魔法科高校のゼロ (マイケルみつお)
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入学編
1話 平凡学生の入学式


 「納得できません! なぜお兄様が補欠なのですか!」

 

国立魔法大学附属第一高校。その入学式に校門の近くで男女が言い争っていた。

 

「入試の成績はお兄様がトップだったじゃないですか!」

 

一体どこから入試成績を見たのか、という野暮な質問などこの少女、司波深雪の覇気の前にできる訳がない。

 

「本来新入生総代は私ではなくお兄様であるべきです! 魔法も体術もお兄様に敵う者などいないの..」

 

深雪!

 

(それに俺よりも魔法が上な奴を俺は知っている)

 

しかし青年、司波達也もただ妹に言われるままではない。それは達也の秘密に関わる事で言ってはならない事。即座に深雪を嗜めた。そんな二人に周囲が注目する中、

 

「うっへー、また兄妹でいちゃついてるよ」

 

二人に気づかれないようにその場を早足で離れる向井零(むかいぜろ)の姿があった。

 

──────

 「見てあの子。ウィードよ」

 

「こんなに早くから? 補欠なのに張り切っちゃって」

 

零は第一高校の事をあまり知らなかった。故に早く慣れようと時間早めに到着したのだが、肩に紋がついてない事からすれ違う紋付きの者達から笑われ続けているのである。そんな状況に温厚な彼でもやはり思うところはあるのだろうか...

 

(これだけ個人じゃなくて紋の有無で判断してくれるなんて最高じゃないか!)

 

なぜか喜んでいた。

 

(まあ校内の場所は大体把握したな。でもまだ開場には時間がある...。本でも読むか)

 

そう思い、零は周囲のベンチを探し腰掛ける。尋常ではない速度で本を読み進める零の隣は依然空いている。それは紋付きの隣になど座りたくないと思う差別意識からくるものだろう。零が座っているベンチ以外は全て埋まっているのである。そんな中、彼は声をかけられる。

 

「すまない。隣いいか?」

 

「お、おう..」

 

司波達也は困惑していた。達也も読書をして時間を潰そうとしていたのだがベンチは不自然に空けられたその場所しかない。そこに座っていたのは達也と同じく紋無し。自分は妹の付き添いできたのだがこの者は何をしにきたのだろう。少し興味を持った。それもあって話しかけただけなのに...

 

(なぜこうも拒絶されるのだろうか。そんなに俺の顔は怖かったか?)

 

初対面の相手になぜこんな態度を取られるのか達也は分からなかった。

 

 

 

 

 (え、なんで達也来てんの? せっかく距離を取るために離れたのに。いや、達也と深雪には別にバレてもいいんだけどできるならバレない方がいいんだよね。秘密は知ってる人間が少ないからこそ秘密として成り立つ訳だし)

 

二人は最初に数回言葉を交わしただけでそれ以降は何も話さず、目も合わせずただひたすら読書を続けた。

 

──────

 「新入生の方ですね。あら、あなた達はちゃんとスクリーン型を使っているようね、感心です。当校では仮装型は持ち込みが禁止されていますので。...持ってきている人は少なくありませんが」

 

そんな彼らに話しかける物好きは他にもいた。身長は低いが一科生である事を示す紋がついた制服を着用しておりその振る舞いから達也は上級生だと推定した。達也はこの女性の名前を知らなかった。一方、零はと言うと...

 

(やばいやばい七草だ! なんで入学式早々声をかけられちゃうの?! 彼女には絶対にバレちゃダメだ..)

 

内心めちゃくちゃ焦っていた。

 

「いえ、仮想型は読書には不向きですから」

 

「そうなんですね。あ、申し遅れました。私は七草真由美と言います。七草と書いてさえぐさと読みます。よろしくね!」

 

「俺は...いえ、自分は司波達也と言います」

 

「あら! あなたがあの司波達也君なのね。先生方の間では貴方の噂で持ちきりよ。入試七教科平均、100点満点中96点。特に圧巻だったのは魔法理論と魔法工学。合格者の平均が70点にも満たないのに、両教科とも小論文を含めて文句なしの満点。前代未聞の高得点だって」

 

「ペーパーテストの成績です、情報システムの中だけの話ですよ。この学校で、自分は劣等生ですから」

 

そう言って達也は自分の紋が入っていない左胸を指差した。しかし真由美は他の生徒のように達也を二科生だからといって見下す素振りは見せなかった。

 

「そんな事無いわ、少なくとも私には真似できないもの。私ってこう見えて理論系も結構上の方なのだけどね。入試問題と同じ問題を出されたとしても、司波君のような点数はきっと取れないだろうなぁ」

 

そう言って真由美は微笑む。達也の自己紹介が一通り済んだところで真由美の視線はは隣の零にへと向けられた。

 

(えー...俺も自己紹介しないといけないパターンか。あんまり関わりたくないんだけどな..)

 

「向井零と言います」

 

「そうなんですね、覚えておきます。二人がこれから充実した高校生活を過ごす事を生徒会長として祈っています。さ、そろそろ式場の開場時間ですよ」

 

真由美は達也と零とで明らかに言葉の数が異なった。しかし真由美を責める事はできない。達也も零も二科生だが、零は達也とは違って特異な成績など入試で残していない。真由美もいくら生徒会長とはいえ全新入生を記憶している訳がない。そう、真由美は本当に零の事を知らなかったのである。

 

(すぐに忘れてもらいたいんですけど..)

 

零は自分のターンがすぐに終わった事に安堵し、真由美から離れるために急いで端末をしまった。

 

──────

 入学式会場に着いた零と達也はその圧巻な光景に目を奪われていた。

 

(うっひゃー、綺麗に上下で分かれてるな)

 

(最も差別意識があるのは差別を受けている方だという事か)

 

そんな事を考えていると零は後ろから声をかけられる。

 

「もしかして零くん?」

 

「ほのか...雫..」

 

振り返れば二人の女子生徒。零の知る二人だった。

 



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2話 モブ崎よ...永遠に...

森崎推しの方には厳しい回となっております。ご了承下さい

活動報告のところにヒロインアンケートを載せています。回答、よろしくお願いします!


 「お隣、大丈夫ですか?」

 

「ああ。どうぞ」

 

周囲から注目される中、達也の隣の空いた席に女子生徒が二人座る。

 

「ありがとうございます。あの...私、柴田美月と言います」

 

「私は千葉エリカ。よろしくね!」

 

「俺は司波達也だ」

 

「俺は向井零」

 

そしてなぜここが注目されているかというと...

 

「私は光井ほのかって言います!」

 

「北山雫」

 

紋付きの彼女達が講堂後方に座っているからである。

 

「やっぱりほのか達がいたら目立つから前に行ってきなよ」

 

「零も来るなら前に行く」

 

雫のその一言で零はついに諦めた。

 

「柴田さんと千葉さんだっけ? この二人はそんな一科二科とか気にするような奴じゃないから仲良くしてあげてくれ」

 

表面的には二人に対して、だが実際には周囲の人間にも聞こえるように話す。

 

「へぇ、一科でもそういう人もいるんだね。よろしく! ほのか、雫! 私の事はエリカでいいわ」

 

そんな会話をしていると入学式が始まる。

 

(達也がいるなら深雪や七草会長もこちらを見るかもしれない。あまり顔を覚えられるのは望ましくない。4クラスもあるんだ。達也と違うクラスにさえなれれば後は自然消滅を待つだけだ)

 

零は固有能力『改竄』を用いて、半径10m以上離れている相手から自らを違う認識に見せかけるよう実行した。これは普通の魔法のプロセスを踏まないのでどんな魔法師も、そして機械すらも欺く事が可能である。よって壇上から現在スピーチをしている深雪からすれば達也の隣に座っている男子生徒はその前列の三人の男子生徒の顔を平均化した姿に見えているはずだ。そしてその次にスピーチをする真由美にも。

 

──────

 式も終わり、講堂の照明も戻っていく。

 

「そういえばみんなは何組だった?」

 

(ナイス質問だエリカ。達也がE組でない事を祈る)

 

「俺はE組だ」

 

(終わった..)

 

その後、エリカと美月もE組である事を知った。

 

「司波君と向井君。じゃあ一緒にホームルーム行こうよ」

 

「いや、妹と待ち合わせているんだ」

 

「妹ってもしかして新入生総代の司波深雪さんですか?」

 

「ああ」

 

(え、深雪来るの?)

 

「それにしてもよく分かったね」

 

「はい。何というかオーラがよく似ていたので」

 

「「ッ!」」

 

(メガネをしているしやっぱり...。柴田さんの前でも魔法を使う時は最大の注意を払わなきゃ)

 

深雪が来るならすぐにこの場を離れなければと思っていた零だが、美月のその言葉に考え込んでしまう。

 

「お兄様!」

 

そして逃げ出す事ができずに深雪と遭遇してしまう。

 

(っていっても小さい時に一回会っただけだ。忘れててくれ)

 

「お兄様と...ッ!」

 

しかしその淡い希望は深雪のその様子を見て絶たれたと零は実感する。

 

「すまん。ちょっとトイレに行ってくるから先にホームルームに行っててくれ」

 

零はほのかや達也達を置いて深雪の視線から逃れるようにその場を離れていった。その日、零は教室に現れなかった。

 

──────

 (流石に一年間ずっと教室に行かないのはマズいしな..)

 

零は覚悟を決めて入学二日目の学校へと向かった。

 

「零くん! 昨日あれからホームルームに来なかったってエリカ達がボヤいてたよ!」

 

校門で早速ほのかと雫に捕まる。

 

「...ホームルームは自由参加なので」

 

「でもほとんどの生徒が参加する。零は何かあったらすぐにサボる」

 

「だから今日は来たぞ。それに二人とはクラスも違うんだ。サボってるかどうかわざわざ確認しに来なくていいぞ」

 

「じゃあ零くんも昼ごはん一緒に食べようよ! 昼休みは一科二科関係ありませんよね?」

 

零は別に目立ちたくない訳でも一人で過ごしたい訳でもない。ただ実力がバレるのが望ましくなく、自分の実力に気づく可能性がある者達との接触を控えたいと思っているだけである。それは司波兄妹であり美月であり真由美であったり。この二人と関係を持つ事を躊躇う理由はない。

 

「分かった。いいよ」

 

 

 

 

 「よお零!」

 

既に曖昧にも分かっていた事だった。ほのかと雫は昨日の時点でエリカ達と仲良くなっていたのだ。そして今日クラスで仲良くなったレオもそのグループの一員であり、昼休み、彼らよりも先に教室を出ても目的地が同じであれば達也達と顔を合わせる事になるのは自明なのである。

 

もはやこれで司波兄弟と美月との間で関係を自然消滅させる事は困難な事になったと零は自覚した。それならもう割り切る他ない。彼らと交友は持っても力を気づかれないようにしようと零は思った。

 

「司波さん。ウィードと相席なんてやめるべきだ」

 

今後の事を考えていたのでそのやり取りは零の耳には届かなかった。

 

──────

 放課後。それは校門の外で起こった。

 

「いい加減に諦めたらどうですか!?」

 

「僕たちは彼女と相談することがあるんだ!」

 

「ねえほのか。あの人たち誰?」

 

「えっ! 零くん...あ、そうか零くん昼休みなんか考え事してたね。森崎君がずっとお前聞いてるのか!? って怒ってたし」

 

「あの人たちは深雪と一緒に過ごしたいから達也さん達を邪魔に思っている。それに一科二科差別が重なっているってわけ」

 

「なるほど完全に理解した」

 

(今は校門の外である。ならこれは学校内での出来事ではない。善良な市民がやる事は一つしかない)

 

「同じ新入生じゃないですか! あなた達ブルームが今の時点で一体どれだけ優れているんですか!」

 

「どれだけ優れているか知りたいか!」

 

(マジで最悪のパターンになったよ...障壁魔法を展開して...改竄で魔法使用も気づかれないように...っと)

 

「いいだろう。だったら教えてやる!」

 

そうして森崎は特化型CADを向け、魔法を使用する。

 

(これは完全に魔法の不正使用だ。重罪だな)

 

零は哀れなものをみるような眼差しで端末を操作する。

 

「この間合いなら身体動かした方が早いのね」

 

森崎の魔法はエリカの警棒によって不発に終わった。

 

(魔法の不正使用。未遂でも重罪には変わりないがそれでも罪の重さは大きく違う。エリカに感謝するべきだな)

 

「舐めるな!」

 

紋なしに魔法を防がれたという事実に激昂したのか、今度は森崎以外にもその場にいた一科生が魔法を発動しようとする。

 

(この数は流石にエリカ達は防げないな。念には念を込めていてよかった)

 

「喰らえ!」

 

一科の生徒達は魔法を完全に発動し...そして零が張っていた障壁に防がれた。

 

「なん...だと..」

 

一科生の多くは誰によって阻まれたのか分からず辺りをキョロキョロとしている。ただ近くにいたほのかと雫、そして若干ではあるが零の情報を知っていた司波兄妹はサイオンの波長や零が行ったという証拠は掴めなかったが彼がやったという事は直感で分かった。

 

「そういえば零くん、さっきから何やってるの?」

 

「市民の義務」

 

「「えっ?」」

 

「八王子署の前原です。証拠映像付きの通報を頂き参りました」

 

今は警察への通報は音声通話だけではない。魔法の使用が分かるデータも合わせて送る事ができる。そしてこの辺りをたまたま巡回していた警察官がすぐに来ると警察通信司令室から教えてもらった。一回目のエリカの警棒騒ぎの時にその警官はすぐそばにいた。ついさっきの一科生みんなでの魔法の不正使用はその警官が記録用端末も使って目撃していた。

 

「そこの君達。魔法の不正使用の現行犯で逮捕する」

 

「「えっ?」」

 

森崎ら、魔法を二科生らに向けて発動した生徒達はパトカーに乗せられ連行されていった。




現状、零の秘密に最も気づく可能性があるのは深雪です。零の正体に至る直接の手がかりを唯一既に持っているからです。

達也は深雪からその事を聞いており、零が何かをすると思い、モブ崎事件では介入しませんでした。

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3話 準科という転科者

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 「じゃあ俺は事情聴取に参加してくるね」

 

森崎達が連行され、騒ぎを更に大きくした零までもがその場を離れた事で辺りは微妙な空気が支配していた。

 

「「...」」

 

先ほどまでの様子を物陰に隠れて見ていた真由美と風紀委員長の摩利もあまりの事にしばらく放心していた。

 

「た、達也くん...それよりさっきは何があったの?」

 

しかし流石は十師族。すぐに冷静を取り戻した。真由美は発動前の魔法式を吹き飛ばす術式解体を使う事ができる。真由美の力があれば森崎達の魔法など吹き飛ばす事ができた。しかしなぜそれをしなかったのか。それは達也が何も焦る様子を見せず端末を操作しようとしていたからである。

 

真由美はショッピングモールの爆破テロ事件から司波兄妹を彼らの入学前から知っていた。高い実力を有していると推測していた。ならばなぜ二科生なのか、その理由を探る目的もあった。

 

「自分もいつもと違って魔法式を読み取る事ができなかったので明確には分かりませんがおそらく零の障壁魔法だと」

 

「ほお、まるで魔法式を読み取れるような口ぶりだな」

 

「...実技は苦手ですが分析は得意なので」

 

口で言うが冷静だが達也の心情は複雑だった。

 

(精霊の眼でも読み取れないだと...向井零。警戒ランクをあげなければ)

 

──────

 第一高校に激震が走った。入学2日目にして多数の一科生が魔法の不正使用での現行犯逮捕。当然退学処分となったのだ。一科が欠員となったので二科から人員を補充しなければならない。二科の成績上位者からその転科者は選抜されるものだと誰もが思った。しかしそうはならなかった。

 

この学校は教職員までもが一科二科の差別意識を持つものも少なくない。一科は自分たちの講義を受ける者達。二科はそうでない者達。当然教職員からしてみれば一科が圧倒的な実力を持ち、二科よりも優れていることは当然の事なのだ。

 

普通であれば二科は一科が欠けた場合のスペアとして用意されている。当然二科の入試成績上位者が一科に転科となるはずだ。しかし一科と二科はテストの点数によって決まる。つまりテストの成績上位者から転科者を選ぶという事はそれは一科と同じ基準で彼らが選ばれたという事を意味する。

 

まだ入学して2日しか経っておらず授業も行われていない。その転科者が何か特別な努力をした訳でもない。それなのに昨日まで二科と見下していた存在が自分たちと同じ基準で一科になる事は耐えられない。

 

そんな意図が誰かにあったのか、今回の件で二科から選ばれた転科者は成績上位者ではなく何かしらの長所がある生徒が選ばれた。それは理論の上位者であったり、体術が優れていたり、何か固有の能力を有していたり。勿論それは第一高校の評価基準とは異なる。

 

これは実験的な取り組みで、要するにあの転科者達は正規の基準で一科になった訳ではないという言い訳を一科生に与える側面もあった。やがてその転科者を自分達と同じ一科ではなくあくまで準一科、「準科」と呼ぶようになる新たな差別が生まれてしまったのだが...

 

おおよその一科生はこの転科に否定的であり準科生を見下している。しかし新入生総代の司波深雪は...

 

「お兄様と同じ教室で学べるなんて夢みたいです!」

 

達也があまり事を大きくしたくないという、事なかれ主義な部分から最初は零の通報に対して否定的であったが...

 

「向井さん! 森崎君達を通報して頂きありがとうございました!」

 

手のひらを返して感謝された。

 

 

 逮捕され退学した生徒はいずれも1年A組だった。つまり準科の人間もA組に入れられた。学年で優秀なA組の中に元二科の生徒が混ざるなんて微妙な空気になるかと思われた。しかし

 

「お兄様! ここはどうすればいいのでしょう」

 

「深雪、お前も分かってるとは思うがここはこうやって解くんだ」

 

司波深雪が幸せな空気を出しており、準科発言を許さないという雰囲気まで出していた事から大きな衝突は起こらなかった。

 

──────

 「それで深雪、零を最初に見た時何か様子が変だったがあいつと以前に会った事でもあったのか?」

 

それは入学式の日の夜。零がホームルームに参加せずに帰った後の事であり、まだ森崎は逮捕されていない。

 

「はい。私はあの人に一度あった事があります。...四葉の本家で...。かなり前の事でしたのでもしかしたら人違いって事もあるかもしれませんが...」

 

「四葉だと? しかし俺は見たことがないぞ」

 

「いえ、私もあれから見てはいないので分かりませんが...。あの人はあの時...」

 

「ん? どうしたんだ? 深雪?」

 

「え...わ、忘れてくださいお兄様!」

 

不意に顔を赤らめた妹を見て達也は零への警戒を更に高めた。




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4話 できるヤツ

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 「零、放課後少しいいか」

 

「…達也か。珍しいな」

 

珍しいというのは零と達也があまり面と向かって話す事がないからである。零はあまりバレないようにするため、そして達也は警戒感から同じ空間にいてもお互いに話しかける事は少なかった。

 

尚、零が準科の中でもっとも話す仲なのはレオである。それは近づいてもあまり力に気づかないだろうという少し失礼な理由から始まったのだが。

 

「それで? どうしたんだ?」

 

「ああ。今から生徒会室に着いてきて欲しいんだ」

 

「絶対に嫌だ」

 

(え、何で生徒会? 十師族が仕切ってる集団でしょ? 絶対に嫌だよ)

 

「安心しろ。この前の騒動に関するものではない。もしそうなら翌日にすぐ出頭命令が下るはずだろ?」

 

違う、そうじゃない。達也は零がなぜ断ったのかを誤解した。

 

「じゃあとりあえず何で呼ばれてたのかを教えてくれ」

 

──────

 その原因は昼休みにあった。

 

「でしたら! 兄も生徒会に入れて下さい!」

 

「それはできま...あっ」

 

(これはまずいぞ...)

