あべこべ虹ヶ咲 (リス許すまじ)
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1.あべこべ世界で、妹ができました

初めて書かせていただきます。

少しでも皆さんの妄想の足しになれば……。

楽しんでいただければ嬉しいです。


 

「ほ~ら、(しょう)。ここが君のお家だよ?」

 

 

 気づいたら、赤ん坊になっていた。

 そして知らない男性に抱かれ、知らない名前で呼びかけられている。

 

  

「あっ、見てあなた! 翔がこっち向いたわ!」

 

 

 黒髪の綺麗な女性が、飛び上がらんばかりに喜んでいる。

 男性も俺を見て、優しく微笑んだ。

 

 死んだ記憶はない。

 だがどうやら俺は、この夫婦の子供として転生したらしい。

  

 

 

 最初こそ戸惑いで一杯だったが、幸いこの状況を受け入れるだけの時間はたっぷりあった。

 

 大学と童貞を卒業する前に生まれ変わることになったのは、少々残念ではある。

 だが原因はどうあれ、なってしまったものは仕方がない。

 前向きにとらえよう。

 

 

「あうあ、あうあう?」

 

「おっ、翔。これが気になるのかい? これはねぇ、父子手帳っていうんだよ。……君がこの世に生まれてきてくれた過程が書かれてる、とても大事なものだ」

 

 

 今世の父が感情たっぷり込めて、小さい冊子のようなものを見せてくれた。

『子の名前』の欄には『高咲(たかさき)(しょう)』と書かれている。

   

 

 最初は母子手帳じゃないの? と一瞬だけ疑問に感じた。

 だが“母子手帳”のイメージが強いだけで、別段“父子手帳”が存在しないわけではない。

 父親が専業主夫として主に子育てを行う家庭もあるだろうから、この段階では特にその疑問を掘り下げずに終えた。

 

 ― ― ― ―

 

「むかぁ~しむかし、あるところに。おばあさんとおじいさんがいました」

 

 

 とある休日。 

 父が俺に、絵本の読み聞かせをしてくれる。

 

 この段階でも、まだ具体的な言葉にはならない違和感程度。

 まあ先に読み上げられるのが“おばあさん”だろうが“おじいさん”だろうが、どっちだろうと内容に違いはないはずだ。

 

 

「おばあさんは山へ芝を刈りに。おじいさんは川へ洗濯に――」

 

 

 おろっ?

 このお話はおばあさんの方がアクティブなのかな?

  

 だが続く内容を耳にし、これまでの違和感は具体的な形をもって俺を困惑させた。

 

 

「するとどうしたことでしょう。可愛らしい女の子が――」

 

 

 ――えっ、女の子?

 

 

 ……昔話の主要人物の性別、違うくない?

 

 

 子煩悩からか、父はその後も沢山の絵本を読み聞かせてくれる。

 

 だが“〇〇太郎”とつくはずのものは、どれもすべて“〇〇子”となっているのだ。

 つまり女の子が主役となっているのである。

 

 

 何かおかしいぞと流石に思った。

 そしてそれは、勘違いでも早とちりでもなく――

 

 

≪――日本はG7でも最下位と、男性の閣僚数のみならず、男性の国会議員数の増加も今後の課題となっています≫

 

 

 赤ん坊の体で寝落ちしそうなのを何とか持ちこたえ、夕方のニュース番組を目にする。

 

 

≪続いては特集です。――女性と一定の時間を一緒に過ごすことで金銭的な援助を受ける、いわゆる“ママ活”。本日は実際にママ活を行ったことがあるという女性・男子大学生の両方に、匿名を条件にインタビューすることができました≫

 

 

 真面目な顔でそれを伝えるメインキャスターも、もちろん女性だ。

 この特集の中で“パパ活”というワードは一度たりとも出てこなかった。

 

 

≪次はスポーツです。デイゲームで行われた本日の野球。さて、伝統の一戦はどちらのチームに軍配が上がったのでしょうか?≫ 

 

 

 流れたのは、女性の野球選手が試合をする映像だった。

 選手も女性なら、審判も女性。

 

 ただ時々映り込むビールの売り子だけは年若い男性だ。

 

 

 ここまで来ると、流石にどういうことなのか、思い当たる節は出てくる。

 

 

 

 ――これ、貞操観念が逆転した世界じゃね?

 

 

 ただでさえ転生のことを未だ完全には消化しきれてないのに。

 そこへきて、またややこしい可能性の出現である。

 

 流石に、もう全部が面倒くさくなったので、赤ちゃん特権を行使して寝させてもらいました。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「……ねぇ。翔、まだ寝てるみたいだから。これから、どうかな?」

 

 

 だがその後、ふと夜に目が覚めた。

 両親が何やら話しているのが聞こえる。

 

 

 ……そしてしばらくして。

 隣室から微かに届いてくる、両親の男・女としての声。

 

 

 ……なるほど。

 どうやら弟か妹ができるかもしれませんね。

 

 

 何故か衝動的に泣き声を上げたくなった。

 だが色々と察して、全力で寝たふりを続けたのだった。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

 それからまた時が経ち――

 

 

「ほ~ら、翔。今日から翔はこの子のお兄ちゃんになるんだ。名前は“(ゆう)”。仲良くするんだよ?」  

 

 

 

 やはり妹ができました。

 

 

 

    




メインとなる高校時代まで、かなり駆け足で進むと思います。
長々と赤ちゃん編・幼稚園編・小学生編とか続けても、そこはメインじゃないですし。
何より多分私も続かないでしょうから……(白目)


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2.あべこべ世界で、兄妹揃って幼稚園デビューしました

最初、数行だけ主人公とは別の人の視点になります。
原作キャラの誰かですね。

多分わかると思いますが、一応念のため。



 

 

 

 遠い昔の、何でもないような記憶の一つ。

 それでも。

 今なお色あせることなく、ハッキリと思い出すことができる。

 

 何もわからず、知っている人も誰もいない。

 不安で一杯だった私に。

 

 あなたと侑ちゃんが差し伸べてくれた手が、言葉が。

 どれだけ私にとって温かかったか。

 どれだけ私の不安を、恐怖を、溶かしてくれたことか。

 

 ……思えばあの時から、多分、私の大事な想いは育ち始めたんだ。  

 

 

◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇

 

 

 文字通りの第2の人生を始めて数年。

 高咲兄妹は無事、幼稚園デビューを果たしました。

 

 

「お兄ちゃん、遊ぼ―!」

 

 

 そして自由時間。

 同じ組の子供たちなど目もくれず、俺のもとに走り寄ってくる女の子が。

 

 綺麗な黒髪をツインテールにした、可愛らしい少女。

 愛しい愛しい我が妹、(ゆう)である。

 

 

「わっふ。……侑。一緒の組のお友達と遊ばないの?」

 

 

 飛び込んできた侑を受け止めつつ、妹の交友関係に配慮する。

 だが侑は全く気にした様子はなく。

 

 

「えっ? うん! 私、お兄ちゃん大好き! だからお兄ちゃんと遊ぶの!」

 

 

 ――可愛いぃ!! 

 

 

 くっ。

 俺の妹、凄い可愛いな。

 

 

「そっか。じゃあ遊ぼうか」

 

 

 そこまで言われたら仕方ない。

 兄として、妹の期待には応えないと。

 

 

「やったぁ! お砂遊びしよう! それでね、お兄ちゃんとすっごいのつくるの!」

 

 

 先を行く侑が転ばないか心配しながらも、一緒に砂場へと移動。

 そこでは既に他の女の子が数人遊んでいた。

 

 この男女の価値観があべこべな世界では、主に砂場で遊ぶのは女子らしい。

 反対に男子は部屋の中でおままごとしていることが多いように感じる。

  

 

「ぎゃはは! うんこー、うんこ―!」

 

「凄い凄い!」

 

「あはは!」

 

 

 これまた立派な砂のウンコだこと……。

 前世では、こうした下品なことで盛り上がるのは男だったんだけどなぁ……。

 

 せっかく出来たたった一人の妹だ。

 侑には、できればこんなことで騒ぐ女の子になって欲しくないが――

 

 

「お兄ちゃん、トンネルつくろう! えへへ。それでね、お兄ちゃんとね、反対からね、お手て繋ぐの!」

 

 

 ぶわっ。

 うぅっ、うぅぅ……。

 

 侑、何て素敵な提案をしてくれるのだろう。

 俺の妹が可愛すぎる件について。

 

 

 そうして前世と合わせると精神年齢20代後半ながら。

 妹のおかげで、楽しく幼稚園での時間を過ごすことができたのだった。

 

 ……ふっ。

 おむつと哺乳瓶を経た今、既に越えるべき山は越えてるぜ。

          

 

 ― ― ― ―

 

 

「皆。お迎えが来るまで、もう少し先生たちと一緒に遊んでようね~」

 

 

 男性保育士の優しい笑顔に、園児たちは未だ元気いっぱいに返事していた。

 

 やはり例に漏れず、保育士先生の比率は前世とは逆で、圧倒的に男性が多い。

 つまり侑が大きくなったら、初恋の人はこの保育士先生たちの誰かになるのかもしれない。

 

 うぅぅ……普通に辛い。 

 

   

 空が赤くなり、次々と園児たちの保護者が迎えにやってくる。

 

 

「お待たせ、(しょう)! 遅くなってごめん」

 

 

 うちの父親も到着。

 やっぱりお迎えに来るのは父親が多い傾向にある。

 

 

 その父は、俺に申し訳なさそうな顔をしていた。

 隣には既に侑がいる。 

 

 

「ううん。お仕事お疲れ様。侑とお父さんと一緒に帰れて嬉しい」 

 

「私も!」 

 

「翔、侑……。うぅぅ、本当、翔も侑も良い子に育って!」

 

 

 共働きだからねぇ~。

 

 気苦労も疲れもあるだろうし。

 俺くらいは少しでも手間かけないようにしますぜ、おやっさん。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

 そうして家族仲良く暮らし、俺もボケーっと幼稚園児プレイを楽しんでいた。

 そんなある日のこと。

 

 

「……あれ? あの子、どうしたのかな?」

 

 

 幼稚園での自由時間。

 

 部屋の扉の前、女の子が一人ポツンと佇んでいた。

 

 ライトなピンクにも見える、少し赤みがかった茶髪。

 おとなしそうな雰囲気。

 

 誰かと遊ぶでもなくただ立っている姿は、とても寂しそうに映った。

 

 

「あっ。歩夢(あゆむ)ちゃんだ」

 

 

 隣にいた侑が、その少女に気づく。

 同じ組の子なのか。

 

 話を聞くと、どうやら今日から幼稚園に通い始めた子らしい。

 

 

「あの、お兄ちゃん……」

 

 

 侑の、何かを求めるような目。

 俺と歩夢ちゃんを交互に見る。

 

 ただその先は口に出来ないでいた。

 

 ……それでも、言いたいことはすぐに伝わった。

 

 いつも侑から俺の元へ遊びに来ている手前、他の子を誘うことに遠慮を感じているのかもしれない。

 

 

「――侑。歩夢ちゃんも誘って、一緒に遊びたいんだけど、いい?」 

 

 

 そう告げた途端、侑の顔全体に喜びが広がっていく。 

 

 

「わぁ! うん! ありがとう、お兄ちゃん!」

 

 

 嬉しそうに俺の手を取り、歩夢ちゃんの元へ。

 

 

「えっと、わっ、あっ、あの?」

 

 

 いきなり自分の元に来た俺たち二人に、当の本人はとても戸惑い気味。

 あるいは不安そうな表情にも見える。

 

 いじめたりしないよ?

 僕、悪い転生者じゃないよ?

 

 

「僕、(しょう)。高咲翔。よろしくね」

 

「私は侑だよ」

 

「あっ……」

 

 

 自己紹介だとわかり、歩夢ちゃんの警戒心が少し薄れた。

 ここぞとばかりに畳みかける。

 

 

「お名前は?」

 

「あっ、歩夢、です。上原(うえはら)歩夢(あゆむ)です」

 

 

 おどおどとしながらも、言葉を発するたびに歩夢ちゃんの緊張感は溶けていった。

 

 

「そっか。じゃあ歩夢ちゃん。今から侑と遊ぶんだけど、歩夢ちゃんも一緒に遊んでくれないかな?」

 

 

 奥手そうだったので“一緒に遊ばない?”というよりも俺が遊んでほしいというニュアンスで尋ねてみた。

 

 

「私も、歩夢ちゃんと、遊びたい!」

 

 

 侑もつっかえながらも、真っすぐに歩夢ちゃんへと気持ちを伝える。

 すると、先ほどの侑のように、歩夢ちゃんに笑顔が広がっていった。

 

 

「一緒に……あっ、うん!」

 

「やったぁ!」

   

 

 そうして侑と歩夢ちゃんはすぐに仲良くなった。

 同性・同い年ということもあり馬が合うようで、俺を置いてけぼりにする勢いだ。

     

 

 ……まぁ、うん。

 

 この転生によって得たリードで、少しでも周りに良い還元ができたのなら。

 俺の第2の人生も意味があるのかもしれないなぁ……。

 

 

「ごっこ遊びしよう! お兄ちゃんは旦那さん役ね。私、お兄ちゃんのお嫁さんやる! 歩夢ちゃんも一緒にお嫁さんする?」

 

 

 嬉しいことを言ってくれる。

 ただこのあべこべ世界で“お嫁さん”とは、前世でいう“夫婦における夫”程度のニュアンスだ。

 

 子供が言うことでもあるし、だからあまり侑の振った配役に深い意味を考えない方が無難だろう。 

 

 

「えっ、ごっこ遊び? うぅ~ん……じゃあ私、“あゆぴょん”役やるね!」

 

 

 あゆぴょん役!?

 えっ、何それ!?

 

 俺が内心驚いているのに気づかず、歩夢ちゃんは両手をパーにして頭に持っていく。

 そして左右に揺れながら――

 

 

「あゆぴょんだぴょん!」

 

「わ~! あゆぴょんすっごく可愛い! ねっ、あなた」

 

 

 そうして目を輝かせて同意を求めてくる。

 既に役に入っているのか、呼び方まで変わっている。

 

 ごっこ遊びは兄妹の夫婦に、あゆぴょんという謎の激カワ存在が同居する、正にカオスな状況に。 

 

 だが今日のこのことをきっかけに。

 歩夢ちゃんと侑、そして俺の関係は近しいものとなり、長く長く続いていくことになるのだった。

 

  




幼稚園編はこれで終わりです。
次はもう小学生に突入する予定です。

駆け足になりますが、早く高校生まで行きたいので、ポンポン進みます。


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3.あべこべ世界で、小学生の夏休みを過ごしました

また最初の何行か、主人公以外の人の視点になります。

……まあ本人が自供してるので、誰の視点かはすぐにわかると思いますが。




 

 お店の手伝いをしていた、夏のあの日。

 

 君と、初めて出会った。

 

 暑くて沢山汗をかいていた。

 ……服もちょっと透けちゃってて、アタシには凄く刺激が強かったっけ。

 

 にもかかわらず、君は辛そうな表情を一切せず。

 アタシに優しい笑顔を浮かべていた。 

 とても魅力的で、まるで太陽みたいだと見惚れてしまった。

 

 店の手伝いをしているアタシを、君は褒めてくれたよね。

 それだけで体がすっごくふわふわとして、顔が赤くなってしまったのを、今でも覚えている。

 

 あんな暑い中で外に買い物へと出かけていた、頑張り屋な君に。

 アタシの頑張りを見てもらえた、認めてもらえたようで、とっても嬉しかった。

 

 これが初恋ってやつなのかなぁ~。   

 愛さん、君と愛し合いたい! 

 

 ……なんちゃって。 

  

 

◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇

 

 

 

「あれ。これ、なんで間違ってるんだろう。……お兄ちゃん、これ、教えて?」

 

「どれどれ? ……ああ。この計算はな――」

 

 

 小学生の多くが大好きな、夏休みのとある1日。

 だが一方で、その大半が大嫌いな宿題を、俺たちはこなしていた。

 

 

「うーん。この社会の問題、何が正解なんだろう。……(しょう)君。私も教えてもらってもいい?」

 

「都道府県の問題か……。歩夢ちゃん、教科書で一緒に調べてみようか」

 

 

 侑だけでなく、歩夢ちゃんも一緒に課題へ取り組んでいる。

 

 お隣さんということもあり、今ではすっかりお互いの家を行き来する関係だ。 

 それに双方ともに親が忙しいということもあって、年長の俺がまとめて面倒を見ることが多い。

 

 

「うぅぅ。歩夢ぅ~。同じことの繰り返し、辛いよぉ」

 

「侑ちゃん、頑張ろう! もう少しでお昼だから、ね?」

 

 

 ぐでぇ~っと机に突っ伏す侑。 

 歩夢ちゃんはそれに苦笑しながらも、優しく頭を撫でてあげていた。

 

 ……君たち、本当に仲良いね。

 

 幼稚園からこの親密さがずっと続いている。

 それを一番間近で見ている身としては、とても感慨深いものがあった。

 

 願わくば、二人のこの関係がずっと続いてくれれば……。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「あ~美味しかった! やっぱりお兄ちゃんの作るごはん、私大好き!」

 

「うん。私も翔君のお料理、凄く好きだな」

 

 

 お勉強タイムを乗り越えた二人は昼食をペロリと平らげ、とても満足げな様子だ。

 そう言ってもらえると嬉しいが、父さんが下ごしらえしたものをチンしたりIHで炒めたくらいのものである。

 

 

 まあ前世の大学時代、一人暮らしで簡単な料理をしていた経験がここで生きてくれたのがよかった。

 この世界では、男性の方が家事できるというイメージが強い。

 

 育ち盛りの二人に美味しいものを食べてもらえるよう、今後も頑張ろう。

 

    

「ふんふふ~ん♪」

 

「……フフッ」

 

 

 午後からは完全にフリータイム。

 しっかりと勉強をしたため、後ろめたさなく堂々と遊べる。

 

 クーラーの効いた部屋でゴロゴロしながらマンガを読む。

 これぞ至高の時間!

