とある外星人と禁書目録【シン・ウルトラマン×とある魔術の禁書目録】 (ジョニー一等陸佐)
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第1話 プロローグ、あるいは科特隊出撃せよ

 

 

推奨BGM:ウルトラQのメインテーマ、または初代ウルトラマンのテーマ

 

 

 

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 無限に広がる宇宙。そこに浮かぶ星々の一つ、地球という惑星に一つの国が存在している。

 日本。

 1億2000万人近くが住むその国は何十年か前に大戦を経験し、その後も紆余曲折あったが現在では平和と繁栄を謳歌していた。

 そして、その島国の首都近郊に一つの特異な都市が存在していた。

 学園都市。

 東京都西部を丸ごと開拓して作られたその巨大都市はあらゆる研究学術教育機関が集結し且つ周囲を壁に囲まれた、閉鎖性の高い独立した科学都市である。内部の技術は外の世界の2,30年は進んでいるとされ、また、その名にあるように230万人の人口の8割近くが学生で占められそれらがこの学園都市の特殊性を高めていた。

 だがこの都市の特異な部分、本質は別にある。

 「超能力」。

 長らくおとぎ話、SFの産物と考えらえていた超常現象であるそれを、学園都市は開発に成功し、その年に住まう学生たちを対象に超能力者の育成と研究に邁進していた。

 とはいえそうした要素を除けばそこに住まうのは普通の青春を謳歌する学生たちである。

 日本も学園都市も、平和と繁栄を謳歌し、多くの人々は日々の日常を何事もなく普通に過ごしていた。

 日本に奴らが、「禍威獣」が現れるまでは。

 そしてあの日、宇宙からとある来訪者が来るまでは――

 

 

 

 

 

 20XX年。

 東京都西部、学園都市付近に巨大不明生物出現!

 政府と学園都市は巨大不明生物を「ゴメス」と命名。

 その破壊活動により、学園都市を含め周辺に想定をはるかに超える甚大な被害が発生。

 自衛隊が出動し、総力戦でついにゴメスを駆除。

 

 再び巨大不明生物、出現。

 巨大不明生物第2号 命名「マンモスフラワー」。

 官民学の総力を上げマンモスフラワーの弱点を発見、炭酸ガスと火炎放射の両面攻撃により駆除に成功。

 

 三度巨大不明生物、出現。

 巨大不明生物第3号 命名「ぺギラ」。

 ぺギラは冷凍ガスを放出、東京及び学園都市氷河期!大パニック!都市機能がマヒ!未曽有の事態に。

 その後、女性生物学者の弱点発見が決め手となりぺギラを駆除。

 

 超自然発生巨大不明生物から敵性大型生物「禍威獣」と改名。

 

 敵性大型生物第4号 飛翔禍威獣「ラルゲユウス」。

 学園都市の部隊と自衛隊が出動するも、ラルゲユウス、取り逃がす。

 現在も消息不明のまま、禍威獣にステルス機能か。

 

 日本政府、学園都市と共同で防災庁を設立。

 同時に禍威獣災害対策復興本部を設立。

 防災庁内に5名の専門家による禍威獣特設対策室、通称「禍特対」を設置。

 

 敵性大型生物第5号 溶解禍威獣「カイゲル」。

 禍特対初出動。

 自衛隊との連携攻撃によりカイゲルの駆除に成功 禍特対に称賛の声。

 

 敵性大型生物第6号 地底禍威獣「パゴス」。

 パゴス、放射性物質を捕食 放射性物質捕食禍威獣と改名。

 禍特対の指揮により、パゴスの駆除に成功。

 

 

 

 

 

 そして、現在…

 

 

 

 

 

 「…不幸だ」

 

 学園都市。

 七月半ばのとある日、空の真上から太陽が街をその強烈な光と熱で照らし、熱波と行き交う人々で覆われた街中に一人の少年の独り言が静かに響く。

 ため息をつきふらふらと歩く少年の名は上条当麻。高校一年生の学生である。時期的には終業式と夏休みが近づき、本来なら明るい顔をしていそうなものだが実際には非常に切実な問題が切迫しておりそれが前述した彼の独り言に繋がっていた。

 

 「…まさか奨学金の支給が突然先延ばしになるなんて。それまでの数日をどうやって過ごせばいいんだ…」

 

 生活費である奨学金の支給が、諸事情により先延ばしにされたのである。平凡な学生である上条に支給される奨学金ははっきり言って貧相なものであり、それは節約生活、貧乏生活の強制という形で彼を圧迫していた。

 ここ数日もやしやくず野菜ばかりの食事の生活が続いていた上条にとって、今日この日は本来、待ちに待った奨学金の支給日のはずだったのだが、胸を弾ませてATMを見れば残高は増えておらず、スマホで学校からのメールを見れば、システムエラーだか何だかで支給が先延ばしになったという。

 おまけに絶望とショックと共に銀行を出た途端、知り合い…というより因縁のある電撃系の能力者の女子中学生に出くわし、追いかけられ撒いたと思ったらいつの間にか、わずかな頼みの綱の財産が入った財布を無くし…もう、散々である。

 そういうわけで自宅である学生寮へ向かってトボトボ歩いていた上条。

 赤信号で立ち止まった拍子にふとある光景が目に留まる。

 

 「数日前も見かけた気がするけど。まだ治ってなかったのか。珍しいな…」

 

 目の前にあったのは防音シートで覆われた工事現場。正確には鉄筋コンクリートの残骸が大量に山積みになり、その隣で残骸の運搬や、新しい資材の運び込みが行われている。

 元はアパートか何かのビルがあったのだが、ある出来事によって見るも無残に粉砕され撤去と修復の真っ最中だった。

 「禍威獣」。

 その出現と破壊活動によって。

 どれくらい前のことだっただろうか、それが現れたのは。

 その時この区画では大規模な工事が行われていたのだが。

 地面の大規模な掘削を行った拍子に、まるで火山の噴火のように地面を割って、巨大不明生物が出現。まるで数億年前の恐竜を思わせる巨大なそれは、出動した部隊の応戦をものともせず周囲の町を破壊して回り、壁の外、東京西部まで侵攻。人的物的共に甚大な被害をもたらした。後になって「ゴメス」と名付けられたそれは結局、出動した自衛隊の総攻撃によって駆除されたのだが、その時ゴメスが暴れまわって破壊されたのが今上条のいるこの区画なのだった。

 その後また別の巨大不明生物が現れたとか、その巨大不明生物が「禍威獣」と命名されたとか、政府と学園都市が共同で防災庁と禍特対を設置したとか色々な動きがあったのだが。

 とにかく、街が破壊され人々は復興に着手しなければならなかった。

 周囲より科学技術の進んでいる学園都市である。

 街の復興と建設は凄まじいスピードで進み、本来なら完全に復興しこうした建築現場は見られないはずだが。

 まだちらほら復興の工事最中の場所があるようだ。後回しにされたのか、それともその後続々と現れた禍威獣が影響しているのか――

 

 (まさか奨学金の支給が遅れてるのも禍威獣が原因じゃねえだろうな…)

 

 なんてことを上条がぼんやりと考えていた時だった。

 ブー!ブー!!ブー!!!

 と。

 上条のスマホがけたたましく鳴り響いた。

 

 「ッ!?」

 

 一瞬驚く上条。

 が、周囲の人々も怪訝そうな、驚いた表情を見せるが次の瞬間次々と、人々のスマホのアラートがけたたましく響く。その時になって上条はこのアラート音が警報を表すものであることを思い出す。

 慌ててスマホを取り出し画面を見る。

 そこにあったのは、「禍威獣」の文字と、避難指示の文章。

 それが意味するものを理解するのと同時に、巨大な揺れが襲い掛かった――

 

 

 

 

 

 学園都市第7学区のとある学校。

 普段なら学生たちの騒がしい声が響くその場所は現在非常に騒がしい喧騒を見せていた。

 体育館には仮設の避難所が設けられ、グラウンドには無数のテントや装甲車が並び、あるいはヘリコプターがしきりに離着陸を行っている。テントと校舎の間を学園都市の治安組織である警備員(アンチスキル)や迷彩服を着た自衛隊員がしきりに行き来し、さながら学校はまるで仮設の駐屯地の様相を見せていた。

 本来学びの場である施設がなぜこのような喧騒を見せているのか。学校から数キロ先に目をやればその答えと明らかだった。

 ――禍威獣が現れたのだ。

 校舎から数キロ離れた場所、そこでは建物が次々と倒壊し粉々になっていた。いや、正確にはされていた、というのが正しい。一見すると巨大な建物が次々と、勝手に煙を立て粉々に粉砕し倒壊しているように見える、よくよく目を凝らせばその破壊は一直線に進むように行われており、「巨大な何か」が進撃してそれゆえに破壊が進められているのだと分かる。

 異変が起きたのは数時間前。

 学園都市の近郊、山間部に巨大な何かが現れた、地響きや雷が発生した…そんな通報と共に目に見えない巨大な何か、が進路上の施設を破壊しながら学園都市内を進撃しているのを確認。禍威獣が出現したと判断され直ちに周辺に避難指示を発令。同時に学園都市の治安部隊及び付近の自衛隊が出動し現場に対策本部を設置、そして現在に至る。

 既に対象地域における避難はほぼ完全に完了しており、学区内はほとんど無人だ。しかし脅威が消え去ったわけではない。

 グラウンドに設置された無数のテントの一つ、内部には無数のパソコンや機器が設置され警備員や自衛隊員の指示や報告が飛び交い相変わらず喧騒に包まれている。

 そんなないささか異彩を放つメンバーがテーブルとパソコンを囲み喧騒の中に加わっていた。

 彼らは4名、うち3名が男性1名女性。周囲が迷彩服か装甲服を着用する中、全員スーツを着用し胸には流星をかたどったピンバッジを、腕には「SSSP」と記された腕章を身に着けている。

 彼らは「禍威獣特設対策室専従班」――通称、禍特対。この国に禍威獣が現れて以来、その対処のために設立された専門の組織。その少数精鋭のチームが現場にて禍威獣の分析を行い、時には部隊の指揮を行い現在の事案の対処にあたっていた。

 今回現れた禍威獣は巨大だが光を透過しているのか電子イオンの働きか、巨大であることは分かっているが透明で肉眼では姿が見えない。だが…

 

 「サーモグラフィーにはばっちり姿形が映ってるわね…」

 

 メンバーの一人、汎用生物学者の船縁由美がパソコンを見ながらつぶやく。

 画面には上空からサーモグラフィーで街を撮影した画像が映っているが、そこにはトカゲか恐竜のような巨大な赤い影がはっきりと映りこんでいる。

 どうやら自身の体温まではごまかせないようだ。

 

 「それって透明の意味ないじゃん…」

 

 この事実に非粒子物理学者の滝明久が思わず突っ込む。

 

 「とにかく、実体が確認できる以上は対処しやすい。問題はどのような攻撃が効くかだが…」

 「陸自の特科部隊か警備員のヘリ部隊による攻撃を検討しましょう」

 

 答えたのはチームの長、専従班班長の田村君男だった。

 田村が周囲の隊員に指示や受け答えをする中、向かいに座る作戦立案担当官、神永信二が彼に答える。

 

 「室長から連絡です、先ほど禍威獣の正式名称が決定したとのことで…」

 「どんな名前だ?」

 「透明禍威獣ネロンガと」

 「由来は?」

 「防災大臣の趣味だそうです」

 「…」

 

 一瞬白けた空気になるが気を取り直し再び画面に見入る。

 禍威獣ことネロンガは変電所施設に到達していた。サーモグラフィー画面に映るその姿に動きは見られない。

 

