【ライトニング・サムライ】~転生者はダンジョンで英雄になりたい~ (独身冒険者)
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転生した男は冒険者になる
転生した男はダンジョンに夢を持てなくなった


よろしくお願い致します


 遥か昔、神々は下界へと下り立った。

 

 天界が退屈だったから。子供達の近くにいたかったから。

 

 理由は様々だが、多くの神が『己が神の力』を封印して下界の土を踏んだ。

 

 そして、神々は自分を信仰してくれる子供達を集めて『眷属(ファミリア)』とし、【ファミリア】という集団を形成するようになる。

 神はその恩恵として、子供達の身体に『ステイタス』を刻み、世界に溢れるモンスターと戦う力を与えた。

 

 眷属達は『レベル』『スキル』『アビリティ』『魔法』など超常的な能力を成長させるために、迷宮へと挑んでいく。

 モンスターを倒して得られる富、未知への探求心、栄誉を求めて、冒険へと赴く。

 

 人々は彼らの事を冒険者と呼ぶ。

 

…………

………

……

 

 千年前、ある神によって世界に溢れていたモンスター達は地下ダンジョンへと封印された。

 

 神はダンジョンの上に【バベル】という巨塔を建て、ダンジョンを管理することにした。

 

 その後、他の神々は【ファミリア】を率いてダンジョンへと挑む様になる。

 時に競い、時に手を組み、時に蹴落とす。

 

 次第にダンジョンの周囲に人が集まりだし、いつしか都市へと発展した。

 

 迷宮都市【オラリオ】。

 

 世界で唯一ダンジョンがあり、世界で最も神々と冒険者が集う都市。

 

 多くの者がこの地に夢を抱いて訪れ、夢を追い求めて足掻き、夢に破れて絶望を知る。

 

 それが千年。未だにダンジョンを完全攻略した者はいない。

 

……………

………… 

………

……

 

 俺は転生者である。名前は多分ある。

 

 いや、生まれたばっかでまだ分からんのよ。

 

 とりあえず、地球の日本で生きていた記憶があるから転生したのは間違いない。

 

 何で死んだかは知らん。憶えてない。

 最後の記憶は残業を終えて会社を出たところまで。ちなみに30歳の独身でした。彼女は直前にいなくなった、と思う。

 

 まぁ、転生した以上何で死んだかなんて考えてもどうしようもないか。

 

 今の問題はどんな世界に生まれ変わったのかってことだ。

 

 一つ分かってるのは、地球じゃない。

 

 だって、今俺を見下ろしている女性の耳が長いんだもの。

 

 エルフである。まごうことなきエルフである。

 

 そして、その反対側から覗き込んでいる男の頭には猫耳がある。

 

 獣人である。まごうことなき獣人である。

 ……なんで最初の猫耳が男なのか! 断固抗議する!!

 

「おぎゃーー!!」

 

「おぉ!?」

 

「アンタ怖いみたいよ。ほら、さっさと離れなさい。あの2人に怒られるわよ~」

 

「ぐぅ……! 流石に親馬鹿になったあの2人には勝てねぇ……」

 

 ふははは! 勝った!

 

 そして、どうやらこの2人は俺の両親ではないらしい。

 

「けど、本当に大丈夫なのか? ファミリアの方は」

 

「まだ話し合い中みたいね。こればっかりは、ね……」

 

 ……ファミリア?

 

「違うファミリアの冒険者同士で結婚することは暗黙の御法度。しかも【ゼウス・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】での結婚。流石に何の処分も無いってのは難しいんじゃないかしら……」

 

「だよな……」

 

「まぁ、オラリオ追放ってことはないでしょうけどね。最悪ファミリア追放はありえるかもしれないわ」

 

 ちょちょちょい!

 なんか聞き覚えがある単語がポロポロ出たぞ?

 

 ファミリア? ゼウスにフレイヤ? オラリオ? 冒険者?

 

 おいおいおいおい!

 

 まさか……ここ……【ダンまち】の世界なのか!?

 

 『ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか』。

 アニメ化、漫画化、ゲーム化されている人気ライトノベル。

 

 俺は小説は途中まで読んで、アニメも見てはいた。

 活字なんてメールと会社の資料だけで十分だと思うようになったから小説は途中で断念したんだ……。

 だから、働き始めてからはアニメメインで作品を見てた。

 ……俺が見たのは三期まで、確か四期が放送決定したはずだったな。

 

 いや、それはいい。

 アニメと同じ人物達がいるかどうかなんて分かんねぇし。

 

 それに【ゼウス・ファミリア】がある時点で、本編の時間軸より前なのは間違いない。

 だから、主人公達はまだいないはず。

 

 問題は2人が言っていたように違うファミリア同士での結婚と出産だ。

 

 人は一度に一柱の神の恩恵しか授かれない。

 

 だから、もしその子供が冒険者になる時に、取り合いにならないように同じファミリアの者同士か、一般人との結婚が暗黙の了解になっている。

 一応『改宗』は出来るはずだが、この状況だと確実に遺恨を残す。

 

 しかも【ゼウス・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】ってオラリオ内でもトップ中のトップのファミリアじゃねぇか。

 そんなファミリアが『なぁなぁ』で終わらせるわけがない。

 

 特にフレイヤは自分の()()に手を出されるのが嫌いなはずだ。

 

 ……嫌な予感しかしねぇぞ、新たな人生!!

 

 

 どうやら俺はダンジョンに出会いどころか、夢さえも持てないらしい。

 

 



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転生した男は絶望に叩き落とされる

 さて、【ダンまち】の世界に転生した俺だが、どうやらハードモード人生確定のようだ。

 

 先日、ゼウスとフレイヤ両柱による会談が終わった。

 

 結果は最悪一歩手前って感じだった。

 

 父はファミリアを追放されることはなかったが、出世コースからは脱落だ。更に父から母を()()()()ことが他者の証言から判明し、【ゼウス・ファミリア】が慰謝料を支払うことになったのだが、その慰謝料はそのまま父の借金となった。

 故に父はファミリア内で雑用から戦闘まで、全てにおいて扱き使われるようになり、周囲の視線も最悪らしい。

 

 まぁ、最低限の生活費は保証してくれているから、貧乏ではあるが生きていけるので、周囲の視線や陰口さえ耐えきれば生きていけるだろう。

 恐らく俺が独り立ちできる歳まで成長し、借金を返し終えれば引退ってことになると思われる。……返し切れる額かは知らんがな。

 

 母はファミリアを追放され、【ゼウス・ファミリア】に入ったがもちろん温かく迎えられるわけもない。

 父同様借金を返すために、父と共に扱き使われている。

 俺がいるので父ほどダンジョンへと連れていかれることはないが、それでも毎日雑用をやらされてヘトヘトだ。

 

 俺もあまり歓迎されていないが、流石に赤ん坊ということで両親と特に仲が良かった人達が時折面倒を見てくれている。

 だが、恐らく俺は成長しても【ゼウス・ファミリア】に入ることは認められないだろう。

 

 俺が【ゼウス・ファミリア】に入れば、両親の借金を俺も支払うことになるからだ。

 生まれながらの借金奴隷というのは流石に憚られたようで、ゼウス様が俺を同情の目で見下ろしながら両親に告げていた。

 

「この子に罪はない。だが、我がファミリアにいれば、嫌でもお前達の罪を突きつけられてしまうだろう。故にこの子が少しでも平穏に暮らすためだからこそ、我がファミリアに迎えることは出来ん。もちろん共に暮らし、会うことは止めぬがな。これもまた、お前達の罰だと理解しろ」

 

 両親は涙ぐんで頭を下げて、礼を言っていた。

 

 まぁ、ファミリアからもオラリオからも追放されるよりはマシではある、と思うけど……。

 これはこれでどうなんだろうな?

 

 借金がどれくらいか分からんから、何とも言えん。

 母がファミリア内でどのくらいの立ち位置だったかも分からないし。

 

 流石にレベル4,5ってことはないだろうけど、それでも冒険者が一人減るだけでもファミリアにはかなり痛手のはずだ。

 決して安くはないだろう。

 

 ……これで赤ん坊が俺じゃなかったら良かったんだろうが、俺はバッチリ全部聞いちゃったよ。

 流石に俺を生んでくれた両親を見捨てられるわけがない。

 両親だって、もっと最悪な状況になることを覚悟していたはずなんだから。

 

 早く大きくなって、手伝わないとな。

 

 俺はそう心に誓うが、それは数年後……裏切られることになる。

 

…………

………

…… 

 

 あっという間に5歳になった俺。

 

 身長は5歳児の平均くらい、髪は母親の色を継いで濃い茶髪。

 

 俺達一家はファミリアの本拠から出て、別に家を借りた。

 これは将来俺が独り立ちしやすいようにという配慮である。

 

 だが、借金のために場所は貧民層が住まう地上の大迷宮とされる【ダイダロス通り】にある。

 流石に大迷宮というだけあって俺も何度も迷子になり、今では決めた道しか歩かなくなった。

 

 うん。一度迷えば出られないとまで言われるだけのことはある。

 方向感覚が狂わされるほどの複雑な建物と細道が入り混じる広域住宅街。

 一か月もすれば新しい家が建ち、道が塞がれて階段が出来ているなどよくあることだ。

 

 3歳くらいになってからは【ゼウス・ファミリア】の冒険者達もあまり顔を出さなくなった。

 どうやら俺から距離を取って【ゼウス・ファミリア】との関係を薄めるためだそうな。

 

 【フレイヤ・ファミリア】の人達は元々表立って会いに来なかったが、何やら見たことがある豪快でガタイのいい女性が何度か顔を出したことがあった。

 

 この数年間で両親の情報も集めた。

 子供の無邪気さに勝てる奴らは少なく、色々と聞くことが出来た。

 

 父はLv.5、母はLv.4の冒険者だった。

 

 めちゃめちゃ主戦力じゃん。

 本当によくこの程度のお叱りで済んだな。

 

 そして、近々【ゼウス・ファミリア】は【ヘラ・ファミリア】と合同遠征に向かう予定らしい。

 俺の両親ももちろん参加することになっている。

 話では【ゼウス・ファミリア】は総戦力、【ヘラ・ファミリア】は主戦力全員だそうだ。

 

 ……うん。これって原作でもあった『全滅事件』だよね?

 残った三大冒険者依頼、黒竜の討伐に挑戦するために。

 

 しかし、両ファミリアは全滅し、ゼウスとヘラは追放。

 過激派ファミリア、のちの闇派閥が暴れ回って、ギルドによる鎮圧が行われるまで治安が最悪になる時代がやってくる。

 

 ……行かせたくないが……止める術がない。

 病気も怪我も大抵が魔法や薬で治る世界だ。仮病なんて意味がない。

 

 2人が遠征に行く時、俺は1人で過ごすことになっている。

 ご飯は近くの酒屋で、朝食のパンは晩飯の帰りに貰うことになっている。

 

 5歳児を1人放置って問題じゃね?って思われるかもしれないが、そこは俺が大人びた言動をし過ぎたせいである。

 まぁ、ぶっちゃけ1人の方がありがたいので文句はない。

 

 後は、俺の知ってる小説とは違う結末になることを、2人が無事に帰ってくることを祈るだけだ。

 

 

 けど、やはりこの世界はとてつもなく残酷だった。

 

…………

………

…… 

 

 両親を送り出して、6日後。

 

 妙に外が騒がしく、俺はそれで目を覚ました。

 

「……なんだぁ?」

 

 目を擦ってベッドから起き上がり、少しフラつきながらも窓を開ける。

 

 

 そして、直後に耳に入ってきた内容に頭が真っ白になった。

 

 

「全滅だあ!! 【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】が黒竜に負けて、壊滅したぞぉ!!」

 

 

「っ!!?」

 

 俺は一気に目が覚めて、更に血の気が引く。

 

 その間も外では騒ぎが大きくなっていった。

 

「嘘だろ!? あ、あの二大ファミリアが!? オラリオ2トップだぞ!?」

 

「Lv.8とLv.9でも黒竜に勝てなかったってのか……!?」

 

「おい……これ、やべぇんじゃねぇか? その2つって治安維持にもめちゃくちゃ貢献してたはずだ……。それにこれで一気にLv.6が最高レベルになっちまったぞ……」

 

「大人しくしてた過激派ファミリアが暴れ出すってこと!?」

 

「それくらいの覚悟はしとくべきでしょうね……」

 

「本拠に戻るぞ! 神も呼んで対応を考えておかねぇと!」

 

 周囲の声がどこか遠く聞こえる程、俺は茫然としていた。

 

 そして、腰が抜けたように脚から力が抜けて尻もちをつく。

 

 想像以上に衝撃が大きかった。

 

 こうなる可能性は高いと知っていても、それに備えていたつもりでも、覚悟していたつもりでも。

 

 両親が死んだという事実は、俺に深く突き刺さった。

 

 今思い出せば、前世でも俺は人の死に目に遭ったことがない。祖父母も元気で、葬式など出たことがなかった。

 だから、身近な人の死というのは、これが初めてだった。

 

「……もう……誰も帰ってこない……」

 

 その瞬間、この家が空っぽになったように感じた。

 何一つ物は減っていない。ただ両親がいないだけ。もう戻ってこないだけ。

 

 なのに、とてつもなく空虚に感じた。

 

 ジワリと目尻に涙が溢れ出す。

 

「っ! ……ぐすっ! 駄目だ。泣いてる場合じゃない……! もう父さん達はいないんだ。お金だって一年ももたないし、この家だって借家なんだ……! どうにかして住み込みででも働ける場所を探さないと!」

 

 俺は慌てて涙を拭って、これからのことを考える。

 もちろん、それでも涙が止まるわけはない。だから、もう拭うことすら止めて、今後の事を考える。

 

 ボロボロと涙を流して床に水跡をつけていくが、気にする余裕はない。

 

 一番頼れる可能性があった【ゼウス・ファミリア】は壊滅。

 【フレイヤ・ファミリア】は流石に無理だ。

 

 ダイダロス通りの知り合いも俺なんて相手にしてる場合じゃないだろう。

 さっき遠巻きに聞こえた話じゃ、これからオラリオの治安は荒れる。ダイダロス通りなんて、犯罪を隠す、身を隠すには最適な場所だ。

 絶対に一番治安が悪くなる。最悪、一度更地にされてもおかしくない。

 

 子供の一人暮らしなんて、最高過ぎるカモだろう。

 

 だが、ここを出たら孤児なんてまともに相手をしてくれない。

 オラリオの近くにある港町も同じ状況だろう。孤児、しかも5歳児に仕事なんてくれるわけがない。

 

 孤児院がないわけじゃないが……あまりいい噂を聞かない。

 神々の()()()が多々あり、場合によっては神と神の抗争に発展した事案もあるそうだ。それにこの近くの孤児院は原作だと【フレイヤ・ファミリア】と関わりがあるヒロインのシルが顔を出していた筈だ。

 

 それに、孤児院に入るにもそれなりに審査が行われる。

 

 そして……5歳児がファミリアに入れるわけがない。サポーターにもなれはしないだろう。まともな所なら神だって渋る。

 

 最悪の状況だ。

 

 別の意味で涙が溢れそうになる。

 

 けど、こんなところで、こんなことで死んでたまるか。

 

 這い蹲っても生き延びてやるぞ!

 

 俺はそう誓うのであった。

 

 

 

 3日後。

 【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】壊滅はオラリオを始め、周囲の街や国、世界へと広まった。

 

 壊滅が事実であるとギルドが認定し、それを機に神々の会合が開かれ、女神ロキと女神フレイヤによりゼウスとヘラはオラリオ追放となった。

 

 ゼウスは現役の眷属が1人もいなくなったことと今更ながらの俺の両親の結婚問題をフレイヤに突っつかれて、それにロキが乗ったことで流れが決まった。

 

 ヘラも主戦力の眷属を失ったことを理由にゼウスと同罪とされて追放となり、残った眷属達も付いて行ったらしい。

 

 これにより【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が一気にオラリオ最強ファミリアの一角へと上り詰めた。

 

 そして、恐れていた通り、過激派ファミリアが一気に動き出した。

 ダイダロス通りは案の定過激派ファミリアに狙われて、大暴れされている。

 

 そして……これまた案の定、俺の、俺達の家が狙われた。

 しかも、周囲の住人達が自分達の家を見逃してもらうための生贄として。

 

 俺は運よく……と言っていいのか分からないが、仕事を探すために外に出ていたので襲われることはなかった。

 金は最悪を考えて持ち出していたので、何とかしばらく生きていけるだろう。野宿すれば金の節約も出来るはずだ。

 

 貯蓄してた食料を失うのは痛いけどな……。

 

 けど、これで本当に後がなくなった。

 ダイダロス通りはもう駄目だ。貧民層の集まりで互いの繋がりも強かったが、一度裏切りが発生すれば一番脆い。すでに信頼も信用もなくなったはずだ。

 父さん達が俺の食事を頼んでいた酒場も多分駄目だろうな……。

 

 一番安全なのはどこだ?

 ……やっぱりどこかのファミリアに入ることだろうな。眷属になれなくても雑用係として使ってもらえれば十分だ。

 

 大きいファミリアは無理だろうけど、中堅以下の探索系じゃないファミリアならいけるかもしれない。

 

 やってやる。やってやるぞ!

 

…………

………

……

 

 二か月後。

 

「オメェみてぇなガキがなんの役に立つってんだ!!」

 

「ぐぶっ!?」

 

 荒くれ者の男に蹴られて、俺は地面を転がる。

 

 外は雨が降っていた。

 

「ぺっ! テメェみてぇなガキはオラリオにいる価値ねぇんだよ! とっとと出て行って、どっかで野垂れ死にな!」

 

 男は唾を俺に吐いて、建物の中に戻っていく。

 無慈悲に閉められた扉の中から下品としか表現できない笑い声が聞こえてきた。

 

「く…そっ……!」

 

 これでもうほぼ全滅か……。

 

 この二か月、思いつく限りのファミリアに売り込んだ。

 だが結果は惨敗という言葉どころか、勝負にすらなってない。全て門前払いだ。

 

 もちろん、一般の店にも頼み込んだが結果は同じだった。

 

 やはり過激派ファミリアのせいで売り上げが落ち、入荷量も減っているため物価やら出費やらが上がっているらしい。

 

 残っているファミリアは、探索系のトップファミリアか諸悪の根源の過激派ファミリア、そして大手の商業系ファミリアだ。

 

 だが、大手ファミリアは新人に雑用させて修行させることが多いので、無所属の一般人なんてまず雇わない。

 探索系ファミリアも同じだ。過激派ファミリアは奴隷として売られるか、モンスターの囮にされる気しかしないので絶対にない。

 

 やはり無所属というのがネックとなる。

 いつか出て行くかもしれないガキを懐に入れるファミリアなんてないよな……。

 大手になるほど他のファミリアとの競争や確執が大きくなるんだし。

 

 俺はなんとか起き上がって、ふらつきながら路地へと足を進める。

 

 金はもうそろそろ底をつく。

 悔しいことに入団を申し込んだときに金だけ盗られて追い出されたことが何度もあった。

 

 もちろん全財産を持っていくことなんてしない。

 下水や公園の地面に隠しながら最低限の金だけを持って訪れていたからな。

 

 けど、少なくない金が奪われたのも事実。

 一日一食パンのみにしても、もう一週間もたないな……。数日ずつ断食しても一カ月は無理だ。それに今は5歳児の身体だ。すでに限界に近いのに、ここで断食すればすぐに衰弱死してしまう。

 

 いよいよ本格的に追い詰められたな……。

 

 雨の中をずぶ濡れになりながら、路地を進む。

 

 そして、ここ最近寝床にしている下水の入り口へと近づくと、

 

「おい、ホントにここか?」

 

「間違いねぇって。ここにあのガキが寝泊まりしてるって聞いたんだ」

 

「そんなガキがホントに金なんて持ってんのかぁ?」

 

「ああ。何人かが金を隠してるとこを見てたんだよ。それに他のファミリアにも顔を出してたみたいでよ。結構金を払ったりしてたらしいぜ」

 

「それじゃあ、もうあんま残ってねぇんじゃねぇの?」

 

「かもな。けど、あったら儲けもんだろ? 酒代くらいにはなるだろうぜ」

 

 体が冷たく感じるのは、雨のせいだけじゃないだろう。

 

 まさか……そこまでするのかよ……。

 

 野宿してるガキから、わざわざ金を奪いに来るのが冒険者なのかよ……。

 

 神から恩恵を受けた眷属なのかよ!!

 

 俺は無意識に下唇を噛んで、力が入らなくなってきた身体に鞭を打って背を向けて駆け出す。

 

 

 死んでたまるか! 奪われてたまるか!! 屈してたまるか!!!

 

 

 こんなところで! 何もしてないのに!! 何も出来てないのに!!

 

 

 この世界に神などいない。

 いや、元々神は人を救わない。そして、この地にいる神は不老なだけの一般人に近い存在でしかない。

 

 だから、ゼウスとヘラは追い出された。

 

 原作ではヘスティアやタケミカヅチが貧乏でバイトに追われていた。

 

 つまり、所詮神も人間と変わらない存在であるということだ。

 

 結局、この世界も前世と変わらない。

 

 神の奇跡なんて、存在しない。

 

「はっ……はっ……はっ……!」

 

 もはや自分がどこを走っているのか分からない。

 

 けど、足を止めればすぐに見つかってしまう。

 

 俺はただただ必死に走る。

 

 だが、突如足の力が抜けてもつれ、勢いよく転んで水溜りに顔を突っ込む。

 

「あっ! ぶぅ!?」

 

 すぐに立ち上がろうとするが、もう腕にも力が入らない。

 

 体の震えが止まらない。

 

 これ……ヤバイかも……。

 

 クソ……ホントに終わりかよ……。

 

 なんで……俺がこんな目に……。

 

 生温い世界で生きてきた奴には、冒険すらさせてくれないのか……。

 

 もう指一本すら動かす気力がなくなり、身体を打つ雨粒の感覚も無くなってきた。

 

 

 その時、

 

 

ペシャ、ペシャ、ペシャ

 

 

 何かが水を跳ねるような音が薄っすらと聞こえてきた。

 

「やれやれ……よぅやっと見つけたと思うたら、死にかけておるではないか」

 

 ……誰、だ?

 

「ゼウスめが。己が子達が死んで大変であったとはいえ……己が子が生んだ子供を忘れていくなど、どれだけ耄碌しておるのか……」

 

 視界がぼやけて、分からない。

 

 けど、誰かに抱き抱えられたのは何となくわかった。

 

「もう大丈夫じゃ。これからは妾がいてやるぞ」

 

 ……あたたかい。

 

 どんな人か知りたいのに、どんどん視界が暗くなる。

 

 意識が遠のきながらも、必死に耳を傾ける。

 

 

「この須勢理毘売命(スセリヒメノミコト)が、お前を世界に羽ばたかせてやろう。じゃから、今はゆっくりと眠るがよい」

 

 

 

 




女神の漢字はあくまで一応です。実在する神様ですので、ちゃんと正式名称は書いておくべきかなと思っただけですので、本編ではカタカナ表記と思ってくださいませ


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転生した男は女神に拾われ、眷属となる

 俺が目を覚ました時、そこは知らない天井だった。

 

「…………ここ、は?」

 

 知らない天井ではあるが、()()()()()()だ。

 

 木の天井は間違いなく日本の古風建築だった。

 

 更に鼻に届くイ草の香り。

 間違いなく畳の臭いだ。

 

 そして、久しぶりの温かい布団。

 

「……けど、なんで……?」

 

 そういえば、気を失う直前に誰かに声をかけられたような気が……。

 その人に助けられたのか?

 

「おお、起きたかや。小童」

 

 すると、横からヒョコッと美女が覗き込んできた。

 

「!?」

 

 勝気な釣り目に、ところどころ跳ねた赤黒い髪。

 顔つきは線が細いが、目つきのせいか力強さに満ち満ちていた。

 

「うむうむ、意識ははっきりとしておるようじゃの。どれどれ……」

 

 俺がその美貌に見惚れていると、美女は1人で納得したように頷く。

 そして、突然顔を俺の顔に近づけてくる。

 

 ちょっ……!?

 

 俺は慌てるが、まだ上手く身体に力が入らなかった。

 美女はそんな俺の慌てっぷりなど気付いていないのか、そのまま額と額を合わせる。

 

「……うむ、熱は下がっておるの。後は腹いっぱい食えれば、もう大丈夫じゃな」

 

「……あの……あなたは……?」

 

「む? おぅおぅ、あの時は死にかけておったからの。改めて名乗るとしよう」

 

 美女は腕を組んで胸を張る。

 

「妾の名は須勢理毘売命(スセリヒメノミコト)。極東の女神ぞ」

 

 スセリヒメノミコト様はポニーテールに髪を纏めており、耳には金環のイヤリングをしている。

 服は古墳時代を思わせるもので、首には勾玉の首飾りが吊られている。

 

「……スセリヒメノミコト……? どこかで……」

 

「ほぅ……()()()()()にも妾がおったのか?」

 

「!?」

 

 俺は息を呑んで固まった。

 

 お、俺が転生者だって知ってるのか……!?

 

「む? おぉ、うむ。妾はお前のことを知っておるぞ。お前が生を受けた時、妾はまだ天界におってなぁ。たまたま下界を覗いて、お前を見つけたんじゃ」

 

「そ、それは他の神々は……?」

 

「少なくとも下界におる神は知らんし、妾が知る限り天界にもおらん。まぁ、冥府や輪廻に関わる神は知っておるかもしれんが、そ奴らが下界に下りた話は聴かんから、このオラリオでは妾とお前しか知らんはずじゃ」

 

 その話に俺はホッとする。

 

「それで? お前の前世に妾や他の神はおるのか?」

 

「へ? ……あ、はい。そうですね。お名前は同じですが、下界に降臨されたりはしておりません。モンスターなどもおりませんので、神々は遥か昔の神話の存在と扱われています。一応、神宮、神社や寺で祀らせて頂いてはおりましたが……」

 

「なるほどなるほど。神の存在は知れども、我らは人の世に関わらずか」

 

「はい。なので、人々の暮らしに神の存在は希薄になりつつあり……スセリヒメノミコト様もお名前は聞き覚えがあるのですが……」

 

「どんな神かは知らぬと。なるほどのぅ」

 

「申し訳ありません」

 

「よいよい。別にこの世界の妾のことではないしの。それでは、簡単に自己紹介しようではないか」

 

 スセリヒメノミコト様は再び胸を張る。

 ちなみに胸はそこそこある。

 

「妾を語る上でまず話すべきは、父上と夫じゃな」

 

「父上と夫……?」

 

「うむ。妾の父は極東三貴神の一柱、荒神にして英雄神、スサノオ!! そして、夫はオオクニヌシじゃ!!」

 

 俺は目を限界まで丸くした。

 スサノオに大国主って、前世でも知らない人の方が少ないほど高名な神じゃないか!

 

 その娘で妻って、もう重鎮中の重鎮って言えるじゃん……。って、この世界って神に親子関係あったのか? 夫婦はいてもおかしくはないが。いや、夫婦がいれば子供もいるか……。

 立場的には下手したら、ヘラやフレイヤにも匹敵する女神じゃね?

 

「故に妾の神の力はほとんど父上由来の事柄じゃな。そこまで珍しく、これと言った事柄はない!!」

 

「えぇ!?」

 

「じゃから、そっちの世界での妾はそこまで有名ではないんじゃろ。強いて言うのであれば……嫉妬深い激情家?」

 

「なんでここに来たん」

 

 はっ! いかん。ついツッコんでしまった。

 

「かっかっかっ! まぁ、もう夫に手を出す女神もおらぬし、夫を手助けすることもないからのぅ。暇なんじゃよ」

 

 ……他の神々と同じってことか。

 

「じゃが、下界に下りるつもりはなかったんじゃよ。お前を見つけるまではな」

 

「……」

 

「まぁ、お前からすれば妾達神々に振り回され続けた人生じゃ。色々と思うことはあるじゃろうが、妾は純粋にお前を応援するつもりじゃよ?」

 

「……応援?」

 

「妾の子となれ。その恩恵で冒険者となり、お前を追い返し、お前を忘れた者全てを見返してやるがよい」

 

「……あなたの……ファミリアに入れと?」

 

「妾とお前のファミリア、じゃ。妾の子となるのはお前が初めてじゃからのぅ」

 

「え?」

 

 俺が初めての眷属?

 

「お前に会うために来たのじゃから、お前を最初に眷属にするのが筋じゃろうて。そして、妾は嫉妬深い。一度欲しいと思った男を逃がすと思うでないぞ?」

 

「……」

 

「妾はお前を傍で見守り、支えるために下界に来た。妾のファミリアの存在意義は唯一つ。『お前を支えるため』じゃ」

 

 慈愛の笑みを浮かべ、俺の頭を撫でながら言うスセリヒメノミコト様。

 

 俺は恥ずかしいのか、嬉しいのか、良く分からない感情に襲われる。

 

 

「よくぞ今日まで生き延びた。妾はお前を誇りに思い、その誇りは褪せることは永劫ありはせぬ。じゃからこそ、断言しようぞ。お前はまだまだ高みへと飛べる。その翼を生やす力を、妾が与えよう」

 

 

 俺の目から涙が零れる。

 

 

「改めて言おう。妾の子となれ。妾に、お前を支えさせておくれ」

 

 

 スセリヒメノミコト様が俺の涙を指で拭う。

 

「今は身体を回復させるがいい。恩恵はそれからとしよう。あぁ、それと妾のことはスセリと呼ぶことを許す」

 

「……スセリ様」

 

「うむ。おぉ、そういえば……お前はどちらの名を使う? 前世の名か? 今世の名か?」

 

「……今世の名前でいいです。前世の記憶は大して役に立たないと思うので」

 

「そうかそうか。まぁ、前世も合わせて今のお前じゃからのぅ」

 

 スセリ様は納得したように頷いて、笑みを浮かべる。

 

 

「では、これからよろしく頼むぞ。我が愛し子――フロル・ベルム」

 

 

 こうして、俺はスセリ様の眷属(ファミリア)になることになったのだった。

 

…………

………

……

 

 スセリ様に拾われて一週間。

 

 俺はどうやら4日も寝込んでたらしい。

 あの後、スセリ様が作ってくれたお粥を掻き込んで、思わずまた泣いてしまった。

 

 その様子をスセリ様が温かい目で見つめていたのが、また恥ずかしい。

 

 だが、おかげで体調、体力は万全に回復した。

 両親が残してくれた金のおかげで、最初の頃は食べ物にそこまで困らなかったから酷い栄養失調にもならなかったし、二か月程度の野宿生活だから痩せ細ったわけでもない。

 

 だからこそか……。

 

 俺は今。

 

「うあああああ!?」

 

 盛大に宙を舞っていた。

 

「ぶへっ!?」

 

 うつぶせに地面に落ちて、無様な声を出してしまう。

 

「かっかっかっ! ほれほれ、どうしたんじゃ、フロル。もう終わりか?」

 

 腕を組んで高らかに笑うスセリ様。

 

 そう、俺は今スセリ様に鍛えられている。

 正確には投げられまくっている。

 

 攻撃するどころじゃない……。

 近づいたら、いつの間にか宙を舞ってるんだよ。

 

 めっちゃ強ぇじゃん、スセリ様。

 

「妾の父は極東一の荒神じゃぞ? その父上が言うには、妾は子供の中で一番お転婆だったらしいからのぅ」

 

 マジっすか……。

 まぁ、それくらいじゃないと、大国主命と結婚なんて出来ないか。しかも、正妻の座を勝ち取ったらしいし。

 

「お前は妾の眷属となった。それによって、お前は神々の恩恵『ファルナ』を得た。これでお前は冒険者になる資格を持ったわけじゃが、所詮は5歳児。しかも、恩恵を得たばかりではそこらへんの子供と何ら変わらぬ」

 

「……はい」

 

「本来ならダンジョンの上層でゆっくり戦いを覚えていくのだが、お前はそれすらも厳しい。故に今日から一年、妾がみっちりがっつり鍛え抜いてやろう!! 身のこなしから武器の扱いまで、妾が知る全てをな!!」

 

「よろしくお願いします!!」

 

「うむ!! では、再開するぞ!!」

 

「はい!」

 

「とぅりゃっ!!」

 

「ってああああああ!?」

 

 一瞬で目の前に現れて、気づいたら宙を舞っていた。

 

「お前は軽い!! まぁ、子供じゃから当然なんじゃがの。故にモンスターの攻撃で簡単に吹っ飛ぶ!! 故にお前がまず身に着けるべきは、受け身と動き回る体力ぞ!!」

 

 い、言うは易し……。

 間違ってはないけど……確かに絶対身に着けなきゃいけないことだけど……。

 

 ちょいといきなり実戦的過ぎませんかね!?

 

 いや、まぁ……前世みたいに転がって受け身の練習とかじゃ時間がかかりすぎるのかもしれないけどさ。

 

「ほれ、足が止まっておるぞー」

 

「っ!? ちょっ、うわあああああ!?」

 

 俺、一年も生きていられるのだろうか……。

 

 

 

 夕方。

 

 俺は畳の上で横たわっていた。

 

 もう……ピクリとも動く気にならん。

 

 ちなみにこの家は7畳ほどの小さな長屋である。

 隣の部屋は台所で、なんと風呂付きだ。

 

 ……そういえば、どうやってこの家を手に入れたんだ?

 食費に関してもそうだ。

 

「あの……スセリ様?」

 

「ん? なんじゃ?」

 

「どうやって、この家を買うお金とか食費を稼いだんですか? ……まさか借金とか……」

 

「しとらんわ阿呆。まぁ、天界で世話してやった神達からの。貸しをチャラにする代わりに、この家を借り受け、当面の金を工面してもらい、働き場を紹介してもらっただけじゃい」

 

「十分ヤバイと思います」

 

「じゃが借金はないぞ。仕事も一月は休んでも問題ないわい。まぁ、そろそろ働きに戻るがの」

 

「……ちなみに何の仕事を?」

 

「酒場じゃ酒場。ウェイトレス兼用心棒ってところかの」

 

「……スセリ様がウェイトレス……」

 

 ……何故だろう。想像出来ん。

 いや、何か本能的にイメージすることを拒否しているかのような……。

 

「お前のぉ……もう少し表情を隠さんか。服装は男もんじゃよ。女冒険者が多く来る酒場での。そこまで荒れることもないわい」

 

 スセリ様が思いっきり呆れた顔で言う。

 

 いかん……全く隠す気がなかった。

 

「あ、そうですか」

 

「棒読みか。夕飯抜きにするぞ?」

 

「真に申し訳ありませんでしたぁ!!」

 

「せめて身体を起こさんか。寝っ転がったまま全力で謝られても、ふざけとる様にしか見えんぞ」

 

「……身体中が痛くて動けないです……」

 

「……軟弱じゃのぉ」

 

 そんな目に遭わせたのは貴女様ですがね。

 

 いや、冗談じゃなく筋肉痛がヤベェ。

 

 初日とは言え、これ明日起きれなくね?

 そもそも、夕ご飯食べれるかな?

 

 手を動かそうとすれば、ピクピク震えるだけで持ち上げるのもやっとなんですが……。

 

 すると、スセリ様がニヤニヤしながら近づいてきて、

 

「妾が食べさせてやろうか? あ~ん、とな」

 

「うぐっ……!」

 

「ん? なんじゃ? 嫌なのか? 妾のような美女に食べさせてもらうなど、男の憧れではないのか? ん?」

 

 ぐっ……!

 転生者って知ってるから、時々成人の男として揶揄ってくる。

 

 スッゲェやりづらい……!

 

「断ったところで妾以外に食べさせてくれる者などおらんぞ? 諦めるんじゃな、フ・ロ・ル♪」

 

「…………はい、女神様」

 

「くっくっくっ!」

 

 スセリ様は心底楽しそうに笑って、台所へと消えていく。

 

 くそぅ……完全に手玉にされている。

 まぁ、何千年と生きてるであろう女神に勝てるわけないんだろうけど……。

 

 しばらくはこんな感じで揶揄われ続けるんだろうな……。

 

 でも、女神に料理を作って貰って、女神に食べさせてもらうとかとんでもない贅沢だよな。

 前世で見たアニメでも神が料理をするなんて見たことなかったし。

 

 まぁ、アニメで出てた神々はそんな性格な方達じゃなかったしな……。

 

 けど、しばらくはスセリ様のヒモ生活か……。

 はぁ……情けない。

 

 仕方ないのは理解してる。

 5歳児の俺じゃ金を稼ぐなんて厳しいどころじゃないのは、この前嫌でも理解させられた。それに、こんな体たらくでダンジョンで稼げるわけもない。

 まず装備すらないし。

 

 今の俺は無力だ。

 

 主人公のベル・クラネルよりも。

 

 でも、だからこそ理解している。

 

 弱いのであれば、情けなくとも、みっともなくとも、足掻くしかないのだと。

 

 俺は成長できる。

 

 それは間違いないんだ。

 

 だから、今はひたすら頑張るしかないんだ。

 

 一歩ずつ、着実に。

 

 

 だから今は……。

 

 

 スセリ様に『あ~ん』される苦行に全力で耐えるとしよう。

 

 

 



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転生した男はいよいよダンジョンに挑む

題名回収は一章最後になります


 スセリ様に鍛えてもらって、早半年。

 

 全く強くなった気はしていないが、スセリ様からすれば俺は順調どころかかなり成長が早い方らしい。

 そのためか、先月から武器の練習も始まった。

 

 今練習しているのは短刀二刀流、刀、太刀、槍、弓の5種。

 どう考えても手を出し過ぎな気がするが、スセリ様は、

 

「いいからやらんか」

 

 と言って、容赦なくボコボコにしてくる。

 

 もちろん、体術の修行も続けている。

 けど、やりすぎると成長が阻害されるとのことで、最近は武器の扱いと戦い方を学ぶことに重きを置いている。

 

 ちなみに未だにスセリ様は俺に『ステイタス』を見せてくれない。

 

 週一回のペースで更新してはいるが、何故か一度も見せてくれない。

 

「ステイタスは良くも悪くも客観的過ぎるんじゃよ。戦いはステイタスが全てではない。ヒロ、最初にも言うたが今のお前にとって大事なのは、ステイタスよりも身のこなしや戦い方じゃ。余所見などしとる暇などない」

 

 〝ヒロ〟とは俺の前世の名前〝博幸〟の愛称だ。

 俺はもう前世の名前を名乗る気はなかったのだが、

 

「前世も含めて今のお前であろう。じゃから……せめて妾くらいは憶えておいてやろう。それに……妾だけの呼び名というのは非常に捨てがたい♪」

 

 本音は思いっきり後者な気がするが、勝てる気もしないので大人しく教えた。

 もちろん、他人の前ではフロルと呼ぶが、2人っきりの時はヒロと呼ぶようになった。

 

 ちなみにちなみに、スセリ様のエンブレムは『蛇とムカデが絡まっている剣』だった。背中の紋は『ムカデと蛇が巻きついているハート』らしいけど……。

 剣はなんとなく【草薙の剣】を思わせるデザイン。『蛇とムカデ』も合わせると、もう思いっきり御父上のスサノオを思わせるエンブレムだな。

 

「父上ならば八岐大蛇と嵐のエンブレムとなるじゃろうな。蛇とムカデは夫のオオクニヌシとの出会いと出奔の話を表しておるんじゃよ」

 

 とのことらしい。

 

 まぁ、確かにスセリ様の豪快さと嫉妬深さを的確に表している気もする。

 口には出来なかったけど。

 

 とまぁ……こんな感じで実感は出来ないが、俺は成長しているらしい。

 

 だが、実感できないせいか、まだまだ足りないと感じてしまう。

 

 思い浮かぶのは主人公ベルやいずれ現れるであろう【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン達。

 

 アニメで見た彼らの『冒険』に比べれば、まだまだ足りない。

 

 俺はベルのような英雄の器ではないだろう。アイズのようにひたすら強さを求める程貪欲にもなれないだろう。【猛者】オッタルのように女神に心の底から傾倒することも出来ないし、【勇者】フィンのように叶えたい願いがあるわけでもない。

 

 今の俺は生きていくこと、スセリ様の恩に応えるだけで精いっぱいだ。

 自分の願いや目標なんて考える暇もない。

 

 それでも、いや……だからこそ憧れる。

 

 俺も冒険してみたい……。

 

 それが今の、俺の願いかもしれない。

 

…………

………

……

 

 そして、遂に一年が経過した。

 

 6歳になった俺はいよいよダンジョンへと赴くことになる。

 

「けど、大丈夫なんですか? いくらスセリ様の眷属になったとは言え、子供の俺1人でダンジョンに入るなんてギルドが認めますかね?」

 

「別に認めてもらう必要などないわい。ギルドに行くのは単純に登録するだけで、後は換金くらいじゃろうて。お前が注意すべきはギルドではなく、他のファミリアの連中じゃ」

 

 確かにガキの俺が1人でダンジョンとかいい気分じゃないだろうし、格好の餌だよな。

 だからこそ、スセリ様は俺に修行をつけてくれたんだし。

 

 スセリ様の修行はモンスターよりも対人戦を重きに置いていることは、途中で理解できた。

 

「言っておくが、妾とてまだ1階層だけの攻略しか認めんからの。勝手に2階層など行きおったら、5日間食事抜きに昼夜問わず修行させるぞ」

 

「肝に銘じておきますですハイ」

 

 逆らいません、絶対に。

 死んじゃいますから。

 

 スセリ様は俺の答えに頷いて、

 

「では、お前に武具を授ける」

 

「え? いつの間に用意されてたんですか?」

 

「少しずつの。と言っても、別に特別製でもなんでもない安物じゃ。まぁ、防具に関しては子供用故にオーダーメイドじゃから、ある意味特別製ではあるがな」

 

「……ですよね~」

 

「じゃから、そういう意味でも無理をするでないぞ。流石に何度も防具を作り直してやるわけにはいかん」

 

「はい」

 

 武器はどうしたって消耗するからね。

 けど、防具も武器もってなると流石に金がかかり過ぎる。1階層じゃ稼ぎなんて、たかが知れてるだろうし。

 スセリ様にこれ以上負担をかけるわけにいかない。

 

 頑張らねば!!

 

「これ。気合を入れるのはいいが、入れ過ぎるでない」

 

「あ、ハイ。スミマセヌ」

 

「全く……些かか不安じゃの。まぁ、よい。とりあえず……これがお前の武具じゃ!!」

 

 気を取り直して、スセリ様が俺の目の前にドガン!と箱を置く。

 

 まぁ、ずっとスセリ様の横にあったんだけどね。

 

 だが、それでも俺はワクワクしながら箱の蓋を開ける。

 

 中に入っていたのは、甲冑を思わせる防具と二振りの脇差だ。

 

 まぁ、スセリ様は極東の女神様だもんな。

 装備も極東風になるのは当然だろう。

 

 防具は鉢金、胸当て、手甲、脛当てと最低限。けど、俺は動き回る戦い方が主体だから重くするだけ邪魔なだけだろう。

 

 脇差も俺にとっては十分刀に等しい。

 これに関してはスセリ様に前から言われていたことなので、申し訳ないがそこまで感動はない。

 でも、やっぱり自分の装備を目の前にすると、これから冒険に行くという実感が湧いてきた。

 

「ありがとうございます、スセリ様」

 

「うむ。では、早速装備してみようかの」

 

「はい!」

 

 スセリ様に手伝ってもらって、防具を身に着けていく。

 脇差は一振りは腰に、もう一振りは背中に携える。ちなみに防具の下の服も和風だ。

 

 アニメの【タケミカヅチ・ファミリア】に近い雰囲気を感じる。

 色は菫じゃなくて、紅だけどね。

 

 まぁ、その【タケミカヅチ・ファミリア】はまだオラリオにいないはずだけど。

 

 ……スセリ様とタケミカヅチって、仲いいのかな?

 俺は極東出身ではないけれど、やはり主神が同じ極東出身だから仲良くしたい。まぁ、そうなると必然的に主人公達とも関わることになるけど。

 

 まぁ、スセリ様はあまりファミリアを大きくする気が無いらしいから、お互い小派閥として関りを持つことになるかもしれないな。

 

 ……主人公達よりも早くダンジョンに挑むんだ。最低限先輩面出来るように頑張ろう。

 

 

 

 そして、俺とスセリ様はギルドへとやってきた。

 

 武器を携えた子供の俺が入ってきたことに職員や周囲の冒険者は顔を顰めるも、スセリ様は堂々とした足取りで受付へと歩み寄る。

 

「妾は須勢理毘売命。此度は我が【スセリ・ファミリア】の子、フロル・ベルムの冒険者登録に参った」

 

「は、はい……。あの、そのぉ……登録するフロルというのは……」

 

「もちろん、この子じゃ」

 

 受付をしていた緑色の長髪の女性の言葉に、スセリ様はニヤリと笑って俺の頭に手を置く。

 

 それに受付嬢は僅かに眉尻を下げる。

 

「……その子は小人族ではない、ですよね?」

 

「うむ。まごうことなきヒューマンじゃな。ちなみに歳は6つじゃ」

 

「……」

 

 受付嬢は俺の歳を聞いて、更に困惑の表情を浮かべる。

 

 まぁ、嫌だよね。

 命にかかわる場所に子供が行くことを認めるのって。

 

 けど、それをスセリ様が許すと思わないんだよな。

 

「ん? どうした? 何故止まっておる。早う手続きを進めんか」

 

「……ですが……流石に子供を……」

 

「ほう? これは驚いたのぉ」

 

 スセリ様は笑みを浮かべてはいるが、明らかに威圧感が増していた。

 更に細められた目から覗く瞳はどう見ても笑っていない。

 

「確かにギルドはこの街とダンジョンを管理する組織。そして、その職員であるお主らはその代弁者と言っても過言ではないのぅ。……じゃが、女神である妾がこの子は冒険者になっても問題ないと判断したことに、異を唱えるというのじゃな? たかが、一職員が」

 

「そ、それは――」

 

「それに冒険者になるのに年齢は関係なかったはずじゃが? であるのに、我が子を退けるということは……ウラノスは妾に喧嘩を売る、ということでいいんじゃな? 我が【スセリ・ファミリア】の存在を認めぬ、ということじゃな?」

 

 ……あの、スセリ様?

 少々喧嘩を売り過ぎではないでしょうか。

 

 いや……まぁ、間違っているわけではないんですがね。

 確かに極論で言えば、その通りなんですが。これではギルドから睨まれるだけですよ? いくらウラノスがギルドの運営に口出ししないとはいえ。

 

 受付嬢は完璧に委縮してしまい、すでに涙目だ。

 だが、スセリ様の威圧感は鎮まるどころか膨れ上がっているように感じる。

 

 そのせいか、他の職員は誰も助けに来ない。

 思ったより薄情だな。普通に考えたら、スセリ様の言い分は明らかに行きすぎだと思うんだけど。

 

「さて……返答は如何に?」

 

「あの……その…………はい、分かりました……」

 

 受付嬢は早く解放されたいのか、スセリ様に屈した。

 まぁ、登録するのは本来止められないから、どちらかと言えば駄目なのはギルドの方なんだけど……。

 

 俺は複雑な気持ちで登録を済ませる。

 

 そして、さっさとギルドを後にしたところで、俺はスセリ様に声をかける。

 

「いくら何でも喧嘩売り過ぎでは?」 

 

「構わん構わん。ウラノスはこの程度で文句など言わんじゃろうしの。それに言うたじゃろ。ギルドなんぞ別に寄らんでいい。睨まれようが知ったことではないわい」

 

「……俺に苦情が来ても知りませんよ?」

 

「その時はウラノスを殴り飛ばすだけじゃて。……お前を見下したこと、心底後悔させてやるわ」

 

 ……そうか。スセリ様は俺が子ども扱いされたことに怒ってたのか。

 子供なんだから間違ってないんだけどなぁ……。

 

 悪い気はしないけどさ。

 

 そんなことを考えている間に俺達はダンジョンの入り口、バベルの前に到着した。

 

 バベルは雲にも届きそうな程高い塔だ。

 

 一階から二十階は公共施設や換金所、各ファミリアの商業施設が軒を構え、二十階以上は神々が住んでいる。もっとも、住んでいるのは金があるファミリアの主神なのだが。

 あのフレイヤはこのバベルの最上階に住んでいるらしい。

 

 そして、その地下がダンジョンとなっている。

 

「よいか、フロル」

 

「はい」

 

「お前は冒険者じゃ。じゃが、()()()()()()()()()()()

 

「?」

 

 俺は小首を傾げる。

 

 なんかアニメでも『冒険者は冒険してはいけない』みたいな言葉があった気がするが、成長するには結局冒険する必要がある。

 だから、結局のところ冒険するしかないんじゃないだろうか?

 

「ふむ、言い方が拙かったかの。冒険すること自体は悪い事ではない。じゃが、冒険とは本来『命を懸けて成し遂げる』ことじゃ。毎日毎日冒険なぞしておったら、お前の身が保たぬ」

 

「……はい」

 

「冒険とは、『決して逃げれぬ戦い』を指す。つまり、そこで逃げれば『己の誇りを踏み躙り、願望を投げ捨てた』ということじゃ」

 

 俺はスセリ様が言いたいことを理解して、真剣な顔で頷く。

 

「じゃから、たとえ周りから惨めに見られようが、弱いと思われようが、必死に生き延びて、冒険する時まで力を蓄えよ。最初から強い者なぞおらぬ。誰もが未熟で、誰もが泥臭い醜態を晒しながら己を磨き上げていく。弱さを知らねば、真の強さは得られぬと心得よ」

 

「はい!」

 

 だから、スセリ様は修行時に俺を何度も容赦なく投げ、毎日ボロボロにしたんだ。

 正直スセリ様にやられたせいで、プライドなんて砕かれたも同然だ。

 

 今の俺にとって、一番カッコいいところを見せたいのはスセリ様なんだから。

 

 その人に無様な姿を晒させられたんだから、今更カッコつけたところでって話だ。

 まぁ、今の俺は子供ってのもあるけどね。カッコつけた所で、子供の背伸びにしか見えん。

 

「そして、神々の恩恵は安いものではない。お前を愛する妾が授けたモノであってもじゃ。ランクアップするためには、多くの神が認める程の経験を積み、偉業をなさねばならぬ。子供のお前がランクアップするには数年はかかるであろう。その覚悟はしておくがよい」

 

「はい」

 

 本来1年でランクアップすることすら偉業と言われる世界だ。

 アイズやベルはスキルのおかげもあって、ランクアップは早かったと思うけど、今の俺にそんな力はない……はずだ。ステイタスを知らないから何とも言えないけど。

 

 でもスセリ様が何も言わないのだから、俺にスキルはないんだろう。

 

 だから、俺は本当に泥臭く頑張るしかない。

 

 だからこそ、無理をしてはいけない。命の懸け所を間違ってはいけないってことなんだ。

 

「では……行って参ります」

 

「うむ。今日は馳走を用意して待っておるぞ」

 

「はい!」

 

 温かい笑みで送り出してくれるスセリ様に、俺は力強く返事をしてダンジョンへと歩き出す。

 

 期待、恐怖、高揚、不安、様々な感情が胸の中で渦巻きながら、俺はいよいよこの世界の舞台へと足を踏み入れるのだった。

 

 

…………

………

……

 

 スセリはあっという間に人混みの中に消えてしまった己が眷属の背を思い浮かべて、小さくため息を吐く。

 

「はぁ……やれやれ、何事もなく戻って来れば良いが……」

 

 スセリはそう呟きながら懐から一枚の紙を取り出す。

 

 それにはフロルのステイタスが記されていた。

 

「まさか、6歳にしてスキルが発現するとはのぅ……。いや、あ奴の境遇を考えれば当然なのかもしれんな」

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :I 91

耐久:H 119

器用:H 122

敏捷:H 158

魔力:I 0

 

《魔法》

【】 

【】

 

《スキル》

輪廻巡礼(エクセリアキャリア)

・アビリティ上限を一段階上げる。

・経験値高補正

 

 

 

「……前世を憶えているからこそのスキル、か。ヒロはSSまでアビリティを上げることが出来る……。大器晩成型のスキルじゃな。じゃが、そもそもアビリティをSまで上げることが難しい……。活かすも殺すもヒロ次第というわけじゃな」

 

 アビリティはSに近づくにつれて伸びが悪くなる。

 しかも大抵の場合、Sに上がるのはどれか一つの項目だけ。むしろ1つでもSに上がれば最高過ぎる。

 

 つまり、このスキルを活用するには、常に戦場に身を置かなければならないのだ。

 

「ある意味、冒険者に向いておるスキルではある。荒神にして英雄神の娘である妾の眷属に相応しいとも思う……が、どうにも行く先が不安じゃのぅ」

 

 それでもダンジョンに行った以上信じるしかない。 

 

 神がダンジョンに入るのは禁止事項となっている。

 神力の解放も同じく禁止されている。

 

 故にスセリは、フロルの帰還を信じて待つのみ。

 

「妾はただ待つのは苦手なんじゃよなぁ……やれやれ」

 

 スセリは再びため息を吐いて、自宅へと足を向ける。

 

 無事に帰ってくるであろうフロルへのご馳走を作るために。

 

 

 




ステイタスは出来る限り頑張りたいと思います!
もちろん、今後出す予定のオリキャラ達も!


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転生した男はダンジョンで初めてモンスターと戦う

 俺は階段を下りて、遂に1階層へと踏み入れる。

 

 周囲にはたくさんの冒険者が先へと進んでいく。

 

 そして、俺を見て全員が眉を顰める。

 

 まぁ、俺みたいな子供がいっちょ前に武器を背負って、自分達の戦場にいるんだ。

 馬鹿にされたように感じるだろうし、子供が1階層とは言えダンジョンに来ること自体褒められたものじゃないだろう。

 

 中には鼻で笑っていく連中もいる。

 命知らずの馬鹿なガキとでも思っているのだろう。

 

 否定できないし、今の俺じゃあんな連中にも敵わないだろうから無視するしかないけどな。

 ちょっとイラッとするけどさ。

 

 でも、俺から喧嘩を売るのはない。それはスセリ様との約束を破る。

 

 無駄な冒険はしない。

 他の冒険者に喧嘩を売るのは、冒険ですらない。

 

 ……俺はあんな連中より、スセリ様の方が怖いんだ!

 

 スセリ様が俺を殺すなんてことはしないのは分かってるけど、他の冒険者に殺されることよりもスセリ様のお怒りの方が俺は怖い。 

 

 俺は下層へと向かうであろう冒険者の列から逸れて、別の通路へと進む。

 それと同時に左手で腰の脇差を掴み、いつでも鯉口を切れるようにする。

 

 背後にも注意してゆっくりと足を進める。

 

 薄青色で埋め尽くされた壁と天井。迷路のように四方八方に伸びる通路。

 まさしくアニメで見たダンジョンだ。

 

 1階層は通路が広く、整えられているので戦いやすい足場と言える。

 だが、それはモンスター達にも当てはまることだ。

 

 一度捕捉されれば逃げるのは簡単なことではない。

 

 他の冒険者もまた油断できない。むしろモンスターより知恵が回る分、一番危険な存在と言えるだろう。

 だから、常に周囲を警戒しなければならない。

 

 ……空はもちろん、窓もない。

 それなりに広いとはいえ、やはり常に気を張らないといけないからか、息苦しく感じるな。

 

 初めてのダンジョンで緊張してるのもあるだろう。

 こりゃ本当に無理は出来ないな。

 

 多分スセリ様との修行の半分程度しか力は出せない。

 体が強張っているのが分かるのに、身体から力を抜けない。

 

 命がかかってるんだ。当然だよな。

 

 時折意識して深呼吸する。

 もちろん、その程度で緊張は解れないけど、今以上に強張ることも無い。

 今はこの状態を維持するしかないな。

 

 30分ほど歩いて、ダンジョンの空気や雰囲気に慣れようとしていると、

 

『グルゥオ!!』

 

『グルァ!!』

 

 現れたのは犬頭で二足歩行のモンスター。

 鋭い爪と牙を持つ〝コボルト〟だ。

 

 二体のコボルトは口から涎を垂らしながら、俺を睨んでいた。

 

 さぁ、初戦闘だ!

 

 俺は脇差を抜き放って構える。

 

 今は二体だけど、モンスターは壁から生まれる。油断しちゃダメだ。

 

『『グラァ!!』』

 

 コボルト達は同時に俺に向かって駆け出してきた。

 

「フゥー……」

 

 俺は息を大きく吐いて、二体の動きをギリギリまで観察する。

 

 そして、後1mほどまで迫った時、地面を蹴って俺から見て右側のコボルトの真横に一気に回り込む。

 

 思ってたより動きが遅い!!

 

「シィッ!!」

 

 鋭く右腕を突き出して、コボルトの脇腹に刃を突き刺す。

 

『グオオ!?』

 

 コボルトは悲鳴を上げると同時に身体が灰のように崩れる。

 

 後1体!

 

 俺は一気に詰め寄って、下段に構えた脇差を振り上げる。

 

 コボルトの腹部が斜めに引き裂かれて血が噴き出す。けど、少し浅い!

 

「ふぅっ!」

 

 俺はすぐさま刃を返しながらもう一歩踏み出して、脇差を振り下ろす。

 

『ギャガァ!?』

 

 コボルトは仰向けに倒れて体が崩れ去る。

 残ったのは小さく輝く紫紺の結晶である『魔石』2つ。

 

 俺は素早く魔石を拾って、後続が現れないか警戒する。

 

「ふぅ……及第点、かな?」

 

 冷静に、危なげなく倒せたと思う。

 心臓はまだバクバクしてるけど。

 

 俺はすぐさま移動を再開して、1階層を進む。

 

 10分もすると次に現れたのは、小太りの小鬼〝ゴブリン〟だった。

 

 数は4。

 

 冒険の御定番であるゴブリンだが、ここのゴブリンは武器も持たないコボルトと同レベルの存在だ。

 

 俺は一番近いゴブリンに詰め寄って左掌底を鼻っ面に叩き込む。

 

『ゴビャッ!?』

 

「シッ!」

 

 怯んだ瞬間に脇差を振るい、首を斬りつけると同時に横に跳ぶ。

 

 ゴブリンは血を噴き出しながら倒れて灰となるが、その灰を突き破るかのように新たなゴブリンが飛び掛かってきた。

 俺はその場で身体を回転させて後ろ回し蹴りを繰り出し、ゴブリンの突き出た腹に叩き込む。

 

 ゴブリンはくの字に後ろに吹き飛んで、壁に叩きつけられる。

 俺は右手に握る脇差を投擲して、ゴブリンの額に突き刺す。

 

 そして左手を背中に伸ばして、背中に携えた脇差の柄を握り、一気に抜き放ちながら飛び掛かってきた3体目のゴブリンを右肩から斬りつける。

 

 灰になるゴブリンを見届けながら、俺は呼吸を整えるために一度後ろに下がる。

 

 残ったのはゴブリン1体。

 俺はすぐに駆け出すが、向かったのはゴブリンではなく壁に突き刺さった脇差だ。

 

 両手に脇差を握った俺はそのままゴブリンに攻めかかる。

 

 突っ込みながら右手の脇差で突きを繰り出すが、それはゴブリンに躱されてしまう。

 けど、それは俺の狙い通りでもあった。

 

 俺は左足を踏ん張ってブレーキをかけ、その勢いを利用して左手の脇差を逆手に握り直して一気に振り抜き、ゴブリンの首を斬り裂いた。

 

『ゴバァ!?』

 

 ゴブリンは首から血を噴き出して、身体を灰にして崩れ去る。

 魔石が地面を転がり、更にはドロップアイテムでもある『ゴブリンの牙』も出た。

 

 俺は脇差を納め、素早くドロップアイテムを回収する。

 

「ふぅ……初日としてはこんなものか? 魔石はまだ小さいからいいけど、ドロップアイテムは流石に少し嵩張るな……」

 

 小さな巾着しか容れ物はない。

 まだサポーターを雇う金はないし、体力回復薬も買う金がいるからなぁ。ドロップアイテムも出来る限り回収したいけど……鞄は邪魔になりそうだしなぁ。

 

 体がデカくなれば、まだ余裕が出来るだろうけど。

 それまでは数回に分けて潜るしかないのかもな。

 

 けど、それはスセリ様に怒られそうなんだよなぁ。

 

「……とりあえず、容れられるだけ容れていくか」

 

 そう呟いて、俺はダンジョン探索を再開するのだった。

 

 

 

 数時間後、俺は探索を終えて帰路に就いていた。

 

 まだダンジョンの中だけど。

 

 腰に吊り下げられた巾着袋は嬉しい事にパンパンになっている。

 あれからドロップアイテムは出なかったので、魔石だけでこれだけパンパンになった。

 

 これで少しはスセリ様の助けになるかな?

 

 そんなことを考えながら、もう少しで多くの冒険者が行き来する通路へと差し掛かろうという時、

 

「お? 来た来たぁ」

 

 人相の悪い男が3人、立ち塞がる様に立っていた。

 

 ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべており、何を考えているのか手に取る様に分かった。

 

 ……初日からって、初日だからか……。

 俺は表情筋が動かないように必死に堪える。気を抜いたら呆れた表情が出てきそうだ。

 そうなれば、絶対に面倒事になる。

 

 もう面倒事な気がするけど。

 

「おい小僧。テメェみたいなガキが冒険者になるなんざ百年早ぇんだよ」

 

「死ぬ前にさっさと辞めちまいな。おっとぉ、お前が貯めた魔石は俺らが貰ってやるよ」

 

「怪我する前にさっさと寄越しな」

 

「……」

 

 なんて1パターンなんだろう……。

 まぁ、ダンジョンなんて治外法権に近いからなぁ。他のファミリアの人達だって、わざわざ面倒事に首を突っ込まないだろうし。

 下手に突っ込んで、ファミリア同士の抗争になったら困るから。

 

 ただでさえ今のオラリアは不安定だ。

 どのファミリアも生き残るため、そしてオラリオ内での地位の確立に向けて必死なはず。

 

 俺みたいなガキを眷属にして、1人でダンジョンに行かせるファミリアなんて超弱小ファミリアと思われても仕方がない。そして、それは正しい。

 【スセリ・ファミリア】は俺1人しかいない超弱小ファミリアだ。

 

 吹けば吹き飛ぶほどショボい。

 唯一の眷属がガキなんだから。

 

 まだ将来現れる【ヘスティア・ファミリア】の方がマシだろう。

 

「おい、何してんだ? さっさと渡せ」

 

 おっと……忘れてた。

 

 さて……どうしたものか……。

 

 逃げるのが一番正解だろうけど……それじゃあ問題を後回しにするだけだ。

 次にダンジョンに来た時にまた待ち構えられるだけだろう。

 

 ならば、戦って勝つのが理想。

 

 だが、理想でしかない。普通に考えれば、それはスセリ様に注意された無用な冒険だ。

 

 現実的に考えれば、大人しく渡すのが一番丸く収まる。

 

「お断りします」

 

「……あ?」

 

「なんだと?」

 

 けど、ここで逃げれば、俺は本当にクソガキだ。

 スセリ様に拾われる前の野良生活時より落ちぶれる気がする。

 

 だから……これは俺にとって必要な冒険だ。

 

「お断りしますと言いました」

 

「テメェ……冒険者になったからっていい気になってんじゃねぇぞぉ!!」

 

「ガキはガキなんだよぉ!!」

 

「もう謝っても許さねぇかんな!!」

 

 男達は剣、短剣、斧を構えて、俺を睨みつける。

 

 俺も脇差を抜いて構える。

 

 Lv.2とは思えないけど、ステイタスは俺より上だろう。更には3対1と人数差でも超不利。

 真正面からでは勝てない。

 

 両手で柄を握り締める。

 俺の小ささは武器になるだろうが、モンスターには俺サイズの奴なんてたくさんいる。

 あまり武器にはならない気がする。

 

 ならば俺の武器はスセリ様から教わったことだけ。

 

 連中が人と戦い慣れていない、ステイタスに振り回されている冒険者であることを祈ろう。

 

「死んでも恨むんじゃねぇぞぉ!!」

 

 剣を持った男が叫びながら突っ込んでくる。

 

 そこまで速くない!

 

 俺は男が踏み込んで剣を振り下ろそうとした瞬間を狙って、身を低くして男の股の間に潜り込む様に飛び込む。

 

 そして、男の踏み出した右足のアキレス腱辺りを鋭く斬りつける。

 更にそのまま飛び上がって、男の下腹部にタックルする。

 

「ぎゃぅお!?」

 

 男は無様に後ろに倒れ込んでいき、短剣と斧を持つ男達の動きを阻害する。

 俺はすぐさま後ろに跳び下がって距離を取る。

 

「このガキっ……!」

 

「やりやがったな!」

 

「くっそ……! 腱をやりやがった……!」

 

 剣使いの男はこれでまともに動けないはず……!

 

 だが、短剣使いが詰め寄ってきて、すぐに余裕がなくなった。

 

「ぐっ……!」

 

「ガキがいい気になってんじゃねぇ!!」

 

 やっぱり短剣を使うだけあって、敏捷に自信があるみたいだ。

 なんとか躱して、攻撃を捌いていくが完璧じゃない。

 

 そして、そこに斧使いが斧を振り被って迫ってきた。

 

 俺は歯軋りをして、短剣に左肩を切られることに構わず横に跳んで、斧の一撃を躱す。

 

 本気でヤバいな……!

 短剣使いには速さで負けて、斧使いには力で負けてる。

 俺の脇差じゃ防げない。二刀を使っても、あまり意味はない。むしろ片手じゃ短剣使いにも押し負ける。

 

 短剣使いをどうにかしないと……!

 

「チョロチョロすんじゃ、ねぇ!!」

 

「ぐぅ!?」

 

 短剣使いに腹を蹴られて、俺は後ろに吹き飛ぶ。

 

 俺は後ろに倒れるも、すぐにその勢いで後転して立ち上がり、更に後ろに下がる。

 

 けど、すぐ後ろは壁だった。

 

「っ!? しまっ……!?」

 

「はっはぁ!! 馬鹿が!!」

 

 短剣使いが嘲笑いながらトドメとばかりに突っ込んできた。

 

 けど、これは俺の罠だった。

 

 俺は勢いよく真上にジャンプして、更に壁を全力で蹴り、前に……迫ってくる短剣使いに向かって右跳び膝蹴りを突き出す。

 

「なっ!? げぶっ!?」

 

 短剣使いは目を丸くして、俺の膝を防ぐことも出来ずに顔面で受け止める。

 短剣使いは鼻血を噴いて後ろに仰け反りながら倒れる。

 

 着地しようとした俺だが、斧使いが右ストレートを放ってきて、ギリギリで両腕で防ぐもまた後ろに吹き飛んで、壁に背中から叩きつけられる。

 

「がっ……!」

 

「調子に乗んじゃねぇよ! クソガキ、がっ!!」

 

 斧使いがすぐさま斧を振り被って迫ってきて、全力で振り下ろしてきた。

 

 俺は意識が朦朧としながらも、全力で脇差を振るい斧の側面に叩きつけて斧を逸らす。 

 分厚い刃が俺の真横に叩きつけられ、俺は全力で横に跳ぼうとするが、その前に斧使いの脚が飛んできて思い切り蹴り飛ばされる。

 

「ごっ!!」

 

 俺は地面を数M転がって、うつ伏せに倒れる。

 

 これは、マズ、い……!

 

「けっ! 手間かけさせやがって」

 

「っつぅ……! くそっ……! もう我慢ならねぇ、ぶっ殺してやる!!」

 

 短剣使いが鼻を押さえながら立ち上がり、血走った眼で俺を睨みつける。

 

 くそっ……! やっぱあの程度じゃ倒せないか……。

 

 俺はふらつきながらも立ち上がって、脇差を構える。

 まだ動ける。スセリ様との特訓に比べれば、まだまだいける!

 

 もはやお互いに一歩も引けなくなった、その時。

 

 

「そこまでだよ」

 

 

 静かだが、決して無視できない圧が込められた声が響いた。

 

「っ!? だ、誰だ!?」

 

 声がした方に顔を向けると、そこにいたのは槍を携えた金髪の少年だった。

 

 だが、その少年が纏う風格は明らかに見た目とは一致していない。

 間違いなく俺や男達よりも強大な存在だった。

 

 そして、俺は……彼に見覚えがあった。

 

「……【勇者】、フィン・ディムナ……」

 

「なっ!? ロ、【ロキ・ファミリア】の団長!?」

 

 俺の呟きに男達は目を丸くする。

 

 探索系ファミリア【ロキ・ファミリア】団長、小人族の英雄こと【勇者】フィン・ディムナ。

 オラリオ屈指の実力者の1人であり、オラリオ最強の一角を担うことになったファミリアを纏める者。

 

 フィンの背後には、翡翠色の髪に端麗な顔つきのエルフの女性と、巨大な斧を担いだドワーフの男がいた。

 

 【ロキ・ファミリア】副団長【九魔姫】リヴェリア・リヨス・アールヴ。そして【重傑】ガレス・ランドロック。

  

 【ロキ・ファミリア】のトップ3が何でこんなところに……?

 

「地上に戻ろうとしていたら、下品な声と子供の悲鳴が聞こえてね。ちょっと見に来たんだ」

 

「ぐっ……!」

 

「驚いたよ。冒険者とあろう者が、多勢無勢でどう見ても駆け出しの冒険者を、それも子供を襲っているだなんてね」

 

「がはははっ! それ以上にチビッ子の動きの方に興味を引かれたがの! 儂は」

 

「それも否定しないけどね。……さて、悪いけどまだ続けるなら、僕達も参加させてもらおう。流石に冒険者とは言え、子供を見捨てるのは心苦しいからね。冒険者は子供からも金を略奪する、なんて噂を立てられたら堪らない」

 

 すっごく俺のプライドが傷つけられていくが、助かったのは事実なので耐えるしかない。

 何度も言うが、見た目的にも実力的にも子供なのは事実なんだから。

 

 男達は歯が砕けそうな程噛み締めながらフィン達を睨みつけるも、流石に【ロキ・ファミリア】のトップ3に挑む勇気はなかったようで、盛大に舌打ちをして未だに立ち上がれない剣使いの男を担いで、奥へと去っていった。

 

「……はぁ~~」

 

 俺は大きく息を吐いて、座り込んでしまう。

 今更になって恐怖が勝ったのか、腰が抜けて、手が震えてきた。

 

 ……情けないなぁ。

 

「大丈夫かい?」

 

 そこに穏やかな笑みを浮かべたフィンが声をかけてきた。

 いや、助けてくれたんだ。心の中でもフィンさんと呼ばないとダメか。

 

「ありがとう、ございます。助かりました」

 

「気にしないでくれ。たまたま通りがかっただけの気まぐれだ。ん? 怪我をしてるのか。リヴェリア、治してあげてくれ」

 

「ああ」

 

 リヴェリアさんは無表情のまま、俺の前に跪いて右手を俺に向ける。

 すると、掌から淡い翡翠色の光が放たれ、俺の身体に何か温かいものが流れ込んできた。

 

 リヴェリアさんは攻撃、防御、治癒の三種類の魔法をそれぞれ三段階ずつ使い分けることができるらしい。

 確かハイエルフ……王族なんだよな。

 

「それにしても、フィン。こ奴がお前の親指の疼きの正体か?」

 

「みたいだね。ところで、君。独りなのかい? 他のファミリアの仲間は?」

 

「……いません。ファミリアには俺1人しかいないので」

 

「子供1人のファミリアだと……?」

 

 リヴェリアさんが治療をしながら眉を顰める。

 

 それにフィンさんやガレスさんも呆れたように小さくため息を吐く。

 

「神々の選定基準は僕達には理解しがたいものがあるとはいえ……」

 

「無茶をさせるもんじゃ」

 

「君のファミリアの主神は?」

 

「……スセリヒメノミコト様です」

 

「ふむ……聞いたことがないな。その名前の響きからすると極東の神のようだね」

 

「どの地に住まう神であろうと、幼子を死地に追いやるのはいい気分ではないな」

 

 俺の治療を終えたリヴェリアさんは吐き捨てるように言う。

 

 

 ……それは違う。

 

 

「俺の神を悪く言わないでください」

 

 

 俺ははっきりとリヴェリアさんに告げる。

 

 リヴェリアさんは僅かに目を見開く。

 

「スセリ様は孤児となり、帰る場所も行く当てもなくなった俺を探し出してくれました」

 

 身体に活を入れて立ち上がる。

 

「どの店も、どのファミリアも、どの神も、居場所を求めた俺を追い返しました。ガキなんですから当然でしょう。けど、スセリ様はそんなガキを探してくれて、見つけてくれて、助けてくれて、力をくれて、鍛えてくれて、そして……帰る場所をくれました。ガキである俺のために、ファミリアを創ろうと言ってくれました」

 

 俺はまっすぐにリヴェリアさん達を見据え、脇差を握り締める。

 

「救けて頂いたことには本当に感謝してます。オラリオ最強のファミリアの一角と呼ばれるあなた達にとって、俺なんて本当に小さな存在だろう。けど……だからって、俺の神まで見下すことは許さない……!」

 

 スセリ様は本当は俺がダンジョンに行くことがまだ不安なことに、俺は気づいてた。

 

 本当はまだ行かせたくないことに、気づいてた。

 

 スセリ様は、本当に慈悲深い女神だ。

 

 それを神でもない()()()()()()に馬鹿にされる筋合いはない……!!

 

「……どうやら僕達も先ほどの者達と同じで、君を見誤っていたようだ……」

 

 フィンさんは目を伏せて、そう言った。

 

 そして、目を開いて真剣な目で俺を見据え、

 

「貴殿の主神を侮辱したことを謝罪する。そして、貴殿を子供としてしか見ていなかったことも。……間違いなく君は、僕達と同じ冒険者だ。その志と覚悟に種族も年齢も関係ないことを僕達は良く知っているはずだったのにね」

 

 その言葉にガレスさんは大きく頷き、リヴェリアさんもどこか恥じ入る様に目を伏せていた。

 

「君の名は?」

 

「……【スセリ・ファミリア】所属、フロル・ベルム」

 

「フロル・ベルム……。またどこかで会えることを楽しみにしているよ、フロル殿」

 

 フィンさんは笑みを浮かべてそう言って、背を向けて歩き去っていった。

 リヴェリアさん達もそれに続き、俺は3人の背が見えなくなるまでじっと見続け、完全に見えなくなったところで大きく息を吐く。

 

 ……死ぬかと思った……。

 

 本編より十年以上も前だから、もうLv.6かどうかは知らないけど……。

 それでも【ロキ・ファミリア】はオラリオでも名が知られているのだから、団長のフィンさんはLv.6なのかもしれない。

 

「……早く帰ろう」

 

 ……怒るだろうなぁ、スセリ様。

 怖いなぁ……。

 

「はぁ~……」

 

 俺は大きくため息を吐いて、項垂れながらダンジョンの外へと歩き出すのだった。 

 

 

 こうして俺の初めてのダンジョンアタックは終わりを迎えた。

 

 



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転生した男は強くなる日々を過ごす

 ダンジョンを出た俺はバベルにある換金所に向かった。

 

 ギルド本部や支部にも換金所はあるけど、早く帰りたいのでここですることにした。

 まぁ、ギルドに寄りづらいってのもあるんだけどね。スセリ様が喧嘩売ったし。

 

 窓口が2つしかなくて少し行列が出来てたけど、思ってたより早く順番が回ってきた。

 

 窓口の引き出しに魔石やドロップアイテムを置くと、引き出しが引き込む。

 そして、1分もせずに引き出しが飛び出してきて、お金が並べられていた。

 

「はいよ、13000ヴァリスね」

 

 い、13000ヴァリス……!

 マ、マジで……?

 

 俺は思ってた金額の3倍以上の結果に戸惑いながらも素早く巾着袋にお金を仕舞い、駆け足でホームへと戻る。

 

 ここまで頑張って奪われたらたまらん!!

 

 俺は一応追跡されていることを考えて、狭い路地や穴を通って移動する。子供の俺だからこそ通れる道だ。小人族でもなければ追って来れないだろう。

 

 ホームに到着した俺は勢いよく扉を開ける。

 

「スセリ様! ただいま戻りました!!」

 

「おぉ、ヒロ。無事そうで何より……でもなさそうじゃのぅ」

 

「え? ……あ」

 

 スセリ様の目は俺の肩へと向けられていた。

 それはあの男達に傷つけられ、リヴェリアさんに治してもらった傷だった。だが、血の跡は消えておらず、スセリ様からすれば俺が怪我しているように見えたんだろう。

 

「だ、大丈夫です! これは親切な方が治療してくれたので!! もう治ってます!!」

 

「馬鹿もん。結局怪我をするような相手と戦ったということじゃろうが。しかも、その傷はモンスターではなく、冒険者の武器によるものじゃろう」

 

 おう……完璧にバレている。

 

「全く……やはりお前を快く思わん輩が出よったか。ほれ、武具を外して身体を見せてみよ。まだ治療していない怪我もあるであろう」

 

「はい……」

 

 大人しく装備を外し、下に着ていた和服も脱ぐ。

 

「ほれ見よ。腹が腫れておるではないか。飯の前に治療じゃの。いや、先に風呂か」

 

 あ~、蹴られたところか。

 あまり痛みを感じなかったんだけどな……。

 

 俺はスセリ様に命じられるがままに風呂に入って汗と汚れを落とす。

 そして風呂から出ると、スセリ様が手早く治療を済ませていく。これはもう昔からの事なので恥ずかしいも何もない。

 

 あっという間に治療が終わり、俺は今日起こったことと成果を話す。

 

「ほぅ……ロキのところの小人族にか……。運がいいのやら悪いのやらじゃの」

 

 まぁ、確かにこの段階でフィンさん達に目を付けられたのは、余計な騒動を呼ぶ可能性がある。

 仕方がないことではあるが。

 

「じゃが、初めてのダンジョンで、しかもソロで13000ヴァリスの稼ぎは中々聞かんの。聞いた限りでは無理もしておらんようじゃし……うむ、よぅやった!」

 

「ありがとうございます」

 

「とりあえず、明日は一度休みとするがいい。身体の調子もみたいしの」

 

「はい」

 

「それにやはり修行も必要なようじゃから、ダンジョンは様子を見ながら行くとしようかのぅ」

 

「そうですね。今回みたいに他の冒険者達に襲われても生き残れるようにはなりたいです」

 

「そうじゃな。モンスターは問題なさそうじゃし、対人戦の修行に重きを置くか」

 

「はい」

 

「しかし、まずは飯にしよう。そして、今日はゆっくり休むとよい」

 

 その後、本当に前世でもあまり見たことがないほどのご馳走をたっぷり食べた。

 

 少しゆっくりして、ステイタス更新は明日にしようということで今日はさっさと布団に潜った。

 

 ダンジョンに挑み、腹いっぱい食べたからだろう。

 俺はすぐに強烈な眠気に襲われて、あっという間に意識がなくなったのだった。

 

 

 

 

 翌朝。

 

 6時頃に目が覚めた俺は体を起こして、調子を確認する。

 

「……うん。問題ないな」

 

 蹴られた腹はまだ腫れていて時折痛みが走るが、自制内だ。

 

 スセリ様もすでに起きていて、朝食の準備をしてくれていた。

 

「おはようございます」

 

「うむ、おはよう。調子は問題なさそうじゃな」

 

「はい」

 

「まぁ、それでも今日はゆっくりするのじゃな。鍛錬も軽めにの」

 

「分かりました」

 

「では、朝食としよう」

 

 美味しい朝食を頂いた後、俺はステイタスの更新を行うことにした。

 

 スセリ様に背中を晒し、スセリ様が俺の背中に血を垂らす。

 背中を指でくすぐる様に動かすと、背中に『神聖文字』で記された俺のステイタスが浮かび上がる。

 

 その内容は俺には全く分からない。

 俺に『神聖文字』を読む学はないからな。

 

 数十秒ほどで浮かび上がったステイタスは俺の背中に押し戻され、用紙を背中に乗せられる。

 スセリ様が指でくるっと丸を描くと、その用紙に俺のステイタスが共通語で刻まれる。

 

 いつ見ても不思議な光景だな。

 

「よし。終わったぞい」

 

「はい」

 

 俺が服を着ている間に、スセリ様が用紙に刻まれたステイタスを見つめる。

 

 上がったのかな?

 いや、上がってはいるはずなんだろうけど、これまでの修行と比べてどれだけ上がったのかは気になるな。

 

 そんなことを考えていると、

 

「ほれ」

 

 スセリ様が用紙を俺に差し出してきた。

 

 え?

 

「よろしいのですか?」

 

「流石にそろそろ己の力を知らぬというのも問題であろう。ギルドの連中に訊かれて知らんとなったら、それこそ面倒じゃて」

 

「はぁ……」

 

 何となく違和感を感じながらも、俺は用紙を受け取って己のステイタスを初めて目にする。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :I 91  → H 128

耐久:H 119 → H 159

器用:H 122 → H 137

敏捷:H 158 → G 208

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 ……うん……うん?

 あれ? おかしいな……。

 

 熟練度上昇トータル140オーバー?

 力が37UP、耐久が40UPで、敏捷に関しては50!?

 

 なんで急にここまで上がってんの?

 これまでのスセリ様との修行は何だったのさ。いや、スセリ様も技術面に集中してるからステイタスに大きく影響しないかもしれないとは言ってたけどさ。

 だからって、ダンジョンに一回潜っただけでこれっておかしくないか?

 

 しかも、さり気なくスキルあるし。

 

 うん、待ってくれ。理解が追いつかない。

 

 俺は眉間に皺を寄せて、食い入る様に用紙を睨みつけていた。

 

 その様子にスセリ様が苦笑する。

 

「まぁ、命の危機という奴が大きく係わっておるのじゃろうな。まさしく鍛錬と実戦の違いという奴じゃ。得られる経験値は質と量で決まる。初めてのダンジョン、初めてのモンスター討伐、初めての命を懸けた対人戦。妾との鍛錬とは比べものにならんほど、様々な経験をしたのは間違いない。故にそこまで驚くことではない。恐らく次回からはここまで伸びんじゃろうな」

 

「……このスキルは……」

 

「うむ。間違いなく前世の記憶を持っておるが故に発現したスキルじゃな。まぁ、そこまで気にすることもなかろうて。正直、そのスキルの真価を知るのはまだまだ先の事じゃろう」

 

 確かに……。

 『アビリティの上限を上げる』というのは、別に成長を早めるというわけじゃない。

 そもそもSランクまでステイタスが上がらなければ宝の持ち腐れだ。

 

 そして、Sランクまで上がることがまず難しい。

 あの天才と呼ばれたアイズでもSランクはなかったっけ……。

 

 ってことは、そこまで驚くことでもないのか。

 ステイタスが大きく上がったことは喜ぶべきだろうけど、スキルを活かす事を考えると微妙な気持ちになる。

 

「それでよい。浮かれたところで所詮はLv.1ぞ。今はステイタスなぞ気にせず鍛えることに集中せぃ」

 

「はい」

 

「明日は上がったステイタスの感覚を掴むことに専念し、1週間ほどは妾と鍛錬じゃ」

 

「はい!!」

 

「うむ」

 

 この日は大人しく軽く身体の調子を確認して、素振り程度で留めた。

 走り込みにも行きたいけど、スセリ様に、

 

「昨日の連中やその仲間が待ち構えておるかもしれん。大人しくしとけ」

 

 と言われてしまった。

 まぁ、俺もそれに納得してしまったので、大人しくしているが。

 

 今は再び力を蓄える時だ。

 

 だから……俺は強くなりたい。

 

…………

………

……

 

 初めてのダンジョン挑戦から一か月が経過した。

 

 あの日から一度もダンジョンには挑戦していない。

 理由はスセリ様との鍛錬が盛り上がり過ぎたからだ。

 

 いやぁ~……高笑いしながら襲い掛かってくるスセリ様マジ怖い。

 

『ふはははははは!! ほれほれ!! どうした、ヒロォ!!』

 

『ぐっ!? ぎっ!? がっ!? ちょ、ちょっとスセリ様っ……!!』

 

『遅いっ!!』

 

『かべちっ!!』

 

 というやり取りが毎日。

 

 そう、盛り上がっていたのはスセリ様なんだよ。

 俺は地獄でした。

 

 まぁ、おかげで強くなったとは思うけどさ。

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :H 128 → H 152

耐久:H 159 → H 177

器用:H 137 → H 161

敏捷:G 208 → G 243

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 なんか雰囲気的にはベルやアイズに近いような成長の仕方だな。

 まぁ、子供だから『力』は伸びにくいのかもしれないけど。

 

 とりあえず、一か月前より数値的にはそれなりに成長したので、再びダンジョンへと赴くことになった。

 

 スセリ様はアルバイトへと出かけ、俺もダンジョンへと向かう。

 

 今回は3階層までの進出を許可された。

 

 2階層からは出現するモンスターが増えるので、危険度も上がる。

 スセリ様が言うには、恐らく問題なく勝てるだろうが、今の自分の力量を確かめるには丁度いいらしい。

 

 確かにこの一か月スセリ様としか戦ってこなかったからな。

 

 ステイタスの数字も上がっているとはいえ、客観的過ぎて分からん。

 

 そんなことを考えながら、ダンジョンを目指していると、

 

「すいません。フロル・ベルム氏でしょうか?」

 

「ん?」

 

 後ろから声をかけられて、足を止めて振り返る。

 

 そこに立っていたのは、猫人族の女性だった。

 

 銀色の髪を後ろで一本の三つ編みに纏め、ピンと立った猫耳。

 服装はウェイターを思わせる制服。

 

 つまり、ギルドの職員。それも恐らく受付嬢だろう。

 

「そうですが……どなたですか?」

 

「ご挨拶が遅れました。わたしはスーナ・クィーリと申します。ギルド窓口受付嬢およびアドバイザーをしております」

 

「アドバイザー……」

 

 確か、駆け出し冒険者にダンジョン攻略を指導し、監督するギルド職員だったっけ。

 つまり、この人は……

 

「はい。わたしがフロル・ベルム氏の担当アドバイザーとなりました。今後ともよろしくお願いします」

 

「はぁ……」

 

 頼んでないんですけど?

 

 あまりギルドに寄る気も無いし……。まぁ、一応オラリオにいる以上、ファミリアはギルドの指示に従う義務が発生する場合があるのは知ってるけど。

 普段の活動をギルドが干渉することは逸脱行為のはずだ。遠征とかに出るなら別だろうけど。

 

「一度、今後のダンジョン攻略についてお話をさせて頂きたいのですが……。お時間はありますか?」

 

「すいません。これからダンジョンに潜るところですので……」

 

「では、その後でもよろしいですか?」

 

「女神様との鍛錬の予定があります。当分はこれを続ける予定ですので、ギルドによる時間は取れないかもしれません」

 

「……そうですか」

 

「では、失礼します」

 

 俺は軽く頭を下げて、歩き出す。

 

 別にギルドを毛嫌いしてるわけじゃないけど、なんかスセリ様がいないところで声をかけてきたのが裏がある様に感じてしまった。

 

 とりあえず顔合わせしたし、当分は行かなくていいかな。

 

 俺はスーナさんの事を頭の隅に追いやって、やや駆け足気味にダンジョンへと向かうのだった。

 

 

…………

………

……

 

 あっという間に見えなくなったフロルを見送って。

 

 スーナは小さくため息を吐く。

 

「はぁ……やっぱりこんなところで声をかけたのは失敗でしたか……」

 

 たまたま見かけてしまったので、思わず声をかけてしまった。

 スーナもフロルが冒険者登録を行った際にギルドにおり、フロルの事をよく覚えていたのだ。

 

 6歳にして冒険者になった者など滅多にいないのだから。

 

 スーナは少し落ち込みながら、ギルドへと戻る。

 

「おかえりなさい。スーナせんぱ――どうしたんですか?」

 

 声をかけてきたのは赤い髪の狼人。

 今年入職したローズが、妙に落ち込んでいる先輩の姿に首を傾げる。

 

「【スセリ・ファミリア】の冒険者を見かけたんですよ」

 

「【スセリ・ファミリア】? ………あぁ、あの子供の」

 

「えぇ。わたしが担当になったので、挨拶と話をさせてもらおうと思ったのですが……」

 

「フラれたんですか?」

 

「……はぁ」

 

 ストレートな言い方をしてきたローズの言葉に、スーナはため息を吐いて頷いた。

 

 それにローズは眉間に皺を寄せて、

 

「大丈夫なんですか? 登録してから一度も来てないんですよね? あそこの主神、登録時にかなり喧嘩腰でしたし」

 

「……スセリヒメノミコト様は少々気性の激しい女神ですが、聡明なお方です。彼が舐められないようにギルドを牽制したかったのでしょう。そして、彼のダンジョン探索に対して、我々に口を出されたくないのでしょうね」

 

「けど、あんな子供1人でダンジョンなんて危ないですよ。確か初日から他の冒険者に襲われたんですよね? 【ロキ・ファミリア】の方々が助けてくれたらしいですが……」

 

「そうですね……。ですが、調査ではあの日以降彼はダンジョンに挑んでいないことも分かっています。スセリヒメノミコト様は彼に無理をさせているわけではないようですから、もう少し様子を見てもいいかもしれません」

 

「……本当に大丈夫なんですかぁ?」

 

「ええ。一応スセリヒメノミコト様から、彼の簡単な情報は頂いてますので」

 

「へ? あの女神がですか?」

 

「ええ」

 

 実は半月ほど前にスセリが1人でギルドを訪れ、フロルに関する情報を提供してきたのだ。

 

 本当に最低限の情報だけだが。

 

「彼が眷属になったのは一年前。先月冒険者登録するまでは、スセリヒメノミコト様と鍛錬を行っていたそうです」

 

「……」

 

「まぁ、なのでスセリヒメノミコト様は彼が死なないようにしっかり目を光らせている、と考えてもいいでしょう。【ロキ・ファミリア】の方々の話では、彼自身も子供にしてはかなりしっかりしているようですし」

 

 スーナはフィン達からも話を聞いていた。

 そこで聞いたのは見た目とはかけ離れた評価だった。

 

『彼は本当にヒューマンの子供なのか疑ってしまうね。小人族と言われた方がまだ納得できるよ』

 

『そうじゃのぅ。戦い方はまだまだ拙いところはあったが、かなり洗練されておった。儂らにも臆さず、言い返してきよったしなぁ! がっはっはっはっ!!』

 

『精神面もあの年齢にしては、かなり成熟されているように思える。決して無鉄砲ではなく、己の身の丈を熟知している』

 

『絶対に退いちゃいけない時を理解している。彼は決してステイタスに振り回されることなく、堅実に成長していくだろうね。正直、うちに欲しいくらいだよ』

 

 【ロキ・ファミリア】首脳陣のべた褒めに、スーナは驚きに目を丸くした。

 

 【勇者】フィン・ディムナに欲しいと言わせる駆け出し冒険者の少年。

 

 故にスーナは彼の成長をサポートするつもりだったのだが……見事に警戒されてしまった。

 

「……正直なところ、わたしも彼に会った時、本当に子どもなのか疑問を感じました。彼のアドバイザーをするには、もう少し情報が欲しいですね」

 

 いきなりギルド職員に声をかけられても、動揺することなく冷静に……いや、冷徹と言えるほど揺らぎなく対応された。

 

 正直、何をアドバイスすればいいのか分からなくなった。

 

「今は彼がダンジョンから無事に帰還することを祈りましょう」

 

 フロルはこのオラリオに何か新しい風を呼び込むかもしれない。

 

 スーナはそんな予感を抱いていた。

 

 

 




スーナさんはオリキャラ。ローズさんは原作キャラです


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転生した男は人助けをする

 ダンジョンに足を踏み入れた俺は早速2階層にやってきた。

 

「ふっ!!」

 

『ゴベェ!?』

 

「しぃ!!」

 

『ゴッパッ!?』

 

「はぁ!!」

 

『コブリェッ!?』

 

 ゴブリンの群れを斬り倒し、突き倒し、蹴り倒す。

 

 首を刎ね、心臓を穿ち、顔を潰した。

 

 一撃も喰らうことなくゴブリン達はあっという間にその身を灰へと変え、地面に魔石を散らばせる。

 

 それを素早く回収して、俺はすぐに移動を再開する。

 

 それにしてもステイタスはやっぱりすごいな……。

 前回は結構一杯一杯だったのに、もう余裕で戦えるようになってる。

 

 確かにこれならステイタスに振り回される冒険者が出てもおかしくないな。

 技なんて力で捻じ伏せればいいと思ってしまうだろう。

 

 自分よりランクが上の冒険者を見れば、尚更それに拍車はかかる。

 

 でも、スセリ様と戦って何度も投げ飛ばされてる俺からすれば、ステイタスなんて微々たるものだ。

 もちろんLv.5,6になれば話は別だろうけど、技を極めれば圧倒的な力をいなすことは出来ると身体で知っている。

 

 更にそこに経験が加われば、まさしく英雄となれる。

 

 第一級冒険者達はそれを理解しているから名を馳せている。

 まぁ、ステイタスの値が伸びにくくなっているから、嫌でも技を鍛えるしかないってのもあるんだろうけどな。

 でも、それが更なる高みへと押し上げているのも事実だ。

 

「……ホント、第一級冒険者は化け物だな」

 

 今の俺の何十倍も強いであろう人達を思い浮かべて、そう呟く。

 

 その時、真上から気配を感じた。

 

「!!」

 

 俺は全力で後ろに跳ぶ。

 

 直後、俺がいた場所に鞭のような何かが叩きつけられた。

 

 上を見上げると、そこにいたのは茶色の皮膚を持つトカゲ。

 

「ダンジョン・リザード……!」

 

 モンスターの種類が少ない上層階に出現するメンドくさいモンスターの代表。

 天井や壁を這いずるため、近接武器を使う冒険者はダンジョン・リザードが下りてくるまで待たないといけない。

 

 しかし、俺は待つのもメンドくさい。

 

 背中の脇差を抜いて、地面に突き刺す。

 そして跳び上がって、突き刺した脇差を足場に再び勢いよくジャンプして、右手に持つもう一振りの脇差を振り被る。

 

『ゲギャ!?』

 

 一太刀で頭部を両断し、俺は血を被りながら地面へと下り立つ。

 ダンジョン・リザードは地面に落ちる途中で、身体を灰にして魔石だけが地面を転がった。

 

 俺は突き刺した脇差を抜いて背中の鞘に納め、魔石を回収する。

 

 その後もダンジョンを進み、現れるモンスターを全て倒していく。

 

「……2階層は問題なさそうだな」

 

 ということで、俺はさっさと3階層へと下りる。

 

 モンスターは変わらないけど、ステイタスが上がるらしい。

 なので、同じ相手だと油断するのは危険だ。

 

『ゴブブゥ!!』 

 

 すると、ゴブリンが現れた。

 

 数は1匹……いや、違う!

 

『『『ゴブゥ!!』』』

 

『『『グルルゥ!!』』』

 

 ゴブリンとコボルトの混成パーティー!?

 

『グルルルォ……!!』

 

「!!」

 

 群れの奥に1匹だけ別格の雰囲気を纏うコボルトがいた。

 

 鼻頭、右頬、左腕に一筋の傷があり、左耳が欠けている。そして、石斧の【天然武器】を携えていた。

 

 そして、背丈も他のコボルトより高い。

 

 合計8匹……8対1……!

 

「……強化種? 3階層で?」

 

 ――ありえない。

 

 が、そのありえないことが起こるのがダンジョンだ。

 アニメでもありえないことがたくさん起こっていた。

 

 このダンジョンは神が創ったものだが、それはもう千年も前の話。

 この世界とて神でも予想できないことが未だに起こり続けているのに、それがダンジョンでは起きないと思う方が間違っているんだ。

 

 ありえないことなんて、ありえない。

 

 別の漫画で見た言葉。

 

「……逃げるは愚策」

 

 数が多すぎる。

 何より、上に行かせるわけにはいかない。

 

 故に()()のが正解だ。

 

 数を減らしつつ、強者がいる可能性がある下の階へと向かう。

 

 それが最善。

 

 そして、誰かと会う前に倒せれば――最高だ。

 

 

「つぇあああああ!!」

 

  

 俺は背中の脇差も抜き、気合を叫んで駆け出す。

 

『グルオオオオオオオ!!!』

 

 強化種コボルトもそれに応えるように吠え、それにコボルトやゴブリン達も続いて俺に向かって攻めかかってくる。

 

 取り巻きは強化種じゃないはず! なら、まだ戦える!!

 

 囲まれるな! 動き回って撹乱しろ!!

 

 俺はジグザグに移動しながら、群れに迫る。

 

 そして、一番手前にいるゴブリンに向かって、左手の脇差を投擲した。

 

『ギャベっ!』

 

『ガウ!?』

 

 額に突き刺さって仰向けに倒れて行くゴブリン。

 それにすぐ傍にいたコボルトが驚いて、思わず足を止めてしまう。

 

 俺はその隙を逃さずに、一気にスピードを上げてコボルトに詰め寄る。

 そして、一太刀で首を斬りつけ、全力で後続に向かって蹴り飛ばす。

 

 首から血を噴き出したコボルトは後ろにいた群れに突っ込んで、身体を灰にする。

 

 俺はその隙に地面に落ちた脇差を回収して、一度距離を取る。

 

「すぅ、ふぅー……っ!!」

 

 一度深呼吸して、次の瞬間には全速力で駆け出す。

 2秒もかからずにゴブリンに詰め寄り、すれ違いざまに首を刎ねる。

 

 そして、そのまま強化種コボルトに攻めかかった。

 

「しぃ!!」

 

『グラァ!!』

 

 強化種コボルトは俺の斬撃を防いで、斬り払った。

 俺は無理に抵抗せずに後ろに下がり、その場で回転して後ろを振り返りながら脇差を振るう。

 

『ギャッ!?』

 

 背後から襲い掛かって来ていたコボルトの胸を横に引き裂いて、俺は再び駆け出して強化種コボルトの背後に回り込むように移動する。

 

 もちろん、強化種コボルトは俺の動きについてきていた。

 

『ガァ!!』

  

 強化種コボルトは石斧を振り被って、全力で振り下ろす。

 石斧は俺の背後に突き刺さって、地面を軽く砕く。

 

 速さはやや俺が上、力は向こうが上。

 

 やっぱり、ちょっと厳しいか……。

 

『ゴブッ!!』

 

「っ!?」

 

 すると通路の影からゴブリンが飛び出してきた。

 俺はギリギリでゴブリンの引っ掻きを躱すが、バランスを崩してしまう。

 

 くそっ……! 伏兵とかマジかよ……!?

 

『グルルラァ!!』

 

「!! しまっ!?」

 

 強化種コボルトが口を大きく開いて突撃してきた。

 

 俺は脇差を交えて噛みつきを防ぐも、強化種コボルトは石斧を振って俺の腹に叩き込んだ。

 

「ごっ!?」

 

 俺は横に吹き飛んで地面を転がる。

 

 転がる勢いを利用してなんとか立ち上がるも、たたらを踏んでしまう。

 

 そこにコボルトとゴブリンが飛び掛かってきた。

 

「っ! 舐めん、なっ!!」

 

 俺は右後ろ回し蹴りを繰り出して、コボルトの横っ面に踵を叩き込む。

 コボルトは歯を数本折りながらゴキリと首を鳴らして、白目を剥いた。

 

 更に回転した勢いで左手の脇差を振り抜いて、ゴブリンの顔を鼻辺りで上下に両断する。

 

 俺はそのまま駆け出して、群れに背を向ける。

 

『グロオオオ!!』

 

 強化種コボルトが逃がすなとばかりに吠えて、コボルトとゴブリン達が追いかけてくる。

 

 俺は頻回に背後を確認しながら付かず離れずの距離を保つ。

 

 そして、奴らがほぼ縦一列になったところで、全力でブレーキをかけて急反転する。

 

『ガル!?』

 

「はあああ!!」

 

 いきなり攻めかかってきた俺にコボルトが一瞬動きを止める。

 俺は右手の脇差を逆手に持ち、コボルトの右脇腹をすれ違いざまに深く斬りつける。

 

 そのまま次のゴブリンに迫り、左手に握る脇差を横薙ぎに振って胸を横一文字に斬り裂く。

 

 そして、右手の脇差を持ち直して、全力で目の前に突き出す。

 

『ゴボォ!?』

 

 飛び掛かって来ていたゴブリンの口に脇差は吸い込まれ、内部を突き裂く。

 俺は右腕を横に振って、ゴブリンを振り払う。

 

 

『グゥルルオオオオオオ!!!』

 

 

 強化種コボルトが石斧を振り上げて、目の前に迫っていた。

 

 もちろん、俺はそれに気付いていたので驚くことはなく、冷静に振り下ろされる石斧を見据えていた。

 

 そして目の前まで迫った石斧に、俺は二振りの脇差を素早く、だが優しく添えるように横から当てて、全力で左に押した。

 

 石斧は僅かに逸れて、地面に叩きつけられる。

 

 俺は受け流すと同時に半身になり、石斧が地面に叩きつけられたと同時に身体を反転させて両腕を振る。

 

 二振りの脇差も振り抜かれ、石斧を握る強化種コボルトの右腕を深く斬り裂いた。

 

『グギャアアアアアア!?』

 

 強化種コボルトは石斧から手を離し、悲鳴を上げて後退る。

 

 俺はその隙を逃さずに脇差を二振りとも地面に突き刺し、それを踏み台に逆立ちして体を捻りながら右脚を振り抜く。

 

 俺の右脚は強化種コボルトの顎を捉えて、強く蹴り抜く。

 

 強化種コボルトは顎が外れんばかりに首が横に振られ、バランスを崩す。

 

 

「っおおおおおおおおお!!!」

 

 

 俺は雄叫びを上げ、脇差を抜きながら着地し、連続で斬りかかる。

 

 そして、トドメとばかりに左の脇差を、強化種コボルトの胸に突き刺し、

 

 

「つあああああああ!! はあっ!!」

 

 

 脇差を握り締めた右拳を、柄に叩き込んだ。

 

『グゴアオ――!?』

 

 強化種コボルトは後ろに吹き飛んで仰向けに倒れ、直後弾けるように身体を灰に変えた。

 

 ゴトン、と拳大の魔石が地面に転がり、その傍に脇差が落ちる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……!」

 

 俺は右腕を突き出した姿勢のまま、肩で息をする。

 

 ……か、勝てた……。

 

 一撃しか喰らわなかったとはいえ、流石にちょっときつかったな……。

 

 俺は倦怠感に苛まれながらも武器を収めて、魔石を回収する。

 ……流石にデカいな。もう袋に入りきらん。

 

 今日はもうここまでだな。体も重いし。

 

 道を引き返そうとした、その時。

 

 

「ぁ……ぅ……」

 

 

「? ……声?」

 

 空耳か? それともモンスターか?

 

 ……いや、今のは間違いなく人の声だ。

 それも、かなり弱っている。

 

 俺は聞こえてきたであろう方へと駆け足で向かう。

 

 薄暗い通路に広がっていたのは、血の海に沈んだ冒険者達と思われる人達だった。

 

「!!?」

 

 これは……まさかさっきの強化種か!?

 

 俺は声の主を急いで探す。

 

 そして壁際に、ボロボロではあるが五体満足で浅く呼吸をしてるエルフの少女が倒れていた。

 

 俺は駆け寄って、ポーション全てを彼女にかける。

 

 体から治癒の煙が上がるが、俺のは下級ポーションだ。ここまでの重傷となると全快は無理だろう。

 けど、もっと問題なのは、彼女をどうやって連れ帰るかってことだ。

 

 背負うことは可能だろう。

 だが、その場合モンスターが出たら戦えない。

 

 人を抱えて逃げられるかなんて自信がない。

 

 でも行くしかない。

 

 ここに放置していくなんて無理だ。

 

 俺は背中の脇差を右腰に差して、少女を背負う。

 

 流石にちょっと重いけど、走れないほどじゃない。

 

 目指すは正規ルート。

 他の冒険者に最も会える可能性がある道だ。

 

 そこまで行けば、誰かに手を借りることも可能だろう。

 

 ……死体は後でギルドに報告して、他の冒険者にでも回収してもらうしかない、か。

 

 俺は駆け足でダンジョン内を移動する。

 出来る限り背中に負担をかけないように注意しながら。

 

 運がいい事にモンスターと出会うことはなく、俺はダンジョンを出ることが出来た。

 

 少女はバベルにあるギルド直営の治療施設に預けた。

 ついでにそこにいた職員にダンジョン内に残してきた彼女の仲間達の事を伝える。

 

 残念ながら、彼らに関しては『他の冒険者が連れて帰ってくれることを期待するしかない』とのことだ。

 

 まぁ、ギルド職員はステイタスを持ってないし、いちいち冒険者に依頼していたら人手が足りないだろうからな。

 

 俺は報われない現実にやりきれない思いを抱えながらも、換金へと向かう。

 強化種の魔石がどれくらいになるかだけど……。

 

 所詮はコボルトだからなぁ。期待は出来ないか……。

 

 

 

 

「29000ヴァリスだな」

 

「!!!」

 

 前回の倍ですとーー!?

 強化種すげー!!

 

 けど、逆に言えば強化種を含めても倍程度ってことか。

 つまり、今後は今回以下の金額になると考えておくべきだな。

 

 う~ん……やっぱり1人じゃ稼ぐにも限界があるか。

 

 まぁ、こんなこと愚痴ったら、スセリ様に怒られそうだけど。

 そもそもダンジョンに挑戦して、まだ2回目だし。

 

 今はこの感じを継続するしかないか。

 焦ったところで俺が持ち運べる魔石の量は変わらないし。いくらでも入る魔法の鞄なんて物も存在しないんだ。

 

 サポーターを雇う余裕なんてないし、そもそも子供の俺に雇われる奴なんていないだろう。

 パーティーを募集しても同じだな。

 稼ぎをちょろまかされるか、モンスターの囮にされるだけだ。

 

 スセリ様も団員を増やす気はなさそうだしなぁ。

 まぁ、本拠が『あれ』だからしょうがないと言えば、しょうがないのかねぇ。俺もあそこにもう1人ってなるとちょっと抵抗がある。

 

 俺はそんな事を考えながら帰宅する。

 

「ただいま戻りました~」

 

「おお。おかえり、ヒロ。飯は出来ておるぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「飯を食べ終わったら、ステイタスを更新するぞ。その後、妾はまた仕事に行くでの」

 

「はい」

 

 用意して頂いた食事を食べながら、俺は今日あったことを報告する。

 

「……お前、中々に引き寄せるのぅ。まぁ、鼻が高いと言えば鼻が高いが」

 

「あははは……」

 

「アドバイザーに関しては、お前に任せるわい。正直、今の所は要らん気がするしの」

 

「はい」

 

 ということで、食事を終えた俺は皿洗いを手伝って、ステイタス更新となった。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :H 152 → G 201

耐久:H 177 → G 208

器用:H 161 → H 199

敏捷:G 243 → G 295

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 

 ……ん?

 

「……スセリ様」

 

「うむ。成長期じゃのぅ」

 

「いやいやいやいや!?」

 

 上昇値トータル170!?

 一回潜っただけで? おかしいでしょう!?

 

「鍛錬した分が上乗せされたからじゃろうて。そもそも恩恵を与えて1年経っておるんじゃぞ? そこらへんの冒険者でも、とっくにその程度伸びとるわい。お前の場合は下地がある分、得られる経験値が多いのやもしれん」

 

「……そう、ですかねぇ?」

 

「まぁ、妾も少々無理があるとは思うが、上がる分には問題なかろうて」

 

「それは……そうですね」

 

「うむ。では、風呂に入ってくるといい。妾は仕事に行く」

 

「はい……」

 

 まぁ、強くなったことに文句を言うのは贅沢か。

 

 

 とりあえず、明日もダンジョンで頑張るとしよう。

 

 



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転生した男は同行者を得る

 あれから2週間。

 

 俺は毎日ダンジョンに挑んでいた。

 

 到達階層は6階層まで許可されている。

 

 ちなみに今のステイタスはこんな感じだ。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :G 201 → G 278

耐久:G 208 → G 252

器用:H 199 → G 269

敏捷:G 295 → F 371

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 なんか凄いことになってるよな。

 一週間でここまで上がるとか絶対おかしいよ。

 

 ベル・クラネルほどではないけど、十分それに匹敵する上昇値じゃないか?

 

 全然ペース落ちないし。

 【輪廻巡礼】の隠れ効果じゃないのかと、スセリ様は言ってたけど……。

 本当にその可能性はあるかもしれないな……。

 

 アビリティ上限を上げる。

 それは『SSランクまで上げられる』というだけでなく、『俺の成長限界のアビリティ上限をも上げるのではないか?』というものだ。

 それに合わせて熟練度の上昇値も増えているのでは? というのがスセリ様の考察だ。

 

 まぁ、ありがたいことではあるし、俺はステイタスを得て1年経ってるから今のステイタスはそこまでおかしいわけじゃない。

 

 これでもまだスセリ様には勝てないんだから情けない気持ちがまだ強い。

 マジ技ってスゲェ。

 

 ということで、今日も頑張ろう!

 

 

 

 6階層はこれまでと違って、壁の色が淡い緑だ。

 出てくるモンスターも厄介になってきた。

 

 特に6階層で現れるようになる『ウォーシャドウ』が難敵だ。

 

 ヒューマンのような影の身体に非常に鋭い爪を持つモンスターで、身長は160Cほど。

 俺からすれば大人と戦うのと何ら変わらない。

 

 強化種コボルトよりも動きは遅いけど、数が多いから厄介なんだよな。

 

『……!』

 

『!!』 

 

 2体のウォーシャドウが俺に向かって爪を振り下ろす。

 俺は跳び下がって躱すも、背後で風を切り裂く音が聞こえて、反射的に横に転がる。

 

 そこに黒い爪が突き刺さる。

 

 完璧に囲まれたか……!

 

 俺は眉間に皺を寄せて、二振りの脇差を構える。

 

 俺の周囲には5体のウォーシャドウがいた。

 これまた運が悪いことに2体のウォーシャドウと戦おうとした時に、壁から生まれたのだ。

 

 面倒だけど、やるしかない!!

 

『!!』

 

「っ!! はぁ!!」

 

 俺は左から迫るウォーシャドウの攻撃を躱し、振り向きざまに右手の脇差を顔面の鏡面目掛けて投げる。

 

 バキィン! と鏡面のド真ん中に突き刺さって頭を仰け反らせる。

 俺は仰け反った胸に飛び乗って、脇差を引き抜きながら跳び上がり、隣のウォーシャドウに斬りかかる。

 

「はあああああ!!」

 

 全力で振り下ろして、ウォーシャドウを縦に両断する。

 

 後ろに数歩下がり、一度呼吸を整える。

 

 直後、右からウォーシャドウが爪を振り下ろしてきた。

 俺は右手の脇差を振り上げて、爪を弾く。

 

 しかし、ウォーシャドウはもう一方の爪で斬りかかってきて、俺も左の脇差で対応する。

 

 ウォーシャドウは連続で両腕を振り回し、俺も必死に二振りの脇差で切り払う。

 

 これはよろしくない……!

 

 ウォーシャドウが右腕を振り上げた瞬間、身を屈めて一気に足元に飛び込む。

 そして股の間をすり抜けながら、ウォーシャドウの右脚を斬り飛ばして背後に回る。

 

 身を屈めたまま反転し、両脚に力を込めて全力で飛び上がりながら脇差を振り上げて、今度は下から縦に両断する。

 

 後2体!!

 

 だが、そこに1体のウォーシャドウが右腕を突き出してきた。

 

「っ!?」

 

 俺は胸の前で脇差を交差させるが、空中にいたため堪え切れずに後ろに吹き飛ばされて壁に叩きつけられる。

 

「がっ!? !!」

 

『!!』

 

 ウォーシャドウが素早く俺に詰め寄って、左の爪を鋭く突き出してきた。

 俺は顔を傾けながら右手の脇差を立てて、ウォーシャドウの爪を逸らす。

 

ピキッ!

 

 何やら嫌な音が響いて、俺の右頬を裂いてウォーシャドウの左手が壁に突き刺さる。

 

「っ! つぇあああ!!」

 

 俺は叫んで、両手に握る脇差を逆手に持ち替えて地面に突き刺して、身体を持ち上げながら右足を鋭く顔面目掛けて振るう。

 

『!?!?』

 

 俺の右足は寸分違わずウォーシャドウの鏡面を蹴り砕いた。

 

 そして、俺は脇差を放置して、最後の一体に全速力で攻めかかる。

 

『……!!』

 

 ウォーシャドウは鋭く右爪を突き出す。

 

 俺はそれを再び右頬の薄皮一枚削られながら懐に潜り込み、突き出された右腕を両手で掴む。

 そして、反転しながら左足払いを繰り出して、ウォーシャドウの右足を蹴り払う。

 同時にウォーシャドウの右腕を抱えて、

 

「おおおおおおお!!」

 

 ウォーシャドウを背負い投げた。

 

『!?』 

 

 頭が下になったウォーシャドウは壁に叩きつけられる。

 

 俺は投げた勢いを利用して前に飛び出し、一気にウォーシャドウに詰め寄った。

 

「つぅりゃっ!!」

 

 そして全力で右拳を振り抜いて、ウォーシャドウの鏡面を殴り砕いた。

 

『!!!』

 

 ウォーシャドウは全身が灰に変わり、魔石が転がる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ………ふぅ……流石に6体同時はまだキツイか……」

 

 素早く魔石と武器を回収する。

 

 しかし、

 

パキン!

 

 と、脇差の一振りが刀身半ばで折れた。

 

「げ……」

 

 さっきの音はヒビが入った音だったのか……。

 

 手入れはしっかりしてたつもりだったけど……防ぎ過ぎたか。

 

「はぁ……」

 

 ため息を吐いて、折れた脇差を背中の鞘に納める。

 もう一振りの脇差の状態を確認し、こっちは問題なさそうだと判断する。

 

 けど、今日はここまでだな。

 

 もう一振りあるとはいえ、こっちもいつ折れてもおかしくない。

 無理は禁物だ。

 

 ……金が飛ぶなぁ。

 仕方ないとはいえ、やっぱり気が滅入る。

 

 多分、最近の稼ぎ吹っ飛ぶんだろうなぁ……。

 

「はぁ~……」

 

 俺は大きくため息を吐き、肩を落としてダンジョンを後にするのだった。

 

 

 

 案の定というべきか。

 今回の稼ぎは12000ヴァリス。

 

 俺はそのままバベルの上層階に上がり、【ヘファイストス・ファミリア】のテナントで埋め尽くされているフロアにやってきた。

 ここはまだ駆け出しの鍛冶師達が造った武具が並べられているため、【ヘファイストス・ファミリア】の武具としてはとっっっても安い。

 

 もっとも【ヘファイストス・ファミリア】は主神が認めた武器でない限り、【ヘファイストス】の名を武器に刻むことはできない。

 でも、ここに置かれているのは【ヘファイストス・ファミリア】が売ってもいいと認めた商品でもある。

 

 駆け出し冒険者にとっては安くて、身の丈に合う質が保証されている武具が手に入り、駆け出し鍛冶師は自分の武具を実際に手に取ってもらうことで生の声を聴くことが出来、場合によっては専属契約が可能となるためモチベーションを上げられる環境でもある。

 

 まさにWIN―WINの関係って奴だ。

 

 俺はその中の一店。

 極東系の武具が並べられている店に足を踏み入れる。

 

 ここに来たのは3度目。

 

 俺は武器のコーナーに歩み寄って、脇差を探す。

 予算は手持ちの12000ヴァリス。そこそこのものは買えるはずだ。

 

「お、あった」

 

 目の前に鎮座しているのは三振りの脇差。

 

 俺はまず一番近いものを手に取り、早速鞘から抜いてみる。

 

 シャランと音を響かせて、その身を晒す。

 白銀に輝く刀身に、穏やかな刃紋が目に映る。

 

 ……重さは問題なし。握りもちょうどいい。

 

 俺は周囲を見て人がいないことを確認し、上段に構えて素振りをする。

 

 ……うん。バランスも前のと変わらない。

 値段は…………12000ヴァリス。手持ち全部、か……。

 

 残りの脇差も見てからにしよう。

 

 鞘に納めて元の位置に戻し、次は右隣りの一振りを手に取る。

 

 ……ちょっと重いな。いや、鞘が少し重いのか?

 値段は10000ヴァリス。

 

 抜いてみるとフッと軽くなる。

 刀身は先ほどのと比べると輝きが鈍いな。軽く振ってみるも、重心が俺が使ってる脇差より切っ先側にあるので、大振りすると手首に負担がかかりそうだ。

 申し訳ないが、これはなしだな。

 

 最後のは11000ヴァリス。

 刀身は他のと比べてやや薄目で、ちょっと長い。そのせいかバランスは悪くないけど、ちょっと違和感がある。

 ん~……そうなるともう一本欲しいところだ。

 

 ということで、俺は最初の一振りにすることにした。

 

 それを持って会計のカウンターに向かい、カウンターに置いた時。

 

「おい、チビ」

 

「ん?」

 

 横を向くと、頭にバンダナを巻いた目つきの悪い青年がいた。

 眉間に皺を寄せて、俺を睨みつけている。

 

 雰囲気的に鍛冶師なんだろうけど……。

 

「何か?」

 

「テメェ、なんで俺の脇差じゃなくて、そっちを選んだんだよ」

 

「え?」

 

「これだよ、これ! 俺の武器の方が安いし、いい出来だろうが!!」

 

 彼が持っていたのは、俺が二回目に品定めした脇差だった。 

 

 そう言われてもなぁ……。

 ちらっとカウンターの向こうにいる店主に目を向けると、『あぁ……またか』って顔をしていた。

 

 いや、止めてよ。

 

「おい!! なんか言いやがれ!!」

 

「……そう言われても……これが一番手に馴染んで、使い慣れたバランスだったので……」

 

「テメェみたいなガキがいっちょ前なこと語るんじゃねぇよ!!」

 

「……そう言われても……命を預ける武器ですし……」

 

 冒険者なんだから当然だろうに。

 俺は内心で呆れていたが、まぁ、こんなガキに品定めされるのも嫌っていうのも分かるけどさ。

 

「なんだなんだ。随分と賑やかではないか」

 

 そこに新しい声が響いてきた。

 

 店主とバンダナ男は弾かれたように声がした方に顔を向けて、目を丸くした。

 

「ふ、副団長……!」

 

 黒い髪に褐色肌の女性がいた。

 豊満な胸にさらしを巻いて、極東の衣装を着ており、左目は眼帯に覆われていた。

 

 確か……椿・コルブランド。

 アニメでは【ヘファイストス・ファミリア】の団長にして、【単眼の巨師(キュクロプス)】の二つ名を持つLv.5の強者。

 今はまだ副団長らしい。Lv.4辺りなのだろうな。

 

「店の外にまで声が響いておったぞ? っと、なんだ? 随分とめんこい客だのぉ」

 

 椿さんは俺を見つけて、面白いモノを見つけたように口を吊り上げる。

 

 ……なんだろう。スセリ様を思い浮かべてしまった。

 

 椿さんは俺に歩み寄ってきて、俺を上から下まで見下ろす。

 そして、カウンターに置かれている脇差に視線が映る。

 

「ふむふむ、なるほど。その脇差を買おうとしたところに、こ奴が難癖付けてきたというところか?」

 

「お、俺は難癖なんて……!」

 

「あぁ、黙れ黙れ。言うたであろう。外まで声が聞こえておったとな」

 

 椿はメンドくさそうに右手をヒラヒラと振って、バンダナ男の言い訳を封じた。

 そして、興味を再び俺に戻す。

 

「今使っておる脇差では物足りなくなったのか?」

 

「いえ……使ってた脇差が折れてしまって……」

 

 俺は背中の脇差に視線を移しながら理由を語る。

 

 「ふむ」と呟いた椿さんは徐に俺の背中に手を伸ばして、折れた脇差を抜いた。

 

「ほぉう。これは見事な折れっぷりだ」

 

「……」

 

「だが、丁寧に手入れをしていた跡がある。それにこの折れ方は未熟であったのも確かだが……使()()()()()、という方が正しかろう」

 

 流石は最上級鍛冶師。

 見ただけで全部分かるんだなぁ。

 

「もう一振りの方も見せてみよ」

 

「え? はい……」

 

 俺は言われるがままに逆手で腰の脇差を抜いて、そのまま柄を突き出して差し出す。

 

 椿さんは折れた脇差を左手に持ったまま、右手でもう一振りの脇差を手に取る。

 

「……ふむ。どうやら、お前は二刀流のようだな。こちらも手入れはされているが、大分くたびれている」

 

「……そうですか」

 

 まだ数える回数しかダンジョンに潜ってないんだけどなぁ。

 スセリ様との修行で酷使しすぎたか?

 

「武器は確かに手入れすれば長生きはするし、重要なことであるが……結局は消耗品。砥げば薄くなるし、脆くなるのが定めよ」

 

 そう言いながら椿さんは鋭い目つきで、脇差を隅々まで観察していた。

 

「ふむ……そうだのぉ……。坊主、名前は?」

 

「……【スセリ・ファミリア】フロル・ベルムです」

 

「スセリ? もしやスセリヒメノミコト様か?」

 

「はい」

 

「おお! なんと! 極東の女神がこの地に参られておったとは。その眷属とはこれまた面白い!」

 

「はぁ……」

 

「まぁ、それは次の機会にでも話すとするかぁ。さて、フロ坊。手前から1つ提案がある」

 

 フロ坊て。

 

「提案、ですか?」

 

「うむ。この二振りの脇差を使い、新たな脇差を造らぬか?」

 

「!!」

 

 俺は目を丸くする。

 

 椿さんはニヤリと笑みを浮かべ、

 

「武器としては死にかけておっても、鉄としてはまだ生き生きとしておる。打ち直せば、新たな命として生まれ変わろう。脇差一振り分には十分だ」

 

「……けど、お金が……」

 

「何を言っておる。この素材はお前の持ち込みだ。金など要らん。それに手前が打つ訳ではないぞ? その脇差を造った鍛冶師に手前が伝えておこう。明日にでも取りに来るがいい」

 

「はぁ……」

 

「ではな、フロ坊。また会うのを楽しみにしておるぞぉ! はっはっはっはっはっはっ!!」 

 

 俺は椿さんに鞘を渡し、椿さんは高笑いしながら俺の脇差を持って去っていった。

 完全にバンダナ男さんは放置されてるけど……。まぁ、もうこれ以上言いがかりなんて言えないだろうし、いいか。

 

 俺は脇差を購入して、腰に納める。

 

 また絡まれる前にさっさとバベルを後にして、本拠へと戻る。

 

 そして、今日あったことをスセリ様に報告する。

 

「ほぅ……ヘファイストスのところの副団長に会うたのか」

 

「すいません。勝手に武器を……」

 

「構わん構わん。何度も言うた通り、あれは別に特別な物でも何でもないでの。格安で武器が新調出来たのじゃ。喜ぶべきであろうて。それに最上級鍛冶師がわざわざ手配してくれるんじゃ。幸運に思わねば罰が当たるぞ」

 

「はい」

 

「さて、ステイタスを更新しておこう」

 

「はい!」

 

 そして、ステイタスを更新したのだが……。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :G 258 → G 281

耐久:G 237 → G 262

器用:G 249 → G 275

敏捷:F 362 → F 388

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 ……やっぱりおかしいって。この上昇値。

 

 ありがたいんだけど、何か理由がはっきりしないから嫌だな。

 

 スセリ様はもう気にすることを止めたようだけど。

 それくらい図太くなれってことか……。

 

 よし! 俺も無視しよう!!

 

 

 

 

 翌日。

 店を訪ねると、店主がすぐに俺の前に脇差を差し出した。

 

 パッと見では何も変わっていないように見える脇差。

 どうやら鞘、鍔、柄はそのまま使い回したようだ。まぁ、金が要らないってなるとそうなるよな。

 

 だが、刀身は完璧に生まれ変わっていた。

 前より輝きが増した気がするな。

 

 俺はそれを背中に差して、ダンジョンへと向かうことにした。

 

 のだが……。

 

「あ!! 見つけましたぁ!!」

 

 エレベーターから降りて、地下に向かおうとしたところで快活な声が響き渡る。

 

 無意識にその声の方へと目を向けると、薄緑ポニーテールのエルフの少女が輝かんばかりの笑みを浮かべて俺の方へと駆けて来ていた。

 

 っていうか、あの子……。この前助けた子じゃないか。

 

 ん? ってことは……。

 

 予想通り、エルフの少女は俺の前で足を止めた。

 

「あの時は助けて頂いてありがとうございました!!」

 

 ガバッ!と頭を下げる少女に、俺は困惑するしかなかった。

 

「……もう大丈夫なんですか?」

 

「はい! もうバッチリ治ってます! ああ!? ご挨拶が遅れてしまいました!! 私、【ミアハ・ファミリア】のテルリア・リリッシュと申します!」

 

 【ミアハ・ファミリア】……。

 これまた聞き覚えがあるファミリアだな。

 

 確か薬剤系ファミリアの1つで、アニメでは借金漬けになって一気に零細ファミリアに転落していたが、この時期はそれなりの勢力を持つファミリアだったはずだ。

 主神のミアハ様はかなりのお人好し、いやお神好し?で、ベル・クラネルにただでポーションをあげていた。

 ……実はスセリ様に拾ってもらう前に一度訪ねたんだが、団員に門前払いされたんだよなぁ。多分、ミアハ様には伝えてないんだろうけどさ。

 

「ってことは、この前亡くなった方々も?」

 

「あ……。いえ、あの方々は別のファミリアの方でした。私はサポーターとして活動してまして……サポーターとしてお手伝いする見返りに薬の材料の採取を手伝って頂いてたんです……」

 

 なるほど……。まぁ、運が悪かったとしか言えないな。

 

「それであれからしばらくミアハ様に静養ってことでホームで大人しくしてなさいって言われちゃって……」

 

 ミアハ様って過保護って言われるくらい、下界の子に優しいからなぁ。自分の眷属となれば尚更だろう。

 借金漬けになったのだって、腕を失くした団員の治療の為だった筈だし。それで殆どの団員に出て行かれたらしいが。

 

「けど、昨日ようやく外出が認められまして! それであなたにお礼をと!!」

 

 子供相手にさっきからスゲェ礼儀正しいな。

 ……もしかして小人族と思われてる?

 

「それでですね!! 恩返しとして、私をサポーターとして雇っていただけませんか!?」

 

「へ?」

 

「もちろん稼ぎの取り分は全部あなたで構いません!! ただ、これまで同様薬の材料の採取は許していただきたいです!!」

 

 いやいやいや、取り分ゼロで良いって本気か?

 薬の材料見つからなかったら行き損じゃん。

 

 それに俺が行ってる階層に材料あるのか?

 

「俺ってまだ6階層までしか降りられないんですけど……」

 

「問題ありません!」

 

 ホントか?

 俺からすれば凄いありがたい提案ではあるが……。

 

 ……まぁ、いいか。

 正直数回ついてきてくれれば、それでお礼としては十分だろう。

 そこで改めて契約すればいい。それまでにスセリ様にミアハ様に声をかけてもらってみよう。

 

 ということで、俺はテルリアさんの申し出を受けることにしたのだった。 

 

 



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転生した男は順調に進む……はずだった

テルリアさんのステイタス表記はありませんゴメンナサイ


 テルリアさんとパーティーを組んで、早2週間。

 

 テルリアさんは正真正銘【ミアハ・ファミリア】の一員だった。

 パーティーを組んで3日くらいした時に、ミアハ様が直々にうちの本拠まで来て挨拶してきたからね。

 本当に律儀な神様だよ。

 

 弊害がないわけでもないが……。

 あの優しい神様にとって、俺が冒険者をするのは超心配なのだろう。

 めっちゃ声をかけてくるし、時々バベルや本拠の前でわざわざ俺の帰りを待ち構えている時がある。

 

「フロル。怪我はしてないか?」

 

「フロル。ご飯はちゃんと食べているか?」

 

「フロル。無理をしてはいないか?」

 

「フロル。あまり根詰めるでないぞ」

 

「フロル。お菓子をやろう」

 

「フロル。これをやろう。怪我をしたらすぐに使うのだぞ」

 

 って感じで、1日1回挨拶をしています。

 ありがたいけど、あなた……自分の眷属はいいのですかってツッコミたい。

 一応、俺と一緒にいるテルリアさんにもちゃんと声をかけてるけどさ。

 

 ちなみにこの前、スセリ様がちょっとキレた。

 

 

「いい加減にせんかあああ!! 妾のフロルに構いすぎじゃ、ドアホおおおお!!」

 

 

「ぬ、スマヌ。幼子故にどうにも気になってしまう」

 

 嫉妬深いスセリ様とは意外と相性が悪いようですハイ。

 

 おかげで最近、スセリ様が俺を抱き枕扱いし始めた。

 

 さて、テルリアさんだが、サポーターになった理由はステイタスの伸びが悪いだけではなかった。

 エルフの代名詞である魔法だが、テルリアさんはその魔法が問題だった。

 

 攻撃魔法がないのだ。

 それどころか防御魔法もなく、回復魔法も無い。

 

 覚えている魔法は唯一つ。

 

 『付与魔法』だけだった。

 しかも、その付与魔法がまた厄介で、自身には使えず、他者にしか使えないのだ。

 更に更に、それは使うと身体にそこそこ負担がかかるという代物だった。故に滅多に使えない。

 

 テルリアさんの主要武器は弓で、サブは短剣。

 まぁ、攻撃魔法が使えなくて、自身に付与魔法をかけられなくて、ステイタスが伸びにくいならばそうなるよなって感じだ。

 これじゃあ、ランクアップも難しいだろうな。

 

 仕方ないとはいえ……少々やるせないな。

 

 そして、申し訳ない気持ちで一杯です……。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :G 281 → F 352

耐久:G 262 → F 311

器用:G 275 → F 324

敏捷:F 388 → E 461

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 めっちゃ伸びてんすよ。

 おかげで現在7階層まで進んでます。

 

 7階層からは『キラーアント』というヒューマンと同程度の体格を持つ蟻のモンスターが出現する。

 これが厄介で基本的に群れで活動し、瀕死になるとフェロモンを出して仲間を集めるのだ。

 

 7階層で躓き、リタイヤする冒険者は非常に多いと言われている。

 

 一応問題なく倒せているが、やはりテルリアさんのこともあるので少々厄介ではある。

 

 それでも稼ぎが増えたのは間違いないので、文句を言うのはお門違いだろう。

 辛いなら上の階に戻ればいいだけなのだから。

 

 それにテルリアさんのおかげでもう1つ問題が解決した。

 

 予備の武器を持ち歩けるようになったのだ。

 

 テルリアさんには十字槍と太刀を背負ってもらっている。

 

 おかげで気持ち的に余裕が出来たのは事実だ。

 しかも【ミアハ・ファミリア】だから、テルリアさんにはポーションもしっかりと配給されているらしい。

 

 これでダンジョン探索も進むなぁ。

 

 

 ……と、思ってたんだけど……。

 

 

…………

………

……

 

 探索から引き上げて、4階層へと差し掛かった時、

 

「お? 見ぃ~っけ」

 

「!!」

 

 ゾクリと背筋に怖気が走り、反射的に腰の脇差を抜く。

 

 テルリアさんも短剣に手を伸ばしており、顔を真っ青にしている。

 

 暗がりから現れたのは、坊主頭に革のベストを着たガタイの良い男、その後ろに灰色のローブを纏った数人の集団が控えていた。

 

 坊主頭の男はニヤニヤと俺達を見ながら、右手で顎を擦る。

 

「ガキにぃ、エルフの女かぁ。こりゃあ売れそうだぜぇ」

 

「……」

 

「だ、誰ですか? ど、どこのファミリアの人ですか?」

 

「俺かぁ? 俺はなぁ……どこだと思う?」

 

 坊主頭の男はニヤニヤしたまますっ呆ける。

 

 テルリアさんはそれに更に口を開こうとしたが、俺が左手を上げて止める。

 

闇派閥(イヴィルス)の連中に話を振るだけ無駄です」

 

「っ!? イ、闇派閥……!?」

 

「お~! よぉく分かったなぁ、坊主ぅ。伊達にその歳で冒険者になってねぇなぁ」

 

 小馬鹿にしたように俺を褒める坊主頭の男。

 

 ……参ったな。逃げ道は完全に封じられてる。

 下の階層に逃げても、すぐに追いつかれる気がする。

 

 あの坊主頭の男、別格だ。

 多分Lv.3か4はある。

 

 くそっ……! 闇派閥はどちらかというと都市部の方で暴れてるイメージだったのに……!

 いや……気づかれてなかっただけか? でも、どうやって闇派閥がダンジョンの中に? 

 

 中で着替えただけ? でも、ここで俺達を捕まえてもダンジョンの外にどうやって出る気だ?

 もし、脱出する手段があるとするなら、それってギルドとか上位派閥のファミリアに協力者がいるってことになる?

 

 って、今はそれどころじゃない。

 

 どうにかしてテルリアさんだけでも逃がして、援軍を呼んできてもらいたい。

 

 やるしかないか……。

 

「テルリアさん。魔法をお願いします」

 

「フロルさん……!?」

 

「魔法を発動したら、俺の武器を置いて逃げてください」

 

「でも……!」

 

「迷ってる暇はありません。他の冒険者を呼んできてください!」

 

「っ!! ……【――天の怒りは此処に在る】」

 

 テルリアさんは涙を目尻に浮かべながら、歌を紡ぎ出す。

 

 それにローブを着た連中が懐から短剣を取り出して前に出てくるが、俺は素早く前に出て牽制する。

 坊主頭の男は高みの見物とばかりに笑みを浮かべたまま動かない。

 

 テルリアさんの足元に蒼紫色に輝く魔法陣が展開される。

 

「【空を裂け。大気を焼け。地を貫け。憤怒を纏いて、裁きの雷と化せ。トールの鉄槌を此処に】!!」

 

 その魔法陣が強く輝いた瞬間、俺の真上に同じ魔法陣が出現する。

 

「【ミョルニル・アルマトスィア】!!」

 

 魔法を唱えた瞬間、俺の真上の魔法陣から雷が落ち、俺に直撃する。

 

「な、仲間を!?」

 

「……いや、違う。付与魔法だ!!」

 

「なっ!?」

 

「ほぉ~」

 

 俺は全身に雷を纏い、髪が逆立つ。

 【ミョルニル・アルマトスィア】の効果時間は10分。

 

 まずは……坊主頭以外を倒す!!

 

「オオオ!!」

 

 俺は全力で地面を蹴り、闇派閥達に向かって飛び出す。

 

 バヂン!と弾ける音が響いた瞬間、俺は一瞬で闇派閥達の目の前にいた。

 

「「「はぁ!?」」」

 

「ツィ!!」

 

 俺は高速で両腕を振る。

 

 直後、一番近くにいた男の両肘から先が斬り飛ばされる。

 

「はっ!? い、ぎゃああああああああぶべっ!?」

 

 悲鳴を上げた男の両肘の断面から煙が上がり、肉が焼けたような臭いが広がる。

 

 俺は悲鳴を上げた男の顔に蹴りを叩き込み、男は大きく仰け反って坊主頭の足元まで吹き飛ぶ。

 

 その隙にテルリアさんはバックパックから俺の太刀と槍を抜いて、地面に放り投げる。

 太刀はちゃんと鞘から抜いてくれている。ありがたい!

 

 そして、下層に向けて走り出す。逃げ切ってくれよ!

 

 俺は次の標的を定め、雷を弾けさせて残像を生み出しながら高速移動する。

 

「ひっ!?」

 

「かぁっ!!」

 

「あああああああ!?」

 

 次は両脚を斬り飛ばした。

 悲鳴的に女性のようだが、殺しに来た相手を気にかける余裕はない。

 

 俺はすぐ近くの男に攻めかかる――フリをして、坊主頭に向かって左手の脇差を投擲する。

 

「おぉい!?」

 

 坊主頭は慌てて屈み、()()()()()()()()

 

 くそっ!! 完璧に不意を突いたと思ったのに……!

 あれを躱すかよ!?

 

 俺は盛大に顔を顰めるも、続けて右手の脇差を投擲した。

 

「んにゃろぉ!!」

 

 しかし、坊主頭は足元に倒れていた仲間を掴んで持ち上げて盾にした。

 

 完璧に見えてるか!

 

 俺は八つ当たり気味に目の前の男の鳩尾に右ストレートを叩き込み、続けて右飛び膝蹴りを突き刺す。

 

「ごっ! お゛っ! があああああああ!?」

 

 男はくの字に身体を曲げ、更に感電してそのままの姿勢で硬直して崩れ落ちる。

 

 俺は後ろに下がって、十字槍を拾う。

 

 両腕で抱えて、最後のローブの男にミサイルが如く全速力で突貫する。

 

「ひっ、ぐああああああああ!?」

 

 男は避けることも出来ず、十字槍が脇腹に突き刺さって、更に感電して傷はもちろん内臓を焼く。

 

「ぬぅうううう!!」

 

 俺は十字槍を全力で横に薙ぎ、突き刺したままの男を振り投げる。

 

「がぁ?!」

 

 男は背中から壁に叩きつけられて、そのまま崩れ落ちる。

 

 これで取り巻きは片付けた。

 

 残りは坊主頭だ――!!

 

「ひゃっははぁ!!」

 

「!?」

 

 坊主頭が狂気的な笑みを浮かべて、紫色の不気味な長剣で斬りかかってきていた。

 

 速いっ!?

 

 俺は何とか槍で剣撃を防ぐ。

 しかし、あまりの力に堪え切れずに後ろに吹き飛ばされる。

 

「ぐっ――!!」

 

「ははぁ~……軽ぃなぁ、坊主ぅ」

 

「ちぃ!!」

 

 俺は十字槍の石突を地面に刺してブレーキをかけ、着地と同時に飛び掛かる。

 

「しぃ!!」

 

「甘ぇなぁ!!」

 

 鋭く突き出すも軽く弾かれる。

 俺はその勢いに逆らわず、石突を奴の側頭部目掛けて振るう。

 

 それも軽く頭を下げて躱される。

 すかさず俺は右脚を振り抜いて足払いを繰り出すが、それも後ろに跳んで躱された。

 

 俺は十字槍を回して、横薙ぎに振るう。

 

「ちょぉっとうっとぉしぃなぁ!!」

 

 坊主頭が力強く長剣を振り抜いて、十字槍の柄に叩きつける。

 

「っ!?」

 

 余りの衝撃に俺は手を離してしまい、十字槍が手から飛んで行く。

 

「ひゃあ!!」

 

「!!」

 

 坊主頭の長剣が迫り、俺は身体を全力で仰け反らせて斬撃を躱す。

 

 長剣が真上を通り過ぎた瞬間、身体を全力で捻って左後ろ回し蹴りを長剣を握る腕を狙って振り上げる。

 

 だが、奴も剣を振った勢いそのままに回転して、後ろ回し蹴りを放ってきた。

 

「がっ!?」

 

 左脇腹に奴の足が叩き込まれて、俺はまた吹き飛ばされる。

 

 地面を数回バウンドし、思い切り地面を突き飛ばすように両腕で押して跳び上がる。

 

「はっはぁ!! 面白れぇなぁ、坊主ぅ!! 弱ぇくせに戦い慣れてやがるぅ。しかも、人相手の戦い方をよぉ!」

 

 俺はそれに何も答えず、太刀を拾いに行く。

 だが、坊主頭も俺の狙いに気づいて、俺を追いかけてくる。

 

 微妙に向こうの方が速い……!!

 

 ……いや、違う!!

 

「ははぁ!! 遅くなってきてんなぁ、坊主ぅ!!」

 

 制限時間が近いからか……!

 

 駄目だ! 拾う前に追いつかれる!!

 

「ひゃはぁ!!」

 

 坊主頭が鋭く長剣を突き出してきた。

 俺はヘッドスライディングするように飛び込んで躱そうとするも、背中に掠って鋭い痛みが走る。

 

「っ! ずぅあっ!!」

 

 俺は歯を食いしばって全身に力を籠め、両腕だけで身体を後ろに押し飛ばして、両脚を突き出して跳び蹴りを放つ。

 

 坊主頭は目を丸くしたが、左腕で俺の蹴りを受け止めて、素早く俺の足を左手で掴む。

 

 ヤバイ!

 

 俺は海老反りに体を起こして、右裏拳を繰り出そうとするが、その前に振り回されて壁に叩きつけられる。

 

「がぁ……!」

 

「いっ!? つぅ~! 痺れるなぁ」

 

 坊主頭は俺の雷に感電し、手を離す。

 俺は何とか身体を動かして、坊主頭から距離を取る。だが、太刀とは反対側だったため、無手のままだ。

 

 十字槍や脇差を取りに行く時間はくれないだろうな……。

 

 それに……そろそろ時間切れか。

 

「他人からの付与魔法ってよぉ……そぉんなに長いもんじゃないよなぁ。そぉろそろじゃねぇかぁ? タイムリミットォ」

 

 坊主頭はニヤニヤしながら、見事にいい当ててくる。

 

「そんでぇ、そういうタイプの付与魔法はよぉ、大抵軽くねぇ反動があんだよなぁ。例えばよぉ、()()()()()()()()()とかだなぁ」

 

「っ……!」

 

 完全に見抜かれてるか……。

 

 そう、【ミョルニル・アルマトスィア】は解除された瞬間、全身がマヒしたように痺れる副作用がある。

 まぁ、身体に電気を流して無理矢理身体能力を強化してるんだ。当然と言えば当然だ。

 

 この反動は解除が早ければ早いほど、反動は小さくなる。

 魔法の解除はかけられた本人が決めることが出来るのだが、必ず反動はあるので使い辛いのは間違いない。

 

 駄目だな。ステイタスだけじゃない。経験でも大きな差がある。

 

 今の俺じゃあ……敵わない……!

 

「ひゃっはぁ!!」

 

 坊主頭が再び俺に攻めかかる。

 俺は斬撃を紙一重で躱すが、時折織り交ぜられる拳や蹴りは躱せなかった。

 

 あっという間にボロボロになっていく俺。

 口端から、鼻から血を流し、それでも必死に食らいつこうと藻掻く。

 

 完全に弄ばれてる……!

 

「ぶっ!?」

 

 俺は左フックを頬に喰らって、横に吹き飛ぶ。

 

 地面を数回転がり、起き上がろうとしたところで、遂に魔法が解除された。

 

「!? っ――――――!!!」

 

 雷を浴びたような強烈な衝撃が全身を走り抜けて硬直する。

 

 歯を食いしばって耐えようとするが、坊主頭にはバレていた。

 

 口端を吊り上げて、長剣の腹で肩を叩きながら俺を見下ろしていた。

 

「残念無念時間切れ~ってかぁ? まぁ、よく頑張ったと思うぜぇ。ガキにしちゃあよぉ」

 

 倒れないように必死に耐える俺に、坊主頭はゆっくりと歩み寄ってくる。

 

「冥土の土産だぁ。名乗ってやんよぉ。【キクシック・ファミリア】、ゲーゼス・ドベルガスだぁ。【蛮虐公(グレンデル)】ってぇ、周りからは呼ばれてるぜぇ」

 

 キクシック……。

 聞いたことない神の名だ……。

 

「恨むならぁ弱くて運のねぇ自分を恨めよぉ。俺らに出会ったのが悪いんだからなぁ」

 

「ぐっ……!」

 

 

「いやぁ、運は良い方であろうよ」

 

 

「「!?」」

 

 俺とゲーゼスは目を見開き、ゲーゼスはすぐさまその場から飛び退いた。

 

 直後、ゲーゼスがいた場所に大斧が叩きつけられて、地面を砕く。

 

「テメェは……!」

 

「仲間を逃がした先に手前がいた。そして、駆けつけるまで見事生き延びた。これを幸運と言わずに何と言う?」

 

 現れたのは椿さんだった。

 

 身の丈ほどの大斧を片手で軽く持ち上げて肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべていた。

 

「まだ生きておるかぁ? フロ坊。よぉ耐えたのぉ」

 

「【単眼の巨師(キュクロプス)】がなんでこんなとこいんだよぉ……?」

 

「なに、ただの試し切りの帰りだ。それで? お前は闇派閥の輩、ということでよいのか?」

 

「……ちっ、遊び過ぎたかよぉ。流石に【単眼の巨師】を相手するにゃあ分が悪ぃなぁ……」

 

 ゲーゼスは椿さんの問いには答えず、顔を顰めて左手で頭を掻く。

 

 直後、左腕を勢いよく振り下ろすと、足元で何かが割れた音がして黒煙が噴き出した。

 

 煙幕……!?

 

「ぬ!!」

 

「あばよぉ」

 

 俺は息を止め、椿さんも深追いせずにその場で構える。

 

 黒煙はすぐに消えていき、完全に晴れた時にはゲーゼスの姿はなくなっていた。

 

「なんとまぁ逃げ足の速い。良くも悪くも手慣れておるということか」

 

 椿さんは呆れと感心が混ざった表情で呟き、大斧を地面に突き刺す。

 そして、俺に歩み寄ってきた。

 

「大丈夫かぁ、フロ坊。もう大丈夫だぞ」

 

「……助かり、ました……ありが…とう……ございま…す……」

 

「礼などいらぬ、水臭い。我がファミリアの客にして、顔見知りのお前を見捨てるなど出来るはずもあるまい」

 

「フロルさん!!」

 

 椿さんが腰に手を当てて、ニヤッと男前に笑ったところにテルリアさんが涙目で駆けつけてきた。

 

「ご無事ですか!? ああ!? 酷い怪我じゃないですか!! すぐにポーションを!! ごめんなさい! 私のせいで!!」

 

 テルリアさんはややパニック状態で、バックパックを漁り始める。

 

 それに椿さんは苦笑して、倒れている闇派閥の手下達に目を向ける。

 

「今、手前のファミリアの者がギルドに報告に行っておる。恐らく【ガネーシャ・ファミリア】を此処に寄越すであろうから、それまでゆっくりするがいい」

 

「んぐんぐ……はい……」

 

「それにしても、闇派閥がダンジョンにまで手を伸ばしておったとはなぁ。中々難儀なことになってきておるわ」

 

 俺はテルリアさんにポーションをかけられ、ポーションを飲まされながら頷く。

 

 まだ痺れは残っているけど、とりあえず怪我はほぼ完治した。

 その間にテルリアさんと椿さんが俺の武器を回収してくれた。

 

「ふむ……脇差は問題ないが、槍は刃にヒビが入り、柄にも深い亀裂が入っておるな」

 

 太刀はそもそも使ってないから当然として、やっぱり思いっきり長剣を叩きつけられた槍は駄目だった。

 

 ゲーゼスの武器はかなり業物っぽかったもんなぁ。

 まぁ、全部の武器が壊されるよりマシか……。

 

 その後、【ガネーシャ・ファミリア】の駆けつけてきて、倒れている闇派閥を全員捕らえていった。

 

 俺とテルリアさんは椿さんと【ガネーシャ・ファミリア】の方々に護衛してもらって、無事に帰還を果たしたのだった。

 

 

 




本編やメモリアフレーゼに出てくる闇派閥だけでは、ちょっとストーリー展開が難しかったのでオリジナル闇派閥です


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転生した男は強くなりたいと望む

 ゲーゼスに襲われた日から3日が経過した。

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :F 352 → F 389

耐久:F 311 → F 363

器用:F 324 → F 359

敏捷:E 461 → E 485

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 うん……まぁ、ゲーゼスとの戦いがあったからいつもよりは上がるんじゃないかと思ってたけど。

 またガッツリ上がったなぁ。

 ……やっぱり、【輪廻巡礼】には他にも何か効果があるんだろうなぁ。

 

 俺はスセリ様をチラリと横目に見るが、スセリ様は俺の視線に気づいてないのか、気づいていても無視してるのか、のんびりとお茶を飲んでいる。

 

 ……言う気はないってことか。

 じゃあ、やっぱりこのスキルには『経験値増加』的な何かがあるんだな。

 けど断言してしまうと、誰かに漏れたら面倒事になるって感じかな……。

 

 確かにこのスキルは絶対にバラしちゃダメだと俺も思う。

 だから、気づかないフリを俺もするべきなんだろうな。

 

 なので、俺は話題を露骨に変えることにした。

 

「これからのダンジョン探索ですが……どうしましょうか?」

 

「まぁ、数日は様子見で妾と鍛錬するとしよう。その間にダンジョンで闇派閥に襲われた者が出なければ、再開しても良かろうて」

 

「はい」

 

「では、今回はみっちりと鍛えてやるとしよう。格上相手でももう少しやり合えるようにならねばな」

 

「はい!」

 

 

…………

………

……

 

 

「つあああああ!!」

 

 俺は雄叫びを上げながら、スセリ様に攻めかかる。

 

 だが、スセリ様はサラリと俺の攻撃を全て受け流し、大振りになった瞬間俺の腕を掴んで放り投げた。

 

「ぐぅ……! くっ、おおおおおお!!」

 

 俺は受け身を取って地面を転がり、近くに転がっていた木刀を掴んで再びスセリ様に攻めかかる。

 

 斬りかかるフリをして、スセリ様の足元にスライディングする。

 

「ぬ」

 

 スセリ様は僅かに目を細めて、後ろに跳び下がる。

 

 くっ! そっちに逃げるのかよ……!

 

 俺は歯を食いしばって立ち上がり、スセリ様の胴を狙って薙ぐ。

 

 だが、なんと当たる直前にスセリ様が白刃取りで木刀を受け止めた。

 

 げっ!?

 

「ふっ!」

 

 スセリ様は鋭く息を吹いて、俺ごと木刀を引きながら半身になり、前に出た左足を振り上げる。

 俺は慌てて柄から手を離して、体を捻ってスセリ様の蹴りを躱すも、バランスを崩して地面を転がる。

 

 急いで起き上がるも、その時にはすでにスセリ様は木刀を振り上げて、俺の目の前にいた。

 

「っ!!」

 

「まだまだじゃのぅ。はっ!!」

 

「ぎゃっ!!」

 

 頭頂部に衝撃が走り、俺は悲鳴を上げて蹲る。

 

 スセリ様は木刀を肩に担いで、不敵な笑みを浮かべる。

 

「分かりやすいのぅ。もっと視線や構えは誤魔化さぬか」

 

「っぅ~……! は、はい……」

 

 それにしたって簡単にやられすぎだろ、俺……。

 全然攻撃が当たる気しねぇ。

 

 構えた瞬間にスセリ様が動いて、描いてたイメージがいきなり崩される。

 そのイメージに固執しすぎなんだろうけど、複数のイメージ全部潰されるんだから動きだって鈍るよ。

 

 俺に武術を教えてくれてるのはスセリ様なんだから、スセリ様からすれば俺が思い描いてるイメージなんて全部お見通しなんだろうな。

 つまり、俺はどうにかしてスセリ様に教わってない動きを編み出さないといけないわけだが……。

 それが難しい。やはり拙速を考えると、染みついた動きに頼ってしまう。

 

 モンスターの場合はスセリ様ほど複雑な動きをしないから、そこまでイメージを崩されない。

 けど、最近人と戦った場合は全員格上ばっかりで、イメージ以前にステイタスの差で捻じ伏せられてる。

 

 う~ん……なんか手詰まりな感じだな。

 

「迷っておるのぅ」

 

「……はい」

 

「まぁ、相手が妾ばかりじゃしの。しかし、他に適任の者など思いつかんからのぉ。他のファミリアの者を関わらせるのは、まだ避けたいでな」

 

 正直、今のオラリオはよほどのことがない限り、交流なんて出来る状況じゃない。

 

 理由はもちろん闇派閥。

 

 どのファミリアが闇派閥に与しているか分からないというのが大きい。

 大きな派閥のファミリアは基本的に互いに牽制し合う関係だから、滅多に交流をしない。

 

 弱小ファミリアに関しては、下手に関わって奇襲される可能性があるから、やや疑心暗鬼に陥っている。

 

 神同士では気軽に挨拶する仲でも、ファミリア同士はそうはいかないのが現実だ。

 

 うちは俺1人しかいない超超弱小派閥。しかも、その唯一の団員が子供。

 そりゃあ、気を付けないといけないよね。

 

 その後も俺は、何度もスセリ様に投げられ、殴られ、叩かれ、地面に転がされるのだった。

 

 

 

 それから2週間が経過した。

 

 あれからダンジョン内での闇派閥による襲撃は報告されていないらしい。

 

 だが、あの日を境に都市内での闇派閥による傷害事件や破壊行為が頻発するようになった。

 

 多分……ダンジョンから目を離させたいんだろうな。

 憲兵団を兼ねている【ガネーシャ・ファミリア】はそちらの制圧に動くことになり、ダンジョン内に手を割けなくなったのは間違いない。

 現在【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】が警邏を兼ねて交互にダンジョンへと赴いているが、どこまで効果があるかは微妙なところらしい。

 

「ロキのところはともかくのぅ。フレイヤの所の子は、女神第一主義じゃからな。どこまで真面目にやるか……。フレイヤもよほどのことがない限り、子供がサボったところで怒らんじゃろうて」

 

 というのが、スセリ様の談。

 

 そして、それには俺も同意する。

 

 まぁ、今の【フレイヤ・ファミリア】の面々あんまり知らないんだけどさ。

 オッタルはいるだろうけど、他の面々までもういるのかどうか知らないからな。

 

 そして、他の探索系ファミリアとなると一気に戦力も規模も下がるらしい。

 【疾風】のリュー・リオンが来るのは、もう少し先か?

 

 いや、いたとしても、まだLv.1か2くらいかもしれん。

 

 後は【ヘルメス・ファミリア】だけど……。

 ゼウスが出て行ったばかりだし、あそこは戦力を隠してるだろうから微妙か。

 

 アスフィもまだ俺と同じくらいの歳のはずだし……。

 

 アニメ主要人物のほとんどがまだこの都市に来ていない。

 

 けど、一番荒れるのはこれからなんだよなぁ。

 

 

 早く強くならないと生き残れない……!

 

  

 俺の心に、焦りが生まれ始めていた。

 

 

 

 俺は1人でダンジョンにやってきていた。

 

 魔石の回収は最低限に、俺はひたすらにモンスターを狩りまくっていた。

 

「つあああああ!!」

 

『!!』

 

「おおおおお!!」

 

『!?』

 

「はあああああ!!」

 

『……!!』

 

 6階層にてウォーシャドウを狩りまくる。

 

 20体ほど倒したが、どうにも物足りなく感じて7階層に下りて、今度はキラーアント、バープルモス、ニードルラビットの群れを相手にする。

 

「ふぅ!!」

 

『ギッ!?』

 

 キラーアントの頭部を柄頭で叩き割り、隣のキラーアントを蹴り上げて浮かし、身動きが取れなくなった隙に首を斬り落とす。

 

『ガッ!』

 

『キュウ!!』

 

 横から額の角を突き出してニードルラビットが突進してきたが、それを半身になって躱し、目の前を通り過ぎる瞬間を狙って、右膝を腹部に叩き込む。

 

『ギュッ!!』

 

 濁った声を出して体を曲げたニードルラビットの背中に、次は右肘を叩き込んで地面に叩きつける。

 

『ギュア゛!!』

 

 そして、脇差を逆手に持ち替えて、上から迫ってくるパープルモス2体を素早く駆け抜けざまに両断する。

 

 まだだ! もっと速く! もっと強く!!

 

 俺は身体に付着する血を払うことなく、次の標的を定めて駆け出すのだった。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :F 389 → E 482

耐久:F 363 → E 435

器用:F 359 → E 423

敏捷:E 485 → D 576

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 

ぶわぁっかもんっ!!!

 

ドゴン!!

 

「づぐぅあご!?」

 

 スセリ様の怒号と強烈な拳骨の衝撃が、正座していた俺の頭頂部から床まで突き抜ける。

 

 俺は目の前に星が飛び散り、一瞬意識が遠のいて正座したまま崩れ落ちて、額を床に打ち付ける。

 

「っ! ……っ! ……っ! ……っ!」

 

 俺は頭頂部を押さえることも出来ずに、痛みに痙攣することしか出来なかった。

 

 その俺の後ろでスセリ様が腕を組んで、怒りに目を吊り上げていた。

 

「嫌な予感がしたから、テルリアにお前を見張らせておけば案の定か!! あれだけ無茶はするなと言うたであろうが!! モンスターなんぞに八つ当たりしよって!!」

 

 そう。

 俺がダンジョンで暴れていたのを、テルリアさんが見ていたのだ。

 しかも、俺が放置した魔石を全部回収してくれていた。

 

 そして、それをスセリ様にしっかりと報告していたのだ。

 

 それにしても、いや、してもじゃないけど。

 

 スセリ様……俺の本心バッチリ見抜かれている……。

 

 スセリ様の言う通り、強くなりたいというのも決して嘘ではないが建前だ。 

 本音は負け続けな現状に苛立って、八つ当たりしたかっただけである。

 

 勝ちたい相手に全然勝てない自分の未熟さに腹が立ったのだ。

 

「そんな八つ当たりで得た強さなど、付け焼刃にすぎんことはお前ならば理解しておるであろう!! 未熟者よりも劣る愚か者が勝とうなど百年早いわ!!」

 

「……!」

 

「お前が真に勝ちたい相手は、こんな愚行で得た力で勝てる者達ではなかろう!? それともお前はそこらへんの輩に勝てれば満足なのか!?」

 

「っ……!」

 

 床に額を押し付けたまま、歯を食いしばり、両手を握り締める。

 

 スセリ様の言う通り、俺が思い描く人達は全員この程度で得た力で勝てる相手じゃない。

 

 信念を持ち、理想を抱き、覚悟を携え、誇りを持って、絶望と壁に立ち向かって足掻いていた。

 

 Lv.6であってもその強さは絶対ではなく、それでもそれを絶対のものとして支えているのは、堅実に、そして時に泥臭く這い蹲ってきた『経験』だ。

 

 けど、最近の俺の蛮行は、泥臭いと呼べるものでもない、ただの無茶だ。

 それは、決して強さにはならないものだ。

 

 分かっていた。分かっているつもりだった。

 

 それでも……我慢出来なかった。

 

「……じゃが、妾は少しホッとしておるよ。お前が間違うたことに」

 

「……スセリ、様……」

 

 スセリ様がそう言いながら、俺の前に移動して座る。

 

「お前は前世の記憶があるが故に大人びておる。いや、大人び過ぎておる。それがいずれ肉体年齢との齟齬で、追い込まれるのではないかと思っておったんじゃ。上手くいかぬ現実に、子供という事実がお前を苦しめるのではないかとな」

 

「っ……!!」

 

「そして、ここ最近の騒動じゃの。お前は間違いなく他のLv.1の冒険者に比べて成長が早い。じゃが、その成長速度でも敵わぬ敵に出会い過ぎた。しかも、その内の1人が闇派閥じゃ。命の危機に知らぬ間に心が追い込まれておったのじゃろう。お前の前世は平和な世界であったようじゃからのぉ……。残酷で無慈悲なこの世界は、受け入れられぬモノもあろうて」

 

 本当に……この人は俺の全てを見抜いてくる。

 

 スセリ様が俺の後頭部を優しく撫でる。

 

「妾は心底ホッとしておるよ。その愚行が、今であったことを。また命を懸け、逃げられぬ状況に追い込まれた時に、そのままじゃったら妾は身投げするほど後悔しておったじゃろう。止められる今であったことに、本当に安堵しておる」

 

「……申し訳、ありません」

 

 

「許さん……が、赦そう。子の過ちを叱り、正して赦すことが妾がおる理由なのじゃから。そして、これまで以上にお前を愛し、導こう」

 

 

 ……本当に、俺には過ぎた女神様だ。

 

 スセリ様の恩恵を貰っておきながら、それを疑うような、足りないなんて傲慢な思いを抱いてしまった。

 

 本当に……情けない。

 

「いずれ今日を笑い話に出来るようにしようではないか」

 

「……」

 

 

「間違えても良い、挫けても良い、泣いても良い、負けても良い。泥と土の味、そして痛みを知らぬ者から、英雄が生まれることはない。清濁極めた者だからこそ、多くの者が『己もまた英雄にならん』と憧憬に火を灯す」

 

 

 ……そうだ。

 

 だからこそ、ベル・クラネルに誰もが目を惹かれた。

 

 

「願いがないなら探せば良い、想いを叫べぬならば秘めれば良い。じゃが決して捨てるな。どんなに笑われ、見下されようと、己を貫く者が一番格好いいのは、神が、世界が認めておるのじゃから」

 

 

 神聖譚(オラトリア)と呼ばれる英雄達の物語。

 

 その存在が、その言葉を証明する何よりの証。

 

 

 だから……俺は強くなれる。

 

 

 弱者であることを……否定するな。

 

 『弱者』の否定は、決して『強者』ではないのだから。

 

 

 だから俺は……強くなる。

 

 



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転生した男は頭角を現し……闇が動く

胸糞展開です、ご注意ください


 スセリ様に説教されてから数カ月。

 

 冒険者登録してから、後一月で1年になる。

 つまり、スセリ様の眷属になってもうすぐ2年ってことだ。

 

 俺は7歳になり、身長も伸びた。大体130Cくらい。

 

 あの説教の後、テルリアさんにも頭を下げて謝った。

 

「置いて行かれたのはちょっと寂しかったですけど。でも、お気持ちも分かりますので……。今度は2人で行きましょうね!!」

 

 と、笑顔で言われてしまい、罪悪感全開でした。

 本当に申し訳なかった。

 

 それからは決して1人でダンジョンに潜ることはせず、がむしゃらに戦うのも止めた。

 

 運がいい事に、あれからダンジョンで闇派閥に会うことも、ごろつき冒険者に会うこともなかった。

 もちろん、都市部の方では相変わらず暴れており、少しずつだがオラリオ内の雰囲気が重苦しくなってきている。

 

 だが、俺はそれよりも、いや、だからこそまずは強くなることを優先した。

 

 その結果。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :A 891

耐久:B 785

器用:A 858

敏捷:S 942

魔力:I 0

 

《魔法》 

【】

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

 

 

 『敏捷』がSランクに届き、『力』と『器用』もこのまま行ければSランクに届きそうなまでになった。

 

 武器も脇差から刀に変えた。もちろん二刀流。

 ちょっと大きいけど、そこまで邪魔にはならない。

 

 現在のダンジョン到達階層は11階。

 正直、冒険者とサポーター2人でのパーティーではまずありえない構成だ。

 

 もちろん、無理はしていない。

 スセリ様の許可をもらってダンジョンを進んでいるしな。

 

 11階層で出るのは『インプ』『オーク』『ハード・アーマード』『シルバーバック』、そして『インファント・ドラゴン』だ。

 

 俺はシルバーバックまでは倒すことに成功した。

 もちろん1対1で、テルリアさんの魔法を使ってだが。

 

 魔法無しでも勝てなくはないが、まだ少しキツイんだよな。

 

 それでも、やっぱり子供の俺が倒したのは、それなりに衝撃をもたらしたのだろう。

 いつの間にか噂が広まっており、今まで以上に視線を感じるようになった。

 

 ちなみにその噂を知ったのは、アドバイザーのスーナさんが何やら慌てて駆け寄ってきたからだ。

 

「ソロで11階層に行ったというのは本当ですか!?」

 

 と、大声で言い放ちやがりました。

 

 ちなみに何でソロって話になってるのかと言うと、サポーターの多くは戦闘要員とは見なされないからだ。

 

 『戦えない雑用係』。

 それが一般的なサポーターの印象だ。

 

 もちろんファミリア内での役割として、サポーターを担う場合があるので必ずしも戦えないわけではないのだが。

 

 まぁ、とりあえず、偏見もあって俺はソロで11階層で戦ったことになっている。

 

 スーナさんにはちゃんと説明したが、それでも凄く顔を顰められた。

 まぁ、テルリアさん含めても2人だもんな。十分非常識ではあるんだろう。

 

 だが、11階層にソロで行ったという事実は、別の意味を持つ。

 

 それは『ランクアップ間近』ということ。

 

 少なくともステイタス的にはランクアップ可能なアビリティに到達しているのは、すでに証明されたようなものだ。

 まぁ、もっともここからが大変なわけなんだが……。

 

 ランクアップするには『偉業』を為す必要がある。

 正確に言えば『より上質な経験値を会得すること』。

 

 つまり、普通ではない経験を体験しなければならない。

 それで最も有名なのが、格上のモンスターを倒すこと。

 

 人数がいるファミリアならば、大規模パーティーで下の階層―『中層』に下りて戦うことらしい。

 

 けど、俺にはテルリアさん以外のパーティーメンバーなんていない。

 流石に中層に下りる許可なんてスセリ様とミアハ様からは出ないだろう。

 

 つまり現状八方塞がりである。

 

 可能性があるのはインファント・ドラゴンのソロ討伐だが……。

 それならもっとLv.2の冒険者が増えてもいい気がするんだよな。

 

 まぁ、まだ俺じゃあ勝てる気がしないけど。

 

 つまり、俺もパーティーを増やすべきなんだろうが……。

 7歳児なのは変わらないんだし無理だよねって話に戻る。

 

 困ったもんだ……。

 

 とりあえず、今はコツコツとステイタスを上げるしかない。

 もう無茶はしないってスセリ様に約束したからな。

 

「じゃあ、行きましょうか。テルリアさん」

 

「はい!」

 

 年下だからタメ口でいいって言ってるんだけど、テルリアさんはずっと俺に敬語だ。

 まぁ、ほとんどの人に対して敬語なんだけどさ。

 命の恩人である俺にタメ口は難しいそうだ。

 

 もちろん、俺達の間に甘~い空気はない。

 だって、俺7歳児だから。

 

 まぁ、テルリアさんはエルフで長命ではあるから成長すれば分からんけど、今はないだろう。

 テルリアさんにショタコンの気はない。

 

 さて、今日もお世話になるとしよう。

 

…………

………

……

 

 そして、一気に11階層までやってきた。

 

『ウオオオオオオオッ!!』

 

「はあああああああっ!!」

 

 シルバーバックの雄叫びに応えるかのように、俺も叫んで刀を構えて斬りかかる。

 

 俺の4倍は楽にある大きさの野猿型モンスターは、太い腕を力強く振り下ろす。

 

 俺は紙一重でそれを躱し、一気に加速してシルバーバックの左足を斬りつける。

 

『ガアアアア!?』

 

 俺は足を止めずにシルバーバックの背後に回り込み、勢いよくジャンプしてシルバーバックの背中に刀を深く突き刺した。

 

『ギャガッ?!』

 

 シルバーバックは膝から崩れ落ちて、倒れ伏す前に身体を灰へと変える。

 俺は着地するもすぐにまた駆け出す。

 

 俺達の周囲にはまだオークやインプがいるからだ。

 

 テルリアさんは動き回りながら弓矢で牽制していたが、倒すまでは出来ていない。

 

 俺は全力で地面を蹴り、一気にモンスター達の群れの中に突っ込んだ。

 

「はあああああ!!」

 

 オークやインプの動きは熟知している。

 

 俺が彼らを殲滅するまで、5分と掛からなかった。

 

 

 

 周囲の全てのモンスターを倒し終えた俺は、岩に腰を掛けて体を休めていた。

 

 俺の近くではテルリアさんが魔石をせっせと集めている。

 申し訳ない気持ちで一杯だが、これが役割分担という奴らしい。

 

 組んだばかりの頃、手伝おうとしたらテルリアさんに見事に断られた。

 

「身体を休めつつ周囲の警戒をお願いします。私では突然生まれたモンスターの相手は出来ないので」

 

 こう言われたら、俺は大人しく従うしかなかった。

 

 特に11階層は広く、霧が濃い。

 全方位からの奇襲が十分にありえるのだ。

 

 シルバーバックやハード・アーマードなど油断できないモンスターもいるため、テルリアさんの言う通り戦える者は警戒に徹するべきだった。

 

「……人が増えてきたな……」

 

 今いる場所は比較的霧が薄い。

 故に他の冒険者が集まるのも仕方がない。

 

 基本的に他のパーティーがいるところは避け、不干渉が暗黙の了解なんだが……。

 

 今俺の周囲にいるパーティーは4つ。

 その内2つは俺達から離れようとしているが、残りの2つが妙に俺達や離れようとしているパーティーをチラチラと見て、微妙な距離を保っている。

 

 ……なんか、嫌な予感がするな。

 うなじ辺りがザワザワする。

 

 あいつらの視線……どこかで見たことがある。

 

 モンスターより連中の方を警戒した方がいいな。

 

 ……テルリアさんが魔石の回収を終えたら、今日は引き上げよう。

 

 そう決めた俺だったが、この判断をすぐに後悔することになった。

 

「うわああああああ!?」

 

「「!?」」

 

 悲鳴が広間に響き渡り、俺とテルリアさんは目を丸くしてそっちを見る。

 

 それと同時に俺は腰の刀を抜いて、岩から飛び降りる。

 

 あっちは……さっきの不気味な連中がいた……!

 

 その時、俺の耳にドドドド!と地響きのような音が聞こえ、地面が揺れる。

 

 おい……まさか……!?

 

「テルリアさん!! 逃げて!!」

 

「え!?」

 

怪物進呈(パス・パレード)だ!!」

 

「!!」

 

 テルリアさんは目を限界まで見開いて、顔を強張らせる。

 

 怪物進呈(パス・パレード)

 

 地球で言えば、『モンスタープレイヤーキル』に相当する行為だ。

 

 他のパーティーにモンスターを押し付ける、または巻き込む。

 それで自分達が逃げる隙を作るか、倒せない敵を倒す戦力にする。

 

 だが、怪物進呈の大半の理由は『逃げ』だ。

 

 そして、最も厄介な点は、逃げ続けることで周囲のモンスターを集め続けること。

 

 つまり、尋常ではない数のモンスター集団が襲い掛かってくるのだ。

 

「急いで近くの通路に!! 出来れば上への階段に走れ!!」

 

「は、はい!!」

 

 テルリアさんが駆け出し、俺もその後ろに続く。

 

 だが、そこに横から高速で矢が飛んできて、俺の足元に突き刺さった。

 

「!?」

 

 俺は横に跳んで躱し、目を向ける。

 

 そこにいたのは……。

 

「っ!! ゲーゼス……!」

 

 

「よぉ~久しぶりだなぁ。大きくなったじゃねぇかぁ」

 

 

 以前同様ニヤニヤと笑みを浮かべるゲーゼスと、奴と同じ格好をした男達。

 

 さっきの矢は奴らの1人が放ったものか。

 

 テルリアさんも連中に気づいて足を止めようとしたが、

 

「止まるな!! 早く上に!!」

 

「っ!!」

 

 俺が一喝して、テルリアさんはすぐにまた駆け出す。

 

 それにゲーゼスは更に口端を吊り上げる。

 

「相変わらずカッコいいねぇ。けど……いいのかぁ? そっちに逃がしてぇ」

 

「なに……?」

 

 

『『『『グゥオオオオオオオオ!!!』』』』

 

 

「!!」

 

 轟いた咆哮に、俺は弾かれたように聞こえた方角――テルリアさんが逃げた方角に顔を向ける。

 

 

「うわああああ!? なんでこっちからもモンスター達が来るんだよおおおお?!」

 

「ダメっ!! 階段まで間に合わない!! 追いつかれるわ!!」

 

「嘘だろ!? 嘘だアアアアア――!!」

 

 

 絶望の叫びが俺の所まで届いてきた。

 

 っ!! 怪物進呈の挟撃!?

 

 

「きはははははは!! 良ぃ~悲鳴だぜぇ! これだよぉ、これが聴きたかったんだよぉ!!」

 

 ゲーゼスが高笑いを上げる。

 

 けど、どうやって……!?

 調教師でもいるのか? でも……この数を操れるか!? 追い立てるにしても、囮になるにしても、かなりの犠牲を覚悟しないと……!

 

「知り合いによぉ、面白れぇ連中がいんだよぉ」

 

「知り合い……?」

 

「死兵ってぇのぉ? 死んだらぁ願いを叶えてやるぅって感じでなぁ」

 

「なっ……!?」

 

「それで本当に死ねるんだからスゲェよなぁ。俺にゃあ出来ねぇよぉ」

 

「じゃあ、あの怪物進呈は……」

 

「そぉそぉ、そいつらだぜぇ。今頃ぉ、あの中で自分からモンスターに突撃して殺されに行ってるんじゃねぇかぁ?」

 

 最悪の囮だ……!

 逃げるんじゃなくて、巻き込む。

 ターゲットと一緒に死ぬとか証拠もほとんど残らないし、そもそも悪意を証明できない……!

 

 これじゃあ……ギルドも闇派閥の仕業だとすることは不可能。

 でも、闇派閥からすれば十分な嫌がらせになる……!

 

「ここ最近ダンジョンで大人しくしてたのは……!」

 

「きひひひ……さぁなぁ? どうだろうなぁ?」

 

 こいつら……!!

 

 でも、今はそれどころじゃない!!

 

 俺はゲーゼス達を無視して、テルリアさんを救けに向かう。

 一気に全速力で駆け出して、大パニックに陥っている人とモンスターが入り混じる集団に飛び込んでいく。

 

「おぉおぉ。本当にカッコいいなぁ、坊主ぅ」

 

「ゲーゼスさん。そろそろ……」

 

「ちっ……しゃあねぇなぁ。あの坊主の苦しむ姿見届けたかったんだがなぁ。ったくよぉ……人使いが荒い主神様だぜぇ」

 

 ゲーゼス達が人知れず姿を消していることなど気付かなかった俺は、ただただ必死にテルリアさんを探していた。

 

 他の冒険者達も必死に武器を振って抵抗していたが、あまりにもモンスターの数が多く、どんどんその爪牙に倒れて行った。

 

 魔法を唱えようにも、ここまで乱戦になれば詠唱する余裕なんてない。

 武器を振ってモンスターを倒しても、残心を狙われてシルバーバックやハード・アーマードの強襲に倒される。

 

 しかも、モンスターのせいか分からないが、階段が砕かれていた。

 

 くそっ!! どこだ……! テルリアさん!!

 

 どこにも見当たらない。

 その事実が俺の不安をどんどん大きくする。

 

 そして、俺はようやくテルリアさんを見つけた。

 

 

 胸から血を流し、右腕と左脚が変な方向に折れ曲がって倒れている、テルリアさんを。

 

 

「テルリアさん!! テルリアァ!!!」

 

 名前を叫んで駆け寄り、刀を握ったまま抱き上げる。

 

「……ぁ……フ……ルさ……」

 

 テルリアさんは薄っすらと目を開ける。

 

「ポーションはどこだ!? バックパックはどうした!?」

 

 背負っていたはずのバックパックが見当たらない。

 

 ……いや、あった。

 

 少し離れた場所に、ボロボロに踏み潰されて原型を留めていないテルリアさんのバックパックが。

 

 弓矢も、俺が預けていた武器も、ポーションが入っていたであろうガラス瓶も、全て砕かれていた。

 

 そして、テルリアさんの血はまだ止まらない。恐らく内臓もやられている。

 

「っ……!!」 

 

 駄目だ……。俺のポーションじゃあ……止血も出来ない……!

 止血できても、もう血を流し過ぎている。地上まで……保たない……。 

 

 俺が歯を砕かんばかりに噛み締めていると、オークとインプが俺達に迫ってきた。

 

「っ!!」

 

 俺は素早く、かつ丁寧にテルリアさんを下ろし、

 

「邪魔、するなああああ!!」

 

 叫びながら刀を振り抜いて、オークの首を刎ねる。

 そして、隣にいたインプを頭から胸半ばまで両断する。

 

『ギィア!?』

 

 モンスターを倒し、テルリアさんの元に戻ろうとするが、続いてシルバーバックとオークが迫って来ていた。

 

「くそっ!!」

 

 どうやら、もうほとんどの冒険者が倒れたようだ。

 このままじゃ俺も共倒れになってしまう。

 

 けど……けど……テルリアさんを見捨てることなんて出来るかああ!!

 

「はああああああああ!!」

 

 俺は雄たけびを上げて、シルバーバックへと走る。

 

 シルバーバックは太い腕を振り上げて、俺を叩き潰そうとする。

 その腕が振り落とされる瞬間、俺は急転換してすぐ近くにいたオークの背後に回って全力で蹴り飛ばす。

 

『ブギィ!? ブギャ――』

 

 蹴り飛ばされたオークはシルバーバックの腕に叩き潰される。

 

『ガァ!?』

 

 驚いたシルバーバックの隙を突き、俺は一気に懐に入り込んで胸を一刺しする。

 

 シルバーバックの胸を蹴って、刀を抜きながら跳び下がり、テルリアさんの傍に戻る。

 

 だが、まだまだモンスター達がおり、俺達を囲もうとしていた。

 

 しかも、最悪なことに、最初に見つけた怪物進呈のモンスター達もすぐそこに迫っていた。

 

「くっ……!! どうすれば……!」

 

「……【――天の、怒りは……此処に、在る】」

 

「!! テルリアさん!?」

 

「【空を、裂け……大気、を焼け……地を貫、け……。憤怒を纏い、て……裁きの……雷……と化せ。トールの、鉄槌を……此処に……】」

 

「駄目だ!! テルリアさん!! そんな状態で魔法を使えば……!!」

 

 魔力暴走して、身体が粉々になってしまう!!

 

 けど、テルリアさんはしっかりと俺を見据えて、左手を震わせながら持ち上げて俺に向ける。

 

「……ごめんなさい。私、は……あなたの……足を引っ張って、ばかりだった……」

 

「そんなことはいい!! だから、魔法を――」

 

 

「生きて……ください。【ミョルニル・アルマトスィア】……!!」

 

 

 俺の頭上に魔法陣が展開され、俺に雷が注がれる。

 

 直後、テルリアさんの瞳から光が消え、左腕が地面に落ちる。

 

 テルリアさんの目は開かれたまま、無機質な瞳は紫電輝く俺を映していた。

 

 だが、その目にはもう……俺は、映っていない。

 

 

「っ――!! うぅアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 俺は込み上げてきた衝動に逆らわず、逆らえず、喉がはち切れんばかりに叫ぶ。

 

「アアアアアアアアア!!!」

 

 そして、叫びながら背中の刀を抜き、僅かに腰を落とした次の瞬間には地面を蹴り砕いて飛び出し、まさしく雷が如くモンスターの群れの中を高速で駆け抜ける。

 

 通り抜けざまに刀が届く範囲にいる全てのモンスターを焼き斬り、灰塵と化す。

 

 俺は足を止めずに、すぐさま方向転換して再びモンスターの群れの中に突っ込む。

 

 

 ふざけるな!! ふざけるな!!!

 

 また守れなかった!! しかも、もう取り返しもつかない!!

 

 アビリティSになっても、仲間1人救えない!!

 

 それどころか命を捨てさせて、支えてもらってるじゃないか!!

 

 

 刀二本をがむしゃらに振り回して、目に映るモンスター全てに斬りかかり、焼き斬る。

 

 

 これが冒険者の末路!?

 

 ああ、そうだろうさ!! 間違ってない!! これだって冒険者からすれば、どこにでも溢れている死に様だ!!

 

 今だって他の階層で同じことが起こっているかもしれない!! 明日にもまた起こるかもしれない!!

 

 だから、受け入れるしかない!?

 

 ふざけるな。ふざけるなふざけるなふざけるな!!!

 

  

 インプを胴体で上下に断ち、オークの身体を斜めに斬り、ハード・アーマードの胸を穿ち、シルバーバックの首を刎ねる。

 

 身体に降り注ぐ血は雷で蒸発し、焦げた鉄の臭いが充満する。

 

 

 あぁ……妬ましい……!! 俺の知る英雄達全員が!!

 

 聡明な【勇者】が妬ましい、屈強な【猛者】が妬ましい、端麗な【九魔姫】が妬ましい、豪胆な【重傑】が妬ましい、才能豊かな【剣姫】が妬ましい、信念ある【不冷】が妬ましい、器量豊かな【万能者】が妬ましい、癒す力を持つ【戦場の聖女】が妬ましい、復讐に身を落としても求められる【疾風】が妬ましい!!

 

 そして、下らぬと笑われる理想を追い求め、突きつけられる容赦ない現実にも負けず、英雄へと駆け上がる【リトル・ルーキー】が。

 

 心の底から妬ましく、そして……羨ましい。

 

 

『『『――オオオオオオオオオオオ!!』』』

 

 

「!!」

 

 これまでとは比べ物にならないプレッシャーが込められた咆哮。

 

 俺だけでなく、他のモンスター達も動きを止めて、同じ方角を見る。

 

 

 そこにいたのは、3体のインファント・ドラゴン。

 

 

 11、12階層に数体としかいない希少モンスターにして、上層最強の竜種。

 

 個体によってはLv.2にも匹敵するかもしれない上層の階層主が――3体。

 

 1体であっても、基本的にその場にいる全てのパーティーでの討伐が暗黙の了解となっているインファント・ドラゴンが3体。

 

 対して冒険者は、俺1人。

 

 絶望でしかない。

 

 

 でも……俺は生き延びないといけない。

 

 

 だから。

 

 

「上等だ……!! 殺してやる! 生き残ってやる!! 勝ち残ってやる!!!」

 

 もう少しだけ、力を貸してくれ。

 

 テルリアさん!!

 

 

「ヅアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 俺が叫ぶと、纏う雷が大きくなった気がする。

 

 だが、今はそんなことはどうでもいい。

 

 今はただ……あのクソ竜を殺す事だけ考えろ。 

 

 

「オオオオオオオオオオオオ!!!」

 

『『『オオオオオオオオオオオオ!!!』』』

 

 

 俺とインファント・ドラゴン達は間にいるモンスター達を斬り捨て、踏み潰しながら互いに距離を詰める。

 

 そして、俺は竜の首へと飛び掛かるのだった。

 

 

…………

………

……

 

 

 ダンジョンの中を数人の冒険者が猛スピードで駆け抜けていた。

 

「シャクティ。情報は事実なのかい?」

 

「分からん。だが、ギルドが慌てて依頼してきたんだ。事実である可能性は高い」

 

 青のショートカットに槍を携える美女。

 【ガネーシャ・ファミリア】団長、【象神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマ。

 

 その後ろには仮面を被った屈強な男達。

 【ガネーシャ・ファミリア】の団員達だ。

 

 それと並走しているのは、同じく槍を携える金髪の小人族、【勇者】フィン・ディムナだ。

 その後ろにはリヴェリアとガレスもいる。

 

「ただの怪物進呈ではないと?」

 

「ああ。ギルドの報告では闇派閥の手の者による怪物進呈らしい。ギリギリで免れた冒険者がギルドの受付で大声で叫んだようだ」

 

「なるほどね」

 

「ならば、問題は間に合うかどうかじゃな」

 

「ああ。……正直、絶望的だろうが……」

 

 ギルドへの報告からシャクティ達が出撃するまで1時間。

 

 つまり発生から2時間近く経過している可能性が高い。

 

「上級冒険者がいればいいけど……それでも限界はあるだろうね」

 

 一行に重苦しい空気が漂う。

 

 その時、

 

 

ドオオオオオォォン!!

