入間さんといっしょ (パプリオン)
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第1章 絆のカケラ

 

超高校級の天才発明家──入間美兎。

僕にとって、彼女と過ごした時間は間違いなく"非"日常だった。

 

その恵まれた容姿とは裏腹に、ひとたび口を開けば暴言と下ネタのオンパレード。

かと思えば非常に打たれ弱い一面があって、誰かに強く言われると途端に性格が一変してしまう。

 

才囚学園で知り合ったクラスメイトの中で、恐らく最も個性的な人物である、彼女との想い出。

 

今からそれを、語ろうと思う。

 

 

 

 

 

第1章 絆のカケラ

 

 

 

 

 

入間さんとの交流が始まったのは、一回目の学級裁判が終わった後のことだった。

 

才囚学園で始めてできた友達──赤松さんがクロとして処刑され、それを目の当たりにした僕は……絶望と恐怖の中で、もう誰とも接点を持たないようにしようと心に決めていた。

誰かと仲良くなってしまえば、コロシアイが起きたときに辛い想いをしなきゃいけなくなるから。

もう、あんな思いは二度としたくないと思ったから。

 

だから僕は、自由行動の時間になっても人目を避けるように動いていた。

有り体に言えば、この時の僕は人間不信に陥っていたのだ。

 

誰も居ない、静かな場所を探し求めて。

 

中庭の岩場に一人で腰を掛けていると、突然背中に衝撃が走った。

 

「何しけた面してんだよ、この童貞がっ!」

 

いったい何事かと思い振り返ると、そこに居たのはクラスメイトの中で最も突飛な人物──入間美兎……さん。

 

「お前、さてはアレだろ?ふちゃちんで勃起不全なんだろ?だからこんなところでぼぉーっとしてたんだろ。ひゃっひゃっひゃっ!」

 

「……」

 

この状況で平然と下ネタをぶっ込んでくる入間さんを見て、僕は思いがけず呆気にとられてしまう。

 

思えば彼女とは、初対面の時からこんな感じだった。

あの時は確か赤松さんをメスブタ呼ばわりした挙げ句、僕に対して「おい、腐れチンポ。今オレ様の胸見たろ?」と、とんでもないイチャモンをつけてきたのだ。

 

その後も、少なからず容姿端麗でスタイル抜群といえる彼女の口から出てくるのは、あらんばかりの過激発言と下ネタばかり。

世の中にはこんな凄まじい人もいるんだなと、ある意味感心されられたことは記憶に新しい。

 

「おい、何か言えよぉ……折角オレ様が声掛けてやったのに、無視しないでよぉ……」

 

しばらく回想に耽っていると、入間さんがいつの間にか態度を一変させていた。

これも彼女の特徴といえば特徴で、入間さんは過剰な自信家である反面、相手から攻められたり無視されたりすると、とたんに弱腰となり、時にはMと思われるような発言をし始めるのだ。

 

「ああ、いやごめん。ちょっと考え事をしててさ。

改めて聞くけど、入間さんはどうしてこんなところに?」

 

「そんなの決まってるじゃねーか。オメーを発明品の実験台にするためだ!」

 

「ええっ、何それ!?いきなりそんなこと言われても……」

 

「どうせやることなくて、一人で寂しくシコシコと自慰行為にでも耽ってたんだろ。

それならオレ様の役に立つ方が、よっぽど生産的だろうが!」

 

至極無茶苦茶なことを言ってのけた入間さんの目は、怖いぐらいに真剣だった。

このまま彼女に付き合うのなら、相当な覚悟が必要になるだろう。

 

僕は、どうするべきなんだろうか……

 

「おら行くぜ。さっさと着いて来やがれこのザコ原がっ!」

 

入間さんはそんな僕の迷いを歯牙にもかけず、ずかずかと歩きだした。

こうなってしまった以上は、彼女に付き合うしかない……よな。

 

そうして入間さんの後に続き、たどり着いたのは彼女の研究教室だった。

至るところに物騒な機械が立ち並んでおり、これじゃあ発明家というよりはマッドサイエンティストの部屋だ。

 

「ボケっとしてんじゃねーよ。早速始めるぜ?

一発目は──こいつだっ!」

 

そう言って彼女が取り出したのは…何かのセンサー?

これが発明品というのなら、何か特殊な数値を計測するものなのだろうか…?

 

「こいつは、『経験人数センサー』だっ!」

 

「経験……人数?」

 

「察しがわりーな。つまり、計測相手がこれまでに何人抱いたかが分かるってことだよ。

さーて、ダサイ原の数値はっと」

 

「ちょっ、僕を計測しないでよ!」

 

「もう遅せーよ!どれどれ~……なるほどな!ひゃっひゃっひゃっ!」

 

まさか、本当に分かってしまったのだろうか。

というか、そのリアクションは一体どっちの反応なんだ…?

 

「お次はこれだ。人呼んで、『寒い下ネタに自動で腹パンを入れるマシン』!」

 

「人呼んで…って、それ完全に入間さん命名だよね?

しかもド直球すぎるネーミングだよ!?」

 

「けっ。いちいち名前考えるのがメンドくせーんだよ」

 

そ、そういうものなのだろうか…

ある意味、彼女らしいといえばらしいけど……

 

「オメーだって、自分のチンコに名前付けたりはしねえだろ?

それともあれか?セニョリータとか名前付けてんのか?自分でシコってる最中に、『僕のマイセニョリータがイッちゃうよおおお!』とかダサいこと言ってんのか?」

 

「あ、下ネタ」

 

その瞬間、グローブ型のマシンが突然動きだし、的確に入間さんのお腹を打ち抜いた。

 

「ぐっふぅ!?な、なんでぇ……」

 

「こ、これは凄い…!ちゃんと機能してるってことだ……」

 

「か、感心してねーで、オレ様の心配しやがれこの童貞…!」

 

「あっ、そうかごめん。入間さん大丈夫…?」

 

「なわけ、あるかぁ…!

でも、イイパンチだったぁ……」

 

何故か恍惚とした表情を浮かべている入間さんに困惑しながら、僕は拳銃の形をした発明品を手に取った。

……多分だけど、これも100パーセントまともな品ではない気がする。

 

「おお、そいつはパンツ瞬間移動装置。その名も、『あいつはいてないぜ!』だ」

 

「そんなことだろうと思ったよ……」

 

というか、誰かのパンツを瞬間移動させられる技術があるなら、人間を移動させる装置を作って脱出できないのか…?

 

「ひゃっひゃっひゃっ!どーだ、オレ様の天才的な才能にひれ伏せ!!」

 

「えっと、その……うん。どれも独創的で、良いと思うよ…?」

 

「けけっ。オメー、童貞のクセになかなかよく分かってるじゃねえか。

オレ様の発明品は、言うまでもなくサイコーだからな!」

 

「う、うん。どうて──それは、関係ないけどね……」

 

「よしよし、オメーのこと気に入ったぜ!これから可愛がってやるよ。

せいぜいオレ様のテクでイッちまわないように気を付けろ!」

 

「は、はは……精進するよ。

というか、そんな下ネタばっかり言ってると、またあのパンチマシンに──」

 

「ふぎゅうう!?」

 

……言わんこっちゃない。

 

 

 

「じゃーな、変態童貞!」

 

「うん……あ、ちょっと待って」

 

別れ際。

僕は以前にモノクマガチャで当てていた景品──「記念メダルセット」を彼女にプレゼントした。

最初のうちは警戒していたのか渡されたものをまじまじと見つめていたが、やがて「ふーん……まぁ何かの発明に使えるかもしれねーから、貰ってやってもいいけどよ」と言って受け取ってくれた。

 

結局、この日は夜まで入間さんに付き合うことになってしまったけど……不思議と嫌な気持ちはしなかった。

むしろ今までの絶望的な思い出の数々をほんのひとときでも忘れさせてくれるような、"楽しさ"がそこにあったのだ。

 

 

 

後になって思い返してみれば、僕はこの時から入間さんのことを気にかけ始めていたのだと思う。

 

 

 

彼女と2度目の交流があったのは、夢野さん発案のマジカルショーが行われる前日のことだった。

 

「ひゃっはー!今日もオレ様は絶好調だぜー!」

 

「うん、そうみたいだね……」

 

「おいおい、なんつー顔してんだよ。ひょっとしてウンコしてーのか?」

 

「え?いや違うよ!?」

 

「じゃああれだ。もう一つの出るもんが出てねーんだろ?そうなんだろ?」

 

「いやあの、一旦下ネタから離れてもらって……」

 

「だったらオレ様がおかずを提供してやろーじゃねーか。ひゃっひゃっひゃっ!」

 

「駄目だ、全然話を聞いてない…!」

 

入間さんとの会話は、大体の場合が僕の受け身一辺倒だ。彼女が奇天烈な発明品の話をしたり、才囚学園の愚痴を溢したりするのに対して、僕がリアクションを交えつつ聞き役に徹する。

これでちゃんとした交流になっているのかは分からないけど、今のところ入間さんも文句を言ってくる気配がないし、そういうものだと思い込むことにしている。

 

まあそれはそれとして。

今日、何故かとても機嫌が良いらしい入間さんが僕のために取り出してきたモノは……

 

「さ、サングラス?」

 

といっても、フレームや耳かけの部分に何やらゴツゴツとした機械が取り付けられている。

まさか、ssでお馴染みの好感度測定器とかじゃないよな?

 

「好感度ぉ?そんなちゃちな効果とりつけるわけねーだろ。ま、やろうと思えばぶっ楽勝だけどよ!」

 

「できるはできるんだ……」

 

「いいか、そいつはエロ動画内臓サングラスだ。グラスを掛けると自動でエロ動画が流れるようになってる」

 

あ、なるほどそっちかー……

 

いやどっちだよ!?

案の定訳の分からない機能じゃないか!

 

「そいつには、期間限定の特別サービスでオレ様の自撮り動画を入れておいてやったぜ。

咽び泣いて使いやがれ!ひゃっひゃっひゃっ!」

 

んなっ…!

 

……いや、違うよ?

一瞬でも興味が湧いてしまったとか、そんなことはこれっぽっちも思ってないからね。

どんなものが映っているのか想像して、思わず生唾を呑み込んでしまったとかそんなこともないからね。

 

「あとは……そうだな。他にも色々あるけど、説明すんのが面倒だから適当に使え!」

 

そう言って渡された箱のなかに入っていたのは……結局、すべてそっち用のものばかりだった。

まさか、こんなにもたくさん宝の山ゲフンゲフン発明品を渡されることになろうとは。

 

「全部オメーのために作ってやったんだぜ?だからもっと喜べよ、このムッツリ童貞が!」

 

……僕のために、か。

その気持ちは凄く嬉しいし、正直言って実用性も抜群だろう。

 

しかしモノがモノなだけに、手放しでは喜べない。

「ありがとう!大切にするね!!」などと言ってしまえば最後、セクハラで捕まるのは僕の方なのだから。

世の中というのは案外理不尽にできているものだ。

 

結局、僕はこれらの発明品を返品せず、全て受け取ってしまった。

 

……何とは言わないがものすごく捗った。しばらくは入間さんに足を向けて寝られないな。

 

 

 

そして、この時。

僕は彼女から思いがけぬ相談を受けることになったのだ。

 

「おいハメ原、オメーになら話してやってもいいぜ。オレ様の特別な秘密をな」

 

「え、秘密?それって……」

 

「どうだ、聞きてーだろ?今すぐにでも聞きたくて仕方ねーんだろ?」

 

「……うん、教えて欲しい」

 

「えっ、本当に?聞いてくれるの…?」

 

入間さんはどういうわけか、急に弱気な反応を見せていた。

もしかして、断られると思っていたのだろうか。

 

「よーし!良い心がけだ、そうこなくっちゃな!

んじゃ、詳しいことはまた今度な!」

 

「う、うん。分かった」

 

僕は子供のように目を輝かせる彼女を見て、とても微笑ましい思いを抱いたことを覚えている。

入間さんのことを、もっと知りたい。理解したい。

他の誰かにそんな感情を抱いたのは、この時が初めてだったかもしれない。

 

 

 

 

 

星くんが死んだ。犯人は、信じがたいことにあの東条さんだった。

その後、僕たちは彼女の素性を知った。

影の総理大臣。いや、真の総理大臣。それが彼女に課せられた役目だったのだ。

そして星くんは……彼女を生かすために、自分が犠牲になったのだという。

 

東条さんはクロと断定されてからも、決して諦めなかった。

逃げて、逃げて、逃げ延びようとして……結局それは叶わなかった。

彼女が僕のために用意してくれた、アフタヌーンティー。その味は、きっといつまで経っても忘れることはないだろう。

 

陰惨たる気持ちを拭いきれないまま、僕は3度入間さんの元を訪れていた。

プレゼントしたのは「人をダメにする作業椅子」。

名前からしてどうなんだと思ったけど、いつも発明で徹夜ばかりしているらしい彼女に少しでも安らぎがあればと、そんな思いから渡したものだった。

 

「なっ……こ、これは、オレ様が求めていた…!」

 

「え…?」

 

「万年童貞のクセにやるじゃねーか!巨乳美人に貢いでナニ考えてんだ?」

 

「あはは……これなら喜んでくれるかなって、そう思って」

 

「ひゃっひゃっひゃ!いいぜいいぜ、最高だぜ!持つべきものはセフレってわけかぁ?」

 

「それを言うなら友、なんだけどね……」

 

少なくとも、嫌われてはないらしいことにホッとする。

それに、また彼女の笑顔を見ることが出来た。今の僕にとっては、それが何よりの救いだった。

 

「あ、そういや今日はオレ様の秘密を聞きに来たんだよな?」

 

「う、うん」

 

「実はよ、この話をするのはオメーが始めてなんだ」

 

今までと打って変わって真剣な面持ちの入間さんを前にして、僕は少しだけ姿勢を正す。

尤も、『上げて上げて落とす』の格言どおり、ハチャメチャで奇想天外な話が来ても全然おかしくはないんだけど……と、若干失礼なことを考えながら。

 

「結論から言う。オレ様は、普通の人間じゃねーんだ」

 

「え?いや、そのことは…何て言うか、とっくに皆知ってると思うけど……」

 

「……えっ、そうなのか!?

皆、知ってて知らない振りをしてやがったのか!?

 

このオレ様が……人造人間だってことに…!」

 

「う、うん……えっ」

 

人造人間?何の話だ?

僕はてっきり、入間さんが……その、少し変わっている人だってことを自覚していたのかと。

 

「おい、どうなんだよ!」

 

「あ、ごめん。僕の勘違いだったみたいだ」

 

「はぁ!?んだよ、変態ヶ原のクセに驚かせるんじゃねーよ!

ビクッとさせるのはオメーの息子だけにしろ!!」

 

僕に対するあだ名レパートリー、着実に増えていってるな……

それにいつもの下ネタも健在だ。中々に上手いことを言ってる。

 

……って、今はそんな感想を抱いている場合じゃない。

 

「それで、人造人間…っていうのは?」

 

「ああ、実はな…昔のオレ様は、何の取り柄もねぇつまんねー女だったんだよ。

だけどある時、交通事故で意識不明の重体になって……

奇跡的に手術は成功したらしいんだが、その時からなんだ。オレ様の頭ん中に、ありとあらゆる発明のアイデアが浮かぶようになったのはよ!」

 

「つまり入間さんは、その事故を境に、"超高校級"になった……ってこと?」

 

「そういうこった。

でも、よく考えてみろ。そんなの、おかしいだろ。おかしくねーか?おかしいよな?」

 

「う、うん……確かに。あ、そこで改造人間の話が出てくるんだね」

 

「童貞のクセに珍しく察しが良いじゃねーか。

つまり一度生死の境を彷徨ったオレ様は、手術によって改造人間に生まれ変わったってわけだ!」

 

まるで仮面○イダーみたいな話だな……

だけど、確かに常人の考えに及ばない物を次々と発明してしまう彼女は、天才以外の何者でもない。

そう言う意味では入間さんが改造人間というのも、あながち否定しきれない話なのかも…?

 

「すげーだろ?羨ましいだろ?こんな超絶最強天才美女とヤりてーだろ?そうなんだろ?

……ま、オメーみたいな童貞には50年かかっても無理だろうけどな!」

 

「微妙にまだ生きてそうな年数を指定するのは止めてよ……」

 

「とにかくだ、オレ様は改造人間にちげーねえ!だとすれば、その超技術が目の前どころか腹の中にあるってわけだ!!」

 

うん?うーん……

なんだか話が物騒な方向に逸れ始めている気がするけど、僕の考えすぎだろうか。

 

「つーわけで、今からオレ様をバラしてみるぜ!まずは腹から開いてみっか」

 

ぜんっぜんそんなこと無かった!僕の勘もまだまだ捨てもんじゃないみたいだ!!

