異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~ (3S曹長)
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異世界での出会い編
死亡、そして復活。あとブリッツボール。


サイアクダゼ、ブームで散々イジられた挙げ句に異世界転生させられるなんてよ…


「こ…ここは…?」

 

 雲の上に浮かぶ和室という、何とも奇妙な空間。そこで倒れていた男が目を覚ました。

 男の名前はワッカ。胸の上部をさらけ出したオーバーオールのような服を着た筋肉質の男で、ニワトリの鶏冠(とさか)のように上部に伸びた赤茶色の髪と青いバンダナが特徴的だ。

 

「たしか…オレは…」

 

「というわけで…、お前さんは死んでしまった」

 

 突然の声に驚き、ワッカは体を起こす。机を挟んだ彼の向かいに声の主はいた。和服を着た細目の老人。眼鏡をかけており、顔は白く長い(ひげ)(おお)われていた。

 

「だ、誰なんだアンタ!?ってか、どこなんだよココは!?」

 

ワッカは老人に問いかける。

 

「ワシか?ワシは神じゃ。神様じゃよ」

 

「神ぃ!?」

 

「驚くのも無理は無い。じゃが思い出してみぃ。今思い出せる自分の記憶を」

 

 神を名乗る老人の言葉を聞き、ワッカは(おのれ)の記憶を辿(たど)る。

 世界最大の脅威である()()を倒すため、召喚士ユウナのガードとして長い旅を続けてきたワッカは、ついにシンとの最後の戦いにまで辿り着いた。長い戦いの末、あと一撃でシンを倒せるところまできたその刹那、シンの強烈な攻撃が自分の体を吹き飛ばした…。

 

「オレは…死んじまったのか…?」

 

「そうじゃ、お前さんは死んでしまった。シンの最期の一撃でな」

 

「………」

 

 ワッカは言葉を失った。召喚士の旅は過酷だ。召喚士もそれを守るガードも生きて旅を終えられる保証など無い、死んで当たり前の旅だ。そんなことは彼も理解していた。(ゆえ)に自身の死を覚悟はしていたが、いざ死んだとなるとその実感が湧いてこない。そんなことよりも気になることを彼は神に問いかける。

 

「皆はどうなったんだ!?シンは倒せたのか!?」

 

「自分の事より仲間の心配か、お前さんらしいのお」

 

神は感心した様子で言葉を続ける。

 

「安心せい。お前さんが死んだ直後、シンは倒された。スピラに平和が訪れたのじゃよ」

 

「じゃ、じゃあ、死んだのはオレだけなんだな!?」

 

ワッカの問いかけに神は少し間を置いて答える。

 

「…そうじゃな、シンとの最後の戦いで命を落としたのはお前さんだけじゃ」

 

「そうか、なら良かったぜ…」

 

シンは倒され、スピラに平和が訪れた。その言葉に彼は安堵(あんど)した。それなら自分の死も報われるとも思った。最大の心配が払拭されると、次なる疑問が頭に浮かぶ。

 

「…てか、アンタが神って、マジ?」

 

「本当じゃ。神でなければ、死んだお前さんと会話なんぞ出来るわけ無かろう」

 

「じゃ、じゃあ教えてくれ。シンは機械に甘えた人間に神が与えた罰だってのは本当なのか?」

 

ワッカの神に対する問いかけ。その答えをワッカ自身は長きに渡る旅で(すで)に得ていた。しかし彼が物心つく頃から聞いてきた()()。その答えを知り得るであろう人物に対し、彼は一応の答え合わせをしようと思ったのだ。

 

「それは違うぞよ。シンは、お前さんの世界の人間が立ち向かうべき脅威なのじゃ。他の世界ではドラゴンが、また違う世界では大きな地震がそうであるようにな」

 

「そうなのか…」

 

ワッカはふぅと息を吐く。やはりあの教えは間違っていたのだ。

 

「さて、そろそろ良いかの?ワシはお前さんと話がしたくてココに来させたのじゃ」

 

「ココって…、オレは死んで異界送りされたわけだろ?」

 

「少し違うの。まず、お前さんの死について話さねばな」

 

 そう言って神はワッカに湯呑みに入った茶を勧める。茶はワッカが飲んだことの無い味がしたが、彼の嫌いな味では無かった。

 

「本当はの、お前さんはあそこで死ぬ予定では無かったのじゃ。本来ならばお前さんも皆と同様、生きてシンを倒しビサイド島に帰れるハズだったんじゃよ」

 

「なんだってぇ!?」

 

「じゃがシンが予期せぬ行動を起こしてのう…。まあ、一種のバグじゃな」

 

「バグ?」

 

「あぁ何でも無い、気にせんでくれ。とにかく運悪く起きたシンの予期せぬ行動に、また運悪くお前さんが被害を受け、これまた運悪く死んでしまったというわけで…。まあ簡単に言うならワシのミスのせいで本来死ぬ必要の無いお前さんが死んでしまったという事じゃ。本当に申し訳ない」

 

「あ、ああ…」

 

 深々と頭を下げる神に対し、ワッカはとりあえず言葉を返す。

 

「で、オレはどうなるんだ?」

 

「すぐに生き返らせる」

 

「本当か!?」

 

神が自分を生き返らせてくれるなら、これほど嬉しい事は無い。またユウナやティーダ達に会えるのだから。

 

「ただのう、元いた世界に生き返らせる訳にはいかんのじゃよ。そういうルールでな」

 

「ルールー?」

 

「それはお前さんの幼なじみじゃろ。ルール、(ことわり)というヤツじゃな。そういうわけでお前さんには別の世界に蘇って貰いたい」

 

「どうしてもダメなのか?」

 

「無理にとは言わん。そのまま自身の死を受け入れるのも自由じゃ。じゃが、元の世界に生き返ることは出来んな」

 

「そうなのか…」

 

 ワッカは考える。神が無理と言うならば無理なのだろう。もしかすると死人(しびと)としてなら可能かもしれないとも考えたが、一度死んだ自分が死人としてあの世界に影響を与えるのは良くないだろうとも思う。この考えは彼が旅を通じて得た経験からのモノである。

 そこまで考えて彼はふと思いつく。

 

「もしかしてオレが蘇る予定の()()()()ってのにも、シンみたいな脅威があるのか?」

 

「そうじゃのう、シンほど強大なものとは言わんが脅威はあるぞ」

 

「なら、オレは心を決めたぜ」

 

 ワッカは決心する。自分がやるべき事は、死を受け入れて消えることでも、死人(しびと)となって元の世界に影響を与えることでも無い。

 

「オレはその別の世界ってのに蘇って、その世界の脅威を打ち倒すことにするぜ!」

 

「そうかそうか、別にお前さんに世界の脅威をどうにかして欲しいわけでは無かったんじゃが、ソレがお前さんの決意ならワシは尊重しよう」

 

「そうと決まれば、早くオレを生き返らせてくれ!」

 

 立ち上がるワッカに対し、神は今一度座るよう(うなが)す。

 

「まあそう慌てるでない。ワシから罪滅ぼしに何かさせてくれんかの?君の望みを聞きたい」

 

「望みって言われてもなぁ…」

 

「何でも良いぞ。何か持っていきたいモノとか無いかの?」

 

 そう言われてワッカはある物を頭に思い浮かべる。()()()()()()()。彼の世界で流行っている球技であり、彼はその選手でもあった。それだけでは無い。彼はガードとしての旅でも自分の武器にブリッツボールを使っていたのだ。彼にとってブリッツボールとは、人生そのものであった。

 

「オレの持っていきたいモノなんて一つしかねえぜ!ブリッツボールだ!」

 

「なるほどな。まあ、お前さんならそう言うと思っとったよ」

 

 そう言って神はどこからかブリッツボールを取り出した。

 

「コレを持って行きなさい」

 

「そうだよ!コレだよコレ!」

 

「ただのブリッツボールでは無いぞ。お前さんの新しい世界での旅を応援するための特別製じゃ」

 

ワッカは神から渡されたブリッツボールを眺める。しかしどう見ても普通のブリッツボール(メタ的なことを言うとワッカの初期装備)にしか見えない。

 

「今の状態は通常モード。殺傷力の低い状態じゃ。敵を殺さぬ程度に鎮圧したい時に使うと良い。そしてソイツに魔力を流し込むと必殺モードになる」

 

ワッカがブリッツボールに魔力を流し込むと、ボールは倍ほどの大きさになり、刃物(エッジ)が生えてきた。

 

「必殺モードは殺傷力が高いだけでは無い。石化エンチャントが付与されていて、高い確率で敵を一撃で倒すことが出来る。まあ石化が効かない敵もいるがの」

 

「いいや十分だぜ、コイツさえあれば怖い物なしだ!」

 

「まあまあそう言わず、まだ餞別(せんべつ)をあげよう」

 

「まだ何かくれるってのか?」

 

神は笑顔で答える。

 

「よく考えてみい。今までお主は仲間と共に旅をしてきたわけじゃが、これから先は一人で進むことになるんじゃぞ」

 

「た、確かに…」

 

「じゃからの、一人でも旅に困らないように、お前さん一人で黒魔法、白魔法を使えるようにしてやろう」

 

「マジかよぉ?」

 

ワッカは今まで魔法をユウナやルールーに任せてきた。神の言うことが本当ならば一人旅も安心だ。

 

「ついでにお前さんが困らないように魔力も増大させておこう」

 

「なんだか色々とわりぃなぁ」

 

「なに、気にせんで良い。元々ワシのミスじゃしな」

 

 神は(てのひら)をワッカの頭にかざす。なんだか力が(あふ)れてくるのをワッカは感じた。

 

「これでよし。それじゃあ、お前さんを異世界に転送するぞい」

 

 瞬間、ワッカの体が光に包まれる。

 

「第二の人生、楽しんでくるんじゃぞ~」

 

 

 

 

 

 気付くとワッカは草原に立つ一本の木の下に横たわっていた。

 

「すっげええへえええ。ココが異世界か…」

 

体を起こして辺りを見回すと右手に大きな町が見える。左手の方向にはどこまでも草原が広がっていた。

 

「さあて、ワッカ選手第二の人生スタートってわけだな!」

 

彼は神から渡されたブリッツボールを片手に町へと向かって歩き出した。

 

 町に到着したワッカはしばらく辺りを歩き回り、あることに気付く。

 人々が話す言葉を、ワッカは理解することが出来たのだ。彼らの言葉がたまたまワッカの世界と同じなのか、それとも神が会話に困らないようにしてくれたのか。恐らく後者だろう。

 

「そういう問題じゃ無え!文字はどうなってんだ文字は!!」

 

そう、ワッカには町に書かれている文字を解読することが出来なかったのだ。神はワッカが異世界で困らないようにすると言っていたが、さっそく大きな問題に直面してしまっていた。

 さらに大きな問題がもう一つ。ワッカは今、()()()()()()()()。旅の金はティーダが管理していたため、ワッカは死んだとき金銭を身に付けていなかったのである。

 

「サイアクダゼ、読み書きが出来ない上に無一文だなんてよ…」




 いかがでしたでしょうか。次回以降、いせスマ原作のキャラクターが登場して参りますので、ワッカとどう絡むのかご期待ください。

 あと、神の意味深な発言は深く考えなくて大丈夫です。ワッカが死んだのは神のミスが原因だ、という認識でOKです。

 あらすじにもありますが、当作品のコメントを感想欄に書いて下さると、今後の執筆の励みになります。ログインせずとも感想を書ける設定にいたしますので、当作品に対する様々な意見をお願いいたします。

 最後になりますが、今後とも当作品をよろしくお願いいたします。


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双子、そして自己紹介。あとブリッツボール。

閲覧、そして感想欄へのコメントありがとうございます。気持ちよすぎだろ!


 ワッカは途方に暮れていた。神に異世界転生させてもらったは良いものの、文字の読み書きが出来ない上に所持金は0ギル。このままではどうすることも出来ない。

 

「サイアクダゼ、読み書きが出来ない上に無一文だなんてよ…」

 

そう吐き捨てるワッカの脳裏に、初めてティーダと出会った時の光景がよみがえる。あの時のティーダも今の自分と同じく心細い気持ちでいたのだろう。そんなティーダの世話をしたのは自分だった。自分は果たして同じような良い人に出会えるのだろうか…。

 

「…なんてウジウジ考えるなんて、オレらしくも無かったな!」

 

 気を取り直し、町の散策を続けようと決めるワッカ。歩いていれば何か解決策が浮かぶかもしれないと考えたからだ。

 その時、彼の耳に誰かが言い争うような声が聞こえた。声が聞こえる路地の方に彼は足を向けることにする。

 

「約束が違うわ!報酬は金貨一枚だったはずよ!」

 

そう叫ぶ一人の女の子。言い争いは細い路地の行き止まりで起こっていた。片や女の子二人、もう片方はガラの悪そうな男が二人。男の一人はガラス細工のような鹿の角を持っていた。

 

「確かに水晶鹿の角を金貨一枚で払うといったさ。けどそれは傷無しの場合だ。見ろよ、ココに傷があるだろ?だから銀貨一枚なのさ。ほれ受け取りな!」

 

そう言って男が銀貨一枚を二人の女の子に放り投げる。床に落ちた銀貨を見て、ワッカはこの世界ではギルとは違う通貨が使われている事に気付いた。

 

「そんな傷、傷物の内に入らないわよ!」

 

「お姉ちゃん…」

 

女の子二人は外見が似ていた。どうやら双子らしい。男と言い争いをしている少女は銀髪のロングヘアで目つきがキリッとしている。いかにも活発そうな女の子だ。もう一人は銀髪のショートヘアで大人しそうな目つき。相方を「お姉ちゃん」と呼んでいたあたり、こちらが双子の妹のようだ。

 

「もういいわ、お金は要らない!その角を返して貰うわ!」

 

「そうはいかねぇ、もうコイツは俺達のモンだ!」

 

男が意地の悪そうな声でそう答える。どう見ても男達の方が年上だ。

 こういった言い争いを目にすると見て見ぬフリをする人も多いだろうが、そんなことは出来ない正義感の強い好漢、それがワッカという男である。男が少女をいじめている現場ならなおさらである。

 

「なぁ~んだ、モメゴトかあ?」

 

「ああん?何だテメェ!」

 

「何の用だぁ!?」

 

ガラの悪い男二人が、背後から声をかけたワッカににらみを利かせる。見た目どうりのチンピラで間違いなさそうだ。そう考えたワッカも負けじと言葉を返す。

 

「おい!言葉をつつしめよ!」

 

「あぁん!?」

 

「だいたいなんだお前ら、よってたかって女の子をいじめるなんざ、恥ずかしいと思わねえのか?」

 

「舐めた野郎だなぁオイ!」

 

そう言って男達は(ふところ)からナイフを取り出す。

 

「いてぇ目にあう前に逃げた方がいいぜぇ?」

 

「へっ、嫌なこった!」

 

「ヤロウ!!」

 

 男の一人がワッカに襲いかかる。しかしワッカはシンを倒すところまで辿(たど)り着いた歴戦の勇士。町のチンピラとの戦闘能力は雲泥の差だ。

 

「よっと」

 

チンピラの攻撃を容易(たやす)(かわ)したワッカは、手にしたブリッツボールを相手に向かって投げつける。

 

「ガッ!?」

 

彼の手から離れたボールはチンピラに命中。それだけでは無い。相手に当たって回転が加わったボールはまるで意志を持っているかのようにワッカの手元に戻っていったのだ。

 

「テメェ何するん…だ…ウボァー」

 

ブリッツボールを食らったチンピラがその場に倒れ込む。そして寝息を立て始めた。

 これぞワッカ選手の特技の一つ「スリプルアタック」。ボールを当てた相手を眠らせる技である。

 

「ぐおぉ…」

 

 と同時にもう一人のチンピラもその場に倒れ込んだ。見るとロングヘアの女の子がガントレットを両手に装備している。どうやらアレで殴り倒したようだ。

 

「おいお前達、早くここからずらかるぜ!」

 

「え、ええ…」

 

ワッカは二人の少女と共に路地裏を抜け出した。

 

 

 

 

 

「助けてくれてありがとう」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 少女達がワッカに礼を言った。

 

「いいってことよぉ!てか、見た感じ余計なお世話だったみたいだけどな!」

 

「そんなこと無いわ。あたしはエルゼ・シルエスカ。こっちが妹のリンゼ・シルエスカよ」

 

そう言ってロングヘアの少女、エルゼが自己紹介をする。

 

「リンゼ・シルエスカです。よろしくお願いします」

 

ショートヘアの妹、リンゼも頭を下げた。

 

「オレはワッカ。ユウ…」

 

 ユウナのガードだ、と言おうとしてワッカは口を閉じる。この世界にユウナはいない。そもそもシンが討伐されたならば、ユウナにガードは必要無くなる。シンを倒しユウナにガードが必要無くなった後、果たして自分は何をしているのだろうか。

 少し思案した後、ワッカは言葉を続ける。

 

「ビサイド・オーラカの選手兼コーチだ」

 

これでいいとワッカは思う。ユウナのガードに専念するためブリッツボールを引退した彼であったが、その後も「賞品に欲しいアイテムがある」と言うティーダの呼びかけに応じてちょくちょくブリッツボールを続けていた。シンを倒してビサイド島に帰った後はきっと地元のチームであるビサイド・オーラカに復帰していたことだろう。

 

「ビサイド・オーラカ?」

 

「センシュケンコーチ?」

 

 双子の少女が聞き返す。

 

「何だ?ブリッツボール知らねぇのか?」

 

「知らないわ」

 

「聞いたこと無いです…」

 

ワッカは自分の失敗に気付く。ここはスピラとは違う異世界なのだ。当然、ブリッツボールなど存在しないだろう。

 

「あ~何て言ったら良いんだろうな、オレの故郷で流行っていたスポーツだ」

 

「ああ、そうなのね」

 

改めて異世界という環境の特異性に気付くワッカ。ここでは自分の常識は通用しない。もっと慎重に言葉を選んだ方が良いらしい。(いな)、言葉だけで無く行動も慎重になるべきだ。目の前の双子は異世界に来て初めて言葉を交わした人間だ。ここで二人を逃す訳にはいかない。

 

「とにかく、助けてくれてありがとう。何かお礼がしたいのだけど…」

 

そう言ったエルゼに対し、ワッカは言葉を返す。

 

「それじゃあ、二人にお願いがあるんだなぁ~」

 

どことなく怪しい言い方になってしまったために、エルゼは少しワッカを警戒し始める。一方、リンゼはそうでは無く、目の前のワッカという男が良い人なのだろうと認識していた。恐らく今の言い方も彼なりにフランクさを示そうとしたのだろう、と考えた。

 

「実はオレ、ここから遠く離れた地域でシンって言う強大な魔物と戦っていてな…」

 

 身の上話を始めるワッカ。無論、自分の現状をそのまま全部伝えることは出来ない。言っても信じてもらえないだろうと考えたからだ。だからといって全てを嘘で塗り固めた作り話をするのもダメだ。読み書きも出来ず所持金も0という現状を伝えるのに上手い作り話が思いつかなかったし、上手く行ったとしても後々ボロが出てしまうだろう。「オレさ、シンに近づきすぎて頭がぐるぐるなんだよな」というティーダの言葉を思い返す。彼もあの時苦労していたのだろう。

 

「どうにかシンを倒すところまではいったんだが、アイツは最期の力を使ってオレを遠くに吹き飛ばしちまったんだ。おかげでココがどこなのかも分からねぇし、文字も読めねえ。オマケに無一文ってわけなんだ」

 

「そうなの…」

 

「それは大変でしたね」

 

「だからさ、オレになんか、金になる仕事を紹介してくんねぇか?」

 

 ワッカの頼みを聞き、顔を見合わせる双子の少女。何か心当たりがあるらしく「うん」と(うなず)き合う。

 

「だったら丁度良いわ。私達と一緒にギルドに登録しに行きましょう!」

 

「ギルド…?」

 

 また一つ、異世界の文化に触れることになるワッカなのだった。




ワッカの戦闘を少しですが書くことが出来ました。次回はもっと書けると思います。


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ギルド、そして初依頼。あとブリッツボール。

オレな、この小説書くために「異世界はスマートフォンとともに。」のアニメ見直してんだけどよ…

わりい、やっぱつれぇわ

内容もさることながら、明らかにやる気の感じられない作画が気力を削っていくんですよ。
でも、出来の良いエンディングテーマを支えに頑張ります。


 ギルドに向かう道中、ワッカは双子の妹リンゼからこの世界のギルドがどの様な施設なのか説明してもらった。

 ギルドとは簡単に言えばギルド登録者に仕事を斡旋(あっせん)する施設である。ギルドには日々、様々な人から依頼が持ち込まれる。依頼の内容も魔獣討伐、採取、調査、護衛、変わったものだと子守など多種多様だ。ギルドはそれらの依頼をギルドに登録している人々に紹介する、登録者は紹介された仕事をこなして依頼人から報酬を貰う。そしてギルドは依頼紹介の仲介料を貰って金を得る、という仕組みである

 

「最高だぜ、魔獣討伐で金がもらえるなんてよ」

 

ワッカのテンションが上がる。ギルドに登録すればこの世界で生活していけそうだ。

 

「オレ、結構強いんだぜぇ?魔獣討伐なんてお茶の子さいさいよ!」

 

「あら、私だって強いのよ?」

 

ワッカに張り合おうとする姉のエルゼを見てリンゼが苦笑いをする。

 

「つーかよ、そんな場所があるなら何でアイツらと()めてたんだ?まさか、アイツらも依頼人じゃ無いだろうな」

 

「違うわよ、アイツらはギルドと無関係」

 

 エルゼが腹立たしそうに言う。

 

「ちょっとしたツテでね。私達前に水晶鹿を倒して角を手に入れたんだけど、欲しいって話が来たからちょうどいいやって。でもダメねー。やっぱりギルドみたいなちゃんとした所から依頼を受けないと」

 

「だから止めようって私は反対したのに…。お姉ちゃん、言うこと聞かないんだから」

 

リンゼがため息をつく。やはりしっかり者なのは妹の方のようだ。

 

「だから私達もこれからギルドに登録しに行くのよ、ワッカと同じ」

 

「なぁるほどなあ」

 

 そんな会話をしている内に、三人は町の中心にあるギルドに到着した。三人はカウンターの受付にギルドに登録する(むね)を伝える。

 

「三名様、登録ですね」

 

「はい」

 

「皆様、ギルド登録は初めてでしょうか。でしたら簡単に登録の説明をさせていただきます」

 

「お願いします」

 

 ワッカ達はギルドの受付からギルドに関するルールー、じゃなくてルールを聞く。

 リンゼから説明された内容の他に、依頼とギルド登録者にはそれぞれランク付けがされており、下級ランクの登録者は上のランクの依頼を引き受けることが出来ないことが分かった。登録者のランクは依頼をこなしていくことで上げられる仕組みになっている。ただし、同行者の半数が上位ランクに達していれば下位ランクの者も上位の仕事を受けられるそうだ。

 他にも、依頼に失敗すれば違約金が発生する、さらに数回依頼に失敗し悪質だと判断されると登録解除のペナルティがある、五年間依頼を一つも受けないでいると登録が失効される、討伐依頼は依頼で指定された地域以外で行うと無効になる…、等々の注意点も説明された。

 

「以上で説明は終わりです。何か分からないことが御座いましたら、係の者にお尋ね下さい」

 

「分かりました」

 

「では、こちらの登録書に必要事項のご記入をお願いします」

 

受付から三人に登録書が手渡される。ワッカはここでつんでしまった。彼はこの世界の文字の読み書きが出来ないからだ。

 

「あの~すんません、オレ…文字の読み書きが出来ないんっすけど…」

 

「そうでしたか。でしたら、お付きの方の代筆でも構いません」

 

ギルド登録が出来ないという最悪の状況は避けられたが、明らかに年下のリンゼに代筆をしてもらうという恥ずかしい思いをすることになってしまった。

 登録書を受け取った受付係は、その上に真っ黒いカードを(かざ)して何やら呪文を(つぶや)く。その後小さなピンを三つ取り出し、それぞれのカードに血を染み込ませるように言う。ワッカ達はピンで指を刺し、カードに血を染み込ませる。すると白い文字が浮かび、これで登録が完了したとのことだ。

 

「このカードには偽装防止と本人確認のために、ご本人様以外が触れていると数十秒で灰色に変色する魔法が付与されております。紛失された場合は(すみ)やかにギルドにお申し出ください。有料になりますがカードを再発行いたします。以上で登録は終了となります。依頼は右手にございます掲示板に張り出されておりますのでご覧下さい」

 

 登録を済ませたワッカ達は掲示板の前に向かう。登録直後の三人のランクは一番下の黒ランクで、受けられる依頼も黒い依頼書のモノだけだ。

 

「どの依頼にしようかしら」

 

「初めての依頼選びってドキドキするね、お姉ちゃん」

 

あれこれ考えながら依頼を選んでいくエルゼとリンゼ。どこか楽しそうな様子の双子を後ろで見ながら、ワッカは不満そうな顔をする。文字が読めない彼は依頼選びに参加できないからだ。

 

「やっぱ読み書きが出来ねえと不便なんだな~。こいつぁ早いとこ何とかしなくちゃな」

 

 そんなことを考えているワッカのもとに二人が近寄ってくる。どうやら良さそうな依頼を見つけたようだ。

 

「この依頼はどうでしょう、ワッカさん。魔獣討伐の依頼ですよ」

 

「東の森で一角狼を5匹討伐、報酬は銅貨18枚。三人で割っても一人6枚だから、ワッカも三泊分のお金が得られるわよ」

 

「おっ、いいじゃねぇかソレ!」

 

ワッカの不機嫌が一瞬で消し飛んだ。

 

「うっし、早速出発すっか!ワッカ選手の活躍、見せてやるぜ!」

 

「ちょっと、あんまり調子に乗らないでよ!私一人で済んじゃうかもしれないんだから!」

 

「お姉ちゃんも調子に乗らないで…」

 

 こうして三人は初めての依頼を引き受け、東の森へと向かった。

 

 

 

 

 

 町を出て二時間ほど歩くと、目的地に到着した。ここで一角狼を5匹倒し、証拠の角を5本ギルドに持ち帰れば依頼達成となる。

 

「そう言えばアンタ、町で武器とか買わなくて良かったの?」

 

エルゼがワッカに問いかける。

 

「武器なら持ってるぜ?ほれ」

 

そう言ってワッカはブリッツボールを二人に見せる。

 

「そのボールが武器…なんですか?」

 

「本当にそんなので魔獣討伐なんて出来るの?」

 

「お、馬鹿にしてんな?なら見せてやる」

 

そう言ってワッカはブリッツボールに魔力を流し込む。たちまちボールは大きさが倍ほどになり刃物(エッジ)が生えてくる。神様特製ブリッツボールの必殺モードだ。

 

「ボールが変化した!?」

 

「さっきの男達は殺すつもりは無かったからな。でも、魔獣討伐ならコイツでいいだろ」

 

 ワッカがそう言った次の瞬間、森の中から何かの音がした。そしてすぐに、音がした方向から黒い影が飛び出し、三人に襲いかかってきた。

 

「おっと、お出ましか」

 

三人は黒い影の攻撃を(かわ)し、その正体を目にした。大型犬ほどの大きさの灰色の狼で、頭から黒くて長い角が生えている。目的の一角狼だ。

 ワッカは早速呪文を唱える。

 

「ライブラ!」

 

ライブラはワッカの世界の白魔法の一種で、敵の情報を知ることが出来る魔法である。初めて遭遇した魔物にはライブラを使う、これがガードの鉄則だ。

 

「突進攻撃に注意。属性耐性無し。状態異常耐性無し。火属性、風属性弱点」

 

ワッカの目に一角狼の情報が見えた。

 

「なあんだ、大したことねぇみたいだな。でも風属性って何だ?」

 

「ワッカさん、今のは何の魔法ですか?」

 

「ちょっと、ぼうっとしてないでよっ!」

 

そう言ってエルゼが先陣を切り、手に装備したガントレットで敵の横っ腹を殴りつける。

 

「はあっ!!」

 

「ギャウン!」

 

地面に叩きつけられた角角狼の悲鳴を聞きつけたのか、同族が次々と森から飛び出してくる。

 

「炎よ来たれ、赤の飛礫、イグニスファイア」

 

妹のリンゼが後ろに下がって呪文を唱えると、一匹の狼が炎に包まれ火だるまになる。彼女の武器は銀のワンドで、魔法が戦闘スタイルのようだ。

 

「はあ~、今のがこの世界の魔法か…」

 

 感心するワッカに一匹が襲いかかる。

 

「おっと、そんなこと言ってる場合じゃねえな」

 

ワッカは敵の攻撃を飛んで避け、攻撃を仕掛ける。

 

(うな)れ!ブリッツボール!!」

 

そう叫んで彼の投げたボールは一角狼に見事命中、刃物(エッジ)が狼の胴を斬りつける。

 

「やるじゃない!」

 

更に回転の加わったボールはワッカの手元に戻ってくる。

 

「あっ、危ない!」

 

リンゼが叫ぶ。刃物(エッジ)が生えたボールがワッカに向かってきているのだから当然の反応だ。しかしワッカは何でも無いかのように刃物(エッジ)が無い部分をキャッチする。

 そして落下しながらもう一匹に向かってボールを投げつけた。今度は刃物(エッジ)の無い部分が当たってしまう。しかしその瞬間、一角狼の体は石へと変化しバラバラに崩れ落ちてしまった。ブリッツボール必殺モードの石化エンチャントが発動したのだ。そしてワッカは再び戻ってきたボールをキャッチし着地した。

 

「す、すごいです…」

 

「確かにすごい…けど、ちょっと待ちなさいよ!」

 

「まだまだこんなもんじゃねぇぞ?とうっ!」

 

言うが早いか、ワッカは目視できる一角狼に次々とボールを当てていく。

 

疾風怒濤(しっぷうどとう)!!」

 

ボールは全弾命中、からの全弾キャッチ。ボールが当たった一角狼は石化し崩れていった。

 

「どうよ!」

 

パパパパパパパーパーパーパッパパーン。ワッカは右手にブリッツボールを抱え、左手を上空に突き上げる。そして左手のサムズアップを胸に向けた。勝利のポーズだ。

 

「だから待ちなさいって言ったじゃない!」

 

 しかしエルゼはお怒りの様子だ。

 

「なあんだ、ゴフマンかあ?」

 

「当たり前じゃない!」

 

エルゼは怒りながらワッカに詰め寄る。

 

「私達はギルドに角を持って帰らないといけないのよ?でもアンタの攻撃じゃ角が残らないじゃない!」

 

「そ、そういやあそうだったああ!」

 

ワッカは自分の失敗に気付き、二人に謝罪する。彼のせいで無駄に一角狼の群れを探すハメになってしまった。

 とは言ってもやはり討伐依頼が出るくらいには群れの数が増えているらしく、標的はすぐに見つかった。

 

「今度は石化させないでよ!」

 

「わーってるって」

 

 ワッカは別の攻撃方法を考える。通常モードでボコボコにする方法も考えたが、ライブラの情報で火属性弱点と出たことを思い出し、あえて魔法で攻撃してみる。

 

「ファイア!」

 

先程のリンゼの攻撃同様、火属性魔法が一角狼の体を焼き尽くす。

 

「アンタ、火属性魔法も使えたのね!」

 

「まあな!」

 

「え?でも魔法が違うような…」

 

「ぼうっとしないのリンゼ!とっとと終わらせるわよ!」

 

 驚くリンゼを尻目に、エルゼとワッカの二人があっという間に一角狼の群れを全滅させた。

 こうして三人の初依頼は無事成功。目的討伐数以上の一角狼を討伐したので、ギルドに提出した残りは持ち帰ることにした。




アニメだとこれで一話終了くらいですかね。エンディングはもちろん「純情エモーショナル(ワッカver CV中井和哉)」でお願いします。


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魔法、そして適性。あとブリッツボール。

皆さんの応援のお陰で、UA数、お気に入り登録者数がみるみる増えていってます。本当にありがとうございます。


 ワッカ達三人は「銀月」という宿屋で初任務達成の祝賀会を開いていた。この「銀月」という宿屋は食事付きで一泊の宿代が銅貨2枚。一角狼の討伐依頼で受け取った一人当たりの報酬が銅貨6枚なので、無一文だったワッカも野宿をせずに済むことになる。

 

「あんた、中々強いのね~」

 

 双子の姉エルゼがワッカを素直に褒めた。

 

「だから言ったろ~?」

 

ワッカが言葉を返す。

 

「ブリッツボール…だったかしら?あんな戦い方は見たことなかったし、オマケに魔法まで使えるなんてねぇ」

 

「あ、そう言えばワッカさんが使っていた魔法について、気になることがあるんですが…」

 

 双子の妹リンゼが口を開く。

 

「ワッカさんが使っていた魔法、火属性の攻撃魔法だったと思うのですが、私達が使う火属性魔法とは呪文が違っていたのですが?」

 

「何だと?」

 

ワッカは焦る。言われてみればリンゼは火属性魔法を放つ際「炎よ来たれ、赤の飛礫、イグニスファイア」と唱えていた。一方でワッカの場合は「ファイア」だけである。

 別にこのこと自体はおかしなことではない。ワッカが元いた世界での火属性魔法は基本が「ファイア」で、「ファイラ」「ファイガ」と威力が上がっていく。だがここは異世界だ。世界が変われば魔法も違ってくるだろう。

 

「あ、あ~なんて言やぁいいのかな…」

 

 ワッカはしばらく考えた後で言葉を続けた。

 

「オレの故郷では、アレで良かったんだよ」

 

こう答えるしか無かった。

 

「そう…なんですか?」

 

「そんな地域があるなんてねぇ」

 

「ま、まあオレの故郷って言ってもごく限られた地域にだけ伝わる秘術的なモンだ!知らなくっても無理はねえな」

 

 何とか誤魔化すことに成功したワッカだったが、この世界で活動を続けていく中でスピラの魔法ばかりを使うわけにも行かないだろう、と彼は思い始める。今は誤魔化せていても他の人に問い詰められた時にも上手く行くとは限らない。ならば、この世界の魔法も覚えておくに超したことはないだろう。

 郷に入っては郷に従う、私の好きな言葉です。

 

「そうだ!お前達が使っている魔法、オレにも教えてくれねえか?」

 

「私達の魔法を、ですか?」

 

「ああ、興味が湧いてきてな」

 

「そういうことならリンゼに教えて貰うといいわ。この子、魔法の天才だしね」

 

そう言ってエルゼがリンゼの肩をポンと叩く。

 

「そんな、天才だなんて…お姉ちゃんったら…」

 

「リンゼ、頼めるか?」

 

ワッカはリンゼの目を見つめながらもう一度頼み込む。するとリンゼは(ほお)を赤らめ(うつむ)きながら

 

「私で良ければ…教えます」

 

と答えた。

 

「も~リンゼったら、そんなに恥ずかしがらないの!良かったわね、ワッカ」

 

「ああ!ありがとな、リンゼ!」

 

ワッカの笑顔を見て、リンゼは再び頬を赤くするのだった。

 

 

 

 

 

 こうしてリンゼによる異世界魔法講座が始まった。場所は銀月の裏にある空き地だ。

 

「まず、ワッカさんがどの属性に適性を持っているのか確認しなければなりません」

 

「適正?」

 

「魔法は生まれ持った適正によって使えるかどうかが大きく左右されるんです。適性がない人はどうやっても魔法を使うことは出来ません。属性は全部で火、水、土、風、光、闇、無の7つの属性があるんです」

 

「火、水、土、風、光、闇、無…」

 

ワッカが復唱する。彼の世界でも似たような属性がある。火属性の「ファイア」、水属性の「ウォータ」、氷属性の「ブリザド」等々…。しかし土属性と風属性というのは対応する魔法が無いため、いまいちピンと来ない。

 

「氷属性ってのは無いのか?」

 

「氷属性は水属性魔法の一種です。今言った7つの属性は魔法を大きく分類したものですから。例えば光属性は別名を神聖魔法とも言って、治癒魔法もココに含まれます」

 

白魔法だな、とワッカは思う。

 

「闇は召喚魔法…契約した魔獣や魔物を使役することが出来ます」

 

「おお!召喚魔法来たな!!」

 

 ワッカのテンションが上がる。ユウナのことを思い出したからだ。彼女の召喚魔法によって呼び出される召喚獣であるバハムート、シヴァ、ようじんぼう等々には何度も助けられた。ワッカの世界では召喚魔法は召喚士と呼ばれる選ばれた人間にしか行えないものだったのだが、この世界では自分も出来るのだ。

 

「あのねぇ、盛り上がってるトコ悪いんだけど、そもそも属性の適性が無きゃ使えないのよ」

 

「そういや、そうだったな」

 

「それに、私では召喚魔法を教えることが出来ません…。私には闇属性の適性がありませんから…」

 

リンゼが落ち込んだ様子で言う。

 

「あ、ああ、そんなに落ち込まないでくれ!悪かったな、勝手に盛り上がっちまってよ!」

 

ワッカが慌てて謝罪する。

 

「そうよ、リンゼは3つも属性の適性があるんだから落ち込むこと無いじゃない!」

 

エルゼも妹を励ます。

 

「リンゼは何の適性を持ってんだ?」

 

「私が使えるのは火、水、光の3属性です。これでも珍しい方なんですよ?」

 

「やっぱりスゲぇんじゃねえか!もっと自信を持てよ、な?」

 

「は、はい!ううぅ…」

 

兄貴分ワッカの励ましを受け、リンゼの顔が真っ赤になる。

 

「そろそろワッカの適性を調べたら?」

 

 じれったくなったのか、エルゼが横から口を挟む。

 

「おお、そうだな。それで、適性ってのはどう調べるんだ?」

 

「あ、コレを使います」

 

そう言ってリンゼは袋から1センチほどの魔石を取り出す。魔石は全部で7つあり、赤、青、茶、緑、黄、紫、無色と全て色が違っていた。

 

「この魔石を一つずつ持って、石に意識を集中させ呪文を唱えます」

 

そう言って彼女は青い魔石を右手でつまみ、目を閉じる。

 

「水よ来たれ」

 

すると彼女の持つ魔石からツツーッと少量の水が流れ出した。

 

「適性があればこのように魔石が反応します。適性が無ければ何の反応もしません」

 

「ほうほう」

 

「先程の戦いでワッカさんには火属性魔法の適性があることが分かりました。なのでこの青い魔石を使って、水属性魔法の適性から試してみましょう」

 

 ワッカはリンゼから青い魔石を受け取り、リンゼと同じことをする。

 

「水よ来たれ」

 

魔石から水が出た。が、予想外だったのはその水量で、壊れた蛇口のように大量の水が出てしまった。

 

「げげえっ!」

 

ワッカは驚きの声を上げる。双子も唖然としていた。

 

「リンゼの時と水量が違うじゃねえか!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「ワッカさんの魔力量が(けた)違いに大きかったんだ…と思います…。こんな小さな魔石と呪文の断片でまさか…。信じられません」

 

「あんた魔法使いの方が向いてるわよ絶対!こんなの見たことない…」

 

「そ、そうか?ま、ブリッツボールの選手兼コーチだからな!こんくらい当然だろ!」

 

 驚く双子をよそにワッハッハと笑うワッカ選手。次は光属性の適性を試します。

 

「光よ来たれ」

 

魔石からカッと閃光が放たれる。光属性の適性もバッチリだ。つまりは回復魔法が使えるということで、これは非常に心強いことだった。

 

「闇よ来たれ」

 

 続いてワッカが闇属性の適性を試すと、魔石からブオォと黒いモヤみたいなモノが(あふ)れ出た。これで召喚魔法が使えることが分かったが、双子が闇属性の適性を持っていない以上、現段階で習得することは出来ない。そもそもユウナの使役した召喚獣はあちら(スピラ)の世界のモノなのだから、この異世界では召喚出来ないだろう。

 残すは土属性と風属性。ワッカの世界に存在しない属性だ。まずは土属性から試す。

 

「土よ来たれ」

 

すると茶色の魔石から砂がこぼれ落ちた。が、今までと比べると大分頼りない。砂時計の方が落ちる砂の量が多いだろう。

 

「あー、やっぱ土属性はダメだったか?」

 

「何言ってんのよワッカ」

 

エルゼがツッコミを入れる。

 

「適性が無かったら何も反応しないわよ。砂がこぼれ落ちたってことは適性があるってこと!これで5つ目の適性よ!」

 

「じゃあ教えてくれ!な、どうして今までに比べて出が悪いんだ?」

 

「適性がある魔法の中でも得意不得意があるんです。私の場合、火属性は得意ですが光属性は苦手です」

 

リンゼが解説する。

 

「でもワッカはそんなこと気にする必要無いわよ、これだけ適性があるってだけで十分異常なんだから!さあ、最後は風属性の適性よ」

 

 エルゼに(うなが)され、ワッカは緑の魔石をつまむ。

 

「風よ来たれ」

 

結果として魔石から風は吹き出した。が、コレも大分頼りない。適性の有無を確かめるために双子が魔石の(そば)に手を近づけなければならなかったほどだ。だが、ワッカに6属性全ての適性があると分かった今、二人にとってはそんなことは些末事(さまつごと)らしい。

 

「6属性も適性があるなんて…。ワッカって何者なの?」

 

「そう言われてもなぁ…」

 

ワッカも返事に困る。

 

「生まれ持っての適性なんだろ?そういうことだと納得するしかねーじゃねぇか」

 

「まあ、それは…そうね…」

 

本当はワッカは原因を知っている。間違いなく神の仕業だろう。だが、それを二人に言うことはしないでおいた。

 

「それはそうと、無属性ってのは何なんだ?」

 

 ワッカはリンゼに問いかける。字だけ見れば130位が飛びつきそうだが、ワッカにはイメージが思い浮かばない。

 

「無の魔法は特殊で、これといった呪文が決まってないんです。魔力の集中と魔法名だけで発動します。例えばお姉ちゃんの身体強化だと『ブースト』と唱えれば発動します。その他に筋力を増加する『パワーライズ』、珍しいモノだと遠くに移動出来る『ゲート』なんていうのもあります」

 

「そりゃあ便利だな!」

 

ワッカの世界には遠くの場所まで移動出来る魔法は存在しない。もしそんなモノがあったなら召喚士の旅はだいぶ違うものになっていただろう。

 

「でも、自分がどんな無属性魔法を使えるかなんて、どうやって分かんだ?」

 

「あるとき何となく魔法名が分かってくるのよねぇ」

 

エルゼが自分の経験から答える。

 

「一応、この無色の魔石を持って何か無属性の魔法を使おうとすれば、適性の有無は分かります。魔法が発動しなくても、魔石がちょっと光るとか、震えるとか、何かしらの反応がありますから」

 

そう言ってリンゼがワッカに無色の魔石を渡す。

 

「うし、いっちょやってみっか!」

 

ワッカは魔石を持ちながら、再び「ゲート」という名の移動魔法に思いをはせる。もし自分が「ゲート」を使えたならば、魔獣討伐の依頼に使う移動時間が短縮できる。そうなれば一日に多くの依頼を達成でき、報酬もたくさん貰える…。

 

「ゲート!」

 

彼が呪文を唱えると魔石から光が放たれ、淡い光を放つ半透明の壁というか板のようなモノが現われた。

 

「出来ちまったみてぇだな」

 

「……そうみたいですね」

 

ワッカの言葉にリンゼが呆然と答える。エルゼはもう、一々反応することに疲れてしまったようだ。

 ワッカは現われた「ゲート」に顔を突っ込む。すると、彼の視界に入ったのは見たことのある森だった。

 

「あれ、見覚えがあるな」

 

「ココって一角狼の討伐をした森じゃないですか?」

 

気付くとワッカの横から双子の姉妹も「ゲート」に顔を突っ込んでいた。森の方から見ると、三人の生首が浮かんでいるように見える。幸い誰もいなかったために騒ぎにはならなかったが。

 

「どうして東の森に繋がってんのよ?」

 

エルゼが疑問を口にする。

 

「そりゃあアレだな。『ゲート』の魔法を思い浮かべる時に、ソイツがありゃぁ討伐依頼で一々移動せずに済むな、とか考えてたからだな」

 

ワッカはそう答えてゲートから首を引っ込める。姉妹も後に続いた。

 三人が首を引っ込めると「ゲート」は自然消滅した。ワッカはふぅと息を吐いた。

 

「ま、とりあえずコレでオレの適性が分かったな!全魔法に適性有り!ただし土属性と風属性は苦手!こんなもんか」

 

「全属性の魔法に適性があるだけで十分信じられないことなんですけどね…」

 

ワッカのまとめに対してリンゼが言葉を返した。

 

「…ていうかさ」

 

 エルゼがワッカの顔を見て口を開く。

 

「この『ゲート』があれば、ワッカの故郷に行けるんじゃない?」




魔法の適性検査だけで5000字近くなってしまった。何でだよ!(ナンデダヨ!)

次回は三人目のヒロインを出したい!…です。


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世界の壁、そしてサムライ。あとブリッツボール。

OP「コネクトが全く気付かないうちに気持ちよすぎだろ!」(ニコニコ動画 sm40633010)


 無属性魔法「ゲート」を使えばワッカの世界に帰れるのではないか、というエルゼの提案を聞き、ワッカは言葉を失う。

 その方法は思いつかなかったから、では無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。神様は「元の世界に生き返らせることは出来ないルールだ」と言っていた。神でさえ曲げられないルールをどうしてワッカが曲げることが出来るだろうか。

 だが、エルゼがこのような考えを抱いた原因は間違いなくワッカにあるのだ。彼は「自分は遠くから飛ばされてここに来た」とは説明したが、「自分は異世界から来た」とは説明してない。彼の言った「遠く」というのが異世界を指すと想像できる人などいないだろう。普通は()()()()()()()()()()だと思うはずだ。むしろそう思わせるようにわざと話したのだ。

 

「そ、それはだな…」

 

 ワッカが言葉を詰まらせているとエルゼが追い打ちをかける。

 

「私、ワッカの言ってたブリッツボールって球技に興味あるのよね」

 

「あ、じゃあ私はワッカさんの故郷の人達が使う魔法を見てみたいです」

 

リンゼも姉に呼応する。

 どう誤魔化すべきか、頭を悩ませるワッカ。いっそ全てをココで話すべきだろうか。ワッカの魔法適性の異常さを見た後の二人なら全てを話しても信用してくれるのではないだろうか。(いな)、正直に言ったところで冗談だと思われるだけだろう。ここは()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「そうだな…。うっし!いっちょやってみっか!」

 

ワッカが声を上げる。考えてみればワッカを間違えて死なせてしまうような神だ。こういう抜け道はあるかもしれない。それに神は「元の世界に戻るな」とは一言も言っていない。もしも帰れるならばそれに超したことは無いではないか。またティーダやユウナ、他の仲間達にも会えるのだ。エルゼにブリッツボールの試合を見せてやることも、リンゼにルールーを紹介することも出来る。ここまで考えるとやらない理由を探す方が難しかった。

 ワッカは再び無色の魔石を持って目を閉じる。そして故郷のビサイド島の砂浜を思い起こす。初めてティーダに会った場所、ビサイド・オーラカのメンバー達と練習に汗を流した場所…。

 

「ゲート!」

 

 空気が静まり返る。「ゲート」は発動しなかった。やはりスピラに帰ることは不可能だったのだ。

 

「ダメ…だったんですか?」

 

「そう…みたいだな…」

 

 リンゼの問いかけに対し、ワッカが力無く答える。彼の落ち込んでいる姿を見て、姉妹も失敗が本当だったことを察する。

 ワッカは一度深呼吸し、こう結論付けた。

 

「ま、シンの力がそれだけ強力だったってこったな!」

 

「『ゲート』が通じないほど遠くに飛ばされたってこと?」

 

「シンって魔物はそんなに強力だったんですか?」

 

リンゼの問いかけにワッカが答える。

 

「ああ、そりゃあ強かったぜ。アイツのせいで、何人もの人間が犠牲になった…」

 

シンの犠牲者。ワッカはそのワードから()()()()を思い出さない訳にはいかなかった。

 

「俺の弟もな、シンに殺されちまった…」

 

そう言ってワッカは口を閉ざした。

 そんな彼の様子を見て、エルゼに後悔の気持ちが芽生える。自分が余計な提案をしなければワッカに変な期待を抱かせることも辛い記憶を思い出させる事も無かったのに、と後悔した。

 

「ご、ごめんなさい!!私が変なこと言わなかったら、ワッカをこんなに傷つけることも無かったのに!」

 

 深く頭を下げて謝罪するエルゼに対し、ワッカは頭を上げるよう(うなが)す。

 

「別に謝ることなんてねえよ!エルゼはオレのためを思って提案してくれたんだろ?それがたまたまダメだった、そんだけのことだ。お前はこれっぽっちも悪くねえよ!」

 

「ワッカ…」

 

「それに…」

 

 ワッカは二人の姉妹に目を向ける。

 

「オレはお前達に感謝してるんだぜ。こっちに飛ばされて、知っている人が誰もいなかった。そればかりか字も読めねえしオマケに無一文。そんなオレにお前達は親切にしてくれたじゃねえか!どれだけ心強かったか、分かったもんじゃねえ!」

 

「ワッカ…」

 

「ワッカさん…」

 

心の内をさらけ出し、ワッカは二人に右手を差し出す。

 

「ありがとよ。そしてこれからもよろしくな!エルゼ!リンゼ!」

 

「うん!よろしくね、ワッカ!」

 

「私も、よろしくお願いします、ワッカさん!」

 

一人の異世界人と双子の姉妹が握手を交わす。沈む夕日が三人を赤く照らしていた。

 

 

 

 

 

 翌日から三人は宿屋「銀月」を拠点に行動をすることにした。ギルドに向かい、魔物討伐の依頼を探す。「ゲート」は一度行った場所にしか行くことが出来ない。なので依頼の指定場所へは行きは歩いて向かい、帰りは「ゲート」でギルドへ直接向かう。ある程度行ける場所が増えたら、一度行った場所に近い地域の討伐依頼を選び、行きも移動時間を短縮する。こうすることで効率よく依頼を消化していった。

 ワッカの読み書き問題にも進展があった。最初は二人の持ってくる依頼書を見ることで文字を覚えようと悪戦苦闘していたワッカだったが、やはりそれだけで覚えられるほど簡単なことではない。少し恥ずかしかったが、思い切って二人に頼んでみることにする。

 

「二人にお願いがあるんだなぁ~」

 

「な、何よいきなり…」

 

ワッカのこの頼み方は、エルゼにはまだ抵抗があるらしい。

 

「オレに読み書きを教えてくれねえか?」

 

「ああ、そのことね。確かに、依頼書も読めないんじゃ不便だもんね」

 

得心がいったかのようにエルゼが言う。

 

「そういうことならリンゼに教わると良いわ。この子、頭良いから教えるのも上手だし」

 

「そ…そんなことないけど…私でよければ…」

 

「そうか!ありがとな、リンゼ!」

 

こうして夜にリンゼがワッカに文字を教えてくれることになった。勉強にあまり自信の無いワッカだったが、意外にもスラスラと文字を覚えることが出来た。これも神の賜物(たまもの)だな。

 

 

 

 

 

 そうこうしている内に三人のギルドランクが黒から紫へと上がった。元々戦闘力の高い三人がパーティを組んでおり、「ゲート」での移動時間短縮により一日にいくつもの依頼をこなしていたのでランクが上がるまで時間はかからなかった。これで紫の依頼書も受けられるようになる。

 初の紫依頼に選んだのは王都への手紙配達だ。交通費支給で報酬は銀貨7枚。3人で割り切れない一枚は打ち上げの時に使うことにした。

 

「王都ってのは片道どれ位かかるんだ?」

 

「んー、馬車で5日くらい?」

 

「結構かかんなー」

 

「でも『ゲート』があるんだし、一度王都に行っておけば何かと便利よ?」

 

現在ワッカが拠点にしている「銀月」がある場所は、ユーロパ大陸の西方に位置するベルファスト王国のリフレットという町だ。目的地の王都はベルファスト王国の王族が住まう場所でもあり、それだけに国で最も栄えている場所ということになる。

 依頼受諾後は旅の準備だ。依頼主の元へ行き、手紙と交通費を受け取る。移動手段である馬車を手配し、食料や必要な道具を買いそろえる。

 買い出しの途中で、リンゼが本屋に行きたいと言い出す。道中の暇つぶしだろうかと思うワッカ達だったが、そうでは無いらしい。

 

「これは過去に存在していた無属性魔法についてまとめられている本です。この中にワッカさんが使える無属性魔法があるかもしれません。それに、この本でワッカさんに文字を教えることも出来ますし」

 

本屋から出てきたリンゼがそう説明した。

 旅の準備が完了し、三人を乗せた馬車は王都へ向けて出発した。馬の御者(ぎょしゃ)は姉妹が交代で務める。チョコボと馬では扱い方が違うので、ワッカは荷台で揺られることになる。エルゼが御者台にいるときはリンゼに文字を教えて貰い、リンゼが御者台にいるときは自習の時間だ。

 道中、様々な町を通過することになったが、その多さにワッカは驚くことになる。シンは人々が技術を発展させた場所を狙って襲うという性質があるため、スピラには町と呼べるような場所が数えるほどしか無かったからだ。

 

 ベルファスト王国を出発してから二日後、三人はアマネスクの町という場所に到着した。

 

「今日はここで宿をとりましょ」

 

エルゼが提案する。丁度日も落ちてきたので、この町の宿に部屋を二部屋取る。ワッカの部屋と姉妹の部屋はもちろん別々だ。

 馬車を宿に預け、三人で夕食の場所を探していると何やら人(だか)りが出来ているのを発見する。道のど真ん中で揉め事が起こっていて、そこに野次馬が群がっているようだ。三人は興味本位で野次馬をかき分け、騒ぎの中心に辿り着いた。

 騒ぎは複数人の男達と一人の少女の間で起こっているようだ。男達は全員ナイフや鈍器といった物騒なモノを持っている。少女の方はワッカが見たことも無い変わった服装をしていた。ピンク色の和服に紺色の(はかま)、足には足袋(たび)草履(ぞうり)、腰には大小二本の刀があった。ユウナの服装に少し似ているとワッカは思ったが、少女の方が露出度はだいぶ抑えめだ。

 

「昼間は世話になったな、姉ちゃん」

 

「はて…?拙者は世話などした覚えはないでござるが?」

 

「とぼけやがって!俺らの仲間をぶちのめしやがって、ただで済むと思うなよ!」

 

「ああ、昼間警備兵に差し出した奴らの仲間でござったか。あれはあ奴らが悪い。昼間から酒に酔い、乱暴狼藉(ろうぜき)を働くからでござる」

 

「ふざけんな!やっちまえー!!」

 

武器を手にした男達が一斉に少女に襲いかかる。少女はその攻撃をひらりひらりと(かわ)し、一人ずつ男の腕を掴んで投げ、地面に叩きつける。力任せに投げつけているのでは無く、突撃してくる相手の勢いを利用して最低限の力で相手を無力化しているのだった。

 が、なぜだか急に少女の動きが鈍くなる。腹を押さえてうずくまってしまった。隙を見せた少女に男が襲いかかる。

 

「あぶねえ!」

 

反射的にワッカがブリッツボールを投げつける。ボールは男に命中し、ワッカの手元に戻ってくる。ボールを当てられた男はその場に倒れ伏し、寝息を立て始めた。

 

「てめえ、なにしやがる!」

 

そう言って仲間の男達がワッカに突っ込んでくるが、その男達にもワッカは臆せず次々とスリプルアタックを決めていく。

 

「ああもう!厄介事に首を突っ込んで!」

 

そう文句を言いながらエルゼも参戦するが、言葉に反してその顔は笑っていた。

 二人が男達を全員無力化したところで警備兵が駆けつけて来た。後は任せることにし、ワッカ達は和服の少女を連れてその場を離れることにした。

 人目の付かない路地裏まで来た後、少女は頭を下げて礼を言う。

 

「ご助勢、かたじけなく。拙者、九重(ここのえ)八重(やえ)と申す」

 

「もしかして、イーシェンの出身?」

 

八重の名前を聞いたエルゼが尋ねる。

 

「いかにも。ヤエが名前でココノエが家名でござる」

 

キマリが名前でロンゾが家名みたいなものか、とワッカは思う。そして自分も自己紹介をすることにした。

 

「オレはワッカ。ビサイド・オーラカの選手兼コーチだ」

 

「ビサイドオーラカ?」

 

戸惑うヤエを見て、エルゼがワッカを肘で突く。

 

「ちょっと、その自己紹介やめなさいよ!初対面の人には意味不明じゃない!」

 

「じゃあ教えてくれ!な、何て自己紹介すりゃいいんだ?」

 

「普通に『紫ランクのギルド所属冒険者』でいいと思いますが?」

 

「そ、そうか…」

 

リンゼの提案を聞き、今度からはそう名乗ることにしようとワッカは思う。

 

「グ~ギュルギュルギュル」

 

 突然異音がし、八重がその場に膝をつく。

 

「どうしたの、八重!?」

 

「うぅ、恥ずかしながら拙者、道中で路銀を落としてしまい…」

 

八重の不調の原因を察したワッカは彼女に声をかける。

 

「なあんだハラヘリか?おっし、何か食わしてやる」




サ○○大戦の主人公に似ていると言われている九重八重ですが、原作初登場回の彼女の挿絵は全く似ていませんでした。あの挿絵からなんで今のソックリ外見になっちまったんだよ…?教えはどうなってんだ教えは!!ワカッテンノカ?チートスが打ち切られたのはキャラクターの意匠、設定等が他作品との類似性を持って表現されていたせいだろうがよ!


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初めての王都編
暴食、そして引き寄せ。あとブリッツボール。


 「ファイナルファンタジーX」「異世界はスマートフォンとともに。」「魔法少女まどかマギカ」「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」の四作品で声優かぶりがほとんど無いのって奇跡では?おかげで中の人ネタが出来ないだろ!
 もうこの四作品で異世界カルテットやれよ…(普通に面白くなりそう)。


「そ、そんなの悪いでござる!見ず知らずの人に、(ほどこ)しを受けるわけにはいかないでござる」

 

 ワッカの気の利かせた言葉に対し、八重は断りの返事を返す。

 

「気にすんなって!満足に戦えねえぐらいにはハラヘリなんだろ?」

 

「そうではあるが…」

 

「じゃあよ、お前の故郷のイーシェンって所の話、聞かせてくれよ。その代わりに飯食わせてやる。それでどうだ?」

 

「そ、それならばお言葉に甘えて…」

 

こうしてワッカ達は八重を連れて食事処へ入っていった。

 よっぽど空腹だったのか、八重は席に着くやいなや次々と料理を注文し、運ばれてくる料理をペロリと平らげていった。

 

「へえ、八重さんは武者修行の旅をしてるんですか」

 

「もぐもぐ、いかにも。我が家は代々武家の家柄でござる。家督は兄上が継ぎ、拙者は己の腕を磨くため、武者修行の旅に出たのでござるよ」

 

「その、ブケだかってのは修行の旅をしねえといけないモンなのか?」

 

「そうでござるね、もぐもぐ。強くならねば治めている土地や民を守れぬゆえムグムグ、若いときから己の腕を磨かねばならぬのでござるよ。ごっくん」

 

「なるほどね-。苦労してるのねアンタ」

 

ワッカにとって武家という言葉は初耳だったが、話を聞く限り土地を治めるお偉いさんの家系なのだろうと考えた。そして武者修行の旅というのは召喚士が旅をするのと同じようなモノなのだろうということで納得する。最も、旅の終わりに待ち受けるのは全く違うモノなのだが。

 そんなことより、ワッカは八重が話をしながら食事をしていることが気になっていた。確かにイーシェンの話を聞かせて欲しいと言ったのは自分であり、こっちから八重に話しかけているのも事実なのだが、いい加減切り替えらんねえのか。

 

「で、八重はこれからどうすんだ?目的地とかあんのか?」

 

「ハフハフ、ずずーっ王都に、ずるずるゴックン、父上が昔世話になった方がおられるので、そこを訪ねて見ようと思ってるでござるよ、ずるずる~」

 

ワッカの質問に対し、きつねうどんを食べながら答える八重。武家では「人の質問にはものを食べながら答えなさい」という教訓でもあるのだろうか、と眉をひそめるワッカ。親の教えはどうなってんだ、教えは。

 

「奇遇ね。私達もこれから王都に行くところなのよ。良かったら私達と一緒に来ない?」

 

「まことで、もぐもぐ…ござるか?しかし、むぐむぐ拙者などが…もぐもぐ、よろしいのでござるかゴックン?」

 

「構わないですよね?ワッカさん」

 

「あ?ああ、そりゃもちろん構わねえが…」

 

 ワッカはテーブルに並べられた皿を見る。八重は一人でもう8品以上は頼んでいる。いくら空腹だったからと言ってこれは食べ過ぎだろうとワッカは頭を抱える。旅費も無限に湧いてくる訳では無い。いくら魔獣討伐依頼で金を貯め込んでいたとは言え、毎食これだけ食べられては金が無くなってしまう。「何か食わしてやる」と言ったのが自分である以上、文句を言うのは筋違いかもしれないが、先程からの態度と言い、彼女の振る舞いには無視できないモノがあった。

 ここは年長者として一言もの申すべきだと決心するワッカ。彼女と旅を続けるならなおさらだ。

 

「おい!暴食をつつしめよ!」

 

「むっ!こ、これはとんだ無礼をいたした!拙者としたことが、ワッカ殿の厚意に甘えすぎていたでござる!」

 

我に返ったかのようにテーブルに手をつき頭を下げてワッカに詫びる八重。ワッカは腕を組んで息を吐いた。どうやら素直な娘のようだと安堵(あんど)する。ここで「何を言うか、食べさせてくれると言ったのはそちらでござろう」などと言おうものなら、流石に旅には連れて行けなかった。

 

「こ、此度(こたび)の食事代は、命に代えてでも必ずお返しするでござる!」

 

「あぁ、いやいや!そんなこたぁしなくていいよ、食わしてやるって言ったのはオレだしな」

 

「し、しかし…」

 

「オレが言いたかったのは、もう少し節制ってモンを覚えろってことだ。ソイツを分かってくれんなら、今日の所はオレが支払っておくから」

 

「何という慈悲…、かたじけなく!」

 

「あぁ後、モノ食いながら話すのはやめとけ、な?」

 

「承知したでござる!」

 

 こうしてワッカや双子も腹を満たし、四人は食事処を後にした。ここでワッカは一つの疑問を八重に投げかける。

 

「そういやお前、今日どこに泊まんだ?」

 

「あー、えっと、野宿するでござる」

 

「野宿とか…、私達の宿に来なさいよ!」

 

「いやいや、そこまで世話になっては申し訳これなく…」

 

 エルゼと八重の会話を聞き、気まずい思いをするワッカ。さきほどワッカに叱られたばかりの八重ならばこの反応は当然だろう。だからと言ってこのまま彼女を野宿させるのは心が痛む。しかしこの場で「遠慮すんなって」とワッカが言った所で八重は断る姿勢を崩さないだろう。お手上げだった。

 

「八重さんの分の宿泊代を私とお姉ちゃんに支払わせて下さい。先程ワッカさんが食事代を出しましたので、私達も何かしませんと…」

 

ワッカは心の中で「ナイスフォローだリンゼ!」と叫ぶ。

 

「しかし…」

 

「八重は馬の扱いは得意?」

 

「それに関しては…、イーシェンにて徹底的に教わったでござる」

 

「なら明日の私達が乗る馬車の御者は八重がやってよ。それでおあいこ、ね?」

 

「そ、そうでござるか…?」

 

「さ、そうと決まれば宿へ行くわよ!案内するわ」

 

「わわ、ちょっとエルゼ殿!?」

 

エルゼが半ば強引に八重の手を引き、宿へと駆けていく。どうやら女子勢は仲良くやっていけるようだ。微笑ましい場面を見せられ、腕を組みながら満足げに微笑むワッカなのであった。

 

 翌日、ワッカ達四人を乗せた馬車はアマネスクの町を出て北へ向かう道を出発した。アマネスクの町を出た後は急に人家がまばらになり、すれ違う馬車の数も減っていった。

 昨日の約束通り、御者は八重が務めている。おかげでリンゼはワッカの文字習得勉強に付きっきりになることが出来た。丸一日リンゼとお勉強出来たことで、ワッカも次々とこの世界の文字を習得していった。勉学の賜物(たまもの)だな。

 この日は小さな村で宿を取ることにする。八重は翌日の御者も買って出た。宿代を出して貰う代わりということなのだろう。

 その晩、ワッカはリンゼを連れて村の外れで()()()()を試みる。目の前に何も無いことを確認し、リンゼに呪文を教えて貰う。

 

「水よ来たれ、清冽なる刀刃、アクアカッター」

 

リンゼが呪文を唱えると、水の刃が飛んでいった。それを見たワッカは彼女の真似をする。

 

「水よ来たれ、清冽なる刀刃、アクアカッター」

 

同じように水の刃が空を割いていく。それを確認し、ワッカは別の呪文を唱える。

 

「ウォタラ」

 

三度水の刃が飛んでいく。これまでの実験を踏まえ、ワッカは自分が()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()ことを確信する。最も実戦では隙を少なくするために文字数の少ないスピラの呪文を使うことになるだろうが。なお、ワッカはリンゼに対して「オレの使う攻撃呪文はオレの生まれ故郷の人間で無いと使えない」ということで納得させている。魔法の先生(リンゼ)が物分かりのいい娘だったのでワッカは助かっていた。

 閑話休題(かんわきゅうだい)、ワッカはもう一つ魔法に関する実験を試みる。

 

「ブースト」

 

彼は呪文を唱え、前方に飛ぶ。そして空中で一回転し、地面にかかとを叩きつける。バゴオォという音が鳴り響き、地面が大きく陥没した。無論、呪文無しではワッカと言えどこんなことは出来ない。身体強化魔法「ブースト」のおかげである。

 

「どうやら…ワッカさんは名前と効果が分かれば全ての無属性魔法が使えるようですね…」

 

自分の方に戻ってくるワッカにリンゼが伝える。

 

「みてぇだな。まあたくさん覚えてもしゃあねえし、必要最低限の魔法だけ覚えとくことにすっか」

 

ワッカがそう答える。RPGでたくさん呪文や特技を覚えさせたは良いものの結局一度も使わずゲームをクリアしてしまった技がある、という経験があるだろう。それと同じ事である。ましてやワッカにとって実際に命のやり取りをする戦闘で無駄に選択肢があることは、返ってピンチを(まね)く事にもなりかねない。

 

「それにこの『ブースト』ってのは、どうやらオレには合ってないらしい」

 

「どうしてですか?お姉ちゃんの戦いに欠かせない魔法なのに…」

 

「ブリッツボールをオレの元に戻ってくるように相手に投げるってのは、割とテクニカルな要素が多いからな。筋力増強なんてしたら、手元が狂っちまう」

 

「なるほど…」

 

「まあ、『ブースト』はエルゼの専売特許って事で良いじゃねえか!」

 

「確かにそうですね、フフフ…」

 

「ワッハッハ!」

 

 こうして二人の笑い声によって、この日の魔法実験は幕を閉じたのだった。

 

 翌日も四人を乗せた馬車は王都への道を進む。昨日と同じように八重が御者台に座り、ワッカはリンゼと文字の勉強をする。エルゼは暇を持て余しているようで、どこかで戦闘にならないかとウズウズしていた。

 ワッカが文字の勉強に使っている無属性魔法の魔法書には、膨大な量の魔法が掲載されている。だがその(ほとん)どは「対象を異常なまでに犬に好かれるようにする魔法」だの「お茶の色を鮮やかにする魔法」だのと言った、使い道の分からないクソ魔法と呼ばれる魔法ばかりである。診療所送りにしたいような魔法ばかりの中、時々「ささくれだった木材を(なめ)らかにする魔法」のような用途が比較的分かりやすい魔法が紛れているが、別に大工になりたいわけでも無いワッカにとっては覚える必要の無いものであった。

 そんなわけで内容はあまり気にせず勉強を進めていたワッカだったが、一つ気になる呪文を見つけた。

 

「『アポーツ』、遠くにある小物を手元に引き寄せる魔法か…。こいつぁ何かに使えそうだな」

 

「試してみたらどうですか?」

 

リンゼに(うなが)され、ワッカは早速「アポーツ」を試してみることにする。ふと御者台に乗って揺られている八重が目に入ったので、彼女の刀で実験してみる。

 

「アポーツ」

 

しかし何もおこらなかった。ワッカの向かいにいたエルゼが声をかける。

 

「何を取ろうとしたのよ?」

 

「八重の刀だ。近くにあるモンでたまたま目に入ったんでな。刀だと小物に入らないってことか」

 

そう(つぶや)き、彼は別の物を標的に選ぶ。

 

「アポーツ」

 

「うわあっ」

 

八重が驚きの声を上げる。彼女の長い髪を結んでいた赤いリボンがワッカの手元に収まっていた。

 

「うし、成功だな」

 

「ですね。しかし便利そうな魔法ですが、恐ろしくもありますね」

 

「まあ確かに、ブリッツボールの試合で使うのはルール違反だろうな」

 

「そうじゃなくて、これってスリとかし放題って事でしょ?」

 

「なるほど、お金とか宝石とかも盗めるってことか。そう考えると怖えな」

 

「……やるんじゃないわよ?」

 

「……やらないで下さいね?」

 

「おい!言葉をつつしめよ」

 

オレがそんなことするわけねぇだろうが、とワッカが続けようとしたところで、八重が会話に入り込んできた。

 

「あのう~、早くそれを返して下さらぬか?髪がバサバサするのでござるが…」




 いろんな場面で「やれやれしょうがないなぁ」的な反応をする望月冬夜と違い、ワッカは思ったことはハッキリ口にするタイプです。この二人の違いは結構大きいと思います。

 ワッカが覚える無属性魔法は厳選します。「スリップ」を使う場面とか普通にブリッツボールでなんとかなる場面ばかりですしね。

 双子から「やらないでね」と言われた後の望月冬夜の返しはマジで鳥肌モンです(悪い意味で)。そんなだから(ネットの)みんなに嫌われるんですよ。


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オーバードライブ技、そして治療。あとブリッツボール。

 感想欄にコメントして下さる方々、本当にありがとうございます。皆さんのコメントを拝見し、返信をする。この一連の流れが当作品を作るモチベーションに繋がっております。
 先程感想欄を見直していたところ、縦読みに気付かずマジレスで返している箇所がございました(笑)ただ、私自身上手な縦読みで返信出来る才能が無いので、これからも縦読みコメントには普通に返信していくことになると思います。
 それと、感想欄に関してもう一点。私自身は感想欄のGOOD及びBAD評価には一切手を付けておりません。私が感想を見て感じたことは直接返信で返すようにしているからです。ですから感想コメントについている評価は、感想欄を見た第三者からの評価ということになりますのでよろしくお願いします。


「そういえば、ワッカ殿。一つ聞きたいことがあるのでござるが?」

 

 リンゼにリボンを付けなおして貰った八重が言った。

 

「何だ?」

 

「以前ワッカ殿が言ってた、ビサイ(なにがし)とは一体何なのでござるか?」

 

八重の質問を聞いたエルゼが、それ見たことかと言いたげにワッカにジト目の視線を向ける。当のワッカはそんなことは意にも介さず正直に答える。

 

「ビサイド・オーラカな。オレの故郷ではブリッツボールって球技が流行っていてな、ビサイド・オーラカはそのチーム名だ。オレはそこで選手兼コーチを…、やってたんだな、うん」

 

やってた、と過去形で説明しなければならないのは彼にとって寂しいことだった。しかしこの異世界にブリッツボールが存在しない以上、仕方がない。

 

「それだけじゃ無いわよ」

 

エルゼが横槍を入れる。

 

「ワッカは戦いにもブリッツボールを使ってるんだから!」

 

(いくさ)(たま)を!?」

 

「ああ、コイツだぜ」

 

 ワッカは八重にブリッツボールを見せつける。

 

「ああ、そう言えば拙者を助けてくれたときも、その球を使っていたでござるな。しかして、荒くれ者との戦いならいざ知らず、魔獣との戦いでもその球で戦うのでござるか?」

 

「そう思うのも無理ないわよねぇ。私も最初はそう思ったし。でも一度ワッカの戦いを見たらビックリするわよ」

 

「そうなのでござるか?それは是非とも拝見したく」

 

「私も早くこのグリーブの使い心地を試してみたいわ」

 

エルゼは自身の荷物に入っている()()を取り出しながら言った。グリーブとは足に装着する鎧のことである。魔獣討伐依頼で得た金を貯めて購入していたのだ。これによって今までのガントレットによる手での格闘に加え、足を武器とした戦闘も可能になったのだ。

 

「へえ、そんなモン買ってたのか」

 

「そうよ。あ~あ、魔獣の群れとかでも飛び出してこないかしら」

 

 そんなエルゼの期待に背くかのように、王都への道中は平和そのものであった。どこまでも続く青い空、緑の草木、小鳥のさえずり、風に乗ってやってくる鉄のような血の臭い、誰かの悲鳴…。

 なんで平和な道中に、血の臭いや悲鳴があんだよ。

 だって、この先で戦闘が発生してるし。

 

「おい!今悲鳴が聞こえなかったか!?」

 

 真っ先に異変に気付いたのはワッカだった。

 

「本当だわ!」

 

「血の臭いもしませんか?誰かが戦ってます!」

 

「確かめるぞ!八重、とばしてくれ!」

 

「合点承知!」

 

四人を乗せた馬車は戦いが起きている場所へと急いだ。

 

 現場では熾烈な争いが繰り広げられていた。十匹を優に超える武器を持ったリザードマンに対し、三人の兵士が戦っている。兵士達は豪華な馬車を守っているようで、その様子はまさに防戦一方であった。

 

「見えたぜ!リンゼ、攻撃魔法だ!」

 

ワッカはリンゼに指示を出し、手にしたブリッツボールを必殺モードに変化させる。

 

「球が変わったでござる!?」

 

八重が驚きの声をあげるのと、リンゼの攻撃魔法の詠唱はほぼ同時だった。

 

「炎よ来たれ、渦巻く螺旋、ファイアストーム」

 

リザードマンの群れの中心から炎の竜巻が巻き起こる。

 

(うな)れ!ブリッツボール!!」

 

炎にひるんだリザードマンに対してワッカがブリッツボールを投擲(とうてき)する。緊急事態であることを察し、あえて「ライブラ」は使わない。

 近接戦闘員のエルゼと八重もリザードマンの群れへと駆け出す。ブリッツボールがリザードマンに当たり、ワッカの方へと戻っていく。二人はボールの軌道を邪魔しないよう考慮しつつ、敵へと肉薄した。ワッカも駆けだした。ボールの帰りをただ待つのでは無く、自ら近づくことで早く次の攻撃に移るためだ。

 八重の刀の一閃により、2体のリザードマンから血が噴き出す。エルゼのガントレットの一撃でリザードマンが吹き飛ぶ。二人の攻撃の届かない位置にいた相手にはワッカのブリッツボールが命中し、石化後砕け散った。リンゼも後方から氷の魔法で援護する。

 

「数が多いわ!」

 

「うし、攻撃を変えるか!エルゼ!八重!左の方にいる敵を頼む!」

 

 ワッカの支持を受け、二人が左に移動する。必然的に右側の敵が空くことになるのだが、そちらの敵に向けてワッカはブリッツボールを()()()()()()()()()()()

 

「そおら!!」

 

刃物(エッジ)の付いたブリッツボールは回転ノコギリのようにリザードマンの腹を次々と切り裂いていく。ボールは敵を斬りつけたことで軌道を変え、意志を持っているかのようにワッカの元へと戻っていった。エルゼと八重も攻撃を続けているが、その間にも新手のリザードマンが次々湧いてきた。

 

「もう、どんだけ出てくれば気が済むのよ!」

 

エルゼがリザードマンを蹴り飛ばしながら文句を言う。その時、誰かの声が群れの奥から聞こえた。

 

「闇よ来たれ、我が求むは蜥蜴の戦士、リザードマン」

 

「なんか聞こえなかったか!?」

 

「召喚魔法だわ!」

 

エルゼがワッカに答える。

 

「奥にいる人間が、召喚魔法でリザードマンを呼び出してる!」

 

「数が多いのはそのためでござるか!」

 

敵勢力の(かなめ)は分かった。しかしそこまで辿り着くには大量のリザードマンをどうにかしなければならない。

 

「よし、()()の出番だな!エルゼ!八重!少しの間時間稼ぎしてくれ!」

 

「分かったわ!」

 

「承知!」

 

 リザードマンの群れを少女達に任せ、ワッカはブリッツボールを手にしたまま膝を曲げ、背中を丸める。力を溜めだしたワッカの側に()()()()()()()()()()()()()。三つ並んだリールが回り出し、左のリールが最初に止まる。

 

2HIT

 

続いて真ん中のリールが止まる。

 

2HIT

 

そして最後に右のリールが止まった。

 

MISS

 

全てのリールが止まるやいなや、ワッカは体を(ひね)り、その場でコマのように回転し始めた。

 

「アタックリール!!」

 

ドッ ドッ ドッ ドッ

 

エルゼと八重が音のした方向に目を向けると、四つのブリッツボールがそれぞれ敵に命中していた。

 

「え?ワッカってそんなにたくさんボール持ってたの?」

 

そう言ってエルゼがワッカの方を振り向くが、彼の持つブリッツボールの数は変わっていなかった。

 

「悪い!久しぶりだからミスっちまった!もう一回時間稼ぎ頼めるか!?」

 

「え、ええ!」

 

 ワッカの頼みを聞き、敵との戦闘に向き直るエルゼ。ワッカも力を溜めなおす。

 

「次は失敗しねえ!」

 

再びリールが現われ回転し始める。

 

2HIT

 

左のリールが止まり、次は真ん中のリール。

 

2HIT

 

最後に右のリールが止まる。

 

2HIT

 

「2HIT」が三つ(そろ)った。

 

「うし、成功だ!!エルゼ、八重!オレの後ろに下がれ!」

 

 ワッカの声を聞き、エルゼは前方の敵を蹴りつけながら後ろに跳ぶ。八重も前方の敵を切り倒しつつ後退した。ワッカは再びコマのように回転する。

 

「もう勘弁しねえぞぉ!?アタックリール!!」

 

ワッカの後ろまで後退した二人は、「アタックリール」の全容を目にした。

 高速回転するワッカから次々とブリッツボールが発射され、リザードマンを蹴散らしていく。しかしよく見るとワッカの持っているボールは一つだけだ。ボールを投げ、敵に当たり、返ってきたボールをキャッチし、また投げる。この一連の流れを回転の勢いそのままに高速で繰り返すことで、ワッカからたくさんのボールが発射されているかのように見えたのだ。

 これぞワッカのオーバードライブ技「アタックリール」。リールで止めた「HIT」の分だけ攻撃を行える特技で、リールが揃えばさらに攻撃回数が増加する。彼を最強たらしめる奥の手だ。

 ワッカのアタックリールにより、リザードマンの群れは瞬く間に全滅。奥に隠れていた召喚士が丸見えになる。

 

「なっ…」

 

身を守っていた盾を失い、召喚士は動揺する。

 

「や、闇よ来たれ、我が…」

 

「させねえ!スリプルアタック!」

 

「ぐおっ」

 

召喚士は再びリザードマンを召喚しようとしたが、一瞬の隙が勝負の分かれ目。ワッカの投げたブリッツボールが詠唱途中に命中し、敗北を喫することとなった。

 眠りについた召喚士に八重が近づく。

 

「お覚悟」

 

「え、ちょ待…」

 

ワッカが静止する前に、彼女は召喚士の首を刀で()ねてしまった。赤い血を地面に残しながら首がゴロゴロ転がっていく。

 

「悪は即刻滅ぶべし」

 

「あ、あ~あ」

 

「どうしたでござるか、ワッカ殿?」

 

「いや、そのままとっ捕まえてりゃあ、目的とか色々聞き出せたのによ…」

 

「な、しまった!面目ない!!」

 

「いや、済んじまったからしょうがねぇんだけどな」

 

そんな会話をしていた二人の元にエルゼとリンゼ、そして先程までリザードマンと戦っていた兵士達が集まってきた。

 

「すまん、助かった…」

 

「良いってことよ!それより、そっちは大丈夫だったのか?」

 

「護衛兵10人中7人がやられた…。くそっ!もっと早く気付いていれば…」

 

改めて辺りを見渡してみると、リザードマンの死骸に混じって倒れた兵の姿もあった。

 

「だれか、だれか来てくれ!!(じい)が!爺が!!」

 

 少女の悲鳴が聞こえた。声の主は兵士達が守っていた豪華な馬車の中にいるようだ。ワッカ達が馬車の扉を開けると執事服を着た老人が胸から血を流しながら仰向けに倒れている。傍らには10歳くらいの金髪の少女が泣いている。

 

「誰か爺を助けてやってくれ!胸に…矢が刺さって…」

 

「おし!待ってな、今助けてやる」

 

ワッカが馬車に乗り込み、回復魔法をかけようとした。しかし近くにいたリンゼがそれを止める。

 

「ダメですワッカさん!このまま回復魔法をかけても、体内に入った矢が残ってしまいます!」

 

「何だと!?」

 

ワッカは頭を抱える。矢を残したまま回復魔法をかけるわけにはいかない。だが無理に取り出そうとすれば傷が開き、この老人は死んでしまうだろう。少女は泣きながら震える手で老人の手を握る。

 

「爺、爺!!」

 

「お…お嬢様…。お別れでございます……。このレイム、お嬢様と共に過ごした日々を…ゴホッゴホッ」

 

「死ぬなっ!死んではならぬ!爺!!」

 

「くそっ」

 

ワッカが拳を握る。老人の体内にある矢を取り出せればどうとでもなるのに。何か手は無いものか。

 

「あ、そうか!」

 

「ワッカさん?」

 

「矢を取り出せばいいんだろ?だったらあの魔法だ!」

 

ワッカは老人の胸の傷から少しだけ見える矢の一部を凝視する。

 

「アポーツ」

 

ワッカが魔法を唱えると、彼の手に先程まで老人の体内にあった矢が血まみれの状態でワープしてきた。成功を確認し、ワッカはすぐさま回復魔法をかける。

 

「ケアルガ!!」

 

ワッカの世界における最上級回復魔法だ。みるみるうちに胸の傷が塞がっていく。

 

「……おや、痛みが引いて…?痛くない?胸の傷が、治っておりますな…」

 

「爺!良かった…無事で良かった…!!」

 

「お嬢様…!ご心配をおかけしました」

 

 抱き合う二人を見て、ワッカ達はほっと胸をなで下ろすのだった。




 原作ではエルゼは最初の依頼の時にグリーブを購入していたのですが、当作品では忘れていたのでこのタイミングで出しました。

 ワッカがFFXで最高火力持ちと言われるのは、今回登場した「アタックリール」があるからです。どんな技なのか気になる人はYouTubeでご確認ください。


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ご令嬢、そして公爵邸。あとブリッツボール。

ニコニコ動画に投稿されている「MOTHER(Bein'Guards)」(sm40659151)にハマっています。気付いたら自分で歌っててヤバイヤバイ…。スマブラDXのオネットBGMのワッカMADなんだな~。FFXメンバーのドット姿、可愛すぎだろ!



 戦死した七人の兵士は近くの森に埋められることになった。墓作りをワッカ達も手伝う。七人の中には生き残った兵の兄も含まれていたらしく、弟兵が沈んだ顔をしながら墓の前で手を合わせる。その様子を見たワッカも感傷的な気持ちになる。自分と同じ境遇に陥った彼に対し、かける言葉が見つからなかった。兄か弟か、ワッカと弟兵の違いはそこだけであった。

 黙祷が終わった後、老人が改めてワッカに礼の言葉を述べた。

 

「あなた方が来て下さらなければ、全滅は避けられなかったでしょう。なんとお礼を申し上げれば良いか…」

 

「まあでも、こうして生きてんだ。神様の賜物(たまもの)だな」

 

「全くでございます」

 

「それよりアンタ、立ち上がって大丈夫なのか?」

 

「はい、おかげさまで」

 

老人がピシリとした綺麗な姿勢で礼をする。

 

「お主には感謝しておるぞ!お主は爺の、わらわの命の恩人じゃ!!」

 

「お、おう」

 

老人の隣にいた少女も今はすっかり泣き止んでおり、元気な声でワッカに礼を言う。偉そうな言葉遣いではあったが、相手が年端もいかない少女であるため「おい!言葉をつつしめよ」とはワッカも流石に言わない。

 

「ご挨拶が遅れました。私はオルトリンデ公爵家家令を務めておりますレイムと申します。そしてこちらにおられますのが、公爵家令嬢スゥシィ・エルネア・オルトリンデ様でございます」

 

「スゥシィ・エルネア・オルトリンデじゃ!よろしく頼むぞ!」

 

爺改めレイムに紹介されたスゥシィが元気よく挨拶する。

 

「オレはワッカ。ビサイ…じゃなかった。ギルド所属の冒険者で紫ランクだ」

 

ワッカも自己紹介をする。「ビサイド・オーラカの選手兼コーチ」というワードはギリギリ言わなかった。

 

「そしてこいつらが…」

 

 ワッカが仲間を紹介しようと横を向くと、三人全員が片膝を地面につきしゃがんでいるのが目に入った。

 

「なんで、お前らそんなに改まってんだよ…?」

 

「逆になんであんたはそんなに堂々としていられるのよ?公爵よ、公爵!」

 

「そういう問題じゃねえ!自己紹介はどうなってんだ自己紹介は!!」

 

ワッカの言葉で三人は名前を名乗り忘れていた事に気付く。

 

「あ、申し訳ございませんでした!エルゼ・シルエスカと申します」

 

「リンゼ・シルエスカと申します」

 

九重(ここのえ)八重(やえ)と申す」

 

「あー、こいつらいつもはこんなんじゃ無いんだが…まぁ仲良くしてやってくれ」

 

「だから!ワッカも態度をつつしみなさいよ!!」

 

「何だ、そんなに偉い人なのか?」

 

「公爵は爵位の一番上です」

 

「コーシャク?シャクイ?」

 

 ワッカの元いた世界であるスピラには爵位など存在しない。彼に言葉の意味が伝わっていない事を察したリンゼは説明を付け足す。

 

「公爵の地位を与えられるのは基本的に王族のみです」

 

「お、王族!?」

 

 スピラに王は存在しないが、人民をまとめる者として王という単語があることはワッカも知っていた。

 動揺したワッカは反射的に()()()()()()をしてしまう。()()()()()()()()()()()()()、長い間続けてきた習慣というのは完全に消すことは難しいものである。

 

「何なのよ!そのわけ分かんない踊りはぁ!」

 

エルゼがツッコミを入れる。

 

「えっとスゥシィ様、この度は大変な無礼をしてしまわられ、申し訳ございませられ…」

 

「普段の言葉で良いぞ!」

 

慣れない敬語を使おうとするワッカに対し、スゥシィが言う。シーモアと初めて話したときも同じような会話をしたことをワッカは思い出した。

 

「他の者もそんなにかしこまらなくてよい!お主らはわらわの恩人なのじゃ。本来、礼をしなければならぬのはこちらなのじゃぞ?」

 

公爵令嬢の言葉を受けて三人も立ち上がったが、表情や姿勢は固いままだった。

 

「ところで、なんでこんな所に公爵令嬢?…だかがいるんっすか?」

 

「お祖母(ばあ)様、母上の母上のところからの帰り道でな。ちと調べ物があって一月(ひとつき)ほど滞在した後、王都へと帰る途中だったところを襲撃されたのじゃ」

 

「あの召喚士に心当たりとかあるんすか?」

 

「分からぬ、本来ならば捕まえて洗いざらい吐かせたいところなのじゃが、殺されてしまってはどうしようも無いのう」

 

「拙者のせいでござる。申し訳なく候…」

 

ワッカに言われた事を公爵令嬢にも指摘され、八重が深々と頭を下げる。

 

「気にするな。お主には感謝の言葉しか無い!よくぞ敵を倒してくれたの!」

 

「あ、ありがたきお言葉…」

 

八重はそう言って再び頭を下げるのだった。

 

「ところで、ワッカ様に一つご相談したいことがあるのですが…」

 

 レイムがワッカに言葉をかける。

 

「先程の戦闘で半数以上の兵が倒れ、このままでは再度襲撃が起きた際にお嬢様の命をお守りするのが難しい状況にあります。つきましては、ワッカ様に王都までの護衛を依頼したいのです。もちろん、報酬は到着後にお渡しいたします。お願いできますでしょうか?」

 

「オレは構わねえよ。丁度王都へ手紙を運ぶ依頼の最中だったしな!皆はどうだ?」

 

ワッカが三人の意向を尋ねる。

 

「もちろんよ!」

 

「私も賛成です」

 

「拙者は皆についてきている身である(ゆえ)、異論無しでござる」

 

「うし!決まりだな」

 

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」

 

「ありがとうなのじゃ!お主がいてくれると心強いぞワッカ!わらわのことはスゥと呼んでくれ!」

 

 こうしてワッカ一行は公爵令嬢護衛依頼を追加で引き受けることになった。生き残った兵の傷は回復魔法で癒えており、彼らは単騎で馬に乗って先導を行う。公爵家の馬車の後ろを守る形でワッカ達の馬車が続く。しかしワッカ本人は令嬢を直接守る役目として公爵家の馬車に乗ることになった。

 

 その後襲撃は起こることなく、王都への道のりは今度こそ平穏そのものだった。

 

「『そして おまえたちは ここで しに わしは えいきゅうに いきつづけるのだ!』こうして光の戦士達とカオスとの最終決戦が始まるのだった!」

 

「おぉ!ドキドキするのう!」

 

 ワッカの話を聞いたスゥシィが手を叩いて喜ぶ。何か面白い話をして欲しい、という彼女のリクエストを受けたワッカは故郷に伝わる英雄譚(えいゆうたん)を話して聞かせることにしたのだが、これが思いのほか好評だった。スゥシィは冒険物語が好きなのだった。

 

「ワッカ様、お嬢様。間もなく王都に到着いたします」

 

 レイムが二人に声をかける。ベルファスト王国の首都でもある王都アレフィスはパレット湖の(ほとり)に位置しており、周りを城壁に囲まれている。都を守る門では検問が行われていたが、もちろん公爵令嬢御一行はそれをスルー。王都には大きな川が流れており、その川が庶民エリアと貴族エリアの境界線となっていた。川を渡る橋でも検問が行われていたがそれもスルーし、一行は公爵の屋敷に到着した。

 

「すっげええへええええ」

 

 公爵邸の大きさに感嘆の声をあげるワッカ。馬車は玄関前で止まり、スゥシィが扉を開ける。

 

「お帰りなさいませ、お嬢様!」

 

「うむ!」

 

広い廊下の両端に多くのメイドが並び、一斉に頭を下げる。レイムに連れられ、ワッカ達も屋敷に足を踏み入れた。正面の階段から降りてきた一人の男性に向かってスゥシィが駆けていく。

 

「スゥ!」

 

「父上!」

 

この男性こそがスゥシィの父親、つまりオルトリンデ公爵その人である。彼は国王の弟であり、娘と同じ明るい金髪の、柔和な顔をした男性だった。

 

「良かった!無事で良かった!」

 

「わらわは無事だと早馬で伝えたではないですか!」

 

「ああ、手紙を読んだときは生きた心地がしなかったよ…」

 

 娘との再会をひとしきり喜んだ後、公爵はワッカ達の方へと足を向ける。

 

「君たちが娘を助けてくれた冒険者達だね?」

 

「あ、自分ワッカと申しますでございますでっす…」

 

「ちょっとワッカ!敬語が変よ!」

 

「しょーがねーだろ。今まで生きてきた中で使った事なんてほぼほぼ無ぇんだからよ」

 

「敬語は使わなくて構わない。ぜひ普段通りの言葉で話してくれ」

 

「す、すんません。それじゃ、そうさせてもらうっす」

 

シーモア、スゥシィに次いで同じ会話を公爵とすることになったワッカ。

 

「改めて、君たちに礼を言わねばな。本当にありがとう」

 

公爵はワッカ達に向かって頭を下げた。

 

「いやいや、オレたちゃ当然のことをしたまでなんで…」

 

「そうか、君は謙虚なんだな」

 

そう言って公爵はワッカと握手を交わす。

 

「改めて自己紹介しよう。アルフレッド・エルネス・オルトリンデだ」

 

「オレはワッカ。ビサ…、ギルド所属の冒険家で紫ランクっす」

 

「君たちに茶を用意したんだ。二階のテラスに案内しよう」

 

「いやあ、悪いっすね」

 

こうして公爵はワッカを連れて階段を上っていく。後から付いていくエルゼにリンゼが小声で話しかける。

 

「お姉ちゃん、ワッカさんの公爵に対する態度ってアレでいいの?」

 

「もう、一々ツッコミたくないわよ」

 

エルゼは深くため息をついた。




ワッカさんって目上の人には「~っす」って言葉遣いになるよね。ティーダかな?

