聖剣が筋肉で抜けた (とりがら016)
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西の大陸 - アルデバラン
プロローグ


 魔法に溢れるこの世界で、少年ノックス・デッカードには才能がなかった。

 

 まず、魔力。測ったのは5歳の時で、そのくらいの歳であれば成長も見越してランク付けはまだされないのが通常だが、ノックスは『間違いなくF』と嬉しくない太鼓判を押された。もちろん最低ランクである。

 

 次に、魔力質。信じられないほどない魔力でも、質がよければ問題なくね? と思い至った少年ノックスだが、「いや、そういう次元じゃないレベルで魔力ないから」と少年に伝えるにしてはあまりにも現実的な言葉に打ちのめされた。

 

 それならばと、固有魔法。身体能力強化、簡単な治癒魔法など一般的に習得できる魔法とは別に個々に発現する、自分だけの魔法。これだけ魔力がないなら、代わりにそっちがものすごいのかもしれない! と鼻息荒く期待していたノックスは15歳になった。もちろん固有魔法は発現していない。

 

 代わりに、筋肉だけがついた。

 そう、魔力がないなら、魔法が使えないなら筋肉しかない。ノックスは己を鍛えに鍛えた。筋肉は万能ではないしすべてを解決してはくれないが、ある程度のことは解決してくれる。それに、魔法が使えることにあぐらをかいて体を鍛えていないバカどもを、鍛えに鍛え上げた己の肉体で打ち負かして「見たか!」と叫びたい。その一心でノックスは体を鍛えに鍛えた!

 

 そして、これだけ鍛えればもう大丈夫だろうと訓練校へ入校したいと村長に伝えてみた。

 

「魔法が使えないやつはいけないけど……」

「おいジジイ。俺はもう魔に魂を売る準備はできているぞ」

「えらいこっちゃ」

 

 魔族に魂を売られては敵わないと村長が提案したのは、『英雄が使ってた聖剣が村の祠にあるから、それが抜ければ訓練校にいけるぞ』。

 ここで、ノックスはすべて合点がいった。魔法が使えない、魔力がない。頼れるのは筋肉しかない。こんな魔法に溢れる世界でちんけな才能しか与えられていない理由。

 

「俺が、英雄の血を継ぐものだったか……」

 

 ノックス・デッカードは歓喜に満ち溢れながら、聖剣を引き抜いた。

 

 聖剣を、引き抜いた。

 

「?」

「?」

 

 ノックスと付き添いできていた村長は首を傾げた。ノックスは英雄の血を欠片ほども継いでいないから、どうせ引き抜けないだろうと二人揃って高を括っていたのにも関わらず、ノックスの手には引き抜かれた聖剣がある。

 

 見た目は、普通の剣。銀に輝く刀身は触れるだけですべてを吹き飛ばしそうな神聖な何かを感じるところだが、魔力がクソほどないノックスと魔力に関して鈍くなってしまった村長は何も感じ取れていなかった。なんなら『聖剣って嘘じゃね?』と疑い始めている。

 

 そんな疑いを晴らしたのは、一つの声だった。

 

『まさか、私が純粋な筋力で引き抜かれるとは』

「村長。呪われてますこれ」

「え? 呪われてるってノックスのこと?」

「俺が繊細だったら自殺してますよ、そのイジリ」

 

 聖剣が、喋り始めた。ノックスは自分だけ聞こえているのかと思ったが、村長も「別嬪さんっぽい声じゃのう」とだらしなく頬を緩めているのを見て「別に俺が特別ってわけじゃないのか……」としょんぼりする。

 

『私はかつて英雄ローレン・ルークスに振るわれていた聖剣、名をルキノス。その役割は排斥。私は、あらゆる魔力を斬ることができます』

「えっ!!? 俺の魔力も斬られちゃうの!?」

「ないものは斬れんじゃろう。ボケナスビ」

「今俺のことボケナスビって言った?」

 

 ノックスが聖剣ルキノスをちらつかせると、村長がその場で綺麗な土下座を披露した。命の前では地位や階級など関係ないのである。

 

『つまり、私に触れられるのは私の適合者のみ。魔力があれば私の力の影響を受け、魔力が練れなくなってしまうので。更に身体能力の低下などが引き起こされるのですが……あなたはどう見ても適合者ではありません。いえ、捉えようによっては適合者と言えるのでしょうか』

「つまり、ノックスは魔力がカスですごい筋肉あったから引き抜けちゃったってことじゃな」

「なるほどな?」

「じゃあ訓練校行っていいよ」

「やったぜ」

『ちょっと待ってください。私の意思は?』

「頼むルキノス。俺、何者にもなれないと思ってたんだ。でも、ルキノスを引き抜けたおかげで、まだ何者かになれるかもしれないんだ。魔族との戦いを終わらせるなんてデカい信念があるわけじゃないけど。ルキノスの力、貸してくれないか」

『……はぁ。適合者を見つけたら、そっちに行きますからね』

 

 かくして。

 

 魔法の才能がない筋肉ダルマであるノックス・デッカードは、かつての英雄が振るっていた聖剣ルキノスを携えて、訓練校の門を叩くこととなったのである。

 

 

 

 

 

 各地にある訓練校は、16歳になる年に入校できる。入校試験などは特になく、クラス分けのために行う試験のみ。それは各地で起こっている魔族及び魔物との戦いにおいて、人間側の戦力が乏しいことに起因する。

 つまり、なんでもいいから戦える人間を増やしちゃおうという作戦。

 

「俺はもちろん最低ランクのFクラスか」

『もちろんって自分で言ってて悲しくなりません?』

「悲しみを乗り越えたから今15歳になってるんじゃねぇかな」

 

 ルキノスが『思ったよりもいい子なのかもしれませんね』とノックスの評価を少し上げたところで、ノックスはFクラスの教室へ向かった。その足取りは軽く、村には同年代の人間がいなかったためノックスに友だちと呼べる者はいなかった。そのため、これから始まる学生生活、そしてこれからできる友だちに胸が躍っているのである。

 

 ノックスは胸を躍らせながら、教室のドアを開けた。

 

 そこには、教壇と椅子、机が一つずつ。まぁ何かの冗談だろうと思い、ノックスはおとなしく座席についた。

 

『ノックス』

「頼む。何も言わないでくれ」

 

 多分この後人がいっぱい入ってきて、「あれ、机ねーじゃん! お前だけズリー!」と楽しく大騒ぎできるに違いない。ノックスはそう信じて、待ち続けた。

 

 そして待つこと数分、教室のドアが開いた。入ってきたのは、真っ白な髪を後ろで一つに束ね、エンジ色のシャツに革ジャンを羽織り、レザーパンツを履いてサングラスをかけた、咥えタバコの長身の女性。左頬には雨の雫のような赤いワンポイントタトゥーが入っており、雰囲気だけで言えば絶対表の人間ではない。

 

 その女性は教壇に立つと、教室を見渡すまでもなくノックスに視線を注いだ。

 

「Fクラス担任のフリード・ガーベラだ。肩書はアルデバラン王国第3部隊隊長。今は少し無理を言って前線を退いている。で、無理というのは君の聖剣に興味があったからだ」

 

 自分の住んでいる王国の部隊長が担任? と混乱していたノックスは、『聖剣』と言われてルキノスに目を向ける。

 

「私は、興味があるものならばなんでも解き明かしたいタチでね。筋肉で聖剣を引き抜き、持ち歩いていてもなんら体に影響がない。長年適合者が現れていなかったがまさかこんな形でお目にかかれるとは思っていなかった。というわけで、私の興味の為、もとい魔族との戦いに終止符を打つため、私が鍛えてやろう。君、名前は?」

「俺は、ノックス・デッカード。筋肉で聖剣を引き抜いた男です」

「聞けば聞くほど面白いな、それ」

 

 フリードはくつくつ笑って、それとともに紫煙が少しずつ漏れ出て行く。

 ノックスはそれを見てカッコよくて綺麗な人だな、と思うよりも先に、ノックスにとって重要なことを問いただすために勢いよく手をあげた。

 

「どうした、ノックス」

「クラスメイトはいないんですか!」

「ある程度戦闘訓練して、ルキノスの性能を解き明かしてからだな。うっかり相手にあてて殺してしまいましたでは話にならん。心配しなくても、君が努力すればすぐにクラスは上がるさ。学友もできるだろう」

 

 君に、その覚悟があればだが。そう挑発的に笑ったフリードに、ノックスは握りこぶしを作って「上等っす!」と啖呵を切った。

 

 

 

 

 

 この世界は、魔法で溢れている。戦わない人々もある程度の魔力は持っており、もはや魔法、魔力は人々の生活の一部となっていた。

 そんな世界でも完全に平和とはいかず、悪しき魔力をもとに生まれた存在、魔族が人類に牙を剥く。一度終わった魔族との戦いも英雄の死去とともに再発し、熾烈を極めていた。

 

 そんな中、聖剣を携えて戦場に降り立つ一人の男が現れた。

 

 その者は魔力を持たず、魔法も使えず、ただ鍛え上げた肉体とそれを頼りに振るう聖剣のみで戦場を闊歩する。

 

 新たな英雄伝説の幕開け、完全なる平和の再来。

 

 これは、運命にも血にも選ばれたわけではない少年の英雄譚である。

 



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第1話

 訓練校には、自由に使用できる訓練スペースがある。そこでは訓練校の生徒が集まって、意見を交換しながら魔法の熟練度向上に勤しんでいる姿がよく見られ、そこで新たな友情が生まれるということも多々あることだった。

 しかし、入校から二週間。筋肉に魂を捧げたノックス・デッカードにまだその縁は訪れていなかった。

 

『私の特性を考えれば、普通の剣とは扱い方が少し変わってきます』

「大振りよりも小振りを多めに、とにかく『魔法に当てる』のを優先だっけ」

『えぇ。幸い、ノックスの筋力であれば少し動かすだけで威力は出ます。ですので、当てることができればある程度の魔法であれば斬ることはできるかと』

 

 剣にレクチャーを受けるというそこそこおかしな光景を作り出しているのは、ノックスとルキノス。遠巻きにその様子を興味本位で見る者はいるが、近くにくる者はいない。

 その原因は、ノックスの配属されたクラスにあった。

 

 クラスはAからFまで存在し、基本的には入校して初めにDクラスに配属される。Eクラスに配属されるのはよっぽど魔法に慣れていないか、そもそも魔法のなんたるかを理解していない者。

 そして、Fクラスは訓練校の歴史上配属された者は誰一人存在しない。ここにいるノックスを除いて。

 

 つまり、なんかヤバそうだから事故に巻き込まれるのも嫌だし、人となりもわからないから近寄るのはやめておこうということである。

 

「お、やってるな」

「フリードさん!」

『お疲れ様です。フリードさん』

 

 もう一つの原因が、フリード・ガーベラ。Fクラスに配属されたノックスの担任が、”あの”フリード・ガーベラというのがノックスに誰も近寄らない要因の一つであった。

 

 フリード・ガーベラ。アルデバラン王国第3部隊隊長。年齢は19歳で、訓練校を一年で卒業し、そのまま戦果をあげ隊長の地位まで上り詰めた誰もが知る天才。訓練校の生徒であればフリードに見てもらいたいとほとんどが思っているが、フリードは『筋肉で聖剣を引き抜いたノックス』にしか今のところ興味を持っておらず、話しかけても「そうか」と適当に返す始末。

 

 こうしてノックスは面白いくらいに孤立していった。ノックス本人からすればまったく面白くない。

 

「聖剣の扱いには慣れたか?」

「少しは慣れたんじゃないですかね? つっても、まだちゃんと戦ったことないんではっきりとはわかんないすけど」

『ノックスは運動神経に優れていますから。剣を振るうということに関しては問題ないかと思いますよ』

「ふむ、そうか。それなら対人戦をやってみよう」

「え」

 

 それを聞いて、ノックスは隠すことなく嫌そうに口角をひくつかせた。

 

 入校して初日。ひとまず今どれくらいできるか見ておきたいというフリードの言葉で、ノックスとフリードは模擬戦を行った。

 結果は、ノックスの大敗。開始と同時無数の魔力弾に視界を埋め尽くされ、気づけばルキノスを握りながら倒れ伏していた。がむしゃらにルキノスを振るって魔力弾をいくつか消せただけ褒めてくれとノックスは思ったが、「全然だな」というダメだしを受け「俺は全然なんだ……」と自信を喪失。

 

 つまり、ノックスはフリードのしごきに少しばかりの恐怖心を覚えていた。手加減してくれていたとはいえ、普通なら死んでもおかしくない攻撃を受けたのだからそれはそうである。

 

「まさかまたフリードさんと……」

「あぁいや、私じゃない。聖剣に斬られても問題ないやつを連れてきた」

「連れてきた?」

 

 ノックスが首を傾げると、肩に誰かの腕が回された。感じたのは、しなやかな筋肉と華の香り。ノックスに肩を組んできたのは、燃えるような赤い髪をポニーテールでまとめた、ギラつく金の瞳の女性。

 

「よう、ノックス・デッカード! 私はアルデバラン王国第3部隊副隊長、シオン・グレイハートだ! よろしく!」

「失礼ですが、第3部隊は暇なんですか?」

「本当に失礼だな。安心しろ。聖剣の使い手の面倒を見るともなれば、優先すべきことだと上もわかってくれている」

「ハハ! いいね、はっきりモノ言うやつは嫌いじゃねぇ!」

「え、告白?」

「いいぜ、一回寝てみるか?」

「シオン」

「冗談だよフリード。ガキに手は出さねぇさ」

 

 降参と言わんばかりに両手を上げて、ノックスにウィンクを一つ。そしてノックスは直感した。

 

 フリード・ガーベラにシオン・グレイハート。第3部隊の隊長と副隊長に育てられた自分が情けないところを見せればつまり、二人の評判も落ちるのでは?

 

 実際のところは『魔法が使えない』というのはかなり珍しく、更に下に見られてもおかしくないことなので、ノックスが情けなくとも「まぁ仕方ないよね」で済まされるレベルではあるのだが、こう見えて責任感の強いノックスは二人に恥をかかせるわけにはいかないと一層奮起した。

 

「お願いします! シオンさん!」

「おう。遠慮なく斬っていいぜ」

「そういう趣味ですか……?」

『ノックス。思ったことを何でも言わないように』

「ハハ! いいって別に。気にしてねぇよ」

 

 明るく笑ってノックスから距離をとる。「え、気にしてるじゃん」と一瞬思ったノックスは、あぁそういえば今から模擬戦をするんだったと一人でバカなことを考え、フリードの合図を待った。

 

「それでは、始め」

 

 淡々と告げられた開始の合図と同時に、ノックスはルキノスを正面に構える。何も考えず動き出すだろうと思っていたシオンは「へぇ」と面白そうに声を漏らし、口角を吊り上げた。

 

 ノックスの基本は、『待ち』。魔法に触れてこなかったからか魔法に対する知識に乏しく、反射神経だけに頼ってつっこむにはリスクが大きすぎる。そのため、ルキノスは『基本的に相手の動きを待ち、それに合わせて剣を振るう』スタイルをノックスに教え込んだ。

 それは実際にノックスに合っている戦法であり、ノックスは魔法の才能に恵まれなかったが、身体能力の才能には恵まれていた。聖剣を筋肉だけで引き抜いたことがその証明であり、それは反射神経、視神経の良さにも同じことが言える。これは、初めフリードの視界を埋め尽くすほどの魔力弾を、何もできず受けるのではなく反射神経で打ち消したことがその証明となる。

 

『いいですよ、ノックス。戦いとは情報をどれだけ握れるかが勝利の鍵となります。距離を保っていれば基本的には相手は近づくか、遠距離から魔法を使うかの二択。魔法を使われれば打ち消し相手の実力を測る基準値とし、近接であればあなたに分があります』

「素人相手なら、だろ」

『えぇ。ですから、副隊長であるシオンさんにはあまり通用しないとは思いますが、であれば”これ”がどれほど通用するかの尺度ともなり得ます。胸をお借りする気持ちでいきましょう』

「残念。私にはフリードほど胸はねぇんだ」

「見たらわかります」

「言ってくれんじゃねぇか、テメェ」

 

 え、そっちから言ってきたじゃん。ときょとんとするノックスに、デリカシーという概念は備わっていなかった。

 

 そんなノンデリカシーノックスを粉砕するために、シオンが動き出す。全身に魔力を巡らせて身体能力を強化させ、およそ常人では目で追うことが困難なほどの速さでノックスに肉薄した。

 そう、常人では目で追うことが困難なほどの速さで。

 

「はっや!」

「!」

 

 魔力によって強化された拳を、ノックスは咄嗟にルキノスの腹で受ける。そのまま殴ってきた勢いを利用しルキノスを引いて一瞬バランスを崩させ、容赦なくシオンの腹に蹴りを入れた。身体能力強化により肉体的な耐久も上がってはいるが、鍛え上げられた脚の一閃に顔を苦痛に歪め、たまらず地面を蹴って距離をとる。

 

「っ、やんじゃねぇか、案外よ!」

「一対一なら、なんとか!」

『数による暴力には無力です』

「よろしくお願いします」

「息もピッタリときた。こりゃ舐めてかかるわけにはいかなそうだな」

 

 男勝りな口調で言ってから、苦痛に歪んだ表情を歓喜による笑みへと変える。

 

(クッソくだらねぇやつだったら即行片付けて帰ろうと思ってたが、いい掘り出しモンだ)

「まずは舐めてかかったことを詫びさせてくれ」

「いや、いいっすよ別に。俺も魔力持ってねぇやつを舐めねぇ自信ねぇっすもん」

『道理ですからね。我々は気にしません』

「ありがとよ。こっからはちゃんと魔法使うから、ついてこいよ」

 

 ノックスに魔力を感じ取る力があれば、シオンの魔力が膨れ上がったことが知覚できただろう。しかしノックスにそんな力はなく、ただシオンがやる気を出したと直感することしかできなかった。

 だから、対処が遅れた。シオンが消えたと思ったその時には、ノックスの懐にシオンが潜り込んでおり、地を蹴った勢いを乗せた蹴りがノックスの腹に突き刺さる。

 

(見えなかった!)

「さっきのお返しだ」

 

 口の端から血を垂らしながら笑みを浮かべるシオン。その肌には、血管が浮き出ている。

 

『身体能力強化には、上限が明確には存在していません。自分の限界を越えれば、たちまち体が悲鳴を上げる。ですから、上限が存在しないと言っても限界を超える人はいません』

「見た感じ、超えてるっぽいけど」

『ですね』

「お喋りしてる暇があんのか!?」

 

 ノックスの視界からシオンが消えた。それと同時に、ノックスはルキノスを振り下ろす。見えないなら、自分の感覚と予測でとりあえず剣を振るう。当たればラッキー。何もできないまま終わる無力感を知っているノックスは、『抗うこと』の重要さをよく理解していた。

 

 そしてその抗いはシオンの行動を一瞬抑制した。先ほどと同様ノックスの正面へと踏み込んでいたシオンは、ノックスがルキノスを振り下ろしたのを見て瞬時に体を捻る。無理な動きに体が悲鳴を上げるが、知ったことかとその回転の勢いを利用して、裏拳をノックスの肩へと放った。

 

 その威力は、ノックスが左へと跳躍したことで軽減される。シオンの拳が速すぎたためか避けきることは敵わなかったが、それでもモロに直撃することからは免れた。

 

「ハハ! ノックスお前、見えたのか!」

「いや、シオンさんの姿は見えてなかったっす。ただ、()()()()()()のは見えました」

 

 それは、シオンが体を捻った時。正面に立とうと踏み出した脚を軸にして体を回転させたときに生まれた焦げ跡。その焦げ方を見て、ノックスは瞬時に攻撃が来る方向を予測し、跳躍して軽減してみせた。

 

「なんだ。才能がねぇって聞いてたけど、十分バケモンじゃねぇの」

「”これしかなかった”を鍛え続けたんで、むしろ帳尻はあってんじゃねぇっすかね」

『いえ、あなたのこの才能は誇っていいですよ、ノックス』

 

 ノックスの動きを見て、シオンはより一層笑みを深めた。

 

(コケにされた気分だぜ、ったくよ)

 

 限界を超えた身体能力強化に体が悲鳴を上げる。時間が経過するごとに血が湧き、内出血が広がっていた。

 

(つまりなんだ、限界を超えた身体能力強化になんとかついてこれるってのか?)

「おもしれぇ。おいノックス!」

「なんすか!」

「お前がフィジカル見せてくれんなら、私は魔法を見せてやるよ」

 

 言葉と同時に、それは現れた。

 

 限界を超えたことにより生まれた傷から、真っ赤な炎が顕現する。それとともに、シオンの傷がじわじわと塞がっていくのが見えた。

 

「これが私の固有魔法(オンリーワン)。その名を不死の炎(アンデッド・レッド)。多少の火傷は勘弁してくれよ」

「……多少で済ませてくれんすか?」

「それはお前次第だな、ノックス」

『ノックス、構えて!!』

 

 焦りを帯びたルキノスが叫んだ直後、何をも焼き尽くす炎がノックスへ放たれた。

 



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第2話

 結論から言えば、ノックスは敗北した。

 

「ルキノス。どう思う? あれ」

『ただ限界を超えて体に傷を作るわけではないと思っていましたが、まさか傷を燃料に炎を生み出すとは……』

「ずるじゃね? アレ」

 

 シオンの固有魔法、『不死の炎』。自身の傷、病気、体の不調を炎へ変換する魔法。変換するということはつまり元々の傷や病気などはなくなるということであり、どれだけダメージを受けようが、すべて炎になってダメージがなかったことになるということである。故に『不死の炎』。

 更に、炎の扱い方が抜群にうまかった。踏み込もうとした位置に炎の弾丸を放たれたり、近接格闘に炎を織り交ぜ、しかもワンパターンではなく拳を交える度に炎の出力、形を変え、ダメージが無くなり炎が消えるのを待とうかと思っても、炎と同時に限界を超えた身体能力強化で自身に傷を作り続ける。

 

 ノックスは『永久機関』の本当の意味を知った気がした。

 

 そうしてシオンに打ちのめされたノックスは、「これからちょくちょくやろうぜ」というシオンの言葉に軽く絶望しつつ、フリードに治療してもらった後食堂を訪れていた。

 

 食堂は広く、全クラスの生徒でごった返している。学友とともに食事をとっている姿が多く見かけられるが、もちろんノックスは一人寂しく大量のご飯を口へ運んでいた。

 

「やっぱ多いって、これ」

『体を作るのは食事です。辛いかもしれませんがあなたは体を鍛えなければいけませんから』

 

 ノックスの前に広がっているのは大量のパンに大量のおかず。学食は国からの提供の為お金を払わずに食べられるのが魅力的だが、二週間この食事を口にしているノックスにはこれほどの量ともなると魅力的には思えなかった。もはやパンが「俺はお前を苦しめるために生まれてきた」と喋っている幻覚、幻聴さえある。

 

「なんか手軽にカロリー大量摂取できる食べ物とかねぇの?」

『強さに近道はありません。大丈夫です。今までの努力に、更に努力が加わっただけですから』

「キチィよぉ」

「あ、あのー」

「!?」

 

 もう泣きそうになっていたノックスは、突然かけられた声に勢いよく首を回した。それを見た少女は一瞬びくっと肩を震わせた後、「隣、いいかな?」と可愛らしく首を傾げた。その手には食事を乗せたトレーがあり、周りを見ればノックスの周り以外は席が埋まっている。

 

「いいっすよ」

「ありがとう!」

 

 悲しい現実に打ちひしがれながら、努めて笑顔でノックスが承諾すると、少女は明るく笑ってノックスの隣に座った。

 

 瞬間、ノックスは気づく。これは、友だちチャンス?

 

「俺、ノックス・デッカード。Fクラス。君は?」

「えっと、私はステラ・ゼルニール。Aクラスで、今年16かな」

「お、タメか」

「うん、タメだよー」

『Aクラスですか……あ、申し遅れました。私はルキノスと申します』

「ルキノスさんだね。二人ともよろしく」

 

 ノックスは打ちのめされていた。同い年で、Aクラス。自分はFクラス。最高と最低が並んで座っているのは冗談に見えるだろうなと自分を嘲笑い、友だちになんかなってくれやしないだろうなと落胆して、食事の手を進めた。

 

(いや、ここで諦めていいのか?)

 

 いや、よくない。ノックスは再び立ち上がった。ここで諦めたら一生友達なんかできやしない。それに、何を恐れる必要がある。自分には筋肉しかない。失うものなんて初めからなかった。なら、少しでも希望があるなら掴みに行くべきじゃないか!? と。

 

「ゼルニール」

「ステラでいいよ? 私もノックスって呼ぶから」

「好きだ……」

「え?」

 

 きょとん、としたステラに自身の失敗を悟ったノックスは、ルキノスに視線を送ってサポートを依頼する。しかしルキノスはだんまりを決め込んだ。これを「自分でなんとかできなければ相棒に値しない」と前向きに捉え、次の一手を打とうとノックスが謝罪の言葉を口にしようとした瞬間、くすくすとステラが上品に笑い始めた。

 

「ぜ、ステラ?」

「ご、ごめんね、突然笑っちゃって。うん、ノックスって案外面白い人なんだなって」

 

 ふんわりとした金の髪を揺らしながら微笑むステラに、思わずノックスは頬を赤くする。

 

 ノックスは、同年代の女の子と喋ったことがほとんどない。フリードとシオンは同年代と言えば同年代だが、どちらかと言えばお姉さん感が強く、ステラのように完全な同い年の女の子と話したことがないノックスは面白いくらいに女の子への耐性がない。更に、ステラのように容姿が整っている女の子が相手ともなると耐性はゼロに等しかった。

 

「いっつも一人で鬼気迫る! みたいな感じで剣振ってるし、体おっきいし、怖い人なのかなーって思ってた」

「怖いわけねぇだろ。俺魔法使えねぇんだぞ」

『むしろ怖いかと思いますが』

「それどういう意味?」

『ありのまま受け取って頂ければ助かります』

「ふふっ。やっぱり怖くない」

 

 またも恥ずかしくなったノックスは照れを誤魔化すために食事に移った。それを見てまたステラがくすくす笑って、ルキノスも『くすくす』と笑う。ステラはともかくルキノスはなんとなくムカついたノックスは、近くにあったジャムをルキノスに塗った。『あー!! 私聖剣ですよ!! なんてこと!! ローレンにこんなことされたことないのに!!』と騒ぐルキノスは無視。ノックスはこう見えて器が小さい男であった。

 

「ねぇ、今度から会ったら声かけていい?」

「い、いいんですか……!?」

「ふふ、そんな大げさなことじゃないよ?」

『ノックスは女の子と話すのに慣れていませんからね。ノックスにとっては大げさなことなんです』

「トーストにされてぇのか?」

『私が動けないのをいいことに……!!』

 

 そのまま幸せな時間を過ごし、「またね!」と手を振ったステラにぎこちない笑みで手を振り返したノックスは、自分一人しかいない教室にとぼとぼ帰っていた。

 教室に入ればやはり一人。フリードは時間ぴったりにくるため、授業前の時間は完全に一人……厳密にいえばルキノスがいるため一人ではないのだが、見た目一人の寂しい時間が訪れる。先ほどステラと話した分、その寂しさが余計に増してしまっていた。

 

『あの、ジャム拭いてほしいんですが』

「オシャレだぜそのジャム。かわいいかわいい」

『拭かなければノックスが私に欲情しているという噂を流します』

「テメェ!!」

 

 剣に欲情しているという噂を流されてはたまったものではないため、ノックスはジャムをふき取り、ついでに手入れを始めた。そこまで予想していなかったルキノスは『あっ、えっ、ふーん。い、いい心がけですね』と素直にお礼を言えずされるがまま。ノックスは面倒くさい性格をしているが、ルキノスもルキノスであった。

 そこに、授業時間ぴったりでフリードがやってくる。ルキノスを手入れしている珍しい光景に少し目を丸くして、「なにかあったのか?」と興味深そうに尋ねた。

 

「あぁ、さっき食堂で飯食ってたらステラっていうAクラスのやつが話しかけてくれて。それでルキノスにジャム塗ったんです」

「ふむ。私をもってして難しいと判断してしまう話だな。話しかけてくれたこととルキノスにジャムを塗ることにどんな因果関係がある?」

『ノックスは女の子に慣れていないんです』

「なるほど。大方ルキノスがノックスをからかって、腹を立てたノックスが仕返ししたというところか」

「なんでわかるんすか」

「人より頭が回るんだよ、私は」

 

 フリード・ガーベラ。固有魔法は『思考回廊(シナプス・ロード)』。脳内に更に複数の脳があり、それぞれが趣味嗜好を持っていて、得意な魔法分野も異なっている。それぞれの脳で別のことを考えることも可能であり、同じことを複数の脳で考えることも可能。ざっくりいえばすごく頭がいい。

 

「それにしても、ステラ・ゼルニールか」

「あれ、知ってるんですか?」

「あぁ」

 

 ノックスに聞かれて頷き、フリードは懐からタバコを取り出して火をつけた。一口目を肺に入れず、「天才だから覚えていた」と紫煙とともに言葉を吐きだす。

 

「フリードさんがっすか?」

「ステラが、だ。入校時にAクラスはほとんど聞いたことがない。とはいっても、今年は二人いるようだが」

『二人も。今年は随分優秀なんですね』

 

 Fクラスであるノックスは知らないが、入校と同時にAクラスへ配属された二人は訓練生の間では有名人であった。ここでもノックスが人付き合いをできていない弊害が出ているのだが、当のノックスは「へぇーすげぇなぁ」とまったく気づいていない様子。ルキノスは変なところで能天気なノックスに頭を痛めた。

 

「ふむ、ちょうどいいな。違うクラスの話が出たことだし、クラス昇格戦の話でもしようか」

「クラス昇格戦?」

「あぁ。訓練校のクラスがAからFに分かれているだろう? そして、入校と同時にそれぞれの実力に合わせて配属される。ただ、一年間ずっと同じクラスというわけではない」

 

 ここまで聞いて、ノックスはピンときた。ノックスは確かに筋肉ダルマだが、きちんと思考する脳は持っている。少し情報を与えれば、なんとなく答えを探れる程度には。

 

「つまり、その昇格戦ってやつの結果如何で上のクラスに上がれるってことっすか?」

「その通り。ちなみに昇格戦は毎月末必ず行われるが、当人同士の同意があれば別にいつ行っても構わない」

「当人同士の同意?」

『上のクラスに所属する生徒に昇格戦を申し込む、ということでしょうか』

「その認識で問題ない。昇格戦の内容によって配属されるクラスが決められる。だから、Aクラスの生徒に勝ったからと言って、Aクラスに配属されるわけではないということだな」

 

 ここまで聞いて、ノックスはピンときた。ノックスは確かに筋肉ダルマだが、今までが恵まれなさすぎて『嫌な予感』には人一倍敏感なのである。

 与えられた情報は、『昇格戦』と『Aクラス』。普通に聞けば例として『Aクラス』を出しただけと捉えるが、『嫌な予感』に敏感なノックスは違った。

 

「ちなみに、もうAクラスのやつに昇格戦を申し込んである。快く受けてくれたぞ、よかったな」

「ルキノス。遺言頼まれちゃくれねぇか」

『いいですよ』

「引き受けんなや!!」

 

 月末。つまりあと一週間と少し。

 

 きたる昇格戦に向けて、これからノックスは地獄を見ることになる。



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第3話

 ノックス・デッカードは友だちがいない。正確には一人いるのだが、あまりにもクラスが離れすぎていて会う機会がほとんどない。ステラが食堂でノックスを見かけた際は話しかけてはいるが、すぐに他の友だちがやってきて「Fクラスがうつるよ!」と引き離される。

 

「Fクラスって感染すんのか……」

『バカ』

 

 寂しすぎておかしくなり始めたノックスは、剣にすら二文字で罵倒された。

 

 ノックスは何も、寂しさだけで頭がおかしくなり始めたわけではない。

 その原因は、昇格戦にある。フリードの一存によってAクラスとの昇格戦をセッティングされたノックスは、昇格戦前日に至る今日まで血の滲むどころか滲む血がなくなるほどの努力をしていた。

 

 朝起きて訓練場に行きフリードかシオンに叩き潰され、大量のご飯を食べ、フリードかシオンに叩き潰され、大量のご飯を食べ、フリードかシオンに叩き潰され、フリードかシオンに叩き潰され、フリードかシオンに叩き潰され。

 そのせいで、ノックスは自分の頭を触るのがクセになってしまっていた。自分が原型を留めているかどうかが不安になっての行動である。

 

 そんな叩き潰され続けたノックスは今、訓練場にいた。それはフリードから「明日が昇格戦だから夜くらいは休んでおけ」と言われ、さぁどうしようかと悩んでいたら訓練場にきてしまっていたからである。つまりは訓練場にくるのもクセになってしまっていた。

 

 ただ、休めと言われれば休んだ方がいいのだろうと、ノックスは大の字になって寝転がった。

 

「そういや自分から寝転がるのは初めてだな」

『いつも転がされてばかりですからね』

 

 クマの子が見ているかくれんぼの歌にノックスが登場していれば、間違いなく一等賞を取れるほどノックスは訓練場の床の味を知っていた。

 

「なぁルキノス。俺、明日勝てると思うか?」

『戦いになるかどうかも怪しいですね』

「だよなぁ。でも、無様だけは晒せねぇよな」

 

 ノックスは思い出していた。約一か月過ごしてきた日々を。聖剣ルキノスに触れ、フリードとシオンに師事され、時々ステラと言葉を交わした日々を。

 

「俺を育てたことが無駄だって言わせたくない。俺が負けることであの人たちに不都合が起きて欲しくない。だから、力貸してくれ、ルキノス」

『……あなたらしいですね』

「え、そう? 今のカッコよかった?」

『あなたらしいですね』

 

 ちなみに、この後いつの間にか寝てしまっていて、様子を見に来たフリードに蹴り起こされた。

 

 

 

 

 

「おはよーノックス!」

「おわっ、ステラ!?」

『おはようございます、ステラ』

「おはよー! ルキノスさん!」

 

 翌日。

 

 フリードに「特別戦技場」と単語だけ告げられて、「特別戦技場ってところで昇格戦があるんだな」と理解したノックスが校内の廊下を歩いて向かっていると、勢いよく走ってきたステラがノックスに追いつき、大声で挨拶。緊張やらなんやらで他にあまり意識が回っていなかったノックスが肩を跳ねさせて驚き、戦場という戦場を切り抜けてきたルキノスは落ち着きを持って挨拶を返す。そんな対照的な二人の様子にステラが笑うと、ノックスは自身の中にあった緊張がある程度ほぐれていくのを感じた。

 

「今日だね、昇格戦!」

「今日だな、昇格戦」

「やっぱり緊張する?」

「そりゃあな。俺はもうクラス下がんねぇけど、この昇格戦が今までの努力の証明になるからな」

 

 ノックスの言葉を聞いて、ステラは心の中で「頑張れ」とエールを送った。

 

 ノックスの評価は、本人と交流を持つ者とそうでない者でかなりの差がある。

 ノックスは友だちはいないが、人付き合いが死ぬほど苦手というわけではない。冗談も言える、目上の人にもある程度失礼を働ける。更に当たり前のように思える恩に報いるということを大事にしている。故に、ノックスと交流がある人間からは好印象。

 

 対して、ノックスと交流を持たない者からの評価は一言で言えば偏見。Fクラス、ミソッカスの魔力、毎日狂気じみた勢いで訓練場で暴れ回る。更に、鍛え上げた筋肉によって得体の知れなさが増幅され、『触れてはいけない存在』としてノックスは扱われている。

 

 それが、ステラは気に入らなかった。元来性根が真っすぐであるステラは、ノックスという努力家で、友だち一人に一喜一憂して、女の子と話すとき緊張してしまう、普通の男の子を偏見の目で見られていることが、かなり。

 

(見返してあげて、ノックス)

 

 心の中でまたエールを送り、ノックスの背を叩く。訳が分からなさそうに目を白黒させるノックスに、ステラは笑顔で返した。

 

 

 

 

 

 特別戦技場。コロシアムのようになっているそこに、ノックスは立っていた。観客席は人で埋め尽くされ、もしかして自分を見に来てくれたのかと一瞬錯覚してしまったノックスだが、電光掲示板に表示された文字を見てその錯覚は跡形もなく消え去った。

 

「そういや、同じ学年に二人Aクラスがいるってフリードさん言ってたなぁ」

 

 電光掲示板には、『1-A アスト・アウリエ VS 1-F ノックス・デッカード』と表示されている。

 

『怖気づきましたか?』

「怖気づくほどの力がねぇよ」

『私相手に一本取ってどうするんですか?』

「一本取られてんじゃねぇよ。励ませ。あなたには誇れる力がありますと励ませ」

『ないものねだりをしても仕方ありません。ないものはないんです。ですから、あるもので戦いましょう。大丈夫。けちょんけちょんに負けても努力が無駄だったということには絶対になりません。大体、努力が無駄になったなどと言いますが、それは努力を"無駄にした"だけのこと。ノックスは、無駄にする気はありますか?』

「ねぇよ。あんがとな」

 

 付き合いの短い相棒の気遣いに短く礼を言って、気づく。

 

 ノックスは目の前、登場ゲートを見た。魔力を持たないノックスでもわかる、肌に刺さる気迫。正面に立った相手をその場に縫い付けるようなそれを携えて、アスト・アウリエは現れた。

 

 質の固そうな銀に輝く髪を攻撃的に逆立たせ、それが月のように静かな美しさを持つ黄色の瞳を際立たせている。腰には剣があり、その佇まいは一年ながらにして風格と貫禄を感じさせる。

 

「あれがアスト・アウリエか」

「あの一年坊主可哀そうにな……あの才能を真正面から受けるなんてよ」

「いや、それが目的なんだろ。真正面からお前には才能がないからやめろなんて言いにくいだろ?」

「いつも訓練場で暴れ回ってよ。無駄な努力ご苦労様って感じ」

 

 アストが登場ゲートから現れると同時、観客席がざわめきたつ。それのほとんどがノックスに向けられる誹謗中傷。聞こえないようにという配慮は一切なく、むしろ聞こえるように発せられたそれはもちろんノックスにも届いているが、ノックスは「あーあ。これじゃ友だちできそうにもねぇなぁ」と呑気に考えていた。

 

「周りがうるさいな」

「別に気にしねぇよ。もう慣れた」

 

 話しかけてきたことに驚きつつ、強がるわけでもなくいつもの調子でノックスが答える。

 

(これで実力で黙らせるって言えりゃあカッコ付くんだけどなぁ)

 

 ノックスはいやなところで現実主義であり、自分にそんな実力がないことを理解している。このままみっともなく転がされて、カッコ悪く戦って誹謗中傷が増えるんだろうな、と周りの声を聞きながら友だちを作ることを諦めかけていた、その時。

 

「──黙れ」

 

 叫んだわけでもないアストのその声に、特別戦技場全体が静まり返る。

 

「黙って聞いていれば憶測でべらべらと鬱陶しい。貴様らからは他者へのリスペクトが欠片も感じられん。可哀そう? 同情してくれとノックスが言ったか? 無駄な努力? なぜ外野の貴様らがノックスの努力を"無駄"だと決めつける。他人の努力を笑うな。ノックスの努力を笑う権利はノックスにしかない」

 

 アストが洗練された動作で剣を抜く。

 

「──それに、どうせ俺より弱いんだろ、お前ら。ザコは黙って見てろ。……ノックス」

「ん」

「悪いな。お前は気にしないと言ったが、俺が気になった」

 

 この瞬間、ノックスは心に誓った。

 絶対にアストと友だちになろう、と。

 

「いいのかよ、あんな言い方して。敵増やしちまうぞ?」

「あの程度のやつら、敵にもならん。だから問題ないな」

「俺もいつか言うわ、そのセリフ」

「なんなら今俺を倒して言ってもいいぞ」

「あ、いいなそれ。じゃあご協力願えるか?」

「死んでも嫌だ」

 

 言葉を交わし、二人が笑って。

 

 直後、二人の剣がぶつかり合った。



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第4話

 剣戟による轟音。それが特別戦技場に響き渡り、力が伝播していく。その衝撃を受け、アストは笑みを深めた。

 

(これなら、俺が何か言う必要もなかったな)

 

 外野からノックスに向かっての誹謗中傷。あまりの情けなさに先ほど怒りの言葉を飛ばしたアストは、これを見ればどうせ黙っていたと思い直し、ノックスへの評価を上方へ修正する。

身体能力はもとより、魔法による強化もされているアストと打ち合える人間はかなり珍しい。ノックスは、今この瞬間その”珍しい”の一部となった。

 

(だが、まだ足りん)

 

 一瞬の競り合いの後、アストは思い切り剣を振りぬいて力任せにノックスを弾き飛ばす。この数週間で飛ばされ慣れていたノックスは飛ばされながらもアストから目を離さず、魔法が飛んできてもすぐにルキノスで払えるよう剣を構えた。

 

(なぜ、俺と渡り合えた?)

