魔法少年は青空に焦がれる。 (korotuki)
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第0話 プロローグ

 主人公はイリヤ達と同じ小学五年生です。


「グッ……!」

「もう諦めたらどうだ?」

 

 草木すら眠る深夜の丑三つ時。電気が消えて久しい住宅街に二人の男が立つ――いや、()()()()()という方が正しいか。

 一方は衣服に乱れこそあるものの余裕すらあるような振る舞いで立っており、もう一方は正に満身創痍。体を直立させる力もないのか地面に平伏していた。

 

「バカな…時計塔に所属すらしてない極東の魔術使い如きに!!」

「酷いなぁ。これでもこの土地任されてる由緒正しき一族(セカンドオーナー)の一人なのに」

「黙れッ――空に囚われ、魔術の研鑽を忘れがフッ!?」

 

 言葉(捨て台詞とも言う)を紡ぎ切る前に雑に頭蹴り飛ばされ意識を手放した男――態々国外から来た外様の魔術師に。男は呆れたように言い放つ。

 

「人様の魔術礼装借りパクしようとしといて何言ってんのやら。自分のこと棚に上げすぎだわ神棚かよ」

 

 ハイハイ帰った帰ったと近くに停めてあったバンに男を押し込み、馴染みの運転手が深く被った帽子を更に押し込み発進したのを見送り、男は大きく伸びをする。

 すると、遥か遠く……彼が敬愛する“空”に。一気の飛行機が飛ぶのが見えた。

 

「クラスカード・カレイドステッキ・鏡面界ねぇ」

 

 これから起きる一時の大騒動。

 

 その青年は、主要人物でこそないが支援役(バックアップ)として一部を伝え聞いていた。

 

「何があるかは知らんけど。精々こっちに迷惑かかんないように祈るか…にしてもアイツは大丈夫かねぇ?」

 

 彼はそう独り言を呟くと、背を翻し帰路へと帰っていった。

 

 ここは冬木市の隣市“夏川市”。冬木ほどではないが平均少し上の龍脈と、冬木以上に商業や観光で発展した地方都市。その管理者(セカンドオーナー)である【青空翔】を筆頭とした青空家は、今日(こんにち)毎夜隣市に襲撃をかけようとする魔術師/魔術使いの対処に追われていた。

 

 


 

 

 ――ただ、その瞬間を待ち続ける。

 

 目はただ愚直に道の先を捉えつつ、しかし耳はしっかり開始の合図を拾うために感覚を広げないといけない。

 今か、今かと浮き足立つ体と足を必死に止める。ズル(フライング)はいけないしとても恥ずかしい。

 

 ジリ、と地面を踏み締める。まえにテレビでみたクラウチングスタートいうとても早い走り方を見たが、兄さん曰く「アレは足の接着面を平行にして、その推進力を限りなく横にするから速いんだ」と言っていたので、結局いつものフォームで走ることにする。

 

 隣のライバルも出発の合図を今か今かと待ち構えているようで、時折重心を前に傾けたと思ったら「傾け過ぎだ」と戻し。「いやでももうちょっと…」という動作を繰り返していた。

 

 …気持ちはわからんでもないけど。

 

 そうこうして気を紛らわせていると、ふと僕らの斜め前にいた先生がスターターピストルの引き金に当てた指に力を込めるのを目撃した。

 

(そろそろか――)

「…負けないよっ!」

「!」

 

 至近距離からかけられた声の方向を振り抜くと、そこに居たのは雪のような少女だった。まだ子どもだから上手い表現は出来ないけど、白い髪と赤い瞳は精巧な西洋人形のように整っている。

 しかし、“人形のようだ”と表現したその赤い瞳には…「絶対に勝つ」という剥き出しの闘争心。何よりも強い人としての心意気を感じ取ることができる。だからこそ、僕はそれに同じ人間として応えた。

 

「僕こそっ!!」

「よーい…ドンッ!」パァン!

「「ッッッ!!」」

 

 これまで焦らされた体と意識を一気に前のめりに、当然倒れそうになるがその前に足を出し地面を踏み締め。再び地面を蹴る。

 

 走る作業はとても簡単だ。体を前に倒し足と腕を前後に左右させただ地面を蹴る。

 

 簡単で単調な作業だ。少なくとも算数の問題を解く方がずっと難しいし、ゲーム機で世界を救う方がずっと複雑で達成感があるハズだ。

 

(それなのに…それなのになんで――!)

 

 今まで感じてきた加速感が無くなったのに気付いた。自分はいま最大速度(トップスピード)の中にいることを知覚する。横にいる少女もコース外で応援するクラスメートも……今だけは恋してやまない“空”も見えない。

 見えるものはゴールだけ。それに合わせて地面を蹴る。腕を振るって顔を前に出す!

 

(なんでこんなに楽しいんだろう!)

 

 そして今、僕はゴールテープを――

 

 

 

 

「次は勝つ!!!」

「うんっ!じゃあ私はお兄ちゃんと一緒に帰るからー、また明日ー!」

「また明日ッ」

 

 まぁまんまと負けたわけですが。

 

 赤銅色の髪のお兄さんと一緒に走り去っていった(尚兄は自転車)少女…“イリヤスフィール・フォン・アインツベルン”。愛称イリヤを見送った僕も一人歩いていく。

 

 地元の学校が謎の集団体調不良になってからはや三日…こうして隣町の“穂群原学園”の小等部に通っていた。

 

(それにしても、他の子は近くの学校に一時編入って扱いだったのになんで僕だけ態々冬木市に……)

 

 母様…は家のことに殆ど関与しないから仕方ないけど、当主である父様も「早めに熟すことになった責務だと思って」と言って詳しいことは何も教えてくれなかったし…まぁ衣食住自体は不足していないから、問題はないけどさ。

 

 それでもさぁ…

 

「さすがに、小学生にホテル暮らしをさせるのはどうかとおもうなぁ…」

 

 入り口で止まった僕を出迎えたのは家の玄関口ではなく自動ドア。白を基調に金や銀の装飾が施された静謐なロビーで僕はため息を吐く。冬木を代表する高級ホテル“冬木ハイアット・ホテル”程ではないが、少なくとも一人で。それも観光ではなく普段使いするにはあまりにも余分なホテルだ。

 

 受付の人に挨拶を交わし暫く歩き部屋に入る。鍵は普通の鍵ではなくしっかりとカードキー…それもこれ一つでホテル内の施設や買い物に利用できる便利な物で――やっぱり過分だ……

 