 

 

「――ふ~。面白かった。歩夢、はい。次読むでしょ?」

 

「うん、ありがとう侑ちゃん」

 

   

 侑が読み終わった週刊のマンガ誌。

 それを歩夢ちゃんが受け取り、そして読み始める。

 日本だけでなく、世界でも有名ないわゆる“少女マンガ誌”だ。

 

 そう、このあべこべ世界では“週刊少年〇〇”ではなく“週刊少女〇〇”と呼ばれている。

 ただ大体の中身は変わらず“友情・努力・勝利”がお約束だ。

 

 唯一違うのは、やはり登場人物の性別。

 主人公が女性なのが多いだけで、俺でも全然問題なく楽しめるのはやはり凄い。

 

 

「……なあ、侑。寝ながらは流石にちょっとお行儀が悪いんじゃないか?」

 

 

 とは言いつつ、主に指摘したいのはスカート部分だ。

 あべこべ世界でも恰好自体はあまり前世と変わりなく、女子は普通にスカートをはく。

     

 だが今の侑は、とても丈の短いミニスカートのまま、俺のベッドに寝そべっている。

 なので、その、何て言うか……下着が見え――

 

 

「えぇ~? ふふっ。やだぁ~。お兄ちゃんが起こしてくれないと、このまま読んじゃうも~ん」

 

 

 そうして脚をパタパタと動かし、自力で座るのを拒否する。

 その間にも、脚の動きのせいでスカートがめくれ、チラチラと……くっ!

 

 

「……はぁぁ~。――ほらっ」

 

  

 腰から下は努めて見ないようにし、侑のお腹に手を回す。

 そして力を入れて一気に抱き起した。

 

 

「わっ、きゃっ! ふふっ、お兄ちゃんに起こされちゃった」

 

 

 言葉に反して、侑は抵抗せず。

 むしろアトラクションでも体験しているように、はしゃぎながら座ってくれた。

 

 

「むぅぅ~侑ちゃんと翔君、凄く楽しそう」

 

 

 一方で歩夢ちゃんはというと、可愛らしく頬を膨らませていた。

 

 ……いや、あの。

 これ、本当アトラクションでもなんでもないんで。

 

 

「さて――」

 

 

 二人がマンガに戻ってしばらくしたところで、リビングへと移動。

 午前に頑張ったご褒美的な意味もかねて、少し早めに3時のおやつを用意。

 

 ジュース、3人分のコップもお盆に乗せて部屋へと戻る。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 うんうん。

 侑も歩夢ちゃんも、マンガに夢中だ。 

  

 邪魔しないように……。

 

 

 ――んんっ!?

 

 

 あっ、歩夢ちゃん!?

 そ、それは、その少女誌内でのお色気枠マンガじゃないか!!

 

 あべこべ世界でのお色気マンガとはすなわち。

 主人公の女の子が、ラッキースケベを経験したりエッチな目に遭うものである。

 

 

 

「…………」

 

 

 だが、歩夢ちゃんは俺に気づくことなく。

 午前の勉強でも見せなかった集中力で、えっちぃマンガにグッとのめり込んでいる。

 

 

 

 ――しかし幼馴染の男の子のお風呂を覗いてしまった場面で、歩夢ちゃんがふと視線を上げた。

 

 

 そして、戻ってきた俺とバッチリと目が合う。

 

 

「わっ、あっ、いや、しょっ、翔君!? あのこ、これはその、違くて!」

 

 

 歩夢ちゃんはバタッと本を閉じ、慌てて言い訳を始める。

 

    

 その後、歩夢ちゃんの苦しい言い訳を、侑と二人で聞くことになったのだった。

 

 ……ちなみに侑はどっちかというと、歩夢ちゃん擁護派だったが。

 (ブルータス)、お前もか。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「あっちぃ~……」

 

 

 夏休みの、また別の日。

 外はやはり夏にふさわしい日差しの照り付けとなっていた。

 

 額に浮かんだ汗を拭いながら、昼食をどうするかに考えを巡らせる。

 

 

「予算は一人頭1000円で計3000円。小学生の昼食代にしては大金だなぁ……」

 

 

 俺、侑、そして歩夢ちゃんの分。

 歩夢ちゃんの昼ご飯も任されているのは、歩夢ちゃんのご両親にも信頼されてる証なのかな。

 

 両方共働き家庭なため、常に昼食を用意するのが負担だということは理解できる。

 時々お金を渡して後は俺たちの自由裁量というのは、こちらとしても歓迎だ。

 

 

「何を買おうか……せっかくだから美味しいもの食べさせてあげたいしなぁ」   

 

 

 今も宿題の計算ドリルを頑張っている二人に、少しでもご褒美的なごはんになればと思う。

 なので、適当に近場のスーパーでお惣菜やお弁当を買って済ませるというのは無しだ。

 

 

 そうして暑さと格闘しながら、しばらく自転車を走らせる。

 

 

 

「……ん? あれは――」

 

 

 とある店の前。

 年頃の近い女の子が一人、お店の制服のような恰好で立っていた。

 

 

「いらっしゃい! お昼のセールやってまーす! お持ち帰りもできますよー!」

 

 

 可愛らしい金髪の少女が、元気よく道行く人に呼び掛けていた。

 店の看板には『もんじゃ みやした』と書いてある。

  

 

「愛ちゃん。今日もお家のお手伝いかい?」

 

「おばあちゃんこんにちは! あはは、夏休みだからってお父さんがお店手伝えって。アタシ、もっと遊びたいのに~」

    

 

 顔見知りらしいおばあさんと楽し気に会話している。

 どうやらあの子の家が、そのままお店をやっているようだ。

 

 つまり推測になるが、あの子は“みやしたあい”ちゃんというのだろう。

 

 

 香ばしいソースの香り。

 焼けた生地の上で踊る鰹節。

 生地に彩りを与える青のりやマヨネーズ。

 

 それらを想像するだけで、唾液がジュワっと出てくる。

 

 この暑さでもそれは変わらず。

 気が付けば自転車から降りて、彼女に近づいていた。

 

 

「――あの。お好み焼きのお持ち帰りって、できますか?」

 

 

 おばあさんが離れていったタイミングで、少女に話しかけた。

 

 

「……えっ?」

 

 

 だが振り向いた少女は、俺の顔を見るなり固まってしまう。

 

 数秒、沈黙。

 

 そして再起動すると、慌てた様子でしゃべりだした。

 

 

「あっ! えっと、あの、うん! お好み焼きももんじゃ焼きもお好みでどうぞ! ――って、違う違う! 質問、えっと、なんだっけ!?」

 

 

 見てわかるくらいにテンパってる。

 そのことが恥ずかしいのか、あるいはこの暑さのせいか。

 

 彼女の顔はカァーっと赤くなっていた。

 ……可愛いな。

 

 

「お昼にお好み焼きをお持ち帰りしたいんだけど。3人分って、できますかね?」

 

「お、お好み焼きね! うん、大丈夫!」

 

 

 自転車を言われた場所に止め、先導についていく。

 店内は中々活気があり、既に半分以上の席がお客さんで埋まっていた。

 

 

「お父さん、お好み焼き3つ。お持ち帰りですぐ、できる!?」

   

「はぁ? お客さんか? 順番に作ってるんだからすぐってのは……」

 

 

 そこで、おそらく彼女の父であろう人の視線が俺に向いた。

 目が合い、小さく会釈する。

 

 

「ははぁ~ん……」

 

 

 ニヤッと笑ったお父さん。

 手を動かしたまま、その顔で彼女に向き直る。

 

 

「な、何? アタシ、ちゃんとお店のお手伝い、してるだけだけど?」

 

「フフッ。い~や。なぁ~んにも。……言った通り、順番だからすぐってのは難しい。――だから、愛。お前が連れて来たお客さんなら、できるまでお前が相手してあげなさい」

 

 

 よくはわからんが、どうやら料理ができるまで俺の話し相手になって来いということらしい。

 待つこと自体はそもそも想定内だから、俺としては別に問題ない。

 ……あの親父さんのニヤニヤが何を意味しているのかはわからんけどね。

 

 

「運動・スポーツばっかりの愛が、とうとう男に興味を持ちだしたかぁ~」

 

「っ~! お、お父さん、うるさい!」

 

 

 その後も2,3、親子で軽いやり取りをした後。

 少女が少し不機嫌そうにしながら俺の元に。

 

 

「もう! お父さんは本当……――あっ! その、お好み焼き。できるだけ早く作ってくれるって!」

 

「そっか。ありがとう。……君、凄いね」

 

 

 素直に感謝の言葉を述べたら、また彼女はボーっとした表情に。

 顔もまた赤みが戻ってしまったように感じ、大丈夫かと少し心配になる。

 

 

「いや、あの、大丈夫? えっと、あんまり年変わらないだろうに、お店の手伝いして。偉いなぁ、凄いなぁって思ったんだけど……」  

 

「……はぅっ!? えっと、うん! こっちこそありがとう! ――って、あっ、いや、違っ! 別に服とか見てないから!」

 

 

 服? 

 何の話だ。

 

 暑さで頭がやられたのかと本格的に心配しながら、時々かみ合わない会話をして時間を潰したのだった。

 




これで主人公の小学生編は終了ですね。
次、中学生に入ります。

書き方をこうと決めて書き始めたわけではありませんが、この調子だと侑ちゃんと歩夢ちゃんは前提として。
他に、大体1話に一人ずつ、原作キャラとの絡みを入れる感じになりそうです。

確定ではなく、私の気分次第でもちろん変動はありえますのでご参考までに。


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4.あべこべ世界で、登下校を楽しみました

また今回も、最初の数行は主人公視点ではなく、原作キャラの誰かの視点となってます。

多分これだけでもわかると思うんですが、最悪お話の最後まで読んでいただければわかる……はず!





 

 

 まだ、自分の“大好き”をどう具体的な形にすればいいか、どう表現すればいいか、全くわかっていなかった小学生の頃。

 あなたが書いた作品たちに出会った。

 

 衝撃的だった。

 こんなにも他人の目に見える形に落とし込んで“大好き”を伝えられると知ったから。

 

 口では表せないほどの感謝もした。

 とても分かりやすいお手本、道の一つを示してもらえたみたいに感じたから。

  

 救われもした。

 勉強、習い事、家族……私にはどうしようもないことで雁字搦(がんじがら)めになっていた時、心の底から楽しませてくれたから。

 

   

 ――そして、それら全てを与えてくれた“あなた”を、“あなた”だと知らずに好きになった。

 

 

 でも、“あなた”が“あなた”だとわかった今、もう私はこの“大好き”を抑えることができません!

 

 今度は私があなたに。

“大好き”を全力で伝えますから、覚悟してくださいね!

     

 

◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇

 

 

 

「またお兄ちゃんと一緒に登校できるようになって嬉しいなぁ!」

 

 

 通学路を3人並んで歩く。

 侑はそれだけで、朝からとても嬉しそうだ。

 

 

「うん。侑ちゃんずっと言ってたもんね。『早く中学生になってお兄ちゃんと学校行きたい!』って」

 

 

 歩夢ちゃんは苦笑しながらも、やはり楽しそうに会話に応じている。

 後輩となったそんな二人の制服姿を見て、俺も感慨深い想いが込み上げてきた。

 

 

「そっか。俺もまた二人と同じ学校に通えて嬉しいよ」

 

 

 素直な気持ちを口にする。

 

 侑も歩夢ちゃんも。

 同じ気持ちなのか、はにかみながら頷いてくれた。

 

 

「……でも、良かったのか? 虹ヶ咲に行く選択もあっただろう。虹ヶ咲(あそこ)、校舎も凄い綺麗だし。設備も充実してるらしいからさ」

 

 

 俺は単に近場というだけで中学を決めたが。

 二人には自分のやりたいようにしてほしい。

 

 だから、もし俺のせいで選択肢を狭めたということであれば、凄く申し訳ない。

 

 

「もちろん! 虹ヶ咲もいいところだってのは聞いたことあるけど。高校からでも遅くないし」

 

「だね。虹ヶ咲に行くってなると通学も下校もバスになっちゃうし。中学は今のところでいいかな」 

   

 

 そっか。

 俺に気を使って、という感じでもなさそうだ。

 

 二人が二人なりに、ちゃんと考えて出した結論ならもうそこは言うまい。

 

 

「――それより! お兄ちゃんの方こそ。そろそろ考えないとダメなこと、あるでしょ!」

 

 

 ビシッと人差し指を立て、顔を近づけてくる侑。

 はて、何のことでしょう?

 

 全く思い当たる節がなく、侑の勢いに押され少し後退る。

 

 

「高校だよ! 虹ヶ咲の高等部に行くにしろ、他の高校にするにしろ。バスか電車、使うことになるかもしれないんだから」

 

 

 侑の言い方は単に進路のこと、つまり俺の将来を漠然と心配しているというニュアンスとは違う気がした。

  

 

「あぁ~。電車・バス通学ってなると“痴姦(ちかん)”、あるかもしれないもんね」

 

 

 さっきまで楽しそうに会話していた歩夢ちゃんの表情が、スッと曇る。 

 ……多分、歩夢ちゃんが今言ったのは“痴漢”じゃなく“痴姦”の方だろう。

 

 

 あべこべ世界では男性よりも女性の方が多い。

 だから必然的に、女性が男性に対して性的ないたずらをする“痴姦”の方がよく取り上げられる。

 

 

「……でも、俺相手に変ないたずらしてくる人なんているかな? そんなことまで含めて進路考える必要ある?」

 

 

 俺としては至極まっとうな意見を述べたつもりだった。

 だが、侑はまるで別世界の言葉でも耳にしたとでもいうように、驚きの表情を浮かべる。

 

 

「えぇぇ~!? お兄ちゃん、それ本気で言ってるの!?」

 

 

 歩夢ちゃんも侑に加勢。

 両手を胸の前で握りしめ、うんうんと力強く頷く。

 

 

「そうだよ! 翔君は今みたいに警戒心とっても薄いから、痴姦さんにとっては絶好の標的になっちゃうよ?」

  

 

 痴姦を“さん付け”で呼ぶ当たり、歩夢ちゃんの人柄の良さが窺える。

 歩夢ちゃん、小さい頃から見てるけど、本当可愛らしい良い子に育ったねぇ。

  

 

「あぁ~。これ、お兄ちゃん真に受けてない顔だ」

 

「うぅぅ……本当だね。翔君、あの顔は信じてないね」 

 

 

 交通事故も、犯罪被害もそう。

 自分に実害が及ぶまでは“まさか、自分が”って思考になるもんですよお二人さん。

 

 前世での“痴漢”概念を知ってる俺としては余計、ね。 

 

 

 そうして時々二人にジト目で見られながらも、3人での通学を楽しむのだった。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「侑ちゃん。テストお疲れ様」

 

「うん、歩夢もね。……って言っても、私は平均点よりちょっと上程度だったけど」

 

 

 別の日の下校時間。

 タイミングが合ったので、3人で帰ることにした。

 

 

「まあ試験の成績なんてあんまり気にしないでいいと思う。それ以外に大事なことって一杯あるから。それを学べればいいんじゃないか?」

 

 

 これまたいつかのように、至極まっとうなことを言ったはずだった。

 

 だが侑は、いつもの愛情ある視線とは違い、やはりジトッとした目で俺を見てくる。

 

 

「うわぁ~。歩夢、聞いた? 自慢だ、勉強できる人の無自覚自慢だ!」

 

「あ、あはは。翔君、2年生の中で1位だもんね」

 

 

 本当に自慢でもなんでもないんすよ。 

 中学生2回目だからね、それくらいはできて当然なんだって。

 

 

「そういえば歩夢も今回のテスト、成績上位者だったよね!? うぅっ、裏切りだ! お兄ちゃんも歩夢も私を置いて遠い所へ行っちゃったんだ、よよよ……」 

 

 

 棒読みで泣き真似をする侑に、歩夢ちゃんとともに苦笑する。

 侑がふざけて言っていることくらい、言葉にせずとも分かるからだ。

 

 

「“よよよ”って……。でも、侑ちゃん。そうは言いつつなんだか嬉しそうじゃない? フフッ。そりゃ翔君、自慢のお兄さんだもんね?」

 

「うぐっ!? そ、それは……その、うん。はい、おっしゃる通りです」

 

 

 歩夢ちゃんの確信をもった追及に、侑はすぐに抵抗を諦める。

 そして照れをふんだんに含んだ、消え入りそうな白旗宣言で、この話題は一応の解決を得たのだった。

 

 ……うちの妹が可愛すぎる!

