノ “翼” の能力を使ってオレを拾ってくれ。

後は言う通りにしてくれりゃあ」

 

「!!」

 

 姿を見せない二人に焦れたのか、

魔狼が牙の隙間から火吹きを漏らす呻りと共に

その全身を蠕動(ぜんどう)させ始めた。

 

「オレの 『流法(モード)』 一発で、 ヤツを沈めるッ!」

 

「ちょっと! それどういう意味!?」

 

 驚愕と想望。

 相反する感情を同時に抱いて困惑するシャナを後目に、

承太郎も背後の異変を感じ取っていたのか

掌握した壁面を陥没するほど強くスタンドで蹴り付け、

蒼い陽炎の舞い踊る静止した雑踏の中に消えていく。

 

「もうッ!」

 

 視界の先で轟然と立ちはだかる顕現の脅威よりも

彼の不明瞭な言動に苛立ったシャナは、

それでも魔狼の意識を分散させる為に逆方向へと滑空を始める。

 これからするべき事の概要は把握できたが、

断片的な説明だったので完全な理解には至っていない。

 それでも警戒を怠る事なく、 微塵の疑念も抱く事なく示された場所を目指す。

 だって。

 アイツは今まで一回も、 自分に 「嘘」 をついた事はないから。

 期待を裏切られた事も、 一度だってないから。

 だから。

 だから……ッ!

 揺るぎない決意と信頼をその胸の裡で固める少女の風貌を、

突如群青の光が染めた。

 

(!!)

 

 蠢く魔狼の全身から、 刃のような毛革の先から、 火の粉が燐光のように立ち昇り、

それらがスベテ獣の牙を想わせる硬質な炎弾と変貌し周囲を取り巻いていた。

 

(アノ……姿で……自在法……編んでる……)

 

 如何に熟練の自在師だとしても、 例え伝説的なフレイムヘイズだったとしても、

強力な炎弾をあれほど莫大な量で、 一度に生み出すのは絶対に不可能。

 それこそ正に、 顕現した王の威力(チカラ)

 蹂躙の畏怖。

 

 

 

 

 

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 

 大気を穿ち己の血も噴き搾るような叫喚と共に

魔狼の周囲を覆い尽くしていた莫大な量の炎弾がスベテ、

狂った衛星のような軌道で封絶全域に降り注いだ。

 標的を認識せず無差別にバラ撒かれたソノ蒼き災厄は、

着弾した先から爆発を起こし残骸を宙に捲き上げ、

ソレすらも後から襲い来る炎弾に砕かれ蹂躙の限りを尽くす。

 石作りの大地は抉られ、 並び立つ高層ビル群は全壊し、

木々は灰燼となり、 人という人は跡形もなく砕かれた。

 区画を縦断する高架橋が崩れ落ち、 緑の園地は焦土と化し、

遠間に位置する波打ち際すら原初の地球のように干上がった。

 凡そ、 視界に留まるスベテの存在の中に、

原形を留めているモノは何もなくなった。

 人類未曾有の戦禍に見舞われたが如く、 その至る所で蒼い噴煙が立ち昇り

巨大な火災旋風が無数に捲き起こる、 廃都と化した香港の街並み。

 動くモノは何もなく、 声を発するモノもまたいない。

 その頽廃が支配する空間の中心で、 蒼き魔狼の狂吼だけが響き続けた。

 裡に宿した永劫の嘆きが、 天地万物を張り裂くかのように。

 

「……うっ……ぐ……ぅ……」

 

 頭上から天雷のように轟く狂吼を白い素肌に浴びながら、

少女は堆く積み上がった瓦礫の隙間からその小さな躰を這い擦り出した。

 衝撃と焦熱で纏った黒衣はボロボロになり、

内側のセーラー服は引き破れ、 額からも血が滴っている。

 先刻、 窮地に於ける咄嗟の機転により

回避は不可能だと判断したシャナは

破局の狂弾幕が一斉総射される刹那、

近隣の最も頑強な造りのビル内にドアをブチ破って突入した。

 そして纏った黒衣を繭のように形成して己の躰を隈無く包み込み、

魔狼の極絶焔儀を何とかやり過ごした。

 相手に、 一切の回避圏を与えない全 方 位(オールレンジ)攻撃。

 恐らく、 新たに生まれた能力(チカラ)を過信して飛んでいたら命は無かっただろう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 満身創痍の躰に、 限りなく透明に近い澄んだ力が沁み渡っていった。

 直撃こそ免れたが炎上するビルの崩落に巻き込まれ、

瓦礫を伝って浸透してきた焦熱のダメージは決して小さくない。

 正直、 視界も足下の感覚も、 左半身が失調したかのように頼りなく覚束ない。

 それでも少女は破滅の大地を蹴って、 目的の場所へと向かった。

 大破壊の余韻に浸っているのか、 魔狼も今は小康状態。

『絶望の先、 絶体絶命の窮地の後にこそ』 勝機は到来する。

 ソレが、 アイツが自分に教えてくれた、 何よりも大切な事。

 湧き上がる万感の想いを噛み締めながら、

溢れる切なさに必死で堪えながら、

少女は罅割れたアスファルトの上を駆け続けた。

 先刻彼と交わした 「約束」 を、 ただひたむきに信じて。 

 

 

 

 

 大丈夫、 だよね?

 いるよね?

 来てくれるよね?

 待ってるから!

 何があっても絶対待ってるからッ!

 

 

 

 

 その少女の切望に応えるように、 摩り切れたスカートの中から無機質な電子音が鳴る。

 意識よりも速く、 ポケットの中から取り出した

携 帯 電 話(スマート・フォン)の液晶画面に記載された文字。

 他の誰よりも待ち望んだ、 その者の名前。

 同時に待ち侘びた期待の喚声が、 封絶全域に轟いた。 

 

 

 

 

 

『オッッッッッッッッッッラアアアアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァ

―――――――――――――――!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 予想していたよりも遙か近距離で、

倒壊した瓦礫の墓標から白金の光に包まれた二つの影が

強烈な破壊音と同時に飛び上がった。

 自分と同じ、 否、 それ以上にズタボロの学生服姿で。

 それでもその勇壮な風貌は、 いつもと何も変わっていない。

 散開するコンクリートの飛沫の中で舞い踊る、 黄金の鎖。

 自分と同じように、 建物の中へ身を隠していたのだろうか?

 否、 おそらく 『迎え撃ったのだ』

 降り注ぐ蹂躙の弾幕を、 自らの放つ流星の弾幕で。

 そして白金と群青の凄まじい軋轢に周囲のビルが耐えきれず、

その倒壊に巻き込まれた。

 

「――――ッッ!!」

 

 声にならない歓喜でそれを見上げる自分の先で、

神虐の魔狼すらも驚愕したようにその存在を凝視した。

 即座に背で烈しく燃え盛る、 紅蓮の双翼。

 最早先に聳える魔狼の事すらも眼に入らず、

想い焦がれた存在の許に少女は全速で空を(かけ)る。

 もう少し、 あと少し。

 急速に狭まる僅かな時間すらも、 今のシャナにとってはもどかしい。

 そして己の信頼に応え傍へと向かってくるフレイムヘイズを

威風颯爽足る表情で見据えた無頼の貴公子は、

 

「さぁて、 と。

ここの所シャナやアラストールのヤツばっか目立ってやがるからな。

ここら辺でこの物語の 『真の主人公』 は一体誰なのか?

一度キッチリ確認しとく必要があるようだぜ」

 

学帽の鍔を抓みながら不敵な微笑をその口唇に刻んだ。

 

 

←To Be Continued……

 



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『DARK BLUE MOONFINAL ~Endless Expiration~ 』

 

 

【1】

 

 

 蒼き魔狼の巨眼が、 その威圧感のみでバラバラに引き裂くように睨め付ける。

 上空で承太郎の手を掴んだシャナは、 そのままスタンドごと彼を引き連れ

紅い光跡を描きながら災殃の中心部へと向かった。

 

「全力で飛ばせッ! 真っ向から勝負を懸ける!!」

 

「了解ッ!」

 

 紅蓮の双翼から炎が噴き出し、 空を翔るスピードは更に加速されていく。

 ズームアップするように魔狼の貌が視界に迫り、

改めて認識したそのあまりの巨大さに唖然となった。

 近づく程に凄まじい熱気が肌を灼き、 狂獰な存在感に全身が粟立つ。

 

(本当に……こんなの……に……?)

 

 これから自分が 『するべきコト』 は言われなくても解っている、

というより一つしかない。

 でも自分が挑むならまだしも、 それと同じコトを承太郎にはさせたくない。

 すぐにでも転進し策を違えたいという欲求が堪えがたく湧き上がってくる。

 

「まだなの!? 承太郎ッ!」

 

 神経を焼く、 文字通りの焦燥と共に少女は青年を急かした。

 距離的にはもう充分、 このまま 「投擲」 すれば

魔狼の動作よりも速く承太郎をその鼻先に辿り着かせる事が出来る。

 だが。 

 

「まだだ! まだ()がきてねぇ! 「合図」 を待てッ!」

 

 窒息寸前で更に水底へと潜るように、 承太郎は逼迫した声を荒げる。

 その言葉の間にも狭まる、 死の射程距離。 

 高速で己に近づいてくる、 取るに足らない矮小な虫螻を

周囲の残骸諸共粉微塵にする為、

魔狼の前脚が天空を抉るように迫り上がった。

 その大気を鳴轟する爪牙が揮り堕とされ、 空間を断裂する刹那。

 

「今だ!! ヤれッッ!!」

 

 有り得ない状況の在り得ないタイミングで、 承太郎の声が響き渡った。

 本来なら絶対出来ない、 出来るわけがない行動。

 しかしその声に自らが彼のスタンドとなったかのように、

意識が空白となり躰の方が勝手に動いた。

 最愛の者を自ら火口の淵に投げ込むような暴挙の認識はなく、

ただ “やってしまった” という虚無にも似た気持ちに喪心となる。

 しかし乾坤一擲の想いで射出された承太郎の躯は、

双翼の加速も相俟って星光の如きスピードを宿し

魔狼の爪を紙一重で掻い潜る。

 そし、 て。

 

 

 

 

 

“TANDEM……!”

 

 

 

 

 一瞬を遙かに凝縮した時の狭間で、

無頼の貴公子の裡から集束された白金のスタンドパワーが流出し

ソレが高密度の鋼鉄を弾き合わせるような感覚と共に

スタープラチナ内部へと刻まれていく。

 その特殊機動プログラムの終着点、

今ある流法の中で最大の威力を誇るモノが

ダメ押しのように叩き込まれ

煌々とした光を右手に宿したスタンドの拳が

すかさず眼前を覆い尽くす魔狼の横っ面に放たれた。

 

『……ッッ!?』

 

 突如の眼の前に、 まるで平行世界から抜け出してきたかのような

残像を伴って現れたその小さき者の一撃は、

自分と同質の巨大な威容となってマルコシアスの瞳に映った。

 

 

 

 

 

 ヴァガアアァァッッッッッ!!!!!!