「明日の支度明日の支度…」

 

 まだ六時にもなっていないが、それでも早めに準備することにこしたことはない。制服のアイロンがけと教科書の準備に宿題に。小学生は意外と多忙なのだ。途中携帯から来た友達のメールに返信しながらも作業を進める。

 元々マルチタスクは得意な方だし、あまり苦に思わず終わらせることが出来た。

 

「ん〜ッ……終わった〜!」

 

 達成感と共に背伸びをする。…流石に父様や兄さん達みたいに骨は鳴らない。これが若さである…フッ。

 世の中の背伸びで骨が鳴る人間にマウントを取ったところで時計を見る。午後七時半…ちょっと暇になっちゃったな……

 

 そうしてボケーっとしていると、懐の携帯電話がプルプルと鳴り響く。

 

「…?誰からだろ…はいもしもし」

『やぁ。元気かい?』

「父様?」

 

 携帯を取り出した僕はそれを耳に当て呼び掛けると、携帯からは威厳…には満ちてなくむしろ軽薄な雰囲気すら感じる。だが間違いなく敬愛する父様の声が聞こえてきた。

 

『失礼なこと思ってないかい三男よ』

「いやぁそんなわけは…で何のようです」

『親が子の心配しちゃ悪いかい?まぁ一つ伝言がね』

「伝言?…言霊で操って気づいた時には僕の手は緋色に…!」

『しないよ!?ゴホン……今日は早めに寝ること、いいね?』

「え?いやでもまだご飯も済ませて――」ピンポーン

『ルームサービスです。お食事をお持ちしました』

「あっはい。ありがとうございます」

 

 急に来たルームサービスのお姉さんからカレーライスを受け取り、再び携帯を手に取る。

 というかタイミングからして……

 

「びっくりしたんだけど」

『ここ数日構えないからこのぐらいはね?』

「…とにかく、いただきます」

『召し上がれ』

 

 多分今頃母様曰く「耳を捻って引っ張りたくなるニヤけ顔」をしているのだろうなと思いながらもカレーを食べ勧めた

 

(少年黙食中…)

 

「ごちそうさまでした」

『うんうん。お粗末様でした』

「ひとまず言われた通りにします。今日はさっさと風呂に入って寝ます」

『そうしてくれると助かるよ』

 

 紙製の容器を捨てて、従ってばかりじゃ自主性がちょっとなと思い。理由を聞いてみることにした

 

「一応理由を聞いても?」

『あー、うん。…お前を送り出す時に、ボクがなんていったか覚えてるかい?』

「確か、「早い責務」と」

『そうだね…その“先駆け”が、今日私が早く寝ろと言った理由だよ』

「! 明日、何か起きるってこと?」

『そうかもしれないね。だから早く寝なさい』 

 

 普段よりも真面目な父様の声を聞き、僕は自分の中でスイッチが切り替わるのを感じた。

 小学五年生の僕ではない。――魔術師としての僕が出て来る。

 

「分かったよ父様。おやすみなさい」

『おやすみ、良い夢を』

 

 シャワーを浴び布団に潜り込む。宿泊初日は

枕とマットレスが違いすぎて寝れなかったが、今ではそこそこ慣れたもんだ。

 そんなに時間も経たずに俺は寝ようと――

 

「流れ星…?」

 

 ふと視線の先に光の尾を引きながら夜空を走る流れ星を見つけるが、数回チカチカっと瞬いたと思ったら消えてしまった。燃え尽きたのだろうか?

 

「まぁいいや。寝よ」




 次回は夢の中での説明会となります


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第1話 適正年齢は11歳となります。

 みんな大好き宝石おじさん。


「やぁ」

「へっあ…ど、どうも」

 

 夢の中で目が覚めるという初めての体験をした僕の目の前には、立派な髭と白髪が生えたお爺さんがいた。

 挨拶をされたので返すと、お爺さんは「クツクツ」と微かに笑い愉快そうに僕を見る。

 

「突然ですまんな。どうしても君に手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「は、はぁ……ところで貴方は?」

「…ん?あぁ、そう言えば君の家は時計塔との関わりを絶っていたのだったな。まぁ翔くんが封印指定を受けたから当然か」

 

 口ぶりからして有名な人なんだろうか?しかし家族以外の“魔術師”はそれこそ父様の個人的な知り合いしか会ったことがない。「時計塔」は…えっーと確か大学の魔術版で、魔法使いを目指す魔術師の魔術の最先端の場所だっけ。

 封印指定は…なんだろう。字面からして封印をされるなにかということかな?しかし父様が封印……?

 …考えてても仕方ない。取り敢えず挨拶だ

 

「(父様の知り合いの方)…青空家の三男「青空勇飛(はやと)」です。初めまして」

「あぁ始めました。儂のことはそうだな…「宝石おじさん」とでも呼んでくれ」

 

 強面な顔に似合わない悪戯っぽい表情と共にお爺……じゃなくて宝石おじさんは名乗った。   

 そういえば最初見た時は気付かなかったけど、その指には宝石が嵌まった指先大の宝石が光る指輪をしている。

 

「では、改めて宝石おじさん。僕に頼みたいこととは…?」

「ひとまずこれを見てくれ」

 

 宝石おじさんは懐から一枚のカードを取り出し僕に見せた。見ろと言われたので目を凝らし見つめる。

 トランプやUNO、TCGに比べると大きい…タロットカードとかに近い大きさ。

 絵柄のこれは…甲冑を纏い剣を持った剣士だろうか?意匠が簡潔すぎてインテリアには使え無さそうだな。魔術的な意味でこのような柄なら……

 

「…一種の召喚媒体とかですか?」

「その年にしては鋭いな。見込みがある」

 

 そう言うと宝石おじさんはカードを持っている手とは逆の手で懐から同じカードを取り出すと、それらを全て空中に並べた。観察してみると合計7枚のカードはそれぞれ絵柄が違うことが分かる。

 

「これらはクラスカード…まぁこれは形だけ似せた複写品(ブランク)だけどな。使い魔についてはどこまで?」

「メジャーなものなので一通りは、専門と呼ばれると自信はないです」

「正直でよろしい。では英霊については?」

 

 急にジャンルが変わった。魔術の中には彼らの力を再現、もしくは借り受けて利用するものもあるのでこちらにも一定の教養はあった。

 

「ええっと…生前強大な力や伝説的な逸話を残した英雄が、死後“英霊の座”に招かれ一種の霊体となった存在。でしょうか?」

「………」

「あっ、それでその英霊が呼び出された時は使い魔の最高位。サーヴァントと呼ばれるとは聞いたことあります」

「加点一点。と言っても君と儂は教師と生徒の関係ではないが」

 