 

 

 目的地付近から轟音が響き渡った。

 

「これは……!」

 

「まだ誰か戦っているのか……!?」

 

「急ごう!!」

 

 フィンの号令に全員が速度を上げる。

 

 そして、11階層の広間に到着したフィン達が目にしたのは、

 

 

 夥しい量の魔石と、冒険者の死体が転がる地獄のような世界だった。

 

 

 本来灰色に彩られた草と枯れ木の広間は、血で真っ赤に染まっていた。

 

「これは……」

 

「本当に上層なのか疑いたくなるわい……」

 

「さっきの音の原因は……」

 

「!! あそこ!! 生きている者がいる!!」

 

 シャクティが指差した先。

 

 

 そこには、血の海の真ん中に立つ荒く息を吐いている血塗れの少年が立っていた。

 

 

「あの子は……」

 

「確か……」

 

「フロル・ベルム……」

 

 リヴェリア、ガレス、フィンはかつて助けた少年の姿に目を見開く。

 

「救護者を探せ!! 周囲の警戒も怠るな!!」

 

「「「「「はっ!!」」」」」

 

 シャクティが団員達に指示を出して、下に下りていく。

 フィン達もそれに続いて、フロルの元へと歩み寄る。

 

 

「はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……はっ……」

 

 

 フロルはその場から動かず、俯いて浅く息を吐いて佇んでいた。

 

 左手に握る刀は半ばから折れ、右手の刀にもヒビが入っている。

 防具のほとんどが砕けており、腰の鞘はなく、背中の鞘は砕けていた。

 

 頭から血を被っているせいか、どれほど怪我をしているのか分からない。

 

「……フロルど――」

 

 フィンが声をかけながら一歩歩み寄ろうとした時、

 

「!!!」

 

 フロルが勢いよく顔を上げて、フィンに斬りかかる。

 

「「「!?」」」

 

 フィンは目を丸くして、フロルの荒々しくも未熟な斬撃を槍で受け止める。

 

 その瞬間にフロルの目が正気でないことを、フィンは見抜いた。

 

(極限状態で理性の箍が外れたのか)

 

「ガレス、僕が武器を弾く。その隙に押さえ込んでくれ」

 

「了解じゃ」

 

 だが、その時。

 

 フロルが突如顔を他の方向へ向けた。

 

 それにフィン達も視線を動かし、映ったのは1つの死体に近づく【ガネーシャ・ファミリア】の男性団員。

 

「があああああああ!!!」

 

 すると、フロルがフィン達を無視して、その男性団員へと駆け出した。

 

 すかさずフィンは警告を叫ぶ。

 

「離れろ!!」

 

「え? ひっ!?」

 

 男性団員は凄まじい速さで迫るフロルを目にして、情けない悲鳴を上げながら慌てて逃げ出す。

 

 フロルは死体の傍まで移動すると、それ以上男性団員を追わずに死体の傍で足を止める。

 

「はー! はー! はー! はー! はー! はー!」

 

 荒く肩で息をするフロル。

 

 その姿にフィン達を始め、シャクティ達もフロルに意識を向ける。

 

 フィン達はフロルの足元に倒れている死体へと目を向ける。

 

「……エルフ、か」

 

 ハイエルフであるリヴェリアが小さく呟き、その瞳に哀愁の色が宿る。

 

 フィンは周囲にも視線を向け、ある事実に気づく。

 

「……彼は凄いな」

 

「どうしたんじゃ? フィン」

 

「恐らく彼女は彼のパーティーメンバーだったんだろう。そして、彼は彼女を守るためにここで戦い続けたのさ」

 

「……だが、守り切れなかった、か」

 

「いや、そうじゃない」

 

「……なに?」

 

「周りをよく見るんだ、リヴェリア。彼女の死体だけ、モンスターに荒らされていない」

 

「「!!」」

 

 フィンの言葉にリヴェリアとガレスは目を丸くして、周囲に転がっている冒険者の死体を見渡す。

 

 フィンの言う通り、周囲の死体はほぼ例外なく踏み潰され、食い千切られ、原型を留めていなかった。

 

 そんな地獄絵図の中で、ただ1つだけ綺麗に残っている遺体。

 

 そして、それを守るフロル。

 

 それが意味することを、その場にいる全員が理解した。

 

「彼女のために……これ全てを、たった1人で?」

 

「恐らくね。本当に、なんて子だ……」

 

「じゃがどうする? それだけの強固な意志を鎮めるのは容易ではないぞ」

 

「彼の傷も気になる。さっき話した通り、僕とガレスで押さえよう」

 

「やるしかないか」

 

 ガレスが頷くのと同時にフィンが駆け出し、ガレスが続く。

 

 それにフロルが反応し、フィンに高速で斬りかかる。

 フィンはそれを槍で弾き、素早く回して石突を突き出す。

 

 すると、フロルが折れた刀で受け止めたかと思った瞬間、身体を横にして槍の上に身体を乗せた。

 

「!!」

 

 フィンは目を軽く見開き、フロルは鋭く右足を振り抜いた。

 

 フィンは身体を大きく仰け反らして躱し、槍を振り上げる。するとフロルは槍を足場にして跳び上がり、フィンの背後に回ろうとする。

 

「……ははっ。(本当になんて子だ。体術はすでに上級冒険者レベルと言っていい)」

 

 素直にフロルの動きを称賛する。

 

「けど……」

 

 フロルが地面に着地する瞬間、フィンが今まで以上の速さで動き、槍を振る。

 

「そう簡単にステイタスの差は埋まらない」

 

 

パキィン!

 

 

 フロルの刀が二振りとも根元から折れる。

 

 そして、フロルの鳩尾に石突が鋭く突き込まれ、フロルは後ろに吹き飛ぶ。

 

「おっとぉ」

 

 そこをガレスが体で受け止める。

 

 フロルが抜け出そうと暴れ出すが、

 

「これ、大人しく、せんか!」

 

ガァン!

 

 ガレスが兜を被った状態で頭突きを放ち、フロルの後頭部に叩き込まれる。

 

 フロルはそれで意識を失い、ガクリと首を折る。

 

「ガレス……」

 

「お前という奴は……。もう少し優しく出来んのか」

 

「がっはははは! 随分と暴れん坊じゃったからな!」

 

 フィンが苦笑し、リヴェリアがため息を吐いて小言を言うが、ガレスは笑って受け流す。

 

 その後、リヴェリアがフロルの治療を始め、一段落したところにシャクティが歩み寄ってきた。

 

「残念ながら闇派閥の仕業と断言できる証拠は出なかった。恐らくあの死体のいくつかがそうなのだろうが……判別は不可能だ」

 

「だろうね……」

 

「ふん。胸糞悪くなるやり方じゃな」

 

「この後はどう動く?」

 

「これ以上ここでの調査は難しいだろう。もうすぐ到着する後続部隊に魔石と遺品の回収をさせる。私は残り、引き続き指揮と警戒に務める」

 

「なら、僕達は彼と……彼女を連れて帰ろう」

 

「分かった」

 

「シャクティ、分かってると思うけど――」

 

「魔石は彼のものだ、だろう? 分かっている。我々の報酬はギルドから出る。猫糞するつもりも、させるつもりもない」

 

「助かるよ」

 

「あなたに礼を言われることじゃない。彼に敬意を払っているだけだ」

 

 シャクティはガレスに抱えられているフロルの頭を優しく撫でて、指揮に戻っていく。

 

 その後、フィン達はフロルとテルリアを連れて、地上へと戻るのだった。

 

 




ごめんなさい……テルリアさん


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転生した男は後悔を叫び、世界を騒がせる

今回でようやく題名回収です


 目を覚ました俺が最初に目にしたのは、知らない天井だった。

 

 鼻につくのは病院を思い出させる独特な消毒液の臭い。

 

 そして、ベッドに寝かされているだろう感触。

 

「起きたかや。ヒロ」

 

 覗き込んできたのは、スセリ様だった。

 

 ホッとした表情をしているが、どこかやつれたように見える……。

 

「……スセリ様? ……ここ、は?」

 

「ここはバベルにある治療施設じゃよ」

 

「治療、施設……? なん、で……?」

 

 俺……何かしたっけ?

 

 えっと……確か……いつも通りダンジョン…に……。

 

 俺は全てを思い出して、目を限界まで見開いて飛び起きる。

 

「っ!!」

 

「落ち着くのじゃ、ヒロ。もう全て終わっておる。言うたであろう。ここはバベルじゃとな」

 

「でも……! テルリアさんが……! テルリアさん……!!」

 

「テルリアも帰って来ておるよ。すでにミアハ達が連れて帰ったわい」

 

「っ!! ……そう……ですか……。……そういえば、俺……どうやってここに?」

 

 助けなんていなかったはずなのに……。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の者達じゃ。ここには【勇者】達が連れて来てくれたようだの。【九魔姫】がある程度その場で治療してくれたようでな。今回ばかりはロキの奴に借りが出来てしもうたわい」

 

 フィンさん達が……。

 また……助けられちゃったのか……。

 

「ちなみに、お前は3日寝ておった。傷に関しては後遺症の心配はない。治療費もお前が大暴れして荒稼ぎした魔石で十分賄えたわい」

 

「3日も……!?」

 

「お前のぉ……あれだけ無茶すればそのくらい当然じゃわい。理性が飛ぶほどに無意識の域で戦い続ければ、心身共に疲弊して当然であろうが」

 

「……すいません」

 

「……はぁ。今回ばかりは説教は出来ぬか……。むしろ良くぞ生き残ったと褒めてやらねばならん。……じゃが、お前はそれが嫌であろう?」

 

「っ……!」

 

 俺は下唇を噛んで、布団を握り締める。

 

 スセリ様の言いたいことも分かるけど……。やっぱりテルリアさんを死なせておいて、俺だけ生き残ったのは心が締め付けられる。

 

 他の人達も助ける余裕すらなかった。

 もしかしたら、1人くらい逃がすことが出来たかもしれないのに……。

 

 もちろん、これはエゴだ。無意味な後悔だ。

 でも……そう考えずにはいられない。

 

「今はゆっくりとするが良い。ここならば、闇派閥の連中もそう簡単には手を出せまい」

 

 スセリ様は俺の頭を撫でて、立ち上がる。

 

「ステイタスの更新はお前が落ち着いてからにしようかの」

 

「……はい」

 

 スセリ様は背を向けて、扉に手を掛ける。

 

「……今この周りには誰もおらん。好きなだけ思いを叫ぶがよい。機を逃せば泣けぬらしいぞ? (おのこ)という奴は」

 

 そう言って、スセリ様は今度こそ部屋を後にした。

 

 ……本当に全部見透かされてるなぁ。

 

 俺はボフッとベッドに倒れる。

 

 生き残ったのは……俺だけ。

 

 助けることもせず、ただ衝動のまま暴れただけ。

 

 生きている人よりも、死んだテルリアさんを優先した。

 

 冒険者は基本的に生死は自己責任だ。

 しかも、闇派閥が原因とは言え、制御不能な怪物進呈。

 

 モンスター相手に殺されるのは、冒険者の常。

 

 競争している冒険者同士の蹴落とし合いも、冒険者の常。

 

 けど、だからと言って、命を見捨てるのはどうなんだ?

 

 俺が見捨てた人達だって……大事な人達がいるはずなんだ。

 

「……ごめんなさい……ごめんなさいぃ……!」

 

 俺は無意識に謝罪を口にし、涙を流していた。

 

 それに気づいたら、逆にもう止められなくなった。

 

「うぅ! ううう! うぅあああああ……!!」

 

 俺は両腕で目を覆って、声も抑えず泣いた。

 

 ここを出たら、『冒険者』に戻れるように。

 

 強がりでも、前に進めるように。

 

 見捨てた人達の分まで、『冒険』出来るように。

 

 

 だから今は……一杯謝らせてください。

 

 

…………

………

……

 

 スセリはフロルの病室の扉の横で、腕を組んで壁にもたれていた。

 

「ほんに、男という奴は面倒というか意地っ張りというか……女の胸で泣けば、意地も何もなかろうに。こういうところは、神も子供も変わらんのぅ」

 

 小さくため息を吐いて、そして小さく笑みを浮かべる。

 

「じゃが、だからこそ……愛おしい。転んだ(おのこ)が立ち上がろうとする姿ほど、輝いて見えるものはない」

 

 そう呟いたスセリは、外を目指して歩き出す。

 

「……予想が正しければ、ヒロの()は大きくなったはずじゃ。それはまたヒロを強くするも、新たな苦難をもたらすじゃろうなぁ。……まぁ、妾は全力で愛し、支えるのみ。焦ることはない。ヒロにはまだまだ時間がある」

 

 スセリは今も病室で泣いているであろう我が子を思い浮かべて、小さく笑みを浮かべる。

 

(おのこ)の傷は勲章にも成りうる。好きなだけ泣くが良い、好きなだけ傷つくが良い。最後に立っておれば、全ては笑い話となる。そういう者を、世界は英雄と呼ぶのじゃからな」

 

 だから、彼は今も堅実に英雄へと歩んでいる。

 

「あぁ……下界に来たのは正解じゃったなぁ」

 

 満足そうに呟いた女神は……今日もバイト先の酒場へと向かうのだった。

 

…………

………

……

 

 翌日。

 

 俺は退院を許された。

 

 退院する直前にギルド職員がやってきて事件の詳細を訊かれたので、覚えている限りのことを話した。

 

 やはりゲーゼス達は捕まっていないらしい。

 

 つまり、また狙われる可能性があるってことだ。

 ……もっと強くならないとな。

 

 バベルを出た時、外は小雨が降っていた。

 

 俺はそのまま雨に打たれながら街を歩き、都市南東部にある第一墓地へと足を向けた。

 

 ここは通称『冒険者墓場』と言われており、多くの冒険者がここで眠っている。

 

 その中で新しい墓石が並んでいる列に近づき、目的の墓石を見つける。

 

 『テルリア・リリッシュ』。

 

「……すいません。花……買えませんでした」

 

 お金はスセリ様が全て持って帰っていたのを、花屋の前に立ったところで思い出した。

 

 一度帰って出直すべきだったのだろうけど、何故かそのままここに来てしまった。

 

 しばらく雨に打たれながら、墓石の前でただ佇む。

 

 言葉が出ない……。

 

 その時、俺の上に傘が差し出される。

 

「会いに来てくれたのは嬉しく思うが……風邪を引いてしまうぞ。お前は病み上がりであろうに」

 

「……ミアハ様」

 

「見舞いに行ったら、すでに退院したと聞いてな。なんとなくだが、ここではないかと思ったのだ」

 

 優しい笑みを浮かべて、ここに来た理由を語るミアハ様。

 

 それに俺は逆に胸が苦しくなり、思わず顔を俯かせてしまう。

 

「……申し訳ありませんでした」

 

「……それは何への謝罪かな?」

 

「あなた様の眷属を巻き込んでしまった挙句、死なせてしまいました……」

 

「おかしなことを言うでないぞ、フロル。闇派閥の者共はお前を狙ったわけではあるまい。それで私に謝れば、お前は他の犠牲者全てのファミリアに謝りに行かねばならなくなるぞ?」

 

「……」

 

「私はもちろん、テルリアも……ダンジョンへと赴く以上、死んでしまうことは覚悟しておった。それに、忘れてはおらんか? テルリアは本来もっと前にダンジョンで死んでいたかもしれんのだ」

 

 そうだ。重傷のテルリアさんを助けたのは俺だ。

 

 そして……死なせたのも俺なんだ……。

 

「お前と共にダンジョンに潜ると決めたのは、テルリア自身だ。一度死にかけたことで、もうダンジョンに潜るのは止めろと私は言った。だがな、フロル。それでもテルリアはお前に恩返ししたいと言って、再びダンジョンに戻る覚悟を決めたのだ。私は……止められなかった」

 

「……」

 

「テルリアは全てを覚悟していたのだ。お前は……その覚悟を見なかったか?」

 

「……見ました……助けられました」

 

 命が消えるというのに、俺のために魔法を使ってくれた。 

 

 そのおかげで俺は今ここにいる。

 

「ならば、私がテルリアにかけた言葉は正解だったようだ。『お前のおかげでフロルは無事生き延びた』。そして……『良く頑張った』というのは」

 

「……」

 

「フロルよ。これは私の我儘なのだが……出来る限り長生きしておくれ。あの子の分までな」

 

「……すいませんが……それは約束出来ません」

 

「……何故だ?」

 

「テルリアさんが守ってくれたのは、『冒険者フロル』だからです。だから……俺は冒険者として、テルリアさんの分まで強くならなければいけません」

 

「……そうか」

 

「そして、その強さで……今度こそ助けられるはずの命を助けてみせます……! テルリアさんが救うはずだった命の分まで」

 

 それが助けられた俺が出来る贖罪だ。

 

 テルリアさんだけじゃない。今回見捨てた人達の分も、これから零れ落ちてしまうかもしれない人達の分まで。

 

 強くなって、誰かを救い続けよう。

 

 正義感とかじゃなく、してもらった行為に対し、ただ恩返しをしたい。

 

「俺は、もっと強くなりたいです」

 

 そう呟いた俺は、墓石とミアハ様に頭を下げてその場を後にする。

 

 ミアハ様は、俺を追ってくることはなかった。

 

 

 

 久しぶりに感じる本拠の玄関を開ける。

 

「ただいま戻りました」

 

「うむ。おかえりってびしょ濡れではないか。全く……先に風呂に入って着替えて参れ」

 

「はい」

 

 スセリ様はいつも通りに出迎えてくれた。

 それがどこか心地よくて、ありがたかった。

 

 手早く風呂に入って着替えを済ませた俺は、スセリ様に促されてステイタスを更新することになった。

 

 正直、どれくらい暴れたのか憶えてないからなぁ。どれだけ伸びているんだろうか?

 

「……全く。お前がどれだけ無茶をしたのか如実に表しておるなぁ」

 

 スセリ様の呆れたような言葉に、碌でもない結果が出たのは間違いないようだ。

 

 スセリ様は大きくため息をついて、俺の背中に用紙を当てて写し取る。

 

「終わったぞい」

 

「ありがとうございます」

 

「ほれ。確と焼き付けるが良い」

 

 スセリ様から紙を受け取って、一度深呼吸をしてから目を通す。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.1

 

力 :A 891 → S 941

耐久:B 785 → A 877

器用:A 858 → S 918

敏捷:S 942 → SS 1062

魔力:I 0

 

《魔法》 

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷属性

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性。

・雷属性に対する耐久力強化。

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正。

 

 

 

「っ……!!」

 

「あの娘は天に還れるというに、傍でお前を支えてくれるらしいのぉ。ほんに、良い女子に巡り合えたもんじゃて」

 

 アビリティなんてどうでもよくなる程に、俺はスキルの項目に意識が集中する。

 

 スセリ様の言う通り、テルリアさんは弱い俺を本当に支えてくれるようだ。

 

「ぐすっ……これじゃあ……悲しんでる場合じゃ……ないですね」

 

 俺は溢れそうになる涙を腕で拭う。

 

「そうじゃの。さて、そんなお前にもう1つ。伝えることがある」

 

「……もう1つ、ですか?」

 

「【ランクアップ】じゃ」

 

「!!」

 

「妾に拾われるまでの境遇、そして此度を含め、これまでの事件。それらが『偉業』と認められたのじゃろう。お前としては全く嬉しくない『偉業』であろうが、な」

 

「……」

 

「まぁ、此度の事件でお前が仕留めたモンスターは約100体。その内インファント・ドラゴンのものと思われる魔石が3つ。十分『偉業』と言えるじゃろうて」

 

 口にすれば、客観的にはそうなのだろう。

 けど……主観的にはテルリアさんの魔法のおかげで戦えたわけで、インファイト・ドラゴンを倒した記憶もあまりないので『偉業』と言われても違和感しかない。

 

「【ランクアップ】は明日にして、その後ギルドに報告に行くとしよう」

 

「……はい」

 

「納得出来ぬのならば、次こそは納得できる『偉業』を為すことじゃな」

 

「……はい!」

 

 その通りだ。

 

 次こそは……やり切ってみせる。

 

 そう心に誓って、俺は早めに休むことにしたのだった。

 

 

…………

………

……

 

 翌日。

 

 俺は朝一番に【ランクアップ】を行い、Lv.2となった。

 

 発展アビリティは『狩人』と『耐異常』の2つ。

 『狩人』はLv.2の時しか発現しないため、俺は『狩人』を選択した。

 

 これでアビリティはオール0。また一からだ。

 

 俺はその後、スセリ様と共にギルド本部へと赴いた。

 

 刀は折れてしまったので、懐かしの脇差を装備している。

 そして、スセリ様は謎の冊子を抱えている。何なのかは訊いても答えてくれなかった。

 

 俺達がギルドに入ると、すぐにスーナさんがやってきた。

 

「神スセリヒメ、フロル・ベルム氏。本日はどうされましたか?」

 

 基本的にこの世界において、人間達の神々の呼び方は二通り。

 

 最初に『神』と付けるか、最後に『様』と付けるか。中には呼び捨てを許してるところもあるらしいけど。

 

 前者の場合、極東の神は略式で呼ばれる。

 後者はフルネームでだ。

 

 まぁ、本来ならば『神スセリ』なのだが、以前スセリ様がブチギレたらしく、以降スセリ様に関しては『ヒメ』を付けるという暗黙の了解が生まれたらしい。

 流石に神相手には怒らなかったけど。スセリ様なりのこだわりがあるのだろうと俺は諦めることにした。

 

「うむ。我が子がLv.2へと昇格したのでな。その報告に参った」

 

「……え? Lv.2?」

 

「うむ」

 

 スーナさんは唖然とし、スセリ様は大仰に頷いた。

 

 周囲の人達も聞こえたのか、目を丸くして俺を見る。

 

「た、確か……フロル・ベルム氏が冒険者登録されたのは1年前……ですよね?」

 

「そうじゃがな。その時点で恩恵を与えて1年が経っておったから、実質2年じゃの。そこまで早いというわけでもあるまい」

 

「そ、それは……」

 

 まぁ、オラリオ以外の国ではLv.2でも主戦力とされるほど。いくらオラリオにはダンジョンがあるからとはいえ、そもそも【ランクアップ】するまでのステイタスを上げるのが難しいんだ。

 それを冒険者になって1年で【ランクアップ】されちゃあ堪らないよな。

 

 しかも、7歳児が。

 

 この場合、どう評価されるんだろうな?

 2年で【ランクアップ】と見るのか、1年で【ランクアップ】と見るのか。

 

 後者だと俺はアイズ・ヴァレンシュタインと並ぶ記録を打ち出したことになる。

 

「で、では、これまでの活動記録を面談室の方でお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 

「あぁ、それならばこれに纏めといてやったぞ」

 

 スセリ様はずっと抱えていた冊子を手渡す。

 

「え? いつの間に纏めてたんですか?」

 

「お前がダンジョンに行った時は必ずの。じゃから細かく訊いておったじゃろ?」

 

「……なるほど」

 

 スーナさんは素早く冊子に目を通していく。

 途中から頬を引きつかせていたように見えるが、俺は気づかなかったことにした。

 

 多分……あまり参考にならない気がする。

 俺のスキルとテルリアさんの魔法、そしてゲーゼス達の事件に巻き込まれたのが大きな要因だろうから。特に『偉業』と見なされたであろう最後の事件に関しては、絶対に他人にお勧めできない。

 

「……これはお預かりさせて頂いても?」

 

「構わぬぞ。公表出来るのならば、な」

 

 スセリ様は腕を組んでニヤリと笑う。

 

 俺は苦笑いを浮かべて、2人から顔を背ける。

 

 

 

 その後、俺達はギルドを後にして、スセリ様はそのまま仕事に向かった。

 

 俺は武器と防具を買いに、バベルに行こうとしたが、

 

「おい」

 

 声をかけられて後ろを振り返ると、冒険者と思われる男達が俺を睨みつけていた。

 

「……なんでしょうか?」

 

「お前みたいなガキが1年で【ランクアップ】だと!? 嘘つけよ!! 証拠を見せろよ! 証拠を!!」

 

 1人の男が言いがかりをつけてきた。

 その後ろにいる仲間と思われる男達も同意するように頷いていた。

 

 まぁ、そうだよな。普通は信じられないよな。

 

 けどなぁ、それを言うとスセリ様がギルドに嘘をついたことになるんだけど……。

 

 まぁ、他のファミリアの人達だし、そこまで他の神に敬意を払うわけじゃないか。

 

「そう言われましても……ステイタスを見せるわけにもいきませんし」

 

「はっ!! んなもん簡単だぜ! お前をブッ飛ばせば分かるだろうよおお!!」

 

 言いがかりをつけてきた男がいきなり殴りかかってきた。

 

 俺は後ろに跳んで、拳を躱す。

 

 ……遅いな。Lv.1か……いや、俺の『敏捷』はSSランクだったんだ。Lv.2でも昇華時のステイタス次第で、俺の方が速い可能性があるか。

 

 それにしても、ギルドの真ん前で殴りかかってくるなんて……。

 治安が悪くなってきた証拠だな。

 

「舐めんなよガキがぁ!!」

 

 後ろにいた男達も殴りかかってきたが、俺はそれを全て躱していく。

 ……反撃し辛いな。

 

 けど、ギルド職員も見てるし。

 俺が怒られることはもうないか?

  

「こっ……この野郎……!」

 

 最初に殴りかかってきた男が、顔を真っ赤にして歯を食いしばる。

 

 なんか嫌な予感がするなぁって、やっぱり。

 

 男が背中の大斧を抜いて、振り被る。

 

 流石にそれはもう喧嘩じゃ済まないぞ?

 

 俺は大きく後ろに跳び下がって、大斧を躱す。

 

「もう手加減しねぇぞ……!」

 

 ……なら、俺も良いかな?

 

「【――鳴神を此処に】」

 

 俺は目を瞑って、身体の中から溢れてくる力に意識を向けて超短文詠唱を呟く。

 

バヂイィン!! 

 

 直後、俺の身体から雷が弾けて全身を覆い、髪が逆立つ。

 

「「「「なぁっ!?」」」」

 

 俺の変化に男達、そして周囲の人達は目を見開く。

 

 【パナギア・ケルヴノス】。

 

 テルリアさんから受け継いだ魔法。

 

 これを使った俺は、負けるわけにはいかないんだよ。

 

 俺は軽く前のめる。

 

 直後、俺は一瞬で大斧の男の足元に潜り込み、右ストレートを男の腹に叩き込んだ。

 

「ぶごぉ!?」

 

「ツァ!!」

 

 男はくの字に身体を曲げ、俺は最後に右拳から雷を放出した。

 

「ぎゃばばぁ!?」

 

 男は電撃を浴びながら吹き飛び、8Mほど地面を転がっていった。

 仰向けに止まった男は身体から黒い煙を上げて、白目を剥いてピクピクと痙攣して気絶していた。

 

 俺はバヂン!と雷を弾けさせ、紫電の尾を引きながら高速で動き回り、残りの男達の顔面を殴り飛ばした。

 

「「「ぶげぇ!!」」」

 

 男達は壁に叩きつけられたり、出店の横に置かれていた樽に突っ込んだり、地面を転がって倒れた。

 

 そのまま起き上がることはなく、ピクピクと体を痙攣させていた。

 

「ふぅ……」

 

 俺は魔法を解除して、身体の調子を確認する。

 

 ふむ……今くらいならば全く問題ないな。

 

「おいおい……今の、付与魔法(エンチャント)か?」

 

「全然動きが見えなかったぞ……」

 

「全員一撃か……。【ランクアップ】も偽りではない、ということか」

 

「あの歳でLv.2っていたことあるの?」

 

「俺は知らん。少なくとも、ここ十年はいないんじゃないか?」

 

 周囲の喧騒が聞こえてくる。

 ギルド職員は特に何も言ってこないので、お咎めはないのだろう。

 

 じゃ、バベルに行くか。

 

 俺は喧騒を背に歩き出し、バベルへと向かうのだった。

 

 

 その夜にはオラリオ中に俺のことが広まり、冒険者登録1年ということで世界最速【ランクアップ】最年少と噂されるようになった。

 

 

「いや、だから恩恵もらってから2年だって」

 

 

 というツッコミは、オラリオの喧騒を前に空しくも掻き消されたのだった。

 

 




本当に世界最年少なのか?(-_-;)私も不安です


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転生した男は二つ名を得る

 【ランクアップ】を報告して一週間。

 

 いつの間にやら、世界最速【ランクアップ】最年少記録保持者となっていた。

 

 いや、だから俺は恩恵を頂いて2年なんですって。

 

「まぁ、2年にしても早い方じゃし、2年で見ても最年少なのは間違いないと思うぞ?」

 

 と、スセリ様に言われて撃沈したけどさ。

 

 まぁ、数年もすれば塗り替えられるんだ。気にするだけ無駄か。

 

 さて、【ランクアップ】した俺だが、あれからダンジョンには行っていない。

 あの事件からまだそんなに時間が経っていないというのもあるが、パーティーメンバーがいないというのが問題だった。

 

 だが、【ランクアップ】したばかりの俺がパーティーメンバーを募集すれば、確実に騒動になる。

 かといって懇意のファミリアなんて【ミアハ・ファミリア】くらいだ。

 

 だがテルリアさんのことを考えると、もう声をかけるわけにはいかない。

 せめて、自衛の術をしっかりと身に着けている冒険者でなければ、俺が落ち着かないだろう。

 

 なので、当分はスセリ様とまた鍛錬をして向上したステイタスのズレに慣れることと、魔法の練習をすることになった。

 

 魔法に関しては精神疲弊(マインドダウン)や反動がどれほどなのかしっかりと把握しておく必要がある。

 

 下準備はしっかりとしなければならない。

 その大切さを俺は嫌というほど理解させられた。

 

 だが、その前にある試練が待ち構えていた。

 

 

 『神会(デナトゥス)

 

 

 三カ月に一度開催される神の会合である。

 

 そこで【ランクアップ】した者の二つ名が決められる。

 

 今まで参加資格がなかったスセリ様も今回から参加することが出来る。

 神会では他にも闇派閥への対応なども話すことになるため、最近では特に重要な情報交換の場となっている。

 

 だが、俺は知っている。

 

 二つ名が神々の娯楽で決められるということに。

 

 未だ団員1人の超弱小ファミリアである俺達なんていいカモだろう。

 碌でもない二つ名が付けられそうな気がしてならない。

 

 アニメでは皆堂々と名乗っているが、正直俺はご遠慮願いたいものが多かった。

 スセリ様とミアハ様の話では、どうやら神にとってはイタイ二つ名だが、俺達眷属は逆に喜ぶらしい。

 

「どっちがズレとるのか分からんが、そのせいで神共は楽しんでおるの」

 

「俺は神様寄りの感覚です!」

 

「おそらくそっちの方が辛いぞ?」

 

「うああああぁぁ……!」

 

 新興ファミリアの眷属の二つ名なんてカモじゃないか……!

 神会ではファミリアの規模がそのまま格付けになっているのだから。

 

「安心せい。変な二つ名を付けようものなら、大暴れしてきてやるわい」

 

「それもそれで吐血しそうです」

 

「かっかっかっ! それもまた成長の糧よ。妾の眷属となった以上、諦めるんじゃな」

 

 高らかに笑って、スセリ様は神会へと向かった。

 

 俺はそれを正座して見送り、しばらくは掃除をしたり、武器の手入れを行っていたのだが……全く落ち着かないので、鍛錬を始めることにしたのだった。

 

 

…………

………

……

 

 『神会(デナトゥス)』が開催されるのはバベルの三十階。

 

 一フロア丸々を使った大広間。

 都市が見下ろせるようにガラス張りになった壁に、ポツンと広間の中央に置かれた円卓。

 

 神しか足を踏み入れられない神秘的なその広間に集まるのは、

 

 

 娯楽を求める神と、【ランクアップ】した子供に良い二つ名を付けさせたいと気合を入れている神である。

 

 

 スセリはそんな聖魔の巣窟へ、堂々と足を進めていた。

 

 胸を張り、好戦的な笑みを浮かべ、自信に満ち溢れさせる女神に歩み寄る神影があった。

 

「スセリヒメ」

 

「ん? おお、ヘファイストス。それにミアハ」

 

 煌びやかな紅髪を後ろで束ね、右目に眼帯を付けた美女。

 服装は白のシャツに黒のアームカバー、そして黒のスラックスと男装の麗人を思わせる。

 

 鍛冶神ヘファイストス。

 

 オラリオ最大の鍛冶系ファミリアにして、天界随一の鍛冶師。

 神の力を封じられて尚、その腕は子供の追随を許さない。

 

 そして、ミアハである。

 

「気合入ってるみたいだけど、あんまり派手に暴れないでちょうだいよ? ここは天界とは違うんですからね」

 

「分かっておるわい。我が愛し子で遊ばねば、暴れる理由はない」

 

「……だから言ってるんじゃない……」

 

「スセリヒメが身内の者を揶揄われて、我慢出来るわけなかろう。フレイヤにすら喧嘩を売ったのだからな」

 

「神々が下界に下りる前の話じゃろう、それは」

 

「まぁ、私としてもフロルには良き二つ名が付いてほしいと思っておるよ。……あの子の魔法を引き継いだフロルにはな」

 

「うちの椿も気にかけてたわね。まぁ、あんな小さい子ならしょうがないのかもしれないけど」

 

「お? お~! ファイたんに、ミアハ! それにスセリヒメやないか!」

 

「あら、ロキ」

 

 朱色の髪に細目がちの朱い瞳、そして平原のような胸板の女神。

 

 【勇者】フィンが率いる現オラリオ最強派閥の一角【ロキ・ファミリア】主神、ロキである。

 

「聞いたでぇ、スセリヒメ。お前んとこの子ぉ、冒険者になった1年で【ランクアップ】したらしいな~」

 

「眷属にしてからは2年じゃがの」

 

「それでも十分早いやろ。うちんとこのフィン達も盛り上がっとったで?」

 

「お前のとこの子供には世話になっとるからのぅ」

 

「どっかで返してや~。あ、うちのファミリアに――」

 

「あ?」

 

「うん、ウソウソ。冗談や冗談、アハハ~」

 

 くだらない会話をしながら、大広間に入るスセリ達。

 

 すでに大勢の神が円卓に座っていたり、ガラス張りの壁から下を見下ろして「ふははは!! 見ろ! 人が蟻のようだ!!」と何やら叫んでいたり、「俺がガネーシャだ!!」「うん、知ってる」と盛り上がる者がいたり、何故かストレッチをしている神、そして両目を瞑り、微笑を浮かべて静かに座っている銀髪の女神、そしてその様子を忌々し気に睨みつける露出が激しい衣装を身に纏った褐色肌の女神など様々に神会に備えていた。

  

 スセリ達はさっさと並んで椅子に座る。

 

 初参加のスセリに視線が集中するが、スセリは腕を組んで目を瞑り、一切気にする様子はない。

 

「落ち着いとるなぁ」

 

「スセリヒメがこの程度で緊張するわけないでしょ?」

 

「それもそやな」

 

 ロキが肩を竦めて、頭の後ろで腕を組む。

 すると、1人の男神が椅子から立ち上がる。

 

「さて、そろそろ始めようじゃないか」

 

 羽根つきの鍔広帽子を被り、旅人の服装をしている優男。

 

 奔放の神、ヘルメスだ。

 

 ヘルメスの声掛けに大広間にいる神達は速やかに席につく。

 

「それでは、神会を始めようか! 今回の司会進行は俺、ヘルメスが務めさせてもらうぜ」

 

 ヘルメスは両手を広げて、愛嬌ある笑みを浮かべる。

 

「まずは情報交換から始めよう。と言っても……今回の主な主題は、やはり闇派閥かな? オラリオ内での騒動はもちろん、ここ最近ダンジョンでの怪物進呈による死者が続出していたのも、彼らの手引きによる可能性が出てきた。そうだね? ガネーシャ」

 

「俺がガネーシャだ!!」

 

「知ってるよ」

 

「早よ話せ」

 

「うむ! この前の11階層での騒動で、目撃証言が取れたゾウ!! だが、残念ながら証拠はない!」

 

「というと?」

 

「彼奴らは自身を犠牲にして怪物進呈を引き起こしていたのだ!! 死後に願いを叶える、という約束の元にな!!」

 

「うへぇ……えげつね」

 

「子供を死なせてまで、私達の子を殺したい神がいるってこと?」

 

「まぁ、邪神連中やったら企んどってもおかしくないわな~」

 

「天に還った子供の願いなど叶えられるわけがないというのに……」

 

「それもまた娯楽なのじゃろうて。神ですら叶えられぬ願いを信じて命を捨てる子供に、その子供の自殺に我らが愛し子らが巻き込まれて死に、苦しむ姿を見るのがの」

 

「相変わらず捻くれた連中だね」

 

 その後も真面目不真面目が入り混じりながら意見を出し合う。

 

 だがしかし、有効的な具体策までは出ず、『警戒と情報交換に務める』というありきたりな内容に纏まった。

 

 神会に出席するファミリアは探索系、鍛冶系、薬師系、商業系など様々である。

 

 故に闇派閥への脅威の感じ方に温度差があるのだ。

 

 更にファミリア同士の関係性もある。

 

 【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】は都市最強を取り合っており、【ディアンケヒト・ファミリア】と【ミアハ・ファミリア】も仲が悪い。

 更に【フレイヤ・ファミリア】は【イシュタル・ファミリア】ともいがみ合っている。

 

 やはり派閥が大きくなればなるほど、派閥同士の関係もそう簡単に無視できるものではない。

 

 その結果、ありきたりな纏めになるのは仕方がない。

 

 その他の弱小ファミリアは、下手に口出しして戦争にでもなったら敵わないのでトップ派閥の言い分に従うしかない。

 場合によっては手助けを請う可能性があるのだから。

 

 ヘルメスはパン!!と手を叩いて、場の空気を切り変えさせる。

 

「それじゃあ、お次は……見事『偉業』を為し、我らが恩恵を昇華させた子供達の任命式だ!!」

 

「「「「「イヤッフウウウウウゥゥゥゥ!!!」」」」」

 

 待ってましたとばかりに声を上げる神々。

 

 暗い話題ばかりだからこそ、ここぞとばかりに盛り上がる。

 

 一方、顔を強張らせる神々もいる。

 今回二つ名を決めてもらう側の神々だ。

 

 ちなみにスセリは余裕の表情で座っている。

 

「さっそく行こう! 最初は……【ハルモニア・ファミリア】のサイーダ・ベットちゃんだ!」

 

「お、お願いよ? 女の子なんだから笑われる名前は――」

 

「「「「断る!!」」」」

 

「イヤァァァァァァァ!!」

 

 顔を両手で覆って崩れ落ちる女神を、他の神々はニヤニヤと厭らしい笑みで見つめる。

 

 この後、同じ目に遭うであろう神々は崩れ落ちた女神を憐れみの目で見つめるが、救いの手は伸ばさない。

 

 そして、遂に二つ名が決定した。

 

「決定! 冒険者サイーダ・ベット、称号は【可憐魔女(プリティア・ウィッチ)】」

 

「ごめんなさいサイーダァァァァァァァ!!!」

 

 遂に泣き出した女神。

 

 だが、彼女は知らない。

 与えられたサイーダ本人は、女神が泣き崩れた二つ名を嬉々と名乗ることを。

 

 これが神会の悲劇である。

 

 神々からすればどう聞いても痛々しい二つ名を、カッコいいと喜んで誇らしげに名乗る子供達。

 

 その両者を指差して床を転げ回るのが、名付けた神々の特権なのだ。

 

 その後も悲劇が量産されていき、遂にフロルの番が来た。

 

「さぁ、次は期待の新星だ。スセリヒメ唯一の眷属、フロル・ベルム君だ!」

 

「眷属になって2年、冒険者になって1年でランクアップかぁ。しかも7歳。どっちにしろ最年少記録だな」

 

「しかも、例の11階層事件の唯一の生き残り。モンスター100体以上討伐して、その内3体はインファイト・ドラゴン、ね。確かにランクアップしてもおかしくはないわね」

 

「下界に来てから全然眷属を作らなかったのに、いきなりこんな子引き当てるってスセリヒメも運がいいな」

 

「いや、こいつってスセリヒメが鍛えたんだろ?」

 

「雷の付与魔法まで発現してるのか。ヒューマンの子供なのに本当に凄いな」

 

「しかも、複数の武器まで扱えんのか?」

 

「スセリヒメ様マジどんなスパルタ?」

 

「体験してみるか?」

 

「「「「「結構デス!!」」」」」

 

「で? どんな称号にする?」

 

「男ではあるけど、子供だしなぁ。それに……」

 

 

((((((スセリヒメの子だからなぁ))))))

 

 

 ほぼ全員が同じことを考えていた。

 

 そして、その考えをスセリヒメはもちろん見抜いており、フッと柔らかな笑みを神々に向ける。

 

 それに「あれ? もしかして遊んでいい?」と神々が思った瞬間、

 

 

ヒュンッ!

 

 

カァン!!

 

 

「「「「「「 え? 」」」」」」

 

 一瞬スセリヒメの右腕がブレ、何かが空気を切り裂く音と何かが突き刺さった音が大広間に響く。

 

 何が起こったのか理解できない神々が唖然としていると、ヘルメスが口を開いた。

 

「あ、あはははは……。あ、あの……スセリヒメ、様?」

 

 ヘルメスは顔を青くして頬を引きつかせながら、視線を右へと向けていた。

 

 

 長さ20cmほどの針が、ヘルメスの右耳ギリギリのところを掠め、椅子の背もたれに突き刺さっていた。

 

 

 その光景に神々はスセリヒメへと視線を向ける。

 

 スセリヒメは変わらず柔らかな笑みを浮かべたまま、右手に数本の針を指の間に挟んで胸の前に掲げていた。

 

 それに遊ぼうと考えていた神々は顔を青くする。

 

「おぉ、すまんのぉ、ヘルメス。手が、ちと滑ってしもうた。()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「は、ははは……。じょ、冗談――」

 

「に、なるかどうかは……これから次第じゃのぅ」

 

 

 我が愛し子で遊んだら殺す。

 

 

 大広間にいる神々は正しく意味を受け取った。

 

「確かに妾のファミリアは超弱小であるし? 子供達は基本的に神を手にかけることは出来ん。……が、神同士であれば、話は別よなぁ?」

 

「「「「「……!」」」」」

 

「うちのフロルはLv.2となったのは事実じゃし、魔法を使い本気を出されれば流石に勝てぬが……。未だに体術や武器の扱いでは、妾の方がまだ上なんじゃよ」

 

「「「「「……!!」」」」」

 

「じゃ~か~ら~」

 

 スセリは左手を円卓にゆっくりと乗せ、その手に力が込められた瞬間、

 

 

ビシリ!!

 

 

 と、ヒビが入った。

 

 その意味合いを神々は嫌でも理解させられた。

 

 

 『神力(アルカナム)』がなくとも、妾はお前らを捻り潰せる。

 

 

 スセリはニヤリ、と柔らかな笑みを好戦的な獣の嗤いへと変えた。

 

「はぁ……やっぱり」

 

「くくくっ! さっすがスセリヒメやなぁ。派閥の力なんぞ知ったこっちゃあらへんってかぁ」

 

「フロルがまた気苦労しそうだな」

 

「……ふふ」

 

 赤髪の女神はため息を吐いて額に手を当て、朱髪の女神が心底愉快と笑い、群青髪の男神は小さき戦士を憐れみ、銀髪の女神はその微笑を更に深める。

 

「神々の娯楽。大いに結構。妾もそれを否定する気も、拒絶する気も無い。じゃが……此度の妾の愛し子の『偉業』とやらは、多大なる犠牲と後悔の元で為されたもの。あの事件で天へと還った子達……ここにおる神々、ここにおらん神々の愛した眷属達を見殺しにしたと、泣いて懺悔した優しき子の想いを。それすらも笑いものにするのであれば、妾達は闇派閥にも劣る犬畜生じゃと妾は思うが? それでも良いというのであれば……妾は喜んで【暴虐】の汚名を被ろうではないか。それもまた、『娯楽』であろうよ。なぁ?」

 

 嫉妬と激情の女神の言葉が大広間に響く。

 

 有無を言わせぬ覇気を纏い、神々を鋭く見据えるスセリ。

 

 それに見据えられた神達は、背筋に怖気が走り、身体が震えた。

 

 そこにソロリと針を抜いたヘルメスが、頬を引き攣らせながら、

 

「そ、そうだね! スセリヒメの言う通りだ! 我々のファミリアを代表して、命を懸けてくれた勇士達にもっと敬意を持って考えようじゃないか! なぁ、そうだろう皆の衆! そうだろう? そうだよな? そうだな?!」

 

「「「「「その通りだ!!」」」」」

 

 スセリの脅迫に屈した神々は物凄い勢いでヘルメスに同意する。

 

「うおおおお!! 流石はスセリヒメだな!! ガネーシャ、超感激!!」

 

「まぁ、あのスサノオの娘やしなぁ。こういうことにはホンマ頼りになるやっちゃで」

 

「といっても、自分の眷属の時だけなんでしょうけどね」

 

「今まで黙っていたのだからそうなのであろうな」

 

「変わらないわね、スセリヒメ。……これなら、少しは退屈せずに済みそう」

 

 こうして、スセリに屈服した神々によって、フロルの二つ名が決まった。

 

 数時間後、神会で決められた二つ名がギルド本部の巨大掲示板に張り出された。

 

 冒険者はもちろん、一般人や商人達も新たな逸材達の称号を見に来ていた。

 

 今回はいつもより多くの人が掲示板を見に来ていた。

 

 その理由は唯一つ。

 

 世界最年少と呼ばれた少年冒険者の称号だ。 

 

「あ! あれだ!」

 

「どれどれ!?」

 

「おい、どけよ! 見えねぇ!」

 

「うわぁ、カッコいいなぁ!」

 

「俺らも負けてられねぇぞ!」

 

 

 誰もが小さな戦士の二つ名に盛り上がる。 

 

 

 【スセリ・ファミリア】所属、フロル・ベルム。

 

 

 与えられた称号は――【迅雷童子】

 

 

 




ルビはありませんよ笑

ここまでが一章となります。
連続投稿はここで一度ストップです。


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集まれ愉快な仲間達
極東から来た鍛冶師


さて、二章はファミリア拡大編です
一気に仲間が集まります!(なんで?)
連投その1


 俺の二つ名が【迅雷童子】に決まった。

 

 変なルビが付かずにホッとしているが、それでもやはり二つ名が付くのは背中が痒くなる。

 

 流石にそれは口にしないけど。

 

「妾に感謝するんじゃぞ? お前のために暴れてきてやったんじゃからな」

 

「……え゛。ほ、本当に……?」

 

「嘘などついてもしょうがなかろう。思い切り脅してやったわい」

 

「……」

 

 自慢気に話すスセリ様を前に俺は崩れ落ちてしまった。

 

 な、何してん……!?

 

 しかし、スセリ様と共に帰ってきたミアハ様が言うには、おかげで今後イタイ二つ名を付けられる被害者が減るやもしれないらしい。

 

「本来はその『偉業』を讃え、労うための称号であったのだが、ここ最近は妙に新参のファミリアを揶揄う場になっておってな。それがスセリヒメのおかげであるべき形に僅かだが戻ったのだ」

 

「……はぁ」

 

「故に感謝している神も多い。特に神会新参の神やこれから参加するであろう神からはな。それと……私を含め、あの事件で子供達を失った神もな」

 

 なので、俺達に害が及ぶ可能性は少ないらしい。

 

 更にスセリ様の嫉妬は神々の間では有名な話らしく、俺を引き抜こうとする神もいないだろうとのこと。

 

 スセリ様の武力は冒険者にとってはともかく、神々にとってはかなり絶望的らしい。

 まぁ、基本的に下界の人間達は、敵対する神であろうと危害を加えるのは禁忌とされているからなぁ。

 

 けど、神様同士はそんなルールはない。

 

 一応ギルドから罰則などが決められているが、その気になれば知ったことではないと言い切れるし、ギルドが干渉できるのはあくまで『ファミリア』だ。

 神個人で動かれると、止めようがない。

 

 なので、体術においてはLv.2の冒険者ですら相手取れるスセリ様は、神すらも素手で殺せる恐怖の象徴でもあるらしい。

 

 ……うん。いいことなのかどうか判断出来ん。

 それって下手したら、スセリ様を追放、送還するって動きに出るファミリアが現れるんじゃないか?

 

「それはどこのファミリアでも同じことよ。悩んだところで、どうせいつかは他のファミリアとはいがみ合うようになるわい」

 

「……まぁ、それは……」

 

 レベルがもっと上がって、団員も増えていけば、俺達の勢力拡大を阻止しようとするファミリアが必ず現れるだろう。 

 それは当然の流れだ。

 

 いずれは【フレイヤ・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】とだってそうなるかもしれない。

 

 結局強くなる必要があるのは変わらないってことか。

 

「頑張るんじゃぞ」

 

「はい!!」

 

 つまり、俺がやることは何も変わらないってことだ。

 

…………

………

……

 

 

 それから数日。

 

 俺は相変わらずスセリ様に投げられて、地面を転がっていた。

 

「ふははは! 二つ名を得ようがお前がヒヨッコなのは変わらんのぉ、ヒロ」

 

「……ぐっ」

 

 やっぱり技や力の使い方は全然スセリ様に及ばない。

 それに動きも完璧に見破られてる。

 

 ここらへんはステイタスとは一切関係ない戦闘技術だ。

 二年足らずでそこそこ修羅場は潜ったつもりだけど、やはりスセリ様からすればまさしく『ヒヨッコ』レベルなんだろうな。

 

「体も成長期であることとステイタスが昇華したこともあり、まだまだ感覚と動きにズレておるようじゃのぅ」

 

 スセリ様の言う通り、微妙に感覚に身体が着いて行っていない。

 

 ちなみに先行しているのは感覚の方だ。

 まだまだ速く動けると思うのに、足が、腕が、着いてこない。

 

 それがどうにも動きを鈍らせてしまっているような気がする。

 

「こればかりは日々鍛錬あるのみじゃの」  

 

「はい……」

 

 俺はその後、久しぶりにダンジョンへと赴いた。

 

 もちろん11階層には行かず、8階層辺りで様子見だ。

 少しくらいトラウマになるかと思ったが、そんなことはなく普通に中に入り、普通にモンスターと戦えた。

 

 それにやはり【ランクアップ】したおかげか、モンスター達がかなり弱く感じる。

 最初の頃に感じた威圧感を全然感じない。

 

 これが【ランクアップ】の恩恵ってことか。

 

 【ランクアップ】は神に近づくとも言われている。

 【ランクアップ】すればするほど、老化が遅くなるらしい。

 

 まぁ、だからこそ第一級冒険者は世界に名を馳せるんだよな。

 そして、Lv.2以降の冒険者を上級冒険者と呼ぶ。

 

 それだけ【ランクアップ】というのは大きいのだ。

 この都市にいる冒険者の大半がLv.1で、残り半分がLv.2。

 

 Lv.3以降は一握りと言われている。

 

 そりゃあ俺の【ランクアップ】が騒がれるわけだよな。

 全然嬉しくないけどさ。

 

 元々この階層のモンスターは魔法無しでも倒せていた。

 だから、苦戦することはない。

 

 問題は魔石の回収だな、やっぱり……。

 また1人になってしまったから魔石を持って帰れる量にも限界がある。

 

 まぁ、今日は稼ぎ関係ないけど、今後はそうも言ってられない。

 けど、前にも考えた通り、そう簡単にパーティー募集なんて出来ないしなぁ。

 

 新しく眷属にする人を探すのが一番いいんだろうけど。

 その人を鍛えないとダンジョンに連れていくのは難しい。そもそもLv.2とはいえ、子供の俺しかいないファミリアに入ろうとしてくれる人がどれだけいるかって話だ。

 それに本拠も狭いし……金があるわけでもない。

 

 困ったもんだ。

 ギルドに頼むわけにもいかないし。

 

 全てを解決するには俺が強くなって金を稼ぐしかない。

 

 結局、そこに行きつくんだよなぁ……。

 

「……はぁ……」

 

 俺はため息を吐いて、地上へと戻ることにした。

 

 他のファミリアってどうやって稼いでるんだ?

 【ロキ・ファミリア】とかの探索系トップは遠征だろうけど……。中堅から弱小ファミリアってどうしてるんだろう?

 

 クエストだけじゃ限界があるはずだし……。

 けど人数が集まれば稼ぎも増えるから、また違うのか?

 

 くそ~……どうすればいいんだろうなぁ。

 

 スセリ様に言わせれば「そんなこと考える暇があれば修行せい」とでも言うんだろうけど。

 

 サポーター問題は大きいよなぁ。

 

 あっという間に地上へと戻ってきた俺はバベルで魔石を換金をする。

 稼ぎは20000ヴァリス。

 

 まぁ、こんなもんかと俺はお金を受け取って、バベルを後にする。

 

 思ったより早く帰ってきてしまった。

 けど、流石に10階層、11階層に行ったらスセリ様怒るだろうしなぁ。

 

 【ミアハ・ファミリア】からクエスト貰うか?

 いや、ミアハ様が俺にお金が稼げるクエストなんてくれるわけないか。

 

 それだけ危険ってことだもんな。

 

 上層で採れる素材なんてたかが知れてる。

 だって、Lv.1の冒険者でもパーティーを組めば行けるからだ。

 

 だから、ダンジョンの素材で価値が出るのは中層以下。

 俺は行く資格を得たけど、ソロで行くのは流石に無理だろう。

 

 アニメでも恐ろしい数のモンスターに絶えず襲われてたし。

 Lv.2がいるパーティーでもかなりギリギリそうだった。

 

 成り立ての俺じゃあ死ぬだろうな。

 

 そんな事を考えながら、メインストリートを歩いていると、

 

 

 突如、俺の身体を影が覆った。

 

 

「ん?」

 

 後ろを振り返ると、

 

 

 巨人が俺を覆い被さろうと迫って来ていた。

 

 

「いぃ!?」

 

 俺は反射的に全力で後ろに跳び下がって影から抜け出す。

 

 巨人はそのままドズゥン!と土煙を巻き上げて、倒れ伏す。

 

 周囲の通行人達も足を止めて、何だ何だと俺達を見る。

 

 な、なんだ一体……?

 

 倒れ伏しているのは金髪の男。

 

 頭には猫耳があり、獣人であることが窺えるが、驚くべきなのはその巨体だ。

 

 身長は2Mは楽にある。

 服装は見た感じでは和服、つまり極東風。更に背中には俺がすっぽり収まりそうなほどの大きな葛籠を背負っており、刀が入っていると思われる袋が数本葛籠から覗いていた。

 

「……商人、か?」

 

 俺は首を傾げながら、ゆっくりと男に近づいて声をかける。

 

「お、お~い……大丈夫です――」

 

 

グゴギュルルルゥゥ

 

 

「「「「ズコォ!?」」」」

 

 

 「か?」と言おうとしたら、男から大きな腹の音が聞こえてきた。

 

 それに俺や周囲の人達は、ズッコケる。

 

 空腹で倒れただけかい!?

 

「……はぁ~……」

 

 俺は立ち上がって、ため息を吐く。

 そして、男の頭元に屈んで、

 

「腹が減ってるのか?」

 

「……」

 

 男は小さく頷いた。

 

 俺はもはや敬語で話す気力もなく、小さくため息を吐いて周囲の屋台を見渡して果物屋を見つける。

 

「すいません。2,3個ください」

 

「はいよ。一応、気を付けなよ」

 

「はい」

 

 おばちゃんは苦笑しながら言い、俺も苦笑しながら果物を買う。

 

 それを持って男の元に戻り、

 

「ほら。とりあえず、これ食ってここから移動しよう」

 

「……スマ、ヌ」

 

 男はなんとか体を起こして座り込み、1つ受け取って早速齧りつく。

 

 男の顔が露になって、俺はようやく彼が何の獣人か気づいた。

 

獅子人族(レオルス)……」

 

 髪が鬣のようになっている。

 

 獣人族では滅多に見ない種族だ。

 このオラリオですら俺は見た記憶がほとんどない。

 

 だからか、周囲の人達も珍しそうに顔を向けている。

 

 その後、俺と獅子人は近くの酒場に入った。

 

 ガツガツ!!と物凄い勢いで料理を平らげていく獅子男。

 もちろん、俺の奢りです。いや、ここまでするつもりはなかったんだけど、「……路銀、ない」と悲しそうに言って、馬鹿デカい腹の音聞かされたらさ。スセリ様に拾われる前の事を思い出してしまって、ちょっと可哀そうに思ってしまった。

 

 そして、料理を食べ始めてから「その葛籠の武器売ればよかったんじゃね?」ということに気づいてしまった。

 

 まぁ、スセリ様にはお小言貰いそうだけど、今日の稼ぎ内で収めればそこまで怒られないだろう。

 

 ただ……足りるかな? スッゲェ食ってるけど。

 いや、流石に足りるだろ。酒を飲んでるわけじゃないし。

 

 俺も軽く料理を摘まみながら、果実水を飲む。

 

 そこに、

 

「何とも豪快な喰いっぷりじゃのぅ」

 

「スセリ様?」

 

 スセリ様が呆れた表情で獅子人を見ながら歩み寄ってきて、俺の隣に座った。

 

「店の者がお前とデカイ獅子人が共に移動しておると言うて来てな。一応、様子を見に来たんじゃよ」

 

 店員にエールを頼みながら、スセリ様は此処に来た理由を教えてくれる。

 

「それにしても獅子人とは珍しいのぅ。それも極東の装いを纏うとは尚更珍しい」

 

 スセリ様の言葉に、獅子人も手を止めて口元を拭う。

 

「スセリ……。スセリヒメノミコト様?」

 

「いかにも。妾こそ、極東の女神の一柱、スセリヒメノミコトである」

 

「……お初、お目にかかる。俺、クスノ・正重(まさしげ)・村正。獅子人(レオルス)、鍛冶師」

 

 正重さんは頭を下げて、名乗る。

 ……鍛冶師で、村正?

 

 スセリ様も目を細めて、正重さんを見据える。

 

「……村正で鍛冶師じゃと? 極東でも名を馳せた刀工一派の?」

 

 この世界でも村正は有名なのか。

 

「じゃが、あの一派は確かヒューマンのみの血統であったはず。獅子人が混ざり込んだなど聞いたことも無い」

 

「……俺、二代前の村正、妾の子」

 

「なるほどの。じゃとしても、村正の号を名乗るのは少々綱渡りに過ぎるのではないか? 一派の連中は認めんじゃろう」

 

天津麻羅(アマツマラ)様、許し、頂いた」

 

「アマツマラにか……。なるほど、村正の血は確かに引いておるということか」

 

 神アマツマラ。

 前世での別名を天目一箇命(アメノマヒトツノミコト)

 

 製鉄・鍛冶を司る極東の神だ。

 

 村正一派は神アマツマラの眷属として槌を振るっているとのことだ(スセリ様談)。

 

 妾の子として生まれた正重さんは、神アマツマラに拾われて鍛冶を教わっていたらしい。

 だが、やはり生まれのせいで一派の正当な一員としては迎えられず、流石に神アマツマラもそこまで干渉することは難しかったようだ。 

 

 父である先々代村正もすでに死に、母も病で早く亡くしたらしい。

 

 そのせいで極東では正重さんは刀工として名を馳せるのは非常に難しい環境にあった。

 

 神アマツマラはそれを憂い、『オラリオへ行け。世界の中心で、村正の名を広めてこい』と言い、正重さんを送り出したそうだ。

 

「つまり、お前はここで新たなファミリアに入って、鍛冶師として活動したいというわけじゃな」

 

「……はい。けど、フロル殿、恩、ある。恩返し、したい」

 

 独特な喋り方だが、しっかりと主張する正重さん。

 恩って言われても、一食奢っただけなんだがなぁ……。そこまで大袈裟に言われる程じゃないと思うんだが。

 

 それにスセリ様は笑みを浮かべて頷き、

 

「良き心掛けじゃ。ここで会ったが何かの縁。妾がお前に道を示してやろう」

 

「「?」」

 

 スセリ様の言葉に、俺と正重さんは首を傾げる。

 

 

 

 

 そして、スセリ様に連れられてやってきたのは、オラリオ北西メインストリートにある武具店だった。

 

 周囲より一際大きな炎のような塗装の店舗の看板には、『神聖文字』にも似た独特な文字が刻まれている。

 

 それはこのオラリオの冒険者であれば知らぬ者などいないと言えるロゴにして、ある鍛冶師の銘。

 

 鍛冶神ヘファイストス。

 

 そう、この店は【ヘファイストス・ファミリア】の北西支店にして、神ヘファイストスの執務室がある店らしい。

 

「……あの、スセリ様? アポとか取ってるんですか?」

 

「取ってるわけなかろう。まぁ、駄目なら駄目で出直せば良いだけじゃて」

 

 いいのかなぁ……。

 俺は不安に思うが、スセリ様は気後れすることなく店の中へと入っていった。

 

 正重さんに目を向けると、やはり鍛冶師の性なのか陳列窓に並べられている武具を食い入る様に見つめていた。

 

 その目つきは正に獅子が如し。

 睨みつけられれば身が竦みそうなほど鋭い。

 

「なにをしておるー? 会えるそうじゃから行くぞー」

 

「あ、はい! 正重さん」

 

「む、スマヌ」

 

 俺達も店の中に入り、店員に案内をしてもらって3階にある執務室へと向かう。

 

「邪魔するぞ~」

 

「失礼します……」

 

「失礼、致す……」

 

 ヘファイストス様の執務室は、キレイに整理整頓されていた。

 

 部屋の左右には大きな本棚が設置されており、大量の本が並べられている。

 更に明らかに使い込まれた槌が何本も壁に掛けられていた。

 

 ……この部屋だけでも俺達の本拠より広い……。

 

 ちょっとだけ悲しく感じていると、書類仕事をしていたヘファイストス様が羽ペンを仕舞って顔を上げる。

 

「また珍しい顔ぶれが来たわねぇ。スセリヒメに、噂の【迅雷童子】君、そして……獅子人、ねぇ?」

 

「突然スマンのぅ」

 

「良いわよ別に。一休みしたかったし、それに……あなたの愛し子君にも会ってみたかったしね」

 

 ヘファイストス様の左目が俺に向く。

 俺は背筋を伸ばして、軽く礼をする。

 

「は、初めまして、神ヘファイストス。フロル・ベルムです。椿さんには何度か助けて頂き、武具もお世話になっております」

 

「………君、ホントに7歳?」

 

「は、はい……」

 

「くっくっくっ! いい子じゃろう? まぁ、今回の本題はこ奴の方じゃ」

 

 スセリ様は親指で正重さんを指す。

 

 ヘファイストス様は再び左目を細める。

 

「……もしかして鍛冶師? その子」

 

「流石じゃのぅ。極東から来た、クスノ・正重・村正じゃ。アマツマラの眷属じゃったそうじゃ」

 

「村正? それにアマツマラですって? また珍しい名前を……。獅子人ってだけでも珍しいってのに」

 

「じゃろ?」

 

「で? その子をわざわざ連れてきて、私に何をさせたいの? うちに入団させたいってわけじゃないんでしょ?」

 

「それは正重次第じゃの」

 

「はぁ?」

 

 ヘファイストス様は訝し気に眉を顰める。

 

 うん。俺も同じ気持ちです。

 

「ぶっちゃけ、妾はこ奴をファミリアに迎え入れたい。じゃが、妾達は当然ながら鍛冶場なんぞ持っておらん」

 

「だから?」

 

「鍛冶場を貸してくれんか? 妾達が自前で鍛冶場を造るまでの間。もちろん使用料は払う」

 

「……本気?」

 

「もちろん。じゃが、こ奴が【ヘファイストス・ファミリア】に入りたいと言うのであれば、フロルと専属契約を結ばせてほしいんじゃよ。それと時折フロルとダンジョンに潜らせてほしい。もちろん、正重が恩を返したと思うまでの間で構わん」

 

 ……凄い無茶苦茶言ってない?

 

 ヘファイストス様も両手を組んで執務机に肘をつき、顎を乗せて顔を顰める。

 

「後者は別に構わないわよ? それこそ椿や他の団員も遠征に着いて行ったり、ダンジョンに潜ってるから」

 

 アニメでは【ロキ・ファミリア】の遠征に同行してたし、ヴェルフ・クロッゾがベルとパーティー組んでたしね。

 

「……けど、前者に関しては話が違うわ。確かに私達は個人での付き合いは長いけれど、ファミリアとしての関係は薄い。【スセリ・ファミリア】に、うちの鍛冶場を貸す義理がないわ。使用料を払ってもらうとしても、よ。うちだって鍛冶場に余裕があるわけじゃないの」

 

「ふむ……ならば、借金でもして鍛冶場を築くしかないか……。さて、正重。お前はどうしたい?」

 

 スセリ様は正重さんに振り返って訊ねる。

 

 正重さんは表情を変えることなく、スセリ様を見つめ返す。

 

「【ヘファイストス・ファミリア】はこのオラリオでは鍛冶系派閥においては、間違いない最大最高峰じゃ。冒険者からの信頼も厚く、希少な素材も手に入りやすく、他の鍛冶師が生み出した武具に触れることも出来る。名を売るならば間違いなく【ヘファイストス・ファミリア】に入るべきじゃ」

 

「……」

 

「じゃがなぁ、正重。妾にはお前はそこまで名を馳せることに興味がないように思える。それよりも……何か別の信念のようなものを感じておるんじゃが……どうかのぅ?」

 

「……」

 

「この際、フロルへの恩など横に置いて考えよ。お前にとって、己が生み出した武具はどうしたい?」

 

 スセリ様の質問に、ヘファイストス様も目を細める。

 

「……俺、造る時、その人、知りたい」

 

 正重さんはたどたどしくではあるが、語り始めた。

 

「その人、相性、良い、武具、造りたい。万人受け、使い手、分からない。……使われ方、怖い」

 

 どんな人が使い、どのように使われるか、想像出来るからこそ最高の武具を作れる。

 けど、誰にでも使える武器を造り、誰の手に渡ったか分からなくなると、それがどう使われるか想像出来なくて怖い、ということかな?

 

 自分が造った武器が、自分にとって大切な人が傷つけられるかもしれない。

 

 それは鍛冶師の最大の苦悩であり、矛盾と言えるだろうな。

 

「だから、俺……【スセリ・ファミリア】、入りたい。フロル殿、スセリヒメノミコト様、恩、返したい。俺、戦える。手伝い、出来る」

 

「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ、正重さん! 恩って、俺はただ食事を奢っただけだぞ!?」

 

 スセリ様は無茶苦茶だけど、まだわかる!

 鍛冶師としての正重さんと、正重さん本人の意志を尊重しようとしてくれている。

 

 だけど、俺は一食奢っただけだ。

 そんな人生を決めるほどの恩じゃない。

 

 けど、正重さんは首を大きく横に振る。

 

「俺、獅子人、珍しい。オラリオ、来る途中、たくさん、騙されかけた。無理矢理、引き入れる、ファミリア、あった」

 

「まぁ、獅子人など戦力としては喉から手が出る程欲しいじゃろうな。それも村正一派じゃし」

 

「そうね。私もこの状況じゃなかったら、絶対勧誘してたでしょうね」

 

「飯、奢っただけ。言われた、初めて。皆、俺、恩、売る、仲間、引き入れる」

 

「……正重さん……」

 

 あなたも中々過酷な人生を……。

 

「故郷、妾の子、誰一人、近づかない。家族、アマツマラ様、1人だけ」

 

 故郷では生まれで敬遠され、故郷を出れば種族の珍しさと『村正』の号しか見られない。

 

 正重さん本人を見てくれた人はほとんどいなかったんだろう。

 

 正重さんは突然背中の葛籠を下ろし、赤の鞘袋と青の鞘袋に収まった武器を取り出す。

 

 そして、それを持ってヘファイストス様の執務机の前まで歩き、ヘファイストス様に差し出した。

 

「これは?」

 

「赤い方、旅、出る、アマツマラ様、頂いた。青い方、父、先々代村正、最後、作品」

 

「アマツマラと村正の作品……? どうするつもり?」

 

「売る、お金、鍛冶場、造る」

 

「正重さん!?」

 

「うむ、それは本当に待て、正重。餞別と形見を売る必要はなかろう」

 

「問題、ない。元々、売る、または、献上する、頂いた」

 

 いやいや!? 問題あるよ!!

 まだ入団もしてないのに!! 

 

 そんな俺達を尻目に、ヘファイストス様は武器を取り出す。

 

「…………これは……魔剣ね」

 

「うぇ!?」

 

「まぁ、アマツマラが造ったのであれば十分考えられるの」

 

「………こっちのは不壊属性の刀だわ。それもかなり上質ね。うちの上級鍛冶師でも、ここまでの品質は中々見られないわ」

 

 尚更売ったらダメやないか!!

 

 ヘファイストス様は額に手を当てて、ため息を吐く。

 

「はぁ~……突っぱねても、他のファミリアとかに売りそうね……」

 

「じゃろうなぁ」

 

 流石のスセリ様も苦笑するしかないようだった。

 

「……いいわ。なら、この二振りは私が預かってあげる」

 

「え?」

 

「む?」

 

「……?」

 

「この武器を担保にお金を出してあげるわ。それで鍛冶場がある建物に引っ越しするなり、今の本拠を増築するなりしたらいいんじゃない?」

 

「ふむ……それは妾達にとってありがたい申し出じゃが……良いのか? 担保とするとなると、宝の持ち腐れと変わらんぞ?」

 

「下手に売られるくらいなら、あなた達が相応しい使い手になるまで預かっておく方が安心なのよ。魔剣の方は使って壊した場合、そのまま買い取りしたってことにするわ。今のオラリオは物騒だしね。不壊属性の武器は使うことはないと思うから、返済してくれたらあなた達に返すわ」

 

「問題、ない、です。感謝、致す」

 

 正重さんは深く頭を下げる。

 

 ヘファイストス様は苦笑して、  

 

「ホント、スセリヒメは面白い子を見つけてくるわねぇ」

 

「くっくっくっ! まぁ、此度はフロルの縁じゃがな」

 

「さて、肝心の金額だけど……」

 

 ヘファイストス様が顎に手を当てて、考え込む。

 

 俺はとんでもない値段になるんじゃないかとゴクリと喉を鳴らす。

 

「魔剣が7000万ヴァリス、不壊属性の武器が4000万ヴァリスってところね」

 

「うえぇ!?」

 

 合わせて1億1000万ヴァリスぅ!?

 俺は変な声を出してしまった。

 

「そりゃあ神力を封じているといっても、神が打った魔剣だしね。不壊属性の方も品質とブランドを考えれば当然よ」

 

「そうじゃのぅ」

 

 お、恐ろしや神様ブランド……!

 

「お金を用意してくるから、少し待ってて頂戴」

 

「うむ」

 

 1億ヴァリスもの大金を用意できるなんて、恐るべし【ヘファイストス・ファミリア】。

 

 な、なんてこったい。

 悩んでた資金問題があっという間に片付いてしまった。

 

 これだけの大金があれば、本拠も大きくすることが出来るだろう。

 

 しかも、正重さんという頼りになりすぎる人が仲間になってくれた。

 

 ぶっちゃけ、俺の方が正重さんに大きな恩が出来てしまった。

 

 少しでも早く彼の武具に相応しい冒険者にならないといけないな。

 

 頑張るぞ!

 

「正重さん、これからよろしく」

 

「呼び捨て、構わない」

 

「俺も呼び捨てでいいよ」

 

「うむ、フロル、よろしく」

 

「ああ。よろしく、正重」

 

 

 俺と正重は、力強く握手をした。

 

 




レオルスという呼び名はオリジナルです

とりあえず切りがいいところまで、また連投します(ストックなくなりそう)


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戦狂のアマゾネス

連投その2


 正重が【スセリ・ファミリア】に加入して、2週間が経過した。

 

 ヘファイストス様から頂いたお金で、早速新しい本拠を建てた。

 

 前の家のすぐ近くの建物を買い取って解体し、そこに極東風の屋敷を建てたのだ。

 

 

 その名も【紅嵐の屋敷】。

 

 門には【スセリ・ファミリア】のエンブレムが記されている。

 

 

 前世で言えば武家屋敷のイメージか?

 

 ただし、屋敷の半分は土足タイプの床にして、残り半分を畳や板張りの床にした。

 理由は靴を脱いで家に上がるなど、極東出身の者くらいしか馴染みがないからだ。

 

 これから様々な団員を迎えることになる可能性があるため、土足でも住める部屋を造ることにしたのだ。

 

 だが、現在そっちを使っている人はいない。

 正重は極東出身なので鍛冶場に近い畳の部屋を選んだ。

 

 鍛冶場は裏庭に建てられ、正重は毎日朝から籠って鉄を叩いている。

 その音が俺とスセリ様の目覚ましになっているのは内緒である。

 

 ちなみに……なぜか俺とスセリ様はまだ一緒の部屋で寝てる。

 たくさん部屋があるのにだ。

 

「もう少しの間だけじゃ。今更恥ずかしいも何もなかろう?」

 

「……まぁ、そうですけどね」

 

 正重から微笑ましく見られたのは少し恥ずかしかった。

 

 建築の依頼をしたのは鍛冶系派閥の【ゴブニュ・ファミリア】。

 神ゴブニュは建築を司る神でもあるため、鍛冶以外にも建築を生業としている。

 

 鍛冶に関しては【ヘファイストス・ファミリア】に規模は一歩劣るも、上級冒険者の多くが【ゴブニュ・ファミリア】の武器を好んでいるため、かなり力のある派閥だ。

 

 神ゴブニュも村正一派はもちろん存じており、オラリオ来訪兼新築祝いということで正重に高品質の鍛冶道具一式を贈ってくれた。

 

「……励めよ」

 

 と、言葉少なく正重に声をかけて、去っていった老人の男神に、正重は両膝をついて頭を下げていた。

 

 更にヘファイストス様からも素材を大量に贈ってもらった。

 

 鍛冶系派閥の2トップから来訪を祝って頂いたことに、正重は感無量とばかりに鍛冶にのめり込んでいる。

 

 俺の武器と防具も一新され、素人の俺でもわかるくらい滅茶苦茶グレードアップした。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :H 111

耐久:I 72

器用:I 88

敏捷:H 134

魔力:I 95

狩人:I

 

《魔法》 

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷属性

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

【】

 

《スキル》

【輪廻巡礼】

・アビリティ上限を一段階上げる。

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性。

・雷属性に対する耐久力強化。

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正。

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.1

 

力 :C 637

耐久:C 625

器用:C 681

敏捷:E 489

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲アビリティ値一定以下の対象を威圧。

・『力』と『耐久』の高補正。

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正。

・威圧・補正効果はLv.に依存。

 

 

 

 正重のステイタス、正確にはスキルを見た時、

 

(あぁ……そりゃ騙してでも仲間にしたくなるよな)

 

 と、納得させられた。

 

 相手を威圧して、獣人族軒並み強化するとか恐ろしいわ。

 ……あれ? これ、サンジョウノ・春姫の【妖術】と合わせれば、無敵に近い軍隊が出来上がるのでは?

 ……殺生石が造られたわけだ。

 

 けど、だからこそ狙われやすいんだろうな。

 無茶させないようにしないとな。正重の本分は鍛冶師なんだから。

 

 俺は気合を新たに鍛錬に励むことにした。

 

 相も変わらずスセリ様には投げられるけど。

 

 ちなみに正重もスセリ様と鍛錬をして、ぶん投げられて目を白黒させていた。

 まぁ、驚くよね。ステイタスも無いスセリ様が、あの巨体をぶん投げれば。

 

 俺と正重?

 

 流石に俺が勝ったよ。

 こればっかりはLv.差が大きく出た。潜在値ほぼSだからね! そう簡単に負けられんよ!

 

 ここで負けた日にはスセリ様に地獄の特訓を受けさせられる。

 

 本当に、勝てて良かった……。

 

 

………… 

………

……

 

 

 そして、俺と正重はダンジョン11階層へとやってきていた。

 

 

オオオオオオオオオ!!!

 

 

 正重が吠えながら、オークの群れに突攻する。

 

 右腕に握られている獲物は200Cほどの大剣。

 

 剣先が斧を思われる形状をしており、正重は『斧剣《砕牙》』と名付けた超重武器だ。

 

「オオオオオオオ!!!」

 

 雄叫びのままに《砕牙》を()()()横に薙ぎ払う。

 

 オーク3体の上半身が一瞬で吹き飛び、残った下半身が灰へと変わる。

 

 なんちゅうパワーよ……。

 豪快過ぎて、苦笑いしか出てこない。

 

 だが、その重量のせいで小回りは利かないので、俺が即座にフォローに入る。

 高速で正重の周囲を走り回って、残心が残る正重に飛び掛かろうとするインプやオークを斬り捨てていく。

 

 ……完全にベルとヴェルフのコンビと同じ構図だなぁ。

 

 まぁ、凄く戦いやすいけどさ。

 

 インプとオークは完全に正重の【獅子吼豪】で動きが鈍っている。

 さっきから正重が雄叫びを上げながら戦っているのは、そのためだ。

 

 流石にシルバーバックは効きが弱かったが、ハード・アーマードまでなら動きを止められる。

 

 だが、欠点もある。

 

 めっちゃモンスターが来る……!

 

 『上層』のモンスターの知性は低い。だから、撤退するという判断が出来ない。

 故に、ただただ声がした方へと移動し、目にした冒険者に猛進するしか出来ないのだ。

 

「しぃ!!」

 

『グギャ!?』

 

『ゴォ!?』

 

 インプの首を刎ね、シルバーバックの右脚を膝から斬り飛ばす。

 倒れ伏したシルバーバックに、正重が土を巻き上げながら駆け迫り、振り上げた《砕牙》を頭に叩きつけて砕く。

 

 そこにハード・アーマードが、正重の真横から高速で転がってきた。

 

「オオオオオオオ!!」

 

 正重は両手で握った《砕牙》を横に薙ぎ、丸まって転がってくるハード・アーマードの側面に叩きつける。

 

ゴォガバジャッ!!

 

 ハード・アーマードは真横に吹き飛んで、()()()()()()

 

 上層最硬度の甲羅を持つハード・アーマードを砕くって恐ろしいなマジで。

 

 ようやくモンスターの波が収まり、俺達は一息つく。

 

「ふぅ……お疲れ、正重」

 

「うむ。……スマヌ、モンスター、呼ぶ、過ぎた」

 

「この程度なら問題ないさ。正重もいるしな」

 

「……感謝」

 

「いいって。さ、まずは魔石を回収しよう。その後、一休みするか」

 

「うむ」

 

 サポーター問題だが、これも正重が解決してくれた。

 

 正重の背中には、初めて会った時に背負っていた葛籠より一回り小さい葛籠。

 そこに魔石やドロップアイテムを入れている。

 

 葛籠の中には、砥石など武器の手入れ道具や採掘用の道具、そしてポーション類も入っている。

 

 邪魔じゃないのかと正重に訊いたけど、『問題、ない』の一言で終わってしまい、事実問題なく戦っている。

 おかげでここ数日の稼ぎは40000ヴァリスが平均になった。

 

 ちなみに二度、インファイト・ドラゴンも討伐した。

 1回目は魔法を使って、2回目は魔法を使わずに。

 

 つまり、上層ではもう俺達の敵はいないも同然になったと言える。

 もちろん油断は出来ないけど。

 

 問題はこれでも中層にはまだ下りるには危険だということだ。

 

 2人じゃ中層モンスターの対応が間に合わなくなる可能性が高い。

 せめてもう1人欲しい、というのがスセリ様も含めた俺達の認識だ。

 

 Lv.2のステイタスがあっても、俺はまだ子供だ。体力も一般人よりはあっても、冒険者としては下の方だ。

 正重だけじゃ俺のフォローが間に合わないし、俺も正重のフォローに限界がある。

 

 せめて後1人。治療役か中衛役が欲しいところだ。

 

 魔石の回収を終え、周囲を警戒しながら休息を取る。

 俺は水を飲んで携帯食を食べ、正重は俺の横で武器の点検と手入れを行っている。

 

 もちろん、俺の武器も見てもらう。

 パートナーが鍛冶師って言うのは本当にありがたい。

 

 俺よりも正重の方が当然圧倒的に手入れが上手いし、見立ても確実だ。

 

 少しすると他の冒険者パーティーがちらほらと姿を見せ始める。

 

 休憩している俺と正重を見て、一瞬目を丸くする冒険者達。

 

 まぁ、目立つよね。この凸凹コンビは。

 

 正重は特に珍しいだろうし。

 

「おい、あいつ……【迅雷童子】じゃないか?」

 

「その隣の奴……獣人か」

 

「うそ……!? 獅子人じゃない……!?」

 

「しかも、鍛冶師なのか? 獅子人が……!?」

 

「パーティーを組んでるのか? それとも護衛クエストか?」

 

「武器持ってるんだぜ? パーティーだろ。【ヘファイストス・ファミリア】なのか、【スセリ・ファミリア】なのか、だぜ」

 

 おぉおぉ、気になってる気になってる。

 正重の様子を横目で確認するが、正重は周囲の反応を気にした様子はない。

 

 ホント、どっしり構えてるよなぁ。

 

 その時、俺達に向かって、勢いよく何かが飛んで来た。

 

「「!?」」

 

 俺と正重は後ろに跳び下がる。

 

 俺が立っていた場所にズガン!と突き刺さったのは、鎖に繋がれた大鎌だった。

 

 

「いぃ~動きだねぇ。さっすがLv.2」

 

 

 現れたのは、褐色肌に群青色の短髪を持つスタイル抜群のアマゾネス。

 

 バツ印を描くように赤い布で豊満な胸を覆い、下はパンツに前後のみを覆う腰布という煽情的な服装。

 

 ……アマゾネスと言えば【イシュタル・ファミリア】だけど……。娼婦って感じじゃないな。

 

「……何か御用ですか?」 

 

「決まってるだろ? アマゾネスが雄に声をかけるのは――」

 

 アマゾネスは右腕に巻き付いている鎖を引いて、大鎌を引き戻す。そして、右腕を掲げて勢いよく大鎌を振り回す。

 

()()()の時だよ!!」

 

 好戦的な笑みを浮かべ、叫びながら大鎌を俺に向かって投げた。

 

 品定めって! 俺、まだ7歳ですよ!?

 

 高速で回転しながら飛んでくる大鎌を躱しながら腰の刀を抜く。

 

 アマゾネスは武器もないのに、獣が如く猛烈な勢いで詰め寄ってきた。

 

 アマゾネスは体術も優れた種族!

 

 アマゾネスはそのしなやかな右脚を振り上げて、俺の頭を狙ってくる。

 俺は頭を下げて、鞭のような蹴りを躱す。

 しかし、アマゾネスはそれを読んでいたかのように右脚を素早く引き戻して腰を捻り、なんと左足だけで飛び上がり左脚を振り抜いてきた。

 

 んな、無茶苦茶な!?

 

 更に身を低くして、その蹴りを躱す。

 

ガン!!

 

 そこにいつの間にやら彼女の手元に戻っていた大鎌の石突が、俺の目の前に突き刺さる。

 

 アマゾネスは右足で大鎌の柄に着地し、振り抜いた左脚を素早く引き戻し、鋭く突き出してきた。

 

 俺は慌てて横に跳んで、突き出された蹴りを躱す。

 

「っ!!」

 

 地面スレスレで刀を薙ぎ、大鎌を斬り払う。

 

「まだまだぁ!!」

 

 アマゾネスは右腕を振って、鎖を鞭のように振るう。

 

 俺はそれを躱すことなく左手で掴む。

 

「!!」

 

 アマゾネスは僅かに目を見開く。

 左腕のみで鎖を全力で引き、その勢いを利用して俺も右脚を振り上げる。

 

 アマゾネスは顔面に迫る右足を、左腕で防ぐも横に吹き飛ばされる。

 

「ちぃ!」

 

 アマゾネスは軽やかな体捌きですぐに体勢を整えて着地する。

 

 ……体術は凄いけど、ステイタス的には俺の方が上って感じか?

 

「Lv.1……か?」

 

「まぁね。そういやぁ、自己紹介がまだだったねぇ。ハルハ・ザール。【アナラ・ファミリア】所属さ」

 

「……【アナラ・ファミリア】」

 

 知らない名前だな……。

 

「そりゃあ、アンタの所にも負けない弱小ファミリアだからね」

 

「……あなたならもっと上の派閥に入れるのでは?」

 

 正直、すでにランクアップ出来るだけのアビリティを持っているだろう。

 ()()でここまで来ているのだから。

 

 しかし、ハルハさんは俺の言葉を鼻で笑う。

 

「はっ! アタシは()()派閥にゃ興味はないよ。()()()()派閥がいいのさ」

 

「……バトルジャンキー……」

 

「はははは!! 言ってくれるじゃないか。まぁ、否定しないけどねぇ。アタシは『殺意』と『血』で交わりたいのさ。強い奴との『死闘』という名の交わりが!! 好きで好きで堪らないんだよ!!」

 

 目を大きく見開き、口を三日月に歪めながら、ハルハさんは大鎌を担いで地を蹴った。

 

 俺は柄を両手で握り、正眼に構える。

 

 リーチと身のこなしは向こうが上。

 力は背が低い俺が不利。

 

 勝機は速さのみ!!

 

 俺は目を見開いて、迫り来る刃を見据える。

 

 風を切り裂いて唸り迫る荒々しい大鎌に対し、俺は流水が如く静かに刀を動かして大鎌の刃に添える。

 

 そして、力を込めて横に薙ぎながら右足を前に出し、大鎌を逸らして一気に右足を踏み込む。

 

「!!」

 

「【――鳴神を此処に】」

 

 魔法を発動した直後に刀を手放し、右足で地面を蹴る。

 

 雷光が如く、一瞬でハルハさんの足元に潜り込み、俺は右掌底を鋭く突き出す。

 

「がっ!?」

 

 ハルハさんはくの字に吹き飛んで、地面を転がっていった。

 

 俺は追撃せずに魔法を解除し、刀を拾い鞘に納める。

 

「ふぅ~」

 

「フロル、無事か?」

 

「ああ、何とかね」

 

 俺は正重から水を受け取り、ハルハさんに目を向ける。

 

 ハルハさんはゆっくりと起き上がる。

 

「っつぅ~……! 参ったねぇ。今のが噂の雷の付与魔法か……。ありゃあ今のアタシじゃ勝てないね」

 

「ポーションはいりますか?」

 

「大丈夫だよ。ちょいと痺れるくらいさ。すぐに治る」

 

 ハルハさんは立ち上がって、大鎌を肩に担ぐ。

 

「随分と上手く戦うねぇ。主神に鍛えられて強くなったって話は眉唾じゃなさそうだね」

 

「今も純粋な試合じゃ勝てませんからね。ステイタスに頼って、魔法を使えば話は別でしょうが」

 

「……そりゃ戦い慣れてるのも納得さね」 

 

 ハルハさんは苦笑する。

 

「さて、迷惑かけちまった分はちゃんと償いをさせてもらうよ。あんたのところの主神様にもね」

 

「いや、別にそこまでは……」

 

「アタシがしたいんだ。それに他にも企みがあるしね」

 

「企み?」

 

「それは主神様と一緒に言わせてもらうよ。さて、あんた達はどうするんだい? アタシは引き上げるけど」

 

 俺は正重に顔を向ける。

 正重は俺に任せるとばかりに小さく頷いた。

 

 なので、俺達も引き上げることにした。

 

 ハルハさんも同行し、話をしながら地上を目指す。

 

 ハルハさんはファミリア内でも浮いているらしい。自分で言ったよ……。

 他の団員と動くことはなく、主神ともほとんど会っていないとのことだ。ずっと1人でダンジョンに潜ってたってことか……。凄いな。

 

 【アナラ・ファミリア】は結成して10年経っていない弱小ファミリアとのこと。

 ハルハさんは手っ取り早く『恩恵』が欲しかったから入団しただけということで、実はいつでも『改宗』可能な状態らしい。

 

 ……もしかしたら【ランクアップ】出来るんじゃね?

 

「かもね。もう結構長い間ステイタス更新してないし」

 

「……よくそれで色んな人に喧嘩売ってますね」

 

「Lv.2相手なら、そこそこ勝率高いんだけどね」

 

 まぁ、Lv.1とLv.2は大きな壁があるけど、戦い方次第で十分勝てる可能性はある。

 昇格時のステイタスにもよるだろうし、ステイタスに振り回されてる人だったら、まずハルハさんには勝てないだろうな。

 

「パーティーを組んだりしないんですか?」

 

「時々は組むよ。生活費や武器の整備代稼がないといけないからね」

 

 なるほど。臨時パーティーは組んでたのか。

 

 地上に戻った俺達はバベルでそれぞれに換金する。

 俺達は43000ヴァリスだった。

 

 ハルハさんも僅かながら帰り際に拾った魔石を換金していた。

 

 それが終わるのを待っていると。

 

「おい、あれ。【闘豹】じゃないか?」

 

「さっき【迅雷童子】と一緒にいるの見たぜ」

 

「あたしも見たわ。パーティーでも組んだのかしら?」

 

「でも、【闘豹】だったら組む前に挑むんじゃね?」

 

「あ、さっき11階層で戦ってるの見たって連中いたわよ」

 

「もう味見したのか~」

 

「そして、気に入ったのか~」

 

「「「「羨ましいなチキショー!!」」」」

 

 そうか? 別に男女の仲ってわけじゃないんだけどな。

 流石にアマゾネスが強い男に惹かれるって言ったって、7歳児に惹かれるならそれもうヤバイ人だよ。

 

 それに……美人度で言えば、やっぱり女神には敵わないしなぁ……。

 

 いや、ハルハさんも十分美人だけどね。

 やっぱり造形の完成度は女神には簡単には勝てない。

 

 ……雰囲気がスセリ様に近いってのもあるけど。

 

「待たせたね。行こうか」

 

「はい」

 

「うむ」

 

 ハルハさんも合流して、移動を開始する俺達。

 

 その後ろ姿を見ていた人達の1人がボソッと……。

 

 

「美女と野獣の挟まれ童子」

 

 

「「「「ブフッ!!」」」」

 

 

 うるせぇやい!!

 

 




ショタ、口下手デッカマン、妖艶姉御は鉄板な気がする〜


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いざ、中層へ

連投その3

ステイタス(というかスキルと魔法)マジムズイ


 俺、正重、ハルハさんは一度本拠へと戻った。

 

「随分と立派な本拠を建てたねぇ。あんたらしかいないんだろ?」

 

「まぁ、ありがたい実入りがありまして」

 

 ホントは全て正重のお金なんだよね。

 

 とりあえず、中に入る。

 

「ただいま戻りました~」

 

 中に声をかけると、すぐにスセリ様がやってきた。

 

「おかえりって、んん? そっちのアマゾネスは?」

 

 スセリ様はすぐにハルハさんへと顔を向ける。

 

 ハルハさんは気軽に右手を上げる。

 

「アタシはハルハ・ザール。形だけ【アナラ・ファミリア】所属さ」

 

「アナラ? あ奴、オラリオにおったのか。それにアマゾネスのハルハと言えば【闘豹】ではないか」

 

「まぁね。まぁ、ファミリアの方はまだLv.2になった奴がいないからねぇ。神会に顔も出せてないよ」

 

「なるほどの。それで用件は?」

 

「この子達のパーティーに入れさせてほしいのさ。正直、上層に飽きちまってねぇ。けど、中層に行くパーティーにはなかなか入れてもらえない」

 

「じゃから、中層に行きたいフロル達のパーティーに入りたいと?」

 

「そ。ついでにそこで相性が良ければ、【スセリ・ファミリア】に入らせてもらいたいんだよ」

 

 ……なるほど。臨時戦力兼入団試験というわけか。

 それに暴れ回りたいハルハさんの希望も叶うってわけだ。

   

 俺達も中層に進出できるからありがたい申し出ではある。実力は確かだしな。

 後は信用の問題か。

 

 俺は今のところハルハさん加入に文句はない。

 正重も言うときは言うので大丈夫だと思う。

 

「まぁ、【闘豹】で変な噂は聞かぬし、嘘も言っておらん。妾はフロルが良ければ構わんぞ」

 

 神様には嘘が通じない。これは世界共通だ。

 神様同士は無理らしいけど。故にファミリアに入団する際には主神の面談があるところが大抵だ。

 

「俺としては助かります。正重には負担をかけ過ぎてたので」

 

 サポーターと前衛は流石にキツすぎるだろう。

 もちろん中層では戦ってもらう必要があるだろうけど、そこまでは負担が減らせるはずだ。

 

 理想を言えば、あと1人欲しいけど。

 ハルハさんが現れただけでもありがたいんだから、これ以上は無理だろうけど。

 

 ……ていうか。

 

「パーティー加入を認めて頂けるのであれば、ファミリア入団でもよろしいのでは?」

 

「ん? 妾は別にそれで構わんぞ。妾はロキのところほど厳重に眷属を縛る気はないでな。もちろん、フロルは別じゃがの」

 

 ですよね。

 

「いいのかい?」

 

「うむ。立派な屋敷を建てたものの、見ての通り閑古鳥が鳴いておる状態じゃからな。それにフロルはまだ酒は飲むには早すぎるし、正重は分かっとると思うが寡黙じゃからの。1人くらい呑み仲間が欲しかったところじゃ」

 

「あははは……」

 

「む……」

 

 流石に神の恩恵を得ても、病気にならないわけじゃない。だから、健康には気を付ける必要はある。

 子供の身体に酒なんて少量であれば問題ないが、飲み続ければ問題だ。

 

 スセリ様がそんなことを俺にさせるわけがない。

 

 正重は言われた通り、口が回る性格じゃない。それにぶっちゃけ俺より真面目だ。身体には人一倍気を使っている。

 だから、スセリ様からすれば呑んでも盛り上がる面子じゃない。

 

 基本的にはバイト先で客と一緒に飲むことが多く、時折ミアハ様やヘファイストス様とかと飲んでいるらしい。

 

 何度か俺は酒を飲まないけど、同席させて頂いたことはある。

 それにこの本拠が出来た時には、知り合いの神々を招いて酒宴を開いてたし。

 

 一応俺と正重も同席してたけど……。あれは修羅場だった。

 

 女神デメテルが俺を抱きしめてスセリ様と奪い合いになり、ヘファイストス様とゴブニュ様は淡々と正重に鍛冶の極意を競うように語り続け、ミアハ様と神ディオニュソスがその様子に苦笑し、女神ロキは大爆笑していた。

 

 あれはもう勘弁だね……。

 

 っと、意識を戻そう。

 

「酌の相手をするくらいでいいなら、喜んでするよ。じゃあ、『改宗』させてもらおうかね」

 

「けど、ハルハさん、ステイタスをロックしてますよね?」

 

 基本的に背中に刻まれるステイタスは、神の手によって見られないようにロックされている。

 これを外せるのはロックをした神で、他の神ではピッキング作業をしなければならないため非常に手間がかかる。

 

 なので、『改宗』するには神アナラの元に向かう必要があるのだが、ハルハさんは肩を竦めて谷間に手を突っ込んだ。

 

「これを使えばあっという間だよ」

 

 谷間から取り出したのは小指サイズの小瓶。

 小瓶の中に入っているのは、魔石を思わせる結晶と透明感のある真紅の液体だ。

 

 スセリ様は目を細める。

 

「それはもしや……」

 

「そ。『開錠薬(ステイタス・シーフ)』さ」

 

 『開錠薬(ステイタス・シーフ)』。ロックされたステイタスを無理矢理暴く非合法アイテムだ。

 希少な発展アビリティ『神秘』でしか作れないため、裏市場にしか出回らない超高価アイテム。

 

 ……Lv.1のハルハさんが手に出来るアイテムとは思えないけど……。

 

「これは闇派閥の連中から奪ったんだよ。正確には闇派閥と取引してた商人からね」

 

「ほぅ……」

 

「大丈夫なんですか?」

 

「顔は見られないように倒したから大丈夫だと思うよ。その後、ギルドに密告して捕まったしね」

 

「やるのぅ」

 

「ってわけで、これを使ってくれりゃあいい。いつまでも持っとくのも危ないしね」

 

「じゃの」

 

 というわけで、スセリ様とハルハさんはさっさと『改宗』を行った。

 もちろん、俺達は別室待機。

 

 『改宗』は10分もせずに終わり、そのままステイタスを更新を行ったらしい。

 

「残念ながら【ランクアップ】は出来なかったねぇ」

 

「え。そうなんですか?」

 

「どうやら喧嘩を売り過ぎて、『偉業』と認められるには()()らしいよ」

 

「あ~……モンスターを殺しても【ランクアップ】出来ないのと同じですか」

 

「まぁ、流石にアタシもLv.3や4の第二級冒険者に挑んだりはしなかったからねぇ。しょうがないと言えばしょうがないね」

 

 肩を竦めたハルハさんは、更新用紙を俺に投げ渡してきた。

 

 

 

ハルハ・ザール

Lv.1

 

力 :B 792 → A 826

耐久:B 787 → A 811

器用:B 739 → B 782

敏捷:B 743 → B 777

魔力:E 402 → E 433 

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法 

・風属性

・詠唱式【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ。堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】

 

《スキル》

【】

 

 

 

 ……強くね? 魔法もあるじゃん。アビリティも軒並み高い。

 いや、うん。俺、よく勝てたな。

 

 でも、ここまで来たら普通にダンジョン攻略するだけじゃあ【ランクアップ】は難しそうだなぁ。

 

「まぁ、気長にやるさ。中層でミノタウロスでも狩れば上がるんじゃないかい?」

 

「まずそこまで行けるかどうかですけどね」

 

「まぁね」

 

 ハルハさんは肩を竦める。

 

 とりあえず、これで次からは中層へ挑むことが出来そうだ。

 

…………

………

……

 

 翌日。

 俺達は早速中層に出向くことにした。

 

 けど、その前にギルドに寄ってハルハの『改宗』を報告しないといけない。

 

 ということで、俺達はギルドにやってきた。

 

「おはようございます。フロル・ベルム氏」

  

 出てきたのは俺の担当アドバイザーのスーナさん。

 

「おはようございます。新しい団員の登録をお願いします」

 

「新しい団員、ですか? ……もしかして」

 

 スーナさんの視線が俺の後ろにいるハルハさんに移る。

 

 ハルハはニヤリと不敵な笑みを浮かべ、スーナさんの口にしなかった疑問を肯定する。

 スーナさんは頬を引き攣らせて、

 

「ハ、ハルハさんが、ですか……」

 

「悪いかい? 将来有望なファミリアと、将来超有望な団長君に、アマゾネスが惹かれないほうがおかしいだろ?」

 

「そ、それは……そうかも、ですが……」

 

「それに【アナラ・ファミリア】は仮住まい的なものだって前から言ってたじゃないか。住処を見つけたってだけさ」

 

 ハルハの言うことは間違ってないのだが、やはり【闘豹】と仇名が定着するくらいのLv.1だから、その動向は重要性が高いのかな?

 

 スーナさんはもちろん、後ろにいる受付嬢さん達も頬を引き攣らせている。

 更に周囲にいた冒険者達も、

 

「マジかよ……【闘豹】が遂に『改宗』しやがった……」

 

「【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】の勧誘すら蹴った【闘豹】が……」

 

「最速最年少Lv.2の【迅雷童子】に、巨体の獅子人、【闘豹】。【スセリ・ファミリア】、これから伸びてくるかもしれないわね」

 

 やっぱり目立ってるねぇ。

 まぁ、こればっかりは仕方ないか。

 

「ってことで、アタシの登録よろしくねぇ。行くよ、フロル、正重」

 

「ああ」

 

「うむ」

 

 あ、ちなみにハルハのことは呼び捨て、タメ口になった。

 

 理由は同じファミリアで、俺が団長だから。

 ぶっちゃけハルハが団長でもいいと思ってたけど。

 

「馬鹿言ってんじゃないよ。んなもん、スセリヒメ様が認めるわけないだろ? アンタのためのファミリアって堂々と言ってんだからね」

 

「ですよね~」

 

「しかも、レベルもアンタの方が上なんだ。強い奴が団長になるのが普通だよ。経験則なんて別に団長じゃなくても語れる」

 

「……まぁ、確かに……」

 

 それを言われたらぐぅの音も出ない。

 ということで、団長は俺のまま、ハルハが副団長って感じになった。正重は鍛冶師だし、オラリオは俺より知らないからな。

 

 ある意味、雰囲気的にはフィンさん達に近いものになった気もする。

 実力は全然だけどね……。

 

 

 

 ということで、俺達はあっという間にダンジョン12階層までやってきた。

 

 そして、これまたあっという間に13階層へと続くルームへと到着した。

 いや~ハルハが参加しただけなのに凄く余裕が出来た。

 

 俺が前衛で動き回り、俺が討ち漏らしたり対処しきれない相手をハルハが、それでも抜けた奴を正重がって感じ。

 

 ハルハは鎖鎌で投擲も出来るから離れたモンスターでも十分対応できる。

 

 ルームにいたモンスター達も危なげなく掃討した俺達は、壁にぽっかりと開いた入り口の前に立つ。

 

「いよいよ中層だ」

 

「さぁ、楽しもうじゃないか」

 

「……ヘルハウンド、アルミラージ、ハード・アーマード、注意」

 

 正重がメモ帳を取り出して、ギルドから聞いた中層の情報を口にする。

 

「ヘルハウンド、火炎攻撃、群れ、距離、注意。アルミラージ、素早い、集団、連携、注意」

 

「そうだねぇ。中層からは遠距離攻撃に、連携とかこっちの動きに対応するようになってくるって話だよ」

 

「モンスター、遭遇率、上層、以上。他、縦穴、注意」

 

「縦穴……落ちれば下の階層に真っ逆さま、か」

 

「うむ、15階層以下、ミノタウロス、出現。17階層、階層主、出現。落下、帰還、困難、なる」

 

 まさしくアニメのベル達が陥った状況がそれだ。そして、俺達も同じ状況になれば恐らく死ぬ。

 ステイタス的には俺達のほうが上だろうけど、それでも微々たる差だ。

 

 ヘルハウンドの火炎攻撃に耐えられるわけじゃないし、体力も物資も限界がある。

 リリルカのようにモンスターを寄り付かせない臭い袋があるわけでもない。

 

 無理は絶対に禁物だな。

 

「隊列は変えずに行こう。ヘルハウンドは俺の魔法で出来る限り潰すよ」

 

「あいよ。じゃあ、アタシはアルミラージを蹴散らすとしようかね」

 

「俺、ハード・アーマード、潰す」

 

「よし、じゃあ行こう」

 

 簡単に役割を決めて、俺達はいよいよ中層への入り口に踏み入れる。

 

 ゴツゴツした岩肌が続く下り坂。

 

 その先が『最初の死線(ファーストライン)』と呼ばれている『中層』が待っている。

 

「なんかジメッとしてるな……」

 

「洞窟なんてそんなもんじゃないかい? ヘルハウンドの火炎も相まって湿気が高いのかもね」 

 

 しばらくすると、開けた場所に出る。

 

 至る所に灰色の岩石が転がっており、壁や天井も同じ色の岩で形作られている。

 上層と比べると通路は広いが暗く、壁際には所々縦穴が見える。

 

「上層はまだ人工って感じの通路だったけど、本当に天然の洞窟って感じだな……」

 

「より自然って感じだねぇ」

 

「中層、岩壁、鉱石、出る」

 

「あぁ、そうだね。中層からはダンジョン産の資材が多くなるって言われるよ。クエストも中層からのが多いしね」

 

「余裕があればどっかのルームの壁を掘ってみるか?」

 

「うむ」

 

 まぁ、まずは中層の戦いに慣れることが大事だけどさ。

 

 そんな話をしながら、通路を進む俺達。

 中層からはルームとルームの間隔が長くなる。だから、本来ならばさっさと進んでルームに辿り着くべきなんだけどな。

 

 焦って移動して、それで奇襲を受けて下に落ちたら目も当てられない。

 だから、今は無理せず注意しながら進めばいい。

 

 そして、もう少しでルームに到着しようかという時、

 

『グルルルルル……!』

 

「お。来たみたいだねぇ」

 

 ルーム入り口を塞ぐように四本足の黒い影が3つ現れる。

 

 それにハルハは待ちくたびれたとばかりに好戦的な笑みを浮かべ、俺は腰の鞘に左手を添える。

 

 現れたのは〝ヘルハウンド〟だ。

 

『ガアアアアアア!!』 

 

 ヘルハウンドが鋭い牙が生えた口を大きく開けて吠えた瞬間、俺は地面を蹴って最初からトップスピードでヘルハウンドへと駆け出す。

 

 ヘルハウンド達も駆け出そうとしていたが、俺はすでに中央のヘルハウンドを間合いに入れていた。

 

「シッ!!」

 

 居合を繰り出し、中央のヘルハウンドの首を一太刀で刎ねる。

 

『『ガァ!?』』

 

 左右のヘルハウンドが驚き、俺から跳び離れようとする。

 

「こっちもいるよ!!」

 

 そこにハルハが大鎌を投擲して、高速で回転する大鎌が右側のヘルハウンドの胴体を真っ二つにする。

 

 同時に俺は右脚を振り上げて、最後のヘルハウンドの顎を蹴り上げる。

 

『グブッ!?』

 

 ヘルハウンドは牙を折れ飛ばして、前脚を浮かせる。

 

「はあああ!!」

 

 ハルハが右脚を振り上げながら俺を跳び越え、ヘルハウンドの頭に踵を叩き込んで、そのまま地面に叩きつけて踏みつける。

 

 グシャッとヘルハウンドの頭が潰れて、血を撒いて体を灰に変える。

 

 俺は横に跳んで、後続が来ないか警戒する。

 その間に正重もやってきて、ハルハも鎖を引いて大鎌を回収する。

 

「このままルームに行こう。ここで待ち構えるのは避けたい」

 

「だね。後ろからも他の連中が来るだろうし」

 

「うむ」

 

 俺達はそのままルームに駆け込む。

 

 他の冒険者はいなかったが、ルームには額に小さな角を生やした二足歩行の兎が十匹いた。

 

 〝アルミラージ〟だ。手には小型の石斧の天然武器を持っている。

 

『キュイ! キュキュ!!』

 

 1匹が俺達に気付いて声を上げ、他のアルミラージ達も俺達に顔を向けてくる。

 

 俺はため息を吐いて、左手で背中の刀を抜く。

 

「正重、孤立しないように気を付けてな」

 

「うむ」

 

「じゃあ、行くよ!!」

 

 ハルハが勢いよく飛び出して、アルミラージの群れの中へと大鎌を投げる。

 

 高速で飛ぶ大鎌は1匹のアルミラージを頭から両断して、地面に突き刺さる。

 ハルハは鎖を引いて、大鎌の元に下りていき、俺は正重と共にアルミラージの群れの中に飛び降りる。

 

 正重は《砕牙》ではなく、両刃の手斧を握っている。

 アルミラージ相手ならば、小回りが利く武器の方がいいからな。

 

 ハルハは大鎌を振り回してアルミラージに囲まれないように牽制しながら立ち回っていた。

 

 俺は二振りの刀で2匹のアルミラージの首を刎ねる。

 

「オオオオオ!!」

 

 正重も吠えながら手斧を薙ぎ、アルミラージを胴体で真っ二つにする。

 

 俺達が参戦したのを確認したハルハは口を吊り上げて、右足を鋭く振ってアルミラージの首を圧し折る。

 

 あっという間にアルミラージの群れを殲滅した俺達は周囲を警戒しながら魔石を回収する。

 

「戦力的には問題なさそだね」

 

「ああ。後は連戦にならないように注意しよう」

 

「それはそれで楽しそうだけどねぇ」

 

「……もう少し慣れてからな。正重はまだダンジョンに潜って、1カ月も経ってないんだ。あんまり無理はさせられない」

 

「俺、問題、ない」

 

「だったらいいけど、全員中層は初めてなんだ。何が起こって、どんな負担がかかるか分からない。だから、最初は警戒しすぎるくらいでいいよ」

 

「アンタ、本当に7歳かい?」

 

「正真正銘7歳だよ。無茶したらスセリ様の拳骨が落ちるし、死にかけたことが何度かあったら嫌でも慎重になるさ」

 

「あはははっ! なるほどね!」

 

 それにアニメでベル達が苦しんでるの見たし、闇派閥もいるかもしれないからな。

 中層は上層程冒険者も来ないだろうし、救援もすぐには来ないと思われる。だから、本当に無理は出来ないんだ。

 

 中層に来て早々スセリ様を心配させるわけにはいかない。

 今が一番気を引き締める時だ。

 

 俺は気を引き締め直して、先の道を見る。

 

「じゃあ、進もう」

 

 

 中層探索はまだ始まったばかりだ。

 

 




ハルハさんはアイシャさんの先輩みたいな感じです


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一つの出会いと都市の波乱

連投その4


 中層に進出して、早2週間。

 

 13階層から進んでいないけど、中層の雰囲気に慣れるには良かったと思う。

 

 ハルハは退屈そうだったけどね。

  

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :H 111 → H 136

耐久:I 72  → H 101

器用:I 88  → H 109

敏捷:H 134 → H 163

魔力:I 95  → H 118

狩人:I

 

《魔法》 

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷属性

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

《スキル》

(【輪廻巡礼】)

(・アビリティ上限を一段階上げる。)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性。

・雷属性に対する耐久力強化。

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正。

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.1

 

力 :C 637 → C 651

耐久:C 625 → C 631

器用:C 681 → C 699

敏捷:E 489 → D 505

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲アビリティ値一定以下の対象を威圧。

・『力』と『耐久』の高補正。

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正。

・威圧・補正効果はLv.に依存。

 

ハルハ・ザール

Lv.1

 

力 :A 826 → A 832

耐久:A 811 → A 819

器用:B 782 → B 795

敏捷:B 777 → B 783

魔力:E 433 → E 441

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法 

・風属性

・詠唱式【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ。堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】

 

《スキル》

【】

 

 

 

「なぁ、フロル。アンタの成長おかしくないかい?」

 

「うむ、凄い」

 

「……俺も分かんないんだよねぇ。成長期って関係あります?」

 

「あるわけなかろう」

 

 白々しい誤魔化しをする俺とスセリ様。

 

 スセリ様は【輪廻巡礼】に関してはまだ隠しておくことにしたようで、俺もまだ言っていいのか分からないから大人しく従うことにした。

 ありがたいことに紙には隠して写すことが出来るから助かった……。

 

 いやね、スキルの効果だけじゃなくて、そのスキルの名前と得た理由も話さないといけないじゃん?

 流石にそうなると、スキルどころじゃなくなると思うんだよね。

 

 だから、誤魔化しきれない時まで話さないことにした。近い内にバレる気がするけど。

 

 今日は休暇ということで、自由行動となった。

 

 俺はのんびりと街を探索することにした。

 

 もちろん武器を携えたまま。

 闇派閥の脅威は街中の方が激しい。だから、今のオラリオは護身用の武器を手放せない。

 

 そのせいか、街は賑わってはいても、どこか暗い空気が流れている。

 

 闇派閥の実態は未だに不明のままだ。

 未だにどこに潜んでいて、どこから現れるのか全て判明していない。厄介なのが商人にも闇派閥と協力している者がいること。

 

 だが明確な証拠もないため、商会を強制捜査するわけにもいかないようだ。

 そのせいで闇派閥を援助していると思われる商会だと目星をつけても、手が出せないらしい。

 

 ……多分、ダイダロス通りに隠れ家があると思うんだよな。

 でも、商会と同じく強制捜査は出来ないだろう。ダイダロス通りとてオラリオを支える人達が暮らしている。全員を疑うことは出来ない。けど、全員信じることも出来ない。恐らく隠れ家近くに住んでいる人達は脅されているから密告なんてしないだろう。

 闇派閥は神の恩恵を持つ者達だ。一般人じゃ手も足も出ない。その恐怖はそう簡単に振り払えないだろう。

 

 果物を買って食べ歩きしながら、のんびりと散歩をする。

 

 ……どこか高い所でも行こうかな。

 

 俺は一部が壊れた無人の建物の屋上に上がった。多分闇派閥にやられたんだろうな。

 

 屋上の端っこに座って、買った果物を齧る。

 そういえば、上からオラリオを眺めるって初めてだな……。

 

 まぁ、あまり高い建物じゃないけど。

 そう考えると、バベルってホントに高いなぁ。神様も良く造ったもんだ。

 

 その天辺に住んでる女神フレイヤは一体いくらで買ったんだろう?

 ファミリアの本拠は別にあるんだよな、確か。しかも、めっちゃ広いって噂で聞いた。まぁ、それは【ロキ・ファミリア】とかもそうだけど。

 

 【イシュタル・ファミリア】の本拠も目立つ。あそこは歓楽街の中心にあるから、昼はあまり目立たないけどね。

 女神フレイヤに対抗して建てたんだろうけど……まぁ、歓楽街の女王としては十分だけどさ。

 

 ……本拠以外にも安らぐ場所を見つけるべきか……。

 

 スセリ様は怒るかもしれないし、本拠は全然嫌じゃないけど。

 

 ファミリアに関係なく過ごせる場所。

 

 1つくらいあってもいいかもしれない。

 

 出来れば、こんな感じの場所がいいけどなぁ。

 

 その時、

 

「こんなところで何してるの?」

 

「ん?」

 

 振り返ると、そこにいたのは青藤色のショートカットに水色の瞳を持つ少女だった。

 

 快活で人懐っこそうな雰囲気を纏った少女は、腰に短剣を携えていた。

 どうやら冒険者のようだ。歳は俺より少し上かな?

 

「特に何も? 強いて言うならば……高みの見物、ですかね?」

 

「……何を?」

 

「街を」

 

「………ぷふっ」

 

 少女は一瞬ポカンとして、すぐに口元に手を当てて顔を背けて噴き出す。

 

 おぉ、受けた受けた。

 

「くふふふふははははは!! 面白いね、君!」

 

 ……ちょっと笑い過ぎじゃね? まぁ、いいけど。

 

「あ~笑っちゃった。けど、ここは立ち入り禁止だよ? 崩落の危険があるからね。落ちたら大怪我じゃ済まないよ」

 

「この程度の高さなら大丈夫です」

 

「へ? 大丈夫、って武器持ってるってことは冒険者なの? 君が?」

 

 そこまで変わらんと思うのだが……。まぁ、年下なのは事実だから何も言うまい。

 

「はい」

 

「ほぇ~」

 

「そういう貴女も危ないのでは?」

 

「私だって冒険者だもん! ま、最近恩恵貰ったばかりの新人だけどね」

 

 少女は腰に手を当てて拗ねたように言い、直後にペロッと舌を出してお道化る。

 

「私、アーディ・ヴァルマ。【ガネーシャ・ファミリア】だよ」

 

「【スセリ・ファミリア】のフロルです」

 

「ええ!? もしかして【迅雷童子】!?」

 

「はい」

 

「うわぁ! 君がお姉ちゃんが言ってた子かぁ!!」

 

「お姉ちゃん?」

 

 首を傾げる俺。

 

 アーディさんは俺の横に座って、人懐っこい笑みを浮かべる。

 

「私のお姉ちゃん、【ガネーシャ・ファミリア】の団長なの! シャクティ・ヴァルマって名前。会ったことあるって言ってたけど?」

 

「あぁ……あの人か……」

 

 シャクティさんとはあの11階層の事件の事でギルド職員と一緒に来ていた。

 まぁ、緊張させるからって、ほとんどしゃべらなかったけど。

 

 あの人の妹なのか。

 ……結構歳離れてないか?

 

「あ。今、歳離れてるって思ったでしょ?」

 

「え゛」

 

 何故バレたし。

 

「あはははは!! よく訊かれるし、実際10歳以上離れてるからね。けど、そっか~。君の方が強いんだねぇ」

 

 ということはLv.1なのか。

 【ガネーシャ・ファミリア】って警邏も受け持ってるし、ダンジョンに籠るのも難しいんだろうな。……恨みも買うことも多いだろうし。

 

「今は警邏中ですか? お1人で?」

 

「敬語じゃなくていいよ? 年上ってだけで、冒険者の実力も経験年数も君の方が上だからね。で! 私は年上だから、君に敬語を使う必要はないよね!」

 

「……うん。まぁ、いいけど……」

 

 本当に人懐っこいな、この子。

 

「私は今日はお休みだよ。君と同じく散歩。で、ここにいる君が見えたから、声をかけに来たの。どこかの子供が登ったんだな~って思ってさ」

 

「あ~……まぁ、俺が冒険者なんて思えないだろうからなぁ」

 

「小人族かもしれないって思ったけど、それならそれでね」

 

 謝って帰ればいいだけだな。

 

 その後、少しの間、どちらも話すことなく景色を眺めていた。

 

 それにしても、ここも立ち入り禁止かぁ。

 

「こんな風に景色を見渡せて、人があまり来なくて、のんびり出来る場所ってないかねぇ……」

 

 ポツリと呟くと、アーディがこっちに顔を向けて、いきなり俺が持っていた果物を奪い取ってシャクリと齧った。

 

 ……なんだ? このラブコメ感。

 

「いいとこあるよ? 教えてあげよっか?」

 

「どこ?」

 

「ん~……着いてからのお楽しみ!」

 

 輝かんばかりの笑顔で言うアーディ。

 

 ……可愛いな。

 

 考えると歳が近い冒険者の子と話すのって初めてじゃね? 

 

 とりあえず、アーディの後に着いて行こうと立ち上がろうとした、その時。

 

 

ドオオォォン!!

 

 

「「!!」」

 

 突如、爆音が轟き、都市の一角から黒煙が立ち上がる。

 

「なに!?」

 

「闇派閥だああ!」

 

「っ!!」

 

 俺は屋上から飛び降りて、勢いよく地面に着地する。

 

「フ、フロル!?」

 

「アーディは住民の避難誘導と【ガネーシャ・ファミリア】に合流しろ!! 俺は現場近くの人達を逃がす!!」

 

「で、でも!?」

 

「頼んだよ!! 【鳴神を此処に】!!」

 

 魔法を発動させてバヂン!!と雷を身体に纏って、高速で駆け出す。

 

「うぇっ!? 速っ!? あ、あれが【迅雷童子】……!」

 

 アーディの驚く声が聞こえるが、俺はその声を置いて現場へと急ぐ。

 

 相変わらず時間と場所選ばずかよ!!

 

 俺は建物の壁を走って、逃げ惑う人の波と逆方向へと向かう。

 その間にも爆発が連続で起こる。

 

「いやあああああ!?」

 

「助けてくれえええ!!」

 

「うわああああ!?」

 

 逃げ惑う一般人達に襲い掛かっているのは、ダンジョンでも会ったローブと覆面で目元以外隠れている連中。

 

 武器を握って、目に着く者達へ襲い掛かっている。

 爆発はどうやら魔法のようだ。エルフと思われる者がちらほらと混じってる。

 

 まずは魔導士を倒す!

 

 俺は魔法を纏ったまま、一気にスピードを上げて混乱の中に飛び込む。

 

 建物に右手を向けているエルフと思われる男に一瞬で詰め寄って、鳩尾に右掌底を叩き込む。

 

「ごはっ!?」

 

 くの字に身体を曲げた男の顎に左掌底を叩き込んで、顔を跳ね上げさせる。

 

「っっ!!?」

 

 俺は次の魔導士の背後へと回り込んで、両手を組んで後頭部に叩き込む。

 

「がっ!?」

 

「はっ!!」

 

 そして、気迫と共に右手を突き出して、エルフの女に向かって雷を放出する。

 

「なっ!? きゃああああああ!?」

 

 女エルフは痺れて、身体から煙を上げながら倒れ伏す。

 

 とりあえず、目に着いた魔導士はこれで全員だ。

 

 他にもいるかもしれないが、今は一般人の避難を優先する!

 

 俺は刀を抜いて、一般人に襲い掛かっている者達に迫る。

 

 両刃剣を振り上げている男の背後から高速で迫り、肘から斬り落とす。

 

「がっ!? ぎゃあああああ!?」

 

 悲鳴を上げる男の前に回って、鳩尾に蹴りを突き刺して後ろに吹き飛ばす。

 

 そのまま次の相手へと向かう。

 二振りの短剣を振るっている男に横から迫り、ローブに隠れている左脚を太もも半ばから斬り飛ばした。

 

「ぎぃああああああ!? がぅ!?」

 

 仰向けに倒れた男の側頭部を蹴って気絶させる。

 

 今は迅速に最低限の手間で無効化する!

 

 俺はその後も次々と闇派閥の連中を無力化していった。

 他の冒険者もやってきて、闇派閥を撃退していき、避難誘導を行う。

 

 周囲に逃げ惑う一般人の姿は見えなくなった。

 だが、闇派閥の連中に傷つけられたり、爆発に巻き込まれた人達があちこちに倒れている。

 

 早く助けたいけど、まだまだ闇派閥の仲間と思われる武器を携えた集団が姿を現す。

 

 今度は真っ黒な装備を纏い、これまた目元だけ露出させた集団。だが、さっきのローブ集団とは違い、種族や性別がはっきりと分かる装いだ。

 そして、明らかに戦い慣れている動きをしている。

 

 冒険者、というよりは傭兵って感じがしっくりくる。

 どこかのファミリアなのは間違いない。もちろん、どの神なんて全然分からないけど。

 

 マズイな……。流石にそろそろ魔法を維持するのも限界だ。

 

 俺は魔法を解除して、他の冒険者達に目を向ける。

 

 ……俺と同じくらい消耗してるか。

 どうやら主戦力は他の場所で戦っているようだ。

 

 ここに第一級、第二級冒険者が来るのは時間がかかりそうだな……。

 敵にLv.4以上がいないことを祈りたいところだが……。

 

「なんだよ。ガキがいるじゃねぇか」

 

「「「「!!」」」」

 

 上から聞こえてきた声に弾かれたように顔を上げる俺達。

 

 建物の屋上に、大斧を担いだ狼人(ウェアウルフ)がいた。

 黒い髪に耳と尻尾、紅の短丈のジャケットに黒の革ズボンを履いた190Cほどの大男だ。

 

 凶悪な顔つきはまさに血に飢えた狼そのもの。

 

 マズイ……! あれは確実にゲーゼスと同格だ……! 

 

「あぁ!! テメェがゲーゼスが言ってた運のいいクソガキか!? 確か……【迅雷童子】だったっけか」

 

 獲物を見つけたとばかりに俺を見て、舌なめずりする狼人。

 

 確定。今の俺じゃ勝てない相手だ。

 

 でも、逃げたら追ってくる。被害が広がるだけだ。

 どうする? ここで戦うにも勝ち目がない。他の冒険者も明らかに気圧されている。

 

「よっ、とぉ!」

 

 狼人は俺達と黒装束の間に下り立つ。

 

 大斧を担いでデカい体をしているのに、トンと静かな音しか立てない時点でヤバさが分かる。

 

「さぁて、楽しませてもらおうか」

 

 ニヤリと好戦的な笑みを浮かべて俺を見る狼人。 

 俺は顔を顰めて、両手で刀を握り締める。

 

 

「楽しそうなことしてるじゃないかぁ!! フロルゥ!!」

 

 

 上から聞き覚えある声が聞こえてきた。

 

 全員が上を見上げると、そこには大鎌を振り上げて凶悪な笑みを浮かべているハルハがいた。

 

 ハルハは迷うことなく、狼人へと斬りかかった。

 

 ちょっ!?

 

 狼人は大斧でハルハの斬撃を弾く。

 

「はっはぁ!!」

 

 ハルハは弾かれた反動を利用して、空中で身体を捻って大鎌を投擲した。

 

「うぉ!?」

 

 狼人は驚きを露にして後ろに跳んで躱すも、ハルハが鎖を引いて飛び蹴りを繰り出す。

 

 それは大斧の柄で受け止められる。

 ハルハは柄を蹴って後ろに跳び、俺のすぐ横に下り立った。

 

「っとぉ、やるじゃないか!」

 

「こっちのセリフだっての」

 

「何言ってんだい! まだまだこれからだよ!!」

 

「ちょっ!? ハルハ!」

 

 ハルハは地を蹴って、猛然と狼人に向かって駆け出す。

 

 俺は呼び止めるも、ハルハはもう止まらない。

 

 鎌鼬のように大鎌を高速で振るい、狼人も大斧でほぼ完璧に捌いていく。

 

「しっ!!」

 

 ハルハは蹴りも組み合わせ始めるが、それも狼人は躱し、防いでいく。

 

 えぇい……! 助太刀に入りたいけど、ハルハの動きが激し過ぎて逆に邪魔になりそうだ。

 

 けど、おかげであっちの黒装束の連中も手を出すタイミングを逃している。

 

 ある意味、膠着状態になったと言える。

 でも、それはハルハの足が止まれば一気に動き出すだろう。

 

 そのハルハは勢いを衰えさせることなく攻め続けているが、すでに汗だくだ。

 

 対して狼人は汗1つ掻いていないし、まだ余裕を持って対応している。

 

「Lv.1ってとこか? 動きは上級冒険者クラスだけどよ」

 

「そいつはどうも!!」

 

「けど、まだ遅ぇし、弱ぇなっ!!」

 

「ぐっ……!」

 

 狼人が大斧を薙ぎ、ハルハは大鎌の柄で防ぐが鎖も巻き込んでしまい砕け散る。

 

 そのおかげか大鎌は折れなかった。

 

「っつぅ~……! 響くねぇ。けど、流石正重が鍛えた武器さね!!」

 

「ちっ……Lv.1の癖に良い武器使ってやがる」

 

「そりゃどうも。帰ったら、うちの鍛冶師に伝えといてやるよ。糞犬が褒めてたってねぇ!!」

 

「ざけんな!! 糞アマゾネスがぁ!!」

 

 ハルハは再び猛攻を仕掛けるが、狼人も反撃を混ぜ込み始めた。

 

 ……そろそろ限界だな。

 

「【――今宵も鎌が死を喰らう】」

 

 ハルハが大鎌を振り回しながら、詩を紡ぎ始める。

 

「並行詠唱だぁ……!? Lv.1のアマゾネスが?」

 

 マジで……!?

 

「【舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ】」

 

「させるかぁ!!」

 

 狼人が今までとは比較にならない速さで大斧を振るい、ハルハは大鎌で防ぐも吹き飛ばされて建物に突っ込む。

 大鎌は柄の半ばで折れて、地面を転がる。

 

「っ!! 【鳴神を此処に】!!」

 

 ハルハが吹き飛ばされた瞬間、俺は魔法を発動して背中の刀も抜き、電気の尻尾を引き連れながら狼人へと斬りかかる。

 

「うぉ!?」

 

 狼人はギリギリで俺の斬撃を防ぐ。

 

「いっ!? 雷の付与魔法だと!? 聞いてねぇぞ!?」

 

「シッ!!」

 

「ぐっ!?」

 

 俺はハルハ以上の斬撃の嵐を繰り出し、狼人は流石に捌き切れずにその身体に傷を作っていく。

 

「うっ、とおぉしいぃんだよぉ!!」

 

「!!」

 

 狼人は勢いよく大斧を地面に叩きつける。

 

 地面が爆発して礫が舞い上がり、俺は反射的に後ろに跳び下がる。

 

「舐めんじゃねぇぞ、クソ冒険者がぁ!!」

 

「くっ!」

 

 その時、俺の横を影が通り過ぎる。

 

 ハルハだった。

 

「「!!」」

 

 ハルハは頭から血を流し、左腕をぶら下げながら駆ける。

 

「【――堕落せし輩を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】!!」

 

 そして詠唱を唱え切り、地面に転がっていた折れた大鎌の上側を拾い、短くなった柄を右手で握り締める。

 

「テメ――」

 

「【スリエル・ファルチェ】!!」

 

 右腕を全力で振り上げ、碧く染まった斬撃の嵐が狼人に襲いかかる。

 

 魔法を放つと同時に、パキンと大鎌の刃が折れた。

 

「舐めんじゃ――」

 

 

「【パナギア・――」

 

 

「!!」

 

 ハルハの魔法を大斧で吹き飛ばそうと構えた狼人の耳に、声が届く。

 

 もちろん、俺だ。

 

 二振りの刀を振り上げ、ハルハの魔法を見据える俺は、思い付いたままに魔法を使う。

 

「――ケルヴノス】!!」 

 

 刀を振り下ろすと同時に刀身から雷を放出し、ハルハの魔法にぶつける。

 

 俺の目論見通り、俺の雷はハルハの嵐と融合し、その勢いを増した。

 

「なぁにいいおおおおおお!?」

 

 狼人は目を丸くして大斧を盾にし、雷を纏う紅嵐に呑み込まれる。

 そのまま、ハルハが突っ込んだ反対側の建物に突っ込んでいった。

 

 俺は虚脱感を感じて魔法を解除し、ハルハは折れた鎌に舌打ちして放り投げていた。

 そして、冒険者達の方に跳び下がる。

 

「ふぅ……ハルハ、大丈夫か?」

 

「ああ、問題ないよ。左腕が折れたくらいさ」

 

「ポーションは?」

 

「持ってるわけないだろ? そういうフロルは?」

 

「休みだったからなぁ……」

 

 最下級ポーションしか持ってない。 

 流石に後ろの冒険者に貰うわけにいかないしな。

 

「誰か回復魔法持ってないかい?」

 

 ハルハは後ろの冒険者に声をかけるが、残念ながら誰も持っていなかった。

 

 もちろん、この間も狼人が吹き飛んだ先から目を離さない。

 

 黒装束の連中も完全に動きを止めており、むしろじりじりと後退を始めていた。

 

 その時、狼人が突っ込んだ建物の穴から瓦礫が吹き飛んだ。

 

「「「「!!」」」」

 

「あ~……! くっそがぁ……!」

 

 狼人は口と左肩、右脇腹、右脚から血を流して、服もボロボロになっていた。

 それでもしっかりとした足取りで歩いている。

 

 やっぱり仕留めきれてないか。

 

「やってくれたなぁ、クソガキ共!」

 

「なんだい? やられる覚悟もせずに、武器を振ってたのかい?」

 

「ぺっ! ……ふん、武器もねぇくせに挑発してんじゃねぇよ」

 

 ハルハの挑発に血混じりの唾を吐き、大斧を肩に担いで顔を顰めながら睨み返す。

 

 黒装束の連中も調子がいい事に武器を構えて、俺達を襲い掛かる態勢を整え始める。

 

 マズイな……。

 ハルハももう武器がないし、俺も精神疲弊(マインドダウン)寸前だ。もう魔法は使えない。

 

 流石に限界だ。

 

 その時、

 

「マズイ!! 【ガネーシャ・ファミリア】がこっちに来るぞ!!」

 

『!!』 

 

「ちっ……時間切れか」

 

 黒装束の連中の方から声が聞こえ、狼人が舌打ちする。

 

 それに俺の後ろにいた冒険者の男が剣を構えて駆け出した。

 

「逃がすか!」

 

「馬鹿野郎!! 1人で飛び出すな!!」

 

 仲間と思われるドワーフの男が叫ぶ。

 

 その時、黒装束の集団から煙幕が勢いよく噴き出し、あっという間に俺達ごと覆いつくす。

 

 しまった……!

 

「ぎゃああああ!?」

 

「っ!? くそっ!!」

 

 1人飛び出した男のものと思われる悲鳴が聞こえ、ドワーフの男の悔しがる声がする。

 

 やられたか……!?

 

 少しすると煙が晴れて、視界が完全にクリアになった頃には闇派閥の連中は誰も残っていなかった。

 

 俺達が倒したローブの連中も死体すら残っていなかった。

 あの短時間で……。俺達を殺すよりも隠蔽を優先するってのが闇派閥の厄介さを現している。

 

 そして、飛び出した男は胴体を真っ二つにされて死んでいた。

 

「ちっ……気に入らないね」

 

 ハルハは顔を顰めて舌打ちする。

 

 狼人には遊ばれたような感じだし、結局誰一人捕まえられなかった。

 してやられた感しかないな。

 

 俺は小さくため息を吐いて、刀を納める。

 

「ハルハ、とりあえず治療しよう。武器も無くしたし、スセリ様にも報告しないと」

 

「…………はぁ。そうだね、このまま帰ったらスセリヒメ様に殺されちまう」

 

「休みなのに、むしろ怪我したからなぁ」

 

「やれやれ……」

 

 自分から飛び込んで、やれやれはないと思うけどな……。

 

 とりあえず、俺達はミアハ様の店に寄ってから、帰宅するのだった。

 

 

 俺の頭からアーディのことが抜け落ちていたことに気づいたのは、翌朝のことだった。

 

 




あの子はヒロインになれるのか……?


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双槍を掲げる騎士エルフ

連投その5
まずはラブコメから


 翌日。

 

 俺達は引き続き休暇となった。

 ハルハの傷もミアハ様の薬であっという間に完治したが、今日は大事を取ってスセリ様が無理矢理休ませている。

 

 まぁ、武器もないのでダンジョンにも行けないのだが。

 

 今はスセリ様がハルハの部屋に入り浸って、2人で酒宴を行っている。

 まぁ、怪我は治ってるからいいんだけどね。大事を取って休みって名目なのにいいのか?ってツッコミたかったけど、ツッコんだら巻き込まれるのは目に見えてるので何も言わない。

 

 一応酒宴するだけの理由もあるっちゃある。

 

 昨日の狼人との戦闘で善戦したからなのか、ハルハが【ランクアップ】を果たしたのだ。

 

「Lv.3以上と思われる相手と戦ったのは初めてだったしねぇ」

 

「闇派閥相手の殺し合いというのも大きかったのじゃろうな」

 

 だが、それはそれだけハルハにとっては、狼人に勝てなかったのが屈辱だったということだ。

 俺にとってのゲーゼスと同じように因縁が出来たということか。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :H 136 → H 151

耐久:H 101 → H 118

器用:H 109 → H 121

敏捷:H 163 → H 189

魔力:H 118 → H 142

狩人:I

 

《魔法》 

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷属性

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

《スキル》

(【輪廻巡礼】)

(・アビリティ上限を一段階上げる。)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性。

・雷属性に対する耐久力強化。

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正。

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.1

 

力 :C 651 → C 655

耐久:C 631 → C 634

器用:C 699 → B 702

敏捷:D 505 → D 508

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲アビリティ値一定以下の対象を威圧。

・『力』と『耐久』の高補正。

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正。

・威圧・補正効果はLv.に依存。

 

 

ハルハ・ザール

Lv.1 → Lv.2

 

力 :A 832 → A 837 → I 0

耐久:A 819 → A 825 → I 0

器用:B 795 → B 799 → I 0

敏捷:B 783 → B 793 → I 0

魔力:E 441 → E 452 → I 0

拳打:I

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法 

・風属性

・詠唱式【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ。堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】

 

《スキル》

【】

  

 

 

 ハルハは発展アビリティに『拳打』を選んだ。

 『狩人』も出ていたらしいが、『拳打』の方が体術での攻撃に『力』が補正されるらしいので、そっちのほうが戦闘スタイル的に合っているらしい。

 

 まぁ、ハルハはそっちの方がありがたいのは確かだよな。

 

 で、正重はずぅ~~っと鍛冶をしていた。

 あの騒動の合間も鍛冶に集中してて、気づかなかったらしい。

 

「………スマヌ」

 

「いやいや、正重。何も悪くないって。そもそも俺達が声をかけなかったのが悪いんだから」

 

「そうじゃな。闇派閥の襲撃と分かっておったのなら、まずはちゃんと仲間を集めるべきじゃ」

 

「な? だから、謝るのは俺達の方だよ。次はちゃんと声をかけるから、一緒に戦おう」

 

「うむ」

 

 正重の本分は鍛冶なのだから気に病む必要はないんだけど、団員が少ないし、ダンジョンでは頼りにしてたから、ちょっと申し訳なかったな。

 

 だが、今は正重が一番活躍している。

 

 ハルハの新しい大鎌や、俺の武具の手入れとグレードアップを行ってくれているからだ。

 だからこそ、戦闘は俺達がって想いもある。

 

 さて、ということで俺も今日は休暇なのだが……。

 

 

 現在、腕を組んで仁王立ちしてるアーディの前で正座しております。

 

 

「言い訳は聞かないよ」

 

「……うん、いや、はい。申し訳ありませんでした」

 

 俺は正座したまま深く頭を下げる。

 

「すっっっっごく探し回ったんだからね。君が戦ったって目撃情報は一杯あったし、【ミアハ・ファミリア】の店に行ったって聞いたから怪我したのかな!?って、心配してたのに。お姉ちゃんに怒られても探し回ったんだよ!」

 

「いや、もう、誠に申し訳ございません……」

 

「なのに、君は団員の綺麗なアマゾネスさんと本拠に帰ったって、真っ暗になってから聞かされてさ。お姉ちゃんに拳骨喰らって、さっきまで謹慎させられた私はなんて可哀そうなんだろうって思わない?」

 

「心の底から申し訳ないと思っております。どうか贖罪の機会を頂きたく。アーディ様」

 

 そう、俺は現在【ガネーシャ・ファミリア】の本拠【アイアム・ガネーシャ】のホールで正座している。

 

 俺とアーディの周りでは、団員さん達が首を傾げながら遠巻きに見ている。

 

 いや、もう、100%俺が悪いんだけどね。

 俺もお姉様の拳骨喰らうから。お願い、機嫌直してぇ!

 

「じゃあ、今日は私に色々付き合うこと!」

 

「ハイ、モチロン」

 

「なら、許してあげる!」

 

 アーディ様は満足そうに頷く。

 

 なんか嵌められた気もするけど、心配させて迷惑かけたのは間違いないから大人しく言うことを聞こう。

 

 ……あんまり他のファミリア同士で仲良くするのは褒められた話じゃないけど……。

 まぁ、【ガネーシャ・ファミリア】だったら、まだ大丈夫か? オラリオの警邏を率先して受け持ってるファミリアだし。 

 

 ……いや、でも俺、一応団長だからなぁ。

 ……とりあえず、今回は仕方ないと思おう。

 

「じゃ! 行こう!」

 

「一応、神ガネーシャか団長殿に挨拶しときたいんだけど……」

 

「お姉ちゃんはパトロール中、ガネーシャ様は静かだから本拠にはいないと思う。会ったら挨拶すればいいんじゃない?」

 

「……いいのか?」

 

「いいのいいの! うちの神はそれくらいで怒らないし!」

 

 アーディは俺の腕を掴んで、引っ張っていく。

 

 俺は抵抗せずに大人しく付いて行くが……。

 

「ア、アーディが……デート、だと……!?」

 

「しかも、あいつ……【迅雷童子】じゃないか?」

 

「なんでアーディと【迅雷童子】が2人で出かけてるの? しかもなんかさっき【迅雷童子】、頭下げてたし」

 

「昨日団長に怒られたのと関係あるみたいよ?」

 

「……団長に報告しに行くか」

 

「そうだな」

 

「その本心は?」

 

「「「「俺達の可愛いアーディを、あんなマセガキに盗られてたまるか!!」」」」

 

 ……盗らないから。

 団長の妹を『改宗』させるとか、怖くて出来ねぇよ。

 

 それに……他ファミリアの子と恋愛する気はない。

 

 こればっかりは……絶対の誓いだ。

 

 俺は、俺のような子を、生み出すわけにはいかないんだ。

 

 

 

 

 街はいつも通りの喧騒、のように見える。

 

 昨日の今日だ。

 流石にどこか暗い空気が流れているし、瓦礫や木材を運んでいる人達が行き来していた。

 

「お姉ちゃんが褒めてたよ」

 

「ん?」

 

「昨日のこと。君が速く動いたから、君がいた通りは一般人の被害が少なかったって」

 

「……そうか……」

 

「嬉しくないの? お姉ちゃんが褒めるなんて滅多にないよ?」

 

「……間に合わなかった人も、いたからな」

 

「……そっか。……ごめんね」

 

「謝らないでくれ」

 

 嬉しい気持ちもある。

 一度無様を晒した人に褒められたんだから。

 

 でもやっぱり……テルリアさんの顔が浮かんでしまう。

 

 助けられたかもしれない人がいたかもしれない。

 

 どうしても、そう考えてしまうんだ。

 

「……アーディに会えて、元気づけられてるから。謝らないでくれ」

 

「……うん、分かった。じゃあ、早速ご飯食べよ!!」

 

「ああ」

 

 アーディは俺をもっと元気づけるように輝く笑顔で俺の腕を引っ張る。

 

 俺の腕を掴む手が、少しだけ力強くなったように感じるのは、きっと気のせいじゃない。

 

 

 

 アーディ行きつけの酒場で昼食を食べ、屋台を見て回った俺達はオラリオ西の一角を一望できる高台へとやってきた。

 もちろん、全部俺の奢りです。

 

「ここって意外と穴場なんだ。まぁ、オラリオの端っこで、ギルドとか冒険者御用達の店が多いからか、人があまり近づかないんだろうね」

 

「ふぅん……」

 

 俺達は手すりに座って、この前のように屋台で買った果物を齧る。

 

 昨日、あんなことがあったというのに、天候は晴れ、そよ風が心地よく、どこかホッとしてしまう。

 

 しばらく街の喧騒と、果物を齧る音だけが響く。 

 

「……私さ」

 

「ん?」

 

「『アルゴノゥト』って英雄譚が好きなんだぁ」

 

「『アルゴノゥト』……。確か、英雄になりたい青年が王女を救う物語だっけ?」

 

「そ。別に特別な力があるわけじゃないのに、色んな人に支えられ、騙されて、傷ついて、なんだかんだで王女様を救うの。よくあるカッコよく助けるお話じゃないんだけどさ。でも、なんでか好きなんだぁ」

 

 詳しい内容は知らない。

 でも、アニメではティオナ・ヒリュテがベルの事をそう呼んでいた。そして、ベルのスキルの名前でもある。

 

「なんでかなぁ……? なぁんか他人事じゃないからかな? 私達冒険者も似たような感じじゃん? まぁ、神の恩恵があるけどさ」

 

「ふぅん……まぁ、なんとなく想像は出来るな」

 

「後は……すっごく考えさせられるんだよね」

 

「考えさせられる?」

 

「『正義』って何だろうって。他にも、アルゴノゥトは『喜劇』を演じ続けて、人々を笑顔にするために戦った。……今のオラリオを見たアルゴノゥトはどうするのかなって」

 

「……」

 

 『正義』。

 

 それは多分、今後のオラリオにおいて最も議題となる言葉だろう。

 

 

 『正義』と『秩序』を掲げる【アストレア・ファミリア】。

 

 

 暗黒期を駆け抜け、悲劇をもって暗黒期を終わらせる者達。

 

 そして、ベルを導くヒロインの1人、リュー・リオンが追い求め、苦しめられる言葉。

 

「……『正義』をこれだって決めるのは無理だと思うな、俺は」

 

「どうして?」

 

「その時その時で、人々を苦しめる『悪』が違うからさ」

 

「『悪』が違う?」

 

「今は闇派閥だ。でも、少し前まではどちらかと言えばモンスターだったり、日々の生活の苦しさだった。倒すべき相手が違えば、戦い方も変わる。だから、人によって『正義』は変わると思う」

 

「……」

 

「だから、アルゴノゥトは『喜劇』を演じたんだ。少なくとも、人々を笑顔にすることは『悪』じゃない。笑顔は人に元気を与える。アルゴノゥトはそれを『正義』にしたんじゃないか?」

 

「……そっかぁ」

 

 まぁ、ホントの所は分からない。

 俺は『喜劇』を演じ続けるなんて出来ないと思う。

 

 もちろん、救えるならば皆救いたい。けど、俺にそんな力はない。

 だから、手が届く範囲で、絶対に守りたいと思う人を守りたい。

 

「じゃあ、私はどうすれば皆を笑顔に出来るのかってことだね」

 

「……アーディはそのままでいいと思うけどなぁ」

 

「え?」

 

「いや、なんでもない」

 

 いかん。口にしてたか。

 

 するとアーディは聞こえていたのか、意地悪い笑みを浮かべて俺の顔を覗き込んできた。

 

「ねぇねぇ、今なんて言ったの? なんて言ったの? ねぇねぇ」

 

「何も言ってない。なんにも言っておりません」

 

「え~~絶対何か言ったぁ」

 

「幻聴が聞こえるなんて疲れてるんだな」

 

「じゃあ、その疲れは君のせいだよね。昨日はずぅっと君を探してたんだし」

 

「……」

 

 墓穴堀った。

 まぁ、もう言う気はないけど。

 

 俺は果物を食べ終えると、手すりから降りる。

 

「そろそろ帰るよ。あまり遅くなると、酔っぱらったうちの主神から拳骨を浴びかねないし」

 

「え~、もう?」

 

「まだスセリ様にアーディのことを伝えてないんだよ。そっちだって神ガネーシャに伝えてないんだろ? いくら神ガネーシャが奔放で優しき神とは言え、流石に問題だ。一応、俺団長だし」

 

「う~ん……しかたないかなぁ」

 

「スセリ様と神ガネーシャが問題なければ、またこうして会えるさ。スセリ様だって治安維持を担う【ガネーシャ・ファミリア】と友好を深めることに文句は言わないと思う。うちだってオラリオを滅茶苦茶にされたら困るしな」

 

「だったらいいか。うん! またね!」

 

 アーディは輝かんばかりの笑顔で再会の挨拶をする。

 

 俺も笑みを浮かべて、

 

「ああ、またな」

 

 そう、挨拶した。

 

 

…………

………

……

 

 

「ほぉ~う。つまり、妾が団長であるお前の代・わ・り・に、ハルハを労ってやっておった合間。お前は他のファミリアの可憐な女子相手と逢引(でぇと)しておったと」

 

「いえ……それは、ですね……。その子には、少々、ご迷惑をかけたので謝罪をということででして……」

 

「その見返りが逢引(でぇと)であれば、お前はこれからもそれに応じるということじゃな?」

 

「……」

 

 今現在、俺はスセリ様の腕の中にいる。

 

 後ろから俺を抱いて、顎を俺の頭の上に置きながら追い込んできている。

 

 酔っぱらってはなかったけど、それはそれでこの状況は素で拗ねていることに他ならないので厄介ではある。

 

 ちなみにハルハは少し離れた場所で笑いながら酒瓶を傾けている。

 正重は鍛冶の真っ最中。

 

「まぁ、いいじゃないか。スセリヒメ様。団長とは言え、7つのボウヤなんだ。歳が近い子と仲良くなるのは悪い事じゃないと思うよ? 相手も【ガネーシャ・ファミリア】の子で、団長の妹って話じゃないか。悪いことにゃならないさ」

 

「ま~の~。ガネーシャの奴のとこならば問題はないじゃろうが~」

 

「聞いた限りじゃ、フロルもちゃんと団長として筋を通そうとしてたじゃないか」

 

「結局事後報告じゃがの~」

 

「はぁ……やれやれ、ホントにフロルには過保護だねぇ」

 

 まぁ、降臨された理由が俺ですからね。

 それに滅茶苦茶お世話になってますし。母親と言っても過言ではない。というか、もう母親なんだよなぁ。

 

「まぁ、ですので……一度スセリ様からも神ガネーシャに挨拶をしていただければ」

 

「しょうがないの。まぁ、お前とハルハは闇派閥の者と因縁があることじゃし、【ガネーシャ・ファミリア】と連携を密にするのは悪い事ではあるまいて」 

 

 ありがとうございます。

 

 だが、結局俺は朝までスセリ様の腕の中で過ごすことになるのだった。

 

 絶対にアーディにはバレたくないな……。

 

…………

………

……

 

 翌朝。

 

 装備も整ったので、ダンジョンに行こうと話をしていた時。

 

「失礼する! 誰か居られるでしょうか!?」

 

「ん?」

 

「客かの?」

 

 スセリ様と俺が出向き、ハルハは新調された武器を確認し、正重は葛籠を整理することにした。

 

 玄関へと出ると、そこにいたのは甲冑を身に着けたエルフと思われる女性騎士だった。

 エルフと分かる理由は顔上半分と頭を覆う兜から長い耳が覗いていたからだ。

 

 右手には長槍、左手には短槍を握っていた。

 

「神スセリヒメとお見受けします」

 

「いかにも。何用かの?」

 

「私、冒険者志望の未熟者なのですが、ギルドにて団員募集をしておられるファミリアを訊ねたところ、こちらをご紹介頂きました」

 

 へ? 団員募集してたの?

 

「スセリ様?」

 

「うむ。拠点も大きくなったし、一応ギルドの方にの。まぁ、それでもよっぽどのことがない限り、来ることはないと思っておったのじゃが……」

 

「それは何故?」

 

「一気に人が増えても面倒じゃからの。信用出来そうじゃが、厄介事を抱えておりそうな者を紹介してくれと頼んだんじゃ」

 

 厄介事って。

 言ってよ。

 

 昨日、アーディのことで怒ってたじゃないですか。

 

「妾じゃからの!」

 

「ですよね」

 

 まぁ、入団希望ならば面談しないといけないですね。

 

 俺達は彼女を応接間に案内する。

 

 もちろん、ハルハと正重にも声をかけて、同席させる。

 

 彼女はソファに座り、兜を外した。

 

 露になった彼女の素顔は、女神にも負けないほどの美貌だった。

 

「ほぅ……」

 

「おぉ……」

 

「へぇ……」

 

 灯りに反射する黄緑色のショートヘア、透き通った白い肌に翡翠の瞳。

 

 その美しさにスセリ様を始め、俺達も感嘆の声を思わず上げる。

 

 彼女は頭を下げる。

 

「顔を隠していた無礼を謝罪致します。私の名はディムル・オディナ。見ての通り、エルフの末席を汚す者です」

 

「【スセリ・ファミリア】団長のフロル・ベルムです」

 

「ハルハ・ザールだよ」

 

「クスノ・正重・村正」

 

「さて、オディナよ。オラリオに来て、冒険者を目指す理由を聞こうかの。言うておくが、嘘は通じぬぞ」

 

「存じております。……私の一族はかつてハイエルフに騎士として仕えておりました」

 

 え。それって近衛騎士って奴では?

 

「しかし、二代ほど前の当主が忠義に背き、我ら一族は追放となりました。以降、他の森に移り住み、静かに暮らしていたのですが、私は積み重ねた一族の武を廃らせたくはないと思い、冒険者として生きることを決めました」

 

「……ふむ。お主は騎士として仕えていたわけではないのだな?」

 

「はい。私は今の森に移り住んだ後に生を受けましたので、祖父や父から当時の話を聞きながら、武技を教わっておりました」

 

「なるほどのぅ。神に恩恵を受けていたこともないのじゃな?」

 

「ありませぬ」

 

「……話を聞く限り、何が厄介事なのですか?」

 

 俺は首を傾げて思わず訊ねてしまった。

 

 ディムルさんは目を伏せて、

 

「我がオディナの家名は、エルフにとって悪名なのです。王族を裏切った不忠の一族として、かの魔剣鍛冶師の一族『クロッゾ』にも負けぬほどに」

 

 ……なるほど。

 つまり、エルフがいない、またはエルフの入団の話がないファミリアはここしかなかったってわけか。

 

 だが、スセリ様は腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 

「……ロイマンめ。押し付けよったな?」

 

「え?」

 

「いや、何でもない。さて、フロル。お前はどうじゃ?」

 

「俺は別に問題ありません。外ではオディナの名は隠してもらうことになるかもしれませんが」

 

「それは構いません。ファミリアに迷惑をかけることは本望ではないので」

 

「じゃあ、俺は大丈夫ですね。正重とハルハは?」

 

「スセリ様とあんたがいいなら、アタシも文句はないよ」

 

「俺、大丈夫」

 

「じゃあ、入団ということで」

 

「ありがとうございます……!」

 

 ディムルさんは深く頭を下げる。

 

 ところで……。

 

「兜を被ってた理由はあるんですか?」

 

「……我が一族が追放された発端がこの顔なのです」

 

「ふむ? あれか? その美貌で王族と恋仲になったということかの?」

 

「……はい。男でも似たような顔つきで、王女と駆け落ちしたのです。もちろん、王族の方々も美貌の持ち主ですので……」

 

「まぁ、子孫も同じ顔となってもしょうがなかろうな」

 

「オラリオに来るまで何度も襲われそうになり、女神にも嫉妬されてしまい……」

 

「なるほどのぅ。ならば顔を隠しておくべきじゃな」

 

「そういえば、オラリオにはハイエルフが1人いるけど、それは大丈夫なのかい?」

 

 ハルハの言葉に、俺はリヴェリアさんを思い出した。

 

「あぁ……リヴェリアさんか」

 

「……不安ではありますが……名を知られなければ……」

 

「まぁ、最悪リヴェリアにだけでも挨拶しても良いかもしれんの。あ奴は王族として畏まれるのが嫌らしいし。リヴェリアが許せば、オラリオのエルフはひとまず表立って騒ぐこともあるまいて」

 

「だといいですけどねぇ」

 

「最悪、妾がキレかけておるとでも言えばよかろうて」

 

 それもそれで騒動になる気しかしないなぁ。

 

 まぁ、バレたらバレたで考えよう。

 正直、ヴェルフ同様、先祖が問題なのであって本人は何もしてないんだし。

 

 

 ということで、ディムルさんは【スセリ・ファミリア】に入団したのであった。  

 

 

 




美少女と遊んで、美女神の抱き枕にされて、美女エルフを仲間にする……なんだあのショタ(嫉妬)
そしてディムルさんのモデルは、もちろんディルムッドさんです。ダンまちは英雄さんのオマージュキャラも出せて楽しいですよね


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拳闘のハーフドワーフ

連投その6


 ディムルが入団して、1週間。

 

 中層進出は一時中断して、まずはディムルをある程度育てることにした。

 流石にディムル1人でダンジョンに行かせるわけにいかないしね。

 

 ギルドのアドバイザーとかもあるけど、上層ならば俺やハルハで十分だから俺達で指導することにした。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :H 151 → H 162

耐久:H 118 → H 125

器用:H 121 → H 130

敏捷:H 189 → H 193

魔力:H 142 → H 151

狩人:I

 

《魔法》 

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷属性

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

《スキル》

(【輪廻巡礼】)

(・アビリティ上限を一段階上げる。)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性。

・雷属性に対する耐久力強化。

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正。

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.1

 

力 :C 655 → C 659

耐久:C 634 → C 642

器用:B 702 → B 711

敏捷:D 508 → D 512

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲アビリティ値一定以下の対象を威圧。

・『力』と『耐久』の高補正。

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正。

・威圧・補正効果はLv.に依存。

 

 

ハルハ・ザール

Lv.2

 

力 :I 0 → I 41

耐久:I 0 → I 22

器用:I 0 → I 24

敏捷:I 0 → I 39

魔力:I 0 → I 18

拳打:I

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法 

・風属性

・詠唱式【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ。堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】

 

《スキル》

【】

 

 

ディムル・オディナ

Lv.1

 

力 :I 32

耐久:I 21

器用:I 53

敏捷:I 49

魔力:I 66

 

《魔法》

【ガ・ボウ】

・呪詛付与魔法

・Lv.および『器用』『魔力』アビリティ数値を魔法威力に換算。潜在値含む。

・発動に槍必須

・詠唱式【其が傷は汝の常。我が忠義は永遠の矛】

 

【ガ・ジャルグ】

・対魔力投槍魔法

・発動回数は一行使のみ

・詠唱式【穿て、紅薔薇。茨を以って敵の誇りを討て】

 

【】

 

《スキル》

妖精騎心(フェアリー・シュヴァリエ)

・槍装備時、発展アビリティ『槍士』の一時発現。

・『魔力』の高補正。

・補正効果はLv.に依存。

 

 

 

 いきなり魔法2つって凄くない?

 

「魔法はそれまでの知識や経験で発現するからのぅ。それだけ恩恵を得るまで知識や経験を溜め込んでおったというわけじゃな」

 

「この魔法は我が始祖が使ったと言われる魔槍を思わせます。これは我が一族の伝説として語り継がれているので、その影響かと」

 

 なるほど。

 

 ディムルの装備は長槍短槍の二槍流、そして短剣の二刀流。甲冑は白銀に輝き、エルフの端麗な雰囲気と合わさって非常に高潔なイメージを与える。

 完全に魔法騎士って感じだな。でも、アビリティは一般的なエルフって感じだから、ヒット&アウェイ戦法主体になるかな?

 

 ふむ……。

 こうなると、前衛、というか盾役がいない。

 

 俺、ハルハ、ディムルは完全に同じ戦闘タイプだ。

 

 正重がいるけど、サポーターを担ってくれてるからなぁ。

 サポーターさえどうにかすれば、正重が前衛に出れるんだが……。

 

 けど、そのために団員募集するのも変な話だしな。

 

 まぁ、どこかで葛籠を置いて戦ってもらうことになるのかな。

 そこらへんも一度相談しないとダメか……。

 

 とりあえず、それは今は横に置いといて。

 

 今日も俺達はディムルをダンジョンに慣れさせるためにやってきていた。

 

 これは正重にとってもいいことなので、俺がサポーター役を務めて正重も戦ってもらう。

 ハルハはサポーターなんてしないだろうから、2人のフォロー役を頼んだ。

 

 ちなみにハルハは鎖鎌ではなく、普通の大鎌にした。

 一応背中の葛籠の中には普通の鎖鎌が入ってるらしいけど。

 

「ふっ!」

 

 ディムルが長槍を鋭く振り下ろし、ゴブリンの頭を割る。

 そのまま長槍を横に振って、周囲のゴブリンを牽制したかと思ったら、次の瞬間には短槍を鋭く突き出して額を穿つ。

 

 ディムルは長槍と短槍を見事に使い分けて、相手の間合いを狂わせて戦っている。

 あれは上層のモンスターじゃ相手にならないな……。

 

 ハルハとかもそうだけど、Lv.1とは思えない体術や技術を持ってるよな。

 俺も人の事言えないのかもしれないけど。

 

 正重は技術はないけど、獣人としてのポテンシャルは流石だ。

 左手に盾を装備させたが、すぐに使い慣れて上手く攻撃を受け止めていた。

 

 ハルハやディムルも正重との連携を意識して動いており、見事なチームワークを見せていた。

 

 ハルハがいるのもあるが、上層ではディムルは余裕かもしれない。

 まぁ、ダンジョン慣れするにはいいかもしれないけど。

 

「フロル、葛籠、大丈夫?」

 

「まだ全然大丈夫だ。上層の魔石は小さいからな」

 

「いつでも、変わる」

 

「ああ。辛くなったら言うよ」

 

「帰りは正重と変わりな。アタシらとの動きも合わせてみたいし」

 

「分かった」

 

 ということで、帰りは正重と交代して、俺も参加する。

 

 正重がいなくなったので、3人でのスイッチ戦法が主体となる。

 

 俺が斬りつけたらハルハが前に出て、ハルハが蹴り飛ばしたらディムルが前に出て、ディムルが突き刺したら俺が前に出るって感じ。

 

 まぁ、ディムルの速さは俺達に及ばないから、ディムルが出る時は俺とハルハは周囲の露払いって感じになるけど。

 成長すれば、更に連携の速さも上がるだろう。

 

 

 

 

 俺達はダンジョンを出て、バベルで換金を行う。

 

 換金を終えて、バベルを出ようとした時、

 

「お、【スセリ・ファミリア】」

 

「あれ? また増えてない?」

 

「ああ、少し前にエルフが入ったみたいだな」

 

「珍しいよな。あそこまで前衛装備で固めるエルフって言うのも。しかも、女だし」

 

「それにしても……全員目立つなぁ」

 

「チビッ子団長に、大鎌を担いだアマゾネス、和装の獅子人、甲冑のエルフか。確かに目立つよな」

 

「でも、喧嘩売る気にならねぇよな。妙に全員手練れ感があって」

 

「それな」

 

 良くも悪くも目立ってきてますねぇ、我がファミリアも。

 一気に団員も増えたし、仕方がない事か。

 

 バベルを出ると、スセリ様が立っていた。

 

 

 倒れた男の頭を右足で踏みつけながら。

 

 

 ……何してん?

 

「スセリ様?」

 

「おぉ、戻ったか」

 

「どうしたんだい?」

 

「ガネーシャに会った帰りじゃよ。そろそろ戻る時間かと思うてな」

 

「いや、そうじゃなくて」

 

「その足元の者はどうされたのですか?」

 

「ん? ()()か? コレは妾を女神と知りながらも、ナンパしてきよってなぁ。断ってもしつこかったんでのぉ……踏み潰した」

 

 男は必死に起き上がろうとしているが、スセリ様が的確に足の位置をズラして立ち上がれないようにしていた。

 

 ……なんちゅう無謀なことを。

 まぁ、冒険者っぽいから油断したんだろうけど……。それにスセリ様の拘束を振り解けないってことはLv.1か?

 

「……とりあえず、一度解放してあげては? 俺達もいますし」

 

「む……やれやれ、しょうがないのぅ」

 

 スセリ様は肩を竦めて足を離す。

 

「ぶっはぁ!!」

 

 男は勢いよく顔を上げて、大きく息を吐く。

 

 砂色の逆立った短髪に褐色肌、赤い瞳の上半身裸の男。その背中にはどこかの神の眷属を現すエンブレムが刻まれている。

 下半身は七分丈のズボンに、紅い腰マントを身に着けている。両腕には手甲を嵌めている。

 

 鍛え抜かれた筋肉の鎧を身に着けた170Cほどで、雰囲気としては拳闘士を思わせた。

 

 男はドサリと胡坐を組んで座り、踏まれていた後頭部を擦る。

 

「いや~参った! まさかこうも簡単に捻じ伏せられるとは思わなかったぜ! 流石俺が一目惚れした女神だな!! あっはっはっはっはっ!!」

 

 男は心底愉快そうに笑う。

 

 一目惚れって……。随分と挑戦的な。

 

「あんた、どこのファミリアだい?」

 

「ん? 俺か? まだどこにも入ってねぇ。さっきオラリオに来たばっかだからな!!」

 

 ってことは、オラリオの外の神に恩恵を貰ったのか。

 

「プランディの眷属じゃな。確かあ奴はここからかなり南の国に降臨したと記憶しておるの」

 

「神プランディとは?」

 

「豊穣を司る女神じゃな。オラリオで言えば、デメテルのような立ち位置じゃのぅ」

 

「……この人が豊穣の女神の眷属……」

 

 俺は半目で男を見る。

 

 男は腕を組んで、

 

「俺の国にはプランディ様しか神がいなかったんだよ。で、俺はプランディ様の耕した畑の警護を務めてたんだけど、暇で暇で飽きちまってよぉ。俺ぁ自慢じゃねぇけど国では一番の暴れん坊でよ、オラリオの噂や伝承はよく聞いてたから、挑んでみたくて国を飛び出して来ちまった!!」

 

 全然自慢になってねぇ。

 

「よぉ~やく堅っ苦しい検問が終わって、まずはダンジョンを見てみたかったから来てみたらさ、この別嬪の女神様がいたからつい声掛けちまったってわけさ!」

 

 うん、勢いで動く人なんだな。

 

「っと、そう言えば自己紹介してなかったな! 俺ぁアワラン・バタル! ハーフドワーフだ!」

 

 俺達は順番に挨拶し、俺達がスセリ様の眷属だと理解すると、アワランはシュバッと両膝をついて拳を地面に着けて頭を下げる。

 

「頼む! 俺を【スセリ・ファミリア】に入れてくれ!! 俺は惚れたスセリヒメ様の元で拳を振るいてぇ!! 頼む!!」

 

「……だそうですが……」

 

 流石にこれは俺よりもスセリ様の是非が尊重されるべきだろう。

 

 スセリ様は眉を顰めて、俺の頭に手を置く。

 

「悪いが妾の愛はこのフロルにある。ファミリアもフロルのためにあると、他の眷属達にも公言しておる。それでも、妾の眷属になると申すか?」

 

「構わねぇ!! それでもあんたに見てもらえるなら、後は自力であんたの愛を掴んでみせる!!」

 

 アワランは顔を上げて、力強い瞳で宣う。

 

 漢がいる……!

 

「はぁ……そう言われたら、神である妾は受け入れるしかないのぉ。フロル、お前はどうじゃ?」

 

「……まぁ、ここまで熱意があるならば俺は文句ありませんが……。皆は?」

 

「アタシはもちろん文句ないよ」

 

「俺も」

 

「私は新入りなので、団長の決断に従います」

 

「なら、問題ないですね。と、いうことなので、これからよろしく。アワラン」

 

「感謝するぜ!! これからよろしくな! 団長!!」

 

 ガシィ!!と差し出した俺の手を握り締めた。

 ……ちょっと力入り過ぎな気もするが……。まぁ、惚れた女神が他の男を愛してるなんて言えば、仕方ないか。

 

 ……俺にとっては母親のような感じが強いからなぁ。

 異性って感じはないんだけど……。

 

「とりあえず、戻るとしようかの。『改宗』など色々とあるしの」

 

「はい」

 

「今日も歓迎会かい?」

 

「まぁ、そうなるな」

 

「アワラン。あんた、酒は?」

 

「あん? もちろん飲めるぜ」

 

「よし! 期待してるよぉ? うちは楽しく飲める奴が少ないからねぇ」

 

 ハルハは嬉しそうに、アワランの肩に腕を回す。

 

 俺は飲めないし、正重とディムルは静かに呑むタイプだからなぁ。

 ハルハにとっちゃスセリ様ってだけじゃ中々に退屈だったんだろうな。

 

 俺は頬を掻いて、今日は多めに酒を買ってあげようと思ったのだった。

 

…………

………   

……

 

アワラン・バタル

Lv.1

 

力 :B 749

耐久:A 811

器用:E 408

敏捷:C 635

魔力:E 422

 

《魔法》

【マース・カブダ】

・硬化魔法

・Lv.および全アビリティ数値を魔法効果に加算。潜在値を含む。

・詠唱式【闘志は折れず、拳は折れず、膝は折れず。我が体躯(からだ)は傷を知らず、我が(こころ)は痛みを知らず。故に我は不屈也】

 

【】

 

《スキル》

闘魂気炎(スパルタクス)

・体温上昇と共に『耐久』が上昇する。

 

 

 

「ねぇ、スセリ様」

 

「なんじゃ?」

 

「うちの団員達、おかしくないですか?」

 

「その筆頭がお前じゃろうに」

 

「それは否定しませんけど。それでも来る人来る人全員、最初からおかしくないですか?」

 

「それも下界の子らの可能性というものじゃろうて。ある意味、ここからが本番じゃろ。どこまで団員を増やすか。今後どのように育てていくか。まぁ、まずは後衛を見つけるべきじゃろうがな」

 

「ですよねぇ。見事に全員前衛型ですもんねぇ」

 

「じゃのぅ。せめて1人、後衛職が欲しい所じゃな。それで幹部、というところじゃろうな」

 

「でも、エルフはリスキーですもんね」

 

「うむ……中々難儀じゃな」

 

 まぁ、こればっかりは巡りものだから仕方ないか。

 

 

 

 というわけで、

 

「おらぁ!!」

 

「ふっ!」

 

 現在、俺とアワランで組手中。

 

 アワランは猛烈な勢いで拳を連続で繰り出してくる。

 俺は紙一重で躱し、突き出されたアワランの腕を両手で掴む。

 

「ちぃ!」

 

 顔を顰めたアワランは、無理矢理な体勢から左脚を振り上げる。

 俺は手を離して跳び上がり、振り上げられた脚を踏み台にしてジャンプし、アワランの顔に右飛び膝蹴りを繰り出す。

 

「うっ!?」

 

 顔を仰け反って躱されてしまうが、俺は上半身を無理矢理捻って空中で身を翻して左回し蹴りを放つ。

 

「マジっかよっ!!」

 

 アワランはギリギリで左腕を上げてガードする。

 

 直後、俺は上半身を後ろに倒しながら右足を振り上げ、サマーソルトキックを顎目掛けて繰り出す。

 

「っっ!!」

 

 これすらも顔を仰け反って躱されてしまい、俺はそのまま一度後ろに下がって距離を取る。

 アワランもバク転して後ろに下がる。

 

「ふぅ~……参ったな。Lv.に差があるのはしょうがねぇとして、技まで冴えてやがるとは……」

 

 アワランは拳を構え、汗を流しながら言う。

 

「スセリ様に嫌ってほど痛めつけられてきたからな。ハルハとも暇があれば組手してるし」

 

「団長はお飾りじゃなかったってわけか」

 

「そんなのうちの主神様が許すと思うか?」

 

「あっはっはっはっはっ!! そうだなぁ……全く想像出来ねぇ、なっ!!」

 

 アワランは大きく笑って、その直後再び勢いよく駆け出した。

 

 俺は腰を据えて、再びアワランの猛攻を待ち構えるのだった。

 

 

 

 その後もディムルとも試合をした。

 

 俺は二槍流など出来ないので一本のみで戦ったけど。

 

「……フロル殿は刀や徒手空拳だけではなく、槍の扱いも上手いのですね」

 

「スセリ様に鍛えられたからなぁ」

 

「うちの主神様は技ならファミリアで断トツだからねぇ」

 

「流石は俺が惚れ込んだ女神だぜ」

 

「はいはい」

 

 俺はもちろん、ハルハ、アワラン、ディムルもスセリ様にぶん投げられている。

 そりゃステイタスに物を言わせれば簡単に勝てるんだけどね。それじゃあ意味がない。

 

 ちなみにディムルは本拠では目元を隠すシースルーの布を身に着けている。

 服装も甲冑ではなく、薄緑の騎士服を思わせる衣装だ。

 ……どう見ても高貴な男装の麗人なんだよな。絶対にその服装で外には出ないように注意してもらおう。

 

 俺は汗を拭い、水を飲みながらそう思った。

 

「アワランって、武器はどうするんだ?」

 

「手甲と脛当てだな。他には……正重が持ってるみたいなデッカイ剣は時々使ってたぜ。殴り辛ぇデカいモンスター相手にする時とかな」

 

「ん~……背負って動くには邪魔そうだから、普段はサポーター役がってことになるんだろうけど……」

 

「少々重量が増えすぎるのでは?」

 

「だよなぁ……」

 

「そこらへんは正重と相談したらどうだい?」

 

 まぁ、それが一番早いか。

 

 じゃあ、次の問題。 

 

「ダンジョンなんだけど、どうする? 今の面子なら中層に下りてもディムルのフォローは出来ると思うけど」

 

「そうだねぇ。Lv.2が2人、【ランクアップ】圏内のLv.1が2人、新人が1人……。装備さえ整えれば13,14階層くらいは行けると思うよ」

 

「ディムルは技があっから、早々にステイタスを上げる方がいいと思うんだよな」

 

「そうだね。なら、明日一度試してみようか」

 

「ディムルもそれでいいか?」

 

「はい」

 

 ということで、明日は久々に中層に赴くことになったのだった。

 

 




アワランのモデルはSAOアリシゼーションのイスカーンさんです


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他派閥との抗争

連投その7
一旦仲間ラッシュストップ(数話だけ)


 アワランが入団して、数週間。

 

 連携も慣れてきて、俺達は中層上部をメインに探索をしていた。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :H 162 → G 218

耐久:H 125 → H 169

器用:H 130 → H 151

敏捷:H 193 → G 237

魔力:H 151 → H 185

狩人:I

 

《魔法》 

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷属性

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

《スキル》

(【輪廻巡礼】)

(・アビリティ上限を一段階上げる。)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性。

・雷属性に対する耐久力強化。

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正。

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.1

 

力 :C 659 → C 673

耐久:C 642 → C 669

器用:B 711 → B 734

敏捷:D 512 → D 527

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲アビリティ値一定以下の対象を威圧。

・『力』と『耐久』の高補正。

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正。

・威圧・補正効果はLv.に依存。

 

 

ハルハ・ザール

Lv.2

 

力 :I 41 → H 102

耐久:I 22 → I 63

器用:I 24 → I 52

敏捷:I 39 → I 99

魔力:I 18 → I 42

拳打:I

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法 

・風属性

・詠唱式【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ。堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】

 

《スキル》

【】

 

 

ディムル・オディナ

Lv.1

 

力 :I 32 → I 79 

耐久:I 21 → I 48

器用:I 53 → H 102

敏捷:I 49 → I 99

魔力:I 66 → H 187

 

《魔法》

【ガ・ボウ】

・呪詛付与魔法

・Lv.および『器用』『魔力』アビリティ数値を魔法威力に換算。潜在値含む。

・発動に槍必須

・詠唱式【其が傷は汝の常。我が忠義は永遠の矛】

 

【ガ・ジャルグ】

・対魔力投槍魔法

・発動回数は一行使のみ

・詠唱式【穿て、紅薔薇。茨を以って敵の誇りを討て】

 

【】

 

《スキル》

妖精騎心(フェアリー・シュヴァリエ)

・槍装備時、発展アビリティ『槍士』の一時発現。

・『魔力』の高補正。

・補正効果はLv.に依存。

 

 

アワラン・バタル

Lv.1

 

力 :B 749 → B 756

耐久:A 811 → A 823

器用:E 408 → E 417

敏捷:C 635 → C 651

魔力:E 422 → E 439

 

《魔法》

【マース・カブダ】

・硬化魔法

・Lv.および全アビリティ数値を魔法効果に加算。潜在値を含む。

・詠唱式【闘志は折れず、拳は折れず、膝は折れず。我が体躯(からだ)は傷を知らず、我が(こころ)は痛みを知らず。故に我は不屈也】

 

【】

 

《スキル》

闘魂気炎(スパルタクス)

・体温上昇と共に『耐久』が上昇する。

 

 

 

 まぁ、俺の成長の速さは相変わらずだが、悪い事ではないのでもう諦める。

 

 中層に潜り、人数も増えたので稼ぎも大幅アップ。

 おかげで正重に新しい素材を買うことも出来、装備の質も向上する。

 

 間違いなく、今【スセリ・ファミリア】は波に乗っていた。

 

 だから、他のファミリアに目を付けられるのも当然のことだろう。

 

…………

………

……

 

 

 その日も14階層で探索をしていた。

 

 ルームにいたモンスターを全滅させて一休みしていると、俺達が入ってきた別のルートから冒険者の団体が現れる。

 

「あ? ちっ、先客かよ」

 

 先頭にいた目つきの悪い茶髪の猫人の男が、俺達を見て舌打ちをしていた。

 その後ろにはどちらかと言えばゴロツキにしか見えない男達がおり、よく見ると装備はやや損傷している。

 

 ……初めて進出してきたのか。下から帰還している途中なのか。

 いや、でもここは上に戻るルートじゃない。

 

 まぁ、戻る途中で探索ってこともあるだろうけど……普通は帰還時に探索はしない。

 

 だから、恐らく俺達と同じく下りてきた連中だと思うんだけど……。

 

「おい、ここらは俺らの縄張りだ。とっとと出てけ」

 

 いきなり喧嘩売ってきたよ……。

 俺とハルハが呆れた表情を浮かべ、案の定アワランが喧嘩を買う。

 

「はぁ? ダンジョンに縄張りなんかあるかよ。別にテメェらが最初に開拓したわけでもねぇだろうが」

 

「んだとテメェ!!」

 

 キレるの速っ。

 

「俺達は【ネイコス・ファミリア】だぞ!? テメェら、どこのファミリアだ!!」

 

 ネイコス……?

 聞いたことないなぁ。前世も合わせて。

 

 まぁ、前世の俺は神話にそこまで興味あったわけじゃないからな。ギリシャ神話とかローマ神話とか、子供とかも合わせるととんでもない数になるから名前なんて覚えられるわけがない。日本神話も同じだけど。

 

「俺らは【スセリ・ファミリア】だ」 

 

「っ!? 【スセリ・ファミリア】だと? 最年少記録を出したとか言うガキがいるところか」

 

「そこにいるぜ。最年少記録保持者にして、俺らの団長の【迅雷童子】はよ」

 

 アワランが親指で後ろにいる俺を指し、連中の視線が俺に集中する。

 

 もちろん、その視線に宿る感情は嫉妬、敵意、殺意の類ばかりだけど。

 

「はっ! テメェみたいなガキが1年で【ランクアップ】だと? どんなイカサマしやがったんだ?」

 

「……イカサマは別にしてないが……。正しておくけど、俺の最年少記録は『2年』だ。まぁ、冒険者登録してから【ランクアップ】までは1年だけどな。恩恵を貰ってからは2年経っている。それでもオラリオ最年少らしいけど」

 

 ちなみにこれはちゃんとギルドから公表されている事実だ。

 まぁ、それでも信じない奴は難癖付けるんだろうけど。

 

「ふん! んなもん、ギルドに裏金払えばどうとでも出来るだろうが」

 

 ほらな。

 

 俺はため息を吐いて、

 

「……あのなぁ……俺が【ランクアップ】した時、ファミリアは俺1人しかいない派閥でも何でもない弱小ファミリアだったんだぞ? そんなファミリアからの裏金なんてギルドが受け取るわけないだろうに。そんな金もなかったしな」

 

 これもまた調べればすぐに分かる事実である。

 

 ある意味、俺の挑発的な言い方に猫人は苛立ちを隠すことなく、顔を歪めた。

 

「……いい気になってんじゃねぇぞ、クソガキィ。俺が【影爪(シャドウクロー)】って知らねぇのかぁ?」

 

「知らないな。ハルハ、知ってるか?」

 

「いやぁ、アタシも聞いたことないねぇ。ここ半年で【ランクアップ】した大抵のLv.2には喧嘩売ったと思うんだけど……」

 

 ハルハが顎に手を当てながら言う。

 

 だが、その顔が少し意地悪いものになってることを俺は見逃さなかった。

 ……知ってるな? それも一回倒したな?

 

 俺の予想通り、【影爪】は顔を真っ赤にしてハルハを睨みつける。

 

「ふざけんな!! テメェ、ダンジョンでいきなり襲い掛かってきただろうが!!」

 

「悪いねぇ。弱かった奴まで全員覚えてられないからさ」

 

「っ……!! もう我慢出来ねぇ……ぶっ殺してやる!! 辺境の糞女神の眷属が、いい気になってんじゃねぇぞぉ!!」

 

 

 ……あ?

 

 

「テメェ……!! 俺の女神を愚弄しやがっ――」

 

 

「【――鳴神を此処に】」

 

 

バヂィン!! 