 

 油断なく構えながら、アストは思考する。

 

(普通に考えれば、魔力のない人間が俺と一瞬でも打ち合えるはずがない。筋肉量を見ても単純なフィジカルでは不可能だ。ではなぜ? 魔力による強化は見られない。であれば自然。固有魔法によるものか、あの剣自体が特別なものかのどちらかだ)

 

 一瞬の推測。そして次に放ったのは碧色の魔力弾。一瞬にして生み出された無数のそれが、ノックスに向かって放たれる。

 それに対し、ノックスは直進を選択した。そのまま向かってくる魔力弾に対しルキノスを振るうと、ルキノスに触れた魔力弾がすべて霧散した。

 

(魔法を打ち消されたやつは大抵虚を突かれる!)

 

 ルキノスの指導、その一。ルキノスの力を知らない相手と戦った時、その戦闘で初めて魔法を打ち消した時はすぐに攻撃を仕掛けるべし。

 魔法を相殺される経験はあっても、打ち消される経験など早々ない。であれば、その瞬間は隙ができる。ノックスには魔力を打ち消すルキノスと、人より鍛えた体があるだけ。一瞬一瞬の隙をものにしなければ勝利は掴めない。

 

 ノックスはその指導に従い、魔力弾を討ち払った後アストに向かって突き進んだ。しかし、

 

『ノックス、下がって!』

 

 ルキノスが叫び、反射的に地面を蹴って後ろへ下がる。

 その直後に、視界が一瞬光に覆われたかと思えば、あのまま突き進んでいればノックスがいたであろう位置に雷が落ちた。熱が地面を焼き、電光が迸る。

 

「魔力を払う性質を持っているな、その剣」

 

 光の向こう側から、ゆっくりとアストが歩き出した。

 

「確かに、魔法を打ち消されれば虚を突かれるだろう。ただ、俺からすればその程度で虚を突かれるのであれば戦場に立つに相応しくない」

「……それもそうだ」

『立派な志ですね。恵まれた才能を持っていれば、少しは慢心があってもいいでしょうに』

「何が起こってもおかしくないのが魔法だ。それらが身近にあって、慢心などできるわけがない」

 

 アスト・アウリエは入校して少し経たず、最強の一角に数えられている。魔法の熟練度では先輩に及ばない。戦闘技術も及ばない。にも関わらず最強の一角に数えられているのは、慢心のなさが所以であった。

 どんな相手であろうと油断せず、『何が起こってもおかしくない』と常に考え、パズルのピースをはめていくかの如く相手の魔法、戦闘スタイル、思考を追求し、勝利への最善策を組み立てる。

 

「俺と打ち合えたのも、その剣の性質によるものだろう。剣での打ち合いを通して俺の身体強化が弱体化され、力の調整が崩れた。であれば、触れられなければいい」

 

 言葉とともに、アストの体が碧の魔力光に覆われる。次いでアストの周囲でバチバチと音を立てながら電光が弾け始めた。

 

『右!』

「遅い」

 

 ルキノスの声に反応し、右へルキノスを振るおうと行動に移す前に、横腹に剣を叩きつけられていた。衝撃を与えられた箇所から波のように痛みが全身に走り、『殴られた』と頭で理解してからようやく苦痛の声が漏れる。

 

「まだ終わりじゃない」

「がっ、アッァァァァアアアアア!!!」

『ノックス!!』

 

 剣に殴りつけられ吹き飛ばされたノックスに向かって、一筋の電光が奔る。それがノックスに触れた瞬間、バチッ、と光が弾ける音とともに内から弾けるような痛みと痺れ、そして熱に襲われた。ノックスの体が碧の光に包まれて、悲鳴が響き渡る。

 

『ノックス、構えて!』

「遅いと言っている」

 

 光が収まる前に、アストが追撃を仕掛ける。縄のように伸びた電光がノックスの周囲を囲い、網目状の球体に閉じ込める。それを払おうと電光から解放されたノックスがルキノスを握って振るおうとするが、それを待たず網目状になったその交差点。そのすべてからノックスに向かって電光が放たれた。

 

(魔力を打ち消す効果範囲は、恐らくあの剣のみ。ならば、剣で捌き切れない範囲の攻撃、体勢を整える暇を与えない連撃)

 

 数回の攻防で、アストはノックスの弱点を把握していた。

 ノックスは身体強化をしているわけではなく、魔力を打ち消す剣を持っているといってもその身体能力は『鍛えた人間』の域を出ない。ともなれば、対応できるものも限られてくる。全方位からの攻撃であれば、がむしゃらに剣を振ってもどこかからは必ず当たる。

 更に、体勢を整える暇を与えない連撃。魔力を打ち消すには剣に当てなければならない。そして剣を振るうには力を籠め、振り下ろす、薙ぎ払う等の動作が必要。ならば、力を伝える暇もなく連撃を加えればいい。

 

 その二つを実行したうえで、アストは。

 

(さて、()()()()()()()()()()()、ノックス)

 

 慢心はなかった。『何が起こるかわからない』。アストの芯にある考えであり、強さの元。しかしそれは同時に、相手に対する期待の表れでもあった。

 

 そして、その瞬間が訪れる。それを見て、アストはやはり自分の考えは正しかったと確信した。

 

それは、ノックスを襲っていた電光の巣が、薄い灰色の光に包まれて動きが鈍重になった光景。その一瞬を逃さず、ノックスがルキノスを握って周囲の電光を払っていく。

 

 奥の手とも呼ぶべき、聖剣ルキノスの力だった。

 

 数多の電光を払いながら、ノックスは数週間前、ルキノスとの会話を思い出していた。

 

『私の魔力を打ち消すという性質。これは私の魔力によるものです』

「ルキノスに魔力?」

 

 剣を振るうことに慣れようと、様々な角度から、様々な体勢からルキノスを振るっていた時、唐突に告げられたそれにノックスは首を傾げた。

 

『えぇ。私にも人間と同様に保有する魔力があり、それが魔力を打ち消す性質を持っています』

「あー。じゃあルキノスがもし人間だったら、素手で殴っても魔力打ち消せるってことか」

『はい。それと、魔力を持っているということは』

 

()()()()()()()()ってこと、だっけか!」

『よく覚えていましたね。えらいえらい』

「バカにすんな!!」

 

 痺れる体でなんとか最後の電光を払ったと同時、灰色の光が収まっていく。

 

 灰色の光、それがルキノスの魔力光。魔力を打ち消す性質により、魔法の威力を弱めた結果が、速度の鈍重化につながる。

 

『そう何度も使えるというわけではない、ということは覚えていますか?』

「魔力を打ち消す性質を持ってる以上、ルキノスを持ってる俺にも悪影響!」

『優秀ですね、ノックス。それでは私たちが目指すべきは?』

「短期決戦!」

 

 素晴らしいな、とアストは歓喜を表すかのように身に纏った電光を弾けさせた。

 

(ここまで『何が起こるかわからない』を体現するやつは初めてだ。戦いがいがある。惜しいのは、まだ成長途中で戦ってしまったということか)

 

 もっと成長してからであれば。ノックスにも手札が増え、そのすべてが未経験。アストからすれば、自身の経験のためには『何が起こるかわからない』手札を増やした状態のノックスと、初見で戦いたかったというのが本音だった。

 

(先ほどのものが本人に悪影響を与える、というのは本当だろう)

 

 ノックスの体勢。剣を下げ、呼吸の度に肩が上下し、肌には汗が浮かんでいる。魔力は命の源であり、ゼロになっても死にはしないが体力は格段に落ちる。

 

 それらの要素を思考に落とし込んだ上でアストが選択したのは。

 

「悪く思うなよ」

 

 アストの周囲に無数の魔力弾が現れ、それらが強く発光すると同時に、それらすべてから電光が放たれる。そしてその光の筋が不規則に進路を変え、ノックスの視界を光で埋め尽くした。

 

(先ほどのアレを使ったとしても、俺のところにくるまでに必ず電光を斬らなければならない。その間に新たな魔法を構築し放てば、いずれノックスの魔力切れが起こる)

 

 圧倒的ともいえる実力を持っているアストが選択したのは、ルキノスの魔力放出を使わせ、ノックスの魔力切れを狙うことだった。慢心がなく、確実な勝利を求めるアストのそれに、ノックスは笑ってみせた。

 

「じゃあ、やるしかねぇよな」

『えぇ。やるしかないです』

 

 その時、アストは体が重くなった感覚に襲われた。そして、自身の中の魔力の流れが遅くなっていることに気づく。

 そして、察した。背後を見れば、そこには薄い灰色の壁。

 

(やられた!)

 

 ノックスが選択したのは、先ほどよりも強力な、ルキノスの魔力放出。魔法を鈍重化させる程度では済まないほど強力なそれは、ノックスに向かって奔っていた電光すべてを緩やかに消滅させた。

 

 ノックスが走り出す。ルキノスを構え、切り開かれた道を突き進む。

 

(魔力がうまく練れん! 剣で対処、体が思うように動かない!)

 

 迫ってくるノックスに魔法を放とうとしたアストの指先から出たのは、糸ほど細く、うぶ毛ほど短い電光だった。

 

 その一瞬。魔法を使おうとしたその一瞬の隙をついて、ノックスはアストにルキノスを叩きつけた。右上から、左肩に。振り下ろされたそれは型といえるほど流麗ではなく、子どもの喧嘩のような乱暴さ。

 

 そして、振り下ろしたノックス、振り下ろされたアストが同時に地面へ倒れこむ。それと同時に、灰色の空間が解除された。

 

 痛む体に鞭打って、アストが跳ね起きる。そのまま魔法を放とうと感覚が戻った魔力を練り始めたところで、気づいた。

 

 ノックスがルキノスを握ったまま、目を閉じていることに。

 

『──勝者、アスト・アウリエ!!』

 

 その日、ノックスはアストに敗北した。



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第5話

「ノックス、Dクラスの推薦受けたんだって?」

「あぁ。耳が早いな、シオン」

 

 訓練校某所。多くの木々に囲まれ、色彩様々な花が咲いているそこに、フリードとシオンがタバコ片手に立っていた。美しい自然など知ったことかと有害物質を肺に入れては吐き出すという作業を繰り返し、吸い終われば吸い殻を跡形もなく燃やし尽くす。それを数回繰り返しても尽きない話題の内容は、ノックスのことだった。

 

 ノックス・デッカード。つい先日アスト・アウリエと昇格戦を行い、見事敗北した筋肉少年。しかし、昇格戦は勝敗を見るものではなく実力を見るもの。ノックスの力は評価され、見事Dクラスへの推薦を受けた。

 この評価を、フリードとシオンは正しいものだと思っていない。

 

「もっと上だろ、あいつ」

「C、いや、Bはいってもいい」

 

 二人の中でノックスの評価は高かった。それは直接面倒を見ていたからという贔屓目なしで、戦場に立ったことのある身としての評価。

 確かにノックスは魔法を使えないが、そのハンデを補えるほどのフィジカル、そして聖剣がある。聖剣は魔力を打ち消す性質を持っており、更に魔力解放によりその範囲を広げられるともなれば、魔法が使えないというよりは『魔法を打ち消す魔法を使う、フィジカル化け物』と呼ぶべきだと二人は評価している。

 

「ただ、上はどうしても頭が固い。あれだけのパフォーマンスを見せても、やはり魔力を持たない者が上位のクラスに行くのはバツが悪いらしい」

「くっだらねぇよなぁ。なんだ? アホじゃねぇと偉くなれねぇのか?」

「そう言うな。私たちから見れば守らないといけないように見える体裁も、もしかしたら必要なことかもしれんからな」

「さっきフリードも頭が固いだのなんだの言ってたろ」

「罵倒した覚えはない」

 

 言いつつ、シオンはフリードが心底上をバカにしていることを理解していた。フリードとシオンは同じ部隊の隊長・副隊長になる前からの友人であり、お互いのことは誰より理解している。つまり、今フリードが長くなったタバコの灰を落とさずぼーっとしている理由も、すぐに理解できた。

 

「ノックスが自分の手から離れて寂しいってか?」

「……そうだな。それに、心配でもある」

 

 確かDクラスはあの人だろう。続けられたフリードの言葉に、シオンは口角をひくつかせた。

 

 

 

 

 

 ノックスは、大いなる一歩を踏み出していた。

 

『ノックス。歩き方がぎこちないですが、何を緊張しているのですか?』

「ば、バカヤロー! 別に新しいクラス行くからって緊張してねぇよ!」

『流れるような自白……』

 

 そう、ノックスは緊張していた。

 

 昇格戦の後、Dクラスへの昇格を告げられて小躍りし、フリードに教わることが少なくなるのかと寂しくなったり、いやでもあの辛いしごきから離れられるのかと少し嬉しくなったりして今日。

 そういえば、俺誰かと一緒に授業受けるの初めてじゃね? という思考にやっとたどり着いたノックスは、新しい友だちができるかどうか不安になり、かなり緊張していた。

 

『あの後、アストとも連絡先を交換したでしょう? 大丈夫、ノックスは環境に恵まれなかっただけで、ちゃんとしていれば友だちくらいすぐにできますよ』

「あったけぇ……!! そうだよな、ルキノス。俺が縮こまってちゃできるもんもできねぇよな!」

『えぇ! さぁ、その扉を開けて新しい一歩を踏み出しましょう!』

「おう!」

 

 ノックスは扉に手をかけて、勢いよく開いた。

 

 そこには、教卓が一つ、机が三つ。空いている席は一つで、もう二つにはそれぞれ男子訓練生と女子訓練生が座っている。

 男子訓練生。ふわふわした薄い金の髪を肩首の後ろで小さく一つにまとめ、突けば破れるのではないかというほど薄く、白い肌。目には空のように蒼い光を携えて、男にしては華奢な体をしている。名を、クルス・ロー。

 女子訓練生。濃いオレンジのミディアムヘアに意志の強そうな黄色い瞳。教室に入ってきたノックスを一瞬見て目を逸らし、ノックスの心にダメージを与えた。名を、ライラ・エニーキス。

 

 そして、教壇に立っている大男。暗い金髪を逆立てサイドを刈り上げ、青い瞳の目を細め、白い歯を見せてにやりと笑っている。名を、ドルド・ゲオルド。

 

「よぉくきたなァ!! ノックス・デッカード!! ようこそDクラスへ!!」

 

 魔力による攻撃かと勘違いしてしまうほど、声だけで空気が震えた。元々教室にいたクルスとライラは慣れたもので、大声を出すと察知して二人揃って耳を抑えている。

 当然、大声を予測できなかったノックスはモロにダメージを受け、「ぎゃああああ!!!」と情けなく叫んで腰を抜かした。それを見てドルドは大口を開けて笑い、ノックスの下まで歩いて腕を引っ張り上げる。

 

「悪かったな、っと! ドァハハハ!!! 俺はDクラス担任、ドルド・ゲオルドだ!! んで、そっちの二人が!!」

「クルス・ローです」

「ライラ・エニーキス」

 

 そこで言葉が途切れてノックスが首を傾げると、ドルドの視線が自分に向いていることに気づいて慌てて「ノックス・デッカード!! こっちがルキノス!!」と自己紹介する。

 

 それに満足気に頷いたドルドは、そのままノックスを持ち上げてクルスとライラの間の席に座らせて教壇に戻った。

 

(豪快な人だな……)

 

 フリードが落ち着いていたため、テンションの高低差に早くもついていけなくなりそうになっているノックスは、そこでふと気づいた。

 それは、クラスの人数。ノックスはFクラスにいて他クラスの人数は把握していないが、こんなに少ないものなのか? と。

 

(確か、Dクラスって入校した人が配属されるんだよな?)

 

 ノックスの知識に間違いはなく、Dクラスは入校したものが配属されるクラス。にも関わらず今ここにはノックス合わせて三人しかいない。

 

 その答えは、すぐにドルドから告げられた。

 

「先日は昇格戦ご苦労だったな!! 我がクラスからは二名を除いてクラスが変わり、喜ばしいことにFクラスから新たな仲間が加わった!!」

「えっ、クラスが変わったって」

 

 そこまで言って、ノックスは慌てて口を塞ぐ。昇格戦、そして二名を除いてという言葉。クルスとライラ以外が昇格したというのは想像に難くない話であり、ノックスはそれに気を遣って口を塞いだが、二人が気にしている様子はまったくない。

 それはなぜか。

 

「おっと、ノックス!! 別にこいつらだけが昇格できなかったってわけじゃねぇ。むしろ、こいつらだけが残ったんだ!!」

「え?」

「つまり、僕ら以外が落ちたってことだよ」

「Eクラスにね。ま、私たちが昇格できなかったっていうのは事実だけど」

 

(Eクラスって、魔法の何たるかを理解するって段階のクラスじゃなかったっけ?)

 

 そのクラスに、初めての昇格戦を終えて落とされる。それがどれだけ屈辱的なことか、生まれてこの方ずっと一番下だったノックスはなんとなく理解できた。

 同時に、恐ろしく思う。事実ノックスは昇格がもっと簡単なものだと思っていた。ルキノスはDクラスへの昇格を告げられた後『もっと上でもいい』と言っており、ノックス自身もDクラス以上の手ごたえがあった。

 

 しかし現実は、魔力を持っていようと魔法を使えようとも容赦なく落とされる。ノックスは無意識にルキノスの柄をぎゅっと握った。

 

「ノックス! フリードは優しかったろう? だが俺はそうはいかねぇ!! 基礎ができてなきゃ容赦なく叩き落とす!! 基礎ができてねぇやつは戦場に立ったとしてもすぐに死ぬ!! カッコいい魔法の応用を期待してたんならご生憎! テメェらには基礎を死ぬほど叩きこんで、それから昇格してもらう!!」

『ふむ、確かに道理ですね。最後に命を救ってくれるのは、体に染みついた基礎だと言いますし』

「英雄と一緒に戦った聖剣が言うんなら説得力もあんだろ!」

「あぁ、そういえば聖剣なんだっけ。すごい魔力感じると思ったらまさか本当にそうだなんて。あとでお話聞いてもいいかな?」

『えぇ、いくらでも』

「今はゲオルド先生の話聞きなさい」

 

 俺より先にルキノスが友だちになってしまう! と焦りながら会話に参加しようとしたノックスは、ライラの一声により口を閉ざした。同時になんとなく相性が悪そうだなと直感する。

 そもそもノックスに友だちがいたことなど最近までなかったため相性もクソもあったものではないのではと思ったルキノスだが、それを言わないのが彼女の優しさだった。

 

「ちょっとくらいの私語なら別に咎めやしねぇよ。ただ、その私語より夢中になる話題を用意してきてるんだが、どうだ? 聞きてぇか?」

「大魔闘祭のことでしょ」

「っかー!! ライラ、おめぇは面白みがなくていけねぇ!!」

「はは。でもゲオルド先生。この時期なら誰だって察しはつきますよ」

「大魔闘祭???」

『すみません。うちのノックスは誰でもの範疇にいないのです』

 

 大魔闘祭。年に一度、夏の時期に行われる四大国合同のお祭り。各国から魔導師が集い、頂点を競い合う。年に一度ということ、普段見られない魔導師の戦う姿が見られるということ。様々な要因が重なって、知らない人はいないというレベルのお祭りなのだが、世情に疎いどころの騒ぎじゃないノックスはもちろん知らなかった。

 

「ドァハハハ!! 知らねぇなら教えてやる。年に一度夏の時期、今から三か月後に行われる四大国合同の祭りだ!! 各国から魔導師が集い、その頂点を競い合う!!」

「で、毎年訓練生が参加できる特別枠があるのよ。それを狙おうってゲオルド先生はいいたいわけ」

「悉くだなライラ!! その通りだぜ!!」

「でもあと三か月ですよ? Aクラスでもないのに」

「え? じゃあ三ヶ月でAクラスになりゃいいだろ」

 

 あっけらかんとして言ってみせたノックスに、クルスとライラの視線が向けられる。向けられてから、「あ、俺無謀なこと言った」とノックスはすぐに気づいた。どうやら浮かれていたらしいと気を引き締めないし、「やっぱり無理です」と言い直そうとしたノックスの初動は、ドルドの爆笑でかき消された。

 

「よぉし面白れぇ!!! そんならガンガン厳しく行くぜ!! ついてこいよ!!」

「俺はなんてことを……」

『いいじゃないですか、強くなれるなら』

 

 死ななければな、と返したノックスに対する返事はなかった。



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第6話

 ノックスはクルスとライラとともに、ドルドに連れられて訓練場に来ていた。道中クルスとは会話があったがライラとは一切会話がなく、クルスと会話があったといっても話していたのはほぼルキノスであり、聖剣についてどうこうだとか歴史がどうこうとか、あまり頭がよろしくないノックスが興味のない話であったためまったく会話に入れていなかった。

 

「俺、ノックス・デッカード!」

「さっき聞いたわよ」

 

 何も話さないのはどうかと思い必要のない自己紹介をしても冷たく返される始末。これはノックスが悪い。

 つまるところ、ノックスは向こうからきてくれなければまともに話せないという対人スキルがゴミカス・デッカードであった。

 

「ライラ。せっかく話しかけてくれたんだからもうちょっとまともに取り合ってあげなよ」「あんたは二回目の自己紹介、しかも名前だけを話しかけてくれたって言うつもり?」

『すみません。うちのノックスはコミュニケーションが特別苦手ですので、大目に見ていただけると助かります』

「聖剣にフォローされるって何よあんた。情けないとは思わないの?」

「ぐぅ」

 

 せめてもの抵抗でぐぅの音を出したノックスだったが、返す言葉がなかった。

 ただ今のやりとりでノックスはすべてを理解した。クルスとライラは優しい。

 

 ノックスにフォローを入れたクルスは間違いなく優しい、そしてルキノスの言葉を聞いてちゃんとノックスに話しかけたライラも優しい。自分の手柄ではないがなんとか仲良くできそうなことがわかったノックスはにこにこし始め、ライラに「キモいわよ」と心のない言葉をぶつけられた。

 

「よぉし、いいかお前ら! Dクラスにいるお前らは、ある程度魔法の基礎がわかってる前提で訓練を進めていく!」

「ドルド先生! 俺はあんまりよくわかってないです!」

「ドァハハハハハ!! 正直モンだなぁお前! ただお前には聖剣様がついてる! んで、魔法の基礎は確かに理解してねぇかもしれねぇが、フィジカルの方は十分バケモンクラスだ。そっちで帳尻あってるからとりあえずは問題ねぇ」

 

 そういうもんか、とノックスはあっさり納得した。

 実際のところ、ノックスは魔法の基礎を理解していないというわけではない。そもそも魔法が使えないため魔法使用時の基礎、魔力を込める、魔力を流す、魔力を変換する……それらに必要な魔法の基礎はそもそもあまり必要ない。

 

 しかし、魔法を扱う相手と戦う際に必要な魔法の基礎は理解している。魔法の基礎、というよりは戦いの基礎と言った方が正しい。相手の目線の動き、この位置にこの角度から魔法が撃たれたときの動き方、魔力を込める動作、時間。それらが感覚でわかるようになるまでフリードとシオンから徹底的にたたき込まれた。

 

 故に、ノックスは戦いという点において基礎はある程度できあがっている。

 

「確かに、見たよノックス。アストとの昇格戦。魔法が使えない人がいるって聞いてなんとなく見に行ったけど、フィジカルはかなりすごいよね」

「聖剣……ルキノスって実際に戦場に立った経験あるのよね。それも、魔族全盛期の頃。そんなのと一緒に戦えるんだからあれくらいの動きはできて当然よ」

『えぇ。ノックスは最終的に魔族と戦えるレベルまで成長させます』

「それってどれくらい?」

「お前が知ってる範囲で言やぁ俺とかフリードとかシオンとか、そのレベルだな!」

「やってやろうじゃん?」

 

 目をそらして口の先を尖らせながら言ったノックスのわかりやすい強がりにクルスは笑い、ライラは呆れ、ドルドも笑った。

 周りから散々な反応をされたノックスは「いや、だってバケモンだし……」と呟いてから、ふと気になったことを口にした。

 

「アストはどうなんですか? あいつも十分バケモンですけど」

 

 アスト・アウリエ。ノックスと昇格戦を行い、その実力を知らしめたAクラスの男。雷の魔法を緻密に操り、一瞬ノックスに虚を突かれたが終始自分のペースで戦いを運んでいた。 ノックスから見ればアストは戦いに対する思考、魔法の実力、更にフィジカルも高レベルであり、魔族がどの程度強いのか知らないノックスでも実力は足りているように見えたため出た発言だが、名前が出なかったということはもしかしてあのレベルでも足りないのかと生唾を飲み込む。

 

「いけるぞ」

「いけるんかい」

 

 いけた。

 

「そもそも、Aクラスってのは戦場に出しても問題ないレベルのやつらが配属されるクラスだ」

「じゃあステラもってことか」

「あれ、ステラのこと知ってるの?」

「? おう。食堂で一人寂しく飯食ってたら話しかけてくれた」

「哀れね……」

『ノックスに同情はかなりのダメージなのでやめてあげてください』

 

 気にするな、と言ったノックスの声は震えていた。

 

「つか、クルスこそステラのこと知ってんのか?」

「有名だしね」

「当然でしょ。アストとステラは入学時からAクラスなんだから」

「それもそうか」

 

 ノックスから見ればステラは普通の女の子にしか映っていないが、その実態はアストと同レベルの化け物。入学時からAクラスという離れ業をやってのけている凄腕の魔導師。同学年でその名前を知らなかったのはノックスくらいのものであり、そのノックスでさえ『入学と同時にAクラスに二人配属された』という事実自体は知っていた。

 

 ここでノックスは気づく、もしや、仲良くなるためには共通の話題が必要なのでは? と。

 今までの会話を思い返したどり着いた答えに、ノックスは誇らしげにルキノスを指でつついた。俺も普通に友だちができるかもしれないと言外に込めたその行動に、ルキノスは『よかったですね』と適当に答える。二人は地味に言葉を出さずとも意思疎通をはかれるレベルに達していた。

 

「よぉし、雑談もいいが、そろそろ訓練始めるぞ!」

「……あれ、ここ訓練場でしたよね?」

 

 ノックスが首を傾げながら訓練場を見渡した。

 

 訓練場は障害物が一切ない平地で地面はコンクリート。であったはずなのに、今は地面が土になっており、所々に岩が突き出している。いつの間にか転移でもしたのかと恐怖を覚えたノックスの肩に手を置いたのは、クルスだった。

 

「いつものことだよ」

「訓練の度地形変えるのよ、あの人」

「ドァハハハハ!! どうせ戦場に出るんだ。やれるうちに色んな地形で訓練した方がいいだろ!!」

『ふむ、道理ですね。ノックス、今までの訓練場は足下が安定していましたが、今は違います。体重の運び方、力の入れ方も異なってきますので注意してください』

「まぁフィジカル的なことならなんとかなるだろ」

「ノックスも十分化け物だよ、それができるって」

 

 ノックスからすればフィジカル方面しか鍛えられなかったからそうなっただけで、魔法が使えれば化け物だという判定になるのだが、これはノックスにしかわからない感性である。

 

「んじゃあ今から模擬戦を行う! 相手は俺! お前らはチームだ! 俺に一発でも当てられたらそこで終了、もしくはお前らが全員ぶっ倒れたら終了だ! 開始は10分後! ちゃんと準備しておけよ!」

 

 言って、ドルドは大声で笑いながら三人から離れていった。

 

 ドルドが離れていった後、誰からともなく目を合わせる。(あれ、これ俺から切り出すの?)と変に緊張し始めたノックスを救ったのは、クルスの声だった。

 

「それじゃあ、まずはお互いができることを確認しておこうか」

「お互いがっていうよりは、私たちができることをノックスに教えるってだけでしょ」

『頭を下げなさい、ノックス』

「お願いします」

「あはは、そんなに畏まることじゃないよ」

 

 まずは僕からいくね、と断りを入れてから、クルスが手のひらを上に向ける。するとその手のひらから黄緑の魔力の球体が弾き出された。それを見たノックスが肩をびくっと震わせたのにくすくす笑いつつ、クルスが説明を始める。

 

「僕ができるのは、主にサポート。これは探査魔法(サーチ)って言って、自由に操作できる監視カメラみたいなものかな。周囲にある魔力、地形、そういうのを定期的にスキャンして情報を得ることができる。これの他にも防御魔法、召喚魔法、回復魔法……ある程度のサポート魔法なら使えるって思ってくれればいいよ」

 

 クルスはサポートに長けている代わりに、攻撃魔法が苦手。使えないわけではないが、威力がほとんど出ない。しかしそのサポート魔法の質はAクラスをしのぐほどであり、更に攻撃魔法がなくとも戦えるだけの理由がクルスにはあった。

 

「最後に僕の固有魔法(オンリーワン)解析(ライブラリ)っていうんだけど、これは目で見た対象を詳細に知ることができる。魔力質とか弱点とか」

「ん? もしかしてそれ、さっきの探査魔法で見たやつもいけんのか?」

「ご名答」

「そりゃスゲェな」

『えぇ。戦場でとても重宝されるでしょう。なぜ千年前いなかったのですか?』

「あはは、ごめんね。どうも僕はこっちの時代の方が合ってたみたいだから」

「雑談は後でいいでしょ。次私ね」

 

 あとでならやってくれるんだ、と嬉しくなったノックスにクルスが「いい子でしょ?」と一言添えると、ライラが二人を睨んで黙らせる。

 

「私が得意なのは攻撃魔法。魔力弾(スフィア)砲撃魔法(ブレイカー)、あと防御も得意ね」

「その代わり移動は遅いんだよ」

「……固有魔法(オンリーワン)収束(コンバージェンス)。自分の魔力を一カ所に集中することができる。つまり、攻撃力とか防御力とかの底上げが可能ってことね」

「清々しいくらいに戦闘向きだな」

「何よ、悪い?」

「え? いや、カッコいいなって思ってよ。なんか変な地雷踏んじまったなら悪い」

「……んーん。今のは私が感じ悪かったわね、ごめんなさい」

 

 そっぽを向いて謝るライラに、首を傾げるノックス。その二人を見てクルスはにこにこ笑っていた。

 ライラは魔法が暴力的ということと、性格が少しきついこともあり勘違いされやすい。付き合いづらい、乱暴、冷徹等様々なことを陰口で叩かれたりしているが、ちゃんと話せば普通に優しい女の子。それを知っているクルスは、ノックスが陰口を叩くようなタイプではなさそうなことに安心していた。

 

「んじゃあ最後に俺だな!」

「フィジカル化け物」

「ルキノスが魔法を打ち消せるんだよね」

「あ、はい」

『出鼻をくじかれましたね……』

 

 しかしその通りなので、ノックスは言葉を続けることもなく黙りこくった。それと同時に、ドルドの大声が訓練場に響き渡る。

 

「準備いいか!! 始めるぜ!!」

「いけます!!」

「はい、よろしくお願いします」

「お願いします」

『油断はしないように、ノックス』

「わかってるって」

(流石にフリードさんみたいに魔力弾で埋め尽くすみてぇなことはしねぇだろ)

 

 ルキノスを構え、攻撃に備える。フリードと戦った時の経験を生かし、すぐに回避行動へ移れるよう姿勢を低くし、注意深く前方を見た。

 

 そして、それは現れる。前方の地面が隆起したかと思えば、岩で形成された巨大な蛇が現れた。魔法で生成されたはずのそれはまるで本当に生きているかのように体躯をうねらせ、鼻先を三人に向ける。

 

「さぁ、超えてこい!! 未熟者ども!!」

「うそだろ」

「嘘じゃないんだよ、これが」

「ぼさっとしない! いくわよ!」

 

 油断するなって言いましたよね? というルキノスの冷たい声は聞かないことにして、ノックスは力強くルキノスを握った。



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第7話

 ノックス・デッカードは筋肉まみれで魔法が使えない、ノックスのことを何も知らない者からすれば「クソカス」と称されても仕方がない人間だが、決して頭が悪いわけではない。与えられた『魔力を打ち消す聖剣』を用いてどう戦うか、どう使えばいいのか、何が弱点なのか、フリードとシオンに叩き潰されながら考えていた。

 ただ、頭が悪いわけではないレベルなので思いついた弱点は一つだった。それは、『魔力を打ち消す』ということは『魔力しか打ち消せない』ということ。つまり、『魔力によって操作されている物質』は打ち消すことができないということだ。

 

 そんなこんなで、ノックスが今気にしているのは、今目の前にある岩の大蛇が魔法によって作られたものなのか、岩を魔力によって操作しているものなのか、ということだった。

 

「でもこれ、どっちにしろ質量で押し負けるよな!?」

『えぇ、避けましょう!』

「大慌てしてみっともないわね」

「初めてだから仕方ないよ」

 

 ドルドと初戦闘のノックスと、千年前の恐ろしい戦場を英雄とともに駆け回っていたはずのルキノスが大慌てしている中、クルスとライラは冷静だった。

 クルスの目、その前に魔法陣が展開される。色は黄緑、形は円。何重にも重なったそれには文字や数字が雑多に混じっており、それが光を放つと岩の大蛇も同色の光を薄く纏った。

 

 その直後、クルスが両腕を前に突き出す。すると薄い黄緑の魔力壁がノックス、クルス、ライラを覆うように展開され、岩の大蛇がそれに激突する。

 

「クルス」

「大丈夫。走れば間に合うよ」

「???」

『ノックス、ついていけばよさそうです』

 

 クルスとライラの会話の意味がわからず首を傾げたノックスだったがルキノスの言葉を聞いて、「まぁわかんなかったらわかってそうな人についていけばいいか」という思考放棄とも言えるべき思考のもとクルスとライラについていく。

 そして、魔力壁が音を立てて崩壊した。岩の大蛇は逃げる三人を追うことはせず、そのまま地面に激突して砕け散る。その破片をライラが男らしく粉砕し、ノックスが反射神経に任せて粉砕し、クルスは二人を盾にして難を逃れていた。

 

「今のは?」

「言ったでしょ、『解析』だよ。込められた魔力量、その質、その向き、その強さ。全部を解析できる」

「つまり俺たちが逃げるのに適切な防御魔法使ったってことか?」

「……意外。結構理解早いのね」

「へへへ……」

『バカにされたんですよ、ノックス』

 

 信じられない、と呆然とするノックスからライラが目を逸らす。ノックスは同年代と話したことがほとんどないため、皮肉というものに無縁も無縁だった。クルスはそんな二人に微笑みつつ、『探査魔法』を周囲に飛ばす。岩や岩の壁などの障害物で三人からはドルドが見えておらず、魔法の発動タイミングもわからない。

 情報は武器。格上相手であればなおのこと。ルキノスが『なぜ千年前にいなかったのか』と言ったのは嘘ではなく、クルスが使える『探査魔法』は戦闘という点において非常に重要な役割を担っており、『解析』は更に重要な役割を持つ。

 

「あ」

「クルス。何かわかったならすぐに指示しなさい」

「僕らを挟んでぺちゃんこにしようとしてるみたい。ははは、どうしよっか」

「え?」

 

 しかし『魔法の詳細がわかる』ということは、『対処できない』ことが事前にわかってしまうということでもある。

 

 三人の左右から巨大な壁が現れる。それはトラバサミのように三人を挟んで潰そうと襲いかかってきた。

 

(僕の防御魔法じゃすぐに破られる、ライラの『収束』は間に合わない、ノックスは……)

 

「ノックス! あれ頼める!?」

「あれ……あぁあれか! ルキノス!」

『クルス、範囲は』

「この岩の壁を覆うように!」

『了解』

 

 クルスの指示を受け、ルキノスが魔力を解放する。灰色の空間が岩の壁を覆うように展開されると、岩の壁は崩壊するまではいかず、その速度を低下させる。その隙を逃さず、誰かが指示を出すまでもなく三人は岩の壁から逃れるために走り出した。

 

「この空間の中、体動かしづらいね」

「言ってる場合じゃないでしょ。ここ抜けたらまた攻撃くるわよ」

「今思ったんだけど、まさかドルドさん俺たち殺すつもりじゃないよな?」

「毎回殺すつもりでくるよ」

「死んでなかったら治るからってね」

『イカれてますね……』

 

 千年前英雄と戦場を駆け回っていたルキノスに『イカれている』と言われるドルド、イカれていた。確かに訓練校には治療室があり、そこに行けばいかなる外傷も時間さえあれば治療することができるが、だからと言って生徒を死ぬ寸前まで痛めつけていいと考える教師は少ない。というよりドルドしかいない。フリードとシオンも流石にそこまではやらない。

 

 そして治療室で治せるのは外傷のみであり、心の傷を癒やすことはできない。死の淵に立たされた生徒が心を折られるというのは珍しい話ではなかった。

 

「よし、抜けた! 解除する……」

「嘘でしょ!」

「ノックスは解除! ライラは僕が防御魔法で耐えてる間に『収束』!」

 

 三人が岩の壁を抜けると、眼前に岩の砲弾が迫っていた。それは三人を容易く潰せるほどの大きさで、崖の一部分をそのまま切り取って投擲したような、暴力的なものだった。

 灰色の空間内にいたため『探査魔法』とのリンクが途切れていたクルスはそれの襲来を察知できておらず、慌てたように正面へ防御魔法を展開する。先ほど使用したドーム型のものではなく、正面からの魔法のみ受け止めることができる平面の魔力壁。

 

 岩の砲弾が魔力壁に直撃し、一瞬で罅が入る。回避行動は間に合わない。指示を受けたライラが右拳に魔力を『収束』させ、ノックスもルキノスを構えて岩の砲弾に打ち付けようとした。

 

「ノックス! それ魔法で作られたものじゃない!」

「マジか! 頼んだライラ!」

「元からそのつもりよ!」

 

 ノックスが邪魔にならないよう下がったと同時、魔力壁が砕け散る。

 

「ノックス、もうちょっと下がっておいた方がいいよ!」

「え?」

 

 呆けるノックスを待たず、ライラが拳を振るった。右拳に『収束』された魔力が一気に解放され、ライラの右拳に魔法陣が展開された。色はオレンジ、形状は三角形が二枚重なり合った六芒星。その二枚が不規則に回転し、そこから極太の砲撃が放たれた。それは一瞬にして岩の砲弾を欠片も残さず殲滅させる。魔力の余波が周囲に迸り、呆けていたノックスは面白いくらいに吹き飛ばされた。

 

「何すんだ!」

「助けてあげたのになんで怒られなきゃいけないのよ」

「なにおう!?」

『ノックス。今のはノックスが悪いですよ。戦場ではいちいち魔法の説明なんてしていられません。こちらで察知し、適切な行動をとらなければ』

「そうか。ごめんなさい」

「え、えぇ……」

「とても素直なんだね……」

 