 

新入生総代として会長の真由美に生徒会入りの打診を受けた深雪は達也も同時に推薦した。今までであれば自分は二科生だという事を理由に断ることができた。

 

(しかし俺は今...)

 

深雪と同じ教室で過ごせる喜びはあったが今は零を恨んでいた。この兄妹はよく手のひらを返すのである。

 

「そうね...枠は会長権限でどうにでもできるし...達也君は生徒会に入る要件を満たしています」

 

「ちょっと待ってくれ真由美。生徒会は一応の枠は埋まっているのだろ? 風紀委員は実は教職員推薦枠と森崎が退学になった事でまだ二枠空いているんだ。達也君の術式を読み取れる能力は非常にすごい。是非とも風紀委員で活躍して欲しい。」

 

「ちょっと待って下さい! 俺の意思はどうなるんですか? 第一まだ風紀委員がどういう仕事をするところか聞いてませんよ!」

 

「大丈夫です。それに深雪さんもその点では同じです」

 

「お兄様。深雪はお兄様の凄さを皆さんに知ってもらいたいのですが...ダメですか?」

 

鈴音の理路整然とした反論と、それより何より深雪からの懇願によって達也は断るという選択ができなくなった。

 

「なら渡辺委員長。もう一枠推薦したい人物がいるのですが...」

 

せめてもの道連れを増やそうと達也は考えた。

 

──────

 「ふっざけんな! 絶対俺は行かないぞ!」

 

そんな理由を聞かされて零が怒らない訳がない。

 

「向井さん! お兄様と一緒に生徒会室に行ってはくれませんか?」

 

「絶対に嫌だ!」

 

達也とその様子を見ていたクラスメイトは目を丸くした。深雪からの頼まれ事を正面きって断る事ができる男子などいる訳ないと考えたからである。大半であれば...

 

 

「は、はい! 分かりました!」

 

声をかけられただけで舞い上がり、いいところを見せようと肯定してしまうか

 

「えっ! ...そ、その自分は...」

 

深雪の美貌で顔が真っ赤になりしどろもどろにしか答えられないかのどちらかであるからだ。

 

 

(((あいつ...やるな)))

 

意図せぬところで零の株は上がっていた。




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5話 男の友情(仮)

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 放課後になり、零はすぐに帰ろうとしたのだが達也と深雪に両側を固められ、逃走を諦めた。

 

「司波達也です」

 

「司波深雪です」

 

「...向井零です」

 

(来たくなかった...十師族が首領を務める生徒会には...あまりこことは関わり合いになりたくなかったんだけどな...)

 

零は力無く虚空を見つめ、そして覚悟を決めた。三人は生徒会室に入る。

 

「よ! 来たな!」

 

「いらっしゃい深雪さん、達也くん、向井くん!」

 

会長の真由美と風紀委員長の摩利、書記のあずさ、会計の鈴音、そして零が初めてみる男子生徒の五人の人間が生徒会室には集まっていた。

 

「副会長の服部刑部です。司波深雪さん。生徒会へようこそ」

 

その男子生徒、服部は達也、零を無視して深雪にのみ挨拶をした。その様子に深雪は不快感を覚え、達也は特に何とも思わずそして零は...

 

(まだ希望はある!)

 

なぜか服部の存在を歓迎していた。

 

 

 

 「じゃあ風紀委員本部に移動しようか。手続きの事とかは実際に風紀委員本部の方が説明しやすい。機材も色々あるしな」

 

達也と零は風紀委員加入に反対で、その話し合いのためだったがもう二人が加入する事を前提として話を始める摩利を達也は睨んだがしかし何も起こらなかった。一方の零は最後の希望(服部)に対して祈りを捧げていた。

 

「待って下さい、渡辺先輩」

 

零の祈りは届いた。

 

「そこの一年生達を風紀委員に任命するのには反対です。準科...ウィードの実力の者に風紀委員は務まりません」

 

「私の前で禁止されてるその呼び名を使うとはいい度胸だな」

 

「取り繕っても仕方がないでしょう! 風紀委員はルールに違反した生徒を実力で取り締まる仕事です! いくら外面をブルームで飾ってもその実はウィード。実力で劣るウィードには務まりません!」

 

「確かに風紀委員は実力主義だが実力にも色々あってな。そこの達也君には起動式を直接読み取り、発動する魔法を正確に予測する目と頭脳がある。向井君は...非常に高度な障壁魔法を扱う能力がある」

 

少し口篭ったのは摩利がその情報を間接的にしか受けてなかったからである。生で見ていたが摩利には、そして真由美にも零が障壁魔法を使ったという事は分からなかった。

 

(ここがチャンスだ)

 

「すみません渡辺委員長。自分は障壁魔法を使った覚えなどないのですが...」

 

全力のおとぼけ顔。まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔を零は全力で浮かべる。

 

「委員長! 向井零はこう言っていますがどうなんですか?」

 

ここに零と服部の即席コンビが結成された。

 

「......」

 

(乗るしかない! このビックウェーブに!)

 

「自分はよく内容を知らされずに連れてこられましたが自分は魔法を使った一科生達を捕まえるほどの魔法技能はありません! 自分の実力では不可能です!」

 

「会長! 自分は副会長として向井零の風紀委員就任に反対します! 魔法力のない二科生に風紀委員は務まりません!」

 

「自分なんかを任命してしまい、重大な問題を起こしてしまえば!」

 

「会長の顔に!」

 

「「泥を塗ってしまうかもしれません!」」

 

その息のあった言葉に真由美も返す事ができない。真由美でさえも零が高度な障壁魔法を使用したという事は達也からの発言で初めて認知する事ができたものだからである。

 

「...お前、ウィードであるがしっかりと身の程を弁えていて、会長の事まで考えているんだな」

 

「服部先輩こそ、すごく話が分かる方で! 自分、一生着いて行きます!」

 

「よせやい。照れるじゃないか」

 

「服部先輩!」

 

「向井!」

 

ガシッと二人は堅い握手を交わし、その雰囲気のドサクサに紛れて零は生徒会室を後にした。

 

 

この後、達也が服部をフルボッコにし、達也のみ風紀委員への就任が決定した。




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零は『改竄』で周りに気づかれないよう魔法の発動を細工して服部に精神干渉系統の魔法を使っていました。普段の服部であればウィードごときが会長を語るな!と言いかねないので。(仮)とはそういう意味です。


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6話 空を飛び越えて

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 「じゃあ零くん一緒に回ろう?」

 

新入生勧誘期間。生徒会勧誘の時に軽く言われていたので情報としては知っていたがまさかここまでとは...

 

「それで風紀委員には入れなかったんだ」

 

「ああ。実力が足りないからな」

 

「でも零くんの魔法の素質は凄いと思うのになー。最初二科生って知った時もビックリしたし」

 

「あの時の零の魔法力にはお母さんも驚いていた」

 

零は昔、ほのかと雫の前で魔法を披露して()()()()()()。そしてその時雫の母、A級魔法師の北山紅音、旧姓鳴瀬紅音にも見られている。

 

(あの時は仕方なかったとしてもしまったなぁ...)

 

「だとしてもだ。今の俺の実力は変わらないよ」

 

(ほのかと雫は俺が魔法事故に遭って俺の魔法力が落ちたと誤解している。...都合がいいのでそういう事にしておいた)

 

向井零は彼女らの間違いを訂正していない。彼の魔法力は落ちてなどいない。しかし彼には自らのその力を隠さなければならない秘密がある。彼の実力を正しく理解しているのは彼の両親、そして母の姉、後は家の執事だけである。

 

その他の人間は程度の差はあるものの零の実力を正しく理解していない。彼女たちも、同僚もクラスメイトも。

 

 

 

 

 「あれ見て! 入試成績2位の光井さんと3位の北山さんよ!」

 

ほのかに一緒に部活動を回るように誘われた零だったがそのあまりの熱気に虚空を見つめる。

 

(別に俺の力がバレない限りは力を出してもいいか)

 

向井零は自らの実力がバレる事を恐れているのであって別に自分が有名になる事を恐れている訳ではない。彼は「改竄」で魔法の使用が分からないようにしてから魔法を発動させる。

 

「「えっ?」」

 

零はほのかと雫を両脇に抱えて空を蹴るようにして追撃を免れた。魔法の発動兆候などない。そして跳躍魔法の動きではない。先日トーラスシルバーが発表した飛行魔法の動きでもない。

 

「零...今のって」

 

「ああ、空中を蹴った」

 

零は息をするかのように嘘をついた。その翌日から魔法力に優れたほのか、雫と共にその圧倒的な身体能力から主に陸上部などをはじめとして零も勧誘の対象となったのは言うまでもない。

 

──────

 翌日、零も勧誘の対象となる中、しかし零達は今日も変わらず三人で部活動をまわっていた。

 

「でもほのかも雫も剣はしないから剣術部は見なくてもいいんじゃない?」

 

「せっかくだから全部見ておきたい」

 

「雫もこう言ってるし。それに零くんって剣術似合いそうだけどね!」

 

「剣なんて握った事ないよ」

 

(俺の剣は部活動でするような剣じゃないからね)

 

時たま予期せぬタイミングで鋭い指摘をするほのかに零は冷や汗をかいた。

 

「あれ、何だか騒がしいね」

 

ほのかのその言葉で零も我に返る。

 

「あれって!」

 

雫も目の前の光景に言葉を失う。そう、武道場では剣道部が新入生向けにデモンストレーションを行なっていたのだが剣術部主将の桐原武明がそこに乱入、そしてなんと魔法を使用する事態にまでなったのだ。

 

「あれは! 達也さん!」

 

雫がそう言った通り、達也が風紀委員としてその場に介入した。しかし準科として名が売れている達也が風紀委員として自分達を取り締まっているのに反感を覚えたのか剣術部の一科生達は一斉に達也に対して攻撃を始める。

 

(達也ならあれくらい何でもないと思うが...)

 

「達也さん!」

 

(だからと言って静観する訳にもいかないよな)

 

「任せろ」

 

そう言ってから零も群衆をかき分け...否、正確には()()()()()()()達也の援護に向かった。

 

「大丈夫か達也?」

 

「零か。大丈夫だ。それより手伝ってくれるか?」

 

「へいへい」

 

そう言葉を交わして零も加勢した。達也の目的は零を観察する事にある。零もその事には朧げながら気づいていたが別にいいやと考える。

 

(この程度なら...改竄使って魔法使わなくても素手で大丈夫だな)

 

思い立ったが吉、零はCADを向けてくる一科生の剣術部部員を素手で昏倒させた。

 

(あの動き...体術だけなら俺より上だ)

 

その動きを見て達也は零への警戒を更に引き上げた。




零と達也が絡むと零への警戒が上がる結末しか起きない...

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7話 口を滑らせたらアカンすよ!

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 「で、当初の経緯は見ていないのだな?」

 

「はい。自分が見たのは剣術部の桐原先輩と剣道部の壬生先輩が言い争っているところからです」

 

「最初達也くんが手を出さなかったのはそのせいかしら?」

 

「打身程度で済むのであれば当人同士の問題だと」

 

そこは第一高校部活連本部。桐原が魔法の不正使用をし、そして準科がそれを取り締まった事で今、第一高校ではホットな話題となっている。

 

「ところで向井くん。魔法を使わずにして魔法の不正使用者を取り締まったと聞く。やはり風紀委員に入る気はないか? 今回の件で私は積極的に君を風紀委員に入れたいと思ったよ」

 

(え?)

 

「い、いやぁ...それはちょっと...」

 

(生徒会と部活連よりかはマシだが常に戦いに身を置く風紀委員はできれば避けたい)

 

「あ、あれは! 達也のおかげです! ぜーんぶ達也がいたおかげなんです!」

 

「達也くん。向井くんはこう言ってるけど」

 

「全くの事実誤認です。零は自分の手助けなどなしに剣術部の先輩方を魔法を使わずに圧倒していました」

 

「って達也くんは言ってるけど」

 

「というか急に語彙が幼くなったな...」

 

(なんで圧倒を強調して言うんだよ...)

 

前回は逃げられたが達也は零を道連れにしようという考えは変わっていなかった。何より零を風紀委員にすればより零を観察する事ができる。しかしそんな事、零が認めるはずもない。

 

「自分を風紀委員にするのであればまずは服部先輩を通して下さい」

 

まるで服部を芸能事務所のマネージャのように使う零に、しかし誰も返す事ができなかった。服部は達也は例外だとしても依然二科生を下に見ているのは変わっていないのである。そして深雪からの願いがあった達也とは違って目の前の零は仮に模擬戦になったとしてわざと負ける選択をする事は誰の目から見ても明らかであった。

 

(((あいつを風紀委員にするためには力を出さざるシチュエーションを作るほかない))))

 

口調は若干違うものの、同じ事を達也、真由美、摩利は考えていた。

 

「......」

 

そしてそもそも零の事を知らない十文字克人は終始空気であった。

 

──────

 「こんな時間まで待たせて悪かったな。遠慮なく食べてくれ」

 

「じゃあ遠慮なく」

 

「「「「「いただきます!」」」」」

 

「...いつツッコもうか悩んでいたんだが、どうして零も当然のように俺に奢られる気なんだ?」

 

そこは達也達がよく使う喫茶店・アイネブリーゼ。達也はあまり時間はかからないと思い、いつも一緒に帰っている準科のクラスメイトに待ってもらっていたが予想以上に時間がかかり、そのお詫びも兼ねてこうしてデザートをご馳走している。そしてそのメンバーに加えてほのかと雫も分かる。

 

彼女達は零を待ってはいたが彼の帰りを遅くさせたのも自分に関係あるとすれば詫びるのも道理であるからだ。

 

(だが...)

 

「お前を待たせた訳じゃないんだが」

 

「まーまー、細かい事言うなよ。ま、あれだ。俺を風紀委員にしようとした事をチャラにするからよ」

 

そう言いながらこの中でも最も高価なパフェを注文して頬張っている零に達也は文句を言いたかったが...しかし我慢した。最も高価、とは言っても達也からすれば大した出費ではないしこれで零を風紀委員にしようとしたという限りなく小さい負い目もなくなるのなら安いものだからだ。

 

「でも達也、いいのか? こんなにご馳走してもらって」

 

「大丈夫大丈夫! 達也にとってこれくらい大した出費じゃないし。レオもそんな遠慮しないで追加注文すれば...」

 

親友のレオの発言に零は本心で答えてしまったがそれがマズかった。

 

(レオと話してるとついつい本心で話してしまうが...)

 

それはレオだけと話している時でのみ適用される話で、その他の人間、特に達也がいる場所で今の発言は流石にマズい。自らの失言を悟った零はとんでもないほどの冷や汗を滝のように流す。

 

(あ、これアカンやつや)

 

「なあ零、どうして大した出費じゃないって知ってたんだ?」

 

関係者以外には何が重要な話なのか分からない。事実、隣席した零と達也、そして零と反対側の達也の隣に座っている深雪を除いたメンバーはその様子に気づく事もなく談笑を続けている。

 

「まるで俺の収入を知ってるかのような言い方だったが」

 

達也の収入とは当然トーラスシルバーについてである。しかしこれは四葉家が厳重に保管している情報であり、ただの一般家庭の零が知る訳がない情報なのである。つまり大した出費ではないなどと言えるはずがないのである。そして...

 

(深雪の発言と合わせればなぜ零がこの事を知っているのかは明確だ。つまり深雪が見たのは人違いなんかじゃない。零は...四葉家の人間か?)

 

そして達也と同じ結論に至った深雪は目を輝かせて頬を染めている。

 

「零。ちょっと付き合え」

 

「...ひゃい」

 

「すまないみんな。ちょっと席を外す」

 

零は達也に半ば連行されるかのようにして店を出た。




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8話 店外に連れ出されて

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 「それで零、俺が言いたいことは分かるな?」

 

(お前は四葉の人間だ。何が目的だ? 俺の監視か?)

 

「......」

 

(やはり...向井さんがあの時の彼だったんですか?)

 

「......」

 

(やっぱりバレちゃったか...。まあこの秘密は俺にとっては優先度は低い方だし、それに達也と深雪なら最悪バレても何の問題はない)

 

三者三様、それぞれが心の内で考えを巡らせる。だが、零だけはこの二人とは違った結論を導いていた。深雪が四葉本家で自分を見たと達也に伝えている事を知らないからだ。

 

(あれから何も確認してこないし、深雪はあの時の事を覚えてないんだろう)

 

零は勘違いをした。

 

「まあ...そうだな。俺はお前と一緒だ」

 

「......」

 

(やはり四葉の人間か。しかし俺と同じ? 零もガーディアンか? なら誰の?)

 

「お前は俺たちに敵対する存在か?」

 

「は?」

 

零は予想していた問いかけとは違ったものに一瞬思考がストップした。

 

(対立? 何のことだ? ...もしかして正体をバラさないか? って事か?)

 

「悪い。一瞬意味が分からなかった。いや、俺はそんなつもりはない。お前の正体をバラしたら最悪俺までバレかねないからな」

 

(俺の事をバラせば零の事もバレる? どういう意味だ?)

 

「お前もその事がバレたらマズいのか?」

 

「まあ、俺はそこまでマズくはない」

 

(ん? お前も? あ、そっか。達也からすればそれがバレるのはマズいな。でもその意味では俺も変わらないが...)

 

「とりあえず、詳しい話は次回の出社日の時で頼む。次からは俺も顔を出すから」

 

「待て零。何の話だ?」

 

「え? お前トーラスの事を言ってるんだろ? シルバー」

 

珍しく達也の思考が一瞬止まった。

 

 

 

 

 「トーラスは牛山さんのはずだが」

 

(牛山さん、約束守ってくれたんだ)

 

「ハードの設計は俺、そして製造が牛山さんだ。だから厳密に言えば俺と牛山さんでトーラスだね」

 

(ハードの設計の相談をした時、毎回持ち帰られていたが...そういう事だったのか)

 

(トーラスなんて恥ずかしい名前、全部牛山さんに預けたいんだけどね)

 

「達也は何か違う話だったようだけど...」

 

「いや、それはこちらの誤解だったようだ。すまない」

 

「そうか? まあ気にするな」

 

達也も自分の考えが外れていた事を理解した。彼がトーラスなのであればこれまでの実力にも納得がつけられると思い、零に向けていた敵意を収め警戒も緩めた。

 

「向井さん...いえ、零さんとお呼びしてもいいですか?」

 

「深雪?!」

 

しかし深雪は違う。何かしら見当を付けた上で臨む思考は、心当たりなく進むそれとは達する結論が大きく異なる。

 

「えっ? まあいいけど」

 

(間違いありません。向井さん...零さんは...あの時の方です!)




恐らくこの小説で初めて達也が零に対して警戒を緩めた瞬間です。歴史的快挙です。

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9話 ヒステリック先輩

いくつか質問と指摘を頂いたので補足も併せて

Q, 零が実力を隠さないといけないのに剣道部に介入したのはなぜか?