 

 

「――あ、あぁ~!! ところで歩夢、お兄ちゃん! 二人は塾とか部活とかってどうなの?」

 

 

 羞恥に耐えかねたとでもいうような、侑の明らかな話題転換。

 

 丁度塾らしき建物から出て来た少女を指さし、話のとっかかりにする。

 黒髪をおさげにした眼鏡の女の子。

 いかにも真面目で勉強熱心そうだ。

 

  

 しょうがないと苦笑しつつ、歩夢ちゃんとそれに乗っかることに。

 

 

「私は、一番身近に凄く成績が良くて、凄く分かりやすく教えてくれる先生がいるから」

 

 

 そうして歩夢ちゃんはまるで全幅の信頼を置いているといわんばかりに、穏やかな笑みを浮かべて俺を見てくる。

 ……いや、中学レベルなら、そりゃ教科書読めば教えるくらいできますぜお嬢さん。

 

 

「それに部活って、もう人間関係が出来ちゃってるでしょう? だから、今からはどっちもないかな」

 

「ふむ……1年生の歩夢ちゃんでその答えなら、2年生の俺なんて入る余地ないだろう」

 

 

 だがこの回答に、侑は完全には納得していない様子だった。

 

 

「えっ? でも男子のマネージャーならどの部活も喉から手が出るほど欲しがってるでしょう? お兄ちゃん、人気あるし」

 

「うん。1年生の子の間でも翔君、かなり有名だよ? マネージャーでも入って欲しいって部は多いんじゃないかな」

 

 

 あぁ~。

 

 まあウチの学校に限らず、どの学校でも男子は女子に比べて少ないからな。

 前世でいう野球部の女子マネ的な感じだろう。

 

 人気とか有名とかは、まあ身内の贔屓(ひいき)目が入ってると思うから、あまり気にしなくていいか。

 

 

「でも、今はいいかな。自分の時間とか、何より二人との時間を大事にしたいし」

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 せっかく自分の気持ちを偽らず言葉にしたのに。 

 二人からは沈黙という冷たい反応が返ってきた。

 

 うぅぅ……寂しい。

 

 

「……お兄ちゃん、すぐ相手の方が照れちゃうようなこと言うよね」

 

「ね、私もドキドキしちゃった。……でも、侑ちゃんもそういうところあるよ?」

 

 

 君たち、半分くらい聞こえてるよ?

 ジト目で見るか、聞こえないように話すかどっちかにしてください。

 

 

 そうしてお互いに遠慮ないやり取りを交わしながら、何でもない下校時間も楽しんで過ごすのだった。  

 

        

 ― ― ― ―

 

 

「さてっと――」

 

 

 家に帰って一人、自室でノートパソコンを開く。

 小学生の時に買ってもらったもので、今でも大事に愛用している。

 

 

 慣れた手つきで、とあるサイトへとログイン。

 そこで、もう随分と前に受け取ったメッセージを、今日もまた開いて見てしまう。

 

 

 

 

【差出人:運営】

 

 

●件名:依頼者様からのお取次ぎについて

 

●本文

 

 依頼者様から ハイブルーム 様へとお取次ぎを依頼されました。

 以下、お預かりした文面を記載いたします。

 

 ――――

 

 ハイブルーム様。

 

 △△社の編集をしております〇〇です。

 今回、ハイブルーム様が本小説投稿サイトにて連載されている作品について、書籍化を依頼したく、連絡させていただきました。 

 

 

 つきましては…………

 

 

 ――――

 

 

「……ふふっ」 

   

    

 今までも、何度も見返していた。

 それでも、また読み返す度に喜びが内から込み上げてくる。

 

 

 異世界ファンタジーを内容とした、王道の冒険ものだ。

 地球を舞台としたファンタジーや恋愛ものも書いているが、やはり異世界ものは根強い人気がある。

 

 

「でも、よくこの世界にアジャストできたよな……自分で自分を褒めてあげたい」

 

 

 ただし、ここは貞操観念が逆転したあべこべ世界。

 つまり前世で読み、そして夢中になった物語そのままは全く通用しない。

 

 そこをよく自分の頭の中で整理し、自分なりに表現し、よく作品へと昇華できたと思う。

 

 

 転生したことで得たリード。

 それを、自分の存在をあまり公に認知されず、かつ上手いこと活用できる方法はないか。

 

 そう考えた結果出たのが、ネット上でのWEB小説だった。 

 これなら年齢関係なく始められるし、誰かに“高咲翔”の存在を認識されずともできるから。  

 

 

 

「――あっ、活動報告にメッセージが来てる……」 

 

 

 メッセージをくれた相手のユーザー名を見て、思わず頬が緩む。

 

 

 ――――

 

●スカーレットストーム 

 

 書籍化、おめでとうございます!

 ハイブルーム先生ならいつかなさるとずっと思っていたので、本当に我がことのように嬉しいです!

 

 予約はもちろん、発売されたら保存用・愛読用・布教用・奉納用で絶対に買いますね!

 

 

 ―――― 

 

 

「うぅぅ、スカーレットストームさん、こっちこそ嬉しい。……でも、フフッ。奉納用ってなんだ」

 

 

 スカーレットストームさんは、いわば古参のファンといった人だ。

 俺がこのサイトで執筆を始めた最初期から俺の作品を読んで、そして殆ど毎話で熱い感想をくれる。

 

 

 きっとリアルでも凄く熱い人に違いない。

 

 

「……そんなこと考えてたら、スカーレットストームさんの感想、読み返したくなってきたな。どれどれ――」

 

 

 

 ――――

 

●スカーレットストーム

 

 先生の作品、最新話まで一気に読ませてもらいました!

 もう、ずっと引き込まれて、寝る時間を忘れるぐらいに面白い作品でした!

 

 主人公がカッコよくて、強くて、面白くて、理想の女の子で……本当、最高です!

 ヒーローの男の子たちも皆それぞれ個性があって、読んでてニヤニヤが止まりませんでした!   

 

 

 ―――― 

 

 

 未だ書籍化の気配なんて欠片もない時から、スカーレットストームさんは俺のことを“先生”と呼んでくれている。

 凄くこちらをリスペクトしてくれているんだと、とても嬉しかったのを今でも覚えている。

 

 

「――でも、未だに“ヒーロー”は違和感あるなぁ」

 

 

 前世の価値観に変換するなら、男主人公の仲間となる“ヒロインの女の子たち”という意味だ。

 

 しかしこのあべこべ世界では、主な読者層はやはり女性なため、女性主体の物語とする必要がある。

 で、その主人公の仲間の異性だから、必然“ヒーロー”という言葉が使われるのだ。

 

 

 ――――

 

●スカーレットストーム

 

 今度は現代ファンタジーものですか!

 やっぱりとても面白いですね……。

 

 個人的には主人公の相棒役が、透明化の変身スーツを異能としているところがグッときました!

 

 

 先生の作品、本当にどれも大好きです!

 

 私が、他の誰かが。

 具体的な形に、言葉に出来なかった“大好き”をここまで表現してくださって。

 

 ただただ感謝しかありません!

 

    

 ―――― 

 

  

「スカーレットストームさん、熱いなぁ……」

 

 

 今度、担当の編集者さんとリアルで会うことになっているが。

 いつか、スカーレットストームさんとも実際に会うことができればいいな……。 




前話でご質問いただいたんですが、小学生編は大体高学年を想定しています。

補足として、翔君と侑ちゃん・歩夢ちゃん・愛ちゃんは1歳違いなので

翔君:6年の場合→侑ちゃん・歩夢ちゃん・愛ちゃん:5年
翔君:5年の場合→侑ちゃん・歩夢ちゃん・愛ちゃん:4年

くらいで考えていただければ。


中学が虹ヶ咲じゃないのは、2期の1話、ランジュちゃんに抱き着かれる(案件)前の会話での推測ですね。




さて、それはそうと……。
スカーレットストームさんって一体誰なんだー!?(棒読み)



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5.あべこべ世界で、受験に備えました

やはり例に漏れず、最初は原作キャラの誰かの視点になります。


分かっていただけるように書いているつもりですが、分からなかったら……すいません!



 

 

 忘れるはずがない。 

 あなたと出会った、あのとても寒い冬の日を。

 

 

 初めて利用するレッスンスタジオへと向かう中、考えうる限り最悪の場所で道に迷ってしまった。 

 

 

 周りに人がいても、状況が、道を尋ねることを許してくれない。

 

 私自身の弱さもあった。

 他人に弱い自分を見せたくない。

 その強がりが、状況をさらに悪くした。

 

  

 自分を追い込んだのはその時の、そしてそれまでの私自身。

 なのに、辛くて、苦しくて。

 

 不安で一杯。

 我慢していないと涙がこぼれてしまいそうで。

 

 体以上に、心が先に凍えそうになっていた。

     

 

 

 ――そんな私の手を、あなたが取ってくれた。

 

 

 

 男の子と手を繋ぐなんて、小学生のキャンプの時以来よ。

 

 でも。

 

 それだけで嘘みたいに、冷たかった全身が熱くなる。

 心臓が自分のじゃないみたいにバクバクと早鐘を打つ。

 

 

 さっきまでの不安は綺麗サッパリどこかへと吹き飛んでいて。

 顔の赤さがあなたにバレないか、そのことばかりが気になった。 

 

 そんなあなたと。  

 別の高校になると覚悟したのに、まさか再会できるなんてね……。

 

 

 いいわ。

 もう離れるようなことが無いように。

 今度は私の魅力で、あなたを夢中にさせてみせるから!  

 

 

◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇

 

 

「お兄ちゃん。今年のバレンタインは無理しなくていいからね?」

 

 

 もう少しで中学生も終わりとなる、3年の2月。

 勉強を終えてリビングへ入るなり、侑から単刀直入にそう告げられる。

 

 

「そうそう。翔君、私も今年は大丈夫だから」

 

 

 遊びに来ていた歩夢ちゃんからも、無慈悲な言葉の刃が飛んできた。

 

 

「えっ、二人とも急にどうしたんだ。……あっ、もしかして、今までのって実は迷惑だった?」

 

 

 あべこべ世界でのバレンタインは、男性から女性へとチョコやお菓子を渡すイベントとして認識されている。

 逆に3月14日はそのお返しに、女性が男性へと何か贈り物をする。

 

 郷に入っては郷に従えと、俺も侑や歩夢ちゃん、それに母さんへと毎年渡していた。

 

 

 だがまさかそれが、実は俺の独りよがりだったとは……。

 

 

「いやいやいや! お兄ちゃん、そうじゃなくって!」

 

 

 絶望の淵に叩き落されていると、侑が今まで見たことないくらいの慌てようで立ち上がった。 

 

 

「そ、そうだよ! 翔君からチョコ貰えて嬉しくない人なんていないよ!」

 

 

 歩夢ちゃんも同じく。

 いつもの控えめな様子はどこへといいたくなる前のめりさで、強く強く訴えかけて来た。

 

 

「でも、二人とも、いらないって……」

 

「それは! お兄ちゃん、今年受験でしょう?」

 

「だから、翔君の負担になったらダメだし、遠慮しようって」

 

 

 ああ~そういうこと。

 

 俺の高校受験の日程が、ちょうど今年の2月14日前後と被るのだ。

 二人はそのことに配慮して申し出てくれたらしい。

 

 

「そっか。そういうことなら、簡単に用意できる範囲にしとくよ」

 

 

 前世で、曲がりなりにも大学受験を突破した経験があるんだ。

 高校受験で落ちるつもりは毛頭ないし、そのために正についさっきも勉強していたところである。

 

 だが油断して万が一を引くのもあれだから、二人の気持ちはありがたく受け取っておくことにした。

 

 

「それにしてもビックリしたよ。侑と歩夢ちゃんが同じタイミングで反抗期にでも突入したのかと思った」

 

 

 あれだ。

 

 前世の価値観で言えば、弟がちょうど姉を鬱陶(うっとう)しがるような年頃だ。

 幼馴染のお姉さんとの関係が、理屈無く恥ずかしいと感じる時期もあるだろう。

 

 

「侑ちゃんが翔君に反抗期? フフッ、翔君。それはないよ」

 

 

 歩夢ちゃんが、まるでとてもおかしな冗談を聞いたとでも言うようにクスクスと笑う。 

 

 

「侑ちゃん、翔君のこと大好きだもん。クラスの子から翔君のこと紹介してって頼まれても、なんだかんだ理由つけて断り続けてるもんね」

 

「あっ、歩夢っ!?」

 

 

 そうなの?

 ……侑に大切に思ってもらっているようで、それが本当なら嬉しい。

 

 

 歩夢ちゃんの突然の暴露に侑も動揺したのか、聞いたことないくらい声が裏返っている。

 ……可愛い。

 

 

 だがすぐに立ち直り、顔を真っ赤にしながら侑も反撃に出た。

 

 

「そ、そういう歩夢だって! 毎年この時期はすっごくソワソワしてるじゃん! 『侑ちゃん、今年、翔君からチョコ貰えなかったらどうしよう……!?』って私にそれとなくお兄ちゃんの様子聞いてくるし!」

 

「ゆっ、侑ちゃん!? なんでそれ言っちゃうの!?」

 

 

 それはそれで嬉しい限りだ。

 歩夢ちゃんにも、毎年チョコを楽しみにしてもらえているということだから。

 

 

 ……ってか、歩夢ちゃんのモノマネとはいえ、侑の口から“(しょう)君”と呼ばれるのは凄く新鮮だな。

 

 

 

 その後、なんだかんだ言い合いながらも。

 自然に仲直りへと収束していく親友同士の二人を、目を細めて見守り続けたのだった。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「はぁぁ~。寒っ」 

 

 

 高校受験を数日後に控え。

 一人、当日のための下見にやってきた。

 

 

「……試験、マジで憂鬱(ゆううつ)だな」

 

 

 それは落ちたらどうしようという、受験生特有のプレッシャーからなどではなく。

 これから場所を確認しに行くその“男子高”という一点のみに由来していた。

 

 

「……この滑り止めだけ受かったらどうしよう」

 

 

 本命は共学の虹ヶ咲、その普通科だ。

 これから行く場所の他、もう1校滑り止めを確保している。

 

 しかし、虹ヶ咲・もう一つの滑り止め共に落ち、この男子高だけ合格となると――

 

 

「うげぇ……」

  

  

 俺の2度目の高校生活は、3年間男子だけの空間で過ごすことが確定してしまう。

 

 しかもより(たち)が悪いのは、このあべこべ世界でいう“男子高”とは、前世でいう“女子高”みたいなもの。

 つまり男子の同級生、先輩・後輩同士でキャッキャウフフの青春を送ることになるのである。

 

 

 ……うん、頭がおかしくなる自信しかないな。

 

 

 

「やっぱり、下見に来てる学生は結構多いな」

 

 

 

 当日は試験自体に集中したいから、道順の確認などは事前に済ませておきたい。      

 

 そう考えることは同じなのか。

 異なる制服姿の男子やその父親らが、バラバラに複数見られた。

 

 

「わざと落ちる……は流石にダメだよな」

 

 

 目の前の光景を見て、改めて自分の最悪の未来を想像してしまう。

 

 前世の感覚で、父親が娘のことを案じて女子高に入れたがるのと同じように。

 ウチも母親の強い意向で、男子高が候補の一つとなってしまった。

 

 男子が少ないこの世界で、俺を心配してくれる気持ちは理解できるので、やはり意図的に不合格を狙うのは不義理に感じる。

 

 

「……要は全部受かればいいんだ」

 

 

 結論はそれに限る。

 人生2周目のアドバンテージを出し惜しみせず全部利用すると、強く強く誓うのだった。

 

  

 

「――ねえ、あの子。さっきからずっとこの辺りにいない?」

 

 

 そうして当初の目的も済ませ、決意も新たに帰ろうかとした時だった。

 周囲にいた他中学の男子や、その父親たちが何やらざわざわと話し出す。

 

 

「俺たちがここに来るときも見かけたよな?」

 

「えっ? 男子高の周りを、ずっと女一人でうろうろしてるってこと? 怖いっ!」

 

 

 漏れ聞こえる内容も踏まえ、彼らの視線の先を目で追う。

 そこには、背が高く綺麗な女の子が一人いた。

 

 

「…………」

 

 

 青みがかった黒いウルフカットの髪。

 スラっとした体型は、芸能関係に所属しているのかと思うほど整っている。

 

 だが、そんな彼女はとても居心地悪そうに視線を下げていた。

 

 

「うわっ、ずっとスマホ出してる。もしかして僕らのこと盗撮してるんじゃない?」

 

「こっちに向けたら、注意してやる!」

 

 

 確かに、少女はスマホと道へ視線を行き来させている。

 周囲の声が届いているからか、その表情は今にも泣きだしかねないほど不安そうだった。

 

 

 前世の価値観で例えると、女子高の周辺を男がずっと、一人でうろうろしているということだ。

 周囲の男子や父親たちの懸念・警戒心も理解できなくはない。

 

 でも……。

 

 

 ――これ、もしかしてあの子、道に迷ってない?

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「っ!」

 

 

 そう思った時には、体が自然に動き出していた。

 あの、迷子になって親を探している子供のような、不安で一杯の表情。

 

 あれは、自分が悪事を働いているのを見(とが)められた時の顔じゃない。

       

 

 

「――あっ! いた、ようやく見つけた!」

 

 

 努めて明るい表情を作り、ウルフカットの少女に声をかけた。

 

 

「……えっ?」

 

 

 少女は全く予想だにしなかったことが起きたというように、反射的に声を出した直後、俺を見て固まる。

 

 知り合いの存在を期待していたのか。

 俺の顔を見て、さらに硬直が継続。

 

 ……そうです、俺たち初対面で合ってます。

 

 

「いやぁ~ごめんごめん。俺が学校の下見、一人じゃ心細いからって無理に付き合わせて。もっとわかりやすい集合場所にすればよかったね」

 

「あっ――」

 

 

 彼女、頭の回転は速いのか。

 ここまで言うと、理解が頭の中で浸透したというように小さく声を上げる。

 

 

「えっと、ええ。で、その、用事はもういいのかしら?」

 

 

 当たり障りのない言い方。

 だがこれだけで、彼女も話を合わせてくれているのだとわかった。

      

  

「うん。もう道もわかっちゃったし、当日は大丈夫そう。……来てもらったのに悪いけど、帰ろっか」

 

 

 自然と彼女の手を取る。

 そうした方が、周囲の目を誤魔化せると思ったから。

 

 うわっ、冷たっ!