原作では望月冬夜が地の声やってるからスゥシィを指すとき「スゥ」だけで済むのに、この小説では一々「スゥシィ」って入力しなきゃいけないのトラップだろ!8回(suxusixi)キーボード叩かなきゃいけないから結構面倒くさいぞコレ。


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状態異常回復魔法、そして高額報酬。あとブリッツボール。

 自分が思っていたより話の進むペースが遅いです…。
 頭空っぽで見れる、とネットで言われているいせスマですけど、実際に話を書いてみると、そうポンポン話を進めることは出来ないんだな~。


 ワッカとオルトリンデ公爵が公爵家2階のテラスでお茶を楽しんでいる。同じテーブルにエルゼとリンゼと八重も座っているが、彼女たちには公爵家にいるというプレッシャーが大きいようで表情が硬い。

 

「いやあ、この紅茶美味しいっすねぇ!なんつーか、今まで()いだこと無い香り(?)みたいなのがしますよ~」

 

「そうかね。ワッカ君が気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」

 

ワッカと公爵の会話を聞き、三人の緊張感はさらに高まっていく。

 

「ちょ!言葉をつつしみなさいよ!」

 

「馴れ馴れしすぎますよ!ワッカさん!」

 

「無礼でござる~!」

 

 そんな声にならないツッコミを心の中で叫んでいると、スゥシィがテラスへと入ってきた。

 

「父上、お待たせしました」

 

彼女は出会ったときの動きやすそうな服装から、薄桃色のフリルが付いたドレスに着替えていた。

 

「おぉ!似合ってんじゃねえかスゥ!」

 

「ふっふーん、そうじゃろそうじゃろ」

 

ワッカの褒め言葉に鼻高々なスゥシィ。馬車での触れ合いを通じて仲良くなったこともあり、ワッカは既に彼女に対して敬語を使わなくなっていた。

 

「エレンとは話せたかい?」

 

「はい。心配させてはいけないので、襲撃のことは話しておりません」

 

そう言いながらスゥシィが空いている椅子に座ると、レイムが間を開けずに彼女の分の紅茶を持ってきた。

 

「エレン?」

 

「ああ、済まないね。娘の恩人に顔も見せないで。エレンは私の妻、スゥの母親だよ」

 

「なるほど、スゥには母親もいたんだな」

 

内心、ワッカはスゥシィのことをうらやましいと思った。ワッカの両親は、彼が物心つく前に亡くなっていたからだ。シンが跋扈(ばっこ)するスピラでは両親のいない子供は珍しくなかった。無論、シンがいないこの異世界ではそうでないことは彼も織り込み済みなため、その想いを口にはしない。

 

「妻は五年前に重い病にかかってしまってね。今は病から回復しているんだが、後遺症で目が見えないんだよ」

 

「目が見えないのでござるか?」

 

「そう言ってんじゃねぇか」

 

ワッカが八重にツッコミを入れる。

 

「魔法での治療はなされたんですか?」

 

「もちろん、国中の治癒魔法の使い手に声をかけたが、あいにく妻の目を治せる者はいなかった。怪我などによる肉体の修復は出来ても病気の後遺症を回復魔法で治すことは出来ないらしい」

 

「そうなんすか」

 

ケアル系の回復魔法と状態異常回復魔法である「エスナ」が別れているのと同じような物なのだろうとワッカは当たりをつける。

 

「お祖父(じい)様が生きておられたらのう…」

 

残念そうにスゥシィが(つぶや)く。

 

「そう言やあ、スゥはばあちゃんの家に調べ物しに行ってたって話してたよな?」

 

「そうじゃ」

 

「スゥの祖父、妻の父上は特別な無属性魔法の使い手でね。身体の異常を取り除くことが出来たんだ」

 

公爵が説明を引き継ぐ。

 

「今回スゥが旅に出たのも、妻の実家に行けばその魔法について何か分かるかもしれないと考えたからなんだよ」

 

「お祖父様の家に行けば、その魔法を習得できるかもしれぬと考えたのじゃが…。結局ダメじゃった。お祖父様の魔法ならば母上の目を治せるのに…」

 

「仕方が無いよスゥ。無属性魔法の(ほとん)どは個人魔法だ。同じ魔法を使える者など(ほとん)どいない。だが、諦めなければいつかは解決方法が見つかるさ」

 

悲しそうに話す公爵親子の会話を、ワッカは黙って聞くことしか出来ない。

 

「身体の異常を取り除ける魔法ねぇ…」

 

 どこかで聞いたような話だと思いながらワッカは紅茶を(すす)る。

 

「そうじゃねえ!さっきオレがエスナのことを思い出してたんじゃねぇか!」

 

「ワッカ君!?ど、どうしたのだね、いきなり大声出して」

 

「え?あ、いや~ははは」

 

自分に対してのツッコミが思わず口に出てしまい、苦笑いするワッカ。

 

「何か知っておるのかワッカ!?」

 

スゥシィが食いついた。彼女の期待のこもった眼差しを目にして、ワッカは後に引けなくなってしまう。

 

「い、いや~その、自分、似たような魔法持ってるんで、その、それで何とかなるかもしれないな~、なんて…」

 

「本当かね!?」

 

公爵が椅子から立ち上がる。

 

「是非、エレンに会ってくれないか!?」

 

「い゛っ、いいっすけど…、治るかは分かんないっすよ?」

 

「構わない!可能性があるなら試さない手はないじゃないか」

 

「そうっすよねぇ、ははは」

 

仕方なくワッカも立ち上がる。

 

「こおーなったらヤケクソだッ!」

 

 そう言い放ち、公爵の後を追う。スゥシィ達四人も後に続いた。

 

 ベットに腰掛けている公爵夫人のエレンは、まさにスゥシィが大人になったような姿をしていた。親子は似るものなのだと二人を見比べてワッカは思う。

 

「あら、お客様ですか?」

 

エレンが口を開く。お転婆(てんば)なスゥシィとは異なり、言葉一つ取っても上品さが感じられる。瞳は開かれているが、視点は定まっていない様子だ。

 

「は、初めまして。ワッカと言いますどうも」

 

「初めまして。あなた、この方は?」

 

「旅に出たスゥがお世話になった人でね。君の目を見て下さるのだそうだ」

 

「私の目を…」

 

「母上、じっとしていてくだされ」

 

 ワッカはエレンの前に立ち、手をかざす。どうか上手く行ってくれ、と祈る気持ちで呪文を唱えた。

 

「エスナ!」

 

 改めて説明すると、「エスナ」はスピラの状態異常回復魔法だ。睡眠、暗闇、毒、石化等々あらゆる状態異常を回復できる。

 さて、ワッカが手をどけると、先程まで定まっていなかったエレンの視線が徐々に定まりだした。(またた)きを数回したかと思うと、彼女は公爵の方に顔を向ける。

 

「あなた…見えますわ…。目が…見えるようになりましたの!」

 

彼女の目から涙がこぼれ落ちる。

 

「本当なのか…エレン……。良かった、本当に…良かった……!」

 

「うっうっ…母上えぇー!」

 

公爵とスゥシィも泣いてエレンの回復を喜ぶ。

 

「良かったですね…本当に…!」

 

「良かった、ぐすっ…」

 

「良かったでござるよ~」

 

三人もつられて泣き出してしまう。一方のワッカはと言うと

 

「ふぃ~、良かったぜ」

 

と安堵の息を吐く。どうにか恥をかかずに済んだ、と安心しきると今度は涙が出そうになる。周りにつられて、と言うのも理由の一つだが、親のことを知らない彼にとってこういう場面を見るのはどこか(つら)いモノがあるのだ。

 泣き笑いする親子三人に背を向け、ワッカは言う。

 

「おい、さっさと帰るぜ」

 

「…ワッカ殿?」

 

「ワカッテンノカ?この場にオレ達がいるのは()()ってモンだろ」

 

そう言って立ち去ろうとするワッカに対し、公爵が声をかける。

 

「待ってくれワッカ君。君には大変世話になった。礼をしなければならない。来賓室(らいひんしつ)で待っていてくれ。少ししたら必ず向かうから」

 

何か言うと泣いてしまいそうなので、ワッカは公爵の言葉にサムズアップで答える。部屋を出て行くワッカの後を三人も追った。

 

 廊下にいたメイドに来賓室の場所を教えて貰い、そこに向かうワッカ一行。その一人リンゼがワッカの服を引っ張り小声で話しかける。

 

「ワッカさん、ちょっと良いですか?」

 

「ん、どした?リンゼ」

 

「ワッカさんならスゥシィさんのおじいさんの魔法、使えたんじゃないですか?」

 

「まあ、そうかもしれねぇなあ」

 

ワッカは周りを見渡し、他の誰も聞いていないことを確認した後言葉を続ける。

 

「でもあれだ。オレが無属性魔法を全て使えるってことは黙ってた方が良いだろ」

 

彼は文字の勉強に使っている無属性魔法の本を思い出す。あの本だけでも数え切れない量の無属性魔法が掲載されている。一見使い道の分からないあの大量の魔法も、どこかの誰かが必要としているかもしれない。加えて他にも、スゥシィの祖父の魔法みたいな便利なモノが存在するのだ。それら全てをワッカが使えることが知れ渡れば、どんな混乱が起こるか想像もつかない。ワッカは目立つことは嫌いでは無くむしろ好きな人間ではあるが、自分が原因で大きな騒動になるのはごめんだった。

 

「なるほど、確かにそうですね」

 

リンゼもワッカの言わんとすることを察し、賛成の意を示した。

 

「だろ?そういうことで頼むぜ、リンゼ」

 

「分かりました。ワッカさん」

 

二人は再び来賓室へと向かうべく歩き出したのだった。

 

 来賓室でしばらく待っていると、約束通り公爵がやってきた。

 

「やあ、待たせて済まなかったね」

 

「オレらに構わず、親子の時間を過ごしてくれてて良いんすよ?」

 

「そういうわけにはいかない。娘と妻、私の大事な二人が大変世話になった。君の働きに(むく)いねば、私は公爵として外を出歩くことが出来ない。しっかり礼をさせてくれ。レイム、例の物を渡してくれ」

 

「かしこまりました」

 

公爵の命を受けたレイムがワッカに袋を渡した。ジャラリと音がする。

 

「中に白金貨四十枚が入っている」

 

「「「「白金貨四十枚!?」」」」

 

ワッカ、エルゼ、リンゼ、八重の四人が同時に声を上げる。白金貨一枚は金貨十枚分、金貨一枚は銀貨十枚分、銀貨一枚は銅貨十枚分である。つまり白金貨一枚は銅貨千枚分であり、宿屋「銀月」の宿泊代が食事付きで一泊銅貨二枚なので…、要するに大金というわけである。

 

「こ、こんなに受け取れないっすよ…」

 

「そう言わず受け取って欲しい。それに君達がこれから冒険家として活動を続けていくならば、先立つ金が必要になるはずだ。そうじゃないかい?」

 

「な、なるほど。そこまで言うのなら、遠慮無く…」

 

考えてみれば異世界に来た時にワッカは無一文だったのだ。この大金があればあのような状況には二度とならないだろう。そう考え、彼は公爵からの報酬をありがたく受け取ることにした。無論、後で四人で分割するつもりだ。

 

「それと君たちにこれを送ろう」

 

 次にワッカが受け取ったのは細長い箱である。開けてみると、銀色のメダルが四枚入っていた。メダルには公爵家の家紋が彫られてある。

 

「我が公爵家のメダルだ。それがあれば検問も自由に通れ、貴族専用の店も利用出来るようになる。何かあったときは公爵家が後ろ盾になるという証だよ」

 

「な、なるほど。ありがたく頂戴(ちょうだい)しまっす!」

 

 報酬も貰ったところで、ワッカ達は公爵家を退出することにした。大金に気を()かれ、本来の依頼を忘れてはならない。

 公爵家の玄関を出たところで、スゥシィが後を追ってきた。

 

「スゥ!オレたちゃ帰るぜ!」

 

「うむ、また来るのじゃぞ!わらわは待っておるぞ、お主のいないこの屋敷でー!!」

 

こうしてスゥともしっかり別れを告げ、四人は公爵家を後にするのだった。

 

 公爵家の敷地を出た後、ワッカがボソリと(つぶや)く。

 

「しっかしまあこの大金、どうするべきよ?」

 

「ギルドに預けましょ」

 

「金の預かりをギルドでしてくれるのか?」

 

「はい」

 

「じゃあそうすっか。持ってるのが怖えからな」

 

「そう言えば…」

 

エルゼが八重の顔を見る。

 

「目的の王都に来たわけだけど、八重はこれからどうするの?」

 

「そっか、そういや王都が目的地だったな」

 

「拙者、もう心を決めたでござる」

 

八重が改めて三人に向き直る。

 

「拙者、ワッカ殿にこの身を(ささ)げるでござる!」

 

「は?」

 

「あわわ…、け、決してふしだらな意味では無くて…」

 

八重は慌てて言い直す。

 

「短い道中ながら、ワッカ殿の人となり、見させていただいた。強大な力を持ちながら決して(おご)らず、人助けの道を選ぶ生き方。拙者、感服いたした。だから拙者は修行のため、ワッカ殿と行動を共にしたい!」

 

「お、おう、そういう意味かなるほどな」

 

 彼女の決意をワッカは聞き入れた。

 

「そういうことならオレは構わねえが、お前達はどうだ?」

 

ワッカは双子の意向も尋ねた。

 

「良いんじゃない?私達と行きましょう!」

 

「八重さんがいてくれれば、私達も心強いです!」

 

「だそうだ。ま、お前達ならそう言うと思ってたけどな!」

 

「分かってて聞いたのぉ?」

 

「オレは大人だからこういうことはちゃんと聞くんだよ!とにかく…」

 

ワッカは八重に右手を差し出す。

 

「これからよろしくな、八重!」

 

「よろしくでござる、ワッカ殿!」

 

 二人の握手により、ワッカに新しい仲間が加わった。

 

「あーそうだ。八重に一つ言っときたいことがあんだ」

 

「何でござるか、ワッカ殿?」

 

「今度から自分の飯代は自分で払ってくれよ」

 

「も、もちろんでござる!!」




本来は原作にあったソードレック子爵の話も書きたかった(アーロンの話を交えて書く予定だった)んですが、長くなりそうなのでアニメと同じ短縮ルートでいきます。

次回予定:初めての王都編終了
次々回予定:「まるで将棋だな」編スタート


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お買い物、そして帰還。あとブリッツボール。

 前話の後書きでも述べましたが、ソードレック子爵の話はカットいたします。ですので原作と違い、手紙を渡す相手は子爵以外の人間ということになります。
 まあ、服屋のザナックの存在を抹消している時点であまり関係ないかもしれませんが。



 八重が仲間に加わった後、ワッカ達はまず最初に王都のギルドに向かった。公爵から貰った報酬の額が大きいので持ち歩きたくない、ということで意見が一致したからだ。

 王都のギルドはリフレットのギルドよりも規模が大きく、受けられる依頼の数も多かった。しかし今は手紙を運ぶ依頼の最中なため、新たな依頼を受けることが出来ない。各々白金貨一枚だけを手元に残し、残りの九枚はギルドに預けることにした。ついでに八重のギルド登録も済ませておく。他の三人と違い、黒ランクからのスタートであることを残念そうにしていた彼女だったが、ワッカの励ましを受けて気持ちを入れ替えた。

 ギルドで用事を済ませた後は別行動になる。八重は当初の目的である、彼女の父親が世話になった人の家を訪れることにし、ワッカと双子の三人は手紙を届ける依頼を完了させることにする。

 ギルドを待ち合わせの場所に指定し、八重と一旦別れた三人は目的地へと向かう。王都にはリフレットの町では見られなかったものがたくさんある。ワッカは特に、至る所で目にする()()()()()()()が気になっていた。

 

「なあ、あの獣の耳と尻尾が生えている人間は何なんだ?ロンゾ族じゃねえよな?」

 

「ロンゾ?」

 

「あ、わりぃ、気にしねぇでくれ。オレの故郷に似たような人種がいたモンでな」

 

「あれは亜人の一種で、獣人族ですね」

 

「へぇ、獣人ね」

 

ワッカは今一度獣人を観察する。スピラのロンゾ族は獣がそのまま二足歩行になったような外見をしているのに対し、獣人族は頭に生えた獣の耳と尻に生えた獣の尻尾以外は普通の人間の外見をしていた。人間の耳もしっかり生えている始末で、どちらが本体なのかはよく分からなかった。

 

「ん?あそこにいる女の子…」

 

 ワッカは一人の獣人の少女に注目する。頭には黄色のケモミミ、尻尾はフサフサの黄色い毛で先端部分が白い。キツネの獣人である。スゥシィよりも若干年上に見える彼女は不安そうな顔で辺りをキョロキョロと見回している。

 

「ははーん、さては迷子だな?」

 

「助ける気ね、ワッカ」

 

「あったりめえよ。手紙届けるなんざ簡単に終わるしな」

 

そう言ってワッカは少女の側に駆け寄った。

 

「どした?な~に困ってんだ?」

 

「ひゃ、ひゃい!!」

 

 突然声をかけたワッカに対し、少女は驚きの声を上げる。

 

「おいおい、別に怪しいモンじゃねえって!」

 

「筋肉質なデカ男がいきなり話しかけてきたらビックリするに決まってるじゃない」

 

「おいおいエルゼ、デカ男ってな…」

 

「気にしないで大丈夫ですよ。ワッカさんはとても優しい人ですから」

 

リンゼのフォローを受け、少女の警戒心も薄れていった。

 

「オレはワッカ。ギルド所属の冒険家だ。コイツらはエルゼとリンゼ、オレの仲間だ」

 

「「よろしくね」」

 

「あ、アルマといいます」

 

「そうか、よろしくなアルマ」

 

「はい…」

 

「で、何か困ってるみたいだったけど何があったんだ?」

 

「私、連れの者とはぐれてしまって。待ち合わせの場所を決めていたのですが場所が分からなくなってしまって…」

 

やはり迷子であった。

 

「王都の広さにやられたか…」

 

「待ち合わせの場所、名前は分かりますか?」

 

「『ルカ』という魔法道具屋です」

 

リンゼの質問にアルマが答える。

 

「よし、オレ達が一緒に探してやる」

 

「い、良いのですか?」

 

「おうよ!このワッカさんに任しときな!!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

しかしここでエルゼがワッカに声をかける。

 

「何、ワッカは『ルカ』の場所知ってんの?」

 

「んなもん、知るわけないだろ」

 

「はあ!?じゃあどうすんのよ?」

 

「そこらの人に聞いて回る。こんくれぇの(とし)の子はな、見ず知らずの人に声をかけるなんてこと出来ねぇんだよ。オレ達が聞いて回りゃ、万事解決ってワケだ」

 

「なるほどねぇ」

 

 こうしてアルマの連れを探すことになったワッカ一行。彼女を不安にさせないように会話をしながら、道行く人々に場所を聞いて回る。

 結果として、大した時間をかけない内に「ルカ」を見つけることに成功した。店の前では獣人の女性が不安そうに辺りを見回していた。ワッカと同年代であろうその女性にはアルマと同じ耳と尻尾が生えている。色が若干茶色っぽくはあったが、アルマの身内に間違いないだろう。

 

「お姉ちゃん!」

 

案の定、アルマが女性の方に走っていく。

 

「アルマ!」

 

駆け寄ってきたアルマを獣人の女性がぎゅっと抱きしめる。

 

「心配したのよ、急にいなくなるから!」

 

「ごめんなさい、お姉ちゃん」

 

二人の再会を見て、ワッカ達も胸をなで下ろす。

 

「うし、見つかったみてぇだな」

 

「そうですね」

 

「良かったわね、アルマ」

 

「あ、貴方達がアルマを助けて下さったのですか?」

 

獣人の女性が三人に目を向ける。

 

「ああ。アルマの姉ちゃん、なんだな?」

 

「はい、妹がお世話になりました」

 

「いや、気にしねぇでくれ。オレたちゃ偶然通りかかっただけだからな」

 

「あの、何かお礼を…」

 

「あーいや、ちょっと予定があってな。気持ちだけ受け取っとくぜ。じゃあな、アルマ!」

 

そう言ってワッカ達はアルマと別れる。

 

「ありがとー!ワッカー!」

 

アルマも立ち去るワッカ達に対し手を振って礼を言うのだった。

 

「全く…見つかったから良いものの、こんなことばっかしてたら依頼達成できないわよ」

 

 文句を言うエルゼだが、口調からは本気で嫌がっている訳では無く、すこし(あき)れたという程度のニュアンスが受け取れる。

 

「見つかったからインだよ。それとも、見捨てた方が良かったってか?」

 

「まあ、それは出来ないわよねぇ」

 

「それに、目的地に近い場所にも来れましたしね」

 

リンゼの言うとおり、手紙の届け先はもうすぐだった。

 

 程なくして、手紙の受け渡しに成功したワッカ一行。後はリフレットに帰り、ギルドに報告すれば依頼達成だ。

 

「ねえワッカ。八重との待ち合わせまでまだ時間があるし、私達も別行動しない?」

 

「おう、構わねえぜ。さては、白金貨で買い物してぇんだな?」

 

「そもそも、王都に来たら買い物するつもりだったし」

 

「お姉ちゃん、ずっと楽しみにしてたもんね」

 

「そういうことなら好きに買い物して来い。ギルドで会おうぜ」

 

「分かったわ」

 

 こうして双子とも一旦別れることになったワッカだが、彼自身は王都に来てやりたかったことが特にあるわけでも無かった。

 

「どうすっかな。文字も大分読めるようにはなったが、カンペキに覚えたってワケでもねえし。この世界の文化とかも、まだ全然知らねえしなあ…」

 

ワッカは(ふところ)から白金貨を取り出し、眺めていた。思わぬ大金が手に入ると使いたくなってしまうのは、人間の(さが)というものだ。

 

「オレも何か買い物してみっか。買い物っていったらアレだな、武器とか防具とかだな」

 

魔物を倒すことで得たギルを使って武器や防具を買う。ユウナのガード時代に幾度となく行ったことではあるが、考えてみればこの世界に来てからまだ一度もそういった買い物をしてこなかった。とは言っても、武器に関しては神から貰ったブリッツボールがある。せっかくだから他の武器も使ってみよう的な考えが全く無いわけでは無かったが、やはり愛着のあるブリッツボール以外で戦う自分の姿は想像しにくく、却下という結論に落ち着くのだった。となると目当ての店は防具屋ということになる。ワッカはその辺を散策しつつ、良さそうな防具屋を探してみるのだった。

 しばらく歩いていると、一つの看板が彼の目に入った。貴族御用達(ごようたし)防具専門店「ベルクト」。いかにも格式高そうなレンガ造りの外観をした店だった。

 

「おお、これこれ。こういう店を探してたんだな~」

 

リンゼから文字を教わって良かったと思いつつ、ワッカは軽い足取りで店の敷地に足を踏み入れる。豪華な造りの扉を開けると、女性の店員に声をかけられる。

 

「いらっしゃいませ。当店は貴族専用の店となっております。身分を証明できる物、もしくは紹介状はお持ちでしょうか」

 

「え?そんなの…」

 

持って無いっすと言いかけたところで、ワッカは公爵からの報酬で貰ったメダルを思い出す。

 

「こ、これでいっすか…?」

 

「確認いたしました、ありがとうございます。本日はどの様なご用件でしょうか?」

 

「そうっすね…、何か良い装飾品とか置いてたりします?戦闘で役立つようなモノで」

 

 ワッカが普段戦闘時に着ている服はビサイド・オーラカのユニフォームだ。動きやすく、とても丈夫な素材で作られている。この一張羅(いっちょうら)を捨てて新しい鎧や服で戦いに挑む、などという考えはワッカには最初から無かった。ちなみにワッカは毎日欠かさず、この服を手洗いでしっかり洗濯している。着たきりで汚いワッカさんなどと誤解しないように。

 閑話休題、店員に案内されたコーナーにはワッカの要望に応えるような様々な装飾品が置かれていた。指輪、腕輪、イヤリングにピアス、髪飾りなど種類も色々だ。女性向けの品が多数を占めていたが、そんなものを付けているのをエルゼなんかに笑われるのは恥ずかしいので候補から外す。ブリッツボールを使う際に邪魔になるので、指輪も候補から外す。

 

「買うとしたら…、ピアスだな」

 

ワッカは耳にピアスをしている。これ自体には特に何か特殊な効果があるわけでは無い。特に思い入れのある物でもないので、新しいものに交換しようと考えた。彼はピアスの中から、金額が高めかつ飾りすぎてないものを選ぶ。

 

「これとかってどうっすか?」

 

「そちらの商品には、攻撃魔法に対する高い耐魔の魔力付与が(ほどこ)されております。ただ一つ欠点がありまして、装備された方の持つ適性にしか耐性が付きません。逆に持っていない適性のダメージは倍増するという、扱いの難しい品となっております」

 

「それって適性の有る無しだけっすか?得意不得意による耐性の差とかって…」

 

「そういうのはございません。適性の有無のみが問題になります」

 

「あ、それじゃコレ、お願いします」

 

「ありがとうございます。こちらは金貨5枚になります」

 

「じゃあコレで払います」

 

ワッカは店員に白金貨を見せる。

 

「かしこまりました。お会計はあちらになります。すぐに装備なさいますか?」

 

「そうしゃす。今付けてるのは持って帰ります」

 

こうしてワッカの異世界初の防具ショッピングは無事終わったのだった。

 

 ギルド前に四人が集まった頃には、すでに日が落ちかけていた。

 

「集まったな。そんじゃ帰るか」

 

「そうね。たくさん買ったし、早くリフレットに帰りましょ」

 

エルゼの言葉通り、馬車にはたくさんの買い物袋が積まれていた。

 

「今から帰るのでござるか?もうすぐ日も落ちる(ゆえ)、王都に泊まった方が…」

 

「そこら辺は大丈夫なんだな~」

 

「大丈夫?それはどういう…」

 

「でもワッカさん、町中でやるのは目立ちますよ?」

 

「そうだな。やるのは町出てからだな」

 

「あの、()()とは…」

 

「いいからいいから。見てれば分かるって!」

 

「エルゼ殿…」

 

こうして八重を若干置き去りにしつつ一行は王都を後にする。門から出るときは検問は必要無かった。

 門から少し離れた人目の付かない場所でワッカは馬車を降りる。

 

「そんじゃ帰るぜ。『ゲート』」

 

「うわっ」

 

ワッカの出した「ゲート」を目にした八重が驚きの声をあげる。

 

「なんでござるか…これは?」

 

「ワッカさんの必殺魔法『ゲート』だっ!コイツがあればどこでもすぐに行けるんだぜぇ」

 

「今まで行ったことのある場所だけですけどね」

 

「すごいでござる、ワッカ殿」

 

 一行はワッカの「ゲート」をくぐり、リフレットへと帰還する。ギルドで手紙受け渡しの証明書を見せ、依頼を無事完了させるのだった。

 

「それではこちらが依頼報酬の銀貨7枚です。お疲れ様でした」

 

約束通り、報酬はワッカとエルゼとリンゼで三等分した。

 

「しっかし悪い傾向よね~。白金貨貰った後だと銀貨2枚が少なく感じちゃう」

 

「だな~。オレなんかこの間まで無一文だったのによ」

 

2枚の銀貨を眺めながらのエルゼの発言にワッカが同意する。

 

「公爵から貰った白金貨はこの先なるべく使わずとっておくことにしましょう。いつお金が必要になるときが来るか分かりませんから」

 

「リンゼの言うとおりだな。うし、銀月に帰るぞ!八重の部屋も取らなきゃなんねえしな!」

 

 こうして宿屋「銀月」に帰った一同は新たに八重の部屋を取る。明日から四人での活動が始まるのだった。

 

 余談だが、八重はあまりに多くの食事を一度に摂るので、追加の食事代を彼女だけ払うことになってしまっている。「自分の食費は自分で」と(あらかじ)め言っておいたことをナイスプレーだと思うワッカなのだった。




 初めての王都編、これにて終了です。次回、「まるで将棋だな」編。出来れば一話で終わらせたい…。

 原作にて望月冬夜が「ベルクト」で購入した商品は、「蓮舫コート」とネットで言われているあの白いコートです(アニメでは購入シーンがカットされている)。ワッカにあのコートは似合わないので、ピアスにしました。ワッカがピアスしてるって知ってました?

 いせスマのアニメの話ですが、アルマの姉ちゃんは井上喜久子さんが演じていて、アルマは井上喜久子さんの娘の井上ほの花さんが演じているんですよね。なんで、母娘で姉妹役やってんだよ?年の差はどうなってんだ年の差は!
 あと、適当に17歳ネタをアニメに入れとけばウケると思っているアニメスタッフさん、それスベってますよ。


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「まるで将棋だな」編
旧王都、そして地下遺跡。あとブリッツボール。


 当作品の連載を開始してから、一週間が経ちました。
 ハーメルンのランキングを確認しましたところ、週間ランキングで90位、週間「その他原作」ランキングでは何と6位という結果を残しておりました(6月26日13時のランキングです)。
 このような爪痕を残せたのも、ひとえに当作品を応援して下さる皆様のおかげです。本当にありがとうございます。これからも引き続きワッカの異世界冒険譚をお楽しみください。

 ちなみにFF総選挙(ワッカが53位だった例のアレ)を確認しましたところ、90位がケット・シー(FF7)、6位がエメトセルク(FF14)でした。

 今回は「まるで将棋だな」編です。数ヶ月経過しているのは原作準拠です。アニメだとそこら辺が全く伝わらない…。


 あれから数ヶ月、ギルドの依頼をこなしていたワッカ達は紫ランクから緑ランクへと昇格を果たした。ギルドのランクは下から順に「黒>紫>緑>青>赤>銀>金」となっている。ちなみに金ランクの冒険者は現在この国には存在しない。

 そんなわけでワッカ達は初めての緑依頼に挑戦する。「せっかくなら王都のギルドの依頼を受けよう」というエルゼの提案に乗り、一同は王都のギルドの掲示板前にいた。

 

「おい!この依頼なんてどうだ?」

 

 ワッカが一枚の依頼書を提示する。この数ヶ月でワッカは異世界の文字をカンペキにマスターしており、皆と共に依頼を選べるようになっていた。

 

「北の廃墟でメガスライムの討伐ってヤツだ!物理攻撃は効きにくいだろうが魔法なら…」

 

「「「ダメ!!!」」」

 

三人から同時に拒否されてしまう。

 

「ヌルヌルネバネバは嫌でござる!」

 

「生理的に無理です!」

 

「それにアイツら、服とか溶かしてくるのよ!絶対にイヤ!」

 

「な…、そんなに溶かす力がスゴいってことかよ」

 

「そうじゃなくて、()()()()()()()()()の!」

 

「なんだとぉ!じゃあ却下だな!」

 

ワッカは「どうして服だけ?」と疑問に思いながらも、(いさぎ)くメガスライムの討伐依頼を諦める。彼の戦闘服はビサイド・オーラカのユニフォームだ。それを溶かされるということは、ビサイド・オーラカというチームに泥を塗られることに等しい。ヌルヌルネバネバに関しては何とも思わなかったが、その点に関しては三人同様にイヤだった。

 結局受ける依頼は「旧王都に蔓延(はびこ)る魔獣討伐」に決定した。

 

 旧王都は1000年以上前に王都が存在した場所であり、現在はツタの蔓延る穴だらけの城壁や、もはや建物の形を留めていない瓦礫(がれき)ばかりの廃墟となっている。その廃墟にいつしか魔物が住み着くようになり、冒険者が度々討伐をするがしばらくするとまた魔物が住み着くという負のスパイラルに(おちい)っている場所だった。

 そんな旧王都にて、八重とワッカはある強敵と相対していた。

 

「八重、しばらく時間稼ぎしてくれ!次の一撃で決める!」

 

「承知!」

 

八重に指示を出し、力を溜め始めるワッカ。

 二人の相手はデュラハン。処刑された騎士の怨念が魔物と化した存在で、首を無くした巨大な体躯を鎧に包み、自身と同じ大きさの大剣を振り回して攻撃してくる魔物だ。

 リールが回り始め、左から順に止まっていく。

 

黄色

 

黄色

 

黄色

 

絵柄が三つ揃った。ワッカの持つブリッツボールに「サンダー」の力が宿る。

 とその時、瓦礫の影から乱入者が現われる。

 

「はああ!!」

 

エルゼだった。旧王都到着後、最初に現われたのは一角狼の群れだった。数は多かったが楽勝だと思っていたところでデュラハンが現われたのだ。そこで一角狼の群れは双子に任せ、強敵デュラハンは八重とワッカが相手することになったのだ。

 エルゼの強烈な蹴りによってデュラハンの巨体が斜めに飛ぶ。空中で身動きが取れないチャンスをワッカは逃さない。

 

「くらえ!エレメントリール!」

 

ブリッツボールを思いっきり蹴りつける。「サンダー」の力を宿したブリッツボールの刃物(エッジ)がデュラハンの体を右下から左上にかけて(たすき)のように斬りつける。そこから大量の黒い瘴気(しょうき)が漏れ出し、デュラハンは黒いモヤのように消え去った。

 

「そっちも終わったようだな、エルゼ!」

 

「まあね。20匹以上はいたわよ、まったく…」

 

わざとらしく自分の左肩を叩くエルゼの後ろからリンゼもやってきた。

 

「皆さん、お疲れ様でした」

 

「疲れたでござる~」

 

八重がその場に座り込む。

 

「時間稼ぎ助かったぜ、八重!」

 

「いえいえ、これくらい何ともないでござるよ」

 

そうは言いつつも皆(いく)ばくか疲れている事を察したワッカはこの場で休憩することを提案した。

 

「しっかし、昔の王都と言っても何も無いわね~」

 

 水筒の水を飲みながらエルゼが言う。彼女の言うとおり、周りはどこも瓦礫ばかりだ。

 

「隠し財宝とかあったら面白いのに」

 

「いや、それは無かろう。遷都(せんと)だったならば、財宝の(たぐ)いは新しい王都に持っていったハズでござる」

 

エルゼの発言を八重が否定する。

 

「分かってるわよ!ただ言ってみただけ~」

 

少しふてくされたようなエルゼの言葉を聞き、ワッカが立ち上がる。

 

「そういうことなら、ワッカさんに任せな!」

 

「何か知ってるの?」

 

「いや、そういうわけじゃねえけどよ。前の仲間達との冒険で色々見つけてきたからな~」

 

そう言ってワッカは辺りを探し始める。ユウナのガード時代、様々な宝箱を見つけた経験を活かし、ある程度の見当を付ける。

 

「おお!見つけたぜ」

 

 しばらく辺りを探していたワッカが皆を呼ぶ。瓦礫に覆われていて気付きにくかったが、四角(すい)の形をした石造りの建造物があった。高さは人の胸ほどまでしか無く、窓のようなものも無いので中の様子が(うかが)えない。

 

「何でしょう?コレ…」

 

「よく見てみ。この大きな瓦礫をどかすとだな…」

 

ワッカが建物にもたれかかっている瓦礫を押しのける。そこに隠れていたのは地下につながる扉だった。

 

「こいつぁ、扉を守るための建物なんだろ。瓦礫のせいで今まで発見されなかったんだな」

 

 扉を開けると、地下への階段が暗闇へと続いていた。

 

「光よ来たれ、小さき照明、ライト」

 

リンゼの光の球を生み出す魔法で辺りが照らされる。四人は足を踏み外さないように注意しながら階段を降りていく。しばらく降りると壁や床、天井が石畳で出来ている地下通路に到達した。

 

「こいつぁ完全に人が作ったモンだな」

 

 冷たく湿った空気が張り詰めた通路を、リンゼの明かりを頼りにしながら四人は進む。

 

「なんか気味悪いわねここ…。ゆ、幽霊とか出てきそう……」

 

「な、何を言ってるんでござるかエルゼ殿!ゆゆゆ幽霊なんて、いいいるわけないで、ござるよ…」

 

「でもま、こういう場所ってのはゴーストとか遭遇しそうだよなぁ」

 

「ちょっとワッカ!冗談だったんだから本気にしないでよもう!!」

 

エルゼと八重は完全に腰が引けている。リンゼは別に平気らしい。照明係に度胸があって助かったと思いつつ、ワッカは少し姉をイジってみる。

 

「こういう時はエルゼが後ろに下がるんだな~」

 

「ば、馬鹿にしてっ…!」

 

 そうこうしている内に、一行は(ひら)けた場所に辿(たど)り着く。向かいの壁には扉があったが、力を入れても開かなかった。

 

「行き止まりか?」

 

「これは…魔石ですね。土属性の魔力で開くかもしれません」

 

扉を観察していたリンゼが言う。確かに扉には茶色の魔石が埋め込まれていた。

 

「ここはワッカの出番ね!」

 

「オレかよ!?」

 

「だってこの場で土属性に適性あるの、ワッカだけじゃない」

 

エルゼの言うとおり、彼女は無属性、リンゼは火と水と光に属性の適性があり、八重には魔力の適性が無かった。扉を開くことが出来るのはワッカだけだ。

 

「しゃあねえな…」

 

 そう言いつつ、ワッカは扉に手を当てて魔力を流し込む。

 

「おい!何で後ろに下がるんだよ!」

 

ワッカの言葉通り、三人はワッカから大分離れたところで様子を見守っていた。

 

「「「一応、念のため…」」」

 

「ハァー、人をダシにしやがって…」

 

ワッカには確かに土属性に適性があるが、苦手な属性であったため、扉が反応するまで時間がかかった。その間、内心ドキドキしながら扉に触れ続けなければならない彼の苦労は、三人には伝わってないようだった。

 ようやく扉が反応し、道が開かれる。その先にあったのは、人の腰ほどの高さがある球状の物体である。六本の足が生えているがその内の何本かは途中で折れていた。虫のような形をしたソレは茶色い土埃(つちぼこり)に覆われていた。

 

「なんだ、こりゃ?」

 

ワッカは土埃を手で払ってみる。その下から現われたのは水色の水晶のような塊だった。土埃を払い続けて分かったのは、中に赤い球状の物体が埋め込まれている以外は、全身が水晶のような物質で構成されているということだった。

 

「何かの像かしら…」

 

「ん?辺りが暗くなってきてはござらんか?」

 

「リンゼ、アンタの魔法ってそんなに続かなかったっけ?」

 

「え?確かに私、光属性は苦手ですが、それでも二時間くらいは続きますよう」

 

リンゼがふてくされたように反論するが、彼女の言葉に反して「ライト」の明かりは徐々に小さくなってきている。

 

「ちょっと見て!」

 

エルゼが指す方を見ると、物体の中の赤い球が光り始めていた。「ライト」が小さくなるにつれ赤い球の輝きは増していき、やがて

キィィィィィィィィィィィィィィィィ

と耳をつんざくような高い音を発した。

 

「うわああああ!!」

 

四人は耐えきれず、耳を塞ぐ。

 

「み、見ろ!!」

 

高音を発している謎の物体が動き始めていた。(いな)、それだけでは無い。折れていた足が再生し始めているではないか。同時に辺りが揺れ始め、壁に亀裂が入る。このままでは生き埋めになってしまう。

 

「やべぇ!『ゲート』!!」

 

ワッカの「ゲート」で四人は地上に脱出する。それから間もなくして地面が揺れた。地下通路が崩落したのだ。

 

「危なかった…」

 

「何だったんでござるか、アレは?」

 

「……油断するには、まだ早ぇみてぇだな」




 頑張ったんだが一話で終わらせるのは難しかった。「まるで将棋だな」編、次回に続きます。

 異世界ワッカのスライムキャッスル編楽しみにしてるやついる!?いねえよなぁ!!?
 というわけで、アニメのスライムキャッスル編はカットします(予告)。マジレスすると、あのスライムキャッスル編は原作に無いアニメオリジナルなんですよ。映像という視覚情報のあるアニメだからこそ出来るお色気回なんですね。なので小説では魅力が減ってしまいますし、重大な場面でも無いためカットします。
 アニメでヒロイン達から再三(2話、3話)却下されているにも関わらず、結局5話でスライム討伐の依頼を受ける望月冬夜マジサイコ。その上で「皆どうしてそんなに嫌がってるの?」とか言うしもうね…(それまでも散々ヒロイン達は嫌な理由を伝えてる)。そんなだからみんなに嫌われるんですよ(二度目)。


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水晶の魔物、そして名言。あとブリッツボール。

 「まるで将棋だな」編、後編です。

 ワッカと望月冬夜の違いは色々とありますが、戦闘に関しては

望月冬夜→元々は一般人なので、スマホや無属性魔法といった力技で難所を突破する。
ワッカ→元々戦闘になれているので、過去の経験を活かして難所を突破する。

という違いがあります。


 地面からキィィィィと小さな音が聞こえる。音は段々大きくなり、地面にひびが入る。

 

「来るぞ!」

 

ワッカが叫ぶのとほぼ同時に

キィィィィィィィィィィィィィィィィ

というあの耳をつんざくような音とともに地面を突き破って()()は現われた。

 虫のような形をしたソレは、水色の水晶のような物質で全身が構成されており、透き通った体から見える内部の赤い球は怪しい光を発していた。

 

「ライブラ!」

 

 ワッカが魔法を唱えると同時に、水晶の魔物が宙に浮かび、足を高速で伸ばして攻撃をしてきた。標的にされた八重が攻撃を避ける。ドガアッという音と共に、八重のいたところにあった瓦礫に敵の足が深々と突き刺さった。

 

「避けねば体に穴が空いてたでござるよ…!」

 

「足って言うより槍ね…」

 

ワッカが「ライブラ」で表示された情報を読み取る。

 

「魔法を吸収し、肉体を再生する。火、水、土、風、光、闇属性吸収。全状態異常完全耐性」

 

ワッカの顔から冷や汗が流れる。

 

「マジかよ…。こんなんどうやって相手すりゃいいんだ!」

 

 ワッカが困惑している間に、リンゼが攻撃を仕掛ける。

 

「炎よ来たれ、赤き連弾、ファイアアロー」

 

リンゼがあつぞこブーツ、じゃなくて火属性魔法の矢を放つ。しかし炎の矢は水晶の魔物に近づくにつれ小さくなっていき、届かぬ内に消えてしまう。水晶内部の赤い球体が怪しく光る。

 

「リンゼ!魔法攻撃はダメだ!アイツに吸収されちまう!!」

 

「そんな…」

 

「魔法が駄目なら…」

 

八重が飛び出す。

 

「直接斬りつけるでござるっ!!」

 

 ガッと刀が水晶に当たる音が響く。しかし、水晶の魔物には(ほとん)ど傷が付かなかった。

 

「何という堅さ!」

 

「オォラァ!」

 

「やあぁ!」

 

ワッカがブリッツボールを全力投球し、エルゼが敵の足の付け根を狙って全力の蹴りをぶつける。攻撃力2トップの攻撃には流石に無傷ではいられなかったようで、ボールに生えた刃物(エッジ)が本体に傷を付け、エルゼの蹴りが一本の足を蹴り砕いた。

 しかし敵は相手に喜ぶ隙すら与えない。赤い球体が光ったかと思うと、ブリッツボールによる傷はすぐに消えて無くなり、折れた足も再生し始めた。

 

「何が起こったの?」

 

「吸収した魔力を使って体を再生したんだ!」

 

 体の修復が終わった敵はすぐに攻撃を再開する。6本の足を伸ばし、近くの標的を仕留めにかかる。

 

「どうすりゃいいのよ、こんな敵!」

 

足の攻撃を避けながらエルゼが叫ぶ。ワッカはガード時代の戦闘経験から攻略の糸口を探そうとする。

 

「リンゼ!魔法で直接攻撃するんじゃなくて、間接的に攻撃してみろ!」

 

「と言いますと!?」

 

「氷の塊を降らすとかだ!」

 

「分かりました!氷よ来たれ、大いなる氷塊、アイスブロック」

 

 上空に氷の塊が出現し、水晶の魔物を押しつぶした。

 

「効きました!」

 

喜んだのもつかの間、敵は氷の塊を砕いて再び宙へと浮いた。

 

「ああ…」

 

「ヘイスガ!」

 

 ワッカが呪文を唱える。「ヘイスガ」は味方の攻撃速度を上げる魔法だ。つまり、敵が一回攻撃してくる間に行える味方の攻撃回数が増加するのだ。

 

「お前達!少しの間時間稼ぎしてくれ!()()でけりを付ける!」

 

ワッカの言うアレが何かを察した三人は各々の攻撃で敵を足止めする。

 

「もう勘弁しねえぞぉ!?」

 

力を溜めるワッカの側でリールが回り始める。

 

2HIT

 

2HIT

 

2HIT

 

「行くぜ!」

 

高速回転するワッカの姿を見て、エルゼと八重が敵から離れる。

 

「アタックリール!!」

 

ブリッツボールの激しい連弾が水晶の魔物を襲う。あまりの勢いに敵は地面に叩きつけられ、激しく土煙が舞う。

 

「やったか……?」

 

 土煙が薄れていき、敵が姿を現した。あちこちに大きなヒビが入った水晶の魔物は地面に半分埋もれたまま動かない。

 

「倒したのね?」

 

エルゼがふぅと息を吐く。が、その油断が間違いだった。水晶にヒビは入っていても()()()()()()()()()()からだ。赤い球体が激しく光り出し、無事だった足をエルゼに向けて伸ばし始める。

 

「きゃあ゛!」

 

急襲を避け損ねたエルゼの右肩に敵の足が突き刺さった。彼女の本能的な回避で急所こそ(まぬが)れたものの、傷口から激しく血が噴き出した。

 

「エルゼ!」

 

「お姉ちゃん!」

 

 ワッカとリンゼの叫びを聞き、八重が決心する。

 

「ワッカ殿!エルゼ殿に回復魔法を!敵は拙者が引きつけるでござる!」

 

ワッカに迷っている暇など無い。彼女の覚悟を無駄には出来ない。

 

「八重…、無理はするな!!」

 

「承知!」

 

 ワッカがエルゼに駆け寄る。その間に八重は敵の近くにわざと近づく。その場では攻撃せずに急いで後退、その後はエルゼのいる場所と反対方向で往復ダッシュをする。水晶の魔物は八重に狙いを定め、足を次々に伸ばす。八重は走って、時には跳んで攻撃を(かわ)した。リンゼも氷塊を振らせつつ、敵を足止めする。

 

「ケアルガ!」

 

急いでエルゼに回復魔法をかけるワッカ。彼女の右肩の傷は深く、下手に動かせば腕が取れかねないほどだった。それ(ゆえ)、最上位の回復魔法一回では完治させることは出来なかった。

 

「もう一度だ、ケアルガ!」

 

回復魔法の重ねがけにより、エルゼの傷も大分塞がってきた。

 

「すまねえエルゼ、オレが仕留め損ねたばっかりに…」

 

「ううん、悪いのは油断していた私の方。ありがとう、ワッカ」

 

顔に脂汗をかきながらエルゼが答える。傷こそ塞がったものの、受けたダメージは大きかったようだ。

 

「しっかし、まさかオレのアタックリールを耐えるとはな…。大分マズいぜ…」

 

 高速回転しながらボールを投げる「アタックリール」の特性上、特定の敵に狙いを定めることは出来ても、全く同じ場所にボールを当て続けることは難しい。同じ箇所にボールを高速で当て続ければ、魔法吸収及び傷の修復を行う赤い球体に攻撃を届けることも出来たかもしれないが、もう一度「アタックリール」を使ってもソレが出来る保証は無い。

 連撃の「アタックリール」がダメなら、一撃で赤い球体まで攻撃が届くような高威力の技を使うしかない。そんな条件を満たす技をワッカは持っている。オーバードライブ技「オーラカリール」のブリッツボール絵柄揃いだ。これが決まれば確実に赤い球体を破壊できる。

 しかし、この技にも欠点がある。「オーラカリール」は絵柄の種類が多く、特定の絵柄を揃えるのが難しいのだ。加えて、揃える絵柄を一つでも間違えると高威力技にはならない。(ゆえ)にユウナのガード時代にも(ほとん)ど使わなかった技だ。この土壇場でブリッツボールの絵柄を揃える自信がワッカには無かった。何度も挑戦すれば成功するだろうが、それまで仲間の体力が()つだろうか…。

 考えを巡らせるワッカを見て、エルゼが話しかける。

 

「何か作戦とかあるの?」

 

「……いや…」

 

「じゃあ、いっそのこと逃げる?」

 

「逃げるなんてかっこわりいマネ出来るかよ!それに元々アイツを起こしたのはオレ達だ」

 

 確かに、「ゲート」を使って遠くに逃げれば、水晶の魔物の脅威を回避することは出来るだろう。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ここで逃げちゃあ……オレは、オレを許せねえよ!たとえ死んだってな!!!」

 

ワッカの力強い言葉を聞き、エルゼも言葉を返した。

 

「そうね、私も同じこと考えてた」

 

 ワッカは弱点を探るべく、水晶の魔物の動きを観察する。敵はしつこく八重を狙い続けている。

 しかし、あの敵を水晶の魔物と呼んではいるが、本当にその名称は正しいのだろうか。敵は耳障りかつ画一的な音を発しつつ、一切の躊躇(ちゅうちょ)を見せずに標的を殺すべく動いている。こちらの攻撃を避けようともせず、攻撃と移動と修復以外の無駄な動きを一切しない。そんな敵の様子を見たワッカは思わず(ひと)()ちる。

 

「まるで機械だな」

 

 ここでワッカに電流走る。彼はスピラでの機械を相手にした戦いを思い出す。オートハンターやオートコマンダーといった機械の敵は、アイテムを盗めば一撃で倒せる。それと同じで、あの水晶の敵も()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。しかし肝心の球体は頑丈な水晶の体に覆われている。そこから球体だけを盗むなどという都合の良い技を、()()()()()()()()()

 

「エルゼ、動けるならオレの作戦を聞いてくれ」

 

ワッカはエルゼに作戦を伝える。

 

「分かったわ。任せてちょうだい!」

 

 エルゼの返答を聞き、ワッカは再び敵を凝視する。標的はあの赤い球体だ。

 

「アポーツ!!」

 

瞬間、敵の体内にあった赤い球体がワッカの手元にワープした。彼は手にした球体を地面に置いた。

 

「はあああっ!!」

 

エルゼが赤い球体にガントレットのキツい一撃をぶち当てる。水晶ほど硬い物質ではなかったらしく、ガントレットと地面に挟まれた赤い球体は粉々に砕け散った。

 同時に敵の体も水色の砂になって地面へと落ちていく。ワッカ達の勝利だ。

 

「お、終わったでござるなぁ~」

 

 今まで走り回って敵を引きつけてくれていた八重がその場にへたり込む。

 

「良かったですぅ~」

 

リンゼもその場に座り込んだ。

 

「はあ~ようやく倒せたぜぇ~」

 

ワッカも長い息を吐く。流石の彼と言えど、心身共に限界だった。

 

「お疲れ様、ワッカ」

 

エルゼが(ねぎら)いの言葉をかける。

 

「おう。エルゼもトドメ、ありがとよ」

 

 しばらくしてワッカ、エルゼ、リンゼの三人が八重の元にやって来る。今体力を最も消耗しているのは間違いなく彼女だ。

 

「八重、時間稼ぎありがとよ。お前があそこで動いてくれなきゃ、エルゼも回復できなかったし、作戦も思いつかなかったぜ」

 

「そんな…、拙者は当然のことをしたまで…で…ござる」

 

「当然って言う割にゃあ、ヘロヘロじゃねえか」

 

「これも修行の一環なれば…」

 

微笑みかける八重にサムズアップを返しつつ、ワッカはリンゼに問いかける。

 

「なあ、コレってギルドに報告した方がいいよな?」

 

「旧王都は王国の管轄ですので、ギルドよりも公爵に報告した方が良いと思います」

 

「そっか、じゃあそうすっか…」

 

そう言いながらワッカは空を見上げる。

 

「まあでも、それは明日だな!今日はもう何もしたくねえや」

 

「そうね…」

 

「そうですね…」

 

「同感でござる…」

 

仲間の同意を得た所で、ワッカは「ゲート」を唱える。

 

「よっこらせい!」

 

「うわあ!」

 

 突然、ワッカに背負われた八重が驚きの声をあげる。

 

「ワッカ殿、悪いでござるよ!」

 

「インだよ。八重が一番疲れてんのは知ってっからな」

 

「し、しかし…その…恥ずかしいでござるよぉ」

 

「じゃあ、宿に着いたらすぐ下ろしてやる。さ、帰るぜ!」

 

 こうして四人はゲートを通りつつ、「銀月」へと帰って行った。

 

 

 

 

 

 その晩、寝間着に着替えたワッカはベットに潜り込みながら今日の出来事を振り返る。

 

「しっかし、アイツァ面倒な敵だったぜぇ」

 

間違いなく、今まで異世界で戦ってきた中で最も強い敵だった。そんな相手と激闘を繰り広げたこともあり、ワッカはすぐに眠りへ落ちていくのだった。




 「まるで将棋だな」編終了です。水晶の魔物は「アタックリール」で倒しても良かったのですが、いせスマアニメ屈指の迷…名言とFFXの戦闘要素を組み合わせることが出来る原作準拠の倒し方を選びました。「アタックリール」一辺倒になるのも避けたいですからね。
 なお、当作品に登場する魔法は全て「異世界はスマートフォンとともに。」もしくは「ファイナルファンタジーX」に登場する魔法となっています。オリジナルの魔法を出す予定は今の所ありません。

 アニメの、敵の足がエルゼに突き刺さるシーンは作画が本当に酷いです。あの出血量は普通死ぬだろ…。

 次回からは名探偵ワッカ編に入ります。お楽しみに。


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名探偵ワッカ編
ガードの夢、そして国王暗殺。あとブリッツボール。


 今回から名探偵ワッカ編です。

 オリジナル展開から始まり、原作に沿った話へとシフトチェンジしていきます。


「ここは…どこだ?」

 

 気がつくとワッカは謎の空間にいた。前後左右上下、どこを見渡しても黒一色。光一つ差し込まぬ暗闇の中に放り込まれたようだった。その割には自分の姿はハッキリと目視できる。足下もしっかりしている。どうして自分がこの謎だらけの空間にいるのか、ワッカには理解できなかった。

 

「ワッカ、あんた何時(いつ)まで帰らないつもりなの?」

 

 不意に懐かしい声を耳にし、ワッカは声のする方向に目を向ける。

 

「………ルー?」

 

間違いない。ワッカの幼なじみでありユウナのガード仲間でもあるルールーが目の前に立っていた。

 

「いつものあんたなら、どんな手を使ってでも帰ろうとするじゃない」

 

「でもよ、ルー。神が言うんだよ。元の世界に生き返ることは出来ないって」

 

「それは神の言葉でしょ?本当は帰る方法に気付いて無いだけじゃない?」

 

「だって…」

 

「でも?だって?聞き飽きたわ」

 

ルールーに厳しい言葉を浴びせられ、返す言葉を失うワッカ。

 ふと気がつくとルールーの姿は消えており、彼女の代わりにキマリが立っていた。

 

「キマリ?何でお前まで…」

 

「ワッカはいつ帰るのだ」

 

「それは…」

 

「キマリは何時までも待っている。ワッカのいないこのガガゼト山で」

 

「お前、ガガゼト山に帰ったのか?」

 

「ワッカはもう、立派なロンゾの仲間だ」

 

「いやオレ、ロンゾ族じゃねえよ!?」

 

 ワッカのツッコミが終わる前に、キマリの姿は蝋燭(ろうそく)の火のように消えてしまう。代わりに現われたのはリュックだった。

 

「ぷにぷにワッカって意外にスケベなんだね!あんなに女の子引き連れちゃってさ!」

 

「ぷにぷにワッカって何だよ?つーか、オレはスケベじゃねえ!!」

 

「しょーこは?しょーこ見せてよ!」

 

 ワッカが言い返そうとした途端、リュックの姿が消えた。代わりにティーダが姿を見せる。

 

「ティーダ!?」

 

「次のセリフ言い終わったら、オレ消えっから!」

 

「は?それってどういう…」

 

「勝手で悪いけどさ、これがオレの物語だ!」

 

 そう言って宣言通り、ティーダは消えてしまった。「意味不明すぎだろ!」とワッカが思っている内にアーロンが現われる。

 

「あんた、ワッカだよな?伝説のガードの」

 

「伝説のガード?」

 

それはアーロンさんの称号だろ、と言おうとしたところでワッカは考える。ユウナはシンを倒した。シンを倒したということは彼女は世間から「大召喚士」と呼ばれているはずだ。そんな彼女のガードを務めた自分も当然「伝説のガード」と呼ばれているに違いない。

 

「あ、ああ…まあそうだな…」

 

こうワッカは返した。

 

「握手…してくれないか?ワッカ、いやワッカさん!オレ、アンタに憧れてガードになったんだ!」

 

「いやそれ、アーロンさんがバルテロに言われたセリフじゃねえか!!」

 

 ワッカのツッコミを受け、アーロンも姿を消した。その後に現われたのは、やはり()()だった。

 

「ユウナ……」

 

召喚士ユウナ。ワッカは彼女のガードを務めていた。ワッカの目の前に立つ彼女は何も言葉を発しない。ただ口元に(かす)かな笑みを浮かべてその場に立ち尽くしている。

 

「ユウナ、やっぱりお前も怒っているのか?」

 

ワッカはユウナに問いかける。

 

「死んで異世界に行ったきり戻ってこないオレのこと、怒ってんのか?」

 

ワッカの問いかけを耳にしたのか、ユウナが口を開く。そしてただ一言だけ言葉を発した。

 

「ワ ッ カ さ ん が 産 む ん だ よ」

 

「うわああああああああああ!!!」

 

 ワッカは跳ね起きた。両手で掛け布団の端を必死で握っている。彼がいたのは「銀月」の一室。彼が借りた部屋のベッドの上だった。窓から朝日が差し込んでくる

 そう、彼は夢を見ていたのだ。ルールーに責められたのも、キマリに帰参を促されたのも、リュックにイジられたのも、ティーダが一瞬だけ出てきたのもアーロンに握手を求められたのもユウナに意味不明な言葉を投げかけられたのも全部すべてみんな、何もかも夢だったのだ。

 神の手によって異世界に来て、冒険者になった。これが現実だった。

 

「夢…だったのか…」

 

寝ぼけていたワッカもようやく現実を受け入れる。何とも奇妙な気分だった。

 彼自身、この異世界での生活を不満に思っているわけでは決して無い。しかし、元の世界(スピラ)の仲間を忘れたことも、この世界に来てから一日たりとて無かった。

 

「一体何だったんだ?あの夢は…」

 

ワッカは未だにぼんやりする頭で、さっき見た夢の意味を考える。もしかしたらスピラの仲間達は何かしらの方法でワッカの置かれている現状を知り、何かしらの方法を使って接触を図ろうとしたのだろうか。そんな考えも浮かんだが、ソレだと後半3人の発言が意味不明すぎる。特にアーロンはあんなふざけたことは絶対にしない。

 時間が経ち、頭がハッキリしてくるにつれ、さっき見た夢はやはりただの夢だったのだという結論に落ち着いた。夢ならば意味不明なのは当然だ。

 

「さて、今日も一日頑張るぞい!っと」

 

 ワッカは切り替えられてないわけでは無い。さりとてスピラの仲間を忘れたりもしない。彼はスピラの仲間との思い出を己の内にしまい込みつつ、この異世界で生きていくのだ。

 

 

 

 

 

 今日は昨日戦った水晶の魔物について報告するため、王都の公爵邸に向かう。昨日の激闘を踏まえて休息が必要だと判断し、エルゼ達三人には一日自由に行動するよう言い渡した。

 ワッカは「ゲート」で公爵邸の正門前に到着する。今まで何度か「ゲート」で公爵邸に遊びに来ていたのだが、その度に門の前に立つ兵士達に驚かれてしまっている。

 

「いや、どもども」

 

ワッカは頭を掻きつつ、公爵邸の中に入る。いつものようにメイド達が挨拶をしてくれた。

 

「おはようございます、ワッカ様」

 

「あ、どうも。公爵はいますかね?」

 

「はい。ただ今お呼びいたします」

 

 しばらくして、メイドに連れられたオルトリンデ公爵がワッカの前に姿を見せる。

 

「いやあ、ワッカ君。よく来てくれたね」

 

「どうも、オルトリンデ公爵。実はお伝えしたいことがありまして…」

 

「そうか。まあ立ち話もなんだ。来賓室で聞こうじゃないか」

 

 ワッカ達が来賓室へと到着すると、パーラーメイドが二人分の紅茶を用意してくれた。

 

「それで、話とは?」

 

「実は昨日、ギルドの依頼で旧王都に行ったんすけどね…」

 

ワッカは昨日の出来事を公爵に事細かく伝えた。

 

「そうか、旧王都でそんなことが…」

 

「旧王都は王国の管轄だってリンゼから聞いたんで、一応公爵にと」

 

「分かった。これは王家に関わりのある事かもしれない。国の方から調査団を出し、その地底遺跡と魔物について調べてみよう」

 

「あー、地下遺跡の方は魔物が目覚めた時に崩れちまって…。オレらは『ゲート』で脱出したんで無事だったんすけど…」

 

「何、そうか…。地底遺跡については色々調べてみたかったのだがな…」

 

「なんか、すんません…」

 

「いやいや、ワッカ君達が無事で何よりだ。君達がいなくなればスゥが悲しむからね」

 

「そう言えばスゥは?」

 

「屋敷にいるよ。話が何やら深刻そうだったから彼女にワッカ君の来訪は伝えてないがね。君が来たと知ればスゥはきっと遊んでくれと…」

 

「オルトリンデ様!一大事でございます!」

 

 公爵の言葉を遮り、レイムが来賓室に飛び込んできた。

 

「レイム、客の前だぞ?」

 

「申し訳ございません。至急お伝えしなければならないことがございまして…」

 

「何事かね?」

 

「国王様が、毒を盛られて倒れられました!!」

 

「何だと!?」

 

レイムの報告を聞いた公爵の顔色が変わる。

 

「それは確かな情報か?」

 

「はい!先程、王城から早馬が…」

 

「分かった、すぐに向かおう!急いで馬車の準備を!」

 

「すでに手配を済ませております」

 

「そうか。ワッカ君、すまないが一緒に来てくれないか?」

 

「王様の毒を治して欲しいって事っすね」

 

「頼めるか?」

 

「モチロンっすよ!」

 

 程なくして、公爵とワッカを乗せた馬車が王城へ走り出した。

 

「この非常事態に君がいてくれたのは何という奇跡だろう。神様の賜物(たまもの)だな」

 

そう言う公爵の顔は青ざめており、手は震えていた。

 

「国王は公爵の兄弟、なんすよね?」

 

「そうだ、国王は私の兄上なのだ。何としてでも助けたい…」

 

ワッカは公爵に自分を重ねて見ていた。兄と弟という違いはあるが、兄弟を大切に思う気持ちはどこの世界でも変わらないのだろう。

 

「毒を盛られたって話っすけど、犯人に心当たりはあるんすか?」

 

「ある。だが証拠が無い。君は謎の刺客に襲われていたスゥを助けてくれたね。あの刺客を放った犯人と今回の犯人は恐らく同一人物だ」

 

「国王を狙うって事は、敵国の仕業とか?」

 

「それならまだ分かりやすかったんだがな…」

 

 そう言って公爵はベルファスト王国の置かれている現状を語り始めた。

 

「我がベルファスト王国は三つの国に囲まれている。西にリーフリース皇国、東にメリシア山脈を挟んでレグルス帝国、南にガウの大河を挟んでミスミド王国だ」

 

「は、はぁ…」

 

異世界の地理事情をこの場で覚える自信が持てず、ワッカは少し困ってしまう。

 

「レグルス帝国とは二十年前に起こった戦争以来、一応の不可侵条約を結んでいるのだが、正直友好的とは言い難い。そして今回の件で問題なのは南のミスミド王国だ。ミスミドは帝国との戦争中に新たに建国された新興国でね。兄上はここと同盟を結び、帝国への牽制(けんせい)と、新たな交易を産み出そうとしている」

 

「う、う~ん…」

 

シンという全種族共通の脅威が跋扈(ばっこ)しているスピラで生まれ育ったワッカにとって、国同士の戦争は馴染みが薄い。(ゆえ)に、公爵の話を理解するのは彼にとって難しかった。

 そんな彼の心情を察したのか、公爵が詫びを入れる。

 

「ああ、すまなかったね。少し難しかったかな?」

 

「いえ、なんかオレの方こそすんません…。今度リンゼにゆっくり解説してもらうっす」

 

()()まんで説明するとだね。今ベルファスト王国は南のミスミド王国と友好的な関係を築こうとしているのだが、その動きに反対している貴族達がいるんだ。兄上に毒を盛ったのはその貴族の誰かだと私は考えている」

 

「うす、なるほどす」

 

この説明ならワッカにも理解できた。

 

「しかし、どうしてその貴族ってのは反対を?」

 

「それはミスミド王国が亜人達の国だからだ。亜人達が多く住み、獣人の王が治める国と友好関係を築こうとしているのが、古い考えの貴族にとっては我慢できないのだ」

 

「古い考え?」

 

「かつて亜人達は下等な生き物とされ、侮蔑(ぶべつ)の対象だった。亜人達への人種差別という古い考えを、その貴族達は捨てられていない」

 

 公爵の口から「人種差別」という言葉を聞いた瞬間、ワッカの思考は止まってしまった。




 人種差別だってぇ!?なんだか気になるな…。

 ワッカの見た夢についてお話しすると、あれはただの夢です。壮大な伏線とかではありません。ただ全く無意味というわけではなく、二つの重要な役割を持っています。
 一つは「ワッカはスピラの仲間を捨てたわけじゃ無いよ」ということを読者に伝える役割です。ワッカが異世界で幸せな生活を送っていると、不安になる読者もいるかと思いまして。
 もう一つは、今後の展開をお楽しみに、ということで。


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人種差別、そしてオッドアイ。あとブリッツボール。

 先に忠告しておきます。()()()()()()()()()()()()()()()()()X()()()()()()()()()()()()。なるべくネタバレは避けているのですが、今回は話の都合上入れざるを得ませんでした。

 ストーリーの根幹に関わる部分では無いとは思いますが、ストーリー進行上のワッカに関わる部分のネタバレです。どうかご容赦ください。


 人種差別。公爵からその言葉を聞いた瞬間、ワッカの思考が停止した。その間も公爵の話は続く。

 

「だが、私達の父の代になるとその考えを改めようという話になった。差別の認識を改める法が施行され、段々とそう言った風習は廃れていったんだ」

 

「……」

 

「だが、古い考えの貴族達にはそれが気に食わない。『卑しい獣人共の国なんかとなぜ手を組まねばならない。逆に攻め滅ぼして自分たちの属国にすべきだ』と主張する貴族達にとって、兄上は邪魔以外の何者でも無いんだよ」

 

 ワッカの耳にはここから先の公爵の話が聞こえなくなってしまう。

 代わりに聞こえてくるのは、()()()()の主張だった。

 

「もうアルベドとは口きくなよ。面倒に巻き込まれっからな」

「でもこれ、アルベド人の店っすよ?」

「ちっ、アルベドめぇ…。何だってんだ?」

「最悪だぜ……。反エボンのアルベド族といっしょだなんてよ!」

「まさか、アーロンさんもアルベドじゃないだろうな?」

 

次々と聞こえてくる「アルベド」を批判する声。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 スピラの人間の大半はアルベド族という人種を差別しており、ワッカもその内の一人だった。彼はとある理由からアルベド族を毛嫌いしていた。その考えは徹底しており、アルベド族と分かれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ユウナのガードとして旅を続けていく内に彼は考えを改めていくのだが、公爵の説明がかつての自分が発した言葉を思い出させていた。

 

「…ワッカ君、ワッカ君!?」

 

「は、はい!」

 

 オルトリンデ公爵の声でワッカは現実に引き戻される。

 

「どうしたのだね?具合でも悪いのか?」

 

「い、いや…何でも無いっす…」

 

「何でも無いようには見えないのだが…」

 

「まあ、ちょっと思うところがありまして…」

 

「……?」

 

「大丈夫っすよ。国王の毒は必ずオレがなんとかするんで。すんません、ちょっと静かな時間が欲しっす」

 

「…そうか、分かった」

 

 ワッカの要望を受け、公爵はそれ以上何も言わなかった。静かな二人を乗せた馬車は(せわ)しく車輪を回しながら王城へと急いでいた。

 

 公爵家の馬車が王城に到着した。先に馬車を降りた公爵が兄である国王の部屋へと急ぐ。ワッカも気持ちを切り替え、公爵の後に続いた。

 絨毯(じゅうたん)が敷き詰められた長い階段を二人が駆け上がり終わると、一人の男が声をかけてきた。

 

「これはこれは、公爵殿下。お久しゅうございます」

 

「っ!バルサ伯爵…!」

 

公爵に名を呼ばれたその男は、ニタニタ笑いながら二人を眺めていた。身長が低く頭のてっぺんは禿げ上がっており、ヒキガエルを思わせる顔をしている。そんな伯爵が公爵に報告をする。

 

「ご安心ください。国王の暗殺を企てた輩は取り押さえましたぞ」

 

「何だと!?」

 

「犯人はミスミド王国の大使です。陛下はワインを飲んだ直後にお倒れになったのですが、そのワインがミスミド王国の大使が殿下に贈ったものだと判明したのです」

 

「馬鹿な……!」

 

公爵が返す言葉を失う。

 

「大使は別室にて拘束しております。獣人風情が大それたことをしたものですな。即刻首を刎ねて見せしめに…」

 

「ならぬ!それは兄上が決めることだ。大使にこれ以上手を加えてはならぬ!」

 

「そうですか…。獣人ごときにはもったいない言葉ですな。まあ公爵殿下のお言葉とあっては仕方ありませんな、そのようにいたしましょう。ですが陛下の身にもしもの事があれば、私では他の貴族の方々を止めることは出来ませんので。それでは…」

 

そう言い残し、バルサ伯爵は階段を降りていった。

 この男が公爵の言っていた「獣人を嫌っている考えの古い貴族」なのだということは、ワッカにも分かった。同時に伯爵の言っていたことが彼にとって都合の良すぎる事だとも分かっていた。だが心の中でワッカはこう思っていた。

 

「あのバルサ伯爵という男は、過去のオレだ」

 

ワッカは伯爵に過去の自分を重ねていた。差別の相手が獣人かアルベド族か。二人の違いはそこしか無かった。

 (ゆえ)に普通の人ならば伯爵を疑うであろうこの場面で、ワッカは伯爵に疑いの目を向けることが出来なかった。

 

 バルサ伯爵と別れた二人は国王のいる部屋へと急ぐ。長い廊下を抜け、近衛兵が厳重な警備を行っている大きな扉の前に辿り着く。近衛兵は公爵の顔を確認すると直ちに扉を開いた。

 

「兄上!」

 

公爵が部屋に駆け込み、ワッカも後に続く。部屋の中にある豪勢なベッドの上で国王陛下と見られる男が苦しそうな顔で横たわっていた。そのベッドの横では一人の少女が心配そうな面持ちで国王の手を握りしめていた。部屋には他に、少女の(かたわ)らで涙を浮かべているドレスを着た女性、沈痛な面持ちで国王を見ている灰色のローブを着た老人、黄金の錫杖(しゃくじょう)を右手に持った翡翠色(ひすいいろ)の髪の女性、軍服を(まと)ったがっしりとした体躯の男の四人がいた。

 

「兄上の様子は!?」

 

 公爵が老人に問いかける。おそらくこの老人は城の医者なのだろう。

 

「手は尽くしましたが、このような症状の毒は見たことが無く、このままでは…」

 

「未知の毒気にやられたか」

 

「お(いたわ)しや兄上」

 

ベッドに横たわっている国王は別に生き恥をさらしているわけでは無かったが、苦しげな声で公爵の名を呼んだ。

 

「アル……、来たのだな……」

 

「兄上!」

 

「妻と娘を頼む……。お前が……ミスミド…王国との同盟を……、グッ…」

 

「ワッカ殿!頼む!」

 

 公爵の声に応じ、ワッカは国王の近くに駆け寄り片手を(かざ)す。

 

「エスナ!」

 

魔法を唱えたワッカが呟いた。

 

「何が『後は頼む』だよ。兄ちゃんなんだろ?しっかりしやがれ…!」

 

その声に応えるかのように、荒かった国王の呼吸が段々と穏やかなものに変わっていく。青ざめた顔色も健康的な色に変わっていった。

 やがて国王はパチパチと(またた)きを繰り返すと、身を起こして口を開いた。

 

「さっきまでの苦しみが…、嘘のようだ…。毒が消えたのか?」

 

「あなた!」

 

「お父様!」

 

ドレスの女性と少女が国王に抱きつく。どうやら国王の妻と娘のようだ。医者である老人もすぐさま国王の手を取り、体調を確かめる。

 

「健康そのものだ…。信じられない」

 

ワッカの状態異常回復魔法が効いたのだ。

 国王は横にいるワッカに目を向け、公爵に問いかける。

 

「アル、この者は?」

 

「私の妻の目を治してくれたワッカ殿です。兄上の毒を治すべく連れて参りました」

 

「ど、ども、ワッカっす」

 

「そうか、君がワッカ君か。話はアルから聞いている。助かったぞ、礼を言う」

 

礼を言われて照れくさそうに頭を掻くワッカの背中を、軍服の男がいきなり叩き始めた。

 

「よくぞ陛下を救ってくれたな、ワッカ殿!!気に入ったぞ!」

 

「な!?いてえっす!お前何なんだよ!?まさか、アンタが犯人じゃないだろうな?」

 

「将軍、その辺で。ワッカさんが困っています」

 

翡翠色の髪の女性が将軍を止めた。

 

「すみません、ワッカさん。あれはレオン将軍なりのコミュニケーションで…」

 

「ああ、そういうことなら。俺も似たようなことするんで…」

 

「しかし、今のが『リカバリー』と似た効果を持つ無属性魔法『エスナ』ですか。公爵から話は聞いておりましたが、興味深いですわね…」

 

女性が熱心にワッカを見つめる。対応に困るワッカの後ろで国王が声を荒げた。

 

「馬鹿な!ミスミドの大使が私を殺して何の得がある!?私を邪魔に思っている者の犯行だ!」

 

「しかし陛下、大使が贈ったワインを飲んで倒れた瞬間を多くの者が見ております。この事実がある限りは大使を無実と断定するわけにはいきません」

 

「ううむ……」

 

 レオン将軍の言葉を聞き、国王は言葉を詰まらせる。

 

「どのような毒なのかも分かっておりません。獣人が使う特殊な毒である可能性もございます」

 

医者の言葉を聞き、国王が判断を下す。

 

「とりあえず大使の言葉を聞かん限りは始まらん。呼んできてくれ、レオン将軍」

 

「はっ!!」

 

国王の命を受け、将軍が部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見ていたワッカに何者かが声をかける。

 

「あの………」

 

ワッカが声の主へと顔を向ける。国王の娘と思われる、長い金髪の少女だった。歳はスゥより若干上に見える。そんな少女の顔を見たワッカは息を呑んだ。

 

「なっ…!」

 

ワッカが驚いた原因は彼女の両目にあった。彼女の目は()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。ただ、ユウナとは左右の色が逆になっていて右目が青、左目が緑のオッドアイであった。

 

「お父様を助けて下さり、ありがとうございました」

 

「あ、ああ、ああ」

 

少女の声でワッカは我に返る。

 

「気にしねぇでくれ。オレは当然のことをしたまでだからな!」

 

いつものように返事をした彼の顔を少女はじっと見つめる。

 

「じーーーー…」

 

「?」

 

「じーーーーーーーー……」

 

「あの…?」

 

「じーーーーーーーーーーーーーー………」

 

「な、なんすか?」

 

「……年下はお嫌いですか?」

 

「は?」

 

 その時、扉が勢いよく開かれた。レオン将軍が大使を引き連れて戻ってきたのだ。

 

「陛下!ミスミドの大使を連れて参りました!」

 

陛下の後ろにいた大使が王の前に膝をつく。茶色いキツネの耳と尻尾を生やした獣人の女性だった。

 

「あれ?どっかで見たことあったような……」

 

 自身の記憶を探るワッカをよそに、大使が王に名を名乗る。

 

「ミスミド王国大使、オリガ・ストランド。参りましてございます」

 

「単刀直入に尋ねる。そなたは余を殺すためにこの国へ来たのか?」

 

「誓ってそのようなことはございません!陛下に毒を盛るようなことは断じて!」

 

 まあそう言うだろうなぁ、とワッカは思う。ここで「そうです」と認めるくらいならば、毒など使わず最初から堂々と殺そうとするはずだ。

 

「だろうな。そなたはそのような愚かなことをする者では無い。信じよう」

 

国王は大使に対する疑念は一切持っていないらしく、相手の主張をアッサリ信じ込む。もう少し疑うくらいしたらどうなんだ、とワッカは思ったがここでは口にしない。

 

「しかし、大使から贈られたワインに毒が仕込まれていたのは事実。これをどうなされます?」

 

「そ、それは………」

 

 翡翠色の髪の女性の質問に対し、言葉を詰まらせる女性大使。そんな彼女を見たワッカは()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あー!アンタ、アルマの姉ちゃんじゃねえか!!」

 

「え?貴方は、ワッカ殿!?」

 

大使が驚きの声を上げる。オリガ・ストランドは以前王都でワッカが助けた迷子の少女アルマの姉だったのだ。

 

「ワッカ殿は大使と知り合いなのかね!?」

 

国王が困惑しながらワッカに問いかける。

 

「ま、まあ、以前王都で迷子を助けたんすけど、その姉ちゃんがこの人だったんすよ」

 

ワッカは正直に答える。

 

「そうか、ワッカ殿の知り合いだったのか。ならば…」

 

「ならば、何だって!?」

 

 ワッカが国王の言葉を遮る。そろそろ限界だった。

 

「まさか、ワッカ殿の知り合いなら無実で間違いないな、なんて言うんじゃないだろうな?」

 

ワッカは国王への親切心で言葉を口にした。国王の猜疑心の無さはどうも危なっかしい。無論、オリガのことを犯人だと決めつけているわけでは無い。だが彼の知っているオリガの姿はあくまで「妹に優しい姉」としての姿でしか無い。家族には優しいが標的(ターゲット)は容赦なく殺す女暗殺者、という可能性を捨てられるわけでは無い。

 

 

「そ、それは、そうだな…。ワッカ君の言うとおりだ」

 

国王はワッカの言葉を聞き入れる。その言葉を耳にしたオリガがうなだれた。

 ここまで様子を見てきたワッカだったが、結局誰が犯人なのかは今の所分からないでいた。だが一度口を出してしまった以上このまま何もせず帰るわけにも行かないとも考えた。

 

「あの、レオン将軍?国王が倒れたのってドコっすか?」

 

「要人達と会食をするための大広間だが…」

 

「現場ってその時のままっすか?」

 

「そ、それはモチロンだ」

 

「そこに連れてって欲しいんすけど良いすか?ちょっと考えがあるんで……」




 「名探偵ワッカ」(ニコニコ動画 sm40503995)にて「FF10のキャラの中で一番探偵に向いてない」とコメントされ、そのコメントが9以上ニコられてしまう男、ワッカ。果たして彼はこの難事件を解くことが出来るのか!?次回をお楽しみに。

 さて、今回の話に当たる原作の話なんですが、問題点がてんこ盛りなんですよね。それに関して今から語っていきたいのですが、「異世界はスマートフォンとともに。」を批判する内容ですので、原作ファンの方はここでブラウザバックを推奨します。





 さて、私がどうしても指摘したい問題点は二点です。

 一点目は作中でも若干指摘しましたが、オリガ大使に誰も疑いの目を向けない所ですね。
 馬車の中の公爵の話では「ベルファスト王国はミスミド王国と親交を深めようとしている」という話はあったのですが、「ミスミド王国もその流れに前向きだ」という話は一切無いんですよ。
 なので国王が「ミスミドの大使が私を殺してなんの得がある!?」と言ってますが「それって貴方の感想ですよね?」と反論したくなります。ミスミド王国と仲良くしたいとベルファスト王国が勝手に思ってるだけで肝心の相手は邪魔だと思ってる、なんて解釈も普通に出来ちゃいますし。
 
 二点目は原作の主人公である望月冬夜がサイコ過ぎる所です。望月冬夜は階段で出会ったバルサ伯爵と公爵の会話を聞いて「バルサ伯爵が絶対犯人だ」と決めつけます。そこまでは別に構わないんですが、彼は別れ際に無属性魔法「スリップ」で伯爵を階段から落としてしまいます。そして伯爵が無事だったことを確認すると「ちっ無事だったか」と心の中で毒づく始末です。
 主人公の姿か…これが?
 その後公爵に笑顔で親指を立てるとかもうね、狂気ですよ狂気。仮にこの時伯爵が死んでしまって、その後伯爵が犯人で無かったことが判明する最悪の展開になったとしてもこの男は一切反省しないと思う。「ああ、違ったのか。でも滅茶苦茶怪しかったし疑われても文句言えないよな」と開き直るでしょう。望月冬夜とはそういう男です。


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大使への疑惑、そして現場検証。あとブリッツボール。

OP「名探偵ワッカ」(sm40503995)


 ワッカはレオン将軍に連れられて、国王暗殺未遂の現場である大食堂へ向かうことになった。事件現場に関係者以外が立ち入ることについては、公爵の「事件当時現場にいなかったワッカ君にしか気付けない事もあるかもしれない」という後押しのお陰で問題視されなかった。

 

「現場にいたのは誰だったんだ?」

 

 大食堂に向かう道中、ワッカがレオン将軍に尋ねる。お互い体育会系である二人は意気投合し、敬語を使わず会話をするようになっていた。

 

「事件当時、陛下と食事を共にしていたのは6人。ユエル王妃、ユミナ王女、宮廷魔術師のシャルロッテ、ミスミドの大使オリガ殿、バルサ伯爵、そして(わし)だ」

 

ワッカは将軍が挙げた名前と外見を一致させるため、質問を重ねる。

 

「ユミナ王女ってのは、あのオッドアイの?」

 

「そうだ。陛下と王妃の間に生まれた唯一のご息女だ」

 

「シャルロッテっつーのはあのキレーな緑髪の?」

 

「そうだ。君の無属性魔法に興味を示していたあの人だ」

 

「バルサ伯爵ってのは獣人嫌いの?」

 

「そうだ。よく知ってるな」

 

「ここに来たとき会ったモンで。あの人はこの城に住んでんのか?」

 

「いや、今日の会食に使われる野菜は伯爵の領地で採れた物だったからな。食材を提供する代わりに会食の際は呼んで欲しい、と申し出があったのでお呼びしたのだ」

 

名前と外見が一致したところで、ワッカは辺りに人がいない事を確認した上で小声で尋ねる。

 

「公爵や国王はバルサ伯爵を疑ってるみたいだな?」

 

「当然だろう。大使が贈ったワインが原因で陛下が死んだとなれば、ミスミドとの同盟は当然白紙になる。それに加えて、陛下がお亡くなりになれば王位はユミナ王女に移る。まだ王女は12歳だ。貴族が裏で操るのも容易くなるだろう。例えば一族の誰かを婿として迎えるように迫るとかな。婚約が成立してしまえば王位はその婿に移る。獣人達を再び(しいた)げるような政治を行うことも出来るわけだ」

 

「え~と、つまり、大使が原因で国王が死ねば色々都合が良いっつーことか?」

 

「そういうことだ」

 

将軍の説明のお陰で、公爵と国王がバルサ伯爵を疑っていた理由を理解するワッカ。実は城に向かう馬車の中で公爵が同じ話をしていたのだが、その時彼はうわの空で聞いていなかったのだ。

 疑問が一つ解消したところで、ワッカはもう一つ抱いていた疑問を口にする。

 

「バルサ伯爵が怪しい理由は分かったけどよぉ。にしたって国王は大使を信用しすぎなんじゃねえのか?」

 

「何、ワッカ殿は大使が怪しいと思っているのかね?」

 

「別にオレは獣人を見下してるわけじゃねえぞ?でも、あんだけ信頼されてんなら国王を暗殺しても犯人と思われないハズ、と考えての犯行だったとしてもおかしくないんじゃねえか?」

 

「だが陛下が(おっしゃ)ったように、オリガ殿が国王を暗殺しても何の得も無いではないか」

 

「オレは外の人間だからな。詳しいことはよく知らんけど、得が無いってだけで全然疑わねぇのも変だろ」

 

「得が無い、というのはオリガ大使にとってという意味では無い。ミスミド王国がベルファストの王を殺しても得にならん、ということだ」

 

ベルファスト(こっち)が勝手にそう思ってるだけかも知れねぇじゃねーか。ミスミド(むこう)ベルファスト(こっち)を信じ込ませた上でぶっ潰そうとか考えてねぇ保証はあんのかよ?」

 

「随分疑り深いのだな?」

 

「まあ、以前の旅で色々あってな。向こうのことをよく知りもしねぇで信用しきると一杯食わされるって知ったんだよ」

 

ワッカはユウナのガード時代を思い出してそう言った。

 

「なるほどな、一理あるかもしれん」

 

「だろぉ?」

 

「だがそれでも、ミスミドがベルファスト(われら)(おとしい)れようとするとは考えにくいな」

 

「なんでぇ?」

 

「ミスミド王国は新興国だ。歴史の浅い国が歴史ある大国を騙したと知れ渡れば、他の国が警戒する。そうなれば孤立は(まぬが)れん。差別が未だに根強い獣人が治める国であるミスミドが孤立すれば、他国から集中攻撃を受けて滅ぼされてもおかしくないだろう?だから考えにくいと言ったのだ」

 

「な、なるほど…」

 

将軍の詳しい説明を受け、納得をするワッカ。国同士の戦争が無かったスピラで生まれ育った彼は外交について知らない。そんな彼が考えている以上に、国が国を裏切るというのは難しいことらしかった。

 そんな会話をしている内に、二人は現場の大食堂に到着する。十人以上の兵士達が現場の状態を保持するために警戒に当たっていた。レオン将軍が彼らに対して国王の容態が回復した旨と、自分が引き連れている(ワッカ)が現場を捜査する旨を伝えた。

 ワッカが始めに目を付けたのは机の上だ。レオン将軍の言葉通り、国王の分を含めて7人分の食事が(ほとん)ど手つかずの状態で机に残されていた。しかし、その内の一つが異様に乱れている。

 

「あのグチャグチャになってる料理があるのが国王の席だよな?」

 

「そうだ。陛下はワインを飲んだ直後、急に体調を崩され、椅子から転げ落ちてしまわれた。その時の衝撃で食卓の料理があのような状態になってしまっているのだ」

 

ワッカは国王が座っていた椅子の周辺に目を向ける。ワイングラスが床に転がっており、中に入っていたであろう液体(ワイン)が床に赤黒いシミとなって広がっていた。

 

「このワインが毒入りってことだな。……ん?」

 

 ここでワッカの脳内に一つの疑問が浮かぶ。ソレを解消すべく、彼はもう一度机の上を確認し、将軍に尋ねる。

 

「今気付いたんだが、国王以外はワインを飲んでねえのか?」

 

「ああ。さっきも言ったが、陛下はワインを飲んだ直後にお倒れになられた。当然、その場で会食は中止だ」

 

その言葉通り、国王以外の食卓にあるワイングラスにはワインが入ったままだった。

 

「じゃあ、ワインに最初に手を付けたのは国王って事だよな?」

 

「一番目上の者が最初に食事に手を付ける。生活の基本だろ?」

 

「じゃあ、大使が贈ったワインに毒が入ってんなら、あのワイングラスの中身も毒入りって事だな?」

 

「そういうことになるな」

 

質問を終え、ワッカは再び机を観察する。しかし観察しただけではよく分からなかったので、素直に尋ねることにする。

 

「将軍の席はどれだ?」

 

「儂が座っていたのはあそこだ」

 

 ワッカは将軍の指した席に向かい、そこにあったワイングラスを手に取る。そして()()()()()()()()()()()()()()

 

「なっ、何をしているのだ!?ワッカ殿!!」

 

「ぷふぅ。なんで、オレが飲んでも何ともねえんだよ?教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「つっ、たっ確かに言われてみれば…。おい!中身を変えたりなどしていないだろうな!?」

 

将軍が近くの兵士に問いかける。

 

「も、モチロンであります将軍!ワッカ殿が先程ワイングラスを手にするまで、誰も食卓の上の物に手を付けてはおりません!」

 

問われた兵士が答える。十人体制で見張っているのだから間違いないのだろう。

 

「ということは、大使が贈ったワインが原因では無かった…?」

 

「アンタも飲みゃいいじゃねぇか」

 

「し、しかし…」

 

「大丈夫だ、何かあったら回復してやる」

 

「む、わ、分かった。儂も男だ、やってみよう」

 

将軍も近くにあったグラスを手に取り、中身(ワイン)をイッキに飲み干してみる。案の定、何も起こらなかった。

 

「何ともない…な。ワッカ殿が特別、というわけでは無いらしい」

 

 つまりオリガ大使は犯人で無かったということになる。そうなれば怪しいのはバルサ伯爵しかいない。ワッカもさすがに彼を犯人だと確信する。

 

「ワインに毒が入ってないのに国王はワインを飲んで倒れた…。つーことは方法はアレしか無えよな」

 

ワッカは床に落ちた国王のワイングラスを手に取る。そしてテーブルの上の他のワイングラス達と見比べてみた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「おもっくそじゃねぇか!そういうことかい!」

 

「なんだ!?何か分かったのか、ワッカ殿!?」

 

 ワッカの叫び声にレオン将軍が反応する。

 

「ああ、分かったぜ!」

 

「一体何が分かったのだ?」

 

「そいつぁ…、犯人の前で話した方が良いんじゃねえか?」

 

「そ、そうかね。気になるが…」

 

「犯人を捕まえてぇだろ?そこで将軍にお願いがあるんだなあ~」

 

「何だ、何でも言ってみてくれ」

 

ワッカは将軍に耳打ちする。話を聞いた将軍は早速行動に移った。




 解決編に続く。 

 私としては「オリガ大使は犯人では無く、バルサ伯爵が犯人だ」という前提ありきで進む原作の展開にどーしても我慢が出来なかったので、まずオリガ大使の疑惑を丁寧に解消していくことから始める展開にしました。
 大食堂に着く前の将軍との会話はオリジナルです。「どうして国王はオリガ大使を全く疑わないのか」「そもそもバルサ伯爵が城にいるのはなぜなのか」原作で全く書かれてないんですよ。(読者への)教えはどうなってんだ教えは!!