 

 

 

 

 

『――――――――――ッッッッッッッッ!!!!????』

 

 泰山を穿つ鳴動と共に魔狼の巨大な顔面が捻じ切れる程に弾け飛び、

その口から多量の蒼い炎が吐き出される。

 凄まじい衝撃の巨大な反動にスタンドの鉄鋲が罅割れ

拳がギシギシと軋んだ。

 承太郎が撃ったのは強靱無双なる戦慄の轟撃、

流星の 『流法(モード)“スター・ブレイカー”

 しかしシャナの双翼の力を借りても尚、

顕現した紅世の王を怯ませるには不十分。

 そこで承太郎は魔狼の極大な力を()()()()()()()

リスクを冒してまでマルコシアスの攻撃を待った。

 その結果として巨大な砲身が射出口への精密狙撃で暴発するように、

魔狼の爪撃にスタンドの拳撃を合わせ

“カウンター” を入れるコトを可能としたのだ。

 力無き者でもその勇気と技術次第で絶対的立場を覆し得る、

正に極小が極大を喰う人間の “叡智(えいち)

 

「不完全とはいえ、 顕現した紅世の王を……!」

 

()()()()()ッッ!!」

 

 その神域に位置する光景を前に、 シャナとアラストールが同時に驚愕を叫ぶ。

 しかし、 両者が真に瞠目するのはその後。

 憤怒の形相へと変貌した巨大な両眼を睨み返し、

 

「スタンド、パワーを……ッ!」

 

周囲全体に轟く承太郎の喚声。

 

 

 

 

「全開だああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――

―――――――――ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 

 同時に両腕を雄々しく開いたスタンドの全身から雷吼の如き光が迸り、

眼前の魔狼を含めた空間を天啓のように白く染めた。

 

()()はッ!?」

 

「むう……ッ!」

 

 驚天動地の出来事に、 シャナとアラストールが息を呑んだのはまた同時。 

 だがその能力(チカラ)の概要を認識する間もないまま、

スタープラチナ内部に叩き込まれた戦闘プログラムが即座に起動する。

 

 

 

 

「ォォォォォォォォォォォォラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ

ァァァァ―――――――――――――!!!!!!!!!!!!」

 

 

 

 猛り狂う承太郎とスタープラチナの咆吼と共に、

夥しいスタンドの拳がマルコシアスの貌全域に降り注ぐ。

 拉げた頬桁を蠢かしその顎を開いて

承太郎に喰らいつこうとしたマルコシアスの口は、

その遍く流星群のような乱撃に無理矢理閉じさせられた。

 巻き起こる旋風と迸るスタンドパワーにより、

炎の熱を吹き飛ばし重力すらも振り切って炸裂し続ける白金のラッシュ。

 本来、 顕現した紅世の王、 マルコシアスにとってはコレすらも

棘が刺すような微細なモノでしかない。

 だが数千発、 否、 『数十万発』 まとめてクれてヤれば、

巨大な拳で何度も殴られているに等しき大衝撃。

 深いダメージを受けている様子はないが

それでも蒼き魔狼は永続的に着弾し続ける白金の光に爪牙を阻まれ、

その巨体を大地に縫い止められる。

 勇壮なる承太郎の風貌と狂猛なるマルコシアスの外貌が、

全く同等の存在として天空に対峙した。

 

「アノ…… “蹂躙の爪牙” と……真正面から殴り合ってる……」

 

【挿絵表示】

 

 

「全く……何という男だ……アノ者は……」 

 

 中間で、 その二人の壮絶な果たし合いを見据える

フレイムヘイズと紅世の王が、

呆気に取られたようにそれぞれの感慨を漏らした。

 そして迸る白金の光が両者を照らすその間にも、

スタンドのスピードは更に加速度を増していく。

 

(もっと……もっとだ……! スタープラチナ……ッ!

“アレ” を使うには、 まだスピードが足りねぇ……!

限界を超えてその能力(チカラ)を見せてみろ……!

コイツにも……! DIOのヤローにも……ッ!)

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアア

ァァァァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 宿主の心情が伝播したのか、屈強な守護者は喚声を荒げ

この一点にスベテを振り絞るかのように弾幕を射出し続ける。

 魔狼は忌々しそうに火吹きを散らして唸るが

己にはないそして初めて受ける “スピード” という圧力に抗しきれず、

再び縛鎖にその身を封じられたかの如く微動だに出来ない。

 そして、 やがて徐々にではあるが、

白金の流星群が放つ光に魔狼が後方へと押され始め

承太郎とスタープラチナもソレに連動して前へとズレた。

 

「行けッッ!! そのまま!! もっと強く!! もっと速くッッ!!」 

 

 己の想像を超えて繰り広げられる光景に

最早心中を抑えられなくなったのか、 声の限りにシャナが叫ぶ。

 

(む……うぅ……()()()……というのか……?

生身の人間に過ぎぬ貴様が……)

 

 同調するように胸元のアラストールもその胸襟を露わにする。

 

(ならば……みせてみよ……! 紅世真正の魔神足る、

この “天壌の劫火” の眼の前で……!)

 

 

 

 

『オラオラオラオラオラオラオラオラオラ!!!!!!!!

オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ

オラオラオラオラオラオラオラアアアアアアアアアアアアアア

アアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!』

 

 

 

 

 二人の声に応えるかのように、 スタンドの喚声が更に高まる。

 そして凄まじいエネルギーの激突に空間自体が変質し始め、

魔狼を形成する蒼き炎の色彩が薄らぎ始めた。

 スタープラチナの放つ凄絶なラッシュの衝撃波に

周囲の空気が弾き飛ばされ、

限りなく 『真空』 に近い状態となったのだ。

 

(!!)

 

 ソレを最大の好機と見定めた承太郎は乱撃を射出し続けるスタンドに代わり、

これから発動させる 『流法(モード)』 の遂行に全神経を集中させる。

 そう。

 スベテは、 この “一撃” の為に。

 先刻の巨大なカウンターも、 いま総射している狂乱の弾幕も、

スベテはこれから()り出す 『流法(モード)』 の “予備動作” に過ぎない。

 ソレは――

 嘗てこの世界生物全ての頂点に立っていた太古の最強種、

()()()()()最上位に君臨していた 『地上最強の男』 が携えていた究極の闘技(ワザ)

 幼き頃、 曾祖母より繰り返し聞かされた、 風の “原始の流法(プロト・モード)

 左腕を、 関節ごと右廻転!

 右腕を、 肘の関節ごと左廻転! 

 その関節駆動領域の限界を越えて捻り込んだ腕を振り解きながら

刳り出される双掌撃の廻転圧力に拠って生じる更なる真空空間に、

両掌へと集束させた莫大な量のスタンドパワーを同時に叩き込む神技!!

 

(DIOのヤローに喰らわせてやる予定だった “秘密兵器(とっておき)” だが、

特別にテメーにクレてやるぜッ! 犬ッコロッッ!!)

 

 スタープラチナと交差させて刳り出される承太郎の両掌が、

その裡で輝く星雲の如きスタンドパワーが、

眼前で形成される多重真空空間を透して魔狼の顔面に撃ち込まれる。

 その様相、 この世界という法則(ルール)を、 根底から断砕するに等しき栄耀(えよう)

幽 波 紋 絶 界 幻 象(スタンド・ヴァンダライズ・フェノメノン)

 ソレは極限をも超えた精神の爆発に拠り、

限りなく偶発的に目醒める云わば一つの 『奇蹟』

 嘗てある者は、 己の想いを託す為死の顔を石面に刻み付け、

またある者は誰も触れるコトすら叶わない絶対的存在に挑むコトを可能とし、

そしてまたある者は、 肉体が絶命したのにも関わらず

ソレでもその死を乗り越え最後まで生き続けた。

 通常の理を、 遙かに逸脱した光景。

 しかし人類史上、 ソレによりスタンドの 「破壊力」 が増したり

「射程距離」 が伸びるといった現象が確かに存在する、

(れっき) とした事実である!

 スタンドとは、 その名が示す通り傍に立つ者。

 苦難に立ち向かう者。

 そして!

 神の 『試練』 に()()る者ッ!

 

「ヤっちゃえええええぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――!!!!!!

承太郎オオオオオオオオォォォォォォ――――――――――!!!!!!!!」

 

【挿絵表示】

 

 

 背後から響く喊声と共に、 ()()()()()()()完成された流法が、

天地開闢の如き光輝(ひかり)となって爆裂する。

 星龍殲吼(せいりゅうせんこう)神嵐(しんらん)極撃(きょくげき)

 流星の 超 流 法(スーパー・モード)

流 星 暈 叛 滅(スター・ハウリング)

超流法者名-空条 承太郎

破壊力-S スピード-S 射程距離-C

持続力-E 精密動作性-S 成長性-測定不能

 

 

 

 

 グァオンンンンンンンンッッッッッッッッッ!!!!!!!!

 

 

 

 

 時空が殺ぎ取れるような異質な残響と共に、

魔狼の左顔面が頭部諸共跡形もなく消滅した。

 更にソコから頚部を伝って大きな亀裂が生じ、

その最終地点である破滅の爪牙を前脚ごと吹き飛ばす。

 

 

 

 

『GUUUUUUUUUGYYYYYYYYYYYY

AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA

AAAAAAAA――――――――――――――――

―――ッッッッッッッッッ!!!!!!!???????』

 

 

 

 

 片端(かたわ)となって尚、 今まででにない惨苦の叫声を轟かせる蹂躙の王。

 破滅の大地を踏み拉いていた左脚が無くなったコトにより

巨躯を支えていた危うい均衡がガタガタに崩れ、

全身に掛かる重力の魔が地中から這い擦り出した手のように

蒼き獣を底の底の方へと引き寄せる。

 真空と真空とがブツかり合って創成された異相(いそう)空間、

ソコへ更に究極の速度で撃ち込まれた幽波紋。

 次元の壁を撃ち砕き、 その彼方まで突き抜ける程の超パワー。

 ソレが生み出す恐るべき 『流法(モード)』 の真実を、

行使する空条 承太郎さえも知り得ない。

 だがその時の(まにま) に、 消滅した魔狼の左眼は、 ()()()()()

 昏き闇の中、 静かに微笑を称える背徳の少年を。

 逃れられない破滅の円還の中、 終局に向かい駆ける哀しき魔人を。

 生と死の境界で永劫に彷徨う、 赦されざる亡霊を。

 忘却の世界の果て、 優しく降り注ぐ雨の下、

一人の少年を抱き寄せる聖麗な女性を。

 そして。

 その深遠に()む、 この世ならざるひとつの 『スタンド』 を。  

 

「……」

 

 神威に匹敵する光景を前に、 一人の勇壮な 『スタンド使い』 が

焼塵に塗れた制服の裾を戦風に靡かせる。

『運命』を切り開き、 世界を正しき方向へと導く、

『時の使者』 で在るかのように。

 

(スゴ……イ……)

 

 全身を駆け抜ける愉悦にも似た顫動と共に、 シャナは空間に佇む青年をみつめた。

 心の裡は一点の曇りもなく澄み渡り、 悲しくもないのに双眸へ涙が溢れた。

 

(スゴイ……スゴイ……本当に、 スゴイ……ッ!)