A, 隣にほのかと雫がいたためです。また零は度々目立つのを恐れていますがそれは自分の『改竄』や一科生を遥かに越えた魔法力がバレないようにするためです。
逆に言えば零は身体能力であったり、一科生程度の魔法力、そして零自身が目立つ事に対しては隠す必要がないと思っています。
剣術部の様子を見て、あの程度なら魔法を使わず制圧できると判断したので身体能力だけで制圧しました。
これはこの後の展開でも重要な事なのでよろしくお願いします。



また、零と雫が紛らわしいという意見も頂きました。名前は向井零のまま、地の文や会話文では零をゼロという表記に変えたいと思います(一部例外あり)

これからも何かありましたら感想欄にてご意見をお寄せ下さい。

それからいつもの事ですが...
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 「おはようございます! ゼロさん」

 

「お、おはよう司波さん」

 

達也達にゼロがトーラスの一人である事を見抜かれた翌日、深雪は昨日の宣言通りにゼロを下の名前で呼んで挨拶をした。その光景にクラスの面々は目を丸くする。

 

「苗字だとお兄様と区別がつきませんよ?」

 

「お兄さんは達也と呼ぶので大丈夫」

 

別に深雪を下の名前で呼んだとしてゼロの魔法力がバレる訳ではない。ゼロは自分の名前が魔法以外のところで有名になる分には全く問題ないと考える。

 

「(だけど...)」

 

男子生徒から嫉妬の目で睨まれる事を善しとしている訳ではない。

 

「ゼロくん...深雪といつの間にそんなに仲良くなったの?」

 

「ほのか?!」

 

その会話に参加するほのか。

 

「(心なしか目が怖い...)」

 

ほのかがいるのなら雫も...と思いゼロは雫の姿を探すが...

 

「(ゼロ...骨は拾ってあげる)」

 

雫はゼロに十字架をきって教室を後にした。

 

「ほのかは下の名前でよくて私はダメなんですか? ゼロさん」

 

「(ゼロくん、分かってるよね?)」

 

それら二つの視線にゼロは勘弁してくれ、と天を仰ぐ事しかできなかった。

 

──────

 「あ! 司波君! それと向井君だったよね?」

 

達也、深雪、それとゼロが廊下を歩いていると一人の女子生徒から声をかけられる。胸に紋章はない...その女子生徒、壬生紗耶香は二科生であった。

 

「今から少し、付き合ってくれないかな?」

 

 

 

 

 準一科、通称準科は3学年ある魔法科第一高校でも一年生のみである。一科生は彼らの事をどう思っているか...それは言うまでもない。蔑視である。

 

それなら二科生はどうか。自分達と同じなのに一科として授業を受けられる事に嫉妬している二科の上級生もいるが...大半は同情的である。自分達を差別する一科生と授業中まで同じ空間で過ごさなければならないという哀れみの意味で。

 

つまり二科生の大半は準科生に対して仲間意識を持っているのである。だからこそ、差別をされる側であるにも関わらず相当な実力を持っているゼロと達也に彼らが()()のために目を付けるのはごく自然な成り行きであった。

 

──────

 「単刀直入に言います。司波君、そして向井君。剣道部に入りませんか?」

 

あれから二人は学校のカフェテリアに呼び出され、対面する紗耶香からそう提案される。

 

「せっかくですが、お断りします」

 

達也はそれに即答する。それに続くようにしてゼロを口を開く。

 

「自分は剣なんて触った事もないのでお断りします」

 

嘘である!この男、息をするようにこの瞬間、嘘をついた。

 

「司波君、理由を聞かせてもらってもいい?」

 

「逆に、俺を誘う理由を聞かせてもらっても?」

 

ゼロの理由は十分なものだった(それが本当なのであれば)。紗耶香も諦めた訳ではないがひとまず達也に狙いを定めた。

 

「魔法科高校では、魔法の成績が最優先される。でも、それだけで全部決められちゃうのは間違っているとは思わない?」

 

紗耶香が始めたのは一科二科差別問題についての話であった。

 

「(俺も思うところがない訳ではないけど...そこじゃないんだよなぁ)」

 

「二科生は魔法実技の指導は受けられない。でも授業で差別されるのは仕方がない。私たちに実力がないだけだから。魔法が上手く使えないからって私の剣まで侮られるのは耐えられない。無視されるのが我慢ならない。魔法だけで私の全てを否定されたくない!」

 

「壬生先輩...?」

 

徐々にヒステリックになる紗耶香に対して少し不気味さを感じた達也が紗耶香を止める。紗耶香も自分の熱量が高まっていた事に気づいて咳払いをする。

 

「だから、私たちは非魔法競技系のクラブで連帯する事にしたの。今年中に部活連に私たちの想いを伝えるつもり。魔法が、私たちの全てじゃない! って。それを伝えるために司波君と向井君にも参加してほしいの」

 

紗耶香は自分の意見を言い終わったようで、二人がどんな反応をするかを見る。

 

「なるほど。そういう事だったんですね」

 

達也に続いてゼロも答える。

 

「さっきは少し怖かったですが...先輩はただの剣道美少女って思ってましたけど考えを改めます」

 

「(いきなり過激な行動に出るつもりなのかな? って思ったけどあくまで言論でどうにかしようとはしてるんだね)」

 

ゼロは少し微妙な空気になっていた雰囲気を和ませるためにジョークも交えて返答した。しかしここには持ち直した空気を無視し、再びシリアスにさせる空気が読めない司波達也という男がいた。

 

「壬生先輩。考えを学校に伝えた上で...その後はどうするんですか?」

 

その指摘に紗耶香は答える事ができず、達也はその様子を見て席を立った。

 

──────

 「(ここは魔法科高校。魔法によって評価されるのは当たり前。野球チームの中でいくらサッカーやピアノが上手でも評価されないように。

 

しかし学科による差別は事実として存在する。それは学校に通っていれば自明に分かる。

 

だがその本質は魔法によってのみ評価されてる部分ではない。ただ単純に自分より下と見られている者達に対して幼稚な優越感を抱いて、幼稚な自己満足をしているだけだ。

 

だから壬生先輩の方法では全く改善されない)」

 

ゼロは達也と紗耶香が話している間、考えていた。そして達也が離席した後、紗耶香の視線は完全にゼロに向く。

 

「壬生先輩。さっきは断りましたが少し興味が湧いてきました。今度見学に行ってもいいですか? 今日は流石に遅いので明日にでも」

 

「ありがとう! 私たちはあなたを歓迎するわ。明日、また案内するから...プライベートナンバー交換してもいい?」

 

「ええ、喜んで」

 

こうしてゼロと紗耶香を交換した。ゼロの思惑が彼女達とは別のところにあるという事を知らずに。




Q, あれ?ほのかって原作じゃこんな深雪に対して強気じゃなかったような...?

A, 原作とは異なり、ほのかは自分の方が深雪より早くゼロと知り合ったという思いがあったからです。また原作であれほど強気に出なかったのは、誰がどう見ても達也と深雪が両想いだったって事が丸見えだったのもあると思います。...光のエレメンツは怖いという事を書けたらなと思ってます。

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10話 入試ミス

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 『ゼロ、第一高校で何やら不穏な動きが...その顔じゃ心当たりがない事もないようですね』

 

ゼロは自室にて秘匿回線によるビデオ通話で一人の女性と話していた。

 

「本日、おそらくその一派...といっても末端に近いような存在でしょうが。ある生徒と接触しました。あくまで正確な魔法を使用して調べた訳ではないですが精神操作を受けている印象を持ちました」

 

『その予想は合ってるでしょうね。...連中の名前はブランシュ。そして第一高校にはその下部組織のエガリテが潜入しています』

 

「...達也にはこの事は既に?」

 

『まだよ。もっとも、あの子でしたら私の情報がなくても辿り着いてしまうかもしれないけど』

 

「(達也はまだしも、一科生の深雪が対応するのは望ましくない。達也が対応すれば必然的に深雪も付いてくる)」

 

「母上、達也と深雪にはこの問題に手を出さないように言ってくれませんか? 俺が責任を持って対応しますので」

 

「十師族として、この国に対するテロ行為は見過ごせません。あなたでしたら容易でしょうが...無理はしないで下さいね」

 

そう言ってゼロの心配をする女性は微笑む。

 

『ところでゼロ、学校は楽しい?』

 

「今のところは上手くやれてますよ」

 

『入学試験では油断しましたね』

 

「......」

 

元々ゼロは一科生として入学する予定だった。魔法師社会では一科生でも下位ではあまり大した事がないが、魔法科第一高校では一科生は一律として優秀として見られる。ゼロは力を出すつもりなどないが、仮に出しちゃった場合一科生の方が都合がいい。二科生なのに強い、と一科生だから強い、では与える印象がまるで違う。保険は仮に使う事がなくとも一つでも多く用意するべきだ。

 

ゼロは一科の下位として入学するつもりだった。過去10年の合格点をこっそり調べ上げ、点数を調整した。だが、今年は例年に比べて全体のレベルは高かったようで、例年の一科の下位の点数をとったゼロは主席で合格する事になったのだ......二科の。

 

あと1点高ければ一科の最下位と並び、2点高ければゼロは狙い通り一科の下位として入学できたのだ。

 

そして二科として入学してしまったために、ゼロはこのように面倒臭い真似をしているのである。

 

「それでも、二科として入学した事によって大事な友達もできました」

 

「(レオとはおそらく二科生でなければ今のように仲良くする事もできなかったかもしれないからね)」

 

『それなら...よかったわ。ゼロ、たまには用事がなくても電話をかけてくるのよ』

 

そう言ってゼロは自らの母親、四葉真夜との会話を終了した。




四葉真夜さんのキャラが原作と違いますがちゃんと理由があります。

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11話 氷像

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 「ゼロさん、どなたとお話しされてたんですか?」

 

朝礼前。まだ教室にはあまり人も集まってない時間帯。ゼロが通信端末を耳から離すと深雪にそう尋ねられる。

 

「あー、昨日剣道部の先輩から誘ってもらったんだけど、その予定の確認で」

 

「それは女性の先輩ですか?」

 

「え? うん。壬生先輩っていう一個上の先輩だけど」

 

別に隠す必要はない。紗耶香と話した事がバレても計画までは気づかれないと思ったゼロは隠す事なく答える。

 

「...そうですか。まだ私とはしてないのにその先輩とはもうプライベートナンバーを交換しているんですね」

 

刹那、季節が春から冬へと逆行した。深雪は強大な魔法干渉力を持つ。CADを使っていないのにも関わらず強大な冷気が深雪から漏れ出した。

 

「も、もしよければ司波さんともプライベートナンバーを交換したいのですが...」

 

ゼロ、深雪のあまりの圧力に魔法力とは別のところで恐怖する。

 

「深雪。ほのかや雫と同じように私の事も下の名前で呼んでください」

 

「いや、でも...」

 

「ゼロさん」

 

「...分かった」

 

周りの男子からのやっかみとかそういう次元の話ではない。ゼロは首を縦に振るより他なかった。そしてこれはゼロの預かり知らぬ事だが、ゼロは半ば脅されて深雪の下の名前呼びをさせられたという事が拡まり、この事が原因でゼロが男子生徒からやっかみを買う事はなかった。

 

「......」

 

そして妹のそんな様子を見た兄は固まっていた。

 

 

 

 

 司波深雪が司波達也の事を見始めたのは三年前からである。しかし達也は違う。達也は物心がつく頃より深雪の事を見ていた。そんな彼女が変わったのは間違いなく三年前、あの沖縄を訪れる直前だという事は目に見えて分かっていた。そしてその時何があったのか、否、誰に会ったのかという事は想像に難くない。

 

深雪は達也の事を尊敬している。しかしそれはあくまで兄妹のそれであって決して男女のものではない。両者共にそのような事は望んでいない。

 

しかし達也はゼロと深雪の恐怖映像を見せられてつい思ってしまった。

 

「(もし深雪が俺に対してそのような念を抱いていたとしたら...)」

 

脳裏に浮かぶのは今のゼロのように女性と連絡先を交換しただけで冷気を撒き散らかす光景...

 

女性からバレンタインに義理チョコを貰っただけで殺気を向けられる光景...

 

「(今、どうして藤林さんの顔が浮かんだんだ?)」

 

そして自分が再生で死なない事に端を発するのか、ニブルヘイムで氷像にされる光景...

 

「......」

 

今世では経験したはずがない記憶、しかし一歩間違えればそういう未来もあったかもしれないと悟り、達也は大量の冷や汗を額に浮かべた。

 

そして心の中でゼロに対して十字架をきり、その場から逃げ出した。




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12話 陰謀の始まり

前話の深雪の氷像事件、放課後ではなく朝礼前に訂正させて下さい。ごめんなさい!

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 「ゼロくん! 一緒に部活まわろ!」

 

授業も終わり、学校は放課後に突入する。ゼロはほのかから部活動見学に同行しないかと誘われる。

 

「あーごめん放課後ちょっと予定あるんだ」

 

「そうよほのか。ゼロさんはこの後女性の先輩に誘われているの」

 

ほのかとの会話に深雪が参加する。達也もその様子を見守っていた。今朝は逃げ出してしまったが達也は半日かけて覚悟を固め、妹がどのような姿になったとしても逃げない覚悟を決めた。

 

「深雪...なんで──」

 

なんでそれを今言うの? と言おうとしたがその言葉が最後まで紡がれる事はなかった。

 

「ゼロくん、いつから深雪を下の名前で呼ぶようになったの?」

 

ハイライトの消えた目でほのかがゼロを睨んだからである。まるで今朝の深雪と同じような圧力にゼロは恐怖を禁じ得ない。

 

「深雪...それに女の先輩...」

 

この数日で自分のライバルが増えたと思ったほのかは(紗耶香はゼロに対してそのような感情は抱いていないが)焦りを感じていた。

 

「(深雪は私よりも可愛い...)」

 

ほのかは深雪を恐れ...

 

「(ほのかは私よりも前からゼロさんと知り合ってて下の名前で呼び合ってた...)」

 

深雪もまたほのかを恐れていた。

 

「ねえゼロく...」

「ゼロさん聞きたいこ...」

 

深雪とほのかはお互いからゼロに視線を移すが...

 

「ゼロなら二人が目を合わせている時に逃げるように教室を出ていったぞ」

 

達也の一言を受け、帰ったら問い詰めてやると決意する二人だった。

 

 

 

 

 「ようこそ向井君。司波君には断られちゃったけど私たちはあなたを歓迎します」

 

ほのかと深雪の強烈な視線から逃げるように紗耶香と合流したゼロだったが...

 

「すごい汗だけどどうしたの?」

 

「いえ、何でもありません」

 

滝のような冷や汗は止まってなかった。

 

──────

 「私たちはカフェテリアでも言ったけどこの魔法科高校での差別をなくすために有志同盟を結成してるの。向井君もここに来てくれたって事は同盟に参加してくれるって事でいいんだよね?」

 

あれ、剣道部の見学って話だったのになぁとゼロは思ったが、しかし本丸に近づけるのであればむしろいいと思い、何も異論を挟まず首を縦に振った。

 

「ありがとう。じゃあちょっと会ってもらいたい人がいるから着いてきてくれない?」

 

そう言って紗耶香はゼロを武道場から剣道部の部室にへと連れて行った。

 

 

 

 

 「待っていたよ向井零君」

 

紗耶香に連れられた先には一人の痩身な男が。美月と同じくこの時代では珍しい眼鏡をかけている。

 

「そんなに警戒しないでくれ。私はただ君という私達の同志に出会えたこの奇跡に感動しているだけさ。君は一科生を超える体術のスキルがある」

 

そう言って彼は自らの眼鏡を上にへと投げる。

 

「向井零! 我らの同志となれ!」

 

痩身な男、司一はゼロに対して魔法を発動した。...ゼロが笑っている事には気づいていない。




ゼロが何をしたのか、勿論最後にネタバラシするので推理しながら読んでみて下さい

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13話 公開討論会(当て馬にされた二科生)

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 「公開討論会?」

 

「そう。昨日の放課後ね。剣道部の子たちを中心に頼まれたの。正直テロリスト達に騙されているって話もあったからね。暴力的な手段じゃなくてちょっと驚いちゃった」

 

早朝。駅から第一高校への通学路で司波兄妹と七草真由美は偶然出会い、一緒に登校していた。達也達にはテロの事も生徒会で話していたのでその話題についての話もしていた。当然、テロリストの話題の時は周りに聞こえないように遮音性の魔法を使用したが。

 

「そういえば昨日、ゼロが剣道部の壬生先輩に会いに行きました」

 

「じゃあもしかしたら向井君が何かしてくれたのかもしれないわね」

 

「丁度今日、ゼロさんには話がありましたし...私が聞いておきますね!」

 

ゼロのいないところで勝手に話がまとまっていった。

 

──────

 「ゼロさん! ちょっといいですか? 今日の討論会の事なんですけど」

 

今日は()()が必要だったゼロはいつもと違って時間に余裕がある登校ではなく、始業時間ギリギリの登校であったため、深雪がそれを尋ねるのは昼休みの事であった。ちなみに司波兄妹の登校時間はゼロの登校時間の統計を調べた上で深雪が決めている。今日は通学路で兄妹がゼロと偶然を装って会えなかったのはそういう理由がある。

 

尚、ほのかは雫の車に乗せてもらい登校しているが、彼女達の家とゼロの家は離れており、誘ってもゼロに断られてしまったという経緯がある。

 

「丁度俺も話があった。準科のみんなも聞いてほしいんだけど」

 

これは準科に関する話。魔法科第一高校で正式ではない呼び名、一科に転科となった元二科生、準科生は全員1年A組に配属されている。いつもの司波達也の取り巻き以外にも何人か準科生はいるのでこの話は教室でする他なかった。

 

「みんな知ってるかもしれないけど、今日の放課後に公開討論会がある。で、準科の人間も出席する事になったんだけど、俺が準科代表で出席してもいいかな? 他に出たい人がいるならアレだけど」

 

たびたび勘違いされがちではあるが向井零という人間は自分の魔法がバレる事を恐れている。彼がバレてはいけない事は『改竄』という固有魔法、そして一科生のレベルを遥かに超えた魔法力である。逆に言えば体術など魔法とは関係ない部分は隠す必要がないと考えているし言論の場に出る事も自己矛盾ではない。

 

そして辺りを見渡せばゼロ以外に討論会に参加したいと思う人間はいなかった。レオやエリカはあまり口が回るタイプでなく何かあればすぐ手が出てしまう。討論向きではない事は本人達も理解している。そして他の面々も討論会に立ちたい訳ではない。そして達也は...この一連の出来事に介入する事を()()()()()()()

 

──────

 放課後に開かれた公開討論会。参加者は一科生から真由美。そして二科生から4人。準科生からはゼロが登壇していた。ゼロは自分は一科生でも二科生でもないという事を視覚的に強調するために肩のエンブレムを片方のみ外していた。議論が始まる。

 

「二科生はあらゆる面で一科生より劣る差別的な扱いを受けている! 生徒会長はその事実を誤魔化そうとしているのではないか!」

 

最初に口を開いたのは二科生の男子生徒であった。

 

「ただいま、あらゆるとのご指摘がありましたが具体的にはどのような事を指しているのでしょうか」

 