 ノックスは頭が悪くはないが、単純である。『千年前の戦場にいた』という事実だけで『戦闘に関しては』という枕詞はつくが、ルキノスの言うことはすべて正しいと判断しているのだ。戦闘に関してはフリード、シオンよりもルキノスの言うことを信じている。

 故に、『自分が悪い』というプライドが高ければ受け入れられないであろうそれもすんなり受け入れた。あまりにもすんなり受け入れたからかライラは「えっと、私も悪かったわよ……」と目をそらしてもじもじしながら謝罪し、クルスは二人を見てにこにこしていた。

 

 だがここは本物のとはいかないまでも戦場であり、のほほんとしている暇など一切存在しない。

 

「仲が良さそうで安心したぜ、オイ!!」

 

 のほほんとした空気をぶち壊したのは、ドルド・ゲオルドその人だった。岩陰に潜んでいたドルドは足に魔力を溜め跳躍し、三人の前に轟音とともに着地する。着地点の地面に罅が入り、土埃が巻き上げられた。もはやこれが教師とか嘘だろと言われても仕方ない登場シーンである。

 

「ゲェッ、ドルドさん!」

「ゲェッ、とはご挨拶だなノックス!! ドァハハハハ!! だがまぁ見事だぜ!! 正直ノックスのそれは単独戦闘向きだと思ってたからなぁ!! お前らのうち誰かはぶっ倒れると思ってた!!」

「単独戦闘向きっていうことは、『単独で動かせるポテンシャルがある』ってことですよ」

「魔力が打ち消されるのは確かに一緒に行動しにくいけど、クルスがいれば何の問題もないわ」

「あったけぇ……」

『今、クルスがいなかったらノックスは使い物にならないと言われましたよ』

 

 嘘だろ、と驚愕に目を見開くノックスからライラが目を逸らす。クルスもクルスで「まぁ多分その通りだね……」と口には出さずとも思っているため特にフォローもせず、「あはは」と誤魔化すように笑っている。ドルドは爆笑していた。

 

「まぁそうだな。ノックスはちゃんと動かせばかなり強いと思うぜ。んで、自分で考えることもできる。考えなくても反射神経で動ける」

「褒めすぎじゃないですか? 俺の人生はここまでですか?」

「あんたの人生どんだけ認められてこなかったのよ……」

「あれ、僕先生が直接戦闘仕掛けにきたのかと思ったんですけど、もう終わりですか?」

 

 余計なことを、とライラがクルスを睨みつける。ノックスは今褒められた反射神経をフル稼働させ後ろに下がり、ルキノスを構えた。

 

 そしてドルドは悪そうににやりと笑い、右手と左手に魔力を込める。その両手を合わせると、手のひらを打ち付ける乾いた音とともにそれが現れた。

 それは訓練室を一瞬で熱気に包む溶岩の柱。赤くドロドロした液体が渦を巻き、ドルドの背後に出現する。

 

 ドルド・ゲオルド。使用魔法は属性魔法『炎』、そして『土』。それらをかなり繊細に組み合わせた『溶岩』。その破壊力は絶大であり、並の生物であれば一瞬にして塵にする。

 

「ドァハハハハハ!! お前らの前に出てきたのは、第二ラウンド開始の合図だ!! ちょっと本気出すぜ!! 死ぬなよ!!」

「殺さないでくださいよ!!」

「情けないこと言わない! やるわよ!」

「二人とも。僕は命乞いをした方がいいと思うんだけど、どう思う?」

『それを聞いてくれる相手なら効果的でしょうね』

 

 ルキノスの言葉を聞いた三人は顔を見合わせて、諦めたように首を横に振った。



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第8話

 食堂。午前の訓練を終えた生徒たちが集まるそこに、ノックス、クルス、ライラはいた。三人の体に傷はないが、全員がテーブルに突っ伏しており、全身で「限界です」とアピールをかましている。

 

 この三人、ドルドに死ぬほどボコられて治療室で怪我を治し、それから食堂にきている。今は傷がないとは言っても、気持ち的にはボロボロのままであった。

 

 しかし三人のテーブルには空になった器があり、食事はすでに終えている。基礎体力からして違うノックスと、ドルドにやられ慣れているクルスとライラはいくらボロボロにされようと食事が喉を通らないということはない。栄養がなければ更にボロボロになることを知っているからである。

 

「……強すぎじゃね?」

 

 突っ伏していた三人の中で最初に声を漏らしたのはノックスだった。体の奥底から絞り出したかのようなその声に、クルスとライラが顔だけあげて反応する。

 

「本当に当たれば終わりだからね。属性魔法自体はそれほど珍しくないけど、溶岩なんてゲオルド先生以外で見たことないよ」

「そもそもおかしいのよあの人。属性魔法は『炎』『水』『風』『土』『雷』の五つって決まってんのよ?」

「私からすれば、既存の枠組から外れないようにする方がおかしいと思うがな」

 

 苦々しい顔でライラが垂れた文句に意見しながら、ライラの隣に一人の女性が座る。

 その女性は短い期間であったがノックスの恩師であり、食堂だというのにおかまいなしに咥えタバコのクールで知的な、しかしどこか一般常識が抜け落ちている、現在所属生徒のいないFクラスの担任であるフリード・ガーベラ。

 

「フリードさん! お久しぶりってわけじゃないですけどお久しぶりです!」

「あぁ、元気そうでよかった。ドルドさんに殺されていないかどうか心配だったんだ」

『殺人の心配がある教師ってどうなんですか?』

「それくらい本気だということで納得してくれ。私は知らん」

 

 フリードはタバコを咥えたまま口の端から紫煙を吐き出し、そうしてから気づく。フリード・ガーベラは興味のある対象以外は思考から外す癖がある。それは常に魔法の法則などについて思考し続けており、その思考へ脳のほとんどのリソースを割きたいためだ。

 つまるところ、フリードはこの時初めてクルスとライラを認識した。ライラの言葉に反論してみせたはずのフリードは、信じられないことに『興味のある言葉』だけに反応し、それを発した本人を認識していなかったのである。

 

「なんだ、ノックス以外にもいたのか。はじめまして」

 

 だからこんなノンデリカシー発言を平気でやってしまう。この発言にクルスは「はじめまして、クルス・ローです」と穏やかに対応してみせ、ライラは「ライラ・エニーキス」と目上の相手なのにも関わらず名前だけ告げて不機嫌そうに対応した。

 それに首を傾げるのはフリードである。

 

「ノックス、ライラは難しい子なんだな」

「フリードさんの方がよっぽど難しい人だと思いますけど……」

『失礼ですよノックス。「あなたは私のような凡人では考えが及ばないほどの高い知性をお持ちのようですから、私があなたの言動行動を理解できないのは恐縮ながら当然のことだとご認識いただけると幸いです」と言うのが正解です』

「ルキノス。実は性格が悪いだろう」

『私は美人ですよ?』

「話も通じないときた。どうやら聖剣様は学に乏しいらしい」

『ノックス、やってやりましょう』

「最初に喧嘩売ったのお前だろ。反省しろ」

『ぐぬぬ』

 

 今のやりとりでクルスとライラは「あ、この人失礼を働こうと思ってやってるわけじゃないんだな」と理解した。ドルドもかなりおかしい部類ではあるため、頭のネジが外れている人間を受け入れるのには慣れているのである。

 何より、ノックスを見るフリードの目が二人から見てかなり優しかったことがその理解への後押しとなっていた。

 

 フリード・ガーベラといえば、かなりの有名人である。若くして隊長の座に上り詰めたこともそうだが、どちらかと言えばその性格。興味のないこと以外は本当に興味がない。興味があることに関しては本当に興味がある。

 

 そして、実際にフリードと会った者は数分で「あ、こういうことか」と理解する。クルスとライラも例に漏れなかった。

 

「さっきはすみませんでした。失礼な態度とってしまって」

「ん? いや、気にしていない。私も食堂でタバコを吸うなんてイカれた行動をとってしまってるからな」

「自覚してんならやめません?」

「自覚してやめられる理性があるのなら、人間はここまで愚かじゃないさ」

『話を大きくしてそれっぽく言って煙に巻くのやめません?』

「わかった、負けた。タバコは消す」

 

 シオンがいないから好き勝手できると思ったのに、と面白くなさそうにぶつぶつ呟きながらタバコの火を無駄に高そうな携帯灰皿にぶち込むフリードを見て、三人は「そういやこの人19歳だっけ」と再認識した。かなりクールで落ち着いて頼りになる印象を受けるが、実年齢自体は三人と約3つしか変わらない。

 

 ただ、それよりもクルスには気になることがあった。それは、ノックスの背で誰よりも人間らしく喋っている聖剣。

 

「ねぇノックス。いや、ルキノスさんに聞いた方がいいのかな。ルキノスさんって元々人間?」

『え、えぇ!!!?? そ、そそそそそそそんなこと!!! ち、ちなみになんでそう思ったんですか!!!??』

「めちゃくちゃ人間っぽいからだと思うわよ」

「今の反応がそのまま答えになる」

「ルキノスって落ち着いたお姉さんぶってるけどポンコツ臭すげぇよな」

『遺憾』

 

 見た目は剣でもぷんぷん怒っているほど感情表現が豊かであり、それがどこかかわいらしく思え微笑んだクルス。年齢を考えれば千を超えているというのは口には出さず、胸の奥にそっとしまった。女性に年齢の話をするのは御法度だということを心得ているクルスであった。

 

「ルキノスのポンコツはどうでもいいとして」

『ライラ。全然よくないんですが』

「フリードさんはノックスの顔を見に来ただけなんですか?」

「あぁ、そうだった。ルキノスのポンコツは心底どうでもいいとして、君たちに話があったんだ」

『ノックスぅ……』

「よしよし。あとでめちゃくちゃ綺麗にしてやるからな」

『は? 私は美人ですけど』

「クルス。このあたりに肥溜めあるか?」

「流石にやめてあげて」

 

 調子に乗って優しさを挑発で無碍にしたルキノスを肥溜めにぶち込もうと決意したノックスだったが、心優しいクルスに阻止された。クルスに言われたら仕方ないと肥溜め探しをやめたノックスだったが、『食堂で肥溜めって常識あるんですか?』と煽ってきたルキノスがそれはそれはむかついたため、ノックスはルキノスをしばらく尻置き板にすることにした。

 

『むぎゅ』

「話ってなんですか?」

「聖剣を尻に……まぁいいか。来週の課外授業についてだ」

「課外授業?」

「そういえばノックスは知らないんだっけ。なんか王国軍の見学に行くみたいでね」

「普通はゲオルド先生から言わなきゃ駄目なことなんでしょうけど」

 

 そういう細かい伝達事項とかはドルドに期待しない方がいい、とノックスは言外に込められた意図を読み取って納得した。と同時に首を傾げる。

 

 正直、ノックスは軍のイメージがあまりついていない。国民であれば誰でも知っているレベルである『大魔闘祭』すら知らなかったノックスが軍などと言われても知っているわけがなかった。

 

 あんぽんたんのノックスが知らない軍。それは多くの少年少女の憧れであり、国、ひいては民を守る英雄のような存在。あらゆる魔法を駆使して魔族や魔物と戦い、歴史に名を刻む。その隊長の座につくことができれば、その家系は一生どころか後生の自慢になるほどの栄誉である。

 

 一言で言えば訓練校に通っていれば興味があって当然のもの。そう、当然である。

 

「つまり、フリードさんは軍の隊長をしばけって言ってるんですね?」

「どこから『つまり』という言葉が出てきたかわからないが、違うぞ」

「???」

 

 ノックスはその『当然』から外れるため、「フリードさんがわざわざ伝えに来たくらいだから、何か無茶を言ってくるに違いない」という結論に落ち着いた。死ぬほど的外れだったためあっさり正面から否定されてしまい首を傾げるノックスに、クルスとライラの異常者を見る目が注がれる。

 

「その課外授業だが、五人一組で動くことになっていてな」

「俺たち三人クラスです!」

「なんで嬉しそうにしてるのよ」

「前まで一人だったからじゃない?」

『二人足りないことに気づいていない可能性がありますね』

「俺の尻から声が聞こえる……」

『ぶっ飛ばしますよ』

「いいか? 続き話すぞ」

 

 このまま放置していれば喧嘩を始めそうだったノックスとルキノスを言葉で制し、一つ咳払いしてからフリードが続ける。

 

「ノックスが言ったとおり、お前たちは三人クラスだ。だから、他のクラスの者と組んでも構わない。ただ、オブラートに包まずに言うがノックスと組もうと思う物好きは少ない」

「オブラートに包まずに言うって言ったじゃないですか!!」

「だから包まずに言っただろ」

「ほんとだ。失礼しました」

「いいよ」

 

 何この会話、僕がおかしいの? いえ、私も理解できないわ。とクルスとライラがアイコンタクトを交わす。ノックスはノリで喋るところがあり、フリードは適当に答える癖があった。二人とも細かいことを気にしたりしなかったりするタイプであるので、意外に相性はいいのである。だからこそ、こうして周りがおいて行かれることがままあった。

 

 そもそも、ノックスに『周り』ができはじめたのは最近のことではあるのだが。

 

「それじゃああと二人どうしましょうか」

「Eクラスの人に声かける? ちょっとかけにくいけど」

「あー、Dクラスに残ったのってお前らだけだもんなぁ」

「その二人についてだが」

 

 フリードがそこで言葉を切り、三人が首を傾げる。そして、ノックスは気づいた。少し離れた席に、見知った二人がいることを。

 

 フリードがその二人に手招きすると、二人が三人のもとへやってくる。

 一人は透き通るような輝きを持つ金の髪を背中まで伸ばし、人懐っこい笑みを浮かべる蒼い瞳の少女、ステラ・ゼルニール。

 一人は質の固そうな銀に輝く髪を攻撃的に逆立たせ、月のような黄色い瞳を持つ少年、アスト・アウリエ。

 

 両者ともに入学当初からAクラスに所属する、ノックスの友だちだった。

 

「ノックスはそうじゃないけど、二人は初めまして! ステラ・ゼルニールです!」

「アスト・アウリエだ。よろしく頼む」

「課外授業の話が出たとき、この二人が『どうせノックスはハブられるだろう』と声をかけに来てくれたんだ」

「わっ、私そんなひどい言い方してないですよ!」

「……!!」

「号泣してる……」

 

 人のぬくもりを知ったノックスは、目から滝のように涙を流した。



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第9話

 アルデバラン王国は東西南北にわかれた大陸、その西に位置しており、王都には訓練校のある都市から魔導列車で一時間かかる。

 魔導列車は魔力を原動力とし、敷かれたレールの上を走る大人数移動用の公共機関であり、よっぽどの田舎者でない限り乗ったことのあるものなのだが、よっぽどの田舎者であるノックスはもちろん乗ったことがなかった。村から訓練校まではその足で移動したため、そもそも乗り物に乗ること自体初めてである。

 

「信じられねぇ……。くるとこまできたんだな、時代ってやつは」

『私たちの時代はこんなものなかったのですが、行くところまで行ったんですね、時代というのは』

「ノックスってもしかして、ルキノスさんと一緒に千年前からきたの?」

「なるほどな。千年前となれば人体に流れる魔力も今と異なっていておかしくはない。ノックスがルキノスを引き抜けたのも、魔力が合っていたからということか」

『いえ、私がこのようなアンポンタンに引き抜かれたのはその筋肉のみが理由です』

「お前の言いたいことはよくわかった」

 

 ブチ切れたノックスはルキノスが動けないのをいいことに、刀身に「バカアホドジ間抜け」とえらく達筆で書き殴り、『あっ、あー!!』と子どものような癇癪の声をあげるルキノスを無視して魔導列車に乗り込んだ。

 

 王都までは自由に移動していいということになっており、ノックスはクルスとアストの三人で王都に向かっていた。ステラとライラはステラの激高コミュニケーション能力によって築き上げられたコミュニティで王都に向かうらしく、なんともむさ苦しい事態に陥ってしまっている。『私がいるじゃないですか』とほざく聖剣はノックスが「でもお前、剣じゃん」というもっともな一言で黙らせた。

 

 国軍の見学は三日間。その間は軍に用意された施設で生活を行う。そのため着替え等は持ち込みである。三人の荷物はクルスの格納魔法により別空間に保管されているため見た目は手ぶらだが、車内にいる訓練校の人間らしき者は大きな荷物を手に持ったり背負ったりしている。

 

 三人は四人がけのボックスシートに座り、一息ついた。ノックスはこれから動き出す魔導列車にわくわくしており、クルスはこの後見られるであろう上位魔導師の魔法にわくわくしており、アストはこの後見られるであろう上位魔導師の実力にわくわくしている。

 ノックスのみ何をしに行くんだと言われても仕方ないほどの目的の見失いようだが、そのことを察せられるほどの関係性はまだできあがっていなかった。

 

「いやぁ! これから動くんだよな、これ! 楽しみだ!!」

「ノックス、魔導列車に乗ることが目的じゃないからね?」

 

 しかし関係性ができあがっていなくとも言えば伝わる。ノックスは正直な男であった。

 

「あまりはしゃぐな、ノックス。訓練校の看板を背負っていることを自覚しろ」

「でも初めてのことってわくわくしねぇ? ほら、アストも初めての戦術とか魔法とか見たらわくわくするだろ」

「それもそうだな。よし、はしゃげ」

「うおおおおおおお!!」

『アスト! 理解できるからと言ってはしゃいでいいわけではないでしょう! ノックス、他の方もいるのですから、おとなしくしましょう。ね?』

「ルキノスって時々俺の母さんなんじゃねぇかって思うんだよな」

「君は自分のお母さんに『バカアホドジ間抜け』って書くの?」

「とんだ親孝行者だな」

 

 クルスの言葉にはっとしたノックスは、ルキノスが母親だという錯覚が霧散した。世の少年は母親に落書きしないし、尻にも敷かないしジャムも塗らない。もしかしたらそのような少年もいるかもしれないが、それは母親を母親と思っていない邪悪な存在である。

 

 『私にこんな大きな息子いたらおかしいですよ』と言ったルキノスに「ルキノス千歳超えてるよな」とノックスがノンデリカシーっぷりを余すことなく披露していると、魔導列車がゆっくりと動き出した。ルキノスの機嫌は損ねだした。

 

 窓の外の景色が加速していく。ノックスは鍛えているとはいえ出せる速度は人間の限界を超えることはできない。だが、魔導列車は人間の限界を優に超えた速度で大勢を運んでいく。初めての感覚にノックスの目はバカ正直に輝いていた。

 

「すげぇ……」

「ノックスって純粋だよね。見てて気持ちいいよ」

「感受性が豊かなんだろうな。だからこそ戦闘の勘もいい。感受性の豊かさは、相手の意図の察しやすさにつながる」

「なんでも戦闘戦闘だなぁ。他に趣味とかねぇの?」

 

 この瞬間、ノックスは気づいた。あれ? 俺自然に会話広げてね? と。今まで友人関係が一切なかったノックスが自然と「趣味は?」という質問を行った。このことの重大さを重く受け止めているのはもちろんノックスのみであり、アストは「趣味か……」と軽く考え初め、クルスは自身の功績にショックを受けているノックスに「ノックスは何か趣味とかあるの?」と質問を投げかけた。

 

「えっ!? 俺? ノックス・デッカードだけど」

「自分が趣味ってこと?」

「自分に自信があるのはいいことだ」

『聞かれたのは趣味ですよ、ノックス』

 

 ショックを受けていたためかうまく聞き取れず、とりあえず自己紹介をするノックス。この男、話しかけられる時は友人以外がほとんどだったため、話しかけられたとき反射的に自己紹介が飛び出すというとんでもなく悲しい癖がついていた。

 

 ルキノスから注意を受けて趣味を聞かれたと理解したノックスは、ふむと考える。そして、気づいた。自分に趣味と呼べる趣味がないということに。

 

 村には何もなく、農作業をするか筋トレするか農作業をするか筋トレするかしかなかった。娯楽と言えるものは存在せず、遊び場といえば周りにある自然のみ。ならば筋トレが趣味かと言えばそうでもなく、筋トレは訓練校に行くため、そして魔導師をぎゃふんと言わせるための手段として始めたものであり、趣味ではなくもはや生業であった。

 つまりノックス・デッカードに趣味は存在しなかった。

 

 そして、アスト・アウリエ。彼もまた、趣味を持たない者の一人である。

 アストの脳内を占めるのは戦闘、戦術、魔法の運用方法。日常生活で目にしたもの、耳にしたものすべてをそれらと関連付けさせて考える悪癖を持っている。それがアストの強さの根底でもあるのだが、日常生活を送る上では悪癖でしかなかった。日常会話をしているつもりなのに二言目には「戦闘」が飛び出してくるなど、危険人物極まりない。

 

 よって、趣味を聞かれた二人は黙りこくった。そして、どちらからともなく目を合わせる。二人はお互いに趣味がないことを察していた。ならば、その答えをなんとか捻り出すまでの間、クルスに話を振って場を持たせようとアイコンタクトを取り、アストが「クルスは趣味あるのか?」と仕掛けにかかる。

 

「僕? 読書とか、魔法の研究とかかな。僕の魔法特性的に知識はどうしても必要になってくるから。だから趣味って言うのも微妙になるのかな? でも楽しんでやってるから趣味かも」

「俺は筋トレかな! まぁ強くなるための手段だから趣味って言うのも微妙かもしんねぇけど、楽しんでやってるし?」

「何……ッ!」

 

 アストは『裏切り』に遭った。クルスの言葉を拾って筋トレを趣味とし地獄から抜け出したこと、そしてノックスが取った方法をアストがとれないこと。それは、他でもないノックスから「戦闘以外の趣味」を聞かれたことが原因であること。様々な要因が重なった裏切りを受けたアストはしかし、瞬時に切り替える。

 

 これは戦闘なのでは? と。

 

 なにもその体と魔法でもって命を削り合うことだけが戦闘ではない。情報、知恵、言葉、それらを用いて自身の優位性を保ち、相手を下す。これも戦闘ではないのか、と。そうとなれば、アストは負けるわけにいかなかった。必ず目の前で勝ち誇っているノックスを打ち砕く必要があった。ちなみにクルスはノックスが勝ち誇っている意味がまったくわからなかっった。

 

(さて、ここから俺が勝つためには、俺も『趣味』を提示しなければならない。まずこれが絶対条件だ。これを放置しての勝利はありえない)

 

 アストは脳をフル回転させた。それこそ戦闘の時と同様に、敵に一切の隙を見せないほどの速度で。

 

 出た結論は、「やっぱり俺趣味ないな」ということだった。アストはあっさり敗北した。

 

「やはり俺が認めたライバル……」

「えっ、友だちじゃねぇの!?」

「ノックス。ライバルってすごく仲がいい友だちって意味なんだよ」

「えっ、すごく仲がいい友だちなの!?」

『まぁ間違いではないかもしれませんね……』

 

 三人はこうしてバカな会話をしながら魔導列車に揺られ、王都へと向かっていった。ちなみにバカなのはノックスとアストである。

 

 

 

 

 

 一時間の旅を終えて駅を出れば賑やかな城下町が広がっており、街の奥には巨大な城がそびえ立っている。街行く人々の中に紛れている、左胸に翼を広げた鳥のエンブレム、アルデバラン王国の国章をつけている者は国軍の者であり、数人が駅の前で集まって訓練校の生徒をどこかへと案内していた。

 

「五人揃ってから連れて行ってくれるって言ってたね」

「んじゃあステラとライラ探さねぇとな」

「あいつらは目立つからすぐに見つかるだろう」

「アストたちも目立つからすぐに見つけちゃった!」

「おっ」

 

 あたりを見渡すアストの背中を叩いたのは、大きめのリュックを背負い、ライラの手を引いているステラ。ライラは手を引かれているのが恥ずかしいのか頬を少し赤くして目を逸らしており、それを見たノックスとクルスがにやにやしながらライラににじり寄った。

 

「おやおや? ライラちゃん、お姉ちゃんと一緒にきたの? 頼りになるお姉ちゃんでちゅねー?」

「こらノックス、バカにしちゃだめだよ。失礼しちゃうよねライラ。ライラはもう16歳になるんだから、いくら方向音痴でも一人で大丈夫だもんねー?」

「殺」

 

 もちろん好き勝手いじり倒されることをよしとするライラではなく、二人の顔面をわし掴みし、ぎりぎりと締め上げる。新入生の中では実力の高いはずの二人が、「ア……」としか漏らすことができない人形と化した。

 

「止めなくていいのか?」

「三人なりのスキンシップだから。多分!」

『命が削れるスキンシップは千年前でも聞いたことがありませんでしたが……』

 

 しかし人間関係的なことはステラの言うことが全面的に正しいと信じ切っているアストは「そうか」と一言言ってノックスとクルスを救出することはなかった。

 

 これが五人にとっての課外授業の始まりである。



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第10話

 国軍の迎えを受け、与えられた部屋に荷物を置いたノックスたちは、軍の訓練室に集まっていた。訓練校にもある訓練室よりかなり広く、街の一区画程度の広さがある。ただ広いだけで障害物などなにも設置されていないその空間に、今年度入校の訓練校の生徒全員が並べられており、生徒と向かい合うようにして国軍の隊長陣、そして数人の隊員が並んでいた。

 

 訓練校の生徒の表情は緊張で強張っており、それはノックスたちも同じである。ノックスはフリードとシオン以外の隊長を知らないが、それでも隊長は偉い人であり、強い人であるということを理解している。更に、数週間でしつけられたノックスは、前に立つフリードに目線で「おとなしくしておけ」と制されており、色々トラウマを思い出して思わずルキノスに手を伸ばしていた。

 

「暴れるなら付き合うぞ」

「付き合うな」

 

 戦闘狂が目敏くその仕草を見つけやる気を見せたところ、ライラに頭を叩かれて阻止される。アストは倫理観や常識がある方ではあるが、戦闘ができるとなればその倫理観や常識は彼方へと消え失せてしまう悪癖オブ悪癖があった。

 

「フリードさんは知ってるけど、他の人は話でしか聞いたことがないから、その、なんだろう。本当に実在したんだって感じがするね」

「ねー。大魔闘祭とか見てたけど映像越しだし、こうして実際に見るまでは物語の登場人物なのかもって思ってた」

 

 ライラが戦闘開始を阻止している一方で、クルスとステラはこそこそと穏やかに言葉を交わしていた。

 隊長陣は魔導師の中でトップクラスの実力を持つ。そのため国の象徴として大魔闘祭にも参加しており、知名度もかなり高い。ノックスのような激烈田舎者という例外は除く。

 

 それぞれ感じ方は違うが独特な緊張感に包まれ、訓練室を沈黙が支配する。ノックスはすごく静かだとなんとなく音を発してしまいたくなる衝動に駆られるため、それを必死に押さえつけようと頬の内側を噛んで自身の衝動と格闘していると、生徒の前に立つ一人の隊長によってその沈黙は破られた。

 

 身長は優に2メートルを超える。体はかなり筋肉質で、身につけているシャツはボタンなど知ったことかと前開きになっており、その筋肉を惜しげもなく晒しだしていた。髪を七房に分け、虹の配色に染め上げてそれらをオールバックにしている奇抜な大男。ただ肉体と髪から受ける印象とは異なり、その目は柔らかく口も弧を描いている。

 

「あたしはアルデバラン王国第5部隊隊長、リリー・マラドゥーナよ!! よろしくねん!!」

「え……?」

 

 ノックスは衝撃のあまり他の四人を見た。自分が聞き間違えたのだろうとそう思って。まさかあの見た目で飛び出してきた口調があれなんて、自分は悪い夢でも見ているのだろうと。

 しかし、アルデバラン王国第5部隊隊長、リリー・マラドゥーナがオカマであるということはかなり有名な話だった。というより見た目のインパクトが強すぎて有名になるしかなかった。もちろんのことノックス以外の全員はその事実を知っており、ステラはあははと笑い、クルスは苦笑し、ライラは目を逸らして、アストはノックスの視線に気づかず「強そうだな……」とやる気を滾らせている。

 

 一人参考にならない戦闘狂がいたが、ノックスは確信した。先ほど目にし、耳にしたものはリアルなのだと。

 

「知ってる子がほとんどだと思うけど、国軍は部隊が全部で7つあるわ! そしてそれぞれに役割があるの! 今日は顔見せだけ。あとでそれぞれの部隊の資料配付するからちゃんと勉強すること! そして明日から三日間! 興味のある部隊に見学に行くといいわ!」

 

 国軍は、7つの部隊に別れており、それぞれ戦闘・指令・研究・斥候・医療・広報・防衛の役割がある。普段の役割がこれらというだけであり、実際は他の動きもすることはあるのだが、基本的にはこれらの役割を担っている。戦闘は第1部隊、指令は第2部隊、研究は第3部隊、斥候は第4部隊、医療は第5部隊、広報は第6部隊、防衛は第7部隊。

 

「戦闘」

「戦闘」

 

 訓練室で解散し、五人はひとまず男子勢に与えられた部屋に集合し、配布された資料を付き合わせてどこへ見学に行くかという話し合いを始めた。「戦闘」と口にしたのは狂おしいほど戦闘のことしか考えていないアストと、戦闘以外なにもできる気がしていないノックスである。ちなみにライラも「戦闘」と言おうとしたが、先に口を開いたのが戦闘狂と筋肉ダルマだったため、同じ意見を言いづらくなり閉口している。

 

「んー、僕は研究がいいかなぁ」

「私は全部見たいけど……医療が一番かな?」

「なら戦闘と研究と医療、一日ずつ分けて見に行けばいいんじゃない? 多分、五人組で行動させるのもそういう理由でしょうし」

「ちょっと待て、今もしかして戦闘と戦闘と戦闘と言ったか?」

「かなり聞き間違いよ」

『血に飢えていますね……』

 

 強者が近くにいるためか血肉がわき踊っているアストを一旦無視するとして、ライラの言っていることは正しい。興味のある部隊が同じ者同士で組めば、三日間その部隊を見学して終わるだろう。そうさせなかったのは、生徒の選択肢を増やすためである。見学することで本来の希望より向いている部隊が現れるかもしれない、と考えての五人組。

 

 もちろん、アストのように戦闘一直線に突っ走るバカを止めるためでもあり、ノックスのようにほとんど何も知らないバカに色んなことを覚えさせるためでもある。

 

「それじゃあ一日目第1部隊かな?」

「待ってクルス! それじゃあアストが第1部隊から離れられなくなっちゃう!」

「おい、ほんとどうにかしろよその戦闘狂具合」

「どうにかしてみせろ」

「何強者の風格漂わせてんのよ」

「俺は強いからな。お前らより」

 

 ブチ切れたライラ。羽交い締めにするノックス。爆笑するクルス。腰に手を当てアストに説教するステラ。ルキノスはその光景を見て、『どの部隊もこの子たちには来てほしくないでしょうね……』と冷静に考えていた。ことあるごとに戦闘を口にし、それを皮切りに大暴れし始める五人組にどうしてきてほしいと言えるのか。ルキノスはそのような物好きはいないと勝手に断定した後、『フリードさんなら大歓迎しそうですね』と自身の思考を覆した。

 

 ステラの説教が終わり、アストが謝罪するとライラも怒りを鎮める。それを確認してからノックスがそっとライラを解放し、「筋肉ついてるけどやっぱり女の子なんだな」とノンデリカシーキショキショ発言をぶちかまして床のシミとなってから相談が再開された。

 

「お前らのためを思って言うが、第1部隊は最終日に回した方がいいぞ」

「言われなくてもそうするわよ。明日と明後日はどうする? どのタイミングでどっちに行っても変わんないと思うけど」

「個人的には最初フリードさんのところがいいかなぁ。その、知ってる分安心っていうか」

「……その場合僕も第3部隊から離れられない可能性が出てくるけど、いい?」

『問題児だらけですね。ちなみにノックスの回復などは検討いただけてますか?』

「い、いや……なんとか大丈夫だ。ありがとう、ルキノス」

「まだ息があったの?」

「す、ストップライラ! ノックスも悪気があったわけじゃないから! ね?」

 

 ゆらりとノックスに顔を向けたライラに対しルキノスを構えたノックスの反射神経は流石であった。アストも満足げに頷いており、クルスは一連の流れを見て「まぁ僕なら大丈夫か」と思い直して先ほどの発言を撤回する。確かにクルスは探究心の塊ではあるが、それ以前に周りの常識が欠如しているため自分は冷静になれると判断したのだ。

 

「それじゃあ一日目は第3部隊、二日目は第5部隊、三日目は第1部隊で!」

「ふっ」

「何『仕方ない、わがままなやつらめ』みたいな顔してんだよ。喧嘩売ってんのか?」

「買ってくれるならいくらでも売るぞ」

「こら、喧嘩しないの! 怒るよ?」

『ぷぷぷ! 怒られて情けないですね!』

 

 ブチ切れたノックスは今日一日ルキノスを股に挟んで過ごすことにした。『ちょ、なっ、何考えてるんですか!!』と慌てたような声はすべて無視して部屋を出て食堂へ向かう。

 ルキノスを股に挟んで歩いているためか、「なんだあいつは?」というおかしなものを見る目がノックスへと注がれた。近くを歩くステラは身を縮こまらせて「あ、あの、許してあげない?」と恐る恐る提案するも、「いや」というシンプルな単語で却下された。

 

「ルキノスがなぜノックスに従っているのかと思ったが……ただ単にルキノスがいいやつだから、というだけではなくノックスがこうして恐怖を植え付けているからだったんだな」

「おい、人聞き悪いこと言うな!」

「人聞き悪いって気にするような人がやることじゃないと思うよ? それ」

「常識ないのよこいつ。ほっときましょ」

「俺はお前たちの後ろをこの状態でついていく準備はできている」

『私決めました。この三日間私の力は貸しません』

「ちょうどいいぜ。あんまりろくなことできねぇだろうけど、自分だけの力がどこまで通用するかって見ておきたかったしな」

『えっ、あ、そ、そうですか。ふーん』

 

 てっきり「悪かった!! そんなこと言わないでくれ!!」と縋り付いてくれるかと思っていたルキノスは、えらく前向きに力を貸さないことを了承されてしまい言葉を失った。もっというと拗ねた。ノックスの股の間で。

 

 そんなルキノスの救世主となったのが、アストである。

 

「そうは言うがノックス。三日目の第1部隊の見学の際、恐らく戦闘が発生するぞ。ルキノスなしでどこまでできるかを知りたい、というお前の心持ちもいいが、むしろお前のできる最大限を、この強者まみれの環境で知っておく方が有意義じゃないか?」

「……それもそうか」

『あっ、でも私貸さないって言いましたし! 力! ふん、今更泣いて謝ったって貸してあげませんからね!』

「村に戻すか。これ」

『すみませんでした』

「ノックスってもしかして魔族?」

「邪悪すぎるわね」

「あ、あはは。これくらい言っても大丈夫なくらい仲がいいってことじゃない?」

 

 ステラのフォローを聞いて、ノックスは他人事のように「まぁそうかもな」と考えて、仲直りの印にルキノスの手入れを歩きながら始めた。



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第11話

 国軍はそれぞれの部隊に基地が用意されており、それは王都の各地に存在している。

 研究を担当している第3部隊の基地は、地上にではなく地下に存在していた。国軍の本拠点から数十分歩いた先、王都近くにある山の入り口にその基地へ続く階段があり、それを下った先でノックスたちは第3部隊副隊長、シオン・グレイハートに出迎えられた。

 

「ようノックス、久しぶりだな!!」

「シオンさん! お久しぶりです!」

 

 シオンはノックスの姿を見つけると親しげに近寄って、力強く肩を組んだ。シオンと出会った頃はお姉さんの過剰なスキンシップにドギマギしていた少年ノックスは、もはやボコボコにされすぎて『お姉さん』ではなく『教官』としか見れなくなり、結果密着されても平気になってしまった。

 

「んで、えーっとお前らはあれだよな。アストにステラに、クルスにライラ」

「アストとステラのことは知っててもびっくりしませんけど、僕らのこともご存知なんですね」

「フリードから聞いてたんだよ。ノックスに友だちができたってな」

「豪華な保護者ね」

 

 国軍の部隊長、副隊長に友だちの心配をされるノックス・デッカード。知る人が知ればとんでもなく恵まれた環境にいるのだが、本人はそんなことも知らず「保護者? 俺親いねぇけど」と爆弾を投下してライラを黙らせていた。

 

「……悪かったわよ」

「あっ、いや、こっちこそ悪い。気を遣わせるつもりはなかったんだ」

『ノックスは嘘を言っていませんから、気にしなくていいですよ。そもそも、親がいないことを気にしている者が自分から「親がいない」などと言いません』

「そうだぜ、気にすんな。ノックスの考えなしは今に始まったことじゃねぇよ」

「シオンさん。それじゃあまるで俺が考えなしみたいじゃないですか」

「今私はそう言ったぞ」

 

 あれ? と首を傾げるノックスの頭をがしがしと撫でてから、シオンが五人を引き連れて奥へと進んでいく。

 

 階段を下りた先にあったのは広い廊下だった。床や壁、天井は鉄の板で覆われており、等間隔に光源が配置されている。扉がいくつか見えるがシオンはそれらを無視してどんどん奥へと進んでいった。

 

「……」

「あれ、どうしたの? ライラ」

「いえ、ちょっと……」

「あぁ、もしかして感じちまったか?」

 

 少し進んだところで、顔色が悪くなったライラを気遣って一旦立ち止まる。心配そうにのぞき込むステラに努めて平静を装うとするが、装う前にシオンがライラの側まで歩み寄り、頭をぽんぽん撫でて背中を摩り、「平気か?」と優しく声をかける。

 それに頷いて見せたライラがこうなった原因は、入らずにスルーしてきた部屋で行われている『実験』にあった。

 

「時々モロにくらっちまうんだよな。魔族とか魔物の悲鳴、その魔力の余波。それがでねぇように作ってんだけど、第3部隊の連中はいかれてるから加減を知らずに漏らしちまうことがあるんだよ」

「え?」

「魔力がまったくねぇノックスはもちろん感じなかっただろうが、お前らもちょっとは感じただろ?」

 

 あーはいはいまた俺だけ仲間はずれのやつですね。まぁ慣れたからいいですよと目に見えてむくれたノックスは置いておいて、ステラ、アスト、クルスの三人はシオンの問いに頷きで返す。ステラはライラほどひどくはないが少し憂鬱そうに、アストは平気そうな顔で、クルスはむしろ目を輝かせながら。

 

「あれですよね。魔族や魔物の魔法耐性とか生態とかを知るための実験。で、そう何体も捕らえられないから一体で繰り返し実験を行ってるんでしたっけ」

「勉強熱心だな、クルス。お前は第3部隊に向いてるよ」

「……えっと、褒め言葉ですよね?」

「褒めてねぇよ。私が言うのもなんだけど、第3部隊は死ぬほどおすすめしねぇ」

 

 アルデバラン王国国軍第3部隊。主に魔法の研究・開発を行っており、軍の隊員の魔法を観察し、その運用・応用方法を指導する等の活躍をする裏側で、戦場で捕らえた魔族・魔物を非人道的な方法で実験に使用している。第3部隊の基地である地下施設では、それによる聞きたくもない音や魔力の余波が絶えることはない。

 

 第3部隊に入り、一番最初に捨てるのは倫理観だというのは、軍では有名な話だった。

 

 

 

 

 

「さて、実際の実験現場の見学へ行こうか」

 

 そして、第3部隊の隊長であるフリードに倫理観を期待してはいけないというのも当然の話であった。

 

 廊下を突き進んだ先にあった扉。その先にある部屋にフリードはいた。壁にぴたりとくっついている複数の本棚に、テーブルと椅子が一つずつといった簡素な部屋を居城としているフリードは、シオンと五人が入ってきた瞬間先ほどの提案をぶちかましたのである。

 

 フリードからしてみれば、「せっかく見学にきてくれたんだから、少しでも第3部隊のことを知ってもらおう」というだけのことなのだが、実際には「グロ耐性のない少年少女にこれでもかと悲惨な場面を見せつけよう」と言っていることと同義であり、流石にシオンから待ったがかかった。