 

 瞬間、 極限まで昂った少女の深奥で、 紅蓮の炎を司る存在の 『源泉』 が弾ける。

 今までような怒りでも激情でもなく、 只一つの純粋な 「歓喜」 によって。

 灼熱の双眸が無限の超高密度、 “真・灼眼” へと変貌する。 

 同時に背の双翼が更に烈しく燃え盛り、 身の丈を優に越える “大翼” と化した。

 その大翼が生み出す空前の機動力が瞬時に少女の姿をそこから消し去り、

崩れ落ちる魔狼の背後へと紅蓮の羽根吹雪と共に現わす。 

 

【挿絵表示】

 

 

 もう一人には、 戻らない、 戻れない。

 だから二人で、 どこまでも往く。

 その誓いとして、 証として。

 

(私は……ッッ!!)

 

 逆手抜刀の構えで背後に据えた少女の刀身に、

闘気、 炎気、 剣気、 無数の気の集合体が凝縮し

真紅の放電を空間に撒き散らす。

 護られるだけはない、 護るだけでもない、

もっと大いなる意味を世界に解き放つ

(シルシ)” であるかのように――。

 

 神が女を、 男の頭から造らなかったのは、 男が支配されないため。

 男の足から造らなかったのは、 男の奴隷にならないため。

 男のアバラから造ったのは、 男の脇に居てもらうため。

 つまり。

 互いを支え合い、 共に 『未来』 を切り開くため!

 無明の双眸を携えた少女の背で、 鳳凰の天翔の如く大翼が炎を噴き出し

超音速のスピードを宿した紅蓮の討刃がその喉元カッ斬るように

亀裂が走った魔狼の頚部へとダイレクトに刳り出される。

 

 

 

 

 

「オッッッッッッラアアアアアアアアアアアアァァァァァァ

ァァァァ―――――――――――ッッッッッッッ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 星鳳統合(せいほうとうごう)真灼(しんじゃく)吼撃(こうげき)。 

贄殿遮那(にえとののしゃな)星 迅 焔 霞(せいじんえんか)ノ太刀・絶無(ゼロ)

発動条件-真・灼眼+紅蓮の双翼

遣い手-空条 シャナ

破壊力-AAA スピード-AAA 射程距離-AAA

持続力-AAA 精密動作性-AAA 成長性-測定不能

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

『―――――――――――――――――――――

ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!??????』

 

 

 

 

 

 

 半壊した巨大な頭部が、 声無き絶叫を上げて天空に()ぎ飛んだ。

 文字通り零距離で撃たれた超絶技が捲き起こす凄まじい旋風と真空破により、

崩れ堕ちる首無し胴体を覆う蒼炎の表面が吹き飛ばされ

内部の 『原核(コア)』 が剥き出しとなる。

 透明な真球の裡で胎児のように躰を丸め、

神器 “グリモア” を胸元に抱く

“弔詞の詠み手” マージョリー・ドーの姿が。

 魔狼の首を刎ねたまま速度を弛めず

前方でこちらを瞠る承太郎の手を取ったシャナは、

再度光芒を牽いて上空へと翔け昇り一拍の間も於かず

その 『原核』 に向け急速に降下する。

 そし、て。

 

 

 

 

 

「「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォ

ォォォォォォォォォォォォォォォ―――――――――――

ッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!」」

 

 

 

 

 

 どちらが申し合わせたわけでもなく共に喚声を上げ、

硬質な外殻にスタンドの拳とフレイムヘイズの刺突が同時に繰り出された。

 瞬時に大きな亀裂と微細な罅で覆い尽くされた真球は、

そのまま官能的とも云える音響にて夥しい晶片となって弾け飛び

ソコから開放された美女の裸身が天空へと舞い上がる。

 

「……」

 

 悠然とした微笑を浮かべ荒れ果てたアスファルトに着地した無頼の貴公子が、

纏った学生服の襟元を掴み背後へと高らかに放った。

 中空でその学ランを受け取ったスタープラチナが

右腕に抱えた無防備な美女の躰をソレで包む。 

 後に残った魔狼の巨躯は瞬時に元の炎へと返還され、

一挙に膨張し雪崩れ打つように放散した。

 壊れかけた封絶全域に鏤む蒼い炎塵にその躰を彩られながら、

紅蓮の大翼を携えた少女が青年の傍へと舞い降りる。

 

「……」

 

「……」

 

 最早互いに、 言葉は意味をなさない。

 ただ、 やるべき事を全力でやり遂げた充足感のみが

二人の心を充たしていた。

 激戦の終極を告げる、 寂滅の大気。

 解れた封絶の隙間から外部の光がプリズムのように降り注ぎ

周囲は幻想的な雰囲気を称える。

 その世界の中心で。

 

「やれやれだぜ」

 

「やれやれだわ」 

 

『スタンド使い』 の青年と “フレイムヘイズ” の少女の声が、

静かに折り重なった。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 



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『RING OF VESTAGE』

 

 

【1】

 

 

 蒼き魔狼が蹂躙の限りを尽くした廃都の街並みに、

深い緑色をした火の粉が無数の紋字と共に沁み渡る。

 深謝のように。 慈愛のように。

 荒廃した空間を元に戻していく。

 その自在法を操る老紳士が熟練の指揮者のように両腕を動かすたびに、

火の粉は意志を持ったように封絶内部を隈無く駆け巡った。

 

「これくらいでは、“彼等” に報いる事にはならぬがな」 

 

 若干苦さを滲ませた老紳士の眼下にて、

左回りの時計のように修復されていく街路を二つの人影が歩いている。

 その背後で青年の上衣に裸身を包まれた美女が

彼の仕える屈強な従者に抱えられていた。

 やがて遠間からこちらの視線に気づいた青年が片手を挙げ

少女は大きく手を振る。

 

「……」

 

 老紳士は蟠りのない温かな微笑を口元に浮かべ

空間の修復を急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 漆黒に染まった意識の外で、 微かな声がする。

 

「いつのまに、 あんな 『流法(ワザ)』 修得してたのよ? おまえ」

 

 耳慣れた、 少女の明るい声。

 

「ま、 秘密の特訓、 ってヤツかな?」

 

 覚えのある、青年の打ち解けた声。

 

「ねぇ、 教えてよ。 やり方」

 

「オメーな、 そうやって他人の能力すぐに欲しがるクセ、 直した方がいいぞ」

 

 煩わしいと想いながらも瞳を開いた。

 戦闘の記憶は、 途中から殆どない。

 それでも於かれた現状を認識すれば嫌でも解る。

“負けた” のだ、 自分は。

 

「眼が醒めたみてぇだぜ」

 

 最初に視界へ映った青年の美貌が平静な様子でこちらを見据えていた。

 気づけば自分は一糸纏わぬ姿、 その上に青年の学生服が無造作に掛けられていた。

 麝香の絡んだ男の芳香(かおり)に軽い眩暈を覚えたが、

咄嗟に剥き出しの胸元に右手をやる。

 今更裸を見られた位で狼狽えるような小娘でもないが、

ソコにある筈のモノが無い事にだけは真剣に恐怖を覚えた。

 冷たい金属の感触。

 摩耗して鈍い光沢。 

 それでも自分にとっては、 この世の何よりも温かく大切な存在(モノ)

 

「……」

 

 意図せず安堵の呼気が口から漏れ、 強張った全身が弛緩していった。

 

「大事な……モノみたいね……」

 

 いつのまにか傍らに来ていた少女が、 憂いを含んだ表情で自分の胸元を見つめている。

 青年は己に背を向け、 黄金の長鎖を巻き付けた右腕で紫煙を燻らせていた。

 

「……()()()()()()?」

 

 何気なく告げられた言葉だが、 その意味を解したマージョリーはシャナに問い返した。

 しかし少女は何も答えず代わりに細い影が傍らに立った。

 

「テメエ……ッ!」

 

 脇に置かれたそれまで沈黙していたグリモアから、

掠れながらも狂暴な声が漏れ出る。

 解れた封絶の光にその身を照らされながら眼前に立つのは、

忌むべき宿敵 “屍拾い” ラミー。

 今や完全に立場が逆転した状態だが、 それでもマルコシアスは

マージョリーに指一本でも触れたら殺すという脅嚇と共に唸った。

 

「安心しろ。 何もする気はない。

私も、 “アノ少女” には恨まれたくないのでな」

 

「ッ!」

 

 紅潮した頬で想わず息を呑むマージョリーの眼前で、

老紳士がスーツの内側から取りだしたモノ。

 緩やかでありながらその裡に烈しい渦旋を宿す、 群青の炎。

 

「すまぬが、 “視せて” もらった」

 

 事も無げに告げられたラミーの言葉に美女は絶句する。

 

「 “彼等にも” ソレを伝えた。 全力で君を止めた者として、

その権利も義務も在ると想ってな」

 

 続けられた事実に驚愕するマージョリーに代わり、 マルコシアスが騒ぎ出す。

 

「テメエ! 一体ェどーゆーつもりだッ! 

オレの女に恥かかせた挙げ句晒しモンにしようとグゲオアッッ!!」

 

 羊皮紙をガタガタ鳴らして激高する紅世の王の口が、

頭上からの強烈な踏みつけによって無理矢理閉じさせられた。

 

「黙ってろ……犬ッコロが……」

 

 いつのまにか傍に来ていた無頼の貴公子が、

ブランド物の靴底で煙の上がる神器の表紙をグリグリと()じる。

 

「テメーのヤった事ド忘れ決め込んで調子ン乗ってねーか?