 

「ひゃっはー!この野太いヤツでズブッとイッちまうぜー!」

 

スパナを自分目掛けて勢いよく振り降ろそうとする入間さん。

僕は大慌てで彼女の手を掴み、その暴挙を止める。

 

「そんなの……駄目に決まってるだろ、入間さん!!」

 

僕はこれまで、入間さんに強い言葉を一度も使わなかった。

嫌われるのが怖かったからだ。

王馬くんに散々罵倒されてもビクンビクンしてる辺り、そこまで気にする必要も無かったのだろうけど。

少なくとも僕は、これまで彼女の暴走気味な行動を一度も止めようとしたことはなかった。

 

だけど。

 

だけど、このときばかりは、気付かぬうちに声を荒げていた。

 

「ひうっ…!な、なんでぇ…?」

 

怯える彼女を見て、ほんの少しだけ心が痛む。

だけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。

 

「なんでって、そんなことしたら怪我しちゃうからだよ!

例え改造人間だったとしても、入間さんは紛れもない"ヒト"なんだ。

それなのに実験で自分の身体を傷つけるなんて……そんなこと、絶対にしちゃ駄目だ!」

 

「さい、はら…?」

 

「百歩譲って怪我だけならまだ良い……いや良くないけど!

もしまかり間違って、それで死んじゃったらどうするのさ!」

 

入間さんは、僕にとって大切な存在だ。

そんな彼女が、向こう見ずな実験とやらで、一歩間違えれば命を落としかねないことをしようとしている。

 

黙っていられなかった。

放っておけなかった。

そんなことをして、命の保証はどこにもないのだから。

 

「僕はもう、誰かが死ぬところも、傷つくところも、見たくないんだ。

それが入間さんなら……尚更だよッ!!」

 

「え…?それって……」

 

「あっ……」

 

し、しまった!

勢いに任せてとんでもないことを口走ってしまった…!

これは完全な自滅だ。学級裁判だったら即座に"クロ"判定を出されるぐらいの失言だ…!

 

「う、うう……」

 

「あ、いやその……今のは思わず──」

 

「こ、これ以上、オレ様に触れるんじゃねぇぇぇぇぇっ!!」

 

入間さんは僕の手を振り払い、逃げるように立ち去っていった。

 

嫌われちゃった、かな。

 

……だけど、これで良かったんだ。

入間さんが危険な目に逢うことに比べたら、自分が嫌われることなど安いものだ。

 

それでも、やはり寂しいなと感じてしまう自分の気持ちを誤魔化しつつ、僕はとぼとぼと部屋に帰るのだった。

 

 

 

あくる日。

学園内をうろついていた僕は、偶然にも入間さんと遭遇してしまった。

 

「あっ……入間、さん」

 

「……っ!」

 

どことなく気まずい沈黙が流れる。

入間さんは明らかに様子がおかしく、いつもの強気な部分を前面に出してこない。

 

「その……昨日は、ごめん。入間さんを怖がらせてしまって」

 

「は、はぁっ?全然、怖がってなんかねーし!むしろ……」

 

「え…?」

 

「と、とにかくそれはもういいんだよ。

オレ様も、もう自分を解体したりはしねぇ。そ、それでオメーは満足なんだろ…?」

 

「う、うん。そうしてくれると、嬉しい……かな?」

 

「う、嬉しい!?や、やっぱり……そうなんだ。間違いねー」

 

「あの、入間さん…?」

 

何やらぶつぶつと独り言を呟いている入間さん。心なしか彼女の顔が赤くなっている気がする。

もしかして、熱でもあるのだろうか。それなら早く保健室に運んで──

 

「ああもう暑いっ!暑くて仕方ねぇっ!

こうなったら、今すぐ脱ぐしかねえじゃねかっ!!」

 

「いや、なんでそうなるのさ!?」

 

いきなり自分の服を捲り始めた入間さんを、僕は全力で止めにかかる。

何かやり始めるんじゃないかと危惧はしていたけど、まさかここまで大胆なことをするとは思わなかった。

 

「だ、ダメなのか?脱いじゃ……」

 

「当たり前だろ!?入間さん、お願いだからもっと自分の身体を大事にしてよ!!」

 

なんかアレな店で説教するおじさんみたいになってるな……僕。

ともかく必死な説得の甲斐もあって、何とか入間さんの脱衣ショーは回避することができた。

 

……のだけれど。

 

「……じゃあ、代わりにオメーが脱げ」

 

「いやだからなんで!?この流れでどうしてそんな話になるの!?」

 

「ぬ、脱ぐのがイヤならせめて抜けよ!

オレ様のヴィーナスボディで抜けばいいじゃねーか!!」

 

「何の代替案にもなってないからねそれ!?むしろ悪化してるからね!?

と、とにかく……脱衣するの禁止!させるのも禁止!ぼ、僕が抜くのも禁止!!」

 

僕は一体何を言ってるんだ……

入間さんに乗せられて、いつの間にかとんでもなく恥ずかしい台詞を口走ってないか?

 

「ううう…うううううう……うううううう……」

 

というか今日の入間さん本当にヤバイって!

『何かの悩み事』とかそう言う次元を吹き飛んで情緒がおかしくなっている!?

ここはなんとか入間さんを説得して、休ませないと…!

 

「ね、入間さん。今日のところは少し休憩した方がいいよ。なんだか具合も悪いみたいだし、ベッドとかで横になってさ……」

 

「き、休憩?ベッドで横になる?

い、いきなりそういうのは困るよぉ……」

 

「困るって、どうして…?」

 

「だ、だって、いくらなんでも早すぎんだろ…!

そういうのはちゃんと付き合って、恋人になってからじゃないと……」

 

 

 

えっ。

 

ちょっと待って。

 

僕の耳が正常ならば。

 

今、彼女は聞き捨てならないことを言わなかったか?

 

「入間さん。あの、それって……」

 

「そそそ、そーだよっ!オレ様は、オメーに恋してんだよっ!」

 

「……えええええっ!?」

 

バーン!

という効果音が出そうなほどに、僕は思いっきり仰け反ってしまう。

 

恋って、あの"恋"だよね?

魚の"鯉"とか、命令の"来い"だったとか、そんなベタな展開じゃない……よね?

 

「えっと、それは……どうして僕に?」

 

「お、オメーが先に言ってくれたんじゃねえか。オレ様のことが心配で、オレ様のことだけを愛してる……って」

 

ああ、そうか。

そう言われてみると、確かに弾みで……言った、ような…?

 

いやいや言ってない!

心配とは言ったかもしれないけど、愛してるまでは言ってないぞ!?

入間さんと一緒にいる時は大概僕もおかしくなっているような気がするけど、そこまでは言ってないぞ!?

 

でも、何となく否定しづらい雰囲気だ。

そもそも入間さんが僕に好意を抱いてくれているのなら、いっそのことそれに応えてあげれば……

 

 

 

だけど。

 

 

 

愚かしくもこの時の僕には、その勇気がなかった。

彼女の一世一代……かは分からないけど、その告白に答える勇気が。

 

「ぼ、僕は、その……」

 

「ま、まさか、全部オレ様の勘違いだってのか…!?」

 

「え?いや、それは違──」

 

「うわぁぁぁん!最原の馬鹿ぁぁぁ!

変態童貞!○○チンポ!○✕△□!」

 

「待ってよ入間さん!僕は…!」

 

入間さんは僕の弁明を聞く素振りも見せず、あらゆる暴言と共に走り去っていく……

 

「僕は、入間さんのことが……」

 

取り残された僕の言葉が、虚しく部屋に響いていた。

 

 

 

 

 

三度目の"コロシアイ"が起きたのは、それからすぐのことだった。

犠牲になったのは、神様の声が聞こえるという夜長さんと、ネオ合気道を継承する茶柱さん。

 

そして彼女達を殺したのは、超高校級の民族学者、真宮寺くんだった。

これまでの事件と違って、そこには明確な殺意があった。

彼の動機も、その言い分も、どちらも救いようがないものだった。

 

学級裁判を終えて生き残ったのは、僕を含めて9人。

このままいけば、確実にコロシアイは続き、さらに数を減らしてしまうことになるだろう。

 

今のところは無事だけど、僕や入間さんだって、いつ被害者になってもおかしくはないのだ。

加害者になることは……ないと、そう信じたい。

 

 

 

 

 

地球に次々と飛来する隕石。

崩壊していく世界。

窮地の打開策として掲げられたゴフェル計画も、あえなく失敗に終わった。

 

第三の事件後にモノクマから渡された『思い出しライト』には、絶望的な外の世界の状況が含まれていた。

 

こんな大事なことを、どうしていままで忘れていたのだろうか。

 

 

 

僕たちは生きなきゃいけない。動かなきゃいけない。

 

めんどくさがりの夢野さんが、今回のコロシアイで前を向いて進み始めたように……

 

僕も、彼女に自分の本心を伝えよう。

 

例えその想いが実らなくとも……

 

後悔だけは、したくないから。

 

 

 

決意を固めたのは、どうやら僕だけでなく入間さんも同じだったらしい。

 

「いいかオメーら、耳の穴かっぽじってよく聞きやがれ!

この天才過ぎる美人発明家こと入間美兎さまが、オメーらをコロシアイの無い世界に連れてってやるよ!」

 

意気消沈する皆の前で、入間さんは高らかにそう宣言した。

いつもなら変な冗談を言って場を和ませたり凍らせたりする彼女だが、その眼差しは僕に秘密を打ち明けてくれた時と同じように、とても真剣なものだった。

 

「あ、何をするかは後のお楽しみだよ?オレ様、焦らしプレイが大好きだから……」

 

前言撤回。

やっぱりいつもの入間さんだったよ。

 

とにかくこの日以降、入間さんはコンピュータールームに籠りきりになってしまった。

ほぼ同時期に王馬くんも姿を現さなくなるし、ここまで来るとクラスメイトの団結など、あってないようなものだった。

 

 

 

それから数日後。

僕は、4階のコンピュータールーム前で深呼吸を繰り返していた。

できれば缶詰になっている彼女の邪魔をしたくはなかったけど……

ここで前に進まなきゃ、絶対に後悔すると分かっていたから。

 

「入間さん、入る…よ」

 

「うふ、うふふふ……このコンピューター、ホントに凄いよぉ。

どんなに弄っても、すっごく敏感に反応してくれるのぉ…!」

 

あっ。

これは駄目な時の入間さんだ。

完全にイっちゃってるときの入間さんだ。

 

これまでの経験からすぐにその事を察した僕は、即座に踵を返そうとして──

 

「なっ!?なな、なんでオメーがここにいんだ!?」

 

普通にバレた。

超高校級の探偵ともあろうものが、情けない限りだ。

 

「ご、ごめん!まさか取り込み中とは思わなくて……その、直ぐに出ていくから!」

 

「……ちょ、ちょっと待て!」

 

「う、うん。何かな…?」

 

恐る恐る聞き返すと、入間さんは僕と同じような表情を顔に浮かべていた。

 

「えっと、そのぉ……」

 

「……」

 

前々回と前回の出来事も相まって、お互いにどこか探り探りな状態だ。

会話の手掛かりが何も無い分、それは学級裁判よりも難しいものと言えるのかもしれない。

 

そして──

 

「「あの、これっ!!」」

 

僕らは、全く同じタイミングでプレゼントを出しあった。

 

「「あ……」」

 

どうやら考えていることは同じだったみたいだ。

 

そして、気付けばどちらからともなく笑い合っていた。

本当に……久々に心の底から笑えたような気がする。

 

その後、どっちが先にプレゼントを渡すかで多少張り合いになったものの、最終的には「だったら早漏のオメーから出しやがれ!」という入間さん節全開の言葉によって、順番決めはあっさりと決着した。

 

僕が渡したのは、カジノの景品で手に入れた『がんじがらめブーツ』だった。

まるで入間さんのためだけに用意されたような景品であり……僕が入間さんのためだけに手に入れたプレゼントだ。

これを手に入れるために「お宝発見!モノリス」を繰り返したことは、記憶に新しい。

 

「ど、どうしてオレ様の欲しい物が分かったんだ…?ま、まぁダサイ原みてーなダサ童貞は、四六時中オレ様のことで頭いっぱいだもんな!ひゃーっひゃっひゃっ!」

 

いつもどおりな入間さんの軽口だけど……あながちその事実を否定しきれない自分がいた。

 

最近の僕が考えていることといえば、入間さんのことばかり。

自由時間に話すのがほとんど彼女とだけだから、それも当たり前かもしれないけど……

 

でも……そのお陰で僕は、とても大事なことに気付けたんだ。

入間さんのことが好きだという、自分の気持ちに。

 

「おい、おーい。なに上の空になってんだよ。

このオレ様を差し置いて勝手にイクとかありえねーぞ!イクなら一緒にって約束しただろ?」

 

「あっそうだね、ごめん。それで、入間さんからのプレゼントは……」

 

手渡されたものに、違和感を覚える。

 

「いつもの発明品……じゃない?」

 

「ったく、オメーの貧相な考えには同情するぜ。

このオレ様の多才っぷりを舐めてんじゃねー!」

 

可愛らしい小包をめくり、中のものを取り出してみる。

そこに入っていたのは……手作りのアップルパイだった。

 

……手作りのアップルパイだって!?!?

 

「ひょっとしてこれ、入間さんが作ったの!?」

 

「当然だろ。このオレ様意外に誰がいんだよ?」

 

「そ、そうだよね……」

 

だけど、手作りにしては凄いクオリティだ。

まるでお店で作ったみたいに綺麗だし、ちゃんとリンゴが入ってるし、髪の毛みたいなのも入ってるし……

 

……!?!?

 

「あの、入間さんこれ……ひょっとして、髪の毛?」

 

「ひゃっひゃっひゃっ、気にすんな!ちょっとした隠し味だ!」

 

「いや気にするよ!?

というか隠し味ならせめて隠してよ!

網の部分から普通にはみ出してるよ!?

そもそも髪の毛は隠し味にならないよっ!?」

 

「ひぅっ!?つ、突っ込みばっかりしてんじゃねーよ。そ、そんなにオレ様をイカせたいのか…?」

 

「さすがにこれは突っ込みの一つや二つも入れたくなるよ。

というかこれ、入間さんの髪なんだよね?どうしてこんなことを……」

 

「だ、だってぇ……大好きな人に、アタシ自身を食べて欲しくて……

ほ、他にも考えたんだよ?爪を入れたクッキーとか、血を混ぜたチョコとか……」

 

よくよく考えてみれば彼女の一部が入っているのは単なるご褒美だったからそれはいいとしても、髪の毛は単純に咀嚼して飲み込むということができない。

 

その意味では後者のチョコにして欲しかったな。

入間さんの血液入りチョコとか想像しただけでも興奮す──ゲフンゲフン。

 

ひとまずこの場は、「さすがに髪の毛は食べれない」という至極まっとうな理由で丁重にお断りしよう。

 

「…………」

 

うわめっちゃ食べて欲しそうにこっちを見てる!!!!

 

ハッキリ言ってその上目遣いは反則だ。なんというかもう、反論できる余地が無い…!

あとはキミがほんのもう少しだけ常識を持っててくれたら言うことは無かったんだけどね!!

 

 

……

 

 

……

 

 

僕のために……作ってくれたんだよな。

 

 

……

 

 

……

 

 

はぁ。

 

 

だとしたら、その思いを無下することは出来ない……よな。

 

 

 

「そ、それじゃあ一口だけ……」

 

「えっ…?食べて、くれるの…?」

 

まったく抵抗感がないというわけではないが、そんな風に泣きそうな顔されたら、僕はこうするしかない。

彼女を悲しませないためには、仕方のないことだったんだ。そう、割り切ることにする。

 

僕はある種の決意を固め、いざアップルパイを口の中に──

 

「……や、やっぱり駄目だ!

オメーになんかあったら、オレ様がどうにかなっちまう!!」

 

「……」

 

「あっ…!」

 

──もう少しだけ、早く止めて欲しかったな。

 

 

 

 

 

「ご、ごめんなさい……アタシ、最原に酷いことを……」

 

「いや、もう良いよ。あんまり気にしてないから。パイの部分はちゃんと美味しかったし……」

 

落ち込みすぎて頭からキノコを生やしている彼女を、色々な方面から慰める。

実際のところアップルパイが美味しかったのは事実だし、入間さんの意外な一面を見れたということで、僕個人としては怒りの感情などどこにもない。

 

「……ホント?ホントのホントに、怒ってない…?」

 

「うん、怒ってない。誓ってもいいよ」

 

「……ひゃっひゃっひゃっ!だったら最初からそう言えよ!オレ様としたことが、ほんの塵カス程度に気にしちまったじゃねーか!」

 

うわっ、急に元気を取り戻した!?

今日はいつになくテンションの浮き沈みが激しいな……

 

「仕方ねーな……んじゃパイの変わりになるモンをくれてやるよ!」

 

え、他にもまだ何か用意してくれていたの?

 

……しかし、入間さんの事だ。

また見切り発車で突拍子もないことをしでかす可能性も、ゼロではない気がする。

 

「オレ様のターン!超スペシャル発明品『あいつはいてないぜ!』を発動だっ!」

 

「え、それって……うわっ!?」

 

入間さんが自分の体に例の光線銃を放つと同時に、僕の手の中に突然黒い布が現れた。

これまで触れたことのない独特な感触と共に、ほのかな温かさが感じられる。

 

ま、まま、まさかこれって…!

 

「どーよ最原。オレ様の温もりを感じてっか?」

 

やっぱり…!

もしかしなくてもこれ、入間さんのパンツだ!!

し、しかもこれ、たった今まで彼女が履いていた…!?