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事件解決、そして呆れの感情。あとブリッツボール。

「異世界はスマートフォンとともに。」のヒロインの抱き枕カバーがあるって知らなかったの、オレだけかよ!(しかもなぜかユミナは2種類の抱き枕カバーがある)


 数分後、会食に参加していたメンバー全員が大食堂に揃っていた。ワッカの頼み事を聞いた将軍によって呼び出されたのだ。

 

「一体何の用なんだ…。うおっ!?」

 

 文句を言いながら大食堂に入ってきたバルサ伯爵は、元気な国王の姿を見て驚きの声をあげる。

 

「へ、陛下…。もう体調の方はよろしいので!?」

 

 彼は震え声で国王に尋ねる。

 

「ああ、バルサ伯爵。この通り、私は元気だ。心配をかけたようだな?」

 

「い、いえいえ…。ご無事なら、な、何よりでございます…」

 

顔から汗を流しながら手をすりあわせる伯爵。

 

「一時はどうなることかと思ったがな。あそこにいるワッカ君が毒を消してくれたのだ。いや、余は実に運が良いな」

 

 国王の言葉を聞いたバルサ伯爵は、ワッカを睨みつける。だがしかし、ワッカはそれに気付いていない。

 ()()()()()()()()()()()()()。さっきまでの自分を殴りたい、過去の自分に「おい!言葉をつつしめよ」と注意したい。そんな激しい後悔の中にいた。

 犯人のトリックを突き止め、将軍に皆を呼んでくるようにワッカは頼んだ。だが後になってよくよく考えてみれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。こんなトリックは誰でも思いつくし、誰でも解ける。ボッツやキッパにすら解けるだろう。それ程単純な方法だった。トリックが分かったときに有頂天になってしまったのが失敗だった。

 後悔するワッカの脳内に、今朝見た夢の影響なのか、スピラ(かつて)の仲間の声がこだまする。

 

「よゆーッス」

「簡単です」

「これくらい誰にでも分かるでしょ?」

「ロンゾをなめるな」

「これくらい分からないでどうする」

「もっと自分の頭で考えなよ!」

「わりい、やっぱつれぇわ」

 

「さあ、ワッカ殿!準備は整ったぞ!謎解きを始めてくれ!!」

 

 将軍の大声で我に返るワッカ。大食堂にいる全員が彼に注目していた。もう後には引けない。

 

「こおーなったらヤケクソだッ!」

 

心の中で叫んで、ワッカは口を開く。

 

「え、え~、み、皆さんは、国王が倒れたとき一緒に食事してたメンバーということで、あ、集まって頂きゃした。んで、で、何で集まって貰ったかとゆーとぉ…」

 

一端言葉を止め、ワッカは宣言する。

 

「犯人がこの中にいるからっす!!」

 

こんなかっこいいセリフ、「一度言ってみたかった!」なんて思う(やから)もいるかもしれないが、ワッカはそういう意味で言ったのでは無かった。どうせ恥をかくなら思いっきりかいてやれ、というヤケクソから出た言葉だった。

 

「ふん!犯人なんぞ決まっている!そこにいる獣人の女がやったのだ!陛下に贈るワインに毒を仕込んだのだろう!」

 

「わ、私はそんなこと…」

 

「黙れ!この獣人風情が!!」

 

バルサ伯爵がオリガ大使相手に熱くなる。その伯爵を他の皆が冷ややかな目で見ている。そんな周りの様子にかまっていられる余裕は今のワッカには無かった。さっさと終わらせてとっとと恥をかこう、そう思いながら発表を始める。

 

「え~とですね、こちらにオリガ大使が贈ったワインのボトルがありゃ~す。これを飲みま~す」

 

 投げやりな口調でワッカは大使が贈ったワインのボトルを取り出し、ラッパ飲みする。

 

「ワッカ様!?」

 

「何をやっておられるのですか!?」

 

ユミナ王女とシャルロッテが叫ぶ。二人の声を無視しながらワッカはボトルから口を離す。

 

「は~い、このとーり。このワインに毒は入ってませ~ん」

 

「なに!?」

 

どういうことだ、と言わんばかりに唖然としている皆の様子を見て、ワッカは(あき)れてしまう。一方で自分の推理に多少自信が持ててきた。

 

「なんだコイツら。ホントにビックリしてるのか?だとしたら…もしかするのか?」

 

そんな風に心の中で呟きながら、多少覇気が戻った声色で発表を続ける。

 

「え、え~次に、未開封のワインのボトルを用意したんで、今からこの場で開けやす」

 

ワッカはボトルを開け、()()()ワイングラスに注ぐ。

 

「このワインに毒が入ってないことを確認するために将軍、一杯どうすか?」

 

「ああ、頂こう」

 

レオン将軍がワッカから貰ったワインを飲み干す。コレも実は段取り通りだ。

 

「うむ!良い味だ!」

 

「ワインに毒が入ってないことを確認した上で、今度は国王のワイングラスに注ぎゃす」

 

そう言ってワッカは()()()()()ワイングラスにワインを注ぐ。

 

「国王は体調がまだ良くないみたいなんで、バルサ伯爵、代わりをおねしゃす」

 

「な、なに!?」

 

 ワッカに指名されたバルサ伯爵が後ずさる。顔からは見たことも無いような量の汗が噴き出していた。その様子を見たワッカは心の中で確信する。

 

「マジかよ…。本当にこんなくっだらねえ方法で国王を暗殺しようとしたってのか?知能はどうなってんだ知能は!!」

 

何にせよ、自信を取り戻したワッカはいつもの調子を取り戻して伯爵に迫る。

 

「おいおいどうしたよ?さっき将軍がワインを飲んだだろぉ。毒は入ってないんだって!前みたくワインを飲みに来いよ、素直になって」

 

「そ、そうは言うがな…」

 

後ずさる伯爵を他の皆が睨みつける。

 

「遠慮したいほど嬉しいってんなら、たっぷりくれてやるよ、いつでも」

 

「い、いや、私は…」

 

ワッカはかつてティーダにやった時と同じように、伯爵の肩に無理矢理腕を回した。

 

「しっかり飲ませてやる!そぉら!!」

 

「うぐ、ぐぐぐぐ…」

 

ワッカは伯爵にワインを無理矢理飲ませ、飲み終わったのを確認した後伯爵を解放する。

 

「ぐ、ぐ、ぐおおおぉぉ!!く、苦しい!毒が、毒が回るぅ!!」

 

伯爵は喉を押さえて苦しみ始めた。

 

「だ、誰か助けてくれえええええ」

 

「あのな、このグラスの毒はとっくに拭き取ってあんだよ」

 

「えええ…、え?」

 

 伯爵のうめきが止まった。思い込みでここまで苦しめることに呆れつつ、ワッカはトドメの言葉を投げかける。

 

「まさか、バルサ伯爵が犯人じゃないだろうな?」

 

伯爵の顔が真っ青になった。

 

「どういうことかね!?」

 

「は!?」

 

 公爵に尋ねられ、唖然とするワッカ。

 

「ここまで見てまだ分かんないのか?知能はどうなってんだ知能は!!」

 

「私にも分かるように教えてくれ、ワッカ君!」

 

「え、えぇ…」

 

国王にも頼まれて言葉を失うワッカ。アーロンさんに後を任せたい、と思いながらも彼はトリックを教えることにした。何だかんだと聞かれたら、答えてあげるが世の情け。

 

「いや、単純な話で、毒はワインに入ってたんじゃ無くて、国王のワイングラスに塗られてたんすよ」

 

「なるほど、そういうことだったのか!」

 

「なんと卑劣な!」

 

公爵が納得し、オリガ大使は憤慨した。他の皆も感嘆の声をあげるので、ワッカは(あき)れてしまう。

 

「くっ、捕まってたまるか!」

 

 そんな中で逃げようとするバルサ伯爵をワッカは見逃さなかった。

 

「逃がすかよ!ブラインアタック!」

 

「ぐあ!」

 

ワッカの投げたブリッツボールがバルサ伯爵に命中する。

 

「な、なんだ!?何も見えない!!どうなってるんだ!!」

 

伯爵が叫ぶ。「ブラインアタック」はワッカの特技の一つで、攻撃を当てた相手を暗闇状態にする技である。

 

「真っ暗だ!私はドコにむかゴフぁ!!」

 

目の見えない状態で走っていた伯爵は壁に激突し、その衝撃で気絶してしまった。

 

「ま、これで一件落着っつーことだ」

 

 返ってきたブリッツボールをキャッチしつつワッカが言った。気絶した伯爵は兵に取り押さえられ、連れて行かれた。

 

「お見事だ、ワッカ殿!」

 

「…」

 

公爵が褒める。

 

「すごいな、ワッカ君は」

 

「……」

 

国王も褒めた。

 

「聡明な方でもあるのですね…」

 

「………」

 

ユミナ王女も褒めた。

 しかしワッカは全く嬉しく感じなかった。むしろ、こんな単純なトリックを解いただけで褒められるのは馬鹿にされているようにしか感じない。何をやっても「スゴいね、よくできたねぇ」と褒められる子供と同じ扱いを受けている気分だ。(よわい)23になる男がそんなことで喜ぶハズも無い。「な~んだ、こんな馬鹿馬鹿しい方法だったのか」的な反応があって「まあでも事件は解決したしいいじゃねぇか」的な言葉を返して皆で笑う。そんな終わり方でいいのに、どうしてここまで褒められなければならないのか。彼は不満でしか無かった。

 だがもしかしたら、大勢の目の前で種明かしを始めたワッカが恥をかかないように、と自分を気遣っての反応なのかもしれない。だとしたならば、不満をぶちまけるのはお門違いだ。

 

「ハァー…」

 

 色々文句を言いたくなるのをぐっとこらえ、ワッカは一言(つぶや)いた。

 

「人をコケにしやがって…」




 私としても色々言いたいことのある原作のこの場面ですが、どうにか面白くしよう、どうにか読み応えのあるものにしよう、とした結果、このようになりました。

 今回の話のアニメに当たる部分についても解説していきます。アニメだと、くだらないトリックを望月冬夜が自信満々に解いて、ソレを皆が感心して…、となんとも痛い場面なのですが、原作を読むと受け取り方が違ってきます。
 原作では「こんなトリックとも言えない犯行なんていずれ誰かが解き明かすだろうけど、その時に言い逃れされても困るから、今この場で逃げられないように手を打っておくか」的な望月冬夜の独白があります。なのでアニメほど痛いヤツにはなってません。
 まあでも、望月冬夜の種明かしに周りが「すっごーい!」的な反応してるのはどっちも一緒なんで結局変わらないね!


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爆弾発言、そしてワッカの怒り。あとブリッツボール。

 今回の話ですが、読む人によってはワッカがキャラ崩壊していると感じる部分があるかも知れません。
 ですが、私の中でのワッカのキャライメージとしては「言いたいことはハッキリ言う」というモノがあります。原作の主人公である望月冬夜は、心の中で文句を言いつつ結局その場の流れに身を任せてしまう部分があるのですが(所謂「やれやれ系主人公」)、少なくともワッカはそんなキャラクターでは無いと思っています。


「報告によると、実行犯は給仕係と毒見係の二名によるもので、伯爵の家から今回使われた毒と同じ毒が見つかったそうだ。ついでにスゥの誘拐未遂事件の黒幕であることも自白した。これで一件落着だな」

 

「そっすか、ハハ…」

 

 公爵が王宮の一室にあるソファに腰掛けながら嬉しそうに語る。彼の発言に対して色々と物申したいワッカだったが、もはや呆れかえってしまって言葉に出来なかった。

 部屋には公爵とワッカの他に、国王陛下、ユミナ姫、ユエル王妃、シャルロッテ宮廷魔術師、レオン将軍がいた。事件解決後にこのメンバーでお茶を飲む時間が設けられたのだ。

 

「んで、伯爵はどうなるんすか?」

 

「国王暗殺は反逆罪だ。本人は処刑、家は財産没収の上お取り潰しだな」

 

 国王なら「一回ぐらいは大目に見て許してやった」くらい言うのではないかとワッカは危惧していたが、そこは流石にしっかりしているようだ。

 

「じゃあ伯爵の親族とかは?」

 

「一族全員処刑というのは流石にな…。親族は貴族としての身分を失い、国外追放という処置を執ることにする。これで兄上の邪魔をする貴族も大分減るだろう」

 

「そっすか…」

 

 バルサ伯爵と過去の自分を重ねていたワッカではあったが、流石に彼に対して同情する気にはなれなかった。過去の自分もアルベド族を嫌ってはいたが、そのことを理由に誰かを殺そうと考えたことは一度も無い。アルベド族に対しても嫌悪感は抱いていたが、殺意を覚えた事は無い。過去の自分とは違い、バルサ伯爵という男は救えない悪党なのだということが理解できたのだ。

 

「それにしても、そなたには大変世話になったな。余の命を救ってくれた恩人に報いたいのだが、何か欲しいものはあるかね?」

 

 国王が改めて礼を言いつつ、ワッカに問いかける。

 

「う~ん、いや、今欲しいものとか特にないんで気にしないで欲しっす。オレはホント、大したことはして無いんで」

 

ワッカは今の心中を正直に語った。欲しいものが特に浮かばなかったことも、大したことをしていないのも、全て本当だった。

 

「ワッカ殿は本当に欲が無いのだな」

 

「それにしても不思議な方ですね…。身体の異常を治す無属性魔法『エスナ』に加えて、伯爵の目を見えなくしたあの技も無属性魔法でしょう?無属性魔法を二つも使える方など中々いらっしゃいませんからね…」

 

「え?ええと、いやまあ、ハハ…」

 

 シャルロッテの言葉を聞いてワッカは「しまった」と後悔する。「ブラインアタック」は彼にとって何てことの無い特技の一つなのだが、この世界では無属性魔法として見られてしまうのだということは考慮してなかった。

 

「二つだけでは無いぞ。ワッカ殿は私の家に遊びに来る際いつも『ゲート』を使って来るのだ」

 

 公爵が余計な口を挟むので、ワッカは思わず彼を睨みつけてしまう。しかし元はと言えば横着して「ゲート」を人前で使うようになってしまった自分が悪いので、文句は言えない。

 

「本当ですか!?」

 

シャルロッテが当然のように食いついてくる。

 

「あ、あ~、まあハイ、使ってるっす…」

 

「他にも無属性魔法が使えるのですか?あとはどの様なモノを?何種類の無属性魔法を!?」

 

「あ、えと…」

 

シャルロッテに詰め寄られてワッカは反応に困ってしまう。間違ってもここで「無属性魔法なら全部使えます」といった発言は出来ない。逆に「それだけです」とも言いにくかった。この場で誤魔化すことは出来たとしても、後々何かの拍子で嘘だとバレたときに更に面倒な事になるからだ。

 結果として彼は()()()()()()()方法を選ぶのだった。

 

「おい!詮索(せんさく)をつつしめよ」

 

「そうだぞシャルロッテ!陛下の恩人に何という態度だ!」

 

探求者(シャルロッテ)を威圧するワッカに、レオン将軍が援護を行う。先程と立場が逆転してしまっている。

 

「あ!も、申し訳ございません!つい熱くなってしまって…」

 

流石のシャルロッテも大人しく引き下がることにしたようだ。

 

「すまんな。この子は夢中になると他のことが見えなくなってしまうのだ…。魔法に関しては我が国随一の天才なのだが」

 

「あらあなた、そこがこの子の良いところじゃありませんか」

 

 国王が困り顔で謝罪をし、王妃がその横でクスクス笑いながらシャルロッテを擁護する。

 

「ああ、まあ、オレとしても秘密にしたいことはあるんで、そのすんません…」

 

ワッカも言葉を選びつつ返答する。王族達をこれ以上相手にするのは流石にしんどくなってきていた。

 

「じーーーー…」

 

 とりあえず心を落ち着けるために、ワッカは出された紅茶を口にする。

 

「じーーーーーーーー……」

 

公爵家でいただいた紅茶と同じ上品な香りが鼻を抜ける。

 

「じーーーーーーーーーーーー………」

 

自分の隣に座っているユミナ王女が自分を見つめているのには気付いているが、気付かないフリをするワッカ。反応すれば面倒くさい事になることが予測できたからだ。

 

「どうしたのだ、ユミナ?」

 

 逃れることは出来ない。娘の様子を見ていた国王が反応してしまった。

 

「お父様!お母様!私、決めました!」

 

ユミナ王女はソファから立ち上がり、いきなり宣言する。

 

「こ、こちらのワッカ様とっ……けっ、結婚させて頂きたく思いますっ!!」

 

「ブブフゥーーーーーッ!!」

 

 余りにも予想外すぎる王女の宣言を聞き、ワッカは思わず紅茶を噴き出してしまう。

 

「…お゛い゛、言葉(ごどば)を゛、ゲホッ、ゲホッ!」

 

何とか返そうとしたが、むせてしまって上手く言葉にならなかった。

 

「……すまんが、もう一度言ってもらえるかな、ユミナ」

 

「ですから、こちらのワッカ様と結婚させていただきたいのです、お父様」

 

「あらあら」

 

 国王の言葉にもう一度同じ言葉を口にするユミナ。ユエル王妃は目を大きく見開いて自分の娘を凝視していた。この場にいる他の人間も突然の爆弾発言に言葉を失っている。

 

「理由は何だ?」

 

「はい。お父様を救って頂いた、というのもありますが……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのお人柄もとても好ましく、私はこの人と人生を歩んでいきたいと、初めてそう思えたのです」

 

意外なことに、ユミナ王女の発言に間違っている部分は何一つ無かった。

 

「………そうか。お前がそう言うのなら反対はしない。幸せにおなり」

 

「お父様!」

 

 一方で国王は間違いだらけである。何だ、この醜い姿は?一国の王の姿か?これが…。簡単に毒を盛られ、単純なトリックすら見抜けず、娘の申し出を深く考えもせず了承する思慮の浅さ、生き恥。

 

「ちょおっと待ったあああ!!!」

 

むせていた状態から立ち直ったワッカがようやく物申し始める。

 

「な、なんで勝手に決めてんだよ!?」

 

「おお、すまなかったなワッカ君。そういうわけで、娘をよろしく頼む」

 

「そういう問題じゃねえ!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

素っ頓狂な返しをする王様に対して、必死にワッカは抗議する。

 

「なんでアンタはそうやって、自分の娘を出会って間もない人間(オレ)に預けようと思えるんだよ!?」

 

「ユミナが認めたならば間違いは無い。彼女はね、『魔眼』持ちなんだよ。人の性質を見抜く力を持っているんだ。君が悪人では無いという『質』が分かるんだ」

 

 彼女がオッドアイなのはそういうことだったのか、と納得するワッカ。しかし、そのことが彼を結婚へ後押しする理由には当然ならなかった。

 

「そもそも、オレの気持ちはどうなるんだ!?」

 

「ワッカ様は私のことがお嫌いですか……?」

 

 ユミナが悲しげな眼でワッカを見つめる。ユウナと同じ色のオッドアイに見つめられたワッカには、嘘でも「嫌いだ」と言うことは出来なかった。ユウナに対して恋慕の情を抱いたことは無いのだが、今朝見た夢の影響か、今日は一段とスピラ(かつて)の仲間達を恋しく感じていたのだ。

 

「いや、別にお前が嫌いってわけじゃねえけどよ…」

 

「でしたら何も問題ありませんね」

 

 コロッと笑顔を浮かべるユミナ。「(はか)られた」とワッカは感じる。それと同時に、自分の中に溜まっていた鬱憤(うっぷん)を抑えることが出来なくなってしまう。今まで我慢してきたモノが限界に達したのだ。

 

「だあああああ!!!いい加減にしろ、お前らあ!!!」

 

 バシンッと大きく机を叩きながらワッカが叫んだ。紅茶の入ったティーカップがガシャンと音を立てて跳ねた。

 

「さっきからオレをおちょくるだけおちょくりやがって!!オレを馬鹿にするのがそんなに楽しいか!!?ああ!?」

 

「そ、そんな、私はワッカ様を…」

 

「いいか?これだけは言わせて貰うぞ」

 

そう言ってワッカは立ち上がる。

 

「お前達が馬鹿丸出しでどんちゃん騒ぎするのは構わねえ。だがな!それにオレを巻き込むんじゃねえよ!!何勝手に俺の結婚相手を決めようとしてんだ?何様だよ?王様だってか!?知ったこっちゃねえ!!オレは他所(ヨソ)から来た人間だ!オレの進む道はオレが決めるんだよ!!」

 

 激怒したワッカは思いの丈を口にした。普段のワッカからは考えられない非常識な物言いだが、3つのポイントを考えると特段不思議なことでは無いだろう。

 まず、ワッカが怒りを我慢する限界に達していたこと。

 次に、ワッカが元いた世界であるスピラには王様が存在しないこと。王様が偉い存在だということは彼も何となく分かっていたが、やはり元いた世界に存在しないモノの偉さを正確に(とら)えることは不可能だったのだ。

 そして最後に、ワッカがユウナのガードとして旅をしていたとき、偉い人に逆らう機会があったことだ。その経験が彼の性格を変えたというわけでは決して無いが、偉い人に対して遠慮せずに物言いが出来るきっかけになったのは確かだろう。

 そんなワッカの激昂を目にし、その場にいた者は皆言葉を失う。()()()()()()()()

 

「ワッカ殿!いくら陛下の命の恩人とは言え、今の言葉は聞き捨てならん!!即刻謝罪せよ!!」

 

 レオン将軍だった。彼だけはワッカを相手に一瞬たりともひるまなかった。

 

「謝んなかったらどうするって?力づくか?やってみろよ…!」

 

ワッカはブリッツボールを構える。同時に将軍も戦闘態勢に入る。彼は何も武器を持たず、ボクサーのように己の拳を構えている。エルゼと同じ戦闘スタイルなのだとワッカは直感する。だとしたならば、考え無しにボールを当てようとしても避けられるのは目に見えている。軽率には動けなかった。

 そんな二人の側で、一番最初に我に返ったのは公爵だった。彼は隣に座る(こくおう)に耳打ちする。

 

「兄上、ここはこちらが謝るべきです」

 

「何?」

 

「ワッカ殿とは何回も顔を合わせていますが、彼が怒っているのを目にしたのは初めてです。彼はスゥがどれだけワガママを言っても常に優しく接してくれていました。我々の態度に落ち度があったと認めるべきです」

 

 ワッカの言葉は反逆罪となってもおかしくないものだった。国王がその気になればワッカを処刑することも出来るだろう。

 

「ワッカ君!すまなかった!!」

 

しかし国王はそうはしなかった。元来心優しい性格だったのも理由の一つだが、今自分の目の前で起きかけている争いを止められないほど愚かな国王では無かったのだ。加えてワッカは自分の命の恩人だ。そんな相手を怒らせたのであれば謝るのは至極当然のことだと考えたのだ。

 

「しかし陛下…」

 

「レオン将軍、拳を下ろしたまえ。こちらがワッカ君の気持ちを一切考えず先行していたのは確かだ。謝るべきは我々なのだ!」

 

「は、ははっ!仰せの通りに!」

 

 国王の言葉を受け、将軍が拳を下ろす。

 

「けっ、分かりゃあ良いんだ」

 

同時にワッカも国王の謝罪を受け入れた。

 

「も、申し訳ございません。ワッカ様…」

 

ワッカの隣にいたユミナも彼に謝罪する。少し冷静になったワッカは彼女を慰める。

 

「ああ、いいんだ別によ。だらしねえ大人達が悪いんだ。オレも含めてな。お前が誰を好きになるかはお前の自由なんだからよ」

 

怒りが完全に消えたわけでは無かったが、少女に当たるほど頭に血が昇っている訳でも無かった。

 

「ワッカ様…」

 

ユミナ姫が一段とワッカに対する想いを強くしたことに、彼は気付いていなかった。




 ベルファスト王国の王族、非常識すぎだろ!優しい性格なら何しても良いってそんなわけ無いんだよなぁ…。


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国王の提案、そして押しかけ。あとブリッツボール。

 正直、「異世界はスマートフォンとともに。」のヒロインの中でも、ユミナのことは最初から好きじゃなかった。
 なんて言うか、周りに気を使える良い子っぽく振る舞っているけど、実のところは自分の望む展開まで強引に持っていこうとする言動が多い所が気に食わないんですよね。


「なんで、リフレットの宿に王女様がいるのよ…?」

 

 エルゼは現実を飲み込めないでいた。ワッカ達が拠点としている宿「銀月」はベルファスト王国の町の一つ、リフレットの町に存在する。そのような何の変哲も無い宿に王女がいたならば驚くのは当然だ。

 

「まあ、何つったらいいんかなぁ…」

 

困り顔で頭を()くワッカ。彼の隣には何故かベルファスト王国の王女であるユミナ姫がいた。

 

「ユミナ・エルネア・ベルファストです。皆様よろしくお願いいたします」

 

王女が行儀良く自己紹介をする。

 

「で、なんでお姫様がここにいるのでござる?」

 

「ワッカさんは今日、公爵家に報告に行ったはずでは…?」

 

「まあ、そうだな…。今日あったことを順に話してくしかねえよなぁ…。少し長くなるぞ」

 

 こうしてワッカは今日あった出来事をエルゼ、リンゼ、八重の三人に語り始めた。

 

 

 

 

 

 舞台はワッカが国王の謝罪を受け入れた場面にさかのぼる。

 

「改めて詫びをしよう。私の態度は確かに、自分の命を救ってくれた恩人に向けるモノでは無かった。ワッカ君の人生を決めるのはワッカ君自身だ」

 

「おう、こっちも悪かったな。急に怒鳴(どな)っちまってよ」

 

 ワッカも国王に謝罪する。

 

「しかしワッカ君。一度だけ、私に弁明の機会を与えてはくれないだろうか?ユミナの父として、どうしてあのような態度を取ってしまったのか説明をしたいのだ」

 

「ああ、まあ、いっすよ?」

 

ストレス発散をしたことで多少なりとも冷静になれていたワッカは国王の話を聞くことにした。

 

「知っての通り、ユミナは国王である私と(きさき)のユエルとの間に生まれた子供だ。王族としての教養を身につけるために彼女には色々と制約をかけてしまっている。私の本心としては、年頃の女の子らしく友人と時間を共にして伸び伸びと育って欲しい所なのだが、彼女にはそういう育て方をしてあげられなかった。私としては、そこが心残りなのだよ」

 

「ユミナには他に兄弟や姉妹もいませんから」

 

国王の隣に座るユエル王妃が付け加えた。

 

「そんなユミナも、もう12歳だ。そろそろ結婚相手を考えねばならない。私も妻と婚約したときは14だった」

 

「ああ、なるほどねえ」

 

 シンという脅威がいたスピラでは人々の平均寿命が短かったため、結婚の時期も早かった。故にワッカは国王の話をすんなりと受け入れられたのだ。

 

「私の血を継ぐ一人娘だ。結婚相手も慎重に選ばなければならない。そう考えると私としても頭が重かった。そんな時に現われたのが君だったのだ、ワッカ君」

 

「オレに国王(アンタ)の悩みの種を押しつけてえってことか?」

 

「いやいや!断じてそういうことではない!」

 

国王は手を振ってワッカの邪推を否定した。

 

「ただ、ユミナが初めて自分から結婚相手として望んだ相手が君だったんだよ。今まで縛られた人生を送ってきた(ユミナ)には、せめて自分が決めた相手と結婚して欲しい。そう思うのが親心というものなのだ」

 

「へえ、そういうモンっすか…」

 

物心つく前に両親が死んでいたワッカには、親心というものがよく分からないでいた。幼なじみのルールーも同じような境遇にあったので「女の子を持つ父の考え」についても当然知らない。

 

「だがユミナはこの国の王女だ。彼女が望む相手だからと言って平気で結婚させるわけにはいかない。だが!私の命の恩人であり、アル…オルトリンデ公爵の恩人でもある君になら安心してユミナを預けることが出来るのだ!そう考えると、それにしか考えが及ばなくなってしまってね。先程のような態度を取ってしまったのだよ」

 

「なるほどなぁ…」

 

ワッカも国王の弁明を聞いて、彼の心情を理解した。

 

「ワッカ君、君に問いたいのだが、君がユミナとの結婚を決められない理由はなんだろうか?遠慮も、言葉を選ぶ必要も無い。君の考えを正直に答えて欲しい」

 

「え?ん~と、そっすね…」

 

 国王に問われ、ワッカは少し考える。少なくとも「容姿が気に入らない」という理由ではない。ユミナが可愛い容姿をしているのは彼にも理解できた。ブス専でもないのでそこは問題ではない。年の差についても彼にとって気になるところでは無かった。スピラにおいて彼の23という年齢は結婚する時期としては遅い方である。一方ユミナの12と言う年齢は少し早めといった程度で、そこまでおかしい話とは思えなかった。

 

「……ユミナ王女は確か、『魔眼』だかで人の質が見えるって話だったような?」

 

「そうだ」

 

「でもオレにはンなもん無いんで、ユミナ王女がどんな人なのか知らないんすよ。別に悪い人だとは思ってねえけど、オレからしてみれば、初対面の人間に対して結婚を申し込むちょっとヤベェヤツみたいな、そんな感じっすかね。そんな相手と結婚しろって言われても『ハイ分かりました』なんて言えないのは当然じゃないすか?」

 

「ほうほう」

 

大分失礼なことを言っているワッカだったが、国王は一切怒らずに相手の意見をまとめた。

 

「要するに、ユミナのことをもっとよく知る時間が欲しいと。その上で彼女を気に入れば結婚も考えられると、そういうことかね?」

 

「……、んまあ、そすね」

 

落ち着いて考え、国王のロジックに何も問題が無い事を確認した上でワッカは答えた。

 

「そういうことならば、一つ私から提案したい。無論、決めるのはワッカ君自身だ。国王の命令では断じてない。気に入らなければ断ってくれて構わない」

 

「なんすか?」

 

「これから二年間、ユミナと共に生活し、彼女について詳しく知っていって欲しい。その上でやはり結婚は無理だというのなら、(いさぎよ)く諦めよう。国王として約束は守る。それでどうだろう?」

 

「ど、どうって…」

 

 国王の提案を聞き、ワッカは思案する。先述の通り、スピラの常識で言えばワッカはとっくに結婚している年齢だ。「オレに結婚はまだ早い」という考えは無かった。ユミナを預かることについても特段困るようなことは無い。王女なのだから育ちは良いだろうし、余りにも素行(そこう)が悪いようならばその日にでも「ゲート」で直接国王に返すことも出来るだろう。国王にもそのことは確認したが、「それで構わない」と返答を受けた。

 ならば問題はないだろうかと考えた所で、一つ重大な問題点に気付いた。

 

「あのオレ、ギルド所属の冒険家なんすよ」

 

「知っているとも」

 

「いや、受ける依頼によっては完了まで何日もかかるモンとかもあるんすよね。その間、王女と一緒にいられる時間が減っちゃうんすけど?」

 

「それならば問題ありません!」

 

 答えたのはユミナ本人だった。

 

「私もギルドに登録し、ワッカ様にお供します」

 

「は?あ、あのな…」

 

ワッカは彼女の返答に対して困惑する。

 

「オレの受ける依頼ってのは旅行じゃねぇんだぞ?凶暴な魔物と戦う機会だってあるし、その度にアンタを守りながら戦うってのは…」

 

「ご心配なく!シャルロッテ様から魔法の手ほどきと、弓による射撃訓練を受けております。そこそこ強いつもりですよ、私?」

 

「えと…、マジすか?」

 

ワッカがシャルロッテに問いかける。

 

「はい、姫様の仰った通りです」

 

「弓術を修めているのも本当だ。貴族の一般教養の一つだからな」

 

シャルロッテと国王が答えた。

 

「ちなみに、属性の適性は?」

 

「風と土と闇です。召喚獣も三種類ですが使役できますよ」

 

 なんと言うことでしょう。ワッカのパーティに丁度不足している属性である。正確に言えばワッカは全属性を使えるのだが、風属性と土属性は苦手とする属性だった。

 さらに彼女は召喚魔法も使えるらしい。元々ワッカは召喚魔法について興味を示していた。かつての仲間であるユウナが召喚獣を使役していたからだ。そのユウナと同じ色のオッドアイを持つ彼女もまた召喚魔法を使える。そんな彼女が仲間になる。

 最初はユミナのことを困った娘だと思っていたワッカだったが、考えれば考えるほど彼女のことを魅力的に感じていた。結婚相手とまでは行かずとも、仲間としてなら一緒にいたいと思えるほどに。

 

「…そっか。なあユミナ、お前の父さんああ言ってるけど、お前はそれで良いのか?」

 

「はい、お父様が決めたことでしたら」

 

「ワカッテンノカ?もし二年間過ごしてオレがお前を結婚相手として認めなかったら、お前は王城(ここ)に帰ることになるんだぞ?そうなった時に駄々をこねたりしないって、約束出来んのか?」

 

「はい、約束します。そもそも私、もう駄々をこねたりする歳じゃありませんし」

 

さっき自分が怒らなければお前は無理言って結婚しようとしたんじゃねえのか、と思うワッカだったが、これ以上責めるのは止めておくことにする。もし駄々をこねるようなら脇に抱えて無理矢理王城へ返しに行けば良いのだ、と思い直した。

 

「それに私、ワッカさんが私に夢中になるようにしますから。必ずさせます」

 

ユミナは笑顔でそう付け加えた。

 

「…うし!お前の覚悟は伝わった。国王、約束は守ってくれるな?」

 

「ああ、国王として約束は守る。この場で宣言しよう」

 

「そういうことなら王女(むすめさん)、オレの仲間として預かっていくぜ!」

 

「そうか。ありがとう、ワッカ君!」

 

「良かったですねユミナ。二年の間にワッカさんの心を射止めなさい。それが出来なかった時は、修道院で一生を送ることを覚悟するのですよ」

 

「はい!お母様!」

 

「おいおい、責任は取らんぞ!」

 

「気にしないでくれワッカ君。ただの女性同士の会話だ」

 

 こうしてユミナがワッカの新たな仲間になった。二年間という期限付きだが。

 

 

 

 

 

 ワッカが三人に、今日あった出来事を全て話し終えた。

 

「つーわけなんだよ、もしお前らがイヤだってんならそれを理由に帰すことも出来っけど、どうよ?」

 

「どうって言われても…、私達と一緒に宿(ココ)で暮らすってことよね?お姫様なのに、その、大丈夫なのですか?」

 

エルゼが戸惑いながら尋ねる。

 

「どうか敬語はお止めください。私のことはユミナ、と呼び捨てで構いません。ワッカさんともそのように呼ぶということに決めましたので」

 

「ユミナは最初オレのことを『旦那様』と呼ぼうとしてたからな。それは止めて、『ユミナ』『ワッカさん』と呼び合うことにしたんだ」

 

「ここで暮らす事についても問題ありません。私はワッカさんと一緒の部屋にいますから」

 

「「「は?」」」

 

「おい!同衾(どうきん)をつつしめよ!オレはまだお前との結婚を決めたわけじゃねんだぞ?」

 

今のユミナの発言はワッカも初耳だったようだ。

 

「そ、そんな…」

 

「そんなもこんなもねえ、決定事項だ。ユミナの部屋はもう別に取ったからな。それがイヤなら王城に帰るんだな」

 

「分かりました。別の部屋で寝ることにします。でも、いつかは私と一緒に寝たいと言わせてみせます」

 

「そいつぁ楽しみだな、ハハハ」

 

 ワッカとユミナの様子を見ながら、他の三人が話し合う。

 

「どうする?」

 

「とりあえず様子見で、何か依頼を受けさせてみる、というのはどうでしょうか?」

 

「なるほど、実力を見てから、ということでござるな」

 

「そだねー。まあ、危なくなったらワッカが護ってあげればいいのか。じゃあキマリね」

 

「お、結論は出たみてぇだな。まあもう夜だし、ユミナの初依頼は明日だな。頑張れよ、ユミナ」

 

「はい!皆様の足を引っ張らないよう頑張ります!なにぶん世間知らずでご迷惑をおかけいたしますが、何とぞよろしくお願いいたします」

 

「こちらこそよろしくお願いしま…、じゃなくてよろしくねユミナ」

 

「よろしくお願いしますね」

 

「ちょ、敬語のままなんてズルいわよリンゼ!」

 

「だって、元々こういうキャラだもん私…」

 

「と、とりあえずよろしくお願いするでござる」

 

「はい!よろしくお願いします!」

 

「うし!挨拶は済んだみてえだな。んじゃ、オレぁ寝るぜ。今日は色々疲れたからな。ついて来んなよ、ユミナ」

 

「分かってますよ、もう」

 

 こうしてワッカは自室へと引き上げていった。寝間着に着替え、ベッドに横たわりつつ、彼は大変だった一日を反芻(はんすう)する。かつて(スピラ)の仲間達に呼びかけられる夢から始まり、公爵家に行き、古代遺跡の報告をして…、などと考えている内に彼は眠りについてしまった。




 ユミナを仲間にするのは結構大変でした。原作だと望月冬夜が所謂やれやれ系主人公なので彼女(ユミナ)が強引に来る展開で進むんですが、ワッカだとそうはいかない。かといって年端もいかない少女の純粋な願いを切り捨てるような男でも無いし…、どうすれば良いのか悩みました。
 結果として、ユミナとユウナの共通点を見出すことで、ワッカがユミナを仲間にしたいと思う形になりました。
 ということで、スピラの仲間達の夢をワッカに見させたもう一つの理由は「ユミナを仲間にする理由付けのため」でした。

 さて、ヒロインも4人に増えましたし、そろそろマスコットキャラクターが欲しいところですね?引き続きワッカの物語をお楽しみください。


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召喚、そして白虎。あとブリッツボール。

 原作の「異世界はスマートフォンとともに。」で雷の魔法が風属性魔法だって知らなかったの、オレだけかよ!てっきり光属性魔法だと思い込んでた…。
 FFXには雷の魔法(サンダー、サンダラ、サンダガ等)があるので、この設定で言うならワッカは風属性魔法も得意じゃないといけないのですが、ここまで散々「風属性と土属性は苦手」と言ってきてしまっているので、このまま通します。申し訳ございません。
 ワッカはスピラの雷の魔法(サンダー系統やエレメントリールの黄色揃え等)は得意だけどいせスマ世界の風属性魔法は苦手、ということでよろしくお願いいたします。


 翌日、ワッカ一行はギルドでユミナの登録を済ませた後、キングエイプの討伐依頼を受けることにした。登録したばかりのユミナのランクは一番下の黒ランクで、他のメンバーはその二つ上の緑だ。キングエイプの討伐依頼は緑ランクだったが、ユミナが大丈夫だと言うのでそれに決定した。

 指定場所に向かう前にユミナの装備を調えておく。服は双子のお下がりだ。武器はリフレットの町の武器屋で買うことに決めた。彼女は国王(ちちおや)からの餞別(せんべつ)で白金貨50枚という大金を所持していたので、準備金には困っていない。王都の貴族御用達の武器屋ならもっと良い装備を手に入れることが出来たかもしれないが、ワッカがこの町の武器屋で買うことに決めたのだ。彼曰く「オレ達と行動を共にするなら、貴族だけが進める楽な道を行くのはつつしむべきだ」とのことで、ユミナ自身もこの意見に賛同していた。彼女が選んだのは速射性に優れたコンポジットボウだった。

 ワッカ達5人は馬車に乗って指定場所へと向かう。

 

「キンブエイプはパワーは強いですが、知能は高くありません。落とし穴のような罠にはめて戦うと効果的です」

 

「落とし穴かぁ、面倒くさそうだな~」

 

「土属性の魔法で作れますよ?」

 

「あー、いらんいらん。どうせ何匹来たってオレ達にかかればチョチョイのチョイってもんだ!」

 

ワッカは土属性魔法が苦手なので面倒くさがってそう言ったのだが

 

「小細工無しの真っ向勝負ってことね、いいじゃない!」

 

とエルゼがガントレットを打ち鳴らしながら乗っかってきた。

 

「私はワッカさんに従います」

 

ユミナも反対しなかったので、真正面から戦うことになった。とは言え、油断はせずに(あらかじ)め戦いのフォーメーションは決めておいた。

 

「しかし、ワッカ殿が結婚でござるか…」

 

「驚きですよね…」

 

「生活の基本だろ?って、オレはまだ結婚するって決めたわけじゃねえ!!」

 

「私はいつでも大丈夫ですよ?」

 

ユミナがワッカの腕を抱きしめながら言う。

 

「あんまベタベタすんなよ!それに、結婚はお互いがしっかり了承した上でしねえとろくな事にならねえってオレは知ってんだ」

 

ワッカはユウナのガード時代を思い出しながらユミナに言い聞かせる。

 

「だから、オレがお前との結婚を決めるまで過剰なイチャツキは禁止だ!分かったな?」

 

「はぁい…分かりました」

 

 そんな会話をしている内に、一行は目的地の森に到着した。

 

「さてと、お目当てのキングエイプを探さにゃならんわけだが…」

 

「すみません。森に入る前に召喚魔法を使っても良いですか?」

 

ユミナが皆に尋ねる。

 

「お、待ってました!召喚魔法!」

 

「相変わらずワッカは召喚魔法にノリノリね…」

 

「オレの以前の仲間に召喚士がいてな。デッカイ召喚獣を使役してくれたお陰でラクゥに戦いが出来たのよ!」

 

「あ、あの、私が使うのはそんなに大きなモノでは無いんですが…」

 

「ああ、悪かったなユミナ!大きさなんてどうでもいいんだ。オレは召喚魔法自体に興味があるからな!」

 

「そうですか?では早速…」

 

 ユミナはワッカ達から少し離れ、魔法の詠唱を始める。

 

「闇よ来たれ、我が求むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ」

 

呪文を唱え終ると、彼女の影から5匹の銀狼が次々と飛び出してきた。彼女の言葉通り、大きさは普通の狼と大差なかったが、賢そうな眼をしている。その内の一匹は体格が一回り大きく、額に十字の傷が付いていた。

 

「この子達にもキングエイプを探して貰います。離れていても私と意思疎通が出来るので、発見したらすぐに分かります」

 

「はあ~便利だなぁ」

 

「じゃあお願いね」

 

ユミナの言葉を聞いた銀狼達は方々に散らばって森の中へと入っていった。

 

「なあユミナ。オレにも召喚魔法出来るか?」

 

ワッカが問いかける。口調からワクワクが隠し切れていない。

 

「ワッカさんは闇属性の適性は?」

 

「バッチリだ!」

 

「なら後必要なのは契約ですね。召喚獣と契約するには、相手が提示した契約条件を満たす必要があります。強い召喚獣であればあるほど条件が難しくなります」

 

「長時間寺院に籠もって祈り続けたり、戦って力を示したりってヤツだな!」

 

「えっと、その寺院での祈りって条件は聞いたこと無いのですが、戦って力を示すというモノならあります。その他にも条件は色々あって、私があの子達と契約した時の条件は『お腹いっぱい食べさせてくれること』でした」

 

「なんだか八重みてえだな!ハハハ!」

 

「ちょ、ワッカ殿!?」

 

「…あ!あの子達が見つけたみたいです!7匹います!」

 

「別に何匹でも構わねえよ!方角は?」

 

「あっちです!」

 

「よし、皆構えろよ。気ぃ抜くなぁ?」

 

 ユミナの言うとおり、程なくしてキングエイプの群れが銀狼を追ってワッカ達に向かってきた。

 

「ブリザド!」

 

ワッカが魔法を唱えると、銀狼と敵の間に氷の壁が現われる。ユミナの力を見るためにあえて低級呪文を唱えたのだが、足止めには十分だ。

 

「はぁ!」

 

 ユミナが放った矢は一匹の眼に見事命中。大猿の失われた眼の死角から八重が刀で頸動脈(けいどうみゃく)を断ち切った。

 その間にもワッカが一匹を石化させて砕き、エルゼが一匹の顎を殴り砕いた。

 

「ちょっとワッカ!石化は止めなさいって!」

 

「依頼は5匹だろ?オレはあくまでサポートだ!グラビデ!」

 

 ワッカがエルゼに答えつつ魔法を唱える。重力の呪文「グラビデ」を受けた4匹の大猿が地面に()いつくばる。

 

「雷よ来たれ、白蓮の雷槍、サンダースピア!」

「炎よ来たれ、紅蓮の炎槍、ファイアスピア!」

 

ユミナとリンゼの同時魔法で4匹の大猿が次々と仕留められていく。

 

「ほぉ~魔法の威力もリンゼと互角だな!」

 

「ブースト!」

 

ワッカがユミナに関心している間に、エルゼが身体強化呪文で相手にしていたキングエイプを殴り殺す。これで7匹全部を倒した。

 

「うし!依頼完了だな!」

 

「あの、私どうでしたか…?」

 

ユミナがおずおずと尋ねる。

 

「実力的には問題ないわね」

 

「魔法もなかなかのものです」

 

「やはり後方支援は助かるでござるなぁ」

 

女性陣が次々とユミナを賞賛する。

 

「皆の言うとおりだ!オレ達と戦っても問題なくやってけそうだな」

 

「そうですか?なら良かったです」

 

「これからよろしくな!ユミナ!」

 

「はい!おまかせください!ワッカさん!!」

 

ユミナが笑顔でワッカに抱きつく。

 

「おい止めろっての!ああそれと、ユミナにお願いがあるんだな~」

 

「はい!なんなりと!」

 

「宿に帰ったら、オレに召喚魔法教えてくれよ。頼む!」

 

「喜んでお教えします!!」

 

元気よくユミナが承諾した。

 

 

 

 

 

 その後、報告を終えたワッカは「銀月」の裏の空き地でユミナに召喚魔法を教えて貰うことになった。「大勢いると呼び出された召喚獣の気が散ってしまう」ということで、双子と八重は建物内で待つことになった。

 

「闇属性の召喚魔法はまず魔法陣を描き、対象を召喚することから始まります。何が召喚されるかは全くのランダムです」

 

ユミナが本を片手に、魔石で作られたチョークで地面に複雑な魔法陣を描きながら、ワッカに説明をする。彼女の隣には銀狼の群れのボス、額に十字の傷がある「シルバ」という名前の狼が座っていた。

 

「選べねえってことか!?」

 

「はい。魔力や術者本人の素質にも左右されるというウワサですがハッキリとしたことは分かっていません。全くの初心者が高位の魔獣を呼び出したという話も結構ありますし」

 

「マジかよぉ…」

 

ワッカがうなだれる。彼は今まで時間を見つけては「世界の召喚魔獣図鑑」を読みながら自分の使役したい魔獣をチョイスしていたのだ。ガッカリするのも当然である。

 

「そんなに落ち込まないで下さい。複数契約することも出来ますから」

 

「そっか、そういやユミナは3種類使えるって言ってたもんな」

 

「はい。ですが契約に失敗すると、呼び出された魔獣は帰ってしまいます。そしてその魔獣とは二度と契約することが出来ません」

 

「一発勝負ってわけか」

 

そんな会話をしている内に魔法陣が出来上がる。

 

「ま、物は試しってヤツだ。早速やってみっか!」

 

「頑張ってください!ワッカさん!」

 

 完成した魔法陣の前でワッカは手を合わせ、闇属性の魔力を魔法陣に集中させる。少しずつ黒い霧のような魔力が魔法陣に溜まっていき、黒いカーテンのようなモノが出来上がった。

 

『我を呼び出したのはお前か?』

 

カーテンの内側から声がした。カーテンが薄れていき、声の主が姿を見せる。

 

「こいつぁ…クァール…じゃねえよな。何だ?」

 

ワッカは声の主を見ながら呟く。クァールとはスピラに生息する虎に似た魔物であるが、呼び出された魔獣の姿はそれとは異なっていた。クァールと同じ白い虎の姿をしているが、体格は二回りほど大きく、クァールの特徴である顔の長い(ひげ)が存在していない。そして何より違うのが魔獣の放つ威圧感(オーラ)である。クァールのモノとは比べものにならないその威圧感(オーラ)はシンを彷彿とさせるほど強いものだった。

 

「この威圧感……、白い虎……、まさか《白帝(びゃくてい)》!?」

 

 ユミナが驚きの声をあげる。

 

『ほう小娘、我を知っているのか』

 

白帝がユミナを睨みつける。ユミナはしゃがみ込んで震えながらシルバにしがみついている。シルバも尻尾を丸めて耳を伏せ、怯えた仕草をする。

 

「おーい!呼び出したのはオレだ!オ・レ!!」

 

『ほう、お前は我を目の前にして平気でいられるのだな、面白い』

 

「あいにく、山よりデッケェ相手と戦ったこともあるプロなもんでね。で、ユミナ!白帝って何だ!?」

 

 ワッカの疑問にユミナは答えられないでいた。白帝の放つ威圧感(オーラ)気圧(けお)され、声が出せないでいるのだ。ワッカは白帝を睨み返す。

 

「おい!威圧をつつしめよ」

 

『逆に我を威圧するか…。まあ良いだろう』

 

ワッカの言葉を受け、白帝が威圧感(オーラ)を放つのを止める。

 

「おお、物分かりがいいじゃんよ!で、白帝って何なんだユミナ?図鑑にゃ載ってなかったぞ?」

 

「召喚、出来るものの中で、最高クラスの四匹、その内の一匹です…。西方と大道、の守護者にして獣の王…。魔獣では無く『神獣』です…」

 

未だに震える声でユミナが答えた。

 

「ああ、そういやそんなコラムがあったっけか?姿が載ってねえから読み飛ばしちまってたけどよ。そんで、契約条件って何なんだ白帝?」

 

『我と契約だと?随分と舐められたものだな』

 

「契約しねえのに呼ぶ意味ねえだろ?とりあえず言ってみ?」

 

『ふむ……』

 

白帝がワッカを嗅ぎ始める。

 

『奇妙だな…。お前からは何かおかしな力を感じる。これは…精霊の加護、いやもっと高位のものだな…』

 

「ああ、まあ、ビサイド・オーラカの選手兼コーチだからな!」

 

ユミナの前で神の話題を出されると困るので、ワッカは誤魔化した。「ビサイド・オーラカの選手兼コーチ」という単語自体、ユミナには意味不明なので誤魔化しの意味が無いのだが、肝心のユミナ本人が怯えていてそれどころでは無かったため事なきを得た。

 

『言っている意味は分からんが、いいだろう。お前の魔力の量と質を見せて貰う。我の額に手を当て、限界まで魔力を注ぎ込め。最低限の質と量を持っているならば契約を考えてやろう』

 

「こうか?」

 

 ワッカは言われたとおりに白帝の額に手を当てる。白くて柔らかい毛が彼の右手を包む。

 

『そうだ。先に行っておくが、お前の魔力が枯渇した時点で契約は無しだ』

 

「だろうな。うし!行くぜ!!」

 

 宣言と共にワッカは白帝に魔力を流し込む。白帝が気にしているワッカの魔力量だが、この世界の彼の魔力量はユウナ一行のメンバー全員分である。つまり彼が元々持っている魔力(MP)に加え、ティーダ、ユウナ、ルールー、キマリ、アーロン、リュックの魔力(MP)も持ち合わせているのだ。これが全て無くなれば契約失敗ということになる。

 

『ほう、()み切った質、そして中々の量だな…。だがまだだ…』

 

ユウナと同量の魔力(MP)を流し終える。つまりユウナには白帝との契約は出来ないということになる。最も彼女ならば別の方法で白帝と仲良くなりかねないのだが。

 

「へえ、言うだけはあるじゃねえか。まだまだ行くぜ!」

 

『ぐぅ…!?ふふふ、良いぞ…!」

 

ルールーの分を流し終える。

 

「まだ足りねえってかぁ?」

 

『ま、まだ、これだけの量を…!?」

 

リュックの分を流し終える。

 

「まだまだぁ!」

 

『ふぐっ……こ、これは……ちょ、ちょっとま…!』

 

アーロンの分を流し終える。

 

「オレの魔力が欲しかったら、たっぷりくれてやるよ、いつでも」

 

『まっ…まってく…これ以上は……あううっ!』

 

ティーダの分を流し終えた所で白帝が(あえ)いだ。

 

「なあんだ、コウサンかぁ?」

 

『そ、そうだ…、認める……!お前の…、いやあなたの魔力を……!」

 

「う~し、いいだろう」

 

ワッカは白帝から手を離す。実際の所、彼に残っている魔力量もワッカとキマリの分しか無く、余裕は無い状況だったが、そんなことはおくびにも出さない。相手に自分を大きく見せるのは基本だ。

 

『お名前を(うかが)っても?』

 

「オレはワッカ。ビサ…ギルド所属の冒険家だ」

 

 さっき自分で言った単語に流されそうになりつつ、ワッカは自己紹介する。

 

『ワッカ様、我が(あるじ)にふさわしきお方とお見受けしました。どうか私と主従の契約をお願いいたします』

 

 白帝が態度を改めて、ワッカに対し静かに頭を下げる。

 

「おう!んで…何すりゃ良いんだ?」

 

『私に名前を。それが契約の証となります』

 

「名前か!ユウナも同じようなことやってたっけな。そうだなぁ、うーん…」

 

ワッカが悩み始める。

 

白帝(びゃくてい)…、ビャクテイ…、ビャクティ…、ビャクティー…、ビャクティー・ナビーユ…、いや違うな…」

 

迷った挙げ句、彼は答えを出した。

 

「決めた!お前の名前は『ビャクティス』だ!!」

 

『「ビャクティス」…!おお!何だか王である私にふさわしく感じます。良い名前をいただきました!』

 

「うし!契約完了だな!!ハッハッハ!!」

 

 ワッカが高らかに笑い始めた。

 

「スゴいです。ワッカさん、まさか白帝と契約を…」

 

『少女よ、もう私は白帝では無い。ビャクティスと呼んでくれぬか』

 

「あ、はい。ビャクティス…さん」

 

呆然と呟くユミナに白帝改めビャクティスが声をかけた。

 

『主よ。一つお願いがございます』

 

「ん?何だ、言ってみ?」

 

『私が主の側に、常に居続けることを許可して欲しいのです。通常、我らが存在を保つには術士の魔力が必要です。故に我らが存在し続ければ、術士の魔力は尽きてしまいます。しかし、主の魔力量ならば得に問題は無いはずです』

 

「いや、それは…」

 

『先程「オレの魔力が欲しかったら、たっぷりくれてやるよ、いつでも」と仰って下さったではありませんか』

 

「そういう問題じゃねえ!お前みたいな虎がうろついてたら周りの人間がビックリしちまうだろが!」

 

『ふむ、では姿を変えましょう』

 

「え?」

 

 言うが早いか、ビャクティスはポンと小さな虎へと姿を変えた。ルールーが抱きかかえていても違和感の無い可愛らしい姿だ。

 

『この姿なら目立たないかと思いますが?』

 

「お前、そんなことも出来んのか!それなら大丈夫だな」

 

『ありがとうござフギュッ!?』

 

ビャクティスが驚きの声をあげる。ユミナがいきなりビャクティスを抱きしめたのだ。

 

「きゃーー!!かわいいーーー!!!」

 

『ちょ、こら!離さんか!』

 

ビャクティスが抗議の声をあげると同時に「銀月」の裏戸が開かれ、エルゼ、リンゼ、八重の三人が出てきた。

 

「ワッカ-?さっき契約完了って聞こえたけど…ってなにこの可愛いの!?」

 

「ワッカさんの契約獣です!可愛いですよー!!」

 

「ね、ね!私にも抱かせて!!」

 

「ずるいよお姉ちゃん!私にも抱かせて!」

 

「拙者にも抱かせて欲しいでござるー!」

 

『あ、主ー!なんとかして下さい!!』

 

 ビャクティスがワッカに助けを求める。

 

「ボディタッチはコミュニケーションの基本だろ?そいつら全員オレの仲間だ、仲良くしてやってくれよな!」

 

『そんな、助けて…』

 

「わりいなぁ、オレ、お前を維持するための魔力を回復するために寝なきゃならんのよ。じゃ、元気でやれよ!」

 

『主ー!!』

 

 ビャクティスの助けを求める声を背中に受けつつ、ワッカは自室に引き上げていくのだった。




 ワッカ、召喚士になれました。

 原作では「琥珀(こはく)」と名づけられた白帝ですが、スピラに漢字があるとは思えないので名前を変えることにしました。正直、「琥珀」という名前のセンスはスゴいです、勝てる気がしません。どうせ勝てないなら思い切りふざけてやれ、と思って最初は「タマモノクロス」という名前にする予定でした。
 しかし数日前、「ビャクティス」という獣の王にふさわしい名前を思いついたので、こっちにすることにしました。良い名前を付けて貰えて白帝も嬉しそうです。

 ユミナはことあるごとにボディタッチしてくるのですが、その度に「おい!○○をつつしめよ」と語録で返すと、ワッカが語録BOTになってしまうので控えます。


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爵位授与、そして王宮の人々。あとブリッツボール。

 私が初めて「小説家になろう」サイトで読んだ作品である「異世界迷宮でハーレムを」(「小説家になろう」サイト内での題名は「異世界迷宮で奴隷ハーレムを」)がアニメ化されました。
 「異世界はスマートフォンとともに。」とは違って、主人公が悪戦苦闘したり試行錯誤する場面がしっかりあるので、比較的楽しく読めました。主人公も望月冬夜とは違って非常識な言動はせず、自分の欲求に正直でいながらゲスヤロウでは無いという絶妙なバランスなのがグッドです。
 そんな「異世界迷宮でハーレムを」のアニメが私の住んでいる地域で放送しません!チクショウ!
 
 ん?ちょっと待てよ。なんで、公式サイトにセリー(私の最推しキャラ)の情報が無いんだよ?まさか、セリー(二番目のヒロイン)が出ないままアニメを終えるつもりじゃないだろうな?ワカッテンノカ!?ヒロインがロクサーヌ一人だけだったら題名通りのハーレムにならないだろうがよ!


 ある日、ワッカ達の拠点「銀月」に王城から早馬で手紙が届いた。手紙を受け取ったユミナがワッカに内容を伝える。

 

「お父様からです。例の事件解決の謝礼としてワッカさんに爵位を授与したいので王宮に来て欲しい、とのことです」

 

「「「爵位!?」」」

 

「まあた国王かよぉ…」

 

 エルゼ達が驚きの声をあげる中、ワッカは顔を手で(おお)って上を向く。面倒事だと察することが出来たからである。

 

「ふざけんなよ、ユミナを預かってんだからそれで良いだろが!辞退だ、辞退!」

 

「「「辞退!?」」」

 

またしても三人が驚きの声をあげる。

 

「結婚のことはともかく、爵位まで辞退することないでしょうが!もったいない!!」

 

「あ、でもお姉ちゃん。『貴族になる』ってことは『国に仕える』ってことなんだよ?ワッカさんがそれを喜ぶとは…」

 

憤慨する(エルゼ)に対し、(リンゼ)は冷静になる。

 

「国に仕える?」

 

「つまり、責任と義務を持って領地を治めるってことです」

 

「はあ!?あんの馬鹿国王、オレが怒った理由を理解出来てねえじゃねえかよ!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

ワッカが怒りの声をあげる。

 

「ちょ、ワッカ!?言葉をつつしみなさいよ!」

 

「ユミナの前ですよ!?」

 

「王城で一体何があったのでござろう…?」

 

双子が戸惑い、八重が首をかしげる。一方ユミナはというと

 

「断ることも出来ますよ、ワッカさん。お父様も無理強いする気は無いでしょうから」

 

と平然としている。

 

「え、ユミナ?良いの?お父さんが馬鹿とか言われてるのに…。国王なのよ?」

 

「別に気にしてないです。そもそも、ワッカさんがお父様に苦手意識を持ってるのはその、私のせいですし…」

 

「別にユミナだけが悪いってんじゃなくて、王城(あそこ)のメンツが全体的にな…。まあその話はいいや。断るぞユミナ!」

 

「あ、えと、断る場合はきちんと公式の場で理由を述べて辞退して欲しい、とのことです」

 

「結局面倒じゃねえか!」

 

ワッカが再び憤慨した。

 

「断る理由ねぇ…『冒険家稼業の方が自分には合ってるから』とかで良いんじゃない?」

 

「はい、それで構わないと思います」

 

エルゼの意見にユミナが賛同した。

 

「それでいいのか…。うし!断りに行くぞ!」

 

「あ、それと、エルゼさん達にも一緒に王城に来て欲しい、だそうです。私がお世話になっているお礼がしたいとか…」

 

「ええ!?そ、そんなの恐れ多いわよ!」

 

「あのなぁ、今更だろ?この先ユミナと行動すんなら国王と会うことくらい慣れとけって」

 

「ワッカ殿、そうは申すが…」

 

「大丈夫だって!国王(あいつ)はそんな恐れるようなタマじゃねえよ!」

 

「ワッカさん、その国王を馬鹿にする発言、外で絶対しないで下さいね?」

 

「そうよ!これから(おおやけ)の場で爵位を辞退するんでしょ?絶対ダメよ!!」

 

「お、おう。わーってるって!」

 

双子に詰め寄られ、ワッカも言葉をつつしむことを約束する。

 

「ああ、そうだ。エルゼ、リンゼ、お前達にイイヤツ紹介してやるよ」

 

「イイヤツ?」

 

「お楽しみだ!それに王族達と関わり持って悪いこたぁねえだろ!タブンネ

 

 ワッカとしては、自分が万が一暴走した際に止めてくれる人物が欲しかったのだ。それにユミナと行動する以上、偉い人間に対する苦手意識を無くして欲しいというのも本音である。

 結局、全員で王城へ向かうことになった。「ゲート」を開く前に、ワッカがユミナに忠告する。

 

「そうだ、先に言っておくぞユミナ」

 

「なんでしょう?」

 

「あのシャルロッテにはオレの使える技をバラすんじゃねえぞ。面倒だからな」

 

「はい、分かりました」

 

「え!?ちょっと待って下さい!シャルロッテってあの、宮廷魔術師のシャルロッテ様ですか!?」

 

リンゼが驚きながらワッカに尋ねる。

 

「ああ、言っちまったな。そうだ、お前に会わせたかったのはシャルロッテだよ」

 

「スゴいです…。あのシャルロッテ様と会えるなんて…」

 

「つーかアイツ、様付けされるようなヤツだったのか?」

 

「とんでもないですよ!ワッカさん!!この国の魔術師が皆憧れる存在です!!」

 

ワッカの独り言を聞き、リンゼが憤慨する。

 

「悪かった悪かった!とりあえず、お前と話が出来るようオレが言ってやっから」

 

「本当ですか!?」

 

「ああ。でもユミナに言ったとおり、オレの使える魔法については一切話すんじゃねえぞ。アイツ、オレが三つ無属性魔法を使えるって知っただけで目の色変えて迫って来やがったからな」

 

「それは、確かにそうかも知れませんね…。分かりました。絶対話しません」

 

リンゼはワッカが全ての無属性魔法を使えることを知っており、そのことに関して秘匿することも既に了承済みだ。例え尊敬する魔術師相手でも、秘密は守ると約束する。同時に、ワッカがシャルロッテに対して苦手意識を持っている理由も何となく察するのであった。

 

 ワッカ達は「ゲート」で王城へ到着した。王城に「ゲート」で行く際はユミナ専用の応接室から来るようにと指定されている。部屋を出てしばらく歩き、回廊の奥にある部屋の扉をユミナが開ける。中には国王とレオン将軍、それにミスミド王国のオリガ大使がティータイムを楽しんでいた。

 

「お父様!」

 

「おお、ユミナか!元気そうで何よりだ」

 

「ワッカさんの側にいるのですから、元気が無いはずありません!」

 

父と娘が再会を喜ぶ。そして国王はワッカ達に目を向ける。

 

「良く来てくれたね、ワッカ殿」

 

「うす、どもす」

 

「後ろの方々はお仲間かな?」

 

「そうなんだ…ってお前らそんなに低姿勢になるなよぉ」

 

国王に対し(ひざまづ)く三人の姿を見てワッカが言う。

 

「ワッカ殿の言うとおり、そんなに固くならず顔を上げてくれ」

 

国王も(ほが)らかに言う。

 

「ワッカ殿」

 

声をかけられたワッカが振り向くと、声の主はオリガ大使だった。

 

「あ、ども、あの時はホント、すんません」

 

ペコペコ頭を下げるワッカ。思い返してみれば、バルサ伯爵の事件の時に彼女を散々疑っておきながら、彼はまだ大使に謝罪をしていなかった。

 

「今回の件は本当に感謝しています」

 

「い、いやいや。オレ、すっかりアンタのこと疑っちまって。それでおいて謝りもしないで…。本当にスミマセンでした!」

 

「どうか頭を上げて下さい。あなたのお陰で私の疑いが晴れたんですから、謝る必要はありません」

 

オリガ大使は笑顔で答えた。

 

「そ、そすか…。かたじけねえ」

 

「いつか我がミスミド王国に来る際は国をあげて歓迎しましょう」

 

「いやいや、ホント大したことしてないんで…」

 

と、ここで大使はワッカの後ろに座っている小さな虎に目を向ける。

 

「ワッカ殿、その子虎は?」

 

「あ、ああ。こいつはビャクティスって言って、オレのペットす」

 

『がう』

 

ワッカに抱きかかえられ、ビャクティスが可愛らしい鳴き声で挨拶する。

 ビャクティスの正体は神獣の一匹「白帝(びゃくてい)」なのだが、そんな大層な獣と一緒にいると知れたら大騒ぎになってしまうので、他の人の前では「ワッカのペットの子虎」として振る舞うことにしていた。

 そんなビャクティスをオリガ大使は不思議そうに眺める。

 

「な、なんかあったすか?」

 

「いえ、我がミスミド王国では白い虎は神の使いとして神聖視されているもので。白虎は神獣《白帝》の眷属(けんぞく)とも言われていますから」

 

「へ、は、へええええ!!そ、そうなんすねー。良かったなービャクティスぅ、ハハハ」

 

『がうがう』

 

ワッカは冷や汗を流しながら、わざとらしくビャクティスの頭をなでた。

 と、ワッカの背中に衝撃が走る。

 

「いやあ!久しぶりだなワッカ殿!!」

 

レオン将軍がワッカの背中を叩いたのだった。

 

「おお!レオン将軍!相変わらず元気そうじゃねえか!」

 

「ワッカ殿も相変わらずだ!ハッハッハ!」

 

「そうだ、アンタに会わせたいヤツがいんだよ。おーい、エルゼ!」

 

ワッカがエルゼを呼ぶ。

 

「何よワッカ」

 

「その娘が、ワッカ殿が会わせたいと言った?」

 

「おう!アンタ、ガントレット使って戦うんだろ?以前(にら)み合ったとき、アンタのファイトスタイルで分かったんだ」

 

 国王に激怒したことでレオン将軍と一触即発の状態になった時のことをワッカは思い出して言った。

 

「当然だ。『火焔拳レオン』の名、知らんわけでもあるまい?」

 

「あ!私知ってます!」

 

ワッカが「知らねえな」と失言するより早く、エルゼが叫んだ。

 

「炎を纏う拳で、メリシア山脈の大盗賊団をたった一人で壊滅させた伝説の武闘士ですよね?」

 

「そ、そーうそうそう。で、何を隠そう、この人がそのカエンナンチャラその人ってわけだ!」

 

ワッカが全くなっていない誤魔化しを行う。

 

「本当に!?超有名人じゃない!!」

 

「いかにも!儂がその『火焔拳レオン』だ!」

 

「すごぉい…信じらんない」

 

「お前とファイトスタイルが一緒だろ?だから会わせてやろうと思ったんだ」

 

「ほう、お前さんも武闘士か。女武闘士は珍しいな。どうだ?この後ちょうど軍の訓練があるんだが、参加してみないか?」

 

「良いんですか?是非お願いいたします!!」

 

「良かったなぁエルゼ」

 

「うん!来て良かった」

 

 嬉しそうなエルゼをみてワッカも笑顔になる。と、ここでリンゼに目を向けてみる。声にこそ出さないが、彼女もまた憧れの人物(シャルロッテ)と会うのを心待ちにしている様子が見て取れた。

 

「ああ、国王?今日はシャルロッテはいるんすか?」

 

「いるとも。今は自室で研究中だがね」

 

「彼女、オレの仲間の魔術師なんすよ。シャルロッテに会わせてやりてぇなって」

 

ワッカがリンゼを隣に引き寄せ、国王に告げる。

 

「構わないとも。誰か!彼女をシャルロッテに紹介してあげてくれ!」

 

国王がパンパンと手を打ち鳴らすと、一人のメイドが前に出てきた。リンゼは彼女に連れられて、シャルロッテのいる部屋へと向かった。

 

「さて、ワッカ殿。爵位授与の話だ」

 

「なあ、オレがそんなことで喜ぶと…」

 

「やはり、断る気だったか」

 

「知ってたのか」

 

低い声でワッカに尋ねられ、国王は頷く。

 

「何で打診なんてした?」

 

「国王が自分の命の恩人に対して何もしないというのは、周りからのイメージが悪くなるからな。君は断るだろうと思ってはいたが、『爵位を授与しようとした』という形が欲しいのだよ」

 

「んだよ、そーゆー事情だったのかぁ!」

 

ワッカは深く息を吐く。

 

「てっきり、またオレを自分の思い通りに動かそうとしてんのかと思っちまってよぉ。散々悪口言っちまったぜ」

 

「私の悪口をか?」

 

「おうよ」

 

「まあ、あの日のことを考えれば気持ちは分からんでも無いが、周りの目は気にするのだぞ?」

 

「はいはい。悪かったよ」

 

「さて、断るにしてもワッカ殿には授与式に出て貰わねばな。その日着る正装を選んで貰わねば」

 

 国王が再び手を打ち鳴らすと、メイドが二人現われた。

 

「え?今?」

 

「今でしょ」

 

「マジかよー」

 

メイドに連れて行かれながらワッカは八重に言葉をかけた。

 

「わりいな!しばらく暇つぶしてろ!」

 

「分かったでござる!」

 

そう答えた八重はエルゼと共に軍の訓練に参加するのだった。




 次回で名探偵ワッカ編を終了させる予定です。その次からは「ミスミド王国編」になります。お楽しみに。


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新居、そして使用人雇用。あとブリッツボール。

 名探偵ワッカ編の最終話です。名探偵ワッカ編は「国王暗殺事件~事件の後処理」が内容になっています。「王城編」と名付けた方が分かりやすかったかも知れませんが、痛い探偵ごっこの場面が一番面白くなる部分だと思ったのと、たまたまピッタリな名前のワッカMADがあったので「名探偵ワッカ編」と名付けました。


 爵位授与式当日、謁見(えっけん)の間にて立派な椅子に座った国王が、ワッカに言葉をかける。

 

「この度は余の命を救ってくれたこと、誠に大儀であった。命の恩人たるそなたに爵位を授けよう」

 

「もったいないお言葉。しかし自分には冒険家稼業が合っています(ゆえ)、辞退させて頂く所存です」

 

いつものビサイド・オーラカのユニフォームとは違った正装に身を包み、らしくない丁寧な敬語でワッカは返答した。

 ココだけ見たならば「頭でも打ったのではないか」と疑問に思う者もいるかもしれないが、単純な話、彼が授与式で発する言葉はこれだけなのである。彼はこのセリフのみを頭にたたき込み、授与式当日に臨んだのであった。

 

「そうか。ならば無理強いはすまい」

 

 これにて授与式終了、のハズだった。しかしここで国王がアドリブをかましてくる。

 

「だがこのまま帰すのは、余の命の恩人に対して失礼だと思う。そこで、そなたには謝礼金と王都に屋敷を用意した。爵位の代わりに受け取って欲しい」

 

「…は?」

 

戸惑うワッカの前にお盆を持った使用人が現われ、お金が入った袋と屋敷の鍵、屋敷の間取り等々を渡してきた。

 

「…おい、これ、マジで貰って良いのか?」

 

「うむ。改めて、この度は大義であった。そなたのますますの活躍を期待しているぞ」

 

「よっしゃああ!!マイホーム、ゲットだぜ!!」

 

(おおやけ)の場であることも忘れ、天に向かって歓喜の雄叫びをあげるワッカ。そんな彼をみて会場がざわついた。

 

「これにて、爵位授与式を終了とする」

 

 国王の言葉で授与式は幕を閉じた。

 余談だが、この後参列者から「何なんだ、あの無礼な男は!?」「教えはどうなってんだ教えは!!」といった抗議の声が王城に寄せられることになり、国王が弁明及び後始末をすることになった。彼の勝手なアドリブが原因なのだから当然である。

 

 ともあれ、国王の粋な計らい(アドリブ)によって屋敷を手に入れたワッカは、早速その場所へ向かうことにした。

 

「いやあ、国王も良いところあんじゃねえか!見直したぜ!!」

 

ワッカはすこぶる上機嫌である。

 思えばビサイド島を出発してから今まで、宿での宿泊で夜を明かしていた彼には「帰るべき家」という概念がスッポリ抜けていた。不便があるわけでも無かったため、バルサ伯爵の事件解決後に国王から「何か欲しいものはないか」と聞かれた際にも「家」という答えは出てこなかったのだ。

 そうは言っても「帰るべき家」がある安心感は一入(ひとしお)である。この異世界で生きていくならば、尚更(なおさら)だ。

 

「というか、やっぱりやっちゃったわね、あんた…」

 

 上機嫌なワッカに対し、エルゼが呆れた声を投げかける。

 

「しゃあねーだろ、こんなサプライズがあるなんて聞いてなかったし、あのセリフだけ覚えれば良いとしか言われてなかったしよぉ」

 

「まあ、後はお父様がなんとかしてくれますから。ワッカさん達は心配要らないと思います」

 

地図を見ながら先導するユミナが言った。王都の地理に一番詳しいのは彼女だ。

 やがて一行は屋敷のある場所に到着する。

 

「すっげええへへええええ」

 

目の前の屋敷の大きさに、ワッカは驚きの声をあげた。

 王都は大きな川によって、貴族の住む内周区と一般人が住む外周区に分かれている。ワッカが貰った屋敷は外周区の中でも特に立地の良い場所に建てられていた。爵位を辞退したので、外周区に建てられているのも、爵位を持つ貴族達の屋敷より小さいのも当然だが、それを加味しても圧巻の大きさであった。

 

「中々良い屋敷ですね」

 

ユミナが平然とそう言ったが、エルゼ、リンゼ、八重の三人は屋敷の大きさに言葉を失っていた。

 

「国王から貰った王金貨もあるし、家具とか買うのにも困んねぇだろ」

 

「「「王金貨!?」」」

 

平民女子三人が驚きの声をあげる。王金貨一枚は白金貨十枚分であり、ワッカはその王金貨を20枚貰っていた。

 

「そんな大金貰って、大きな屋敷も手に入れて…。もうギルドなんて行かなくていいじゃない」

 

「いや、そういうわけにもいかんだろ。怠けて体がぷにぷにになっても困るしよぉ」

 

 ワッカは屋敷の門を開ける。芝生が生えた広い庭が屋敷の前に広がっていた。花壇と小さな噴水まで備え付けてあってバランスも良い。

 屋敷の中に入ると、真っ赤な絨毯と二階へと続く階段が見える大きな玄関ホールが待っていた。

 

「いい屋敷ですね。気に入りました」

 

ユミナの発言にワッカが言葉を返す。

 

「けどよぉ、ちょっと広すぎねえか?5人で住んでもまだ余裕があんじゃねえか!」

 

「「「え!?」」」

 

いつもの女子三人がワッカの言葉に驚く。

 

「なあお前ら、三人で声揃えんの最近の流行(はや)りなんか?オレのオーバードライブ技を意識してるとか?」

 

「いや、そうでは無く…。ワッカ殿、ひょっとして拙者達もここで暮らして良いのでござるか?」

 

「は?当たり前だろンなの」

 

ワッカは、そんなことを気にする意味が分からないとでも言いたげに言葉を返す。

 

「でも、この家って王様がくれたわけで、ユミナと暮らすための家なんじゃないの?」

 

エルゼが疑問を投げかけるが

 

「知らねえよ。んなこと一言も言われてねえし、条件とか言ってこなかった以上、どう使おうがオレの勝手だろうがよ」

 

とワッカが一蹴する。それでも不安そうな三人に彼は言葉を投げかける。

 

「家族同然の仲間で一緒に暮らすのは生活の基本だろ?」

 

 この言葉を聞いた三人の顔が赤くなった。

 

「それにもし王族(アイツら)が文句言ってきたら『ユミナと同じくらい大切なヤツらを住まわせて何が悪いんだ』って、オレがガツンと言ったるからよ!」

 

三人は更に顔を赤くし、(うつむ)いてしまった。

 

「どした?チョーシ悪いんか?」

 

「あっ、あたし二階見てくるわね!」

 

「わた、私もっ、屋根裏部屋とか見てきます…!」

 

「せ、拙者はキッチンを見てくるでござる!」

 

そう言って三人は一斉に散ってしまった。

 

「なんだアイツら?屋敷の広さにやられたか…」

 

「そうじゃないと思いますよ」

 

 ユミナがワッカに言った。

 

「私はワッカさんのお嫁さんになって、共に人生を歩んでいきたいと思っています。ですが私一人で独占する気も無いのでコレはコレで有り、ですね」

 

「急にどうした、ユミナ?」

 

「私、皆さんと話してきますね」

 

そう言ってユミナも走り去ってしまった。

 

「…まあこんな広い屋敷じゃ、はしゃぐのも無理ねえわな。オレ達も見に行くぜ、ビャクティス」

 

 ワッカもビャクティスを抱いて屋敷の中を見て回る。風呂場や応接室、キッチン等立派なものだったが、備付けのモノは何も無かった。後で家具を買うのが大変だ、とワッカは思う。

 一通り見終えた後でワッカは庭の芝生に寝そべっていた。屋敷の広さにやられたのは彼も同じだったらしく、見て回っただけなのに疲れを感じた。

 

「い~い屋敷だな~」

 

『私も気に入りました。ここで昼寝をしたら気持ち良さそうです』

 

ワッカの隣で寝そべりながらビャクティスが言った。

 

「そうか、ビャクティスも気に入ったか。アイツらも気に入ってくれると良いんだが…」

 

 そんな彼の言葉に応えるかのように、女子四人が庭に集まってきた。

 

「おう、戻ったか」

 

彼は女子達に呼びかけたが、ユミナ以外の三人は顔を伏せたままである。

 

「どした、気に入らなかったか?」

 

「ねえワッカ、私達本当にここに住んでいいの?」

 

エルゼが問いかける。

 

「当たり前だろ?」

 

「後で、出てけ、とかその、言わないですよね?」

 

「この屋敷はオレのものだからお前らは宿に帰れ、なんてオレが言うと思うか?そんなこと言っちゃオレは、オレを許せねえよ。例え死んだってな!」

 

「ユミナ殿と…、その、一緒の扱いをしてくれるのでござるか?」

 

「おうよ。っつーか何だよ?オレってそんなに信用無いんか?」

 

不思議そうにするワッカを尻目に、ユミナが三人に話しかける。

 

「では皆さん、ここに住むということで。急ぐことは無いので、さっきの話は心の準備が出来てからということにしましょう」

 

「ええ」

 

「はい」

 

「分かったでござる」

 

「おい、何だよさっきの話って?」

 

「「「「秘密」」」」

 

「乙女の秘密ってヤツか?ワッカさんが可哀想だなー、ビャクティス?」

 

少しすねたようにビャクティスをなでるワッカだが、少女の秘密を追求するほど大人げない彼では無い。

 

「それでは、皆さんの部屋を決めましょうか」

 

「ちょっと待てよユミナ。こんなデカい屋敷、オレ達だけで管理出来んのか?」

 

「無理でしょうね。ですから、人を雇いましょう。私に当てがあるので任せて下さい」

 

「本当か?助かるぜユミナ!」

 

 こうして使用人の件は彼女に任せることになった。

 

 数日後、注文していた家具類の準備が整い、屋敷に引っ越す日がやってきた。お世話になった「銀月」の従業員に別れを告げ、ワッカ達は「ゲート」で屋敷に到着する。

 

「うし!家具の搬入を手伝うぞ、お前ら」

 

ワッカ達が業者と共に家具の搬入を行っていると、屋敷のベルが鳴った。

 

「あ、私が呼んだ使用人達がやってきたみたいですね」

 

そう言ってユミナは屋敷の扉を開ける。彼女の言うとおり、来訪者はこの屋敷で働くことになる使用人達であった。

 使用人は7人おり、一人の高年男性が代表としてワッカ達に挨拶する。

 

「この度、こちらの屋敷の家令を務めることになりましたライムと申します。お見知り置きを」

 

「じいやはお父様のお世話係を長年勤めてきた者です。家令には申し分ないですよ」

 

ユミナが付け加えた。

 

「はえー、そんな人がどうしてウチに?」

 

「いえ、寄る年波には勝てず、役目を息子に譲ることになりまして…。ですが姫様からお誘いを受け、弟の命を救って下さった方に仕えるなら本望だということで、こちらでお世話になることにいたしました」

 

「弟?」

 

「はい。弟の名前はレイムと申します」

 

「ああ!公爵家の執事か!確かに助けたなぁ。えっと、ライム?あれ、レイム?」

 

「私はライムです」

 

「ああ、ああ、上が『ラ』で下が『レ』か!ややこしいな

 

最後の言葉は小声で言ったワッカだったが、ライムにはしっかり聞こえているようだった。

 

「時間をかけて覚えて下さい。それでは旦那様、他の方々もご紹介いたします」

 

「旦那様って、オレだよな?」

 

「もちろんでございます。では右の方から」

 

 そう言ってライムの使用人紹介が始まる。

 

「彼女たちはラピスとセシル。メイドです」

 

「メイドギルドから参りました。ラピスと申します。よろしくお願いいたします」

 

「同じくメイドギルドから参りましたぁ。セシルと申します~。よろしくお願いします~」

 

二人のメイドが挨拶する。ラピスは黒髪のボブカットで真面目な印象、セシルは明るい茶髪でホワホワした印象の女性だった。

 

「続いて庭師のフリオと調理師のクレア。彼らは夫婦でございます」

 

「庭師のフリオと申します」

 

「調理師のクレアです。よろしくお願いします」

 

二人は二十代後半くらいの男女で、金髪の男性がフリオ、赤毛の女性がクレアだ。

 

「最後になります、こちら二人はトマスとハック。彼らには屋敷の警護を行って貰います」

 

「トマスです。以前は王国重歩兵をしとりました」

 

「ハックです。元王国軽騎兵です」

 

二人が挨拶した。自己紹介の通り、トマスは大柄の男性で、ハックは小柄な男性だった。

 

「以上になります。トマスとハックは王都に家がございますので、そこから通うことになります。残りの5人ですが、こちらの屋敷に住み込みという形を取らせて欲しいのですが、構いませんか?」

 

「レイじゃねえライム、ラ?えとメイド二人、あと~夫婦がこの屋敷に住むんだな。構わねえぜ。まだまだ空き部屋はあるからな!」

 

名前を覚え切れていないワッカだったが、とりあえず了承しておく。

 

「ありがとうございます」

 

「おう!これからよろしく頼むぜ!」

 

 ワッカが7人にサムズアップする。

 

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 

「「「「「「よろしくお願いいたします」」」」」」

 

代表のライムに続いて、使用人全員が挨拶した。

 

「早速なんだけどよ、家具運ぶの手伝ってくんねえか?」

 

「「「「「「「かしこまりました」」」」」」」

 

ワッカの指示で使用人全員が家具の搬入を手伝いに向かった。

 

「こいつぁ心強いぜ」

 

「じいやに任せておけば問題ありませんよ。伊達に何年もお父様のお世話係を務めてませんから」

 

「賑やかになりそうだぜ。さ、オレらも手伝いに行くぜユミナ」

 

「はい。ワッカさん」

 

 心強い使用人が集まり、安堵するワッカなのだった。




 名探偵ワッカ編終了です。
 次回からはミスミド王国編です。龍との激闘、獣王との決闘、そして「いせスマ」ヒロインの中でダントツの人気を誇る()()も登場します。お楽しみに。

 アニメでライム、ラピス、セシル以外の使用人が名前すら紹介されないモブ扱いされてて笑った。確かに重要人物じゃないかもしれないけどさぁ…。というか実際の所、あの四人は原作通して見ても、どうでもいいモブなんですかね?全部読んでるわけじゃ無いので分かんないっす。アニメ範囲なら確かにライムとラピスとセシルを覚えておけば問題ないわけだが。


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ミスミド王国編
公爵の依頼、そしてガントレット。あとブリッツボール。


 今回から「ミスミド王国編」開始です。
 ヒロインが四人に増えた上に召喚獣もゲットし、賑やかになったワッカ一行。彼らに待ち受ける次なる冒険とは…?