後先考えず好き放題暴れやがって。

もし封絶がバラけて “外” と繋がっちまったら

一体ェどうするつもりだったんだ? あ?」

 

 言いながら歴戦の不良特有の眼光で、 狂猛なる王を一分の斟酌なく睨め付ける。

 

「テ、 テメェも覚えてやがれ、オレの顔面と左脚吹き飛ばしやがって、

今度を会ったら跡形もねぇほど咬み裂いてグエェェ」

 

 怪鳥(けちょう)を捻り殺した時のような濁声を漏らしながら、

マルコシアスは言動を封じられる。

 

「フム、 話を戻すぞ」

 

 その光景を後目に、 ラミーはマージョリーに向き直った。

 

「私が言う台詞でもないかも知れぬが、

紅世の徒に憎しみを燃やす君の気持ちも解らぬわけではない。

愛しき者を奪われたのなら尚更、 な。 だが」 

 

 老紳士はそこで一度言葉を切り、 鋭い視線で美女を見る。

 

「 “銀” は、 追うな」

 

「――ッ!」

 

 予期せぬ言葉にマージョリーの虹彩が細く狭まった。

 承太郎の足下でも声を発しようとマルコシアスがジタバタ藻掻く。

 その両者に二の言を与えず、 ラミーは確乎たる口調で言った。

 

「アレは、 追うだけ無駄なモノ。 追えど付けず、 探せど出でず、

近づけば近づくほどその距離は無限に拓いていく。

そしてその先に待つのは、 永劫の闇だ」

 

 悼むように瞳を閉じ、 ラミーは言葉を締め括る。

 

「今ならば、 まだ遅くはない。

このまま進めば、 後で後悔してももう後戻りは出来ん。

憎しみを捨て、 復讐を忘れ、 一人の女として達者に暮らせ。

“彼女” もソレを、 誰よりも願っているのではないか?」 

 

「……ッ!」

 

 軋む口中と、 歪む風貌。

 何度も何度も自答して、 結局答えなんか出なかった問い。

 自分が今までヤってきたコトは、 これからしようとしていたコトは、

どう考えても、 “ルルゥの為” などではない。 

 100%、 自分自身の為だけのモノ。

 だから彼女を想うコトを止め、 一人憎しみに焼かれるコトを選んだ。

 そうでないと、 辛過ぎた。

 温かな光で充たされた平穏な世界でアノ娘を忘れるよりも、

凄惨な修羅の(ちまた)で血に塗れながらも、 ずっと覚えていたかった。

 

「……だったら、 何だって、 いうのよ」

 

 誰に言うでもなく、 自分自身に言い聞かせるようにマージョリーは言葉を紡いだ。

 

「そんな言葉は、 もう、 聞き飽きた」

 

 ザワめく大気の中、 そこにいる全ての者に告げられる、 冥府から響くような声。

 

「復讐なんかをして、 死んだ者が生き返るわけではないと知った風な口をきくヤツもいる。

(ゆる)す事が大事なんだと、 クソくだらないコトを平気でほざくヤツもいるわ」

 

 肩を震わせながら俯いていた美女は、 そこで決然と顔を上げる。

 その深い菫色の瞳に宿る、 昏きながらも気高き光。

 

「でも私は! アノ娘を目の前で殺されてッ!

その事に眼を背けて生きるなんてまっぴらごめんだったし!

スベテを失っても構わないという覚悟を決めて今日まで闘ってきたッ!」

 

 ビリビリと空間を劈くその言葉に、 周囲の者はただ黙する以外術をなくす。

 創痍の躰で血を吐くように吼えるマージョリーの様相は、

酷烈な復讐者のソレではなく、 ただ一人の哀しい女の姿だった。

 

「アイツを殺さない限り! 私はもうどこへも行けはしない!

そうしない限り! 未来なんてないし幸福なんてモノも存在しない!

喩えどんな結果になろうと! 

私は私自身の 『運命』 に “決着” をつけなきゃいけないのよッ!」

 

 そう、 できるわけがない。

 できるわけがない。 できるわけがない。 できるわけがない。

 アノ娘の事を忘れて、 全てを 「過去」 にして、 自分だけが安息に生きる事など。

 この残酷な世界の中でただ一つ、 アノ娘だけが、 ルルゥだけが、

自分の真実(ほんとう)の “幸せ” だったのだから――。

 

「そういうコトなら、仕方ないわね」

 

 それまで押し黙っていた少女が一転、

その凛々しき気配を全身に纏わせて自分の傍へと歩み寄った。

 その髪も瞳も元の黒い色彩へと戻っていたが、 今の己を縊り殺すのは容易だろう。

 未だ去っていない窮地を、 何故か他人事のように茫然と見つめていた

マージョリーの前に長身の男も立つ。

 

「今回みてーに、 我を忘れて暴れ回るっつーんなら、 また沈めるコトになるが」

 

 威圧するわけではないが、 全身から発せられる強い気配に躰が無意識に引く。

 気休めにもならないと想うが、 掛けられた学生服を煙幕にするため襟元をはだけた瞬間。

 

「でも、 眼につく “紅世の徒” 全てを討滅するっていうのじゃなく」

 

「その “銀” とかいうクソヤローをブッ潰すっつーんなら」

 

 青年と少女の声が重なる。

 

 

 

 

「手伝ってもいいぜ」

 

「手伝ってもいいわよ」

 

 

 

 

(――ッッ!!)

 

 想定外の言葉に、 声が出ない。

 今の今まで、 戦っていた、 殺し合いをしていた者達が、 どうして?

 何度も何度も、 本気で殺そうとした。

 だから自分だって、 殺されても仕方がないと想った。

 なのになんで、 こんな言葉を自分にくれるのだ?

 辛くて、 苦しくて、 哀しくてどうしようもなかった時、

一番欲しかった言葉なのに。

 

「……ッ!」

 

 涙に滲む双眸と胸を締め付ける心中を覚られまいと、

美女は長い栗色の髪に顔を伏せる。

 正直なんて応えればいいのか解らないし、 頭の中が滅茶苦茶で何も考えられない。

 だから、 二人から顔を背けて取り合わない事に決めた。

 否定するにしろ肯定するにしろ、 どちらも嘘になってしまいそうだったし、

自分の中の大事なモノが壊れてしまいそうで怖かった。

 

(もういい……一人に……して……ほっといてよ……) 

 

 アノ娘と同じ存在が、 他にも自分に出来るなんて信じられない。

 でも目を閉じると、 中性的な風貌の少年が優しく微笑みかけてくれていた。

 

「まぁ、 すぐに解答を出せとは言わないわ。

こっちもあと最低三ヶ月は要請されても協力出来ないし。

だからその間に考えておいて。

同じフレイムヘイズで在る以上、 またどこかの封絶で遭うコトになると想うから」

 

「ヤローの(ツラ)ァ覚えた。

もしかしたら先にこっちがヤっちまうかもしれねーが、

そんときゃあ恨みっこなしだぜ」

 

 こっちの心中など意に介さず、 言うだけ言うと二人の気配が遠ざかった。

 瞳から温かな雫が頬を伝い、 胸元に落ちるのが解った。

 

「さて、 本当に世話になった。 “炎髪灼眼” ……イヤ、空条 シャナ」

 

 修復されたビルの屋上中央でラミーが深謝を込めてそう言った。

 

「自分が、 やるべきコトをやっただけよ。 別に気にしなくていい」

 

 澄んだ瞳で告げるシャナの返答は非常に坦懐としたモノ。

 

「フッ、 本当に、 良いフレイムヘイズを育てたな。 アラストール」

 

「我だけの殊功ではあるまい。 それは貴様も解っていよう」

 

 少女の胸元で、 本意と不本意が入り交じったような口調で炎の魔神がそう告げた。

 ラミーは笑みを深くし、 最後に承太郎へと向き直る。

 

「……」

 

 しかし何かを逡巡しているのか無言のままなので、 先に承太郎の方が口を開く。

 

「悪かったな。 せっかく集めた “力” を遣わせちまってよ」

 

「イヤ、 ここで集めたトーチは、

本来 『こうするべきだった』 のかもしれぬ。

その身は消えようとも、 想いはこの地に充ち渡り、

そこに生きる者を見護っていく」

 

 己の気持ちと同調するように、 ラミーは修復の終わった香港の街を一眸した。

 

「何の為に力が必要なのかは解らねーが、

いつかアンタの願いが叶うといいな」

 

「あぁ、 その時にはソレを、 君にも視てもらいたい」

 

 そう言ってラミーは名残惜しそうに瞳を細めた。

 

「では、 さらばだ。 “天壌の劫火” 我が古き友よ。 因果の交叉路でまた逢おう」

 

「いつか望みの花咲く日があるように “螺旋の風琴” 」

 

 異なる真名で呼ばれたラミーにシャナが瞠目すると同時に、

老紳士は無頼の貴公子の瞳を真っ直ぐみつめる。

 そし、 て。

 

「最後、 だから、 ね」 

 

 不意に言葉を発した。

 しかしそれは、 ラミーの口からではなくその背後、 否、 躰の裡側から聞こえた。

 件の枯れた声ではなく、 純潔な少女の声。

 

「ッッ!!」

 

 同時に、 老紳士の姿が陽炎のように薄れて霧散し、

その中から緑色の火の粉に包まれた幻想的な美少女が姿を現した。

 淡い紫色の髪と瞳、 清楚な洋装、 胸下に届く細いリボンが気流に揺らめく。

 トーチにその身を宿すラミーの 「正体」 については、

アラストールから説明を受けていたが

実際に目の前で宙に浮くその懸隔に、 さしも承太郎も言葉を失った。

 その彼を慈しむように見つめながら、 幻想の美少女は静かに口を開く。

 

「ありがとう。 空条 承太郎。 私を、 護ってくれて」

 

【挿絵表示】

 

 

 星形の痣が刻まれた首筋に、白い手がそっと絡まる。

 

「私、 貴方に逢えて、 本当に良かった」

 

 そう言ってその感謝の印が、 承太郎の頬に優しく口づけられる。

 

「――――ッッッッ!!??」

 

 正体を現したラミーの姿にではなくその行為に、

シャナは怒髪衝天の如く双眸を見開いた。

 

「私の真実(ほんとう)の名前は、

紅世の王 “螺旋の風琴” リャナンシー。

またきっと、 何処か、 でね……」 

 

 微かに潤んだ瞳で小さく手を振りながら、

全身から湧き熾った緑色の火の粉と共に彼女の姿は蜃気楼のように消え去った。

 後に残った静寂と脇を抜ける風。

 

「フッ、 結局最後の最後まで、 してやられたというワケか」

 

 穏やかな微笑と共に、 無頼の貴公子が柔らかな感触の残る頬に手を当てた刹那。

 ドグオォォォォッッッッ!!!!

 予期せぬ痛烈な打撃音が彼の背後で鳴った。

 軸足の廻転でコンクリートが焦げる程の勢いで放たれた

シャナのハイキックが承太郎の腰上に直撃していた。

 

【挿絵表示】

 

 

「……ぐ……おぉ……テメー、 いきなりなにしやが」

 

 脊髄を電流のように駆け抜ける激痛で片膝が抜ける承太郎に対し、

 

「うるさいうるさいうるさい!! ヘラヘラしてるんじゃないッッ!!」

 

真っ赤になったシャナが叫ぶ。

 

「アァ!? 誰がだッ! テメー!!」

 

「うるさいうるさいうるさい!!

うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさァァァァァいッッッッ!!!!」

 

 香港全土を震撼させる程の勢いで、少女の怒声が轟いた。

 

←To Be Continued……

 

 



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『FOREVER LIVE &……』

 

 

【1】

 

 

 自分の返答は聞かず言うだけ言った青年と少女が去った後

(何やらケンカしていたようだが別にどうでもいい)

しばし放心していたマージョリーはやがて、

鉛を含んだような躰を引き起こし香港の街路を歩いた。

 ラミーが自分に気を使ってか、 まだ封絶が解けていなかったので

眼に付いたブティックで服を物色し外套代わりの学ランはそこに置いてきた。

 肩にかけたグリモアが異様に重く感じ、 運ぶ足も我ながら頼りない。

 どこをどう歩いたのかも解らぬまま、

やがて封絶を抜けていたのか異国の喧噪の中に自分はいた。

 

「……」

 

 アレからどれだけ時が経っていたのか、

周囲は夕陽に包まれ彼方の水面も黄金色に輝いている。

 吹き抜ける海風が、 解けた髪を静かに揺らした。

 

「に、 してもよ。 まさかあのクソヤローの正体が “螺旋の風琴” だったとはよ。

アノ “頂の座” と双璧を成す紅世至宝の 『自在師』 とか云われてたが、

ここ数百年ばかり噂聞かねーからとっくの昔にくたばったのかと想ってたぜ」

 

 今の心中が解っているのか、 わざと軽快な口調でマルコシアスが言う。

 

「何にしてもそうだと解ってりゃあコッチも油断はしねー。

“次” はもっと念入りに歓待してヤるとしようぜ。

なァ? 我が反逆の麗女、 マージョリー・ドー」

 

「そう、 ね……」

 

 でも、 口から出たのは自分でも驚くほど弱々しい言葉。

 今までなら、 強敵相手に戦略上撤退を余儀なくされた時も

その心中は狂暴な復讐心で燃え盛った。

 逃げる事は負けじゃない、 死ぬ事こそが本当の敗北なのだと頑なに信じてきた。

 だから今回も、 ソレと同じコト。

 傷を癒し、 力を戻し、 “アイツ等” に自分を殺し損ねた事を

死ぬほど後悔させてやればいい。

 

(……)

 

 でも、 どうしてだろう?

 ()()()()()()()()()()()()()()()。 

 

「マルコ……」

 

「アン?」

 

 雑踏の中で立ち止まり、 消え去るような声で自分の被契約者に言った。

 

「私、 戦いだけじゃなく、 何かもっと大きなモノに負けちゃった気がする。

一体何の為に今まで戦ってきたのか、 それさえも解らなくなっちゃった」

 

 言うべきか黙するべきか、 躊躇うよりも早く言葉は出ていた。

 自省というよりは自暴、 自暴というよりは逃避に近い。

 自分でも、 何でそんな泣き言めいた事を口にしているのか解らなかった。

 今まで敵と相対した時、 当たり前のように在った “憎しみ”

 ソレが無くなったコトにより、 その心の空隙には恐ろしいほどの虚無が拡がっていた。

 

「……」

 

 美女の独白を聞いたマルコシアスはしばらく黙っていたがやがて、

 

「疲れてンだよ。オメーは」

 

短くそう言った。 

 

「ズタボロん時何言おうがやろうが、 ロクなコトにゃあならねー。

食って飲んで寝て、 そっから先の事ァ眼が醒めてから考えろ。

何が在ろうが、 時間は元に戻んねーだからよ」

 

 ぶっきらぼうにそう言い帰館をマージョリーを促す。

 言われるままに彼女もそれに従った。

 異国の雑踏を力無い歩調で進む儚げな印象の美女。

 普段の傲然とした覇気は見る影もなく、

今はただ戦いに傷ついた一人の女がそこに在るのみ。

 普通の人間でも、 今の彼女を籠絡するのは容易と想わせるほどに。

 適当に見繕ったシャツとジーンズ、 履き慣れないカジュアルシューズの

靴音が断続的に耳元で響いた。 

 

(逢いたい、 な……)

 

 歩きながらワケもなく、 そう想った。

 ソレが余りにも身勝手で自己中心的な願望だと充分承知していながら。

 自分で勝手に捨てたくせに、 その結果 “彼” がどんなに傷つくか解っていたくせに。

 そんな事を考える自分の浅ましさに、 もう溜息も出なかった。

 やがて眼に入る、 一脚のベンチ。

 

(そう言えば、 ここで逢ったんだっけ……)

 

 直接眼を合わせたわけではなく、 自在法の生み出す想像の世界の中でだが、

確かに此処で自分は彼と邂逅した。

 今想えば、 普通の出逢いというには余りにも奇妙な、 最初の接触。

 その後反対するマルコシアスを無理矢理黙らせ、

舗道を隔てたガードレールの方へ。

 

「……」

 

 ソコ、 に――。

 

「……」

 

 肩からグリモアが落ち、 アスファルトの上に大きな音を立てて転がった。

 背後で誰かの叫声がしたが、 聞こえない。

 激しく高鳴る胸の鼓動と震える口唇。

 全身を劈く恍然した痺れの中抗いようのない引力に惹かれるように、

自分の躰は勝手に動いた。

 いるはずがない。

 そんな事、 在るはずがない。

「約束」 の時から、 もう何時間?

 周囲も既に黄昏で染まっているのに、 こんな、 自分なんかの為に。

 ずっと……?

 やがて、 最初の時をトレースするように、 前へ立つ自分。

 斜陽にその身を照らされながら、 微睡みに耽る中性的な風貌の少年。

 気配を覚ったのか、 そっと開く琥珀色の瞳。

 そし、 て。

 

「こんにちは。 ミス・マージョリー。

今日は、 何から始めますか?」

 

【挿絵表示】

 

 

 まるで何もなかったかのように、 彼はいつもの表情で、

優しく自分に微笑みかけてくれた。

 

「……」

 

【挿絵表示】

 

 

 躰から、 スベテの力が抜けていく。

 心が、 光り輝くナニカで充たされていく。

 もう、 無理だった。 限界だった。

 でも、 それでもいいと想った。

 たった一人だけでも――

 ずっと自分を待ってくれている人がいたから。

 自分の全てを受け止めてくれる人がいるから。

 消えないから。

 温かいから。

 哀しみも弱さも何もかも、 この人にならさらけ出す事が出来るから。

 

「どうしたんですか? 何かあったんですか? ミス・マージョリー」

 

 細い躰に両腕を廻し、 胸元で嗚咽を漏らす自分の傍で声が聞こえる。

 もっと言って、 名前を呼んで、 力いっぱい抱き締めて。

 他にはもう、 何も要らないから。

 

 

 

 

 

 スベテを失った、 一人のフレイムヘイズ。

 しかしソレは、 終わりではなく始まり。

 

 

 

 

 

 

“敢えて 『全て』 を差し出した者が、 最後には真の 『全て』 を得る”

 

 

 

 

 

 

 

 それが確かなる 『真実』 で在るという事を、

彼女を優しく抱きとめる存在が顕していた。

 ザワめく群衆の中、 周囲の注目を一身に受ける二人を、

一人の少女が優しく見つめている。

 風に揺れる、 柔らかな栗色の髪と澄んだアイスグリ-ンの瞳、

その傍らに立つ、 七色の光で彩られた神聖の守護者。

 

 

 

 

 

 

 

『よかったね……マー姉サマ……もう……大丈夫だね……』

 

 

 

 

 

 

 

 誰にも聴こえない声で少女はそう呟き、 満面の笑顔をいっぱいに浮かべた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

←To Be Continued……

 

 

 

 

『後書き』

 

明日はお休みします。

『第二部』ももう終わりですね。

またぞろ、休みのペースが多くなるかも知れませんが、

『復刻』出来る処まではやり遂げる所存です。

以降はまだ解りません。

コレは『書籍化』出来ないので。

 



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エピローグ Ⅰ ~Eyes of Heaven~

 

 

【1】

 

 

 神聖なウォーターブルーの光が生み出すスタンドの幻象。

 白金の光に包まれた青年が、 蒼炎の巨獣を討ち倒す処を鮮明に映し出していた。

 荘厳なネオ・クラシックチェアーでその能力(チカラ)を操る男は、

妖艶な微笑を浮かべ真紅の液体で充たされたヴェネチアン・グラスを口元に運ぶ。

 その脇で白い帽子と外套を纏った少女が、 透徹の美貌を微かに張り詰めさせていた。

 

( “男子三日会わざれば刮目して見よ” とは云うが、 コレは、 しかし)

 

 少女の対角線上に位置した艶めかしい白い肌の男も、

強靭な意志を宿すアッシュグレイの瞳で眼前の光景に見入っている。

 唯一、 そのスタンドの一番傍にいた褐色の麗女だけが

いつもと変わらない不敵な笑みを漏らした。

 その能力、 知性、 精神共に最上位に位置する

『スタンド使い』 と “紅世の王” 三者三様の沈黙の中、

その頂点に君臨する全能者が左腕に絡みついた(かずら) を緩やかに振る。

 一分の間も於かず眼前の巨大なスクリーンが立ち消え

無数の調度品で飾られた瀟洒な室内が開けた。

 

「……! 失礼致しました」

 

 映像が途切れると同時、 我に返った氷の美少女がチェストに於かれた

クリスタルの水差しを手に取る。

 男は別段気にした様子もなく、 蠱惑的な芳香を放つ真紅の液体を

グラスで受けながら魂を蕩かす微笑を少女に向ける。

 もし(くだん) のダークスーツの男がここにいたのなら、

嫉妬に狂いまたぞろ眼も当てられぬような惨状になったに違いないが

幸運 (残念) なコトに今その男はここにいない。

 

「どうした? “ヘカテー” 微かに心音が高鳴っているぞ」

 

「!」

 

 再びグラスを口元に運びながら、 眼を合わさず告げられた男の言葉に

少女の可憐が朱に染まる。

 表情には決して出さなかった筈だが

感情の流れによって生じる身体の微弱な変化から

心の裡まで見透かされたコトに、 少女は戸惑いを禁じ得ない。

 しかし告げられた事実に不服がある筈もなく、 返って彼女の意は固まった。

 

「統世王様、 畏れながら申し上げます」

 

 クリスタルの水差しをチェストに置き、 紅世最強の 『自在師』

その真名 “(いただき)(くら)” ヘカテーはDIOの面前に歩み寄った。

 

「どうか、 次の出陣はこの私に任されますよう、 切にお願い申し上げます。

必ずや御身の御期待に沿えるよう尽力致します」

 

【挿絵表示】

 

 

 そう言ってヘカテーはDIOの前に傅き、 最大級の礼を執る。

 DIOは黙ってそれを見つめ再度口中を真紅の液体で湿らせた。

 

「わざわざおまえが出る迄もないとは想うが」

 

「御心遣いに深謝を。 ですが、“アノ二人”

特に 『星の白金』 の成長速度は迅過ぎます。

不完全とは云え、 顕現した紅世の王まで討ち果たすほどの能力(チカラ)をこの短期間の内に。

このまま放任すれば、 やがて御身にとって深刻なる災厄と成る事は必定でしょう。

ここは早急にその芽を刈り取り、 後顧の憂いを絶ちたく存じます」

 

 言葉の終わりと同時に顔をあげたヘカテーの瞳に宿る、 深層なる大命の炎。

 絶対零度の色彩の裡に秘められた、 無限の極熱。

 

「フッ」

 

 その彼女の決意を戯弄するような微笑が、 死角の位置から届いた。

 

「何が、 可笑しいのですか?」

 

 普段感情の起伏を殆ど見せない少女が、

珍しく心中を露わにしてその言葉の主、 エンヤに問う。

 静かな、 しかし凜冽な視線を向けられた麗女は

纏ったショールを梳き流しながら綽綽と告げる。

 

()()()()()()()()怖れを抱くとは、

紅世の 『大御巫(おおみかんなぎ)』 とやらも、 随分と狭量よの?