 

「おい待てフリード。流石に何の耐性もないやつらに実験を見せんのはきついだろ」

「なら実験に使う予定の魔族と会話でもしてもらうか。魔族との会話などしたこともないだろうから、貴重な経験になるだろう」

「……それくらいなら、まぁ」

 

 実験に使われる前の魔族、という事実があるだけでかなり気は引けるが、第3部隊の中で見せられるものとしては一番マシであるため、シオンは渋々了承した。

 

「僕は別に実験中でも……」

「研究熱心もそこまでいくと引くわよ」

 

 移動を始め、実験中であろう部屋を通り過ぎる度に残念そうにしているのがクルスだった。クルスは元々第3部隊志望というド変態であるため、実験に興味津々。倫理観等は一旦抜きにして、クルスは第3部隊の研究・実験が人類の勝利のために必要なことだと認識しているため、まったく抵抗がなかった。

 

「まぁ流石に私も実験の様子を見せて体調不良になられては困るからな」

「あれ? 最初実験現場に連れて行こうとしてませんでした?」

「しーっ! ノックス、殺されちゃうよ!」

「すみませんガーベラ隊長。ステラは実は失礼なやつなんです」

「気にしないさ。それに、ある程度失礼を働けるような者の方が出世は早い」

「ルキノスルキノス。もしかして俺のことかな?」

『ハハハ』

 

 適当に笑って流した罰として、ノックスはルキノスを抱きしめた。わかりやすい制裁ではなく、新たな角度の制裁にルキノスは困惑し、『ぇ、え? えっと、ノックス? あれ? ほぁ……?』と最終的にマヌケになった。ノックスの制裁が成功した瞬間である。

 

 なんとなくルキノスが可愛くなって撫でまわし、便乗したステラもルキノスを撫でまわし、『ちょ、やめ、やめなさい!』と騒いでいる間に目的地に到着した。ちなみにライラも撫でたそうにしていたのをクルスは見逃していなかったが、それを言わなかったのはクルスの優しさである。

 

「さて、ついたぞ」

「……あの、フリードさん。サタンって書いてるように見えるんですけど」

 

 目の前にあるのは、一つの真っ黒な扉。そこにプレートが掲げられており、簡素な字で『サタン』と刻まれている。

 

「あぁ」

「あっ! 俺でも知ってますよサタン! 確か、そう、強い!」

『その程度で知識のあるアピールをしないでください恥ずかしい』

「しかしルキノス、この世は強いか強くないかだ。つまりノックスは恥ずかしくない」

「第3部隊の基地で暴論振りかざすあんたの方が恥ずかしいことは確かね」

「はい! サタンってあのサタンですか!」

「どのサタンを指しているかわからないが、まぁ認識の通りで間違いない」

 

 サタン。魔族の頂点に君臨する『魔王』、その家臣。中でも最上位の位である『七将星(セブンスロード)』と呼ばれる者の一角がサタンであり、隊長でさえ勝つことは難しいと言われている、のだが。

 

「他の『七将星』と喧嘩してボロボロになっていたところを捕らえた」

「えぇ……」

 

 えらく微妙な理由でそのサタンが捕らえられていた。これには筋肉バカである流石のノックスもあきれ果て、戦闘狂である流石のアストも「え? じゃあサタンと戦える……?」と心躍らせていた。流石アストだった。

 

「よし、入るか」

「え、大丈夫なんですか?」

「もしなんかあったら私たちが守ってやるよ」

「えっ、キュン!」

『ノックス。キショい』

「俺もそう思った」

 

 どうやらノックスは緊張という感覚をどこかへ置き去りにしてきたらしい。アストでさえ緊張しているというのに、ノックスはいつも通りであった。その理由は、拘束具によって抑えつけられているにも関わらず放たれている禍々しい魔力の一切を感じないためであり、ノックス以外の四人はその魔力を受けて体が重くすらなっている。ノックスと他四人との間で緊張感の差があるのは、仕方のないことといえば仕方のないことだった。

 

 フリードがドアに手をかけ、ゆっくりと開く。その先にあったのは、透明な壁を隔てた向こう側で無数の鎖に拘束されている魔族の姿だった。

 

 金の髪に燃えるような赤い瞳。いっそ不健康にみえる真っ白な肌を持つその男の背に生えた一対の赤黒い翼が、人間ではなく魔族であることを証明していた。

 

「気分はどうだ、サタン」

「気分はどうだ、だと?」

 

 フリードの問いに、サタンが口を開く。意識ははっきりしているようで、不機嫌さを隠そうともせずに深く、重たい息を吐いた。

 

「最悪だ。貴様ら人間如きに不覚を取った私自身に腹が立つ。このようなくだらん拘束で私を縛り付けておけると考えている貴様らの浅はかさにも!!」

「拘束して今日で五日目だが」

「えっ嘘っ! ふん。時を待っているだけだ。いくら貴様ら人間が矮小な存在であるとはいえ、ここが貴様らの本拠地であることに変わりはない。ただ闇雲に抜け出し、結果また捕まってしまっては意味がないだろう」

「ルキノス。今あいつ『えっ嘘っ!』って言わなかったか?」

『聞こえました聞こえました。ぷぷ、滑稽ですね』

「ナニィ!? コッケイ!? おい貴様!! このサタン様に対して……え、ルキノス? 今ルキノスと言ったか?」

 

 ルキノス煽りに対して怒りを爆発させ、しかしすぐにおとなしくなる。その目はノックスの持つ剣、ルキノスへ向けられており、そしてノックスを見て、またルキノスを見た。

 

 サタンの表情が笑みへと変わる。

 

「へぇー??? 今代はその方が相棒かぁ??? ハーッハッハッハ!! 恵まれてるなぁお前は、クククっ!!」

『なっ、ノックスに魔力がないからとバカにして!! 許しませんよ!!』

「え? 魔力がないとか一言も言っていないんだが? 千年以上生きていると理不尽に怒ってしまうものなのだな!! 被害妄想甚だしい!!」

『む、むぅうう!!! ノックス!! あなたも何か言ってやってください!!』

「えー? えーっと、じゃあ……サタンだっけ。お前今捕まってるから何言っても面白いだけだぞ」

「ぶっ」

 

 クルスは笑いを堪えて顔を逸らし、アストは確かにと頷いて、ステラは大丈夫かなと心配し、ライラはマジかよと戦慄した。フリードとシオンとルキノスは爆笑している。この場にいる半数の人間性が終わっていることが判明した瞬間であった。

 

「ふっ、まぁ当然、私が捕らえられているのであれば、すぐに助けがくるはずだ。それまでせいぜい優位に立っているつもりでいるがいい」

「なんかさっき自分で脱出するみたいなこと言ってなかったっけ」

「でていけ!!!!!!」

 

 親し気に話すノックスにブチギレたのか、サタンが怒号を飛ばし、これ以上はダメそうだとフリードとシオンに部屋から連れ出された、その直前。

 サタンがノックスを呼び止めた。

 

「そこの、ルキノスを持つ者よ」

「え、俺っすか?」

「お前は、何も持っていないと思い込んでいないか?」

「筋肉があるしルキノスがついてくれてますけど……」

「ふっ、まぁいい。答えは直にわかる」

「アホの俺にわからないような説明するやつって、自分のこと頭いいと勘違いしてるバカだと思うんだよな」

 

 なんとなくムカついたノックスは暴言を吐き散らし、言葉にならない怒号を背にしながら部屋を出た。



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第12話

 課外授業一日目、夜。

 

 夕食を食べたノックスは同室のアストとクルスに散歩してくると伝え、ルキノスを背に王都を歩いていた。時間が時間だからか王都とはいっても人通りは少なく、今外に出ているのは一仕事を終え家路へついている者、酒場へ向かう者、警備に目を光らせる国軍のみだった。

「案外、訓練生って真面目なんだな。もっと遊び歩くかと思ってた」

『そういう気持ちもなくはないでしょうけど、国軍がいますからね。悪印象を与えたくない、という気持ちの方が大きいのでしょう』

「でももったいなくね? せっかく王都にきてんのに」

『とは言っても遊べるところはありませんよ?』

「ただ歩いてるだけでいいんだよ。なんか、うまく言えねぇけど結構違うんだよ。その地域によって空気とか、その場にいる感覚? みてぇなの」

『ふむ、魔力がない分そのあたりの感覚が鋭敏なのでしょうか』

「じゃあ魔力みてぇなもんか」

『?』

 

 純粋な疑問をルキノスから感じ取ったノックスは、ルキノスを引き抜いて尻の前にかざし、屁をぶちかましてから背に戻した。かわいそうなくらい咳き込んでいるルキノスを無視して、静かな王都を闊歩する。

 

 ルキノスの言うとおり、ノックスは感覚が鋭敏だった。ある意味生物としての進化を最適な形で行っている、と言ってもいい。

 視覚や聴覚など、戦闘や日常生活などで役立たせる感覚は本来魔法によって強化することが通常であり、だからこそ高速で飛来する魔法にも対応することができる。感覚の強化、身体強化は魔導師にとっての基本であるのだが、ノックスはそれすらできない。代わりに、そのまま感覚が鋭敏になった。更に、反射神経も鋭い。

 

 生物は必要のない機能は進化の過程で置き去りにしていくが、必要のある機能は当然身につけようとする。ノックスは単純、『必要だったから』身についた。とは簡単に言うが、そこには人に言えないような努力があったことは語るまでもない。

 

『……それにしても、結構な化け物ですよね』

「俺が? 魔法使えねぇけど」

『むしろ、魔法が普通でノックスのフィジカルが異常に見えてくるものですよ。魔法が当たり前となった今となっては』

 

 言われてふとノックスは思い返してみると、確かにフィジカルを見て化け物と言われることが多かった。ノックスとしては魔法が使えないからそっちを鍛えるしかなく、全員やればここまで鍛えられるけどやる意味がないからやっていないだけだと思っているため、やはり魔法が使えた方がすごいというのに変わりはない。事実、ノックスはフィジカル方面で才能があることに違いはないが、人間ある程度鍛えればノックスまでとは行かないが近いところまで鍛え上げることはできる。

 

「自分にとっての普通に当てはまんなかったら総じて化け物に見えるもんか」

『そういうことです。誰しもが自分にとって普通であり、誰かにとって異常なのですから』

 

 じゃあ結局俺以外は俺からすりゃ異常だな、とノックスの中で証明が完了し、謎の満足感に満たされたところで広場についた。

 昼間であれば空を突くように上がっている噴水も、日が落ちればおとなしくなっている。広場には静かな夜にそっと添うように清涼感のある水の音が流れていた。

 

 その広場にあるベンチにルキノスを抱えて腰を下ろす。思いのほか大事にされたからか一瞬びっくりしたルキノスは、『い、いい心がけですね』となぜか上から目線の言葉を発してしまった後、思い直して素直に『ありがとうございます』とお礼を言った。

 

「よし、ここら辺でいいか」

『ノックス?』

 

 ノックスが改めるかのようにそっと息を吐いて、意味深な発言。そこでルキノスは気づいた。もしや、誰にもできない相談があるのでは、と。そして同時に喜んでしまった。ノックスに引き抜かれてから約一ヶ月半。ついに相談をしてくれるほどの信頼関係を築くことができたのか、と。初めは魔力を持っていない筋肉に引き抜かれた時はどうしようかと思っていたが、ノックスとともに過ごした今ではルキノスにとってノックスは放っておけない息子のような存在であり、相棒である。そんな相棒から頼られることがかなり嬉しい。

 

 なにか悩みがあるであろうノックスに申し訳ないと思いつつも、ルキノスはうきうき気分でノックスの次の言葉を待った。

 

「ルキノス」

『はい!』

「必殺技がほしい」

 

 あぁ、やっぱりノックスはノックスだな。安心とともに落胆したルキノスであった。

 

『必殺技』

「そう。なんかあの、魔力解放して灰色の空間出すやつあるじゃん? あれにも名前とかほしいんだよな」

『ルキノススペシャルとかどうですか?』

「俺はいいけど、いいのか? あれ使う度にルキノススペシャルって俺が叫ぶんだぞ。ルキノスが恥ずかしいだろ」

『真面目に考えましょう』

「よし」

 

 あまりにも悩み事がノックスだったため適当になってしまっていたルキノスは気を引き締めた。このままでは自分も恥ずかしくなってしまう可能性がある。そもそも必殺技も恥ずかしくないかという説はルキノスの中には存在しなかった。

 というのも、名前というのはバカにならない。ただの魔法一つにおいても、名前をつけることで発動しやすくなったり威力が増したりすることが確認されている。要は、イメージのしやすさに起因するのだ。ルキノスの魔力解放も突き詰めれば魔法の一種であることから、同様の効果がある可能性がある。

 

『シンプルな方がわかりやすくていいですね。『封魔の界』などはどうでしょう』

「採用!」

『爆速』

「まぁルキノスの力だし、ルキノスがつけてくれた名前使うのが一番自然かなって」

『そんなにすぐ決めるのならここでしなくていい相談だったのでは……?』

 

 やはり友人の前で必殺技どうこう言うのは恥ずかしいのだろうか、とルキノスは心の中で首を傾げた。あの四人であればアストとクルスとステラはノリノリで一緒に考えるし、ライラはノリノリとは行かずとも面倒見がいいため一緒に考えてはくれる。バカにすることは絶対にしないのだが、ノックスが今ルキノスに必殺技のことを言った理由は別のところにあった。

 

 本題に移る前のジャブである。

 

「アー、その、なんだ。ルキノス」

『? なんでしょう』

「俺、魔族みんな倒した方がいい?」

 

 それは、今日の昼にサタンと会ってかららしくもなくノックスがずっと考えていたことだった。

 

 サタンはルキノスのことを知っていた。つまりそれは千年前にもサタンはいたということであり、千年前に打ち倒せなかった魔族であるということ。千年前にどのような戦いがあったかノックスは知らないが、サタンのように打ち倒せなかった魔族がまだ存在するというのは容易に想像できた。

 そして、ルキノスは聖剣と呼ばれている。これもまたノックスはわからないが、魔力を持っていれば見るだけでルキノスが聖剣とわかるほどすごい代物らしい。そんな聖剣を持っている自分が何の目的もなく、ただ魔導師の鼻を明かしたいからという理由で聖剣を振るっていいのかという疑問が、ノックスの中に生まれていた。

 

『……んー。ノックス、思い出してみてください』

「何を」

『私を引き抜いた日のことです。まだ何者かになれるかもしれないと、あなたはそう言いました。何者かになれるかもしれないから力を貸してくれと。私はそのために存在するだけです。あなたが進みたい道を切り開く剣、それが私です』

「いや、でもさ」

『もちろん! ローレンとともに私が為し得なかった本来の意味での人類の平和を、この手でつかみ取りたいというのが本音です! ですが、ノックスの命はノックスのもので、ノックスの意志はノックスのものですから。ノックスのやりたいことをやってください』

「でもルキノスは自分で動けねぇだろ? ルキノスのやりたいことはどうやってやるんだよ」

『えっと』

「無理だろ? だったらルキノスを握って振るえる俺がやるしかねぇじゃん」

 

 そして、疑問が生まれた瞬間ノックスの答えは決まっていた。

 

 ルキノスは、訓練校への道を切り開いてくれた。魔導師と戦える力をくれた。何者かになれる可能性をくれた。生まれた疑問は、ルキノスに恩を返せるチャンスだと納得した。

 

「ルキノス。俺、英雄になるわ」

『……言葉にするのは簡単ですが、その道はかなり険しいですよ』

「なんかできる気がしてるんだよ、俺」

『あ、あの、本当に、本当に険しいですからね? 気持ちだけではなんともなりませんからね?』

「気持ちだけじゃねぇよ。ルキノスがいるし、鍛えた体もある」

『あっ、へっ、ふ、ふーん』

 

 鍛えた体より私が先なんだ、とルキノスは心の中で小躍りした。

 

『そ、そうと決まればより強くならなくてはなりませんよ。ノックスは人よりできることが少ないのですから、できることを極めていかねば』

「だなぁ。ちょうどいい機会だし、魔族のことも教えてくれよ。千年前の魔族のこと知ってるやつなんて早々いないだろうし」

『仕方ありませんね。しっかり聞いていてくださいよ?』

「星が綺麗だなぁ」

『あの、あのあの』

 

 冗談だって、と笑って謝ろうとしたノックスはふと空に違和感を持つ。濃紺の空が、少し歪んでいるように見えた。一瞬気のせいかと思い視線を外してもう一度見てみると、その歪みは大きく渦を巻き、明らかな異常として視認できるようになっている。

 

 そこから現れたのは、無数の異形。動物が魔力を持ち進化を重ねた、人に害をなす生物、魔物。

 

「ルキノス。逃げるか戦うか!」

『幸い街には軍の警備があります! 軍の方との合流を最優先に』

「さっきぶりだな、ルキノス、人間」

 

 背後からかけられた声に、ノックスは振り向かず前へ跳び、転がって受け身を取ってからルキノスを構えた。何かされる前に動く、というルキノスの教えを守って行ったそれは無意味に終わり、ノックスへ声をかけた存在は攻撃も仕掛けず愉快そうに笑っている。

 

「我が名は『憤怒』を冠する『七将星』が一、サタン! 交戦は無意味と知れ。貴様ではどう足掻いても私には勝てん」

「じゃあ逃げてもいいんですかね」

「無論、逃げることもできんだろうな」

「それじゃあテメェが死ね」

「威勢はいいな、羽虫めが」



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第13話

 正直なところ、ルキノスは今この状況を絶体絶命だと思っていた。昼、拘束されているサタンと話していた時は煽り耐性が低く、他の『七将星』と喧嘩をしてボロボロになっているところを捕らえられた、ということからポンコツ具合もものすごいものだが、それらを加味したとしてもサタンはかなり強い。ノックス一人で勝てるとは到底思えなかった。

 

「まぁ、殺しはせん。それでルキノスを扱える器なのだから、利用価値はいくらでもある」

「……うわー!!! 魔族に襲われるー!!!」

「なっ」

『おっ』

 

 そして、ノックスも魔力を感じられないとはいえその勘は野生と言って差し支えない。「テメェが死ね」と啖呵を切ったはいいものの、芯のところでは冷静だった。今の自分ではどうしても勝てない。すぐにそう判断したノックスがとった行動は、『大声を出すこと』だった。

 

 体を鍛えに鍛えているノックスは、肺活量も人より優れている。魔物による破壊の音すら突き破るほどの絶叫が、混乱の渦に巻き込まれた王都に響きわたる。

 

「貴様っ、自分一人でどうにかしようという気概はないのか!! 剣を握った剣士ならば、覚悟を持って戦場に立て!!」

「ハァ!!? 自分一人でどうにかできることなんてこの世にゃほとんどねぇんだよ!! それに誰かを頼って何が悪い! 誰かを頼れることほどすばらしいことなんてないんだぞ!!」

『よく言いましたノックス! 偉いですよ!』

 

 最近まで友だち一人すらいなかったノックスの説得力は果てしないものだった。サタンからすればノックスの経歴など知ったことではないが、それでも真に迫る何かを感じるほどであり、「え、ごめん……」と思わず謝罪を漏らしてしまう。

 

 ここでノックスはもしかしたら話せばわかるタイプの魔族なんじゃないか、と淡い期待を抱いた。感情の起伏は激しいが、それはむしろ親しみやすさにつながる。これが話も何も聞かず攻撃してくる暴虐の化身であればこのような考えは浮かばなかっただろうが、ノックスは救援の次に対話を選択した。

 

「そういえばお前、捕まってたのになんでここにいるんだ?」

「あの程度の拘束、私からすればないも同然」

『嘘ですね、サタン。聖剣である私は、魔族の嘘を見抜くことができます』

「ふん、ざ、ざざ戯言を。そ、そのような嘘私には通用しないもんね」

「誰かに助けてもらったのか……」

「っ、まずい!」

 

 ルキノスの言葉に面白いくらい動揺したサタンが、手のひらをノックスに向ける。そこに現れたのは、赤黒い魔力の球体。地鳴りのような音を響かせながら周囲から魔力が集約される。それは、触れた者の破壊のみを目的とした暴力の塊。

 

 これ以上舌戦を仕掛けられれば余計な情報を与えてしまう、と慌てたサタンにより戦闘が始まった。

 

「いきなりありかよ!」

「あっ、まずい! 殺してしまう!」

 

 そして、焦りのあまり「殺しはしない」と言ったのにも関わらずサタンから暴力の塊が放たれる。目で捉えきれないほどの速度を誇るそれに対し、ノックスはどこに向かってそれが放たれたのか理解しないまま跳躍する。

 野生のそれと遜色ない危機察知能力を発揮したノックスは暴力の塊の回避に成功したが、ノックスの背後にあった景色は破壊された。一瞬の静寂の後に絶大な爆発音が遅れて聞こえ、自然、建造物が塵と化す。

 

「……マジかよ」

『ノックス、気を付けてください。ふざけているようには見えますが、サタンの実力はかなり高い。一撃一撃が殺傷を考えている分、今まで相手をしてきた誰よりも気を引き締めなければいけませんよ』

「それに、私はローレン・ルークスと戦ったことがある。つまり、今の貴様より聖剣の扱いに長けていた、貴様の上位互換と戦ったことがあるということだ。そんな私が、貴様に負ける道理など存在すると思うか?」

「ごちゃごちゃうるせぇな。勝てねぇってわかってても、無理だってわかっててもやるしかねぇんだよ」

「無駄なことを」

「無駄ってのは人生の最高の隣人だぜ」

「そうか。ならば」

 

 サタンがその背にある翼を広げると同時、サタンの足元に魔法陣が展開される。色は赤の混じった黒。形状は逆五芒星。それが暗い輝きを放つと同時、サタンに変化が訪れた。

 真っ白だった肌は黒くなり、数か所がひび割れてそこから赤い光がぼんやりと漏れ出している。右腕は不自然に膨張し、目に見えてわかるほど脈動していた。まるで心臓がそのまま表出したかのようなその右腕から、体中に赤黒い管が伸びている。

 

「……追い詰められた時の変身とかじゃねぇの?」

「追い詰められてから本気を出すバカがどこにいる?」

「道理だな」

『ノックス。全力でいきましょう』

 

 ルキノスの言葉に返す暇もなく、サタンの暴力が放たれた。

 

 

 

 

 

 第3部隊、地下実験施設。そこには血の匂いが充満しており、固く閉ざされていたほぼすべての扉が破られていた。長い廊下を満たすのは様々な生物の血液が混ざり合った黒に近い赤と、すりつぶされた臓器。散らばっている肉片は、もはやどこの誰のものなのかもわからない。

 

 その血だまりの上に立っているのは、第3部隊隊長フリード・ガーベラ。フリードは懐からタバコを取り出して火をつけると、一口目から思い切り肺に入れて、重いため息とともに煙を吐き出した。

 

《フリードさん! 聞こえていますか! 第3部隊の実験施設で多数の魔力反応を》

「もう鎮圧した。サタンはいない。被害は実験体が全滅したのと、隊員も一人残らず食い散らかされている」

 

 血だまりの上を歩くフリードに、第2部隊隊長リリー・エールライトから通信が届いた。遅かったなとどこか人ごとに考えながら淡々と状況だけを告げる。

 

「ただ、うちの変態どもはあまり戦闘力は高くないが、捕まっている実験体にやられるほどマヌケじゃない。恐らく実験体を解放した輩がいる。ちょうど今は隊長陣が集まっているしな」

《え、隊長陣が集まっている時に実行するものなのですか?》

「訓練校の一年を受け入れている上、隊長陣が集まっている。犯人をばらけさせるのであれば十分だろう。目的は大方サタンだろうが……とにかく、内側に敵がいる可能性を忘れるな」

《は、はい! わかりました! あ、あとそれとフリードさん! 訓練生に待機命令を出したのですが、ノックス・デッカード訓練生が部屋にいないとの報告があります!》

「すぐに探しに行く」

 

 通信を切り、タバコを血だまりへ吐き捨てて外に出た。街の方では戦闘音が響いており、上空には飛行する魔物が飛び交っている。

 少し前までそこにあった平和は、一瞬にして地獄と化していた。

 

(さて、急がないと少々マズいな)

 

 フリードの脳内にある最悪のパターンは、訓練生がサタンと相対すること。自分ですら勝てないであろう存在と訓練生が戦えばどうなるかを想像できないフリードではなく、身体強化により感覚を強化し、より強い戦闘音が響く方へと足を向けたその時、言いようのない腐臭が鼻をついたかと思えば、周りに青黒い犬のような生物が出現した。

 それらは空中でぼこぼこと音を立てながら、肉が泡立つかの如く蠢いて犬の形となっていく。体は細く、四肢の先には透明であり鈍く、青く輝く鉤爪がついている。目はついておらず、裂けた口からは不自然に長い舌が伸びており、それらが群れをなしてフリードを取り囲んでいた。

 

 フリードはその存在を知識として知っていた。人の絶望を嗅ぎつけて現れる猟犬。それは不快感をこれでもかと煽る腐臭をまき散らし、あらゆる生物の肉を裂いて血を啜る。

 

 絶望の猟犬、バージェスト。千年前に戦場を闊歩していた、もはや御伽噺の中の存在。

 

「……なるほどな」

 

 千年前にいた魔物の再来。それを見てフリードは静かに笑った。

 

 もしも、この世に運命というものが存在するのであれば。

 英雄のいた時代に存在した魔物の再来は、この世に再び英雄が現れたことと同義ではないか、と。

 

 

 

 

 

「……!!」

「待機だから、待機!! 本当にシャレにならないんだからな!!」

 

 訓練生に与えられた部屋、その一つ。

 

 そこにいたのはクルスとアスト。アストはその手に剣を持って必死に自身のうちから湧き上がる衝動を抑えつけ、クルスはその正面に立って必死に声をかけ続けている。

 このような状況になっているのは、外が戦場になっているからに他ならない。しかしなにも『戦えるから』外に出たいというわけではなく、ノックスが部屋にいないこともその原因だった。

 

「くっ、本当に、本当に待機が正しいのか……!」

「そんなの僕にだってわかんないよ! でも、信じるしかない! さっきエールライト隊長にノックスがいないって伝えたから大丈夫!」

「俺だって信じてる! だが、もし、もしも! 軍の精鋭が間に合わなかったら! 俺たちが動いて間に合うのだとしたら! 今俺はここで動かなかったことを、一生後悔する!!」

「……!」

 

 クルスも、大丈夫だと言いつつ理解していた。今王都は全域が戦場となっており、守る対象はノックスだけではないということを。だとすれば、最短でノックスを見つけ出し助けることができるのは、自分たちなのではないか、ということを。

 

 理解はできていても、決断ができない。軍に任せていれば大丈夫だと心の中の臆病が囁いてくる。

 

「でも、クルス! 俺だけが飛び出して行っても、ノックスを見つけることはできない! だが、探査魔法を使えるお前がいれば! ノックスを助け出し、すぐにここまで避難することが可能なんじゃないのか!」

 

 ただ、クルスの目の前にいるアストがそれを許してくれそうになかった。

 

「……ねぇアスト。外に出て戦闘狂のクセ出さないでよ。ノックスを助けて逃げる。それ以外は考えないこと!」

「! あぁ、ありがとう! クルス!」

「別に! 臆病取っ払ってバカになるのも悪くないって思っただけだよ!」

 

 やけくそになりながらクルスが探査魔法を飛ばす。ノックスが部屋を出た時間、王都が襲われた時間、それらからノックスの行動範囲を推測して、部屋にあった地図を広げた。

 

「ここからは時間との勝負! 行くよ!」

「あぁ、案内は頼んだ!」



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第14話

「貴様、本当に聖剣を扱う器か?」

「今実際にルキノス握って振るってんだろ。目ぇついてねぇのか?」

「いや……ローレン・ルークスとは随分違うなと思ってな。しかし確かにルキノスを振るっていることに間違いはない……」

 

 サタンと戦っていた、いや、もはや戦っていたという表現ができないほど一方的に蹂躙されたノックスの体は、すでにボロボロだった。『殺すつもりはない』と言ったサタンは本当にそのつもりだったためか致命傷となり得る傷はないが、それでも誰が見ても一目で『負けている』とわかるほどの傷を負っている。

 もっとも、殺されないのはいいことだとしても、あまりにもダメージが少ないと首を傾げているのがルキノスだった。

 

(確かにサタンは手加減をしている……ですが、それでも普通の人間ならとっくに骨が何本か折れていてもいいはず。というより、今動けていることの方が異常です)

 

 樹齢を重ねた大木の如きサタンの腕にそっとルキノスを添え、重心を移動させながらわざと弾き飛ばされるようにして攻撃を受け流すノックスの異常に気付いているのはルキノスだけだった。サタンは「まぁ、聖剣の使い手にしては弱いけどそういうこともあるか」と適当に納得し、蹂躙を続ける。

 そして、数分交戦を続けたところでノックスも自身に違和感を持った。いや、戦えすぎじゃね? と。

 

 普段の戦闘では、ノックスはルキノスの指示を聞いて動いている。もちろん動くたびに指示を聞いているわけではなく、ルキノスの指示を聞いてから動く比率が高いだけだが、今回に限ってはほぼそれがない。サタンの攻撃に合わせ自身で判断、というよりは体が勝手に反応し、手加減しているサタンの猛攻を凌ぐことができている。

 

「ルキノス! 俺才能あんのかもしんねぇ!」

『それはないです』

「それはないです???」

「ハッハッハ! いや、誇りに思っていいぞルキノスの使い手よ! 手加減しているとはいえ、この私と戦ってまだ立っていられるのだからな!」

「なんかやりやすいから、そんなに誇れることでもねぇかも」

「なんだと!!!!???」

 

 ルキノスに褒めてもらえなかったノックスはへそを曲げ、サタンに八つ当たりした。そしてサタンは『憤怒』を冠する『七将星』であり、『怒り』が増せば魔法の威力も自身の力も増す。戦闘が始まってすぐルキノスからそれを伝えられたノックスは、「自分で感情コントロールできねぇとか、幹部っぽくないな」と悪気なく口を滑らせてサタンをブチギレさせた。

 ちょうど今もブチギレさせたところであり、ノックスでさえ肌で感じられるほどの魔力がサタンから迸り、赤黒いそれが膨張したサタンの腕へと集約される。

 

「貴様は私を怒らせるのが随分うまいようだな」

「お前がキレるのがうまいだけじゃねぇの?」

『まぁ、元来魔族は自身の欲や感情などに正直なものですからね。それにしても七将星はそれが顕著すぎて魔王が哀れになりましたが』

「魔王様を討った貴様が、魔王様を語るな! ルキノス!!」

『おっと、申し訳ございません。あまりにも討った感覚がなかったものですから、てっきり生きているものかと』

「貴様、魔王様を愚弄するのであれば容赦はせんぞ!!」

『敵相手に容赦する余裕が、いえ、理由があるのですか?』

「……べ、別に!?」

 

 ノックスがダメージをあまり負っていないことの他に、ルキノスはもう一つ違和感を持っていることがあった。

 それは、サタンが手加減をしているということ。『聖剣が使えるから利用価値がある』と言って手加減をしているが、ルキノスの知るサタンは例え目的があろうとも、途中でブチギレて「ええい!! もう知らん!!」と癇癪を起すタイプだった。だからこそ、途中で手加減をしている自分と中々倒れないノックスにブチギレて全力で殺しに来ると思っていたのだが、それがない。つまり、サタンが自身の怒りを抑えてまで手加減する理由が—

 

「あの、ルキノス。サタン」

『なんでしょう、ノックス』

「なんだ、ルキノスの使い手」

「魔王って、倒したの?」

『えぇ、はい』

「……この私に、それを口にさせる気か」

『さっき自分の口で言ってましたよ』

「えっ」

 

 まさか自分がそんなことを、と驚愕しているサタンと同じく、ノックスはぽかんと口を開けて間抜け面を晒した。

 ノックスはてっきり、まだ魔王がいると思っていた。訓練校でも度々生徒が魔王の話をしていたし(もちろんノックスは会話に混ざっていたわけではなく、他の人が話しているのを聞いただけ)、魔族との戦いが終わっていないということはもう魔王がいるものだと思っていた。

 そんな中での『魔王はもう倒された』という事実に、一瞬ノックスの思考が停止する。

 

「え、いや、えぇ? じゃあ今魔王はいねぇの?」

『どうなんでしょうね。今も戦いが続いているということは、代わりの者がトップにいるのだと思いますが……どうなんですか? サタン』

「ふん、私がわざわざ敵に情報を与えると思うか?」

「なるほど、確かに内情伝えたら不利になって負けちまうもんな」

「内情を伝えたところで我らが負けるはずがないだろう!! 今は不本意ながら『七将星』であったルシフェルが指揮を執っている!!」

 

 バカだな、バカですね。言葉にせずともノックスとルキノスの思考は通じ合った。

 

 『七将星』ルシフェル。『傲慢』を冠する魔族であり、この世のすべてを見下しているクソ問題児。ルキノスが記憶している限りでは、魔族が滅ぼした街を魔族への嫌がらせのために復活させたり、他の『七将星』と喧嘩して魔王領を焼野原にしたり、他の『七将星』と喧嘩して魔王城を壊滅させたりとやりたい放題。

 

『あのルシフェルが……』

「忌々しいことに、やつが一番強いことに変わりはないからな。……さて、もういいだろう。私は昔話をしにきたわけではない。ルキノスの使い手を連れていくことが目的なのだ」

「もしかして俺って魔族なのかな。モテモテじゃね?」

『今のところ相手はサタンだけですので、モテモテかどうかは』

「なんで魔族は否定しねぇんだ、よっ!?」

 

 いつもの調子でルキノスと話していたノックスに、魔力を込められた巨腕が振り下ろされる。振り下ろされる直前、なんとなく嫌な予感がしたノックスが地面を蹴り回避行動に移れたため直撃は免れたが、砕かれた地面の破片が礫となってノックスの体に突き刺さる。

 

『ノックス!』

「わかってる。仲良しこよししにきたわけじゃねぇもんな」

 

 筋肉を収縮させ礫の食い込みを防ぐという頭のおかしいことをやってのけたノックスは乱暴に礫を引き抜いてサタンへと投擲する。当然サタンにそれが通用するはずもなく、鬱陶しそうにただの礫に赤黒い魔力をぶつけて消滅させた。

 その隙に、ノックスがサタンに向かって走り出す。明らかな格上相手に距離を詰める自殺行為にサタンは一瞬何か策があるのかと思考するが、すぐに「舐めやがって!!」と憤慨し巨腕を横なぎに振るった。

 

 それと同時に、ノックスが跳躍する。格上相手に空中で無防備を晒す、二度目の自殺行為、重ねた愚行。それを見て『何もない』と判断できるほど、サタンは傲慢ではなかった。冠する『憤怒』は一瞬なりを潜め、ノックス、正確に言えばルキノスを注視する。

 

「……な、んだ?」

 

 瞬間、サタンは平衡感覚を失った。それとともに、体全体へと流していた魔力が乱れ、腕が元に戻っていく。

 サタンは、その感覚を知っていた。まさしくルキノスを相手にしていた時に感じる、忌々しい感覚。自身の魔力が乱され、魔族の特性を嘲笑うかのような魔法。

 

「俺ばっか見てて、気づかなかったろ」

「『封魔の界』か」

「本当にそんな名前だったんだな」

 

 魔力が練りにくくなろうとも、本来のルキノスの力に遠く及ばない『封魔の界』の中でクソザコになるほどサタンは弱くはなく、振るわれたルキノスを目で見て回避し、視線を周囲へと投げる。

 二人を囲うようにして展開されている、灰色の壁。ご丁寧に広く展開されており、サタンが抜け出そうとすればノックスが逃げだすであろうことは容易に想像できた。

 

「……本来のルキノス相手であればここから抜けだすことを優先しただろうが、貴様が相手ではその必要もなさそうだな」

 

 当時の感覚よりも断然練りやすい魔力。それは『封魔の界』を抜け出さずノックスと交戦する選択を取るのに十分な材料だった。

 そして、その選択を手伝ったのはノックスの状態にもある。

 

 『封魔の界』。内側にいる者の魔力を練りにくくし、魔力そのものを鈍重化させるルキノスの魔法。当然生物が持つ魔力にも影響を与え、それはミソッカス魔力であるノックスも例外ではない。

 魔力とは第二の心臓と言ってもいい。魔力を失えば体の動きが鈍り、呼吸が乱れ、身体の機能が低下する。今まさに、ノックスを襲っているのがそれだった。

 

「その程度の魔力しか持っていないのにも関わらず『封魔の界』とは。魔力だけではなく脳も足りていないらしい」

「テメェはカルシウム足りてねぇんじゃねぇの? 小魚食えよ、雑魚らしく」

「貴様ァ!! 減らず口叩いたことを後悔させてやる!!」

 

 魔族は人間よりも純粋な魔力を持つ。そのため『封魔の界』が人間より効きやすいが、元々の魔力に対するスペックが違うため、弱りやすいが人間より『封魔の界』で魔法が扱えるというちぐはぐな存在である。

 そして魔族としてほぼ頂点に君臨しているサタンが不完全な『封魔の界』の中で魔法を使うことなど、造作もないことだった。『憤怒』を力に変え、赤黒い魔力が渦を巻き暴力となってサタンの頭上へと現れる。

 

「今思ったが、息さえあれば治療できるからボロッボロにしてもいいのだ!! 覚悟しろ、貴様!!」

 

 ノックスはその暴力を見上げ、ルキノスを構えて。

 

 薄く笑って、『封魔の界』を解除した。

 

「なっ」

 

 マズい。『封魔の界』が解除された瞬間、感じた魔力にサタンはその場から離れようとした。しかし行動に移すにはすでに遅く。

 

 大量の魔力弾と炎の柱がサタンへと叩きつけられた。

 

 その魔法の主は、魔法の余波を受ける位置にいたノックスを抱え上げ、一瞬で距離を離したタバコの似合うフリード・ガーベラと、体中に傷を作ってその傷から炎を漏らしているシオン・グレイハート。

 

「死んでいると思っていたが、無事だったか」

「よーくやったなノックス。あとは私らに任せとけ」

「カッコいいぜ姉御たち!!」

『ノックス。一応確認しますけど、英雄になるって言った人と同一人物ですか?』

 

 助けに現れたフリードとシオンに、下っ端全開になったノックスを見てルキノスはおや? と首を傾げる。確かこのノックスという筋肉は「英雄になる」とカッコつけていたはずでは? と。

 

「バカ言え。一人でなんでもやっちまう英雄なんて願い下げだっての。んな傲慢野郎、友だちできなさそうでいやじゃん」

「……そのセリフ、ルシフェルに聞かせてやりたいものだな」

 

 炎の中から聞こえてきた声に、フリードとシオンが構える。

 

「『封魔の界』。そういえば、外の魔力も感じづらくなるのだったか。千年ぶりで忘れていた。おかげで、つくはずのなかった傷がついてしまった」

「へっ、強がり言ってられんのも今のうち--」

 

 放たれるのは、魔力の波。殺傷能力を持たないそれはその場にいる全員をその場に縫い付ける。

 純然たる”差”を思い知らせるほどの威圧。魔力を感じづらいノックスでさえ、自身の体が震えていることに少ししてから気が付いた。

 

「貴様らには、手加減する必要がないからな。殺させてもらおう」

「ワリィな。そう簡単に死なねぇんだ、私は」

「ノックス。離れたら守りにくいから、離れるなよ」

「……っす」

『ノックス』

 

 気遣わし気に呼ばれた名前に、ノックスはルキノスを撫でることで応えた。

 

 完全に手加減していたサタン相手ですら、簡単に敗北した。そしてすぐに差を見せつけられた。これで英雄になるなど滑稽だと笑う者もいるだろう。

 