 感心したように浅く頷く宝石おじさん。なんだか照れ臭い

 

「これは“クラスカード”と呼ばれる物だ。製作者・用途・詳細な構造何も不明だったが、唯一「英雄の力を引き出せる」ことが分かった」

「英雄、いや。英霊の力を……」

 

 口から思わず鸚鵡返しに呟いてしまう。だってそうだろう、その言葉に嘘偽りがないのなら「絶対に折れない剣」「地平線まで届く弓と矢」「必ず心臓を射抜く槍」「戦術兵器めいた威力の魔法を行使する杖」などがこの現代に蘇ることに等しい。

 

「それが、今君がいる冬木にいる突然現れた」

「!?」

 

 思わず地面を見るが、夢の中のためそこには黒いモヤが漂っているだけだった。

 

「…アレ?でもカードなら“使用”しないと悪影響はないんじゃ……」

「だったらよかったのだがな」

 

 嘆息する宝石おじさんの顔は「面倒なことになった」と言わんばかりで、僕はその時点で次の言葉を察した。

 

「まさか、暴走を!?」

「現実世界に実害は出ていないが、このままカードがこの地の魔力を吸い続けたら……な?」

「ッ!」

 

 なんだソレは、まるで足元に時限爆弾が埋まっているのと同義じゃないか。

 

「さて、君はそんな爆心地にいて。今こうして儂の前にいる。そして「君に頼みたいこと」がある」

「手伝え、でしょうか?」

「流石にここまで言えば察せてしまうか」

 

 宝石おじさんはカードに手を翳しそれらを全て消し去る。その代わりに僕らの目の前に木製の丁寧に艶消しされたシックな椅子と机が現れた。机上には丁寧にティーポットもある。

 

「さて、どうする?」

 

 椅子に座った宝石おじさんは、どこか試すようなふてぶてしい笑顔で僕を見る。

 つまり、僕が椅子に座るかどうかで参加の可否を決めるということらしい。

 

 ――決まっている。

 

「…………。」

「即決か。理由を聞いても良いかな?」

「僕はセカンドオーナーの息子だ。例え隣市だとしても土地のトラブルを見過ごすわけにはいかない…からです」

「そうか」

 

 最初から僕が参加することを知っていたかのような淀みない声と共に、宝石おじさんは懐から僕の握り拳大のアクセサリー?を取り出した。

 ひし形(ランバス)に猛禽類を思わせる羽根をあしらえられたそれは、これまでの宝石おじさんの雰囲気からすると少し…いやかなりファンシーなものに見える。色は…透明感のある白で、僕はそれに石英(クォーツ)を連想した。

 それを取り出した机上においた宝石おじさんはスッと僕の方にそのアクセサリーを差し出した。

 …???

 

「あの、これは?」

「君には、【魔法少年】になってもらう」

「…………はい?」

 

 突然の突飛な話に、僕は訳も分からず返答した。

 

 

 

 

「概要は、分かりました」

「ウム」

「詰まるところ宝石おじさんの弟子候補さん達が3日前からカードの回収任務についていて」

「危険度の高い任務だ」

「そして弟子候補さん達に預けたコレと同型の魔術礼装「カレイドステッキと言う」…カレイドステッキは、性能こそ高いがアシストのため入れた人工天然精霊の人格に難がある」

「どこで教育を間違えたのやら」

 

 よし、ここまではあってる。聞き間違えも言い間違えもないらしい。

 

「それで、カードの回収任務は文字通り英雄との戦いで。万が一もあり得る」

「心配よなぁ」

「だから僕にはこのカレイドステッキを使って【魔法少年】になって是非とも助太刀してほしい」

「あぁそうだ」

「…疑問点に思ったことを言っても?」

「君はもう立派な協力者だ。喜んで答えよう」

「なんで俺なんですか。兄さんも、兄様も。それこそ父様っていう選択肢もあるはずですけど」

「次男の快斗はカレイドステッキとは相性が悪く、長男駆音は次期当主としての研鑽がある。翔くんはシンプルに適正外だ」

「なるほど…」

 

 そう言われては黙るしかない。先程までの話から僕の力量では英霊達に立ち向かうには力不足のため、カレイドステッキの力を借り受ける必要性も分かった。…取り敢えず受け入れるしかないようだし、そもそも男に二言はない。

 

「このステッキの詳細についていいでしょうか?」

「識別名は【カレイドクォーツ】。弟子候補共に貸し与えているカレイドルビー・サファイヤの前身…性能実験機(プロトタイプ)に当たるものだ」

 

 宝石おじさんは何処からかホチキス止めされたA4用紙の束を取り出し、そこには【愉快型魔術礼装0号:カレイドクォーツ仕様説明書】と書いてあった。

 何とも複雑な気分になりながら、宝石おじさんが指し示した文章を目で追う。

 

「後継機とは違い、クォーツに魔力弾を発射する機構はついていない。その代わりにコレはステッキ周囲に魔力で精製された魔力刃などの短いレンジでの攻撃に強く調整した。謂わば接近戦仕様だな」

「…僕向けですね」

「因みにもう分かっているかもしれないが君のお父さんにも全面協力してもらった」

「」

 

 正直父様の話が出た瞬間察してはいたがやはり驚く。

 

「話を続けよう。特に特徴的なのは、自分とほぼ同じステッキを召喚することが出来る勿論機能はほぼ同じだ」

「原理どうなってるんですかそれ…投影の、いやでも…」

「私が持つ能力(第二魔法)のちょっとした応用さ」

「そうですか」

 

 理解しようとするだけ無駄なことは分かった。

 

「総括するとクロスレンジに特化したマジカルステッキとなる。無論仮想人格は入れる……あぁ心配するな、あの二本に比べたらマシな物にしよう」

「それはどうも…」

 

 自分でも分かるほど微妙な顔を浮かべクォーツ…長いから“クオ”でいいかぁ(思考放棄による順応)

 それを手に取って、見る…小学五年生でよかった。コレが中学生だとデザインの変更を要請していたかもしれない。

 

「では、よろしく頼むぞ。私はコレから急ピッチで急いで仮想人格を設定して君に託そう。目覚めた時には既に手元にあるようにしよう」

「えっ…く、空輸でも一夜では間に合わないのでは?」

「そこは秘密だ」

「アッハイ」

 