 ……冷え冷えだな、この子の手。

 

 そりゃずっとスマホ出してたらそうなるわ。

 

 

「ぁっ――その、ええ」 

 

 

 彼女も、一瞬だけ手に力が入ったように感じたが、振りほどかれることはなかった。 

 

 そうして、ひとまず視線から逃れられるところまで、彼女と連れたって歩いて行った。

 

 

「――ふぅぅ~。ここまでくれば、とりあえずは大丈夫か」

 

「あっ……」

 

 

 繋がれていた手を放す。

 彼女は小さく声を出した後、何か言いたげな様子で自分の手を凝視していた。 

 

 ……何?

 

 

「……ところで、思わず声かけちゃったけど、道に迷ってるってことで、合ってます?」

 

「うぐっ! ……ええ、その通り、道に迷ってます」

 

 

 不安や緊張感から解放されたためか、顔や体の強張りはなくなっていた。

 だが一方で、あたかも最大の秘密を知られてしまったとでもいうように、彼女はとても恥ずかしそうにしている。

 

 顔が真っ赤で、しばらく俺の顔を見てくれない。

 ……そんなに気にすることないと思うけど。

 

 

「4月から高校生になるのに、スマホでもろくに道がわからない女でごめんなさい」

 

「いや、俺に謝る必要はないから……ってか、同い年なのか」

 

 

 見た目からとても大人びた印象があっただけに、そこそこ意外だった。

 

 

「そっか。あなたも受験の下見にって言ってたわね……。――その、改めてありがとう。あそこ、男子高だったのね。周りの人に道を聞ける雰囲気でもないし、どうすればいいかもわからなくて。本当に、助かったわ」

 

「いや、まあ、うん。いらぬおせっかいになってなければ良かったよ」

 

 

 侑や歩夢ちゃんへのチョコの件もそうだった。

 良かれと思ってやったことが、独りよがりの可能性だってあるからねぇ……。

 

 

「……えーっと。で、行きたい場所っていうのは?」 

 

「ああ、えっと、ここなんだけれど……」

 

 

 持っていたスマホを見せてもらう。

 やはり地図アプリが開かれていて、目的地のピンが立っていた。

 

 ……うわっ、これ、完全に逆方向だ。

 

 

「…………」

 

「……方向音痴な女で、アプリ以下の性能でごめんなさい」

 

 

 沈黙を非難と受け取ったのか、彼女はこれ以上があったのかというほどさらに顔を赤らめて謝罪する。

 いや、だから責めてないって!

 

 

「……まあ、これも何かの縁だから。俺がわかる場所までは一緒に行くよ」

 

 

 と言いつつ、自分の帰路からは遠回りになるだろうなと半ば覚悟する。

 だが一方で会話相手を得て、行きとは異なった退屈しない帰り道となったのだった。 

 

 




果林さん、今までで一番の難産でしたね……。
後、今のところは1年生の演劇少女も難敵認定済みです。


これで中学生編は終了ですね。
次回からは高校生、つまり虹ヶ咲へと突入します。


次話で書くかはわかりませんが、翔君・侑ちゃん・歩夢ちゃんの通学過程をいずれ描写することがあると思います。
その際、バス通学という設定で行きたいと考えてます。

根拠は1期の“私だけの侑ちゃん事件”(白目)解決後、二人で帰るとき「今日はバスで帰らないの?」「今日は歩いて帰ろう」的な会話があったと記憶しているためです。
……違ってたらすいません、独自設定ということでお願いします。




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6.あべこべ世界で、お弁当を食べてもらいました

お待たせしました。

いつも通り、最初は原作キャラの誰かの視点です。
……やはり愛ちゃんと同じように最後に自供してるので、分かると思いますが。





 

 あなたにお弁当を貰ったあの日を、その味を。

 私はこの先ずっと忘れないだろうと確信できる。

 

 

 虹ヶ咲学園の特待生になって、中学生の時以上に勉強を頑張らなければならない日々。

 お母さんを少しでも助けるため、バイトも始めた。

 お昼代も浮かせられると、お弁当だって早起きして作って。

 

 

 ……でも、何をしても上手くいかない日だってあるんだなぁ。

 あの日は失敗ばかりで、本当に落ち込みモードさんで……。

 

 

 私はこの先、特待生でい続けられるのか。

 高校生活そのものを、ちゃんとやっていけるのか。

 そして、遥ちゃんが胸を張れるようなお姉ちゃんでいられているか。

 

 

 そうした漠然とした不安が頭の中で一杯になって。

 どうしようもなく苦しかった。 

 

 全てを上手くできているなんて、両立できているなんて、とても思えず。

 それでも頑張り続けることだけしか、私は知らなかった。

 

 

 ――ただ、今ならあれもそれも。あなたへの大切な想いが生まれるために、全部、必要な出来事だったんだと思える。 

   

 

 あなたに気にかけてもらえたって思うだけで、体が浮いちゃったみたいにふわふわとした。

 

 おかしな女だと。

 変な話し方してる奴だと。

 そう思われてないか、ずっとドキドキしながら話してたよ。

 

 

 でもあなたは。

 そんなことは一切なくて。

 

 むしろ話を聞いて。

 私の努力を。

 頑張ってきた過程を。

 

 端的に認めてくれた。

 それがとても嬉しかった。

 

 そしてお弁当を口にした瞬間。

 そうした想いが一気に溢れてきちゃった。 

 

 

 ……侑ちゃんのお兄さんなだけあって、人の心の壁を取り払うのが天才的どころか。

 心を奪っちゃう名人さんだよねぇ~。

   

 彼方ちゃん、侑ちゃんのお姉さんに立候補しちゃおっかなぁ~。

 

  

 

◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇

 

 

「……よしっ。我ながら上出来だな」

 

 

 まだ誰も起きていない朝の時間。

 テーブルに並べられた3つの弁当箱を見て、小さくない満足感を覚える。

 

 侑、歩夢ちゃん、そして自分用だ。

 

 

「これだけできれば、今後も父さんの代わりができるだろう」

 

 

 今日みたく父さん・母さんが仕事で早出になったときはもちろん。

 それ以外の日でも俺が弁当を作れば、それだけ朝は二人に楽してもらえる。

 

 前世でできなかった分、親孝行は早目にしておくに限る。

 

 

「――さて。二人を起こさないと……」

 

 

 歩夢ちゃんのご両親も、今日は出張で家を空けている。 

 

 侑とは違い一人でも起きてくれるだろうけど、歩夢ちゃんは我が家にお泊りしてくれている大事なお客さんだ。

 万が一にも寝坊させて遅刻なんてことになったら、おじさんとおばさんに申し訳ない。

 

 

「侑。歩夢ちゃん。おはよう」

 

  

 侑の部屋。

 ノックをしてから声をかけた。

 

 しばらく待つ。

 

 …………。 

 

 

「起きてくる気配ないな……」

 

 

 もう一度同じ過程を繰り返す。

 だが状況は変わらない。

 

 仕方ないので、一応断りを入れてから中に入る。

 

 

「二人とも、朝だよ。起きようか」

 

 

 機能性を重視したような、飾り気の少ない侑の部屋。

 春の暖かな日差しがカーテンの隙間から漏れ入っている。

 

 部屋の主である侑は床に布団を敷き、そこで歩夢ちゃんと一緒に眠っていた。 

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「んにゅぅ……んむぅ」

 

 

 いつもベッドで寝ている侑はしかし。

 狭いながらも床で二人一緒の方が好きだとでもいうように熟睡中だ。

 

 

「侑ちゃん……翔君……3人、で卒業なんて、ダメ……だよぅ」

 

 

 一方の歩夢ちゃんはというと、なんとも悩まし気な寝言を漏らしていた。

 ダメとは言いつつ本心では受け入れいているかのように、胸へ顔を埋める侑を優しく抱擁している。

 

 

 ……どんな夢見てるんだろう。

 二人のために俺がわざと留年でもしたのかね?

 それを侑は手放しで喜び、一方歩夢ちゃんは怒るに怒れない……的な?

 

 

「侑、歩夢ちゃん。おはよう」

 

 

 気持ち良さそうな眠りを妨げるのは心苦しいが、そろそろ目覚めてもらおう。 

 

 

「んんっ、んんぅ……あっ、お兄ちゃん。んっ、おはよう」

 

 

 意外にも、先に起きたのは侑だった。

 

 未だ寝ぼけたような焦点の定まらない目。

 だが俺の姿を認識して、フニャリとした(とろ)けた笑顔を浮かべる。

 

 生まれたての雛が無条件に親鳥を信頼するかのような、庇護欲をそそるその姿。

 こんな無防備な表情を向けられれば、そりゃ歩夢ちゃんじゃなくても、侑を甘やかしたくなるというものだ。

 

 

「そっか……今日お父さんもお母さんも早いんだっけ」 

 

 

 完全な覚醒を待つように、侑は自分の部屋を見渡す。

 そうして隣で眠っている歩夢ちゃんを見た。

 

 

「……ふふっ、歩夢は幸せ者だなぁ~。幼馴染の異性に起こしてもらうとか、全女子理想の体験をしてるんだもんね」

 

 

 あぁ~。

 このあべこべ世界だと、そういうことになるのかな?

 

 前世では、幼馴染の女の子にそうしてもらうことがある種、男子の夢みたいなものだった。

 今世でも、幼馴染の異性とのイベントはラノベやアニメなんかでもよく取り上げられる。

 

 

「でも、相手が俺だしなぁ~。歩夢ちゃんも新鮮味とかときめきは無いだろう」

 

「……そんなことないと思うけど」

 

 

 だが兄妹で議論になる前に。

 この話し声のためか、歩夢ちゃんが目覚めてくれた。

 

 

「……ふぇ、侑ちゃん? それに、翔君?」

 

 

 ボーっとした表情で侑、次に俺を見た。

 そして歩夢ちゃんは次の瞬間、顔を真っ赤にする。

 

 

「えっ、えぇ!? ど、どうして翔君が!? ――あっ、やっぱり3人でなの!? だっ、ダメだよ3人でなんて……」

 

 

 また“3人”か。

 どうやら未だ夢と現実の区別がついていない様子。

 

 でもやっぱり歩夢ちゃんの持つ無類の優しさからか。

 言葉の中身に反して、拒絶を貫き通そうとする意思は感じられなかった。

 

 

 ……歩夢ちゃんも、ちょっぴり悪いことをしたくなるお年頃なのかな?

 

 

「ははっ、おはよう歩夢。どんな夢を見てたのかは知らないけど、お兄ちゃんは私たちを起こしてくれただけだよ?」

 

「えっ? ……あっ――はうぅぅ~!」

 

 

 侑の助け舟もあり、歩夢ちゃんはようやく現状を正確に把握してくれる。

 だがそれはそれで何かの勘違いを自覚することになったからか、やはり顔は真っ赤にしたままなのであった。 

 

     

 ― ― ― ―

 

 

「あっ、高咲君。今日の昼休み、特待生に向けた奨学金の説明会があります」

 

 

 無事に二人を寝坊させず送り出した後。

 朝のホームルームにて、個別の連絡を受ける。

 

  

「昼休み、ですか……。昼食はどうしたらいいですか?」

 

 

 疑問点を尋ねると、担任の若い女性は分かりやすく動揺する。

 質問が来ることを予想していなかったのか、あるいは男子生徒とのやり取り自体に未だ慣れてないのか。

 

 虹ヶ咲は女子生徒の割合が圧倒的に多いからねぇ……。

 

 

「えっと、あの、高咲君、お昼はいつもどうしてますか? 説明会自体は簡単なものと聞いてます。学食ならそのまま向かってもらって……」

 

 

 お弁当だと伝えると、先生は少しだけ考える時間を挟んだ。

 

 

「うーん……なら持って行って、終わった後どこかで食べる方がいいかもしれませんね。説明会が終わってからまた教室に戻てくるとなると大変でしょうし」

 

 

 なるほど。

 ……まあどこで食べることになろうと、ボッチ飯に変わりないんだけどね。

 

 虹ヶ咲学園に入学してもうすぐ一か月。

 見事に特待生として合格を果たしたくせに、未だに友達一人できないのであった。

 

 ……心配させるだろうから、侑や歩夢ちゃんには口が裂けても言えないなぁ。

 

 

 

 

「――えぇ~ですから。期日までには余裕がありますが、忘れないうちに早めに記載・提出してもらうのが無難だと思います」

  

 

  

 昼休みの空き教室。

 俺を含め20人ほどの生徒が集まっているだろうか。

 

 全学科共通の説明会だから、もちろん俺の知らない顔ばかりだ。

 ……いや、クラスメイトでさえも未だ知らない人ばかりだけど、それはいいんだよ。

 

 ただでさえ女性比率の大きいこの学園。

 特待生となると、男子は他には見当たらなかった。 

 

 

「一般の奨学金申請とは違って、皆さんは特待生ですから。授業料の免除とは別に、返還不要の給付が受けられます。ですから繰り返しになりますが。申請用紙を、きちんと期限までに提出してくださいね?」

 

 

 説明自体は、やはり先生の言っていた通り簡潔なものだった。

 担当者から、毎年出てくるミスや注意事項を口頭で伝達される。  

 

 

 ……特待生って凄いな。

 試験勉強を頑張った甲斐があった。

 

 授業料がタダになるだけでなく、奨学金までもらえる制度があるというのは本当にありがたい。

 

 俺の教育に金がかからなければかからないほど、相対的に侑が得られる恩恵は増えることになる。

 侑の選択肢を少しでも広げてあげたいから、虹ヶ咲を選んで正解だったな。

      

 

「では学科ごとに申請書類を配布していきます。呼ばれた人は取りに来てください」

 

 

 それを受け取ったら解散でいいらしい。

 よかった、昼食の時間は余裕をもって確保できそうだ。

 

 

「――では続いて、情報処理学科の……」

 

 

 呼ばれた生徒が立ち上がっては、次々と書類を受け取り教室を後にする。  

 普通科だから一番最初かなとか思ってたら、全然違った。

 

 くっ、なぜ俺は入試の時に普通科を選んだんだ!

 

  

「次。ライフデザイン学科の近江(このえ)さん。……近江さん? 近江(このえ)彼方(かなた)さん?」

 

 

 フルネームまで呼ばれているのに、誰も立ち上がらない。

 もう残り半分となって、初めて滞りが生じる。

 

  

 肩越しに、チラッと後ろを振り返ってみた。

 

 

「…………」

 

 

 ――うわっ、この子寝ちゃってない!? 船漕いでるよ! 

  

  

 真後ろにいた、明るい髪色の女の子。

 ほぼ目を閉じかけで、今にも机につっぷしそうなほどウトウトしていた。

 

 

 呼ばれても、他の生徒が一切反応を示さない所を見るに、多分この子が――

 

 

 

「……近江さん。呼ばれてるよ」

 

 

 声を潜め。

 しかし一方で、本人には確実に聞こえるレベルで。

 後ろの近江さん(仮)に呼び掛けてみる。

 

 同時に、ウェーブのかかった長い髪に触れないよう、軽く肩を2,3度叩いた。

 

 

「……うあぇっ? ――あっ、はっ、はいっ!?」

 

 

 夢の途中にいきなり覚醒させられたかのように。

 椅子を後ろに倒してしまう勢いで、少女は立ち上がった。

 

  

「……ライフデザイン学科の、近江彼方さん? 奨学金の申請書類、受け取りに来てください」

 

「あっ……はい」

 

 

 やはり近江さんで間違ってなかったらしい。

 

 

「授業中でもないですしリラックスしてもらっても構いませんが。普段は特待生としての自覚をしっかりもってくださいね?」  

「……はい。すいません」

 

 

 怒られたというよりは小言を貰った感じだが、近江さんはシュンとして書類を受け取っていた。

 ……気を利かせたつもりだったけど、なんだか悪いことしたかな。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

 

「あれ? あの子、さっきの……」

 

 

 最後から3番目になりようやく書類を受け取った後。

 お弁当を食べる場所を求めて外に出ると、先ほどの女の子の姿があった。

 

 

 広い虹ヶ咲の校内。

 庭にあるベンチの一つに座り、近江さんは昼食を取るでもなくボーっと地面を見つめている。

 

 

「学食に行くでもないし、お弁当があるようには見えないけど……」

 

 

 近江さんも同じ説明会に参加していたんだから。

 お昼も俺と同じ事情になるはず。

 

 でも昼食を取る気配がなく、ただ暗い雰囲気を漂わせているのだ。

 

 

 ……さっきの件もあるし、な。

 

 

「――あの、近江さん、だよね? 俺、同じ1年の高咲っていうんだけど」

 

 

 自作の弁当片手に、思い切って声をかけてみることにした。

 すると彼女は我に返ったようにハッとし、声のする方、俺へと顔を向ける。

 

 

「あっ。あなたは、さっきの……」

 

「うん。お昼、食べないの?」

  

 

 より意味が伝わるように、自分の手に持つ弁当袋を胸の前に掲げる。

 

 

「あぁ~。その、あ、あはは。私、今日、お弁当作ってくるの忘れちゃって」

 

 

 近江さんはバツが悪そうというか、とても恥ずかし気に告げる。

 そしてそれを思い出したことでさらにテンションダウンしたというように、近江さんは余計顔をうつ向かせてしまう。

   

 おうふ。

 ……俺、今日は近江さんの地雷ばっかり踏んでるのかな。

 

 

「えーっと。“持ってくるのを忘れた”じゃなくて“作ってくるのを忘れた”ってことは、近江さんも自分で?」

 

 

 意を決して隣に座り、気になった発言について深堀してみる。

 すると意外にも、近江さんも会話に乗ってくれた。

 

 

「そうなんだ~。でも……あれ? “近江さんも”ってことは、もしかしてあなたの“弁当(それ)”も?」

 

 

 膝の上に置いた袋を触り、頷いて肯定する。

 共通点を見つけて、そこからさらに会話を広げていく。

 

 

「うん。そういえばさっきも凄く眠たそうにしてたもんね。……ってことは、もしかして寝坊しちゃって作れなかった的な?」

 

「あうぅぅ~。あなたってもしかして名探偵? くっ、彼方ちゃんも年貢の納め時だぜぇ~」 

 

 

 会話を続けたことである程度は気を許してくれたのか。

 それか、会話に回せる余裕が出て来たということなのか。

 

 それから近江さんは、冗談や独特な口調を交えながら話してくれた。

 

 

「高校生になって、なんだか一気にやることが増えて大変だよ~。特待生を維持するためにも、勉強頑張らなくちゃでしょ? 後、バイトも休んじゃダメだし……彼方ちゃん、ずっとねむねむです」

 

 

 あっ、バイトもしてるんだ。

 そりゃ睡眠不足にもなるわ。

 

 自分も正に今朝、お弁当を作ったからこそ実感としてわかる。

 いつも以上に早起きしないといけないし、大変だよなぁ。

 

 

 近江さんは高校生になりたてでわからないことだらけの中、それを続けてきたってことか。

 

 

 ……だが近江さんからは、しかし。

 頑張り・努力自慢をするような雰囲気は一切なかった。

   

 

「さっきもそれで恥ずかしいところ見せちゃったばっかりだしねぇ~。……あっちを頑張ればこっちが(おろそ)かに。人生、全部が全部、上手くいくわけじゃないんだなぁ~」

 

 

 むしろ迷いや不安というか。

 自分の不甲斐なさに苦しんでいるような感じがした。

 

 

 ……ふむ。

 悩む若者に、手を差し伸べるのも年長者の務めか。

 

 いや、実年齢の話じゃなく、前世合わせた精神年齢的な感じのことね!