 「?動きを止めた?」

 

 瞬間、変電所の周囲の空気がバチバチと大規模な放電を見せた。直後、今まで透明だったネロンガがその巨体の透過を解き、その実態を肉眼に露にする。その全体像は鈍重なトカゲのようであり、頭には際のような角と二本の触角が確認できる。

 ネロンガが姿を現すと同時に、再び放電が発生、その稲妻は巨大な角に吸い込まれていく。これではまるで――

 

 「こいつ電気を食っているのか!」

 

 田村が驚きの声を上げた。

 どうやら電気がエネルギー源のようだ。同時に、電気を吸うと姿を現す性質があるらしい。

 

 「ますます透明の意味ないじゃん」

 

 そのことに滝が思わず突っ込みの言葉を言い、

 

 「エネルギーを奪った上で巨大な姿を現して威圧するのは理にかなっている」

 

 神永が別の評価をする。

 そんな中、陸自のMLRSによる攻撃が開始されたと報告が入る。

 パソコンの画面にはネロンガ目掛けて発射されたロケット弾の弾道と上空からの監視映像が映し出される。

 空を切るような音が迫り、ロケット弾がネロンガに着弾する寸前、ネロンガが触覚から電撃を放射。ロケット弾が空中で次々と炸裂する。

 

 「放電か…この分だと空中からの攻撃は迎撃されそうだな…」

 「班長、行動シミュレーションの結果が出ました。このままだとネロンガは日本中の電力を吸収し、一気に放電を行う恐れがあると…」

 「ますます厄介だな…!」

 

 田村がうめきながら天を仰ぐ。

 頭を抱えているのは禍特対の面々も同様だ。

 

 「自身への感電による自滅を狙うか、満腹になるのを待つのは…」

 「そもそもどれくらい電力を吸収するのかわからん、猶予はないぞ」

 「今まで禍威獣に麻酔が効いたためしはないし、体に穴は開けてくれそうにないし」

 「今までの禍威獣も、物理攻撃はおろか、学園都市ご自慢のレーザーもなかなか効かなかったし…」

 

 禍特対の面々が議論をする中、表情一つ開けずにパソコンを操作していた神永がふとある映像に気付く。学区内の監視カメラの映像だ。

 映像には小学校低学年らしき少年とその手を引いて走るツンツン頭のが特徴的な高校生らしき少年が映し出されていた。その様子や焦った表情などからして避難に遅れたらしい。

 

 「避難が遅れた民間人がいます、確保しに――」

 

 神永が立ち上がったその時だった。

 自衛官の慌てた様子の声が響いた。 

 

 「峯岡山のレーダーサイトより報告、大気圏外より飛来中の飛翔体あり…こちらに向かっています!!速度、時速12000キロ!」

 「飛翔体急速に減速!」 

 

 

 

 

 

 上条当麻は焦っていた。

 手には見知らぬ、全く関係のない小学生の手が握られており、彼を連れて上条は全力疾走の真っ最中だった。

 

 「ああクソっ、ここもがれきで塞がれてやがる…」

 

 上条は小学生を連れ、学区からの脱出と避難場所への到達を目指して全力疾走していたが、行く先々でネロンガの破壊活動(といってもその巨体で進んでいただけだが)による瓦礫で道が塞がれるという事態に陥っていた。

 本来なら上条はあスマホの警報が鳴った時点で学区を離れ避難場所にいたはずだった。

 だが、緊急事態が起こると人というのはパニックになりやすいし、すぐには体が動かない。群衆ならなおさらだ。

 それに彼にはお人よしの性格があった。

 逃げ惑う人々の波にもまれ、倒れた人を抱き起したりしているうちに結果として彼は――逃げ遅れた。

 気付いた時には人がほとんどいない街中に残されていた。とはいえその時点でもまだ全力で避難していれば間に合っただろう。

 だが彼はその道中で、道に迷ったか群衆にもまれて転んだりでもしたのだろう、その場にうずくまり泣きじゃくって逃げ遅れてしまった小学生を見かけた。あるいは見かけてしまった。

 こうなるとその性格上彼は放っておけない。

 気付けば彼のもとに駆け寄り、どうにか介抱し色々駆け回っているうちに、とうとう本当に逃げ遅れてしまった。

 

 (クソ、どこの道も瓦礫で塞がって、その上どこがどこだが分からねえ…このままじゃ本当に)

 

 地図を開こうにもどういうわけかスマホが正常に動かない。

 上条が舌打ちをして空を仰いだ時だった。

 

 「!?」

 

 忌々しいほどに雲一つない快晴の空。その青空の一点、何かが光っていた。それはますます輝きを増し。空を切るような、ゴォッという爆音を響かせ、それはますます大きくなってく。例えるなら、まるで隕石かミサイルが猛スピードで落下してきているかのような。

 そしてそれは、上条の目にはこちらにめがけて落下してきているかのように見えた。

 

 「やばい…!」

 

 何かが猛スピードで落下していると悟った上条がとった行動はシンプルだった。

 彼は素早く小学生の小さな体を抱きかかえると、そのまま彼に覆いかぶさるようにその場にうずくまった。

 その瞬間。

 

 ドォンッ!!

 

 と。

 凄まじい衝突音が響いた。

 同時に全身に響くような内臓ごと揺れているかのような強烈な振動、そして猛烈な爆風と破片が飛び交うのをを感じる。

 

 「ぐあっ――」

 

 これは、まずいと感じた瞬間。

 何かの瓦礫が猛スピードで飛んできたのだろうか、上条は後頭部に何かの物体が衝突したような、何本もの金属バットで一気に殴られたかのような衝撃を感じ。

 そのまま意識を失った――

 

 

 

 

 

 同時刻、対策本部。

 大気圏外からの飛翔体の報告。

 それからほとんど間を置かずして突如として爆音が響き渡り、衝撃と強烈な振動がテント内にかけわたる。

 天井の蛍光灯が大きく揺れ、テーブルから備品が落下する。

 突然の事態にテント内の喧騒はさらに激しくなり悲鳴を上げるものさえ出た。

 監視映像には街中に何かが衝突したかのような、あるいは噴火のような巨大な煙と粉塵が巻き上がっている様子が映し出されている。

 

 「何が起こった!?状況は!?」

 

 テーブルにしがみつきながら叫ぶ田村に滝と船縁が必死にパソコンにしがみつきながら叫ぶ。

 

 「ネロンガの付近に飛翔体が落下した模様!」

 「新たな飛行禍威獣か!?」

 「分かりません…いえ、待ってください!降着です、対象物が動いています!」

 

 振動が収まると同時に映像のぶれもおさまる。粉塵の中から何かがうごめいているのが確認できた。

 

 「これは…何だ?」

 「さあ…巨人としか言いようが…」

 

 粉塵が薄れていき同時に中でうごめいていたものの姿が明らかになる。

 

 

 それは、人の形をしていた。

 大きさは5,60メートルはあるだろうか。前身は銀色に光り、さながら神話の時代に出てくる巨人のようだ。アーモンドのような目、頭にはとさかのようなもの――全体的な形こそ人型、巨人だがそれでも異業と呼ぶに十分なものだった。

 だが同時に田村はその巨人にこれまでの禍威獣とは違う何かを感じた。

 まるで知性を持っているかのような印象。

 そして何より。

 美しいとどこかで感じる自分がいた。まるで仏のような優しさと美しさを感じさせる優美な姿形。

 一瞬見とれる。

 

 「…?」

 

 一瞬田村は違和感を感じた。

 巨人がその首を少し回しどこかを見つめるような様子を見せた。それに違和感を感じた。

 その巨人が何か気になるものを見つけたかのよう

 一体、彼は何かを見たのだろうか。そうだとすれば、何を?

 巨人が再び正面を向く。その視線の先にはネロンガの姿。

 ネロンガがその巨人目掛けて触覚から放電を放つ。が――

 

 「嘘だろ、効いてないのか!?」

 

 驚愕の声を上げる滝。

 明らかに数億ボルト以上はあるであろう放電。その直撃を巨人が胸部に受け続けるも、その巨体の表面に傷ひとつ見受けられず。全くの無反応であった。

 

 「ネロンガ、再び透明化、後退します!」

 

 長時間に渡る放電ののち、全く無反応の巨人に危険を察知したのだろうか、ネロンガが再び透明化する。

 次の瞬間、巨人が動きを見せた。

 巨大な右手を構え、左腕を伸ばす。

 

 「巨人の腕に高エネルギー反応!」

 「今度は何を…?」

 

 田村が怪訝な顔するなか、映像の中で巨人は伸ばした腕を曲げクロスさせる。

 次の瞬間。

 巨人の右腕から、巨大な光線が放たれた。

 瞬時に光線は、先ほどまで目視でネロンガのいた場所に着弾、同人に連続するように当たり一体が爆発に包まれた。

 先ほどの飛翔体の衝突時に匹敵する衝撃が響き渡る。

 

 「今度は何だ!」

 

 耐え兼ねたのか、光線を受け続けた場所からネロンガの姿が再び露になる。どちらが優位であるかは明らかだった。そして、次の瞬間。

 ネロンガの巨体が爆発。

 当たり一体に爆煙と粉塵が上がる。

 やがて煙が薄れていくとそこにあるのは爆心地のような瓦礫跡だけでネロンガの巨体は跡形もなく消滅していた。

 その事を確認したのだろうか、銀色の巨人は再び首を回し何かを見るかのような仕草をした後、両手を上げた。

 直後、その巨体が浮かび上がったかと思うとそれは急速に高度を上げ、天空へと上っていく。

 白い傘のようなもので一瞬覆われたと思ったら、遅れてドンという音が地上に響く。音速を越えたのだ。

 そのままあっという間に巨人は大空へと去っていった。

 

 「…対象、レーダーからロストしました」

 「何だったんだ、あれは…」

 

 本部が混乱に包まれる中、田村の言葉が響く。それはその場にいる全員の総意だった。

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、学校に設けられた避難所に二人の人物が訪れた。

 避難し遅れた上条と小学生だった。

 二人に異常は見られなかった。

 あえて奇妙な点をあげるなら。

 小学生を抱き抱える上条の体に傷は一つもなく。

 その顔は妙に無表情で、まばたき一つしていなかった。

 

 

 

 

 

 こうしてこの日、また一つの怪獣が現れ、駆除された。しかし人間の手によってではなく、とある来訪者の手によって。

 その出会いが何をもたらすのか人々はまだ知らない――



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第2話 禍特隊

 東京、霞が関。日本を代表する官公庁が集中しこの国の中枢ともいえるこの地域に、禍威獣による災害対策のための防災庁及びその専従組織である禍威獣特設対策室専従班、通称「禍特対」が置かれている。

 その禍特対に新たなメンバーが加わろうとしていた。

 

 「本日付けで、公安調査庁より禍威獣特設対策室専従班に配属されました。浅見弘子です」

 「班長の田村だ。よろしく頼む」

 

 禍特対専従班のリーダーである田村の目の前には新たに配属された女性が立っていた。

 彼女の名前は浅見弘子。

 公安調査庁から出向してきた彼女は禍特対専従班の分析官を務めることになっていたが、もう一つ彼女が配属された目的があった。

 

 「例の銀色の外星人、その対策を本格的に行うことになった。君にはその外星人の分析を行ってもらう」

 