 話が終わると、ふと視界全体がボヤけるような感覚を覚えた。

 

「ではな、今度こそ良い夢を。あぁ最後に翔くんに「次会う時に一曲歌ってくれ」って伝えといてくれ」

「お、おやすみなさい」

 

 次の瞬間。僕は本当の意味で眠りについた。

 

 

 

 

「存外聡明な少年だったな。あの翔から生まれたとは思えない」

 

 勇飛に「宝石おじさん」と名乗った老人、第二魔法「並行世界の運営」の使い手である「魔道元帥」「宝石翁」「万華鏡(カレイドスコープ)」と呼ばれる魔法使い【キシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグ】は、カレイドクォーツを弄りながらそう呟いた。

 

 その目裏には、彼の父親である青空家現当主。【青空翔】を思い出す。

 

 封印指定を受ける程の魔術技量を持つ彼は、その昔はただ歌を愛する青年だった彼。

 

 不幸にも冷酷な魔術師の実験台となったかれ

 

 果てに放つ声全てが呪いとなったカレ

 

 そして――――

 

「年取ると考えに耽ることが多くていかんな。らしくもない」

 

 ふと我に帰った「宝石おじさん」は、調整が終わったカレイドクォーツを手に取る。

 

《…システム読み込み完了。カレイドステッキ0号機、個体名【カレイドクォーツ】起動しました。生み出してくれて感謝します。創造主(クリエイター)

「あぁ、励んでくれ」

 

 完成したカレイドクォーツを転移。勇飛の枕元に送ったゼルレッチはふと手を広げる

 

「このような時は平行世界を見るに限る」

 

 

 

 

「あっヤベ」




 お父さんはまぁ…前作主人公みたいなもんだと思ってもらえれば。ちなみに婿養子なので青空家の本流はお父さんの妻となります。


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第2話 訳知り顔ってちょっとイラつくよね

あんまり動きがなくてすまない…


PiPiPiPiPiPI……

 

「………おはよう」

 

 アラームを止め、布団から芋虫のように這い出た彼は。言う相手もいない部屋の中で呟いた。それはきっと一種の郷愁であり、その声は壁へ吸い込まれ――

 

《おはようございます。マスター》

「……夢だけど、夢じゃなかった」

 

 が、勇飛の声に返答した声があった。水晶のように透き通る声の持ち主を見た勇飛は。某有名アニメーション映画の言葉を引用してため息をついた。

 

《現在時刻AM06:34、理想的な起床時間と言えるでしょう。流石はマスターです》

「そりゃありがとう。ところで君は?」

《はいマスター、私の名前はカレイドクォーツ。マスターのクラスカード回収の任を助けるため、創造主から派遣された魔術礼装です。エヘン》

「これは丁寧に、僕は青空勇飛。これからよろしく」

 

 思っていた数倍丁寧な自己紹介に返礼を返しながら勇飛は顔を洗い制服に着替える。その際もクォーツはふよふよと彼の周囲を飛び回っており、勇飛はそれを時折目で追いながらも支度を始めた。

 

「ふーん。じゃあクォーツの内部には、クラスカードが入ってるんだ?」

《いえマスター。正確には私の創造主が製造した擬似的なクラスカードです》

「なんでそんなのを?紛らわしいし、第二のクラスカードとかになったら危なくないか?」

《そうならないように一部制限をかけさせてもらっています》

「制限?」

 

 Yシャツに袖を通しボタンを閉める。情報収集と支度を同時平行しているが、その動作に一切の澱みはない。

 

《普段は私の中に収納し、必要に応じて排出。マスターに貸与し。不必要になればまた収納します。私の中にいる限りは、ただの魔力の糸クズの塊にしか過ぎませんので》

「とにかく、防犯意識バッチリってことか。頼もしい」

 

 最後に勇飛は自分の首元にネクタイピン…に偽装した彼特有の魔術礼装を付け、準備完了と相なった。

 

《それは…》

「あぁこれ?これは僕の魔術礼装【蝋性の小翼】まぁちょっとした飛行魔術の補助ぐらいにしか使えないけど」

《いえ、立派な礼装だと思います。見映え・実用性・引用性の全てを兼ね揃えているかと》

「そっか、ありがと」

 

 勇飛の首元にある礼装は、彼の象徴でもある。彼はそんな一見すると何の変哲もないネクタイピンを撫でると、玄関へと向かっていった。

 

《登校時間には早いのでは?》

「朝ごはんをラウンジに食べに行くだけ。また戻ってくるさ」

《なるほど》

 

 勇飛は靴を履き、カードカーを持ったことを確認。姿見の前で自身の姿に違和感はないかを指差し確認で確かめ。いざ外に出ようとして…ふとクォーツに視線を寄越した。

 

《どうしましたか、マスター》

「いや…君まさかそのまま来る気?」

《あっ、申し訳ありません。隠蔽のことをすっかり失念してしまい…》

「いや、まぁ互いに初日だからね?」

 

 これまで儀礼ぶった口調だったステッキが初めて見せた意思を持つ人間らしい反応に、思わず勇飛は笑ってしまった。そして改めてドアノブに手をかけ、かれは今度こそ朝食を食べに行った。

 

「ところで実際どうやって隠れるんだ?」

《たった今「どんな相手の死角にも!ステルス迷彩モード」を開発したのでそれを使います》

「後者はともかく前者いる?」

《恐れながら、お約束という意味で必要かと》

「そ、そうなんだ」

 

 作り手に似て高次的な理由で反論してきたクォーツの言葉に、なぜか歯向かってはいけないという思考になった勇飛は。ただ無難な返答を返すのみとなってしまった。

 

 

 

 

「おはよー!」

「おはよう!」「昨日は惜しかったなー!」「元気だねー」「おっ、おひゃようございます!」「勝負しろ勝負!!」

「僕イズノット聖徳太子!!」

 

 教室に入って挨拶をするなり帰ってきた三者三様の声にそう投げやりに答えた勇飛は、自分の椅子に向かう。

 

 彼は転校生という立場上教室のかなり後ろの方に席配置がされており、自席に行くまで教室をがっつり横断する形となり。その間にもドンドン声をかけられる。

 内容として多いのはやはり昨日のイリヤとの50m走について。

 

 それまでクラス内で最速の名をほしいままにしていた絶対の女王イリヤに猛追し、幾許かの勝ち星も挙げている彼はそれだけで注目の的だった。男女問わず激励をもらい、彼はそれに適度に返事を返しながら漸く自分の席に座った。

 