 

「いいか、そいつはオレ様とデートできる権利だ!」

 

「ええっ!?こ、この、パンツが…?」

 

「つーわけで、ここから出たらオレ様とデートしろ。

いいな?絶対だぞ?オメーに拒否権はねーからな!」

 

「う、うん……分かったよ。分かったから…!」

 

「ちゃーんと責任取れよ?ひゃっひゃっひゃっ!」

 

顔を真っ赤にして何も言えなくなる僕。

その様子を見て、入間さんは満足げに笑っていた。本当に嬉しそうに……

 

 

 

「あのさ……一つ、聞いて欲しいことがあるんだけど」

 

「なんだよ改まって。テメーの経験回数がもれなくゼロってことは、とっくに知ってるぜ?」

 

うわやっぱり知られてたの!?

……って、そうじゃなくて。

 

「もっと真剣な話なんだ。僕の……入間さんに対する思いを、伝えておきたくて。

ほら、前の時は一方的に入間さんが言ってくれただけだったからさ」

 

「ええっ!?いや…それは…でもぉ……」

 

弱気になる入間さんに構わず、僕は話し続ける。

このことだけは、今伝えておかないと駄目だと思ったから。

 

「僕は──僕も、入間さんのことが好きだ。

今までこんな想いを持てた人がいなかったから……自分の気持ちに気付くのが、少し遅れてしまったけど。

入間さんと一緒に居られる時間が、とても楽しいんだ。幸せなんだ」

 

「…………」

 

入間さんは真っ赤になった顔を隠しながら、それでも逃げずに僕の話を聞いてくれていた。

 

「だから……二人で絶対に生き残ろう。

絶望なんて跳ね飛ばして、希望の未来を掴み取ろう。

僕たちが力を合わせれば……きっと、それができるはずだから」

 

我ながら、よくこんな台詞を言えたなと思う。

この学園に入る前の僕だったら、そんな大それたことはできなかっただろう。

 

だけど、入間さんは言ってくれたんだ。

僕のことを好きだって。

 

彼女と同じ想いを抱いていた自分が、その告白に答えないわけにはいかなかった。

 

絶望だらけのこんな世界で、入間さんは僕に希望の光を灯してくれた。

 

だから、僕もそれと同じことをしたい。

 

入間さんにとっての光でありたい。

 

それが……それこそが、今の僕が生きる意味なのだから。

 

 

 

「……信じる、からな。オメーの言葉、本気で信じるからな?

だから……後からウソだったっていうのは、ナシだよ…?」

 

「うん。一生の約束だ、入間さん…!」

 

これが、お互いに築き上げた二人の関係。

 

世間一般からみて少し……いや、かなり変に見られるであろう僕たちの関係。

 

だけど……その絆があるから、僕は諦めずに生きていくことができる。

 

明日に向かって、歩きだすことができる。

 

そうだ。

 

"希望"はまだ、潰えてなんかいない。

 



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第2章 僕とオレ様のプログラム世界

 

その日の夜。僕はインターホンが連打される音で目を覚ました。

真夜中にチャイムを鳴らされるのは初めてではないけど……外の人物は『ピンポーン』の音が鳴り終わる前に連打しているらしく、『ピンピンピンピンピン』とけたたましいアラーム音のようになっている。

こんな風にせわしない人は何人もいないから、相手が誰なのか大体の想像はつくけれど……

 

「よぉ、ダサイ原!」

 

慌てて扉を開けた先にいたのは、やはりというべきか、入間さんだった。

彼女と会うのはいつも研究教室かコンピュータールームだったから、僕の部屋で話すのはこれが初めてだ。

 

「オレ様をおかずにしてるとこ邪魔するぜ!巨乳美人のお宅訪問だっ!」

 

「や、一応言っとくけどしてないからね。寝てただけだからね」

 

入間さんとは、つい先日に互いの想いを告白し合ったばかり。

それゆえに、もしこれから何かの過ちが起きたらどうしよう……と、変な想像をしてしまう。

 

「それで、どうして僕の部屋に?」

 

「そんなもん決まってんだろ。このウンコみてーな世界からおさらばすんだよ!」

 

おさらばって……まさか、この学園から脱出するってことか?

 

入間さんはここ数日の間、ずっとコンピュータールームに籠っていた。

僕も暇を見つけては彼女の元へ食事の差し入れに行ったりしていたけど、あそこで開発していた"モノ"がついに完成したということなのだろうか。

 

「ん?なんか浮かねー顔してんな。

……ははーん、さてはアレだろ。オレ様とあんなことやこんなことができるかもって期待したんだろ。そーなんだろ!?」

 

「……そうだね。ちょっとだけ期待してたかもしれない」

 

「えっ、ほ、ほんとにそうだったのぉ…!?

で、でもそういうのは、ちゃんと段階を踏んでからじゃないとぉ……」

 

ちょっとしたからかいあいの後、入間さんは「じゃ、あとでコンピュータールームに集合な!ナニしてる途中だったろうから後処理する時間くらいはくれてやるぜ!」と言い残して、そのまま出て行ってしまった。

まるで嵐の到来みたいだったな。

 

そういえば入間さん、僕が前にプレゼントした『がんじがらめブーツ』をちゃんと履いてくれていたみたいだ。

 

そこはかとなく湧き上がる嬉しさに頬を緩ませつつ、僕はいつもの制服に着替えると、不気味な静寂さを保つ夜の校舎に足を踏み入れるのだった。

 

 

 

 

 

第2章 僕とオレ様のプログラム世界

 

 

 

 

 

コンピュータールームに入ると、そこには既に他の皆が勢揃いしていた。

 

「皆も入間さんに呼ばれて来たんだね」

 

「やっと来やがったか、ハメ原!いつもみたいにオレ様と二人っきりになれなくて残念だったな!」

 

「は、はは……」

 

いつもどおりの調子でそんなことをいう入間さんに対して、僕は思わず曖昧に相づちをうってしまう。

"二人っきりになれなくて残念"というのは、あながち見当はずれな話でもないからだ。

 

「おいおい、折角オレ様が話を振ってやってんのに、退屈なリアクションしてんじゃねーよ。

もっといつもみたいに、激しくツッコみまくってくれないとぉ……」

 

「いや言い方考えてよ入間さん!

あと僕が入間さんにツッコむのはよほどの時だって自覚してよ!!」

 

「ああんっ……それそれ!

最原のツッコミ……感じたくないのに、感じちゃうよぉ…!」

 

くそっ、キミには失うものが何もないのか…?

 

頼むから皆が僕らをゴミのような目で見ていることに気付いて!

今は自由行動で二人の絆を深め合うパートとかじゃないんだよ!?

 

「……ねえ、そんなことより早く話を進めてくれない?

私たちはあんたらの低俗な漫才を見に来たんじゃないんだけど」

 

「えっと……私たちは確か、入間さんからこの学園を脱出できるって聞かされて、このコンピュータールームに集まったんだよね?」

 

話がずれまくったところを春川さんと白銀さんが軌道修正してくれた。

地味に見事なフォローだ。

 

「そのとおりだぜ。なんたって天才のオレ様が言うんだから、間違いねーよ!」

 

「オメーが言うから不安なんだろうが……」

 

ああ、遂には百田くんまでがツッコミに回り始めてる。

 

「それで入間さん、一体どうやってこの学園から脱出するの?」

 

「へへ、知りてーか?そりゃ知りてーよなあ?

……だったら、オメーら全員土下座しろ!そうしたら教えてやるぜ!」

 

「ええ!?土下座って……何で急に?」

 

突然耳を疑うようなことを言い始めた入間さん。

白銀さんの疑問は至極もっともなものだ。

 

「うふっ……実は前に最原と赤松に土下座されたとき、クセになっちゃってぇ。

つーわけで、さっさと土下座しろっつ-んだよ、このクソドMどもがぁ!」

 

……ああもうやっぱり原因はこの僕か!

彼女のどうしようもなく悪い癖が、今日はこれでもかと出てしまっている!!

 

僕に対してする分にはどうとでもなるけど、クラスメイトの皆を相手取っての暴走はあまりにも無謀だよ入間さん!!

 

あ、ほら。隣にいる王馬くんがニタリと笑ってる!

まるで絶好のカモを見つけたような顔してるよどうか気付いて入間さん!!

 

「……は?いやいや土下座するのはビチ子ちゃんの方でしょ?

オレらに話を聞いてほしいんだったら、それが当然の流れだよね?」

 

「え……何それ、おかしくない?

だってオレ様は、みんなの為を思って不眠不休で──」

 

「いやいや何もおかしくないでしょ。だってオレらは、雌豚ビチ子ちゃんなんかのためにわざわざ時間を割いてここへ来たんだよ?

……ほら、さっさと土下座しろよ。しないなら解散だけど、それでもいいの?」

 

「ま、まま、待ってぇ!す、すればいいんだろぉ!?すれば……」

 

「はいどーげーざ、どーげーざ!」

 

「う、ううう……ううううう……」

 

ガクガクと震えながら今にも膝を折ろうとしている入間さん。

他の皆から見れば、こうなってしまったのもある意味当然のことだと思っているのかもしれないけど……

 

あいにくと、僕はそうじゃない。

 

好きになった女の子が他の誰かに土下座するなんて光景、望んで見たいやつがこの世にいるだろうか。

……いや、一部界隈にはいるかもしれないけど、少なくとも僕は違うと言い切れる。

 

 

 

──いいだろう。

 

 

 

「ちょっと待った!」

 

 

 

「え…?」

 

 

 

──ここは、僕が犠牲になる。

 

 

 

「お願いします、入間さん。話を……聞きたいです…!」

 

 

 

僕は入間さんに対して、両膝を折り、深々と頭を下げた。

平身低頭。これこそがまさしく真の土下座。

 

「最原君!?一体をしているの!?ゴン太わけがわからないよ!!」

 

「うわ、ビチ子ちゃんの口車に乗せれてマジでする奴いたんだ。引くわー、超引くわー」

 

「最原オメー……プライドってもんがねえのか!?」

 

「さ、最原君、キミって人は……!」

 

「ううむ……これは、さすがのウチも見てられんな」

 

「見なくていいよ、こんな馬鹿」

 

「最原くん……それはちょっと、どうかなって……」

 

皆からは困惑、同情、侮蔑、呆れ、etc……と様々な声が上がる。

 

だけど、そんなことは当然覚悟の上だ。

入間さんが辱められるぐらいなら、土下座の一つや二つや三つぐらい、僕は簡単にすることができる。

それによって皆から冷たい視線を浴びさせられても、なんら動じることはない。

間接的にでも彼女を守ることができれば、それでいいんだ。

 

……うん、言われなくても分かってるよ。

ここまでして彼女に付き合おうとする僕も、大概だってことぐらい。

 

「ああっ…最原の土下座、また見れたぁ……いいよぉ…!」

 

そして僕の土下座姿を鑑賞して悦に入っている彼女に至っては、いい加減SなのかMなのかをはっきりして欲しいところだと、そう思う。

 

 

 

「じゃ、最原の土下座に免じて教えてやるぜ。こいつはな……」

 

そしてここから、『プログラム世界』についての講習が始まった。

 

入間さんの説明をざっくり要約するとこうだ。

・プログラム世界とはいわば仮想現実のことで、このコンピューターを使って僕たちの意識"だけ"を別の世界に飛ばす。

・プログラム世界には全員分のアバターが用意されており、転送された意識はアバターに移り、自由行動が可能となる。

・プログラム世界の基礎を作ったのは入間さんではなく、モノクマらしい。

 

彼女が最後の一つを言い終えた直後、一斉にブーイングの嵐が巻き起こった。

当然のことだろう。何せモノクマは、この学園内で"コロシアイ"の主催者をしているのだから。

そんな奴が作った別世界が、まともなものであるわけがない。

 

しかしそれでもなお食い下がろうとする入間さんと、"外の世界の秘密"を隠してきたというモノクマの発言によって、最終的には全員でプログラム世界へ行くことが決まってしまったのである。

 

 

 

「ねぇ入間さん。これ、本当に大丈夫なんだよね?」

 

「う、うん。なんたってオレ様が不眠不休で調整したんだし、危険物は全部排除したから……」

 

「……本当の本当の本当に大丈夫なんだよね?」

 

「な、なんだよぉ。最原のクセに、オレ様の言葉が信じられねぇのかよぉ…!」

 

「別にそういうわけじゃないけど。何だか今日は様子が──」

 

「酷いなー最原ちゃん。愛しの入間ちゃんの言葉を信じてあげないなんてさ」

 

異世界へ行く前に少しだけ入間さんと話をしておきたかったのだが……そこへ王馬くんが割って入ってきた。

いつもなら入間さんを散々コケにして罵倒している彼が、今日はやけに彼女の肩を持っている気がする。

 

「王馬くんは、随分と余裕そうだね」

 

「まーね。だってオレは、入間ちゃんのことを"信じて"いるからさ。

……口先だけの皆と違ってね」

 

「……」

 

まったくどの口が言うんだ。

そう言いたくなるのをなんとか飲み込んだ。

 

彼の掴みどころのない性格には、未だ慣れることがない。

普段あれだけ皆から嫌われるような言動をとっておきながら、学級裁判では僕らにヒントを与える発言をすることもある。

 

少なくとも僕には、王馬くんがこのまま何もせずに学園生活を終えてしまうとは思えなかった。

 

 

 

プログラム世界。

 

入間さんいわく「コロシアイが一切ない、平和で安全に過ごせる理想の世界」は……

 

忌憚のない意見を言わせてもらうのであれば、僕たちが想像していたものとは大分違うものだった。

 

「うーん……なんか、聞いてたのと全然違わない?」

 

「ガッカリなグラフィックじゃ!どこが現実以上の素敵空間じゃ!」

 

一同が口を揃えて文句をつけるあたり、皆も内心ではある種の期待をしていたのかもしれない。

 

で、さらにもう一つ。これは僕自身にも全力で降りかかっている問題なんだけど。

 

「なんで最原と入間のアバターだけ、本物とそっくりなワケ?」

 

そう。皆が二頭身のいわゆるデフォルメキャラと化しているにもかかわらず、何故か僕と入間さんだけが現実世界とそっくりな姿かたちで存在していたのである。

 

「……そんなのこっちが聞きたいよ、春川さん」

 

一応はぐらかしてはみたけれど、さすがにここまで露骨だと、いくら鈍感な僕であってもその真意には気付かされる。

 

──これは完全に、入間さんのえこひいきだ。

 

プログラミングをした本人は皆から詰められて、滝のように汗をかきながら「全然、そんなの、ただの偶然だろ……」と視線を逸らしていたけど、誤魔化せていたとは思えない。

 

そんなやりとりを挟みつつ……僕たちは入間さんから、この世界における追加の注意事項を聞くことになった。

・プログラム世界でアバターが受けた五感情報は現実世界の僕らにも反映される。

・プログラム世界にある「物」は壊れないよう設定されている。

・アバターの能力は平均化されており、それぞれの個体差は反映されないようになっている。

 

大事なことを次から次へ後出しするものだから、入間さんは皆から総スカンを食らっていた。

ごめん。さすがの僕も、こればかりはフォローしきれない。

 

「この世界の特別なところは、それで全部?」

 

「あ、ああ……全部だよ」

 

いつにもまして、歯切れが悪い。

今のところだって嘘じゃないなら、「オレ様の言うことが信じられねえのかこのチンカス!!」ぐらい強気にきてもおかしくないというのに。

 

入間さんを疑いの眼差しで見ることは、もちろんしたくない。

だけど状況が状況だけに、万が一のことを考えないわけにはいかないんだ。

 

これ以上誰かが命を落とすところなんて、絶対に見たくないから。

 

 

 

それから僕たちは全員で館の中を見回り、雪が降り積もっている外に出た。

この世界には今僕たちが見てきた館の他に、教会があるらしい。

 

話の流れからして当然そちらにも行かないといけないわけだが、道中であろうことか、王馬くんがゴン太くんを連れて別行動に移ってしまったのである。

百田くんは止めようとしたけど、本当にその説得を聞き入れてくれるなら、それはもはや王馬くんではないだろう。

 

こういう時って、別行動した組の方が何か重要なものを見つけてしまう……っていうのがオチだよな。

 

内心でそんなことを考えながら歩いていると、皆の足が同時に止まった。

何事かと思って状況を確かめると、教会へ続く道が縦線を流れる川によって断たれていたのである。

 

「オイオイ、これじゃ向こう側に渡れねーよ。一体どうすんだ?」

 

「宇宙級のバカは黙ってろ!川を渡る方法なら、ちゃんと用意してんだよ」

 

「そうなのか……って、誰がバカだ!」

 

「そんなのテメーしかいねえだろ!ロケット発射は股間のイチモツだけにしとけ!」

 

「ああん!?今なんつった!?」

 

「ひいっ…!ち、ちょっとした冗談を言っただけだろ。何マジになってんだよぉ…」

 

毎回思うけど、ビビるぐらいなら最初から煽らなきゃいいのに。

入間さんと百田くんのやりとりを生暖かい目で見遣りつつ、本題に戻る。

 

彼女曰く、この川の下流に看板があるらしく、それを橋代わりにするそうだ。

この世界には『物が壊れない』という謎ルールがあるから、例え木の看板でも安心して渡れるようになる、ということらしい。

 

「まぁ、どうせならオレ様に命令されて喜ぶドMに頼んでやるぜ!」

 

成る程ドMか……僕の推測によれば、クラスメイトの中にそんな性癖の持ち主はいなかったはずだけど。

 

入間さんはひとしきり皆を見渡した後、ある人物にビシリと指をさした。

 

「最原、オメーの出番だっ!」

 

……え、僕?