 銀色の外星人。

 浅見が配属される先日、学園都市に出現した禍威獣ネロンガのもとに突如として飛来した謎の巨人。

 その巨人は他の禍威獣とは違い、市街地を破壊して回るのではなくネロンガに光波熱戦を浴びせ爆発四散させた後、再び空中へ飛び去って行った。

 分かっているのはその巨大な容姿のみ、飛行原理、光波熱戦の原理、目的も来訪の方法も不明。

 そんな突如として現れた何もかも不明な存在に政府や関係組織が慌てふためくのは無理もなく。当然のことながらこの巨大な外星人に対する対応が直ちに防災庁及び禍特対に求められた。

 その外星人に対するアナリストに最適であるとして公安調査庁に所属する浅見が抜擢されたのだ。

 

 「他の禍威獣と違って、巨人の行動には知性が感じられた。あくまで印象に過ぎないが」

 「いえ、印象も重要な要素です。分析の参考にさせていただきます」

 

 彼女が椅子に座ると隣に腰掛けていたメンバーの一人、汎用生物学者の船縁が笑顔で話しかけてきた。

 

 「霞ヶ関の独立愚連隊へようこそ~。私は船縁。船縁由美。文科省から出向、汎用生物学専攻の――

 「ついでに加えると配偶者あり。田村班長は防衛省が親元。出向前は防衛政策局に所属。彼は滝明久。城北大学からの嘱託で非粒子物理学専攻。予想通り、職場に自分の部屋を持ち込む所謂オタクね」

 

 笑いながら室内やメンバーを見渡して答える浅見。

 彼女の言う通り、室内には所々にサンダーバードなど昔懐かしの特撮番組のグッズやプラモデルが置かれている。これらはみなメンバーの滝の私物だ。

 

 「さすが公安、個人情報もバッチリね」

 

 称賛の声をもらった後、浅見は目の前の机を見る。そこには寡黙そうな男が座っており、黙々と資料を読み込んでいる。

 この男は作戦立案担当の神永信二。

 警察庁公安部の出身であること以外は、公安調査庁出身の浅見も把握しておらず、彼の秘匿性の高さが伺える。一応、チームの一員として今後浅見と行動を共にすることになる訳なのだが…

 

 「しょっちゅう一人で動くことが多くて、ここにいないことも多いのよ。私にもよく分からないんだけどね」

 「そうなんだ…浅見です、これからもよろしくお願いします」

 

 船縁の言葉にうなずく浅見。単独行動が多い男のようだが、船縁の言葉に非難する様子は感じられず、周りが特に咎めている様子は見受けられない。そういう男だと受け入れられているのだろう。そもそもこの禍特対に配属されている以上、能力はあるといえる。

 それにしても、どうにも無愛想で融通が利かなさそうな男だ。

 浅見のあいさつに気付き神永が顔を向ける。

 

 「神永だ。これからよろしく頼む」

 

 やっぱり無愛想そうだ。

 浅見はため息をついて神永に言う。

 

 「これからチームの一員として一緒に、時にはバディを組んで行動することになる訳だけど。ところであなた、そういうのに一番大事なことって何だと思う?」

 「?」

 

 いきなりの話に首をかしげる神永。

 浅見は続ける。

 

 「仲間やバディとして行動するときに大切なのは連携、そして…信頼が第一。お互い信頼していないとチームとしてうまく連携して一緒に動けないわ。ちゃんと、私があなたのこと信頼して一緒に働けるだけの仕事、してちょうだい?」

 「そうか、分かった。善処する」

 「…本当に?お願いよ?」

 

 資料を見た時から思っていたがやはり融通が利かなさそうだ。少なくともこの男とは難儀するかもしれない。

 そう思い浅見はため息をつくのだった。

 

 

 

 

 

 浅見がそんなことを考えているのとは裏腹に神永は別のことで考えに耽っていた。

 あの銀色の巨人のことだ。

 ネロンガを倒して去ったあの巨人だが、避難済みだったとはいえ、現れたのが市街地だったこともあり目撃者は少なくない。その為ある程度情報の秘匿をしているとはいえ噂は既に広がっている。宇宙から新たなに外星人が現れ禍威獣を倒した、政府か学園都市が秘密裏に対禍威獣の秘密兵器を創り上げた等々。

 正体を解き明かそうと躍起になっている政府や関係省庁と学園都市はもちろん、諸外国もかの巨人に関心を抱いており、特にアメリカ政府からは巨人について情報を提供するよう圧力を掛けられているという話だった。

 その巨人のことでひとつ、神永は引っかかることがあった。

 巨人がネロンガを光波熱戦で吹き飛ばしそのまま空中へ超音速で飛び去った後のことだ。

 校舎に設けられた対策本部が巨人のことや事後処理のことでてんやわんやになっていた頃、避難所に一人の少年が小学生を抱き抱えながらやってきた。

 それは飛翔体――例の巨人が学区内に猛スピードで衝突する直前に、神永が監視カメラの映像内で見かけ保護しようとした、あの避難に遅れたと思しき少年達だった。

 位置や状況からして明らかに衝突の衝撃に巻き込まれていたはずだったが、避難所に現れた二人は小学生はかすり傷程度で、彼を抱き抱えていた高校生の少年に至っては全くの無傷だった。

 避難所に来たのを見かけただけで特にこれといったことはしなかったが、それがどうにも違和感があり、神永は今でもその少年のことを覚えていた。

 ツンツン頭に白い半袖姿の高校生の少年。名前は確か上条といったか。

 しかしその姿と顔は妙に落ち着いた様子で、目は瞬き一つせず無表情で、とても年相応のその姿に似つかわしくない様子で、違和感があった。

 巨人の衝突に巻き込まれ、全くの無傷で、様子も違和感があった。巨人が去った後に現れ…ひょっとして、あの少年とあの巨人は何かかかわりがあるのだろうか?

 そこまで考え神永は己の考えを己自身で否定した。

 いや、まさか。いくら何でも話が飛躍しすぎだ。確かにあの少年に違和感は感じたが、まさかただの少年が禍威獣や外星人とかかわりがあるとは思えない。

 しかし違和感があったのも事実。そしてこういう勘は往々にして馬鹿にできないことも多い。

 …ひと仕事終わったら、昔の同僚に頼んであの少年について調べられないだろうか。

 そんなことを考え、神永は再び書類に目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 御坂美琴という少女は常盤台中学に通う女子中学生である。それも、ただの中学生ではなくこの学園都市では名の通っている少女である。

 というのもまず、この常盤台中学はただの中学校ではなく、学園都市の中でも5本の指に入る名門校であり、世界でも有数の女学校である。

 それだけでもこの御坂美琴という少女がただの中学生ではないことは明らかだが、彼女が名の通っている理由はそこではない。彼女の持つ能力にある。

 超能力の研究・育成機関である学園都市だが、一口に超能力といってもその種類、力量は千差万別である。この学園都市は超能力はその強さなどから5段階のレベルに分けられ、最上位のレベル5こそが「超能力者」と呼称される。そしてこのレベル5は学園都市でも7人しかいない。御坂美琴という少女は7人しかいない超能力者の一人、その第3位であり、故に学園都市において「超電磁砲(レールガン)」の異名で知られているのである。

 そんな彼女だが、目下気に入らぬ(あるいは気になってしょうがない)人間がいた。

 上条当麻という少年である。

 なぜその少年が気に入らぬかといえば、彼女が無視できない力を持っていたからだ。

 彼女の能力は電気を自在に操るというものだが、彼はどういうわけか彼女の電撃攻撃をことごとく打ち消してしまうのだった。何度も攻撃をしても、威力を挙げても、攻撃の仕方を変えても、上条はすべての攻撃をことごとく完全に打ち消してしまう。

 最初に出会ったのはいつだったか、それを知って以来御坂は何度も上条に挑んでは傷一つ付けられないのであった。

 そしてそれが気に入らなかった。自分より強い人間がいるということが。彼女は7人しかいないレベル5の一人であり中学生だ。プライドもあるし、意地になることもある。

 そうして彼に会うたび勝負を挑み結局傷一つ付けられず逃げられる日々が続いていた。そしてそれは今日この日も起こるはずだった――

 

 

 

 

 

 7月末、各学校では終業式や夏休みが始まっている夏のとある日、御坂美琴は学校が終わり、いつもの公園に来ていた。自販機で「メトロン」なる謎の飲み物を買おうとして、なかなか商品が出ず調子の悪い自販機を蹴り上げようとした時、彼女はベンチに腰掛けるツンツン頭の少年――あの上条当麻の姿を見つけた。

 

 「ちょっとアンタ!今度こそ私と勝負してもらうわよ!」

 

 いつものように彼に声をかけ勝負を移動を挑もうとしたところで、彼女は違和感に気付いた。

 上条の様子がいつもと違うことに気が付いたからだ。

 こちらに向けて顔を上げた上条の顔は瞬き一つせず、落ち着いた様子で、もっと言えば妙に無表情だった。

 彼女の知る上条は何かあるごとに不幸だと叫び呟き、何か落ち込んでいる様子を見せ、御坂に会えばビリビリと彼女を呼び面倒くさそうに対応し、かと思えばお節介なところがあり首を突っ込んでくる(そういえば彼女が上条と最初に出会ったのも不良に絡まれていた御坂を上条が助けようと飛び込んできたのがきっかけだったと思う)、そういうどちらかといえば騒がしい人間だった。

 だが今御坂の目の前にいる上条は、御坂の知っている上条ではなかった。

 ベンチにじっと座り、瞬き一つせず顔も無表情で静かな様子だった。

 見れば手には分厚い百科事典を手に持ちを尋常ではないスピードで次々とめくっている。

 上条の隣には分厚い百科事典や哲学書が何冊か積み上げられていた。どう考えても彼には似つかわしくないものだ。

 普段の彼ならこの暑い中汗を流して顔をしかめながら、猫背で歩き不幸だと呟きそうなものだが。

 目の前にいる上条は、自分の知る上条とは全くの別人に見えた。

 

 「…君は」

 

 ここで上条が御坂の顔を見上げながら静かに口を開いた。口調もいつもと違って落ち着いた様子で、その言葉と目は初対面の人間に会った時のような様子だった。

 

 「あ、その…ごめん」

 

 そんな反応は初めてで、思わず謝罪の言葉を口にしてしまう。

 いつもと違う様子、初対面のような反応。別人のような様子に御坂はまるで彼との距離が急に一気に開いてしまったかのような、そんな感覚を覚えた。

 

 「…隣、いい?」

 「構わない」

 

 居たたまれなくなり、かといってそのまま立ち去る気にもなれず、御坂は積まれた本を間にするように、上条の隣に座った。

 

 「…一体、どうしたのよ。いつもと様子が違うけど」

 「図書館に行っていた。資料を借りに」

 「…そう」

 

 淡々とした、ともすれば機械的な受け答えに御坂はどう接すればいいか戸惑う。

 

 「ところで先ほど勝負をしろと言っていたが。君とは敵対関係にあったのか?」

 「え?て、敵対?いや、そういうわけじゃ…」

 「では、なぜそんなことを?」

 「それは…別に…自分より強い奴が気に入らない、というか、なんというか…」

 「?」

 

 いきなり上条の口から敵対関係といういささか物騒なことを言われ御坂は困惑する。

 思い返せば確かに事あるごとに御坂は上条に勝負を吹っ掛けては追いかけまわし、時にはちょっとした騒動になることもあった。そして結局傷一つ付けられず何とか逃げられる、の繰り返し。

 では上条の口から出たように上条と御坂が明確な敵対関係なのか、といえばそうとも言えない。確かに気に食わないといえば気に食わないが、別に御坂は上条のことを殺したいほど憎んでいる訳ではないし、向こうも多分そうだろう。いつも勝負をしているわけでもなくくだらない会話ややり取りをすることもあった。見方によってはある意味じゃれ合いのようなものかもしれない。