《人気者なんですね》

「単に転校生が物珍しいだけさ。週が開ければすぐに鎮火するよ」

「よー勇飛!」

「おはよー鳥山!」

「昨日凄かったよな!運動会の最後のデットヒート見てる気分だった!!」

「だけど僕は所詮敗残兵…石を投げられても、耐えるしか…!」

「勇飛…!」

 

ヒシッ!と謎に熱烈なハグを交わし帰っていく男子生徒を見送る勇飛。

 

《……。》

「とまぁ、会話を続ける自信もないから。あぁやってふざけて誤魔化してるだけ。週跨げば落ち着くよ」

《そうでしょうか》

「そうだよ?」

「ちょ、ちょっとー?」

 

 ふと勇飛が声をかけられた方法を振り向くと、そこには昨日勇飛が惜しくも敗北した快速少女。イリヤがそこにいた

 

「おやイリヤ()()()()()

「イリヤスフィール!そんな何か盗んでそうな名前じゃないよ!?」

 

 アハハハと笑う勇飛にジト目でみるイリヤだが、次の瞬間思い出したように目をかっ開きビシッと指を向けた。

 

「う、嘘だ!拷問する気だろ!!」

「しないよっ!?」

「そんなこと言ったって僕は知ってるんだぞ…っ!」

 

 勇飛の「道化式会話遅延術」の術中にイリヤが完全にハマっていると、ふと教室のドアが開き。担任であるタイガが今日も●●歳になっても尚有り余る元気と共に教室へ突入してくる。

 

「いよォッしお前ら出席取るぞー!着席しろ着席!!」

「はい時間切れ、という訳でで話は休み時間にね?」

「…む〜!」

「むくれないむくれない。大福かな?」

「……」

「え、無視?ねぇ無視なの?」

 

 勇飛の言葉にプイッと顔を背けると、そのままスタタターと自分の席に戻っていった。

 

《マスター、あの方は……》

「ん、クラスメイトのイリヤスフィールさん。ドイツと日本のハーフの人なんだってさ」

《なるほど》

「気になるのか?」

《少々。ですが違和感程度のものです》

 

 少年義務教育中…

 

『妹の気配?』

《イエスマスター。個体名:イリヤスフォール・ファン・アインツベルンの周辺から、同型機…妹機の魔力反応を検知しました》

『ふぅん。話では弟子候補は高校生ぐらいって聞いたけど…』

 

 午後の授業中、勇飛はパスを繋いだクォーツとの念話に勤しんでいた。

 目の前ではタイガがは理科について教えている。頑張っている彼女に悪気を感じながらも、勇飛はクォーツの言った言葉の意味を考えていた。

 

『イリヤが奪った…とは考えられないな』

(そんなことする子じゃないのは短い付き合いでも分かるし、そもそも相手は時計塔の主席。一小学生に下手コクわけない)

 

 黙りこくっていたクォーツは、恐れ恐れと表現するのがしっくりくるような声音で口(?)を開いた。

 

《…考えられるのは、妹機による自発的なマスター変更かと》

「はぁ?」

「おや?どうした勇飛このグレートパーフェクトビーティフルティーチャータイガの授業に不明点でもあるのか!」

「っと、ないです先生。つまり虫眼鏡で太陽光を集める実験は人体や他の生命体にむかってやってはいけないってことですね」

「そのとーり!さぁさぁ次は――」

 

 自身から視線を外したタイガに安堵のため息をつき、それから再び思考の海へと潜った。

 

『自発的…もしかして、ステッキの中の精霊が勝手にマスターを登録・解除したってことか?』

《可能性はあるかと》

『だとしたら完全な災難だな…』

 

 これから人智を超えた戦いに巻き込まれる少女を思い憂いている…その視線の先の本人が物憂げな表情でもしていれば絵になったかもしれないが、生憎本人は彼のそんな気遣いにはに気づくことなく机に突っ伏しているが。

 

「授業中居眠りしないように!」

「たたかれた…」

『…まっあのフラットな様子なら大丈夫じゃないか?』

《どの道彼女がマスターだとしても私にはそれを解除する術を持ちません》

『そうなのか』

 

 ちょっと人目を引く見た目で、足が速くコミュニケーション能力に長けた少女。

 それが勇飛が降したイリヤへの評価だが、そんな彼女がクラスカード回収という特大の厄ネタに巻き込まれている。

 その事実に勇飛は心を痛めるが、それはそうと「気にしていてもしょうがない」という思考へと切り替えた。

 

《お役に立てず、申し訳ありません。クォーツはダメなステッキです》

『いやいや、今回のはしょうがないだろ?そもそも僕のトラブルじゃないし』

 

 ふと隣の席の友人と話すイリヤの方に目を向けると、勇飛と目が合いその大きな赤い瞳をパチクリと瞬かせた。

 勇飛は軽く笑うとジェスチャーで「黒板見とけネボスケ」と伝える。

 

『……まぁなんとかするさ。そーゆうのを解決するためにクオを貸してもらったんだし』

《はい。マスター……それで、クオとは私の名前ですか?》

『クォーツって戦闘中に言ってたら噛みそうだろ?』

《成程。戦闘中・及び急を要する事態に限り、私が反応する言葉に「クオ」を追加します》

『律儀だなぁ』

 

 とその時、授業という牢獄からの解放を意味するチャイムが鳴り響く。

 勇飛が把握する限りではこの授業がこの日最後のため、このチャイムは勉強嫌いの生徒からすれば福音に近いものなのだろう。

 

 現にタイガも「むっ!今日はここまで!」と言って教材を片付け始めた。

 

『仮にも教師が終業を喜ぶのはどうなんだ…?』

《理想像としては兎も角、子どもからすればウケがいいのでは》

『あぁなーる…』

 

 ホームルームを手早く終わらせたタイガがそそくさと教室を出て行ったのを尻目に教室が騒めき出し、程なく一気に騒がしくなる。

 

 遊ぶ口実を取り付ける人、宿題に対し愚痴を吐く人、気になるあの子に話しかけるもガッツリスルーされ崩れ落ちる人。その中でも少数派の「ちゃっちゃと家に帰る人」である勇飛と…普段は複数人の友人と共に帰るが、珍しく一人ランドセルを背負うイリヤは、教室の入り口でばったりと出くわした。 

 

「あ、勇飛くん!また明日!」

「うん。また明日――――あぁそうだ、イリヤスフィール」

「ん?なになに、どうしたの?」

 

 数歩進み、イリヤスフィールと背中合わせになった勇飛は一瞬立ち止まる。

 