 

 

「――ここで、嬉しいお知らせです! そんな頑張り屋な近江さんにはプレゼントとして、お昼のお弁当1日分が送られます! ……ってことで、これ、どうぞ」

 

   

 照れや恥じらいを誤魔化すために、勢い任せで袋の紐をほどく。

 そして中から取り出した弁当箱を、近江さんにサッと差し出した。

 

 

「えっ、えっ? 何、ど、どういうこと!?」

 

 

 近江んさんも事態を飲み込めず目を白黒させていた。

 それに乗じて、一気に押し切るぜ!

 

 

「お腹が減ってると、ついついマイナス思考になっちゃうものだよ。それに妹にもよく作ってるんだけど、身内以外の評価がちょうど欲しかったところなんだ」

 

 

 侑はいつも『美味しいかったよ、お兄ちゃん!』と笑顔で言ってくれるが、贔屓目が入ってるんじゃないかと時々疑ってしまうことがある。

 歩夢ちゃんももうほぼ家族同然の付き合いだから同様だ。

 二人とも多分、俺が砂糖と塩を間違えるような“料理下手ヒロイン”ムーブをしても完食してしまうだろう。

 

 だから第三者の意見が聞きたいというのも嘘じゃない。

 

 

「あっ――高咲君も、妹さんがいるんだね」

 

 

 ということは、近江さんにも妹がいるってことか。

 余計に親近感が湧くというか、その頑張りに何かしら報いてあげたくなる。

 

 

 近江さんもまた共通点があるとわかったからか、遠慮する気配は薄まったように感じる。

 だがなおも、本当に貰っていい物かと顔に出ていたので、笑顔で強く頷いた。 

 

 

「大丈夫。毒なんて入ってないし。俺は弁当以外にも、カバンにカロリーバー常備してるからさ。気にしないで。……むしろ色々知った後、このまま近江さんを放置する方が後味悪いんだけどなぁ~」 

   

 

 最後は冗談めかして口にする。

 近江さんも観念したというように苦笑で返してくれた。

 

 

「ん。わかった。じゃあ、早速――お、おぉぉ~!」

 

 

 備え付けのお箸を手に取り、蓋を開け。

 近江さんは大袈裟なまでに感嘆の声を上げる。

 

 

「ええい、恥ずかしい! 一思いにパクっと行っちゃってくれぃ!」

 

 

 近江さんに引っ張られてか、こちらも謎のテンション・ノリで応じる。

 

 

「ふふっ。……じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな。いただきます」

 

 

 綺麗に焼けたと自信のあった卵焼き。

 近江さんは迷わずそれをつまみ、パクリと一口。

 

 

「あっ――」

 

 

 数度の咀嚼後。

 

 

 近江さんの目から、突然涙がホロリと零れ落ちる。

 

 

 ――って、えぇ!?

   

   

「なっ、何!? 嘘っ、そんなに不味かった!?」

 

「ちっ、違うの! 凄く美味しい、これは、そうじゃなくて……」

 

 

 近江さんは慌てて否定してくれるが、その間にも涙は止まらず。

 彼女自身も自分の感情の変化に追いつかず戸惑っている、そんな風に見えた。

 

 

 ……食べてもらっておいてなんだが。

 他人の感情を劇的に揺さぶるような、凄く美味い料理を作った自負まではないぞ。

 

 

「えっと、その、これは、あれ。男の子の作ったお弁当を食べられるとか、彼方ちゃん、チョー幸運! 全女子を敵に回す凄い経験して感動しちゃったぁ、的な奴だよ~!」

 

 

 確かに、このあべこべ世界だとそうなのかもしれない。

 前世で言えば、女子の手作り弁当は青春の一ページとして強い憧れの一つだろう。

 

 今朝、侑と言い合いになりかけたことみたいに。

 この世界じゃ男子の方が少ないから、俺みたいな取り柄のない奴が相手でも、そこそこ喜んでもらえるのかもしれない。

 

 

 ……でも、近江さんの涙の理由は、本当は別なんだろうなぁ。

 

  

 その後、真実こそ語られはしなかったが。

 近江さんは嘘のない笑顔で、きちんと完食してくれたのだった。 

 

 




感想、全部読ませていただいてます。
楽しんでいただけているようで本当に嬉しいです。
少しでも皆さんの妄想の足しに、手助けになればと書き始めましたので、そうなっていれば幸いです。

2年生組、果林さん・彼方ちゃんと続いてます。
なので次が誰になるかは予想できちゃいますかね?

アニガサキ、2期終わっちゃいましたね……。
エモエモで尊みが深かった……。




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7.あべこべ世界で、海外のことに目を向けました

お待たせしました。

最初はやはり原作キャラの誰かの視点となります。
また過去一番の長さとなってますので、お気を付けください。



 

 

 一目見てあなただとわかったあの日、あの瞬間が。

 目をつむれば、今でもすぐ瞼の裏に浮かんでくる。

 

 

 日本に行きたい。

 日本のことをもっと知りたい、学びたい。

 

 その想い・感情だけが先へ先へと走ってて。

 言葉は全然追いつかず。

 ……あの頃は本当に、あなたに沢山迷惑をかけたと思う。 

  

 

 それでも、あなたは私を見捨てるなんてことなくて。

 むしろ私の拙い日本語が少しでも良くなるように。

 親身になって勉強に、話に。

 とことん付き合ってくれたよね。

 

 

 ……だからなのかな。

 あなたは多分、私の留学への迷いや、諦める気持ちがあることを。

 薄々見抜いてたんだと思う。

 

 家族から離れ、遠い異国へと一人向かうことへの漠然とした不安。

 勉強に限らず生活全体も含め、自分は果たして上手くやっていけるのか。

 

 そうした後ろ向きな気持ちが、言葉や態度ににじみ出ていたのかな……。 

 

 

 ――でも、そんな私に。あなたは会いに来てくれた。

 

 

 安全な国である日本から離れ、男の子一人で外国に来ることがどれだけ大変か。

 それにあなたは言わなかったけど、私のためだってすぐにわかったよ?

 

 

 大丈夫だよって、背中を押してもらえた気がした。

 

 自分の中にあった留学への想いが。

 単に漠然とした憧れ・夢から、具体的な目標へと明確に切り替わった感覚がした。

 

   

 そうしたことを感じた瞬間、想いが次々に出てきてはすぐに溢れちゃって。

 もうね、涙が止まらなかった。

 

 妹が目の前にいることなんて忘れちゃってたよ。

 こう、あなた以外見えないというか。

 視界がキュ~っと狭くなる感じ。 

 

 

 本当、あなたには感謝しかないよ。

 

 あなたが来てくれたおかげで、皆と出会えた。

 日本に行く決心ができて、沢山のことを知ることができた。

 

 見える景色がパァ~っと広く、明るくなったんだ。

 

 

 ……でも、一人になると、ふと考えてしまうことがあるの。

 

 

 あなたがもしあの時、来てくれていなかったら。

 果林ちゃんや皆と、出会えない未来があったかもしれない。

 絶対に無くしたくない宝物の思い出たちも、生まれなかったかもしれない。

 

 そして、あなたへのかけがえのない想いも、知らないままだったかもしれない――

 

 

 ――そう思うだけで、凄く胸がキュゥゥッとなって。とても苦しいんだよ。

 

 

     

 ……こんな想いまでくれてしまうなんて。

 あなたは本当に困った人。

 

 でももちろん、大好きだよ!

 いつか必ずこの想い、ちゃんと伝えるからね。

 

 

 愛してます!(ティアモ)

 

 

 ……えへへ。

 

 

◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇

 

 

 

「あの、少しお時間よろしいですか?」

 

  

 放課後の駅前。

 合流予定の歩夢ちゃんを一人で待っていると、不意に声がかけられた。

 

 

「……俺ですか? はい、何でしょう」

 

「私、こういうものですが――」

 

 

 スーツを着た真面目そうな女性。

 笑顔も何もなく、スッと紙のようなものを差し出された。

 

 恐る恐る受け取り、よくわからないまま視線を落とす。

 

 

「……はぁ。芸能事務所の方、ですか」

 

 

 名刺には、芸能関係に(うと)い俺でも聞いたことある、大手の名前が書かれていた。

     

 

「はい。単刀直入に申し上げます。――芸能界、アイドルに興味はございませんか?」

 

「…………」

 

 

 理解が追い付かず、思考が止まって無言に。

 多分この時の俺は、きっと凄い顔をしていたことだろう。

 

 ……ゲラの侑ならワンチャン爆笑してくれるかも。

 

 

「あの、芸能界? アイドル?」

 

「はい。あなたとなら、アイドルの世界の頂点に行けると。一目見てそう確信したので、声をかけさせていただきました」

 

 

 女性のプロデューサーさんに、冗談を言っている様子はない。

 ……嘘でしょう。

 

 平々凡々な俺のどこをどう見たら、そんな自信あるセリフが出てくるんだか。

 俺をそう評価してしまうだけで、俺の中では節穴疑惑が持ち上がりますぜ?

 

 

「あっ、私どもの会社はクリーン・健全がモットーです! 枕営業などは過去・現在・未来、決して存在しないと保証できます! あなたの身は絶対に(けが)させません!」

 

 

 いや、別にそこに不安感じて黙ってるんじゃないんですが……。

 

 ……それはそうと。

 

 やっぱり芸能界だと枕営業とかってあるんだね。

 でもこのあべこべ世界じゃ、それをやるのは主に男性ということらしい。

 

 

 ……まあ関係ないけど。

 

 

「人を待ってるので。それに、そもそも興味ないです」

 

 

 素っ気ない対応な気もしたが、こういうのは正直に言った方が後腐れないだろう。

 

 

「そうおっしゃらず! せめて、その名刺だけでも……」

 

 

 まあ、それだけなら……。

 渋々返すのを諦めると、確かにその後はしつこく食い下がられることもなく。

 

“少しでも興味が湧いたら名刺の番号に電話をいただければ”的なことを言われて別れた。 

 

 

「芸能界ねぇ……」

 

 

 俗にいうスカウトって奴だろう。

 だがそれを自分が受けたのだとわかっても、全く高揚感や興奮・ときめきはない。

 

 実は心のどこかにやってみたい気持ちはあるけど隠している、的な感じも0だ。

 分不相応だと、自分が一番よくわかっているからねぇ~。

 

 

「ああいうのは朝香さんみたいな、光ってる人の居場所だよなぁ」

 

 

 虹ヶ咲に入学して再会を果たした、ライフデザイン学科の美少女モデルさんだ。

 嬉しいことにあちらも俺のことを覚えていてくれたようで、昼休みにはよく会いに来てくれる。

 

 そういえば近江さんも休み時間とか会うと、結構気さくに話しかけてくれるな。

 二人とも、クラスどころか学科すら違うのにねぇ……。

 

 交友関係が壊滅状態の俺には、本当二人は天使か女神みたいな存在ですよ……。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「――ねぇねぇ今一人? あたしたちと遊ばない?」

 

 

 少しだけ移動して再び待っていると、また声を掛けられる。

 見ていたスマホから顔を上げると、別の学校の制服を着た女子が2人いた。

 

 

「カラオケとか一緒にどう? 私ら(おご)るよ?」 

 

 

 あべこべ世界では、女性が男性に対してお誘いすることを“ナンパ”と表現し。

 反対に男性側からアプローチする場合を“逆ナン”などというらしい。

 

 

 今の俺の場合は……つまり普通にナンパされてるってことでOK?

 いくら男の方が少ないからって、俺に声かけるって相当暇なんだね君ら。

 

 

「いや、あの、人を待ってるから」

 

 

 今日はよく待ち人以外に声を掛けられると内心苦笑しつつ、お断りを入れる。    

 だがさっきとは異なり、今回は結構食い下がられてしまう。

 

 

「えぇ~いいじゃん!」

 

「そうそう! 絶対楽しませてあげるからさ!」

 

 

 二人の少女が、俺の退路を塞ぐようにして距離を詰めてくる。

 可愛いJKに、しかも複数から迫られて悪い気はしない。

 

 でも、その、何て言うか……顔の必死さが凄すぎて。

 すいません、ちょっと引いてます。

 

 

「――あっ! しょっ、翔君! お待たせっ!」

 

 

 どうしようかと考えていた、ちょうどその時だった。

 待ち人の声がようやく耳に届く。

 

 同じ虹ヶ咲、その女子の制服を着た歩夢ちゃんだ。

 

 

「歩夢ちゃん!」

 

 

 呼ぶと、歩夢ちゃんも笑顔でこちらに近寄ってきてくれた。 

 だが歩夢ちゃんは凄くテンパった様子で――

 

 

「わ、私のか、彼氏に! 何か、用かな!?」

 

 

 声を上ずらせながら、俺のことを“彼氏”だという。

 ……もちろん、俺の記憶が正しい限り、最近歩夢ちゃんと“幼馴染”以上の関係になった覚えはない。 

 

 だがこの状況……。

 

 

 ――あっ、そっか。

 

 

 

「そうそう! 俺たちこれからデートなんだ。悪いね」

 

 

 即興芝居に乗っかるように、歩夢ちゃんの手を握る。

 少しでも恋人みたいに見えてくれればという思いで。

 

 幼稚園の時から何度もやってあげたことだし、余計自然に見えるはず――

 

 

「はうぅっ!?」

 

 

 ……だが当の歩夢ちゃんから、聞いたことないようなくらいの裏返った声が。

 いや、お嬢さん、君が言い出したことでしょうに。

 

 握った柔らかい手はじっとりと汗をかいており、緊張していることが伝わってくる。

 バレなければいいが……。

   

 

「――ちぇっ。マジで待ち合わせだったのか」

 

「彼女持ちだったのかよ……チクショー。あたしもこんなイケメン彼氏欲しい」

 

 

 ありがたいことに疑われることはなく。

 ナンパしてきた女子高生たちは捨て台詞を吐きながら去っていったのだった。

 

 

 ふぅぅ……。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「ふっ、ふふふ。お兄ちゃんは堂々として話合わせたのに、機転を利かせたはずの歩夢が一番テンパってたの?」

 

「もう~! 侑ちゃん、笑いごとじゃないよ! 私、もう心臓止まるかもって思ってたんだから……」

 

 

 歩夢ちゃんに案内され、オシャレな喫茶店へとやってきた。

 先に到着していた同じく常連だという侑は話を聞いて、笑い声を抑えるので必死になっている。

  

      

「ごめんごめん。……でも、ってことは。その分、歩夢も美味しい思い、したんでしょ? 誰かさんはさっきからしきりに右手をチラチラと見てますからなぁ~」

 

「はぅっ!? ……い、いやぁ~これは、その、あれかな! そういえば翔君と手を繋ぐことなんて随分久しぶりだなぁ~って! うん、他意はないよ、他意は!」

 

 

 歩夢ちゃんはギクリとした表情のあと、顔を真っ赤にしてワタワタと狼狽していた。

 俺と繋いでいた右手はサッと背後に隠す。 

 

 ……幼稚園の頃はよく繋いでたからなぁ~。

 侑と歩夢ちゃん、二人の手を取り引っ張ってあげてたのが懐かしい。 

 

 ……あぁ~。

 それで“子供っぽいと思われて恥ずかしい”とでも考えてるのかな?  

 

 別にそんなことはない。

 仮に子供っぽかったとしても、それはそれで可愛いと思うが。 

  

 

「――まぁこの件でもわかったと思うけど。お兄ちゃんはもう少し警戒心というか、ガードを固くした方がいいと思うよ」

 

 

 第三者が今回のことを総括するように、侑は人差し指を立ててビシッと告げてくる。

 歩夢ちゃんも激しく賛意を示すみたいに、ブンブンと首を縦に振っていた。

 

 

「別に警戒心が薄いつもりはないんだけどなぁ~」

 

 

 その証拠に、あのスカウトさんも名刺以外は受け付けないくらいの毅然とした感じで対応した。

 

 ……だが、侑と歩夢ちゃんはというと。

 まるで全く説得力のない言い訳を耳にしたとでもいうように、ジトッとした目で俺に反論してくる。

 

 

「どこが! 夜だって平気で薄着のままコンビニ行くし! 自分が口付けた飲み物、当たり前のように私にも歩夢にも渡そうとしてくるしさ!」   

 

「うんうん! 翔君、女の子はみんな野獣さんなんだよ!? 翔君のこと、“無防備な美味しい羊さん”だと思ってエッチな目で見てる人ばかりなんだよ!? いつ襲っちゃ……襲われちゃうか、私心配で!」

 

 

 歩夢ちゃん、なんか今凄い噛み方しなかった?