「こりゃ、鍛え甲斐があるな」

 

 ノックスは、笑う側だった。



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第15話 

 アルデバラン王国国軍司令部。突然の魔物の侵攻により各部隊への指揮をとることで騒然としているその中心にいる第2部隊隊長、リリー・エールライトは、隊員から告げられる情報を耳で拾いそれぞれに指示を出しながら、一つの懸念について頭を悩ませていた。

 

(フリードさんは恐らく、内部にこの事態を招いた者がいると疑っています)

 

 研究施設の魔物、そしてサタンが解き放たれ、それらを鎮圧。そこで会話が終わりそこから報告はないが、その短い会話の中でフリードは『内部に裏切者がいる可能性』を示唆した。そしてリリーは多くを語らないフリードとは長い付き合いであり、その裏切者の割り出しを頼まれたのだと認識している。

 

(とはいっても確定させるには情報が少なすぎます。訓練生がきたタイミングでこれが起きたのであれば、訓練生の中に裏切者がいると考えてもおかしくないですし……)

 

 そもそも、リリーの監視から逃れて研究施設の魔物を解放した、というところから問題。リリーの『固有魔法』は『干渉(オーバーサイト)』。あらゆる魔力に干渉が可能であり、一時的に自身の魔力とつなげて通信機器を必要とせず会話を行える。そして、その広い干渉範囲は魔力の感知にも応用が可能であり、王都内であれば魔力が発生すれば感知が可能なのだ。

 もっとも、それは『知っている』魔力であればの話。

 

(私が知らない魔力……というと、それはもはや人ではなく魔族クラスということになります)

 

 リリーの知っている、知らないの範囲はおおざっぱであり、『人間』『魔物』『魔族』など、種族で分類する。それぞれの魔力に対する理解度に応じて感知の精度も変化し、今のリリーの感知精度であれば『人間』か『魔物』であれば見逃すはずがない。

 つまり研究施設を襲ったのは魔族。更に誰にも気づかれず研究施設を襲ったことから、軍の監視体制を知っていると考えるのが自然。

 

(となると、隊長クラスが裏切者の可能性が高そうですね。一旦全員警戒するとして)

 

「っ!?」

 

 そこで、思考が途切れる。リリーの思考を止めた原因は、魔法による感知を行わずとも肌に伝わってくる魔力だった。もはや暴力とも呼べるような、攻撃されてもいないのに殴られているかのような、そんな感覚を与えてくる純粋な魔力。それが、突然王都に出現する。

 

「隊長!」

「間違いなく魔族です! それも、サタンクラスの!」

 

 リリーは急いで『干渉』の精度を高め、王都にある魔力を感知する。先ほど感じた暴力的な魔力の他に、感じづらいが確かにサタンの魔力があった。

 リリーは自身を隊長たらしめる『干渉』の精度に、今だけは文句を言いたくなった。これのおかげで誰かを救えるが、これのせいで信じたくないものを事実としてすぐに受け止めてしまう。

 

「近くにいる隊長を向かわせます! 余裕のありそうな地点はありますか!」

 

 声を張り上げても、声は返ってこない。それはほぼ永続的に溢れ出る魔物の対応に、軍が追い付いていない証拠だった。どこも一瞬でも綻びが生じれば瓦解するような危険な状態。それが理解できるからこそ、リリーはすぐに「私が判断します!」と再び声を張り上げ、『干渉』による感知を再開させた。

 

 そして、しばらくして目を見開く。それは驚愕からだった。

 

「……え」

 

 暴力的な魔力の近くに、四つの魔力。それは、訓練生の魔力だった。

 

 

 

 

 

 もちろん、訓練生が戦場を経験することは少なくとも一年のうちはない。数年経験を積めば実地研修という名目で戦場に立つことはあるが、それでも限られた一部の訓練生のみであり、それは実力のない者が戦場に立てばすぐに殺され、土の養分へと変えられるだけだからだ。

 

 そんな戦場を、アストとクルスは誰にも見つかることなく駆け抜けていた。

 

「すごいな、クルスの魔法は」

「非常事態だから誰にも気づかれてないっていうのはあるかもしれないけどね。知能のない魔物相手なら通常時でも騙せる自信はあるよ」

 

 『認識阻害(アンチセンス)』。感覚による情報を相手に与えないようにできる魔法であり、それは魔力による感知にも影響する。非常事態だからという枕詞がついたのは、第2部隊のリリー・エールライトが相手であれば少し集中されればすぐに看破されるであろうことが予測できているからだ。

 

「それで、クルス。ノックスはどこにいる」

「何回も言わないでってば。『認識阻害』も『探査魔法』も繊細な魔法なんだよ? 同時並行ってなると難しいんだ」

「泣き言を言うな」

「うるさいな!」

 

 戦闘狂いのバカ野郎に文句の色を込めた叫びをぶつけたクルスは、実際のところノックスがどこにいるか想定はついていた。はっきりと確信を持てるわけではないが、クルスの『探査魔法』に特徴的な魔力が引っかかっている。ノイズがかっている不思議な魔力。ルキノスの魔力を打ち消す性質がそうさせているのであろうそれの近くに、信じたくもない強大な魔力があることにも気づいている。

 だからこそ、悩んでいた。魔力の質を見れば自身とアストが加わったところで勝てないことは明白であり、かといってそこからノックスを連れ出して逃げる算段もつかない。

 

 簡単に言えば、友だちを見捨てるか見捨てないか。その二択で、クルスは悩んでいた。

 

「……」

「どうした、クルス」

「ねぇ、アスト」

 

 走りながら、着実にノックスのもとへと向かいながら、クルスがアストへ問いかける。

 

「もしさ、ノックスのいる場所に、僕たちが束になったって勝てない相手がいるとしても、それでも」

「わかった、場所を教えてくれ。俺がそこまで行ってなんとかしてくる」

「は?」

 

 らしくもなく、呆けたクルスは間抜けな声を漏らした。そうしてから、アストの言葉の意味を考える。

 アストは「わかった」と言った。そして、「場所を教えてくれ、俺がそこまで行ってなんとかしてくる」とも。単純に考えれば、クルスの言葉の意味を正しく理解して、返事したように思える。

 

 そして実際に、アストはクルスの言葉を正しく理解していた。

 

「クルスはこんな状況で無駄な話はしないだろう。だったら俺たちが行ったところで勝てないというのも恐らく事実だ。だったら、強い俺が時間稼ぎに入って、クルスは援軍を呼ぶのが一番だ」

「……野暮なこと聞くけど、死ぬのが怖くないの?」

「強者というのは、いかなる状況でも生き抜いたからこそ強者足り得る」

「答えになってないよ、それ」

 

 なんだか馬鹿らしくなったクルスはクスリと笑って、胸中で渦巻いていた恐怖を殴りつける。こんなバカの隣にいるなら、あれこれ難しく考えるのはやめてバカになろう、と。

 

「ノックスのところについたら何とか色々考えるから、合わせて!」

「わかりやすくていいな」

「一つもわかりやすくないだろ! 舐めてんのか!」

 

 本当に不思議そうに首を傾げたアストを見て、クルスはまた笑った。同時になぜこんなバカがAクラスなんだろうとまた馬鹿らしくなって余計に笑えてきてしまう。

 

(なんとなく、戦場に出るには死ぬ覚悟が必要だと思ってたけど、多分違うかも。人それぞれで、別の覚悟が必要なんだ)

 

 守る覚悟、戦う覚悟、勝つ覚悟、死なない覚悟。それぞれ異なる覚悟を抱えて戦場に立つ。御伽噺で見た英雄は、前向きな覚悟を持ってそこにいたんだろうなと、同じく戦場に立っているクルスは自嘲した。

 

(じゃあ、僕はなんだろう)

 

 少し考えて、クルスは隣を走るアストを見る。

 

 戦闘以外は何も考えられない。感覚派。もしかするとドが付くほどのバカ。でも、人を惹きつける何かを持っている。そこにいるだけでなんとかなるかもしれないと勇気を与えてくれる。

 

(うん、きっと僕は、そういう人を支える側なんだろうな。っていうことは、支える覚悟?)

 

 男の子としては少しカッコつかないそれに、しかしクルスは妙にしっくりきていた。自分が得意な魔法はほとんどサポート系統で、男の子が憧れるような派手さや強さはなく、早い段階で自分は主役を張れないと諦めた。

 ただ、それなら。主役を引き立たせる脇役になればいい。主役で一番になれないなら脇役で一番になればいい。

 

(うん、支える覚悟。いいね、それでいこう)

 

 まさか戦場で前向きになれるなんて思ってもいなかったクルスは決意を新たにして、ノックスのもとへ駆けつけるために一歩強く踏み出した。

 

 そして、強大な魔力が力となって襲い掛かり、地面から足が離れ吹き飛ばされる。

 

「クルス!」

 

 僕が吹き飛ばされてるのは、体の鍛え方が足りないからか。しっかりと地面に足をつけて踏ん張っているアストを見て自嘲し、クルスは視界に飛び込んできたそれに考えるよりも先に防御魔法を行使する。

 

 それは、緑の光を帯びた黒い渦。ちょうど空に開かれている渦と同じもので、しかし目の前にあるそれは縦横3メートルほどしかない。ただ、そこから放たれる魔力は絶大で、ドーム状に展開されたクルスの防御魔法に罅が入った。

 

 そして、それが現れる。

 

 バチバチと弾ける赤紫の魔力を纏った、2メートルを優に超える巨体。暗い灰色のローブで全身を包み、フードを被っているが、その瞳が魔力と同じ赤紫の光を放っていることだけは理解できた。

 その瞳が、アストとクルスを捉え、一言。

 

「お前ら、強いか?」

 

 言葉とともに振るわれた魔力に反応できたのは、アストだけだった。赤紫の魔力が極太の砲撃となり、触れたものを容易く塵へと変える暴力が二人へ放たれる。

 アストは瞬時に雷を纏い、クルスの元へと飛んで行った。そして直感する。このままでは少しかすってしまう。そして、かすっただけで致命傷になる威力があの砲撃にはある、と。

 

(クルスを抱えていけば二人ともかする。クルスを突き飛ばせばとりあえずクルスは無事だ。俺はわからんが)

 

 アストはクルスを抱えようと伸ばしていた腕をたたんで、突き飛ばそうと力を込めた。その時、

 

「アスト! 大丈夫!」

 

 何がだ、と聞く前にアストはまた腕を伸ばしてクルスを抱えた。それはアストが戦闘に関しての勘がずば抜けていることもあるが、クルスへの信頼もある。知り合って間もないが、アストから見てクルスは何でも知っていて、何でもわかってくれる。それなら、今自分がやろうとしていたことを理解してくれて、その上でなんとかなるから大丈夫と言ったのだろうと。

 そしてその直感は正解だった。アストがクルスを抱えた直後、赤紫の砲撃に桜色の光を纏ったオレンジ色の砲撃がぶつけられる。それは一瞬赤紫の砲撃の威力を減衰させ、その一瞬でクルスを抱えたアストが砲撃の範囲外へと逃げ出した。

 

 赤紫の砲撃は、触れたすべてを塵へと変えた。魔力が触れたものを塵へと変える性質を持っているのではなく、純粋な力による粉砕。

 

 その力から逃げ出す隙を作ったのは、二人の少女だった。

 

「大丈夫ー!?」

「あーもう、なんであんな見るからにやばいのに出会わなきゃなんないのよ……!!」

 

 ぶんぶんとクルスとアストに向かって手を振るステラと、腕を振りぬいた状態で悪態を吐くライラ。なんでここにと聞く前に、きっとほぼ同じ理由で飛び出してきたんだと理解して、クルスは安堵とともに笑みを浮かべる。

 

「ありがとう!! 時間がなさそうだから手短に! あれには勝てないからなんとかして逃げることだけ考えて!!」

「待てよ」

 

 声を聞いた瞬間、体に重りをつけられた、いや、感じる重力がそのまま二倍になったかのような感覚が四人を襲った。いつの間にか閉じられた渦から出てきた魔族は、獰猛な笑みを浮かべて腕をぐるりと回す。

 

「逃げるなんてよォ、つまんねェこと言うなよ、なぁ? せっかく暴れてもいいって言われたんだよ!! 喧嘩しようぜ、喧嘩!!」

 

 下品と言ってもいいほど無縁慮に魔力をまき散らし、魔族が笑う。

 サタンの魔力を、直接ではないが感知できるクルスにはわかった。わかってしまった。目の前にいるこの魔族が、サタンよりも強い魔族であると。そして、この魔族から逃げることが、この魔族と遭遇して生き残ることがどれだけ無謀であるかということが。

 

「よし、わかった」

 

 そうして静かに絶望する中で、アストが一歩前に出る。気づけばステラもライラを庇うように前に出ており、睨みつけるような視線を魔族へぶつけていた。

 

「私もいけるよ、アスト」

「ならクルスとライラはノックスを助けに行ってくれ。ここは俺とステラで何とかする」

「何とかって」

「するしかないんだ。俺だってそこまでバカじゃない。こいつを放置すれば簡単に地獄が出来上がる」

 

 魔族は楽しそうに笑っていた。アストには理解できる。今魔族が何も仕掛けてこないのは、今攻撃すれば楽しみが失われるからだと。魔族がやりたいのは喧嘩であり、一方的な虐殺ではないのだと。

 

「ステラ、合わせろ」

「アストいっつもそうだよね! 今回は『悪い、失敗した』じゃすまないんだよ!」

「あぁ、わかってる」

「ならよし!」

 

 何もよくないだろ、と心の中でツッコんで、クルスはライラを見た。ライラは体を震わせながら奥歯を噛みしめ、悔しそうに拳を握っている。クルスにはライラの気持ちが痛いほど理解できた。あの魔族の魔力を正面から受けてそれでもすぐに立ち向かおうと前に出たアストとステラ、後ろで震えている自分。恐怖と悔しさが混ざり合って、折れてしまいそうになる、そんな感情。

 

 クルスはそんなライラにそっと近寄って、背中を軽く叩いた。

 

「死ぬのが早いか遅いかだよ」

「……あんたねぇ」

「そもそも、殺されかけるのには慣れてると思わない? 日常だよ、僕らにとってはさ」

 

 迫りくる岩の化け物とあの砲撃なら、断然後者の方が強力だ。つまりクルスの言葉は気休めにしかならず、威勢を張るための戯言に過ぎない。

 

「ご生憎ね。私は、孫と息子夫婦に囲まれて大往生するって決まってるのよ」

 

 それでも、怖がりで強がりな少女を立ち上がらせるには十分だった。震える拳をぐっと抑え、余計なお世話だとクルスの背中を強く叩き、ライラが歩き出す。

 

「可愛い夢だね」

「どうせ現実になるんだから、夢じゃないわよ」

 

 あふれそうな恐怖を誤魔化して、二人がアストとステラの隣に並ぶ。それを見た魔族はより一層笑みを深め、また無縁慮に魔力をまき散らした。

 

「よし、いいなお前ら!! はっきり言やァ相手にもならねぇ雑魚だが、全ッ然楽しめそうだ!! 暇つぶし以上になるといいなァ!!」

「そうだな。せいぜいいい踏み台になってくれることを祈っている」

「ハハ!! 好きだぜそういうの!!」

 

 直後。

 

 一瞬にして王都から一つの建物が消え去った。



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第16話

「貴様ァ!! それでも血の通った人間か!!」

「これは戦いだ。的確に弱点を突いているだけだろう?」

「なぁルキノス。俺の味方ってもしやサタンだったりする?」

『迷いどころですね……』

 

 サタンとフリード、シオンの戦闘が始まってしばらく。

 純粋な実力で言えばサタンに軍配が上がると経験則、そして『思考回廊』によって弾き出したフリードと、野生に近い直感で判断したシオンがとった選択は『ノックスを盾にすること』だった。

 

 フリードとシオン相手では手加減しないサタンが、なぜかノックス相手だと手加減する。そして、手加減した攻撃であればフリードとシオンでも対処可能なレベルである。これを利用しないフリードとシオンではなく、やはり第3部隊に倫理観など存在しなかった。

 

「ワリィなノックス。こうでもしないと勝てそうにないんだ」

「いや、役に立てんのは嬉しいんですけど、その、ちょっと、ね」

「ん、もぞもぞするな。くすぐったいだろう」

 

 実際のところ、盾にされること自体は構わないとノックスは割り切っている。元々できないことはできない、できることを伸ばすという信条であり、今自分にできること、相応しい役割が盾であるなら甘んじて受け入れる柔軟さがノックスにはあった。

 問題は、盾になる方法。今ノックスはフリードの背中にぴったりと張り付き、二本の魔力の糸を胸で交差させて離れないようにされていた。背中合わせになっているというのが唯一の救いであるが、これでも思春期の男の子であるノックスにとって、綺麗なお姉さんとの密着というのは戦闘中だとしてもどぎまぎしてしまう。

 

「さて、なぜサタンはノックスを殺そうとしないんだろうな。ルキノスの使い手だからか? ではなぜルキノスの使い手なら生かすんだ? ルキノスの使い手を生かす理由は、使い手の解析をすればルキノスを扱えるようになるかもしれないからか?」

「戦闘中にごちゃごちゃとうるさいやつめ! 私がそれに答えると思うか!」

「勝手に考えてるだけだから気にしなくていいぜ」

 

 ぶつぶつと、ぎりぎり聞こえるような大きさで呟くフリードに対し容易く憤慨したサタンが巨腕を振りかぶった瞬間、体中の血管が不自然に浮き上がっているシオンが懐に潜り込み、掌底を振り上げる。

 顎を狙って振るわれたそれに対しサタンは焦った様子もなく左手でシオンの腕を掴み、そのまま右腕をシオンに向かって振り下ろした。

 

「死ね」

「死なねぇよ!」

 

 起きたのは、爆発。自身も巻き込む炎の膨張。それがシオンの内側から外に向かって吐き出され、熱と轟音とともにシオンとサタンを弾き飛ばした。

 

「大丈夫っすかシオンさん!!」

「こんぐらいで騒ぐな。私の魔法知ってんだろ」

 

 全身のほとんどが焼け爛れたシオンがサタンに向かって巨大な炎を放つと、じわじわと傷が回復していく。「チートじゃん……」と思わず声を漏らしたノックスに、ルキノスは心の中でしっかり頷いた。

 そんな数千年前から生きているルキノスからチート判定を受けたシオンの炎を、サタンは巨腕の一振りで鎮静させる。魔力を込めたその一振りによって炎がかき消され、残されたのは攻撃にもならない舞い散る火の粉のみ。

 

 そして当然のごとく、サタンは無傷だった。

 

「やはり常時高純度の魔力を纏っているからか、魔法での攻撃が通りにくいな」

「当然。貴様らのへなちょこ攻撃など、私からすれば塵も同然だ」

「ただ、それってずっと魔力の鎧纏ってるってことだろ? 攻撃し続けりゃあその分鎧が削れて、その度に鎧を纏い直すなら、いつか魔力切れるんじゃないか?」

 

 炎を漏らしながら挑発的な笑みを浮かべるシオンに、サタンはバカにするように鼻を鳴らす。

 

「どうやら、魔族との差を理解できていないようだな。我ら魔族は高純度の魔力を持つ。そして、貴様ら人間とは比べ物にならないほどの魔力量を誇っている。魔力切れを狙うのであれば、私と同等の魔力を持ってからにするんだな」

「攻撃を受けていない鎧が100だとすれば、さっきのシオンの自爆で削れたのは約20。うん、鎧を削りきって本体に攻撃を当てるのは無理な話じゃないな」

「はっ、何を言ってるんだ貴様?」

「ん? あぁ悪い。魔族は算数もできないのか」

 

「貴様ァ!!!!!」

 

 一瞬でブチギレたサタンの魔力が巨腕に集約され、それが地面に叩きつけられた。それを起点に、魔力の波がフリードたちに襲い掛かる。

 

「受けたら?」

「死ぬ」

「OK」

 

 短く言葉を交わし、フリードが後ろに下がってシオンが前に出た。そのままシオンは両腕を前に突き出し、魔力の波を受け止める体勢に入る。

 

「えっ、受けたら死ぬって言ってませんでしたっけ!?」

「そのまま受け続けたらな」

「まぁ見てろ。慣れてんだ、こういうのは」

 

 その魔力の波が触れた瞬間、ほぼ同時にシオンから炎が放たれる。途切れることなく放出され続ける炎を見て、ルキノスが『頭の悪い真似を……』とあきれたように呟いた。

 

「……くらったそばから燃やしてるってことっすか、あれ」

「あぁ」

「いや、あぁって」

『確かに有効ではあるかもしれませんが、あそこまで躊躇せずにやるとは……』

 

 魔力の波で傷がつけば、それは炎の燃料になる。簡単に言えば、それを繰り返しているだけ。言葉にすれば簡単だが、シオンが受けている魔力の波は普通に受ければ死ぬほどの威力であり、少し触れるだけでも致命傷になるレベルである。それに対し躊躇なく前に出て受け止め、炎を放出し続け威力を減衰させている姿に、ルキノスは狂気すら感じていた。

 

「さて、行くか」

「あれ、フリードさん?」

 

 ノックスとフリードを括り付けていた魔力の糸が解除され、フリードがノックスの襟首を掴む。ぎゅっと掴む手に力が込められたことに気づいたノックスは、今から自分に何が起こるのかを直感した。

 

「今から数秒後に波が相殺される。その寸前で投げるから、『封魔の界』を使え。全力でな」

「……フリードさんがそういうなら、それしかないんっすよね」

「決断が早いやつは好みだ」

「えへへ」

『キショいですよ、ノックス』

「テメ」

 

 暴言を吐いたルキノスにいつものごとく喧嘩を吹っ掛けようとしたノックスを、フリードが無慈悲に投げ飛ばす。カウントとかないのか、と文句に似た呟きを口の中でもごつかせながら、ノックスは空中で不格好にルキノスを構えた。

 

 サタンは波が炎で相殺された瞬間に飛び出してきたノックスに驚愕し、視線をノックスへ向けている。

 

「行くぞ! ルキノ」

 

 その間抜け面に『封魔の界』を叩きこもうとしたノックスに訪れたのは、まるで縫い付けられているかのような感覚。そして腹のあたりに感じる熱。

 

 それを与えているのは、サタンの左手から伸ばされた赤黒い魔力の刺。それがノックスの腹を貫いていた。

 

「フン、言っただろう。ボロボロにしても回復できればいい、とっ!?」

 

 油断。今のサタンが陥ってしまった状況を説明するのであれば、その単語が適切だろう。魔力のない、聖剣を持っているだけのド素人。何を企んでいるのかはわからないが、痛い目に遭わせれば動きを止めるだろうと高を括ったサタンの油断。

 

 即座に、思い知らされる。ノックスが飛んできた時点で、『封魔の界』の効果範囲から逃れるべきであったと。

 

 ノックスとサタンを囲うように展開された灰色の魔力壁、『封魔の界』。それに捕らわれたサタンの姿が、通常時のものへと変化していく。

 そして、サタンが纏っていた魔力の鎧もじわじわと弱まって。

 

「魔力が弱まる瞬間は、必ず綻びが生じる」

「なっ、貴様!」

 

 サタンがノックスへ視線を向けている隙に接近したフリードが、一瞬の隙を突いてサタンに触れると同時、『封魔の界』が解除された。時間がないからと説明を省いたのにも関わらず最適な解除のタイミングに、フリードは薄く笑う。

 

「解けかけの紐があるだろう? あれと似た感覚だ。解ける箇所さえわかってしまえば、解くことは容易い」

 

 フリードの『固有魔法』、『思考回廊』その真価。それはあらゆる事象に対する理解であり、それは同時に『理解さえできれば掌握が可能』であることを意味している。

 『封魔の界』によって綻びが生じたサタンの鎧に、フリードが自身の魔力を流し込む。

 

(鎧を修復しようとする魔力の流れを掴んで、それぞれ異なる方向で誘導するだけでいい。それだけで魔力はぶつかり合って崩れていく)

 

 サタンの魔力の流れを操作して、鎧を崩壊させていく。自分以外の魔力を操作するというのはかなりの技術が必要で、前提条件として対象の魔力に対する理解が必要となる。

 

「ノックスを狙ったのがお前でよかったよ、サタン」

「ク、ソ、殺してやるぞ、貴様ァ!!」

 

 そして、幸運にもフリードはサタンの魔力を知っていた。サタンが間抜けな理由で捕まり、第3部隊の研究施設にいた時、既にサタンの魔力の解析は済ませていた。

 

「シオン、頼むぞ」

「――」

「なっ、まだ動けたのか、貴様!!」

 

 右の掌をサタンに向けているは、魔力の波によりもはや無事と言える箇所がないシオンだった。皮膚は剥がれ落ち、左腕は失い、横腹が削り取られ空洞を生み出している。

 にも関わらず、シオンの掌に凝縮された炎があった。それは、触れたものを貫き灰にする炎の槍。シオンの傷をいやしながら生み出されたそれは、そこに存在するだけで熱により周囲の石材を溶かしていた。

 

「お前も死んだら、悪いな」

「なんとかなるさ。互いにな」

「なっ、正気か!?」

 

 フリードは先ほどまで自分とノックスを括り付けていた時と同じように魔力の糸を自身とサタンに括り付け、サタンの動きを拘束する。サタンの油断によって生じた一瞬の隙を逃さないための選択。すべてを燃やし尽くす炎の槍を受け入れる選択に、サタンは敵ながら心の中で称賛を送った。

 

 そして、炎の槍が放たれた。その時。

 

「じゃあな」

「は?」

 

 フリードの姿が掻き消える。使用したのは転移魔法であり、フリードはノックスの側まで転移するとそのまま回収して、次にシオンの側へ転移した。

 

「……許さんぞ貴様ァァァアアアアアアア!!!!!」

「いや、知らんが」

 

 サタンの怒声は、炎の中へと消えていった。

 



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第17話 

「まァ、想像通りってとこか」

 

 アストたちと対峙していた魔族が、つまらなさそうに呟いた。周囲に転がっているのは、まだ息はあるものの全身傷だらけで満身創痍のアスト、クルス、ステラ、ライラ。

 力の差は歴然だった。最初は魔族が遊びで軽く戦っていたが、すぐに飽きた魔族が少し力を込めただけで壊滅状態。入校間もない四人では荷が重いどころの騒ぎではないのはそれもそのはずで、四人と対峙していたこの魔族は『七将星』の一角、ベエルゼ。その実力だけでいえばサタンを凌駕する化け物。どのような策を講じたところで勝てるはずもない相手、なのだが。

 

 それでは納得しないバカがいた。

 

「まだ、だ」

「あァ?」

「まだ、終わっていない」

 

 痛む体に鞭打って、震える足に喝を入れて立ち上がったのは、アスト。倒れる仲間を横目で見て、守るように三人の前に立った。

 

「もう格付けは済んだだろ。何回やっても同じだろうが」

「俺とお前の勝ち負けの結果は変わらずとも、このままお前を放置するかしないかで他への被害の結果は変わる」

 

 バチッ、と音が弾ける。それはアストから漏れ出る雷の音。荒々しく断続的に弾けるそれは、完全に敗北したにも関わらずなおも戦闘をしようとする、アストの意志の表れでもあった。それを見せられて放置するベエルゼではなく、腕に魔力を込めて迎撃の体勢をとる。

 

「別にもう付き合う道理はねぇんだけどなァ。もうお前らに興味ねぇし」

「そう言うな。どうせ尽きる命なら、まだ実戦レベルに至っていないとっておきを見せてやる。もっとも」

「あ?」

 

 見えればの話だが。挑発的に呟いたそれはベエルゼの耳に届くことはなく、気づけばベエルゼの体は空へ打ちあがっていた。自分が空にいることを理解した直後に襲ってきたのは、燃えるような痛み、そして全身の痺れだった。恐らくとっておきとやらで攻撃されたのだと気づいた時、目の前が真っ白な光で覆われる。次いで、衝撃。暴力的な光に全身を焼かれるベエルゼの視界に映ったのは、ほぼ全身が雷と化しているアストの姿だった。

 

「て、め」

 

 まだ名前もついていないアストのとっておき。それは、意図的な魔力暴走を引き起こし、自身を雷と同化させるもの。数分の使用で体が焼き切れる諸刃の剣。実際に、アストの体は焼け焦げていた。

 

(こんな形でしか足止めできないのは、かなり悔しいが)

 

 襲い来る麻痺に体を動かせないベエルゼに向かって、腕を振り上げた。

 

(生きていたらリベンジ頼む。名も知らない魔族)

 

 そして。

 

 王都に破壊的な雷が落ちた。

 

 

 

 

 

「うわっ、なんだ!? 雷!?」

『アストでしょうか。……アスト? なぜアストが外に?』

「生きていたら説教だな。さて……」

 

 ガツン! とフリードは倒れているサタンの頭を踏みつけて、サタンから漏れる悲鳴に眉一つ動かさずタバコに火をつけた。

 

「お前らの目的は?」

「誰が教えるか! というか勘違いするなよ、私はベエルゼとの喧嘩の傷が癒えていなかったから貴様らに負けただけで、本調子ならこうはいかんぞ!」

「負けた言い訳は聞いていない。あと魔力の枷を嵌めていることを忘れるなよ。今のお前程度なら体の一部分を消し飛ばすことなんて造作もないんだ」

 

 サタンの手と足にはそれぞれ枷が嵌められており、それによって魔力が阻害されていた。なんか枷嵌められて転がってるの似合うなぁと失礼なことを考えているノックスはしかしそれを口には出さず、目の前で第3部隊らしい尋問が行われようとしていることを察してそっと目を逸らした。

 

「ん? ノックス、こっちくるか?」

「これが包容力……」

『私と一緒にいると感じるもののことですね』

「今腹いてぇんだからあんまり面白い冗談言うなよ」

『遺憾』

 

 遺憾の意を表明するルキノスを無視して、少し離れた位置で座り込んでいるシオンのもとへよたよたと歩いていくノックス。

 ノックスの腹に空いた傷は、既に塞がっていた。フリードは大体の魔法なら構造さえ理解すれば行使でき、「あんまり得意ではないが」と言いながらノックスの腹の傷を治療してみせた。あまりの魔法の才能に、自身と比べてしまって泣きそうになったのはノックスだけの秘密である。

 

「平気ですか、シオンさん。とんでもないことになってましたけど」

「久しぶりだったけど大丈夫。魔力はほとんどカラだけどな」

 

 皮膚が剥がれ落ちて左腕を失って、横腹が削り取られるのが久しぶり? 疑問に感じたノックスはもう考えないようにした。そしてあんな傷だらけだったのに炎を放出するだけでほとんど無傷になっているシオンに恐怖を感じた。

 

「まぁ目的は恐らくノックス及びルキノスだということはわかっているからもういい。それよりあのゲートはなんだ? 誰の魔法だ? ここから解析した限りだと少し心当たりはあるが、お前が言ってくれれば犯人捜しをする手間が省ける。ほら、言え」

「言わんわ! フハハハハ! 仲間内に敵がいる恐怖を思い知れ!」

「やはり味方に裏切者がいるらしいぞ、シオン」

「しまった!!!!」

「俺、実はサタンって魔族に騙されてるだけで、本来はこっち側なんじゃないかって思い始めてるんですけど」

「あいつ、千年前もあぁだったのか?」

『千年前もあぁでしたよ。呆れ果てるほどのバカでした』

 

 意図していない自白により、『味方に裏切者がいること』『その裏切り者がゲートを使用したこと』の二つがほぼ確定した。フリードはすぐ司令部に通信を繋げそのことを報告し、「情報提供の礼だ」と魔力弾でサタンの脚を撃ちぬいた。「なぜだ!?」というサタンの叫びにノックスとシオンが頷き、共感の意思を見せる。

 

「さて、困るのはこいつの扱いだな。どこにぶち込んでおこうか」

「研究施設はやられちまったしなぁ。かといって司令部に放り投げるわけにもいかねぇし」

「でしたら、こちらでお預かりいたしましょうか?」

 

 ノックスは弾かれたように飛び上がって、声の方にルキノスを向けた。

 

 ノックスのものでもフリードのものでも、シオンものでもルキノスのものでもましてやサタンのものでもない声の主は、銀の髪を左に流し、薄く鋭い目に藍色の輝きを持つ、スーツを身に纏った細身の男だった。

 

 アルデバラン王国第4部隊隊長、エリカ・ストラウトが、戦場に不釣り合いな笑みを貼り付けてそこに立っていた。

 

「あぁ、エリカか。ちょうどよかった」

「私であれば誰にも見つからず移動が可能ですし、皆さんもお疲れのようですから安全な場所までお送りいたしましょうか?」

「それはお前にとっての安全な場所か?」

 

 エリカの周囲に無数の魔力弾が出現する。それを制御しているのはフリードであり、明らかな攻撃の意思にノックスは混乱した。

 

「え? あれ、え? 味方なんじゃ……」

「あん? ノックス、お前察しがついてたからルキノス構えたんじゃねぇのか」

『この獣が隊長陣の顔と名前を覚えているはずがないでしょう。単純に敵だと思ったからです』

「あぁそうか。ま、私も確信持ってるわけじゃねぇけど、今からフリードがそのあたり証明してくれんだろ」

 

 筋肉にほとんどの魂を売ったノックスはほとんど理解できていなかったが、とりあえずフリードの頭がいいことは知っていたし、フリードとシオンの信頼関係も知っていたためルキノスをそっとおろして、成り行きを眺めることに専念した。ノックスはバカだが、空気が読めないバカではない。

 

「フリードさん、ご冗談を。今はこのようなことをしている場合ではないでしょう?」

「悪い。私も確信を持てているわけじゃない。ただ、現状最も疑わしいのがお前なんだ」

「それはなぜ?」

「あの空に開いているゲートとお前の魔力が似ているから」

「じゃあバレるのも時間の問題ですね」

 

 瞬間、フリードが踏みつけていたサタンの姿が掻き消えた。反射的に魔力弾をエリカへ殺到させるが、既にエリカの姿はなく。

 

 魔力の動きを追って、ノックスは気配を追って空を見上げれば、そこにはサタンをゴミのように抱えてたエリカの姿があった。背後に空のゲートと同じものを携えて。

 

「サタンが思ったよりも雑魚だったので目標は達成できませんでしたが、サタンの回収はできたので一旦よしとしましょう」

「誰が雑魚だ!」

「ベエルゼと喧嘩した上にそのせいで敵に捕まって、逃がしてあげたのに敵に負けて、これのどこが雑魚ではないと言えるんです?」

「……」

「なんてかわいそうなやつなんだ……」

 

 うっかり同情の声を漏らしたノックスを咎めるものはおらず、フリードとシオン、ルキノスは心の中で同意した。三人ともサタンがかわいそうだと感じる要因の一つなのだが、それを棚に上げてしまうほどエリカに責められるサタンがかわいそうに映ってしまったのである。

 

「逃げていいのか? 私とシオンは魔力が切れかけで、ノックスは弱い。絶好のチャンスだと思うが」

「近くにとんでもないやつがきているので、リミットですよ」

 

 それでは、と言ってゲートに身を沈めたと同時、空間をも裂く斬撃が一瞬遅れてゲートのあった箇所を切り裂いた。それとともに暴風が吹き荒れて、ノックスは咄嗟にルキノスを床に突き刺してそれを支えに風圧を耐える。『聖剣! 私聖剣! 扱い雑!』というルキノスの文句は耳に届いておらず、暴風が収まった後に目の前に降り立った人物に意識を奪われる。

 

「フリード、シオン。もしかして俺は遅れたか?」

「完全に。でも助かりました」

「いやほんと助かったぜカゲキさん。もしかしたら死ぬとこだった」

「カゲキ?」

『ほら、第1部隊隊長の』

 

 ルキノスに言われて、そういえばとノックスはなんとなく思い出す。最初国軍の訓練室で説明を受けた時になんか強そうな人がいたな、と。

 

 アルデバラン王国第1部隊隊長、カゲキ・フウライ。最強の名をほしいままにした、アルデバラン王国の最高戦力。

 

「そっちの坊主ははじめましてって言いてぇところだが、そんなこと言える状況でもねぇ。空のゲートは閉じたみたいだが魔物はまだうじゃうじゃいる。少しでも動けんなら手伝え」

「一応言っておきますが、ノックスはまだ訓練生です」

「魔族と戦ったんならもう戦場に出してもいいだろ! ガハハ! 行くぞ!」

「え」

 

 カゲキの太い腕に捕まったノックスを襲った嫌な予感。それはすぐに形となった。

 

 直後、ノックスは風になった。



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第18話

 王都、国軍宿舎。

 

 魔族からの侵略を退け、被害の確認と怪我人の治療に国軍が奔走する中、なんとか生きて帰ったノックスは一人、バルコニーで座り込んでいた。

 

「一歩間違えりゃ死んでたんだってよ」

『聞いてましたよ。ノックスがいるところに私もいるんですから』

 

 カゲキに連れられて王都を走り回っている時。ノックスの視界に映ったのは、ボロボロになった街と人。そして、倒れるアストたちだった。クルス、ステラ、ライラの三人はそこまでひどくはなかったがそれでも重傷であり、アストは息をしているのが不思議なほどの重傷で、全身が焼け焦げて皮膚呼吸もままならないほど。訓練生が外にいる異常を察知して医療部隊隊長であるリリーが駆けつけなければ、アストは死んでいた。

 

「いや、なんかさ。あんまこういうこと言うの精神的によくないっぽいけど、俺のせいじゃね?」

『……まぁ、魔族の狙いはノックスと私っぽかったですしね。それを言うなら私のせいでもあります』

 

 ノックスとルキノスは知らないが、四人が外に出たのは外にいるノックスを助け出すためであり、結果としてノックスのせいというのは正しい。普段は能天気なノックスも、今回ばかりは沈み込んで、無意識に拠り所を求めていたのかルキノスに寄りかかるようにして座り込んでいる。

 

『大丈夫ですよノックス。リリー……そういえば第2部隊の隊長もリリーと言うんでしたね。えっと、七色の方のリリーさんはかなり優秀な回復魔法の使い手に見えました。すぐに目は覚まさなくとも、命は助かりますよ』

「それはそうなんだろうけどさぁ。……まぁ、生きててよかったって思うのが正解なんだろうけど」

「それにもしノックスが宿舎にいたままだったら、きっと宿舎が襲撃されていただろう。正解とは言い難いが、少なくともノックスが外にいたのは間違いじゃなかった」

「フリードさん」

 

 相も変わらずタバコを吸いながら、フリードがバルコニーにやってくる。そのままノックスの隣までくると、ゆっくりと腰を下ろして空に向かって煙を吐いた。

 

「会議終わったんすか」

「あぁ」

 

 国軍の隊員が街を走り回っている中、隊長陣は会議を行っていた。ノックスにその詳細は明かされていなかったそれに対して、ルキノスは少し警戒心を抱く。

 警戒しているのは、協議の内容について。ルキノスはこの時代の思想がどのようなものかはわかっていないが、『聖剣使いが狙われた』『聖剣使いは魔力なし』の二つが揃っていれば、『これ以上被害が出ないよう聖剣使いを亡き者にする』と判断されても不思議ではない、と思っている。

 

 そして、その思考は間違いではなかった。

 

「ノックス。さっきの会議で、君の殺害とルキノスの封印が検討された」

 

 死ぬほど能天気なノックスが傷心しているのもフリードは十分理解しているが、フリードに遠慮や配慮などという概念は存在しない。いつでも必要なことを必要なだけ喋って動いて終わらせる。

 

「理由はなんとなくわかるな?」

「はい」

 

 その理由は、ノックスにとって残酷なものである。簡単に言えば、『魔力もなく魔族に対抗できそうにないのであれば、これからの被害を考えればいなくなった方がマシ』だということ。結局のところ、また『魔力がない』ことが原因となってノックスの道が閉ざされようとしている。

 

「で、協議の結果だが」

「ルキノスの封印ってとこだけ、なんとかなりませんかね」

『え?』

 