 

「ま、当然だね」

 

「うむ、最原はドMじゃからな」

 

というかちょっと待って春川さんと夢野さんのリアクションはおかしくない?

まさか入間さん以外の皆からもそんな目で見られてるのか!?

 

「ドМ認定されるのは心外だけど……とにかく行ってくるよ。看板を取ってくればいいんだよね?」

 

「なんなら四つん這いになって取りに行ってもいいぞ!

帰ってきたらオレ様のブーツを舐めさせてやるぜ。オメーにとっちゃ最高のご褒美だろ!?」

 

「やめい入間!そんなこと言ったら最原が本気にしてしまうぞ!」

 

「いやだからしないって。四つん這いになっちゃったら物理的に運べないでしょ?」

 

「それってつまり、出来るならするってことだよね。やっぱドМじゃん」

 

夢野さん春川さんコンビの当たりがやけに厳しいんだけど、僕は決してドМなんかじゃない。

ただ入間さんに振り回されるのが嫌いじゃないってだけだ。

彼女の無茶ぶりに応えるのが楽しいだけなんだ。

ご褒美だって別に……ぜんぜん、まったく、嬉しくないからね。本当だからね。

 

 

 

何にしても僕がやらなければいけなくなったということで、南の方角に放置されていた『ヒルズ・ミライ』と書かれている長い看板を運んでいく。

 

川の両端に看板の橋を設置した後、ちょうど王馬くんとゴン太くんが別行動から戻ってきたので、ここから先は再び全員で進むことになった。

 

ふと彼らを見やれば、ゴン太くんのアバターがこれ以上ないくらいに落ち込んだ表情をしている……ように見える。一体何があったのだろうか。

たとえば以前のように王馬くんからあらぬことを吹き込まれて、それを信じてしまっている、とか……

 

いや、まさかね。

 

「んあー……ドキドキしたが、橋が壊れないのは本当じゃったな」

 

「けっ、ちったあオレ様のことを信用しやがれ!」

 

そう言う入間さんだが、皆の反応はあまり芳しくない。

外の世界の秘密を探すために仕方なく付き合っている……そんな感じだ。

 

「な、なんだよぉ……折角このオレ様が、オメーらのために一肌脱いでやったのに……

あ、脱ぐと言えばオレ様の勝負下着は最原に渡し──」

 

「入間さん!!!!」

 

「ひぎぃっ!?」

 

「さっきの地図で波線が引いてあったのは、たしかこの先だったよね!!たしかそうだったよね!?」

 

どさくさに紛れてとんでもない爆弾を投下しようとする入間さんを制して、少々強引に話を戻す。

 

「あ……ああっ!そうだ。

こっから先はテメーら自身の童貞眼で確かめてみろ。そしたら嫌でも分かるはずだぜ?」

 

いや童貞眼ってなんだよ……ぜんぜんカッコよくないよ……

 

当然ながらそんな言われようでは誰も動こうとしない。

 

ここでも僕が先陣を切っていくしかないのか。

 

多分大丈夫なんだろうけど、入間さんの太鼓判は絶妙に不安なんだよな……

 

「……っ!?」

 

しぶしぶ東側に向かって進み始めた僕は、直後奇妙な感覚に襲われた。

瞬きをしたように世界が真っ暗になったかと思うと、先ほどまでエリア上の壁に阻まれて見えなかった空間が、視界の先に現れていたのだ。

 

「これはひょっとして……ローディング、ってやつなのかな?」

 

「ビンゴ!あ、間違った……チンコ!」

 

「入間さん逆!というか下ネタはいいから、ちゃんと説明して!」

 

「ひゃうっ!?せ、急かすんじゃねえよこの早漏野郎が。

今のが"マップ切り替えのポイント"だ。

この世界は大きく2つのエリアに分かれてる。

さっきの館があった場所と、これから行く教会のある場所だ」

 

つまり……2つのエリアを行き来するには、必ずこの切り替えポイントを通らないといけないってことか。

そして切り替えポイントを挟んでいると、先のエリアはもちろん見えないし、音も通らないようになっている。

本当に、ゲームの世界みたいだな……

 

「館の地図に書いてあった通り、この世界は2つのマップを見えない壁で囲んでんだ。それ以外の場所はねーよ。

ふ……不服か?オメーもこんなんじゃもの足りねえって、オレ様に乱暴するクチなのか…!?」

 

「それって、同人誌みたいに!?えっちな同人誌みたいに!?」

 

「いや勝手に僕を鬼畜キャラにしないでよ!……っていうか、なんで便乗してるの白銀さん!?」

 

 

 

第2エリアの建物──教会の中は、一言でいうと雑多な状態になっていた。

あちこちに用途不明の物品が散乱しているから、全てを洗いざらい捜索するにはそれなりの手間がかかるだろう。

 

まるでこの場所に、大事なものを隠していると言わんばかりだ。

……ここまでされると、流石に露骨すぎる気もするけど。

 

「けけっ、ようやくこっからが本番だぜ。いいかオメーら、手分けして『外の世界の秘密』とやらを探すぞ!」

 

「そうは言うが、肝心の目的物が何か分からんことにはな……」

 

「肝心のモノクマも、具体的なことは一つも言っていませんでしたね」

 

「うーん、そんなものを見つけられるのかな……」

 

相変わらず皆の士気は低いままだ。

この流れだとまた入間さんが弱気になってしまうだろうから、励ましの言葉を準備しておかないと──

そんなことを呑気に考えていると、どこからともなく鶴の一声が上がる。

 

「見つかるか見つからないかの問題じゃないだろ!?オレ達はやるしかないんだよ!」

 

王馬くんだ。

今日は本当に計らずも入間さんの肩を持っているな。

 

……いや、果たしてこれは偶然なのか?それにしてはやけに──

 

「あ、そうそう。手分けする前に入間ちゃんに確認しておきたいことがあったんだ」

 

王馬くんはそう言って、僕たちに聞こえないような小声で入間さんと話し始める。

きっと、込み入った話があるのだろう。それを邪魔するほど野暮ではない。

 

何を話しているのかなんて、別に気にならないけど……

 

嫉妬の感情なんて、一つも持ち合わせていないけど……

 

ちょっと、距離が近くはないだろうか。

 

入間さんもいつものなりを潜め、どこか真剣な表情で会話に応じている。

 

一体なんだというのだろう。

 

この胸が締め付けられるような、変な気持ちは。

 

「……さ、最原クン」

 

「へ…?あ、キーボくん。どうかしたの?」

 

「いえ、ボクの思い過ごしかもしれませんが、物凄い形相で王馬クンを睨んでいたような気がして」

 

「僕が王馬くんを?はは、やだな。まさかそんなことは──」

 

 

 

……ないとは、言い切れなかった。

 

 

 

「で、どうやって手分けするの?この教会とさっきの館とで半分ずつ?」

 

「ハルマキ、ここはオレに任せとけ。宇宙的解決策でビシッと決めてやるからよ!」

 

「いやいや、待て!

この世界のことを一番良く知ってるのはオレ様なんだ。だから、オレ様に決めさせろ!」

 

無茶苦茶な理論を翳しながら、結局は入間さん直々の指名によって、館を探すのは僕、百田くん、王馬くん、ゴン太くん、白銀さんの5人。そして教会を探すのは入間さん、夢野さん、春川さん、キーボくんの4人に決まった。

 

「どうだ最原、ここの世界は最高だろ?」

 

「う、うん。そうだね」

 

「なぁ、ここを拡張して"新しい現実"として過ごすってのはどうだ?

そうすりゃあ、体はともかく……心は自由だぜ!」

 

え…?

 

ちょっと待って、それはおかしくないか?

 

だって、入間さんは……

 

ここにいる誰よりも、外に出たがっていたはずなのに。

 

 

 

…………

 

 

…………

 

 

…………

 

 

本当に、このまま入間さんの言うとおりに捜索を続けてしまっても大丈夫なのだろうか。

 

突発的にそんな疑念を呈したのは、他ならぬ僕自身。

 

明確な根拠などは、どこにもない。

 

だけど……ここに至るまでのあらゆる要素が、僕に何かを伝えようとしていた。

 

このままじゃいけない。

 

また悲惨な事件が繰り返される、って。

 

 

 

それならば、僕は。

 

 

 

僕の選択は──

 



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第3章 気だるき異世界を生かせ生きるだけ

 

「ちょっと待って入間さん。やっぱり、僕も教会の方を探すよ」

 

「はあっ!?そ、そんなの駄目に決まってんだろ!マゾ原はマゾ原らしく、黙ってオレ様の命令に従いやがれ!」

 

……やっぱり、変だよな。

 

おそらくこれは、入間さんと同じ時間を過ごした僕にしか分からない、些細な違和感なのだろう。

探偵としての勘ではなく、最原終一としての勘。

 

葛藤の末、僕はそれを信じることに決めた。

 

「春川さん。探す場所、僕と変わってくれないかな?ほら、あっちには百田くんが行くみたいだし……」

 

「あ、あんた急に何言って!──殺されたいの!?」

 

相変わらず物騒な発言だけど、これは超高校級の暗殺者である春川さんなりの冗談らしい。

それを聞く側としては毎度身が震える思いなのだが、今は気にすることではない。

 

「……まあ、どうしてもっていうなら変わってあげてもいいけどさ」

 

よし。

最近百田くんと一緒の時間が多い彼女なら、僕の提案に乗ってくれると思った。

 

「ハルマキはこっちの組になったんだな。じゃあ一緒に行こうぜ」

 

「う、うん……」

 

「ちょっと、勝手に決めないでよぉ…!」

 

あたふたする入間さんを尻目に、それぞれが二手に分かれていく。

 

このまま何も起こらず秘密さがしが順調に進むのなら、勿論それに越したことはない。

 

だけど……

 

赤松さんの時も。

 

東条さんの時も。

 

真宮寺くんの時も、そうだった。

 

あとになって後悔しないためにも、出来る限りのことをする。

 

それはこれまでの学園生活で嫌と言うほどに学ばされた、僕なりの教訓だった。

 

 

 

 

 

第3章 気だるき異世界を生かせ生きるだけ

 

 

 

 

 

教会の中を探すメンバーは僕を含めて4人。

だけど、この場所の散乱具合からして結構な手間がかかりそうだ。

 

そもそも本当に「外の世界の秘密」がこの場所にあるとは限らない。

もし見つけたところで、それが僕たちにとっての"希望"に値するものかはわからない。

 

いずれにせよこの世界での探索は、モノクマが絡んでいる以上、用心するに越したことはない。

 

単独行動など、まさに愚の骨頂。

もし自ら一人になるような言動する人がいたならば、僕は真っ先にその人物を警戒することになるだろう。

 

「オレ様はちょっくら外を探してくるから、中の捜索は任せたぜ」

 

……だから、その言葉がキミの口から出たとき、僕は思わず天を仰いだ。

彼女に対して抱いていた疑念が、ほぼ確信に近いものへと変わってしまったから。

 

「なんじゃ入間、まさかサボるつもりではないだろうな」

 

「そんなんじゃねーよ。オメーらこそ、オレ様が戻ってくるまでになにも見つけられなかったら、只じゃおかねーからな!」

 

もしこの先、僕の想像通りの展開になろうとしているのなら──

 

 

 

為すべきことは、一つしかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

違和感を感じた直後に追いかけたことが功を奏し、僕はすぐに入間さんを見つけることができた。

 

教会エリアの南東端側。

 

そこは、およそ探索のために訪れるとは思えないような僻地で。

 

彼女が何らかの意思をもって歩を進めていることは、もはや疑いようのない事実だった。

 

「入間さんっ!!」

 

「ひいいいいっ!?」

 

比喩表現抜きで飛びあがった彼女は、恐る恐るといった感じでこちらの方を振り返る。

 

「さ、さささ、最原!?なっ、なな、なんでオメーがこんなところに!?」

 

「追いかけてきたんだ。キミのことを」

 

「オ、オレ様のことを!?そそ、そうか。ほ、本当に童貞はしょうがねえな。

だ、だったら一緒に、外の世界の秘密を探すとするか!」

 

「……そうだね。けどその前に、ひとつ確かめておきたいことがあって」

 

「確かめたいって、な、何をだよ?

オレ様は別に、やましいことなんて一つも考えてねーぞ…!?」

 

「……」

 

今さら、何を躊躇することがあろうか。

 

"真実から目を背けない"

 

今は亡き赤松さんとも、そう約束したじゃないか。

 

「入間さん……誰かを、殺そうとしているよね」

 

「……へっ?」

 

文字どおりの直球勝負。

初めのうちは呆然としていた入間さんだったが、やがてその言葉の意味を理解したのか、みるみるうちに顔色を変えていく。

 

「ば、ばば、バカ言ってんじゃねーよ。

殺しなんて野蛮な事……オ、オレ様がするかよ…!」

 

ここで彼女を肯定してあげれば、穏便に事を収められるのかもしれない。

 

だけど、それじゃあ駄目なんだ。

一度灯ってしまった殺意という名の炎は、完全に消さない限り火種としていつまでも残り続けてしまうから。

 

「今ならまだ間に合う。だから、正直に答えて欲しい」

 

「だ、だからオレ様は、何も考えてねえって……ひっ!」

 

一歩近付けば、その分だけ後ずさろうとする入間さん。

その背中がマップ上の端にある"壁"に触れたところで、通常であれば起きるはずの無い現象が発生した。

 

入間さんの体が、プログラム世界の壁を()()()()()のだ。

 

四方を囲む壁を物理的に超えることはできない。

壁の先には何も存在していない。

その説明に致命的な矛盾があったことを、彼女は自分の身をもって証明してしまった。

 

「ち、違っ──これは、単なる偶然で…!」

 

「そんなわけないだろ!?」

 

「ひいいいいっ!!」

 

尚も煮え切らない態度をとる入間さんに対して、思わず声を荒げてしまう。

僕の気持ちは、これまでの学級裁判の時以上に張りつめていた。

 

「わ、分かった!話す、から……全部話すから、だから、怒らないでよぉ…!」

 

しばしの沈黙の後。

追い詰められたことで観念したのか、入間さんはぽつりぽつりと言葉を漏らし始めた。

 

最悪なことに、僕の予想はことごとく当たっていた。

彼女は自らがクロとなる殺人計画を立て、この才囚学園から抜け出すことを考えていたらしい。

 

どうして、こんなことになってしまったのか。

 

ふつふつと湧き上がってくるのは、やり場のない憤りと、彼女を止められなかったことへの悔しさが半分ずつ。

 

「入間さんは、僕に言ってくれたよね。この学園を一緒に出て、デートしてくれるって。

ひょっとしてあの言葉も、僕を騙すための嘘だったの?」

 

「ち、ちがう!アタシは……アタシは本気だった。あの時の言葉に、嘘は無いの!」

 

「だったら、どうして……」

 

「……怖く、なっちまったんだ。もしこのまま偽の学園生活を続けていたって、生き残れるのはたった二人。

オ、オレ様と最原が残れる保証なんて、どこにもねえじゃねーか!

だから、決めたんだ。誰かにやられる前に、誰かに裏切られる前に……自分が、やろうって。

 

──アタシと最原だけが生き残れる世界を、作ろうって」

 

「え…?」

 

その言葉に、僕は大きな引っ掛かりを覚えた。

学級裁判で正しいクロを指摘できなかった場合、クロ以外の全ての生徒がおしおき──もとい、処刑されるはずだ。つまり、入間さんの犯行であるということが判明しなかった場合、他の誰も生き残れないということを意味している。

それなのに彼女は、『二人が生き残る世界』とはっきり言ったのだ。

 

 

 

まさかとは思うけど。

 

 

 

入間さん、キミが考えていたことは──

 

 

 

「僕以外の全員を、殺そうとしていたの…?」

 

入間さんは、僕が恐る恐る投げかけた質問を、静かに肯定した。

 

「校則に書いてあったろ?『死体発見アナウンスは、3人以上の生徒が死体を発見すると流れる』って。それに真宮寺の時みたく、学級裁判が始まるまでに別のやつを殺しちまっても問題はなかった。

だったら最原以外の全員をやって、生き残りの二人になれば……オレ様たちは、生き残ることができるはずなんだよぉ…!」

 

 

 

嵐のように吹きすさぶ雪は、彼女の心情を表しているかのようで。

 

 

 

「オレ様は、世界を変える発明品を作らなくちゃいけない。だから、絶対に死ねないんだ!