 引っ越し完了から数日後、屋敷のベルが鳴った。家令のライムが来訪者の確認のため玄関に向かう。

 

「来客つっても、大体誰が来たかは見当付くがな」

 

「お父様が会いに来るとは思えませんし、おそらく…」

 

屋敷の中にいたワッカとユミナにライムが告げる。

 

「旦那様、オルトリンデ公爵とスゥシィお嬢様がいらっしゃいました」

 

「やっぱりな」

 

ワッカが頷く。王都の人物でワッカ邸に来るような人物は公爵か国王くらいだ。ワッカに娘を預けている体面上、国王が訪れる可能性は低いだろう。そうなると答えは(おの)ずと絞られる。

 

「いかがなさいますか?」

 

「大事なお客様ってヤツだ。通してくれ」

 

「かしこまりました」

 

 ワッカの指示を聞いたライムが、公爵を屋敷の中に迎え入れた。

 

「やあ、ワッカ殿」

 

「おう!公爵」

 

「引っ越しお疲れ様。これからはご近所だからよろしくな」

 

「近所つっても、区が違うじゃないすか」

 

ワッカと公爵が握手を交わす中、ユミナはスゥシィと挨拶をする。

 

「久しぶりですね、スゥ」

 

「こんにちわじゃ、ユミナ姉様!」

 

「へぇ、並んで見てみるとやっぱ似てんなぁ」

 

ワッカが二人を見比べる。

 

「私と兄上の娘同士だ。似るのも無理は無いだろう?」

 

「そっすね。ああ、庭を眺められるテラスがあるんすよ。そこで一杯どすか?」

 

「良いのかね、ではお言葉に甘えて」

 

 四人は庭を一望できるテラスへと向かう。テラスにおかれたテーブルを囲む椅子に皆が座ると、即座にライムが人数分の紅茶を持ってきた。

 

「ユミナ姉様がワッカ殿と婚約するとはのう。びっくりしたぞ」

 

スゥシィがワッカとユミナを見ながら言った。

 

「スゥ、間違えるんじゃねえぞ?別にオレ達は婚約したわけじゃ無いんだぞ」

 

「ならば…何なのじゃ?」

 

「あーと、わかりやすく言えば、今はユミナがオレに絶賛片思い中で、オレはユミナについて色々知るために一緒にいるわけだ」

 

「片思いって…、もう少し言い方を変えられないのですか?ワッカさん」

 

ワッカの言葉を聞いたユミナは不満そうだ。

 

「スゥを勘違いさせたままにするわけにはいかねえだろ?じゃあ、事実を伝えるしかねえじゃんよ」

 

「ワッカさんは私に対して愛情を持ってないのですか?」

 

「持って無いわけじゃねえ。ただ、恋愛とか言ったモンは持ってねえ。ま、焦らず頑張んだな」

 

「はあい…」

 

「おおう、ユミナ姉様は押しが強いのう」

 

ワッカとユミナのやりとりを目にし、スゥシィが興奮した様子で言う。

 

「全くだ。ユミナが積極的なおかげで、兄上に先を越されてしまった。ワッカ殿はスゥの婿(むこ)にと考えていたのだがな」

 

「そんなことを考えておったのか、父上?」

 

「んなこと考えてたんかよ、公爵…」

 

公爵の爆弾発言を聞き、スゥシィとワッカが反応する。

 

「まあ、ワッカならわらわも大歓迎じゃがな!一緒にいると楽しいでな!」

 

「ユミナはともかく、スゥは早すぎだろ…。教えはどうなってんだ教えは!」

 

最も、二人の姿勢は対照的だったが。

 

「どうだワッカ殿。スゥも乗り気だし、彼女も貰ってくれないか」

 

「冗談きついっすよ。まさか、そんな話をするためにウチに来たんじゃないだろうな」

 

「いやいや、別にそういうわけじゃ無いのだがな。じゃあ、今日の所は引き下がるとしようか」

 

「ハァー、人をコケにしやがって…」

 

「別にコケにしたわけじゃ無いぞ?まあ、そろそろ本題に入ろうか」

 

 そう言って公爵は話を始めた。

 

「実はこの度、我がベルファスト王国とミスミド王国が同盟を結ぶことが決定した」

 

「おお、良かったすね。バルサ伯爵の事件があったからどうなるんだとは思ってたんすけどね」

 

本当は両国の同盟についてなどワッカの頭からはスッポリ抜け落ちていたのだが、ここは話を合わせておく。

 

「全くだ。それで、両国の国王同士で会談を行いたい所なのだが、そのためにはどちらかの国王が相手の国に向かわなくてはならない」

 

この時点で、ワッカは公爵の用件を何となく察することが出来たのだが、とりあえず話を最後まで聞くことにする。

 

ベルファスト(ここ)からミスミドまでは順調にいっても、馬車で10日ほどかかる。その道中には、国王の命を狙う(やから)や魔獣などの危険が生じる。そこで、ワッカ殿の『ゲート』を使えれば、危険を(おか)さず、会談を行えるのだ。だが『ゲート』は一度行った場所にしか行けないのだろう?」

 

「ミスミドまで行けってのか?まさか、ボランティアでやらせるわけじゃないだろうな?」

 

 ワッカはこの前、国王から王金貨20枚を貰ったばかりである。その中に今回の話のお礼も含まれているのでは無いかと危惧したのだ。別に彼はお金にがめついわけでは無いが、片道10日もかかる旅を無償で引き受けるのは流石に勘弁して欲しかった。国王の毒を治すのとは心身の負担も拘束時間も違いすぎる。

 

「そんなことは言わないさ。ギルドを通じて君達に直接依頼する形を取るつもりだ。もちろん報酬も出すし、ギルドランクも上がる。悪い話じゃ無いと思うが、どうだろうか?」

 

ギルドの依頼、という形ならばワッカに断る理由は無かった。それに加え、まだ見たこと無い場所に向かう魅力が彼の冒険心に火を付けた。

 

「それじゃ断る理由は無ぇな!ユミナは…」

 

「当然、ワッカさんに従います」

 

「だろうな!うし!公爵、その話乗ったぜ!」

 

「そうか!では、よろしく頼むぞ」

 

「任しといてくださいよ!」

 

こうして公爵の依頼を受け、ワッカはミスミド王国へ向かうことになった。エルゼ、リンゼ、八重はこの場にいなかったが、三人も文句は言わないだろうと彼は判断したのだ。

 

 その晩、ワッカは三人に公爵からの依頼について話した。

 

「いいじゃない!なんだかワクワクするわ」

 

「私も大丈夫です。ミスミドってどんな所なんでしょうね?」

 

「これも修行の内、でござる」

 

予想通り、三人とも反対はしなかった。出発は三日後である。

 

「しかし、ワッカ殿が『ゲート』を使えることがミスミドに知られても大丈夫なのでござるか?自分の所に誰にも知られず行くことの出来る魔法の使い手、などと知られては危険ではござらぬか?」

 

八重が疑問を口にする。

 

「それに関してはな、問題無えらしいんだ。城みてえな大事な場所には宮廷魔術師ってのがいて、そいつが結界を張っている場所には『ゲート』で向かうことが出来ねえんだと」

 

「そうなのでござるか?初耳でござる」

 

「ま、オレも今日公爵から聞いたんだがな。王城に『ゲート』で向かうときに部屋が決められてんのも、他の場所にはシャルロッテが結界を張っているかららしいぜ。アイツもちゃんと仕事してんだな~」

 

「もう!ワッカさん失礼ですよ!」

 

ワッカの失礼な発言にリンゼが抗議する。

 

「悪い悪い。そういや、リンゼはシャルロッテと話出来たのか?」

 

「はい。とても有意義な時間を過ごせました」

 

「一応聞くけど、オレの魔法については話して無いな?」

 

「話してませんよ。まあ、結構しつこく尋ねられたんですが…」

 

「やっぱろくでもねえな」

 

「聞 こ え て ま す よ ?」

 

「うお!笑顔が怖いぜ、リンゼ…」

 

 兎にも角にも、出発の三日後までは各自準備期間ということになった。準備期間中は万が一の事態を避けるため、他の依頼は受けないということになった。

 

 

 

 

 

 翌日。洗面所で朝の支度をしていたワッカにエルゼが話しかける。

 

「ねえワッカ。今日空いてる?」

 

「ん?まあ空いてっけど?」

 

「じゃあ私の買い物に付き合ってよ。ガントレットを新調したいのよ」

 

「そういや、俺と会った時からずっと使ってるもんな、アレ」

 

「でしょ?お金も貯まったし、新しいのが欲しいのよ」

 

「でもよ、オレはガントレットについて詳しくねえぜ?リンゼの方がお前と一緒にいる分、詳しいんじゃねえのか?」

 

「ア、アンタと、行きたい、のよ…」

 

「ん?聞こえんかった。もっぺん言ってみ?」

 

「ワッカと行きたいの!二度も言わせないでよ…」

 

「おお、わりいわりい」

 

「もう…。準備できたらすぐに行くわよ!」

 

こうしてワッカはエルゼと共に武器屋に行くことになった。

 王都には貴族御用達の武器屋が存在する。貴族か紹介を受けた人しか入れないが、ワッカ達は公爵家のメダルを持っているので入ることが出来る。エルゼはあらかじめ店を選んでいたようで、そこに直行することになった。

 

「本日はどの様なご用件でしょうか?」

 

 メダルを見せた二人に対し、店員が尋ねる。

 

「戦闘打撃用のガントレットが欲しいんです。出来れば魔力が付与されているモノで」

 

 この世界の武器や防具には魔力が付与されている代物がある。ワッカが以前買ったピアスも魔力が付与されている代物だ。しかしそれらは希少な品で、リフレットの武器屋には(ほとん)ど売られることが無い。買いたいならば貴族御用達の店に行くのが確実なのだ。

 

「かしこまりました。こちらでございます」

 

 店員が紹介した場所には、二対のガントレットが販売されていた。一つはメタリックグリーンのカラーリングが施された流線形のガントレットで、店員が説明を始める。

 

「こちらの商品には飛来する矢などを()らす、風属性の魔力が付与されております。遠距離の魔法を防ぐことは出来ないのですが、高い魔法防御を兼ね備えておりますので、受けるダメージを軽減することが出来ます」

 

もう一つは赤と金のカラーリングが施された鋭い形のガントレットだ。

 

「こちらの商品は魔力を溜めることで、強力な一撃を放つことが出来る商品となっております。魔力を蓄積するのに多少時間はかかりますが、威力は申し分ありません。攻撃と同時に硬化魔法が付与されるので、攻撃を行うことで破損する心配はございません」

 

「そうなのね。う~ん、どれにしようかしら」

 

 店員の説明を聞いたエルゼがガントレットを見比べながら、頭を悩ませる。

 

「イケイケなエルゼなら、攻撃特化の方が良いんじゃねえか?」

 

「そう単純じゃないのよ。私の戦い方はリンゼ達みたいに敵から離れて無いからダメージを喰らいやすいの。だから余計なダメージを負わないことも大切なのよ?」

 

「そうなのか?う~ん、やっぱオレにはよく分かんねえわ。悪いな」

 

「謝んなくていいのよ。選ぶまでちょっと待っててくれれば」

 

「ああ、ゆっくり選びな」

 

随分長い時間をかけて吟味していたエルゼだったが、ようやく結論が出たようだ。

 

「よし!決めたわ!」

 

「お、どうすんだ?」

 

「両方買う!左右で別のを付けることにするわ」

 

「おいおい…。んなことしたら付けなかった方が余っちまうじゃねえか」

 

「余った方は予備ってことで!」

 

「なるほどなぁ」

 

「それで良いかしら?」

 

エルゼが店員に尋ねる。

 

「かしこまりました。試着してみて、違和感がございましたらお申し付けください」

 

「……。ん、大丈夫!」

 

試着を終えたエルゼが言った。

 

「それでは二点ともお買い上げということで、ありがとうございます。防御魔法の方が金貨14枚、攻撃特化の方が金貨17枚になります」

 

「分かったわ」

 

 エルゼは(ふところ)から用意していた金貨を取り出す。枚数を数え、ワッカの方を振り返った。

 

「ね、ねえワッカ…。金貨2枚貸してくれない?持ってきた分じゃ足りなかったの…」

 

「しゃあねえなぁ。ほれ」

 

ワッカはエルゼに金貨2枚を渡す。

 

「ありがと!帰ったら返すわね」

 

そう言ってエルゼは代金を店員に渡す。これにて無事買い物終了だ。

 店を出た後、エルゼがワッカに礼を言う。

 

「ありがとね、ワッカ。買い物付き合ってくれて」

 

「いや、オレ金貸しただけだぜ?」

 

「いいの!ワッカが一緒にいてくれただけで…」

 

「そうか?ま、エルゼが納得したなら良いけどな」

 

「フフフフ…」

 

エルゼが嬉しそうに笑った。そんな彼女の顔を見てワッカが尋ねる。

 

「ん?お前顔赤くねえか?具合でも悪いんか?」

 

「なっ!そんなこと無いわよ!ヘーキよ、ヘーキ!」

 

「そっか、ならいいけどよ」

 

「そうだ!お礼にスイーツごちそうさせて!良いお店知ってるの」

 

「金無いんじゃなかったのか?」

 

「金貨が無かっただけよ。小銭ならあるわ。ほら行きましょ!」

 

エルゼは嬉しそうにワッカの手を引いて、王都の道を進むのだった。




 エルゼのガントレット購入の話は、原作では白帝加入と引っ越しの間の話なのですが、ここに持ってきました。ガントレット購入後のゴスロリ服の話は正直キモイのでやりません(直球)。


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オーラカリール、そして古代魔法。あとブリッツボール。

 オーバードライブ技の仕様について、原作と変更点がありますのでお伝えします。
 ワッカが使うオーバードライブ技は原作「ファイナルファンタジーX」ではオーバードライブゲージを溜めないと使用することが出来ませんでしたが、当作品では好きな時にオーバードライブ技を使用することが出来ます。 
 その代わり、ワッカがオーバードライブ技を使用するには

1.力を溜める
2.リールを止める
3.オーバードライブ技が発動する

という手順を踏む必要があり、その間敵に対して隙をさらすことになります。
 ファイナルファンタジーXではリールを止めている間に敵が攻撃してきませんが、リアルな戦闘描写を意識した結果、上記のような変更を行うことになりましたので、よろしくお願いします。


 翌日、洗面所にて朝の支度をしているワッカの元にリンゼがやってきた。

 

「ワッカさん、今日は空いてますか?」

 

「今日か?今日はなぁ、一人で自主練をしようと思ってるんだよな。明日の出発に向けて、練習したいことがあってな」

 

「なら丁度良かったです。私の魔法の練習に付き合ってくれませんか?」

 

「ん?確かにオレも魔法使えっけど、ブリッツボールで戦うのが基本だかんな。リンゼの方が専門だろ?」

 

「それでも良いんです。ワッカさんが近くにいてくれれば…」

 

「お?何だか、昨日エルゼとも似たような会話したな?」

 

「やっぱり…」

 

リンゼの声が低くなり、(うら)めしそうにワッカを見つめる。

 

「昨日、お姉ちゃんと一緒に買い物に行ったんですね?」

 

「まあな。ガントレット買うのに付き合ってくれって言われたからよ」

 

ワッカは何を思うでも無く、昨日のことを伝える。

 

「だったら!今日は私の番です!!」

 

リンゼが大声を出した。

 

「ワッカさんの練習を邪魔したりはしません。一緒の場所で練習してくれるだけで良いんです!ですから…」

 

「わーった、わーった!そんなに言うなら一緒にいてやるよ」

 

「本当ですか?ありがとうございます」

 

リンゼが笑顔になる。

 

「支度が終わったらすぐに出発しましょう。場所はリフレットの東の森です」

 

「最初に依頼やったところか。いいぜ、『ゲート』でひとっ飛びだ」

 

 こうして二人は、リフレットの町の東に広がる森へと向かった。

 

 東の森はワッカ達が初めてギルドの依頼をこなした場所である。今は魔物の数も減り、危険の少ない場所になっていた。

 

「付いたぜ。えと、オレも練習してて良いんだよな?お前の練習に付きっきりじゃなくていいな?」

 

「はい。大丈夫です」

 

 そう言ってリンゼは早速、魔法の練習を開始した。

 

「水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

彼女が構えた杖の周りに小さな水の塊が集まり出す。しかしそれから何かに発展することは無く、ボタボタと地面に落下してしまった。失敗してしまったようだ。

 

「水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

彼女はめげずに魔法を繰り返す。しかし今度も形になることは無く、地面に水たまりを作るだけに終わった。

 

「もう一度。水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

 頑張るリンゼに見とれていたワッカだったが、自身の目的を思い出す。

 

「おっと、オレも練習に取りかかんなきゃな」

 

そう言って彼はリンゼを見失わない程度に彼女から離れ、反対の方向を向く。

 ワッカが練習をしようと思っている技は、オーバードライブ技の一つ「オーラカリール」である。「オーラカリール」のブリッツボール絵柄揃いは、彼が持つ技の中で一発の威力が最も高いのだが、その分絵柄を揃える難易度が高い。無理をして「オーラカリール」を放つくらいならば「アタックリール」の2HITを揃えた方が効率が良い始末で、ユウナのガード時代には(ほとん)ど使わなかった技だ。

 だがこの異世界では、以前戦った水晶の魔物のように何時「アタックリール」で倒せない敵が現われるか分からない。そんな事態に備え、「オーラカリール」のブリッツボール絵柄揃いの練習を彼は続けていたのだ。

 ワッカが力を溜め始めると、彼の横に現われたリールが回り始める。

 

赤色

 

ブリッツボール絵柄

 

ドクロ

 

失敗だ。通常攻撃より威力の上がったブリッツボールが彼の腕から放たれる。しかし「オーラカリール」の真の力と比べると、その威力は雲泥の差だ。

 

「失敗か。だが、まだまだだぜ?」

 

ワッカはボールを拾って再びリールを回す。

 

ブリッツボール絵柄

 

ブリッツボール絵柄

 

黄色

 

最後のリールを失敗した。放たれた「オーラカリール」は先程と威力が変わらない。リールを一つでも失敗すると、最高火力は出せないのだ。

 

「もう一度だ!」

 

 ワッカは三度「オーラカリール」に挑戦する。

 

ブリッツボール絵柄

 

ブリッツボール絵柄

 

ブリッツボール絵柄

 

三度目の正直、ワッカは高く飛び上がり、バレーボールのスパイクの要領でブリッツボールを叩きつける。ドッゴオオオンともの凄い音が鳴り、土煙が巻き起こる。

 

「え?え?今の何ですか?」

 

驚いたリンゼがワッカの元へやってくる。ブリッツボールが着弾した場所には大きなクレーターが出来ていた。

 

「あっ、わりいなリンゼ、驚かしちまってよ」

 

「ワッカさん、コレは一体…」

 

「オレの最強技『オーラカリール』だ。破壊力はスゲェんだが失敗しやすくてな」

 

「スゴい…。こんな技を持ってたんですね」

 

リンゼが感嘆する。

 

「あの水晶の魔物との戦いでコイツを出せたら良かったんだがな…。失敗が怖くて出来なかった。またああいう硬い敵と戦う事があるかもしれねえから、成功率を上げるための練習をしてたってわけだ」

 

「そういうことだったんですか」

 

「なあ、オレが一緒で平気か?何度も挑戦すっから、またスッゲェ音とかするぞ」

 

「大丈夫です、理由が分かりましたから。私も練習に戻りますね」

 

「そっか、頑張れよ!」

 

「はい!私も負けてられません!」

 

 こうして二人は各々の練習に戻った。

 

 時間は流れ、試行回数が30回になった所で、ワッカは練習を一区切りする。成功回数21回で成功率は7割という結果だった。コツを掴んだ後半は成功回数が増加したものの、まだカンペキというには遠く、実戦で安心して使えるレベルではない。

 

「おーいリンゼ?そっちはど…なっ!?」

 

 リンゼの様子を見に来たワッカが驚きの声をあげる。リンゼが地面に倒れ伏して、荒い息を吐いている。周囲は水でビショビショだった。

 

「おい!大丈夫かよ!?」

 

ワッカは急いでリンゼの元に駆け寄った。

 

「ワ、ワッカさん…。大丈夫、です…。ちょっと、魔力を使いすぎただけ、ですから…」

 

「全然大丈夫そうに見えねえぞ?とりあえず、涼しい場所まで運んでやる!」

 

ワッカはリンゼを抱え上げ、木陰に座らせた。

 

「ほら水飲め、水!」

 

自分の水筒を渡して、リンゼに飲ませた。

 

「……ぷふぅ、すみませんでした、ワッカさん」

 

「気にすんな…と言いてえけど、自分の体調は気にしなきゃダメじゃんよ」

 

「そうですね、反省します…」

 

リンゼの上がっていた息も穏やかなモノへとなっていた。

 

「ありがとうございました。練習、続けますね」

 

「ダメだ!ビサイド・オーラカのコーチを務めた、このワッカさんが許さねえ!」

 

立ち上がろうとするリンゼをワッカが座らせる。

 

「大体、なんでそんなにムチャすんだよ?お前の魔法は十分、一線級じゃねえか」

 

「私は不器用ですから…。同じ事を何度も何度も繰り返して、やっと魔法を覚えることが出来るんです。今までもそうでした。今回の魔法も、何度も練習しないと…」

 

「気持ちは分かった。でもよ、それで倒れちゃ意味ねえだろ!」

 

「ワッカさん…」

 

「お前の強さの秘密も根性も理解した。だが無理は良くねえ。()()()()倒れちゃ大変だしな。今日の練習はここまでだ」

 

「はい、分かりました」

 

「うし!ま、お前の練習を禁じといてオレだけ練習してんのもアレだしな。オレの練習もここまでにして帰るか」

 

「そんな!私のためにワッカさんが練習を止める必要なんて無いじゃないですか!」

 

リンゼがワッカを申し訳なさそうに見つめる。

 

「練習なんていつでも出来る!ってとこを見せねえと説得力がねえだろ?オレはオレの意志で止めんだから、リンゼは何も気にする必要ねえよ」

 

「でも…」

 

「つか、どんな魔法を練習してたんだ?」

 

 ワッカは話題を変えることで、リンゼが引き下がるのを止めさせた。

 

「この間、シャルロッテ様とお話ししたとき、教えて貰った魔法です。と言っても、どんな魔法か分かってないんですが…」

 

「シャルロッテが使える魔法を教えて貰ったんじゃねえのか?」

 

ワッカの問いかけに対し、リンゼが詳細を語る。

 

「シャルロッテ様は古代言語の研究もなさっているんです。随分と大変な作業らしいのですが、研究の結果、古代に存在していた魔法の名称がいくつか分かったとのことなんです」

 

「はぁー、アイツそんなこともしてたのか」

 

「でも、その詳細は分かってないんです。もしも私が使えるようになればシャルロッテ様の研究のお手伝いになる、ということで水属性魔法の『バブルボム』を呪文だけ覚えてきたんです」

 

「ソイツを練習してたってわけか」

 

「はい。でも難しいですね。魔法の概要が分かってないと形にならなくて…」

 

「大変そうだな…」

 

 ワッカは同情するが、彼の使うスピラの呪文はこの異世界の魔法と体系が違う。故に彼女の(つまず)いているポイントを理解することは出来なかった。

 

「せめて、バブルボムって意味が少しでも分かれば……」

 

「う~ん…。すまんな、オレからアドバイス出来ることは無えみてえだ」

 

「ワッカさんが謝る必要ありません。また後日、挑戦します。練習はいつでも出来る!です」

 

「ああ。でも、ぶっ倒れるまでやんじゃねえぞ?」

 

「はい、分かりました」

 

 リンゼは今日の練習を諦めたみたいだったが、残念そうな表情は隠し切れていない。そんな彼女を励ますべく、ワッカが声をかける。

 

「まあ、そんなに落ち込まねえでよ。今日の夕飯は豪勢なモノにしてやっから!明日の依頼に向けて()()()()()()()()()()()()()()ってことで…」

 

「あああーーーーーーー!!!」

 

 リンゼが急に大声を上げる。

 

「ど、どうしたんだリンゼ、急に大声出して…」

 

「今のワッカさんの言葉で閃きました!」

 

「ヒラメキ?」

 

「お願いします!後一度だけ、魔法を使わせて下さい!これでダメだったら諦めますから!」

 

リンゼが手を合わせて懇願する。彼女の必死さを見て、ワッカは一度だけチャンスを与えることにした。

 リンゼが杖を持って目を閉じる。彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()魔法を唱える。

 

「水よ来たれ、衝撃の泡沫、バブルボム」

 

彼女の杖の周りに直径20センチ程の水の玉が現われた。この玉は彼女の意志で自由に動かせるらしく、フワフワ移動しながら一本の木にぶつかった。瞬間、とてつもない衝撃音とともに玉がはじけ飛び、周りの木々を粉々に吹き飛ばした。

 

「……出来ました…」

 

「すっげええへへええええ」

 

魔法を放った張本人も、見ていたワッカも呆気にとられる。

 

「やったなあリンゼ!成功じゃねえか!!」

 

「はい!ワッカさんのお陰です」

 

「オレのお陰…?」

 

ワッカには一切心当たりが無かった。

 

「先程のワッカさんの言葉がヒントになったんです。『()()()()倒れちゃ大変だしな』『ドカーンと一発景気づけの花火ってことで』って言いましたよね?」

 

「ああ、確かに言ったな。まさか、それがヒントに?」

 

「はい!だからワッカさんのお陰なんです。ありがとうございます!」

 

嬉しそうにリンゼは礼を言う。

 

「いや、ちげえな」

 

しかしワッカは彼女の言葉をズバッと否定した。

 

「お前が魔法を成功させれたのは、お前の閃き、そしてお前の努力の賜物(たまもの)だな。オレはこの魔法を知ってて、わざとヒントを出したわけじゃねえしな。全部お前の手柄じゃねえか!」

 

「そ、そうですか?エヘヘ、ありがとうございます」

 

「だからお礼はやめれって」

 

「違いますよぉ」

 

リンゼは笑顔で言った。

 

「ワッカさんが褒めてくれて嬉しかったから…だからお礼を言ったんです」

 

「なあんだ、そうだったか。ハハハ」

 

「フフフ」

 

メチャメチャになった森の中で、笑い合う二人なのだった。




 環境破壊とか、つまらんことを気にするヤツは反省して、どうぞ。

 八重の個別ストーリーは、スマホが活躍する話だったので出来ませんでした。許せ、八重。また今度だ。(CV:アーロン)
 まあ彼女の故郷のイーシェン編もこの後あるし、別に良いよね。


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獣人の国へ、そして襲撃。あとブリッツボール。

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 いよいよ今回から、ミスミドに向けての旅が始まります。ワッカ達の新たなる冒険をお楽しみください。


 翌日、ミスミド王国への出発当日となり、ワッカ達は集合場所へと向かった。

 

「ワッカ殿が一緒で頼もしい限りです。長旅になりますが、何卒よろしくお願いいたします」

 

「あ、こちらこそよろしくす、オリガ大使」

 

 丁寧に挨拶するオリガに向かい、ペコペコ頭を下げるワッカ。ミスミド王国の大使であるオリガとその妹アルマが丁度帰国する時期だったとのことで、ワッカ達はその護衛団に加わる形になるのだ。無論それは建前で、本当の目的は「ゲート」を使って国王を安全にミスミドに連れて行くために、行ったことの無いミスミド王国へ行くことなのだが。

 

「ミスミド王国兵士隊隊長、ガルンです」

 

「ベルファスト王国第一騎士団所属、リオン・ブリッツです」

 

 狼の獣人と、金髪の青年がワッカ達に挨拶する。彼らはミスミド、ベルファスト両国の護衛隊の代表なのだ。リオン・ブリッツはあのレオン将軍の息子である。

 

「オレはワッカ、ギルド所属の冒険家だ」

 

「お三方とも、この度はよろしくお願いします」

 

三人の代表に対し、オリガ大使が改めて頭を下げる。

 

「は、はいっ!よ、よろしくお願いします!!」

 

リオンがドギマギしながら大使に挨拶を返す。

 

「そんなに硬くなるなよぉ。先が思いやられるぜ?ハッハッハ!」

 

そんな彼の様子を見て笑い声を上げるワッカ。代表達の挨拶も済んだところで、一行はミスミド王国に向けての旅を始めるのだった。

 

 

 

 

 

 三台の大きな馬車が連なって道を進む。一台目の馬車にベルファスト王国の護衛隊5人、二台目の馬車にオリガ・アルマ姉妹とワッカ一行、三台目の馬車にミスミド王国の護衛隊5人が乗車している。

 ワッカ達の乗る馬車の御者はエルゼ・リンゼ姉妹が務めていた。その馬車の中では、ある熱い戦いが繰り広げられていた。

 

「むむむ…、コレでござる!」

 

 八重がカードをめくる。めくられたカードにはドクロマークが描かれていた。

 

「ハズレですね。黄色の紋章はコレとコレです」

 

ユミナが迷うこと無く2枚のカードをめくる。どちらにも同じ黄色の紋章が描かれていた。

 

「う~ん、記憶の勝負は苦手でござるぅ」

 

八重が唸った。

 彼女たちが遊んでいるのは、神経衰弱である。しかし使用しているのはトランプでは無い。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。カードは全部で45枚で、それぞれにワッカのオーバードライブ技のスロットに使用されている絵柄が描かれている。「エレメントリール」の赤、青、黄、白、「アタックリール」のMISS、1HIT、2HIT、「ステータスリール」のドクロ、砂時計、DOWN、「オーラカリール」のブリッツボール絵柄の11種が4枚ずつ、計44枚。それにワッカの顔が描かれたカード1枚を加えた45枚だ。

 以前公爵家に遊びに行った時にスゥシィが「楽しい遊びを教えてくれ」とリクエストしてきたのを受け、ワッカが考えたゲームである。神経衰弱の他にも、「隣の相手からカードを1枚貰っていき、手札の絵柄が揃ったら捨て、最後にワッカの絵柄を持っていた人が勝ちになるゲーム」や、「決められた役を5枚の手札で作り、強い役を持っていた人が勝ちになるゲーム」等、様々な遊び方が出来るシロモノだ。

 神経衰弱で遊んでいたのは八重、ユミナ、アルマの三人。結果は八重2組、ユミナ12組、アルマ8組で八重がボロ負けだ。もう何戦も行っているが、八重は5組以上揃えられた試しが無かった。

 

「なあんだ、八重は記憶力が足りねえなぁ」

 

 オリガ大使と「役作りゲーム」で遊んでいたワッカが声をかける。

 

「そうは言うがワッカ殿、人には得意不得意があって当然でござる」

 

「じゃあ、こっちでオリガ大使と役作りゲームして遊ぶか?オレと交代だ」

 

「そ、それじゃあそうするでござるよ…」

 

ワッカと八重が位置を入れ替えた。

 

「ワッカ選手登場!ユミナ、アルマ、簡単に勝てると思うなよぉ?」

 

「臨むところです!」

 

「よろしくお願いします」

 

 三人が神経衰弱を始める横で、八重はオリガ大使とテーブルを挟んで向かい合う。

 

「いざ尋常に、勝負でござる」

 

「はい、よろしくお願いしますね」

 

八重と大使の「役作りゲーム」が始まった。

 「役作りゲーム」はまず、45枚の山札からお互いが5枚ずつカードを引く。その後お互いは自分の手札がより強い役になるように手札を任意の枚数捨てる。そして捨てた枚数と同じ分、残りの山札からカードを引き勝負を決するのだ。

 

「むむむ…」

 

八重が自分の手札とにらめっこしている。彼女の最初の手札はドクロ、DOWN、白の紋章、白の紋章、ワッカの絵柄だった。ワッカの絵柄は好きなカードの代わりとして使えるオールマイティーだ。つまり彼女の今の手札に揃った役は、白の紋章のスリーカード。ドクロとDOWNの両方を捨てて白の紋章のフォーカード及びファイブカードを狙うか、手堅く片方を捨ててフルハウスとフォーカードの両方を狙える状態にするか、迷い所だ。

 

「こ、ここは手堅く…」

 

八重が捨てたのはドクロのみ。普段の彼女なら迷うこと無く2枚を捨てる勝負に行っただろうが、先の神経衰弱の連敗があったせいか、勝利への欲が勝ったのだった。

 彼女は1枚山札からカードを引く。引いたのはDOWNのカードだった。

 

「やったでござるぅ!!」

 

絶叫する八重。DOWNが3枚、白の紋章が2枚のフルハウスだ。

 

「おや、ずいぶん良い役が揃ったのですね?」

 

「ふっふっふ、拙者の役に勝てるでござるかな?オリガ殿」

 

「では、私はこれで」

 

そう言ってオリガ大使は1枚手札を捨て、山札から1枚カードを引く。

 

「勝負でござる!」

 

 八重が手札を公開する。

 

「DOWNが3枚、白の紋章が2枚のフルハウスでござる!」

 

「残念。()()()()ですね」

 

オリガ大使が手札を公開する。彼女の役はブリッツボール絵柄3枚、黄色の紋章が2枚のフルハウスだ。フルハウス対フルハウスというハイレベルな勝負になったが、役が同じだった場合は絵柄で勝敗が決まる。ブリッツボール絵柄>2HIT>ドクロ、砂時計、DOWN>赤、青、黄、白>1HIT>MISSの順で強いので、ブリッツボール絵柄を持っていたオリガ大使の勝ちである。

 

「くっ、くうううううううううぅぅぅ!!」

 

『うるさいですね…』

 

 八重の絶叫のせいで、気持ちよく寝ていたビャクティスが目を覚ましてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 夜、ワッカ達は森の中にある開けた場所で野宿することになった。

 

「『この わたしが やられるとは…… しんじられ……ん……2どまでも…おまえに…… …おまえは いった…い な…にもの…… ウボァー』こうして、悪のパラメキア帝国の皇帝はフリオニール達に敗れ去り、世界に平和が取り戻されたのだった」

 

 ワッカが話し終えると、焚き火を囲んだ皆から拍手が起こる。

 

「面白かったです!ワッカさん」

 

アルマが頭に生えたキツネの耳を動かしながら、興奮気味に感想を伝えた。

 何か話を聞かせて欲しい、というリクエストを受けたワッカは、彼の故郷に伝わる英雄譚(えいゆうたん)を語り聞かせることにしたのだが、これが思いの外大盛況。寝る前の良い時間つぶしになったのだった。

 と、その時、一人のウサギの獣人が耳を動かしながら皆に注意を呼びかける。

 

「何者かが近づいてきています…。明らかに我々を狙っています」

 

和やかだった雰囲気が一瞬で変貌する。

 

『主よ、確かに何者かがこちらに向かってきております。数は20以上、友好的な者達とは思えません』

 

 ビャクティスもワッカに忠言する。召喚獣とその術士はテレパシーのようなもので言葉を発せずとも意思疎通が出来る。キングエイプとの戦いでユミナが、シルバーウルフ達がキングエイプを見つけたことを察知出来たのもこのためである。

 一同はオリガ・アルマ姉妹を囲う形で戦闘態勢に入る。二人の一番近くにいるのはユミナだ。彼女が後方支援担当というのも理由の一つだが、それ以前にベルファスト王国の王女である彼女もまた、護衛対象なのだ。ちなみにミスミドの護衛隊には彼女が王女であることは知らされていない。

 

「ナニモンだぁ…?」

 

「恐らく、街道に潜伏している盗賊団でしょう。数が多いと厄介ですな」

 

ガルンがワッカに言う。そこいらの盗賊に負けるほどヤワなワッカ達では無いが、敵が何時襲ってくるか分からない状態が続くのは精神的に良くない。周りを森で囲まれているなら尚更だ。

 

「うし、アイツを使ってみっか…。ガルン隊長、今から大技をぶっ放すんで、それが攻撃の合図だと皆に伝えてくれ」

 

「あ、ああ、分かった」

 

ガルンに伝言を残し、ワッカは皆から距離を取る。そして力を溜め始めた。

 ワッカの側に現われたリールが回り出す。敵が待ち伏せしている今、重要なのは時間をかけてでも、確実にリールを揃えることだ。

 

ブリッツボール絵柄

 

ブリッツボール絵柄

 

ブリッツボール絵柄

 

オーバードライブ技「オーラカリール」のブリッツボール絵柄揃えの成功だ。ワッカは高く跳び、北東の方角に広がる森に向かってボールを叩きつける。

 凄まじい音が響いて、森が吹き飛んだ。森に潜んでいた盗賊達が吹き飛ばされる。ワッカの不審な動きを目撃していた彼らだったが、まさかこれほど大きな威力の技がボールから放たれるとは、予想だにしていなかったのだ。

 

「くそっ、テメエらかかれ!!」

 

無事だった盗賊達が襲いかかってくる。両国の護衛隊やエルゼ達が相手をする。その間にワッカは南西の方角へと体を向ける。

 

「させるか!!」

 

南と西の方角に隠れていた盗賊達も襲いかかってきた。先程と同じ技をこちらにも撃たれたのではたまったモノでは無い。

 

「出てくると思ったぜ!いくぞぉ!皆ぁ!!」

 

ワッカのかけ声で戦闘が始まる。結果として大した時間が経たない内に、ワッカ達が勝利を収めたのだった。

 

「怪我したヤツはいねえか?」

 

「こちらは大丈夫だ」

 

「こちらもです。ワッカ殿の大技で敵が動揺していたので、難なく勝てました」

 

ガルンとリオンがワッカに答える。彼らに負けた盗賊団は全員、縄で縛られ無力化されていた。

 

「コイツら、どうすりゃ良いんだ?」

 

ワッカの疑問にガルンが答える。

 

「この先の町へ、引き取りの警備兵を要請する早馬を出しましょう。そうすれば朝には警備兵がこちらに来れるでしょうから」

 

「そういうことでしたら、盗賊達(コイツら)の見張りは我々ベルファストで行います。ミスミド側は馬車の警備を、ワッカ殿は馬車の中でオリガ大使達の護衛をお願いします」

 

リオンがそう提案した。彼の言う「オリガ大使達」というワードにはオリガ・アルマ姉妹だけで無くユミナも暗に含まれているのだ。

 

「リオン殿、お手数をおかけします」

 

オリガ大使がリオンに微笑みながら礼を言う。

 

「あ、いっ、いや!これが私の任務ですから!どど、どうかお気になさらずっ!」

 

リオンが顔を真っ赤にしながら、アタフタと言葉を返した。

 

「なんだアイツ、ま~だ緊張してんのか」

 

 リオンの様子を見ながら馬車に戻りつつ、ワッカが呟いた。

 

「青春ね-」

 

「青春、です」

 

「青春でござるなー」

 

「青春ですわね」

 

彼の横でエルゼ達四人が、木の葉最強の上忍が反応しそうなワードを連呼する。

 

「青春?オレの青春はブリッツボールだったな~」

 

「そういう意味じゃ無いですよ、ワッカさん!」

 

「オリガ殿はリオン殿の気持ちに気付いているのでござるかな?」

 

「気付いてると思うわよー。どっかの誰かさんみたいにニブく無さそうだし」

 

エルゼが意味深な視線をワッカに送るが、当の本人は全く意味が分かっていない。

 

「何だ何だ、何が言いてえんだ?」

 

「ニブいのもそうですけど、ワッカさんは誰彼構わず優しくし過ぎ、です」

 

「あ、それは私も思ってました」

 

「悪いことだってのか?皆に優しいのがワッカさんの良いところだろうがよ!」

 

「思わせぶりな態度もどうかと思うのでござるよ」

 

「ちょっと分かってる!?そこに正座!」

 

「ナンデダヨ!」

 

「「「「いいから!!」」」」

 

「おい!恫喝(どうかつ)をつつしめよ!」

 

 不機嫌なヒロインズに対し、一歩も引かないワッカなのだった。




望月冬夜……ヒロイン達に強く出られない
ワッカ………ヒロイン相手でも自分のペースを崩さない

 ルールーに対しては強く出られないワッカですが、それは彼女が幼馴染みだから特別なのであって、ヒロインズに対してはリュックと同じ対応をすると思うんですよね。決して年下にしか強く当たれない情けない男なのでは無いぞ!

 皆も遊ぼう、ワッカ特製の「オーバードライブ・リール・カードゲーム」!
 え?どこで売ってるのかって?自作して、どうぞ。


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アクセサリー、そしてドンヨリ。あとブリッツボール。

 この小説とは全く関係ない話になってしまうのですが、私のやっているスマホゲーム「白猫プロジェクト」が8周年を迎えました。
 と言っても最近はログインすら(ほとん)どしていません。何か色々新要素が増えすぎてしまってね…。
 でもこの「白猫プロジェクト」ですが、キャラの職業的に「異世界はスマートフォンとともに。」とコラボするのにピッタリだと思うんですよね。

望月冬夜……ルーンセイバー
エルゼ………拳
リンゼ………杖
八重…………剣
ユミナ………弓

みたいな感じで。リゼロや転スラとはコラボしてるのに、何で、いせスマとコラボしないんだよ…。教えはどうなってんだ教えは!!
 あと最近はジャンプ系とのコラボが多すぎる。来年辺り「マッシュルーMASHLEー」とコラボしそう。


 6日後、ワッカ一行はベルファスト王国最南端の町であるカナンに到着していた。この町から両国の境界線であるガウの大河を渡り、対岸に存在するミスミドの町、ラングレーを目指すのだ。

 このガウの大河は単なる川では無い。その幅は、水平線にボンヤリとしか陸地が見えないほど大きく、ともすれば海と見間違うほどの大きさである。この大河をワッカ達は帆船に乗って渡ることになるのだ。船には風属性魔法の使い手も乗船するので風向きは関係ないのだが、それでも渡りきるのに2時間ほどかかる。

 ミスミドの人間が乗船の手続きをしている間、ワッカ達はカナンの露天商を観光することになった。この町は両国を行き来する人々を相手にした観光業が盛んな町だった。

 ワッカはユミナとアルマとの三人で店を見て回る。ユミナとアルマは同い年ということもあってか、すっかり仲良しになっており、色々な店をやいのやいの言いながら見て回る二人の姿は見ていて微笑ましかった。

 

「おや?ワッカさん、あれ…」

 

「お?」

 

 ユミナが指差す方角に、露天商の前で難しい顔をしているリオンの姿があった。その店にはブローチや指輪、ネックレスなどのアクセサリーが並べられており、その品揃えを目にしたユミナが(いぶか)しがる。

 

「アレって女物、ですよね?」

 

「いや、別に良いだろうよ。オレのネックレスだって似たようなモンだし?」

 

そう言ってワッカは首にかけた魚の形をしたネックレスを、ユミナに見せつける。

 

「多分、そういうことじゃ無いと思いますよ」

 

「?」

 

「とにかく、声をかけてみましょう」

 

三人はリオンの元へと近づいた。

 

「こんにちわ、リオンさん」

 

「うす。なあんだ、オミヤゲかあ?」

 

 ユミナとワッカに横から声をかけられ、リオンはあわてふためく。

 

「え?ワ、ワッカ殿!?いや、なに、その、は、母上に何か、買っていこうかなぁと思って、吟味している所でして、ハハ」

 

明らかに動揺している様子だが、ワッカは全く気にしていてない。

 

「おいおい、横から話しかけただけでビックリしすぎだろぉ?まぁとにかく、親孝行とは関心だな」

 

ワッカは腕組みをしながら頷く。物心つく前に両親を亡くしている彼にとって、親孝行はしたくても出来なかったことなのだ。

 

「そ、そうですか?」

 

「ああ。『親孝行したいときに親は無し』ってヤツだ。ま、母さんを大事にしてやりな!」

 

「は、はい!ワッカ殿」

 

「じゃあな、また後で会おうぜ」

 

 そう言って立ち去ろうとするワッカをユミナが引き止めた。

 

「ちょ、ちょっと待って下さいワッカさん!いい加減、気付かないのですか!?」

 

「な、何だよユミナ?ははぁん、さては…」

 

「そう!そうです!」

 

「オレとおそろいの魚型ネックレスが欲しいんだな?」

 

「ハァーーーーー……」

 

 ユミナは深くため息をつき、ワッカとアルマの手を引いてアクセサリーショップへ引き返す。

 

「アルマさん、一つ好きなアクセサリーを選んで良いですよ。ワッカさんがプレゼントしてくれるそうです!」

 

「え?本当ですか?」

 

「お、おう!好きなの選びな!」

 

「ありがとうございます、ワッカさん!」

 

アルマが嬉しそうにアクセサリーを選び始める。ワッカにしてみれば無茶ぶりに他ならなかったが、ユミナに魚型ネックレスを買ってあげるならば、アルマにも何か買ってあげねば不公平なので、(こころよ)く了承する。

 

「決めました!コレにします」

 

 そう言ってアルマが選んだのは葡萄(ブドウ)の形をしたブローチで、実の部分に紫水晶がはめられたモノだった。

 

「それが良いんだな?店員さん、このブローチをもらうぜ」

 

「まいど、ありがとうございます」

 

ワッカに買って貰ったブローチを身に付けご機嫌なアルマに、ユミナが尋ねる。

 

「オリガさんもこういうブローチが好きなんですか?」

 

「んー、お姉ちゃんは花とかの方が好きかな。このエリウスの花とかが大好きでよく買ってるよ」

 

「へえ、そうなんですね」

 

二人の会話を横で聞いていたリオンは心の中でガッツポーズをする。一方で二人の会話を聞き流していた男がワッカである。彼は二人が会話している最中にもう一つ買い物をしていたのだった。

 

「ありがとうございます。4つ同じのでよろしかったですか?」

 

「ああ、あるよな?」

 

「はい、ございます」

 

そう言って店員がワッカに商品を手渡す。

 

「ほれ、ユミナ」

 

「え?私にですか?」

 

 ワッカがユミナに手渡したのは、彼が首に()げているモノと似た魚型のネックレスだ。

 

「欲しかったんだろ?プレゼントだ」

 

「そう…、あ、ありがとうございます、ワッカさん!」

 

一瞬「そういうことじゃ無かったんですが」と言いそうになるユミナだったが、愛する人からのプレゼントが嬉しくないハズが無い。喜んで受け取ることにした。

 

「エルゼ達にも同じの買ったからな。お前だけに買うとアイツら、ぶーたれるからよ」

 

「構いません。フフ、大事にしますねワッカさん」

 

ユミナは満面の笑みを浮かべながら、貰ったネックレスを首にぶら下げる。

 

「おお、良いじゃねえか。全員で同じネックレス付けてりゃ、ワッカファミリーだって一目で分かるしな」

 

そう言ってワッカは高らかに笑った。

 

 船着き場にてエルゼ達と合流したワッカは、三人にも魚型のネックレスを渡す。

 

「え?これ私達に?」

 

「おう!オレの仲間だってことの印だ。ユミナにも買ってやったからな」

 

「あ、ありがとうワッカ」

 

「ありがとうございます」

 

「感謝するでござるよ、ワッカ殿」

 

三人も喜んでネックレスをぶら下げた。

 

「フフフ、皆さんとおそろい、ですね」

 

「こういうことを自然体でやっちゃうのよねぇ、この男は」

 

エルゼはワッカに聞こえないように言って、意味深な視線を送る。

 

「『オレの仲間』でござるか…。まあ、それ以上の意味は無いのでござろうなぁ」

 

「それでも嬉しいです。フフフ」

 

この前とは一転して、機嫌を良くするヒロインズであった。

 

 ワッカ一行を乗せた帆船がガウの大河を横断する。

 船の上で気持ちよさそうに風を感じていたエルゼがワッカに話しかけた。

 

「そう言えばずっと聞きたかったんだけどさぁ」

 

「ん?なんだ?」

 

「ワッカがいつも言っている『ブリッツボール』ってどんな球技なの?」

 

「あ、私も気になってました」

 

「拙者もでござる」

 

ユミナと八重が便乗する。

 

「ハッハッハ、良く聞いてくれたなお前ら。ブリッツボールってのはな、オレの故郷で人気爆発の球技なのだ!」

 

「だからどんなのよ」

 

「そうだな…。まず競技は水中で行われるんだな」

 

「海や川で行うのでござるか?」

 

「いいや、そうじゃねえ。公爵邸が丸ごと入っちまうような、デッケエ水の塊が浮いてんだよ」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」

 

エルゼが話を遮る。

 

「今の時点で大分無理がある気がするんだけど?」

 

「水属性魔法で競技場を作るにしても、途方も無い魔力が必要になりますよ?」

 

「競技場作るのに何人魔術師が必要になるのよ!ねえ、リンゼ?」

 

「………はい…」

 

「い、いや、そうじゃなくてだな…」

 

 そこまで言ってワッカは説明に窮してしまう。幻光虫の説明をしようにも、幻光虫はこの異世界には存在しないのだから無意味なことだ。

 

「まあでも、ワッカみたいな魔力のバケモンがたくさんいれば可能かもしれないわね」

 

「そう言えば、ワッカ殿の昔の仲間にはワッカ殿以上の魔法の使い手がいた、という話を聞いたことがあるでござる」

 

「なるほど。ワッカさんの故郷には膨大な魔力を持っている人がたくさんいると。でしたら問題は無い…かもしれません」

 

「そうだな…ハハ」

 

 気分を落ち込ませたワッカが力なく笑う。

 彼女達の勘違いを正せないことを申し訳なく感じたのもそうだが、彼にとって一番ショックだったのは、ブリッツボールをこの異世界で再現することが難しいという現実を突き付けられたことだった。いつの日かこの世界でもブリッツボールをやってみたい、と心の中で思っていたこともあって、そのショックの大きさはこの異世界に来てから一番大きなものだったかもしれない。

 ドンヨリしたワッカの近くで、もう一人ドンヨリしている人物がいることにエルゼが気付く。

 

「ねえリンゼ、大丈夫?気分でも悪いの?」

 

「……うん、お姉ちゃん…」

 

「なあんだ、フナヨイかあ?」

 

ワッカもリンゼを心配する。

 

「そうみたい…です…。船の上で…読書してたのが…、いけなかったみたいで…」

 

「しゃあねえな、オレが治してやる」

 

そう言ってワッカがリンゼに手を(かざ)す。

 

「エスナ!」

 

しかし何も起こらなかった。

 

「あり?船酔いに効果はねえのか」

 

「心配かけて、すみません…。少し横になりますね……」

 

残りの乗船時間、ワッカ達は気分の優れないリンゼの心配をしながら過ごす事になってしまった。

 

 それから一時間ほど後、船はラングレーの町に到着した。エルゼ、八重、アルマ、ユミナの順番で船を下り、ビャクティスに続いてワッカがリンゼを背負いながら船を下りた。

 

「……すみません、ワッカさん…」

 

「気にすんなって!具合悪いんだろ?」

 

「ありがとうございます」

 

ワッカに背負われたリンゼが礼を言う。

 ラングレーの町はカナンの町と同じように、露天商が立ち並ぶ観光の町だった。違いがあるとすれば、ミスミドの領土ということもあってか亜人の割合が人間よりも多くなっていた。

 オリガ大使に案内された先には、カナンの町で置いてきたのと同じような馬車が三台用意されていた。

 

「ワッカさん、どうしますか?リンゼさんの様子が悪いのなら、一日待ってから出発ということも…」

 

「えっ、でもオレ達の都合に合わせてたんじゃ…」

 

「あ、大丈夫です…。船から下りたら気分が大分良くなりました」

 

流石に自分のせいで旅程に支障が出てはいけないと思ったらしく、リンゼがワッカの背中から降りた。そんな彼女にエルゼが小声で(ささや)く。

 

「もっとおんぶして貰ってても良かったのよぉ?リンゼ~」

 

「お、お姉ちゃん!?い、一体何を言っているのかな!?いるのかな!?」

 

「おお、元気そうじゃんか。でも、顔が赤くなってねえか?」

 

「ワワワ、ワッカさん!大丈夫でえすぅ!!」

 

リンゼが顔を真っ赤にしながら口調をおかしくする。

 

「で、では一時間後に出発ということにしましょう。私は獣王陛下に手紙を出してきますので」

 

 ワッカ達の様子を見たオリガ大使がそう提案すると

 

「あ、で、では私もついていきましょう!何かあっては困りますので!」

 

とリオンが申し出た。

 

「はい。それではリオン殿も」

 

 こうしてオリガ大使はリオンと共にその場を後にした。

 

「微笑ましいですねー」

 

「そうでござるなー」

 

「何でついてく必要があったんだ?まさか、獣王への手紙をのぞき見しようとしてるんじゃないだろうな?」

 

「ワッカは本当に分かってないのねぇ」

 

「な、何にだよ?」

 

 そんな会話をしていたワッカにガルン隊長が声をかける。

 

「ワッカ殿、この先しばらくは大きな町が無い。今の内に必要な物を買い揃えておいた方が良いかと」

 

「おう、そうか。ありがとな」

 

忠言を聞いたワッカが、皆に手分けをして買い物をするよう指示を出す。

 ワッカはユミナと一緒に食料の買い出しをすることになった。

 

「何を買うべきだろうな?」

 

「果物とかを腐らせない程度買っておきましょう。具合が悪い人が出ても安心できますから」

 

「なるほど、そうだな」

 

そんな会話をしていたワッカだったが、ふと誰かの気配を感じて立ち止まる。

 

「どうか、しましたか?」

 

「………」

 

しばらく立ち止まっていたワッカだったが

 

「いやわりい、気のせいだったかも知れねえ」

 

と言って再び歩き出した。

 

「どうしたんですか?」

 

「いやあ、誰かに見られた気がしてよ…」

 

「ビャクティスちゃんを珍しがっていた人の視線を感じたのでは?ビャクティスちゃんはこの国では神聖視されてますし」

 

「そうかなぁ」

 

『いいえ、主。私も確かに気配を感じました』

 

 ワッカの胸に抱かれたビャクティスがテレパシーで話しかける。

 

『確かに何者かがこちらの様子をうかがっております。私では無く、主達の方に。今は完全に気配を消しておりますが』

 

「マジか…。面倒だな」

 

ワッカもテレパシーでビャクティスと会話する。

 

『この旅行中、幾度か気配を感じておりました。向こうから仕掛けてきそうな気配があれば、直ちに報告しようと思っていたのですが…』

 

「そいつぁ、よろしくねえな。誰だか知らねえが、隙を付いてとっ捕まえてやる」

 

 そう宣言するワッカだったが、これからしばらく後に強大な敵と戦う事になろうとは、この時の彼には知る(よし)も無かった。




 「他人の恋愛事情には鋭いくせに、自分に向けられる恋心には全く気付かない」っていう望月冬夜の設定、無理ありすぎだろ!原作読んでて不自然なんだよなぁ…。

 というわけで、当作品におけるワッカは「自他共に恋愛事情に(うと)い」ということにしました。
 ワッカが恋愛事情に疎いキャラクターかどうかは、個人によって考え方が違ってくるでしょうが、ヒロインから向けられる恋愛感情に気付いている状態だと、アニメ一期までの「いせスマ」の話をなぞりずらくなってしまうんですよね。かと言って望月冬夜と同じ「他人の恋愛事情は気付くけど、自分に対しては疎い」という設定は書いてて寒気がするので却下しました。


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脅威襲来、そして武器紛失。あとブリッツボール。

 前回に続いて当作品と関係ない「白猫プロジェクト」の話になって申し訳ないのですが、「白猫テニス」ってまだ続いてたんですね。
 私も3年ほど前までは遊んでたんですが、対人戦ゲームのくせにインフレが酷くてアンインストールしてしまったんですよね。まだ遊んでる人がいるんだなぁ…。
 そんな白猫テニスですが、現在「異世界かるてっと」とコラボしているようです。「異世界かるてっと」の4作品からそれぞれ代表キャラ1人がガチャに…って、何で「オーバーロード」の代表キャラがアルベドなんだよ?アインズはどうなってんだアインズは!!まさか、コロプラ社員もアルベドじゃないだろうな?

 というかそもそも、なんで「オーバーロード」のヒロインの名前がアルベドなんだよ?まさか、丸山くがね先生もアルベドじゃないだろうな?


 ガルン隊長の言っていたとおり、ラングレーの町を抜けた先にはどこまでも森が広がっていた。森の中には魔獣がたくさん生息しているとのことだが、人里に降りてくることはあまり無いらしい。

 森の中を進んでいるワッカ達にとっては魔獣が脅威であることに変わりはないのだが、ワッカの契約獣であるビャクティスは獣の王である。ビャクティスがいる限り、獣タイプの敵が襲ってくることは無いようだ。最も虫など獣以外の敵が襲ってくることは避けられないので、幾度か戦闘を強いられることにはなったのだが。

 

「日暮れまでにエルドの村に着くのは難しそうですね」

 

 太陽が大分落ちてきた頃、オリガ大使が皆に伝えた。エルドの村は今進んでいる森を抜けた先にある村の名前であって、決して黄金郷では無い。

 無理をして夜の森を進むのは危険が大きいし、真夜中に到着しても村人達にとっては迷惑だろう。村への到着は明日にして、一行は日が落ちきる前に野営を敷くことにした。夜になると、焚き火以外の明かりが無くなり、森の中は漆黒の闇に包まれる。以前のように盗賊に襲われることが無いとも限らないため、ワッカ達が食事をしている最中も、ベルファスト及びミスミド両国の護衛兵士達が交代で焚き火の周りを警戒していた。

 

「じゃ、ちょっくら行ってくらぁ。ビャクティス、ユミナとリンゼを頼むぜ」

 

『御意』

 

 ワッカは(おもむろ)に立ち上がり、馬車の中に入っていった。そして車内で「ゲート」を開く。

 

「エルゼ、八重、時間だぁ」

 

彼が開いた「ゲート」は王都の屋敷に繋がっていた。

 

「あ、もう時間?」

 

「せわしないでござるな。まだ髪が乾いてないでござるよ」

 

「お前らなぁ、あの中から抜け出してることがバレたら大変だろ?さっさと支度するべし!」

 

「「はぁ~い」」

 

お気づきの通り、エルゼと八重はワッカに頼んで「ゲート」を開いて貰い、屋敷に戻って風呂に入っていたのである。ワッカが「ゲート」を使えることはミスミドの人達には知らせていないし、そもそも他の皆が危険な森にいる中で2人だけ安全な屋敷に戻っていること自体、不義理でしか無い。(ゆえ)に、怪しまれないための時間厳守は当然のことであった。

 3人は「ゲート」を抜けて皆のいる場所へと戻っていった。しかしワッカが留守にしている間に、森中が何やら騒がしくなっていた。あちこちから動物たちの鳴き声が聞こえてくる。何か異常が起こっているのは明白だった。

 

「おい!何かあったのか?」

 

「わかりません、急に動物たちが騒ぎ出して…」

 

 ユミナがそう答えていると、急な突風が吹き出した。

 

「上だ!」

 

ミスミドの護衛兵が声をあげる。ワッカが頭上を見上げると、翼の生えた何か巨大な影が上空を通り過ぎていくのが確認できた。

 

「何だぁ、ありゃ?」

 

「竜…!どうしてこんな所に!?」

 

「どういうこったよ!?」

 

震えた声を発するオリガ大使にワッカが問いかける。

 

「竜…ドラゴンは普段、ミスミドの中央にある聖域で暮らしています。聖域は彼らのテリトリーとなっているため、誰も立ち寄りません。また竜達も、侵入者がいない限りは聖域から出て暴れるようなことは通常、ありません」

 

「じゃあもしかして、その聖域ってのに侵入者が現われてイタズラでもしたってことか?」

 

「いえ、そうとも限りません。何年かに一度、若い竜が己の力を誇示せんと人里に降りて暴れることがあるのです。あの竜も恐らくは…」

 

「気まぐれな散歩、なんてこたぁ…ねえよな?」

 

「それは無いでしょう。あの竜が跳んでいった方角にはエルドの村があります。そこで暴れて力を示すつもりなのでしょう…」

 

 事態は深刻だ。だが一行の目的はあくまで、オリガ大使を無事にミスミドの王都へ送り届けることなのだ。もしも彼女の身に何かが起これば国際問題に発展しかねない。村一つが焼け野原になることが分かっていたとしても、軽々に動くことは出来なかった。

 ()()()()()()()

 

「エルゼ、八重、やりたいことは済んだな?」

 

「ええ」

 

「応」

 

「リンゼ、お前の分は明日だ。生きて帰るぞ」

 

「はい」

 

「な!?もしかして、竜を倒しに行くつもりか!?」

 

ガルンが戸惑いながらワッカに問いかける。

 

「ああ。オレらはギルドの依頼でここにいるんだ。何かあってもオレらの失敗で済む」

 

「ムチャだ!竜は国の兵士100人で何とか退(しりぞ)くことが出来る相手、そんな少人数ではとても…」

 

「言ってもダメですよ」

 

ガルンの言葉を(さえぎ)ったのはユミナだった。

 

「ワッカさんはこういう時、黙って見過ごすことの出来ない(ひと)ですから」

 

「その通りだ」

 

ワッカも彼女の言葉に同意する。

 

「つーわけで、ユミナはここに残るんだ」

 

「…え?」

 

 ワッカの突然の言葉に一瞬固まるユミナだったが、すぐに反論する。

 

「どうしてですか!?私もワッカさんと行きます!」

 

「ユミナ!!」

 

ワッカはユミナの名を叫ぶと一瞬だけリオンに顔を向け、すぐに彼女の方に向き直る。

 

「オレの言いたいこと、分かるな?」

 

 説き伏せるように言葉を(つむ)ぐ。ユミナはベルファスト王国の王女なのだ。(おおやけ)にはされていないが、彼女もまた護衛対象の1人なのだった。

 

「分かってます!でも…」

 

「シルバーウルフ、呼べんだろ」

 

「は、はい…」

 

「ビャクティスを連れて行くからな。パニックになった森の魔獣が皆を襲うかもしれねぇ。お前が護ってやんだ」

 

「………」

 

なおも不満そうなユミナにワッカは笑顔で語りかける。

 

「ユミナ、すぐに迎えに行く。そこで待っていてくれ」

 

「…もう、しょうがないですね!」

 

 ユミナは諦めた。言ってもダメだ、と先程自分で言ったばかりである。それにワッカは色々と考えた上で自分をココに残す判断をし、その上で役目まで与えてくれたのだ。これ以上自分の想いを押し通そうとするのは、迷惑以外の何物でも無いと理解したのである。

 

「絶対、戻ってきて下さいね。約束ですよ」

 

「ああ、絶対戻る。約束だ」

 

ユミナと約束をし、立ち上がるワッカにガルンが声をかける。

 

「本当に、行くつもりなのだな…」

 

「ま、心配すんな。こう見えてもオレぁ、あれくらいのドラゴンなんて何度も倒したことのあるプロなんだぜ?」

 

ユウナのガード時代を思い出しつつ、ワッカは答える。そして彼はリオンに近寄り、肩を叩いた。

 

「ユミナのこと、頼んだぜ」

 

「はっ!お気を付けて、ワッカ殿!!」

 

「おう!行ってくるぜ!!」

 

そう言ってワッカはエルゼ、リンゼ、八重、ビャクティスを連れてエルドの村への道を駆けだしていった。

 一行の姿が見えなくなったところで、ビャクティスが本来の姿に戻る。

 

「少し待ってろ。良さげな場所に着いたら『ゲート』を繋ぐからな」

 

そう言って近くの木に目印を付け、ワッカはビャクティスの背に乗った。

 

「飛ばせ!ビャクティス!」

 

『お任せを!!』

 

ワッカの命を受け、ビャクティスがもの凄いスピードで道を駆けていく。

 数分も経たない内に、彼らはエルドの村を一望出来る崖に到着する。ここから飛び降りれば村は目と鼻の先である。しかし村の上空には黒い竜が飛来しており、口から吐き出した炎で村を焼き払っていた。

 

「『ゲート』!」

 

四の五の言っている暇は無い。ワッカは「ゲート」を繋ぎ、エルゼ、リンゼ、八重の3人を呼び寄せる。

 

「ライブラ!」

 

そしてすぐさま「ライブラ」で、黒竜の情報を得る。

 

「表面の(うろこ)は非常に硬く、口から炎を吐く。火属性完全耐性。水属性弱点。睡眠、石化完全耐性。他状態異常強耐性」

 

「リンゼ、火属性魔法は効かねえらしい。攻撃するなら水属性だ」

 

「分かりました」

 

「とりあえず、これ以上好きにはさせねえぞ?」

 

 そう言ってワッカは力を溜める。彼の側に現われたリールが回り始める。

 

白色

 

白色

 

白色

 

ブリッツボールに「ブリザド」の力が宿る。ワッカのオーバードライブ技「エレメントリール」だ。(ドラゴン)には氷が効く。みんな知ってるね。

 

(うな)れ、ブリッツボール!」

 

 ワッカは黒竜に向けてブリッツボールを蹴りつけた。刃物(エッジ)の生えたボールが「ブリザド」の力を発しながら黒竜に向かっていく。

 しかしもう少しで当たるという所で、ワッカの奇襲が黒竜に気付かれてしまった。黒竜は飛んでブリッツボールを(かわ)そうと試みた。結果として、刃物(エッジ)は黒竜の脇腹に中途半端に突き刺さり、黒竜にとってはダメージ無しとは行かず、ワッカにとっては大ダメージとはならない、双方にとって中途半端な結果となってしまった。

 

「ちっ、そう簡単にはいかねえか…」

 

 悔しがるワッカだったが、ここで彼にとって予想だにしない出来事が発生する。

 なんと、黒竜が己の体に突き刺さっていたブリッツボールを抜き取り、それをワッカとは逆方向に放り投げてしまったのだ。

 

「な、なんだってええ!!」

 

これはワッカにとっても経験したことの無い出来事だった。まさか自分の武器であるブリッツボールを紛失してしまうとは。

 

「ど、どうすんのよ!ワッカ!」

 

エルゼが問いかける。

 

「く、くそぉ…。探そうにもこんなに暗くちゃ…、つーか、探してる暇なんか無えよなコレ…」

 

『主よ、ここは私にお任せ下さい』

 

 呆然とするワッカにビャクティスが声をかける。

 

「なんかあんのか、ビャクティス?」

 

『はい、私ならあのボールを探すことが出来ます。以前、主からは何か高位の力を感じるとお伝えしましたね?同じモノを、あのボールからも感じ取ることが出来るのです』

 

確かに契約したとき、ビャクティスがそのようなことを言っていた。「高位の力」というのは、ワッカを異世界に転生させた神の力のことで間違いないだろう。そしてあのブリッツボールは神からの贈り物である。ならばビャクティスがあのボールを探すことが出来てもおかしくは無い。

 

「そうか!助かるぜ、ビャクティス!」

 

『お任せを』

 

「だがビャクティスがボールを探している間、オレ達も手をこまねいてるわけにはいかねえ。そこでだ、今から作戦を伝えるぞ」

 

 そう言ってワッカは3人と1匹に対し、作戦を伝えるのだった。




 ユミナがお留守番なのは原作通りです(なりゆきは結構違っているのですが)。決してイジワルしたわけじゃ無いよ。

 ブリッツボールを無くすなんて、FFXではありえないことですが、当作品ではリアルな戦闘描写を追求した結果、まあこういうこともあるだろうということで書きました。
 この前代未聞のピンチをワッカは乗り越えることが出来るのか、次回をお楽しみに。


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エルドの村、そして黒竜。あとブリッツボール。

ぱんころ~


 ミスミド王国領のエルドの村は、ベルファスト王国との国境であるガウの大河に比較的近い場所に位置する。北方は崖でふさがれており、西方には牧草地帯が広がっている。崖の上は森になっており、ガウの大河からミスミドの王都へ向かう人々はこの森を抜け、村の北東部に位置する(ゆる)やかな斜面を下って村を通過するのだ。

 そんなエルドの村の上空に、1匹の黒竜が飛び交っている。黒竜は空を飛びながら口から火炎弾を吐き、村を火の海にしようとしていた。

 その最中(さなか)、崖の上から()()()()が飛び降りた。ソレはもの凄いスピードで村へと向かっていく。それは1匹の白い虎、否、獣の王《白帝(びゃくてい)》だった。白帝は現在、ワッカの契約獣となっており「ビャクティス」と名付けられている。ビャクティスは背中の上にワッカとリンゼを乗せて、エルドの村に到着した。

 

「作戦通り行くぜ、リンゼ!」

 

「はい!」

 

 ワッカとリンゼは息を揃えて魔法を唱える。

 

「「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム」」

 

 黒竜の目の前に突如、5つの泡玉が現われた。今まで見たことの無い物体に気を取られていた黒竜は()()()()()()()()()()()()()()()()に気付かないでいた。バンッという衝撃音と共に黒竜の背中に当たった泡玉が破裂した。

 

「ゴワアアアア!!」

 

自身が苦手とする水属性の衝撃を受け、黒竜が体勢を崩す。その隙をワッカは逃さない。

 

「ウォタガ!」

 

大量の水の刃が黒竜に襲いかかる。慌てて避けようとした黒竜だったが全てを避けきることは出来ず2、3発ほど喰らってしまった。

 

「ウォタガ!」

 

 ワッカは再び水属性魔法を放つ。しかし今度は全て避けられてしまう。それどころか黒竜は、自身を攻撃していた(ワッカ)の存在を視認してしまう。

 

「ゴガアァァァアァァァァ!!」

 

『貴様……!空飛ぶトカゲの分際で、我が主を侮辱するのか!!』

 

 ワッカ達を睨みつけながら咆吼する黒竜に対し、ビャクティスが怒りの声をあげる。

 

「ビャクティス?アイツの言葉が分かんのか?」

 

『「我が享楽を邪魔した小さな虫けらめ。その身を八つ裂きにして喰らってくれる」と…!人語も話せぬ鼻たれ小僧め…。これだから《蒼帝》の眷属は気に入らんのだ!!』

 

知らない単語がビャクティスの口から出てきたが、ワッカはそれが気にならないほど、黒竜の言葉に腹を立てた。

 

「あんのクソドラゴンめ…!村を襲ったのは自分の楽しみのためだったってのか!?もう勘弁しねえぞぉ!?」

 

 もしも黒竜が村を襲っていた理由が何かのっぴきならない事情があってのことだったならば、ワッカはなるべく双方が傷付かない方法で解決しようと考えていた。しかし理由が「自分の楽しみ」であるならば、容赦する必要は全く無い。必ず、あの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の黒竜を除かねばならぬと決意した。

 

「リンゼ、あのドラゴンをぶっ潰すぞ!」

 

「分かりました!」

 

「ビャクティス、オレのブリッツボールを頼むぜ!」

 

『必ずや!』

 

 ワッカとリンゼはビャクティスから飛び降りる。そして村の西にある牧草地帯に向けて駆けだした。一方のビャクティスは、ブリッツボールの力を感じる方角に駆けていく。

 

「ウォタガ!」

 

ワッカは再び水属性魔法で攻撃する。しかし黒竜は当然のように、それらを回避する。

 

「ゴアアアア!」

 

黒竜は咆哮を上げながらワッカ達を追跡し始めた。

 黒竜がビャクティスでは無くワッカを追い始めた理由は二つある。一つは単純に自分を攻撃してくる(ワッカ)に腹を立てていたからである。もう一つの理由は、ワッカ達が向かっていく方角の逆方向には、()()()()()()()()()()()()()()()邪魔だったからである。

 この泡玉を操作しているのはリンゼである。リンゼの役割は「バブルボム」の魔法で黒竜が村に向かうことを阻止しつつ、ワッカ達を追跡するよう仕向ける事である。最初に黒竜に命中した「バブルボム」を操作していたのは当然、ワッカだ。ワッカはこの攻撃で黒竜に「バブルボム」の威力を覚えさせ、迂闊(うかつ)に近寄ってはならない存在であることを知らしめたのだ。そして今、彼は「ウォタガ」で攻撃しながら自身に敵意を向けさせることで、黒竜を人的被害が少なくなる牧草地帯へ誘導している。黒竜に立ち向かうに当たって、ワッカが最も重要視したのは「村の被害を抑えること」だったのだ。

 しかしそれは当然、ワッカ達の危険が増えるという事でもある。黒竜は牧草地帯に向かって走るワッカとリンゼに向けて、火炎弾を吐きだした。しかし、2人はそれを避ける素振りを一切見せない。

 

「リンゼェ!恐れず進め!!」

 

「はい!!」

 

ワッカがリンゼを鼓舞し、リンゼがそれに答える。そんな2人に火炎弾が命中してしまう。

 そのまま2人は丸焼きに、なんて事にはならず、着弾した炎が燃え盛る中から2人が()()()現われた。

 

「本当に何ともないです!すごい!」

 

「言ったろぉ?このまま走り抜けるぞ!」

 

2人は足を止める事無く、牧草地帯へと駆けていった。

 ワッカとリンゼが火炎弾を喰らっても無事だった理由。それは2人がビャクティスに乗って崖から飛び降りる前に、ワッカが唱えた魔法にあった。彼が唱えたのは「バファイ」というスピラの魔法だ。この魔法は、味方全体が火属性の攻撃を受けなくなる効果を持つ。この魔法によってワッカは「村の被害を抑えること」と「自分達の被害を抑えること」の両立に成功したのだ。

 黒竜は最初、自身の放った火炎弾が外れたのだと思い込んでいた。そのため、その後もワッカ達に向けて火炎弾を放ち続けた。しかし何度当てても効果がまるで現われない。ここでようやく、火炎弾では(ワッカ)を殺せないのだと理解した。

 火炎弾が効かないならば、直接ひねり潰すまで。そう判断した黒竜はワッカ達に向かって突撃してくる。

 

「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム」

 

しかしそんなことは当然、ワッカの想定内だ。突撃してくる黒竜に泡玉爆弾(バブルボム)をぶち当てる。水の刃(ウォタガ)を選ばなかったのは、黒竜がダメージを恐れず直進してくる危険があったからだ。

 

「グゴオオオオッ!」

 

バブルボムに勢いよく突進した黒竜は、もの凄い衝撃によって大きく吹き飛ばされる。衝撃の余波はワッカ達にも及ぶが、何とか持ちこたえる。

 

「気にするな!とにかく牧草地帯(あそこ)まで突き進むんだ!!」

 

「はい!」

 

2人は再び目的地へと駆けだした。目の前には小さな林が広がっている。この林を抜ければ牧草地帯だ。

 

「グゴアァァァァァ!」

 

 黒竜も体制を立て直し、ワッカ達を追跡する。村へ戻る方向にはリンゼの泡玉爆弾(バブルボム)が邪魔で進めない。

 ワッカとリンゼは林を抜けて、牧草地帯へと到着する。走り続けたせいか、リンゼは大きく息を切らしていた。しかしまだ安心は出来ない。

 

「グオォォォォ!」

 

案の定、黒竜も木々を吹き飛ばしながら林を突っ切ってきた。

 

「来たな…!だがここまでは思い通りだ。ここでお前を倒す!村の被害も抑える!目標は、快勝だ!!」

 

「グオォォォォ!!」

 

ワッカと黒竜の叫びが響き渡る。

 最初に攻撃を仕掛けたのはワッカだ。リンゼを自分の後ろに下がらせ、魔法を唱える。

 

「ブリザガ!」

 

大きな氷柱(つらら)が空中に現われ、黒竜に襲いかかる。黒竜はそれに対して火炎弾を吐き出した。

 シュウウウという音とともに水蒸気を発生させながら、氷柱と火炎弾が相殺する。水蒸気で視界が限られた隙をワッカは逃さない。

 

「ウォタガ!」

 

放たれた水の刃を黒竜は避けきることが出来なかった。

 

「ギャゴオオオ!」

 

自身の体を裂かれた黒竜が苦痛の声を漏らす。

 

「ブリザガ!」

 

 ワッカは間髪入れずに攻撃を仕掛ける。黒竜も負けじと火炎弾を吐き出す。

 

「ウォタガ!」

 

先程と全く同じ攻撃を予想出来ないほど黒竜は愚かでは無い。飛んで水の刃(ウォタガ)を避けようとする。

 

「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム」

 

黒竜が予測できなかったのは、息を整え終わったリンゼの妨害(バブルボム)だった。(かわ)そうとした方向に現われた泡玉が当たって、体が飛ばされる。そんな黒竜の左半身に水の刃(ウォタガ)が炸裂した。

 

「グゴオオオオッ!」

 

黒竜は痛みに苦しみながら、一旦ワッカ達から距離を取る。このまま攻撃を喰らい続けていては身が保たないと思ったからだ。

 体制を立て直す黒竜に再度攻撃を放とうとするワッカ。そんな彼にビャクティスの声が聞こえてきた。

 

『主のブリッツボールを見つけました!今から牧草地帯(そちら)へ向かいます!』

 

「でかした!しっかり届けてくれよ、ビャクティス!」

 

『お任せ下さい!』

 

心強い報告を聞き、ワッカはリンゼに声をかける。

 

「ビャクティスがボールを見つけたってよ」

 

「良かったですね、ワッカさん!」

 

「ああ。でもまだ気は抜けねぇ。泡玉(バブルボム)の制御、頼むぜ!」

 

「はい!」

 

「うし!ウォタガ!」

 

 攻撃再開だ。ワッカが水の刃(ウォタガ)を放つ。リンゼは泡玉(バブルボム)を黒竜の邪魔になる場所へ誘導する。

 しかし黒竜もそんなことは知っている。泡玉(バブルボム)に当たらないよう気をつけつつ、水の刃(ウォタガ)を躱す。

 

「ウォタガ!」

 

 ワッカが再度攻撃、黒竜がこれを躱す。

 

「ウォタガ!」

 

黒竜がワッカの魔法を躱す。火炎弾では全ての水を消せないので、回避に専念する。

 

「ウォタガ!」

 

ワッカの攻撃は黒竜に躱され続ける。一見無意味な彼の攻撃だが、そんなことは当然無い。泡玉(バブルボム)に当たらないよう水の刃(ウォタガ)を躱すには、飛べる方向は限られてくる。黒竜は知らない間に崖の近くへと誘導されていたのだ。

 

「水よ来たれ 衝撃の泡沫 バブルボム!」

 

ワッカが魔法を変える。現われた泡玉が黒竜の周囲を取り囲んだ。

 新たに現われた泡玉(バブルボム)に驚きつつも、黒竜は退路を見出そうとする。その隙を逃すまいと、上空から二つの影が落ちてくる。

 

「ブースト!」

 

「お覚悟!」

 

 エルゼと八重だ。2人は最初の崖で今まで待機をしていたのだった。

 崖の上でワッカが皆に伝えた作戦は次の通りである。最初に崖の上で、ワッカが「バファイ」と「ヘイスガ」を最大量かける。補助魔法をかけ終えたら、黒竜の弱点となる水属性魔法を使えるワッカとリンゼが、ビャクティスに乗って村へと降りる。ワッカは攻撃で自分達の存在をアピールし、リンゼは黒竜の進路を塞ぐ。その間にビャクティスはブリッツボールを探しに向かう。ワッカとリンゼは黒竜をおびき寄せつつ、牧草地帯へと向かう。牧草地帯に着いたら、今度はエルゼと八重が待機する崖の近くへと黒竜を誘導し、2人を参戦させるのだ。

 ワッカの作戦は無事成功。後はこの牧草地帯で黒竜を倒すだけである。黒竜の背中にエルゼと八重の一撃が炸裂した。




 黒竜戦、次回へと続きます。
 土曜日は更新をお休みしたので、月曜日は二話投稿したいなと考えています。もし上手く行かなかったらゴメンネ。


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犯した罪、そして赤竜。あとブリッツボール。

 今まで前書きや後書きで「○○編開始です」「○○編終了です」などと言ってきましたが、それを作品の目次にも反映させました。あんまり章分けに拘る必要も無いかなと思っていたのですが、やはり言った以上はちゃんと反映させないといけないな、と思ったのでこの(意味不明な)タイミングで行いました。


 ワッカの作戦により、崖の近くへと誘導された黒竜。その背中にエルゼと八重の攻撃が炸裂した。

 

「ゴオオッ!?」

 

「痛ったあぁ…!硬すぎるわよコイツ!」

 

「それでも再生しないだけマシでござるよ」

 

エルゼが文句を言い、八重がなだめる。背中に鈍い痛みを感じた黒竜はその場でスピンをし、2人を払いのける。

 

「「きゃああ!!」」

 

2人は()()()上方向へと弾き飛ばされる。背を下にした黒竜が2人に向けて火炎弾を吐き出した。

 火炎弾の直撃を確認し、油断する黒竜。しかしエルゼと八重は火炎弾を突っ切って落下攻撃を仕掛ける。「バファイ」の賜物(たまもの)だな。

 

「ブースト!!」

 

「せやぁっ!!」

 

エルゼのガントレットでの一撃が敵の腹に直撃。八重は刀で敵の右目を斬りつけた。

 

「ギャオオオッ!!」

 

黒竜の悲鳴を聞きながら、2人はあえて追撃せずに地面に飛び降りる。泡玉爆弾(バブルボム)に当たらぬよう注意しながら。

 

「ギャオオオオガッ!!?」

 

痛みにもだえていた黒竜は、自身の辺りを浮遊する「バブルボム」の存在をすっかり忘れていた。不用意に動いている間に自ら爆弾に当たりに行く結果となってしまい、その報いを受けることになる。破裂した泡玉の勢いで飛ばされた黒竜は更に別の泡玉に激突。ワッカとリンゼは「バブルボム」を操作し、黒竜に一弾ずつ泡玉を当てていく。その様子はまるで、バンパーに弾かれ続けるピンボールの球のようであった。

 

「グオオオォォォ…!」

 

 最後の泡玉が黒竜を真下に弾き飛ばす。地面に激突した勢いで激しい土煙が吹き荒れた。

 

「けっ、少しは効いたかってんだ!」

 

 腕で土煙から顔を守りつつ、ワッカが吐き捨てた。大きなダメージを受けた黒竜は翼を動かし、再び上空へ飛び立とうとする。

 

「まだ動けんのかよ!?」

 

「させません!」

 

リンゼが魔法を唱える。

 

「水よ来たれ 清冽なる刀刃 アクアカッター」

 

水属性の刃が右の翼の付け根に命中した。

 

「続くぜ!ウォタガ!」

 

ワッカも水属性魔法で大きな刃を生み出して追撃する。同じ部分に命中した水の刃は、黒竜から右翼を切り取った。

 

「ゴガアアアアッ!」

 

片翼を失った黒竜は再び地面に激突、飛ぶ手段を失ってしまった。

 

「ブリッツボールはまだ来てねえが、このままけりを付けるぜ。ブリザガ!」

 

ワッカは巨大な氷柱(ブリザガ)でトドメを刺そうとする。しかし黒竜の生存本能がそれを許さなかった。敵は体を起こして口から炎を吐き出した。今までの火炎弾のような吐き出し方ではなく、火炎放射器のような吐き出し方だ。

 

「何!?」

 

ワッカの放った氷が溶かされてしまう。同時に炎は辺り一帯に火を起こし、己の身を守る炎の壁を作り出した。

 

「へっ、まだやられねぇってか?」

 

「でも、ワッカの魔法(バファイ)で炎は効かないんでしょ?」

 

「そうでござる。たたみかけるなら今でござる!」

 

そう言ってエルゼと八重は炎の壁を突っ切ろうと試みる。

 しかしその時、ワッカは自分達の体から淡い光が立ちこめ、空へと消えていくのを目にした。

 

「ダメだ!エルゼ!八重!」

 

「えぇ!?」

 

「な、何でござるか!?」

 

ワッカの叫びを聞き、2人は立ち止まる。

 ワッカが確認した光の消滅、それは「バファイ」の効果が切れたことを意味していた。黒竜との本格的な戦闘を開始する以前に使用していた魔法だったため、効果時間が過ぎたのだ。

 動きを止めた八重に向けて黒竜は顔を向ける。口を開け、火炎弾を放とうとしていた。

 

「やっべええ!!」

 

ワッカは焦る。「バファイ」の効果消滅という計算ミスで動揺し、判断が鈍っていた。このままでは八重に火炎弾が炸裂してしまう。

 と、次の瞬間、村と牧草地帯を分ける林の中から一挺(いっちょう)のナイフが飛んできた。そのナイフが黒竜の左目に命中する。敵は突然、視力を奪われてしまったのだ。

 

「ギュオオオッ!?」

 

相次ぐ予想外の出来事。しかし折角のチャンスを無駄にするほどワッカは抜けてなかった。

 

「バファイ!」

 

 ワッカは再び火属性無効(バファイ)の魔法をかけた。

 

「わりいな、バファイが切れてたんだ!もう大丈夫だぜ!」

 

「そう!行くわよ、八重!」

 

「承知!」

 

エルゼと八重は炎の壁を突っ切って、黒竜への追撃を開始する。

 

「リンゼ、オレ達はこの炎を消火するぞ!」

 

「分かりました!」

 

 ワッカとリンゼは水属性魔法で炎の消火に尽力する。

 視力を失った黒竜はやたらめったらに炎を吐き続ける。しかしこれは「バファイ」によって無効化されている。なおも敵の攻撃が止まらないので、黒竜は爪を振り回して抵抗を続ける。エルゼと八重はそれを(かわ)しながら、追撃を続けていた。

 そこに、()()()()()()()が到着した。

 

『お待たせしました、主!』

 

ビャクティスが口にブリッツボールを咥えて戻ってきたのだ。

 

「おお!良くやったぞぉ、ビャクティスぅ~」

 

ブリッツボールを受け取ったワッカが、ビャクティスの頭をなでる。

 

『私の頭をなでるのは後です、主!』

 

「おお、そうだな!後でタップリ可愛がってやるからな」

 

 そう言ってワッカは力を溜め始める。彼の横に現われたリールが回り始めた。

 

2HIT

 

2HIT

 

2HIT

 

リールの結果を確認したリンゼが、エルゼと八重に叫ぶ。

 

「お姉ちゃん!八重さん!退いて下さい!」

 

声を耳にした2人は黒竜から離れる。それと同時にワッカはコマのように回り始める。そんな彼の豪腕から次々と発射されるブリッツボールが、黒竜の体を打ちのめした。

 ワッカはシンとの最終決戦まで戦い抜いた歴戦の勇士だ。その攻撃力はエルゼ以上である。加えて、彼のブリッツボールには刃物(エッジ)が生えている。つまり彼のブリッツボールによる攻撃は、エルゼの破壊力と八重の殺傷力を両立した攻撃と言える。

 オーバードライブ技「アタックリール」の2HIT揃えは、そんな彼の攻撃を12回連続で行える技である。いくら表面に硬い鱗を持つ黒竜とはいえ、無事では済まない。加えてこれまでの戦闘で、すでに黒竜の全身は傷だらけだった。そんな体にブリッツボールが次々と炸裂する。

 

「グッガッゴッガッゴッギッゴッゴッギッゴッグッガアアア…!!」

 

ワッカは回転を止め、黒竜の様子を確認しに向かう。

 黒竜は最早、己の体を起こせないほど痛めつけられ、満身創痍の状態だった。

 

「終わりだな…」

 

ワッカが黒竜に言葉をかける。

 

「本来ならここで見逃してやっても良いんだが…。お前は、お前の犯した罪を償わなくちゃならねえ。自分の享楽、なんてふざけた理由で罪も無い人々の命を奪おうとした罪をな」

 

そう言ってワッカは再び力を溜め始める。リールが再度回り始めた。

 

ドクロ

 

ドクロ

 

ドクロ

 

ワッカは上空へ跳び上がり、黒竜の右翼が生えていた傷口にボールを直撃させる。

 彼の選んだ技は「ステータスリール」、攻撃を与えながら強力な状態異常を付与させるオーバードライブ技である。ドクロマーク揃えは敵に毒状態、暗闇状態、沈黙状態、睡眠状態を付与させることが出来る。

 この場でこの技を使うのはオーバーキルに他ならないのだが、黒竜の自分勝手な行動に対する怒りが、ワッカにこの技を選ばせたのだ。

 

「じゃあな。せいぜい苦しんで逝くこった」

 

 そう言ってワッカはその場を立ち去った。

 

 こんなハズでは無かった。弱っちい癖に生意気で、偉そうな(にんげん)共をぶっ潰し、竜の恐ろしさを世界に知らしめてやる。そんな軽い考えで聖域を抜け出し、人間の村を襲った。

 しかし、それがいけなかった。突如現われた訳の分からない人間に良いようにしてやられ、右翼と両目を失い、徹底的に痛めつけられた。オマケにあの人間は自分に毒を仕込んでいった。ヤツの毒が体を巡る。苦しい。辛くて堪らないのに声をあげることも出来ない。

 激しい苦しみと後悔に身をもだえさせながら、黒竜は息絶えた。

 

 黒竜へのトドメを終えたワッカに、エルゼ、リンゼ、八重、ビャクティスが駆け寄ってくる。

 

「やったわね!」

 

「お疲れ様です!」

 

「見事でござった!」

 

『さすが主!スカッとしました!』

 

口々に褒め称える3人と1匹に対し、ワッカは照れくさそうに言葉を返す。

 

「いやいや、オレ1人じゃどうにもならんかった。お前らの協力があったからこそ、アイツを倒せたんだぜ?ありがとよ!お前ら大好きだ!」

 

「えっ!?」

 

「だ、だだだ大好き!?」

 

「そ、そんな、拙者は…」

 

 しかし、ワッカの()()()()()()()()()()()()()()()()()に赤面している余裕は無かった。突如上空に現われた何者かが、ワッカ達に大きな影を落としていたのだ。

 

「なっ…、もう1匹来やがった!」

 

 ワッカが絶句する。影の正体は、赤い鱗の(ドラゴン)だった。黒竜よりも一回り体格が大きく、後頭部から尾の先まで白い体毛が生えている。

 

『こちらに争う意志は無い。我が同胞が迷惑をかけたようだ。謝罪する』

 

赤竜が声を発した。しわがれ声ではあるが、威厳のある声だった。

 

「アンタ、喋れんのかよ!?」

 

『我は聖域を統べる赤竜。暴走した若人(わこうど)を連れ戻しに来たようだが、どうやら遅かったようだ』

 

そう言って赤竜は、黒竜の亡骸に悲しそうな視線を送る。

 

「オレだってのかよ!?…オレだよなぁ」

 

『赤竜よ、蒼帝に伝えておけ。己の眷属くらいちゃんと教育しておけ、とな』

 

ビャクティスが割って入ってきた。

 

『この気配……、まさか貴方は白帝様か?なるほど、道理で黒竜ごときでは相手にもならぬ訳だ…』

 

驚きの声をあげる赤竜に対し、ビャクティスは不機嫌そうに言葉を返す。

 

『勘違いするな。黒竜を倒したのは我が主、ワッカ様だ。恐れ多くもこの小僧は我が主を侮辱しおったのでな。当然の報いよ』

 

『なんと…!?白帝様の主ですと…。人間が、ですか!?』

 

 赤竜が驚きの目でワッカを見つめる。どうやらビャクティスの主であるというのは相当スゴいことらしい。そう理解したワッカは胸を張って自己紹介する。

 

「いかにも!オレが白帝(コイツ)のご主人であるワッカさんだ!」

 

エラそうなワッカに対し、赤竜は地面に降り立ち、身を(かが)めて頭を下げた。

 

『重ね重ねのご無礼、ひらにご容赦願いたく…。此度の不始末は全てこの黒竜一匹(ひとり)が起こしたこと。何卒温情を…』

 

「ああ、ああ!わーったわーった!」

 

大きな赤竜に丁寧に謝罪され、ワッカは戸惑いながら言葉を遮る。だがしかし、人間代表として一言言っておかねばならないと思い立ち、赤竜に言葉をかける。

 

「でもよ、白帝(コイツ)の言う通り、後輩へのコーチングはしっかりやんなきゃダメだぞ?ワッカさんとの約束だ!」

 

『仰るとおりです。必ずや、聖域の皆に言って聞かせましょう。それでは、これにて失礼いたします』

 

そう返事をして赤竜は飛び立ち、聖域へと戻っていった。

 

『全く迷惑な、これだから蒼帝は…』

 

「なあ……、いや、何でもねえや」

 

ビャクティスに「蒼帝って何スか?」と尋ねようとするワッカだったが、相手がどうも不機嫌そうなので言葉をつつしむ。

 ふと周りを見渡すと、他の3人が地面にへたり込んでいた。

 

「なあんだ、ゲンカイかぁ?」

 

「違うわよ…、動けなかったの…」

 

エルゼが疲弊したように言葉を返す。赤竜が自然と放つ(オーラ)に3人とも気圧(けお)されていたのだ。

 

「ワッカさんは…、何とも無いんですか…?」

 

「あったりめえよ!」

 

「何だか、理不尽さを感じるでござるよ…」

 

「情けねえこと言うんじゃねえよ…。つってもま、経験の差ってヤツだな!お前らも精進するこった!ハッハッハ」

 

 高らかに笑うワッカだったが、すぐさま自分のやるべき事項を思い出す。

 

「おっと、こうしちゃいられねえ!早く皆の元に帰らねえとな。ユミナも心配してるだろうしよ。ほらお前ら、シャキッとしろよ!」

 

3人に活を入れ、ワッカは「ゲート」を開いた。

 

 馬車の周りではユミナを始め、残された人達がワッカ達の帰りを今か今かと待ちわびていた。

 

「おーい!!」

 

「あ、今の声!」

 

「ワッカ殿だ!ワッカ殿が帰ってきたぞぉ!」

 

「本当ですか!?どこから?」

 

ミスミド兵の声を聞いたユミナが、息せき切って尋ねる。兵士の指した方向を見ると、ワッカ達がこちらに走ってくるのが確認出来た。ビャクティスは子虎の姿で抱きかかえられている。

 

「ワッカさん!!」

 

 ユミナもワッカに向けて駆け出す。そして愛する人(ワッカ)に思いっきり飛びついた。

 

「無事で良かったです!ワッカさん!!」

 

「おうユミナ!心配かけたな」

 

ぎゅっと抱きしめてくるユミナをワッカも抱きしめ返す。彼女に心配をかけた詫びとして、今回は引き剥がすようなことはしない。

 

「泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ、ほら泣くぞ」

 

「泣きませんよ!だって、ワッカさんが無事だって信じてましたからっ!」

 

「ハハハ、嬉しいこと言ってくれんじゃねえかコイツ!」

 

「でも…、もう少し早く戻ってきてくれても良かったですよね?」

 

「きびしいッスね」

 

「なぁんて、冗談です!」

 

「コォイツゥ!この!」

 

 そんな会話をユミナとしているワッカの元に、オリガ大使とガルン隊長も駆け寄ってくる。

 

「ワッカ殿、ご無事で何よりです!」

 

「おう、そっちはどうだった?何も起こらなかったか?」

 

「はい。幸いなことに」

 

「まさか、竜を倒したのか!?」

 

「ああ、バッチリ倒したぜ!」

 

ガルンの問いかけにワッカが自信満々で答える。

 

「本当なのか!?だが、どうにも早すぎるような…」

 

「え?あ~、まあ…」

 

首をかしげるガルンに対し、返答に困るワッカ。実際ワッカはビャクティスや「ゲート」に頼ったおかげで、この短時間での黒竜討伐を成し遂げたのだ。しかしガルンはこの二つの存在を知らない。(いぶか)しがられるのも当然だった。

 

「そこはまあ良いじゃないですか。無事に竜を倒せたんですし!」

 

「お、おう!そーだそーだ!」

 

 ユミナの出してくれた助け船に乗っかったワッカは、これ以上の詮索を防ぐために別の話題を切り出す。

 

「それはそうと、皆にお願いがあるんだなあ~」

 

「は、何でしょう…?」

 

「エルドの村の皆を助けてやって欲しいんだ。黒竜は倒したから危険は無えんだが、被害が結構大きいみたいでよ…」

 

「そ、それはもっともだ!」

 

 ワッカの要請を聞き、一行はエルドの村へと急ぐのだった。




 原作小説だと、望月冬夜は黒竜との戦いで武器を失ってしまい、後ほど自分の武器として銃剣を制作する事になります。
 別に彼がどんな武器を作ろうが問題は無いのですが、「銃を自作する」という現在最もデリケートな内容を、ブリッツボールのおかげで描写せずに済んでホッとしております。エボンの賜物だな。


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竜の死体、そして監視者。あとブリッツボール。

 よく考えてみたら、名探偵ワッカ編って国王暗殺の話じゃないか!時期的にギリギリだったんだなぁ…。
 でも個人的見解を述べさせて貰うと、フィクションの世界に現実の事件を持ち込むこと自体がナンセンスだと思うので、時期的にぶつかっていたとしても前書きで断りを入れて話を進めていたでしょうね。


 黒竜討伐後、ワッカ一行はエルドの村へと急ぎ、村人達の援助をして回った。リンゼは水属性魔法で火災を消火し、ワッカは怪我人に回復魔法をかけ続けた。他の者達は、倒壊した建物から人を救助したり、怪我人が残っていないかを見て回るなど、村中を奔走していた。騒ぎが一段落したのは、夜が明け、日がすっかり昇った後になってしまった。

 

「くはぁー、さすがに疲れたぜぇ」

 

 ワッカが草むらに仰向けになって倒れる。朝日がまぶしかった。ワッカ達が村に早く到着したこと、そして黒竜を村から遠ざける作戦を実行したことが幸いし、死者は出なかったが、村は壊滅状態だ。それでもやれるだけのことをやり終えた満足感が彼にとっては気持ちよかった。

 

「ワッカ殿、ここにいましたか」

 

 寝転がっていたワッカの側に、リオンとガルンがやって来た。

 

「おう、2人ともご苦労さん」

 

「しかし、たった四人で竜を仕留めてしまうとは…。驚きを通り越して呆れてしまいます」

 

「呆れられてもなぁ…。つーか、あの竜は若くて未熟な個体だったみたいだぜ。お陰で上手く行ったんだな、ハハ」

 

リオンの賞賛なのかよく分からない発言に対してワッカが気楽に言葉を返す。そんな彼にガルンが尋ねた。

 

「それでワッカ殿、あの竜のことなんだがどうする?」

 

「『どうする』って何だよ?まさか『死体の後始末もやれ』なんて言うんじゃ無いだろうな?」

 

ワッカが苦い顔をする。

 

「いやいや、そうでは無い。竜の死体は貴重な資源になるのだぞ?」

 

「死体が資源?」

 

「ああ。鱗や爪、角、牙などは加工して武器や防具の素材になるし、肉はとても美味なのだ。故に、竜の死体は余すこと無く高く売れる貴重品と言うわけだ。あの大きさならば王金貨10枚は下らないだろう」

 

「はぁー、知らなんだ」

 

「で、それらをどうするかは竜を倒したワッカ殿に決定権がある。どうするかと聞いたのはこのためだ」

 

「なるほど…」

 

 ガルンの説明を聞き、ワッカは考えを巡らせる。確かに竜を倒したのは自分なのだから、あの死体をどうするかは自分の勝手である。だが一方で、彼には壊滅的な被害を受けた村の惨状を忘れることが、どうしても出来なかった。復興には多大な費用が必要になるだろう。片や自分の(ふところ)には、ギルドに預けてある多大な金銭がある。竜の死体を売りさばいて得られる王金貨10枚がどちらに必要なものかは、火を見るより明らかだった。

 

「別にオレは良いよ。村の復興のために使ってくれ」

 

「な、正気か!?」

 

「ワッカ殿、分かってますか!?もの凄い価値がある素材なんですよ?王金貨10枚ですよ!?」

 

「しつけぇなー、良いっつってんだからインだよ!お前らそれでも国の兵士か…ってヤッベエエエエエエェェェ!!」

 

「ど、どうしたんだワッカ殿!?急に大声出して」

 

「あの黒竜倒すのに、毒を使っちまったんだよ!肉は売りモンにならねえかもしれねえ!!」

 

「な、何と!?」

 

「ま、まあ、黒竜を倒すためだったならば仕方が無いでしょう」

 

リオンがそう(なぐさ)めたが、本当は全く仕方ない事では無い。あの「ステータスリール」は、頭に血が昇ったせいで使ってしまった余計な一撃に他ならない。アレを使わずトドメを刺すことは幾らでも出来たはずだ。

 

「ああぁぁ……。知ってりゃあんなことしなかったのによ…」

 

「「………」」

 

後悔に頭を抱えるワッカに対してかける言葉が2人には見つからなかった。

 

「…ま、そういうわけだ。肉は使い物にならねえかもだが、残りは村にやってくれ、たのむぜ」

 

「あ、ああ、ではそのように伝えてこよう」

 

リオンとガルンはそれ以上何も言わず、その場を立ち去るのだった。

 それから数分後、ワッカの元に獣人の老人がやって来た。

 

「私は村長のソルムと申します。この度は竜を退治し村を危機から救って下さったこと、そして村の復興に多大な援助をして下さったこと、心より感謝を申し上げます。本当にありがとうございました」

 

「ああ、どういたしまして。その…」

 

「しかし、本当によろしいのですか?竜の死体を全て(ゆず)って下さるとは。せめて角の一本くらいは…」

 

「いやいや、気にしねえで全部貰ってくれ。逆にオレの方こそ悪かったな。勝手なことをしたせいで肉をダメにしちまってよ」

 

「気にしないで下さい。竜を倒して下さっただけでも、こちらとしては大きな恩が出来ているのです。その上で肉をダメにしたことを責めようとする者など、何所にいるでしょうか」

 

村長の言葉を聞き、ワッカは罪悪感を払拭することが出来た。

 

「そうか?そう言ってくれるんなら、嬉しいぜ」

 

「そうでした、貴方にこれをお返しします」

 

村長が手渡したのは、一挺(いっちょう)のナイフだった。

 

「これは…」

 

「竜の眼に刺さっておりました。黒竜を討伐した貴方達の物では?」

 

「あんた達の物じゃねえのか?」

 

「いえ、このようなナイフは見たこともございません」

 

「そ、そうか…。じゃ、貰ってくぜ」

 

そう言ってナイフを受け取ったワッカだったが、彼にも心当たりは無かった。だがもしかしたら仲間の誰かの所有物であるかもしれないので、一応貰っておく。

 深々と頭を下げる村長に別れを告げ、ワッカは馬車へと戻った。中を覗くと、エルゼとリンゼ、八重の三人が眠っていた。黒竜と戦い、その後は村の援助と大忙しだったのだ。眠たくなるのは当然だろう。気持ち良さそうに寝ている三人の姿を見て、ワッカにも急な眠気が襲ってきた。

 そんな彼の内心を察するかのように、ユミナが毛布を差し出した。

 

「お疲れさまでした、ワッカさん」

 

「ユミナ…、何だかオレ、とても眠いんだ…」

 

「そうでしょうね。ゆっくりお休みになって下さい。まだ出発はしませんから」

 

「そっか。じゃ、遠慮無く…」

 

ユミナから毛布を受け取ったワッカは、そのまま眠りに落ちてしまった。

 

 ワッカが目を覚ますと、青空とユミナの顔が目に飛び込んできた。

 

「ん…お…?」

 

「お目覚めになりましたか?」

 

「あ、ああ…。あ?」

 

何か後頭部に柔らかい違和感を感じる。彼は今まで、このような感触を味わったことが無い。

 慌てて飛び起きて辺りを見渡し、ワッカは状況を把握する。彼はユミナの膝枕で眠りについていたのだ。周りの村人や護衛兵達がニヤニヤと生暖かい目を向けてきている。

 

「うわっ!おい!お前ら!見せ物じゃねえぞコラ!」

 

ワッカは周囲の人々を睨みつける。ユミナの勝手な行動で赤っ恥をかいてしまい、穴があったら入りたい気分になる。嬉しさは微塵も感じない。(よわい)23になる男が12歳の少女の膝枕で眠っていたという事実が、ただただ恥ずかしかった。

 

「あら、お目覚めのようねぇ」

 

「よーく、眠ってましたね」

 

「気持ちよさそうでござったな~」

 

 声が聞こえた方に振り向くと、エルゼ、リンゼ、八重の三人が腕組みをしながら笑顔で立っていた。しかしどうにも、彼女達の笑顔からは何かしらの違和感を感じる。

 

「お、お前ら…、ど、どしたん?」

 

「「「別に~?」」」

 

拗ねたような声で答える三人に、ユミナが声をかける。

 

「はいはい、そこまでにしましょう?『役作りゲーム』は平等なんですから、恨みっこ無しです」

 

「分かってるわよ…」

 

「むー…」

 

「残念至極…」

 

詳しいことはワッカには分からなかったが、どうやら彼女達は「オーバードライブ・リール・カードゲーム」の役作りゲームで遊んでいたらしい。ユミナ以外の三人が不機嫌そうなのは、どうやらそこに原因があるらしかった。

 ワッカは困った顔をしながら、四人に反省を促す。

 

「あのなぁお前ら…。オレの寝ている間に何してたのか知らねえけど、勝手に行動して勝手に不機嫌になって…、ってそこまでオレは面倒見切れねえぞ!ワカッテンノカ!?」

 

「「「「はぁい」」」」

 

「ま、分かってねえなってことは分かった。休息も取ったし、さっさと出発しようぜ」

 

そう言ってワッカは馬車に乗り込んだ。 

 こうして、エルドの村で起こった黒竜との激戦は幕を下ろした。

 余談だが、ワッカ達が去った後、竜の肉はしっかりと火を通せば食べても問題ないことが判明した。結果として、エルドの村は黒竜の死体の恩恵を丸ごと受け取ることになったのだ。村人達は口々に「ワッカ殿の賜物(たまもの)だな」と言い、深く感謝したのだった。

 

 

 

 

 

 エルドの村を出発した馬車の中で、オリガ大使が改めてワッカ達に感謝をする。

 

「皆様。エルドの村を救って下さり、ありがとうございます。ミスミド王国の大使として、改めて感謝を申し上げます」

 

「ああ、いーっていーって。もう感謝の言葉は腹一杯だぜ。そんなことより、王都までは後どれ位かかるんだ?」

 

「王都ベルジュまでは、今日を入れてあと三日ほどで到着します。行程も半分以上過ぎましたが、引き続き同行よろしくお願いします」

 

「ああ、よろしくな」

 

頭を下げるオリガ大使にワッカが言葉を返す。

 大人の挨拶が終わると、訪れるのは暇な時間である。朝まで(せわ)しなく動いていたのが嘘のようだ。「オーバードライブ・リール・カードゲーム」で暇つぶしするのも(やぶさ)かでは無いのだが、先程の出来事のせいかそう切り出すのも何となく気が引けた。

 ワッカは村長から受け取ったナイフを取り出し、色々と観察してみる。片刃で刃渡りが20センチほどの黒いナイフだ。丈夫そうな作りではあるが、他に変わった特徴は見受けられない。このナイフに見覚えが無いか聞いて回るが、誰にも心当たりは無かった。

 

「一体誰のナイフなんだ…?」

 

『主よ』

 

 ビャクティスが念話(テレパシー)でワッカに話しかける。

 

「どした?ビャクティス?」

 

『黒竜と戦った際、林の中に何者かの気配を感じました。こちらへの殺気は無かったので村人の誰かかと思ったのですが…』

 

「いいや、どうやら村人の物じゃ無いらしいぜ」

 

『そのようですね。ということはつまり、我々を監視している何者かの物ということになるでしょう』

 

「ラングレーの町で話になった、監視者ってヤツの仕業か」

 

『はい』

 

「ったく、何だってんだぁ?オレ達をつけ回している敵かと思ってたが、あの時はオレ達を助けたってことか…?」

 

『いずれにせよ、警戒は続けるべきかと』

 

「だな。気持ち悪いことには変わり無えし、尻尾を掴んで全て吐き出させるって方針は変わらねえよ」

 

そんな会話を念話(テレパシー)で行いつつ、ワッカは謎のナイフをしまい込んだ。




 何とか、月曜日に2話投稿出来ました。複数話投稿は中々出来ないのですが、話の進みが遅いし、多少はね?
 今回でミスミド王国編の大きな山場である黒竜戦は終わりました。次回はミスミドの王都に到着します。カメラの下りも無いし、銃制作の下りも無いので、あまり話数はかからないと思うのですが…、どうなるでしょうね?