 

 「はぁ…もういいわ、なんだかそんな気分じゃなくなっちゃたし。第一アンタ、私のことちゃんと覚えてるの?ほんと、いつもと様子が違うわよ。分厚い哲学書なんか借りて、いつものアンタだったらそこら辺猫背で歩きながら不幸だーなんて呟いてるわよ」

 

 ため息をつきながら御坂は上条に尋ねた。

 瞬き一つしない無表情で落ち着いた様子、初対面のような反応、本当に彼は上条なのか、ひょっとしてそっくりさんの人違いじゃあるまいだろうか。

 そんな風に考える御坂に上条は静かに口を開く。

 

 「…知っている。君が、御坂美琴だということは」

 「へ?」

 「ただ…よくは知らない。君がどういう人間なのか、どういう関係なのか。詳しいことは知らない」

 「…」

 

 御坂がどういう人間なのかは詳しく知らない、という上条の言葉に一瞬、御坂は考え込んでしまう。

 彼は自分のことをよく知らないといったが、そういえば自分は彼のことをどれだけ知っているだろうか。何が好きで、何が嫌いで、家族はどこに住んで何をやっていて…

 知り合いではある。会うたびに勝負を仕掛け時には会話をし…しかし、互いのことをよく知っているかといえばそうではなく、改めてそのことを考える。

 

 「敵対関係でないとすれば、友人か?」

 「へ?友人?いや、まあ確かにアンタとは知り合いの関係っちゃあ関係だけど」

 

 突然の言葉に若干たじろぐ御坂。いつもだったら電撃をスパークさせているところだろうが、先ほどから上条の不自然なほどまでの超然とした様子に御坂は調子を狂わされっぱなしだった。

 それにしても思い返せばいつも勝負を吹っ掛けてくる面倒な相手に対して友人と言ってくれるとは、この男は本当に変わっている。

 もう面倒くさくなった御坂はため息をつきながら言う。

 

 「まぁ、いいわとりあえず友人ってことで…別に嫌いってわけじゃないし。ただ、私より強い奴がいてそれが悔しいっていうか気に食わないっていうか…」

 「友人と言うのは行動や考えを共にする人と理解していいのか」

 「…あんた、本当今日は様子がおかしいわね…なんか宇宙人みたいよ」

 

 一瞬、宇宙人という言葉に上条がピクリと反応した気がした。

 

 「まぁ、意味としては間違ってないけど…友人っていうのはそれだけじゃなくて親しい、互いのことを信頼しているとか、そういうもっと深い関係よ」

 「…そうか」

 

 そこで上条はおもむろに立ち上がり、分厚い本の山を抱き抱える。

 

 「…そろそろ時間だ、一旦家に帰る」

 

 そう言って何事もなかったかのように、呆気にとられる御坂を後にして上条は公園からその場を後にした。

 

 「…ホント、どうしちゃったのかしら…アイツ」

 

 最初から最後まで別人のようだった上条に気がかりを感じながら御坂はぽつりと呟いた。




どう考えても山本メフィラスが幻想殺しや魔術に興味を持つ展開しか考えらえない。


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第3話 かつての上司

 魔術師とか人との戦い時、ウルトラマンを人間するかどうか、悩んでます…メフィラスも人間に擬態してたし○○○○も終始人間のサイズだったし、ウルトラマンも一応人間サイズになることもできなくはないと思いますが…やるなら何か制約を設けようかと思っています(時間など)

 あと、本作ではシン・ウルトラマンやとあるシリーズの他に、初代ウルトラマンのネタ(具体的には人物や設定、エピソードなど)も登場させていく予定です。
 そのうちジラースやジャミラのエピソードも登場させたい…

 それでは、どうぞ。


 日本、東京西部、学園都市。

 その行政機関が集中・存在するとある学区に「防災庁学園都市出張所」と呼ばれるビルがある。文字通り日本政府の行政機関である防災庁、その学園都市における支部である。

 日本政府の、とは言ったがその運用には一部学園都市も関わっている。そもそも禍威獣への対策・対応を担うこの行政機関はその設立の経緯からして日本政府と学園都市の共同によるものであり、両者は禍威獣への対策に共同して当たっている。それ故学園都市学区内にその支部が存在するのは当然といえば当然だった。

 そして防災庁の専従組織である禍威獣特設対策室専従班、通称「禍特対」のメンバーは現在、霞が関の本庁を離れ学園都市出張所にいた。理由は学園都市側との協議や情報交換といった業務のためである。

 出張所ビルの一室では専従班班長の田村が向かいの机に座る男に書類を渡していた。

 

 「新しい分析官はどうだ、田村」

 

 書類を手にし男が田村に口を開く。彼の名前は宗像龍彦。禍特対室長であり、政府や各省庁、学園都市との折衝を担う人物でもある。彼の言う新しい分析官とは無論、公安調査庁から出向した浅見弘子のことだ。

 

 「優秀です。正確かつ早い」

 「確かに早いな。もう報告書を書き上げるとは」

 

 宗像の手に握られている報告書は浅見による、先日透明禍威獣ネロンガとの戦いのさなかに突如として現れた銀色の巨人に関するものだ。

 

 「思い切りもいい」

 

 苦笑しながらページをめくる宗像。

 報告書の中には銀色の巨人、その目的や来訪方法、飛来原理、光波熱戦の原理などいくつかの項目が振り分けられていたがそのほとんどすべてに「不明」とだけ書かれている。一見すると手抜きに見えるが、しかし実際のところ現状ではそうとしか言えないのだ。その容姿や身長、足跡の陥没から割り出した体重以外にはあの銀色の巨人について何も分かっていない。あの姿が着衣か裸なのかすらも分からないのだ。

 ページをめくる宗像の手が止まる。視線の先には

 

 【ウルトラマン(仮称)、正体不明】

 

 とあった。

 

 「ウルトラ…?」

 「あの巨人の名前です、仮称ですが。浅見が出向前にいた公安調査庁で最重要機密を意味する符丁から名付けたそうです。防災大臣はなぜかレッドマンと命名したがっていましたが…」

 「なるほど、ぴったりの名前だろうな。能力の意味でも、機密という意味でも…」

 

 一通り報告書に目を通した宗像は改めて田村に向き直る。

 

 「知っての通り、今回の一件は特に重要だ。何しろ、これまでの禍威獣と違ってその禍威獣を倒して立ち去ったんだからな。諸外国は禍威獣による被害と対策を日本に押し付けたがっているが、一方でその情報には注視している。特にこのウルトラマンの一件には諸外国から情報を提供するよう圧力が掛かっているそうだ」

 

 書類を机に置く宗像。

 

 「正直なところ学園都市の協力も得にくい状況だ。何しろ元からして閉鎖性と独立性の高い機関だからな」

 「この防災庁と禍特対が共同で設立された際も、学園都市側はしぶしぶ協力した、と聞いています」

 「そうだ。逆に言えば協力せざるを得ないほど、禍威獣による被害が学園都市側でも看過できるものではなかったということなんだろうが…とにかく、事は特に機密且つ重要だ。君たちだけが頼りになる」

 「全力を尽くします」

 

 

 

 

 

 宗像と田村が会話をする中、隣の一室では浅見達がパソコンに向き合い。書類の制作にあたっていた。内容はアメリカに提出する銀色の巨人――ウルトラマンに関する報告である。

 

 「はぁ…なんで政府や学園都市だけじゃなくてアメリカへの報告書も書かなきゃなんないのよ…情報収集ぐらい属国に頼らず自分の足でやれって話よ」

 「自分で手間を掛けたくないってことよ。室長も言ってたでしょ、諸外国は武器だけ売りつけておいて、禍威獣の被害と対策は日本に押し付けたがってるって。でも暑くて虫だらけの山の中でパソコンと向かい合うよりはマシでしょ」

 「学園都市は学園都市で外国や僕らにも情報を開示したがらなかったり、非協力的ですからね。いったい何のために共同で防災庁を設立したのやら」

 

 浅見の愚痴にパソコンを操作しながら船縁と滝が答える。そして作戦立案担当の神永もそれに答える…ことはなかった。当の神永今この部屋にいないからだ。本来神永がいるであろう浅見の向かいの机には誰も座っておらず、テトラポットの置物とマグカップがあるだけである。

 例によって彼は現在単独行動に出ているのだった。メンバーの一員であり、浅見のバディなんだから一言ぐらいは声をかけてくれもいいのに。

 つい先日着任した時には、なんだか融通が利かななそうな印象を抱き、バディとしての意味や意義を説いたはずだったが、早速何も言わずに単独行動とは。

 

 「あいつバディの意味分かってるのかしら…」

 

 そういって浅見はため息をついた。

 

 

 

 

 

 村松敏夫は学園都市第七学区に暮らすコーヒーとパイプ煙草を愛する壮年の男である。

 同時に喫茶店「アミーゴ」を営む店主でもある。「アミーゴ」は懐かしい落ち着いた雰囲気と、学生にも手頃な価格、そして店主の一流のコーヒーを淹れる腕前から同学区では人気のある喫茶店であり、学生たちの憩いの場であった。村松自身もその人柄から「キャップ」「おやっさん」の愛称で親しまれていた。

 時間はそろそろ夕方に入るころ、夏休みに入ったとはいえカフェでゆっくりくつろぐには少し早い。店内に客の姿はなく、村松はカウンターでパイプを咥え新聞を広げてくつろいでいた。

 と、その時カランコロンと店のドアに取り付けている鈴の音が響き、来客を告げる。

 村松が新聞とパイプを置きドアの方に視線を移すとそこには整った顔立ちの、落ち着いた雰囲気のスーツ姿の男が立っていた。襟には流星を模ったバッジ、腕には「SSSP」と印刷された腕章が巻いてある。

 男の顔を見て村松の顔がほころんだ。

 

 「神永!久しぶりじゃないか」

 

 来客は禍特対のメンバーの一人、神永新二その人だった。名前も呼ばれた神永もわずかに口元を上げ頭を下げる。

 

 「キャップ、お久しぶりです」

 

 そのやり取りから二人が親しい関係であることが分かる。

 それもそのはず、神永にとって村松は禍特対に加わる前、彼の古巣である公安に所属していた時のかつての上司だったからだ。

 かつての上司と部下とはいっても、二人が公安に所属していた頃、彼らが一体何をしていたのか?神永が公安から禍特対に所属し活動する一方、村松がなぜ公安を辞し現在喫茶店の店主として暮らしているのか?