 高校生になって落ち着いた可愛い女性になってきたと思っていたが――

 

 ……いや。

 それだけ俺のことを思って興奮してくれているということか。

 

 

「……まあ、二人が心配してくれてることはちゃんとわかったから。できるだけ気を付けるようにはするよ」

 

 

 ここは、女性の方が多いあべこべ世界だ。

 二人の懸念の方が正当なのだろう。

 

 俺が折れると、二人は目元を緩めお説教モードを解く。

 完全に納得した感じではないが、多少なりとも安堵はしてくれたみたいだ。

 

 

「でさ~! 夏休みは3人で――」

 

「あっ! いいね、それ! 侑ちゃんと翔君と、久しぶりにプールでも――」

 

 

 話が一段落すると、侑も歩夢ちゃんも関心は夏休みのことへと移っていた。

 特に二人にとっては青春のイベントとして欠かせない、高校生としての初めての夏休みだ。    

 

 楽しみで会話が弾むのも無理ない。

 

 

 ――そんな二人を温かく見守っていると、不意にスマホの通知に気づく。

 

 

「…………」

 

 

 通知元のアプリを開き、内容を確認。

 

 ……うん。

 やっぱり、行かないとダメかなぁ。

 

 

「――二人とも、ごめん。今年の夏休みだけど、最初の2週間は一緒にいられないと思う」

  

「……えっ?」  

 

「翔君?」

 

 

 いきなりのことに目を丸くする二人に。

 俺は、随分前から計画し準備を進めていたことを話して打ち明けたのだった。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「パスポートは大丈夫。お金も余裕をもって……あっ、バッテリーってどうだっけ?」

 

 

 スーツケースに入れる荷物の最終確認。

 何か必要なものができても現地調達すればいいが、日本から忘れずに持って行くに越したことはない。

 

 

「――よし、まあ問題ないか。スマホはよっぽどヘマしない限り忘れないだろうけど……」

 

 

 

 何となく手持無沙汰になり、今回のことに深く関わるアプリを開ける。

 そうして過去のやり取りを見返すことに。

     

 

 ――――

 

【ショウ】

 

 日本は食事が凄く美味しい。

 衛生環境もちゃんとしてるからさ。

 

 ……それで聞きたいんだけど。

 外国人って、卵かけごはんを食べたことないってマジ?

 

 

【エマ】

 

 うん!

 私は少なくともそうだよ。

 

 最初“卵かけごはん”って言葉を聞いたときは衝撃だったなぁ~。

 スイスだけじゃなくて、日本以外の外国はどこもそうだと思うよ?

 

 でもショウ君がそれだけ言うくらいだからね。

 卵かけごはん。

 日本に行けたら、一度でいいから私も食べてみたいなぁ~。

 

 ―――

 

 

「……フフッ」

 

 

 外国人とチャットができるアプリ。

 

 日本語や日本文化などを学びたい外国人と。

 一方で言語や外国のことを知りたい日本人とが、双方向的に教え合える優れものである。

 

 あべこべ世界において、日本以外はどんな感じか知りたかった俺も数年前から利用していた。

 

 このエマ・ヴェルデさんは、その中でもやり取りが長く続いている親しい相手だ。 

 スイスに住んでいて、日本に強い憧れがあるという。

 

 

 ――――

 

【エマ】

 

 ショウ君が送ってくれた小説やラノベ、ちゃんと届いたよ~!

 国際郵便さんは偉大だねぇ~。

 

 まだまだ難しい日本語とか沢山で、わからない部分も多かったけど、どれも面白かった! 

 特にショウ君オススメの“ハイブルームさん”の作品、エモエモで尊みが深かったよ~! 

 

 私も日本で、あんなラブコメがしてみたい人生でした……(草)

 

 

【ショウ】 

 

“草”の使い方よ……。

 

 まあとにかく。

 色んな意味で、そう言ってもらえて嬉しい。

 

 日本語を学ぶんなら、日本語を浴びるように体験できる本やラノベ・映像作品はもってこいだから。

 どんどん見て、聞いて、読んで欲しい。

 

 ……ヴェルデさんも日本に留学してみれば?

 

 

【エマ】

 

 だね~。

 私も本当、冗談抜きで留学してみたいよ~。

 

 あっ、そうそう!

 この前送った写真、届いた?

 

 私の右に映ってるのがお母さん!

 その隣が一番上の妹で――

 

 

 ――――

 

 

「…………」

 

 

 留学についての会話は意図せずなのか、打ち切られている。

 この日、再び同じ話題が出るということもなく。

 

 

 ……うん、やっぱり、そうだよなぁ。

 短期とは言え、海外留学を決めたのは間違いではないと改めて思った。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「飛行機に乗るの、初めてだな……」

 

 

 夏休みに入り、スイスへと向かう当日になった。

 前世でも海外旅行の経験はなく、これが生涯通じて初の飛行機となる。

 

 

 成田でチューリッヒに向かう機体に搭乗。

 離陸する際にかかる独特の感覚に一人、感動と興奮、そして若干の不安を覚える。

 

 

「……暇だなぁ」

 

 

 だがそれが終わると、高揚感はすぐに消え去り。

 やることのない長いフライト時間という現実に向き合うことになる。

 

 

「……スマホでも見とくか」

 

 

 仮にも留学という形をとっているため、ゲーム機などの遊び道具は持ってきてない。

 まあいざとなれば機内サービスの映画でも見とけばいいだろう。 

 

 ――――

 

【差出人:歩夢ちゃん】

 

 

 翔君、もう飛行機の中かな?

 

 無事に到着して。

 そして2週間後も、何事もなく帰ってきてくれることを祈ってます。

 

 ……あっ。

 それと“今日の侑ちゃん”、もう今の内に送っておくね。

 

 

 ――――  

 

 

「“今日の侑ちゃん”って……。歩夢ちゃん、マジで毎日送ってくるつもりなのか」

 

 

 二人とも、最初は俺の海外留学に反対していたが。

 2週間という期限付きの点を強調し、丁寧に説明したらちゃんと納得してくれた。

 

 ただ“侑のその日の出来事を記録した動画”って、別に無理して送ってくれなくていいんだけど……。

 

 

 とは言いつつも、早速イヤホンを装着。

 メールに添付されていた動画を再生すると、確かに侑の姿が映し出された。

 

 

『歩夢ぅぅ~。お兄ちゃん……お兄ちゃんはどこ?』

 

『侑ちゃん、翔君は今日から海外留学だって。さっきも言ったでしょ?』

 

 

 暗闇の中で恐る恐る何か探し物をしているように。

 侑はヨボヨボと室内を歩き回っている。

 

 それに対して、スマホを向けている歩夢ちゃんが画面外から答えていた。

 

 ……君らは熟年の夫婦か。

 

 

『うぅぅ~! お兄ちゃんがいないぃぃ~!』

 

 

 聞きたくない事実を遠ざけるかのように、今度は耳を塞いで床をゴロゴロと転がっている。

 

 

『お兄ちゃんのいない夏休みなんて、全然面白くないよぉー!』

 

 

 手を使わず頭と足だけで器用にブリッジ。

 その後は倒立しながら想いを叫んでいた。

 

 ……侑、大丈夫か?

 

 

『……翔君。侑ちゃんはこの通りなので、2週間後はすぐ帰ってきてください』

 

 

 最後、撮影者である歩夢ちゃんの心配そうなトーンで、動画は締めくくられていた。

  

  

「……こりゃ色々と重症そうだな」 

 

 

 ひとまずは保留にし、別のものへ意識を移すことに。

 

 

 ――――

 

【エマ】

 

 こんにちわ!

 わたし、エマ・ヴェルデ、いうます。

 

 おともだち、なる、きぼうします。

 

 にほん、だいすき!

 にほんのことたくさんしる、勉強する、したいです!

 

 

 ――――

 

 

「……ふふっ」

 

 

 チャットアプリを使用し始めた初期の、ヴェルデさんからのメッセージだ。

 見返してみて、思わず頬が緩む。

 

 自分で調べて打ってくれたんだろう。

 たどたどしくも、一所懸命に気持ちを伝えようとしてくれていたのがわかる。

 

 

 ――――

 

【エマ】

 

 子供の時、日本のアイドル見て、とても感動する、しました!

 心ポカポカ、ふわふわ!

 

 だから日本行く、留学、したい!

 日本語を勉強する、したいです!   

 

 

 ショウ君、よろしくお願いしまする!  

 

 ――― 

 

「最後だけ武士なんだよなぁ……」

 

 

 だが言葉の些細な部分なんて、全く気にならなかった。

 日本のことをもっと知りたい、学びたいという熱い気持ちが伝わってきて。

 

 それでヴェルデさんとのやり取りをもっと続けたいと、俺は決めたんだっけ。

 他にも何人かの外国人とチャットしたが、これだけ熱意をもって接してくれたのはヴェルデさんだけだった。 

 

 

「この時から比べれば、もう日本語ネイティブレベルなまでの進歩だよな……」

 

 

 発音・イントネーションもビデオチャットで聞いたが、普通に大丈夫だった。

 それだけ必死に、熱心に。

 ヴェルデさんも学んでくれたということだろう。

 

 

 ――だからこそ。日本への留学を内心では諦めているのではないかと思えたのが、心配でならなかった。

 

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「あぁ~快適。こんな涼しく感じるんなら、2週間終わっても日本に帰りたくなくなるな」  

 

 

 長時間の空の旅を終え、ようやくスイスへと到着した。

 最初は空調が効いているせいかと思ったが、外へ出ても日本のような暑さは感じず。

 

 

「今度は侑と歩夢ちゃんも一緒に来られたらいいなぁ……さて――」

 

 

 留学先の学校が手配してくれていたバスへと乗り込み、滞在先へと向かう。

 

 虹ヶ咲が留学生を受け入れる際、一人一人に個室の寮を提供しているように。

 相互主義的な観点からか、俺が2週間を過ごすのも一人部屋のある男性寮だった。

 

 

「OK……Yes……」

 

 

 もちろん英語で施設の説明を受け、必要に応じて質問する。

 

 やはり前世での経験が生きた。

 

 受験英語とはいえ、大学合格のため必死に勉強したのは確かだし。

 何なら大学では英語で授業を受けなければならないものもあった。

 

 加えて前世の日本を基準に考えると、そもそもこのあべこべ世界自体が、ある意味じゃあ外国みたいなもんだろう。

 

 なので心理的なハードルはそこまでなかったし、むしろ初の海外でワクワクしてる。

 

 

「それにしても虹ヶ咲様様だ。普通の海外旅行として来てたら、もっと手間も費用も掛かってただろうなぁ」

 

 

 海外留学は、国際交流学科の生徒を主に想定した制度だった。

 だがよくよく調べてみると、別に学科での限定はされておらず。

 

 むしろ普通科かつ特待生の俺が利用すれば“前例ができて他の生徒も今後使いやすくなる”と、先生方には有難がられていたと思う。

 

   

「フリーは明後日と最終日……なら明後日にもう行くか」

 

 

 他の日は留学生として、しっかりと英語漬けの日々になるだろう。

 オリエンテーションや簡単な歓迎会などを経た後、その日は早目に休むことにしたのだった。   

   

 

 ― ― ― ―

 

 

「――よし。行くか」

 

 

 留学3日目。

 フリーの日となり、スイスへとやってきたもう一つの目的を果たすべく寮を出発する。

 

 目指すはスイスの中でも南部にある、イタリア語圏の州だ。

 一度タクシーで、初日に降り立った空港まで向かう。

 

 

「あっ、へぇぇ……スイスって改札はないんだ」

 

 

 日本との違いを発見するたびに、喜びや楽しみを見出していく。

 そこにある駅から何本か乗り継ぎ、イタリア方面へ。 

    

 

『君、アジア人でしょう。一人? どこから来たの?』

 

 

 電車に揺られていると、女性から結構話しかけられた。

 イタリア語の反応が悪いとわかると、英語を使ってくれる。

 

 日本人で、友人を訪ねるためにスイスに来たと話すと、大抵は驚かれた。

 だがその後は親切にも、目的地の行き方をアドバイスしてくれる。

 

 

『無事、そのお友達と会えるといいわね。会えなかったら、私と一緒に今度遊びましょう。あなた、とってもカッコいいし!』

 

 

 日本に来た外国人たちはよく“日本人は親切だ”なんて言うが。

 

 一方で、こうしてお世辞まで言ってくれるなんて。

 外国人もなんだかんだ優しいんだなぁ。

 

 

「ふぅぅ……よし。後は徒歩で何とか……」

 

 

 事前に本人から聞いていた住所近くまで、何とかやってくることができた。

 国際郵便を送る際にも、何度も間違いがないよう確認した場所だ。

 

 それを実際にこの目で見て、この足で踏みしめていると考えると、感慨深い想いがある。

 

 町は高台にあった。

 周囲は山で囲まれており、空気は澄んでいて美味しい。

 

 一方で進むにつれ、獣臭のような感じも強くなる。

 ヤギや牛が散見された。

 

 草の駐車場には、トラクターみたいな農機具が沢山ある。 

 

  

 ここが、ヴェルデさんが生まれ育った地……。

 

 

『えっ!? 日本から!? しかも男一人でかい!? まあなんとも勇敢だこと。エマちゃんも隅に置けないねぇ……。ヴェルデさんとこの家は――』

 

 

 地元の人に道を尋ねながら歩く。

 やはり日本という遠い国から。

 しかも“男一人で”やってきたという点に強く驚かれた。

 

 いくらスイスが治安のいい国とはいえ、このあべこべ世界だとそういう反応になるらしい。

 

 

「…………」

 

 

 今回のこの訪問を通じて、ヴェルデさんのことを改めて考えた。

 

 2週間という限定された短い留学期間。

 その中の1日だけでも、これほどまでに大変なんだ。

 

 俺は前世、地元から離れて大学進学した経験もある。

 

 そうしたメンタル的なアドバンテージもなしに。

 ただ一人だけで異国の地へ留学しようと決意するのは、想像もできないほど大きな勇気が必要な気がした。

 

 

「――だからこそ、だよな」

  

 

 少しでも俺の来訪が、何かヴェルデさんにとって良い影響となれば。

 何か背中を押すきっかけの一つにでもなれば。

 

 それだけでも、今回の留学を決めた甲斐があるというものだ。

 

 

「あっ――」

 

 

 そして、遂に目的の場所へと辿り着く。

 ヴェルデさんからもらった写真を取り出し、目の前の家と照らし合わせる。

 

 ……ここだ。

 

 

『……! ……?』 

 

 

 その建物から、人が出て来た。

 イタリア語なのか、俺の聞き取れない言葉でしゃべっている。

 

 最初に、幼い女の子が元気よく走りだす。

 

 

 ――そしてその後を追ってきた少女を、一目見ただけで誰だかわかった。

 

 

 特徴的な赤毛を三つ編みおさげにした、可愛らしい女の子。

 

 

 エマ・ヴェルデさんだ。

 

 

 

『……? ――あっ』

 

 

 おっ、あっちも俺に気づいた!

 

 

「ショウ……君?」 

   

 

 俺の聞き慣れた言葉、声。

 それで名前を読んでくれた。

 

 

「あ、あはは。こんにちはヴェルデさん。その……来ちゃった」

 

 

 会ったら何を言おうかと、事前に色々と考えてはいたが。

 ヴェルデさんの顔を見た瞬間、そうしたものは一気に吹き飛んでしまった。

 

 

「“来ちゃった”って……あっ。私の、ため――うぅっ」

 

 

 うえぇっ!?

 ちょっ、なんで泣くの!?

 

 ヴェルデさんは感極まったというように、いきなり涙を流し始めた。

 様子を聞きつけてか、写真で見たことある彼女の弟妹が集まってくる。

 

 

『……! ……!』

 

『……!? ……!!』

 

 

 彼女の妹たちは俺とヴェルデさんを交互に指さし、俺にはわからないことを言って騒いでいた。    

 

 

「ちょっ!? しょっ、ショウ君はお姉ちゃんの彼氏とかじゃなくて! あっ――『……! ……!!』」 

 

 

 ヴェルデさんは顔を真っ赤にし、日本語で妹たちに何か反論していた。

 それに自分でハッと気づき、慌てて使い慣れた母語で言い直している。

 

 未だ目がグルグル回ってるところを見るに、相当混乱しているらしい。

  

 

 ……でも、涙はもう引いてるみたいだな。

 

 

 その後、ご両親の参戦もあって事態はさらに賑やかなことに。

 だがヴェルデさんの晴れやかな笑顔を見て、今回の留学は間違っていなかったと思ったのだった。

 

 

               




やはり海外、それもスイスのお話が入るとあって、書くのに時間がかかってしまいました。

最近はずっとせつ菜ちゃんと栞子ちゃんの歌をヘビロテ、時々エマさんという感じで聴いてます。

さて、3年生組も出たので、いよいよ次話以降は1年生組ですね。
どういう順番になるかはまだ決めてないです。
お楽しみに!