真由美はその指摘に理路整然と反論をしていく。一科と二科が議論をする中、準科の代表のゼロはただ腕を組んで目を閉じるだけであった。未だ一言も発していない。一科と二科の議論は続く。

 

「一科生の比率が高い魔法競技系のクラブは二科生の比率が高い非魔法競技系のクラブより明らかに手厚く予算が配分されています。これは一科生の優遇が課外活動においてもまかり通っている証ではないですか!」

 

「それは、各部活の実績を反映した結果です。非魔法系のクラブでも全国大会に進むような優秀な実績を残すようなクラブでは魔法系のクラブと同じように予算が配分されています」

 

それは議論の体を成していなかった。二科生の言いがかりのような問いかけは全て真由美によって論破されていった。ゼロは未だ動かず。

 

「...生徒の間に皆さんが指摘したような差別の意識があるのは否定しません。ブルームとウィード。学校も生徒会も風紀委員も否定している言葉ですが残念ながら多くの生徒がこの言葉を使用しています」

 

ブルームとウィード。禁止用語に指定されている言葉がこの公開討論会という場所で生徒会長の真由美の口から飛び出した事で場は騒然となる。会場のボルテージは高まり始めた。

 

「しかし、一科生だけではなく二科生の中にも自らをウィードと蔑み、諦めと共に受容するそんな悲しむべき風潮があるのも事実です。この意識の壁こそが問題なのです! 私は当校の生徒会長としてこの意識の壁を何とか解消しようと考えてきました。ですが...それは新たな差別を作り出す形であってはならないのです」

 

最早二科生の代表者は項垂れる事しかできず反論など起こらなかった。真由美の演説は続く。

 

「一科生も二科生も一人一人が当校の生徒であり、当校の生徒である期間はその生徒にとって唯一無二の三年間なのですから」

 

一科、二科に関わらず会場中が拍手で包まれた。その光景にまるで観衆は歴史的光景を見ているかのようにして盛り上がり、今、会場のボルテージは最高潮に達した。...ゼロのシナリオ通りに。

 

──────

 「発言、よろしいですか?」

 

腕を組み、目を閉じて一言も発しなかったゼロが挙手をする。会場のボルテージは最高潮の中、真由美がどうやってゼロを言い負かすのか、観衆は大いに期待をした。討論の一言一句でさえも聞き逃さないように誰もが前のめりになって告げられる言葉に注目する。

 

「先ほど、二科生が自らをウィードと蔑む事も差別の原因の一つと仰られましたがまずはそこから。会長は差別が存在する事は認められました。では差別は誰がするのか? 強者から弱者に対して差別は起こるのです。弱者が強者を差別する事などあり得ない。そしてこの強者とは実力に限るものではありません。皆さんも魔法師です。魔法に携わるものであれば分かると思います。力の強い者を差別する事もありますが...それはその力の強い者が少数だからです。集団的強者として差別は生じる。やはり強者が弱者を差別するのです」

 

ゼロは明言こそしなかったがそれは人間主義者の魔法師排斥の事を指しているという事は誰もが分かった。

 

「ですが今回は違う。一科生と二科生に人数に差はありません。一科生と二科生は国が定めた魔法力を基準にして区別しています。この学校風に言えば...魔法の実力によって強者と弱者が分けられている。

 

では会長の言う通り、二科生が自らをウィードと蔑み、諦めの精神を持たず一科生達に立ち向かえばどうなるのか? 強者たる一科生達に叩き潰されてしまう。二科生のくせに調子に乗るなと目をつけられ不利益を被ってしまう。

 

入学式翌日にとある二科生達が七草先輩の仰るように一科生に対して、その態度に対して反抗しました。その結果どうなったか。一科生は魔法を発動して力で黙らせようとした。二科生が諦めを見せるのは防衛本能です。理不尽に叩き潰されないようにするためには当然の事です。

 

差別は差別する側に100%の非がある。それさえなければ二科生が卑屈になる事はないからです。断じて! 二科の人間に差別の責がある訳ではない!」

 

観衆が一言一句聞き逃さないようにしたその言論は...筋が通っていた。真由美も即座に反論せずゼロを見守る。ゼロの演説は更に続く。

 

「次に意識の壁を取り払う事が差別解消のための唯一の方法のように仰られていましたが...これにも反対です。勿論差別というものは人間の感情面から生まれています。これには同意です。しかしその感情がそう簡単に変わる事はない。感情で容易に解決するような簡単な問題ならそもそもここまで大きな問題にはなっていません。

 

歴史を振り返ってみれば分かると思います。女性が差別されてきた社会では女性にも参政権が与えられるようになり、身分による差別が行われた社会では身分が統合されました。差別とは制度によって解消されてきたものなのです。

 

勿論だからと言って差別される側が優遇された制度を作れ、なんて事は言いません。それは会長が仰ったように新たな差別を生み出す方法だからです。不公平で非合理的な制度を変える事が差別解消に対して真っ先に取り組まなければならない事です

 

そして! そんな不公平で非合理的な制度がこの学校には残っている!」

 

ゼロはそう言って自らの左肩を。エンブレムがついてない方の左肩を指差した。

 

「どうして私の左肩に第一高校のエンブレムがついてないのでしょうか」

 

いやお前が外してからこの討論会に来たんだからだろうが! などと野暮な事を考える人間は誰一人としていない。最早この議場は最高潮に達したボルテージを超え、誰もがゼロの言葉に耳を傾ける静寂と化していた。

 

「これによって私たちは一科と二科を視覚的に区別できるようになっている。このエンブレムは元々、学校の発注ミスから生まれたものです。二科制度ができた時、学校は追加で制服の注文をしましたが、その際エンブレムを発注し忘れてしまった。それが現在の二種類ある制服に繋がっています。

 

一科にしか講師がついていない事は財政的な部分で仕方のない事でしょう。しかしこれは違う。むしろ二種類の制服の発注をしないだけコストはより安く済むでしょう」

 

「(そんな理由でゼロさんとお兄様が!)」

 

この事を知らなかった深雪は怒りで冷気を撒き散らかそうとしたが即座に達也が宥めた。

 

「また魔法力の違いで一科と二科を分けていますが...今年の入試では一科の最下位と二科の主席では1点の差しかありませんでした」

 

その情報は多くの人間が知らなかったのだろう。観衆は皆、驚嘆している。まあその二科の主席はゼロの事なのだが、そんな事は誰も知らない。

 

「(ゼロさんの事だ)」

 

深雪は知っていた。

 

「一科二科はテストでの成績によって上半分と下半分に分けただけに過ぎません。そのテストが正しく実力を評価できているのか?という議論もありますがこれはひとまず置いておきましょう」

 

「(そんな...)」

 

深雪はその話は置いてもらいたくなかった。

 

「ところで。魔法の成績によって一科二科を分けるのであればどうして毎回の定期テストによって順位が入れ替わった時に学科を入れ替える制度がないのでしょうか。

 

クラスを途中で変えるべきではないと主張される方もいらっしゃるでしょうが、直接講師に指導される機会がある以上、クラス替えのデメリットなど小さなものだ。実力によって分かつのなら、実力によって覆される制度がなければおかしい。何のために高校で魔法を学ぶのか!」

 

この二点はまさに二科が一科よりも差別的な扱いを受けているものだった。弁護の余地もないほどに。

 

「意識の壁もそうですが、不公平で非合理的な制度は依然残っています。もし、差別をなくしたいと思うのならば...もし、開かれた学校を作りたいのであれば...改善できるところから変えていきましょう。その手始めとして私は、エンブレムを二科生もつける事。そして毎回のテストで二科生が一科生になれる機会を作る事の二点を生徒会、及び学校に要求します!」

 

ゼロの演説は終わった。が、辺りは沈黙したままだ。ゼロの言葉が伝わらなかったのか? 否、衝撃が大きすぎて呆然としてしまったのだ。

 

パチパチパチと誰かが拍手を始める。そしてその拍手は周囲に感染し...次々と拍手をする人間が増える。そしてその様子を真由美は嬉しそうに眺めていた。元々彼女は自分を言い負かす事ができるほどの論理なら受け入れてもいいと考えていたのだ。真由美も反論する事なくゼロの意見に賛同するような態度を見せて...拍手は更に大きくなった。

 

──────

 拍手は静まる気配がない。会場は先ほどの真由美の演説よりも大きく盛り上がっていた。

 

「(頃合いだな)」

 

ゼロのシナリオはここまで上手くいっているが...まだ終わっていない。まだクライマックスが残っている。今の演説は単なる布石に過ぎない。

 

「突入」

 

ゼロが誰にも聞こえないような小声で指示を出す。刹那...ものすごい爆音と同時に...テロリストが侵入してきた。




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14話 無双の如き舞い振る舞い

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前の話でも書きましたが最後に全部ネタバラシします。意味の分からない描写があるかもしれませんがそこは気にしないでね。


 「達也さん。今回の一連の騒動。あなたと深雪さんの介入の一切を禁じます。正当防衛のためなどという例外も認めません。騒動が起こればあなた達は速やかに安全な場所に避難しなさい」

 

それは今朝、達也の元に秘匿回線で告げられた内容。自分達の叔母、四葉真夜によって下された命令であるため無碍にする事などできない。よって達也はゼロの演説の後、テロリスト達が侵入してきたが深雪を連れて即座に講堂を抜け出す事しかできなかった。

 

「(四葉は今回のテロについてどう考えているんだ? この国の力を削ごうとする連中を四葉が放置するとは思えん...。既に鎮圧の目処がついているという事か?)」

 

達也は自らの叔母の考えを推し量る事ができなかった。

 

──────

 達也は爆発が起こる少し前に深雪を連れて会場を抜け出していた。精霊の目を使えばテロリストが接近していた事は達也には丸わかりであったからである。魔法師と言えど耐久力は並の人間と大差ない。攻撃を封じられてしまえばいかに脆弱なテロリストであろうと深雪を再生を使わずに守り切るのは難しいと判断した。

 

魔法科高校の中でエリートと名高い一科生であってもそのほとんどが実践経験などある訳が無い。荒事専門の風紀委員といえどそれは同じである。襲撃に対しては初手の対応で全てが決まる。元々何か動きがあれば風紀委員達は会場の二科生を取り押さえる予定だった。ゼロと真由美の講演中も二科生の位置を逐一捕捉していた。

 

轟音が鳴り響き、外部からの襲撃を受ける。手はず通り二科生を取り押さえる...筈だった。が、そのような事ができる筈もない。その二科生達は...何の不審な行動も取らなかったからである。何も動かぬ者達を取り押さえる事などできる訳がない。

 

襲撃に対しては初手の対応で全てが決まる。二科生を取り押さえる事は予め決められていた事で、準備、脳内でシミュレーションする事ができた。が、初手でその想定はいきなり崩れた。そして先ほども言ったが風紀委員と言えど多くの生徒は実践経験などない。準備もなく、咄嗟に戦場に立っても何かができる訳が無い。

 

冷静にその場を観察し、即座に対処法を編み出す事ができないからこそ、彼らは入念な準備を行なったのだ。が、その準備は不十分で何の備えもシミュレーションも持たないといった状態で彼らは戦場に放り込まれてしまった。

 

そんな状況で、そのような精神状態で初めての殺し合いなどできるはずがなく...

 

「「「う、うああああああ!!!」」」

 

大多数の講堂に集まった生徒はパニックに陥ってしまった。

 

「みんな落ち着いて!」

 

「お前ら! 冷静になれ!」

 

この場で尚、冷静さを保てていたのは十師族の真由美と摩利ら、ごくごく一部の生徒だけであった。

 

 

 

 

襲撃が始まってから数十分。戦況はテロリスト側が優勢であった。理由はシンプルである。魔法科高校側の生徒の大多数がパニック状態になっており指揮系統の一切が機能していない事。それからテロリストがただ無策で挑んできた訳ではなくしっかりとした戦術を組んで襲撃してきたからである。

 

現在魔法科高校側は真由美、克人、摩利などが応戦しているが所詮は多勢に無勢。局地的な戦闘では押してる戦場もあるが、全体で見ればやはり魔法科高校側の劣勢は誰の目にも明らかであった。

 

 

 

 

「クッ! 魔法師の奴ら、講堂が陽動で俺たちが本命だとは誰も気づいてないようだな」

 

「剣道部の奴らがいないが...まあ奴らなどいてもいなくても大して何も変わらないからな」

 

いくつもの戦場で戦闘が繰り返される中、数人のテロリスト達が魔法科高校の図書館にて笑みを浮かべながら作業をしていた。彼らの真の目的は魔法科高校に保存されている魔法の最先端研究の資料の強奪。陽動で頑張ってる仲間達のためにも彼らは工作活動を急ぐ。これさえ終われば後は撤退してもいいほどなのだから。

 

最先端資料をコピーし終えた段階でテロリスト側の勝利宣言は達成される。

 

「よし! アクセスできたぞ! これでこの国の最先端の魔法研究資料が手に入る!」

 

テロリスト側にも腕の立つクラッカーがいたようで、魔法科高校のセキュリティを突破し、ついに記録用端末で情報を抜き取る段階にまで至った。

 

「待ちなさい」

 

テロリスト側がもうあと一歩で勝利宣言を出せるというところで図書館に来訪者が現れる。

 

──────

 「待ちなさい」

 

図書館に乱入してきたのは魔法科高校の生徒であった。胸と両肩にエンブレムは...ない。つまりその生徒は実力が低いという事を示している。その生徒は刀状のCADをテロリスト達に向ける。

 

「壬生! クソッ! 裏切ったのか!」

 

テロリストの内の一人を即座に沈めた図書館への来訪者、壬生紗耶香に対してテロリスト達は忌々しい目を向ける。

 

「裏切ったのなら容赦はせん! お前ら! キャストジャミングを使え!」

 

テロリストの仲間が一人沈められても残りのメンバーには余裕が浮かんでいた。それは対魔法師として有効なキャストジャミングを起こせるアンティナイトを持っていたからだ。テロリスト達は紗耶香に対してキャストジャミングをぶつける。

 

「なっ! なぜキャストジャミングが効かない!」

 

「...私もなんでか分からないけど今、これまでで一番魔法をスムーズに発動できるの」

 

()()()()()に非魔法師の使うキャストジャミングなど効く訳が無い。

 

「ハァッ!」

 

キャストジャミングの中、紗耶香は魔法を発動し、テロリスト達を全員沈めた。

 

「壬生! 無事だったか!」

 

紗耶香がテロリスト達の記録端末を処理していると剣道部の木下という男子生徒が遅れて図書館に入ってくる。そして木下の後ろには剣道部や差別をなくす有志連盟の皆が揃っていた。

 

「準備はできたのね」

 

紗耶香の問いかけに皆が頷く。

 

「私達は確かに一科生に比べて魔法の実力は劣るかもしれない。でも! それだけで私達の剣を否定させない。魔法の三技能が劣っていたって魔法戦闘まで劣っているとは限らない。一科生の人達に見せてあげるのよ! 私たちの力を! 私たちが! 学校を救うのよ!」

 

「「「おおおおおおおおおお!!!」」」

 

紗耶香の演説にこの場の全員の士気が上がる。これより死地に向かうと分かっていても、その顔に恐怖は宿っていない。

 

「行くわよ! みんな! 私に着いて来なさい!」

 

図書館から差別撤廃有志軍が出陣した。

 

──────

 戦況は明らかにテロリスト側が有利()()()。大半の魔法科生徒は戦う事すらできず逃げ惑う事しかできない者ばかりだったから。最初に襲撃を受けた講堂の戦闘でさえまだ完全に制圧できていない。真由美と摩利がいて、学校の中でも魔法科高校側が押している戦場の一つであるにも関わらず。

 

もうじき学校は完全に制圧されるだろう。誰もが「もうダメだ...」と思っていた。そんな中...

 

「行くわよ!」

 

希望(有志軍)が到着した。

 

「うおおおおおお!」

 

風紀委員含む大半の生徒が怯え、逃げ惑う中、彼らは真っ向から立ち向かっていき、その磨き抜かれた剣技によって次々とテロリスト達を斬り伏せていった。戦闘は一気に魔法科高校側が有利となる。

 

「敵将、討ち取ったり〜!」

 

次々と敵の指揮官も撃破しあっという間に講堂を制圧してしまった。

 

「喰らいなさい!」

 

有志軍は講堂だけではなく学校中のほとんどの戦場でまさに無双の如く働きを見せていた。剣道部らしく魔法ではなく剣を主体としたその攻防。剣術と違い、魅せる剣技でもある剣道部の戦いはただ黙ってみているだけの一科生達からは...ただただ輝いて見えた。

 

数刻前にゼロと真由美の演説で告げられた「テストが正しく実力を測れているのか...?」と誰もが抱いたその問いが今、まさに目の前で実践されていた。確かに魔法三技能において自分達は彼女達より優っているのかもしれない。ただ、今この場でただ震えている自分達と恐怖に打ち勝って戦っているだろう彼女達では...明らかに彼女達が優等生であった。

 

これまで二科生を見下すような発言をしてきた者達も目の前の光景を前に、ただ押し黙る事しかできなかった。

 

有志軍が全戦場を支配し、ついにテロリスト達は完全に学校から駆逐された。




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15話 ネタばらし

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 二科生の大活躍によって学校に侵入したテロリスト達は掃討された。途中、テロリストの一人の通信端末を奪ってブランシュの本拠地が判明。勢いそのままに彼らは本拠地に殴り込みに行こうとした。

 

だが、校内での戦闘でかなり消耗したのか有志軍の面々は既にサイオン切れなど疲労困憊で膝をついてしまう。が、そんな彼ら彼女らを笑う者などいない。いる訳がない。

 

 

 

 

 「じゃあブランシュの本拠地についてのお話をするわね」

 

生徒会室にて話を切り出したのは本校の生徒会長、七草真由美。彼女は自分達の学校が戦場となった事に怒っているが、しかし冷静さは保てていた。

 

「そういえば摩利、達也君はどうしたの?」

 

ここ最近、自分達と行動を共にしていた1年生の後輩の姿がない事に疑問を覚え、真由美は彼の上司に当たる摩利にそう尋ねる。

 

「ああ。あいつは襲撃が起こった時に避難者の誘導に向かった。ここに来ていないという事は...まだ終わってないのだろうな」

 

「多くの生徒がパニックだったからね...」

 

二人から見て司波兄妹は仕事を放り出すような人間ではない。短い時間ではあるが確固とした信頼を二人は既に築いていた。襲撃を受けた際、外敵を排除する事と同じくらい犠牲者を少なくするための避難誘導は大切な仕事だ。あれだけの襲撃の規模でありながら生徒に死亡者が出ていない事は、有志軍の奮闘も勿論大きいが、達也の手柄となる部分も大きいだろう。

 

「あの兄妹はきちんと自分の仕事を果たしてくれた。なら今度は俺たちの番だ。有志軍の皆が掴んでくれたブランシュの本拠地。叩きに行くぞ」

 

会議の三人目の出席者。十師族で既に次期当主に内定しており、師族会議にも代理出席している十文字克人は重々しく口を開いた。この男も守る事に長けているファランクスで生徒を守り零した事に強い遺憾を覚えていた。

 

「だがテロの本拠地を叩きに行くのに一般の生徒を駆り出す事はできん」

 

「かと言ってまだ校内に残党もいるかもしれない。学校を空ける訳にはいかないわ」

 