 こういった彼らの詳しい事情、過去については後々語ることにしよう。

 とにかく神永と村松は元公安でありかつての上司と部下であった、ということだけは言っておく。

 村松は神永をカウンターに案内し、淹れ立てのコーヒーを差し出す。

 

 「禍特対で働いていることは聞いていたが、まさかこんな形で会うとはな。本当に久しぶりだな」

 「キャップも元気そうで何よりです。学園都市で喫茶店を営んでいるというのは本当だったんですね」

 「おいおい、キャップはよしてくれ。もう公安じゃないしあのチームの存在も昔のことだ。イデやアラシ、フジくんも元気にやってるのかね」

 「みんな変わりなくやっています」

 「そうか。それはそれとして、今日はどんな用事で学園都市に来たんだ?君のことだ、ただコーヒーを飲みにこの喫茶店に来たわけじゃないだろう」

 「学園都市側との協議と報告のためです。それと…」

 

 神永はコーヒーを一口すすり、表情を真剣なものにする。と言っても普段の様子からして無口無表情なので分かりにくいが。

 その様子に村松もほころばせていた顔を引き締めた。

 

 「大事な用事のようだな」

 「実はキャップに相談というか、聞きたいことがあって来ました。キャップは透明禍威獣ネロンガのことは覚えておいでですね?」

 

 パイプ煙草をくゆらせながら村松が頷く。

 

 「うん、先日現れてこの学区を暴れまわったあの禍威獣だな。よく覚えているよ。…その禍威獣を空から飛来してきた謎の巨人が倒したらしいということもな」

 「ご存じでしたか」

 「学園都市や政府は情報統制を敷いていたが、何分市街地でのことだからな…写真画像もわずかに出回っているし目撃者も少なからずいる。正直言ってそこかしらで噂になっている。昨日なんか頭に花をのっけた女子中学生二人がその巨人の噂をしていたよ」

 「その巨人のことなのですが」

 

 神永は村松に、ネロンガが撃破され巨人――ウルトラマンが飛び去った後のことを話した。

 突然の出来事や対応に対策本部がてんやわんやになる中、避難所である学校に逃げ遅れた小学生を抱き抱えて現れたツンツン頭の少年。

 その少年は巨人が飛来・衝突した地点のかなり近くにいたが、にもかかわらず少年自身は全くの無傷であり、様子も無表情でひどく落ち着いていた。

 巨人の飛来・衝突。その付近で衝突の衝撃に巻き込まれたであろう少年。

 にも拘わらず全くの無傷だったこと。

 その時の混乱した状況にあまりにも不釣り合いな、無表情でひどく落ち着いた様子。

 上条当麻と名乗るその少年に神永が抱いた不信感、違和感。

 神永の話を一通り聞き村松はパイプを口から外す。

 煙草の煙とにおいがあたりに漂い換気扇に吸い込まれていく。

 

 「つまり君はその上条当麻という少年が巨人について何か知っているか、関りがあるのではないかと睨んでいるわけだな」

 「はい。それで彼に会って聞き込みをしようと思ったのですが…」

 

 上条が普通の人間であればすぐに探し出して会うことができただろう。だがここは高度な科学技術を有し、超能力開発を行う学園都市である。もとより独立性・閉鎖性の高い学園都市は外部との交流や情報の流出をひどく嫌い、制限する傾向があり、機密の保持には厳しい。都市の周囲が分厚く高い壁で覆われているのを見ればそれは一目瞭然であり、超能力開発を受ける学生たちへの扱いからもそれは見て取れる。外部に超能力開発に関する情報を漏らさないためにも、貴重なサンプルになり得るDNA情報を渡さぬためにも血の一滴、髪の毛一本まで管理するような徹底ぶりだ。仮に学生が死亡した際、灰になるまで徹底的に遺体を火葬してから親元に返すところなどからそれが伺える。

 これほど情報管理に厳しいのだから、学園都市に頼み込んだところで仮にしがないただの少年のものでも、その身元の情報について教えてくれないだろうし、少なくとも容易には調べられないだろう。

 というかもとからして学園都市側が禍特対に対してあまり協力的でないのだ。

 

 「上条当麻という名前と、この第七学区に暮らす高校生だということは分かっています。第七学区で学生を相手に喫茶店を開いているキャップなら、何か知っているのではないかと思って」

 「なるほど、普段からこの学区に暮らす学生によく接している人間なら…と思って私のところに来たわけだな」

 「はい」

 「その君の言う、上条当麻という少年だがね…彼のことはよく知っているよ」

 「本当ですか」

 

 神永の言葉に村松は頷く。

 

 「うん、たまにこの店に来るし、ここじゃちょっとした有名人みたいなもんだからな。おまけにあのツンツン頭、印象に残らんわけがない」

 

 村松はパイプ煙草を咥え、上条のことを思い出す。

 

 「普段からついていないのか、不幸だ、不幸だとしょっちゅう呟いていてな…それでいてお人好しなのか、困ってる人間やトラブルによく手を差し伸べていたらしい。たまに相談に乗ることもあったな…もっとも、最近はあまり彼のことを見かけんが」

 

 何か知っているのではないかと思い村松のもとを訪れたが、まさか早速当たりとは。世界というのは案外狭いもののようだ。

 神永が口を開く。

 

 「それで、彼はどの辺りに?」

 「うん、詳しいことはよく知らんが確か直ぐ近くの学生寮に住んでたな。高校もこの付近のとある高校に通ってる。ちょっと待ってくれ」

 

 村松は紙製のコースターに彼で住んでいるであろう学生寮の住所を書くと神永に渡した。

 

 「多分、この辺りだ。探せばいるかもしれん」

 「分かりました。ありがとうございます、キャップ」

 

 神永はコーヒーを一気にすすると、料金を丁度きっちり、カウンターテーブルに置き店を後にしようとした。

 

 「ああ代金はいい、私からの奢りだ。久しぶりだからな」

 「いえ、あくまで自分は客ですから」

 「律儀だな。とにかく、成果があるのを祈っとるよ。また何かあったら来てくれ。これでも元公安だ、伝手はないこともないし、相談ぐらいには乗れる」

 「ありがとうございます」

 「そうそうそれとな」

 

 神永が店のドアを開けたところで村松が思い出したように声をかけた。

 

 「単独行動もほどほどにな。仲間を信頼して協力し合うのも重要だ。新しいバディとうまくやるんだぞ」

 「…善処します」

 

 神永が苦笑したように見えたのは気のせいだろうか。彼が立ち去ると店内は再び村松以外に人がいなくなり、静かな雰囲気が漂う。

 

 「まったく、あいつは何も変わらんな。昔のままだ」

 

 村松は微笑むと再びパイプを咥え新聞にゆったりと目を通し始めた。

 

 

 

 

 

 「この辺りか…」

 喫茶店を後にし、神永は教えられた学生寮がある付近の路地を歩いていた。

 時間は夕方になり、空はオレンジ色のグラデーション模様になっている。

 時間帯を考えればそろそろ帰宅する学生たちがやってくるはずだ。そしてその中に上条はいるはず。あの特徴的なツンツン頭だ、探すのは容易だろう。

 それにしてもあの少年は、上条はウルトラマンと関係があるのだろうか。

 それとも自分が勝手に違和感を抱いただけだろうか。

 しかしあの時上条が衝突地点の付近にいたことは事実である。少なくとも有力な目撃情報は聞き出せるかもしれない…

 そんなことを考えながら路地を歩いていると、不意に前方の少し離れたところにドラム缶のようなものが群がっているのが見えた。

 いや、正確には自動清掃ロボだ。文字通り町の清掃を自動で行う、このハイテク都市ではよく目にする存在。それが向こうで群がって時折ぶつかり合っている。

 同時に、神永の鼻腔にほんの僅かな鉄錆のような匂いが突き刺さった。神永はその匂いに覚えがあった。

 …血だ。

 なぜこの街中、学生寮の路地で血の匂いが?いや、気のせいか?

 急に胸騒ぎと警戒感を覚える。

 気付けば神永の歩みは早くなっていた。周囲を警戒しながら群がるロボットのもとへ向かう。

 

 「…!」

 

 ロボットが群がっているものを目にして神永は自分の感じたものが気のせいではないことを知った。

 まず目に入ったのは、白い布地。そしてその白い布地と周囲を染める赤いもの――血。

 人が、倒れていた。それも大量に出血している人間が倒れていた。

 そしてそれを清掃ロボットはごみと認識して、群がっていたのだ。

 

 「君、大丈夫か!」

 

 出血した人間が倒れているというあまりに突然の、非日常的な光景に神永は驚愕した。どの一方で、その行動は冷静だった。

 清掃ロボを手で払いのけ、その場に屈み倒れている人間を観察する。顔を見る。倒れているのは幼いが、人形のような綺麗な顔立ちをした白人の少女だった。しかしその相貌は出血によってさらに白くなり、とても生気を感じない。白い布地と思ったものは修道服のようでそれを身にまとっている。修道女だろうか。うつぶせに倒れ、出血しているのは背中からで、そこには鋭利な刃物で切られたような大きな切り傷があった。

 首に手を当てる。微かにまだ脈があった。

 まだ間に合うかもしれない。

 

 「いったい何が…誰がこんなことを」

 

 スマホを取り出そうとしながら、神永は呟いた。

 次の瞬間、神永は後ろに気配を感じた。

 握ろうとしたものを素早く、スマホからグロック拳銃に持ち替える。

 

 「うん?僕たち魔術師だけど?」

 

 神永が拳銃を握って振り返ったのと、若い男の声が響いたのは同時だった。

 振り返った先には2メートル近くの高身長に、黒い服に身を包んだ赤い長髪の、神父のような恰好をした男が立っていた。

 

 

 

 

 




村松敏夫:
 初代ウルトラマンに登場する、科学特捜隊極東支部の隊長。ムラマツの名で登場。冷静な判断力や決断力を持った、部下を見守る良き隊長であり、部下からも「キャップ」と慕われている。本作においては神永のかつての上司という独自設定の下登場させることにしました。
 ちなみに初代ウルトラマン、その作中においては砲丸投げのノリで怪獣に石を投げつけて倒したり、宇宙人を投げ飛ばすなどかなりの怪力を見せています。
 中の人は初代仮面ライダーで主人公の理解者役を演じました。「おやっさん」の愛称や喫茶店の名称はそこから来ています。


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第4話 交差、物語の始まり

 第七学区のとある学生寮の一室。

 大して広くない部屋の中で、部屋の主である上条当麻は静かに目を覚まし体を起こした。

 季節は真夏も真夏、部屋には強烈な日光が差し込み、まだ朝だというのに部屋の中はすでに高温で、ジメジメと湿気た空気によってさらに不快さを増している。

 そんな環境とは対照的に、上条の顔は汗をかいてはいるが全く無表情の落ち着いた様子で、室内の環境に不快さを感じている様子は全く見受けられない。

 何事もない様子で冷蔵庫を開け、朝食の準備をしようとする。が、開けた瞬間生ぬるい空気と微かな酸っぱい匂いが漂う。あまりの暑さの影響か冷蔵庫もぶっ壊れ、食材が痛んだらしい。

 傷んだ野菜を見て、しかし加熱すれば食べられないこともないと冷静に考えていた上条はふとそこでベランダの冊に何かが引っ掛かっていることに気付く。

 見ると白い布団のようなものが掛かっている。しかし昨日ベランダに何かを干した覚えはない。

 冷蔵庫を閉じ、ベランダの白い何かに近づく上条。

 ベランダに出ると、上条は白い布団に見えたものが、衣服であることに気付いた。全身を覆うように作られた、白い修道服だ。しかも服だけが引っ掛かっているわけではなかった。

 

 「…お…」

 

 小さい声と共に、修道服の頭の部分がもぞもぞと動く。

 フードの中から現れたのは現れたのは長い銀髪と、エメラルドのような瞳の、非常に整った少女の顔だった。まるでよく精巧に作られた人形のようで、十分に美少女と言って差し支えない顔立ちだ。大抵の男子だったら間違いなくたじろぐだろう。

 

 「…」

 

 上条はなぜかベランダに引っかかっている修道女のような少女を、しかしいささかも動じるような様子を見せずにじっと見つめていた。

 少女の小さい口がゆっくりと動く。何を言おうとしているのだろう。

 

 「…お腹がすいたんだよ…」

 

 少女の口から出てきたのは挨拶でも助けを求める言葉でもなく、食べ物の要求だった。

 

 「そうか」

 