ましてやそのような塵芥に等しき者がDIO様の脅威になる等と、

死を以て恥じねばならぬ進言じゃ。 ククク……」

 

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 この挑発的な物言いには、 透徹の少女も氷の双眸を鋭くする。

 

「視ていなかったのですか? アノ者は」

 

「ソレが “侮辱” だと言っておる」

 

 頭上から見据えるように、 エンヤは言葉を遮り背に掛かる漆黒の髪をかき上げた。

 

「あんな脆弱な獣如き、 我がスタンド 『正 義(ジャスティス)』 ならば」

 

 空間を撫ぜるたおやかな感覚と共に、 ヴェールを彩る銀の装飾が澄んだ音を奏でた。

 

「十秒で、 跡形もなく消滅出来る」

 

「――ッ!」

 

 確信と共に告げられた言葉が漆黒の双眸を透して少女の躰を震わせる。

 虚勢や増長ではない、 その妖艶な躰から発せられる冥界の大気のような

存在の力(スタンド・パワー)』 に拠って。

 その力に共鳴するように少女の躰からも、

天界の聖気を想わせる水蓮の炎気が静かに立ち昇る。

 不和の相関なれど味方同士で争うのは本末転倒もいい所だが

専心せずに向かい合うには相手が強大過ぎ、

本懐を撤回するにはその対象が絶大過ぎた。

 

「……」

 

「……」

 

 言葉には出さねど一触即発の雰囲気で向かい合う、

現世の麗女と紅世の美少女。

 数メートル離れた位置で両者を見据えるヴァニラ・アイスは、

何が在っても対応出来るよう既に戦闘神経を極限まで研ぎ澄ませている。

 その直接の原因であるDIOは興味が在るのか無いのか、

変わらぬ表情でグラスを傾ける。

 豪奢な調度品で彩られた瀟洒な室内にて、

歴代屈指の 『スタンド使い』 と “紅世の王” との決闘が火蓋を切ろうとした刹那。

 バダンッ!

 場違いな音が室内に響き、 次いでバタタという軽やかな音が耳に入った。

 DIOを除く全員が瞳の動きのみで両開きの扉に視線を送った先。

 艶やかな撫子色のドレスを身に纏った少女と

その上に覆い被さった臙脂色のスーツを着た少年が、

ペルシャ絨毯の上でジタバタと藻掻いていた。 

 

「お、 お兄様! 押してはなりませんと申したでしょうッ!」

 

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「だ、 だって、 DIOサマの声よく聞こえないんだもん!」

 

【挿絵表示】

 

 

 メダリオンの意匠の上でドレスを揺らしながら起きあがった金髪の少女が、

合わせ鏡のような風貌の少年を(たしな)める。

 少年の方もその青い瞳に涙の粒を浮かべながら反論を試みる。

 一見微笑ましい光景だが、 覗いているのを(DIOを除く)

誰にも覚られなかった事実から

この二人もまた尋常成らざる遣い手で在るコトが視て取れる。

 そこに。 

 

「貴様等……」

 

 両腕、 脚部を剥き出しにしたラバーウェアの男が

己の不覚も相俟って空間を剥るような途轍もない威圧感と共に

同じ髪と瞳を携えた紅世の双児、 ソラトとティリエルに迫る。

 

「ひっ……!」

 

「……ッ!」

 

 スーツの少年が細い悲鳴を上げて妹に縋り付くと同時に、

ドレスの少女は慄然としつつも兄を抱き寄せ気丈に男を睨み返した。

“亜空の瘴気” ヴァニラ・アイス

 基本寡黙で慎み深い男だが、 一度キレると何をしでかすか

解らない危うさも同時に併せ持つ。

 ましてやソレが絶対的な忠誠を誓う主への非礼ならば尚更のコトだった。

 しかし。

 

「……何をしとるんじゃ? 貴様等」

 

 険難な怒りを燃やす美丈夫の前に、

いつのまにか来ていたエンヤが片手を挙げ気炎を制する。

 ただそれだけの仕草で傑出した最強のスタンド使いは私憤を諫め

遠間に位置するヘカテーも双眸を瞠った。

 

「あ、 あの、 お茶のお時間なのですが、

エンヤ姉サマが戻ってらっしゃらないので心配になってしまい」

 

「ボ、 ボクも手伝ったんだよ。 でも、 早くしないと冷めちゃうから」

 

 無垢な表情でそう語る紅世の双子に

麗女は片膝を曲げ両手を腰の位置で組みながら端然と告げる。

 

「今日は軍議が長引くと申したであろう。

貴様等だけで勝手に始めれば良かろうが」

 

「でも……」

 

「うん……」

 

 その返答に、 顔を見合わせながら声を先細らせる兄と妹に

 

「えぇい、 解った、 しようのない奴等め。 そこで待っておれ。

どのみちもう終わりかけておった所じゃ」

 

麗女は似合わない仕草で緩やかなウェーブのかかった髪をヴェールごと掻き毟り

据えられた本革のソファーへ二人を促した。

 ソラトとティリエルは花が咲くような笑顔を同時に浮かべ、

傍に佇むヴァニラ・アイスの前を通り過ぎる。 

 遠間に立つヘカテーも、 彼女の意外な一面に呼気を呑んだ。

 そこに。

 

「フ、 フフフフフフフ、 ハハハハハハハハハ」

 

 耳慣れない、 若い男の声が到来した。

 ソラトとティリエルが向けられたソファーの、 真向かいに座っていた人物。

 肘掛けに背をもたれ、 十字架の装飾が付いた幅の広い

レザーの帽子で顔半分が覆われている。

 纏った衣服は黒い、 荘重な色彩の司祭平服(キャソック)

それに掛かる薄地の外套。

 胸元は勿論、 その装飾に至るまで神の象徴(シンボル)で在る

ロザリオが威光を放っている。

 

「誰? この人?」

 

 あどけない表情でソラトが、

 

「エンヤ姉サマ……」 

 

脇のティリエルも、 ヴァニラ・アイスとはまた異質の只ならぬ気配を覚り、

双眸を張りめかせる。

 荘厳且つ清浄ではあるが、 触れただけで己の存在を根底から

()()()()()()ような(くら)い霊気を男は称えていた。

 

「DIO様の客人じゃ。 詳しいコトはこのワシも知らぬ」

 

 そう言ってエンヤはその若い男を一瞥する。

 

「……」

 

 男は微笑んだのか口唇を少し曲げ、 おもむろに立ち上がった。

 

「フッ “紅世の徒” という存在。

最初に聞かされた時は少々面喰らったが、

なかなか興味深い者達じゃないか? ()()()

 

 そう言って男は胸元のロザリオを揺らしながら、 親しげな口調で絶対者に問いかける。

 

「貴様……! DIO様に対しッ!」

 

「無礼な……!」

 

 瞬時に激昂したヴァニラとヘカテーが男の前に立ちはだかる。

 

「……」

 

 男は最強のスタンド使いと紅世の王の脅威に同時に晒されながらも、

全てを慈しむような微笑を(たが)えずただその場に佇んだ。

 

 そこに響く、 天啓のような声。

 

「いい。 彼は私の “友人” だ」

 

 それまで黙っていたDIOが、 厳かに口を開いた。

 

「詳しく説明しておかなくて悪かった。 何せ急な来訪だったものでな」

 

 そう言うとDIOは、 その知友に艶めかしく微笑む。

 男も同じように、 己の友へと微笑を返す。

 間に残されたヴァニラとヘカテーは、 呆気に取られたように両者を見つめるのみ。

 

「まぁ、 そういう事だ。二人とも矛を収めてもらえるか?

まだ若い、 至らぬ点は私が侘びよう」

 

「い、 いえッ!」

 

「そのような事は……決して……」

 

 DIOの想わぬ返答に、 両者は戸惑いながらも即座に戦闘状態を解除する。

 

「失礼」 

 

 司祭平服(キャソック)の長い裾を揺らしながら、

その男は悠々と二人の間を通り抜けDIOの前に立った。

 

「何か飲むか? “プッチ” 」

 

 DIOはそう言って精巧なヴェネチアン・グラスを傾ける。

 

「戴こう」

 

 プッチと呼ばれたその若い男は、 緩やかな仕草でDIOの手からグラスを取り

ソレを口元に運んだ。

 その部屋にいる全員の視線が、 正と負あらゆる感情を織り交ぜて男の背に突き刺さる。

 プッチはそのコトを意に介さず飲み干したグラスをチェストに置き、 口を開いた。

 

「それにしても、 人が悪いな? DIO。

このような楽しいコトを行っているのなら、

どうしてこの私を呼んでくれない?」

 

 そう言うとプッチはDIOの背後に廻り、 椅子の背もたれに両腕を絡めた。

 

「フッ、 そろそろ呼ぼうと想っていた処だ。

空条 承太郎とその片割れ、

私の想像を超えて 「成長」 している為、 面白いコトになりそうなのでな」

 

「フム、 君と私の 『スタンド』 には及ぶべくもないが、

だが “アノ二人” 確かに使えるかもな。

私と君が目指す、 『天国』 の “実験体” として」

 

 そう言うと知友である両者は、 互いにしか解らない微笑を(つぶさ) に交わす。

 

「これから先の戦い、 途中で死ぬならソレもよし。

()()()()()()()()()()()()……フ、 フフフ……」

 

「私達の最終目的の “鍵” は、 己が 『宿敵』 か……

コレも 『運命』 そして “引力” だというのならば……実に興味深い。

いいだろう、 完璧を期すため、 是非この私も協力しよう」

 