 

 

「げぶぅ!?!?」

 

 俺は魔法を発動し、次の瞬間には【影爪】の顔面に拳を叩き込んで地面に叩きつけた。

 

 

「「「「「 は? 」」」」」

 

 その場にいる全員が唖然と声を出す。

 

 

「今、なんて言った……?」

 

 

 俺は魔法を解除して、【影爪】の鳩尾に右足を突き立てる。

 

「ごげぇ!?」

 

「お、おい、団長?」

 

「やめな、アワラン。ありゃあ完璧にキレちまってる」

 

「……動きがほとんど見えませんでした」

 

「フロル、雷、捉える、無理」

 

 俺はグリグリと右足を捻じる。

 

「俺が気に食わないなら、俺だけを貶せばいい。何故、俺の主神まで侮辱した? お前如きが、何を以って俺の主神を貶した?」

 

「ぐっ……がっ……!」

 

「身の程を知れ、クソ猫」

 

 俺は【影爪】の身体を全力で蹴り飛ばす。

 

 【影爪】は数人の仲間を巻き込んで吹き飛んだ。

 

 俺は怒り収まらぬまま、ハルハ達へと振り返る。

 

「今日は引き上げよう」

 

「お、おう」

 

「やれやれ……帰ったら組手してもらうよ、フロル」

 

「ああ」

 

「……フロル殿は怒らせないようにしましょう」

 

「フロル、怒る、他人の事、ばかり」

 

「確かに自分のことで怒るところは見たことないねぇ」

 

「はっはっはっ! 流石は我が愛しの女神の最初の眷属だな!」 

 

 俺達は連中を放置して、帰還することを決めた。

 流石にモンスター、闇派閥、あいつらを警戒しながら中層を探索するのは危険だろう。

 

 キレてしまったけど、流石に仲間を必要以上に危険に晒すのは嫌だ。

 

 俺達は出来る限り早足で上層を目指す。

 

「……ごめん。手を出してしまった」

 

「何言ってんだよ、団長! お前があそこで行かなきゃ、俺が殴ってたぜ!」

 

「まぁ、あれはしょうがないさ。主神を貶したってことは、戦争を仕掛けたも同然だよ。普通は」

 

「正直なところ、少々心がスカッとしました」

 

「うむ。スセリヒメ様、馬鹿にする、駄目」

 

「……ありがとう」

 

 いい仲間を持ったな。

 

「けど、これからは帰っても油断できないよ。間違いなく、うちらは抗争を始めちまった。スセリヒメ様と連中の主神の動き次第じゃ、神同士の代理戦争だ」

 

 ハルハの言葉に全員が顔を鋭くする。

 

「あいつらが団員全員ならいいけど、まだ上級冒険者がいたらちょっと厳しくなるよ」

 

「やるっきゃねぇだろ。どっちにしろ眷属である俺らが暴れるんだろ?」

 

「まぁね。ただ、主神同士が認めた場合、戦争遊戯(ウォーゲーム)にされる可能性がある」

 

「「戦争遊戯?」」

 

 アワランとディムルが繰り返して、首を傾げる。正重も小さく首を傾げていた。

 

「ギルドに申請して、日時、場所、対戦方式を決めるんだ。つまり、オラリオの娯楽にされる」

 

「けど、負けたらアタシらはもちろん、主神の生殺与奪の権利すらも握られる。まぁ、流石に神を殺すことはないと思うけど、ファミリア解散の上、追放されるくらいの可能性はあるね」

 

 俺とハルハの説明にディムル達は納得したように頷くも、僅かに眉を顰める。

 

「……なるほど。まさしく戦争の遊戯」

 

「胸糞悪ぃなぁ」

 

「ここ最近は都市が荒れてるからやってなかったんだけどね。正直、今はギルドも認めるか怪しい。だから、街中で問答無用で仕掛けてくると思っておいた方がいいよ」

 

 だよなぁ。

 

 あの連中が堂々と挑んでくるとは思えない。

 【影爪】って痛い二つ名付けられてるし。

 

 

 

 襲われることなく地上に戻った俺達は、足早に本拠へと戻る。

 ハルハは1人、ギルドへと向かった。

 

「一応報告をしとこうと思ってね。その方が街中で暴れても罰金は少なくて済むかもしれない」

 

 なるほど。向こうから喧嘩を売ってきたことを先に伝えておくと。

 ついでに【ネイコス・ファミリア】の情報も聞き出してくるとのこと。ありがたい。

 

 本拠に戻った俺は、さっそくスセリ様に報告する。

 正重は武具の手入れと補充、アワランとディムルは身体を休めながら警戒をお願いした。

 

「……ネイコスか。あ奴は妾も話したことはないんじゃよなぁ」

 

「どのような神なのですか?」

 

「『諍い』を司る神でな。性質的には邪神に近いのじゃが……まぁ、要は悪戯好きな神じゃよ。恐らく眷属を止めることはあるまい。戦争遊戯を仕掛ければ、己にも被害が出かねんからの。抗争に負けても、子供らが勝手に暴れたとでも言う気じゃろうて」

 

 なんて傍迷惑というか、ずる賢い……。

 まぁ、神にとっては娯楽だからなぁ。ファミリアだって、一度潰れても時間をかけて眷属を増やせばいいだけだし。

 

 神は不老の存在。

 

 時間は無限にある。

 

「まぁ、良い。どうせ、どこかで抗争は起きたじゃろう。名が知られておるファミリアでないんじゃ。これも経験値稼ぎと思うて、勝ってこい。ネイコスの方は妾が動いてやるわい」

 

「いいんですか?」

 

「妾に喧嘩を売ったのは、あ奴の眷属じゃろ? なら、その責任を主神に取ってもらわねばな」

 

 スセリ様はにっこりと、寒気がする輝かん笑みを浮かべる。

 

 ……これは負けられん。

 負けたら酷い目に遭う。俺が。

 

 とりあえず、落ち着くまでスセリ様には本拠にいてもらうようにした俺は武具を身に着けた状態で軽食を食べる。

 

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 

 これを食べたらディムルと交代しよう。

 

 そこにハルハが戻ってきた。

 

「どうだった?」

 

「まぁ、良い反応はなかったよ。闇派閥のことだけでも面倒なのにって感じだね」

 

「やっぱりそうか……」

 

「でも、ディムルをうちに厄介払いしたことを突っついてやったから、うちらに過剰なペナルティは来ないと思うよ」

 

「あははは……」

 

 スセリ様も言ってたけど、ギルドはエルフにとって起爆剤となりうるディムルをうちに押し付けたらしい。

 今のギルドの長もエルフだからってのもあり、【ロキ・ファミリア】にいるリヴェリアさんにバレても、責められにくい場所を選んだそうな。

 

 そう、派閥の大きさなど気にしないスセリ様を。

 

 まぁ、今はそれはどうでもいいことだ。

 

「で、【ネイコス・ファミリア】の情報は?」

 

「もちろん、ディムルを盾に吐かせてやったよ。他の連中も一度集めるよ」

 

「ああ」

 

 俺は正重とアワランを呼びに行き、ハルハはディムルとスセリ様を呼んで、食堂に集まった。

 とりあえず、おにぎりを食べながら、ハルハの話を聞く。

 

「【ネイコス・ファミリア】の等級はF。最高ランクはLv.2で、ダンジョンで会った【影爪】を含めて2人。もう1人は団長のヒューマンで、二つ名は【賊剣(バンディットエッジ)】」

 

「本当に冒険者なのか? そいつら」

 

「微妙なところだねぇ。探索をしているのは事実だけど、獲物の横取り、魔石や装備の強奪、怪物進呈とかが時々報告されてるらしい。証拠がないから、ギルドも警告で終わっちまってるらしいけどね」

 

「なるほど……。つまり、正々堂々とは無縁な連中ってわけだ」

 

「そういうことだね。問題は団員数は圧倒的に向こうが上ってことさ。受けに回ったら、厳しいだろうね」

 

「けど、俺らが攻めたところで、連中がここを襲わないとは思えないんだよな……」

 

「そうじゃの」

 

「……ハルハ、アワラン、ディムル」

 

 俺は3人の名前を呼ぶ。

 

 全員の視線が俺に集まったところで、

 

「お前達3人で攻め込んでほしい。俺と正重が、ここを……スセリ様を守る」

 

 スセリ様とハルハは口角を上げ、アワラン達は目を丸くする。

 

「おいおい、お前が一番強いんだぜ? むしろ、俺が残るべきじゃねぇか?」

 

「恐らく、ここに攻め込んでくるのはLv.1の雑魚だ。雑魚が群れたくらいなら、正重の威圧と俺の雷で一掃出来る。その後、俺も速攻で駆けつけて参戦する。だから、囮役になるつもりだろうLv.2達を、それまで押さえ込んでほしい」

 

「なるほどねぇ。面白いじゃないか」

 

 ハルハは不敵な笑みを浮かべて、酒瓶を煽る。

 

 そして、ドン!とテーブルに叩きつけて、

 

「けどさ、フロル。倒しちまってもいいんだろ?」

 

 俺も笑みを浮かべて、

 

「――もちろん」

 

 その言葉にアワランも笑みを浮かべる。

 

「なら、アタシは文句ないよ」

 

「よっっしゃあ!! 燃えてきたぜぇ!!」

 

「足手纏いにならぬよう、死力を尽くしましょう」

 

 ディムルは胸に手を当てて、誓うように言う。

 

 ディムルはこの中で一番弱いのは事実だからな。

 勝つことよりも生き残ることを最優先にしてほしい。

 

「正重、出し惜しみはしなくていい。試したい武器、全部出せ」

 

「承知。村正、武器、轟かす」

 

「頼りにしてる」

 

「うむ!! 良きかな、その闘志!!」

 

 スセリ様が腕を組んで立ち上がり、声を張り上げる。

 

 

「暴れてくるがいい我が愛し子達!! 己が武を知らしめて来い!! 全ては荒神にして英雄神の娘である妾が肯定しよう!!」

 

 

 我らが主神の神託に、俺達は魂を震わせる。

 

 

「勝ってこい!! そして、生きて戻れよ!! 死して名を馳せるなど、妾は認めぬ!! 栄誉は勝って生き残ってこそ、得る価値がある!! 己が勝利は、己が自身に捧げよ!!」

 

 

 俺達の勝利は俺達の物。

 

 スセリ様は自分に捧げる必要はないと言ってくれるのだ。

 

 

「さぁ、行くがいい!! 己が戦場に!!」

 

 

「「「「「 応!! 」」」」」

 

 

 戦争が、始まった。

 

 




ファミリア名って語呂が中々に難しい(ーー;)
アステカ方面の神があんま出ないのって、それが理由だと思う。【ケツァルコアトル・ファミリア】とかなんか舌噛みそう。


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派閥抗争

連投その8
さぁ!抗争だ!


 ハルハがギルドから【ネイコス・ファミリア】の本拠を聞き出していた。

 

 ハルハ、アワラン、ディムルは本拠を飛び出して、敵陣へと攻め込みに行った。

 

 俺と正重は屋敷の屋根に立って、周囲を警戒する。

 

「この屋敷に側道はない。連中が単純なら屋敷の背後から来る。そこそこ頭が回るなら、正面からと挟み込んでくると思う」

 

「うむ」

 

 屋敷の両サイドは他の極東出身の人達の家が並んでいる。

 そこを突っ切ってくる可能性もあるが、そうすればギルドから確実に罰が下される。これまでの話から、【ネイコス・ファミリア】にそこまでの度胸はないだろうと俺達は判断した。

 

 問題は、どこまで戦力をこっちに割くか。

 

 【ネイコス・ファミリア】の団員数は24人。

 向こうが攻め込まれることを予想していたら、こっちは少ないかもしれない。

 

 一番単純なら10と14に分け、14をこっちに向かわせるはず。

 けど、こっちもLv.2が2人いることを知っているなら、14を残すかもしれない。

 

 そうなると、ディムルとアワランがキツくなる。ハルハも負けはしないけど、勝つのは手間取ると思う。

 

 やっぱり俺がどれだけ早くこっちを終わらせるか次第ってわけか。

 

 ちなみに今の俺はいつもの刀二振りと槍を装備している。

 

 正重は《砕牙》を握り、薙刀と大斧を背負っていた。

 ……なんか弁慶みたいだな。

 

 空はすでに夕焼けを終えて、夜の闇が周囲を覆っている。

 

 視界は悪くなってきているが、火矢や魔法を使おうとすれば凄く目立つ。

 

 一番警戒するのはその2つなので、俺は少しでも怪しい光があればそこに突っ込むつもりである。

 

 ……来たかな?

 

「正重」

 

「うむ」

 

 正重も気づいたようで、《砕牙》を握る手に力が入る。

 

 どうやら最低限の智謀はあったようだ。

 

 敵意が屋敷の表と裏手に集まっている。

 だが、魔導士や斥候はいないのか。こっちの様子を碌に窺うこともなく、両側から一気にこっちに走ってきた。

 

「正重」

 

「うむ」

 

「猛れ」

 

「うむ!!」

 

 ドン!!と瓦を砕かんばかりの力強さで屋根を飛び出し、表に向かって一気に塀を跳び越える正重。

  

ズシン!! 

 

 地面を揺らして着地した正重に、【ネイコス・ファミリア】の団員達は驚きと共に慌てて足を止める。

 

「なぁ!?」

 

「獅子人ってことは、こいつ!? 【スセリ・ファミリア】の!?」

 

「読まれてたのか!?」

 

 

ウゥオオオオオオオオオ!!!

 

 

「「「「「!?」」」」」

 

 正重の威圧の咆哮が、襲撃者達に襲い掛かって足を地面に縫い付けられたような感覚に襲われる。

 

 縦に鋭くなった瞳を限界まで見開いて、《砕牙》を振り上げながら攻めかかる。

 

「オオオオオオオオ!!!」

 

「「「いやああああああ!?」」」

 

 

ズドォン!!

 

 

 地面が揺れて、砂塵が舞い上がる。

 

 ……あっちは問題なさそうだな。

 

 じゃあ、裏手の方はさっさと終わらせよう。

 

「【鳴神を此処に】」

 

 超短文詠唱を唱え、雷を纏う。

 

 そして、雷の尾を引いて一瞬で連中の前に移動する。

 

「げぇ!? 【迅雷童子】!?」

 

「嘘だろ!? 本拠に行ったんじゃなかったのかよ!?」

 

「行くさ。――お前らを倒した後にな」

 

 

バヂィン!!

 

 

「「「「「「「ぎゃあああああああ!?」」」」」」」 

 

 一瞬で連中の真ん中に潜り込んで、槍の石突側を振り回して全員の側頭部に叩きつける。

 衝撃と電撃に連中は一撃で意識を飛ばして、地面に倒れる。

 

 魔法を解除した俺は槍で肩を叩きながら、起き上がる者がいないかどうか警戒する。

 

 そこに駆け寄ってくる気配を感じ取り、槍を構えるが、

 

「待て!! 俺達は【ガネーシャ・ファミリア】だ!」

 

「……【ガネーシャ・ファミリア】?」

 

 現れたのは見覚えのある仮面を被った男達。

 

「何故【ガネーシャ・ファミリア】がここに?」

 

「ギルドからの依頼だ。【スセリ・ファミリア】と【ネイコス・ファミリア】の抗争の監視、両ファミリア本拠周囲の避難誘導、そして負けた者を速やかに拘束しろってな」

 

「……監視と避難誘導は分かりますが……拘束は何故?」

 

「罰則を恐れてオラリオから逃げ出さないようにするためだ。後、あくまで拘束指示は【ネイコス・ファミリア】に対してで、【スセリ・ファミリア】は事情を説明して本拠で治療を含めて謹慎を要請することになってる」

 

「……なるほど。では、こいつらはお願いします」

 

「ああ。……負けんなよ、アーディが泣きかねん」

 

「――もちろん」

 

 俺は魔法を再び発動して、正重の元へと向かう。

 

 正重の方もすでに全滅させており、傷1つ負っていなかった。

 

「大丈夫か?」

 

「うむ、俺、無傷」

 

「よし。こいつらは【ガネーシャ・ファミリア】が拘束してくれるそうだ。俺は先に行くから、正重はスセリ様に一声かけてきてくれ。スセリ様が残れと言えば残って、俺達のところに行けって言われたら来てくれればいい」

 

「承知」

 

 正重が頷いたのを見ながら、地面を蹴って高速で飛び出す。

 

 無事でいてくれよ……!

 

…………

………

……

 

 ハルハ、アワラン、ディムルは【ネイコス・ファミリア】本拠の前へとやってきていた。

 

 【ネイコス・ファミリア】の本拠は裏路地にあるボロイ酒場だった。

 

「見張りも、門番もなし。どうぞお入りくださいってか?」

 

「みたいだねぇ。……じゃあ、派手に挨拶してやろうかぁ!!」

 

 ハルハは大鎌を振り下ろして、扉を吹き飛ばす。

 

「邪魔するよ」

 

 中に入ると、案の定【ネイコス・ファミリア】の団員達が武器を構えて、睨みつけていた。

 

 酒場の中はテーブルや椅子が全て片付けられており、暴れやすいように整えられていた。

 

 そして店奥のカウンターには、茶色の長髪を無造作に後ろで束ねている軽鎧を身に着けた細身のヒューマンの男が丸椅子に座っている。

 

 彼が【ネイコス・ファミリア】団長、【賊剣】のディーチ・ヤラレルンである。

 

「おいおい……いきなり派手に壊しやがって……。後で弁償してもらうぜ?」

 

「どうせ今日で店仕舞いさ。気にすることないよ」

 

 呆れ顔を浮かべたディーチの苦情をハルハは肩を竦めて躱す。

 その言葉に【影爪】―クロック・シャクチーは怒りに顔を歪めるが、ディーチはハルハ、アワラン、ディムルを素早く見て、目を細める。

 

「……【闘豹】はともかく、他は新入りの2人だけか? 【迅雷童子】はどうした?」

 

「はっ!! お子ちゃまは怖くなって逃げ出したかぁ!?」

 

 クロックが分かりやすい挑発をするが、ハルハとアワランは鼻で笑い返した。

 

「はっ! 安心しなよ。うちの団長は今、本拠の周りをウロチョロしてるドブネズミ共を始末してるところさ」

 

「お前らと同じドブの臭いがしてたぜ? 今頃黒焦げになってるか、獅子に食われちまってるんじゃねぇか?」

 

「っ……!! テメェらぁ……!!」

 

「あんた達が考えそうなことなんてお見通しだよ。雑魚がどれだけ群れようが、雷を抑え込めるわけないさね」

 

「ちっ……」

 

「さぁ、さっさと始めようか。早くしないと、フロルに全部盗られちまうからね」

 

 ハルハが大鎌をディーチに突きつけた瞬間、クロックが短剣を抜いて、ハルハへと飛び掛かってきた。

 クロックの両手には鉤爪が着いていた。

 

「お前の相手は俺だあああ!!」

 

「はぁ? 一度倒した奴に興味はないよ」

 

「そっちはなくても、こっちにゃあんだよぉ!! 殺してやっからよぉ!! 死ねぇ!!」

 

 ハルハはめんどくさげに払い飛ばそうと大鎌を振るが、クロックはしゃがんでそれを躱し、ハルハに詰め寄る。

 

「お?」

 

「あの時と同じだと思ってんじゃねええ!!」

 

 素早く繰り出される短剣と鉤爪を、ハルハは大鎌で弾く。

 ハルハとクロックが激しく動き回り、その戦いに巻き込まれまいと団員達が慌てて距離を取る。

 

「ちっ……馬鹿猫が。勝手に動きやがって」

 

「じゃあ、テメェの相手は俺だな」

 

 ボキボキと拳を鳴らし、アワランが不敵に笑う。

 

「テメェがぁ……? 俺と? Lv.1の癖に俺に勝とうってのか?」

 

「ったりめぇだ。俺らは勝つために来てんだからよ。姑息なやり方しかしてこなかったテメェらとはちげぇんだ」

 

「……現実を知らねぇガキが。いい気になってんじゃねぇよ。オイ、オメェら。とっとと遊んでやれ」

 

「あいさぁ!!」

 

「舐めんじゃねぇっての!!」

 

「ぶっ殺してやるぜぇ!!」

 

 ディーチは団員にアワランの相手を命じる。

 

 それに雑魚扱いされた団員達が武器を構えて、飛び掛かろうとするが、

 

「あなた達の相手は私です」

 

 ディムルが二槍を構えて、前に出る。

 

「はぁ~? 本気で言ってんのか? この人数を? お前1人で相手すんのか?」

 

「ははは! 現実は見なきゃ駄目だよ、エルフちゅあ~ん」

 

「俺らが勝ったら、夜の相手してもらおうぜ!」

 

「おっ! いいねぇ!」

 

 団員達は下劣な笑みを浮かべて嘲笑う。

 

 ディムルは短槍を突き出し、詩を紡ぐ。

 

「【――其の傷は汝の常。我が忠義は永遠の矛】」 

 

 短槍を中心に魔法陣が出現し、魔法陣は短槍へと吸い込まれたかと思うと短槍が淡く輝く。

 

 それに男達の顔が強張る。

 

「我が一族の槍、出し惜しみは致しません。この人数差では手加減も出来ないでしょう。お覚悟を」

 

「っ――!! 舐めんじゃねぇって言ってんだろうがぁ!! キザエルフがああ!!」

 

「後悔すんなやぁ!!」

 

 男達は顔を真っ赤にして、一斉にディムルに襲い掛かる。

 

 それをディーチは盛大に顔を顰める。

 

「……どいつもこいつも……」

 

「ってことでぇ、俺の相手はお前だぁ!!」

 

「!!」

 

 アワランが勢いよく飛び出して、ディーチに右拳を振り抜く。

 

 ディーチは軽やかに横に跳び、アワランの拳はディーチがもたれていたカウンターを砕く。

 

 ディーチは腰から細剣を抜いて、舌打ちする。

 

「ちっ……また店が壊れちまった」

 

 

「さぁ、燃えてきたぜえええ!!」

 

 

「!?」

 

 アワランは猛りながら素早くステップを踏み、腕を素早く連続で突き出し、脚を振り上げ、激しくシャドーを行い始める。

 

 すると、アワランの皮膚が火照ったように赤くなり、噴き出していた汗が水蒸気に変わる。

 

「こいつ……!?」

 

「先に言っとくぜ!! 俺の拳はぁ! ちょっと硬ぇぞおお!!」

 

 木板の床を踏み砕いて、アワランが殴りかかる。

 

 ディーチは目を鋭くし、油断なくアワランを見据えた。

 

…………

………

……

 

 戦闘が始まった【ネイコス・ファミリア】本拠を見下ろせる建物の屋上に、複数の人影があった。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。ホントに見てるだけでいいの?」

 

「お姉ちゃんと呼ぶな。今は任務中だ」

 

「は~い、お姉ちゃん」

 

 ヴァルマ姉妹である。

 

「……はぁ。……いいも悪いも無い。本来ファミリア同士の抗争に関わることは新たな火種を生むだけで、褒められたことじゃない。ギルドからの依頼だからこそ、まだ大義名分があるだけだ」

 

「でもさぁ、闇派閥が暴れ出すかもしれないのにファミリア同士で抗争してる場合?」

 

「それは正論だが、【ネイコス・ファミリア】はどちらかと言えば準闇派閥と言える行動が噂されている。それに闇派閥との戦闘の際、参加を断るというのも聞いたことがある」

 

「……ってことは?」

 

「ギルドはこの抗争を利用して、【ネイコス・ファミリア】を排除、または弱体化したいのだろうな。闇派閥との繋がりでも出れば御の字、というところか」

 

「……そのために【スセリ・ファミリア】……フロルを戦わせたの?」

 

「間違えるな、アーディ。元々【スセリ・ファミリア】と【ネイコス・ファミリア】は抗争状態だったんだ。【闘豹】がギルドに報告してきたから、迅速に動けたに過ぎない」

 

「……」

 

 アーディはそれ以上何も言わなかったが、明らかに『納得していません!』オーラ全開だった。だが、論破するだけの言葉が思い浮かばなかっただけなのだろうとシャクティは鼻で小さく息を吐く。

 

 すると、背後に気配を感じ取って、振り返る。

 

「……【勇者】」

 

「ロ、【ロキ・ファミリア】……!」

 

「やぁ、【象神の杖(アンクーシャ)】。それと妹君。お邪魔するよ」

 

 現れたのはフィン、リヴェリア、ガレスの3人。

 

 フィン達はシャクティの隣に立って、戦場を見下ろす。

 

「何しに来た?」

 

「安心してくれ。下の戦いにも、君達のクエストにも、横槍を入れる気はない」

 

「【ロキ・ファミリア】の団員達も、其方達の依頼を手助けするように指示を出している。警邏に、この付近に一般人が近づかないよう誘導に回っている」

 

「僕達は単純に見物さ。【迅雷童子】、そして【スセリ・ファミリア】の戦いぶりをね」

 

「今一番勢いがあるヒヨッコ共じゃからの!」

 

「……はぁ。闇派閥が出ないことを祈るとしよう」

 

 

ドオォン!!

 

 

 シャクティが溜息を吐いて、天を仰いだ直後、【ネイコス・ファミリア】本拠の壁が吹き飛んだ。

 

 飛び出してきたのは、ディーチとアワランだった。

 アワランが拳を振り抜いた体勢で飛び出してきたことから、アワランが壁を殴り壊したのだとフィン達は理解した。

 

「……ちっ。遂に壁までやりやがった」

 

「オォラァ!!」

 

 舌打ちするディーチに、アワランが殴りかかる。

 

「うっとぉしぃんだよ!!」

 

 ディーチは苛立ちに吠えながら細剣を鋭く突き出す。

 アワランは身体を傾け、頬を僅かに掠るも恐れずに前に出る。

 

「っ! うらぁ!」

 

 細剣での対処は間に合わないと悟ったディーチは、左脚を振り上げてアワランの脇腹に蹴りを浴びせる。

 

「痒いってんだよぉ!!」

 

 だが、アワランは止まらない。

 

 ディーチの一撃を物ともせず、アワランは握り締めた右拳を振り抜いた。

 ディーチはギリギリで左腕でガードするが、勢いまでは止めきれずに後ろに吹き飛ばされる。

 

「ぐぅ!?」

 

 後転して素早く起き上がって、ディーチは距離を取る。

 

(こいつ……! 武器の攻撃は通るくせに、拳や蹴りが全く響かねぇ……!)

 

 ディーチはアワランの異常さに内心顔を顰める。

 

「まだまだ燃えるぜぇ!!」

 

 アワランは殴蹴の嵐を繰り出す。

 

 ディーチも負けじと細剣を連続で鋭く突き出し、懐に潜られては拳や蹴りで引き離そうとするが、アワランの猛攻に対応しきれずに後ろに弾かれる。

 

「へぇ……」

 

「ほぅ、中々面白い小僧じゃ。『耐久』がかなり高いようじゃの」

 

「それだけではない。戦いの技術が相手のヒューマンよりも圧倒的に上だ。ステイタスの差を埋めるほどに」

 

「だが、決定打に欠ける……。いつまであの勢いが保つか」

 

 すると、再び【ネイコス・ファミリア】本拠の壁が吹き飛んだ。

 

 穴から飛び出してきたのは、ディムルだ。

 肩で息をして、所々鎧が壊れている。

 

 それに続いて、武器を構えた【ネイコス・ファミリア】の団員達が5人ほど飛び出してくるが、男達もあちこちから血を流し、肩で息をしている。

 その最後尾には杖を持ったヒューマンの男がおり、壁が吹き飛んだのは男の魔法だった。

 

「はぁ! はぁ! こ、このアマァ……!」

 

「はぁ……はぁ……(流石に【ガ・ジャルグ】を使う余裕はありませんか。ならば、今を続けるのみ!)」

 

 ディムルは二本の槍を構え、男達の動きを見据える。

 

「いい加減くたばれやがれええ!!」

 

 剣を振り上げて、犬人の男がディムルに斬りかかる。

 

 ディムルは素早く二本の槍を交えて剣を受け止めた瞬間、二本の槍で挟む様にして横に受け流す。

 長槍を薙いで、犬人の男が慌てて後ろに下がった瞬間に、淡く輝く短槍を鋭く突き出して犬人の男の右肩を突き刺す。

 

「がっ!?」

 

「このヤロオオ!!」

 

「ふっ!」

 

 横から襲い掛かってきた男に、長槍を振り下ろして足を止めさせる。そして、その隙を突いて短槍を繰り出し、男の脇腹を掠る。

 最後に長槍を薙いで、男を薙ぎ払う。

 

「ぐあっ!?」

 

「ちぃ……! コイツ……!」

 

「くそっ! やっぱりポーションが効かねぇ……!」

 

「上級ポーションまで効かねぇだと……!? どうなってやがる!?」

 

「呪詛か? いや、だとしたらいつ掛けられたんだ? あいつは戦闘中に魔法なんて使ってねぇのに……」

 

「最初に使ってただろ……! あれが呪詛だったんだよ!」

 

「エルフの癖に呪詛を使うたぁやってくれんじゃねぇかよ……!」

 

「私はエルフである前に騎士、そして冒険者です。我が主神に勝利を誓った以上、たとえ卑劣と罵られることになろうと我が槍が鈍ることはありません」

 

 二槍を構えてはっきりと告げるディムル。

 

 その言葉は屋上にいたエルフの王女にも届き、リヴェリアは僅かに口を吊り上げる。

 

「彼女は恩恵を得たばかりだと聞いていたけど……」

 

「その前から武術を嗜んでいたようだな。あの槍捌き……感嘆の念しか湧かん」

 

「そうだね。本当に、末恐ろしい新人達が現れたものだ」

 

 ディムルと同じく、槍を得手とするフィンとシャクティはディムルの槍捌きに惜しみない賞賛を贈る。 

 

「まぁ、まだまだヒヨッコなんは変わらんがの」

 

「けど、ああいう子達が現れるというのは、今のオラリオにとっては一種の希望だよ、ガレス」

 

「ふっ。いずれ我々も足元を掬われるやもしれんな」

 

「流石にそう簡単に許す気もないけどね。でも、僕達【ロキ・ファミリア】も後進育成に力を入れないとね。【フレイヤ・ファミリア】も将来有望な新人が伸びてきてるようだし」

 

「おお、猫人の兄妹に、小人の四つ子も伸びて来ておるとか?」

 

「雑談はそこまでにしてくれ。……どうやら決着がつきそうだ」

 

 シャクティの言葉にフィン達も意識を戦場に戻す。

 

 

 アワランは荒く息を吐いて、膝に手を着いていた。

 致命傷はないものの浅い切り傷が全身にあり、少なくない量の血を流していた。

 

 ディーチも肩で息をしているが、傷らしい傷は見当たらず、細剣をしっかりと握って構えている。

 

「はぁっ! はぁっ! はぁっ!」

 

「……はっ。ここまでだな。テメェの空元気もよ」

 

「はぁっ! はぁっ! ……ははっ、やっぱ糞野郎でもLv.2ってわけだ。ちょっと届いてねぇな……」

 

「その『ちょっと』がデケェんだよ。今のテメェじゃ覆せねぇほどにな」

 

「……いやぁ……そいつはどうだろうなぁ?」

 

「あ?」

 

「【――闘志は折れず、拳は折れず、膝は折れず。我が体躯は傷を知らず、我が魂は痛みを知らず】」

 

「っ!! テメェ!!」

 

「【――故に我は不屈也】!! 【マース・カプダ】!!」

 

 アワランの身体が淡い橙色に輝く光に包まれる。

 

 ディーチはすでに飛び出して、細剣を突き出そうと腕を引いていた。

 

 しかし、アワランはそれに慌てることもなく、右手を握り締めて右腕を振り被りながら遅れて飛び出した。

 

「はっ!! 馬鹿がぁ!! 死にやがれえええ!!」

 

 ディーチはアワランが苦し紛れに飛び出してきたようにしか思えなかった。

 

 アワランの眉間を狙って渾身の突きを繰り出したディーチ。

 

 アワランはそれでも目を見開いて、前に突き進む。

 

 それにシャクティ達も無謀な突攻に眉を顰め、最悪の結末が頭を過ぎる。アーディも目を背けてしまう。

 

 ディーチは完璧に勝利を確信して、口端がつり上がる。

 

 そして、細剣の切っ先がアワランの眉間に突き刺さった、その時。

 

 

ガキッパッキイィイィン!!

 

 

 一瞬火花を散らして、()()()()()()

 

「――は?」

 

 ディーチは薄ら笑いを浮かべたまま、目を見開いて固まる。

 

 細剣を砕いたアワランは大きく左足を踏み出して、足指に力を込めて地面を砕き掴む。

 

 

「づぅうらあああああああああああ!!

 

 

 ギシギシと筋肉が悲鳴を上げる程力が込められていた右腕が解放され、渾身の右ストレートが振り抜かれた。

 

 淡く輝く右拳は、ディーチの胴体を保護していた軽鎧をガラス細工のように撃砕し、無防備になった鳩尾にめり込んだ。

 

「ごばっっっ!?」

 

 ディーチは轟音と共にくの字に吹き飛び、ディムルと男達の間を猛スピードで横切り、一度地面を跳ねて20Mほど転がっていく。

 

 路地裏を抜けたところでうつ伏せで止まったディーチは、そのまま起き上がることはなかった。

 

 目の前で起きた信じられない光景に、団員達は目を見開き、唖然と口を開けたまま倒れ伏したディーチを見て、そして右腕を振り抜いた姿勢で止まっているアワランへと顔を向ける。

 

「はぁ! はぁ! はぁ! っ!!――よっっっしゃあああああ!!」

 

 アワランは夜空を仰ぎ、両腕を突き上げて勝利の雄叫びを上げる。

 

 眉間からは少量ながら血を流しているが、正面から細剣の突きを受け止めた事を考えれば掠り傷に等しい。 

 

 それを上から見ていたフィン達は、アワランの下剋上を冷静に見つめていた。

 

「ふむ……防護魔法、かな? どう見る? リヴェリア」

 

「その類ではあるだろうが……。あの火花を見るに、皮膚を硬質化したのではないかと考えられる」

 

「なるほど……。彼はとことん『耐久』を高めて、身体を武器にするみたいだね」

 

「ふはははは! 殴り合い特化とは、面白い小僧じゃな!!」

 

 ガレスが腕を組んで楽しそうに笑っていると、下では大鎌を担いだハルハが姿を見せていた。

 

「なんだ、勝っちまったのかい?」

 

「おう、ハルハ。そっちも終わったのか?」

 

「まぁね。少し遊んだけど、結局変わり映えしなかったよ」

 

 団長と副団長が破れたという事実に、団員達は顔を真っ青にして後退る。

 

 その時、ハルハがアワランの背後に目を向けると、

 

 

 小型ボウガンを構えたディーチの姿があった。

 

 

「っ!! ディムル!! 後ろだよ!!」

 

「「!?」」

 

 ディムルとアワランが、目を見開いて後ろを振り返る。

 

 シャクティ達も目を丸くし、動こうとしたその時、視界の端で閃光が瞬くのを捉えた。

 

 その直後、

 

 

 ディーチに雷が落ちた。

 

 

「っっ―――!?!?!?」

 

 ディーチは声にならない悲鳴を上げ、全身を焼かれる。

 

 突然の落雷に全員が目を庇う。

 直後、雷がうねりを上げて、ハルハ達がいる裏路地へと飛び込んできた。

 

「「「「「ぎゃあああああああ!?」」」」」

 

 【ネイコス・ファミリア】の団員達が雷に焼かれ、同時に身体に叩き込まれた衝撃に吹き飛び、酒場の中へと突っ込んでいった。

 

 そして、男達と入れ替わったようにその場にいたのは、雷を纏うフロルであった。

 

「皆、無事か?」

 

「……やれやれ、最後に美味しいところ全部持ってったねぇ」

 

「へ?」

 

「何でもないよ」

 

「くそ~仕留めきれてなかったか……。助かったぜ、団長」

 

「救援感謝致します」

 

 ハルハは肩を竦め、アワランは油断したことに悔し気に頭を掻いて、フロルに礼を言う。

 ディムルも頭を下げ、短槍の魔法を解除する。

 

 フロルも魔法を解除して、崩壊した酒場に目を向ける。

 

「……派手にやったなぁ」

 

「敵の住処がどうなろうと知ったこっちゃないよ。向こうだって、アタシらの本拠を壊そうとしてたんだしね」

 

「まぁな。さて……後は【ガネーシャ・ファミリア】に任せるとしようか」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】?」

 

「ギルドから俺達の抗争を監視するように言われてるらしい。俺達の本拠を襲おうとした連中もすでに捕縛されてる」

 

「じゃあ、こいつらも?」

 

「ああ。明日にでもギルドから何かしらのお達しが来るんじゃないか? 俺達はとりあえず、本拠に戻って治療して身体を休めよう」

 

「分かりました」

 

「くっそ~。これじゃあ【ランクアップ】は無理かもな~」

 

「最後失敗しちまったからねぇ」

 

「フロルー!」

 

「ん?」

 

 本拠に戻ろうとしたフロル達の上から声が聞こえてきた。

 

 フロル達が上を見上げると、アーディが屋上から身を乗り出して、手を振っていた。

 その横ではシャクティが顔を手で覆って呆れていた。

 

「アーディ?」

 

「お疲れ様ー! かっこ良かったよー!」

 

 フロルは少々気恥ずかしかったので、手を振るだけで応える。

 

「おやおや、あれが噂の逢引の相手かい?」

 

「……まぁな」

 

 ハルハがニヤニヤしながら訊ねてきて、フロルは顔を背けながら頷く。

 

「お~、結構可愛いじゃねぇか。団長も意外と隅に置けねぇなぁ」

 

「フロル殿もまだ7歳なのです。良いことではないですか」

 

 アワランとディムルも微笑ましい視線をフロルに向ける。

 

 それにフロルは背中がむず痒くなる。

 

「さ、さっさと帰ろう。スセリ様に怒られる」

 

「はいはい」

 

 明らかに誤魔化したフロルに、ハルハ達は笑いながら後に続く。

 

 抗争の直後とは思えない和やかな雰囲気の4人。

 

 

 だが、その足取りは堂々としており、勝者の風格を纏っていた。

 

 




ガレス、アワラン、ミアの殴り合いが見たい人!(はい!)


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抗争の後始末

連投ラスト

とりあえず今日はここでストップ


 【ネイコス・ファミリア】との抗争から一夜明け。

 

 治療を終えた俺達はいつも通りの朝を迎えていた。

 

 とりあえず、帰ってからスセリ様とも話して、俺達は仕掛けられた側と言えるから罰金くらいなら払おうという話で纏まった。

 

 ぶっちゃけ俺達はポーションくらいしか被害はない。

 まぁ、後は武具くらいだけど、これはダンジョンに行けば絶対に消耗するものなのでそこまで文句を言うのは無理があるだろう。

 

 ちなみにステイタス更新をしたが、やはりアワランは【ランクアップ】していなかった。

 

 恐らくは少し前のハルハと同じ理由なのだろう。

 ディーチはLv.2としては弱い方の実力だったらしい。故にLv.1の上位であるアワランとそこまで大きな差がなかったということなんだろうな。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :G 218 → G 227

耐久:H 169 → H 175

器用:H 151 → H 159

敏捷:G 237 → G 253

魔力:H 185 → H 199

狩人:I

 

《魔法》 

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷属性

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

【】

 

《スキル》

(【輪廻巡礼】)

(・アビリティ上限を一段階上げる。)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性。

・雷属性に対する耐久力強化。

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正。

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.1

 

力 :C 673 → C 677

耐久:C 669 → C 671

器用:B 734 → B 743

敏捷:D 527 → D 530

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲アビリティ値一定以下の対象を威圧。

・『力』と『耐久』の高補正。

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正。

・威圧・補正効果はLv.に依存。

 

 

ハルハ・ザール

Lv.2

 

力 :H 102 → H 110

耐久:I 63  → I 72

器用:I 52  → I 57

敏捷:I 99  → H 103

魔力:I 42  → I 48

拳打:I

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法 

・風属性

・詠唱式【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ。堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】

 

《スキル》

【】

 

 

ディムル・オディナ

Lv.1

 

力 :I 79 → I 99 

耐久:I 48 → I 62

器用:H 102 → H 123

敏捷:I 99 → H 109

魔力:H 187 → G 201 

 

《魔法》

【ガ・ボウ】

・呪詛付与魔法

・Lv.および『器用』『魔力』アビリティ数値を魔法威力に換算。潜在値含む。

・発動に槍必須

・詠唱式【其が傷は汝の常。我が忠義は永遠の矛】

 

【ガ・ジャルグ】

・対魔力投槍魔法

・発動回数は一行使のみ

・詠唱式【穿て、紅薔薇。茨を以って敵の誇りを討て】

 

【】

 

《スキル》

妖精騎心(フェアリー・シュヴァリエ)

・槍装備時、発展アビリティ『槍士』の一時発現。

・『魔力』の高補正。

・補正効果はLv.に依存。

 

 

アワラン・バタル

Lv.1

 

力 :B 756 → B 771

耐久:A 823 → A 849

器用:E 417 → E 423

敏捷:C 651 → C 662

魔力:E 439 → E 448

 

《魔法》

【マース・カブダ】

・硬化魔法

・Lv.および全アビリティ数値を魔法効果に加算。潜在値を含む。

・詠唱式【闘志は折れず、拳は折れず、膝は折れず。我が体躯(からだ)は傷を知らず、我が(こころ)は痛みを知らず。故に我は不屈也】

 

【】

 

《スキル》

闘魂気炎(スパルタクス)

・体温上昇と共に『耐久』が上昇する。

 

 

 

 俺達はギルドの沙汰が出るまで、いつも通り組手をすることにした。

 昨日本拠に攻め込んだ3人は、物足りなさを埋めたり、鬱憤を晴らしたり、更なる成長を目指したりと様々な理由で燃えていた。

 

 もちろん、俺はハルハとアワランの相手。ディムルの相手はスセリ様が務めていた。

 

 昼前まで続け、スセリ様が飯の準備をしようと言ったことで終了する。

 

 汗を拭って水を飲んでいると、【ガネーシャ・ファミリア】の人がギルドからの書状を届けに来た。

 

 スセリ様と一緒に中を確認すると、今日の昼過ぎにギルドに来るようにとのことだった。

 

「これはスセリ様と俺だけでいいんですかね?」

 

「それでよいじゃろ。全員で行くのも不用心じゃしの」

 

 ということで、俺とスセリ様の2人で向かうことになった。

 まぁ、【ネイコス・ファミリア】と仲が良かったファミリアが来るかもしれないからな。

 

 当分は警戒に警戒するくらいでいいだろう。

 

 俺達は昼食を食べて、午後はハルハ達は思い思いに過ごすことになった。もちろん、本拠から出ないようにではあるが。

 

 そして、俺とスセリ様はギルド本部へと赴いた。

 

「あ、お待ちしておりました。神スセリヒメ、ベルム氏。こちらへどうぞ」

 

 スーナさんが応対に出てきて、個室へと案内される。

 

 周囲から視線を感じる。まぁ、流石に噂はもう出回ってるんだろうな。

 

 俺達はスーナさんの対面に座り、スーナさんは書類の束をテーブルに置いて頭を下げた。

 

「わざわざご足労頂き、ありがとうございます」

 

「なに、今回は妾達も少々派手に暴れたからの。仕方あるまいて」

 

 スセリ様は肩を竦める。

 

「今回の抗争ですが、【スセリ・ファミリア】には特に罰則、罰金はありません」

 

「え?」

 

「貴団からの報告があったことで我々も迅速に対応出来、被害も両ファミリア内で収まったからですね」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】への依頼料とかはどうなんですか?」

 

「それは【ネイコス・ファミリア】から徴収することになりました。今回の抗争のきっかけはあちらですし、それに調査の結果【ネイコス・ファミリア】は闇派閥と繋がりがあることが判明しました」

 

「ふむ……やはりの」

 

 闇派閥と繋がってたのか……。

 ってか、スセリ様は気づいてたんですか?

 

「言うたじゃろ? ネイコスはどちらかと言えば邪神に属する事物を司る神じゃとな。まぁ、どこまで闇派閥に協力しておったかは知らんが、繋がりがあるくらいは予想しておったの」

 

 まぁ、準闇派閥って言われてたしな。

 

 だが、スーナさんは僅かに猫耳を伏せて、

 

「……申し訳ありません。闇派閥との繋がりが判明したのは団員達のみでして……神ネイコスの方は何も証拠は得られておりません」

 

「……ほぉう。奴の眷属が勝手にしておった、と?」

 

「本人達は、そう申しております……」

 

「つまり……神ネイコスは無罪であると?」

 

「いえ、流石に眷属がそう訴えていたとしても、ファミリアである以上主神の管理責任は発生します。ギルド傘下であった以上、処罰は絶対です」

 

 スーナさんは顔を鋭くして、力強く言い放つ。

 

 腕を組んでいるスセリ様はそれに頷いて、目を細める。

 

「つまり、ネイコスはこのオラリオから追放……というところかの?」

 

「はい。証拠がない以上、流石に天界送還までは無理でしょう。追放処分が下される予定です」

 

「……まぁ、それが限界かのぅ。問題は……オラリオの外におる闇派閥と合流される恐れがあることか……。じゃが、現状そこまで手を割く余裕もないか」

 

「……はい」

 

 確かに今のオラリオに外まで目を張れる余裕はないか……。

 だが、追放するだけでもオラリオにちょっかいは出し辛くなるか。

 

 とりあえず、今回の抗争についてはこれで決着とするしかない。

 

 ……やれやれ、また闇派閥に喧嘩を売ったことになるのか。

 

「はぁ……」

 

「くくくっ! まぁ、オラリオにおる限り、闇派閥の阿呆共とは潰し合うことになるんじゃ。気にするだけ無駄じゃ無駄」

 

「……そうなんですけどね」 

 

 少しでも闇派閥の勢力を削れただけマシとするか……。

 

 ギルドを後にした俺達は、のんびりと街を歩くことにした。

 

「ふむ……ヒロと2人っきりというのも久しぶりかの?」

 

「いやいや……毎晩2人で寝てるじゃないですか……」

 

「じゃが、今やそれくらいじゃろう?」

 

「まぁ……起きた後は皆がいますからね」

 

「賑やかにはなったが、それはそれで寂しいもんじゃなぁ」

 

 そりゃ少し前に比べたらスセリ様と2人で過ごす時間は格段に減った。

 団員も一気に増えたしね。

 

 こればっかりは仕方がないことだろう。

 

「明日からはまたダンジョンに行けるようですし、ハルハ達も喜ぶと思いますよ」

 

「まぁの。もう少し育てば、15階層辺りも許可してやるとしよう。大分昨日の戦いがそれぞれに不満じゃったようじゃしの」

 

「正重とアワランの【ランクアップ】が悩ましい所ですね。昨日以上の戦いとなると、中々出会えるものでもないですし」

 

「そうじゃなぁ。また抗争をするわけにもいかぬし。上位のモンスターと戦わせるのものぅ」

 

「……ダンジョンに泊まり掛けで遠征でもしてみましょうか……。14階層辺りをメインに。いつかはやらないといけないですしね」

 

「むぅ~……しょうがないのぅ。ダンジョンでの野宿する練習をせねばいかんのは事実じゃしなぁ」

 

 中層以降はそう簡単に日帰りで行き来できるわけがない。

 18階層の安全地帯で、必ず一泊はすることになるだろう。

 

 だが18階層を越えれば、安全地帯などしばらくない。

 なので、どこかで必ずダンジョン内で野宿する必要があるのだ。

 

 だから、まだすぐに引き返すことが出来る範囲で、練習するのは当然のことだ。

 

 特に今は闇派閥の脅威もある。

 

 警戒しながらも体を休めることに慣れていかないといけない。

 

 暴れたいアワラン達からすれば、もってこいの探索ではあるだろう。

 もちろん連日で止まるわけもないし、毎回ってわけにもいかないけど。

 

「毛布に食料となると、流石に正重の負担が大きいのぅ」

 

「そうですね……。今の面子を考えると、ディムルにもサポーターを担ってもらわないといけませんね。もちろん、俺やアワランと交代しながらですが」

 

「相変わらずサポーター問題が付きまとうの~」

 

 全くだな……。

 そして、結論も相変わらず変わらない。

 

 ホント……リリルカを引き入れたベルは幸運だよな。

 

「仕方ない……。少々妾の伝手を頼るとしようかの」

 

「伝手?」

 

「お前も知っておるじゃろうが、サポーターを担う冒険者は大抵3つのパターンがある」

 

「新人、能力不足、そして……四肢欠損や加齢によって戦えなくなった者、ですよね」

 

「うむ。じゃが、妾達にはサポーターをさせる余裕があるほど新人がおらん。じゃからと言って、能力不足の者を連れていくのは不安じゃ。ならば、妾達が探すべきは3つ目じゃな」

 

「なるほど。確かにそれならば自衛も出来るし、冒険者を理解してくれているのでやりやすいですね」

 

「それにLv.3程度の者を探せば、中層についても色々とアドバイスしてくれるじゃろうな。探す価値はあるじゃろうて。ちゃんと分け前を払えば、文句は出まいて」

 

「でも、そんな都合よく見つかりますかね? 俺達に着いてきてくれるなら、自分のファミリアのサポーターしません?」

 

「そのファミリア次第じゃろうて。まぁ、見つからんと思っておく方がいいじゃろな」

 

 だろうなぁ。

 

 そう言う人って、かなり大きいファミリアじゃなければいないんじゃないか?

 もしくはファミリア内で除け者にされているような人か。

 

 どっちにしろ他のファミリアの人だと、色々としがらみも出来そうだな。……テルリアさんみたいに亡くなったりしたら大変だしな。

 

 本拠に戻った俺達は、皆にギルドでの話を報告して、泊まり込みでの探索について相談した。

 

「いいじゃねぇか!! いつも物足りなかったんだ!!」

 

「まぁ、これからを考えたら一度やっとくべきかねぇ」

 

「俺、問題ない」

 

「私はやはり少々不安ですが……これもまた成長する糧としなければなりませんね。やりましょう!」

 

 と、全員がやる気だった。

 だが、そうなるとやはりサポーター問題が出てくることも話し、スセリ様が動いてくれることを伝えた。

 

 なので、それまでは今まで通りの探索を行い、到達階層を更新したいと話した。

 

 それにもちろん文句は出ず、明日から早速ダンジョンに挑もうということで纏まったのだった。

 

…………

………

……

 

 翌日。

 俺達は早速ダンジョンへと潜っていた。

 

 泊まりはしないが、いつもより早い時間に入って滞在時間を長くしてみた。

 これでまだ余裕があるならば、今度は地上に戻る時間を遅くする予定だ。

 

 1時間ごとにサポーター役を交代で行うことで、全員が戦い、全員が負担を担う。

 

 昼時を迎え、モンスターを殲滅したルームで休息を取る。

 

「ディムル、大丈夫か?」

 

「はい、大丈夫です。戦闘には支障ありません」

 

「戦闘には、か」

 

「はい……やはり『力』が低い私がサポーターを担うと露骨に進行速度が遅れますから……」

 

「こればっかりはしょうがないさ。そんなことで責めてたら、他のサポーターなんて雇えなくなる」

 

「そうだねぇ。やっぱりあと1人、サポーターが欲しいところだね」

 

「だな。今の荷物を分け合えば、正重も荷物背負ったままでもそれなりに戦えるしな」

 

「うむ」

 

「でも、人数分の食糧に水、最低限の毛布と考えると……もう1人の方にもかなりの負担を強いるか……」

 

「こればっかりはどうしようもないさね。サポーターを増やしたところでその分食料とかも増えるんだからさ」

 

「そうだな……」

 

 【ロキ・ファミリア】の遠征とかどれだけサポーターいるんだろうな?

 天幕とか持ち運んでいた記憶があるけど……。

 

「……こういう時にアドバイザーを頼るべきなんだろうな」

 

「アドバイザー? ギルドの職員がなってくれるって奴か? 登録の時に訊かれたな、俺も」

 

「私も訊かれましたね。【スセリ・ファミリア】に入ると決まったら、何も言われなくなりましたが」

 

「ふぅん……俺に着いてるからか?」

 

「いやぁ、メンドクサイだけだよ。奴らはあんまり冒険者に近づきたくないからね」

 

「は? なんでだ?」

 

「死んじまうからさ。どんなに丁寧に、親身に教えても、コロッとダンジョンで死ぬ。けど、毎日のように登録に来る馬鹿共がいる。いちいち気にかけてられないってのがギルド職員を長く続けるコツなんだろうねぇ」

 

「なるほどなぁ」

 

「フロルは流石にガキンチョ過ぎるからね。団長とは言え、ギルドが何もしないってのも問題なんだろうさ」

 

「あ~……」

 

 登録自体渋ってたからなぁ。

 確かに今は闇派閥のせいもあって、冒険者の死者は多いって話だし。

 

 ギルド職員からすれば、最初から親身にならない方が精神的に楽なんだろう。

 これは責めるようなことじゃないよなぁ。それでも訪ねたら丁寧に応対してくれるんだしさ。

 

 原作のエイナ・チュールのような職員が珍しいんだ。

 

 まぁ、ここでギルド職員の話をしてもしょうがない。

 

「さて、後半戦も頑張ろうか」

 

「おう!!」

 

「うむ」

 

「アタシがサポーター役か……。眠くなりそうだねぇ」

 

「モンスターを見れば、目が覚めるでしょう? ハルハ殿は」

 

「大鎌投げる時は言えよ!? この前、掠ったんだからな!」

 

「はいはい」

 

 そして、俺達は探索を再開したのだった。   

 

 




みんな強いね……

次回からまた仲間が集まります(まだ来んの?)


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小人の魔導士

もうすぐスタック尽きるぜぇ
でも、今日も連投しとくんだぜぇ
そして、お気に入りが急激に増えすぎてて怖くなってるだゼェ……((((;゚Д゚)))))))

連投その1


 あれから数日経つも、サポーターは未だに見つからず。

 

 ちなみにこの前、神会が開催され、ハルハの二つ名が【闘豹(パンシス)】と正式に決まった。

 

「代わり映えしないねぇ」

 

「いいじゃねぇか。俺もなんか着かねぇかなぁ」

 

「やめときな。【ランクアップ】前に着く渾名なんて、大抵悪目立ちしたからさ。碌なものが着かないよ。アタシが珍しいのさ」

 

「アワランの場合、【脳筋】って呼ばれかねないぞ」

 

「なんでだよ!?」

 

「アンタの場合、目立つとしたらそこだからだよ」

 

「ぐっ……!」

 

 という一幕もあったりしたが。

 

 でも、ダンジョン探索は15階層まで進み、早いわけでもないが順調と言えば順調に進んでいる。

 闇派閥が街で暴れるのも変わらないが。

 

 【ネイコス・ファミリア】との抗争もすでに広まっており、ほぼ完勝という事実は俺達の実力を知らしめるものとなった。

 

 特にアワランの下剋上は【ガネーシャ・ファミリア】筆頭に語り草らしく、正直渾名が着いてもおかしくはなかった。

 

 だが、やはり【ネイコス・ファミリア】が闇派閥と通じていたという事実の方が大きく、更にファミリア同士での連携を阻害する形になってしまった。

 特に主神が把握していなかったという情報が、更なる疑心暗鬼を呼んだ。

 

 つまり、神は信用出来ても、その眷属は信用できるか分からない。

 

 これは非常に解消し難い疑惑だ。

 

 もちろん、神の前では嘘をつけないので調べれば分かることなのだが、そんなことをすれば神と眷属の信頼関係も壊れかねない。

 だが、他の神に調べてもらうわけにもいかない。神の嘘を見抜く術はないのだから。

 

 どこか雁字搦め、という空気がオラリオに蔓延しつつある。

 

「ネイコスめ……。これを狙いおったな」

 

「この互いに疑い合う状況を、ですか?」

 

「うむ。お互いに連携し辛くしておけば、戦力も落ちるし、情報も出にくい。闇派閥が更に動きやすくなるの」

 

「そのために眷属を見捨てたってことかよ……」

 

「下手したら他にも眷属がおるやもしれん。それこそ本隊と言える闇派閥の者達がな」

 

「なるほどねぇ。眷属を眷属で隠れ蓑にする、か。ありえない話じゃないねぇ」

 

「しかし、追放されてしまっては合流も難しいのでは?」

 

「陰気臭い奴らのことじゃ。どうせどこかに隠し通路でもあるのじゃろうて」

 

「……ダイダロス通りとかありえそうですよね」

 

「じゃな。市壁には商会の倉庫とかも多くある。地下通路やら何やら造ることも可能じゃろうて」

 

「厄介だねぇ」

 

「まぁ、何百年も潜んでおった連中じゃ。色々と仕込む時間はあった、ということじゃな」

 

「けど、これまでは【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】がいたから堂々と使えなかった……」

 

「そういうことじゃな」

 

 ……やっぱりダンジョンにも隠し通路みたいなのあるんじゃないか?

 ダンジョンは崩壊しても再生するが、何も仕掛けられないとは断言できない。

 

 それこそ何百年と試行錯誤すれば何かしら造れるだろう。

 

 でも、それが誰にも見つからないというのもおかしな話だ。そりゃ何かしらの方法で隠蔽してるんだろうけど、これまでの冒険者相手に誰にもバレないなんてありえるのか?

 

 ……ありえないなんて、ありえない。

 

 そうなんだけど……どうにも手段が想像できない。

 

 とりあえず、俺達は一歩一歩着実に進んでいくしかないか。

 

 ということで、今日も探索に行こうとしたのだが……

 

 

 なんか門の前にデッカイ木箱が3つ、ドン!と置かれていた。

 

 

 ピラミッドのように重ねられており、頂点は正重よりも高い。

 そして、その天辺に三角帽を被り、ローブを羽織ったTHE・魔法少女が、木箱の上に本を広げて座っていた。

 

 ……なんぞ?

 

 俺達は茫然と木箱と少女を見上げていた。

 

「お~い、何してんだ? お前」

 

 アワランが声をかけると、魔法少女は本から顔を上げる。

 

 俺達に向けられた藤色の瞳が浮かぶ目は物凄く眠たげだった。

 何か前世のアニメとかでよくいる無表情マイペース不思議ちゃんキャラみたいだな。本を読んでるのもそれっぽい。

 

「……ここ、【スセリ・ファミリア】本拠?」

 

「ああ。んで、俺達が【スセリ・ファミリア】だ」

 

 アワランの言葉に、魔法少女は本を閉じて横に置き、木箱から飛び降りてきた。

 

 俺の目の前に下り立った彼女の身長は、俺よりも小さかった。

 

「あんた、小人族かい?」

 

「ん。リリッシュ・ヘイズ」

 

「入団希望ってことか?」

 

「ん」

 

 リリッシュさんはコクリと頷いた。

 

「じゃあ、団長。面談よろしく頼むよ。アタシらはダンジョンに行くから」

 

「え」

 

「13階層くらいでやるし、無理はしないよ」

 

 ズ、ズルい……!

 

「それも団長の仕事だよ。じゃあね」

 

 ハルハ達は俺を置いて、ダンジョンへと向かう。

 正重はこっちに残ろうとしてくれたが、正重が行かないと前衛が厳しいので、俺は心の中で涙を流しながらも笑みを浮かべてダンジョンへと行かせた。

 

 そんな俺をリリッシュさんは眠たそうな目つきで見ており、

 

「……あなたが団長?」

 

「ああ。フロル・ベルムだ」

 

「……フロル……【迅雷童子】? 小人族?」

 

「いや、ヒューマン。歳は7歳だ」

 

「……」

 

「一応言っとくけど、これでもLv.2だからな」

 

「それは知ってる」

 

「とりあえず、うちの主神に会ってもらう」

 

「妾がどうした?」

 

 リリッシュを案内しようとしたら、スセリ様が姿を現した。

 

「入団希望者だそうです」

 

「ほぅ、なるほどの。それにしても、また大量の荷物じゃのぅ」

 

「そうですね……。とりあえず敷地内に運ぶので、スセリ様は彼女をお願いします」

 

「うむ」

 

 スセリ様にリリッシュを任せ、俺はデッカイ木箱を敷地内に運び入れることにした。

 

 とりあえず武具を外し、俺と同じくらいの高さの木箱へと歩み寄る。

 ……何が入ってるんだろうな?

 

 上に置かれている1つへと手を伸ばし、ゆっくりと持ち上げる。

 

 重っ!?

 

 ステイタスで強化されてる力でも、かなり重く感じる。

 しまった……。せめて、これだけでも正重達に手伝ってもらうべきだった……!

 

 俺は背負う形で木箱を背中に乗せ、摺足ぎみに移動して門の中に運び入れる。

 

 それをひぃこら言いながら3回繰り返し、何とか敷地内へと運び終えた。

 俺は気だるげに屋敷に戻り、応接間に向かう。

 

 2人は対面で座っており、俺はもちろんスセリ様の隣に座る。

 

「どこまでお話に?」

 

「こ奴の来歴までじゃ。【学区】の出身で、魔導士志望らしいぞ。というか、すでにステイタスは持っておるようじゃ」

 

「へ? どこかのファミリアに入っていたってことですか?」

 

「いや、【学区】にも神がおってな。魔導士志望で気に入った者には恩恵を与える奴がおると聞いたことがある」

 

「ん。恩恵を得て魔法を学び、魔法を発現することを最初の目標とする。卒業時には『改宗』可能にしてもらって、国系ファミリアに就職したり、オラリオにやってくる」

 

「なるほど……」

 

 【学区】とは移動教育機関で、世界中から生徒が集まってくる。

 ギルド職員の受付嬢なども【学区】卒業者が多く、武術、魔法、座学など様々な分野を学ぶことが出来る。

 

 中には【学区】在学中に【ランクアップ】する者も現れるらしい。

 

「しかし、小人族でとは珍しいのぅ」

  

 スセリ様の言う通り、小人族はヒューマンよりも冒険者に向かない種族と言われるほどステイタスを伸ばすのが難しい。

 エルフのように魔法に素養があるわけでもなく、ドワーフのように力があるわけでもなく、獣人のように特殊な能力を持っているわけでもなく、アマゾネスのように繁殖力が高いわけでもない。

 

 少し手先が器用で、暗い所でも動き回れるくらい。

 

 昔は勢力ある種族だったそうだが、千年前、神が地上へと降臨したことをきっかけに一気に衰えたのだ。

 

 理由は『女神フィアナ』だ。

 かつて小人族を率いて世界に名を轟かせた『フィアナ騎士団』の女神。それは古代の小人族にとって最も信仰していた女神だったのだが、千年前神々が降臨したことで『架空の存在』であることが判明してしまったのだ。

 

 【ロキ・ファミリア】団長【勇者】フィンさんは、フィアナに変わる『本物の象徴』となろうと冒険者になったんだよな。

 

 実際、フィンさんの名は世界に轟き、現在世界で最も有名な小人族と言われている。

 だが、それ以外に有名な小人族はと訊かれれば、驚くほどに名前が出ない。

 

 次にと言えば【フレイヤ・ファミリア】の四つ子。それでも、それくらいだ。

 それだけ小人族は種族として衰退していると言える。

 

「小人族ならば【ロキ・ファミリア】の方が良かったのではないか? あそこの団長ならば、同胞を喜んで歓迎すると思うぞ?」

 

 スセリ様もフィンさんの名前を出して訊ねた。

 

 しかし、リリッシュさんは首を横に振り、

 

「あそこは堅苦しい。別に私は一族の再興とかどうでもいい。私はただ知識を得て、世界の不思議を知りたいだけ」

 

「世界の不思議?」

 

「ダンジョン、神の恩恵、冒険者、モンスター、この世界を形作る全て」

 

「なら、尚更【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】とかの方が……」

 

「さっきも言った。あそこまで大きいと自由に動きづらい」

 

「まぁ、あ奴らは定期的に遠征に行かねばならんからのぅ」

 

「ここはまだ出来たばかりの派閥と聞いた。けど、今一番勢いもある。だから、大してしがらみもなく、いい感じでダンジョンに潜れると思った。私、まだLv.1だし」

 

「なるほどの。今ならば、今後大きくなってもそこそこ発言力が得られると」

 

「ん」

 

 はっきり言ったなオイ。

 まぁ、事実ではあるけどさ。

 

「もちろん、ダンジョン探索は私も望むところ。毎回拒否するつもりはない」

 

「……まぁ、俺達も後衛が欲しかったし、ありがたいのは事実なんですよね」

 

「そうじゃの」

 

 とりあえず、ハルハ達が戻ってきてから最終判断しよう。

 俺としては問題ないし、多分ハルハ達も問題ないって言うんだろうけどさ。

 

 ということで、リリッシュさんはしばらく待機してもらうことになった。

 俺は今更合流するのも面倒なので、スセリ様と鍛錬したり、買い出しを手伝うことにした。

 

 そう言えば……主神に料理してもらってるってどうなんだろう?

 

 まぁ、ありえないと言われてもスセリ様以外に料理できるのって正重くらいなんだよな。

 その正重もスセリ様と比べたら申し訳ないけど、やはり劣る。

 

 ディムルは紅茶が得意だけど、料理はやらなかったらしい。修行に力を入れていたから。

 

 もちろん俺も出来ない。

 スセリ様に教わろうとしたけど、

 

「妾の楽しみを奪うでない」

 

 と、言われてしまった。

 スセリ様的には俺の食事を作るのは自分の特権とのことだ。

 

 ハルハとアワラン? 語ることはない。

 

 そんなこんなでのんびりしていると、ハルハ達が帰ってきた。

 

「おかえり」

 

「おう!」

 

「あの箱があるってことは、アイツはまだいるんだね?」

 

「ああ。皆に話してから正式に決定しようと思って」

 

「だから、スセリヒメ様とアンタで決めてくれていいって言ってるだろ? 別にアンタ達の目を疑っちゃいないよ」

 

 メンドクサそうに言うハルハに、ディムル達も頷く。

 

「こっちが良くても、向こうがハルハ達が嫌だって言うかもしれないだろ? だから、顔合わせはしとくべきだよ」

 

「ったく……物は言いようだねぇ」

 

「人数が増えたら、そうも言ってられないけどさ。今は少人数だし、新入りって言っても数カ月しか変わらないしな。どう考えたって、今いる面子は幹部的な立場になると思う」

 

「ま、そりゃそうだな」

 

 ということで、リリッシュも呼んで、それぞれに自己紹介させる。

 

「【学区】出身の魔導士か……。しかも、もう恩恵持ちなら断る理由はないねぇ」

 

「そうですね。【学区】の知識は貴重です。魔導士でなくとも、仲間にいて頂けるのは心強いかと」

 

「うむ。俺、学、ない」

 

「俺もだな。情報収集とか苦手だしよ。参謀みてぇなのがいるのは助かるぜ」

 

「ということだけど、リリッシュさんはどうだ?」

 

「私も問題ない。それぞれの国の話とか聴きたい」

 

「なら、決まりだな。これからよろしく。リリッシュ」

 

「よろしく、団長」

 

 ということで、ようやく【スセリ・ファミリア】に魔導士が入った。

 

 その後、リリッシュの部屋を決めたのだが、木箱の中はほぼ本と杖らしい。

 

 杖はともかく、本は部屋に入りきらないので一応作ってあった書庫に運び込んだ。

 書庫にはスセリ様、正重、ディムルが買った本が並べられているが、それでもほとんど空だったので、余裕で本棚に収まった。

 

 まぁ、これからはリリッシュの書庫になるんだろうなぁ。

 俺はスセリ様や正重が買ってきた本を読んでいたので、自分の本はない。

 

 

 

リリッシュ・ヘイズ

Lv.1

 

力 :H 112

耐久:H 101

器用:C 671

敏捷:D 568

魔力:A 875

 

《魔法》

【デゼルト・ビブリョテカ】

・広域攻撃魔法

・地属性

・詠唱式【知識の砂漠を彷徨い続ける。砂粒全てが求める叡智、この砂漠こそが偉大な書庫。我が知欲の餓えは、砂漠の渇きと変わらない。戻ることも出来ず、立ち止まることも出来ず、進むことも出来ず。終わらぬ旅路を私は呪い、狂喜する。この砂漠は私の力になるのだから。私もいずれこの砂の一粒になることを希う】

 

【グノスィ・アイアス】

・反射魔法

・反射対象の『魔法名』『効果』『威力』『範囲』『時間』『詠唱式』の見識が深いほど反射時の威力が増大する。

・詠唱式【対処せよ。すでにそれは見知っている知識なり】

 

【】

 

《スキル》

小人賢者(パルゥム・メイジ)

・魔法効果増幅

・魔法効果を理解しているほど強化補正増大。

・一見したことがある魔法による自身への被効果、被ダメージを減退する。

 

 

 

 ……うん。

 

「これ、ヤバくないか?」

 

「下手したら【九魔姫】を完封出来るかもねぇ」

 

「本当に魔法関係のみに特化してんな。なんつってたっけか、スセリヒメ様。こういうの……」

 

「紙装甲じゃな」

 

「確かに殴られれば紙のように吹き飛びそうですね……」

 

「それが魔導士で小人族。それにモンスター相手には効果を発揮しにくいかもしれない」

 

「……確かにな」

 

 でも、十分ヤベェよ。

 こりゃリリッシュの守りもしっかり考えないと色々危ないな。それに戦い方も。

 

 そして、絶対敵に出来ねぇ……!

 

 それにしても【学区】って凄いんだな。

 ダンジョンも無いのにここまでステイタスを上げられるなんて。まぁ、国家系ファミリアでもLv.2とかいるらしいから、無理ではないんだろうけど。

 

 まぁ、でも凄い頼りになるのも事実だ。

 頼りにさせて頂こう。

 

 




魔女っ子参上!


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片腕の老ドワーフ

連投その2


 リリッシュを仲間に加え。

 

 俺達は早速ダンジョン14階層へと潜っていた。

 

 潜って早々、通路の中で俺達はモンスターの群れと戦っていた。

 

「しぃ!!」

 

 俺がヘルハウンドの首を刎ね、

 

「ふっ!!」

 

 ハルハがアルミラージを蹴り飛ばし、

 

「おらぁ!!」

 

 アワランがヘルハウンドの頭を殴り潰し、

 

「はっ!!」

 

 ディムルが長槍を薙いでアルミラージの胴体を寸断し、

 

「オオ!!」

 

 正重が《砕牙》を振り下ろしてヘルハウンドの群れを薙ぎ払い、

 

 

 そして、その正重が背負う葛籠の背後にいたリリッシュは、

 

 

「がんばれー」

 

 

 と、無気力な声で応援していた。

 

 魔法は!?

 

「狭すぎて使ったらダンジョンが崩壊しそう。皆も巻き込む」

 

「頼もしいと思ったのによぉ!! 全っっ然っ使い時ねぇじゃねぇか!!」

 

「狭いところで戦うのが悪い。広域なんだから、広いところで戦わないと駄目」

 

「正論どうも!! だったら、とっとと通路を抜けるよ!!」

 

 ハルハが大鎌でアルミラージ数体を纏めて両断しながら叫ぶ。

 

 俺もヘルハウンドを数体一息に切り裂いて、文字通り道を切り開く。

 

「アワラン!! 行け!! 正重はリリッシュを運べ! 俺はその後ろ! ディムルとハルハが両サイド!! リリッシュは詠唱準備!!」

 

「おうよ!!」

 

「うむ」

 

「はい!」

 

「あいよ!」

 

「イエッサー」

 

 正重がリリッシュを持ち上げて、背中の葛籠の上に乗せて駆け出す。

 その正重の前をアワランが走り、モンスター達を両サイドに弾き、それをハルハとディムルが出来る限り仕留める。

 

 俺は背後から飛び掛かってくるモンスター達を魔法を使って、倒していく。

 

「【知識の砂漠を彷徨い続ける。砂粒全てが求める叡智、この砂漠こそが偉大な書庫。我が知欲の餓えは、砂漠の渇きと変わらない】 

 

 リリッシュが短い杖を取り出して詠唱を始める。

 

 俺達は全速力でルームへと駆け込み、モンスター達を誘い込む。

 

「【戻ることも出来ず、立ち止まることも出来ず、進むことも出来ず。終わらぬ旅路を私は呪い、狂喜する。この砂漠は私の力になるのだから。私もいずれこの砂の一粒になることを希う】」

 

 詠唱が終わるのと同時に巨大な魔法陣が目の前に出現する。

 

「【デゼルト・ビブリョテカ】」

 

 魔法陣から巨大な砂嵐が放出され、一瞬でモンスター達を呑み込んで砂で削り殺し、圧殺する。

 数十匹のモンスターがあっという間に掃討される。

 

 ……とんでもない威力だな。

 まぁ、だからこそ使いどころが限られる、か。

 

 砂嵐が収まるとモンスターの姿は1つもなかった。

 

 ……その代わり、魔石も砂の下に埋まってるけど。

 

「はぁ……凄いんだかメンドクサイんだか……」

 

 ハルハは大鎌を肩に担ぎ、左手をくびれた腰に当ててため息を吐く。

 

 俺も小さくため息を吐いて、

 

「さっさと回収できるだけ魔石を回収しよう。ディムルとハルハはリリッシュの護衛を頼む。正重、アワラン、行くぞ」

 

「へいへい……」

 

「うむ」

 

「ディムル、壁を数か所壊しときな」

 

「はい」

 

 男3人で砂を掻き分けて魔石を探す。

 

 子供の俺だが、ステイタスは上なのでこういう作業は俺も率先して参加している。

 この惨状を作り上げた本人はのほほんとこっちを見ている。

 

 まぁ、流石に俺より小さいし、非力だから参加させるわけにはいかないけど。

 ……なんか納得できないな!

 

 10分ほどかけて、回収できるだけ魔石を回収した俺達は一休みした後、すぐに次のルームへと移動を再開した。

 

「本当に戦力って上がったのかぁ?」

 

「魔法は本来切り札。ポンポン使うものじゃない」

 

「わぁってるよ」

 

 いじけたように答えるアワラン。

 まぁ、俺達の魔法は殲滅出来るような奴じゃなかったり、使い勝手が悪い奴だからな。

 

 正直、リリッシュの魔法のことも文句言えないと思う。

 

「まぁ、上層から中層は広い場所が少ないからねぇ。広域魔法なんて使いどころがないのはしょうがないさ」

 

「それに数さえいなければ魔法を使わずとも勝てていますからね」

 

「けど、ここから先はそうはいかないよ」

 

「そうだな。15階層からはミノタウロスやライガーファングが出る」

 

「んで、17階層には階層主、か……」

 

 ここまではLv.1の上位であれば、問題なく倒せるモンスターばかりだ。

 もちろん数の暴力をどうにかすれば、であるが。

 

 しかし、15階層以下から出現するミノタウロスとライガーファングは全ての個体がLv.2相当で、Lv.1の冒険者では上位であってもまず勝てない。

 もちろんパーティー戦であれば話は別だが、ミノタウロス達とて群れで現れることがある。そうなればほぼ絶望的だ。

 

 俺やハルハなら1対1でも勝てるだろうが、アワラン達では厳しいと言わざるを得ない。

 それを乗り越えた先にはダンジョン初の階層主〝ゴライアス〟が待ち構えている。

 

 【嘆きの大壁】と呼ばれる広間に現れる巨人のモンスター。

 

 パーティー連合で挑むのが常識とされる階層主。

 俺達のパーティーではどうやっても厳しいとしか言えない。

 

「まぁ、流石に階層主戦はだいぶ先だな。もっと団員を増やすか、どこかのファミリアと共闘でもしないと」

 

 と言っても、仲が良い探索系ファミリアなんていないんだけどさ。

 個人的な付き合いはあっても、流石に連合までは組めるほどじゃない。

 

「けど、どこが階層主を倒したとかあんま聞かねぇな」

 

「うむ。噂、出ない」

 

「あぁ、それはねぇ――」

 

「モンスターです!!」

 

 ハルハが疑問に答えようとした時、前方からヘルハウンドの群れが迫って来ていた。

 

 ここはまだ通路の途中だ。

 

「全く……またリリッシュは観戦だな」

 

「なんか近接武器使えねぇのか? リリッシュ」

 

「無理」

 

 ですよね。

 

 俺は刀を抜いて、魔法を発動する。

 

「【鳴神を此処に】」

 

 雷を纏って、高速で駆け出す。

 先陣を切ってヘルハウンドの群れに飛び込み、ヘルハウンドを数体斬り倒す。

 

 続いてハルハも飛び込んできて大鎌を薙いで斬り飛ばす。

 

 ディムルとアワランは正重達の護衛しながら参戦する。

 今回は後続はおらず、すぐに終えられた。

 

 一度刀を納めるも、すぐに居合を放てる状態で周囲を警戒しながら、正重達の魔石回収を見守る。

 

「……ん?」

 

 その時、俺の耳にある音が聞こえてきた。

 

「ハルハ」

 

「ああ、どうやら先のルームで戦ってる奴らがいるみたいだね」

 

「どうする?」

 

「素通りするしかないだろ? 通路で待つなんてモンスターがいつ生まれるか分からないしね」

 

「だよな。……常識的な人達だといいけど」

 

「口にすると逃げちまうよ。アンタ、厄介事を引き寄せる体質みたいだしね」

 

 ……言うなよ。

 

 俺はため息を吐いて、魔石回収を終えたのを確認して進むことにした。

 引き返すのも面倒だしって言うか、これから行くルームが地上へ戻る近道なんだよな。今日はちょっと遠回りで下りてきたし。

 

 俺達は警戒しながらルームへと足を踏み入れる。

 

 そして、そこにいたのは……。

 

 『道化師』のエンブレムを掲げた冒険者達だった。

 

「……【ロキ・ファミリア】」

 

「これまた大物だねぇ。常識的ではありそうだけどね」

 

「大物過ぎるのも困りものなんだけどな……」

 

 俺は小さくため息を吐いて、素早く【ロキ・ファミリア】の面々を見渡す。

 

「……遠征帰り、か」

 

「だろうね。ルート確保の先遣隊ってところか」

 

「こりゃあ、俺達も今日はここまでだな」

 

「ですね……」 

 

 下層へのルートはこれから【ロキ・ファミリア】の後続隊が来るだろうしな。

 そこに怪物進呈でも起こしてしまえば、抗争になりかねない。

 

 その時、【ロキ・ファミリア】の指揮を執っていた金髪の小人族、フィンさんがこっちに顔を向けた。

 

「おや……フロル・ベルム……【スセリ・ファミリア】じゃないか」

 

 フィンさんの言葉に、傍にいたリヴェリアさんを含め多くの団員達がこっちに視線を向ける。

 別に敵意も殺気も込められたわけでもないのに、彼らの雰囲気に一瞬呑まれた。

 

 ……これが第一級冒険者達の圧、か。

 

 俺は高い壁を感じながら、一礼する。

 

「お久しぶりです、【勇者(ブレイバー)】。以前は助けて頂き、ありがとうございました」

 

「気にしなくていい。生き残ったのは君の……君と彼女の力だ。僕達は君と彼女を連れ帰っただけだよ」

 

 本来なら礼を言いに行かなければいけなかったんだけど。

 やっぱりファミリアとしては、そう簡単に頭を下げに行くのは褒められたことではないとのことで、スセリ様に止められてた。

 一応、スセリ様が神ロキに謝意を伝えてくれたようだけどね。

 

「遠征の帰りですか?」

 

「ああ。と言っても……今回は階層は伸ばせなかったけどね」

 

「……【ロキ・ファミリア】でも厳しかったんですか?」

 

「残念ながらね。全く……ゼウスとヘラの背中はまだまだ遠いようだ」

 

 フィンさんは苦笑しながら言うも、やはりどこか悔しそうだ。

 しかし、すぐにそれを隠して、ハルハやアワラン達に目を向ける。

 

「……ふむ。噂には聞いてたけど、随分と個性的な団員を集めたね」

 

「ええ、まぁ……頼もしい連中ですよ」

 

「そうか……。おや、同胞が入ったのかい?」

 

 フィンさんはリリッシュを見つけて、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 

「はい。リリッシュ・ヘイズです。【学区】出身の魔導士ですね」

 

「へぇ……それはまた珍しい」

 

「どうも」

 

 リリッシュは眠たそうな目つきのまま、軽く礼をする。

 ディムルに目を向けると、リヴェリアさんに声をかけられていた。

 

「エルフの槍使いか」

 

「ディムルと申します。私情により顔を見せぬ無礼をお許しください、リヴェリア姫」

 

「気にするな。今の我々は冒険者だ。遜る必要はない」

 

「感謝致します」

 

 ディムルは片膝をついて一礼し、リヴェリアさんは少しメンドそうな表情を一瞬浮かべた。

 まぁ、王族として扱われるのは苦手らしいからな。

 

「実は【ネイコス・ファミリア】の抗争を観戦させてもらったんだ」

 

「え?」

 

「外からだったから、ハーフドワーフの彼とエルフの彼女の戦いだけだけどね」

 

 もしかしてアーディ達の近くにいたのか。

 まぁ、他にも見てた連中もいただろうし、気にするだけ無駄か。

 

「フィン! そろそろ行くぞ!」

 

「おっと……。すまない、そろそろ」

 

「はい。お気を付けて」

 

 言う必要はないだろうけど。

 

「ありがとう」

 

 フィンさんとリヴェリアさんは笑みを浮かべて言い、団員達の元へと戻っていく。

 声をかけたのは着流しを着た老人の男性だった。

 

 どうやら幹部格のベテラン冒険者のようだ。

 多分俺達で言うハルハみたいな立ち位置なんだろう。

 

 移動を再開するフィンさん達を見送った俺達は、一斉に息を吐いて体の力を抜く。

 

「はぁ~……あれが現最強派閥の一角、【ロキ・ファミリア】か……。全然勝てるイメージ湧かなかったぜ……」

 

「そりゃねぇ……。遠征に参加する連中のほとんどは第二級以上の冒険者ばかり。あそこにいた連中は全員アタシらより格上さね」

 

 まぁ、深層にまで行くとなるとLv.2以下は厳しくて連れていけないよな。

 つまり、俺達では足を踏み入れられない領域だということ。

 

 そこから生還してきたフィンさん達に俺達が敵う道理はないだろう。

 

「けど、いずれは俺達もあそこに辿り着かないといけないんだ」

 

 俺の言葉にアワラン達は俺を見る。

 

「……ふっ。そうだね。最強を名乗るにゃ【ロキ・ファミリア】を越えなきゃいけない」

 

「だな……。俺らだってあそこまで強くなれるってことだもんな」

 

「鍛錬、頑張る」

 

「ですね」

 

「成長あるのみ」

 

 そういうことだ。

 今の俺達じゃ届かないだけ。でも、いずれは届く。……届かせる。

 

 ただ、それだけのこと。

 

 焦る必要はない。彼らの存在こそが俺達が強くなれる証明なんだから。

 

「今日は引き返そう。このルートは【ロキ・ファミリア】に挟まれるし、ここまで上級冒険者が移動していればモンスターも近寄らないと思う。逆に言えば、ここから離れた場所にモンスターが集まる。流石に俺達じゃきつくなるし、怪物進呈されたら最悪だ」

 

「そうだね。場合によっては下の階層からモンスターが逃げてくるかもしれない。さっさと上層まで引き上げた方がいい」 

 

 俺とハルハの言葉に否は出ず、俺達は足早に来た道を引き返す。

 

 基本的に無鉄砲なアワランだが、ダンジョンでは俺とハルハが揃った意見に関しては抵抗しない。

 まぁ、アワランは馬鹿ってわけじゃないからな。

 

 さっさと地上に帰還した俺達はバベルで換金して本拠へと戻る。

 

「おぉ、早かったの」

 

「【ロキ・ファミリア】の遠征帰りに出くわしまして」

 

「なるほど。まぁ、それならば明日からはしばらく【ロキ・ファミリア】も大人しくしておるじゃろうて」

 

「はい」

 

「おっと、そうじゃった。明日、客が来るでな。ダンジョン探索は客が帰ってからにしておくれ」

 

「客ぅ?」

 

「うむ。例のサポーターじゃ」

 

「え!? 見つかったんですか!?」

 

「しても良いという者が見つかっての。他のファミリアの者でな、明日顔合わせじゃ」

 

「物好きもいたもんだねぇ」

 

「しかし、ありがたい話ではありますね」

 

「問題は報酬。金か、戦力か」

 

「む? 意味、分からず」

 

「ただ金を払えばいいのか、そのファミリアの遠征時に着いて行くのかってことさね。前者なら楽だけど、後者ならちょっと面倒だね」

 

「でも、遠征に行くほどのファミリアが俺達なんて呼ぶか? スセリ様が会うことにしたってことは、信頼できる相手なんだろうし」

 

 俺はリリッシュとハルハの言葉に首を傾げる。

 

 遠征に行くほどのファミリアならば、中層以下に行くことになるはずだ。

 俺達程度の力なんて足手纏いにしかならないだろう。

 

「別に今すぐってわけじゃないだろうさ。アタシらが遠征に行けるようになったらって話さ」

 

「いやいや、一体何年後の話さ」

 

「まぁね。けど、先に唾を付けておこうって考える奴はいるかもしれないからね。警戒しておいて損はないよ」

 

 まぁ、そう言われれば反論のしようもないけど。

 とりあえず、会うだけ会ってみるとしよう。

 

 

 

 

 翌朝。

 

 朝食を食べ終えて、思い思いに過ごしていると、玄関から声がしたので俺が出迎えに向かう。

 

 そして、そこにいたのは、

 

「……シャクティさん? それにアーディ?」

 

「おっはよー!」

 

「……朝早くから失礼する。【迅雷童子】」

 

 元気よく挨拶するアーディに、それに小さくため息を吐いて挨拶するシャクティさん。 

 

 そして、アーディの隣にいるもう1人。

 

「オメェさんが【迅雷童子】か。儂はドットム・グレンロックだ。二つ名は【岩砕重士(カブラカン)】」

 

 ニカッと愛嬌のいい笑みを浮かべる()()()()()()()()片腕のドワーフ。

 

 ドットムさんは全く悲壮感を感じさせずに自己紹介をしてくれた。

 

「……もしかしてドットム殿が?」

 

「ああ。諸君らのサポーターを担ってもいいと言ってくれた者だ」

 

 【ガネーシャ・ファミリア】が一番可能性が高いとは思ってたけど……本当に来るとは。 

 

 とりあえず、俺は3人を応接間に案内する。

 すでにスセリ様は応接間にやってきていた。

 

「ハルハ達もすぐに来るであろう」

 

「はい」

 

「よぉ来てくれたの」

 

「いや、我々としても、流石に堂々と出来る話ではないのでな。こちらの方がありがたい」

 

「ところで、アーディはどうして?」

 

「ん? ただの付き添いだよ!」 

 

「……」

 

 胸を張って堂々と言い放つアーディに、俺とシャクティさんは何とも言えない表情を浮かべる。

 

「でも、【ガネーシャ・ファミリア】で一番フロルと仲良いの私だし。ドットムおじさんのことも良く知ってるしさ」

 

「いや、まぁ、そうだけどさ……」

 

「ほぅ、こ奴がフロルと逢引したという娘か」

 

 スセリ様が目を細めてアーディを見る。

 

 そこにハルハ達もやってきたので、俺はこれ幸いと話題を変える。というか、本題に入る。

 

「で、では、団員も揃ったので、早速本題に入りましょうか」

 

「ああ」

 

 シャクティさんも妹の暴走が気が気ではなかったようで、すぐに頷いてくれた。

 スセリ様は俺の横でくつくつと笑い、アーディは気付いていないのかニコニコとしていた。

 

 ドットムさんもニマニマと笑いながら髭を撫でていた。

 

「神スセリヒメより、ガネーシャにサポーターについて話があった。それで団員の何人かに声をかけて、引き受けてくれたのがドットムだ」

 

「選定基準を訊いてもいいですか?」

 

「見ての通り、身体が不自由な者達を主に選ばせてもらった」

 

「それは何故?」

 

「今【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオの警邏を担っているため、遠征を一時免除してもらっている。闇派閥の蛮行が蔓延る現在、戦える上級冒険者の団員達はほとんど出払ってしまう状況でな。アーディ達新人冒険者の探索の付き添いでサポーターを兼任すると言っても、そんなに人数がいるわけでもない。ドットムのような団員が暇を持て余している」

 

 なるほど……。

 いくら上級冒険者といっても、やはり片腕だと舐められたりするのだろう。

 

 だから、普段はバックアップや新人の教育を担当しているそうだが、それでも暇な団員が多いらしい。

 

 それは逆に言えば、【ガネーシャ・ファミリア】は例え十全に戦えなくなったとしても見捨てず、出来ることをやらせているということだ。

 

「ガネーシャも我々も、今後とも【スセリ・ファミリア】とは良好な関係でいたいと思っている。故に【スセリ・ファミリア】の戦力が向上することは我々にとってもありがたい」

 

「なるほどのぅ」

 

「ドットムはLv.3の第二級冒険者だ。腕を失う2年前までは前衛を担い、ファミリアの遠征では下層まで到達している。中層と下層の階層主討伐経験もある猛者だ。アドバイザーとしては最適だと思っている」

 

「なるほど……。ドットムさんは何故うちに?」

 

「1つはさっき団長が言ってたが、新人教育にも人手が足りてる状況でな。儂はずっと新入り共やヒヨッコ共の面倒を見てたんだが、最近じゃダンジョン探索に行く奴も少ねぇし、警邏するのもあんま性に合わねぇんだよ。そしたら、噂の【迅雷童子】と【闘豹】がいる【スセリ・ファミリア】がサポーター探してるって聞かされてよ。儂としちゃあ、そっちの方が面白そうだったってだけだ」

 

 なるほど。行動派というか、現場気質なんだな。

 

 確かにうちには最適の人材かもしれない。

 

「俺としては、ぜひドットムさんにお願いしたいですね」

 

「妾はフロルや子供達が文句ないなら構わんぞ」

 

「アタシらはいつも通りだねぇ。主神と団長がいいなら構わないよ」

 

「うむ」

 

「だな」

 

「はい」

 

「いいよ」

 

「……団長とは言え、よくガキにそこまで委任出来るな。お前ら」

 

 ドットムさんとシャクティさんが呆れた表情を浮かべる。

 ハルハはそれにニヤリと笑い、

 

「コイツは普通のガキじゃないからねぇ」

 

「普通に頼りになるかんなぁ」

 

「ダンジョンでも的確に指示を出してくれます」

 

「フロル、団長、相応しい」

 

「以下同文」

 

 全面的信頼なのか、揶揄われてるだけなのか判断できません。

 

「ふぅん。まぁ、そこは実際に見て判断するか」

 

「そうだな。さて、では報酬と待遇についてだが」

 

「はい」

 

「基本的に報酬はいらない。もちろん、ドットムが倒したモンスターの魔石はドットムに権利があるものとしたい」

 

「問題ないです」

 

「そうか。では、待遇に関してだが、探索に関する装備、食料、薬などはそちら持ち。もちろん、命に関してはダンジョンである以上、死んでも責める気はないが……ドットム1人だけ死んだ場合はやはり疑いの目を向けざるを得ないのは理解してほしい」

 

「もちろんです。安全には最大限努力します。装備に関しては、うちは正重に一任してますが?」

 

「お前らの装備に合わせるつもりだ」

 

「では、後程正重と打ち合わせしてください」

 

「おう。まだ『鍛冶』スキルはないんだよな?」

 

「うむ」

 

「まぁ、それはしゃあねぇな。こればっかりは【ランクアップ】しねぇとどうしようもねぇしな」

 

「探索終了後はどうしますか?」

 

「基本的にファミリアの本拠に戻る予定だぜ。まぁ、飯食わせてくれるってんなら馳走になるが」

 

「うちの飯はスセリ様お手製ですがいいですか?」

 

「食えるなら文句ねぇよ。むしろ、女神の飯ってありがてぇしな。もちろん、酒は出るよな?」

 

「スセリ様とハルハ、アワランは飲みますよ」

 

「まぁ、オメェは飲めねぇもんな」

 

「流石にスセリ様からも許可が出てません」

 

「当然じゃ馬鹿モン」

 

 なんか話がズレた気もするが、なんとなくうちに馴染めそうだな。

 

「いいなぁ~。楽しそうだなぁ~。ねぇ、お姉ちゃん。あたしも時々フロル達に着いて行っていい?」

 

「馬鹿を言うな。足手纏いのお前を連れていかせるわけないだろう。お前のためにフロル殿達もドットムも余計な気を使って動き辛くなる」

 

「せめて中層に来れるようになってからいいやがれ」

 

「ぶぅ~」

 

 まぁ、流石にアーディが加わったら無理出来ないな。

 ドットムさんとの連携もまだ分かってないんだし。

 

 とりあえず、今は話を纏めよう。

 

「では、正重の鍛冶が終わり次第、ダンジョンへと潜りましょう。現在俺達は15階層まで潜ってて、近い内にダンジョン内で泊まり込みの探索を行いたいと思ってます」

 

「おう。構わねぇよ」

 

「あ。ステイタスに関しては、お互い話してもいい範囲でということで」 

 

「もちろんだ。流石に他派閥のステイタスを根掘り葉掘り聞く気はねぇよ」

 

 まぁ、そこらへんは俺達より精通してるよね。

 

 これでサポーターも確保できた。

 

 ダンジョン探索が楽しみだな。

 

 




師匠参上


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ベテランサポーターの実力

連投その3


 打ち合わせが終了し、ドットムさんは早速正重と武具の打ち合わせを始めた。

 

 俺、ハルハ、アワラン、ディムルはいつも通り組手を始め、それをシャクティさんとアーディが見学していた。

 リリッシュはいつも通り書庫に戻って読書。

 

 今回は4人同時に戦う乱取りだ。

 俺、ハルハ、ディムルは木で造った武器。アワランはいつも通り鋼鉄製の手甲。

 

 もちろん、俺達は全力戦闘である。

 

 そして、何故か全員が俺だけを狙ってくる。

 毎回毎回なんで3対1なんだよ!?

 

「そりゃあアンタが一番厄介だからだよ!」

 

「一番ちっこくてすばしっこいんだよ!」

 

「なのに、力も上なんです! こうでもしないと私は勝てません!!」

 

 だからってさぁ!!

 

 俺は必死にハルハの巧みな攻撃をいなし、アワランの重い一撃を躱し、ディムルの鋭い突きを受け流す。

 

 全員、技持ってるからステイタスに物を言わせてもギリギリなんだよな!

 

「……うわぁ……」

 

「ふむ……日々ここまで激しい修練をしていれば、成長が速いのも道理だな。私達も取り入れてみるか……」

 

「え゛」

 

「ん? フロル殿と一緒にダンジョンに潜りたいのだろう? このままでは離される一方だぞ」

 

「……うぅ~」

 

 なんかアーディの唸り声が聞こえるけど、

 

「って、あぶなっ!?」

 

 俺の真上をアワランの右脚が猛スピードで通り過ぎる。

 紙一重で頭を下げて躱すも、そこにハルハの大木鎌が掬い上げるように迫ってきた。

 

「っ!!」

 

 俺は二振りの木刀を交えてガードするが、前面に出ていた左の木刀に大きくヒビが入った。

 

 マズっ!?

 

「そらぁ!!」

 

 そこにハルハが右足を振って大木鎌を蹴り、バキッと木刀が折れた。

 

 俺は左手に握る残骸を放り捨てながら、右の木刀を斜めにして大木鎌を受け流す。

 しかし、今後は俺の右手を狙って、ディムルが短木槍を鋭く突き出してきた。

 

 逃げようとしたが、俺の進行方向にアワランが立ち塞がった。

 

 お前らマジで酷くない!?

 

 俺は右手の木刀を手放してディムルの突きを躱すが、

 

「オラァ!!」

 

 アワランが容赦なく左フックを繰り出してきた。

 

 俺は何とか両腕を交えて顔とアワランの拳の間に差し込む。

 直後、両腕に衝撃を感じ、後ろに吹き飛ばされる。

 

「ぐぅ!?」

 

「ちっ! 後ろに跳び下がりやがった」 

 

 俺は数回地面を後ろに転がって、その勢いのまま立ち上がる。

 直にガードした右腕に鋭い痛みが走り、目を向けると赤くなって少し腫れていた。離握手は問題なし。だけど、無理は出来ないか。

 

「はぁ!!」

 

 ディムルが長木槍を振り下ろしてきて、俺は半身になって紙一重で躱す。

 長木槍が地面に叩きつけられた瞬間に、俺は長木槍に右足を乗せて一気に駆け上る。

 

「っ!?」

 

「はっ!」

 

 俺は右足でディムルの右手を踏みながら、左足を振り上げてディムルの顔面を狙う。

 ディムルは左腕で俺の蹴りをガードしようとするが、俺は直前で勢いを緩めてその左腕に足を乗せ、乗り越えるようにディムルの背後へと回る。

 

 それと同時に左掌底をディムルの背中に叩き込んで、押し飛ばす。

 

「ぐっ!?」

 

「そらぁ!!」

 

 ハルハが凶悪な笑みを浮かべて、大木鎌を薙ぐ。

 俺は避けきれないと判断し、敢えて前に出る。

 

 大鎌の刃部分は躱すも、柄が俺の右脇腹に叩き込まれる。

 

 俺は顔を顰めながら痛みに耐え、両手で柄を握る。

 そして、全力で横に振る。

 

「ちぃ!」

 

 ハルハは舌打ちするも、俺の力に逆らわずに横に跳んでやり過ごし、逆に俺を持ち上げようと大木鎌を振り上げようとする。

 

 俺は両手を離して、ハルハの懐に潜り込もうと駆け出す。

 だが、ハルハは振り上げた勢いを利用して、そのままバク転して両足を振り上げて俺を牽制する。

 

 俺は足を止めて、後ろを振り返る。

 

 そこには右腕を振り被ったアワランがいた。

 

「ウラァ!」

 

 繰り出された右ストレートを半身になって紙一重で躱し、素早く背を向けながら抱えるように右腕を掴む。

 そして、勢いよくアワランの右腕を引きながら右脚を後ろに振り上げて、アワランの右脇に差し込む様に当て、アワランを背負い投げする。

 

「なぁっ!?」

 

 俺はアワランの腕を離し、そのまま前転する。

 放り投げられたアワランでハルハの動きを阻害し、その隙に呼吸を整える。

 

 まだ俺狙いですか?

 

「ここまで来たら意地なんだよ!」

 

「やられたまま引き下がれっかよ!!」

 

「では、私は団長側に付きましょう!」

 

「ディムル、テメェ!」

 

 ディムルが俺サイドに付いて、2対2の形になった。

 まぁ、ディムルからすれば、そっちの方が経験になるからな。

 

 その後もその状態で戦い続け、1時間ほどしてスセリ様が水やタオルを持ってきたことでようやく休憩となった。  

 

 俺、ハルハ、アワランは大の字で息も絶え絶えで倒れており、ディムルも座り込んで息を荒くしている。

 

「「「「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」」」」

 

「盛り上がるのは構わんがのぅ。これでポーションを使うというのも馬鹿馬鹿しいの」

 

 スセリ様が呆れ顔でポーションの蓋を外して、俺達に順番に掛ける。

 

 シャクティさんとアーディも縁側に座って呆れた顔を浮かべていた。

 

「感嘆すべきか、呆れるべきか。同じ冒険者としては悩ましい所だな」

 

「……これって毎日やってるの?」

 

「はぁ……はぁ……はぁ……。まぁ、流石にダンジョンに潜った日はここまでじゃないな……」

 

 俺は立ち上がって縁側に置かれた水筒を手に取り、水を飲みながらアーディの問いに答える。

 

「……え? ダンジョンに潜った日も組手してるの?」

 

「軽くな。ダンジョンでそれぞれに気になったところを確かめたり、暴れ足りなかったりするからなぁ。まぁ、俺としてはスセリ様との組手は日課みたいなものだけど」

 

「ハルハとアワランは元々戦闘狂気質じゃからな。ディムルは恩恵を得て間もないからのぅ」

 

「……なるほど。【闘豹】がここを気に入ったわけだ」

 

「アタシが入った時は、アワランとディムルはいなかったけどね」

 

「俺は心底このファミリアで良かったと思ってるけどな」

 

「私もですね。スセリヒメ様の鍛錬を始め、フロル殿達との組手も学ぶことが多いですので」

 

「なんだかんだで一番多才なのがスセリヒメ様で、強いのがフロルだからねぇ。スセリヒメ様は未だに技に関してはアタシらじゃ勝てないからねぇ」

 

「まだまだヒヨッコ共に負けるわけなかろう。まぁ、ステイタスでゴリ押しされれば負けるがの」

 

「それで勝っても嬉しかないよ」

 

 ハルハの言葉に俺、アワラン、ディムルも頷く。

 

 シャクティさんは腕を組んで、

 

「冒険者の多くはステイタスばかり気にしているからな……。ここまで組手に力を入れているファミリアはそうないだろう。そこは我々も見習わなければな」

 

「……ここまでやらないと駄目?」

 

「ここまでは無理だろうがな。それでも新人冒険者は少し厳しめの方がステイタスは上がりやすいと思うぞ。それはフロル殿が証明しているからな」

 

 いや、俺の場合はスキルのおかげなんですがね。

 けど、ディムルも結構なペースで数値が伸びてるし、あながち間違ってもないか。 

 

 ごめんよ、アーディ。

 

 俺達のせいで明日から大変かもしれない。

 

 その後、シャクティさんとアーディは流石にこれ以上ファミリアを空けるわけにはいかないということで帰った。

 まぁ、正確にはアーディは残ろうとしたけど、シャクティさんに抱えられて連れ戻されたんだけどな。

 

 俺達は引き続き組手。

  

 と言っても、先ほどのように激しいものではなく、俺とディムルは互いに槍を使って技や駆け引きを主体にした組手。ハルハとアワランも動きの精密さを意識した組手だ。

 

 成長するステイタスと体の動きや感覚と同調させることを目的としたものだ。

 

 それも昼になれば終わり、一度水浴びをする。

 食堂に行くと正重とドットムさん以外は揃っていた。

 

「正重はともかく、ドットムさんもまだ一緒に?」

 

「うむ。正重の腕を一つも逃さず見届けたいそうじゃ。まぁ、ドワーフとして鍛冶やら武具に関わることは気になるのじゃろう」

 

「なるほど……」

 

「後で飯を運んでやれ。どうせ正重には握り飯を持って行くしの」

 

「はい」

 

 ということで、昼食を堪能した俺は早速2人の食事を運ぶことにした。

 

 鍛冶場からはカァン! カァン!と鉄を叩く音が響き、近づくにつれ熱気が増すように感じる。

 

 熱中症で倒れそうだな……。

 正重は「慣れ、集中、気にならない」とか言ってたけど、やっぱり心配になる。

 

 鍛冶場に到着した俺は引き戸を開ける。

 中は完全にサウナ状態。真っ赤に燃える炉の前には上半身裸の正重が陣取っており、力強く真っ赤に熱された鉄を叩き鍛えていた。

 

 炉の火に照らされた鬣のような金髪と金の瞳が、夕陽のように金赤に輝いている。

 俺はその光景が、まるで正重自身が燃えているかのような印象を受ける。

 

 そしてドットムさんは入り口横に座って、まっすぐ正重の鍛冶を見据えていた。

 その顔は汗1つ掻いておらず、まさにベテラン冒険者の目つきをしている。

 

 自分の命を預ける武具を他ファミリアの職人に任せるんだ。気になりもするか。

 

「ドットムさん」

 

「ん? おぉ、坊主か」

 

「昼食、ここに置いときます。簡単なものですけど」

 

「ありがてぇ」  

 

 鍛冶場での食事なので、簡単なものだ。

 俺は正重の近くにもおにぎりを置く。

 

「正重、食事置いとくぞ」

 

「うむ、感謝」

 

「ああ」

 

 鉄を打ちながら簡単に答える正重に、俺も軽く返事をして後ろに下がる。

 

 ドットムさんと話をしようと思ったが、邪魔になりそうだったので鍛冶場を後にする。

 

 その後、俺は縁側で昼寝をして時間を潰す。

 というか、朝動き過ぎて眠気がハンパないんだよ。まぁ、寝る子は育つということでこういう時は逆らわずに寝ることにしている。

 

 多分、起きた時にはスセリ様が膝枕してるんだろうな。

 ここで昼寝すると、毎回起きた時にスセリ様が膝枕してるんだよ。っていうか、俺も起きろよって話だよな。

 

 まぁ……いいか。

 

 眠い……。

 

 

 

 

 起きたら案の定スセリ様が膝枕していた。

 猫を撫でるかのように俺の頭を撫でている。

 

「おぉ、起きたかや」

 

「……どれくらい寝てました?」

 

「妾が見つけてからは1時間くらいじゃな。もうすぐ夕暮れじゃから2時間くらいは寝ておったのではないか?」

 

「そうですか。ん~……!!」

 

 俺は体を起こして伸びをする。

 

 すると、裏手で誰かが武器を振っているような気配と音がした。

 

「アワラン達ですか?」

 

「も、じゃな。ドットムの武器が出来上がっての。今、試し振りをしておるところじゃ」

 

「なるほど」

 

 スセリ様と共に裏手に回ると、ドットムさんが片腕で豪快に武器を振っていた。

 

 ドットムさんの武器は、巨大な半月状の刃で、腹の真ん中に埋め込むように柄がある。

 何というか……斧と圏を組み合わせた感じの武器だ。

 

 正重の《砕牙》に近い雰囲気を感じさせる。

 

「また豪快な武器ですね」

 

「うむ。片手で振るうとなると普通の斧や剣では振り回し辛いのじゃろうな」

 

 なるほど。持ち替える余裕なんてないだろうしな。

 体ごと回って全方位に対応できるような武器が丁度良くなるのか。

 

 少し離れた所で正重がドットムさんの素振りを見ていた。

 

「バランス、問題なさそう。重さ、如何に?」

 

「おう、いい感じだ。中層なら問題ねぇだろうよ」

 

「うむ」

 

 これで武器は問題なさそうだな。

 

「良い腕してやがる。ヘファイストスとゴブニュの連中はいつか悔しがる日が来るかもな」

 

「うむ、精進、続ける」

 

「おう。じゃあ、明日から潜るのか?」

 

 ドットムさんが俺に顔を向けて訊ねてくる。

 

「そうですね。お互いの連携は早めに確認したいので」

 

「だな。分かった」

 

 その後、待ち合わせの時間を決めて、ドットムさんは本拠へと帰っていった。 

 

 俺達も明日に備えるために、武器の点検や体を休めることにしたのだった。

 

…………

………

……

 

 翌日、俺達は早速ドットムさんと共にダンジョン15階層へと赴いた。

 

 ドットムさんは少し古びた鎧を身に着けていた。昔使っていた防具らしい。

 

 背中には正重のよりもデカいバックパックを背負っていた。それに加えて、正重が造った武器も背負っているのでかなりの重量な気がするがケロッとしていた。

 しかも、上層では武器を使わずに素手で戦い、ほぼ一撃の元に倒していた。

 

 数回中層にてモンスターと戦い、その様子を見ていたドットムさんは呆れたような顔を浮かべていた。

 

「何とも評価し辛ぇ連中だな。オメェら……」

 

「そうですか?」

 

「普通はステイタスに振り回されて、技や駆け引きが未熟な連中が多いんだが……。アワランとディムル嬢ちゃんはその逆。ステイタスの方が技に追いついてねぇ。ハルハ嬢ちゃんも2人ほどじゃねぇが、感覚とステイタスが噛み合ってねぇし、坊主に関しちゃホントに【ランクアップ】して3か月かって言いたくなんな」

 

 まぁ、俺はスキルがあるからなぁ。

 

「正重は鍛冶師が本分だし、リリッシュ嬢ちゃんは活躍の場がスゲェ限られてっから、まぁいいとしてよ。なんつぅか……悉く『普通』が当てはまらねぇ連中だな」

 

「あはははは……」

 

 俺は空笑いしか上げられない。

 

「どうしたもんかねぇ……。おい、坊主。今後、泊まり込みの探索をするのはいいとして、他は何を目的にしてんだ?」

 

「一番はアワラン達の【ランクアップ】ですね。流石にディムルはまだですけど、アワラン、正重、リリッシュの3人は【ランクアップ】可能なステイタスではあるので」

 

「なるほどな……」

 

「けど、中々に難儀でして……。特にアワランが」

 

「ああ、シャクティの奴から軽く話は聞いた。【ネイコス・ファミリア】の団長をのしたらしいな」

 

「はい。でも、【ランクアップ】しなかったので……」

 

「Lv.2の冒険者を倒す以上の『偉業』ねぇ。そりゃあ簡単じゃねぇよなぁ」

 

 ぶっちゃけ俺達と日々組手してるのも大きいと思うんだよな。

 俺とハルハ相手にそこそこ戦えてるんだから、そこらへんの相手じゃ『上位の経験値』なんてそう簡単に得られないんじゃないかね。

 

「流石にミノタウロスとやらせるわけにゃいかねぇよなぁ……」

 

「正重達と一緒に戦わせちまったら、逆に余裕だろうしねぇ」

 

「階層主は駄目なのかよ?」

 

「馬鹿言ってんじゃねぇ。階層主は単一パーティーで挑む相手じゃねぇよ。行くとしてもせめて治療師見つけな。ハイ・ポーションにエリクサーだけじゃ厳しい。まぁ、それ以前に17階層の階層主と戦う機会なんて少ねぇけどな」

 

「なんでだ?」

 

「階層主は一回倒されると再び出現するまで時間がかかる。17階層の『迷宮の孤王(モンスターレックス)』〝ゴライアス〟の次産期間(インターバル)は約2週間なんだよ」

 

「じゃあ、それに合わして行きゃあいいじゃねぇか」

 

「そうだが、十中八九邪魔が入るぞ」

 

「は?」

 

「【リヴィラの街】の連中が出しゃばってくんだよ」

 

「【リヴィラ】?」

 

「知らねぇのか? 18階層にある街だ。18階層はダンジョンで数少ない安全階層でな。モンスターが産まれねぇ」

 

 モンスターが産まれないと言っても下の階層から上がってくる奴はいるらしい。

 それでも絶対的に数は少ないし、そこまで下りて来れる冒険者達ならば問題なく対応できるので、休息地として重宝されている。

 

 その結果、生まれたのが【リヴィラの街】だ。

 

 冒険者が造り、冒険者で経営されている宿場町。

 

 そのため暴利な値段設定されているが、下層を目指す冒険者からすれば貴重な補給ポイントであるため、文句を言うことは出来ない。

 たとえ【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】であっても。

 

 【リヴィラの街】からすれば、ゴライアスは目の上のたん瘤的な存在だ。

 地上に帰還するにも、客を呼ぶにも階層主がいない方がいい。

 

 冒険者達も毎回毎回19階層以下に下りる度に、ゴライアスと戦うのはキツイ。

 

 なので、【リヴィラの街】に住む冒険者達が倒してくれる方がありがたいのだ。

 

「ゴライアスはデケェし、ステイタス的にはLv.4相当。今の儂らじゃどう足掻いても勝てねぇよ」

 

「分かってます。流石に挑む気はないですよ」

 

「なら、いいけどよ。じゃあ早速明日一度泊まり込んでみるか?」

 

「良いんですか?」

 

「15階層までなら問題ねぇと思うぜ。見張りのローテーションは少し考えねぇといけねぇけどな」

 

 まぁ、そりゃそうだ。

 

 パーティーメンバーは7人。

 普通に考えれば、3組に分けるべきだよな。

 

「俺、ハルハ、ドットムさんを中心に分けるとして……」

 

「正重、アワラン、ディムルとリリッシュって感じで分けるべきだろうねぇ」

 

「となると、ディムル嬢ちゃん達は儂とだな」 

 

「じゃあ、正重は俺と。アワランはハルハとがいいか」

 

「うむ」

 

「あいよ」

 

「おう」

 

 あっさりと組み分けが決まり、俺達は探索を再開したのだった。

 

 

 



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新たな派閥

連投ラスト


 いよいよ泊まり込んでのダンジョン探索だ。

 と言っても一泊だけだけど。

 

「気を付けるのだぞ」

 

「はい」

 

 スセリ様に挨拶して、俺達は早々にバベルへと向かう。

 バベル前の広場でドットムさんと合流して、とっとと中層へと下りようということになった。

 

「ギルドに確認してきたが、階層主は3日前に討伐されたらしいぜ。だから、まぁ、イレギュラーが起きたら18階層に逃げ込んでもいいだろうよ」

 

「分かりました」

 

「ただ、【フレイヤ・ファミリア】の幹部連中が下層に潜ってるらしい。遠征じゃないみてぇだから、鉢合う可能性がある。流石に【フレイヤ・ファミリア】と喧嘩されたら庇えねぇし、関われねぇぞ」

 

「流石にハルハやアワランだって喧嘩する相手ぐらい選んでくれます」

 

「「おい」」

 

「坊主も神スセリヒメを馬鹿にされたからって殴り掛かんなよ? あそこの眷属共は主神が主神だし、心底惚れ込んでっから他の女神を貶すことに遠慮がねぇ。あそこは異常な奴らの集まりだって、頭ん中叩き込んどけ」

 

「はい」

 

 もちろんです。

 そこらへんは理解してる……つもりだ。

 

 ……あまりにムカつくこと言われたら自信は無いけどさ。

 

 とりあえず会うかどうかも分からん人達のことは横に置いて、今は遠征に集中しよう。

 

「じゃあ行こう。はしゃぎ過ぎないようにな」

 

「だから分かってるって言ってんだろ? アタシらだってそこまで単細胞じゃないよ」

 

「それに少しくれぇはしゃいだ方が、どれくらい影響出んのか分かっていいんじゃねぇの?」

 

「それはそうだけど、初回でやる必要はないよ。ただでさえ俺達は15層までしか行ったことないんだからな」

 

「そういうこったな。ミノタウロスも出るんだ。油断は出来ねぇぞ」

 

 俺とドットムさんの言葉にアワランは不服気に腕を組む。

 まぁ、いずれは暴れまくって一泊する必要は出てくるだろうけどな。初回からやるのはハードすぎる。

 俺だってまだミノタウロスとは戦ったことはないし、ハルハももちろんない。

 

 ミノタウロスはLv1では倒せないと云われている。

 いくらアワランや正重でも無理だろう。アビリティーオールSだったベル・クラネルですらギリギリだったんだから。

 なので、現状ミノタウロスを単独で倒せるのは、ドットムさん、俺、ハルハだけとなる。

 

 パーティーだったら勝てるだろうけどさ。

 でも、それじゃあランクアップは難しそうなんだよな。

 

 難しい所だ。

 まぁ、それ故にランクアップを果たすには『偉業が必要』とされてるんだよな。神の恩恵がそう簡単に昇華するわけがない。

 俺だってスキルがあったとは言え、ランクアップするのにかなりの地獄を見た。

 

 ぶっちゃけ、まだまだ正重達のランクアップは難しいだろうな。

 

 そんなことを考えていると、

 

「おーい、団長ー。置いてくぞー」

 

「ああ、今行く」

 

 少し置いて行かれていたようだ。

 すると、

 

「きゃーー!!」

 

「ん?」

 

 悲鳴が聴こえ、俺達は視線を向ける。

 

 見ると、2人の男が女性から鞄を奪って、こっちに向かって走って来ていた。

 男の1人はナイフを持っており、振り回しながら周囲を威嚇していた。

 

 闇派閥…じゃなさそうだな。ただのゴロツキか。

 

「どけやガキーー!!」

 

 どかん。

 俺は迫ってくる男達をまっすぐ見据えて、取り押さえようとしたが……。

 

 横から猛スピードで迫る人影を視界の端に捉えた。

 

 

「てりゃあああ!!」

 

 

 気迫と共にその人は、真横からナイフを持つ男に飛び蹴りを浴びせた。

 

「ぐへぇ!?」

 

 男は横から車に激突されたかのように、10M近く吹っ飛んでいった。

 そして蹴飛ばした人は、驚きながら足を止めた鞄を抱えている男に向きながら細剣を抜いた。

 

「そこまでよ! 大人しくしなさい!」

 

 俺に背中を見せたその人は、燃えるような赤い髪をポニーテールに纏めた少女だった。

 

「ぐっ……なんだよ、クソガキが……!」

 

「こんな美少女に向かってクソなんて失礼ね! ま、女性から荷物を奪って、子供を襲おうとする奴に『な、なんて美少女なんだ……』なんて褒められても嬉しくないけど」

 

 少女は細剣を突き付けたまま、空いた左腕で肩を竦めて余裕綽々な態度を見せる。

 

 ……なんか…天然っぽい人だな。

 あと俺、どうしたらいいんだろうか? 子ども扱いされたけど…って子供か俺。

 

 ちなみに吹き飛んだナイフ男はドットムさんが背中を踏みつけてる。

 

「さて、まだ逃げる? 冒険者から逃げられると思わない方がいいわよ」

 

「くそっ……!」

 

 そもそもこんなところでよく盗みを働こうとしたな。ここって冒険者がいて当然の場所だろうに。

 それとも冒険者関係の品だから狙ったのか? 闇派閥にでも売れれば金にはなるだろうしな。

 

「やれやれ……。団長様、いきなり1人で飛び出さないでくださいまし」

 

「ったく……もうちょっと落ち着きってもんを覚えてくれねぇかねぇ」

 

 歩み寄ってきたのは、ザ・大和撫子風の和服に太刀を携えた美少女と、ピンクショートヘアの小人族の少女。

 団長って呼んでるから、新しく出来たファミリアなんだろうな。

 

「ふっふーん! 悪があれば駆けつけるのが私なの! 一日一()()! 積み重ねれば大きくなって、世界を救うのよ!!」

 

 正義。

 

 赤髪の彼女は確かにそう言った。

  

「別に悪を誅するのを咎めてはおりません。お1人で暴れないでくださいと言ってるのです」

 

「いいじゃない。子供が襲われそうだったんだもの」

 

「……子供って、まさかソイツのことか?」

 

 小人族の少女が俺を見て、眉を顰める。

 

 あ、俺の事ご存じですか?

 

 小人族の少女は額に手を当てて、大きくため息を吐き、

 

「はぁ~……あのなぁ、団長サマよ。コイツ、今オラリオでご有名な【迅雷童子】様だぜ」

 

「へ? 【迅雷童子】?」

 

 赤髪の彼女はポカンとした顔で俺を見る。

 

 そうです。わたしが【迅雷童子】です……とでも名乗ればいいのか?

 名乗らんけど。

 

「あなたがあの世界最年少にして1年でランクアップしたっていう?」

 

「最年少はともかく、1年じゃないな。冒険者になってからは1年だが、恩恵を授かってからは2年だ」

 

「あ、そうなの。……え? 本当に【迅雷童子】?」

 

「そうだな。【スセリ・ファミリア】団長、フロル・ベルムだ。ところで、男は放っておいていいのか?」

 

「あ、忘れてた!」

 

 赤髪の少女はハッとして男を振り返る。

 忘れんなよ。

 案の定、男は荷物を投げ捨てて逃げようとしていた。仲間も見捨てて。

 

 だが、男の足元に大鎌が突き刺さる。

 もちろん、ハルハが投げたものだ。

 

「ひぃっ!?」

 

「ったく……カッコつけて現れた癖して、いきなり騒ぎ出して相手忘れるとか…呆れて物も言えないね」

 

 ハルハが呆れながら言い、アワランが隣で頷いていた。

 赤髪の少女は素早く男を蹴り倒し、切先を突き付けて押さえ込む。

 

「全く油断も隙も無いわね! しかも、お仲間まで見捨てようとするなんて」

 

「くそっ……!」

 

 男が悔し気に顔を歪める。

 その時、俺は視界の端に、周囲を囲み始めていた野次馬の中に怪しい動きをする男を見つけた。

 その男は何かを抱えていた。

 

 あれは……ボウガンか!

 

 狙いは赤髪の子!

 

 俺は腰の刀の鯉口を切りながら、ボウガンの男に向かって駆け出す。

 直後、男はボウガンから矢を放った。

 

 だが、俺はすでに射線上に割り込んでおり、飛んでくる矢を居合で斬り落とした。

 

「なっ!?」

 

「へ?」

 

 いきなり現れて邪魔した俺に、男は目を丸くして驚き、赤髪の少女は目をパチクリさせていた。

 

 俺は素早く男に詰め寄り、掌底を男の鳩尾に叩き込む。

 

「ごえっ――!」

 

 崩れ落ちた男の襟首を掴んで、赤髪の少女の傍に倒れている仲間の近くに放り投げる。

 

 やれやれ……思ったより厄介な連中だったみたいだな。

 

「ドットムさん、そいつもこっちに」

 

「おう」

 

 ドットムさんが踏みつけていた男をこっちに放り投げる。

 俺とアワランで正重から受け取ったロープで、手早く男達を縛り上げる。

 

「で、コイツらどうすんだよ?」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】を呼びに行くしかないんじゃないかい?」

 

「それは私達が引き受けるわ」

 

 赤髪の少女が手を上げて、申し出てくれる。

 

「いいのか?」

 

「もちろん。最初に手を出したのは私だし、助けてもらったしね。引き渡しまで貴方達にやって貰ったら、申し訳なくてアストレア様に顔向けできないわ」

 

 ……アストレア様、か。やっぱり、彼女達が……。

 

「アストレアってのは、アンタらの主神かい?」

 

「そうよ!! 正義と秩序を司る女神様! そして、私達が!!」

 

 赤髪の少女が何やらポーズを決める。

 

「弱きを助け、強きを挫き、たまにどっちも懲らしめる予定! 差別も区別もしない自由平等、全ては正なる天秤が示すまま! 願うは秩序、想うは笑顔! その背に宿すは正義の剣と正義の翼!!」

 

 赤髪の少女の後ろに団員と思われる少女達が並ぶ。

 

 

「私達が――【アストレア・ファミリア】よ!!」

 

 

 若々しく、誇らしげに、彼女は堂々と名乗りを上げた。……俺が言うのも変な話だが。

 

「そして私が! 団長のアリーゼ・ローヴェル! いずれ、このオラリオにのさばる混沌と悪を駆逐する正義の美少女冒険者よ!!」

 

 ドドン!!と効果音でも出そうなほどの名乗りだな。

 ……これがリュー・リオンの仲間になる人達なのか。

 

「まだまだ力不足だけど、これからは私達もオラリオの治安のために戦う!! 正しい秩序とたくさんの人の笑顔のために!!」

 

 だけど、その自信に満ち溢れた声と言葉、そして何より彼女の纏う雰囲気に周囲の人達も惹き付けられる。

 ……なるほど。この快活さにリュー・リオンも惹かれたんだな。

 オラリオに語り継がれる『正義』の使徒にして、暗黒期を乗り越える希望となる象徴。

 

「と言うわけで、コイツらは私達で引き受けるわ。【ガネーシャ・ファミリア】にも挨拶したかったし」

 

「分かった。じゃあ、任せるよ。でも、気を付けてくれよ。まだ仲間がいるかもしれない」

 

 俺は素直にアリーゼ達に男達を任せることにし、警戒を促す。

 ボウガンを持ち出すことはともかく、わざわざ捕まるまで身を潜めていたやり方は少し気にかかる。もしかしたら、組織でも出来ているのかもしれない。闇派閥とか、それに協力している商人の部下とかな。

 

「分かった。気を付けるわ」

 

「じゃあ、後はよろしく。行こう、皆」

 

「おう」

 

「うむ」

 

「ようやくだねぇ」

 

「ですが、良い感じに緊張も解れたのでは?」

 

「アレらとモンスターを一緒にするのは違うと思う」

 

「ま、気を張り続けるよりはマシってこった」

 

 俺達はようやくダンジョンに向けて歩き出す。

 ま、ここで【アストレア・ファミリア】に会えたのはラッキーと言えばラッキーだな。いつリュー・リオンが入団するのかは知らないが、顔見知りになれる伝手が出来た。

 ……仲良くなれるかは分からないけどな。

 

 アニメに【スセリ・ファミリア】は出てこない。

 俺はもちろん、ハルハや正重達の名前や噂すらなかった。小説やアプリゲームではあったのかもしれないが、少なくとも俺が知る範囲の本編に俺達は存在していない。

 アリーゼ達の様に死んだのか、そもそも存在していなかったのかは分からないが。もしかしたら、他のライトノベルとかでも見られるように、転生した『俺』という存在のせいで、歴史も未来も大きく変わった可能性もある。

  

 ……まぁ、だから何だって話だが。

 俺はこの世界で実際に生きてるんだ。原作と齟齬が出てきたって、それは結局架空と現実の違いってだけのことだ。

 俺は何が何でもこの世界で生き延びてやるって決めたんだ。

 

 だから……今は皆ともっと強くなることだけを考えよう。

 

 闇派閥やモンスターに負けないように。

 

 

…………

………

……

  

 ダンジョンへと赴く【スセリ・ファミリア】一行を見送るアリーゼ達。

 

「あれが噂の【スセリ・ファミリア】か~。ホントに団長が子供だったのね」

 

「ぶっちゃけ小人族って言われた方が納得出来るけどな」

 

「……そうだな。身のこなしも本物だった。他の団員達も一筋縄ではなさそうだ」

 

 アリーゼの独り言のような呟きに、ピンク髪の小人族―ライラと着物を着た少女―輝夜が鋭い表情で言葉を返す。

 他の面々は男達を抑えながら、輝夜達の言葉に頷いていた。

 

「あのドワーフと小人族の魔導師は知らねぇが、他の奴らはそこそこ有名になってるぜ」

 

「あのアマゾネスは【闘豹】って人でしょ?」

 

「ああ。今はLv.2で正式な二つ名になったが、その前はLv.1の癖にあちこちのファミリアのLv.2に喧嘩売りまくってたバトルジャンキーだ。そこそこの勝率を誇ってたらしい。それが【スセリ・ファミリア】に改宗したって大騒ぎになった。んで、あのデッケェ獅子人も目立つからな。オラリオでも唯一かもしれねぇってだけでも注目の的なのに、極東出身の鍛冶師らしいぜ。輝夜はなんか知ってんのか?」

 

「当然だ。村正と云えば、極東で知らぬ者はいないと言われるほどの鍛冶師一族だからな。……もっとも村正はヒューマンの血統だったはずだがな」

 

「へぇ……まぁ、そこらへんがオラリオにいる理由なのかもな。()()()()()()()()

 

「……かもな」

 

「で、あのハーフドワーフの男と鎧を着たエルフも、少し前に起きた【スセリ・ファミリア】と【ネイコス・ファミリア】の抗争で活躍したっつぅ話だ。ハーフドワーフはLv.2の団長を倒して、エルフは『神の恩恵』を受けたばっかだったってのに、【ネイコス・ファミリア】の団員数人を1人で押し留めたってよ」

 

「うわ……凄いね」

 

「恐らくステイタスの差を覆すほどの戦闘技術を身に着けているのだろうな……」

 

「ああ。で、そんな連中のトップにいるのが、あのガキンチョ団長サマってわけだ。さっきの動きだけでも、団長なのは伊達じゃなさそうだな」

 

「……あの居合は本物だ。正真正銘の技術による一閃だった」

 

 輝夜とライラの言葉に団員達はゴクリと唾を呑む。

 しかし、

 

「でも、悪い人達じゃなさそうよね! 仲良く出来そう!」

 

 アリーゼが笑みを浮かべながらあっけらかんと言い放つ。

 

「仲良くってな……。一応、あたしらも探索系ファミリアだぞ? これから競い合うってのに仲良くしてどうすんだよ」

 

「それはそれ! これはこれよ! 別にライバルだからって、街でもいがみ合う必要なんてないじゃない!」

 

「それはまぁ……そうだけどよ」

 

「噂じゃ闇派閥と敵対してるって話だし、正義と秩序のために協力出来るならするべきだわ! 私達だけでオラリオを守れるわけじゃないんだから! 1人の手より、たくさんの手の方が早く、大きく、色んなことが出来る。手を取り合えるなら、取り合わない理由なんてないじゃない!」

 

 底抜けの笑みを浮かべて宣うアリーゼに、ライラ達は苦笑する。

 これがアリーゼの平常運転だと嫌という程理解してるからだ。

 

「だったら、まずはさっさとコイツらを連行しようぜ」

 

「あ、そうだったわね。ほら! さっさと立ちなさい!」

 

 また男達の存在を忘れていたアリーゼは、本来の目的を思い出して男達をギルドまで連行するのだが……。

 

 進む度に犯罪を見つけては介入しまくり、連行する人数が膨れ上がり、突然大人数を連れて来られたギルドとシャクティに『限度を考えろ!』と怒られるのだった。

 

 




正義参上!


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盾狼人、甲冑ドワーフ

 小遠征……と言えるかどうか分からないが、泊りがけのダンジョン攻略は全くの見所も、特別に語ることも起こることもなく終わった。

 

 うん。本当に何のイレギュラーもトラブルもなく、無事に帰還した。

 良い事なんだけどさ。それはそれで拍子抜けと言うか……経験値になった気がしない。

 

「贅沢言うんじゃねぇよ。片腕がねぇとは言え、儂はLv.3。Lv.2に成り立てと言え、坊主とハルハ嬢ちゃんの2人。んで、ランクアップ圏内のLv.1が3人だぞ? 15層で一泊するくらいなら余裕に決まってんだろ」

 

「そして余裕じゃからこそ、決行したのであろうが。余裕がないかもしれんのであれば、ドットムがおろうが行かせるわけがなかろう。実際、ミノタウロスに少し手こずったそうではないか」

 

「ですよね~」

 

 ぐうの音も出ません。

 とりあえず、今後は到達階層を増やしながら、泊まってみるを繰り返すしていくしかないか。

 

 そして、スセリ様の言う通り、途中でミノタウロスに遭遇したので戦ってみた。

 うん、甘く見てた。全然倒れねぇの。俺とハルハの2人がかりでも、1体倒すのに数分要した。

 まぁ、魔法を使わなかったから、使ったらもう少し楽に倒せるとは思うけど、毎回使ってたら速攻でダウンしてしまう。

 

 ミノタウロスはLv.2相当の大型級モンスターで、正面からの戦闘では第三級冒険者でも手を焼くと云われるだけはある。

 『力』はもちろん、『耐久』も凄まじかった。

 っていうか、多分『力』と『耐久』だけなら、ハルハはもちろん俺よりも上だと思う。

 

 だから、アワラン達には『絶対に戦うなら俺、ハルハ、ドットムさんの誰かが必ずいる時にしてくれ』と厳命した。

 アワランは少し不満そうだったけど、他のメンバーは当然とばかりに頷いたので文句は言えなかったようだ。まぁ、俺達の戦いを見て、自分じゃまだ厳しいと理解してるんだろう。

 脳筋だけど馬鹿じゃないからな。アワランは。

 

「後1人か2人…ランクアップ圏内のLv.1がいりゃあ、Lv.1だけでパーティーを組ませて挑んでもいいかもしれねぇがな。もっとも、このファミリアじゃあステイタスより技術面が求められるから、そこら辺の奴らじゃ足手纏いになりかねねぇ。少なくとも【ガネーシャ・ファミリア】じゃ紹介出来る奴はいねぇぞ?」

 

「そう言ってもですねぇ……」

 

「ディムルはそもそもステイタスがランクアップ圏内におらんしの。正重はまだまだ力任せで技があるとは言えんし、リリッシュは前衛型ではない。正直、ドットムが言う程ミノタウロスに挑めるほど余裕があると思えんの」

 

 そう。正重、リリッシュ、ディムルはスキルや魔法、技は確かに破格で、そこら辺のLv.1に比べれば『凄い』の一言なのだが、ミノタウロス相手となるとまだまだ足りないところが多い。

 アワランには申し訳ないが、今のままではパーティーを組んだとしてもミノタウロスに挑戦はさせられない。

 アワランが納得するかは知らんが。

 

「やれやれ……まぁ、そう簡単に行かぬのが『偉業』と言う物よ。中には何年もランクアップ出来ぬ者もおる。というか、オラリオの外ではLv.2に上がるだけでも一生を費やす者の方が多い。それを考えれば、まだ機会があるだけ恵まれておるじゃろうて」

 

「だな。そもそも新興ファミリアが2年もせずに中層に行ってる時点でスゲェことなんだぞ? まぁ、ここは改宗した連中が多いとはいえ、そもそも坊主だけの段階で12階層まで行ってるだけでヤベェ事なんだってこと忘れんなよ? 【ガネーシャ・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】でも新人だけで12階層なんて滅多に行かせねぇんだ」

 

 ……それもそうか。

 俺やベル・クラネルと同じように考えちゃ駄目だよな。

 

 というわけで、しばらくはディムルのステイタス向上と、正重の戦闘技術向上をメインに動くことにした。

 もちろん、アワランのランクアップやリリッシュの魔法以外での戦闘手段を講じることも優先事項ではあるが。

 

 まぁ、結局中層には行くんだけどね。

 ディムルは上層よりも中層の方が上達しやすいと思うしな。

 

 アワランは逸るかもしれないけど、気長に構えていくとするか。

 

…………

………

……

 

 そんなこんなで更に一週間が経ったある日。

 

 今日もダンジョンに行こうとしていた時だ。

 

たーのーもー!!

 

 と、門の方から張りのある声が聴こえてきた。

 

「あん? 客か?」

 

「……この感じ。まさか……」

 

「入団者っぽいねぇ。じゃ、団長。後は頼んだよ」

 

 ハルハがニヤニヤしながら俺の肩に手を置く。

 や、やっぱり……!

 

「まぁ、これも立派な仕事ってこったな」

 

「……新参者で未熟者の私には手伝えることは……」

 

「私は別に誰が入っても問題ない」

 

「……すまぬ」

 

 ぐ……! 確かにその通りではあるんだが……!

 なんか納得いかん!

 

「とりあえず誰が来たか見に行くぞ、フロルや」

 

 スセリ様に苦笑しながら促されて、俺は肩を落としながら共に門へと向かった。

 

 そこにいたのは凸凹な2人組の女性だった。

 

 1人は高身長の狼人女性。正重ほどではないが、ハルハやスセリ様よりは高い。

 艶のある黒髪を後ろで束ね、鋭い顔つきと目つき。

 服装はノースリーブのチャイナ服。両腕には二の腕まで覆う手甲に、巨大なカイトシールドが2()()

 そして、左右のスリットから覗く両脚は太腿半ばまで覆うグリーブを履いている。

 

 カイトシールドの先とグリーブの爪先は妙に鋭い。

 ……刃代わりにでもしてそうだな。

 

 もう1人は極東の甲冑を着た褐色肌に白銀のショートヘアの小柄な女性。

 小柄な見た目に反してかなり重厚な鎧を着てるから、多分ドワーフだな。俺でもあそこまでの鎧は着れそうにない。

 背中には彼女や俺の身の丈を超える大刀が()()()。形はパン切り包丁のように切っ先が平らになっている。重さと力で断つ武器だな。それだけ腕力に自信があるんだろう。

 

「何用かの?」

 

「其方様が神スセリヒメノミコト様であらせられるか?」

 

「いかにも。こっちは妾の寵愛を受けし者、フロルじゃ」

 

「団長のフロル・ベルムです」

 

「おお! 其方が噂の【迅雷童子】殿か!」

 

 ドワーフさんが笑みを浮かべて俺を見る。

 狼人さんも視線を俺に向けて見下ろす。

 

 そして、2人揃って頭を下げた。

 

「某はヒジカタ・巴。極東より参ったドワーフにて候」

 

「我はツァオ・インレアン。同じく極東より参じた狼人(ウェアウルフ)なり」

 

「ここに来たということは入団希望かの?」

 

 スセリ様の問いに2人は力強く頷いた。

 まぁ、そうだよね。

 

 ということで、俺は今日もダンジョンに行くハルハ達を見送って、スセリ様と面談することになった。

 正重は残ってくれようとしたが、正重こそダンジョンに行って技を磨いて欲しいので、俺は笑顔で送り出した。……もっとも、正重はどちらかというと2人の武具に興味がありそうだったけどね。

 

 極東出身ということで、2人は座敷の応接間に案内する。

 

 4人揃って正座して向かい合う。

 

「さて……我がファミリアを選んだ理由から窺おうかの」

 

「では、某から」

 

 巴さんが小さく頭を下げて、話を始める。

 

「某は【アマテラス・ファミリア】…【朝廷】に仕えし派閥が一、【アメノタヂカラオ・ファミリア】に属する一家の出身で御座りますれば」

 

「ほう……アメノタヂカラオの奴の者か」

 

 アメノタヂカラオ―前世で言うと天手力男命だな。

 天照大御神を引き籠った岩から引っ張り出した力自慢の神だったはず。天照の腹心中の腹心で、三種の神器の守護に服されたとまで云われている。

 

 こちらの世界の【朝廷】とは、【アマテラス・ファミリア】を頂点とする国家ファミリアのことだ。

 しかし、スセリ様が言うには他のファミリアが好き勝手暴れて、戦国時代さながらの乱世らしい。

 

 確かサンジョウノ・春姫の実家が【朝廷】に仕える名家の一つだったはず。

 

「某の家は代々武家として【朝廷】が為にその力を振るって参りました。……されど我が一族では女子は戦場に立てぬのです。……某は兄弟や父よりも強いというのに……」

 

 悔し気に顔を俯かせる巴さん。

 まぁ、俺の前世でも戦国時代…いや、現代でも女性が武器を手にするのはあまり良い事とされてなかったからな。

 大抵女性で戦場に立った人は漏れなく言い伝えが残されているくらいだし。

 それこそ、巴さんの名を冠した人もな。

 

「それでも修練を続けていた某に、当主である祖父より武者修行の旅に出るように命じられました。国を出た某はこの下界で有名なオラリオを目指し、旅路の途中でツァオ殿と出会い、そして【スセリ・ファミリア】の噂を耳にし、参った次第」

 

「ふむ……同じ極東の誼である妾の元で力を振るいたいと」

 

「はい」

 

 スセリ様と俺は巴さんの話に頷き、次にツァオさんに顔を向ける。

 

「我は極東と中東の境の村の出身で、土地としては【朝廷】の支配下にあるものの、村を開拓した祖先が中東出身のため派閥としては中東に属している。我が村は代々【ナタク・ファミリア】の恩恵を受けていて、我もその恩恵を授けて頂いた」

 

「……ナタクの奴、そんなところにおったのか」

 

 ナタクって……哪吒太子のことか?

 詳しい話は知らないが、確か西遊記関連だったと思うけど……神だったのか。まぁ、この世界ではってことなんだろうけど。

 

「どのような神なのですか?」

 

「武勇を司る神なのじゃが、あ奴はあまり荒事が好きではなくてな。のんびりと寝ることが好きで、天界でも引き籠っておったのじゃが、前に突然下界に降りたんじゃよ。そこからは何をしておるのか知らんかったのじゃが……そんな辺鄙なところで派閥を作っておったのか」

 

「我も村ではまた警邏を務める家系の生まれ。されど小さな村だけでは満足出来ず、オラリオの噂を聞き、武者修行に出ることにした。その途中で巴殿と出会い、共にこの地へ来た」

 

「ふむ……アワランやディムルと同じ理由か」

 

「そのようじゃの。さて、どうするかや? フロル」

 

「まぁ、うちのファミリアはまだまだ新興ですし、人も少ないですからね。俺としては問題ないのですが……武勇を極めるならそれこそ【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】とか、すでにかなりダンジョンを攻略してるファミリアの方がいいのでは?」

 

「某は同じ極東の神の元で武を振るうことを望み申す」

 

「我も友人である巴殿と共の方が気が楽。我は己の武を極める場があれば、特にファミリアに拘りはない」

 

「他の種族や関わりたくない人とかはいるか?」

 

「特にない」

 

「同じく」

 

「じゃあ問題ないですね。2人の入団を歓迎します」

 

「感謝致す」

 

「感謝」

 

「では、スセリ様。改宗をお願いします」

 

「うむ」

 

 俺は応接間を後にして、2人の改宗が終わるまで素振りでもして時間を潰すことにした。

 

 まぁ、すぐに終わるだろうから、この後ギルドに入団の報告に行くくらいだな。

 

 そんな事を考えながら10分ほどすると、スセリ様達がやってきた。

 

「終わったぞ」

 

「ありがとうございます」

 

「ほれ」

 

 スセリ様は2枚の羊皮紙を差し出した。

 十中八九、2人のステイタスだろう。

 

「2人に許可は貰うておる」

 

 あ、さよですか。

 

 俺は羊皮紙を受け取って、ステイタスを読ませてもらう。

 

 

ヒジカタ・巴

Lv.1

 

力 :B 768

耐久:B 702

器用:E 411

敏捷:F 356

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

【】

 

《スキル》

重甲小鬼(イバラギドウジ)

・甲冑装備時、『力』と『耐久』のアビリティ高補正。

・風属性魔法に対する耐性強化。

 

 

 

ツァオ・インレアン

Lv.1

 

力 :B 729

耐久:C 631

器用:D 582

敏捷:B 788

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

月下雅狼(ウリユイ・ユエリアン)

・月下条件達成時のみ発動。

・獣化。全アビリティ能力超高補正。

・異常無効。

 

 

 

 ……うん。正重達に比べれば普通だが、ステイタスはかなりなものだ。

 ツァオさんのスキルは種族特有のものだろう。月下ってことはダンジョンではあまり使えないんだな。

 そういえば、狼人はあまりダンジョンに向いていない種族って云われてるって聞いたことがある。これがその理由なんだろう。

 

 巴さんのスキルは強いけど、甲冑ありきだからこれも状況によっては使いにくそうだな。

 それでも十分過ぎるほどの戦力だが。

 

「巴さんの――」

 

「団長殿。某達のことは呼び捨てで構いませぬ。敬語も要りませぬぞ」

 

「分かった。じゃあ、巴の武器はその大刀でいいんだな?」

 

「いかにも。大太刀も使うが、某の腕力では折れやすい故。普段はこの武具を振るっている。だが、最も大事なのはこの甲冑である。理由は某のスキルを見ての通りであれば」

 

「そうだな。……ツァオの武器は……」

 

「我の獲物はこの大盾と脚甲。盾で防ぎ、受け流し、押し戻し、この脚で蹴り、刺し、斬る。大盾も刃を仕込んでいるが、あくまで愚鈍で大柄の者を倒す時にしか使わない」

 

「なるほど……」

 

 2人共完全に前衛型か。

 巴は完全に力押しの戦い方が得意で、ツァオはややトリッキーな戦い方のようだけど身長もあるから優秀な盾役として動けるんだろう。

 うちのファミリアでは居そうでいなかったタイプだな。アワランも耐久型だけど基本的に生身だし。

 

 それにツァオは正重と組めば、正重のスキルでかなり強化される。

 巴はハルハやアワラン、ディムルとも相性がいいだろう。もちろん、俺とも。

 

 ドットムさんからも色々と学べそうだし、期待出来そうだな。

 

「うちの武具は正重って言う鍛冶師の団員が仕切ってる。今は他の団員とダンジョンに行ってるから、帰ってきたら相談してみてくれ」

 

 村正一門出身と知ったら巴は驚きそうだな。 

 

「では、スセリ様。俺は2人を連れて、案内がてら一度ギルドに顔を出してきます」

 

「そうだの。気を付けて行ってくるのじゃぞ」

 

「はい。じゃあ、行こうか」

 

 ということで、俺はギルドに向かいながら2人にオラリオを案内、説明する。

 

 冒険者登録はあっという間に終わる。

 ギルドで2人の登録を依頼すると、スーナさんが凄く顔を引き攣らせていたけど。

 まぁ、ここ数カ月で一気に増えたもんな、うちのファミリア。

 

 そろそろここら辺が頭打ちかな。

 流石にこれ以上増えても連携に影響しそうだ。ダンジョンもそんなに広いわけじゃないし。

 

 しばらくは連携を含めて、15階層辺りで活動だな。

 

 俺もまだまだ強くならないといけないし、団長として負けないように頑張ろう。

 

 




とりあえず、これで仲間ラッシュは終わりです(後衛1人しかいなくね?)
二章はもう少し続きます


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うちは組手が歓迎会

ダンメモでフィアナイベントが始まりましたね!
そう言えば、『アストレアレコード』が10月辺りに文庫化されるらしいですね! もちろんワテは買うー


 巴とツァオを迎えた翌日。

 

 この数カ月であっという間に賑やかになった屋敷では、今日も組手が行われていた。

 

「らぁ!!」

 

「ぬぅ!!」

 

 アワランと正重が気合と共に拳と斧剣を振るう。

 しかし、その剛撃はツァオの両腕の盾で受け止められ、受け流されてしまった。

 

 その隙にディムルがツァオの横に滑り込み、攻撃を捌いて動きが固まっている隙を突いて長槍で攻撃を仕掛けようとした。

 だが、巴が大刀をディムルとツァオの間に叩きつけて、機先を潰す。

 

「ぐっ……!?」

 

「ふっ!」

 

 怯んだディムルに巴が右肩を突き出してショルダータックルを仕掛け、ディムルは短槍を滑り込ませて盾にするが後ろに吹き飛ばされる。

 巴はそのまま流れるように大刀を振り回して、正重に斬りかかり、正重も斧剣で受け止めるも力負けしてこれまた吹き飛ばされる。

 

 アワランにはツァオが詰め寄り、左腕の盾を剣のように振り上げる。

 アワランはギリギリで後ろに仰け反りながら躱したが、直後ツァオの長くしなやかな右脚が伸びて、アワランの鳩尾に突き刺さる。

 

「ぐえっ!?」

 

 左手で鳩尾を押さえながら後ろにたたらを踏むアワラン。

 ツァオと巴はそれ以上は無理に攻めかからず、後ろに下がって態勢を整える。

 

 というわけで、今行われている組手はアワラン・正重・ディムルチーム対ツァオ・巴チーム。

 Lv.1チームでの模擬戦だ。

 

 これは新入りの2人の歓迎会的な意味もあるし、実力確認でもある。

 

 スセリ様に俺やハルハ、ドットムさんは縁側に座って観戦していた。

 リリッシュ? 書庫で読書に耽っています。あいつは魔法やダンジョンに興味はあっても、戦いそのものに興味はないんだよな。

 

「やはり、この組み合わせでは巴達が優勢じゃの」

 

「だねぇ」

 

「技もステイタスも巴達の方が上ですからね」

 

 ディムルは技術なら互角だが、ステイタスで大きく負けているから決定打に欠ける。まぁ、その技術だけで2人に無視させないだけでも十分と言える。

 アワランはステイタスと技術も互角ではあるが、連携力と総合力で一歩攻めきれない。

 正重は技術で他の面々に負けていて、ステイタスも2人に一歩及ばない。スキルも2人に通じず、ツァオも高身長だから体格差はあまりなく、純粋な力でもドワーフである巴と差はない。だから、普段なら状況を大きく動かせる正重が現在一番足を引っ張ってるな。

 

 まぁ、正重は本来鍛冶師だから、戦闘技術を求める必要性はないんだけどな。

 でも、うちのファミリアでは戦闘技術をある程度理解出来ていないと俺達の武具が造りにくいかもしれないし、ランクアップが難しい。

 ヘファイストス様の話では、やはりダンジョンに潜る方がランクアップもスキルも段違いらしい。まぁ、それは椿さんを見れば納得だけどな。椿さんは頻繁に武器の試し切りでダンジョンに潜ってるらしいからな。

 

『至高の武器を創り上げるには、武器の特性や振るい方を身を以って理解することも時には必要よ。椿はまさしくそれが一番性に合ってるし、あの子も()()()()だと思うわ』

 

 そうヘファイストス様は言っていた。俺も正重はそのタイプだと思う。

 て言うか、うちの連中ってリリッシュも含めて現場主義派なんだよな。

 

「けどまぁ……これならアイツらだけでもミノタウロスは挑めそうだな」

 

 ドットムさんが顎を擦りながら言う。

 

「そうだねぇ。ツァオと巴が加われば、確かにミノタウロスの力にも太刀打ち出来そうだね」

 

「正重のスキルも使ったら、ツァオはLv.2にも匹敵するからなぁ。アワランと巴も耐久力は一級品だし。この3人がいれば、正重とディムルがいても大丈夫だとは思うけど……」

 

「相手が一体であれば、の話じゃの」

 

 スセリ様の言葉に俺達も頷く。

 

「まぁ、最悪群れだったら、儂らとリリッシュ嬢ちゃんで引き受けるか。それはそれでリリッシュ嬢ちゃんの経験値にゃなるだろうよ」

 

「……確かに」

 

「とりあえず、一度あのメンバーでインファント・ドラゴンとでも戦わせてみたらどうだい?」

 

「いや、流石にインファント・ドラゴンは危険だろ。まずツァオと巴にはダンジョンに慣れて貰わないといけないし。結構人も増えたから、これからは時々正重達だけでダンジョンの上層に挑んでもらうのはアリだと思うけど」

 

「そうじゃな。フロルやハルハがおらんダンジョンというのも経験するにはちょうど良い面子じゃろうて。ドットムをサポーターで付ければ、そう無茶も出来まい」

 

「おう。ぶん殴って止めてやるぜ」

 

 片腕とは言えLv.3。 

 アワランでもドットムさんの拳骨には勝てない。

 俺は身長が縮みそうだから勘弁願いたいので、素直に従ってます。まぁ、そもそもそのために来てもらってるしな。

 

「とりあえず、ギルドに出しておった団員募集要望は取り下げるかの。流石にこれ以上は面倒を見るのも難しかろうて」

 

「ですね。俺らだってまだまだランクアップ目指さないといけないですし」 

 

 俺とハルハだってLv.2になったばかりだしな。

 俺達だってまだまだ成長しないといけない。

 

 さて、俺もこの後参加するとするか!

 

 

 

 

 

 と、意気揚々と参加することにした俺なのだが……。

 

「だから、なんで俺対他全員なんだよ!?」

 

 ハルハまで向こうじゃん!

 巴にツァオまでとか厳しいにも程があるだろ!?

 

 ディムルは短剣2本、俺を含めた残りの面々は無手だけど。それもあんまりハンデじゃないぞ!

 

「これくらいの方が経験値になるだろ? 団長が女々しい事言うんじゃないよ」

 

 かもしれんが……巴なんて甲冑着たままじゃん!

 

「某はこの方が鍛錬になるので、お許し頂きたい」

 

 くそぅ……その通りだから何も言えん。

 とりあえず、全力で凌ぎ続けてやる!

 

 

 

 

 ――もう勘弁してくれませんかねぇ!?

 

「このっ!」

 

「ふっ!」

 

「はっ!」

 

「でぇあ!!」

 

 ハルハとツァオの蹴りを屈んで躱し、その2人の脚を潜り込む様に巴が身を低くして突っ込んできて、それを横に跳んで逃げるとアワランが両手を組んで叩きつけてくる。

 俺は地面に両手を着いてブレイクダンスが如く身体を回して、アワランの腕に横から右足を叩きつけながら引っかけ、右脚と腹筋背筋に力を籠めて無理矢理身体を持ち上げて攻撃を躱す。

 

「大道芸かよ!」

 

「相変わらずすばしっこいねぇ!!」

 

 こっちだってギリギリだよ!?

 反撃する余裕なんて全っっ然ない! 逃げ続けるだけで精一杯だ!

 

 もう30分くらいか?!

 

 って、ヤバ!?

 

「ヌウ!!」

 

 後ろから正重が右腕を真横に振り抜いてきた。

 慌てて前に跳んで躱すが、今度は短剣を構えたディムルが迫って来ていた。

 

 ああもう!!

 

「ハアアア!!」

 

 ディムルは二振りの短剣で連撃を繰り出し、俺は何とか躱して受け流す。

 短剣でも上手いな、やっぱり!

 

 ディムルが息切れした瞬間に全力で後ろに跳ぶが、そこにハルハが合わせて俺の横に飛び込んで来た。

 

「げっ!?」

 

「はぁ!」

 

 ハルハはスライディングしながら左手で体を起こして、右脚を突き出す。

 俺は何とか両腕を交えてガードするも、横に吹き飛ばされる。

 

 進行方向には拳を構えたアワラン。

 

 君達、連携上手すぎない?!

 

 アワランがラッシュを放ち、俺は急所に当たりそうな拳だけを弾いて受け流し、何発か浴びるも堪える。

 

「ぐっ……!」

 

 だが、追撃の手は弱まることはなく、巴が左側から突撃してきた。

 アワランはそれに合わせて後ろに下がろうとしたのか、ラッシュの勢いが弱まる。その隙を狙って、俺は全力で前に出て、アワランの左腕を抱えながら素早く転身して背負い投げを放って、途中で放り投げる。

 背負い投げを放った勢いを利用して身体を屈め、両手と左脚で地面を蹴って真上に跳ぶ。

 

 それで巴の突撃を躱そうとしたんだが……巴はギリギリで足を止めたかと思うと、ツァオがその後ろから猛スピードで飛び込んできて巴の両肩に手を置き、逆立ちしながら踵落としを放ってきた。

 

 げっ!?

 流石に空中じゃ躱せない……!

 

 何とか右腕でガードするも、勢いよく地面に叩き落とされる。

 

「づあ!?」

 

 ちっ…くしょう! 受け身失敗した!

 

「……驚愕。今ので終わると思った」

 

「先ほどまでの動きといい、見事に尽きまするな。では…参る!」

 

 もう勘弁してえええ!! 

 

 

…………

………

……

 

「ぐぅ……まだ体が痛い……」

 

 俺は大通りを歩きながら身体に走る痛みに顔を顰める。

 

 隣を歩くスセリ様は腰に両手を当てて、

 

「情けないのぅ。まだまだ修行が足らん」

 

「……それは痛感しました」 

 

 結局、俺は負けた。流石に無理だった。

 あの後、アワランと巴を何回か投げたけど、ハルハとツァオの連撃を捌き切れずに蹴り飛ばされて、正重の拳を背中に喰らって倒れた。

 

 今はハルハ対Lv.1組で戦ってると思う。

 

 俺とスセリ様は休憩ということでギルドに向かうことにした。

 ハルハ達はドットムさんが見てくれているから大丈夫だろう。

 

「まぁ、小一時間戦い続けたのは褒めてやっても良いがの。あの面々とは言え、格下相手に逃げの一手ばかりというのはやはり未熟の一言じゃな」

 

「はい……」

 

 ぐぅの音も出ません。

 俺の周りはまだまだ格上ばかりだ。……アイツらも。

 生き残るためにはもっと上手く戦えるようにならないとなぁ。

 

 ギルドに到着した俺とスセリ様はスーナさんに声をかけて、団員応募を止めてもらう。

 

「はい、承知しました。確かにこの数カ月で7人も増えましたからね。パーティーとしては十分かと思われます」

 

「うむ」

 

「先日、中層にてダンジョンで一夜を過ごしたとのことですが、問題はありませんでしたか?」

 

「ええ。頼りになる先達もいましたので。何も問題なく帰還できています」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】の方ですね。報告は受けています」

 

 相変わらず耳が早いというか、ギルドと【ガネーシャ・ファミリア】は強く繋がってるから当然と言えば当然か。

 

 報告を終えてギルドを後にしたところで。

 

「あら、スセリヒメじゃない。久しぶりね」

 

「ん? おお、アストレアではないか」

 

 スセリ様に声をかけたのは、優しい雰囲気を纏う胡桃色の長髪を靡かせる女神。

 

 この方が神アストレアか。

 女神の後ろには黒髪の子もいた。

 

「お主もオラリオに来ておったのか」

 

「ええ、少し前にね。先日、うちの子達があなたの子供達にお世話になったと聞いたから、近いうちにお礼ついでに一度会いに行こうと思っていたの」

 

「ほう?」

 

 スセリ様は俺に顔を向ける。

 そういえば、言ってなかったかもしれない。

 

「すいません。あの小遠征に行く時に、犯罪者を捕らえる際に軽く挨拶を交わした程度なので、世話をかけたという認識もなくて。スセリ様と顔見知りというのも存じませんでしたので」

 

「ああ……帰還した時にディムルが悪漢を捕まえたと何やら言っておったな。その時か」

 

「はい」

 

「アリーゼに放たれた矢を、その子が斬り落として助けてくれたそうなの。アリーゼは目の前の事に集中すると周りが見えなくなっちゃうから、あなたのおかげで怪我をせずに済んだわ。ありがとう」

 

 神アストレアはニコリと微笑んで礼を言う。

 俺は軽く頭を下げて、それに応える。

 

「その様子では、まだ子供達も恩恵を得たばかりのようじゃな」

 

「そうね。まだまだ幼くて、これからだから、あまり無茶しないで欲しいのだけど……目の前の悪事を無視出来ない良い子達ばかりだから」

 

「まぁ、子供とはそう言うものじゃよ。我が愛し子も何度か無茶をして、拳骨を落としたものよ。のう」

 

「あははは……まぁ、その他にもたくさん投げられましたね」

 

 それは今もだが。

 俺の言葉に黒髪の少女はどこか呆れた雰囲気を纏い、神アストレアは憐れむ様に眉尻を下げる。

 

 大丈夫です。スセリ様の行動は基本俺のためですから。

 

「それにしても、その後ろの娘は極東の者か?」

 

「ええ、輝夜よ」

 

「お初にお目にかかります、スセリヒメノミコト様。ゴジョウノ・輝夜と申します」

 

「……ほぉ。ゴジョウノ、か」

 

「悪いけど、そこは深く訊かないであげて」

 

「まぁ、極東から来る者など武芸者か訳アリくらいしかおるまいて。我がファミリアにもおるしの」

 

「ありがとう。いつかそちらにお邪魔させて貰ってもいいかしら? 輝夜も同郷の人と話せて嬉しいと思うから」 

 

「妾は構わんぞ」

 

「アストレア様……わたくしめは別に」

 

「いいじゃない、輝夜。ここでは極東のしがらみなんて関係ないんだから」

 

「……」

 

 輝夜さんは困った顔を浮かべて黙り込む。

 まぁ、他派閥だし、そんな簡単に喜べないよね。

 

 それにしても『ゴジョウノ』か……。

 サンジョウノ・春姫と同じ、朝廷に仕える名家の一つなのかもな。もしかしたら、巴も知ってるかもしれない。

 確か春姫は何かしら粗相――というか嵌められて実家を勘当され、巡り巡ってオラリオに売られることになったって話だ。

 もしかしたら、輝夜さんも何かあって家を捨てたのかもしれないな。

 なら、俺達から踏み込むわけにもいかないか。

 

 すると、新たな声が響いてきた。

 

「んお? お~! スセリヒメやないか! それにそのチビ助と……げっ、アストレア……!」

 

「ん?」

 

「あら、ロキ」

 

 現れたのは女神ロキ。そして、僅かに眉間に皺を寄せて控えるリヴェリアさん。

 顔を顰める神ロキの左手には焼き鳥、右手には酒瓶を持っていた。

 

 どうやらリヴェリアさんは神ロキの道楽に連れ回れてるみたいだな……。

 

「なんで自分がここにおるんや? 大好きな趣味の慈善活動はどないしたん?」

 

「子供達がここに来たいと言ったのよ。人がいるなら、慈善活動はどこでも出来るしね。それに、今のオラリオには救いの手はいくら在っても困らないのではなくて?」

 

「……けっ」

 

 慈愛の笑みを浮かべて言う神アストレアに、神ロキは吐き捨てる仕草をする。

 ……相性悪そうね。

 

「まぁ、精々頑張るんやな。……うちらの邪魔をしたら、容赦せぇへんぞ」

 

「ありがとう。大丈夫よ。あなただって、オラリオが無くなるのは嫌でしょ?」

 

「……ふん」

 

 なんか……思ってたより図太いというか、底が読めない女神だな。

 最強派閥の主神に睨まれて、ここまで余裕だなんて。

 

「これ、お主ら。仲が良いのは構わぬが、こんなところでじゃれ合うでないわ」

 

「仲良ぉないし、じゃれ合うてへんわ!!」

 

「全く……下界に降りて大分丸くなったと思うておったが……」

 

「ふん! 嫌いなモンは嫌いや!」

 

 はっきりと言い放つ神ロキに、スセリ様はため息を吐き、神アストレアは変わらずニコニコとしている。

 ……そろそろ逃げ出したい、んだけど……。

 

 俺はさり気なくリヴェリアさんに近づき、

 

「少しいいですか? 【九魔姫(ナイン・ヘル)】」

 

「……何用か? 【迅雷童子】」

 

 リヴェリアさんは訝しむ様に片目を閉じて、こちらに視線を向ける。

 

「後日、うちの団員の事でお時間を頂きたくて」

 

「其方の……? あの双槍使いのエルフか?」

 

「はい。詳細は本人に深く関わることなので、ここではご容赦を」

 

「……私に、と言うことはエルフ族に関わることのようだな」

 

「ええ。場所も日時もそちらの指定で構いません。伺うのは自分とディムルだ……いえ、スセリ様も来るようです」

 

「当たり前じゃ馬鹿もん」

 

 いつの間にかスセリ様が俺の傍で腕を組んで見下ろしていた。

 

「なので、そちらも神ロキが同席されても構いません。……【勇者】に関しても」

 

 こっちは団長である俺が同席するからな。

 【ロキ・ファミリア】側も断るのは流石に無理だろう。

 

 リヴェリアさんは片目を閉じたまま少し考え込み、己が主神に視線を向ける。

 

「お~ええで~。坊主共が不意打ち仕掛けようが、フィンとリヴェリアに勝てるわけないし。まぁ、スセリヒメんとこの子が、そんな真似するとも思えんけどな」

 

「しませんよ。俺はそちらに恩義と借りがありますので」

 

「ほな、何も問題ないな」

 

「スセリ様もいいですか?」

 

「構わんぞ。ディムルの奴はどう言うかは知らんがな」

 

「まぁ、そこは納得してもらいますよ」

 

 ということで、日時は明日の昼。場所は個室のある喫茶店となった。

 

「そういや聞いたでぇ、スセリヒメ。また随分と自分の子供増やしたらしいなぁ。それも珍しい子ばっか」

 

「別に妾が見つけたわけではなく、向こうから来ただけじゃからのぅ」

 

「今日はその新入りは連れてへんのか?」

 

「あ奴等なら、まだ本拠で他の子等と歓迎会がてら組手しとるじゃろうて」

 

「は? 組手が歓迎会?」

 

 神ロキが首を傾げ、リヴェリアさんや神アストレア、輝夜さんも訝しみの顔を浮かべる。

 

 まぁ、そんな顔になりますよね~。

 俺とスセリ様は揃って苦笑して、

 

「うちの連中は武人気質というか鍛錬好きでの。魔導士でもなければ、基本は組手や模擬戦ばかりじゃよ。さっきまでフロルも参加しておったしの」

 

「うげぇ……フレイヤんとこみたいなことしとんのかいな。っちゅうか、そもそも武人気質なんはお前が原因ちゃうんか?」

 

「それは否定せんのぅ」

 

「……チビ助、身内に殺されんようにしぃや。……嫌になったら、うちの――」

 

 勧誘しようとした神ロキの頭を、スセリ様がグワシ!!と掴む。

 

「リヴェリアにでも相談しぃや! いつでもママ代わりになるで!!」

 

「なるか!!」

 

 リヴェリアさんが顔を赤くして即座にツッコみ、大きくため息を吐く。

 スセリ様は神ロキの頭を掴んだまま、

 

「心配せずとも、まだまだ我が愛し子が一番強い。まぁ、妾にはまだ及ばぬがの」

 

「Lv.2の冒険者に鍛錬でも神力ナシで勝てるとか相変わらず意味分からんわ~。ところで、そろそろ頭から手ぇ放して!?」

 

「……仕方ないのぅ」

 

 スセリ様は渋々解放する。

 神ロキは涙目で頭を擦り、

 

「ひぃ~…相変わらず嫉妬深いなぁ」

 

「お前とて、あの【勇者】に手を出されたらキレるであろうが」

 

「当然や! フィンは絶対やらへんで!!」

 

「だったら妾の子にも手を出すでないわ」

 

「へいへい。さて……そろそろ帰るわ。ほな、また明日」

 

「うむ」

 

 神ロキはスセリ様に挨拶し、リヴェリアさんを連れて去って行く。

 ……神アストレアは無視して。

 

「嫌われたもんじゃの」

 

「ロキと私は司る事柄が事柄だもの。でも、私はロキの事は嫌いじゃないわよ」

 

 神アストレアは相変わらず優し気な笑みを浮かべている。

 まるで、いたずらっ子を見守る母親みたいな感じで。

 

 俺達もここで神アストレア達とお別れし、本拠へと戻ることにした。

 

 さて、ディムルの説得を頑張るとしますか。

 ……組手で気絶してないと良いけど。

 

 

 




ストックがそろそろヤンバイので、次は一週間後です。
ご容赦くださいm((((;_ _))))m


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エルフ会合

そろそろストックがマジヤバっす


 本拠への帰り道。

 俺はとある疑問をスセリ様に訊くことにした。

 

「スセリ様」

 

「ん?」

 

「神アストレアもそうなのですが……顔広いですよね。最近下界に降りてきたというのに」

 

 天界は地上と同じで、それぞれに国というか領地が別れているらしい。感じ的に前世の神話ごとに郷があるっぽいけど……ある程度は行き来出来る感じな話だったな。ヘスティアとタケミカヅチは天界にいる時から顔見知りだったらしいし。

 

「妾は天界でもあちこち顔を出しておったからの。他の郷の神は暇だったのかは知らんが引っ掻き回すのが多くての~。まぁ、その筆頭がロキなのじゃが。で、妾は女神方面で暴れておっての。アストレアはその時に出会ったんじゃよ。妾にちょっかい出してきた女神を殴って投げて踏んづけたところでな」

 

 凄く色々ツッコみたいですが、続きをどうぞ。

 

「まぁ、妾も殺す気まではなかったし、仲裁に来たアストレアと世間話して顔見知りになったという感じじゃの。他の連中も似たり寄ったりじゃな」

 

「……スセリ様も神ロキとあまり変わらないんじゃ……」

 

「妾はあくまでちょっかいを出されたからやり返しただけじゃ。ロキやフレイヤもの」

 

 ……俺の想像以上にスセリ様は天界でも名の知れた暴れん坊だったようだ。

 そりゃあ、他の神が全然ちょっかい出してこないはずだよ……。ファミリアは分からないけど。

 

 本拠に戻ってきた俺達の目に映ったのは、思い思いの姿で倒れ込んでいるハルハ達だった。

 

 ……本当にずっとやってたみたいだな。

 それにドットムさんも参加してたみたいだ。少し汚れてる。

 

「お主ら……余計な怪我など負っておらんじゃろうな?」

 

「はぁ……はぁ……大丈夫だよ。そこまで馬鹿はしてないさ」

 

「ドットムにずっと遊ばれてただけだしな……」

 

「手も足も出ませんでした……」

 

 なるほど。ドットムさん対ハルハ達でやってたのか。で、完全に遊ばれて転がされまくったと。

 ちょっと俺も興味はあるが、今日は止めておこう。

 

「ディムル、身支度を整えたら声をかけてくれ」

 

「? 分かりました」

 

 ディムルは首を傾げながらも頷く。

 

 俺はその間にスセリ様との鍛錬の準備を整える。その傍でスセリ様が準備運動を始める。

 数分ほどすると、ディムルが歩み寄ってきた。

 

「お待たせ致しました、フロル殿。何か御用でしょうか?」

 

「明日の昼、【ロキ・ファミリア】の【九魔姫】、リヴェリア殿に会うから」

 

「……はい?」

 

「リヴェリア殿と会って、ディムルの事を話しておく。今日、たまたま会ってな」

 

 ディムルは考え込むように顔を俯かせる。

 

「どうせいつかはバレる。というか、俺達の今後次第でギルドが広めかねない」

 

 ギルド長のロイマンとやらは、俺達に厄介事を押し付けたって話だからな。

 なんでも欲深いらしいから不都合なことをすれば、容赦なく売るかもってのがスセリ様の話だ。

 

「だからリヴェリア殿と先に話を済ませておこうと思ってな。悪いとは思うけど」

 

「いえ、大丈夫です。私もいつかは姫とお話をしておく必要があるとは思っていましたので」

 

「そうか。まぁ、お前がオディナの者だろうと、今は【スセリ・ファミリア】の団員だ。他が何と言おうが追い出したりはしないし、手も出させない」

 

「ありがとうございます」

 

 まぁ、この程度で安心は出来ないだろうな。

 やれやれ……団長ってのは本当に難しい。そもそも前世持ちとは言え、7歳が担うってのが無茶なんだよなぁ。でも、スセリ様が今更団長を変えるわけがないだろうし。

 

 ……俺、過労死しないかな。

 

 

…………

………

……

 

 あっという間に翌日の昼。

 

 俺、スセリ様、ディムルの3人で、指定された喫茶店に到着した。

 スセリ様が店員に声をかけると、個室へと案内されて俺達は入り口側、つまりは下座側に座る。

 

 そして5分程したら、神ロキ、フィンさん、リヴェリアさんもやって来た。

 

「おはようさん。早いなぁ」

 

「今回はこちらから頼んだからの。座って好きなものを頼めば良い。ここは妾が持つのでな」

 

「おお! おおきに! ほな、まずは注文させてもらおかー」

 

 スセリ様と神ロキが会話する横で、俺もフィンさん達に声をかける。

 

「【勇者】【九魔姫】。この度は時間を頂き感謝します」

 

「そう硬くならないでいいさ、【迅雷童子】。今回、僕はあくまで付き添いだからね」

 

「私も話に興味がある。気に病む必要はない」

 

 フィンさん達が席について、注文した品が届いて軽く世間話をしながら一口つけると、リヴェリアさんが早速本題に入った。

 ちなみにこの間ディムルはずっと緊張していた。兜被ったままだけど。

 

「それで、私に話しておきたいこととはなんだろうか?」

 

 まっすぐディムルを見据えながら訊ねるリヴェリアさんに、ディムルは一度深呼吸をしてから兜を手に取って外し、俺達の前でも滅多に見せない素顔を晒す。

 

 露になったディムルの顔に、リヴェリアさん達は僅かに目を見張る。

 

「ほぉ~、これまた別嬪やん。リヴェリアにも負けとらんのちゃうか?」

 

「そうだね……」

 

 ディムルは兜をテーブルに置き、頭を下げる。

 

「先日は礼を欠き、誠に申し訳ありませんでした。改めて、名乗らせて頂きます」

 

 ディムルは顔を上げ、意を決したような顔で右手を胸元に当てる。

 

「私の名は、ディムル・オディナと申します」

 

「オディナだと? 其方、あのオディナ家の者か?」

 

「はい」

 

 リヴェリアさんは今度こそはっきりと驚愕を顔に浮かべる。

 

 フィンさんと神ロキがリヴェリアさんに顔を向ける。

 

「そのオディナ家は、エルフの間では有名なのかい?」

 

「……ああ。……なるほど。道理で、【迅雷童子】が妙に慎重で、このような場を設けたのかも理解出来た」

 

「その感じやとええ意味で有名やなさそうやけど。何したん?」

 

「それは私が」

 

 ディムルはリヴェリアさんに小さく一礼してから、事情を説明する。

 リヴェリアさんは腕を組んで両目を伏して話を聞き、神ロキとフィンさんは全てを聞き終えて納得したような顔を浮かべて頷いていた。

 

「なるほどね。まぁ、物語ではよくある話ではあるけど……」

 

「エルフでってなると中々に面倒そうやなぁ。先祖の話やし、オラリオで冒険者となれば関係ないっちゅうたらそれまでやけど……」

 

「私が言うのも何だが、エルフはこの手の話となると郷など関係なく根に持つ質だからな。しかも、今回は我々王族に関わる話だ。クロッゾの一族ほどの反応はせぬだろうが……」

 

「リヴェリア、オディナの家名と話は広く知られているのかい?」

 

「……そうだな。それなりに知られていると思っていいだろう。故に、ロイマンは新興派閥である【スセリ・ファミリア】に紹介したのだろうな」

 

「んで? リヴェリアはどう思っとるん?」

 

 リヴェリアさんは片目だけを開き、

 

「はっきりと言わせてもらうなら、私個人としては特に思うことはない」

 

 おお。はっきりと言ってくれた。

 

「そもそも私自身、王族と言う立場が窮屈に感じて里を飛び出した身だ。駆け落ちした者達をどうこう言える立場ではない。ディムルや他の者から聞いた話では駆け落ちした2人も愛し合っていたという事で、誘拐されたわけでもない。本人達が納得した結果なのであれば、周りがとやかく言うことではないだろう」

 

 そう言ってくれるとありがたい。

 

「なので、私は其方がここで冒険者をすることを咎める気も問題視する気もない」

 

「……感謝いたします」

 

「だが、他のエルフにまで私の考えを押し付ける気も言い広める気もない。其方の祖先が不義を働いたのは事実なのだからな」

 

「承知しています」 

 

 まぁ、流石にそこまでは求められないか。

 

「正直、私からすれば駆け落ちした近衛騎士と王女の子孫を蔑む余裕があるのであれば、闇派閥に堕ちた同胞を嘆くべきだ。誇り高いと言うのであれば、な」

 

 ……王族が窮屈だと言っていたけど、それでもやはり王族として何か思うことがあるのだろうな。

 ディムルも何も言わないけど、同意するように悲し気に目を伏していた。

 

「ふむ……そこに関しては我ら神々も大いに関係しとる故、何とも耳が痛いことではあるの」

 

「せやなぁ。司る事柄であったり、本質故とは言え、子供達を誑かしとるのは神やからな~」

 

「まぁ、僕ら下界の者達にも原因があるけどね」

 

「……そうですね。闇派閥の団員はともかく、団長や幹部格は邪神と進んで同調してるか、それ以上に馬鹿なこと考える奴もいますからね」

 

「そうだね……」

 

 俺の言葉にフィンさんやリヴェリアさんは目を伏せる。

 ……多分、俺…というかテルリアさんの事件の事を思い出してくれているんだろうな。

 

 すると、フィンさんがテーブルに両肘を着いて、俺を見据えた。

 

「実は今日は僕達からも話がしたいと思っていたんだ。……その闇派閥について」

 

 フィンさんの言葉にスセリ様は片眉を上げ、ディムルは背筋を伸ばす。

 

「知っての通り、僕達【ロキ・ファミリア】は【フレイヤ・ファミリア】と並んで現オラリオの最強派閥と云われている。そして、僕達もそれを自覚している。……だが、それは【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】に追いついたわけじゃない。情けないが、僕達では闇派閥の抑止力足りえていないのが現状だ」

 

「……そう、ですね」

 

 ここは残念ながらお世辞にも否定できるところじゃない。

 俺達はもちろん、街の人々も実際に苦しんでいるのだから。

 

「【フレイヤ・ファミリア】もここぞという時は手を結んではいるが、それでもやはり完全に手を取り合える関係にはなれない。僕らは冒険者だからね。オラリオの治安維持は、ぶっちゃければダンジョン攻略の障害になるからと言うのが大きい」

 

「……だから、それ以外の派閥で協力体制を作りたいと? 【ガネーシャ・ファミリア】などと」

 

「流石だね。話が早くて助かる。すでに神ガネーシャや団長のシャクティとも話はつけてある。他だと【ヘファイストス・ファミリア】かな」

 

「そこに【スセリ・ファミリア】も加われと?」

 

「正確には加わって欲しいと思っている、だね。流石に上から言うつもりは無いよ」

 

「……理由を聞かせてください。うちは確かに特殊で、目立ってるとは思いますが、それでもまだLv.2に上がり立ての子供が率いる弱小派閥です。わざわざ要請される派閥ではないはずです」

 

「そう言うことを言える君を子供と言っていいのかは疑わしい所だけどね」

 

 フィンさんは苦笑して、神ロキは腹を抱えて笑いを堪えており、リヴェリアさんとスセリ様は呆れたような視線を俺に向け、ディムルは……なんか誇らしげである。どうも。

 

「確かに君達はまだまだ弱小派閥だ。だが、その中で最も闇派閥と因縁が深い派閥でもあると思っている」

 

「……そう、ですね」

 

 ゲーゼスやあの狼人、そして【ネイコス・ファミリア】。

 確かに俺達は闇派閥と因縁があるのは間違いないし、このままにしておくつもりはない。

 

 でも、それだけじゃ理由としては弱いと思う。

 

 フィンさんは俺の表情から俺の考えを読み取ったのか、再び苦笑する。

 

「そうだね。はっきり言って、それだけでこんな話をする理由は僕らにはない。闇派閥に因縁があるファミリアなんていくらでもある」

 

「……でも、それでもこうして声をかけてきた。……他のファミリアから何か言われましたか?」

 

 例えば【ガネーシャ・ファミリア】辺りから。

 

 フィンさんは頷いて、

 

「ああ。【ガネーシャ・ファミリア】団長のシャクティから推薦があったんだ。聞けば、今そちらのファミリアには【ガネーシャ・ファミリア】から団員が派遣されているらしいじゃないか。それだけ良好な関係を築けていると思うのだけど……どうだい?」

 

「……まぁ、そうですね」

 

 なんかアーディのことを言われているような気もするが、そこは無視しよう。

 だからスセリ様、笑わんでください。

 

「しかし……だからと言って【ロキ・ファミリア】とまで同じようにと言うのは、少々強引では? 確かに俺はあなた方に恩義がありますが、そこに団員達を巻き込む気はないですよ」

 

「だろうね。だから、協力体制は協力体制でも、僕らと結んで欲しいのは『情報の共有』だ。もちろん、闇派閥に関する、または関することかもしれない情報を、だね」

 

「……なるほど」

 

 確かにそれならば、妥当だし悪い話ではない。

 

「ちなみに君らが他のファミリアと共闘体制を敷いても、僕らは文句を言うつもりは無い。情報共有はお願いしたいけどね」

 

 ……つまり、【スセリ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】が手を組んでも、【ロキ・ファミリア】はそこに無理矢理割り込んでくることはないってわけか。

 と言っても、【ガネーシャ・ファミリア】とそこまで手を組むかどうかはまだ分からないけど。

 

 まぁ、【ガネーシャ・ファミリア】は【ロキ・ファミリア】と協力することにしたんだから、【ガネーシャ・ファミリア】と手を組めば、自動的にフィンさん達とも協力することになるんだろうけど。

 

 そして、フィンさんはそれを見越してるから、文句を言うつもりはないって言ったんだ。

 

 俺はスセリ様に顔を向ける。

 スセリ様は肩を竦めて、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

 ……俺の好きにしろってわけか。

 

「……情報共有については問題ありません。まぁ、あまりこちらから出せる情報はないですけどね。現在で知ってる情報はシャクティ殿に話しましたから」

 

「それでも構わないよ。僕らも少しでも闇派閥の情報を得られる伝手が欲しいところだ。僕らはどうしたって君達以上に目立つからね」

 

 俺達も十分目立つと思うんだけどな……。

 

「まぁ、話は分かりました。手段はどうしますか?」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】を介して行おうと思っている。その方が君達のところにいる団員も活かせるからね」

 

 なるほど。ドットムさんを伝書鳩にするわけか。

 確かにドットムさんが【ガネーシャ・ファミリア】の本拠に戻るのは何もおかしなことじゃないからな。

 

「分かりました。それなら問題はありません」

 

「感謝するよ。闇派閥に対抗するにはこちらも出来る限り協力する必要があるのだけど……」

 

「普段手を取り合うどころかいがみ合っておるからのぅ。闇派閥に最も抵抗できる派閥程、その傾向があると言うのは何とも皮肉じゃな」

 

「せやなぁ。まぁ、それが冒険者っちゅうたらそれまでやけど」

 

「狩場が無くなれば冒険どころの話ではないのだがな」

 

「【フレイヤ・ファミリア】に関しては、いつでも闇派閥を潰せる自信があるんだろうけどね。困ったものだ」

 

 ……そんな話を俺にされても困るんだけど。

 俺は【フレイヤ・ファミリア】に色んな理由で関わりたくないからな。

 

 その後、程々に打ち合わせをした俺達とフィンさん達は、早々に店を後にしたのだった。

 

 ハルハ達に話をするだけして、俺達はこれまで通り自分達の精進に専念するとしよう。

 

 目指せ、ランクアップ。

 

 



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最強の冒険者

もう開き直って、キリがいいところまでは一気に投稿してしまおう(ヤケ)

さぁ……奴の登場だ!


 フィンさん達と協定を結んで1カ月。

 

 俺達は……特に何もなくいつも通りダンジョンに挑んでいた。

 

「ふっ!」

 

 ダンジョン16階層。

 俺はライガーファングの右脚をすり抜けざまに斬り飛ばす。そしてすぐさま身を翻して、バランスを崩したライガーファングの首を斬り落とす。

 

 そのまま足を止めずに走り、周囲を囲んでいたヘルハウンドの群れに突撃する。

 二振りの刀を順手逆手に持ち替えながら、ヘルハウンド達を一太刀で斬り伏せていく。

 時に火を吹こうとした奴の顎を蹴り上げて自爆させたり、刀を突き出しながら全力で突っ込んで2匹同時に貫いて倒す。

 

 更に新たなライガーファングが猛スピードで迫って来た。

 俺は直前で跳び上がり、頭を足場に更に高く跳び上がる。体を捻って、左手の刀を全力で投擲して真下のライガーファングの頭を貫く。

 視界の端にヘルハウンドが火炎を放とうとしていたのを捉えたので、右手の刀も投擲してヘルハウンドの開けられた口奥に突き刺した。

 

「【鳴神を此処に】!」

 

 魔法を発動して雷を纏いながら天井に足を着けて勢いよく蹴る。

 

「はああ!!」

 

 雷が如く落下し、ライガーファングの背中に踵落としを叩き込んで焼き潰す。

 そのまま足を止めることなく、高速で動き続けてヘルハウンドの群れを一撃で屠っていく。

 

 移動中に地面に落ちていた刀二振りを回収し、引き続きヘルハウンドを倒していった。

 

 ええ、もうお分かりでしょう。

 

 

 俺は今、モンスターの大量発生―【怪物の宴(モンスターパーティー)】に遭遇しております!!

 

 

 ハルハ達?

 大量発生を確認した瞬間に撤退を命令して、俺が囮になった。

 ……多分、暴れてるだろうけど。

 

 とりあえず、俺は大量発生の中心で暴れ回っている。

 ライガーファングとヘルハウンドばかりだけど数が多すぎる! 

 ミノタウロスがいないだけマシだけどさ!

 

 それでもかなりギリギリだ……!

 

 こんな時に限って、ドットムさんは上層で正重とディムルの指導に付いて行ってるんだよなぁ……!

 

 全っっ然! いつも通りじゃない!!

 

 魔力もヤバいけど、刀の消耗もマズイ。

 替えの武器は巴が持ってるから補給が出来ない。

 

『ヴヴォオオオオオオオ!!』 

 

「げっ……!?」

 

 この声は、ミノタウロス……!?

 

 頬を引き攣らせると同時に、下の階層へと繋がると思われる通路からミノタウロスの集団が雪崩込んで来た。

 

 勘弁してくれよ……。

 

 俺はヘルハウンドの首を蹴り折りながら、離脱するかどうか考える。

 でも、下手したらハルハ達にミノタウロス達が行くかもしれないし、上層に引き連れかねない……!

 他の冒険者に押し付けるわけにもいかん。絶対に怪物進呈はしたくない。

 

 せめて半分は倒したいところだが……!

 

 短期決戦だ……!

 

「【鳴神を此処に】!」

 

 俺は魔法を()()()()()()

 最近気づいた【パナギア・ケルヴノス】の特性。付与の重複だ。

 もちろん消費魔力も体への負荷も倍増するが、十分すぎる切り札にはなる。

 

「おおおおお!!」

 

 俺は一息に群れの先頭にいるミノタウロスに接近し、鋭く首に雷閃を振るう。

 

『ヴヴォオ!? ヴォオオ!!』

 

「ちぃ!」

 

 ミノタウロスは首から血を噴き出し悲鳴を上げながらも、腕を振るって反撃してきた。

 俺は舌打ちしながら後ろに下がろうとしたが、

 

 横から火炎が襲い掛かってきた。

 

 ヘルハウンドの火炎攻撃!?

 くそっ! どっちかは当たる!!

 

「くっ!」

 

 俺は火炎に向かって突っ込み、直撃の直前に刀を全力で振り上げて()()()()()()()()()

 

 だが、そんな博打が上手く行くわけもなく、雷と反応して爆発した。

 それでも無理矢理に突っ切って、ミノタウロスの拳を躱す。

 

 ミノタウロスは怒りに吠えながらも、その体を黒灰に帰す。

 俺はヘルハウンド達を先に倒そうと思ったが、仲間を倒されたミノタウロス達が雄叫びを上げて俺に向かって一斉に突撃してきた。

 

 ああ! くそっ! 最悪に絶望的だな!

 ヘルハウンドの火炎が流石に何度も防げないし躱しにくい。

 

 だったら!

 

 俺はあえてミノタウロスの群れの中に高速で滑り込む。

 出来る限りすれ違いざまに奴らの脚を斬りつけるが、斬り飛ばすまではいかなかった。でも、動きは鈍らせることは出来ると思う。

 

『ヴヴォオオオオ!!』 

 

「おおおおおお!!」

 

 俺はミノタウロス四面楚歌という絶望的状況で刀を振るい続ける。

 くそっ! 群れの何体かは石で出来た『天然武器』を持っていて、強烈な一撃が嵐のように襲い掛かってくる。

 直撃はないが、流石に四方から攻められて逃げ場が少なく、何度か掠ってしまった。

 

 防具は簡単に吹き飛び、あちこちから血が流れている。

 刀も刃毀れが酷い。そろそろ折れるだろうな。

 魔法の維持も限界だ……! 本格的にヤバい……!

 

 でも、群れの外に出てもヘルハウンドの火炎の津波に襲われるだけだ。

 

「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 これ! 地味にベル・クラネル達の中層初挑戦よりもハードじゃないか!?

 って言うか、これって中層で冒険者が死ぬパターンNo.1だろ!?