 続きを話そうとしたフリードにノックスが被せて、フリードが口を閉じる。続きを言えということだと捉えたノックスは、そのまま自分では動くことすらできないルキノスが、なんとなく暴れそうな気がして、手で押さえながら続けた。

 

「こいつ、千年も田舎の洞窟にずっと刺さってたんです。俺魔法使えねぇから封印がどういうもんかもわかんねぇっすけど、多分こいつにとっちゃ寂しくて、すげぇ苦しいことなんだっていうのはわかる。だから、ルキノスの封印はなしにできませんか?」

「どうやって」

「バカなんで思いつかないです」

「話にならん。ルキノスをそのまま置いておけば、魔族に利用されるリスクにつながる」

『あの』

「それなら、封印したって同じじゃないですか? その封印を解ける魔族がいたら、どっちにしろルキノスは狙われる」

『ストップ!!!!!』

 

 気づけば抱きしめるようにして抱え込んでいたルキノスからの叫びに肩が跳ね、ノックスはルキノスを見た。

 ルキノスに表情はない。見た目は剣で、魔力のないノックスにとってはルキノスが持っている魔力も感じられず、見た目からは何かを感じ取ることはできない。

 

 にもかかわらず、ノックスはルキノスが怒っていると感じた。

 

『こんのアホノックス!! さっきから聞いてればなんですか、自分は死んでもいいってことですか? それなのに私の封印はやめてくれって? ハー!! 呆れ果てるほどのバカですね!! それに死ぬほど嘘つき!! 英雄になるって息巻いてたのはどこのどいつですか!!』

「いや、あんときと今とでは状況が」

『一緒です!! 言いましたよね、険しい道になると!!』

「っ、でも俺がいると被害が出るんだよ! 今回以上にひどいことになるかもしれねぇ! それなら俺はいなくなった方が」

『私が嫌です!!!!』

「んだとコラ!! わがまま言うな!!」

『べー!!』

「このっ、バーカ!! 千歳超え!!」

『あー!! 言ってはならないことを言いましたね!!』

「落ち着け」

 

 二人に煙を吐いてフリードが睨みつけると、ヒートアップしていた二人がせき込んで黙り込む。ルキノスがせき込んだことに(感覚があるのか?)と知的好奇心を刺激されながらも、今はその話をするときではないと抑え込んだ。

 

「そもそも検討されただけで、その案は却下された」

 

 え、とノックスとルキノスから間抜けな声が漏れる。言い方がややこしかったかと少し申し訳なくなったフリードは「すまん」と適当に謝ってから、何か恥ずかしそうにしている二人の雰囲気を感じ取って目を逸らした。

 

「ルキノスなら知っていると思うが、東西南北に分かれた四つの国で、それぞれ選ばれた者しか扱えない武具がある」

『は、はい。えっと、私と、えーっと、聖杖と聖弓と聖拳ですね』

 

 四大国にはそれぞれルキノスと同じように『聖』を冠する武具がある。これまたルキノスと同じく千年間使い手が現れておらず、もはや武具というよりは各国のシンボルとして機能していたもの。

 今このタイミングでその話をしたことに、ルキノスは『もしかして』と声を漏らした。それにフリードが頷いて、

 

「魔族が現れたのはアルデバランだけじゃない。他の国にも現れたそうだ。幸い、奪われるようなことはなかったみたいだが」

『どうせ狙われるなら、使い手を探して戦力を補強しようみたいなことですか?』

「あぁ。四大国一丸となって、魔族に対抗しようということらしい。まだ各国に伝えてはいないが、元々いがみ合っていたわけでもないからな。それぞれの国で出た被害を考えれば、頷いてくれるはずだ」

「でもどうやって探すんですか?」

 

 勘違いで大喧嘩していた恥ずかしさからようやく復帰したノックスの質問に、フリードはルキノスへ視線を向けた。

 

「ルキノス。心当たりはないか?」

『……普通にあります』

「よし。なら決まりだ」

 

 床で適当にタバコをもみ消して炎の魔法でタバコを灰にしたフリードは、そのまま立ち上がっていつもと変わらないクールな表情でなんでもないように告げた。

 

「旅に出るぞ」

「……え?」

『え?』

 

 突拍子もないことを言った時ですら表情が変わらなかったフリードは、呆けた二人を見て少しだけ口角が上がった。

 

 

 

 

 

 南の大陸。王都から外れた場所にあるクーロイ火山。

 

 金の髪に燃えるようなオレンジの瞳。端正な顔立ちの青年ルディ・クロードはクーロイ火山麓にあるクーロイの里で育ち、周辺にいる魔物を狩り、街まで出て素材を売って生計を立てていた。

 それに加えて、火山で採掘した鉱石も収入源。今日も採掘を行おうと火山の熱に耐えるための環境適応の魔法を行使して、奥へ奥へと進んでいく。

 

 その途中で、声が聞こえた気がした。なんとなく声の方へ足を向けて警戒も何もせず突き進んだルディの目の前に現れたのは、火山に不釣り合いな扉。ルディでは読み解けない魔法の式が刻まれており、そもそも感覚で魔法を行使していたルディはそれが魔法の式だということに気づかずまたもや無警戒で扉に手をかけた。

 

 ギィ、と不愉快な音を立てて扉が開く。

 

『やァっときやがったか!! おっせぇんだってのバカ野郎が!! オメーがちんたらしてるせいで魔族ぶっ飛ばすチャンス一回逃しちまっただろうが!!』

 

 扉の先には台座が一つあり、その上にガントレットが一組鎮座していた。赤と金の配色のそれは炎を思わせ、右手の甲の部分に埋め込まれた赤い宝石がちかちかと輝いている。

 

「お、なんか俺のせいっぽい感じ?」

『ハーン! 俺がここでおとなしくしてる間に世界は随分平和ボケしちまったみてぇだなァ! 名を名乗れ!!』

「ルディ・クロード」

『俺の名はアルゴ!! 聖拳アルゴつった方がわかりやすいか!!』

「しらね!」

『ハァァアアアア!!!!??』

 

 こうして、王都から離れた場所で平和に暮らす青年が聖拳を手にした。そしてこの時からしばらく後。

 

 聖剣の使い手(暫定)と聖拳の使い手(本物)が出会う。



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東の大陸 - プロキオン
第19話 


 王都国軍基地、転送ルーム。

 

「あれ、俺が一番乗りか」

『旅行を楽しみにしている子どもみたいで可愛いですね』

「おいルキノス。俺たちは世界を救うための旅に出るんだぞ、茶化すな」

『ムカついたからって正論っぽいこと言わないでください』

「ぶぅ」

 

 ルキノスにバカにされてムカついて頬を膨らませムカつく音を立てたノックスと、そんなノックスにムカついて静かに怒りを燃やすルキノスがいるのは、各国と行き来できる転送魔法が組まれた、物々しい装置のある部屋。

 先日フリードから「旅に出るぞ」と言われたノックスは、「なんかよくわかんねぇけどフリードさんが言うんだったら間違いじゃねぇだろ」と思考放棄して今に至る。旅の目的は『魔族に対抗するための戦力確保のために、各国にある聖武具の使い手を探す』ことなのだが、道中魔族に襲われたらどうするのか、王都の守りが手薄になるのでは、そういった疑問も何も持たずこの場にいるのは流石ノックスであった。

 

 ちなみに、その質問はノックスがルキノスをフリードに預けて筋トレしている間にしている。もっとも、「私が転移魔法使えるから逃げられるし、王都が襲われれば国同士でカバーもできる」と簡単に答えられ、確実に安心できるものではなかったのだが。

 

「でもあれだよな。あいつらに会えなかったのが心残りだ」

『私の力が回復魔法に影響があるといけないからと、第5部隊隊舎には近づかせてもらえませんでしたから』

 

 ステラ、アスト、クルス、ライラ。ノックスが友だちだと信じている4人と旅に出る前に挨拶を済ませたかったノックスは、第5部隊隊長であるリリー・マラドゥーナから立ち入り禁止を言い渡されていた。ちなみに言い渡されている間にフリードはノックスの横を通ってノックスを一瞥もせずに隊舎へと入っていった。フリードには人の心がわからぬ。

 

「でも誰来るんだろうな?」

『七将星クラスでなければ交戦するでしょうから、ある程度の戦力は必要なはずです。ただ、本来の目的は捜索ですから、そちらの方面に長けている者、あとは回復魔法を使える方でしょうか』

「……」

『嫌そうな顔の理由は聞かないでおきますね』

 

 ノックスが想像したのはリリー・マラドゥーナの顔であり、「旅が強制的に濃くなりそうで嫌だな」という気持ちが前面に押し出した表情を浮かべた。ルキノスもそれに同意であったため、深くは聞かず沈黙を保つ。

 

 そうして訪れた静寂の中で、転送ルームの扉が開かれた。初対面の相手への挨拶を考えてくるの忘れた、と今更ながら焦ったノックスは、フリードの登場を期待して恐る恐る振り向くと、

 

「ん、もうきていたのか」

「フリードさん。大好きです」

「私も君は興味深いと思っているよ」

『研究対象への言い方してません?』

「あぁ」

「冗談うまいっすねフリードさん。俺みたいな筋肉だけのでくの坊、研究しても面白くないっすよ」

「だろうな」

『あの、ノックス。卑屈ジョークが肯定されたからといって、泣きそうな顔をしないでください』

 

 こんなに優しくない現実ならもしかして魔法にかかっているのではないかとルキノスを振ろうとするノックスに、「転送装置が壊れたらどうする? 考えて行動しろ」と冷静な言葉をぶつけられ、ノックスは今度こそ涙を流した。

 

「フリードさん。他には誰がくるんっすか」

「あぁ、もうすぐくるはずだ」

 

 その言葉と同時に、足音が聞こえてくる。ノックスが鋭い聴覚で拾った限りでは、4つ。初対面の人が4人もいたら怖いなと震えたノックスだったが、この場にはフリードがいることを思い出して胸を撫でおろした。その姿を見て『情けないですね』と言わないのはルキノスの優しさである。

 

 やがて、その4人が転送ルームに姿を現した。

 

「……え?」

「やぁ、ノックス」

「ノックス! 元気そうでよかった!」

「腹に穴が空いたと聞いたが、大丈夫か?」

「どう考えても大丈夫じゃなかったあんたが大丈夫なんだから、聞くまでもないでしょ」

 

 呆けるノックスの目には、笑って手をひらひら振っているクルスと、ノックスを見るなり飛びついてきてノックスをドギマギさせているステラと、かなりの重傷を負っていたはずなのにピンピンしているアストと、そのアストに呆れているライラの姿があった。

 

「は? え? とりあえずステラ、いい匂いしてドギマギしちゃうから離れてくれ」

「キモっ。あんた人づきあいに関してはほんと終わってるわね」

「だが戦闘に関しては見事だ。あのサタンをフリードさんとシオンさんとともに退けたと聞いている。それに初めは1人で戦っていたとも。俺が認めたライバルとして誇ら」

「いや喋りすぎだろ。え? なんでアストは平気そうな顔してんの? 死にかけてなかったかお前」

「私が何とか回復させろと言ってなんとかさせた」

「私も頑張りました!」

 

 ベエルゼとの戦闘及び自身の未完成の魔法により重傷を負っていたアストは、フリードの「こいつ連れていくから回復しろ」というフリードの無茶ぶりと第5部隊の頑張りにより復活した。とはいえまだ完全に回復しているわけではなく、魔法を使用すると痛みが走る後遺症が残っている。ただし、アスト本人は「魔力にも成長痛があるのか……」と後遺症の説明を受けたうえで勘違いしていた。

 

「ていうか、なんでこの4人を? 俺は嬉しいっすけど……」

「私たちの実力以上の魔族と接敵した場合はすぐに逃げること、魔族との戦いに備えるのであれば下を叩き上げる必要があること、王都の戦力を最大限削ぎたくないこと。以上」

『本当に旅行みたくなりましたね、ノックス』

「おう! ちょっとわくわくしてきたわ」

『ノックス。私たちは世界を救うために旅をするんですよ? 気を引き締めてください』

「テメェ!」

「さ、行くか」

 

 喧嘩を始めたノックスとルキノスを素通りし、近場にあったコンソールから転送装置を起動する。すると部屋の中央にあった台座が淡く光を放ち、何の説明もなくフリードはそこに乗った。

 どうやら乗れということらしいと気づいたクルス、ステラ、ライラは台座に乗り、ノックスはみんなが乗ったからとりあえず乗って、アストはどんな強力な魔法が放たれるのかわくわくしていたところを、呆れたライラに引っ張られて台座に乗せられる。

 

 そして直後。転送ルーム全体を光が包み込んで6人は姿を消した。

 

 

 

 

 

「ようこそプロキオンへ! 私はプロキオン国王、ブッチャイだ!」

 

 転送されたのは、四つに分かれた大陸の東側、プロキオン。同じくその王都にある転送ルームに飛んだ6人は、現在プロキオンの国王であるスキンヘッドに筋骨隆々、更に上半身裸で口元が隠れるほど立派なお鬚を蓄えているブッチャイに謁見していた。

 

「何かの冗談ですか?」

「ノックス。王の前だぞ」

「構わんさ! これから魔族の討伐に向けて力を合わせようというのに、言葉遣い一つで目くじらを立てたりせん!」

 

 流石にあの姿で国王はないだろうと無礼にも指を指して言ったノックス。いつもならルキノスが注意するところだったが、あまりにもノックスと同意見すぎて反応が遅れてしまっていた。

 

「そうだぞノックス。あんなに強そうなお方が国王でないわけがない」

「その強さで物事を判断するクセやめろよ」

「でもいつも的外れにはならないから厄介なんだよねー」

「あんたたち……無礼を気にしないって言われたとしても、王の前でぺちゃくちゃ喋んじゃないわよ」

「構わんさ! これから魔族の討伐に向けて力を合わせようというのに、ぺちゃくちゃ喋られただけで目くじらを立てたりせん!」

「会話のフォーマットがあるのかな……?」

 

 結構な無礼をやらかしているのにも関わらず、周りにいる軍も嫌な顔をしていないことから本当に『別にいい』のだろうとクルスは判断して、少し姿勢を崩した。ちなみにかしこまっていたのはクルスとステラとライラだけであり、6人の中で一番上の立場であるフリードは自然体で、アストは強そうな人を探していて、ノックスは礼儀を知らなかった。ひっそりとルキノスの中で礼儀作法を叩きこもうと決意した瞬間である。

 

「話は聞いている。なんでもうちにある聖拳、その使い手を探そうということらしいな」

「はい。こちらには聖剣のルキノスがいます。彼女には心当たりがあるとのことですから、そう時間はかからないかと」

「とはいっても、我がプロキオンの大陸には明るくないだろう? そこで案内人をつけようと思ってな。アルメイヤ!」

 

 無駄に大きな声で呼ばれて現れたのは、つばの広い三角帽子にマントを羽織った、ピンク色の髪の少女。瞳は緑で、少し幼さが残るが一目見て「美人だな」と感想を抱くほどには容姿が整っている。

 

「強いぞ」

 

 一人だけ容姿の評価を飛び越して実力を評価しているアホもいる。

 

「彼女はアルメイヤ・ジンジャールール。属性魔法をすべて使えるが、得意なのは炎と風を組み合わせた爆破魔法だ」

「う、うわああああああ!!!」

『の、ノックスが溢れ出る魔法の才能を前にしてアレルギー反応を起こしている!』

 

 俺と同い年くらいかな、と思っていたノックスに魔法の才能を見せつけた結果、ノックスは頭を抱えて悲鳴をあげた。アストとステラはまだ事前情報があって「すごいんだろうな」と思っていたからこそ耐えられたが、こうもいきなり魔法の才能を見せつけられてはノックスがもたない。

 しかし、悲鳴をあげるノックスにすかさずアルメイヤが追い打ちをかける。

 

「アルメイヤ・ジンジャールールです。年齢は15歳です」

「……」

「まずい、ノックスが死ぬ! ステラ、回復魔法を心に!」

「や、やったことないけどやってみる!」

 

 同い年という残酷な情報に、ノックスは気絶した。慌ててクルスとステラが駆け寄って心に回復魔法をかけるが、それで治るほどノックスの心の傷は浅くない。

 

「えっと、な、なにか失礼なことをしてしまったのでしょうか……」

「あぁ気にするな。ノックスは魔力が全然なくてコンプレックスなだけだ」

「ウワァアアアアアン!!」

『あんまりですよフリードさん! ノックスがガチ泣きしちゃったじゃないですか!』

「大丈夫だよノックス! ノックスは強い! ノックスはすごい!」

『そうですよノックス! それに私を使えるのはノックスしかいないんですから!』

「アルメイヤと言ったな。俺と戦わないか?」

「え?」

「あぁもう! 収拾つかないから一旦全員黙りなさい!!」

 

 ガチ泣きするノックス、慰めるルキノスとステラ、なんだかおもしろくなって笑うクルス、アルメイヤの強さに興味津々なアスト。あぁ、このメンバーだと私がしっかりしないといけないんだな、となんだか悲しくなったライラは激高した。



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第20話

『聖拳の名はアルゴ。使い手を探すのであれば本人の話を聞くのが一番早いですから、まずはクーロイ火山に向かいましょう』

 

 というルキノスの提案で行先が決まった一行は、クーロイ火山に向かって出発していた。王都から次の街へは道が整備されており、魔導列車を利用すれば簡単に移動できるが、クーロイ火山は王都から街を2、3経由しなければいけない場所にあり、なおかつクーロイ火山までの道が整備されていないため、多少危険な道のりになる。

 

「フリードさんの転移魔法でぴゃって行けないんすか?」

「あれは知っている魔力を辿って転移するものだからな。クーロイ火山には行ったことがないから無理だ」

 

 魔導列車に乗り込み、1つのボックス席にフリード、ノックス、クルス、アストが座り、もう1つのボックス席にステラ、ライラ、アルメイヤが座っている。「若い女性の会話はわからん」と席を分けた張本人であるフリードの年齢19歳であった。

 

「それを僕に教えてくれるんですよね」

「あぁ。クルスの探査魔法と『解析』は転移魔法にかなり向いている。探査魔法で周囲の情報を把握し、『解析』で魔力の情報も取得すれば、瞬時に転移魔法が使えるからな」

「は? めっちゃかっけぇじゃん」

「せっかくだから今転移魔法の原理を説明しよう」

「アスト。俺たちは別の話でもするか」

 

 ノックスは完全に自分には縁のない話だと判断し、フリードとクルスの会話をシャットアウト。アストは興味がなかったわけではないが、不貞腐れそうなノックスの相手が優先かと珍しくも正常な判断を見せてノックスに向き直る。

 

「アストってこっちにきたことはあるのか?」

「いや、ない。こっちの魔物は他の大陸と比べて弱いと聞くからな。訓練なら実家にいい環境があったから、ここにくるメリットがなかった」

「実家で訓練?」

「兄が一人いてな。今は北で軍の隊長をしている」

「つえぇの?」

「強い」

 

 確信をもって頷くアストに、ノックスはアストの兄には近づかないようにしようと固く決意した。戦闘狂であるアストが「強い」と断言する上に、訓練校に入る前アストに訓練をつけていたともなれば、かなりの化け物であることがノックスにでも理解できた。

 そんなアストの兄はかなりの有名人であり、『大魔闘祭』でも自国のお姫様にいいところを見せたくて大奮闘をしていたことはかなり有名な話だ。

 

「この旅を続けていればいつか会えることだろう。その時はまた手合わせ願うつもりだ……待て、ノックス。何か感じないか?」

『魔力関係ならノックスが何かを感じるわけないですが』

「うるせぇぞテメェ」

 

 悪態をついてルキノスに恒例となったお仕置きである『尻置き板化』を下し、股の間からルキノスが伸びる形になったノックスは、ふと寒気を感じた。フリードとクルスを見てみれば、2人も何かを感じ取ったのか周囲を警戒している。

 そして、それは突然だった。

 

「うおっ!?」

 

 4人の間に一人の少女が現れる。体色は青白く痩せこけており、どこに向けられているのかわからない瞳は生気を宿していない。まるで、死人がそこに立っているかのような光景に、クルスは『解析』を行使した。

 

「魔力によって形成された思念体……?」

「もしかしたら攻撃されるかもしれん。警戒しろ」

 

 何者かが行使した魔法である思念体に警戒心を強めた時、ぼそりと思念体が何かを呟いた。声はか細く、掠れたもの。言葉というよりは音が漏れ出ているかのような、必死に絞り出しているかのようなそれに、ノックスは無警戒に近寄ってしゃがみこみ、耳を近づけた。

 

「ノックス!」

 

 咎めるようなクルスの声に、ノックスは掌を向けて静止する。

 ノックスが無警戒に近づいたのは、何もノックスがバカだから……それも要因の一つであるかもしれないが、それだけではない。

 

 ただなんとなく、掠れた声が苦しそうだったから。それだけでノックスは敵ではないと判断した。

 

「……て」

「わかった。どこに行けばいい?」

「……ぃ」

「よし、すぐに行く」

 

 一言二言言葉を交わし、ノックスが少女の頭に手を置いてにっこり微笑むと、少女は涙を浮かべて消え去った。光に包まれ、そのまま無数の粒となって天に昇っていくそれは、魔法が解除されたというよりは『死』を連想させるそれ。

 ノックスは立ち上がって様子を見に来ていたアルメイヤに視線を向ける。真剣な色を帯びたその瞳に、「おかしな人ってだけじゃないんだ」とアルメイヤは認識を改めた。

 

「アイビー村ってこの辺にあるのか?」

「はい。もうすぐつく次の街から結構歩きますが」

「悪い、案内してくれねぇか?」

「待ってノックス。大体察しはつくけど、あの子はなんて言ってたの?」

「助けてってのと、アイビー村にきて、って」

「じゃあ行こう!」

 

 その言葉にすぐ反応したのは同じく席に膝立ちして様子を見ていたステラであり、難しい顔をしているのはクルスとライラ。 助けて、と聞いて良心が働いたのがステラで、罠の可能性を考えて気が進まないのがクルスとライラである。しかしこの旅の指揮権はフリードにあると考えているクルスは、自分の意見を言う前にフリードへ問いかけた。

 

「フリードさん、どうします?」

「うん、行こうか」

「さっすがフリードさん!」

 

 すぐに承諾したフリードに、もっと「罠の可能性がある」とか「私は安全だと判断したが、もっと警戒心を持て」とか色々言うと想像していたクルスは目を丸くした。フリードがすぐに承諾した理由は単純で、『罠であろうとなかろうと、成長の機会だと思ったから』であり別に良心が働いたわけではないのだが、バカなノックスと純粋なステラは「フリードさん優しい!」とテンションを上げている。

 

「すまんなアルメイヤ。少し寄り道をさせてもらう」

「いえ、その、私も気になってはいますから」

「あ、そうそう聞いて! アルめちゃくちゃいい子なの!」

「おいルキノス。なんでこの短時間でステラはアルメイヤのこと『アル』って愛称で呼んでるんだ? コミュ力の化身か?」

『私はルキノスではなく尻置き板です』

「やべぇ、やりすぎて卑屈になった!」

 

 そのままノックスはルキノスへの謝罪で乗車時間をすべて過ごした。ちなみに謝罪の時もルキノスは尻置き板にされていたため、ルキノスがしばらく許さなかったのは当然である。

 

 

 

 

 

「アイビー村は、花が有名な村です」

「へー! 素敵!」

 

 街についた7人は、アルメイヤを先頭にアイビー村へ向かって出発していた。その道中でもクルスが探査魔法を飛ばして安全確認をしつつ、アストは既に剣を抜いていつでも戦闘できるように準備している。

 対してノックスは、「あぁだからこの辺りって自然豊かなんだなぁ」と感心していた。

 

「近くには綺麗な泉があって、その水でしか育たない花、『宝泉花(ほうせんか)』が特に有名ですね」

「聞いたことあるわね。確か東の大陸だとプロポーズの時にそれを渡すのが一般的なんだっけ」

「そんなこと知ってるってなんか可愛いな」

「は?」

「なんでキレられたんだ俺……」

「照れ隠しだよ。ぷぷ、更に可愛いでちゅねー」

「弾けろ」

「「ぎゃあ!」」

 

 可愛らしい知識を披露したライラに煽りをぶつけたノックスとクルスが、目の前で魔力を弾けさせ目くらましする閃光弾に目をやられてのたうち回る。それでも探査魔法を切らさないクルスは流石であり、その魔法を見て笑みを深めるアストもまた流石であった。

 

「プロポーズっていうことは、年中咲く花なの?」

「えぇ。その綺麗な泉、宝泉(ほうせん)の水と元気な土と繊細な育て方があればいつでも咲きます。数もかなりありますし、ほら、この辺りでもいい香りがするでしょう?」

「あ、ほんとだ。でもせっかくなら見てみてぇなぁ。今目の前見えねぇけど」

『ノックス。それは眩しさにビビって目を閉じたままだからかと思います』

「あ、ほんとだ」

 

 ぎゅっと閉じた目を開けてみれば、目の前には恩師と友だちの姿。ノックスは「見えるって素晴らしいな」としみじみ呟いて、「強くなるなら、その間抜けどうにかしなくてはな」とフリードにチクリと刺された。完全に自分が悪いとわかっているため反論はしないが、そもそもライラが閃光弾やらなければチクリとされなかったんだと、煽ったことを棚に上げてライラを睨みつける。

 

「なに」

「……いや、へへ」

 

 しかし初心なノックスは同い年の女の子を見つめてしまったことで照れてしまい、頬をぽりぽり掻いて目を逸らした。その様子に『かわいいですね』とほくほくしているルキノスは完全にお母さんである。

 そんなノックスにこっそり話しかけに来たのはクルス。端正な顔立ちにひっそりといやらしい笑みを浮かべて、ノックスに耳打ちした。

 

「わかるよ。ライラって美人だから照れちゃったんだよね」

「なっ、おまっ、やめろよー!」

『ノックスが失った青春を取り戻してる……』

「あの、もうすぐ着きますよ」

 

 ほら、と言ったアルメイヤに一言「はしゃぎすぎました」と謝罪して目を向けた先には、花に囲まれた村があった。村を囲んでいる花は、様々な色を持っており、角が丸まった星のような形をしている花。

 

「あれが宝泉花か」

「はい。……しかし、あの少女を見る限り村が襲われているのかと思いましたが」

「待ってて。探査魔法飛ばすから」

 

 クルスが全員の足を止めさせて、探査魔法をアイビー村へと飛ばした。探査魔法は村の上空にふよふよと浮かんでおり、しばらくしてから「襲われた形跡はないね」と断言する。

 

「クルス。『解析』を使ってみろ」

「え、はい」

 

 それに待ったをかけたのがフリードであり、フリードはアイビー村に目を向けたままクルスに指示を飛ばした。言われるがままに『解析』を行使したクルスは、すぐにフリードが『解析』を使うように指示をした理由に気づく。

 

「幻影魔法……?」

「村が正常であると騙すためだろうな」

「え、でも幻影魔法って、私たち何をトリガーにかかってるんですか?」

 

 幻影魔法。音やにおい、その他様々なものをトリガーとして、相手に幻影を見せる魔法。それが本物だと認識すればするほど幻影は効力を増し、幻影であることがわかれば効力は薄まっていく。使用方法は様々で、治療の際に痛みを誤魔化すために患者へ行使することもあり、戦闘中に痛みを誤魔化すために自身へ行使する場合もある。

 

「……そうか、花の匂い」

「恐らくな。アイビー村に近づけば自動的に引っかかる。よくできた罠だ」

 

 そして、幻影魔法であると理解した7人の視界は徐々に変化していった。村を囲んでいた花は元気を無くしていき、村の側に引かれていた川は濁り始める。村にある家は無事なものがなく、すべてが崩れ落ちていた。

 

「ひどい……」

「用心しろ。中に敵がいるかもしれない」

「……あ、人がいる?」

 

 クルスの言葉に、弾かれたように走り出したのはノックスとステラだった。静止するよりも先にフリードが走り出し、視線をクルスに投げる。それを「場所を教えろ」ということだと理解したクルスは、探査魔法を人の反応があった場所へ向かわせた。

 

 探査魔法を頼りに辿り着いたのは、まだ他の家よりはマシだが屋根がなくなり、壁が崩れていて雨風も満足に防げない状態の家だった。その家に、ノックスたちが電車で見た少女が横たわっている。

 

「ステラ!」

「わかってる!」

「クルス! 彼女に『解析』を! 瞬時に適切な処置をする必要がある!」

「わかりました!」

「アルメイヤ、ライラ。俺たちは周囲を警戒するぞ」

「はい」

「えぇ」

 

 ステラとクルスが少女の治療にあたり、アストとライラとアルメイヤが周囲の警戒にあたる。フリードはクルスの『解析』の情報を聞き、ステラに回復魔法の使用箇所、強度を的確に指示している。

 

 そんな中、ノックスは強烈な違和感に襲われていた。

 

「なぁルキノス」

『なんですか?』

「あっちの方、何か感じねぇか?」

 

 ノックスが指したのは、アイビー村近くにある森の奥。感じているのは、まるで呼ばれているかのような感覚。

 

 そんな強烈な違和感に首を傾げつつも、ノックスは周囲の警戒に参加した。



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第21話

「呪いだ」

「呪い?」

 

 未だ眠る少女の治療は、完全回復とはいかなかった。

 その身に受けている傷は治療できたものの、どうやっても目を覚まさない。不思議に思ったクルスが『解析』をかけ続けた結果、少女の身を侵しているものが呪いだと判明した。

 

 『呪い』。人類が使用する魔法とは体系の異なる呪法と呼ばれるものにより引き起こされる、受けた者を蝕むタチの悪い毒のようなもの。解呪方法は術者を倒す以外に解明されておらず、『解析』を持つクルスであっても、『魔法での解呪は不可能である』ことしかわからなかった。

 

「この子が目を覚まさないとこの村で何があったかを聞けないんだけど……探査魔法飛ばして周囲を確認してみても、特に怪しそうなのは見つからないし」

「『解析』も続けろ。幻影魔法で隠れている可能性もある。このままここを離れるわけにはいかんから、今日はここで野宿だな」

 

 幸い食糧はある。言いながらフリードは四角い小さな箱を懐から取り出した。それにフリードが魔力を込めると、一瞬の光の後にテントや寝袋、水や缶詰などの食糧がその場に出現する。

 

「えぇ!? なんすかこれ!!?」

「格納魔法。あの箱の中にいろんなものがちっさくなって入ってるって感じかな?」

『メジャーな魔法ですよ。それこそ千年前にもありましたし』

「俺も欲しい!」

「ちなみに使うのに魔力がいるわよ」

 

 上がっていたノックスのテンションは、ライラの無慈悲な一言により急降下した。ルキノスを抱いて「いいもん……」と拗ねるノックスに、「体力仕事ならできるでしょ?」とクルスから更に無慈悲な一言をぶつけられ、テントの設営を命じられた。隣に立ったアストとステラが「誰が一番うまくペグ打ちできるか、勝負だ」「負けないよー!」と盛り上げていなければ、今頃ノックスは泣き喚いてフリードから「うるさい」と沈められていたことだろう。

 ノックスはルキノスでペグ打ちし、『なっ、せっ、聖剣をなんてことに使ってるんですか!』と文句を言ってきたルキノスに「これも立派な仕事だろ。差別するなよ」ともっともらしいかと思いきやむちゃくちゃな暴論をぶつけて黙らせて、「相変わらずいい太刀筋だ。やるか?」というアストの挑発に乗っかり、「こらー!」と二人してステラに怒られて。

 

 わちゃわちゃとした時間を過ごす中で、ノックスは一つの気づきを得た。

 

「ルキノス、そういえばさ」

『何ですか?』

「呪いって、ルキノスの力でなんとかなんねぇの?」

『……なんでそれを早く言わないんですか!』

「なんでそれに早く気付かねぇんだよ!」

 

 戦闘の余波でぐちゃぐちゃになったテントをアストとステラに任せ、少女のもとに走るノックス。俺もペグ打ち以外で役に立てるんだ! 意気揚々と少女の前に立ってルキノスを振り下ろそうとしたノックスは、ライラに思いきり殴られて止められた。

 

「殺す気か!!」

「いや、違うんだよ! ルキノスの力で呪いってやつをどうにかできねぇかって!」

「『封魔の界』があるでしょ! 寝てる女の子に剣振り下ろすバカがどこにいんのよ!」

「ごめんって言ってんだろ!」

「今初めて聞いたわよ!!」

「どうでもいいから早くやってみろ」

 

 あ、はい。フリードの言葉に弱弱しく頷いたノックスは、『封魔の界』を使用する。灰色の境界がノックスと少女を包み込み、小さな隔たりが生まれた。

 

「あれは……?」

「『封魔の界』。ルキノスの力で、あの中だと魔力をうまく練れないんだ」

 

 初見のアルメイヤは興味深そうに『封魔の界』を見つめ、知的好奇心の塊でありもしかするとノックスよりも『封魔の界』について詳しいかもしれないクルスが得意気に答える。アルメイヤは未知の力に好奇心をくすぐられ、そっと『封魔の界』に手を伸ばすが、「普通に気分が悪いからやめた方がいいよ」というクルスの助言にそっと手を下ろした。それを聞いていたノックスとルキノスはひっそり傷ついた。

 

 『封魔の界』を使用して数分。テントを建て直したアストとステラも合流して変化を見守っていると、それは訪れた。

 

 少女の体から、深い紫の霧が徐々に漏れ出していく。それは『封魔の界』の中で霧散していき、霧が漏れ出なくなり、『封魔の界』を解除した瞬間。

 

 少女が目を覚ました。

 

「……っ」

「水」

「持ってきてます!」

 

 ゆっくりねー、と優しく声をかけながら少女に水を飲ませるステラに、ノックスはなぜだかぐっときて他に仲間がいないかとクルスとアストに目を向けるも、二人とも少女の無事を喜んでいるのみだということがわかりノックスは己を恥じた。

 

「ありぁと、ござぃあす」

 

 まだうまく舌が回らないのか、舌足らずながらもお礼を言った少女に、フリードが流石にタバコの火を消して話しかける。

 

「いい。それより起きたばかりで悪いが、ここで何があった?」

「……ぇと、ま、もの、に、ぉそあえて」

「まどろっこしいな。クルス。『解析』でぱっぱと話させることはできないか?」

「フリードさんに人の血が通っていないことが『解析』を使わずともわかりました」

 

 おとなしくご飯の準備でもしておいてくださいとクルスに突き放されたフリードは、首を傾げながらも「まぁクルスがいるなら必要なことは聞きだせるだろう」と頷いて、タバコに火をつけながらその場から去っていった。唯一の大人がゴミすぎて幸先が不安になる一同であったが、それよりも不安そうな少女を放っておけるわけがなく、一番人当たりがよさそうなステラが率先して少女に話しかけた。

 

「ごめんね。えっと、魔物に襲われたの?」

「あい」

「村のみんなは?」

 

 わかんない。首を横に振る少女に、クルスは「どこかに連れていかれたのかもね」と少女に聞こえないようにアストに言って、アストは「消し炭にするほどの実力者だった可能性があるな」と少女にも聞こえるように言って、ライラに殴られてから引きずられてこの場から去っていった。戦闘狂の大馬鹿野郎に、未知なる敵への興味を抑えろというのは無理な話であった。

 

「そっか。ありがとね、話してくれて」

「僕からもいいかな? 村を襲ってきた魔物に、翼は生えてた?」

 

 少女が首を横に振る。村を襲ったものが魔族である可能性を考えていたクルスは、ひとまずは確率が下がったことに安心して「でもどうしようか」と頭を悩ませた。

 

 いまだに探査魔法でそれらしいものは引っかかっておらず、『解析』に引っかかるものもない。少女の村を襲った元凶をどうにかしたいと思ってはいても、打てる手が今のところない。

 

「なぁ。ステラ、クルス、アルメイヤ。あっちの方から何か変な感じしねぇ?」

 

 その現状を動かしたのは、ノックスの一言だった。先ほどの違和感がどうしても気になって三人に聞くも、返ってきたのは「しない」という否定の言葉。やっぱり気のせいかと片付けようとしたノックスに待ったをかけたのは、人でなしの烙印を押されてご飯の準備をしていたフリード。

 

「行ってみるか」

「え、いや、ほんと気のせいなんで大丈夫っすよ?」

「聖剣を持っているノックスにしかわからないことがあってもおかしくはない。少女は私が王都まで送り届けよう。そうと決まればすぐに出発の準備だ」

「えっ、もう夜っすよ? 危なくないスか」

「その『変な感じ』が明日まである保証がどこにある? 相手が村一つ壊滅させている以上、のんびりしている暇はない。別の街にも被害が出る可能性もある。わかったら準備」

 

 嵐のようにやってきて嵐のように言葉をぶつけ、嵐のように少女をかっさらって嵐のように転移魔法で消えて、嵐のように「まだ準備してないのか」と戻ってきた。

 

『やはりまともではありませんね、フリードさんは』

「俺まだ何するかわかってねぇよ」

「ノックスは私たちを『変な感じ』がする方へ案内してくれ。クルスは探査魔法を周囲に展開しつつ、違和感があれば『解析』を怠るな。最後尾には私が立つ。他はクルスを合図に周囲の事象に対応しろ」

「えっ、いつの間にか僕が重要な役割になってる」

「クルスならできるよ! がんばろー!」

「何かよくわからんが、戦闘がありそうなことだけはわかった」

「あんた、ほんと単純で羨ましいわね」

 

 かくして。突如、何があるかもわからない『変な感じ』がする方へ向かっての行軍が始まった。

 

 

 

 

 

「千年前に魔族と戦ってた?」

『おうよ! テメェの先祖であるアリエス・クロードと一緒にな!』

「ほーん。そんで?」

『テメェがこの場に引き寄せられたっつーことは、また魔族との戦いが迫ってるっつーこった! ならやるべきことはわかったろ!』

「あ! 俺鉱石取りに来たんだった!」

『ちげぇわアホ!! 魔族と戦うつってんだよ!!』

 

 などと言いつつも、いざ採掘を始めると『おい! そっちにもあるぞ!』『バカ、鉱石を傷つけねぇようにもっと繊細にやりやがれ!』と協力姿勢を見せるアルゴに気をよくしたのか、ルディは「で、魔族ってなんなん?」と歩み寄りを見せた。

 

『知らねぇのか? 人間が人に魔力を宿してるもんだとすんなら、魔族は魔力が人の形を成したものとほぼ同義。つっても比喩だけどな。そんぐれぇ純粋な魔力量に差がある。まァわかりやすく言やァ敵だな』

「ほーん。でも俺あんま戦い得意じゃねぇぞ?」

『んなもん俺がいればなんとかなるに決まってんだろうが!!』

「そっか! なら安心だな!」

 

 戦いが得意ではないと言っているルディだが、強さだけで言えば相当なものがある。東の大陸は魔物の強さが全大陸で一番弱い。しかしルディのいるクーロイ火山に出現する魔物は、そもそもが劣悪な環境であるためかその環境に耐えうる魔物が生息する。つまり生物としてそもそも強く、更に食べるものも飲むものもほとんどないことから、魔物同士の争いも日常茶飯事である。

 そのような強い魔物を日々相手にしているルディが弱いわけがない。アルゴも体の動かし方からそれを見抜いており、先ほどから『俺を装備しろ!』と口酸っぱく言っているのだが、「採掘の邪魔!」と突っぱねられてブチギレていた。

 

「おっ、と。こっちはダメだ」

『あ? なんでだ』

 

 アルゴと会話しながら火山を歩き回っていたルディは、思い出したように立ち止まって引き返す。その行動に疑問を持ったアルゴが問うと、ルディは自信なさげに、

 

「いや、なんかあっちの奥行くと守り神様がいるらしくてさ。火山のエネルギー蓄えて、噴火を抑えてくれてるみてぇな?」

『ハー、とんでもない神様がいんだなァ。……ちょっと見てみたくねぇか?』

「……行ってみるか!」

 