「がんばってね」

「へぇ!?」

 

 イリヤが振り返り言葉の真意を問おうとするが、そのときには既に彼は下階層への階段を下り始めていた。

 

《イリヤさん。今の方は?》

「わっ、ルビー!?」

 

 イリヤの学生鞄から飛び出した、クォーツと似た。しかしクォーツとは違いピンクが基調とされた姉妹機「カレイドルビー」は、今なお勇飛が歩いた方向を見ていたイリヤに問いかけた。

 

「ええっとね…あの子は青空勇飛くん。ちょっと前に転校してきたんだー。たまに意地悪だったりするけど、大人びてて。優しい人だよ!」

《ほー。士郎さんとどっちが好きですかー》

「ほえっ!?そ、それはそのぉ……」

《特にあの小翼型のネクタイピン!素敵ですねぇ~!》

「そうだよね!この前どこにあったのか聞いてみたんだけど「思い出の品だから覚えてない」って言われちゃったんだ~」

《そうなんですね~。ではでは、早速家に帰って。魔法少女としての修行をしましょー!》

「おー!!!」

 

 

 

 

「今の見たか?」

《見ました》

「パッと見はお前の同型に見えたが…」

《はい。アレは間違いなく私の姉妹機、カレイドルビーに間違いありません……やはり、勝手にマスター登録を変更をしたのでしょう》

「あちゃあ…」

 

 即席の使い魔である燕を逃すと、勇飛は額に手をあて予測が確定情報となった事実を処理した。

 今頃下駄箱に向かっているであろうイリヤを余所に、勇飛は一足速く帰路に……つくことなく、身体強化の魔術を用い学校の校舎をよじ登り屋上へと降り立つ。因みにクォーツの力で上ることもできたが、本人は「修行の一環」としてこれを断った。

 

「とりあえず、今日はここで回収作業が始まるまで待機だな」

《簡易的ですが人払いの結界を下しました。余程強い目的意識をもたない限り人は来ません》

「なら良し。……とりあえず、やってみるか」

 

 ステッキから伸びてきた柄を握り、しっかりと保持。そして空気を吸い込み…覚悟を決めるように息を細く吐く。

 

《マスター?私を使っての転身の実践は初めてですが、安全性は保障されています》

「い、いや。どちらかというと心の準備」

 

 実は勇飛、クォーツと魔力パスを繋ぐ直前。彼はホテルのフロントにあるデスクトップPCを起動し、密かに検索ページに「魔法少女」「魔法少年」といったワードを打ち込み検索にかけていた。その結果……なんともまぁ、様々なデザインや多様性()に富んだ「魔法戦士」のデザインをその目にブルーライトを浴びつつも閲覧した。

 結果は…彼の現在の死地に赴く戦士のような表情からうかがい知れると思う。

 

「よし!やるぞ!」

《…?はい、多元転身(プリズムトランス)開始。コンパクトフルオープン。境界回廊最大展開》

 

 覚悟を決めた勇飛が叫ぶと同時に、クォーツからの淡々とした声音の転身シークエンスが開始する。一瞬で服がクォーツの中に格納され、次にそれに続くように彼を着飾る魔法少年としての衣装が展開される。

 

 クォーツから放たれた光が幾多にも枝分かれし、それはふたご座流星群のような幾千万の流れ星になり。勇飛の体へと殺到する。

 流れ星一つ一つが彼の服の糸になるように彼の体を奔り覆う。いつしか大量の流れ星でしかなかった光たちは光を発する衣類となり、その輝きは消失。その後には転身が完了した勇飛の姿が残った。

 

 彼の予想では下手すればハイレグだがロリータだがゴシックだかフリルになることも覚悟していたが、そんな彼の危惧とは裏腹に勇飛が纏っていた衣装は黒を基調とした、白のラインが入った丈が長めのブレザーに藍色のスラックス。ブレザーの下は純白の白と淡い青のストライプ模様のシャツにくすんだ色のオレンジのネクタイという、機能性も確保された実用的なものだった。

 

 それを目にした勇飛は深く、それはもう深く安堵のため息をつき、先端から刃を突き出し。槍のような長柄になったクォーツに話しかける。

 

「予想よりも万倍マシだ…!」

《マスターの性別も考慮してデザインしました。お気に召したでしょうか?》

「勿論!ありがとうクォーツ!!」

《どういたしまして》

 

 勇飛は礼を言うと、ふと槍のような形となったクォーツを両手で握り一通り動作を試す。

 

「おおっ。僕の強化魔術より倍率高いな。今のうちに慣れとこうか」

《同意します》

 

 そうしえ勇飛とクォーツは、夜になるまで武器を振るい微調整を続けていった。




ジーク×クリいいよね…すまないさんの無自覚褒め殺しに悶えながら苦し紛れに罵倒するクリームヒルトいい……


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第3話 傍観者の心主役知らず。

 主人公は魔術師としては良識がありますし、管理者の一族として一般人は保護すべきだと考えています。


 穂村原学園小等部の屋上。

 

 そこでは転身状態の勇飛か槍へと変形したクォーツを振るっていた。強化の振れ幅に驚いた姿も今はなく、手にした槍を自在に振るう。

 

「フゥ――ッ!」

 

 クォーツが出した無数の的を遠心力に任せた薙ぎ払いで切り裂き、勢いそのままに飛び上がって一回転し、空中から落下する勢いを利用して横向きの一閃を放つ。

 

「ハッ!!」

 

 残心を解き再び飛び上がり、クォーツを地面に振り下ろして地面に叩きつけ、その反動で起き上がると今度は斜め上から斬り上げる。攻撃の反動を回転でやり過ごし、最後の一際大きな的の正中に突き出し粉々に砕いた。

 

「うし、まぁこんなもんか」

《見事な演武でした。これなら実践も期待できますね》

「ならいいんだけどな…演習と実践は違うだろ?」

《サポートは全力でさせていただきます。それにしても手慣れていますね、何か武術を?》

 

 柄を短くし通常のステッキ形態となったクォーツを持ち、勇飛は軽く首を縦に振り首肯する。

 

「兄さまがやってた古武術を少しね…まぁ武器術はちょっとしかないから体捌きぐらいだけど……にしても凄いな。反動も疲労感もない」

《当然です。無尽蔵の魔力補給、それがカレイドステッキ共通の機能ですから》

 