それから……最原にも、死んでほしくない。もしオメーが死んだりしたら、オレ様はきっと、どうにかなっちまう。

だからもう、こうするしかないんだよ……!!」

 

 

 

ようやく、分かったような気がする。

 

入間さんは怖かったんだ。

 

自分が死ぬことが。

 

そし……僕が死ぬことが。

 

 

 

ずっと、堪えてきたのだろう。

 

我慢してきたのだろう。

 

"天才発明家"の入間美兎は、決して他人に弱みを見せるような人間ではなかったから。

 

 

 

明日の保証など、どこにもない毎日。

 

一人、また一人とクラスメイトが消えていく毎日。

 

そんな極限下の状況にあって、モノクマからこれ以上ない"動機"を渡されて。

 

入間さんは、決断してしまったのだろう。

 

コロシアイをすることを。

 

 

 

 

 

……だけど。

 

 

 

 

 

……だからこそ。

 

 

 

 

 

「それは……違うよ。入間さん」

 

僕は、面と向かって彼女に反論する。

自分のことを好きだと言ってくれた彼女に、罪を犯させないために。

 

「ひぐっ……な、なんでぇ?アタシのこと、嫌いになっちゃったの…?」

 

「……それも、違う。

好きだから。入間さんのことが、大好きだから……言うんだ」

 

「なんだよ、それ……わけわかんねえよぉ……」

 

張りつめていた糸が切れたのか、入間さんはその場にしゃがみこんで泣き始めてしまった。

僕は少しの間立ち尽くし、やがて我に返ると彼女の肩を抱き寄せる。

絶対に離さないという、強い想いを込めて。

 

「入間さんは、僕が生まれて初めて好きになった、大切な人だ。

そんなキミのことを……人殺しなんかにはさせない。させて、たまるもんか…!」

 

もし僕の言葉が届かなかったら、何時間でも何日でもこうしているつもりだった。

それだけの覚悟が、今の僕にはあった。

 

だけど入間さんは肩を震わせながら、僕の言葉に何度も頷いてくれた。

頼りない僕なんかの言葉を、正面から受け止めてくれた。

 

先程まで入間さんが抱いていたであろう殺意は、すっかり鳴りを潜めてしまったようで。

僕はその事実に安堵の思いを抱きながら、彼女の背中を繰り返し擦っていた。

 

もう大丈夫。

僕がついているからと、そう励ますように。

 

 

 

入間さんが完全に泣き止んだのは、それから30分ほどしてからのことだった。

それまでの時間を苦痛に感じるようなことはなかったし、なんなら少しでも彼女の役に立てて良かったとさえ感じられた。

 

許されるなら、二人きりのこの時間がずっと続けばいいのに。

そんなふうに考えてしまう僕は、既に彼女の虜になってしまったのかもしれない。

 

……とはいえ、僕たちにはまだやるべきことがある。生きて、やるべきことが。

だからこの場所で立ち止まっているわけにはいかないんだ。

 

「そろそろ戻ろうか。あまり戻るのが遅くなると、皆に心配をかけちゃうから」

 

「ち、ちょっと待って!あのね……一つだけ、お願いがあるんだけど。聞いてくれる?」

 

「もちろん。僕に出来ることなら、なんだって」

 

まさか即答されるとは思っていなかったのか、入間さんは「ほ、ほんとに?アタシのお願い、聞いてくれるの…?」と言ってもじもじしていた。

 

今さらそんなふうに躊躇することもないのに。なんて思ったけど、ひょっとしたらこの時の彼女は、色々と負い目のようなものを感じていたのかもしれない。

 

「あのね……これからはアタシのこと、名前で呼んで欲しいの。

それで、アタシも"最原"じゃなくて、"終一"って……そう、呼びたくて」

 

「な、何だって!?」

 

「ひぅっ…!や、やっぱりダメだよね。アタシなんかが……そんなふうに馴れ馴れしいのは、イヤだよね」

 

「それは違うぞっ!!」

 

あまりの衝撃に、思いがけずはっきりと反論してしまった。

 

好きになった相手と下の名前で呼びあう。

そのシチュエーションが嫌いな男子なんて、この世に存在しないんだよ!!

 

「えっと、それじゃあ……改めてよろしくね、美兎さん」

 

「うん…!ずっと、ずっと一緒だよ。終一」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「一体何があったんじゃ、お主ら」

 

教会に戻り、夢野さんから開口一番にそう言われた原因は明らかだった。

美兎さんが僕の腕に抱きつくようにして密着しているからだ。

僕の理性があと少しでも低ければ、このエロエロと複雑な状態に耐えることは出来なかっただろう。

 

「いいかテメーら、その粗末な耳の穴かっぽじってよーく聞きやがれ!

隣に居る童貞は、今日からオレ様のかっ、かかかか、彼氏だぁ…!」

 

!?!?

 

いつの間に強気に戻ったのかと思いきやそうでもなかった彼女の口から放たれたのは、まさかの交際宣言だった。

 

彼氏と言い切ったところで微妙に恥ずかしがってる!

けどそんなところも可愛いなって思うよ!!

 

などと言っている場合ではない。

美兎さんの先走った行動に、皆はあ然としている。

まあ無理もないよね。僕たちが突然恋仲に発展するなんて、思いもしなかっただろうから──

 

「いや、なんというか……お二人の関係性には薄々気付いていましたよ?」

 

「キーボの言うとおり。今さらそれを言うのか、というやつじゃな」

 

……どうやら僕らの関係は公然の事実だったらしく、聞けばこの場にいない他の皆も(純粋なゴン太くんを除いて)感づいていたとのことで。

 

「えっ、そうなの!?全然知らずに大声で宣言しちゃったよぉ。恥ずかしい……」

 

「安心して美兎さん、僕も全く同じ気持ちだから」

 

 

 

それから……僕は今回起こりかけた事件を"無かったこと"にすべく、動き始めた。

 

体調不良を偽って一足先に現実世界へと戻り、美兎さんがアリバイ工作の為に用意していたもの──毒入りの小ビンをこっそりと回収する。

僕以外の全員を殺害するつもりだった、なんて話を聞いたときには開いた口が塞がらなかったけど、それ以前に事件が発覚してしまった時のことも一応は考えていたようだ。

 

……無論、それは決して褒められた話ではないんだけど。

 

静けさの広がる校舎内。その廊下を一人で歩きながら、考える。

 

彼女があのプログラム世界で真っ先に狙おうとしていたのは、王馬くんだったらしい。

アバターに特殊な細工を施したうえで屋上に呼び出し、身動きを封じた状態で彼を殺害する。

厄介な彼さえ仕留めれられれば、あとはなし崩し的に殺せると踏んでいたのか、あるいは殺しても罪悪感の少ない人物を優先的に狙おうとしていたのか……

 

あまり深くは聞いていないけど、それが実現しなかったことは本当に幸いだった。

 

誰よりも"嘘"に機敏な彼が、お世辞にも嘘が上手いとは言えない美兎さんの言葉を、果たしてどこまで真に受けていたのか。

なんなら彼女の殺人計画を逆手にとって、返り討ちにしてしまうことだって想像に難くない。

味方になってくれれば心強いけど、敵に回ればとてつもなく厄介な存在になる。それが王馬くんという存在なのだ。

 

だがしかし……すべては「もしも」の話。

美兎さんがコロシアイの算段を破棄した以上、目下の悲劇は回避されることになった。

 

彼女が僕の研究教室から持ってきた毒薬入りの小ビンは元の場所に戻したし、これで余計な火種が生まれることもないだろう。

 

「本当に、良かった……」

 

思わず溢してしまった呟きは、誰にも聞かれることなく広い校舎の中へと消えていく。

 

まったく、これだから。

 

美兎さんのことは、放っておけないんだ。

 

 

 

「──お、やっと戻ってきたか!」

 

「うわああああっ!?……って、百田くん?」

 

「な、なんだ!?いきなり脅かすんじゃねーよ!」

 

コンピュータールームへの帰り道。

階段を降りたところで声をかけられた僕は、すっかり安心しきっていたこともあり、飛び上がって驚いてしまった。

 

そこにいたのは"超高校級の宇宙飛行士"、百田くん。

彼は美兎さんのアリバイトリックのため、一足先に強制ログアウトをさせられていたのだ。

 

突然のことに動揺はあったけど、毒薬は既に回収しているのだから、何も気後れすることはない。

僕はあらかじめ用意しておいた口上を述べていく。

 

「うん。実は、ちょっと気分が悪くなっちゃってさ。一足先にログアウトさせてもらったんだ」

 

「ならオレと似たような感じだな。まあ、オレの方はどうして戻ってきちまったのか、よく分かんねえんだけどよ」

 

「そうだったんだ……プログラム世界のバグとかかもしれないね」

 

「だろうな。ったく入間のやつ、あの世界は完璧だとか言っておきながら……」

 

真実は殺害計画の犯人に仕立て上げるためのトリックに巻き込まれたわけなんだけど。

何も事件が起きなかった以上、偶然そうなったという説明に疑問を抱くことはないはずだ。

 

「それはそうと、オメーもとんでもねえやつに惚れちまったな、終一」

 

「えっ…!?ど、どうしたの突然?」

 

百田くんが言ってるのって……つまり、僕と美兎さんについてのことだよね?

 

「別に、入間のことを悪く言うわけじゃねーけどよ。あいつはオレたちの中でもとびきり難儀な性格してるだろ。

この先も付き合っていくとなりゃ、きっと苦労するだろうぜ!」

 

百田くんの言葉は紛れもなく正論だった。

だけど爽やかな笑顔でサムズアップまでして、そんなこと言わないでよ……

 

「まぁ、なるようになる、って感じかな。

美兎さんに振り回されるのも、案外苦じゃないからさ」

 

「お、おう……まぁ性癖ってのは人それぞれだからな。オメーがドMだろうと、オレの助手には変わりねぇぜ!」

 

イヤちょっと待ってだからそれは誤解だよ!

何度も言うけど別に僕はMじゃないから。ただ美兎さんに尽くして喜ぶ顔が見たいだけなのに……って、アレ?

 

「というか、そう言う百田くんの方はどうなのさ?最近は春川さんと仲良さげに見えるけど」

 

「オレか?別に、ハルマキとはそんなんじゃねーよ。アイツはオメーと同じ、オレの助手だからな!」

 

「……」

 

これは苦労しそうだな、春川さん。

 

 

 

しばらく百田くんと話してからコンピュータルームに戻ると、そこにはプログラム世界から戻ってきたばかりの皆の姿があった。

 

もし僕が美兎さんの異変に気付けていなければ、この中の誰かが欠けていたかもしれない。

そう考えると、少しは皆の役に立てたのかも……なんて思ったりして。

 

だけど僕は、この時に一つの懸念点が残っていたことをすっかり忘れていたんだ。

 

「酷いなー入間ちゃん。オレのこと呼び足しておいて待ちぼうけにするなんてさ」

 

その懸念点とは、美兎さんがプログラム世界で王馬くんを呼び出していたこと、だ。

事件を未然に防ぎ、証拠となる物を全て回収できたとしても、それ以前に行われた会話を取り消すことはできない。

すなわち、王馬くんは疑っているのだ。美兎さんが自分のことを狙っていたのではないかと。

 

「え、えっと、なんのことだよ。オレ様は別に、オメーのことなんて、呼び出してないし……」

 

「ふーん、つまらない嘘をつくんだね。

てっきり屋上で愛の告白をされるか、もしくは殺されちゃうかと思ってたんだけど……途中でヘタれて諦めたってところかな?」

 

「だ、だからそんなの知らねえって!そもそもオレ様は、プログラム世界に行ってねえんだからな…!」

 

「……」

 

本来ならすぐにでも彼女に助け船を出さなければならないところ、あまりにも嘘が下手すぎて思わず呆然としてしまった。

 

僕だって王馬くんほどでないにしても、ある程度ポーカーフェイスを保ちながら偽の証言をすることはできる。

だけどしどろもどろな美兎さんの口から出てきたのは、誰が聞いても嘘だと分かるような発言で。

 

もし彼女がクロとなって裁判に臨んでいたら、速攻でV論破されて最短記録でオシオキされていたんじゃないだろうか……

 

美兎さんが過ちを犯さなかったことにつくづく安堵しながら、僕は彼女の隣に立つ。

 

悪いけどこの"真実"だけは、是が非でも無かったことにさせてもらうぞ…!

 

「いい加減にしろよ、このメス豚!嘘ばっかついてないで、さっさと本当のことを話せよ!」

 

「ひいいいいっ…!」

 

「……もういいよ美兎さん。僕たちのこと、包み隠さず正直に話そう?」

 

「えっ……終一?な、なにを言って──」

 

「王馬くん、ごめん。

実は僕のせいなんだ。美兎さんがキミとの約束に間に合わなかったのは」

 

「……は?いやいや、最原ちゃんまで急に何を言い出して──」

 

「皆知ってのとおり、僕は美兎さんにほっ、惚れていたんだ。ゾッコンと言っても良いぐらいにね。

そんな中で、2人がプログラム世界で接近していることころを目撃しちゃって。王馬くんに美兎さんを取られると思って焦った僕は、いても経ってもいられずにこっ、ここ、告白したんだ…!」

 

めたゃくちゃ吃りながらになってしまったけど、大体のところ嘘は言ってない。

顔から火が吹き出そうになるのを必死に堪えながら、僕は話を進めていく。

 

「それで結果的に、美兎さんは僕の想いに応えてくれて……晴れてカップルが成立したって訳さ。

もたろん証人だっている。教会で一緒だった夢野さんとキーボくんだ!」

 

「……んあっ!?最原よ、急にウチらに話を振るでない!」

 

「まぁ、大筋の話は間違っていませんでしたね。その部分に関してはボクらが証明できますが──」

 

「でもそれは、入間ちゃんがオレを呼び出したことの理由にはならないよね。

本当にオレを殺すつもりだったけど、最原ちゃんに見つかって説得されて、心変わりしたとかじゃないの?」

 

まるでその場面を見ていたかのように真実を言い当ててしまう王馬くんには心底驚かされるけど、簡単に屈するつもりはない。

 

これから先、二度とコロシアイなんて下らないものを起こさせないためにも。

そして、他の誰よりも大切な美兎さんを守るためにも……

 

僕は、戦う!!

 

「ううん、それはあり得ないよ。だって美兎さんがキミを呼び出したのは……"恋愛相談"をするためだったんだから」

 

「…………は?」

 

王馬くんの顔から表情が消えていく。

長い沈黙はすなわち、彼の理解の範疇を越えていたということだ。

 

「ついさっきまで、僕たちは友達以上恋人未満の関係だった。お互いにあと一歩を踏み出せない状態だったんだ。

そこで美兎さんが頼ろうとしたのが──この中ではなんやかんやで一番恋愛経験がありそうな、キミだったって訳さ」

 

我ながら思う。こいつは一体何を言っているんだと。

仮に美兎さんが王馬くんに恋愛相談なんかをした日には、散々からかわれたあげくその日のうちに皆に広められることは明白だ。

 

だけど、僕の偽証を完全に暴いてしまうほどの根拠は、どこにもない。

王馬くんの100%当たっている推測が、あくまでも想像に過ぎないことと同じように。

 

事件が何も起きてない以上、互いの証言を学級裁判で事細かに議論する機会もない。

そう判断した上での賭けに近い嘘だった。

 

「そうだよね、美兎さん」

 

「え?えっと、その……」

 

「そうだよね!!!美兎さん!!!」

 

「ひいいっ…!は、はいっ、そうですぅ!!

王馬を呼び出して恋愛相談するつもりでしたぁ!!」

 

……ヨシ!

これが僕たちの答えだ!!

 

 

 

Break!!