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ミスミド王都、そして対獣王戦。あとブリッツボール。

 ファイナルファンタジーXが舞台化するらしいですね(困惑)。何でこのタイミングでなんだろうなぁ…??しかもXV(ナンバリング最新作)ではなくXだと?
 一部では「このワッカブーム自体が電通案件だったのでは無いか?」とウワサされていますが、一応言っておきます。この作品は電通案件ではございません。本当に電通案件ならそもそも「電通案件」なんてワード使わないですし、「異世界はスマートフォンとともに。」を巻き込んだりしないですよね。「異世界ワッカ」という名前で、ワッカ以外はオリジナル要素にすると思います。


 その後は特に事件も無く、ワッカ一行は予定通り三日後にミスミドの王都であるベルジュに到着した。日干しレンガで作られた町並みの中で一際目立つ白い宮殿が国王のいる場所である。町並みはベルファスト王国の王都と比べると、やはり未発達な部分が見受けられるが、人々の活気では全く劣っていない。多種多様な人種が入り交じって発展を遂げているのが、この町の最大の特徴と言えるだろう。

 一行を乗せた馬車は高い建物が立ち並ぶ町並みを抜け、長い橋を渡り、都に巡らされた水路を抜けた。この先が宮殿の敷地である。

 

「オリガ大使、ガルン隊長、そしてリオン・ブリッツ殿、長旅ご苦労さまでした。お疲れの所申し訳ございませんが、直ちに国王に謁見(えっけん)願います」

 

敷地内で止まった馬車に、王の使いが声をかける。

 

「ふう、これで一段落だな~」

 

三人が馬車を降りたのを確認し、ワッカが息を吐く。

 しかしここで、彼の予想だにしなかった一言が使いから告げられる。

 

「それと、エルドの村にて黒竜を討伐した方々もご同行願います」

 

「はあ?ナンデダヨ!」

 

「それが…、国王様が竜を倒した者を一目見たいと…」

 

「どどど…どうすんだコレ?」

 

 ワッカは慌てふためく。元来、偉い人と会うことに慣れていない彼である。ベルファストの王族にも散々失礼な態度を取ってしまっているが、今までそれが許されてきたのは、彼らが皆穏やかな性格の持ち主かつ、どこか抜けている部分があったおかげである。しかしミスミドの国王がそうである保証はどこにも無い。

 

「大丈夫ですよ、ワッカさん」

 

動揺する彼に答えたのはユミナだった。

 

「ワッカさん達以外のメンバーは皆、国同士の交流のプロばかりです。ワッカさんは何も心配する必要はありません。もし何か言葉をかけられても『ははっ』『もったいないお言葉、深く感謝します』とその場に合わせて答えるだけで大丈夫ですから」

 

「そ、そうか…?」

 

「それに、私も一緒に行きますから」

 

「よ、よし。お前ら覚悟は良いか?オレは出来ている」

 

ユミナの言葉を受け、ワッカ達4人も重い腰を上げるのだった。

 使いに先導され、8人は王の待つ謁見の場へと到着した。謁見の間は、上は高い天井、下は長く広い真っ赤な絨毯といかにもな外見で、左右には様々な亜人の重臣達が並んでいた。

 豪勢な椅子に座る国王は、50代前半くらいの獣人だ。名前はジャムカ・ブラウ・ミスミド。白い髭に白い髪、力強さと威圧感のある眼差し、そして分厚い衣装の上からも分かる鍛え上げられた肉体が特徴のユキヒョウの獣人だった。

 獣王の前で一行は片膝をつき、頭を垂れた。

 

「国王陛下。オリガ・ストランド、ベルファスト王国より帰参してございます」

 

最初に口を開いたのはオリガ大使であった。

 

「うむ、大義であった。ガルン、そしてベルファストの騎士殿も、大使の護衛を無事果たしてくれたことに感謝しよう」

 

「「ははっ」」

 

獣王に声をかけられた二人も言葉を返す。

 そして獣王は、ワッカ達に目を向ける。

 

「大使の護衛中、エルドの村にて黒竜を討伐したというのは、そなた達か?」

 

「はい、その通りでございます。ここにいる私以外の四名で、村を襲った黒竜を討伐いたしました」

 

国王の質問に答えたのは、なんとユミナであった。

 

「い゛っ!ユ、ユミナ!?」

 

「ほう。して、そなたは?その歳にしては、随分と落ち着いているでは無いか」

 

驚くワッカを尻目に、獣王は質問を重ねる。本来ならユミナは呼ばれてないのだから、当然の質問である。

 

「申し遅れました。ベルファスト王国国王、トリストウィン・エルネス・ベルファストが娘、ユミナ・エルネア・ベルファストでございます」

 

ユミナが堂々と自らの素性を明かした。

 

「お、おい!」

 

言葉をつつしめよ、と続けようとしたワッカだったが、何とか我慢する。一度出した言葉を無かったことには出来ない以上、ここでその言葉を口走るのはただ無礼なだけでしか無い。

 ユミナの言葉を聞き、周囲からどよめきが起こる。ベルファスト王国の王女が一緒であることは(しら)されていないのだから当然だ。10日間行動を共にしたガルンも驚きを隠せないでいた。

 

「なんと…、ベルファスト王国の姫君が何故我が国に?」

 

「ミスミド王国との同盟は、我が国にとってそれだけ重大な事項ということですわ。これは父上から預かった書状でございます。どうか御一読を」

 

そう言ってユミナは(ふところ)から取り出した書状を、獣王の側近に手渡す。獣王は側近から書状を受け取り、その場で目を通し始めた。

 

「……なるほど、あいわかった。ここに書かれている内容については前向きに考え、近いうちに答えを出すとしよう。それまでは、姫様もそちらの方々もごゆるりと我が宮殿でお過ごし下され」

 

「ありがたきお申し出、感謝いたしますわ」

 

獣王からの言葉に、ユミナは頭を下げて返答した。

 一連のユミナの会話を聞いて、ワッカは舌を巻く。このやり取りは恐らく、出発前から決まっていた事なのだろう。リオンとオリガに驚いた様子が見られないのがその証拠だ。そもそもワッカがミスミドまで出向いたのは、「ゲート」を繋いで安全に国王をミスミドに来させるためであるが、彼が旅に出るのならばユミナも当然付いてくる。仲間である双子と八重も当然一緒になるだろう。彼らが同行すれば、オリガとユミナを安全にミスミドまで送っていける。

 表面上では単なる「オリガ大使の護送」だが、その裏では「ユミナ王女を向かわせるという国として最大限の敬意」「国王の安全な移動ルートの確保」といった重要事項が隠されている。中々、上手く考えられていた。

 ユミナの獣王との会話もカンペキであった。彼女が言っていた「交流のプロ」というのは彼女自身の事でもあったのだ。初対面のいざこざのせいか「困った娘」という印象を払拭出来ないでいたワッカであったが、さすがに考えを改めざるを得ない。ユミナという少女は意外と侮れない女性なのだ。

 

「さて、堅苦しい話題はここまでにして…」

 

 獣王がワッカに問いかける。

 

「君が連れているその白い虎は何だね?」

 

「はい。この子虎は、ここにいるワッカ殿の従者のようなものですね」

 

『がう』

 

ワッカの代わりにユミナが答え、ビャクティスが相づちを打つ

 

「なるほど、白虎を従えた勇者が竜を討ったか…。ふふふ、久しぶりに血が(たぎ)るのう。どうだ、ワッカとやら。一つ(わし)と立ち会わんか?」

 

「は?」

 

 獣王に突然誘いを受け、ワッカは困惑する。問われた相手がワッカなのだから、ユミナが代わりに答えるわけにもいかない。

 

「この宮殿にある闘技場で儂と模擬戦、というわけだ。面白いだろう?」

 

「面白いって…、おいユミナ、どうするべきなんだ?」

 

ワッカに助けを求められ、ユミナが答える。

 

「良いじゃないですか、ワッカさん。戦って下さい」

 

「は、え、その、同盟相手じゃなかったのか?」

 

「向こうからの誘いですから、無礼にはなりません。それに、ミスミドの国王様は勝負事において勝たないと気が済まない、という人では無いという話です」

 

「姫様の言うとおりだ。儂は強い者との勝負自体を楽しみにしていてな。勝ち負けには(こだわ)らん。全力で来ると良い!」

 

獣王はもうワッカと戦う気満々である。そんな彼の姿を見て、側にいる重臣達は頭を抱えていた。中にはため息をつく者までいる。

 

「ま、まあそういうことなら…、いっすよ?」

 

「おお、そうか!ではすぐ準備に取りかかろう!」

 

 こうしてワッカはミスミドの獣王と戦うことになってしまった。

 

 王宮の裏手にある闘技場の控え室で、ミスミド国の宰相であるグラーツという名の有翼人がワッカに謝罪する。

 

「申し訳ない、ワッカ殿。獣王陛下は強い者を見ると立ち会わずにはいられないお方なのだ。正直我らも困っている」

 

「いや、オレは困らないんすけど…。その、手加減とかしなくて良いんすか?『儂に勝つなんて何て無礼なヤツだ、死刑!』なんてことにはならないっすよね?」

 

「まさか、あのお方はそんなことは仰らない。ですからここは一つ、陛下を懲らしめる意味でもガツンと一発やって下され!」

 

「なんで、自分の王様にンなこと言ってんだよ…?教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「それ程困っていると言うことなのだ!どうぞ遠慮無くぶちのめしてくれ!」

 

「は、はあ…」

 

ワッカは呆れてしまう。どうやらこの世界の王様はどいつもこいつも困ったちゃんらしい。だがまあ、エボンの四老師も困ったちゃんばかりだったので、偉い人というのは得てしてそういう人種なのかも知れない、と思い直した。

 木の剣と木の盾を貰い、ワッカは闘技場の中央に向かった。獣王も戦闘服に着替え、木の剣と木の盾を持ってやって来た。観客席では、ユミナやオリガ大使ら、謁見の間にいた人達が二人の試合を観戦するべく座っていた。

 

「勝負はどちらかが『真剣ならば致命傷になる打撃を受ける』か『自ら負けを認める』まで。魔法の使用も可。ただし、相手への直接的な攻撃魔法は禁止とする。双方よろしいか?」

 

「あの、一ついっすか?」

 

審判の有翼人からの説明を受け、ワッカが手を挙げる。

 

「オレ、剣はからっきしなんで、コイツで戦いたいんすけど…」

 

そう言って彼は愛用のブリッツボールを見せる。通常モードのブリッツボールは本当にただのボールにしか見えない。

 

「そ、そのボールで戦うと…?」

 

「ああ。剣のまま戦っても全力出せねえし…。そんなオレと戦いたい訳じゃ無いっしょ?獣王様は」

 

「良いとも、良いとも!」

 

獣王が(こころよ)く認可する。

 

「ただ、儂への配慮として剣を使わない気ならば認めん。遠慮は無用だ」

 

「いやホント、ブリッツボール(コイツ)で竜も倒したんで」

 

「何と!?ニワカには信じがたいが…良いだろう!実戦と思ってあらゆる手を使い、儂に勝ってみると良い!」

 

高らかに笑う獣王を目にし、ワッカの闘争心にも火が付いた。

 

「じゃあ、遠慮無く行くぜ!」

 

「そのいきだ!来るが良い!」

 

 戦闘態勢に入った二人を見て、審判が右手を挙げる。そして、勢いよく右手を振り下ろした。

 

「始め!」

 

 開始宣言早々、ワッカはブリッツボールを投げつける。獣王は避けようともせず、わざとボールに当たりに行った。

 ボンっと獣王に当たったボールは、ワッカの手元に戻ってくる。

 

「ハハハ!なんだこんなものか!」

 

獣王が高らかに笑う。

 

「痛くない、とまでは言わないが、こんな攻撃で本当に黒竜を…ぐぅ…」

 

 そう言って獣王は眠ってしまった。ボールを当てた相手を眠らせる特技、スリプルアタックが決まったのだ。

 闘技場の中央で眠りこける獣王に近づいたワッカは、相手が持っていた木の剣を奪い取り、バシバシ叩き始める。

 

「おーい、獣王様よ。まだ眠る時間には早いぜ?」

 

「ぐぅ、ぐ、い、痛、痛い痛い!誰だ儂を叩くの…は…」

 

目を覚ました獣王の目に飛び込んできたのは、木の剣を自分に向けているワッカの姿だった。

 

「あのなぁ。本当の剣だったら、今頃みじん切りだぜ?」

 

「勝者、ワッカ!!」

 

審判が大声でワッカの勝ちを宣言した。

 

「オレの勝ち。何で負けたか明日までに考えといてください」

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ!」

 

 獣王が待ったをかけた。

 

「なんださっきの技は!?これは無しだろう!?もう一回だ!もう一回!」




 ミスターチルドレンかな?

 いせスマのアニメの話なんですが、審判の説明の部分で「真剣ならば」というワードを省略してしまったせいで、ニコニコ動画等で「致命傷の意味知ってる?」とコメントされてしまう事態が発生しています。省略する言葉を選ぶのって大事だね。


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加速魔法、そしてパーティー。あとブリッツボール。

獣王との試合ではお互い木の剣で戦ってるのに、アニメのOPだと真剣で戦ってるのナンデダヨ!(ナンデダヨ!)


 獣王からの再戦要求を受け、ワッカは呆れたように言葉を返す。

 

「おいおい…。アンタ、勝ち負けには(こだわ)らねぇんじゃなかったのか?」

 

「そういう以前の問題だろ!だいたい、さっきの技は何なのだ!?」

 

「あー、アレは『スリプルアタック』つって、攻撃した相手を眠らせる技っす」

 

「いやいや、そんなの無しだろ!」

 

「無しじゃねえだろ!教え(ルール)はどうなってんだ教え(ルール)は!!だいたい避けりゃ良いものを、平気で当たりに行ってんじゃねえか!」

 

「そ、それは…、それは…」

 

しばらく口ごもっていた獣王だったが

 

「本当にそのボールで黒竜を討伐出来るのか知りたかっただけだ!今度は本気の本気だ!だからもう一戦!!」

 

と素直に開き直った。

 

「まさか、オレが勝つ度に『もう一戦!!』って言って、オレがへばるのを待つ作戦じゃないだろうな?」

 

「そんなことはしない!今この場でミスミド王国の王として約束する!あと一戦だけだ!!」

 

 普通に聞くと単なるワガママにしか聞こえない獣王の発言だが、実は今の発言は彼にとって非常に重要な(ちか)いなのだ。仮に再戦後、獣王が「もう一戦!!」と言おうモノなら、それは「ミスミド王国の国王は約束を平気で破る男である」とベルファスト王国の王女の前で宣言するのと同義であるからだ。

 それを理解してか、宰相のグラーツがワッカに近づきお願いをする。

 

「ワッカ殿、済まないがもう一戦だけお願いできないだろうか?もしまた陛下がワガママを言うようなことがあれば、その時は重臣一同(われわれ)が死に物狂いで止めますので…」

 

「むむ…」

 

 一方のワッカも、先程の勝ち方は良くなかったと考えを改め始めていた。仮に自分が獣王の立場だったとしても、あんな負け方をしてしまっては納得出来ないだろう。それにここで再戦を断って、獣王の機嫌を損ねても面倒である。今度はしっかりと戦ってあげて、それでもワガママを言うようならばハッキリ断れば良いだけの話だ。

 

「分かったよ!確かに、さっきの終わり方じゃあ煮え切れねぇよな?もう一戦やってやる!」

 

「本当か?恩に着るぞ、ワッカ殿!」

 

「フフフ、それでこそ(わし)の見込んだ男よ!」

 

ワッカの言葉を聞き、機嫌を良くする獣王だったが

 

「ただし、さっきの技は無しだ!良いな!?」

 

と追加の注文をしてきた。

 

「陛下!?それはさすがに…」

 

「いいぜ!『スリプルアタック』無しで戦ってやらぁ!」

 

「そのいきだ!」

 

「ただし、お互い真剣勝負!勝っても負けても恨みっこ無しだ!良いな、獣王様よ?」

 

「うむ!約束しよう」

 

 二人は熱い男の約束を交わし、再び戦闘態勢をとる。

 

「始め!」

 

 審判の試合開始の合図と共に、今度は獣王が打ち込んでくる。

 

「でやぁ!」

 

相手の急接近に、ワッカもブリッツボールを投げる暇が無く、木の盾で攻撃を受けることにする。

 

「中々、力強ぇじゃねえか?」

 

「そうだろう?だが、儂の実力はこんなモノでは無いぞ!」

 

「へえ…、そいつぁ楽しみだ、なっ!!」

 

ワッカが盾で獣王をはじき、距離を取る。

 

「行くぞ。アクセル」

 

 瞬間、獣王の姿が目の前から消えた。

 

「な!?ヘイスガ!」

 

ワッカは反射的に速度アップ(ヘイスガ)の呪文を唱える。本来ならかける相手は自分一人なので「ヘイスト」で十分なのだが、魔法名が違うことを他人から指摘されると面倒なので、この世界では「ヘイスガ」で統一している。

 彼の判断は正しかった。「ヘイスガ」のお陰で、背後から一撃を当てようとしていた獣王に気付くことが出来た。

 

「ぬおっ!?よく儂に気付けたな?」

 

攻撃を盾で防がれた獣王が驚いた。

 

「へへっ、生憎(あいにく)プロなモンで…!」

 

そう言葉を返し、盾で弾いて再び距離を取る。

 

「今の、速度上昇の無属性魔法っすね?」

 

「ご名答。身体の素早さをあげる儂の無属性魔法だ。動いている最中は身体に魔法障壁も発動するので、常時発動は出来ないがな。この速さに普通の人間なら反応できないハズなのだが…、ワッカ殿も同じような魔法が使えるとはな」

 

「まあ、オレのは『ヘイスガ』っつーんですけど」

 

「魔法名など何でも良い。やはり戦いというのはこうでは無くてはな!アクセル!」

 

 獣王が再び速度アップ(アクセル)の魔法を使い、攻めてくる。ヘイスガ状態のワッカは獣王の攻撃を再び防ぎきる。

 獣王が攻める。ワッカが守る。獣王が攻める。ワッカが守る。一見ワッカは防戦一方のようだが、そうでは無い。最も、お互い速度上昇の魔法を使っている二人の攻防を、観客席にいる皆は眼で追うことが出来ていなかったが。

 実は、ワッカは決着を付けようと思えば、いつでも付けられる状態にあったのだ。方法の一つとしては獣王の使っている「アクセル」を自分も使うことだ。そうすれば「ヘイスガ+アクセル」状態のワッカの方が速く動けるようになる。

 もう一つ方法を挙げるなら、相手の速度を下げるスピラの呪文「スロウ」を使うことだ。これで獣王の速さを下げれば、やはりワッカの方が速く動けることになる。

 しかし、この二つの方法はどちらも「ワッカが3つ以上の無属性魔法を使える」ということを大勢の前で示してしまうので避けたいところだった。

 (ゆえ)に、ワッカは()()()()()()()()()()()

 

「どうした?防いでいるだけでは勝てないぞ!」

 

獣王がそう言いながら攻撃を仕掛ける。ワッカはあえて盾で防がず、横に跳んで避けた。そして剣を握る獣王の右手に狙いを付ける。

 

「そらっ!!」

 

「ぐおぉ!?」

 

ワッカの投げたブリッツボールが獣王の右手に直撃する。痺れるような衝撃を感じ、獣王は思わず剣を手放してしまった。

 ワッカは盾を放り投げ、地面に落ちた剣に向かって飛び込む。キャッチしつつ一回前転、そして拾った剣を獣王に突き付けた。

 

「オレの勝ち。何で負けたか明日までに考えといて下さい」

 

「フフフ、考えずとも分かるわ。ともかく、儂の負けだな」

 

 獣王の言葉を耳にし、審判が高らかに勝者を宣言する。

 

「勝者、ワッカ殿!」

 

こうしてワッカVS獣王の戦いは、ワッカの勝利で決着が付いた。

 

「儂は、自分の無属性魔法にどこか自信を持ち、思い上がっていたようだ。儂の他に同じような魔法を使える者がいるとは思いもせなんだ。加えて言えば、お主の最後の攻撃。儂の右手に命中させる正確さ、そしてあの衝撃…。『スリプルアタック』の時は手加減していたのだな?」

 

「ま、まあ、一応王様が相手だったからよ。何かあっちゃいけねぇってんで手加減してたんだが…。勝負に真剣なアンタの姿を見て、本気でやった方が良いって思い直したんだ」

 

「そうであったか。とにかく、良い試合だった。礼を言うぞ、ワッカ殿」

 

「こっちこそ、久しぶりに楽しく汗を流せたぜ。ありがとうな、獣王様」

 

 二人の握手により、闘技場での試合は幕を下ろしたのだった。

 

 

 

 

 

 その夜、宮殿内でオリガ大使の帰還祝いや、ユミナ王女の歓迎会としての意味が含まれたパーティが催された。

 ワッカはミスミド王国の正装に着替えさせられたのだが、意外と着心地が良く、快適にパーティーを楽しんでいた。

 

「やあ、ワッカ殿。似合っていますね、その衣装」

 

ミスミドの正装では無く、燕尾服に身を包んだリオンがワッカに話しかけてくる。

 

「おう、リオン。お前はこの服じゃねえのな」

 

「ええまあ。それで、その、オリガ殿はどこですかね?」

 

「さあ?知らねえな。ってか、なんでソワソワしてんだよ?パーティー(ここ)でも緊張君かぁ?」

 

「え?い、いやあハハハ」

 

 笑って誤魔化すリオンの後ろから、アルマもやって来た。彼女の後ろには恰幅の良い、白い髭の紳士がいる。白髪交じりの頭から生えたケモミミや尻尾は、白髪交じりのキツネのモノだった。

 

「初めまして、ワッカ殿。アルマの父のオルバと申します」

 

白髪交じりの紳士、もといオルバが挨拶する。

 

「ども、ワッカっす」

 

「べっ、ベルファスト王国第一騎士団所属、リオン・ブリッツでありましゅ!」

 

「おい、噛んでるぜ?」

 

ワッカとリオンも挨拶を返した。

 

「娘達を護衛して頂き、本当にありがとうございました」

 

「なぁんの、気にすんなって。こっちも色々楽しかったしよ!」

 

「ごご、護衛が我々の任務でしゅから!」

 

「なあ、キャラチェンしたのかお前?でも語尾が『でしゅ』ってのはちょっとなぁ…」

 

 ワッカはリオンにツッコミを入れつつ、オルバに話題を振る。

 

「アンタ、仕事は何を?」

 

「私は交易商をしております。ベルファストからも色々と良いものを仕入れさせて頂いておりますよ」

 

オルバが笑顔で答える。

 

「そうだ、ワッカ殿。娘…オリガから聞いたのだが、道中面白い遊びをしていたそうだね?オーバー…何とか?」

 

「ああ。『オーバードライブ・リール・カードゲーム』だな」

 

「そう、それだ。あれはどういった遊びなのだね?」

 

「いやまあ、オレが考案したカードゲームなんすけど、色々な遊びが出来るんすよ。そうだ!」

 

ワッカがポンと手を叩く。

 

「1セットプレゼントするんで、娘さん達とどすか?」

 

「本当ですか!?これはありがたい」

 

「明日にでも届けるんで…、って明日はアイツらと一緒に観光する約束してたんだったっけな」

 

「で、では!私が届けましょう!」

 

リオンが申し出た。

 

「おお、マジか?じゃ、頼むぜ。明日お前に渡すからよ」

 

 そんな会話をしていると、会場が急にざわめき始めた。ざわめきの元へ行ってみると、獣王とオリガ大使とユミナの主役三人が会場に入ってきたところであった。

 ユミナの側には、エルゼとリンゼ、八重の三人もいた。四人はそれぞれミスミドの正装に着替えており、(きら)びやかだった。

 

「おう、ワッカ殿。なかなか似合ってるじゃないか。ミスミドの貴族と言われてもおかしくないぞ」

 

「そすか?ハハハ」

 

 獣王とワッカが会話している横で、リオンがドレス姿のオリガに見とれていた。彼女の髪には、どこかで見たような花の髪飾りがしてあったのだが、もちろんワッカは気付いていない。

 

「似合ってますよ、ワッカさん。素敵です」

 

 ユミナが獣王に続いてワッカを褒めた。

 

「うん、バッチリじゃない?」

 

「…いつもと、違う魅力があります」

 

「かっこいいでござるよ、ワッカ殿」

 

他三人も口々に褒めるのでワッカも

 

「おう、ありがとよ!お前らも似合ってるじゃねえか!」

 

とサムズアップで返す。

 

「うし!皆揃ったし、今日はとことん楽しむぜ!」

 

「拙者もたくさん食べるでござる!」

 

「八重の『たくさん食べる』はシャレになんないのよね…」

 

「ワッカさん、私が食べ物取ってきますね?」

 

「ずるいですよユミナさん!私も行く、です!」

 

 こうして楽しい時間は過ぎていくのだった。

 

 数十分後、調子に乗って食べ過ぎたワッカは、一休みするため会場の外に出た。

 

「ぶふっ、食い過ぎたぜ。いやいや、八重じゃあるめえしよ…」

 

ウワサの八重は未だに大食いを続けているのは別の話。とにかく、腹の苦しさをどうにかしようとワッカは、廊下にあったソファに腰掛ける。

 

「いやあ、食いモンも美味かったし、来てよかったぜぇ…」

 

ぼーっと、何も無い廊下の向こうを眺めるワッカ。そんな彼の目に、ある異物が映った。

 

「ん?何だ、疲れてんのか?」

 

ゴシゴシと目を(こす)ってみるが、異物は消えない。それどころか徐々に近づいて来るではないか。

 

「……は?」

 

 ワッカが言葉を失う。彼の前に立っていたのは、立って動くクマのぬいぐるみだった。




 次回、「異世界はスマートフォンとともに。」で最も人気のある()()()()()()()()が登場します。お楽しみに。
 と言っても、ミスミド王国編では触り程度の登場なのですが。


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妖精師匠、そしてプログラム。あとブリッツボール。

効果モンスター
星1/地属性/天使族/攻 0/守 0
(1):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
「デストーイ」モンスターとしても扱う。
(2):このカードはモンスターゾーンに存在する限り、
「デストーイ」融合モンスターカードにカード名が記された
融合素材モンスター1体の代わりにできる。
その際、他の融合素材モンスターは正規のものでなければならない。


 クマのぬいぐるみに見つめられ、ワッカは言葉を失っていた。相手の高さは50センチほど。人のように動いている点以外にはコレといっておかしな特徴は見られず、言葉も発しない。

 

「お、おい…、何だよ…。何か言えよ…」

 

奇妙な状況と静寂に耐えられず、ワッカは言葉を投げかける。するとクマのぬいぐるみは、くいっくいっ、と手招きを返してきた。

 

「付いてこい、ってコトか?」

 

 ワッカの質問に答えるかのように、ぬいぐるみはトコトコと歩き始める。ワッカは奇妙なぬいぐるみの後を追うことにした。

 ぬいぐるみはパーティー会場から少し離れた場所にある部屋の前で歩みを止めた。器用にジャンプしてドアノブを回して扉を開け、中に入れと言いたげに手招きする。

 部屋の中は薄暗く、綺麗な月明かりが部屋の中を照らしていた。部屋の隅には本棚が有り、床には様々なぬいぐるみが転がっている。そして月明かりを背に受けるようにして一人の少女がソファに座っていた。

 黒いドレスに黒のヘッドドレスのゴスロリ衣装を身に纏い、白い髪をツインテールにまとめている。歳は見た感じ、ユミナやアルマと同じくらいだ。そして何より、蝶のような半透明の羽根が背中から生えているのが特徴的だった。

 

「あら?奇妙なお客さんを連れてきたわね、ポーラ」

 

少女がクマのぬいぐるみに話しかける。

 

「いや、奇妙なのはそのぬいぐるみだろうがよ!」

 

 ワッカはツッコミを返した。

 

「その反応は正しいでしょうね。それで、あなたは誰?」

 

「オレか?オレはワッカ。よろしくな」

 

「ふうん…。今日のパーティーに来ているとウワサの竜殺しね?」

 

「まあ、そうだが…。で、お前の名前は?」

 

「あら、ごめんなさい。私は妖精族の(おさ)、リーンよ」

 

「お、長ぁ!?その歳でか?」

 

ワッカが驚きの声を上げる。

 

「こう見えても貴方よりずっと年上よ?妖精族は長寿の種族だから」

 

「妖精族?はあ、どーりでそんな羽が生えているワケだ。つーか、年上ってどんくらい?」

 

「どれくらいかしら…?600は確実に超えていると思うけど…」

 

「ろ、ろっぴゃくぅ!?」

 

「面倒だから612歳ってことにしといて」

 

「おいおい、なんか投げやりだな…。ってかその見た目で600歳ってことは1万年くらい生きるってことか?」

 

「……違うわよ。妖精族は一定の年齢になると成長が止まるの。普通は人間の見た目で言う20代前半くらいで止まるのだけど、私の場合止まるのが早かったのよ」

 

リーンは唇を尖らせながら、呟くように答えた。そんな彼女の頭をクマのぬいぐるみが慰めるようになでる。

 

「あー、そういうことだったのか。悪かったな、気にしてるトコにツッコんじまってよ」

 

「別に構わないわ。貴方、妖精族に会うのは初めてみたいだし」

 

 言葉通り、リーンに怒っている様子は見受けられない。ちょっとしたことですぐにへそを曲げるエルゼ達と比べると達観しているな、とワッカは思った。伊達に600年以上生きているのでは無いらしい。

 

「それで、その召喚獣を使って俺をココに呼んだのは何でなんだ?」

 

 話題を変えようと、ワッカは疑問を投げかける。

 

「ポーラは召喚獣じゃないわよ。正真正銘、ただのぬいぐるみ。気に入った人間がいたらこの部屋に連れて行くようプログラムしておいたのよ」

 

「ぷろぐらむ?」

 

「『プログラム』は私の無属性魔法よ。無機質な物にある程度の命令を入力して動かすことが出来るの」

 

ワッカのオウム返しにリーンが答える。

 

「例えばそうね…。この椅子でやってみましょう」

 

 そう言ってリーンは部屋の隅に置いてあった、何の変哲も無い椅子を持ってくる。そして椅子に手を(かざ)し、「プログラム」の魔法をかけ始めた。

 

「プログラム開始

/移動:前方へ2メートル

/発動条件:人が腰掛けた時

/プログラム終了」

 

言い終わるとリーンは椅子に腰掛ける。すると椅子が独りでに前へと進み始め、2メートルほど進んで動きを止めた。

 

「速度の指定を忘れたわね。まあ、こうやって魔法による命令を組み込むことが出来るのよ」

 

「おお!めちゃくちゃ便利じゃねえかソレ!」

 

 ここで、ワッカの脳内にあるヒラメキが生まれる。

 

「うし、いっちょやってみっか!」

 

「え?」

 

ワッカは愛用のブリッツボールに手を翳す。

 

「プログラム開始

/移動:ワッカの手元へ一般人が受け止められるギリギリの速さで

/発動条件:液体もしくは固体に衝突した時

/プログラム終了」

 

彼はおもむろに部屋の窓を開け、ブリッツボールを外へと思いっきり投げつけた。しばらくするとブリッツボールが、時が巻き戻されたかのように彼の手元に戻ってきた。設定通り一般人が受け止められるギリギリの速さだったが、鍛えられているワッカにとってはこのくらいのスピードがちょうど良かった。ゆっくり戻ってこられても実戦で使いにくい。

 彼がブリッツボールにこのような「プログラム」を(ほどこ)したのはもちろん、先の黒竜戦を踏まえての事であった。「遠くに投げたブリッツボールが自動的に手元に戻ってきたら楽なのに」などと現実逃避をしていたのだが、そんな勝手を叶える無属性魔法を知ったのでは試さずにはいられなくなったのだ。

 

「おっし!成功だな!」

 

「貴方……今何やったの?」

 

 リーンが眼をパチパチさせながらワッカに問いかける。

 

「何って…、リーンがやった『プログラム』じゃねえか」

 

「貴方も『プログラム』の使い手だったの?」

 

「あ…」

 

 ワッカは自分がしでかした失敗にようやく気付いた。彼はこの世界の無属性魔法を、効果と名前さえ知っていれば何でも使うことが出来る。しかしこの事実が(おおやけ)になれば、どの様な事態が起こるか想像もつかない。(ゆえ)にこの事実は、彼の仲間4人と1匹以外には知らせていない機密事項なのであった。

 リンゼやユミナにもそのことを口を酸っぱくして言い聞かせておきながら、当人はこの思慮の浅さである。何とも自分が情けなくなりながら、とりあえず誤魔化さねばならないと思い立ち、リーンに言葉を返す。

 

「ああ、まあ、そういうこった!どうだ、ビックリしたろ!?ハッハッハ…」

 

「ふうん…」

 

リーンは怪しいものを見る目つきでワッカを見つめる。彼の体中を冷や汗が流れ出していた。

 

「まあ、色々聞きたいことはあるけど、今はやめておくわ。確かに、ポーラは面白い人を連れてきたわね。シャルロッテ以来の掘り出し物かもしれないわね、貴方」

 

「シャルロッテぇ!?」

 

 リーンの口から出てきた意外な人物の名前にワッカは驚く。シャルロッテと言えば、ワッカの魔法に興味津々なベルファスト王国の宮廷魔術師ではないか。

 

「私の弟子の一人よ。今はベルファストで宮廷魔術師をしてたわね、確か」

 

同一人物だった。

 

「はぁ~、あの有名人、シャルロッテ様の師匠だったなんてねぇ、こりゃビックリだ…」

 

 先程「プログラム」の実験をリーンの前で行ってしまったことが、どれ程大きな失敗だったのかを知り、体の震えが止まらないワッカ。彼女が自身(ワッカ)の特異性に気付いていないことを祈るしかなかった。

 とりあえず何か別の話題を振らなければならないと思い、ワッカはリーンに疑問を投げかける。

 

「てってか、そのポーラだかってぬいぐるみ、まるで生きてるみてぇに動いてっけど、『プログラム』だけでそこまで出来るのかぁ?」

 

「もう200年近く『プログラム』を重ねてきてるからね。いろんな反応、状況から自分の行動を起こせるようにしてあるのよ」

 

「ほ、ほぉ…」

 

200年という長い時間をかければ、ぬいぐるみを生きているように動かせるという事実を知り、「プログラム」の便利さをワッカは再認識する。と言っても、ブリッツボールを生き物のように動かしたいとは思っていないのだが。

 

「ん?じゃあ、そのぬいぐるみは200年以上前の物ってことか?新品同然だが…」

 

「私の無属性魔法『プロテクション』をかけているからね。保護魔法の一つで、色々な対象からある程度、保護できるのよ。ポーラには汚れや劣化、虫食いとかから影響を受けないように保護しているわ」

 

「はぁ~、便利な魔法もあるもんだ…」

 

 この「プロテクション」という魔法を使えば、ワッカが着ている、この世界に一つしか無いビサイド・オーラカのユニフォームを保護することが出来るのだ。これで洗濯しなくて済む、などと考えるほど不潔では無いが、着ている年月を気にしなくて良くなるのは便利だ。帰ったら試してみようと彼は考え始める。

 

「ねえ、私からも一つ聞かせてちょうだい」

 

 不意にリーンが、ワッカの顔を見つめながら話しかけてきた。

 

「な、何すか…?」

 

「貴方、無属性の他には何の適性を持っているの?」

 

「適性!?」

 

 ワッカは言葉につまる。全属性使える、と真実を告げればリーンに怪しまれてしまう。かと言って、真っ赤な嘘をつくわけにもいかない。彼女はワッカの名前を聞いただけで、彼が竜殺しなのだと認識出来ていた。情報収集は怠らないタイプなのだろう。となれば、ワッカの戦闘スタイルについてどこかで調べている可能性も無いとは言えない。

 

「えと、火、水、光、闇、うんうん

 

苦手な風属性と土属性は濁すことにした。この二つは今までの戦闘でも(ほとん)ど使って無いのでバレる可能性は低いだろうと考えたからだ。

 

「ふぅん…」

 

 リーンはワッカの顔をまじまじと見つめる。何か珍しい物を見るかのような、否、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そんな目つきだった。

 

「う、う…」

 

リーンの黄金色の瞳に見つめられ、ワッカは言葉を失っていた。早く帰りたい、と心の中で必死に祈る。

 

「決めたわ」

 

 リーンが口を開いた。

 

「貴方、私の弟子になりなさい」

 

「………」

 

とりあえず断らなければならない。そう感じたワッカは言葉を返した。

 

(つつし)んで、お断りする」

 

 またベルファストの王族達が無茶ぶりをしてきた時のために(そな)えて覚えておいた言葉を、初対面の妖精族に使うことになるとは夢にも思っていなかったワッカなのだった。




 中途半端な終わり方に思える人もいるかもしれませんが、原作でも似たような終わり方だったので、これでいいのだ(バカボン)。

 異世界なのに、距離の単位がメートルで良いのか疑問に思う方もいるかもしれませんが、これもまた原作通りなので、これでいいのだ(バカボン)。ワッカも同じ単位を使っていることにしておきました。

情報、求む!
 「異世界はスマートフォンとともに。」アニメ8話において、リオンとオリガ大使のデートをストーキングするエピソードがあるのですが、小説家になろうサイト内の原作には、そのような話を見つけられませんでした。
 このエピソードは、アニメ一期より後の部分で実際にある話なのか、有料の本や漫画で追加された話なのか、それともアニメオリジナルなのか。知っている方がおられましたら、感想欄にてコメントして下さると助かります。


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大人の対応、そして追跡。あとブリッツボール。

 「異世界はスマートフォンとともに。」のアニメ第二期の詳細が発表されましたね。放送開始は2023年春予定だそうです。
 声優は変更無しなのですが、制作スタッフが大きく変更されています。以下に大きな変更点をまとめておきます(ウィキペディア調べ)。

 アニメーション制作の会社が「プロダクション リード」(昔は結構アニメ制作を行っていたみたいだが、「いせスマ」制作時期には話題作の制作は(ほとん)ど無し)から「J.C.STAFF」(代表作ゼロの使い魔、「とある」シリーズ、ダンまち、まちカドまぞく、他多数)へ変更。

 監督が柳瀬雄之氏(ウィキペディアに記事無し)から岩崎良昭氏(ゼロの使い魔、ツインエンジェルシリーズ、ぼくたちは勉強ができない、他多数)へ変更。
 
 シリーズ構成が高橋ナツコ女史から赤尾でこ女史へ変更(両名とも代表作多数なため、興味のある方は調べてみて下さい)。

 率直な感想を申しますと「アニメ制作スタッフ、パワーアップしすぎだろ!」って感じです。特にアニメーション制作会社の変更がヤバい!現在進行形で人気アニメ作っている会社じゃないか…。アニメ一期を見ていて特に辛かったのが作画の酷さなので、これは嬉しいです。監督も変わったので、あのクッソ寒いアイキャッチも無くなってくれるかしら?
 何にせよ、アニメニ期はかなり気合いが入っているみたいで期待が膨らみますね!


 翌朝、支度を済ませたワッカはビャクティスを連れて、宮殿の前門でリンゼとユミナの二人と合流した。

 

「おう、待たせたな。リンゼ、ユミナ」

 

「あっ、ワッカさ~ん!」

 

「おはようございます、ワッカさん。昨晩はぐっすり眠れましたか?」

 

「へ?い、いやぁ、それが上手く眠れなくてよぉ…。ハハ…」

 

ワッカは力なく笑った。

 昨晩のリーンは、ワッカから弟子入りを断られたことを残念そうにしていた。とは言っても彼女に無理強いする気は無かったらしく、あの後何事も無く部屋へと戻ることが出来たのだった。しかしワッカは、彼女に自身の特異性がバレてないかが心配で、眠れない夜を過ごしていたのだ。完全に自業自得なのだが、辛い夜だった。

 

「かわいそうなワッカさん…」

 

「大丈夫ですか?」

 

「まあ、平気よ平気!さ、行こうぜ」

 

嫌な考えを吹き飛ばしたい一心で、ワッカは出発を促した。

 今日はリンゼとユミナとの3人(と1匹)で、ミスミドの王都を観光する約束である。エルゼと八重はミスミド王国の戦士長達と、宮殿の闘技場で一日訓練をするらしい。ベルファストの王城で行われる訓練にも時々参加している二人だが、いつもとは違う相手と訓練出来る貴重な機会を逃したく無い、とのことだった。

 

「お、そうだ。出かける前に会わなきゃいけない相手がいんだ。すぐ終わるから付き合ってくれねえか?」

 

 出発早々、思い出したようにワッカが二人に尋ねる。

 

「私は大丈夫ですよ」

 

「私もです。それで、会わなきゃいけない相手って誰なんですか?」

 

「リオンだよ。アイツに『オーバードライブ・リール・カードゲーム』を渡す約束してんだ」

 

リオンとの待ち合わせ場所に向かいながら、ワッカはパーティー会場でのオルバとの会話について話をした。

 

「なるほど、それで…」

 

「ワッカさんも中々ニクイことをするじゃないですか」

 

「だろぉ?」

 

ユミナの言葉に、ワッカは上機嫌だ。

 

「オルバは交易商だかんな」

 

「え?」

 

「アイツが『オーバードライブ・リール・カードゲーム』を気に入ってくれりゃあ、あちこちで売ってくれるかもしれねえ。世界中でオレの考えたゲームが流行ったりしてな!ハッハッハ!」

 

「「ハァ…」」

 

 高笑いするワッカに対し、リンゼとユミナはため息をつく。ワッカのリオンとの約束が、「リオンがオリガに近づけるようにするための行動」ではなく「自分が考えた遊びを流行らせるための行動」だったからである。

 

「お、いたいた!」

 

 ワッカの視線の先には、待ち合わせ相手のリオンがいた。

 

「おはようございます、ワッカ殿。例のオーバー・ナンチャカ・カードゲームは…」

 

「『オーバードライブ・リール・カードゲーム』だっ!!しっかり名前覚えて、しっかり宣伝してくれよ?」

 

そう言ってワッカはカードゲーム一式をリオンに手渡す。受け取るリオンの右手が震えていた。

 

「なあんだ、まだ緊張しぃなのか?」

 

「え、ええ…。情けないですよね、ハハ…」

 

「全くだ!」

 

ワッカはバッサリと切り捨てる。そして

 

「騎士様なんだろ?これまでも幾度となく死線を(くぐ)り抜けてきたんじゃねえのか?でも今日の相手はお前を殺しに来るワケじゃねえ。死ぬワケじゃねえんなら、怖がる必要なんてねえじゃんか」

 

とサポートをする。彼の言葉を聞き、リオンの震えが収まっていった。

 

「な、なるほど。言われてみれば、そうです」

 

「大丈夫だ!お前なら出来る!自分を信じろよ!」

 

「はい!ありがとうございます、ワッカ殿!」

 

「おう!頑張れよ」

 

そう励ましてワッカは、オルバの家へと向かうリオンを見送った。

 

「ね、ねえワッカさん?」

 

 二人の一連の会話を聞いていたユミナがワッカに声をかける。

 

「ん、どした?」

 

「先程の励まし…、やはり気付いているのですか?」

 

「何にだよ?」

 

「何にって…その…、()()()()()()()()()()()()()()()()()()にです!」

 

「は?何ソレ?初耳だぞ!?」

 

すっとんきょうな声をあげるワッカを見て、リンゼとユミナはため息をつきながら首を横に振った。

 

「気付いて…無かったんですね…」

 

「気付いてなかったってか、え?あの二人デキてんのか?いつから?」

 

「デキてるかは分からないですけど、リオンさんがオリガさんに惚れていたのは、ミスミドへの旅が始まった時からです」

 

「マァジか!!全然気付かなかったわ」

 

「「………」」

 

ワッカのあまりのニブさに二人とも言葉を失ってしまい、冷たい視線を送ることしか出来ない。

 

「何だよ、ンな顔すんなよ。だってよ、ぶっちゃけ()()()()()()()()?」

 

「「どうでも…!?」」

 

 ワッカの唐突な発言に、二人は驚きの声をあげる。

 

「そうだろうよ。リオンもオリガ大使も、オレ達の家族じゃ無いだろ?この旅の中では仲間だったかもしれねえけど、普段からずっと一緒なワケでも無いだろ?」

 

「そ、それは確かにそうですけど…」

 

「なら、オレ達から二人の恋路にあーだこーだ言う必要は無えんだよ。気付いても何も言わねえで、そっとしといてやんのが大人ってモンだ」

 

「それは…、気付いてなかったことの言い訳では無く?」

 

「そういうモンなんだよ!ま、その内分かるさ、その内な」

 

 ワッカは両手を頭の後ろで組みながら、遠ざかっていくリオンの背中を見つめるのだった。

 

 その後、3人と1匹は本題であるミスミド王都での買い物に出発した。所変われば品変わる。ベルファストの王都では売られていない商品の数々に心が奪われる。様々な店を巡り、時間が経つのも忘れて買い物を楽しんだ。屋敷の使用人達にプレゼントするお土産を選ぶのも忘れない。

 気が付くと日が大分落ちてきており、夕刻になっていた。

 

「少し早いですが、夕食にしませんか?」

 

ユミナが提案する。

 

「なあんだ、ハラヘリかあ?」

 

「一生懸命見て回ってたら、何だかお腹がすいてきちゃいまして。エヘヘ」

 

「よし、メシ行くぞ!」

 

「この国では『カラエ』という名物料理があるそうです。それにしませんか?」

 

ミスミドについて事前調査をしていたリンゼが提案する。彼女の情報は買い物の際も非常に役に立っていた。

 

「どんな料理なんですか?」

 

「舌が痺れるような辛さが特徴なんだとか」

 

「辛いから『カラエ』ってか?何だか安直だが…、ま!物は試しだ。オレはソレで構わねえぜ?」

 

「私も『カラエ』に興味が出てきました」

 

「じゃあ決定ですね」

 

 こうして一行は近くにあったカラエ屋に足を向ける。店に入る直前、ユミナに抱かれていたビャクティスがキョロキョロと辺りを見回していた。

 店の中は、嗅いだだけで自然と唾液が出てくるような香辛料の香りが立ちこめていた。この香りを避けるべく、通りを眺められるテラスに席を決める。ユミナはビーフカラエ、リンゼはチキンカラエ、ワッカはカツカラエを注文し、店員がメニューを下げた。ビャクティスは何故だか食べるのを拒否した。

 注文が終わったところで、ビャクティスがワッカに念話(テレパシー)で話しかける。

 

『主、例のヤツらがずっと我々の後を付けてきています』

 

「またか…。うし、食前の運動ってヤツだ」

 

()()に向かわれるおつもりで?』

 

「モヤモヤにケリつけてやろうと思ってな」

 

『ヤツらでしたら、主の右後方に建つ一番高い建物の屋上にいます』

 

「分かった。リンゼとユミナを頼むぜ」

 

『お任せを』

 

ビャクティスとの念話(テレパシー)を終え、ワッカはリンゼとユミナに話しかける。

 

「わりい!さっきの店で見つけた商品がどうしても気になってよ。残り1つだったから今行かねえと売り切れちまうかもしれねえ!」

 

「え?今行くつもりですか?」

 

「わりいな、すぐ戻ってくっからよ!」

 

 そう言ってワッカは店を出た。ビャクティスの言っていた建物には直接向かわず、そこから4件隣の建物へと向かった。

 

「ブースト」

 

呟くように身体強化の無属性魔法を唱え、ジャンプする。屋根の上に着地し、目的地へは屋根を飛び移りながら向かう。目的の建物の隣からジャンプする際は、あえて屋上の(へり)に捕まる程度にジャンプした。

 ワッカの強靭な両手が屋上の縁を掴む。肘を曲げ、顔だけ(のぞ)かせて見てみると、黒いローブに身を包んだいかにも怪しい2人組が、ワッカ達の入ったカラエ屋を見ていた。

 ワッカは2人に気付かれないようコッソリと忍び寄る。ガード時代、雷平原の旅行公司で、ユウナの部屋の中でソワソワしていたティーダを見つけた時のことを思い出す。

 

「なーにしてんだ、こら!」

 

後ろから両腕で羽交い締めにしようとしたが、(かわ)されてしまった。2人組はワッカと距離を取る。両名ともフードで髪を、仮面で顔を隠しており、人物像が(うかが)えない。仮面の額には奇妙な紋様が描かれており、1人は六角形、もう1人は楕円形の紋様だった。

 

「お前ら、オレ達のことを監視してたよな?誰なんだ?目的は何だ?」

 

 仮面の2人にワッカは疑問を投げかけるが、返事は無かった。

 

「おい!言葉をつつしむなよ」

 

ワッカの怒号に応えるかのように、六角形の方が(ふところ)から試験管のような物を取り出した。

 

「っ!スロウガ!!」

 

 試験管を投げつけてくるのかと思っていたワッカだったが、相手が試験管を地面に叩きつけようとしたのを確認し、咄嗟(とっさ)速度低下(スロウガ)の呪文を唱える。2人組が逃げようとしていると判断したからだ。

 ワッカが魔法を唱えたのと同時に、地面に叩きつけられた試験管が割れ、強烈な閃光が辺りを襲った。

 

「くおうっ!」

 

 あまりの(まぶ)しさにワッカの目がくらむ。視力が回復した頃には2人組の姿はどこにもいなかった。

 

「逃がすかよ。ヘイスガ!アクセル!」

 

スピラと異世界の速度上昇魔法の重ねがけをしたワッカはあちこちの屋根に飛び移り、怪しい2人組の姿を探す。

 

「いたいた!」

 

 時間をかけること無く、北の路地を走り抜ける、黒いローブの2人組を目撃できた。ローブと仮面を脱ぎ捨てて人混みに紛れ込まれたらお手上げだったが、証拠を残すことを嫌ったらしい。

 一方、2人組は焦っていた。足の速さには自信があったのだが、思ったように走れない。否、体全体の動きが不自然に遅くなっていた。このままでは見つかってしまう。

 そんな2人の焦りなどお構いなしに、ワッカはブリッツボールの狙いを定める。

 

「かくれんぼは終わりだ!スリプルアタック!」

 

放たれたボールは六角形の仮面に命中。六角形はその場で倒れ込んで眠ってしまう。

 

「わっ!」

 

 楕円形の焦りが増す。六角形(なかま)を置いて逃げるか、背負って逃げるか、咄嗟に判断が出来なかった。しかし、その数秒が命取り。「プログラム」のかけられたブリッツボールは既にワッカの手中にあった。

 

「もういっちょ!」

 

 ワッカが放ったスリプルアタックは楕円形にも命中した。

 路地の真ん中で眠りこけた2人組の元にワッカが駆け寄る。

 

「さて、どうすっかね…」

 

眠らせたは良いものの、その後の対応を全く考えていなかった。「集団ストーカーに襲われてまぁす!」と警備兵に突きだそうかとも考えたが、しらばっくれられると面倒だ。とりあえず仮面を没収して、相手の顔を確認することにした。

 

「え…、えっ?」

 

 仮面を外したワッカは言葉を失う。怪しい2人組の正体が、今はベルファストの屋敷にいるはずの、ラピスとセシルのメイドコンビだったからだ。




 ハーメルンに連載されていた、今は無き「異世界はスマートフォンとともに。」の二次創作小説、「異世界黎斗」(望月冬夜を「仮面ライダーエグゼイド」の登場人物である壇黎斗(だんくろと)に置き換えた二次創作)での2人組の追い詰め方が、容赦なさ過ぎて最高でした。あの作品面白かったのに、何で消してしまったんや…。


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メイドの事情、そして激辛。あとブリッツボール。

 「いせスマの二次創作を書いている内に、いつの間にかアニメニ期が楽しみになってきてしまっている自分がいる。続報が待ち遠しい」という内容をいつか前書きに書こうと思っている内に、アニメニ期の詳細が発表されるとは…。
 ファイナルファンタジーXの舞台化も発表されましたし、両作品の動きが活発な時期にこの作品の執筆を行っているなんて奇跡的だなぁ、と勝手に思っている次第です。

 元はと言えば、「ワッカがブームになってるし、『異世界オルガ』のワッカ版があったら面白そうだなぁ」という考えから書き始めた作品であって、狙ってたわけでは無かったのに。


 ワッカ達を追跡していた犯人は、屋敷で働いているメイドのラピスとセシルだった。六角形の紋様の仮面の正体がラピス、楕円形の紋様の仮面の正体がセシルである。

 

「なんで、屋敷(ウチ)のメイドが、オレ達を監視してたんだよ…?」

 

ワッカは呆然とする。

 彼女たちの正体は何なのだろうか。少なくとも、メイドが本業で無いことは確かだ。あの身のこなしは只者では無い。メイドは仮の姿で、本職はワッカ達を監視する事にあるのだろう。

 一体誰がターゲットなのだろうか。王女であるユミナか、それともこの世界のイレギュラーであるワッカ自身か。あるいは双子や八重にも何かしら隠している事情があって、それ関係なのかもしれない。

 

「いかんいかん…、疑心暗鬼になっちまってらぁ」

 

 一旦頭をリセットし、再び逃げることが無いように2人を縛り上げることにする。ロープの(たぐ)いは持ってないので、彼女達が着ている黒いローブを代わりにする。案の定、2人がローブの下に着てるのはメイド服では無く、動きやすさを重視した黒い衣類だった。2人の体型が如実に分かるピッチリとした衣類で、スピラでは見たことの無いモノだ。

 2人を隣どうし密着させるようにして座らせ、2人の両手首をラピスのローブでキツく縛り上げる。

 

「ん…、うっ」

 

2人の両足首をセシルのローブで結んでいたところで、ラピスが目を覚ました。

 

「よう、ねぼすけ。もう逃げらんねえぞ」

 

「あ、だ、旦那様…!」

 

ワッカとラピスの声を耳にしたのか、セシルも目を覚ました。

 

「ふあ~あ…、あ…、やっちゃったみたいです~」

 

「な~にが『やっちゃったみたいです~』だコラ!!観念しろよお前ら!洗いざらい吐いて貰うからなぁ?」

 

 ワッカがわざとらしく手の指をポキポキ鳴らしてみせる。もちろん、彼に暴力を振るう気は無い。抵抗する意志を削ぐための、単なるアピールだ。

 流石に抵抗は諦めていたようで、ラピスが正直に白状する。

 

「我々は『エスピオン』。ベルファスト王国国王陛下直属の諜報員です」

 

要するにCP9みたいなものだった。

 

「あの国王のか?」

 

「はい。現在は王女様の身辺警護を命じられています」

 

「それでずっと付いてきてたってのか?ベルファストからミスミドまで?」

 

「それが任務ですので」

 

「すげえな…」

 

 とりあえず、暗殺とかの物騒な案件では無かったようで、ワッカは胸をなで下ろす。同時に国王が平気で王女(むすめ)を預けた理由にも納得する。諜報員の存在があるから、自分の目の届かない場所に行かせても安心というわけである。それで安心と言って良いのか、という問題は別として。

 

「で、その任務に就いているのはお前らだけか?」

 

「いえ~、あと数人いますよ~。みんな女の子ですけど~」

 

 セシルが答えた。普段のホワホワした口調は演技では無いらしい。

 

「ま、ユミナの着替えとかも監視してんなら女だろうな…。じゃあ、次の質問だ。黒竜との戦いでナイフを投げて援護したのもお前らか?」

 

「それはセシルです。あの時、王女様の身辺警護は私が引き受け、彼女には旦那様方の警護を任せておりました」

 

「オレ達も警護対象ってことか?」

 

「旦那様は一応、王女様の結婚相手候補ですので。最優先はあくまで王女様ですので、常に監視しているわけではありませんが。しかし黒竜討伐(あの)時は大きな危険が予測されたので、万が一の事態に備えて投げナイフの達人であるセシルを、と」

 

「えへへへ~。それほどでも無いですよぉ~」

 

相方に技量を褒められたセシルは照れながら頬を染める。

 

「それで、お前らこれからどうする気なんだ?」

 

「今まで通り、陰からユミナ様をお守りします」

 

「だろうな。まあ、アイツは王女様なワケだし、仕方ねえだろうよ」

 

 ワッカは素直に彼女たちの追跡を認める。自分だけで王女様(ユミナ)を四六時中カンペキに守り切る自信がある、とは言えないのも確かなのだから当然である。

 

「ありがとうございます。そこで、1つ旦那様にお願いがあるのですが…」

 

 言いにくそうな口調でラピスが頼み込む。

 

「何だ?言ってみ?」

 

「私達の護衛のことは、王女様にはくれぐれもご内密に…」

 

「姫様に護衛の存在がバレてしまうと~、国王様が姫様に怒られてしまうんですよ~」

 

「んだよ、なっさけねえなあ国王(アイツ)…。まあ、分かった。お前らの正体については、アイツらには内緒にしといてやるよ。でも、ビャクティスにだけは話すぞ。追跡者の存在を気にしてたからな」

 

「了承しました。ありがとうございます」

 

「ありがとうございます~」

 

 彼女たちの頼みも聞き入れたところで拘束を解こうとしたワッカだったが、()()()()()()()を思い出す。

 

「待てよ…。オレ達を監視してたってことは、オレの魔法についても知ってんのか?」

 

「はい~。知ってますよお~」

 

「…言ってねえだろうな?王族の連中によ」

 

ワッカが問い詰める。王城にはシャルロッテがいる。国王に自分の魔法が知られるということはすなわち、彼女にもバレると言うことだ。

 

「それは、まだ話しておりません。旦那様が内緒にしたい事柄だとも知っておりましたので」

 

ラピスがキッパリと答える。彼女の返答が正しいことは、王城から何も反応が無いことから確信出来た。が、彼女の答えの中にあったワードを聞き逃すことはワッカには出来なかった。

 

「まだ…?」

 

「まだ、と言いましたのはその…、万が一王女様の身に危険が及ぶような魔法や、国の存亡に関わる魔法があった場合は、流石に報告しなければなりませんので」

 

「ンなことオレはしねえよ!いいか?オレがお前らのことを言わない代わりに、お前らもオレの魔法については黙っておけよ。でないと…」

 

 少し考えて、ワッカは()()()()()()()()()()()()()()をする。

 

「ユミナを置いて、オレ……消えっから!よろしく!」

 

ワッカの発言を聞き、ラピスとセシルが青ざめる。自分達の正体及び存在がワッカにバレた事自体、彼女達にとっては大失態である。加えて自分達のせいで王女様の結婚話が水の泡になってしまったとあらば、どれだけ重い責任を問われるか想像もつかない。「話せば命は無い」という似合わない脅しをするより、よっぽど効果的で、よっぽどリアリティがあった。

 

「わ、分かりました!絶対に話しません!話しませんから…!」

 

「ど、どうか、姫様を置いていくことだけは~!」

 

 ラピスとセシルが必死に頼み込む。脅しの効果は確認できたが、ここまで怯えられると流石に申し訳なく思えてくる。それにワッカは昨晩、リーンに対してミスをしたばかりだ。他人に強く当たることは適当では無いとも思う。

 

「あ、ああ、悪かった!お前らが言わなきゃそれで良いんだ。簡単だろ?」

 

「「は、はい!」」

 

「うし、お前らを解放するぞ」

 

 謝罪をしつつ、ワッカは2人の拘束を解いた。

 

「それでは…」

 

「あ、ちょっと待てよ。お前ら、帰りはどうすんだ?」

 

別れるギリギリで、ワッカはもう一つ重要なことに気付いた。

 

「帰り、ですか~?」

 

「オレ達は『ゲート』使って帰るんだぞ?お前らは10日かけて帰るつもりか?」

 

「え、ええ」

 

「ええって…、お前らが帰る間、屋敷にお前らがいない問題についてはどうすんだよ?」

 

「それは~、ライムさんが上手く言って下さるので~」

 

「アイツもグルだったのか…、ってそういう問題じゃねえ!流石に10日は無理あんだろうがよ!まさか、『行方不明です』とでも言うつもりだったんじゃ無いだろうな?」

 

「「………」」

 

 そこまで深くは考えていなかったらしく、2人とも黙り込んでしまった。素敵だね。

 

「しゃあねえなぁ。じゃあ、帰る時間になったらお前らのために先に『ゲート』を開いてやるよ。もちろん、ユミナ達にはバレないようにな」

 

「本当ですか~?」

 

「ああ。そうでねえと、オレもお前らも困るだろ?だからビャクティスが察知しやすい場所にいろよ?」

 

「かしこまりました」

 

「よし!じゃ、引き続きよろしく頼むぜ?」

 

「はい!」

 

「お任せ下さい~」

 

2人は素早い身のこなしで、ワッカの元を離れていった。

 

 ワッカがカラエ屋に戻ると、料理は既に運ばれてきていた。

 

「遅いですよ~ワッカさん!」

 

リンゼが文句を言う。彼女もユミナもワッカが来るまで食べるのを我慢してくれていたようだ。

 

「わりいな、遅れちまってよ」

 

「買いたい物は買えたんですか?」

 

「へ?ああ、いや、売り切れちまってた、ハハ…」

 

「後悔先に立たず、ですね」

 

「そうだな。ま、早いとこメシにしようぜ?」

 

「「はい」」

 

2人が「いただきます」の挨拶をする(かたわ)ら、ビャクティスが念話(テレパシー)でワッカに話しかけてくる。

 

『主、追跡者はどうなりました?』

 

「正体が分かったよ。ラピスとセシルだった」

 

『な、なんと…?』

 

「アイツら、ユミナの護衛が本職なんだってよ」

 

『そうだったのですか…』

 

「意外だよな?で、アイツらのことはオレとビャクティスだけの秘密にしておいて欲しいそうだ」

 

『分かりました』

 

「ま、危険は無いから安心して…」

 

「「辛ーーーーい!!!」」

 

 突然のリンゼとユミナの叫び声で、念話(テレパシー)が中断される。

 

「ど、どうしたんだお前ら。いきなり大声出して…」

 

「しゅ、しゅごい味でしゅた……」

 

「みゃだ、舌がピリピリしみゃしゅ……」

 

驚くワッカに対し、リンゼとユミナが真っ赤な舌を出しながら答える。

 

「まったまたぁ…」

 

 ワッカは笑いながらカラエを口に運ぶ。

 

「ムグムグ、んだよ、やっぱり大した、こ、と……」

 

彼の顔から大量の汗がにじみ出る。後から来るタイプの辛さだったのだ。

 

「か、(かれ)えええええええぇぇぇぇぇ!!!」

 

想像以上の辛さだった。少なくとも異世界に来てからは、ここまで辛いモノを彼は口にしたことが無い。

 

「なんじぇ、きょんにゃに辛いんだよ!?レシピはどうなってんだレシピは!!」

 

『だから食べるのはイヤだったのです…』

 

そう呟くビャクティスを尻目に、3人はコップの水を勢いよく流し込む。

 その後一行は、別の屋台で売っていた果実ジュースで口直しをすることで、ようやく辛さを忘れることが出来た。




 ミスミド王国編はあと2話で終了する予定です。次回、ミスミドに別れを告げます。本当ならこの話でそこまで行きたかったのですが、無理でした(いつもの)。


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帰宅、そして称号獲得。あとブリッツボール。

 久しぶりに「異世界迷宮でハーレムを」のアニメ公式サイトを見たら、やっぱ登場人物追加されてた。嘘じゃ無いって。
 
 セリーの声優、井澤詩織さんですか。思ってたよりも大物声優だった。
 ってか何で、「異世界はスマートフォンとともに。」の二次創作の前書きで、「異世界迷宮でハーレムを」の話してんだよ(自問自答)?教えはどうなってんだ教えは!!

 まあ以前、前書きにて「サイトのキャラ紹介ページにキャラが少ない」と書いてしまったので、その後の報告はしないとですよね。


 翌日、ミスミド王国の国王からワッカ達に呼び出しがかかった。正確には「ユミナ王女とその一行」だが。

 彼らは早速、謁見の間に向かう。最初に来た時とは、リオンとガルン、オリガ大使がいないこと以外は変わりが無い。

 

「獣王様。ベルファスト王国の王女、ユミナ・エルネア・ベルファスト、ただ今参りましたわ」

 

 早速、ユミナが代表として獣王に挨拶する。

 

「うむ。良く来て下さった、姫様。今日、そなた達をお呼びしたのは他でも無い。我らミスミド王国は、ベルファスト王国と同盟を結ぶことに決定した。そのことをお伝えするためだ」

 

「賢明な判断、感謝いたしますわ。お父様もお喜びになることでしょう」

 

「ついては、この書状を国へと持ち帰って貰いたい。同盟の意思が記されておる」

 

獣王が書状を側近に渡し、側近が書状(それ)をユミナに渡す。

 

「確かに受け取りました。責任を持って、お父様にお渡ししますわ」

 

「頼みましたぞ、姫様。出発はいつ頃なさるおつもりか?」

 

「折角、獣王様が同盟の意思をお持ち下さったのです。すぐにでも出発し、一刻も早くお父様にお届けしたい所存です」

 

獣王の質問にユミナが答えた。

 

「なるほど、あいわかった。それではミスミド(こちら)も姫様が無事帰国するための人員を用意しよう」

 

「お待ち下さい!」

 

 獣王が護衛兵の手配をしようとするのを、ユミナが制止した。

 

「お気持ちは大変嬉しく思います。しかし、私が帰国する際の人員は、ここにいる私を含めた5名で十分でございます」

 

「な、なんと…!」

 

ユミナの発言に、獣王が目を丸くして驚く。側に立つ重臣達も驚きを隠せない。

 実際、ユミナの発言に間違いは無い。帰る際はワッカの「ゲート」でベルファストにすぐ戻れるのだから、正確にはワッカとユミナだけで王女の帰国は済むのである。

 しかし「ゲート」の存在を知らない獣王は慌てて言葉を続ける。

 

「しかし、姫様にもしものことがあれば、我が国としても…」

 

「お気持ちは分かります。しかし、ここは私どもを信じてはくれませんか?」

 

「信じる…?」

 

「はい。勝手ながら、我が国(ベルファスト)貴方達(ミスミド)が必ずや同盟を決意して下さると信じ、王女(わたし)を向かわせました。今度は獣王様が私のことを信じて欲しいのです」

 

ユミナはしっかりと獣王の目を見据え、言葉を返した。

 

「う、うぅむ…」

 

「それに、ここにいるワッカさんの実力は、他でも無い獣王様がご存じのハズです」

 

ユミナが両手でワッカを指し示す。

 ワッカは内心、「注目を集めるのは止めてくれ」と思ったが、ミスミドの兵が付いてきてしまっては「ゲート」で帰国出来なくなってしまう。交渉術を持つユミナを信じるしか無かった。

 

「そうだな、分かった。姫様の要望に応えようではないか」

 

「へ、陛下!?よろしいのですか?」

 

 宰相のグラーツが、獣王の判断に待ったをかける。

 

「グラーツよ。姫様の言うとおり、今度はミスミド(われわれ)が姫様を信じる番なのだ。それにワッカ殿が一緒ならば、どんな危険も怖くない。そうは思わぬか?」

 

「は、はぁ…」

 

「感謝いたしますわ、獣王様」

 

 グラーツの言葉で獣王の気持ちが変わらぬ内に、ユミナが話を終わらせた。

 

 こうして、ワッカ達はベルファストへ帰国することになった。帰る前に、知り合いに挨拶をして回る。

 リオンを始めとする護衛兵達は現地での作業が残っているらしく、ミスミドに駐留することになった。中にはユミナ王女の護衛を申し出る者もいたが、ユミナ自身が「自分の仕事に集中なさい」と言って断った。

 オリガ大使からは、依頼完了の証明書を受け取った。これをギルドに提出すれば、大使の護衛依頼を達成したことになる。彼女の父オルバは「オーバードライブ・リール・カードゲーム」を大層気に入ったそうで、色々な場所に普及したいと意気込んでいるそうだ。

 

「あ~あ、もう帰国かぁ…。リンゼとユミナだけズルいわよ!」

 

「拙者もワッカ殿と買い物に行きたかったでござるぅ」

 

 宮殿の中庭を歩きながら、エルゼと八重が文句を言う。しかし、2人の私情と2カ国の外交のどちらが重要事項かは、火を見るよりも明らかだ。諦める他無い。

 

「ま、いつか連れてってやるさ。我慢しろよな」

 

「「はぁい」」

 

2人を慰めたワッカは、ユミナを褒め始める。

 

「しっかし、ユミナは流石のモンだったぜ。王女に護衛を付けない、なんてムチャクチャを通しちまうんだからよ」

 

「えへへ、そうですか?」

 

ユミナが照れくさそうに、両手を頬に当てる。

 

「私のこと、好きになりましたか?」

 

「恋愛感情じゃねえ、って前置きした上で、お前の魅力を知ることが出来たぜ」

 

ワッカは正直に答えた。

 

「嬉しいです!前置きが無ければもっと嬉しかったですけどね」

 

「オレを惚れさせる道に『ゲート』はねえんだぞ。地道に頑張んだな。おっと!」

 

「どうしました?」

 

「いや、急に便意が…。お前らは先に帰る準備してろ!」

 

 そう言ってワッカはビャクティスを連れ、ユミナ達から離れる。

 

「ビャクティス、ラピスとセシル(アイツら)の居場所は分かるか?」

 

『あそこの塔から監視してます、主』

 

ビャクティスは宮殿の一角にそびえる塔を目線で示す。

 

「あそこか、ブースト」

 

 ワッカは身体強化の魔法をかけ、監視者達(ラピスとセシル)の元へと急いで駆けつける。

 

「うわ、お早い到着です~」

 

セシルが驚きの声をあげる。

 

「ボサッとしてる暇はねえぞ。その怪しいカッコウでユミナを迎えるつもりか?」

 

「そうですね。お願いします、旦那様」

 

 ワッカは自分の屋敷へと「ゲート」を開いた。

 

「おや、旦那様。お帰りなさいませ」

 

 家令のライムは、主人の突然の帰宅に少し驚いた様子を見せたが、すぐに冷静さを取り戻す。

 

「おうライム、お前に話があんだ」

 

そう言ってワッカはラピスとセシルを屋敷へ帰らせる。

 

「ただいまです~」

 

「すみません、旦那様に知られてしまいました…」

 

「でしょうな」

 

 ライムは「ゲート」から現われた2人を見て、状況を把握した。

 

「お前らは着替えてこい。こっからは大人の時間だ」

 

ワッカがラピスとセシルに命令する。「大人の時間」などと言いつつ、ワッカはラピスとセシルとは年齢が近いことを追記しておく。

 2人が着替えに向かったのを確認し、ワッカはライムに問い詰める。

 

「…知ってたのか?」

 

いつもの陽気な調子では無く、声を落としたシリアスな問い詰め方だった。

 

「はい」

 

「ナンデダマッテタァ?」

 

「申し訳ございません。あの2人に関しては国王陛下から秘密にするようにと命じられておりましたので…」

 

ライムが深々と頭を下げる。

 

「サイアクダゼ、屋敷(ウチ)のメイドがメイドじゃ無かっただなんてよ!」

 

「お言葉ですが旦那様、彼女達がメイドギルドに所属しているのは本当でございます」

 

「何!?そうなのか?」

 

「はい。何でも潜入捜査に必要なスキルなのだとか…。旦那様はあの2人のメイドとしての働きぶりに、何かご不満がございましたか?」

 

「い、いや…。ねえな…」

 

屋敷のメイドとしての2人を思い出しつつ、ワッカが答えた。

 

「でしたらご迷惑とは思いますが、2人をこのまま屋敷で働くメイドとして雇い続けてはもらえませんでしょうか?もちろん、旦那様がご不満でしたらすぐにでも新しい人員を…」

 

「ああ、いやいや。雇い続けるって事で良いよ。新しいメイドが監視員じゃねえ保証もねえし、オレだけでユミナを守り切れる自信もねえしよ」

 

「ありがとうございます」

 

ライムが再び頭を下げた。

 

「でもよ、あんまし秘密が多いようだとオレは、オレの屋敷で熟睡出来なくなっちまうぜ?」

 

「申し訳ございません。もう、秘密はございませんので」

 

 ワッカの愚痴にライムが丁寧に答える。最も、彼の発言が本当であるという確証を得る術はワッカに無いのだが。

 

「ま、良いよ。オレはもう怒ってねえから。これからミスミドに戻って、皆と一緒に屋敷に帰ってくるぜ、いいな?」

 

「かしこまりました。お出迎えの準備をいたします」

 

 ライムの言葉を聞きつつ、ワッカは「ゲート」でミスミドへと戻っていった。

 

 ワッカが宮殿に戻ると、皆が帰る支度をしていた。

 

「おーそーいー!」

 

「いやあ、わりいわりい。ゲリピーでよ」

 

「うわわ、女性の前でする話じゃないでござる!」

 

「ワッカさんも支度を済ませて下さいね?」

 

ユミナの言葉を受け、ワッカも急いで帰りの支度を済ませた。

 帰りの支度さえ済んでしまえば後は

 

「「「「「ただいまー!」」」」」

 

と「ゲート」で即帰宅である。

 

「「「お帰りなさいませ」」」

 

ライム、ラピス、セシルの3人が、5人と1匹の帰宅を出迎えた。無論、メイド2人はメイド服に着替え終わっている。

 

「旦那様、皆様。長旅お疲れ様でした」

 

 ライムが頭を下げながら、皆をねぎらう。

 

「おう。オレらの留守中、変わったことは無かったか?」

 

「いえ、特にございません」

 

「じゃあ良かった」

 

ワッカもライムに質問をすることで、違和感が生まれないよう努めた。

 

「皆さんにお土産がありますよ」

 

 ユミナの言葉通り、女性陣は屋敷の使用人達へのお土産をそれぞれ手にしていた。

 

「はい、これはライムさんの分!」

 

エルゼがネクタイピンとカフスボタンが入った小さな箱をライムに手渡す。

 

「これはこれは、ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」

 

「これは、ラピスさんとセシルさんの分ですね」

 

 そう言ってリンゼが2人にマグカップの入った箱を渡そうとする。しかし2人は

 

「いえいえ!とんでもございません!」

 

「受け取れないですよ~」

 

と手を振って断った。その様子を見てワッカは困った顔をする。

 

「そう言わずに受け取っとけ、な?」

 

「しかし…」

 

「おう、お前ら!」

 

ワッカは女性陣の方を振り向く。

 

「フリオさん達にお土産渡してこい。庭とかキッチンにいるはずだ」

 

彼の言葉を聞き、4人はお土産を渡しに行った。

 ワッカ、ライム、ラピス、セシル、ビャクティスの「事情知ってる組」だけが残った空間で、ワッカはため息をつく。

 

「あのなぁ…。何で受け取んねえんだよ…」

 

「旦那様には迷惑をおかけしましたし…」

 

「あんなことがあったのに、お土産を貰うのはちょっと~」

 

「そういう問題じゃねえ!あの場でお前らだけ受け取らねえってのは不自然だろうがよ!」

 

「た、確かに…」

 

「それに『迷惑をかけた』じゃなくて『これからも迷惑をかける』だろ?だったら、お土産貰うのはおかしくねえじゃんよ」

 

「な、なるほど~」

 

「感謝するがいい。オレはお前らの任務を守ってやるのだ」

 

こうしてワッカは2人を納得させた。やがて4人が戻ってくる。

 

「おう、お前ら。やっぱりお土産受け取るってよ」

 

「先程は失礼をいたしました、リンゼ様」

 

「大切に使わせて頂きます~」

 

 お土産を渡し終わったら、次は国王への報告である。ワッカは王城へと「ゲート」を繋いだ。

 

「ただいま帰りました、お父様!」

 

「おおユミナ!それにワッカ殿と皆も。よくぞ無事戻って参った」

 

「ちゃんとミスミドまで行ってきたぜ、国王」

 

「これがミスミドの国王様からの書状です」

 

ユミナが国王に書状を手渡す。

 

「ふむ…、同盟を決意してくれたか。これは嬉しいことだ」

 

書状を読み終えた国王が安堵する。

 

「ワッカ殿、ミスミドに私を送るのは一ヶ月後だ。向こうに会談を行う旨の書状を届けねばな」

 

「その書状を届けんのもオレか?」

 

「いやいや、そこまでは言わないさ。書状は早馬で届ければ良い」

 

「『ゲート』がバレないようにするってのも大変っすね」

 

「全くだ」

 

 バレないためには最善を尽くしたい。ギルドは国と繋がっているわけでは無いが、念のために報告を行うのは10日後ということになった。

 

 10日後、ワッカ達は依頼完了の証明書を持って、王都のギルドへと向かった。

 

「お疲れ様でした。こちらが報酬の白金貨10枚です」

 

受付の女性が報酬金を手渡す。5人で等分なので、1人白金貨2枚だ。

 

「そして今回の依頼で全員ギルドランクが上がりました。おめでとうございます」

 

女性の言うとおり、ユミナのランクは緑、他4人のランクが青になっていた。

 

「つーことは、後は赤、銀、金ってワケか。最大ランクも遠くねえな」

 

「そんなに上手く行かないわよ!」

 

「まあ、モチベーションには繋がるじゃねえか!うし、帰るぜ!」

 

「あ、お待ち下さい!」

 

 帰ろうとしたワッカ達を受付の女性が引き留めた。

 

「王宮の方から連絡があったのですが、あなた方が黒竜を討伐したということで間違いないでしょうか?」

 

「あん?まあそうだけど、証拠なんてねえぞ?」

 

「いえ、確認がしたかっただけでございます。竜討伐の方は王宮の方で保証されておりますので問題ございません。ついては竜討伐の証として、『ドラゴンスレイヤー』の称号をギルドから贈らせて頂きます」

 

受付の女性は、ユミナ以外のギルドカードに魔法のスタンプを押していく。丸い竜に剣が突き刺さったシンボルが、カードに浮き上がった。

 

「はあ、『ドラゴンスレイヤー』ねえ…」

 

 後ろで喜ぶ双子と八重とは違って、ワッカの反応は薄い。ユウナのガード時代に竜を討伐した経験があるのだから、彼にとっては今更すぎる称号だった。

 

「それを提示していただければ、ギルド提携の武器屋、防具屋、道具屋、宿屋等で料金が四割引きになりますので御活用下さい」

 

「マジかよ!よっしゃあ!!」

 

ワッカが一転して喜びの声を上げる。現金なものである。

 

 20日後、ミスミドの宮殿にて、ベルファスト王国とミスミド王国の国王同士の会談が行われ、両国の同盟が正式に決定した。

 しかし、この同盟の立役者に1人の冒険者がいることを知る人間は、ごくわずかである。




 本来なら今回で「ミスミド王国編」を終わっても良いのですが、あと1話だけサブキャラクターの登場回をやります。その方がキリが良いので。

 原作だと屋敷に帰った後で、ヒロイン達の着替えを覗いてしまうラッキースケベイベントがあります。やろうか迷ったのですが、「ワッカでやる必要は全く無い」と思い至り、省略いたしました。


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新雇用人、そしてペンダント。あとブリッツボール。

 第32話「妖精師匠、そしてプログラム。あとブリッツボール。」の後書きにて情報提供の呼びかけをしたのですけども、情報は、何一つ、来ませんでした(ガチャッ)。何一つ来ることは無かったですぅぅぅぅぅ。残念ながら、はい。
 というわけでアニメ一期の8話であった、リオンとオリガ大使のデートをストーキングする話はカットして、今回の話をもって「ミスミド王国編」を終了することにします。
 自転車の話ももちろんカットします。スピラに自転車は無さそうなので。


 ジョギングはワッカの日課である。ブリッツボール選手として、ユウナのガードとして、そしてこの異世界では冒険家として、体力作りは欠かせない。

 この日もワッカは、ベルファスト王国の王都の外周区を一周するジョギングを行っていた。

 ワッカ達の住む屋敷は外周区の西区にある。西区は貴族以外の比較的裕福な人々が住む区域である。一方、商業区である南区を挟んだ向こう側の東区は、普通の人々が住む住宅街である。しかし中には治安が悪い部分も存在し、働き場所を失った者や孤児がいるスラム街のような場所もあった。