 

『ヴォオオオ!!』 

 

「マズッ……!」

 

 真後ろからのヘビースウィングに俺はギリギリで二本の刀で防ぐも、バギン!!と折れて俺は吹き飛ばされる。

 

「がっっ―――」

 

 息が止まる。

 

 意識が白くなる。

 

 上下が分からなくなる。

 

 そして全身に衝撃と激痛が走る。

 

 最後に背中に衝撃が走って、硬い地面に横たわる。

 

 ……壁に、叩きつけ……られた……のか?

 ……手足の感覚は、ある……よく、生きてる…な……。

 魔法も、解除されたか……。

 

「ぐっ……!」

 

 俺は身体に活を入れて起き上がる。

 

 まだ……体は動く!! 

 

 俺は立ち上がると同時にその場から駆け出す。

 直後、火炎が俺の背後を走り、壁に直撃して爆発する。

 

 ヘルハウンドの火炎だ。

 そして、ミノタウロス達が武器を振り被りながら走り迫ってくる。

 

 俺は痛みに耐えながら全力で足を動かして、奴らを撹乱するように逃げ回る。

 

「どうする……! どうする……!?」

 

 武器はない。魔法も品切れ。体力も限界。左手の動きが鈍いし、胸が痛い。骨が折れ―いや、砕けてるかもな。

 敵はわんさか。しかも中層最悪の組み合わせ。 

 

 回復薬は壊れた。仲間は来ないし、来てほしくない。

 逃げるのも仲間や他の冒険者を巻き込む可能性が高い。流石にヘルハウンドやライガーファングから逃げ切れるコンディションじゃないしな。ミノタウロスまで来たら、闇派閥扱いされてしまう。

 

 八方塞がりにも程がある……!

 

 だが、諦めるつもりは無い。

 死んでたまるかよ!

 

 何とか活路を見出そうとしていた、その時。

 

 ミノタウロスの群れが現れた通路から、桁外れな気配が近づくのを感じ取った。

 

 な、なんだ……!?

 

 俺が視線を向けた直後、通路から黒い突風が吹いたかと思うと、モンスター達が一瞬で切り刻まれた。

 突風が吹いた先には、槍を握る黒髪で黒い猫耳を持つ猫人の男がいた。

 

 あれは……まさか!?

 

 俺が目を見開くと、更に通路から猫人のソニックブームとは比べ物にならない衝撃波が通路の入り口を吹き飛ばしながらルームへと吹き込んできた。

 

 一瞬でルームに溢れていたモンスターの群れが半分以上消えた。

 

 ……なんて、力だ。

 

 

 そして、通路から現れたのは、大剣を担ぐ猪人の巨漢。

 

 

 ……やっぱり【フレイヤ・ファミリア】……!!

 あの人が……現オラリオ最高の冒険者、【猛者】オッタル。

 

 【猛者】は俺を一瞬一瞥すると、すぐにモンスター達に視線を戻す。

 

「……恨みはない。だが、俺の前に立ち塞がるならば――容赦はせん」

 

 そう告げた【猛者】は、まるで虫を払うかのように全く力む様子もなく大剣を薙ぐ。

 

 

 手加減とも呼べぬ程に軽く振られた一撃は―モンスター達にとっては死神の鎌に等しかった。

 

 

 たった二振り。

 俺にとっての絶望は、【猛者】にとって正しく虫けら扱いだった。

 

 これが……今の『頂点』か。

 多分、今はまだLv.6辺りだろうけど。それでもフィンさん達とは比べ物にならないほどの存在感だ。

 あの猫人は多分『都市最速』と云われるアレン・フローメルだ。……レベルまでは分からないけど、あの速さは【パナギア・ケルヴノス】を使っても追いつけるかどうか分からない。

 

 でも【猛者】は駄目だ。

 どうやっても()()()()()()()()。勝てる可能性が見つけられない。

 

 通路からは更に団員達と思われる冒険者の集団が現れる。

 遠征帰り…か?

 

 【猛者】は大剣を背中に仕舞い、俺に視線を向ける。

 

「……【迅雷童子】か」

 

「ああ? あんなチビが? はっ、この程度で死にかけるなんざ、世界記録持ち(レコードホルダー)も大したことねぇな」

 

 猫人の男が俺を見て、嘲笑しながら蔑む。

 

 ……ちょっとイラっとしたが、不甲斐ないのは事実だ。だから言い返したりはしない。……仕返しに礼も言わないけどな。

 

 その時、

 

「フロル!!」

 

 【フレイヤ・ファミリア】が来た通路とは反対側の通路から、そこそこ傷だらけのハルハ達が駆け込んできた。

 ……良かった。死んでなかったみたいだな。どうやらミノタウロスまでは出なかったみたいだ。

 

 ハルハ達は俺のところに一直線に来て、俺を庇うように【フレイヤ・ファミリア】と向かい合う。

 

「ったく、勝手に囮になったのをぶん殴ってやろうかと思ったのに! ようやく見つけたと思ったら、【フレイヤ・ファミリア】と睨み合ってるんじゃないよ!」

 

「それと悪ぃな! こっちの回復薬は品切れだ!」

 

 ハルハの鎌、刃が折れてるな。

 アワランや巴の手甲も砕けてるし、ツァオの盾もあちこち欠けてる。リリッシュはローブがボロボロだ。

 ここに来るまで大分無茶をしたらしいな。

 

 ……嬉しいけど、今は喜んでる場合じゃないな。

 

「武器を下ろせ、皆。こんなボロボロで【フレイヤ・ファミリア】と戦っても勝てるわけがない。無駄な抗争はするな」

 

 俺はハルハ達に臨戦態勢を解くように言う。

 ハルハ達は顔を顰めるが、自分達が限界なのは嫌という程理解していたんだろう。

 文句を言わずに武器や拳を下ろす。

 

 それに猫人の男が不快気に眉を顰める。

 

「ふん……腰抜け共が」

 

「止めろ、アレン」

 

「うるせぇ、指図すんな。腑抜けを腑抜けと言って何が悪い」

 

 【猛者】はアレンの言葉に小さくため息を吐くと、腰に手をやって何かを取り出して、そのまま俺達にそれを投げ渡してきた。

 ハルハが受け取り、それを見ると目を見開く。

 

「エリクサー……!?」

 

「「なっ……!?」」

 

 俺達も驚きに目を見開き、【猛者】に視線を戻す。

 

「……何のつもりだい?」

 

「お前達の団長に使ってやれ」

 

「……貸しでも押し付けようってのか?」

 

「そんなものはいらん。俺はただ、団員のために囮となった長と、他の者達を巻き込まないために逃げ出さずに戦い続けた戦士に、敬意を払っただけだ」

 

 【猛者】はそう告げると、団員達に顔を向け、

 

「行くぞ」

 

 淡々と告げた【猛者】は歩み始め、他の団員達は何も言わずに彼の後ろに続く。

 アレンは舌打ちするも、それ以上は何も言わず、俺達を見ることなく【猛者】達の後に続いた。

 

 彼らを見送った俺達は、息を吐いて身体の力を抜く。

 

 そして、ハルハは瓶の蓋を外して、俺の頭からエリクサーをぶっかけて来た。

 

「ぶっ……! ちょっ、ハルハ……!」

 

「せっかく貰ったんだから使っときな。実際、もう限界だったんだろ?」

 

「う……」

 

「はぁ……色々と言いたいことはあるけど、それは戻ってからにしようかね。流石にアタシらもこれ以上はキツイ」

 

「だな……。けどよ、この魔石、放っておくのか?」

 

 ルームには魔石やドロップアイテムが散々している。

 確かにもったいなくはあるが、全部運ぶのは無理だな。それに、

 

「これを倒したのはほとんど【フレイヤ・ファミリア】……というか【猛者】だ。猫糞するのは嫌だな。エリクサーまで貰ったし」

 

「なら、礼として回収して換金し、【フレイヤ・ファミリア】に届ければいい」

 

「……まぁ、それなら」

 

 リリッシュの提案に俺は文句はないが、そもそもこれを運べる袋がないんじゃ?

 

「私のローブと鞄の中に入ってる布を使えば、ギリギリ行けると思う」

 

 リリッシュはローブを脱ぎ、その下に背負っていた小さなリュックから大きい風呂敷を取り出した。

 あぁ……そう言えば、サポーター代わりとしてリリッシュにいくらかお願いしてたんだっけか。

 

「では、団長とハルハ殿は少し休まれよ。某達が魔石とドロップアイテムを回収してくる故」

 

「帰り道、2人に頼むことになる」

 

「そうかい。じゃあ、お言葉に甘えるよ」

 

 ハルハは俺の横に腰を下ろし、アワラン達が魔石などを集めに行く。

 俺も傷は大分治ってきて痛みも引いてきたが、体力的にまだキツイ。申し訳ないが休ませて貰おう。

 

 【猛者】のおかげでルームの壁がボロボロだから、ここでモンスターが生まれることはまだないだろう。

 

「はぁ……そっちはミノタウロスは出なかったんだな」

 

「まぁね。ヘルハウンドとライガーファングだけでも結構ギリギリだったから、出て来たらヤバかったね。15階層に逃げようにも絶対追いかけてくる感じだったからさ耐久型の3人と殲滅型魔導師がいて良かったよ」

 

 なるほど。ハルハが注意を引き、アワラン、巴、ツァオがリリッシュを守り、その隙にリリッシュが詠唱して魔法で一気に殲滅してたわけか。

 

 10分ほどすると回収も終わり、俺達は早足で上層へと戻る。

 荷物はアワランが持ってくれている。すまんね。多分今となっては俺が一番元気な気がするんだ。

 

「まぁ、体力的には問題ねぇよ。それにしてもエリクサーって滅茶苦茶効くんだな」

 

「その分、滅茶苦茶高いけどね。でも、今回の事を考えると、やっぱり回復薬はケチれそうにないなぁ。はぁ……うちも余裕があるわけじゃないんだけど……」

 

「ヘファイストスに借金あるんだったかい?」

 

「正確には正重にだな。正重の武器を担保に金を貸してもらったから」

 

「先々代村正頭領の武具とその主神の魔剣でありましたな。やはり極東の武芸者としては一目見てみたいものですな」

 

「然り」

 

「まぁ、正重がランクアップして上級鍛冶師になれば、それこそ村正の武具がお目にかかれるぞ」

 

「おお!」

 

 正重だって派閥から認められてないだけで、主神からは認められてたみたいだしな。

 

 

 

 

 その後、何とか無事に地上へと帰還した俺達は、ギルドで魔石とドロップアイテムを換金する。

 ちなみに俺達の取り分はリリッシュの鞄に入れてた奴で、アワランが持ってたのが【フレイヤ・ファミリア】に渡す分である。

 

「で、どうやって渡すんだよ。これ」

 

「申し訳ないが、スセリ様にお願いするしかない。俺達が行けば神フレイヤの『魅了』に耐えられず、何を言われるかも何を口走るかも分からん」

  

「そんなにヤベェの?」

 

「『美の神』だからね。特に神フレイヤの『魅了』はその気になれば、モンスターや神すらも虜にしちまうらしいよ。だから、アタシら下界の住民は自然に溢れてる神気だけでも目にするだけでやられちまうのさ。これまでも何度か他派閥の眷属を虜にして、騒動を起こしたこともある」

 

「うげぇ……」

 

「それは……」

 

「恐怖」

 

「でも興味はある」 

 

 やめてくれ、リリッシュ。

 お前はうちで唯一の魔導士なんだから。

 

 屋敷に戻った俺達は早速スセリ様に報告に向かう。

 先に戻っていた正重にディムル、ドットムさんも呼んで、俺は正座してダラダラと冷や汗を掻きながら一部始終を説明する。

 

「――と、言うわけで、ありましてですね。ス、スセリ様には、申し訳ないのですが、神フレイヤに、こちらをお渡しして頂きたく……」

 

「……」

 

 スセリ様は眉間に皺を寄せて目を伏せ、腕を組んで終始黙っていた。

 

 ……こ、怖い。

 他の面々も流石に茶化せないのか、ハルハさえも背筋を伸ばして横で正座してる。

 

「……はぁ~」

 

 スセリ様は大きくため息を吐いて、ちょいちょいとすぐ目の前を指差す。

 

 ……そこに来いと。

 

 俺は大人しく正座したまま目の前まで移動する。

 

 そして、スセリ様は俺の頭に手を置き、

 

 

 ギリギリとアイアンクローを喰らわせた。

 

 

「いいいいいっ!?」

 

「全くお前は……」

 

 スセリ様は俺の頭から手を離すと、連続で手刀を頭頂部に打つ。

 

「無茶を、して、強く、なっても、身には、ならんと、何度、言えば、分かる」

 

「いや、ホント、に、面目、次第、も、ござい、ません、です、はい」

 

 徐々に強くなっていく手刀。

 

「そんな、囮に、なって、こ奴ら、が、大人しく、逃げる、とでも、思うて、おった、のか」

 

「いや、ホント、に、面目、次第、も、ござい、ません、です、はい、ホント」

 

 

「ほんに、分かっておるのかぶぁっかもん!!

 

 

 最後に拳骨が落とされた。

 

 ぐふぅ!?

 

 俺は正座したまま額を畳に思いっきり打ち付ける。

 

「全く! まぁ、異常事態であれば仕方ないところではあるし、お前の過去を思えば理解も出来るが、それであの娘や団員達が納得するとでも思っておるのか? 妾からすれば、お前が死ぬくらいであれば、むしろフレイヤの子達に怪物進呈するくらいの方がまだ笑って許してやれるわ」

 

 ……ホントに申し訳なさ過ぎて、何も言えません。

 

「己を犠牲にして仲間を守る。それは確かに善であろう。確かに正義であろう。もっとも、『自己満足の』が頭に付き、他はだぁれも納得も認めもせぬだろうがな」

 

「……はい」

 

「言うたはずじゃぞ。死んでの栄誉なぞ、妾は喜ばぬし誇らぬ。例え周りからは惨めに笑われ、侮辱されようとも生き延び、次こそ誰にも馬鹿に出来ぬ栄誉を得られるように精進せよとな。己が弱さを受け入れられぬ者が、真の強さを得られる道理はない」

 

「……はい」

 

「他の者達もじゃぞ。無理と思うならば逃げよ。それが嫌なのであれば、地道に着実に精進出来るように考えるように」

 

 スセリ様の言葉に全員が頷く。

 

「フレイヤに関してはお主らの言う通り、妾が動くとしよう。あ奴は普段はバベルにおるらしいから、近々開かれる神会で会えれば、声をかけてみよう」

 

「お願いします」

 

「で、じゃ。フロル、お前は反省と休養、そして鍛え直しで2週間ダンジョンはもちろん、外出も禁止じゃ。ハルハ達との組手もなし。妾との組手か自己鍛錬のみ許す」

 

「………はい」

 

 大人しく受け入れるしかない、か。

 

「ハルハ、アワラン、リリッシュ、巴、ツァオも休養と装備を整える時間もいるじゃろうから、3日間ダンジョン禁止とする。今回の事態を顧みて、己を今一度見つめ直せ。ただし、本拠内での組手までは止めぬ」 

 

「ま、今回は仕方ないねぇ」

 

「うっす」

 

「問題ない」

 

「御意」

 

「承知」 

 

「正重、ディムルはお咎めなしじゃが、ダンジョンに行く場合は必ずドットムと共に行動するようにの」

 

「うむ」

 

「はい」

 

「ドットムも他の連中の相談になど乗ってやっておくれ」

 

「おう。そのつもりだぜ」

 

「では、今は身体を清め、休めると良い」

 

 解散となり、それぞれ自室に戻ったり、そのまま風呂に行ったり、鍛冶場に行く。

 

 俺もスセリ様と自室に戻り、装備を外して改めて全身を確認する。

 流石エリクサーだ。目立った傷はほとんどない。

 

 

 その後、俺は風呂に入って汚れを落とすと、部屋にいる時も、食事中も、そして寝る時も、スセリ様の抱き枕にず~~っとされるのであった。

  

 

 




いつの時代も奴は化け物なんだよ


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己を見つめ直す

いてまえ!その2


フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :F 358

耐久:G 291

器用:G 269

敏捷:E 422

魔力:G 225

狩人:I

 

《魔法》

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷魔法

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

【】

 

《スキル》

(【輪廻巡礼(エクセリアキャリア)】)

(・アビリティ上限を一段階上げる)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性

・雷属性に対する耐久力強化

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正

 

 

 

 

 めっちゃ伸びてるけど、流石に前と比べてバラつきが出てきたな。

 まぁ、最近武器は刀とかばっかりだったし、魔法もそんな使ってるわけじゃないしな。ダメージも前よりは負わなくなってきたって言うか……無謀な戦いをすることがなくなったからだな。

 ハルハ達が仲間になったからというのも大きいだろう。

 

「やれやれ……少し複雑じゃのぅ。喜ぶべきか、このせいで無茶をすると嘆くべきか」

 

「あははは……」

 

 笑うしかありません。

 

「全く……。それにしても、お前はほんに変なところで運が悪くて、運が良いの。普通であれば絶望的でしかない状況で、ここぞという時に最高の助っ人が来ておる」

 

 確かに……。

 フィンさん達に椿さん、シャクティさん達に【猛者】達。

 

 今のオラリオじゃこれ以上ない面子だな。

 喜ぶべきかどうかは本当に分からんけど。

 

「まぁ、それもまた冒険者にとって必要な素質ではあるから良いとしよう。生き残れたのであれば、瑣末なことよ。問題は……それにお前が慣れてはおらぬかという事じゃ」

 

「……慣れる?」

 

 俺は首を傾げる。

 スセリ様は小さくため息を吐き、

 

「ヒロや。お前、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「!?」

 

 スセリ様の言葉に目を見張って固まる。

 ……それ、は……。

 

「本来、冒険者は蹴落とし合う競争相手。己こそが最強、英雄たらんとする以上、必ず潰し合う定め。もし、それでも手を差し伸べるのであれば、それは失い難き友か……敵にもならぬ小物か」

 

「っ……!」

 

「ガネーシャのシャクティやヘファイストスの椿は、まぁ特殊な例じゃろうな。じゃが、間違いなく【勇者】や【猛者】はお前を障害にもならぬ小物と思うておったであろうな。……それでもお前はまた次も助けて欲しいか?」

 

 そんなわけがない。

 

 そんなこと、認められるわけがない。

 

「故に、今一度己を見つめ直すが良い。何のために強くなり、何のために冒険者をし、何を得て、失ってきたのかを、な」

 

「……はい」

 

「今日一日は身体を休め、まずは精神から見つめ直せ。心が定まらずに肉体を鍛えたところで惰性に終わりかねんからの」

 

 そう言って、スセリ様は部屋を後にした。

 

 俺はその場でゴロンと仰向けに寝転がる。

 

「……何のために、か」

 

 生き残るため。

 

 すぐに浮かび上がるのはこれだけど、そんなの当たり前のことだ。わざわざ叫ぶほどの事じゃない。

 じゃあ、なんだ?

 

 ……テルリアさん。

 もう大事な人を奪わせたくない? いや、それも当たり前のことだ。 

 

 冒険者を続けているのは何故か。

 贖罪? 違う。

 

 ……見返したい。

 

 誰に?

 

 俺を忘れた神に。

 

 俺を見捨てた連中に。

 

 俺を嘲笑った奴等に。

 

 俺よりもずっと強く、英雄な人達に。

 

 でも、これは不純で醜い感情と動機だ。

 否定はしないし、出来ない。

 

 これも俺だ。

 でも、これが一番か?

 

 それも違う。

 

 俺は――応えたい。

 

 俺を生んでくれた両親に。

 

 俺を認めてくれる仲間達に。

 

 俺を見守ってくれるミアハ様やヘファイストス様達に。

 

 俺を支え助けてくれたテルリアさんに。

 

 

 そして――俺を見つけて鍛えてくれたスセリ様に。

 

 

 俺は、貰った恩に応えたい。

 

 お金で返せない。働くにも幼過ぎる。

 

 だから――戦うんだ。

 

 

 そしていつか……英雄になりたい。

 

 

 皆に認められずとも、スセリ様や仲間、テルリアさんには誇れる英雄に。

 

 

 皆は無理でも、誰かは助けられる英雄に。

 

 

 だから、俺は、強くなりたい。

 

 

 それが、俺の『根っこ』だ。

 

 

 

 

 翌日。

 俺は基礎鍛錬から始めた。

 

 走り込み、腕立て、腹筋、また走り込む。

 

 次に正拳突きや上段蹴りなどの無手の型の練習。

 

 それが終われば、武器の素振りを始める。

 木刀、木槍、木斧、弓、木のナイフ。

 

 それを丸一日かけて続ける。

 朝日が昇って、夕陽が沈むまで続ける。 

 

 休憩の合間に飯を食べて、食べ終わったらまた鍛錬に戻る。

 ただただひたすらに、無心に、それを続ける。

 

 謹慎して4日目。鍛錬を始めて3日目。

 ハルハ達は謹慎が解けたが、俺を気遣ってかダンジョンに行くことなく、本拠で同じく鍛錬や組手をしていた。

 

「団長、ずっとやってんな」

 

「まぁ、組手が禁止されてるからねぇ」

 

「それにしても、何とも凄まじき集中力であるな。あの御歳であれだけの実力を得るのも納得出来るというものだ」

 

「「うむ」」

 

「我々も負けてはいられませんね」

 

 思い浮かべるは宿敵、そしてずっと先を行く上級冒険者達。

  

 怒り、嫉妬、尊敬、憧れ……そして喪失感と哀しみ。

 

 あらゆる感情を武器と拳に籠め、そして斬る。

 

 ぶっちゃけ無心とは程遠い。

 

 でも、生きてる以上、命を懸けてる以上、感情は切っても離せない。捨てることなんてできない。

 どれだけ感情を抑え込もうとしても、絶対にいつか限界が来て、それは身を滅ぼすかもしれない。

 

 ならば、無心を捨てる。

 

 全ての感情を受け入れ、己の一部にし、『芯』とする。

 

 その作業を、ただただ無心で行う。

 

 矛盾してるとは思うが、疑問疑心はもたず、これが正しいのだと信じて続ける。

 

 

 相手を斬り、次に会った時はこれまで抱かれたイメージを振り払えるように。

 

 

 子供だからと、舐められないように。

 

 

 俺は、スセリ様の眷属で、ファミリアの団長で、冒険者なのだから。

 

 

 

………

……

 

 鍛錬を続けて一週間。

 

 ステイタスは上がってもないだろうし、この程度で技が向上したわけでもないだろう。

 

 流石にそろそろ『このままでいいのか』と疑問を抱きそうになる。

 

「折れずにやっておるようじゃの、感心感心」

 

 スセリ様が声をかけてきた。

 

「さて、そろそろ己だけでは限界じゃろう。……一手、魅せてみよ」

 

「……はい」

 

 素振りをしていた木刀を置き、簡単に汗を拭ってからスセリ様と相対する。

 

 ずっと俺の近くで鍛錬や組み手をしていたハルハ達も手を止めて、こっちに目を向けるのを肌で感じる。

 

 俺とスセリ様は同時に構え……。

 

「――行きます!!」

 

「来い!!」

 

 と、俺はスセリ様へと攻めかかった。

 

 

 

 

 

「はぁ! はぁ! はぁ!」

 

 

 ダメでした。  

 

 

 ふっっっつうに投げ飛ばされたわ!!

 

 なんでよ!? ここって普通成長して驚かせるとこじゃないのか!? 俺の主人公体質!! ……え、ない? あ、そう……。

 

 あぁ、くそ……。変なこと考えちゃうほどちょっとショック。

 

「はぁ! はぁ! はぁ~~……」 

 

「なんじゃ。デカい溜息じゃのう」

 

「……いえ、流石にちょっと……」

 

「ぶぁっかもん。一週間程度で実力が上がるわけなかろう。少し自分を見つめ直しただけで強くなれるならば、とっくの昔にやらせとるわい」

 

 ですよね。

 

「まぁ、じゃが……何も変わっておらんわけでもない。動きは僅かだが鋭くなっておるし、妾の動きを視れるようになっておる。何より気迫も雰囲気も見違えておる。間違いなく一週間前のフロルよりは成長しておるよ」

 

「……」

 

「じゃが、それはあくまで内側の話であって身体は違うもんじゃて」

 

「ですよね……」

 

「それはこれから伸びていくからの。今日からはハルハ達との組手を許可する」

 

 スセリ様の言葉に俺は身体を起こす。

 

 スセリ様は腕を組んでニカリと笑う。

 

「他者との戦いで、この一週間の鍛錬で培ったものを磨くといい。ドットムのような上の者と戦うことで、また新たな己を見つけることも出来るじゃろうて。それをあと一週間続けよ」

 

「はい!」

 

 力強く頷いた俺はポーションを飲んで、ある程度体力を回復させてハルハ達の元へと向かう……んだけど……。

 

 ハルハ、アワラン、ドットムさんがすんげぇ獣みたいな笑みを浮かべてるんだけど!?

 

 巴、ツァオ、ディムルも笑みまでは浮かべていないが、なんかすんげぇ気迫を纏ってる。

 

 正重も他の連中ほどではないが、普段からでは考えられない気迫を放ってる。

 

 え……ちょっと待って……。

 なんで……そんなに盛り上がってるの?

 

「そりゃあ決まってんじゃないか。あんな気合に満ちたアンタを見て、アタシらが滾らないとでも?」

 

「……あ~……」

 

 ですよ、ね~……。

 

 

 その後、俺の悲鳴と、誰かさん達の高笑い、そして戦いの音が響き渡ったのは、言うまでもない。 

 

 

 




【フレイヤ・ファミリア】とはまた違う脳筋だよね


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それぞれに力を

いてまええい!!その3

*すいません、冒頭の時間経過を『4ヶ月』から『2ヶ月』に変更しています
よく考えたら時間経過おかしなことになっていました(ーー;)すいません


 二つ名を得てから7カ月、オッタルに助けられてから2カ月が過ぎた。

 

 俺達はあれからも上層や中層で地道に鍛錬に励んでいた。

 

 あれ以降はトラブルに巻き込まれることもなく、真っ当なダンジョン探索が出来ていた。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :F 358 → D 561

耐久:G 291 → D 524

器用:G 269 → D 544

敏捷:E 422 → C 689

魔力:G 225 → E 497

狩人:I

 

《魔法》

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷魔法

・詠唱式【鳴神を此処に】

 

【】

 

《スキル》

(【輪廻巡礼(エクセリアキャリア)】)

(・アビリティ上限を一段階上げる)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性

・雷属性に対する耐久力強化

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正

 

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.1

 

力 :C 677 → B 753

耐久:C 671 → B 712

器用:B 743 → B 789

敏捷:D 530 → D 591

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲のアビリティ値一定以下の対象を威圧

・『力』と『耐久』の高補正

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正

・威圧・補正効果はLvに依存

 

 

 

ハルハ・ザール

Lv.2

 

力 :H 110 → G 269

耐久:I 72  → H 155

器用:I 57  → H 142

敏捷:H 103 → G 237

魔力:I 48  → H 111

拳打:I

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法

・風属性

・詠唱式【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)。高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ。堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】

 

《スキル》

【】

 

 

 

ディムル・オディナ

Lv.1

 

力 :I 99  → H 198

耐久:I 62  → H 184

器用:H 123 → F 309

敏捷:H 109 → G 271

魔力:G 201 → E 412

 

《魔法》

【ガ・ボウ】

・呪詛付与魔法

・Lv.および『器用』『魔力』アビリティ数値を魔法威力に換算。潜在値含む

・発動に槍必須

・詠唱式【其が傷は汝の常。我が忠義は永遠の矛】

 

【ガ・ジャルグ】

・対魔力投槍魔法

・発動回数は一行使のみ

・詠唱式【穿て、紅薔薇。茨を以って敵の誇りを討て】

 

【】

 

《スキル》

妖精騎心(フェアリー・シュヴァリエ)

・槍装備時、発展アビリティ『槍士』の一時発現

・『魔力』の高補正

・補正効果はLv.に依存

 

 

 

アワラン・バタル

Lv.1

 

力 :B 771 → A 802

耐久:A 849 → A 898

器用:E 423 → E 478

敏捷:C 662 → C 685

魔力:E 448 → D 511

 

《魔法》

【マース・カブダ】

・硬化魔法

・Lv.および全アビリティ数値を魔法効果に加算。潜在値を含む

・詠唱式【闘志は折れず、拳は折れず、膝は折れず。我が体躯(からだ)は傷は知らず、我が(こころ)は痛みを知らず。故に我は不屈也】

 

【】

 

《スキル》

闘魂気炎(スパルタクス)

・体温上昇と共に『耐久』が上昇する

 

 

 

リリッシュ・ヘイズ

Lv.1

 

力 :H 112 → H 153

耐久:H 101 → H 138

器用:C 671 → B 712

敏捷:D 568 → D 589

魔力:A 875 → A 899

 

《魔法》

【デゼルト・ビブリョテカ】

・広域攻撃魔法

・地属性

・詠唱式【知識の砂漠を彷徨い続ける。砂粒全てが求める叡智、この砂漠こそが偉大な書庫。我が知欲の餓えは、砂漠の渇きと変わらない。戻ることも出来ず、立ち止まることも出来ず、進むことも出来ず。終わらぬ旅路を私は呪い、狂喜する。この砂漠は私の力になるのだから。私もいずれこの砂の一粒になることを希う】

 

【グノスィ・アイアス】

・反射魔法

・反射対象の『魔法名』『効果』『威力』『範囲』『時間』『詠唱式』の見識が深いほど反射時の威力が増大する

・詠唱式【対処せよ。すでにそれは見知っている知識なり】

 

【】

 

《スキル》

小人賢者(パルゥム・メイジ)

・魔法効果増幅

・魔法効果を理解しているほど強化補正増大

・一見したことがある魔法による自身への被効果、被ダメージを減退する

 

 

 

ツァオ・インレアン

Lv.1

 

力 :B 729 → A 819

耐久:C 631 → C 692

器用:D 582 → C 628

敏捷:B 788 → A 846

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

 

《スキル》

月下雅狼(ウリユイ・ユエリアン)

・月下条件達成時のみ発動

・獣化。全アビリティ能力超高補正

・異常無効

 

 

 

ヒジカタ・巴

Lv.1

 

力 :B 758 → A 862

耐久:B 702 → A 859

器用:E 411 → E 467

敏捷:F 356 → E 417

魔力:I 0

 

《魔法》

【】

【】

 

《スキル》

重甲小鬼(イバラギドウジ)

・甲冑装備時、『力』と『耐久』のアビリティ高補正

・風属性魔法に対する耐性強化

 

 

 

 うん。やっぱり俺の上昇値がおかしいが、ハルハ達も中々に上がっている。

 特にディムルが良い感じだ。今のペースで行ければ、2年以内にはLv.2になるかもしれない。

 

「ディムル嬢ちゃんのランクアップはかなり厳しい条件になるかもしんねぇぞ?」

 

「まぁ、もしくはすぐにランクアップ出来るかもしれないけどね」

 

「難しいところですねぇ……」

 

「本人にとってどれだけ代えがたい経験をしたか、じゃからのぅ」

 

 現在スセリ様、俺、ハルハ、ドットムさんの4人で集まって会議中。

 この4人がオラリオや冒険者の事を一番理解してるからね。まぁ、結局のところ首脳会議みたいな感じになってるんだけどさ。

 

 ランクアップ条件は人によって異なる。

 俺とハルハを比べるだけでもよく分かるだろう。

 

 ハルハは特別目立った『偉業』を為したわけでもない。

 

 格上相手に善戦はしたが、勝てなかった。

 

 その事実が心底悔しかった、これまでの敗北で一番悔しかったからこそ、ハルハはランクアップを遂げたと言ってもいい。

 まぁ、それまでに何人ものLv.2を倒したのも大きいのかもしれないけどさ。

 

 でも、意外とLv.2へのランクアップに関しては、俺みたいにそこまで話題になるような『偉業』じゃなくても大丈夫らしいけどさ。

 原作のベルはもちろん、団員のヴェルフ達もかなり特殊例に入りそうだな……。

 

 ドットムさんの話では大抵のファミリアは、まさにパーティーでミノタウロスやインファント・ドラゴンを複数回倒すことで器を昇華させてるらしい。

 【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】などの探索系大手は『遠征』に連れて行ったりして、ランクアップさせたりもしているらしいが、これは基本的に将来幹部候補の新人に行うスパルタ修行でやらされて喜ぶ冒険者はいないとのことだ。

 ……うちは喜びそうだけどな。

 

 さて、ディムルの事も心配だが、他の団員達も困ったことに変わりはない。

 むしろ、ディムル以外はランクアップ圏内にいるから、こっちの方が重要案件だ。

 

 と言っても、ずっと困ってる案件なんだけどな。

 

 そもそも多くの冒険者がLv.2になれずに道半ば倒れてしまう。

 最初のランクアップこそがこのオラリオで生きて行けるかの第一選別とも言える。

 

「今のステイタスなら、Lv.1組でミノタウロス討伐させてみるのもありですかね? ハルハがいたとはいえ、ライガーファングやヘルハウンドの【怪物の宴】を乗り越えれたわけですし」

 

「そうじゃの~……まぁ、今の面子なら問題ないと思うが……」

 

「逆に足りねぇんじゃねぇか? Lv.1が中層の【怪物の宴】を乗り越えたのに、誰もランクアップしてねぇんだろ?」

 

「あ~……」

 

 言われればそうだなぁ。

 あの数を倒して出来なかったのに、ミノタウロス1体を数人がかりで倒しても……微妙か。

 

 いや、そうだよ。オッタルや俺のことですっ飛んでたけど、なんであの地獄を乗り切ってランクアップしてねぇの?

 なんかアワラン達の『偉業』条件厳しくない?

 

 特にアワランとか【ネイコス・ファミリア】の抗争とかで活躍してたし、【怪物の宴】も乗り切ってもダメとか何させたらいいの?

 

「流石にアワラン1人でミノタウロスと戦わせるわけにいかないしなぁ」

 

「でも、あいつって1人でダンジョンに行ったこともないんじゃないかい?」

 

「……そういえば」

 

「そうじゃのぅ」

 

「一度11階層くらいまで1人で行かせてみたらどうだい? 意外と苦戦するかもしれないよ?」

 

「ん~……」

 

「苦戦っつぅより……無茶しそうだからなぁ、アイツ」

 

 そうなんだよなぁ~。アワランも地味~に焦ってる感じが出てきてるんだよな~。

 でも、一度くらい行かせるのは確かにありだとは思う。

 

「アワランもだけど……俺的には正重もランクアップさせてやりたいんですよねぇ」

 

「そうじゃのぅ。【鍛冶】アビリティもそろそろ欲しいところじゃし、あ奴には色々頑張ってもらっとるでなぁ」

 

 そうなんだよ。

 鍛冶だけでも大変になってきてるのに、戦闘訓練もさせて、サポーターもお願いしている。

 しかも最近、正重は時間があれば【ヘファイストス・ファミリア】や【ゴブニュ・ファミリア】の武具屋を巡ってる。色んな武器を見て、インスピレーションを貰おうとしてるみたいだ。

 それはつまり、鍛冶への行き詰まりを感じ始めているかもしれないということだ。

 

 正重には本拠のために育ての神や父親の刀を担保にさせてしまった負い目というか、恩がある。

 だから、正重のことも優先してやりたいとも思ってしまう。

 

 結局いい答えが出ぬまま時間が過ぎて、スセリ様が大きく息を吐く。

 

「はぁ……やはりもう少し様子を見るしかないの。こればかりは本人達の問題じゃしな」

 

「だな」

 

「とりあえず、ディムルとリリッシュを除いた者達は一度1人でダンジョンに行かせてみるとしよう。もちろん11階層まで、じゃがな」

 

「分かりました」

 

「あいよ」

 

 簡単に方針を決めた俺達は解散することにし、ハルハとドットムさんは部屋を後にしていった。

 

「やれやれ……焦るようなものでもないが、手が届きそうなものほど手を伸ばしたくなるものよの」

 

「アワラン達は【フレイヤ・ファミリア】に会ったのと【怪物の宴】で力の差と未熟さに、そして……正重は大事な時に参戦出来ていないことに、焦ってますからねぇ……」

 

 そう、正重が追い込まれているのは、【鍛冶】アビリティが欲しいだけでなく、俺達が苦しんでいる時にその場に自分がいなかった事を悔やんでいるからだ。

 俺とハルハが街で暴れた闇派閥と戦っている時も鍛冶に集中していて、【怪物の宴】の時はディムルと上層にいた。【ネイコス・ファミリア】との抗争の時も、結局本拠でスセリ様の守護で、敵の本拠には駆け付けられなかったことも、ずっと気にしてたんだ。

 

 だから、せめて鍛冶で役に立とうと頑張ってくれているんだが……やはり上級鍛冶師の作品と比べて劣ることに、逆に追い込まれてしまってるんだよなぁ……。

 

 どうしたもんか……。

 

「贅沢になったもんじゃなぁ。一年前までは小さな平屋で2人っきりじゃったというに。一年も経たずに他の連中のランクアップの心配をお前とすることになるとはのぅ」

 

「ホントですねぇ……」

 

 確かに半年足らずで一気に8人も入団したもんなぁ。【ヘスティア・ファミリア】真っ青だよね。

 ベルは俺以上の短期間でランクアップしたのに、【アポロン・ファミリア】との【戦争遊戯】で勝ってからだもんな。借金がバレてあっという間にいなくなったけど。

 

 まぁ、借金があるのは俺らもなんだけどさ。ちなみに借金を返す目途はまっっったく立ってない。

 

 やっぱり中層では100万ヴァリスを稼ぐのも難しい。

 でも、18階層から下はまだ無理だと思うんだよな。確か状態異常攻撃をしてくる虫系モンスターが多かったと記憶がある……。

 

「リリッシュも結構難しいですよね~」

 

「そうじゃのぅ。ただでさえ使い辛い魔法ばかりで、前衛としての技もなく、何より冒険者には向いておらん小人族じゃからなぁ。リリッシュも前に出たがる性格ではないしの。それに小人族は今のお前のような戦い方が一番適しておる種族。今のままでは中々難儀なのは間違いないの。それに……」

 

「それに?」

 

「そろそろアビリティの熟練度が頭打ちになるであろうな」

 

「……ああ」

 

 俺はスキルのおかげでアビリティ上限が上がっているから、ヒューマンでもSランクを目指せる。

 でも本来であればSランクは1つでも届けば御の字だ。ヒューマンならA止まりの可能性だってある。小人族もまた然り。

 『器』には個々の限界が存在する。

 

 確かにステイタスを見た限り、アワラン、リリッシュ、巴、ツァオはそろそろ成長が止まってしまうだろうな。正重は種族的にもう少し伸びると思うけど。

 でもそれはつまり……更に追い込まれるかもしれないってことだ。

 

 原作ではアイズがそんな感じだったな。

 

「お前と言う存在もまた……あ奴らを鼓舞し過ぎる要因になっておるのも難儀なもんじゃて」

 

「そう、ですね……」

 

 アイズにとってのベルが、アワラン達にとっての俺。

 

 まぁ、立場は逆だけど、追いつかれるのも、差が広がっていくのも、しんどいのは変わりない。うちは全員向上心が高い連中だからな。しかも、相手は団長とは言え、ヒューマンの子供。普通だったらプライドが傷つくよな~。

 一攫千金とかよりも武や技で名を馳せたいアワラン達からしたら、階層うんぬんよりもランクアップの方が重要だろう。

 

 やっぱり……ちょっと無茶を承知で『冒険』させるしかないか?

 

 やれやれ……団長って、大変だなぁ……。

 

………

……

 

 その翌日。

 

 この日、ちょっと色々変わったことが起きた。

 

 いつも通りスセリ様やハルハ達と組手をしていると、普段書斎に閉じこもっているリリッシュがやってきた。

 

 動きやすい格好をして。

 

「リリッシュ? どうしたんだ?」

 

「スセリヒメ様とハルハに頼み事」

 

「ぬ?」

 

「なんだい?」

 

「『並行詠唱』教えてほしい」

 

 まさかの頼みごとに俺やハルハは目を丸くし、スセリ様も僅かに目を見開く。

 

「この前の【怪物の宴(モンスターパーティー)】で限界を感じた。熟練度もそろそろ限界だと思うから、他の方法を身につけないと今後戦えない」  

 

「で、『並行詠唱』ってわけかい?」

 

「ん」

 

「ふむ……で、妾には身のこなしを教えて欲しいということかの?」

 

「ん。まだすばしっこさには自信がある」

 

 なるほど。確かにその方が俺達的には助かる。

 でも、そう簡単に出来ることじゃない。原作でもそれが出来る魔導士は少なかった。

 それこそハルハやアイシャ・ベルカのように武器を振りながら発動するなんて戦い方でもなければ、魔導士にはそこまで重要ではない技術だ。

 

 確か【ロキ・ファミリア】のレフィーヤってエルフが練習してるところまでは憶えてる。でも、リヴェリアさんが使ってた印象がない。

 

 リヴェリアさんの魔法はかなり強力で、詠唱も長い。

 そう、リリッシュも負けないレベルで、威力も高いし詠唱も長い。かなりの集中力が求められているはずだ。 

 本当に動きながら詠唱できるのか?

 

「分からない。でも、練習しなきゃずっと出来ない」

 

 俺の疑問にリリッシュはいつも通りの眠たげな顔で、でも力強く答える。

 

「今のままじゃもっと下に行けない。それは困る。私は自分の目と耳で知りたい」

 

「うむ、覚悟があるならば妾に否はない。……が」

 

「「が?」」

 

 俺とリリッシュは首を傾げる。

 

「やるからには最低限の自衛手段も憶えてもらおう。杖術ならば損にならんであろうて」

 

「え゛」

 

 リリッシュが初めて動揺した声を出した気がする。

 まぁ……俺らの地獄を見てれば喜べやしないだろうな。

 

 頑張れ、リリッシュ!!

 

 俺が言えるのは、ただそれだけだ!!

 

 大丈夫! すぐに慣れるから!!

 

 

 

 その1時間後。

 

「……………きゅう」

 

 リリッシュがボロボロの姿で縁側に倒れ伏していた。

 あぁ……懐かしい姿だな、なんか。少し前の俺だ。

 

 しばらくはリリッシュには優しくしてあげよう……。

 

 そんなことを考えていると、

 

「し、失礼します! しゅ、主神様と団長殿は御在宅でしょうか!?」

 

「「ん?」」

 

「ヘ、【ヘファイストス・ファミリア】の者です! 至急我らが主神よりお伝えしたいことがあり、お訪ね致しました!!」

 

「ヘファイストスからじゃと?」

 

 しかもかなり急ぎのようだ。

 闇派閥か何か出たのか? いや、それならギルドからだよな。

 なんだ?

 

 とりあえず、スセリ様と2人で玄関に向かう。

 

 玄関に荒く息を吐いて立っていたのは、頭にバンダナを巻いた作務衣を着た青年。

 なんか本当に慌てて駆け付けたって感じだな。

 

「何か用かの?」 

 

「は、はっ!」

 

 青年は弾かれたように片膝をつく。

 

「ヘファイストス様から……その……謝罪のお言葉を……」

 

「「謝罪?」」

 

「えっと……あの……そのぉ……ですね」

 

 物凄くしどろもどろになってるけど。どしたん?

 

「うちの副団長なのですが……」

 

「副団長? 【単眼の巨師】がどうかしたのか?」

 

 椿さんのことで何でうちに謝罪をするような話になるんだ?

 

「……実は……本当につい先ほどのことなのですが……」

 

「「うん」」

 

「副団長が……そちらの獅子人殿を捕まえまして……」

 

「「うん?」」

 

「そのまま……」

 

「「そのまま??」」

 

「ダ……」

 

「「ダ???」」

 

「ダンジョン、に……」

 

「「……は?」」

 

「引きずって行ってしまいまして……」

 

「「はぁ~?」」

 

 椿さんが? 正重を? ダンジョンに?

 

「も、申し訳ありません!! 止めたのですが……私程度の力では……!」

 

 青年は冷や汗ダラダラ流して、頭突きする勢いで土下座した。 

 

 あぁ……この人もすぐ近くにいて、頑張って止めようとしてくれたのか。

 でも鍛冶師なのに上級冒険者でもある椿さんは止まらなかったんだろうな。だってあの正重を引っ張っていったんだしさ。

 

「ふむ……何か事情があるんじゃろうが……」

 

「また強引ですねぇ」

 

「すいませんすいませんすいません!! ヘファイストス様も今手が離せず……!」 

 

「まぁ、どっちにしろ神はダンジョンに入れんしのぅ。……やれやれ、フロル」

 

「はい、今すぐ向かいます」

 

「うむ。もしものことを考えて、ハルハとツァオも連れて行け。……流石に中層までは行かんと…思うんじゃがなぁ~」

 

 スセリ様が少し遠い目をして呟く。

 

 ……でもなぁ、椿さんだからな~。

 

「それは……副団長なので……」

 

 あぁ……団員さんもそう思うのね。

 これは、早よ行かんと駄目だな。

 

 俺はハルハとツァオに声をかけて事情を話し、準備させる。

 

「あ~……あの鍛冶馬鹿女ならやりかねねぇなぁ。鍛冶関係になると遠慮と見境いが無くなっちまうんだよなぁ」

 

 ドットムさんはそれなりに付き合いがあるらしい。

 呆れながらも納得されてしまった。

 

「まぁ、そんな奴だからLv.4まで昇格してんだろうけどな」

 

「けどよ、3人だけでいいのか?」

 

「ああ、行って連れ帰るだけだから、別に探索する気はないよ。だったら、アワランはドットムさんや巴と鍛錬しててくれ」

 

「まぁ……それなら」

 

 渋々ながらに頷くアワラン。

 ドットムさんはアワランにも呆れた視線を向け、小さくため息を吐く。

 

 やっぱりドットムさんから見ても、アワランは焦ってきてるか。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるから。なんかあったら頼むぞ」

 

「あいよ」

 

 

 ということで、俺達は駆け足でダンジョンへと向かうのであった。

 

 

 




椿暴走(いつもじゃね?)


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火吹く鎚

いてもうたぁ!ラスト
これで二章終わりです


 正重は現状にとても困惑していた。

 

「ふははははは!! ほれぇどしたどしたぁ!」

 

 椿が高笑いを上げながら大剣を振り下ろして()()()()()()()()を両断した。

 

 更に横薙ぎで周囲にいたヘルハウンド数体を寸断する。

 

 モンスターが全滅したのを確認した椿は、一息ついて大剣を地面に突き刺して柄頭に手を置く。

 

「はぁ~やれやれ……やはりこの程度の輩ではつまらんの~」

 

 椿は大量の武器が入った籠を背負っていた。

 

 ちなみに正重も何故か籠を背負わされており、先程から椿が試し切りを終えた武器を渡されていた。

 

「仕方ない。こうなっては1()7()()()まで下りてみるとするかぁ」

 

「……あの、そろそ――」

 

「さぁて行くぞ~」

 

 椿は正重の言葉を無視して歩き出す。

 

 正重は大きくため息を吐いて、重く感じる足を前に進めるのであった。

 

 

 

 

 さて、こうなったのは数時間前。

 

 正重は今日もバベルにある【ヘファイストス・ファミリア】の店舗にやってきていた。

 以前フロルも顔を出していた、まだ【鍛冶】アビリティを手にしていない下級鍛冶師の店が並んでいる階だ。

 

 最大鍛冶派閥で日夜腕を磨いている鍛冶師達の作品を見て、インスピレーションや技術を学んでいた。

 

 正重が身に着けた鍛冶技術は基本的に極東の技だ。素材とてオラリオに比べればずっと限られる。

 故に冒険者が集うオラリオだからこそ培われてきた技術や素材を知らなければ、今後フロル達が求める武具を造れないと危機感を抱いていた。

 

 

 巨躯の獅子人が唸りながら並べられた武具を射殺すつもりかと思われるほど見つめていた。

 

 それがここ最近でよく見られる光景だった。

 

 数店舗回り、次は下の階の高級武具を見に行こうとした時、

 

「おお? そこにおるのはフロ坊とこの獅子男ではないか」

 

 店の見回りをしていた椿が、面白いものを見つけたとばかりに歩み寄ってきた。

 

「っとぉ、いかんいかん。お主とは初対面であったな。【ヘファイストス・ファミリア】の椿という」

 

「む……【スセリ・ファミリア】、クスノ・正重・村正、です」

 

「お主の事は主神様から聞いておるぞ~。まさかこのオラリオであの村正一派の鍛冶師に会えるとは手前は運が良い」

 

 腰に手を当てながら意気揚々と話す椿に、困惑する正重。

 

「それにしても鍛冶師のお主がこんなところにおると言うことは、どうやら己が鍛冶に行き詰っておるようだの」

 

「!!」

 

 サラリと図星を突かれたことに、正重は顔が強張ってしまう。

 

 その反応に椿は口角を吊り上げ、さらしに巻かれた豊満な胸の下で腕を組む。

 

「なぁに、大して驚くことでもなかろう? 鍛冶師が鉄を打たずに、他の鍛冶師の作品を見に来るなど、それ以外にあるまいよ」

 

 同じ鍛冶師だからこそ、同じ鍛冶師の行動の理由など手に取るように分かる。

 椿とて同じように壁にぶち当たった時期は少なからずあったのだから。

 

 言葉に詰まり、顔を顰める正重は顔を俯かせる。

 すると、下を向いた視界に、褐色の肉付きも良く柔らかそうな腕が伸びてきて、己の服をガッ!!と掴んだのが見えた。

 

「丁度良い。暇ならばちと付き合ってくれ」

 

「ぬ?」

 

「これから武器の試し切りをするつもりでな。ここで会ったのも何かの縁。お主も見に来るついでに手伝え。手前で言うのもなんだが、【ヘファイストス・ファミリア】の上級鍛冶師の新作が目の前で見れるのだ。損はなかろう」

 

 と、言い終わると同時に正重の巨躯など知ったことかとばかりに引きずり始めた。

 

 正重は瞠目して咄嗟に腕を引こうとしたが……ビクともしなかった。

 

「はっはっはっはっ! 残念だがお主の力では手前には敵わんぞ~。諦めて付いてくるのだなー」

 

「ちょちょちょっ!? ま、待ってください副団長!!」

 

 ズルズルと正重を引きずっていく椿に、たまたますぐ近くでやり取りを眺めていた【ヘファイストス・ファミリア】の団員が慌てて止めに入ってきた。

 

「さ、流石に他派閥の団員を主神や団長に許可なく連れて行くのはまずいですって! 副団長の試し切りってダンジョンでやる奴でしょう!?」

 

「!?」

 

「バラすでないわ、つまらん奴じゃの~。小さいことを気にするでない。この者はあの【迅雷童子】の仲間だ。ダンジョンに潜るくらい何でもない。なぁ?」

 

 同意を求められるも、流石に頷くに頷けずに眉尻を下げる事しか応えられない。

 

 しかし、椿はそれを同意と都合よく勝手に解釈して、更に力を込めて歩速を上げる。

 それに団員はもはや体裁も周囲の目も忘れて椿の右足に飛びつくも、残念ながら椿には軽かった。

 

「お前は主神様かフロ坊達に伝えて来い。『ちと借りる』とな」

 

 そう命令しながら右足を軽く振って、団員を振り払う。

 

「のわぁ!? ぐぇ!?」

 

 団員は壁にぶつかって痛みに呻き、その隙に椿は正重と共に昇降機に乗り込んで下に下りていった。

 

「副団長おおおおお!!!」

 

「はっはっはっはっはっはっ!」

 

 団員の悲しい雄叫びと、暴君の高笑いがバベルに響き渡った。

 

 

 

 という事で、正重は椿にダンジョンに連れ込まれたのだった。

 

 正重も流石に試し切りであれば上層で終わると思っていたのだが……迷うことなく中層に下りてきてしまった。

 

「階層主は先週リヴィラの連中が倒してしもうたのでなぁ。ミノタウロスでも探すとしよう」

 

 サラッと恐ろしいことを告げる上級鍛冶師に、正重はもはや遠い目をするしか術はなかった。

 

 すると、椿は顔だけで正重の方に振り返り、

 

「なぁに呆けておるか馬鹿者。どうだ? 手前の武器は」

 

 正重はすでに試し切りが終わった武器の中で、何故か無意識に選んだ先程椿が使っていた大剣を見下ろす。

 別に深い理由があったわけではない。ただ『自衛のために使ってよいぞ』と言われたので選んだのがこれだったと言うだけの話だ。

 

 そして出来など、正直訊かれるまでもない。

 

 素晴らしい。

 

 それ以上の言葉は出てこない。

 自分に合わせた武器ではないのに、バランスもいいし、握り心地も申し分ない。

 

 振らずとも分かる。

 

 この武器ならば中層のモンスターなど相手にもならないことなど。

 

「なぁ、()()()よ。お主の事は主神様から簡単に聞いておる。村正の名を名乗ってはいるが、一派からは認められておらんという事もな」

 

「……」

 

「そのせいかのぅ……。どうにも手前にはお主の芯が()()()()()()()()視える」

 

「っ――!!」

 

 いきなり核心を突いてきたその言葉に、正重は瞠目し、呼吸が止まる。

 

「お主にも鍛冶師の誇りは間違いなくある。そこに疑いはない。だが……頂きを、己が登るべき神峰が定まっておらん」

 

 オラリオ最高峰に立つ鍛冶師の言葉に、獅子は拳を握り締める。

 

「恐らくお主を引き取り育てた神を除いて、お主の事を、お主の腕を、認める者はおらなんだのだろう。それがお主自身の芯を揺らし、芯が刺さる『自信』という地に亀裂が入っておる」

 

「……」

 

「そして何より、お主は鍛冶師と言う存在を真に理解しておらん」

 

 足を止め、振り返る上級鍛冶師。

 

 自分よりも背が低く、身体も細いというのに、何もかもが己より大きく感じさせる『圧』と『熱』。

 

 まるで鍛冶場に、高熱噴き荒れる炉の前に、立っているかのように錯覚するほどに『鍛冶』という事柄をその身に同化させている。

 

 そう感じさせるほど、椿は遥か高みにいると、正重は思わされた。

 

「お前は武器を造る際に『使い手の事を知りたい』。そう()()()()そうだな」

 

「……」

 

 

「お門違いにも程がある」

 

 

 椿は先ほどのまでの人懐っこい瞳ではなく、まさしく高みにいる者としての瞳で正重を見据えて告げる。

 

「確かに、己が拵えた武器の使い手の事を知りたいと言うのは間違っておらん。使い手の事を知らねば、相応しい武器を打つことなど出来ぬからの。だが、()()()()だ。『使いこなせるか』『どう扱われるか』以外に考える必要などない。『どう使われるか』など、考えるだけ無駄だ」

 

「っ……!?」

 

「冒険者にとって、武器とは己の半身にも等しい。手前ら鍛冶師はその半身を埋める手助けをしておるに過ぎぬ。使い手の元に渡り、半身となった武器がどう使われるなど、考えて如何とする?」

 

「それ、は……」

 

「まぁ、手前とて? 最初から人殺しと分かっている者に武器を打つ気はない。だが、今は誇り高い者でも、たった一つの出来事で身を闇に堕とすかもしれない者かどうかを見通す目は持ち合わせておらん。手前ら鍛冶師は、あくまで『今』、『目の前にいる者』を見て、『その者に見合った』武具を授けることしか出来ぬのだ。それ以上を見極めようなど、それは些か傲慢というものよ」

 

「……」

 

「そして何より――」

 

 椿は背負っていた籠から残りの武器を全て、巻いていた布を解いて正重の目の前に突き刺す。

  

 目の前に並べられた様々な武器に、正重はそれまで告げられた言葉など、頭を埋め尽くしていた思考など、全て吹き飛ばしてただただ見惚れてしまう。

 

 

「見惚れるか? そう、今のお前の様に目にした者を魅了する武器を造る。これこそが、鍛冶師の本懐よ」

 

 

 不敵な笑みを浮かべる椿に、正重はただただ『目の前の武器を握ってみたい』と衝動に駆られていた。

 

 

「鍛冶師とはただ求められる武具を拵えるだけに非ず。己が気まぐれに叩き鍛え上げた武具を、偶々通りかかった命知らずの馬鹿共に、欲しいと思わせる物を、造り上げる者のことを――神と人は『鍛冶師』と呼ぶのだ」

 

 

「っっ――!!!」

 

 

 正重は、己の腹の底が熱くなるのを感じた。

 

 それは一瞬で胸に、頭に、そして両手へと伝播する。

 

 

――鉄を打ちたい

 

 

 正重の思考は、『熱』は、ただそれだけに埋め尽くされる。

 

 それを目の前の、遥か高みにいる鍛冶師は当然のように感じ取り、唇を限界まで、心底愉快とばかりに吊り上げて、歯を見せる。

 

「良き熱だ。はっはっはっはっ!! それでこそ栄えある村正の血を引く一端の鍛冶師!! 我らが同胞(はらから)よ!!」

 

 その時、

 

『ヴボオオォォ……』

 

 数頭のミノタウロスが、通路奥よりドス、ドスと足音を響かせて現れる。

 

「おぉ、ようやく現れよったかぁ。これでようやく満足のいく試し切りが出来るというものよ。なぁ、獅子丸」

 

「……」

 

 正重は、生まれて初めて、目の前のモンスターを『邪魔だ』と、怒りを覚えた。

 

 早く鍛冶場に行きたいと言うのに、早く鉄を打ちたいと言うのに。

 

 

――俺の熱を、冷まそうとするな。

 

 

 湧き上がる憤怒に、正重の鬣が如き金の髪が、僅かに逆立ち毛先が赤く染まる。

 

 椿は正重の変容に心底愉快と、笑いを嗤いに変える。

 

「良い!! 良い熱じゃぞ、獅子丸!! 好きな得物を使え!! 一匹はお主に譲ろう!! その熱を叩きつけてやるが良い!!」

 

 

「ゥゥウウオオオオオオオオオオ!!!!」 

 

 

 獅子は猛々しい雄叫びをダンジョンに轟かし、すぐ傍に在った、そこに在ると本能的に感じた大斧を目も向けずに掴み、地面を蹴り砕いて飛び出す。

 

 そのすぐ後を狂気的な笑みを浮かべた鍛冶師が続く。その両手には直剣と槍が携えていた。

 

 あっという間に猛る獅子を抜き去って、椿はミノタウロスの群れへと突っ込む。

 

 そして、一番先頭にいた一体のみを残し、他のミノタウロスを一瞬で一掃してしまった。

 

 残った一体は椿から逃げるかのように、前にいる獅子に向かって突撃していく。

 

 

『ヴォオオオオオ!!』

 

 

「ウゥオオオオオ!!」

 

 

 ミノタウロスを石斧を振り被り、獅子もまた大斧を振り上げる。

 

 同時に振り下ろされた斧は激突し、一瞬火花を散らすも、同時にミノタウロスの石斧が砕け散る。

 

 正重の大斧はそのまま振り下ろされ、ミノタウロスの右頬を切りつけ、右腕を斬り落とす。

 

『ヴヴォオォオオ!?』

 

 ミノタウロスは悲鳴を上げて、後ろに後退る。

 

 本来であれば正重のステイタスでは、ミノタウロスの一撃を防ぐのはもちろん、勝るのも不可能なのだが、その不可能を可能にしたのが椿の武器であった。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 正重はすぐさま大斧を切り返し、胴体に分厚い刃を叩き込んでミノタウロスを両断した。

 

 その光景に椿は笑みを深め、丁度到着した3つの人影は瞠目する。

 

 ミノタウロスは身体を灰にして、魔石だけが地面に転がる。

 

 

ウオオオオオオオ!!

 

 

 そして、獅子は勝利の雄叫びを上げた。

 

 

………

……

 

 ミノタウロスを倒して雄叫びを上げる正重に、俺やハルハ達は唖然とする。

 

 急いで本拠を飛び出し、足を止めることなくツァオの嗅覚を頼りに猛スピードで下りてきた。

 ぶっちゃけ、これまでのダンジョン探索中最速で17階層までやってきた。よく【怪物進呈】しなかったなと思うぐらい足を止めずに走ってきた。

 

 正直、途中で正重の雄叫びが聞こえた時は肝が冷えた。

 

 17階層だったのもあるけどさ。まさか他のファミリアの人にここまで連れてこられてるとは思わなかった。

 

 そしてやっと見つけたら、まさかの正重がミノタウロスを両断してるじゃん。

 

 そりゃ驚いて足も止まるよ。っていうか、え? どうなってんの?

 なんで正重が勝ってんの?

 

「お~来おったか、フロ坊」

 

 椿さんが武器を肩に担いで歩み寄ってきた。

 ……全く反省してる様子はないな。

 

「……凄く色々と言いたいことがあるんですが、とりあえずあの状況を教えてもらっていいですか?」

 

「ん? 教えるも何も見たままだぞ? 獅子丸が手前の武器で試し切りしただけのことよ」

 

 獅子丸て。

 まぁでも……なるほど。【単眼の巨師】が拵えた武器だったら、確かにLv.1でも勝てる可能性はあるか。

 

「普通はLv.1で出来立ての弱小ファミリアが【ヘファイストス・ファミリア】副団長の武器を使うなんてありえないからねぇ。格上殺し(ジャイアントキリング)くらい出来てもおかしくないけど……」

 

「無謀な賭けであったのは変わらぬのでは?」

 

「だよなぁ……」

 

「まぁ勝ったのだから良いではないか!」

 

 良くないよ!?

 

 俺はため息を吐いて、正重に視線を戻す。

 正重は魔石を拾い上げて、こっちに戻ってくる。どうやら俺達の事も気付いてたみたいだ。

 

「大丈夫か? 正重」

 

「うむ。すまない、心配、かけた」

 

「まぁ、事情は聞いてる。無事で何よりって言うか、凄かったぞ」

 

「うむ。でも、凄かったのは、【単眼の巨師】の武器」

 

「だとしても、正重が強くなかったら意味がないんだからさ。正重だって十分凄いよ」

 

「……うむ」

 

 照れくさそうに笑みを浮かべる正重。

 なんかさっき髪が逆立って、色も変わってた気もするけど、今はいつも通りだな。

 

「さぁて! 迎えも来たことだし、今日のところは引き上げるとするかぁ、獅子丸よ」

 

 椿さんは魔石とドロップアイテム、そして武器を回収して、そう言った。  

 なんか椿さんにそう言われると物凄く納得しがたい感じがあるが、引き上げること自体に文句はないので、さっさと地上に戻ることにした。

 

「それにしても、何でいきなり正重を連れて行ったんですか?」

 

「ん? いやなに、獅子丸がちょいと行き詰っておるようだったのでな。こういう時は、鬱憤を晴らすか、他の者の作品を見て刺激を貰うかのどちらかに限る! となれば! 上級鍛冶師の手前の武器で暴れるのが一番良いというわけじゃな!!」

 

「……いや、まぁ……はい」

 

 間違ってはないんだけど、それまでの過程がおかしいんだよな、やっぱり。

 

 別に連れて行くのは文句ないんだから、ちゃんと一言……じゃないな。説明してくれればダメとは言わないのでね。

 

「何を言う。鉄は熱い打つに限る。こういうのは思った時にすぐに動いた方が良いに決まっておる!」

 

 駄目だこの人ぉ……反省する気ねぇ~。

 

「細かい奴じゃのぉ。正味な話、今回はこれで正解じゃったと思うぞ?」

 

「というと?」

 

「それは帰ってからのお楽しみじゃな」

 

 ニヤリと笑う椿さんに俺は訝しむ。

 

 ……まさかランクアップしたとか言わないよな?

 

 いや、でも……椿さんの武器を使ってたとは言え、1人でミノタウロスを倒したからな……。ありえるか?

 そうでなくても、さっきの変化……何かしらのスキルが発現した可能性もある?

 

 ……いやいや、だとしても許しちゃ駄目だよ。そこは団長として駄目だよ。

 個人的にはお礼言いたいけど、それは別問題です。

 

 そんなことを考えながらも無事に地上に戻り、とりあえず椿さんとバベルで別れた。

 すでに外は夕暮れだったので、今から今回の件の話し合うのは流石に遅くなるし、被害はないのでとりあえずヘファイストス様と椿さんで一度話して貰った方がいいかなと思ったので、今日は解散することにした。

 

 で、本拠に戻るとスセリ様が入り口で立って待っていてくれた。

 

「おかえり。無事で何よりじゃの」

 

「ただいま戻りました」

 

「さて、正重」

 

「はい……」

 

 スセリ様は正重へ顔を向け――目を細める。

 

「ふむ……」

 

「スセリ様?」

 

「話を聞こうと思ったが……正重、妾の部屋に来い」

 

「む?」

 

「ステイタスを更新してやろう。それを見てから話を聞く」

 

 スセリ様は一方的にそう告げて、さっさと屋敷に戻っていった。

 ……え? 本当にランクアップしてる?

 

「とりあえず……俺らも一休みするか」

 

「だねぇ」

 

「承知」

 

 一度それぞれの部屋に戻り、装備を外して私服に着替える。

 その後、俺を始め、ハルハとツァオ、そしてハルハが声をかけたのかアワラン達も大広間の方に集まってきた。ドットムさんもいるが、気を使ってか端の方に座る。

 

 全員が揃って数分経ったところで、正重が大広間に入ってきた。

 

「お、正重。どうだったんだい?」

 

「む……まだ、教えて頂いて、いない」

 

「あん?」

 

 アワランを始め、俺達は首を傾げる。

  

 そこにスセリ様も正重のステイタスが記された更新用紙を持って、大広間に入ってきた。

 

「おお、全員揃っておるようじゃな。丁度良い」

 

 スセリ様が上座にいつも置かれている座布団に座り、正重を見ながら指で目の前を指して、正重は困惑を浮かべながらもスセリ様の前に移動して正座する。

 俺はスセリ様の横に座り、ハルハ達は正重を囲むように座る。ドットムさんは動かず。

 

「さて、【単眼の巨師】とのいざこざについては、まぁ後日ヘファイストスと話すとしよう。()()()()()()()()()、礼を言うべきなのか問題とすべきなのか、少々迷うところなのでな」

 

「……と言う事は」

 

「うむ」

 

 スセリ様は目を閉じたまま大きく頷き、目を開けて正重を見つめる。

 

「正重」

 

「はい」

 

「高みを見たか?」

 

「……はい」

 

「頂は見えたか?」

 

「……いいえ」

 

「では――駆け上る道は決まったか?」

 

「――はい」

 

 たった三度の問いかけと、たった三つの答え。

 

 しかし、それだけで俺達は、正重が見てきたものと定まった覚悟の強さを、何となくだが分かった気がした。

 

 だからこそ、正重の身に起きたことを、全員が理解した。

 

「うむ」

 

 スセリ様は再び大きく頷き、そして鋭かった表情を優しく温かい微笑みに変える。

 

 そして、更新用紙を差し出し、

 

 

「よぅやったの、正重。――【ランクアップ】じゃ」

 

 

 正重は深く頭を下げながら両手で更新用紙を受け取った。

 

「やれやれ……やはり下界の子らの変化、成長は神の想像を簡単に超えてくるのぅ。男子三日会わざれば刮目してみよという言葉が極東にはあるが……まさかたった数時間で、とはな」

 

「どういう意味?」

 

「人は三日会わぬだけで大きく変わるもの、故に会った時には注意して観察せよ、という人の成長は早いということを示す諺である」

 

「なるほど」

 

 リリッシュの疑問に巴が答える。

 

「まぁ、この手のことはフロルで十分慣れたと思っておったのだがなぁ。やはり、こういうのは個々それぞれに感慨深さがあるもんじゃな」

 

「まぁ、正直今回はアタシらも驚きだけどな」

 

「いやぁ、恐らくお主らが思っておる以上の変化じゃぞ?」

 

「「「「え?」」」」

 

()()()()()()2()()()()に発現しておるでな」

 

「「「「「はぁ!?」」」」」

 

 俺達はず~っと更新用紙を睨んでいた正重の横や後ろ、果てには上から覗き込む。

 

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.2

 

力 :B 753 → B 792 → I 0

耐久:B 712 → B 724 → I 0

器用:B 789 → B 798 → I 0

敏捷:D 591 → C 600 → I 0

魔力:I 0

鍛冶:I

 

《魔法》

【イッポンダタラ】

・震破魔法

・対象に触れる、または衝撃を与える事で発動可能

・Lv.および『力』アビリティの数値を魔法威力に換算。潜在値含む

・一定振動数超過時、任意起動により対象を発火可能

・詠唱式【打鉄の響音、被鉄(ひてつ)の共震、波鉄(はてつ)狂燐(きょうりん)。冷めぬ鉄よ、其は醒めぬ夢。(さか)る火よ、其は(さか)る意地。(ふく)れる熱よ、其は膨れる(想念)。打ちて揺るがすは鋼、打ちて散らすは敵。されど我が芯は揺るがず、我が腕は散らず。成すは妖刀、生るは妖怪(あやかし)。この身朽ち果て、一目一足(ひとめひとあし)になろうとも、我は鎚を振るいて鉄を打つ】

・起動式【其は鉄(なり)

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲のアビリティ値一定以下の対象を威圧

・『力』と『耐久』の高補正

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正

・威圧・補正効果はLvに依存

 

妖炎村正(センゴムラマサ)】 

・『刀』鍛造時における能力強化

・炎に対する高耐性

・高熱時、高熱状態における全アビリティ高補正

 

灼血獅子(レオルスハートビート)

・感情の昂りに比例して体温高熱化

・『力』の高補正

・炎属性による攻撃時、威力増強

 

 

 ……わぁお。これスゲェ。

 

「追加効果の魔法に、鍛冶系スキル。こりゃ流石村正って感じだねぇ」

 

「使いどころは難しそうだが、当たりゃあデカいな」

 

「確かに対人戦では難しいかもしれませんが……これは大型モンスター等であればかなり有効なのでは?」

 

「いや、お待ちを……この魔法、下手したら……」

 

「ん、別に()()()()()()()()発動出来るかも。地面や壁、()()とか」

 

 リリッシュの言葉に俺は頬が引き攣る。

 た、確かに『対象』に指定はないな……。マジか。

 

「確かに魔法も強力ではあるが、正重にとって大事なのはやはりスキルの方であろうよ」

 

 スセリ様は腕を組み、笑みを浮かべたまま言う。

 

「そのスキルはまさに、正重が村正の血を継ぐ鍛冶師である事の証明に他ならぬのだからの」

 

 そうだ。

 スキル名に村正の名が出た以上、『神の血』が正重は村正の名に相応しい鍛冶師だと認めた証そのものじゃないか。

 

「恐らくじゃが、一つ目のスキルに関しては本来であればもっと前より発現しておったものなのじゃろう。しかし、正重はその環境故に、己にとって鍛治師とは如何なるものか定まっておらなんだ。故に、発現するには想いと覚悟が足らなんだ、ということなのじゃろうの」

 

 なるほど……。

 

「って言うか、これ……。さりげなく戦闘でも発揮するようになってないか?」

 

「なっとるの」

 

「なってますな」

 

「……とんでもないな」

 

「まぁ、それだけ正重は鍛治も探索も共にしたいという事なんじゃろうよ。素直に喜ばんか」

 

「凄すぎてどう喜んでいいのか分かりません……」

 

「贅沢な奴じゃの」

 

 いきなりここまで凄くなるなんて思わないでしょうよ!?

 

「さて、ステイタスを確認したところで……正重」

 

 ずっと更新用紙を焼き付けるように睨みつけていた正重が顔を上げる。

 

「その魔法とスキルから、お主がこれから行こうとする道を見据えた事と、進む覚悟が固まった事に疑いようはない。故に、問おう。お主は――何の為に鎚を振るう?」

 

 スセリ様の問いに、俺達は正重から離れて座り、正重は更新用紙を懐に仕舞って姿勢を正す。

 

「……俺は、アマツマラ様以外、認めてくれる人、いなかった。どんなに鉄を打っても、鎚を振っても、誰も、認めてくれなかった。……誰も、俺の武器、見てくれなかった」

 

 正重はポツリポツリと、抱えていた苦しみを口にする。

 

「国を出たら、村正の名、驚かれ、武器、頼まれた。でも……それ、『村正』の武器、だから、『俺』の武器を、認めてくれた、違う」

 

 名工の血筋だからこそ、ブランドに惹かれる俗物ばかりってわけか。多分、中には本当に正重の武器を認めてくれた人もいたとは思うが、それを伝えてくれる人がいなかったんだろう。

 

「だから、俺、『村正』に、誇りも、拘りも、なかった。でも、鍛冶は、好きだった、止められなかった……。誰でもいい、俺の、武器を、褒めて欲しかった」

 

 ヴェルフもそうだったなぁ。

 まぁ、ヴェルフは名付けで客が遠のいてた感じだけど。

 

「そんな時、スセリヒメ様、そして……フロルに会った」

 

 正重は俺に顔を向ける。

 

「フロル、獅子人、村正、関係なく、俺、見てくれる。俺、造った武器、喜んでくれる。『俺』の武器、褒めてくれる。それが……嬉しかった」

 

 正重……。

 

「でも、フロル、凄い。どんどん、強くなる。俺の武器、俺の腕、追いつけない。……フロル、相応しい武器、分からなくなった」

 

 そんなに、追い詰めてしまったのか。

 

「でも、違った。間違ってた」

 

 正重は両手を握り締め、視線を向ける。

 

「分からないなら、色んな武器、打てばいいだけ。その中から、フロル、使いたい、選んでもらえばよかった。フロル、使ってみたい、思わせる武器、一杯打つ、それだけだった」

 

 それを椿さんに教えてもらったと。いや、気付かせてもらったのか。

 椿さんの武器を見て、使う側の立場を理解したんだ。

 

「今も、村正の名、そこまで拘り、ない。別に、名を馳せる、思わない。……でも、目標、出来た」

 

 正重は俺とスセリ様をまっすぐと見て、

 

 

「――【スセリ・ファミリア】に、村正在り」

 

 

 はっきりと迷いなく告げた。

 

「そう、言ってもらいたい。そう、言われたい。そう、思った」

 

 クスノ・正重・村正と言う鍛冶師、クスノ・正重・村正の武器として名を馳せたいのではなく、【スセリ・ファミリア】にはクスノ・正重・村正という優れた鍛冶師がいると、周りから言われたい。周りにそう、思われたい。

 

 己ではなく、己がいる場所を、己を認めてくれた者達が一番凄いのだと。

 

 そして――

 

 

「【迅雷童子】に、村正在り。そう、言われたい」

 

 

 武器は使い手の半身。

 

 故に、俺が正重の武器を使うということは、正重もまた、俺の半身という事になる。

 

 武器だけではなく、自分だけでなく、使い手と共に名を馳せたい。

 

 使い手に寄り添いたいと言う、優しくも誇り高い正重だからこそ、至った目標。

 

「だから、これからも、今まで以上に、武器、造る」

 

「……ああ。もちろん、期待しかしないぞ? 正重」

 

「うむ。必ず、応える」

 

「ああ、知ってるさ」

 

 ホント、俺にはもったいない仲間だよなぁ。

 

 

 俺ももっと頑張らないと。

 

 

 この熱い想いに応えなきゃ、男じゃないよな。

 

 

 ありがとう、俺だけの村正。

 

 




椿恐ろし(色々な意味で)

さて、ストック尽きたので、三章は少々お待ちくださいませ


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闇との因縁
剣呑と不穏


三章開始です!

ここで今更情報!
その1
正重の魔法【イッポンダタラ】は有名な妖怪であることはもうお分かりだと思いますが、何故これにしたのかというと……イッポンダタラは正重の元主神アマツマラさんが零落した姿であるという逸話があるからです

その2
スキル【センゴムラマサ】ですが、もちろん千子村正さんからです。ちなみに彼は『せんごむらまさ』とも『せんじむらまさ』とも呼ばれています


 フロルがランクアップして9カ月。

 

 本日は【神会(デナトゥス)】の開催日である。

 

 街ではまだまだ闇派閥が暴れているが、だからこそ情報共有の場は欠かせないと可能な限り開催している。

 

「じゃあ、今後北東部の魔石工場の警備、見回りを強化する方針で構わないわね?」

 

 本日の司会進行はヘファイストス。

 

「うむ!! 北東部の工場地帯はまさにオラリオ商業の心臓部! 闇派閥が狙うならばここが一番であろう!!」

 

「ほな、基本ガネーシャんとこが警備。うちらや他のファミリアは、巡回数を増やしながら襲撃があれば駆け付けるっちゅう感じか?」

 

「まぁ、北東部にはうちの本拠もあるし、うちの子達もバベルとか支店に行く際に見回りさせるわ。もっとも、戦力になるかどうかは微妙だけどね」

 

「ギルドにも協力を要請し、依頼(クエスト)にしても良いんじゃね?」

 

「そうね。報酬があれば参加する子は多いと思うわよ」

 

「オラリオを守りたくとも、日銭を稼がねば戦うどころではないからな」

 

 様々な意見が飛び交い、普段のお気楽さが嘘のように建設的な会議になっている。

 しかし、悲しいかな。実際にどうやって守るかの話になると、街の警備を率先して買って出ているガネーシャ、最大派閥の一角のロキ、鍛冶系最大派閥のヘファイストスが発言の大多数を占め、時折スセリヒメやフレイヤ、イシュタルが発言し、他はほとんど聞くだけになっている。

 フレイヤは基本的に余程のことがない限り、他のファミリアと協力協調はしない。イシュタルはフレイヤを意識し、更に自分の領域である歓楽街の警備を担うことで他は任せるスタンス。スセリヒメはガネーシャ、ロキ、ヘファイストスとの付き合いや子供の協定から。

 その他となると、とてもではないが最大派閥に張り合えるほどの規模のファミリアがいないというのが現実である。

 

「まぁ、まだここにはおらぬが、あのアストレアの子達も見回っておるようじゃぞ?」

 

「けっ! 神会にも出れんとこに誰が頼るかっちゅうねん!」

 

「あら、でも結構人気みたいよ? アストレアの子供」

 

「うむ!! 元気があり、可憐だゾゥ! 何より熱い正義感を持っている!! 俺は彼女達の今後に期待している!!」

 

「けっ!!」

 

 アストレアが嫌いなロキは露骨に不機嫌になり顔を背ける。

 それにヘファイストスがため息を吐き、スセリヒメが苦笑する。フレイヤは終始微笑を浮かべて黙っている。

 

 その後もあーだこーだと意見が出るが最終的に、いつも通り『各々出来る限りのこと』で締め括られる。

 

 そして、今回もお楽しみの命名式へと移行した。

 

 見事『器』を昇華させた子供達の二つ名(痛い名)が次々と名付けられ、悲鳴と爆笑が響き渡る。

 闇派閥が暴れている時に呑気なと、子供達が見れば呆れるかもしれないが、しかし二つ名を貰える事も冒険者や住民達の活気や士気に繋がっているのだから、止めようがないのも事実である。更に言えば、神力が使えない主神達からすれば、このくらいしか命を張る子供達に報いることが出来ないのだ。

 

「じゃあ、次の子行くわよ。次は……【スセリ・ファミリア】クスノ・正重・村正」

 

「か~、スセリヒメんとこ、またかいな。景気ええこっちゃ」

 

「確かコイツは……極東から来た獅子人の鍛冶師か」

 

「あのデッカイ奴だろ? ホント、スセリヒメって面白い奴らばっか眷属にしたよなぁ」

 

「あ、この子。あのアマツマラの元眷属なのね。ふぅん……村正って極東じゃ有名なのね」

 

「こっちにゃあんまり極東の連中は来ぬからな」

 

「でも、この前【単眼の巨師】がコイツを引きずってダンジョンに連れてったんだろ? あの【単眼の巨師】がわざわざ動いたんだから、そこそこ腕がいいんじゃねぇの?」

 

「そうねぇ。でもぉ、椿ちゃんの武器でミノタウロス単独撃破ってあるしぃ、冒険者としても才能ありそうじゃなぁい?」

 

「その武器、ロキのところの【重傑】が3500万ヴァリスで買ったって聞いたぜ?」

 

「おお、ホンマやで」

 

「【重傑】が買うくらいの武器なんだから、そりゃミノタウロスくらい倒せるよな……」

 

「いやいや、そもそも普通Lv.1がミノタウロスに遭遇したら、咆哮で硬直しちまうはずだよ。武器が良かろうとそもそも動けなきゃ意味がない。だからこの子は偉業として認められたんだろうさ」

 

「そういやそうだったな……」

 

「まぁ、でも【単眼の巨師】とパーティーは組んでたんでしょ? そこら辺はどうなの? スセリヒメ、ヘファイストス」

 

「そうじゃの。確かに正重はミノタウロス一体を仕留めたが、他に一緒に出たミノタウロス数体は全て椿が仕留めておる。要は、ある程度お膳立てされた結果ではあるのぅ」

 

「そう言う意味では、パーティーによる討伐と言えるわね。まぁ、それでもランクアップはランクアップよ」

 

 スセリヒメとヘファイストスがお互いに正重を特に擁護することなく、あっけらかんと話したため、他の神々は少々毒気を抜かれてしまい、熱が冷める。

 

「さてさて……じゃあどんな称号が良いかねぇ」

 

「極東出身だから、やっぱ極東風?」

 

「そっちの方が似合うとは思うわね。服装も極東風だし」

 

「いや、でもそれを言ったら【単眼の巨師】だって極東風じゃん。出身は極東じゃないけど、極東の血は引いてるんだろ?」

 

「そうだけどよ、椿ちゃんはヘファイストスの子じゃん? 極東の神のスセリヒメの子で、極東出身なら、やっぱそっちの方がカッコいいっしょ」

 

 これまでとは打って違って大真面目に考える神一同。

 

 何故なら下手な名前を付けでもしたら、スセリヒメにどんな目に遭わされるか分からないから。

 

 下界に来て大人しくなったとは言え、ロキ同様天界での暴れっぷりを知らぬ神は少なくともここにいない。しかもロキとは違い、スセリヒメの武力は自分達を捻じり殺せるのだから一番の脅威だったりする。

 

 派閥や子供など関係なく、影響力を与える存在。

 

 それがスセリヒメである。

 

 そして、色々と提案された結果。

 

 

「クスノ・正重・村正の称号は――【豪火鎚(スサノヒヅチ)】」

 

 

 

 

 

 神会も閉会し、ぞろぞろと会場を後にする神々。

 

 スセリヒメはヘファイストスとミアハと雑談を交わしながら会場を出て行こうとすると、

 

「スセリヒメ」

 

 後ろから声をかけられて後ろを振り抜く。

 そこにいたのは、友好的でどこか胡散臭い笑みを浮かべてハットの鍔を摘まんでいる優男――ヘルメスだった。

 

「ヘルメス? 何か用かの?」

 

「いやいや、ここ最近一気に3人もランクアップなんて凄いじゃないか。今オラリオで一番勢いがある新興派閥と言ってもいいんじゃないか?」

 

「知らぬはそんなもの。さっさと用件を話さぬか、鬱陶しい」

 

「あははは……そんなに警戒しないでくれよ。俺はただ、そちらさんと仲良くしたいってだけさ」

 

「相変わらずよぅほざく口だの」

 

「本当さ。君の子供、【迅雷童子】に興味があってね」

 

 

「耄碌爺の忘れ形見じゃからか?」

 

 

「「「!!」」」

 

 ヘファイストスとミアハは目を丸くし、ヘルメスは一瞬瞠目したがすぐに目を細める。

 スセリヒメは腕を組んで、まっすぐに見据える。

 

「お前は天界におった頃から、あの耄碌爺の使いっぱしりじゃったからの。今でも爺と会っとるか、文のやり取りくらいしとるのは容易に想像がつく。どうせ、フロルがランクアップした際の報でも聞いて、ようやく思い出して慌ててお前に確かめさせようとしたというところか」

 

「………やれやれ、参ったなぁ」

 

 ヘルメスは心底参ったように項垂れながら、手を首の後ろに添える。

 そして、降参を示すように両手を上げ、

 

「あの()も後悔してるんだ。それに忘れてたわけじゃない。心配はしていたが、まさか冒険者になって、しかも1,2年でランクアップするとは思ってなかったんだよ」

 

「奴の事情など知らぬわ。フロルからすれば置いて行かれた時点で忘れられたのと変わらぬだろうよ」

 

「それは……まぁ、そうだろうけど――」

 

「死にかけておったんじゃぞ。妾がようやく見つけた時には」

 

「……」

 

 ヘルメスの言葉を遮って放たれたその内容に、流石のヘルメスも何も言えず、ヘファイストスやミアハは悲痛に顔を歪める。

 

「家を闇派閥の連中に荒らされて追い出され、2カ月近くも野宿しながら生きていくためにファミリアに入れて欲しいと探すも、何度も何度も追い返され、なけなしの金を持参金として持っていっても金だけ奪われたこともあり、最後は金を隠していた寝床すらも冒険者達に襲われ、雨の中逃げ出して、力尽きて水溜りの中で倒れておった。……5歳の幼子がじゃぞ!」

 

 スセリヒメは大神に抱いていた鬱憤が爆発し、睨みつけながら怒気と殺気を目の前の優男に叩きつける。

 

 ヘルメスは冷や汗が流れ始め、反論する余裕すらなかった。

 

「ちなみに追い返された所の中に、貴様のファミリアもあった」

 

「………マジで?」

 

「流石に金は奪わんかった様じゃがな。もし奪っておったら、話しかけてきおった時点でその顔、握り潰しておるわ」

 

 まさかの事実にヘルメスの頬が盛大に引き攣る。

 

「まぁ、冒険者の子供が親を亡くして路頭に迷うなど、珍しい話ではない。今のオラリオであれば特にの。だがなぁ……それでも我が愛し子を苦しめた貴様らを、妾が許すとでも思うか?」

 

「……」

 

「失せよ下郎。貴様のような輩を、前を向いて命懸けで駆け走る我が愛し子に、誰が会わせるものか」

 

 有無を言わせぬ気迫と憤怒を含ませて告げられた拒絶に、ヘルメスはぐうの音も出ずに項垂れる。

 

「己が幸運を喜んでおくんじゃな。今日の妾は眷属に良き名が付いて機嫌が良い。()()()()()()()()()()

 

 スセリヒメはヘルメスに背を向けながら言い放ち、その内容にヘルメスはもう震えが止まらなくなっていた。

 

「一応、警告しておくが……もし、妾の隙を突いてフロルに近づきでもしたら……」

 

「……し、したら?」

 

 問い返すヘルメスに、スセリヒメは顔だけで振り返り、獄炎が如き憤怒を宿す瞳を向け、

 

 

「その魂、天界に帰す暇も与えず――捻り潰す」

 

 

 ヒュッと、ヘルメスは息が詰まり、顔色を真っ白に塗り替える。

 

「耄碌爺にも伝えておけ。下手に手を出せば……ヘラの前に、妾が地獄を見せてやるとな」

 

「わ! わ、わわ、分かっ、いや! しょ、承知致しました!!」

 

「本に、心掛けておれよ? 妾は、『嫉妬』と『激情』の神である事をな」

 

 ガクガクガクガク!!と人形のように何度も首を振る哀れな優男から視線を外し、今度こそ足を進める女神。

 

 ヘファイストスとミアハは後に続き……ドサッと後ろで誰かが倒れる音が聞こえて、少々不憫に思うも振り向く事はしなかった。

 

「はぁ……また盛大に脅したわねぇ……。まぁ、今の話を聞くと仕方ないと言うか、当然ではあるんでしょうけど」

 

「そうだな……。しかし、フロルがそのような状況であったとはな。私のファミリアに来ていたのであれば、我が子達でならば流石に派閥に入れぬまでも保護すると思うのだが……そのような話は聞かなんだな」

 

「ああ、フロルはお主らのとこには行っておらんそうじゃ。お主らは鍛冶系、商業系大手じゃからな。子供など迎えてくれるとは最初から考えてなかったとな」

 

「まぁ、うちに5歳の子供が来ても手伝いもさせられないから扱いに困ったでしょうねぇ」

 

 工房に5歳児など入れられるわけもなく、他の雑用など基本的に力仕事なのだから「働かせてください」と言われてもヘファイストスも対応に困る事は間違いなかった。

 恐らく安全そうな孤児院を探して預けていたか、デメテルのところに連れて行っていたに違いない。

 

「ミアハやデメテルなら可能性があったであろうが……あの時お主らは暴れ出した闇派閥に備えて忙しかったからのぅ」

 

「確かにな」

 

 本当はフロルはミアハのところには一度訪れているのだが、【ヘルメス・ファミリア】同様団員に門前払いされている。

 しかし、テルリアのことを未だに申し訳なく思っており、下手に伝えればミアハも罪悪感から必要以上の便宜を図ってきそうだからと、スセリヒメに口止めを頼んでいた。

 これに関してはスセリヒメも理解を示し、更にこれ以上フロルを構い倒されたらまた嫉妬が爆発してしまうと思ったので、フロルの頼みに頷いていた。

 

「それに本人的にはいつかは冒険者になるつもりじゃったらしいのでな。薬師系や農業系は候補になかったのであろう。最初から改宗するつもりですなど正直に言えんかったじゃろうし、嘘はバレるしの」

 

「で、運良く貴女に見つけてもらったわけね」

 

「ん? あぁ、いや、それは違うぞ」

 

「え?」

 

「妾は始めからフロルに会い、眷属にするために下界に来たのでな」

 

 スセリヒメの暴露にヘファイストスとミアハは目を丸くする。

 

「最初から?」

 

「うむ。天界におった頃、偶々下界の様子を見たらフロルを見つけての。一目惚れと言う奴じゃな!」

 

「……なるほど。それならば其方のフロルへの過剰とも言える愛情も納得がいく」

 

「そうね」

 

 ヘファイストスもミアハも、スセリヒメがフロルを気に入っている事は当然の如く理解していたが、『何故気に入ったのか』までは知らなかった。

 偶々下界で見つけたにしては、注ぐ愛情が他の眷属とは()()()()()事にも気づいており、内心首を傾げていたのだ。

 

「となると……本当に、ヘルメスもゼウスも、声をかける機会(タイミング)最悪だったわね。流石に子供達を失った上に追放された事には同情してたけど、これに関しては流石に私でも無理ね」

 

「そうだな」

 

「まぁ、妾は根深いのでな。フロルが生きておる間はいつでも機会(タイミング)最悪じゃよ。じゃから……()()()()()()()()()()()? ()()()()

 

 足を止めて、視線をすぐ側の物陰に向けながら告げるスセリヒメに、ヘファイストスとミアハは再び瞠目すると、

 

「――ふふ、やぁね。スセリヒメ」

 

 コツコツと足音を響かせて、口元を手で隠し、銀の髪を靡かせながら姿を現した絶世の美女神。

 

「私だって捻り潰されたくないもの。あの子の魂の色には興味があったのだけれど、流石に貴女から奪う気はないわ。それをちゃんと伝えておきたかっただけよ」

 

「ふん。お主の言葉はあの放蕩者と同じく、信用ならんからの」

 

「酷いわぁ。今回に関しては本気よ。興味はあるけど、欲しいとまでは思ってないから」

 

「……まぁ、今は信じてやるとしよう。こちらとしても、お主の子には借りがあるからの」

 

 そう言ってスセリヒメは懐から二つ折りの紙切れを取り出して、フレイヤに放り投げる。

 

 フレイヤはそれを難なく、そして優雅さを感じさせる所作でキャッチして小首を傾げる。

 

「これは?」

 

「【猛者】がフロルを助けた時に捨て置いていった魔石の金じゃよ。ギルドに預けてあるでな、後で子供達の宴会にでも使ってやるんじゃな」

 

「あらそう。別によかったのに」

 

「妾の子らは礼儀正しいんじゃよ。ま、エリクサーの代金にはちと足りぬがの」

 

「ふふふ、オッタルなら気にしないわよ。じゃあね、スセリヒメ、ヘファイストス、ミアハ。またどこかで会いましょう」

 

 フレイヤは最後まで余裕を崩すことなく、気品と美貌を纏いながら上階へと続く通路へと去っていった。

 

 スセリヒメ達はその後ろ姿にため息を吐き、

 

「やれやれ……当分は油断出来そうにないの~」

 

「こっちは凄く疲れたのだけど……」

 

「向こうに言わんか。妾も被害者じゃい。まったく、どいつもこいつも。後から気になるなら最初からちゃんと捕まえておかぬか」

 

「その時は其方が大暴れしておったのだろうな」

 

「まぁの」

 

「じゃあ、今の方がまだマシって事ね。まったく……当分【迅雷童子】の気苦労は絶えそうにないわね」

 

「今度甘い物でも持って行ってやろう」

 

「あ奴を労い癒すのは妾の役目じゃ馬鹿モン」

 

 談笑しながらバベルを出た3柱。

 

 すると、そこに、

 

「スセリヒメ!! 良かった! まだいてくれたか!」

 

 ガネーシャが普段のユニークさを投げ捨て、鬼気迫った様子で駆け寄ってきた。

 その背後には団長のシャクティもおり、その顔は非常に強張っていた。

 

「ガネーシャ? どうしたのよ、そんなに急いで」

 

「妾に何か用か?」

 

「はぁ! はぁ! 俺がガネーシャだ!!」

 

「「殴る(わよ)」」

 

「すまん! 間違えた! ――緊急事態だ」

 

 ビシッとポーズを取りながら謝罪したかと思うと、急に雰囲気を引き締めて声を潜めて告げる。

 

 その様子にどうやら冗談抜きでヤバい話らしいと悟ったスセリヒメ達は、表情を引き締めて人目に付きにくい場所に柱の陰に移動する。

 

「で、何があった?」

 

 

「うむ……つい数刻前、我々が警備しているギルドの管轄施設『収監所』から――()()()()()()()()()()()()()

 

 

「「「!!」」」

 

 想像以上の内容に、流石のスセリヒメ達は驚きを隠せなかった。

 

 収監所には闇派閥を始め、犯罪を犯した冒険者、神の恩恵を持たないゴロツキなどもまとめて収監されている重要拠点だ。

 基本的に闇派閥は極刑。冒険者は罪状に合わせて処罰が変化するも、多くは恩恵を解除された上での追放処分となる。ゴロツキは一定期間強制労働をさせられた後、釈放となる。

 

 ステイタスを持つ者もいるため、【ガネーシャ・ファミリア】が警備や刑務官的な役目を果たしている。

 

 そんな収監所から囚人が脱獄した。 

 

 それはオラリオでは笑い話では済まない大ニュースである。

 

「闇派閥に襲われたって事?」

 

「……いや、ギルドの者や我がファミリアの子供達に被害はほぼない」

 

「? では、どうやって脱獄したと言うのだ?」

 

「ギルド職員に変装し、更に数人のギルド職員の家族を人質に取り……脅迫して無理矢理協力させられていたようだ」

 

 シャクティがガネーシャから説明を引き継ぐ。

 

「じゃが、それでもどうやって【ガネーシャ・ファミリア】の守りを撃ち破った? しかも被害も出さずに」

 

「破られていない」

 

「……なに?」

 

「監獄内部にあるギルド職員の休憩所の床に穴を開けて、そこから逃がした。休憩所は倉庫とも繋がっており、【ガネーシャ・ファミリア】が警備する出入口の真逆にある。そこを狙われた」

 

「収監所の物資や食料はギルドが管理していてな。そこは我がファミリアも関与していなかったのだ。互いの領分を守るためにな」

 

「だが、それでも【ガネーシャ・ファミリア】の者がいたはずであろう? どうやって監視をすり抜けたというのだ?」

 

「……恐らく幻覚系、または催眠系の魔法だと思われる。警備を担当していた団員達は誰一人、侵入者も見ておらず、脱獄する声も物音も聞いていない」

 

「……かなり周到な計画だったみたいね」

 

「……ああ。だが、一番の問題は脱獄した連中だ」

 

「捕らえられていた闇派閥の者共であろう?」

 

 

「それと――【ネイコス・ファミリア】だ」

 

 

 まさかの名にスセリヒメは目を細め、ようやくガネーシャとシャクティが駆け付けた理由を理解した。

 

「……まだ追放されておらんかったのか」

 

「神ネイコスが団員達の恩恵解除を拒否したこと、更に神ネイコスに追放処分が下ったため、奴らを追放するのは危険だと判断した。しかし、極刑する程の罪状でもなく、かと言って強制労働の末に釈放するわけにもいかず、対応を協議していたところだった」

 

「ちぃ! ネイコスめ! 最初からこうする予定であったということか……!」

 

「恐らくな。奴らを倒したのは【迅雷童子】達だ。闇派閥に完全に合流したであろう【ネイコス・ファミリア】の連中は、お前達を狙う可能性が高い。……【迅雷童子】と【闘豹】もそれぞれに因縁があっただろう。くれぐれも周囲に気を付けてくれ。特にダンジョンではな」

 

「その方がよさそうじゃの。まったく……これから更にと言う時に、こそこそと面倒な連中じゃ」

 

「ところで、脅迫されてたっていうギルドの子達やその家族は?」

 

 ヘファイストスの問いに、シャクティは眉間に皺を寄せて目を閉じ、小さく首を横に振る。

 

「そう……」  

 

「緘口令が敷かれたが、とても隠しきれるものではない。恐らく今夜中にも広まるだろう」

 

「収監所の方はどうするつもりじゃ? 同じ手を使うことはないじゃろうが、一度破られた場所を使い続けるのも不満が出よう」

 

「穴はすでに塞いだ。他の死角になりそうな部屋も徹底的に調査して、抜け道はないことは確認された。今から他の場所となると、流石に団員の数が足りないし、工事が間に合わん。北東部の警備も強化する必要もあるので、収監所に割く人員もすでにギリギリだ。このまま使うしかない」

 

 苦渋に顔を歪めるシャクティの言葉に、スセリヒメ達も顔を顰めるしかない。

 

「とりあえず、話は分かった。すぐにフロル達と話して今後の方針を決めるとしよう」

 

「すまぬな、スセリヒメ! 今回の件は我ら【ガネーシャ・ファミリア】の失態でもある! この件に関しては、我らも惜しみない協力を約束しよう!!」

 

「まぁ、その時は遠慮なく頼むとしよう。何かあればドットムを通じて連絡する」

 

「うむ!! よろしく頼む!!」

 

 ガネーシャとシャクティは、他のファミリアに報告へ向かうためにまた駆け出して行った。

 

 それを見送ったスセリヒメは大きくため息を吐き、晴れ渡った青空を見上げる。

 

「やれやれ……まだまだフロルは探索に集中出来そうにないのぅ」

 

 そう呟いたスセリヒメの目には、遥か遠くに暗雲が漂っているように見えたのだった。

 

 

………

……

 

 オラリオの闇深き場所。

 

 収監所を脱獄した【ネイコス・ファミリア】一同は、薄暗い通路を歩いていた。

 

「オ、オラリオにこんな所があったなんて……」

 

「な、なぁディーチ。本当に大丈夫なのか?」

 

 どこかダンジョンにも似た薄暗く不気味な場所に団員達……【影爪】クロック以下の面々は不安と恐怖を隠せず、目の前を歩く団長のディーチに声をかける。

 武器はもちろん防具もなく、本当にボロ切れのような囚人服を着ているため、モンスターにでも襲われたらと冒険者故の恐怖を抑えきれない。

 

「……問題ねぇよ。ここはウン百年も昔からあんだからな」

 

「で、でもモンスターとかは……」

 

「ここに出んのは調教(テイム)された奴らだけだ。檻から逃げ出したりしねぇ限り襲われねぇよ」

 

「そ、そうなのか……。なんなんだ? ここは……」

 

 闇派閥とは確かに関わっていたが、その拠点にまで踏み込んだことはない。

 

 というか、実は闇派閥と直接的な関わりを持っていたのは、ディーチだけであり、クロック以下の団員は闇派閥の者と会ったどころか声すら聴いたことがない。本当に何も知らないのだ。

 

 ディーチ達が案内されたのは、これまた薄暗く広い石室。

 

 左右の壁には高低様々な段差があり、そこにいくつかの人影が座っていたり、立っている事にクロック達は気付いた。

 

 というより、気付かされた。

 

 身の毛がよだつほどの死の気配を隠そうともしていないのだから。

 

 その時――

 

 

「おいおいおいお~い。なぁんてザマだぁ? ディ~~チ~~?」

 

 

 左側の段差に腰かけていた男が、ディーチに声をかけながら立ち上がり、歩み寄っていく。

 

 ウェーブがかったミディアムヘアに無精髭、細身だがディーチ達が見上げるなければならない程の背丈を持つ男。

 背中には長柄の肉切り包丁のような斧とも槍とも取れる武器が携えられている。

 

 男はディーチの肩に手を置き。

 

「俺は悲しいぜ~()よ。お前ならもうちょっとやれると思ってたんだがな~」

 

「……すまねぇ、()()。ヘマしちまった」

 

 男とディーチの会話に、クロック達は目を丸くする。

 

 男は労うようにディーチの肩を軽く叩き、

 

「気にすんな気にすんな。今回はお前がいねぇところで起きたってこたぁ、ちゃぁんと知ってるさ。相手はゲーゼスやゼヴァギルから生き延びた奴らだし、運が悪かったってだけだ」

 

「だが、それで数年かけて用意した収監所への隠し通路が……」

 

「安心しろって。ありゃあ元々引っ掻き回すためだけに掘っただけで、別になんか作戦があったわけじゃねぇ。潰されたくらいじゃ痛くも痒くもねぇよ」

 

「あぁん? ざけんじゃねぇぞ、バグルズ」

 

 男――バグルズの言葉に、右壁の一番高い石段の上に立っていた女が口を開いた。

 

「んだよ? ヴァレッタ」

 

 毛皮付きのオーバーコートを羽織ったヒューマン。

 

 闇派閥の主要幹部である【殺帝(アラクニア)】の二つ名を持つ参謀的存在である。

 

「確かにあそこはフィンとガネーシャの連中への嫌がらせ程度でしか考えてなかったがよぉ。ここぞって時に使えてれば、かなりの効果を期待出来てたんだ。それをそんなLv.2上がりたてのクソガキ共に負けたクソ雑魚の為に断りもなく使いやがって。この落とし前、どうつける気だ? あぁん?」

 

「ちっ……わぁったよ。じゃあ、そこのクズ共をお前にやるよ。憂さ晴らしに殺すなり、モンスターの餌にさせるなり、好きにしな」

 

 バグルズはクロック達を指差して、耳を疑うことを何でもないように宣った。

 

 当然ながらクロック達はそんなこと受け入れられるわけがなく、目を見開いてすぐさま声を荒げる。

 

「ふ、ふざけんな!? なんで俺らがそんな目に遭わないといけねぇん――」

 

「うっせぇよ」 

 

 バグルズが一瞬でクロックに詰め寄り、その鳩尾に膝を叩き込んだ。

 

「だぇ――」

 

 クロックは身体をくの字に曲げて僅かに足が浮き、そのまま手をつく余裕もなく顔から倒れ込んだ。

 

 一瞬でクロックが倒されたことに、他の団員達は顔を真っ青にして開こうとしていた口を噤んだ。

 

「元はと言えば、テメェが下らねぇ喧嘩売ったからだろうが。俺は弟を助けたかっただけで、お前らや他の連中はただのついでなんだよ。弟だけ連れ出したら、俺らの存在がバレかねねぇからなぁ」

 

「ぐ……が……」

 

「そもそもテメェらは()()()()()()()()()()なんだよ。こうなっちまったからには、()()()()()()。とっとと死んでくれって話だ」

 

「…………は、ぁ?」

 

 クロックは蹲ったまま瞠目し、他の面子ももはや声を出す事も出来ない。

 

 そんな団員達(クロック)を、ディーチは冷めた目で見下していた。 

 

「まだ分かんねぇのか? お前らはディーチがオラリオで動けるようにするためだけの駒だったってことだよ。お前らが【ネイコス・ファミリア】の団員だなんて、俺は認めたことはねぇ」

 

 なんでお前なんかに認められる必要がある。

 

 クロック達の頭に浮かんだ疑問をバグルズは正確に読み取り、ニィ~~と狂気を含んだ笑みを浮かべ、

 

 

「俺が、【ネイコス・ファミリア】の団長だよ。本当の、な」

 

 

「「なっ……!?」」

 

「お前らがいた【ネイコス・ファミリア】は、あくまで外で動くための別動隊ってことさ」

 

「そん、な……」

 

「ってわけでぇ、ヴァレッタ。コイツらは俺の団員じゃねぇから好きにしな。こっちはもう用済みだからよ」

 

 バグルズの言葉に、ヴァレッタは鼻で笑う。

 

「はっ! んなクソ雑魚なんかいらねぇよクソ馬鹿野郎! 殺すならオラリオの連中を殺す方がずっとマシだぜ。……と、言いてぇとこだが」

 

 ヴァレッタはバグルズ以上の狂気を宿した笑みを浮かべる。

 

「丁度いいことに、タナトスんところの呪術師(ヘクサー)が造った呪道具(カースウェポン)の実験体が欲しかったところでよぉ。喜べクズ共。お前らの犠牲でオラリオを更に苦しませる事が出来るぜぇ?」

 

「ひっ――!?」

 

「い、嫌だ……」

 

「安心しろってぇ、すぐに殺しゃしねぇよ。ゆっくり、じっくり、ちょ~~っとずつ、刻んでやっからよぉ。――おい、連れてけ」

 

「はっ」

 

 ヴァレッタは一瞬で無表情になり、背後にいた部下に命令する。

 

 更に周囲に控えていた団員達が、剣や短剣の切っ先を向けて、クロック達を取り囲む。

 

「じょ、冗談じゃねぇ……! ディ、ディーチ……!」

 

「だ、団長。た、助け――」

 

「話聞いてたのかよ。俺は団長じゃねぇ。もし、それでも俺を団長って呼ぶんだったら、言ってやるよ。――『団長命令だ。大人しく実験体になって死ね』」

 

 ディーチの無慈悲な命令に、クロック達は顔色を真っ白にし、震えながら涙を流す。

 だが、そんなものは闇派閥の者達を悦楽に浸らせるだけで逆効果でしかない。

 

 クロック達は喉元や背中に武器を突き付けられて、声を出す余裕もなく広間から連れ出されていった。

 

「おいバグルズ」

 

 ヴァレッタはバグルズに声をかけ、

 

「今回はこれで収めてやるけどよぉ。そのクソ弟、ちゃんと使い物にしとけよ? 次また下手こきやがったら――テメーの派閥全員、モンスターの餌にしてやっからな」

 

「分かってんよ、参謀」

 

「……ちっ。ムカつく野郎だぜ」

 

 ヴァレッタは石段から飛び降りて、奥へと向かって歩き出す。

 

 それを見送るバグルズは、

 

「さぁて……この借り、どう返してやっかねぇ……」

 

 顎に手を当てて、目を細める。

 

 

「そろそろウザったくなりそうだなぁ――【迅雷童子】(あのクソガキ)

 

 

 闇が再び、フロルへと迫ろうとしていた。

 

 

 




ヴァレッタさんの悪っぷりを書けるか不安(ーー;)

今後は書けたら投稿して行く形になりますので、少し不定期になりますが頑張りますのでよろしくお願いします


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ダンジョン行きたい

『パンケーキ食べたい♪』のリズムで題名を(笑)

あと、話末にキャラクタープロフィールを入れてみました


 正重にも二つ名が付き、これで【スセリ・ファミリア】もLv.2が3人となった。

 

「最初に正重が入ってから9か月……。あっという間に色んな意味でデカくなったなぁ」

 

 まぁ、入団したほぼ全員が、入団した段階でランクアップ圏内にいたってのが大きいんだろうけどさ。

 

「これで正重は上級鍛冶師の仲間入りか」

 

「まぁな。だが【ヘファイストス・ファミリア】や【ゴブニュ・ファミリア】を見てりゃ分かると思うが、ここからが大変だぜ? あの【単眼の巨師】みてぇになれるのは一握りだぜ?」

 

「だろうねぇ」

 

「まぁ、アイツなら問題ねぇかもしれねぇがな。ここなら、腐るどころか足を止める暇すらねぇだろうからよ」

 

「そりゃホントに頼りがいがあんな! ……ってのによぉ……」

 

「ああ……水を差してくれたな~」

 

 ついさっき、スセリ様から告げられた最悪のニュース。

 

 【ネイコス・ファミリア】の脱獄。

 

 闇派閥の者達も逃げ出したらしいが、そいつらは末端の末端構成員らしいので大した情報も持っておらず、警戒する程の戦力でもないらしい。

 まぁ、それでも中級ファミリア並みの構成員が逃げ出したのはヤバいんだけどさ。

 

 それにしても……ネイコスって神。恩恵解除拒否ったのかよ。なんでギルドもそこで諦めてんだよ。

 あ、闇派閥とは無関係だったってことだったからか。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】は大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫なわけねぇだろうよ。今頃シャクティを筆頭にてんやわんやだろうな。ただでさえ、人手がギリギリだってのに、神スセリヒメの話ならしばらく収監所とかにゃギルド員は使えねぇ。当分は新入りだろうがこき使われるだろうよ」

 

 そう、脅されていたギルド職員とその家族は……全員無惨な遺体で見つかったそうだ。

 こうなると闇派閥がどこまでギルドに食い込んでいるのかも分からない。少なくとも家族や恋人などの保護を済まさなければ、重要施設にギルド職員を配置するわけにはいかないだろうな。

 

「オヤジはここにいていいのかよ?」

 

 ちなみにアワランはドットムさんの事をいつの間にか『オヤジ』って呼び始めてた。

 そして、ドットムさんはなんだかんだ嬉しそうだったりする。

 

 ドワーフとハーフドワーフでなんか通じるところがあるんだろうな。互いに肉弾戦が好きだってのもあるだろうし。趣向が似てるってのが大きいのかもな。

 

「いいわきゃねぇだろうが……【ネイコス・ファミリア】の恨みを買ってるお前らを放置するのもマズイってことだな。今回はうちのファミリアも責任があるしよ」

 

 つまり、護衛兼連絡要員でもあると。

 その間に指導者としても俺らを鍛え、教えてくれる。ありがたいことだけど、それはそれでシャクティさんに申し訳ないなぁ……。

 

 【ネイコス・ファミリア】との因縁は俺らが勝手に作った奴だし。

 

「しかし……他の囚人に幹部格がいたわけでもないと言うのに……闇派閥は何故今収監所を襲ったのでしょうか?」

 

「そうですな。脱走したのはその【ネイコス・ファミリア】とやらを合わせても、30人ほど。我らからすればとんでもない数でありまするが、これまでの活動からすればわざわざ救出する程の数でもないでしょう」 

 

「【ネイコス・ファミリア】が何か重要な情報を持っていたか、役目を担っていたとか?」

 

「いや、それはねぇな。少なくとも俺が聞いた限りじゃ、碌な情報を持ってなかったはずだぜ。って言うか、団長のディーチ以外はそもそも闇派閥と関わってたことすら知らなかったみてぇだってシャクティが言ってたぜ」

 

「はぁ? じゃあ団員達はとばっちりだってのか?」

 

「ってことだろうな。それでも脱獄しちまった以上、もう庇いようがねぇけどよ」

 

「奴らはもう闇派閥として生きてくしかないってわけだね」

 

「ここで生きていく以上はな」

 

 なんか哀れと言えば哀れだけど……自業自得と言えば自業自得なのかな?

 でも結局、連中の狙いがピンと来ないな~。

 

 だが今一番の問題は……

 

「ダンジョンに行きにくくなったのがなぁ」

 

「全くだね」

 

 闇派閥は絶賛街中で暴れているが、俺が襲われたのはダンジョン内。

 少なくとも闇派閥はダンジョン内に潜り込む手段を持っている事を何かしら保有している事を知っている。

 

 なので、下手にダンジョンに潜ると、奴らに襲われる可能性があるということだ。

 

 ゲーゼスやあの狼人も出てくる可能性がある以上、流石に「じゃあ行こう」とは言えない。

 

 かと言って、本拠でずっと組手って言うのも限界があるからな~。

 

「ずっととは言わぬが、流石に今日言われたばかりで行って来いとは言えぬのぅ。数日は様子を見た方がええじゃろ」

 

 ですよね。

 

 という事で、俺達は今日も大人しく――乱取り組手することにした。

 

 

 ………あれ?

 

 

………

……

 

 

 あれから数日。

 

 俺達は、一度もダンジョンに行けていなかった。

 

 何故なら――

 

「うわあああ!?」

 

闇派閥(イヴィルス)だああ!!」

 

「逃げろおお!!」

 

 

 本拠近くに闇派閥が出たからだ!!

 

 

「くそっ!! ハルハ、アワランは東側! 俺、ツァオは西!!」

 

「あいよ!」

 

「おう!」

 

「承知」

 

「巴達は一般人とスセリ様を護衛しながら避難誘導! 【ガネーシャ・ファミリア】と合流を最優先!! ディムルは【ミアハ・ファミリア】に治癒師やポーションの要請!!」

 

「御意!」

 

「うむ!」

 

「頑張る」

 

「お任せを!」

 

 一気に指示を出して、俺達はそれぞれの戦場に。

 

 ここ最近いきなり闇派閥の活動範囲が広がり、活動が更に活発になった。

 

 今も他の地区でも闇派閥が暴れており、そっちには【ロキ・ファミリア】が向かっているとのことだが、今はどうでもいいことだ。

 

「はああああ!!」

 

 俺は全速力で駆け抜け、すれ違いざまに黒や白の覆面に身を包む闇派閥の末端構成員達を斬りつけて、行動不能にしていった。

 

「ぐあ!?」

 

「ぎゃっ!」

 

「じ、【迅雷童――ぎゃあ!!」

 

「がっ!? は、速い……! ぐぅ……」

 

 くそ! 全然強くはないが、数が多すぎる!

 

 倒しても倒してもきりがない!

 

「ぐウウウウ!!」

 

 ツァオも舞うように両腕の大盾を振り回し、しなやかな蹴りを放ち、闇派閥を吹き飛ばしていく。

 

「ぐああああ!?」

 

「ぐはぁ!?」

 

「つ、強――ごぺっ!?」

 

「ぎぃあ!?」

 

 この辺りには他に探索系ファミリアは住んでいない。

 いや、いるのかもしれないが、少なくともここ数日たまたま通りかかった冒険者以外いたことはない。

 

「――【鳴神を此処に】」

 

 魔法を発動し、更に移動・攻撃速度を上げる。

 斬撃と同時に雷撃を流し、身体の内外から焼く。 

 

 闇派閥の末端構成員は恩恵も貰えてすらいない者も多い。

 

 つまり一般人と何も変わらない。

 

 悪人とは言え、殺すのは正直嫌で仕方がないし、今にも吐き気が込み上げそうだが、躊躇してしまうとそれこそ善良な一般人が殺されてしまう。

 それだけは許されないし、許してはいけない。

 

 許せとは言わない。

 

 すまないとも言わない。

 

 

 どうか来世で――幸せになってくれ。

 

 

 

 

 

 【ガネーシャ・ファミリア】が駆け付けたのと同時に、撤退していく闇派閥達。

 正直逃走経路を突き止めたいとは思うが……流石にこの状況でスセリ様や団員達を放り出すわけにもいかないから諦めるしかない。

 

 って言うか、連中はバラバラに逃げてる。アイツが逃げてる方向が怪しいとかなんて判断できない。

 

 あぁ……くそっ。

 完全に奴らに翻弄されてるな。

 

 俺は疲れ切った顔で周囲を見渡す。

 

 崩れた建物や壁。

 

 散乱する瓦礫に食料、衣服。

 

 そして――数えるのも億劫になる程の死体。

 

 一般人も闇派閥も関係なく、ただの物言わぬ『人』だったモノ。

 どこを見ても、それが転がっていない場所はない。

 

 それに付随する人々の悲鳴、怒声、泣声、慟哭。

 

 勝った、なんて欠片も思えない。

 

 ただ……終わった、というだけ。

 

 乗り切った、でもない。何とかなった、でもない。

 

 戦いが終わった。

 

 それだけだ。

 

 失っただけで、失わせただけで、何も得ていない。

 

 こればかりは……経験値になってほしくないって、思っちゃうな。

 

「【迅雷童子】」

 

 槍を携えたシャクティさんが声をかけてきた。

 

「すまない。遅れてしまった」

 

「……いえ、来てくれなければ奴らはまだ暴れていたでしょうから。助かりました」

 

「もう一方も【勇者】達が姿を見せると同時に撤退したようだ。完全に揶揄われてしまっているな……」

 

「です、ね……」

 

「負傷者の救助は我々が引き受ける。治療も先程【ミアハ・ファミリア】と【ディアンケヒト・ファミリア】が到着して、すでに取り掛かっている。ギルドや他の商業系ファミリアもすぐに駆け付けてくれるだろう。お前達も治療し、休んでくれ」

 

「感謝します。では、お言葉に甘えさせて頂きます」

 

 俺はシャクティさんに軽く一礼して、ツァオと共に本拠へと戻る。

 

 その途中でハルハとアワランと合流した。

 

 俺とツァオは掠り傷だけで済んだが、ハルハとアワランは結構ボロボロだった。

 アワランにいたっては、結構酷い火傷すらしてる。

 

「そっちには恩恵持ちがいたのか?」

 

「いや、逃げ遅れた住民がいてよ。アイツら……そこに魔剣をぶっ放しやがった……!」

 

「で、この馬鹿が突っ込んで、肉壁になったんだよ。まぁ、おかげで住民達は無事だったけどね」

 

 立派だけど、無茶するなぁ……。

 

 俺は呆れを浮かべてアワランを見るが、アワランは不服そうに腕を組んで顔を顰める。

 

「仕方ねぇだろ? 世話んなってる連中を見捨てられるほど、冷めれねぇんだよ」

 

「世話になってる?」

 

「ほれ、アイツら」

 

 アワランが指差した方向に顔を向ける。

 

 そこにあったのは一軒の店舗。

 軒先の商品棚が壊され、食料や割れた瓶、陶器などが散らばっている極東風建築の店だ。

 

 僅かに傾き、煤か何かで汚れている木製の看板には、『越中屋(エチナカヤ)』と極東の言葉と共通語(コイネー)で書かれている。

 

 そして、店前に散らばった食料や瓦礫を片付けている2人の男女がいた。

 

 男性の方が越中屋店主のイケダ・太吉郎(たきちろう)さん、女性はその奥さんのイケダ・三枝子(みえこ)さんだ。

 

 越中屋は極東の食材や調味料、酒をメインに売ってて、スセリ様や正重、巴が御用達にしている。

 だから、最近では月2回ほど酒や調味料を届けてくれるようになり、俺はもちろんアワラン達団員達とも顔見知りになっている。

 

「太吉郎さん達か。そりゃあ、見捨てられんなぁ」

 

「だろ?」

 

「アワランさん!」

 

 すると、1人の少女がアワランの元へと駆け寄ってきた。

 水色の着物に身を包み、黒髪ショートの上に手拭いを頭に巻いている少女(俺より年上だけど)。

 

 太吉郎さん達の娘さんの明里(あかり)さんだ。

 

「これ、お店に保管してあった上級ポーションです。使ってください!」

 

「い、いらねぇよ! この程度! んなもん唾つけときゃすぐに治る!」

 

「それはないな」

 

「ああ、ないねぇ」

 

「ない」

 

「お、お前らなっ!?」

 

 変に強がる奴が悪い。

 

「ほら! 団長くん達もそう言ってます! 早く使ってください!!」

 

 ……うん。まぁ、年下だからしょうがないんだけどさ。

 なんか、団長くんって違くない? まだ名前で君付けの方が良いよ……。でも、直してくれないんだ……。なんで?

 

「うぐ……わ、わぁったよ……」

 

 アワランは明里さんの勢いに負けて、大人しく受け取る。

 明里さんはパァっと、正に向日葵(この世界にあるのか知らんけど)のような笑みを浮かべて喜ぶ。

 

 ……うん。前からそうだろうなぁ、とは思ってたけどさ。

 

 俺はハルハとツァオに顔を向ける。

 同じことを思っていたのであろう、ハルハとツァオははっきりと頷いて……ハルハはニヤっと意地悪い笑みを浮かべる。

 

 うん、まぁ……惚れてらっしゃいますね。

 

 まぁ、男らしいもんね。アワランは。

 清純な女性が少し荒っぽい男に惹かれるのは、この世界でも変わらないらしい。

 

 ちなみに明里さんはオラリオ生まれオラリオ育ちだ。

 ご両親は極東から別々に来て、オラリオで出会い、結ばれたらしい。

 

 だから、明里さんは冒険者を忌避することはない。

 外から来た人は、冒険者を怖がる人は多いんだけどね。越中屋さんは冒険者相手に商売をしてきたのもあるし、団長が子供で、どちらかと言えば武人気質な【スセリ・ファミリア】とは相性が良かったようだ。

 

 まぁ、俺は団員の恋愛事情に口を出すつもりはない。

 たとえ冒険者同士でも、無責任なことをしなければ止めるつもりはない。……流石に【フレイヤ・ファミリア】だったら止めるかもしれんが。

 

 おっと、今はまず、

 

「ありがとう、明里さん。貴重な回復薬を使ってくれて」

 

「あ、ううん! 大丈夫だよ! 私達を庇って出来た傷だもん! これくらいしなきゃバチが当たっちゃうよ! それにお得意様だしさ」

 

「お店の方は大丈夫なのか?」

 

「うん、店の中までは被害はなかったから、うちはそこまで被害はないよ」

 

「それは良かった」

 

「でも……すぐに営業再開とはいかないかな……。他の取引先のお店とかは被害大きかったらしいし……死んじゃった人もいるみたい」

 

「……そっか。ごめん、俺達が及ばないばっかりに」

 

「そ、そんなことないよ! 団長くん達が一生懸命、本当に命懸けで頑張ってるのをみんな知ってるもん! 【スセリ・ファミリア】を悪く言う人なんて誰もいないよ!!」

 

「その通りですぞ、フロル殿」

 

「太吉郎さん」

 

 太吉郎さんが微笑みながら、でも疲れを隠しきれない表情で声をかけてきた。

 

「あなた方がここ数日交代で、寝る間も惜しんで警戒してくれている事はもちろん、更に鍛錬に力を入れていらっしゃる事も、誰よりも早く駆け付けてきてくれる事を、この辺りに住んでいる者達で知らぬ者はおりません。そんなあなた方を責めるなど、我らは人でなしではありませんぞ?」

 

「……ありがとうございます」

 

「それはこちらの言葉ですよ。さぁ、今は身体をお休めください。腹が減っては戦は出来ぬと言うように、休める時に休めねば、それこそ我らより先に倒れてしまいます」

 

「はい」

 

 俺達はお言葉に甘えて、今度こそ本拠へと戻ることに。

 

 去っていく俺達……正確にはアワランに、だろうが明里さんは手を振って見送ってくれる。

 

「身を張って守った女に惚れられるってのは冒険者冥利に尽きるかねぇ、アワラン?」

 

「う、うるせぇな!? いきなり揶揄ってくんじゃねぇよ!」

 

「別に付き合ってもいいけど、ちゃんと誠実なお付き合いをしてくれよ?」

 

「フロル! ガキの癖してテメェも揶揄うんじゃねぇよ! 俺はスセリヒメ様一筋だっての!」

 

「んなこと分かってるよ。だから揶揄ってんじゃないか」

 

「質悪ぃなオマエ!?」

 

 諦めろ、アワラン。

 ここ連日の闇派閥とのいざこざでハルハはもちろん、皆それなりに鬱憤が溜まってるからな。

 

 少しでも発散できるネタがあるのに、ハルハが飛びつかないわけがない。 

 

 するとそこに、

 

「フロルー!」

 

 前方から少女が明里さんにも負けない輝かんばかりの笑みを浮かべ、手を振りながら駆け寄ってきた。

 

「アーディ」

 

「お疲れ様!」

 

「来てたのか」

 

「うん! うちも人手ギリギリだからね。避難誘導と負傷者の救助と運搬で連れてこられたの」

 

「もう落ち着いたのか?」

 

「ある程度はね。後は歩けるまでに治療が終わったけど、家が壊された人達をギルドやうちが管理してる避難所に連れて行ってあげるくらいかな」

 

「大変だな」

 

「君達ほどじゃないよ。私は戦ったわけじゃないしさ」

 

 ニコニコと笑顔を絶やさずに話してくれるアーディ。

 

 ……うん。やっぱり癒されるなぁ。

 

 って、は!!

 

 俺はバッ!!と後ろを振り返ると、ニヤニヤと笑みを浮かべるハルハとアワランがいた。ツァオは笑ってないが、いつもより眼差しが微笑ましい感じになってる……!?

 

「わ、悪い、アーディ。一度スセリ様の様子を確認しに行くから、ここで」

 

「うん! 分かった! 私もそろそろ戻るね! じゃあ、またね!」

 

 アーディは誤魔化そうとしたこっちが罪悪感を覚えるほどの明るい笑みで頷き、来た道を駆け戻っていった。

 

 俺はその背中を見送り、

 

「他派閥の可愛い女の子に声をかけられるたぁ、冒険者冥利に尽きるなぁ。え? 団長さんよ」

 

 ここぞとばかりにアワランがやり返してくる。

 

 こ、この野郎……!

 

「いやいや、結局は他派閥だしな~。付き合うとかないし」

 

「どうかねぇ。ガネーシャんとこなら、改宗も認めてくれるかもしれないよ?」

 

 ハ、ハルハめ……!

 

 アマゾネスを恋愛事で揶揄えるわけもなく、この手の話題は絶対にハルハには勝てない気がする……!

 

 

 とりあえず……色んな意味でダンジョン行きたい!!

 

 

______________________

簡単キャラプロフィール!

 

 

・フロル・ベルム

 

所属:【スセリ・ファミリア】

 

種族:ヒューマン

 

職業:冒険者

 

到達階層:17階層

 

武器:刀(剣)、短刀(ナイフ)、薙刀(槍)、弓矢、斧

 

所持金:239000ヴァリス

 

 

好きなもの:スセリ様、生姜焼き(スセリ作)

 

苦手なもの:ゼウス、恋愛、トマト

 

嫌いなもの:闇派閥、欲深くて下品な冒険者

 

 

装備

紫迅丸(しじんまる)・村正》

・標準サイズの刀

・正重作。300000ヴァリス(ヘファイストス談)

・ファミリアの『専属鍛冶師』が鍛え上げた特注品

・鋼堀国シャーム原産の波紋鋼(ダマスカス)軽量金属(ライトメタル)、更にドロップアイテム『雷鹿の雄角』(フロルと正重がその時の所持金全て使って購入)を使って鍛造された第三等級武装

・切れ味と硬度は同等級武装の中では群を抜いている。更に雷属性耐性を持つため、フロルの魔法にも耐えられるようにされた、まさに『俺だけの村正』である

 

《童子守・陸式》

・軽量甲冑

・正重作

・軽量金属、『雷鹿の雄角』で鍛造法で仕立てられた特注品。フロルの成長に合わせてその都度作り直されること、現在のフロルは成人以下、小人族以上の身長と体格のため、価格は付けられない

・額当て、胸甲、肩鎧、手甲、腰当、膝当て、脛当て

・成人が身に着ける鎧よりは軽いが、恩恵を持たない7歳の少年が身に着けたらまともに歩くことも出来ないくらいには重い

 

 

 

 異世界『日本』より転生した異端の少年。

 ダンまち知識に関しては小説とアニメがメイン。小説は本編11巻まで、外伝が7巻まで。アニメは三期とソードオラトリアまで。メモリアフレーゼは全く触れていない。

 なので、ゼノス編以降の情報は知らないため、暗黒期や『大抗争』の情報や【アストレア・ファミリア】の最期、エニュオのことなど一番重要部分は碌に知らない。

 

 そのため、フロル本人は原作知識を活かして生きようという意識はすでにすっぽ抜けている。だって、最盛期の闇派閥の情報なんて知らないんだもの。

 とりあえず、生き残るために必死に強くなることだけに集中している現状である。

 

 ちなみに、ゼウスのことは『恨みはあるが憎しみはない。でも会ってくれって言われたら会わない』。フレイヤのことは『恨みがないわけじゃないがゼウス程ではない。それよりも魅了もあるし、スセリ様も怖いから会いたくない』と言った感じ。

 

 7歳児で団長になっているが、今のところ団員誰一人として不満も異論も唱えないことが内心不思議で仕方がない。

 

 昇格世界最速最年少記録。

 恩恵を得て2年、冒険者として活動して1年でランクアップ。

 

 当の本人はアイズとベルに抜かれると知っているので、全く誇らないし威張らない。

 それが逆に鼻に付いたり、尊敬されたりと、余計に注目されている事には気付いていないし、教えてもらっていない。

 

 現オラリオで最も勢いがある派閥と云われている。

 

 



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疲れる童子と張り切る正義

暑くなって、雨が降って、コロナが盛り返してきて、今年の夏も大変なことになりそうですねぇ(ーー;)
みなさん、身体にお気を付けて

そう言えば、皆さんは『それは遥か彼方の静穏の夢』通称アルフィアIFはご存知ですか?
アルフィアとザルドがベルに会いに行って一緒に暮らしたら、と言う大森先生が書かれた公式IFです。まだ『note』というサイトに掲載されているので、まだな方はどうぞ検索を!
……泣けますぜ?

ランキングでアルフィアさんの名前をよく見るので、ついでに


 あれから数日。

 

 本拠の周りで闇派閥が現れることはなくなったが、他の場所では更に過激になっている。

 

 そのためか、ここ最近俺達にもギルドからの強制依頼(ミッション)という形で出撃させられていた。

 なので全くダンジョンに潜れていない……。

 

 ちなみに俺達の本拠はオラリオの東側にある。つまり……工業地区に近いと言えば近いんだよな。

 【ロキ・ファミリア】も近いから、どちらかと言えば工業地区は【ロキ・ファミリア】が主に警戒してるんだけど、それ以外の地区では俺達が動いている。

 【フレイヤ・ファミリア】はギルドの要請に()()従っているが、基本は好き勝手に動き回っている。

 

 ただ、【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】は遠征も行かなきゃいけないから、中々にこっちはシビアな状況だったりする。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】はオラリオ全域に、それこそ各門の検問もしているから、どこにでも駆け付けるが、その分層は薄いと言わざるを得ない。

 そして、それ以外となると……実はどこもどっこいどっこいだったりする。

 

 【イシュタル・ファミリア】は基本歓楽街の防衛に専念しており、更にまだこの頃はアイシャ・ベルカはいないだろうし……えっと……蛙みたいな女(名前忘れた)もレベルは低いと思うから、あまり当てに出来ないと思う。

 

 で、残念ながら俺が知ってるダンまちの知識では、他に頼りになる派閥の名前は聞いた覚えも見た覚えもない。

 そもそも【ロキ・ファミリア】だって、この頃はまだアイズはもちろん、ヒリュテ姉妹、ベート・ローガもまだオラリオにいないはずだ。まぁ、流石に他のベテランもいるだろうから、そんなに戦力は変わらないかもしれないけど。……でも、本編で出ないってことは、そう言う事なんだろう。

 

 だから、油断は出来ない。

 

 もしかしたら、他にも凄い派閥がいるのかもしれないけど……それでも生き残れなかったことかもしれない。

 

 【アストレア・ファミリア】みたいに。

 

 はぁ……命懸けなのはモンスターとだけで十分だってのに。

 

  

「――いい加減にしろってぇのッ!!」 

 

 

 俺は二刀を振り下ろして、闇派閥構成員の両腕を斬り落とす。

 

「ぎゃあああバヴッ――!?」

 

 着地と同時に跳び上がって悲鳴を叫ぶ顎を蹴り上げて黙らせる。

 

 そして、そのまま構成員を跳び越え、そいつの頭を足場にして次の相手に向かって飛び出す。

 

 俺の周りでは――

 

「ウオオオオオオ!!」

 

 正重が大剣を薙いで纏めて敵を吹き飛ばし、

 

「はっはあ!!」

 

 ハルハが大鎌を振るい、そのままの勢いでしなやかな脚を薙ぎ、竜巻が如く敵を薙ぎ倒し、

 

「はあああああ!」

 

 ディムルが双槍を風のように振るい、吹き抜けざまに敵の急所を斬り、刺し、叩き、

 

「オラオラオラオラオラオラァ!!」

 

 アワランが体躯から蒸気を噴き上げ、踊っているかのように一秒とて拳も蹴りも止めることなく、敵を殴り潰していく。

 

「ぬうううううああっ!!」

 

 巴が二振りの大刀を地面に叩きつけ、地面を揺らして足を止めた瞬間に突撃して轢き飛ばす。

 

「ルゥアアアアアア!!」

 

 ツァオが大盾で敵を押しながら突き進み、最後に全力でその豪脚で突き飛ばす。

 

「【デゼルト・ビブリョテカ】!」

 

 リリッシュが魔法で砂嵐を放ち、一気に通りにいた敵を押し流して砂の川に溺れさせる。

 

「ずぅおりゃああああ!!」

 

 ドットムさんが正重が造った武器《蛮月》を地面に叩きつけて、地面ごと敵を吹き飛ばす。

 

 これを何度も繰り返す。

 

 戦いが終わるまで、敵の戦意が枯れるまで、敵がいなくなるまで。

 

 それでもやはり、この胸に込み上げてくる感情は――虚しさだった。

 

 

 

 

 闇派閥が一斉に逃げ出し、相変わらずその背中を見送るしか出来ない俺は、ただただ虚無感に襲われてため息を吐きながら空を見上げる。

 

 粉塵と爆煙でくすんでる……。

 

 今のオラリオを表しているかのようだな。

 

「おい坊主、どうした? どっか怪我したのか?」

 

「……いや、大丈夫。ちょっと……虚しいなって」

 

「……そう思えるってこたぁ良いことだと、儂は思うぜ。こんなクソみてぇな殺しで喜べる奴だったら、儂はもちろん、お前の団員達が付いて来るわけねぇだろ」

 

「……はい」

 

「帰んぞ。お前は人一倍動き回ってんだ。体力だけじゃなく精神(マインド)も回復させねぇといけねぇし、武器だって手入れしねぇとな」

 

「……はい」

 

「俺は少しファミリアの連中から情報を集めてくっから。先に帰っててくれや」

 

「分かった。お願いします」

 

「おう」

 

 俺は刀を鞘に納めて、ハルハ達の元へと歩き出す。

 

 ドットムさんの横を通り過ぎて、少ししたところで、

 

「……悪ぃな、坊主」

 

 何か言われたような気がした。

 

「ん? 何か言った?」

 

「何でもねぇよ。ほれ、さっさと帰って、スセリヒメ様の膝で休んどけ」

 

「う、うるさいなっ! ホントにされそうだから止めてくれよ!」

 

「がはははは!」

 

 ドットムさんは大笑いを上げながら俺達とは逆方向に去っていった。

 最近、ドットムさんに敬語を使うことはなくなった。本人から「いい加減気持ち悪ぃ」って言われたし、出向してきてくれてるとはいえ、共に戦う冒険者同士ならそこまで気にする必要はないと言われたら、その通りだとも思うので、敬語はやめた。

 

 それにしても、ったく……最近またスキンシップが激しくなってるんだぞ? スセリ様。

 膝枕抱き枕以上の事とか、もうどうなるんだよ? 想像するのも怖ぇよ。

 

 それにしても……そろそろいい加減ダンジョン行きたい。

 

 一回でいい。

 

 このままじゃ人殺しの技が染みつきそうだ。

 

 対人(たいひと)の技じゃない。ただ殺す技だ。それも弱い人を殺すだけの。

 

 こんな技、スセリ様に教わっていない。

 

 こんな技、スセリ様に見せたくない。

 

 こんな『武』じゃないんだ。俺が進みたい道は。

 

「こんな道の先に……『英雄』なんてあるかよ」

 

 

 

 

 フロル達と別れたドットムは、絶え間なく団員達に指示を出している己が団長に歩み寄っていた。

 

「――者はすぐに【ディアンケヒト・ファミリア】に運べ! もうバベルの治療院は満室だ! 我らの本拠や【デメテル・ファミリア】などの商業系派閥の施設や本拠の使用要請をギルドに出させろ!」

 

「「「はっ!!」」」

 

「おい、シャクティ」

 

「ん? ドットムか? どうした? 【スセリ・ファミリア】に何かあったのか?」

 

「いや、坊主共は無事だ。無事だけどよ……」

 

 ドットムは盛大に顔を顰めて、残った腕で後頭部をガシガシと掻く。

 

「坊主はかなり精神的にきちまってんな。そろそろ休ませてやんねぇと、ダンジョンや闇派閥に殺される前に、儂らがあいつを潰しちまうぞ」

 

「……そうか。……そうだな。大人びていても、まだアーディよりも年下の、10歳にもならぬ少年だ。そう簡単に割り切れるわけもないか」

 

「ったりめぇだろ。儂らだって嫌気がさしてんだぞ?」

 

「……そうだな。特に彼はアーディ達とは違い、前線での戦闘……精神の消耗は計り知れんか」

 

「まだ派閥の等級はGだから遠征の義務はねぇが、あいつらは儂らと違って遠征を免除されるわけでもねぇんだ。しかも、勢いはあるっつったって中堅派閥になったばっかだ。儂らや【勇者】のところと違って、そこまで強制する程の派閥じゃねぇだろ。ギルドに言って、いっぺん強制任務(ミッション)解除させてやれ」

 

「……分かった。ガネーシャを通して神ウラノスに直接交渉させてみよう。ロイマンに言っても了承を得られる可能性は低そうだからな」

 

「頼んだぜ。儂は派閥の手伝いをさせたくて、坊主のとこにいるわけじゃねぇんだ。これで坊主が潰れたら、儂らの顔が立たねぇし、あそこの主神が暴れるぞ?」

 

「分かっている。そもそも私や【勇者】は【スセリ・ファミリア】の強制任務には反対していたんだ。それをロイマンめ……『子供とは言え神の恩恵を授かり、冒険者を名乗る以上オラリオを守る義務が発生する』などと嘯きおって……!」

 

「ちっ、あの豚野郎……だったらもっと上の派閥を動かせってんだ」

 

「今回はそこを突っ込んでやるさ。とりあえず、しばらく【スセリ・ファミリア】はダンジョン攻略に専念させてやってくれ」

 

「おう、頼んだぜ」

 

「ああ」

 

 ドットムの言葉に頷いたシャクティはまた部下の指示出しに戻り、ドットムは軽く見回りしてから帰ることにするのだった。

 

 

 

 

 

 本拠への帰途へと就いていた俺達は、途中で騒ぐ集団を見つけた。

 

「なんだ?」

 

「喧嘩か?」

 

「ったく、闇派閥が出たばっかだってのに元気な奴らだねぇ」

 

 全くだな。

 でも、やっぱり連日の襲撃で鬱憤が溜まってるのは住民も同じか。

   

 と、思ったけど……集団の中に見覚えがある赤髪が見えた気がした。

 

「ん? あれは……」

 

「前、会った人、いる」

 

「あん?」

 

 ってことは、やっぱり。

 

「いい加減にしなさいよね!」

 

 俺の予想を裏付けるように、聞き覚えのある声が響いてきた。

 

「やっぱり、【アストレア・ファミリア】か……」

 

「あぁ……あの正義少女サマかい」

 

「神アストレアの眷属でしたか? 自主的に街の巡回をしていると聞いたことがありますね」

 

「ってことは、コソ泥でも出たのか?」

 

「しかし、その程度の輩ならば冒険者であれば容易く捕まえられましょう?」

 

 そうだよな。

 

 ってことは、派閥同士の抗争か?

 

 周囲に【ガネーシャ・ファミリア】はいないっぽいし、見た感じ冒険者もいなさそうだ。  

 ……仕方ない。軽く様子は見ておくか。

 

 集団に近づくと、アリーゼ達と……冒険者と思われる男達。

 

 先頭でアリーゼを睨んでいるのは、小悪党感半端ない猫人の男。その後ろの連中もどう考えても堅気の人間じゃあない。冒険者って感じもしない。

 

「それは店の人達が汗水垂らして、街の人達の為に集めた商品なの! アンタ達が勝手に持って行っていいものじゃないのよ!」

 

「はっ! 闇派閥から守ってやったんだ。貰って当然の報酬だろうが!」

 

 どうやら男達は崩れた店から商品を猫糞しようとしたみたいだ。随分と情けないと言うか……しかも、それを堂々とまぁ。

 

「守ってやったとかよく言えるわね! アンタ達はただ路地裏に隠れてただけじゃない!」

 

 わぁお。それで報酬をくれはないな。 

 

「馬鹿かテメェ! 俺らがここにいたから、奴らは不利を悟って逃げ出したんじゃねぇか。もしかして牽制って戦術知らねぇのか? お嬢ちゃん?」

 

 男も随分挑発するなぁ。まぁ、確かに冒険者とは言え少女の集団に言い負けたら沽券に関わるか?

 ……いや、コソ泥してる時点でプライドもくそもないか。

 

 さて……どうしたもんか。このままだとホントに抗争に突入しそうだな。

 流石に現状派閥同士の抗争は避けて欲しい。そんなことになれば、更に俺達に負担がかかりそうだし。

 

「あ、【迅雷童子】……!」

 

 野次馬の誰かが俺達に気付いて、一斉に無数の視線がこっちに向く。

 

 もちろんアリーゼ達や猫人達もこっちに気付く。

 

「あら、おチビ童子くんじゃない」

 

「……【迅雷童子】」

 

「チビと童子は同じ意味だし、変な呼び名は止めてくれ」

 

 とりあえず、不名誉な呼び方は最初に止めさせてもらう。

 まぁ、厳密には童子の意味は違うんだろうけど、多分俺の二つ名に込められた意味は子供って意味合いが強いと思う。

 

 俺はそんなことを考えながら、猫人に顔を向け、

 

「で、一応遠巻きに話は聞いてたが……報酬が欲しいなら、ギルドに言えば貰えると思うぞ。まぁ、街の修繕とかあるから、十分とはいかないだろうけど」

 

「っ……! 足りるわけねぇだろ! こちとらだって生きてかねぇといけねぇんだ! 神サマだって飢え死にさせるわけにいかねぇんだからよ!」

 

「だったらダンジョンに潜ればいいと思うが? 別にギルドから強制任務(ミッション)出てるわけじゃないんだろう?」

 

「うるせぇな!! こんな状況でダンジョンなんかに潜れるかってんだ!」

 

 そうか? 【ロキ・ファミリア】とか最大派閥が闇派閥の対応に追われてるから、魔石の仕入れ量が減ってて換金量が上がってるってヘファイストス様が言ってたし、むしろ今が稼ぎ時だと思うんだがなぁ。

 それを知らないってことは、コイツらギルドに顔を出してないのか?

 

「それは残念だったな。とりあえず、闇派閥撃退の報酬はギルドに交渉することだ。だから、それは置いて行ってくれないか? まぁ、それが持ち主から好意で貰ったって言うなら、それでもいいけど。それが嘘だってバレたら、もう言い逃れ出来なくなるけどな」

 

「ぐっ……クソガキとクソ女が……!」

 

 猫人とその仲間は視線で射殺さんとばかりに睨みつけてくるが、全く怖くない。

 

「おい、ジュラ。どうすんだよ……!」

 

「……ちぃ!! 覚えてやがれっ……!」 

 

 猫人達は盗もうとしてた食料や貨物を投げ捨て、捨て台詞を吐いて逃げるように走り去っていった。

 

 ……ホントにアニメみたいな小悪党だなぁ。ああいうのは意外としぶといんだよな~。

 

「はぁ……なんか【ネイコス・ファミリア】みたいな感じになりそうだなぁ……」

 

「そこは【アストレア・ファミリア】に引き受けて貰おうじゃないか」

 

 野次馬も散り始めたところで、アリーゼ達が歩み寄ってくる。

 

「ごめんなさい! なんか最後任せる形になっちゃったわ!」

 

「別に構わない。あのまま戦闘になって怪我人が出た方が困るからな」

 

「そうね……負けることはなかったでしょうけど、あの手の輩は追い詰められたら何するか分からないものね」

 

「分からないじゃねぇよ、バカ団長。だからもう少し待てって言ったじゃねぇか」

 

「そうですよ。せめて包囲するなりしてからにしてくださいまし」

 

 輝夜さんと小人族の少女がアリーゼに苦言を言い放つ。

 

「仕方ないじゃない。今にも持って行きそうだったんだもの。逃げられちゃ駄目だって身体が動いちゃったのよ」

 

「なんの言い訳にもなってねぇぞ?」

 

「全く……なんでこんな猪が団長なのか……」

 

「そりゃあ一番強くて可愛いからよん! フフン!!」

 

「「イラ☆」」

 

 うん、まぁ、イラっとしたね。

 これが彼女達の日常なんだろう。ストレスで倒れるなよ?

 

 こっちも人のことはあんま言えんけどさ。

 

「フロル、終わったならそろそろ行くよ」

 

「腹減ってきちまったぜ」

 

「ああ、分かった。じゃあ、ここで」

 

「ええ。お疲れ様」

 

 そう言って俺達はその場を後にする。

 

 途中でドットムさんが追い付いてきて、しばらく闇派閥対応はお休みで構わないとシャクティさんから許可を捥ぎ取ってきてくれた。

 

 やったぜ!!

 

 

 

 

 

 フロル達を見送ったライラは小さくため息を吐く。

 

「ったく……少し見ねぇ間に随分とデッカくなりやがったもんだぜ」

 

「ああ……あれから我々も強くなったとは思うが……」

 

「ギルドから強制任務(ミッション)が出て、闇派閥との前線に立たされるだけはあるってこったな」

 

「でも……大分疲れてたわね」

 

 珍しくアリーゼが憂いを顔に浮かべて、フロルが去っていた方を見つめながら呟く。

 

「そりゃな。さっきまでドンパチやってたんだ。疲れもすんだろ」

 

「アリーゼが言いたいのはそうではない。精神面の話だ。そうだろう?」

 

「ええ……前に会った時とは全然表情が暗かった」

 

「……まぁ、どんだけ凄かろうが、アタシらよりもガキだからな」

 

「……」

 

 ライラの言葉に輝夜は僅かに右手を握り締める。

 そして、アリーゼは空を見上げ、

 

「あんな小さな子に戦ってもらわないといけないほど、オラリオは追い詰められてるってことよね」

 

「そうだな。そんで、あんなガキの代わりにも呼ばれねぇ程、アタシらは弱ぇってことだ」

 

 容赦なく現実を突きつけるライラの言葉に、団員達は悔し気に、悲し気に顔を歪める。

 

「ま、向こうはガキ団長も含めてLv.2が3人。こっちは団員数は多いって言っても2、3人程度の差だし、全員まだLv.1だ。当然と言えば当然だがな」

 

「そうね……でも、このままでいいわけもないわね!」

 

 暗くなった空気を吹き飛ばす様に、アリーゼは笑みを浮かべて胸を張る。

 それにライラも不敵な笑みを浮かべ、

 

「そういうこった。結局やるべき事は変わんねぇ。強くなる。そんだけだ。そうすりゃあ、アイツらや他のファミリアの負担も減らせる」

 

「じゃ! 立ち止まってる場合じゃないわね! みんな、もう少し見回りしましょ!」

 

「「「おー!」」」

 

 明るく振る舞うアリーゼに他の団員達と追随し、早速とばかりに歩き出す。

 その後を苦笑したり、呆れながらも輝夜とライラが続き、今日も正義の眷属は、正義を探し求めるのであった。

 

 

 

______________________

簡単キャラプロフィール!!

 

・クスノ・正重・村正

 

所属:【スセリ・ファミリア】(前【アマツマラ・ファミリア】)

 

種族:獅子人(レオルス)

 

職業:鍛冶師

 

到達階層:17階層

 

武器:斧剣、大刀、大太刀、斧、鎚、弓矢

 

所持金:89444ヴァリス

 

 

好きなもの:鍛冶、フロル、肉巻き握り

 

苦手なもの:おしゃべりな人、椿、小人族(うっかり蹴とばしそうだから)

 

嫌いなもの:武器を粗末に扱う人、チーズ

 

 

装備

《砕牙・伍式》

・斧と大剣を組み合わせた斧剣五代目

・自作 250000ヴァリス(ヘファイストス談)

・波紋鋼、少量の超硬金属(アダマンタイト)を使って鍛造した超重量の第三等級武器

・重量、硬度だけならばトップクラスで、非力とされるエルフと小人族ならばLv.4くらいにならないと持ち上げられないほど

 

 

《猛牙・村正》

・『鍛冶』アビリティを得た後に鍛造した大太刀

・自作 280000ヴァリス(ヘファイストス談)

・波紋鋼、少量の超硬金属、軽量金属を使用して鍛造した長さ2.7Mにもなる第三等級武器

・切れ味は高いが、その長さ故にダンジョン上層では中々に使いにくい

 

 

 

 極東よりやって来た鍛冶師の獅子人。

 名工村正一派の血筋だが、先々代の妾の子の為、一族の者としては認められず、捨てられそうになったところをアマツマラに拾われて育てられ、鍛冶を教わる極東版ベル・クラネルみたいな人。

 

 年齢は18歳。

 身長223Cと、地味にオッタルやウラノスよりも高い。

 

 村正の妾の子、珍しい獅子人、その背と体格の大きさから、周囲から忌避されていたため、コミュ障まっしぐらとなってしまった。

 アマツマラも口下手で寡黙な神であったため、会話術に関してはどうにも出来なかった。

 

 周りに獅子人どころか獣人もほとんどおらず、村正を名乗ることを許されなかったため、種族にも村正にも誇りを持てなかった。

 そのため、オラリオに着くまではそのどちらかであったり、両方ばかりに驚かれ、声をかけられ、求められるも、『正重』という個人を見てくれる人や神はほとんどいなかった。

 一部は純粋に正重を心配し、認めて声をかけてくれた者もいたが、その周囲にいた者達はそうではなかったため信じることが出来ず、もはや人間不信になりかけていた。

 

 そこに出会ったのが、自分よりも小さく幼いフロルだった。

 

 自分より小さいのに強く、自分より小さいのに格上の冒険者や神にもたじろぐ事なく、自分より小さいのに過去にも負けずに前を向き進み続け、それでも驕ることなく謙虚で、優しい。

 

 そんな少年を心から尊敬し、心から憧れた。

 

 故に鍛冶師は想い焦がれた。

 

 彼の力になりたいと、彼を強くする武器を造りたいと、彼を守る防具を造りたいと。

 

 そうすれば……自分が獅子人で、村正であることを誇れるようになれると。

 

 その覚悟の証明とも言える魔法とスキルを得た鍛冶師は、その覚悟を育ててくれた父に伝えたいと思い、ステイタス更新用紙と文、そして――今の全身全霊を籠めた一振りの刀を贈った。

 

 その刀は今――極東の鍛冶神の私室の壁に飾られている。

 

 

 今の悩みは材料費が半端なく小遣いがあっという間に無くなる事。

 

 今の楽しみは見たことない鉱石やドロップアイテムで武器を打つ事。

 

 ちなみに輝夜のような大和撫子系女子が好みで、ちょっと輝夜の事が気になっていたりするが、まだ彼は知らない――彼女の本性を。

 

 




サラッと因縁登場
奴らは闇派閥のはずなんですが、リューの回想でのアリーゼとの邂逅時は『ダンジョンに潜らないゴロツキ』扱い、アストレアレコードでは姿も出ないという悲しい扱いなので、この頃はまだ闇派閥に足先踏み込んだレベルの可能性が高いと愚行しております


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いざ18階層

 翌日!

 

 ギルドの強制任務(ミッション)から解放された俺達は早速ダンジョンにやってきていた。

 

「はぁっ!!」

 

 ミノタウロスの首を刀で一閃して倒し、着地と同時に刀を収めて息を吐く。

 

「はぁ~……やっぱこっちの方がホッとする」

 

「気持ち悪いこと言ってんじゃないよ。気持ちは分かるけどさ」

 

「まぁ、敵を前に余計な事考えなくていいのは、やっぱ楽っちゃ楽だわな」

 

「そうですね」

 

「うむ」

 

 それぞれにモンスターを倒したハルハ達が俺の言葉に呆れながらも同意してくれる。

 やっぱモンスターは気兼ねなく倒せるし、純粋な殺意だけだから、こっちも純粋な気持ちで戦いに挑める。……まぁ、異端児(ゼノス)もいるのかもしれないが、今のところそれらしき違和感を覚えるモンスターには会ってないので多分大丈夫だろう。

 

 今のところ闇派閥がいる気配もない。

 いつもの探索だ。……本当に嬉しいです。

 

 ドットムさんが魔石を背中のデッカイ籠に放り投げながら苦笑する。

 

「楽しそうで何よりだよ。で、今回は話した通り、18階層到達が目標だ。今のペースなら後1,2時間で着くだろうよ」

 

「階層主は今出ないんだよな?」

 

「ああ、3日くらい前にリヴィラの街の連中と遠征帰りのファミリアが倒したそうだ。ゴライアスの次産間隔(インターバル)は約2週間。まず問題ねぇよ」

 

「ちょっと顔を拝んでみたかったんだけどな~」

 

「ですなぁ」

 

「久しぶりのダンジョンで余計な目移りするんじゃねぇよ。ほれ、さっさと行くぞ」

 

 俺達は今回、ようやく18階層を目指すことにした。

 まぁ、ようやくと言っても、ステイタス的にはぶっちゃけギリギリなんだけどな。ドットムさんがいるから行けるって話で、18階層はLv.2のDくらいが適正らしい。

 理由はやはりミノタウロスを確実に倒せるかどうかにかかっているそうだ。

 

 ミノタウロスは前衛のLv.2であれば、そこまで苦戦せずに倒せるのだが、後衛であればLv.2でもミノタウロスを魔法無しで倒すことはまず無理らしい。非力な力ではミノタウロスの耐久を破れないんだそうだ。それに種族的な問題もある。小人族やエルフは、ミノタウロスを魔法無しで倒せるかどうかが一種の鬼門になっているらしい。

 なんとなく、それは分かる。

 

 18階層は前にも言ったが、モンスターが生まれない安全階層(セーフティポイント)だ。

 と言っても、上や下の階からモンスターが普通にやって来ることはあるそうだが。

 

「そういやぁ、なんで今回18階層までなんだ? もっと下には行かねぇのかよ?」

 

「19階層からはまたダンジョンの様相が変わる。『大樹の迷宮』って呼ばれててな。昆虫、植物型のモンスターが多く、毒や状態異常をよく使ってくる。『耐異常』のアビリティがねぇと、解毒薬であっという間に破産しちまうぞ」

 

「ぬぬ……毒でありまするか。それは確かに厄介ですな」

 

「で、毒に弱ったところにバグベアーとかトロルとかのパワー系モンスターにやられちまうって奴が多い。それに加えて、これまでなかった罠がある。だから、解毒薬を用意もしねぇで下りるわけにいかねぇんだよ」

 

「なるほどなぁ。そりゃあ厄介だ」

 

 解毒薬か……。

 

「でも、今のオラリオで解毒薬って言ってもなぁ……」

 

「滅茶苦茶高ぇだろうな。闇派閥共が毒を使いまくって、製造が追いついてねぇって話だ」

 

 そう、ミアハ様もそんなことを言っていた。

 まだ今は【ディアンケヒト・ファミリア】の『聖女』もいないから、治療に関しては回復薬に頼るしかない。

 

 原作では回復魔法で有名なのはその『聖女』と【フレイヤ・ファミリア】の治癒師の2人がトップだったはず。他ではリヴェリアさんも回復魔法が使えたと思うけど、本当に使えるって程度だったような気がする。あまり使ってたイメージはない。

 他となると……誰だ? 本当にイメージがない。あ、『愚者(フェルズ)』がいたか。でも、あの人はちょっと別格だし、冒険者ではないからなぁ。

 

 それだけ治癒師は少数って事か。

 ……いや、違うな。強力な回復魔法を発現する程の人が少ないって方が正しいのか。それだけ誰かを治したいって強い想いがいるんだものな。

 

「18階層でも解毒薬の素材は少しは採れる。それを持って【ミアハ・ファミリア】にでも作ってもらうんだな。仲良いんだろ?」

 

「まぁ……そうですね」

 

 負い目もめっちゃあるけど。

 

 ミアハ様は相変わらず優しいけど、やっぱり団員達から向けられる視線は……ちょっと辛いんだよなぁ。

 それが当然ではあるし、罵詈雑言などをぶつけられたわけでもないし、薬を売ってくれないとかもない。ただただ複雑そうな視線を向けられ、ほとんど会話しないだけだ。

 こういうのって……責められない方が堪えるんだよなぁ……。

 

 ちょっとテンション下がった俺と仲間達は17階層に下り立つ。

 

 前に来たのは正重と椿さんを追いかけてきた時だけど……よく考えたらあの時ゴライアス出なくて助かったなぁ。

 

 17階層はこれまでと変わらぬ岩窟ではあるけれど、基本的に一本道だ。

 横道はあるけれど、その道は今歩いている道よりも狭い。

 

 進路は真っ直ぐ、ただただ、広い道を進めばいい。

 

 モンスターを警戒しながら進む。

 

 進めば進むほど、岐路は減り、道幅が広くなっていく。

 

 その道中にもモンスターが現れるが、上の階層と比べると数が少ない印象を受ける。でも、ミノタウロスも結構いるから油断は出来ない。

 だが、道はかなり広いし、これまでと違って縦穴もなく天井もかなり高いので、落ちる心配も奇襲を受ける可能性も低いから、かなり戦いやすい感じがある。

 

 俺達からすれば、だけどな。

 ここならリリッシュの魔法も使えるし、俺やハルハも広く動ける。

 

 問題なくモンスター達を倒しながら進む俺達は――遂にそこに辿り着いた。

 

 これまでで最も広い広間(ルーム)

 

 自然感があったこれまでの広間と違い、綺麗に整えられた直方体で――左側の大壁は、一切の凹凸がない。

 

「……この壁が」

 

「おう。『嘆きの大壁』……17階層最後の壁にして、最悪の壁だ」

 

 入り口から出口まで、端から端までまっすぐ伸びる大壁。

 

 

 これが――ゴライアスのみ産み出す楽園への障壁。

 

 

 やっぱりアニメで見たのとは圧迫感が段違いだ。

 それに……なんか意識を外せないのに、目を逸らしたくなる。何かが現れる気配もないのに、その奥に『いる』と、思わされる何かがあるのが本能的に分かってしまう。

 

 前世でもこんな感覚は味わったことがないなぁ。

 

「……こんな壁から、一匹のモンスターしか産まれないのか」

 

「そうだぜ。ゴライアスは身長が約7、8Mがある巨人。そいつがここで暴れるんだ。こんくらいの広さはまぁいるよなって話だ。しかも、ゴライアスは他のモンスター共を呼び寄せることもあってな。まず乱戦になる」

 

 うわぁ……そりゃ駄目だ。俺らだけで戦えるわけがない。

 

「ゴライアスの推定ステイタスはLv.4。俺らが100人いても、まず勝てねぇよ」

 

「Lv.4か……それで7Mの巨体……。流石にそりゃ勝てるたぁ言えねぇな」

 

「しかし、それが最初の階層主とは、随分と凶悪でありますな」

 

「ゴライアスはこの大広間から出られねぇんだよ。だから、上に逃げるか、18階層に飛び込めば、生き延びることは出来るってわけだ」

 

「なるほど」

 

「幸いこの大広間はだだっ広いが、全力で走れば逃げ切れねぇ距離でもない。時機(タイミング)さえ、見誤らなきゃな」

 

「私は無理だと思う」

 

「某も厳しそうですなぁ」

 

 リリッシュは種族と魔導士のダブル紙装甲で、巴も種族と甲冑のダブル鈍足で厳しいだろうな。

 やはり大きいというのはリーチと威力が段違いだ。しかも、そこに他のモンスターも来るとなれば、まず逃げきれないだろう。

 

「ほれ、さっさと行くぞ。ここだって他のモンスターは来るんだからな」

 

 ドットムさんに促されて移動を再開する。

 

 運が良いことにモンスターの姿はない。多分、俺達より先に来た冒険者達が倒したんだろう。……でも、こんなだだっ広い場所にモンスターがいないのも、それはそれで逆に気味が悪い。

 

 広く静かな空間に、俺達の足音と装備が擦れる音が響く。

 

「この下に冒険者の街があんのか? こんな薄暗い岩ばっかのところに街とか、なんか想像出来ねぇなぁ」

 

 アワランの言葉にツァオ達も同意するように頷いている。

 

 俺はこの下の光景を簡単に知っているので、ちょっと下りた時の皆の反応が楽しみだな。

 ドットムさんも同様のようで、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべていた。

 

 大広間の反対側の出口に辿り着き、下り坂になっている通路を下りる。

 

 結構急だな……。ベル・クラネル達が転がって下まで落ちたのも納得出来る。

 まぁ、ベル・クラネル達はゴライアスに追われて、出口に飛び込むと同時に背後にゴライアスの拳が出口に突き刺さり、凄まじい衝撃が襲っていたのもあるだろうけどさ。

 

 そして10分ほどかけて傾斜を下ると、前方から光が見えてきた。

 

「ぬ?」

 

「明かりですな」

 

「……これまでの明かりとは違いますね。まるで、陽の光のような……」

 

「くっくっくっ! さぁ、到着だぜ」

 

 坂を下り終えて、眩しさに僅かに目を細めながら、足元からカサッと草を踏む音と感触を覚える。

 

 そして、光に慣れて目を開けると、これまでの暗い岩窟とは真逆の明るい森林。

 

 

「ここが――『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』だ」

 

 

 至る所に生える大小様々な水晶、まさしく楽園の実りを授けてくれるかのような森林に、これまでとは異なる澄んだ心地よい風、そして世界を脅かすダンジョンでありながら全ての生命を祝福するような――暖かい光。

 

 遠くには目を見張るほどの巨大樹が聳え立っており、その真上には先ほどの大広間よりも遥かに高い天井には、夥しい数の白く光る水晶が生え渡って埋め尽くしていた。

 

 ……ここが、18階層。

 

 やっぱり、アニメで見るのとは、全然違うな。

 

「……マジ、か」

 

「こりゃあ、壮観だねぇ」

 

「こんな場所がダンジョンにあるなんて……」

 

「まるで外に出たのかと錯覚してしまいますな」

 

「この自然はダンジョン特有の種?」

 

「……落ち着く」

 

「うむ」

 

 ハルハ達もあちこちに視線を向けながら驚きと感想を述べる。

 約一名、感動よりも疑問を口にしていた気がするけど、無視です。

 

「スゲェだろ? ここは緑だけじゃなく水も綺麗でな。湖と呼べるほど水場もあるし、あちこちに泉がある。そのおかげか、果物とかも実っててな。食料が尽きた時はまさに命の恵みって奴だ」

 

「この光はあの水晶のものなのですか?」

 

「ああ、地上の光なんて届くわけねぇからな。で、ここのスゲェ所はまさにあの水晶の『光』なんだよ」

 

「どういうことだ?」

 

「『朝』『昼』『夜』があるんだよ、ここは」

 

「はぁ?」

 

「あの水晶は時間が経つと光が消えて、この階層は暗くなる。そして、また時間が経つと明るくなる。それを繰り返すんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……なんと」

 

「もっとも、地上とは時差があるがな。だが、だからこそここに街を造ったってわけだ」

 

 確かにこんな場所だったら、迷宮だってことを少しくらい忘れて気を休めることは出来るな。

 まぁ、モンスターが出るから完全に気を抜くことは出来ないけど。

 

「で、これからその街に行くのかい?」

 

「ああ、これから嫌でも使う場所だ。どんな所かちゃんと知っとかねぇとな」

 

「……何やら含みがある言い方ですね」

 

「そりゃお前、冒険者が築いて運営する街が真っ当な場所なわけねぇだろ」

 

「げぇ……そういうことかよ」

 

「ギルドは何も言わない?」

 

「言わねぇし、言えねぇな。ギルドの連中は恩恵を持たねぇからここまで来れねぇからよ」

 

「【ロキ・ファミリア】とか【フレイヤ・ファミリア】は何も言わないのですか?」

 

「ここの街は別にどっかのファミリアが仕切ってるわけじゃねえ。色んな派閥の連中がそれぞれある程度のルールの中で好き勝手やってるだけだ。だから、最強派閥とて文句言ったところで、相手にされなくなるか法外な値段ふっかけられるかのどっちかだな。まぁ、ロキやフレイヤの連中くらいになると、遠征でも寄らなくてもいいように準備してるがな」

 

 そういえば原作やアニメでも、【ロキ・ファミリア】は遠征時は自分達で天幕張ってたな。

 確か魔石の換金額は低くて、物品や宿泊費は馬鹿高いんだっけ? まぁ、ダンジョン内だから当然と言えば当然なんだろうけど、面倒と言えば面倒だな。

 

「街は階層の西側だ。湖の中心に岩島があってな、そこに『リヴィラの街』がある」

 

 湖に浮かぶ街って奴か。アニメではそんな描写はあまりなかったからなぁ。壁際に建ってると思ってたわ。

 確か下への道はあの巨大樹の洞にあるんだよな。

 

 『大樹の迷宮』に入り口は大樹。なるほど分かりやすい。

 

 しばらく歩いてダンジョンの森を抜けると、そこは大草原だった。

 緑一色の大草原。ダンジョンでなければ、駆け出したくなる程の涼やかな風、暖かな光、どこか落ち着く草の匂い。

 

 ……本当に楽園のようだな。

 

 

 ――モンスターが歩いてなければ。

 

 

 うん、ふっっっつうに歩いてるわ。

 

 しかも、バグベアーじゃん。

 

 下の階層の奴やん。

 

『グラアアアアアア!!!』 

 

 こっちに気付いてるよねー!

 

「焦んなよ! 全員でかかりゃ余裕で勝てる相手だ!」

 

 ドットムさんの発破に、俺達は武器を抜いて相対する。

 

「奴は見た目の割に速ぇぞ! 『力』と『耐久』はミノタウロスより少し低いが、その分機動力が上だ! 足の速いミノタウロスと思って戦え!!」

 

「俺とハルハで足を削るぞ!」

 

「あいよ!!」

 

 俺とハルハは全力で地面を蹴り、一気にバグベアーの足に迫って、俺が左脚を、ハルハが右脚を斬る。

 

 悲鳴を吠えながら両膝をつき、更に両手を地面につくバグベアー。  

 

 その隙を逃さずツァオが突盾(シールドバッシュ)を繰り出し、顔面を弾き飛ばして仰向けに倒し、

 

「シャアオラアアア!」

 

「はあああああ!!」

 

 アワランと巴がツァオを跳び越えて、アワランがバグベアーの顔面に跳び蹴りを叩き込み、巴は大刀を振り胴体を切り裂いた。

 

 バグベアーは何も出来ずに体を灰へと戻し、俺達は他にもモンスターが来ないか周囲を警戒する。

 

「出番がなかったですね」

 

「うむ」

 

「余裕」

 

「まぁ、一匹だけだったからな。これで苦戦されたら今後がやべぇよ」

 

 でも本当に油断は出来なさそうだったな。

 すぐに足を止めたけど、明らかにミノタウロスよりは速かった。ライガーファングにも負けてない。囲まれたら結構ヤバいかもしれない。

 ……はぁ、やっぱりまだまだ弱いなぁ。最近は闇派閥の末端構成員相手ばっかで一方的だったから、感覚がおかしくなってきてるな。

 

 本来は人間の方が面倒なはずなんだ。もちろん、下層や深層のモンスターとなれば話は別だけど。

 上層、中層であれば、恩恵を持たない人間でも武術をしっかりと身につければ勝てる。古代では神の恩恵無しに勝ってたしね。今は神の恩恵が当たり前になってしまっているから、そこまで無茶する人はいないんだけどな。

 

 それに下級冒険者でも倒せるモンスターは総じて知能が低い。

 だから、人間と戦う方が難しいはずなんだが……やっぱり感覚が麻痺してる気がする。

 

 移動を再開し、そこからはモンスターに出会う事なく湖へと到着する。

 

 おぉ……本当にデッカイな。ってかどんだけ広いんだよ、この階層。

 

 リヴィラの街がある島には大木の橋を通って渡る。

 天然の要塞みたいな感じではあるけど、まぁモンスターであれば渡ろうと思えば渡れるんだろうな。

 

 岩島に渡り、頂上を目指して崖に挟まれた険しい勾配を上がっては下るを繰り返す。

 そして、ようやく頂上へと辿り着いた。

 

 俺達の目の前には木造のアーチ門。

 その奥の断崖には、急拵えの木造建築や天幕、他には断崖を掘ったのか、洞窟を利用した店なども見える。

 

「おぉ……」

 

「ここが『リヴィラの街』か」

 

 門には『ようこそ同業者! リヴィラの街へ!』と記されている。

 

 そして、その横には『286』と何やら数字が刻まれているが……。

 

「あの数字は?」

 

 リリッシュも気付いたようで、ドットムさんに訊ねる。

 

「この街の再建回数だな」

 

「再建回数?」

 

「この街は285回、モンスターやら闇派閥に壊滅させられて、今は286代目の街って訳だ」

 

「壊滅って……」

 

「元々この街はギルドの計画だったらしいが、異常事態(イレギュラー)で滅ぼされた際の防衛費や再建費がとんでもなくて頓挫しちまったんだが、それを〝リヴィラ〟って冒険者が勝手に引き継いで、他の冒険者に声をかけて造ったのが、リヴィラの街の始まりだそうだ。そのため、ここは『世界で最も美しいならず者達の街(ローグタウン)』とも呼ばれてんな」

 

 へぇ……リヴィラって人の名前だったのか。

 

 この街にいるのは当然ながら冒険者のみ。

 故に最終的にものを言うのは『強さ』ではあるらしいのだが……。

 

「だからって余計な喧嘩はすんじゃねぇぞ。ここはギルドのルールも意味ねぇし、ガネーシャ(儂ら)もどちらかと言えば嫌われもんだからな」

 

「どんな連中が集まってんだよ……」

 

「そりゃあ無謀知らずで欲張りな冒険者(クソ馬鹿)に決まってんだろうが。ここにゃあ地上じゃ売りにくい違法なもんも置いてたりするんだよ。闇派閥とまでは言わねぇが、ここだって十分叩きゃ泥が出るレベルの闇市(ブラックマーケット)の場ってわけだ。んなもん、儂らが放っておくと思うか?」

 

「思いませんが……今は大丈夫なんですか?」

 

「別に今の儂はお前らのサポーターだしな。派閥の紋章も付けてきてねぇし、儂は別にそこまで大真面目に取り締まる気はねぇよ」

 

 まぁ、ここが冒険者にとって必要な場所であるのもまた事実。厳しく……というか、常時取り締まるのもまた閉塞感や軋轢を生むか。

 それに【ガネーシャ・ファミリア】もあくまでギルドからの委託って形での警邏だしな。自分達も関係ある分、あくまで行き過ぎないようにするための引き締めレベルって感じなんだろう。

 

「ってことで、お前ら」

 

 ドットムさんは俺達を見渡してニヤリと笑い、

 

 

「カモにされねぇように気ぃ付けるんだな」

 

 

 いやいや……させる気満々やん!

 

 

______________________

簡単キャラプロフィール!

 

・ハルハ・ザール

 

所属:【スセリ・ファミリア】(元【アナラ・ファミリア】)

 

種族:アマゾネス

 

職業:冒険者

 

到達階層:18階層

 

武器:鎖大鎌、大鎌、鎖鎌、槍

 

所持金:113461ヴァリス

 

 

好きなもの:強い雄、酒、焼き魚(スセリ作)

 

苦手なもの:読書

 

嫌いなもの:強くない奴、くだらない奴、甘い物

 

 

装備

蛇牙(じゃが)・玖尾》

・鎖大鎌

・正重作 価格は410000ヴァリス(ヘファイストス談)

・刃は波紋鋼、柄と鎖は超硬金属で造られた第三等級武器

・耐久性重視の造りになっており、何度も踏み折られたり、鎖が千切られているため、どんどん使う金属が高品質になっている。かなり扱いが難しいため、正重もハルハの様に試し切りが出来ないので何度も何度も調整が必要になっている

 

 

《風雅・村正》

・大鎌

・正重作 230000ヴァリス(ヘファイストス談)

・超硬金属と軽量金属で造られた第三等級武器

・《蛇牙》と同じく耐久性重視。投げることも考えているため、バランスが難しい。これも何度も折られており、地味にハルハが一番正重を泣かしている

 

 

 戦闘狂(下剋上好き)のアマゾネス。

 オラリオ生まれで、母親は娼婦(冒険者ではない)。アマゾネスの例に漏れず、強い男が大好きだが、性欲よりもそんな強い男を倒す事の方に快感を覚える戦闘狂。故に【イシュタル・ファミリア】には欠片も興味はなかった。

 母とは疎遠になっているが、仲が悪いわけではない。だが、歓楽街がイシュタルの支配下にあるため、面倒事を避けるために近づかない様にしている。

 

 【アナラ・ファミリア】に所属したものの……ほとんどの団員が娼婦のような扱いをしようとしてきたので――全員叩き潰し(ムスコの方も)再起不能に追い込んだため孤立したのが真相である。

 その過激さと、しなやかな体を活かした戦い方から【闘豹】と呼ばれるようになった。

 【ロキ・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】【イシュタル・ファミリア】その他諸々のファミリアから声をかけられるも全て断っていた。

 理由は「もう強いところには興味ないし、憲兵なんて性に合わないし、弱いところはパッとしなかった」から。

 

 ちなみに【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】のLv.2にも喧嘩売ったことがある。

 【ゼウス・ファミリア】【ヘラ・ファミリア】にも喧嘩売ろうとしたが、残念ながらLv.2はいなかった。

 

 【スセリ・ファミリア】の面々は普通に気に入っており、楽しい日々を送っている。

 現在は他派閥に喧嘩を売ることは止めており、フロルを倒したいと思っている。同じく上昇志向が強い仲間と上を目指すのが楽しい。

 

 オラリオを一番知っており、実力もフロルの次に強いため、副団長に任命されているが、副団長と呼ばれることは嫌がっている。

 

 年齢は17歳。冒険者になったのは11歳。

 身長173㎝。

 

 

 

 

 

 

 ――実は処女。

 

 

 

 




なんでだろう? ほのぼのする


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リヴィラの街

 リヴィラの街に到着した俺達は、意地悪い笑みを浮かべるドットムさんに嫌な予感を感じながらも街に足を踏み込んだ。

 

 街中は賑わっており、遠くでは怒号と野次の声が聴こえる。

 どうやら闇派閥が上で暴れてても、ここはあんまり変わらないみたいだなぁ。

 

 俺達は観光がてら街中に練り歩きながら、露店に並べられた商品を見る。

 

 今見ているのは冒険者には見えない草臥れた服装の犬人(シアンスロープ)の店だけど……。

 

「はぁ? なんだいこりゃ? ただの体力回復薬(ポーション)が2000ヴァリス?」

 

「おいおい……こっちの解毒薬は5000ヴァリスだぞ……」

 

 相場の数倍かよ……。

 隣のドワーフの武具屋では、正重が手にしたナイフを呆然と見下ろし、

 

「これが……20000ヴァリス……」

 

 俺も横からナイフをよく見てみるが……うん、俺が最初に使ってた脇差と大差ないな。元は良かったんだろうけど、ちょっと刃毀れしてるし、手入れも微妙だな。

 

「こっちの盾……割れてるのに、40000ヴァリス」

 

 ツァオも顔を顰めて、置かれている盾を見て呟く。

 ……うん。こっちの盾も一部亀裂が入っているな。ミノタウロスに殴られたら一発で割れちゃいそうだなぁ……。

 

「これが本当に売れるんですか……?」

 

「おいおい酷ぇこと言ってくれんじゃねぇかよ。テメェら、どこのファミリアだ?」

 

「【スセリ・ファミリア】」

 

 リリッシュの名乗りに、ドワーフの男は目を丸くする。

 

「【スセリ・ファミリア】……!? 今、新進気鋭って噂の……世界記録童子(レコードホルダー)……!」

 

 あらヤダ有名。俺達ってそこまで有名になってるのね。

 

「どうも。悪いな、うちは鍛冶師がいるから武器にはちょっとうるさくてさ」

 

「……最近ランクアップしたっつぅ獅子人の鍛冶師か。……ちっ、なら商売の邪魔だ。さっさと帰んな」

 

 俺達は露店を後にし、他の店を見回ってみる。

 だが、やはりそのほとんどが法外な値段ばかりだった。

 

「なぁ、あんな高いもんばっかでどうやって買うんだ? わざわざダンジョンに潜るのにそんな大金持って来ねぇだろ?」

 

「ここで金を払う方法は3つ。まずは普通に払う。けどこれは、今お前さんが言った通り、限界がある。冒険に数万、数十万ヴァリスの金貨なんざ邪魔なだけだかんな」

 

 だよね。魔石ですらサポーターとかいなきゃ限界があるのに、そこにヴァリス金貨なんて邪魔なだけだ。

 

「2つ目はここで魔石やドロップアイテムを換金することだ」

 

「ここで、ですか? ギルドもないのに?」

 

「おう、ここの元締めや商店で換金してもらうことが出来る。が、出来るだけでギルドの換金と同額とは限らねぇ。まず半値になると思っとけ」

 

「はぁ!? 半分!?」

 

「お前な、ここに来れて住んでる連中に、ここより上のモンスターの魔石やドロップアイテムなんて価値があると思うか?」

 

 まぁ、その気になれば自分で狩れるもんな。……その気になれば、だが。

 でも、地上に帰る時に嫌でも狩ることになるのか。だったら、やっぱり微妙かもしれない。

 

「まぁ、下の階層のでも安く買い叩かれるがな。ここで魔石やドロップアイテムを換金する時は、しょぼいのだけにしとけよ。希少なモン程安く買われちまうぞ。で、奴らは換金した魔石やドロップアイテムをギルドで換金して、儲けるって訳だな」

 

「凄いところですなぁ……」

 

「まぁ、等価交換じゃあ儲けられねぇからな。商人とおんなじさ。安く仕入れて高く売るってな」

 

 確かにそうだけど、別に正式な商店でもないのに、それが何十年何百年も回るって凄いよなぁ。

 

「3つ目は?」

 

「後払いだ。ファミリアのエンブレムと名前、金額を羊皮紙に記載して証文にする。んで、店の奴が地上に戻った時に、ファミリアの本拠に顔を出して金を払って貰うって寸法だな」

 

「……それって偽証する人は……いませんか」

 

「したところでバレるからな。ここに来れる連中なんざごまんといるが、大抵が上級冒険者だ。二つ名持ちなんざ、調べりゃすぐに分かるし、んなことしてバレたら抗争まっしぐらだ。そんな事まではここの連中も望んじゃいねぇ。下手したら自分だって巻き込まれちまうからな」

 

 ここに来れないファミリアと偽っても金なんて持ってないだろうし、ここに来れる奴らなら抗争になったら負ける可能性もある。格下のファミリアなら可能性があるが……リヴィラを敵に回すリスクは負い辛いだろう。

 

 リヴィラを出禁にでもなったら、探索や遠征がかなり辛いものになる。それこそ大派閥でもなければ、リヴィラを無視して魔石やドロップアイテムを換金もせずに抱えたまま下に潜るなんてリスクがデカすぎる。赤字覚悟でもここで換金する方が生存率が高まるのは馬鹿でも分かる。でも、出禁になってしまったら、それも出来ない。

 

 うん……考えると、思ったよりここの存在意義と利用価値デッッカイな!