 ルディ・クロード。幼い頃から守ってきた掟を聖拳とともに容易く破る。見に行ってはいけない理由も『何か粗相があって守り神様がお怒りになってはいけない』というものであり、「仲良くなりゃいいだろ」と楽観的に考えているルディは無敵であった。

 

 そして辿り憑いた先には、守り神がいた。

 

 紅蓮を思わせる緋色の堅牢な鱗に覆われた体躯。蒼穹を翔る姿を幻視させる勇猛な両翼。大空のような雄大さを感じさせる瞳。

 

「……俺、ドラゴンって初めて見たわ」

『千年前にはいたぜ。このサイズは滅多に見ねぇけど』

 

 全長およそ15メートル。息一吹きで人間を蹴散らせてしまえそうな存在が、ルディとアルゴの目の前にあった。

 そして、守り神の視界がルディを捉えた瞬間。

 

 守り神の目が、闇を思わせる暗い紫へと変色した。



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第22話

「俺、強い!?」

 

 虫が嫌いな者であれば、一目見た瞬間に裸足で逃げ回ってしまいそうな魔物、全長50cmほどの大ムカデを斬り伏せて、ノックスは叫んだ。

 

 『変な感じ』がする方向へ進む道中。当然魔物が一行を襲ってきたが、大体はノックスが一撃二撃で倒しており、思わず自信が声に出たノックス。そんなノックスの肩に手を置いたのは、ノックスが魔物を斬り伏せる度に面白くなさそうにしているアストだった。

 

「ノックス、そろそろ代われ。お前は違和感を突き止めることを優先するべきだろう」

「いや、待て。俺はルキノスを握って初めて確固たる自信が持てそうなんだ。そうだよな、俺弱くねぇんだよ。周りがおかしいんだって」

「あぁノックスは強い。だから代われ」

「うずいてんじゃねぇよお前。後遺症完治してるわけじゃねぇんだからおとなしく下がってろって」

 

 明らかに調子に乗っているノックスと、明らかに戦闘ができなくて不機嫌そうなアストを見て、クルスは小さく笑った。実はと言えばノックスが魔物を一撃二撃で倒している理由は推測がついており、それは『魔物は魔力により動植物に突然変異が起きた結果生まれたもの』であることから、『魔力を打ち消す性質』を持つルキノスは魔物に対して絶大な威力を持つ、というものだった。

 実際それは正解であるのだが、今ここで言ってノックスのやる気を下げるのはよくないと黙っているのは、クルスが優しい人物であることの証拠である。

 

『まぁ私の力ですけどね!! 私の!!』

 

 しかし、ノックスがあまりにも「俺が強い」というものだから、それを面白くないと感じてしまうものもいた。他でもないルキノスである。

 

『私が魔力を打ち消せるから、魔物に対してものすごく強いんです! それをわかってもらわないと困りますよホント』

「おう、ありがとな。ルキノスがいなきゃ今俺はここにいなかっただろうし、本当に感謝してるんだぜ」

『え? あ、あぁ。それならいいんですよ、それなら……』

「ルキノスさんって可愛いんですね」

「うん、かわいいよー」

 

 口喧嘩をするつもりだったルキノスは想定外の返しに勢いを無くし、それを見ていたアルメイヤがこっそりステラに耳打ち。もはやここにいる全員にとって、ルキノスは『少し子どもっぽくて可愛らしいお姉さん』にしか見えていなかった。

 

「つってもアスト、別に『変な感じ』探るのを疎かにしてたわけじゃねぇぞ。幻影魔法があるってのを前提にそのトリガーになりそうなもんも探してるし」

「別に戦闘くらいやらせてやってもいいんじゃない? そいつ、代わるまでずっとうるさいわよ、どうせ」

「まるで俺がわがままを言っているみたいな言い方はやめてもらおうか」

「言ってるわよ?」

「ちょっと待って」

 

 喧嘩を始めようとしたアストとライラを静止したのはクルス。『解析』を展開しており、全員の注目を集めたクルスはノックスのいるその先を指した。

 その先に広がるのは今までと変わらない景色。夜の暗闇を生い茂る木々が一層暗くしている、自然に囲まれた闇。ただ、よく見れば黄緑色の光がぼんやりと見えており、それはクルスの『解析』に引っかかっていることの証明であった。

 

「多分、結界がある。かなり高度な……『解析』を使っても何かがあるってことくらいしかわからない」

「よし、じゃあぶっ壊してみるか」

『私たちの出番ですね』

 

 ノックスは黄緑の光の前に立ち、ルキノスを振り上げて一気に振り下ろした。見た目だけで言えば空を切るのみであったはずのそれは、堅い感触とひび割れる音に裏切られる。ルキノスが触れた地点を起点として、蜘蛛の巣が広がるように空間がひび割れていき、ガラスが割れるかのような音の後にそれは現れた。

 

 暗い青を基調とした、薄気味悪い洋館。薄暗い森の一部が掻き消えて現れたそれに、ノックスは確信を持って頷く。

 

「ここから変な感じがする」

「当たりみたいだな。中に元凶がいるとすれば、結界を壊したことで気づかれただろう。慎重に行くぞ」

 

 フリードの言葉に全員が頷いて、一歩踏み出した。

 その時、ライラは異臭に眉を顰める。幻影魔法の類かと鼻を塞ぐが、そうではないことを地面から伸ばされてきた腕を見て理解した。

 

 ノックスたちが敷地内に足を踏み入れたことで反応したのか、周囲の地面がボコボコと泡を立てるよう無数に膨れ上がり、そこから血色の悪い腕が伸びてくる。そうして地面から這い上がるようにして現れたのは、全身が爛れ、鼻をつく異臭を放っている魔物。

 

「リビングデッドか」

「随分人気者になったみたいだね」

「余裕かましてるところ悪いけど、顔色悪いわよ」

 

 ノックスたちを囲うようにして現れたリビングデッドに対する反応は様々。フリードの表情は変わらず、アストは好戦的な笑みを浮かべ、クルスとライラ、ステラとアルメイヤは構えつつも悍ましい光景に気分を悪くしていた。

 

 そしてノックスは。

 

「なぁ、気づいちゃったんだけどさ。俺多勢に対して相性悪くね? 一人やってる間に横からやられたら終わりじゃん」

『よく気づきましたね、ノックス。そのためのパーティですよ。ですから私たちはおとなしくしていましょう。別にリビングデッドが苦手だとかそういうわけではなく、あんなのに近づくのが悍ましいだとかそういうわけではなく、ただあなたには人と戦うことを学んでほしいなと思っていまして』

「言わしてもらうけど、千年も生きてる方がリビングデッドよりこえぇぞ」

『人でなし!!』

 

 怖がるルキノスをリビングデッドに向けて暴言を吐き、ルキノスに責められていた。そのいつも通りな姿を見て少し平静を取り戻したアルメイヤは、ステラとクルスにそっと声をかける。

 

「ステラさん、クルスさん」

「ん? どうしたの?」

「私たちの周りに防御魔法張ってください。飛び散っちゃうかもしれませんので」

 

 ステラは首を傾げつつも防御魔法を張り、クルスは意味を正しく理解して顔を青く染めて防御魔法を張った。ドーム状に展開されたそれが二重になったのを見て、アルメイヤは両腕を広げる。

 その手の先に展開されたのは、ピンク色の魔法陣。形は六芒星。それが両手の先に二重に展開され、バラバラに回転し始めた瞬間、アルメイヤのうちにある魔力が膨れ上がる。

 

「『爆炎輪舞(エクス・ロンド)』」

 

 小さく呟いたそれは、無数の爆破となって形を成した。防御魔法の周りを回るように断続的に発生する爆破により、周囲にいるリビングデッドが次々に弾け飛ぶ。その肉片が防御魔法にべちゃりと張り付いたのを見て、流石のアストも目を閉じた。

 

「もう解除していいですよ」

 

 リビングデッドをバラバラにした張本人だとは信じられないほどの可愛らしい声に従って、ステラとクルスは防御魔法を解いた。

 目を閉じていなかったフリード以外が恐る恐る目を開けると、そこには。

 

「……さ、中行こうぜ、みんな」

「あぁ、そうだな」

「そっちは足の踏み場が悪い気がするから、あっちから行きましょう」

「賛成賛成!」

「おぇ……」

 

 あえて目の前に広がっていた光景に触れず歩き出す。しかし探査魔法と『解析』を見たことがない爆破魔法のために発動していたクルスは周囲の光景を誰よりも詳細に理解してしまい、胃から逆流してくる何かを感じた。

 

「……流石にやりすぎてしまいましたね」

「手柄だ。誇っていい」

 

 その様子を見てしゅんとしたアルメイヤにフリードが短く告げて、率先してリビングデッドの肉片をぐちゃぐちゃと踏みしめながら洋館へと突き進んでいく。

 

 この瞬間初めて、「あ、フリードさんって頼りになるんだな」と全員が認識した。

 

 

 

 

 

 ルディは明らかに機嫌の悪そうな守り神のブレスによって歓迎された。

 

『避けろ!』

「もう避けてる!」

 

 人一倍熱に敏感なルディはブレスがくることを直感し、無我夢中で走り出す。そして身を投げるようにして地面に飛び込んだ瞬間に、自身の背後で暴力的な熱が通過していったのを感じた。

 

 色は紫。一見炎に見えるそれは、通常の炎とは違う鈍重な揺らめきを持ってそこに存在している。魔法の知識に関しては素人に近いルディは「不思議な炎だなぁ」くらいに思っていたが、アルゴは違った。

 

『なっ、ありゃあ魔王の魔力じゃねぇか!!』

「は? 魔王の魔力?」

『魔力感知は苦手だから実際に見るまで気づかなかったが、間違いねぇ。一体なんだってここの守り神サマが魔王の魔力使ってんだ!?』

「んな難しいことはわかんねぇけど、どうすりゃいい!? 謝ったら許してくれっかな!」

『話が通じる相手が、最初にブレスお見舞いしてくると思ってんのか!』

「言えてるー!」

 

 明るい言葉を吐きながら、守り神が振り下ろした剛腕を避ける。地面を打った衝撃とともに礫が襲ってくるが、致命傷にはならないと避けもせずその身に受けて、ルディは受け身を取りながら背後を確認した。

 最初のブレスで通ってきた道は紫の炎に包まれている。逃げ場と言えば守り神の奥に道が一つあるくらいで、その他は逃げられそうな場所がない。

 

「どうすっかなぁ」

『チッ、どうするもこうするもやるしかねぇだろ! どのみち守り神サマは様子がおかしい。恐らく魔族になんかやられてる! ならやることは一つ!』

「アルゴを装備してとりあえず守り神をぶっ飛ばす!」

『今度は正解!』

 

 採掘の邪魔だからと装備していなかったアルゴを取り出して装備する。すると、右手の甲に埋め込まれた赤い宝石が淡く光り、ルディを包み込んだ。

 そして、ルディに変化が訪れる。内側に熱い魔力を感じるようになり、皮膚が固くなったと思って肌を見てみれば、赤い鱗で覆われていた。更に体格にも変化があり、筋肉は堅牢に、それに合わせて身長も伸びている。

 

「なんだこれ、カッケェ!!」

『俺は人とドラゴンのハーフ、つまり竜人だ! 俺の使い手であるオメーは俺の力を十全に扱うことができる!』

「つまりどういうこと!?」

『強くてカッケェってこった!!』

 

 しかしテンションの上がっていたルディとアルゴは尻尾の薙ぎ払いに気づかず、思いきり弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。



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第23話

『魔王の魔力を感じます』

「魔王の魔力ぅ?」

 

 クモの巣がところどころに張り巡らされ、歩く度にギシギシと不安を駆り立てる音のなる洋館。現れる魔物をことごとく蹴散らしながら上へ上へと進んでいく中で、覚えのある魔力を強く感じるようになり、それが確信に変わった瞬間に思わずルキノスから言葉が漏れた。

 

「魔王は千年前に他でもないルキノスが討ったはずだろう」

『そうなのですが……間違えるはずもありません。これは確かに魔王の魔力です』

「ならこの先に魔王がいるということか」

「楽しそうに笑ってんじゃないわよ」

『いえ、確かに魔王の魔力ですが、当時感じた威圧感がほとんどありません。魔王がいるとは考えにくい』

「そうか……」

「あんたほんとわかりやすいわね」

 

 魔王がいるとわかって喜び、いないとわかって落ち込むのはこの世界どこを探してもアストくらいである。人類を脅かす存在がいて、もちろん人類にとっていない方がいいのに『強いから』というだけでいてほしいと望むこの戦闘狂は、ある意味一番倫理観をかなぐり捨てている可能性すらあった。

 ノックスも同様に、上の方から何かを感じ取っていたが、「どうせ魔力もねぇのにとかってバカにされるし……」とすっかり自信を無くし、心のうちにしまっておいた。フリード以外同年代で構成されたパーティだが、周りが優秀すぎて地味にへこんでしまっているノックスであった。

 

 薄暗い廊下を抜けると、広い空間に辿り着いた。天井に吊り下がっていたであろうシャンデリアが床に落ち、周囲に破片が散らばっている。床に敷かれてある絨毯は元の色がわからないほどに変色し、原型をとどめていない。

 

『この場所から強く感じます。恐らく、何かがいる』

「クルス」

「はい」

 

 フリードに名前だけ呼ばれたクルスが『探査魔法』を飛ばし、この空間を『解析』する。

 結果は、すぐに分かった。『解析』にそれらがかかった瞬間、姿を現す。青白い炎を纏った球体がいくつも浮かんでおり、それらの中心に、同じく青白い炎を纏った大鎌を持つ魔物がいた。

 人型だが、上半身しかない。手には巨大な漆黒の鎌を持ち、頭部の上半分がごっそりと抉られたかのような形状で、皮膚がなく、むき出しになっている歯の隙間から青白い炎が漏れ出ている。腹の位置にはまるで脳に見える不気味な物体があり、そのすぐ下に青白い炎を放つ巨大な赤黒い瞳があった。

 

「のこのこと我が根城に餌がやってくるとは、人間とは存外気が利くものだな」

「村を滅ぼしたのはあなたですか!」

「いかにも。喰らいやすそうな餌があったものでな」

 

 臆することなく声を張り上げるステラに、魔物は悠然と答えた。

 

「我は魂を喰らう。幸せに生きているものほど、魂の質がいい。ただそれよりも格別なのが、絶望している者の魂だ。そろそろ置いてきた人間の子どもの絶望が育」

「うおおおおお!!!」

『ノックス!?』

 

 魔物が喋っている間に、ルキノスを構えたノックスが駆け出した。

 ノックスにとって、魔物が何を言おうともう興味はない。村を滅ぼした相手が目の前の魔物であるというだけでもうそれ以上聞く価値など存在しなかった。故に、ぶっ飛ばす。判断基準一つあればもうあとはどうでもいい。魔力を持たず筋肉を鍛え上げてきたノックスは、脳みそまで筋肉になってしまった。

 

「あのバカ! 一番突っ走っちゃダメなのに!」

「ノックスはバカだから仕方がない。アルメイヤ、周囲の炎の対応は君に任せる。アストと私は前に出る。ステラとクルスはサポートを、ライラはここぞという時に放てる一撃を溜めてくれ」

 

 言いながら、フリードは魔力弾を放ち、今まさにノックスを刈り取ろうとしている大鎌を弾いて前へ出る。そして加えていたタバコを空気で押し出すように吐き飛ばすと、先端でじりじりと燃えていた火が膨らんで炎となり、魔物へ襲い掛かった。

 

「ステラ、アスト、クルス」

「了解」

 

 ステラによりアストへ速度上昇のバフがかけられ、炎の線上にいたノックスを救出。フリードの炎へ対抗するべく放った魔物の青白い炎を防ぐようにしてクルスが防御魔法を展開。この流れるような連携の中で、ノックスはただびっくりして目を丸くすることしかできなかった。

 

「無事か、ノックス」

「あ、ありがとう」

『何をしているんですかノックス! 基本戦法は待ちだと教えたでしょう!』

「だから待っただろ! でもあいつ、聞いてもねぇのにべらべら喋るから我慢できなかったんだよ!」

『それは確かに同意します。ウザかったですね』

「あぁ。せっかく強そうなのに、あそこまで口を回すのは戦闘において風情に欠ける」

 

 脳を筋肉に支配されているノックス。千年前の物騒な倫理観が消えないルキノス。戦闘においてはクソバカになるアストが集まってしまっては、まともな結論に落ち着かないのはわかりきったことだった。

 しかしそんな頭のおかしい三人でも、魔物を前にしてふざけ続けるほどいかれてはいない。「俺にもバフを頼む!」とやる気を見せたノックスに、「ごめん! かけらんない! ルキノスの影響かも!」とステラに返され、ノックスが少ししょげたのが再びの開戦の合図となった。

 

 ぶつかり合った炎の中から傷一つない魔物が現れ、魔物の周囲に数十の青白い炎が浮かび上がり、不規則に渦を巻くそれらから炎の弾丸が放たれた。

 

「よし、叩き斬る!」

「なら、お互いをカバーし合いながら進むか」

 

 それに対する二人の回答は、斬りながら進むことだった。ノックスは魔力に対して絶大な効果を誇るルキノスを手に、アストは後遺症による痛みに「これが成長痛か」とやはり勘違いしながら雷を纏った剣を手にし、同時に駆け出した。

 ルキノスに炎の弾丸が触れるとすぐに消え失せ、消しきれなかった弾丸はアストが叩き斬る。別方向から距離を詰めるフリードは、襲い来る炎の弾丸に対し、走りながら魔力弾を生み出してぶつけ相殺。初めから周囲に浮かんでいた球体は、動きを見せる前にアルメイヤが爆破。

 

「……同情するわ」

 

 と、魔物を憐れんでみせたライラはその右手に魔力を収束させ、指示があればいつでも魔物を粉々にする準備ができていた。

 

「余裕なさそうだな!」

「ふん、炎だけが我の力だと思うな」

『そうですよノックス。ここにくるまでのことを思い出してください。恐らく幻影魔法を得意としています』

「その通り」

 

 接近するノックスたちに狼狽えず、魔物が大鎌の柄で地面を叩いた瞬間、ノックス、アスト、フリードの三人が青白い炎に包まれた。

 一瞬でも本物と認識してしまえば、その炎は現実となる。フリードですら一瞬体が焼かれるレベルの幻影魔法に、ノックスは『封魔の界』を自身とアストを覆うように展開して解除。その一瞬で、幻影魔法の影響下から脱出した。

 

「助かった」

「気にすんな!」

 

 幻影魔法により一瞬止まった足はすぐに動き出し、魔物に肉薄する。ノックスとアストが剣を振るったのはほぼ同時、そして狙いは赤黒い瞳。

 しかし、振るわれた剣が瞳を斬ることはなかった。剣が触れる直前、瞳が強い光を放つ。それだけで、ノックスとアストの体が硬直した。

 

「クルス、ステラ」

 

 すかさず振るわれた大鎌から二人を守るために、クルスとステラの防御魔法が展開される。そして防御魔法が大鎌を防いでいる間にフリードが二人のもとへと辿り着き、アストの背に触れた。

 

「ノックス。衝撃に備えておけ」

「え?」

 

 フリードの言った意味を理解したのは、隣にいたアストがライラになってからだった。転移魔法の応用により位置を入れ替えられたライラは目を丸くし、そしてすぐに自分がやるべきことを理解した。

 

「撃て」

「ちょ、まっ、シャレになんね」

 

 言い終わる前に、ライラが右腕を振りぬいた。そして。

 

 オレンジ色の強大な暴力が、魔物を粉砕した。

 

 

 

 

 

「しっ、死ぬかと思った……」

「無事ですか? ノックスさん」

 

 至近距離で暴力の余波を受けるはずだったノックスは、寸でのところでアルメイヤに抱えられ、救出されていた。思春期で女の子との触れ合いに慣れていないノックスであっても、アルメイヤに抱えられて密着している現状より、寸前まで迫っていた死の恐怖が勝っている。

 ライラの砲撃によって魔物は塵となり、その場に紫色の欠片だけが残った。砲撃が直撃した洋館の壁は綺麗に粉砕され星空が見えており、「俺もあの一部になるところだったんだな……」とロマンに想いを馳せていると、フリードがノックスに近づいてくる。

 

「少しいいか」

「フリードさん。あんた俺を殺す気ですか?」

「ノックスじゃない。ルキノス、あの欠片から魔王の魔力は感じるか?」

『はい。確実に魔王の魔力です』

「あの、一言謝ってくれるだけでいいんです」

「うるさいな」

「アルメイヤ、二人で逃げよう。あんな人でなしと一緒にいたくないだろ?」

「そ、それは駆け落ちということでしょうか……? でしたら、申し訳ございません」

 

 なんで俺死にそうな目に遭った上に勝手にフラれてんの……? と落ち込むノックスをフリードが小突き、「どうでもいいからルキノスを連れてあの欠片に近づいてくれ」と非道な一言。これには流石のルキノスも『の、ノックスは魅力的ですよ!』となんの根拠もない励ましを送った。

 

「ルキノスに言われてもなぁ」

『なっ、私はこれでもものすごい美人だと評判なんですよ!』

「だろうな、そんな感じしてるわ」

『あっ、そ、うん、わかってるならいいんです』

 

 ルキノスがちょろいということを覚えたノックスは適当にルキノスを持ち上げて黙らせて、紫色の欠片の前に立つ。近くにはフリードとクルスが立っており、クルスが欠片に対して『解析』を走らせて、フリードは無警戒に欠片を触ってぶつぶつと何かを呟いている。ルキノスが魔王の魔力を感じると言っていたことなど、倫理観をほとんど失っているフリードからすれば関係のないことであった。

 

「クルス、何かわかったのか?」

「ノックス。いや、何も。すごい魔力が込められてるっていうのはわかるんだけど……魔物とか魔族とかにしか適合しなさそうっていうくらいかな」

「問題はなぜ魔王の魔力があの魔物に与えられていたか、だな。こういう事例があった以上、各地で同じことがあっても不思議ではない」

「とりあえずぶっ壊しときます? あってもいいことないでしょ」

『すさまじい脳筋っぷりですね……」

 

 呆れつつもルキノスは反対せず、フリードとクルスも惜しがりつつ賛同した。

 ルキノスを構え、ノックスが一歩前に出る。

 

「お?」

 

 瞬間、欠片が強い光を放った。その禍々しい紫の光は一瞬で収まると、欠片は忽然と姿を消していた。

 代わりに、ノックスは自身の体に強烈な違和感を持つ。胸のあたりに異物があるような、そんな違和感。フリードたちが周囲を警戒している隙をついて、そっと自身の胸を襟元を伸ばして覗き込んでみると、

 

「……」

『ノックス? どうかしましたか?』

「ルキノス。あのさ」

 

 なんか俺の胸に、欠片が埋め込まれてんだけど。大量の冷や汗を流しながら言ったノックスに、フリードが目を輝かせた。



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第24話

 胸に埋め込まれた欠片は色を失っている。体調は万全、魔力に変化なし。

 結果、異常なしというのが、ノックスに対して下したフリードとクルスの診断結果だった。

 

「いや異常なしなわけなくねぇか?」

「異常はあるけど異常なしって感じかな」

 

 あの後。

 

 洋館を出た一行はフリードの転移魔法で街へと戻り、宿を取っていた。男女で部屋を分け、『私も女の子なんですけど』と訳の分からないことを言ったルキノスを黙らせる形で、部屋にはノックス、クルス、アスト、ルキノスがいる。

 話題はもちろんノックスの胸に埋め込まれた、魔王の魔力を持っている欠片のこと。今現在、紫色だった欠片は灰色になっており、魔力も一切感じない。『私が打ち消してるとかですかね?』と言ったルキノスを手放してみても、色が戻ることはなく魔力を感じることもなかった。

 

「気になるのは、あの欠片は魔物か魔族かにしか適合しないはずっていうところなんだけど……」

「俺は人間だぞ? なんだよ、魔力がねぇからって人間扱いすらしてもらえねぇのか!」

『あんまりですよ! むしろ、魔族ならば猶更魔力を持っていなければおかしいでしょう!』

「でも、疑わなきゃいけないところだとは思うんだ。自分が魔族じゃないって思っていても、本当は魔族かもしれないし」

「神に誓ってもいい! 俺は魔族じゃない!」

「どっちでもいいだろう。人間でも魔族でも、ノックスはノックスだ」

 

 駄々をこねるように騒いでいるノックスを鎮めたのは、武器の手入れをしながらノックスに視線も向けず放ったアストの一言だった。

 いや、そういうこと言ってるんじゃないんだけどと言おうとしたクルスは、「そうだよな! アストはやっぱりいいやつだ!」『アストは最高ですね!』と大盛り上がりし始めたノックスたちを見て、この話はもうやめにしようと布団を被る。

 

「そんなんだからアルメイヤにフラれるんだ」

「言いやがったなテメェ!!!!」

 

 いともたやすくノックスの地雷を踏み抜いた結果、男子部屋で枕殴り大会が開催された。勝者はもちろんアストであった。

 ノックスとクルスの言い争いにまったく関係ないアストだが、戦闘となれば参加して当たり前なのがこの男である。

 

 

 

 

 

 一行は、フリードがハンドルを握る魔導四輪に乗り込み、クーロイ火山へ向かって大地を爆走していた。

 魔導四輪。取り付けられているタンクに搭載された魔力を動力として、最高時速200kmを突破する優れもの。タンク内の魔力が尽きても、運転席の者の魔力を使用して動かすことができる。

 運転席にはフリード、助手席にはアルメイヤ、二列目にはクルスとアスト、三列目にはノックスとステラ、ライラが並んで座っている。三列目にノックスがぶち込まれたのは完全にクルスの嫌がらせであり、魔導四輪にクルスがアストを引っ張っていち早く乗り込み、「土地勘ある人が前の方がいいよね」とアルメイヤを助手席へ誘導し、「女の子一人と男二人にするわけにはいかないから」ともっともらしい理由をつけて思春期であるノックスを女の子二人と並んで座らせた。

 

「おー! 見ろルキノス! 窓の景色がものすごい速さで変わっていくぞ!」

『人類はここまで進歩しましたか……! しかし結構揺れますね、少し酔いそうです』

「剣が酔うってどういう感覚だよそれ」

 

 しかしそんなことを気にしていたのは乗って数分間だけ。田舎者であるノックスと千年前の時点で外の知識が止まっているルキノスは、初めての魔導四輪におおはしゃぎ。それがなんだか可愛くて、隣に座っているステラはくすくすと二人にバレないよう控えめに笑っていた。

 

「ほんとに気をつけなさいよ。山道だから結構揺れるでしょうし」

「酔いそうなら私がなんとかできるよ!」

「酔い止めの魔法まであんの? 魔法ってすげぇ!」

『田舎者で魔法の知識もない。ノックスってこの中で一番遅れているのではぁ?』

「でもルキノス、街でクレープ見た時に『食べたい! ずるい!』って言ってたじゃねぇか」

『それ今関係ないでしょうが!!』

 

 クーロイ火山へ向かう前、街での出来事。旅に必要な物の買い出しの最中、クレープがルキノスの目に留まった。『ノックスが気になるなら、あのクレープというものを見に行ってもいいですよ?』と素直になれない子どものようなセリフを吐き、食えもしねぇのに食い意地張ってんなぁとデリカシーのないことを考えながらクレープを購入したノックスは、ずるいと騒ぎたてるルキノスにクレープを塗りたくる暴挙に出たのである。

 

『まったく、そもそもノックスは私を雑に扱いすぎです! 聖剣なのですよ、私は!』

「だって剣なのに周り見えてるし、酔いそうとか言ってたし、味もわかるかなって思ったんだよ。ごめんな」

『私、最近気づいたんですよ。そうやって私に罪悪感与えてうやむやにしようとしているんですよね』

「おう」

『清々しい……』

 

 バレちまったら仕方がねぇと開き直ったノックスに、逆に毒気を抜かれたルキノスはおとなしくなった。自分に対する扱いは悪いが、それが遠慮のない関係を表しているような気がして悪くないと思っているのはルキノスだけの秘密かと思いきや、ノックスとアスト、そして関わって日の浅いアルメイヤ以外の全員にバレている。

 

 筋肉バカと戦闘バカはやはり唐変木であった。

 

「もうすぐ着くぞ」

 

 ちらりと後部座席の愉快な生徒たちへ視線を向けて告げたフリードの言葉に、ノックスは前を見た。

 

 ごつごつとした岩を積み立てて造られた柱に、『クーロイの里』と刻まれた岩の板が取り付けられている。武骨なアーチのその奥には、それとは打って変わってキノコを模した建物が点々と並んでおり、階段などもキノコのかさを模して造られている。

 

『変わらずファンシーですね』

「そっか。ルキノスはきたことあんのか」

『えぇ。私の記憶に間違いがなければ、ここに聖拳があるはずです』

 

 魔導四輪を下りて、フリードが格納魔法により別次元へ格納した後、岩のアーチをくぐってクーロイの里へ入る。

 

 里へ入れば、人の姿も見えた。火山の麓にある里であるため鉱業が盛んなこの里での仕事と言えば採掘及び農業くらいのものであり、後は火山の魔物を狩って素材を街へと売りに行くくらいのもの。そのため、一生をこんな田舎で過ごしてたまるかと若者が里を出ていくため、若者の姿は極端に少ない。

 

「ルキノス」

『聖拳は火山にあるはずです。入山許可がいるので、里長に話を通す必要がありますが』

「すんません、旅の人っすか?」

 

 『入山許可』あたりで、他より高い位置にある建物にどうせ里長がいるだろうと歩き始めたフリードは、かけられた声に足を止めた。

 

 金の髪に燃えるようなオレンジの瞳を持つ端正な顔立ちの青年。その背には鉱石の積まれた籠を背負っており、露出している肌が黒く汚れ、それどころか衣服が焦げてボロボロになっている。

 

「あぁ。入山許可がほしくてな」

「お、そんなら案内するっすよ! あの高いキノコん中にじいちゃんがいるんで!」

「助かる」

『おい待てルディ!! 旅のもんを何の警戒もせず里長のとこ上げようとしてんじゃねぇ!!』

 

 ルディ以外の全員が、聞こえてきた声に周囲を見る。しかし声の主と思われる人物はいない。

 とんでもなく小さいやつがどこかにいるのかとバカなことをノックスが考えていると、ルディが「うるせぁなぁ」と言いながら籠から煤けた聖拳を取り出した。

 

『つか俺を籠に入れんじゃねぇよ!!』

「だって重ぇんだもんよ。つけてたら採掘しにくいし」

『いいか!? 俺がいなかったらあのクソ守り神に殺されてたんだぞテメェ!! ならそれ相応の扱いってもんがあるだろうが!!』

 

 目の前でぎゃーぎゃーと騒ぎ始めたルディと呼ばれた青年と、青年をルディと呼んだガントレット。その場にいる全員が目を点にして、まさかなと首を横に振る中、ノックスの一言によりそのまさかが判明した。

 

「ルキノス。あれ聖拳?」

『えぇ。まさしく聖拳アルゴです。……思っていた再会とは違いますが』

『ア!? テメェルキノス!! なんでこんなところにいやがる!!』

『お久しぶりですアルゴ。それについてお話があるので、少しお時間いいですか?』

 

 こうして。

 

 劇的でもなんでもなく、今代の聖武具の使い手二人が出会った。

 

 

 

 

 

「魔族討伐かぁ」

 

 あの後。ルディとアルゴは魔族討伐のために聖武具の使い手を探していると説明を受け、難しいことはよくわからないルディは「とりあえず旅面白そうだしオッケー!」と快諾。あっという間に里長へ報告し、「旅に出るのはいいけど、その分働いてから行け」と最後まで若者をこき使う意思を見せた。

 そしてルディは同じ聖武具の使い手であるノックス、鍛錬になるからとついてきたアスト、距離を取られていることが気になって、ノックスが行くならとついてきたアルメイヤを引き連れて、再度火山へ採掘にきていた。

 

「俺会ったことねぇから実感わかねぇんだよなぁ」

「できることなら会わないのが正解なのですが……」

「あんなに強い相手と会わないのはもったいないだろう。アルメイヤは魔法だけではなく冗談もうまいんだな」

「アストは戦闘以外本当ダメだな」

「力仕事ならできるぞ」

 

 そう言ったアストは鉱石を採掘するどころか、粉々に砕いて力仕事ができることではなくその力を証明した。

 

「ふん。鉱石がこれほど軟弱とは」

「テメェの不器用を鉱石のせいにすんじゃねぇよ」

「ならノックスもやってみろ。ノックスがちゃんと採掘できたら謝罪してやる」

「は? 見とけよ」

 

 つるはしを振りかぶり、鉱石が埋まっている岩壁に振り下ろす。そして、強烈な破壊音とともに転がってきたのは、鉱石の破片だった。

 

「ワリィアスト。確かにこれは鉱石が軟弱だわ」

「だろう」

「すげぇな二人とも! 力持ちじゃん!」

『怒れよルディ。こいつら仕事の邪魔しかしてねぇぞ』

『アルゴは相変わらずですね。ノックスの可愛い努力を邪魔などと言うとは』

『キモ。千年以上生きたババアが母親気どりかよ』

『……言ってはならないことを言いましたね? いきなさいノックス! あのデリカシーのない唐変木を叩き斬りましょう!』

「俺か?」

「おとなしくしててください。アストさん」

 

 デリカシーのない唐変木という言葉にあまりにも覚えがあったアストが自分のことかと剣を抜くが、これ以上場をぐちゃぐちゃにするわけにはいかないと正常な判断を下したアルメイヤに鎮められた。せっかく戦闘できると思ったのに止められたアストは、再度鉱石を粉々にし、再度力を見せつけた。

 

『……あぁ、そういやルキノス。お前知ってるか? 魔王の魔力を持った魔物がいやがったんだ』

『アルゴも見たのですか? 私たちもここにくる道中討伐してきたところです』

「あ! 思い出した! 旅してたんならさ、この鉱石が何か教えてくんね? なんか守り神様ぶっ飛ばしたらでてきたんだけどよ」

『ノックス! 離れてください!』

 

 ポケットをまさぐってルディが取り出したのは、ノックスたちが見た欠片と同じ、紫色の欠片。ノックスが近づいた瞬間、ノックスの胸へ埋め込まれた正体不明のもの。

 

 それは、ルディのポケットから取り出された瞬間強い光を放ち、一瞬で周囲を包み込んだ。

 あ、遅かったみてぇだわ。諦めに似た言葉がノックスの口から漏れたのは、光が収まった瞬間であり。

 

 周囲の景色が火山から、荒野へと変わった瞬間であった。



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第25話

 荒野にいるのはノックスのみで、その背にいつもいるルキノスもいない。障害物も何もないただ広いだけの空間。空は暗く、色は深い紫。星は見えず月もない。

 

「……誰かいませんかー!!」

 

 そんな空間に飛ばされてノックスが取った行動はシンプルだった。考えても無駄だと声を上げ、見渡す限り何もないから誰もいるわけがないとわかっているのに可能性へ縋り付く。

 

『ククク、多少の怯えもないとは、吾輩の器は肝が据わっているようだな』

 

 しかし、ノックスの呼びかけに応える声があった。それは突如ノックスの目の前に現れた深い紫の霧から発せられ、粘土をこねるようにぐにゃぐにゃと段々形となっていく。

 

 腰まで伸びた銀の髪。月のような色を持つ瞳。体色は薄い紫で、その頭には一対の禍々しい赤黒い角が生えている。その身には角と同色のローブを纏っていた。

 

「我が名は魔王ザミリエル。貴様が吸収した魔力の持ち主だ」

「魔王? 死んだんじゃなかったっけ」

「ふん。死んだのは死んだのだろうな。だが、今は生まれ直そうとしている」

「生まれ直そうとしている?」

 

 魔王と名乗った魔族に、ノックスは平常心を保っていた。ノックスがバカで考え無しだからというわけではなく、なんとなく大丈夫な気がしたからという漠然とした理由で。それに気分を害した様子もなく、ザミリエルはその場にあぐらをかいて座り込み、ノックスも無警戒に近寄って同じようにあぐらをかいて座り込んだ。

 

「吾輩の魔力の欠片。それが貴様の胸に埋め込まれただろう」

「あぁ。なんかクルスの話じゃ異常なしって話だったけど」

「だろうな。少なくともあれ程度では、吾輩の魔力を感知することなどできん」

 

 クルスの『解析』は、スキャンしたものの情報を読み取ることができる。それでもノックスに埋め込まれた魔力の欠片を異常なしとしたのは、吸収された魔力が少なすぎて、まだザミリエルの魔力が目覚めていなかったためであった。

 

「だが、あの聖拳の使い手によって吾輩が目覚めるだけの魔力が集まった。今『解析』されれば異常ありと言われるだろうな」

「へぇー。あれ? ってことは俺今魔力持ってるってこと!?」

「吾輩の魔力だがな。まぁ行使はできる」

「マジかよ!! やったー!!」

 

 念願の魔力を手に入れたノックスはそれはもう喜んだ。両手でガッツポーズを作り天に向かって腕を伸ばして咆哮。その腕を下ろした勢いでザミリエルの肩を掴んで「ありがとう!! 俺のところにきてくれて!!」と妻が産んだ赤ん坊に対して言うようなセリフをザミリエルに送る。

 そんなノックスに対し、ザミリエルは嘲笑で返した。

 

「どうやら、どういう状況か理解していないようだな」

「俺はもっと強くなれるってことだろ!」

「間違いではないが、違う。吾輩の魔力が集まった時、貴様の肉体は吾輩のものとなるということだ」

「いいじゃん」

「いいじゃん?」

 

 嘲笑は困惑へと変わり、魔王らしからぬ間抜け面を晒す。ここにザミリエルの家臣がいれば、「幻滅しました。魔王軍やめます」と軍を抜ける者が続出したことだろう。

 だがザミリエルは腐っても魔王であり、ノックスの「いいじゃん」というセリフを『魔王と友好を深め、自分の安全を確保するため』のものだと推測した。そして人間風情が調子に乗るなよと力の差を見せてやろうとその手に魔力を込めた時、ノックスが言葉を続ける。

 

「あれ? やっぱよくねぇか? ザミちゃんが俺の体使えるようになった時って、もう俺に所有権戻ってこねぇの?」

「吾輩が力を収めれば戻ってこられるだろうな」

「じゃあ別に、俺の体ん中にずっといんのは窮屈だろうし、いいぜ?」

 

 ザミリエルは今、ノックスと同化状態にある。それはノックスの思考、感情をある程度読み取れるということでもあり、ノックスが今嘘を言っているわけではないことが理解できた。

 理解できたが、それは納得とは別の話であり、言っている内容は理解できても意味がまったくわからなかった。魔王は人類の敵であり、屠るべき対象。だというのにノックスは自分を気遣っている。またもザミリエルは魔王らしからぬ間抜けな表情を晒した。

 

「貴様、何を考えている?」

「なんか悪いやつだとは思えないんだよなぁ。だってさ、魔力集まって体乗っ取れるんなら、俺に話さずそん時がきたら乗っ取ればよくねぇか?」

「……しまった!!」

 

 魔王の威厳、崩れ去る。バカみたいに顎を落として大口を開け、ザミリエルは頭を抱えた。

 ザミリエルがノックスに『魔力が集まると体を乗っ取れる』ことを教えたのは優しさでも打算があったわけでもなく、ただ考え無しに「おぉ! やっと喋れるようになった!」という喜びからくるもの。

 

 魔王ザミリエル。御伽噺で語られるその存在は邪知暴虐を体現したような存在であったが、実際は脳が足りない阿呆であった。

 

「貴様っ! 今のこと他のやつらには言うなよ!」

「えー? でもそうしたらさ、表でザミちゃんと話せねぇじゃん。ただでさえ体動かせねぇのに、余計窮屈じゃねぇか?」

「くっ、それは確かに……!」

「よっしゃ決まり! 俺の体ん中にいてもらうのはワリィけど、よろしくな。ザミちゃん」

「……さっきからザミちゃんと言っているが、吾輩のことか?」

「他に誰がいんだよ」

「吾輩は魔王ザミリエル! 愛称で呼ぶな、殺すぞ!」

「俺が死んだらザミちゃんも死ぬんじゃね?」

「はっ、そうか!」

 

 ザミリエルの知能レベルは、ノックスに言い負かされるほどのレベル。今のところノックスとの舌戦で全敗を喫しているザミリエルは、これ以上無様を晒すわけにはいかないと、「ククク」と笑っておいた。生前これをやっておけば勝手に恐怖してくれたため、ザミリエルにとってのリーサルウェポンである。

 

「で、ここっていつ出れんの?」

「吾輩が呼んでいるだけだからな。吾輩の意思で出すことができる。もうここで話すこともないし、目覚めさせてやろう」

「おう、頼むわ」

 

 

 

 

 

「あ、起きた」

「ステラ!!!!!???」

 

 目を覚ました瞬間目の前に美少女。女の子への耐性がないノックスは跳ね起きるかと思いきや、跳ね起きたらステラと頭をぶつけてしまうと高速で判断し、「ちょっと顔近くて恥ずかしいから、どいて」と乙女のような反応を見せた。「ごめんねー?」と笑うステラに脈がないことを察したノックスは、心の中で涙を流す。

 

 ステラがどいてくれたことで体を起こしたノックスが周りを見れば、どこかの家の中だった。ノックスはベッドに寝かされており、急に倒れたノックスに何事かと旅の仲間が全員集合している。

 

「あれ、ノックス大丈夫!? どこか痛いの?」

「嬉し泣き……」

『すみませんステラ。ノックスはほとんど一人だったので、目を覚ましてみなさんがいてくださったことが随分嬉しかったようです』

「あぁ、そうなんだ。ステラの反応があまりにも脈なしだから悲しんでるのかと思ったよ」

「クルス。お前に話がある」

「僕らもノックスに話がある」

 

 ドキン! とりあえず黙って様子を見ておこうと思っていたザミリエルの胸が跳ねた。ノックスと話して現実に帰っても喋ると決めたザミリエルだったが、「あれ、冷静に考えたら吾輩、敵まみれじゃないか?」と考え直していたところに、クルスからの「話がある」発言。阿呆であるザミリエルとはいえ、流石に今の状態で『解析』を使われれば自分の正体がバレることに気づいている。

 

(どうか、『解析』を使っていないでくれ……!)