克人の言い分は当然であり、そして真由美の言い分も当然であった。だがいくらそれぞれが一騎当千の強者であっても三人だけで制圧する事は難しいだろう。逃してはならない殲滅戦なら尚更の事。

 

「十文字家代表代理として七草家に協力を要請する」

 

「...それが妥当ね。いいわ、父に連絡するわね。摩利、あなた達風紀委員会には校内を任せるわ。まだ残党がいるかもしれないから気をつけて」

 

即座に動かせる人員を持つのは...やはり七草家である。十師族は四葉家と七草家が頭ひとつ抜けてはいるが四葉家に人員はあまりいない。五輪家も人員は多いが七草家もやはり多い。その事を克人は分かっていた。

 

「今動かせる人員を掻き集めて数十分で動けるそうよ。...あの狸親父、まさかこうなる事を分かってたんじゃないでしょうね」

 

「七草。愚痴を零すのなら俺達に聞こえないようにしてくれ。...反応に困る」

 

 

 

 

 数十分後。七草の人員と十文字の人員を併せた即席の連合部隊はブランシュの本拠地を包囲していた。魔法科高校の生徒でこの場にいるのは真由美と克人だけである。摩利は先ほどの約束通り、ブランシュの残党に警戒しながら学校の守護に当たっている。

 

即席で作ったとはいえ、十師族から掻き集めた人員。練度も十分な部隊である。他でこれだけの部隊を組織しようとすれば...数日かかる事は間違いないだろう。それを数十分で実行できるところに十師族の力が表れている。

 

「突入!」

 

克人の一声によって連合部隊はブランシュの本拠地に突入した。

 

 

 

 

...が、連合部隊など作る必要などなかった。

 

「遅かったか...」

 

突入したブランシュの本拠地には...人っ子一人いない状態で、克人達がここまで来るまでの間にブランシュのメンバーが逃げ出した事を示していたのだから。

 

──────

 真由美と克人が失意の内に連合部隊を解散させる中...ここ数話全く出番のなかったゼロは一体何をしていたのか? 至極単純である。学校から離れていた。しかし当然何もしてない訳ではない。彼がやった事を時系列順に述べていこうとも思ったがその前に予備知識として説明しなければならない事がある。

 

──彼の『改竄』の事だ──

 

魔法とはイデアと呼ばれる情報体次元に存在する、サイオンで構成されたエイドスを改変する事によって発動される。魔法師は通常、サイオンを使って魔法式を構築し、間接的にエイドスに介入して改変を行なっている。

 

が、ゼロの『改竄』は魔法式を必要とせず直接イデアに入り込み、エイドスを改変する事を可能とする。直接介入する事によって他者には不可能な、エイドスの変更履歴の完全削除までをも行う事ができる。尤も、魔法を発動する事自体は変わらないので魔法演算領域を使い、サイオンを消費するのは同じである。

 

イデアに直接介入してエイドスを改変する事によって、他者は魔法の発動兆候を察知できず、サイオンを現実世界に放出しないで全てイデアで費やす事によって人間も機械も魔法の発動兆候すら掴めない。

 

そしてエイドスの変更履歴を削除する事によって、仮に情報次元体に何らかの手段でアクセスする事ができたとしてもゼロの行動に気づく事はできない。

 

もう一つ、『改竄』でできる事はある。それに加えてなぜ彼がこのような異能を使う事ができるのかという謎に対する回答は...また後日という事にしよう。

 

 

 

 

 では時系列順に説明していく。ゼロには学園生活を送る上である悩みがあった。

 

「(達也と深雪がやたら俺が実力を発揮するよう企んでるんだよなぁ...)」

 

当然風紀委員勧誘の事である。最初は単純に八つ当たりのようなものだったが司波兄妹にゼロがトーラスである事がバレて以降は確実に狙ってやっている。

 

「(事あるたびに勧誘してきて...。しかも実力を発揮しなければならないような状況に追い込もうとしてるし...)」

 

それはゼロからしてみれば非常に困る事である。自分が一科生の下位として入学すれば良かった事なのだが...保険が欲しくなった。

 

「(実力を出す気なんて全くないけど保険はあるに越した事がないしな)」

 

そんな事を思っているとゼロは紗耶香と出会った。そして...

 

「(あ。この人精神操作されてる)」

 

交流していく内に紗耶香のエイドスが乱されている事にゼロは気づく。何によって干渉されているかは分からないが。しかし事前にテロリストについての情報を知っていた事からこれがブランシュによるものだと分かった。

 

「壬生先輩。さっきは断りましたが少し興味が湧いてきました。今度見学に行ってもいいですか?」

 

ゼロはそう答えた。無論、紗耶香に対する印象が変わったなど嘘である。そもそも目の前の紗耶香は精神操作をされてる状態であり印象が変わったも何もない。ただ...使えると思った。紗耶香がではない。

 

「(この精神操作、使える)」

 

ゼロは天命に導かれるが如くこの瞬間、計画の原型を立てた。

 

──────

 ゼロの目的。それは二科生でも戦闘で強いのは別におかしくないんじゃね? という認識を持たせる事。彼に差別解消の意識など微塵もない。むしろ理由なく侮られる絶好の環境であるため差別はそのままでいいとすら考えている。ゼロは使うかも分からない保険のために学校を巻き込もうとしている。

 

今回の計画の肝は二科生が中心となってテロリストを撃退する事だ。それによって初めて目的は達成される。一科生に対処されてしまえばゼロの計画は失敗した事になるだろう。

 

「(一科生と言ってもほとんどは実践経験もない。いざ戦闘になればほとんどの人間が動けない。初手を潰して混乱状態になれば尚更。そんな混乱状態で動ける一科生と言えば...)」

 

ゼロは先輩含めて一科生の顔を思い出していく。

 

「(まず思いつくのは...やっぱり深雪だなぁ。達也に危害が向けられるようなら何を言ったとしても深雪は暴走しそうだ。達也に傷を与える事すら難しいと分かっていても。...達也もあの場から離さないとな)」

 

「母上、達也と深雪にはこの問題に手を出さないように言ってくれませんか? 俺が責任を持って対応しますので」

 

ゼロは自らの母に頼み込んだ。

 

「(次に...やっぱり七草会長と十文字会頭だよな)」

 

次に思いついたのはゼロの天敵、十師族の二人であった。

 

「(二人がいるところはおおよそ予想できる。七草会長は講堂に。十文字会頭は部活連本部かな。そこを襲撃する兵は強化しておこう。もし違う場所にいればその時に修正すればいい)」

 

策の概要を考えた後、ゼロは行動へと移った。先日紗耶香に話した通り、剣道部の見学に向かった。本心では彼女達の本丸に近づくため。

 

 

 

 

 ほのかと深雪による圧力から抜け出し、ゼロは時間通りに紗耶香との待ち合わせ場所に到着する。が、剣道場に到着しても一向に部活動が始まる気配はない。

 

「私たちはカフェテリアでも言ったけどこの魔法科高校での差別をなくすために有志同盟を結成してるの。向井君もここに来てくれたって事は同盟に参加してくれるって事でいいんだよね?」

 

突然出た「同盟」という言葉。

 

「(俺を勧誘しようとしている? あの精神操作とかで?)」

 

ゼロは元々同盟にのみ興味があり、部活動には何の興味もなかった。紗耶香に半ば騙し討ちされた形となったがしかしその申し出を歓迎した。

 

「ありがとう。じゃあちょっと会ってもらいたい人がいるから着いてきてくれない?」

 

当然ゼロは首を縦に振り、奥の部室へと向かう。

 

 

 

 

「待っていたよ向井零君」

 

部室の先、複数の部員に囲まれるようにして立っている痩身な男、司一はゼロを見るなりそう声をかけた。この時代では珍しく彼は眼鏡をかけている。司一はゼロの体術、身体能力に注目して彼を味方にしようと考えた。彼の最大のミスはゼロを他の二科生と同じように考え、体術は素晴らしいが魔法の才は無いと決めつけてしまった事。

 

もっと警戒し、安易に彼の前に立つべきではなかった。

 

「向井零! 我らの同志となれ!」

 

眼鏡を頭上に投げ、魔法を発動する。それを受けたゼロは...

 

「(え...。意識干渉型系統外魔法でもないの? えぇ...)」

 

ゼロの『改竄』はサイオンを用いずに直接イデアに介入してエイドスを書き換えるというもの。もしこれが系統外魔法であればその対象を自分ではなく相手に書き換える事で魔法を乗っ取る事ができた。最初からゼロはそのつもりだった。しかし目の前の司一の発動したものは光の発生こそ光波振動系魔法だが催眠自体は魔法ではなく催眠術によるもの。

 

これではゼロの改竄で乗っ取る事ができない。想定よりも相手がやってる事の程度が低かった事によってゼロの目論みは外れてしまった。

 

「(これじゃあ二科生達主導でテロを鎮圧するなんてできないな...)」

 

硬直して考え込むゼロを見て、司一は自分の魔法が効いたのだと確信した。

 

「さあ! 新たな同志よ! まずはもう一度名前を聞かせてくれたまえ!」

 

「(あ、二科生の人達に魔法使ったらダメだけど、この人に魔法使っても別に問題ないんじゃない?)」

 

思い立ったが吉、ゼロは『改竄』を使って司一に対して正真正銘の意識干渉型系統外魔法を使った。...犯罪である。これによって彼は司一を操りそして司一の催眠術をパワーアップして二科生達有志同盟を間接的に動かした。犯罪と言っても二科生達には何も魔法を行使していないためいくら二科生達を調べたとしてもゼロの関与は分からない。

 

──────

 司一達から計画の詳細を見たゼロは思った。

 

「(計画が雑すぎる...)」

 

これではテロは成功しない。ゼロはテロが成功するよう計画を練り直した。

 

 

 

 

目的を達成するために大切なのは布石。いきなりテロリストが襲来してきて二科生がこれを撃退したとしても一科生に何かを思わせるためにはもう一ついる。

 

「(そう、例えばテロリスト襲来の直前に何か一科生達に考えさせる機会でもあれば...)」

 

そう考えていた時、ゼロは同盟側が考えていた作戦を思い出す。

 

「(対等な交渉...討論、ね。使えるな)」

 

討論で何かしらの影響を持たせて時がかからない内にテロリストの襲撃...。

 

「(何なら討論の直後でもいいくらいだ)」

 

上手い布石になるとゼロは考えた。では次はどうやって討論のテーブルを用意するか。同盟の当初の作戦では放送室を占拠して交渉の場を要求する事であったが...

 

「(それする意味ある?)」

 

即座に却下した。

 

「(あまり十師族とは関わらないようにしてるけど七草会長、どちらかと言えば精神的には差別解消寄りだと思うんだよね)」

 

「普通に頼めばいいんじゃない?」

 

こうして平和的に討論の場が整えられた。

 

 

 

 

討論の場での目標は一科生達に自分達が本当に二科生達よりも実力において優れているかを考えさせる事。ゼロはこの点において七草真由美を言いまかすだけの自信はあった。しかしそれだけでは目的は達成されない。ただゼロが真由美を論破するだけでは彼らの心には響かない。というより論破自体にあまり意味はない。

 

ゼロは真由美を論破するよりも観衆にどういった印象を与えるかについて考えなければならない。仮に真由美を論破したとしても観衆の心に響かなければゼロの負けだし、真由美を言いまかす事ができなかったとしても観衆の心に響けばそれだけでゼロの勝利条件は満たされる。

 

「(そのために必要なのは...会場のボルテージだ)」

 

しかしそれはゼロ単独で高める事はできない。ゼロの容姿が他より優れていたり、新入生勧誘の時に体術で注目されたとはいってもそれだけで場を盛り上げる事など不可能。

 

「(おそらくそれができるのは...)」

 

ステージに立つ者の中で唯一それができるとすれば...

 

「七草会長だけ」

 

七草真由美はその美貌、実力、十師族という血統からしても学校の人気者である。先に言った、仮に真由美を言い負かしたとしても彼女の人気の前でむしろ逆効果にすらなるほどの、それだけの人気を誇っている。

 

「(だからこそ、その人気を逆に利用する)」

 

当て馬作戦。真由美に勝たせる事で場の空気を盛り上げ、それが冷めやらぬ間に目的を達成する。議場に立つのはゼロと一科生(真由美含む)、そして二科生達。

 

「(二科生の先輩達には悪いけど当て馬になってもらおう)」

 

場合によってはわざと負けるよう、何か細工をしなければならない。しかしそんな工作が不要だと後に気づく。それは討論参加メンバーと話をした時...

 

「(あ、これ俺が何もしなくても七草会長にフルボッコにされるわ)」

 

ゼロは彼らをノーメイクノーチェンジで送り込んだ。

 

──────

 舞台は討論会。ゼロはテロの準備のみしか行わず二科生の上級生達には催眠含め、本当に何も手をつけずに送り込んだ。登壇者は六名。一科生からは真由美だけ。そして二科生からは四名の同盟のメンバー。そして準科からはゼロだけ。視覚の情報は観衆に大きな印象を与える。

 

ゼロの計画通りに事が運べばこれから二科生はコテンパンに言い負かされる事になる。その二科生とゼロが同じであると見なされれば観衆もまともには聞かないだろう。ゼロは両肩の内、右肩にのみエンブレムを付けて討論に臨んだ。自分は一科生でも二科生でもないという事を示すために。

 

 

「二科生はあらゆる面で一科生より劣る差別的な扱いを受けている! 生徒会長はその事実を誤魔化そうとしているのではないか!」

 

「ただいま、あらゆるとのご指摘がありましたが具体的にはどのような事を指しているのでしょうか」

 

「一科生の比率が高い魔法競技系のクラブは二科生の比率が高い非魔法競技系のクラブより明らかに手厚く予算が配分されています。これは一科生の優遇が課外活動においてもまかり通っている証ではないですか!」

 

「それは、各部活の実績を反映した結果です。非魔法系のクラブでも全国大会に進むような優秀な実績を残すようなクラブでは魔法系のクラブと同じように予算が配分されています」

 

 

二科生は次々と真由美を口撃しようとするがその全てが跳ね除けられ逆にカウンターを受けてしまう。

 

「(ここまでは上々。なれどまだその時ではない)」

 

観衆の灯火こそあれどまだその火は拡がっていない。まだゼロが動く時ではない。

 

「...生徒の間に皆さんが指摘したような差別の意識があるのは否定しません。ブルームとウィード。学校も生徒会も風紀委員も否定している言葉ですが残念ながら多くの生徒がこの言葉を使用しています」

 

「(...ん?)」

 

まさか真由美の口からブルームとウィードという言葉が出てくるとは思わなかったゼロは一瞬驚いた。

 

「しかし、一科生だけではなく二科生の中にも自らをウィードと蔑み、諦めと共に受容するそんな悲しむべき風潮があるのも事実です。この意識の壁こそが問題なのです! 私は当校の生徒会長としてこの意識の壁を何とか解消しようと考えてきました。ですが...それは新たな差別を作り出す形であってはならないのです」

 

「(いい傾向だ)」

 

最早二科生は誰も反論する事ができず真由美の演説が始まる。そして真由美の熱に浮かされるように場の空気は盛り上がっていく。

 

「一科生も二科生も一人一人が当校の生徒であり、当校の生徒である期間はその生徒にとって唯一無二の三年間なのですから」

 

会場のボルテージは最高潮に達し、誰も彼もが会場の熱気に当てられ、そしてその熱気の源となっている。

 

「(ここだな)」

 

「発言、よろしいですか?」

 

──────

 盛り上がった雰囲気は次第に誰もが話を身を乗り出しながら聞く静寂へと変わった。誰も彼もがゼロと真由美の議論を邪魔する事を許されず、また意識を外に向ける事も許されない。そんな奇妙な雰囲気が場を支配していた。そしてゼロの話を聞く内に「もしかして一科と二科の差って...」と口には出さないが彼らは思い始めていた。

 

 

「この学校風に言えば...魔法の実力によって強者と弱者が分けられている」

 

「魔法力の違いで一科と二科を分けていますが...今年の入試では一科の最下位と二科の主席では1点の差しかありませんでした」

 

「一科二科はテストでの成績によって上半分と下半分に分けただけに過ぎません。そのテストが正しく実力を評価できているのか?」

 

「魔法の成績によって一科二科を分けるのであればどうして毎回の定期テストによって順位が入れ替わった時に学科を入れ替える制度がないのでしょうか」

 

「不公平で非合理的な制度を変える事が差別解消に対して真っ先に取り組まなければならない事です」

 

「もし、差別をなくしたいと思うのならば...もし、開かれた学校を作りたいのであれば...改善できるところから変えていきましょう。その手始めとして私は、エンブレムを二科生もつける事。そして毎回のテストで二科生が一科生になれる機会を作る事の二点を生徒会、及び学校に要求します!」

 

 

ゼロの言葉に誰もが「そうだよな」と首を縦に振る。真由美が否定ではなく肯定に回っている事も大きいだろう。だがしかし忘れてはいけない。確かにゼロは真由美の演説を聞いておかしいなと思った事を言ったし、差別(笑)についておかしな部分を述べた。

 

──しかしそれは彼の本心ではない──

 

ゼロは別に学内の差別はあってもなくてもどうでもいいと考えている。むしろ差別があった方がいいとすら思っている。自分を下に見られ、警戒される事もこちらを観察しようとする人間も減るだろうから。ゼロは理性で演説をしていたがしかしその実、全くと言っていいほどそこに心は込められていなかった。

 

しかしそのような事は関係ない。印象とは場の盛り上がりと多少の筋の通った論理で成立する。ゼロも演技で心のこもったフリをしていた。演技とは自らの心も偽るもの。が、ゼロはその言動とは裏腹に心中は冷めていた、彼に演者の才能はない。

 

「(頃合いだな)」

 

が、ゼロの目論見は達したと言うべきだろう。布石は完了した。あとは仕上げのみ。

 

「突入」

 

ゼロの意識干渉魔法の影響下にある司一によって催眠をかけられた兵卒に指示が出される。そして彼らを二科生で結成された、こちらも司一による催眠を受けた有志軍で叩き潰す計画が始まる。

 

しかし二科生がテロリストを倒す事などできるであろうか? 答えは否である。何もせず送り出しただけでは返り討ちに遭うだけだろう。そもそも二科生の魔法力ではキャストジャミングに対応できない。...いや、それは一科生の大半も同じ事なのだが...。

 

しかしどちらにせよこのまま二科生を戦わせるだけでは一科生が苦戦する相手を倒す事はできない。二科生を戦わせるためには実力と戦争経験が無い事から生じる恐怖の払拭という二つの条件を克服する必要である。恐怖は催眠術によってどうにもなる。では実力はどうやって対処するか? 