 

 そりゃギルドもシャクティさん達も、ここを容認してるわけだ。

 でも、闇派閥のような無法地帯になっても困る。だから適度に取り締まり、引き締める。

 

「でも、誰がここを管理している?」

 

「一応顔役がいてな。腐っても冒険者の街だ。基本は腕っぷしの強ェ奴がなってるな。さっきの露店出してる連中を場合によっては取り締まらなきゃいけねぇし、モンスターがここを襲ってきたり、ゴライアス討伐の指揮もしなきゃいけねぇからよ」

 

「【ロキ・ファミリア】とか【フレイヤ・ファミリア】の冒険者じゃないの?」

 

「違ぇな。女神狂(フレイヤ)の連中はこんなとこ運営する暇があったら、主神の機嫌取りたい連中だ。で、道化(ロキ)んところは【勇者】がそんな質じゃねぇ。最強派閥の片割れがここの顔役になるなんざ、余計な火種になりかねねぇからな。そこまで幅を利かせる事はしねぇだろ。群衆(儂ら)も同じ理由で、ここの上には立たねぇ。ここは派閥が必要以上に顔を利かせちゃいけねぇんだよ。あくまで基本冒険者個人で動き、関わる。それがルールだ」

 

 なるほど。そう言えばソードオラトリアでも、顔役の冒険者はフィンさん達に対等に話してたな。フィンさん達も可能な限り、リヴィラのやり方に口を出さないようにしてた感じもあった。

 確かにここを派閥が牛耳れば、争いの種しか生まないよなぁ。権力振り回しても、他の場所に街を造られたら意味がなくなるし。

 そんな面倒なこと、フィンさんはしないだろう。それこそ闇派閥に利用されかねない。

 だからこそ、闇派閥もあまりここには手を出さないのだろう。

 

「ここの連中全員と仲良くしろとは言わねぇが、まぁ顔が利く場所は数カ所見つけておくんだな。じゃねぇと毎回ぼったくられるぞ」

 

「それは勘弁だなぁ」

 

「俺、殴る自信があるぞ」

 

「別に殴り合いしてもいいが勝てよ? 負けるとずっと足元見られるからな」

 

「うげ……」

 

「私やリリッシュ殿は気を付けねばいけませんね」

 

「死活問題」

 

「まぁ、ディムル嬢ちゃんやリリッシュ嬢ちゃんだけでここに来るこたねぇとは思うが、Lv.3になるまでは1人で来るのは避けるんだな」

 

 ですよね。

 俺は子供で舐められやすいし、ハルハ以外はLv.1だったり、この手の相手には慣れてないってのもある。

 しばらくはある程度諦めて利用するしかないな。

 

「ここには宿もあるが、結局冒険者が運営してるからかなり高い。かといって外で野営するにはお前らのステイタスじゃまだモンスターやら追剥やらに狙われて厳しいだろうから、金で安心を買うか、金を惜しんで命張るかだな」

 

「流石に前者で……と言いたいけど」

 

「この人数だと、多分今集めた魔石とドロップアイテムじゃ足りねぇぞ」

 

 だろうなぁ……。

 はぁ……悩ましいところだ。うち、借金あるからなぁ……。

 

「今日は泊まる予定にもしてないし、もう少しこの街と周りの森とかを見たら帰ろうか」

 

「うむ」

 

「それがよろしいですな」

 

「異存なし」

 

「だねぇ」

 

 俺達はとりあえずどんな店や宿があるかを確認することにし、その後は周囲の森などを散策することに決めた。泉とか果物がどこら辺にあるのかとか覚えておいて損はないからな。

 

 そして、半分を過ぎた辺りで、

 

「おお? んだぁ? 見ねぇ顔共じゃねぇか」

 

 木造の店舗からガタイのいいヒューマンの男性冒険者が出てきた。

 頬や額に傷跡があり、まさしく荒くれ者代表って感じの男。

 

 その後ろにもそこそこガタイのいい青年が立っていた。

 

「ん? ……ガキに、獅子人? まさかお前ら……って! てめぇ、ドットム!?」

 

 男はドットムさんを見て、一歩後ずさる。

 

「安心しな、ラムード。今日は別に取り締まりとかじゃなく、こいつらのお守りだ」

 

「お守りぃ? なんだってガネーシャんとこのお前が、【迅雷童子】共のお守りなんざしてやがる」

 

 ラムードって言うのか。

 まぁ、普通はそう思うよな。

 

「主神達が仲良くてな。まぁ、サポーター兼アドバイザーってこった」

 

「……それだけそいつらに目ェかけてるってことか」

 

「儂らはな」

 

「フン……まぁ、【スセリ・ファミリア】のことは俺様も耳にしてるがよ。お前が目をかける程の連中か?」

 

 値踏みの視線を向けられるが、そんなものは今更なので俺はもちろん、他の皆もたじろぐことはない。

 

 するとラムードさんの後ろにいた青年が、鼻を鳴らして前に出てきて、俺に近づいてきた。 

 

「ふん! こんなガキがLv.2になったところで大したことねぇよ、兄貴」

 

 青年は俺に腕を伸ばしてきて、

 

「オラ坊主、ここはお前みてぇなガキが来るとこじゃねぇんだよ。とっとと帰ん――」

 

 俺は掴みかかろうとしてきた青年の前腕を掴み、その腕を捻る。

 

 まさか反撃されると思っていなかったのか、青年は瞠目して痛みに顔を歪めた。

 

「いでででででッ!? は、放しやがれ!」

 

 ……なんか思ったより弱いな。

 

 言われた通りに俺は腕を放してやり、青年は数歩後退るも、すぐに顔を真っ赤にしてまた殴りかかってきた。

 

「こ、このクソガキがあ!!」

 

「ボールス! やめろ!!」

 

 ラムードさんの制止も聞かず、俺の顔面目掛けて拳を振り抜く青年。

 

 ――遅いし、大振りで雑だ。

 

 俺はすり足で半身になりながら青年の懐に潜り、突き出された腕を両手で掴み、一気に体を捻って上半身を前に倒し――青年を背負い投げた。

 

 青年が浮き上がった瞬間に手を放したので、青年は大きく宙を舞って建物を飛び越えた。

 

「なああああああ!?」

 

 青年は驚愕の声を上げながら向こう側に消えていき……ドガアアァン!! と屋根か壁を突き破って墜落した。

 

 俺はその音を聞きながらドットムさんに顔を向け、ドットムさんは少し呆れながらも問題ないと頷いた。

 

「あれは手を出したあのバカが悪い」

 

 ですよね。

 

「おい、ラムード。あのバカはお前さんの派閥のもんか?」

 

「いや、ちげぇよ。けどまぁ……懐かれちまってな。面倒見てんだよ」

 

「人の事言えねぇじゃねぇか」

 

「うっせぇな!」

 

 それにしてもボールスってどっかで聞いたことあるな。どこだっけ?

 

「ったく……あんなんで俺様の後を継ごうとか先が思いやられるぜ……」

 

「ほぅ……あの坊主、リヴィラの頭になる気なのか?」

 

「らしいぜ。本人的には鍛冶師になりたかったらしいが、才能がなかったようでよ。だから、ドロップアイテムとか武具に目がねぇんだ。そういう意味じゃあ、俺様の店を継がせてもいいかもしれねぇが……良くも悪くも冒険者らしいのがなぁ」

 

 あぁ、思い出した。

 ボールスって原作でのリヴィラの顔役だった男の名前だ。アニメでは眼帯してたはずだけど……まだこの時はしてないんだな。

 

「まぁ、ちょっとはいい薬になっただろ。で、【スセリ・ファミリア】共。俺様はラムード・デンバー。この街の顔役で、ここで買取所をやってる」

 

「ちなみにLv.3だぜ」

 

 やっぱりそれくらいじゃないと、ここじゃダメなのか。

   

「いいか? 別に今くれぇの喧嘩だったら何も言う気はねぇ。だが、相手を再起不能にしたり、殺しは許さねぇ。そこさえ守れば、後は当事者の問題だ。まぁ、やり過ぎて街の連中から大量に苦情が来たら別だけどな」

 

「分かった」

 

 敬語ではなくタメ口で答える。

 なんか雰囲気的に敬語じゃない方が良い気がするんだよな。

 

 ラムードさんは特に文句を言う事もなく、ボールスが飛んで行った方へと歩き去って行った。

 俺達もまた絡まれない内にその場を後にする。

 

「いきなり次期顔役に喧嘩売られて、また見事に放り投げたねぇ」

 

「叩きつけるよりはダメージないと思うんだがな……」

 

「落ちた店の店主にぶん殴られてなけりゃいいけどな」

 

 ……どうしよう。ドットムさんの言葉に反論出来ません。

 ごめんよ、ボールス(いつの間にか呼び捨て)。今度なんか奢…れないかな。ここ高そうだし。

 

 リヴィラの街を後にして、俺達は森を散策する。

 18階層特有の果物もあった。

 

 瓢箪の形をした果物、赤漿果(ゴードベリー)

 熟し具合によって味が変わるらしい。熟していなければ酸っぱく、熟していれば甘く、熟し過ぎれば苦みが出る。苦みが強くなると酒のような酸味になり、酒が飲めない時にはこれで誤魔化すそうだ。

 

 もう一つは琥珀色の綿花のような果物、雲菓子(ハニークラウド)

 これは……滅茶苦茶あっっまい果物だった。

 

 食べたけど……俺は無理だった。

 

 ディムル、巴、ツァオ、リリッシュは問題なかったようだけど、他の面々は無理。

 

 いやこれは流石に甘すぎる。

 

 ハルハ達は今赤漿果で口直しをしている。俺は水です。

 流石にまた甘さで誤魔化すのは嫌だったし、未熟な赤漿果がなかったので酸っぱいのはない。酒の苦みで誤魔化すのは「ガキが覚えんのは早ぇよ」ってドットムさんに止められました。

 

 でもそうなると、私、ここで食べられる果物なくなっちゃうんですが。

 

「なら、しっかりと食料を確保しとくこったな」

 

 ですよね。

 はぁ……本当にダンジョン探索って大変で、金がかかるなぁ。前世で読んだライトノベルの世界で、当たり前のように『アイテムボックス』とか使えるようになってるのちょっとムカついてきたわ。

 しかも俺TUEEEでハーレムだと? ざけんなよ!? こっちは恋愛する余裕もなく、強くなるのに必死だわバカタレ!!

 

「おいフロル、なに急に殺気立ってんだよ?」

 

「なんでもない。無能な自分が恨めしいだけです」

 

「はぁ?」

 

「俺らに喧嘩売ってんのか世界記録童子(レコードホルダー)

 

「マジゴメン」

 

 マジゴメン。

 

 

_______________________

簡単キャラプロフィール!

 

・ディムル・オディナ

 

所属:【スセリ・ファミリア】

 

種族:エルフ

 

職業:冒険者

 

到達階層:18階層

 

武器:双槍、双短剣、細剣

 

所持金:120000ヴァリス

 

 

好きなもの:植物、英雄譚、鍛錬

 

苦手なもの:脂っこい肉、貌を褒められること

 

嫌いなもの:軟派者、卑怯者、悪

 

 

装備

《麗凛・双樹》

・長槍と短槍

・正重作 価格580000ヴァリス(ヘファイストス談)

・少量の精練金属(ミスリル)、超硬金属、エルフの里から輸入された『老聖樹の太枝』を使った二振りの槍

・頑丈でよくしなり、エルフの魔力を通しやすいようにと造られた渾身の二作。片手で扱いやすく、されど両手でも扱えるように絶妙な重さとバランスで造られている。長槍は赤く、短槍は黄色い

 

 

《涼諷・双羽》

・二振りの短剣

・正重作 価格520000ヴァリス(ヘファイストス談)

・超硬金属、軽量金属で鍛造された二振りの短剣

・麗凛に合わせて赤と黄の短剣。あくまで副武器だが、ダンジョンでもそれなりに活躍している。状況に合わせて長槍と赤い短剣、短槍と黄色い短剣、と組み合わせで戦う事もある

 

 

 オラリオより遠き『名も知られていない深き森の隠れ里』出身。

 祖父が元近衛騎士で、祖母が元王女。父が里の守護隊隊長、母は一般人だが祖先が高名な魔導士。駆け落ちして今の森で暮らし始め、その後に祖父母を慕っていた者達や連帯責任で里を追い出された親族達もやってきて隠れ里が造られた。

 オディナ家は古代の時代より続く『近衛騎士と言えばオディナ』と謂われる程のエルフの中でも滅茶苦茶由緒ある家系。そのため、駆け落ちした時のエルフ達の怒りと失望は大きく、『不忠の一族』として広まってしまった。

 

 ディムルは生まれも育ちも隠れ里で、祖父母、祖父母の活躍やオディナ家の歴史を知る者達から武術や知識を教わり、かつての栄光を何度も聞かされてきた。

 自分達が罪人である自覚があるためか、エルフに多く見られる潔癖で高慢さはなく、ディムルも性格は生真面目であるものの、他種族への偏見や潔癖性は引き継がなかった。

 

 代々近衛騎士だったためか王族との婚姻も数回あり、元々オディナ家にはハイエルフの血も交じっている。そのため、オディナ家の者は代々ハイエルフにも匹敵する美形が多く、『輝く貌の騎士』とも呼ばれていた。

 そこにハイエルフの祖母の血も混ざれば、間違いなくその子孫も美形になるのは当然であるのだが、それによる弊害をディムルは里を出て、ようやく理解し思い知った。

 

 オラリオに着くまで奴隷商、人攫い、嫉妬深い女神、女好きな男神など、数え切れないほど襲われ、勧誘された。

 よく逃げ切って人間不信にならなかったものだとスセリヒメやフロル達が思う程、地味に苛烈な旅をしてきている。

 

 駆け落ち、追放されたとはいえ、リヴェリアの血縁、つまりハイエルフの血統なのだが、流石にディムルも血を誇れるわけもないと理解しており、リヴェリアも他のエルフ達の感情を慮り、口にすることは出来なかった。

 

 20歳で、身長は166C。

 

 【スセリ・ファミリア】のことは、自分の素性を知りながらも特別扱いする事もなく、自分の容姿に言及してくる事もなく、自分と同じく武の高みを目指しているので、居心地が良いと思っている。

 

 フロルの事はもはや年下とは思っておらず、普通に1人の男性、1人の武人として尊敬している。

 

 正々堂々を信条とはしているが、モンスターや闇派閥、そして他派閥との抗争において、『それが貫ける程強くはない』と理解しており、鍛えてくれた祖父達からも『騎士道とは清廉であることではない。たとえ悪名と泥に塗れようとも主を護り、勝利と命を捧げる事を言うのだ』と教えられている。

 

 

 




どんな人にも過去はある。
ボールスさんは流石にポッと出な存在には出来ませんでしたね。何だかんだ、原作や外伝にもちゃっかりとそれなりに出て来るキャラですし


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合間の一幕、恋模様?

 ダンジョンから戻りバベルから出た俺達は、換金してからゆったりと本拠への帰路に就く。

 

 うむ。良き稼ぎ、探索の充足感嬉し。

 

 これぞ冒険者だぜワッショイ。

 

 ……なんでこんなテンションかって?

 

 それはだねキミィ……。

 

「いやあああ!?」

 

「助けてくれえええ!!」

 

「オラリオに混沌を!!」

 

「オラリオに死を!!」

 

 

 闇派閥が暴れてる真っ最中だからだよ!!

 

 

「くそっ!! 帰ってきていきなりこれかよ!?」

 

「行くぞ!! 闇派閥を倒しながら住民をバベルに避難させる!! 正重、ディムル、ドットムさんは入り口の護衛を頼む!! リリッシュはバベル上階の【ヘファイストス・ファミリア】の武具屋から盾や防具を出させて、住民の護衛を要請してくれ!」

 

「ちぃ!! しょうがないねぇ!!」

 

「クソ野郎共がぁ!!」

 

「承知!」

 

 素早く指示を出して、武器を抜きながら駆け出す俺達。

 

 それにしてもバベルのすぐ近くに出るとか本当に舐めてくれる!!

 

 せっかく強制任務(ミッション)解除されたってのに、結局戦うことになるのかよ!

 

 ちょっと【勇者】に【猛者】! 仕事して!!

 って文句言ってる場合じゃないか!!

 

 流石にダンジョン帰りで消耗してる! 魔法はあまり使えない!

 

 ああ、くそっっ!!

 

 

 

 

 

 30分後。

 

 【ガネーシャ・ファミリア】もやってきて、闇派閥は一掃された。

 今回はこれまでより数は少なく、やはり幹部格はいなかった。

 

 ……なぁんか嫌な感じだ。何かから目を逸らさせようとしているような気がする。

 でも、全く狙いが分からない。本当にただこっちを混乱させて消耗させようとしているだけなのか?

 

 とりあえず、後始末は【ガネーシャ・ファミリア】に任せて、俺達は今度こそ本拠へと帰る。

 

 本拠の前に戻ると門の前に荷車が置かれており、その荷車には越中屋さんのロゴが記されていた。 

 

「お。食材や調味料を持ってきてくれたのかな?」

 

「なんか珍しい酒は入ったかねぇ」

 

 すると明里さんが中から出てきて、俺達に気付いて、正確にはアワランに気付いて嬉しそうな笑みを浮かべる。

 あらヤダ、偶然ですね。

 

「お帰りなさい! アワランさん! 皆さん!」

 

 もう隠す気ないですよね?

 思ったよりイケイケな明里さんでした。

 

「ただいまです。ありがとう。まだ運ぶのある?」

 

「ううん、あとお酒だけだから大丈夫!」

 

 とは言うものの、箱で頼んでるから流石に重いだろう、これは。

 と、言うわけで。

 

「ハルハ、アワラン、手伝ってやってくれ」

 

「あいよ」

 

「おう」

 

「い、いいよ!? 今ダンジョンから帰ってきて疲れてるのに……!」  

 

「問題ねぇよ、このくれぇ」

 

「そうそう、運んでそのまま飲みたいからね」

 

 色々と打算ありきなのでお構いなく。

 

 大きな箱を2()()()()抱えたハルハとアワランが明里さんと共に屋敷に入っていき、俺達もその後に続く。ハルハの武器は正重が預かって、そのまま手入れに。

 俺達も正重の工房に装備を下ろして、自室に戻って着替える。

 

 そして、スセリ様に報告に向かうと、

 

「今、アワランの奴を越中屋の護衛に出したからの。先程も闇派閥共が出た様じゃし」

 

「了解です」

 

 ニヤニヤしながら言うスセリ様。楽しんでらっしゃいますね。

 まぁ、俺らもなので口にしませんが。

 

 こう荒んでいる時期だからこそ、人の恋路と言うのはどこかホッとする。アワランや明里さんには悪いけどさ。これはこれで上手く行ってほしい。

 

 俺はとりあえず先に風呂に入らせて貰い、ちょっとゆったりする。

 

「はぁ~~……」

 

 風呂と飯、寝る時くらいしかゆったり出来ないってやっぱりなんかおかしな話だよな……。街で心休めないってのは、やっぱり異常事態だよなぁ。

 たった二つのファミリアがいなくなっただけで、ここまで荒れるなんてどれだけ凄い連中だったのか……。まぁ、Lv.7やLv.8がいたって話だし、流石の闇派閥もそんな化け物相手には嫌がらせも糞もなかったんだろうな。

 

 ……今のオラリオはLv.6が最高で、それを抱えているのは【フレイヤ・ファミリア】のみ。

 フィンさん達も強いけど、闇派閥にもLv.4やLv.5はいるだろうから、流石に厳しいんだろうな。

 

 そう考えたら、原作はかなり強くなってるんだな。……そりゃそうか。この状況を覆すことが出来たら、そりゃ嫌でもランクアップするか。

 【フレイヤ・ファミリア】の幹部陣はもう揃ってるはず。噂を聞いたことがあるしな。まだステイタスは低いんだろうけど。って言うか、最近知ったけど、まだオッタルは副団長らしい。将来『都市最速』と呼ばれるアレンも、まだLv.2らしい。ってことは、まだ他の人が団長なのか? それともオッタルが一番強いけど、団長は別ってだけなのだろうか。

 

 【ロキ・ファミリア】はまだアイズを始めとした幹部陣はいない。でも、古株と思われる冒険者はいる。

 【ヘルメス・ファミリア】はまだ【万能者】がいないから裏工作はそこまでじゃないだろうし、【アストレア・ファミリア】はこれから伸びてくるだろう。

 

 ……闇派閥の方が僅かに層が厚いのかもしれない。

 

 そして……秘密の経路と隠れ家がどこかに存在する。それを見つけない限り、俺達はずっと後手だ。

 ……これからも厳しい戦いが続くだろうな。

 

「はぁ~~……」

 

 先程とは違う意味で息を吐く。

 

 闇派閥を壊滅させたのは……リュー・リオンが『復讐者』となった原作本編の5年前。

 つまり……あと7,8年は、闇派閥との戦いが続くことを意味する。

 

「……長いなぁ」

 

 オラリオの歴史からすれば瞬きレベルの時間なのかもしれないけどさ。

 

 今、俺7歳なんだけど。

 

 まだ今世分の年月戦うの? いや、ダンジョンはもっともっと長く挑むんだから、そのくらいで嫌になったらダメなんだろうけどさ。ちょっと気が滅入るな~。

 

 俺達の存在がどこまで影響するんだろう。原作よりも早く暗黒期を終わらせられるのか。それとも長引かせてしまうのか、変わらないのか。

 たとえ影響を与えたとしても、そんな1年も2年も短くなるわけはないだろうな。

 

「お~いフロルや~、飯が出来たぞ~」

 

「は~い」

 

 とりあえず――飯食べて寝よ。

 

 

………

……

 

 一週間後。

 

 ダンジョンに潜って、闇派閥と戦ってを繰り返していた俺達は、流石に休暇日を設けた。

 

 各々思い思いに過ごす事になったんだが……なんとアワランは明里さんとデートに行った。

 

 正確には連れ去られ、スセリ様達に追い出されたんだけど。

 明里さん達、越中屋さんは色々と街中を巡るらしい。その護衛にと、スセリ様が酒を貰う代金代わりにアワランを差し出した。

 まぁ、なので太吉郎さん達もいるから実際はデートではないんだろうけど、明里さんは嬉しそうだったのでデートと言ってもいいだろう。

 

 で、俺は以前アーディと来た高台にやってきていた。

 途中で果物と飲み物を買い、手すりに座って涼しい風を浴びながら口に運ぶ。

 

 ……そんなに時間は空いてないはずなのに、随分と見える景色は変わってしまった。悪い方向で。

 

 どこを見渡しても崩れた建物が見える。

 それだけ闇派閥が短期間に何度も現れて暴れ回ったということだ。

 

「はぁ……」

 

 駄目だな。逆に気が滅入りそうだ……。

 

 移動しようかと思った、その時。

 

「あ! フロルー!」

 

「アーディ? それに……」

 

 アーディがトテテテと効果音が響きそうな駆け足でやってきて、その後ろに付いてきていたのは【アストレア・ファミリア】の面々、正確にはアリーゼ、輝夜さん、あと……確かライラさんの3人。

 

 いつの間にやら仲良くなってたようだ。

 まぁ、【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】は街の巡回とか取り締まりに動いてるし、色々と顔合わせる機会はあるか。それに同年代で同じLv.1みたいだし、俺というかうちのファミリアよりは共に成長するには丁度いいのかもな。

 

「今日はダンジョンじゃないの?」

 

「最近毎日潜ってたから休みにした。ダンジョンから帰ると闇派閥に出くわすのも多かったしな。そっちは?」

 

「巡回だけど、ちょっと休憩!」

 

「【アストレア・ファミリア】と巡回?」

 

「うん。ほら、アリーゼ達は最近来たから、どこら辺が怪しいとか、あまり人が近づかない場所とかよく分かんないじゃん」 

 

「なるほど」

 

「で! せっかく近くに来たから、ここの事教えてあげよーってね」

 

 相変わらず向日葵のような笑顔ですな。

 

 心が洗われる気持ちです。

 

「フロルもアリーゼ達とはもう知り合いなんだっけ?」

 

「ああ。【アストレア・ファミリア】も闇派閥との戦いに出てきてるからな」

 

「もっとも、こっちは勝手にやってるだけで、そっちはギルドの強制任務(ミッション)の正当な依頼だけどな」

 

 ライラさんが肩を竦めて皮肉気な笑みを浮かべる。

 

「もう強制任務は解除してもらってるけどな。結局その後も目の前で暴れられて戦ってるが」

 

「嫉妬しちゃうくらいの活躍よね! 流石は世界記録童子(レコードホルダー)ってことかしら!」

 

「……それはあまり関係ないと思うけどな」

 

「おやおや、随分と殊勝なことでございますねぇ」

 

 ……なんか棘と言うか、含みがある言い方だなぁ。

 殊勝も何も……犠牲で得た世界記録なんて、誰が誇れるんだって話だろ。しかも、その時の記憶は碌にないし、それを為したのはテルリアさんのおかげだ。

 

 結局俺一人じゃ何も出来なかったんだ。

 

 ただ運が良かっただけ。

 

 もちろん、それも大事なことなんだろうけど、胸を張れる事じゃない。

 

 俺は肩を竦めて、視線を景色へと戻す。

 するとアーディが俺の横にやってきて、手すりにもたれ掛かって、

 

「……随分と変わっちゃったね」

 

「……そうだな」

 

「おー! ここ凄いわね! 外壁の上でもないのに、オラリオを一望出来るわ!」

 

「と言っても、どこを見渡してもボロボロだけどな」

 

「少し前まではもっといい景色だったんだけどね」

 

「それだけ、闇派閥の活動が活発ということですか」

 

 そう、俺達が弱いという事だ。

 闇派閥を思い留まらせるほどの抑止力が、俺達にはないんだ。

 

 でも、俺達が出来ることなんて、強くなり続けることと戦い続けることだけだ。

 

 こっちは纏まろうにも纏まれない。

 最強派閥の2つが宿敵同士だからだ。冒険者同士である以上おかしなことではないが、それが隙になっているのも事実だ。

 はっきり言って【フレイヤ・ファミリア】は『個』としては強くとも、『軍』としては微妙だ。参謀的存在はいるんだろうけど、従う人は少ないんだろう。

 オッタルは最強であっても、団長としては微妙だって噂を聞いたことがある。

 

 フィンさん一人で闇派閥全ての動きを潰すなんて無理な話だ。

 

 頭も、目も、手足も足りてない。

 

 ……うん。やっぱり俺がやることは変わらないな。

 

 ただ強くなる事。足を止めない事。

 

 それだけだ。

 

 モンスターであろうと、闇派閥であろうと、戦って勝ち続けるしかないんだ。

 

 

 そう、今は――ただの通過点でしかないのだから。

 

 

 すると、アーディが俺の横に座り、

 

「ねぇ、前に話したこと覚えてる?」

 

「アルゴノゥトの話か?」

 

「うん。あれからずっと考えてたんだ」

 

 正義とは、喜劇とは、人々を笑顔にする方法とは、何か。

 

「答えが出たのか?」

 

「うん。決められないって答えがね。今のオラリオには……助けたい人が多すぎるよ」

 

「……だろうな」

 

 恐怖、暴力、飢え、破壊、誘拐――殺害。数え切れないほどの不条理がオラリオに蔓延している。

 起因は闇派閥ではあるだろうけど、それを止められない冒険者、ギルド。そして――神々。

 

 このオラリオに生きている、生きてきた人全てに何かしら原因があるとも言える。

 

「正義って……難しいね」

 

「……そうだな」

 

「アリーゼ達の正義って何なの?」

 

 アーディがアリーゼ達に顔を向けて、問いかける。

 難しい、決められないって言ったことを、いきなり訊ねるのかよ……。

 

 その問いにアリーゼは、不敵な笑みを浮かべて胸を張り、

 

 

「私の『正義』は――分からないわ!!」

 

 

 と、堂々と宣った。

 

 俺とアーディはポカンと目を丸くし、輝夜さんとライラさんは呆れたり、頭痛に耐えるように額に手を当てていた。

 いや、正義の使徒が言っていいことなのか?

 

「だって正義って人それぞれだもの。そう簡単に決められたらアストレア様だって苦労しないし、もっと多くの人が眷属になってるわよ」

 

 そりゃそうだけどさ。

 

「正義と正義はぶつかり合うものだわ。だから、私達だって正義を謳ってはいるけど、私達のしていることややろうとしていることが絶対に正しいなんて思ってない。私達は今、『絶対に間違っている事』『絶対に許しちゃいけない事』に対して立ち向かっているだけよ」

 

 おぉ……思ったよりしっかり考えてるんだな。

 

「闇派閥がやっていることは絶対に間違ってる。だから私達は、正義と秩序の為に戦う。みんなの笑顔の為に戦うの!」

 

 アーディにも負けない輝かんばかりの笑顔で言い切るアリーゼ。

 

 その後ろで輝夜さんとライラさんは苦笑しながらも、どこか誇らしげだ。

 

「そっかぁ……。アストレア様の眷属のアリーゼ達も探してる最中なのか」

 

「ええ、そうよ。その時その時、何が正義なのか、どんな正義なら皆が救われるのか、いつも考えてるわ。ま! 私は天才美少女だから? いつも自然と正義を引き当てちゃうのだけどね! ふふん!」

 

 これがなけりゃなぁ……。

 

「あはははは!」

 

 アーディはお気に召したようだ。

 アーディの感性って寛大だよね。そのままでいてください。

 

「で? フロルは何かこれだって『正義』はあるのかしら?」

 

 なんかいきなり呼び捨てにされたけど、まぁおチビ童子とか呼ばれるよりはマシか。

 

「俺は別にないかな。アーディには前に言ったし、アリーゼも言ったけど、その時その時で正義や悪は変わるものだからな。俺が闇派閥と闘ってるのは、ダンジョン探索の邪魔で、色々と因縁があるからってのが大きいし」

 

「ふ~ん。やっぱり英雄に憧れてんのか?」

 

「まぁ、憧れがないと言えば嘘になるけど。一番は俺を救ってくれた神様に恩返しがしたいってのと……誓ったからかな」

 

「誓った? 何を?」

 

「流石にそこまで話す気はない。気持ちのいい話でもないし」

 

 それこそ、自慢げに話すことじゃあない。

 

「まぁでも、それでも俺の『正義』を挙げるとするならば――進み続けること、だな」

 

「進み続けること?」

 

「どんなに苦しくても、どんなに嫌な事があっても、どんなに絶望的でも、足を止めず、前に歩き続ける。後悔も苦しみも、全部背負って、背負い続けられるように強くなる。――それが俺の正義かな」

 

 テルリアさんに救われて、救いを求める同業者を見捨てて、今も苦しんでる人達を助けることも出来ない。

 それでも、だからこそ、足を止めず、強くなって同じことを繰り返さない様にする。

 

「……それは御立派ですなぁ。ですが……そう簡単に行かないのが人生というもの。貴方様のそれは、一歩間違えば全てを失いかねないものだと、御忠告しときますえ」

 

 輝夜さんが険しい顔で告げてくる。

 

 それにライラさんはため息を吐き、アリーゼが何か輝夜さんに言おうとしたが、

 

「俺は一人で歩き続ける気はないので。俺が道を間違ったら、おっかない我が主神がぶん殴って止めてくれるでしょう。うちの団員達も黙ってる質じゃないですしね」

 

「……それでも道を間違うことはあるだろうに」

 

 なんか口調が変わったけど、今はいい。

 

「ならば新しい道を進めばいいだけ。正義が決められない様に、正しき道もまた決められない。道は一つではなく、たとえどんなに遠回りになったとしても、どんなに惨めで愚かだと笑われようとも……最後に望むものに至れればいい。それだけのことだ。道を間違うことは――足を止める理由にはならない、進みを止める理由にはならない」

 

 うん……口にしたことで、俺のやるべきことはより明確になったな。

 

 すると――アーディがいきなり俺の頭を撫でてきた。

 

「……アーディ?」

 

「ホントにフロルは頑張り屋さんだよね〜。えらいえらい」

 

「……」

 

 なんだろう? なんか、この褒められ方は違う気がする……!

 剣呑な雰囲気だった輝夜さんも毒気を抜かれたのか、呆れへと雰囲気が変わった。ごめんよ、俺のせいじゃないけど。

 

「あんまり無理しちゃ駄目だよ?」

 

「だから今日休んでるじゃないか……」

 

「あ、そっか」

 

「そこら辺はスセリ様やドットムさんがしっかりしてるから、無理しようにも止められるよ」

 

 スセリ様には少し前にゲンコツ食らったばっかだし、ドットムさんに殴られたら俺の身長縮んでしまう。

 

「それもそだね!」

 

 アーディは笑いながら俺の頭から手を放す。

 

「近々私も含めたLv.1の団員達はダンジョンに行くことになったんだ。少しでもステイタスを上げないといけないからね」

 

「だろうな」

 

 やっぱり鍛錬だけじゃ限界がある。

 実戦に、心身ともに追い詰められる方が得られる経験値は段違いだ。それはもう嫌という程、実感してる。

 だからって闇派閥とは言え、人間相手にいきなり実戦させるわけにはいかない。となるとダンジョンのモンスターしかないって訳だ。

 

 そもそもこの街はモンスターと戦う場所だしな。

 

「実は私達【アストレア・ファミリア】もそこに同行させてもらうことになったの!」

 

「へぇ……」

 

 連合小遠征って訳か。

 まぁ、それはそれで安全性も増すし、オラリオに来たばかりの【アストレア・ファミリア】も色々と学べるだろうな。

 

 俺達は明後日から20階層を目指す予定だ。泊まり込みで。

 泊まるのはリヴィラの街の予定だけど、一応野営の準備もしていく。解毒剤もいるし、簡単な鍛冶道具もいる。滅茶苦茶金がかかるんだよなぁ……。

 

「俺達も泊まり込みで中層だ。お互い頑張ろう」

 

「うん!」

 

「すぐに追いついてあげるわ!」

 

「無茶言うんじゃねぇよ」

 

「まだランクアップ出来るステイタスでもないだろうに」

 

「それくらいの気合で行くってことよ!」

 

 何か空回りしそうで怖いけど、そこは輝夜さん達に頑張ってもらうしかないな。

 

 俺達も頑張らないとな。

 

 もっともっと強くなろう。

 

 

 たとえ泥臭かろうとも。     

 

 

______________________

簡単キャラプロフィール!

 

・アワラン・バタル

 

所属:【スセリ・ファミリア】(元【プランディ・ファミリア】)

 

種族:ハーフドワーフ

 

職業:冒険者

 

到達階層:18階層

 

武器:手甲、大剣、斧

 

所持金:126543ヴァリス

 

 

好きなもの:強い奴、スセリヒメ、肉!

 

苦手なもの:殴りにくい奴、器用さを求められること

 

嫌いなもの:弱い者を傷つけて嗤えるクズ、なよなよしてる奴

 

 

装備

《荒鱗・第十鋼》

・手甲

・正重作 180000ヴァリス(ヘファイストス談)

・超硬金属と軽量金属で鍛造された防具込みの第三等級武具

・殴る、防ぐ、受け流すを可能にした攻防一体の武具だが、その分壊れやすい。あまりの造り直しているのでドロップアイテムを使おうにも使えないのが鍛冶師の悩み。ちなみに壊れた理由の半分以上は、スキルと魔法で硬くなった拳による()()()()()()()である

 

 

  

 オラリオより遥か南の荒野に存在する『豊穣』を司る女神プランディが治める【国家ファミリア】出身の硬派な男。

 

 両親は牧場経営者で恩恵を授かっておらず、兄が2人、弟と妹が1人ずついるが、誰も恩恵は授かっていない。

 昔からガキ大将的な性格(イジメはしない)で、腕っぷしも年上にも勝つほど。『売られた喧嘩は仲間のものでも俺が買う!』が口癖で信条だった。その暴れっぷりからプランディに守備隊に強制的に入隊させられた。

 荒れ果てた荒野に出来た畑を護る守備隊の者は全員恩恵を授かる。モンスターはそこそこ出る。街に立ち寄る国外の商人から聞くことが出来るオラリオ、冒険者達の噂や伝承を聞いて、いつか行きたいとずっと思っていた。

 

 話を聞けば聞く程、時折現れる弱いモンスターや恩恵も持たない野党とばかりと戦う日々に鬱憤が溜まっていき、ゼウスとヘラの眷属の黒竜討伐失敗の報を聞き、「オラリオで成り上がるなら今だ!」と国を出ることを決意した。

 

 脳筋気味ではあるが馬鹿ではない。考えるのが面倒なだけ。敵を分析するのはサボらない。

 

 他種族に偏見はない。

 強い人に惹かれるが、強かろうが他人を見下し、痛めつけるクズは嫌い。

 

 女の好みも強さ基準。ただし、弱くとも信念や自分の意思を強く持っていれば文句はない。

 スセリヒメはどストライク、ハルハもそこそこ好み。明里もグイグイ来てしっかり者なので嫌ではないが、やはり好きと公言しているスセリヒメの前で他の女に手を出す事は信条的に受け入れ難く、一歩引いてしまう。その一途な男気が好かれていることにまだ気付いてはいない。

 

 多分【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦とは相性がいい。スセリヒメの手前、手を出す気はないが。

 

 身長176㎝、19歳。

 

 【スセリ・ファミリア】の面々の事は気に入っている。

 全員自分より秀でた分野を持っており、強くなることにひた向きだから。

 団長のフロルの事は認めているが、やはり男として年下に負けてることは悔しいのでいつか追い越す気満々。でも、子供だからこそ守ってやりたいとも思っており、内心ではフロルを弟分のように思っている。

 

 




意外とフロルと輝夜の相性悪いんじゃないか疑惑。……アリーゼとアーディが緩衝材になるか。……美少女ばっかりやないか!
チクショウ! リア充爆……駄目だ。アーディが絡むネタでそれは言えねぇ……


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銀疾 (アレン)vs 紫迅(フロル)

明日いよいよフィアナ騎士団第二部ですね!

ところで、原作キャラを登場させると意外と皆さんから若い、まだLv低いのかと反響があるので、簡単にここで原作キャラ達の本編現在の年齢を纏めてみました。

本編現在:原作から約12年前

ベル・クラネル:約2歳
アイズ・ヴァレンシュタイン:約4歳
ヴェルフ・クロッゾ:約5歳
リリルカ・アーデ:約3歳
ヤマト・命:約4歳
サンジョウノ・春姫:約4歳

フィン・ディムナ:約30歳
リヴェリア・リヨス・アールブ:やグボヘア!?
ガレス・ランドロック:約44歳
ベート・ローガ:約10歳
レフィーヤ・ウィリディス:約3歳

オッタル:約20歳←これが一番の驚き
アレン:約13歳
アーニャ:約10歳

リュー・リオン:約9歳
アイシャ・ベルカ:約9歳
アスフィ・アル・アンドロメダ:約10歳

エイナ・チュール:約7歳

椿・コルブランド:約26歳
シャクティ・ヴァルマ:約26歳

アーディ・ヴァルマ:約10歳
アリーゼ・ローヴェル:約11歳

って感じ……そりゃまだ皆本編には出て来ないし、ステイタスも低いよねっていう。

オッタル20歳……?(-_-;) 若くね? 
そして、アレンは18歳くらいでLv.6になったことになる……十分アイズにも負けない天才じゃない?

フロルはエイナちゃん辺りが同級生になりますね。


 さて翌日。

 

 早速俺達はダンジョンに潜って18階層を目指す。

 

 正重とドットムさんは野営道具を背負ってくれている。

 

「へぇ、【アストレア・ファミリア】は【ガネーシャ・ファミリア】と手を組んだって訳か」

 

「らしいな。まぁ、手が欲しいのは事実だしよ。ガネーシャがあそこの主神なら絶対信頼出来るって言ってたから、シャクティも許可したんだろ」

 

「スセリヒメ様も、神アストレアが信頼出来なければ他に信頼出来る神など存在しないって言っておられましたしね」

 

 正義と秩序の神だもんね。

 神ガネーシャとは相性はいいだろう。……お似合いではないけれど。

 

「アーディからすりゃあ同年代の奴と共闘するのはいい刺激になるだろうよ。少し前までは坊主くらいだったからな」

 

「俺は刺激強過ぎるみたいですからねぇ……」

 

「お前っていうか、このファミリアがな。フレイヤのとこ以外であそこまでダンジョン外で暴れてるとこなんざねぇんだぞ?」 

 

「あそこと一緒にされてもなぁ……」

 

 【フレイヤ・ファミリア】が強い理由は、本拠で行われている団員同士の殺し合いにも等しい闘争だ。

 団員全員が己を欲してくれた至宝の女神の寵愛を欲するべく、己こそが傍に立つべきだと知らしめるために仲間であるはずの団員達を蹴落とすために戦っている……らしい。

 

 噂では本当に死ぬ瀬戸際まで傷つけられることなど珍しくなく、エリクサーが恐ろしい速度で消費され、毎日1人は医療系ファミリアに団員が運び込まれるそうだ。

 

 ……オラリオでポーションとかが切迫してる理由、それじゃね?

 

 しかし、だからこそ【フレイヤ・ファミリア】の団員達の実力や練度は高く、成長も早いらしい。だが、せっかく育っても【猛者】に追いつこうとして無茶して、ダンジョンで早死にしちゃうらしいが……。

 

「うちは主神が『このファミリアはフロル(団長)のため』って公言してるからねぇ。あそこみたいに殺し合ったところで寵愛なんて貰えるわけないってのが分かる分マシさね。まぁ、アタシはそんな気は最初からないけどさ」

 

「アワラン殿だけですからね」

 

「へん! だからって殺すわけねぇだろうが!」

 

「分かってるよ」

 

 そんな人をスセリ様がいつまでもファミリアに置いとかないだろう。

 

「それにスセリヒメ様は『栄光は生き延びて己自身に捧げよ』ともおっしゃっておりますからな。己が為に自身を高めることこそ、我らが主神が喜ばれることでありましょう」

 

 それはそれでプレッシャーなんですけどね。

 

 アワランにはぶっちゃけステイタスで勝ててる要素が強いので、いつか追い抜かれそうではある。

 というか、最近組手が結構きつくなってきてるんだよな……。

 

 いやまぁ、一対一はまだ勝ってる。でも多対一では半々になってきてる。

 スセリ様との鍛錬もレベル上がってきてるし……頑張らないとな。

 

 そして、一気に17階層まで下りる。

 

 まだゴライアスは大丈夫のはず。

 もしかしたら、帰りに再出現する可能性があるけど、その時はその時でリヴィラの街の戦いに参加させて頂こうという話になった。雑魚専門になるだろうけどさ。

 

 嘆きの大壁がある大広間を占拠していたのは、ミノタウロスの群れだった。

 

 これはこれで厄介だなぁ。

 

「俺、ハルハ、正重が出る。リリッシュは詠唱開始。アワラン達は正重のスキルで奴らの動きが鈍った後、4人で一匹ずつ確実に倒せ!」

 

「オヤジ! 斧寄こせ!」

 

「ほれよ!」

 

 一気に指示を出すと同時に駆け出し、一番近いミノタウロスの胴体を居合で一閃する。

 俺の出す指示を予測していたであろうハルハも、好戦的な笑みを浮かべてほぼ同時に飛び出し、鎖大鎌で首を一撃で刎ね飛ばし、そのまま一回転して投擲する。

 正重はミノタウロスの咆哮(ハウル)の前に、咆哮(スキル)でミノタウロスの群れを威圧する。

 

 ミノタウロス達が十八番をやり返されて動きが鈍ったところで、ドットムさんから斧を受け取ったアワラン達も飛び出し、正重のスキルで強化されたツァオが突撃盾(シールドバッシュ)を叩き込み、体勢を崩したところにディムルが長槍で膝を一刺しし、アワランが2人を跳び越えてミノタウロスの眉間に斧を叩き込んで倒す。

 

 その隙にツァオが次のミノタウロスに詰め寄り、身を屈めながら右脚を振って足払いを繰り出して仰向けに転ばしたところに、巴が大刀を振り被りながら斬りかかり、がら空きの胴体に振り下ろして倒す。

 

 俺やハルハはミノタウロス達を攪乱するように動き回りながら首を狙って斬り倒し、正重がアワラン達のフォローにいつでも回れる位置で《砕牙》を薙いで2体纏めて倒す。

 

 そして、リリッシュの詠唱が終わる頃に合わせて下がり、魔法が放たれる。

 

「【デゼルト・ビブリョテカ】」

 

 砂嵐が一瞬で大広間を埋め尽くし、ミノタウロスの群れを呑み込んだ。

 

 ……使える場面は限られるけど、やっぱ撃てば強いなぁ。

 魔法が治まると、ミノタウロスは一匹も残っていなかった。

 

 そして……やっぱり魔石も砂に埋もれていた。

 

「……何体くらい残ってたっけ?」

 

「20体はいたかねぇ」

 

「……これが面倒なんだよなぁ」

 

「そう思ってよ」

 

 ドットムさんが背負ってる籠からある物を取り出した。

 

 それは――粗目のザルだった。

 

 どじょう掬いとかで見る形。でも、粗目だから振れば砂が落ちて魔石だけが残るって感じか。

 

 やだ……! 素晴らしい……!

 

「使ってみろ」

 

 4つほど受け取り、俺、アワラン、正重、巴でザッザッと魔石掬いをしてみる。

 

 おお! 取れる取れる! こりゃ楽……か?

 

 まぁ、砂を手で搔き分けるよりはずっとマシか。

 

 ちなみにこの砂はしばらくしたらダンジョンに吸収される。地上では掃除しなきゃダメだけど。

 

「この砂って他の冒険者からどう思われるんだろうな?」

 

「そりゃあ邪魔でしかないだろうさ。動きにくいし、踏み込み辛いからねぇ」

 

「そう言われてもどうしようもない」

 

「分かっておりますよ」

 

「気にすんな。中層じゃあ道が崩れてることだってある。この程度で足を掬われるような奴は、その程度ってこった」

 

 だといいですけどね。

 まぁ、そんなこと気にしてたら戦えなくなるから、実際どうしようもないけどさ。

 

 とりあえず、まだモンスターが出る前に18階層にさっさと下りる。

 

 まだ魔石もドロップアイテムも余裕があるので、このまま19階層に挑もうかと話しながら、草原に出たところで、目の前から3つの人影が近づいてきた。

 

 先頭を歩くのは恰幅が良く、見上げるほどの巨身のドワーフの女性。

 その後ろには……黒髪で目つきの悪い猫人少年―アレン・フローメルと、茶髪で緊張した顔もちのこれまた猫人の少女。

 

 俺は女性2人に見覚えがあった。

 

 間違いない。『豊穣の女主人』のミア・グランドとアーニャだ。

 やっぱりまだ【フレイヤ・ファミリア】にいたのか。

 

 あと数年もすれば、ファミリアを抜けて店を開く、あのリューや【ロキ・ファミリア】の面々ですら怒らせないように気を付けていた肝っ玉女将。

 

 アーニャの方は原作やアニメでは明るい感じの性格だったけど、今はどこか怯えたようにオドオドしてるな。……アレンのせいか?

 

「んん? アンタら……」

 

「テメェは……」

 

 ミア…さんは俺達に気付いて片眉を上げ、アレンは俺を見て眉間に皺を寄せる。アーニャは2人が足を止めたことにどこかオドオドしてる。

 アレンやアーニャ、ミアさんは何やら樽やバックパックを抱え背負っていた。

 

 っていうか、ミアさんの冒険者姿、違和感バリバリだけど滅茶苦茶圧迫感あるな。

 ……この人、オッタルやフィンさん達より強くないか?

 

「ミアじゃねぇか。こんなところで珍しいな」

 

「ドットム? なんだい、アンタがこの坊主共とつるんでるって噂はホントだったのかい」 

  

「まぁな。で、あんまダンジョンに潜らねぇお前がどうしてここにいるんだよ?」

 

「食料や酒の調達だよ。あそこの街にゃ時折珍しいもんが出回るからね」

 

 あ、ファミリア所属中でも料理はしているようだ。

 

「それにしても……」

 

 ミアさんは俺を見下ろして、何やら複雑そうに眉を顰める。

 

 そして、俺は……思い出した。

 

 まだ赤ん坊の頃、何度か両親を訪ねてきた人が――ミアさんだったんだ。

 

「……これも因果って奴なのかねぇ」

 

「……俺が何か?」

 

 流石に「来てましたよね?」なんて訊けないので、少しわざとらしいかもしれないが首を傾げて訊ねる。

 ミアさんはすぐに首を横に振り、

 

「なんでもないよ。大層な噂の割に随分とちっこいと思ってね。ちゃんと食ってんのかい?」

 

「食べてますよ。うちの主神様は俺の栄養管理をしっかり考えてくれているので」

 

「あん? 主神? 神が料理を作ってんのかい?」

 

「ええ、まぁ」

 

 呆れられたが、作りたがっているんだから仕方がない。

 

 すると、アレンが露骨に舌打ちして、

 

「仕える主神に世話されるたぁ情けねぇガキだぜ」

 

 と、いきなり貶して来た。

 ……まぁ、原作やアニメでも口悪かったしなぁ。

 

「普通はそうなんだろうけど、主神がしたいって言うんだからいちいち否定することもないだろ。別に悪いことでも無し。それに、俺からすれば拾われた時から、団員もいない時からだから今更だな」

 

「……舐めた口利いてんじゃねぇぞ、クソガキ」

 

「俺は別に舐めてない。言われたことに答えただけだ」

 

「それが舐めてるっつってんだよ……! 身の程を知りやがれ」

 

「少なくとも、お前に知る必要はない」

 

「……ほざきやがったな。ミノタウロス如きに殺されかかってた雑魚風情が!」

 

 アレンは額に青筋を浮かべて、殺気を噴き出しながら背負ってたバックパックを放り投げ、槍を抜く。

 

 俺は肩幅に脚を広げて、僅かに左足を下げる。

 

 一触即発となった俺とアレンに、ミアさんとドットムさんは顔を顰めてため息を吐くも止めない。

 ハルハ達も闘気を纏って武器を握る手に力が入り、拳を構える。アーニャは未だにオロオロしてる。

 

「皆は手を出すな。俺だけで十分だ」

 

「――死ね」

 

 手出し無用と告げた瞬間、目を見開いたアレンが猛スピードで飛び出し、槍を突き出しながら1秒もかからずに俺へと迫る。

 

 

 ――視える。

 

 

 俺も目を見開いて、アレンをまっすぐ見据える。

 

 

 ――動ける。

 

 

 俺の心臓目掛けて迫る銀の槍を半身になって躱し、左手で槍の柄を、右手でアレンの右前腕を掴んで、一本背負いの体勢に入る。

 

 僅かにアレンの身体が浮いた瞬間、槍を引いていた左手を放して背後に向かって肘打ちを繰り出して、アレンの左脇に叩きこむ。

 

「がっ――」

 

 呻き声が聞こえたが、俺はそのままアレンを背負い投げて、17階層へと上がる洞穴の上の岩壁へと叩きつける。

 

「がはっ!!」

 

 頭を下にして背中から激突したアレンは岩壁を砕く。

 

 俺は追撃はせずに、後ろに跳び下がってハルハ達から離れる。

 

「へぇ……」

 

 ミアさんは腕を組んで口角を上げる。

 

 何とか体勢を立て直して着地するアレンから目を離さず、俺は再び左足を下げて居合の構えを取る。

 

 以前は追いつけない程速いと感じていたが、どうやら『怪物の宴』でギリギリだったことでそう感じただけで、まだ『都市最速』と謳われる程の速さは得ていないようだ。

 まぁ、Lv.2なんだから当然だろうし、それでもかなり速い方だとは思う。

 

 でも速さに関してなら、俺だって負けてない。

 

 あれから能力値(アビリティ)も上がっている。

 

 そして、俺のランクアップ前の『敏捷』最終能力値は――SS。

 

 過信じゃない。驕りでもない。油断でもない。勝てるとかじゃない。

 

 

 未来の第一級冒険者と――戦える。

 

 

 そう、確信してる。

 

「このっ――クソガキがああ!!」

 

 アレンは猛って目を血走らせながら、更にスピードを上げて突撃してくる。

 

「ふううぅぅ――」 

 

 俺は息を鋭く吹き、僅かに腰を屈めて右足を踏み込む。

 

 

ッッギイィン!!

 

 

 同時に抜刀し、全力の居合をもって、すでに目の前に迫っている銀の槍を打ち払う。

 

「――っ!?」

 

 アレンは驚きに目を見開き、槍を握る右腕が振られて僅かにバランスを崩す。

 

「――【鳴神を此処に】」

 

 魔法を発動して雷を纏う。

 

 直後、俺は刀を手放し――アレンの右頬に左拳を叩き込んだ。

 

「ッッ!?!?」

 

「頭に血が上り過ぎたな」

 

 そう告げてやるとほぼ同時に、顔と胴体に5発の拳と蹴り(落雷)を浴びせる。

 

 最後は鳩尾に右前蹴りを放って、後ろに吹き飛ばす。

 

「ガッッッ!?」 

 

 アレンは防ぐことも出来ずにくの字に吹き飛び、地面を転がって洞穴の前でうつ伏せに止まる。

 起き上がろうとしているが、俺の雷撃で体が麻痺してるからまだ起き上がれないはずだ。

 

 魔法を解除し、刀を拾って収める。

 

「ふぅ~……」

 

 息を吐いて身体から力を抜く。

 

 流石にこれ以上はダメだな。どちらかが死ぬまで止まれなくなる。

 

「行こう、皆。手合わせは終わった」

 

 俺の言葉にハルハ達は頷いて歩き出す。

 

「やれやれ……自分だけ遊ぶとかズルくないかい?」

 

「しかも、自分で【フレイヤ・ファミリア】には手を出すなとか言っときながらよ」

 

「ですが、あれは向こうが先に売ってきた喧嘩ですぞ?」

 

「でも、団長も挑発していた」

 

「まぁ……スセリヒメ様の献身を馬鹿にされたようなものですからね」

 

「あそこで引いてたら、それはそれで今後ずっと馬鹿にされたと思う」

 

「そういうこったな。だからまぁ、文句を言う気はねぇが……帰ったら美味いもん奢れよ、坊主」

 

「了解」

 

 巨大樹に向けて移動しようとした俺達だが、

 

「――ま、待ちやが、れ……!」

 

 振り返ると、アレンが痺れで震えながら体を起こそうとしていた。

 瞳だけはこっちを向いており、射殺さんとばかりに殺気を籠めている。

 

 やっぱり、あの程度じゃすぐに起き上がるか。流石だな。

 

 でも流石にこれ以上戦う気はないん――

 

 

「いい加減にしなアホンダラ!!」

 

 

 ドゴン!!! と、怒声と轟音が響き、一瞬地面が揺れた。

 

 アレンは後頭部から煙を上げて地面に倒れ伏してピクリとも動かず、ミアさんが煙が上がる右拳を顔の前に掲げていた。

 どう見ても、ミアさんの拳骨が炸裂したんだが……。

 

 ……動き、全く見えなかった。

 

 目を離したはずはない。でも、気付いたらアレンはもう殴られてた。ちょっと怖くて体震える。

 

 てか……アレンさん生きてる?

 

「に、兄様……」

 

 アーニャが目尻に涙を浮かべて震えながら、まだピクリともしないアレンに声をかける。

 

 ミアさんは無造作にアレンの襟足を掴んで背中に担ぎ、アレンが投げ捨てたバックパックをもう一方の腕で脇に担ぐ。

 

「ったく……負けは素直に認めな、みっともない」

 

 そうボヤいたミアさんは、俺達の方を振り返り、

 

「安心しな、今回はこのバカ猫が悪い。問題にする気はないよ。この程度でいちいち抗争してたら面倒ったらないからね」

 

 助かります。

 

「この落とし前はいつかさせてもらうよ。アタシの料理でもたらふく食わせてやるから、それはそれで覚悟しとくんだね」

 

 どんな落とし前ですか!?

 

「じゃ、死ぬんじゃないよ、ヒヨッコ共。それとしっかり飯食いなよ、坊主! じゃないと背が伸びないからねぇ!!」

 

 カラカラと笑いながら、17階層へと上がっていくミアさん(とアレン)。その後をアーニャが慌てて追いかけて行き、あっという間に見えなくなった。

 

「……なんか、凄い人でしたね」

 

「あの方は【フレイヤ・ファミリア】の幹部なのですかな?」

 

「団長だよ。ミア・グランド。ドワーフで二つ名は【小巨人(デミ・ユミル)】。ぶっちゃけ、今のオラリオ最強と言ってもいいだろうな」

 

「ア、アイツが……!? 【猛者】よりも強ぇのか!?」

 

「今はどうか知らねぇが、団長名乗ってんだからそうなんだろうよ。あそこは派閥内で殺し合うくらいだ。腕っぷしがねぇと上には立てねぇし、言う事聞かねぇからな」

 

 リュー達が怖がるくらいだもんな。

 

「まぁ、アイツは【フレイヤ・ファミリア】の中でも異端だな。主神に心酔してるわけでもねぇし、忠誠を誓ってる訳でもねぇ。むしろ主神が起こす騒動に心底面倒臭そうにしてやがったな」

 

「それは何とやら……というか、あの方は某と同族なのが驚きなのですが……」

 

 そうだよね。ドワーフって基本背が低いよね。でもあの人180Cはあったよ?

 ドットムさんは遠い目をしながら、

 

「信じらんねぇだろうがな……昔は普通にちっこくて、滅茶苦茶美人だったんだぜ?」

 

「嘘だろそりゃ」

 

「大マジだよ。………本当にな」

 

 この感じ……ドットムさん、昔惚れてたな?

 

「それがいつの間にやら()()だよ。強さだけ際立っちまってまぁ……」

 

 キラリとドットムさんの目尻に涙が……!

 

「そ、それにしても! 先程の猫人の少年は魔法を使ったわけでもないのに、凄い速さでしたね!」

 

 ディムルが空気を読んで、話題を変える。

 

 ハルハ達も流石に失恋を揶揄う気はないようで、その話に乗ってきた。

 

「フロルは簡単にいなしてたけどねぇ……アタシじゃ視えても動けなかっただろうね」

 

「俺はまずほとんど視えなかったぜ……」

 

「うむ」

 

「無理無理」

 

「フロル殿の魔法を見慣れている某達でさえ残像を追うのでやっとでしたな」

 

「スキルなんだろうけど、それでもLv.2であの速さは脅威だよな……。頭に血が上ってなかったら、勝てなかったと思う」

 

 直線的な動きで動きが読みやすかったのが幸いだった。

 多分次はこうはいかないだろうな~。

 

「ま、当分は気を付けるんだな。ありゃあしつけぇ質だぜ? 坊主からすりゃあいい競争相手かもしれねぇがな」

 

 復活したドットムさんが呆れながら忠告してくれた。

 

 ですよね。

 

「多分、ありゃあ最近【フレイヤ・ファミリア】で新進気鋭って噂の【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】だな。新進気鋭同士、いい刺激になんな」

 

 あんな刺激嬉しくない。

 まぁ、冒険者の競争相手って言えば、あんな感じなのかもしれないけどさ。

 

 やれやれ……【フレイヤ・ファミリア】とも因縁が出来ちゃったなぁ。

 

 

 負ける気は、ないけどさ。

 

 

______________________

簡単キャラプロフィール!

 

・リリッシュ・ヘイズ

 

所属:【スセリ・ファミリア】(元【学区】所属)

 

種族:小人族

 

職業:冒険者

 

到達階層:18階層

 

武器:杖

 

所持金:28790ヴァリス

 

 

好きなもの:未知、本、探求、魔法

 

苦手なもの:運動、長時間睡眠

 

嫌いなもの:脳筋、学ぼうとしない馬鹿、読書を邪魔する奴

 

 

装備

《ウィオラ・ロッド》

・短杖

・【学区】の恩師より卒業時に授かった 価格不明

・小人族に合わせた杖のため軽い。打撃や防御には一切向いていない

・杖の先端に菫色の魔法石が組み込まれている

・流石に正重は魔法石の調整などは出来ないため、専門の店に頼んでいる。そのため、滅茶苦茶金がかかる

 

 

 

 【学区】よりやって来た魔導士志望の小人族。

 子供の頃より底知れぬ探求心を抱き、【学区】の門を叩いた。きっかけはもちろん英雄譚。『古代』と『神時代』の違いや『何故モンスターは生まれたのか』『何故ダンジョンは生まれたのか』など様々な疑問が彼女を刺激した。

 

 【学区】においても冒険者、魔導士志望の小人族は馬鹿にされる対象であったが、リリッシュは全て無視。我関せずを貫き、ひたすら勉学と修行と探求に身を費やす。

 それが【学区】にいる神の興味を引き、恩恵を授かった。その後は神の恩恵すらも研究対象に含めて、自分のステイタスや能力値の上がり方なども体当たりで調べていた。

 

 身長114cm、16歳。

 

 出身は小人族の小さな村。ちなみに【勇者】フィン・ディムナ出身村の隣村。

 

 『女神フィアナ』については子供の頃から研究対象でしかなく、信仰も崇拝もしていない。小人族の誇りや一族の復興などは欠片も興味はない。

 なのでフィンのことは表向き敬意は払うも、内心どうでもいいと思っている。

 

 【スセリ・ファミリア】で唯一の魔導士(候補―まだ『魔導』アビリティないから)であるが、向上心に関しては探求に関わることであれば他の面々にも負けない。なので、これからのダンジョン探索などで置いて行かれないように並行詠唱や回避行動の訓練を続けている。

 

 ちなみにフロルを筆頭に全員が研究対象。特に能力値の上昇が異常なフロル。

 

 【アストレア・ファミリア】のライラとは知識を求める者同士としては仲が良いが、それ以外では地味に仲が悪い。

 

 多分前世は『フィアナ騎士団』の関係者だけど、騎士団所属はしていなかった人。

 【エランの森】で子供達や住人に色々と知識を教えていたり、時折世界中を旅する賢者的な人。

 

 




というわけで、アレン君はフロルのライバルキャラになりました!
【ロキ・ファミリア】はこの辺りの年代はすっぽりと抜けてるんですよね(-_-;)

極東方面の古代の英雄譚ってないんですかね?
ダンメモでは『一千童子』って英雄譚が出てましたけど、命達の前世とか出てほしいですよね。

あと、タグにクロスオーバーを追加しました。これはあくまで魔法名や二つ名などでキャラクターが被る可能性があると思ったからです。あとはキャラクターのイメージとかもですね。
基本的にそのまま流用させてもらう気はありません


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大樹の迷宮

ここら辺からモンスターの分布が難しいんですよねぇ


 俺達はリヴィラの街に寄ることもなく、18階層中心にある巨大樹の元へとやってきた。

 

 真上を見上げてると、緑がとてつもなく遠く見える。

 

 ダンジョンの中だってのに、よくここまで育ったもんだなぁ。

 

「この樹って何か素材になるのか?」

 

「なるっちゃなるが、別に魔導士の杖とか特別なもんには使えねぇぞ。デカいから丈夫ってくらいしか特徴がねぇからな」

 

 そうなのか。

 

 しかも、これから下は『大樹の迷宮』だしな。木材系の素材はたくさんのあるのかもしれない。まぁ、薬草系は確実に採れるらしいけど。

 あんまり素材は原作では話題にならなかったからなぁ。

 

「この下からは『大樹の迷宮』って名前の通り、森のような場所だ。明かりは少ねぇし、霧も出ることもある。視界が悪ぃから気を付けろよ」

 

 ドットムさんの忠告に、俺達は顔を引き締めて頷く。

 

「じゃあ、行こう」

 

 巨大樹の根元にある洞へと入り、下を目指す。

 

 中は洞窟というよりは木の根で作られた通路だった。

 これまでのように所々に埋め込まれた水晶や苔などの光源が通路を照らし、一気にここがダンジョンだと思い出させてくれる。

 

 そして、下りると目の前に広がるのは鬱蒼とした樹海。

 

「おぉ……結構樹が一本一本太ぇな」

 

「こりゃ確かにどこからモンスターが来るか分かり辛いね」

 

「罠があるのも納得ですな」

 

「陣形が難しい」

 

 ツァオの言う通り、前後左右だけでなく、上も気を付けないといけないな。

 しかも、リリッシュの魔法も隠れてやり過ごされる可能性もある。

 

 ここからの階層は昆虫系が多く、空中を移動するモンスターへの対策が求められる。

 でも地上系もバグベアーにリザードマン、ホブゴブリンと無視出来ないモンスターもいる。

 

 そして、毒だ。

 

「いいか? もし茸を見かけたら、迂闊に近寄るんじゃねぇぞ。『ダーク・ファンガス』の可能性があるからな」

 

 ダーク・ファンガス。

 19階層から現れる茸型モンスターで、一番定番の『罠』だ。茸と言われるように、見た目は茸だ。そして、この階層では薬剤系の素材として茸が採れる。

 その茸に擬態して、群生の中に紛れているらしい。

 

 で、近づいてきた冒険者に対して、毒ガスを噴射する。

 この毒ガスは少量であれば解毒薬で回復できるが、吸い過ぎると『耐異常』アビリティであってもすり抜ける。

 俺達はドットムさん以外は持ってないからな。やられたら確実に毒に侵されると考えておくべきだろう。

 

「あと、基本的にこの階層にはまだ出ねぇが、『デッドリー・ホーネット』が出たら即座に逃げるぞ。奴らの毒はお前らなら即死だからな」

 

 デッドリー・ホーネットは蜂型モンスターで本来は22階層より下に出る。別名『上級殺し』と呼ばれ、奴らの毒は解毒薬でも間に合わず、第二級冒険者の『耐異常』をも貫通する。

 しかも蜂だから動きは素早いし、身体に纏う殻はかなり固く、魔法も上空に逃げられて躱される。まさに少し慣れてきた冒険者を殺す殺し屋だ。

 

 他にはこの階層であれば『ファイアーバード』という希少モンスターもいる。名前の通り、炎を纏う鳥だ。火の粉を常に振り撒き、炎攻撃を仕掛けてくるため、大量派生などが起きた日には辺り一面火の海に変わるそうだ。

 だから、リヴィラの街では確認され次第。階層主討伐レベルの討伐隊が組まれる。

 

 どちらも滅多にお目にかかれるモンスターでないが……今は闇派閥による怪物進呈が考えられるので警戒に警戒して損はない。

 

 周囲を警戒し、リリッシュを中央に置き、ハルハを最後尾にする布陣に変えて移動を始める。

 

 ……人の気配を本当に感じないな。

 

 10分ほど素材にある花や草を採集しながら歩くと、前方からブブブブブ!と明らかに虫が飛ぶ音が聞こえてきた。

 え、まさか……。

 

「ホーネットじゃねぇ! 狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)だ!!」

 

 ドットムさんの怒声とほぼ同時に現れたのは蜻蛉の群れ。

 そして、尾の先には鋭い棘が生えている。

 

「油断すんなよ、アレも硬ぇぞ!!」

 

 『ガン・リベルラ』。

 蜻蛉型モンスターで、尾先の棘は金属質でまさしく狙撃が如く発射し、それは鎧をも貫く威力があるらしい。

 

 そしてガン・リベルラは……群れで出現する。

 

「ツァオと巴はリリッシュを守れ! 他は動き回って少しでも狙いを拡散させろ!」

 

 刀を抜きながら駆け出し、ジグザグに動いて照準を定めさせないようにして詰め寄る。

 蜻蛉達の真下まで迫ったところで跳び上がって刀を振り上げ、1匹を倒す――が。

 

 俺が跳び上がったのと同時に近くにいた蜻蛉数匹が俺に狙いを定めて、尾の棘を発射した。

 

 げっ!!

 

「【鳴神を此処に】!」

 

 慌てて魔法を発動し、素早さを上げて棘を全て叩き落す。 

 

「無闇やたらに跳び上がんな! 狙われんぞ!!」

 

 早く言ってぇ……じゃないな。考えれば当然だよな。

 飛んでる相手にジャンプしたら、そら狙われるよ。隙だらけだもん。

 

 ってことは……撃った後に一気に攻めるか、魔法でってことだな。 

 

 いや、ここは……!

 

「正重! 弓矢!!」

 

「うむ!」

 

 俺はリリッシュ達の近くで薙刀で戦ってる正重に高速で近づき、正重は足元に置いた籠から弓矢を片手で取り出して俺に向かって放り投げる。

 

 空中でキャッチして矢筒を背負い、矢を弓に番える。

 

 射撃には射撃だ!

 

 魔法の力を利用しての高速連射。

 まだ下手くそだから1本ずつしか撃てないけど……! それでも命中率が低いわけじゃないぞ!

 

 ヒュッバァン! ヒュッバァン!と撃つ度に蜻蛉がその身を破裂させる。

 でも、このままじゃ矢がすぐに尽きる……!

 

「【スリエル・ファルチェ】!!」

 

 ハルハが鎖大鎌を振り上げて、紅き刃の嵐を放って蜻蛉達を飲み込む。

 それでもやはり数匹が上空に逃げて躱されてしまう。

 

 くそっ!

 

「面倒だねぇ!」

 

「あそこまで上がられたら俺らじゃ届かねぇぞ!」

 

 かといって、リリッシュの魔法を使うには逆に数が少ない……!

 

「団長」

 

 リリッシュが眠たげな眼付きのまま、俺に声をかけてくる。

 

「雷、()()()()()

 

「は? ……! わかった!!」

 

 一瞬何言ってんだ?って思ってしまったが、そうだ。

 

 リリッシュが持つ魔法は1つじゃない!

 

 弓を足元に放り投げて、刀を抜く。

 そして、刀に雷を集め、

 

「行くぞ!」

 

「――【対処せよ】」

 

 俺の問いかけにリリッシュは詠唱で応える。

 

 チビッ子コンビネーション!!

 

「【パナギア・ケルブノス】!」

 

「【それはすでに見知っている知識なり】」

 

 俺がリリッシュに向かって雷を放つと同時にリリッシュの魔法も完成する。

 

 

「【グノスィ・アイアス】」

 

  

 リリッシュの目の前、蜻蛉の群れが集まっている方向に魔法陣が出現し、俺の雷を斜めから受け止める。

 

 その直後、一条の雷が、数十本にも及ぶ天に落ちる雷となって迸り、蜻蛉の群れを焼き払って一蹴した。

 

「おお……すげぇ威力だな……」

 

「お見事です、リリッシュ殿」

 

「ん」

 

 リリッシュはディムルの賞賛にいつも通り眠たげな顔で淡々と頷く。

 

 リリッシュの反射魔法は、詠唱や効果などを知っていればいるほど反射時の威力が跳ね上がる。 

 俺の魔法なんて何度も見てきたし、細かく教えているのでこの程度の威力は当然だろう。

 

 もちろん、ハルハや正重の魔法もリリッシュは細かく検証している。

 

「ほれ、早く魔石や矢を回収すんぞ」

 

「あ、はい」

 

 そうだな。急いで回収して、次に備えないと。

 まだまだ先は長いんだから。

 

「それにしても、やっぱり飛んでる奴らは相性悪いねぇ……」

 

「すばっしこいから俺や正重は特に相性悪いな」

 

「うむ」

 

「某もですなぁ」

 

「ガン・リベルラの時は、ツァオと正重が盾役を交代した方がよさそうだな。ツァオの盾を巴と正重が使って、巴の大刀でツァオが前衛。アワランとディムルは引き続き、無理せず攪乱役で」

 

「「承知」」

 

「うむ」

 

「お任せを」

 

「それしかねぇか」

 

「頼んだぞ」

 

 もう少し色々とフォーメーションを考えた方がいいのか……。

 

「リリッシュ嬢ちゃんももう少し指揮やれよ。坊主に甘えてんじゃねぇ」

 

「ん」

 

 と言う事で探索再開。

 

 その後はバグベアー、リザードマンとも戦い、ダーク・ファンガスとも遭遇したが何とか毒を喰らう前に倒せた。

 正確にはハルハの魔法をリリッシュの反射魔法で威力倍増させて毒煙ごと吹き飛ばしたんだけど。何とかなりました。

 ガン・リベルラもツァオを前衛に出したフォーメーションで上手く戦えてる。

 

 でも、これじゃあすぐにへばっちゃうな。精神(マインド)の消費も激しい。

 

 そして、一番負担が大きいのがツァオだ。

 ポジションの入れ替わりが思ったより消耗させている。バグベアーやリザードマンとの戦いでは盾役としてリリッシュやディムルのカバーに入り、ガン・リベルラとの戦いでは常に動き回って攻撃している。

 背も高く、正重のスキルで『力』も『敏捷』も上がるからガン・リベルラ達との戦いでは俺とハルハに並ぶ主戦力だ。

 

 そして、俺とハルハは完全に前衛と魔法で大忙しだ。ステイタス的に仕方がない事なんだけど、正重のスキルもまだランクアップしたてだから威圧もそこまで効果がない。

 

 これは……まだこれ以上下に進むのはキツイな。当分19階層付近で慣らしていこう。

 

「って、思うんだけど」

 

「そうだねぇ。流石にちと負担が偏りすぎだね。これじゃあ逆にディムルや巴が育たないよ」

 

「そうですな。良くも悪くも、ちと届いておりませぬ」

 

 ガン・リベルラは物理的に届かず、バグベアーとかはステイタス的にしんどい。

 盾役のツァオだってLv.1だ。防ぐにも限界はある。正重が時折盾を握ってるけど、それだけじゃ負担はあまり軽くならない。

 

 う〜ん、やっぱりまだ早かったか?

 思い出したらベル達が19階層に進出したのはLv.3になってからだし、ヴェルフとかは春姫の魔法とか使ってたもんな。他にも魔剣とか使ってたし。

 人数は俺達の方が多いけど、戦力としてはまだベル達より低いかもしれない。

 

 ということで、一度18階層に戻る。

 

 一休みしたら17階層に戻って、ミノタウロスやライガーファングと戦うことにしたのだが……。

 

「なぁ……リヴィラ、泊まる?」

 

 なんか、この状況で金を使いたくないな。

 

「今回は赤字覚悟で来てんだろうが。泊まっとけ」

 

 ですよね。ちくせう。 

 

 俺は少しテンションを下げながら、まだ砂があるかもしれない17階層に戻るのであった。

 

 

………

……

 

 時は少し戻って。

 

 ミア、アレン、アーニャはダンジョン上層を移動していた。

 

 アレンは気絶から目覚めてからずっと殺気を抑えることなく振り撒き、苛立ちに顔を歪めていた。

 

 その苛立ちと殺気に、アーニャはもちろん、上層部で探索していた下級冒険者達をも威圧していた。

 

「いい加減八つ当たりは止めな、みっともない」

 

「うるせぇ、俺に指図すんじゃねぇ」

 

「そんなんだから、あの坊やに負けたんだよ」

 

「……殺すぞ」

 

「やれるもんならやってみな、青二才」

 

「……ちっ」

 

 目の前にいるのはファミリア、オラリオ最強の女。

 

 Lv.2の三級冒険者が勝つなど天地がひっくり返ってもあり得ない。

 

「なんで負けたと思う?」

 

「……あぁん?」

 

「なんであの坊やに手も足も出ずに負けたと思う?」

 

「知るかんなこと。奴の方がステイタスが上だった、それだけのことだろうが」 

 

「違うね。ステイタスはまだアンタの方がちょっと上さ」

 

 ミアは顔だけ振り返って言い放つ。

 

 頂点に立つ女傑の言葉に、流石のアレンも瞠目して足を止める。

 

「……なんだと?」

 

「坊やの動きを見た限りじゃあ、素の能力値(アビリティ)はアンタの方が間違いなく上さ」

 

「……じゃあ何で俺は負けた?」

 

「下手糞だったからさ。戦い方が」

 

 ミアは前を向いて、また歩き出す。

 

「アンタは才能がある。向上心も人一倍さ。だが、直線的すぎる」

 

「……どういう意味だ?」

 

「技や駆け引きが未熟だって言ってんのさ。アンタはただ速さに頼って突っ込んで槍を突き出すだけ。それが分かってりゃあ、後はタイミングを合わせるだけ。あの坊やも速さにも慣れてるみたいだったから、アンタの動きは読みやすかったんだろうさ」

 

 事実、フロルは全てカウンターで対応していた。

 それはアレンの方が速いと、フロルが捉えていたことを示している。

 

「まっすぐ槍を突き出して突っ込んでくるって分かってて、動きが追えるなら後出しでも対応出来る。それが技って奴さ」

 

「……」

 

「あの坊やのところも、本拠で毎日組手やらをやってるって噂を聞いたことがある。うちと違うのは馬鹿みたいに戦ってるだけじゃなくて、純粋に技を磨いてるんだろうね。でも、それ以上に――()()()()()()

 

「……考えてる?」

 

「どうすれば強くなれるのか、どうすれば勝てるのか、どうすれば生き残れるのかを、さ」

 

「んなことは俺だって――」

 

「まだまだ足りないねぇ。だって、アンタは自分とアーニャの事で頭一杯だろ?」

 

「っ……! それがなんだってんだ!」

 

「あの坊やは派閥の頭で、派閥内で一番強いと来てる。団員達も生かす為に、強くする為に、常に考えてるのさ。それに対して、アタシら【フレイヤ・ファミリア】はオラリオ最強と言われる派閥で、団員の層も経験も厚い。アンタは才能はあっても、結局のところただの新入りの団員でしかなく、探索だってオッタルや他の上級の連中とほとんど一緒だからねぇ。思ってるよりアンタは恵まれてんのさ」

 

「っ! 俺が、俺達が! 恵まれてるだと!?」

 

 ミアの言葉に、アレンは感情が爆発する。

 

「あの坊やに比べたらって話さ。悔しかったら、アンタももっと考えな。今のままじゃ、結果は何度やっても変わらないし、あっという間に追い抜かれるよ」

 

「くっ……!」

 

 ミアは背中でアレンの気配が揺れるのを感じながら、僅かに眉間に皺を寄せる。

 

(ゼウス追放の一端となったあの子の子供が、このクソッタレな街にとって新たな風となるか……。因果って奴なのか。それとも……冒険者の子は、結局冒険者なのかねぇ)

 

 

 ミアは再び時代の変動の訪れを、予感していた。

 

 

_______________________

簡単キャラプロフィール!

 

・ヒジカタ・巴

 

所属:【スセリ・ファミリア】(元【アメノタヂカラオ・ファミリア】)

 

種族:ドワーフ

 

職業:冒険者

 

到達階層:19階層

 

武器:大刀、大太刀、刀、槍

 

所持金:57900ヴァリス

 

 

 

好きなもの:強者、武術、豚の味噌焼き、米

 

苦手なもの:パスタ、高身長の者(見上げると首が痛くなるから)

 

嫌いなもの:軟派者、女だと侮る者、コーヒー

 

 

装備

《甲冑・號鬼(ごうき)

・甲冑(極東風)

・正重作 価格120000ヴァリス(ヘファイストス談)

・波紋鋼、超硬金属で鍛えた超重量甲冑

・巴の体格に合わせて造られた甲冑。スキル使用を想定した超重量甲冑の為、フロルが着たら一歩目で倒れて立ち上がれないほど重い。正重の肩から飛び降りるだけでコボルトなど上層のモンスターであれば潰し倒せる

 

 

《鬼包丁・重角》

・二振りの大刀

・正重作 価格298000ヴァリス(ヘファイストス談)

・波紋鋼、超硬金属で鍛造された第三級武器

・まさしくその重量で叩き切る事を目的にした、これまた重量武器。と言っても、あくまで下級、第三級冒険者にとっての重量武器なので、第一級冒険者達であれば普通に持てる

 

 

 

 極東よりやって来た小柄な女武者。

 【朝廷】に仕える【アメノタヂカラヲ・ファミリア】に属する武家の生まれ。一族皆ドワーフで男性は全員武者だが、一番才能を有するのは巴だった。

 小さい体でありながら鎧を身に纏った成人ドワーフをぶん投げたこともあるが、基本男尊女卑である武家一族では戦場に立つことは出来ず、その才を子供に引き継ぐことばかりを求められてきた。それにうんざりしていた巴を見かねた父が『外の世界を見てこい』と武者修行に旅立たせたのだが、実はこれは『お前より強い者などいくらでもいる。だから、諦めて家に嫁げ』と気付かせるためだったのだが、まさかの国を飛び出してオラリオに行ったことに、頭を抱えている事を本人はまだ知らない。

 

 身長125㎝、16歳。

 

 基本性格は武人。鍛錬し強くなることが目標。

 だが根は田舎っ子なので、世界やオラリオなど物珍しい物、世界中から集まる人々にはリリッシュ並みに好奇心が刺激されている。だからこそ、オラリオを壊そうとし、人々を苦しめる闇派閥が許せない。

 

 英雄譚も好きで、アーディと会話すれば一番気が合う可能性があるのだが、フロルとの恋路を邪魔しないようにしているので、まだその事実に気付いていない。

 

 ツァオとはオラリオに来る途中で出会ったこともあり、2人だけで酒を飲むほど仲はいい。

 正重とは武具の事はもちろん、極東の料理についても結構盛り上がる。結構コミュニケーション能力は高い。

 ドットムのこともドワーフの先人としても尊敬している。……好みではない。

 

 やはり極東のことは好きなので【スセリ・ファミリア】、極東の神の元に所属出来たのは嬉しく思っている。

 更にフロルの事は、極東の英雄譚【一千童子】や【小さ子雷記】(拙作オリジナル英雄譚。元ネタは日本霊異記【小子部連栖軽(ちいさこべのむらじすがる)】)を思わせ、非常に将来を期待しており、武人としても尊敬している。

 また団長としても『将』の器を感じさせてくれることから、いずれは【朝廷】にすらも影響を与える傑物になるのではと思っている。

 

 屋敷にいる時は浴衣を着ている事が多く、さりげなくフロルから『座敷童みたい……』と思われている。

 

 

 




そう、意外とベルのパーティーはチートだった。春姫のチート、命の索敵、リリの匂い袋や判断、そして素材に金はかかるが無料で手に入る椿よりも優れているヴェルフの魔剣。……うん、ずるいよ。


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着実に前進、されど闇もまた着実に

さぁ、遂にあの人が……!


 あの後も17階層と16階層で狩りまくって、リヴィラに一泊。

 

 ……9人で一泊20万ヴァリス。

 地上の安宿よりボロくて壁薄いし飯出ないし風呂もないのにどんな高級旅館だバカヤロー!!!

 

 ……失礼。あまりの理不尽に早口で一気に叫んでしまった。

 

「……無理だ。俺、もうここに泊まれない……!」

 

「そりゃ大派閥は野営するわな」

 

「ここで魔石とドロップアイテムを換金しても、10万ヴァリス行くかどうかだったしねぇ……。こりゃパーティーで来るならともかく、派閥全員で泊まるのは当分無理だね」

 

「一泊2万ヴァリスは流石に痛い出費ですね……」

 

「でも、ダンジョン内の限られた場所でとなると、妥当と言えば妥当」

 

 そうなんだけどさ。でもやっぱり1人20000ヴァリス以上で、あの部屋って受け入れられない……!

 

「前も言ったが、周囲に多くの冒険者がいる中で一晩過ごすから安全を買うって意味では、リリッシュ嬢ちゃんの言う通りこんなもんだろうよ」

 

「そうだけどさ……」

 

「まぁ、今の面子で来るなら野営でいいかもな」

 

 そうさせてください。まだ俺達には20万ヴァリスはデカすぎる出費です。

 

 くそぅ……ベル達ほどの借金じゃないけど、俺達も金で苦しめられるなぁ……。

 厄介なのがうちの借金って正重への借金ってことだ。しかも、正重にとっては思い入れのある武器を担保に借りた金。

 

 流石に気長にとは言えないし、思えない。

 俺は、だけどさ。屋敷を建ててから入団したハルハ達に負担をかけるのは違う気がするし……。でも、俺だけの稼ぎで1億ヴァリスなんてホント何年計画だよって話じゃん? ……駄目だ。金の事はもう一旦考えるの止めよう。眩暈がする。

 

 俺達は一度19階層を再挑戦するも、やはりローテーションの問題は解決せず、早めに見切りをつけて17階層方面に向かう事にした。

 

 やっぱりディムルの事を考えると、16階層辺りで戦う方が鍛錬的には良さそうだな。

 資金的には19階層だけど。それは今回みたいにサラッと行って帰るって感じになるだろう。

 

 それに対空対群戦術を整えないとな。倒すのに時間がかかり過ぎて、毒どころの話じゃない。

 俺が弓に専念するとハルハに負担がかかる。だから、俺も何度も後衛に回れない。正重も弓矢を扱えるが、命中率がそこまで高くない。

 

 後衛不足をこんな形で思い知らされるとは。現実は厳しいですね。

 でもなぁ……新しい団員を入れたところで育成が間に合わないし、人数も流石に多すぎる。でも、二手に分かれると、モンスターの物量に押し負けそうだ。つまりは……巴あたりにも弓矢を会得してもらう必要があり、正重にも弓矢の鍛錬をしてもらわないと。

 

 ……なんかオールラウンダーを求め過ぎか? 【ロキ・ファミリア】でもそこまで出来る奴っていないもんな。

 【タケミカヅチ・ファミリア】はあらゆる武器を使えるって聞いた事あるけど、まだまだ先の話だし、ステイタスもそこまで高くない。

 

 ……極東の派閥はオールラウンダーが売りですとでも言って、やっていくか。

 スセリ様に相談するとしよう。もちろん、巴達にもな。

 

 一泊出来たとはいえ、疲れが取れたわけではないので帰りはあまり無理せずに進みながらモンスターを倒していく。

 ミノタウロスは最初の咆哮さえ俺達Lv.2組が対応すれば、後はアワラン達でも問題なく勝てる。正重がランクアップしたことでスキルの【獅子吼豪(キングハウル)】の効果も上がったので、ツァオの能力値も強化幅が上がり、ライガーファングはもちろん、ミノタウロスも咆哮さえしのげば巴とのコンビだけで問題なく勝てるようにもなった。

 

 やっぱり19階層以降が問題だな。

 

 さて問題なく地上に帰還し、魔石とドロップアイテムをバベルで換金。

 その後に【ミアハ・ファミリア】で19階層で採取してきた素材を換金。

 

 結果、合計で362000ヴァリス。

 

 ちなみに魔石とドロップアイテムだけだったら182000ヴァリスでめっちゃ赤字でした。

 

 で、帰り際にミアハ様に人数分ポーションを貰って、本拠に帰る。

 ……ミアハ様、相変わらず無料で作った薬、配ってるんだな。怒られないといいんだけど。

 

 帰宅した俺達は風呂に入るなど身支度を整え一休みして、スセリ様にステイタスの更新をお願いする。

 

 そんな感じで何だかんだ2週間が過ぎ、試行錯誤を繰り返しながら19階層に挑んだ結果、

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :B 763

耐久:B 711

器用:A 802

敏捷:A 888

魔力:D 595

狩人:I

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.2

 

力 :H 112

耐久:I 88

器用:I 92

敏捷:I 64

魔力:I 23

鍛冶:I

 

 

ハルハ・ザール

Lv.2

 

力 :E 417

耐久:F 309

器用:F 325

敏捷:E 400

魔力:G 286

拳打:I

 

 

ディムル・オディナ

Lv.1

 

力 :E 443

耐久:F 342

器用:D 551

敏捷:D 506

魔力:E 497

 

 

アワラン・バタル

Lv.1

 

力 :A 811

耐久:S 903

器用:E 489

敏捷:C 692

魔力:C 635

 

 

リリッシュ・ヘイズ

Lv.1

 

力 :G 231

耐久:H 186

器用:B 777

敏捷:C 698

魔力:S 903

 

 

ヒジカタ・巴

Lv.1

 

力 :S 921

耐久:A 880

器用:D 504

敏捷:D 515

魔力:I 0

 

 

ツァオ・インレアン

Lv.1 → Lv.2

 

力 :A 843 → I 0

耐久:A 800 → I 0

器用:C 681 → I 0

敏捷:A 890 → I 0

魔力:I 0  → I 0

拳打:I

 

 

 ということで、ツァオがランクアップした。

 

「此度は19階層で活躍したらしいからの」

 

「……ツァオ殿が昇華された事は己の事の様に嬉しゅうござるが……やはり置いて行かれたのは悔しゅうございますな!」

 

「なんで俺はまだランクアップしねぇんだ……」

 

「私も最近は頑張ったと思う」

 

「私はようやくランクアップの資格を得たばかりですからねぇ」

 

 Lv.1組、特に入団当初からランクアップ圏内だった3人は今回ばかりは悔しげだった。

 まぁ、やっぱり19階層であまり動けなかったのが大きいんだろうな。リリッシュも確かに最近活躍してたけど、これまでが逆に微妙だったからなぁ。

 小人族はそもそもランクアップが難しいっていうしね。

 

 でも、アワランはそろそろしてもいい気がするんだけどなぁ。

 そこまでLv.2に求められる上位の経験値は個人差というか、質に差があるのだろうか?

 

「まぁ、やはり何かしら人で言う『一皮剥けた』と思わせるモノがいるのじゃろう。アワランは良くも悪くもまっすぐじゃからの」

 

 なるほど。

 確かに格上の【ネイコス・ファミリア】団長を倒したけど、言われてみればハルハも何人もLv.2を倒してきたのにランクアップはしてなかったもんな。

 

 上位の経験値とやらは本人にとって何かしらの意味がある必要があるんだろう。

 

「でもまぁ、着実に強くなってるじゃないか。アワラン達だってそう遠くはないと思うぞ」

 

「そうだねぇ。流石に余程の臆病者とか才能がない限り、ここまで上がってランクアップが数年しないってのはないと思うよ? 第一級、第二級ならともかくさ」

 

「儂も同感だな。お前らの場合、下地は出来てるからよ。後は経験値貯めるだけだ。焦って偉業を成しても、地道に積み上げても、そう時間に大差ないと思うぜ?」

 

 俺もそう思う。

 別にベルみたいに1人でって訳でもないし、変な横槍入れる()もいないんだから。あと数回19階層あたりで頑張ればランクアップする気がする。

 

 まだガン・リベルラにはちょっと苦戦するけど。

 それを乗り越えたら、一気に3人ともランクアップ出来るんじゃないか? 巴は最近弓矢頑張ってるし。

 

 それにさ、まだ何だかんだでアワラン達はオラリオに来て一年も経ってないんだ。

 生まれてからオラリオにいる人だって、もう何年もダンジョンに潜ってるのに、ランクアップ出来ない人は多い。

 でも、アワラン達は出来る方だと思うんだよな。

 

 だから、頑張って続けるしかない。

 

 そう、進むしかないんだよ。俺達は。

 

 

………

……

 

 

 その頃、オラリオの闇深き場所。

 

「ふぅ~ん……ディーチを倒した後から何匹か増えてんな~」

 

「はい。それもLv.2が1人増え、【ガネーシャ・ファミリア】より【岩砕重士(カブラカン)】が派遣されているようです」

 

「【岩砕重士】ん? あの老いぼれ爺、まぁだ生きてやがったのか」

 

 【ネイコス・ファミリア】団長バグルズは、街に忍び込ませていた構成員達からの情報に顎を撫でながら思案する。

 その周囲には団員達やディーチが思い思いに座っていた。

 

「まぁ、老いぼれはほっとけ。片腕を失くして前線を退いた奴に興味も用もねぇ。俺様達の狙いはあくまであのクソガキ共と――」

 

 ニヤアァと愉悦に口を吊り上げ、

 

 

「その周りの一般人共だ」

 

 

 バグルズの言葉に周囲にいた団員達も凶悪な笑みを浮かべる。

 

「だがまぁ、俺は別に奴らに執着する気はねぇ。仕事を邪魔されたってだけだからなぁ。邪魔ってだけだ。恨んじゃいねぇ」

 

「え~、そうなのぉ? じゃあ、ただ殺すだけなの?」

 

 バグルズのすぐ傍に座っていた女が、わざとらしく首を傾げながら訊ねる。

 

「――んなわけねぇじゃん」

 

 ベロリと唇を舐めながら、更に三日月を深める。

 

「んなつまんねぇことすっかよぉ。俺は奴らに恨みはねぇからよぉ……()()()()()()()()()()()()()()()()()()に決まってんだろうが~」

 

「キャハハハハ! 流石小悪党!!」

 

「だが……ただ甚振るのも退屈だよなぁ。邪魔されたからな~、俺様達も邪魔してやりたいよな~」

 

「邪魔って何すんだ?」

 

「そうだな~……おいディ~チ~」

 

「なんだ? 兄貴」

 

 団員の中で端の方に座っていた弟が答える。

 

「最近外から仕入れたのがいたよなぁ?」

 

「ああ、歓楽街と繫がりがある商人に売る予定の奴らだろ?」

 

「そうそうそうそれ~。それ、使おう」

 

「使う?」

 

「餌だよ、エ~サ」

 

 バグルズはゆっくりと立ち上がる。

 

「でも、問題はちょ~っと俺達じゃ手が足りねぇことかね~。……他の連中もちょいと煽るか」

 

「いいのかよ、兄貴。その商人って付き合い長ぇとこだぞ?」

 

「構わねぇよ。あの豚、最近調子に乗って足元見ようとしてやがるからな。ああいう奴はいつかギルドの連中に俺様達を売るに決まってんだよなぁ。こういう時は、一番関係が良い時に切り捨てるに限んだよ。別にこっちと繋ぎを持ちたい商人なんざ、それこそ腐るほどいるしな~」

 

「けど、ギルドに捕まったらそれこそ情報売られるわよ?」

 

「そうなったら、流石にもう手を出せないんじゃねぇっすか?」

 

 少し前にディーチを救うために留置所を襲ったばかりだ。

 流石に警備も厳重になっているだろうし、闇派閥関係者は留置場を変えられる可能性もある。

 

「じゃあ、殺せばいいだけだろ。切り捨てるなら、斬り捨てればいいんだよ」

 

 あっけらかんと言い放つが、その内容に驚く者はいない。

 人殺しなど、彼らにとってはもはやモンスターを殺すのと変わらない。

 

暗殺者(セクメト)に声かけとけ。時期に合わせて商人と繋がってる奴らも()()()。で、ケテラ。お前は商人を殺してくんね? お前だったら、魔法で逃げれんだろ?」

 

「へぇ~い。ねぇねぇ、その奴隷とも遊んでいいの?」

 

「構わねぇよ~。金貰った後だし、好きにしな」

 

「いひひひひ! やったぁ!」

 

 茶髪を無造作に後ろで束ね、頬に目がハートの赤い髑髏の入れ墨を入れた細目の女ヒューマン。【ネイコス・ファミリア】副団長のケテラは、細目を三日月に曲げて嗤う。

 

「これでこっちはいい。後は邪魔が入らねぇようにしねぇとなぁ。【勇者】や【猛者】、【小巨人】が出しゃばって来るのは望むところじゃねぇよな~」

 

 バグルズは顎を撫でながら、更なる戦略を練る。

 

 闇派閥はその動向をいつも探られている。

 

 特に脅威なのは【勇者】。 

 

 あの小さき長は僅かな情報と勘で、こちらの狙いを容赦なく暴き、策を設ける。

 その両腕を担うのは、剛腕のドワーフと麗砲のハイエルフ。

 

 それだけでも厄介だというのに、その戦術を踏み躙る存在が【小巨人】と【猛者】。オラリオ最強の化け物。

 闇派閥でさえ到達し得なかったLv.6が2枚。

 

 しかも、ムカつくことにその最強はどう動くかが分からない。

 こちらはもちろん、【勇者】の策略でさえ無視してあらゆる障害を薙ぎ払って、進撃してくる。

 

 あれこそ闇派閥にとっての『悪夢』である。

 

「ヴァレッタにまぁた借りを作っちまうなぁ……。まぁ、【勇者】に嫌がらせ出来るって嗾けりゃあいいか。問題は他の連中だが……まぁ、好き勝手暴れさせてやれば適当にやるか」

 

 闇派閥はギルド参加の派閥よりも烏合の衆である。

 各々の神、各々の派閥、そして個人。それぞれの思想、嗜好、趣味、欲望のままに好き勝手するために集まった『悪』。

 

 利益関係でしかなく、協力関係では決してない。

 

「で~も~な~、ゲーゼスとかもあの坊主狙いそうなんだよなぁ~。それは邪魔だな~」

 

 だからこそ、標的が被った場合は早い者勝ちとなる。

 

「しゃあねぇ……正面から吹っ掛けてみる、か」

 

 

 

 

 

 バグルズはすぐに動き出し、他の派閥の面々に声をかけて集まってもらった。

 

「――ってぇわけで、お前らには他の連中と遊んでほしいんだよ」

 

「……あんなクソガキを狙うために私らを使うってかぁ? 舐ぁめたことほざくじゃねぇかよ。えぇ? バグルズ」

 

 ヴァレッタが笑みを浮かべながらバグルズを見据える。顔は笑っているが、明らかに目は笑っていなかった。

 

「そうじゃねぇよ。一緒に暴れようぜってお誘いだ。ただ、獲物が被るのは嫌だから話付けようぜってことだよ。【勇者】に手を出して、後でお前に背中から斬られたくねぇからなぁ」

 

「物は言いようだなぁオイ。正直に言えよ。フィン達が怖いってよぉ!! 怖いから手を貸してくださいって頭を下げるのが筋って奴じゃねぇのかねぇ!?」

 

 

「――いや、別にやる気ねぇなら構わねぇよ」

 

 

「………あぁ?」

 

「だからさ~、お誘いだって言ってんだろ? 別に嫌なら嫌で、俺達は勝手にやるぜぇ」

 

「……本気で言ってんのか? テメェらだけでフィンも【猛者】も相手するって?」

 

「はっ! んなわけねぇだろぉ。他の連中にも声をかけただけだ」

 

 バグルズは訝しむヴァレッタを鼻で笑って、親指を立てて背後を指す。

 

 ヴァレッタやゲーゼス達の視線が暗闇に向いたと同時に、その暗闇からヌルリと1人の男が現れる。

 

 長い黒の髪を後ろで縛った極東風の装いの男性ヒューマン。

 顔中に切り傷が走っており、眠たげな目つき。腰には二振りの刀を携え、両手は籠手を身に着けている。

 

「……【斬人鬼(クロオニ)】かぁ」

 

「ちっ……『死闘(ドゥルガー)』の連中か」

 

「あと『不止(アレクト)』も参加する予定だからさ。そこそこ戦力は揃ってるんだよ。だからよ、せっかくだからお前らもどうだって誘いに来たってわけだ」

 

 闇派閥の中でも武闘派と知られている派閥の参加に、流石にヴァレッタ達も怖気づいて話を持ち掛けてきたわけではないと理解した。

 

 もっとも、結局他派閥の力に頼っている事実は変わらないのだが、そこら辺は自分達も他派閥を利用する事は当たり前なのでツッコまれることはない。

 

「で? どうする?」

 

 流れを掴んだと確信したバグルズは愉悦に笑みを浮かべるのであった。

 

「………ちっ! クソッタレが……。いいぜぇ、乗ってやるよ。ただし! フィンは、【勇者】は私の獲物だかんなぁ!」

 

「まぁ、坊主は気になるがぁ……別にそこまでこだわっちゃいねぇしなぁ。今回は譲ってやんよぉ。この前、外から帰って来たばっかだかんな。ちょっと休ませてもらうぜぇ。まぁ、うちの団員で暴れてぇ奴がいたら、好きに連れて行きな」

 

「くっくっくっ! そりゃありがてぇ」

 

 バグルズは顎に手を当てて、

 

「さぁて……どんな風に叫んでくれるかねぇ」

 

 

 闇もまた着実に、迫ってきていた。

 

______________________

簡単キャラプロフィール!

 

・ツァオ・インレアン

 

所属:【スセリ・ファミリア】(元【ナタク・ファミリア】)

 

種族:狼人

 

職業:冒険者

 

到達階層:19階層

 

武器:大盾、脚甲、剣、大剣

 

所持金:107952ヴァリス

 

 

 

好きなもの:肉、日向ぼっこ、子供

 

苦手なもの:魚の骨、船

 

嫌いなもの:悪者、雨の夜 

 

 

 

装備

《堅甲牙》

・二枚の大盾(刃付き)

・正重作 価格200000ヴァリス(ヘファイストス談)

・盾部分は超硬金属、刃部分は波紋鋼

・縁が刃になっている攻防一体の盾。両腕に装備するタイプで、総重量はそれなり。刃はスパイク代わりにもなる。刃はこれまで申し訳程度の切れ味だったが、上級鍛治師になった正重の手により刃の切れ味も上がっており、今はミノタウロスでも斬ることが出来る

 

《疾脚爪》

・爪先が刃になっている脚甲

・正重作 価格256000ヴァリス

・刃は波紋鋼、脚甲部は超硬金属と軽量金属

・爪先が刃になっているこれまた攻防一体の防具。刺す、薙ぐを基本としており、重くなり過ぎず、されど丈夫でなければならないバランスが難しい武具。正重は本当によく頑張っている

 

 

 極東と中東の境にある小さな村出身の武女狼人。

 たまに出るモンスターと、たまに巻き込まれる【朝廷】派閥の諍いで戦う程度であった。それでも油断すれば命を失うので、強くなることは必須。ツァオは体格にも恵まれ、父兄も警備隊に所属していたこともあり、鍛錬や訓練、戦いは身近なものであった。弟と妹が5人いる。

 

 そして主神や商人から聞いたオラリオの事がずっと気になっており、主神の勧めで旅立つことを決意した。

 その道中で巴と出会い、意気投合して、オラリオにやってきた。

 

 身長192cm、19歳。

 

 寡黙な性格で行動で示すタイプ。

 弟妹が多いためか、子供が好き。そのため小さい身体の者も好きで、巴、リリッシュ、フロルは好きな部類で、酒に酔うと3人の誰かを抱き抱えて撫でる。そして、頭をスンスンする。なので、基本的に酒の席ではツァオの横には巴が座る。

 フィンも見た目的には好きな部類だが、性格が大人び過ぎているのであまり惹かれない。多分リリルカは抱く。

 

 背が高いことがややコンプレックスであったが、正重がいるのであまり気にならなくなり、【スセリ・ファミリア】に入って戦い始めてからは『強み』と分かり、今は受け入れている。

 

 足技をメインとしているが、ナタクより拳法(太極拳などに近い武術)を習っており、拳での攻撃も出来る。身体もハルハ以上に柔らかく、実は無手での戦いはファミリアで1,2を争う実力者。スセリヒメとも一番張り合える。

 

  




という事でツァオさんがランクアップです!


最盛期の闇派閥の構成員を考えるのムズイ(ーー;)


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寂しかったの

泣いたよ、フィアナ騎士団……( ; ; )(リヴェリアさんの前世さんドコ?)


 ツァオがランクアップし、戦力は増強されたのは嬉しい。

 

 でも、戦術が増えたわけじゃない。19階層で戦える時間が延びただけだ。

 

 ありがたいことなんだけど、それじゃあ解決になってない。

 いや、多分これからの事を考えたら、ダンジョン攻略ってこんなもんなんだろうけどさ。

 

 深層くらいに挑める冒険者にもなれば、スキルも魔法も出尽くしているだろうし。

 戦略の幅を広げる方法はランクアップでステイタスを上げるか、団員を増やすくらいになるんだろう。

 

 とりあえず、ランクアップしたツァオの感覚の違和感を拭わないといけないので、数日は17階層までで引き返し、本拠での組手や鍛錬に時間を割く。

 

 ということで、

 

「はぁ!!」

 

 俺は右ストレートを繰り出し、ツァオが左手で拳を逸らす。

 

「しぃ!!」

 

 その背後からハルハがハイキックを放ち、ツァオは大きく上半身を横に傾けながら腰を捻り、左脚を振り上げてハルハの蹴りに合わせる。

 

 現在、俺、ハルハ、ツァオの3人で三つ巴の乱取りをしている。ツァオの希望だ。

 まぁ、もう珍しくもない光景ですね。

 

 ただ、ぶっちゃけると……この2人との組手は一番しんどい!!

 

「はっはぁ!!」

 

 ハルハが俺に飛び掛かってきて、拳を連続で振るう。

 拳の嵐を躱し、逸らし、受け止め、打ち払う。最近また鋭くなったな……!

 

 反撃に出ようとした時、横からツァオが割り込んできた。

 

「おおおおおおお!!」

 

 ズダン!と地面を強く踏み込んで、ハルハ同様連続で拳を繰り出して来た。

 

 俺とハルハに向かって。

 

「ぐっ! づっ、はああああああ!!」

 

 一発右肩に浴びた俺は、捌き切れないと判断して、2人同様拳の嵐で対抗する。

 

 

ガガガガガガガガガガ――!!!!

 

 

 無数の打撃音が本拠に響き渡る。

 

 だが恐ろしいのは、ツァオの拳。

 

 正確にはその軌道。

 

 俺やハルハの拳は直進か曲振。でも、ツァオの拳は更に螺旋と円が含まれている。

 

 こっちの拳が弾かれ、絡め捕られる。

 

 何より重くて硬い。

 

 これだよ。ツァオの武術は前世で言う中国拳法の類なんだろう。

 力の籠め方、流し方が、支え方が、自他共に巧い。

 

 だからこそ、あれだけの盾役を熟せるのだろうけど。

 

 どんな漫画キャラだよ!

 盾がない方が実は強いとかさぁ!!

 

「でぇえ!?」

 

 俺は後ろに吹き飛ばされて地面を転がる。 

 

 やっぱ背が足りない俺は不利だなぁ! ステイタスが上じゃなかったら、とっくの昔に吹っ飛ばされてたぞ!

 足を地に着けて踏ん張ってたら、真上から豪雨の様に圧し潰そうと迫り。飛び上がったら、真正面から嵐の様に圧し飛ばそうと襲い掛かってくる。

 

 これまではステイタスでごり押し出来たけど、今は同じLv.2だ。

 ステイタスの差なんて、技と体格で覆されるだろう。

 

 ツァオが距離を詰めて、拳を振り下ろしてくる。

 俺は紙一重で半身になって躱し、突き出された腕を掴んで背負い投げようとしたが――

 

「ふっ!!」

 

 ツァオは息を鋭く吹くと同時に腕を素早く捻って、俺の手を弾く。

 

 これだよ!!

 反撃される前に全力で横に跳ぶ。その直後にツァオの拳が振り抜かれる。

 

 すぐに体勢を整えると、今度はハルハが踵落としを繰り出して来た。

 頭の上で両腕を交えて受け止め、その脚を掴んで振り回す。

 

「くっ!」

 

「っ!」

 

 人間(アマゾネス)ハンマーで近づこうとしていたツァオを牽制し、ハルハを放り投げる。なんかゴメン!

 

 今度は俺から距離を詰めて、攻撃を仕掛ける。

 

 まだ!! 負けたくないです!!

 

 だって、ここで負けたら――

 

 

 スセリ様の鍛錬厳しくなるからあああ!!

 

 

 

 

 

 その日の夕方。 

 

「……………きゅう」

 

 ボロボロでうつ伏せに倒れているオイラです。

 

「ふはははは!! まだまだ未熟じゃなぁ!!」

 

 仁王立ちして高笑いするスセリ様。

 

 おかしいなぁ……勝ったのになぁ……。

 なんで厳しくなってるんだろう。

 

 ステイタスのごり押しだったのは否定しませんが、ツァオとハルハの2人に勝ったんだよ。

 なのに、その直後にポーションも使わせてもらえることもなく、そのまま鍛錬に入りましたよ? そして、ボッコボコに殴られて、ポンポン投げられましたよ?

 

 ……なんで?

 

「最近ダンジョンやハルハ達との組手ばかりで、妾と遊ぶ時間が減ったのが不満じゃった」

 

 欲望ドストレート!?

 

「せっかくじゃ。まだやれるであろう? 今日はとことん妾とやろうではないか♪」

 

 そんな獣みたいな笑みで言われても!?

 

 スセリ様は両腕を広げながら

 

「さぁ……遊び尽くそうではないか♪ 妾が満足するまで、な」

 

 それって徹夜コースじゃないですかああああ!!

 

「ツァオの技も教えてやろう。他の武術ものぅ。団長の意地とやらを見せてみよ、フ・ロ・ル♪」

 

「が……頑張りまぁあああす!!」

 

 どうにでもなれやーー!!

 

   

………

……

 

 翌朝。

 

 オイラは今現在もスセリ様の腕の中です。

 

 昨日の夕方に散々弄ばれて、そのまま久々にず~~っと抱き枕にされてた。

 本当に限界を迎えて倒れたところで、

 

『うむ、では今から明日一日は妾と過ごしてもらうぞ』

 

 と、いきなり何やら決まった。

 

「昨日も言ったが、最近あまり2人の時間がなかったでなぁ。寂しかったんじゃよ~」

 

 いやまぁ、それは事実ですが。そんな子供みたいに言われても。

 

 ちなみに他の皆はダンジョンに行ってる。

 俺だけ休み。というか、主神のお相手というお仕事。

 

 スセリ様がこうなると何が困るって、俺じゃないと対応できないということ。

 仕方ないよね。俺のためのファミリアで、俺のために降誕したんだから。

 

 他の団員でもその時は気を紛らわせることが出来るが、俺が顔を見せると途端に拗ねる。

 まぁ、これはスセリ様に限らず、他の神も似たようなものらしい。そりゃ娯楽を求めてきたんだから我慢しなくていいなら我慢しないよな。

 

「最近少々煮詰め過ぎではないかと思うてな。気持ちは分からんでもないが、我が恩恵を得ようが、前世の記憶を抱えていようが、お前の身体はまだ子供。心身の乖離は時に体調の乱れを引き起こす。成長を阻害せぬ為にも、適度な休息は必要じゃ」

 

 ……そうかもしれないですけどね。落ち着かないんですよ。

 

「そこら辺はまだまだ未熟じゃのう。気の動静の切り替えが出来ねば、戦場で精神力が先に尽きてしまうぞ?」

 

 むぅ……ぐぅの音も出ません。

 

 その後、昼前に本拠を出て、メインストリートを2人でブラブラすることに。

 まぁ、闇派閥のせいでほとんどの店が閉まってるんだけどさ。開いてるのは食品を扱う店か飲食系だ。中には服や雑貨を扱う店も開いてるけど、極少数だ。

 

「やれやれ……これでは逢引(デェト)の雰囲気もへったくれもないの」

 

「まぁ、そんな状況じゃないですからねぇ」

 

 いつ闇派閥が出てくるか分からない状況で店を開いて人を集めれば襲われるかもしれないからな。

 店を壊され、商品を壊されたら赤字なんて話じゃないだろう。

 

 開かれてる店は基本的にギルド傘下、ギルドより支援を受けている商店だ。

 だから壊されてもギルドからの助成金が出るし、ギルドから依頼された建設系ファミリアが再建してくれる。商品に関しても商業系ファミリアと提携してるらしいから仕入れもあまり問題ではないらしい。

 まぁ、少しずつ商業系ファミリアの方も外からの仕入れが難しくなってきてるらしいけど。

 

 闇派閥の勢力がオラリオ外でも暗躍を始めたのだ。

 それだけ構成員というか、闇派閥の甘言に乗る欲深い奴が多いってことか……。

 

 その理由は意外と簡単だ。

 

 オラリオが独占している『魔石系産業』である。

 オラリオの外でもモンスターは現れるが、当然ながらその数は少ないし、倒したらそれで終わり。新たに産まれることは基本ない。

 だから、外の世界では魔石を手にする機会は少なく、文明の発展はどちらかと言えば前世の地球に近い。

 

 だが、オラリオでは魔石が無限に湧く。

 それ故に、オラリオは魔石を利用した製品の開発や研究が世界一で、世界中に輸出しているのだが……それら魔石関係事業を全て管理しているのは【ギルド】である。

 ギルドに許可を得ることなく魔石で商品を造ると、捕縛され追放される。輸出入も基本ギルド直営の商店が行っており、そこに一般商店は介入出来ない。商業系ファミリアであってもそうだ。

 

 これが意外と商人達から恨みと不満を買っており、それを考えれば他国なんて当然ムカついているだろう。

 そこに闇派閥が『俺らがオラリオを潰せば、魔石関連事業は好きにしていい』と言われたら、飛びつく者は少なくないだろう。

 

 オラリオを潰す意味と結果を分かっていないが故に。

 

 オラリオを潰すとは、ギルドを潰すという事。

 ギルドを潰すという事は、主神である神ウラノスを送還するという事。

 神ウラノスが送還されるという事は、ダンジョンを神威で抑えられなくなるという事。

 ダンジョンを抑えられなくなるという事は、モンスターを抑えられなくなるという事。

 

 つまり、再びダンジョンからモンスターが世界に溢れ出すという事だ。

 

 もちろん、古代とは違い、今は神の恩恵を授かった冒険者達がいる。

 すぐに崩壊する事はないだろうが……未だ誰も攻略していない深層の深層から、最下層付近からモンスターが現れたら終わりだろう。

 何故ならそれは3大クエスト並みのモンスターに違いないからだ。

 

 ベヒモスとリヴァイアサンを倒すのに、約千年。

 その千年でも最後の黒竜には届かなかった。

 

 それと同等以上のモンスターが出てくるかもしれない。

 

 多分、その時にオラリオには抗う戦力はないだろう。

 

 その事実に、ダンジョンを知らない国々は気付かない。

 

 そして悔しい事に、その事実を知らしめる術をギルド側、『秩序』側の者は有していない。

 だって、今は50階層すら行ける派閥が1つしかいないのだから。

 行けるのは【フレイヤ・ファミリア】だけ。

 【ロキ・ファミリア】はまだ届いていない。

 

 つまり、『ダンジョンにはもっとヤバいモンスターがいるよ!』とは誰も言えないわけだ。

 出ないかもしれない、という考えに、人は簡単に飛びつくだろう。

 闇派閥の存在がそれを証明している。

 

 だから……人間の愚かな欲望は止まらない。

 

 それを邪神と呼ばれる神々が楽しんでいるから厄介なんだよなぁ。

 

 そんな事を考えながら歩いていると、

 

「む、ヘファイストスではないか」

 

 スセリ様の声に視線を上げると、ヘファイストス様がとある店から姿を現した。

 その店には【ヘファイストス・ファミリア】の看板が下げられている事から、あの店は支店の一つのようだ。

 

「あら。スセリヒメに、フロル・ベルムじゃない」

 

 ヘファイストス様もこちらに気付いて、軽く手を上げて挨拶をくれる。

 神様って他の派閥の子共に対しては二つ名かフルネームで呼ぶ慣習みたいなのがあるんだよな。まぁ、神ヘルメスはアニメではベル達を馴れ馴れしく呼んでたけどな。流石にフィンさん達は二つ名とかだったけど。

 

「店の見回りか?」

 

「まぁね。鍛冶師にとって鍛冶場の維持は命に関わるから、損傷したり、足りない物がないか確認して回って手配してあげないといけないのよ」

 

「……それを主神御自ら?」

 

「人手が足りないの。見習いの子達は上級の子達の補佐で手一杯。店番だってかなりギリギリで回してる状況でね。だから資材や素材の調達・補充は私がやってあげないと時間がかかっちゃうのよ」

 

「ふむ……ゴブニュのところは街の再建の方に駆り出されとるらしいからの。その分、武具に関してはそっちに依頼が殺到しておるか」

 

「そういうことね。椿を始め、ほとんどの子達が二週間近く鍛冶場に籠ってるわ」

 

 わぁ……そこまでか。

 

「特に腕の立つ子達は専属冒険者も多いからね。とりあえず、今は武具を造れるだけ造るって感じよ」

 

「じゃが、それでは素材が間に合わんのではないか? 特にダンジョンで採れる上質の鉱石やドロップアイテムは」

 

「そこを交渉するのが、私の仕事って事。余裕がありそうな派閥に依頼を出して、採って来てもらう。で、報酬として武具の製作費を割引するって感じね」

 

 なるほど。それならかなり安く上級武器を手にすることが出来るってわけか。

 昔の様に長々とダンジョンに籠れない状況だし、少しでも節約できるに越したことはない。

 

「で、そっちは?」

 

逢引(デェト)じゃ」

 

「……こんな状況でよくもまぁ」

 

 思いっきり呆れられたが、俺に半目を向けられても困ります。

 

 俺だって巻き込まれてるんです。

 

 特に寄る場所もなかったので、俺達はそのままヘファイストス様に付いていくことにした。

 ヘファイストス様の護衛って感じ。

 

 ……いや、俺の負担とプレッシャー半端なくない?

 

「女神二柱を両手に華にしておきながら、そんな疲れた顔するでないわ」

 

「そんなこと言われましても」

 

「椿の事と言い、何度も悪いわね、フロル・ベルム。この埋め合わせは何か考えるわ。村正の子に素材をと言いたいところだけど、さっきも言った通り、うちも素材が足りない状況だから」

 

「……いえ、無理のない範囲で構いません」

 

 スセリ様が言い出したことだから、そこまでしてもらわなくてもいいけどな。

 一応ヘファイストス様にはお金出して貰ったし、正重に色々便宜を図ってくれたしなぁ……。

 

「でもいいの? スセリヒメ。せっかくのデートだったんでしょ?」

 

「まぁ、一番は愛し子を休ませる事が目的じゃからな。それにここで別れて、お主が誰かに襲われでもしたら寝覚めが悪い。お主にはまだ借金もあるしのぅ」

 

「あぁ……実はその件なんだけど」

 

「ぬ?」

 

「あの二振りの刀、買い取らせて貰えないかしら?」

 

「え?」

 

 俺はまさかの言葉に目を丸くした。

 

 ヘファイストス様は腕を組んで眉を顰め、

 

「悔しいけど、闇派閥との戦いに勝つためには、あの刀の力がいつか必要になる。そう思ってるの」

 

「ふむ……故に、必要な時に、相応しい者に渡せるように所有権を正式に買い取りたいということじゃな?」

 

「ええ……出来れば、こんなお願いしたくなかったんだけど……。あれだけ高品質の魔剣と不壊属性(デュランダル)の武器は、今のうちの鍛治師でもそう簡単には造れない。だからこそ、いつか必ず振るう時が来るわ」

 

「……」

 

 オラリオ最大最高峰鍛治派閥の主神が断言するんだ。その可能性は非常に高いのだろう。 

 だかあれは、正重にとって由縁が強すぎる代物だ。そう簡単にハイとは言えない。

 

「……正重に決めさせてください。あの刀の持ち主は、正重ですから」

 

「分かってるわ」

 

「では、今晩でも話してみるとしよう。その結果はまた伝えに行くわい」

 

「ええ、ありがとう」

 

 むぅ……ヘファイストス様がそこまで危惧してるって事は、やっぱり少しずつ追い込まれて来てるってことか。

 買取になれば、借金はチャラだけど……やっぱり正重の大事な物を売ったとなると、喜べないなぁ……。正重に何か埋め合わせしないとダメか。

 

 ヘファイストス様を送り届けた先は、1つの大きな工房だった。

 

「まぁったく! この忙しい時に手前渾身の大斧を砕いたなどとあっけらかんとほざきおって!! 流石に手前とて文句の百や千も出てくるぞ!!」

 

 ……なんかしばらく聞きたくなかった声が工房内から響いてきた。

 

「だからすまんと何度も言っとろうが。儂とて壊したくて壊しとるわけではないわい」

 

 そして、もう1人。

 これまた聞き覚えがある野太い声。

 

 あぁ……そういえば、あの人って椿さんが専属鍛冶師なんだったっけ……。

 

 ヘファイストス様がノックもせずに扉を開ける。同時に熱波と汗、鉄の匂いが襲い掛かってくる。

 

 ヘファイストス様はもちろん、俺もスセリ様も正重の工房である程度は慣れてるから問題はないけどさ。

 

「椿、入るわよ」

 

「んん? ……主神様ではないか。それにスセリヒメ様にフロ坊までおるではないか!」

 

「ほう、これはまた面白い組み合わせじゃのう」

 

 工房の端に置かれている木製のテーブルに座っていた2人――椿さんとガレスさんは、こちらに顔を向けて面白い物を見つけたとばかりにニカリと似通った笑みを浮かべた。

 

 ……うん。この2人、似た者同士だ!!

 

「妾達は途中で出会っただけで、護衛ついでの付き添いじゃよ。話に関わる気はないでな。と言うか、お主らがおるならば、もう護衛は十分じゃろ」

 

 スセリ様がそう言って、俺に顔を向ける。

 

 あ、ここで別れますか。異存なしですハイ。

 

 しかし、

 

「フロ坊、お前からもこの馬鹿力に文句でも言ってやれ。この男、獅子丸がミノタウロスを倒した時に使った斧をもう壊しよったのだぞ?」

 

「へ? あの大斧ですか?」

 

「うむ。縁起がいいとか言って気前良く買いおった癖に、半年も待たずに刀身を粉々にしよったわ」

 

 あの時の大斧は俺も見たけど、かなりの上物だったはず。あれをもう砕いた?

 いや、マジでどんな力で振るって、何と戦ったんですか?

 

「じゃから、すまんと言っておるじゃろうが」

 

 ガレスさんは顎髭を撫でながら、心底面倒臭そうに言う。

 何でも下層の階層主である『アンフィス・バエナ』との戦いで、咄嗟に盾として使ってしまったそうだ。

 まぁ、ガレスさんはドワーフだから、耐久性の高さを売りに前に出て味方の盾役になるってのはよく聞く戦法ではある。自分の役割に忠実に努めた結果、武器の方が先に壊れてしまったとのことだ。

 

「全く……ただでさえ材料も不足気味だというに……。お前程の冒険者に満足してもらうだけ得物となると、流石にすぐにとは言えぬ」

 

「それを相談しに来たのよ。儂とてお主らの状況は知っておる。近々ファミリアの連中を連れてダンジョンに潜る予定でな。形ばかりの遠征のようなものじゃが、この際素材集めの依頼も受けるつもりじゃ」

 

「ふむ……で、ついでに新しい武器を作れるだけの素材も集めてくる気ってわけね」

 

「いかにも」

 

 ヘファイストス様の言葉に頷くガレスさん。

 ヘファイストス様は顎に手を当てて小さく頷いており、どうやら否はなさそうな感じ。まぁ、さっきも依頼出してるみたいなこと言ってたしな。

 

「いいでしょ。こっちもそろそろ深層で採れる高品質の鉱石やドロップアイテムの調達を、ロキかフレイヤのところにお願いするつもりだったから。【ロキ・ファミリア】に依頼を出す事にするわ」

 

「心得た。まぁ、フィンやリヴァリアは行かぬから、どこまで量を確保出来るかは分からんがな」

 

「ぬ? フィン達は行かぬのか?」

 

「フィンが言うには少々闇派閥の動きがきな臭いらしい。今地上を離れるのは出来る限り避けたいそうじゃ」

 

「……貴方なら大丈夫だとは思うけど。深層に行くのにそんな手薄な陣営で大丈夫なの?」

 

「なぁに、階層を延ばすわけでもなし。ヒヨッコ共を鍛える良き機会じゃわい。がはははは!」

 

 ガレスさんはヘファイストス様の不安を吹き飛ばすかのように豪快に笑う。

 そして、本当に普通にこなして来そうだから凄いよな。これが経験を積んだ冒険者の信頼と風格って奴か。

 

「それにしても……ここ最近のオラリオはお主らの噂でと持ちきりじゃぞ、【迅雷童子】。獅子人のランクアップに――【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】との決闘などな」

 

「……【女神の戦車】とのことまで広まってるんですか?」

 

 あれは誰にも見られてないはずだし、俺達も他の人には話した事はない。ドットムさんもシャクティさんに報告はしてるだろうけど、シャクティさん含めあの人達が悪戯に広めるとも思えないんだが……。

 

「おう。儂はあの暴力女から聞いたがな」

 

「暴力女?」

 

「ミアじゃ、ミア」

 

「……あ〜……」

 

「【フレイヤ・ファミリア】の方から広まったようじゃのぅ」

 

 スセリ様も呆れ顔を浮かべる。

 

「あそこは女神に直接関わらなければ、団員の醜聞など気にも留めぬ連中じゃからな。【女神の戦車】は【フレイヤ・ファミリア】の有望株ではあるが、まだまだヒヨッコじゃ。蹴落とそうとした愚か者が広めでもしたのであろうな」

 

「……うわぁ」

 

 そいつ、アレンに殺されてそう。そして、俺もまた襲われそうだなぁ。

 

「でじゃ、その噂がうちのファミリアにも広まり、【女神の戦車】をライバル視しておった若い連中がお前さんにも目をつけた」

 

「え」

 

「諦めろ。伸びてくる連中が目の敵にされるのは、ここでは日常茶飯事よ」

 

「それはそうでしょうが……」

 

「もしうちの連中に絡まれて戦っても、殺したりしなければ問題はない。まぁ、そちらから喧嘩を売れば話は変わるかもしれんし、うちの連中が勝つかもしれんがな」

 

 簡単に言ってくれるなぁ……。

 流石に【ロキ・ファミリア】とまで因縁作りたくないんだけど。

 

「喧嘩を売って来そうなのはおるのかの?」

 

「おるな。お主らと同じLv.2で活きが良いのが2人ほどの。其奴らは確実にお主らに絡むじゃろう」

 

 断言しないでくれ!

 

 それってもう、フラグだからな!?

 

 



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未熟な嫉妬

お待たせしました。
ちょっと長いです。


 フロルとスセリヒメがヘファイストスと出会っていた頃。

 

 【スセリ・ファミリア】の面々はダンジョン16階層を探索していた。

 

「はああああ!!」

 

 巴が大刀を振り下ろし、最後のライガーファングの首を両断する。

   

 ライガーファングの身体は灰へと変わり、魔石とドロップアイテムの牙が転がる。

 

「お。ドロップアイテムだぜ」

 

 アワランが魔石とドロップアイテムを拾い、ドットムに渡す。

 

 周囲を警戒していたハルハは大鎌の柄で肩を叩きながら、もう片方の手を腰に置く。

 

「いい調子と言えばいい調子だけど。やっぱりフロルがいないと露骨に探索速度が下がるねぇ」

 

「戦力1人減ってんだから当然だろうが。それに早けりゃいいってもんじゃねぇだろ。別に階層を進めるわけでも、依頼があるわけでもねぇんだ。今はステイタスを堅実に上げることに専念しとけ。焦ったってステイタスは上がんねぇぞ」

 

「分かってんだけどなぁ……」

 

「このままではフロル殿に数字だけですが、追いつかれそうですからなぁ」

 

「私はとっくに追い抜かれてますけどね」

 

「なぁ……やっぱフロルのあの成長の早さってスキルかなんかなのか?」

 

「その可能性は高ぇだろうが、ゼウスとヘラのところにも似たような早さで成長しやがった才能の化け物が何人かいやがったからな。断言は出来ねぇ」

 

 かつての最強達にとってLv.5やLv.6など当たり前に辿り着ける領域だったが、それでも成長するにはそれなりの時間と地獄を経験している。

 だが、その中には10代でLv.7に到達した者もおり、『才能の権化』『災禍の怪物』と呼ばれていた。

 

 なので、必ずしもスキルが関わっているわけではない。

 

「坊主は見た感じ間違いなく才能がある。それはお前らの方がよく分かってるたぁ思うがな。だが、それは必ずしも生き残れるって約束されたわけじゃねぇ。むしろこの街じゃ、厄介事を引き寄せることの方が多い。すでにその気配もあるようだしな」

 

「確かに【女神の戦車】といい、闇派閥といい、厄介なのに目を付けられてますなぁ」

 

「うむ」

 

「あんなガキがどんどん自分達を追い抜こうとして来んだ。他のファミリアの連中だって、坊主のことはあんまりいい気分で見てねぇだろうよ」

 

「だろうねぇ……」

 

 自分達が数年がかりで到達した域に、自分の半分近く年下の子供が到達するなどそう簡単にプライドが許さないだろう。自分もまたオラリオで成り上がりたいと思っている者であれば特に。

 

「だが、それは我らもまた同じ」

 

「ん」

 

「そうですね。私達もまた羨みや妬みを向けられる対象でしょう」

 

 ツァオの言葉にリリッシュとディムルも頷く。

 

 フロルと同じ派閥に所属している以上、同じ勢いに乗る自分達もまた妬まれる対象に十分含まれる。

 自分達からすればおんぶにだっこにならないように努力しているが、周りは結局今の実力しか見てくれない。

 場合によっては『自分より小さな子供を戦わせる卑怯者』とすら呼ばれることもあるだろう。――いや、実際そのような声は少ないがある。まだ本人達には届いていないだけ。スセリヒメやドットムは耳にしているが。

 

「ったく……そう言われてもねぇ。アタシらだって全速力で追いかけてるつもりなんだけど」

 

「ですなぁ」

 

「ほれ、そろそろ休息終わりだ。坊主に追いつきたいなら、もっと戦わねぇとな」

 

「へいへい」

 

 移動を再開する一同。

 

 その後もモンスターを屠り続け、17階層へと足を向けた。

 

「流石にLv.2が3人もいりゃあ、18階層までは行けそうか」

 

「階層主も異常事態(イレギュラー)もなけりゃ、だがね」

 

「正確に言やぁミノタウロスをどうにか出来る実力と手段があれば、18階層までは行けるんだよ」

 

「確かにライガーファングなどは某でも倒せますからな」

 

「そういうこった」

 

 その後もモンスターを倒しながら進み、『嘆きの大壁』手前の通路を歩いていると、前方からも冒険者の一団がやってきていた。

 

 そして、互いの顔が視認できる距離まで近づいた時、互いの素性に気付いてどちらともなく足を止めた。

 

「アンタらは……」

 

「ふむ……【スセリ・ファミリア】か」

 

 現れたのは【ロキ・ファミリア】の面々だった。しかしフィン達首脳陣の姿はなく、前回の遠征よりも数は少ない。

 しかも、先頭を歩いていたのはハルハ達と同年代以下に見える若者達だった。

 

 その後方には以前遠征帰りにもいた、着流しを身に纏った老練のヒューマン、そして同じくドットムに似通った気配を纏うドワーフとアマゾネスの3人。

 

「ノアールにダイン、バーラじゃねぇか」

 

「ドットム。最近会わんと思ったら、【スセリ・ファミリア】と行動を共にしておったのか」

 

「まぁな。で、そっちもヒヨッコ共のお守か?」

 

「フィンの奴に押し付けられてな」

 

「まぁ、上で闇派閥の連中と戦うよりはマシだけどね」

 

「それにしても、ミアから聞いちゃいたが、お前があの【スセリ・ファミリア】の指導役とはな」

 

「お前らだって似たようなもんじゃろうが」

 

 老兵達が気軽に言葉を交わす中、若者同士は一切口を開くこともなく、睨み合っていた。

 正確には【ロキ・ファミリア】の方が敵意全開で、【スセリ・ファミリア】の面々は向けられる敵意に対抗しているだけである。

 

 ちなみに【ロキ・ファミリア】の団員達は、鉈とバックラーを携える男ドワーフ、細剣を腰に吊る男エルフ、弓矢を背負う男性ヒューマン、そして杖を握る女エルフ。

 男性陣は今にも殴りかかりそうなほどの敵意を隠しもしていなかったが、女エルフの方はどちらかと言えば緊張と困惑が前面に出ていた。

 

「……はん。今日はあのチビ助はいねぇのかよ?」

 

 先頭にいたドワーフが顔を顰めながら口を開く。

 

「うちの団長なら、今日は主神様のご機嫌取りさ。最近構ってもらえなかったから拗ねちまってね」

 

「ふん! とか言いながら、ダンジョンが怖くなって逃げ出したんじゃねぇのか?」

 

「んなわけねぇだろ。なんで今更ダンジョンに怖がんだよ。そろそろ20階層に行こうって時に」 

 

 アワランが腕を組んで顔を顰めながら、すかさず反論する。

 20階層という単語にノアール達古参組は感心するような顔を浮かべ、ドワーフ達(エルフ少女を除く)は苛立ちを顔に浮かべる。

 

「20階層だぁ? 出鱈目ほざくんじゃねぇよ。Lv.2成り立てのテメェらが20階層に挑めるわけねぇだろ!」

 

「嘘ついたってしょうがないだろ? って言うか、アンタら誰だい。せめて名乗りな」

 

「っ! テメェ……この【道化の奮腕(ロアルム)】のボガルドを知らねぇってのかぁ?」

 

 名乗られた二つ名と名前に、ハルハ達は揃って顔を見合わせる。

 その行動の意味を全員が理解した。

 

「――知らないねぇ」

 

「聞いたことねぇなぁ」

 

「申し訳ありませぬが……」

 

「この――!!」

 

 顔を真っ赤にするボガルド。

 

「ハルハって【ロキ・ファミリア】のLv.2には挑んでなかったのかよ?」

 

「何人かは挑んだけどねぇ……ここに入ってからは止めてるから、その後にランクアップした奴の事は知らないよ」

 

 肩を竦めるハルハに、アワラン達は納得の表情を浮かべるが、ボガルド達は更に怒りを積み上げる。

 

「舐めやがって……! 勢いがあるからって調子乗ってんじゃねぇぞ!」

 

「そこまでにしろ、ボガルド」

 

「なんでですか! ここで立場ってもんを分からせておくべきです!」

 

「あん? 立場だぁ?」

 

 ボガルドの言葉にアワラン達は眉を顰める。

 

「お前ら程度の弱小派閥が、俺ら【ロキ・ファミリア】に楯突くんじゃねぇってことだよ!! ままごとファミリアが!!」

 

「……ままごとファミリアだって?」

 

 ボガルドの罵倒に、ハルハ達が殺気立ち、ノアール達も眉を顰める。

 

「あんなガキが団長とか普通に考えてありえねぇだろ! 誰が見たって神とクソガキの道楽じゃね――」

 

 

ズガァン!!

 

 

 ボガルドの目の前に、大刀が叩きつけられた。

 

「――!?」

 

「その愚かな口を閉じられよ」

 

 巴が怒気を纏いながら大刀を肩に担ぐ。

 

「我らが長は確かに幼い。されど、某は一度としてかの少年が長に相応しくないと疑ったことはあらず」

 

「なっ……」

 

「彼は常に先頭でモンスターに、闇派閥に攻めかかる。一度として、自身を避難誘導役や避難所の守護役に選んだ事はない。探索でも、常に未熟な某達の負担と消耗を一番に考えてくださり、己が鍛錬はいつも本拠に戻られてからされている。本人は隠れているつもりでござるがな」

 

 そう、誰よりも強い故に、フロルはいつも団員の成長を第一に考えていた。

 

 自分の成長が速すぎるが故に、フロルはいつもダンジョンでは団員達の成長を第一に考えていた。

 

 だから物足りないと思った時は、いつも本拠に戻ってから敷地の端で素振りをしたり、筋トレをしていた。

 本人は自室の窓から抜け出して、見つからないように移動しているつもりだったが、スセリヒメはもちろん、狼人族のツァオが気付かないわけがない。

 フロルのそれはあっという間に皆にバレてしまったが、団員達は誰もそれを指摘しない。

 

 自分達の未熟さが原因なのだから。

 

 自分達がもっと早く強くなれば、フロルに隠れて鍛錬させる必要なんてない。

 時折ハルハ達とも本拠に戻ってから組み手をしているが、実はその後も鍛錬をしていることを知っている。

 

「道楽? 幼子だから? 関係あらず。我らが長は、我らの誰よりも強さに貪欲で、ひたむきな努力家であり――優しい。故に我らは彼の背中を追い続けている。故に某は――フロル・ベルムが英雄になられると確信している」

 

 一切の曇りなきその言葉に、ハルハ達、そしてドットムは笑みを浮かべる。

 

「派閥の威を借りて威張る愚かな同族よ。未熟でありながら己が物差しでしか他者を計れぬ浅はかな同胞よ」

 

 巴は大刀をボガルドへと突き出す。

 

「知れ――彼を侮辱され、憤怒するは寵愛せし女神だけではあらず。我らもまた、『嫉妬』と『激情』を司る女神の眷属なれば――その侮蔑、赦し難し」

 

 己よりも幼き者が、己よりも高みにおり、己よりも迅く駆け上っていく。

 その背中に、その才能に、その努力に、『嫉妬』せずにはいられない。

 

 されど、この感情は『負』ではない。

 

 この『嫉妬』は――己を高みへと至らせる『薪』にして『焔』。

 

 故に『嫉妬の源』を侮辱する事は、己が目指す高みを侮辱されたも同義。

 

 浅はかで未熟な『負』の嫉妬を聞き流せる程、己が『焔』は温くない。

 

 赦せる程、己が『焔』は――優しくない。

 

「抜かれよ。そして、覚悟召されよ。このヒジカタ・巴がお相手致す」

 

 武士の誇りを賭けた決闘の申し込み。

 

 格下と捉えている相手、しかも女に馬鹿にされたと思ったボガルドは、巴が宣った言葉を一瞬で頭から放り投げ、ただ戦いを挑まれた事にのみ思考が染まる。

 

「ほざきやがったな! 雑魚女が! Lv.1のテメェがLv.2に勝てるわけねぇだろうが!!」

 

「否――下克上は我が同輩、【闘豹(パンシス)】とアワラン・バタルがすでに為しておられる。勝機は少なくとも、負ける道理もまた、絶対に非ず」

 

 確かにステイタスの差はそう簡単に覆せない。しかし、絶対に覆せないわけでもない。それはすでに仲間が証明している。

 

 故にステイタスが下であることは、勝負を挑まない理由にはならない。

 

「じゃあ、やってみせろオオ!!」

 

 ボガルドは鉈を抜いて叫びながら振り上げる。 

 

 巴はそれを冷静に見つめ、左手で背中に収めたもう一振りの大刀を抜き――振り下ろされる鉈を受け止めるかと思ったその時、素早く右に横移動しながら鉈を左に受け流す。

 

 そして、右手に握る大刀を逆手に持ち直して、更に峰側を向けて薙ぐ。

 ボガルドは慌ててバックラーを装備している左腕を上げて、ガアァン!!と轟音を響かせて大刀を受け止める。

 

 その直後、

 

「ぬぅうオオ!!」

 

 巴は全力で地面を蹴り、左肩甲を突き出しながらボガルドに突撃する。

 

 まさかのショルダータックルに、ボガルドは目を見開くだけで全く防ぐ素振りすら見せず、もろに鳩尾に強烈な一撃を浴びた。

 

「ガッッ――!」

 

 ボガルドは身体をくの字に曲げて後ろに吹き飛ぶ。

 

「ボガルド!? おのれっ!」

 

 青年エルフが細剣を抜き放ち、ボガルドの救援に向かおうとするが、目の前に赤い槍が突き出されて機先を制する。

 

「っ! 貴様っ!」

 

「格下と宣った相手との戦いに横槍を入れるのが、最大派閥の作法なのでしょうか?」

 

 ディムルが長槍を突き出したまま挑発する。

 

 まさかのディムルの挑発にハルハ達は思わず目を丸くする。普段の彼女であれば、むしろ足手纏いにならないように動くはず。

 だが、その理由はディムルが纏う怒気が答えとなった。

 

「貴様ぁ……分かっているのか! エルフが我ら【ロキ・ファミリア】に楯突く意味を!!」

 

「何が言いたいのですか?」

 

「決まっているだろう!! リヴェリア様に矛を向けるという事だ!!」

 

「私はあなたに矛を向けているのであって、リヴェリア様には向けていません。そも、リヴェリア様ならば先程の言葉を咎めぬ訳がありません。あの御方は気高くはあっても、傲慢ではないのですから」

 

「黙れ! 他派閥の者がリヴェリア様を語るな! 我ら【ロキ・ファミリア】のエルフは、リヴェリア様のお側にいる事を神に認められた優れたる者達! 貴様らのような選ばれなかった落ちこぼれとは違うのだ!」

 

「……落ちこぼれ、ですか」

 

「事実だろう! エルフならば、王姫であらせられるリヴェリア様の元に集うのが道理! それを貴様らは――」

 

「確かに。王族たるリヴェリア様に敬意を抱く者であるならば貴殿の言う通りでしょう。しかし、それは――冒険者ではなく、騎士の理屈です。貴殿は、リヴェリア様の騎士になりたいのですか?」

 

「同じ事だ! 冒険者だろうが、騎士だろうが、リヴェリア様の為に戦うのであればどちらでも!」

 

「……そうですか。では、見せて頂きましょう。その忠義が信念あるものか、それとも――ただの驕りか否か」

 

「貴様! この【妖精の麗剣(エルフェンサー)】リスヴェン・レウィヤに挑むとほざくか! 仲間がボガルドに運よく一撃浴びせたからと言って、己もと、それこそ驕ってはいるまいな!?」

 

「その結果は戦いにて。ただ一つ、言わせて頂くのであれば――」

 

 ディムルは二振りの槍を軽く振り回して構え、

 

 

「我が団長を侮辱して、ただで済むと思うな。下郎」

 

 

「ほざけぇ!!」

 

 リスヴェンも猛りながら細剣を構え、鋭く突きを放つ。

 

 ディムルは短槍を軽く回しながら振り上げ、刺突を横から優しく添えるように当てて逸らす。

 

「っ――!?」

 

 ディムルは長槍の持ち手を翻して逆手に握り、石突側を振り上げてリスヴェンに叩きつけようと振り下ろす。

 リスヴェンは慌てて横に跳んで槍を躱す。だが、素早く短槍を回したディムルが石突を鋭く突き出す。

 

 回避に専念して体勢を崩していたリスヴェンは躱す余裕もなく、胸を突かれて後ろに転がる。

 

「ぐぅ!?」

 

 ディムルは追撃せずに双槍を回して、石突を穂先として構える。

 

「どうしました? 今の程度の一撃、我が団長であれば容易にいなして反撃してきますが?」

 

「っ……! おぉのれぇ!!」

 

 リスヴェンは怒りに顔を歪めて、再びディムルへと攻めかかる。

 

 そして、ボガルドもまた巴へと攻めかかっていた。

 

「おらあああ!!」

 

 猛りと共に薙がれる鉈。

 

「ふん!!」

 

 巴は右手に握る大刀を鉈に合わせるように振るい、勢いよくぶつかって火花を散らす。

 鉈と大刀は後ろに弾かれるが、巴はその勢いを利用して左の大刀を振るい、峰をボガルドの右脇に叩きこむ。もちろん、そこは鎧で覆われているがその衝撃は凄まじい。

 

「ぐっ……!?」

 

 衝撃と痛みに顔を顰めるボガルド。

 

「おお!!」

 

 巴は後ろに弾かれた右手の大刀ですかさず追撃を放ち、ボガルドはバックラーで防ぐもこれまた衝撃で上半身が揺らぐ。

 

「コイ――!?(コイツ、なんて力してやがる……!?)」

 

 Lv.2に加え、『力』と『耐久』に秀でたドワーフであるはずのボガルドを、圧倒するまでではないが防戦一方にするほどの威力を()()()放ってくるLv.1の女ドワーフ。

 

 『力』を強化するスキルを保有しているのであろう事は想像出来るも、だからと言ってそれに対処出来る手段がボガルドにはない。

 

 歯噛みしていると、今度は左の大刀が襲い掛かってくる。

 

 ボガルドは鉈とバックラーで受け止める。

 

(いくら二刀流だからって、何でここまで防戦一方になる!? 別にコイツは速いわけじゃねぇのに……!)

 

 混乱しているボガルドを尻目に、巴は二振りの大刀を大きく振り被り、直後突き出しながら全力で地面を蹴り抜いて飛び出す。

 

 ボガルドは両腕を交差させ、直後に巴の突撃(チャージ)が直撃する。

 肉包丁型の大刀の為、切っ先がないが故に殺傷力はないが、巴の力を十全に乗せることが出来る為、完全に不意を突かれたボガルドに耐える術はなかった。

 

「オオオオオオオオオ!!」

 

「ぐうううおおおおおお!?」

 

 小柄な巴の突撃はやや下から押し上げる形になる。

 

 故にボガルドの両足は地面から僅かに浮き上がり、遂に完全に抵抗する事が出来なくなったボガルドは、背中から勢いよく壁に激突する。

 

「がっは――!」

 

 肺から空気が抜けて一瞬意識が飛ぶ。

 

 その様子を遠巻きに見ていたノアール達は、感心した表情を浮かべる。

 

「ほぉ……完全にボガルドの奴を圧倒するか」

 

「ありゃあこのまま決着つきそうだね」

 

「ノ、ノアールさん! バーラさん! と、止めなくていいんですか!? 下手したら死んじゃうかも!?」

 

 まさかこんな戦いになると思っていなかったヒューマンの青年は、慌てて老練の先達に訴える。その隣ではエルフ少女が顔を青くしてオロオロしていた。

 

「慌てるでない、ガーズ。安心せい、そんなことにはならんだろうさ」

 

「ど、どうしてっすか!?」

 

「分からんか……。はぁ……まだまだ未熟だのぅ。それでよくあそこまで喧嘩を売れたもんじゃ」

 

 ノアールは露骨に失望のため息を吐き、ダインとバーラは苦笑で肩を揺らす。

 

 ガーズとエルフ少女は3人の反応に訝しみ、眉を顰める。

 

「【スセリ・ファミリア】の2人はボガルド達を殺さねぇように手加減してるってことだよ」

 

「……はぁ?」

 

 格下の方が手加減してるという言葉に理解が出来ないガーズ。

 

「よく見なよ。あの2人、峰打ちや石突で攻撃してるのさ」

 

 バーラの言葉にガーズとエルフ少女は、目を丸くして戦いに視線を戻す。

 

 そして言われた通り、確かに巴とディムルは峰や石突の方で全て攻撃を放っていた。

 対して、ボガルドやリスヴェンは普通に刃側で攻撃を放っている。もっとも、リスヴェンの細剣は両刃なので峰打ちしようがないのだが。

 

「確かにステイタスはボガルド達の方が上だが、戦闘技術に関しては嬢ちゃん達の方が数段上だな。ステイタスの差を完全に逆転させてやがる」

 

「ボガルドもリスヴェンも、攻撃の機先を潰されるように誘導されておる。対して、あの娘達の方は次の攻撃に繋げられるように攻撃を放ち、隙を埋めている。例えボガルド達に力押しされても対処出来るようにな」

 

「そ、そんな……」

 

 驚愕するガーズとエルフ少女の目に、細剣を長槍で大きく弾かれたリスヴェンのこめかみに、カコォン!と短槍の石突が叩きつけられる光景が映る。

 

 リスヴェンの上半身は大きく揺れ、その隙を見逃さなかったディムルは右足でリスヴェンの足を軽く払い、更にその右足を振り上げてバランスを崩したリスヴェンの顎を蹴り上げる。

 

「――ッッ!?!?」

 

 顎を跳ね上げたリスヴェン。

 ディムルは振り上げた右足を勢いよく振り下ろして地面を踏み込み、同時に短槍を突き出してリスヴェンの腹部を突く。

 

「ごっ――!」

 

 リスヴェンは後ろに吹き飛び、地面をまた転がる。

 

 そのすぐ近くで戦っているボガルドは、完全に壁に追いやられた状態で、巴の猛攻に防戦一方だった。

 

「そんな……あの2人がLv.1にこんな一方的に……」

 

「やれやれ……だから言うたじゃろう。ステイタスを上げる事に固執した所で勝てるとは限らんとな。その力を使い熟せなければ、ただの飾りと何も変わらん」

 

「それにLv.2とは言え、アイツらもお前もランクアップしてまだ2ヶ月程度だ。お前らが思ってる程、Lv.1との差はねぇぞ」

 

「ま……あの小娘達はちょっと異常と言えば異常だけどね。あそこまでの戦闘技術を持つLv.1なんて滅多にいないよ」

 

「そうじゃな。だが、ロキやリヴェリアの話では、【スセリ・ファミリア】は【フレイヤ・ファミリア】にも引けをとらん程に日頃から本拠で組手を行なっておるらしいぞ。ダンジョンに潜った後でもな」

 

「「なっ……」」

 

「あの戦いを見るにそれは真実のようじゃな。控えておる連中も、ドットムも含めて全員が今の状況を当然と思っておる。……さて、そんな連中の頭を張る【迅雷童子】は、どれほどのものか。確かに、興味を引かれるのぅ」

 

「少なくとも、あの嬢ちゃん達に勝って当然くらいの実力らしいからな」

 

「フィン達や【ガネーシャ・ファミリア】が注目するのも納得だねぇ」

 

 そんな指導者達の考えなど知る由もないリスヴェンは、もう何度目か分からない腹部の突きを食らい、数歩後ずさって片膝をつく。

 

「はぁ……はぁ……ぐっ!……はぁ……はぁ……」

 

「もう終わりですか?」

 

 ディムルは槍を構えたまま問いかける。

 結局リスヴェンはディムルにまともな一撃を浴びせる事など一度も出来ていない。何度か掠ってはいるが、全て鎧に防がれている。

 

「ぐっ……! おのれぇ……!!」

 

「貴殿の剣は確かに見事です。研鑽の歴がよく分かる。……ですが、少々潔癖に過ぎます」

 

「なんだと……!?」

 

「剣筋が綺麗過ぎて、非常に読み易いのです。剣筋を塞ぎ、逸らせば容易に攻撃のリズムやバランスが崩れる。故にステイタスが低い私でも、こうして貴殿を見下ろせる」

 

 モンスター相手であればそこまで苦戦はしないだろうが、基本的に技と駆け引きの応酬である対人戦ではステイタスだけで勝てるほど甘くはなかった。

 

「貴殿らが侮辱した我らが団長は、一対一の戦いで私の前で片膝をついた事はありませんよ。これまでの攻撃も、団長であれば容易く躱し、受け流し、すぐに反撃して、私の方が防戦一方になる。いつも己が未熟さを思い知らされる私が、どうして驕る事が、調子に乗る事が出来ましょうか」

 

 ダンジョン探索とて、自分が足を引っ張っている事など百も……千も万も承知だ。

 だから、弛まぬ鍛錬を続けている。だが周りの者達は、団長はそれ以上の事をしている。

 毎日毎日、ディムルは自分の弱さを突きつけられている。

 

 それでも挫けないのは、やはりフロルの存在だ。

 

 自分の半分以下の歳の子供が、自分以上の努力と鍛錬、そして死闘と苦難を乗り越え、前に進み続けているからだ。

 

 周りからあれだけ注目され、煽てられ、妬まれ、凄いと褒められているのに、喜ぶどころか困惑したような、迷惑そうな顔を浮かべ――時々どこか苦しそうな顔をする少年。

 

 噂は聞いている。本人や主神からも、詳しくではないが話を聞いている。

 

 かの世界記録を為した時に、悲劇があった。

 

 失われた命が、救えなかった命が、見捨ててしまった命があったと。

 

 救うべき同族()に、逆に生き残る力を貰った。その命と引き換えに。

 

『だから――誇る理由がない。偉業なんかじゃ、ない』

 

 そう、彼は告げた。

 

 そんな彼のやっている事が、ままごと? 道楽?

 

 ありえない。ふざけるな。一体彼の何を見ている?

 

 私が追いかける背中を、侮辱するな。

 

「関係ありません。リヴェリア様であろうが、最大派閥であろうが、神であろうが……我が信念と誇りに懸けて、我が団長を侮辱する事を、私は赦さない」

 

 【スセリ・ファミリア】はフロル・ベルムの為に在る。

 

 その通りだ。このファミリアは、彼と歩みを共にする、支える者を集める為に在る。

 

 少なくとも己は、彼と共に戦う為に、彼と共に戦いたいから、此処にいる!

 

「エルフとして落ちこぼれようと構いません。武人として、我が槍を捧げる御方はすでにいる」

 

 故に――

 

「我が歩みに、迷い無し」

 

 ディムルの言葉の力強さに、リスヴェンは一瞬気圧されるもすぐに歯を食いしばって、ふらつきながら立ち上がる。

 

「おのれ……騎士気取りの、落ちこぼれが……!」

 

 その言葉にもはや最初の勢いはなく、ただの虚勢、意地に近いものだった。

 それでも、リスヴェンが負けを認める様子はなく、再び細剣を構える。

 

 そしてボガルドと巴の戦いも、同じくボガルドが意地を見せて、武器を構えていた。

 

「はっ……はっ……ちくしょう……!」

 

 巴とディムルは武器を構えながらも僅かに間合いを開けて、2人の出方を窺っていた。

 

「負けてたまるか……Lv.1なんぞに、弱小派閥なんぞに……負けてられねぇんだぁ!!」

 

 ボガルドが叫びながら鉈を振り上げて切りかかる。

 

 それに合わせてリスヴェンも刺突を放とうと足を踏み出す。

 

 巴とディムルが迎え撃とうとした、その時。

 

 

「そこまで!!」

 

 

 4人の間に人影が滑り込み、巴とディムルは素早く後ろに跳び下がる。

 

 そして、滑り込んだ人影の1つは武器を振るうボガルドの腕を掴み、もう1つの人影は突き出された細剣の切っ先に長剣の腹で受け止めた。

 

「「!!」」

 

 目を見開くボガルド達の前にいたのは、ダインとノアールであった。

 

「ここまでにしとけ、ボガルド」

 

「ダインさん……!」

 

「お前もじゃ、リスヴェン。剣を収めろ」

 

「ノアール殿……! しかし!」

 

「お主等の負けじゃ。素直に受け入れぬか」

 

「「ぐっ……!」」

 

 尊敬する先輩冒険者に言われては流石にこれ以上反抗する事は出来ず、ボガルドとリスヴェルは武器を下ろして項垂れる。

 

 それを確認したノアールは後ろを振り返り、

 

「もうこれ以上手を出す気も、出させる気もない。だから、そちらも武器を収めてくれ」

 

 そこには先程までノアール達同様、後ろに控えていたハルハ達【スセリ・ファミリア】の面々が武器を構えて、巴やディムル達を囲む姿があった。

 

 ハルハ達はノアール達が動いたのと同時に動き、巴とディムルを援護する陣形を整えたのだ。

 

 その動きを離れたところで見ていたガーズとエルフ少女は驚きに瞠目していた。

 

「何を驚いてんだい、ガーズ、アリシア」

 

「い、いや……でも……」

 

「今の動きは……」

 

「そりゃ戦いに割り込まないようにアタシらを警戒してたに決まってるだろ? アタシらだって同じだしね」

 

「もっとも、戦ってる嬢ちゃん達もこっちにずっと意識向けてたがな」

 

 視線を向けられたハルハは武器を下ろし、肩を竦める。

 

「そりゃあ、今ここで一番ヤバいのはアンタらだしねぇ。警戒しないわけにいかないだろ」

 

「そうですな。戦いの最中こそ、最も隙が出来やすいもの。警戒を怠る事など出来ますまい」

 

「流石に第一級、第二級の冒険者にも我が技が通じるなどと自惚れてはいませんので」

 

 巴とディムルの言葉にボガルドとリスヴェンは顔を顰める。

 それはつまり、自分達はその余裕を持てる相手だと言われた事に他ならないからだ。

 

「さて、今回はここで幕引きとしよう。此度の件はフィンとロキに確と報告し、此奴らには落とし前をつけさせる。もちろん、儂らもな」

 

「……まぁ、今回はこっちも挑発に乗り過ぎたしね。アタシらも今回の件は団長と主神に判断を委ねるとするよ」

 

 ハルハは巴とディムルに顔を向け、

 

「それで良いかい?」

 

「はい」

 

「異存無し」

 

「さて……とりあえず、一度18階層まで行って休むかい?」

 

「だな。暴れたりねぇし」

 

「2人、武器、整備する」

 

「感謝致す」

 

「じゃ、アタシらは進ませてもらうよ」

 

「うむ」

 

 そう言ってハルハ達は歩き出し、ノアール達の横を通り過ぎようとする。

 

「――あぁ、そうだ」

 

 するとハルハがわざとらしく声を上げ、ボガルド達に顔を向ける。

 

「一つ、言い忘れたけどね」

 

 ボガルド達は眉を顰めて訝しむ。

 

 ハルハはニヤリと意地悪い笑みを浮かべ、

 

 

「アンタらが馬鹿にしたうちの団長だけどさ。組手だけど、アタシら全員を相手にして小一時間は戦い抜けるよ。もちろん、反撃ありでね」

 

 

「「!!」」

 

「くくっ! じゃあね」

 

 ボガルド達は目を丸くして固まり、その反応を見たハルハは心底楽しげに笑い、歩みを再開する。

 アワランやドットムはハルハの仕返しに苦笑し、巴やディムル、ツァオ達はもはや興味を失ったかのように、見向きもしなかった。ぶっちゃけ、まだ怒っているだけなのだが。

 

 ボガルド達は苦々しくハルハ達を見送り、姿が見えなくなった所で、

 

「くそっ!!」

 

 ボガルドが悔しさを吐き出した。

 リスヴェンも両手を握り締めて羞恥に震える。

 

 ノアールは腕を組み、片手で顎髭を撫でる。

 

「どちらが立場を分かっていなかったか、理解は出来たかの?」

 

 ノアールの言葉にボガルドとリスヴェンは肩が跳ねる。

 

「お前達がファミリアに誇りを持つ事に関してとやかく言うつもりはない。儂らとて【ロキ・ファミリア】に誇りを持っておるしな。――だが、その誇りを驕りにしてはおらん」

 

「俺達だってファミリアを支えてる。だが、ファミリアを最も支えてるのは、誰だと思う?」

 

「「……」」

 

「言うまでもなくフィン達さ。アタシらもアンタらも、アイツらが先頭で命張って来たから、最大派閥の団員だって胸を張れるんだ」

 

「そんなあ奴らが他の派閥をままごとや道楽だと見下し、蔑んだところを、お前達は見たことがあるか? 聞いたことがあるか? 立場を分からせようと、弱者を甚振ろうとした事があるか?」

 

 指導者達の言葉に、ボガルドとリスヴェンは項垂れる。

 

「ゆめ忘れるな。お前達が驕る事が出来たのは、フィン達がこれまで先程の【スセリ・ファミリア】のように、周りから馬鹿にされ、見下され、数え切れぬほどの泥と血の味を味わい、それを乗り越えてきたからだという事を」

 

 ただでさえ冒険者に向かない小人族。これまで危険とは無縁だったハイエルフ。

 そして、立ちはだかるは千年近くオラリオに君臨している【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の怪物達。

 

 何度も一撃で地面に叩き伏せられてきた。片手で薙ぎ払われてきた。戦術を力でひっくり返されてきた。

 

 それでも諦めず、戦い続けたからこそ、【ロキ・ファミリア】はオラリオの頂点の一角に昇ったのだ。

 

 確かにそんなファミリアに入団出来たのは自慢だろう。誇りだろう。

 だが、派閥の強さは、自身の強さと同じではない。【ロキ・ファミリア】に入れたからと言って、努力をサボれば周りに置いて行かれるのは当然のことだ。

 

 『神の恩恵』によって得られる恩恵に、違いはないのだから。

 

「今のお前達と【スセリ・ファミリア】は何も変わらぬ。お前達はファミリア内でも、オラリオでも、まだまだ未熟者なのだ。驕る余裕など、あるわけがない」

 

「ってぇわけで! 当分ぶっ倒れるまで特訓してやるからな! 帰ったら早速だ! 覚悟しとけぇ! がはははは!!」

 

 大笑いしながら歩き出すダインに、ノアールとバーラもニヤニヤしながら続き、ボガルド達は顔を真っ青にして項垂れながら歩き出す。

 

 そして、当然ながらこの話を聞いたフロルとガレスは、それぞれの本拠で目を手で覆い、

 

 

「速攻でフラグ回収してんじゃん」

 

「馬鹿な事ほど口にすれば当たる、か。坊主には悪いことしたかもしれん」

 

 

 と、揃って呆れるしかなかったのであった。

 

 

 




サラリとアリシアさん登場。ちなみに彼女はまだLv.1で、入団したてです。彼女はもう少し後でスポットを当てる予定です。

ここで一つお伝え(ネタばれ?)を。

この時期は原作でもダンメモでもほとんど触れられていないので、どうやってもオリキャラがよく出てきます。そして、秩序側も闇派閥側もオリジナルファミリアを考えています。

ですが、【スセリ・ファミリア】以外のオリキャラ、オリジナルファミリアは、構想現段階では原作時期にはほぼ登場しない予定です。
理由は色々です。そこはお察し願います。

この手の作品では、オリキャラの扱いが難しく、評価の分かれ目になると思いますが……やはり気にされている方々も多いようなので、先にお伝えしときますm(_ _)m


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派閥会合・前編

長めです


 さて、夜になりました。

 

 ダンジョンから帰ってきた皆を迎えた俺とスセリ様は、俺は、ハルハ達から上げられた報告に頭を抱え、最後には胡坐をかいたまま額を畳に押し付けて羞恥に蹲っていた。

 

 そんな俺をスセリ様やハルハ達はニヤニヤと見つめていた。

 

 【ロキ・ファミリア】との諍いも十分頭が痛いんだけど……そんなことより――いや、それ以上に問題なのが……。

 

 

 俺の鍛錬、皆にモロバレだったんですね!!

 

 

 めっちゃ恥ずかしい!

 スセリ様はともかく、他の皆にまで知られてるとは思ってなかった!

 

 ヤダなんか恥ずかしくて死にそう。

 

 ガレスさんのフラグなんてどうでもいいくらい死にそう。

 まさか仲間にクリティカルヒットを貰うとは思ってなかったぞ!!

 

「くっくっくっ! 子供の隠し事なんぞ、バレぬと思う方が無茶と言うものよ」

 

「うぅ……」

 

「まぁ、無茶であれば止めておったが、確と翌日などの事を考えておった様じゃからの。妾は見守ることにしたという事じゃ」

 

「で、アタシらはまぁ、自分達の未熟さが原因だからね。口出しにくかったってわけさ」

 

「うう!」

 

 ……いっそ殺してください。

 

 それを【ロキ・ファミリア】に胸を張って暴露してくれちゃった巴とディムルの真っ直ぐさが、今はちょっと俺の心臓(ハート)を抉ってきて痛いの!

 

「まぁ、良いではないか。これで堂々と鍛錬出来るであろうよ。別に絶対に隠すものでもなし」

 

「……そうですけどね」

 

「さて、話を戻すとして……まぁ、妾としては巴達を咎めるつもりはないの。妾の愛し子はもちろん、妾を貶めて赦す理由はない」

 

 サラッと話を戻された……。まぁ、今は本題の方が大事だからいいんだけどさ。

 

 俺はどんよりした顔で体を起こし、

 

「俺も別に問題視する気はないですね。喧嘩を売ってきたのはあっちだし、巴達も相手を殺さないように配慮してたようだしな」

 

 っていうか、巴はともかくディムルがLv.2に勝てるとは思わなかった。

 ようやくランクアップ圏内に届いた能力値だし、まだうちでは勝率は高くない方だったしね。

 

 聞いた感じでは相手はランクアップして間もない感じだったみたいだけど。それでもディムルとの差はそれなりにあったはずだ。

 それを技術だけでほぼ一方的に勝ったなんて……やっぱりうちのファミリアって常識からズレてるのかなぁ?

 

「感謝致す」

 

「ありがとうございます」

 

「ただし、【ロキ・ファミリア】にも謝罪以上の償いは求めない」

 

「ふむ……その心は?」

 

 スセリ様がニヤケながら腕を組んで訊ねてくる。なんか試されてるみたいだけど……。 

 

「1つは同行していた先輩冒険者が積極的に止めはしなかったけど、窘めようとしていたこと。話ではしっかりとフィンさん達に報告して、派閥内で処罰を受けさせるつもりのようですしね」

 

「うむ」

 

「それと結果的にうちに被害はない事。下級回復薬で完治する程度の怪我しか負ってませんし、()()()()()()()にいちいち目くじら立てて、相手ファミリアに賠償を求めるのもぶっちゃけ面倒です」

 

「まぁ、そうなれば確実に遺恨は残るだろうねぇ」

 

「ああ。それに何より――今日すでに【重傑(エルガルム)】から、そんな暴走する奴が出るかもしれないから、その時は殺さなければボコボコにしてもいいって言われたからな」

 

「「「は?」」」

 

 まさかの言葉にハルハ達は呆けた声を出し、俺とスセリ様は苦笑するしかなかった。

 

 普通、自分の団員達が暴走するかもしれないから、その時はのしてくれていいとか言わないよな。

 

「まぁ、と言うことで……すでに先方から簡単に謝られてる感じだから、ここで更に責任を追及するとやっぱりややこしいことになりそうでさ。逆に相手の不快を買う気がするんだよね。闇派閥が跋扈する中で【ロキ・ファミリア】と必要以上に敵対するのは避けたい」

 

「なるほどねぇ……。まぁ、アタシは何もしてないし、簡単な意趣返しも出来たから文句はないよ」

 

 ハルハの言葉に他の面々も頷いてくれる。

 

 はぁ……これで後はフィンさん達と話をつければ、この問題は終わりだ。まぁ、本人達は反省はしても、俺達を敵視するのは変わらなさそうだけどさ。どっかでまた絡まれる気はする。

 ったく……ただでさえ【フレイヤ・ファミリア】とも因縁が出来たのに、今度は【ロキ・ファミリア】にまで因縁が出来てしまったな。

 

 いやまぁ、これが冒険者としては当然なのかもしれんけど、この状況では勘弁してほしい。

 

 それにしても、やっぱり子供の俺が団長やってるのはあまり受け入れられてないみたいだな。

 最初はフィンさん達もスセリ様の事を不快に思ってたし。やっぱり普通ではないのか。

 

 けど……そんなこと言われてもな~。

 主神に団員達が認めてるんだからどうしようもなくね? 俺だって団長にされて困ってんだからさ。今は弱小だからあんまり仕事なんてないけど。人が増えたり、等級も上がれば色々と事務手続きも増えるだろうしぃ。

 ……色々とメンドクサイ事になっていくんだなぁ。事務員とか雇えないかな? ……無理か。

 

「とりあえず、今後の事も考えて、俺達は鍛錬と探索を続けるってことで」

 

「結局、それしかやる事ないんだよな」

 

「馬鹿にされぬように強くなるしかありませぬか」

 

「フロルが成長すれば、やっかみも減っていくじゃろうて」

 

「先が長い話だなぁ……」

 

「こればっかりはしょうがないさ」

 

 俺って何歳になったら舐められなくなるんだ? 原作とかを考えれば……早くとも15,16? ……いや、長いよ。結局今の倍じゃん。暗黒期終わってる頃じゃん。面倒だよ。

 

 ………うん! 考えるの止めよ!

 

 鍛錬します! 今日からは堂々とね!

 

 ――っと、いかん。忘れる所だった。

 

「正重」

 

「む?」

 

「実は今日ヘファイストス様に会ったんだが――」

 

 例の二振りの刀の買取について話をする。

 借金はチャラになるが、同時に正重の手に戻る機会も永遠に失われるかもしれない。

 

 魔剣はいずれ必ず壊れるものだけど、不壊属性の刀はしっかりと手入れすれば十年は使える武器だ。流石にこっちに関しては、買い戻せるなら買い戻すべきではと、俺は思う。

 

 でも――

 

「問題、ない」

 

 正重は迷うことなく言い切った。

 

「本当にいいのか?」

 

「うむ。ヘファイストス様、使い手、ちゃんと選ぶ。なら、その武器、振るわれるべき」

 

 相応しい使い手がいるならば、その武器の運命を私情で狂わせるわけにはいかないということか。

 

「それに、いずれ、俺、もっといい刀、打つ。だから、問題ない」

 

「……分かった。なら、甘えさせてもらう。ありがとう」

 

「うむ」

 

 これはますます精進して正重の武器に相応しい使い手にならないとな。

 

 だから……これからも頑張ろう。

 

 

………

……

 

 翌日。

 

 今日は俺も探索に行くつもりで、いつも通りスセリ様の朝食を食べていると、ドットムさんがやって来た。

 

「あれ? いつもより早いじゃないか」

 

「残念だが坊主。今日も探索は無理だぞ」

 

「へ?」

 

 いきなり何ですか!?

 なに!? 何をやらせる気ですか?!

 

 ドットムさんは憐みの顔を浮かべながら、懐から封書を差し出してきた。 

 明らかに上質の紙で、封蝋に刻まれた印璽はギルドの物だ。

 

 ……げっ、強制任務(ミッション)

 

「シャクティとギルドから伝達だ。今日の昼過ぎにギルド本部で、ギルド傘下の派閥の代表が集まって会合を開くんだと。で、ガネーシャ(うち)やロキと協力体制敷いてるお前さんもお呼ばれされたってわけだ」

 

「……神じゃなくて派閥での会合? 何で急に?」

 

 便箋を受け取りながら首を傾げる。

 隣で食事をしていたスセリ様や、偶々食事の時間が被ったディムルやハルハ、リリッシュも首を傾げていた。

 

「俺も流石に詳しくは聞いてねぇ。多分【勇者】やシャクティがなんか気になる情報を手にしたんだろうな。まぁ、状況から考えて闇派閥の事だろうよ」

 

「……何か大規模の襲撃が予測されてるって事か」

 

「儂の予想では、だがな」

 

 そういえば、昨日ガレスさんがそんなこと言ってたなぁ。勘弁してくれよ……。

 

「どこまで呼ばれたかは知らねぇが、少なくともフレイヤとヘファイストスんとこは呼ばれてるだろ」

 

 なんでそんなとこにうちが……。

 

 俺はげんなりしながら便箋の封を解き、中身を取り出す。

 

 入っていたのは1枚の羊皮紙のみ。

 記されているのはドットムさんが言った内容。時間と場所、そして参加可能人数だ。

 

「……各派閥から2人まで、か」

 

「そりゃあギルド本部はそこまでデカくねぇしな。団長と参謀ってところだろうな」

 

 ですよね。

 手紙をスセリ様に手渡して、俺は腕を組んで誰を連れて行くか思案する。

 

「……ん~……もし本当に闇派閥の大規模襲撃が予想されるなら、ハルハ達はむしろ今のうちにダンジョンでステイタスを上げといてほしいな。少しでも生き残れる可能性を上げときたい」

 

「そうじゃのぅ。アワランやリリッシュ達Lv.1組は率先して鍛えねばならんし、アワラン達のランクアップを狙うのであれば、やはり中層以下の探索が必須。そうなるとフロルが行けぬ以上、ハルハ達は共に行かねば少々リスクが高いか」

 

「ですよねぇ。はぁ~……うちからは俺1人で、か……」

 

 1人でダンジョン中層よりもヤバイ化け物が集まる死地に行けってか……。

 でも、スセリ様の言う通り、ハルハやドットムさんは絶対にアワラン達の同行から外せない。っていうか、そもそもうちのファミリアに外していい戦力なんて基本いない。

 

 悲しいかな。外れてもまだ問題ないのが、団長である俺って凄く悲しい……!

 

 各主神を呼ばないのは、闇派閥に襲われる可能性を減らすためだ。

 それにロキとフレイヤ、イシュタルが揃ったら、絶対に話は纏まらない。神会でだってなぁなぁらしいからな。

 

 あ~……嫌だなぁ!!

 

「ギルドから招集された以上、顔は出しとけ」

 

「そうじゃな。それこそ、知らぬ場所で勝手に話を決められて強制任務(ミッション)をまた押し付けられかねん」

 

「ですよねぇ……」

 

 仕方ない。情報収集のつもりで行くか……。

 

「それに昨日の【ロキ・ファミリア】のいざこざも話がつけられるじゃろ。面倒事は纏めて終わらせて来れば良かろうて」

 

「……はぁい」

 

 それもそれで気が重い。

 

 ちくしょう……覚えてろよ、ギルド長め! いつかお前を過労で瘦せさせてやる!!

 

 

 

 

 という事で、今日もハルハ達を見送り、時間までスセリ様と鍛錬。

 昼前に終了して汗を流し、昼食をスセリ様と食べて、ギルドに出発。もちろん装備を身に着けて。

 

 スセリ様は1人でホームと言うのも危険なので、ヘファイストス様の所にでも顔を出すとの事。

 ついでに正重の事も話をしてくれるそうだ。感謝です。

 

 俺は重い足取りでギルド本部へと足を進める。

 大派閥がいる中に行きたくないよなぁ。今思い返したら、俺ってオラリオでも随一の派閥の人達ばっか知り合いだな。【アストレア・ファミリア】くらいか? 同等な派閥って。

 正直【ネイコス・ファミリア】のせいで、他の派閥との関わり合いって難しくなってるんだよな。前から知り合いだったらいざ知らず。新たにってのはそう簡単じゃない。

 主神も同席すればいいのかもしれないけど、そんなリスクは冒せない。

 

 なので、交流がどんどん減っているのが現状だ。

 多分、その解決策も話し合うつもりなんだろうが……纏まるかねぇ。言い合いになる未来しか思い浮かばない。

 

 憂鬱な気分が深まりながらも、無慈悲なことにギルド本部に到着してしまった。

 中に入ると、相も変わらず冒険者や依頼人と思われる人達で溢れかえっていた。

 

 とりあえず、受付に声をかけようとしたら、

 

「お待ちしておりました。フロル・ベルム氏」

 

 スーナさんが近づいてきて綺麗な一礼をしながら挨拶してきた。

 ちなみにスーナさんとはなんだかんだでそこそこダンジョンの情報などを教えてもらっている。ドットムさんにばかり情報収集を頼るわけにもいかないからな。

 

 それにツァオのランクアップに関しても報告してるしな。めっちゃ頬が引き攣ってたけど。

 

 案内された先は大きな会議室。

 

 すでにちらほらと俺同様招集されたファミリアの人達がいた。

 椅子は間隔をあけてポツポツと置かれてる。最低限って感じ。すでにいる人達は1人が座って、1人が傍に立ってる。多分座ってるのが団長、立ってるのが副団長か参謀、か。

 

 さて……俺はどこがいいのかな?

 多分奥に置いてある長机が上座なんだろうな。となると……俺は後ろが良いか。

 

「【迅雷童子】」

 

「ん?」

 

 後ろから声をかけられて振り向く。

 

「シャクティさん」

 

「突然の呼び出しですまない。来てくれて感謝する」

 

「いえ」

 

 別にシャクティさんが呼び出したわけでもないのに、相変わらず律義な人だな。

 そして、シャクティさんの後ろには、アリーゼとライラさんがいた。

 

「【アストレア・ファミリア】も呼ばれたのか」

 

「いいえ! 呼ばれてないわ!」

 

 あれ?

 

「でも【象神の杖(アンクーシャ)】が、せっかくだから参加しろって声かけてくれたの!」

 

「【アストレア・ファミリア】は確かにまだ全員Lv.1の下級派閥だが、積極的に巡回を行っている。我が派閥としては今後のオラリオを守っていく上の中核に成り得る派閥を放置しておく余裕はないと判断した迄だ」

 

「なるほど」

 

「ところで【迅雷童子】、お前さんは1人なのか?」

 

「ああ。他の団員は今日もダンジョンだ。ここ最近色々あってな。今回の招集の事もあるし、ステイタス向上とランクアップ目指すってことになったんだ」

 

 ライラさんの質問に答えると、シャクティさんが小さくため息を吐く。

 

「【フレイヤ・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】との諍いは聞いている。冒険者である以上、いがみ競い合うのは常ではあるが……決定的な敵対だけは避けてくれ。ドットムを巻き込みたくはない」

 

「分かってます。こっちは両方に少なからず恩があるので、必要以上にいがみ合ったり、敵対心持つ気はないですよ。派閥としてはどうやってもあっちが上ですしね」

 

「分かってくれているならいいが……。まぁ、君の派閥はオラリオで一番勢いがあると言われている派閥だ。他の派閥の気持ちも分かるがな」

 

 それは俺も分かりますが、喧嘩を売ってくるのは向こうですので。

 

 そんな言い訳を心の中でしながら、そのまま俺は何故かシャクティさんに連れられて長机の目の前の椅子に連れてかれる。

 

 ……あれ?

 

 アリーザはシャクティさんの後ろ。ライラさんはその隣に立つ。

 

 ……あれ?

 

「【スセリ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】が懇意であるのはすでに周知の事実だ。今更取り繕う意味はない」

 

 ……えぇ~……さっき問題起こすなって言ってたじゃん。

 これでまた『生意気な!』と思われて絡まれたらどうするんですか? ……頑張って抗うしかないですよね。あぁ……お腹痛くなりそう。

 

 どんどんとギルドに呼ばれた派閥の代表達が集う。

 

 そして、粗方会議室が埋まってきたところで――

 

「おい、来たぜ」

 

「ああ……【フレイヤ・ファミリア】」

 

 ミアさんとオッタルが堂々とした足取りで現れた。

 

 全く気負っていないのに、こっちは圧し潰されそうな存在感。

 

 会う度に思い出させられる、『頂点』に君臨する者の格。

 

 でも、俺が多分一番感じているのは――『武』を極めた者――俺達が目指すべき『頂点』に立っている『嫉妬』だ。

 この圧迫感は俺の『嫉妬』が、そう感じさせているんだ。

 

 自分が乗り越える『壁』として。

 

 ――あぁ、ちくしょう。

 

 俺もやっぱり、ダンジョン行きたかったなぁ。

 

 そんなことを思っていると、フィンさんにリヴェリアさん、そしてギルド長のロイマンが入ってきて扉が閉まる。

 

 フィンさん達は長机の前まで移動し、俺達に向かい合う様に立つ。

 

「さて――急な呼びかけにも関わらず、こうして集まって貰って感謝する」

 

 フィンさんが挨拶を述べ始める。

 やっぱり、招集の発起人はフィンさんか。

 

「今回集まったのは他でもない……ここ最近闇派閥と思われる者達による怪しい動きを複数確認した。その動きから考えて……大規模な侵攻作戦を目論んでいる可能性が浮上した」

 

 推測と口にしながらも断言に近い色を含ませる【勇者】の言葉に騒めく会議室。

 

「その根拠は?」

 

 オッタルを後ろに侍らせているミアさんが腕を組んで言い放つ。

 

「連中がオラリオのあちこちでこそこそしてるなんざ今更な話だろ。なんで急に大規模襲撃なんて話になるんだい?」

 

 ミラさんの言う通り、これまで闇派閥はオラリオ中で襲撃を繰り返して来た。

 それは一か所であったり、複数個所であったり。

 

 確かに怪しい動きが複数個所で見つかったからって、それが大規模襲撃になるとは限らない。

 

「順を追って説明しよう」

 

 というのは、ここにいる全員が分かっている話。今のは話を円滑に進める予定調和って奴だろう。

 

「確かにこれまでも闇派閥はオラリオ中で暴れてきた。単純な破壊工作に殺人、物資の奪取、魔石工場やギルド関連施設の破壊、そして派閥壊滅。その動きに統率性はなく、好き勝手に暴れていたという印象が強かった」

 

「今回は違うと?」

 

 ある程度事情を知っているはずのシャクティさんが合の手を入れる。

 

 フィンさんは小さく頷き、

 

「先ほども言ったように奴らの動きに統率はなかったが、いくつか共通点がある。その内の一つが、『上位派閥との接敵回避』だ」

 

「闇派閥にも武闘派と呼ばれる実力者や派閥が確認されており、事実過去には【オシリス・ファミリア】という古豪が存在した例もある。だが、当時の最強派閥(ゼウスとヘラ)に壊滅させられた今、その時ほどの力がない闇派閥は、リスクを避けるために現オラリオ最大派閥である【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】、そして憲兵を担っている【ガネーシャ・ファミリア】を筆頭に、上級冒険者を擁する派閥との戦闘を避ける傾向にあった」

 

 フィンさんに続き、リヴェリアさんも説明に参加する。

 

 ふむ……確かに、これまで闇派閥の襲撃では【ガネーシャ・ファミリア】が現れると基本的に撤退してたな。他の場所でも【ロキ・ファミリア】が現れると逃げ出す事が多かったらしい。【フレイヤ・ファミリア】は言わずもがな。

 

 探索系派閥を筆頭に上位派閥は抗争を避けるために、本拠の位置がそれぞれ離れている。

 

 だから闇派閥はその本拠から離れた場所で暴れることが多かったんだけど……。

 

「しかし、ここ最近闇派閥と思われる動きが確認・報告された場所が、これまでとは異なってきている」

 

 フィンさんが言い終わると同時に、リヴェリアさんが奥の壁に設置されたボードに貼り付けられた地図の前に立ち、羽根ペンを手に持つ。

 

「報告が上がった場所は、北東、北西、南西、東、そして――北と南。この六ケ所だ」  

 

 フィンさんが告げた場所をリヴェリアさんが手早く地図に赤丸を描く。

 

 赤丸が全て記されると同時に、会議室がこれまでで一番ざわつき、また殺気立つ。

 

 当然だ。今回告げられた場所ほぼ全てが、大手派閥本拠のすぐ傍なのだから。

 

「まずは北東。ここは言うまでもなく、魔石工場が連なる工業地帯。オラリオとギルドの心臓部とも言える場所だ。ここの警備は最優先で現在も各派閥の者達が巡回を行っている」

 

 そして【ヘファイストス・ファミリア】の本拠や団員達の工房が存在する地区でもある。

   

 でも、ここは以前から執拗に狙われていた場所だ。ここに闇派閥が現れることは、驚くことじゃない。問題はその後だ。

 

 北西は通称『冒険者通り』と呼ばれ、冒険者にとって必要な物資や装備を整える商店、酒場、そして――このギルド本部が存在する地区。

 

「この地区は【ゴブニュ・ファミリア】【ディアンケヒト・ファミリア】の本部はもちろん、ヘファイストスやデメテル、ミアハなどの支店も多数存在している。ここが壊滅すれば、間違いなくオラリオは機能不全に陥る」

 

 ここにはヘファイストス様の執務室もある。

 冒険者に関わる事業を展開している商業系ファミリアは、まず確実にこの北西ストリートに本拠にも等しい拠点を構えている。

 もちろん、ここにもこれまで闇派閥が襲い掛かることはあったけど、あくまで嫌がらせレベルだった。それは当然だ。だって、この通りには常に多くの冒険者がいるのだから。【ロキ・ファミリア】の本拠も近いしな。

 

「南西は『ダイダロス通り』と『歓楽街』。ダイダロス通りに関しては、これまでも数え切れないほどの襲撃があったため、意外ではないかもしれないが、今回は……歓楽街の方で闇派閥の姿が目撃されている」

 

 歓楽街は【イシュタル・ファミリア】の支配地区だけど、昼間は店は開いていないので人気は少ない。だからか、これまであまり被害はなかった。

 今更ここを狙う理由は何だろう?

 

 するとシャクティさんが立ち上がり、

 

「ちなみに歓楽街では現在とある疑惑が持ち上がり、【イシュタル・ファミリア】と共に調査中の案件がある」

 

「とある疑惑?」

 

「一部の娼婦、男娼が、闇派閥によって誘拐され、歓楽街に売られた者達の可能性がある」

 

『!!』 

 

 マジで?

 

 つまり歓楽街の中に闇派閥の人間がいるって事?

 

「元々歓楽街に身を置く娼婦達は、様々な理由で身売りした者達だ。まぁ、アマゾネスの様な種族としての特性として娼婦になる者もいるがな。アマゾネスを除き、身売りする者達の約半分は商会を通じて娼婦になる」

 

「という事は、商人の中に闇派閥と繋がってる奴がいるってわけか」

 

「そうだ。現在【イシュタル・ファミリア】に協力を仰ぎ、極秘裏に娼婦達に事情聴取をしている」

 

「今のところ、違法に売られた娼婦は見つかってないわぁ。まぁもっともぉ、全ての娼館がイシュタル様の統治下にあるわけじゃないからぁ、微妙なところかもねぇ」

 

 そう話すのは【イシュタル・ファミリア】代表のアマゾネス。

 藤色の膝裏まで伸びる長い艶髪を一本の三つ編みに束ねているTHE美魔女って感じの人。

 

 この時期はまだあの蛙女が団長ではないらしい。

 

 それにしても、ふむ……。神イシュタルも全てを支配下に置いているわけでもないのか。あくまで、歓楽街を仕切る顔役って事かな?

 だから商人達も便宜を図ってるんだろうけど、面従腹背的な野心家がいてもおかしくはないか。

 

 まぁ、歓楽街は神も入り浸ってるって話だし。スパイを紛れ込ませるのは持ってこいなんだろうなぁ。

 

「商会の方は我々が調査しているが、あまり順調とは言えん。数が多いのもあるし、そのような悪事の証拠を容易く露呈させる者を闇派閥が選ぶわけもない」

 

「でも、そんな身内がいるところを襲撃しようとしていると?」

 

 俺は首を傾げながら疑問を口にする。

 

「だからこそ、と言う考えも出来る。ヴァレッタならね」

 

「確かに、【殺帝(アラクニア)】ならば逆に襲う事で証拠を隠滅しようとするだろう。それで手を組んでいる商人に裏切らないように恐怖を与え、無関係の商人達には歓楽街も闇派閥の標的に思わせ、外に警戒心を向けさせる。その隙に更に内側に蜘蛛の巣を張る」

 

 なるほど。あの女なら身内くらい普通に殺すか。

 

 

 そして、東は――うちの本拠の近くだ。

 

 

「目撃情報が多いのはギルド施設。この辺りには魔石商品を管理する施設が多数存在する。ここで外からやって来た商人と取引する。ここを襲われればオラリオの収益は大損害だ! 絶対に守り抜かねばならん!!」

 

 ロイマンが唾を飛ばし、ブヨブヨした腹を揺らしながら怒鳴る。

 

 それは分かるけど、なんか他の思惑もあるようで素直に同意できん……。

 でも、うちの本拠や越中屋もあるんだ。油断は出来ないな。

 

「そして北と南。ここまでくれば、わざわざ詳細を話すまでもないだろう」

 

アタシら(フレイヤ)アンタら(ロキ)の本拠の近くってわけか。舐めた真似してくれるじゃないか……!」

 

 ミアさんが不快に顔を歪めて吐き捨てる。

 

 【フレイヤ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】の本拠の近くにまで姿を見せてる……?