 

 

 

結論から言って、僕たちの中でそれ以上の揉め事は起きなかった。

 

「……ま、そこまで言うなら信じてあげるよ。今回の動機じゃ誰もコロシアイをしなかった、って展開もつまらなくはないしね」

 

王馬くんもこれ以上の詮索は埒が明かないと踏んだのか、そう言って話を切り上げた。

僕たちの下手な嘘なんてとっくの昔に見破られていたんだろうけど、ひとまずこの場は見逃してくれる、ということらしい。

 

彼には後で『アストロケーキ』をプレゼントすることを心に決めつつ、ひとまずその場はお開きということになったので、僕は美兎さんの手を引いて宿舎に戻ることにした。

 

「……」

 

「……」

 

なんとなく、気まずい沈黙が訪れる。

僕もここまでは完全に勢いで動いていたから、改めて彼女と向き合い言葉を失ってしまったのだ。

今日一日、あまりに多くの出来事が……ありすぎたから。

 

「えっと、その……色々あったけど、何とかなって良かっ──うぷっ!?」

 

次の瞬間、僕の体は美兎さんに抱き寄せられていた。

それだけならまだしも……自分の顔が、ちょうど彼女の一番特徴的な場所──胸元の中心に()()()()しまい。

 

「……あふっ」

 

人は、己の理解の範疇を越えた出来事が起こると、思考能力が一時的に停止するという。

 

驚きとか、嬉しさとか、そういった感情を全部飛び越えて僕の口から出てきたのは、間抜けな吐息だった。

 

「へ、へへ……どーよ、オレ様のヴィーナスボディは。見るだけじゃなくて実際に触れたのは、オメーが初めてだぜ?」

 

まるで桃源郷を覗いているかのような、不思議な感覚。絶望なんて軽く吹き飛ばせてしまうほどの夢とロマンが、そこには確かに存在していた。

 

僕は物言えぬまま、しかしこの感触を生涯忘れないよう自分の脳味噌にしかと刻み込む。

最原終一は、この瞬間を永遠に忘れないだろう。

 

「ありがとね、終一。アタシのこと、守ってくれて……大好きだよ」

 

人肌越しに感じる鼓動と暖かさは、間違いなく彼女が生きていることの証。

 

才囚学園での日々は後悔と悲しみの連続だったけど、今日だけは自分のことを褒めてやってもいいと、そう思う。

 

もう思い残すことはない──と言うと、少し大げさかもしれないけど。

 

今度こそ、守ることができたんだ……僕は。

 



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第4章 愛と青春の旅立ち

 
ところ構わず唾を飛ばしまくる自信家な入間さん好き。
打たれ弱すぎて頭からキノコを生やす入間さんも好き。
 


 

四度目のコロシアイ……それを"未遂"で済ませることに成功して以降、才囚学園には束の間の平穏が訪れていた。

 

プログラム世界の一件で僕と美兎さんの距離は急速に接近し、他の皆も今のところは間違った行動を起こす気配はない。

 

だけど、これまで目に見えなかった部分から、新たな火種が燻りつつあった。

 

「ゴホッ…!」

 

ある日の食事中、百田くんが突然血を吐いたんだ。

 

「百田っ!?あんた、その血…!」

 

「ど、どうしたの?一体何が…!?」

 

まさか食べ物に毒が入っていたのか。それとも別のところで──

 

「オメーら落ち着け。これしきのことで、騒いでんじゃねーよ…!」

 

ざわめく食堂内を一喝して黙らせたのは、吐血した本人の百田くんだった。けれど、誰がどう見てもその様子はただ事ではない。

 

「実は、風邪が悪化しちまってな……咳のしすきで、喉を切っただけだ」

 

百田くんはそう絞り出すように言いながら、一方的に会話を打ち切ってその場を去ってしまう。

その異常事態に、僕らはただ言葉を失うしかなかった。

 

「いったい何だってんだ、百田のヤロー。いきなり血をぶっ吐いちまうなんてよ」

 

「わからない、けど……あの様子はどう見てもただ事じゃなかったね」

 

「……やっぱ、やるしかねーのか。あのツルショタが言ってたとおり──」

 

「え…?」

 

美兎さんとの会話に出てきた"ツルショタ"とは、王馬くんのことだ。

なぜ彼の名前が出てきたのかはわからないけど、この時の彼女の瞳には、確かな意思が宿っていた。

 

 

 

 

 

第4章 愛と青春の旅立ち

 

 

 

 

 

数日後。

同じく食堂に集まった僕らの前で、百田くんからひとつの宣言がなされた。

 

「……オレは、モノクマと戦う。だから、オメーらの力を貸してほしいんだ…!」

 

細かい経緯などを一切省いた状態で、彼はそう結論だけを述べた。

だけど……この異常ともいえる環境の中で一緒に過ごしてきた僕たちは、それだけで百田くんの言いたいことを十二分に理解することができた。

 

これ以上のコロシアイは起こさせない。

なんとしても外の世界に脱出する。

 

僕たちの共通認識を実現させるために、必要なこと。

……それは、あのモノクマたちと戦うってことだ。文字どおり、命がけで。

 

事実として、今まではその覚悟がなかった。

モノクマーズが操る"高機動人型殺人兵器"こと『エグイサル』を相手にして、生き残れる未来があるとは思えなかったから。

 

だけど、もうそんなことを言ってられる余裕はない。

最初に16人いたクラスメイトは、コロシアイの果てに9人まで減ってしまった。

このまま2人(あるいは1人)が生き残るまで学園生活を続ける……なんてことになれば、果たしていかほどの悲劇を目の当たりにしなければならないのか。

 

「このくだらねーコロシアイを終わらせるためには……やるしかねーんだよ」

 

それゆえに。

神妙な面持ちで拳を合わせる百田くんの姿を前にすれば、僕たちもそれに同意せざるを得なかった。

 

大切な仲間を、これ以上失わないためにも。

 

 

 

「奇遇だねー。こんなところで鉢合わせになるなんてさ」

 

作戦会議と称して集まった体育館には、既に先客がいた。

ここ最近、ずっと姿を見せていなかった王馬くんだ。

プログラム世界でのいざこざ以降、部屋に籠りきりで声をかけても一切話をしてくれなかった彼が、不敵な笑みを浮かべながら体育館のど真ん中に鎮座していたのである。

 

「オレも、そろそろこのコロシアイゲームを終わらせたいと思ってたんだよ」

 

「王馬テメー、一体何のつもりだ!?」

 

「あ、動かないで。こいつの餌食になりたくなかったらね」

 

そう話す王馬くんの足元に揃っているのは、ピンク色のハンマーと……まさか、爆弾か!?

 

「そんな物騒なものを集めて、どうするつもりなの?」

 

「にひひ、知りたいよね。それじゃあ教えてあげるよ……オレの真の目的をさ」

 

──対モノクマ用最終兵器。

 

台車の上に人数分置かれていたハンマーと爆弾は、奴らと戦うために用意したものだと言う。

 

……にわかには信じがたい話だと、そう思った。

ゴン太くんを除いた周りの皆も同じ感想を抱いたらしく、怪訝な表情を隠しきれていない。

 

「皆して疑うなんて酷いなー。

だったらネタバラシするけど、こいつを作ったのはオレじゃない……そっちにいる"超高校級の発明家"さんだよ?」

 

「えっ…?」

 

それまで王馬くんに釘付けだった皆の視線が、一斉に美兎さんの方へと移る。

もちろん僕もその例に漏れず、驚きの眼差しで彼女を見やった。

 

「美兎さん、今の話は本当なの?」

 

「う、うん……でも違う、誤解なの!あれは、王馬のヤローが無理やりオレ様に迫ってきて…!」

 

「無理やりだって!?王馬くん、キミはなんて事を!!」

 

「……ねぇ最原ちゃん。なんか少し見ないうちに、そこの処女ビッチに毒されてない?」

 

「ひぐっ…!な、なんだよぉ……処女ビッチだって、ちゃんと需要あるんだぞ…!」

 

美兎さん、キミの意見に賛成だ!!

 

「そうだよ王馬くん。まさか超高校級の総統ともあろうキミが、知らなかったの?

美兎さんの言うとおり、需要はちゃんとある……僕自身が、その証拠だ!!」

 

「おい、アホなこと言ってねーで話を進めるぞ」

 

僕自身はいたって真面目な話をしているつもりだったんだけど……残念ながら周りの賛同を得ることはできず、話の主導権は再び王馬くんに移る。

 

彼の話を要約すると、実は僕たちと同じようにモノクマを倒してコロシアイを終わらせることを画策しており、美兎さんに"対モノクマ特効兵器"を作らせたのだとか。

 

それがここにある"エレクトハンマー"と"エレクトボム"で……それぞれ電子装置の機能を停止させてしまう効果と、直径50メートル内の通信電波を妨害してしまう効果が付与されているらしい。

 

また、これに関しては驚くべき……というより信じられない話なのだが、王馬くんはこれらをプログラム世界へ行く前の段階で美兎さんに作らせていたと言うのだ。

 

当人の反応を見る限り、その話はおそらく嘘ではない。

しかし、だとしたら……キミは一体、どこまで先の展開まで読んでいるんだ。

 

ともあれ、決行日は明日。

仲間同士で疑心暗鬼に陥っている場合ではない。

彼が首謀者であるという可能性も拭えなくはないけど、それならば今回のように中途半端な行動をとるとは思えなかった。

 

生き残った皆で外の世界に脱出する。

 

……今は亡き、赤松さんの想いを叶えるためにも。

 

僕たちは改めてモノクマと戦う決意を固め、ひとまずその場は解散することとなった。

 

 

 

夜時間まではしばらく時間があるな。

時計を眺めながらそんな風に思った僕は、なんの気なしに美兎さんの部屋を訪ねることにした。

 

彼女の部屋の前でノックをすると、「ひいっ!?」という怯えた声が聞こえてきたので、「安心して、僕だよ」と声をかければ直ぐに扉が開いた。

 

「し、しし、終一か。どーした、欲求不満を垂れ流してる面しやがって。

ひょっとして、オレ様を襲いに来たのか!?」

 

「……」

 

「え、ちょっ……もしかして、ホントに欲求不満なの…?

だ、だけど、このオレ様をイカせるのはそんなに甘いもんじゃねーぞ!?」

 

このまま放っておくとどこまでも話が飛躍していきそうだったので、良きところで彼女の暴走を止める。

それと同時に、一番気がかりな明日のことについて、美兎さんと気が済むまで話し合った。

 

「それにしても驚いたよ。知らない内にあんな凄い発明品を作っていたなんてさ」

 

「けけっ。オレ様にかかればあの程度の発明、朝勃ち前だぜ!」

 

それを言うなら朝飯前だろ……と思いつつ。

一見すると自信満々な彼女の視線が、明後日の方向へ向いていることに気付いた。

 

「美兎さんは怖くないの?モノクマやエグイサルと、戦うこと」

 

「ひゃーっひゃっひゃ、馬鹿言ってんじゃねー!

 

そんなもん……

 

コエーに、決まってんだろ…!」

 

うん……やっぱり、そうだよね。

 

「あの武器で残ったエグイサルに勝てる保証なんて、どこにもないし。

それに、みんなで力を合わせるって約束しても、誰かに裏切られるかもしれないし……」

 

「裏切りだなんて、そんな…!」

 

「も、もちろん、終一のことは信じてるよ?でも……」

 

普段の強気な態度とは裏腹の、臆病で疑心暗鬼な部分。

結果的にはそれが彼女を数日前の凶行に走らせてしまった訳であり、当然一筋縄に克服できるようなものでもない。

 

だけど、こうやって素直な気持ちを吐露してくれるようになったのは、あの時よりも互いの関係が前進した……と言えるのかな。

 

「本当はね、王馬に頼まれたものを作った時は、モノクマに逆らう気なんてなかったの。

だってアタシは、万が一にも死ぬ訳にはいかないから……なんとしても生き延びて、世界を変える発明品を作らなきゃいけないから」

 

「それでもキミは、僕たちと一緒に戦うことを決断してくれた。どうして?」

 

「ひぐっ…そ、それをアタシに言わせるの?

……だって、約束したから。終一と」

 

「美兎さん……」

 

そうだ。

僕は彼女と約束したんだ。

一緒にここから出て、デートするって。

 

あの時に貰った"美兎さんとデートできる権利(彼女の勝負下着)"は、今も肌身離さず持ち歩いている。

……無論、確実に変態扱いされるから公言はできないけど。

 

僕だってこんなにも大きい好意を寄せられて黙っているほど、落ちぶれてはないつもりだ。

 

 

 

 

 

美兎さんと別れてから数刻後。

時間帯は既に深夜へと差し掛かっているにも関わらず、僕は眠りに就くことができなかった。

 

否が応でも考えてしまうのは、明日起こりうる出来事。

 

彼女は表面上平気な素振りを見せていたけど、内面ではやはり怯えていた。

 

……当たり前、だよな。

 

いくら味方に有利な武器を揃えたからって、それで絶対に勝てるという保証はどこにもない。

むしろ少しでも判断を間違えば、エグイサルにあっけなく踏み潰される未来が待っていることだろう。

 

彼女にはあえて言わなかったけど、もしものことがあれば僕は身代わりになってでも美兎さんを守るつもりだ。

 

今なら、二回目のコロシアイで自ら犠牲になった星くんの気持ちが痛いほどに分かる。

彼はきっと、生きることを諦めたんじゃない。命の重さを測ったんだ。

 

たとえば僕ひとりだけが生き残り、脱出できたとして。

どのように荒廃しているかもわからない外の世界に、どれほどの貢献ができるだろうか。

"超高校級の探偵"という肩書を持つ僕が、いかほどの利をもたらすことができるだろうか。

 

美兎さんは過去にこう言っていた。「自分の死は世界規模の損失だ」と……

その言葉は、決して過大なものではない。

本当の意味で尊重されるべきものだったんだ。

 

とはいえ、もちろん僕だって簡単に死ぬつもりはない。

これだけ大きな愛情を向けられて、美兎さんを残して自分だけがいなくなれば……果たして、どれだけ彼女のことを悲しませてしまうことになるのか。

 

だから、僕を犠牲にしてでも生き残って欲しいとは言わなかった。

それは決して美兎さんの望むところではないからだ。

いざとなれば命を捨てる覚悟は出来ているけど……それはあくまでも最終手段であり、僕の胸のうちに秘めておけばいい。

 

「クン……最原クンってば……」

 

気のせいか、先ほどからやけに耳元がうるさい。

夢を見ているわけでもないのに、聞き覚えのある声の主が、僕に向かって何度も語り掛けているような……

 

じわり、と汗がにじむ。

 

恐る恐る目を開けると、そこにいたのはやはり──不気味な表情を浮かべている、モノクマの姿だった。

 

「うぷぷ……おっはよー!まだ夜だけど、さわやかに目覚めてくれたかな?」

 

「……っ!」

 

僕は驚きの声すら上げず、ただ押し黙ることしかできなかった。

 

この状況、かなりマズくないか?

 

昼間に皆で考えた作戦が、モノクマに筒抜けだったとしたら……それを未然に防ぐために動かれたとしても、何らおかしくはない。つまるところが、難癖をつけての口封じ。

僕らが今まさに反旗を翻すべく行動しているのと同じように、モノクマが突然危害を加えてきても何ら不思議ではないのだ。

 

「それで、何しにここへ来たの?ひょっとして、全員がちゃんと眠っているかの見回り……とか?」

 

僕はできる限り平静を装いながら、モノクマに問いかける。

 

「そうそう、抜き打ちで部屋に飛び込んで、まだ寝てない生徒がいたら叱りに──って違うよ!ボクは修学旅行の先生じゃありません!」

 

「……じゃあ、何で?」

 

「うぷぷ……それはね、オマエが"愛の鍵"を手に入れておきながら、一向に使おうとしないからさ!」

 

「は…?」

 

想定とは全く違う答えが返ってきたので、思わず拍子抜けしてしまった。

 

愛の鍵……って、確かカジノで手に入れた景品だよな。

『お宝発見!モノリス』をやり込みまくっていたおかげで入手することが出来たけど、メダル交換枚数がべらぼうに多かったんだ。

 

「使うって言われても、アレは他のプレゼントと同じで誰かに渡すためのモノじゃ──」

 

「ぜんっぜん違うよ!その鍵はね、カジノの近くにある"あそこ"の鍵なんだよ!」

 

「あそこって、まさか……」

 

ラブアパートって書いてあった、ピンク色の建物の事か?

 

「そうそう。さっすがムッツリスケベの最原クンだけあって、察しが早いね!」

 

ムッツリスケベってししし、失敬な!

僕がそんなんじゃないことは自明の理なのに。

 

「……」

 

その、哀れなものを見る目は止めてくれるかな?

 

「まあ、キミがムッツリだろうとオープンだろうとどっちでもいいんだけどね……

とにかく高校生にありがちなその煩悩を少しでも解消するために、愛の鍵の出番となるわけです!」

 

そこから、講師モノクマによる懇切丁寧な【愛の鍵 説明講座】が始まったわけだけど……ざっくりと要約すれば、これを使用することで他の誰かが僕に対して抱いている妄想を具現化することができる、という話だった。

 

結局モノクマは「じゃ、存分に妄想を楽しんできてね!」と言ったきり、姿を消してしまい。

一人取り残された僕は、命の危機がなかったことに安堵のため息をつきながら、まじまじと愛の鍵を見つめるのだった。

 

 

 

僕は決してムッツリなんかじゃない。誰が何と言おうとムッツリじゃないんだ…!

 

自分にそう言い聞かせながら、早速愛の鍵を使うべくカジノエリアへと歩を進める僕こと最原終一。

時間が時間だけに他の誰かとすれ違うこともなく、いつもならカジノに向かって直進するはずの分岐点を右の脇道へとそれる。

 

桃源郷をモチーフにしたような外観からは、()()()()()をする場所であるという事実のみがひしひしと伝わってくるわけで。

 

相手の妄想が具現化するなんて、普通だったらにわかには信じられないような話だけど……これまで数え切れないほどの"信じられないこと"が実際に巻き起こってきた才囚学園においては、あり得ることなのかもしれない。

 

期待と不安が入り混じる中で、僕は「ラブアパート」と書かれた建物に足を踏み入れた。

 

受付と思わしき場所でチェックインを行い、エレベーターで指定された階に上る。

長い廊下の左右には普通のホテルと同じようにたくさんの部屋が並んでいた。

 

愛の鍵を使えばどこかの部屋が開く、ということなのだろうか。

残念ながらそれ以上のヒントはないようで、ならば片っ端から鍵が合うかを試していくしかないわけだけど……なんかそれって、普通に恥ずかしいな。

 

さてどうしようかと逡巡していると、僕の背後からエレベーターの到着音が聞こえてきた。

ちょっと待て。このタイミングで僕以外の誰かが来ることってあるのか!?