 いきなり出てきた要求にしかし上条は落ち着いた様子で返事をする。そこでつま先に何かが触れるのに気付いた。足元を見やるとそこには未開封の焼きそばパンが落ちていた。

 買っていたのに気づかず、いつの間に放置していたのだろうか。

 まぁ、丁度いい。これを彼女に与えればいいだろう。実際には賞味期限を過ぎて若干酸っぱくなっていたが、「今の」上条には知る由もなかった。

 上条は包装を破り、焼きそばパンをインデックスの口元に近づける。

 瞬間、少女の口が信じられないほどに大きく開かれ、一気に焼きそばパンにかぶりついた。一口で一気に飲み込まんとする勢い、上条がとっさに手を離さなければ右手も嚙まれていただろう。それだけ空腹だったとも考えられるが…

 

 「むぐっ、むぐぐ…ありがとう、ご馳走様!」

 「そうか。ところで君は一体何者だ。なぜそんなところに」

 「あ、自己紹介が遅れたね…私の名前はインデックス。ご飯を食べさせてもらえると嬉しいな」

 「インデックス…」

 

 食べ物の要求はさておいて、上条は少女の名乗った名前について脳裏で探る。インデックス――禁書目録。かつて中世の時代、カトリック教会が危険・害悪とみなした書物の目録の名だ。

 

 「書物の目録が個人名か。変わっている」

 

 そう言いながら、上条はいまだ布団のように引っかかったままのインデックスに歩み寄った。

 今の状態で会話をするのは不便だ。

 

 「今君をそこから降ろす」

 「あ――」

 

 上条が腕を伸ばし左手、そして「右手」、両方の手でインデックスの白い手動服に触れ彼女の両脇をつかみ、一気にベランダから室内の床に降ろした瞬間だった。

 パンッと音がしたかと思うと、それまで彼女の小さい体を覆っていた白い修道服が一気にすとんと落ちた。

 同時に現れたのはインデックスの生まれたままの姿――つまりあられもない全裸姿だった。

 狭い室内に高校生の少年と、いきなりなぜか服が落ち全裸になった少女。

 

 「…」

 「…」

 

 しばしの沈黙が流れる。

 ほどなくして少女の悲鳴が室内に響き渡った。

 

 

 

 

 

 「すまない。いきなりあのようなことになるとは思ってもいなかった」

 

 騒動ののち、上条は頭を下げて謝罪をしていた。頭には幾重にも噛みつかれた歯形がある。

 頭を下げた先にはインデックスが涙目になりながら脱げた修道服を再び身に包んでその修繕をしていた。

 うまく着付けできなかったのだろうか、修繕といっても実際には安全ピンで布地をつなぎ合わせているだけだ。

 

 「服を貸そう。男物しかないし、サイズは合わないだろうが。それよりはいいだろう」

 「…」

 「…それでいいのか本当に」

 「…」

 「安全ピンで繋げただけだが…」

 「…う」

 「針の筵ともいう」

 「うう~!」

 

 涙目になるインデックス。

 このままでは再度、頭を嚙みつかれかねない。

 上条は再度頭を下げた。

 

 「とにかく、すまなかった」

 「…ふん。もういいもん」

 

 そっぽを向き頬を膨らませるインデックス。不可抗力、事故とはいえいきなり年端もいかない少女を全裸にしてしまったのだ。これだけで済んでるだけありがたいと思うべきか。

 上条はちゃぶ台に座り込みインデックスに話しかける。

 

 「…それで、なぜベランダに引っかかっていたんだ。なぜあんなところに」

 「…私、実は追われているんだよ」

 「追われて…」

 

 追われているとは、どうやら物騒な事情がありそうだ。ベランダに引っかかっている時点で尋常でない事情があることは察せられたが…

 

 「誰に?」

 「魔術結社だよ」

 

 魔術。インデックスの口から出てきたのは、この科学文明が発達した現代社会において非常に非現実的なものだった。

 

 「魔術師に追われているの…」

 「魔術…」

 

 上条は考え込む。

 魔術。その定義は様々なものがあるが、仮定上の神秘的な作用によって何かしらの不可思議な現象や技を為すもの、営み。そしてはるか昔の時代本気で探求され、科学文明が発達するにつれておとぎ話や空想の産物として忘れ去れらていった、非現実的なもの。

 それが上条の魔術に対する認識だった。いや、この世界に住むほとんどすべての人間、特に科学の発達した学園都市の人間は魔術という言葉を聞いただけでその存在を笑い飛ばし否定するだろう。

 そうした事実が彼女に分からないはずがない。

 

 「信じていない顔だね?」

 「仮定上の神秘的な作用によって何かしらの技を行うもの、と聞いている。そして空想の産物だとも」

 「でもちゃんと魔術はあるもん」

 「ここは超能力を開発する街だ。君も、何かしらの超能力やその開発に関係していて、それを魔術と呼称しているのか?」

 

 上条の推測にインデックスは首を振った。

 

 「…そういうのとは別。魔術と超能力、科学は根本的に違うの…とにかく、魔術はあるもん」

 「そうか」

 

 あくまで彼女は魔術の存在にこだわるようだ。

 

 「証拠もちゃんとあるもん。例えばこの修道服。『歩く教会』っていって。特別な魔術的な方法で作られていて、外部からの攻撃やダメージを防いでくれるんだよ…さっきなぜか脱げちゃったけど」

 

 インデックスの言葉に上条は己の右手を見つめながら呟いた。

 

 「イマジンブレイカー…」

 「…へ?」

 「…私の右手はどうやら『幻想殺し』といって、超能力などいわゆる『異能の力』を無条件で無効化する、らしい。さっき君の体に触れたとき服が勝手に脱げたのもそれが原因かもしれない」

 「…それがあなたの『超能力』ってもの?」

 「…分からない。ただ、自分の右手がそういう能力があると知識で知っているだけだ…」

 

 再び両者の間に沈黙が流れる。

 上条は再度インデックスに向き直った。

 

 「それで、魔術結社は何を狙っているんだ」

 「それなんだけど…多分、私の持っている十万三千冊の魔導書だね」

 「魔導書…どこに」

 

 見る限り彼女はほとんど完全に手ぶらだ。書物一冊どころか紙一枚も見当たらない。

 いったいどこに十万三千冊という途方もない書物があるというのか。

 だが彼女の答えは斜め上を行くものだった。 

 

 「あるよ?私の頭の中に」

 

 頭の中。

 その言葉をそのままとらえるとしたら――

 

 「…すべて記憶しているのか。十万三千冊の書物の内容を」

 

 上条の言葉にインデックスは頷いた。

 

 「完全記憶能力って言ってね。一度見たことは忘れないの。それこそ、難解な魔導書から今日見た適当なチラシまで。あなたの顔も、一度見たからもう忘れることはないんだよ」

 

 上条は再び考え込んだ。

 いきなりベランダに引っかかっていたインデックスと名乗る修道服姿の少女。彼女を追う「魔術師」。彼女が脳内に完全に記憶しているという魔導書。

 朝から、信じられないような出来事ばかりだ。

 果たして彼女の言葉をどこまで信じ、どう解釈すればいいだろう。そしてそれに対して自分はどう動くべきか――

 そこで上条はふと時計を目にしてあることに気付いた。

 …今日は補修の時間だ。早く高校に行かねばならない。

 上条は立ち上がる。

 

 「…すまないがそろそろ時間だ。用事がある…君はこれからどうする」

 

 追われている、という彼女の言が事実なら警察などしかるべき機関に保護してもらうべきだろう。

 しかし彼女は首を横に振って言った。

 

 「ううん…出ていくから」

 「何故?」

 「さっきも言ったように私のこの修道服は特別だから。この歩く協会が発する魔力を察知して追手が来るかもしれない。…そうなったら、あなたにも危害が加わるかもしれないから」

 「しかし…」

 「ううん、いいの。迷惑を掛けたくないし…それに行く当てがないわけじゃないの」

 

 二人は一緒に玄関から出る。

 

 「私はイギリス清教のシスターだから、その教会にさえたどり着いたら匿ってもらえるから」

 「それまでに君が追手に追いつかれる可能性もある。下手に動くより、それまで別の治安組織に駆け込むべきだろう。少なくとも、君をこのまま放っておくわけには」

 「なら」

 

 インデックスは振り返って上条の顔を見た。屈託のない、きれいな笑顔で。

 

 「…私と一緒に、地獄の底までついてきてくれる?」

 「…!」

 「…無理、だよね?とにかく、あなたにこれ以上迷惑を掛けるわけにはいかないから」

 

 過酷な事情を抱えているであろう彼女はしかし笑顔を崩さぬままに続けた。

 

 「ご飯ありがとう!この恩は一生わす…いつか必ず返すから!」

 

 そのまま彼女は駆け足でその場を去っていった。

 

 「…」

 

 上条がはただ静かに立ち尽くし、彼女の背中を見つめていた。

 

 

 

 

 

 午後、夕焼けの時間帯。

 日が西へと沈み、それがオレンジ色のグラデーションを見せる中、上条は公園のベンチで静かに百科事典や哲学書を読み込んでいた。

 担任の先生や同級生が「上条ちゃんいつもと様子が違うのです」「か、上やんが女に全然見向きもしないやと…?」と慌てるなどひと悶着あったが、補修自体は無事に終わった。

 素早く次々と書籍のページをめくる一方で、上条の脳裏にはあのインデックスという少女のことが引っかかっていた。果たして彼女は今頃どうしているのだろうか。無事でいるのか。そもそも彼女の言う魔術や魔導書は結局事実だったのか。

 書籍の内容を頭脳に収める一方で、少女のことを考えている最中、ふいに上条の耳に声が響いた。

 

 「相変わらず精が出るわね、アンタ」

 

 顔を上げる。見覚えのある少女が立っていた。

 短髪に常盤台中学の制服。

 御坂だ。

 

 「…君か」

 

 上条の隣に座りながら御坂は口を開く。

 

 「ここ最近、よく本ばっかり読んでるわよね、アンタ…いつものアンタだったら猫背で歩きながら不幸だー不幸だ―なんて言ってたはずなのに、いったいここ最近どうしたのよ。アンタらしくないわ、ホント」

 

 上条は立ち上がりベンチのすぐ近くにある自販機で「メトロン茶」なる飲料を購入するとそのまま静かにベンチに座り茶をすする。

 その様子に御坂はため息をつきながら言った。

 

 「アンタねえ…ここ最近暑いんだし、『君も何かいらないか』って言って一緒に飲み物買ってきて渡したりするなりなんなり、気遣いをするもんでしょ、ここは」

 

 別に御坂としては本心からねだっているわけではなく、最近様子のおかしい上条を小突くぐらいの感覚で言ったのだが、上条の返答は彼女の予想を斜め上に上回っていた。

 

 「…我々はそれぞれが一個体で完結している。それぞれの個体が己の目的のために行動するべきだろう」

 

 その言葉に御坂はさらに深いため息をついて言う。

 

 「アンタねえ…まさか、私は個人主義者ですとか一人で十分生きていけますとかいうつもり?残念だけど人は社会的な生き物で、一人じゃ生きていけないのよ。アンタの飲んでいるお茶や、アンタや私の着ている服だって誰かが作ったものよ。人は社会を作って、助け合って生きているの。分かる?」

 「そうか…それが群れか」

 「…なんか最近のアンタ本当に変わったわね…宇宙人と話している気分よ」

 

 そうしている間にも上条は再度自販機に立ち寄ると「メトロン茶」をもう一缶購入し御坂に渡す。

 