 ほえー、と感心するようにようにクォーツを見る勇飛はステッキから視線を外し空を見上げた。

 慣らし運転を始めた際は日を傾きも浅い空模様だったが、勇飛が先ほどの演武を終わらせた今となっては日は茜色に染まるどころか既に完全に沈んでしまっていた。

 

「綺麗な夜空だな…ウチ(夏山市)は結構な地方都市だし、冬木も新都側は明るくてこうは見えない」

《…マスター、魔力反応及び、カレイドステッキの信号を感知》

「了解。まぁあくまで助太刀だから最初は観察だな」

 

 視線を凝らすと、学校の運動場に二人の少女が入ってくるのを視認することができた。

 

「やっぱりイリヤスフィールか…んでアッチ、は……セ、管理者(セカンドオーナー)!?」

 

 予想外の人物の登場に思わず大声を出した彼は、まさか今ので気づかれるのではないかと思わず口を抑えた。

 

《ご安心を、反応を検知した瞬間から認識阻害の簡易結界を展開しています》

「あっ、あぁ…ありがとうクォーツ」

《お知り合いですか?》

「直接話したことはあんまり…遠坂家は確かに青空家と同じ土地の管理者だけど、あんまり積極的な交流はしてなかったから」

《なるほど…境面界への移動を開始するようです。取り残されないよう我々も準備を》

「分かった――って言っても殆どクォーツ任せの全自動(フルオート)だけどさ」

《半径60㎝にて反射路を形成。境界回廊一部反転を開始」

 

 全てが裏返るような感覚を一瞬覚え、勇飛は鏡合わせの世界へと突入する。

 

「…(きったな)い空だな」

 

 毒々しいともケミカルとも言い換えられる禍々しい空への嫌悪。それが勇飛が発した鏡面界への最初の感想だった。

 

「広がる縦横の線も。まるで「区切られてる」ようで気に入らない」

《…マスター、怒っているのですか》

「青空家だぞ?僕らは文字通り青空について思うためみたいな一族だ」

 

 しかしそれ以上は自分が住んでるわけでもない異界に苛立つだけ無駄かと割り切り…しかし空を見ないようにイリヤたちへと視線を焦点(フォーカス)した。

 すると彼女達の前の空間に、一つの黒い点が生まれた。

 その点は水の中に一滴垂らしたインクのように空間を侵食し、やがて点はシミへ。そして人間一人分ぐらいの面積はありそうな空間へと変化する。

 

 その黒い空間の奥から、長身の女性が出てきた。

 紫の長髪を結ぶこともせず乱雑に暴れさせ。四肢や身体の一部は侵食されたように黒ずみ、更に目にはバイザーのようなものがかけられていた。それもアイマスクのような耳にかけるタイプではなく、まるで拘束具のような目から後頭部を覆うタイプである。

 

 黒い女性はイリヤと遠坂を視認する――――

 

「わわっ!?」

 

 ――と、すぐさまに飛び掛かり。回避行動をとった二人が先程までいた地面を強く叩いた。

 

 大の大人が全力で蹴っても精々数センチ程度しか割れない運動場の地面に拳大の大きな穴が開く

 

Anfang(セット)――爆炎弾三連!」

 

 攻撃の隙を狙った遠坂が、自慢の宝石達を用いた宝石魔術で爆炎を引き起こし迎撃するが、土煙を切り裂き現れたその姿には一切の損傷はなかった。

 

「アレが英霊…いや、カードの影響で変容した【黒化英霊】か」

《イエス。特にあの英霊は魔術に対する概念的な守護を持っているらしく、先遣隊も歯が立ちませんでした》

「あー英雄譚の英雄にありがちな「並みの攻撃じゃ歯が立たない鋼の肉体」ってやつ……」

 

 一連の光景を見た勇飛がそう呟く中、遠坂は自分の攻撃が通じないことをわかるや否や逃亡…もとい戦闘域外からの指示出し役へと役割変更した。

 二人から一人へ。よって自動的に黒化英霊のヘイトが向けられたイリヤに、どこからか現れた先端に短剣を括り付けた鉄鎖がイリヤへと肉薄。たまらず彼女は逃走の一手を選択し脱兎のように距離を取り始める。

 

「……………」

《いつでもいけます》

「いや、まだいい。せめて反撃を見――」

 

 言葉とは裏腹にステッキを強く握る勇飛。しかしそんな彼の視界に映ったものを見て、思わず息を飲んだ。

 

「あーもー…もうどーにでも、なれー!!」

カッ!!!

 

 そこには運動場の端から端まで広がる大斬撃の魔力弾を放ったイリヤの勇姿が!

 

「――え…いや、えぇ…?」

《凄まじい魔力弾ですね。妹機(カレイドルビー)の性能もあるのでしょうが、それよりもマスターの許容量や想像力の影響でしょう》

『――――■■■!?』

 

 魔術での攻撃は無効化できても、魔力自体の無効化はできない。そんな事実を表すように黒化英霊の腕には大きな切り傷が刻み付けられていた。

 

 これまで傷らしい傷を負わなかった敵の姿に、現場指揮官TO-SAKAから追撃の命が出され現場のイリヤもそれに従い特大の魔力弾を次々と放つ。

 

 しかし黒化し変容したと言っても百戦錬磨の英霊。一般人なら目で捉えられるかどうかの地を這うような俊敏な動作で魔力弾を次々と回避する。

 

「さて、あのままじゃ千日手だが……」

 

「うぇーしばしっこい!?」

《砲撃タイプじゃダメダメですねー、散弾タイプに切り替えましょう!レッツイメージ!!》

「分かったっ!特大のぉ――散弾(ショット)!!」

 

 イリヤの持つステッキ、カレイドルビーの先端が桃色の閃光が奔ったかと思えば。それはグランド一帯を埋め尽くすような物量の弾丸へと変化し絨毯爆撃のよう黒化英霊の体を飲み込んだ。

 

「…イメージだけで出来るのも困り物だな。散乱し過ぎだ」

《はい、必然的に一撃の威力は弱くなっているかと

 

 勇飛とクォーツと同じ内容を、校舎を壁にしアドバイスを送っていた遠坂も口にし警戒するように呼び掛ける。

 と同時に、土煙の奥から黒化英霊の姿が現れた。

 

「―――ッ」

《マスター、それ以上は認識阻害の範囲外です》

「言ってる場合か?最悪見られても構わない」

 

 いつでも横やりを入れられるように身構える勇飛を余所に、状況は刻一刻と動いていく。

 