 そんなことは気にもせず、ワッカは東区でジョギングの真っ最中であった。そんな彼の耳に子供の悲鳴が聞こえた。

 

「あん?今の声は…?」

 

ワッカは悲鳴が聞こえた方向に足を向ける。彼が向かった先は、日の光が余り差し込まない薄暗い路地裏だった。人目に付かず、いかにも悪人が徒党を組んでいそうな場所である。

 そこでワッカが目にしたのは、男の子の胸ぐらを大人の男が掴んでいる場面だった。側にはもう1人、大人の男が立っている。大人2人組に脅されている男の子は、ヨレヨレのジャケットとズボンを身につけており、キャスケットをかぶっている。身につけていた物はどれも薄汚れていた。

 

「おいレネぇ!大声出すんじゃねえよテメエ!」

 

「またオレ達の縄張りで仕事(スリ)しやがったなぁ?テメエのお陰で警邏(けいら)が厳しくなっちまったじゃねえかよ!」

 

「ご、ごめんなさい、もうココでスリはしないから…」

 

「もう遅いんだよ!同業者のよしみで指一本で目をつぶってやる…」

 

そう言って男がナイフを取り出し、男の子の目の前に突き付けた。

 

「い、いやあああぁぁぁぁ!!」

 

「何やってんだお前ら!!!」

 

 男達の蛮行を止めに入ったのはもちろん、我らがワッカさんである。

 

「なんだテメエはぁ?邪魔すんじゃねえよ、殺すぞ?」

 

「おい!言葉をつつしめよ」

 

ワッカは男達に近づいた。

 

「大体、子供がナイフで切られそうな場面を見て黙っていられるワケねえだろ!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「あん、レネは泥棒だぞ?お前、泥棒を(かば)おうってのか?」

 

「話を聞く限り、お前らも泥棒じゃねえかよ」

 

「ほ~う、そうかい。そこまで分かってんなら、生かしておくワケにはいかねえなぁ?」

 

「覚悟しろよテメエ!」

 

そう言って男2人組がナイフを手にして襲いかかってきた。ワッカは2人の攻撃を軽々と避け、恒例のスリプルアタックを喰らわせた。

 

「ぐはっ…ぐぅ…」

 

「ごっ…スヤア」

 

 地面に突っ伏して寝息を立て始めた2人を確認し、ワッカは男の子に声をかける。

 

「大丈夫か?」

 

「う、うん…。助けてくれて、ありがとう」

 

「礼はいらねえよ。レネっつったな?泥棒してんのか?」

 

「………」

 

 沈黙を肯定と受け取り、ワッカは注意を促す。

 

「いいか?お前が泥棒すっとな、物を取られた人は困るんだ。さっきみたいな危険な目にも会っちまう。もう泥棒はすんじゃねえぞ!分かったな?」

 

「うん…。分かった…」

 

「ならば良し!じゃあな、元気でやれよ」

 

ぐうううぅぅぅぅぅぅ

 

 立ち去ろうとしたワッカの耳に異音が聞こえてきた。レネの腹の虫が鳴いたのである。

 

「なあんだ、ハラヘリかあ?」

 

「もう三日食べてない……」

 

そう言ってレネはしょんぼりと俯いた。腹を空かせた子供を見て、何もせずにその場を立ち去ることが出来るワッカでは無い。例え相手が泥棒を働いていたとしても。

 

「おっし!町行くぞ、何か食わしてやる」

 

「ホント!?」

 

「おう!オレに付いてこい!」

 

ワッカの言葉を聞き、レネは嬉しそうに彼の元へと駆け寄ってくる。

 その時、はずみでキャスケットがずれ、レネの長い髪が(あら)わとなった。

 

「お前、女の子だったのか!?」

 

「そうだよ…?」

 

「まあ、いいや。行くぞ!」

 

 こうして2人は汚い路地裏を抜け、明るい町へと足を踏み入れた。

 

「なあなあ、兄ちゃん。なに食わせてくれるんだ?」

 

「そーさなぁ…。まあまず、空きっ腹にいきなりガツンと行くのはキツいだろ?腹に入れやすいモノ食って、それからガツンとだな」

 

「へえ、兄ちゃんって色々考えてくれてんだな」

 

「だろぉ?」

 

 言葉通り、ワッカは最初にギルド近くの屋台で魚介のスープを購入し、レネに飲ませてあげた。彼女は受け取った熱々のスープを少しずつ飲み始める。

 

「舌、火傷すんなよ?ソレ飲んでる間に別のモン買ってきてやる」

 

そう言ってワッカは、予め目を付けていた別の屋台へと足を運び、串焼きを4本ずつ買ってきた。

 その後2人は近くの公園へ向かい、ベンチに座りながら串焼きを口にした。

 

「どうだ、美味いか?」

 

「うん!ありがとな、兄ちゃん」

 

 レネはワッカに感謝の言葉を言いつつ、三日ぶりの食事をガツガツと腹に入れていく。

 

「なあ、レネはどこに住んでんだ?」

 

「決まってない。公園で眠ることもあるし、路地裏の時もある。前は父ちゃんと宿屋で寝てたんだけどな」

 

「その父ちゃんは?」

 

「1年前、魔獣討伐に行ったまま帰ってこなくなった。父ちゃんは冒険者だったんだ…」

 

レネが悲しそうに答える。

 ワッカのパーティは全員が腕利きであるため危機感を感じにくいかもしれないが、本来魔獣退治の依頼は命懸けの仕事である。魔獣に返り討ちに遭い、命を落とす者も少なくない。ソロの冒険者の場合は、そのまま行方不明扱いとなってしまうのだ。

 辛い答えを言わせることになるだろうとは思いつつも、ワッカは次の質問をレネに投げかける。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「母ちゃんとか、他の親戚はいねえのか?」

 

「母ちゃんは、あたしを産んですぐ死んだって父ちゃんが言ってた。他の親戚とかは知らない」

 

「そうか…。よく今まで1人で生きて来れたな」

 

「町で仲良くなった旅の婆ちゃんがスリのやり方を教えてくれたんだ。悪いことだってのは分かってたけど、お腹が空いて仕方なくって…」

 

「そうか、よく頑張ったな」

 

 ワッカはレネの頭を撫で始めた。

 

「スリなんてしてたのに、褒めてくれんのか…?」

 

「勘違いすんなよ?スリを褒めてんじゃねえ。()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

ワッカは優しく答える。

 

「スリは悪いことだってのは知ってたんだな?」

 

「うん…」

 

「聞けてよかった」

 

そんな会話をしている内に、2人とも串焼きを食べ終わっていた。

 レネの境遇を知ったワッカは、彼女に新たな道を示してあげることに決めた。

 

「レネ、オレの屋敷で働かねえか?」

 

「えっ?」

 

「オレの屋敷で働いてくれんなら、腹を空かせる心配もねえし、安心して眠れる場所も用意してやる。給料だって払ってやるぞ」

 

「ホントに…、ホントに働かせてくれるの!?」

 

「ただし!条件が二つある」

 

 ワッカは真剣な口調でレネに言い聞かせる。

 

「一つ!しっかり仕事をすること。二つ!もう二度とスリはしないこと。この二つを守れねえんなら、お前を働かせることは出来ねえ。どうだ、守れるか?」

 

指を一本ずつ立てながら、条件を提示した。

 

「うん!ちゃんと働くし、二度と盗みもしないよ!」

 

「うし!良い返事だ!じゃ、オレの屋敷に向かうか」

 

ワッカはレネを自分の屋敷へと連れて行く。場所を覚えて貰うために、「ゲート」は使わずに歩いて向かう。

 

「あれがオレの屋敷だ」

 

 ワッカが指で指し示した屋敷を目にしたレネは、その大きさに感嘆の声を漏らす。

 

「大きいな…」

 

「だろぉ?」

 

「ひょっとして兄ちゃん、貴族様なのか?」

 

「いいや、貴族じゃねえ。お前の父ちゃんと同じ冒険者だ」

 

屋敷の門前には警備のトムが立っていた。

 

「おや、お帰りなさいませ、旦那様」

 

「おう、お疲れさん、トム」

 

「旦那様が門からお帰りとは珍しいですな。いつもなら魔法で直接お帰りになるのに…」

 

「まあ色々あってな。入るぜ」

 

 ワッカはレネを連れて屋敷の中に入る。玄関ホールではラピスが掃除をしている最中だった。

 

「あら?旦那様、お帰りなさいませ。玄関から入ってくるとは珍しいですね?」

 

「おう。ラピスも()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「ええ、はい…」

 

そう言ってラピスは、ワッカの後ろに隠れていたレネに目を向ける。

 

「その子は…?」

 

「コイツはレネっていってな…、ってコォラァ、恥ずかしがらずに挨拶しな?」

 

「うぁ……レネ、です。よろしく、です……」

 

町での様子とは打って変わって、レネはおずおずと挨拶する。

 

「で、ライムさんはどこに?」

 

ワッカがラピスに問いかける。

 

「リビングにいるユミナ様へ紅茶を持って行きましたよ。セシルもリビングで掃除をしていたハズです」

 

「おお、丁度良いじゃねえか。全員ココに呼んできてくれねえか?」

 

「かしこまりました」

 

ワッカの命を受け、ラピスはリビングへと向かった。

 ワッカが「丁度良い」と言ったのは、ユミナが人の質を見分けることが出来る魔眼の持ち主だからだ。公園でのレネの話が、本当は同情を誘うための真っ赤な嘘だったとしてもワッカには分からない。しかしユミナならば、レネが本当に()()()なのかが分かるのだ。

 時間をかけずに、ラピスが3人を連れてきた。

 

「お帰りなさいませ、旦那様」

 

「お帰りなさいませ~、旦那様~」

 

「お帰りなさい、ワッカさん!あれ?その娘は…」

 

「ああ、実はな…」

 

 ワッカは3人に、今日の出来事を語り聞かせる。

 

「…つーワケなんだ。ユミナ、どうだ?」

 

話を聞きながら、レネの顔を見ていたユミナが答える。

 

「大丈夫ですよ、ワッカさん」

 

無論、彼女はワッカの質問の意図(いと)を分かっていた。

 

「うし、第一関門は突破だな。後はライムさんがどう言うか…」

 

 ワッカに顔を向けられたライムが口を開く。

 

「事情は分かりました。ですが、中途半端な考えで仕事をされては迷惑です。レネと言いましたね?」

 

「う、うん…」

 

「本当にこの屋敷で働きたいと思っていますか?失敗したり、私達使用人に迷惑をかけたり、そのことは構いません。その失敗から学び、逃げ出さないと誓えますか?」

 

ライムは真剣な表情で、レネの眼を見つめながら問いかける。決して厳しい口調では無いが、内容は甘くなかった。「おい!言葉をつつしめよ」と言いたくなるワッカだったが、そもそもは自分が無理を言ってレネを働かせようとしているのだ。ライムに迷惑をかけているのは重々承知しているので、黙って様子を見ることにした。

 

「……うん。あたし、ココで働きたい!ワッカ兄ちゃんのところにいたい!」

 

 ライムの射貫くような視線から目を離さず、レネは勇気を振り絞って答えた。彼女の答えを聞き、ライムは微笑んだ。他の4人も自然と笑顔になる。

 

「セシル、レネを浴場へ。隅々まで洗ってやりなさい」

 

「は~い。レネちゃんおいで~。お風呂入ろうね~」

 

 ライムの指示を聞いたセシルがレネを風呂場に連れて行く。

 

「ラピスはあの子に合う服を何着か買ってきなさい。新しいメイド服の注文も忘れずに」

 

「かしこまりました。行って参ります」

 

「では、その間は私の服を着せてあげることにしましょう。風呂場に持って行ってあげますね」

 

ラピスは外に、ユミナは自室へと向かい、その場にはライムとワッカだけが残された。

 

「悪かったな、ライムさん。無理言っちまってよ」

 

 ワッカがライムに謝罪する。

 

「問題はございません。旦那様にも紅茶をお持ちしましょう。リビングにてお待ちください」

 

「わ、わりいな…」

 

一切怒りもせず平然と言葉を口にするライムを見て、ワッカはホッとする。ライムはあの国王の世話人を長年勤めていたのだ。このくらいの唐突な提案は慣れっこなのかもしれない。

 ワッカはリビングのソファに座りながら、先程までの自分の行いを振り返る。思えば、東区には親のいない子供が他にもたくさんいるのだ。自分の境遇と重なって見えてしまうとは言え、その全員をレネと同じような扱いにしてあげることは不可能だと彼は思った。

 孤児院を開く、などという考えも湧かないワケでは無かったが、彼は世話好きではあるものの、子供の扱いが上手いとは思っていない。第一、そういうことは爵位を持った貴族が行うべきことであり、爵位を辞退した自分が出る幕では無いのだろう。

 次同じような場面に遭遇した場合は、黙って見過ごすべきなのかもしれない。屋敷で働く使用人達や、一緒に生活しているユミナ達のためにも…。

 そんなことを思いながら、ライムが持ってきた紅茶を飲んでいると、ドタドタと賑やかな足音が近づいてきた。

 

「ワッカ兄ちゃん!虎だ!虎の子がいるぞ!」

 

 バスタオルを体に巻いただけのレネが、ビャクティスを抱いてリビングに駆け込んできた。

 

「おい!なんでちゃんと服を着てねえんだよ?教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「も、申し訳ございません~、旦那様~」

 

『あ、主~!この童女はいったい!?』

 

こうしてワッカの熟考はどこかに吹き飛ばされてしまった。

 

「旦那様~、レネちゃんがこれを持っていました~。預けておきますね~」

 

 レネを風呂場に連れ戻そうとしたセシルが、ワッカにペンダントを渡してきた。

 

「このペンダントは?」

 

「父ちゃんと母ちゃんの形見だよ。それだけは大事に持っていたんだ」

 

そう言ってレネは風呂場へと連れ戻されて行った。

 

「つか、なんでセシルはこのペンダントをオレに?」

 

「旦那様、そのペンダントを見せて貰えますか?」

 

 ライムの言葉を受け、ワッカはペンダントを手渡した。

 

「ふむ、グリフォンと盾、それに双剣と月桂樹の紋章…。このような紋章を持つ貴族はベルファスト王国には存在しません。グリフォンの紋章が多いと言えば帝国ですな」

 

「帝国…?パラメキア帝国っつったっけ?」

 

「いえいえ、ベルファスト王国の東に位置するレグルス帝国でございます。二十年前の戦争以来、ベルファストはレグルス帝国と不可侵条約を結んでおりますが、正直なところ友好的とは言えない状況にあります」

 

「ああ、なんかそんな話を聞いたことがあったな~。どこでだっけ?」

 

 答えは「国王暗殺事件の時に、王城に向かう馬車の中で公爵から聞いた」なのだが、幾ら考えても、ワッカがその答えに辿り着くことは出来なかった。




 次回から「神国イーシェン編」に入ります。お楽しみに。


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神国イーシェン編
恐怖の詮索、そして大人の約束。あとブリッツボール。


 今回から「神国イーシェン編」がスタートします。この章では少しオリジナル要素を付け加えようと思っています。
 この章を加えて、残すところあと2章となりますので、よろしくお願いします(アニメ一期の範囲ですから)。


 その来訪者は突然やって来た。

 ある日、リビングにいたワッカにライムが報告をした。

 

「旦那様、お客様が来ております」

 

「公爵か?」

 

「いえ、妖精族のリーン様です」

 

「は?」

 

ワッカの顔が青ざめる。

 リーンと言えば、ミスミドの宮殿で出会った妖精族の長であり、ベルファストの宮廷魔術師シャルロッテの師匠でもある少女、否、自称612歳の女性である。彼女の使う「プログラム」という便利な無属性魔法を彼女の前で試してみたところ、ワッカの特異性を怪しまれてしまったのだ。さらにはワッカに対し、自分の弟子になるよう迫ってきた。

 

「いかがなさいましょう?」

 

 ライムがワッカに問いかける。

 嫌な予感しかしなかったが、追い返すのはそれはそれで面倒なことに繋がりかねない。とりあえずは、彼女から来訪の目的を聞くのが一番だろうと判断した。

 

「通して…、いや、オレが直接出向こう」

 

「かしこまりました」

 

意を決して、ワッカは玄関へと向かった。

 

「こんにちは」

 

 扉を開けると、最初会った時と同じゴスロリ衣装を着たリーンが立っていた。しかし、その時とはどこか違う雰囲気も感じたのだが、ワッカにはその正体がよく分からなかった。足下にはクマのぬいぐるみのポーラも立っており、「こんちゃす!」とでも言いたげに右手を挙げて挨拶のポーズをした。

 

「リーン…、ポーラも一緒か…」

 

「あら、覚えていてくれたのね。私の弟子になる気になったのかしら?」

 

「断るっつっただろ?」

 

「あら、残念」

 

「まさか、勧誘しにここまで来たんじゃないだろうな?」

 

「違うわ。『確認』、『報告』、あと『お願い』ね」

 

リーンは指を曲げながら、不穏なワードを3つ口にする。

 

「わ、分かったよ。とりあえず入ってくれ」

 

「では、お言葉に甘えて」

 

こうしてリーンはワッカの屋敷へと足を踏み入れた。

 応接室へと向かう途中、女性陣4人がワッカの元へとやって来た。

 

「ワッカ?公爵以外のお客さんが来たって聞いたけど…」

 

「ああエルゼ、リーンって言うんだ。妖精族の長で、こう見えてもオレらよりもうんと年上なんだからな」

 

「妖精族…?でも、羽根が生えていませんけど?」

 

ユミナはそう言いながら、リーンを不思議そうに眺める。彼女の言うとおり、最初に会った時には背中に生えていたはずの羽根が、今のリーンには生えていない。先程感じた違和感の正体はこれだったのか、とワッカは納得する。

 

「羽根は光属性の魔法で見えなくしてるの。この国だと目立つでしょ?」

 

何てことは無いと言いたげに、リーンが答える。

 応接室のソファに腰掛けた6人に、ライムが紅茶を持ってきた。

 

「ありがとう。でも、ポーラの分は持ってきてくれなかったのね?」

 

リーンの言葉に合わせるかのように、ポーラが残念さを表すように頭を抱える仕草を取った。

 

「あ…、これは失礼をいたしました。ただ今お持ちいたします」

 

クマのぬいぐるみに紅茶という、不可解な要望を聞いたライムは一瞬だけ戸惑ったが、すぐさま元の冷静さを取り戻し、キッチンへと帰っていく。

 

「リーン、どうしてココが分かったんだ?」

 

 ワッカが最初に質問をした。

 

「シャルロッテから聞いたのよ。私はあの子の師匠だったって話、したでしょう?」

 

「え?あのシャルロッテ様の師匠、なんですか?」

 

リンゼが驚きの声を漏らす。

 

「ええ。あの子から全部聞いたわよ?毒殺されかけた国王を救って、その事件を解決して。その結果、そこにいるユミナ王女に結婚を申し込まれて、今はお試しの期間中だって」

 

リーンはユミナとワッカを交互に見ながら話す。

 

「ま、まあそういうことなんだが…」

 

「し、失礼しますっ!」

 

 ワッカの言葉を遮って応接室にやって来たのは、メイド服を着たレネだった。隣にはセシルが付き添っている。

 

「ポーラさんへのお紅茶、お持ちしましたっ!」

 

レネはギクシャクとした動きで、ポーラの前に紅茶の入ったカップを置いた。

 彼女は現在、ワッカの屋敷で使用人達のサポート役として働いている。毎食の前後には厨房でクレアの手伝いをし、それ以外の時間はラピスとセシルの手伝いをしているのだ。

 リーンとポーラはレネが働くようになってから初めてのお客様である。緊張するのも無理は無かった。

 

「おう、よくやれたなレネ?」

 

「は、はい、ご主人様!」

 

 屋敷に来た時はワッカのことを「兄ちゃん」と呼んでいたレネだったが、屋敷で働くようになってからは、ワッカのことは『旦那様』と呼ぶようにライムから徹底されている。

 

「失礼しましゅ」

 

 最後の言葉を噛みながら、レネとセシルは応接室を後にした。

 

「随分と小さい子を雇っているのね。あまり接客になれていないようだけど?」

 

リーンが応接室の扉を見ながら言った。

 

「最近雇ったんだ。まあ見ての通り、まだ仕事には慣れていねえんで温かく見守ってやってくれ」

 

「そう。それじゃ、話を続けましょうか」

 

 リーンは、テーブルを挟んだ向かい側に座るワッカに目を向ける。

 

「ねえ貴方、中々の活躍ぶりじゃない?」

 

「そ、そうか?」

 

「そうよ。国王の毒を治すのに『エスナ』、バルサ伯爵を沈静化させるのに『ブラインアタック』、そして公爵家にはいつも『ゲート』で来てるんですってねえ?」

 

「なっ……!」

 

 何か言いたげな目つきのリーンから(つむ)がれる言葉を耳にし、ワッカの顔から血の気が失せる。

 

「な、なんで…」

 

「なんで知ってるのか、ですって?言ったでしょう?シャルロッテから全部聞いたって。あらあら、この時点でもう3つも無属性魔法を使ってるわね?」

 

「………」

 

 ワッカは言葉を失ってしまう。他の女性陣も、黙って様子を見ている他無かった。

 

「さらに言えば、獣王様との決闘では『スリプルアタック』に『ヘイスガ』、そして私の部屋では『プログラム』。これで6つね」

 

何も言い返せないワッカに対して言葉を続けるリーンの様子は、どこか楽しげであった。

 

「さあ、私がここに来た第一の目的、『確認』の時間ね。貴方、()()()()()()()()()使()()()んでしょう?」

 

「は、は、は…」

 

 いきなり自分のトップシークレットを言い当てられ、ワッカは必死で適当な言葉を探す。何としてでも、ここで彼女の推理を認めるわけにはいかない。

 

「は、な、何でそう言い切れるんだよっ!?オレが無属性魔法を6種類使ったからって、それが全部使える事に繋がるわけ…」

 

「その答えは簡単よ。貴方、私の『プログラム』を見て、『面白そうだから試してみよう』みたいな反応してたわね?少なくとも、『プログラム』の存在を知ったのはあの時が初めてだったハズ」

 

「お、覚えてねえ…!」

 

「私は覚えているわ。貴方はあの時初めて『プログラム』を知り、自分もやってみようと試みた。無属性魔法は個人魔法とも呼ばれるくらい、複数人が使える事例は珍しいのに、随分と無謀な挑戦ね?なのに結果は見事成功」

 

「く、くおぉ…っ」

 

「どう?無属性魔法を6種類も使えるだなんて、人間という種族にしては極めて珍しい事例も含めて考えれば、貴方が全ての無属性魔法を使える、という推理に行き着くのは自然じゃなくて?」

 

 ワッカは目の前に座るリーンという女性の恐ろしさを痛感する。徹底した情報収集、観察能力の高さ、そしてそこから導き出すロジックの正確さ。どれを取っても文句の付けようがない。紛れもなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。彼女の底知れ無さは、シーモアを彷彿とさせた。

 だからと言って、このまま彼女の言い分を認めるわけにはいかない。ワッカは最後の抵抗を試みた。

 

「おい!詮索(せんさく)をつつしめよ」

 

「ふ~ん、そう言ってシャルロッテに詮索を止めさせたのね。探究心の強いあの子をどうやって諦めさせたのか不思議だったけど、納得がいったわ」

 

 リーンは全く動じなかった。もうワッカに打つ手は残されていなかった。

 

「はあ…、参ったぜ。オレの負けだ」

 

「じゃあ、私の勝ちね。私の推理が正しいと認めるのね?」

 

ワッカは静かに(うなず)いた。

 ガックリと項垂(うなだ)れる彼の様子を見て、リーンは顔に笑みを浮かべる。

 

「そんなにガッカリしないで?今の様子を見るによっぽど大事な秘密だったんでしょうけど、誰にも言わないわよ。私、身内には優しいの」

 

「身内…?」

 

「弟子入りしてくれるんでしょう?」

 

 ニヤニヤと笑いながら、リーンがワッカに問いかける。そんな彼女の様子を見て、ワッカは一瞬意識を失いかけてしまう。クラリと彼の首が大きく揺れた。

 

「わ、ワッカさん!?」

 

ユミナが心配の声をあげる。

 

「ふふ、冗談よ。嫌がっているのを無理矢理っていうのは、私の趣味じゃ無いもの」

 

「ハァー、人をコケにしやがって…」

 

 ワッカは深く息を吐き出した。安堵、というよりは脱力のため息だった。今すぐリーンを屋敷から追い出したかったが、自分の秘密を知られてしまった以上そういう訳にもいかなかった。

 

「そうそう、貴方には関係ないかもしれないけど…」

 

 リーンが再び口を開く。

 

「私、オリガ・ストランドに代わって新しくミスミドの大使になったの。そういうわけで、この国に滞在することになったから」

 

「まさか、この屋敷に住む気じゃないだろうな?」

 

「違うわよ。王城に住むの。オリガもそうだったでしょう?」

 

 ワッカの疑念を否定したリーンに対し、今度はユミナが質問をする。

 

「大使になったので、ワッカさんの『ゲート』をミスミドに報告せざるを得ない。そう言いたいのですね?」

 

「それも違うわね」

 

リーンはこれまたアッサリと否定した。

 

「ワッカの魔法については誰にも言わないわ。ミスミドの国王にも、シャルロッテにもね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そ、その言葉…、大使としてマズいのでは?」

 

「そうね。マズいこと聞かれちゃったわね。ねえ、ワッカ?」

 

 ワッカはリーンの言葉の意図を察した。

 

「…なるほど、今の言葉でオアイコ、ってワケか?」

 

「素敵でしょう?」

 

「素敵だね」

 

ワッカは今一度座り直し、リーンに頼み込む。

 

「確かに、リーンの推測は正しい。オレは魔法の名前と効果を知ってれば、全ての無属性魔法を使うことが出来る。でも、このことが知られると余計なトラブルを産みかねない。だから、ここにいる皆以外は知らねえ秘密ってことにしてんだ。頼む!誰にも言わないでくれ!!」

 

「良いわよ。誰にも言わない。私のさっきの発言を誰にも言わない、って約束してくれるならね」

 

「分かった。誰にも言わねえ。大人の約束だ」

 

「じゃあ私も、大人の約束、ね」

 

 23歳と612歳(推測)の大人の約束を交わし、リーンはイタズラっぽく笑った。




 リーン、恐るべし!でも、この隙の無さも彼女の魅力ですよね。
 逆にエルゼや八重は隙だらけな部分が魅力だと思います。


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恐怖の報告、そしてイーシェンへ。あとブリッツボール。

 まさか私以外にも「異世界はスマートフォンとともに。」の二次創作を、ハーメルンに現在進行形で執筆中の人がいるとは思わなかった…。負けないように頑張るぞー!


「さて、『確認』も終わったし、次は『報告』ね」

 

 リーンが新しい話題を切り出した。正直ワッカには先程の「確認」だけでもういっぱいいっぱいだった。せめて「報告」はダメージの少ないものであることを祈るしか無い。

 

「これもシャルロッテから聞いたのだけど、貴方達は以前、『水晶の魔物』を倒したそうね」

 

「あ、ああ。倒したぜ?」

 

 ワッカは「水晶の魔物」との激戦を思い出す。強固な殻を持ち、魔法は吸収されるため効かない。何とかダメージを与えても、吸収した魔力を用いて体を再生する強敵である。あの時はまだユミナとビャクティスがおらず4人がかりだったこともあるが、かなりの苦戦を強いられた。

 

「その『水晶の魔物』がミスミドにも現われたのよ」

 

「マジか…?」

 

 リーンの「報告」を聞き、ワッカの身に寒気が走る。ユミナとビャクティス以外の3人も驚きを隠せないでいる。

 

「ミスミドの西側にあるレレスって町から急便が来たの。『町に異変が起こってる』という内容のね」

 

 リーンは紅茶を飲みつつ、詳細を語り始める。

 

「レレスの森の中に、小さい亀裂が空中に浮かんでいるのが発見されたの。亀裂には触ることが出来ない。にもかかわらず次第に大きくなっていったそうよ。流石に異常だってことで王都に報告が来たの」

 

「その亀裂から、『水晶の魔物』が出てきたってのか?」

 

「らしいわね。興味を持った私が戦士団1小隊と共に村に到着したときには、酷い有様だったわ。水晶の魔物が手当たり次第に村人達を殺して回る、蹂躙(じゅうりん)の最中だったんですもの。私と小隊も戦ったけど、まるで歯が立たなかった。剣は通じず、魔法は吸収され、何とか体を砕いても再生する…。まさに悪夢だったわ」

 

「でも、こうして生きてんだ。倒したって事だよな?」

 

「まあね。魔法で作り出した物理的ダメージなら有効だって分かったから。土属性魔法で重さ数トンの岩を作り出して、頭を砕いたら倒せたわ」

 

「アイツの攻略法を見つけ出すなんて、流石はリーンだな」

 

「褒められたことじゃないわ。結局、小隊の半数は再起不能、村は壊滅って結果ですもの。あの怪物のことを調べようと思ってシャルロッテに協力を求めたの。そしたらベルファストでも同じような魔物が現われてて、しかも倒したのがワッカだったと聞いたから驚いたわよ」

 

「ま、まあな。言っとくけど、オレ達も大分苦戦したんだぜ?」

 

「でも犠牲無し、でしょ?どうやって倒したの?」

 

「それは…」

 

 ユウナのガード時代の経験を活かし、ワッカも同じような攻略法は探り当てていたのだが、決定打を与えるには至らなかった。最終的に水晶の魔物を倒せたのは、無属性魔法「アポーツ」のおかげだったのだ。

 言っても良いモノか一瞬ワッカは悩んだが、リーンに自分の秘密がバレた以上、黙っておく理由は無い。それにどう考えても、この件に関しては情報の共有が優先事項だ。

 

「無属性魔法『アポーツ』を使ったんだ。それでヤツの赤い球を奪って、エルゼに破壊させたんだ」

 

「視界に入った小物を手元に引き寄せる無属性魔法ね。なるほど…」

 

「たまたま覚えてたんでな。一応言っとくけど、全部の無属性魔法を使えるとは言っても、全部の無属性魔法を知ってるわけじゃねえぞ。無闇に覚えても、無駄な選択肢が増えるだけだしな。あの時知ってた魔法の中にたまたま使える魔法があった。そんだけだ」

 

「賢明ね。無駄な選択肢は、戦いのジャマですものね」

 

 そう同調しながら、リーンは(ふところ)から1枚の紙を取り出した。

 

「これが私達の戦った魔物の姿よ。簡単な絵だけどね」

 

「ん?」

 

絵を見たワッカは顔をしかめた。描かれていた魔物の姿が、蛇のような姿をしていたからだ。

 

「オレ達の戦ったのと違うな…」

 

「そうなの?」

 

「オレ達が戦ったのは…」

 

 ワッカは紙と筆記用具を持ってきて、記憶を辿りながら魔物の姿を紙に描く。

 

「こんな感じで、6本の足が付いている姿だったぞ。そうだよな、お前ら?」

 

エルゼ、リンゼ、八重の三人も頷いた。

 

「そう…」

 

「他にも違いがある。ソッチのは空間の亀裂から出てきたって話だったが、オレ達の場合はベルファストの旧王都で発見した地下遺跡にコイツが眠ってたんだ。探索用の光属性魔法『ライト』の魔力を吸って目覚めたってワケだ」

 

「ふうん…」

 

 ワッカの報告を聞いたリーンは、顎に手を当てながら何やら考え事をしているようだった。

 

「オレ達の知っていることはこれで全部だ。地下遺跡も崩れちまったし、他の情報は調べてねえんだ」

 

「危機感が無いのね?」

 

「いや、次出てきても『アポーツ』で瞬殺だなってカンジで」

 

「貴方なら、そうでしょうね」

 

 ワッカを責めるワケでも無く、リーンは言葉を続けた。

 

「昔、私がまだ小さかった頃に一族の長老から聞いた話があってね。どこからともなく現われた『フレイズ』という名の悪魔がこの世界を滅ぼしかけたとか……」

 

「お前が小さかった頃って600年前ってことか?」

 

「「ろ、ろっぴゃくぅ!?」」

 

エルゼと八重が驚きの声をあげる。知識を仕入れるタイプのリンゼとユミナは、妖精族が長寿だということも知っていたのか、あまり驚いてはいないらしい。

 

「言ってなかったかしら。ちゃんとした年数は数えてないんだけど、とりあえず私の年齢は612歳ってことにしといて。話を続けるわよ」

 

しれっと言いつつ、リーンは話を続ける。

 

「その『フレイズ』って悪魔は半透明の体を持った不死身の悪魔だったそうよ。結局『フレイズ』達は現われたときと同じように何処かに消えていき、世界も何事も無かったかのように戻った。なんてオチなワケだけど」

 

「その『フレイズ』ってのが『水晶の魔物』と同じってことか?」

 

「それは分からないわ。長老がこのおとぎ話を聞いたのも子供の頃だって話だし、その長老もすでに亡くなってしまっているし。それに妖精族が外部と関わりを持ったのも、ここ百数十年のことだから」

 

「結局、詳しいことは分からず終いか…」

 

ワッカはソファにもたれかかりながら、大きく息を吐いた。

 ふと彼の脳内に、異世界に来る前の神との会話が再生された。「これから行く異世界にもシンと同じような脅威があるのか」というワッカの質問に対して、神は「ある」と答えたのだ。その言葉を聞いてワッカは「シンと同じように、異世界の脅威を打ち倒す」という決意を胸に、異世界転生をしたのだった。

 

「この世界の脅威ってのは『フレイズ』のことだったのか…?」

 

「何か言った?」

 

 ワッカの呟きにリーンが反応する。

 

「い、いや、何でもねえよ。分かんねえのは不気味だなって感じただけでよ」

 

「そう…」

 

リーンはそれ以上は聞こうとせずに、カップの紅茶を飲み干した。

 

「とりあえず『報告』は以上よ。他に情報が無いのなら、これ以上この話題を続けるのは時間の無駄ね」

 

 そう言って彼女は、屋敷に来た理由の2つ目を終わらせた。

 

「『確認』と『報告』が終わったってことは…」

 

「そ。ワッカにお願いがあるのよねえ」

 

 リーンがイタズラっぽく言う。嫌な予感しかしないが、聞くほか無い。

 

「…言ってみ?」

 

「まず貴方、『リコール』って無属性魔法は知ってる?」

 

「いや、知らねえな」

 

「他人の心を読み取って記憶を回収する魔法なの。これと『ゲート』を併用すれば、行ったことの無い場所でも、行くことが出来るようになるのよ」

 

「はえ~、そいつぁ便利だな」

 

「それでお願いって言うのは、全ての無属性魔法を使える貴方に東の果て、()()()()()()()に連れて行って欲しいのよ」

 

「イーシェンつったら確か…」

 

「拙者の生まれ故郷でござる!」

 

八重が反応した。

 

「まさか、拙者の心を読み取るって話になるんじゃないでござろうな?」

 

「そのまさかよ。貴女がイーシェンの生まれだって事は、名前と服装で分かるもの」

 

「ちょ、ちょっと待つでござる!ワッカ殿に拙者の記憶を見られるのでござるか!?」

 

「心配しないで良いわよ。『リコール』は渡す方が許可した記憶しか回収出来ないから、見られたくない記憶までは読まれないわ」

 

 リーンは平然とそう言ったが、それでも八重は難しい顔をしている。女性なのだから当然だろう。

 彼女の乙女心を知ってか知らずか、リーンは言葉を続ける。

 

「無属性魔法『リコール』は相手に接触して心に触れ、その記憶を自分の脳に回収する魔法よ。接触にはなんと言っても口づけが一番ね」

 

「「「「うえっ!!?」」」」

 

「冗談よ」

 

「おい!冗談をつつしめよ」

 

 ワッカが抗議の声をあげるが、リーンはニヤニヤと笑って平然としている。どうやらワッカ一行を(いじ)るのを楽しんでいるらしい。

 

「はいはい、ワッカと八重はこっち来て対面で立って。そして両手を握る」

 

リーンが仕切り始める。ワッカと八重は仕方なく彼女の指示に従う。

 

「2人とも目をつぶって。八重は頭の中にイーシェンの風景をなるべく鮮明に思い浮かべる」

 

「分かったでござる」

 

「ワッカは八重とおでこを合わせて『リコール』を発動させて」

 

「おでこって…、本当に正しいんだろうな?」

 

「本当よ。さ、早く」

 

ワッカは言われるがまま、魔力を集中して八重とおでこを合わせる。

 

「リコール」

 

 ワッカが魔法を唱えると、彼の脳内に映像が流れ込んでくる。大きな木の下に赤い鳥居、小さな(ほこら)の左右には狛犬の像が向かい合っている。

 

「お、見えた」

 

「み、見えたでござるか?」

 

「ああ。大きな木と小さな祠、あと赤い門みてえなヤツと犬の石像が二つ。間違いねえか?」

 

「鳥居と狛犬でござるな。間違いござらん」

 

「んんっ!」

 

「「うおお!?」」

 

 ユミナがわざとらしく咳払いをする。ワッカと八重はおでこを付けたままだったことに気付き、慌てて離れた。向かい合っていた恥ずかしさから、2人とも目を背けてしまう。

 

「イーシェンが見えたのなら『ゲート』を開いて欲しいのだけど、いいかしら?」

 

リーンがニヤニヤしながら要求する。ワッカは眉をしかめながら魔法を唱えた。

 

「ゲート」

 

 6人と1匹は「ゲート」をくぐる。その向こうには、ワッカが先程見たモノと同じ風景が広がっていた。

 

「これが…、2人が共有していた風景、なんですか?」

 

「ああ、全く一緒だぜ…」

 

リンゼの疑問にワッカが答える。

 

「間違いござらん。ここは拙者の生まれ故郷、イーシェンでござるよ」

 

八重も驚きながら、魔法の成功を確認した。

 

「イーシェンの、どこなのかしら?」

 

「実家のあるハシバの外れ、鎮守の森の中でござる」

 

 こうしてワッカ達は、八重の故郷である神国イーシェンへと足を踏み入れたのだった。




 次回から本格的にイーシェンでの冒険が始まります。Party(パーリィ)の始まりだ!Are You Ready?

 ちなみにいせスマの正式名称は「異世界はスマートフォンとともに。」です。句点が付きます。


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オエド、そして武田勢進軍。あとブリッツボール。

Are You Leady?
OK! Let's Party(パーリィ)!!
Ya-Ha-(ヤーハー)!!!



 神国イーシェンへと到着したワッカ一行は、八重の案内の元、彼女の故郷である「オエド」を目指す。

 

「これが拙者の故郷、オエドでござる」

 

 鎮守の森を抜け、オエドが見渡せる小高い丘に来たところで八重が言う。眼下にはワッカが今まで見たことの無い日本風の城。城の近くには人々の住む町や水田が広がっていた。オエドは城塞都市で、周りが長い堀と、白く高い城壁に囲まれている。城壁の上には歩哨(ほしょう)が立っており、所々に建つ(やぐら)の中には弓兵もいる。彼らがこの城塞都市を守っているのだ。

 

「つーか、肝心な事を聞き忘れてたんだが、リーンはイーシェンに何の用があるんだ?」

 

 丘を降り、町へと向かう道中でワッカがリーンに尋ねる。

 

「言ってなかったかしら?イーシェンにある古代遺跡が目的地よ。そこで手に入れたいモノがあるの」

 

「その古代遺跡の場所は?」

 

「分からないわ。ただ『ニルヤの遺跡』という名前だということしか知らないの」

 

「おいおい…。八重、何か知ってるか?」

 

「聞いたことがあるような、無いような…。父上なら知っているかもしれないでござる」

 

「んじゃ、とりあえず八重の実家に行くとするか。いいよな?」

 

「構わないでござる。『帰るな』とは命じられていない故」

 

こうして一行は、八重の実家を目的地と決めた。

 

「そういえば、イーシェンには国王はいるんですか?」

 

 今度はユミナが八重に尋ねる。

 

「一応いるのではござるが、今は名ばかりの存在で、主立った地方の領主9人が実権を握っている状態でござる」

 

「そうなんですか…」

 

「島津、毛利、長宗我部、羽柴、織田、武田、徳川、上杉、伊達の9人でござるな」

 

「大友はどうなってんだ大友は!!」

 

 ワッカは伊達だろ、というツッコミはさておき、9名の領主は度々の小競り合いこそすれど大規模な戦に関してはここ数十年起こっていない、と八重が補足する。乱世では無いということだ。そして八重の父親は、徳川の領主に仕えているのだった。

 そんな話をしている内に、一行はオエドの町へと到着した。

 

「あそこの人、木の靴を履いてますよ?」

 

「あそこにある、綺麗な音がするモノは何ですか?」

 

 下駄や風鈴など、初めて見るものに興味津々な女性陣は次々と八重に質問をする。ワッカもはしゃぎこそしなかったが、初めて見るものには目を惹かれるばかりだった。

 

「うわぁ!何あれ!?人が何か(かつ)いでるわよ!?」

 

 エルゼが一際大きな声をあげる。

 

「あれは駕籠(かご)でござるな。担いでくれる人達に金を払えば、駕籠(アレ)に乗って移動出来るのでござる。馬車の代わりでござるな」

 

「何で馬では無く人が…?馬車の方が速いのに…」

 

「イーシェンは道が整備されておらぬ故、馬車で起伏の多い道を進むのは大変なのでござる。それにイーシェン(ここ)では馬は貴重品なのでござるよ」

 

「文化の違い、ってヤツだな」

 

八重の説明を聞き、ワッカが納得する。

 

「面白そう!乗ってみましょうよ!」

 

駕籠(あれ)に乗ろうってのか?まさか、イーシェンの毒気にやられたんじゃないだろうな?」

 

「歩いて行ける距離でござるよ?」

 

「思い出作りよ!」

 

「でも…、あの駕籠には2人乗るのが限界でしょうね」

 

「「「「え?」」」」

 

リーンの言葉を聞き、他の女性4人が固まる。

 

「じゃあ駕籠は四つ必要ってワケだな」

 

「誰と誰が乗るのか、が重要じゃないの?」

 

リーンがニヤニヤしながらワッカに言う。

 

「んなもん決まってんだろ」

 

「「「「え?」」」」

 

女性4人が一斉にワッカに注目する。

 

「だ、誰よ!?」

 

「誰なんですか!?」

 

「せ、拙者は、その…!」

 

「私とですよね?ワッカさん!?」

 

「んなワケねえだろ、ユミナ。オレはビャクティスとだ」

 

「「「「ええ~!?」」」」

 

「何だよ、その反応は?当たり前だろぉ?オレは体がデカいんだから、他の人と乗ったらキツキツだろうがよ。ポーラはリーンと乗るだろうしよ」

 

ワッカの説明に、4人がガッカリする。その様子をリーンは面白がって見ていた。

 結局ワッカはビャクティスと、八重はユミナと、エルゼはリンゼと、リーンはポーラと駕籠に乗ることになった。駕籠に乗った一行は、時間をかけずに八重の実家である「九重真鳴流剣術道場 九曜館」に到着した。

 

「誰かいるか!」

 

 立派な道場の玄関で、八重が声を張り上げる。

 

「はいはい、只今……。まあ、八重様!」

 

「綾音!久しいな!」

 

奥から出てきた二十代くらいの女中、綾音と八重が握手を交わす。

 

「お帰りなさいまし、八重様!七重様!八重様がお帰りに!」

 

綾音が奥に向かって声を張り上げると、三十代後半くらいの、薄紫色の着物を着た女性がやって来た。

 

「母上!只今帰りました!」

 

「八重…。よくぞ無事で帰ってきましたね!」

 

 七重とは八重の母親のことであった。娘との再会を喜んだ後、七重が八重の後ろを見ながら問いかける。

 

「八重、その方達は?」

 

「拙者の旅の仲間達です。大変世話になっている方達でござるよ」

 

「ちわっす。ワッカって言いますどうも」

 

ワッカが代表として挨拶する。

 

「まあ、それはそれは…。娘がお世話になっております」

 

「いやいや。オレ達の方こそ八重には助けられてんで、ハイ」

 

 大人の挨拶を済ませた後、八重が母親に問いかける。

 

「ときに母上、父上はどちらへ?」

 

彼女の言葉に、七重と綾音は顔を曇らせた。

 

「父上は道場(ここ)にはいません。殿…家泰(いえやす)様と共に合戦場へ向かいました」

 

「合戦ですと!?」

 

八重が目を見開きながら、驚きの声をあげる。

 

「いったい誰と!?」

 

「武田です。数日前、北西のカツヌマを奇襲によって落とし、今はカワゴエに進軍している最中とのことです。武田の進軍を食い止めるために、旦那様と重太郎様がカワゴエの砦に向かわれました」

 

「兄上も戦場に向かわれたのか…」

 

 綾音の説明を聞きながら、八重は拳を握りしめる。ワッカとしては、出てくる地名こそチンプンカンプンだったものの、何やら重大な事件が起こっていることは理解できた。

 

「しかし分からぬ…。武田の領主、真玄(しんげん)殿は侵略を起こすような者では無かったはずでござるが?」

 

「最近、武田の領主に妙な軍師が付いたそうです。山本(なにがし)と言う者だそうで、色黒隻眼で不思議な魔法を使う人物だとか。その者に妙なことを吹き込まれたのやもしれませぬ。それと、これはあくまで噂なのですが…」

 

綾音は少し言いよどんだのか、続きを小声で話す。

 

「その山本某の裏には、あの松永が絡んでいるとも…」

 

「何と…」

 

八重が言葉を失った。

 

「それで戦況はどうなの?」

 

 それまで黙っていたリーンが綾音に質問を切り出す。彼女の問いかけに合わせるように、足下のポーラも首をかしげる。

 

「なにぶん急なことだったのもあって十分な戦力を集められず、このままではカワゴエの砦を落とされるのも時間の問題だという話です」

 

綾音の口から発せられた戦況に、八重は愕然とする。しかしそれは少しの間のことで、すぐに彼女の目に燃えるような決意の色が現われた。

 

「父さんと兄ちゃんを助けに行くんだな?」

 

 ワッカが八重に言葉をかける。

 

「ワッカ殿!カワゴエの砦近くの峠になら拙者は行ったことがあるでござる!どうか…!」

 

「モチロンだぜ!皆、準備は良いな!?」

 

ワッカの問いかけに双子とユミナが頷く。

 

「リーンはオレ達が帰るまで道場(ここ)で待ってるか?」

 

「あら、イジワルなこと言うのね。私も行くわよ」

 

肩をすくめてリーンが小さく笑う。ポーラもやる気を見せるかの如く、シャドーボクシングの動きを始めた。

 

「よし、全員で突撃だな!八重、その峠のことを思い出してくれ」

 

「分かったでござる」

 

 言って八重は目を閉じる。そしてワッカも目を閉じて、八重の手を取りつつおでこを合わせる。

 

「リコール」

 

 ワッカが魔法を唱えると、彼の脳内に砦の見える林の映像が流れ込んできた。

 

「うし、行くぜ!?ゲート!」

 

彼は八重から体を離して「ゲート」を開く。開かれた扉にエルゼ達は次々と入っていく。

 

「母上、少し行ってくるでござる」

 

そう言って八重も「ゲート」に飛び込む。ビャクティスを連れたワッカが最後だ。

 

「じゃあスンマセン。ちょっと八重の父さんと兄ちゃん助けに行ってきますんで」

 

「貴方は一体…?」

 

 七重は驚きの目でワッカを見つめる。

 

「八重の仲間っすよ。そんじゃ」

 

そう言ってワッカも飛び込み、「ゲート」は閉じられた。

 

 

 

 

 

 移動した先には、「リコール」で見たのと(ほとん)ど同じ風景が広がっていた。

 違うのは砦付近の様子である。カワゴエの砦は小高い山の頂上にあるのだが、その砦に攻め込もうと多くの人影が山を登っている。砦を守る兵士達は敵を防ぐのでいっぱいいっぱいという様子だ。

 

「あの赤い鎧が武田の兵でござる」

 

「マズそうだな。早いとこ砦に行かねえとな」

 

「待ちなさい!貴方、あの中に飛び込んで無事でいられると思っているの?」

 

 動き出そうとしたワッカをリーンが止める。彼女の言う通り、山の斜面から麓にかけて、徳川の兵と武田の兵が大勢戦っていた。あの中を突っ切って砦に向かうのは、歴戦の勇士ワッカさんと言えどもキツいだろう。しかし彼は

 

「まあ、そこは大丈夫よ。()()()()()()()()()。」

 

と笑って答えた。

 

「すぐに戻ってくっから、お前達はココに隠れてろ。ビャクティス、何かあったらすぐに知らせんだぞ」

 

『分かりました』

 

「え!?この子、喋るの?」

 

 驚くリーンを尻目に、ワッカは単身「ゲート」を開いて入っていった。

 彼が移動した先は戦場近くの林である。峠から見えたので「ゲート」で飛んだのだ。木の陰に隠れながら慎重に辺りの様子を(うかが)う。あちこちで雄叫びや怒号が飛び交い、火薬の臭いと血の臭いが混ざり合った臭いが彼の鼻孔に入っていく。

 ワッカの近くで、1人の徳川兵が負傷しながら戦っているのが彼の目に入った。足を負傷しているようで、姿勢を低くしながら赤い鎧の武田兵と戦っている

 

「せめて、こやつだけでも…!」

 

負傷兵はそう意気込んで、手にした槍を相手に向ける。槍は見事、武田兵の横っ腹を貫いた。ところが刺された武田兵は叫び声一つあげずに、槍から体を抜いて歩みを続ける。

 

「くそ…っ!」

 

「スリプルアタック!」

 

 木陰からワッカが乱入した。彼の投げたブリッツボールが武田兵に命中する。

 

「な!そなたは一体!?」

 

「アンタの味方だ!こまけえ話は後にしろ!」

 

「と、とにかくいけませぬ!そのような攻撃では…」

 

ワッカが振り返ると、「スリプルアタック」を当てたはずの武田兵が刀を振り上げ、攻撃を仕掛けようとしていた。

 

「あぶねえ!」

 

 ワッカは負傷兵を抱いて、武田兵の攻撃を(かわ)す。

 

「ヤツには普通の攻撃は効きません」

 

「なに?とにかくライブラ!」

 

負傷兵の言葉に驚きつつ、ワッカはスピラの魔法を唱える。

 

「不死身の体を持つ兵士。鬼の面を割ると倒せる。睡眠、毒、沈黙完全耐性」

 

「は?人間じゃねえのかよ?」

 

「顔に付けている鬼の面を壊さぬ限り、刺されても斬られても攻撃を止めぬのです!」

 

負傷兵が叫ぶ。とりあえず普通の人間で無いことは確かだと判断したワッカは、ブリッツボールに魔力を流し込む。ボールは、人間相手の通常モードから、相手を殺すことに特化した必殺モードへと変化する。

 

「そりゃあ!」

 

 ワッカは再びブリッツボールを投げつける。武田兵は避ける素振りすら見せず、ボールに直撃した。次の瞬間、武田兵の体は石化してバラバラに砕け散った。

 

「は?な…?え?」

 

「やっぱ石化は効くんだな」

 

「あ、アンタは一体…?」

 

「こまけえ話は後っつったろ?とりあえず付き合えよ」

 

 ワッカは困惑する負傷兵を半ば無理矢理木陰へと連れて行く。そして他の目に付かないように「ゲート」を開き、負傷兵と共に入っていった。




 じゃあソウリンちゃん。小説も書き終わったし、あそこの城みたいな建物で一泊しようか。


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連鎖、そして役割分担。あとブリッツボール。

 更新が遅くなってしまった分、今回の話は少し長めです。

 イーシェンを治める9領主の名前は原作の通りです。どうして大友がいないんだろうなぁ…?戦国時代版「終末のワルキューレ」でもハブられてたし、嫌われてる?
 大友氏をハブる輩には南蛮菓子(カステラ)の裁きが下されようぞ!多分…。


 戦場に向かったワッカが「ゲート」から負傷した徳川兵を連れて戻ってきたので、待っていたエルゼ達はビックリした。

 

「ちょ、ワッカ?誰なのよ、その人!」

 

「な、こ、ここは…?」

 

エルゼと徳川兵が驚きの声を発する。

 

「ちょっくら戦場に行ってきてな。徳川兵を1人連れてきた」

 

 ワッカはエルゼに簡単な説明をし、次に徳川兵に説明をする。

 

「ここはカワゴエの砦近くにある峠だ。ほら、あそこに砦が見えんだろ?」

 

そう言って攻められてる最中の砦を指で指し示す。

 

「あ、貴方達は一体?急いで合戦場に戻らねば!」

 

未だに混乱中の徳川兵を尻目に、ワッカは八重に目線を向ける。

 

「ほら、挨拶」

 

「え?あ、せ、拙者は徳川領領主、徳川家泰(とくがわいえやす)が家臣、九重重兵衛(ここのえじゅうべえ)の娘、九重八重でござる!」

 

「な、重兵衛様の…ご息女ですか!?」

 

徳川兵が八重に驚きの目を向ける。

 

「そういうことだ。で、オレ達は八重の仲間だ」

 

ワッカはようやく、徳川兵に自分の素性を明かした。

 

「オレ達は八重の父さんと兄ちゃんを助けに来たんだが…、っとその前に足の怪我を治してやるか。ケアルラ!」

 

 ワッカは徳川兵の怪我をしている足に手を(かざ)し、魔法を唱えた。たちまち傷は治り、徳川兵は立てるまでに回復した。

 

「か…、かたじけない!」

 

「良いんだよ。これからちょっくら協力して貰うからな」

 

「協力?」

 

「オレ達はカワゴエの砦に入りてえんだが、あの戦場を突っ切んのは危険すぎる。アンタ、砦の中には入ったことあるか?」

 

「そ、ソレはもちろん…」

 

「なるほどね」

 

 会話を聞いていたリーンが口を開く。

 

「この兵士の記憶を読み取り、『ゲート』で直行ってワケね?」

 

「そういうこった」

 

「確かに、それなら危険は無いでしょうね。でも、素性を明かすのが遅すぎじゃ無くて?彼、不安がっていたわよ」

 

「まあすぐに自己紹介しても良かったんだが、怪しまれても困るしな。八重が最初に自己紹介してくれた方が都合が良い。それでも怪しいってんなら、八重の道場に戻って身元を証明することも出来るしよ」

 

「あの…」

 

 徳川兵が口を開く。

 

「貴方達が我が軍を助けて下さると言うのは(まこと)か?」

 

「おう!そのためにもまずは、砦の中に入らなきゃならねえ。協力してくれるか?」

 

「も、モチロンでございます!」

 

 徳川兵の了承を得たところで、ワッカは彼に「リコール」で記憶を読み取る一連の動作を説明する。結果、無事に砦の中の様子を記憶することが出来た。

 

「ゲート」

 

ワッカは徳川兵から読み取った記憶を元に、砦の内部に繋がる「ゲート」を開いた。

 

「八重、この兵士を連れて先に行ってくれ。状況の説明を頼んだ」

 

「承知したでござる!」

 

八重は徳川兵を連れ、「ゲート」に入っていった。

 

 カワゴエの砦内部では1人の青年が、突如出現した魔法の扉に困惑していた。程なくして、扉から八重が姿を現した。

 

「な、何者だ!?」

 

「わわ!兄上、拙者でござる!八重でござるよ!」

 

「八重?本当に八重なのか!?」

 

「はい!兄上、よくぞご無事で!」

 

八重が青年もとい兄の九重重太郎(ここのえじゅうたろう)との再会を喜ぶ。

 

「あ、ああ…。だが何故八重がココに…?」

 

「話は綾音から聞いたでござる。父上と兄上の危機だと知り、助太刀に参った!」

 

「ダメだ!戦場(ここ)は危険すぎる。今すぐ帰るのだ!」

 

「大丈夫でござる兄上。拙者には心強い仲間達が一緒ですので!」

 

「仲間…?」

 

 重太郎の疑問に対し、八重と一緒に来た徳川兵が口を開く。

 

「戦場で怪我をした私を救って下さいました。足を治してくれただけではなく、このような移動魔法をお使いに」

 

「拙者の仲間達なら、この窮地を救ってくれるハズでござるよ!」

 

「そ、そうか。助太刀は非常にありがたい。頼めるか?」

 

 2人の説明を聞いた重太郎はワッカ達の侵入を許可した。

 八重のゴーサインを確認し、ワッカ一行はカワゴエの砦内部へと足を踏み入れた。

 

「オレはワッカ。八重とはギルドの冒険者仲間だ。よろしくな」

 

「拙者は八重の兄、九重重太郎と申す。お見知り置きを」

 

ワッカと握手を交わした重太郎に、八重が問いかける。

 

「兄上。父上はご無事でござるか?」

 

「ああ、無事だから安心しなさい。今は家泰様の警護をしているから後で会いに行くといい」

 

「良かったな、八重。父さんも兄ちゃんも無事でよ」

 

 そう言いつつ、ワッカは砦の中を見渡す。そこら中に負傷した徳川兵がうずくまっていた。中には重傷の者もいたが、彼らの手当ても応急処置に留まっていた。

 

「随分やられたみてえだな?」

 

「ああ。敵兵の約八割は、鬼の面を付けた不死身兵だ。ヤツらのせいで、戦況は悪化するばかりだ」

 

「オレも見たぜ。アイツは何なんだ?」

 

「分からない。ただヤツらは、顔に付けた鬼の面を壊すまでは、例え槍で刺されようと、腕を切り落とそうと動きを止めない。まるで生きた屍だ…」

 

重太郎が重い口調で答える。

 鬼の面を壊せば良い、と聞くと簡単な相手に感じるかもしれないが、物事はそう単純では無い。普通の人間なら傷を負えば、痛みによって多少なりとも隙が生じる。しかし不死身兵にはその隙が存在しない。更に言えば、不死身兵には死への恐怖そのものが無いのだ。命の奪い合いをする戦場において、痛みも恐怖も感じない敵は厄介きわまりない存在となるだろう。

 砦の中には多くの負傷兵、外には多くの不死身の敵。二つの問題に目を向けながら、ワッカは頭を悩ませる。

 

「『負傷兵は回復させる』、『武田兵は倒す』。両方やらなくっちゃあならないってのが、つれぇところだな…。覚悟はいいか?やっぱつれぇわ…」

 

「何ブツブツ言ってんのよ!」

 

ひとりごとを口走るワッカに、エルゼがツッコミを入れる。

 

「ちょっと黙っててくれねえか?今どうすりゃ良いか考えてんだからよ…」

 

()()()()()()()()()()()

 

 悩むワッカにそう言い放ったのはリーンだった。

 

「不死身の敵を倒しながら、負傷兵を回復させればいい話でしょう?」

 

「あのなぁリーン、そんな都合の良い方法が…」

 

「あるのよ。そんな都合の良い方法が、ね」

 

リーンはハッキリと言い切った。

 

「ポーラを見れば分かると思うけど、無属性魔法『プログラム』は重ねがけが出来るのよ」

 

そう言う彼女の足下で、ポーラが「オレを見ろ!」と言いたげにアピールする。

 

「…みてえだな?」

 

「まあクイズをやってるような場合でも無いし、ズバリ言うわよ。貴方の持っているボールに『鬼の面を破壊した後、別の鬼の面を破壊しに向かうプログラム』をかければいいのよ」

 

「え?」

 

「そうすれば、一つ鬼の面を壊せば自動的に他の面を壊しに向かうでしょ?さらにその破壊がトリガーになって、別の面を壊しに向かう。ボールが勝手に鬼の面を壊して回ってくれるのよ。その間に貴方は負傷兵を回復させれば良い。どう?」

 

「な、なるほど~!んな方法があったとは!」

 

 ワッカが舌を巻く。流石は200年もの間ポーラに「プログラム」をかけ続けた女性だ。発想が違う。

 ワッカは早速、ブリッツボールを取り出した。

 

「味方の兵に当たらないように、『障害物を避ける』指示も忘れずにね」

 

「お、おう」

 

リーンのアドバイスを聞きつつ、ワッカはブリッツボールに「プログラム」をかける。

 

「プログラム開始

/移動:障害物に当たらぬよう、最初に鬼の面を壊したときと同じ速さで、半径一キロメートル以内で最も近い位置にある別の鬼の面を破壊しに向かう

/発動条件:鬼の面を壊したとき

/プログラム終了」

 

「良い感じね。近くに破壊できる鬼の面が無ければ、指示の無いボールは別の何かに当たる。そうすれば既にかけている『プログラム』によって、ワッカの手元に自動的に戻ってくるハズよ」

 

「うし、ちょっくら行ってくる」

 

 ワッカはブリッツボールを手に砦の外に出る。

 

「ブースト」

 

そしてエルゼの十八番(おはこ)である身体強化魔法(ブースト)を発動して駆けだした。

 今までは、ブリッツボールが手元に戻ってくるように投げるのに力の加減が必要だったため、「ブースト」をかけた状態での投擲(とうてき)は不可能だったのだが、手元に自動的に戻ってくる「プログラム」をかけた現在はその心配は要らなくなった。「ブースト」で身体強化をした状態での投擲が可能となったのは、純粋な強化である。

 ワッカは砦のすぐ側まで迫っていた、1人の不死身兵に狙いを定める。

 

「おぉらあ!!」

 

不死身兵の顔に付いている鬼の面に向かって、力いっぱいブリッツボールを投げつける。彼の豪腕から放たれたボールは、面を容易く破壊した。そしてボールは、近くにいた不死身兵の面に向かってもの凄いスピードで飛んでいく。瞬く間に二つ目の面を破壊したボールは、また別の面に向かって飛んでいった。

 

「うし!成功だな!」

 

 プログラムの成功を確認したワッカは「ゲート」で砦へと戻っていった。

 

「どうだった?」

 

帰ってきたワッカにリーンが尋ねる。

 

「大成功だ!ありがとよ、リーン!」

 

「まあね」

 

リーンはツインテールを右手で払いながら、得意げに笑う。

 

「軍師様とお呼びなさい?」

 

「おう、そうさせてもらうぜ」

 

 そう言いながら、ワッカは負傷した兵士達の元へと向かう。

 

「ケアルガ!」

 

ボールが不死身兵を倒している間、彼は負傷兵の回復に専念できるのだ。

 

「私達も黙っていられないわね!」

 

 エルゼがガントレットを打ち鳴らす。戦いたくてウズウズしているのが見て取れた。

 

「おい、エルゼ!オレはここを離れられねえんだぞ。『ケアルガ』は1人ずつにしか、かけられねえからな」

 

「ボールが倒しているのは不死身の敵だけなんでしょ?生身の敵も何とかしなきゃじゃない!」

 

「まあ、確かにな…。しゃあねえ、行ってこい。ただ、ムチャはするんじゃねえぞ」

 

「分かってるわよ!」

 

「拙者もお供するでござる!」

 

八重もエルゼに同調した。

 

「八重!危険だ!」

 

「大丈夫でござるよ兄上。拙者はこれまでの旅のおかげで、家を出た時分より何倍も強くなっているでござる!」

 

「だが…」

 

「ま、兄ちゃんとしては心配だよな?」

 

 ワッカは重太郎に同情しつつ、八重に手を(かざ)す。

 

「リジェネ!」

 

八重の体を淡い光が包み込んだ。

 

「ワッカ殿、これは…?」

 

「この魔法が効いてる間は、少しの傷なら自動的に回復してくれる。でもデカい傷はすぐに治らねえからムチャはすんなよ?」

 

「承知!」

 

「よし、エルゼにもかけてやっからな」

 

「ありがと、ワッカ」

 

 エルゼに「リジェネ」をかけた後、ワッカはユミナの方を振り向く。

 

「ユミナ、お前は(ここ)に残ってろ!」

 

 今回、ワッカ達は屋敷の応接室から直接イーシェンに来てしまった。流石に、ラピスやセシルら「ユミナを陰から見守り隊」も来られてはいないだろう。この状況でユミナの身にもしものことがあれば、ワッカは2人に顔向けが出来ない。

 

「そう言うと思いましたよ、ワッカさん」

 

 ワッカの命令を聞いたユミナは、反発するでも、ふて腐れるでも無くそう言った。

 

「ですから私も、私が出来ることを考えてきました!闇よ来たれ、我が求むは誇り高き銀狼、シルバーウルフ」

 

召喚魔法を唱えた彼女の影から、シルバ率いる5匹のシルバーウルフが姿を現した。

 

「この子達に、負傷している兵士達を(ここ)に運んできてもらいます」

 

「おお、良いじゃねえかユミナ!頼むぜ!」

 

「はい!じゃあ皆、徳川()の色の甲冑を着た負傷兵を運んできてね」

 

 ユミナの指示を聞き、シルバーウルフは戦場に向かっていった。

 

「私は光属性は苦手ですが、少しの傷なら治せます。なので、ワッカさんのお手伝いをしますね」

 

 リンゼがそう進言する。

 

「助かるぜ、リンゼ!ビャクティス、お前はブリッツボールが(ここ)に近づいてきてたらオレに伝えろ!」

 

 ワッカによって「プログラム」がかけられたブリッツボールは、彼の手元に戻ってくる際にかなりのスピードを出す。ボールの位置を把握できるビャクティスが予め知らせてくれれば、誰かが怪我をするリスクを抑えられるのだ。

 

『かしこまりました』

 

「よーし、頑張るぜ皆!」

 

 ワッカの鼓舞を皮切りに、各人が自分の役割に向かっていった。

 

「なるほどね…。中々良いチームワークじゃない」

 

一行の様子を見ながら、リーンは満足そうに微笑んだ。

 

 数十分後、ビャクティスがワッカに報告する。

 

『主、ブリッツボールが戻ってきます』

 

「分かったぜ、ビャクティス」

 

ワッカは作業を中断し、砦の外に向かう。そして飛んできたブリッツボールをキャッチした。

 ワッカが戦場に目を向けると、おびただしい数の武田兵が倒れていた。ただし、別の方角にいる不死身兵は倒せていない。ワッカは最初にボールを投げた場所とは反対方向に向かい、不死身兵の面に向かってボールを投げつけた。

 ワッカが砦に戻ってくると、倒れているリンゼの姿が目に入った。

 

「リンゼ!?大丈夫か?」

 

急いで彼はリンゼを抱きかかえる。

 

「わ、ワッカさん…。大丈夫…です…。魔力を使いすぎた…だけですから……」

 

「大丈夫じゃねえじゃねえか!もういいから休んでろ!」

 

「でも…、皆頑張っているのに…私だけ…」

 

「無理しちゃダメだっつったろ?」

 

「ダメじゃない、ワッカ」

 

 そう言ったのは、今まで様子を見ていたリーンだった。

 

「せっかくやる気を出してる子の、やる気を削ぐような事をしちゃ」

 

「リーン?」

 

「少しどきなさい」

 

そう言ってリーンは、リンゼの両手をとった。

 

「トランスファー」

 

 リーンが魔法を唱えると、リンゼの手を握る彼女の両手がボンヤリと光り始めた。

 

「あ、あれ…?魔力が回復してきてます!?」

 

リンゼが驚きの声をあげる。

 

「何したんだ?リーン」

 

「自分の魔力を他人に与える無属性魔法『トランスファー』よ。シャルロッテと修行をするとき、あの子の無くなった魔力を回復させて、また魔力が無くなるまで修行をさせて、なんてことを続けたわ。懐かしいわね」

 

何気に恐ろしいことをリーンが口にする。弟子にならなくて良かった、と思いながらワッカはリーンに抗議する。

 

「おい!オレはリンゼにそこまでさせる気はねえぞ?」

 

「私も、弟子でも無い子にそこまでする気は無いわよ。大事なのはこの子の気持ち、でしょう?」

 

 そう言ってリーンはリンゼに顔を向ける。

 

「私、まだまだ頑張れます!やらせて下さい、ワッカさん!」

 

「そうか…。じゃあ、まだまだ頼むぜ!リンゼ」

 

「はい!」

 

ワッカとリンゼの会話を聞き、リーンは再び微笑んだ。

 

 ワッカ一行の活躍の結果、戦況は徳川軍の優勢へと傾いていく。彼らが来てからは、徳川軍の犠牲者は目に見えて減っていった。一方の武田軍はと言うと、不死身兵はもの凄い勢いで倒されていき、日没前には全滅。残りの生身の敵兵も撤退していった。

 カワゴエの砦防衛戦は、徳川軍の勝利で幕を閉じたのだった。




 次回、本筋に影響を与えない範囲でオリジナル要素を含んでいきます。かなり私個人の趣味が入ったオリジナル要素ですが、ご了承下さい。どうしてもやりたいんだもん。


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武田の噂、そしてくノ一。あとブリッツボール。

 第五話「世界の壁、そしてサムライ。あとブリッツボール。」の前書きで紹介した「コネクトが全く気付かないうちに気持ちよすぎだろ!」が、全く気付かないうちに削除されていました。悲しいなぁ…。
 でもあの動画は流石に悪ふざけが過ぎたか…?


「まずは此度(こたび)の助太刀、心から御礼申し上げる」

 

 そう言ってワッカ達に頭を下げた人物は、見た目が40代と見られるちょび髭を生やした男性だった。彼こそが、徳川領の領主である徳川家泰(とくがわいえやす)その人である。

 彼らは今、砦の天守閣にて互いに正座をしながら向き合っていた。

 

「いえ、こちらに出向いたのはたまたまのことです。それに、仲間である八重の家族及びその主を助けるのは、私共としても当然のことです。どうかお気になさらず」

 

そう答えたのはユミナだった。

 ベルファスト王国の王女である彼女が、立場が偉い人との会話を得意としていることはミスミドの件で知っていたので、ワッカは領主との会話を彼女に任せたのである。ワッカ一行はユミナ王女の護衛という(てい)を取ることにした。

 

「それにしても、八重がベルファストの王女の護衛になっているとは…、全く驚いたな」

 

 そう言ったのは、家泰の隣に座るもう1人の男性、九重重兵衛(ここのえじゅうべえ)である。彼は八重の父親であり、現在は徳川家の剣術指南役を務めていた。

 

「して、此度の防衛戦の(かなめ)となった彼は…?」

 

 家泰が興味津々な目線をワッカに向ける。

 

「この方はワッカさんと申しまして、私の護衛……というか、」

「おい!言葉をつつしめよ」

「はい、護衛です、はい」

 

 本当は「未来の旦那様です」と口走ろうとしていたユミナだったが、小声でワッカに釘を刺されてしまったので、素直に諦めた。

 

「ども、ワッカっす」

 

「ワッカ殿。此度は我が兵士達の命を救ってくれたばかりで無く、武田の鬼面兵も討ち取ってくれたこと、感謝の言葉も見つからぬ。心から御礼申す」

 

 そう言って、家泰が手を床に付けながら頭を下げるので

 

「いやいや、ユミナ…姫の言ったとおり、オレらは当然のことをしたまでっすから!そんな硬くならず…」

 

とワッカは慌てて言葉を返す。ユミナ王女の護衛という立場を取っていながら、彼女を普段通り呼び捨てにするところだった。

 

「と、ところで、オレらは『ニルヤの遺跡』っつー場所を目指してイーシェンに来たんすけど、何か知りません?」

 

 ワッカは無理矢理、話題を変えようとする。せっかくユミナに会話を任せていたのに、これでは台無しである。

 

「ニルヤ…?ニルヤ…ニルヤ……。む、もしかして『ニライカナイの遺産』がある遺跡のことかな?」

 

 しばらく考え込んでいた家泰が言葉を返す。

 

「なのか?リーン」

 

「語感も似ているし、その遺跡でしょうね。地方や時代の違いで名前のズレが生じるのはおかしくないでしょうし」

 

ワッカに問われたリーンは、そう結論付けた。

 

「そ、そちらの方は…?」

 

 ワッカ一行の中で最も年下に見える女性が思慮深い発言をしたので、家泰はリーンに興味を向け始めた。

 

「彼女はリーンっつって、オレらの軍師っす!」

 

「ちょ、ワッカ!?さっきの発言は冗談よ!?」

 

ワッカの紹介に対してリーンは慌ててツッコミを入れる。

 彼女が焦った姿を見せたのは初めてだったので、ワッカは新鮮な心持ちになった。

 

「私は詳しいことは存じないのだが…、重兵衛はどうだ?」

 

隣の剣術指南役に家泰が問いかける。

 

「確か、島津の領域にあったかと。しかし、あの遺跡は海の底にあるのですぞ?入ることすらままならないと思いますが……」

 

「マジでかぁ~…?」

 

 重兵衛からの情報を聞いたワッカは唖然とする。ブリッツボールの選手である彼は、水中に長時間潜っていることは得意なのだが、それでも限界というモノはある。せめて浅瀬に遺跡があることを願う他無かった。

 さて、目的地も判明したのでこれにて失敬…、と言うわけにはいかなかった。今日は武田軍を退ける事に成功したが、これから先、相手がどの様に行動してくるかは分からないからだ。

 

「武田軍は、あれで諦めるのか…?」

 

 ワッカが疑問を投げかける。

 

「分からぬ。また態勢を整えて進軍してくるやもしれぬ。鬼面兵を更に増やし、大砲などを持ち込んで攻めてくる事も考えられる…」

 

家泰は腕を組みながら眉間にしわを寄せる。

 

「せめて、あの鬼面兵の謎さえ分かれば…」

 

「あの鬼面兵は、敵の無属性魔法か、あるいは()()()()()()()()でしょうね」

 

 そう言葉を発したのはリーンだった。

 

「アーティファクト?」

 

「古代文明の遺産、強力な魔法道具のことよ。ワッカの持っているブリッツボールもアーティファクトなんじゃないの?変形してたし」

 

「んあ?ああ、ああ、そうだな!その通りだ!オレの故郷に伝わるシロモノでな!」

 

 神からのプレゼントである、とは当然言えないので、ワッカはその場のノリで嘘をついた。

 

「う~む、その知識の深さ。流石は軍師殿だな」

 

「だから軍師じゃないって…」

 

重兵衛が感心しながら言うので、リーンは呆れてしまう。

 

「その鬼面兵と言い、突然の侵略と言い、訳が分からぬ…。此度の武田軍の動きは、領主の真玄(しんげん)殿らしくない。やはり、あの噂は本当なのだろうか…」

 

「噂、とは?」

 

 家泰の呟きにユミナが反応する。

 

「真玄殿は病によって(すで)に亡くなっている、という噂だ。そしてその死体を操り、武田軍を意のままにしているのが闇の軍師、山本完助(やまもとかんすけ)であると。更に完助の裏にはあの松永(まつなが)もいるという噂なのだ…」

 

「松永…」

 

家泰の言葉に八重が(つば)を呑む。

 

「なあ、その松永ってのはドコのドイツなんだよ?」

 

 新たな登場人物の名前を耳にし、ワッカはたまらず質問する。

 

「松永ダンジョー。イーシェンの大悪党でござる」

 

八重がそう答え、父親の重兵衛が補足を始める。

 

「松永ダンジョーは元々、織田の領主に仕える武将だった。名前が特殊なのは、親のどちらかがイーシェンの生まれでは無いからだそうだ。ヤツは文武の両方に優れた武将だったのだが、ある日突然、謀反(むほん)を起こしたのだ」

 

「裏切りモンか…」

 

「あの織田の領主を裏切っておきながら生きているだけでも十分凄いのだが、この謀反はヤツの悪行の始まりに過ぎなかった。イーシェンの先々代国王の暗殺、トウダイ寺院の焼き討ち、他にもヤツの悪行を挙げればキリが無い」

 

「目立つ悪行をしておきながら、事件後は誰にも見つからず平然と姿を消す…。イーシェンの人々はヤツのことを、畏怖を込めて『イーシェンの(ふくろう)』と呼んでいるでござるよ」

 

「闇夜に(まぎ)れて爪を立てる梟、だなんて中々シャレの効いた通り名ね」

 

九重(ここのえ)親娘(おやこ)の解説を聞いたリーンはそう言葉を漏らした。

 

「でも、そんな危険人物なんて武田の人達も警戒するのでは…?」

 

 今までの話を聞いていたリンゼが疑問を呈する。

 

「その通りだ。だから噂なのだよ。此度に関しても、ヤツは証拠を残してはいないだろうな…」

 

家泰はそう答えた。

 松永ダンジョー。彼の存在は不気味だが、いずれにせよ徳川軍の危機を黙って見過ごせるワッカでは無い。

 

「そのフクローだかはとりあえず置いとくとして、闇の軍師をナントカすりゃあ良いんだな?」

 

「さっき言ったことは全て、噂に過ぎない。それに完助は武田の本陣、ツツジガサキの館に籠もって出てこないらしい。まさかコッソリ忍び込んで捕まえてくるわけにも…」

 

「そのまさかっすよ」

 

 悩む家泰に対し、ワッカは自信満々に答えた。

 

「何と…?」

 

「リーン?お前の羽根を隠してる魔法って、他の人間の全身を隠すことって出来るか?」

 

「出来るわよ。光を迂回(うかい)させて対象物を見えなくする魔法だから、触られるとバレちゃうけど」

 

「十分だぜ!後はそのツツジガサキの館の場所が分かりゃあパーペキだな!八重は行ったことあるのか?」

 

「いや、ござらん。父上は?」

 

「ワシもないが…。待て待て、一体何だと言うのだ?」

 

「目的地に行ったことのある人さえいれば、ワッカ殿は魔法でそこに行くことができるのでござるよ」

 

「「なんと…!」」

 

重兵衛と共に家泰も驚いた。

 その家康も、ツツジガサキの館に行ったことは無かった。行った経験のある人間を兵士の中から探そうか、とワッカが考え始めたところで、不意に声が聞こえてきた。

 

「ツツジガサキへの案内、私が務めましょう」

 

「誰だ!?」

 

その場にいた誰もが、聞いたことの無い声に戸惑いを隠せない。

 突然、天井から1人の女性が降ってきた。

 

「私は武田四天王が1人、高坂政信(こうさかまさのぶ)の配下、椿(つばき)と申します」

 

女性が自己紹介する。

 

「忍び…くノ一か!」

 

重兵衛が声をあげる。彼の言うとおり、椿は忍者特有の黒装束に身を包んでいた。しかしスピラには忍者が存在しないので、ワッカは「ユミナの監視をしていた時のラピスとセシルにソックリな服だなぁ」という感想を抱いた。

 椿は膝をつき、(ふところ)から出した書状を床に置いた。

 

「我が主、高坂様より徳川家泰様宛の密書をお預かりしております」

 

 床に置かれた密書を最初に手にしたのは重兵衛だった。何も異常が無い事を確認した彼は、家泰に密書を手渡す。

 密書を目にした家泰の表情が、驚きから(けわ)しいものへと変わっていった。

 

「殿、密書にはなんと!?」

 

「噂は本当だったらしい。武田軍は今や、山本完助の傀儡(かいらい)の軍と化しているようだ…」




 本当はもう少し続けたかったんですが、まだまだこの場面でやりたいことがあるので、一旦区切ります。次回はツツジガサキの館に侵入すっから!