 

とっさの事態に焦りを隠せない僕のことなどつゆ知らず、エレベーターの扉がゆっくりと開いていく。

 

中から出てきたのは──この学園で誰よりも見慣れ……そして、親しくなった人物だった。

 

「終一っ!?」「美兎さん!?」

 

驚きの発露と共に、互いの名を呼ぶ声が重なる。

 

「な、な、な、なんでオメーがここにいんだよ!?」

 

「そ、そそ、それはこっちの台詞で──」

 

何故だかやましいことをしているのがバレたような気分になって、言い訳を必死に考えていると……頭の中に一筋の光が走った。

もしかしてこれ、愛の鍵の効果が始まっているんじゃないのか?

 

冷静になって考えてみれば、こんなにも都合の良いタイミングで彼女が現れるはずがない。

つまり、目下では先ほどモノクマが言っていた「愛の鍵を使うことで理想の妄想が現実化する」という現象が発生しているのではないだろうか。

 

「ど、どうして急に黙り込むんだよ……何か言ってよぉ……」

 

「いや、その、ちょっとね。色々と思い違いをしていただけで」

 

「そ、そうか。実はオレ様も、ちょっとばかし勘違いをだな……」

 

「……」

 

「……」

 

「えっと……これから、どうしようか」

 

お互いにしどろもどろな状態が続く中で、このままでは埒が明かないと感じた僕は、思い切って美兎さんに問いかけてみる。

 

「あのね、終一。実は前々からしようと思ってた、スゴく大切な話があって……」

 

すると珍しく真面目な表情のままでそんな返答が返ってきたから、僕はいよいよこれが現実と夢の狭間であることを自覚した。

 

それならそれで、彼女の妄想に合わせて会話をしないといけないんだよな。

モノクマ曰く、むげに扱うと相手が苦しむことになるらしいから。

 

「かっ、かか、彼氏のオメーにとっちゃむせび泣くほど良い話だろうだから、心して聞けよ!絶対だぞ!?」

 

「う、うん」

 

なるほど、彼氏と彼女って設定の妄想か。

……あれ?でも僕らって、現実でも似たような関係性になっていた筈で……

 

「で、その話ってのはだな。お、お、おおおお、おお……」

 

「……お?」

 

「お、おお、オ、オレ様を……」

 

「……オレ様を?」

 

「だっだだ、だだだ、抱いていいぞ…!」

 

「抱いていいんだ……は?」

 

ごめん、言ってる意味がわかるけどわからない。

 

抱いて…?

だいて…?

ダイテ…?

代手…?

代金取引手形…?

 

「ああうん。手数料とか、結構取られるよね……」

 

いやそんなわけがない。

間違いなく美兎さんは僕を抱きたいと言っているのだ。

 

「突然何言ってんだよ、このチンコ!」

 

「ご、ごめん。美兎さんが突然そんなことを言うから、驚いちゃって」

 

「え?な、なんでぇ?」

 

心底意外だという素振りを見せる彼女に対して、残念ながら僕としてはいきなり抱かれてしまうような心当たりはない。

いやもちろん本当にそうしてくれるというなら一も二もなく喜んで受け入れさせていただくわけだけど、常識的に考えて『オレ様を抱け』→『はいわかりました』という流れにはならないと思う。

 

「わ、忘れたとは言わせねーぞ!?

"本当はオレ様と愛し合うのを期待してた"って……ま、前に、オメーが言ってたことじゃねーか!」

 

……なるほど。

非常に不本意な話ではあるが、彼女の妄想の中で僕はそんな過激発言をするキャラになっていたのか──

 

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

『ん?なんか浮かねー顔してんな。

……ははーん、さてはアレだろ。オレ様とあんなことやこんなことができるかもって期待したんだろ。そーなんだろ!?』

 

『……そうだね。ちょっとだけ期待してたかもしれない』

 

『えっ、ほ、ほんとにそうだったのぉ…!?

で、でもそういうのは、ちゃんと段階を踏んでからじゃないとぉ……』

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 

あ、違う。

これに関しては僕自身そう言ってたんだ。

プログラム世界に行く前、彼女が僕の部屋を訪れた時に。

 

つまり美兎さんはあの時の会話を覚えていて、それを妄想として実現させようとしている、ってことか……

 

「もしかして、ビ、ビビってんのか?ま、まぁそうだよな。やっぱオメーみてーなダサ童貞は、いざ本番となったら尻込みしちまうよなぁ!?」

 

そう言いながらもぷるぷる震えている彼女を見ると、やはり相当な決意をもってこの話を切り出したのだということが分かる。

果たして僕なんかで本当にいいのかという葛藤はあるけど……美兎さんがこうして覚悟を決めてきている以上、それを口に出すことは憚られた。

 

「それにアタシ、まだ終一にちゃんとお礼ができてない、から……」

 

「お礼って…?」

 

「お、男にとってこの世で一番の報酬と言えば、このオレ様の完熟ボディだろ!?」

 

「いやまあ、その点については頷ける話だけど一旦置いといて。そもそも僕、お礼されるようなことをしたのかなって」

 

「え…?おいまさか、本当にわかんねーってのか?ったく、それでもオメーはオレ様の彼氏かよ!」

 

う、確かにそれを言われると弱いな……

 

「察しが悪くてごめん。今回限りで良いから、どうしてなのか教えてもらっていいかな?」

 

「……」

 

「……」

 

再び訪れた長い沈黙は、有り体に言えば彼女の"迷い"を表していた。

 

「わ、笑わないで……くれる?」

 

「もちろん、笑わないよ」

 

「怒鳴ったりも……しない?」

 

「大丈夫。美兎さんがイヤだって感じることは、絶対にしない」

 

「はぅっ…!」

 

以前ならば絶対に言えなかったような照れくさい台詞を平然と口に出せるようになったあたり、僕も少しは成長できたのかもしれない。

 

そしてこちら側の真剣な気持ちが上手く伝わってくれたのか、美兎さんは己の心情を語り始めた。

 

「この学園に来てから、終一は片時も離れず側にいてくれたよね。発明品の実験をしたり、プレゼント交換をしたり……何をするにも、隣に寄り添ってくれた」

 

きっかけは、赤松さんが死んだ直後の時のことだったと思う。

もし最初にキミが声をかけてくれなかったら、きっとこんなにも深いつながりは持てていなかったんじゃないかな。

それからプレゼントと言えば、やはりあの髪の毛入りのアップルパイだろう。またあれを食べたいなんて言い出せば、いよいよ僕は周りからもヤベー奴認定されてしまうんだろうけど。

 

「アタシは、終一がいなかったらきっとダメになってた。今こうして一緒に居られるのも、終一のおかげ。

だから、何かお礼がしたくて……」

 

「それで、さっきの抱く抱かないの話になった、ってこと?」

 

「う、うん」

 

おずおずと話していた入間さんは、真っ赤になりながらうつむいていた。

当然僕の方も死ぬほど照れまくっているうえに、体が暑くてしかたない。

 

「パンツは前の時に渡しちゃったから……それ以上ってなったら、や、やっぱりこのヴィーナスボディをあげるしかないって、そう思って」

 

でも、と彼女は続ける。

 

「それはあくまでも口実で。ほ、本当はアタシ、終一の子供が欲しい……の」

 

「こっ、ここ、子供ぉ!?」

 

これ以上は何を言われても驚かないぞと決めていたにもかかわらず、その意志は食べかけの水切りヨーグルトのように脆くも崩れ去った。

 

"アタシを抱いて"からの"子供が欲しい"って、それはもう完全にアレをするって事だよね!?

エッチな発明品を試すのとはわけが違うんだよ美兎さん!少なくとも僕の理解の範疇を超えているよ美兎さん!!

 

「だ、だからね……わっかんねーのかぁ!?ったく、世話の焼ける彼氏だぜ!」

 

うわっ、いきなり強気モードに突入した!?

この状態でも僕のことを彼氏だと認定してくれるのは嬉しいけど、肝心の部分はそこじゃない。

 

「つまりだ。この天才美人発明家である入間美兎さまの才能とオメーの性格が融合すれば、完全無欠の子供が誕生するってことだよ!

で、生まれた子供に英才教育を施して発明を任せときゃ、オレ様とオメーの将来は安泰だろ!?ひゃっはー!これ以上ない最高のアイデアじゃねーかぁ!」

 

「……」

 

「な、なんだよ。オレ様の完璧な未来設計にケチをつけようってのか?」

 

「いや、そういうわけじゃないけど……」

 

「それともよぉ……やっぱり、アタシじゃだめ?」

 

再度、彼女の雰囲気が変わる。

今日はいつにもまして情緒が不安定なんだけど……彼女の素って、結局どっちの姿なんだろうか。

 

「ねぇ、終一の彼女にはなれないの?アタシはいらないの?」

 

「いや、だからそれは──」

 

「い、嫌だよ……アタシ、終一に捨てられたくない。だから、子供を作らないと…!」

 

駄目だ、まるで会話になってない……

このままだとなし崩し的にとんでもない事になると、僕の第六感がそう告げていた。

 

「終一が、アタシから離れないようにしないと……アタシが捨てられないようにしないと…!」

 

「っ…!捨てたりなんかしないよ!!」

 

だけど、それでも僕は美兎さんを放っておけなかった。こんな風に言われて、黙っていられなかった。

 

切羽詰まった状況の中で、半ば無意識的に。

僕は彼女のことを強く抱き締めていた。

 

「捨てるわけ、ないだろ。ずっと一緒だって、約束したんだから」

 

「しゅう、いち……」

 

「僕は、何があってもキミのことを離さない。だからそんな心配はしなくていいんだ」

 

ぴくり、と彼女の肩が揺れる。

 

おそらく全力で向かって来ているだろう彼女に対して、僕も全力で接しなければならない。

その想いが、少しでも伝わってくれるように。

 

ようやく落ち着いてくれた美兎さんと、改めて向き合う。

 

彼女の暖かさと心臓の鼓動が体越しに伝わってきて、その感覚がとても心地よかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※※※※※※※※※※

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

…………

 

 

 

………………あれ?

 

 

 

「そ、それじゃあ……しよっか、終一」

 

ちょっと待ってくれまさかこれで終わりじゃないのか!?いい感じで締めの空気が出来てたよね今!?

確かに愛の鍵効果がどれくらい続くのかということは聞いてなかったけど、ここで終わらせてくれなかったら──

 

「いっぱいちょうだい……アタシの中に」

 

「なっ、ななな、中ぁ!?」

 

「ね?お願い。いいでしょ?」

 

「いや、あのさ……もちろんいつかはと思わないこともないけど、そういうのはちゃんと段階を踏んでからって、前に美兎さんも言ってたよね?だから──」

 

「……うっせー!明日をも知れぬ命だってのに、のんびりと段階踏んでる場合じゃねえだろうがっ!!」

 

「ええっ!?」

 

完全にうまく丸め込める流れだったのに、まさかの説得失敗である。

凶暴化した入間さんにはまるで手が付けられず、僕はなすがまま彼女に押し倒されてしまう。

 

「テメーにもチンコはあんだろ!今使わねーでいつ使う気だ!?」

 

その主張は、はっきり言って無茶苦茶だった。

だけど僕は、彼女のこんな傍若無人なところにも魅力を感じてしまったんだよな……

 

「いいから子作りだっ!オラァァァ!限界まで絞り出しやがれぇ!」

 

 

 

なすがまま、という言葉はあまり良くない意味で使われることが多いと、そう思っていたけど。

 

 

 

こんな風に、美兎さんからなすがままにされてしまうというのなら……

 

 

 

それって、単なるご褒美じゃないだろうか。

 

 

 

結局抵抗の素振り一つ見せなかった僕は、これ以上ないくらいに興奮している美兎さんと、一つに繋がって──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでー!!!!」

 

「うわあああああっ!?!?」

 

「ひいいいいいいっ!?!?」

 

寸前のところで来襲したのは、現在この世で最も出会いたくない相手──モノクマだった。

僕は慌てて美兎さんを後ろに隠し、彼と対峙する。

 

「なななななななんだよモノクマ!こここここれは健全な妄想であって不純なんかじゃないし校則違反でもないぞでででで出ていけよモノクマ!!」

 

「そそそ、そーだよぉ…!あ、あとちょっとで、終一がアタシのモノになるところだったのにぃ…!」

 

しどろもどろな僕たち二人の言い訳など気にも止めず、モノクマは両手を上げて宣告した。

 

「ぶぁっかもーん!!()()()()使()()()()()()()、本当におっぱじめる奴がいるかー!!

オマエラのお陰で苦情殺到!作品はぶち壊し!!

ダンガンロンパは……コロシアイ学園生活は打ち切りだー!!!!」

 

「……えっ?」

 

「……は?」

 




 
【愛の鍵】
欲と性が渦巻く、とある場所の鍵。
誰かに渡す事もできるが、持っているといい事があるかもしれない。

※愛の鍵は自動的に使用されることはありません。
 あなた様が自らの意思で鍵を使い、()()()()()()()()
 初めてその効果が発揮されます。

以上、ご確認のほど、宜しくお願いいたします。
 


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第5章 さよならダンガンロンパ

 

長きにわたる才囚学園での生活は、唐突な終焉を迎えることになった。

 

学園内に散りばめられた秘密を解き明かし、現れた黒幕と対決する……なんていう展開は一切なく。

 

『BPO審議入り待ったなしの映像が流出しちゃったんだから、そりゃ打ち切りでしょ』と、モノクマから受けた説明は、たったそれだけで。

 

当然納得のいかない僕たちは揃って抗議の声を上げたが、聞く耳持たずで退学届を手渡された。

そもそも退学以前に入学したつもりはないんだけど……という呟きに対して、モノクマが「うぷぷ、キミがそう思うんならそうなのかもしれないね。キミん中ではな」と、意味深な言葉を残していたのが気になった。

 

求めていた答えは外の世界にあるかもしれないし、あるいは何もかもが分からずじまいで終わるかもしれない。

ともすれば、"全てが仮想現実の中で起きていたフィクションだった"みたいな、大どんでん返しが待ち受けている可能性だって、無くはないだろう。

 

どこまでが真実で、どこまでが嘘なのか。

それは、この学園を出てみなければ分からないことだ。

 

 

 

 

 

第5章 さよならダンガンロンパ

 

 

 

 

 

学園生活最後の日。

何もすることがなくて部屋でぼんやりしていると、勢い良く扉が開かれた。

 

「ひゃーっひゃっひゃ!今日のテメーはウルトララッキーだ。ちょうどヒマだし、オレ様が遊んでやるよ!」

 

今までずっと交流を重ねてきたから、わざわざ目視しなくともわかる。

この感じは、『僕なら絶対に誘いを断らないから強気で攻め込んでいけると考えている』時の美兎さんだ。

 

「おいおい、最終日だってのにシケたツラしてやがんな。よし、特別にオレ様の胸を見てていいぜ!ありがたすぎて泣けてくるだろ!?」

 

「うん、ありがとう。それじゃあ遠慮なく……」

 

「えっ、本当に見るの…!?

でも……たまにはこういうのも、いいかも…っ!」

 

こんなやりとりが当たり前になってしまった日常、もはや多くは語らない。

僕としてもここまで来ると、半ば開き直った状態で彼女に接することができていた。

 

さて……彼女の胸を穴が開くほど真剣に見つめ終えたところで、本題に戻るとしよう。

もっとも学園の中だから、二人で遊べる場所というのは限られてくるわけなのだが。

候補としては図書館、AVルーム、食堂、中庭、体育館あたりだろうか。

 

「せっかくだし、今日は美兎さんが行きたいところにしよう」

 

「う、うん。えっとね、それじゃあ……全部」

 

「え、全部…?」

 

話を聞けば今日は1日中一緒に居たい、二人だけの思い出を残したい、とのことで。

 

……ああもうほんっっっとにキミは可愛いなぁ!!

 

と口に出して言えば、彼女はわかりやすく頬を染めていた。

 

非現実的なことばかりでフィクションのような毎日だったけれど、彼女と育んだ絆は本物だ。

きっと"ダンガンロンパ"の世界から離れても、二人の関係性はずっと続いていくのだろう。

 

「わかったよ美兎さん。それじゃあ行こうか」

 

「ひゃっはー!そうだよな。テメーみたいな腐れマラ野郎が、オレ様の誘いを断れるはずねーよな!」

 

乱暴な言葉遣いとは裏腹に、満面の笑みで僕の手を握り駆け出していく。

手についた汗が一体どちらのものなのかは、最後までわからなかった。

 

 

 

最初に訪れたのは、寄宿舎からほど近くにある中庭だ。

思い返せば、彼女との絆が生まれたのはこの場所からだったんだよな。

 

あの時から今日まで、長いようであっという間だったと思う。

背負うべきものはたくさんあるが、美兎さんと一緒なら、きっと乗り越えていけるはずだ。

 

「なに感傷に浸ってやがんだ。浸るのは夜の泡風呂天国(ソープランド)だけにしておけよ?」

 

「いやそんな所には浸らないからね!?なにせ僕には、美兎さんがいるんだから……」

 

「あっ、えっと、う、うん……」

 

「……」

 

気まずい沈黙。

美兎さんはともかくとして、自分で言っといてあっさり照れてしまう僕も僕である。

 

この空気を打開すべく、「天気も良いし、日向ぼっこでもしようか…?」と提案してみると、彼女は水を得た魚のように反応した。

 

広大な才囚学園を一望できる場所で。

僕は美兎さんと隣り合わせに座り、今までのことや、これからのことについて話し合った。

 

「色々と引っかかることはあるけど……明日には外の世界に行けるって聞いて、本当に良かったよ」

 

「ああ。外に出たら、とびっきりの発明品を作って世界を救ってやらなきゃな!ったく、大天才のオレ様に課せられた使命っつーのはデカすぎるぜ!」

 

「……うん、そうだね」

 

普段の言動からは想像もつかないことだけど、美兎さんはいつだって誰かのために発明をしている。

自分の発明品で人が喜ぶ顔を見たいって。前に話したときは言っていた。

そんな優しい一面を持ち合わせているところが、僕にとっては大きなギャップであり、とても魅力的に映ったんだよな。

 

「……で、とっとと、子供をつくろうな!」

 

「うん、そうだね……えっ」

 

ちょっと待ってくれ、いつの間にそんな突拍子のない話題に変わって…!?