 「え?あ、ありがとう…ていうかそういうわけであんなこと言ったつもりじゃ」

 「ありがとう。今日も勉強になった」

 

 そう言いながら上条は書籍を鞄に入れる。

 

 「そろそろ時間だ。それじゃあ」

 

 そう言って公園から立ち去る上条の背中を御坂は唖然とした様子で見つめるのだった。

 

 

 

 

 

 夕暮れの中、上条は家である学生寮に向かって静かに家路を歩いていた。

 脳裏にあるのはやはり今朝のインデックスとのやり取り。

 彼女を追う「魔術師」、狙いである彼女が記憶しているという十万三千冊の魔導書、歩く教会…ふと彼はそこで自分の右手を見つめた。

 幻想殺し。異能の力なら無条件で無効化する…という能力を持った右手。その「事実」「知識」自体は「今の」上条は知っていた。だが、それに関連する「経験」を今の上条は持ち合わせていなかった。その右手を使ってどんなことをしてきたのか。どんな経験をしてきたのか。それが欠落していた。

 …いや、これまでの「経験」の記憶自体が、そして自身の人格についての記憶自体が「今の」上条には欠落していた。

 どんな人生を送ってきたのか、どんな思い出があるのか…そもそも上条当麻がどういう人間だったのか?そうした「経験」の記憶があまりにおぼろげなものとなっているのが今の上条当麻という人間の状態だった。

 記憶が欠落し曖昧になる前、この上条当麻という人間はもともとどういう人間だったのだろうか?この右手でどんな経験をしてきたのだろうか。

 「今の」上条は己の右手を見つめながらそんなことを考えていた。

 ふと、上条の鼻腔に何かが突き刺さった。

 …鉄の錆びたような臭い。

 …血の臭いだ。

 上条は臭いのする方を見る。

 自分の住む学生寮。そこから血の臭いが漂っている。

 瞬間、上条は学生寮に向かって駆け出していた。

 学生寮の建物が見えてきたところで、その道路付近に誰かが立っているのが目に入った。

 建物の陰に隠れて様子を伺う。

 三人の人物が対峙していた。

 その中に上条にとって覚えのある人物がいた。インデックスと名乗った、あの白い修道服の少女。その彼女が道路にあおむけに倒れている。…背中に大きな切り傷を負い、大量に出血しながら。臭いの正体はこれだったのだ。

 その彼女の盾になるように黒いスーツ姿の男が拳銃を構えている。

 その先には身長二メートルはあるだろう、高身長の黒い牧師か神父のような服に身を包んだ、赤い長髪に煙草をくわえた若い男が立っていた。

 拳銃を構えた男が何かを言っている。

 

 「お前が…彼女を…したのか?」

 「あーあ、こんなに…しちゃって。面倒なことになる前に回収したいんだけど…」

 

 拳銃を構えるスーツの男、飄々とした様子の長身の男。

 やり取りはよく聞こえないが、回収、などといった言葉やその様子などから考えるに、長身の男がインデックスの言っていた「追手」で、彼女に危害を加えたのかもしれない。ならば拳銃を構えている男は…

 上条はポケットに手を突っ込んだ。

 ポケットから右手を取り出した時、その手には金属製の棒が握られていた。レーザーポインターほどの大きさの金属棒の先端付近には赤いガラス玉のようなものとスイッチのようなものがある。

 この時点ですでに上条は。

 黒い長身の神父のような男がインデックスに危害を加えた人物、追手であり。そしてスーツの男はインデックスを守ろうとしているのだと、そして守るべきはインデックスとこのスーツの男だと判断していた。

 

 

 次の瞬間。

 長身の男が何かを呟いて炎が生まれ、男とインデックスに襲い掛かろうとするその直前。

 上条は金属棒を握った右手を掲げてそのスイッチを押し、その体が光に包まれた。

 

 

 

 

 



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第5話 二度の邂逅

 学生寮前の路地で二人の男が対峙している。

 一人は長身の神父のような黒服をまとった赤毛の男。もう一人はスーツ姿にグロック拳銃を構えた男、禍特対に所属する神永信二だ。神永の背後には血まみれの修道服姿の少女が倒れている。

 眼前の男に拳銃を構え警戒する神永に対し、拳銃を向けられている当の本人はニヤニヤ笑いながら、神永に興味はないといった風に背後の修道服の少女に視線を向けている。

 

 「あーあ、ずいぶんと派手にやっちゃって…」

 

 「…君が彼女を?」

 

 「おいおい、そんなに睨まれても困るな…。言っておくがやったのは僕じゃない。といっても、神裂もこんなに深手を負わせるつもりはなかったんじゃないかな?でもどういう訳か、その子が身にまとっている『歩く教会』、何故か力を発揮しなくてね…」

 

 「一体何者だ」

 

 「だからさっきも言っただろう?魔術師だって」

 

 歩く教会、魔術師…一体先ほどから彼は何を言っている?神永は聞きなれない言葉に困惑する一方で、冷静にわずかな情報で対峙する男の分析を行っていた。

 相手の弁を信じるならば、少女を血まみれにしたのは神裂なる人物だろう。単独ではなく複数で行動しているのか。彼女が狙いで、ここまでするつもりがなかったというならば目的は殺害などではなく生け捕りや誘拐ということなのか。魔術師と名乗っているが、どこかのカルト教団にでも所属しているのか、あるいは超能力のことをそのように表現しているのか…

 

 「さて、そろそろそれを回収させてくれないかな?時間もないしね」

 

 「断る」

 

 やはり狙いは背後の少女のようだ。神永は拳銃を相手に照準したまま即座に拒否の言葉を発した。

 以前は警察官として日本の治安と秩序を守る任に就いていた身だ。禍特対に出向した現在でもそれは変わらない。治安と秩序を守る責務を託された者として、そしてこのような状況に遭遇した以上、少女を見捨て相手に従うつもりは神永にはさらさらなかった。

 

 「そのまま両手を後ろ手に組んで壁を向け。それとも、これ以上やるというなら、実力で阻止させてもらう」

 

 「言いたいことはそれだけかい?」

 

 拳銃を構える神永に対し、丸腰のはずの男はしかし笑いながら余裕そうに答える。

 

 「やれやれ、正直その子にこれ以上怪我はさせたくはなかったが…仕方ない」

 

 男が面倒くさそうに手を構える。

 何をする気だ。神永に緊張が走る。拳銃を構える手の握力が自然と強くなる。

 

 「『Fortis931』…炎よ、巨人に苦痛の贈り物を!」

 

 「!」

 

 次の瞬間。

 男の手から文字通り、巨大な炎の塊が神永に向かって吐き出された。

 そしてそのまま炎の塊が神永に直撃しようとする寸前。

 神永の目前に銀色の何かが炎を阻むように飛び込んできた――

 

 

 

 

 

 「…やりすぎたかな?」

 

 男、ステイル=マグヌスは路地をふさぐように眼前に広がった炎の壁を見つめながら呟いた。

 先ほども自信が名乗ったように彼は『魔術師』である。無論、いかれたカルト教団の人間でも、超能力者でもない。イギリス清教という公然の組織に所属する、れっきとした文字通りの正真正銘の魔術師である。

 一口に魔術といっても様々なものがあるが、彼、ステイル=マグヌスはルーン文字を利用したルーン魔術、その中でも炎を利用した魔術を得意とする。先ほど神永に向けて放ったのもその一つだ。

 放たれた炎の温度は実に摂氏3000度。ここまで高温ならばもはや相手の体は燃えるどころか『融ける』あるいは『蒸発』しているかもしれない。いずれにせよ神永が絶命したのは確実だ。わざわざ確認するまでもないだろう。

 さて、このまま少女の回収に向かうとしよう。

 

 「まあ、しょせん君程度じゃ何度やっても無駄だよ」

 

 そうせせら笑いながら、振り返ろうとして。

 

 「…え?」

 

 次の瞬間、ステイルの目に信じられない光景が写った。

 瞬時に消え去る炎。

 そこに現れたのは無残な焼死体などではなく、変わらず五体満足のままの神永の姿と、倒れる少女の姿。

 そして守るかのように二人の前に立つ、赤いラインの走った銀色の人型の何かだった。

 

 

 

 

 

 「あれは…」

 

 突如として放たれた炎の塊。しかしそれが神永の体を焼き尽くすことはなかった。

 気づけば眼前には人が、正確には人型をした何かが炎から神永たちを守るようにたたずんでいた。

 それは一般人と同じ背丈と人型の形していたが、外見は明らかに人間ではなかった。

 銀色に輝く体表、その体の表面を走る鮮やかな赤いライン、アーモンドのような目に頭にはとさかのような突起物。

 神永はその姿に見覚えがあった。

 

 「…ウルトラマン!」

 

 その姿は透明禍威獣ネロンガが出現した際に突如として天空から飛来しネロンガを撃破、その後再び天空へと去っていった、謎の銀色の巨人――ウルトラマンそのものだった。体表の赤いラインや大きさなど差異はあるがそれ以外は全く、あの時の巨人と同じだった。

 突然の異形の乱入者に神永もステイルも言葉を失い動きが固まる。

 ウルトラマンがゆっくりと神永に向けて顔を回し、その目が神永とインデックスを捉える。まるで二人が無事であることを確認するかのように。

 神永と目が合う。

 もしかしてアイコンタクトを?

 神永がそう思った時、ステイルが何かを呟いているのに気付いた。

 

 「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ。それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり。それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」

 

 「!」

 

 「その名は炎、その役は剣。――顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ!」

 

 新たな攻撃だと悟ったのと同時に、強烈な熱気と共に、異形の怪物が現れた。

 一言でいえばそれは炎の巨人だった。

 重油のような黒くどろどろとした人型の芯を軸に、その周囲を深紅の炎が燃え盛っている。その手には巨人の武器なのかこれまた炎で出来た巨大な十字架が握られている。

 巨人の付近の標識が溶けていることから、その巨人のまとった炎が尋常でないすさまじい高温であることはすぐに察せられた。

 どう考えても生身では勝てない。

 神永の額を汗が伝う。それは熱気だけによるものではなかった。

 巨人がその炎の十字架を振り下ろした。その先にはウルトラマンがいる。

 

 「避けろ!」

 

 思わず神永は叫んだ。

 しかしウルトラマンは避けるのではなく、代わりに腕を十字にクロスさせて身構えた。

 摂氏3000度の炎と、ウルトラマンの腕が衝突する。

 一瞬の爆発の後、そこにあったのは侍同士のつばぜり合いのように、巨人の炎の十字架をその腕で受け止め続けているウルトラマンの姿だった。常人ならば一瞬で蒸発するだろう攻撃を受け止めながらも、その銀色に輝く体表に傷らしきものは一つも見当たらなかった。

 何というすさまじい耐久力。

 攻撃を受け止めながらウルトラマンが神永の方を向いた。

 その視線の先には倒れ伏すインデックスがいた。

 ――もしかして、自分たちを守ろうと?インデックスを連れて早く逃げろと言っているのか?