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武田の事情、そして潜入。あとブリッツボール。

 今回の話をご覧になる前に「異世界オルガ9」(ニコニコ動画 sm31938694)を視聴していただけると、何故今回の話のような改変を行ったのかがお分かりになれるかと思います。
 まあ、今回の改変も単なる私の趣味に過ぎないんですけどね。


「真玄殿は既に無くなっており、重臣である武田四天王も高坂殿以外は地下牢に投獄されている…とのことだ」

 

「なんと……」

 

 密書の内容を要約した家泰の言葉を聞き、重兵衛が絶句する。

 

「だが、どうして高坂殿は捕まってないのだ?」

 

「高坂様は完助に従うフリをして武田奪還を考えておられます」

 

「なるほど」

 

「高坂様の望みは、徳川軍に完助の暴虐を止めていただくことです。そのために、忍である私を遣わせました」

 

高坂政信(こうさかまさのぶ)配下のくノ一、椿(つばき)は自分の目的を明かした。

 

「ではやはり、松永に関する噂も本当なのですか?」

 

「そのことに関してだが…」

 

 重兵衛の質問を受けた家泰は、何故か椿に目線を向ける。

 

「椿、と言ったな?何故、この密書は松永に関して『山本完助の背後には松永ダンジョーがいると考えて間違いないが、確証は無い。』という要領を得ない書き方をしているのだ?」

 

「それは、松永との関連を示す物証が一切無いからです」

 

「やはり松永は証拠を残さなんだか…」

 

「では何故松永が背後にいると?」

 

「完助が時折口走るのです、『全ては松永の賜物(たまもの)だな』と。この発言だけが、松永が関係している事を示す唯一の証拠なのです」

 

 確かにこれでは、松永が裏で糸を引いている、とは断言出来ないだろう。額面通り受け取れば松永が関係していると言えるだろうだが、一方で穿(うが)った見方をすれば、完助の発言は松永が関係していると思わせる虚言、とも考えられる。実際には関わりの無い大悪党松永ダンジョーの存在を(にお)わせることで、要らぬ混乱を敵に招く事も出来るのだ。

 

「そもそも…」

 

 ここで、今までの話を聞いていたリーンが口を挟んだ。

 

「山本完助って人は何者なの?元々武田軍にいた人間なの?それとも、ある日突然武田軍に現われたの?もしそうなら、完助は松永の手先とも考えられるけど?」

 

「いえ、山本完助は元々武田軍の軍師です。優れた人物で頭も良く、軍師として申し分のない男でした。しかし彼はある時、悪魔の力を宿した宝玉を手に入れてしまい、それから様子がおかしくなったのです。人を平気で殺すような残虐な人間になり、口調も別人のようになってしまいました」

 

「その宝玉を手にした理由が、松永と関係しているのかしら?」

 

「そうですね…」

 

少し口ごもっていた椿だったが、意を決して言葉を続ける。

 

「我々は徳川軍に助けを求めている身です。なのでお話ししてしまいますが、真玄様は数ヶ月前から病に伏せっておりました。この事実を隠していたのは、武田の弱みを他の領主に知らせるわけにはいかなかったからです」

 

「であろうな…」

 

家泰が納得したように呟いた。

 

「いよいよ真玄様のお命が危ないとなった時、武田の今後を最も(うれ)いていたのが完助でした。武田の未来を守るためなら多少は汚れた手を使わねばならぬ、とも言ってました。その『汚れた手』というのが、松永と関わりを持つことだったのかもしれません」

 

「だが、完助と松永が実際に会っていた証拠は無い、と」

 

「そういうことです。私の知っていることは、これで全てです」

 

「なるほどな…」

 

 椿の話を聞き終えた家泰は、リーンに意見を求めた。

 

「軍師リーン殿は如何に考えておいでか?」

 

「だから軍師じゃ無いわよ…。まあでも、その宝玉については色々聞きたいことがあるわね」

 

そう言ってリーンは椿に目を向ける。

 

「ねえ、その宝玉を完助はドコにしまっているのかしら?」

 

()です。完助は(いくさ)で左目を失っていたのですが、宝玉を義眼の代わりとしています」

 

椿の答えを聞いたリーンは、確信がいったと言わんばかりに微笑んだ。

 

「もう一つ質問。宝玉を手にしてから完助の口調が変わったって話だったけど、ソレってもしかして、他人のことを『○○ボーイ』とか呼んだり、語尾に『デース』とか『マース』とか付けたりとかしてない?」

 

「な、何故その事を!?」

 

椿は狼狽(うろた)えながら答える。

 

「た、確かにその通りです。先程、完助が『全ては松永の賜物だな』と口走ると言いましたが、それも正しくは『全ては松永ボーイの賜物デース』と。ふざけた言い方なので再現はしなかったのですが…」

 

「ビンゴ、ね」

 

「何か分かったのか、リーン!?」

 

 ワッカが問いただす。

 

「松永については知らないけど、鬼面兵の謎は分かったわ。『()()()()()()()』ってアーティファクトの仕業ね」

 

 聞き慣れない単語を耳にした一同から、次々と困惑の声が上がる。

 

「アーティファクトは由来が不明な物が多いのだけど、『トゥンの黙示録』は由来が分かる数少ない例外として知られているわ」

 

そう言ったリーンが語り始める。

 

「遙か昔、トゥン・クロフォードという名前の高名な隻眼の死霊術士(ネクロマンサー)がいた。彼は口調こそおちゃらけたモノだったけど野心が高く、自分の力を使って世界を支配しようと目論(もくろ)んでいた。結局その野望は叶わなかった訳だけど、彼は死の間際に力の全てを左目の義眼に注ぎ込んだ。その義眼が『トゥンの黙示録』ってワケ」

 

「知ってたか?リンゼ」

 

「いえ、聞いたこともありません。リーンさんは物知りですね」

 

 リンゼの褒め言葉には微笑みで返して、リーンが話を続ける。

 

「『トゥンの黙示録』を義眼として使用すれば、トゥン・クロフォードと同じように死者を操る力を手に入れられる。でもその代償として彼に精神を乗っ取られる。強すぎるアーティファクトには制作者の怨念や執念が宿る、とも言われてるけど、その代表例ね」

 

「なるほど…。流石は軍師殿だ」

 

「……もう良いわ」

 

リーンは諦めたように吐き捨てた。

 

「それで、いかがなさいます?」

 

 重兵衛が主君の家泰に決断を仰ぐ。

 

「正直に言えば、徳川には武田を助ける理由が一切無い。しかしこのままでは徳川軍が完助の鬼面兵にやられてしまうだろう。何とも情けない話だが、全ての決定権はベルファストから来た客人達にあるようだ」

 

「どうします?ワッカさん」

 

 家泰からユミナへ、ユミナからワッカへと決定権が託された。

 

「言っただろ?ツツジガサキの館に潜入するってよ!フクローだかモクジだか知らねえが、その決断に変わりはねえ!」

 

「だそうです」

 

「感謝します」

 

椿はワッカに頭を下げた。

 

「つっても、潜入すんのにこの大人数で行くのは良くねえな。潜入役はもちろん、オレとリーンと椿の3人で行く」

 

 ワッカがそう告げたが、反論の声は上がらない。ユミナを始めとする女性陣も、危険をわざわざ増やすようなワガママを口にはしなかった。

 唯一ポーラだけは地団駄を踏んで怒りを全身で表現していたが、そもそもクマのぬいぐるみを敵陣に連れて行く理由は無いので、リーンも文句は言わない。この光景を目にしたワッカは、ポーラの意思はリーンと繋がっているワケでは無かったのか、と驚いた。

 

 もうすぐ日が落ちようとしている。潜入するのにうってつけの夜時間はすぐそこまで迫っていた。残り少ない時間の中、ワッカは出来る限りの行動を起こす。

 まずは八重の実家である道場に戻り、重兵衛と重太郎の無事を報告する。

 次にベルファストの屋敷に戻って、潜入に参加しない女性陣を帰宅させた。唯一八重だけは帰宅を嫌がり、父や兄と共に砦に戻ると主張した。ワッカは彼女の意思を尊重することにした。

 そんなことをしている間に日は落ち切り、イーシェンに夜がやって来た。

 ワッカは早速、椿の記憶からツツジガサキの館の情報を抜き取る。

 

「リコール」

 

脳内に流れ込んできた情報を元に「ゲート」を開いて、ワッカはリーンや椿と共に、ツツジガサキの館を真下に見落とせる崖の上へと移動した。どこに敵がいるかも分からない館の内部にいきなり行くよりも一度様子を見渡せる場所に行ってからの方が良い、というリーンの意見を採用したのだ。

 

「あそこになら3人隠れられそうだな…」

 

 ワッカは崖の上から屋敷の様子を見下ろしつつ、隠れるのに都合の良さそうな庭木の茂みに目を付けた。

 

「ゲート」

 

さっそく魔法で出した光の門を潜り抜けようとする。しかし、彼が光の門に足を踏み入れても目的地に移動することは出来ず、ただその場で文字通り大きな一歩を踏み出しただけだった。

 

「ありゃりゃ?こんなの今まで無かったぞ!?」

 

「護符による結界ね。それが『ゲート』の転移を阻んでいるんだわ」

 

「何だよそりゃあ!?」

 

「王城の宮廷魔術師が魔法による進入を防ぐのに使用している結界と同じよ。まさか知らないの?」

 

「そういやあ、そんなモンもあったっけな…」

 

 ワッカとリーンの会話を聞いていた椿が口を開く。

 

「恐らく完助の仕業でしょう。私が忍び込み、護符を破壊してきます」

 

「止めときなさい。結界を破壊すれば使用者本人にバレてしまうから。犯人が分からなかったとしても、警戒されるのは良くないわ」

 

そう忠告しつつ、リーンは再びワッカに向き直る。

 

「そもそも私を連れてきたのは光属性の魔法で姿を見えなくさせるためじゃないの?まさか、屋敷に侵入してから使わせる気じゃ無かったでしょうね?」

 

「あ…、わりぃ、先走っちまった」

 

「全く…」

 

 リーンは呆れつつ、自分の考えを口にする。

 

「そもそも椿(あなた)は館に堂々と入れるでしょう?私とワッカは魔法で姿を見えなくした状態で後からついて行くから」

 

「かしこまりました」

 

 リーンの作戦で行くこととなり、さっそく彼女は魔法を唱える。

 

「光よ歪め、屈曲の先導、インビジブル」

 

ワッカとリーンの足下に魔法陣が浮かぶ。魔法陣は上へと昇っていき、魔法陣を通過した場所から2人の姿が消えていった。

 

「消えた……」

 

 椿が驚きの声をあげる一方、ワッカの視点からは自分の姿もリーンの姿も消えていなかったので不安になる。

 

「オレらの姿が見えてっけど、効果がねえのか?」

 

「当たり前でしょう?自分達の姿まで見えなくなってしまったら不便で仕方ないでしょうに。他の人からは見えてないから安心なさい」

 

「あ、声は聞こえるのですね…」

 

2人の声を聞いた椿が安堵する。

 と、ここでリーンはニヤリと笑ったかと思うと、忍び足で椿の背後に回り始める。そして後ろからいきなり、椿の胸を()み始めた。

 

「ふひゃあああぁぁぁぁ!!?」

 

「ちょっとワッカぁ?見えないからって何してるのよー」

 

「は、はあ!?」

 

「わ、ワッカさん!?」

 

「ちげえよ!オレじゃねえ!リーンの仕業だっ!いい大人がンな馬鹿みてえなコトするか!ってリーンの方がオレより何倍も年上じゃねえか!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

絶叫するワッカを尻目に、リーンは更に激しく両手を動かす。

 

「ちょっ、やめ、そんなにハゲしく…はぅんっ!」

 

「以外と大きいわね…。着痩せするタイプなのかしら?これはなかなか…」

 

「いい加減にしやがれ!」

 

「あいたっ!」

 

 イタズラを止めようとしないリーンの頭に、ワッカが手刀を振り下ろす。

 

「ワカッテンノカ!?魔法で姿を消したのは敵にバレないように侵入するためだろうがよ!!」

 

大声を出すワッカの側で、椿は(あえ)ぎながら地面に突っ伏している。

 

「スマンな、ウチの軍師様がよ。叩いて言うこと聞かすんで…」

 

「お尻を?」

 

「おい!言葉をつつしめよ」

 

 悪びれず冗談を口走るリーンに対し、ワッカは大声で叱責を続ける。椿は本気にして「ひえええ」と声をあげた。

 これから潜入を行うとは、とても思えない3人なのだった




 これが私のどうしてもやりたかったことだ…。下らないだろう?ちなみに最後のリーンのイタズラは原作通りです。


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過去の会談、そして四天王の解放。あとブリッツボール。

通常魔法
(1):デッキから「トゥーン」カード1枚を手札に加える。


 数ヶ月前。イーシェンの武田領にある竹林にひっそりと建てられた小さな(いおり)にて、ある会談が行われていた。

 6畳の和室に2人の男が向かい合っている。左目に眼帯を付けた色黒肌の男、山本完助が先に口を開く。

 

「よくぞお越し下さいました、松永ダンジョー殿。このような狭い所で申し訳ない」

 

「いや、構わないよ…。私の存在を他の者に知られたくないのだろう…?」

 

完助の向かいに座る男、松永ダンジョーがそう答えた。黒い髪を総髪茶筅(そうはつちゃせん)にまとめており、黒い服を着た中年の男性だ。

 

「しかし松永殿。中々珍しいお召し物をしておりますな?」

 

 完助は松永の着ている服を見ながら尋ねた。

 

「ああ、これかね…?これは『スーツ』という服でね、イーシェンの外にある国では要人と会う際にこの服を着る習わしとなっているのだよ…。此度の会談、私にとっても非常に重要なモノでね…。その意思を示したかったのだが、不服だったかね…?」

 

松永が答えた。彼の声は低く、息を吐き出すような話し方だったが、その言葉は何故か相手の胸にズシリとくる性質を持っていた。

 

「いえいえ、不服だなんてとんでもない。ただ珍しいなと思い、尋ねただけでしたので…」

 

「そうかね…。ならば良かった…」

 

 完助は松永に対し、湯呑みに入った緑茶を差し出す。それを飲みつつ、松永が口を開いた。

 

「しかし山本完助殿…。失礼な物言いだが、(けい)はあまり賢い男では無いようだな…?軍師とはとても思えない…」

 

「な、なぜ、そのようなことを!?」

 

いきなり「頭の悪い人」扱いをされ、完助は戸惑う。

 

「私の悪名はイーシェン中に知れ渡っている…。無論、卿も知っているはずだよ…?」

 

「は、はい…」

 

「まともな軍師ならば、大悪党である私の手を借りようなどという愚行は犯さないはずだ…。己の身に如何(いか)なる火の粉が降りかかるか分からないからな…。そうは思わないね…?」

 

「な、何だ、その事でしたか…」

 

 完助は安堵の息を吐きつつ、松永に言葉を返す。

 

「確かに仰る通りです。私の今の行動はとてもじゃないが、領主に仕える軍師が取るべき行いでは無いでしょう。貴方との会談についても、私以外の人間は誰一人知りません」

 

「では何故、私と取引を…?」

 

「それはもちろん、武田の未来を守るためです!」

 

完助は力強く断言した。

 

「先にお話しした通り、武田が領主、真玄は病に伏せておられる状況です。恐らく、長くは()たないでしょう」

 

「知っているよ…。安心したまえ…。他にはバラさないよ…」

 

「ありがとうございます」

 

 完助は一礼し、言葉を続ける。

 

「真玄…御屋形(おやかた)様は優れた領主でした。あの方がお亡くなりになれば、武田の治世はきっと荒れることでしょう。他の領主が武田に攻め込むことも考えられます」

 

「そうだろうな…」

 

「その事態を防ぐためには、武田に新たな改革が必要なのです!御屋形様は大砲を始めとした火器の類いを嫌っておりました。しかし私の考えは違います。他の領主も使用している火器を使わぬのは、無意味な逆行に他なりません」

 

「そのことは、真玄殿にも伝えていたのかね…?」

 

「いえ。御屋形様は火器を使わずとも、武田の平和を維持しておりました。素晴らしい手腕のなせる(わざ)です。しかし御屋形様が亡くなられた後はそうも行きません。火器を始めとする新兵器の導入は必要不可欠でしょう。それも他の領主に知られること無く、です」

 

「だから私なのだな…」

 

「その通りです。無論、貴方様の悪行は知っております。しかし今の我々にとって最も重要な事項は、武田の未来を守る事なのです!例え()()()()使()()()()()()()()()()…」

 

「なるほど、中々深い考えを持っていたようだ…。先の失言を詫びようじゃないか…」

 

「いえいえ、当然の疑問でしょうから」

 

「まあ安心したまえ…。私は武田の領地で悪行を振り()く気は無いからね…。さっきも言ったが…、私としても此度の会談は大切なのだよ…」

 

 今度は松永が語り始める。

 

「こんな悪党である私でも、行動を起こす上では金が必要でね…。今までも色々な相手と取引をしてきたわけだが…、卿ほどの大きな相手は中々いないのだよ…。当然だな…。自身の立場が大きくなれば大きくなるほど、人は安全な道を選ぶものだ…。悪人もまた同じ…。大きくなれば大きくなるほど、自分の仲間とその傘下で全てを済ませようと考える…。他人の付け入る隙など無いわけだ…」

 

「なるほど…」

 

(ゆえ)に、イーシェンの9大領主が一つ、武田の軍師である卿との取引はとても大事なのだよ…。にも関わらず、武田の領地で悪行など出来るはずも無い…。上客は大事にしなくてはね…。まあ、卿にとっては今の私の話など、信じることは出来ないだろうが…」

 

「とんでもない!信じましょう。私にとっても松永殿は大事な取引相手なのですから」

 

「そうかね、それはありがたい…。では、話を始めようじゃないか…」

 

 こうして、山本完助と松永ダンジョーの2人は商談を始めた。この日の議題は完助側がどれだけの額を支払えるかという話だった。松永が提供する戦力の内容は、受け取る額を踏まえて後日知らせる、とのことである。故に、この日は実際に金と物の取引が行われるワケでは無い。

 商談は(とどこお)りなく進み、そろそろお開きになろうかという所で松永が完助に問いかける。

 

「ところで一つ気になっていたのだが…、その左目はどうしたのだね…?」

 

「ああ、これですか」

 

完助が己の左目を隠している眼帯を指し示す。

 

「以前、(いくさ)で矢を受けてしまいましてね。左目を失っただけで済んだのは幸運でしたな」

 

「そうだったのか…。辛いことを思い出させてしまったね…」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

「そうだな…。では、卿にはこれを贈ろう…。(ふくろう)(たわむ)れ…、いや、お近づきの印…と言うモノだ…」

 

 そう言って松永は、(ふところ)から箱を取り出す。手のひらに収まる大きさの、漆塗りの黒い箱だ。

 

「開けてみたまえ…。遠慮はいらないよ…」

 

「は、はあ…」

 

完助は恐る恐る箱を開ける。何かが白い布に包まれていた。白い布をほどいてみると、その正体は()()()()()()()()()()()()だった。

 

「綺麗なものですな…。宝石か何かですか?」

 

「不正解だな…。答えは義眼(ぎがん)だよ…」

 

「ぎっ、義眼!?」

 

「私の収集品の一つでね…。昔の職人が丹精に作り上げた一品だ…。何でも『戦に勝つ力を与える』といった話もあるが…。まあ、この手の物に良くある口上だな…。気にする必要も無いだろう…」

 

「な、なるほど…」

 

「卿にふさわしい品だと思い持ってきたのだが…、不服だったかね…?」

 

「いえいえ、そんな…」

 

 完助は松永からの贈り物をまじまじと見つめる。義眼と言われなければ分からないであろうその品は光沢が有り、庵に差し込む日の光を受け、赤く輝いて見えていた。その輝きを目にしていた完助の心は、段々と義眼に惹かれるようになっていった。

 

「その様子だと…、気に入って貰えたみたいだな…」

 

「はい。大切にいたします、松永殿」

 

「ならば良かった…。さて、私はそろそろお(いとま)しようかね…。同じ場所に留まっているのは良くない…」

 

 そう言って松永は立ち上がり、庵を後にした。

 

 

 

 

 

 そして現在、イーシェンの武田領にあるツツジガサキの館に、1人のくノ一が足を踏み入れようとしていた。

 

「高坂様からの使いだ。通していただきたい」

 

くノ一もとい椿が、門番に鑑札を見せる。

 

「確かに。しばしお待ちを」

 

鑑札を確認した門番は、重い門を開けて椿を中に通す。彼女が通った後、門は再び閉ざされた。

 他の人間が誰もいない場所に椿が来たところで、彼女の後ろから声がした。

 

「ふう。侵入成功だな」

 

 声を発したのはワッカである。彼とリーンは光属性の魔法で姿を消した状態で椿の後をついてきていたのだった。

 

「結界に入った瞬間、リーンの魔法が無効化されちまうんじゃねえかとヒヤヒヤしたぜ…」

 

「結界は基本的に、そこに干渉しようとする魔法を弾くだけだもの。『インビジブル』は私達だけに効果を及ぼす魔法だから、結界で無力化されたりしないわ。同じ理論で、結界の内側から『ゲート』で転移するのも問題ないわよ」

 

隣にいるリーンがそう解説する。

 

「そいつぁありがてえ。さて、まずは四天王とやらを救出すっか。ソイツらは完助に反抗してんだろ?助けりゃ力を貸してくれるかもしれねえ」

 

「間違いないでしょう」

 

 ワッカの提案に椿が同意する。

 

「地下牢は館の西側にございます。付いてきてください」

 

彼女に連れられ、一行は四天王が(とら)われている地下牢へと向かう。番人の前は門を通ったときと同じ方法で通過し、石造りの階段を下りていく。

 地下牢は石と木で作られた座敷牢だった。エボン教の牢と比べると簡単な造りだ、とワッカは思う。

 椿に案内された座敷牢の一つに、巨漢の老人が1人、目を閉じながら座禅を組んでいた。

 

「誰だ」

 

老人が不意に声を発する。

 

「馬場様、椿です。高坂様の命にて助けに参りました」

 

「高坂か…。やはりヤツが完助に下ったというのは嘘であったな。食えぬ男よ…」

 

 そう言って馬場様と呼ばれた老人は目を開き、椿の後ろに目線を向けた。

 

「椿よ…。後ろに2人隠しておるな?姿を見せんか」

 

「マジかよ…。この爺さん、気配でオレ達に気付いたってのか?」

 

ワッカは驚きつつも、リーンに魔法を解くよう促した。

 

「こちらは徳川様の客人で、ワッカ様とリーン様でございます」

 

 椿が馬場老人に説明する。

 

「徳川の…?」

 

「はい。ワッカ殿は徳川に攻め込んだ鬼面兵一万五千を1人で打ち倒した程の実力者です」

 

「なんと!?」

 

「は!?あの面のヤツら、そんなにいたんか…」

 

馬場老人だけで無く、ワッカ本人も驚いた。

 

「まあ、倒せたんだし良いじゃない」

 

「リーンの賜物(たまもの)だな」

 

「褒めても何も出てこないわよ」

 

 そんな会話をリーンとしながら、ワッカはブリッツボールに生えた刃物(エッジ)で木の牢を切断していく。水属性の魔法で切断するのは目立つので控えた。

 

「内藤と山県は奥の牢だ」

 

 座敷牢から解放された老人もとい馬場信晴(ばばのぶはる)の案内で、ワッカ達は四天王の残り2人が囚われている座敷牢に辿り着く。

 

「おお、馬場殿。お元気そうで何より」

 

 囚われの身とは思えないような穏やかな顔の男が、にこやかな声で話しかけてくる。彼が武田四天王の1人、内藤正豊(ないとうまさとよ)である。

 

「何か面白そうなことになってるみたいだな?馬場殿、俺も混ぜてくれよ」

 

もう1人、全身傷だらけの目つきの鋭い男が話しかけてきた。彼が武田四天王の1人、山県政景(やまがたまさかげ)である。

 

「内藤、お前はもうちょっと緊張感を持てや。いつもニコニコと緩んだ顔しやがって。逆に山県、お前はもうちょっと考えろ。何でもかんでも戦えば良いってもんじゃねえぞ」

 

馬場信晴が囚われの2人に説教を始める。

 

「おい!説教をつつしめよ。今はそんなことやってる場合じゃねえだろ?」

 

「おおそうだな。小僧、この2人も出してやってくれ」

 

「小僧ってオレの事かよ?」

 

馬場の要求にワッカが聞き返す。

 

「他に誰がいる?」

 

「まあ、良いけどよ…。この歳になって小僧呼ばわりされるとは思わなかったな~」

 

そう言いつつ、ワッカはブリッツボールで木の牢の切断作業に取りかかる。

 

「一応この人、ベルファスト王国の王女と親密な関係だから、口の利き方には気をつけた方が良いんじゃない?」

 

「そうなのか?うーむ。しかし今更呼び方を変えるのもみっともない。ま、小僧で良いだろう。本人も良いと言っていたしな」

 

 リーンによる一応の注意喚起に対しても、馬場はどこ吹く風である。

 そんなことをしてる内に、内藤と山県の解放が終わった。役者は揃った。これより反撃(パーリィ)の始まりである。




 ワッカがブリッツボールに(ほどこ)した鬼面兵を倒す「プログラム」は、最初に鬼面兵を倒したときの速度を参照にしている。
 ワッカが最初に鬼面兵を倒したとき、彼は「ブースト」をかけた状態で全力投球していた。この時、ボールはものすごいスピードが出ていたと想定できる。
 仮に1秒に1人鬼面兵を倒す計算だとして、1分で60人、1時間で3600人である。
 結果、1万5千の鬼面兵を倒すのにかかる時間は4時間と少し。当作品の描写は間違っていないと言える。

Q.E.D 証明終了


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骸骨兵、そして説教。あとブリッツボール。

効果モンスター
星4/光属性/獣戦士族/攻 0/守1800
このカード名の(1)(2)の効果はそれぞれ1ターンに1度しか使用できない。
(1):手札から他の「武神」カード1枚を墓地へ送って発動できる。
このカードを手札から特殊召喚する。
(2):以下の効果から1つを選択して発動できる。
●手札から「武神」モンスター1体を墓地へ送って発動できる。
そのモンスターとはカード名が異なる「武神」モンスター1体を自分の墓地から選んで手札に加える。
●自分の墓地から「武神」モンスター1体を除外して発動できる。
そのモンスターとはカード名が異なる「武神」モンスター1体をデッキから墓地へ送る。


「なあ、ワッカとか言ったな?俺達を助けて終わりじゃねえんだろ?」

 

 ワッカに解放された山県政景がそう問いかける。

 

「ああ。これから山本完助をとっちめるつもりだ。そこで、お前らにお願いがあるんだなぁ~」

 

「力になれってんだろ?」

 

「お、話が早くて良いな!」

 

「頼まれなくても俺は戦いに参加するぜ?完助の野郎にゃ貸しがたんまりあるんだからよ!」

 

先程軽く説教をしたばかりなのにも関わらず、もう戦う気満々の山県に軽く呆れながらも、馬場信晴はワッカに問いかける。

 

「完助の周りは鬼面兵で固められ、あいつ自身も奇妙な魔法を使うぞ。あいつはもう人間じゃ無い。倒せるのか?」

 

「そこら辺は心配いらねえよ。オレにはこのブリッツボールがあるからな!」

 

 ワッカは馬場にブリッツボールを見せつける。

 

「それは(わし)らの牢を斬るときに使った、刃物付きの球、か?そんなもので倒せるとは思えんが…」

 

「これがオレの武器なんだからインだよ!それより、アンタ達にも武器を用意しねえとな…」

 

 そう言ってワッカは「ゲート」を開く。行き先は徳川軍の武器庫である。

 

「お~い、八重!いるんだろ!?」

 

「わ、ワッカ殿!?ビックリしたでござるよ…」

 

急に声をかけられた八重が驚きの声をあげる。

 武器の調達が必要になることもあるだろう、と事前に予測していたワッカは、徳川の領主である家泰に頼み、武器庫の武器をレンタルする許可を事前に貰っていたのだ。陰で余分な武器を横流ししない、という証拠のために、武器庫の番は八重とその兄である重太郎に任されていた。

 

「四天王の解放には成功した。これから完助と戦うから、武器が欲しいんだ」

 

 館には結界が張られたままなので、ワッカは「ゲート」から首だけ出しながら、四天王からリクエストされた武器を八重に伝える。馬場は槍、山県は大剣、そしてもう1人の四天王である内藤正豊は短剣が2振である。

 

「ワッカ殿…、助太刀は本当にいらんのでござるか…?」

 

 八重は武器を渡しつつ、ワッカに問いかける。

 

「心配してくれてんのか?」

 

「と、当然でござるよ!!」

 

「そっか。ありがとよ、八重」

 

ワッカは八重に礼を言いつつ、彼女の申し出を断る。

 

「完助の護衛に当たってんのは、砦の戦いの時と同じく鬼面兵が大半だ。アイツらはブリッツボールで何とかなる。生身の人間は四天王が相手してくれっから、これ以上の戦力は余分だ。奇襲も兼ねてるから人数が増えすぎてもアレだしよ」

 

「分かったでござる…。無事に帰ってくるでござるよ?絶対でござるよ!?」

 

「おう、任せとけ!無事帰ってくる。約束だ!」

 

「約束でござる!」

 

 八重と約束を交わし終え、ワッカは「ゲート」を閉じた。

 

 リーン曰く、結界を生み出す護符は対象区域の四隅に配置されるものだ、とのことである。ワッカ達6人は彼女の光属性魔法で姿を隠しつつ、館の四隅の一角にある灯籠(とうろう)の前まで来ていた。

 

「間違いないわね。この灯籠自体が護符の一つよ」

 

リーンが言った。「護符」というのはあくまでそういう呼称であるだけで、形にこれといった決まりは無い。

 

「完助は館の中央にいるんだったな?」

 

ワッカの問いかけに対し、武田の面々が頷く。場所は予め「リコール」で読み取ってあるので、「ゲート」で直行出来る。

 

「この灯籠ぶっ壊したらそこまですぐに向かうぜ。いいな?」

 

 皆が頷いたのを確認し、ワッカは灯籠に向かってブリッツボールを投げつける。ボールは灯籠を破壊し、彼の手元に帰ってくる。

 

「ゲート!」

 

キャッチと同時に館中央への「ゲート」を開き、6人はそこになだれ込んだ。

 一行が到着した先は、館の中央にある建物の前に広がる庭だった。5人ほどの鬼面兵が辺りを見張っている。

 

「ブースト!」

 

鬼面兵が気付くか気付かぬかの間に、ワッカは身体強化(ブースト)の魔法をかけて、近くの鬼面兵の面を目がけて思いっきりブリッツボールを投げつける。

 バキッという音を立て、ボールは鬼の面を破壊する。勢いはそのままに、「プログラム」をかけられたボールは一番近くにいた別の兵の面を割りに向かう。バキッバキッバキッとボールは面を割り続け、警備の兵を全滅させた後は、他の面を割りに庭の外へと飛んでいった。

 

「な、何事だ!?」

 

 異変を察知した生身の兵が、ワッカ達の元へ駆けつけて来た。

 

「ぐぉ!?」

 

しかし彼の元にはすぐさま馬場が近づき、一撃で倒してしまった。

 

「安心せい。峰打ちだ」

 

「ねえ、その言葉って気絶してる彼には届いて無いんじゃない?」

 

 馬場の言葉に対し、リーンがツッコミを入れる。兎にも角にも、このように生身の兵の相手は四天王の役割だ。

 

「オー、一体何事でショウ…、ワーオ!アンビリーバボー!!」

 

 建物から、テンションの高い男が姿を現した。

 

「出てきやがったな、山本完助!」

 

山県が怒号をあげる。このテンションの高い男こそ、武田を操る闇の軍師山本完助その人であった。色黒の肌と左目の眼帯からも間違いは無い。

 

「オー、元気そうデスね山県ボーイ。オ~ウ!馬場ボーイに内藤ボーイも…。結界が破られたので何事かと思ったのデスが、脱獄したユー達の仕業デスね?鬼面兵もこの有様…、これは驚きデース!」

 

 そう言う完助の口調からは、焦りは微塵も感じられない。余裕綽々(しゃくしゃく)といった様子だ。

 

「山本完助…」

 

 そんな軍師に対し、ワッカが口を開く。

 

「もう話す機会が無いかもしれないから…。お前の結界を破ったり、鬼面兵を討伐したのは……オレだ」

 

「オーウ、ユーは一体?」

 

「オレはワッカ。四天王(コイツ)らの助っ人だ!」

 

「ナルホド、ユーの仕業だったのデスねワッカボーイ!正直四天王だけでこのスピードは無理があると思ってましたが、外部からの助っ人なら納得デース!」

 

想定外であろう存在(ワッカ)の姿を目にしながらも、完助の余裕は崩れていない。

 

「ふざけた態度もそこまでだぜ!さっさとくたばりなぁ!!」

 

 業を煮やした山県が、大剣を振り上げて完助に襲いかかる。しかしそんな彼の前に、真っ赤な甲冑(かっちゅう)の男が急に現われて、攻撃を(はば)んだ。2メートル近い身長に盛り上がった筋肉をした甲冑の男は、山県の大剣を力任せに払いのける。

 

「なっ…」

 

「あ、あなたは…」

 

御屋形様(おやかたさま)…」

 

 四天王が絶句する。彼らの言う通り、この甲冑の男こそ死んだハズの武田の領主、武田真玄(たけだしんげん)であった。生前身につけていた甲冑を身に纏い、顔には鬼の面をしている。他の鬼面兵同様、完助に死体を操られているのだ。

 

「てめえ完助!御屋形様を盾にする気か!!」

 

「オ~ウ、アンマリな言い草デース、山県ボーイ。大切な軍師を守るのは主君の仕事デース。そして主君が楽に戦に(のぞ)めるようにすることが軍師(ミー)の仕事デース!」

 

 そう言い放った完助の足下に、巨大な魔法陣が現われる。

 

「闇よ来たれ、我が求むは骸骨の戦士、スケルトンウォーリアー」

 

魔法陣から右手に剣を、左手に盾を装備した骸骨が這い出してきた。

 

「ウォタラ!」

 

 ワッカは骸骨兵に水属性魔法の刃をぶつける。水の刃は骸骨の背骨を切断した。

 

「何、今の!?水属性魔法?」

 

「そうだぜ?リーン…あっ!」

 

スピラの魔法に関する説明がリーンに対してまだであったことにワッカは気付く。そんな彼の様子に気付いているのか否か、リーンが言葉を返す。

 

「色々聞きたいことはあるけど…、今のじゃダメよ」

 

「え?」

 

 ワッカはリーンの言葉の意味にすぐ気付く事になる。斬られたハズの骸骨兵がゆっくりと動き出し、斬られたハズの背骨を再生させて襲いかかってきたのだ。

 

「マジかっ!」

 

「光よ来たれ、輝く連弾、ライトアロー」

 

 リーンが魔法を唱えて応戦し始める。現われた光の矢が突き刺さった骸骨兵は、そのままガラガラと音を立てて崩れ落ちた。

 

「アンデットが光属性に弱いのは知ってるでしょう?」

 

「お、おう…そう、だったな」

 

 戸惑いながらワッカはリーンに言葉を返す。敵の弱点魔法を教える彼女の姿は、まるでルールーのようで懐かしくも思えた。

 しかしそんな感傷に浸っている余裕は無い。その間にも完助の魔法陣から新たな骸骨兵が出陣してきているからだ。ワッカは急いで対策を考える。「ホーリー」が頭に浮かんだが、ザコ敵単体に使うにしては消費する魔力が大きすぎる。結局、リーンが使った魔法を猿マネすることにした。

 

「光よ来たれ、輝く連弾、ライトアロー」

 

猿マネとは言え、魔法を使った戦いに慣れているワッカの技だ。リーンの魔法と同じように骸骨兵を倒すことが出来た。四天王も骸骨兵に(あらが)うが、光属性では無い彼らの攻撃では意味が無い。

 

「面倒ね。まとめて倒しちゃいましょう」

 

 そう言ったリーンの足下に魔法陣が現われる。魔法陣はみるみる大きくなっていき、庭全体を包み込む程に広がった。

 

「光よ来たれ、輝きの追放、パニッシュ」

 

彼女の詠唱と共に、辺りにいた骸骨兵が一瞬にして塵と化した。

 

「すっげええへへええええ」

 

ワッカが感嘆の声をあげる。四天王も唖然としていた。

 

「ワオ、アンビリーバボー!光属性の浄化魔法デスねガール?流石デース!でも…」

 

 完助は賞賛しつつも、真玄を自分を守るように操った。真玄は目の前の四天王を牽制するかのように刀を構えている。

 

「御屋形様!どいてくれ!」

 

「無駄デース、山県ボーイ。御屋形様はもう、ミーの思い通りデース!ユー達が御屋形様に刃を向けられ無いのは知ってマース。つまりミーには…」

 

「ブースト!」

 

 一閃。身体強化(ブースト)の魔法をかけたワッカが、ミヘン・セッションにてルッツにしたのと同じように、真玄の顔面を殴りつける。バキッと音を立てて面が割れ、殴り飛ばされた真玄は動かなくなった。

 一瞬の出来事に、四天王も完助も驚きの目をワッカに向ける。

 

「小僧、お前……」

 

「いや、オレは真玄(コイツ)に何も思うところはねえからな」

 

「そうでしょうけど…、私達の気持ちも考えて下さいよ…」

 

「バカヤロウ!!」

 

 異議を唱える内藤に対し、ワッカは大声をぶつける。

 

「お前達はココに何しに来たんだよ!?完助に忠誠を誓いにか?違うだろ!?」

 

彼はユウナのガード時代を思い出しながら言葉を続けた。

 

「正直よ、お前達の気持ちは分からんワケじゃねえ。オレにも同じようなことがあった。でもよ、オレぁ気付いたんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことによ!お前達は完助をとっちめるためにココに来たんだろうが!ならよ、相手が誰だろうとンなこと問題じゃねえ!自分が戦う理由のために全力を出しゃあ良いだけだ!!そうだろ?」

 

 ワッカの怒号に対し、四天王は一瞬返す言葉を失う。しかしその言葉は、3人の胸に熱く響いていた。

 

「確かに、ワッカ殿の仰るとおりです…」

 

「ワッカの言うとおり、オレたちゃ完助をぶちのめしに来たんだったな…」

 

「この歳になって小僧に教わることがあろうとは…。人生何があるか分からんな!」

 

内藤も山県も馬場も、口を揃えてワッカの言葉に同意した。

 

「ハ~イ、説教タイムはそこまでデース!」

 

 完助が拍手をしながら口を挟んでくる。

 

「なかなかやりますねワッカボーイ!しかし、ミーにはまだコレがありマース!」

 

そう言って彼は左目の眼帯を外す。その下には、赤く光る宝玉が埋め込まれていた。妖しく禍々(まがまが)しい、赤い光を放っている。

 

「この義眼がある限り、ミーが死ぬことはありまセーン!」

 

「その宝玉で、鬼面兵を操っていたのね?」

 

「ザッツライト!」

 

「なるほど…つまりアレが『トゥンの黙示録』ってワケね」

 

「絶大な魔力と不死の力を与えてくれる素晴らしい宝玉デース!コレがある限りミーは…」

 

「アポーツ」

 

 魔法を唱えたワッカの手元に、完助の左目にあったはずの「トゥンの黙示録」が握られていた。

 

「ワオ!?いつの間に…」

 

完助は慌てふためきながら、空洞になった左目を押さえる。

 

「手癖が悪いのね?」

 

「おい!言葉をつつしめよ」

 

「それ、貸してみて」

 

 ワッカはリーンの要望に答え、「トゥンの黙示録」を手渡す。

 

「ダメねこれは。持ち主の心を操る呪いがかかっているわ」

 

「そんなことが分かるのか?」

 

「妖精族の眼をナメないでよね」

 

そう言いながら、リーンは黄金色の瞳でワッカを見つめる。

 

「アーティファクトはとても貴重な物だけど、これは破壊した方が良さそうね」

 

「うし来た!」

 

 ワッカはリーンから受け取った「トゥンの黙示録」を地面に置いた。

 

「ノウ!ンノ~ウ!!ソレを返してくだサーイ!ワッカボーイ!!!」

 

「ブースト!」

 

 完助の制止には耳も貸さず、ワッカは「トゥンの黙示録」を思い切り踏みつける。武田に災いを振り撒いたアーティファクトは、彼の手、否、足によって粉々に砕け散った。

 

「ノ~ウ!!アンビリーバボー!!アンビリーバボー!!」

 

 完助は絶叫をあげながら地面に倒れ伏す。

 

「アンビリー…バボー………」

 

彼の体は徐々に干からびていき、やがて塵となって、風に吹かれて飛んでいった。

 同時に真玄や他の倒れた鬼面兵の体も、同じように塵になって飛んでいく。

 

「こりゃあ、どういうことだ…?」

 

「元々、山本完助の身体はすでに死んでいたんでしょう。魔力を始めとした身体の力をあのアーティファクトに吸い取られていたのでしょうね」

 

 山県の疑問にリーンが答える。

 

「とにかく、これで終わったんですよね?」

 

「マダだ!!」

 

 安堵する内藤に対し、ワッカが大声を返す。他の皆も、まだ敵がいるのかと身構える。

 そんな彼らの元に、ヒュウウゥゥゥと風を切って何かが向かってきていた。

 

「よっと!」

 

ワッカはジャンプしながら、何かもといブリッツボールをキャッチした。

 

「何だ…、驚かさないで下さいよ」

 

「わりいわりい、ドコから飛んでくるか分からなかったからよ。他の誰かがケガしねえためにも…」

 

「ありが…とう……」

 

 謝るワッカの耳元に、何者かの礼を言う言葉が聞こえてきた。

 

「んあ?誰か何か言ったか?」

 

「今の声は、完助…だな……」

 

「はあ!?こっわ!!」

 

馬場の発言にワッカが戦慄する。

 

「いや、今のアイツは怖がらせるためで無く…」

 

「こえぇよこえぇ!サッサと引き上げるぞ!!リーン!」

 

ワッカは急いで「ゲート」を開き、逃げ帰ってしまった。

 こうして、ツツジガサキの館の戦いはワッカが勝利を収めたのだった。




 「この話の主人公ワッカじゃ無くて良くない?」って展開がこの所続いていたので、久しぶりにワッカにしか出来ない活躍が描けてホッとしました。

 完助とリーンの攻防は原作にあった展開なのですが、アニメではカットされていました。ヒロインの数少ない活躍シーンを削っていくのか…。


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戦の後、そして海。あとブリッツボール。

 前回、タイトルを入れ忘れたまま話を投稿してしまい、申し訳ございませんでした。



 ツツジガサキの館での戦いから一夜が明けた。この日からワッカ達は、徳川領の復興作業に力を貸していた。 

 武田の領地も疲弊していると聞き、ワッカは助太刀を申し出たのだが、それは家泰に止められた。

 徳川の客人であるワッカが武田に手を貸したと言うことは、徳川が武田に手を貸したのと同義である。「武田に攻められていた側の徳川が武田に手を貸した」という事実だけで、これから両者の間で行われる和平の会談に当たっては十分な交渉材料である。逆にこれ以上武田に手を貸すことは、他の領主から「徳川の領主は甘い男だ」と舐められることに繋がりかねない。

 ワッカとしては余り納得いかない言い分ではあったが、八重の父親が仕えている領主にとってマイナスとなることは避けるべきだ、と考えてキッパリ諦めることにした。

 

 そしてワッカにはもう一つ、大変なことが待ち受けていた。それはリーンに対してスピラの呪文についての説明をしなければならないことである。

 長い詠唱が必要なこの世界の水属性魔法に対し、スピラの水属性魔法は「ウォータ」「ウォタラ」「ウォタガ」で十分である。

 このことについて、リンゼに対しては「自分の故郷ではこれで良かった」という安易な説明で済んでいたのだが、リーンは簡単には納得しなかった。彼女は「そんな場所は聞いたことが無い」と主張したのだ。流石に600年以上生きている賢者には厳しい説明だったのだが、ワッカにはそれ以上の説明は出来なかった。

 話が長引くにつれ、「ワッカの故郷はドコなのか」「なぜ故郷に『ゲート』で帰れないのか」といった、異世界に来て最初にしたやりとりまで(さかのぼ)ることになってしまう。最終的には、ワッカが説明に四苦八苦している様子を見たリーンが「ワッカ自身にも説明できないことなのだ」と納得して終了、ということになった。

 

 三日後、戦の舞台となっていたカワゴエの砦にて両者の和平会談が行われる事になった。武田は徳川に対し多額の賠償金を支払わねばならず、その上で領地もある程度受け渡さなければならない。そんな重苦しい話題が飛び交うことになる会談に対し、ワッカは口を挟むつもりは無かった。ただ、会談を行うに当たって武田四天王がやって来るとのことだったので、最後に挨拶だけでもしていこうと思って砦で待っていた。

 

「小僧!元気にしてたか?」

 

 ワッカの姿を見た馬場信晴が声をかけてきた。後ろには内藤正豊と山県政景の姿もある。

 

「おう!馬場の爺さんも元気そうじゃねえか!」

 

「おかげさんでな」

 

ワッカは馬場と握手を交わす。

 

「悪かったな。お前達の復興の手伝いしてやれねぇでよ」

 

「気にするな。色々大変なのは事実だが、元はと言えば武田(こちら)が撒いた種。自分達で始末を付けるのがスジと言うものだ」

 

 そう言葉を返されたものの、ワッカとしてはやはり武田のその後が気になっていた。

 

「なあ、武田はこの後どうなっちまうんだ?」

 

「これから行われる会談については終わってみるまで分からんが…、新しい領主なら決まったぞ」

 

「アンタか?」

 

(わし)はそんな身分では無い」

 

馬場が笑って否定した。

 

「新しい領主は、真玄様の長男である武田克頼(たけだかつより)様です」

 

 答えを内藤が引き継いだ。

 

「オヤシロサマ、だかに子供がいたのか?」

 

御屋形様(おやかたさま)、だろ?高坂が(かくま)ってたんだとよ」

 

山県がツッコミを入れた。

 

「高坂…?どっかで聞いた名前だなあ」

 

「儂らと同じ、武田四天王の1人だ。武田に手を差し伸べるよう徳川に依頼した張本人であり、椿の主人でもある」

 

「ああ、ソイツだソイツ!今日は来てねえのか?」

 

「領主の引き継ぎ作業に追われていて、来ることが出来ませんでした。会談には我々3人が臨みます」

 

「そっか…。思えば、高坂ってヤツには会ったことが無かったなあ」

 

「いずれ会う機会もあるだろう。良いヤツだから仲良くしてやってくれ」

 

 馬場がそう言った後、ワッカに内藤が尋ねた。

 

「ワッカ殿はどうして(ココ)に?会談に参加されるのですか?」

 

「いや、オレはアンタ達が来るって聞いたから顔を見に来ただけだ。徳川での手伝いも終わったし、そろそろ出発しようと思ってる」

 

「ちなみに、どちらへ?」

 

「ニルヤの遺跡っつー場所だ」

 

「おお!そこなら行ったことがあるぞ!」

 

 そう答えたのは馬場だった。

 

「本当か?ならお願いがあるんだなぁ~」

 

「記憶を渡せ、と言うのだろう?小僧には色々と世話になったからな。ワケも無い」

 

「ありがとよ~!」

 

 ワッカは馬場から「リコール」でニルヤの遺跡への記憶を貰い、3人に別れを告げて八重の実家に「ワープ」で向かった。

 八重の実家の道場では、ワッカの仲間達と、八重の父、母、兄、従者の綾音が彼の帰りを待っていた。

 

「お別れは言えましたか?」

 

「ああユミナ、バッチリだ!それとリーン。馬場の爺さんからニルヤの遺跡への記憶を貰ってきたぜ!すぐにでも行けるぞ」

 

「そう。ソレは朗報ね」

 

 リーンはそう返した後、小声で呟く。

 

「ワッカって相手がお爺さんでも平気で『リコール』出来るのね。何だかつまらないわ…」

 

「何がつまらないんですか?」

 

「いや、別に?」

 

下らない呟きを近くにいたリンゼに聞かれてしまったので、リーンは誤魔化した。

 

「では父上、母上、それに兄上と綾音も、行って参ります」

 

 八重が家族に別れを告げる。

 

「ああ、気をつけてな」

 

「ワッカさん、娘をよろしくお願いしますね」

 

「おう!任しといてくれ!」

 

八重の母親である七重からの挨拶に、ワッカはサムズアップで答える。

 

「今度来たときは、八重の家族達もオレの屋敷に招待すっからな」

 

「楽しみにしているよ」

 

 各々別れの挨拶を済ませ、ワッカは「ゲート」を開く。魔法の門に消えていく娘一行の姿を、八重の家族達は手を振って見送るのだった。

 

 転移した先に広がっていた光景は、ドコまでも広がる青い海と白い砂浜だった。ココはイーシェンの島津領の海岸から200メートルほど海を隔てた先にある孤島である。海の向こうに小さく見える森と馬場からの説明によって、ワッカもその状況は理解していた。

 

「わああ、綺麗ですねえー」

 

 ユミナが白い砂浜と青い海に目を奪われている。

 

「海なんて久しぶりねー」

 

「そうだね、お姉ちゃん」

 

 双子も嬉しそうに砂浜を歩き出す。

 八重は草履と足袋を脱いで、裸足で砂浜を駈け出そうとして「熱い!」と悲鳴を上げる。空からは太陽の光がまぶしく降り注いでいる状態なのだから当然である。

 リーンはドコから取り出したのか、黒い日傘を差しながら優雅に砂浜を歩き出す。そんなご主人様の後を、ぬいぐるみのポーラがはしゃいだ様子で追いかけていく。

 ビャクティスは砂浜の上を歩きにくそうにしている。神獣だけあって熱い砂の上を素足なのは平気なようだが、それでも生物学的な歩行の得手不得手はあるらしい。

 

「ああ、ホントに久しぶりだ…」

 

 一方のワッカは感慨深い気持ちに浸りながら砂浜を歩いていた。

 彼の故郷はビサイド島という名前の島で、砂浜と海という光景は見慣れたものであった。よく海岸でビサイド・オーラカのメンバー達とブリッツボールの練習に打ち込んだものである。

 しかし彼はこの異世界に来てから、海には一度も行った経験が無かった。異世界(ここ)に来てからどれ位の月日が経っただろう。2年以上は経っていないのだが、それでも故郷を思い起こせる光景を目にすることが出来たのは本当に久しぶりだった。

 そんな感傷に浸りながらも、彼は目的を忘れたワケでは無い。

 

「なあリーン。ニルヤの遺跡は海の中って話だったな?」

 

リーンに追いついたワッカが問いかける。

 

「そうね」

 

「水中を呼吸出来る無属性魔法とか無えのか?」

 

「水の上を渡る魔法ならあるけどね。水中で呼吸出来る魔法は…、あったような気もするけど名前は覚えてないわ。興味なかったし」

 

「おいおい、そこが大事なトコだろうよ…」

 

 そんな会話をする2人の先では、双子と八重とユミナの4人が打ち寄せる波と(たわむ)れていた。嬉しそうな皆の様子を見て、ワッカも自然と笑顔になる。

 

「あーあ、これで水着とかあれば最高なのに」

 

「お、水着あんのか?」

 

「店に行けばあると思いますよ」

 

リンゼがそう答えた。

 

「うし!じゃあこの海で今日は一日遊ぶとするかぁ?」

 

「「「「やったー!!!!」」」」

 

 ワッカの鶴の一声に、女性陣が嬉しい悲鳴をあげる。

 

「良いよな、リーン?別に急いでるわけでもねえしよ?」

 

「そうね、悪くないわ」

 

リーンも口元に笑みを浮かべて答える。足下ではポーラが嬉しそうに飛び跳ねていた。

 一行は一旦王都の屋敷に戻り、海で遊ぶ準備に取りかかる。女性陣が水着を買いに行っている間、ワッカは屋敷の使用人達を誘うことに決めた。

 

「海、ですか?」

 

「わあ~、いいですね~」

 

「セシル姉ちゃん、海って何だ?」

 

 メイドトリオからは嬉しそうな反応が返ってきた。諜報員も海で遊ぶ事を喜ぶモンなのか、とワッカは意外に思う。そんな彼の思いなど知らずに、3人も水着選びに出かけて行った。

 

「旦那様の誘いでしたなら、喜んで参加いたしましょう。最も、私は泳ぎませんが」

 

 家令のライムからは事務的な反応が返ってきた。とは言っても嫌そうな様子は微塵も感じられなかったので、参加ということになる。

 

「皆様のため、腕を振るって料理をご用意いたしましょう」

 

「では私は妻の手伝いを。庭師は海では活躍出来ませんからな」

 

 フリオとクレアの夫妻も参加することに決定した。

 残念ながら、屋敷を完全に留守にするわけにはいかない。警備のトムとハックは問答無用で留守番である。今度何かの形で埋め合わせをしようとワッカは考えた。

 

「あとはそうだな~。スゥも誘うか!」

 

 そう思い立ったワッカは公爵邸へと「ゲート」で向かった。

 

「イーシェンの海か!いいね!行こう!」

 

「父上!誘われたのはわらわじゃぞ!」

 

(スゥシィ)に負けないくらいテンションを上げている公爵から、このあと衝撃の一言が…。

 

「よし!兄上も誘おう!」

 

「は?」

 

 ワッカは言葉を失う。公爵夫婦とスゥシィは予定に入っていたが、まさか国王である兄を誘う気になるとは想像していなかった。とは言え断る理由も見つからないので、彼は仕方なく王城への「ゲート」を開く。

 

「イーシェンの海か。アルのやつ、中々気が利くじゃないか!」

 

「おいおい!アンタ国王だろうがよ…。仕事はどうなってんだ仕事は!!」

 

「いや何。今日は午後からの予定がポッカリと空いていたのでな。丁度良かった」

 

「お労しや国王(あにうえ)…」

 

そんなわけで国王と王妃も参加する事になった。

 

「儂も陛下の警護としてついて行くぞ!無論、儂も楽しむつもりだがな。ハッハッハ」

 

というわけでレオン将軍も追加である。

 公爵家には家令のレイムも一緒するとのことなので、締めて19人(+ビャクティスとポーラ)の大所帯となってしまった。

 頭を抱えるワッカだったが、せっかく海で楽しむなら大勢の方が良いと思い直すことにした。楽しいパーリィはまだまだこれからである。




 神国イーシェン編はもう少しだけ続きます。あと2話くらいかな?その後、最終章となります。


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海辺の皆、そして潜水。あとブリッツボール。

 この作品のUA数(閲覧数)を確認してみたら、なぜかバルサ伯爵の事件解決の話が他と比べて多くなってて笑った。そんなに探偵ごっこが好きになったのか?ウルトラマン…。


 メンバーが確定した後、ワッカは着替えを行うためのテントやパラソル、レジャーシート、バーベキューを楽しむための食材やコンロ等を海へと運ぶ作業に取りかかった。

 

「せっかく私が参加するのだ。中々お目にかかれない豪華な食材を持って行こう!」

 

国王が上機嫌でそう言った。

 

「期待して良いのか?」

 

「今日のバーベキューに使う肉はドラゴンの肉だ!良いだろう?」

 

「マジかよ!?イヨッシャァ!!」

 

 ワッカのテンションが一気に上がる。ミスミドでのドラゴン討伐の際、彼は仕留めたドラゴンの肉を食べそびれていたので、異世界でドラゴンを食すのは初めてになる。高級食材だという話を聞いているので期待は膨らむ一方だった。失礼な話だが、この話を聞いて初めて国王を誘って良かったと思ったほどである。

 物品の搬入が終わった後の仕事は、クレアを始めとした使用人達の役割である。ワッカ一行や王族達は自由行動だ。他の人は各自で水着を持っているようだが、ワッカには必要無い。彼の着ているビサイド・オーラカのユニフォームは水陸両用なのだ。

 ワッカが波打ち際で準備体操をしていると、後ろから声をかけられた。

 

「何の踊りをしてんのよ?」

 

エルゼだ。赤と白のボーダーラインの水着を着ていた。隣には、青と白のボーダーラインの水着を着たリンゼも立っている。彼女の方は、上にパステルブルーのパーカーも羽織っていた。

 

「踊りじゃ無くて準備体操だっ!泳ぐ前の準備体操は生活の基本だろ?」

 

「なるほどね。ま、そういうことにしときましょ」

 

「そういうことって何だよ?お前らもしっかりやっておけよ?」

 

「はあい」

 

エルゼはそう答えて準備体操を始める。リンゼはそんな姉の様子をただ見ているだけだった。

 

「リンゼもやっとけって」

 

「あ、私は泳ぎませんから…。砂浜で本でも読んでます」

 

 その言葉通り、彼女は海へと駆けていく(エルゼ)の姿を見送った後、砂浜へと戻っていった。

 

「お、エルゼ殿が一番乗りでござるか?拙者も続くでござる!」

 

 薄紫色のビキニを着た八重がリンゼの代わりにエルゼの後を追いかけていった。この時初めて、八重が結構な巨乳であったことにワッカは気付く。いつもはサラシを巻いた上に和服を着ているので目立たなかったのだ。しかし、ワッカはそんなことで動揺しない。スピラでは露出度の高い服を着た女性など山ほどいるので、彼にとっては見慣れているのだ。それに男ワッカさんは、女性を胸の大きさで判別したりはしない。

 

「ワッカさん」

 

 次に声をかけてきたのは、フリルの付いた白いビキニを身につけたユミナだった。その場でくるりと一回転し、ワッカに水着を見せつける。

 

「似合ってますか?」

 

「良いじゃねえか。似合ってるぜ」

 

ワッカは思ったままを口にした。

 

「えへへ。ありがとうございます!」

 

「やっぱ王女様ともなると、高級感のある水着を着るんだなぁ」

 

「ワッカさん、一緒に泳ぎませんか?」

 

 ユミナにそう誘われたワッカだったが

 

「わりいな。海底にある遺跡を探さにゃならねえからよ」

 

とヤンワリと断った。23歳の彼にとって、10代前半のユミナと一緒に海で泳いで遊ぶのは流石に気が引けたからだ。

 しかし、ユミナはそんなことで諦める女性では無い。

 

「じゃあソレが終わってから!だったら…、良いですよね?」

 

「ん?あ~、まぁ…」

 

ワッカとしても、そう言われてしまうと良い断り方が思いつかなかった。

 

「いいぜ。遺跡を探した後だったらな」

 

「分かりました。じゃあ終わったら必ず来て下さいね?」

 

 そんな約束を交わしていると、またしても別の2人に声をかけられた。

 

「ワッカ!」

 

「ワッカ兄ちゃん!」

 

 スゥシィとレネのちびっ子コンビだ。同年代と言うこともあってか、2人は初対面であったのにも関わらず、もう仲良くなっているらしい。レネが「ワッカ兄ちゃん」呼びなのは、オフだからだろう。バーベキューの準備を手伝っていないのは、公爵の娘であるスゥシィの護衛をしているのか、それとも大人達が「子供は遊んでおいで」と優しさを見せたのか。恐らく後者だろうとワッカは思った。

 

「スゥ様~、レネちゃ~ん、私もまぜて~」

 

 その理由がやって来た。エメラルドグリーンの水着を着たセシルだ。彼女が2人のお守り役らしい。今回のメンバーの中で最大級の巨乳だったが、ワッカはそんなことは気にせずにスゥシィとレネに注意を促す。

 

「いいか?スゥ、レネ。楽しいからってアブねえことするんじゃねえぞ。溺れたりしたらおっかねえからな。大人の言うことをしっかり聞くんだぞ?」

 

「分かってるのじゃ!」

 

「うん!行ってくるね、ワッカ兄ちゃん!」

 

 ワッカの言いつけを耳に入れて、2人は海へと入っていった。ユミナとセシルも後を追う。

 

「あり?なんだかセシル、普通に楽しんでねえか?」

 

 海で遊ぶ4人を見ながら、ワッカは(いぶか)しがる。セシルはベルファスト王国の諜報員「エスピオン」の一員である。公爵の娘であるスゥシィと王女のユミナが近くにいる今、彼女は間違いなく仕事の最中だろう。だが今の彼女の様子はどう見ても、年下3人と一緒になって海を楽しんでいるようにしか見えない。

 ミスミドの王都までワッカ達の後を追ってくるガッツがあるのだから、仕事をほっぽり出すタイプで無いのは確かだ。演技なのかとも一瞬考えたが、彼女は仕事と遊びを両立出来るタイプなのだろうとワッカは結論付けた。

 

「ん…あそこにいるのって?」

 

 日差しの照りつける海には似合わない真っ黒な服を着た2人組をワッカは発見する。その2人組は双眼鏡を手にして、4人を岩陰から見守っていた。

 

「な~にしてるんスか?」

 

「スゥ様の安全を監視しております」

 

「同じく姫様の安全を監視しております」

 

 ワッカの質問に、レイムとライムの家令兄弟が答えた。こんな場でも、2人は真っ黒な礼服を着たままである。

 

「公爵や国王は良いのかよ?」

 

「あのお二人には将軍が付いておりますので」

 

ライムが答えた。

 肝心の公爵と国王は、遠くの岩場で競泳を楽しんでいる。護衛役のレオン将軍も確かに一緒だったが、彼もセシル同様、普通に競泳を楽しんでいるようにしか思えない。仕事と遊びを両立出来るタイプ…、にはどうしても思えなかった。

 ベルファストの王族達がユルユルなのは元からだと思い出し、ワッカは放っておくことにした。最初はドコに潜ろうかと当たりを付けつつ波打ち際を歩いていると、日傘を差しているリーンと準備体操中のポーラを発見した。

 

「え?ポーラって泳ぐのか?」

 

 赤と白のボーダーラインのタンク・スーツを着たポーラが「あたぼうよぉ!」とでも言いたげに胸を叩いた。

 

「伊達に『プロテクション』をかけてるわけじゃ無いわ。防水だってバッチリなんだから」

 

白いレースをあしらった黒色のアダルティな水着を着たリーンが言葉を返した。

 

「で、ワッカは散歩中?」

 

「いや、遺跡を探すのにドコから潜ったら良いモンかなぁと」

 

「具体的な場所が分からないなら、ドコから潜っても一緒でしょ?そんなこと考えて歩いてる時間が無駄じゃない」

 

「た、たしかに…」

 

 リーンの正論にたじろいでいるワッカの足下では、波に押し戻されたポーラが砂浜にひっくり返っていた。防水はバッチリでも、他の要素が足を引っ張っているらしい。

 もう1匹のマスコットキャラクターであるビャクティスはと言うと、テントで昼寝中である。やはり小さい身体のまま砂浜を歩くのは億劫(おっくう)なようだ。

 

「じゃ、ひとまず泳いでみるとしますかね」

 

 そう言ってワッカはその場で海に飛び込んだ。イーシェンの海は透明度が非常に高く、遥か先の水中の様子が見て取れた。無論、水底の様子も丸見えである。

 元ビサイド・オーラカの選手兼コーチであるワッカの本領発揮である。この異世界の常人にはマネできない潜水時間で、海の底をひたすら探す。

 が、流石に一回で発見出来るほど甘くはなかった。息継ぎを挟み、3回目の潜水でそれらしき物体を発見した。ワッカは一旦海上に浮上し、大きく息を吸う。そしてターゲットの詳細を確かめるために再び海中に潜り始めた。

 確かにソレは遺跡だった。様々な形の巨石群が、いかにも神殿のような形の小さな建物を囲んでいる。が、問題はその遺跡が海中に存在する深度である。ブリッツボール選手のワッカが息継ぎをせずにギリギリたどり着けるかどうかの瀬戸際と言える深さにあるのだ。ワッカはもう一度浮上し、呼吸を整える。

 

「うし!!」

 

 意を決してワッカはダイブを開始する。当たり前の話だが、浮上する分の余力を残した状態で探索は終了しなければならない。ブリッツボール選手である彼には、自分の水中にいられる限界は手に取るように分かる。気合いで何とか建物まで辿り着いたが、その入口にあったのは地中へと続く深いトンネルであった。先は真っ暗で、ドコまで続いているのか見当も付かない。

 階段を見たワッカは、素潜りでの探索を諦めることにした。旧王都に存在していた地下遺跡のような深さの階段だったならば、流石に息が保たない。仮にそこまでの深さじゃなかったとしても、階段を下りた先に待つものも分からない状態で、息の続く瀬戸際の冒険をするほどワッカは愚かではなかった。

 

「ぷはぁ!!あぁ!クソッ!」

 

 浮上したワッカは思い切り海面を叩いた。バシャンと水しぶきが上がる。潜水には自身があっただけに、強い悔しさが心の中を満たしていた。しかし、彼に不可能ならば他のメンバーにも遺跡の探索は不可能である。何か別の手段を考えるしかなかった。

 悔しさとむなしさに(さいな)まれながら、ワッカは砂浜に戻った。周りには他のメンバーの姿が見当たらない。島の範囲内ではあるものの、テントを建てた場所からは大分遠くまで来てしまったようだ。

 その代わりと言わんばかりに、1人の男性が営む露店の姿がワッカの目に映っていた。




 前回の後書きに「神国イーシェン編はあと2回」と書きましたが、次の話じゃ終わらないかもしれません。とりあえず、次回の前書きで報告します。


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露天商、そしてバーベキュー。あとブリッツボール。

 やはり、今回で「神国イーシェン編」を終えることは出来ませんでした。神国イーシェン編は、今回も含めてあと2回です。


 海底にある遺跡の探索を諦め、砂浜に戻ったワッカの目の前に、1人の男が露天商を営んでいた。車輪が付いているリヤカータイプの屋台の上では、茶色い麺類のような食べ物が鉄板の上で焼かれていた。

 

「どうしたい兄ちゃん!ずいぶん悔しがってたじゃないか?」

 

 露天商の男がワッカに声をかけてきた。黒い半袖シャツの上に黄色いアロハシャツを羽織っていて、下には白い半ズボンを穿()いている中年男性だ。

 

「見てたのか!?」

 

「いきなり海中から出てきたモンだからなぁ。そりゃ目にも付くさ」

 

「んまあ、そうだよなぁ…」

 

見られていた事に関しては怒りと言うより恥ずかしさを感じていた。海面を叩いて悔しがっていたワッカの姿は、(はた)から見れば大人げない姿だっただろう。

 

「何があったんだい?」

 

「色々だよ、色々」

 

「さては、『ニルヤの遺跡』を探そうとしてたんじゃねえのかい?」

 

 露天商の中年男にズバリ当てられ、ワッカはドキリとする。

 

「…知ってたのか」

 

「ココに遺跡があるってのは知ってたさ。んで、海から上がるなり悔しそうな仕草をしてりゃぁ大体の見当は付くってモンよ。まあ、魚を逃したとか他にも色々思いつかねえワケじゃねえけど、後は(かん)だな」

 

「ハァー、人をコケにしやがって…」

 

「ああいや、ゴメンよ兄ちゃん。別に怒らす気は無かったんだ」

 

 男は詫びの言葉を口にしつつ、自分が焼いている食べ物に目を向ける。

 

「どうだい兄ちゃん。水に潜るのは疲れるだろ?しょっぱいモンとか欲しいんじゃねえかい?」

 

「ソレを買えってのか?」

 

「まあ一応、私も商売人だからね」

 

「何なんだそりゃ?」

 

「麺に甘塩(あまじょ)っぱい特製ソースを混ぜて、鉄板でアツアツに焼いたモンだよ。海で遊び疲れた時には、しょっぱいモンが恋しくなるだろ?」

 

男のセールトークに心を惹かれたワッカだったが、すぐにドラゴン肉のバーベキューを思い出した。

 

「あー、わりいな。これから別のモン食う予定があるからよ」

 

「そうかい。そりゃ残念」

 

「つーか、今金もってねえんだ」

 

実際泳ぐのにジャマだったので、ワッカは現金を屋敷に預けて海に来たのだった。

 

「ありゃりゃ、無い袖は振れねえわな」

 

「そーだな、ハッハッハ」

 

 男の聞き心地の良いトーク術により、ワッカの抱えていた悔しさはいつの間にか消し飛んでいた。

 

「しっかし兄ちゃん、良い体してんねえ!冒険者かい?」

 

「おお、正解だ!」

 

「ひょっとして、誰かを助けた後だったりして?」

 

「またまた正解だ!…って、何で分かるんだ?」

 

「イヤイヤ、単なる勘だよ。カ・ン」

 

男はカラカラと笑う。

 

「中々鋭いな、アンタ。ま、オレの仲間の家族がちょっくらピンチだったモンでな。色々大変だったけど、無事終わって良かったよ」

 

「ひょっとして、武田と徳川の(いくさ)がらみかい?」

 

 男がもう何度目かも分からない的中をしてきたので、流石のワッカも少し不気味に感じてきた。

 

「な、なあアンタ…。勘だけでそこまで分かるモンなのか?まさか、オレをストーキングしていたワケじゃ無いだろうな?」

 

ワッカは(いぶか)しがった。ストーカーはラピスとセシルだけで十分だ。

 

「おいおい、そう怖がんねえでくれよ…。確かに勘ってのもあるが、武田と徳川の戦が終わったって話は、最近のイーシェンで最も大きな話題さ。『知り合いがピンチ』なんてワードを聞きゃあ、自然と頭に浮かぶってモンよ」

 

「ああ、なあんだ。そう言うことかい!」

 

 男の種明かしを聞き、ワッカはホッとする。

 

「商売人にとって、情報ってのは武器だぜ?武田と徳川が戦してるなんて情報を聞いたなら、そこで店出すワケにはいかねえ。だから島津領(ココ)で店出してんのよ」

 

「ナルホドなあ。商売人ってのも色々考えなきゃなんだな」

 

 ブリッツボール選手→ユウナのガード→ギルド所属の冒険者という職歴のワッカにとって、商売人の苦労というのはイマイチ想像しにくかった。

 

「私みたいな流浪(るろう)の商売人ってのは特にな。しっかしアレだな。武田の領地での商売はしばらくダメだな。色々黒いウワサが絶えねえからよ」

 

「へえ~」

 

 男の言う「黒いウワサ」の正体をワッカは全て知っていたが、あえて口には出さない。もう終わった事だったし、新しい領主を迎えて再起を図る武田のジャマをするのはナンセンスだと思ったからだ。

 

「徳川との戦が終わったと思ったら、今度は()()()()()()()()()()()だってよ」

 

「……は?え?」

 

 ワッカは言葉を失った。「ツツジガサキの館が全焼」なんてビッグニュースは、今朝会ったばかりの武田四天王からも聞いていない。知っていたならば、彼らはワッカに伝えたハズである。

 

「ああ、驚くのも無理はねえよ。今日入ったばかりのホヤホヤな情報だからな。幸い、死者は出なかったそうだ」

 

ワッカの心情を察したかのように、男は付け加えた。

 

「あ、ああ、そうだったのか…」

 

一応の納得は得られたワッカだったが、衝撃的な情報に体の力が抜けてしまい、言葉に覇気が入らなかった。

 

「どうしたい兄ちゃん?ずいぶん驚いてんじゃねえか。ツツジガサキの館に何か思い出でもあったかい?」

 

「え?いや、まあ以前行ったことがあったからな。ちょっとショックでよ」

 

「そうだったのか」

 

「しかしスゲえな、アンタの情報収集はよ」

 

「情報は新鮮なものに限る!古い情報なんざ、出汁を取った後のにぼしみたいなモンよ」

 

そう言って男は再びカラカラと笑うのだった。

 

「あ、いたいた!ワッカさ~ん!」

 

 その時、ワッカの耳に聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

「あっ、ユミナ!」

 

声がした方向を向いて、ワッカは大きく手を振る。彼の言うとおり、声の主はユミナだった。

 

「探したんですよ!私との約束、ちゃんと覚えてますか?」

 

 ワッカの元まで走ってきたユミナは、少し機嫌が悪そうだった。

 

「わりいわりい。遺跡は見つけたんだけどよ、中を調べんのは無理があってな。で、海から上がったら露天商のおっさんを見つけたんで、色々話してたってワケなんだ」

 

「ハッハッハ、中々元気そうなお嬢ちゃんだ」

 

2人の様子を見ていた露天商の男が軽快に笑う。

 

「あ、こんにち…わ……」

 

 挨拶をしようと男の方を振り向いたユミナの顔が青ざめた。

 

「お、おい?どうしたんだユミナ?」

 

後ろに隠れたユミナに服をギュッと握られたので、ワッカは驚いた。

 

「べ、別に何でも無い…です…」

 

「いや、お前がそんな反応するなんて初めて見たぜ?まさか、おっさんと知り合いか?」

 

「いえ!知りません!初対面です!!」

 

 どういう訳か、必死に否定するユミナ。

 

「嬢ちゃんの言うとおりだよ、兄ちゃん。私と嬢ちゃんは初対面だ」

 

彼女の言葉に、露天商の男も同意する。

 

「もしも会ったことがあるなら覚えているハズだよ…。こんなに綺麗なオッドアイを目にしていたのならね…」

 

 屋台の火を止めながら言葉を続ける男の様子が少し変わったように感じ、ワッカは慌てて言葉を返した。

 

「ああ、わりいわりい!怒らなねえでくれ。ユミナ(コイツ)、普段はこんなんじゃ無えんだけど…、どうやら怒らせちまったみてえだな。約束破っちまって…」

 

「いやいや気にせんでくれよ、兄ちゃん!商売上、嫌われることには慣れてんでね。こりゃまたズイブン嫌われちまったみてえだな?兄ちゃんを取っちまったってよ!」

 

男は元の口調でカラカラと笑いだす。

 

「さ、嫌われちまったら即退散。これ、商売の基本ってモンよ!じゃあな、兄ちゃん、お嬢ちゃん!」

 

 店をたたみ終わった男は、屋台のリヤカーを引いて去って行った。

 

「おう!商売、頑張れよ~!」

 

「あんがとよ~」

 

「早く行きましょう、ワッカさん」

 

「うお、ちょ、ちょっちょ」

 

 ユミナに服を引っ張られ、ワッカは露天商が去って行く方向と反対に歩き始める。

 

「な、なあ、どうしたんだよユミナ?悪かったって!別に約束破ろうとしたわけじゃ…」

 

「違うんです、ワッカさん。本当に…」

 

 しばらく歩いて、ユミナは後ろを振り返る。露天商がいないことを確認した彼女は小声でワッカに話し始めた。

 

「ワッカさん。私の目のこと、知ってますよね?」

 

「あ、ああ。確か人の質を見抜くって…、え?まさか…」

 

「はい。あの男は悪人です」

 

彼女の言葉がそれだけで終わりじゃない事がワッカには分かった。

 彼の周りには悪人はいないものの、世の中に悪人は数多く存在する。彼女と初めて会ったときの事件の張本人であるバルサ伯爵も、彼女の目には悪人として映っていたに違いない。言ってしまえば、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな彼女が顔を見ただけで震えていたと言うことは…

 

「でも単なる悪人じゃありません。あんなにドス黒い悪は初めて見ました。初めて…」

 

ワッカの思考に答えるかのように、ユミナが声を震わせながら言葉を続けた。

 

「大体、ココは孤島なんですよね?そんな場所で露店を開いていること自体、変です」

 

「あ!確かに…」

 

ユミナの意見を聞き、ワッカは言葉を失った。どうしてこの異変に気付けなかったのだろう。

 

「…とにかく、早く皆と合流しよう」

 

 ワッカはそう決断し、彼女の手を引いてテントのある方へと急いだ。

 

 皆が遊んでいる砂浜に戻った2人は、急いで皆を集合させる。そして先程までの話を全員に聞かせた。

 露天商の男が近くにいる様子は感じられなかったものの、王族達が集まるこの場でもしもの事があっては一大事だ。慌てて帰る支度を済ませ、ワッカの「ゲート」で王城へと帰参する。

 しかし、そんなことで一番のお楽しみ(バーベキュー)を諦めるような国王では無かった。海でやろう、とは流石に言い出さなかったものの、「せめて城の庭でバーベキューを」と皆に切り出した。「ゲート」から不審人物が紛れ込んだ形跡は一切無かったし、食材等にはクレアを始めとした使用人達が始終付いていたので、危険は無い。というわけで、ドラゴン肉のバーベキューは王城の庭で行われる事になった。

 

「さあ皆の者。色々と大変だったが、安全性は確認できた。安心してバーベキューを楽しんでくれ!」

 

 国王の言葉で、バーベキューが始まった。

 

「う、うんめえ~!!」

 

コンガリ焼けたドラゴン肉の串を口にしたワッカが、美食屋のような声をあげる。

 

「何だこの肉は!?噛んでも噛んでも、後からうま味が溢れて来やがるっ!!」

 

「美味しいですね、ワッカさん!」

 

 先程まで怖がっていたのが嘘のように、ユミナも顔をほころばせる。

 

「美味しいでござるぅ~、幸せ~」

 

「あ、おい!あんまガツガツ食うんじゃねえぞ、八重!!」

 

「お代わりは沢山ご用意しておりますので、皆様遠慮無くどうぞ」

 

クレアが言葉をかけた。

 

「良いのか国王?八重(コイツ)、しこたま食うぜ?」

 

「わ、ワッカ殿!?恥ずかしいでござるよ!」

 

「はっはっは。遠慮はいらん。バーベキュー(コイツ)が一番の楽しみだったからな。沢山用意させたのだ!海で食べられなかったのは残念だが…」

 

「まあ兄上、そう言わず。こうして大勢で食べるのも楽しいじゃないですか」

 

「そうだな、アルよ」

 

 少し残念そうな様子を見せていた国王だったが、「皆で食べるのは楽しい」という言葉にウソは無いようだ。

 

「うま~なのじゃ~」

 

「美味しいね!スゥ姉ちゃん!セシル姉ちゃん!」

 

「はい~、美味しいです~」

 

 笑顔のスゥシィとレネを見ながら、セシルも笑顔で食事を進める。そんな彼女の横で食べているラピスの様子があまり楽しそうでは無かったので、ワッカは詫びの言葉を入れる。

 

「悪かったな、ラピス。こんなことになっちまってよ…」

 

「ああ、いえ。気になさらないで下さい、旦那様。私もセシルと交代で楽しんでましたので」

 

どうやら余計な心配だったらしい。

 

「そうだったのか?うかねー顔してたからよ」

 

「王女様があれほど恐れる男が現われた、となれば心配にもなりますので」

 

「あー、ナルホドな」

 

ワッカは納得する。

 じゃあセシルの方は気にしていないのかと言うと、そんな訳でも無いのだろうと彼は考える。彼女は仕事と遊びを両立出来るタイプだからだ。

 反対に両立出来てないのはレオン将軍である。ドラゴンの肉をほおばる彼の(こわ)ばった顔からは、心配なのもそうだろうが、海でバーベキューが出来なかったことに対する悔しさの方が有り有りと見て取れた。いい加減切り替えらんねえのか。

 

「それで、遺跡の方はどうだったの?」

 

 要らない観察をしていたワッカにリーンが話しかけてきた。

 

「ああ、見つけることは出来たんだが、潜っての探索は無理みてえだ。潜水には自身があったんだけどなぁ」

 

「そう…。どうしましょうかね……。マリオンでも連れてくるしか無いのかしら」

 

「マリオンって誰スか?妖精族か?」

 

「いいえ、水棲族の長よ。私の友達なのだけど、あの子、人前に出たがらないのよね」

 

『主よ』

 

 ビャクティスがワッカに念話(テレパシー)で話しかけてきた。

 

『私に心当たりがあります。あらゆる水を操り、主達の悩みを解決できる()()に…』




 次回、神国イーシェン編の締めくくりに新たな契約獣が登場!ビャクティスの紹介する契約獣に対し、ワッカが付けた名前とは…?お楽しみに!


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玄帝、そして命名。あとブリッツボール。

 今回で「神国イーシェン編」は終了となります。そして次回からはいよいよ最終章に突入します。

 いつもならこう言ったお知らせは後書きに記しているのですが、今回の後書きには「神国イーシェン編のオリジナル要素はどうして生まれたのか」について書くので、前書きにてお知らせしました。


 翌日、ワッカ一行は最初に八重の実家に向かうことにした。家にいた重兵衛に確認したところ、ツツジガサキの館が全焼したという話は事実であった。

 ワッカが去った後、武田と徳川の和平交渉がカワゴエの砦で始まったのだが、程なくして武田領から事件を知らせる早馬が来たのだ。幸い死者は無く、現地の人間で対処出来る事案と判断されたため、武田四天王との会談は続行される事になった。犯人については不明であるが、案の定、松永ダンジョーが候補として挙げられることになった。それ以外の情報は一切無し、とのことである。

 確認を済ませた後、ワッカ一行は再び「ニルヤの遺跡」が存在する孤島へとやって来た。ビャクティスに確認したところ、怪しい人物の気配はしないとの事だったので、ひとまず安心と言ったところである。

 さて、この日の本題は、そのビャクティスからの提案で、海底にある遺跡に向かうために《玄帝(げんてい)》を呼び出すことである。《玄帝》はビャクティスもとい《白帝(びゃくてい)》と同じ、この世界に4体いる「神獣」の一角である。

 

「それにしても、まさかビャクティス(そのこ)が《白帝》だったなんてね…。だから『ビャクティス』って名前なのね」

 

 魔法陣を描きながら、リーンが呆れた声を出す。

 

「それに加えて《玄帝》まで呼びだそうだなんて、普通あり得ないわよ?」

 

「まあまあ。ワッカ殿に関してそういうことを気にしていたらキリが無いでござるよ?」

 

ワッカとの付き合いが長い八重がリーンをなだめる。

 

「はい、魔法陣が出来たわよ。でも召喚魔法で特定の相手を呼び出すなんて、普通は不可能よ?まさか、それも出来るってワケ?」

 

「いや、ソイツはオレにも無理なんだが…」

 

『主の魔力に私の霊力を混ぜます。その状態で呼びかければ、奴らはきっと呼びかけに応じるでしょう』

 

ビャクティスがそう説明した。

 

『ただ、主にお伝えしますが、奴らが何を契約の条件として求めてくるかは分かりません。気性の荒い奴らでは無いのですが…、何分変わり者なので」

 

「ま、やるだけやってみるさ。いつものことだろ?」

 

 そう言ってワッカはビャクティスと共に魔法陣の前に立ち、闇属性の魔力を集中させる。彼の魔力によって、魔法陣の中心に黒い霧が立ちこめていく。段々と濃さを増していく黒い霧に向けて、ビャクティスが己の霊気を混ぜ込んだ。

 

「冬と水、北方と高山を司る者よ。我が声に応えよ。我の求めに応じ、その姿をここに現せ」

 

 ワッカはビャクティスに念話(テレパシー)で教わりながら、仰々しい召喚呪文を唱える。すると充満していた霧から突然、莫大な魔力が生まれた。霧が消えていくと、中から《玄帝》が姿を現した。アダマンタイマイを彷彿とさせる巨大な陸亀である。アダマンタイマイと違う点は、4本の足でしっかりと立っていること、そして甲羅に黒真珠のような鱗と黄金の眼を持つ大蛇がくっついていることだ。

 

『あっらぁ?やっぱり白帝じゃないのよう!久しぶりねぇ、元気してた?』

 

 大蛇がビャクティスに挨拶する。

 

『久しぶりだな。玄帝』

 

『んもう、「玄ちゃん」で良いって言ってるのにぃ!い・け・ず♡』

 

「なんだコイツ?シンにでも近づきすぎたのか?」

 

ワッカは思わずツッコんでしまう。蛇の声は野太く、オカマバーのニューハーフのようである。しかしスピラにはオカマバーなど存在しないので、ワッカが抱いた感想は「変なカマヘビ」であった。

 

『あら、そちらの兄さんは?』

 

 カマヘビがワッカに声を向ける。

 

「オレはワッカ。ビャクティス(コイツ)のご主人様だ!」

 

『キサマが白帝の主だと?』

 

そう返したのは、大亀の方だ。こちらはオカマボイスでは無く、多少キツめではあるモノのれっきとした女性の声だった。大亀は値踏みするかのような視線をワッカに向けつつ、ビャクティスを(さげす)み始める。

 

『このような人間が主とは…。落ちたものだな、白帝よ』

 

「おい!言葉をつつしめよ」

 

 仲間(ビャクティス)を馬鹿にされたワッカは大亀に怒りの声をぶつけるが

 

『なんとでも言うが良い。じき、お前達の主となるお方なのだ』

 

本獣(ほんにん)は意にも介していなかった。

 

(たわ)けたことを!』

 

 ビャクティスの言葉を受けた大亀は、ワッカをにらみつける。蛇の方は、好奇の視線をワッカに向けていた。

 

『まあ良いだろう。ワッカとやら、お前が我らと契約するに相応しいか試させて貰うぞ』

 

「おっし、どんとこい!で、何すんだ?」

 

『我らと戦え』

 

「へえ、シンプルで良いじゃねえの」

 

ワッカはブリッツボールを手に、ニヤリと笑う。

 

『期限は日没までだ。日没までお前が五体満足で立っていることが出来たなら、力を認めようではないか。しかし、魔法陣から出たり、気を失ったり、我らを攻撃することが出来なくなれば契約は無しじゃ』

 

「おいおい、ちょっと待てよ!」

 

 亀から出された条件を聞き、ワッカが物言いをする。

 

「日没までって六、七時間くらいあるじゃねえか!そんなに待てるかよ!」

 

『何だ?文句があるなら、契約は無しじゃ』

 

「いや、文句っつーか、一つ言い忘れてることがあんだろ?」

 

『我が言い忘れた…じゃと?』

 

()()()()()()()()()()の言葉がよ!」

 

『き、キサマ!調子に乗りおって!!』

 

『あらあら、面白いじゃないのぉ』

 

怒りを露わにする亀に対し、クスクスと笑う蛇。こんなに性格が違うのに日常生活は大丈夫なのか、と余計なことをワッカは気にしてしまう。

 

『良かろう!やれるものならやってみるが良い!』

 

「お~し、そう来なくっちゃな」

 

 直径20メートルほどの魔法陣の中にはワッカと《玄帝》のみ。今から契約を賭けたバトルがこの中で繰り広げられるのだ。

 

「わ、ワッカさん、大丈夫なんですか?」

 

ユミナが不安げな声を投げかける。

 

「大丈夫に決まってんだろ。ま、見とけって!」

 

『意外と落ち着いているのねえ』

 

『その度胸だけは褒めてやろうかの』

 

「度胸以外の部分も褒めざるを得なくさせてやるぜ?」

 

『では参るぞ!』

 

 大亀が試合開始の合図とばかりに、「ゴアアアァァァ!」と咆哮をあげる。ワッカはひるまず最初の魔法を唱える。

 

「ヘイスガ!」

 

行動速度上昇の呪文、そしてすかさず

 

「アクセル!」

 

速度上昇の無属性魔法をかけた。これでワッカは相手より大分素早く動けるようになる。

 

「ライブラ!」

 

 ワッカの白魔法と同時に、玄帝が大きく跳躍した。ボディプレスを察知したワッカは、亀の落下地点から回避しつつ「ライブラ」からの情報を読み取る。

 

「口から放つ高圧水流が危険。甲羅に籠もっている間は全ての状態異常が無効となる。水属性無効。石化無効。他状態異常、高耐久」

 

ドガァァンという音と共に、巨体が上から落ちてきた。しかし攻撃を予測していたワッカは予め回避していたので無事だった。

 そのどさくさに紛れ、ワッカは小声で魔法を唱える。

 

「バウォタ」

 

この魔法は玄帝の攻撃を防ぐための布石である。

 

『避けたか』

 

「別に良いんだろ?」

 

『無論だ。何なら日没まで逃げ続けても構わんのだぞ?』

 

「あいにく、オレはそんなキャラじゃねえ!」

 

 そう言ってワッカはブリッツボールを投げつける。しかし亀と蛇は、ボールに当たるより先に巨大な甲羅に入ってしまった。ブリッツボールは甲羅に(むな)しく当たり、ワッカの手元に戻ってくる。

 

「やっぱな。予想はしてたんだが…」

 

 ワッカの独り言には意にも介さず、甲羅に閉じこもった玄帝がその場でスピンを始める。

 

「うお!こいつは…」

 

玄帝が甲羅に閉じこもりつつ、回転アタックを仕掛けてくる。足下が砂浜であることが幸いし、突撃するスピードはイマイチだったが、速度低下は巨体で(おぎな)ってきた。

 

「おいおいおいおい!!」

 

 ワッカは焦りの言葉を口にしながらも、玄帝のスピンアタックを余裕で避ける。「ヘイスガ」と「アクセル」の二重がけ状態なのだから、これくらいは余裕である。回転する玄帝の巨体は魔法陣の障壁にぶつかり、反射しながら回転突撃を続ける。

 障壁にぶつかりながらのスピンアタックを、ワッカは無駄の無い動きで避け続ける。「ヘイスガ」と「アクセル」は2つとも比較的短時間で解けてしまう欠点はあったが、かけ直す時間が無いほど切羽詰まった状態では無かった。

 10回ほど攻撃を避けた所で玄帝の回転が止まった。甲羅の中から亀と蛇が首を出し、辺りを見渡す。

 

『あら、無事なのね』

 

 蛇の方が先にワッカを発見した。

 

『ふん、この程度でくたばっては興醒めだ』

 

2匹は再び甲羅に閉じこもり、スピンアタックを再開する。ワッカは玄帝の攻撃を再び避け始めた。彼の体力にはまだまだ余裕があるが、このままでは本当に日没まで避け続けるハメになりそうである。

 どうやらそうはならないらしい、とワッカが思ったのは、再度10回ほど攻撃を避けた時だった。2匹が再び、彼の姿を確認する作業に入ったのである。

 

『まだ無事ね』

 

『いつまで続くか見物だな』

 

「んお?こいつはもしかして…」

 

 ワッカの独り言は無視して、玄帝は攻撃を再開する。

 そして三度の確認作業を目にした瞬間、ワッカは確信した。

 

「間違いねえ。アイツらは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

一々確認作業が挟まるのが何よりの証拠である。勝機が見えた。

 4度目の回避フェイズが終了し、玄帝の回転が止まる。このタイミングだ。

 

「そらぁっ!」

 

 ワッカはブリッツボールを投げた。ボールは彼の姿を確認しようとした亀の首に見事命中した。

 

『ぬおぉ!?』

 

「はっ!どうよ?」

 

『生意気な…!』

 

 亀はワッカを一睨みし、攻撃を再開する。されどワッカには当たらず終い。次に彼の攻撃を受けたのは蛇の方だった。

 

『いったぁ~い!』

 

「ま、()()()()()…」

 

 ブリッツボールをキャッチし、ワッカは再び逃げの姿勢に入る。そして次の攻撃チャンスには、2匹の頭に当てることを試みた。

 

『ぐお!』

 

 ワッカの投げたボールは亀の首に命中。そして回転が加わったボールは軌道を変えて

 

『ぎゃっ!』

 

蛇の首にも命中した。ワッカさんの手にかかれば、このくらいは余裕である。

 

『もうっ!ナマイキなんだからぁ!』

 

『全くだ!』

 

 玄帝はスピンアタックを止めようとしない。このまま続けていれば相手がくたばる、という算段なのだろう。しかし2匹には知るよしもなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を。

 確認フェイズでの攻撃を続けていく内に、ワッカはあることに気が付いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最初に比べ、確認作業が多くなっているのだ。

 

『『ぐぬぬぬぬ…』』

 

自分を睨みつける2匹を見て、ワッカは玄帝が苛立っているのだと確信した。確認の回数が多くなっているのは、それが原因である。 

 そうは言っても玄帝も馬鹿では無い。「確認作業=敵の攻撃チャンス」の図式が成り立っている以上、確認ばかりしているワケにはいかない。時には攻撃時間を長く取ってみたり、ボディプレスを挟んでみたりするのだが、それでも相手(ワッカ)が無事だという事実が、2匹の苛立ちを更に強くさせた。

 そして勝負が大きく動いたのは、戦闘開始から1時間が経とうかという頃であった。

 

「せりゃあ!」

 

ワッカの投げたボールが亀の首に命中した。

 

『な、何だ!?何も見えん!?』

 

『真っ暗よぉ~!どういうことぉ!?』

 

 突然、玄帝が困惑の声をあげたのだ。

 

「やっとかよ…!」

 

ボールをキャッチしたワッカがため息をつく。彼は最初からずっと「ブラインアタック」で攻撃をしていたのだ。状態異常への高い耐性と攻撃チャンスの少なさから、玄帝を暗闇状態にするのにここまで時間がかかってしまったのである。

 このチャンスを逃すワケにはいかない。ワッカは力を溜め始める。彼の側に現われたリールが回転を始めた。

 

ブリッツボール絵柄

 

 しかし、玄帝は状態異常からの立ち直りも早かった。一つ目のリールがストップするのと同時に、2匹は視覚を取り戻す。

 

『キサマアァァ!!』

 

『ナメてんじゃねえぞ!ゴラアアァァァ!!』

 

 カマヘビまでブチ切れ始めた。オカマのキレ芸はお約束みたいなものである。2匹の口がガパッと開き、ワッカに狙いを定めた。

 

『『喰らうがいいわ!!』』

 

ブリッツボール絵柄

 

 2つ目のリールがストップするのと同時に、2匹の口から高圧水流が放たれた。しかしその攻撃は、ワッカの前で見えない壁に打ち消されてしまった。

 

『何だと!?』

 

『どうなってんだぁ!?』

 

理由は単純明快、ワッカの唱えたスピラの呪文「バウォタ」の賜物(たまもの)だな。「バウォタ」は敵の水属性攻撃を無効化する呪文である。彼は攻撃を避けながら、「バウォタ」が切れる度にかけ直していたのである。その呪文が今ようやく効果を発揮したのだ。

 

ブリッツボール絵柄

 

 3つ目のリールが止まる。ワッカは大きく飛び上がった。

 

『『マズい!』』

 

危険を察知した玄帝は自慢の甲羅に立てこもった。

 

「オーラカリール!!」

 

 ワッカは玄帝の甲羅に向かい、ブリッツボールをスパイクする。ボールは甲羅に直撃、同時にもの凄い衝撃が発生した。

 

「「「「「きゃあ!!」」」」」

 

 衝撃波自体は魔法陣の障壁で防がれていたが、同時に響いた轟音に、ワッカの戦いを見ていた女性陣が悲鳴を上げる。

 ワッカのオーバードライブ技「オーラカリール」のブリッツボール絵柄揃えは、彼が持つ技の中で最大の威力を誇る。玄帝の甲羅に傷こそ入りはしなかったものの、その凄まじい衝撃は甲羅を通じて中の2匹にまで達していた。

 

『ぐおおおお!!!?』

 

『な、なんなのお゛っ!!!?』

 

 予想外の衝撃にふらつきつつ、2匹は思わず甲羅から首を出してしまう。

 

2HIT

 

が、それが間違いであった。ワッカはすでに「アタックリール」の最後のリールを止めていたのだ。

 

「唸れ、ブリッツボール!!」

 

 高速回転するワッカから次々とブリッツボールが放たれた。

 

『ぐぼぼぼぼぼっ!!!』

 

『すぺぺぺぺぺっ!!!』

 

亀と蛇がボールの嵐に悲鳴を上げる。

 

「更にもう一発…」

 

『ま、待て!!降参だ!!』

 

『もうそのボールはイヤァ!!』

 

 再びリールを回そうとした所で、玄帝から降参の声があがった。ワッカの勝利である。

 

「なあんだ、コウサンかぁ?」

 

『ああ、降参…です…』

 

『白帝が主と認めたのも納得ねぇ…』

 

見ると、亀の目からは涙がこぼれていた。

 

「泣くぞ、すぐ泣くぞ、絶対泣くぞ、ほら泣くぞ」

 

『もう泣いております、主よ』

 

 ビャクティスがツッコミを入れる。ともかく、これで契約は成功である。

 

『『ワッカ様。我が主にふさわしきお方よ。どうか我らと主従の契約を』』

 

 亀と蛇がワッカに深々と頭を下げた。

 

「えっと、確か名前を付けるんだったな?」

 

『そうよぉ。素敵な名前を付けてちょうだいね』

 

『こやつらなど「蛇」と「亀」で十分です』

 

『おめえは黙ってろや!やんのかゴラァ!?』

 

「おいおい、ケンカすんなって!」

 

ワッカはビャクティスと蛇を(いさ)めつつ、改めて玄帝の姿を観察する。亀の体に蛇がくっついている。そう、()()()()()()()()()()()のだ。

 

「うし!お前の名前は『コネクト』だっ!よろしく頼むぜ!!」

 

 こうして《玄帝》こと「コネクト」がワッカの新たな召喚獣となった。ちなみに亀の方が「コネ」、蛇の方が「クト」である。




 前書きで予告したとおり、「神国イーシェン編のオリジナル要素はどうして生まれたのか」についてお話しします。

Q.松永ダンジョーって誰スか?原作にいなかったと思うんスけど…?
A.松永ダンジョーは当作品のオリジナルキャラクターです。とは言いつつ8割方、某ゲームの松永久秀なんですけど…。
 どうしてこのキャラクターを入れたのかと言うと、山本完助が「不死の宝玉」を手に入れた理由が原作で明かされてなかったからです(もしかしたら原作で後々明かされているのかもしれませんが、少なくともアニメ一期の範囲内では不明)。だったら私の好きなキャラクターを基にしたオリジナルキャラを真犯人にしてしまおう、と思い、追加しました。
 某ゲームは早く続編を出して下さい。俺は待ってるいつまでも、3月以降更新されていないお前の公式サイトで…。

Q.なんで、山本完助がペガサス・J・クロフォードになってんだよ…?
A.だって、面白いし
Q.そう言う問題じゃねえ!教えはどうなってんだ教えは!!
A.真面目に答えると、単なる私の趣味です(笑)
 山本完助が「遊戯王」のキャラクターであるペガサス・J・クロフォードみたいになってる理由は感想欄にも書いたのですが、目を通していない方のためにこの場で改めて説明いたします。
 山本完助をアニメで演じていた声優は、「遊戯王」の海馬瀬人役でお馴染みの津田健次郎さんです。一方で、山本完助というキャラクターは「左目に不思議な力を持つ義眼をしている」という「遊戯王」のペガサス・J・クロフォードを彷彿とさせる設定でした。
 だったらいっその事、山本完助をペガサスにしてしまおうと考え、あのようなキャラ改変をいたしました。最近「遊戯王マスターデュエル」にハマっているので、遊戯王がマイブームなんですよね。津田さんのペガサス演技聞いてみたい、聞いてみたくない?