「さっき『解析』したら、ノックスの胸のそれから魔王の魔力感じたんだけど。なんか薄く光ってるし」

「あ、そうそう。みんなに紹介しねぇとな。魔王ザミリエルだ」

『クソッ!! ここまでか!!』

『お久しぶりですね、ザミリエル』

『まさかテメェとも会うことになるとはなァ』

 

 ザミリエルの願い空しく、あっさりとクルスに看破された。笑い交じりに話しかけてきたルキノスとアルゴに憤慨したザミリエルは、自身をチカチカ光らせて怒りをあらわにする。

 

『フン。冷静に考えれば周りは敵だらけだと思っていたが、吾輩を屠ることはこの器を屠ることと同じこと。よく考えれば貴様らは吾輩に手出しできんだろうな!!』

「あぁ。だから困ったことになった」

「フリードさん」

 

 フリードがノックスの側まできて、ノックスの服をめくり上げる。「きゃあ!」と言って胸を隠したノックスを一睨みして黙らせて、胸に埋め込まれた、薄紫に発光しているザミリエルを撫でた。

 

「元々、聖剣を所有し、魔族に狙われるからという理由で殺害の案が出ていた。そこに魔王の魔力を有するとなれば、反対意見を押し切ってでもノックスの殺害に動くだろう」

「マジすか?」

『え、それは困る』

「マジだ。魔力の欠片を集めきることは魔王の復活と同義だからな。で、ノックスが意識を失っている間、軍に報告したら案の定だった」

 

 さっきは嬉しさから出た涙の意味が、悲しさへと変わった。

 

 ノックスが魔力を吸収し、意識を失った後。その場に居合わせた三人は急いで民家へとノックスを運び、起きたことをフリードに説明。その間にクルスが『解析』をノックスに行い、ザミリエルの魔力が起きたことが判明し、それをフリードが軍へと通達した。

 その結果フリードが受けた連絡は、「ノックスを連れて帰還しろ」というものだった。

 

「なんで言っちゃったんですか……」

「言わないことよりも、言った方が行動の予測がつきやすい。知らない間に事実が漏れて、いつの間にかノックスが殺されていたでは話にならないからな」

「……え? ってことは」

『ノックス。ここにいる皆さんは、ノックスの味方になることを選んでくれました』

 

 ノックスの味方をする。確定ではないが、もしかしたら国ごと敵に回すことになるかもしれないというのは、バカのノックスでも理解できた。

 

「合法的に強いやつらと戦えるんだろう?」

「ノックスを殺して終わりなんて、そんなのおかしいって思うから!」

 

 アストは国を敵に回せば軍と戦えるからという戦闘狂らしい理由で、ステラはその身に宿した正義感。

 

「乗りかかった船だしね」

「どうせ戻っても、スパイだなんだって疑われてまともな扱いされる気しないし」

 

 クルスとライラは、諦めに近い感情。どちらかと言えば一般人に感覚が近い二人は心の底からノックスの味方をした方がいいと納得したわけではないが、それでもノックスの心に沁みた。

 

「短い間しか一緒にいませんでしたが、ノックスさんがいい人だと知っていますから」

「なんか難しいことはよくわかんねぇけど、ノックスは友だちだしな!」

『実際、ザミリエルは阿呆で無害だからな』

 

 アルメイヤとルディは善性から、アルゴは自身の経験からザミリエルが危険ではないと判断して。アルゴに舐められたザミリエルは怒りのあまり怒鳴り散らそうとしたが、フリードに睨まれて黙り込んだ。

 

「ノックス。正直私は魔王を復活させるくらいなら殺した方がいいと思っているが、研究対象として実に興味深い。すまないが、私の興味のために世界を敵に回してくれ」

「……フリードさん。結婚してください」

「悪くないな」

 

 ノックスの髪をくしゃりと撫で、フリードが家の出口へ向かう。

 

「さ、行こう。世界へノックスの抹殺命令が出ればすぐにここへ軍が派遣されるだろう。これから先、のんびりしている暇はないからな」

「……よっしゃ、ありがとうみんな! 行こうぜルキノス、ザミちゃん!」

『ザミちゃん!!? ぷぷー!! 随分可愛らしい愛称ですね、ザミちゃん?』

『貴様ァ!! 吾輩を愚弄しようとしているな!?』

『されてたぜ、ザミちゃん』

 

 こうして、世界を敵に回すことになるかもしれない一行の旅が、ザミリエルの怒号とともに始まった。

 



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第26話

「さて、作戦会議だ」

 

 ノックスたちは家……正確に言えば、『魔導四輪デラックスエディション』という死ぬほどセンスのない乗り物の中で顔を突き合わせていた。

 

 魔導四輪DX。見た目は運転席と助手席、後ろが荷物を積むコンテナになっているが、コンテナの中には魔法によって作られた家のような空間があり、風呂トイレ、キッチンにベッドまであり、自動運転機能つき。部屋はなく、風呂とトイレが外から見えないようになっているのみだが、旅を快適に彩る魔法アイテムの登場にノックスとルディの二人は目を輝かせ、作戦会議をするというのにそわそわしていた。

 

「恐らくまだ抹殺命令は出ていないが、しばらくすれば各地に通達されるだろう。そして私たちの目的は変わらず聖武具の回収及び使い手の捜索。となれば、向こうも聖武具の回収に動き出すだろう」

「待ち伏せが考えられそうですね」

 

 クルスの言葉に、フリードが頷きで返す。

 

 一行の目的は聖武具の回収と使い手の捜索。ノックスを狙うのであれば、聖武具のある場所で待ち伏せするというのが効率的であることは火を見るよりも明らか。更にノックスは魔族に狙われているため、戦力の増強という意味でもこちらが聖武具の回収をやめるわけにもいかない。

 

「それなら一刻も早く回収しないといけませんね」

「あぁ。幸い、聖弓は国で管理されているが、次に回収へ向かう聖杖の詳細な場所は把握されていない。だからこそ先に見つけられ、待ち伏せの体制が整いきる前に回収しに行きたい。ただ、大陸の移動が問題だ」

 

 フリードが続けたのは、大陸を移動する方法。「クルス」とフリードが名前を呼ぶと、クルスが壁にあるボタンを押した。それにより現れたのは、空中に浮かぶ世界地図。

 

「お前たちも知っている通り、この大陸は東西南北を区切るように山脈が聳え立ち、海に囲まれている。大陸間を移動するには転移か航路か、山脈を超えるしかない」

『転移はまずダメでしょうね。王都を利用する必要がありますから』

 

 大陸間を移動できる転移装置は、王都を利用する必要がある。つまりそれは敵陣に飛び込むようなもので、移動手段としては期待できない。

 

「航路も避けたいわね。その間に各国へノックスの抹殺が通達されたら、港でお出迎えされるでしょうし」

「望むところだ」

「バカは黙ってなさい」

 

 航路も似たようなもので、大陸間を移動するには時間がかかる。その間に港へ戦力が集結し、嬉しくもない歓迎をされることは想像に難くない。

 

「ってことは」

「山脈?」

 

 聖武具の使い手、ノックスとルディはこの話にはついていけたようで、二人そろって首を傾げると、フリードが頷いた。

 

「ただし、整備された道は同じく待ち伏せの可能性を考えると使えない。つまり、整備されていない、危険が前提の道を通って山脈を越える。もちろんそんなところでは魔導四輪は使えないから、徒歩でな」

「俺の筋肉の見せどころってことっすね!」

「俺も採掘ばっかやってたから、体力には自信あるぜ!」

 

 ガハハ! と肩を組んで笑うノックスとルディ。そして「俺もだ」と言って案外ノリのいいアストが加わり、三人が小躍りし始めた。ザミリエルもなんだか楽しくなって『わはは!』と一緒になって騒ぎはじめ、ステラも楽しそうだからとやはり一緒になって騒ぎ始める。

 

 フリードは一瞬止めようかと思案したが、あれの対処に時間を使うのは無駄だと判断し、真面目に話を聞いてくれるクルス、ライラ、アルメイヤを集め、一言。

 

「山脈を越える間、あいつらが迷子にならないように目を光らせておいてくれ」

「「「了解」」」

 

 ついてきたのは失敗だったかしら、とライラが後悔し始めたところで、作戦会議は終了した。

 

 

 

 

 

「風呂だー!!」

「一番、ルディ・クロード! 行きます!」

「ルディ。体を洗ってからにしなよ」

「ノックスもだ」

 

 魔導四輪DX、その浴場はかなり広い。魔法で作られた空間の中に、さらに魔法で作られた空間が搭載されており、その広さは10人入ってもまだ余裕のある浴槽と、シャワーが10並んでいる。

 その広さにテンションが上がって飛び込もうとしたノックスとルディを注意したのは、腰にタオルを巻いたクルスと、男らしく何も隠していないアストだった。

 

「ワリィ! 女性陣が入ってる間待ちきれなかったから、テンション上がっちまった!」

「そうか! いつも一人で入ってたから、マナーなんて気にしたことなかったぜ」

『器。貴様さては、友人がいなかったな?』

「あぁそうだよ。なんだ? やんのかコラ」

「気にするなノックス。今は俺たちがいるだろう」

 

 ノックスはアストの言葉に感動し、目を潤ませながらアストを見る。

 そして、気づいた。ノックスはあまりの衝撃に「は? デカ」と呟いて、己の敗北を悟る。何がとは言わないが、アストのそれは本人の強さを象徴するような大きさを誇っていた。

 

「うぉ、マジだデケェ!! 俺も結構自信あったのによぉチクショー!」

「そういや誰かと比べたことなかったな……俺は、弱い……!!」

『ふはは! 器よ、案ずるな! デカさは強さ。つまり強くなればそれに比例してデカくなる!』

「な、なにー!!?」

「早くシャワー浴びろ」

 

 バカなことで騒ぐノックスとルディの頭に、威力を極限まで弱めたクルスの魔力弾がヒットする。なんか心労がすごいなと思ったクルスは、武具だからと風呂場へ持ち込まなかったルキノスとアルゴがいないからだと気づき、これから先ゆっくりお風呂に入れないことに絶望した。

 

 クルスの制裁を受けたノックスとルディはおとなしくシャワーを速攻で浴びて、湯船を前に『どちらが水しぶきを高く上げられるか』の勝負を開始。勝負と聞いてもちろん黙っていられないアストも参加して、やはりアストが勝利したところでやっと落ち着ける時間がやってきた。

 

 四人並んで肩までつかり、気の抜けた息を吐く。クルスだけは「やっと落ち着いた」という安堵からくるものだったが、そんなことは迷惑をかけている本人たちが察するわけもなかった。

 

「なんかいいよなぁ風呂って。全部をさらけ出してる気分になる」

「裸の付き合いって言葉があるくらいだしね」

「何? 少し待て、剣を持ってくる」

「ルキノスも持ってきてくれ」

「俺は正拳だな!」

「交際の方だよ。お風呂でそんな殺伐とするわけないだろ」

 

 クルスのもっともな注意に、バカ三人は「初めからそう言えよ」と不満げだった。それによりお風呂と関係なくクルスの体温が上昇する。その原因は怒り。しかしこの三人と比べて比較的大人であるクルスは、「ごめんね」と謝る大人の対応を見せた。

 

「そういうことなら、なんかプライベートな話でもするか」

「おっ、じゃあ好きなタイプとか教えてくれよ!」

 

 その時、緊張が走る。

 一人は、ノックス。女の子への体制がないノックスは、女の子のタイプなど考えたことがなかった。更に友だちとそういうことを話したこともない。だからこういう話をするときの正解がまったくわからない。実際には正解などないのだが、友だちとのコミュニケーションが初めての連続であるノックスは、一度たりともコミュニケーションを失敗したくなかった。

 もう一人は、ザミリエル。律儀にも答えようとしているこの魔王は、『どんな答えであれば威厳を保てるか』と脳をフル回転させている。そもそも喋り始めて一日経っていない今でさえ間抜けな印象が目立っており威厳もクソもないのだが、自分が魔王であることにプライドを持っているザミリエルは、まだ威厳を保てていると信じて疑わなかった。

 

「強いやつ」

「頭がいい人」

「予想通りの答えサンキューな! 俺は一緒にいて楽しいやつ……あ、っつーか一緒に旅してる女の子の中で一番タイプな子にしねぇ? そっちの方が盛り上がりそうだし!」

((何っ!?))

 

 次は自分の番かと怯えていたノックスとザミリエルは、新たなルディの提案に驚愕した。ただでさえ好きなタイプを答えるのが難しいのに、これから一緒に旅をする女の子で一番タイプな子を答えるなど、ノックスにはハードルが高すぎて、ザミリエルには難易度が高かった。

 

(一番タイプ!? マズい、俺のことは俺が一番よくわかってる! そういう風に思ってなくても、ここで誰かの名前を出せば、変に意識しちまう!)

 

「俺はライラだな。あれは伸びしろがある」

「へー以外。てっきり一番強いからフリードさんかと思った」

「フリードさんは完成されているからな。興味で言えばライラが勝る」

「なるほどな! 確かライラって『収束』だっけ? すげーパワーの魔法使うんだろ? かっけーよな!」

 

(好きなタイプならまだしも、旅をしている女からだと!? 吾輩は魔王、魔族の頂点! それが人間の女をタイプなどと口にすれば、威厳が消えてなくなる!)

 

「僕はアルメイヤかな。フリードさんはなんか、凄すぎて身近に感じられない」

「なんかちょくちょく難しい話してるよなぁ」

 

(ステラ……いや、ダメだ。起きて目の前にいただけであんなに動揺したんだ。ここで名前を出したら余計意識しちまう。ライラ……気安い関係だからこそ一番意識しちまいそうだ。アルメイヤは一回不本意な形でフラれてるから名前を出しにくいし、フリードさんは尊敬してるからしっくりこない……)

 

「俺はステラかなー。めっちゃノリいいし、明るくていいやつだよな!」

「今日も一緒になって踊ってたしね」

「ステラは強くていいやつだ。そして強い」

「強さでしか人を測れないの?」

 

(一番違和感がないのはフリードという女か? あれはそこそこやる。あくまでも上から「奴はなかなかやりそうだからな」と言えば威厳を保てるか? いや、それでは吾輩がやつにビビっているみたいにならないか? 上からいってもよく、ビビっていると思われても違和感がない者……)

 

 ノックスとザミリエルを除いた三人が話している間に、混乱と言っていいほど思考を巡らせた二人は、まともに働かなくなった脳が導き出した結論を同時に口にした。

 

「『ルキノスだ!』」

「『え!!?』」

 

 

 

 

 

『ノックス、おかえりなさい』

「お、おう。ただいま」

『う、うむ。今帰った』

『……? 何か様子がおかしくないですか?』

「いや、そんなことはないぞ!」

『あぁ! さぁ器よ、吾輩が魔法というものを教えてやろう!』

「おう! 助かるぜ! これは助かるなぁ!」

 

 こうして、ノックスはザミリエルがルキノスのことを好きだと勘違いし、ザミリエルは自分の宿主であるノックスが剣に恋する上級者だと勘違いした。この勘違いは、何かを察したルキノスが『はっ、さては私のこと好きですね!?』と言って二人を冷めさせるまで続いた。

 



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第27話

 東の大陸と南の大陸を遮る山脈、『ヴェーヌ山脈』。本来であれば大陸間を移動するために作られた関所を通れば山を登る必要もないのだが、むしろ山を登る必要がある一行は、荒れたごつごつとした岩肌が露出する山道を登っていた。

 周囲に森林はなく、荒れた大地が広がっている。道という道がなく、急な傾斜も多数存在し、一歩足を踏み外せばそのまま転げ落ちてしまいそうな山を。

 

「おーい、大丈夫かお前ら!」

「きつそうだなー。背負っていこうと思ったけど俺もきついか?」

「鍛え方が足りんな。軟弱だ」

 

 クルスを除く男連中は疲れを見せず、楽々登り進めていた。他の面々はといえば、軍に所属しているフリードも涼し気で、ステラはいつも咲かせている笑顔が控えめになっており、アルメイヤは一言も言葉を発さず、クルスとライラはもはや下を向いていた。

 

「はぁっ……う、うるさいな……僕は、探査魔法飛ばしながらなんだから、そもそも、労力が違うんだよっ……!」

「ん? クルスー!! なんか言ったかー!?」

「クルス、集中しなさい。あの、バカ、体力だけでどうにかなる場所で、調子に、乗ってるから……これ以上……調子に、乗らせちゃだめよ……!」

 

 息も絶え絶えなライラの言う通り、ノックスはこれでもかと調子に乗っていた。クルスとライラが息を切らしているのとは対照的に、ノックスは息一つ上がっていない。それどころか一度足を踏み外したライラの手を掴み、「大丈夫か? 足元気をつけろよ」と気遣う余裕さえ見せた。

 そして自身の宿主の功績は自分のものでもあると、ザミリエルも『ふはは! やはり一般の域を出ん人間にはこの程度も乗り越えられんらしい!』と調子に乗っている。

 

「マジできついなら言えよー!! どっか休めるところ探してくるから!!」

「お、そんなら先にその場所見つけた方の勝ちってのはどうよ?」

「乗った」

『よっしゃルディ!! 山ん中ずっと入ってた実力を見せてやれ!!』

『待ちなさいバカども! こんなところで勝負なんてやめなさい!』

「あぁ。それに、もう見つけてるから効率的じゃない」

 

 頭上の飛び出ている岩を掴みながら、フリードが上を指す。すぐ近くにいたノックスたちも、後方を登っていたクルスたちも、フリードの動きにつられて上を見た。

 

 そこには、今までの傾斜など話にならないほどの断崖絶壁。ところどころにあるくぼみや傾斜を利用して登る必要があるその先に探査魔法を飛ばしたクルスは、そこが平地であることを確認した。

 

「クルスの反応を見る限り、勝負は私の勝ちのようだな」

「未熟……っ!!」

 

 マジでこういうときはバカが羨ましいわ。そんな言葉を発する元気も、ライラには残されていなかった。

 

「安心、してください、ライラさん」

「え?」

 

 少し前方を登っていたアルメイヤから掠れた声が発せられた。かと思えば、アルメイヤ、ステラ、クルス、ライラの四人が淡い光に包まれて、宙に浮く。

 飛行魔法。精密な魔力操作を必要とし、制御を間違えれば彼方まで飛んで行ってしまうそれをアルメイヤが行使し、眼下の脳筋とフリードを置き去りにして断崖絶壁を越えた。

 

「もっと初めから使えればよかったのですが、平地のないところで使うのは不安でしたので」

「本当にありがとう……!」

「あのバカが調子に乗ってるのが苦痛で……!」

「あ、山登りがではなく」

 

 もちろん山登りも苦痛であったが、クルスとライラが耐えきれなかったのはノックスの調子に乗ったにやけ面。そりゃあノックスのフィジカルの強さは短い期間ではあったが同じクラスの二人は認めている。しかし、認めてもムカつくのは事実であり、その苦痛から解放された二人は思わず涙した。いつもならフォローをするステラも流石に思うところがあったのか、あははと苦笑している。

 

 そんな二人と困惑するアルメイヤの元に、転移魔法でフリードと脳筋三人が現れた。ノックスは泣いているクルスとライラを見てうんうんと頷いている。この男、まさか自分の鬱陶しさから解放された涙だとは微塵も思っておらず、きつい山登りから解放された涙だと信じて疑っていない。

 

「大丈夫か? 普段登り慣れてねぇときついよなぁ」

「ありがとうルディ。ちょっと、呼吸を整えたいかな」

「あんた、すごいのね。守り神様を一人で倒した、って言ってたし、もしかしてめちゃくちゃ強い?」

『ったりめぇだろ! この俺の使い手だぜ? こんぐれぇ屁でもねぇ!』

 

 水の入った魔法瓶を手渡してお礼を受けたルディは「気にすんな!」と白い歯を見せた。ノックスも「同じクラスである俺の労いが必要だろうな」と調子に乗って、座り込むクルスとライラに合わせしゃがみこむ。

 

「よく頑張ったな、二人とも」

「僕に話しかけるな」

「ぶっ飛ばされたいの?」

『ふ、二人とも! ノックスに悪気があったわけではないんです!』

『気にするな器よ。臣下の不敬を広い心で受け止めてやるのもまた上に立つ者の務めだ』

『ザミリエルは黙ってなさい! あなたは敬ってくれる者がいなかったからそうするしかなかっただけでしょう!』

『なにおう!?』

「みんな元気だねぇ」

「つまりここで一勝負か」

「アストさん。おとなしくしてください」

 

 久しぶりの平地に気が抜けたのか、一行が騒ぎ出す。それを横目に、フリードは一人その場から離れて、一人南の大陸を見下ろした。

 

 南の大陸、『サザンローズ』。他の大陸と比べ干ばつが見られ、そのせいか火山と同じく厳しい環境で生き抜ける魔物が多く生息する。有名な場所としては歴史の町『シェアト』、神聖なる魔法を行使する民が住む『流星の里』があげられる。

 

「次に向かうのは、シェアトだな。流星の里へ向かう途中にあるから、そこを拠点にしよう」

『拠点?』

「あぁ。シェアトは普段なら外部の人間は絶対に入れない、歴史を自分たちのものにしようとしているかなりイカレた集団。だからこそ隠れ蓑にはちょうどいい」

「でも、それじゃあ僕らも入れ……あぁ」

 

 『僕らも入れないんじゃないですか?』と言おうとしたクルスは、ルキノスとアルゴを見て納得し、苦笑した。

 要は、ルキノスとアルゴという『歴史』を対価にしようという話。それを全員に伝えると、『なっ、私は聖剣ですよ!』とルキノスがぷんぷん怒り始め、『俺らの存在だけでひとまずの安全が手に入んだぞ。文句言ってんじゃねェ』とアルゴに黙らされていた。

 

『ノックス。私、傷物にされてしまいます……』

「剣なら当たり前だろ?」

 

 そしてノックスはいつも通りノンデリを披露した。

 

 

 

 

 

 流星の里。干ばつの多い南の大陸の恵みである『流星の滝』、その上に位置する神聖な魔法を扱う民が住む里。白を基調としたローブを身に纏い、足元は下にいくにつれ水色とピンクが混ざった鱗のような装飾が施されていることから、流星の民は人魚のようだと称される。

 

 その流星の里に、南の王都、その国軍の姿があった。

 

 国軍先頭に立つ、真っ白な髪を首の後ろまで無造作に伸ばした、目にある隈が陰鬱な印象を与える、全身真っ黒な服を纏っている長身の男、ジオ・アーノルド。

 ジオの前に立っているのは、齢80は超えるであろう皺と立派な髭を蓄えた、流星の里の里長。

 

「聖杖を捜索に、ですか」

「えぇ。あなた方なら既にご存知だとは思いますが、四つの大陸で魔族の姿が確認されました。つきましては、聖武具の使い手を探し、魔族を討つその時に備えようということです」

 

 ジオは笑顔を貼り付けて、里長は、髭を撫でながら、真意を読み取ろうと目を細めて。言葉以上に込められた様々な意味に空気が張り詰める。

 

 その張り詰めた空気をぶち壊したのは、流星の里その深奥。流星の民として一人前となるために存在する、試練の神殿から放たれた、天へ延びる光の柱だった。

 

「あの神聖な光は、聖杖の力そのものではないですか?」

「さて、私も長年生きてきて見たことがありませんでな。しかしまぁ気になさっているところ申し訳ございませんが、今は里の若者が試練の途中でして」

「通せないと?」

「話が早くて助かります」

 

 ジオの足元から影が伸び、里長のローブが弾け飛んで巨大化し、岩のような筋肉が露になる。

 

「それが神聖な魔法ですか?」

「喰らえばわかるじゃろうて、若造が」

 

 

 

 

 

「……???」

 

 試練の神殿、その最奥にある、天から差す光を受けた祭壇。そこにいたのは、腰まで届く新雪のような輝きと優麗さを持つ髪。母なる海や雄大な空を思わせる、透き通るような蒼の瞳。人魚のようだと称される流星の民であることを証明するローブを身に纏った、今日12歳になった少女、ナイン・エーテルロード。えっちらおっちら試練を乗り越えて辿り着いた祭壇にあった自分の身長と同じ長さの綺麗な杖に引き寄せられて、それを手にした瞬間祭壇を包むように光の柱が天へ延びた。

 

 急な出来事に目をぱちぱち瞬かせ、ナインの思考はそこで止まった。

 

『ナイン。ナイン・エーテルロード!!』

「え!? は、はい!!」

『我が名は聖杖リオン! 魔を討ち払うため、貴様の力となろう!』

「な、なぜわたしの名前を」

『星から導きを受けた、それだけのこと! ナイン、ここには我と貴様を狙う愚か者どもが攻め入っている。本来であればこの手で蹴散らしてやりたいところだが、今は貴様の無事が優先だ。飛ぶぞ!!』

「え、あ、ひゃああああああ!!???」

 

 わけもわからないままに、聖杖リオンが動き出し、リオンを握っていたナインはそれに引っ張られ、悲鳴を上げながら宙を踊る。

 

「ど、どこに行くんですかぁ!?」

『さぁな! 一つ断言できるのは、我ら聖武具はひかれあうということだ! 一見意味のない行動であっても、必ず出会うようになっている! すべては星の導きの下に!』

「わっ」

 

 ハイテンションなセリフを吐きながら、リオンがナインの股の間に入り、リオンに跨る形で飛行する。絵本で見た魔女っ娘のような姿に、困惑していた頭は興奮へと変わっていった。

 

『さぁ行くぞ! 我が冒険はここから始まる!』

「おー!」

 

 その日。南の大陸で、昼に流星を見たという目撃情報が多発した。

 



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南の大陸 - サザンローズ
第28話


 歴史の町『シェアト』。通行証は歴史であり、歴史を独占するイカレた町。たとえ国軍であっても歴史を持たなければ立ち入りを許されず、また魔法の歴史も有しているためか、町人全員の実力も高い厄介な存在。

 

 そんな厄介な町に到着したノックスは、その外見に目を剥いた。

 

「え、これ町?」

「すげー!!」

 

 見上げるノックスの隣に立ったルディは目を輝かせて口角を吊り上げる。

 ノックスたちの前にあるのは、大地に根を張る巨木。その幹は視界の端で霞むほどの太さがあり、その高さは雲を突き抜ける。そして正面には巨木に似つかわしくない重厚な鉄作りの門があり、シェアトの入り口はその門のみ。

 

 それを前にした反応は様々で、クルスとアルメイヤは知的探求心を刺激されており、シェアトには強いやつらがいると聞いたアストは戦闘意欲を刺激されており、ステラはいつの間にか巨木を見上げて興奮するノックスとルディの隣で一緒になって騒いでいた。

 

「ピクニックにでもきたみたいね」

「この光景を見て、誰も追われる立場だとは思わないだろうな」

 

 冷静なのはフリードとライラ。巨木の近くでタバコを吸おうとする暴挙をライラが火種を握りつぶすことで静止し、「すまん」とまったく悪く思っていなさそうな謝罪をしたフリードは門へ向かって歩き始めた。

 

「ノックス、ルディ。私の隣に」

「はい!」

「おっす!」

 

 門の前に立ったフリードはノックスとルディを手招きし、隣に立ったのを確認すると、そっと門に触れた。

 瞬間、門が淡く発光する。色は灰。次に、淡く光ったままフリードが触れた箇所を起点として魔法陣が描かれる。

 

「これは」

「何の魔法陣かわかるの?」

「ただ光らせるという魔法を、大げさな魔法陣で出力しているだけに見えます」

『実際そうだな。吾輩から見てもそうにしか見えん』

 

 試しにクルスが『解析』すれば、アルメイヤとザミリエルの言った通り『光らせる』だけの魔法。なるほど、頭がおかしい。クルスは何も見なかったことにして『解析』を解除した。

 

 実際に門が光ることに意味はなく、光ること以外は何も起こらず、門が不快な金属音を鳴らしながらゆっくり開いた。

 

「行くぞ」

「え、入っていいんすか?」

「『探査魔法』が巨木の周りに無数飛ばされている。ルキノスとアルゴを確認したから開いたんだ。入られたくないのなら、遠慮のない魔力砲撃が飛んできているだろうからな」

「俺知らねぇ間に命賭けてたのか……」

「命助かってラッキーだな!」

「確かに!」

「早く入りなさいよ」

 

 門の前ではしゃいでいた二人はライラから冷たい言葉を浴びせられ、わざとらしく拗ねながら門をくぐった。

 

 その先に広がっていたのは、本、本、本。巨木の中身をそのままくりぬいたかのような空間が広がっており、その壁面には本棚。そこにこれでもかと本が敷き詰められていた。本を手に取るための足場が等間隔にあり、宙に浮かんでいる灰色の魔力の板が階段の役割を果たしている。

 家らしき家はなく、そこら中にベッドとテーブルが転がっている。本を保管し、本を読むためだけの場所。町というにはほど遠いその見た目に、ノックスとルディは頭を抱えた。

 

「ここは地獄だ!!」

「頭がイテェ!!」

『清々しいほどにバカなリアクションですね』

『気持ちはわかるぜ。こんだけの量の本、どうやって管理してやがんだ』

「ほっほっほ。今日のお客さんは随分賑やかなようですの」

 

 入った瞬間騒ぎ始めたノックスたちに声がかけられる。声の主は腰が90度曲がっている老人であり、その背中に大量の本を積んでいた。周囲には開かれた本がふよふよ浮いており、視線はノックスたちではなくその本に向けられている。

 

「わしはシェアトの長、スターチス。皆からはブーメランと呼ばれておる」

「強そうですね」

「アスト、どう考えても蔑称だと思う」

 

 武器だから強い。その短絡的な思考は、クルスに腕を引っ張られることによって窘められた。

 シェアトの長、スターチス。その年齢は100を超え、長をやっている理由は『一番年寄りだから』。この町では、歴史の深さ、つまり年齢が高いほど偉い。本ばかりあって頭がよさうな町の決定方法とは思えないほどバカな理由で選出された長であるスターチスは、本に向けていた視線をルキノス、そしてアルゴに向けた。

 

「聖剣ルキノス、聖拳アルゴ。この目で見るのは初めてじゃ」

『お初にお目にかかります。私は聖剣ルキノス』

『俺は聖拳アルゴ』

『そして吾輩は魔王ザミリエル』

「魔王?」

「バカお前!」

 

 流石のノックスでも、魔王が一緒にいることは伏せた方がいいと理解している。だからこそザミリエルを殴って黙らせようとしたが、殴った後で「あ、俺の胸にいるから俺もいてぇじゃん!」と気づいた。しかも胸に埋め込まれた魔力の欠片を殴ってもザミリエルにダメージが行くはずもなく、『ふはは! バカなことをしおって!』と上機嫌。

 

「スターチスさん。今聞いたことは口外しないようお願いいたします」

「わかっておる。この町に入り口にした言葉は歴史となる。つまりわしらのものじゃ。……ちょうど最後のページまで書き終わったようじゃの」

 

 スターチスの言葉と同時、周囲に浮いていた本が一つ閉じて、スターチスの背へと積みあがる。

 

「それもしかして、周囲の発言を記録しているんですか?」

「言葉に歴史あり。意図せず漏れた言葉が重要な鍵になることがあるからの」

「クルス、迂闊な発言は控えた方がいいぜ」

「それ、君の胸にいる魔王様に言ってくれる?」

『吾輩が迂闊な発言だと? 舐めた口を!』

『ザミリエル。あなたは喋ること自体が迂闊なんですよ』

 

 ザミリエル、首を傾げる。『吾輩の発言のすべては敬われるべきじゃないのか……?』と呟くザミリエルが可愛くなって、ノックスはそっと胸を撫でてから、なんか変態みたいじゃねぇか……? と恥ずかしくなって頬を赤くした結果、より変態っぽくなってしまった。

 

「さて、この町に入ったからには歴史をもらおうかの。ルキノス様、アルゴ様。よろしければお話をお聞かせ願いたい」

「あ、じゃあ俺ルキノス置いていきますね」

「俺もアルゴ置いていきます!」

『あ、ちょっ、ノックス! そんな私を物みたいに!』

『あいつ、使い手としての自覚ねぇのか……!』

「あぁ、こちらからお願いしようとしておりましたので。歴史は我らのもの。ルキノス様とアルゴ様から語られることを聞かれたら困ります。ので、ルキノス様とアルゴ様以外はどっかいけ」

 

 歴史の町シェアト。その町人の人格に難があるという噂は本当だったと、その場にいた全員が確信した。

 

 元より難しい話は聞いていられないと、むしろ喜んでその場を離れたノックスとルディは宙に浮く階段で遊び始め、ステラもそれに混ざりに行き、「一番早く上まで行けたやつの勝ちな!」というルディの言葉に反応したアストが参戦する。「クルス、目ぼしいものを包んでくれ」とフリードはクルスを検索機能扱いし、アルメイヤはいつの間にかかなり上の方で本を読んでいた。

 

「……寝よ」

 

 色々ついていけなくなったライラはぽそりと呟き、一人ベッドへと向かう。

 

 そうして全員がルキノスとアルゴを置いて離れ、『誰も「置いていけるか!」って言ってくれないんですね……』と拗ね始めたところで、歴史に興味津々なスターチスが口を開いた。

 

「さて、お二人にお聞きしたいのは他でもありません」

『千年前の話か?』

「いえ、それよりももっと前の話。あなたたちが聖武具ではなく、『十二星導師(エルブロード)』と呼ばれていた頃の話です」

『……歴史にお詳しいというのは本当のようですね』

『詳しすぎるくれぇだな』

 

 『十二星導師』。ルキノスを手にしたローレン・ルークスが英雄となった千年前よりはるか昔、まだルキノスたちが人であった頃。

 

「星のように未来へ導く英雄の呼称。そして12人の英雄たち、その名前。私が知っているのはそれくらいです」

『参考程度に、それはどこから伝わったものですか?』

「歴史は我らのものですので、答えられません」

『……今から話すことも、歴史は我らのものっつってあいつらに話さねェなら、話してやるよ』

 

 

 

 

 

「あぶねぇ、あぶねぇ!!」

「だ、大丈夫ですか? ノックスさん」

 

 ノックス・デッカード。魔族との戦いでも軍との戦いでもなく、『シェアトの上まで一番早く辿り着けたやつの勝ち!』勝負で命を落としかける。

 

 公正な勝負を保つために定められたルールは『魔法の使用禁止』。魔法がなければフィジカルに自信のあるノックスは、途中まで一位だった。しかし負けず嫌いを発揮したアストに段々距離を詰められ、焦りに焦って落下。飛行魔法を使えるアルメイヤにお姫様抱っこしてもらわなければ、今頃シェアトの床のシミとなっていたことだろう。

 

「おーい! 大丈夫かー!」

「ケガはない!? ノックス!」

「大丈夫だ!!」

『何が大丈夫なものか! 上に立つべきものが女に横抱きなど言語道断!!』

「ご、ごめんね? ザミリエル。でも、臣下が王を守るために動くのは当然だよ」

『然り!!』

「案外簡単だよな、ザミちゃん」

 

 近くの足場へ降り立ったアルメイヤはノックスを解放し、命の危機であまり気にしていなかった『女の子との密着』を今更意識したノックスは、三歩離れてお礼を言った。もちろん密着できたことに対するお礼ではなく、命を助けてもらったことに対するお礼である。

 

「いえ、お気になさらず。シェアトが揺れるほど絶叫していましたので、気づいたら体が動いていただけですので」

「マジ? 恥ずかしいんだけど……てか、アルメイヤ」

「なんでしょう?」

「ザミちゃんに対してめちゃくちゃタメ口だったよな。俺らに対しては敬語なのに」

「……そういえば」

 

 なんででしょう。なんでなんだ? 二人して首を傾げるノックスとアルメイヤ。タメ口をきかれていたザミリエル本人もそのことに気づいておらず、『まぁ、口の利き方一つで目くじら立てるほど小さい器ではないからな』と勝手に言い訳を始めた。

 

「そんならさ! 全員にタメ口でいいんじゃね? そうすりゃ帳尻合うだろ!」

「びっくりした! 急に降ってくんなよルディ!」

「賛成! そっちの方が仲良しみたいで嬉しいし!」

「びっくりした! 急に降ってくんなよステラ!」

「ふっ、俺の勝ちだ!!!!!」

「お前は降って来いよアスト!!!」

 

 楽しそうな話を聞きつけたルディとステラがノックスの側に着地してノックスを驚かせ、勝負に夢中になっていたアストがシェアトのかなり上の方から勝利宣言し、別の意味でノックスを驚かせた。

 

「……うん、わかった。そうするね」

「やった! 可愛い!」

「よっしゃ! これもノックスが落ちてくれたおかげだな! ありがとう!」

「複雑な褒め方しないでくれねぇか」

『ふはは! 流石吾輩の器! すべては計算済みということか!』

 

 なんかもう色々めんどくさくなって、ノックスが「そうだ!」と胸を張ると、ステラとルディから拍手が送られ、そうした方がいいのかな、と遅れてアルメイヤからも拍手が送られる。

 

「あっちに行かなくていいのか?」

「頭がおかしくなりそうなので、遠慮しておきます」

 

 フリードのための検索機能と化しているクルスはツッコミを放棄。「あぁいうのも大事だと思うがな」というフリードに説得力を感じられなかったクルスは、失礼ながらも馬耳東風した。

 



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