 プッチはそう言って、 DIOの眼前に翳した手を半円状に振る。

 次の瞬間には、 その指の隙間に輝く無数の “DISC” が出現している。

 

「!」

 

「!」

 

 最強クラスのスタンド使いの眼にも、 いつソレが現れたか解らないほどの行使力。

 その能力の名が、 プッチの口から静かに告げられる。

 

「我がスタンド。 この 『ホワイト・スネイク』 でな……」

 

 そう言って微笑む男の顔は、 煌めくシャンデリアの下、

この世の何よりも神聖で何よりも邪悪に映った。

 

 

←To Be Continued……

 

 

 



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エピローグⅡ ~Stairway to Eternal~

 

 

【1】

 

 

 間断なく響き渡る潮騒と吹き抜ける海風。

 緩やかな陽光が波間で煌めき、

たくさんの若葉を茂らせる街路樹を青々と映えさせる。

 そんないつもと変わらぬ異国の風景の中、

無言で真正面から向かい合う男女の姿が在った。

 

「どうしても、 行くの?」

 

「はい」

 

 胸元の開いたタイトスーツの美女が

バレルコートのような学生服の青年に問い、

彼も静かに答える。

 此処は、 この二人が初めて出逢った場所。

 波音が残響(エコー)と成って棚引き、

一迅の風が結っていない栗色の髪と長い学生服の裾を揺らした。

 

「昨日お話した通り、 ボクは “ある男” を(たお)さなければなりません。

その男は万物を支配するべくして生まれ、

この世のスベテを滅ぼす為に深海の淵から甦った“邪悪の化身” なのです。

同じスタンド能力を持つ者として、

その男の野望を阻止するコトがボクの 「義務」 であり

乗り越えなければならない 『宿命』 なのです」

 

「……」

 

 穏やかではあるが、 確乎たる決意と尋常成らざる覚悟をその裡に秘めた言葉。

 一見少女のように儚く視えるこの少年の一体どこに、

このような熱く烈しい感情が眠っているのか?

 もっと知りたいと想った。

 昨日の夜、 自棄酒でまた酔い潰れた自分を優しく介抱してくれた彼の心を。

「もう終わった」 という一言に何も聞かず、 ずっと傍にいてくれた胸の裡を。

 

「そんなの、 他のヤツに任しときゃあ良いでしょう。

なんでアンタがそんな重荷をわざわざ背負わなきゃいけないのよ。

誰に頼まれたわけでもない。 フレイムヘイズでもないアンタがどうして」

 

 後半は強い口調になってしまったが、 言ったコトは本心だった。

 そんな、 誰も誉めてくれない、 認めてくれない無意味な苦難に立ち向かう位なら、

その存在を必要としている、 自分と…… 

 

(!)

 

 そう言いかけた自分に、 彼は微笑んだ。

 少し困ったような寂しそうな、 でも強く優しい、 アノ娘と同じ笑顔。

 

「そうですね。 改めてそう問われると、

自分でも何故そうしようとしているのか?

よく解りません」

 

 そう言って彼は腰の位置で細い両腕を組んだまま、 琥珀色の瞳を閉じる。

 

「でも、 家族、 友人、 ボクにも護りたい人がたくさんいて、

ソレは、 この世界に生きるスベテの人々が同じで、

だから、 その為になら、 自分に出来る事はなんでもやろうって、

そう想ったんです。

同じ世界を生きる、“貴方の為” にも」

 

 そう言って吹き抜ける海風の中、 爽やかに輝く彼の風貌。

 

「ノリ……アキ……」

 

 予想もしていなかった返答に、 言葉が詰まる美女。

 彼の行く先に待つのはきっと、

逃れようのない苦痛と苦悶が絶え間なく降り注ぐ、

凄惨なる戦いの日々。

 いつ死んでしまってもおかしくないのに、

明日生きられる保証すらないのに、

どうしてこんな風に笑う事が出来るのか?

 本当は、 彼が何を言っても無理矢理連れ出してしまうつもりだった。

 最初に逢った、 アノ時と同じように。

 でも、 出来ない。

 そんな事を言われたら、 そんな顔で微笑まれたら。

 でも……

 

「ノリアキ……」

 

 マージョリーはそっと花京院に歩み寄り、 細い首筋に両腕を絡めた。

 仄かな果実の香りと、 甘やかな吐息と、 躰から伝わる体温が、

“別れ” を否応なく実感させる。

 離したくない、 離れたくない。

 叶わぬ願いだと解っていても、 そう想わずにはいられない。

 互いの鼓動が躰を通して交わる中、 自分も彼の腕で強く抱き締められた。

 

「ノリアキ……! ノリアキ……ノリアキ……ノリアキ……ッ!」

 

 もう何を言ったらいいか解らない、 だから懸命に彼の名前を呼んだ。

 全身を駆け巡る熱く強烈な感情と共に、 彼の存在を刻み付けるように。

 この瞬間は、 きっと、 『永遠』 だから。

 

「死なないで……必ず……帰ってきて……私の処に……」

 

「解りました……「約束」 します……ミス・マージョリー……」

 

 誰よりも近い距離で再会を誓い、

その証をねだるようにそっと閉じられる、 美女の瞳。

 数拍の後、 口唇に重ねられる、 温かな感触。

 互いの存在を、 今二人がここで生きているという事を確かめ合うような、

深い口づけ。

 躰を包み込む多幸感と共に、 間違っていようがない確信と共に、

マージョリーは、 答えの出なかった疑問が氷解していくのを感じた。

 どうして、 あの時、 自分だけが生き残ったのか?

 どうして、暗い闇の中を、 今日まで這い擦り廻ってきたのか?

 きっと。

 きっと……

 

 

 

 

 

“この瞬間の為だったんだ” 

 

 

 

 

 

 もう辛くない、 少しも哀しくない。

 それでも止まらない涙と共に、 マージョリーは胸元で光るロザリオに心から祈った。

 コレが、 最初で最後の恋で在るようにと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【2】

 

 

 青く澄んだ海原と高層ビルの立ち並ぶパノラマを背景に、

海猫の鳴き声と甲高い警笛が響く埠頭。

 視線の先にマストを畳んだ全長100メートルを越える全装帆船が

出航の時を待ちながら聳立する。

 その周囲には服と帽子にSPWの記章が入った作業員達が間断なく動き、

大量の積み荷を船倉へと運んでいた。

 それを遠間に見据える4つの人影の傍に、

学生服の裾を靡かせながら一人の青年が合流する。

 

「おやおや、 放蕩息子の御帰還だ」

 

 その4人の中の一人、 ジョセフ・ジョースターが軽口混じりにそう言う。

 同時に、 他の()()も彼に向き直った。

 

「朝帰りかね? 君にしては意外だが」

 

「フフ、 昨夜お伝えした通りですよ。

無事父親と再会出来たので、 そのお礼として歓待を受けまして」

 

 電話で詳細 (無論ウソ) を伝えていた為、

悪戯っぽく茶化すジョセフに花京院は穏やかに応じる。

 

「ジョースターさんの協力にも非常に感謝していました。

くれぐれもよろしくと言われましたよ」

 

「イ、 イヤ、 気持ちは嬉しいが、

ワシは生涯妻しか愛さぬと誓いを立てておるのでな。

確かに彼女は美人じゃしスタイルもグンバツじゃがしかし」

 

「そういう意味ではないと想いますが」

 

 何を想像したのか、 赤面しながら両手を振るジョセフを花京院は静かな視線でみつめる。

 まぁ実際には 「あのジジイにもアリガトって言っといて」 と

昨日の夜マージョリーから素っ気なく伝えられただけなのだが

まぁ、 それは言わなくていいだろう。

 

「それにしても、 すまなかったね? 空条。

こっちの人捜しが想いの外難航してそっちを手伝えなくて」

 

 両手をズボンに突っ込んで埠頭に佇む無頼の貴公子は

特に気にしていないのかいつもの様子で返す。

 

「別に構わねーよ。 シャナと二人でケリは付いた。

で、 そっちはどうだったんだ?」

 

 そう言う承太郎は落ち着いた口調だが、

何故かその脇に佇むシャナはムスッとしている。

 

「……良い、 出逢いだったよ。

たったの二日だったけれど。

この国で彼女に逢えて、 同じ時を過ごせて、

ボクは、 良かったと想う」

 

「なら、 何も言うコトはねーがよ」

 

 真実は同じ異変を追い、 結果的には対立するカタチに成っていた二人だが、

奇妙な事にお互いソレには気づかず吹き抜ける海風の中微笑を交わす。

 

「でも、 連絡くらいは入れられたでしょ。

自分がどこにいるか位は教えておきなさいよね。

まったく何の為のケータイなのよ」

 

 自分達の間に割って入ったシャナが、 苛立った口調で苦言を呈す。 

 言っている事は正論だが、 八つ当たりをされているような気がするのは何故だろう。

 まぁ二日前の陰鬱さは形を潜め、 いつもの彼女に戻っているというのは

喜ぶべきかもしれないが。

 

「それと、 最初から気になってたんだけど」

 

 花京院が謝罪するよりも早く、 少女は鋭い視線を左斜めに送る。

 

「なんで、 “コイツ” がいるの?」

 

 少女が向き直った先、 銀色の髪を雄々しく梳き上げた精悍な男が、

その鍛え抜かれた両腕を組みながら屹立していた。

“J・P・ポルナレフ”

 3日前、 シャナの剣技を容易く制し、 アラストールとの壮絶な戦いを繰り広げた

白銀の 『スタンド使い』

 今はアノ時のような、 触れれば切れるような殺気を発してはいないが

過去の苦い背景も相俟ってシャナは複雑な表情でその男を見る。

 

「ジョースターさんから聞いていないのか?