※“今日の侑ちゃん”はあれですね、分かると思いますが「ときめきはどこー!?」の侑ちゃんを参考にしました。
……可愛い。


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8.あべこべ世界で、とことん遊びました

お待たせしました。

今回も本人が最後に自白してるので、多分誰のお話かは分かると思います。
1年生組の中の誰かですね。


やはり長くなってますのでお気を付けください。

ではどうぞ。


 

 

 あなたに声をかけてもらえたあの日から。

 間違いなく。

 無色だった私の人生は、鮮やかな虹色へと色づき始めたんだ。

 

 

 この表情のせいで、いつも誤解されて。

 ずっと友達もできなかった。

 

 変わらなきゃ、とは思っていた。

 それで勇気を出して声をかけて。

 

 ……でも。

 私は何度“……何でもない”という言葉を口にして逃げてしまっただろう。

 

 

 傷つくのが嫌で、相手から変に思われるのがとても怖くて。

 その場しのぎで逃げた事実は、その時だけは私を守る鎧になってくれても。

 

 積み重なると、ズシリと、とても重くて。

 私を縛り付ける鎖か、呪いのようにのしかかった。

  

 

 これ以上に状況が悪化することはあっても、決して改善されることはない。

 やる前からそう諦める気持ちが、もう生まれてしまっていたんだと思う。

 

 

 ――そんな時だった、あなたが私を引き留めてくれたのは。

 

 

 ……その、いきなり上着やネクタイを取りだしたときは、凄くドキドキしちゃったけど。

 何かとてもいけない、大人なことでも始まるんじゃないかって。

 

 

 でも、ちゃんと考えると。

 あなたの行動はどれもこれも、私への優しさや思いやりに溢れたものだった。

 

   

 私の“……何でもない”を、あなたは言葉通りに受け取ってはくれなくて。

 

 人付き合いの拙さから勝手に失敗して、そうして自己嫌悪に陥っても。

 そんな私との会話を、時間を、“楽しい”とまで言ってくれた。

 

 

 そして“これからも(・・・・・)”という言葉を聞いたら。

 もう胸の高鳴りを、まだ名前の知らない想いが生まれそうになっていたのを。

 自覚せずにはいられなかった。

 

 

 あの日の出来事が特別なことなんかじゃないって。

 私たちの関係はこの先も普通に続いていくし、一緒に遊ぶ機会なんていくらでもあるんだって、ちゃんとわかったから。

 

 お世辞や。

 その場限りのリップサービスなんかじゃないって、心からそう思えたから。

 

 ……ただ、あの後食べたアイスの味は、正直あんまり覚えてない。

 でも、あなたが美味しそうに食べていた姿は今でも目に焼き付くほど覚えてる。

 

 ……アイスに夢中になってる隙をずっと見てただけだから、ギリでバレてなかったよね?

 うん、大丈夫! 

 

    

 あなたとのあの1日は。 

 私を覆う鎧や鎖に、明確なヒビを入れてくれた。

 

 

 あれからも失敗することや、逃げちゃうこともあったけど。

 それでも折れず、腐らずいられたのは。

 間違いなくあの日のことがあったから。

 

 あなたとの思い出が、私の心を支えるお守りになってくれたんだ。

 

  

 おかげで愛さんや同好会のみんなと出会えた。

 沢山の人と繋がれた。

 

 

 今度はあなたと。

“先輩・後輩”、“友達”以上の関係として繋がれたら、嬉しい!         

 

 

 ……はぅぅ~。

 やっぱり、それを言葉にするのは、流石に恥ずかしい。

 

 璃奈ちゃんボード『照れ照れ』。

 

 

◇■◇■ ■◇■◇ ◇■◇■ ■◇■◇

 

 

「おっ! そう、よしっ、やった! 頑張れ歩夢っ!!」

 

 

 高校最後の春休みも後半へと差し掛かったある日。

 

 常に味方でいてくれる侑が。

 今日に限っては、兄を応援してはくれないようだった。

 

 

「うんっ! 翔君にっ、絶対、勝つよ! ――よっ、はっ、やっ!」

 

 

 隣では歩夢ちゃんが、懸命にステップを踏んでいる。

 流れてくる矢印と見事に一致、スコアはどんどんと伸びていた。

 

 普段の穏やかな様子はどこかへと潜み。

 呼吸を弾ませ体を動かす様子からは、並々ならぬ強い意志が窺えた。

 

 

「くっ、あっ、くそっミスった――」 

 

 

 そんな調子に影響されたこともあり。

 初めて挑戦するゲームに、俺は翻弄されるばかり。

 

 決して悪くはない運動神経でカバーはするものの。

 ゲームセンターでの音ゲー勝負は、惜しくも歩夢ちゃんに敗北したのだった。

 

 

 

「んくっんくっ……ぷはぁ! お兄ちゃんに勝って飲むジュースはまた格別ですなぁ。のぅ、歩夢さんや?」

 

 

 白熱した戦いの後、フリースペースにてしばらく休憩する。

 侑は勝者の余裕を感じさせながら、美味そうにジュースを飲んでいた。

 

 

「ふふっ。そうだねぇ~侑ちゃん」

 

       

 歩夢ちゃんも親友チームの勝利を共に味わうように、柔らかな笑顔で頷いている。

 

 

「お兄ちゃん。約束、忘れないでよ? 次私たちが勝ったら、3戦目に行くまでもなくお兄ちゃんの負けだからね?」

 

「わかってるよ。勝てば二人の言うこと一つ聞いてあげるから。……まっ、勝てればの話だけれどな」

 

 

 正直負ける可能性の方が高いと思う。

 だって二人の内どちらか一人でも勝てれば、それで俺の1敗としてカウントされるから。

 

 だがここは二人に楽しんでほしい、勝負事を盛り上げるという意味でも、あえて煽るヒールの役目を演じておく。

  

 

「くそっ、侑には勝ったんだ! だが、まさか歩夢ちゃんがあそこまで俺へ敵意を持って挑んでくるとは。……そんなに俺のことが嫌いだったなんてショックだな」 

 

 

 遊びの一環なので言うほど悔しさもなかった。

 

 だが一方で、これもまた冗談の一種として。

 敗者の憎しみと恨みが込められた目で、歩夢ちゃんをむぅ~っと見つめる。

    

 

「わっ、えっ!? しょ、翔君!? そんな、違うよ! 私、別に翔君のこと敵とか嫌いだなんて! むしろ、その、何て言うか――」

 

 

 歩夢ちゃんは分かりやすいくらいに動揺してくれた。

 ワタワタと可愛らしく慌てている。

 

 

 ……歩夢ちゃん、本当に素直で良い子に育って。

 将来、悪い男に引っかからないか。

 お兄さん、とても心配です。

 

 

「フフッ、歩夢、慌てすぎ。お兄ちゃんの冗談だって」

 

「へっ?」 

 

 

 間の抜けたような声。

 反射的にこちらへ向いたような目に、悪戯が成功したという茶目っ気ある顔で頷き返す。

 

 歩夢ちゃんは、瞬く間に頬を赤く膨らませた。

 

 

「もう~翔君っ! やめてよ、凄くビックリしちゃったんだから!」

 

「ごめんごめん。選挙に期末テストで俺も忙しかったから。ちょっと羽目を外したかったんだ」 

 

 

 テストは全生徒共通の事情だが。

 生徒会選挙が俺特有の事情だということは、二人もわかってくれている。

 

 今日はそうしたあれこれの発散を含めて、パァーっと遊ぶということも目的となっていた。

    

 

「あ~あれかぁ。お兄ちゃんの応援演説、凄く良かったよ!」

 

「うん。確か私たちと同学年で、同じ学科の人なんだよね?」

 

 

 二人もちゃんと投票はしてくれたはずだが、その人の名前やどんな相手だったかはあまり記憶にないらしい。

 まあ高校生の生徒会選挙なんて、普通はそんなもんだろう。

  

 俺も、別に中川さんと深い知り合いだったわけじゃない。

 

 普通科繋がりで。

 俺が特待生かつ教師陣の覚えもいいから、話が来たってのが真相だろうと想像している。

 

 

「まあ中川さんは真面目で優秀な子だから。立派に会長を務めてくれるよ。――さっ、次はユーフォ―キャッチャーだ。敗者の弁の用意はいいか、二人とも?」

 

 

 そうして話をまとめ、再び仁義なき戦いへと身を投じるのだった。  

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「むふんっ! お兄ちゃん、敗者の弁ってなんだっけ? お兄ちゃんが教えてくれるんだよね?」

 

「ぐぬぬっ……! 今度は侑が、俺の前に立ちふさがるというのか!?」

 

 

 遊ぶゲームを変えての再戦。

 

 体を動かすダンス系とは打って変わって。 

 ユーフォ―キャッチャーでは、侑がその隠されていた力を発揮してきた。

 

 運動神経が必要なゲームの類は全然ダメなくせに。

 侑め、こういうのは出来るのか……クソッ!

 

 

「3番勝負で2連敗。3戦目をせずして俺の敗北決定かぁ……。チクショウ、参りました」

 

「侑ちゃん、あんまりゲーム得意じゃないからこの勝敗もビックリだけど。翔君がこういうの、あんまりしたことないっていうのも意外だったなぁ~」

 

 

 侑がゲットに成功した蛇っぽいぬいぐるみをギュッと抱き、歩夢ちゃんは不思議そうに口にする。

 

 

 歩夢ちゃん……。 

 前世からボッチ続きの俺に、ソロでゲームセンターやアミューズメントパークなんて難易度ベリーハードなんすよ。

  

 だから実質、音ゲーもユーフォ―キャッチャーも今日が初体験みたいなもんだ。

 

 

「――さて、お兄ちゃん。それでは約束を果たしてもらおうっかな」

 

「ああ分かってる。何でも一つ“お願い”を聞く、だろ? お手柔らかに頼みますよ。……歩夢ちゃんも、俺に出来ることにしてね?」

 

 

 話の流れとして自然なことを口にしたつもりだった。

 だが、歩夢ちゃんは何故か早口になり、挙句は不審者のごとく噛みに噛みまくる。

 

 

「もっ、もちろんだよ! “何でも”って言ったって、翔君にそんな、エッチなこととか、お願いするわけないって! 常識的な、うん! 常識的なことしか、言わないよ!?」

 

「……ははぁ~ん。さては歩夢さん、エッチなことでも考えてましたかなぁ?」

 

 

 ニヤッとした侑の意地悪そうな笑みに射抜かれ。

 歩夢ちゃんは、図星を突かれたようなギクリとした表情へ。

 

 ……そうなのか、歩夢ちゃん。

 

 ただ“俺”という具体的な相手で想像した、ってよりかは。

 多分“男・異性”と“何でも言うことを聞く”というワードから、漠然とそういうことをイメージしちゃったんだろう。

 

 歩夢ちゃんは純粋な子だからなぁ。

 

 

「いや、うん。歩夢ちゃんも女の子だもんね。大丈夫、分かってるから」

 

 

 前世の価値観でいう、男子高校生が話題から、反射的にエッチな妄想をしてしまうようなものだ。

 思春期真っ盛りで、性欲や異性への興味・関心が人一倍に強くなる多感なお年頃。

 

 このあべこべ世界だと、高校生の女の子がそういうことを考えてしまうのは、むしろ健全に成長している証拠だともいえる。

 ……侑も、偶に家で、俺にコソコソしてる時あるからね。

 

 

「違うの! 翔君、だから、誤解だって!!」   

 

 

 目をグルグルさせている歩夢ちゃんに、うんうんと頷いて答えておく。 

 大丈夫、俺はそういうことには理解ある方だから。

 

 だがあの歩夢ちゃんが……。

 

 そう思うと、歩夢ちゃんがちゃんと真っすぐ育っていることに嬉しさや喜びを覚える反面。

 自分の元を離れ巣立っていっているような感じを覚え、一抹の寂しさもあったのだった。

 

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「うぅぅ~。……侑ちゃんの、バカ。翔君の顔、絶対に誤解してるよ」

 

 

 恨めしそうに。

 だが、相手への親しみや愛情を隠し切れていないような柔らかいトーンで。 

 歩夢ちゃんは侑へと可愛らしい抗議をしていた。

 

 

「あはは、ごめんごめん。……あ~でも本当だ。これはお兄ちゃん、また変な勘違いしちゃってそう」

 

 

 ジト目で一体何を言うか妹よ。

 このあべこべ世界で女子のエッチな類のことに、俺ほど寛容な奴はそういないと思うけどなぁ。

 

 

「いつものお兄ちゃんは置いといて――歩夢。お詫びってわけじゃないけど、お兄ちゃんへの“お願い”。歩夢が決めていいよ」  

 

 

 今度は茶化したりふざけたりする感じは見られず。

 

 歩夢ちゃんも侑のそうした雰囲気を感じ取ったのか。

 いつも見る、お互いを思って譲り合うというようなことはなかった。

 

 

「……わかった。えっと、じゃあ、その――侑ちゃんと翔君と。3人でプリクラ。撮りたい、かな?」

 

 

 そうして歩夢ちゃんが視線を向ける先には、ゲームとは別に設けられたプリクラ専用のスペースが。

 

 

「あぁ~プリクラかぁ。確かに1回はやってみたいって気持ちはあったけど。あれ、女子だけじゃ何となく行き辛いよねぇ~」

 

 

 歩夢ちゃんがうんうんと頷いているように。

 侑の言葉が、この世界での“プリクラ”に対するイメージを端的に表しているようだった。

  

 ゲームコーナーでは男子・女子それぞれ学生の姿が散見される。

 しかしプリクラの周辺へ目を移すと、途端に女子の比率はグッと減ってしまう。

 

 

 前世で考えると。

 おふざけやバカなノリでもないと、男子高校生だけで行くのは少し勇気がいる空間、みたいな感じか。

 

 

「確かに男子がいた方が自然な気はするね。……俺は全然いいけど。でも、いいの?」

 

 

 歩夢ちゃんへ、暗に“遠慮して程々なお願いにしているのではないか?”と確認。

 俺たちの関係だからこそ、こういう時は遠慮なく言って欲しいと思う。        

 

 

 すると、歩夢ちゃんは不意にスマホを取り出した。

 

 

「――あのね。去年の今頃って入学式があったでしょ? 今年も、何か3人で思い出になるようなものが撮れたらなって……」

 

 

 そうして画面に表示された写真を、歩夢ちゃんは俺たちに見せてくれる。

 

 虹ヶ咲の校舎前で、真新しい制服に身を包んだ侑と歩夢ちゃん。

 そして、2年生色のネクタイへと変えたばかりの俺が、そこには映っていた。

 

 二人を祝うように俺が一歩下がって中央に立ち。

 そうして二人の肩にそれぞれ手を置いている構図だった。

  

 

「あぁ~! 懐かしいね! そっか、もうあれから大体1年くらいになるんだ……フフッ。歩夢、すっごい不安そうな顔してる」

 

 

 一方の侑は、これから待つ未来には希望が溢れていると言わんばかりに、ワクワク一杯の表情だ。

 我が妹ながら、肝が据わってるというかなんというか……。

 

 

「うん、ずっとドキドキだった。……でも、侑ちゃんと翔君がいてくれたから」

 

「そっか……えへへ」

 

 

 はにかんで嬉しそうにしている侑と、バッチリ目が合う。

 お互い思っていることがリンクしたように感じた。

 

 俺たち兄妹は。

 本当に揃って、歩夢ちゃんのことが大好きらしい。

 

 

「そういってもらえると俺も嬉しいよ」

 

 

 あの日、在校生の手伝いで駆り出されたのも。

 歩夢ちゃんの言葉のおかげで、今なら良かったと思える。

 

 

「ほらっ、歩夢のお願いなんだから。今日は歩夢が中央に行かないと! ……あっ、お兄ちゃん、もっと寄って寄って!」

 

 

 早速、数あるプリクラ機の一つに場所を移す。

 どれがいいかはわからなかったので、青春っぽそうなイラストと宣伝があったものを選んだ。 

 

 

「はいはい。……歩夢ちゃん、また顔、強張ってるよ? せっかくなんだから笑顔じゃないと」

 

「あぅぅ~! 侑ちゃんと翔君に挟まれてなんて……私、幸せすぎて明日は死んじゃってるのかな?」

 

 

 歩夢ちゃんの冗談みたいな言葉に、侑と二人でおかしそうに笑う。

 

 それにつられてか。

 歩夢ちゃんもシャッターが切られる前には、ぎこちないながらも笑顔になってくれた。

 

 

 出来上がった最高の1枚を見て。 

 残り1年となった二人との高校生活を、今まで以上に楽しもうと思ったのだった。

 

 

 ― ― ― ―    

 

 

「まさか、あんな決意をした早々、春休みに学校へと呼び出されるとは……」

 

 

 何か勉強面や生活面で俺がやらかしたとかではない。

 だが目的が何であれ、制服を着て登校するというのは、やはり少し気疲れする。

 

 

「……そういえばヴェルデさん、いつ日本(こっち)に来るんだろう? 春頃には、って言ってたからそろそろな気がするんだけど」

 

 

 留学が決まったと報告してくれたのはいいが。

 いつ虹ヶ咲にやってくるか、その具体的な日程については(かたく)なに教えてくれなかった。

 

 俺がスイスにサプライズで行ったのと同じように。

 ヴェルデさんも、俺を驚かせようという悪戯心があるのかもしれない。

 

 

「それはそれで嬉しいけど。来て早々迷わなければいいな……」

 

 

 ヴェルデさん、芯が強いしっかりした子ではあるけど。

 案外ポワポワとして抜けてる部分もあるからねぇ……。

 

 日本の首都東京は、自然豊かなスイスとは違い、建物が乱立している。

 方向音痴な朝香さんでなくても、迷子になる要素は盛沢山だ。

  

 でもヴェルデさん、俺が迷わずヴェルデさんのもとにたどり着けたんだから“私も大丈夫”みたいに思ってそう……。

 

 

「まっ、いざとなったら諦めて連絡くれるか」

 

 

 それに日本語も不自由しないレベルだ。

 困ったら誰かに道を尋ねるくらいはできるだろうし。

 

 

 

「――おっ、中川さん! こんにちは」

 

 

 校内に入る。

 知っている相手を見つけることができて、かなりホッとした。

 それが今日、俺に来るよう依頼してきた本人なだけあり、余計に気が楽になる。

 

 

「……高咲さん。その、こんにちは」

 

 

 眼鏡をした黒髪三つ編みの少女。

 現生徒会長の後輩は、一瞬浮かべた笑顔を直ぐにひっこめてしまう。

 

 

「……今日は春休み期間中にもかかわらず、来ていただきありがとうございます。それと、無理を言って申し訳ありませんでした」

 

 

 選挙戦の際、活動の協力やら応援演説やらをした間柄だが。

 中川さんは、うーん、何というか。

 先輩に対する一般的な態度以上に、俺への接し方が硬いように感じる。

 

 同性の前生徒会長に対してはもう少し柔らかかったように思うんだけど……。

 ……異性に対する免疫がそんなにないのかな?       