 

 

 

次に訪れたのは、学園内にある食堂。

最近はこの場所に全員集まって朝ごはんを食べる……という習慣はすっかりなくなってしまったけど、それでも僕たちの"日常"を維持するための大事なスペースであることには変わりない。

 

「何か料理でも作ろうか?」

 

僕がうっかりそんなことを口走ると、美兎さんは待ってましたとばかりに目を輝かせていて。

 

「欲しがりだなぁ終一は。だったらこのオレ様が、特製のデザートを振舞ってやるか!」

 

一瞬喜びかけたがちょっと待て。

何だかこれはデジャヴ感があるぞ。

デザート……アップルパイ……髪の毛入り……うっ頭が!

 

「あ、あのさ、気持ちはとても嬉しいんだけど……やっぱり髪の毛は物理的に食べれないかなって」

 

「おいおい。この天才発明家であるオレ様が、同じ失敗を繰り返すとでも思ってんのか?()()()()()()食べられなかったのに同じものを作るのは、ナンセンスってやつだ。そうだろ?」

 

ああ良かった、どうやら僕の早とちりだったみたいだ。

髪の毛の部分が肝心だったという言葉に引っかからなかったわけではないが、ひとまずあの時の二の舞を演じることはなさそうで、ほっと一息──

 

「つーわけで……今回作るのは、オレ様の血液入りチョコだ!」

 

──つこうとしていた自分をぶん殴ってやりたい!!!!

 

そうだった。よくよく考えてみれば、美兎さんがこの程度で収まるはずなかったんだ。

彼女の内に秘めたる爆発力というものを、僕は侮っていた。

 

"特製チョコ"に関しては、そもそも件のアップルパイを作った時に他の候補として挙げられていたのだから、こうなることを想定できなかったのは、ひとえに僕が彼女のことを過小評価していたからに他ならない。

 

要するに、僕もまだまだ甘かったということだ。チョコだけにね。

 

……………………うん。

 

1人で勝手にうすら寒くなっている僕──最原終一のことはさておき。

 

美兎さんの方は実に手際よく調理を進めていた。

最後に赤い液体を混入させたという事実から目を背ければ、その姿は超高校級の料理人と称しても差し支えのないものだった。

 

彼女自身の発明品であるという『絶対に痛くない!血液採取キット』を経由して垂らされた血液は、あっという間にチョコレートと混じり、消えていく。

 

この学園に来る以前の僕であれば、血が入ったチョコなんて正気の沙汰じゃないと思っていただろうけど……慣れというのは恐ろしいもので、僕はこの特殊な状況を完全に受け入れてしまっている。

というか、美兎さんの血液入りチョコってそれはもはやご褒美以外の何物でもないだろう。今はそんな心境だ。

 

「よし、オレ様の成分がたっぷり入ったチョコレートの完成だっ!息もできねーほどに泣いて喜びやがれこのド変態がっ!」

 

またそんなこと言って、僕が本当にむせび泣き始めたら絶対困惑するだろうに……

 

何はともあれ、大好きな彼女から受け取ったチョコレートだ。

普通よりほんの少しだけ重い愛が含まれているけど、僕にとってはそれすらも嬉しい要素になりえてしまうから、盤石の体制と言えるだろう。

 

受け取ったチョコレートをいざ口に運んでみえると、程よい甘さとほろ苦さが広がっていく。

 

幸か不幸か、血液の味ははっきりとは感じられなかった。

わずかに鉄の味が感じられるような気はするけど……まぁ、決して大量の血を混ぜたわけじゃないから、こんなものだろう。

 

「ど、ど、どう、かな。アタシの味、する…?」

 

「う、うん。ほのかに香る、って感じかな……」

 

互いにド変態じみた行っているという自覚があるためか、それ以上話は広がりそうになかった。

 

 

 

お腹を満たしたところで次に向かったのは、地下1階のAVルーム。

少し休憩しがてら、何か映像でも見ようという流れになったので、僕は手品のドキュメンタリーDVDを手に取った。

 

「な、何が手品だよ…!そ、そんなの、ちっともワクワクなんかしねーぞ。ど、どうせ気になるタネなんかが、丁寧に明かされたりするだけだろ?」

 

と、ワクワクを隠しきれずに言う美兎さん。

夢野さんのマジカルショーを誰よりも見たがっていた彼女なら、絶対に食いついてくれると思った。

 

「ねぇ、焦らさないで、早く見せてよぉ。アタシ、胸のドキドキが止まらなくって……もう我慢できないの…っ!」

 

何やらいかがわしい雰囲気になっているのではないかと錯覚しかけた僕は、きっと悪くない。

その後は、手品のトリックを映した動画と、それに喜ぶ美兎さんを眺めながら、幸せな時間を過ごした……

 

「あっという間に終わっちゃったね。続編もあるみたいだけど、こっちも見る?」

 

「えっと、それも良いんだけど……他にもまだ、終一と行きたいところ……あるから」

 

「っ…!」

 

おいおいキミはこの腐った現代に舞い降りた天使か何かなのか。と思わずそんな感想を漏らしそうになるほどの可愛いらしさを覚えつつ、僕はギリギリのところで平静を保っている。

我ながら大した精神力だ。

 

しかし、これまでのデートで自分の中のテンションはかなり高まっており。

次に向かったスポットでは、その事が高じて考えなしにあんなことを言ってしまったのだ。

 

 

 

「それじゃあえっちな漫画でも探そうか」

 

……あっ間違えた!

漫画だけでよかったのに余計な形容詞を付け足してしまった!!

 

AVルームから廊下を挟んだ場所にある図書室。

そこで開口一番に失言を漏らしてしまえば、どう言い訳しようとも後の祭りで。

 

「さすが非モテの皮被りだな!頭ん中は常にそういうネタでいっぱいか!?

むっつりスケベのドM野郎が、ついに本性を現したっつー訳だ!どーせエロ漫画に出てくる女をオレ様に見立てて、1人でナニするつもりだったんだろ!そーなんだろ!?」

 

ぐっ……美兎さんめ、ここぞとばかりに無茶苦茶な罵倒をしてきて…!

けれど今回のそれは完全に僕の失言がきっかけだから、ツッコミで正当性を主張することはできない…!

 

「よし、それじゃあむっつり変態の終一に免じて、エロ漫画を探してやっか!こんだけ沢山の本が山積みになってんだ。一冊ぐらいあるに違いねーぜ!」

 

そして、なんだかんだ言っても一緒に探そうとしてくれる美兎さんに心温かいものを感じつつ、図書室でのひとときを過ごす。

 

「そういや、オレ様の性の目覚めは漫画だったんだ。家族と入った中華屋で、適当な漫画雑誌を取ってだな……」

 

思わず男子校と錯覚するようなノリの会話だけど、僕が知らなかったような部分を教えてくれることが、嬉しかった。これからもたくさん彼女のことを知っていきたいと、素直にそう思った。

 

「確かにああいうところって、意外にアダルトな漫画があったりするもんね」

 

「だよな!どうせオメーも、ガキの頃は家族に隠れてコソコソシコシコと励んでたんだろ?いかにもむっつりな終一らしいやり口だぜ!」

 

「ししししてないよそんなことは!週刊誌にひとつはあるえっちな漫画に興奮してたとかそんなことは決してないからね!……あ、しまった!」

 

「ひゃっひゃっひゃ!語るに落ちたな童貞野郎!ま、オメーの異常すぎる性欲なんざ最初から分かりきってたことだ。だからそんなに落ち込まなくてもいいぜ!」

 

だから、僕も自分を偽ることはしない。

どれだけ恥ずかしい話をしようとも、あるいはずっと隠してきた部分をさらけ出そうとも……美兎さんなら、きっと受け入れてくれるはずだから。

 

その後、何故か歯止めが利かなくなった僕たちは、お互いに性癖を暴露しあうという盛大な自爆行為を行い、図書室で休憩するどころではなくなってしまった。

 

だけど……こういうことをするのも悪くないと、そう思える自分がいる。相手が美兎さんであれば、なおさらのこと。

 

本当に、少し前の自分だったら考えられないようなことだ。

 

 

 

図書室での性癖暴露大会が終わったところで、僕は最後のデートスポット(?)である体育館に行くことを提案した。

しかし、彼女の顔色は優れぬままで。

 

「うーん、なんつーか気分じゃねーな。体育館に行ったところで、球を穴の中に入れるスポーツしかねえだろ?

……球を穴の中に入れるスポーツしかねえだろ!?」

 

それはひょっとして、バスケットボールのことを言っているのだろうか。

というか何で2回言ったんだ?そんなに大事なことだったのか…?

 

「確かにそうだね。もし突き指とかしたら、発明品に影響が出て世界的な損失になっちゃうだろうし。なにより僕自身が、美兎さんに下手な怪我をして欲しくないから」

 

「はうっ…!ふ、不意打ちで照れるようなこと言うんじゃねーよ!

そうやって気にかけてくれるのは、すっごく嬉しいけど……」

 

結局彼女の真意はわからずじまいだったが、雰囲気は悪くなるどころかむしろ苑逆となったので、よしとしよう。

 

で、だ。

彼女曰く他にもう1ヵ所回りたい場所があるとのことらしく、手を引かれるまま美兎さんについていくことになった。

 

校舎を出て左手側に沿った道を進んでいくと、ところどころに草葉が生い茂る施設が見えてくる。

この場所って……確か、プールだよな?

 

「いひ、いひひひひ……ここでならくんずほぐれつの過ちが起きても、事故で済まされるっつーわけだ。ラッキースケベなTo LOVEる展開が待ち遠しいぜぇ…!」

 

さっきから不穏なことしか呟かない美兎さんに身の危険を覚えつつ、しかしこの場で立ち去るという選択肢は存在しないので、最後まで付き合うことにする。

……決して何か過ちが起こることを期待しているわけではない。決して。

 

更衣室で着替えてから室内プール場に入ると、50mのコースにはきちんと水が張られていた。

これなら美兎さんと一緒に泳ぐこともできるだろう。早く着替えて来ないかな。

 

「待たせたな!どうせオレ様の水着姿を想像しながら、一人寂しくシコシコとやってたんだろうが……」

 

そんなことを考えていると、背後から不意に声がかかる。

僕は反射的に彼女の方へ振り返り……そのまま閉口した。

 

「どうよ終一、オレ様の水着を見た感想は!美しすぎてブルっちまうだろ!?いや、オメーの場合はビンビンになるの間違いだったな!」

 

白とピンクの配色を組み合わせたフリル付きのデザインは、大人っぽさというよりは可愛らしさが前面に押し出されており。

彼女が持つ女性としての魅力を、さらに大きなものへと昇華させていた。

 

「ひゃっひゃっひゃ、衝撃のあまり言葉も出ねーってか!渚のビーナスを前にすりゃそうなるよな!」

 

僕はてっきりヒョウ柄ビキニとかそういった変化球で来ると思いこんでいたから、完全に虚を突かれた形になってしまったである。

 

「な、なんだよぉ、何か言ってよぉ……もしかしてコレ、そんなに似合ってないの?

せっかく終一に喜んで貰えると思ったのにぃ……」

 

「あ……ゴメン。正直言って、完全に見惚れてた」

 

「…!そ、そうか。ま、まぁオメーみてぇに四六時中エロい妄想ばっかしてる変態にとっちゃ、最高のシチュエーションだよな!」

 

後になって思い返すと結構酷いことを言われていた気がするが、この時の僕はそんなことなど全く意に介さず、ただ美兎さんを賞賛したいという気持ちでいっぱいだった。

 

「うん。何というか、神秘的なものを見ている気分だ」

 

「し、神秘的?そこまで言われると、ちょっと恥ずかしいんだけど……」

 

「でもほら、美兎さんはいつもヴィーナスボディを自称しているよね?今の水着姿は、まさしくそれを体現しているというか……あ、もちろん普段の制服姿も魅力的だから、全然そこは自信を持ってくれていいんだけど。って、美兎さんの場合はその魅力をちゃんと自覚してるからわざわざ言うまでもないよね。それから一応言っておくけど、僕がキミに惚れた理由はそれだけじゃない。内面も含めて全部好きだって思ってる。例えばね──」

 

このあとも美兎さんの頭から煙が出るまで滅茶苦茶フォローした。

 

言いたいことを大体言えてスッキリした僕は、その後賢者の如き心持ちで美兎さんと

プールから上がって外に出ると、辺りはすでに夕暮れ時を迎えていた。

 

「てっきり更衣室で一発ぶっ抜いてくると思ったが、ちゃんと我慢してきたみてーだな。ま、賢者タイムになったらおっ勃つモンが萎えちまうからな!」

 

まったく美兎さんは……男性の構造というものを、よく理解してらっしゃる。

 

 

 

 

 

美兎さんとのデートの終着点は、『超高校級の発明家の研究教室』だった。

 

彼女と仲良くなって以降、数多くの発明品を見せて貰うために訪れたこの場所とも、明日にはお別れを告げることになる。

 

フィクションみたいに滅茶苦茶な学園生活だったけど、ここで得たものや失ったものはどれも本物だった。

 

これから先、どんな未来が待ち受けているのか想像もつかないけれど……美兎さんといっしょなら、きっと大丈夫だ。

 

「そうだよね?美兎さん」

 

「あったりめーだ!オメーとは今日1日、色々なとこに行ってデートしたけどよ。全然、まだまだ物足りねー!

外の世界に出てからも、行きてー場所が山ほどあるからな!……だから、ずっと一緒だよ?」

 

「もちろん。美兎さんから貰った"デートする権利"は、これからも使い続けるよ」

 

「う、うん……なんか今の終一、すっごく変態っぽいね」

 

へ、変態だって!?まさか美兎さんにそんなことを言われるなんて心外な!!

 

……そう反論しようとしたけど、寸でのところで思いとどまった。

 

美兎さんから貰った"デートする権利"とは、すなわち彼女から貰った黒い勝負下着。

それを片手に「使い続ける」と言ってしまったのは、他ならぬ最原終一。

 

この状況、冷静に考えてみれば美兎さんの言うとおりじゃないか…!

 

 

 

もう何度目かわからない、お互いが顔を真っ赤にした状況で。

 

僕は意を決して、彼女のことを優しく抱きしめる。

 

美兎さんの温もりが直に感じられて、緊張はピークに達していた。

 

「これから先……何があっても、僕はキミを守る。大好きな美兎さんのことを、守り抜いてみせる。

だから、僕と一緒に、新しい一歩を踏み出してください…!」

 

「終一……ひゃーっひゃっひゃっ!まさかオメーから、そんなくっせぇくっせぇくっせぇ台詞を聞けるなんてなぁ!

オレ様の天才的な発明品、『いつでもどこでも盗聴器』が早速役に立ったぜ!」

 

な、なんだって!?

 

「ちょっと待っ…!消して!一世一代の告白したはいいけどなんか猛烈に恥ずかしい感情しか湧いてこないから今すぐ消して!」

 

「はぁ?何言ってんだ、消すワケねーだろ!

こいつはな、オメーが年取って死ぬまでとっとくんだよ!

そんでもって、葬式の時になったらリピート再生で流してやるぜ!オレ様ツエエエエ!!」

 

クソッ、何てことだ!

美兎さんは死の際まで僕を困らせる気なのか…!

 

 

 

……あれ?でもちょっと待てよ。

 

 

 

それってつまり、裏を返せば僕のことを看取ってくれるって意味で……

 

 

 

死ぬまで一緒にいてくれるって、コト…!?

 

 

 

「ありがとう美兎さん!その気持ちすごく嬉しいよ!だからこれからも末長くよろしくね!!」

 

「ひぃっ…!今の言葉で喜んじまうとか、どんだけマゾなんだよぉ……でも、たまにはドSになって、責めてくれてもいいからね…?」

 

少しばかり解釈の不一致があったようだが、その点は追々解決していけばいい。

これまでと違って、僕たちには無限の時間があるのだから。

 

 

 

僕と美兎さんの先に在るのは、未だ見ぬ外の世界の光景。

 

 

 

僕たちにとって、未だ見ぬ外の世界がどれほど恐ろしいものなのか、想像もつかない。

 

 

 

だけど……僕はもう、一人なんかじゃない。

 

 

 

僕には美兎さんがいて、美兎さんには僕がいるのだから。

 

 

 

こうして、僕達の才囚学園での日々は……終わりを告げた。

 

 

 

END

 

 

 

 



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