DIOを斃す為のエジプトへの旅路、

このオレも 「同行」 もさせてもらうコトになった」

 

「ハァ!?」

 

 強い信念を裡に宿した男の言葉に、 少女が頓狂な声をあげる。

 残る二人のスタンド使いはなんとなくそんな気がしていたので

別段驚く事もなくポルナレフを見つめる。

 

「いやいや、 シャナ、 言っておかなくて悪かった。

何せワシも今日、 彼から言われたばかりなのでな」

 

 疑念の意志を隠す事もなくポルナレフを見るシャナに、

ジョセフがそう説明した。

 

「安心しろ。 “肉の芽” が消えた以上、 最早君達に危害を加える気はない。

寧ろ 『逆』 だ。

オレはアラストール殿に戦いを挑み、 そして敗れた。

()()()()()()()(けい)はオレの命を助けたばかりか、 DIOの呪縛からも救ってくれた。

恩義には恩義を以て返さねばならぬ」

 

「むう」

 

 少女の胸元で、 そのポルナレフの卓越した能力(チカラ)と不撓の精神力を

誰よりも是認している王が声を漏らす。

 

「貴公がオレにしてくれた事、 幾千の言葉を費やしても尽くしきれぬ。

故にこれからは己が剣に拠って報いたいのだが、 御赦し願えるか?」

 

 そう言ってポルナレフは少女の前で中世の騎士のように傅き、 厳かに忠節の礼を執る。

 

「……」

 

 自分にではなくアラストールに言っているのは解っていたが

結果として胸元 (のペンダント) を凝視されるので、

面映い気持ちでシャナは契約者の返答を待つ。

 

「好きにするが良い。 貴様の力が有用で在るコトは解っている。

共に()くというのなら、 我に異論はない」

 

 予想通りと言えば予想通りな、 荘厳なる声が静かに響く。

 

「それと、 我の事はアラストールで良い」

 

「……おぉ」

 

 ポルナレフはライトブルーの瞳を煌めかせ、 想わず声を漏らした。

 アラストールの言葉が総意であるかのように、

残る三人の間にも彼を受け入れる穏和な空気が流れる。

 だが約一名。

 

「解ったらさっさと立ちなさいよ! いつまで人の胸凝視してんのよッ!」

 

 羞恥心に堪えられなくなったのかシャナが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

「おお、 それは失礼、 Mademoiselle」

 

 青い瞳の青年は別段気にした様子もなく非礼を詫びる。

 

「フム、 それにしても……」

 

 立ち上がった青年は、 そこで初めてシャナを値踏みするように前へ後ろへと見回す。

 

「な、 なによ」

 

【挿絵表示】

 

 

「惜しい、 な。 容姿は申し分ないが、 如何せん、 “若過ぎる” か」

 

「は?」

 

「貴様」

 

 意味の解らないシャナとその意味を察したアラストールが同時に口を開く。

 そこに。

 

「すみませ~ん♪」

 

 唐突な第三者の声が耳に届いた。

 いつのまにか結構距離が開いていた承太郎の傍に、

旅行者らしき若い二人の女性が歩み寄っていた。

 

「すみません、 ちょっとカメラのシャッター押して貰っていいですか?」

 

 要求自体は平凡だが、 二人の彼を見る好意と憧憬の熱に浮かされた視線は

明らかにソレ以上のモノを求めている。

 

「……」

 

 日本でさんざっぱら繰り返されたウットーしい行為に

無頼の貴公子が口元を軋らせると同時に、

 

「昨日といい、 今日といい……」

 

黒髪の美少女もキツク拳を握り早足の大股で迫る。

 

「おねがいしま~す♪」

 

 しかしそんな二人の心中など旅行者の女性は気づかず

有頂天な口調でカメラを差し出す。

 

「やかましい!! 他のヤツにいえッッ!!」

 

「うるさいうるさいうるさい!! 誰の(モノ)に声かけてんのッッ!!」

 

 瞬時に発火点に達した二人の怒声が

互いの台詞を掻き消して波間に轟く。

 しかしそこに。

 

「まぁまぁ、 いいじゃあないか。 写真ならこのワタシが撮ってあげよう」

 

 熱り立つ二人の間にポルナレフがひょこっと入り込み、

陽気な口調で二人の女性を促した。

 

「君キレイな脚してるから全身入れよーね♪

本当はシャッターボタンよりも、

君のハートの方を押して押して押しまくりたいなぁ~♪」

 

 慣れに慣れきった応対と人懐っこい笑顔で彼は即座に二人の女性と投合し、

肩に手まで回しながら談笑している。

 先刻までの荘重な雰囲気はどこへやら、

正反対の軽薄な態度にシャナは無論承太郎までも絶句する。

 

「何か、 解らない性格のようですね。 随分気分の転換が早いというか」

 

「というより、 理性と本能が潔いまでに分離しているというか」

 

「我の(まなこ) も曇ったものよ……」

 

 花京院他二名が、 多情に戯れるスタンド使いをそう評すると同時に、

 

「やれやれだぜ」

 

「やれやれだわ」

 

承太郎とシャナが深い嘆息と共に言葉を漏らした。

 

「ところでよ、 ジジイ。 まだ出航までには時間があるんだろ?」

 

 賑やかな背後を無視し承太郎がジョセフに向き直る。

 

「あぁ、 荷物の搬入がまだじゃし、 計器類の最終チェックもあるしな、

あと小一時間といった所か」

 

「フッ、 なら、 オレはチョイと出てくるぜ。 香港の街並みが名残惜しいんでな」

 

 そう言うと承太郎は、 いつのまに船倉から持ち出していたのか埠頭の隅に止めてある、

レーサータイプのV型4気筒バイクに歩み寄って跨りキーを捻る。

 空気の振動と共に響き渡るけたたましい排気音。

 無頼の貴公子は慣れた手つきでアクセルを噴かし、 エンジンの調子を確かめる。

 

「あ……」

 

 いつもそうだが予測のつかない行動、

傍にいたと想うともう次の瞬間には

風のように遠くへ行ってしまう。

 

「……」

 

 たったの一時間なのに、 またすぐ逢えるのに、

何故か無性に寂しいという気持ちが冷気のように胸の中で吹き渡る。

 その少女の許に。

 

「どうした? 早く来いよ。 シャナ」

 

 承太郎が当たり前のようにそう言い、

一番好きな微笑と共に手を差し出した。

 

「――ッ!」

 

 寂寥とした冷たさが一瞬で消え、

温かいナニカで胸がいっぱいになった。

 

「う、 うん!」

 

 即座に駆け出し、 大地を蹴ってリアシートに飛び乗る。

 麝香の沁みた制服の匂いと広い背中から伝わる体温。

 たったそれだけのものが、 歓喜と高揚を否応なく呼び覚ます。

 

「しっかり掴まってろよ」

 

 短くクラッチを切る音がし車体が急加速して走行を始めた。

 

「お、 おい承太郎! 日本ではないがヘルメットは!」

 

 快音に紛れて届くジョセフの言葉を承知していたように、

 

「封絶」

 

無頼の貴公子が一言呟き、

同時に背後で掲げた少女の指先から紅蓮の火の粉が一抹弾け、

流れる無数の紋字が動く車体の周囲を包み込んだ。

 コレで二人の存在はスタンドと同じように知覚されず、

自由に突っ走るコトが可能となる。

 

「……やれやれじゃのう」

 

 遠ざかっていく紅い陽炎を見据えながらジョセフは嘆息を漏らしつつも、

50年前、 妻のスージーをサイドに乗せて

ヨーロッパ中を廻った事を想い出し穏やかな笑みを浮かべた。

 

 

 

 路面の標識がブレた残像となって背後に駆け抜ける。

 街路を歩く人の群が帯状に流れていく。

 目まぐるしく過ぎ去る風景の中、

バイクは他の車輌の間を縫うように疾走し速度を微塵も落とさない。

 胸を圧するような逆風に学生服の裾と少女の髪が烈しく靡いた。

 

「もっと! もっと速くッ!」

 

 まるで子供のようにシャナは、 無邪気な声でハンドルを握る承太郎を急かす。

 

「怖くねーか?」

 

「全ッ然! だからもっと!」

 

 躊躇無くそう言い放ったシャナに承太郎は微笑を浮かべ、

アクセルを握る手に力を込める。

 ギアがトップに入れ換わりエンジン音が一際高いモノに変化した。

 しかしソレは二人以外の誰にも視えず、 聴こえず、 認識されない。

 急速に目の前へ迫る大カーヴを抉じるような慣性ドリフトでシャープに曲がり、

その先を抜け車体はハイウェイへ向けて突っ走る。

 迫り上がった視界の先に、 青空と海原が大きく開けた。

 

「たったの2日だったけど、 色々あったね」

 

 革のベルトが交叉して巻き付いた腰に手を回したシャナが、 頬を背中に当てそう呟く。

 

「あぁ」

 

 出国以来の様々な出来事を想い起こしながら、 承太郎も感慨を含めてそう返す。

 

「でも、 忘れないよ。 私。

この国で在ったコト……

辛いコトや哀しいコトも在ったけど、

それでも、 全部覚えていたいって想うもの」

 

「……」

 

 今度は無言で応じる承太郎。

 しかしその胸の裡は、 感じている心象は、

確かに同じなんだとシャナには想えた。

 

「これから先、 どうなるのかな? 私達」

 

 疾風の加速度の中、 誰に言うでもなく問いかけた少女の言葉。

 それは無論、 これから一層苛烈さを極める戦いの事。

 そして、 ソレ以外の事も。

 

「先のコトなんざ、 誰にも解らねぇさ。

どんなスタンド使いでも、 フレイムヘイズでも、

スベテを見通すなんてのは不可能だ」

 

 風を切りながら、 青年はいつもの口調で素っ気なく答える。

 

「……ただ、 一つだけはっきりしてるのは」

 

「え?」

 

 そこで承太郎はこちらに振り向き、 勇壮な微笑と共に告げた。

 

「何が在っても、 大丈夫ってコトさ。

オレとおまえが、 このまま歩いていけばな」

 

「ウン!」

 

 その()に映る、 満面の笑顔。

 ただそれだけで、 自分のしてきた事は 『正しかった』 と言い切れる。

 世界を守る、 人類を救う、 そんな大それたモノの為に、 自分が戦っているとは想わない。

 しかし、 この少女の笑顔こそが “平和” だというのならば、

例え、 どんな事をしてでもオレは護る。

 

【挿絵表示】

 

 

 それが誰も知らない “影の歴史” だったとしても。

 何ものにも怯むことなく、 戦い続けていこう。

 これからもずっと。

 

 

 

 

 

“コイツ” と一緒に。

 

 

 

 

 

 新たな決意に笑顔を浮かべ、 二人は翔け抜けていく。

 どこまでも続く道を、 ただ真っ直ぐに。

 決して消えない 『永遠の真実』 を手にする、 その日に向かって――。

 

 

 

 

 光を求め、 歩み続ける、 悠久の戦士達。

 その彼等の想いが足跡が、 いつの日か。

 誰かにとっての、 希望(ヒカリ)となるのだろう。

 誰かにとっての、 陽射しとなるのだろう。

 

~FIN~

 

 

 

 

 

連載クロスSS

ジョジョの奇妙な冒険×灼眼のシャナ

 

STARDUST∮FLAMEHAZE

 

第二部

 

WONDERING DESTINY(運 命 潮 流)

 

THE END

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『後書き』

 

 

 はいどうもこんにちは。

 以上で『第二部』は終了です。

 正直想った以上に長かったですね。

 それで色々と疲れました。

 今までは「毎日更新」を行っていましたが、

以降は少々無理そうです。

 なのでこれからは『不定期』に無理なく更新を続けます。

 その際は「活動報告」に明記しますので参考にしてください。

 ここまでお付き合い戴いて感謝を。

 ではまたお逢いしましょう。

 



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