 

 

「いや、気にしないで。……生徒会長も大変だね。学年が変わる前からもう活動しなくちゃだから」

 

 

 虹ヶ咲の生徒会選挙は冬の定期試験後に行われる。

 そのため、1年生で当選した中川さんは未だリボンの色が変わることなく、生徒会長としての職務に勤しまねばならない。

 

 

「いえ。やりたいと思って始めたことですから。それに今日のことも正規の行事というわけではありませんので、負担ではないです」

 

「そっか……」

 

 

 関係ない雑談はそれでおしまいというように。

 中川さんは歩きながら、今日俺がやるべきことを話してくれた。

  

 

「内部進学組の相談会かぁ……」

 

 

 俺みたいに受験で、高校から虹ヶ咲の生徒になる人の方が、何となくフォローが必要そうにも思える。

 もちろんそちらのケアはちゃんとするという前提で。

 

 だが見方を変えると、内部進学で高校生になる子たちはある意味、既に人間関係が出来ている人も多い。

 それで問題ない人は、放っといても楽しい青春を勝手に送ってくれるだろう。 

 

 

 一方、じゃあ中学時代にあまり上手く行ってない子たちは……?

 

 

 ……そう考えると、今日の相談会が企画された趣旨も理解できる。

 

 

「正規の行事ではありませんから、あまり形式に拘らなくて大丈夫です。状況に応じて、高咲さんがしたいと思った行動をしてくだされば」

 

「はぁ、了解です」 

 

 

 つまりサポートというか、何かあった時用の予備人員みたいな感じか。

 

 

「さて――」

 

 

 忙しそうな中川さんとは分かれ。

 会場となる空き教室の一つに到着する。

 

 相談会は既に始まっているようで、中・高両方の制服姿が多数見受けられた。

 

 

「……今のところ、特に問題はないようだな」  

 

 

 1対1の対面で相談に応じている者もいれば、座談会的に5人くらいで輪になって話しているスペースもあった。

 

 趣旨としては、とりあえず悩み相談で不安を解決することももちろんだが。

 それと同じくらい、新学期が始まるまでに知り合い・顔見知りを作るという点も重視されているように思う。

 

 知っている人が一人でもいるかいないかで、全然違うもんねぇ。

 

 

「でも俺、本当に今日来る必要あったのかね……」

 

 

 求められている役割としては、多分“特待生”のことや“海外留学”の件についてだ。 

 だが今のところ、それらについて聞いてみたいという学生はいないらしい。

 

 なので一度も椅子に腰を落ち着けることはなく。

 会場となっている空き教室を見回るため、廊下を歩くだけとなっていた。

 

 

 まあ、呼ばれたのはやっぱり保険・予備的な意味合いだったんだろう。

 ……だよね、中川さん?

 俺のこと嫌いで、嫌がらせで招集したとかないよね!? 

 

 

「――ん?」

 

 

 そうしてブラブラ歩きながら、中川さんの俺への好感度を疑っていると。

 女の子が一人、ポツンと立っているのが目に入った。 

 

 

 ― ― ― ―  

 

 

「…………」

 

 

 あれは……中学の制服、だよな。

 じゃあ新1年生か。

 

 ピンク色にも見える明るい髪色をした少女は、しかし。

 

 相談会の会場となる教室には入ろうとせず。

 下を向き、まるで足に根でも生えたようにその場に立ち尽くしていた。

 

 

 ……今日ここまで来ているってことは参加希望者、だよね?

 

 

「えっと。こんにちは」

 

  

 声をかけてみた。

 

 

「っ~!」 

 

 

 するとビクッと肩を震わせ、あからさまに驚かれてしまった。

 

 表情こそ変わらないものの。

 少女の視線は俺の胸元、制服やネクタイへと向けられる。

 そこで、さらに怯える雰囲気が強くなったように感じた。

 

 ……あっ、上級生で、しかも男だからビックリしたのかな?

 

 

「ごめんね、いきなり話しかけて。驚くよねそりゃ。よし、ならもう、こうだ――」

 

 

 先ほど中川さんの口から出ていたように。

 今日は正規の行事じゃなく、また春休み中でもある。

 

 なので思い切って、下級生に対し威圧感を生む服装は、可能な限り取っ払うことに。

 ジャケットを脱ぎ、学年を示す色付きネクタイもスルっと外した。

 

 

「袖もまくってっと――ふふっ、これじゃあもう不良さんだね。……俺、高咲翔。4月から3年生だね。君は?」

 

 

 怯える猫でも相手をするかのように。

 少し屈み、目線を合わせ。

 自分が怖い存在ではないと、できるだけアピールしながらの自己紹介。 

   

 その効果があったのか、少女からは想像していなかったような反応が返ってきた。

 

 

「はっ、はわ!? あわわ……てっ、天王寺(てんのうじ)璃奈(りな)、です」

 

 

 カーっと赤く染まった顔を、両手で覆い隠すようにする。

 

 しかし指と指の間隔を広げ。

 チラッと盗み見るようにしながらも、名前を教えてくれた。

 

 

 ……相当な照屋さんなのかな?

 

 

「そっか。じゃあ天王寺さん、どうしようか? 相談会に来たってことで合ってる?」

 

 

 中学の制服で今日、この時間に、高等部の校舎に来ている。

 それだけでも、そう判断するのには十分だった。  

 

 

「あっ、その――」

 

 

 天王寺さんも何かを、言おうとしていた。

 ……だが。

 

 

「――何でもない、です。……帰ります」

 

 

 喉まで出かかったものは言葉にならず飲み込まれ。

 代わりに。

 予め決まっていたかのような、機械的な応答のセリフが吐き出されてしまう。

 

 ……今の天王寺さんには、そんな暗い雰囲気があった。

 

 

「ちょっと待って!」

 

 

 反射的に呼び止めた。

 何か考えがあったわけではない。

 

 だが今にもどこかへと駆け出し、消えてしまいそうな天王寺さんを、放ってはおけなかった。

 

 

「……?」

 

「えっと、その――あっ! ならさ、俺も丁度サボろっかなって考えてたところなんだ。だからちょっと付き合ってくれない?」

 

 

 中川さんが言ってくれた“自由に行動してほしい”という言葉通り、ありがたくフリーで動かせてもらうことにする。

 

 そうして閃いたアイデアを実行すべく。

 一枚の紙を、脱いでいたブレザーから取り出したのだった。

 

 

 ― ― ― ―

 

 

「お~! ジョイポリ、メッチャ久しぶりだなぁ~」

 

 

 渋りそうな天王寺さんを何とか説得し。

 二人でジョイポリスへとやってきた。

 

 子供の時に侑や歩夢ちゃんと来て以来だから、随分と懐かしい気がする。

 

 

「無理言って付いてきてもらってごめんね。割引券、年度内が有効期限だったからさ。使わないともったいなくって」

 

     

 それは嘘でもなんでもなく。

 早く使わないととずっと思ってたが、使う機会がなかった。

 

 1枚につき2人までしか割引を受けられないので、誘える友人のいない俺には……うん。 

 侑と歩夢ちゃんがくれたものだし、その二人に使ってくれと返却するのもおかしいからねぇ。 

  

 

「……別に。大丈夫、です」

 

 

 気のないというか、関心のなさそうな返答。

 だが一歩エントランスから中に入ると、全然違った。

 

 非日常が演出されている周囲へ、天王寺さんはキョロキョロと視線を行き来させている。

 どことなく体の動きもソワソワしている、かな?

 

 表情の変化は殆ど感じられないが、ワクワク感を持ってくれていることは確かだった。

 

 

「そっか……それはよかった」

 

 

 天王寺さんが嫌がっていないことにホッとしつつ。

 その隙に、ちょうどさっき来たばかりのメールに目を通す。 

 

 

 ――――

 

【差出人:中川さん】

 

 

 相談予定だった生徒の方に付き添われるとのこと、承知しました。 

 

 何度も申しました通り非正規の行事ですし、ちゃんと連絡もくださいましたから問題ありません。

 むしろ内部進学組の新1年生が持つ不安を解消するという、今日の趣旨に則る行動ともいえるでしょう。

 

 気になさらず。 

 高咲さんが思うように、その生徒さんにとことん向き合ってあげてください。

 

 ――――  

 

 

「…………」

 

 

 中川さん、良い人だよなぁ。

 真面目・お堅い一辺倒かと思えば、こうした柔軟性もちゃんと兼ね備えている。

 そして何よりこの文面から滲み出ているように、静かだが内に秘めたる燃えるような熱さ。  

 

 やはり彼女を生徒会長として推せたのは良かったなと、改めて再認識した。

 ……後は俺を嫌ってる疑惑が無ければ最高なんだけどなぁ。

 

 

「――よし! せっかく来たんだ、どんどん遊んじゃおう!」

 

 

 テーマパークが天王寺さんへかけてくれた魔法や、中川さんに感謝しつつ。

 早速アトラクションを巡っていくことに。

 

 

「ぬおぉぉ~!!」

 

「……!!」

 

 

 世界的にも人気のキャラとタイアップした、体験型の陸上アトラクション。

 

 この前の侑や歩夢ちゃんに対してのように。

 俺が負ければアイスか飲み物を奢ると言って煽ると、天王寺さんは面白いように乗ってくれた。

 

 ランニングマシンのようなベルト上に乗って、時に全力で駆け。

 時にはマシンに付属するボタンを押しながら、幅跳びやハードル走を体験。 

 

 ……運動能力的には年長の意地を見せていたが、総合結果で普通に負けた。

 

  

「天王寺さん、協力プレイだ!」

 

「……敵対していた相手との共闘。激熱展開!」

 

 

 スケボーで使うような半円のボードに二人で乗り込み。

 振り子のようにスイングする度、タイミングよく足のペダルを踏みこむ。

 

 勝敗ではなくどれだけポイントを稼げるかの超人気アトラクション。

 天王寺さんはまた夢中になって楽しんでくれた。

 

 

「っ!! ……コラボキャラの限定フレーム。これは是が非でもクリアしたい」

 

「このアニメは見たことないけど。……へぇ~今度は謎解きアトラクションか、面白そうだね」

 

 

 クリアするとその記念写真が撮れるらしい。

 歩夢ちゃんのプリクラの一件があったから、写真一つといっても軽視はできないな。

 

 

「あっ――……その、ごめんなさい」

 

 

 だが何故か、唐突に。

 天王寺さんから謝罪を受ける。

 

 さっきまでかかっていた魔法から我に返ったというようにハッとして、天王寺さんはすぐに下を向く。

 

 

「えっ、どうしたの突然」

 

「……男の人に、アニメとかゲームのキャラの話して。そういうのを力説する女は気持ち悪いとか、不快に思うだろうから」

 

 

 あ~なるほど。

 

 要は前世の価値観でいう男が異性に、二次元の美少女について熱弁するみたいなことか。

“俺、彼女いるんだ! 照れ屋で全然画面から出てこないけど……”みたいな?

 

 お互いに気心知れた仲ならともかく、初対面でそれをやるのは流石に引かれることもあるだろう。

 

 このあべこべ世界だと。

 女性がそれをやったら、男性から白い目で見られるというイメージが根強いのかな。

 

 ……まっ、俺は全くそんなイメージないけどね。

 

 

「全員が全員そうじゃないと思うよ?」

 

 

 安心させるように、笑顔で天王寺さんに語り掛ける。

 

 

「少なくとも、俺はアニメも見るしゲームもする。ラノベだって読むよ。それで話が合う人って全然いなくて」

 

 

 侑と歩夢ちゃんを除くと、学園では本当そっち系の会話ができる知り合い0だからなぁ~。

 ……いや、知り合い自体がそもそも少ないとか、そういう話は良いんだよ。

 

 まさか人間関係の構築には転生チートが通用しないとは……!

 

 

「だから、天王寺さんとゲームやアニメキャラの話ができて楽しいよ。これからもまたどんどん聞かせて欲しいな」    

 

「あっ、“これからも(・・・・・)”――うんっ!」

 

 

 やはり表情の変化自体は少ない。

 

 だがそれでも。

 天王寺さんが心から喜んでくれているということは、一目見ただけですぐに察することができた。

 

 声の弾み方や細かな仕草も含めて判断すると、むしろ天王寺さんはかなり分かりやすい方だと思うなぁ……。

 

 

 ― ― ― ―      

 

 

 一通りアトラクションを体験して。

 出入り口付近にあるアイスを買って締めくくることに。

 

 

「なんだこの粒々は!? これが次世代のアイスなのか!?」

 

 

 大きな1つの固形型ではなく、カップに無数の小さな粒が集まった不思議なアイスだ。

 口に含むとサラサラとし。

 歯や舌に張り付く感じが、また童心を思い出させてくれて楽しい。

 

  

「天王寺さん、どう? そっちのって味は違うんだよね?」

 

 

 前回の歩夢ちゃんの時と同様、しっかり敗者としての約束を守り。

 アイスを奢ったのだが、対面にいる天王寺さんからは反応がない。

 

 チラと顔を上げると、目が合った。

 

 アイスはそのままに。

 テーブルに肘をつき、手のひらに顎を乗せてボーっとしている。

  

 こちら、というか。

 俺をジーっと見てるっぽい。

 

 ……何?

 口内にアイスが張り付いた姿がそんなに滑稽ですかい、お嬢さん?

 

 

「……天王寺さん? おーい」

 

「……あっ――っ~!」

 

 

 呼ばれ、目が合ったことに気づいて。

 ようやく我に返ったように、天王寺さんはハッとする。

 

 直後、言葉にならない声を上げたと思うと、恥ずかしそうに頬を赤に染め。

 

 さらに手で顔を覆い。

 しかしやはり、指の隙間からチラリとこちらの様子を覗いてきた。

 

 ……やっぱり反応が分かりやすいし、可愛いな。

 

 

 

「ふぅ~今日は遊びに遊んだなぁ~!」

 

 

 外はもう暗くなり、建物の明かりが東京の街を彩り始めている。

 侑や歩夢ちゃん以外の人とここまで遊びつくしたのは初めてかもしれない。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

 楽しい1日が終わってしまう寂しさや名残惜しさがあり。

 しばらく無言で二人、余韻に浸る。 

            

 それも気まずい沈黙ではなく。

 周囲の喧騒を耳にするだけで心地よい時間だということすら、天王寺さんとの間で共有できている気がした。

 

 

 だがやはり終わりはやってくるもので……。

 

 

「――あの、高咲さん。……ありがとう」

 

 

 天王寺さんは不意に、歩きながら振り返り。

 恥ずかしそうにしながらも、しっかりと思いを言葉にしてくれた。

 

 

「私、この表情のせいでずっと友達できなくって。高校でも上手くやっていけるか凄く不安だった」

 

 

 だからこそ、今日の相談会にやってきたという。 

 しかし最後の最後で、やはり怖くなって帰ろうとしたのか。

 

 ……人によっては、だ。

 そうした相談会に出席しようとすること自体、そもそもハードルが高いという場合もあるからねぇ。 

 

 

 なのに天王寺さんは今日、それでも勇気を振り絞って。

 自分を変えようと、その直前まで足を運んでくれたんだ。

 

 ……その努力に、頑張りに。

 少しでも応えてあげられたのなら嬉しい。 

 

 

「……でも。今日のことで、頑張ろうって。そう思えたから」

 

「そっか。……じゃあ今度はちゃんと1年生になったら、お祝いにまた一緒に来ようか」

 

 

 その場しのぎや社交辞令の言葉などではなく。

 本心からのお誘いだと、天王寺さんにもちゃんと伝わったらしい。

 

 

「ぁっ――うん!」

 

 

 高揚感を全身に滲ませ。

 弾んだ声で、力強く頷いてくれた。

 

 

 その後。

 新年度用の新たな割引券を獲得することから始めるかなど、具体的な計画の相談を楽しみながら帰路についたのだった。

 

 

 




書くにあたって1期の6話、何回か見返しました。
本当、エモエモすぎますね……。

アイス食事中にハッとした後の赤面チラ見や、入口前で振り返っての照れ「……ありがとう」はMVを参考にしてます。

6話で愛ちゃんへと渡すことになるであろう割引券は新年度用だろうからと、璃奈ちゃんが高校に上がる直前でのお誘いなら矛盾しないかなとこうした展開になりました。
つまりお話外で二人が入手することになる割引券の内1枚がそれに……という感じですね。

同じく6話でのVRゲーム後、歩夢ちゃんから「来るのは子供の時以来」的な発言があったので、侑ちゃんと翔君も同じく子供の時以外にはジョイポリスに来てない設定となってます。


着々と原作開始に近づいてますね!
当初の想定通り9人それぞれとの絡みを書いて、ちょうどスタートぐらいになりそうです。

次は果たして小悪魔系の後輩か、はたまは大女優系の後輩か!?



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