 

ここで『改竄』の最後の能力を使う。

 

魔法とはイメージを魔法演算領域によって変換し、サイオンを用いて魔法式を構築し改変を行うもの。魔法演算領域は魔法師の無意識の精神世界に存在しており...つまり性質はイデアと似ている。『改竄』によって直接イデアに介入できるゼロはイデアにその魔法演算をさせる事ができる。

 

ゼロの魔法演算力を超えるほどの大規模な魔法は使用できなかったりイデアに代用させた履歴は削除できないなどの欠点はあるがこれによってゼロは問題を解決した。

 

二科生達の魔法の演算をイデアで肩代わりする事によって魔法発動速度を向上させる。そして真由美や克人のいる場所を襲撃する部隊もこれによって強化した。倒せる訳もないが、しかし特攻しない限り瞬殺される事もないだろう。

 

 

 

 

「達也が避難整理してくれるなら()()だね」

 

司波達也にもイデアにアクセスする事ができる精霊の眼があるが、しかしゼロのように直接イデアに入り込む事はできない。故に存在をそのまま視認する事はできてもその範囲は狭く限られている。ゼロの『改竄』は理論上限りはない。と言っても範囲を広げれば広げるほどサイオン消費や脳の演算処理、またそれらからくる疲労のため現実的に不可能なのだが。

 

ゼロは襲撃の騒動に紛れて講堂を抜け出していた。そして『改竄』にて達也と深雪が避難整理に勤しんでいる事を確認し、二重の意味で安心した。今、第一高校ではゼロによって強化された有志軍が無双乱舞している。

 

その彼らの奮戦を目の当たりにしたのか議論の伏線は回収され、布石によってその思いはより大きなものとして一科生らの心に響いた。討論の場で示されたものが目の前で実演されたのだから。有志軍はまさに破竹の勢いで進んでいく。

 

ではここで彼らの心の内に分け入ってみよう。

 

 

「あはっ! 何だか知らないけどいつもより魔法がよく使えるわ!」

 

ゼロによって今は一科生の平均より早く魔法を使えているからである。

 

「敵将、討ち取ったり〜」

 

いや、殺してないからね? 君、ちょっとテンション上がりすぎじゃない? 

 

「今の俺、超輝いてる〜!! これ、モテ期来たんじゃね?!」

 

来てない。

 

「今なら十師族にも手が届くと言っても過言ではない!」

 

過言である。

 

 

中身は残念な有志軍であるがしかし実力は確かなものだ。彼らの奮闘によってテロリストは学校から駆逐された。残すは司一はじめ、本拠地を叩くのみである。が、流石に疲労困憊であったのだろう。有志軍の面々はサイオン切れを起こしたのか膝をついて倒れてしまう。

 

「(さて、どうしよう)」

 

司一を警察や十師族に明け渡されるのはゼロからしてもできれば避けたい。エイドスの変更履歴を削除したとはいえ深く取り調べをされれば何かしらの違和感を持たれるかもしれないからだ。

 

「(殺すのが一番手っ取り早いが...それはあくまで最後の手段。殺すのはいつでもできるからな。何か使える手は...あ、そうか。使えばいいんだ。()と同じく。まあ抵抗するなら母上に引き渡せば喜ばれるだろう)」

 

決めたらすぐに行動。彼は意識干渉の影響下にある司一に指示し、配下の者全員を集め四葉家に送った。...俗に言う誘拐である。以上が今回のゼロの暗躍の一連である。

 

──────

 ゼロは犯罪をいくつかしたが...しかしそれは全てテロリスト相手のもの。そもそも彼らは出頭できる状態にはないが犯罪者たる彼らが警察に駆け込む事などできるはずがなく、ゼロの犯罪行為が露呈する事はなかった。

 

「ゼロか。避難所にはいなかったが無事だったか」

 

「達也。そっちこそ」

 

銃火器が使用されたからか学校には少々火薬の匂いが漂っている。が、しかし怪我人の搬送も済み、既に学校はテロの残党に警戒しながらも片づけの段階に入っている。

 

「今回の事件、おかしいと思う点がいくつかあった」

 

そんな折、達也はゼロに対して口を開く。

 

「今回の襲撃、七草先輩や十文字会頭がいた場所は他よりも戦力が厚いように布陣されていた。学校内部にテロリスト達が入り込んでいたか...若しくは学校内に手引きした者がいたという事だ」

 

当然、それをしたのはゼロである。

 

「また、壬生先輩達有志軍がブランシュ達を撃退したが...明らかに普段と実力が違いすぎた。本人達も驚いているようだったしな」

 

「何が言いたい?」

 

「単刀直入に言う。ゼロ、今回の事件に一枚噛んでいたな?」

 

一枚どころではない。

 

「証拠は?」

 

「それは犯人が言うセリフだぞ」

 

達也はゼロがやったという証拠がなかったので話を濁すしかなかった。しかし達也はゼロが今回の事件に関わったという事は確信していた。勘、という不確かなものであったが。

 

「いや、別に犯人じゃないが。でもこういう話で反論しないと達也、納得しないだろ? お前、かなりめんどくさいし」

 

「...俺はめんどくさいか?」

 

「少なくとも冤罪の相手をさも確信したかのようにして問い詰める人間の事を、世間ではめんどくさい人と呼ぶ」

 

「......」

 

達也は「怖い」、や「気味が悪い」とは言われ慣れているがしかし、「めんどくさい」と言われた事はなかった。ショックと思ったと同時に新鮮さを感じた。そして自分の中にそのような感情が芽生えた事に驚嘆する。

 

「そうだな、すまない。今のは忘れてくれ」

 

どちらにせよ根拠がない事には変わりない。妹の好きな人でもしかすれば将来的に結ばれる可能性のある人物。同僚(トーラス)の事を自分は余りにも知らない。これからより注意深く観察しようと決心する達也であった。




『改竄』についてのまとめ。全く異なる魔法発動プロセスを用いる事で魔法の隠密性を得る事ができる事。またイデアに魔法演算をさせる事によって長期戦に対応できるという能力。攻撃力が上がったり『改竄』特有の何か魔法が使えるとかではないです。

隠密性の能力を例えるのなら、栄養補給をするためには一般には食べるなどの経口によって胃に食べ物が届くようにしますが『改竄』では食べるなどの動作を使わずに直接胃に食べ物を置いていくみたいな感覚です。(分かりにくかったかな?もし分からなければ質問して頂ければと)

向井零は100%善人ではありません。母があの人ですから。

本拠地攻撃メンバーですが、桐原はブランシュが紗耶香をおかしくした原因だと気づいてないので仲間になりませんでした。司波兄妹はゼロの策略で一連の出来事に介入できないので不参加。レオは親友に怪我して欲しくないと思ったゼロが無理やり避難所に連行したので不参加。エリカはただ一人、まだ校内でいもしない残党を探しています。


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16話 ヤンヤンギスギス

活動報告にヒロインアンケートを載せています。回答よろしく!

レオってエリカの事「エリカ」って呼んでたのか少し記憶が曖昧ですが間違ってたら指摘お願いします。


 「そういえばゼロさん。結局壬生先輩の事、まだ何も聞けてませんでしたね」

 

「深雪から聞いたよゼロくん。私も聞きたいなー」

 

ブランシュによる学校襲撃から数日が経ち、校舎の修復も済み日常が戻ってきた。そんな中、ゼロは身体の半分を凍らせられ深雪とほのかから詰問されていた。

 

「ブランシュの襲撃の後、何度も話を聞きたいと思ってゼロさんの元を訪れましたが......私達の事を避けてましたよね?」

 

ニッコリと通常なら見惚れる深雪の笑顔だがゼロは恐怖を禁じ得なかった。

 

「(逃げるに決まってんだろ!)」

 

などと言える訳もなくただ俯く事しかできなかった。雫はこの光景を見るなり「殺さない程度にね」と言い残し、ゼロに対して十字架をきってから現場を離れ、達也は深雪がどうなっても受け止めるために「俺は無だ。何も考えない。何も感じない」と言い残して出て行った。ゼロが彼らに対して

 

「(薄情もの!)」

 

と思ったのは当然である。

 

「壬生先輩とどんな関係なんですか(なの)?」

 

「どんな関係でもないと思うわよ」

 

そんな彼を救ったのは......ほのかとゼロの共通の友人の雫でも深雪の兄の達也でもなく、襲撃が起こった後にただ一人何の意味もない巡回を繰り返していたエリカであった。ゼロに対して「後でジュース一本ね!」と言ってから深雪とほのかの方に向き直す。

 

「どんな関係でもないってどういう意味エリカ?」

 

「付いてくれば分かるわよ」

 

そう言ってから深雪とほのかを連れて行った。

 

「「「「「ふぅ......」」」」」

 

尚、このやり取りは放課後の1年A組の教室で行われており一連の出来事が終わった後、皆が皆エリカに対して深い感謝を抱いていた。

 

 

 

 

連れてこられた先は都内の病院。第一高校の生徒達が検査、入院をしている病院である。

 

「あれって壬生先輩と桐原先輩?」

 

楽しそうに談笑する紗耶香と桐原を見て深雪とほのかの圧は収まった。紗耶香も検査をしてみれば何者から精神操作を受けていた事が判明した。......現在指名手配中の司一の仕業であると考えられている。

 

「桐原先輩が毎日さーやに会いに行って今、いい雰囲気よ。だからさーやとゼロ君は特に何の関係でもないと思うって訳」

 

ゼロはクラスメイトと同様、エリカに対して深い感謝を抱いた。ジュース一本どころではなく百本くらいは奢りたくなった。

 

余談だが、向井零は四葉真夜と世界最強の父親との間に生まれた息子である事から容姿はかなり優れたものを持っていたが......単純に紗耶香のタイプではなかったようである。

 

──────

 「大変だったな、お前も」

 

「だと思うんなら助けて欲しかったよレオ」

 

「無理を言うなよ......」

 

深雪とほのかからようやく解放されたゼロは疲れたような顔をしていたが、しかし親友のレオといつもの喫茶店で談笑していた。

 

「にしても今回のテロ、ちょっとおかしな点がいくつかあったよな」

 

「......おかしな点って?」

 

いつもの達也のグループの中でレオは比較的頭が良くない部類に入るが、しかし決して鈍い訳ではない。何か勘付かれたか? とゼロは思ってしまい返答に詰まってしまった。

 

「いや、俺は今回ずっと避難所にいたからな。達也やエリカから話を聴いただけなんだが」

 

ほのかと雫は言わずもがな。レオも並の一科生よりかは戦闘力はあるがしかし銃火器やキャストジャミングを使う者が相手なので万が一も考えられた。よってゼロの手によって秘密裏に、そして半強制的に達也達と同じく避難誘導をしてもらっていた。

 

「ま、過ぎた事を考えるのは俺の性に合ってないよな!」

 

「そうだな」

 

「そんなに即答されると少し微妙なんだが......」

 

 

 

 

「そういえばもうすぐ夏休みだな」

 

注文した軽食とコーヒーが届いてからゼロは話題を転換した。

 

「ま、その前にテストがあるけどよぉ......」

 

レオは成績に評価される範囲の実技は二科生レベルである上に理論もそこまで得意という訳でもなかったためテストを憂鬱に感じていた。テストの成績が悪かろうと二科のクラスに移される訳ではないがそれでも張り出される順位で下の方に名前があれば落ち込むものである。

 

テストの成績によって一科と二科のクラス替えをするというゼロの提言は通らなかった。あの演説、襲撃の後、熱が冷めやらぬ間に七草真由美を筆頭とした生徒会が教職員らに対して提言を行ったがクラス替えの方()通らなかった。学内の差別撤廃の事を考えれば通った方が良かったのかもしれないが、しかしゼロの対面に座るこの男(レオ)にとっては助かる判断であったかもしれない。

 

尚、「もう一つの二科生にもエンブレムを」という提言は通り今朝、二科生に対してエンブレムが配布された。

 

「そういえばゼロ、夏休み入ったら富士山登らねぇか?」

 

レオは登山部に所属している。

 

「いいね。じゃあ夏休み入ってすぐに行こうよ」

 

「いやお前......夏休み入ってすぐは九校戦があるだろ?」

 

「俺達が選ばれる事はないよ」

 

「(むしろ全力で拒否するまである)」

 

「事前練習とか参加する必要ないだろうし、当日に間に合うようにすればいいんじゃね?」

 

九校戦は富士山の麓で開催される。移動に日数はかからないだろう。

 

「けどそれよりも今はテストだな」

 

「う......せっかく現実逃避してたのによぉ」

 

「まあ勉強なら教えるからさ」

 

向井零が露見するのを恐れているのは一科生を大きく超える魔法力。一科生レベルの魔法力も、学力もバレたとしても大きな問題はない。

 

──────

 「本当、今日はありがとうな達也」

 

「達也くん、ありがと〜」

 

ゼロとレオが勉強するという話をエリカがどこからか聞き出し、そしてその話が深雪の耳に入り達也も付いてき、更にいつもの一科、準科のメンバーが加わり大所帯となった。いつもの喫茶店で勉強会が開かれた。

 

魔法理論であれば感覚派のゼロより理論派の達也の方が試験の成績も良く、また教えるのも上手いので達也が加わった時点でゼロは教師役を全部達也に押し付けた。

 

「お〜、ここはこうやって解くのか〜。初めて理解できたぞー」

 

分かっているのだが面倒臭いのでゼロは理解できないフリをしながら生徒役に加わった。

 

「今回の試験で九校戦の代表が選ばれるんだよね?」

 

「そう。だから今回はいつもより本気でやる」

 

ほのかの問いかけに対して雫が答える。

 

「雫の張り切りよう、すごいわね」

 

「うん。九校戦は毎年観に行ってたから。今年は何としても出場したい」

 

雫は幼い頃からの九校戦マニアであり魔法科高校に入ったら何としても夢の舞台に出場したいと思っていた。そのため今回のテストに対する執着は凄かった。

 

「雫は出場したらどの種目がいいの?」

 

「アイスピラーズブレイクとスピードシューティングかな。ほのかはミラージバットとバトルボードだよね。深雪は?」

 

ここにいる一科生は九校戦の出場がほぼ内定しているほど成績の良い者達である。司波深雪が九校戦に出場する事を疑う者はいない。

 

「私はアイスピラーズブレイクと......()()()()()()()に出場したいわね」

 

深雪はほのかの方を見てそう告げた。その視線を受けたほのかも深雪から目を離さない。

 

お互いが高いレベルの魔法師。同じ高校であろうと鎬を削りたいとお互いが思う事は自然である。

 

しかしそうであれば深雪がほのかのみに対してそのような視線を向けるのはおかしい。アイスピラーズブレイクには雫も出場する。雫もまた、優秀な魔法師であるからだ。しかし深雪は雫に対してはほのかに対するような視線を向ける事はない。

 

まるで高いレベルで魔法を切磋琢磨する事などそもそも二人が考えていないように。

 

「そういえばゼロさんは出場するのならどの種目がいいのですか?」

 

「あ、それ私も聞きたかった!」

 

矛先が突然ゼロの方にと向けられる。

 

「(どこにも出場したくない、って即答しそうになったけど......何言われるか分からないしなぁ。そもそもここで何を言ったって選ばれる事はあり得ないからな。試験で本気を出せば(点数を調整する事)確実に選ばれる事はない)」

 

「出るとしたらモノリスコードかな? 花形だし。尤も、実力的に選ばれる事はないだろうけど」

 

「(モノリスコードならチームのお荷物として振る舞うムーブできるし一番目立たないように振る舞える種目だからな)」

 

この回答を後に後悔する事になるとは、この時のゼロは思わなかった。




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追憶編
17話 深雪の追憶


活動報告のところにヒロインアンケートを載せています。本編で全く今の所フラグが立っていない人でもifルートの参考にしますのでお書き下さい!


 「ふふっ、今日もゼロさんとたくさん楽しいお話ができました。明日もたくさんお話したいですね」

 

司波家寝室。司波深雪は自らの寝室で就寝の準備をしていた。尚、楽しかったお話というのは深雪の感想なだけであってゼロが顔を青くしていた事を彼女は知らない。

 

期末テストが終わった。ここ数日やや寝不足だったため今日はすぐに眠れそうだと考える深雪。深雪は実技一位、理論二位で総合一位という圧巻の成績を残した。理論二位も一位の達也が異常なだけで例年であれば確実に一位が取れるだけの成績であった。

 

ちなみにゼロは入学式の時の反省から学び、百位という一科二科のギリギリを狙わずに実技80位、理論61位、総合72位という成績を残した。同じくらいの順位の生徒が皆、肩を落とす中でゼロは......一人だけガッツポーズをしていた。

 

今回の期末試験から九校戦のメンバーは選出される。このテストの結果から深雪、ほのか、雫などはほぼ内定が決まった事になる。深雪やほのかはゼロと共に九校戦を戦いたいと思ってはいたが......ゼロが九校戦の選手として選ばれる確率は限りなく低いであろう。

 

深雪とほのかはゼロの順位を見た時、自分の事ではないのに悔しさのあまり両の拳を強く握りしめた。

 

深雪はゼロがトーラスである事は知っていたが、彼が圧倒的な魔法力を有している事は知らない。したがってゼロが今回のテストで加減した事には気づいていない。......もし手を抜いていた事がバレていれば......ゼロは氷像となっていた事だろう。尚、達也もゼロが実力を隠していると思っているが精々が一科生クラスだと思っている。

 

そしてほのかはゼロがトーラスである事すら知らないので潜在能力は感じているが深雪と同様、今回のテストでゼロが手を抜いたとは考えもしていない。

 

「全く。教室ではいつもゼロさんは西城君とお話していて。私から話しかけないとお話できないのは酷いです!」

 

ゼロは深雪が自分と以前会った事を全く言ってこないためにまだ完全には思い出していないと考えている。現在司波兄妹にバレている自分の素性については「向井零はトーラス」だという認識だけだ。

 

技術者でもある達也が「向井零はトーラスである」と知れば色々と変わるだろうが、そうでない深雪は自分がトーラスである事を知られたとしても特に何も変わらないだろう。

 

だが、だからといって無警戒に接触を続けていれば......いずれ深雪が思い出してしまうかもしれない。仮に昔会った事を深雪が思い出しても大きな問題はないが、しかし秘密とは知っている人間が少ない事で初めて意味をもたらす。ゼロは深雪に思い出させないために極力接触を避けてきた。......尤も、深雪は全て覚えているのだが。

 

だから周りから見れば明らかなゼロに対する深雪の好意も、ゼロからしてみれば何かを思い出しかけているのではないか? と考えてしまうために、深雪の想いは一向にゼロには伝わっていないのである。

 

「ゼロさんは......昔の事を覚えていらっしゃるのでしょうか......?」

 

深雪は全て覚えていた。それはゼロと深雪が初めて会った時の事であり、深雪に大きな衝撃を与えた時の事。同じ出来事でもゼロはこのまま忘れていて欲しいと思っていて深雪は思い出して欲しいと思っている。

 

深雪が一言、「あの時の事について覚えていますか?」と尋ねればいい事なのだろうが、しかし乙女の思考と言うのだろう。好きな人との運命的な出会いの記憶。人から指摘されて思い出すのではなく自ずから思い出して欲しいと思うのはある意味自然な思考回路だ。

 

こうしてお互いがその出来事について覚えているというのに不毛なすれ違いが生まれている。

 

「私はこんなにも、何回もあの時を思い出して心が洗われると言いますのに......」

 

深雪はベッドに寝転んでその時の事を思い出す。

 

──────

 12歳の司波深雪は無敵であった。十師族の四葉の血を引き、その血に恥じぬ魔法の実力を持っていたから。同世代はおろか成人魔法師と比べても遜色ない実力を誇っていた。年相応の優越感をその胸に抱いていた。いつもすぐ側に兄であるにも関わらず深雪よりも劣った司波達也という存在がいた事も大きいかもしれない。

 

そして12歳の司波深雪は最強であった。容姿は既に整っており他に並ぶものがいないほど優れていた。まだ12歳という幼さを残しながらも絶世の美女と呼ぶべき深雪に魅了されない男などいなかった。深雪は家の関係で社交界の経験もあったが同世代はおろか年上のどの男性も深雪に魅了されない者はいなかった。ある程度の男になれば深雪への好意を理性で押さえつけていたが、それも深雪からしてみれば自身への好意は明らかであった。

 

そんな中、深雪の通っていた中学は夏休みに入った。そして当主、四葉真夜に対する定例の挨拶をするべく四葉本家に赴いていた。

 

四葉本家は機密性を保つため、この情報社会の中、どの地図にも所在が記されていない。しかしいくら地図に載っていなくてもそこで働く人達が外で話せば意味がない。そのため四葉本家の使用人は数が少ない。深雪はこれまで何度も四葉本家を訪れており使用人全ての顔を覚えていた。

 

「あら?」

 

そんな深雪でも庭が見える渡り廊下に腰掛ける少年の顔は初めて見るものであった。容姿が優れた少年であった。集中しているのか瞼を閉じて何かを考え込むような仕草は......絵になっていた。

 

一般に魔法師は魔法力の大きさとその美貌は比例する。深雪は好奇心から少年に声をかける事にした。

 

「あの、初めて見るお顔ですが......本家の方ですか?」

 

深雪は好意からくる反応が返ってくると思っていた。少年は男だったから。しかし......