 流石にそれは何かおかしくないか?

 

「つまり……闇派閥は【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】を相手取れる戦力がいるって事か?」

 

 ライラさんの言葉に俺達は顔を顰めたり、顔を青くしたりと様々な反応を見せる。

 

 でも、

 

「いや、その可能性は低い」

 

 フィンさんが即座に否定する。

 

「もし本当に僕達に倒せる存在が現れたのであれば、もっと気取られぬようにするはず。わざわざ警戒させる意味はない。いつも通りの襲撃に見せかけて……最初から切り札を出して一気に仕留める、と言うのが一番効果的だ。少なくともヴァレッタであれば、そうするだろう」

 

「そう【勇者】が考えることを読んで、って言う可能性は?」

 

「ないとは言い切れないが、それにしては大掛かりに過ぎる。今の布陣であれば、最低でもLv.6とLv.5がそれぞれ4枚以上ないと、僕達とミア達に同時に勝つのは不可能だろう。流石にそこまでの戦力を用意出来るとは思えない」

 

「……では何が狙いなのだ?」

 

「恐らく狙いは――戦力の分散と固定」

 

 戦力の分散……つまり、各戦力をそれぞれの場所に留めておきたいってことか?

 

 という事は……。

 

「本命はその六ケ所以外の場所、という事……?」

 

「流石だね、【迅雷童子】。僕もそう睨んでいる」

 

 独り言のつもりだったが、フィンさん達にはばっちり聞こえていたようだ。

 でも、やっぱりそう考えるよな。

 

 ……だが、

 

「陽動の可能性があるとはいえ……」

 

「ああ、どこも手薄にしていい個所ではない」

 

「その通りだ。陽動と考え、人手を本命に回した瞬間にそこを狙ってくるのは間違いない」

 

「でも、これだけの場所が本当に全部陽動なの? だって他にもう闇派閥が狙う場所って無くない?」

 

 アリーゼの言葉に俺も眉を顰める。

 確かにそうなんだよな……。これまでずっと狙ってた場所を放置してるわけでもない。考えられるとしたら西のメインストリート? でも、あそこは酒場とか飲食店が立ち並ぶ程度で闇派閥が狙う程の価値はないはず……。

 

 となると……。

 

「連中の狙いはバベル、またはダンジョン?」

 

 俺の呟きに再び視線が集まる。

 

「へぇ、坊主。なんでそう思ったんだい?」

 

 ミアさんがなんかニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべて訊ねてきた。

 ……なんか答え辛いな。

 

「……確かに北東の魔石工場とか、このギルド本部とかも襲撃されたらオラリオは機能不全に陥りかねないけど、言ってしまえば()()()()です」

 

「そ、それだけだと!? 何を馬鹿な事――」

 

「時間はかかるかもしれないけど、それらはまだ復興出来る。でも、バベルはそうはいかない」

 

 ロイマンの怒鳴りを遮って、続きを口にする。

 

「バベルが崩壊したらモンスターが地上に溢れ出す。そうなれば新たな蓋が出来るまで、戦い続けなければならない。しかも、あそこには多くの神々が住んでいる。もし崩壊に巻き込まれれば……オラリオの戦力は半減なんて話じゃすまない」

 

「けど、流石にバベルを崩壊させる戦力なんてないだろ?」

 

 

「そうだな。だから俺なら――ダンジョンの入り口を崩壊させる」 

 

 

「「「!!」」」

 

 ライラさんの反論への答えに、ライラさんはもちろん、アリーゼやシャクティさん、他の面々も目を見開く。

 フィンさんやミアさんは、驚かないけど。

 

「誰もダンジョンに入れないようにする。これだけで十分オラリオに損害を与えられる」

 

「だ、だがどうやって……!?」

 

「流石にそこまでは分かりませんが……ダンジョン一階が崩壊すれば、その修繕は時間がかかりますよね? そして、その間は誰もダンジョンに潜れない」

 

「……そうだな。少なくとも2週間は封鎖するだろう。闇派閥の再襲撃を警戒するとなれば、更に時間はかかる可能性が高い」

 

「つまり、その間は誰も魔石を回収できないという事ですよね? そして、闇派閥はその隙に他の場所を襲ったり、修繕しかけた入り口を再び壊そうと何度も襲い掛かり、それを守るために人手が取られる。だから、また他の場所を。その繰り返しです。そうなれば――」

 

「高確率で暴動が起こるだろうね」 

 

「そしてオラリオは混沌に包まれる、か」

 

「だから、大規模侵攻。そう言う事ですよね?」

 

 フィンさんに顔を向けて訊ねる。

 

 フィンさんは真顔で小さく頷いて、

 

「その通り。そして現状……闇派閥の作戦を防ぐ手段が、僕達には情けない程に少ない」

 

 派閥同士の不和、不信感。

 これが闇派閥の大規模侵攻への足枷になっている。

 

 挙げられた六箇所を守るだけならば、各々好きに動けば良い。だけど、そうなるとバベルが敵の手に落ちかねない。

 しかしバベルを守れば、六箇所の手薄な場所が陥落する可能性が高い。

 

 このままでは確実にどこかが潰され、オラリオに大ダメージを与えられてしまう。

 

 それを防ぐ為には……こっちももっと纏まらないといけない。

 

「これが今回集まって貰った最大の理由。少なくとも今回に限っては、各派閥の因縁や蟠りを横に置く必要がある」

 

「だが、今回限りではその場凌ぎにしかならない。故に、ある程度協力や連携が取れる手段をここで講じておくべきだろうと、我々は判断した」

 

 ここの我々と言うのは、多分【ロキ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】、ギルドのことだろう。

 

「なるほどなぁ」

 

「……うん! 私は異論無いわ! オラリオはもちろん、ここで暮らす人達を守る為に手を取り合うのは絶対に必要な事だわ!」

 

 アリーゼの言葉に場の雰囲気は肯定的なものに傾いた。

 俺も異論はない。誰も彼も疑うのは嫌だし、気分悪いし、疲れるからな。

 でも、問題はその手段だ。【ネイコス・ファミリア】によって作り出されたこの不信感を最小限にするだけの策は、そう簡単なものじゃない。

 

 とりあえずやってみよ、では最悪の事態を招く可能性もある。

 でも、迅速に動かないと闇派閥の動きに対抗出来ない。そうなれば、冒険者じゃない住人達も恐怖や不満が限界を迎え、その爆発はギルドや冒険者に向けられるだろう。

 

 やれやれ……本当に、頭が痛い。

 

 あーダンジョン行きてぇ〜。

 

 俺はうんざりしながらも、具体的な話を始めようとするフィンさんの言葉に、耳と意識を傾けた。

 

________________________

簡単キャラプロフィール!

 

・スセリヒメノミコト

 

所属:【スセリ・ファミリア】主神

 

種族:神

 

職業:フロルの母兼師匠(あれ?)

 

事柄:『嫉妬』『激情』

 

 

好きなもの:フロル、負けん気の強い者

 

苦手なもの:ミアハ(悪気なく構い倒すので怒りにくい)

 

嫌いなもの:浮気者、愚か者

 

 

 極東系に属する女神で、現在オラリオでは極東系唯一神。

 本来は極東に降臨するつもりだったが、フロルを見つけて変更した。普段は思慮深いのだが、好きな者に対してはある意味フレイヤやヘスティアを超える行動力と執着心を発揮する事で有名。

 

 身長171cm、年齢ン億歳。

 

 事柄から暴走しがちな危険な女神と思われやすく、思われているが、『嫉妬』も『激情』も、その真意は『揺るぎない愛情』と『困難を乗り越える勇気』を示す為のもの、つまりは『苦難を克服する為の献身』を表している。その一途さ故に『美の女神』とは相性が悪く、そのせいかフレイヤの『魅了』も実は効かない。

 これは『嵐』と『勇猛』を司る『英雄神』スサノオの娘故の性質であり、彼女は広く言えば『武』と『勝利』を司る女神なのである。

 

 そのためか天界全土の女神の中で、武力に関しては最強格。

 自分のモノに手を出す輩には容赦なく拳と蹴りを浴びせ、ぶん投げ、へし折るため、天界で恐れられるようになった。三大処女神と呼ばれているアルテミスとアテナからはよく懐かれており、最恐と恐れられていたヘラとは互いに良き奥様友達で――ヘラに武術を教えた張本人。

 

 周囲曰く、『スセリヒメは()()良識あるヤンデレ』『ヘラはあらゆる常識を捨てて狂い猛るヤンデレ』『だから、ヘラよりはまだマシ。でもヘラと比べてだからヤバいのは一緒だよね……マジ恐い』とのこと。

 

 基本的に相手側が余程のちょっかいを出さない限りは無害で、慈悲深い神であるため、争い事をあまり好まないツクヨミ、ヘスティア、デメテル、アストレア、ヘファイストスなどの温厚な女神とも良好な関係を築いており、彼女達に直接的ないし間接的に危害や迷惑をかけていた輩(ロキ、アフロディーテ、フレイヤ、イシュタルなど)から守ったり(物理)もしていたので、色んな意味で顔が広く、信頼も厚い。そして、男神からは信頼以上の恐怖も抱かせている――ヘラと仲が良く、共に暴れる時があるのが一番恐れられていた理由。ちなみにスセリヒメは、どちらかと言えば荒ぶるヘラを宥めていた方で、しかしヘラが大暴れして止めようとすると周辺一帯が崩壊しかねないので、結局元凶をさっさと潰す方が早いという結論になり――一緒に制裁する事になる。

 

 男神陣コメ:

 スサノオ『怒らすな危険、怖い』

 オオクニヌシ『献身的で可愛いんだけど、浮気したって思われたら……怖い』 

 ゼウス『尻を触れば片腕折られる、そんでヘラにチクって一緒に制裁してくる、超怖い』

 タケミカヅチ『困っていた女神を手助けしたら、いきなり頭から地面に叩き落とされた、怖い』

 ヘルメス『アルテミス達の沐浴を覗きに行ったら、チョロチョロとうざったいと殴られて埋められた、怖い』

 アポロン『ヘスティアに求愛してたら、気色悪い顔をヘニャヘニャと見せるなと飛び膝蹴りを浴びせてきた、怖い』

 などなど。

 

 女神陣コメ:

 ツクヨミ『相手が誰であろうと大切な人の為ならば迷わず動ける、凄い』

 ヘラ『ちょっと甘い所があるけど、話が合うから一緒にいて楽しい、でもゼウスは私の』

 ヘスティア『怒ると怖いけど、話せば分かってくれるしとても優しくて頼り甲斐のある神だよ、カッコいいのさ!』

 ヘファイストス『暴れられると厄介だけど、普段は頼り甲斐があって、それでお節介焼きなのよね、善い神よ』

 アストレア『正義や秩序とは違うかもしれないけど、自分の信念を真っ直ぐ持ってるの、とても優しい神よ』

 アルテミス『一途で献身的なその愛は素晴らしい。そして、その気高さや強さは尊敬に値する、真っ直ぐな女神だ』

 ロキ『下手に手を出すとマジでヤバい、怖い』

 アフロディーテ『ヘファイストスから浮気された事を相談されたらしく、ヘラ並みに怖い顔でアイアンクローされた、マジ怖い』

 イシュタル『奴の男を誘惑したらパイルドライバーやられた、くそったれ!』

 フレイヤ『痛いのは困るけど、彼女と遊ぶのは楽しいわ、怒らなければ』

 などなど。

 

 フロルの事は一目惚れ。理由はぶっちゃけフレイヤがベルに惚れたのとほぼ同じで、天界にいる時に偶々下界を覗き、不思議な輝きを放つ魂を擁するフロルに惹かれたからである。

 

 基本的に一途であるため、フロルが最優先である事は変わらないし、変えられないし、変える気もないが、ハルハ達団員達に愛情が無いわけではない。

 アワランの漢気は素直に嬉しいし、巴達極東出身の者達が成長していく様などは心の底から愛おしいと思っている。

 しかし、『嫉妬』や『激情』とは固執するからこそ真価を発揮するもの。故に、スセリヒメの真の愛は常に一人にのみ注がれる。

 

 お気に入りはフロルを抱き枕にすること。

 

 どれだけ団員が増えようとも、フロルの食事は自分が作る気でいる。

 

 アーディのことは『小娘め! フロルが欲しければ妾を倒すのだな!』と思っている。

 




実はスセリヒメもロキ同様、下界に下りて少し丸くなった神だったりする。

多分あと百年くらい早くオラリオに来てたら、ヘラと一緒に大暴れしてた可能性大(笑)。
そして、これこそが他の神々がスセリヒメを怖がってる理由。『下手な事すれば……ヘラが帰ってくるかも』と。


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派閥会合・後編

遅くなりました


 問題を共通認識出来たところで、ようやく対応策について話し合う事に。

 

「付け入る隙があるとすれば、襲撃場所が分散している事のみ。闇派閥と一括りにされてはいるが、結局は好き勝手に暴れたい無法者達だ。派閥を混ぜて戦力を配置するとは思えない。つまり、各場所の戦力はこれまでの戦いで把握されている枠を超えてくる可能性は低い。……向こうに切り札がなければ、だけどね」

 

 フィンさんが苦笑しながら言葉を付け加える。

 確かにそこは懸念すべき点ではあるが、そこを警戒していては何も出来なくなってしまう。

 

「更に理想を言えば、やはり事が起きる前に防げることに越したことはない。襲撃前に闇派閥の機先を潰すのが最も被害が少ない」

 

「それはその通りだが……」

 

「それが出来りゃ苦労しねぇだろ……」

 

「そうだね。――だが、全て潰す必要はない。1つ……いや、2つ……。2つ潰すことが出来れば、他の4か所とバベルを守り切るに十分な戦力を回すことが出来る」

 

「2つって言っても……どこを?」 

 

 どこだって潰せるものなら潰しておきたいはずだ。

 選べって言われても選べるものではないだろう。

 

「現状、最も迅速に潰せると考える場所は3つ。北、南、北西だ」

 

 【ロキ・ファミリア】本拠、【フレイヤ・ファミリア】本拠、ギルド本部周辺、か……。

 

 まぁ、確かに単独派閥で十分以上に戦えるロキとフレイヤの派閥は分かる。闇派閥の構成員が隠れ潜んでいる場所を、力で叩き潰せばぶっちゃけ終わっちゃうだろう。

 でも、ギルド本部の方は?

 

「何で北西なの? 北西は逆に冒険者で溢れかえって、潜伏場所はいくらでもあるんじゃない?」

 

「これまでであれば、その通り。とてもではないが、炙り出す事は不可能だっただろう。――だが、これからは違う。ギルドを中心とした情報網を形成し、ギルド本部周辺に存在する商業系派閥と協力体制を敷く」

 

「と言うと……どういう事?」

 

「この周囲はギルド、そして商業系派閥の管理下にある建物が多い。更に派閥に属していない商会に関しては、ギルドと【ガネーシャ・ファミリア】の権限で情報を提供してもらい、可能な範囲で捜索させてもらう。その情報を全て集めれば、潜伏場所や侵入経路はかなり絞られる」

 

 確かにそれなら行けるかもしれないけど……そんな簡単に情報を提供してくれたり、捜索させてくれるのか?

 

「……私達商業系派閥は確かにギルド傘下ではあるけど、流石に全部全部情報を明け渡すのは話が変わるわよ?」

 

 【デメテル・ファミリア】の代表が腕を組み、顔を顰め乍ら苦情を言う。

 その周囲にいる商業系ファミリアも同じように渋り顔だ。

 

「必要なのは所有している建物の情報だけで構わない。流石にギルド傘下の派閥まで疑惑の目を向けるつもりはない。あくまで捜索するのは他国や個人の商会だけだ。先程も【象神の杖】からの話もあったように、闇派閥と繋がっている商会が存在する可能性がある以上、ギルド周囲の調査は必要不可欠……と言う名目で押し切る」

 

「拒否したら?」

 

「当然、後ろ暗い事があるという事でギルドの要注意リストに載る。そしてその場合、ギルドとの取引や商業に関する権利を一部制限する事になるだろうね」

 

 フィンの言葉にロイマンに視線が集中し、腕を組んだロイマンも渋々と言った感じで頷いた。

 

「あまり強権を振るいたくはないが……この神ウラノスがおられるギルド本部やオラリオの主要事業である魔石工業を狙われたとあれば、致し方あるまい」

 

 魔石事業に関してはともかく、このギルド本部が闇派閥の手に落ちるのは避けなければいけないのは誰もが同意するしかない。

 神ウラノスがダンジョンの暴走を抑え込んでいるのは公然の事実。他の神でも出来るんだろうけど、それを変わる神もまた少ないだろう。信用問題もあるだろうしな。

 

「だが、君達の懸念ももっともだ。だから、最優先は北と南。この2か所さえ抑え込めば、僕達やミア達も各所に配置出来る」

 

「……抑え込めなかった場合は?」

 

 訊きにくい質問をシャクティさんがする。これは憲兵でもある【ガネーシャ・ファミリア】でなければ訊けないことだろう。

 

「申し訳ないがバベルを最優先で守ることになる。【ロキ・ファミリア(僕達)】からはガレスを、【フレイヤ・ファミリア】からはミアかオッタルのどちらかをバベルの守護に派遣してもらう」

 

「あそこにゃうちの女神もいるからねぇ……」

 

 ミアさんが顔を顰めてため息を吐く。ちなみにオッタルはずっと黙ったままだ。

 

 でも、確かにそれが現実的ではあるよな。そうなると……結局他の個所はこれまで通り、それぞれで探り、警備を厳重にしないといけないってことか。

 

 その後も話し合いは続き……結果、北はフィンさんとリヴェリアさん主体で【ロキ・ファミリア】が。南はミアさん率いる【フレイヤ・ファミリア】。北西はギルド長ロイマンを筆頭に、本拠を設置している【ディアンケヒト・ファミリア】と【ゴブニュ・ファミリア】を主体に、戦力としてオッタルが。

 北東は【ヘファイストス・ファミリア】と各派閥勇士、そしてガレスさん。南西は【イシュタル・ファミリア】とこれまた各派閥勇士(と言う名の娼館に世話になっていて潰れると困る野郎共)。

 そして、東は【ガネーシャ・ファミリア】と俺達【スセリ・ファミリア】。バベルはガレスさんとオッタルが兼任って感じになった。

 

 だが、【ガネーシャ・ファミリア】は各地の巡回や他の主要施設、門番など、考えるだけで億劫になる箇所の警邏と警備を担っている。

 なので、基本的に東はやはり本拠がある俺達がメインにってことになるだろう。やれやれ……流石にこれは嫌だなんて言ってる場合じゃないなぁ。またダンジョン探索が遠のきそうだ。

 

「さて……続いてだけど、今後の協力体制についての話し合いを行いたい」

 

「それって意味あるのか? 無理に手を組むのも余計な軋轢を生みかねない」

 

「だが、上手く回れば闇派閥への効果的な牽制になる。今回で必ず結論を出す必要はないが、後回しにしていい問題でもない。現状【ガネーシャ・ファミリア】の負担があまりにも大きい」

 

「我ら【ガネーシャ・ファミリア】から頼みたいのは巡回だ。入団したばかりの団員の力まで借りなければ手が回らない状況の今、闇派閥の脅威を抑え込めない可能性は出来る限り減らしたい」

 

「私達【アストレア・ファミリア】も巡回をしてるけど、実力的にも人数的にも焼け石に水って感じだしね……」

 

 他派閥からの言葉に、リヴェリアさん、シャクティさん、アリーゼが現状の憂いを正直に話す。

 

 そうは言ってもなぁ……。いや、巡回が嫌だって訳ではなく、探索もある中で巡回もとなると、シャクティさんが言っていたようにこっちも全団員で対応しなきゃいけない。

 まぁ、だからこその話し合いなんだけどさ。

 

 でも、先程他派閥の代表の人が言ったように、不和の可能性は無視できないものだ。それを解消するのは簡単じゃない。

 

 それに……現状巡回は善意によるボランティアだ。

 それが悪いわけでもないし、ある意味冒険者の特権に対する責務ではあるのかもしれないが、生活していかなければならない以上、どうやっても資金稼ぎに手を取られるのはしょうがない話だ。

 弱小派閥はただでさえ日々の食費に装備代、家賃や借金返済とかに手一杯だからな。

 

 うちだって借金があるから余裕があるとは言えないし。少し前までの闇派閥との戦いはギルドからの強制任務(ミッション)で報酬が少なからず出たから、まだ良かったけどさ。

 善意だけでやっていけるほど、今のオラリオは冒険者に寛容じゃない。

 

 ……となると、他の派閥の冒険者を引き入れる為に一番いいのは……。

 

「ギルドからの冒険者依頼(クエスト)って形にすればどうだろう?」

 

 俺は深く考えずに頭に浮かんだことを口にしてしまった事を、言い終わって視線が俺に集まった時に気付いて後悔した。

 しまった……! つい口にしてしまった。

 

 俺が眉を顰めるのと同時に、フィンさんが獲物を捕らえた狩人の様な笑みを浮かべた。

 

「詳しく話を聞かせてもらえるかい? 【迅雷童子】」

 

「ギルドからは強制任務(ミッション)をすでに出すことで、各派閥に協力してもらっている。今更冒険者依頼(クエスト)を出す事に何の意味がある!?」

 

 ロイマンが小馬鹿にするように、顔を顰めながら言い放ってきた。

 

 ……ぐぅ。ここで今更はぐらかす事に意味はないか。

 

「確かに強制任務(ミッション)はある。でも、それは結局ギルドに認められた派閥だけの話。強制任務(ミッション)が出なかった派閥は無報酬。【アストレア・ファミリア】のように正義感と信念のみで、動く……動ける冒険者は余裕がある中堅上位か大手派閥が普通だ。その日暮らしになりがちな弱小派閥や入団したての新人にオラリオを守る余裕はない。それに強制任務(ミッション)は派閥に出されるもの。個人にやる気があっても、派閥に余裕がなければその意気は続かないし、意味がない」

 

「……確かにね」

 

「アタシらだっていつもギリギリだしな」

 

「そうね。探索の合間だったり、探索班と巡回班に分けて何とかってところ。【ガネーシャ・ファミリア】と手を組めたし、探索に同行させてもらってるからやっていけてるけど」

 

「心意気があっても他の派閥と交流関係のない冒険者に、オラリオを守るために力を貸せと言ったところで、生活が出来なければ手を貸しようがない。だから、()()()()()()()()()()()冒険者依頼(クエスト)というわけか」

 

「それに強制任務(ミッション)はオラリオ防衛には有効だが、活動を制限されるデメリットも負担も大きい……。しかも、現状強制任務(ミッション)が出されているのは中堅派閥がメインで、上位派閥にはあまり出されていない。不平感も募るだろう」

 

 俺の言葉に一番割を食っているであろう【アストレア・ファミリア】のライラさんとアリーゼが肩を竦め、その話にリヴェリアさんが俺の提言に納得の色を示し、シャクティさんは強制任務の問題点を挙げる。多分、少し前の俺達の事を思い浮かべてくれているんだろうな。

 

 シャクティさんの言葉に、ロイマンが汗を大量に流して首を横に振る。

 

「し、仕方なかろう! ただでさえ冒険者がダンジョンから回収してくる魔石の数は減る一方なのだ! 上層の魔石では小さすぎて商品を作るには時間も手間もかかる! そ、それを補うには少しでも上質な魔石による商品を作るしかない! となれば、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】などの下層や深層に潜れる派閥に頼るしかないではないか! 強い派閥にダンジョンに潜って資源を回収してもらわなければ、どちらにしろオラリオは破滅なのだぞ!」

 

 それも分かる。

 

 だからこそ――

 

「だからこそ、冒険者依頼(クエスト)がいいんだ。ロイマン」

 

 フィンさんが毅然とした態度で、力強く言い放つ。

 

冒険者依頼(クエスト)であれば、派閥でも個人でも依頼を受けることが出来る。つまり、僕とリヴェリアが派閥を率いてダンジョンに遠征に行き、ガレスが地上に残って巡回に参加するといった対応も取れるという事だ。冒険者依頼(クエスト)で報酬も出るのであれば、【アストレア・ファミリア】のように探索と巡回の選択に頭を悩ませる必要性はずっと減る。何より、これまで巡回に協力的でなかった派閥からも、手を貸してくれる冒険者が現れるかもしれない。これは無視できない魅力だと思わないかい?」

 

「それは……そうだが……」

 

「でも、それじゃあ烏合の衆と変わらないんじゃないかい? 結局他派閥同士で手を組みにくい状況は変わらないだろ?」

 

 ミアさんが新たな懸念を告げる。

 

 

 何故か俺に視線を留めたままで。

 

 

 ……え? なんか俺に解決策を出せって言ってる?

 何かフィンさんや他の面々からも視線を感じる!

 

「どうだい? 【迅雷童子】。何か案はあるかい?」

 

 お、おのれフィンさん……! この人も逃がす気ねぇ!

 

 ……くそぅ。思いついてるから嫌なんだよなぁ。

 

「……あることにはあります。信頼出来る派閥の上級冒険者を隊長とするんです」

 

「上級冒険者を隊長って……どういう事?」

 

 アリーゼは理解できなかったのか首を傾げるが、フィンさんやシャクティさん達は分かってくれたのか、感心するような表情を浮かべてくれていた。

 

「巡回の冒険者依頼(クエスト)を受けている【ガネーシャ・ファミリア】【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】などのオラリオ防衛に尽力してくれてる事が判明している派閥の上級冒険者を隊長とし、中堅以下の派閥、および単独で依頼を受けた冒険者を含めた小隊を作って指揮を執ってもらう。もちろん、依頼を受けた際にある程度組みたい人、組みたくない人を確認する必要があるし、それでも他派閥の人と組みたくないって奴は出るだろうけど、その場合は何か問題を起こしたり、闇派閥に襲われて死んでも、その冒険者の自己責任。冒険者依頼(クエスト)本来の形を変える必要はない」

 

「それでも問題なく隊を組めれば、十分機能するだろうな。ふむ……それならば我がファミリアから出す人員も減らし、他に回す余裕も出来る」

 

「それに他派閥と交流する機会も増える。派閥としては無理でも、依頼(クエスト)中ならば円滑な協力関係を築くことは可能だ。そうなれば、いずれある程度固定された隊も出来るだろう」

 

「面白い事考えるじゃないか、坊主。リヴェリアの話に加えて、弱小派閥は上級冒険者の戦い方や考え方、警戒する際の視点を学ぶ機会にもなって、上級冒険者は指揮の練習になるわけだ。これまで埋もれてたけど、巡回の経験を経て頭角を現す奴も出てくるかもしれないねぇ」

 

「そうだね。今後今回のような大規模な作戦を行う時にも、その情報は非常に参考になる」

 

「それなら私達も憂いなく巡回に専念出来るわ!」

 

「まぁ、ダンジョンの方が稼ぎがいいんだろうけどな」

 

 そこはロイマンに頑張って交渉してください。

 

 それにこれは冒険者だけに利点があるわけじゃない。

 

「……だが、報酬はどうする? 流石にそこまでの大金は出せんぞ!」

 

「担当地区ごとに商会や商業系派閥からもお金を出して貰えばいいのでは? もしくは依頼達成の証明書を証拠に、証明書につき一度だけ、店がある地区を担当してくれた冒険者には一部商品などの割引とか。【デメテル・ファミリア】ならば食品の割引、ヘファイストスやゴブニュならば武具の販売や整備の割引など」

 

 ロイマンの嘆きにこれまた俺がすぐさま案を出す。

 もういいや。今後の俺達の活動にも繋がるんだ。言いたい事言お。

 

「ふむ……それならば私達も損はあれど顧客を得る機会でもある。メリットとデメリットは釣り合ってますね。まぁ、どこまで割り引くかについての話し合いはいると思いますが」

 

「そうだな。主神にも一度相談したい」

 

「とりあえず、冒険者依頼(クエスト)の報酬額を決めようか。それと……ミア、オッタル、【フレイヤ・ファミリア】はどうする?」

 

「そうだねぇ……まぁ、アタシはやってもいいけど、この猪坊主を始め他の奴らは微妙なところだろうね」

 

「……」

 

 オッタルがなんか複雑そうな顔してるけど。いや、あれは葛藤か? 参加するべきか、これまで通り基本我関せずか、神フレイヤの護衛に就くのかで迷ってる感じかね。

 

「【フレイヤ・ファミリア】は無理して参加する必要もないのではないか? 我々【ロキ・ファミリア】が参加するのであれば、むしろ【フレイヤ・ファミリア】は援軍として各地に駆け付けられる戦力にしておく方が良い」

 

「ふむ……確かにその方が闇派閥もこちらの動きが読みにくくなるか」

 

 リヴェリアさんの言葉にフィンさんが顎に手を当てて、小さく頷く。

 何とか話は纏まりそうですね。良かったよ……。

 

 今回の話はまぁ……簡単に言えば派遣バイトみたいなもんだ。

 だから、まだ俺でも考え付いたけどさ。流石に細かい金額の話は無理だからね?

 

 という事で、この後はロイマン、フィンさん、シャクティさん、ミアさん、商業系派閥の方々で具体的な話し合いをする事に。

 

 あとの人達は解散。俺も帰ろ!

 

 と、思ったのに。

 

「ちょっといいかい? 【迅雷童子】」

 

 フィンさんとリヴェリアさんが声をかけてきた。

 どうやら小休憩のようだ。

 

 あ、そういえば忘れてた。

 

「ノアール達から昨日の顛末は報告を受けている。うちの団員達が申し訳なかったね」

 

「いえ。まぁうちの連中は誰も怪我してませんし、腹の虫も治まったようなので、スセリ様と俺としてはこれ以上は特に何かを求める気はありません。それは団員達も納得してます」

 

「そうか……。それは助かるけど、それはそれで情けなくなってしまうな……」

 

「あの者達は暫くは本拠で謹慎処分とした。またしばらくは巡回などに参加させ、心身共に鍛え直すとのことだ。ノアール達も罰として、ボガルド達に付き合うこととなった」

 

「いくら君のファミリアが君を筆頭に粒揃いとは言え、流石にLv.2がLv.1に一方的に負けたのはね。ステイタスに振り回された、なんてすら言えない。基礎から鍛え直す必要があるだろうね」

 

 リヴェリアさんは眉を顰めて小さくため息を吐き、フィンさんは苦笑してはいるが、少しお怒りっぽい。俺達に、ではなくボガルド達や自分にって感じだけど。

 多分、ボガルド達が吐いた暴言も細かく報告されたんだろうな。リヴェリアさんとかは、王族としての立場で相手を貶めるとか苛つきそうだもんね。

 

「それにしても……今回は助かったよ。君の提案のおかげで、想定よりも早く、そして簡単に話が纏まりそうだ」

 

「うちも他人事ではないのですから。また強制任務(ミッション)は正直勘弁願いたいので……」

 

「あははは! そうだね。……でも、今回の件で君がただ勢いがある新人という印象は、大きく変わったはずだ。今回会合に参加した面々やその派閥は好意的に捉えてくれたようだけど、他の者達はそうとは限らない。注意しておくことだね」

 

「……ありがとうございます」

 

 だったら呼ばないでくれ! そして話を振らないでくれ!

 正直今回の件でなんか絡まれたら、フィンさんとミアさんのせいだからね!?

 

「少し話が逸れてしまったね。とりあえず、今回の件はしっかりと団員達にも周知し、今後君達はもちろん他派閥の者達への対応には注意させるよ」

 

「私の方も、同族の団員達に確と言いつけておく。確かに王族ではあるが、ここはエルフの里でもないし、私は王族が嫌で出奔した身で冒険者としてここにいる。血筋を笠に着て、他の同族を見下すつもりはない」

 

「お願いします」

 

「もっとも……それに関しては、すでに他の同族達からかなり絞られたようだがな」

 

 ですよね。エルフなら多分極端だと思うんだよ。

 笠に着るか、王族の名を利用するなんて烏滸がましいって嫌悪するか、どっちかだと思う。

 

 その時、

 

「おやおや! 随分と仲が良さそうじゃないの君達! 私も混ぜておくれよ!」

 

 急に元気な声が横入りしてきた。

 

 揃って顔を向けると、そこにいたのはハットを被った灰色がかった金髪の美女。

 人懐っこい笑みを浮かべてるんだけど……なんか胡散臭い。

 

 この感じ、もしかして……。

 

「君か、リディス」

 

「やぁやぁ、フィン。ズルいじゃないか。将来有望な少年を自分達ばかりコネかけるなんて」

 

「そんなつもりはないよ。大事な話があっただけさ」

 

「例の【道化の奮腕】達のことかい?」

 

 リディスと呼ばれた女性はニコニコとしながら、ズバッと言い当ててきた。

 ますますその笑みが胡散臭くなった。 

 

「流石【ヘルメス・ファミリア】、と言っておこうか」

 

 やっぱり……。

 

 まだアスフィはいないはずだから、この人が今の団長って事か?

 なんか、滅茶苦茶神ヘルメスに似てるなぁ。

 

 リディスさんはその胡散臭い笑みを俺に向けて、

 

「初めまして、【迅雷童子】くん。私の名はリディス。【ヘルメス・ファミリア】の団長だよ。今後ともよろし――」

 

「くするつもりは今のところないですね」

 

「え゛」

 

 リディスさんが笑みを浮かべたまま固まった。

 

 フィンさんとリヴェリアさんも意外そうな顔を浮かべて、俺を見る。

 

「うちの主神より、【ヘルメス・ファミリア】とは関わらないようにと厳命されてまして」

 

 まぁ、俺自身あんまり関わる気ないんだけどさ。

 神ヘルメスも胡散臭いし、フィクサー気取りだし……入団拒否されたし。

 

 まぁ、【ヘルメス・ファミリア】の活動からしたら子供なんて受け入れられるわけないんだけどさ。

 でも、やっぱりなんかムカつくんだ。

 

 これは俺とスセリ様の同意です。

 

 神ヘルメスはゼウスともまだ繋がってるそうなので、スセリ様は情報を与える気も近づけさせるつもりもないらしい。

 前回の神会で脅したって言ってたし。

 

 でも声をかけてきたってことは……眷属が勝手にしたなら仕方ないってことにする気かねぇ。

 

 

 そんな抜け道認めるとでも思ってんのか。

 

 

「という事ですので、すいませんがお引き取りください」

 

 ニッコリと、営業スマイルで拒絶する俺。

 

「……あ、あははは~。ま、参ったなぁ……」

 

 リディスさんは頬を掻いて困惑しているが、俺はそれを無視してフィンさん達に顔を向けて一礼する。

 

「では、俺はここで」

 

 フィンさんとリヴェリアさんは苦笑しながら頷き、俺は会議室を後にする。

 

 というか、いたんだな。【ヘルメス・ファミリア】。

 さっき名前が全く出なくて、発言もしなかったって事は、やっぱりアスフィがいないから暗躍する手段が限られて、あまり目立ってないのかな?

 

 まぁ、少なくともリディスさんは、神ヘルメス同様あまり信用してはいけない部類の人って事が分かったから良しとしよう。

 

 とりあえず――スセリ様に報告しておくか。

 

 神ヘルメスがどんな目に遭おうが、知ったこっちゃない。

 

 はぁ……また今後の探索予定、話し合わないとなぁ……。メンドクサイ。

 

 

 

 

 フロルを見送ったリディスはため息を吐いて項垂れる。

 

「はぁ~……やれやれ。これは大分毛嫌いされちゃってるなぁ」

 

「初対面のようだったけれど、彼に何かしたのかい? 彼があそこまで露骨に拒絶するのは珍しい」

 

「それに主神にもかなり警戒されているようだが……」

 

 フィンとリヴェリアの問いかけに、リディスは頭を上げて苦笑しながら肩を竦める。

 

「いや~、したと言えばしたし、してないって言えばしてないんだけどねぇ……」

 

「? どういう意味だ?」

 

「数年前、彼が冒険者になる前、【スセリ・ファミリア】に入る前に、うちに入りたいってやって来た彼をにべもなく断って追い返した。でもそれ以降、彼が冒険者になってからは一度も絡んではない……って感じ」

 

「ふむ……なるほどね。でも、それならそこまで警戒される理由にはなってないと思うけど?」

 

「……うちの主神様がね。あっちの主神様に完璧に嫌われて警戒されてるのさ。ほら、うちの主神って少し前まで大神の腰巾着だったじゃん?」

 

「……その名前が出るという事は……彼はやっぱり――あのベルム夫妻の子供なのかい?」

 

 得心がいった様子のフィンが述べた内容に、リヴェリアは目を丸くして、リディスは再び肩を竦める。

 

「やっぱり知ってたんだ」

 

「いや、確証まではなかったよ。でも、彼の境遇とベルムの名から、その可能性が高いとは思っていた」

 

 フロルの一番の注目すべき点は、7歳でランクアップした事ではない。

 

 7歳でファミリアの団長になった事、もっと細かく言えば、6.7歳の少年がスセリヒメ初めての眷属であるという事柄だ。

 

 商業系ファミリアなどであれば、いないわけではないが基本的に団員の子供であるのが普通だ。

 探索系では余程の事情か、エルフやアマゾネスなど将来有望である種族であるか。ヒューマンで親がいない子供など、普通は受け入れない。

 冒険者志望の人間が嫌と言うほど集う、このオラリオであれば尚更。

 

「だが、神スセリヒメは彼を最初の眷属としている。少なくとも、神スセリヒメはそれまで誰も眷属にせず、ファミリアとして登録していなかった。もちろん、その前にも眷属がいた可能性はあるけれど、ロキの話では『あいつに限って、それはない』と断言していた。となると、やはり神スセリヒメは彼を最初の眷属に選んだことになる」

 

「それっておかしなことかい? 珍しくはあるけど、才能が有りそうならあり得る話だと思うけど?」

 

「――オラリオの外であればね」

 

 リディスの疑問にすぐさま反論したフィン。

 その内容にリディスは首を傾げ、リヴェリアも一瞬眉を顰めるもすぐにその答えに辿り着いた。

 

「……なるほど。確かにオラリオの外であれば、おかしなことでない。我々や【フレイヤ・ファミリア】然り、半数以上のファミリアはオラリオの外で結成され、このオラリオにやってくる」

 

「だが、オラリオで結成されたならば、少し話が変わる。このオラリオは冒険者、そして冒険者志望の者達が集う街。彼に固執する理由は普通に考えればない。まぁ……神々の基準は僕達の理解の外だから、本当のところは分からないけどね」

 

「まぁ、それはともかく。それで何で彼があの2人の子供だって思ったのさ」

 

「実は僕達は彼が冒険者になったばかりの頃にちょっと縁があってね。その時の彼の言葉が気になってたのさ」

 

「……あの時か」

 

「ああ。彼は言っていた。『どの店も、どのファミリアも、どの神も、居場所を求めた俺を追い返した。けど、神スセリヒメはそんな子供を探し、見つけ、助け、力をくれ、鍛え、そして帰る場所をくれた』と。その言葉から彼が家族や家を失ったことは容易に想像がつく。そこで少し団員達に調べて貰ったところ、当時彼と思われる子供が多くのファミリアを訪れ、時に持参金を払って入団しようとしていた事が分かった。しかも、その当時彼は野宿生活だった可能性が高い。更にそれがいつ頃から見られるようになったのかを調べたら……ゼウスとヘラの追放、闇派閥の活性化とほぼ同じであることが判明した」

 

「……そして、ベルム、か」

 

「ああ。僕の記憶が正しければ、彼ら一家は本拠を離れてダイダロス通りに家を設けていたはず……。でも、そこを離れて野宿生活をしなければならない状況に陥っていたのだとしたら……」

 

「その通り。ベルム家はかの大神の追放後、ダイダロス通りを襲った闇派閥に強盗に入られている。周囲の家の生贄にされてね」

 

 リヴィスは自分達が調べた情報を惜しげもなく話した。

 

「彼は下水道や路地裏、闇派閥に破壊された家屋などに隠れ潜んで暮らしていたようだ。何とか持ち出せたお金で各ファミリアに入団を申し込んでいたようだけど、結果は知っての通り。断られるか、金を奪われて放り出されるか。最後は寝床を暴かれて、隠してたお金も奪われたようだ……冒険者に、ね」

 

「なるほど。その時に神スセリヒメに救われたと言うわけか……。それならば、あの時の気迫も頷ける。……あの者の聡明さの理由にはなりそうにないがな」

 

「そうなんだよ~。で、あの世界記録でしょ? 流石にうちの主神もあの子の素性に気付いたわけなんだけど……前回の神会で、神スセリヒメにガッツリ脅されちゃったらしいんだよね。もう死人かってレベルの顔真っ白さに、凍死寸前のガクブル具合で帰ってきてさ。立ち直るのに4日はかかったよ」

 

「それはそれは……。まぁ、ロキですら『下手に手を出すな』って言い付けてきたくらいだからね。でも、そんな状況で近づいて大丈夫だったのかい?」

 

「いや~……この場や君達が一緒にいる時なら行けるかなぁって思ったんだけど……やらかしたっぽいな~。これはぁ……ヘルメス様死んだかなぁ」

 

「余計な事するからだよ、アホ娘」

 

 リディスが額を押さえて項垂れると、ミアが腕を組んで声をかけてきた。

 

「【小巨人】……やっぱり貴女も気付いてたの?」

 

「アタシは坊主が生まれてすぐの頃に何度か母親の関係で会ったことがあるのさ……。あのバカたれ共が黒竜討伐に出た時には、坊主もでかくなってたし、流石にまた問題をややこしくしないように会わなくなってたけどね。……両親が死んじまった時には探しに行こうと思ったけど、クソッタレ共が暴れ出したからそっちに手を取られちまって、駆け付けた時にはもう家は荒らされた後だったけどね」

 

 ミアは顔を盛大に顰めて、正直に話す。

 その内容にフィンは首を傾げ、

 

「その後は探さなかったのかい? 君ならオラリオ中を駆け回りそうだけど」

 

「……その家に大量の血の跡が広がってたんだよ。死体はなかったけどね。普通に考えて、あの家には坊主しかいなかったんだ。そう思っちまってもしょうがないだろ?」

 

「なるほどね……。これで君が妙に彼に意識を向けていたのか納得出来たよ」

 

「うちの女神からも、あの坊主に余計な手を出すなって忠告されてるよ。まぁ、坊主の素性に気付いてるのはアタシを含めて2,3人ってとこだけどね。オッタルだってまだ気付いてないよ」

 

「うげぇ……神フレイヤまでそう言ってるの? これ、本格的にヤバいかも。しばらくは主神共々身を顰めて情報収集に徹するとしようかな……」

 

「その方が良いかもね。この状況だ。闇派閥の事に専念してくれ」

 

「あ~あ、私はただ将来有望のかわい子くんと話したかっただけなんだけどな~」

 

 そう言ったリディスは肩を落として弱弱しく手を振って、フィン達に挨拶してトボトボと会議室を後にする。

 

 フィンはその後ろ姿に苦笑し、リヴェリアとミアは呆れた視線を向ける。

 

 

 その後、フィン達は話し合いの場に戻っていくのだった。

 

______________________

簡単キャラプロフィール!

 

・ドットム・グレイロック

 

所属:【ガネーシャ・ファミリア】

 

種族:ドワーフ

 

職業:冒険者

 

到達階層:36階層

 

武器:斧、大剣、鎚

 

所持金:3009872ヴァリス

 

 

好きなもの:酒、ミア、気骨のある奴

 

苦手なもの:ヒョロッとした奴、口が達者な奴、甘いもの

 

嫌いなもの:闇派閥、ナヨナヨした奴、雨

 

 

装備

蛮月(ばんげつ)

・半月大刀

・正重作 価格190000ヴァリス(ヘファイストス談)

・超硬金属と波紋鋼で鍛造された重量武器

・片手で扱う事を念頭にしているため、両手で握ると逆に扱い辛い。そのため、まともに振るえるのは他に正重と巴くらい。盾にもなるが、その場合は消耗が非常に激しい

 

 

 【ガネーシャ・ファミリア】より出向してきた老練ドワーフ。ファミリア内でも最古参に属する大ベテランで、顔はかなり広い。

 ガネーシャにスカウトされて入団したが、あまり憲兵活動には興味がない。でもファミリアの雰囲気やガネーシャの人となりならぬ、神となりは気に入っている。

 

 身長153cm、73歳。

 

 ドワーフらしく豪快な性格の持ち主。片腕を失くしても、落ち込まずにその後の人生の楽しみ方を探し、ダンジョンに頻回に潜っている猛者。

 腕を失ったのは、25年前。まだフィン達がオラリオに来訪しておらず、オッタルも生まれていない頃、階層主のアンフィス・バエナとの戦闘中に仲間を庇って食い千切られた。

 もし腕を失っていなかったら、間違いなくミアやガレスと殴り合い、【ガネーシャ・ファミリア】一の剛腕として名を轟かせていただろうと惜しまれる程。

 

 現場主義のため、後進育成に不満はないが、大抵の場合シャクティ達に『もう少し手柔らかにしてやれ』と注意されてしまう。

 しかし、本人は『生き延びるためだ。鍛錬だからこそ、死ぬ直前まで追い込んでやりゃあいい』と宣って、改善する気はない。それが原因で新人育成から外されて暇になっていた所に【スセリ・ファミリア】のアドバイザーの話が来た。

 新進気鋭と噂のファミリアがどんな所で、世界記録少年がどんな奴か気になっていたので、快く承諾し――良い意味で予想を裏切られた。

 

 自分が何を言うまでもなく、厳しい鍛錬を行なっていた。しかも、本人達はそれで満足していない。まだまだ強くなろうと試行錯誤している。

 そんな若者を気に入らない訳がなく、ぶっちゃけ改宗してもいいなとすら思っている。流石にそれは腕を失っても団員として認めてくれたガネーシャやシャクティに申し訳ないので言わないが。

 

 フロルの素性については気付いているが、誰にも話していない。別に親が誰であろうと冒険者はあまり関係ないし、冒険者の子供であればむしろ冒険者になって当然と考えているからである。

 フロルについては、純粋にどこまで成長するのか楽しみにしている。

 

 そして、隙あらばアーディとくっつけたいと思っている。

 

 ハルハやアワラン達に関しても成長を楽しみにしており、ハルハやアワランなどと呑むのも楽しみの一つとなっている。

 子供や孫がいたらこんな感じなんだろうなと、密かに思っている。

 

 ミアのことはマジ惚れで、一時期真剣に告白しようか悩んで、仲間達に殴って止められた。

 その数年後に今のような体格になり、しばらくヤケ酒に走ってこれまた仲間達に殴って正気に戻された。

 それでも性格も好みな為、ミアが酒場を開いたら、自分も引退して手伝ってもいいなと考えている。多分、ミアには「いらないよ!」と殴り断られると思うが。

 

 




リディスの容姿や話し方は、私の勝手な想像です
女版ヘルメスと言われていたそうなので、こんな感じかなと思っています


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必殺技はいりますか?

お待たせしました


 派閥会合から2週間が経った。

 

 結局は俺の案がほぼそのまま通った形。ギルドの大きな掲示板には巡回参加の冒険者依頼(クエスト)が貼られるようになり、毎日多くの冒険者が受注している。

 

 ちなみに巡回は6時間4交代制。基本報酬は一日10000ヴァリス。同じ冒険者の連続受注は禁止だが、1回分時間を開ければ再度受注できるので、最大一日20000ヴァリス稼げるってことだ。

 高くはないけど、新人や上層で活動している派閥からすれば十分過ぎる金額だ。それにこれはあくまで基本報酬で、活動内容で報酬が追加される。……問題起こしたら減額もあるけどね。

 でも、それじゃあ上級冒険者にはあまりにも安い。特に隊長を務めてくれる冒険者には。なので、特別手当で+60000ヴァリス。まぁ、それでも安いかもしれないけど、それは商業系ファミリアの割引で賄うって感じになった。

 

 もちろん、俺達も例の闇派閥の動きがあるので巡回に参加している。流石に毎回毎日ではないけどな。

 東地区は【ガネーシャ・ファミリア】がメインで隊長を引き受けてくれている。更に俺達は他の派閥からの嫉妬ややっかみの多いので、ガネーシャと俺達の身内で固めている感じ。アーディや【アストレア・ファミリア】の面々も時々ご一緒になるけどね。

 

 しかし……全く闇派閥の姿も隠し通路が見つからない。ありがたい事に住民達も協力してくれているが、それでも影も形もない。

 本当にここも狙ってるのか疑いたくなるほどに、何の痕跡も見つからない。

 

 でも……それはそれで気味が悪い。

 少なからずフィンさんが警戒すべきと挙げた場所だ。実は勘違いでしたなんて、あまり考えられない。

 

「まぁ、こっちが急に巡回の人数増やしたかんな。向こうも警戒してんだろうさ」

 

 ドットムさんが汗を拭いながら、俺の疑問に答えてくれる。

 ……だといいけど。

 

 ちなみにこの今はLv.1組が巡回に出てるから、残りの面々は本拠で不測の事態に備えて待機という名の組手。

 待機の意味がない気がするけど、もうこれが俺達の当たり前なのでツッコむ気にもなりません。

 

 

 

 そう言えば、どうでもいいことだけど。

 少し前にリディスさんが1人で本拠にやって来て、中庭でスセリ様に見事な土下座を披露した。

 

「ゴメンナサイもうしません調子乗ってました大人しくしますだからまだヘルメス様すり潰さないでください申し訳ありませんでした!!」

 

 息継ぎなく長文言い切ってたよ。

 それを、眉間に皺を寄せ、眉を吊り上げて目を閉じ、腕を組んで仁王立ちしていたスセリ様は、盛大にため息を吐いて、

 

「はぁ〜〜……まぁ、我が愛し子から聞いた限りでは、ヘルメスの意向と言うよりも、お主の好奇心故といった感じであったらしいしの。今の言葉にも嘘はない。して……此度は本当にヘルメスの指示ではないんじゃな?」

 

「違います! あの人はここ最近はスセリヒメ様の名前が出るだけで顔真っ青で震えるくらい怖がってました! だからあの人が心底震える女神の眷属ってどんな子かなって興味を持っただけです!」

 

 いや、どっちにしろ碌な理由じゃねぇな。この人も神ヘルメスと大差ないんじゃないか?

 

「………嘘ではないようじゃが……()()()()()()()()だの」

 

 スセリ様の言葉にビグッと肩が跳ねるリディスさん。

 あぁ……うん。やっぱり興味以上の狙いはあったのね。

 

「ふん……あ奴の眷属だけはある。妾達神への本音の隠し方は熟知しておるか」

 

「あ、あははは……」

 

「まぁ、良いじゃろう。先日の件に関しては、お前は見逃してやる」

 

「……私は、ですか?」

 

「当然であろう。眷属の失態は主神に責任を取って貰うのが一番手っ取り早い」

 

「い、いえ! で、ですからですね!?」

 

 慌てて立ち上がってスセリ様に弁解を続けようとするリディスさん。

 その瞬間、スセリ様の目が細まり、

 

「――ところで」

 

 そう呟いたスセリ様は意識の隙を突いて、素早く滑らかにリディスさんに詰め寄って胸元を両手で掴む。

 

「――へ?」

 

「ふん」

 

 そして、背負い投げた。

 

「のわああああああ!? くげぇ!?」

 

 リディスさんは受け身も取れずに――いや、取らさせてもらえずに後頭部から地面に叩きつけられる。

 うわぁ……あれは痛い。

 

「伺いも無しに此処に来た事は――許しておらんぞ」

 

 スセリ様は冷たく言い放ち、胸元を掴んだままリディスさんを更に放り投げた。

 

「ぶべっ!?」

 

「巴。そ奴を放り出せ」

 

「御意」

 

 スセリ様の命に巴はまさに忠臣が如くすぐさま動き、リディスさんの襟元を掴んで引き摺って門へと向かう。――うつ伏せで。

 

「いダダダって!? ちょっ――」

 

「ヘルメスに伝えておけ、小娘。――顔を洗って待っておれとな」

 

「い、いや! ですからダダダッ!? 許してえええええ!!」

 

 そのまま本当に、巴から全力で門から放り投げ出されたリディスさんを俺達は見送った。

 

「まぁ……やっぱり謝罪を言い分にこっちの本拠を探ろうとしたんですかね?」

 

「そんなところじゃろうな。全く、余計な時間を取らせよって」

 

「で、そのヘルメスとかいう神はどうすんだ?」

 

「流石に【ヘルメス・ファミリア】との抗争はギルドやガネーシャ達もいい顔しないと思うねぇ。そうだろ?」

 

「まぁな。確かにあそこは神も含めて胡散臭ぇし、派閥も力があるわけじゃねぇが、裏方として昔からゼウスやギルド、儂等ガネーシャに貢献してきてるからな」

 

「妾とて流石にこの状況でやり合う気はないわい。とりあえず、奴の苛つく顔面に12、3発拳を叩き込みたいだけじゃ」

 

 いやいやいや、死んじゃう死んじゃう。

 せめて5発くらいにしといてください。

 

「それでも十分送還される気がするのですが……」

 

「アンタもなんだかんだムカついてるんだねぇ……」

 

 って感じで、お引き取り願ったわけだが。

 その直後に――神ヘルメスはオラリオを離れたそうだ。

 

 逃げやがったな?

 

 馬鹿な神だな。――そんな逃げ方したらスセリ様の怒りを煽るだけだろうに。

 

「くくくっ! いい度胸じゃなぁ、ヘルメスぅ。帰って来たら――覚えておれよ?」

 

 と、殺気全開のスセリ様を宥めるために俺は3日間も抱き枕にされたんだぞ。

 俺も絶! 対! に神ヘルメスは許さんし逃がさん。覚えとけよ?

 

 

 

 という事で、神ヘルメスに報復を誓った俺なのであったが、探しに行けるわけもないので探索、待機(組手)、巡回、スセリ様の相手となんだかんだで慌ただしいような普通のような日々を過ごしていた。

 

 最近は闇派閥も大人しくしている。

 住民達は巡回のおかげだと喜んでいるけど……そんなわけないよなぁ。

 

「まぁ、例の大侵攻に向けて戦力を温存しとるのであろうな」

 

「ですよね……う~ん……」

 

「どうしたんだい?」

 

「何か気になっている?」

 

 組手の休憩中。

 スセリ様の言葉に頷くも、なんか気持ち悪いというか、違和感のようなものを感じて首を捻ってしまう。

 それに汗を拭いていたハルハとツァオが首を傾げる。

 

「なんか……違和感と言うか……気持ち悪いんだよなぁ……」

 

「闇派閥の動きが?」

 

「ああ……」

 

「でも、【勇者】は何も言ってなかったんだろ? それに、今の流れ作ったのってアンタだって話じゃないか」

 

「あれはあくまでフィンさんから聞いた話から推測しただけだし、あの時初めて詳しい情報を聞いたからな。でも……最近の奴らの動き方とか見てると……なんかちょっとスッキリしないんだよ。何か見落としてる気がしてならない」

 

 大侵攻、大規模襲撃があるかもってのは間違いないと思う。そこは疑っていない。

 狙いが戦力の分散と固定ってのも、そう的外れじゃないとも思う。流石に【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】に匹敵する戦力がいないと言うのはどうか分からないけど。

 

 じゃあ、一体俺は何が気持ち悪いんだ?

 

「……奴らの狙いがバベルってのが違う?」

 

 これも俺が呟いたことだけど。でも、一番疑問を感じるのはここだ。

 

「ふむ……つまり、妾達の意識をバベルやダンジョンに向ける事もまた、闇派閥の仕掛けた罠ということかの?」

 

「……かも、しれません」

 

「だがよ、バベルを狙う可能性だって十分にあり得るだろ?」

 

「そうなんだけど……なんて言うのか……()()()()()気がするんだ」

 

「……あん?」

 

「確かに会合ではバベルやダンジョンの入り口を襲われたら、ダンジョン探索が出来なくなって魔石も手に入らなくなって色々問題が起こるって言ったけど……。でも、それって逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事じゃないか? その可能性を無視してでも、この時期に奴らがバベルやダンジョンを狙う理由って何だ?」

 

「……ふむ、確かにの。バベルを襲えば、フレイヤは間違いなく本格的に動くじゃろうし、これまではあまり乗り気でなかった他の神共も黙ってはおるまい。ダンジョンを押さえれば、フロルの言う通り邪魔者の殲滅に集中出来る時間を得る事にもなる……。確かにそこまでするのであれば、連中もまさに決戦覚悟でなければ割に合わんか」

 

「ですよね」

 

 そうなんだよ。そこまでするってことは、やっぱり闇派閥には誰かしら切り札がいるって事じゃないのか?

 ……それがこの気持ち悪さの理由か? ……これも違う気がする。

 

 でも、それが何か分かれば苦労はしないよな。フィンさんだって、それが分かってればとっくの昔に言ってるはず。

 う~ん……どうしたもんか。

 

「こりゃフロル。今出ぬ答えに捕らわれるでない。情報が足らぬ事をいくら考えても、答えに辿り着けるわけなかろう」

 

「そう、ですね」

 

「今はそれこそ情報収集と鍛錬に集中せんか。そろそろステイタスも頭打ちになってくるのじゃぞ」

 

「はい……」

 

 と言っても、十分伸びてると言えば伸びてるんだけどね。

 

 

フロル・ベルム

Lv.2

 

力 :B 763 → A 802 

耐久:B 711 → B 752

器用:A 802 → A 829

敏捷:A 888 → S 931

魔力:D 595 → C 699

狩人:I

 

 

 ヒューマンとしてはかなりいい感じじゃない?

 

「やれやれ……ランクアップして1年足らずで、能力値頭打ちになりそうってどんだけなんだい……」

 

「こりゃあ、他の連中が嫉妬すんのも当然だな……(コイツ……本当にあの【静寂】に匹敵する才能を持ってやがんのか?)」

 

「うむ」

 

「だからこその団長」

 

 やめて、ツァオ。

 褒められても、私はこれ以上そう簡単に強くなれません。

 

 でも実際のところ、どうしたもんかねぇ。

 

 今ある手札で何か考えるとなると……やっぱり魔法と何かって感じになるか。

 【パナギア・ケルヴノス】は付与魔法の中でもかなり操作性が幅広い方だと思う。雷を放出出来るし、身体に流している雷も全身ではなく、部位に集中することも出来る。そして、正重が打ってくれた刀を始めとする武具。雷耐性があり、雷を流しても耐えてくれるのは間違いなく手札になるはずだ。

 ここら辺がヒントになるんだろうな。

 

 ……というか、まぁ……前世の記憶を参考にすれば思いつかなくはない。

 雷って人気属性だったしな。

 

 魔法を扱う以上考え続けるのは大事だよな。

 幸いリリッシュにも色々と俺の魔法について考察を共有してるから、技を作れるとは思うけどさ。

 

 ……この世界ってあんまり必殺技の美学って広まってないんだよな~。

 ベルとアイズくらいじゃなかったか? 魔法でもスキルでもない技名叫ぶ人。……あ、ヤマト・命達【タケミカヅチ・ファミリア】がいたか。……同じ極東系派閥だし、似た境遇だし、行ける? ……今その誰もいないから、俺が先駆者みたいになりそうだけど……。

 

 まぁ、俺も憧れがないわけがないので、別に良いけどさ。

 

 休憩も十分に取れたし、試してみますかね。

 

「ちょっと1人で色々考える」

 

「あいよ」

 

「おう」

 

「「うむ」」

 

 

 さぁ――技名どんなのにしよ?

 

 

………

……

 

 さて翌日。

 

 今日は数日振りのダンジョン探索です。

 

「で、なんか面白ぇの思い付いたのか?」

 

 16階層に下りたところでドットムさんが唐突に問いかけて来た。

 ハルハ達も俺を見る。ハルハ達も俺がなんか技を練ろうとしてるのは知ってるからな。アワラン達もハルハ達から聞いたようだ。

 

「まぁ……いくつか。ありきたりだと思うけどね」

 

「ほぉう。一つどころか複数か。もう形にはしたのかよ?」

 

「完全には試してないな。構想と型みたいなのはスセリ様に伝えて見せてみたけど」

 

「反応は?」

 

「………呆れられた」

 

「「「はぁ?」」」

 

 ハルハ、アワラン、ドットムさんが訝しみ、残りの面々は首を傾げる。

 

「呆れられたとは如何に?」

 

「『数時間足らずでそんな物を1人で考えてくるでない。――泣きついてくるかと待ち構えておった妾が哀れではないか』って」

「拗ねただけじゃないか」

 

「いや、しかしスセリヒメ様に『そんな物』と言わせる程の技という事では?」

 

「うむ」

 

 そんな大層なもんじゃないと思うんだけどなぁ。

 

『『『『ヴモオオオオオ!!』』』』

 

 そこにミノタウロスの群れが現れた。 

 

「お。ちょうどいいところに来たな。おい坊主、あいつらで試してみろ」

 

 簡単に言ってくれるぅ。

 

 まぁでも、どこかで試さないといけないのは確かだしな。しょうがないか。

 

 俺は小さくため息を吐いて、ゆっくりと前に出る。

 ミノタウロス達も俺に気付いて、咆哮を上げて一斉に俺に襲い掛かろうと走り出す。

 

「――【鳴神を此処に】」

 

 魔法を発動して雷を纏う。

 

 その直後、ミノタウロスの群れの先頭に、居合の構えを取りながら一瞬で詰め寄る。

 詰め寄ると同時に雷を纏う居合を抜き放って、ミノタウロスの胴体を一閃する。

 

「『疾雷(しつらい)一閃』」

 

 一条の紫雷閃が暗い迷宮の通路を奔り、ミノタウロスは血を噴き出す事無く灰に戻る。

 

 刀を振り抜いた俺は、すぐさま刺突を構え、

 

「『穿雷(せんらい)』」

 

 雷の槍が如く、豪速で前方に突きを放ちながら突進。

 

 群れの合間を縫って、倒した個体から数体奥にいたミノタウロスの鳩尾を貫くと同時に雷を一瞬放って孔を広げる。

 

 灰になる事を確認することなく、右手で掴んでいた柄から手を放し、高速で身を翻して左手で柄を逆手に掴む。

 

「『渦雷(うずらい)』」

 

 背後から襲おうと囲むように襲ってきていたミノタウロスの群れを見据え、雷を刀身を伸ばすように放出して全力で回転しながら薙ぐ。

 

 周囲のミノタウロスを一掃し、全てのミノタウロスが灰へと化す。

 

 他にモンスターがいない事を確認して、魔法を解除し刀を納める。

 

「ふぅ……」

 

 まぁ、なんてことはない。ただ剣術に魔法を組み込んで、超高速で動くだけだ。

 ただ雷を無造作に身体や武器に流すのではなく、攻撃と移動を最高速度でスムーズに繋げられるように意識的に部位を選んで雷を流す。それによってスピードが上がることも確認してる。

 求められる集中力と判断力は半端ないけどな……。疲労感半端ない。

 

 他にも考えてる技があるけど、今は移動を優先だな。

 

「坊主……お前、そりゃあスセリヒメ様に呆れられるに決まってんだろうが」

 

 歩み寄ってきたドットムさんがスセリ様のように呆れていた。

 

「凄かったとは思うけどよ。そこまで言う程だったか?」

 

「いつもの動きに魔法が加わっただけのように思える」

 

 アワランとリリッシュが素直な感想を口にする。

 ぶっちゃけ俺もそこまで凄いと思ってないので、怒る気はない。

 

「だから素晴らしいのです」

 

 そこにディムルが少し興奮気味に口を開く。いや、ホントに珍しいくらいにちょっと興奮してるよ。

 

「名を付けるほどの技となると、多くの者がそれ特有の動きを作る事が多いのです。特別な技だからこそ、基本的には決め技として使われるため、前後の動きが途切れやすいのです」

 

「それ故に威力などはあれど、単発単純な動きとなり易く、タイミングや動きを見切られやすい。しかし、今の団長殿の技は、リリッシュ殿が言われた通りに普段の剣術が基礎となっておられるため、技と技を繋げることが出来、また相手の動きに合わせて変化させることが出来るのです」

 

「それはつまり普通の攻撃なのか、技なのか、見切りにくくさせる事が出来、更に普段の動きと変わらない為に余計な力みが入らない。これは武術では、長い時間をかけて己が型を技として昇華させる『奥義』と呼ばれるものと同じ」

 

「とまぁ、本来なら長い時間をかけて積み重ねた修練と経験で生まれるもんだが、坊主はそれを魔法を使って作り上げちまったってわけだ。まぁ、魔法を使ってっから区別はつくだろうが……それでもありゃ間違いなく、やられた方は防ぎ辛ぇだろうぜ」

 

 ディムル、巴、ツァオ、ドットムさんの言葉に、リリッシュや正重は納得の表情ど頷いていた。

 

「なるほどねぇ……確かにあれは使われたらアタシは手も足も出なさそうだね。さっきの、普段の魔法を使ってる時より速くなってたようだしさ」

 

「げっ、マジ?」

 

「なってたな。纏ってた雷もいつもより放出量が少なかったから、坊主が意図的に流し方を操作したって事だろうな」

 

 今のだけで完璧に分析しないで頂けませんかね!?

 

「しっかし、お前さんの魔法は自由度が高ぇなぁ。普通の付与魔法はそこまでの自在じゃねぇはずなんだが」

 

希少(レア)魔法ってことかい?」

 

「まぁ、その類には入るだろうな」

 

 確かに俺の雷はアイズの『風』程ではないだろうが、引けを取らないレベルの操作性がある。

 でも、確かアイズの魔法は精霊の血を引いているからって話だったはず。俺にはそんな特別な血統はない……はずだ。いや、両親以外の親族を知らんから、先祖にいた可能性は否定せんけどもだ。それだったら、両親ももっと目立ってるはず。……いや、待てよ。確か魔剣鍛冶貴族のヴェルフ・クロッゾは確か数代ぶりに魔剣製造スキルが発現してたな。

 でも、俺の魔法はテルリアさんの魔法に影響を受けているはずだ……多分。まぁ、俺の前世も関係してるのかもしれないな。

 

「とりあえず、坊主。あんまり頼り過ぎんなよ」

 

「分かってるさ。精神疲弊(マインドダウン)はしたくないからな」

 

「普通であれば舞い上がるところだろうに。本当に子供っぽくないねぇ、アンタ」

 

「うっさい」

 

 命が懸かってる場所でヘマ出来るか。……ベルは魔法が発現してやらかしてたけどね。

 

 まだまだ頑張らないとなぁ。

 

 




雷の居合はどうやっても『霹靂一閃』になってしまいますねぇ(-_-;)
あまりド派手ではないですが、フロルの必殺技の真価はまだ発揮されておりませんので、今後のお楽しみに


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悪商会に突入せよ!

 更に2週間が経過し、俺も8歳になった。

 

 状況が状況だから盛大にお祝いってのは無理だけど、スセリ様はもちろん、ハルハ達からもお祝いしてもらったのは嬉しかった。

 人が増えるとこういう良い面もあると改めて実感。スセリ様は少し拗ねてたけどね。

 

 ……ちなみになぜかアーディが俺の誕生日を把握してた。

 

「フロル~おめでと~」

 

 と、お祝いに藍色の羽織をくれた。

 シャクティさんも一緒にお金を出してくれたそうで、なんだかむず痒いですねハイ。

 

 ただね……身長あんまり伸びてないの。現在135C。

 ……え。成長止まらないよね? やだよ? 大人になっても150C台とか。

 

 と、なんだかんだあったけど。日々は大きく変わらない。

 探索に行って、鍛錬して、巡回して、時々休む。

 

 闇派閥は結局大きな動きを見せていない。

 巡回は毎日変わりなくやれているが、最初の派閥会合時の緊張感が緩み始めている気がしてならない。

 

 でも、フィンさんやシャクティさんは、

 

「どちらかと言えば、嵐の前の静けさ、と言った方だろうね。こっちの気が緩む一瞬を待っているのさ」

 

「巡回を始めたとはいえ、こっちも思想も目的もバラバラの寄せ集めだ。利益が少なければ、気が抜けもするだろう」

 

 ぶっちゃけ、俺も2人の意見には同意だ。多分、近々連中は攻めてくるだろう。

 

 ……でも、

 

「正直なところ、僕も【迅雷童子】同様闇派閥の動きに違和感を覚えている。だが、はっきりとその狙いが見えない。だから、現状ではこれ以上の手の打ちようがない」

 

「確かに情報もないまま、また会合しても意味はないだろうな。逆に不信感が増すだけだ」

 

「ですよねぇ」

 

「幸いミアも同じように気持ち悪さを感じてくれている。各自出来る限り、注意深く周囲を警戒してくれ」

 

 結局、今できることは変わらない。

 でも、やっぱり嫌な予感は消えない。

 

 そんな時に、突然シャクティさんがうちの本拠にやって来た。

 その内容っていうのが……、

 

「商会の一斉摘発?」

 

 大広間にて全員集まって話を聞くことにした俺達は、俺、スセリ様を半円状に囲むように座り、俺とスセリ様の正面にシャクティさんとドットムさんが座っている。

 ドットムさんはシャクティさんが来る前からいたけど、団長が来たという事でシャクティさん側に座った。まぁ、当然だよな。

 

 で、話を戻して、

 

「ああ。先日の会合時に話した、闇派閥と繋がっていて違法に人身売買を行っている商会の1つを見つけた。と言っても、匿名での密告だがな」

 

「……匿名での密告?」

 

 そんな怪しさ満点なので大丈夫なのか?

 スセリ様も同じ思いのようで、

 

「それは敵の罠の可能性はないのか?」

 

「完全にないとは言い難いが……可能性も低い」

 

「その理由は?」

 

「ギルドに密告してきたのは【ヘルメス・ファミリア】の者だからだ」

 

 【ヘルメス・ファミリア】の名前に、俺とスセリ様の眉間に皺が寄る。

 それを見たシャクティさんはため息を吐いて、

 

「そちらと【ヘルメス・ファミリア】のいざこざは聞いているが、この手の情報で【ヘルメス・ファミリア】を疑うことは出来ない。これまでの実績がある」

 

「分かってます。でも……その話を俺達に持ってくるように言ったのは【ヘルメス・ファミリア】じゃないですよね?」

 

「今回は違う。流石にそこまで向こうの融通を聴くつもりはないし、理由もない。むしろ、商会を強制捜査するだけならば、そのまま【ヘルメス・ファミリア】に頼ればいいからな」

 

「では、何故俺達に?」

 

「単純に人手が足りない。【ヘルメス・ファミリア】は他の商会の調査も依頼していて、可能であればこれから話す件と同時に強制捜査に踏み込みたい。【ヘルメス・ファミリア】にはそちらを担当してもらう予定だ。そして【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】には、我々が空けた穴を埋めてもらうことになっている。他のファミリアにもいくつか声をかけたが……あまりいい返事はもらえなくてな」

 

「【アストレア・ファミリア】はどうしたんだい?」

 

「すでに【ヘルメス・ファミリア】の補佐についてもらっている」

 

 ふむぅ……これは……断り辛い流れだな。

 こっちはドットムさんをお借りしてるしな。ある程度は【ガネーシャ・ファミリア】に協力しないとちょっと申し訳ない。

 

 スセリ様に視線を向け、スセリ様が頷くのを確認する。

 

「詳細をお願いします」

 

「ああ。ギルド、【ヘルメス・ファミリア】【ガネーシャ・ファミリア】【イシュタル・ファミリア】【ディオニュソス・ファミリア】などの捜査を経て、4つの商会が候補に挙がった」

 

 その商会全てがやはり娼婦、娼男を仲介・紹介する業務に関わっていた。

 そして、その娼婦・娼男全ては外部から()()()()()()

 

「……多いのか少ないのか。判断し辛いところですねぇ」

 

「危惧していた予想よりは少ない。だが現実的には、残念ながら多いと言わざるを得ない」

 

「4つの商会の背後関係は問題ないのかい? 国が背後(バック)にいるとなると厄介事になりかねないよ」

 

「問題ない。証拠さえ押さえられれば、国は黙らせられる。他国もオラリオを敵に回したくはないだろう。恐らく斬り捨てられる」

 

 それはそれでどうなんだと思わなくはないが、流石に国にまで手を出す余裕はないから放置するしかないか。

 

「という事は、4つの商会を同時に一斉摘発ですか?」

 

「その予定だ。日を分ければ逃げられてしまうし、闇派閥もこれ幸いとその隙を狙ってくるかもしれんからな」

 

「俺達が参加する場合の振り分けは?」

 

「【イシュタル・ファミリア】で1つ。【ディオニュソス・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の分隊。【ヘルメス・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】。そして、【スセリ・ファミリア】と私達だ」

 

「え? シャクティさん、こっちに来るんですか?」

 

「ああ。その代わり、上級冒険者の大多数はディオニュソスの方に行かせる。こちらの第一級は私を含め数人。残りは第三級の中堅と新人となる」

 

「ふむ……という事は、フロル達の担当はまだ脅威度が低い場所なわけじゃな?」

 

「ああ。規模も小さい商会だ。少数精鋭で一気に制圧し、私と君達は他の場所の応援に向かってもらう」

 

「結局駆け回されんのかよ……」

 

 以前の強制任務の時も結構あちこち走らされたからな~。

 まぁ、規模も規模だししょうがないか。

 

「うちはアストレア以外とは親しくないからな。消去法でそうなるだろうさ」

 

「で、あろうの。先に告げておくが、救援はディオニュソスの方で頼む」

 

「……善処はしよう」

 

「あははは……」

 

 【ヘルメス・ファミリア】とは険悪だし、【イシュタル・ファミリア】は……違う意味で危険だからなぁ。

 

 という事で、俺達も参加することになった。

 

 俺達が摘発する商会の名は『ジャマンナ商会』。

 南東側の市壁沿いに拠点を持つ他国所属の商会で、店の後ろに小さな住宅兼倉庫を所持しているとのこと。

 捕まった違法奴隷達はその倉庫に閉じ込められているらしい。

 

「何でこれまでバレなかったんですか?」

 

「現在調査中ではあるが……恐らく馬車などに隠し場所があったのだろう。眠らされて意識がない状態で運び込まれた可能性が高い」

 

「よく考えるもんだなぁ……」

 

「しかし、倉庫にいるというのはどうやって? 違法奴隷ならばそれこそ隠し部屋や地下などに隠し、そう簡単に見つかることは無いと思われますが……」

 

「すまないが、それを話す事は【ヘルメス・ファミリア】の手の内を明かす事になるため、詳細を話すのは控えさせて貰いたい」

 

 まぁ、そりゃそうだ。バレたら潜入調査しにくくなるもんな。

 

 とりあえず、奴隷達は倉庫の地下にいる可能性が高いそうだ。

  

「助けた奴隷はどうするんですか?」

 

「基本的にはギルド等で一時保護し、そこから故郷や住んでいた場所の確認後、移送手段を考える。もっとも……多くの者が身内を殺されるか、共に売られて帰る場所を失くしてしまい、オラリオかメレンにそのまま移住することが多いがな」

 

「帰る場所があっても、そこまで護衛してもらう金がねぇってのもあるがな。流石にギルドや俺らも出せる金には限界があるしな。護衛出来るわけでもねぇし」

 

 そうか……基本人攫いなんて山賊とかゴロツキだもんな。

 そういう連中が人攫う時に、家族とかにバレないようにコソコソする方が少ないよな。……殺す方が後腐れないんだ。逃げ延びる希望を潰す意味でも。追手を用意される可能性を潰す意味でも。

 

 しかも、狙われるのは小さな村や町。

 そういうところはモンスターにあまり襲われない場所が多く、防衛戦力が低いらしい。だから、山賊などに襲われたらひとたまりもなく、更に近くの大きな街に助けを求めてもあまり相手にされないそうだ。

 ここら辺は移動手段や連絡手段が限られてる中世時代の世界ってことなんだろうな。

 

 そして、オラリオで神の恩恵を持つ者達にはとある制限がある。

 

 それはオラリオ外への外出制限だ。

 

 オラリオは現在闇派閥の猛威もあるし、何よりダンジョンの異常事態対応の為に戦力を可能な限り留めておきたいというのがギルドの考えである。

 そして、その制限は上級冒険者程強くなる。

 

 だから、基本的にオラリオのギルド傘下の派閥は、オラリオを出る場合ギルドに申請して許可を貰う必要がある。

 これには余程の信頼関係がないと認められないらしいが、【ガネーシャ・ファミリア】は憲兵も担っているので、基本的にオラリオの外に出ることは認められない傾向にあるらしい。

 行けてメレンくらいまでだってさ。それ以上外となると中々ギルドから許可が出ないらしい。特に探索系派閥は。

 

 商業系や鍛冶系はそこまででもないらしい。まぁ、防衛戦力ではないもんな。

 だからデメテル様の畑はオラリオの外にあるし、ヘファイストス様は時折他国に出向いてるらしい。神ヘルメスも探索系ではあるが、運び屋的な商業系の仕事も行っているらしく、今回の様に外に出る事が認められてるらしい。

 ……ちなみに神フレイヤは本当はダメだけど、魅了でやり過ごして時折フラッといなくなることがあったらしい。だから、今は眷属達が護衛と言う名の監視をしているらしい。大変だな。

 

 ちょっと話が逸れたけど、つまりオラリオの冒険者は余程の事情がない限り、外に出る者の護衛は出来ないってことだ。

 たとえ闇派閥の被害者でも。助けられた後は自己責任らしい。

 

 そこをガネーシャ様達は善意で行うのだが、そこはもう処罰覚悟でシャクティさん達も諦めているらしい。そういうところが好ましいから、【ガネーシャ・ファミリア】にいるんだもんな。

 

 俺は……流石にそこまでは手を伸ばせそうにないな。

 

 俺はスセリ様と自分、そして団員達だけで精一杯だ。

 戦う以外で、誰かを救う力は――ない。

 

「その商会には闇派閥の者や恩恵持ちの護衛はいないのですか?」 

 

 ディムルが首を傾げて訊ねる。

 ちなみにディムルは今も顔を隠している。最近は派閥の面々とドットムさんだけの時は外すようになってきたんだけどな。

 

「いると想定して動く。いたとしても第三級格が2,3人だろうが、油断は出来ない」

 

「なるほどな」

 

 更にもし恩恵持ちがいても、必ずしも闇派閥ではないらしい。

 何でも恩恵だけもらって、普段は全く派閥に関わらない『はぐれ』的な人が少なからず存在するらしい。何だかんだ神は優しいから、普段は全く会いに来ない癖に更新にだけ来てもあまり怒らないんだと。まぁ、恩恵を与えるほど気に入ってるんだから、当然と言えば当然なのか?

 

 という事で、俺達は翌日から突入の準備を始めた。

 

 まぁ、一番大変のは正重なんだけどさ。

 鍛冶して、鍛錬して、整備してって大変です。

 

 俺達は18階層までで探索及び鍛錬。もちろん本拠でも組手しまくり。

 流石にランクアップは誰もしなかったし、目に見えて成長した奴もいないが、これは全員分かり切ってたことなので誰も文句は言わない。

 

 ただ……やっぱり嫌な予感は消えない。むしろ強くなってる気がする。

 流石にこの段階でそんなことを口にはしないけどさ。

 

 それに考えるべき事もあるんだよな。

 

「【ヘルメス・ファミリア】から提供された倉庫の簡単な見取り図だ」

 

 目の前に広げられたのは突入する倉庫の見取り図。ホントに最小最低限の情報しか載ってない。まぁ、そんなもんだろうけどさ。

 

 シャクティさん、俺、ドットムさん、ハルハ、リリッシュで作戦会議中。

 

「地下の出入り口は、建物入り口から少し奥になる。出入口はあまり広くないようだ。恐らく1人通るのがやっとだろう」

 

「問題は地下の広さですね……」

 

「そうだな。だから、突入する人数は限られる事になる」

 

 ですよね……となると……。

 

「うちからは俺、ハルハ、アワラン、ディムルってところか……」

 

「そうだねぇ。ただ、アタシもディムルも得物は限られるよ」

 

 大鎌と槍は厳しいかもしれないか。

 そうなるとハルハはともかく、ディムルは魔法が使えなくてハンデがデカいかもしれないな。

 

 正重とツァオは身体や背も大きいし、得物もでかい。

 巴は小柄だけど、武器が大物だから中々に取り回しが難しく、リリッシュは……地下で魔法なんて使われたら俺達が生き埋めになってしまう。

 

 なので、正重達は一階で待機。というか、逃げ出そうとした連中を捕えたり、地下に敵が入り込まないような援護部隊だな。

 

「我々も部隊を2つに分ける」

 

「2つですか? 突入と待機と考えると、全員が中に建物内に突入するってことですよね?」

 

「ああ。状況的に会長とその側近の捕縛、そして奴隷達の保護が最優先で、それ以下は基本放置となる」

 

「逃げ出した連中は闇派閥の連中も受け入れねぇだろうからな。殺されるか、路地裏当たりで野垂れ死ぬか、俺らに捕まるかだ」

 

 まぁ、人手もないし、しょうがないか。

  

「ちなみに、違法奴隷と商会の頭だったら、どっちが優先だい?」

 

「奴隷達だ。奴隷達さえ保護できれば、その商会はブラックリスト入りして賞金を懸けられる。まずまともな営業は出来なくなり、その商会と関りがあった他の商会や怪しい者を強制的に調べることが出来る」

 

 なるほど。つまり、『証拠』の確保が最優先というわけか。

 

「地下の広さが分からないのがやっぱり不安だな……」

 

「奴隷を閉じ込める檻や牢屋などを考えれば、案外広いかもしんねぇぞ。狭いと呼吸が苦しくなるからな」

 

 そうか。声とか漏れないように窓とか隙間とか基本ないだろうしな。酸素が薄くなる可能性があるのか。

 

 その後も打ち合わせをして、終了後に正重と武器の相談。

 今回は脇差、短剣系の武器の方が取り回しは良さそうだからね。

 

 ディムルは剣と短槍で行くらしい。

 ハルハは柄が短めの大鎌だってさ。やっぱりある程度慣れた武器が良いよな。

 

 ちなみにスセリ様は作戦中はヘファイストス様のところにいるらしい。

 ここにいるよりは安全だと思うのでありがたいです。

 

 

 

 ということで翌日。

 

 一斉摘発当日となった。

 

 

 



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踏み躙られる尊厳と闇の罠

お待たせしました

さぁ、今章クライマックスに入り――胸糞展開です


 時刻は昼過ぎ。

 

 俺達はシャクティさん達と合流し、ジャマンナ商会の倉庫兼住居近くの空き家に路地裏の裏口から入る。

 

「あ、フロル~」

 

 装備を整えたアーディがヒラヒラと笑顔で手を振って挨拶してくれる。

 

 緊張感ぶっ壊したなキミ。

 

 新人も連れて来るって言ってたから、来るかもなって思ってたけど。

 隣でシャクティさんが青筋浮かべてるぞ?

 

「突入組なんでしょ? 無理しちゃ駄目だよ?」

 

「アーディ達もな」

 

 正重やアーディ達は地下に敵を入らせないようにしないといけないから、その場から離れられない。

 しかも、最悪地下から逃げて出して来た敵に背後から襲われる可能性もある。十分危険な任務だ。

 

 窓から見えるジャマンナ商会の倉庫は正直思ったより大きかった。

 冒険者通りにある【ヘファイストス・ファミリア】の支店より一回り小さいくらい。まぁ、普通の商品も保管してあるし、輸入系の商会だから住んでいる人も多いんだろうな。国所属だし、そこそこ国から支援を受けてる大きな商会なんだろうな。

 

「用意はいいか?」

 

 シャクティさんの確認に、俺を始めとする全員が頷く。 

 

 ちなみに俺は腰に脇差二振り、背中に刀を差している。

 

「突入したら、地下突入組は一気に地下への出入り口を確保する。周囲の敵は待機組に任せる。無理に捕らえる必要はない。最悪商会の長だけ捕らえられれば構わん。それも無理ならば奴隷だけでも保護出来れば十分だ。絶対に単独行動は控え、逃げた者は放置しろ」

 

 改めて告げられた注意点に、これまた全員が頷く。

 

 こういう確認はくどい位が丁度いい。

 

「では――行くぞ!」

 

 号令と同時にシャクティさんが最初に飛び出して、その後に地下突入組の俺達が続く。

 

 流石は【ガネーシャ・ファミリア】の精鋭組。俺やハルハ達はあっという間に距離を開けられた。

 多分、最低限の露払いをしてくれるつもりなんだろうけどさ。

 

 5秒とかからず、建物の両開きになっている正面入り口の前に移動したシャクティさんは、

 

「ふっ!!」

 

 左掌底を叩き込んで扉を粉砕した。

 

「【鳴神を此処に】」

 

 俺は魔法を発動して、超スピードでシャクティさん達の真上を跳び越えて倉庫内に突入し、驚きに目を見開いて固まっている店員達の間を縫い、地下への出入り口があるとされる床へと一気に迫る。

 

「はああ!!」 

 

 脇差を抜き放ちながら雷を放ち、床へと叩き込む。

 隠し扉が跳ね上がって吹き飛び、地下への階段が出現する。幅は俺が2人ギリギリ並んで通れるかどうかって感じ。成人は並べないだろうし、正重はギリギリかもしれない。

 

 隠し通路は石垣で造られていた。

 扉が吹き飛んで風が一気に中に流れ込み、その直後――何かが腐ったような臭いと……糞尿と血の臭いが鼻に届いた。

 

「っ……!!」

 

 間違いなく……誰かが閉じ込められている。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】だ!! これよりギルドの指令の元、強制捜査を行う!! 全員その場から動くな!! 動けば最悪命の保証は出来ん!!」

 

 シャクティさんの怒号に店員達は顔を真っ青にして動きを止める。

 

 その隙に【ガネーシャ・ファミリア】の上級冒険者2人が入り口を固め、残りの面々は俺の傍に駆け寄ってくる。ガネーシャの新人達が一階倉庫にいた店員達を一か所に集める。

 

「情報通りのようだな」

 

「……酷い臭い」

 

「ちっ……くそったれ」

 

 誰もが隠し通路から漂ってくる悪臭に顔を歪め、その奥にあるであろう光景を想像して顔を顰める。

 

 でも、気になる事もある。

 

「入り口を隠してなかったのが気になるな……」

 

「確かにな」

 

「オイ、そこの連中。今、地下には誰がいんだ?」

 

 俺とシャクティさんの言葉に、ドットムさんが集められた店員達を鋭く睨みながら訊ねる。

 

「ち、ちちち、地下には、今会長と護衛の人達が……」

 

「だとよ」

 

「……運がいいのか、罠なのか」

 

「ここまで来たら行くしかねぇだろ。早く行こうぜ! ここでグズグズしてる間に下に閉じ込められてる奴らが殺されちまう!!」

 

 拳を掌に叩きつけて急かすアワラン。

 確かにそうなんだが、ここは敵地。衝動的な動きは皆を危険に晒す。

 

 俺はシャクティさんに視線を向け、シャクティさんも俺と視線を合わせて頷く。

 

「では突入する。もう一度言っておくが、ここから先は奴らの要だ。決して無闇に飛び出すな! 行くぞ!!」

 

 シャクティさんを先頭に俺達がその後ろに続き、殿にガネーシャ派閥の精鋭。

 ドットムさんやアーディ達は一階で待機。

 

 階段を下りれば下りるほどに空気が澱み、臭いもあり息がし辛くなってくる。

 

 そして、俺達は気付いてしまった。

 

「これは……!」

 

「血の臭いが強すぎんだろ……! 今出血してる奴がいるぞ!!」

 

「胸糞悪いねぇ……!」

 

 このタイミングで、出血するとか奴隷しかいないじゃないか! くそっ!!

 

 スピードを少しだけ速め、奇襲や罠に警戒しながら駆け下りる。

 

 そして、数分とかからずに階段が終わり、薄暗い通路へと入る。

 もはや鼻は完全に麻痺してる。いや、()()()()()()()()耐えられないんだ。――怒りが抑えられなくなりそうで。

 

 薄暗い通路なのに、どこに目を向けても固まった血液と思われる黒いシミがあり……骨が転がっている。

 

 一体何年……どれだけの人が……!

 

 噴き出しそうになる感情を押さえながら奥に視線を向ける。

  

「……思ったより、広そうですね」

 

「ああ。どうやら周囲の建物の下にも及んでいるようだな」

 

「隠し通路とかありそうだねぇ」

 

「秘密裏に奴隷を運び出す事も考えてるでしょうから、可能性は高いでしょう」

 

「未だに目立った反応がない事から、すでに逃げ出している可能性は高い。……色々と処分されている可能性もな」

 

 奴隷達の口封じ、か……。

 それが終わり次第、すぐに逃げ出せるようにしてる……。確かに合理的ではある。滅茶苦茶胸糞悪いけどな!

 

 奥に鉄製の大扉があり、それをまたシャクティさん達が殴って破壊する。

 

 中に入ると広い部屋の左右に檻があり、左手に女性、右手が男性と言った感じに分けられていた。

 

 だが、俺達の目に映ったのは――檻の前で血溜まりの上に倒れているボロ布を着たエルフの男性と、

 

「兄上! 兄上ぇ!! 嫌です!! 兄上ええ!!!」

 

 檻の中からエルフ男性に向かって腕を突き出して泣き叫んでいるエルフの少女の姿だった。

 

 ……間に合わなかった。あの人は……もう息をしていない。

 

 エルフ男性のすぐ傍には、ヒョロガリでチョビ髭の男と護衛と思われる屈強そうなヒューマン2人と犬人2人。

 

「なっ!? だ、誰だ!?」

 

「ガ、【ガネーシャ・ファミリア】……!? 何でここに!?」

 

「逃げ出していなかったとは、随分と腐った根性をしている。まぁ……お楽しみに熱中していたからのようだが」

 

 驚く連中に、シャクティさんが顔を顰めて不快感を隠さずに言い放つ。

 

「ジャマンナ商会会長、ガーガス・ジャマンナ。誘拐及び違法な人身売買、そして無申請無許可での人員搬入の容疑で身柄を拘束させてもらう。無駄な抵抗はやめておけ」

 

「ぐっ……! このような事で……!」

 

 シャクティさんの宣告に、チョビ髭の男が悔し気に歯噛みする。

 

 檻に入れられた人達はどう見てもまともな扱いをされておらず、首輪や手錠を嵌められている時点で無理矢理連れてこられたのは疑うまでもない。

 

 そして、今目の前にある光景や先程までの通路などの状態を考えれば――もう、我慢する必要はないな。

 

「【鳴神を此処に】」

 

 魔法を発動し、同時に飛び出して一瞬でガーガスの眼前に迫り、そのムカつく鼻っ面に拳を叩き込んだ。

 

「ぷげら゛!?」

 

 ガーガスは鼻血を噴き出しながら吹っ飛んで、背中から壁に叩きつけられて崩れ落ちる。

 

 ……なんだ? なんか違和感が……いや、今はいい。

 俺は亡くなってしまった男性エルフを超スピードで抱き抱えて、泣き崩れているエルフ少女の前に寝かせる。

 

「あ……」

 

 泣き腫らした目で唖然と俺を見るエルフ少女。両手は檻をずっと全力で握っていたようで、掌が真っ赤で出血もしてる。それに兄を呼び続けたりして何度も何度も叩いたんだろう、小指側からも血が出て痣が出来ている。手錠をされている手首も同様に血が出て、赤く腫れている。

 彼女の背後にいる女性達も憔悴しきっており……中には顔中痣だらけで横たわっており、呼吸が浅く意識が朦朧としてる人がいる。

 

 男性側の牢屋なんてもっと悲惨だ。怪我をしていない人を見つける事の方が難しいし……牢屋の端で明らかに息をしていない人が2人、横たわられている。本当に商品として売る気があったのか疑いたくなるほどに。

 

 どうして人間は……他人にここまで残酷で外道になれるんだろう。ただ殺すだけのモンスターの方が、よっぽど優しい生き物に思えてきてしまう。

 

 テルリアさん。俺は……本当に誰かを救う事が、出来るんだろうか。

 

「……間に合わなくて、すまない」

 

 謝罪した俺は立ち上がって、護衛の男達に向く。

 

「か、会長……!」

 

「……【迅雷童子】」

 

 シャクティさんが呆れの視線を向けて来るが無視だ、無視。

 

「ったく……こういう時はホントに手が早いねぇ。まぁ、スカッとしたけどさ」

 

「はははっ! いいじゃねぇか! クソ野郎を逃がすよりよっぽどマシだぜ!!」

 

「これで頭は押さえました。後は、彼の仇を取るだけでしょう」

 

 ハルハ達の言葉に小さく頷いて、俺は脇差を抜く。

 

「そいつを助けようとしてみろ。触れる前に腕を斬り落とす。檻の中の人達を人質にしようとも思うな。その時は――首を刎ねる」

 

 欲望と快楽の為に人を殺したお前らに、容赦する必要はない。

 

 俺の脅しに護衛達は顔を青くして、視線を彷徨わせる。

 

 俺の速さは今見たばかりだからな。対処が出来そうにないんだろう。

 感じる気配的にコイツらはLv.2だ。しかも、多分戦闘経験も技術もディムルより下だ。

 

 俺達だけでも問題なく倒せるだ――

 

「……ぐっ……!」

 

 ガーガスが顔を押さえながら起き上がった。

 

「なっ……!?」

 

「「会長!?」」

 

 俺は驚きに目を丸くし、護衛達も、そしてシャクティさん達も瞠目する。

 

「なんだと?」

 

「あんなヒョロヒョロ野郎がフロルの攻撃を喰らって起き上がっただぁ?」

 

「そんな馬鹿な……! 団長は魔法まで使っていたのですよ!?」

 

 そうだ。俺の【パナギア・ケルヴノス】は攻撃した相手に微弱ではあるが電流を流す。

 冒険者相手であれば少し痺れる程度だが、恩恵を持っていない一般人であればスタンガンレベルと変わらないはずだ。しかも、さっきは意識して電流を流した。

 一般人なら、まず間違いなく気絶してしばらくは起きないはずなのに……。

 

「……【象神の杖(アンクーシャ)】。アイツが恩恵持ちである可能性は?」

 

「ありえん。そこは我々とギルドがオラリオに入る度に確認している」

 

「ステイタスがロックされてたんじゃないのかい?」

 

「他国所属の商人は抜き打ちで押収した『開錠薬(ステイタス・シーフ)』を使って確認している。奴は2週間前に確認し、その時は白だ。その後に恩恵を得たとしても、たった2週間で【迅雷童子】の雷撃に耐えられるわけがない」

 

 護衛の男共も驚いてる。流石に護衛にまで恩恵を隠す理由はないだろう。だから、シャクティさんの言葉は嘘ではないはず。

 ……これがさっきの違和感の正体か?

 

 ……いや、待て。

 

 

 何でコイツ、服が全く汚れていない?

 

 

 顔も鼻が赤く、鼻血が出ているが……床の落ちる血の広がり方が少しおかしい気がするし、服にこんな汚い床に倒れたら付くはずの汚れも、電撃による焦げもないのは流石におかしいだろ。

 そこは恩恵がどうとか関係ない。

 

 コイツ、変だ。

 

「【鳴神を此処に】!」

 

 再び魔法を発動して、一瞬で奴の背後に回り込みながら背中に雷撃を一瞬だけ放つ。

 

 バヂンッ!と雷が弾ける音が響く。

 背中に雷撃を浴びせられたガーガスは……全く堪える気配はなかった。

 

 やっぱり!

 

「コイツ! 人間じゃない!」

 

「はぁ!?」

 

「どういう事だ?」

 

「雷撃を放ったのに効いてないし、服や体が焦げる様子もない! 何かがおかしい!」

 

 なんだ? 何が起きている?

 

「おのれぇ……! 小僧! このガーガスに手を出してただで済むと思ぶげぱっごぼ!?」

 

 ガーガスはそんな俺達の会話なんて聞いていないかのように、怒りに叫びながら立ちあがろうとする。

 だが俺はガーガスの顔に蹴りを叩き込み、奴はその勢いのまま顔面を壁にぶつけてまた崩れ落ちた。

 ……やっぱり。なんだ? なんか感触に違和感がある。

 

 俺は魔法を発動したまま、完全に混乱して固まっている護衛のヒューマンに雷撃を放つ。

 

「なっ、ぎゃがばばば!?」

 

 雷撃は男の身体を痺れさせて焼く。

 男は身体や口から煙を噴き出しながら白目を剥いて仰向けに倒れる。

 

 そうだよな。普通はこうなる。

 

「……なるほど。確かに様子が違うようだ」

 

「ええ。雷撃だけでなく、打撃の感触も何か違和感があります」

 

「気にはなるが、まずは全員制圧する! かかれ!」

 

 シャクティさんの号令にハルハ達も飛び出して、護衛達はあっという間に拘束される。

 ガーガスも一緒に拘束するが……。

 

「普通に拘束出来ましたね……」

 

「ああ。だが確かに何か違和感を覚える」

 

 ディムルやガネーシャ派閥の人達が捕まっている人達を解放し、身体の状態を確認している間に、俺やシャクティさん、ハルハにアワランはガーガスを改めて観察していた。

 

 普通に縄で縛れた。でもやっぱり何か触れた感触がちょっと違う気がするんだよ。

 でも、その違和感の正体が分からない。

 

 そして――またすぐに意識を取り戻した。

 

「解け! 私に手を出せば、タダでは済まんぞ!!」

 

「……なんでこの状況で強がれるんだよ」

 

 アワランが呆れ、ハルハや俺も同意するが……これも違和感を感じる。

 

「この件はすでにギルドも承知し、貴様の捕縛も認められている。もはやオラリオに貴様の居場所はない。それとも闇派閥の所にでも逃げ込むか?」

 

「黙れ! 私は罪に問われるような事などしておらぬわ! 私は居場所を失くして野垂れ死ぬだけだった連中を拾ってやっただけだ! 感謝される事はあっても、責められる謂れはないわ!」

 

「……殺され、殺されかけたのに感謝だって?」

 

「何がおかしい!? そ奴らは私が買った! 私の所有物だ! 私の物をどうしようが関係あるまい!」

 

「あぁん!? 人の命が物だと!? 舐めてんのかテメェ!!」

 

「そんな家畜同然の連中が人だと!? 笑わせるな!」

 

「……もういい。それ以上口を開くな。今更何を言おうと、貴様の辿る未来は変わらん」

 

 コイツはやっぱり普通じゃない。話すだけ無駄だろう。

 

 全員がそう思った、直後――異変が起こった。

 

………

……

 

 時は少し遡り……。

 

 フロル達が地下に突入してから数分。

 

 正重やツァオ達は地下への入り口周囲で警戒を続けていた。

 

「ドットムさん! この建物にいた連中は全員拘束しました! 商会長やその護衛はやはり地下に。それ以外の幹部達は1人を除いて確保出来ました!」

 

「おう、ご苦労さん。その1人ってのは?」

 

「副会長です。どうやら一般の商品の商談に向かったようで」

 

「そうか。なら、そっちは後回しでもいいか。どうせここで証拠を握れば終わりだ」

 

「そうですね」

 

 そのすぐ傍では、

 

「へー! 巴さんも英雄譚良く読むんだ!」

 

「そうですな。やはり一武人として、かの英雄達の活躍は手に汗握りますな」

 

 と、アーディと巴が和気藹々としていた。

 

「おい、そこの小娘共。作戦中に余計な私語すんじゃねぇ」

 

「は~い」

 

「すみませぬ」

 

「ったく……一応こいつらは闇派閥と繋がってんだ。気を抜くなよ」

 

「分かって――」

 

「誰か上がってくる」

 

 地下への入り口を鋭く見据えるツァオの言葉に、場の空気が一瞬で引き締まる。

 

「数は分かるか?」

 

「匂いは1つ。追ってるような匂いはない」

 

「じゃあ逃げ出した奴とかじゃねぇか……。一応距離を取れ! 油断すんなよ!」

 

 ドットムの号令に、全員が迅速に動いて地下の出入り口から距離を取り、武具を構えるか柄を握る。

 

 そして、出てきたのは――シャクティ達と共に地下に下りた【ガネーシャ・ファミリア】のヒューマンの男だった。

 

「オグール? どうした! 何かあったのか!?」

 

「奴隷達を発見したが、商会長は地下通路から逃走した! 団長達は護衛とまだ戦ってる! 俺は団長の命令で【ディアンケヒト・ファミリア】に応援を呼びに行――」

 

 

 その時、ツァオが突然、右腕を大盾を構えて地下出入口の左側に向かって突撃した。

 

 

 突然のツァオの奇行に全員が目を丸くする。

 

 ツァオは足を止めると鋭い目つきで周囲を見渡し始める。

 

「ツァオ殿? どうされた」

 

 

「その者は偽物。他にもう1人、見えない者がいる」

 

 

『!!?』

 

 ツァオの言葉に再び全員が驚きを露わにする。

 

「ホントか!?」

 

「馬鹿な! コイツは確かにオグールだぞ!?」

 

「臭いが動いている。()()()血と腐った肉の臭い。しかし、その者からは()()()()()()()()

 

「臭い?」

 

「獣人でもない者でも地下から漂う臭いが分かった。普通であれば、その地下に入った者なら嫌でもその臭いが付くはず。それに汗や服に身に付いた臭いも普通はする。でも、その者からはその臭いすらしない。突入前はあった臭いすら消える等あり得ない」

 

「……なるほど」

 

「しかし、その者と一緒に別の臭いが出てきた。その臭いはまるで生き物みたいに動いているのに、姿が視えない」

 

「その臭いがオグールのものではないと断言できるのか!?」

 

「その者が陰で人殺しを嗜んでなければ」

 

「「「!?」」」

 

「現れた臭いは()()()()。直接血を浴び、少なくとも数時間以上死体の傍にいなければ、こんな強烈な臭いはしない」

 

 ツァオは話しながらも、鼻をピクピクとひくつかせる。

 そして、臭いを追うように顔を動かし、見えない何かを見据えるように視線を動かす。

 

 ツァオの言葉に【ガネーシャ・ファミリア】の者達は戸惑い、動くに動けなかったが、

 

「ハアアア!!」

 

 巴がツァオの視線を先回りするように大刀を薙ぐ。

 

 それを理解していたようにツァオが飛び出して、突撃盾(シールドバッシュ)を放ち、更に正重がツァオの右側に続いて拳を振るった。

 

 巴の大刀が床を砕き、正重の拳は空を切り、ツァオの突撃(チャージ)も空振ったかのように思えたが――。

 

 

ガワアァン!!

 

 

ガァン!

 

 

 何かがツァオの盾にぶつかったような金属音が響き、直後にツァオの正面にあった木箱が独りでに砕けて、中身が零れる。

 

「あっ!!」

 

「流石ツァオ殿。お見事でござりますな」

 

「うむ」

 

 アーディが驚きに声を上げ、巴と正重は当然とばかりにツァオを褒め称えながら油断なく構える。

 しかし、ツァオは右腕の盾を怪訝な顔で見つめていた。

 

「……おかしい」

 

「どうしたの?」

 

「音はした。しかし、()()()()()()()()()()()

 

「なんだと? 確かに音がしたのにか?」 

 

 ドットムが片眉を吊り上げ、ツァオは眉を顰めたまま頷く。

 

 そこにずっと黙っていたリリッシュが口を開いた。

 

「音はしたけど、それも違和感があった。何か耳に蓋をされているかのように籠った感じ」

 

「ドットムさん! オグールが煙みたいに消えたぞ!」

 

「ってこたぁ……魔法か!」

 

「されど、敵の姿はいまだ見えず。まだ敵の術中であると考えるべきでありましょうな」

 

 ようやく答えに辿り着いたドットム達だが、巴が周囲を見渡しながら未だに姿が視えない敵に警戒を緩めない。

 

「オグールの幻を見せられたってこたぁ、幻覚魔法か?」

 

「多分違う。――臭いはする。でも姿は見えないし、音と触感も違和感を持たせ、幻覚を見せる。五感に影響を与えている事から――催眠系魔法。広範囲及び大人数に作用している事から呪詛(カース)の可能性が高い。範囲はここにいる全員、そして地下にいる者も恐らく含まれるから『この建物一帯』、正確には『特定の方法で指定した範囲内』と考える。効果時間は恐らく指定範囲内にいる間、及び術者が解除する、死亡する、意識を失う、そして建物から一定距離を取るまでと推察。更にはあくまで騙せるのは術者が指定及び想像したモノのみ。想像出来ないものや不意な攻撃や衝撃を受けた際の音や幻覚は作れないと考えられる」

 

 急に独り言のように考察を始めるリリッシュ。

 

「呑気に推察してる場合か! どうする!? ドットムさん!!」

 

「問題ない。ここまで情報が集まれば十分」

 

「あん?」

 

「【対処せよ。すでにそれは見知っている知識なり】」

 

 リリッシュは淡々と詠唱を唱え、魔法を発動する。

 

「【グノスィ・アイアス】」

 

 魔法が発動し、リリッシュの足元から魔法陣が広がった次の瞬間、

 

パアァン!!

 

 風船が弾けたような音と共に、リリッシュの目の前に、突如茶髪の女ヒューマンがナイフを構えて襲いかかろうとしている姿が浮かび上がった。

 

「このクソチビぃ!! 死ねぇ!!!」

 

 怒りに顔を歪めた女ヒューマン――ケテラがナイフを振り下ろす。

 

 しかし、凶刃がリリッシュに届く前に、女狼のしなやかな脚が刃を蹴り砕いた。

 

 ツァオは臭いで動きを追えたため、奇襲にも対応出来たのだ。そして、リリッシュもツァオが対処してくれると確信していたからこそ、攻撃を避けようともしなかった。

 

 そして、ツァオが動いたという事は、

 

「おお!!」

 

 巴も動かないわけがないのである。

 

 巴は突撃(タックル)を繰り出し、ケテラの側面に直撃する。

 

「がっ――!?」

 

 ケテラは横に吹き飛んで、再び積まれた木箱に突っ込んだ。

 

「今のが術者ってわけかよ。ふん……護衛ってぇ感じじゃねぇな。逃げようとしてたみてぇだし」

 

「中から出て来たのが気になりますな」

 

「お姉ちゃんやフロル達は無事かな……」

 

「安心しろ、アーディ。あの程度で吹っ飛ぶ奴にシャクティがやられる玉かってんだ」

 

「……うん! そうだよね!」

 

 ドットムの励ましにアーディは笑みを浮かべて不安を掻き消す。

 

 その直後、木箱の瓦礫が吹き飛ぶと同時に右脚が突き出し、その脚を振り下ろす勢いを利用してケテラが起き上がった。

 

 ケテラはユラリと右手で右目を覆いながら立ち上がり、ガクリと顔を俯かせた。

 

「イッッッタイなぁ~……イタイイタイイタイイタイ――痛いんだよクソがアアアア!!!」

 

 ヒステリックに叫びながら顔を上げ、血走った目でツァオ達を睨みつける。

 

 かと思ったら、すぐに感情が抜け落ちたように真顔になる。

 

「アァ~ア……ホンットにクソッタレだよ。アンタらはとことん邪魔をしてくれるねぇ……【スセリ・ファミリア】~」

 

「テメェ……闇派閥か」

 

「だったら何だってのさ。あ~~イラつくわ~~、犬女の鼻に見つかったのは仕方ないけどさ~――そこのチビ女は何しやがった?」

 

 ギョロリ!とリリッシュを視線で射殺さんとばかりに睨む。

 

「アタシの魔法を破りやがった? いや、撥ね返した? ざけんなよ、どんな魔法だよ。かかってから撥ね返すとかアリ?」

 

 ドットムの言葉を無視して自分勝手に話し続けるケテラに、誰もがケテラの異常性を理解する。

 話が通じる相手ではない。この手の相手は、総じて考えが理解できない事が多いことをドットムは思い知っていた。

 

「チビ女さ~、この魔法メチャクチャ発動すんの手間なの知ってる? クソ長い詠唱でさ~、発動中は離れられなくてさ~、精神力(マインド)はたっぷり喰われるしさ~、発動するの見られたらソイツには魔法が効かなくなるとかクソッタレ仕様なんだよ~?」

 

「……そうか。テメェが収監所で脱獄を手引きしやがったのか」

 

「あ〜あれね。そうそうアタシ。嵌れば最高っしょ? アタシの魔法【エピアルテス】は」

 

 今度は自慢するようにニヤリと嗤うケテラ。

 

「アタシの魔法は指定した範囲内全ての生物の五感を掌握するんだよね〜。でもさ、範囲が広くなればなる程、操れる感覚の数が減っちゃうのが困りもんでさ〜。この建物だと目、耳、触感が精一杯だったんだよね~。更に厄介なのが一度範囲指定しちゃうともう変えられなくてさ~。そうなると解除して張り直すしかないんだよ~。だから――地下で()()()()()()()()()鼻を麻痺させようと思ったんだけど、それが逆に仇になっちゃったな~」

 

「……結界型の希少魔法(レアマジック)か。ちっ! ここ数年時折起きてた不可解な事件、テメェが関わってやがったな?」

 

「ん~~? どの事件のことぉ?」 

 

 ケテラは更に口を吊り上げ、

 

 

「たくさん殺して来たし、いちいち殺した時の事なんて覚えてないんだよね」

 

 

 もはやケテラに対して不快感を隠せなくなってきた巴達。

 

 すぐにでも飛び掛かれるように武器を握る手に力を籠める。

 

「ところでお前、今『会長を殺した』って言ってやがったな」

 

「それが何さ? 地下に突入出来た時点であのおっさんの罪は確定でしょ? 死んだって問題なくない?」

 

「大アリだよ馬鹿野郎。って、そうじゃねぇよ。その会長はお前らの仲間じゃなかったのかよ?」

 

「ぷっ! きゃっはははは! ナカマ!? んなわけないじゃん! 金ヅルって奴だよ、金ヅル!! べっつに死のうが潰れようがどうでもいい連中なの!」

 

「……(だとしても、なんでこのタイミングで殺した? さっきの魔法も、奴の話が真実なら儂らが突入する前から使ってた事になる。アーディにはああ言ったが、この魔法なら地下で何人かは殺せるし、致命傷を与えられるはずだ。なんで最初から逃げに徹してやがる?)」

 

 ドットムはケテラから感じる違和感の正体をずっと探っていた。

 

(今も逃げる素振りも抗う素振りも見せねぇ。仲間がまだ潜んでやがるのか? それとも、魔法の効果が嘘なのか……。これ以上長引かせるのは面倒事になりそうだな)

 

「そうかい。まぁ、屑共の繫がりなんざそんなもんだわな。でだ、もう逃げ場はねぇ。大人しく捕まりな」

 

 

「やーだーねぇ!! アタシはまだまだもーっともーっともーーっと! 人殺してぇ! 嬲ってぇ! 刺してぇ! 腹掻っ捌いてぇ! 犯してぇ! 叫ばしてぇ! 遊びたいんだよおお!!」

 

 

「……そうかよ。ったく……だから、こいつ等を相手すんのは嫌なんだ」

 

 ドットムは顔を顰めて武器を担ぐ。

 

 そして、ツァオや巴達が飛び掛かろうとした、その時。

 

 

 

 建物の壁が――爆発した。 

  

 

 

『なっ!?』 

 

 突然の爆発と粉塵に防御姿勢を取ったドットム達の隙間を、ケテラが猫の様に素早くすり抜けて行った。

 

「きゃはははは!! ばぁーか!! 誘き出す罠なのに、アタシ1人で来るわけないだろ間抜け!! 埋もれて潰れて死んじまえ!!」

 

「っ! この野郎!!」

 

「アタシは女だバァーカ! きゃはははは!! アタシらの邪魔した報いを受け――」

 

 ケテラは巴達の悔し顔を見ようと走り嘲りながら振り返り、

 

 

 目の前に閃光があった。

 

 

「なぁ――?」

 

 胸に強烈な衝撃が走り、後方に勢いよく押し飛ばされる。

 同時に体内が燃えるように熱くなり――ケテラは意識を闇に堕とし、二度と這い上がってくる事はなかった。

 

 大通りに胸に()()()刺さった状態で仰向けに倒れて死んでいるケテラを見て、ドットム達は背後を振り返り、魔法を解除して着地するフロルを見る。

 

「――で、あの人誰?」

 

 フロルは傍にいたリリッシュに訊ねた。

 

 まさかの発言に一気に空気が弛緩する。

 

「お前なぁ……。分かってねぇのに殺したのかよ?」

 

「いや、ツァオと巴が飛び掛かろうとしてたし――リリッシュが指差してたから……敵なんだろうなって」

 

 フロルが出入り口から飛び上がった時、リリッシュがフロルを見ながらケテラを指差していたのだ。

 

 だからフロルはただ仲間を信じて、全力で攻撃しただけであった。

 

「幻覚が解けて、その直後に爆撃音が聞こえたら、団長だったら魔法で全速力で駆け付けて、臨戦態勢で出て来るって思った。あの状況じゃ私達ではどうやっても追いつけないと思ったから、一番可能性がある手段を選んだだけ」

 

「で、この状況でリリッシュが指差して、見慣れない奴がいたから、建物を攻撃してる奴か、さっきまでの変な幻覚か何かを創り出した奴なんだろうなって思っただけ」

 

「……はぁ。まぁ、いいか。逃がしていい奴じゃなかったしな。地下の状況は?」

 

「護衛は全員押さえたけど、会長は捕まえたつもりだったけど急に消えて、気づいたら捕まってる人達が入れられてた牢屋の中で死んでた。……気紛れで殺された奴隷達と一緒に。少し腐ってたから、死後数日は経ってたと思う」

 

「そうかよ……生き残ってる奴等は?」

 

「何人かヤバい人がいる。ディアンケヒトかミアハに早く連れて行かないと手遅れになる。まだ無事な人達もいつ倒れるか分からない。多分、入れ替わってからは碌な世話をされてない」

 

「クソッタレが……」

 

 湧き上がって来た嫌悪感を隠さず吐き捨てたドットムは、話題を変えようと外に視線を向ける。

 

「攻撃が止んだな……。あの女が死んで逃げたか?」

 

「でも、建物が結構ボロボロだな。今のうちに捕まってる人達を――」

 

 

ドドドオオオォォン!!

 

 

「「「!?!?」」」

 

 外から爆発音が轟いた。

 

「なんだ!?」 

 

「一発じゃないぞ!?」

 

「っ!! しまった! あの女、誘き出す罠って言ってやがった! ってこたぁ!!」

 

 ドットムが外に飛び出す。

 

 フロル達も後に続き、目にしたのは――あちこちで立ち昇る爆煙。

 

「やられた……! 今回の密告は儂らを担当地区から離れさせる罠だったのか……!!」

 

「そんな……!」

 

「くそっ! シャクティさん達を呼んで来る!」

 

 フロルは魔法を再発動して、猛スピードで地下に戻る。

 

 

 本当の戦いは、これからだった。

 

 

______________________

ちょこっと情報

 

ケテラの魔法【エピアルテス】

・広域結界型感覚支配魔法

・超長文詠唱

・範囲指定可能(指定後の変更は不可)。対象選択不可。魔法発動を見た者は魔法効果無効。術者が結界内から出たら魔法解除

・結界内にいる者達の五感を支配下に置く。ただし、結界の範囲が大きくなる程効力低下。味覚、嗅覚、触覚、聴覚、視覚の順で、支配下から外れる

 

 ヴァレッタの【シャルドー】と同タイプの稀少魔法。

 嵌れば一方的に標的を嬲り殺し出来る強力な魔法で、【ネイコス・ファミリア】や闇派閥が中々足取りを掴ませなかった理由の一つ。

 ただし、相手に広域無差別攻撃を放たれると、気付かれぬ間にやられる可能性もあったため、臆病と呼ばれる程に慎重に使()()()()()()()

 

 【シャルドー】と異なるのは魔法陣が見えない事。なので、ケテラの術にかかったかどうかは、基本気付けない。幻影を生み出して操る事も出来るが、言動はケテラが操作するので、幻影を使う場合はある程度本人の性格や癖を知っておく必要がある。

 

 非常に強力凶悪な魔法だが、肝心のケテラが短絡的な快楽主義者であったため、一人では使いこなせない事が多い。

 しかし、それでも十分過ぎる結果を出してきたため、最近はバグルズも少し調子に乗ってしまっていた。

 




ちなみにケテラはLv.2でした

さぁ……次回も、胸糞です


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激情の眷属よ、獣となれ

遅くなりました
出来れば決着までの二話同時投稿したかったのですが、ちょっともう少し時間がかかりそうなので……(ーー;)


 オラリオのあちこちで上がる煙、悲鳴、そして怒号と戦闘音。

 

 更に先ほどまでは青空が見えていたが、いつの間にか空が暗い雲に覆われていた。

 

 まさか、闇派閥にこっちの動きを読まれるどころか誘導されていたなんて……!

 

「おのれ……! オグール! お前は新人達を引き連れて、奴隷達を救出して避難させろ! 他の者は私と共に来い! 西地区に向かう!!」

 

「「「おう!!」」」

 

「【スセリ・ファミリア】は――」

 

 シャクティさんが俺達にも指示を出そうとしたところで、

 

 

ドオオォォン!!

 

 

 再び爆発が起こった。――東側で。

 

「あっちは……!」

 

「本拠の辺りじゃねぇか!?」

 

「スセリヒメ様は!?」

 

「ヘファイストス様といるはずだ! 今日は北西支店にいるはずだからギルドに近い! まだ安全なはずだ!」 

 

「くそっ! 構わん! 【スセリ・ファミリア】は東に向かえ! ドットム! お前は【迅雷童子】達と共に行け!!」

 

「いいんですか!」

 

「本拠が攻撃されているならば放置など出来まい! 早く行け!!」

 

「ありがとうございます! 行くぞ! みんな!」

 

 俺は礼を言うと同時に駆け出し、ハルハ達も後に続く。

 

「フロル! あんたは先に――」

 

「だめだ!」

 

「闇派閥が待ち構えているかもしれねぇ! いくら坊主でも単独で突っ込みゃ格好の的だ!」

 

「くっそおおお!!」

 

「焦るな! 本拠は誰もいない。建物はまた借金して直せばいい! 今はこの襲撃を乗り切ることだけを考えろ! 絶対に死ぬんじゃねぇぞ!」

 

 分かってる。それは分かってるけど……!

 

 くそっ! まさか完全に裏を掻かれるだなんて! 俺は建物の上に飛び上がって、周囲を見渡す。

 東西南北、北東、南西の六ケ所から煙が上がっている。くそっ! 西は【ヘルメス・ファミリア】とアリーゼ達がいるところだけど、例の闇派閥が目撃されてた場所じゃない!

 

 シャクティさんは西に向かった。そりゃそうだ。そこが今一番手薄なんだから。西は宿や飲食店が多く、旅人や一般人も多い。被害がたくさん出る可能性は極めて高い。

 それ以外の場所は多分問題ない。でも、北西に振り分けられた戦力をロイマンは動かなさいだろう。むしろ北東に動かす可能性が高い。

 

 となると……東は俺達だけで対処しないといけない!

 

 ……おい待て。まさか……これって……この襲撃って……!!

 

「ドットムさん! あの幻覚使いの女は収監所を襲った奴だって言ってたよな!?」

 

「あぁん!? それがどうし――」

 

「という事は、奴は【ネイコス・ファミリア】の関係者ってことじゃないのか!?」

 

 俺の推測にドットムさんやハルハ、アワラン達は目を丸くする。

 

 そう。あの収監所にいた恩恵持ちで一番警戒されていたのが【ネイコス・ファミリア】の連中だった。だから脱獄された時にシャクティさんは俺達にいの一番に教えに来てくれた。

 

 もし、あの女が【ネイコス・ファミリア】の団員だったとしたら。

 

 その女が偶々俺達が突入する商会で待ち構えていたなんて、あり得るのか? いいや! あり得ない!! 皆の話が本当ならば、あの女は間違いなく、俺達が来ると分かって待ち構えていた! 俺達を狙って誘き寄せたんだ! 

 

 という事は……! という事はだ!!

 

 

「この襲撃は――俺達が標的なんだ……!!」

 

 

「どういう事だよ!?」

 

「【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の本拠近くに姿を見せていたのは、フィンさん達や【小巨人】を本拠に釘付けにするため! 狙いを明確にしなかったのは、バベルとダンジョンが狙いかもしれないと目を向けさせて、残った第一級冒険者をそこに集中させるため! 南西、北西、北東は規模が大きい【イシュタル・ファミリア】や【ヘファイストス・ファミリア】、ギルドの足止め! 【ガネーシャ・ファミリア】は東が担当だったけど、手薄になってる西が襲われれば誰が考えたって【ガネーシャ・ファミリア】が動くと思うし、シャクティさんならそうするし、そうなった!! そして――東が襲われれば本拠がある俺達は絶対に東に駆け付ける!!」

 

「そこに待ち構えていると言うわけですか!」

 

「その可能性が高いと思う!」

 

「ってこたぁ、この先にいるのは――」

 

「ああ……【ネイコス・ファミリア】だ」

 

「けど前はあんな女いなかったけどねぇ」

 

「前にスセリ様と話してたけど……多分、前に戦った奴ら以外にも団員がいたんだ、闇派閥側に。ギルドにも知らされず、表には出てこなかっただけで」

 

「なるほどねぇ。つまり、今回が本番ってわけだ!」

 

 ハルハは虚仮にされた怒りもあり、非常に好戦的な笑みを浮かべ殺気を纏う。

 

 問題は前にアワラン達が倒した連中が主力かどうか。もし、あれがただの下っ端レベルだったらかなり厳しい。

 更に人数的にも厳しいかもしれない。前回よりも相手の人数は多いはずだ。引き際を間違えたら……終わりだな。

 

 悲鳴が大きくなってきて、立ち上がる煙も近くなってきた。

 

「本拠からは少しズレてるな……」

 

 油断は出来ないけど、スセリ様が実はちょっと戻ってたら……と言う最悪の事態は免れてる可能性は高くなった。

 

 その時、

 

「……おい待て。あの方向は……」

 

 アワランが何かに気付いたのか目を見開いて、煙が上がっている方角を見ていた。

 

 俺もその方角を見て、必死に頭の中で地図を思い浮かべる。

 

 そして、俺も他の皆も気付いた。気付いてしまった。

 

 そうだ……! あの方角は……!

 

 

「あそこはまさか、越中屋……!」

 

 

 そう、越中屋がある所だ。

 

「そんな……!」

 

「明里……!!」

 

「くそっ!! アワラン! 行け!」

 

「フロル!?」

 

「本拠や他の場所は俺とリリッシュで回る! ハルハ、正重、ディムル、巴、ツァオ、ドットムさんはアワランと一緒に越中屋に行け!! 明里さん達を助けたら、本拠に避難させろ! いいか!? 絶対に無理するな!!」

 

「フロル……! すまねぇ!!」

 

「速くしな、アワラン! 置いてくよ!」

 

「分かってんよ!!」

 

「ドットムさん、皆を頼む!」

 

「任せとけ! そっちも無理すんなよ!!」

 

「ああ!」

 

 アワラン達は越中屋を目指して全力で駆けていく。

 

 俺とリリッシュはそのまま本拠を目指して走る。奇襲に備えて腰に差し直していた刀を抜き、リリッシュに速度を合わせる。

 

 戦闘音が聞こえるから他にも戦っている冒険者も少なからずいるようだ。

 彼らと合流できればいいけど……!

 

 そして、もう少しで本拠が見えて来ると言うところで――

 

 

「あ~あ~来ちまったよ~。怪我どころか消耗してる感じもねぇじゃ~ん。ケテラの奴、しくじりやがったなぁ?」

 

 

 通りのど真ん中に、男が立っていた。

 

 巴の大刀を細くして槍の様にした武器を肩に担いだ茶髪ウェーブヘアの男。

 

 コイツ……素性を聞くまでもない。

 ゲーゼスと同じ空気を纏ってやがる。

 

「さてぇ……どうしたもんかねぇ。そこまでピンピンしてるのは流石に想定外だったわ~」

 

「……やっぱり、俺達が狙いだったのか? 【ネイコス・ファミリア】」  

 

「……へぇ。気付きやがったのか。ガキの癖に頭が回るみてぇだなぁ。それとも、その後ろのチビの入れ知恵かぁ? まぁ、どっちでもいいか。ここまでくりゃあ()()()()、殺し合うだけだしな~」

 

 よくほざく……。

 

「周りに手下を潜ませておいて、何が正々堂々だ」

 

「あぁ? お前、そこまで分かんの?」

 

「殺気も視線も全く隠す気ない奴らに気付かない方がどうかしてる」

 

「あ~~……まぁ、俺らは暗殺者じゃねぇしなぁ。バレてんならしゃあねぇか」 

 

 男が手を挙げると、左右の路地陰から団員と思われるゴロツキと、闇派閥の白と黒の装束を着た連中が出てくる。

 ざっと見て、20人くらい。

 

「さぁてっとぉ、悪い悪い。名乗ってなかったなぁ。【ネイコス・ファミリア】団長、バグルズ・ヤラレルンだ。周りからは【人喰魔(センティピード)】って呼ばれてる」

 

「団長、それにヤラレルン、ね。ってことは、前に戦った奴は……」

 

「ああ、俺の弟だぜぇ。お前らが戦ったのは、ギルドやオラリオの情報収集で潜入させるために造ったダミーだよ。弟以外の団員はただの数合わせだったんだがぁ……勝手にお前らに喧嘩売りやがって、計画が全部おじゃんになっちまったぜぇ」

 

「……なるほど。それが俺達を狙った理由か」

 

「あぁ、そうさ。やられたらやり返す。当たり前の事だろぉ?」

 

 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるバグルズ。

 

 ……確かにうちとお前らは明確な敵対関係だろう。

 でも、だからって……関係ない人達や街まで巻き込んで……!

 

 ギリッ……と込み上げてきた怒りに歯噛みして、バグルズを睨みつける。

 

 俺の怒りを見て、バグルズは更に口を吊り上げ、

 

「良ぃ~~顔だぁ~~。それそれ~~それが見たかったんだよ~」

 

「お前……!」

 

「おいおいおいおいおぉ~い。俺らは闇派閥だぜぇ? まさか正々堂々とお前らに挑むと思ってたのかぁ? それともぉ? ゲーゼス達みたいにぃ、ダンジョンで襲い掛かるとでも思ってたのかぁ?」

 

 バグルズの周囲にいた部下達もヘラヘラケラケラと嗤う。

 

「俺はよぉ~団長で闇派閥の幹部を担っちゃいるがぁ、あんまり喧嘩は得意じゃなくてよ~。モンスターやダンジョンにも興味ねぇから、中々ステイタスも上がらなくてまだLv.3でさぁ~。どっちかって言うと頭脳派なんだよな〜。だから、お前らをどう孤立させて、邪魔が入らないようにするか、滅茶苦茶考えたんだぜぇ?」

 

「……ここ最近闇派閥の奴らが目撃されてたのは……」

 

「俺様の策だなぁ。苦労したんだぜぇ? 【勇者】にバレねぇように死にたがりの構成員共を各地にばら撒いてぇ、他の面倒な連中の足止めの為に他の闇派閥の幹部共を誑かしてぇ、借り作ってよぉ〜。そっからはケテラの魔法をうまく使ってぇ、コソコソ探ってやがる【ヘルメス・ファミリア】に偽情報渡してぇ、お前らが捕えに来るだろう商人を先にケテラに殺させてぇ、幻覚に嵌った隙を突くはずだったんだけどなぁ……」

 

「たったそれだけのために、ここまで……!」

 

「おいおいお〜い。それだけってお前なぁ。こちとらいつでも何処でも行ける訳じゃねぇんだぞ? 裏でコソコソしなきゃ表に出れねぇ俺らがぁ、表に出るにはかーなーりーのー準備と手筈がいるんだぜぇ。ここまでするんじゃねぇ。()()()()()()()()思い通りに動かせねぇんだよ」

 

 奴の目に狂気が浮かび始める。

 

「俺が好きなのはよぉ~、人間の怒り狂う様や泣き叫ぶ様を見下ろしてぇ、その顔のまま殺すのが好きなんだよなぁ。とぉくぅにぃ~……ソイツの家族や恋人、顔見知りを殺した時とかが最高なんだよぉ」

 

「……クズが」

 

「だろうな~、でも止めらんねぇんだわぁ。っとぉ、そういえば話変わるけどよぉ。お仲間はどこに行ったんだ?」

 

「さぁな。お前達のきょて――」

 

 

「もしかしてぇ――越中屋ってところかぁ?」

 

 

「っ――!」

 

「きひひひひっ! お前酷い奴だなぁ!! 今頃お前の仲間――怒り狂って殺されてるんじゃないか?」

 

 

 ……もう、駄目だ。

 

 

「……リリッシュ」

 

「ん」

 

「ここは、もういい……。ハルハ達のところに行ってやってくれ。悪いけど――もう、我慢出来ない」

 

「……ん」

 

 リリッシュは何も言わずに頷いてすぐに振り返って走り出し、来た道を戻っていく。

 

 俺は離れて行く足音と気配を背中で見送り――

 

「俺はこれまで、お前達相手でも、殺す事は気が引けていた。どんなに最低で卑劣な事が出来ても、同じ人間だと思っていたから」

 

「あぁん?」

 

「でも――間違っていた。お前を……俺が知る人達と同じ人間だなんて、思って良いわけがなかった」

 

 そうだ。同じ人間が……こんなふざけた理由で人を殺せるものかよ。

 

 モンスターの方がまだ、生物としてマシに思えてくる。

 

 俺は刀を納め、左手で鞘を握り締める。

 

「……くははは。まさかぁ……この人数と格上の俺様相手に1人で勝つ気でいるんじゃあ…ないよなぁ?」

 

 ()()は笑いながらも額に青筋を浮かべ、全く笑っていない目を俺に向ける。

 

「お前の弟は格下のはずの俺の団員に負けたぞ。その手下は大人数相手で、恩恵を得たばかりの俺の団員を倒せなかったぞ。――ゴチャゴチャ言ってないで、さっさと掛かってこい。団長同士で決着をつけ、今度こそこのくだらない因縁を斬り捨てる」

 

「……きひひひ、きひゃはははははは!!!」 

 

 クズは左手で目を覆って、狂ったように笑い始めた。

 いや……最初から狂ってたな、奴は。

 

「いいぜぇオマエぇ!! ホンッットに最高にクソッタレな程ムカつくぜえ!! ああああ!! やっぱりお前は俺様がぶっ殺してやるよクソガキィ!!」

 

 目を血走らせて狂い叫ぶクズ。

 

「手足をぶった切ってぇ!! お前の仲間の前に転がしてぇ!! お前の目の前で仲間を殺す所と死体を晒してぇ!! お前がだぁい好きな女神の前に運んでやるよお!!」

 

「お前には無理だ。そしてお前の死体は――肉片も残さない」

 

 モンスターみたいに……灰にしてやる。

 

 

 そして俺も……お前を冒険者としてでも、人間としてでもなく――怒りに吼える獣として、殺してやる。

 

 

「――【鳴神を此処に】」

 

 魔法を発動して、雷を纏う。

 

「きはははっ! 出たなぁ! その魔法の効果とお前の動きは、これまで十分過ぎるほどに観察させてもらったからなぁ!! その程度じゃ――」

 

 

 まだだ。

 

 

「【鳴神を此処に】」

 

 更に雷を纏う。

 

「……あ?」

 

 出し惜しみは、しない。

 

「【鳴神を此処に】!!」

 

 纏う雷が膨れ上がり、俺の髪が白く輝く。

 

 【パナギア・ケルヴノス】の三重付与。

 

 今の俺の限界だ。

 

 長時間は戦えないが――そもそも敵を前に何十分と戦う事の方が少ないんだ。

 敵の首領が相手だ……短期決戦で終わらせる!

 

「ひゃっはぁ!! 面白れぇ!! さぁ来いよぉ!!」

 

「おおおお!!」

 

 

 お前は!! 俺が殺す!!

 

 

………

……

 

 時は少し遡り。

 

 アワラン達は全速力で越中屋へと向かっていた。

 

 途中で闇派閥の末端構成員が襲い掛かってくるが、全て駆け抜けざまに一撃で沈めていた。

 

 しかし、その道中。越中屋に近づけば近づく程……建物の崩壊が目立つように、闇派閥の攻勢が激しくなってきていた。

 

「くっそ……!」

 

「奴らが東を狙う理由はギルドの交易所じゃなかったのかい!?」

 

「こちらは小さな商会や他国出身の方々の住まいが集まる場所……! このタイミングで狙われる場所ではありませぬぞ……!」

 

「その交易所の方は逆に煙が全く上がってません!」

 

「ちぃ……! 坊主の言う通り、奴らの狙いはお前らみてぇだな!」

 

「だとしても何でここを! 越中屋を襲うんだよ!?」

 

「そこまで分かるか!! 奴らの考えなど知らんわ!」

 

「今は走る!!」

 

「そうです! 越中屋に急ぎましょう!!」

 

「くっそおおお!!」

 

 進行方向に立ち上がる煙。

 

 誰もが頭を過ぎる絶望と後悔――そして湧き上がる怒り。

 

 それを振り払うように、ただただ走る。

 

 僅かな希望を信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが現実は――残酷だった。

 

 

 

 

 

 

 

 辿り着いた越中屋。

 

 

 そこで見た光景は――無惨な瓦礫の山。

 

 

 そして――

 

 

「おぉ? 何だよ、ガキはこっちに来なかったのかよ?」

 

 

 瓦礫の頂上に立つのは嘲笑を浮かべるディーチ。

 

 

 その足元には――1人の少女が胸から血を流して横たわっていた。

 

 

「―――ああ?」

 

 アワラン達はその光景に脚を止めて、目を見開く。  

 

 少女は、明里は、ディーチの足元で倒れ――アワラン達に顔を向けて目を見開いていた。

 

 だがその瞳は、ただただ無機質な漆黒だった。

 

 何も映していない、映せない――無。

 

 表情もただただ――無。

 

 誰もが好いた向日葵のような笑顔。誰もが心温まる優しい色の瞳。

 

 

 それはもう、どこにもなかった。

 

 

 奪われてしまった。

 

 

――ビキリ 

 

 

 戦士達の額に、青筋が浮かぶ。

 

 込み上がる激情に、身体が追い付かない。

 

 

 だが激情の火種はそれだけではなかった。

 

 

 視界の端に映る瓦礫の山の下腹部。

 

 和服を着ていた男性と思われる下半身が突き出していた。

 

 上半身は瓦礫に潰されている――太吉郎がよく着ていた柄の着物を着た下半身。

 

 そこから少し離れた中腹部。

 

 女性と思われる細い片腕と黒の長髪が、瓦礫から覗いていた。

 

 僅かに見える片腕の袖の柄は――三枝子が好んでいたモノだ。

 

 

――ギリィ! 

 

 

 次に響くは、歯を食いしばり、柄や拳を握り締める音。

 

「くくくっ! どぉ~だ~? お前らの為に用意した『舞台』だぜ? 悔しいか? 苛つくか? 許せねぇか? まぁ、安心しろって――俺も最っ高にお前らにムカついてるからよお!!」

 

 ディーチもまた目を血走らせて叫ぶ。

 

「兄貴の計画に泥を塗りやがって!! 雑魚の分際で俺の邪魔をしやがって!! 復讐されて当然って話だ!! そうだよ!! この女共はお前らのせいで死んだんだ!! お前らがあの時俺らにやられてりゃ、もう少し長生き出来ただろうになぁ!!」

 

 完全な逆恨みだが、バグルズやディーチ達からすれば真っ当で正当な復讐なのだとほざく。

 

 狂っている。

 

 そんな生優しい言葉で片付けていい事ではない。

 

 全てに於ける価値観が、徹底的に違うのだ。

 

 理解し合えるなど絶対に思えない程に、『命』への価値観が違う。

 

「ただお前らをぶちのめすなんてツマんねぇ!! お前らに関わった馬鹿な一般人共を皆殺しにしてぇ!! お前らが泣き叫ぶ顔を見ねぇと気が済まねぇんだよ!! そのためだったら何だってやってやるよぉ!!」

 

 結局はただの気晴らし紛いの八つ当たり。

 

 そのためだけに、【ネイコス・ファミリア】はオラリオ中を巻き込んだ。

 

 そのためだけに、明里達は殺された。

 

 それを『闇派閥だから仕方がない』と受け入れられる程――己らは達観していないし、受け入れる気もない!!

 

「お前らのせいで! オラリオは大混乱だ!! お前らのせいで! 被害が増えていくぞぉ!! お前らのせいで!! この女みたいな死体が増えてくぜぇ!!」

 

 ディーチは嘲笑いながら――

 

 

 

 明里の頭を踏みつけた。

 

 

 

――――ブチッ 

 

 

 

 張り詰め過ぎた糸が――キレた。

 

 

 

『―――――!!!!』

 

 

 

 嫉妬と激情の眷属達は――憤怒の咆哮をあげた。

 

 

 

 




あぁ……本当にメンタル削られます。自分で書いといて何言ってんだって話ですが。
これを書いてるとリューの復讐が至極真っ当にしか思えなくなってきて、本当に皆よく立ち直ったと思いますね

さぁ、次回。決着です


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勝利の空虚、敗北の慟哭

お待たせしましたぁ!
本当に今回は長くなりましたが――決着です


 

『オオオオオオ――!!!』

 

 

 アワラン達の怒りの咆哮は、戦場の空気を震わせた。

 

「なぁ――!?」

 

 アワラン達の憤怒の圧に、ディーチや陰から飛び出して来た闇派閥の者達は気圧される。

 

 

 そしてアワラン達は――一斉に飛び出してディーチへと駆け迫る。

 

 

「おい待て! お前ら! ああ、くそっ!」

 

 ドットムが制止するが、完全に頭に血が上っているアワラン達には届かなかった。

 

 ドットムもすぐに後を追いかけるが、

 

(まぁ、こればっかりは仕方ねぇとは思うが……まさかハルハ嬢ちゃんまでブチ切れるとは)

 

 だが、ドットムも怒りを抑えるのは限界だった。

 

(儂もこの店には、あの嬢ちゃん達には世話になった。顔見知りをくだらねぇ理由で殺されて、殺されてまで足蹴にされて我慢出来るほど――儂も達観してねぇんだよ!!)

 

 フロルに心の中で謝りつつ、ドットムも武器を担いで雄叫びを上げる。

 

「貴様らああああ!! 生きて帰れるとお!! 思うんじゃねぇぞおお!!」

 

「くっ……! はっ、ブチ切れだなぁ! いいぞいいぞぉ!! さあ、ぶっ殺してやるよおおお!!」

 

 ディーチはすぐに気を持ち直して、細剣を抜いて猛る。

 

 それに周囲にいた闇派閥の者達も武器を抜いて構えるが、その動きは少し精細さに欠けていた。

 だが、ディーチはそれに気付くこともなく、アワラン達に攻めかかろうとする。

 

「お前らも暴れろお!! 奴らをぶっ殺せぇ!!」

  

 仲間を扇動するディーチ。

 

 だがここで予想外の事が起こる。

 

「ぐっ……!?」

 

「な、なんだぁ……!?」

 

「――あ?」

 

 周囲の者達の動きが鈍くなっていた。

 

「あ? 何してんだ? お前ら」

 

「か、身体が……重ぇ……!」

 

「はぁ?」

 

 そう、ディーチは知らなかった。

 

 

 正重のスキル【獅子吼豪(キングハウル)】の存在を。

 

 

 ディーチは腐り狂っていても正重より先にLv.2になっていた事、そして負けたことで少なからずダンジョンで特訓もしてステイタスも上げていたので、正重のスキルから逃れた。

 更にこれまでの情報収集では、観察者は正重のスキル範囲外にいたため、その存在に気付くことが出来ず、スキルを浴びた者は全て倒されるか、捕縛されているため、スキルの事を伝える術がなかった。

 

 前回の戦いでは正重は本拠の防衛に残っており、本拠を襲おうとした手下達は弱すぎてスキルの事に気付くこともなくやられた。

 

 そして、フロル達も正重のスキルは強力過ぎる為、当然ながらその内容を外部に漏れないように注意していた。ドットムにすら、詳しい内容は伝えられていない。ドットムは長年の経験で何となく内容を理解しているが、彼も当然ながらその内容を漏らす事はない。

 

 故にバグルズやディーチ達に、正重のスキルを知る術はなかったのである。

 

 今いる仲間達の中にはLv.2もいたが、その者達も正重のスキルの影響を受けていた。

 

 その者達は事業の方ばかりにかまけて、鍛錬をサボっていたためステイタスが低かったのだ。

 

 それが齎した結果は、語るまでもなく。

  

 

 

 一方的な蹂躙であった。

 

 

 

「「「「オオオオオ!!」」」」

 

 ハルハが大鎌を薙ぎ、正重が『砕牙』を叩きつけ、アワランが拳を振り抜き、ディムルが長槍を鋭く突き出し、巴が大刀を振り下ろし、ツァオが大盾で突撃し、ドットムが『蛮月』を振り回す。

 

「「「「ぎゃああああ!?」」」」

 

 一撃で吹き飛び、無惨な姿で地面に転がっていく闇派閥。

 

 憤怒の獣達の勢いは止まらない。止まってやらない。

 

 

 

 大鎌が敵を両断する。

 

「どうしたんだい!? アタシらをぶっ殺すんだろお!? そんなんじゃ満足出来ないねぇ!! アタシの苛立ちは収まらないねえええ!! アタシの腹は満たされないねえええ!!!」

 

 ハルハは目を見張ってまさに獣が如き獰猛な笑みを顔に張り付け、まさに豹が如き素早くしなやかで身軽な動きで敵を翻弄しながら大鎌(豹爪)を振るい、獲物を切り裂いていく。

 

 ハルハの怒りは収まらない。

 

 それどころか血が舞えば舞う程怒りが募っていく。

 

(ざけんじゃないよ。なんであんな良い娘がこんな屑に殺されて、アタシみたいなガサツで血生臭い女が生き延びてるんだ! なんで冒険者のアタシが、あの娘を見送ってるんだ!! あの子は……あの子はねぇ……!!)

 

『あんた、ホントにあんな男でいいのかい? アイツ、脳筋で馬鹿で女神一筋だよ?』

 

『だから良いんですよ。格好良くて、可愛いじゃないですか』  

 

『あれが可愛いって……』

 

『分かってます。あの人は冒険者で、私はただの商店の娘。私は彼の事を応援することしか出来ません。支えることなんて出来ません。だから――少しだけ夢を見させてもらうだけで、十分なんです』

 

 その時の明里の嬉しそうで、でもどこか寂しそうな儚い笑顔を、ハルハは一生忘れないだろう。

 

 人を愛する女性の笑顔を、初めて羨ましいと思わせてくれた女性を。

 

(あの子は、明里は――!!)

 

 

「あんなしみったれた顔で!! 死んでいい女じゃないんだよ!!」

 

 

 だから――奪ったお前達を許さない。

 

 その為なら――喜んで死神になってやる。

 

 

「――【今宵も鎌が死を喰らう。舞え、血潮の紅華(はな)。散れ、闘争の火花(はな)】」

 

 ハルハは大鎌を振り回しながら、死を呼ぶ言霊を詠う。

 

「【高潔なる魂を汚し、悪辣たる罪を洗い流せ】」

 

 お前らの罪は、全てこの鎌で食い散らしてやる。

 

「【堕落せし(ともがら)を想い、赫き月を血涙(なみだ)で満たせ】!!」

 

 

 だから――死んでくれ。

 

 

「【スリエル・ファルチェ】!!!」

 

 

 死神の鎌鼬が、生贄を求めて獲物に襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 巨獅子は雄叫びをあげながら敵を薙ぎ払う。

 

「ウウウウ……!」

 

 正重は怒りに顔を歪めて唸り、瞳を縦に細めて標的を睨みつけていた。

 

「うっ……!」

 

「こ、こいつ……!?」

 

 今の正重の威圧感は尋常ではなかった。

 

 ただでさえ巨躯で威圧感もあり、更に【獅子吼豪】で実際に威圧されている。

 

 だが、それだけではない。

 

 怒りで発動した【灼血獅子(レオルスハートビート)】で身体は限界まで高熱化しており、【妖炎村正(センゴムラマサ)】で更にステイタスも最大限まで向上させていた。

 

 僅かに逆立つ髪先が赤く染まり、余りの高熱に正重の周囲が揺らめいている。

 

「許さない。俺は、お前達を、許さない……!!」

 

『正重さん、ありがとう! 造ってもらった包丁、凄く良くてお母さんとっても喜んでた!』

 

『う、む……。初めて造った、けど、良かった』

 

『ええ!? 初めてであんな凄いの造れるの?! やっぱり凄くいい腕してるね!』

 

『ありが、とう……』

 

 冒険者でもない、戦う人でもない、平穏に暮らしている人から自分が造った物を初めて喜んで貰えて嬉しかった。

 自分の手は、腕は、戦う武器だけでなく、人の生活に役立つ物を生み出せるのだと、教えてもらった。

 そして、三枝子にはその包丁で作った料理を差し入れしてもらった。その味は今でも忘れられない。

 

 なのに――その記念すべき包丁は、瓦礫の下に埋もれている。

 

 もう二度と、あの料理は食べられない。

 

 もう二度と、あの包丁は使われない。

 

 身体の大きい正重を怖がることもなく、優しく話しかけてくれた女性。

 

 どう考えても、こんなふざけた連中に殺されていい人ではない。

 

 

「お前達、武器、二度と、持たせない……!!」 

 

 

 その全てを、砕いてやる。

 

 

「【打鉄の響音、被鉄(ひてつ)の共震、波鉄(はてつ)狂燐(きょうりん)。冷めぬ鉄よ、其は醒めぬ夢。盛る火よ、其は逆る意地。(ふく)れる熱よ、其は膨れる(想念)】」

 

 『砕牙』を振り上げながら詠唱を紡ぐ。

 

 闇派閥達は止めようと攻めかかるが、そこにドットムが滑り込んで攻撃を弾く。

 

「【打ちて揺るがすは鋼、打ちて散らすは敵。されど我が芯は揺るがず、我が腕は散らず。成すは妖刀、生るは妖怪(あやかし)】」

 

 両手で柄を握り締め、敵を見据える。

 

 ドットムは巻き込まれないように大きく後ろに跳んだ。

 

「【この身朽ち果て、一目一足(ひとめひとあし)になろうとも、我は鎚を振るいて鉄を打つ】」

 

 

 この剣、この一撃は――我が渾身の火鎚也。

 

 

「【イッポンダタラ】!!」

 

 

 火怪の鍛冶師の大槌は、地面へと振り下ろされ、眼前の敵ごと地面を吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 端麗の騎士は舞うように双槍を振るう。

 

「しぃ!! はあ!!」

 

「ぎゃ!?」

 

「げっ?!」

 

 正確無比な刺突が敵の急所を穿つ。

 

「……ただただ感情が赴くままに命を奪う。結局のところ、私も()()()と同類なのでしょう」

 

 槍を構えて、敵を見据えるディムル。

 

 すでに短槍には【ガ・ボウ】を発動させていた。

 

「私は今、憤怒せぬことの方が恥であると思っている。今この場に――理性も誇りも要りはしない。貴様らに懸ける誇りなどなく、礼節は逆に無礼だろう。何より――私は私を許せない」

 

 自分は成長していると思っていた。

 最強派閥の団員に勝った。ランクアップの資格も得た。未熟でも仲間達の冒険に着いて行けている。

 

 まだまだ未熟ではあるが着実に前に進んでいると、そう思っていた。

 

 

 何も守れていないのに。

 

 守れなかったのに。

 

 

 今この身は冒険者なれど、己の技は騎士の技。

 永き時をかけて、先人達が鍛え抜いた守護の技。

 

 弱き者を、守りたい者を守り、支える為のもの。

 

 なのに――肝心な時に、何も出来ていない。

 

 誰も――救えなかった。

 

(分かっている。私一人で救える命など、数人にも満たないだろう。それでも……それでも……!)

 

『ディムルさんって仕草とか綺麗だよね~。どこかのお姫様みたい』

 

『そ、そんな……私なんかが……』

 

『槍振ってる姿もとっても綺麗だった! ディムルさんなら絶対オラリオで有名になれるよ! ディムルさんに守ってもらった人達は、絶対将来自慢するよ!』

 

『そうなれば……嬉しいですね。私程度がそうなるのはいつになるのか分かりませんが』

 

『団長くんやアワランさんと一緒にいるんだから、すぐに決まってるよ! 絶対ディムルさんはオラリオで一番凄い騎士になる!』

 

 何の確証も根拠もない。絵本で盛り上がる少女のような言葉だ。

 

 だが、それでも嬉しかった。

 

 冒険者としても、騎士としても、同族からは嫌悪されてる自分がオラリオに来た事を認めて貰えたように感じたから。

 

(守るなら……明里さんのような御方が良い。血筋とかそのようなものは関係なく、人に優しく幸せに出来る御方を守れる、そんな冒険者に)

 

 明里は恩人だ。

 自分にオラリオで戦い抜く目標をくれた。

 

 なのに――守れなかった。

 

 間に合わなかった。

 

 危険が迫っている事、その可能性すら、全く思い至らなかった。

 

「何が騎士。何が誇り。元よりこの身は落伍の血筋――『裏切りの騎士』。そう、この身を動かすは――騎士への嫉妬と激情だった」

 

 故に――我が槍に誇りも気品も要りはしない。

 

 

 恩人(明里)を裏切った事への、無様な己への憤怒のみが宿る、愚かな槍だ。

 

 

「どうか――許さないでほしい」

 

 

 その言葉は誰に向けられたものなのか。

 

 それはディムルすらも分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 小さな武者が、大刀を振り回す。

 

「おおおおおおおお!!!」

 

 小さな身体、短い腕で振るわれる二振りの大刀が、土石流の如く猛烈な勢いと速さで敵を押し払い、薙ぎ払う。

 

「さぁ掛かって来られよ! 相手は大刀握り甲冑纏う小娘一人! 数知れず命を奪った汝らであれば、大した者でもあるまい! それとも! 汝らは武器を握らぬ者しか殺せぬか?! 無抵抗の人間しか襲えぬ腰抜けか?!」

 

 気炎纒いて猛る巴に、闇派閥は怒りに顔を歪める。

 

「怒るか!? ならば来られよ! 某は――其れ以上の憤怒にて叩き潰して進ぜよう!!」

 

 言い放つと同時に駆け出し、土石を巻き上げて突進する。

 その突進は止まる事を知らず。時折土砂や瓦礫、血と肉を天に噴き上げながら猪武者となって、眼前全てを圧し潰す。

 

「ぎゃあああ!?」

 

「と、止められねぇ!? チビの癖に、止められねぇ……!」

 

「こ、コイツLv.1だろ!? 何だよ、この力はギャアアアア!?」

 

 大刀、甲冑を血と土で汚し、それでも武者は止まらない。

 

(認めよう、某は弱い。受け入れよう、某は未熟。晒そう、某の無様さを。この世はやはり弱肉強食。負ければ死に、生きたければ勝ち続けるしかない)

 

 災害、モンスター、人間、事故。

 

 この世は考えれば考える程、不安が募り、備えなければならない。油断すれば、どこから、誰から襲われるか分からないからだ。

 

 だから、明里達の死は『明里達が弱かったから』。

 

 どんな言い訳をしようとも、結局真理は此処に行き着く。

 今のオラリオで自衛の手段を整えられなかった者が死ぬのは当たり前の事。冒険者であれば、鼻で笑われる死因だろう。

 

 だが、明里達は『戦士』でも『冒険者』でもない。

 

(某は『戦士』、身に付けし武にて障害を薙ぎ払う者。某は『冒険者』、この身に受けし神の恩恵にて『偉業』を望み為し遂げる者。理不尽に死ぬ事を覚悟し、抗う為に武を極め、鍛える者。殺される事も、喰われる事も、某は覚悟している。――だが、明里殿達は違う。戦う者ではない、『支える者』だ)

 

 武勲を立てる必要はない。誰かを傷つける技術も必要ない。

 

 誰かを生かす為に物を造り、売り渡し、豊かさと活力を与える――()()()()()()人達だ。

 

「某はただ戦うだけしか出来ない。明里殿や三枝子殿のように誰かを支え、喜ばせる事など出来はしない。料理も武骨物の男ものしか作れぬ。服も縫えぬし、掃除も得意ではない。女子(おなご)などという言葉からは最も遠いと思っている」

 

 だからこそ、分かる。

 彼女達のような存在が、如何に重要なのかが。

 

 他人に恵みを施す事の難しさと有り難みを。

 

「更に某はドワーフの女。シャクティ殿達のように、誰かに手を差し伸ばすには、この腕は短過ぎる。団長殿のように、助けを求める者の元に駆け付けるには、この脚は短過ぎる。ツァオ殿達のように、誰かの盾になるには――この身体は小さ過ぎる」

 

 自分には無いものだらけだ。

 自分が持っているモノは、すでに他の者達がそれ以上の形で持っている。

 それでも、己には戦うことしか、前に進むことしかないのだと、小娘は理解している。

 

 だから巴は前を見続け、高みを見上げ続ける。

 

 俯いた所で――己より低い者は誰もいないのだから。

 

 だからこそ――許せない。

 

「戦場に立たぬ者を狙う、その所業、その性根、その生き様。某は――貴様らを戦士とは認めぬ。貴様らを、同じ人間とは認めぬ」

 

 此処に蔓延るは魑魅魍魎。悪鬼餓鬼の妖怪達。

 

「何故、嘲笑える。恵みを与えるだけの者を。何故、見下せる。誰かの為にと張り切る者を。何故、踏み躙れる。愛する人の為に役に立ちたいという想いを。何故、殺せる。ただ日々を全身全霊で生きている者を」

 

『明里殿はきっと良き奥方になられますな』

 

『うえ!? ちょ、ちょっと止めてよ巴さん! アワランさんの奥さんだなんて!』

 

『いや、そこまで具体的には言っておりませぬが』

 

『でも、私がやってる事なんて大した事じゃないよ』

 

『いえいえ、ご謙遜なされるな。某には明里殿達のような事は何も出来ませぬからな』

 

『巴さんだって、私達じゃ出来ない事してるじゃない』

 

『ぬ?』

 

『私は誰かの為に、誰かを傷つけるなんて怖くて出来ないよ。傷つくのも怖い。なのに巴さんや団長くん達は私達の為に怖い人達と戦ってくれてる。とっても凄いよ』

 

『……いいえ、明里殿。そのお気持ちはとても嬉しく、誇らしい。ですが、やはり貴方方の方が比べようもない程に凄いのですよ』

 

『え?』

 

『某にとって、そこの柱や壁を壊す事などいとも容易い。ただ殴れば良いだけですから。ですが、それを直すとなると、そう簡単には行きませぬ。合わせればくっつく物でもなし。修復するためには接着剤や釘、木材などの資材が必要で、直すにもそれなりの技術や知識が必要です。料理も同じですな。某はただ味わって食べるだけ。ですが、料理は食材の状態確認、下拵え、調味料の選択、調理中の食材の状態管理に見極め、盛り付け等、食べさせる相手の事を考えて多くの手間がかかります。そう、壊す無くすは一瞬ですが、作る直すはその数倍の手間と――信念が必要なのです』

 

『……巴さん』

 

『明里殿……貴女方の手は、世界と命を生み出した神々の恩恵にも等しい恵みを生み出す偉大なる手なのです。貴女方は日々、某達の言うところの『冒険』をし、『偉業』を成し遂げておられるのですよ。某達と比べる事など――出来るものではありませぬ』

 

 武家に生まれ、ずっと戦う為に鍛えてきた巴にとって、人の為に働き、人々を笑顔にする明里達は――あまりにも眩しい存在だった。

 

(明里殿はアワラン殿を支えることは出来ないとおっしゃっておられたが、とんでもない勘違いだ。明里殿達はアワラン殿だけでなく、我らファミリア全員を支えておられたと言うのに。結局某は奴らと同じ荒くれ者。暴れる以外に人の役に立つ方法などありはしない)

 

 だからこそ、両親も兄達も自分に嫁に行けと口酸っぱく言って来たのだろうと、今更ながらに理解した。いや、前から何となく理解していたが、受け入れていなかっただけだ。

 

 実家にいた頃はあまり商人などとは関わらなかった。

 家を飛び出して、旅を始めてから関わるようになり、自分の世界の狭さを知った。

 

「そう、例えこの世が弱肉強食であったとしても……某は認められない」

 

 戦って誰かを守ることはとても素晴らしいことだと思っていた。

 

 だが、たった一度、一瞬の事よりも、明里達のように日々誰かの為に働く人の方が素晴らしいに決まっている。

 

「明里殿達が、このような下らぬ事で殺されるなど……多くの人を支え続けた善良で優しい方々が、人の手で理不尽に命を奪われるなど……どうして認められようか!!」

 

 これは絶対に弱肉強食などではない。

 

 彼女達を殺して(喰らって)、何が()になる? 

 

 快楽? 経験値? 

 

 ――ふざけるな。

 

「我は――怒鬼。憤怒をもって、悪鬼共を喰らい尽くそう」

 

 一人でも多くの『支える者』を護る為ならば、喜んでこの身を血に染め、鬼となろう。

 

 

「その穢れた命――頂戴致す!!」

 

 

 怒り猛る怒鬼は、再び悪鬼の群れへと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

 

 鉄の嵐が吹き荒れる。

 

ウ゛ゥオオオオオオオ!!!

 

 咆哮と共に二壁の大盾、二振りの脚甲が振り乱れる。

 

「ギャッ!?」

 

「ぐべ!?」

 

「な、なんだコイツべっ!?」

 

 女狼は牙を剥き、正重同様瞳を縦に細めた眼を見開き、殺気を放出して荒れ狂っていた。

 

「ルゥアアアアア!!」

 

 正しく猛獣が如く、雄叫びを上げる度に闇派閥が吹き飛び、両断され、圧殺され、貫かれ、引き裂かれ、噛み千切られる。

 

「ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛……!!」

 

 顔や全身を血に染め、それでも牙を剥き出しに唸り続けて獲物を睨みつける。

 

 

――もはや理性は要らず。言葉も要らず。

 

――激情に全てを委ねよ。

 

――荒ぶる獣と為りて、ただ眼前の敵を喰い破れ。

 

 

 ツァオは顎が地面に付くと思う程身を低くし、次の瞬間には地面を抉り飛ばしながら猛烈な勢いで飛び出す。

 

 

――加減は要らず。情けは要らず。 

 

――憤怒に全てを任せよ。

 

――猛る猛獣と為りて、我が仇敵全てを噛み千切れ。

 

 

 右腕を後ろに振り、右前腕に装着していた大盾を滑らせて縁を掴む。

 

 そして――ぶん投げた。

 

「グゥゥルア!!」

 

 大盾は高速で回転して、巨大な円刃となって進行方向の獲物を悉く切り裂き、最後は男の胴体に深く突き刺さって止まる。

 

「ぎゃッ!?」

 

「ぐああ!?」 

 

「た、盾を投げ―デガッ!?」

 

 更に左の大盾も一回転して投げ放ち、数人の獲物を仕留める。

 

「「ぎゃあああ!?」」

 

「ば、馬鹿な……!?」

 

「ひ、怯むなあ!! 奴は盾を捨てたぞ! 殺せ殺せえ!!」

 

「は、ははは! ば、馬鹿な奴だ――」

 

 頭に血が上って武器を手放したと思い、やや引き攣りながらも嘲笑う闇派閥達だが――

 

 

 爪を振り被っている猛狼が、すでに目の前にいた。

 

 

「ぜ――」

 

 男の喉が抉られて血が噴き出す。 

 

 男は歪な笑みを浮かべたまま目を見開き、声を出す事も出来ぬまま膝から崩れ落ちて、そのまま意識を闇に堕とす。

 

 その後も血が噴き出し、肉が舞い散り、悲鳴は途絶えない。

 

 原因となる憤獣は足を止めることなく――むしろ先程よりも速度を上げて、爪牙を振るう。

 

「ぎゃぼ――!」

 

「あがぶ!?」

 

「は、速いげごっ!」

 

「ば、ばけものごぶ!?」

 

  

(足りない、我が怨敵が。減らない、我が憤怒が。止まらない、我が衝動が。消えない――彼奴等を殺せと叫ぶ内なる声が)

 

 

 どれだけ血を流し、どれだけ血に染まり、どれだけ肉を抉り、どれだけ肉塊を増やし、どれだけ命を奪い、どれだけ罪を重ねても――湧き上がる激情は冷めない、消えない、鎮まらない。

 

 奪い、奪われるは生物の常。有限で矮小たる命の定め。

 

 だから、これもダンジョンで起きている事と、自分達がモンスターを殺している事と何が違うのだろう。

 

 そう、どこか冷めた思考が存在しているのも理解している。

 

 だが、それ以上に……許せない、認められないと言う感情が強い、強すぎる。

 

 

 何故なら――資格がないからだ。

 

 

 闇派閥如きに、明里達を殺す資格などない。

 

 そう、ツァオは思っている。

 

 命を奪うには、それに相応しい『資格(理由)』がいる。

 

 そう、ツァオは考えている。

 

 冒険者がモンスターを殺す。

 それは魔石やドロップアイテムを回収し、生活を豊かにし、古代からの約定を果たすために。

 

 モンスターが冒険者を殺す。

 自分達を殺しに来るのだから当然だ。自分達の縄張りを荒らしているのだら殺すのは当然だ。

 

 冒険者が冒険者を殺す。

 それは得られる栄光の席数が決まっているから。勝ち取るためには蹴落とさなければならない。

 

 冒険者が闇派閥を殺す。

 神の恩恵を持つ者同士だからだ。神の恩恵を持つのであれば、神の恩恵を持つ者しか対抗できないし、ダンジョン攻略の邪魔だからだ。

 

 闇派閥が冒険者を殺す。

 先程の逆だ。自分達の欲望を満たす為に、冒険者が一番邪魔だから。

 

 だが、明里達が何をした?

 誰の邪魔もしていない。誰も傷つけていない。誰も殺していない。

 

 殺される理由が、ないではないか。

 なのに何故、殺されなければならない。

 

 そんな不条理は許されない。認められない。

 

(――いや、これも所詮建前、言い訳だ。我は……ただ許せないから憤怒しているのだ。そこに理屈も理由もない。我は――お前達に明里達を殺されたから許せない)

 

 自分が認められる、受け入れられる死に方ではなかったから。

 

 結局、理由はそれだけだ。

 

 気に入らない。それだけなのだ。

 

(ああ……我は――(けだもの)だ)

 

『ツァオさんって背が高いし、身体つきも綺麗ですよね〜。いいな〜』

 

『……あまり良い事など無い。皆、我を見て、避ける』

 

『それは……背が高いから怖いとかじゃなくて……単純にツァオさんが綺麗だからじゃないかな? あと、目つきが鋭いから睨まれてるって思われてるんじゃない?』

 

『……そう、なのか?』

 

『多分。綺麗な人と目が合うと咄嗟に逸らしちゃうし、綺麗な人って睨むと迫力ありますからね。それに女性は嫉妬しちゃうってのもあると思う』

 

『……』

 

『ツァオさんはスセリヒメノミコト様やハルハさん、ディムルさんが身近にいるから分からないかもですね。でも間違いなくツァオさんも美人ですよ』

 

 なんて事ない会話だ。

 でも、ツァオは明里との会話が好きだった。

 

 お日様のような暖かさと匂いがする明里が、好きだった。

 

 それを奪った奴らを、どうして許せようか。

 

 ただそれだけの理由で、ツァオは何十人と命を奪う。

 

 対話することもなく、許す努力をすることもなく、明里の死に涙する事もなく――ただ殺す。

 

 これを獣と呼ばずに、何と呼べばいい?

 

(それでもいい。これで周囲から怖がられても、構わない。この選択に、後悔は――ない)

 

 故に殺そう。

 

「グウゥゥルラアアアアアアアア!!」

 

 本能(怒り)のままに。

 

 我、獣なり。

 

 

 

 

 

 

 その漢は、拳を振るう。

 

「オォオラアアアアアア!!」

 

 雄叫びを上げながら、目の前の敵の顔面を殴砕する。

 

 そして、ディーチを目指して再び駆け出す。

 

「オオオオオオオ!!」

 

「はっ! 来やがれハーフドワーフ! もう前みてぇに行かねぇぞ!」

 

 ディーチはそう挑発するが、依然として2人の間には闇派閥の団員達が待ち構えていた。

 アワランはそんな事など知った事かと突っ込んでいく。

 

 闇派閥の団員達もアワランに一斉に襲い掛かる。

 アワランは一歩も引くことなく、拳を振るうがやはり数の暴力に押されてしまう。

 

「ひゃははは! もう分かってんだぜぇ! テメェは『耐久』に特化してるだけで、他の能力値(アビリティ)は普通のLv.1だってなあ!! 他の連中と違って攻撃魔法もねぇ! 他の能力値を上げるスキルもねぇ! ただ硬くなるだけのテメェじゃあ、俺に辿り着けねぇし、来たところでもうネタが割れてるテメェじゃ俺には勝てねぇんだよぉ!!」

 

 ディーチはフロル達の事を探る中で最も詳細に情報を集めたのがアワランだった。

 アワランに負けた事が周囲に馬鹿にされる理由なのだから、当然と言えば当然だ。そして、実際に戦ったことも非常に有益なデータであったのもある。

 

 なので、すぐにアワランの魔法やスキルに関する情報は集まった。

 『耐久』特化で『力』や『敏捷』が向上することはなく、『魔法』も追加効果などはない。

 戦闘技術は確かに高いが、では【スセリ・ファミリア】の他の団員や他の派閥の者達と比べて、抜き出ているかと言われれば絶対に否である。

 

 少し優秀なLv.1の好青年。

 

 残念な事に、アワランの評価はその程度なものだった。それは闇派閥であっても変わらなかった。

 

 故に――油断さえしなければアワランの脅威度は格段に下がる。一対一の近接戦に拘らなければ、普通に殺せる。

 

 バグルズやディーチ達の出した結論である。

 

 だかそれは――本人が一番分かっている。

 

(俺は不器用だ。ハルハやディムル、ツァオみてぇに武器と体術を組み合わせるのは得意じゃねぇ。巴みてぇにあんな甲冑着て戦うのも無理だ。正重やオヤジよりも非力だし、リリッシュみてぇな派手な魔法もねぇし――フロルには何もかもが負けてる)

 

 何もかもが足りない。武術に精通してるわけでもない、勉強が出来るわけでもない。

 

 ただ頑丈なだけ。

 

 だから、誰よりも一番に前に出て、誰よりもボロボロにならないと自分は置いて行かれてしまう。

 

 そう思っていた。

 

 だから――明里の想いを、押し返した。

 

 余所見が出来るほど、今の己は余裕がない。ダンジョンや闇派閥との戦いで……生き残れない。

 

 故郷では敵無しに近かった。昔からガキ大将で、恩恵を得てからはメキメキと頭角を表した。

 だから、オラリオに興味を持った。

 

 自分なら噂の第一級冒険者達にも負けない活躍が出来るのではないか、自分なら――英雄になれるのではないかと。

 

 そんな()()()()()()()、漢は迷宮都市の門をくぐった。

 

 そして――その日のうちに、その夢は()()()()()()

 

 他ならぬ女神によって。神力も使えぬ、只人と何も変わらないはずの女神に、漢はなす術なく踏み潰された。

 

 更に自分よりも小さく、細い、年下の子供にもボロ負けした。未だに勝てない――勝てる気がしない。

 武術も上、知識や頭の回転も上、指揮も上、器用さも上、努力量も上、女神の愛情も上、才能も上――そして、覚悟と()()()()()も上。

 

 ここまでボロボロにされたら――笑うしかないではないか。

 

 笑うだけ笑って――がむしゃらに追いかけるしか、ないではないか。

 

 だから――他人に目を向け、手を握り。背負う自信など……持てるわけがなかった。

 

 

 たとえ――恋心が芽生えていたとしても。

 

 

 今の己に、そんな余裕はなかった。

 

『だから……悪ぃ。俺は……お前の想いには、応えられねぇ』

 

 だから、明里にはっきりと伝えたのだ。

 いつまでも目を逸らし続けるのは、自分の流儀に合わない。そして何より、こんな良い女をいつまでも縛る事もまた、嫌だった。

 

『……うん、分かってます。アワランさんは……走り続けないといけないんだもんね』

 

『……ああ。スセリヒメ様がどうとかじゃねぇ。――男が一度走り始めた道を、『死ぬ』以外で止まるってのは……俺が一番嫌いな事だ』

 

『うん……大丈夫だよ。私は苦しくない。だって、そんな人だって分かったから――私は恋したのだから』

 

『……』

 

『だから謝らなくていいの。私は()()()()()()()。この想いは、()()()()()()()。だから貴方は――振り返らず、全力で前へ、上へと、駆け抜けてください。私はその姿を、その背中を少しでも近くで見られたら、それだけで十分報われますから』

 

『………すま――いや、感謝するぜ。そして、誓うよ。アンタを絶対に、報わせてみせる』

 

『はい……応援してます。見てます。ずっと……ずっと……』

 

 幸せだと思った。

 

 冒険者としての夢の一つ――『良い女に恵まれる』を叶えた。

 

 後は成り上がるだけ。

 

 その姿を見て貰うだけ――だったのに。

 

 

 

――なに……テメェ如きが邪魔すんだよ!!

 

 

――俺と明里の夢を、『上』にいないお前らが踏み躙んじゃねぇ!!

 

 

 

「オオオオオオオオ!!!」

 

 雄叫びをあげて、拳を振るう。

 

 敵が多い? ――だから何だ。

 

 敵が格上? ――だから何だ。

 

 何一つ、俺が屈する『錘』じゃねぇ!

 

「――【闘志は折れず、拳は折れず、膝は折れず】」

 

 俺は折れない。約束したから。

 

「【我が体躯(からだ)は傷を知らず】」

 

 受け入れよう。この悔しさと怒りを。

 

「【我が(こころ)は痛みを知らず】」

 

 抱えよう。想いと誓いを。

 

「【故に我は不屈也】!」

 

 背負い続けよう。誇りを。

 

 だから俺は――絶対に折れない。

 

「【マース・カブダ】!!」

 

 

 死ぬまで、走り続けてやる!!

 

 

「オオオオオオオ!!」

 

 雄叫びと共に放たれた鉄拳が、敵の顔面にめり込み陥没させる。

 

 怒りにより正重同様体温は上がり切っている。

 アワランの耐久値は現状の最高まで上がっているため、その威力はまさしく鉄拳だった。

 

 

ディイイイチィイイイイ!!

 

 

来いやああああああああ!!

 

 

 ディーチもアワランに負けじと猛りて細剣の切っ先を向ける。

 

 その細剣は真っ赤な禍々しい剣身を持っていた。

 

(思ったより粘りやがるが、流石にこの剣の呪詛はどうしようもねぇだろうよ! きひひひ!)

 

 兄が用意してくれた切り札。

 

 とある一族の呪詛師が拵えた『呪道具』。

 

(テメェは俺の打撃は防げても、剣は防げてなかったよなぁ? コイツはあの時よりも武器としても上物だ。結局ランクアップも出来なかったテメェ程度じゃ防げねぇ。これで終いだ!!)

 

 ディーチは勝利を確信して、笑みが隠し切れなくなる。

 

(でも俺は用心深くてなぁ! だからぁ……)

 

「かかれかかれえ!! 奴をぶっ殺せぇ!!」

 

 仲間と手下を使い潰す事を厭わない。

 自分で殺したいが、一番なのは『死体を見下ろし、踏み躙る事』。 

  

 だから、手段に固執はしない。

 

 同じ轍は踏まない。

 

 徹底的に敗因となりそうな要因を潰す。

 

(あのクソガキは兄貴が相手してる。だから前みてぇに助けにゃ来ねぇ! 他の仲間も流石に間に合わねぇだろうよ!! 終わりだ、終わりだぜハーフドワーフぅ!!)

 

「ひゃっははははははは!!」

 

 

 

「【デゼルト・ビブリョテカ】」

 

 

 

「は――?」

 

 アワランとディーチの間に壁を生み出すように、砂流が押し通る。

 

「「「ぎゃああああああ!?」」」

 

 アワランを襲おうとしていた闇派閥の者達は逃げる間も抵抗する間もなく呑み込まれた。

 

 ディーチや運よく逃れた者達が、砂流が来た方角に顔を向ける。

 

 そこにいたのは――右手を突き出す小人の賢者。

 

 いつも通りの飄々とした顔ではあるが、肩で息をして顔には大量の汗が流れている。

 

 リリッシュはフロルのところから一度も足を止める事もなく全力で走ってきて、走りながら身を顰めて戦況を把握していたのだ。

 そして、一番敵の層が厚く、一番頭に血が上ってそうな仲間の元に駆け付けた。

 

 ただ一度。

 

 最高のタイミング、場所で魔法を放つために。

 

 己の魔法は長文詠唱の広域魔法。

 奇襲出来るのはただ一度。次を唱える時間は絶対に貰えない。

 

 まだ並行詠唱は会得していない。

 

 だから、ただ一度の魔法行使に全てを注いだ。

 

 自分は明里達と言葉を交わしたことなど無いに等しい。だから、アワラン達ほど怒りを覚えない。

 

 顔見知りが死ぬなど、この世界では、小人族では珍しくない。

 

 だが――冷酷ではない。

 

 

 仲間の大切な人を、仲間を愛してくれた人を殺されて――何も思わない程冷めてもいない。

 

 

 だから、命を懸けて手助け()()()は、当然だ。

 

 自分に出来るのは、ここまでだから。

 

「ちぃ! 魔術師か! お前ら、奴から殺せ!!」

 

 ディーチは邪魔者を真っ先に排除することに決めた。

 

 だが――。

 

「もう、十分」 

 

 彼女が今やるべき役目は、もう果たした。

 

 リリッシュに襲い掛かろうとした闇派閥の側面から、猛スピードで突撃する影。

 

「ルゥウアアアアア!!」

 

「「「ぎゃあああああ!?」」」

 

 ツァオが雑魚を一掃する。 

 

「なっ……!? なんで奴が……!」

 

 ディーチが驚いていると、耳に空気を切る音が聞こえてきて反射的に横に跳ぶ。

 

 その直後に大鎌が突き刺さる。

 

「こ、これは……!?」

 

「待たせたねえ!! さぁ、殺してやるよぉ!!」

 

 ハルハが凶悪な笑みを浮かべて、大鎌の傍に着地すると同時に大鎌を引き抜く。

 

「コイツまで……! バカな、まだまだ手下共が……!」

 

「さっきのうちの賢者の魔法だよ! あれはアタシらと戦ってた雑魚共も吹き飛ばしてくれたのさ!」  

 

「なぁ!?」

 

 リリッシュの魔法はアワランだけでなく、ハルハ達の露払いも狙いだったのだ。

 

 そして、残った敵はドットムが引き受け、更にはようやく付近から冒険者達が駆け付けてきたことでハルハ達はディーチに狙いを定める余裕が出来たのだ。

 

「ちぃ! ここまで来て……! ここまで手筈を整えたんだぞ! この程度で……この程度でぇ!!」

 

 ディーチは怒りに叫びながら細剣を構え――

 

 

「――【穿て、紅薔薇】」

 

 

 言霊が響く。

 

 

「【茨を以って敵の誇りを討て】!」

 

 

 ディーチの視線の先には、紅く輝く長槍を逆手に握って振り被る騎士がいた。

 

 

「【ガ・ジャルグ】!!!」

 

 

 気迫が如くその名を叫び、槍を投げ放つ。

 

 放たれた紅槍は一条の流星が如く高速で飛翔し、仇敵に真っ直ぐ迫る。

 

 ディーチはすでに目の前に迫る紅流星を反射的に躱そうとする。

 

 しかし、流星は直前で僅かに軌道を変え――

 

 

 仇敵の右腕と細剣を穿ち砕いた。

 

 

「ギャアアアアアア!?」

 

 ディーチは肘から血を噴き出して激痛に叫ぶ。

 

「ば、馬鹿なぁ……!? 俺の剣は……呪詛を宿した特注ひ――」

 

「我が紅き魔槍は『魔力』を穿つ。たとえ『呪詛』であっても、魔力が媒体であれば我が魔槍は必ず貫きます。……もっとも、穿つしか出来ないため対象を確実に破壊してしまうので、命を救う事は…出来ませんが……それでも――我が友の命を吸った魔剣を仕留められたのであれば、これ以上は望み過ぎでしょう。本当の仇も討てないという……情けない限りですが」

 

 全ての精神力を注いで放った一刺しに、ディムルは悔し気にそう呟いて片膝をつく。

 

「――後は、お任せします」

 

「「「「「応ぉう!!!」」」」」

 

 ツァオとハルハがディーチの左右から攻めかかる。

 

 ディーチは後ろに跳び下がって避けようとするが、

 

 

「――逃がさぬぞ、下郎!!!」

 

 

 巴が背後から全力で突撃して、肩甲撃(ショルダータックル)を叩き込む。

 

「がっ――!?」

 

「口惜しいが……某もここまでか」

 

 巴は二振りの大刀を砕いてしまっていたため、突撃する以上に攻撃手段がなかった。

 

「だが、明里殿の仇を討つは――元々某の役目に非ず」

 

 巴は呟きながら後ろに跳び下がる。

 

 前のめりになったディーチは足を前に出して、倒れないように踏ん張るが――それは悪手だった。

 

 バランスを保つ為に横に伸ばした左腕が――大鎌に刈り獲られた。

 

「ギッ――」

 

「「ハアアアアア(ルオオオオオ)!!」」

 

 激痛に悲鳴を上げようとしたディーチであったが、女豹と女狼のしなやかな脚が腹部に突き刺さった。

 

「――ボアッ!?」

 

 くの字に体を曲げて唾液と血を吐き出す外道。

 

 しかし、下を向いたその視界に――握り締められた拳が映った。

 

「オォオラアアアアアアアア!!!」

 

 熱血漢の渾身のアッパーがディーチの鼻と口元に叩き込まれる。

 

「ガペヘッ!?」

 

 拳はそのまま振り抜かれ、ディーチは勢いよく頭を後ろに仰け反らせ、更に鼻血と数本の歯を宙に舞わせる。

 

 だが、まだ終わらない。

 

「オオオオオオオオ!!」

 

 その背後から獅子が斧剣を振り被って迫ってきていた。

 

 しかしその一撃は、ディーチの足元に叩きつけられた。

 

「ヌゥウン!!」

 

 鍛治師の渾身の槌撃が地面を吹き飛ばし、ディーチの身体を宙に浮かばせる。

 

「――!?」

 

 その時、

 

 

まあぁさあぁしいぃげええ!!!

 

 

 アワランが名を呼びながら、全力で跳び上がる。

 

「オオオ!!」

 

 正重は迷う事も訝しむ事もなく、手に握る『砕牙』を上に投げ放つ。

 

 回転しなから舞い上がる斧剣の柄は、まるで吸い込まれるかのように漢の掲げた両手に収まった。

 

 それと同時に落下を始めた――真下にいる仇を目掛けて。

 

 

オオオオオオオオオオ!!!!