 神永はウルトラマンを見つめ返した。

 ウルトラマンが頷いたように見えた。

 一瞬の思考の後、神永はインデックスの方に駆け寄った。傷ついた少女を抱きかかえ、駆け出す。

 離れていく神永の背中をウルトラマンは確認するように見つめていた。

 

 

 

 

 

 ステイルは困惑していた。

 その理由は無論、突如として現れた銀色の人型だ。異形の存在が突然現れて驚かない人間はそうそういない。

 それでも流石トップクラスの実力を持つ魔術師というべきか、ステイルの行動は早かった。

 魔女狩りの王、イノケンティウス――彼が使用する術式にして、切り札。十字峡トルーン魔術を組み合わせた、『必ず殺す』という意味を冠した、摂氏3000度の炎の巨人を出現させ意のままに操る魔術を彼は繰り出した。

 常人ならば間違いなく死ぬ魔術。

 繰り出された最強の魔術は、しかし新たな驚きをステイルにもたらした。

 振り下ろされた3000度の炎の十字架を、その銀色の人型――ウルトラマンは十字にクロスした腕で受け止め、そしてそのまま鍔迫り合いをする剣士のように防ぎきっているのである。その銀色に輝く体表に、傷や火傷は、一つとして見受けられない。

 

 「嘘だろう…?耐えているのか?」

 

 思わず呆然とつぶやくステイル。

 ふと、ウルトラマンの後ろで神永がインデックスを抱きかかえて逃げるのが見えた。

 対象に逃げられステイルが思わず舌打ちすると、ウルトラマンは一歩後ろに下がりイノケンティウスから離れる。

 それからウルトラマンは右手を勢い良く突き出し、イノケンティウス目掛けパンチを繰り出す。

 一瞬、その巨大な炎の体躯が飛び散る。

 そのまま消え去るかのように思われたが、再びその巨大な炎の体躯が現れた。

 再生する炎の巨人を見てニヤリと笑うステイル。

 この術式の本質は巨人そのものではない。この術式は周囲にルーンを刻むことで――ステイルの場合はあらかじめルーンを刻んだカードを置くことで――炎の巨人を出現させる。ルーンこそが本体であり、巨人は水面に映る月に過ぎない。水面に映る月を切ったところで本物の月には何ともないように、巨人を攻撃しても意味はなく再生を繰り返す。本質であるルーンを攻撃しなければ意味はないのだ。

 ウルトラマンは何度か右手でパンチを繰り返す。

 そのたびにイノケンティウスは四散し、そして再生する。

 ステイルはそのやり取りを見る一方で一旦この場を離れることを考えていた。

 目的であるインデックスは突然の乱入者であるウルトラマンと神永によって逃げられてしまった。そのウルトラマンも、自身の切り札であるはずのイノケンティウスの攻撃に耐え、互角に戦っている。事前の情報や対策もなく正体不明の敵と戦い続ける愚を犯すつもりはステイルにはなかった。

 その上、これだけの魔術を繰り出したのだ。すでに炎は学生寮や付近の建物にも延焼し始めていた。

 このままでは間違いなく、消防や救急、人が集まるだろう。騒ぎや人目に映るのは避けねばならない。

 いったん撤退しようとステイルがその身を翻した時だった。

 ステイルの眼前に映ったのは拳をこちらに凄まじい勢いで突き出すウルトラマンの姿だった。

 何かしらの行動をとろうとする前に、ステイルの顔を強い痛みと衝撃が走り、そのまま自身の体がバランスを失うのを感じたのち、彼は急速に意識を失った。

 

 

 

 

 

 ウルトラマンのとった行動は単純だった。

 彼は超能力のことはもちろん、魔術に関する詳しい知識は持ち合わせていない。当然、ステイルの操る炎の巨人の本体・本質が巨人そのものではなく周囲のルーンにあり、攻撃すべきはルーンであることも知らない。

 ウルトラマンがその体を借りている上条当麻という人間がもともと持っていた『幻想殺し』の能力はウルトラマンに変身した状態でも使えるようで、試しに右手を繰り出したところ炎の巨人は四散したがすぐに再生された。

 だが巨人との応酬を繰り返すうちに、魔術に関する知識のないウルトラマンも巨人そのものへの攻撃は意味がなく、それを操るもの・生み出すものを攻撃すべきだとすぐに悟った。

 とはいえ、流石にルーンの存在やそれを消すことまでには思い至らなかった。ウルトラマンは背後のステイルが炎の巨人を操っている何かしらの能力者だと考え、まず彼を無力化すべきであると判断した。

 再び右手で巨人を四散させると、巨人が完全に再生するより前にウルトラマンは素早くその場から跳躍し、ステイルの背後に着地し――そのまま彼にパンチを食らわせた。

 その威力は彼から意識を刈り取るには十分なものだった。

 殴り飛ばされたステイルはそのまま路地に大の字になって転がり気絶した。

 ウルトラマンは炎の巨人がいるであろう場所を見やった。

 そこでは不完全ながらも再生仕掛けの炎の巨人が佇んでいた。術者を失ったとはいえルーンそのものは未だ健在である。不完全な形ながらも、炎の人型がゆっくりとウルトラマンの方を向こうとする。

 身構えるウルトラマン。

 だがそれ以上戦いが繰り広げられることはなかった。

 段々と、炎の巨人の姿が崩れていったのだ。まるで燃料を失って縮んでいく炎のように、どろどろと少しずつ小さくなって崩れていく。

 気づけば学生寮では延焼した炎を探知したのだろう、非常ベルがけたたましく鳴り響き、寮のあちこちから消火用のスプリンクラーが作動し寮を水浸しにしていた。

 ステイルのルーン魔術はルーンを刻んだ紙のカードをあらかじめ配置するもので今回は学生寮やその付近に配置していたが、それが仇となった。一連のルーン魔術によって建物にまで広がった炎は警報装置とスプリンクラーを作動させた。スプリンクラーから大量に噴出した水はあらかじめ張られていたルーンのカードも水浸しに、刻まれていたルーンのカードを滲ませ、洗い流し、あるいはカードそのものをぐしゃぐしゃにしてしまった。

 もとになるルーンがこうなっては正常に術を発動できない。その上術者は意識を失っている。本体が少しずつ失われ、主人も意識をなくした中、イノケンティウスはゆっくりとその凶暴な炎の体躯を再生させようともがき、しかしぼろぼろと、どろどろと崩れていき。そして、そのまま姿を消した。

 ある意味では自滅したともいえるイノケンティウスが消えたのを見届けると、ウルトラマンは再び周囲を見やった。

 路地は炎が未だ広がり、建物にも延焼している。とはいえスプリンクラーが作動している以上、これ以上被害が拡大することはなさそうだ。

 そう遠くない場所からは消防車のサイレンが鳴り響いている。到着するのも時間の問題だろう。

 

 「…」

 

 あたりを見渡し、それから目の前に転がる気絶したステイルをしばらく見た後、ウルトラマンは両手を高く掲げ、その場から跳躍し。そのまま音速をはるかに超えるスピードで天空へと飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 「何だって、ウルトラマンが!?」

 

 「はい、前回と外見が異なる部分がありましたが…あれは間違いなくウルトラマンでした」

 

 第7学区のとある大学病院。その一室に禍特対専従班班長田村の驚きの声が響いた。それに対し神永が頷き答える。

 あれから神永は重傷を負ったインデックスをかつての上司、村松が営む喫茶店「アミーゴ」まで運んだ。突然運び込まれた怪我人に村松は当然ひどく驚いたが、事は早急な対応が必要だった。

 簡単な応急措置の後、村松が呼んだ救急車に彼女を運び込み、神永も同伴、そのまま付近の大学病院まで彼女は搬送された。彼女が手術を受けている間、神永は禍特対に連絡、病院に集まった禍特隊のメンバーに一連の報告をし現在にまで至る。

 

 「ちょ、ちょっと待ってください、整理させてくださいよ」

 

 メンバーの一人である滝が若干混乱気味に口を開く。

 

 「関係者に証言を聞きに行こうと学生寮に向かっていたら、血塗れの少女と魔術師とか名乗る不審者が現れて、その不審者に炎で攻撃されたと思ったら、突然人と同じサイズのウルトラマンが現れて…神永さんを守っている間にその少女をここまで搬送して…ちょっと、いくらなんでも色々起きすぎですよ!」

 

 「そもそもそれは本当にウルトラマンだったのか?何かの見間違いということは?」

 

 田村が疑問の声を上げる。神永は単独行動が目立つ正直変人というべき部分がある人間だが、同時に元は公安に所属し、禍特隊の作戦立案担当として数々の活躍をした有能な男だ。そんな彼がでたらめなことを言うとは思えない。だが同時に、あの正体不明の巨人が人間サイズになって関係者の目の前に現れたというのも信じ難いことだった。

 一方で船縁や滝、そして浅見はまた違う反応を見せていた。

 

 「もし神永さんの言うことが本当で、現れたウルトラマンがネロンガの時のと同一だとすれば…ウルトラマンが自身のサイズを変えることが出来るってことになるわね…一体どうなってるのか、ますます気になるわぁ…ひょっとした人間サイズが本体、本来の可能性ってことも…」

 

 「サイズ変化のメカニズムもそうですし、金属を溶かすほど高温の炎に耐えたメカニズムも気になります。ネロンガ戦でも巨人は推定50万ワットはある電撃に難なく耐えていましたが…周囲の電子や空気を操っているのか、それとも体表そのものが何かしらの未知の物質で出来ているのか…」

 

 「確かあなたの話ではウルトラマンはこっちに目を向けたって話よね?アイコンタクトをとるように…そして攻撃を防ぐかのような行動…もしかして、ウルトラマンは一定の知性や意思、そしてコミュニケーションをとれる可能性が…」

 

 メンバーが各々の意見を述べ議論をする中、リーダーである田村が口を開く。

 

 「正直なところ信じがたいがしかし…神永、君がでたらめな報告をしたとも思えない。確かに見た通りの事実なら、そして神永が目撃したものがあのウルトラマンだとすれば…いずれにせよ、これは重要な案件だ。改めて各自調査を進めると同時にこの一軒に関しては他言無用だ。私から室長に改め報告と相談をする」

 

 「了解」

 

 田村の言葉にメンバーは頷いた。

 そこへ部屋の中に看護師が入ってきた。

 

 「あの…田村さんはいらっしゃいますか?」

 

 「私が田村ですが…」

 

 「岩本博士が、田村さんをお呼びです。先ほど運び込まれて執刀を担当した例の修道服の少女のことでお話があるそうで…」

 

 「分かりました。すぐ向かいます。…いったん休憩にしよう、解散だ」

 

 田村の言葉に、看護師に呼ばれた彼が部屋を出るのと同時に他のメンバーも部屋から続々と出ていく。

 それにしても、と神永は思った。今日は色々ありすぎた。

 重要な情報を持っていそうな人物から証言を聞き出そうと学生寮に向かったら、血塗れの少女が倒れ、魔術師と名乗る謎の人物に摩訶不思議な超常現象による攻撃を受け、そこへさらに人間サイズのウルトラマンが登場し…まさに非日常、非常識の連続。公安警察で、かつての上司村松率いる科学特捜隊で活動していたころを神永は思い出した。あの時も、摩訶不思議な異常現象や怪奇現象を相手に捜査し、戦っていたものだ。

 あの修道服の少女は大丈夫だろうか。少し様子を見に行こうか…

 そう思いながら大学病院のホールに足を向けると、目の前に一人の人物が佇んでいるのが神永の目に入った。

 

 「君は…」

 

 「…」

 

 ツンツン頭に半袖の学生服。年の割には妙に大人びた落ち着いた雰囲気の無表情の少年。

 神永を見てペコリと頭を下げたその少年に彼は見覚えがあった。

 ネロンガ戦の後、被災地の付近にいながら無傷・無表情で小学生を連れて避難してきたツンツン頭の高校生、神永が証言を聞こうとした少年、上条当麻が目の前に立っていた。

 それは二度目の彼との邂逅だったが、そのことをこの時の神永は知る由もなかった。

 

 

 

 

 



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