 宝具の発動を察したルビーと遠坂に警告されるが気が動転して動けないイリヤ

 逃げられないイリヤを守ろうと自己判断で物理保護を全開にし防御を固めるルビー

 焼け石に水でもかけないよりかはマシだとダメ元で防壁を張ろうとイリヤに駆け寄る遠坂

 目の前の紋章らしきものから切り札足る何かしらを取り出し宝具を今にも放とうとする黒化英霊

 そして――――

 

「クラスカード『ランサー』、限定展開(インクルード)

 

 そんな黒化英霊の背後からカードを介し呼び出した朱色の長槍を構え突貫する一人の少女とステッキ。

 

刺し穿つ――死棘の槍(ゲイ・ボルク)!!!」

 

 少女の放つ槍は黒化英霊の胸部の中心を的確に穿ち、それが決定打となったのかゆっくりと崩れ落ち光へと還る。

 その場に残ったのはわずかな魔力の残滓と、丁度少女が穿った位置と同じ場所から排出された一枚のカードだけだった。

 

「アレは…カレイドステッキのもう一振りか」

 

 勇飛がそう呟くと同時に朱色の槍を接続解除(アイインクルード)しカードとステッキに別れさせた少女は、そのカード――騎兵(ライダー)のクラスカードをその手に収めた。

 

「え…だ、だれ……?」

「オーーッホッホッホ!!」

「わっ!ないなに!?」

 

 突然聞こえてきた高笑いに驚くイリヤ。しかし、声の主はそれに答えることなく。さらに大きく高笑いを始めた。

 

「この馬鹿みたいな笑い声…やっぱりアンタね」

《相変わらず肺活量やばい人ですねぇ》

「り、凛さんの知り合い?」

「あー…知り合いというか同業者というか……」

「無様ですわねぇ遠・坂・凛!」

 

 校舎の裏、奇しくもイリヤ達が鏡面界から来たのと同じ方向から人影が現れた。

 

 琥珀色の瞳に今どき珍しい金髪ドリルヘアー、青のドレスを見に纏った如何にも「海外のお嬢様」を体現したかのような存在の彼女は。直後並みの男を容易く超える声量で笑い始める。

 

「まずは一枚、カードはいただきましたわ!」

 

 

 

 

「チィ!!」

 

 パァン!と何かが破裂したかのような音と共に二人は飛び退く。

 

 ルヴィア――先程まで高笑いをしていた女性――は組み付きからの投げを主体としたプロレス、一方の遠坂は打撃を主とした八極拳モドキ。

 格闘技同士の相性もあるが、それ以上に互いのレベルが極めて近いが故に生じる拮抗は戦力差がない故に泥沼の体裁を呈していた。

 イリヤは何とか仲裁しようとするが今まで映像越しですら見たことがないほどの残虐キャットファイトに目を回し、ルビーはやんややんやと話しかける。新たな魔法少女も状況を静観するばかりであり、このままでは二人がスタミナ切れするまで続くことが容易に想像できた。

 

『チョイチョイ。仮にも協会からのエージェントが内輪揉めしてていいのか?』

「「ッ!?」」

 

 故に、その要因は外から齎された。

 

『取り合えず初戦突破おめでとう。それがクラスカードってやつか?夢で見た通りなんだな』

「だ、誰よっ!」

「姿を現しなさい!!」

「あわわわわ…これってひょっとして第二のライバル登場シーン!?」

《だとしたら展開が性急過ぎやしませんかねー》

 

 拡声の魔術を使っているのか高い声音ではないのにも関わらず良く通る声に、魔術師がどのような人間であるか知る凛とルヴィアは声の主が隠れていると仮定し、己も声を張り上げ呼び掛ける。

 

『あっはは、姿は隠してないさ。アンタ等がこっちに気づいてないだけだよ…空でも見れば分かるんじゃないか?』

 

 声に従うように空を見上げる四人…そして見上げた空。その端の校舎の屋上にその人物は立っていた。

 

 その人物は、まだ年若い少年だった。遠坂やルヴィアどころか、イリヤや謎の少女と近い歳だと分かる。纏う衣服はしかし彼女らが着るファンタジックなものと違って、色合いこそ派手なものの幾分か現実的な恰好をしていた。

 

「あれは……まさか、小学生?」

「なんでこんな所に……」

『ご心配どーも。でも、俺はこれ預かってるからさ』

 

 そう言い彼は塀により死角となっていた手を露わにする。

 

「んんん!?アレステッキ!??」

「なんですって!?」

「ステッキは二本で一対の魔術礼装、もう一振りなんて…!」

《あらあら…》

 

 手にあったのはイリヤや少女が持つカレイドステッキと瓜二つの透明感のあるステッキ。少年はステッキをトワリングバトンのように華麗に振るう少年は絵になるが、それ以上に持っている得物が問題過ぎるため。あまりその行為自体はあまり注目されなかった。

 

『因みに喧嘩も議論もいいけど、そろそろ崩壊するから帰る準備しろよ?』

 

「~ッ、時間をかけすぎたわね」

「確かに崩壊が始まっていますわね…」

「ル、ルビー!脱出ってどうやるの!?」

「…サファイア」

《はいマスター。半径4メートルで反射路形成―――》

 

 少女の命を受けたステッキが自分一人ではなく周りの人間丸ごと還るための魔法陣を形成し今まさに接界(ジャンプ)しようとした時に、イリヤは少年のほうへ声をかける。

 

「ねぇ!君は大丈夫なの!?」

『優しいね。でも僕もステッキ持ちだよ』

 

 少年がそう呟いた瞬間少年は彼女達よりも一足早く現実世界へと帰っていった。

 

《通常界へ戻ります》

 

 そしてイリヤ達も、ルビーに比べてると幾らかクールな印象を受ける声のステッキの案内で現実世界へと帰還した。

 

 破壊の痕跡が綺麗さっぱり消え、空の景色も正常となり。「帰ってきたんだ」と胸を撫で下ろす。

 

「あんのガキどこに行きやがったー!」

「クッ!確かに試合には勝ったはずなのに、なんか勝負(インパクト)で負けた気がしますわ!」

《別に登場時期は被ってないので大丈夫じゃないですかねー?》

《収集がつかなくなってきましたね》

「あわわわわわ」

「………………」

 

 いつのまにか居なくなった少年の所在について再び騒がしくなり、今日の夜はこうして過ぎていった………

 

 

 

 

「ひょっとして宝石おじさんって俺が手助けすることお弟子さんに伝えてないの?」

《伝えておりませんね》




 特に報告する義務も負っていないので別にイリヤのことを報告する気はないそうです。


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