 

 

 アワランは目を見開き、雄叫びをあげて、斧剣を振り下ろす。

 

 巨大で分厚い刃はゴオオウ!!と空気を斬り破り、勢いを落とすことなく――

 

 

 ディーチの左肩から右腰までを両断した。

 

 

 斧剣はそのまま地面に激突して、地面を抉る。

 

 アワランも両足を地面にめり込ませながら着地する。

 

「ギ――が、ゴエ――」

 

 

 ディーチの最期の言葉は、まともな意味を為さず。

 

 

 口から血が溢れ、そのままグルンと白目を剥いて――地に落ちた。

 

 

………

……

 

 少し時は戻り。

 

 フロルとバグルズ達の戦いは、悉く一瞬だった。

 

「『疾雷一閃』」

 

 光が弾けたと思ったら、2つの首が飛んだ。

 

「『穿雷』」

 

 光が奔ったと思ったら、2人の脇腹が抉られた。

 

「『渦雷』」 

 

 光が(めぐ)ったと思ったら、また血と肉塊が舞う。

 

 気付けばやられている。

 

 目で追えない。

 

 だが、雷は――まだ止まらない。

 

 フロルは逆手に柄を握っていた左手を放し、右手で再び順手で握り直しながら、身を低くしながら闇派閥の足元に一瞬で潜り込む。

 

「『逆雷(さかいかづち)』」

 

 刀を振り上げると同時に天へと昇る雷が立ち上がる。

 

 斬られた男は胴体から血を噴き出しながら宙に打ち上がり、全身を雷に焼かれ悲鳴を上げる間もなく死んだ。

 

 上段に振り上げた刀の柄を両手で握り、大きく前に踏み込んで全力で駆け出し、ピンボールのように敵を一撃で屠ると同時に次の敵へと迫り、また一撃で屠る。

 

 感電の連鎖は更に続き、連なり、その軌道は網を為す。

 

「『網雷(もうらい)』」

 

 その脚は止まることなく、次はすぐ近くで閃光に顔を腕で覆って庇っていた、ネイコス派閥の大男の背後に回り込み、

 

「『翔雷(しょうらい)』」

 

 大男の背中を一閃しながら一瞬で空高く跳び上がり、バグルズの真上を取る。

 

 そして刀を振り被り、

 

「『裁雷断(さいらいだん)』」

 

 裁きの雷を振り下ろす。

 

 落雷は一直線にバグルズへと迫り、襲い掛かる。

 

 

「うおおおおおおおお!?」

 

 

 バグルズはギリギリで武器を滑り込ませるも、その勢いと雷は防ぎきれずに後ろに吹き飛ばされる。

 

「……今の、手応えは……」

 

 フロルは最後の手応えに僅かに顔を顰める。

 

 周囲にいたバグルズの手下達はすでに全滅している。

 離れた場所にまだ闇派閥と思われる服装を身に着けた集団がいたが、フロルを恐れて誰も近づかず、それどころかじりじりと後退していた。

 

 そして、吹き飛ばされたバグルズは――

 

「――っツゥ~~…今のは、ヤバかったぜぇ。お前、ホントにLv.2かよぉ?」

 

 ややふらつきながらも、まだ余力を感じさせる様子で立ち上がった。

 

「……魔法――いや、防具か?」

 

「へぇ……よく分かったなぁ」

 

 バグルズはニヤリと意地悪い笑みを浮かべる。

 

「言ったろぉ? お前らの事はじゅ~~ぶん観察させてもらったってなぁ。だからぁ~雷対策くらいするに決まってんだろぉ。俺の武器も防具もぜぇ~んぶ雷耐性のもので揃えてあるんだよ」

 

 バグルズは穂先が包丁のような槍を回し、長柄を両手で握って構える。

 

 フロルも刀を正眼に構え、油断なく構える。

 

(確かに厄介だし油断は出来ないが……俺のスピードに対応できてるわけじゃない)

 

 今のは上からの単調な攻撃だから防げただけだと、フロルは見抜いていた。

 バグルズが今も動けているのは雷耐性の防具とステイタスのおかげで、実力的に負けてるわけではないと確信していた。

 

 だが、それでも互角に近いことは変わらない。

 絶対に油断出来ない状況であるのは何も変わっていない。

 

「あ~あぁ……ちくしょう。もうちょっと余裕があると思ってたんだがなぁ~。流石にこれはよぉ~……ちぃ~っと厳しいなぁ~……。まぁ……――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 狂気の色を濃くした笑みを顔に張り付けるバグルズは、唇をベロリと舐め、

 

 

「俺の人生ってのは踏み躙られるクソッタレじゃなきゃなあ!!」

 

 

 いきなり意味不明なことを叫びながら槍を突き出す。

 

 

「【夢は幻、(うつつ)は肥溜め。踏み躙れよ、この生き様を】!」

 

 

 それが詠唱だと気付いたフロルは、地を蹴り飛び出す。

 

 だが、間に合わなかった。

 

 

「【サピオス・アナズィトン】」

 

 

 槍が淡い黄土色の光に輝く。

 

「っ――! おおお!!」

 

 フロルはそれでも攻撃を中断せずに雷刀を振り下ろす。

 

 それにバグルズは無造作に槍を薙ぎ、再びギリギリのところでフロルの斬撃にぶつける。

 

 フロルの斬撃は逸れてバグルズの肩甲に直撃し――折れた。

 

 

 いや――()げた。

 

 

 砕けた音が驚くほどに小さく、目を見張ったフロルは何が起きたのか数秒ほど理解するまで時間を要した。

 

「――なっ……!?」

 

 フロルはすぐさまバグルズから距離を取る。

 

 バグルズは追いかけることはなく、目を見開き限界まで口を三日月形に吊り上げる。

 

 フロルは半ばから折れた正重が造ってくれた刀―『紫迅丸』を、己の半身を見下ろす。

 

 間違いなく刀身は失われている。だが、一番の問題は折れ方だった。

 

「これは………溶けている?」

 

 刃側がまるで氷のように溶けた跡がある。峰側は普通に砕けたように折れている。どう考えてもあり得ない状態だった。

 

 だが、その原因はすぐに思い至る事が出来た。

 

「さっきの魔法か……!」

 

「きひひひっ! どうだぁ!? 面白ぇだろぉ!? 俺様の付与魔法(エンチャント)はよお!!」

 

 バグルズの切り札、『腐蝕』の付与魔法【サピオス・アナズィトン】。

 

 魔法を付与した箇所で物に触れれば、そこから腐り溶ける凶悪魔法である。

 

不壊属性(デュランダル)は流石にそう簡単にはいかねぇがぁ、そうじゃなけりゃどんな武器や防具でも、人の肉でも、あっという間に腐敗させる!! 俺様自慢の『()()()()()』だぜえ!!」

 

 多額の金を払い、時には借金をしてでも拵える冒険者の武具、そして神の恩恵を鍛え上げた肉体。

 

 それを容赦なく腐らせ溶かすこの魔法は、間違いなく冒険者にとっては天敵にも等しい。

 

(だが、武器だけに付与してるところを見ると、付与対象や範囲はかなり限定されるみたいだな)

 

 もちろん油断は出来ないが、流石に魔法の輝きをブラフに使える事はないはずだ。

 

(つまり、()()()()()()()()()()()()()ってことだ)

 

 フロルはすぐに脇差を抜いて、バグルズの背後に回り込もうとする。

 

「はっはぁ!! そうだよなぁ! お前はそのクソッタレな速さで俺の槍を潜り抜けようとするよなあ!?」

 

 見せびらかすように槍を回すバグルズ。

 

 普通に考えれば、誰もがその槍を避けてバグルズ本人を狙う。

 

「んなもん、お前が初めてじゃねぇんだよなあ! しかもよぉ! すばしっこい奴は馬鹿みてぇに背中を狙うよなアアア!!」

 

 もちろんバグルズはそんなことは理解していて当たり前。

 だから、わざと隙を作り、そこを狙ってくる愚か者をカウンターで仕留める。

 

 同格か格下はそうしなければ、自分に届かないと知っている。

 

 それで何度も勝って来た。何人も殺して来た。

 

 結局どれだけ天才児と言われようが、所詮は子供で、Lv.2。

 

 追い詰められれば、楽な道を選びたくなるものだ。

 

 

 ――そう、バグルズは嘲笑い、()()()()()

 

 

 フロルは投げ付けられる言葉を無視して、バグルズに攻めかかる。

 

「きひゃはははははは!! 馬鹿が!! くたばりやが――」

 

 

 脇差に、雷が集中し――捩じれた。

 

 まだ距離があるにもかかわらず、フロルは脇差を大きく振り被り、 

 

 

「――『流星雷』」

 

 

 爆光と爆音が戦場を覆った。

 

 バグルズは目と耳が潰されながらも反射的に左に跳び――直後、右腕と右半身に、強烈な衝撃と熱波が通り過ぎ――()()()()()()()()()()()

 

「っっ――――!?!?」

 

 目を見開くも視界は依然と『白』に覆われていた。

 

(腕は!? 槍は!? 何をされた!? 脇差を投げやがったのか!? 雷で強化して超高速で撃ちやがった!? ガキはどこだ!? 奴も武器を失ったは――)

 

 その時――腹部に強烈な衝撃が突き刺さった。

 

「ぐぶぅ!?」

 

「オオオオオオオ!!!」 

 

 忌々しいクソガキの声が、くの字に曲がった身体の真下から聞こえる。

 

 

 殴られたのだ。

 

 

 目と耳を潰されて隙だらけになった腹を。

 

(ヤバ――!)

 

 

「オオオォラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ――!!!」

 

 

 顔と上半身に、礫の嵐が襲い掛かって来たかのように連続で、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどの、衝撃が迸る。

 

 

 そう、フロルは――ただただ全力で両拳をバグルズに叩き込んでいるのだ。 

 

 

「ラララララララララララララララララララララララララララララララララララララララララ――!!!」

 

 

 殴る。

 

 

「ララララララララララララララララララララララララララララララララララララ――!!!」

 

 殴る殴る殴る――殴る。

 

 【パナギア・ケルヴノス】三重付与によって限界まで引き上げられた『敏捷』を、限界まで振り絞って体力と精神の続く限り放つ、万雷の拳嵐。

 

 無防備な状態でそれを浴びたバグルズに、逃れる術などなかった。

 

 

「ララララララララララララララララアアァ!!!」

 

 

 胸中心部に最後の拳を叩き込んだフロルは、そこで止まる事なく高速でバグルズの背後に回り込み、

 

「『吼雷掌』!!」

 

 両掌に雷を集中させ、バグルズの後頚部に叩き込むのと同時に豪雷を放出した。

 

 バグルズの後頭部から雷が炸裂し、上半身を飲み込みながら勢いよく吹き飛ばす。

 

 バグルズはまともな受け身を取ることも出来ずに地面へと墜落し、数十M転がり滑る。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ、はっ――」

 

 フロルは着地するのと同時に魔法が解け、荒く速く息をし、大量の汗を噴き出し流して、片膝をつく。

 それでも視線はバグルズから話すことはなかった。

 

「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ……いくら、雷耐性、の、防具を、してても、露出、してる、肌まで、は、耐性は、ないだろ……!」

 

 前世の漫画やゲームであれば、見えない障壁のようなもので全身を覆うなどの技があったし、作品によっては肌が露出していても何故か耐性が効いている場合があるが、この世界ではそんな都合の良いものはない。

 

 それを証明するように、うつ伏せに倒れるバグルズは、時折ビクッビクッと明らかに雷撃による麻痺を受けていることが窺えた。

 

「ふぅ〜〜……」

 

 フロルは大きく息を吹いて呼吸を整える。

 

「そして、いくらLv.3の恩恵持ちでも首の後ろ――延髄付近に雷を浴びせられたら、無事ではいられないだろ。――俺の、勝ちだ、破綻野郎。……まぁ……俺ももう……限界だけど、な……」

 

 フロルは勝利を宣言しながら横に倒れる。

 無茶な重ねがけにより、体力と精神力も使い果たしてしまったフロルは、意識を失うことはなくとも身体を動かす力が残っていなかった。

 

「くそっ……アワラン達の……ところに、行かないと……いけないのに……」

 

 麻痺したように身体が言うことを聞かない。

 

 フロルはアワラン達や明里達の無事を祈ることしか、出来ることは残っていなかった。

 

 後程死にたくなるほど、後悔することになると、まだ知る由もなく。

 

………

……

 

 ザアアアアアアア――

 

 雨が降る。

 

 全ての戦いが終わったオラリオに、雨が降っていた。

 

 それは燻る火を消す救いか。

 

 それは破壊された街の嘆きか。

 

 それは失われた人々の悲しみか。

 

 それは――哭く誰かの涙を隠す慈悲か。

 

 

 オラリオ東地区。

 

 倒壊した建物の瓦礫の頂上に、彼らはいた。

 

「オオオオオオオオ――!!」

 

 一人の漢が、一人の女性を抱きながら吠えていた。

 

 その少女の顔には命の色はなく、穏やかに、されど冷たく目を閉じていた。

 

 そんな二人の周りを、人が囲んでいた。

 

 まるで少女を見送るように。

 

 まるで漢を憐れむように。

 

 まるで二人の姿を周りから切り離すように。

 

 まるで二人を護るかのように。

 

 まるで――懺悔するかのように。

 

 女豹は、獅子は、騎士は、武士は、小賢者は、女狼は、老兵は、ただ静かに、立ち竦むかのように、二人の周りに立っていた。

 

 その顔を、雨が濡らす。

 

 漢の哭声も、雨の音が掻き消そうとしてくれている。

 

 そこに勝利の喜びはなく、ただただ敗北の無力感に苛まれる。

 

 

 この日、【スセリ・ファミリア】は、虚しい程に圧倒的に勝利し、嘆くほどに――完璧なまでに、敗北した。

 

 

 




ヤラレルン兄弟の境遇は、皆様の想像にお任せします

次回はエピローグとなります


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全てを抱え、それでも前へ

三章エピローグでございます

今回は三人称視点でお送りします

小説版アストレアレコードが発売されましたね! アーディが可愛いです


 襲撃から一夜が明ける。

 

 街は未だに瓦礫を撤去したり、生き埋めになった人を救出し、大切な人やモノを失ってしまった人達が泣き叫び……まだまだ喧騒が収まる気配はなかった。

 

 稀に見る大侵攻であったが、街全体の被害としてはそこまで大きくはなかった。

 

 北と南は流石に現二大派閥の本拠傍とあって、家屋に被害はあれど闇派閥以外の死者はなし。

 

 南西と北東も、死者は出したものの家屋や施設の損害はすぐに修復できる程度であった。

 

 西はアストレアとヘルメスの派閥が必死の避難誘導と闇派閥の妨害により、シャクティ達の到着まで持ちこたえたため、南西や北東とそう変わらない被害で何とか収まった。

 

 

 一番酷かったのは――東地区だった。

 

 家屋の損害が最も多く、死者も一般人、冒険者、闇派閥、全てにおいて他の地区の2倍以上にも及んだ。

 

 

 だが、同時に朗報もあった。

 

 闇派閥の一角、【ネイコス・ファミリア】が壊滅した。

 

 ()()()重傷で生き延びて捕らえられた団員数名の情報から、団長のバグルズ、その弟で偽装ファミリアの団長だったディーチ、副団長のケテラの死亡が確認され、聞き出した構成員数と死体を確認した結果、派閥のほぼ全員が死亡した事も判明した。もちろん、背中のステイタスを確認することが出来なかった死体もあったため確実ではないが、それでも聞き出した人数と確認できた死体の数の誤差は数人程度だったので、運良く生き延びていたとしてももはや派閥として再興する余力はないだろうと判断された。

 

 捕らえた【ネイコス・ファミリア】の団員達は、情報を引き出された直後に――処刑されることが決定した。

 

 再び脱獄される前に、今度こそ完全に憂いを断つ。

 

 今回出し抜かれた形になる【勇者】【小巨人】【象神の杖】による裁定である。

 

「今回は本当に情けなく悔しい限りだな……。まさか、ヴァレッタ以外にここまで僕の……僕達の思考を読まれるとはね」

 

「やはり……今回の狙いは……」

 

「ああ……十中八九【スセリ・ファミリア】だ。彼らと、その周りの者を襲う為に仕組まれたと見て、まず間違いない」

 

 小人の勇者の断言に、集まっていた誰もが一瞬無言になる。

 

「……フィンよ。闇派閥共はあの坊主共を狙うためだけに、ここまでの事を計画したと言うのか? 儂らやミアだけでなく、バベルやギルドすらも囮であったと?」

 

 ガレスの問いにフィンは小さく頷く。

 

「全てがそうだとは言わないが、今回の最終にして最大の目標が彼らだったのは間違いない。事実、今回の向こうの動き、ヴァレッタの()があまり見られなかった。正確には北以外の場所は…と言うべきか」

 

「ってことはだ、今回の首謀者は【ネイコス・ファミリア】ってわけかい?」

 

「そう考えるのが自然だろう。シャクティの話からすれば、例の違法奴隷の件も奴らの罠だったようだしね」

 

「その件だが、明け方に我々が捕縛しようとしていたジャマンナ商会の副会長が死体で発見された。更にジャマンナ商会や摘発された違法商会と取引していた複数の商人が殺害されているのを発見した」

 

 苦々しく顔を歪めながら報告するシャクティ。

 今回彼女は全てにおいて【ネイコス・ファミリア】に遅れに取ってしまっているのだから当然だ。

 

「……口封じの暗殺、か」

 

「……恐らくな。恐らく噂の暗殺(セクメト)派閥だろう。資料も全て、処分されていた」

 

「でもアンタらが捕まえた連中の資料や情報もあるんだろ? 何が問題なんだい?」

 

()()

 

「……あぁん?」

 

「あの大襲撃の隙を突かれ、ジャマンナ商会を含める摘発した全ての商会で人身売買に関わっていた者達が殺され、それに関する資料が全て消えていた。恐らく、暗殺者連中が処分したのだろう」

 

「……ちっ。自分らが勝とうが負けようが後始末は考えてたってわけか。胸糞悪いねぇ……!」

 

「つまり、最後の敗北以外は【ネイコス・ファミリア】の思惑通りに運んだ、というわけか」

 

 ミアは舌打ちし、リヴェリアは眉間に皺を寄せる。

 

 結局今回は劣勢の痛み分け。

 

 それがフィン達の結論であった。

 確かに被害は少なくないが、多くは一般人と家屋。秩序側の主力が減ったわけではない。

 

 残酷で冷酷かもしれないが、負けたわけではない。()()()()()()に過ぎない。

 

 闇派閥の戦力全容は未だ不明だが、それでもこれほどの作戦を決行できる派閥が1つ壊滅した。

 

 これは大きな戦果だ。だが、手放しで喜べる戦果ではない。

 

「全く……最大派閥の団長が、【勇者】が聞いて呆れる。一体僕は何度……十にも満たない少年に重荷を背負わせれば気が済む」

 

 フィンは顔を俯かせながら右拳を額に当てて小さく呟き、リヴェリアやシャクティ達も沈痛な面持ちで顔を俯かせる。

 

 今回も闇派閥を退けた。

 

 近年稀に見る大襲撃を、()()()()()()で乗り越えたと言っていい。

 

 

 だが、この戦い一番の功労者達がオラリオの冒険者で一番傷ついている事実は――最上位に立つ冒険者として、あまりにも重かった。

 

 

 

 

 

 【スセリ・ファミリア】による【ネイコス・ファミリア】壊滅はその日のうちにオラリオ中に広まった。

 

 新興派閥でありながら僅か一年足らずで中堅に足を踏み入れたばかりの派閥の大活躍に、街の住民達は新たな希望を見出し、歓喜していたが、当の本人達は当然ながらそれを喜ぶ事は全くなかった。

 

 喜べるわけもない。

 

 勝った達成感などありはしない。

 

 ただただ無力感に、彼らは苛まれていた。

 

 ただただ、喪失感を味わっていた。

 

 傷は癒え、身体は十分に休んだ。

 

 だが、現在の本拠にいつもの活気はなかった。

 

 ちなみに本拠はほぼ無傷だった。

 これもまた彼らを苦しめる要因にもなっている。 

 

 自分達の家は無事で、自分達は生き延びたのに、明里達の家や店は跡形もなく、明里達は殺された。

 

 突き付けられる現実が、どうしようもなく苦しい。

 

 それでも――彼らは生きていかなければならない。

 

 天に還った人との、約束を抱いて。

 

 

 

 

 ゆっくりと身体を休めたフロル達は、ステイタスの更新を行う事にした。

 

 ドットムは気を使ったのか、【ガネーシャ・ファミリア】の方に合流し、片付け作業に従事している。

 

 普段は更新したら、その結果やこれからについて各々見せ合い話し合うのだが……今日は誰も口を開かなかった。

 

 座敷の大広間に全員が集まるも、誰もが壁際や襖の前に座って目を瞑ったり、顔を俯かせており、空気は重い。

 

 そしてアワランは……縁側で1人、大広間に背中を向けて座っていた。

 

 ただただ自分の両手を見下ろし、寡黙に佇むように座っていた。

 

 すでにアワラン達はステイタス更新を終え、今は最後のフロルが行っている。

 

 

スゥ……

 

 

 襖が開き、フロルとスセリヒメが大広間に入ってきた。

 

 ハルハ達が視線を向けるも、フロルはゆっくりとアワランがいる縁側に進み、スセリヒメは大広間の真ん中で胡坐を組んで座る。

 

 そして、フロルはアワランの横に同じく胡坐で座り、まっすぐ庭に顔を向ける。

 

 

「……なぁ、アワラン」

 

 

「…………なんだよ」

 

 

 呼びかけに、顔は向けずとも今にも消え失せそうな小さな声で応える。

 

 そんなアワランに、フロルも特に顔を向ける事もなく、

 

 

 

「――強く、なりたいな」

 

 

 

 ただ一言、そう言った。

 

 

「っ――!!」

 

 

 たった一言。励ます言葉ではない。されど、その言葉に込められた想いを、漢は正確に受け取った。

 

 

 だから――堪えていたモノが、溢れてしまった。

 

 

「……ああ――強くなりてぇ」

 

 

 見下ろしていた両手を握り締める。

 

 その拳に、いくつもの雫が落ちる。

 

 

「強くなりてぇ……!」

 

 

 溢れる想いは、もう止められない。

 

 

 涙に濡れる両拳を顔を押し付けて、

 

 

 

「強く、なりてぇ……!!」

 

 

 

 哀しみ、怒り、苦しみ、後悔、憎しみ、あらゆる感情を籠めて、漢はただ同じ言葉を繰り返す。

 

 

 だが、それを馬鹿にする者はこの場にはいない。

 

 全員が同じ想いなのだから。

 

 

「ああ……強くなろう」

 

 

 そんな彼らの長もまた、右手を顔の前で握り締める。

 

 

「全員で。もう――喪わない為に」

 

 

 誰も置いて行かない。置いて行かせない。

 

 この日の後悔を、誓いを、必ず報わせてみせる。

 

 そう、己に誓う。

 

 

「進もう、上を目指して」

 

 

 この日――彼らは、昇華した。

 

 

 




これにて三章終了です

ステイタスは次回に

第四章も、宜しくお願い致します


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躍進、新人、法の使徒
更に上を目指して


第四章開始です!


 あの事件から一週間経過した。

 

 まだまだ街や人々の心には傷跡が残っているが、それでも無情な程に日々は過ぎていき、人々は嫌でも普段通りの生活を余儀なくされていく。

 

 そんな最中、オラリオ中にとある情報紙が配られ、貼り付けられる。

 その配布元はギルドであり、それは今回の騒動でランクアップした冒険者達の事が記されていた。

 

 もちろん、ギルドの大掲示板にも大々的に貼り付けられている。

 

 

 そして、誰もが注目していたのは――【スセリ・ファミリア】である。

 

 

「おいおいマジかよ……」

 

「噂は聞いてたけど……本当だったみたいね」

 

「けっ……! くそったれが……!」

 

「凄いわね……あんな小さい子供が」

 

 それを見た冒険者達は様々な反応を見せる。

 

 最大派閥もそれは同じであった。

 

「うっひぃ~、ホンマスセリヒメの子どないな連中やねん」

 

「ふむ……もしやとは思っていたけど……」   

 

「まさに『才禍の怪物』の再来じゃのぅ」

 

「これは我々もうかうかしてられないな」

 

 もう一方もまた、

 

「ふふ……本当に面白いわね」

 

「へぇ……やるじゃないか」

 

「……」

 

「ちっ……」

 

 

 友好的な派閥は、少し複雑な心境を抱いていた。

 

「ねぇ、お姉ちゃん。聞いた?」

 

「【迅雷童子】達の事か?」

 

「うん……」

 

「もちろん耳にしているが……あまり嬉しそうではないな。いつもなら彼の活躍を聞いて喜んでいるのに」

 

「嬉しいんだけど……あのお店の人の事、聞いちゃったから。心配だなって……」

 

「……そうか」

 

「フロルって最初のランクアップの時も……辛い事があったんだよね?」

 

「……ああ」

 

「……哀しいなぁ。なんで頑張ってるフロルが、こんな目ばかりに合うんだろう……」

 

「……そう、だな」

 

「大丈夫かなぁ……? フロル」

 

 

 それは正義の使徒達も同じだった。

 

「やれやれ……あっという間に更に突き放されちまったな」

 

「もっとも、本人達は喜べぬだろうがな……」

 

「そうね……敵討ちを『偉業』と言われて、喜べる人は少ないでしょうね」

 

「それに、今回の闇派閥の狙いはアイツらだったって噂もあるからな。猶更だろうよ」

 

「……これって私達も他人事じゃないわね。闇派閥と戦うのは間違いない私達だって、闇派閥に狙われて、同じことが起こるかもしれないもの」

 

「そう、だよね……」

 

「私達だって強くなれば、狙われちゃうかもしれないんだよな……」

 

「ええ。だからこそ! もっと強くならないとね!」

 

「「「え?」」」

 

「フロル達ならきっと前に進むわ! だから、私達ももっと強くなって、皆を守れるようにならないとね!」

 

「いや、そりゃそれが一番だろうけどよ……」

 

「それが出来れば苦労はしないのだがな……」

 

「でも、強くならなきゃ何も出来ないし、誰も守れないわ! 『正義』は力を無闇に振るわないけど、力がない『正義』に意味はないわ! いつまでも強い人達に頼り続ける『正義』なんて駄目よ! そんなの私が目指す『正義』じゃないわ!」

 

「そりゃそうだが……」

 

「何より! いつまでも十歳にもなってない子供に負けてるなんて、私のプライドが許さないわ!」

 

「「「おい」」」

 

  

 そんな彼ら彼女らの手の中にある情報紙には、こう書かれていた。

 

 

【スセリ・ファミリア】

 

・団長 フロル・ベルム

――Lv.3、到達

――所要期間 一年

 

 

・アワラン・バタル

――Lv.2、到達

――所要期間 五年

 

 

・リリッシュ・ヘイズ

――Lv.2、到達

――所要期間 四年

 

 

・ヒジカタ・巴

――Lv.2、到達

――所要期間 四年

 

 

 

………

……

 

 

 あの地獄から一週間が経った。

 

 俺達はその間ダンジョンに潜ることはせず……明里さん達の墓を建てて一般墓地に埋葬したり、装備の修復や新調、ランクアップした身体の動きと感覚のズレを確認する作業に取り組んでいた。

 

 ステイタスを更新してから、俺達は更に組手や鍛錬に熱が入っている。

 

 当然だろう。明里さん達の事があったばかりなのだから。

 

 皆の気合の入りようは、まさに鬼気迫る程だ。

 

 それにしても……アワラン達まで俺と同じような目に遭わなくてもいいだろうに……。

 本当に、運命と言うのは残酷にも程がある。

 

 ランクアップするという事は、神に近づくと言われている。

 実際身体能力は異常な程向上するし、スキルや魔法は発現するし、老いも遅くなる。

 

 だからなのだろうか。俺は不意に思ってしまったんだ。

 

 

 神に近づく…人間を止めていくのと引き換えに、大切なモノを失っていくのではないかと。

 

 

 前世で読んだ漫画にあった『等価交換』。

 

 普通であれば【ランクアップ】⇄【偉業】(上位経験値)なんだろうけど、今覚えばそれはそれで釣り合っていない気もする。

 まぁ、冒険者に求められる『偉業』は命懸けの『冒険』だから、それを乗り越えた報酬かもしれないが……本当にそれだけなのかと疑いたくなる。

 

 それとも――前世を覚えている俺への呪いのようなものなのか。

 

 これはステイタス更新時にスセリ様に話したことだ。

 

 俺の弱音のような言葉に、スセリ様は、

 

『そんなものあるわけなかろう』

 

『そう、ですよね……』

 

『今は本来のオラリオとはかけ離れた状態ぞ。しかも因縁が因縁。普段求められる『偉業』とは違うかもしれん』

 

『でも……俺だけでなく、アワラン達にまで同じ目に遭わせなくても……』

 

『それには全くの同感じゃがのぅ。じゃが、こればかりはその者の宿命というものよ。妾とお前のファミリアの団員であろうとも、冒険者の『偉業』は結局のところ、その者個人が為すもの。例え神であっても、そこに介入する余地はない。試練を与える程度は出来るがの』

 

『……』

 

『酷な事を言うが、妾達が授ける『恩恵(ファルナ)』はその者が目指す域が高ければ高い程、与えられる『試練』と求められる『偉業』は厳しいものになる。それを乗り越えるのは……子供達自身の力でなければならぬ』

 

『……はい』

 

『抗うには進むしかない。生き残るには強くなるしかない。お前達にはその力がある。――妾はそう確信しておるよ』

 

『……』

 

『なぁ、ヒロや』

 

『はい』

 

『強くなりたいか?』  

 

『――はい』

 

『ならば――強くしてやろう。妾は、お前を強くする為に此処にいるのだからな。そして、団員達もまたお前の翼であり、お前の一部。見捨てはせぬ。……貪欲になるがいい、ヒロや。全知零能であろうとも、神である妾が全てを赦そう』

 

 本当に、俺には過ぎる女神様だ。

 

 そうだ。俺は、俺達はもう……今更後戻りは出来ないんだ。

 ここまでやって来て、ここまでやられて……今更放り投げられるかよ!

 

 でも……()()()()()()()()()()()()()

 

 今の俺を動かす感情は――なんだ?

 

 

 

 

 ちなみに今回全員のステイタスの結果だが、

 

フロル・ベルム

Lv.2 → Lv.3

 

力 :A 811 → I 0

耐久:B 774 → I 0

器用:A 847 → I 0

敏捷:S 962 → I 0

魔力:B 706 → I 0

狩人:I → H

耐異常:I

 

《魔法》

【パナギア・ケルヴノス】

・付与魔法

・雷魔法

 

《スキル》

(【輪廻巡礼(エクセリアキャリア)】)

(・アビリティ上限を一段階上げる)

(・経験値高補正)

 

疾風迅雷(ミョルニル・ゴスペル)

・『麻痺』に対する高耐性

・雷属性に対する耐久力強化

・被雷時に『力』と『敏捷』のアビリティ高補正

 

 

 

クスノ・正重・村正

Lv.2

 

力 :G 213

耐久:H 152

器用:H 189

敏捷:I 92

魔力:I 88

鍛冶:I

 

《魔法》

【イッポンダタラ】

・震破魔法

・対象に触れる、または衝撃を与える事で発動可能

・Lv.および『力』アビリティの数値を魔法威力に換算。潜在値含む

・一定振動数超過時、任意起動により対象を発火可能

 

《スキル》

獅子吼豪(キングハウル)

・周囲のアビリティ値一定以下の対象を威圧

・『力』と『耐久』の高補正

・一定範囲内の対象の獣人族の全アビリティ高補正

・威圧・補正効果はLv.に依存

 

妖炎村正(センゴムラマサ)

・『刀』鍛造時における能力強化

・炎に対する高耐性

・高熱時、高熱状態における全アビリティ高補正

 

灼血獅子(レオルスハートビート)

・感情の昂りに比例して体温高熱化

・『力』の高補正

・炎属性による攻撃時、威力増強

 

 

ハルハ・ザール

Lv.2

 

力 :E 477

耐久:E 402

器用:E 435

敏捷:E 498

魔力:F 313

拳打:I

 

《魔法》

【スリエル・ファルチェ】

・攻撃魔法

・風属性

 

《スキル》

爪拳舞闘(アルティリョ・ティフォネ)

・疾走時、『力』と『敏捷』アビリティ強化

・連撃時、攻撃力上昇。一定秒間隔が開くと効果消失

 

 

ディムル・オディナ

Lv.1

 

力 :D 506

耐久:E 410

器用:C 602

敏捷:D 563

魔力:D 538

 

《魔法》

【ガ・ボウ】

・呪詛付与魔法

・Lv.および『器用』『魔力』アビリティ数値を魔法威力に換算。潜在値含む

・発動に槍必須

 

【ガ・ジャルグ】

・対魔力投槍魔法

・発動回数は一行使のみ

 

《スキル》

妖精騎心(フェアリー・シュヴァリエ)

・槍装備時、発展アビリティ『槍士』の一時発現

・『魔力』の高補正

・補正効果はLv.に依存

 

妖騎憤槍(ツォルン・ランツェ)

・損傷を負う度、『敏捷』と『器用』が上昇する

・怒りの丈により効果上昇

 

 

アワラン・バタル

Lv.1 → Lv.2

 

力 :A 834 → I 0

耐久:S 910 → I 0

器用:D 535 → I 0

敏捷:B 727 → I 0

魔力:C 679 → I 0

拳打:I

 

《魔法》

【マース・カブダ】

・硬化魔法

・Lv.および全アビリティ数値を魔法効果に加算。潜在値含む

 

《スキル》

闘魂気炎(スパルタクス)

・体温上昇と共に『耐久』が上昇する

 

激情剛拳(ガダブ・フォラーズ)

・損傷を負う度に『力』と『耐久』が上昇する

・怒りの丈により効果上昇

 

 

リリッシュ・ヘイズ

Lv.1 → Lv.2

 

力 :G 253 → I 0

耐久:G 202 → I 0

器用:B 794 → I 0

敏捷:B 731 → I 0

魔力:S 918 → I 0

魔導:I

 

《魔法》

【デゼルト・ビブリョテカ】

・広域攻撃魔法

・地属性

 

【グノスィ・アイアス】

・反射魔法

・反射対象の『魔法名』『効果』『威力』『範囲』『時間』『詠唱式』の見識が深い程、反射時の威力が増大する

 

《スキル》

小人賢者(パルゥム・メイジ)

・魔法効果増幅

・魔法効果を理解しているほど強化補正増大

・一見した事がある魔法による自身への被効果、被ダメージを減退する

 

 

ヒジカタ・巴

Lv.1 → Lv.2

 

力 :S 937 → I 0

耐久:S 901 → I 0

器用:D 538 → I 0

敏捷:D 549 → I 0

魔力:I 0 → I 0

破砕:I

 

《魔法》

 

《スキル》

重甲小鬼(イバラギドウジ)

・甲冑装備時、『力』と『耐久』のアビリティ高補正

・風属性魔法に対する耐久強化

 

 

ツァオ・インレアン

Lv.2

 

力 :I 87

耐久:I 90

器用:I 62

敏捷:I 76

魔力:I 0

拳打:I

 

《魔法》

 

《スキル》

月下雅狼(ウリユイ・ユエリアン)

・月下条件達成時のみ発動

・獣化。全アビリティ能力超高補正

・異常無効

 

憤牙烈狼(フェンヌ・イェスオ)

・激情時、『力』と『敏捷』が上昇する

・怒りの丈により効果上昇

 

 

 うん。リリッシュやアワランの発展アビリティは納得だが、巴はまさかのLv.1では中々発現しないとされている『破砕』だった。というか……史上初ではないだろうか?

 まぁ、あれだけの大刀を振り回して、結構ドッカンドッカン壁や地面を吹き飛ばしてたからな。オラリオじゃなく、故郷で恩恵を得たならあり得ないわけではないんだろうな。話ではモンスターよりも人相手に戦うことの方が多かったらしいし。

 それにしても……普通冒険者が会得する『狩人』持ちが現状俺だけって凄いよな。

 

 そして、ハルハ、ディムル、アワラン、ツァオにスキルが発現した。

 ハルハはともかく、残りの3人は間違いなく今回の想いで発現したものだった。全員『怒り』が関係してるしな。

 

 俺は『耐異常』を取得した。まぁ、俺の魔法は使用者にも『麻痺』を地味に与える代物だからな。俺はそれをスキルのおかげで抑え込んでるに過ぎないから、これもあり得ないわけでもない。

 

 そしてディムルだけど、今回ランクアップを()()()()()

 

 出来なかったじゃない。しなかった。

 

 能力値はすでに資格を得ていたし、ぶっちゃけ恩恵を得てから抗争やら中層やらで活動してたし、今回の戦いで『偉業』として認められるには十分すぎるだろう。

 というわけで、ディムルは地味に俺や未来のアイズを越える記録を出す事が出来たわけだが……。

 

『申し訳ありませんが、【ランクアップ】はまだしたくありません』

 

 と、はっきりと待ったをかけた。

 

 まぁ、スセリ様も俺も、そして皆もそう言うだろうなとは思ってたから、誰も驚かなかったけど。

 

 ぶっちゃけディムルならまだまだステイタスは伸びるはずだ。別に探索でもおんぶに抱っこじゃないしな。

 だから、もっと伸ばしてからランクアップしたいと思うのは当然だろう。

 

 今回の事件でまだまだ力不足を感じたんだろうし、他の団員達のステイタスももっと上だったからな。今後を考えたら、焦らずに上げられるだけ上げたいと考えるのが普通である。

 唯一のLv.1になるから焦るかもしれないけど……。

 

『私は元々恩恵を得て一年も経っていません。むしろ、これが本来の在り方だと思ってもいます』

 

 と言っていたけど、明里さん達の事で追い込まれてそうだから、アワラン同様しばらくは目を離せないかもしれない。

 

 もっとも……俺自身ももっと成長しないといけないけどな。

 

 

………

……

 

 

 私は大切な家族を喪った。

 

 ずっと私を支えてくれた兄を。

 

 悪人に攫われてから、ずっと私を守り、希望はあると励ましてくれた兄を。

 

 私達が連れてこられたのは、現代の御伽噺や英雄譚の舞台とも言われている迷宮都市オラリオ。

 それを聞いた時はもしかしたら……と思ったけど、隠されるというか潰されるように馬車の床下の狭い隠し空間に押し込まれて、オラリオに密入国した。

 

 そのまま連れて行かれたのは地下牢。

 

 男性と女性は分けられ、劣悪な環境で過ごす事になった。

 

 と言っても、これまでも人として扱われたことはほぼないので、今更ではあったが、それでもやはり兄と離されて、会話しようとしても見張りの男にすぐに怒鳴られて、視線を合わせる以上のことは出来なかった。

 

 オラリオにやってきて……どれだけが経ったのだろう。

 今が朝なのか夜なのかも分からない。空腹が当たり前だから、もうお腹の具合で時間も分からない。眠気もよく分からない。

 一緒にオラリオに運ばれた人達もどんどんやつれ……何人かは連れて行かれ、他にも……殺されたり、餓死や病死した人もいる。

 

 私達は……一体何のためにここに連れて来られたのだろう?

 

 娼館に売られると思っていたけど、もうこんな細くて汚れている身体で買ってくれるとは思えない。

 

 そんな疑問が頭の中で巡っていると……。

 

 商人が突然護衛と思われる人達を連れて、牢屋にやって来た。

  

 そして、いきなり――

 

 

「お前ら、もういらないから死んでくれないか?」

 

 

 と言い放ってきた。

 

 私は何を言っているのか理解するまでに時間がかかった。

 

 昨日まで私達をどこに売るかと話していたのに、急に死んでくれと言われる意味が分からない。

 

 しかも、その最初に選ばれたのは……私の兄だった。

 

 

――やめて

 

 

 私はそう叫びたかったが、長い間水分をまともに飲んでいない乾き切った喉では声が上手く出せなかった。

 

 弱り切った兄は通路に引っ張り出され、一太刀で護衛の男に短剣で斬り捨てられた。

 

 汚れた床に倒れた兄を見て、私の喉はようやく声を吐き出した。

 

 

「いやあああああ!! 兄上えええ!!」

 

 

 僅かに口を動かしたように見えた兄の瞳から、光が消える。

 

 私は腕を伸ばし、鉄格子を何度も叩いて兄を呼んだが、兄の身体から命が消えていくのを感じ取る。

 それでも私は何度も兄を呼び続けた。

 

 その直後、どこかで扉が勢いよく開かれた音がした気がするが、私は兄の魂が消えていくのを黙っているわけにいかなかった。

 必死に腕を伸ばし、兄を呼んでいると、

 

 

 光が輝き、兄が私の目の前に現れた。

 

 

 輝きを纏うのは、少年だった。

 

 兄を優しく床に寝かせ、周囲を見渡した後、

 

 

「……間に合わなくて、すまない」

 

 

 と、謝ってきた。

 

 その顔はとても悲しそうで、とても悔しそうで……とても寂しそうだった。

 

 その顔とその雰囲気は、まるで少年とは乖離していて……

 

 

――ああ……神様

 

 

 そう、思ってしまった。

 

 何故、貴方様が哀しんでいるのでしょう?

 

 何故、貴方様が謝るのでしょうか?

 

 その後、神のような少年とその御仲間様達は、商人達を捕縛して、私達を牢屋から出そうとしてくれた。

 

 兄の遺体は、丁重に運ぼうとしてくれた。

 

 でも、そこで建物が大きく揺れ、神のような少年がまた輝きを纏ってあっという間に飛び出していき……そこからはとても慌ただしくなってしまって、何が何やらだった。

 

 可憐で清流のような少女の話では、どうやら外で闇派閥(イヴィルス)と言う悪い人達が暴れているとのこと。

 私達を捕えていたあの商人も、その闇派閥の仲間にも等しい悪人だったようだ。

 

 私達はそのまま【ディアンケヒト・ファミリア】と言う方達の治療院に運ばれ、治療と保護を受けた。

 

 その後一週間ほどは、治療院には多くの人が運ばれ、慌ただしかった。

 

 そして昨日……兄の埋葬が出来た。

 

 私達を助け出してくれた少女達が、兄や亡くなってしまった一緒に捕まっていた方々のお墓を用意してくれたのだ。

 一纏めとかではなく、個々に。

 

「これは……せめてもの罪滅ぼしだ。我らがもっと早く、あなた達を救い出せていれば……」

 

 藍色の髪を持つ御方が悲痛に顔を歪めながら、兄の墓の前で、そう言いました。

 

 私は首を横に振り、

 

「あなた方に罪などありません。あなた方のおかげで私は生きています。兄は……きっと喜んでくれていますから」

 

「……感謝する」

 

 そう、確かに辛く、地獄のような日々でしたが、こうして解放されたのですから、それに文句を言うなど、兄なら絶対にしないでしょうし、私を強く叱るでしょう。

 

 だから……私はこれから兄の分も生きて行かなければいけません。

 

 これは、『誓い』なのです。

 

 

 

 

 そして、更に数日後。

 

 私を含めた捕らえられていた人達は、ある決断を強いられていました。

 

 もちろん、これからどうするか、です。

 

 故郷に帰るのか、ここで生きていくのか、他の地に行くのか。

 

 オラリオを出る場合、冒険者様の護衛は限界があるそうです。

 そして、オラリオで生きていくとなれば、また闇派閥に襲われたり、違法商人に狙われる危険もあり、更に仕事先などの紹介もそう選択肢はないそうです。

 これは仕方がない事ですし、そもそも命があるだけありがたい事なので、誰からも文句はありませんでした。

 

 そして、多くの人がオラリオを出るか、故郷に帰る選択をしました。

 

 ここ数日、街の様子を見たら不安に感じるのも当然の事だと思います。

 

 

 でも、私は――

 

 

「……本当にそれでいいのか?」

 

「――はい」

 

「すまないが、私達に出来るのは事情を話し、口添えするまでだ。彼らが受け入れてくれる保証は確約出来ない。彼らも今回の騒動で少々追い込まれているからな」

 

「分かっております」

 

「……意志は固いようだな」

 

 シャクティ様は腕を組んで小さくため息を吐く。

 

「他にも数名ほど、君と同じ選択した者がいる。まだ他の者にも確認中故、全員の聞き取りが終え次第、各所に声をかける。……だが、近々『神会(デナトゥス)』、神々の会合が開催される。恐らくそれが終わってから動くことになるだろう。それまではしっかりと養生してくれ。――()()()()()()()()()()のであるなら、猶更な」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 私は選んだ。

 

 兄の墓がある、この街で生きていく事を。

 

 

 私達を助けてくれた――あの神童様の元へ、行くことを。

 

 

 




流石にディムルさんはまだでした
真面目な彼女であれば、当然の選択だと思います

彼女の成長を見守ってあげてください

さぁ! 次回は二つ名回です!


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躍進の派閥

さぁ、どんな二つ名が……!?


 本日は『神会』の日である。

 

 Lv.2以上の眷属を擁する神々がバベル三十階の大広間へと集結し、会議する(駄弁る)ギルドからも諮問機関として認められている謎集会である。

 

 ここ最近は闇派閥に関わる事ばかりなので、多くの神々がなんだかんだで真面目に参加している。

 

 そして今回もまた、先日の大規模襲撃があったので多くの神が情報収集の為に参加していた。

 

「っちゅうわけで、今回はネイコスの子供らが首謀者やったっちゅうこっちゃ。うちのフィンや他の連中が見抜けへんかったんは、前にスセリヒメんとこの子と戦り合った連中は結局下っ端で、主力は闇派閥の方におったみたいやな」

 

 今日はロキが司会を務めている。これはフィンの失態を少しでもツッコまれないように牽制するためでもある。

 

「うむ! 先日の収監所からの脱獄を手引きしたのも、例の違法奴隷の通報なども【ネイコス・ファミリア】の仕業だった事が判明したゾウ!」

 

「まぁ、スセリヒメのチビッ子がホンモンの団長と小細工しとった副団長を仕留めたし、脱獄した偽団長の【賊剣】も含めて団員ほぼ全員を倒して、【ネイコス・ファミリア】の壊滅はほぼ確定。先手は取られてもうたけど、しっかりやり返したっちゅう感じやな~」

 

「という事は、同じ手はもうないって思っていいのか?」

 

「例の幻影やら催眠やらの小細工を使うた手は、な。でも、似たような魔法や呪詛(カース)を持っとる奴はまだおるかもしれんし、結局のところ、今回の一番やらかしたんはあっちの狙いを読み切れんかったところや。今後はないとは断言出来るわけないわ」

 

「そうよねぇ……」

 

「だが、あの【殺帝】に並んだかもしれない知恵者と、厄介な催眠系魔法の使い手をここで潰せたのはデカい。そのやり口を知ってるお仲間もね。対してこちらは戦力的な損害はほぼなく、少なからず違法な手段でオラリオに人を運び込んでいた悪商人をある程度一掃出来た。これは、今後の戦いにおいて、こちらを有利にしてくれると思うぜ?」

 

 ヘルメスが肩を竦めながら前向きな意見を述べる。

 

「でも、その違法商人達は暗殺され、密入国関係の証拠はほぼ消されたんだろ?」

 

「おっとぉ……それを言われるとぐうの音も出ないなぁ。でも仕方ないだろ? 摘発に合わせて街を襲撃されたら、駆け付けないわけにはいかないさ」

 

「違法奴隷に関しては、また別の対策が必要となるだろう! まずは全員ではなかったにしろ、子供達の命を救えた事を喜ぶべきだ!」

 

「そりゃそうやけどなぁ……次から次へとアタマ痛なんで」

 

 色々とコメントが出る中で、多くの神がチラチラとスセリヒメへと視線を向ける。

 

 スセリヒメは神会が始まってからずっと腕を組んで目を瞑り、一切発言していなかった。

 

 今回の襲撃は完全に【スセリ・ファミリア】と【ネイコス・ファミリア】の抗争のとばっちりと言えなくもない。

 しかし、【スセリ・ファミリア】は主犯格を全員仕留めている事から、責任は果たしていると言えば果たしている。その他の襲撃地点は、ロキとフレイヤを始め、誰も幹部格を仕留められていないのだから。

 街で広まっている通り、今回の一番の功労者は【スセリ・ファミリア】だ。しかし、ここまでの被害を出したのもまた【スセリ・ファミリア】が原因でもある。故に責めようと思えば責められるのだが、流石にスセリヒメに喧嘩を売る度胸は誰もなかった。

 しかも、噂では【ネイコス・ファミリア】に、親しかった者達を殺されてしまったという。そんな中で下手に喧嘩を売れば確実に()()()()()()()()()

 

 その勇気は、娯楽好きの神々でも流石にないのであった。

 

「それにしても、思とったより闇派閥の連中、手駒揃っとんなぁ。これまでで粗方幹部連中の顔ぶれは揃たと思っとったけど、今回の奴は顔も名前も知らんかったし。まだまだ厄介なんがおりそうやんな~」

 

「まだまだ油断は出来そうにないわね……」

 

 ヘファイストスがため息を吐く。

 

 その後も、ダラダラと会議は続くが、結局闇派閥には警戒と捜査を続けるという結論で終わってしまう。

 

 悲しいのが現状の秩序側には密偵に優れた派閥がいない事にある。

 【ヘルメス・ファミリア】がその手の活動を担ってくれているが、残念ながら闇派閥の警戒の高いに打つ手がないのが現実である。

 

「ちゅうわけで――気持ち切り替えて『命名式』に移るでー!!」

 

「「「「いやっふううううう!!!」」」」

 

 重苦しい雰囲気をぶち壊すお気楽な神々の歓声が轟く。

 

「今回の事件でうちらの恩恵を昇華させた子はぎょーさんおるで~。楽しくサクサク行こかー」  

 

 という事で、次々と歓声と爆笑、そして悲鳴が大広間に響き渡る。

 

「やれやれ……相変わらず騒がしいわね」

 

「まぁ、こんな時にでも騒がねば、神もまた鬱屈で参ってしまうという事じゃろうて。子供らが暗い顔をして喜び笑う神など、闇派閥の邪神共と大して変わらん」

 

「それもそうね。ところで……あなたの子達は大丈夫なの? 【迅雷童子】は二度目だし」

 

「うぅむ……もう少し様子を見ねばならんかのぅ。今のところは大丈夫そうに見えるが、我が愛し子の場合は団員達の事で一杯一杯のようじゃからな。正直、どう転ぶか分からぬ」

 

「そう……」

 

「やれやれ……恩恵を昇華した事は喜ばしいが、未だ誰一人納得出来る『偉業』ではないのがのぅ」

 

「私達部外者からすれば、格上の相手を倒して闇派閥の一角を潰したなんて十分すぎる『偉業』だけど……本人達がどう捉えるかは別よね」

 

「今回は巻き込んでしもうた子らが冒険者でも何でもないのでな。それに、今回は特に抱いておった想いがのぅ……。妾も揶揄っておっただけに、少々寝覚めが悪い」

 

「そう……一般の子供が絡むと、中々そう簡単に割り切れるものじゃないものね」

 

「うむ」

 

 ヘファイストスは鍛治系派閥故に、恩恵を持たない子供と関わる事も多い。なので、今回のような事件は初めてというわけではない。

 

「それにこの手の感覚は、やはり神と子供らでは大きく違う。妾達は、理解は出来ても寄り添えきれぬのが、また歯痒いもんじゃて」

 

 神々にとって子供達との死別はあくまで『生まれ変わるまでのお別れ』に過ぎない。輪廻転生が約束されているこの世界において、『死』は『一時的な別れ』でしかないのだ。

 たとえ、生まれ変わった子供が前世の記憶がなく、性格も違っていても、神にとっては待ち望んだ大事な子供との再会である事に変わりはないのだ。

 

 なので、スセリヒメにとっても、明里達もいずれはまた何処かで会える存在なのだ。

 その感覚こそが、千年もの間、神々が地上に飽きずに暮らしている理由である。 

 

 一部の神(ガネーシャ)などは、そんな事関係なく眷属が死ぬ度に大泣きしているが。

 

「まぁ、たとえ寄り添えたとしてと、こればかりは本人が乗り越えねばならぬから、出来ることなど結局限られておるのだかな」

 

「……そうね」

 

 そんな事を話していると、

 

「さぁ! 次は皆んなお待ちかねのスセリヒメんとこの子らやー! なんと今回一気に5人もリスト入りやでー!」

 

 ロキが何やらハイテンションでフロルの顔写真が載せられた資料を掲げる。

 

「5人ってまた凄まじいな……」

 

「今回の事件で4人、その少し前に1人ね。まぁ、資料によるとフロル・ベルム以外の全員は大分前から恩恵を得ていたみたいだから、所要期間だけを見れば順当と言えば順当だけど……うん、やっぱりおかしいわ、ムリムリ何これ?」

 

「フレイヤ様やロキ、ガネーシャんとこみたいに眷属の数が多いなら納得なんだが、スセリヒメのところはまだ8人だろ? 派閥の半数が同時にって聞いたことないぞ俺」

 

「いや、そこは別に特別視しなくて良くない? 4人同時自体は滅多にないけど、なかったわけじゃないぜ?」

 

「そうだな。むしろツッコむべきなのは、この一年でほぼ全員ランクアップした事の方であるな」

 

「そもそも入団して一年経ってないのよね?」

 

「うむ。正重が最初の団員じゃが、その正重がようやくそろそろ一年になるところじゃな」

 

「で、まだランクアップしてないエルフは……」

 

「ディムルは初めて恩恵を与えたばかりの正真正銘のヒヨッコだの。流石にまだランクアップは出来ぬよ」

 

 本当はすでに出来るのだが、そこまで馬鹿正直に話す必要はないのでスセリヒメは堂々と嘘を吐く。

 下界の子らであればすぐにバレるのだが、神にはその力は通じないので、誰もスセリヒメの嘘に気づくことはない。

 

「まぁ、そりゃそうか。で……【迅雷童子】は一年でランクアップと」

 

「Lv.2からLv.3に関しては、これまでも一年でランクアップした奴が何人かいるから世界記録ではないけどよ。それでも8歳で、しかもヒューマンのガキが一年ってのはやっぱおかしいよなぁ……」

 

「でも、噂ではフレイヤ様のところの【女神の戦車】やLv.3に勝ったんでしょ? 流石にそれは認めなきゃダメじゃね?」

 

「それにこのドワーフちゃんはロキのところの【道化の奮腕】でしょ? あとエルフちゃんもLv.2相手に圧倒したんだっけ?」

 

「らしいなぁ。ノアール達がはしゃいどったわ」

 

「って言うか、スセリヒメの子達、格上倒し(ジャイアントキリング)し過ぎじゃ無い? 【闘豹】やハーフドワーフもよね?」

 

「そうだなぁ……【女神の戦車】は同じLv.2だけど、【フレイヤ・ファミリア】の新進気鋭って言われてるくらいで、実際他のLv.2とは一線を画すし、Lv.3ともなれば流石にステイタスはもちろん、戦闘経験や技術もかなりのものだ。偶然で勝てる相手じゃないだろう。【迅雷童子】は本物と考えて間違いないんじゃないか?」

 

「そんな子供を鍛え上げたスセリヒメ様オソロシヤ」

 

「まだ勝てるの?」

 

「愚問じゃの。まだまだフロルもヒヨッコじゃて」

 

「「「「やっぱりアンタが一番おかしいよ!?」」」」

 

 もはや恩恵とは何だと言いたくなる。

 子供でステイタス頼りではないとはいえ、Lv.3になった眷属を戦闘力的な意味でヒヨッコと言える神など普通はいない。しかも、それが物理的に叩き潰しているのだから猶更だろう。

 

「ははは……さっすがあの最恐最悪(クレイジーサイコ)に武術を教えただけあるわー。むしろ武術に関しては天界におった頃より凄なってないか?」

 

「おお、流石じゃのぅ、ロキ。実は愛し子達と鍛錬しておる間に、妾も腕が上がったんじゃよな~」

 

「………マジで?」

 

「マジじゃな」

 

 まさかの言葉にロキを始め、やられたことがある連中が顔を真っ青にする。

 ただでさえ手が付けられなかった暴君が、更に強くなったなど絶望でしかない。

 

「……フィン達はあの爺共の子供にこんな気持ちやったんやなぁ」

 

 今更気付いた子供達の絶望感に、ロキはこれからはもう少し優しくしてあげようと心の底から思ったそうな。

 

「で、どんな二つ名にする?」

 

「まず【迅雷童子】はそのままでいいよな?」

 

「そうだな」

 

「じゃあ、他の4人だな……いや多いわ!」

 

「あぁもう話戻すな」 

 

「ハーフドワーフから決めるか」

 

「暑苦しそうだな」

 

「暑苦しいだろうな」

 

「暑苦しいわ」

 

「暑苦しす」

 

「コイツって確か『耐久』を上げて肉弾戦で戦うんだよな?」

 

「うむ」

 

「防御は最大の攻撃手段って奴か。鎧着た奴に殴られたらイッテェもんな」

 

「殴られたことあるの?」

 

「眷属に『こんな時に娼館行くな!』って」

 

「どんまい」

 

「うっせぇ! ……で、話戻して。実際どうする?」

 

「【灼熱漢(バーニング・ジェントル)】!」

 

「おいバカやめろ」

 

「【鉄拳闘士(アイアンマン)】!」

 

「【鋼守拳(ガードマン)】!」

 

「そろそろ殴るが良いか?」

 

「「「すんませんっした!!」」」

 

 青筋を浮かべながら笑みを浮かべて訊ねるスセリヒメに、ドガン!と額を机に叩きつけて即座に謝る悪ノリ神達。

 

 それに周囲は呆れながらも意見を出し合い……

 

「アワラン・バタルの二つ名は――【硬熱闘士(アダマンテウス)】」

 

 に、決定した。

 

「じゃ、残りも行こかー」

 

「他は……小人の魔術師、ドワーフの鎧武者、狼人の…武闘家?」

 

「小人は学園出身、ドワーフは村正と同じく極東、狼人もその近くで…お、ナタクの元眷属か」

 

「アイツ、そんなところにいたのかよ」

 

「ナタクは昼寝とかが好きな奴だからな。オラリオとかもあんまり興味ないんだろ」

 

「それにしても……小人の魔術師かぁ。他にいないわけでもないし……」

 

「砂の魔法を使ってたって誰か言ってたな」

 

「砂かぁ………ハッ! 【砂の魔法少(サンドウィッ)――」

 

「言わせねーよ」

 

「ちくしょう!」

 

「まぁ、無難に【砂の魔女(デザート・メイジ)】でいいんじゃない?」

 

「じゃあドワーフはどうする? やっぱ極東風だよな?」

 

「そうじゃね? 前も今も極東系が主神で、名前も装備も極東だし」

 

「となると……【小甲姫(しょうこうき)】とかどうだ? スセリヒメ」

 

「うぅむ……悪くはないが、巴は姫と呼ばれるのは柄ではないと言うじゃろうなぁ。それならば、まだ『鬼』の方が良い」

 

「鬼?」

 

「本人は今回の件で暴れた自分をそのように評してあったのでな。まだその方が本人の受け入れも良かろうて」

 

「じゃ、ドワーフちゃんは【小甲鬼(しょうこうき)】で」

 

 悪ふざけが入る時はあるも、比較的スムーズで平和に任命式は続く。

 

「普段もこんな感じで決まっていけば良いのにね……」

 

「相手がスセリヒメで、勢いあるフロル達だからであろうな。この勢いが続くとは限らぬが、それでも近いうちにオラリオで影響力を持つファミリアになる可能性は高い。ロキやフレイヤ同様、下手なことをして印象を悪くしたくないのだろうよ。ヘルメスのようにな」

 

「まぁね……」

 

 ヘファイストスとミアハは真面目に会議する神々に呆れながら流れを見守っていた。

 基本的に二柱は任命式ではあまり発言はしない。鍛治系最大、医療系大手ではあるが、探索系ではないからだ。下手に意見を出して、不興を買えば自分達の活動に支障を来たす可能性は出来る限り排除しなければならない。

 

 そして、普段悪ノリしている神々が大人しいのは推測通り、いずれ最大派閥に並びかねない勢いの【スセリ・ファミリア】に悪印象を持たれたくないからである。

 僅か一年足らずで闇派閥すらも標的にする新興派閥など、過去存在していない。そして、それを犠牲は出したものの跳ね除け、逆に壊滅させたのも類を見ない正しく『偉業』であった。

 

 間違いなくこれから伸びてくるであろう派閥。

 

 しかも、それがロキやフレイヤにも負けない発言力を持つ可能性があるならば、ゴマスリするのも当然である。

 

 もし、ロキとフレイヤが衝突した際、どちらかに味方しなければならないような時、今のままでは従うしかないからだ。

 もちろん、ガネーシャやギルドはいるが、やはり戦略的に上である二大派閥に逆らうのはリスキーだ。

 たとえ、ロキやフレイヤがそれを許したとしても、いずれそれをネタに脅されるかもしれない。そんな状況を少しでも回避したいと思うのは当然の事で、現状それが一番可能性があるのはスセリヒメである。

 

「さて、最後の狼人だな。長身だし、いつも両腕に大盾を付けてるよな」

 

「でも、この前の襲撃では盾を捨てて、素手で戦ってたらしいぞ?」

 

「ああ、ツァオは無手の戦いならばフロルより技術は上だの」

 

「マジか……」

 

「なのに、普段は盾役してんの?」

 

「じゃからじゃよ。相手の攻撃を受け流すのも受け止めるのも、体術が上手くなければ出来ぬ技じゃよ。力があって頑丈であればいいだけではない」

 

 スセリヒメの言葉に納得の表情を浮かべる神々。

 

 そして、その後も色々と意見を出し合った結果――全員の二つ名が決まった。

 

 

 

 

 その日の午後。

 

 ギルド本部エントランスの巨大掲示板に、神会の結果が張り出された。

 

 もちろん、注目の的は今回も【スセリ・ファミリア】であった。

 

 

【スセリ・ファミリア】

 

アワラン・バタル――【硬熱闘士(アダマンテウス)

 

リリッシュ・ヘイズ――【砂の魔女(デザート・メイジ)

 

ヒジカタ・巴――【小甲鬼(しょうこうき)

 

ツァオ・インレアン――【護狼傑(ショウフゥラン)

 

 

 張り出された二つ名に、オラリオの住民達は盛り上がる。

 

「これで【スセリ・ファミリア】はあの騎士エルフを除いて上級冒険者入りか」

 

「凄いわね……」

 

「あのエルフもすぐに追随するかもな」

 

「けっ……ガキと新参の癖に……」

 

「ふむ……これから目をつけておくべきか……」

 

「でも、闇派閥にも目をつけられてるんでしょ?」

 

「らしいな。ギルドからも強制任務(ミッション)出されてるようだから、仕方がないかもしれんが」

 

「俺らだって負けてらんねぇぞ!」

 

 十人十色の反応を見せながら、人々はこれからの【スセリ・ファミリア】の活躍に注目している。

 

 それはオラリオ外の勢力もまた同様で、【スセリ・ファミリア】は間違いなくオラリオで今一番勢いがあり、躍進している派閥として捉えられていた。

 

 




驚くほどに難産だった……(-_-;)
特にアワランとリリッシュ

二つ名って本当に難しいですね。英雄の名前を使うにはある程度共通点いりますし、神様の名前は無関係の使い辛いですし



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憎執は己にのみ向けよ

お待たせしました


 アワラン達の二つ名が決まった。

 

 なんかリリッシュはまんまだけど、本人は気にしてないようだから俺も特に言及はしない。というか、基本的に下界の人間達は神の付ける二つ名に称賛はすれど文句はあまりないんだけどさ。

 でも正直なところ、今回皆に付けられた二つ名は良い方だと思う。

 

「妾に喧嘩を売る度胸もなかったようじゃからの。まぁ、決めるまでは悪ふざけしておるが、最終的にちゃんとした二つ名であれば、文句を言う気はないわい」

 

 なんかスセリ様の発言力が毎回毎回上がっている件について。

 

 今後の俺達、大丈夫? 変なやっかみ来ない?

 

「少なくとも神からは来んじゃろうて。その眷属に関してはどうにも出来んが、度が過ぎるのであれば、主神を捻り潰せば良いだけじゃろ。喧嘩を売ってきたのは向こうじゃからの」

 

 それで解決出来たらいいんですけどね。

 

「ところで……本題はそれではなかろう?」

 

 スセリ様は意地悪い笑みを消して、真剣な表情になる。

 

 今は俺達の自室で、俺とスセリ様の2人きりだ。

 他の皆は外で鍛錬してる。

 

 俺はあの事件後からまた基礎から鍛え直す事にした。

 拳法の型、木刀や木槍などの武器の素振りを一通りしてから組手や探索を行うようにしている。

 

 

 そして、その皆……正確にはアワランがかなりヤバイ状態にある。

 

 

「アワランなのですが……」

 

「あ奴か……ドットムの奴からも報告は受けておるが……」

 

「やっぱりですか……」

 

 スセリ様は腕を組んで鼻で大きくため息を吐き、

 

「まぁ、明里を喪ったばかりじゃからのぅ。憎しみに囚われるのも仕方がない事ではあるが……」

 

 アワランは今、かなり無茶を繰り返している。

 ランクアップした日に「強くなりたい」と言った想いに嘘はない。だから、アワランも俺達もがむしゃらに鍛錬をしていたんだが……そのがむしゃらはダンジョンでも変わらなかった。

 

 モンスター相手に陣形も戦術もなく、突っ込んでいく。

 Lv.2になったのとスキルのおかげでそう簡単に追い込まれる事はないが、それでも危険なのは変わらない。

 そんな無茶苦茶なアワランを見て、ディムルや巴達も流石にその後に続くような真似はしなかった。

 

 でも、問題はそれだけじゃないんだ。

 

 

………

……

 

 数日前。

 

 俺達がダンジョンに潜ろうとバベルを目指していると、再び闇派閥が街を襲撃してきた。

 

 悲鳴が上がった瞬間、アワランが飛び出し、俺達は慌ててその後を追いかけることになった。

 

 そして襲撃現場に突撃したアワランは、

 

「ズゥラアアアアア!!」

 

 怒りと憎しみを顔に張り付け、雄叫びを上げながら闇派閥の男の顔面に拳を叩き込んだ。

 殴られた男は鼻血を噴き出しながら仰向けに倒れる。

 

 そして――

 

「オラアアアア!!」

 

 

 アワランは、倒れた男の上に乗り上がり、連続で拳を叩き込み始めた。

 

 

「オラ! オラ! オラ! オラオラオラオラアア!!!」

 

 すでに男は死んでいる。それでもアワランは男の顔を殴り続けた。

 

 俺はアワランの拳を掴んで止める。

 

「何してるんだ!? ソイツはもう死んでる! まだ敵は周りにいるんだぞ!?」

 

「っ!! ウォラアアア!!」

 

「ぐっ、アワラン!!」  

 

 アワランは俺の手を振り払って、次の闇派閥へと殴りかかっていった。

 

 その後もアワランは闇派閥を執拗に殴り殺しては、また次へと攻めかかる。

 

 その姿は激情に支配されたモンスターと、何も変わらなかった。

 

 俺は、俺達はアワランを止めることは出来ても、説得することは出来なかった。

  

 だってアワランの怒りは当然だからだ。

 そう簡単に受け入れられるわけがなく、認められるわけがなく、怒りや憎しみが消えるわけがない。

 

 俺は……テルリアさんから受け継いだ魔法とスキルのおかげで、まだ囚われずに前に進めた。

 今のアワランは、俺が陥ってたかもしれない姿だ。

 

 その気持ちが嫌でも理解出来る俺は……だからこそ、どう声をかけたらいいか分からなかった。

 

 

………

……

… 

 

 その後も闇派閥の襲撃が起こる度に、アワランは飛び出していった。更にダンジョンでも無謀にも等しい戦い方を続けた。

 

 時には俺やドットムさん、ハルハが殴って気絶させないといけない程に暴走している。

 

 このままでは――近い内に絶対死ぬ。

 

 明里さんのためにも、それだけは阻止しないといけない。

 

「そうは言うが……それにはヒロ、お前自身がまず答えを見つけ出さねばならぬぞ? それも一時的でなく、心の底から奴を前を向けさせる事が出来る、答えをの」

 

「……はい」

 

 そうだよな。

 それに関しては、俺も考えないといけないと思っていた。

 

 正直、俺も今のままでは駄目だと思っている。

 俺もまだ明里さん達の事が胸の奥でつっかえている。もちろん、そんなすぐに解決出来ることではないだろうが、それでも毎日死と隣り合わせの人生でいつまでも放っておくわけにもいかない。

 

 積み上がりつつあるこの『憎しみ』を……俺は、()()()()()()()()()

 

 ――いや、もう分かってる。

 

 答えは、もう、出てるんだ。

 

「……ふむ。やはりか、ヒロや……。ならば、妾はもう何も言うまいよ。お前のやりたいようにやってみるがよい」

 

「――はい」

 

 すまない、明里さん。

 

 少し――荒っぽくやらせてもらう。

 

 

 

 

 

 翌日。

 あの後もダンジョンに行ったが、アワランは相変わらずだった。

 

 でも、誰が見ても明らかに疲労が蓄積しており、いつ倒れてもおかしくない雰囲気だった。

 

 だから、今日は休みにしようとしたのだが……。

 

「俺は行くぜ。休みたいなら、お前らだけで休めよ」

 

 アワランはそう言って一人だけでダンジョンに赴こうとする。

 

 ドットムやハルハが顔を顰めて、その背中に声をかけようとした、その時。

 

 

「そんなに死んで明里さんのところに行きたいのか?」

 

 

 そう、俺は言い放った。

 

 ハルハ達は瞠目して弾かれたように俺を見て、アワランは――足を止めて。

 

 

「………あ?」

 

 

 怒りが籠められた目で、俺を振り返る。

 

「……今、なんつった?」

 

「だから、もう強くなることを諦めて、明里さんの元に行こうとしてるのかって言った」

 

「……何、ふざけたこと言ってやがる」

 

「何もふざけてない。今のお前を見て、純粋にそう思っただけだ」

 

「それがふざけてるっつってんだ! 俺は本気で強くなろうとしてるだけだろうが!」

 

「本気で? ただ無謀無茶を続けているだけだろ? 自分の状態が分かっている癖に無視して、中層に一人で行って――モンスター相手に()()()()()()()()()んだろ? それを『死にに行く』以外にどう言えばいいんだ?」

 

「八つ当たり、だぁ……?」

 

 拳を握り締めて、血走った目で俺を睨みつけるアワラン。

 

「モンスターだけじゃない。最近の闇派閥への攻撃……どう見ても八つ当たり以外の何物でもないだろ? ――明里さん達の仇は、討ったんだから」

 

 そう、明里さん達の仇であるバグルズやディーチ達は、俺達の手で討った。

 

 だから……今、俺達が抱えている明里さん達を喪ったことへの怒りや哀しみ、憎しみは……もう、他にぶつけることは出来ないんだ。

 

「っ……! だがまだ闇派閥はのさばってるだろうが!! 奴らを倒さねぇとまた明里みてぇな被害者が出るかもしれねぇ!! だから奴らを倒す!! それの何が八つ当たりだってんだよ!?」

 

「それと今の無茶無謀は関係ないだろ」

 

 筋は通っているように聞こえるけど、だからって己を顧みずに無茶苦茶暴れて強くなればいいわけじゃない。

 

 

「明里さんを、言い訳に使うなよ」

 

 

「っ――!?!?」

 

 でも、一番の問題はそこじゃない。

 

 

 問題は、何の為に強くなろうとしているかなんだよ、アワラン。

 

   

「なぁ……今お前は、何の為に強くなろうとしてるんだ?」

 

「……あぁ?」

 

「今お前は、何を目指して、そんな無理して強くなろうとしてるんだって訊いてるんだ」

 

 オラリオに来た頃、そしてあの事件が起こる前のお前が目指していたモノとは……変わってないか?

 

「今のお前を見て貰ってさ、スセリ様を惚れさせられるとか……まさか、思ってないよな?」

 

 もし思ってるとか言ったら――流石に俺もキレるぞ?

 

「……思ってねぇさ。思うわけねぇだろうが!!!」

 

 アワランは堪え切れずに叫んだ。

 

 ……だろうな。

 

 お前は、馬鹿じゃないんだから。

 

「じゃあどうすりゃいいんだよ!? これまで通りのやり方で、強くなれんのかよ!? それで明里を死なせちまったんだぞ!? 同じで良いわけねぇだろうが!!」

 

「だとしても、今の強くなり方で、お前は明里さんに誇れるのか? 本当に死んだ時に後悔しないか?」

 

 お前に恋してくれた明里さんは、そんな姿が見たかったわけじゃないはずだ。

 

「明里は死んだ! もう死んぢまっただろうが!! どう誇れって――」

 

「確かにもう見てもらえないし、直接褒めてくれるわけでもない。でもな……だからって生きてる時にした約束や誓いを無視して良いのかよ!? 直接見て貰って、褒めて貰わなきゃ、意味はないと言う気か!?」

 

 俺はテルリアさんとの約束を、破る気はない。

 

 間違う事はあるだろうさ。間違う事を責める気はないし、責めることも出来ない。

 でも、それでも俺は、テルリアさんとの約束を果たす。

 

「うるせぇ……うるせぇうるせぇ! うるせえええ!!」

 

 アワランは拳を振り上げて、殴りかかってきた。

 

 

 おい、なんだよ。その拳は?

 

 

 遅いし、今まで見た中で――一番雑じゃないか。

 

 

 ただ力任せに俺の顔面目掛けて振り抜かれた拳を。

 

 俺は首を傾けるだけで躱し、がら空きのアワランの鳩尾にカウンターを叩き込んだ。

 

「ゴッ――」

 

「――ふざけるな」

 

 俺は左脚を振り上げて、アワランの顔面に叩き込む。

 

 アワランは防御する事も、受け流す事もなく、横に吹き飛んで顔面から地面に倒れて、数M転がった。

 

 そして、うつ伏せの状態で止まったが……。

 

「ぐっ……が……!」

 

 アワランは、起き上がる事が出来ない。

 

 ダメージで、身体に力が入らなくなっている。

 

「ほら見ろ。魔法も使ってない、本気でもない俺の攻撃で……たった二撃でもう立ち上がれないじゃないか。『耐久』が売りのお前が、その体たらくでダンジョンに行って、どう強くなるつもりでいたんだ? 少し前のお前なら、余裕で対処出来た、出来ていた攻撃だぞ?」

 

 それを無防備で受けたお前は――強くなってるのか?

 

「むしろ弱くなってるじゃないか。打たれ弱くなってるじゃないか。それで強くなるだと? 戯言ほざくのも大概にしておけ」

 

「っ……!」

 

「いい加減認めろよ。お前が一番許せないのは――」

 

 

 

「一番憎いのは――自分自身だろ」

 

 

 

 誰も守れなかった、救えなかった、自分の弱さが。

 

「っっ――!!!」

 

 拳を握り締め、歯軋りが響く。

 

 俺の言葉にアワランだけでなく、ハルハ達も同じく拳を握り締めていた。

 

 そう、これは、アワランだけじゃないんだ。

 

 

 俺も、ハルハ達も――自分の弱さが許せないんだ。

 

 

 仇討ちしたが為に、出来てしまったが為に、俺達は明里さん達を救えなかった自分達の弱さに対する怒りの矛先を喪ったんだ。

 

 他の闇派閥に向ける事は簡単だが……多分、今のままじゃ強くなったところで繰り返すだけだ。

 新たな仇が生まれ、倒し、また新たな仇が現れる。その繰り返しだ。きっと、永遠に終わらない。

 

 そんな不毛な事、地獄以外の何者でもなく、ただの復讐者だ。

 冒険者でも英雄でもない。

 

 だから俺達は、自分に向ける以外の、選択肢がない。

 

 でも、それはどっちにしてもそう簡単に受け入れられるわけがないし、受け入れても楽になるわけがない。

 

 けどな、

 

「だからって闇派閥やモンスターに八つ当たりした所で……強くなれるわけも、自分の弱さが克服できるわけがない。強くなったとしても、結局それは……付け焼き刃の脆い強さだ。俺はそう、スセリ様に叱られた。お前も聞いてただろ?」

 

「……」

 

「だから、俺は――他人を憎まない」

 

 それが、俺の答えだ。

 

「他人を嫌う事はあるだろう、他人を妬む事はあるだろう、他人に怒る事はあるだろう。でも、憎まない。恨まない」

 

 憎み、恨むは奪われ、守れなかった己自身――自分の弱さ。

 

 復讐すべきは弱かった過去の自分。

 

 乗り越えるべきは、弱く脆かった愚かな自分。

 

「今回だって、俺が1人で先行して戦い抜けるだけの力があれば、明里さん達を救えたかもしれない。奴らが俺達を狙う事を厭う程の実力があれば明里さん達は死ななかったかもしれない。……結局、今回は……これまでの闇派閥との因縁は、俺の弱さが原因だ。それを他人に……ディーチ達程度の奴等に押し付ける事こそ、俺は認められない」

 

 弱さの理由を、他人に押し付けるな。

 

「だから俺は、例えどれだけ時間がかかっても、どれだけ傷つくことになっても、どれだけ周りに笑われても、何度打ちのめされて泥と血に塗れても……成りたい理想を目指して、強くなる」

 

「……そりゃあ、それで強くなれたら最高だろうよ。けどなぁ!! その間にどれだけの奴が死ぬ!? その間に犠牲になった連中の事は、仕方がねぇって諦めんのかよ!?」

 

「諦めない」

 

「っ……!?」

 

 誰が妥協してやるものか。

 

「誰にも負けない。誰も死なせない。そこを諦める気も、捨てる気もない」

 

「んな理想論で――」

 

 

「理想の何が悪い。理想を捨てた強さなど、結局現実の前に負けるのが道理だ」

 

 

「それでも負けたら……! 誰かが死んだらどうすんだよ?!」

 

「だから――それでも歩みを止めない」

 

 そう、諦めない事。

 

 それだけしか、出来ないんだ。

 

「【勇者(ブレイバー)】のように犠牲を見越して、受け入れる気なんてない。【猛者】達のように死んだ者を切り捨てたりしない。――仕方がないなんて、絶対に思わない」

 

 全ての敗北、全ての犠牲は、全部俺の弱さだ。

 

 弱さを積み重ね、己への憎しみを積み重ね、俺は理想の高みに嫉妬し、強さを求めて激情する。

 

 

「この身に抱く憎悪を、激情を糧として――俺は強くなる」

 

 

 まっすぐにアワランの眼を見据えて、迷うことなく宣う。

 

 アワランは瞠目して無意識にか一歩後退り、視界の端に見えていたハルハ達は一瞬身震いした。

 

 

「俺は敗北も、犠牲も、清濁全部背負って前に進む。だから、俺のファミリアの団員であるお前達に、団長として命令する」

 

 

「俺と一緒に――強くなれ」

 

 

 だから――もう八つ当たりを止めろ。

 

 

 俺は拳を握り、構える。

 

「自分の事を棚に上げて、言わせてもらう」

 

 アワランをまっすぐに見据えたまま、告げる。

 

「今回はこれで手打ち……話は終わりだ。だから、目を覚ましたら――」

 

 

――ごめんな。

 

 

「前を向けよ」

 

 

――偉そうに言ったけど。

 

 

「――【鳴神を此処に】」

 

 

――俺を憎んでくれて、構わない。

 

 

 心の中で謝りながら、俺は一瞬でアワランの顔をぶん殴って――気絶させた。

 

 

………

……

 

 翌日。

 

 昨日の今日なので、本日も探索は無し。

 

 アワランは気絶させた後、部屋に運ばれた。

 

 数時間ほどで目を覚ましたが、その日はそのまま部屋から出てこなかった。

 ハルハ達もそれぞれに思う事があったのだろう。昨日は夕食も個々に思い思いに済ませた。

 

 フロルは陽が昇ってから、また型の練習から鍛錬を始めた。

 

 ハルハ達もアワランを除いて全員が中庭に出てきていたが、まだ組手は始めていない。アワランを、仲間を待っているのだ。

 

「ふっ! はっ! ふっ! はっ!」

 

 フロルは交互に拳を突き出す。

 

 昨日の自分よりも少しでも鋭い拳を放てるように。

 

 すると、フロルの視界の端に、アワランが歩いてくるのが映った。

 

 まっすぐにフロルを見据えて、真剣な顔で歩いてくる。

 

 フロルは拳を止めない。言うべき事は全部言ったから。

 だから彼は、ただやるべき事をやるだけだ。

 

 アワランはフロルのすぐ傍で足を止めた。

 

 でも何も言う事なく、ただまっすぐに少年を見ていた。

 

 そんなフロルとアワランに、ハルハやディムル達はいつでも止められるように身構える気配を感じた。

 

 すると、アワランは徐に向きを変えてフロルと並び立ち、

 

 

「――はぁ!!」

 

 正拳突きを放った。

 

 

「はぁ! う! ぉらぁ!」

 

 フロルと同じ型の練習。

 

 丁寧に、それで苛烈に、アワランは空に――過去の己に拳を放つ。

 

 フロルは口元に笑みを小さく浮かべながら、負けじと拳を突き出す。

 

「はっ! ふぅ! はっ! ふっ!」

「うぅ! ぁらぁ! ふっ! はぁ!」

 

 互いの声と空を切る音だけが、フロル達の耳に届く。

 

 すると、ハルハ達も2人の横にやってきて――

 

 全員同時に拳を放った。

 

『 はぁ!! 』

 

 全員の気合いと拳が重なり、空気が震える。

 

 それをひたすらに続ける。

 

 少年が、漢が、女豹が、獅子が、騎士が、魔導士が、武者が、女狼が、それぞれに想いを込め、不恰好な者もいるが、共に強くなろうと拳を放つ。

 

 その声は、本拠の外にも届き……耳にした者は、強くなろうとする者の声に、活力を分け与えられたように感じた。

 

 そんな眷属達の背中を、女神は目を細めて、微笑みながら見つめていた。

 

 

『 はぁ!! 』

 

 

 【スセリ・ファミリア】は――また、強くなる。

 

 

 




普通であれば、この手の話はもう少し時間をかけるものなのでしょうが……なんかフロルやアワランらしくないとも思い、早々に前を向いて貰うことにしました

喪った人達の想いを抱き、今後どのように強くなっていくのか

見守ってあげて欲しいと、思っております


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なんか個性的な元奴隷達らしい

早く書けたのでいてまえ!


 アワランを荒療治で前を向かせて3日。

 

 まだ全然時間が経ってないからかなり無理矢理だったが……なんとか立ち直ってくれた。

 それにありがたいことにファミリア全体にも良い影響を及ぼした。

 

 あれから皆で型や素振りをして、組手をする。それもただの組手ではなく、しっかりと目的を定め、制限やルールを決めて行っている。

 質を上げているんだ。そのおかげか、ランクアップしたステイタスと身体の感覚の差異はすぐに解消出来た。

 

 そして、ダンジョン探索も今は階層を伸ばす事ではなく、改めて連携やスキル、新調した装備の確認などに集中している。

 

 ちなみにドットムさんだけど、俺がステイタスを追いついてしまったが、これまで通りアドバイザーを続けてもらう事にした。

 まだまだ俺はダンジョンの事は知らないし、経験や知識を教えてもらいたいからだ。

 

「まぁ……お前さんらがそれでいいなら、いいけどよ。こうなってくると、いつまで儂がお前らに付いていけるかって話になってきてんなぁ……」

 

 って、ちょっと危機感覚えてたみたいだけど。

 

 まぁ、とりあえずいつもの調子というか、うちらしい雰囲気に戻った。

 

 気合新たに頑張ろう!

 

 

 

 と、思っていたんだけれど。

 

 

 

………

……

 

 翌日。

 

 朝早くにシャクティさんとアーディが訪ねてきた。

 

「早くにすまない。少し話がある。時間を貰えないだろうか?」

 

「構いませんよ。探索は午後からの予定にしてたので。俺だけでいいですか?」

 

「いや、神スセリヒメや団員達も出来れば同席して貰いたい」

 

 という事でスセリ様を呼んで、ハルハ達にも声をかける。

 

 シャクティさんとアーディを大広間に案内し、全員揃うまで少し待つことに。

 

「ドットムから少し話を聞いたが、彼…【硬熱闘士(アダマンテウス)】は落ち着いたようだな。それに、ここから気合の入った掛け声がよく聞こえるようになったと噂になっている。あの事件は我々も責任を感じていたのでな……」

 

「いえ、シャクティさんが責任を感じることはありませんよ。あの状況ではどうしようもなかった事です。俺達に起きた問題は俺達の弱さが原因なので、気にしないでください」

 

「……そうか。そう言えば、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】の事は聞いているか?」

 

「ええ、ランクアップしたようですね」

 

 そう、アレン・フローメルも先日Lv.3にランクアップしたのだ。

 噂では俺がランクアップした事が情報紙に載った直後から、苛烈な程にダンジョンや本拠で戦うようになったらしい。常に傷だらけだったそうだ。

 

 まぁ、前に戦った時もすでに俺よりステイタスは上だったんだ。元々資格があったのだろう。別に驚くことではないかな。

 あの後で会う事も、戦う事もなかったが、正直意識されてるのは間違いないようだ。……襲われないように気を付けよ。

 

 ちなみにアーディは気付けば俺の隣に座ってる。

  

 何でかは知らんし、気付いたら横にいた。

 あの事件の後から妙に距離感が近くなった気がする。……なんかしたっけ? あの後偶然会った時に物凄く心配されたけど、一昨日くらいに会った時にはもう大丈夫と伝えたんだけどな。

 アリーゼ達も妙に気を使ってたしな……。まぁ、明里さんの事はアーディ達にも簡単に知られてるから仕方ないことかもしれんけど。

 

 でもな、アーディ……シャクティさんの額に青筋が浮かんできているぞ?

 

 そして――スセリ様が真後ろで腕を組んで仁王立ちしているのだが……。

 

 

 ――俺の後ろで。

 

 

「油断も隙も無いのぅ……フロルや」

 

「お、俺でございますか……?」

 

「お前がしっかりと断ればいい話であろう?」

 

「……そ、ソウデゴザイマスデスネ」

 

「そして小娘」

 

 スセリ様はすでに青筋に加えて、血走り始めている目をアーディに向ける。

 

 でも、アーディはまったく怯えずにニコニコとスセリ様に顔を向ける。

 

「はい」

 

「他派閥の本拠で白昼堂々と団長を誘惑するとは、随分といい度胸じゃなぁ?」

 

「誘惑なんてしてないですよ。スセリヒメ様と同じです。可愛いフロルを近くで見たいだけですよ」

 

「ならば別に隣でなくともよかろう?」

 

「フロルの頭って撫でたくなるんですよね~」

 

「ほぅ……それは大いに同意するが、それでも何故お主が撫でる必要がある?」

 

「フロルが可愛くてとっても頑張ってるからです」

 

「ぬぬぬ……!」

 

 ……天然なのか、分かってやってるのか分からんが、スセリ様が押されてる……!

 

 でもね、アーディ……。

 

 

 

 その皺寄せは俺に来るんだよ!?

 

 

  

 これはしばらくスセリ様の抱き枕コースだな……。

 

「ス、スセリ様。とりあえず、落ち着いてシャクティ殿の話を聞きましょう」

 

「アーディ。お前もこれ以上余計な諍いを起こすな。大人しくこっちに座れ」

 

「……仕方ないのぅ」

 

「は~い」 

 

 俺とシャクティさんは何とか収まった事に小さくため息を吐く。

 

 そこにハルハ達とドットムさんが入ってきた。

 ……外で様子を窺ってたな?

 

 ジト目をハルハ達に向けるが見事にスルーされました。ちくしょう!

 

「はぁ……お待たせしました、シャクティ殿」

 

「ああ……また妹が粗相する前にさっさと本題に入らせてもらおう」

 

 すでに疲れ気味の顔で向かい合う俺とシャクティさんに、スセリ様やハルハ達は苦笑する。

 アーディは変わらず可愛らしくニコニコしている。

 

 なんか……シャクティさんと話す時は毎回疲れてる気がする。

 主にアーディのおかげで。

 

「話は他でもない。例の救出した違法奴隷達の事だ」

 

 あぁ……あの後、ディアンケヒトやミアハ様の治療院で治療を受けて、何とか生きてた人達は全員無事だったのは聞いたな。

 襲撃時はアーディ達がすぐに助け出して護衛してたらしい。

 

 結構時間経ってるけど、今になってその話をしてきたってことは治療が終わって、全員動けるようになったってことかな?

 

「摘発した商会に加え、それらと関係が深い商会を捜査し、先日ようやく聞き取りや治療、今後の身の振りについての調査が一段落したのでな。その報告と――とある相談をしに来た」

 

「ふむ? 相談とな?」

 

「まずは報告からさせてもらう。今回摘発した商会は全部で7つ。救出した者達の人数は合わせて58人となった。……死者を含めれば72人。更に……聞き取りの結果すでに売られた者や輸送の途中で命を落とした者を含めると……二百人近くに及ぶ。あくまで聞き取りで確認できた人数で、だがな」

 

「つまり、被害者はその数倍に及ぶと……」

 

「ああ……だが、もうその者達を探し出す手立てはない。……例の暗殺派閥に関係書類や証拠は全て処分されてしまったのでな」

 

「【セクメト・ファミリア】でしたか? 闇派閥、と言うわけではないんですよね?」

 

「恐らくは、な。暗殺組織だから闇派閥と云えば闇派閥だが、あくまで金と金の関係と思われる」

 

「セクメトの連中はオラリオだけじゃなく、大陸中で活動してるファミリアだ。まぁ、オラリオであんな連中に声かけるなんざ闇派閥くれぇだから、オラリオにいる連中は闇派閥と言ってもいいだろうがな。結構な人数が潜んでると思っていいだろうよ。」

 

「つまり、油断出来ない派閥ってわけだ」

 

「ああ。規模も大きいと考えられるため、連中の戦力が読めない。今後は暗殺にも警戒してくれ」

 

 難しいこと言うなぁ。

 見張りを出す余裕はないんだよなぁ……。

 

「話を戻すが、とりあえず救出した者の対応を優先する事になり、一旦捜査は中断となった。……一応【ヘルメス・ファミリア】に引き続き調査を依頼してはいるが……今回の件でどこまでその情報が信頼出来るかは判断が難しくなった」

 

「まぁ、今回はあの優男も完全にしてやられたからのぅ」

 

 確かに、今回の襲撃において対応が後手に回ってしまった要因は【ヘルメス・ファミリア】によりギルドに報告された罠情報だからな。

 バグルズ達の方が一枚上手だっただけの話ではあるが……完全に商会摘発が大規模襲撃の最後の引き金となったのだから、標的となった俺達以上に自責の念は大きいのかもしれない。

 

「違法奴隷を扱っていたのは事実だったからなぁ。まぁ、流石に当分は同じ手は使ってこねぇだろうが……」

 

「あの【殺帝】ならば、そこを突いて罠を仕掛ける可能性がある。【勇者】もその辺りを警戒しているようだ」

 

「でしょうね……」

 

「それで、解放した者の約半数は故郷、または親族や知り合いのいる国や街に行く事になり、残りの半数はオラリオやメレンに残る事を選んだ」

 

「半数ですか……。多いのか少ないのか……」

 

 30人程度だから、まぁ多いと言うほどではないのか?

 

「そして今回の本題が、そのオラリオで暮らす事を選択した者達だ」

 

「んあ? 本題ってなんかの相談だろ? 残った連中となんの関係があんだよ?」

 

 アワランの疑問に同意するように俺やハルハ達も訝しむ。

 別に俺達は商売をしてるわけじゃないし、物件や炊き出しをしてるわけでもないから手助けしようがないんだが……。

 

 いや待て。……まさか。

 

「もしかして冒険者になりたい人がいるんですか?」

 

 俺の問いにシャクティさんが頷いた。

 

「正確には、【スセリ・ファミリア】に入団希望している者達がいる、だな」

 

「うちに入団したいぃ? 奴隷だった連中がかい? 正気かい?」

 

「我々も何度も確認した。だが、全員答えは変わらなかった」

 

 シャクティさんも顔を顰めながら話を続ける。

 

「だが、理解出来ないわけでもない。なぜなら希望したのは我々が突入したあの地下牢にいた者達だからな。あの時の【迅雷童子】の活躍を見て、何かしら惹かれる物があったのだろう」

 

「あのお兄さんを殺されたエルフさんもいたよ」

 

「……彼女か」

 

 間に合わずに殺されてしまった兄に泣きながら、両手を傷付けながら手を伸ばして呼んでいたエルフの女性。

 無事だったのは嬉しいが、なんだってうちに……。

 

「そのエルフだが、兄の遺体はオラリオの墓地に埋葬した。更に名前や話を聞く限り、極東の生まれのようだ。他にも1人、極東出身の者がいる。恐らくは神スセリヒメやそちらの【小甲鬼】達も選んだ理由なのだろう」

 

「なるほど……確かに極東系の神はオラリオではスセリヒメ様だけですからな」

 

「まぁ、それなら話は分かりましたが……極東にまで奴隷商の手が伸びてるんですか……」

 

 極東からオラリオまではかなりの距離がある。輸送費とか馬鹿にならないと思うんだが……。

 

「希少性と言う意味では価値が上がるのだろう。詳しくは知らんし、知りたくもないがな」

 

「某が知る限りではありまするが、極東に住むエルフ族は大陸のエルフの方々と違い、全くと言って良い程に郷から出て来ませぬ。極東を統治している【朝廷】と繋がりはあるようですが、不可侵不侵攻の約定を交わし、最低限の資源を納めているだけと聞いた事がありますな」

 

「我も大陸から来たエルフは会った事はあるが、極東の郷出身のエルフは会った事がない」

 

「うむ」

 

 ツァオと正重も巴の言葉に同意するように頷く。

 

 なるほど……どうやら極東のエルフはかなりの引き篭もりというか、鎖国状態に近いようだ。

 それなら確かに奴隷としての希少性はあるの…か? なんか特殊な魔法とかを使えるとかあるのかね?

 

「ちなみに入団希望者は4人。今話に出た極東出身の女エルフ、同じく極東出身の男ドワーフ、じゃじゃ馬のアマゾネスに元恩恵持ちの女ダークエルフだ」

 

「うん、後半2人がおかしくないですか?」

 

 じゃじゃ馬って断言して、元恩恵持ち?

 なんでそんな人達がうちに来たがるのよ?

 

「アマゾネスはかなり気性が荒いと言うか……その…獣染みている」

 

「「「獣染みている?」」」

 

「話し方も片言で、まるで獣に育てられたかのような仕草をすんだよ。四つん這いで歯を剥き出しにして唸ったりな」

 

「もしかしたら幼少の時から奴隷として扱われて来たのかもしれん。テイムされたモンスターや獣と同じ場所にでも入れられていた可能性が高い」

 

「そんな奴がなんで尚更ここに来たがるんだよ?」

 

 アワランの疑問に俺も同意。

 

「先程も言ったように、あの時の【迅雷童子】に惹かれるモノがあったのだろう。恐らくはアマゾネスの性でな」

 

「あ〜…あの時一番派手に暴れたフロルを雄として選んだわけか」

 

 同じアマゾネスのハルハの言葉に、全員が納得し――出来るか!!

 それって俺を襲いに来るってことじゃん!

 

「そいつは恩恵もらったことないんだろ? ならフロルなら簡単に返り討ちに出来るじゃないか」

 

「仲間になった奴にまで警戒したくないよ!?」

 

 いずれ【ロキ・ファミリア】に入るティオネ・ヒリュテよりも酷そうだぞ!?

 

「そしてダークエルフの方だが」

 

 シャクティさんサラッと話進めないで!?

 

「郷などではなく、どこかの国の貴族、または魔導士として仕えていた可能性が高い。口調からはかなり知性と品格が感じられるし、本人も魔導士と言っていた。ガネーシャからも嘘はついていないとお墨付きは貰っている」

 

「じゃあLv.2って事かい?」

 

「ああ。奴隷になった経緯は仕えていた国が【ラキア王国】、神アレスが治める国家ファミリアに侵攻され、敗北した際に主神が神アレスへの従属を拒否して送還。その時に恩恵を失ったとの事だ」

 

「ラキア王国ですか……」

 

 ラキア王国は軍神アレスを主神とする大国ファミリアだ。

 かなり豊かな国で広大な領地を持っているそうだが、それでも他国に次々と進軍して戦争し、領地を拡大している。

 噂では負けた国は恩恵持ちをそのまま兵隊として改宗され、元主神はアレスの配下として生かされるらしい。確かヴェルフ・クロッゾの故郷がラキア王国だったはず。

 アニメではカットされてたけど、小説では魔剣を巡って一騒動起きていた。

 

 神アレスはラキア王国を建国する前からオラリオにも幾度も攻めて来ているそうだ。もちろん、全敗してるけど。

 ラキア王国はダンジョンもないから、ランクアップがかなり難しいそうだ。

 

「本人もラキアへの従属を拒絶。その結果、奴隷として売られ、各地を転々としてオラリオに来たらしい」

 

「結構な人生を……。そんな人が何でうちに? それこそ【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】とか、なんだったら【ガネーシャ・ファミリア】とか上位派閥にでも――」

 

「まず我がファミリアは……主神が暑苦しいから好かぬと言われた。【フレイヤ・ファミリア】も神に心酔する連中とは性に合わない。そして、【ロキ・ファミリア】は……ハイエルフ、【九魔姫】がいるから嫌だそうだ」

 

「……それ、オラリオにいるエルフに聞かれたら全員敵に回しますよ?」

 

 俺はそう言いながら、ディムルに顔を向ける。

 ディムルはヴェールの下で顔を顰めている雰囲気を出しながら、

 

「……それだけでは確かに反感を買うでしょうが……ちゃんとした理由を聞かねばなんとも……。私とて、リヴェリア様のいる【ロキ・ファミリア】は避けておりましたし」

 

「そうじゃのぅ。国に仕えておったという事は、そもそもエルフの郷の生まれではないのやもしれん。長い歴史の中で、ハイエルフの血筋に敵意や恨みを持たぬエルフもおらぬわけがないじゃろうしな」

 

「まぁ……確かに」

 

 でも、本当に恨みとか持ってたら、それはそれで厄介事だよなぁ。

 

「こちらとしても余計な火種を持ち込み、かつ押し付けたくはないが……本人の希望を無視するわけにもいかなくてな。すまないが、一度全員と会って、どうするかを決めて欲しい。別に必ず引き取れなどと言う気はない」

 

「儂等はあくまで仲介するまでが今回の役割だかんな」

 

 つまり、連れて来てからは丸投げって事ですね……。

 

 はぁ……心情的に入団を断るのは助けた手前気が引けるし、追い返してそれこそまた変な奴らに捕まったり、逆恨みで闇派閥に入られたら困る。

 特にあの女性エルフはなぁ……。目の前でお兄さんを殺されてしまったし……。

 かと言って、その人だけ受け入れるのも反感を買いそうだ……。

 

 やれやれ……とりあえず、全員受け入れる覚悟でいた方が気が楽そうだな。

 スセリ様に顔を向けると、肩を竦めてニヤリと意地悪そうに笑った。

 ……さっきの意趣返しで、これも俺に判断を丸投げする気だな? ハルハ達も俺を見て、ニヤニヤするか申し訳なさそうな顔を浮かべている。まぁ……君らはそうだよね。

 

「分かりました……。いつ頃がよろしいですか?」

 

「助かる。出来れば、今日の午後にでも頼みたい。間を空けるとオラリオ外に出る者達の対応に手が取られ、暇が無くなりそうだからな」

 

「……分かりました」

 

「本当にすまない」

 

 という事で……俺の居残りが決定し、時間までスセリ様のご機嫌取りに費やしたのは、もう、言うまでもないよね?

 

 




フロル……そろそろ心労で倒れそうだな笑

さて、次回からは新キャラ達が!


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個性的過ぎて不安

さぁ、どんな人達が来たのかな?


 というわけで、スセリ様の抱き枕にされた俺は居残りです。

 

 他の皆は当然ダンジョン。

 強くなってほしいからいいんだけどさ。そろそろ、入団希望者の対応方法をなんか考えるべきか?

 基本的にスセリ様はスカウトなんてしてこないし、ハルハ達もそんな余裕ないしな。でもなぁ……結局俺とスセリ様の面談はいるだろうし……。

 結局、今のやり方が一番いいのか。はぁ……。

 

「さて、ヒロ。実際のところどうするつもりじゃ?」

 

 後ろから抱き着いているスセリ様がもうすぐ来るであろう入団希望者について訊いてきた。

 

「そうですねぇ……。まぁ、基本的には全員受け入れるつもりではいますが……」

 

「例のダークエルフか?」

 

「ええ。そこに関しては流石に実際に話して、スセリ様にも判断を頂きたいですね」

 

「そうじゃのぅ。これまでの者達とは少々毛色が違うようじゃからな。アレスに復讐したいなどと言われても困るし、このファミリアを乗っ取ろうと目論まれてもの」

 

「乗っ取るかはさておき、すでにLv.2らしいですからリリッシュや他の連中と上手くやっていけるかはちょっと心配ですね。まぁ、冒険者としては新人ですから、大丈夫だとは思うんですけど……」

 

「やはりリヴェリアを避ける理由が気になるか」

 

「そうですね……エルフでしたら奴隷となった事を恥じる可能性は十分にありますけど……。【フレイヤ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】を断った理由と合わせると、それは違う気がしまして」

 

「だろうの。恐らくはディムルに近いか、それとも国に仕えておったという話から王族という存在に思うところがあるのやもしれんな」

 

 なるほど。仕える王は生涯ただ一人!って奴か。それはあり得るな。

 

「妾としてはじゃじゃ馬アマゾネスの方が気になるがのぅ」

 

「……獣染みていると言うのがどういう状況なのかが分かりませんからねぇ」

 

「ヒロ。分かって言っておるじゃろう」

 

「……雄として見られてるってのはハルハの言い分ですから。まだ分からないじゃないですか」

 

「そうかの~」

 

「例えそうだとしても、俺はまだそんな気はないですよ」

 

「だと、ええがの~」

 

 アーディのこと、まだ拗ねてるなぁ。

 やれやれ……どうしたもんか。多分、数日は新人の対応に手一杯になると思うから、早めに機嫌を直してほしいんだけど。

 

 そんなこんなでご機嫌取りをしていると、門の方からアーディの声が聴こえ、俺とスセリ様は出迎えに向かった。

 

 門にいたのはシャクティさんとアーディ、そして例の4人だけなのだが……。

 

 

 

 件のじゃじゃ馬アマゾネス――首輪されてるんですが。

 

 

 

 リードはシャクティさんが握ってて、アマゾネスは「ヴ~」と唸っていた。

 

 すでに不安でしかありません。

 

 とりあえず、大広間の方に案内する。そこなら中庭に通じてるからな。 

 というか、洋式の応接室、使う事がほとんどないんだよね。何だかんだで座敷が皆気に入ってる。――その場で横になれるからね。

 

 さて、改めて連れて来られた4人を見る。

 

 正直まだやつれている。まぁ、それは当たり前か。栄養失調だったろうし、しばらくは固形物さえ食べるのに時間がかかったはずだ。

 でも、そうなると……入団してもすぐダンジョンや鍛錬をってわけにはいかなさそうだな。

 

 ちなみにじゃじゃ馬アマゾネスは今は大人しく座っている。

 

「じぃ~~~」

 

 っと、俺をず~~っと見ているけど。

 

 すっごい居辛い。

 

「はぁ……すまない、【迅雷童子】。このような方法で連れて来たくはなかったのだが……」

 

「いえ、俺は構わないんですが……シャクティ殿は街中で大丈夫だったんですか?」

 

 憲兵の長が人に首輪を付けてリードを持って連れ回るとか、印象悪くならない?

 

「ダイジョブダイジョブ。この人があちこち動き回って、お姉ちゃんがその都度引っ張って制止してたから。見てた人達は何となく事情を察してくれてると思うよ」

 

「……お疲れ様です」

 

「……ああ」

 

 現オラリオ一の苦労人ですね。

 労いたいけど、労えるモノがありません。まぁ、いつか何かお返ししよう。

 

「さて、事情は今朝話したから割愛しよう。早速各々自己紹介をしてもらう」

 

 ちなみに俺とスセリ様は元奴隷の人達と向き合う形で座り、シャクティさんとアーディは俺達の左側に座っている。

 それこそ仲介人のように。

 

 シャクティさんの進行で、まずはドワーフの男性から自己紹介してもらう事になった。

 

「俺は、タチバナ・秀郷(ひでさと)と言う」

 

 タチバナさんは茶髪を総髪に纏めている男性。種族はドワーフだそうだが、身長が190C近くもある。

 今はやつれているし、筋肉も衰えているから細いけど、多分鍛え直せば正重にも負けない体格になると思う。原作の【タケミカヅチ・ファミリア】の団長カシマ・桜花とみたいな感じかも。

 という事はツァオに近い立ち位置か?

 

「生まれは極東と聞きましたけど、何故奴隷商に?」

 

「敬語は、いらない……。俺は、生まれは極東だが、生まれてすぐに大陸に移住した。極東に近い大陸の外れの田舎の小さな村で、狩人として暮らしていた。……そこに山賊団が村を襲い……」

 

「そうですか……」

 

「家族はその時に皆、殺された。村もないし、父母の故郷は知らない。だから、ここで暮らし、助けられた恩を返したいと思った」

 

「なるほど……」

 

「見た目は大きいが、一番得意なのは弓だ。一応ナイフや鉈を使ってはいたが、どちらかと言うと解体や血抜き用だったから、あまり得意ではない」

 

 え、マジで? 弓なの? スッゲェ威力高そうだな。

 しかも、狩人?

 

「という事は……斥候のような事もある程度出来る?」

 

「獣相手であれば……。ダンジョンで通じるかどうかは分からない」

 

 ですよね。

 でも、その手の知識と経験があるのは助かる。

 

「冒険者になるという事は、モンスターだけでなく、闇派閥……人と戦い、殺し合う事になるが……それは大丈夫か?」

 

「……それは、分からない。でも……努力する」

 

 まぁ、そう簡単には行かないよな。でも、無理に殺す必要もないか。

 やる気はあるんだし、後衛職は欲しかったから文句はない。

 

 という事で入団決定です。おめでとうございます。

 

 では、次の方。

 

「わ、(わたくし)はアサマ・コノハナノ・梓と申します」

 

 綺麗な所作で三つ指付いて頭を下げるアサマさんは、耳が長いけど―エルフだから当然だけど―黒長髪の大和撫子感半端ない少女。

 【アストレア・ファミリア】の輝夜さんに近い雰囲気。こっちは儚さ全開だけど。吹けば吹っ飛びそうな儚さ。

 

 なんか……輝夜さんとサンジョウノ・春姫を足して2で割った感じ。

 

 和装が確実に似合いそうだけど、今はシンプルなワンピース。

 まぁ、お金がないからね。そこは仕方ない。

 

 アサマさんは頭を上げて、儚く微笑み、

 

「先日は、兄上と私を救って頂きありがとうございました」

 

「いや、お兄さんは……」

 

「救われました。遺体を綺麗にしてもらい、きちんと埋葬して頂けたのですから」

 

「……」

 

 そんなの普通の事だけど……今のオラリオや奴隷となった人達からすれば、確かに恵まれているのだろう。

 事実……太吉郎さんや三枝子さんの遺体は、一部欠損してたり潰れていたからな。

 

 冒険者になれば、そもそも遺体がない事も珍しくない。

 モンスターに喰われたり、潰されたりしてるからな。

 

 奴隷も同じだ。捨てられたり、燃やされたり、まともに身体なんて残る事なんてまずないだろう。

 そう考えると…な。

 

「でも、何故うちに? 故郷に帰らなくて良いんですか?」

 

「私にも敬語は要りませんよ。兄上のお墓はここにありますので。それに……きっともう私は郷には入れて貰えないでしょうから」

 

「……と言うと?」

 

「私の郷は……というよりも、極東に在るエルフの郷は非常に閉鎖的でして……」

 

「ああ、うん。それは極東出身の団員からも聞いてる。資源の提供などとの引き換えに、不干渉を契っていると」

 

「はい。その理由はご存じですか?」

 

「いや、そこまでは……」

 

「エルフの多くは大聖樹、または聖樹と共に暮らし、樹や森を守護しています。極東にも大聖樹に匹敵する魔力を抱く聖樹があり、それを護っているのですが……長年他種族を遠ざけてきた事で、排他の眼は身内に向くようになりました」

 

「つまり……罪を犯した者や――郷を一度でも出た者は二度と戻れない?」

 

「……はい」

 

 アサマさんは泣き笑いのような寂しげな笑みを浮かべ、

 

「どんな理由であれ、郷を出た者は――穢れた者として見なされます。たとえ、身内の陰謀で郷から誘拐されたのだとしても」

 

 ……つまり、彼女達は仲間によって奴隷商に売られたというわけか。

 それでも、彼女達の故郷は郷の外と関りを持った者を受け入れない。聖樹を護る為に。

 

「私達の祖父は郷の長老会の一員でした。郷も一枚岩ではありません。小さな郷の中で……とても醜い権力争いが起きていたのです。誘拐されてから、ようやく私達はそれを理解しました」

 

 まぁ、外から誰も来ないなら、欲望の目は身内に向くよな。

 前世の会社とかで起こるくだらない権力争いと全く変わらないな。潔癖で誇り高いとされるエルフだからこそ、この手の権力への欲望には抗えなくなり、時に強引な手段に手を出す事があるってわけか。

 自分のテリトリー内だから、証拠さえ見つからなければ、権力で疑惑や追及も握り潰せるだろうしな。

 

「故郷に帰れない理由は分かった。でも、なんでうちに、探索系ファミリアに入団したいと思ったんだ? さっきタチバナさんにも言ったけど、冒険者は血生臭くて命懸けだ。非戦闘員の団員でもいいとは思うが、それでも今のオラリオを考えると、自衛の手段は身に着けて貰わないといけない。その覚悟は、出来てるのか?」

 

「…………正直に言わせて頂ければ、自信はありません」

 

 まぁ、そうだろうな。

 これまで戦いとも無縁だったろうし、人殺しなんて普通は無理に決まってる。

 

 俺達が麻痺してるだけなんだ。

 

 でも、闇派閥と因縁を持つ俺達と一緒にいるならば、最低限身を護る……人を殺せる技を身に着けて貰わないといけない。

 非戦闘員だとしても。

 

「ですが……それでも兄と私を救って頂いた、貴方に尽くしたい。そう、思っています」

 

「……」

 

「あの時、私は貴方を神だと思いました。雷光を纏う貴方を」

 

 お、おう……なんかちょっと怖いこと言い出したぞ。

 

「でも、私が一番記憶に残っているのは、兄を私の前に運んでくれた時の貴方の、哀しそうな顔でした」

 

「……」

 

「貴方が殺したわけでもなく、貴方の知り合いであったわけでもないのに、とても大切な人を喪ったような……そんな顔を、貴方は兄上に向けてくれました。そんな優しい貴方を、支えたいと、思ったのです」

 

 ……これは、追い返すわけにはいかないか。

 こんな優しい人に戦いを教えるなんて正直嫌だけど……死なせるわけにはいかない。

 

「……分かった」

 

 頷いて、スセリ様に顔を向ける。

 スセリ様は肩を竦めて苦笑する。

 

「まぁ、任せておくがよい。最低限動けるように鍛えてやろうではないか」

 

 お願いします。

 

 では……問題のお二人に――

 

 すると、じゃじゃ馬アマゾネスがズイッと覗き込むように詰め寄って来た。

 

「おぉう!?」

 

「強いオス!! ボス!!」

 

「はい?」

 

 雄? ボス?

 

 じゃじゃ馬アマゾネスは褐色肌に小柄な少女。胸は小さめで、イメージとしてはティオナ・ヒリュテに近いかも。

 髪は暗赤色のウルフカットって感じ。まぁ、無造作に短髪にしてるだけだけどな。

 

 服装はチューブトップブラタイプにショートパンツ。装飾品は一切なし。

 その代わりと言ってはなんだが、目元に赤のアイシャドウ、右手と前腕に爪や牙を思わせる刺青が彫られている。

 

 ……なんか顔つきや雰囲気がハルハに近いな。ハルハを更に野性味を強めて、幼くした感じだ。妹分っぽい。

 

「ビカビカ! キレイ! 強イ! ボス!」

 

 ……全く分からん!! 通訳希望!!

 

「あ、多分ですけど」

 

 アサマさんが困惑顔で手を上げ、

 

「彼女はあの時、かなり危ない状態でした。暗い地下で意識が朦朧としている中、貴方の雷光がとても強く、綺麗に見えたんだと思います」

 

「な、なるほど……」

 

 でも、それが何でボスって事に?

 

「【ディアンケヒト・ファミリア】の治癒師の話では、治療が終わって意識が戻った際、君の事を何度もしつこく訊いてきたそうだ。それでその者が知る限りの情報を話し、君の事を気に入ったんだろう。ボスと言うのは……恐らく動物の群れなどで見られるように、一番強い雄が群れの長になる事とアマゾネスの強い男に惚れやすい習性が混ざった結果だと思われる」

 

 そんな冷静に分析しないで、シャクティさん!

 

「な、名前は?」

 

「ミュリネ! ミュリネ!」

 

 ミュリネね。なんかこの感じ的に姓は持ってなさそうだな。

 なんか武器とかも使わなさそう。最悪噛みつきそう。

 

 それに近づかれて気付いたが、結構身体中に細かい傷がある。

 

「その方はあの奴隷商の人達に一番暴行を受けておりました。そのおかげで(わたくし)達、他の女性は無事だったとも言えます」

 

「その感じでは場の状況を理解して、素直に大人しくするタイプでもなさそうじゃからなぁ。隙あらば噛み付こうとしておったんじゃろう」

 

「あと半日遅かったら死んでいただろうと治癒師が言っていた。【ネイコス・ファミリア】の者と入れ替わる前は簡単に治療されていたそうだが、入れ替わってからは放置されていたようだ」

 

 まぁ、口封じしようとしてたもんな。

 勝手に死んでくれるなら、治療なんざしないよな。これまでも多分暴れすぎて買い手がいなかったんだろう。娼館なんて絶対無理だろうし、どこかのファミリアとかに売りたくても、下手に恩恵を与えて報復されたらたまらないもんな。

 

 入れ替わらずとも殺されてた可能性があったんじゃないか?

 まぁ、強気な女を無理矢理従わせることに快感を覚える変態には需要があったのかもしれんけど。

 

 ミュリネは本当に犬のように嬉しそうな顔で俺の周りを四つん這いでクルクル回って、猫のように俺の身体に自分の身体を擦り付けてくる。

 

 ……うん。性的に襲われる感じはないけど、これはこれで気が抜けないな。

 ホントに気を付けないととんでもない相手に喧嘩吹っ掛けそう。

 

 ……ぶっちゃけ入れたくないけど、ここまで嬉しそうにされてたらなぁ。

 はぁ……他の団員達の言う事聞いてくれるかが肝だな。

 

「はぁ……悪いが、ここに座ってもう少し待っててくれるか?」

 

「分かっタ!」

 

 ミュリネは素直に俺の横に座る。

 うん……とりあえず、入団決定ですよね。

 

 シャクティさんの『言う事聞くから引き取れ!』って殺気にも等しい視線が半端ないです。

 

 俺は何とかそれに耐えながら、最後の難関に挑むことにした。

 

「で、最後は貴女ですが……」

 

「うむ、ようやくかや」

 

 背に流れる紫の長髪に、毛先が薄く銀に輝いており、アマゾネスよりもやや濃い目の褐色肌。そして、やつれているにも関わらず、ハルハにも負けない豊満なスタイルをしている。しかも、ディムルにも負けない程の美人。

 これ……肉付き戻ったら、とんでもない魔性の女になるんじゃないか?

 

「余の名はエーディル。身の上話はすでにそちらの【象神の杖(アンクーシャ)】嬢から聞いておるであろう? ならば、その辺りは割愛させてもらおう」

 

 妖艶、されどどこか勝気な笑みを浮かべてエーディルさんは言う。

 シャクティさんをお嬢さん呼びって新鮮だな。

 

 背筋もピシッと伸びているだけでなく、僅かに胸も張っているようで、明らかにこれまでの3人とは風格が違う。

 これは確かにシャクティさんも警戒するはずだ。

 

 ぶっちゃけ、リヴェリアさんと相対しているように錯覚しそうだ。

 自信に満ち溢れており、なのに傲慢ではない。自然体なんだ。威厳を醸し出すのが当たり前。

 

 ……正直、貴族どころか王族と言われても納得出来るんだけど……。

 

 って言うか、自分の事『余』って言ってんじゃん。

 

「その……なんで貴女はここに?」

 

「余もあの地下牢におってな。あの雷付与魔法を見て、お主に興味を持ったのだよ。エルフでもない、ヒューマンの、しかも子供が随分と面白い魔法を使うのは好奇心が擽られるものよな」

 

「でも、それならもっと規模が大きいファミリアでも良いのでは?」

 

「別に余は英雄譚(オラトリア)に興味はないが、せっかく神より恩恵を授かり魔法を身に着けた故な。魔法は極めてみたくてな。だが入るならば、強い所より興味がある所に所属したいと思うのが魔導士の性の一つよ」

 

「……それだけ、じゃないですよね?」

 

「……ほぅ」

 

「魔法に興味があるなら、猶更【九魔姫(ナイン・ヘル)】の元に行かれるべきでは?」

 

「断る」

 

 エーディルさんははっきりと拒絶した。

 

 その顔には明確な嫌悪感が浮かんでいた。

 

「その理由は?」

 

「好かぬ。それに限る」

 

 ……これは今詳しく訊いても駄目だな。

   

「一応、うちは【ロキ・ファミリア】と協定関係にあるのですが……。場合によっては【ロキ・ファミリア】の指揮下に入ることもある。それについては?」

 

「別に【ロキ・ファミリア】には何も思うところはない。今のオラリオならば考えられる共闘は闇派閥と戦う時であろうが、それは余とて現状と奴らの脅威を無視してまでいがみ合う程愚かではない。必要であれば下らぬ指揮でも従うし、あの忌々しいハイエルフとも肩を並べてやるが、共闘の必要はないと判断すれば、己が感情を隠す気はない」

 

 う~む……滅茶苦茶不安ではあるが、嘘は言ってないようだし、信念のようなものは持っているようだ。

 それにまぁ、必要でなければ自分の感情に従うのは当然のことなので、俺的には止めて貰いたいがそこまで無理強いは出来ない。

 

 横目でスセリ様を見ると、スセリ様はやや眉間に皺を寄せているがしっかりと頷いた。

 やはり嘘はついてないようだ。

 

 さて、どうしたもんか……。

 魔導士がリリッシュだけな現状、すでにLv.2の魔導士をもう1人追加出来るのは魅力的だ。

 

 正直、苗字を名乗らなかった事も気になってるんだよなぁ……。 

 

「不安であるならば、余の事情や素性について話す事もやむを得ぬが……それならば他の者達を外して貰いたい。特に、恩人とは言え他派閥となる者は」

 

 それもまぁ……当然だな。

 ここは……そうだなぁ。

 

「スセリ様」

 

「なんじゃ?」

 

「申し訳無いのですが、ここはスセリ様とエーディルさんの2人でお話して頂いてよろしいですか?」

 

「……ほぅ」

 

「正直、エーディルさんについては俺一人で決めるのは少し……。うちのファミリアの方針は俺主体ではありますが、恩恵を授けるのはスセリ様ですので、今回は一度スセリ様にも判断をお願いしたいです。もし、入団を認めるにしても、まだ素性など隠しておいた方が良いのであれば、俺にも秘密にしておいて頂きたく」

 

「ふむ……まぁ、最悪断るにしても、事情を知る者は少ない方が良いか……。変に探ってくる神が出て来ぬとも限らぬしの。よかろう。エーディルもそれで良いか?」

 

「無論。余の意向を汲んで貰った以上、不平不満を口にする気はない」

 

「では、部屋を移すとしよう」

 

 そう言って、スセリ様とエーディルさんは別室へと移動する。

 

「はぁ……これは、今後うちに入団するエルフは慎重にならないと駄目か……」

 

 ディムルと戦った【ロキ・ファミリア】のエルフみたいに、王族への崇拝と言うか忠誠心が高い人とかだと確実に揉めそうだ。

 

「そう言えば、アサマさんはリヴェリアさん……ハイエルフの事はどう思ってるんですか?」

 

「え…そう、ですね……。正直……あまり……御伽噺と言うか、まさしく外国の話として聞いていましたし、あまり話題になる事もなかったので……どれくらい凄い御方なのか、よく分かってなくて……」

 

「あ〜……なるほど」

 

 まぁ、全く関わらなかったらそんなもんか。

 って事は、ディムルの事も特に問題なさそうだな。そこら辺は安心した。多分、あの感じだとエーディルさんもディムルの事はあまり問題にならないだろう。

 ディムルの方がエーディルさんをどう思うかは分からんけど。

 

「さて……明日からどうするか……」

 

「話が纏まりそうならば、神スセリヒメ達が戻り次第、私達は失礼させて貰う」

 

 これまで成り行きを見守っていたシャクティさんがホッと息を吐いて、告げる。

 

「はい、ありがとうございました」

 

「礼を言うのはこちらだ。正直なところ、そのアマゾネスとダークエルフは断られる可能性が高いと思っていた。そうなると受け入れ先に難儀していたのは間違いないのでな。お陰で肩の荷が下りた」

 

「他にも冒険者志望の人は?」

 

「何人かいるが、その者達は我らや【デメテル・ファミリア】、【イシュタル・ファミリア】等で引き取る事が決まった。冒険者以外の職を希望した者達も、何とか最低限の衣食住は提供出来る目処は立ちそうでな。そう時間もかからずにひと段落するはずだ」

 

 そこからは自己責任でって感じか。

 まぁ、【ガネーシャ・ファミリア】や他のファミリアも慈善事業には限界があるし、解放された以上はそこら辺が支援の限界だろうな。

 

 でも、今のオラリオで働くのは……厳しいだろうなぁ。

 闇派閥がいつどこに現れるか分からないし。まだメレンの方が安全かもしれない。

 

 そして、10分ほどするとスセリ様とエーディルさんが戻ってきた。

 

「お帰りなさい。いかがでしたか?」

 

「うむ……厄介と言えば厄介じゃが、大事になる程の問題と言うわけでもない。まぁ、知られればしばらくは大騒ぎになるじゃろうがな」

 

「それは十分大事で厄介なのでは?」

 

「安心せい。別に周りが敵になるなどの類ではない。入れても問題ないじゃろうて。じゃから、もう改宗を済ませたでの」

 

「あ、はい」

 

 まぁ、スセリ様が認めたのであれば大丈夫なのだろう。

 

 すると、

 

「ほれ、これがこ奴のステイタスじゃ」

 

 いやいや、シャクティさん達いるんですけど!?

 

 俺は慌ててキャッチして、シャクティさん達に見えないようにする。

 

 

 

エーディル・■≒⁑A@s……

Lv.2

 

力 :D 539

耐久:F 398

器用:D 523

敏捷:G 277

魔力:B 730

魔導:I

 

《魔≠」...

 

 

  

 苗字と魔法以下の欄が消されてる。

 っていうか……強いな。地味に魔力の次に力の能力値が高いってのが地味に凄い。

 

「言っておくが、『力』と『耐久』は奴隷生活のせいでな。あまり前衛は期待せんでくれ」

 

 あ、なるほど。暴行や虐待のせいで能力値が上がったのか。 

 

「ということで、他の3人も恩恵を授けるとしよう」

 

「では、我々はこれで失礼する」

 

「うむ、ご苦労じゃったの」

 

「じゃあね、フロル~」

 

「ああ、気を付けてな……」

 

 後ろからスセリ様に睨まれながら、俺はシャクティさんとアーディを見送る。

 門まで見送りに行くべきなのだが、新人達の対応(特にミュリネ)もあるので失礼だけど、ここでお別れ。

 

「さて……では、ミュリネから始めるとしよう。付いてくるが良い」

 

「ボス! いっしょ! 行く!」

 

「いや、流石にここは無理だから」

 

「なんで?」

 

「恩恵を授かるには背中を露出するんだよ。ミュリネの場合、そうなると上半身裸になるから」

 

「? それ、ダメ?」

 

「一応、俺も男だから」

 

「?? ボス、強いオス。ミュリネ、メス。子ど――」

 

「まだフロルには早いわバカもん」

 

 ゴン!!とスセリ様がミュリネの頭に強烈な拳骨を落とし、ミュリネは一撃で撃沈する。

 

 ミュリネは畳に顔から倒れ、スセリ様が素早く担ぎ上げる。

 

「全く……先が思いやられるのぅ。梓、お前も来い」

 

「は、はい!」

 

 アサマさん――もう梓でいいか。梓は素早く立ち上がって、少し顔を青くしながらスセリ様の後に続く。

 まぁ、まさかあそこまで過激な神とは思わなかっただろうな。

 

「これはこれは……武闘派とは噂で耳にしておったが……女神すらも武闘派であったか」

 

「まぁ、俺の師匠だからな」

 

「なぬ?」

 

「スセリ様、Lv.1相手ならガチンコで勝てるから。流石に今はステイタスに頼ったら俺が勝つけど、頼らなければ俺も他の団員もまだ勝ったことないな」

 

「……女神が、か?」

 

「女神がだな」

 

「……なんともはや……」

 

 流石のエーディルも呆気に取られている。

 

 まぁ、君も近いうちに、ここの異常さが分かると思うよ。

 

 身体でね。

 

 ちなみにミュリネだが、この後からスセリ様に怖がり逆らえなくなったのは、言うまでもない。

 

 




エーディルさんに素性などについてはもう少しお待ちを!

数話新人達の様子などを書いてから、キャラプロフィールを書きます

ちなみに……新キャララッシュはまだ終わっていない!

次の新キャラは……オリジナルファミリアだ!


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後輩と買い物

さて、いよいよ小説版アストレア・レコード2巻の発売です

皆さんは買いました?
まだの方は買った方が良いですよ。ゲームと同じだからと思ってる方……実はちゃんと加筆されてるんですよ!
しかも、ゲームでは名前しか出なかった闇派閥二大武闘派とされていたのに、フィンにあっさり潰されたアパテー、アルクトの幹部が!




 梓さん達は無事に恩恵を授かることが出来、スセリ様の眷属になった。

 

 まぁ、エーディルと違って、残りの3人はこれが初めてなので、もちろんステイタスは綺麗にゼロ。

 

 でも、ミュリネはスキルが発現してたんだが……それがちょっと厄介なんだよ。

 

 

ミュリネ

Lv.1

 

力 :I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

 

《魔法》

 

《スキル》

獣牙本能(バルバロス・コルヌ)

・武器防具非装備での戦闘時、『力』『耐久』『敏捷』超高補正

・異常耐性強化

・痛覚鈍化

 

 

 うん――どこまで野生児だよって話だよな。

 

 いや、アマゾネスってそんなもんかもしれんけど、武器までダメってのは流石にないだろ。……あ、でも原作のヒリュテ姉妹は結構素手で暴れてたっけ?

 じゃあ良いのか? それに……そもそもミュリネって武器の使い方覚えられんのかな?

 

 ハルハやアワランだったらヤベェなって素直に喜べるんだけど……ミュリネだと不安しか湧かん。

 しかも痛覚が鈍くなるって暴走しそうじゃないか……これ、絶対目が離せないなぁ。

 

 体調を整えてもらう間に、ハルハ達の言う事を聞くようにしないとダメか……。

 

 今回はこれまでと違って、完全に戦いの素人ばかりだ。しっかりと方針を決めて、ドットムやハルハ達とも協力していかないとな。

 エーディルはどうするかねぇ……。リリッシュよりもステイタスは上だけど、冒険者としてはリリッシュの方が先輩か。良い関係が築けたらいいけど、なんかリリッシュの奴、後方指揮サボりそうなんだよなぁ。

 

 これは本当に一度しっかり話し合いしないと駄目だな。

 皆だって自分の事もある。出来れば中層で経験値を積みたいはずだ。せっかくいい感じで前を向き始めたのに、ここで水を差すというか、足踏みさせるのもなぁ……。

 いや、後輩を指導するのもいい経験にはなると思うんだけどさ。全員タイプが見事に違うからなぁ。秀郷は弓がメインだし、梓なんて……なぁ。

 

 スセリ様との鍛錬でどこまで伸びるかにもよるか……。

 原作のサンジョウノ・春姫は武器での戦いはへっぽこもへっぽこだったしな。梓もちょっと同じ雰囲気を感じるんだよなぁ……。

 

 まぁ、とりあえずまずは食事をしっかり摂って、基礎鍛錬をして筋力を取り戻して貰わないとな。

 

 それとそれぞれの部屋も決まった。

 秀郷、梓、ミュリネは和室に、エーディルは洋室に。ミュリネが何故和室かというと、俺や梓が和室側だから。

 なんかいつの間にかミュリネが梓に懐いてた。ありがたいです。

 

 ちなみにエーディルはリリッシュ同様早速書庫に顔を出していたが、

 

「随分と寂れておる。知恵もまた武となると言うに……」

 

 と、呆れられた。

 まぁ、言ってることは分かるけど、リリッシュ以外に本を買う奴がいない。というか、買う余裕がなかったんだよな。

 でも、これからは買って行かないといけないんだろうな。

 

「それと、ちと買いたい娯楽品がある」

 

「娯楽品?」

 

「札物と遊戯盤だ。そこまで高いものでもあるまい?」

 

「それはそうだが……何故?」

 

「あの手の遊戯は凡人にとってはただの暇潰しに過ぎぬが、智を武器とする魔導士魔術師にとっては立派な研鑽であり、鍛錬でもあるのだよ」

 

「……なるほど。指揮や俯瞰的な視点を鍛えるって訳か」

 

「……くっ、くくくく! 今の言葉で理解出来るか! やはり貴様は面白そうだ!」

 

「でも、チェスは分かるけど、カードもか?」

 

「まぁ、それは買うてから説明した方が理解しやすかろう。金ならば余の借金という事で構わぬので、買うてたもれ」

 

 ……まぁ、嗜好品があるのは悪いことではないから、買ってもいいか。

 

 ついでにギルドに報告しに行くか。

 

「というわけで、ちょっと行ってきます」

 

「余も付いて行かせもらう」

 

「ふむ……まぁ、よかろう。妾は簡単に恩恵について説明しておく」

 

「お願いします」

 

「ボス! 行ク!」

 

 出かけようと背を向けたところに、ミュリネが勢いよく突っ込んで来て、無防備だった俺は思いっきり押し飛ばされた。

 

「ぶへっ!?」

 

「ボス! 一緒! 行く!」

 

 そ、それはいいけど、ちょっとどいてくれませんか?

 

 俺はミュリネを無理矢理押しのけて立ち上がる。

 ったく……なんかティオネ・ヒリュテに押し倒される未来のフィンさんを笑えなくなってきたぞ。

 

「はぁ……まぁ、そ奴に恩恵の説明などしても理解出来るとは思えんな……。連れて行くがよい」

 

 ですよね。やれやれ……。

 

 ということで、俺はエーディル、ミュリネを連れて、ギルドへと向かう。

 

 ありがたいことにミュリネはちゃんと二足歩行でした。いや、失礼なことだけど、さっきまでは四足歩行姿ばっかだったんだよ。和式側だったからいいんだけどさ。

 それでもやっぱり流石に外でまでってなると困るじゃん? さっきまで首輪にリードされてたわけだし。

 

 流石に今はリードしていない。

 どこか行きそうになるけど、声をかけたらちゃんと止まるからな。……まぁ、ちょっと不満そうだから、後でなんか飯でも買ってやるかな?

 

 そういえば……じゃが丸くんはまだないんだな。

 原作ではたくさん種類があって、どこにでも見かけるほど屋台があったけど、今はまだじゃが丸と言う名前すら見かけない。

 

「そう言えば……エーディル」

 

「なにかや?」

 

「杖はどうするんだ? うちは流石に杖までは自作出来ないぞ」

 

 魔導士が使う杖は特殊な素材を使い、更に魔法効果を増幅させる『魔宝石』という物が必要不可欠だ。

 これは魔術師(メイジ)と呼ばれる魔法に関わるアイテムを作成する人達でなければ、加工することは出来ないとされている。あの魔導書(グリモア)も魔術師が創っているそうだ。と言っても、世界でも数えられるほどしかいないらしいけど。

 多分『神秘』の希少アビリティ持ちなんだろうな。まぁ、『神秘』アビリティはその人その人でかなり効果が違うみたいだけど。

 リリッシュも専門の店で杖の整備をお願いしている。同じ店で良いとは思うんだけど……。

 

「ふむ……そうさなぁ。余が前に愛用しておった杖は少し普通の杖とは違うてな。精製金属(ミスリル)闇帝鉱石(ダークダイト)を使うた槍のようなものなのだ」

 

「槍?」

 

「正確にはハルバードに近いか。かの魔法大国(アルテナ)に依頼した代物でな。同じものとなると……2億はくだらんだろう」

 

「無理です諦めてください」

 

 一億の借金だっていつ返せたか分からなかったんだからな? 無理に決まってる。

 

「分かっておるわ。昔ならいざ知らず、今の余はただの奴隷上がり。探索系上位派閥であろうともそんな金を捨てるように出せるファミリアも過去数えるくらいであろう事も知っておる。興して数年足らずのファミリアがそんな大金持っておった方が怪しいにも程があろうぞ」

 

「じゃあどうするんだ?」

 

「まぁ、杖や魔宝石はそこまで高価なものでなくともよい。その代わり、村正とやらにその杖を加工してもらえばいいだけのことよ。腕は確かなようだからな」

 

 ……なるほど。それでも金はかなり吹き飛びそうだけど……。装備に手を抜くわけにもいかないから仕方がないか。

 

「そう言えば、お前達もそうだけど、梓達も服とか買わないといけないな」

 

「先ほどの話では出ておらなんだが、解放された奴隷達には幾分かの賠償金が出るかもしれぬとのことだったぞ。まぁ、恐らくは潰した商会の金なのだろうから、あまり額は期待出来んがな」

 

 まぁ、そりゃそうだよな。

 流石に無一文で解放はしないか。となると……多分今はそこら辺の計算と整理をしているってことか? ギルドが罰則金を回収して、残りの金で振り分けるのか。

 それとも商会の本部や本国に文句を言って取り立てるのか。……両方かな?

 

 でも少しでもお金がもらえるのはありがたい。ファミリアだってそんなに貯金があるわけじゃないからな。

 

 とりあえず、まずはギルドを訪れる。

 

 俺が中に入るとすぐにスーナさんが受付に出てきた。

 

「ようこそおいでくださいました、フロル・ベルム氏。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 

 と言いながらも、俺の後ろの2人に視線を向けている。

 

「どうもです。見ての通り、新しく団員が入ったので冒険者登録をお願いします」

 

「お話は伺っております。承知しました。少々お待ちください」

    

 冒険者登録は本人でないと認められない。

 だから、今回梓と秀郷は非戦闘員として登録し、後日冒険者として登録する事になる。梓に関しては当分は非戦闘員のままだろうけど。

 

「エーディルは自分で書けるだろうけど……ミュリネは書けない、よな?」

 

「??」

 

 俺の問いかけにミュリネは「何言ってんの?」って感じで首を傾げる。

 まぁ、書けないよね。書く以前に読めるかどうかも怪しいもん。

 

「代筆は出来るから大丈夫だろうけど……」

 

「その娘、自分の歳や出身地すらも答えられるか怪しいものよな」

 

 そうなんだよなぁ……。そこはスーナさんと相談させてもらうしかないか。

 

「お待たせしました」

 

「すいません。こっちのアマゾネスは俺が代筆します。それと……ぶっちゃけコイツ、名前以外碌に分からないんですけど……」

 

「大丈夫ですよ。他国などの密偵でない事が証明されていれば、登録に問題はありません。そちらのお二方の事情は【ガネーシャ・ファミリア】より報告を受けておりますし、冒険者になる方には孤児の方も少なくないので」

 

 まぁ、俺もそうだからな。

 ということで、ミュリネの申請書には名前のみ。流石にこれはどうかと思ったので備考欄に事情を記載しておいた。

 

 エーディルはスラスラと自筆で記載していたが、よく見たら結局ミュリネ同様名前だけと事情を記載するだけだった。年齢も書いてない。……ちょっと知りたかったんだけどな。エルフは見た目じゃ分からないからなぁ。

 それと一応他の神から恩恵を授かったことも書いていたが、どこの神かは書いていなかった。まぁ、書いたら素性がバレるからだろうけどさ。

 

 それでも申請が受理されるんだから、それはそれで不安になる。

 また【ネイコス・ファミリア】みたいな奴らが出るんじゃないか?

 

 でも、だからっていちいち細かく確認なんてしてたらギルドも仕事にならないだろうしな。難しい所だ。

 

 まぁ、でも無事に2人の登録は終わった。これで2人は冒険者になったわけだ。

 

 じゃあ、次はエーディルの杖を頼みに行ってみるか。

 店自体はリリッシュと一緒に護衛と財布頼みで連れて行かれたことがあるから場所は知ってる。

 

 ギルドを後にした俺達はその店に向かう事に。

 ただ……道中の屋台でミュリネに餌付けをしておくことにした。

 

「ウマッ! ウマッ!」

 

 肉串を串ごと喰いそうなほどの勢いで肉を頬張っている。

 滅茶苦茶嬉しそうだから良いけど、串まで喰うなよ?

 

 俺やエーディルも食べているけど……。

 

「エーディルは食べ歩きした事あるのか?」

 

「ないが、少し前まで皿もない状態で調理もされていない食事が当たり前であったからな。今更立ち食い、食べ歩きなど何とも思わんよ。それこそダンジョンに潜れば、優雅も高貴もあるまい?」

 

「そうだな」

 

 やっぱり奴隷生活は大変なんだな……。俺の野宿生活はまだまだ生易しいって思うようになってきた。

 

「そう言うお主も主神様に会うまでは中々過酷な日々を送っておったのだろう?」

 

「へ? 何で知ってんの?」

 

「あの【象神の杖(アンクーシャ)】殿の妹御だよ。【スセリ・ファミリア】に入団したいと話したところ、ニコニコとお主の事を色々と話してくれたぞ?」

 

「……アーディ」

 

 なにしてん? って言うか、なんで俺の過去知ってんの?

 ……もしかして、俺の両親の事、知ってんの?

 あ……シャクティさんやドットムも知ってた可能性があったか。これまで俺の前で言わなかっただけなのかな?

 

 いや、待て。だとしても、俺が野宿生活してたのまでは知らないはずじゃ…って、シャクティさんやドットムは顔が広いんだから、俺が入団しようとしたファミリアの誰かから話を聞いた可能性はあるか。

 

 まぁ、結構あちこち行ったしな……。俺の顔を覚えていた人もいたんだろう。

 

「確かに大変だと思ってたけど……数カ月だったし、あの後スセリ様に助けてもらったからなぁ。それにまだ金はあったから食材とかは買えたし。やっぱりエーディル達ほどじゃないと思うけどな」

 

「馬鹿者。お主は当時まだ5歳くらいであったのだろう? 普通の5歳児は金があろうとも、家を追い出された時点でほぼ間違いなく衰弱死か餓死、そして暴漢共に殺されておるぞ。奴隷でも大抵の子供は同じ末路よ。早く買われれば話は別だがな」

 

 そりゃそうだろうけど……。

 

「全く……お主はもう少し自分の異常性を理解した方が良いな」

 

「そんな事言われても……比較する人いないじゃん」

 

「比較対象がおらぬ時点でおかしいと言うことよ。普通は誰か一人、比較する対象が存在するものぞ。それが見つからぬなど、どれだけ特異な存在かの証明に他ならぬであろうが」

 

 ……おっしゃる通りで。

 本当になんかやり辛いなぁ、エーディルさん。

 

「む……すまぬ、団長殿。ちとそこの店に寄る」

 

「ん? 分かった」

 

「ボス! おかわり!」

 

「……はいはい。エーディル、俺の財布渡しとくから、買いたいのあるなら買って構わない。もちろん、俺の財布が許す範囲でな。この後、お前の杖も見に行くから、忘れるなよ」

 

「分かっておる」

 

 俺は屋台分の金を取り出して、財布をエーディルに渡す。

 まぁ、エーディルが金を盗む事はないだろうしな。

 

 すぐ近くの屋台で、今度はハムとチーズが挟まったパンを少し多めに買う。

 一つ目をミュリネに渡すと、ミュリネはやはり勢いよく食べ始める。

 

「ウマ! ウマ!」

 

「……さいですか」

 

 美味しそうで、楽しそうで何よりだよ。

 食べ終わったらまた新しいパンを渡しながら、エーディルがいる店に戻る。

 

 俺達が店前に着くと同時にエーディルが紙袋を抱えて出てきた。

 

「お、早かったな」

 

「買うものは決まっておったのでな」

 

 財布を返してもらい、俺は首を傾げる。

 

「で、何を買ったんだ?」

 

「チェスという遊戯盤だよ。大陸将棋と言う物だな」

 

 ああ、チェスか。それは昔からオラリオに広まっている盤遊戯だ。

 でも、嗜好品だからそれなりに高価。だから、それこそ富裕層や中堅以上のファミリアくらいしか持っていない。

 俺は前世でちょっと友人に教えてもらったくらいでほぼ素人。

 

「そう言えば、カードはなかったのか?」

 

「あれは魔導士向けであるからな。恐らくこれから行く店の方に売っている可能性がある」

 

 なるほど。では、行きますか。

 

 目指すは北西のメインストリート。

 その内の一つの路地裏に曲がって、奥に進むと地下への階段があり、その階段を下まで降りると傷んだ木の扉がある。

 

 扉に吊るされているボロボロの看板には『魔女の隠れ家』とかろうじて読める程度に書かれている。

 

「ここかや?」

 

「ああ。ここが魔導士や魔術師の店だ」

 

「ふむ……これを頼む」

 

 チェスが入れられた袋を俺に渡し、エーディルは扉を開ける。

 扉が開くと同時に、強烈な薬草なのか何か分からない臭いが放たれる。

 

「ウギュゥ!?」

 

 後ろでミュリネが鼻を押さえて涙目になっていた。

 ああ……嗅覚いいんだな。だったら、ここはかなりキツイかもなぁ。でも、ちょっと我慢しててくれ。

 

「おや、客かい?」

 

 店奥から現れたのは、黒いローブに長い白髪、そして鉤鼻を持つTHE魔女の老婆。

 彼女がこの店の店長で魔術師であるレノア婆さんだ。

 

「ふむ……お主、アルテナ出身の魔術師か」

 

「……へぇ」

 

「ならば腕は確かのようだな。杖を一つ、見せてもらいたい」

 

「そりゃどうも。金を払ってくれるなら文句はないよ」

 

 レノア婆さんは杖を置いてある棚を指差して作業に戻る。

 エーディルは長杖が置かれている棚へと足を進め、数秒ほど眺めたと思ったら迷う事なく一本の杖を手にした。

 

「これにしよう」

 

「そんな簡単に決めて大丈夫なのか?」

 

「問題ない。杖と魔力の同調性など簡単に見抜ける」

 

 まぁ、エーディルが使う杖だから、自分が良いなら構わないけどさ。

 

「店主、これを貰う。あと、あれもだ」

 

 エーディルは近くの棚に置かれていたタロットカードのような、様々な絵柄が描かれているカードの束を指差す。

 

「ほぅ……アンタ、こんな杖で良いのかい?」

 

「奴隷上がりの新人冒険者でな。動かせる金が少ない」

 

「あぁ……この前の。そういう事なら構わないけどね。魔宝石はどうするんだい?」

 

「それも低品質で構わん。一つ、この杖の先に付けてくれ」

 

「あいよ。じゃあ、明日にでもまた取りに来な」

 

「うむ。ところで店主」

 

「なんだい? 値引きはしな――」

 

愚者(フェルズ)はまだ健在か?」

 

 エーディルの問いに、レノアは目を限界まで見開いて固まった。

 だが、それも一瞬ですぐに警戒心を隠すこともせずにエーディルを睨みつける。

 

「……なんのことだい?」

 

「なるほど。すまぬ、くだらぬことを聞いた」

 

 エーディルは満足気に頷いて、すぐさま話題を終わらせる。

 フェルズの事知ってるのか、エーディル。こりゃ、やっぱりどっかの大物っぽいなぁ。

 

 色々と気になる事はあるけど、とりあえずこれで買い物終了である。

 

 まぁ……帰りもミュリネに色々飯を買うことになったけどな。

 ……俺の金が一気に吹っ飛んだ。またダンジョンに潜らないとなぁ。

 

 あぁ……強くもなりたいけど、金も欲しい。

 

 しばらくは出費ばっかりなんだろうな。

 はぁ……頑張らないと。

 

 俺は少しブルーになりながら、本拠へと戻るのであった。

 

 



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育成方針

ちょっとこれから更新遅れるかもしれません

――ちょっとモンスターボール投げないといけないのでね!


 買い物を終えて帰宅し、俺は自己鍛錬をしながら邪魔をしてくる―本人にその気はないけどな―ミュリネの相手をして過ごす。

 

 エーディルは早速買って来たチェスでスセリ様と縁側で対戦していた。和風建築の縁側でチェスってスゲェ違和感。ちなみに梓と秀郷は自室で少し休んでいる。

 というか、スセリ様はチェス出来るんだな。

 

 そう呟くと、

 

「何億と生きておれば、天界でもこの手の娯楽は広まるものよ。そもそも、これらの遊戯を広めたのも神じゃしの」

 

 あ、そうなんですか?

 

「生み出したのは子供達じゃが、当時の子供達はモンスターの猛威で他国との交流は細いものであったしな。とても広める余裕などなかった。そこを妾達が生み出した精霊達や、千年前に降臨した神共が広めていったんじゃよ」

 

「へぇ~」

 

「ふむ……過去の英雄譚にも記されておったり、せなんだりだが……古き技や叡智は精霊達より人間に与えられたものと云われている。それはモンスターに打ち勝つモノだけではなかったと言うわけか。まぁ、そんな娯楽を広めたなどと詩吟や語り部が伝えるものではないか。どうしても英雄の活躍を語りたくなるものよな」

 

 そう言いながらエーディルは盤から視線を外さず、迷うことなく駒を動かす。

 

 さっきからエーディル、凄い速さで駒を動かしてるな。しかも会話しながらなのに。とんでもない頭の回転の速さってことだよな?

 頼もしいやら、怖いやらだなぁ……。

 

 そんなことを考えていると、ハルハ達が帰ってきた。

 

「おかえり。今日は随分と早かったな」

 

「そりゃあ流石に噂の新人が来るって話だしねぇ。気になってあんまり集中出来そうになかったんだよ」

 

「まぁ、その内の1人はもう目の前にいるけどな」

 

 出迎えた俺の横には、「ヴ~~」と唸りながらハルハ達を見て警戒心全開のミュリネがいる。

 まぁ、初めて顔を合わせるから仕方ないけどさ。

 

「コイツが噂のじゃじゃ馬アマゾネスかい?」

 

「まぁな。ミュリネだ」

 

「ここにいるってことは、やっぱり全員入団させたってわけだね」

 

「ああ。それで色々と相談したいこともあるから、とりあえず一息ついたら広間の方に集まってくれ」

 

「メンドクサイねぇ……」

 

「流石に全員で中層ってわけにはいかないんだ。まだやつれてるから今すぐダンジョンにってわけでもないし、今後の方針を考えようってだけだよ。せっかくドットムもいるんだし、今のうちに新人の育成方法を覚えよう」

 

「そりゃそうだがよ……だから、お前は何歳なんだよ。ホントは小人族じゃないのか?」

 

「違うって知ってるだろ? とりあえず、広間で待ってるからな。俺は新入りを集めて来るから」

 

 俺はミュリネを伴って梓達を呼びに行く。

 やや緊張気味の梓達を連れて広間に行くと、エーディルはまだ広間の縁側でスセリ様とチェスをしていた。

 盛り上がってますね?

 

「神とは初めて打つが、やはり中々に手強い。久々でもあるし、つい熱が入ってしまった」

 

 そう言いながらも、やはり盤から視線を外さないエーディル。

 スセリ様も腕を組みながら右手で顎を撫で、眉を顰めながら盤を睨んでいた。スセリ様もかなり真剣だ。

 

「今は2勝2敗での。正念場なんじゃよ」

 

 おお……マジで接戦だな。そりゃ集中するわけだ。

 

 というわけで、俺達は縁側の2人を置いて広間に座る。

 5分ほどするとハルハ達も広間にやって来た。

 

 そして、スセリ様とチェスをしているエーディルを見て、

 

「あれが恩恵持ちだったダークエルフかい。それにしても……チェスなんていつの間に買ったんだい?」

 

「今日だよ。ギルドに登録するついでにな」

 

「なんでまたチェスを?」

 

「指揮とか俯瞰的な視点を持つ鍛錬だってさ。まぁ、冒険者はスキルや魔法があるし、駒の力が大きく違うから完全にそのまま活かせるわけじゃないだろうけどさ」

 

「ふぅん……で、スセリヒメ様と盛り上がってんのかい?」

 

「俺や梓達は打てないからな。ハルハ達は打てるのか?」

 

「「打てるわけないだろ?」」

 

「私もチェスは……」

 

「某は将棋でしたら」

 

「我は無理」

 

「うむ」

 

「私もルールは知ってるけど、打ったことはない」

 

 だろ?

 

 まぁ、熱中してる2人は置いといて、とりあえず梓達の自己紹介をさせる。

 

 梓と秀郷は問題なく自己紹介を終え、問題はミュリネだが……。

 

「フン!」

 

 と、思いっきり顔を背けた。

 

 やっぱり、そう簡単にはいかないか……。

 

「はぁ……」

 

「なるほどねぇ……こりゃあじゃじゃ馬と言われるわけだ」

 

「まぁ、ある意味冒険者向けではあるかもなぁ」

 

 ハルハやアワラン達は跳ね返りな性格のミュリネに苦笑する。

 うちの連中は生意気なくらいで怒る奴はいないと思ったけどさ。でも、とりあえずミュリネは気配などで相手の力量を計れない事は分かった。

 まぁ、冒険者と言うか、恩恵持ちは気配や体格だけじゃ分からないところあるからなぁ。まだ上級冒険者と相対したり、戦った経験のないミュリネじゃ仕方がないだろうけどさ。

 

 どうしたもんか……。

 と、頭を悩ませたら……ツァオが無言で立ち上がって、素早くミュリネの前に移動する。

 

「ヴぅ!!」

 

「……」

 

 ツァオは威嚇するミュリネを無視して、あの頭に手を伸ばそうとする。

 もちろん、そんなことをすれば……。

 

「ヴァウ!!」

 

 ミュリネが手を払い除けようと腕を振るう。

 

 しかし、ツァオはその腕を伸ばしていた手で難なく掴む。

 でもミュリネはすぐさまもう一方の腕で殴りかかろうとしたが、ツァオがミュリネの腕を掴んでいる手を引いてミュリネのバランスを崩して攻撃を中断させる。

 

「ガァウ!!」

 

 それでもミュリネは諦めずに飛び掛かろうとしたが、

 

「――駄目」

 

 空いた左手でミュリネの頭を押さえて、動きを制止する。更に左足を素早く軽く振り、ミュリネの両足を払う。

 ミュリネは受け身を取ることも出来ずに畳の上に倒れる。

 

「あう!?」

 

「挑むならちゃんと相手を見極める。がむしゃらに攻撃しない」

 

「ぐぅうガァ!!」

 

 なんか急にツァオが指導を始めたが、ミュリネは言葉を無視してまた飛び掛かる。

 

 しかし、そんな突撃がツァオに通じるわけがなく、また軽々といなされて背中から畳に叩きつけられる。

 

「ギャン!?」

 

 ……止めるべき?

 というか、まさかツァオが動くとは思わなかったな。どちらかと言うと優しく指導するイメージだったんだけど……。

 

 俺がそんなことを思っている間に、ツァオは仰向けに倒れたミュリネの顔を覗き込むように近づける。

 ミュリネは金縛りにあったように、視線を合わせたまま動けなくなった。

 

「我らはお前より強い。ちゃんと言う事、聞くように」

 

 ミュリネは完全に気圧されたようで小さくコクコクと頷いた。

 それを確認したツァオは圧を霧散させて微笑み、優しく頭を撫でる。ミュリネはポカンとした顔をしていたが、体から力を抜いて安堵したように息を吐く。

 あぁ……なるほど。躾をしたわけね。

 

 ツァオは倒れたミュリネをヒョイと抱き起こし、そのまま自分の横に座らせる。ミュリネはポカンとした表情のままだが、大人しく座っている。

 

「……まぁ、ミュリネに関しては皆で色々と教育していこう。今の戦い方を見てもらって分かったと思うけど、本当に獣に近い感じでな。なのにすでに発現してるスキルが少し厄介なんだよ」

 

「スキルですか?」

 

 俺はミュリネに発現してるスキルについて説明する。

 その内容にハルハ達は呆れるやら危機感を感じて顔を顰める。

 

「そりゃあ……ちと面倒だねぇ。1人で戦わせるのは当分無理そうだね」

 

「それに最悪押さえ込める者でないとダメそうですね」

 

「そうなると、多分秀郷も一緒にいるだろうから、最低2人は同行するべきだと思ってるんだ。秀郷は後衛っぽいし、梓も行くにしても多分後衛か中衛、最悪サポーターだろうからさ」

 

「そうでありますなぁ。まず間違いなくミュリネ殿に1人はかかりきりになりそうですからな」

 

「うむ」

 

「まぁ、ダンジョンに行くのも今すぐじゃねぇだろうし、坊主と同じように半年くれぇは基礎鍛錬と組手だけでも良いんじゃねぇか? 坊主共相手ならステイタスも上がるだろうしよ」

 

 確かにそれでも良いか。

 俺は一年基礎に費やしたし、梓はそれくらいを目処に考えた方が逆に伸びるかもしれない。

 

「問題はそっちのダークエルフの方だろうよ」

 

 ドットムの言葉に全員の視線がエーディルに向く。

 その当人はチェスを終えたようで縁側から立ち上がって、こちらに身体を向けたところだった。

 

 その後ろでスセリ様が胸を張っていたので、多分スセリ様が勝ったんだろうな。

 

「さて、失礼した。遊戯とは言え勝負事を途中で投げ捨てるのは性に合わなくてな」

 

 エーディルはあまり悪びれる様子もなく謝罪を述べて、座敷に座る。

 

「余の名はエーディル。姓の方は訳あってまだ名乗れぬが、主神様には話してある。その上で入団を認めて頂いた事は先に伝えておこう」

 

「……なるほどねぇ。こりゃ【象神の杖】でも警戒するだろうさ」

 

「まぁ、今言ってたようにスセリ様に判断して頂いた。その結果、ゴタゴタは起こるかもしれないが、オラリオ中のエルフを敵にするほどではないとのことだ。……まぁ、リヴェリア殿の事は好かないようだから、そこら辺が厄介だけど」

 

「十分オラリオ中のエルフを敵に回す可能性があるじゃねぇか」

 

「闇派閥と戦う時とかは喧嘩は売らないってさ。そこは嘘じゃない事はスセリ様が確認してる」

 

「うむ、間違いないの。あくまで個人間での諍いに収めるつもりでおる。であれば、冒険者としては珍しくも無いじゃろうて。リヴェリアとて周りに口出しされるのは好かんじゃろうしな」

 

「不安しかありませんね……」

 

「まぁ、魔導士としても実力はあるみたいだし、俺としてはここでエーディルを逃すのはもったいないと思う。これからはパーティーを分ける事も考えれば、魔導士がリリッシュだけなのはかなりキツい」

 

 正直、今のところ俺達が保有してる魔法ってほとんど詠唱長いんだよな。ハルハは平行詠唱出来るからまだ良いけど、リリッシュはまだ練習中で、正重は練習してない。

 アワランやディムルは殲滅型の魔法じゃないし、俺の魔法が一番良いけどあまり長時間だったり、何度も使える余裕はない。

 

 だから結局リリッシュ頼みになっているけど、やっぱり魔導士1人は負担がデカ過ぎる。だからもう1人欲しい。

 となれば、即戦力になるエーディルを手放す理由はない。不安はあるけどさ。

 

「まぁ、そうだねぇ……」

 

「それに冒険者としては新人だけど、多分戦闘経験はかなりあると思う。リリッシュはあまりやる気のない後方指揮も出来ると思うんだよ」

 

 まぁ、そもそもこれまでうちは後衛がリリッシュしかいなかったんだけどさ。

 でも、今回後衛が増えたし、何より単純に人数が増えた。流石に俺が指揮を出すのも限界がある。

 

「どうだ? エーディル」

 

「まぁ、出来る出来ぬで言えば出来るが……流石に上位派閥の者達が相手であったり、ダンジョン内での指揮となると任せろとは言えぬな。口にするのも腹立たしいが、余はあのラキア(脳筋)に押し負けた身よ。敗将の指揮がこの迷宮都市でどこまで通じるかは保障せぬ」

 

 ラキア王国の戦い方は数万による恩恵持ち兵士による物量戦術だ。

 昔はそこに『クロッゾの魔剣』も加わり、一気に勢力を拡大していた国。魔剣を喪った今では全盛期ほどの猛威はないが、それでも数十万の兵士というのはそこら辺の国からしたら悪夢に等しい。

 第一級冒険者でもなければ、数の利を覆すことは出来ないだろう。 

 

 だから、エーディルの国も負けたのは仕方がないと言える。

 指揮経験が無いに比べたら、全然マシだろう。

 

「【勇者】のように1人で全体を把握したり、敵の動きを読む事も出来ない。だから単純に指揮系統を増やすしかないだろ?」

 

「ですな。前回とて、敵の狙いを看破した団長殿とは最終的に別行動でありましたし」

 

「で、全員揃ってブチギレたしねぇ。まぁ、ちゃんと考えてるなら文句はないよ。同情心だけだったら流石に反対したけどね」

 

 ハルハの言葉にアワラン達も頷いてくれた。

 ふぅ……何とか受け入れて貰えた。まぁ、まだまだこれからだろうけどさ。

 

「じゃあ、これから皆よろしくと言う事で」

 

「うむ。話が纏まったようで何よりだの。ではせっかくじゃし、歓迎会がてら宴会でもするとしよう」

 

「お、久しぶりだねぇ」

 

 確かに最後に宴会したのは……正重のランクアップの時か。歓迎会だったら巴とツァオの時が最後。一年は経ってないけど、大分前のように感じるなぁ。

 

「でもこの人数、大丈夫ですか?」

 

「流石に何人か手伝って貰わんとの」

 

「で、では(わたくし)が……!」

 

「馬鹿もん。歓迎される側が準備に参加するでない。ディムル、巴、正重、手伝っておくれ」

 

「はい」

 

「承知」

 

「うむ」

 

 スセリ様は3人を伴って広間を出ていく。

 その背中を見送りながら、エーディルが眉を顰めていた。

 

「……主神が、食事の準備をするのか?」

 

「ここではそうだな。他にもないわけではないんだろうけど」

 

 デメテル様とかは眷属や市民に振る舞ったりすることはあるらしい。まぁ、毎日で眷属全員にではないだろうけど。

 

「なんともはや……」

 

「正確にはそこの団長の為に、だけどな。俺達はついでだよ」

 

「これからはどうなるかねぇ……。流石にこの人数は毎日はしんどいんじゃないかい?」

 

「まぁ、当番でも決めて手伝うしかないんじゃないか?」

 

「……面倒だねぇ」

 

「そこら辺も後で話し合うとしよう」

 

「うむ」

 

「わ、私も明日からお手伝いします!」

 

「俺も、下拵えとかならば手伝える」

 

「余は一度もしたことがない。期待はせんでくれ」

 

 でしょうね。

 多分、誰も期待してなかったと思う。

 

 でも、料理当番って意外と切実な問題だな。

 基本的に新人か非戦闘員が担当するんだろうけど……うちはスセリ様が作りたがってるからなぁ。

 

 俺としてはもう少し楽してもいいとは思うけど……そもそもの原因が俺だから何とも言い辛い。

 

 とりあえず、俺は新人団員と交流を深める事にした。

 と言っても、ミュリネは俺に付きまとってくるし、エーディルは多分まだ全部話さないだろうから、まずは梓と秀郷に声をかける。

 

 料理が出来るまで色々と話をすると、梓は歌や舞が好きだそうだ。秀郷は弓の腕は村一番だったらしく、モンスターも何度かは仕留めたこともあるらしい。

 滅茶苦茶期待値上がっていきますね、秀郷さんや!

 

 エーディルもハルハ達と交流を重ねていた。

 

「ほぅ……あのディムルと言う娘、オディナ家の者だったのか」

 

「やっぱり知ってんのかい」

 

「エルフという種族は同胞の醜聞や悲劇が広まるのが早いのだよ。己が種族に恥じる、または害する存在を許せんのだろうな。誇り高く潔癖と言えば聞こえは良いが、逆に言えば傲慢堅物で排他的な輩という事だ。余は別に王族と騎士が駆け落ちしようがどうでも良かったが、周りが騒がしくてな」

 

「じゃあ別にディムルに思う事はねぇのか?」

 

「ないな。あの娘は別に駆け落ちした当人でもなかろう? 誘拐なら話は変わるが、両者同意の上での駆け落ちならば子孫を責める必要はなかろうよ。そんなことをする暇と余裕があれば、余は他の事に労力を回させる」

 

 ドライと言うか、心の底から他人事のように考えてるみたいだ。

 後はディムルがエーディルをどう思うかだな。相性が悪そうには思えないけど。

 

 とりあえず、全員良い感じに馴染み始めているとは思う。

 

 この感じで、皆で強くなれればいいな。

 

 皆で、頑張っていこう。

 

 

 俺は志を新たにし――歓迎会を楽しむことにした。

 

 

 




次回よりキャラプロフィール開始です!


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『法』と『審判』を司るもの

お待たせしました

あれですね。今回のポケモンは二次創作意欲が滅茶苦茶刺激されますね!


 梓達が入団して3日。

 

 梓、秀郷、エーディルの3人はまだ走り込みや簡単な筋トレなどの体力づくりをメインに行わせており、まだ戦いに関する鍛錬は行わせていない。

 ミュリネは最初は梓達に付き合うけど、すぐに飽きてしまうので、俺やスセリ様が投げまくって遊んでやっている。ぶっちゃけ、どうかと思わなくもないが……ミュリネの奴、意外と根性あって1,2時間飛び掛かってくるから、なんだかんだ鍛錬になっているので諦める事にした。

 

 俺もダンジョンに行っているが、まだ階層は進めていない。

 ディムルもいるし、まだまだアワラン達もステイタス的には20階層は早いからな。

 

 さて、新人達の様子だが……梓は意外と運動神経があるようで走り込みなどのフォームは綺麗だった。

 体力がないってのはあるけど、それはこれから付けて行けばいいから特に問題ではない。

 

 秀郷は流石に狩人として山や森を駆け回っていたから運動能力は良い。

 視力も高いし、意外と身体が柔らかい。これは本当に期待出来る。

 

 エーディルも魔導士と言っておきながらちゃんと動けるようだ。

 今エーディルの杖は正重が加工中。それが出来てから、戦闘の鍛錬も始める予定だ。流石にLv.2。他の3人よりも回復と言うか、体調が戻るのが早い。

 けどそれはつまり、どんどん美魔女化しているという事で……色気の倍増が凄まじい。そこに風格が加わるので、スセリ様が2人いるみたいに感じる。

 エーディルはディムルと違い、自分の容姿を隠す気は一切ない。堂々としており、見られて当然と言う意識が完全に染み込んでる感じ。……多分、俺や他の男達に裸見られても動じないと思う。それくらい堂々としてて、本当にやりづらい。

 

 なので、もちろん梓達のことは周囲では噂の的になっている。

 

「あの【スセリ・ファミリア】にまた新しい奴が入団したらしいぞ」

 

「アマゾネスとダークエルフでしょ? この前一緒にいるところ見たわ」

 

「いや、他にもいるらしいぜ?」

 

「でも、その者達は【象神の杖】が連れていたらしいですよ?」

 

「あれじゃないか? 違法に奴隷にされていた連中。ガネーシャやデメテルとかにも数人、新人入ったらしいし」

 

「でも、わざわざ【スセリ・ファミリア】に入ったって事は、やっぱり何か突出したものがあるのかしら?」

 

「っていうか、ダークエルフ滅茶苦茶美人じゃなかったか?」

 

 など、街を歩いているとそんな声が聞こえてくる。

 まぁ、これまでの団員が団員だったから仕方がないかもしれんが、これはこれで梓達へのプレッシャー半端ない気がするな。

 そこら辺も気をつけてやらないとな。変なやっかみに絡まれないようにしないと。

 

 でも、4人とはいえ、人が増えた以上支出が嫌でも増えるわけで。

 これまで以上に探索での稼ぎが必要になってくる。場合によってはまた借金生活になるかもしれない……。まだ遠征の強制任務(ミッション)はないけど、いずれ言われるだろうから、それまでにやはり蓄えを増やしておかないといけない。

 でも、梓達を放置するわけにもいかない。……人手が足りないなぁ。

 

 でも、それは他のファミリアも同じか。

 だからこそ、無茶をして死んでしまう冒険者が後を絶たない。後輩を育てるために安全な上層で戦うだけでは、生活が苦しくなる。だから、金を稼ぐために中層に赴いて少しでも多く稼ごうと無理をしてダンジョンに呑み込まれてしまう。

 

 それだけは避けないといけない。

 だから当分は生活が苦しくても、堅実にやっていくしかない。

 

 そんなことを考えていた俺は、スセリ様と梓達新人を連れてオラリオ案内をしていた。……と言っても、闇派閥の襲撃であちこちボロボロなんだが……。

 それでも頑張って住人達は活気を出そうとしている。所々破損した屋台で店を開いて、歩く人達に声をかけている。

 ちなみにミュリネは梓の服の裾を摘む様に待ってキョロキョロしながら付いてきている。スセリ様がいるからかとても大人しい。

 

「ふむ……やはりいつの世、どこの国であっても、苦境を乗り越える力と言うのは非力な一般市民から生まれるものよな」

 

 君は一体どの視点からおっしゃっておられるのですか?

 

「これが世界の中心と呼ばれているオラリオとは思えませんね……」

 

「ああ……外ではここまで追い込まれてるとは伝わっていないな」

 

 まぁ、ギルドはこんな状況を知られたくないよな。

 全部は無理だろうけど、ある程度は情報を隠蔽しているはずだ。それにこの前みたいに撃退したとかは大袈裟に広めてるだろうし。

 そして、それ以上に冒険者の偉業を宣伝してるんだろうなぁ……。少しでもオラリオが衰えていないことを知らしめたいはずだからな。……あのギルドの豚エルフは。

 

「この都市の乱れと崩壊は世界の混乱と同義であるからな。近隣諸国も無闇に騒ぐ真似はせぬだろうよ。むしろ、愚かな国ならば闇派閥に力を貸す可能性すらある」

 

「え!? 何でですか!?」

 

「他国にとってオラリオの冒険者はモンスターと変わらぬ、いやモンスター以上に国を脅かしかねない脅威ということだ。迷宮を持たぬ国々で最も高い恩恵持ちはLv.3が精々……むしろLv.2止まりの国の方が多いか。まぁ、いくつかの国ではLv.3や4がいるそうだが、大抵一人のみ。だが、オラリオはそれどころではない。そんな連中が攻めてきたら一巻の終わりと思うのは何もおかしなことではあるまいよ」

 

「そんな……でもオラリオの人達が他国に攻め入るなんて……」

 

「ないとは言い切れまい? 例えば、【フレイヤ・ファミリア】という女神至上主義の爆弾がいる」

 

 そうなんだよなぁ……。

 まぁ、基本的に神フレイヤは国を欲しいとは思わないだろうけど、きっかけ次第では何を言い出すか分からない。そして、団長以外の団員達は神フレイヤを貶されでもしたら、一瞬でブチ切れて神フレイヤの制止を無視して滅ぼす可能性は十分にある。

 

「【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】、そして少し前までオラリオの顔であった【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】などであれば心配はないであろうが、ここには名が馳せておらぬファミリアが腐るほど存在する。その内の一つがオラリオを見限って国攻めして来たら……運良く勝ったとしても被害は甚大であろうな」

 

「……それだけの戦力がこの都市にあるのに、闇派閥に追い詰められてるのか……」

 

「闇派閥も冒険者ではないだけで恩恵持ちの連中だからな。奴らもどうやってか、ステイタスをかなり伸ばしてるし、何より邪神の誘惑に負ける人間が冒険者以上に多いんだ」

 

「そんな……」

 

「別に驚くことではないぞ? それこそ、少し前の余らのように己の境遇に絶望していたり、冒険者同士の抗争で家族を喪ったり、単純に己が人生に絶望しこの世界を壊したいと狂ったり、そしてただただ人が苦しむところが見たいなどとな。オラリオを目の敵にする理由など探せば山ほど見つかるものよ」

 

「邪神連中からすれば、別にオラリオを本当に崩壊させることが出来ずとも、混乱させることが出来ればそれだけで十分じゃろうからな。別に眷属がどれだけ増え、どれだけ死のうがあまり気にせぬであろう」

 

 邪神の多くは闘争や諍い、そして死に関する事柄を司る神々だ。だからこそ、眷属が死ぬ事も喜ばしく思う奴もいる。

 

「闇派閥の中には死後の転生を約束する事を条件に、オラリオで暴れるように仕向ける神もいるそうだ。以前、その眷属がダンジョン内でモンスターの囮になって冒険者に襲わせたこともある」

 

「……死後の、転生」

 

「ああ。……多分、自分の命令に従って死んだら、生まれ変わる時に愛する人とまた会えるとか言われてたんだろうな」

 

 本当に人の弱さを上手く突いてくる。

 これは冒険者であっても抗えない可能性が高い。冒険者なら、この手の絶望は嫌と言う程味わうからな。

 

「……そういう、事ですか……」

 

 梓も秀郷も、もしあのまま救出されずにいて、あの牢屋にいたままだったら、多分邪神の誘惑に負けていた可能性が高い。

 そして、2人が抱えている絶望はまだ消えたわけじゃない。いや、多分一生消える事はないだろう。俺達だって、そうだからな。

 

「だから強くなるしかないんだ。実力だけでなく、心も含めてな」

 

「言う程簡単ではないがの」

 

 そうですね。

 

 

 すると、後ろの方がなにやら騒がしくなり、更には妙に物々しい気配を感じ取った。

 

 

「ん?」

 

「ふむ?」

 

「ほぅ?」

 

 俺、スセリ様、エーディルがほぼ同時に後ろを振り返る。

 梓達は俺達が振り返った事に首を捻りながら、同じく後ろに目を向ける。

 

 遠くに見えたのは団旗と思われる旗、そして馬の足音に馬車の走行音。

 どこかの国の使節団が来たのか?

 

 俺達も巻き込まれないように大通りの端に寄る。

 

 団体が近づくにつれ、甲冑と思われる鉄が擦れる音や足音が耳に届く。

 

 ……結構大人数だな。

 

 

 ようやく見えた旗に刻まれていたのは――『開かれた本と天秤』。

 

 

 あれは……もしかしてファミリアなのか?

 

 目の前にやってきたのは、まさしく騎士団だった。

 

 三列に整列し、訓練された乱れのない一糸乱れぬ行進。種族はバラバラだが、見た感じアマゾネスはおらず、ヒューマン、エルフ、獣人しか見当たらないな……。

 

 視線を後方にズラすと……隊長格と思われる個々にアレンジした鎧を身に着けた騎士達が馬に乗っており、これまた見事な陣形を維持している。

 

 そして、その団体の中心には……大きな馬車があった。

 貴族や神々が時折乗っている立派な天蓋付きの箱馬車ではなく、よく見る荷馬車タイプ。かなりの大型でかなりは造りは頑丈で、拵えは立派だけど。

 

 その馬車の中心には、玉座のような豪華な椅子。

 

 

 そして、そこには一人の女性――いや、女神が座っていた。

 

 

 艶のある白金の長髪、鋭い目つきでスレンダーな体型の女神だ。

 

 

 そしてもう1人。

 

 その玉座の隣に、女神と同じ白金のショートヘアの女性騎士が団旗を握って立っていた。

 

 ……原作やアニメでは見たことないな。それにあの女性騎士……なんかジャンヌ・ダルクみたい。

 

「あ奴はテミスではないか」

 

「テミス、ですか?」

 

「うむ。ヘファイストスやアストレアと同郷の女神じゃな。『法』と『審判』を司る生真面目な奴でな。よくアルテミスの奴と、ヘルメスなどの阿呆共を懲らしめておったな」

 

 という事はギリシャ系統の神様なのか。

 前世でも俺は聞いたことはないなぁ……俺が無知なだけの可能性は高いけど。

 

「ふむ……神テミスであるか。余の記憶が正しければ、ここより北東にある【ラムニシア法国】に拠点を構えており、彼の女神が率いるファミリアはラムニシアの守護騎士団を務めておったはずだが……国から出奔してきたのか……?」

 

 エーディルが片眼を瞑って胸の下で腕を組みながら、神テミスを片目で見ながら呟いた。

 

 ふむ……つまり国を護っているはずの連中が、何故かオラリオにやって来たわけだ。

 確かに普通ならあり得ない。神の眷属なんだ。モンスターや山賊の脅威から国を護らないといけないはずなのに、それを放棄してこのオラリオに来るなんて変な話だ。

 

「ふむ……テミスが、ではないであろうな。あ奴は融通が利かぬ性格でのぅ。基本的に一度決めた事は、それが破綻せぬ限り変えぬし、投げ出す事はせぬ。つまり、その守護騎士団とやらを始めたのであれば、その国が滅ぶか、騎士団そのものが無くなるか……国から追い出されでもしない限り、ここには来ぬであろうて」

 

「という事は、あの隣の女性騎士辺りですかね」

 

「で、あろうな」

 

 俺達が話していると、ちょうど目の前にやってきた神テミスが顔を俺達、正確にはスセリ様に向けたかと思うと、小さく笑みを浮かべて片手を上げ挨拶してきた。

 

 スセリ様も笑みを浮かべて軽く挨拶を返し、それに神テミスの傍にいた女性騎士が俺達の方に向いて一礼した。

 俺も軽く会釈して返礼し、騎士団をそのまま見送った。

 

「どうしますか? スセリ様。方向的にギルドっぽいですけど」

 

「そうじゃのぅ……他にやる事も無し。ちと様子を見に行くか。正直、テミスはオラリオと言うか、冒険者と相性が悪い気がしての」

 

「マジっすか」

 

「うむ。先程も言ったが、テミスは融通が利かん。アストレア同じく『正義』の女神ではあるが、テミスの掲げる『正義』は、正確には『掟』に近いモノでの。定めた規則を破った者は例外なく罰する。情状酌量というか、感情を持ち込まぬのだ。アストレアのような慈悲はないと言いきれるほどに厳格じゃ。故に、派閥の力がモノを言う、無秩序のように思えるオラリオでは絶対に他の派閥とぶつかるじゃろうな」

 

 つまり、これからは抗争が起こりまくる可能性があると。

 勘弁してくれ……。

 

「どう考えても、神フレイヤや神ロキとぶつかる気しかしないのですが……」

 

「ぶつかるじゃろうな。ギルドとガネーシャがどこまでテミスを抑え込めるかじゃろうが……ガネーシャとも中々に相性が悪いんじゃよなぁ……。ガネーシャは子供の為なら処罰されようとも規則を破って手助けする事を厭わぬしの」

 

 駄目じゃん。

 

「まぁ、まだテミスの子らがどういう者かは分からぬ。そこの見定めて判断するしかなかろうよ」

 

「ちなみにスセリ様は神テミスとは仲がよろしいので?」

 

 さっきも挨拶されてたし。

 

「まぁの。妾もテミスと共に制裁する側である事が多かったでな。……とは言うものの、それなりにやり過ぎるあ奴を宥める事も少なくなかったか。天界にいた頃は妾が宥めると、そこそこに矛を収めておったのじゃが……今回は互いにファミリアを率いる立場じゃからのぅ……。結局は子供らが主体であるし、妾も何処まで抑え側に回れるかは分からぬな」

 

 確かに、主神を抑えても、眷属が必ず従うかは分からないからなぁ。

 

「……これ、なんか俺達というか、俺も巻き込まれそうだなぁ……」

 

「そうさなぁ……。お前はガネーシャ、アストレアの子らとも仲が良いし、なんだかんだロキとフレイヤの団長とも繋がっておるからのぅ。押し付けられる可能性は低いとは言えぬであろうなぁ」

 

「お主は余計な苦労を背負う質だと、余でもすでに悟っておるぞ? 秩序を保たねば迷宮にも行けぬし、闇派閥に隙を突かれる事になりかねん。そう思えば、お主は絶対口やら手やら出すであろうよ」

 

 エーディルの言葉にぐぅの音も出ません。俺もそんな気はしてる。

 

 だって近くで喧嘩されるとか鬱陶しいじゃん? そこに顔見知りや世話になってる人いたらやっぱ気になるじゃん? 日本人気質が中々にこのオラリオでは厄病神になりつつある。

 

 これはまた気が抜けない状況になりそうだな……。

 

「厄介なのがうちの団員とも相性悪そうなんだよなぁ……」

 

「ハルハとアワラン、リリッシュは確実に合わぬな。あとはミュリネもか」

 

「おそらく余とも合わぬであろうよ」

 

 ですよね。

 というか、そもそもアマゾネスやドワーフとは相性悪い気がする。

 

 ……とりあえず、様子見に行くか。

 

 俺はテンション低めにスセリ様達と、【テミス・ファミリア】の後を移動する。

 

「でも、馬を使うって事はステイタスはそこまで高くないんですかね?」

 

「どうかな? 神が同行している故、必ずしもそうとは言えぬぞ?」

 

「それもそうか」

 

「あの……何故馬に乗ってる事がステイタスが低い事になるのですか?」

 

 梓が首を傾げながら訊ねてきた。

 

 あぁ……梓達は知らなかったか。

 

「Lv.3くらいになると、普通に走った方が馬より速いんだよ」

 

「……へ?」

 

「まぁ、Lv.2でも敏捷が高ければ馬より速い奴はいるけど。ドワーフとかでもLv.3くらいになれば馬には勝てるぞ?」

 

 ジャンプするだけでここら辺の建物より高く跳べるし。

 

 だから『神の恩恵』を持っていながら戦場とかで馬を使うって事は、ステイタスの低さをわざわざ教えてるに等しい。

 

「梓でももう少しステイタス上げれば、1人であの神テミスが乗ってる馬車を引けるくらいに力はつくと思う。多分秀郷やミュリネはもうすでに引ける」

 

「……」

 

 梓はポカンとした顔で「あれを……私一人で?」と呟いている。

 まぁ、信じられないよね。でもアニメでも【アポロン・ファミリア】の小人族が一人で馬車引いてたし。

 リリルカもスキルがあったとはいえ、デッカいバックパックや武器を背負ってるしな。

 

「それほどの力が着かねば、モンスターと戦うなど夢のまた夢ということよな。まぁ、それでも梓があのような馬車を引くなど、絵面が恐ろしく鬼畜であるか」

 

「いや、させる事はないと思うけどさ。……あ、でもサポーターとなるとどうなんだ? ……いや、そこはいないわけじゃないから変な目を向けられる事はないか」

 

 リリルカだって普通に考えたら、見た目ヤバいもんな。

 サポーターはデッカい鞄や籠を背負うイメージがあるから、サポーターと分かれば違和感は無くなる……か?

 ……駄目だ。やっぱりなんか俺的に悲壮感がデカすぎる。あんまり梓にサポーターやらせたくない。

 そんな事言ってられないだろうけど。

 

 そんなどうでもいい葛藤でモンモンとしていると、【テミス・ファミリア】一行はギルド本部前で止まった。

 

 突然の騎士集団に、ギルド長のロイマンが慌てて外に出てきた。

 まぁ、下手したらカチコミに見えるもんね。

 

 すると、神テミスが立ち上がり、

 

「我が名はテミス。此の度、オラリオの平定が為にラムニシアより参った。ここがギルド本部で相違ないか?」

 

「た、確かにここがギルド本部で間違いないが……」

 

「そうか。では、来訪の報せも出さずに面目ないが、其方達の主神…ウラノスと面会させて貰いたい。オラリオを治める組織の主神に挨拶もせぬのは我が信条に反する故、どうか取り次ぎ願いたい」

 

 内容的にはすごく丁寧で腰も低いけど……馬車の上から、無表情、嫌とは言わせる気が一切ない圧を発していて、それだけで勝気な神である事は理解できた。

 

 ロイマンも流石に神の威圧には逆らえなかったのか、慌てて側にいた職員に命令して本部内に走らせた。多分神ウラノスに訊きに行ったんだろうな。

 

「それと、我がファミリアをギルドに登録させて頂こう。――ジャンヌよ」

 

「はい」

 

 神テミスは傍に控えていた女性騎士に声をかけた。

 

 ていうか、今、ジャンヌって言った?

 

「登録等の手続き一切は任せる。私はウラノスと会ってくるのでな」

 

「お任せください。しかし、護衛はよろしいのですか?」

 

「いらぬ。ウラノスは眷属がいないと聞いている。新参の私が眷属を連れて行くのは公平ではない。対話は対等公平な立場で行われるべきものである」

 

「承知致しました」

 

「では、任せる」

 

 神テミスはまだ返事を貰っていないにも関わらず、馬車を降りてギルド内に入って行った。

 

 ロイマンが追いかけようとすると、女性騎士もロイマンの前に降り立った。

 

「街を騒がせた事を謝罪致します。ギルド長様」

 

 女性騎士は謝罪を述べながら、右手を胸元に当てる。

 

 

「私の名は、ジャンヌ・ダール。矮小な身なれど、【ラムニシア聖護騎士団】もとい【テミス・ファミリア】団長を拝命しています」

 

 

 この日、オラリオに新たな『正義の派閥』がやってきた。

 

 

 




と言うわけで、ジャンヌ・ダルクが参戦です!

テミスはローマ神話ではユースティティアと同一化されている、裁判所などの正義の神ですね。一説にはアストレアの母でもあるそうです。拙作では親子関係はありませんがね。
正直ギリシャ系が多くなるので、どうかなと思ったのですが、ユースティティアは長いし、シャマシュとかは流石に繋がり薄すぎると思い、テミスを主神とさせて頂きました


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黒き女帝

遅くなりましたm(__)m
理由は後書きで

前回忘れていたキャラプロフィールもあります!

さぁ、お待たせしました!