 

やべっ

 

返ってきたのは好意ではなく......深雪の顔を見た瞬間に少年は顔を竦めた。まるで自分が何か間違いを犯してしまったようにバツの悪い表情をした上で深雪から目を逸らした。深雪はなぜ少年がそのような反応をするのか分からなかったが......しかしそれは間違いなく好意とはかけ離れた反応であった。

 

その反応に深雪は不満を抱いた。

 

「人の顔を見て何ですか。失礼とは思わないのですか?」

 

「いや、ごめん......。そ、それじゃあ──」

「待って下さい。何か急ぎの予定でもあるのですか?」

 

「い、いえ......用事というのは特には......」

 

「私は特に気まずいなど思っていません。気を遣わなくて大丈夫ですよ」

 

そう言って深雪は先ほどまでゼロが座っていた場所を指差す。言葉とは裏腹にその笑顔には有無を言わさぬ迫力があり、最早命令であった。普段なら深雪はここまで他人に干渉する事はない。しかしなぜかゼロを見た時、そして彼が帰ろうとした時、「このまま帰らせてはダメだ!」と直感的に思った。深雪の母、司波深夜は直感に関して「異能」と呼ぶべき力を持っていた。だからこそ深雪も常々自分の直感というものを大事にしている。ゼロが先ほどまで座っていた縁側に再び腰掛けたのを確認してから深雪は続ける。

 

「先ほどの話ですが......あなたは本家の方ですか?」

 

司波深雪の事をゼロは知っていた。自分の母の妹の娘、つまり従兄妹の関係にあるという事を。だがゼロの存在は魔法師社会はおろか、四葉家内でも知る人は限りなく少ないトップシークレット。存在を知られてはならないのだ。知られてしまえば......父の二の舞になってしまうから。四葉の直系である彼女であれば話しても大きな問題はないかもしれないが、しかし秘密というものは知っている人数が少ない事で意味をもたらす。無闇矢鱈に話すつもりはなかった。

 

「(さて、どうやって切り抜けようか)」

 

ここで使用人だと答える事はできない。もし使用人だとすればこんなところで油を売っている理由を答える事ができないから。さてどうしようかとゼロは思考を張り巡らせる。そんなゼロの沈黙を深雪は肯定と受け取ったのか深雪は話を進める。

 

「まさか......四葉の、それも本家の使用人だというのに私の事を知らないのですかあなたは......? 四葉深夜の()()()の司波深雪です」

 

深雪は目の前の使()()()に対して呆れた目を向けながらも自己紹介をする。ゼロは深雪の事は当然知っていたのだが、今の自己紹介に引っかかる部分があった。

 

「......一人娘? あの......司波達也は?」

 

「本当に何も......いえ、中途半端な形で知っているようですね。......って何ですかその目は!」

 

深雪とも達也ともゼロは初対面であったが自分の従兄妹はこういう風に育ったのかと怪訝な目を向けていた。

 

「いえ? 何でも」

 

「何か言いたい事があるのなら言いなさい!」

 

深雪のその懇願に......丁度いいかな? と思ったのかゼロは口を開く。

 

「じゃあ......一つだけ」

 

──────

 「じゃあ......一つだけ。物事には必ず理由となるべく事実があります。なぜ司波達也はあなたと同じ血統を持っていながらガーディアンを──」

「ですから。それはあの人が四葉にあるまじき落ちこぼれで魔法力が低く、魔法師としては欠陥品だからです」

 

「そうじゃなかったとしたら?」

 

「......え?」

 

得意気にゼロの言葉を遮った深雪であったが全然違う視点からの返答が返ってきたため一瞬頭が真っ白になってしまい気の抜けた声が出てしまった。

 

「あなたは確かに同世代の子と比べたらたくさんの事を知っていると思います。それが故、物事の本質に辿り着かずとも全てを理解していると思ってしまうのも仕方のない事かもしれ──」

「だから何を!」

 

「では......なぜ魔法力......戦闘力が低いとされる司波達也があなたのガーディアンに任命されていると思いますか? 先ほどあなたは司波達也は魔法力が低い欠陥品だと言いました。しかしそもそも戦闘力が低ければガーディアンにすらなれないはずです。護衛対象よりも弱い護衛なんて意味が分かりませんし。四葉深夜様のように力はあるがその行使に何か障害がある......などは例外ですがあなたには当てはまりませんし」

 

「それは......」

 

深雪は先ほどまでの威勢で反論をする事ができなかった。なぜならそれは深雪が常々思っていた事で、考える事をいつからか放置したものだったから。

 

「となれば、司波達也に戦闘力がない事が嘘なのか、それとも真実はより複雑であなたが知っている事以上に続きがあるのか......。若しくはその両方か」

 

深雪は反論をする事ができず、押し黙る事しかできない。

 

「知っていると、一度解を出してしまえばその解を疑う事も、それ以上に何か事情があったのか? などと考える事もやめてしまいます。一度解を出してしまえば......誤解を解く事は容易ではないのです。少なくともあなたはなぜ司波達也がその血統にも関わらず魔法力が低いのかという事。そして戦闘力が低い......とされる司波達也がガーディアンに任命されているという事を知りませんでした。知らない事を知っていると誤解する事が一番危険なんですよ」

 

「............」

 

「もし、今の会話で何か思われたのでしたら司波達也ときちんと話してみては如何ですか? 魔法力など関係なくとも彼があなたと血の繋がった兄妹である事には変わりないのですから」

 

「(今しかない!)」

 

呆然とした深雪をおいて青年は彼女の側から離れていった。

 

「(とりあえず撤退成功)」




ゼロは母から深雪達が来るのは次の日だと伝達ミスがあったためにあんなところで寛いでいました。

追憶編に関しては達也目線、深雪目線、ほのか目線であと数話やろうと思っています。ゼロ目線は九校戦の後の予定。(え?ほのか?と思うかもしれませんが誤字ではありません)

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18話 四葉の追憶

これまで何度も告知してきましたが、URLを載せていませんでした。ヒロインアンケートを開催しています!よろしければ回答よろしくお願いします!(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=281587&uid=385679)

いつかの話でも申しましたが、真夜の性格は原作と少し異なります。


「母上、深雪達が来るのは明日だって聞いていたんですが」

 

「どうやら手違いがあったみたいね」

 

四葉家本家、四葉真夜の居室。そこには三つの人影があった。

 

「おかげで誤魔化すのに凄く苦労したんですよ?」

 

「まあまあゼロくん。でもお陰で深雪と会えたんだから真夜に感謝するべきよ? 深雪、可愛くなっていたでしょ?」

 

「姉さん......!」

 

「叔母上......」

 

真夜は自らを庇ってくれた姉に対してうっとりとした表情を浮かべ、

ゼロは、深夜のあまりにあんまりな発言に対して頭を抱えた。

 

四葉家の姉妹は──()()()()()()()()()

 

 

 

 

「それより姉さん。もう準備はできてるの?」

 

「勿論よ、真夜」

 

四葉深夜──姓が変わったため司波家は毎年夏休みになれば沖縄に旅行に出かける。

その旅行に──真夜達も加わろうとしていた。暴虐と恐怖の象徴たる四葉家当主が旅行に同行するなど──一家団欒をぶち壊す暴挙である。

 

「あなたがそのまま着いてきたら深雪や穂波が怯えてしまうでしょ。安心して。ちゃんと時間は取ってあるから」

 

しかし四葉真夜は理性を保っていた。「極東の魔王」、「夜の女王」が姉の家族の旅行に着いて行けばどうなるか──結果は目に見えている。緊張のあまり一家団欒とは程遠いものになる事は間違い無いだろう。

 

「私達も一家で訪れるから大丈夫よ姉さん。向こうで少しだけ合流しましょ!」

 

真夜と深夜は別々で沖縄を訪れ、向こうで個人的に深夜が真夜達に合流する事で話はまとまっていた。深雪の警護は──ガーディアンの達也がいれば安心だろう。

 

「楽しみねゼロ、姉さん」

 

真夜は沖縄旅行を楽しみにしていた。日程が決まった瞬間に自ら航空機とホテルを押さえたと言えば、その張り切りようは伝わるだろう。

 

「失礼しますご当主様」

 

「葉山さん。何かあったのですか?」

 

そんな折、先代四葉家当主から仕えてきた執事、葉山忠教が部屋に入ってくる。

 

「......何か緊急の事ですか?」

 

真夜にとって息子と姉、家族との時間は何よりも大切なもの。よっぽどの事がなければ話を後回しにする配慮が葉山にはあった。

なのに葉山は敢えて入室してきた。真夜の額に冷や汗が浮かぶ。

 

「はい。緊急の用件です」

 

「......どれくらいかかるのかしら?」

 

「3日間は缶詰になってもらわなければならないほどの緊急性の高い重大な問題です」

 

「嫌よ! 3日間って......それじゃあ明日からの旅行に参加できないじゃないっ! は、葉山さんが対処して下さい!」

 

「私には身に余る案件でございます。ご当主様の権限がなければ対応できません」

 

「な、なら! 私の権限を一時的に葉山さんに!」

 

「ご当主様」

 

葉山は冷静に真夜を嗜めるように名前を呼ぶ。しかし真夜の暴走は止まる気配はない。

 

「で、でしたら! 家督を誰かに譲──」

「............」

 

「ゼ、ゼロ!?」

 

そんな真夜に止めを刺したのは──信じられないようなものを見るような息子(ゼロ)の視線だった。

 

 

 

 

「ぜ、絶対に今日中にお仕事終わらせてみんなと一緒に旅行に行くんだから!」

 

翌日、沖縄行きの航空機に──真夜の姿はなかった。

 

──────

「皆様。当機はおよそ十分で那覇空港に到着致します。シートベルトをしっかりと締めて、身の回りの物をご準備下さい」

 

機内アナウンス。深夜と深雪は那覇空港行きの飛行機、ファーストクラスに乗車していた。ガーディアンである達也はエコノミークラスかつ彼女達の荷物持ちも兼ねていたためこの場にはいない。

四葉深夜には、ある魔法実験が原因で息子の達也に対する愛情が失われている。実際に目の前で達也を見ても、会話を交わしても、肌に触れても──何も感じない。

しかしだからと言って、深夜は達也を過度に邪険に扱ったりはしていない。自らの感情の理由を理論的に知っているから。

 

──司波達也は魔法師でなければ四葉家では生きていけない──

 

息子に対する感情を失った深夜は、自分の選択を合理的に考え、今でも自分の判断が間違っていたとは思っていない。

 

「(先日のあの人の発言......。おに──あの人と一度話してみなさいって......)」

 

深夜の隣に座る深雪は、昨日ゼロに言われた言葉が頭の中で木霊していた。

 

それぞれが、それぞれに胸の内に思うところがありながらも、司波家の沖縄家族旅行は幕を開けた。──尚、四葉家の家族旅行は肝心の真夜が欠席となったために消滅した。

 

「いやー、本当ジンベエザメ見たかったんだよなー!」

 

ゼロの個人旅行に変わった。

 

 

 

 

「(それにしても今日の母上、凄かったな......)」

 

深雪達司波家が乗っている航空機とは別の便で沖縄、那覇空港に一人向かっていたゼロは、今朝の母の様子を反芻していた。

 

「では母上、行って参ります」

 

四葉本邸から司波家一同が出発したのを見計らって、ゼロも出かける準備を完了した。ゼロは出発の挨拶をするべく(昨夜から業務に忙殺されている)母の元を訪れた。

 

「も、もう行くの!? まだ少し早いんじゃないかしら!?」

 

「あと2時間で飛行機が出発します」

 

国内便は出発の1時間前に着いておく事が望ましい。尤も、ゼロ達はファーストクラスなため1時間前の期限を遅れたとしても乗れるとは思うが......(良い子は真似しないで下さい)。

 

「あ、あと10分......30分で終わらせるから! ちょっと待って頂戴!」

 

真夜は涙を浮かべながら両手を、鬼気迫る勢いで動かし続けていた。

真夜は本気で旅行に参加するために昨夜から寝ないで作業しているのだ。それは葉山を驚かせるほどの勢いであり、昨夜彼が試算した3日より終了予定時間は幾許も早まっていた。だがしかし──

 

「ご当主様、それは流石に不可能です。少なくとも明日まではかかります」

 

「でもぉー!」

 

数時間で1日短縮したと考えれば、それは凄い事なのだが、流石にあと30分で終わる量ではなかった。

 

「ゼ、ゼロは私がいないと旅行なんて行きたくないわよね? ね!?」

 

ともすれば次に真夜が望むのは......旅行の催行中止、延期策だった。

 

「いえ、ジンベエザメは一人で見たいので」

 

「どれだけジンベエザメ見たいのよ!?」

 

だがしかし、ゼロにその策は通じなかった。ジンベエザメを見るために人数制限(カラオケのように二人以上から、など)があれば延期に賛同しただろう。しかし水族館では、ジンベエザメと誠心誠意1対1で向き合い、心を通い合わせながら鑑賞する方が楽しめるのだ。

ゼロはスケッチブックとお魚図鑑フル装備で挑む。この男、ジンベエザメの前で少なくとも数時間は居座るつもりである。

 

「ひ、一人で旅行なんて危ないわよ! 今度またみんなで行きましょう!」

 

となれば真夜は別の視点、安全面から攻める事にした。が、しかし......

 

「大丈夫だよ。それにいざとなれば母上の元に帰れる事、母上ならご存知のはず」

 

「それは......」

 

四葉真夜、自らがゼロに施した安全装置が却って仇となる! 

ゼロの固有特性「改竄」によるものではないが、彼の特性を活かした安全装置というものを真夜はゼロに用意している。それはどこにいても真夜の元に帰って来られるように。

魔法名「緊急避難(ブレイブエスケープ)」。ゼロは敵に拐われたり、敵に囲まれ退路を断たれた時であっても母の元に帰還する事ができる魔法を仕込まれている。それは──自らをサイオンクラスにまで分解し、「改竄」の持つイデアの直接作用効果によって()()までの回線を開通した上で運送し、到着と共に再構成するというもの。

聞いただけで吐き気を催す方もいるかもしれないが、勿論リスクも大きい。しかしその魔法によってゼロは他人と比べて何が起こったとしても生存率は高かった。おまけに彼個人の戦闘力だけで考えても何かある方が考えにくい。

安全面、という側面からも真夜にゼロの障壁を打ち破るだけの言葉は残っていなかった。

 

「(それなら!)」

 

と、真夜は新たな攻撃方法を模索する。が、この時既に真夜の思考回路に異変が生じ始めていた。

 

「こ、言葉が通じないかもしれないわよ!」

 

「気を確かに母上。沖縄は日本です。方言がやや難しいかもしれませんが日本語普通に通じます」

 

「それなら──通貨の計算はどうするのよ! あなた、今1ドル何円か分かるの!?」

 

「本当に落ち着いて下さい母上。沖縄は日本です。円が使えます。沖縄でドルは出回っていません」

 

「なら......時差はどうするの!? 時差ボケで旅行が楽しめなかったらどうするの!?」

 

「だから沖縄は日本です母上! それに、時差は向こうが合わせてくれるので大丈夫です!」

 

「あのゼロ殿......。それは意味が分かりません......」

 

真夜に引っ張られてゼロも意味不明な言動を始めてしまった事に葉山は頭を抱えた。「この親子本当に大丈夫かな?」と内心で思っている事だろう。

 

「やりますね母上......!」

 

「まだまだ修行が足りませんよゼロ」

 

葉山が(アホ)親子に目を向けると......全身で「ぐぬぬ」を表現しているゼロと、勝ち誇ってドヤ顔を見せている真夜の姿が。葉山は本気で仕事辞めようかと苦悩した。

 

「あの、それならご当主様。今回とは別に、今度また家族で沖縄に出かけられたら如何でしょう?」

 

この(不毛すぎる)争いを止めるためには──妥協策が必要だった。葉山が用意したのは──まさしく両者が納得する上案だった。十師族の四葉ほどの家であればまた別日に航空機とホテルを押さえて旅行をするなど容易である。

司波家とのダブルブッキングもないため深夜を連れて、深雪達に遠慮する事なく楽しむ事さえできるだろう。

 

「(むしろなぜ今まで思いつかれなかったのだろうか......)」

 

葉山の提案に──ゼロと真夜は目をキターン! と輝かせた。

 

「それよ葉山さん! ナイスだわ!」

 

「ありがとうございます葉山さん! これでもう一度ジンベエザメを見られる!」

 

「(この家は本当に大丈夫なのでしょうか......)」

 

葉山は今日何度目か分からないほどに、この家の未来を案じていた。




これ、真夜の性格、原作と少し異なるってどころじゃねぇな......()
この小説じゃ真夜、読者から「真夜ちゃん」って呼ばれても仕方ないレベル......
この親にしてこの子あり。

次回も読んで頂けると嬉しいです!


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19話 達也の追憶

前話から何かを察した方もいらっしゃるかもしれませんが一部、「筆者、お前は何を言っているんだ」的な描写があります。ご注意下さい。


司波深夜、司波深雪、司波達也といったまともに旅行に出かける事ができた司波家は目的地の那覇空港に到着、沖縄の別荘に無事到着した。

 

「(沖縄の景色は......何度見ても本州のものとは違って魅力的ですね)」

 

沖縄はその地理的条件か、東京がある本州とは異なった歴史を歩んでき、必然的に生えている樹木の種類など景色は明らかに異なる。身近に海もあり、その透明度は本州の海よりも透き通っている。

 

「(このまま別荘にいるのも悪くはありませんが......)」

「お母様、外を散歩してきてもいいでしょうか?」

 

いかに大人びた容姿を持っているといえども深雪は未だ中学生。せっかくの旅行。別荘でゆったりとするよりも外に出かけたい。

以前までであればあまり知らない旅先の地を一人歩くなど、危険で許される事も無かったが......