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ワッカの告白編
空中庭園、そして適合者。あとブリッツボール。


 いよいよ最終章「ワッカの告白編」に突入します。
 あと何話続けられるのかは私自身よく分かっていませんが、最後までワッカの「異世界はスマートフォンとともに。」世界での活躍を見ていただけると幸いです。


 激闘を制したワッカは早速、仲間にした《玄帝(げんてい)》もとい「コネクト」に対して「ニルヤの遺跡」の話をする。

 

「つーわけで、その遺跡はこの海の底に沈んでて探索が出来ねえ状態なんだ。ビャクティスから、お前達なら何とかしてくれるって紹介されたんで呼んだわけなんだよ」

 

『海に入っても呼吸が出来るようにすればよろしいのですね?』

 

 玄帝の亀の方、「コネ」が言葉を返す。先程とは打って変わって丁寧な口調である。

 

「そんなことが出来るのか?」

 

『楽勝よぅ、守りに関しては私達の右に出る者はいないんだから!』 

 

玄帝の蛇の方、「クト」が胸を張る。こちらは相も変わらぬオカマ口調のままだった。

 

「うし!じゃあ、チョックラ行ってくるぜ。ビャクティス、仲間達(アイツら)に何かあったら念話(テレパシー)ですぐ知らせるんだぞ」

 

『お待ち下さい、主』

 

 ビャクティスがワッカを引き留める。

 

『玄帝…いやコネクトか。我らは主の魔力で常に顕現することが出来る。だがそのままの姿では主に迷惑がかかるのだ。姿を変えろ』

 

『そうなのか?』

 

白帝(びゃくてい)…ビャクティスちゃんみたいに小さくなれば良いのかしらん?それならすぐに!』

 

クトの一声と共に、コネクトは体長30センチほどの大きさに姿を変えた。ビャクティス同様、ルールーが抱いていても違和感の無い、可愛らしい姿である。

 

『お引き留めして申し訳ございませんでした、主よ。彼女たちのことは私にお任せを』

 

「ありがとよ、ビャクティス!」

 

「ワッカも、何かあったら『ゲート』で戻ってくるのよ!」

 

「気をつけて下さいね?」

 

「おう!」

 

 エルゼ達の心配を受けながら、肩にコネクトを乗せたワッカが海へと入っていく。

 

「お、濡れねえな!」

 

ワッカの周囲1センチほどに魔力で造られた障壁が出来ている。コネクトの賜物(たまもの)だな。

 ワッカはそのままズンズンと潜水していく。泳ぐというより、海の底を歩いていると行った方が正しいだろう。コネクトの言ったとおり、水中でも呼吸が出来るようにはなっているのだが、この状態は泳ぐことにはあまり適していないようだ。

 

「なあコネクト。この魔法障壁ってどのくらい頑丈なんだ?」

 

『そうねぇ。物理攻撃ならドラゴンの一撃でも大丈夫よ!魔法攻撃だと、相手にもよるけどねぇ』

 

『流石の我らでも障壁の限界を超えた一撃や、障壁自体を消滅させる魔法を使われるとどうしようも無いですからね』

 

 コネクトが口々に説明する。何でもかんでも上手く行くわけでは無いようだが、遺跡までの道のりにはそこまで厄介な相手はいないだろうと考え、どんどんと進んでいく。

 巨石群の場所まで到達し、探索を断念した階段のある建物が目前となった。ワッカは旧王都の遺跡でリンゼが使っていた光属性魔法「ライト」を使用し、地下への階段を下りていく。

 階段を下りた先には大きな広間が待ち受けていた。中央には魔法陣が描かれた段があり、その周りを6つの台が囲んでいる。台にはそれぞれ赤、青、茶、緑、黄、紫の魔石が埋め込まれていた。それ以外には特に何も無い空間である。

 

「これは、旧王都の遺跡にあったのと同じギミックだな」

 

各色の魔石に対応した属性の魔力を流すことで作動するギミックである。

 

「やっぱり、無理に探索を続けなくて正解だったな」

 

 そう言ってワッカはうんうんと頷く。彼は全属性の魔法を使えるものの、土属性と風属性は苦手としている。そのため、ギミックを作動させるのに時間がかかってしまうのだ。階段の直前で潜水時間ギリギリだった彼には、無理をしてこの広間までたどり着けたとしてもギミックを作動させ終えることが出来なかっただろう。

 しかし今はコネクトのお陰で水中でも呼吸が出来る状態だ。ワッカは一つ一つ、魔石に対応した魔力を流し込んでいく。6つ目の台に対応する魔力を流し終えた所、中央の魔法陣が光を帯び始めた。何かが起こると思ったワッカはその場で待ってみるものの、以降の進展は全く無い。

 

「ん?全属性流し終えたよな?火、水、土、風、光、闇…、あ!」

 

 ワッカは最後のギミックを解く方法を思いつく。無の力だ、ファファファ。彼が中央の魔法陣に立って無属性の魔力を流し込むと、魔法陣から急に激しい光が発せられた。

 

 気が付くと、ワッカは綺麗な庭園の中にいた。色とりどりの花が花壇に咲き誇っており、小鳥が飛び交っている。彼の足下には魔法陣が広がっていたものの、それに無属性の魔力を流し込んでも何も起きない。

 

「転送…されたってのか?一方通行みてえだが…」

 

『ご主人様ぁ…、ココはドコかしら?』

 

「知らん、そんなことはオレの管轄外だ」

 

 クトの質問にワッカが答えられないでいると、通路の向こうから誰かが近づいてきているのが彼の眼に入った。

 翡翠色(ひすいいろ)の髪をした、エルゼ達と同じくらいに見える少女である。しかし白磁器を思わせる白さの肌色は、健康的とは思えない。そしてもう一つ、彼女の外見には重篤な問題があった。

 

「初めましテ。私はこの『バビロンの空中庭園』を管理する端末のフランシェスカと申しまス」

 

「お、おう…、お前…」

 

ワッカは自己紹介を忘れて少女の顔をまじまじと見てしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なンでしょウ?」

 

「なんで、パンツ丸出しなんだよ…?」

 

 ワッカの言葉通り、フランシェスカと名乗る少女はスカートを穿いておらず、白いパンツが丸出しの状態だったのである。あえてツッコまない方が良いのかとも考えたが、無視したまま話を続けることが彼には出来なかったので、ダイレクトに尋ねることにした。

 

「なンでと言われましても…、義務?」

 

「と、とりあえず何か穿いてきてから話しかけて来てくれよ…。目のやり場に困るだろうが!」

 

「ぱんつは穿いてまスが?」

 

「そう言う問題じゃねえ!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

 ワッカは思わず大声を上げてしまう。ここまで話の通じない相手はベルファスト王国の国王以来である。なるべくならば少女相手に怒鳴り散らしたくは無かったが、この様子では難しかった。

 

「どーでも良いから何か穿いてくれっつってんだろぉがよ!」

 

「まア、そこまで言うのなら穿きますガ」

 

そう言ってフランシェスカは(ふところ)から黒いスカートを取り出した。

 

「……何もしないんでスか?」

 

「しねえよ!さっさと穿きやがれ!」

 

「ちょっとダケなら触ってもいいでスよ?」

 

「大人をからかうモンじゃねえ!!」

 

 ついにワッカは怒鳴り散らしてしまった。

 ようやくスカートを穿き始めたフランシェスカを見ながら、ワッカは頭を抱える。彼女は国王とは違って、ワッカの怒鳴り声に一切ひるむ様子を見せない。反省している様子も見受けられないので、あと何回怒鳴り声を上げなければならないのかと考えると、頭が痛くなってきた。

 

「穿いたな…。なあ、ココってドコなんだよ?」

 

 スカートを穿いたフランシェスカにワッカが尋ねる。まともな答えを返してくるか怪しい所だったが、

 

「バビロンの『空中庭園』でス。『ニライカナイ』と言う人もいまス」

 

としっかりとした答えが返ってきた。

 

「ニライカナイ…、八重の父ちゃんがそんな風に言ってたっけ?…て、今『空中』って言ったか?」

 

「こちらへどウぞ」

 

 花壇の間の道に沿って歩くフランシェスカについて行くと、ガラス張りの壁が現われた。ここが庭園の終わりなのだが、壁の向こうは果てしなく雲が続いていた。

 

「マジかよぉ!浮いてんのかコイツは!!」

 

ワッカが驚きの声をあげる。リュックの父親であるシドが所有する飛空艇(ひくうてい)を彷彿とさせた。とは言っても飛空艇ほどスピードは速くなく、むしろゆっくりとしたスピードで空を進んでいたのだが。

 上を見上げてみると、ガラスで出来た天井の向こうに青空が広がっている。ガラス張りの庭そのものが空中に浮かんでいる状態なのだとワッカは理解する。こんな大がかりな施設を作り上げる意味が彼には理解できなかった。

 

「おい、ココは何のための施設なんだ?」

 

「ここは博士が趣味で造られた『庭園』でス」

 

「博士?」

 

「レジーナ・バビロン博士でス。私達の創造主でス」

 

「創造主?」

 

 フランシェスカの言葉に対してオウム返ししか出来ないでいると、先程から黙って話を聞いていたコネが入ってきた。

 

『ご主人様。この者は人間ではありませぬ。命の流れが感じられません』

 

「は?ソレってひょっとして…」

 

ワッカは驚きの目をフランシェスカに向ける。

 

「お前、機械かよぉ!!?」

 

「全てが機械というわけではありませン。魔法で造られた生命部品や魔力炉も使われてイルので、魔法生命体と機械の融合体…とでも申しましょウか」

 

「う、う~ん?」

 

 いきなり難しい話をされたので、ワッカは言葉を返せなくなってしまう。

 

「子供はできませンが、行為そのものは出来まスよ?」

 

「んなこと聞いてねえわ!!」

 

バカみたいな話に逆戻りし、ワッカもツッコミモードに入ってしまった。

 

「新品デスのに…」

 

「大人をからかうんじゃねえっつったろうがよ!!」

 

「先程もそう仰っておりましたガ、私がこの『空中庭園』の管理端末として造られたのは、今から5092年前のことデスよ?」

 

「ごっ…!!?」

 

 途方も無い年数を口に出され、ワッカは再び返す言葉を失ってしまう。

 

「あなたは5070年ぶりのお客様デス。そう言えバお名前は?」

 

「あ、オレはワッカだ」

 

「ワッカ様。あなたは適合者としテ相応しいと認められまシた。これヨり機体ナンバー23、個体名『フランシェスカ』は、あなたに譲渡されまス。末長クよろしくお願いいタしまス」

 

「は?適合者?譲渡?待て待て!まるで意味が分からんぞ!」

 

 フランシェスカは困惑するワッカを最初の魔法陣の所まで連れて行き、説明を始めた。

 

「あの魔法陣は普通の人では起動できませン。複数人での魔力を受け付けない仕組みになっていまス。あの転送陣を起動することのデきる者は、博士と同じ全属性の魔力を持つ者だけなのでス」

 

自分以外にも全属性の魔力を持つ者がいたのかとワッカは少し驚いた。

 

「博士は亡くなる前に、残される私達をこの転送陣を使ってやって来た者に譲渡することを決めましタ。それが5070年前のコトでス」

 

「なるほど、全属性の魔力を使えるオレは適合者ってワケか…」

 

「違いまスよ?」

 

「違うのかよ?」

 

「ワッカ様は私のぱんつを見ても、逆に隠すよウに言われまシたかラ、適合者でス」

 

「なんだそりゃ!?」

 

「大事なことでスよ?モしワッカ様が欲情に任せ、私に襲いかかってキタとしたら地上に放り投げていまシた。また何もせず、ぱんつ姿のまま放置されてイたとしてモ、ソレも不適合者として丁重に地上にお帰り願っていたでしょウ」

 

「アブねえ、危うく放置したままにするところだった…って絶対ウソだろソレ!どう考えても『全属性の魔力持ち』の方が話の流れとして合ってんだろうがよ!」

 

「他人を思いやる優しさ、それがなけレば私達やバビロンを任せられナイと、博士はこのよウな方法を考えついたのでス」

 

「いや、お前みてえなの造る技術力があるならもっと色々方法があんだろうがよ…」

 

「最終的には各自の判断に任せる、と言ってマシた。女に慣れた妙に優しすぎるフェミニストよりも…」

 

「ああ、もういい。お前とタイマンで話していても疲れるだけだわ」

 

 話を打ち切り、ワッカは「ゲート」を開く。人間が自分1人の状況を終わらせたかったのだ。

 

 ワッカは元の砂浜へと戻ってきた。

 

「お帰りなさい、ワッカさん」

 

「無事だったのね?」

 

「ああ、まあな…」

 

「それで、遺跡はどうだったの?」

 

 リーンに尋ねられたものの、ワッカには説明が難しかった。あの妙な施設の説明はフランシェスカに任せることにして、早く皆を連れて行こうと考えた。

 

「バビロンの空中庭園ってトコに続いてたんだが、オレには上手く説明出来ねえ。つーわけで、そこまで今から連れて行くから付いてきてくれ」

 

 そう言ってワッカが開いた「ゲート」に一行は飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 その様子を遠くから、ビャクティスが察知出来ないほど遠くから1人の男が見つめていた。

 

「なるほど…。やはり(けい)が、私の完助(おもちゃ)を壊したワッカという名の男だったのかね…」

 

黄色いアロハシャツを着た男は、口元に笑みを浮かべる。

 

「《白帝(びゃくてい)》に《玄帝》までも仲間にするとは…、中々面白い男のようだね…。だがまあ…、後を追うほどのものでも無いな…」

 

そう言って男は、ワッカ達のいた方角に背を向け、どこかへと去って行った。

 

「また会う機会を楽しみにするとしよう…。では、さらばだ…」




 書いてて頭が痛かった…。内容もさることながら、フランシェスカのセリフに一々カタカナが入っているので打ち込みが大変でした。


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バビロン、そして口論。あとブリッツボール。

 前回の話で、コネクト(玄帝(げんてい))がビャクティスと同じようにマスコット大の大きさに姿を変えた旨の描写を忘れていました。申し訳ございませんでした。このままじゃアダマンタイマイくらいの大亀と一緒に遺跡に行った事になってしまう…。
 ちなみに玄帝の大きさを「アダマンタイマイくらいの大亀」と描写しましたが、これはFFXのアダマンタイマイを基準としています。間違ってもFFXVのアダマンタイマイだと思ったらダメだよ。


 ワッカによってバビロンの空中庭園へと連れて来られた一行は今、庭園を見て回っている。この空中庭園には植物園のようなエリアもあれば、噴水や花壇、池などもあり、かなりの広さのある施設だった。好きな人間にとっては心が落ち着く場所と言えるだろう。

 遺跡に行きたいと言っていた張本人であるリーンはと言うと、ワッカとフランシェスカの2人と共に辺りを一通り見て回った後、池のほとりにある東屋(あずまや)で休憩を取っていた。

 

「空中庭園…。古代文明パルテノの遺産とも言えるわね」

 

 リーンが辺りを見渡しながら感慨に浸っている。

 彼女の言う「古代文明パルテノ」とは、この世界において遙か昔に栄えた超文明のことである。様々な魔法、そしてそれによる魔法道具アーティファクトを生み出した文明なのだ。

 

「そんで、リーンのお目当てのモンは見つかったのか?」

 

 ワッカは改めてリーンに尋ねてみる。

 

「さあ。私は古代魔法をいくつか発見できたら良いなと思っていたのだけれど、それ以上のものが見つかっちゃったからね…」

 

「相変わらずマイペースなヤツだな…」

 

呆れたように言うワッカだったが、正直リーンの気持ちも分からないわけでは無かった。5000年以上に渡ってこの綺麗な庭園を維持できているということは、並大抵の技術で造られた庭園では無いということだ。リーンは元より、この世界の魔法に精通している学者も知らないようなオーバーテクノロジーがふんだんに使われているのだろう。そんなオーバーテクノロジーの結晶とも言えるこの施設を目にしてしまったのならば、本来の目的がどうでも良くなってしまうのは無理の無いことである。

 

「そう言や、ここは庭園以外の役割ってあんのか?」

 

 今度はフランシェスカに質問を投げかけるワッカ。

 

「いえ、何も。()()()()()()単なる空に漂う個人庭園でございまス。財宝も無ければ、これと言った兵器もございませン」

 

「そうなのか。ま、こんなに立派な庭が空を飛んでるってだけでも大したモンだがな」

 

「ありがとうございまス。しかし、このバビロンの空中庭園はすでにマスターのモノでございまス」

 

「マスターって…、オレのことだよな?」

 

ワッカは自分を指差しながら確認する。

 

「そうでございまス。この空中庭園(バビロン)を管理しているのは私にございまス。そして私はマスターのモノ、私のバビロンもマスターのモノ。つまり嫁入り道具でございまス。私のことは『シェスカ』とお呼びくだサい」

 

「そう呼んでやるのは良いけど、オレはお前を嫁にする気はねえからな」

 

 ワッカはズバッと断りを入れる。ユウナのガードとしての旅を経て機械嫌いを克服した彼ではあったが、機械に恋慕の情を抱くほどになったワケでは無い。それ以前に、フランシェスカのような意味不明な言動を連発する娘を嫁にしたのでは、恥ずかしくて周りに紹介することすら出来ない。ユミナとは違い、最初から嫁候補としては有り得ない相手だった。

 

「ねえ、シェスカ?」

 

 そんなことを考えていたワッカよりも先に、リーンが「シェスカ」呼びの第一人者となる。

 

「貴女さっき、『他のと違って』って言ってたわよね?つまり、この空中庭園の他にも同じようなバビロンの遺跡があるってこと?」

 

彼女はフランシェスカに鋭い眼差しを向けながら質問をぶつける。

 

「私の創造主であるレジーナ・バビロン博士が造った、空を飛ぶ島の名称が『バビロン』でス。現在はいくつかのエリアに分散されて世界中の空を漂っていまス。私の管理する『庭園』の他にも様々な施設があるのでス」

 

 フランシェスカが説明をしている最中に、庭園を見て回っていた他のメンバーも集まって来ていた。

 

「当時は『庭園』の他に『図書館』『研究所』『格納庫』『塔』『城壁』『工房』『錬金棟』『蔵』の9つがありましタが、現在いくつ残っているかは分かりませン」

 

「用途の分かる物と分からない物が入り混じってるでござるなあ…」

 

「私としては『図書館』に惹かれるわねぇ。古代文明の様々な知識が詰まってそうだし…」

 

「ていうか、そんな物が空に浮かんでいたら騒ぎになるんじゃない?」

 

 妄想を膨らませるリーンの横で、エルゼが至極まっとうな質問を投げかける。

 

「バビロンには外部から視認出来ないように魔法障壁が張られテいます。ですカラ、地上カラその姿を確認することは不可能でス」

 

「あの…、他の浮島とは連絡とか、取れないんですか?」

 

次に質問を投げかけたのはリンゼだ。

 

「残念ながラ他の姉妹とは現在リンクが絶たれていまス。障壁のレベルが高く設定されていルので、いかなる通信魔法も受け付けませン。マスターが許可しない限り下げられるコトは無いでしょウ」

 

「リンク…?それにマスターって何です?」

 

ユミナが首をかしげる。

 

「リンクとは『繋がり、連結』という意味でス。マスターとは『愛しの旦那様』という意味でス」

 

「おい!虚言をつつしめよ」

 

 ワッカがすかさずツッコミを入れる。

 

「マスターってのは『主人』って意味だろうがよ!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「…主人ってどういうこと、です?」

 

 リンゼが再びフランシェスカに質問をぶつけたが、先程とは彼女の様子が違う。眉間にしわを寄せ、詰問するかのような口調だった。

 

「ワッカ様にぱんつを見られ、身も心も捧げるコトになりまシた。故に、私のご主人様、マスターです」

 

「何だその説明は!ふざけんのも大概にしろぉ!!」

 

 怒りの余り、ワッカが椅子から立ち上がる。しかし彼は気付けないでいた。エルゼ、リンゼ、八重、ユミナの4人もまた、彼に怒りの目を向けていることに。

 その中からリンゼがワッカの前に進み出た。

 

「……ワッカさん」

 

「何だよ?」

 

「正座」

 

「ナンデダヨ!」

 

「いいですから!」

 

「ふざけんな!コイツの言うことを真に受けてんのか!?」

 

 普段大人しい人間の怒っている姿というのは、普通の人には持てない迫力を備えているモノだが、怒れるリンゼに対してワッカは一歩も退かない。ちなみにルールーに関しては「ワッカの幼なじみ」という関係上、例外である。

 

「いいか!?元はと言えばシェスカ(コイツ)がいきなりパンツ丸出しで俺の前に現われたんだよ!パンツ丸出しの自分をどう扱うかでオレが空中庭園のマスターに相応しいか決める、とか言う意味分かんねえ理由でな!」

 

「でも、見たのは事実じゃないですか!!」

 

「じゃあ教えてくれ!なあ、パンツ丸出しでいきなり現われる相手に対して、どうすればパンツを見ずにやり過ごせるってんだ!?言ってみろよ、実践してやるからよ!」

 

「それは…」

 

リンゼは言葉に詰まってしまった。「これから現われる相手はパンツ丸出しです」という第六感が働きでもしない限り、ワッカの疑問に答えることは不可能なのだから当然である。

 

「そこら辺にしときなさいな」

 

 言い争う2人の仲裁に入ったのは、先程から面白そうに成り行きを見ていたリーンだった。

 

「ねえワッカ。貴方のその態度、年下の少女に向けるには余りにも大人げないと思わない?」

 

「うっ…、むむむ…」

 

 ワッカは一旦冷静になる。そしてすぐに「確かに大人げなかったかもしれない」という気持ちになった。

 

貴女(リンゼ)はそもそも、何で怒る必要があるのかしら?」

 

「それは…その……」

 

「もしそれ以上怒るなら、貴女はきちんと彼との立場をハッキリしないといけないんじゃなくて?」

 

「……はい」

 

リーンの言葉を受け、リンゼは引き下がった。ワッカには彼女の言葉が理解出来ないでいたが、大人しく引き下がった様子を見ると何かしらの効果があったようである。

 エルゼが苦笑いしながらリンゼの肩を叩く中、ワッカはフランシェスカとコネクト以外の全員に顔を向ける。

 

「言い忘れてたオレも悪かったんだがよ…。シェスカ(コイツ)は初めて会ったときから意味不明な言動が多すぎるんだ。それも色欲絡みのモンばっかだからタチがわりい。てか、悪いのはシェスカじゃなくてシェスカを造った博士なワケなんだが…。ともかく、コイツの言動に対して一喜一憂するのは止めてくれ。オレも頭がいてえんだよ…」

 

彼の説明に対し、フランシェスカは涼しい顔をしたまま何も意見を言おうとしなかった。仮にも自分と、自分の創造主を悪く言われているのだが、流石は機械と言うところだろうか。

 

「ともかく、通信を阻害している障壁のレベルを下げるには、マスターであるワッカの承認が必要。でも彼は『空中庭園』のマスターでしかないから、他の施設に干渉することは出来ないってことね?」

 

「おっしゃる通りデ」

 

 話を戻すようにしてリーンが投げかけた質問に、フランシェスカはしっかりと答えた。

 

「5000年も漂流していて、他の方達に遭遇したことは無かったのですか?」

 

「二度ありまス。3028年前に『図書館』と、985年前に『蔵』と遭遇しまシた」

 

 ユミナの指摘は間違いとは行かなかったものの、確率は恐ろしく低いようだ。よほど幸運でも無い限り、ワッカ達が生きている間に遭遇することは出来ないだろう。

 

「結局、他の『バビロン』を見つけるにはそれぞれの転送陣を探すしかないのね…」

 

 他のメンバーよりも大分長寿なハズのリーンですら、ため息をつきながら呟くほどだった。

 

「他の『バビロン』の転送陣の場所は分かる?」

 

「分かりませン。そもそもマスター達がどこカラ来たのかも知りませんのデ。ちなみにこノ『庭園』の転送陣はドコに?」

 

「イーシェンの南海の底だ」

 

「イーシェン…?記憶にない土地の名でス」

 

 5000年前にはイーシェンという国は存在していなかったようである。

 

「そもそも何でこんな形に分散したのでござろうな…。世界中に散らばっている以上、一つに集めるなど不可能なのでは?」

 

「なぜ博士が『バビロン』を分割したのかは分かりませン。聞いたことも無かったのデ」

 

 八重の質問については「分からない」で返されてしまった。

 結局、今の状態では他の「バビロン」を見つけることは不可能なようである。リーンは一段と深いため息をつくのだった。




 茶色いソフトクリームの頭をしていそう。毛刈り隊Cブロック基地にいそう。ソフトクリーム屋でバイトしてそう。


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キス、そして博士からのメッセージ。あとブリッツボール。

 「異世界はスマートフォンとともに。」のアニメ二期の公式サイトで、一期に登場しなかった残り3人のヒロインが担当声優と共に紹介されているのですが、これって「二期はヒロインが全員揃うところまでやるぜ」という意思表示なのか、それともヒロインが全員揃った場所からスタートするって意味なのか、どっちなんだろうなぁ…。
 個人的に後者は、原作を読んでいる前提のアニメになってしまうので止めて欲しいなぁ、と思ったりしています(「神のみぞ知るセカイ」のアニメ三期を思い起こしながら)。


「それでワッカ、この子どうするの?」

 

「どうするって言われてもなぁ…」

 

 フランシェスカを見ながらのエルゼの質問に対し、ワッカは回答に詰まってしまう。少なくとも、エルゼ達4人のように行動を共にするのは避けたいところだ。出会ってからまだ少ししか経っていないものの、彼女の異常さは十分すぎるほど理解出来た。少し変人、と言う程度なら彼も気にすることは無いのだが、ここまで立て続けに問題有りな言動をされると流石に厳しいモノがある。

 

「シェスカはどうしたいんだ?」

 

 そうは思いつつも、ワッカは一応本人の意思を尋ねてみることにした。

 

「私はマスターと供にいたいと思いまス。おはよウからおやすみまデ。お風呂からベッドの中まデ」

 

「勘弁してくれよ…」

 

聞くんじゃ無かった、とワッカは頭を抱える。

 ワッカと常に一緒と言うことは、当然屋敷で暮らすことになる。フランシェスカの言動は、レネの成長によくない影響を与えるだろう。年代の近いラピスとセシルの2人からはどんな目で見られることになるだろうか。ライムは問題だらけのフランシェスカに文句を言うだろうか、それとも「旦那様の仲間だから」という理由で口を挟まないだろうか。いずれにせよ居心地の悪いコトに変わりは無い。無論、居心地が悪くなるのはワッカの方である。

 

「あ、そうだ!お前はこの空中庭園の管理をしなくちゃならねえじゃねえか!オレと一緒だとそれもままならねえ!庭園(ココ)に残って、お前はお前の責務を(まっと)うしろ!!」

 

「ご心配なク。『空中庭園』に何かあった場合、私はすぐに知ることが出来まス。加えテ私には『空中庭園』への転送機能もありまス。普段の管理はオートで十分ですカラ、何も問題はありませン」

 

「あのなぁ…、察してくれよ…」

 

 フランシェスカや庭園に問題は無くとも、ワッカには大有りなのだ。そんな彼の胸中を知ってか知らずか、フランシェスカは言葉を続ける。

 

「つきまシては、『空中庭園』へのマスター登録を済ませテいただきタク。私は既にマスターのモノでスが、『空中庭園』もきちんとマスターのモノとシなければなりませン」

 

「登録?」

 

「ちょっと失礼しまスね」

 

そう言ってフランシェスカは椅子に座るワッカの前に回り込む。

 そしてあろう事か、いきなりワッカにキスをしてきたのだ。

 

「むっ!!!??」

 

「「「「ああああーーーー!!!!」」」」

 

 エルゼ、リンゼ、八重、ユミナが同時に大声を上げる。他のメンバーも驚きの様子でワッカとフランシェスカを見ていた。フランシェスカの舌がワッカの口内に入り込んでくる。ディープなタイプのヤツだった。

 

「ウボァー、な、何しやがる!!?」

 

 我に返ったワッカは、急いでフランシェスカを引き剥がした。

 

「登録完了。マスターの遺伝子を記憶しましタ。これより『空中庭園』の所有者は私のマスターであるワッカ様に移行されまス」

 

 何と言うことでしょう。フランシェスカは遺伝子を採取するためだけにワッカとディープキスをしたのだった。対するワッカの方は後味の悪さしか感じられていない。彼女の舌から変な味がした、という意味では無く、好きではないどころかむしろ嫌悪感を抱きつつある機械(フランシェスカ)相手にキスを強要されたことが不愉快なのだ。

 2人のキスはもう「世界一ピュアじゃないキス」と呼んで差し支えないだろう。

 

「ちょっと何してるんですかぁ!!」

 

 ギャラリーで最初に抗議の声をあげたのはユミナだった。

 

「いきなり、きっ、きっ、キスするとか!私だってまだなのに!私だってまだなのに!!」

 

彼女の猛抗議に対するフランシェスカの回答はアッサリとしたものだった。

 

「遺伝子採取に一番効率が良いと思いましたのデ」

 

「くっだらねえ!なんだよそれ!バカバカしい!」

 

 相手の意図を知ったワッカは絶叫する。

 

「それなら髪の毛とかで良いだろうがよ!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「私に子供はできませンが、そちらの方法はイロイロと問題がありそうでシたカラ」

 

「おい!言葉をつつしめよ」

 

意味不明な判断基準である。ナイフで他人を刺しても死ななきゃセーフ、みたいな言い草だ。この瞬間、ワッカはフランシェスカをこの庭園に置き去りにすることを心に決めた。

 そんな彼の目の前に、険しい顔をしたリンゼが立ちふさがった。

 

「……ワッカさん」

 

「何だよ!?オレは悪くねえ!オレは悪くねえ!」

 

「私は、()()()()()()()()、です」

 

「は?」

 

 唐突な告白を耳にし、ワッカの思考が停止する。そんな彼の隙を突くかのように、リンゼは顔を真っ赤にしながら、彼の唇に自分の唇を押しつけてきた。

 

「んっ!!」

 

「んん゛!!?」

 

「「「あああーーー!!!」」」

 

 絶叫が再び、バビロンの空中庭園にこだました。

 

 

 

 

 

 その後、ワッカは逃げ帰るように王都の屋敷へと戻ってきていた。荒い息を吐きながら1人で自室へと戻った彼に対し、声をかける者がいた。

 

「大変そうでスね、マスター」

 

フランシェスカだ。どさくさに紛れて付いてきてしまったのだ。他人事のような言葉を投げかけてきた彼女の胸ぐらを、ワッカは思わず掴んでしまう。

 

「分かってんのかよ!?全部あんたのせいなんだ!オレが苦しんでいるのも!リンゼがキスしてきたのも!仲間達(アイツら)が冷たい目でオレを見てくるのも!全部!全て!みんな!何もかもあんたのせいだ!!」

 

 ワッカは早口でまくしたてる。せっかく機械嫌いを克服したというのに、昔の自分に逆戻りしてしまいそうになっていた。

 

「そうでスか」

 

 フランシェスカの方は相変わらずである。申し訳なさそうな表情をするとか、困惑するとか、涙を見せるなどと言った様子を一切見せない。

 そんな彼女に対して怒り狂うのが馬鹿馬鹿しく感じられ、ワッカは掴んでいた手を離した。

 

「お前を『空中庭園』に返すからな!オレと一緒にはいられねえ!」

 

「ではマスター。レジーナ・バビロン博士からメッセージがございまス」

 

 何が「では」なのかはサッパリだが、彼女はマイペースな姿勢を崩さず、(ふところ)からタブレットを取り出した。

 

「な、何だよコレ!?」

 

「こちらのスイッチを押しテいただけレば、博士の画像が映りまス」

 

 言われるがままワッカがタブレットのスイッチを押すと、画面の液晶から光が発せられた。光が収まると、画面の上に半透明の小さな人間が立っていた。立体映像である。白衣を着た20代の女性で、丸い眼鏡をかけており、髪は長くボサボサの状態だ。

 そんな立体映像の女性が、口にタバコを(くわ)えたまま挨拶をしてきた。

 

『やあやあ、初めまして。ボクはレジーナ・バビロン。まずは「空中庭園」及びフランシェスカを引き取ってくれた礼を述べよう。ありがとう、ワッカ君』

 

「は!?何で、オレの名前を知ってんだよ…?」

 

 ワッカの口から疑問が漏れ出る。レジーナ・バビロンは5000年前の人物であり、フランシェスカも彼女については「既に亡くなっている」と口にしていた。そんな彼女が5000年後の世界にいるワッカの名前を知っているハズが無い。

 

『分かるよ。君の疑問はもっともだ。ソレを知りたくなるのも当然だよね』

 

 驚くことに、画面の上の博士はワッカの疑問に応えるかのような言葉を返してきた。

 

『君の疑問に答えようじゃないか。じっくり見ると良い』

 

 そう言うと博士は自分の穿()いているスカートをまくり上げた。博士の黒いパンツがワッカの目に入る。

 

『ボクのお気に入りだ』

 

「知るかぁ!!」

 

 ワッカは思わずタブレットを叩きつけてしまった。運良くベットの上に落ちたので、タブレットは割れずにすんだ。

 

『はっはっは、冗談だよ冗談。ちょっとしたお遊びさ』

 

「おい!冗談をつつしめよ」

 

ワッカは博士に対して人差し指を突きつける。

 

「もうパンツはたくさんだ!次変なことを言ったら、この機械を叩き割るからな!!」

 

『きちんと君の質問に答えるから許してくれたまえ。どうしてボクが君のことを知っているのか気になっているのだろう?』

 

「そうだよっ!」

 

『ボクが君を知っている理由、それはボクが未来を覗くことが出来る道具を持っているからだ』

 

 都合の良い道具の存在を聞かされ、ワッカは彼女の言葉を信じて良いのか疑問に感じる。しかし隣にいるフランシェスカの存在を考えると、ウソだと断定することは出来なかった。

 

「そ、それは冗談じゃねえんだな?」

 

『時空魔法と光魔法を組み合わせて、そこに無属性魔法の…、まあ細かいことは(はぶ)くとして、未来を覗くことが出来る道具があるのだよ。ただ残念なことに、この道具は断片的な物事しか覗くことが出来ない上に、覗く時代を決められてしまう欠点を抱えているんだ」

 

好き勝手に未来を覗けるほど、都合の良い道具では無いらしい。

 

『使用者と同じ生命波動を持つ者を捉えて映し出すシステムでね。ボクの場合、全属性の魔力持ちであることが災いして、君のいる遠い時代しか見ることが出来なかったんだよ。まあともかく、その道具を使って、君の存在を見つけることが出来たんだ。君の仲間との冒険は楽しく見させて貰っていたよ』

 

「勝手に覗きやがって…」

 

『しかしある時、急に君の活躍を見ることが出来なくなってしまった』

 

「故障か?いいキミだぜ」

 

 あざ笑うワッカの予想に反し、博士の示した理由は驚くべきものだった。

 

『未来が変わってしまったんだよ。いや、「変わった」と言うより「不確定になった」と表現した方が正しいかもしれないな』

 

「ど、どういうことだ?」

 

『パルテノの滅亡…、いや、それは決まっていたのだろうな。実際、君達の時代にはボクたちの文明は滅んでいるのだし』

 

「らしい、な?」

 

『とにかく人類の敵、()()()()どもの侵略によるパルテノの滅亡は、すでにボクの見ていた未来に織り込まれていたのだ』

 

「ふ、フレイズだって!?」

 

 博士の言葉にワッカは驚いた。「フレイズ」は彼が旧王都の遺跡で戦った水晶の魔物のことである。単語自体はこの間、リーンから聞かされたばかりだった。

 

「フレイズが、5000年前の文明を滅ぼした元凶だってのかよ!?」

 

『ボクらも戦ったが、幾万ものフレイズによるパルテノの滅亡は止められなかった』

 

「そ、そんなに数が…」

 

ワッカは呆然とする。水晶の魔物が万単位で攻め込んできたのだとしたら、流石のワッカも止めきれる自信が無い。

 

『フレイズによる世界の滅亡は目の前まで迫ってきていた。恐らくその先に未来は無い。だからボクは未来を見ることが出来なくなったんだよ』

 

恐ろしい報告である。冗談だと思いたかったが、彼女の口調から察するに冗談では無さそうだ。

 

『でも君達はこの世界で生きているだろう?世界は滅亡しなかったのさ』

 

一転、現実を突き付けられてワッカはハッとする。

 

「た、確かにそうだ!」

 

『ある時を境にフレイズたちが世界から消えてしまったんだよ。その理由は分からないけど、お陰でまた君達の活躍を見ることが出来るようになったよ』

 

 ワッカにはもう、博士に覗かれていることに対しての怒りは消えていた。代わりに様々な思いが、頭の中を占拠していた。

 

『そういうわけで、ボクは君のことを知ったのさ。無論、ボクの遺産である「バビロン」は君のために遺したものだ。好きに使ってくれたまえ。君好みの娘達も造っておいたことだしね』

 

「いや、シェスカは別に俺の好みじゃねえんだが…」

 

 隣にいる本人(フランシェスカ)が気にしないであろうことを良いことに、ワッカは遠慮なく本音をぶちまける。

 

『一応、君以外に「バビロン」が渡ってしまうのは良くないので分散させておいたが、残りを探すかどうかは君に任せるよ。見つけても見つけなくても良い。あまり、強すぎる力はその時代に必要無いみたいだしね』

 

 博士に配慮が出来ているのかはイマイチ不明なところだったが、ワッカは一つ確信した。パンツ丸出しは適合者を決めるための行為である、というのはウソだったのだ。

 

『では、長くなってしまったことだし、これにてメッセージを終了する。ちなみにこのメッセージの終了後、フランシェスカは全裸になる』

 

「はああぁぁ!?」

 

『冗談だ。ではまた』

バキィッ!!

 博士が別れを告げるのと、ワッカがタブレットを叩き割ったのはほぼ同時のことだった。

 隣にいたフランシェスカは、ワッカが機械を壊したことについては特に責めるわけでも無いらしく、普段と変わらぬ調子でワッカに言葉を投げかけた。

 

「脱ぎまスか?」

 

「お前もとっとと帰れ!!」

 

 ワッカは煮えたぎる頭のまま「ゲート」を開き、フランシェスカを無理矢理「空中庭園」へと押し込んだ。

 

「あア、強引なマスター…」

 

言葉を返すことも無く、ワッカは「ゲート」を閉めてしまった。




 はあ、しんど…。「見ていて一番キツい」と言われている11話の部分なだけありますわ。


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ユミナの怒り、そして正直な気持ち。あとブリッツボール。

 皆さんに重要なお知らせがございます。
 50話以上にわたって続けてきた「異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~」ですが、()()()()()()()()()()()()()()()する予定です。
 急なお知らせになって申し訳ございません。こう聞くと「打ち切りかな?」と思う方もいるかもしれませんが、それは違います。
 当作品は元々、「異世界はスマートフォンとともに。」のアニメ一期の範囲で完結すると宣言した上で連載をスタートさせました。あと3話でアニメ一期の範囲が終了する、ただそれだけの理由です。私がこの作品でしたかったこともほぼほぼ描き終わってますので、打ち切りではございません。
 そんなわけで残り少ない話数ではありますが、ワッカの異世界での物語をどうか最後まで楽しんで下さると幸いです。


 フランシェスカをバビロンの空中庭園へと強制送還させて一人きりになったワッカは、自室のベッドに寝そべりながら物思いに浸っていた。

 ワッカの脳内では、異世界に転生する前の神との会話が再生されていた。神から異世界転生について提案された際、ワッカは「転生先の世界にもシンと同じような脅威があるのか」と尋ねた。それに対して神は「いる」と答えたのだ。その答えを聞いたワッカの答えは次の通りだった。

 

「オレはその別の世界ってのに蘇って、その世界の脅威を打ち倒すことにするぜ!」

 

 レジーナ・バビロン博士の話を聞いた今、ワッカは確信する。神の言っていた「異世界の脅威」というのは水晶の魔物、つまり「フレイズ」のことだったのだ。

 加えてもう一つ、怒りから落ち着いたワッカは「あること」に気が付いていた。博士はワッカの活躍を見ていたと言っていたにも関わらず、旧王都でのフレイズとの戦いについては一言も触れていなかった。話の流れからして、知っていたのならば言及しないのは不自然である。つまり、博士は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと思われる。

 だがもしそうならば「なぜ博士は『バビロン』をワッカのために遺したのか」という新たな疑問が思い浮かぶ。単純にワッカを応援したかったから、という答えでも不正解では無い気はするのだが…。

 と、そこまでワッカが考えた時のことだった。深い思考の海から彼を引き上げるかのように、部屋の扉がノックされた。

 

「ワッカさん、ユミナですけど…」

 

「んおっ!?あ、ああ、分かった!」

 

 扉越しのユミナの声を聞き、ワッカは思考をリセットする。そう、今の彼には()()()()()()()()が残されているのだ。ひょっとすると先程までの長考は全て、現実逃避のために行われていたのかもしれない。

 ワッカは扉を開け、ユミナを自室に入れる。ユミナが中央のソファに腰掛けたので、ワッカも彼女の向かいに移動させた椅子に腰掛けた。彼自身は特に悪いことをしていないハズなのだが、何とも気まずい雰囲気が部屋の空気を重くしていた。

 ユミナは初めて出会った時と同じように、青と緑のオッドアイでワッカに視線を送っている。

 

「………ワッカさん」

 

「…なんスか?」

 

「私、怒ってますよ?」

 

「俺は怒られるようなことはしてねえハズだぞ?」

 

ワッカの堂々とした言葉に対して、ユミナは眉間にしわを寄せ、頬を膨らませる。

 

「私だってまだキスしてもらって無いのに、先に2人にも奪われるなんて!」

 

「そっちかよ!」

 

 ユミナの意外な怒りの矛先を知り、ワッカは驚きの声をあげる。その瞬間、彼の堂々とした態度は崩れてしまった。

 

「リンゼの告白に対して怒ってたんじゃねえのかよ!?告白したのは私が先、的なよぉ」

 

「何でですか?リンゼさんがワッカさんを好きなのは見てれば分かるじゃないですか」

 

「知らん。そんなことはオレの管轄外だ」

 

「この際だから言っておきますよ!」

 

ユミナは頬を膨らませたまま、人差し指をたてて言い聞かせるようにワッカに言葉をぶつける。

 

「私はワッカさんが何十人と結婚をしたとしても、その子供達を不幸にしない限りは文句はありません。それも男の甲斐性(かいしょう)だと思っています。ですが!でーすーがー!!正妻である私より先にキスを奪われるなんて油断しすぎです!」

 

「ちょっと待て!!オレはお前と結婚するなんてまだ決めてねえ!」

 

「でも、一番最初に告白したのは私のハズです」

 

「それはそうだ!だがオレが結婚を承諾して無い以上、お前がオレの正妻を名乗る資格は無いハズだ!」

 

「そうですか!なら私が、自分がまだ正妻で無いことを認めたとしたのなら、ワッカさんもキスを奪われたのは自分の落ち度だと認めてくれますね!?」

 

「オレだってのかよ!?」

 

 あくまでもユミナの怒りの元凶がキスであることにワッカは呆れながらも、自身の空中庭園での振る舞いを思い返してみる。言われてみれば確かに、自分の動体視力ならば2人のキスを防ぐことは可能だったように思えてくる。

 

「オレだよなぁ…」

 

「そうです!しっかり防御して欲しかったですね!」

 

「わ、悪かった…」

 

 ワッカは思わず謝ってしまう。

 

「……抱きしめてキスしてくれたら許してあげます」

 

「………」

 

 ユミナの大胆な条件を聞き、ワッカはしばし考える。彼女が自分を好きでいてくれているのは確かだ。リンゼも自分のことが好きなようだが、最初に告白したのがユミナであるのは事実である。だとしたならば確かに、自分より先に他人にキスを奪われたのは不愉快だろう。いっその事、この場では素直にユミナの願いを聞き入れるべきなのかも知れない…。

 決心しかけたワッカの脳内に瞬間、ユウナのガード時代に起こった「シーモアとユウナの出来事」の場面が蘇ってきた。

 

「だ、ダメだ!!」

 

 ワッカは慌てて両腕を伸ばし、ユミナの前で両手を振った。

 

「…この状況で断るんですか?」

 

「そうだ!お前が何と言おうと、オレが結婚を認めていない以上、オレはお前とキスをする気はねえ!」

 

「リンゼさんにキスを奪われたのに、ですか!?」

 

「そうだ!ソレについては謝るしかねえ。でもキスは出来ねえ!」

 

そう言ってワッカは両手を膝に付き、深々と頭を下げる。

 

「もし不満だってんなら、お前はオレを許さなくっても構わねえ」

 

「………。はぁ…。顔を上げて下さい」

 

 ユミナはため息を吐きながら、ワッカに頭を上げるよう促した。

 

「どうしても私とキスをしたくない、というワッカさんの気持ちは理解しました。そう言えば以前に言ってましたね?『お互いがしっかりと了承した上で結婚しないとろくなコトにならないとオレは知ってる』と」

 

「言ったっけか?…言ったかもなぁ」

 

 確かにワッカは、ユミナと初めて任務に行った際にその話をしていた。あの時の彼の話を、ユミナはしっかりと覚えていたのだ。

 

「私とキスが出来ないのも、その出来事が原因ですか?」

 

「ユミナは鋭いな。その通りだ」

 

 ワッカは素直に肯定した。

 

「はぁ…、仕方ないですね。私がまだ、ワッカさんに妻として認められて無いというのも事実のようです。ここは引き下がるしかありませんね…」

 

「悪かった。でも、オレはお前のことを嫌っているわけじゃ無いぞ。お前のことは仲間として大事な存在だとは思っている。だが結婚相手としては見れてない。それが今のオレの正直な気持ちだ」

 

「分かりました。今はそれでも構いません」

 

 ワッカの正直な気持ちの吐露を、ユミナも素直に受け入れた。

 少しの沈黙の後、ユミナはワッカに問いかける。

 

「ワッカさんはリンゼさんをどう思っているんですか?」

 

「リンゼか?」

 

 しばらく考えた後、ワッカはリンゼに対する正直な気持ちをユミナに伝える。

 

「アイツに対して抱いている思いも、お前とは大差ねえ。確かに、アイツの方がオレとの付き合いは長いし、告白されて嫌なワケじゃ無かったが、お前と同じ大切な仲間ってカンジだな」

 

「好きか嫌いかで言ったら、どっちですか?」

 

「そりゃあお前…、好き、だろうな。嫌いだなんて言えねえよ」

 

 ワッカの答えを聞き、ユミナはニンマリと笑った。

 

「だそうですよ、リンゼさん」

 

「は?」

 

 ユミナが部屋の隅に向かって声をかけると、誰もいなかったはずの空間から顔を真っ赤にして(うつむ)いているリンゼが姿を現した。

 

「い、いたのかリンゼ!?」

 

「リーンさんに頼んで姿が見えなくなる魔法をかけてもらっていたんですよ」

 

驚くワッカにユミナが説明する。

 

「リーンの仕業かよ!まったく、ろくなコトしねえぜ…」

 

「ワッカさんが悪いんですよ?」

 

 リーンに悪態をつくワッカを、ユミナが(たしな)める。

 

「リンゼさんに何も返事をしないで部屋に閉じこもってしまうんですから。嫌われたって、リンゼさんずっと泣き続けていたんですよ。もうちょっとでエルゼさんが殴りに行くところでした」

 

「そうだったのか!?リンゼ、悪かった!!」

 

 知らずにリンゼを傷つけてしまっていたことを知り、ワッカは慌てて謝罪する。

 

「あ、あの、私の方こそ、あの時はすみませんでした。シェスカのキスを見たら、負けられないって、思ってしまって…、気が付いたら、あんなことを……。ワッカさんの気持ちも考えないで……、ごめん、なさい…」

 

リンゼも服の(すそ)を握りしめながらワッカに謝罪をした。目からポロポロと涙をこぼしている。

 そんな彼女の元にワッカが近づき、優しく頭を撫でてあげる。

 

「あ……」

 

「さっき聞いてただろ。オレはお前を嫌ってなんかいねえよ。だから安心しろ。ホントに悪かったな」

 

「ワッカさん……」

 

 リンゼが少し笑顔を見せたので、ワッカも一安心する。しかし同時に、重要なことはしっかり言い聞かせないとダメだとも思った。もう勘違いはこりごりである。

 

「でもな、リンゼ。さっき話した通り、オレはまだお前のことを恋愛対象としては見ることが出来てねえんだ。もちろん、大事な仲間だとは思っていて、その意味でお前のことは好きだ。でもな、恋愛の意味で好きかと聞かれたら、そうは言えねえんだ」

 

「はい…」

 

「言っとくけど、お前をフッたわけじゃねえぞ」

 

俯くリンゼに対し、ワッカはフォローを始める。

 

「これは初めてユミナから告白された時にも言ったんだけどよ、お前が誰を好きになるかはお前の自由だとオレは思っている。もちろん、オレを好きになるのも自由だ。そしたらユミナは、オレと行動を共にする2年の間に私に惚れさせる、って言ったんだ。オレはその挑戦を受け入れた。お前もオレへの恋を諦めて無いんなら、そうして欲しい」

 

「分かりました…、頑張ります」

 

 リンゼは涙をぬぐってそう答えた。

 

「良かったですね、リンゼさん。でも、ワッカさんを惚れさせるのは大変ですよ。私も今回はキスまで持って行けるんじゃないかと思ってたんですが、ダメでしたね」

 

 ユミナはリンゼを慰めながら、部屋の扉の前まで足を運ぶ。既に日は落ちていた。

 

「いきなり失礼しました、ワッカさん。リンゼさんのことも、結婚候補としてちゃんと見てあげて下さいね」

 

「ああ、約束するよ」

 

「では、おやすみなさい」

 

「おやすみなさい…」

 

 ユミナとリンゼは「おやすみ」の挨拶をして、ワッカの自室を後にした。その時の少し寂しげな顔をした2人の姿が、ワッカの脳内にこびりついて離れなかった。




 次回、ラスボス戦です。誰が何と言おうとラスボス戦です。


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決闘、そしてワッカの憂鬱。あとブリッツボール。

「異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~」最終回前話記念 
今まで当作品を続けてきて使いやすかった語録ランキング

~ワッカの台詞部門~

1位「おい!言葉をつつしめよ」
理由:注意を促す時、相手を威圧する時、仲間内でのノリ等、圧倒的な汎用性があった。「言葉」の部分を別の二字熟語に変更しても「あ!元ネタはあのセリフだ」と分かって貰える点も使いやすかった。

2位「教えはどうなってんだ教えは!!」
理由:困惑したとき、怒っているとき、相手の非常識さに呆れている時等、こちらも中々の汎用性を持っていた。「どんな教育受けてんだ!」「どうしてそんな間違った知識を持ってるんだ!」的な意味合いを持たせられる点も、「異世界はスマートフォンとともに。」世界で使いやすかった。

3位「なあんだ、ハラヘリかぁ?」
理由:相手が空腹なのを察した時に使うこともあったが、「ハラヘリ」の部分を別のカタカナ4文字に変換することで汎用性がグンと上がった。上記2つのセリフに比べて若干知名度が劣っているのが難点か。元はビサイド島に流れ着いたティーダの空腹を察した時のワッカのセリフ。



~ワッカじゃない人の台詞部門~

1位「わりい、やっぱつれえわ」
理由:FFXVの主人公、ノクティスのセリフの中でもっとも有名であろう語録。使うだけで何となく面白くなってしまう不思議なセリフ。ワッカと同じファイナルファンタジー出身な点もポイントが高い。ちなみに実際に使われていたシーンは、到底ネタに出来ないガチシリアスなシーンである。

2位「ウボァー」
理由:FFⅡのラスボス、バラメキア皇帝の断末魔。相手が倒れるときによく使っていた。個人的には結構汎用性が高いと思っていたのだが、感想欄でもここすき(仮)でも読者に一切触れられた事が無かったため、ウケていたのかは微妙なところ。

3位「お労しや、兄上」
理由:「鬼滅の刃」の登場人物、継国縁壱(つぎくによりいち)のセリフ。当作品ではベルファスト王国の国王に対しての専用セリフになってしまっている。弟のオルトリンデ公爵が国王を「兄上」呼びしている点と、国王が残念な人物だった点が奇跡的に噛み合った結果、当作品で使われる運びとなった。もし公爵が国王を「兄様」呼びしていたり、国王がしっかり者だったら使えなかった。


 翌朝、ワッカは自室の扉を叩き破るかのようなドバンッ!という大きな音で叩き起こされた。

 

「ぬおぉ!?な、何だぁ!?」

 

慌ててベッドから飛び起きた彼が目にしたのは、腰にガントレットを吊るしたエルゼの姿だった。

 

「ちょっと話があるんだけれど…」

 

「お、おう…?」

 

「付いてきて。ブリッツボールを忘れないでね」

 

 寝ぼけていたワッカは、訳も分からずエルゼの後に付いていく事になった。

 エルゼがワッカを連れてきた場所は、王国軍の第三訓練場である。ワッカの屋敷から近く、エルゼとレオン将軍が訓練の場としてよく使っていた場所であったため、本来は部外者である彼女も顔パスで通れることになっていた。

 そして訓練場の中にはもう1人、別の人物が彼を待ち受けていた。

 

「八重?どうしてお前がココに?」

 

「ワッカ殿を待ってござった」

 

そう答えた八重の手には刀が握られている。

 ココに来るまでの間に、ワッカは完全に眠気から脱していた。これから何が起こるのか、2人の様子を見た彼は大体察することが出来たが、一応尋ねるだけのことはしておく。

 

「で?オレをこんな所に呼び出して何の用だ?」

 

「……リンゼをユミナと同じように恋人候補として扱うんだってね?」

 

エルゼが射貫くような視線をワッカに向ける。

 

「聞いたのか?まあ、そういうことになったな」

 

「ねえ、あんたはリンゼのことをどう思っているの?本当に好きなの?」

 

「そこについては聞いてなかったのか…」

 

「答えてよ」

 

「昨日リンゼにも言ったが、アイツのことは『仲間』という意味では大切に思っている。でもオレはアイツを恋愛対象として意識したことは無い。そんな状況でアイツの告白に対して返事することは出来ねえだろ?だからアイツにも『ユミナと同じようにこれからオレを惚れさせるよう頑張れ』って言ったんだ」

 

「それをあの子は受け入れたの?」

 

「なんじゃねえのか?」

 

 ワッカの煮え切らない答えを聞き、エルゼはため息を吐く。頭をガシガシと掻きながら、イライラした様子で地面を蹴り続けている。

 

「昔っからあの子、そういう所あったのよね…。普段はびくびくと怯えているくせに、ここぞというときは大胆で、私と全く逆なのよね…」

 

「拙者も似たようなものでござる。何かきっかけが無いと踏ん切りが付かない性分でござってな…」

 

 そう言いながら、エルゼと八重は戦う姿勢を整え始めた。

 

「ワッカ、あんたにはこれから私達と戦って貰うわ」

 

「やっぱりな。そんなこったろうと思ったぜ」

 

エルゼの言葉を聞いたワッカはニヤリと笑みを返す。そしてブリッツボールを手に取った。

 

「私達が勝ったら、言うことを一つ聞いて貰うわ。その代わり、あんたが勝ったら…」

 

「いや、必要ねえよ」

 

 エルゼの言葉をワッカが遮る。

 

「オレが勝ったときの褒美なんざ必要ねえ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

ハッキリと言い切った彼の言葉を聞き、2人のイライラが増していく。

 

「拙者達では相手にならない、ということでござるか?」

 

「具体的なことは分からんが、お前らは何か不満があんだろ?その不満を解消するためにオレと戦いてえんだろ?」

 

 そう返すワッカの脳内に、在りし日のビサイド島での記憶が蘇る。

 

「なんでなんスか!?オレはこんなにキーパーをやりたいと思っているのに…」

「お前はキーパーには不向きだ!そうオレが思ったからだ」

「そんなの、やってみなきゃ分かんないじゃないスか!」

「い~や、分かるね。長年ブリッツボールを続けてきたオレが言うんだ。間違いねえ」

「くっ!こ、こうなったら、力づくで認めさせてやるっす!!」

「おーし、上等だ!ドンと来い!!」

 

あれは誰との(いさか)いだっただろうか…。そんな過去の追憶から離れ、ワッカは現実と向き合うことにする。

 

「懐かしいな、選手兼コーチ時代を思い出すぜ」

 

「この刀は拙者の知り合いからお借りした物で、刃を落としているでござる。斬って死ぬことは無いでござるが、骨ぐらいは折れるでござるよ…」

 

 刀を見せながら言う八重に対し、ワッカも言葉を返す。

 

「オレも通常モードのブリッツボールで戦うぜ。一応、お返しとして言っておくが、ボールだからって甘く見るなよ?当たったら普通に痛えからな。獣王との試合を見てただろ?」

 

 ブリッツボールという競技は水中で行われる。水中でも選手同士でパスが出来るように、ボールはしっかりとした密度で構成されているのだ。そんなボールを水の抵抗が無い地上で使用すれば、本格的な投擲武器へと成り代わる。

 しかし、そんなブリッツボールの危険性については、ワッカとの付き合いが長いエルゼと八重も承知済みである。

 一切臆する事無く、エルゼが言葉を返した。

 

「あ、あと魔法は禁止ね。私も『ブースト』は使わないから」

 

「構わねえよ。それくらいしなきゃ、すぐ終わっちまうよな?」

 

 ワッカは悩むこと無くそう答えたが、一つの疑問が頭に浮かぶ。

 

「そう言やこのブリッツボールには、オレの手元に自動的に戻ってくるよう『プログラム』の無属性魔法がかかってるんだが…。解除した方が良いのか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わよ」

 

「うし、ならOKだ」

 

 試合に関するルールが定まった所で、3人とも本格的な戦闘態勢に入る。

 

「じゃあ、覚悟は良いわね」

 

「いや、最後に言わせてくれ。戦いを挑まれた以上、オレは手加減しねえ。仲間だから、女だから、そんな理由で手加減して貰えるとは思うんじゃねえぞ?」

 

「当然よ!本気でやらないと一生許さないわよ」

 

「泣くなよ?オレが気まずいからな」

 

「ワッカ殿!お覚悟を!」

 

「うっしゃあ!ドンと来い!!」

 

 ワッカの大声で、戦いの火蓋が切られた。

 八重とエルゼは左右に分かれ、挟み撃ちする形でワッカに向かってくる。対するワッカが狙いに定めたのはエルゼである。八重に関しては獣王戦と同じように、刀を握る手にボールを当てれば無力化出来ると考えたからだ。

 後ろから迫り来る八重に気を付けつつ、ワッカはエルゼにブリッツボールを投げつける。エルゼは左手に装備したエメラルドグリーンのガントレットを、ボールから己の身を(かば)うかのように(かざ)した。

 すると、ワッカにとって予想外のことが起こった。彼の投げたブリッツボールがエルゼの体に当たる前に()れ、あらぬ方向へ飛んでいったのだ。

 

「私に飛び道具は通じないわよ!」

 

「なるほど、だからオレの『プログラム』もOKなのか」

 

ワッカは納得する。エルゼの装備しているエメラルドグリーンのガントレットには、飛び道具を逸らす風属性魔法が付与されている。このガントレットを購入した時にワッカは一緒だったのだが、すっかり忘れていた。

 別方向に飛ばされたブリッツボールは遠くの地面にバウンドし、ワッカの手元に向かって戻ってくる。その間、ワッカは無防備である。彼は八重とエルゼの攻撃を(かわ)しつつ、手元に帰ってくるボールにも注意を払う。1人で3つの対象を注視することは大変そうに感じるかも知れないが、ワッカにとっては造作も無い事である。ブリッツボールの試合中はもっと沢山の対象に気を配りつつ、勝つためのプレーを意識しなければならなかったからだ。

 

「じゃあ、今度はお前だ!」

 

 ボールを回収した後、ワッカは八重に攻撃対象を変更する。だが、彼が八重に向かって投げたボールは、刀ではじき返されてしまった。

 

「そんな直球に当たるほど、拙者は甘くないでござる!」

 

「ならコイツはどうだぁ?」

 

刀に弾かれたボールをキャッチしたワッカは、今度は回転を加えて八重に投げつけた。相手のペースを乱す変化球だ。しかし、八重はそれすら見抜いて刀でボールを遠くへと弾いた。

 直後、八重は腰の脇差(わきざし)を抜き、両手に刀を持つスタイルに変更した。

 

「へえ、そんなことも出来るのか」

 

感心するワッカに八重が突進する。右手に持った刀での逆袈裟(けさ)斬りをワッカはバックステップで回避した。

 しかし、この回避は八重の想定内だったらしい。彼女は回避直後のワッカに対して、左手の脇差を投げつけた。

 

「マジ!?」

 

 驚くワッカの元にブリッツボールが帰ってきた。八重の奇襲は一足遅かったのだ。

 ワッカの投げたブリッツボールによって、彼女の脇差は遠くへと弾き飛ばされてしまった。使い切りの飛び道具に対して、ワッカは圧倒的に有利である。相手の飛び道具をボールで遠くへ弾き飛ばしてしまえば、彼の手元にのみ武器が帰ってくるからだ。

 そんな一連の動きの最中、ワッカは八重の後ろにいるエルゼを見逃さなかった。隙を見て八重の背後から奇襲する作戦なのだろう。ワッカは脇差を弾き飛ばしたボールを自ら回収し、八重に向かって投げつけた。

 が、彼の投げたボールは八重の前方で急に左カーブし、彼女の体を避けつつ後ろのエルゼへと向かっていった。

 

「……え?」

 

「ちょっ、きゃあ!?」

 

 思わぬ攻撃に左手のガントレットによる防御が間に合わず、エルゼの体にボールがヒットした。八重とエルゼの奇襲作戦を逆手に取った、ワッカの変化球攻撃が成功したのだ。

 八重の視線がエルゼに釘付けになっていることを、ワッカは見逃さない。彼女の右をスライディングで抜け、ボールをキャッチする。

 

「しま、ぐわっ!!」

 

 下方から投げられたボールを八重は避けることが出来なかった。

 八重にある程度のダメージを与えたところで、ワッカはエルゼに狙いを定める。

 

「くっ!」

 

向かってくるブリッツボールに対し、エルゼは左のガントレットを翳す。案の定、ボールはエルゼに当たる前に曲がって逸れた。

 しかし、この軌道の変化をガントレットのお陰だと思ってしまったのがエルゼの失敗だった。ボールはガントレットに軌道を変化させられたのでは無い。()()()()()()()()()()()のだ。無論、ワッカの投球術による軌道の変化である。故に軌道の変化の仕方を知っていた彼は、ボールの来るであろう位置に予め移動を完了していた。

 ガントレットの妨害による軌道の変化と、投球術による軌道の変化では当然、ボールの動きに大きな違いが出る。後者の方は、ワッカにとって都合が良いように動くからだ。

 

「隙ありだぜ!」

 

「うそっ、きゃあ!!」

 

ガントレットによって逸らしたと思い込んでいたボールの思わぬ動きに困惑したエルゼの隙を、ワッカは逃さない。彼女の防御が間に合わぬ内に、攻撃をヒットさせた。

 

「うう、くっ…!」

 

「つ、強い、でござるな…」

 

 エルゼと八重はワッカの強さを再認識することになった。一方のワッカは、まだまだ余裕を崩していない。

 

「言っておくが、オレはこれがバトルだと思っちゃいない。お前らの強さとオレの強さにどれ位の差があるのか教えてやる。これはセミナーだ」

 

「ば、馬鹿にしないでよぉっ!!」

 

「ここで諦めるわけにはいかんのでござる!!」

 

 ワッカの挑発によって、2人は更に闘争心を高める。しかしその後の展開も、ワッカの一方的な状態が続いていた。

 ワッカは、エルゼに対してはトリッキーな変化球を駆使して攻撃を仕掛ける。たまに変化球と見せかけた単純な攻撃も挟むため、エルゼは思い通りの防御が出来なかった。

 

「きゃあ!!」

 

 一方、八重に対しては獣王戦のような戦法は止めにし、彼女が刀を落とさないような場所へと攻撃を仕掛ける。八重をエルゼの視線を遮る壁として利用したかと思えば、今度は彼女自身へのストレートな攻撃。八重もまた、ワッカの攻勢に翻弄されるがままだった。

 

「ぐわっ!!」

 

 エルゼも八重も、十二分な強さを持っている。現在ギルドの青ランクであるのも、決して過大評価では無い。しかし、それでもやはり、シンを倒すところまで行ったワッカとの間には、絶対的な差という物があったのである。普段はひょうきんな兄貴分であるワッカだが、本来なら「伝説のガード」と呼ばれてスピラ中の人々の尊敬を集めるはずであった、超人的な戦闘能力を持っているのだ。

 そんなワッカも、単に「売られた喧嘩を買った」という理由で2人を攻撃しているワケでは無い。彼は2人に()()を経験して欲しかったのだ。

 常に命の危険を強いられる前衛を任せている2人には、更なる成長をして欲しい。挫折は人を大きく成長させる。負けん気の強い彼女達なら、挫折に心を砕かれ成長を止めてしまう心配は無かった。思えば今まで行動を共にしてきた中で、彼女達が挫折を経験したであろう状況には出くわしたことが無い。ならば命の危険が無い今こそが、彼女達を更に成長させる良い機会だと考えたのだ。

 

「まだまだぁ!」

 

「「ぐふぁ!!」」

 

 しかし、ワッカは元より仲間を大切にする性分だ。2人を攻撃するのは内心(つら)く感じていた。それでも彼女達の成長のためにと、心を鬼にして攻撃を続ける。

 

 3人が戦い始めて、1時間以上が経過した。もう十分だ、とワッカは考える。彼の一方的な攻勢によって、エルゼも八重も既にボロボロであった。成長の(かて)とするにはもう十分であった。

 

「どうだ?オレの強さが分かったろ?」

 

「はぁ、はぁ、確かに分かったわよ…、はぁ、あんたは強いわ…」

 

「今まで戦いを見てきたが、はぁ、これほどまでとは思ってなかった、はぁ、…でござるよ…」

 

「うし!ならそろそろ降参…」

 

「「それはダメ!!」」

 

「え?」

 

 ボロボロな2人が戦う意思を崩さないので、ワッカは困惑する。

 

「私達には、絶対負けられない理由があるのよぉ!!」

 

「絶対!諦めるわけにはいかんのでござるぅ!!」

 

「おいおい、まだやる気かよ…。どうなっても知らねえぞ!」

 

 闘志を燃やすエルゼと八重だが、心の持ちようで戦況が変わるような場面では無いことをワッカは知っていた。故に、彼は少し手加減をしながら、彼女達の口から「降参」を言わせるための攻撃にシフトチェンジした。

 だが、幾ら時間が経っても、幾ら攻撃を当て続けても、2人は一向に降参を宣言しない。ワッカにとっては予想外の出来事だった。負けのルールをしっかり定めておくべきだったと彼は後悔した。

 

「もう、良いだろっ!!さっさと降参しろぉ!」

 

更に一時間が経過しようかという所で、ワッカが大声を上げる。これ以上、無闇に仲間を攻撃したくは無かった。

 

「ま…、まだよ…」

 

「まだ…で…ござる…」

 

 2人はもう、息も絶え絶えな状態だ。気絶するまで戦いを止めようとはしないのだろう。

 

「仕方がねえ…。使いたくなかったが…」

 

苦心の末、ワッカはブリッツボールを八重に投げつける。対する八重にはもう、ボールを避ける力も残されていなかった。

 

「ぐふ…、ぐぅ……ぐぅ……」

 

 攻撃を受けた八重が寝息を立てて突っ伏したので、エルゼは驚きの声をあげる。

 

「ちょ、今の『スリプルアタック』じゃない!魔法は禁止って言ったでしょう!?」

 

「エルゼ、『スリプルアタック』は魔法じゃねえ。オレの特技だ。詠唱が無かっただろ?それが証拠だ」

 

エルゼはこれまでを思い返す。確かに、初めて出会った時も、獣王戦でも、ワッカは「スリプルアタック」の際に詠唱を行わなかった。時たま彼が技名を叫びながら攻撃するので、魔法だと勘違いしていたのである。

 だからと言って許せる気にはエルゼはなれなかった。

 

「そ、そんなの知らないわよ!いい加減に…」

 

「いい加減にするのはお前達の方だろっ!!」

 

 ワッカは突然、大声を張り上げた。

 

「もう勝負は目に見えてるだろうが!なのに、負けのルールが無いのを良いことに、お前らはいつまでも、戦いを続けようとしやがって…」

 

絞り出すような声で、ワッカは言葉を続ける。

 

「オレがどれだけ!辛い思いをしてると思ってんだぁ!!」

 

「ワッカ……」

 

 ワッカの心からの叫びを聞き、エルゼは返す言葉を失ってしまった。

 

「だから、もう…、良いだろ?」

 

ワッカの投げたボールは、エルゼを深い眠りへと(いざな)った。

 

「お姉ちゃん!!」

 

「ワッカさん!!」

 

 エルゼが眠らされた瞬間、外野からの声がワッカの耳に届いた。

 

「お前ら…、来てたのか?」

 

声のする方へと振り返ると、リンゼ、ユミナ、リーンの3人が立っていた。

 

「安心なさいな。2人がワッカと決闘する気だったってコトは、私達も知っているわ」

 

 リーンが穏やかな声をワッカに投げかける。

 

「どうしても戦わなきゃいけないって、お姉ちゃんが…」

 

「八重さんからジャマはしないで欲しいと言われていたので、今まで黙って見ていました…」

 

「リンゼ…、ユミナ…」

 

 ワッカは何と返事をするべきか分からなくなってしまう。思いのほか戦いに夢中になっていたらしく、3人が観ていたことには全く気付かなかったのだ。

 

「まぁ、貴方の勝ちは予測出来てたし、『止めときなさい』とは言ったのだけどね…」

 

 そう言ってリーンは、ボロボロの体で眠っているエルゼと八重に視線を向ける。

 

「そこまでして挑んだのに、可哀想にね…。言いたいことがあったのでしょうに…」

 

「オレが…悪いってのか?」

 

「え?」

 

リーンが振り返ると、ワッカは拳を握りしめ、体を震わせていた。

 

「手加減せずに、こんなになるまで戦った…、オレが悪いって言うのかよ!?」

 

「ちょ、ワッカ!私はそんな意味で言ったんじゃないわよ!?」

 

「そうですよ!お姉ちゃん、本気の戦いをしたい、って言ってましたから!」

 

「ワッカさんは何も悪くありません!!」

 

「……ふっ、そうかよ…」

 

 3人は正直な考えを口にしたつもりだったのだが、ワッカは何かを諦めたような口ぶりで答えた。

 

「わりいな…、しばらく1人にさせてくれねえか?」

 

 ワッカは3人の答えも聞かずに走り去ってしまった。

 

 

 

 

 

 人目に付かない路地裏にワッカは座り込んでいた。

 彼の心を(むしば)んでいるのは強い憂鬱。昨日からのいざこざのせいで、エルゼ達と行動を共にする自信を、ワッカは失いかけていた。年下の少女との付き合いがこんなに大変だとは、今まで思いもしなかった。

 思い返せば、同じような年頃のリュックとは、アルベド族絡み以外でのイザコザは皆無に等しかった。良い娘だったのだと改めて気付かされる。

 ユウナ一行の性別バランスが絶妙だったことにも気付かされた。男4人に対して女3人。実にバランスの取れた男女比である。対する今は、少女4人に対して男はワッカ1人だけ。明らかにバランスが取れていない。その自分が最年長であることも地味に辛く感じてきた。

 アーロンのような頼れる誰かに、自分の悩みを相談したかった。しかし、自分の側にはそんな相手がいないことにワッカは気付いた。公爵や国王は頼りにならない。レオン将軍や家令のライムはユミナに味方するだろう。ワッカ一行を総体的に見てくれる年上の人間が、彼の知り合いにはいなかったのだ。

 否、1人だけいた。だが彼は()()()()()()。そもそも会いに行く手段が無い…。

 そこまで考えていた彼の脳内に、ふとビャクティスの言葉が思い起こされた。

 

『以前、主からは何か高位の力を感じるとお伝えしましたね?同じモノを、あのボールからも感じ取ることが出来るのです』

 

 馬鹿馬鹿しい考えがワッカに浮かぶ。きっとスピラに帰ろうとした時のように失敗に終わるだろうと苦笑した。だが、もしかしたら…?

 ワッカはブリッツボールを見つめる。左手にボールをしっかりと持ち、目を閉じて()()()()を思い浮かべる。

 

「ゲート」

 

 予想を裏切り、「ゲート」は無事開かれた。ワッカは魔法の扉の向こうへと足を踏み入れた。




 長くなってしまいましたが、この話は切るべきでは無いと考え、強行突破しました。

 次回、「異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~」最終回です。ワッカの告白とは一体!?ワッカの行き着く先をその目でお確かめ下さい。
 あと、「素敵だね」はセルフサービスでお願いします。


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説明不足、そしてワッカの告白。あとブリッツボール。

 2ヶ月に渡って連載してきた「異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~」、いよいよ最終回です。
 前書きにて多くは語りません。まずは、ワッカの最後の活躍をお楽しみください。


「こ…ここは…?」

 

 エルゼが目を覚ますと、そこは王国の第三訓練場に併設された医務室のベッドの上だった。訓練場では日々激しい戦闘訓練が行われるため、怪我をした兵士を治療するための回復術士が常駐しているのだ。彼女のダメージも、既に魔法によって完治していた。

 

「お姉ちゃん!」

 

「大丈夫ですか?まだ痛みとかはありますか?」

 

 リンゼとユミナが心配そうな顔で声をかけてきた。

 

「大丈夫よ。もう平気。心配かけてゴメンネ」

 

「やられてしまった、でござるな…」

 

 隣のベッドから八重の声が聞こえた。彼女の方がエルゼよりも先に目を覚ましていたのだ。

 

「そうね…、相手にもならなかった、全然…」

 

「だから止めときなさいって言ったのに」

 

 そんな言葉を投げかけたのはリーンである。

 

玄帝(げんてい)に降参を言わせるワッカに、貴女達が敵うわけ無いじゃない。()()()()()()があるのなら、素直に伝えれば良かったんじゃなくて?彼なら困惑はしても、嫌な態度は示さないハズよ?」

 

「それは…、そう…だったわね…」

 

「確かに…、素直に言うべきだったでござるな…」

 

 リーンの言葉に反省を促されるエルゼと八重。そこで2人は重要なことに気付く。

 

「あれ?ワッカは!?」

 

「ワッカさんなら、1人にして欲しいと言って何処かに行ってしまいました…」

 

「……悪いコトしちゃった」

 

「後で謝らねば、でござるな…」

 

 その時、医務室にビャクティスとコネクトが走り込んできた。

 

『皆様、主を知りませんか!?』

 

『我らが屋敷の庭で昼寝をしている間に、位置が把握出来なくなってしまったのです!』

 

念話(テレパシー)も通じないのよぉ!どうなってんのぉ!?』

 

「何ですって!?」

 

 一行の中で唯一召喚魔法を使えるユミナが驚きの声をあげる。召喚獣は主と距離が離れていても念話(テレパシー)で会話が出来る。通常、どれだけ離れていても意思疎通が出来なくなることはあり得ない。

 

念話(テレパシー)が通じない距離というと、イーシェンですか?」

 

『いえ、イーシェンも王都(ココ)から大分離れておりますが、神獣(われら)が見失うような距離ではございません』

 

「どうしよう…」

 

「拙者達のせい…、でござる…」

 

 エルゼと八重に激しい後悔の念が襲いかかってくる。もし自分達のせいでワッカがいなくなってしまったならば、死んでも死にきれない。

 

「…とりあえず、手分けをして探しましょう!国王(おとう)様や公爵家にも通達をし、全力でワッカさんを探すのです!!」

 

 声を張り上げたのはユミナだった。他の誰にも負けないほど強く不安を感じていた彼女だったが、この場面でいち早く行動に移すことが出来るのは流石王女と言った所か。

 エルゼ達も後悔を押し殺して、ユミナの提案に従うことにした。行方不明のワッカ大捜索が幕を開けるのだった。

 

 

 

 

 

 時は少し(さかのぼ)る。「ゲート」をくぐったワッカが足を踏み入れたのは、懐かしきあの場所である。雲の上に浮かぶ和室という、何とも奇妙な空間だ。

 ワッカの目の前にいる人、否、神が煎餅(せんべい)を手にしたままポカンと口を開けている。

 

「うす、神様。わりいな、突然来ちまってよ」

 

「な、何だ、ワッカ(きみ)かね。来るなら来ると連絡してくれよ。と言うか、来れるとも思わなかったが…」

 

そう驚きの言葉を口にする神だが、そこは神様。驚きのあまり腰を抜かす、などと言ったマヌケな反応は見せなかった。

 

「オレもビックリしたぜ。(あんた)がくれたブリッツボールの力を借りれば『ゲート』でココまで行けるんじゃないか、なんて馬鹿げた発想を試してみたんだが…。まさか成功するだなんてな」

 

「ナルホドのう…」

 

「つーか、アンタに連絡するなんて不可能だろうがよ」

 

「そこはホレ、スマートフォンとか使って…」

 

「禁じられた機械を平気で使ってんじゃねえか!」

 

「まあそうじゃの。メタな話はここまでにしとくとするか」

 

 そう言って神はワッカに茶を勧める。ここでワッカはようやく、神が出した茶の種類が緑茶であることに気が付いた。イーシェンの滞在期間中、その名前を知ったのだ。

 

「それで、ここまで来たということは、何か事情でもあるのかな?」

 

「さすが神様、鋭いな。ちょっと相談があってな。他に話せる相手もいなくてよ」

 

「ふむ、まあ話してみなさい」

 

 ワッカは神に、これまでの出来事、そして年下の少女との付き合い方に関する悩み等を打ち明けた。

 

「リュックとはこんなことにならなかったんだけどな…。あ、リュックは知ってるよな?」

 

「当然知ってるとも。あの娘は良い子じゃったからのう…。確かに、今のお主の仲間達の方が少々おてんばに感じるかもしれんが…。でも、年頃の娘というのは往々にしてそういうモンじゃぞ?」

 

「そうなのか…。オレは悪いコトしちまってんのかな?」

 

「いやいや、その決闘とやらは向こうから仕掛けてきたことで、『手加減するな』とも言われたのじゃろう?なら悪いことをしたとは思わんがな。ただまあ、結婚の話については少し…」

 

 ここまで言って神は口をつぐむ。

 

「な、何だよ?」

 

「いや、恋愛のことなら専門家の話を聞くのが一番じゃろう。少し待ってなさい」

 

 そう言って神は、(かたわ)らにあった黒電話に手を伸ばす。ダイヤルを回し、誰かと会話する神の様子を、ワッカは興味深く眺めていた。スピラにも異世界にも黒電話は存在しないからだ。

 しばらくすると、和室を囲む雲海の中から桃色の髪をした1人の女性が姿を現した。外見年齢は20代前半といった所だが、この場にいるということは、やはり神なのだろう。

 

「お待たせなのよ」

 

 女性が、ワッカと神が囲むちゃぶ台の輪に入ってきた。

 

「えと、誰スか?」

 

「恋愛神じゃよ」

 

「初めましてなのよ。貴方のことは前々から気になって、時々覗いていたのよ」

 

 挨拶早々、恋愛神の口から衝撃の言葉が発せられた。

 

「えぇっ!?覗きぃ!?」

 

「このオジサマから話を聞いたのよ」

 

「あ、ああ、なるほど…。で、恋愛神って具体的には何をするんだ?まさか、無理矢理人間の結婚相手を決めてるんじゃないだろうな?」

 

「別に人の気持ちを操ったりはしてないのよ?ちょっと気持ちを盛り上げたり、恋愛におキマリのお約束事をしたり、そんなものなのよ」

 

「お約束事?」

 

「パンを咥えて『遅刻、遅刻~!』って叫びながら走っていると、曲がり角で見知らぬ同年代の異性とごっつんこ!学校でその人が転校生だと知ってそこから恋が…」

 

「全然分からん」

 

「確かに、貴方ならそうなのよ。貴方でも分かるものって言ったら、気になる異性の着替えを目撃してしまったり、または気になる異性に着替えを目撃されてしまったり…」

 

「単なるトラブルの種じゃねえか!教えはどうなってんだ教えは!!」

 

「まあ、貴方ならそう言うと思ったのよ。実際、この演出は貴方にもプレゼントしようと思ってたんだけど、フツーのガチ喧嘩に発展しそうだから止めておいたのよ」

 

「勘弁してくれ…」

 

「後はそうね…。『オレ、この戦いが終わったら結婚するんだ』とか言う奴は結婚できなくするのよ」

 

「何だと!?」

 

 恋愛神の言葉を聞き、ワッカの脳内に弟のチャップの顔が浮かび上がる。

 気付いたときには、彼はちゃぶ台から立ち上がって恋愛神に殴りかかろうとしていた。

 

「これこれ、落ち着きなさい!ミヘン・セッションの二の舞ではないか」

 

神がワッカを羽交い締めする。

 

「離してくれ!コイツがチャップの死を決めたってんなら、オレは一発ぶち当てねえと気が済まねえ!!」

 

「ちょ、ちょっと、チャップって誰なのよ?」

 

 恋愛神が困惑する。

 

「とぼけんな!オレの弟だ!アイツはシンとの戦いで死んだ!お前がそう決めたんだろ!?」

 

「知らないのよ。あ、もしかして、さっきのお約束のコトなのよ?言っておくけど、私がお約束を適用するのは、私の目に付いた人間だけなのよ。全ての人間に適応されるわけじゃ無いのよ」

 

「何?そうなのか!?」

 

「当然じゃろう。神とて全ての世界の、全ての人間の一挙手一投足を把握しているワケでは無い。手を下す相手は、目に映った人間だけじゃ」

 

2柱の神の説明を聞き、ワッカはようやく落ち着きを取り戻す。

 

「何だよ…、そういうコトだったのか」

 

「まあ、確かに彼女の説明不足ではカッとなっても無理は無いかもしれんがの」

 

「ちょっと、どっちの味方なのよ?」

 

 恋愛神が神に鋭い視線を向ける。

 

「いや、スマンスマン。ほれ、お主の好きな『魔法のパウダー付き煎餅』じゃ」

 

そう言って神は恋愛神に親指サイズの煎餅を差し出す。

 

「わあい『魔法のパウダー付き煎餅』、わたし『魔法のパウダー付き煎餅』大好き」

 

 よっぽど美味しい煎餅らしく、恋愛神は一瞬で機嫌を取り戻した。ワッカも気になり1つ口にしてみたが、ビックリするほど美味しかった。甘さとしょっぱさがウソのように絡み合って煎餅とマッチしている。魔法の粉についての詳細を知りたいところだったが、神曰くトップシークレットとの事である。

 

「それで、私を呼んだ相談事って何なのよ?」

 

 煎餅をほおばる恋愛神に対し、ワッカは自分の置かれている状況を説明する。

 

「別に、貴方は間違ったことは言ってないのよ」

 

 相談を聞いた恋愛神がワッカに自身の考えを伝える。

 

「そうか?」

 

「貴方が彼女達をまだ恋愛対象として見ることが出来てないのなら、ソレを伝えるのは決して悪いことじゃないのよ。むしろ、告白されたから好きなワケじゃないけど付き合う、なんて考える方が告白してくれた女の子達に失礼なコトなのよ?片方だけの幸せなんて恋愛じゃ無いのよ。両方が幸せにならないと意味が無いのよ」

 

「でもよ、昨晩のユミナとリンゼの表情…、とても納得してるようには見えなかったぞ?あれで本当にアイツらのためになったのか不安でよ…」

 

「2人が浮かない表情だったのは、貴方が説明不足なせいなのよ」

 

 恋愛神はそう指摘した。

 

「オレが説明不足?どういうことだ?オレはちゃんと自分の考えを…」

 

「説明不足なのはソコじゃないのよ。そもそも、貴方が結婚相手を軽々に決められなかったり、キスを拒んだりしているのは、ユウナとシーモアの件があったからなのよ?」

 

「知ってるのか?」

 

「まあ、スピラの世界では結構な大事だったからの」

 

 神が横から補足した。

 

「当然、私も知ってるのよ。ソレを踏まえて、貴方に言えることは、あの一件が自分の恋愛観に(かせ)を付けているならば、その事についてしっかり説明するべきなのよ」

 

 恋愛神の指摘を受け、ワッカに衝撃が走った。

 

「彼女達はシーモアのシの字も知らないはずなのよ。それなのに『恋人を軽々しく決めちゃいけないと知った出来事があった』って説明だけじゃ、納得しようとしてもしきれないのは当然なのよ」

 

「そ、そうか…。確かにそうだ!オレはシーモアの件についてアイツらに何の説明もしていなかった…。ソレがダメだったのか!」

 

心の暗雲が晴れ、ワッカは清々(すがすが)しい気持ちになった。

 しかし、それだけでは当然ダメである。彼は地上に戻り、ユミナ達に説明をしなければならない。

 

「答えは出たかね?」

 

「ああ、バッチリだぜ!ありがとよ!神様、恋愛神!」

 

「そうかね。それは何より」

 

「私の説明に納得して貰えて良かったのよ」

 

「それじゃ、早いとこ戻ってアイツらに伝えなくちゃな」

 

 ワッカは王都へ戻るために「ゲート」を開く。そんな彼に恋愛神が声をかけた。

 

「ちょっと待つのよ。私からもう一つアドバイスがあるのよ」

 

「アドバイス?」

 

ワッカが恋愛神に顔を向ける。

 

「決闘を申し込んだ女の子達、貴方に言いたいことがあって決闘に踏み切ったのよ?」

 

「らしいな」

 

「貴方が決闘に勝ったのは事実かも知れないけど、彼女達の言いたいことはしっかりと聞いてあげるべきなのよ」

 

「そりゃあ別に構わねえが…、え?恋愛神(アンタ)がそんなアドバイスするってことは、まさか…」

 

 流石のワッカも何かに気付いた様子である。その事を確かめるためにも急いで地上へ戻ることにした。

 

 

 

 

 

 王都に戻ったワッカは腰を抜かしそうになった。国の兵士達が馬車に乗って王都中を駆け回っていたからだ。

 

「以上がワッカさんの特徴である!何か知っているという者は至急、王国軍に一報を!」

 

ワッカは即座に、国王が自分を探していることに気付いた。国王が動くということは、ユミナが原因なのだろう。仲間達が自分を探しているのだ。

 

「おーい!!ワッカはオレだ!!」

 

 近くにいた兵士にワッカは急いで駆け寄る。

 

「わ、ワッカ殿!?無事でしたか!」

 

「オレはだぁいじょうぶだ!!」

 

「ユミナ王女が心配しておいでです。急いで王城へ!」

 

 ワッカは急いで王城への「ゲート」を開く。

 扉をくぐった先には、エルゼ、リンゼ、八重、ユミナ、リーン、ビャクティス、コネクトが待ち構えていた。

 

「ワッカ!」

 

「ワッカさん!」

 

「ワッカ殿!」

 

「ワッカさん!」

 

「ワッカ…」

 

『『『主!』』』

 

「お前らぅぶっ!」

 

ワッカの声が途切れる。エルゼ、リンゼ、八重、ユミナの4人が泣きながら抱きついてきたのだ。

 

「ごめん!ごめんね!!ワッカ!」

 

「無事で良かったです!ワッカさん!!」

 

「ゴメンでござるよぉ!ワッカ殿ぉ!!」

 

「心配しました…、本当に!!」

 

 4人の尋常じゃ無い様子を見て、ワッカは困惑する。

 

「おいおい、そんなに心配することじゃねえだろ…。ちょっくら別の所行っただけで…」

 

「だって、ビャクティスさん達が…、ワッカさんの位置を把握出来ないって言うものですから…!」

 

「あっ!!」

 

 ワッカは唖然とする。そんなことになるとは夢にも思わなかったのだ。

 

『突然居場所が分からなくなり心配しました、主よ』

 

『ビックリしたんだからぁ!』

 

『主よ、今までどこに?』

 

ビャクティスとコネクトが口々にワッカに声をかけた。

 

「あー、いや、ちょっくら知り合いの所にな!まさかお前らが見失うほど遠くとは思わなかったぜ、ハッハッハ…」

 

 戻って早々、誤魔化しを行うことになるワッカ。しかし、シーモアの件については誤魔化さず伝えようと心に決めていた。

 その前に、大騒ぎになっている王都をどうにかしなければならない。ワッカは至急、国王や公爵、屋敷の使用人達に謝罪をして回った。皆、ワッカの無事を安堵するだけで彼を責める者は1人もいなかった。自分の周りは心の温かい人物ばかりなのだと、ワッカは改めて気付かされた。

 朝からのドタバタによって、ワッカは疲れ果ててしまった。そんなわけで、皆への説明は明日に回すことにした。

 

 

 

 

 

 翌日、朝の支度を済ませたワッカは、エルゼ、リンゼ、八重、ユミナの4人だけを自室へと呼び出した。

 

「集まって貰ってわりいな。今日はオレから、お前達に説明しようと思っていることがあってよ」

 

「説明?」

 

ユミナが首をかしげる。

 

「モヤモヤにケリ付けてやろうと思ってな。と、その前に…」

 

 ワッカはエルゼと八重に顔を向ける。

 

「エルゼ、八重。お前ら、オレに言いたいことがあるんだろ?」

 

「「ええ!!?」」

 

指名を受けた2人が大声を上げる。

 

「ほれ、言ってみ?」

 

「「うう…」」

 

 少し戸惑いを見せた2人だったが、勇気を振り絞って告白する。

 

「わ、私もワッカのことが好きだったのよ!だ、だから私も…、リンゼやユミナと同じ立場に置いて…、置きなさい!」

 

「拙者も同じく!ワッカ殿を好きになったのでござる!!拙者も、リンゼ殿やユミナ殿と同じ立場に置いていただきたく!」

 

「そっか、なるほどな」

 

 ワッカは腕を組んで頷いた。リンゼとユミナは2人の告白を黙って聞いている。彼女達から口を出す気は一切無い。

 

「ありがとよ。まあ、オレの答えはユミナとリンゼと一緒だ。お前らのことを恋愛対象として見たことは無かった。だから、2人と同じ立場で良いってんなら、時間をかけてオレがお前らに惚れるよう頑張ってくれ」

 

「ワッカ…」

 

「ワッカ殿…」

 

エルゼと八重の目から涙がこぼれる。泣きながら喜ぶ彼女達の様子を、リンゼとユミナは嬉しそうに眺めていた。

 

「じゃ、次はオレの番だな!」

 

 ワッカは己の顔をパシンと叩く。

 

「オレもちゃんと、お前らに告白しなくちゃならねえ」

 

「「「「告白!!!!????」」」」

 

 4人が一斉に大声を上げる。

 

「ああいや、告白って愛の告白じゃねえぞ!?オレが結婚に慎重だったり、キスを拒む理由をしっかり話さにゃならんと思ってな」

 

 ワッカの説明を受け、4人はホッと胸をなで下ろす。

 

「じゃあ話すか。少し長くなるぞ」

 

 こうしてワッカは、4人に告白を始める。まずは「ガード」と「召喚士」について簡単に話し、自分が以前旅をしていた目的を説明した。その上で、召喚士ユウナとエボンの老師シーモアとの間に起こった一件の一部始終について、詳しく説明を行った。

 

「そんなことが…」

 

 ワッカの話を聞き終えたユミナが呟いた。

 

「そんなわけで、オレはお前らの告白に対して簡単に応じちゃいけねえと思ってるんだ。お前達の期待に添えねえみたいだけど…わりいな」

 

「そんなこと無いわよ!!」

 

 申し訳なそうなワッカに対し、エルゼが声を張り上げる。

 

「ワッカがお願いを聞いてくれただけで、私は十分幸せよ!」

 

「私もです!それに、話を聞いて納得出来ました!」

 

「拙者もでござる!」

 

「もっと早く話して欲しかった、と言いたいところですが、私もワッカさんの説明を聞けて良かったです!」

 

「お前ら…」

 

 ワッカは4人の顔を見つめる。

 そんな彼らに向かって、声がかけられた。

 

『それは辛かったでしょう…』

 

『ちゃんと言えたじゃない』

 

『聞けて良かったです、主』

 

声のする方向に目を向けると、ビャクティスとコネクトがリーンと供に立っていた。彼女の光属性魔法で姿を見えなくしていたのだ。

 

「まあた盗聴かよ…」

 

「良いじゃない。この子達も仲間なんでしょ?仲間はずれは可哀想じゃない」

 

 リーンが平然と答える。

 

「じゃあ何でリーンまでいるんだよ?」

 

「だって、元はと言えば『ニルヤの遺跡に行きたい』って私が言ったせいで起こった事でしょ?貴方達がしっかり和解したって所を見ないと、私が安心して王城に帰れないじゃない」

 

「そうか、お前なりに心配してくれてたんだな。ありがとよ、リーン」

 

「別に。お礼なんて良いわ」

 

 リーンはワッカ達に背を向ける。

 

「それじゃ、私は帰るわよ。後は仲間達だけで楽しくやって下さいな」

 

「リーン!!」

 

立ち去ろうとしたリーンにワッカは声をかける。

 

「もう一度、お礼を言わせてくれ。お前のおかげで楽しい冒険が出来た。また一緒にどこかに行こうぜ!」

 

「それじゃあ、私も仲間、ということね?」

 

「んあ?あぁ、さっきの言い方じゃお前が仲間じゃないみたいな感じだったな!すまん!お前も立派な仲間だぜ!」

 

 サムズアップするワッカの方をリーンが振り向いた。

 

「そう。じゃあ、また一緒にバビロンを探しましょう。貴方の『スリプルアタック』とか()()()()()()についても詳しく知りたいところだし」

 

「うぐっ!!」

 

 青ざめた顔をするワッカに、リーンはイタズラっぽい笑みを返した。

 

「それじゃ、またね」

 

 リーンが帰ったのを確認し、ワッカはため息を吐く。

 そして今一度、自分達の仲間に向き直った。

 

「つーわけでまあ、何か照れくさいけどよ!改めて、これからもよろしく頼むぜ!皆!!」

 

『はい、主よ!』

 

『がんばっちゃうわよぅ!』

 

『お任せを!』

 

「はい、ワッカさん!」

 

「よろしくお願いいたす!ワッカ殿!」

 

「私もがんばります、ワッカさん!」

 

「こちらこそよろしくね、ワッカ!」

 

「ありがとよ~!お前ら大好きだぜ!!」

 

 ワッカは顔いっぱいに笑みを浮かべた。

 

 こうして、ワッカの異世界での冒険は続いていくのであった。そう…

異世界はブリッツボールとともに。

 

「異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~」 完




 ここまで読んで下さり、誠にありがとうございました。「異世界はブリッツボールとともに。 ~異世界ワッカ~」これにて終了でございます。

 2カ月間に渡って連載を続けてきた当作品ですが、皆様の支えもあって、こうして完結を迎えることが出来ました。
 思えば、連載開始時はまだワッカブームの最中でしたが、今ではもうスッカリ熱が冷めてしまった様子です。ニコニコ動画のワッカ動画も再生数の伸びが乏しくなりました。
 「異世界はスマートフォンとともに。」のワッカMADがあったら面白いのに、という考えから始めた当作品ですが、そんなMAD動画は(つい)ぞ出ませんでしたね(笑)小説化に踏み切って正解でした。

 最後になりますが、改めまして、当作品に評価をして下さった皆様、感想欄に感想を書いて下さった皆様、ここすき(仮)して下さった皆様
そして何より、当作品を愛読して下さった皆様
本当に、本当にありがとうございました。
 ブームが下火になってもなお、当作品を書き続けることが出来たのは、ひとえに皆様のおかげでございます。感謝してもしきれません。この2カ月間は私にとっても大きな財産になることでしょう。
 そしてこの作品が、読んで下さった皆様の心の片隅に少しでも残ってくれれば、これほど嬉しい事はございません。
 
2022年8月24日 3S曹長より


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