 【テミス・ファミリア】が来訪して2日。

 

 【テミス・ファミリア】一行はギルドに登録を済ませた後、主神と合流してそのまま去っていった。

 

 噂ではオラリオ南西辺りにいつの間にか建てられていた神殿風の建物へと入っていったそうだ。

 少し前になんか出来たなと思っていたが、まさか彼女達の拠点だったとは。

 

 それにしても南西方向って……【ガネーシャ・ファミリア】の拠点があったと思うんだけど……シャクティさん、また胃を痛めてそうだなぁ。

 

 恐ろしいのは、昨日には【テミス・ファミリア】の情報が広まっていたことだな。

 まぁ、ギルドが公表してんだろうけどさ。ギルドは登録されている団員の情報を秘匿しているわけではないし、新しい派閥に上級冒険者がいたら普通に掲示板に貼られる。

 

 ということで、公表された【テミス・ファミリア】の情報って言うのが……

 

 

【テミス・ファミリア】

 

団長 ジャンヌ・ダール Lv.2

 

副団長 ジィル・ドルェイ Lv.2

 

団員 ライル・エティエヌ Lv.2

 

団員 ジャド・ザントライ Lv.2

 

団員 アンダレ・ラヴァール Lv.1

 

……

 

 

 と、なんとLv.2が4人もいた。

 

 団員数は公表されている人数は55人と大所帯。すでに中堅派閥並みの戦力を保有しているようだ。

 もっとも、オラリオの場合少人数でのパーティー戦の方が多いから、実際はどうか分からないけど。

 

 まぁ、今のところ俺達とは関わりないから、動向に注意は払うも基本は不干渉で。

 

 さて、話は変わって、エーディルの杖が完成した……んだけど。

 

 

 もはやハルバードにしか見えない。

 

 

 杖は金属製の柄にほとんど覆われており、杖の先端部には槍のような両刃の短剣、その下には双刃の斧を思わせる刃が付いている。魔宝石は穂の根本に装飾のように嵌められており、豪華な槍にしか見えない。

 軽量金属と高価な精製金属(ミスリル)を遠慮なく使って(使わされて)造られており、見た目に比べて軽く、魔力伝導性も高い。

 

「本当に扱えんのか?」

 

「問題ないな」

 

 アワランの疑問に、エーディルは不敵な笑みを浮かべ、慣れた手つきで槍杖を片手で振り回し始める。

 雰囲気的には演舞に近いが、それでも遠心力を活かして攻撃する事は出来る動きをしている。明らかに実戦経験を持つ人の動きだ。

 まぁ、やはり後衛職だからか、鋭い身のこなしというわけじゃない。でも自衛には十分だろうな。

 

 あとは防具だが……これもあのレノア婆さんの店で整える事になった。

 魔力を籠めた金属糸を使って造り、耐魔力耐魔法性能を向上させる。その上、軽量でありながら刃への防御性能も持たせるんだ。金はかかるよなぁ……。でも、やはり後衛職の防御面は疎かにしては駄目だ。

 ただでさえ、冒険者やモンスターの戦いは魔法や矢などが飛んでくるんだから。

 

「まぁ、最低限戦えるのは分かったけどさ。一番の問題は……魔法がどんなものかじゃないのかい?」

 

「そうですな」

 

「まだ教えてくれないのかい?」

 

「うぅむ……まだ、であるな。余の魔法は自分で言うのもなんだが、希少魔法に属する。そして、かなり目立つ。見せるならば人目が少ないダンジョンの方が良かろうよ」

 

 ふむ……まぁ、春姫やリリルカのような魔法もあるしな。

 確かにその方が良いか。

 

 一番手っ取り早いのはステイタスを見せてもらう事だけど……まだ本人は嫌がってるし、流石に団員とは言え強制にステイタスを見るのはどうかと思う。

 別にファミリア内でもステイタスを秘匿するのは珍しくはないしな。

 

「となると、やっぱり装備を整えないとな」

 

「やれやれ……これで使い辛かったら笑い話にもならないねぇ」

 

「すでに発現している魔法に文句を言われても困る」

 

 そりゃそうだ。そもそも魔法を使いやすくする為に場を整えるのが、俺達前衛の役目だしね。

 リリッシュのだって倒した後の後始末が面倒だってだけで、別に使い勝手が悪いわけじゃないんだよな。

 

 ということで、俺達はエーディルの装備が整い次第、エーディルを連れてダンジョンアタックを仕掛ける事を決めたのであった。

 

  

 

 

 

 

 そして、数日後。

 

 エーディルの防具が完成した。

 

 まぁ、見た目は防具というよりドレスだけどさ。

 ザ貴族令嬢のようなふっくらしたスカートのヒラヒラドレスではなく、貴婦人というか……簡易的なパーティーで着るような黒と紫のエンパイアスタイルのドレスだ。

 ロングスカートに末広がりの袖で、見事なプロポーションを上品に強調してる。

 ……うん、まさに女王って感じ。

 

「それで動けるのか?」

 

「問題ない。裾を踏んで転ぶような無様は見せぬよ」

 

 ならいいけどさ。

 

 俺とエーディルは店の外で待っていたハルハ達と合流し、そのままダンジョンへと赴くことにした。

 他の新人達は今日はスセリ様にお願いしてある。ミュリネはスセリ様と梓がいれば問題ないだろう。

 

 今日はドットムさんと正重がサポーター役。

 正重はせっかくだからと大量に造った武器を俺に試してほしいらしい。俺も色んな武器を試したいので否はないです。頼もしい限りですな。

 

 色んな期待や不安を抱えながら、バベルへと歩いていると……。

 

 すぐ近くの通りから、リヴェリアさんとエルフの団員達が現れた。

 

「む……お前達は…【スセリ・ファミリア】か」

 

 リヴェリアさんも俺達に気付き、他のエルフ達も俺達に顔を向ける。

 その内の数人が顔を顰める。多分あの中の誰かが前にディムル達を挑発して負けた奴がいるようだな。

 

 それにしても……ちょっとタイミング悪いなぁ。

  

「どうも、【九魔姫(ナイン・ヘル)】」

 

「ああ。これからダンジョンのようだな」

 

「ええ」

 

 リヴェリアさんは小さく頷くと、やはりと言うべきかエーディルへと顔を向ける。

 

「……ダークエルフ。例の奴隷商から救け出した者か。ふむ……?」

 

 そう呟いたリヴェリアさんは何やら訝しむようにエーディルを見つめる。

 

 それにエーディルは目を細め、

 

「奴隷の身に落ちて救け出されたエルフが見苦しいか? 白の王女とやらは随分と穢れなき目をお持ちのようだ」

 

 と、思いっきり喧嘩を売りやがりました。

 

 当然ながらリヴェリアさんの周囲にいたエルフ達は殺気立ち、リヴェリアさんも眉を顰める。

 

「そのような目で見たわけではない。この身に王族の血が流れているのは事実だが、私は郷を出奔した身で今は冒険者だ。奴隷となり冒険者になったとはいえ、不遇から救われた者を喜びはしても、侮蔑する理由はない」

 

「それはそれは……。そのお優しき御心、感激の極みであるな。王女は誠に慈悲深い」

 

「……何が言いたい?」

 

「いやなに。王族が堅苦しいとその責務を放り出しておきながら、随分とまぁ、取り巻きを連れて上から物事を語るなどとは欠片も思っておらぬよ」

 

 思ってんじゃん。

 こりゃダメだな……相当毛嫌いしてる。

 

 流石のリヴェリアさんも苛立ちを隠せなくなってきてる。

 でも、その前に他のエルフ達が我慢の限界を迎えた。

 

「貴様! 一体何様のつもりだ!? リヴェリア様は歴とした我らが王女! 無礼にも程があるぞ!」

 

「責務を果たさぬ王族など飾りにも劣る愚物よ。そのような者に示す礼など余は持ち得ぬ。――王族とは『血』ではない。『責務』と『強慾』を併せ持ちて為し得……羨望と憧憬を他に抱かせる者を指すと、余は思っている」

 

「なっ……!?」

 

「この……奴隷上がりが……!」

 

 男エルフが怒りに震えながら、エーディルのことを貶す。

 本人は無意識だったのだろうけど、奴隷だった過去を愚弄する発言は先ほどのリヴェリアさんの言葉を台無しにした事に気付いていない。

 その周りのエルフ達もな。

 

 気付いてるのは俺達と、リヴェリアさんとすぐ傍にいた少女エルフ。

 

 特にリヴェリアさんは苦虫を嚙み潰したような渋顔になっている。

 これに関しては、そちらの責任なので俺は口を出す気はない。

 

「ふっ……やはりそれが貴様らの本音か。このような者達が迷宮都市の秩序を護る最強派閥の一角とは……【ロキ・ファミリア】とやらの底が知れるというものよな」

 

「っ!! 貴様ぁ……! 貴様こそ上から物を言う態度ではないか!? どの立場で我らに物を申している!!」

 

「あぁ、すまぬ。余は生まれてからというもの、常に上から物を言う人生であった故な。奴隷に落ちた程度で直るものではなかったようだ。まぁ、直す気など元からないのだがな」

 

 ……やっぱり王族だったってことか。

 ラキア王国に負けて降伏したから奴隷落ちしたってわけだな……。ラキア王国も流石に元王族を処刑する事は出来なかったのか。まぁ、どっかの小説とかで力づくでの国盗りは王族とかを皆殺しにすると逆に反逆が起こる可能性を高めてしまうから、飼い殺しにすることが多いって聞いたことがある。

 奴隷落ちしたってのも、何かしら事情があるのかもしれないな。

 

 さて……とは言うものの、そろそろ落とし所を考えないと駄目か。

 

 俺が口を開こうとした時、

 

 

「きゃあああああ!?」

 

闇派閥(イヴィルス)だあああ!!」

 

 

 と、悲鳴が聞こえてきた。

 

 それに俺達はもちろん、リヴェリアさん達も悲鳴がした方に顔を向ける。

 

「闇派閥だと!?」

 

「こんなところにまで……!」

 

 ここはギルド本部の近く。

 冒険者も多くいるから、これまで襲撃頻度は多くなかったんだが……!

 

「ちっ! これからダンジョンだってのによ!」

 

「行くぞ!」

 

 俺達やリヴェリアさんが闇派閥を撃退しようとしたが、

 

「――待て」

 

 エーディルが俺達を呼び止める。

 

「なんだ――」

 

 

「良い機会だ。ここは余に任せて貰おう」

 

 

 エーディルはそう宣って、堂々とした足取りで俺達の合間を縫って前に出る。

 

 いや、任せると言っても…流石に……。

 

「ふざけるな! 貴様1人で何が出来る!?」

 

 当然の疑問をロキ派の男エルフが叫ぶ。

 これには流石のリヴェリアさんも顔を顰めている。

 

「黙れよ、小僧。貴様如きの浅慮で矮小な理で語るな」

 

 エーディルは背を向けたまま、男エルフに強い口調で言い放ち、ガン!と杖を地面に突き立てる。

 

 

「見せてやろう。余が抱く――最高の魔法を」

 

 

 そう告げると同時にエーディルの足元より風が生じ、直後に白銀に輝く魔法円(マジックサークル)が生まれる。

 

 

「――【集え、天衣無縫の騎士団よ。今こそ(いくさ)の時】」

 

 

「【汝らの忠義は我が剣。汝らの献身は我が鎧。汝らの咆哮は我が盾となる】」

 

 

「【其は永久(とわ)の契り。この身朽ち果てる其の時まで、この身は王を拝命せし】」

 

 

 エーディルの詠唱する姿に俺は完全に呑まれて――見惚れていた。

 

 あまりにも堂々として、どこか幻想的で、そして威厳を纏っている。

 

 まさしくそれは――王たる者の姿だった。

 

「なんという魔力……!」

 

「これは……!」

 

 リヴェリアさん達も瞠目して、黒き女王を見つめていた。

 

 

「【告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に】」

 

 

「【誓いを此処に。この意、この(ことわり)に従うならば】」

 

 

「【我が命運、汝が剣に委ねよう】!」

 

 

 詠う黒の女王はゆっくりと右手に握る槍杖を掲げる。

 

 

「【我が名は――スヴァルディオ】!!」

 

 

 カアァン!!と強く石突で地面を叩き、同時に魔法円が大きく広がった。

 

 

 

「【エイスゥツ・グラズヘイム】」

 

 

 

 魔法名が告げられた瞬間、周囲の地面から幾つもの淡い光の柱が立ち上り――そこから騎士が現れた。

 

 黒銀の甲冑で全身を覆う重騎士。

 

 それがエーディルの周囲に大量に出現したんだ。ざっと見るだけでも5、60人はいる。

 

 剣、大剣、槍、斧、盾。様々な武器を携える騎士の大軍。

 体格もそれぞれに異なり、中には女性と思わしき騎士もいた。

 

 そんな騎士大軍の中心に仁王立つエーディルは――間違いなく『女帝』だった。

 

 エーディルは左手を上げる。

 騎士大軍は一斉に武器を抜き、あるいは構える。

 

 そして――左手は振り下ろされた。

 

 

「――蹂躙せよ」

 

『ヴオオオオオ!!』

 

 

 王命が告げられると同時に、騎士達は唸り声のような雄叫びを上げて突撃を開始した。

 

 突然の黒騎士の大軍の襲撃に、闇派閥はもちろん、市民や他の冒険者達は驚愕し、混乱していた。

 

「な、なんだコイツらギャアアアア!?」

 

「ど、どこから現くべぇ!?」

 

『ヴオオオオオ!!』

 

 黒騎士達は闇派閥を容赦なく殲滅していく。

 

「これは……魔法なのか?」

 

「こんな魔法、が……」

 

 エルフ達は瞠目して呆然としていた。

 それは俺達も同じだ。こんな魔法があるなんて、誰が想像していただろうか。

 

「これは……召喚魔法(サモンマジック)。だが……この数は……。それに……()()()()()()()だと?」

 

 リヴェリアさんも驚きを隠せない様だ。

 

「召喚魔法だと? そんな低次元のものと同じにするでないわ、白の王族(リヨス・アールヴ)

 

 エーディルは前を向いたまま、リヴェリアさんの呟きに反論する。

 

「かの騎士達は、かつて余に忠義を誓いて己が剣を捧げ、数多の戦場で我が国のために命を散らさせ、散らした英雄。死して尚、余の為に戦う事を誓約した我が誇り、我が王威そのもの」

 

 あの騎士達はただの使い魔ではなく、かつて本当に生きていた人間達ってことか?

 それを魔法で呼び戻す? そんな魔法があるのか?

 

「我が魔法【エイスゥツ・グラズヘイム】は、我が英雄達の魂を一時的にこの現世に帰還させ、余の魔力を用いて鎧騎士の肉体を与える『還帰魔法(リヴァイブマジック)』。余は1人で在って、1人に在らず。余があの者達を忘れぬ限り、たとえ国が滅びようとも――余はあの者達の王であり、余こそが『国』である」

 

 ……国の本質は土地でも王でもなく『人々』だと、何かで、どこかで聞いたことがある。

 そこに暮らす人々がいるから、王は君臨出来、国が存在出来るのだと。そして人々が国を忘れない限り、国の名前や王が変わろうともその国は何処かで形を変えて在り続ける。

 

 その逆もまた然り。王がいるから人々がいる。

 だから、王だった者が国が滅んでも国民の事を忘れなければ、その国は滅んでいないと言える。

 

「もっとも、言うほど簡単な魔法ではないがな。いくつもの条件を満たしてようやく我が騎士を呼び戻すことが出来る。だか呼び戻せたとしても、ご覧の通り碌に会話も出来ぬ状態で少々寂しいものだがな」

 

 いやいやいやいや、十分すぎるだろう。

 エーディル1人で、俺達の保有戦力が一気に数倍に増えたぞ……。

 

 俺達が呆気に取られている間も黒騎士達は闇派閥を撃退していくが、それでも次々と闇派閥の連中が現れる。

 それに黒騎士達も残念だがそこまで強くはない。多分、エーディルのステイタスや元々のステイタスが高くないことが関係してるんだろう。

 

「このままじゃ時間がかかり過ぎる……!」

 

「やっぱり俺らも行こ――」

 

「ふむ、ならば次の一手と行こうかや」

 

 エーディルはそう言うと、槍杖の穂先を前に出す。

 

 

「――【三度の厳冬を越え、訪れたるは終焉】」

 

 

 エーディルが新たな詠唱を詠い始める。

 でも……なんかこれって……。

 

 

「【大いなる輝天(きてん)は闇へと吞まれて、大いなる大地は崩れ散る】」

 

  

 やっぱりこれって……リヴェリアさんと同じ! ラグナロクの詠唱!

 

 

「【解き放たれるは邪火。暴虐と破滅が世界を覆う】」

 

 

 輝く魔法円の上で紡がれる歌声。

 

 その詠い手の姿に、俺は、俺達は、とあるエルフの王女の姿が重なった。

 

 

「【堕ちろ、命の星々。轟き響け、虹光(ぐこう)の角笛】!」

 

 

 だからだろうか、最後の一節を誰もが予感していた。

 

 

「【――()()()()()()()()】!!!」

 

 

 エーディルの足元の魔法円が一瞬で広がって、この戦場一体を覆う。その直後に魔法円は砕け散り、天へと舞い上がる。

 そして、その天上に大量の小さな魔法陣が円環を為し、幾重にも重なり……まるで角笛のような形を築く。

 

 エーディルは不敵な笑みを浮かべ、その瞳を見開いた。

 

 

「【ステルナ・ギャラルホルン】!!」

 

 

 流星群が降り堕ちた。

 大量の魔法陣から一斉に光線が放たれ、俺達の頭上を覆う。

 

 でも、

 

「こ、こんなものが街に落ちたら……!」

 

 リヴェリアさんの傍にいた男エルフが、俺と同じ危惧を口にする。

 

「舐めるなと言った」

 

 エーディルが告げた直後、流星が不自然に軌道を変えた。

 直角に落ちたり、うねって方向を変えたり、逆に上昇して建物を避けたりしている。

 

 そして流星群は()()()()()()()()、襲いかかってその身体を貫き抉っていく。

 

「こ、今度はなんだ!? ひっ! ぐがぁ!?」

 

「きゃああああ!?」

 

「ぎぃえあ!?」

 

 流星群と黒騎士団によって闇派閥はあっという間に全滅した。

 黒騎士団は武器を納め、または下げると、エーディルに向かって片膝をついて礼をしてから消えていった。 

 

 いやはや……これはどこからどうツッコんだらいいんだ?

 それに今の魔法は……。

 

「全方位殲滅、いや狙撃魔法か……。先程広がった魔法円で標的を選別していたようだな」

 

 リヴェリアさんが目を細めてエーディルの魔法を分析する。

 

 そして、鋭い目つきでエーディルを見据える。

 

「スヴァルディオ、そしてアールヴ……。その名を名乗ると言う事は……」

 

 エーディルはリヴェリアさんとまっすぐ、堂々と向かい合い、

 

 

「余が名はエーディル・デック・アールヴ・スヴァルディオ。古代に霊峰アルヴ山脈を離れ、黒き国【スヴァルディオ王国】を建国した黒の王族(ハイエルフ)の末裔。そして――祖国を護れずに無様を晒した、暗君である」

 

 

 ……うわぁお。ダークエルフの王族で、一国の元女王ってかい。

 そりゃあ……スセリ様も安易に話せないよなぁ。

 

「なんと……」

 

 これにはディムルもかなりの衝撃を受けている。あっちのエルフ達も顔を青くしている。

 あれだけ馬鹿にしていた相手が実はハイエルフだったら、まぁビビるよね。

 

「デ、(デック)の系譜だと……!?」

 

「黒の王族は古代に霊峰を護る為に戦い、ほぼ途絶えたはず……!」

 

「それも間違いではない。余の祖先は一族と仲違いにて袂を分かち、同胞が決戦で数を減らす前に霊峰を出て、共に霊峰を出た一族を纏めて国を造った。その時に余の祖先は黒の王族から追放された故、歴史から忘れられたのであろうよ。我が一族は伴侶と腹心以外にアールヴの名は明かさぬ掟があった故、国民のほとんどが我らの祖先を知らぬ。そして……今はもう余1人しかおらぬ」

 

 つまり、スヴァルディオ王国とやらにいた黒のハイエルフはもう死んでしまったと。……例の戦争でかな?

 

「なるほどな……其方の素性も事情も理解はした。だが、それが私を敵視する理由ではあるまい?」

 

「当然であろう。余は正直黒の系譜の事などどうでもいい。余はあくまで余に忠義を捧げてくれた臣下と民の王であるが故に偉ぶっているだけで、エルフ族の王族の血筋であることになど欠片も誇りを持っておらぬ」

 

「……では何故?」

 

「では、はっきりと告げてやろう。王族の責務を放棄したにも関わらず、王族であるという理由だけで周りから持ち上げられている貴様が――あまりに滑稽に見えて、苛つくのだよ」

 

「なっ……!?」

 

「先ほども言ったが、王族とは血筋で敬い、敬われるものではない。責務を果たし、民草に夢を魅せ、先導する者であると余は理解している。さて……今の貴様は、果たしてそれに当て嵌まっているかや?」

 

「……」

 

 顔を顰めて黙り込むリヴェリアさん。

 エーディルはそんなリヴェリアさんをもう用はないとばかりに視線を外し、俺達に身体を向ける。

 

「さて、これまで素性や魔法を隠していた非礼を詫びよう。しかし、余の魔法は目立つだけでなくあまりにも素性に繋がっている故な。言の葉で伝えるだけでは足りぬと思い、魔法を見せてからか、あのハイエルフの前で明かす方が冷静に受け止めてくれると主神様と判断した」

 

「……まぁ、確かにステイタスだけ見ても実感は湧かなかっただろうな」

 

「そうだねぇ。こりゃホントに度肝を抜かれたよ」

 

「逆に俺達の活躍が全部奪われそうだぜ……。ホントにここに来る奴ってとんでもねぇ奴ばっかだな……」

 

 アワランが呆れたように言うが、お前もそのうちの1人だからな?

 

「しかし、あれほどの大魔法を2つも使い、精神力(マインド)は大丈夫なのですかな?」

 

「問題ない、と言いたいところだが、流石にもう両方発動する事は厳しいな。どちらかだけであれば後1回。最後の1つであれば、2回が限度であろう。まぁ、しばらく休ませてもらえばある程度は回復する」

 

 ということはスキルも発現してるってことか。そりゃそうだよな。あんな魔法を持ってて、王様だったんだし。

 

「さて……じゃあとりあえず軽くダンジョンに行ってみるか。エーディルのおかげで俺達は全く消耗してないし」

 

「うむ」

 

「気疲れはあるけどねぇ」

 

「ですね……」

 

「まぁ、連携確認とエーディルにダンジョンがどんな感じか知ってもらうだけで終わればいいだろ。スセリ様にも報告して、梓達にも話さないといけないしな」

 

「では、愚か者共も駆逐した事であるし、早速迷宮に赴くとしよう」

 

 そう言ったエーディルは最後にリヴェリアさん達の方を見る。

 

 リヴェリアさんはまだ眉間に皺を寄せて何やら考え込んでいるが、周囲のエルフ達は肩を跳ね上げる。完全にビビってますなぁ。

 

「ふん……安心せよ。余は貴様達の言う通り、今はただの奴隷上がりの冒険者に過ぎぬ。ハイエルフとして何か為したわけでもなし。亡国の女王などなんの権力もありはすまいよ。不敬を気にする必要はない」

 

 怯えた姿にエーディルは鼻で笑い、自分はすでに王族でも何でもないと宣言する。

 

「むしろ、余をハイエルフとして接しなどしたら許さぬぞ? 余はアールヴの血を引いている事を忌避するつもりはないし、名を捨てる気もないが、それは我が祖先達への敬意故よ。まぁ、元スヴァルディオ女王として声をかけてくるのであれば、少しは相手をしてやらんでもないがな」

 

 これって俺達にも言ってるよね?

 ハイエルフとして褒めるなって事ね。まぁ、ずっとエルフ族の王としていたわけじゃなさそうだしな。多分他の種族もたくさん暮らして、臣下にしてたんだろう。

 そりゃあ、そっちの方がエーディルにとって重要だろうな。実際に治めていたんだし。

 

 ディムルはやり辛そうだけど、まぁディムルだってハイエルフの血筋ではあるんだ。多分気持ちは理解出来るだろう。

 やり辛いのは変わらないだろうけど。

 

 ということで、本当に色々と……色々とあったけど、俺達は後始末を他の人達に任せ、ダンジョンへと向かうのであった。

 

 ……明日からはまた周りからジロジロ見られるだろうけどな。

 

 まぁ、しばらくの我慢だ。

 まずはとんでもない戦力を得たことに――頭を抱える事にしよう。

 

 どう連携していいか……さっぱり分からん!

 

 

 

 

 

エーディル・デック・アールヴ・スヴァルディオ

Lv.2

 

力 :D 539

耐久:F 398

器用:D 523

敏捷:G 277

魔力:B 730

魔導:I

 

《魔法》

【モォヅゥス・ヴィーヴァ】

・波濤魔法 

・段階詠唱可能。中断した箇所で魔法規模が変化する

・詠唱式【渦巻くは母の怒り、うねりて我が子の外敵を押し流せ。その怒りは大地を抉り、あらゆる障害を砕きて揺り籠と成れ。九の光を以って突き刺せ。九の愛を以って包み込め。九の(かいな)を以って排除せよ。我が母よ、我が波よ、汝らが産み出す光は世界の果てへと至らん】

 

【ステルナ・ギャラルホルン】

・全方位狙撃魔法

・魔法円による標的設定可能。標的追尾能力あり

・標的設定時、標的以外の障害物回避可能

・詠唱式【三度の厳冬を越え、訪れるは終焉。大いなる輝天(きてん)は闇に呑まれて、大いなる大地は崩れ散る。解き放たれるは邪火。暴虐と破滅が世界を覆う。堕ちろ、命の星々。轟き響け、虹光(ぐこう)の角笛。この身はアールヴ】

 

【エイスゥツ・グラズヘイム】

・還帰召喚魔法

・召喚対象は生前に主従の誓約を交わし、その死後も術者に忠義を捧げる事を誓った者のみ

・術者、召喚対象が互いに主従関係を認識していなければ召喚不可

・召喚者は生前のスキル・魔法の発動不可

・召喚数に応じて消費魔力量増減

・Lv.および『魔力』アビリティ数値を召喚者ステイタスに換算。潜在値含む

・詠唱式【集え、天衣無縫の騎士団よ。今こそ(いくさ)の時。汝らの忠義は我が剣。汝らの献身は我が鎧。汝らの咆哮は我が盾となる。其は永久(とわ)の契り。この身朽ち果てる其の時まで、この身は王を拝命せし。告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。誓いを此処に。この意、この(ことわり)に従うならば、我が命運、汝が剣に委ねよう。我が名はスヴァルディオ】

 

 

《スキル》

妖精帝令(フェアリー・オーダー)

・魔法効果増幅

・射程拡大

・集団戦闘時『魔力』アビリティ高補正

 

黒妖女帝(スヴァルト・コヌンガル)

・『魔力』アビリティ強化

・主従誓約を結んだ者の魔法効果増大

・従者の数に比例して『魔力』アビリティ高補正

 

女王指揮(エンプレス・コマンド)

・集団戦闘時の伝播機能拡張

・集団戦闘時の視力・聴力強化

・『眠り』への高耐性

 

 

________________________

簡単キャラプロフィール!!

 

・アサマ・コノハナノ・梓

 

所属:【スセリ・ファミリア】

 

種族:エルフ

 

職業:未定

 

到達階層:未挑戦

 

武器:未定

 

所持金:150000ヴァリス(慰謝料)

 

 

 

好きなもの:歌、舞踊、桜、フロル

 

苦手なもの:粗野な人、麺類(食べ辛い)、暗い場所

 

嫌いなもの:奴隷商、闇派閥

 

 

 

《装備》

なし

 

 

 

 極東の山奥にある隠れ里出身。聖樹を守護する郷の長老の孫エルフ。

 極東にあるエルフの郷は全て他種族に対して鎖国状態にあり、そのせいか内部での権力争いが絶えない、【フレイヤ・ファミリア】の『白黒の騎士』の故郷にも匹敵する程の醜さを呈する状況にある。

 

 梓とその兄は長老である祖父と敵対する一族に貶められ、郷を追い出されたところに山賊に捕らわれてしまう。その後は奴隷商に売られ、その希少さからオラリオで売られることとなり、オラリオにやって来た。

 道中はその価値と兄の挺身による守護により、奴隷としてはかなり良い待遇で運搬されていた。本人はそんなことなど分かるわけないので、過酷な経験と思っている。

 もっとも、オラリオに着いてからは闇派閥に関わる商会に引き取られて、正真正銘過酷な環境に置かれてしまうのだが……。

 

 郷では『巫女』の役を担っており、祭事において舞と歌を奉納していた。ちなみに梓の母も巫女役を務めている。

 本人も歌や舞を好んでおり、その腕前は郷でも上位に入る程。

 

 オラリオやハイエルフの事もちろん、魔道具、他種族、食事、建物、何もかもが噂レベルでしか知らず、それどころか超越存在である神やモンスターですら伝承レベルである程のド田舎であったため、完璧なる箱入り娘。

 そのため目にする物、体験するもの全てが新鮮だが、今はフロルや【スセリ・ファミリア】の者達のために何が出来るかを見つけるのに必死で楽しむ余裕はない。今のオラリオで楽しむことなど難しいので、それはそれで本人にとっては良かったのかもしれない。

 

 身長156C、14歳。

 

 『神の恩恵』を授かったものの箱入りだったため、スセリに拾われたばかりのフロル並みの状況。

 能力値はもちろん、魔法、スキル、武術も何もかも真っ新な状態の為、冒険者となるのか、サポーターとなるのか、非戦闘員になるかは未定状態。

 

 フロルへの想いは、まさに『白馬の王子様』的な一目惚れ。

 ただし、これまで色恋とは無縁に無縁だったため、純粋に恩返しと献身のために傍にいたいと思っており、恋心にはまだ気付いていない。

 

 スセリヒメもそれに気付いており、他派閥のアーディとは違い、その感情を抱くのは当然だと思っているため邪険にする気は今のところない――が、そう簡単にフロルを渡すつもりは欠片もない。

 

 ちなみにだが……アワランの事は少し苦手だったりする。

 

 恐らく原作含めた作中登場のエルフはもちろん、春姫以上に純真な乙女。

 

 ヒロイン・オブ・THEヒロインの可能性を秘めている。ライバルは多いが。

 

 




ということで、エーディルはハイエルフ+女王のハイブリッドエルフでした!
……皆様にはバレバレだったようですがね( ;∀;)

イメージはダークエルフ in FGOモルガン&イスカンダル
エイスゥツ・グラズヘイムは、言うまでもなく『アイオニオン・ヘタイロイ』とサーヴァント召喚詠唱です!

そして、彼女の魔法が時間がかかった理由です(-_-;)
いやね、どんな魔法にするかは当然ずっと前から考えてたんですが、名前が全っ然!しっくりくるのが見つからなくてですね……
北欧神話関係はご存じ古ノルド語なのですが、調べても中々古ノルド語が見つからなくて、見つけても発音が分からなかったりなど、発音が分かっても滅茶苦茶語呂悪かったりと散々でして……
本屋やアマゾンで辞典みたいなのないか探したんですが、これも中々に見つからなくてですね~
北欧神話が嫌いになりそうでした(笑)

エーディルの最後の魔法の詳細、キャラプロフィールや細かい経歴は次回!


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面倒そうな『秩序』

お待たせしました


 さて、なんかもう色々とありましたが、やってきましたダンジョンに。

 

 とりあえず、すでにかなりの精神力を消耗したエーディルに無茶をさせない様にまずは上層でゆっくり連携を……と思ってたんだけどさ。

 

 全然上層だと余裕過ぎてダメみたいだ。

 

「ふっ!」

 

『ギャア!?』

 

 エーディルが槍杖を薙ぎ、コボルトの首が宙を舞って灰へと変わる。

 そのままエーディルは槍杖を振り回し、舞うように次々とコボルトを1人で倒していく。

 うん……この程度だったら前衛も全然出来るんだね、エーディル。

 

「こりゃもっと下に行かねぇと魔法の連携を試すどころじゃねぇな」

 

「だなぁ。まぁ、あんな杖を頼むくらいだからこれくらいはと思ってはいたけど……想像以上に動けるんだな」

 

「そりゃあ少し前までやつれていてもLv.2だしねぇ。なんだかんだステイタスで言えば、アタシらよりも上なんだ。これくらいはむしろ当然だろうさ」

 

 そういえば、そうか。

 なんか少し前までやつれてて奴隷だったイメージが強くて、ステイタスがそれなりに高いことを忘れちゃうんだよな。

 でも、思い出したらすでにランクアップ圏内にいて、ハルハよりも一部のステイタスは上だったか。

 

「しかし、本人もブランクがあるとの事ですし、無理して今日全てを試す必要もないのでは?」

 

「けどよ、今みてぇな戦闘だったら、それこそ本拠でも出来るじゃねぇか。だったら、やっぱり魔法を使わせる方を意識してもいいんじゃねぇか?」

 

「そうですな」

 

 そうするか。そもそもエーディルは後衛職だしな。

 

「エーディル」

 

「なにかや?」

 

「魔法だけど、最後の1つって言ってたし、3つ発現してるんだよな?」

 

「そうさな。余が会得している魔法は3つ。まだ見せておらぬのは【モォヅゥス・ヴィーヴァ】と言う魔法であるな」

 

「どんなのなんだい?」

 

「水の竜巻を放つ魔法でな。ただ、段階詠唱という特徴があり、最低で1本、最大で9本の竜巻を放つことが出来る」

 

「段階詠唱?」

 

「あの忌々しいハイエルフの『詠唱連結』の劣化版のようなものだ。あ奴のは詠唱を繋げる事で魔法を変質・強化するものだが、余のは詠唱を分割することにより段階的に魔法規模と威力を上げていく。最初の一節のみならば1本、二節詠えば2本とな」

 

 なるほど……。……いや、滅茶苦茶強いなホント。

 

「それだけの魔法があっても……ラキア王国に負けたのか?」

 

「神時代になり千年。確かに『神の恩恵』にて、戦いは量より質となった。しかし、何事にも限界はある。余が誇っていた軍は最大2万、されど実際に戦争に動かせる数はその半分の1万。対するラキアは3万。数の不利に加え、こちらは防衛戦……民草を守り、逃がしながらの戦いとなれば、どうにも後手に回り、撤退の機を逃してしまう事も珍しくない。余の魔法で一つの戦場で勝つことは出来ても、他が押し負ければ守り切れはせぬよ……」

 

 そうか。敵はラキアだけじゃないんだよな。

 モンスターや山賊、ラキアの侵攻に合わせて他の国も来る可能性がある。それらを警戒・牽制するための戦力も配置しなければならない。そうなれば、どうやっても限界はあるか。

 

 対してラキアは攻めるだけだ。攻める為だけの戦力が来てるんだから、3万フルに使えるよな。

 それに防衛戦・籠城戦は援軍ありきなことが多い。食料にも限界がある。だから……援軍が来るか、数の不利をひっくり返せるだけの眷属がいなければ……いずれは滅ぶか、降伏するしかない。

 

 滅べば当然戦力はなくなるし、降伏すれば兵士は捕虜になって戦線離脱して結局戦力は減る。降伏すれば住民達を守る必要もあるだろうしな。

 

「余が誇った軍とて、最高戦力はLv.3が2人。Lv.2は余を含めて7人。質に関しても、ラキアよりやや…劣っていたのだ」

 

 レベルの差は本来簡単に覆せるものじゃない。

 十人のLv.2がいたら、百人のLv.1の軍勢であれば、押さえ込めると言われている。真っ向勝負であればの話だけどな。

 でも、流石に数百数千がずっと襲い掛かってきたら限界が来るに決まってる。

 

 そして……エーディルであれば臣下や民の為に、早めに降伏する選択をするだろう。

 その方が国民の被害が少ないだろうから。

 

「このオラリオであれば、3万だろうが4万だろうが全く問題ないだろうがな」

 

「まぁ、【ロキ・ファミリア】【フレイヤ・ファミリア】がいれば一蹴出来るもんな」

 

「LV.5やLv.6など、外の国からすれば階層主と変わらないでしょうからね」

 

「階層主か……」

 

「ん? どうした? アワラン」

 

「エーディルのあの魔法があれば俺達だけで18階層に挑めるんじゃねぇか?」

 

 アワランの言葉に、俺達は考え込む。

 ……可能性はあるだろうけど……。

 

「あの騎士団ってそこまで強くなかったぞ? ミノタウロスとかには勝てないと思うなぁ」

 

「我が騎士達の強さは余のレベルと『魔力』の能力値に通じている。現状では良くてLv.2成り立てか、Lv.1の上位と言ったところであろうな」

 

 十分じゃね?

 まぁ、ゴライアスと戦うには少し厳しいか。

 

「騎士達は生前のスキルや魔法は使えぬからの。武術に関しては生前のままだがな」

 

「強さは統一されてるのか?」

 

「いや、生前のステイタスに影響を受けておるな。故に個々で実力が違う」

 

「でも、魔法使えないって事はあの騎士団の中に魔術師とかはいないのか?」

 

「おるぞ。我が軍に所属した者は、魔術師であろうと剣術などを身に着けさせておったのでな」

 

 わぁお、結構ハードな軍隊ですね。

 

「国民ってやっぱりダークエルフが多かったのか?」

 

「いいや。王族や上位貴族にしかおらなんだよ。平民に下った者もいたが、その場合は大抵国を離れて行ったな。そのせいか王位継承には中々に揉め事が多かった」

 

「ダークエルフがいない事があったって事ですか?」

 

「そんな時もあったようだが、基本的には多すぎたのだ。知っての通りエルフ族は長寿だ。神の恩恵を得たことで、Lv.1やLv.2とは言え若さを長く保つことが出来るようになったのもあり、子孫はそこそこに繁栄していた。そのせいで継承権争いが派手だったのだよ。臣下の多くは他種族であったし、主神も継承権までは口出ししなかったのでな」

 

「あ~……なるほどなぁ。エーディルの時はどうだったんだ?」

 

「余は継承権一位であったし、先王が身を引く時には他の王族は若すぎるか、継承権を放棄して公爵家などに下っておったよ。まぁ、自分で言うのも何だが、余は非凡な才を持っておったのでな。文句はあまり出なかったよ」

 

 まぁ、あれだけの魔法と、これだけの貫禄があればなぁ……。

 多分国民にも人気だったんだろうな。

 

「今更かもしれないけど……国に戻らなくていいのか? ラキアに取り込まれたとはいえ、国は健在なんだろ?」

 

「無理なのだよ、団長殿」

 

 エーディルは足を止めて、まっすぐに俺を見つめる。

 

「余が奴隷になったのは、もう20年以上前の事でな……。すでに祖国は始祖とも余とも無縁の王が治めているはずだ。今更余が戻ったところで、余計な騒動を呼ぶだけであろうよ」

 

「え……と言う事は20年以上も奴隷として?」

 

「そこは少々複雑でなぁ……。主神が送還され、余も恭順を拒否した故、本来であれば処刑されるか幽閉される運命であったが……生き残った余の臣下達がラキアに恭順する代わりに、余がスヴァルディオに二度と戻らぬことを条件に余の存命を願い出たのだ。当時のラキア王はそれを受け入れ、余は当時親交のあったラキアの属国でもない他国へと移送されたのだが……数年ほど経った頃にその国がラキアではない国に侵攻されたのだ」

 

「また波乱万丈でありますなぁ……」

 

「うむ」

 

「余は一応賓客扱いであったために退避することになったのだが、その道中で山賊に襲われて捕まってな。それで奴隷となったのだよ」

 

「なんとまぁ……」

 

「ちなみにその国は無事だったのか?」

 

「その時は何とか凌いだようだが、その後にラキアに呑み込まれたようだ。故に、その国にも戻れぬだろうな」

 

「でも、このままここにいて名を馳せたら騒がれるんじゃないか? ダークエルフ達もだけど」

 

「まぁ、騒がれるであろうが、だからと言って祖国には戻れぬだろうよ。余とて立派に国を治めている者を押し退けてまで戻る気はない。ダークエルフ共に関しては……どうでも良いな。そもそも余の一族は(デック)の系譜より追放された身であるのでな。デック・アールヴの名も、ダークエルフの国王と王妃しか名乗れないという掟故で、名乗るなと言われればそれはそれで構わん」

 

 なんとも不憫と言うか……とことん波乱万丈な人生だなぁ。

 なんか……優しくしてあげよう。

 

 俺達は移動を再開し、11階層に下りる。

 

「ふむ……僅か10足らず下りてきただけだというのに、随分と様変わりするものよ」

 

 10階層でも興味深そうに周囲を見渡していたエーディルは、ここでも周囲を見渡していた。

 まぁ、さっきまで洞窟だったのに、いきなり霧に包まれた草原に変わるんだから誰だって驚くよな。

 

「さて、どうするか……。下に行くと狭くなるから、エーディルの魔法を試すにはここがある意味一番いいんだよな」

 

「そうだねぇ。とりあえず、シルバーバックでも探して、使わせてみるかい?」

 

「だな」

 

 ということで獲物探し。

 シルバーバックは別に希少モンスターでもないので、すぐに見つかったけど。

 

 俺達はエーディルを見て、

 

「じゃあ、見せてもらって良いか?」

 

「よかろう」

 

 エーディルは鷹揚に頷いて前に出る。

 

「――【渦巻くは母の怒り、うねりて我が子の外敵を押し流せ】」

 

 魔法円が輝いたかと思うと、左手を突き出した。

 

「【モォヅゥス・ヴィーヴァ】」

 

 左手前に蒼銀の魔法陣が展開され、一本の水竜巻が勢いよく発射された。

 

 水竜巻はあっという間にシルバーバックの上半身が呑み込まれ、身体が灰になる。

 おぉ……これで一番威力が低いってヤバくね?

 

 エーディルが顔を左に向ける。

 俺も同じ方向を見ると……わぁお、インファント・ドラゴンじゃん。

 

「ふむ……あれがインファント・ドラゴンかや?」

 

「ああ。どうする?」

 

「そうさなぁ……5割ほどで放ってみるとしよう」

 

 エーディルはこちらに気付いて雄叫びを上げるインファント・ドラゴンに再び左手を上げる。

 

「【渦巻くは母の怒り、うねりて我が子の外敵を押し流せ。その怒りは大地を抉り、あらゆる障害を砕きて揺り籠と成れ。九の光を以って突き刺せ】」

 

 展開されたのは先程の魔法陣が5つ含まれた巨大な魔法陣だった。

 

「【モォヅゥス・ヴィーヴァ】!」

 

 ドォン!!と間欠泉が噴き出したかのような爆音を轟かせて、5本の水竜巻が噴き出した。

 

 5本の水竜巻は意思を持った龍のようにうねりながらインファント・ドラゴンに襲い掛かり、一瞬でその巨体を喰い尽くした。

 

 ……とんでもないですね。Lv.2でこれ?

 将来本当にリヴェリアさんに並ぶ大魔導師になるぞ、これ。

 

「やっぱゴライアスいけるんじゃねぇか?」

 

 アワランが呆れた顔でさっきと同じことを口にする。

 まぁ、気持ちは分からなくもないけどさ。

 

「流石にエーディルの魔力が保たないだろ。ゴライアス相手に温存なんて出来ないだろうから、それぞれ一発放ったらもう撃てないのはキツいと思うぞ?」

 

「だな。連携次第なところは確かにまだあるが、エーディルを守る事になるお前らがまだまだだぞ」

 

 ドットムさんの言う通り、エーディルが詠唱を終えるまで注意を引きつけたり、エーディルをカバーする俺らがまだまだゴライアスの攻撃に耐えられるレベルじゃないと思うんだよな。

 まだ皆Lv.2になったばかりで、ディムルはまだLv.1で、新人達はそもそも中層に連れて来れる段階でもない。

 流石にまだ無茶だな。

 

「せめてエーディルと……もう1人Lv.3になってからだな。俺達だけで挑戦を考えるなら」

 

「先の長い話だねぇ……」

 

「どうだろうな? 結構Lv.2からLv.3に上がるのは最初より早い事が多いって聞くぞ?」

 

「まぁ、中層以下は探索やモンスターの危険度が跳ね上がるし、ある程度無茶出来る限度も分かるくらいの経験はしてるはずだからよ。Lv.3になる期間は短い奴は確かに少なくねぇ。……ただし、その分命懸けだがな」

 

 だろうな。

 今は闇派閥もいるし、経験値って意味では稼ぎやすいかもしれないが……判断がかなりシビアになる。

 エーディルがそれなりにダンジョンに慣れてからじゃないと、20階層より下はまだ厳しいと思う。

 

「アワラン達もランクアップしたばっかりだし、しばらくはディムルのランクアップとエーディルがダンジョンに慣れる事を第一に考えよう。エーディルが慣れてくれば、パーティーを分けてダンジョンに挑めるようになるだろうし」

 

「まぁ……焦ってもしゃあねぇか」

 

 アワランは腕を組んでため息を吐く。

 おお……成長したなぁ。

 

 俺のそんな思いに気付いたのか、アワランは顔を顰めて俺に視線を向ける。

 

「なんか変な事考えてただろ? いくら馬鹿な俺だって、お前にぶん殴られた上にあんだけのこと言われたんだから、無茶して強くなろうなんざもう思わねぇよ」

 

「くくくっ! あれだけ思いっきりぶん殴られて気絶させられればねぇ」

 

「そうですなぁ。あれは戦士と言うか……男子としては、その……嫌でも響くでしょうなぁ」

 

「聞いて見てるだけの我々ですら、グッと来ましたからね……」

 

「「うむ」」

 

「恥ずかしかった」

 

「うっせぇよ!!」

 

「ほぉ~う。それはそれは……余も是非見てみたかったものであるなぁ」

 

「見せるか! スセリヒメ様に見られてたってだけでも最悪なんだからな!?」

 

 だろうね。

 まぁ、俺はもう何度も見せてるから今更だけどさ。いや、その時は恥ずかしいけどね。

 

 そんなことを話しながら、今日はここらへんで戻ろうとなった時、下へと降りる通路からとある一団がやってきた。

 

 その一団は『開かれた本と天秤』のエンブレムが描かれた旗を掲げていた。

 

「あれは……」

 

「あれが噂の【テミス・ファミリア】か?」

 

「そうみたいだねぇ」

 

「もう中層まで挑んでいるようですね……」

 

「まぁ、Lv.2が4人もいるし、団員数も多いからな。力押しでもある程度は行けるんじゃないか?」

 

 俺達は周囲を警戒しながら【テミス・ファミリア】が通り過ぎるのを待つ。

 

 だが……集団の半ばにいた騎士の1人が俺達に顔を向けて足を止めた。

 それに合わせて他の騎士達も足を止める。

 

「貴様達は……」

 

 なんかいきなり訝しまれながら貴様呼ばわりされたんだが。騎士の癖に失礼な奴だな。

 

 ちなみにその騎士は青紫色の弱めパーマで、神経質そうな顔をしていた。

 そして、その騎士は俺を見て、更に顔を顰める。

 

「……何故このような場所に子供がいる?」

 

「子供?」

 

 騎士達の視線が俺に集中する。

 今の俺の身長は小人族にだって負けてない。見た目子供でも騒がれる程じゃないと思うんだが……外から来て間もないし、仕方がないのか?

 

「何を言っている、ジィル。彼はあの【迅雷童子】だ」

 

「……【迅雷童子】だと? あんな子供が?」

 

 あんな子供がって言われてもなぁ……。俺の事を知ってるなら、俺がなんで有名なのか知ってるはずだろうに。7歳でランクアップしたんだから今も子供に決まってるだろ。

 

「子供がダンジョンに挑むなど……! やはりオラリオには厳格な秩序が必要なようだな」

 

 どんな理論だよ。

 別にダンジョンに挑んでる子供は俺だけじゃないぞ? 目立ってるのが俺だけってだけだし、そもそも一体何歳だったら挑んでもいいって判断するんだ?

 

「やめろ、ジィル。まだオラリオの現状を把握しきれていない状況で、安易な判断を下すな」

 

「その判断を待っていた結果が今のオラリオであろう!?」

 

 それは否定しないが、子供をダンジョンに行かさないようにしたところで大して変わらんよ。

 

「最大派閥とか言う【ロキ・ファミリア】も【フレイヤ・ファミリア】も不甲斐ない! 力を持っていながら、秩序を保たずに好き勝手にするなど……!」

 

 そりゃあ探索系ファミリアの最優先はダンジョンの攻略だからな。

 治安維持はあくまで迷宮探索の弊害にならないようにするためだから、一番の問題はギルドにある。

 

 まぁ、ゼウスとヘラを追放した責任はいくらかあるだろうけどさ。

 

 でもなぁ……この前ここに来たばかりのファミリアがフィンさん達をどうこう言うのは何か納得出来ないなぁ。

 

「そこまでになさい、ジィル」

 

 俺……と言うか俺達が彼らに呆れ始めていると、大きいわけでもないのにはっきりと俺達にまで声が届く。

 

 騎士集団の後方から現れたのは、団長のジャンヌ・ダールだった。

 

「ジャンヌ……!」

 

「貴方がオラリオの秩序について憂慮する事を咎めるつもりはありません。その法と秩序への熱意は好ましいとも思っています。……ですが、だからと言って周りを貶めて良いわけではありません」

 

「ですが……!」

 

「そもそも、貴方が子供と言ったあの少年も、我らより強く、このオラリオの為に幾度となく悪と戦って来ています。我々も祖国において治安維持の実績も自負も、誇りもありますが、この都市では何も実績はありません。そのような態度では、我らこそが不秩序の種となりかねません」

 

「ぐっ……!」

 

 なんか思ったよりまともと言うか、柔軟な思考をお持ちのようだ。宥めていた騎士も誠実そう。

 

 ジャンヌは俺達に向くと、頭を下げる。

 それにジィルと呼ばれた騎士はもちろん、他の騎士達も驚きを露わにする。

 

「ジャ――!?」

 

「部下の非礼、誠に申し訳ありません、【迅雷童子】。そして【スセリ・ファミリア】の皆々様」

 

 誠実さしか感じられないその謝罪に、俺達は拍子抜けというか、困惑した顔を見合わせ、

 

「……まぁ、直接侮辱をされたわけではないので、特に問題視する気はありません。謝罪を受け取ります」

 

「感謝します」

 

 ジャンヌは頭を上げ、微笑みを浮かべる。

 

「お噂は我々の耳にも届いています。我が神も貴方の事は気にかけておりました」

 

「スセリ様の話では、神テミスとは交流があったようですからね」

 

「ええ。故に、我らもまた貴方達と友誼を結べればと思っております」

 

「……」

 

 俺はジャンヌの言葉に眉間に皺を寄せ、すぐに頷くことが出来なかった。

 

 いや、別に【テミス・ファミリア】、いや正確にはジャンヌや神テミスとの友誼を結ぶ事に文句はないんだが……う~ん……。

 

 なんか……今の情報だけじゃ交流を深めてもあまり意味がない気がする。

 ジャンヌの後ろにいる騎士の大半が不快感を隠しもしない、この状況では。

 

「……その言葉は嬉しいけど……今はその手をまだ取れない」

 

『なっ……!?』

 

「……やはり、そうですか」 

  

 後ろの騎士達が驚き、怒りの顔を浮かべるが、ジャンヌは俺の返答を予想していたようで残念そうな顔を浮かべる。

 

「互いに今が初対面。例え神と神が旧知の仲とは言え、それが我ら眷属に当て嵌まるのは別問題。……そういうことですね?」

 

「ええ。互いを知る時間が必要だと思います。そちらの言う『秩序』が、俺達の、冒険者と共存出来るのか。まだ分かりませんからね」

 

「貴様ぁ……!」

 

「このオラリオでは理想をどれだけ掲げようと、力がなければその理想は空想でしかない。それを無理にでも押し通したければ……強くなるしかない。だから、俺達は強くなろうとここにいる。貴方達が掲げる『法』と『秩序』がどんなものか、どのように目指すのか、それを見極めない限り、交流を深めるつもりはない。敵対する可能性があるなら、最初から友誼を結ばない方が気後れしなくて済むからな」

 

 俺の言葉にハルハ達は同意するように頷いてくれる。

 まぁ、オラリオの場合はそれが普通だからな。今は闇派閥の為に協力体制を敷いてはいるが、ダンジョン探索や普段の活動においては不干渉が基本だ。

 【ガネーシャ・ファミリア】はドットムさんがいるから、それなりに交流してるけどな。でも、向こうだってダンジョン探索などに関しては一切口を出さないし、邪魔をしない。それは他の派閥に対しても同じスタンスだ。問題行為が確認されない限り、ギルドも【ガネーシャ・ファミリア】もファミリアの活動に干渉しない。

 

 でも【テミス・ファミリア】はその保証が全くない。

 いや、それどころか今の感じでは干渉してくる可能性の方が高い。

 

 それは俺達の望むところではない。もちろん、他のファミリアもそうだろう。

 

「ここはこれで手打ちだ。俺達はしばらくここにいる。地上に戻るなら先に行ってくれ。……まぁ、消耗が厳しいと言うのであれば、俺達が先に行くが」

 

「お気遣い感謝しますが、その必要はありません。此度の探索はあくまで偵察が目的ですので、戦闘は最低限としていましたから」

 

 ジャンヌは俺達に頭を下げて、部下達に進軍の指示を出す。

 ジィルとか言う騎士も全く納得してない様子だが、渋々と、でも俺達を睨みつけながらジャンヌの命令に従った。

 

 進軍を再開する【テミス・ファミリア】を見送る俺は、大きなため息が無意識に出た。

 

「はぁ~~……やっぱ、面倒事になりそうだなぁ……」

 

「ホントにアンタはこの手のトラブルを引き寄せるねぇ」

 

「今回は強く否定させてくれ」

 

「まぁ、今回は向こうが勝手に盛り上がっただけだしなぁ……」

 

「団長の対応も間違っていないと思いますよ? あのような対応をされていきなり友誼を結ぼうと言われても、信用するのは難しかったでしょう」

 

「だろうな。確かにあの団長殿は信用に値する人格者であったようだが、その部下達は怪しいものよ。どこまであの女一人で制御出来るか……。団長殿の言う通り、静観が正解であろうよ」

 

「エーディルにそう言ってもらえたなら、少しは安心できるな。さて……もう少ししたら俺達も戻ろう。ドットムさんはシャクティさん達に報告した方が良さそうだし」

 

「みてぇだな……ったく、堅物はうちとも相性が悪ぃんだけどなぁ……」

 

 主神がノリで動く時ありますからね。

 

「ですが、団長殿がまだ分かり合えそうな方なのは僥倖でもありましょう」

 

「うむ」

 

 そうだけどな。

 うぅん……これはスセリ様に神テミスと会って貰った方が良いか? いや、流石にそこは神頼み過ぎか。

 

 やれやれ……これはもう……苦労するのは確定か。

 

 面倒なことになりそうだ。

 

 

________________________

簡単?キャラプロフィール!!

 

・エーディル・デック・アールヴ・スヴァルディオ

 

所属:【スセリ・ファミリア】(元【ヘイムダル・ファミリア】)

 

種族:ダークハイエルフ

 

職業:冒険者

 

到達階層:11階層

 

武器:杖、槍、細剣、短弓

 

所持金:50000ヴァリス

 

 

 

好きなもの:探求、繁栄、臣民

 

苦手なもの:馬鹿、天才

 

嫌いなもの:勘違いしたお調子者、脳筋、裏切り者

 

 

 

装備

《スヴァルト・プライド》

・魔導士専用武装 槍杖

・『魔女の隠れ家』店主レノア、および正重作 価格300000ヴァリス(ヘファイストス談)

軽量金属(ライトメタル)、精製金属《ミスリル》を複合して杖を覆い、長柄武器ハルバードとしても使用出来る第三等級武装でもある

・元々エーディルが愛用していた槍杖を模して造られた。ちなみに女王時代に愛用していた槍杖は魔法大国(アルテナ)で造られ、リヴェリアの杖と同じく『至高の五杖(マギア・ヴェンテ)』に数えられているが、現在ラキア王国の宝物庫に貯蔵されている。

 

 

 

 黒き国【スヴァルディオ王国】第29代目国王、および【ヘイムダル・ファミリア】第5代目団長であったダークエルフの元王族。

 古代の英雄時代において、霊峰アルヴ山脈に暮らしていた黒の王族から追放され、共に霊峰を出た一族を纏めて国を興した一族の末裔。ちなみに追放された理由は『白の王族同様一族の為に霊峰を捨てる選択をした』からである。故に歴史を知るダークエルフからは『臆病者』や『痴れ者』と蔑まれている一族。

 しかして、その真実は黒の系譜を途絶えさせない為に、その時の黒の王が「恐らく我らは滅びる。泥を呑んで生き延びてくれ」と弟に頭を下げて、霊峰から遠ざけたのであったが、長き歴史の中でそれは忘れ去られた。

 

 エーディルは27代目国王の長女として生を受け、幼少の頃よりその異才を発揮していた。しかし、父王が病で早くに世を去り、エーディルの叔父でもある王弟がエーディルが成長するまで国王を継いだ。

 その間にエーディルは希少魔法【エイスゥツ・グラズヘイム】を発現し、次期国王、そして騎士副総長として前線に立ち、臣民と交流を深め、敬愛を集め、39歳の若さで王位を継いだ。

 

 その結果、エーディルの即位に異議を唱える者は片手ほどしかおらず、主神ヘイムダルでさえ『過去最高』と言わしめた女王となった。

 

 スヴァルディオ王国は王都が大樹に囲まれ、材木や果物、穀物の名産地で、ダークエルフだけでなく、他種族も多く暮らしている自然豊かな国だった。

 それ故に侵略される事も多かったが、大魔法を操るエーディル束ねる屈強な騎士団に悉く撃退された。

 

 しかし、それらは全て周囲の中小国であり、ラキア王国ほどの大国には残念ながら及ばなかった。

 

 エーディルは早期の段階で敗北を確信してしまい、少しでも被害を減らす為に降伏を決めたが、ラキア王国が提示した『エーディルは女王を退いて、ラキア王国の臣下として忠誠を誓え』という条件だけはすぐに頷けなかった。

 

 いくら降伏するとは言え、国を捨てるのは己の矜持をも捨てる事に等しかったから。

 

 しかし、このままでは臣民達が殺され、悲嘆が広がる事に苦悩していた。

 そして、その苦しみは臣下達も同様で、自分達の為に悩み苦しむ女王の姿にどうすれば良いのかと日々密かに話し合いが行われていた。その中で出たのが、エーディルをラキア王国ではない他国に追放する事であったが、それが簡単に承諾されるわけがない事は誰もが予想出来ていた。

 

 だが、そこでとある大事件が起こった。

 

 

 エーディルを除く王族、および王族の血を引く貴族達、そしてその家族の集団自害であった。

 

 

 それは『エーディル以外に王に相応しい者はいない』と言う王族一同の宣言であり、同時に臣下達に『ラキア王国に勝つ以外にスヴァルディオ王国を護る術はない。それが無理ならばエーディルを護れ』と覚悟と決意を促すものだった。つまり、どちらにしろ王国が終わるならば、デック・アールヴ・スヴァルディオ王家の治世が終わるならば、エーディルを生かす為に動けと発破をかけたのだ。

  

 彼らの覚悟を履き違えることなく受け取った臣下達は、王を裏切るような選択であろうとも、エーディルを生かす、それも少しでも自由に生きてもらう為に自分達を犠牲にする事を選んだ。

 

 それが――『エーディルを親交ある他国へ追放し、新王の下にラキア王国の傘下に降る』であった。

 

 だが、神の眷属であるエーディルを、『神の恩恵』を持たない国が受け入れる事は中々に難しい事だった。

  

 眷属達の想いを汲んだヘイムダルは、アレスの前で自害して天界へと送還されてエーディル達に授けた恩恵を解除する事で覚悟を後押しした。

 

 一族、臣下、主神。

 己を支えてくれた者達の覚悟を受け取ったエーディルは『余の家族、臣下、民、そして主神を奪った貴様らに従う事なぞ未来永劫、転生しても断じてあり得ぬわ!!』と、アレスとラキア王に威風堂々と宣言した。

 

 その直後、あらゆる後悔を胸に抱いて湧き上がる慟哭に耐える臣下達に捕縛され、惜しまれながら国を追放される事になった。

 

 馬車で国を発ったエーディルを見送った臣下達はその夜、『この不忠、死を以って償います。どうか……我らがまた貴女の騎士として呼ばれない事を祈って』と、エーディルの平穏と安寧を願いながら――即効性の毒を飲み、永遠の眠りにつき、スヴァルディオ王国は滅びを迎えた。

 

 エーディル即位104年目のことである。

 

 その余りにも気高く深い忠誠に、流石の脳筋神アレスも不義にする事は出来ず、エーディルを諦める事にした。

 生き残った者達が宣告通りにラキア王国に忠誠を誓い、スムーズに豊かな国を手中に収めただけでも十分すぎる成果であったからだ。

 

 そして、エーディルは他国へと渡り、奴隷へと身を落とすまで穏やかな日々を()()()過ごした。

 

 身長171C。

 

 年齢――164歳。

 

 【エイスゥツ・グラズヘイム】所属騎士総数――5万4121人。

  *現在召喚上限は精神力(マインド)全振りで100人

 

 国を追放され、奴隷に身を落とした身であっても、多くの者に『王』として支えて貰い、生きることを望まれた事を誇りに想い、『スヴァルディオの王』であり続ける事を自身に誓っている。故に、服毒自殺した臣下達をいつか騎士としてまたこき使ってやると心の中で思っていた。

 そのため、傲慢不遜で不敵な言動をしているが、一度身内と定めた者や非力な一般市民に対しては慈悲深く献身的。特に子供は大好き。

 

 フロルの事は面白い存在として気に入っている。完全に母親目線でフロルを見ている為、スセリヒメにも気に入られていたりする。

 ちなみに夫は病死、子供はラキアが攻めてくる前の他国との戦争で死別している。以降は婚姻を結んでいない。

 

 ハルハ達に関しても、自分の事を棚に上げて面白い連中と思っている。

 ディムル、梓のことはエルフとしてやはり特に気にかけてはいる。

 

 リヴェリアの事を王族としてボコボコに貶したが、実は個人としては嫌っていない。あくまで王族として嫌っているだけ。『ギルドの豚エルフ』は手腕は認めているが、個人としては嫌い。

 

 本人も言っていたように黒の王族(デック・アールヴ)である事には全く誇りを持っていない。

 なので、宣言通りハイエルフである事を理由に敬ってきたらキレる確率100%である。

 

 

 

 ちなみに――前話の【エイスゥツ・グラズヘイム】には毒で自害した臣下達もしっかりと召喚されていた。

 

 

 故に再び主従に会わせてくれた【スセリ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】には、主従共に感謝している。

 

 

 




こんなエーディルが何故Lv.2なのか?

それは即位後は戦争くらいしか前線に立たなかったからですね
流石に山賊退治やモンスター駆除などは余程のことがない限り、騎士団だけで対処してました

ダンまちのエルフの寿命ってどれくらいなんでしょうね?


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やっぱりうちの新人はおかしかった

お待たせしました!

サトシ引退……。寂しいですね。
そして、ふと思ったのが……サトシ、オラリオだったら完璧な英雄じゃね?

出会いと別れ、勝利と敗北、素晴らしい仲間・先達・後輩に恵まれ、何度も世界を救い、最強の称号を得たにもかかわらず、まだまだ広い世界を見たいと、強くなりたいと謙虚に思う冒険心。

……完璧じゃないですか? ヒロインもたくさんいたしw
ベルと滅茶苦茶仲良くなれそう。

何にしても、お疲れさまと言いたいけど、寂しいですね。


 エーディルの初ダンジョン探索を終え、本拠に戻った俺達。

 

 もちろん、スセリ様にエーディルの事を報告する。

 

「おぉ、ようやく明かしたか。これで肩の荷が下りるというものよ」

 

「どこがだい」

 

「むしろ知らない方が気が楽だったんじゃねぇかと思ってんぞ……」

 

 ハルハとアワランの言葉にディムルが頷いていた。

 まぁ、エルフであれば気を使わないわけにいかないよね。

 

「なにディムルまで頷いておるか。お前も血筋的にはハイエルフであろうが」

 

「いえ……私の家は……」

 

「駆け落ちも出奔も大して変わらぬわ。我が祖先とて霊峰を護る為に戦おうとした同族を見捨て、霊峰を出奔した一族よ。そして、リヴェリアもまた出奔して王族の責務を放棄しておるではないか。奴と余が王族(ハイエルフ)として扱われるならば、お主とて扱われなければ道理に合わぬ」

 

 なるほど。だから、エーディルはハイエルフとして扱われたくないわけか。

 実際リヴェリアさんも王族扱いを嫌がってるし。

 

「それにしても、エーディルの魔法はとんでもないですよ……。これ、素性も含めてかなり騒がれると思いますよ?」

 

「じゃろうな。まぁ、こればかりは仕方がなかろう。いつまでも隠せるものでもなし。何をどう騒ごうがエーディルはすでに妾の眷属。奪うならば妾を送還するしかない。少なくとも、ギルド傘下にある神ならば『戦争遊戯』しか選べぬし、そんな事をして素直に従うエーディルでもあるまいよ」

 

「闇派閥は……どっちにしろ狙われてっか」

 

「そうだねぇ。アタシらは連中の派閥を一個潰したからねぇ」

 

「そうですな。そして、我らもまた闇派閥をのさばらせておく理由もなし。狙われること自体は今更ですな」

 

「戦うのみ」

 

 そうだけどな。となると、問題はやっぱりエルフ達の反応か。

 まぁ、基本的にオラリオにいるほとんどのエルフは俗に言う『白エルフ』だ。

 ダークエルフは本当に全くと言っていい程見かけない。俺が知ってるのも【フレイヤ・ファミリア】のヘグニ・ラグナール。そして……闇派閥の幹部にも1人いるってくらいで、他は知らない。

 それだけ数が少ないってことだな。

 

「まぁ、エーディルに関しては妾達がどう考えようが、結局は周りの反応を見なければのぅ。今は純粋に戦力強化を喜んでおけ」

 

「1人で一派閥を築けるのは凄すぎて喜びにくいです」

 

「贅沢言うでないわ」

 

「分かってるんですけどね」

 

「そう言えば、あの騎士連中は何体まで呼べるんだい?」

 

「後先考えなければ最大100人だが、現実的には40〜50が上限であろうな」

 

 十分だよ。

 

「あれって結局どんな連中なんだ?」

 

「説明した通り、余に忠義を誓った臣下達だ。実際に主従の契りを交わし、死後も余の臣下であると心から誓ってくれた者のみ、呼び戻す事が出来る。なので、今後は数が増える事はあるまいよ」

 

 なるほど。王だからこそ意味がある魔法と条件だったわけだ。

 

「と言う事は……本当はまだまだ多くの騎士殿達を呼べると?」

 

「無論だ。これでも少なからず善政を敷いていた自負はあるのでな。余の自慢の臣下達は一万は優に超える」

 

「「「一万!?」」」

 

「お主らな……国王をどんな存在と思っておるのだ? 余は長命名高いエルフ、それも恩恵を授かった身だ。そこら辺の国王より在任歴は長いのだよ。そうなれば当然臣下も入れ替わり、代替わりもするに決まっておろう」

 

 そ、そうか。言われれば納得だけど……。

 そう言えば、年齢とかどれくらい王をしていたのかとかまでは訊いてなかったな……。

 

「……お前って何歳なんだ?」

 

 アワランがエーディルに訊ねる。

 お前って時々凄い勇気というか、蛮勇発揮するよね。

 

「女性に歳を訊ねるならば、もう少し言葉を着飾れよ、小僧。まぁ、そうさな。少なくとも100年は玉座に座らせて貰ったと、言っておこう」

 

 ……は? 100年間女王? 100年も国を治めてたの?

 歳よりもそっちの方がヤバくない?

 

 って、待てよ?

 

「エーディルは女王の時から恩恵を持ってたんだよな?」

 

「正確には王になる前からだな。それが?」

 

「いや、と言う事は、エーディルって国家ファミリアの団長だったのか?」

 

「うむ」

 

「100年?」

 

「うむ」

 

「……半端ないな」

 

 俺どころか、フィンさん達とも比べるまでもない程の先輩じゃん。

 

「気にする事はない。オラリオからすれば規模が大きいだけの中堅派閥だ。そこまで威張れるものではない」

 

「十分威張れるだろ」

 

「もうアンタが副団長で良くないかい?」

 

「それは断る。今更権力や役職に興味はない。余は冒険者としてはまだまだ新参である故な。まぁ、補佐と言うか、参謀くらいはしてやろう」

 

 リリッシュがあまりやる気なかったから、それだけでもかなり助かる。俺に不満はありません。

 

 ということで、ようやくエーディルのステイタス用紙を見せてもらう事にって……は?

 

 なにこのスキル意味不明。

 

「……なぁ、エーディル」

 

「なにかや?」

 

「この【黒妖女帝(スヴァルト・コヌンガル)】ってさ……死んだ従者も含まれてんの?」

 

「含まれておるぞ」

 

「という事は……数万人分の『魔力』アビリティ補正を受けている、のですか?」

 

「受けておるな」

 

 マジでとんでもないですね、女王陛下!?

 

 しかも、3つ目のスキルは完全に指揮官向きと言うか、指揮を執る女王だからこその発現したもののようだ。全体に指揮を伝え、戦場を俯瞰し把握することが出来る。

 ホントに凄いな……なんでこの人、ここを選んだのって思ってしまう。

 

 でも、団長経験者がいてくれるのは助かるなぁ。

 正直、これ以上団員が増えたらどうしていいか分かんなかったし。

 

 頼りにさせて貰おう。

 

 

………

……

 

 翌日。

 

 ちょっとエーディルの事がどう広まるのか見極めるのもあり、今日はダンジョンに行かずに本拠で組手と新人達の鍛錬することにしたんだが……。

 

「ウガアアアア!!」

 

 ミュリネが吠えながら、ツァオに真正面から突っ込んでいった。獣のように大きく口を開けて。

 

 もちろん、そんな技も駆け引きもない突撃がツァオに通じるわけがなく、ツァオは合気道が如くミュリネの力を利用して投げ飛ばした。

 

「ウゥ!?」

 

 ミュリネは宙に投げ出されてしまうが……。

 

「ガァウ!!」

 

 空中で勢いよく身を捻り、体勢を立て直した。

 そして、投げ飛ばされた勢いのまま四肢を着いて着地すると同時に、後ろに滑りながら全力で犬や狼のように地面を全力で何度も掻き、再びツァオに飛び掛かっていった。

 

「ガアアアア!!」

 

 ツァオは右腕を伸ばして、ミュリネの頭を抑え込もうとするが、ミュリネは頭を下げたかと思うとそのまま地面に両手を着いて、また体を捻って逆立ちした状態で左後ろ回し蹴りを放った。

 

 もちろん、ツァオは冷静にその左足を掴み取るが、ミュリネはなんと掴まれた状態で上半身を起こしてツァオの頭に掴みかかろうとした。

 

「甘い」

 

 ツァオは後ろに下がりながらミュリネの足を掴んでいた腕を振って放り投げる。

 

 ミュリネは着地と同時に飛び出して、またツァオに突撃する。そしてまたツァオに往なされて投げられる。ずっとそれの繰り返しだ。

 

 それを見ていた俺やハルハ達は、

 

「はぁ……こりゃ先は長そうだなぁ」

 

「そうだねぇ……武器の扱いを教えるどころじゃないよ、あれは」

 

「しかし、身のこなしはかなりのものですな。無茶苦茶でありますが」

 

「そうですね。獣のような戦い方だからこそ、逆にどのような動きをするか予測し辛いです。無茶苦茶なだけですが」

 

「どっかの山奥にでもいたのかって動きだな、マジで。そのせいか、身体はかなり鍛えられてたみてぇだけどよ」

 

「スキルで動きが強化されてるのも厄介だな……。嵌れば強いだろうけど……」

 

「第一級、第二級冒険者に通じるかどうかは怪しいもんだ」

 

 そうなんだよなぁ。

 モンスターに慣れてる冒険者からすれば、ミュリネをモンスターのように思えばいいだけで、冷静に対処出来るだろうな。

 それでは駄目だ。闇派閥との戦いにも、ダンジョンでの戦いにも生き残れない。

 

 どうしたもんかなぁ……。

 せっかく助け出したんだ。俺達のせいで死なせたくない。

 

 焦っちゃ駄目だけど、この状況で焦るなと言うのも難しい。

 俺達はまだ闇派閥に狙われる可能性が高い。まぁ、俺達に限らず冒険者は、か。ギルドもまた俺達に闇派閥との戦いを強制する可能性がある。そうなれば、ミュリネもいつまでも我慢していないだろう。

 俺達もミュリネに気を取られて不覚を取る可能性がある。中々に追い詰められてるなぁ。

 

 そんな俺達のすぐ近くでは、

 

「ふむ……舞踊を嗜んでいたとのことだが、そのおかげか体の動かし方は分かっておるようだな」

 

 エーディルが梓に棒術を教えていた。正確には棒術を基本とした体の動かし方を教えている。

 なんでエーディルが教えることになっているかと言うと、エーディルの戦い方が踊りのように見えたから、梓にも通ずるものがあるのではとスセリ様含めて思ったのだ。

 エーディルも素直な同族ということもあったのか、快く引き受けてくれた。

 

「武術も舞踊も体の動かし方や力の乗せ方の基本はそう変わらん。最後が相手を攻撃するか、相手を見惚れさせるかの違いよ」

 

「そうなん、ですか?」

 

「そうなのだよ。武術も舞踏も大事なのは『身体の軸』と『力の流し方』。しばらくは棒術を主体とした武術と主神様の鍛錬で身体を鍛えながら、感覚を整えるとしよう。あぁ、もちろん踊りも引き続きやっておくように」

 

「はい!」

 

 なんか立派な師弟関係になってるな。

 梓に関しては多分魔法をいつか修得するだろうと言うのが、エーディルの話だ。

 

『エルフは神時代以前より魔法を使い、魔力の扱いに長け、聖樹や精霊と身近であった種族。故にたとえ本人が魔法に全く接していなかったとしても、その身体には魔法の素質が十分以上に秘められている。本人がどのような道を進みたいのか、ある程度心が決まればすぐに何かしら魔法が発現するであろうよ』

  

 とのことだ。

 ディムルも恩恵を授かった時にはすでに魔法が発現してたから、俺達もそれは納得した。

 

 それにこれはスセリ様としかまだ話してないけど。

 

 梓は踊りだけでなく、歌が滅茶苦茶上手い。

 

 歌は日本の童謡に近い印象。

 でも、聞いているとなんか教会で聖歌を聞いてるような感覚になる程、引き込まれてしまう。

 

 前世の古代でも神に祈る時は『踊り』や『歌』を捧げる事があったって話だし、神社や寺の祝詞やお経もそれと同じものだ。

 確か梓は巫女役だったって言ってた気もするし。

 

 だから……将来『歌』に関するスキルや魔法が出る気がしてる。

 

 というか……なんでだろう。滅茶苦茶微笑ましく見える。

 年上なのに申し訳ないけどさ。

 

 春姫と違って筋が良いからなのか?

 

「あの感じならサポーターとして連れて行けそうですね」

 

「そうだな」

 

「新人達はいつ頃ダンジョンに連れて行くつもりなんだい?」

 

「そろそろ一度連れて行ってもいいかなと思ってるんだけど……梓の装備を決めないと流石になぁ」

 

「槍じゃダメなのかよ?」

 

「ダメじゃないけど、まだ始めたばかりだから本当に扱えるのか、まだ判断出来ないだろ?」

 

「鍛錬と実戦での使用感は違いますからな」

 

 ミュリネと秀郷は前衛後衛とポジション決まってるけど、梓は全く分からないからな。ある程度方針決めないとどうにも行かせられないよね。

 

 ミュリネもまだまだ不安なので、もう少し待ちです。

 

 さて、残った秀郷だけど……今スセリ様と正重に造ってもらった弓を試している。

 

 今回正重は長弓を造った。

 秀郷は元々狩弓や短弓をメインにしていたらしい。まぁ、狩りって基本的に森や山だからな。長弓は使う機会は中々ないだろうな。

 

 ちなみに狩弓と短弓は滅茶苦茶上手かった。

 基本的に百発百中。本拠内であれば余裕で的のど真ん中に当たるし、連射もそこそこいける。

 同時発射は2本までだが、それでも命中精度は高いままだった。

 

 だから今回は長弓というわけなんだが――

 

「――ふっっ!」

 

 秀郷が弦を大きく引いて、息を吹くと同時に矢を放つ。

 

 勢いよく放たれた矢は空を一直線に切り裂き、的の中心に突き刺さり――突き抜けて本拠の外壁に突き刺さった。……うわぁお。

 

「ふむ……見事に威力は上がったの。どうじゃ? 使い心地は」

 

「……やはりかなり力を使います。こちらはもう少し力を抜いたとしても、連射や同時撃ちは出来そうにありません。それに動きながらだとどこまで正確に狙えるかは……」

 

「まぁ、そうであろうな。元々長弓は連射するものではないから、そこは問題なかろう。ながら撃ちに関してもこれは鍛錬あるのみだの。しかし……ふむ。狩弓などもそうであったが、かなり飛距離がありそうだのぅ。どこかで一度ダンジョンなどで飛距離を確認する必要があるか」

 

「……そうですね。まさか、『神の恩恵』がここまで凄いものだったとは……」

 

「そうでなければ、ダンジョンのモンスターには勝てぬからの。さて、こうなると……長弓は耐久が高いモンスターか、大型種に対して使う切り札にすべきじゃの。普段は狩弓で戦えばよかろう」

 

「はい」

 

 まぁ、ダンジョンはそんなに広くないからな。

 普段は取り回しが良い短弓や狩弓を使う方がいいだろう。

 

 秀郷の方は問題なさそうだな。

 

 さて……こう考えると……。

 

 

 やっぱり、うちに来る新人、どっかおかしいよな。

 

 

________________________

簡単キャラプロフィール!

 

 

・タチバナ・秀郷 

 

 

所属:【スセリ・ファミリア】

 

種族:ドワーフ

 

職業:冒険者

 

到達階層:未挑戦

 

武器:弓、鉈、斧、ナイフ

 

所持金:100000ヴァリス

 

 

 

装備

《狩弓・燕穿(えんが)

・木材と合金で造った合成弓

・正重作 150000ヴァリス(ゴブニュ作)

・とあるドワーフの郷で群生している樹皮が岩のように硬くて重い『岩皮樹(ロックウッド)』、低品質の超硬金属(アダマンタイト)で造られている。弦はドロップアイテム『大蜘蛛の鉄糸』を細く編み込んだ強糸

・見た目は普通の合成弓だが、重さと硬さは通常の3倍。そこら辺のヒューマンやエルフではまともに持つ事も弦を引くことも出来ない

 

 

 

 極東生まれだが、生まれてすぐに大陸に移住した狩人一家出身の巨身ドワーフの男性。

 実家も暮らしていた村も普通一般で、把握してる限り神の恩恵を授かったこともない完全な一般人家系。

 

 両親も親戚も普通平凡のドワーフで、秀郷だけが筋骨隆々の長身だった。

 

 本人も家族も知らないが、秀郷の巨身は先祖返り。

 巨身に見合わず身軽で、ドワーフなので手先は器用、そして怪力。狩りの腕前は村では一、二を争い、弓に関しては並ぶ者なしと言われていた。

 

 本人も狩人が天職と思っていたので、山賊に村を襲われるまでオラリオや冒険者に興味すら持っていなかった。

 助け出された時もどこかの村で狩人といて暮らそうかと最初は考えたが、家族も知り合いもいない場所で一から狩人をする気力があまり湧かなかった。助けてくれたフロル達に恩返しも何もしてないのに、ただただ去るのも不義理だと気になっていた。

 なので、まずは自分を苦しみから助けてくれた小さき英雄に恩返しをしようと決めたのだった。

 

 ――ちょっと武闘派過ぎて若干後悔しているが。

 

 それでも自分より年下の少年が、団長として先頭で仲間を先導している姿に、負けていられないと自身に発破をかけている。

 

 身長191C、年齢22歳

 

 正重とは寡黙な者同士だからか意外と気が合う。

 ドットムとも父を思い出すのか、気兼ねなく相談出来る。フロルは年下過ぎて、アワランはなんか期待してる返事が来なさそうと思っているので相談しにくい。

 女性の相手はあまり得意ではない。村ではその巨体故に怖がられる事もあったのが若干トラウマ。

 

 周囲が普通ではない経歴の持ち主な者ばかりなので、若干気後れしている。

 特にエーディルが元女王である事を知って、どう接すればいいのか分からずに内心戸惑っている。

 

 

 実は祖先が極東の英雄。

 

 




なんか秀郷はシンプルな設定にしたいなと思っています(シンプルとは?)


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団長ってメンドクサイ

明けましておめでとうございます!

とても遅くなり、申し訳ありません!!

アストレアレコード第三巻を読み、年末年始で公私でトラブルがあり、そして落ち着いた頃に本編18巻が発売間近だったので、内容から今後の構想が大きく変わる可能性があると思ったので待機

結果:『ヤベェ。なんかベルとヘディンさんのコンボが、完全にフロルの上位互換なんすけど……。しかもこのストーリーの完成度……【スセリ・ファミリア】の入り込む余地なくね?』

という感じで、ちょっと色々と考え込んでました。

ソードオラトリアも新刊出るので、ちょっとその内容によって構想の変更を余儀なくされる可能性があるので、時折更新が遅れるかもしれません

ヘディンさん。回復+雷属性付与なんて反則だよ
ベルさん。雷纏ってオッタルさんに勝って、アレンさんよりも速くなるなんて勘弁してよ

考えてたフロルさんの活躍場面、なんか薄くなるじゃん……(´;ω;`)


 エーディルの素性は、やはりあっという間にオラリオ中に広まった。

 

 と言っても、それでオロオロというか、騒いでいるのはエルフ達だけだけど。

 神も一部騒いでいたけど、スセリ様の眷属だからか、すぐに大人しくなった。

 

 でも、広まってるのはやっぱりハイエルフである事ばかり。まだ近づいてくるエルフはいないけど、エーディルが外に出るとエルフ達がジィ~~~~とエーディルを見つめて、声をかけるかどうか挙動不審な動きを見せている。

 そのせいか、エーディルの機嫌がすこぶる悪い。

 

「余はハイエルフではなく、スヴァルディオの女王だと言っておろうに。これだから郷出のエルフ共は好かん」

 

 と、八つ当たりとばかりにリリッシュや俺をチェスでボコボコにしていた。

 

 いや、もうマジでチェス強いんだよ。

 だってね。

 

カカッ……カカッ…カカッ………カカッカカッ…ガッ!

 

 俺が駒を動かした直後にエーディルは即座に駒を動かし、酷い時には俺が駒に手を伸ばすのと同時にエーディルも駒に手を伸ばし、ほぼ同時に動かすんだよ……。

 もちろん完敗記録更新中。勝てる気は全くしておりません。勝てる可能性が出るまで数十年かかる気がする。

 

「団長殿は真っ直ぐなのでな。非常に先手が読みやすい」

 

 だってさ。

 俺も自分が頭がいいとは思ってないからな。ぶっちゃけ指揮官には向いてないとは思う。

 

 

 

 さて、今日はちょっと面倒事がある。

 

 派閥会合の日です。

 

 例の大規模襲撃以降、初めての集まりとなる。

 まぁ、襲撃後にも集まったと言えば集まったのだが、ただの被害報告会だったし全員が出席したわけでもないので、カウントされていないようだ。ちなみに俺も行ってない。

 

「やれやれ……また集まるのか。面倒だなぁ」

 

「また闇派閥について何かあるってことかねぇ……」

 

「どうだろうな? まぁ……多分【テミス・ファミリア】の事な気がする」

 

「あ~……顔合わせって訳か」

 

「多分な。別に無理して集める必要はないと思うんだけど……」

 

 わざわざ喧嘩の場を作らなくてもいいだろうに……。

 フィンさんがこれを決めたのか? あの人なら【テミス・ファミリア】の情報もある程度集めているだろうし、少しの情報から探索系派閥とぶつかる可能性に気付かないわけがない。……なんかギルド長な気がする。

 

 【テミス・ファミリア】の圧に負けたんじゃないか? これ。

 多分歓楽街の大賭博場(カジノ)で遊んでるのバレて、騎士連中から詰め寄られでもしたんだろ。

 

 ……行かなくてもいい?

 いや、地味にギルドの召喚状での招集令だ。無視したら変にペナルティ出されるかもしれない。

 

 はぁ……端っこで大人しくしてよ。

 

「会合は午後からか……。各派閥2人までってのも前と同じだな」

 

「ふむ……前は誰が行ったのかや?」

 

「俺だけだよ」

 

「今回はどうするのだ?」

 

「え? 今回も俺だけのつもりだけど?」

 

 皆にはダンジョンに行ったり、鍛錬して貰いたいからな。

 

 梓もとりあえず槍を選んだ。片刃の槍、前世で言う菊池槍のような槍だ。

 と言ってもこれはあくまでエーディルに長柄の鍛錬をしているからだ。もう少し戦ってみて、色々な武器を試して最終的に武器を決める事になるだろう。

 

 なので、そろそろ一度新人達を連れてダンジョンに行こうって話が出たところに……今回のギルドからの召喚状だ。

 やってらんないよ、ギルド長め!

 

「せっかくだ。余も行かせてもらおう」

 

「へ?」

 

「他の派閥の代表がどんな者達か見ておきたいのでな。他人から話を聞かされるより、己で見聞した方が確実であろう。その方が今後なにか対策を考える際に為になる」

 

 なんか不穏な感じだけど、まぁエーディルの過去が過去だから仕方がないか。

 備えあれば憂いなしなのも確かだしな。

 

 それにぶっちゃけ心強い。

 元女王および元団長だもん。こういう会合は慣れてるよね。……よな!?

 

 というわけで、2人で出席する事に。

 ……不安もないわけでもないけど。リヴェリアさんを始め、他の派閥に喧嘩を売らなければいいんだが……。

 

 俺とエーディルは昼食後にギルド本部へ。

 もちろん装備も忘れない。抗争になる可能性があるからな。

 

「それでだが……【テミス・ファミリア】とはどうするつもりなのだ?」

 

「どうするつもりと言われてもなぁ……。結局連中がオラリオで何をするつもりなのか分からないし」

 

「ある程度は予想出来ておろうに」

 

「そうは言ってもなぁ……ルール作りをして、それをギルドが認めたとしてだ。俺達や他の派閥がそれに従うかどうかは別問題だろ? そもそもオラリオの運営ならともかく、冒険者に関わる事は神会(デナトゥス)で決められるはずだ」

 

「故に、先んじて眷属である冒険者を抑えようと言うわけだ。自分勝手な神々も、己が眷属が認めたら受け入れるやもしれんだろう?」

 

「……まぁ、その可能性もあるか。でも……どうだろうなぁ~? 問題の現二大派閥が受け入れるとは思えないんだよな」

 

 【フレイヤ・ファミリア】は神フレイヤ次第だろうけど、【テミス・ファミリア】の提言には耳を貸さないと言うか……どうでもいいって言いそう。

 

 【ロキ・ファミリア】はフィンさんだろうな。神ロキは……神アストレアを考えれば、神テミスとも相性悪い気がする。

 

 でも、言えることは――どっちの女神も縛られるのは嫌うという事。

 

 だから高確率で揉めると、俺は思ってる。

 

「ふむ……後は【ガネーシャ・ファミリア】がどう動くか、であるか」

 

「流石にシャクティさんもそろそろ限界なんじゃないか?」

 

 ただでさえ冒険者、一般人、他国の人間、闇派閥など諸々の対応・警戒をしなきゃいけない状況なのに。

 

 前回の大規模襲撃の後始末もまだ終わり切ってないはずだし。それに加えて、アーディ達や例の救出して迎え入れた人達のこともある。

 ぶっちゃけ、そろそろドットムさんを返してくれって言われそうな気がしなくもない。

 

「では、我らはしばし様子見であるか」

 

「それが無難だな。今の俺達は【テミス・ファミリア】に構ってる暇はない。秩序作りよりも強くなる事が最優先だ」

 

 ルールを作ったところで、闇派閥に負けたら意味はないんだ。まずは闇派閥に負けない実力を手に入れる。

 

 もう誰も死なせないように。

 

 それが絶望的な理想だとしても、な。

 

「はぁ……なんで中堅になったばかりの俺達が、こんなことを悩まないといけないんだか……」

 

「これまでの事を聞いた限り、色々と目をつけられて当然であろうよ。余が別の派閥であっても、間違いなくお主に興味を抱いておったぞ? もし、余がまだ女王で、お主が我が国に来ておったら、確実に一度は勧誘していたな」

 

「……」

 

「世界最年少記録然り、以前の会合での提案と発言、そして闇派閥一派の壊滅。そして、団員達もまた粒物揃い。注目せぬ方がおかしいな。主神も主神だしの」

 

 グゥの音も出ません。

 でも、その内の一つは君だからね!?

 

「エーディル、これから色々と団長の事、教えてくれないか?」

 

「ふむ……そう言われてものぅ。すまぬが、余の経験はあまりお主には役に立たんかもしれぬ」

 

「え? なんで?」

 

「確かに余はお主と同じファミリアの団長ではあったが、同じ団長ではないからだ」

 

 ……どういう意味だ?

 

「つまり、ファミリアの規模、志、歴も違う以上、団長としての役割も違ってしまうということだ。余の場合、女王と団長が兼任であったし、先代よりその座を継承することが決まっていたため、心構えも出来ていた。というより、余としては女王の業務の一つがファミリアの団長という意識であったしな。何より、すでにファミリアの基盤は固まっていた状態であった故、お主と比べたら楽なものだ」

 

「むぅ……」

 

「対してお主はファミリアの初代団長だ。ファミリアのこれからは全てお主が決めていかねばならん。余が出来るのは助言というよりは、お主の思考を整理させる手助け程度だよ」

 

 そうは言ってもなぁ……。

 

「余に訊くくらいなら、まずは【勇者】の方が良いと思うぞ」

 

「フィンさんに?」

 

「確か【ロキ・ファミリア】は【勇者】が創設した派閥であったはずだ。以前、そう聞いたことがある。余や【フレイヤ・ファミリア】に訊ねるよりはお主の悩みを理解してくれるやもしれんぞ?」

 

「……う~ん」

 

「そもそもの話、お主はファミリアをこれからどうしたいのだ?」

 

「どうしたい?」

 

 そんなの、強くなってダンジョンを攻略していくに決まってる。

 

「そうではなく、どんな者達を集めたいのかと言う話だ。これからお主やハルハ達、そして余らの活躍を聞いて入団を希望する者達は増えるだろう。その時、お主はどのような者を受け入れるつもりなのかという事だ」

 

「どのような……」

 

「正直な話、今回の余らに関しては同情故の入団であろう? となればハルハ達が基準となろうが……お主も含め、あ奴らは冒険者というより武人と呼ぶ方が相応しい。富や名声にそこまで興味はなさそうだったしな。そして巡り合わせが良いのかは知らぬが、余はもちろん梓や秀郷らもそこらに興味はない。しかし、そうなると……その手の欲を持つ者は、このファミリアに相応しいのか。少し、怪しいものよなぁ」

 

 そこは……確かにちょっと思った事はある。

 名を馳せたくないわけではないけど、正直それはあくまで強くなった上での話。

 

 ダンジョン攻略もぶっちゃけ『強くなる手段』でしかなく、『目的』ではない。

 

 強くなった先に何が得られるのか、何が見えるのか。それが知りたい、見たい。

 

 そこが一番だ。

 

 だから『ダンジョンを攻略したい』『モンスターを殺したい』『黒竜を倒したい』『金を稼ぎたい』というのはあまり合わないのではないかと思っている。

 黒竜目的ならまだ話し合いの余地というか、目指し方に猶予があるとは思う。まだまだゼウスとヘラの敗北の衝撃の傷痕はまだまだ深いからな。

 ギルドも少なくともゼウスとヘラと同等以上の実力を認めなければ遠征の許可は出さないだろう。だから、まだ俺達のペースに合わせて強くなることは出来るかもしれない。

 

 ただ、黒竜を目的とする場合、その理由はほぼ確実に『復讐』だ。

 つまり、アイズ・ヴァレンタインのような人かもしれない。その感情をどこまで制御できるのか……。

 

 俺はアワラン達に仇への復讐を否定した。

 

 恨み、憎むのは自分だと。

 

 復讐すべきは自分だと。

 

 乗り越えるべきは弱かった自分だと。

 

 それを変えるつもりはない俺は、今後入ってくる人達全員に告げ、守ってもらうつもりでいる。

 でないとアワラン達に示しがつかないからな。

 

 だから、どんなにやる気と向上心、そして才能があっても、そこが受け入れてもらえないならば入団は認められないなぁ。

 

「そうなると……どう見定めたもんか……」

 

「梓やミュリネのように武術などの心得もない完全な素人をどうするかであろうな。正直、梓もミュリネも少々特殊な例である故、また次の新人も今回とは違うはずよな」

 

 確かに梓は舞踊をしていたから体の動かし方はすでに身に付いてたし、ミュリネはスキルと性格が獣染みてるからな。

 間違いなく、教え方も育て方も違ってくるはずだ。そこがスセリ様や俺達でちゃんと鍛えられるのか。まだまだ不安だな。

 

「余はまだまだ新参ではあるが……【スセリ・ファミリア】は大人数には向いてないように思うの。新興派閥というのもあるが、お主らの気質的にあまり大勢の上に立つのは好かぬであろう?」

 

「だろうな」

 

 俺もやだわ。

 百人とか面倒見たくない。オッタルみたいに他の人に、うちだったらエーディルに押し付けたくないし。でもフィンさんみたいに完全に指揮や指示を出せる気もしない。まぁ、エーディルやハルハと分ければいいんだろうけど、結局負担をかけたくないってのは大きい。

 そもそも、うちの幹部陣は結構負担が大きい戦い方するし。変な縛りを付けたくない。

 

 少数精鋭がうちには合ってると思う。

 だからこそ、入団希望者の選別が面倒だ……。ハルハ達は鍛えるのはノリノリだけど、入団希望者の面接とかはあまり興味ないからなぁ。

 俺かエーディルかって感じになりそうだ。

 

「はぁ……団長ってメンドクサイ」

 

「まぁ、入団者に関しては主神様に振ってもよいとは思うがな」

 

「どうせ俺がいたら呼ばれるし、俺に判断を求めてくるから大して変わらないな」

 

「ならば、すっぱり諦めて【勇者】に助言を求めるのだな。最大派閥の長であっても、今のお主ならまだ快く助言してくれるであろう。子供でもあるしな」

 

 それもそれであんまり嬉しくない……。

 

 まぁでも、贅沢は言ってられないか。

 

 皆と生き残っていくためには利用できるものは利用しないとな。

 

 面倒なのは全く変わらないけど。

 

 

 

 

 そして遂にギルド本部に着いてしまった。

 

 今日は静かに過ごさせてもらいたいなぁ……。

 

 嫌な予感はもうしてるけど。っていうか、呼ばれた面子は前と同じなのか?

 【イシュタル・ファミリア】とか相性最悪な気がするんだよな~。まぁ、他の派閥とも相性悪そうだけど。

 

 前にも使った会議室に入ると、すでにチラホラと他派閥の人が来ていた。

 【テミス・ファミリア】のジャンヌさんと……前俺を子供扱いした―子供だけど―神経質そうな男もいた。

 

 神経質そうな男はジャンヌさんの護衛なのか、周囲を睨みつけるようにして他派閥を鋭く観察したり威嚇している。いや、喧嘩売るなよ。

 

 俺とエーディルにも視線を向け、一瞬目を見開いたかと思うと苦々しく顔を顰める。

 

 いや、なんでそんなに俺嫌われてんの?

 俺達は今回は後ろ側の席に座って待つことに。

 

 ちなみにエーディルの事は他派閥の人達もジロジロと視線を向けている。エーディルは慣れたもんだと完璧に無視しているが。

 

「エーディルが座ってくれ。多分各派閥椅子一つだろうから」

 

「うむ、すまぬな」

 

 エーディルは椅子に腰かけて足を組む。ここで遠慮しないのがエーディルらしいな。

 

 5分ほどすると、今回もシャクティさんがアリーゼとライラさんを連れてやってきた。

 3人は俺達を見つけると歩み寄ってくる。

 

「やぁ、【迅雷童子】。やはり、彼女を連れて来たのか」

 

「まぁ、参謀としてって感じですね」

 

「そうか……まぁ、体つきも元に戻ってきたようで何よりだ」

 

「久しいな、シャクティ嬢」

 

「ああ。……言っておくが、ここで【九魔姫】に喧嘩を売らないようにしてくれ」

 

「承知しておるよ。今回はあくまで情報収集させてもらうつもりでな。余は発言する気はない」

 

「……なるほど」

 

 シャクティさんはエーディルの言葉に納得したように頷いている。

 どうやらエーディルの意図を正確に理解したようだ。

 

「へ~、あなたが噂になってるハイエルフね!」

 

「どのような噂なのか興味もないが、余をハイエルフと呼ぶのは止めてもらおう。余はハイエルフの血を継いでいるだけでエルフ族の王族ではないのでな」

 

「あらそうなの。分かったわ!」

 

 相変わらず素直でございますね。

 アリーゼが速攻で頷いたことに、シャクティさんは大きくため息を吐く。 

 

「はぁ……本当にそちらで受け入れてくれて助かった。もし断られた時に素性が判明していたらと思うと、ゾッとする」

 

 でしょうね。恐ろしい争奪戦が起こってたと思います。

 

 うちでなくっても抗争が起こってたでしょうね。

 スセリ様だからこそ、噂程度で済んでいると思うのは同意である。

 

「他の者達も壮健のようだな」

 

「ええ。まぁ、約一名は毎日ボロボロになってますが」

 

「……あぁ、彼女か」

 

「ええ、まぁ」

 

 ミュリネさんは今日も元気ですよ。見込みはあるのでいいんですけど。

 

「ところで、今日の議題はあちらの事で?」

 

 俺はジャンヌさん達に視線を向けて訊ねる。

 シャクティさんは小さく頷き、眉間に皺を寄せる。

 

「一応、顔合わせと今後の巡回等に関わるすり合わせの予定だ。……何事もなければいいが」

 

「そりゃあ…無理な気がするがなぁ」 

 

 ライラさん、そりゃ言わんのは約束ですよ。

 

 全員がそう思ってるんですから。

 

 

 そんな不安を誰もが抱えながら、派閥会合がまた始まろうとしていた。

 

 

 



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秩序が齎す無秩序

またまた遅くなりました

ソードオラトリア新刊
学区が出てくるとのことで、これまたどんな感じかちょっと確認したかったので(-_-;)

やっぱり、もう一人のLv.7【ナイト・オブ・ナイト】も気になるじゃないですか。なんとも意外な人でしたが……

なんとか今後の展開に大きく影響が出る感じではないので、更新速度を戻していけるように頑張りたいと思います!


 

 

 帰りたい。

 

 

「いい加減ふざけないでくれないかしらぁ。私達はぁちゃんとギルドから許可を貰ってぇ商売しているのだけどぉ?」

 

「それが汚らわしいと言っているのだ! 身体を売って資金を得るなど……!」

 

「タダで身体を売れって言うのぉ?」

 

「違う! そもそも身体を売るような商売をするなと言っているのだ!!」

 

「じゃあ私達アマゾネスに場所関係なくぅ好き勝手に男を漁れって事ぉ? 身体を売らないとぉ借金を返せない奴隷とかもぉ身を滅ぼせって事ぉ?」

 

「何故そうなるのだ!?」

 

 【イシュタル・ファミリア】団長のヴェヘラさんと【テミス・ファミリア】副団長のジィルが言い合いを繰り広げている。

 

 ……うん、やっぱりこうなったなぁ。

 

 俺はエーディルの横で腕を組みながら立ち、ジト目を向けていたのであった。

 

 

 

 

 今回の進行役はシャクティさんだった。

 フィンさんとリヴェリアさんもその横に入るが、あまり乗り気ではなさそうな雰囲気。

 

 そして……ミアさん達【フレイヤ・ファミリア】、ドタキャン。

 

 ずるい! ずるいぞ!! 俺もドタキャンしたかった!!

 

 ちなみにギルド長のロイマンは冷や汗全開で顔を顰めている。

 多分【フレイヤ・ファミリア】がいない事とエーディルの事が気になってるんだと思う。

 

 【テミス・ファミリア】が暴走する可能性をちゃんと理解しているみたいだな。

 

 なんだかんだで有能なんだよな、あの豚さんも。

 

 エーディルの事は……滅茶苦茶チラ見して緊張してる。

 まぁ……元奴隷とはいえ、ハイエルフの血筋で、元女王で――ロイマンより年上だからね。これまでみたいに強気に出辛いのかもしれんな。知ったこっちゃないが。

 

 話を戻して。

 

 シャクティさんから促され、ジャンヌさんが簡単に自己紹介する。

 

「この度はこのような場を設けて頂き、誠に感謝致します。ラムニシア聖護騎士団、通称【テミス・ファミリア】団長ジャンヌ・ダールと申します。この度、僭越ながら世界平和の一助となるため、この地に遅参致しました。まだまだ若輩で未熟な身ではありますが、このオラリオの平定のため、それに繋がる世界の平定のため、皆様と共に戦う栄誉をお許し頂きたく思います」

 

 と、正に聖女然とした態度と言葉に、フィンさんやリヴェリアさん、他の派閥の方々も感心というか「あれ? いい子そうじゃん」みたいな顔を浮かべていた。

 

 あぁ、これ。各主神から『テミスのところはお堅い』みたいなこと言われてたんだろうな。

 

 でも残念でしたね! 奴らのお堅さはこれからだと思うのだよ!

 

 そんな俺の思いを汲み取ってくれたかのように、奴が胸を張って前に出てきた。  

 

「ラムニシア聖護騎士団副団長ジィル・ドルェイである! 『法』と『審判』を司るテミス神の眷属として、オラリオと世界に秩序を齎す為に尽力させて頂く!」

 

 と、思いっきり見下している目で言い放った。言葉はまだ丁寧だけど。

 

 そして、それを見抜けないオラリオの派閥代表達なわけはなく、ジャンヌさんで上がっていた株が一瞬で暴落しているのを俺は感じ取った。

 だって、俺もそうだからな。

 

「……無駄に傲慢な者が傍に着くのは褒められたものではないな」

 

 傍に座っているエーディルが小さく独り言のように呟いた。

 うん、同感です。

 

「ラムニシアならともかく、ここではLv.2なんて珍しくないから威張ってもなぁ」

 

 この会議室にいる8割はお前より上だぞ?

 

「うむ。そこらがまだ理解出来ておらぬ辺り、程度が知れると言うものよ。まぁ、あの小娘の方はしかと理解出来ておるようだがの」

 

 そうだけど……抑えきれそうにないよなぁ。

 

「では、改めてあの事件からの闇派閥の動きと、それに合わせた今後の警戒態勢について話していきたいと思う」

 

 シャクティさんの言葉に、俺はとりあえず意識からジャンヌさん達を退ける。

 

「あの大規模襲撃後も奴らの襲撃は続いているが、出てくるのは小物で局地的小規模襲撃ばかり。幹部格やLv.3以上と思われる戦闘員は一切確認されていない」

 

「また何とも不気味だな……また何か企んでるとか掴んでないのか?」

 

「残念ながら今のところは。あの事件から手に入れた情報の裏付け作業が大変でさ。ぶっちゃけ手が足りないかな」

 

 リディスさんが肩を竦めて苦笑する。

 

 あの事件で偽情報を掴まされた事で【ヘルメス・ファミリア】は、手にした情報の精査する手間を増やしたが、そのせいで情報を集める人手が半分近くに減ったらしい。

 特に重要そうな情報となると、何度も確認するため時間もかかってしまっている。

 

 こればっかりは俺達じゃ手伝えないからな。頑張ってくれ。

 

「ありがたいことに【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】、【デメテル・ファミリア】に【イシュタル・ファミリア】にも手伝って貰ってるけど、それでもうちの主神含めて特に引っかかる情報は今のところないかな~」

 

「前回の大規模襲撃で【ネイコス・ファミリア】を壊滅させたとはいえ、まだまだ闇派閥の主力は残っているはずよね? ここで手を緩める理由はなに?」

 

 フィンさんに視線を向けながら首を傾げる【デメテル・ファミリア】の団長さん。

 

「恐らくは戦術の練り直し中なのだろうね。ヴァレッタからすれば【ネイコス・ファミリア】主力の壊滅は少なからず想定外だったんだろう。特に例の幻術使いと団長はね」

 

「幻術使いはこれまでもヴァレッタや他派閥の作戦にとって重宝されていたはずだ。それを喪った以上、連中の活動はそれなりに制限が出てきているだろうからな」

 

 確かにあれだけの幻術だ。

 罠だけでなく、拠点を隠すのにも便利だったろうし。使いどころはかなりあったはずだ。

 

 それが無くなったのは大きいのは間違いない。

 

「もうしばらくはこの状態が続くと、僕は睨んでいる。少なくとも……【テミス・ファミリア】の戦力分析を終えるまでは、ね」

 

 ……なるほど。

 外から来た中規模派閥は確かに無視できないか。

 

 フィンさんはジャンヌさん達に顔を向け、

 

「恐らく今後は【テミス・ファミリア】を標的として色々と小競り合いを仕掛けてくる可能性が高い。本拠周辺はもちろん、ダンジョン探索中も警戒を怠らないでくれ。以前、ダンジョン内でも襲われた派閥があるからね」

 

「ご助言感謝致します」

 

「ダンジョン内に闇派閥が侵入する手段と経路はどうなっている?」

 

 座ったままだが深く頭を下げるジャンヌさんの横で、ジィルが顔を顰めて不躾に訊ねてきた。 

 

 しかし、その疑問も当然の事。

 フィンさんは特に機嫌を害した様子もなく首を横に振る。

 

「残念ながら何も判明していないのが現状だ」

 

「何故調査しない?」

 

「したさ。しかし、それらしき痕跡は何も見つからなかった。地図と異なる通路は18階層以上では昨日まで見つかっていない」

 

「では、入り口に検問を敷けばよいではないか」

 

「誰が管理するんだい?」

 

「……なに?」 

 

 フィンさんの問いに理解が及ばないジィル。

 だから、そんなこと言えたんだろうけどな。

 

「悪派閥かどうかを確認するという事は、背中を晒して施錠(ロック)されたステイタスを仲間でもない他者、しかも他派閥の者に見せるという事だけど……誰が受け入れるんだい? 自身のステイタスをバラすなんて全てを曝け出すに等しい真似を、冒険者が認めるわけがない。いくらギルドであっても、それは完全に干渉出来る範囲を超えている」

 

 フィンさんの言葉にロイマンは不服気に顔を歪めながらも小さく頷いていた。

 まぁ、犯罪を犯したわけでもないのに、そこまでギルドに口出しされたら下手したらギルドに対して抗争を仕掛けるファミリアも出てくるかもしれない。

 

 それにギルド職員が冒険者のステイタスを確認するのは危険すぎるだろ。

 結局冒険者がギルド職員を護衛する必要があり、人手が足りなくなる。

 

「確認するのはファミリアのエンブレムだけだ。ステイタスは『神聖文字(ヒエログリフ)』だから読める者などいないのだからな」

 

「私は読めるが?」

 

「余も読めるな」

 

 ジィルの言葉を速攻で覆した白黒ハイエルフ様達。

 

「エルフであれば読める者は少なくない。魔導士やギルド職員でも学区などで学んでいる者も多い」

 

「まぁ、そもそも普段ステイタスを施錠しているのを、その場だけ解除することなど出来ぬであろうがな。再び施錠するには主神の神力が必要ぞ。各派閥の主神をダンジョンの入り口に集結させるのは、流石に現実的ではなかろうよ」

 

「仮にそうなった場合、護衛の数が足らないな。街の防衛数を減らすのは現状不可能と言わざるを得ない」

 

「ぐっ……」

 

 シャクティさんにまで否定的意見を出されて、何も言い返せないジィル。

 

 まぁ、誰が考えてもダンジョンでの検閲はあり得ないだろう。

 

「で、では何か証明書のようなものを発行すれば……!」

 

「闇派閥の工作員はあらゆる場所にいる可能性がある。【ネイコス・ファミリア】のように一部の団員をギルド所属にさせていれば判別はほぼ不可能だ」

 

 だよね。

 ぶっちゃけ現状闇派閥を見分けるのは不可能に近い。

 まぁ、誰か神がダンジョンの入り口に立って、『お前は闇派閥か?』と問いかければ嘘かどうか分かるけどさ。でも、そんなの誰がやりたがるって話……アストレア様とかはやりそうだなぁ。でも、これはやる神やらない神でファミリア同士の不平不満が溜まりかねないから無しだな。

 

 まぁ、結局現状ダンジョンで取り締まるのは現実的じゃないってことだ。

 

 もし検閲をした場合、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】が出しゃばるのはかなりまずい。

 中堅以下の派閥に所属する冒険者においてロキ派閥とフレイヤ派閥は、実力で捻じ伏せてくる目の上のたん瘤だ。

 ダンジョンに入る際にまで口出されたら、いつか爆発しそう。俺もやだもん。

 

「では、ダンジョン内での巡回はどうなのだ!?」

 

「いやいやいや、それは探索してれば誰でも周りを気にするじゃない」

 

 今度はアリーゼがツッコんだ。

 それにライラさんも呆れた顔で頷き、 

 

「巡回以前に探索中はモンスターや他の冒険者は顔見知りでもなきゃ警戒対象だろうがよ」

  

「命懸けの状況で周囲を警戒しない間抜けが冒険者など続けられるわけがないからね」

 

 フィンさんが珍しく中々に辛辣な言い方をする。

 まぁ、ここで気を使っても意味はないよね。

 

 そんな感じで『それは無理』『あれも無理』とどんどんジィルの提案を否定していく一同。

 

 もう諦めなって……そんな簡単に解決策出てきたら、誰も苦労してないんだからさ。

 

 それでも引くに引けなくなったジィルが次に標的を向けたのが『資金源』だった。

 つまり商業系や生産系ファミリアの活動の裏に闇派閥がいないのかって疑い始めたんだ。

 

 で、まぁ奴が狙いたくなるのは――【イシュタル・ファミリア】だよな。

 

 娼館ってのはどの時代どの世界でも不純や不正の温床や隠れ蓑扱いされるからな。

 仕方がない事ではあるし、繋がってないとも思わないけど、ここで疑うことに意味はない。

 

 だって闇派閥はオラリオを潰そうとしてるんだから。

 

 そうなればアマゾネスが大多数を占める【イシュタル・ファミリア】だって困るわけで。

 ……まぁ、原作では思いっきり闇派閥の残党と手を組んでるんだけどさ。

 

 それでも神イシュタルはオラリオを滅ぼしたかったわけじゃない。【フレイヤ・ファミリア】に勝ちたくて手段を選ばなかっただけだからな。

 

 歓楽街は興味ない人からすれば不健全かもしれんが、神や冒険者からすればかなり重要な発散場だ。

 オラリオの住人としても、夜道とかで襲われるくらいなら娼婦相手に発散してもらった方が全然良いだろう。そして、娼婦達は強くて金を持ってるかもしれない冒険者に買われるかもしれないんだから、損はあまりないんだろうな。詳しくは知らんが。

 それに【イシュタル・ファミリア】がアマゾネスの大多数を眷属にしている。戦闘娼婦(バーベラ)と呼ばれるアマゾネス達は娼婦としても身体を売り、冒険者としてのステイタスで気に入った男に襲い掛かる。

 

 それをまだ歓楽街という『庭』に留めているんだから、その存在意義はかなり大きい。

 

 だから、そこを弄ろうとするのは絶対に各所から顰蹙を買う。

 すでにその代表と言い争っているけど。

 

「これでも私達はぁ孤児院に出資したりぃ、ダンジョンで死んじゃった冒険者の子供の借金を肩代わりしてあげたりしてるんだけどぉ?」

 

「その代わり娼館で身体を売らせるのだろう!?」

 

「本人が望めばねぇ。嫌ならぁ歓楽街に出入りする商会の丁稚だったりぃ、娼館の料理番だったりさせてるわよぉ? もちろん、身体が育ってれば娼婦した方が早く借金を返せるけどぉ」

 

「だが、この前の事件のように違法な奴隷を扱っている場合はどうする!?」

 

「それはちゃんと調査してぇ摘発に協力したでしょぉ? 私達だってぇギルド傘下ではあるんだからぁ」

 

 いい加減止めてくれんかね、フィンさんかジャンヌさん。

 

 今回は何のために集まったんだよ……もう、俺達がここにいる理由が分からん。

 これはドタキャンが正解だったな。申し訳ないが、参加した意義はこれまでのところ全くない。最初の報告くらいじゃね?

 

「……なぁ、エーディル」

 

「うむ、そうであるな。これ以上は時間の無駄であろう」

 

「だよなぁ。はぁ……ちょっと嫌だけど、行くか」

 

「うむ」

 

 俺の言葉にエーディルが椅子から立ち上がる。

 

 それにフィンさんやシャクティさん達、言い争っていたジィル達も視線を向けて来た。

 

「すみませんが、俺達はここで失礼します。これ以上はいる意味がないようなので」

 

 ロイマンやジィルは顔を顰めるが、フィンさんとシャクティさん達は『だよね……』って表情を浮かべた。

 

「待て、【迅雷童子】。まだ本題に入っておらん」

 

「今後の巡回等の話であれば、俺達からは特に言うことはない。正直現状維持以外に出来る事なんてあまりないし、無理に変えても負担が大きくなるだけだ。少なくとも、うちのファミリアはこれ以上負担を担う余裕も余力もない。【スセリ・ファミリア】はこれまで通りの巡回に参加するまでに留めさせてもらう」

 

「ぐっ……! そ、そんな都合のいい――」

 

「ペナルティを出すなら出せばいい。ただし――その時は【スセリ・ファミリア】は今後派閥会合に参加せず、好きにやらせてもらう」

 

 別に闇派閥を倒すのに、ギルドの巡回に参加する必要はない。

 俺が意見を出した案ではあるが、それに俺はともかく、ファミリアが従うかどうかは別問題だ。

 

 正直、これ以上ダンジョンに行く頻度を落としたくない。

 

 俺達はまだまだ成長しないといけないのだから。

 

 そもそもフィンさんと結んだ協定は情報共有だ。別にギルド主催の会合に参加する必要はない。

 

 俺とエーディルは盛大に顔を顰めるロイマンを無視して、負担をかけるシャクティさんに目礼だけして会議室を去る。

 

 なんか後ろからジィルと思われる男の怒鳴り声が聞こえたが、もう無視だ無視。

 俺はもう【テミス・ファミリア】とは当分関わらんことに決めたよ。

 

「これは当分【テミス・ファミリア】は荒れるな」

 

「だろうな。いくら何でも意地になって周りに喧嘩を売り過ぎた。もう少し時間をかけ、オラリオを知り、顔見知りを増やしておけば話は変わったやもしれんが……あれでは同志を募るのは難しかろうな」

 

 だろうなぁ。

 志は悪くないし、いずれは対策を練る必要はあるんだろうけど。今はあまりにも人材も資材も足りない。無理に推し進めたところで効果は薄く、逆に不満が溜まるのは早いだろう。

 

 無理矢理押し付ける秩序は無秩序と変わらない。

 

 そもそもこのオラリオは国主制じゃない。

 多くの団体が繋がり合い、削り合い、助け合い、譲り合って、街を成している。

 

 一つの主張を押し通すにはかなりの『力』がいる。

 

 実力、権力、財力、魅力。

 

 それをどれか一つ、または複数を兼ね備えた上で、その力を示さないといけない。

 

 残念ながら【テミス・ファミリア】はまだ何も示せていない。

 そんな状態では誰も耳を傾けないだろう。

 

「とりあえず、俺達は俺達の事に集中だ。生き残るだけの力を身に着けないと、いつ【テミス・ファミリア】のような状況に陥るかわからない」

 

 意地を通す力も、誰かを護る力も、俺達にはまだまだ足りないのだから。

 

  

______________________

簡単キャラプロフィール!(前回焦って忘れてた)

 

・ミュリネ

 

所属:【スセリ・ファミリア】

 

種族:アマゾネス

 

職種:冒険者

 

到達階層:未挑戦

 

武器:なし

 

所持金:5000ヴァリス(財布管理:梓)

 

 

 

好きなもの:おいしいごはん、ねる、ボス(フロル)、あずさ

 

苦手なもの:かみさま、おおかみのひと、くさいもの

 

嫌いなもの:ほん、せまいところ、いじめてくるやつ

 

 

 

《装備》

なし

 

 

 

 獣染みた元奴隷のアマゾネス。

 

 父親は不明。母親はミュリネを出産してすぐ、旅の道中の山奥でモンスターに襲われて命を落とし、赤ん坊だったミュリネはギリギリのところで、襲われた場所近くに住んでいた虎人族の里の者達に保護された。

 その後数年間、虎人族達と共に暮らし、他の子供達と同じように育てられた。

 

 その里はあまり他の町村と交流がなかったため、文明はひどく原始的だった。そのため、教育も最低限も最低限で読み書きは村長とその側近くらいしか習わず、他の者や子供達は狩りや森での生き方など技術面のことばかりだった。

 アマゾネスであったミュリネはその身体能力で虎人族にも引けを取ることなく、その生活にあっという間に馴染むことが出来たのだった。これが獣染みた性格の原因である。 

 戦い方に関しても虎人族も武器を使う者もいたが、動物や人間相手であれば素手(というか爪や牙)で戦うことも多く、これまたアマゾネスのミュリネには馴染みやすいものだった。

 

 しかし、ミュリネが12歳になった頃に周辺諸国で戦争が起き、帰る場所を失くし盗賊に落ちぶれた元兵士達に【怪物進呈】を仕掛けられて里が襲われ、運良く生き残ったミュリネや女子供は捕らえられてしまった。

 ミュリネは捕まった後も暴れ続けたが、流石に拘束を解ける力はなく、奴隷商へと売られてしまった。

 

 そのまま暴れては転売、暴れては転売を繰り返し、【イシュタル・ファミリア】への貢物としてオラリオへと密入国された。

 その一週間後に、フロル達の摘発により救出された。

 

 梓の言葉通り、常に隙あらば暴れまわっていたミュリネはその時瀕死の重傷であり、意識が朦朧としていた。その時、強い光が視界を覆い、なけなしの力で視線を向けると、雷光を纏いムカツク商人をぶん殴っていたフロルの姿が朧げに視え、それが梓同様『神』―とてつもなく強くて凄い―のような人と思ったのであった。

 それが強く記憶に残り、フロルの元に行きたいと強く想うようになる。

 

 年齢14歳(本人は知らない)、身長153C。

 

 フロル、梓は大好き。正重、ハルハは好き。スセリ、ツァオ、エーディルは嫌いではないけど怖いから苦手。他は普通。

 

 他派閥ではアーディが好き。シャクティも苦手。意外とガネーシャは好きな部類。

 多分、春姫やベルなどの穏やかで優しい人、椿やガレスなどの豪快な人物が好き。

 

 これまで真面な教育をされずに生きてきたので、いきなり色々と教えられて凄く戸惑っている。

 でも、オラリオの美味しいものは大好きで、目にするもののほとんどが初めて見るものばかりでとても刺激的な日々でもある。

 

 ちなみに先祖は【闘国(テラスキュラ)】出身。

 

 




多分ミュリネはファルガーさんにも懐きます笑


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神々は和やかに

お待たせしました!

ダンメモでなんと『それは遥か彼方の静穏の夢』がフルボイスストーリー化!
まだやれてないですけど、タイトル画面ですでにウルウル


 あの荒れた会合から、あっという間に2か月と少し。

 

 俺達は宣言通り、これまで通りの巡回に参加するだけに留め、鍛錬とダンジョン探索に費やした。

 

 ちなみに新人達もあの会合の後にダンジョンに連れて行った。

 梓はその時は槍で行ったけど、基本サポーター役。突っ込むミュリネを俺やハルハ、ツァオがカバーしたり首根っこを掴んで操り、その隙を秀郷が弓矢で射貫く感じ。で、余った敵を梓が攻撃して穴を埋める。

 ここにディムルをパーティーリーダーとして指揮を任せ、俺達は基本ミュリネのフォローメイン。

 

 まぁ、とりあえず上手いこと回っている。

 ディムルも梓達に無理はさせないし、ミュリネのフォローをできる限り自分でやろうとしている。

 これまでは自分が梓達側だったからどうなるか不安だったけど、逆にその経験のおかげで相手がどう思っているのか想像できているようだ。まぁ、ミュリネという暴走獣がいるけど、それは俺達がフォローすればいいだけの話だ。いきなり全部完璧を求めるのは無理に決まってるからな。

 

 もちろん、梓達はまだまだダンジョンにもオラリオにも慣れていないので無理はさせない。

 一日ダンジョンに行ったら、翌日は本拠で鍛錬させ昨日の反省点を改善するか、スセリ様との鍛錬で戦闘技術を向上させる。

 

 その間に俺達は中層に行っている。ディムルも連れてな。

 もう少し慣れたら、梓達も連れて18階層までは行ってもいいかもしれないが、ミノタウロスがやはりネックになる。

 梓はまだミノタウロスの咆哮に耐えられないだろう。下手したらダンジョンにトラウマを持ちかねないから中々にタイミングが難しい。

 

 まぁ、焦らずだな。

 ディムルのような戦いの心得があった新人じゃないし、俺のようにスキルがあるわけじゃないからな。数年単位で考えていかないといけないってことをしっかりと理解しておかないと。

 

 で、今のステイタスはこんな感じ。

 

 

 

フロル・ベルム

Lv.3

 

力 :H 187

耐久:H 121

器用:H 153

敏捷:G 202

魔力:H 149

狩人:H

耐異常:I

 

  

クスノ・正重・村正

Lv.2

 

力 :G 263

耐久:G 204

器用:H 198

敏捷:H 111

魔力:H 109

鍛冶:I

 

 

ハルハ・ザール

Lv.2

 

力 :D 522

耐久:D 500

器用:D 508

敏捷:D 534

魔力:E 437

拳打:I

 

 

ディムル・オディナ

Lv.1

 

力 :C 614

耐久:D 532

器用:C 659

敏捷:C 602

魔力:D 571

 

 

アワラン・バタル 

Lv.2

 

力 :H 109

耐久:H 115

器用:I 52

敏捷:I 87

魔力:I 69

拳打:I

 

 

リリッシュ・ヘイズ

Lv.2

 

力 :I 22

耐久:I 20

器用:I 62

敏捷:I 49

魔力:I 97 

魔導:I

 

 

ヒジカタ・巴

Lv.2

 

力 :I 98

耐久:H 112

器用:I 64

敏捷:I 59

魔力:I 0

破砕:I

 

 

ツァオ・インレアン

Lv.2

 

力 :H 123

耐久:H 145

器用:H 102

敏捷:H 115

魔力:I 0

拳打:I

 

 

エーディル・デック・アールヴ・スヴァルディオ

Lv.2

 

力 :D 561

耐久:E 409

器用:D 548

敏捷:G 299

魔力:B 782

魔導:I

 

 

アサマ・コノハナノ・梓

Lv.1

 

力 :I 46

耐久:I 34

器用:I 57

敏捷:I 31

魔力:I 0

 

 

タチバナ・秀郷

Lv.1

 

力 :I 68

耐久:I 43

器用:I 76

敏捷:I 42

魔力:I 0

 

 

ミュリネ

Lv.1

 

力 :I 61

耐久:I 89

器用:I 21

敏捷:I 59

魔力:I 0

 

 

 

 まぁ、相変わらず俺の上昇値がおかしいけど、そこはもう誰もツッコまない。アワラン達と一緒にランクアップしたはずなのに、俺はもうアビリティGがある。……やっぱ俺のスキルって経験値上昇効果があるんだろうなぁ……。

 エーディルでさえも「ほぅ……」と言っただけで、特に深く追求してこなかった。ありがたいけど、なんかそれはそれで背中がむず痒い。

 

 でも、アワラン達だって結構伸びは良い。アワランは一時期無茶したのもあるが、それでも巴やリリッシュの成長も引けを取っていない。

 今は18階層前後で基礎から見直してるところだから、モンスターとの戦闘は最低限にしてるんだけど、それでも着実に成長してるから、また20階層より先に進めば一気にステイタスが伸びると思う。

 

 ステイタスは経験値の下積みが大事だって最近理解できた。

 下積み、つまり基礎をしっかりと鍛える事で、モンスターと戦って勝利した際の経験値の量と質も上がる。

 

 故に今も全員で朝に型の練習は続けている。

 場合によっては簡単に組手してからダンジョンにも赴いたり、ダンジョンから帰ってきてからも組手している。……これは前からか。

 でも、ここが大事なんだと思う。【フレイヤ・ファミリア】のように日夜命懸けで団員同士戦うのもステイタス的には成長するんだろうけど、なんか『経験』って意味では良質とは言えない気がするんだよな。

 

 まだ死に物狂いになる時じゃない。

 そう思ってる。

 

 そう言えば【テミス・ファミリア】だが、現在物凄く微妙な立場にいる。

 どういうことかと言うと、一部では滅茶苦茶評判が良く、一部では滅茶苦茶評判が悪い。

 

 評判がいいのは一般人やダイダロス通りの住人、そして孤児院などで、良く話題にされてるのは神テミスとジャンヌさんだ。

 

 ジャンヌさんは巡回の傍ら、積極的に炊き出しや慰問をしているそうだ。国から届く食料などの物資を配ったりもしており、住民と交流を深めている。噂ではオラリオで不足している物資を届ける様に祖国に手紙も送っているそうだ。

 神テミスもジャンヌさんと一緒に良くダイダロス通りや孤児院に赴き、孤児などに声をかけている。

 

 これに最近では【ガネーシャ・ファミリア】や【デメテル・ファミリア】【ミアハ・ファミリア】も参加するようになり、住民達に感謝されている。

 これは素直に俺も尊敬している。

 

 その一方で……ジィルを筆頭に一部の団員達がやらかしている。

 

 まぁ、この前の会合のようにあちこちで勝手に厳しい取り締まりを行っている。

 闇派閥に対してではなく、冒険者や一般住民に対してもかなり厳しくだ。

 

 その中で問題視されたのは、捕らえた犯罪者を【ガネーシャ・ファミリア】やギルドではなく、自分達で処罰している事。

 最初は引き渡していたそうだけど、軽い処罰で釈放されたりしている事が納得出来なかったらしい。最後には自分達の本拠に連れ込んで私刑を行ったそうだ。

 

 本来ならジィル達も逮捕されるべきだったのだが、運が良いことに連れ込んだ奴が闇派閥構成員だったため、厳重注意と罰金で見逃された。

 でも私刑を行った事実はあっという間に広まり、一部の人々からは怖がられるようになった。

 

 少し前までジィル達は謹慎していたそうだが、先日ダンジョンで見かけたので多分解けたんだろうな。

 ……国に送還されれば良かったのに。

 

 まぁ、ジャンヌさんに頭下げさせたんだ。もうしばらくは大人しくしてるだろう。噂じゃ副団長の座を降ろされたらしいし……大人しく出来なさそうだな、あのプライドじゃ。

 

 とりあえず、今のところ俺達に害がなければ無視だ無視。

 

 初志貫徹。

 生き残るために強くなることに集中しよう。

 

 そして、今日は――『神会(デナトゥス)』の日である。

 

 

 

 

 バベル30階。

 

 大広間には多くの神々が集っていた。

 

「いや~今回も盛り上がりそうですなぁ~」

 

「最近は神会が開かれるごとに面白い事が起こるよな」

 

「任命式が、だけどね」

 

「今回もスセリヒメのところに面白いのが来たよね~」

 

「黒のハイエルフはまさかまさかだろ。そんなのが奴隷でいたとかどんだけー!!」

 

「テミスのところも面白いことになってるわよ?」

 

「ジャンヌちゃんだろ? あの子は良いよな、あの子は」

 

「そうだな。あの子は良い、あの子は」

 

 あちこちで騒ぐ神々を尻目に、スセリヒメはヘファイストスやミアハと共に入室して、空いている席に迷わず座る。

 そして30分ほどでロキやフレイヤ、そしてテミスなどもやってきて、神会が始まった。

 

 今回の司会はミアハだった。

 

 最初の主題はもちろん闇派閥の動向について。

 その後はオラリオの現状と冒険者のダンジョン攻略状況、そして【テミス・ファミリア】についてが議題に上がる。

 

 ジィル達の行いについてはすでにギルドの裁定が下っているので、今回の神会では特にツッコまれることはなかったが、明らかに小馬鹿にした視線や嘲笑がテミスに向けられるも、それをテミスは目を閉じて無視していたが。

 

 ここでスセリが口を開いた。

 

「まぁ、やりすぎた面も確かにあるが、テミスの子は慈善活動にも精力的に行っておる。噂では遠い祖国に物資や食料を送るように要請しておるそうではないか。オラリオの為にそこまで動いておる事実を無視して、やらかした事ばかりを話題にするのはどうかのぅ」

 

「ふむ……そうであるな。すまぬな、テミス。お前には薬の素材の提供など色々と融通してもらったにも拘らず、貶めるような真似をしてしまった」

 

 スセリの言葉に頷き、テミスに頭を下げる。

 テミスはその言葉に目を開き、

 

「……構わぬよ、ミアハ。我が子が愚かな罪を犯したのは事実。罪を為した以上は裁かれ、周囲の誹りを受けるのも致し方なき事。我が子の罪は私の罪も同じ。逃げも隠れもしない」

 

 堂々と宣ったテミスに、スセリは小さく頷き、ミアハやデメテルは笑みを浮かべる。

 

「へーへー、茶番はええっちゅうねん」

 

 ロキが頭の後ろで手を組んでうんざりした顔で椅子にもたれ掛かる。

 ロキの言う通り、先程のやり取りは少しでもテミスを護ろうとスセリやミアハ達が計画した正に茶番であった。

 

「ふむ? 茶番とは言いがかりじゃのぅ。妾はただ事実を述べただけではないか」

 

「別にテミスのところをどうこうする気なんざ誰もないっちゅうに。っちゅうか、自分のところの小僧達が一番テミスのとこの子と関わり避けとるやないか」

 

「正確にはやらかした奴との関わりじゃな。別にあの娘の事は避けとらん。だがまぁ、互いに気が引けておるようじゃがな」

 

 ロキのツッコミをスセリは肩を竦めて軽やかに躱す。

 ロキはそれに小さく舌打ちして、テミスに視線を戻す。

 

「ともかく、これ以上あんまやんちゃさせんなや。うちのフィンでも庇いきれんこともあんで」

 

「承知している。其方の【勇者】には私はもちろん、我が乙女も感謝している」

 

「ふん……」

 

「では、みな議題は出尽くしただろうか?」

 

 ミアハの問いに神々が頷く。

 

「それでは、器を昇華させた子供達の任命式へと移ろう。皆、手元に資料はあるだろうか?」

 

「よっしゃ! 来た来たぁ!」

 

「今回結構多いな」

 

「この前の襲撃事件で経験値貯めこんだ奴が多かったんだろ」

 

「新参のテミスのとこも含まれてるのもあるわよ」

 

「ああ、スセリヒメの黒エルフもとかもそうだな」

 

 ギルドが急ピッチで仕上げた紙束の資料を見ながら、意見を交わす神々。

 

 テミスも真剣な表情で配られた資料に目を通しており、改めて己が派閥の立ち位置の理解に努めていた。

 

「では、上から順番に行こう」

 

 そして、いつも通り自派閥より弱小の派閥の眷属に対して、好き勝手に盛り上がってイタイ二つ名をドンドンと量産していく。

 

 あまりにも一方的に悲鳴が量産されていく状況に他人事ではないテミスは顔を顰める。

 どう考えても、今回やらかした自分の眷属達が標的にされるのは容易に想像できる。先ほど言ったように、そうされても仕方ない状況ではあるが、やはり親愛なる子供達に知らぬとはいえ、神々から馬鹿にされる称号を付けられるのは嫌なのは当然の感情である。

 

 崩れ落ちる神達を見たら猶更。

 

「では次は……テミスの子供達であるな」

 

「お! 来た来た来た来たぁ!!」

 

「最初は……まぁ、ジャンヌちゃんだよな」

 

「ジャンヌちゃんはなぁ……流石に虐められん」

 

「それな。いい子過ぎて汚したくない」

 

「変なの付けても笑えないわよね」

 

「あの子の笑顔が頭に浮かぶの……」

 

 ジャンヌと会ったことがある神々が罪悪感に襲われて、勢いを失う。

 そこにヘファイストスが口を開く。 

 

「いくらやらかしたとは言え、派閥の団長に変な称号はどうかしら? 特にこの子は精力的に慈善活動を行っているし、感謝している住民も多いわ」

 

「っちゅうてもなぁ……テミスんとこはオラリオでランクアップしたわけちゃうから、印象があんまないで」

 

「ふむ……それもそうじゃな。テミス、この娘はどのような偉業にてランクアップを果たしたのかの?」

 

「……ジャンヌを語るならば団員達はもちろん、ラムニシアの者達でも必ず挙がるのは『オルレアンの戦』だ」

 

「オルレアン?」

 

「ラムニシアの都市の1つだ。そこは数年前に他国との戦争に巻き込まれて包囲されてしまい絶望的な状況だったが、その時に旗頭となり、味方を鼓舞して包囲を見事突破してみせたのが、当時まだ下位の団員だったジャンヌだ。彼女はその戦いの中で魔法とスキルを発現し、生き抜いた果てにランクアップを果たした」

 

「へぇ……」 

 

「それ故にジャンヌはラムニシアでは【オルレアンの乙女】と呼ばれている」

 

「なるほどねぇ……つまり、彼女が団長になったのは正真正銘『旗頭』の役割と言う事かい?」

 

「うむ。実力で選ばれたわけではない。あの子の誠実さとそれ故の愚直さ、そして人を惹きつけ、力と成す人格から私が任命した。まぁ、Lv.2だから実力はラムニシアでも上位には入るが」

 

 ヘルメスの言葉に、テミスは偽ることなく話す。

 

「じゃあ、それに因んだ方がいいか?」

 

「まぁ、またランクアップしたら改めて考えてもいいしね」

 

「ふむ……」

 

 

 いくつかの候補が挙げられた末、ジャンヌに与えられた称号は――【御旗の聖女(デア・オルレアン)】。

 

 

 その後、ジィル達も称号が与えられ、いよいよ本日のメインイベントとなった。

 

「では次の子だな。次は……スセリヒメの子、エーディルであるな」

 

「来た来たぁ! 黒ハイエルフ!」

 

「え、スヴァルディオってヘルダイムの国だったのか」

 

「アイツ、送還されたんだろ? アレスの奴にだっけか?」

 

「らしいな。でも、まさか黒のハイエルフが奴隷になってたなんてなー」

 

「忠告しておくが、本人にはあまりハイエルフと口にするでないぞ。あ奴はスヴァルディオの女王であったことに誇りを持っておるが、ハイエルフである事にはあまり良い感情を持ち合わせておらん」

 

「まぁ、リヴェリアもあんま王族扱いされたない言うてるしな~」

 

「うむ。エーディルは古代において同胞を見捨てて霊峰を出奔した一族の末裔であり、妖精の王族としての責務を放棄したと考えておるのじゃろうな。ハイエルフである事はごく一部の者しか知らされぬようになっておったらしいしの。それに生を受けた時からスヴァルディオの王族として生きて来たのであれば、ハイエルフの血筋であることなど、あまり意味はなかったのであろうよ」

 

「あ~……まぁ、エルフの王族じゃなくても国の王族だもんな。確かにあんまり差はないか」

 

「でも、魔法は流石ハイエルフって感じよね。死んだ配下を騎士として召喚とか、一人で戦力差をひっくり返せるじゃない」

 

「数十人規模だけど、オラリオであれば脅威だよな。アレスとの戦争じゃあ流石に焼け石に水だったようだが」

 

「こりゃあ【九魔姫】も焦ってるんじゃないのか?」

 

「どやろなぁ。まぁ、なんか悩んでるみたいな感じやったし、なんや思うところはあるみたいやけど……」

 

「エーディルが魔法を見せた時に、色々と厳しめな言葉をかけたようじゃからな。互いに王族と言うところに思うことがあるんじゃろうて」

 

「ふぅん……でも、そんな子がなんで【スセリ・ファミリア】に?」

 

「我が子らが摘発した奴隷商に捕まっておった奴隷の中におったんじゃよ。他にも数人、我が派閥に入団しておるでな」

 

「ああ、あのアマゾネスやエルフの子?」

 

「うむ、本人的にはフロルの魔法に興味が惹かれたようじゃがな」

 

「ホント、もう【スセリ・ファミリア】の戦力がよく分からなくなってきたなぁ。人数と戦力がかみ合ってねぇもんなぁ」

 

 その後も色々と盛り上がり、脱線に脱線を重ね中々本題に戻れなかったが、フレイヤの「そろそろ決めないかしら?」の一言で、今度は数分でエーディルの二つ名が決まるのだった。

 

 そして、中々に長引いた神会が終わり、神々は各々大広間を後にしていく。

 

 スセリもヘファイストスやミアハと共に部屋を出ようとすると、

 

「スセリヒメ」

 

 テミスが声をかけてきた。

 

「先ほどは私を庇ってくれて感謝する。我が子らが貴女の愛し子に無礼を働いたというのに」

 

「その愛し子が気にしておらんからのぅ。一応、神会に赴く時に訊ねてみたが、先ほども言った通りお主やあの娘には特に悪感情は抱いておらんかったでな」

 

「そうか……貴女の愛し子は噂通り年齢通りに考えない方が良さそうだ」

 

「でなければ妾が見初めるわけがなかろう」

 

「確かに」

 

 テミスはスセリの言葉に苦笑しながら小さく頷いた。

 

「それにしても、お主にしてはあまり眷属の手綱は握っておらぬようじゃな」

 

「……そうだな。あまり私がファミリアの事に口を出し過ぎれば、ジャンヌが困るのだ。あの子はまだまだ団長を引き継いで間もない。人望は間違いなくあるが、団員からは庇護……箱入り娘のような扱いをされることも少なくない。本人もそこを悩んでいるのだ」

 

「ふむ……それもまた一つの団長の在り方ではないかと思わぬでもないが、あの娘はそれでは納得出来ぬか」

 

「ああ、だから小さきながらも団長として認められている貴女の愛し子が気にかかるようだ」

 

「む~……我が愛し子は初代団長であるでなぁ。お主の娘の悩みには答えられるかは何とも言えぬの。エーディルの方が適任やもしれんが……あ奴はなんの縁もない相手に教える性格はしておらんじゃろうな~」

 

「そうか……」

 

「まだヘファイストスやガネーシャの方が答えられるのではないか?」

 

「そうかもしれないが……ヘファイストスにもガネーシャにも我が眷属が迷惑をかけたばかりだからな。まだ信頼関係が築けていないだろう」

 

「うちの子達は別に気にしないと思うけど……探索系と鍛治系じゃ団長の感覚が違うと思うし、今のうちの団長は口下手なのよねぇ。腕は良いんだけど」

 

「ガネーシャも中々に口下手であるしな」

 

 『俺がガネーシャだ!』が口下手に入るのかと言うツッコミはない。

 

「まぁ、まだお主らは来たばかりじゃて。今は交流を増やすところからじゃろうな」

 

「……そうだな。しかし、それもまた私では口を出しにくいところだ」

 

 溜息を吐くテミスに、ヘファイストスは首を傾げて素直に疑問を口にした。

 

「……さっきから思っていたんだけど、テミス。あなた、随分と丸くなったわね。天界にいた頃は遠慮するような性格じゃなかったじゃない」

 

 遠慮なくハンマーでブッ叩いてきたヘファイストスに、テミスは苦笑して腕を組む。

 

「なに、単純な事だ。変わらざるを得なかっただけだ」

 

「というと?」

 

「天界は良くも悪くも変わらない。死にはするがいずれは同じ姿で生まれ変わるし、歳も取らない。司る事柄故に性格や生き様もあまり変わらない。……故に、馬鹿なことをする者もある程度決まっており、一度決めた掟を変える必要がなかった」

 

「そうじゃな。……じゃが、下界は違った」

 

「ああ……百年もすれば、子供達の顔触れが変わり、生活様式が変わり、考え方が変わり、価値観が変わり――求められる『掟と法』()()()()が変わる。私が意地を張ったところで、意味を為さない掟は子供達にとって害悪でしかない。それを嫌と言うほど幾度となく味わえば、嫌でも変わろうというものだ」

 

「なるほどね……流石のあなたでも、子供達の変化には抗えなかったのね」

 

「私が司る事柄は他者を排斥するものではなく、律して護るもの。護るべきものがその在りようを変えるならば、我が事柄もまた、その在り方は変わる。それだけのことだ」

 

「くくくっ! あの頑固者も、子供達の可愛さの前には脆くなるか」

 

 スセリは心底愉快とばかりに笑い、ミアハは微笑ましそうに笑みを浮かべて頷く。

 テミスは頬を少し赤くして、小さく咳払いをする。

 

「こほんっ……と言う事で、叶うならばジャンヌをスセリヒメの愛し子と会わせ、話でもしてみたかったが……今は時期尚早だろう。その時が早く訪れることを、願っている」

 

「うむ、妾もじゃ」

 

 眷属達を尻目に、神々同士では和やかな交流が行われるのであった。

 

 

 

 

 そして神会後のギルド本部では、恒例の二つ名の貼り出しが行われていた。

 

 今回の目玉はやはりエーディルと【テミス・ファミリア】の面々であった。

 

 

 本部ロビーは人で埋め尽くされており、そのほとんどがエルフ族である事からもエーディルの存在がどれだけ異質なのかが証明されていた。

 

「……これがあの方の……」

 

「リヴェリア様に並びうる……ハイエルフ様の称号」

 

「くそっ……! 何故【スセリ・ファミリア】などに……!」

 

「やめろ。あの方をお救いしたのは彼らだ。何も出来なかった我らの元に来る方がおかしい」

 

 様々な感情が渦巻きながら、多くの人々がその名を目に刻む。

 

 

 【スセリ・ファミリア】

 

 エーディル・デック・アールヴ・スヴァルディオ――【黒魔妃(スヴァルト・ヘル)

 

 

 【テミス・ファミリア】

 

 ジャンヌ・ダール――【御旗の聖女(デア・オルレアン)

 

 ライル・エティエヌ―【旗傍の憤剣(エペ・コレール)

 

 ジィル・ドルェイ――【正秩の狂犬(ファナティック・シアン)

 

 ジャド・ザントライ――【旗傍の誠剣(エペ・オネット)

 

 

 




というわけで、ジィルは降格です笑

そして、エーディルとジャンヌ達の二つ名も決定
エーディルはもしかしたら今後変更あるかもです

さぁ、今月もソードオラトリア新刊発売ダァ(白目)


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闇を抱えし居合娘

お待たせしました


 エーディルの二つ名が【黒魔妃(スヴァルト・ヘル)】に決まった。

 

 字面とかから間違いなくリヴェリアさんの【九魔姫(ナイン・ヘル)】を意識してる感じだよね。

 エーディルは、

 

「まぁ……我が祖国に通ずるものもあるから、受け入れるとしよう」

 

 と、渋々な感じで受け入れていた。

 元女王ともなれば、冒険者の二つ名程度では一喜一憂しないか。

 

「百年も玉座におれば、色々と好き勝手に呼ばれるものよ。お主も近いうちに……というか、すでに陰で何かしら呼ばれておるだろうよ」

 

 ですよね。

 うちって結構言われてると思う。目立つし、目立ってるし。

 

 それにしても、ジャンヌさんの【御旗の聖女(デア・オルレアン)】って……この世界にもオルレアンってあったんだ。んで、同じような事起きてたんだ。

 ダンまちの主要キャラって、前世の英雄神話にある程度基づいてるけど……この後いつか火炙りにされたりしないよね? ……よね?

 

 流石に彼女がそんな目に遭うのはちょっと不憫すぎる。前世のジャンヌ・ダルクもそうだけど。

 

 そして、やらかした男の二つ名もなんか哀れだな。狂犬扱いされてんじゃん。

 まぁ……間違ってないけど。

 

 これでとりあえず、ランクアップ組全員に二つ名が付いたわけだ。

 次はディムルになるはずだ。団員が増えたら分からんが、今のところ増やす予定も余裕もないからな。

 

 ちなみに我らが野生児ミュリネだが、これが意外とダンジョンで大人しくというか、秀郷達と連携を取れるようになってきた。

 最初に突っ込むのは変わらないけど、驚いたことにその後に一度大きく下がって、秀郷やディムルが攻撃する間を作り、2人の攻撃ルートを広げている。

 

 いつの間にと皆で首を捻ったが、答えは本拠でやってる組手だった。

 つまり俺対ハルハ達の、更に酷くなった一対多の組手のハルハ達の動きを見て覚えたらしい。

 

 なので、今はミュリネも俺達の組手に参加させている。

 速攻でポイってしてるけど。でも、速攻で体勢立て直して何度も突っ込んでくるあいつのタフネスと動きはツァオやハルハに通じるものがある。

 

 相変わらず武具問題は解決しないけど。

 

 この前ナイフを持たせてみた――速攻ですっぽ抜けてすぐ後ろにいたハルハの顔面へ飛んで行ってたけど。

 

 あの時のハルハの鬼気迫る渾身の白刃取りは、俺だけでなくスセリ様も思わず拍手していた。

 

 ということで、ミュリネにはしばらくナイフや剣などの刃付きの武器は持たせないことになった。

 

 対して梓は意外と武器の扱いが上手いことが判明した。

 やっぱり舞踊をしているからかね? まぁ、よく分からんけど、梓は現在薙刀をメイン武器にしている。

 でも、梓は雰囲気的に魔導士側になるだろうから、杖か何かの魔法発動媒体を見繕っておくべきかなとエーディルやリリッシュに相談している。

 

 でも、それも梓の魔法が発現してからの話だが。

 

 秀郷の弓は上層であれば視界に捉えられれば、ほぼ百発百中の精密さと飛距離を誇っていた。

 いやもうね……上層のモンスター相手に無双だよ。流石にインファント・ドラゴンは無理だけど、他は一方的に倒せる。

 

 ただ……矢の消耗と補充が課題だ。

 モンスターに刺した矢は出来る限り回収しているけど、再使用出来る確率は半々と言ったところ。

 補充はまず無理だからな。サポーター役に大量に背負ってもらうしかない。正重が作れるけど、材料が足りるかも分からないしな。

 原作やアニメではあまり描かれてなかったけど、意外とダンジョンでは弓矢は難しいな。奥に進めば進むほど、消耗と補給が課題になっていく。

 

 秀郷にはやっぱり弓矢以外の近接系メイン武器を鍛えてもらう必要があるな。

 それも含めて、まだまだ新人3人は先が長い。

 

 焦らないように、焦らせないように気を付けないとな。

 俺という成長率異常団長のせいで、追い詰められる可能性はあるからな。ベル程じゃないにしろ、俺も異常な速さでランクアップしてるし。

 

 さて、そんな俺だが、今日はダンジョンに行かず本拠で鍛錬。

 なのでハルハ達はもちろんのことだが、今日は新人達も休みなので全員本拠にいる。

 

 いつも通り汗だく息絶え絶えの組手を一周(巴→アワラン→ディムル→正重→ツァオ→ハルハ→全員→スセリ様→全員)して、水浴びして汗を流してから一服していた時、

 

「フロル~、やっほ~」

 

「ん? アーディ? それに……」 

 

「こんにちは、【迅雷童子】。お邪魔するわ」

 

 神アストレアと、アリーゼ、輝夜さん、ライラさんもいた。

 アリーゼ達は何回か来たことあるけど、神アストレアは初めてだな。

 

 一体何の用だ?

 

「遊びに来たよ~」

 

「あ、そう」

 

 さいですか。

 流石アーディ。多分、神アストレア達を巻き込んで連れて来たな?

 

 アーディの声が聞こえたのか、スセリ様がやってきた。

 

「なんじゃ、小娘だけでなくアストレアまで来おったのか」

 

「突然ごめんなさいね、スセリヒメ。そこで彼女にあって、お誘いされたの。私はまだお邪魔したことなかったし」

 

「別に構わんが、我が子らは鍛錬を終えたばかりじゃから、後ろの娘共は退屈やもしれんぞ?」

 

「うちの子達は別にあなたの子供ほど鍛錬好きでもないから大丈夫よ」

 

 ですよね。

 神アストレアは苦笑しながら言い、輝夜さんとライラさんが呆れていた。アリーゼとアーディはニコニコしていたが。

 

「ふむ……そうかのぅ」

 

 スセリ様は意味ありげに、輝夜さんを一瞬見てそう呟いた。

 それに輝夜さんは一瞬目を見開いて、眉を顰めた。

 

 どうやらスセリ様は輝夜さんの素性と言うか、事情を詳しく知っているみたいだ。

 

 やっぱりゴジョウノの名には意味があるのか?

 

 巴や正重は詳しくは知らなかったから俺も知らないけど、巴が知る数少ない噂では何やら朝廷の暗部を担っているらしいとのことだ。本当かどうかは知らんけど。

 

 すると、

 

「どうかの? 輝夜。せっかくじゃ。妾の愛し子と戦ってみると良い」

 

 スセリ様が俺を指差しながらとんでもないことを言い放った。

 

「……【迅雷童子】殿と?」

 

「スセリ様?」

 

「どういうつもりかしら?」

 

 神アストレアも流石に困惑している。

 これには流石にアーディもアリーゼ、ライラさんも目を丸くしている。

 

「なに、我が愛し子の腕前に興味がありそうだったのでな。極東の娘であれば、村正の刀にも興味があろう?」

 

「……」

 

 図星だったのか、輝夜さんは顔を顰めるだけで反論しない。

 まぁ、なんか前から妙に挑発的と言うか、突っかかってくる感じだったしな。

 

 っていうか、その言い方。真剣で戦うってこと?

 

「真剣でやるんですか?」

 

「ふっ……いくらゴジョウノの娘とは言え、未だLv.1。Lv.3に至ったお前であれば、殺さずに刃を交えることくらい出来よう?」

 

 ……いやまぁ、流石にディムル程ではないだろうから行けるだろうけど……。それを口にする度胸は流石にないなぁ。

 しかし、スセリ様に俺のそんな考えなどお見通しだったようで、

 

「はぁ……そこで何も言わぬのは肯定と同じじゃぞ、フロル」

 

 ……しまった。

 輝夜さんも気づいていたのか、僅かに怒気を噴き出しながら笑っていない笑みを浮かべた。

 

「ほぉ……流石は『世界記録童子(レコードホルダー)』ですなぁ。ちんたらチャンバラしてる小娘程度、お茶の子さいさいというわけですか」

 

「ありゃりゃ……」

 

 ライラさん、諦めの声出さないで。……まぁ、これは逃げれそうにないけど。

 

 でも、確かに俺もちょっと気になるし、仕方ないか。

 

 俺は小さくため息を吐いて、この後素振りする気だったのですぐ傍に置いておいた刀を手に取る。

 そこでようやく騒動に気付いたというか、輝夜さんの怒気に気付いたんだろうな。ハルハ達が顔を出した。

 

「おや……誰かと思ったら噂の正義さん達じゃないか。なんだい? 手合わせするのかい?」

 

「まぁ……ちょっとな」

 

 俺は刀を腰に差しながら空笑いする。

 というか、正義さんて。

 

 神アストレア――もうアストレア様でいいか。アストレア様は少し心配な表情でスセリ様の横に座り、更にその横にアリーゼ達も座る。アーディは巴の傍に。仲良くなったな、君ら。

 ちなみにアリーゼ達は誰も心配してない。むしろ、なんか面白がっている。

 

 さて、互いに向かい合ったものの……。

 

 ……どうしよ、やる気出ない。

 

 

「フロル、言っておくが――無様を見せたら一週間昼夜ずっと抱き枕と鍛錬じゃぞ」

 

 

 頑張りまーす!!

 

 流石にそれは恥ずか死ぬ!

 

 輝夜さんが毒気が抜かれたように呆れ顔を浮かべたが、すぐに顔を引き締めて柄を握り、居合を構える。

 俺もそれに倣って居合の構えを取る。

 

 ……それにしても、袴じゃなくて普通の着物でよく戦えるな。

 踏み込み辛そうだけど……構えは見事の一言だ。隙はほとんどない。……これ、ちょっと思ってたほど差がないかもしれん。この人……()()()()()()()()

 

 どうやら暗部に関わってたってのは嘘じゃないらしい。

 

 ん~……どうしたもんか。

 

 互いに居合の構えだから、どっちかが動かないと始まらない。

 これは……俺が動くべきか。

 

 俺は地面を蹴って、刀を抜きながら輝夜さんに斬りかかる。

 全力じゃない。反応を見たいから半分程度の速さで。

 

 輝夜さんは目を細め、鯉口を切る。

 

「――居合の太刀」

 

 抜刀しようとした瞬間、俺は歩幅を小さく、そして摺り足に変え、方向転換しながら一気にスピードを上げて輝夜さんの左側に回り込む。

 

 いくら居合が速かろうが、刀を差してある側は基本的に居合の死角。

 俺より速くない限り、絶対に刃は届かない。

 

 だから――

 

「ちぃ!!」

 

 飛んでくるのは『鞘』しかない。

 

 でも悪いな、輝夜さん。

 

 居合――抜刀術の技は、前世の漫画で腐るほど見てるんだ。

 

 だから、鞘で攻撃してくる奇策は、もう知ってる。

 

ガァン!!

 

 輝夜さんが苦し紛れに逆手で薙いだ鞘に、俺もまた逆手で抜いた鞘を叩きつける。

 

「っ!?」

 

 驚く輝夜さんの顔に向かって、俺は突きを繰り出す。もちろん全力じゃないけど。

 

「ぐっ……!!」

 

 輝夜さんは大きく仰け反りながら後ろに跳び下がるが、そう逃げると読んでいた俺はほぼ同時に駆け出して間合いを開かせない。

 

 これもまた居合の弱点。抜刀後に間合いを詰められると後手に回る。

 まぁ、これは普通に剣術で戦えばいいだけの話なんだけど、抜刀術を得手とする剣士は居合を潰されると結構リズムが崩れやすい――らしい、スセリ様曰く。

 

 俺は刀を翻して峰で斬りかかる。

 だが、なんと輝夜さんは俺の攻撃を受け止めながら、()()()()()()()

 

 マジか!?

 そんな無理矢理居合に引き戻すのか!

 

「舐めるなよ小僧」

 

 え、なんか口悪っ。

 

 俺は驚きながらも腕に力を込めて、無理矢理刀を振り抜いて輝夜さんを押し飛ばし距離を開ける。

 

 その隙に俺は鞘を腰に差して、柄を両手で握る。

 なんとなくステイタスの差は把握できた。ここからはあっちの技を見たい。

 

 互いに体勢を立て直したのを確認して、今度は小細工無しでまっすぐ突っ込む。

 

 輝夜さんはまた小さく舌打ちして、

 

「居合の太刀――」

 

 右足を前に出し半身になり、上半身を前に傾ける。

 

 来る!!

 

「『一閃』」 

  

 一瞬たりとも目を離していないはずなのに、気づいたら刀が抜かれて迫ってきていた。

 

 俺は目を見開きながら反射的に左に身体を流し、更に上半身を大きく後ろに倒して仰け反る。

 

 仰け反るとほぼ同時に刀の切っ先が顔の上を通り過ぎた。

 

「なっ……!?」

 

 俺は無理矢理上半身を起こしながら左に跳ぶ。

 刀を振り抜いた側に跳べば、斬りかかられるパターンはかなり限られるからな。

 

 追撃はないみたいだけど、しかし想像以上に速かったな……。

 でも今の……思ったより間合いが開いていた気がする。……連撃を意識してるのか? もしかして【天翔龍閃】みたいな二段構え?

 

 怖ぇな!? いきなり使う技じゃなくない!?

 

 間を開けるのはやっぱり悪手だな。

 ここは攻め続ける!

 

 一気に詰め寄って、連続で刀を振るう。

 輝夜さんは納刀する暇もなく、俺の攻撃を捌き続けている。でも、反撃する余裕はなさそう。防ぐのだけで精一杯って感じ。

 

「ぐっ……!」

 

 剣術の腕は俺より上かもしれんが、残念だったな。

 

 ステイタスの差はもちろんだけど――

 

 

 やっぱり、武器の差はデカかったようだ。

 

 

 ずっと峰で攻撃してた刀を返し、全力で刃側で輝夜さんの刀の鍔元を斬りつける。

 

パキィィン!

 

「!?」

 

 輝夜さんの刀を根元から斬り落とす。

 これで攻撃手段は――無くなってないよな。

 

「居合の太刀――『双葉』」

 

 柄を投げ捨てて、後ろ腰に差してあった二振りの小太刀を掴み、抜刀と同時に十数本の斬撃が繰り出された。

 

 俺も全力で連撃を放ち、急所に当たりそうな斬撃だけを弾きながら後ろに下がる。

 

 ふぅ……ちょっと危なかった。何発か掠ったな。

 それにしても、居合に加えて小太刀二刀流ってマジで抜刀斎の世界から来た人みたいだな。

 

「……『双葉』までも凌ぐか。ステイタスの差もあるとは言え、的確に攻撃を見極めて捌くその腕は異質を通り越して異常だな」

 

 失礼な。これは純粋にそこでニヤニヤ見てる女神様に教えてもらった技術だ。

 っていうか、年上だとしてもステイタスの差を上回りかねない技を持ってる貴女に言われたくない!

 

 ホントにステイタスの差があって、正重の刀じゃなかったら死んでたぞ!?

 

 あと! なんか喋り方完全に変わってるよ?! そっちが素か!

 

「……で、まだやるか? そっちの武器は完全に潰れたようだけど」

 

 小太刀も二振りとも刃がボロボロになっている。

 今の打ち合いだけでそこまで刃毀れするということは、やはりあまり良質な武器ではないようだ。

 

 まぁ、まだ全員Lv.1だし、巡回にも積極的に参加してるから金策もギリギリだろうからな。武器にまで金を回す余裕はないのかもしれないが。

 でも、シャクティさん達と仲がいいからヘファイストス様やゴブニュ様の派閥と繋がりくらい出来てそうだけど……。

 

「……これでも私が手を出せる中では業物だったのだが……やはり上級冒険者の武器には及ばないか」

 

「そこは正重の武器がって言って欲しいな。少なくとも俺や前衛職の武具は全部正重が拵えてくれた物だし」

 

「なるほどな……。村正の名は伊達ではないという事か」

 

「ところで――まだ何か隠してるよな?」

 

 なんか暗部に関わってたとしては、真っ当な剣術だった。

 隠してるというか修得してないだけなのか、封印してるのかは分からないけど、でもなんかまだ出し切ってない気がした。

 

 輝夜さんは眉を顰め、

 

「……出せる力は出した。それが答えだ」

 

「なるほど。まぁ、殺し合いでもなければ出せない技もあるか」

 

 奥の手はしっかりあるという事ね。

 

「で、やっぱり実家は()()()()家だったのか?」

 

「……」

 

 何も言わなかったが、眉間の皺が深くなったので多分正解だな。

 なるほど……そんな家の出身者がオラリオに来て、正義と秩序の眷族ねぇ。

 

 まぁ、暗殺一家の御曹司が殺しが嫌で家出する漫画とかあったし、ありえないことじゃないよな。あまりツッコんでもいいことはなさそうだ。

 

 でも、Lv.1でこれか。ランクアップしたら、うちの連中に負けないくらい格上殺し(ジャイアントキリング)しそうだな。

 

 とりあえず、俺はスセリ様達に顔を向ける。

 

「これくらいでいいですか?」

 

「そうだのぅ。まぁ、互いの事を理解できたようじゃし、今回は良しとしよう」

 

 ほっ……。

 

「じゃが、フロル。いくら居合を極めかけておるとはいえ、少々後手に回り過ぎだの。妾の予想では、もう少し傷を負わずに勝つはずであったのでな」

 

「……あ、はい。面目ありません」

 

「そこは明日にでも叩き直してやるとしようかの。で……」

 

 スセリ様は輝夜さんに顔を向ける。

 

「どうじゃったかの、輝夜。妾に鍛えられた愛し子は」

 

「……そうですねぇ。理解していたつもりでしたが、改めてその異質さを実感できました。麒麟児……それとも正真正銘『童子』なのか、言葉に困ってしまいますが……」

 

「くくくっ! 別に好きなように思えばよかろう。さて……フロルや」

 

「はい?」

 

「己にとって忌むべき過去、業があり、それが己の技となった時、お前はそれを秘めるか否か?」

 

「秘めませんね。敵を倒し、生き残るためにそんな物を隠す余裕は俺にはありません」

 

 考えるまでもない。

 もちろん、敵にバレたら困るのであれば話は変わるが、問題ないのであれば惜しみなく使う。

 隠して誰かが死ぬくらいなら、使って護れるだけの人を護る方がいいに決まってる。

 

 対策されるかもしれないなら、それに対してまた対策を常日頃から考えておけばいいしな。

 

 スセリ様は満足げに俺の言葉に頷き、また輝夜さんに顔を戻す。

 

「だ、そうじゃぞ?」

 

「……」

 

「お主の血がどうであれ、お主の技がどのように忌まわしき過去を元に生み出されたとしても、所詮は『力』と『技』でしかない。大事なのは、お主自身が何を為したか。重要なのはそれだけよ」

 

「……分かっております」

 

「神に嘘は通じぬぞ、愚か者。悟った者気取りをするなど百年早いわ、小娘」

 

「っ……!」

 

「アストレアはこの手の事には見守り続ける甘いところがある故、口出しはせんであろうがな。その眷族を名乗り、『正義』を為すのであれば己を偽るなど愚行そのものよ。そんな輩が我が子らと肩を並べるのを見過ごせるほど、妾は優しくない」

 

 ……随分とツッコむなぁ。

 なんか思うところがあるんだろうか? 極東出身ってだけじゃないと思うんだよな。

 

「……」

 

 輝夜さんは黙ったままだが、葛藤しているのは分かる。

 多分、輝夜さんの『核』を刺激したんだろうな。

 

「これ以上は流石に口出しは出来ぬ故、もう言わぬが……しかと考えておくことじゃな」

 

「……」

 

 輝夜さんは黙ったまま小さく頷いた。

 さて、ちょっと空気を変えた方が良さそうだな。

 

 実は、さっきからスセリ様の後ろで少し挙動不審っぽい人がいるんだよ。

 

「正重、どうかしたのか?」 

 

 全員の視線が正重に向く。

 いきなり視線が集中した正重は少し戸惑っていたが、俺達の視線はすぐに正重の顔から手元へと向く。

 

「それ……刀か?」

 

 正重が握っていたのは一振りの刀だった。

 

「む……う、む……」

 

「……もしかして、輝夜さんにか?」

 

「……うむ」

 

 正重は少し恥ずかしそうに頷いた。

 

「前に、戦い、見た時、刀が、合ってない、見えた。それが、気になっていた」

 

「だから、会えた時に渡せたらって?」

 

「うむ」

 

 ふむ……珍しいな。正重が他のファミリアの人の事に気にかけて渡せるかどうかも分からない武器を造るなんて。

 まぁ、ちょうどと言うか、俺が武器を壊してしまったしな。今回はスセリ様が無茶振りしたし。

 

 と言う事で、刀は輝夜さんにあげることに。

 今後は流石に少しはお金をもらうことになるけど。整備に関しては急ぎであればお金をもらい、余裕があれば無料でとなった。

 

 アストレア様達はその後スセリ様とお茶を少し飲んだ後に本拠を後にした。

 

 アーディ?

 アーディはまだいるよ。ドットムさんと帰るつもりらしい。

 

「で、ツァオ達には輝夜さんはどう見えたんだ?」

 

 アストレア様達が見えなくなったところで、俺は観戦してたハルハ達に輝夜さんの事を訊いてみることに。

 

「そうですなぁ……。団長殿を前にこう言うのもなんですが、正直あの歳にしてはかなり研鑽を積んでおりましたな。それに、場数も踏んでおられるようでした」

 

「うむ。身のこなしはまだ粗が目立った。しかし、剣術に関しては下級冒険者では相手にならないと思う」

 

「だねぇ。ありゃあ、下手に挑めば気付いた時には斬られてるね。他の子は分からないけど、あの娘は伸びるんじゃないかい?」

 

 結構高評価だな、やっぱり。

 

「居合ってのはフロルを見ててヤバいって思ってたけどよ。極めるとどうしたらいいか分かんなくなんな」

 

「そうですね。攻めていいのか、見でいるべきか、手の内が少しでもわかってしまうと判断できません」

 

「居合は間合いにさえ入れば、先手でも後手でも行ける技だからの。まぁ、先程のように抜刀後の対応は厳しくなるが」

 

「そこらへんはある意味槍に通じるかもな」

 

「確かに……」

 

「しかし、あれほどの手練れをゴジョウノが手放すとは……」

 

「出奔と言うか、飛び出して来たんじゃないかい? 本人はあまり実家の事を好いてないみたいだったしねぇ」

 

「まぁ、戦った感じ、巴達の言ってた噂は合ってたと思う。多分、裏家業的な生業があって、それが嫌だったんだろうな」

 

「そうでもなければ、アストレアが受け入れはせぬだろうよ。まだまだ心の内側に溜め込んでおる生娘じゃったがな」

 

「だから、あんなことを?」

 

「下手に放置しておっては周りを巻き込んで崩れ落ちそうな気配もあったでな。軽く刺激して様子を見ておきたかったんじゃよ。まぁ、今回の件でまだまともな方に落ち着くであろう」

 

 だといいですけどね。

 俺は【アストレア・ファミリア】の壊滅理由を知らないんだよなぁ。闇派閥が関わっていそうなのは、リュー・リオンの話からなんとなく分かるけど。きっかけまでは知らない。

 

 まぁ、俺達だって本編にいないから今後どうなるかまだ分からないんだ。

 

 他人の事より、まずはやっぱり自分達の生き残る確率を少しでも上げていくことに集中しないとな。

 

 頑張ろ。

 

 




輝夜さんの本性を知るのは、もう少し先になりますw


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歌を捧げたるは……

 今日はディムル達Lv.1組とダンジョンです。

 

 早いものでディムルが恩恵を授かって一年が経った。

 まだランクアップするには勿体ないと思うので、ディムルにはまだまだ頑張ってもらうことに。

 もっとも、本人が一番まだまだ伸ばす気だからランクアップする気ないんだけどな。

 

 今回はドットムにも付いてきてもらうことに。

 

「って言うかよ。この面子だったらアーディやアストレアの連中とも一緒に行かせてもいいんじゃねぇか?」

 

「ん~~……それも考えたけど……やっぱミュリネがなぁ」

 

 今以上の大人数になって、ディムルがミュリネの暴走をコントロール出来るか? 周りとの連携面でかなり負担がかかると思う。

 ミュリネが他の冒険者の言う事聞くとは思えん。もう少しミュリネが落ち着いたらかな?

 

「ミュリネ抜きでもいいのかもしれないけど、それはそれでなぁ」

 

「まぁ、この面子だと前衛がミュリネ嬢ちゃんだからな。確かにもう少し他の連中が育たんとちと厳しいか」

 

「ああ、もう少し自分の事を自分でカバー出来るようになってもらってからだな」

 

 それに、梓が少しまだ不安だ。

 

 梓は現在もサポーターメインでダンジョンに入っている。

 薙刀で戦わせてはいるけど、やっぱり梓は典型的な魔法種族(マジックユーザー)気質だと思うんだよな。だから、魔法を早く発現させてやりたいんだけど、こればっかりは俺にはどうにも出来ないからなぁ。

 

 エーディルやディムルが言うには、エルフは別に恩恵やスキル関係なく魔法を使うことが出来るそうだが、それを使うには長い修行と特殊な儀式が必要で、詠唱も長いらしい。

 だから、梓に使わせるくらいならさっさと恩恵由来の魔法を発現させた方が良いという結論になった。

 

 でも、本当に魔法ってどんな理屈で発現するのか分かんないんだよね。

 いや、基本的に自分の資質や経験を基に発現してるんだろうけどさ。そうなると梓が一番大事にしている事が重要になるってことだ。そうなるとやっぱり俺じゃ口出しできない。

 

 まぁ、エーディルが特に気にかけてるみたいだから大丈夫だと思うけどさ。

 

 そんなことを考えながら、俺、ツァオ、ディムル、リリッシュ、エーディル、ミュリネ、梓、秀郷、ドットムでダンジョンを移動していると、

 

 パーティの後方で、なんかエーディルと梓が滅茶苦茶真剣な雰囲気で話してる。

 

「さて、良いかや。梓」

 

「はい」

 

「お前は何故、自身の魔法が未だに発現せぬのか。その理由に思い至っておるか?」

 

「……いいえ。申し訳ありません……」

 

 エーディルの言葉に梓はシュン…と顔だけでなく耳まで項垂れて謝る。

 でも、それが分かれば誰も苦労しなくね?

 

「これがヒューマンやアマゾネスなど他の種族であれば、深く思慮する必要はないであろう。されど我ら魔法種族であるエルフとなれば、ちと話が変わる」

 

 ふむ?

 

「我らエルフは古代より先天的に魔法を扱う事が出来た種族。その身体には否が応でも魔法に適する『血』が流れており、あらゆる『可能性』を蓄積しておるのだ。故に、神時代の訪れ以降、『恩恵』を刻まれたエルフはその時点で必ずと言っていいほどに『自身に適合した魔法』が発現する」

 

「……でも、私は……」

 

 そう、梓には魔法が発現しなかった。

 と言う事は、今の話では梓には適合する魔法が存在しないことになる。

 

「焦るなや、梓。何事にも例外は存在するものよ。例えば――余、であったりな」

 

「え?」

 

「余もまた、魔法の発現には時間を要したのだよ。故にお前の焦りも不安も手に取るように解かる」

 

 そうなのか……。

 

「余が一つ目の魔法を得たのは――生まれて初めて他国と戦をした時だった」

 

「そう、魔法には『血』だけでは発現せぬものがある。それを解き放つ唯一の鍵は――『自覚』だ」

 

「……自覚」

 

「うむ。己にとって、『魔法』とは如何なるものか。己にとって、『魔法』とは何するものか。それを定めた時に、ようやく己の中の『血』が息吹く。そのようなエルフが極稀にいるそうだ。神曰くな」

 

 へぇ……エルフだからこそ、でもあるのか?

 

「ちなみに、余がその時抱いた『自覚』とは『王族としての覚悟』である」

 

「……王族としての覚悟」

 

「いかにも。では、お前にとっての『自覚』とは何かや? それを、()()()()()()()()

 

 エーディルはそう言うと話は終わったとばかりに、梓から視線を外す。

 梓は考え込むように俯いている。まぁ、あんな話されたらそうなるよな。

 

 ふむ……こうなると早めに切り上げるべきか?

 

「構わんよ、団長殿。梓は今はサポーターだ。戦闘に参加させる必要がないのだから、このまま進めばいい。余らの戦いを見て、気づくこともあろう」

 

 そんなもんかねぇ。

 まぁ、ディムル達がいいなら、それでいいけど。

 

 

 

 

 と言う事で、あの後も特別話すこともなく探索は終わった。

 流石にこのメンバーだったら上層は余裕だな。まぁ、インファント・ドラゴンとは戦ってないけど。

 

 まぁ、エーディルがいれば上層のモンスターは余裕で倒せるんだけどな。

 でも、エーディルが要所要所でフォローしてくれているからシルバーバックも安定して倒すことが出来ている。

 これなら中層でも行けるか? いや、でもやっぱり梓がまだ厳しいか。

 

 原作ではリリルカ・アーデがいたけど、リリルカは知識とアイテムでベル達を支えていた。

 対して梓はステイタスはリリルカよりは上だけどそれだけだ。現状ではちょっと大変だろうな。

 

 さっきのエーディルとの会話が変化のきっかけになればいいけど……。

 

 でも、その前に……。

 

 

 

 闇派閥を倒さないとね!!!

 

 

 

 くそっ! またダンジョン出たところで暴れられるのかよ!?

 

 しかも、全員揃ってない時に!

 周りは……【ガネーシャ・ファミリア】もいる!

 

「ドットム! 仲間と合流してバベルに避難誘導を! ツァオ、梓、ミュリネとここに避難してきた人達の護りを! 秀郷、リリッシュ、エーディルはここから遠距離援護! ディムルは俺と行くぞ! あまり前に出過ぎるなよ!! エーディル達のフォローを意識しろ!」

 

「承知!」

 

「はい!」

 

「すまねぇ!!」

 

「了解」 

 

「……やれることは、やる」

 

「ウゥ!!」

 

「は、はい!」

 

 皆の返事を聞きながら、俺は刀を抜いて飛び出そうとした時、

 

「フロル、ディムル、余らの援護はいらぬ。()()()()()()()()

 

「!! 分かった! 頼む! 【鳴神を此処に】!!」

 

 魔法を発動して一気に乱戦に飛び込む。

 

 戦っている冒険者の合間をすり抜けて、闇派閥構成員達を斬りつける。

 

「っ!! じ、【迅雷童子】! 助かった!」

 

「敵はここだけか!?」

 

「中央広場全域から西通りに展開された!! 西通りはシャクティ団長達が動いてる!」

 

「分かった! なら俺達はこのままここの連中を殲滅する!」

 

 すぐさま次の敵に向かって駆け出す。

 少しでも早く終わらせる!

 

 

 

 

 飛び出したフロルを見送ったエーディル達も、すぐさま動き出す。

 

「やれやれ……兵は拙速を尊ぶとは言うが、大将が迅速の一番槍と言うのは少々困ったものよな」

 

「それがうち」

 

「くくくっ! 違いない。さて、梓や」

 

 エーディルはリリッシュの素っ気ない返答に一笑いしたかと思うと、背を向けたまま梓に声をかける。

 

「は、はい……!」

 

「良き時機ではないが、丁度良い。我が魔法の真髄と抱きし想いを聞かせてやろう」

 

 エーディルは一歩、前に出ると足元に魔法円が出現する。

 

「この魔法は――余が『王』である証であり、余が『忘れられぬ憧憬』であるが故に」

 

 そう告げた女王は高らかに詠い始める。

 

「――【集え、天衣無縫の騎士団よ。今こそ戦の時】」

 

「【汝らの忠義は我が剣。汝らの献身は我が鎧。汝らの咆哮は我が盾となる】」

 

 それは梓や秀郷、ミュリネは初めて目にする威厳、耳にする詠唱。

 梓は目を大きく見開き、全神経を注いでその姿を瞳に刻む。

 

「【其は永久の契り。この身朽ち果てる其の時まで、この身は王を拝命せし】」

 

「【告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に】」

 

「【誓いを此処に。この意、この理に従うならば、我が命運、汝が剣に委ねよう】!」

 

「【我が名は――スヴァルディオ】!!」

 

 

 女王は杖を力強く地面に叩きつける。

 

 

「【エイスゥツ・グラズヘイム】!」

 

 

 魔法円が広がり、エーディルの前方に黒騎士の軍隊が出現する。

 

「我が騎士、我が臣下、我が力、我が手足――かつての我が命の欠片よ。魅せつけよ!! 我らが滅びし祖国の、かつて在りし勇姿を以って!!」

 

『ヴゥオオオオオオオ!!』

 

「蹂躙せよ!! 我が眼前の敵を!!」

 

 女王の発令と同時に、黒騎士達が進軍を開始する。

 

 瞬く間に攻勢は逆転し、エーディルの周囲の安全圏が確保されていく。

 

 黒騎士団の波に飲み込まれたディムルは、その威気に身を震わせる。

 

「これが、真なる騎士……! 死して尚、忠義に立つ……武道の極みの一……!」

 

 かつて己が祖先が立っていた道。己の憧憬。

 

「この身はもはや騎士に成れず。されど今は……共に肩を並べる栄誉を!」

 

 双槍の騎士は黒騎士と共に戦場に舞う。

 

 そして、黒騎士達もまた、同胞の参戦を歓迎するのであった。

 

 そんな騎士達の舞踏を見つめながら、女王は更なる一手に出る。

 

「この魔法は――余が王位を継ぎ、民の、臣下の、黒き国を導く『輝き』と成らんと誓った『王への覚悟』!!」

 

 新たな魔法円が足元に輝く。

 

「【三度の厳冬を越え、訪れるは終焉。大いなる輝天は闇に吞まれて、大いなる大地は崩れ散る】」

 

 新たな詠唱を止めようと闇派閥構成員達がエーディルを狙おうとするも、少しでもエーディルに近づこうとすれば黒騎士達が立ちはだかる。

 弓矢で狙おうにも、エーディルの近くに控えていた盾持ちの黒騎士が防ぎ、剣や槍を持つ騎士達も矢を斬り落とす。

 

「【解き放たれるは邪火。暴虐と破滅が世界を覆う】」

 

 止められない詠唱に構成員達は歯噛みするが、逆に黒騎士達の合間を縫って矢が飛び潜り、肩や胸を穿つ。

 

 秀郷の矢だ。

 

「ぎゃっ!?」

 

「ぐあ!?」

 

「【堕ちろ、命の星々。轟き響け、虹光の角笛。この身はアールヴ】!!」

 

 襲撃者の絶望はさらに続く。

 

 詠唱が終えると同時に、頭上に大量の魔法陣で形作られる角笛が出現する。

 

「【ステルナ・ギャラルホルン】!!」

 

 光の流星群が放たれ、闇派閥へと正確無比に襲い掛かる。

 

 たった一人で戦況を覆す。

 

 その一人の魔導士に、闇派閥はもちろん、戦場で戦っていた冒険者達は身を震わせる。

 

「これが……もう一人の……!」

 

「まさしく、ハイエルフの力……!」

 

「おい! ここはもう奴らに任せて他の場所に行くぞ!」

 

「何を言っている!? まだ闇派閥はいるんだぞ! あの方一人に押し付けるわけには――」

 

 エルフの男が仲間の言葉に逆らい、戦場に残ろうとしたが、

 

「そして最後にして、最初の魔法は――我が祖国を、我が民を脅かそうとする、侵略者を、障害を全て押し流すための『力』にして……例え周囲から、身内からも恐れられようとも国と民を護るためにこの身を血で汚す『王族としての覚悟』」

 

 3つ目の魔法円が女王の足元に広がる。

 

「【渦巻くは母の怒り、うねりて我が子の外敵を押し流せ】」

 

「【その怒りは大地を抉り、あらゆる障害を砕きて揺り籠と成れ】」

 

「【九の光を以って突き刺せ。九の愛を以って包み込め。九の(かいな)を以って排除せよ】」

 

 溢れる魔力、巻き上がる風、靡く長髪。

 

 その全てが威厳を成し、周囲を圧倒する。

 

「【我が母よ、我が波よ、汝らが産み出す光は世界の果てへと至らん】!」

 

 故に魔法の完成を邪魔する事は誰にも出来なかった。

 

 

「【モォヅゥス・ヴィーヴァ】!!」

 

 

 エーディルの頭上に九つの魔法陣を擁する巨大な魔法陣が出現し、その九つの魔法陣から水の竜巻が放たれた。

 解き放たれた九つ頭の水龍は、容赦なく中央広場にのさばる闇派閥を呑み込んでいく。

 

 連続で解き放たれる大魔法に、他派閥の冒険者達や避難してきた一般人達は茫然とするしかなかった。

 

 その水流の合間を雷が駆け抜け、逃げ延びた闇派閥を貫く。

 

「ホント……とんでもないな」

 

 フロルは水流に足を取られないように気を付けながら敵を斬りつけていく。

 水が収まる頃には闇派閥は掃討されており、逃げ延びた者達はすでに中央広場から逃げ出していた。

 

「結局エーディルだけで終わらせたな……」 

 

 刀を納めながらボヤくフロル。

 

 その呟きが聞こえた冒険者達は、

 

「いやいや……あれだけ動き回ってよく言うぜ」

 

「中央広場にいた闇派閥、ほとんどあの二人で倒しちまった……」

 

「あれが新興派閥とか誰が信じるの……?」

 

「もう中堅でも飛び抜けてるだろアリャ」

 

「流石はハイエルフを擁する派閥の団長というわけか……ちっ」

 

 呆れや妬みが籠められた視線を向けられている事を感じながらも、フロルはもはや慣れたものとばかりにエーディル達の元に戻る。

 

「怪我人は?」

 

「おらぬな」

 

精神(マインド)の方は?」 

 

「以降戦闘がなければ問題ない」

 

「じゃあ、帰って休むか」

 

「先に換金」

 

「出来るかぁ? 今の襲撃でてんやわんやだと思うぞ?」

 

「ドットム殿はどうされるのですか?」

 

「声はかけるけど、多分シャクティさんの手伝いするだろ」

 

 と言う事で、ドットムに声をかけて本拠へと戻ることにしたフロル一行。

 

 移動中、梓は顔を俯かせてずっと考え込んでいたが、誰もその邪魔をすることはなかった。

 

 

 

 

 

 本拠に戻り、思い思いに過ごして体を休めることにしたフロル達。

 

 自室に戻り、身を清めて部屋着に着替えた梓は部屋の真ん中で正座していた。

 

(わたくし)にとって……魔法とは何か」

 

 エーディルに問われた言葉を頭の中で何度も反芻する。

 

「私にとって、魔法とは何をするものか……」

 

 そして、先の戦いの光景と言葉を思い出す。

 

 自分は何のために魔法を欲するのか、何のために使うのか、何を為したいのか。

 

「……思い出す」

 

 それはつまり、自分は一度答えに至っているという事。しかし、それを忘れてしまっている。

 

 いや、違う。

 

「『自覚』、覚悟……。そう、私には覚悟が足りないのですね。たとえ――誰かを傷つけ、命を奪うことになっても……あの方の為に魔法を使う、覚悟が」

 

 怖いのだ。自分が奪う側になる事が。

 

 大切な家族を奪われたからこそ、自分が奪う側に回り、誰かに恨まれるのが怖い。

 

 それは当然の感情だ。怖がって当然だ。

 

 だが、それでは何のためにフロルの傍に来たのか分からない。

 

「ただ傍でお世話をするだけでは……あの方を本当の意味で支える事は出来ない」

 

 何より、それだけしか出来ないのは嫌だ。

 

 最初はそれでもいいと思っていた。

 

 ただ傍に居られればそれでいいと。

 

 でも一緒に過ごせば過ごすほど、戦う姿を見れば見るほど、フロル達と戦場を共にすればするほど。

 

 何も出来ない、弱いだけの自分が嫌になる。嫌いになる。

 

 

 そして――羨ましく、妬ましい。

 

 

 フロルと肩を並べて戦う事が出来る団員達が。

 

 フロルに頼りにされている団員達が。

 

 

 ――フロルと笑い合い、切磋琢磨している可憐な少女(アーディ)が。

 

 

 この醜いとも思う感情はどこから来ているのか。

 

 梓はまだ理解していない。

 

 しかし、まだ解らずとも、梓にとって今大事なのはそこではない。

 

 

 今最も重要なのは、何も出来ない、誰の立ち位置にも成り替われない己への怒り。

 

 

「私は――弱いままで、いたくない……!!」 

 

 

 あの人を、支えたい。

 

 

 故に、自分が魔法に求めるは――『献身』。

 

 

 では、自分が捧げられるモノはなんだ?

 

「歌と……踊り。……私にあるのは、たったそれだけ……」 

 

 これだけで何が出来るのだろう?

 

 梓は必死に考える。

 

 

 それこそが答えなのだと気づかぬままに。

 

 

「……今から新しい事を、始めてる時間は……ありませんよ、ね……」

 

 ならば、出来ることを。

 

「私に出来るのは歌う事と舞う事だけ。……今まで聖樹や精霊様に捧げていましたけど……これからは、あの方の為に捧げたい」

 

 それが魔法に繋がるのか。

 

 自信は全くない。

 

 何もない自分なのだから。与えられてばかりの自分なのだから。

 

 それでも……やらなければ、続けなければ、本当に何もなくなってしまう。

 

 

「歌いましょう、舞いましょう。それが……私の、私だけが出来る事」

 

 

 やるべきことが定まった。

 

 この時、梓は自身の身体で――正確には背中で、カチリと、何かが嵌る音がしたことに気付かなかった。

 

 

 その夜、梓に――魔法が発現した。

 

 




さぁ、どんな魔法か。

もう少々お待ちを!


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