 

「(もう私も中学生です!)」

 

年齢以上に大人ぶる子供らしい一面を深雪は覗かせた。

 

「それなら達也を連れていきなさい深雪さん」

 

しかしその願いが叶う事は無かった。深夜の発言を受けてか、全く物音も立てず気配も悟らせずに自身の後ろにガーディアン(達也)が控える。

 

「別に一人で──」

 

「深雪さん?」

 

無論その願いを遮られ、尚且つ苦手な兄がその任に就く事に深雪は酷い不快感を覚え、いつものように不満を漏らすかと思ったが......途中で押し黙った事に母親の深夜は眉を上げた。

深雪とて不快感を覚えている事は確かな事実だ。しかし彼女の発言にブレーキをもたらしたのは......

 

『もし、今の会話で何か思われたのでしたら司波達也ときちんと話してみては如何ですか? 魔法力など関係なくとも彼があなたと血の繋がった兄妹である事には変わりないのですから』

 

先日出会った奇妙な少年の言葉だった。

 

 

 

 

一方その頃奇妙な少年(ゼロ)は......

 

「ようやく会えた......!」

 

飛行機を降りた後、彼は荷物を置きに宿に立ち寄る事もなく真っ直ぐに目的の水族館に到着。事前に買っておいたチケットにて並ぶ事なくスムーズに入場を果たし、事前の綿密な館内調査により最短経路を確保。他の魚に視線を向ける事もなく一心不乱に巨大水槽を目指した。

その心は一分でも一秒でも早く推しと出会いたかったから。溢れ出しそうな気持ちはもう抑えられずこれ以上経てばゼロの感情が振り切れてしまうかもしれないほどに熱く激っていた。そんな紆余曲折を経て、数ある試練と冒険の果てにゼロはついに──辿り着いた。

 

ジンベエザメ。それはテンジクザメ目ジンベエザメ科に属する唯一のサメであり、ご存知魚類の中で最も大きな生物である。しかしその体躯とは裏腹に温厚で、小型のプランクトンを主食としている。人間や他の生物を襲う事はない。

その温厚さは彼、彼女達の純粋なる透き通った眼を見れば一目瞭然だろう。

ジンベエザメはその身体の大きさから目立った天敵がいない。そしてジンベエザメ自身も他の種を捕食する肉食動物ではない。他を襲わず、そして他から侵略される事もない。

ジンベエザメとは生物の到達すべき一つの理想形が集約された夢とロマン溢れる存在なのだ。体表の美しい斑点模様と腹側の真っ白としたフォルムは争いから離れてきた平和の象徴という事もできるかもしれない。

 

そんな奇跡の生物とゼロは......邂逅を果たした。ゼロの眼から自然と一筋の涙が溢れ出す。

 

──────

司波達也は生まれたその瞬間から魔法師としては欠陥品だった。生まれつき「分解」と「再生」という反則的な魔法を有しているばかりに魔法演算領域が圧迫されており、他の魔法を扱う事ができなかった。それは魔法師としては致命的で、彼の生家である十師族である四葉家では生きていけないほどに重大な問題だった。

そんな達也の四葉家内での立場を確保するために、母親の司波深夜によってある手術が施された。それは強い衝動を覚える感情と引き換えに人工の魔法演算領域を構築するというもの。その結果、司波達也は「分解」と「再生」以外の魔法を、長い発動時間を必要とするものの扱う事ができるようになった一方で......感情を失った。

司波達也はその事を母、そして叔母の四葉真夜から知らされたが──その時には最早何も感じる事は無かった。

 

感情を失った司波達也だったが唯一、妹の深雪に対する感情だけが残された。しかし妹との仲は──あまりいいものではなかった。

 

「(深雪......)」

 

他の誰から嫌悪の視線を向けられても何ともない達也だったが妹の深雪から向けられるその目だけは達也の心を抉り続けていた。

 

「(だが俺はガーディアンだ)」

 

しかしその気持ちを達也は理性で、秩序で固められた身分というものを持ち出し、自らの気持ちに蓋をし、目を逸らす。

 

「それなら達也を連れていきなさい深雪さん」

 

そう母に告げられた時、達也の中では二つの相反する気持ちが芽生えていた。妹と散歩できる高揚感と何があっても彼女を守らなければならない使命感。そして......向けられる事になるであろう嫌悪の視線に対する諦観。

しかしそもそも達也に断る権限などない。深夜と深雪の決断に全てを委ねるだけ。

 

 

 

 

沖縄の街を、達也は深雪の数歩後ろから歩いていた。それは自分が深雪を守れる距離でありながら深雪の視界に最低限自分が映らないようにできる距離。その距離を達也は保ちながら深雪の後を歩いていた。

深雪に近づく事は達也の喜びであったが、しかしそれによって深雪が不快感を覚えるのならそれは達也にとって望むものではない事。司波達也はそのように作られている。

付かず離れず、深雪に踏み込む事もなく司波達也は数歩下がり大和撫子のようにして今日も過ごすつもりだった。しかしどういう訳か──今日は違った。

 

「あの......少しいいですか?」

 

「は、はい」

 

必要事項以外で深雪が達也に話しかけてくる事はない。今は特に緊急事態という訳でもないだろう。それなのに自分に話しかけてきた事に達也は一瞬動揺しながらも、しかし事務的に返答した。

 

「私は兄さ......あなたの事をよく知りません。血の繋がった兄妹だというのに」

 

やはり緊張するのか、深雪はギュっと身につけていたワンピースの裾を握りながら達也に尋ねる。その心は、先日奇妙な少年にかけられた言葉からくるものだった。

 

「ですので、あなたの事を教えては頂けませんか?」

 

「(深雪が俺に興味を......)」

 

一見鉄仮面に見える達也であったがその実、テンションは物凄い事になっていた。

 

「(俺と深雪はガーディアンとその主の関係。俺としては嬉しいが仲良くなっていいものなのか......?)」

 

理性は地位と秩序を武器に達也の膨れ上がる感情を抑えようと働く。しかし......

 

「(主である深雪が俺の事を知りたいと言っているんだ。これは深雪からの命令に従うという事に他ならない)」

 

司波達也はしばしば理性的な人間と評されるが、それは彼に感情が動かされる要因が少ないため。唯一残された妹が関われば......とことん直情的だった。

 

「俺は──」

「おいおいどこ見て歩いてるんだァ?」

 

ここ沖縄にはレフト・ブラッドと呼ばれる在日米軍がいる。彼らは一般的に素行不良で知られておりガイドブックにも注意書きがされているほどに一種の社会問題と化していた。だが......

 

「俺は今怒っている。かかってくるなら......手加減できるとは思えない」

 

司波達也にとって絡んできた外国人三人組は......素行不良なレフト・ブラッドではなく──自分と深雪の時間を邪魔した駆除すべき害虫。

 

「土下座して許しを乞うなら許してやろうと思ったが......グァッ!」

 

哀れ。達也の忠告を守らなかったレフト・ブラッドの檜垣ジョセフは──私情がモリモリに込められたいつもより威力絶大の達也の一撃によって──骨を何本も粉砕される大怪我を負った。

 

 

 

 

一方その頃奇妙な少年(ゼロ)は......

 

「結婚したい......」

 

ジンベエザメのメス、ジン子と見つめあっていた。既に水族館に到着してから数時間が経っている。その間、ゼロは水族館から離れるどころかこの水槽から一歩たりとも動いていない。

 

「............」

 

ジンベエザメのジン子も最初ゼロを見た時、ただの観覧客の一人だと認識していた。一日の間にジン子は何百人もの客を相手にする。ゼロもその内の一人だとジン子は認識していた。

しかしゼロは他の客とは明らかに違った。彼は数時間の間、ジン子の前から動かずジン子に対して熱い眼差しを向けていた。

他の魚に目移りする浮気性の客と違ってゼロは......一途な想いを自身に向けてくれた。ジン子とゼロは、金で結ばれた見世物と客の関係だったのだが次第にその関係は移ろいを見せる。

 

「ようやく想いが通じ合った......!」

 

ゼロの他にも多くの客がいるが──この時間はゼロだけのもの。これまで水槽の中を自由に泳ぎ回っていたジン子だったが今はゼロの目をずっと見続け、ゼロの前に姿を晒す。

 

種族が違っていようとオスとメスである限り必ず想いは通じ合う。二人の間にどんな壁があろうと、どんなにスタートラインが絶望的だろうと二人は無事に惹かれ合う。

他の観客の視線など全く気にせずゼロとジン子はただひたすら見つめあっていた。




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20話 陣部の追憶

お疲れ様です、炎の二次サッカー、マイケルみつおです。

お、久しぶりの更新やんけ!ていう事は一挙公開か!?と思われた方すみません。まだある程度までのストックは貯まっていません。

実はアンケートをこの間から設置していたのですが、やはり更新の谷間だったからか、そもそも気づいてもらえず回答数も伸び悩んでいました。(ステルスアンケートになってた)

何で皆答えてくれないのかな?もしかしたら嫌われているのかな?と悶々とした日々を送っておりましたが「そうか!更新をしていないからか!」と2ヶ月以上経ったある日ようやく気づき、今回更新に至った次第です。

アンケートの詳細は後書きに設置しております。


「やはり君は美しい。結婚したい」

 

水族館で一日中特定の水槽の前にへばりついていたゼロは──次の日も来た。2日連続で不審な客が訪れれば自然と水族館の従業員の注意を引く。

 

「あ、またあの子来てるわよ」

 

「ずっと同じ水槽の前にだけいて......変わっているわね。まあ他のお客様に迷惑をかけていないみたいだからいいけど」

 

「周囲のお客様も少し引いてるし......っていうかあの子の前から離れないわねあのジンベエザメ」

 

「......羨ましい」

 

水族館の従業員(スタッフ)達は目の前の奇妙な少年を会話の肴として密密(ヒソヒソ)と話し込んでいた。この奇妙な少年が、世間で暴虐と破壊の象徴として知られている四葉家の人間であるなど想像だにしていない。

 

「............」

 

そしてそんな彼女達とは別に、ゼロに対して強い眼差しを向ける男の姿に──この時は誰も気がつかなかった。

 

──────

「............」

 

「............」

 

「......あの、何か言っては?」

 

「その......すみません」

 

国防陸軍第101旅団、独立魔装大隊隊長の風間玄信は額に冷や汗を浮かべながら自らの運命を呪っていた。

彼は敵国の魚雷を目撃したという通報を受け、情報を得るためにやってきた。最初の衝撃はその家が司波家──あの四葉家の人間だった事。

いくら国防陸軍という大それた肩書きがあろうと恐怖と暴虐の象徴たる四葉家を相手にするとなると緊張を禁じ得ない。

 

「あの......彼は......」

 

「当家のガーディアンです」

 

「............」

 

そして風間にとって最も衝撃的だったのは司波家の当主たる司波深夜ではなくその横に控えるガーディアン──司波達也の存在だ。

 

昨日、風間達が属する恩納基地ではちょっとした大騒ぎがあった。

昼休みの散歩に出かけた檜垣ジョセフという彼の部下が──骨を何本も折られて帰ってきた。彼と一緒にいた兵士の証言によってジョセフが男子中学生に喧嘩を売って返り討ちに遭ったという事も分かった。

先に喧嘩を売ったのは確かにジョセフの方だったようだが......流石にやり過ぎだ。

 

──ジョセフは重症だ──

 

魔法によって一時的な処置はしているが最悪兵士生命すら危ぶまれたほどの大怪我だ。誰がどう見たって達也の過剰防衛で、ジョセフは最早被害者で達也を訴える事すらできる状況。

 

──あまりの痛みにジョセフ泣いてたし──

 

だとしても国防軍が訴える事などできるはずがない。「レフト・ブラッド」という言葉がある。二十年戦争によって米軍は沖縄から引き揚げたが、その際に取り残されてしまった米国人の子孫、それがレフト・ブラッドだ。

ジョセフはその2世であり、つまり生まれも育ちも日本ではあるが外国人に耐性のないこの国ではやはり外者として認識される。その扱いによって彼らは次第に荒んでいき......今や沖縄の観光本でも注意が呼び掛けられるほどの社会問題と化してしまっていた。

 

そんなレフト・ブラッドが、否、市民を守るべき立場の軍人が表面的には市民に殴りかかったなどマスコミに知られただけで大醜聞(スキャンダル)だ。しかも相手は四葉家。風間の心境は──察するに余りある。

 

アレ(達也)と何かありましたか?」

 

加害者たる深夜は傲岸不遜な態度を取っており、客観的には加害者と被害者がどっちがどっちか分からない。権力を持ち、他人から恐れられるほどの実力も併せ持った加害者ほど厄介なものはない。

 

「(中学生ながらジョーを倒すほどの腕前。軍に勧誘してみようかと思ったが......)」

 

考え直そうかと思うほどに天を見上げる風間だった。

 

──────

一方その頃奇妙な少年は......

 

「あぁ本当に美しい......」

 

やっぱりまだジン子と見つめ合っていた。しかしこれまでと違うのは......

 

「あら、一人増えてない?」

 

「あの少年は昨日からいますけどあの人は......」

 

「あ、そっか。あなた達、この前入ってきてたわね。あの四角いメガネかけたおじさん、ここ一ヶ月は来てなかったみたいだけど──それまでは毎日来てたわよ」

 

「え!? 毎日ですか?」

 

「ええ。年間パスポートがあるから」

 

ゼロの後ろに腕を組んで仁王立ちするメガネをかけた40代前後の白衣を纏った男性が立っていた。

 

「う、うーむ......」

 

かれこれ一時間以上はこの体勢でゼロを見ているのだが──一向に気づかれない。ゼロのその様子に白衣の男性は怒っているのかと思えば──

 

「(素晴らしい集中力。身体を動かすエネルギーを使うくらいならより熱心にジンベエザメを見る事に使うべきだというジンベエザメへの愛情と執着が感じられる。素晴らしい。これほどの逸材に出会えるとは──ジンベエザメに感謝を)」

 

感動していた。

 

「(ただまあ......流石にこうも気づかれないのは心にくるなぁ......)」

 

「なら話しかければいいじゃないですか先生」

 

「うわっ! ビックリしたなぁ。古賀君か」

 

白衣の男性を「先生」と呼び、そして古賀と呼ばれた女性は上下にスーツを纏い引き締まった身体をし、まさしく「できる女」という雰囲気を放ちながら白衣の男を見下ろしていた。

古賀と男はあまり身長が変わらないが、男を見下ろせるという理由で古賀は常に高いヒールを履いている。

 

「それはダメだよ古賀君。若人から青春を奪う事ほど野暮な事は──」

「あ、すみません。ちょっとウチの先生があなたに用があるようで、少しお時間頂けますか?」

 

「ねぇ! たまには人の話聞いてよ! ちょっといい事言おうとしてたんだからさぁ!」

 

白衣の男性の言葉を完全に無視して古賀はゼロに話しかけた。

 

「......何ですか」

 

流石に声をかけられれば気づくというもので、ゼロは不承不承といった態度で振り返った。

 

「俺は今忙しいんですけど......」

 

客観的にはジンベエザメを見ているだけなのだが......。しかしゼロにとっては違う。ゼロはジンベエザメ鑑賞を中断された事でかなり不機嫌になっていた。それは司波達也に風紀委員に誘われた時よりも悪く。

しかしそんな機嫌も、古賀の隣に立っていた白衣の男性に気づくなり一変した。

 

「もしかして......あなたは......!」

 

白衣の男性に気づいたゼロは、まるで野球を志す少年が大○翔平を目の前にした時のような、憧れと興奮の入り混じった目に変わる。それもそのはず。だって白衣の男性は......

 

「陣部先生ですよね! 握手して下さい!」

 

あの有名な陣部博士だったのだから。

 

「ああ。勿論だとも」

 

「この前出てたテレビ勿論拝見しました!」

 

「ああ、あのちょっと炎上したやつか」

 

「そうです。俺的にはどう見ても褒め言葉ですよねあれ。炎上する意味が全く分かりません!」

 

「でしょでしょ? いやぁ僕も古賀君から知ったんだけど何で炎上してるか分からなかったんだよ。ねぇ? 古賀君?」

 

「いえ。アイドルの顔を魚類で例えるなんて普通にありえません」

 

「古賀君!?」

 

まるで裏切られたと言わんばかりに助手の古賀を見る陣部に、更に追い討ちは続く。

 

「で、でもさ! 確かに魚と人間じゃあ哺乳類と魚類で離れているとはいえ、あんなに可愛い魚達に似ていると言われれば嬉しいってもんじゃ──」

「別に魚は可愛くも何ともないですよ」

 

「......一応君、ジンベエザメ研究の僕の助手だよね?」

 

「あ、ジンベエザメも可愛いとか思ってないですよ」

 

「え、えぇ!? ぼ、僕引退した後の研究所は君に託そうと思ってたんだけど......」

 

「もし先生が引退されるのであれば私も辞めますよ」

 

「えぇ!?」

 

「じゃあ何でジンベエザメ研究の助手なんてなったんだよ!」と言いかけた事で陣部の思考は止まった。そう、理由が分からないのだ。ジンベエザメ、魚に興味がないのであれば残された理由は一つだけ。

 

「(まさか古賀君......僕に興味があってこの研究所に? 今まで事あるごとに僕に暴言を吐いていたのもまさか好意の裏返し!? 僕と君じゃあ親と子くらいの年齢差があるし、そもそも僕は哺乳類のメスだなんてプランクトンの次くらいにしか恋愛感情を抱く事ができないが......それでも所長としてきちんと向き合わなきゃいけないか......。あぁ......ジンベエザメと結婚したい......)」

 

年長者として、上司として、陣部には責任がある。

 

「古賀君......それなら君はどうして僕の研究室に......?」

 

長年聞いたようで聞いてこなかった陣部の質問に古賀は、彼の予想通りに顔を赤らめる事もなく言い放った。

 

 

 

 

「単純に給料が良かったからですね。よその研究室よりここ、格段に条件がいいんですよ」

 

「ですよね! 僕も途中からそんな気がしてました!! なんかごめんなさい!!」

 

陣部は心の中で酷い勘違いをした事を詫び、また古賀と依然変わらぬ態度で接する事ができる事を......

 

「(ジンベエザメに興味がまるでないって初耳だったんだが......)」

 

うん、依然変わらぬ態度で接する事ができる事を喜んだ。

 

 

 

 

「「((......いや、陣部って誰だよ))」」

 

新米水族館従業員(スタッフ)達の叫びは届いたり届かなかったりする。




回答フォームはアンケートのところに設置してあると思いますが、文字数の関係上、質問文は活動報告に載せてあります→(https://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=303232&uid=385679)

以下抜粋

Q, 書き直してもいいですか?また書き直して良ければどういう方法で行うべきなのかも教えて下さい。

1, 書き直してもいいよ!前書き等で事情を説明して「書き直しました」って表記するならこの作品を修正して上書きしてもいいよ!

2, 書き直してもいいよ!ただ、未熟の未熟とはいえ一度投稿した物を大幅に変更するのはどうかと思うから新しく新規小説を作って作品名に「改訂版」とか書くなりして、つまるところリメイク作品みたいにするならやってもいいよ!

3, そういうのは曲がりなりにも完結まで走り切った作者が言うセリフだ。貴様のような完結というゴールテープを切る事もなく右往左往する人間には百年早いわ!

4, 興味ないorどうでもいいor作者に任せる

5, 結果閲覧用(解答しないとどこに何票入ったかわっかんないから)

6, その他(活動報告のコメント欄に書いてね!)

回答、よろしくお願いします〜


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