ノーギフト・ノースキル・ノーホーム (紺南)
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1話

この世界には、スキルと言われるものがある。

 

一定の年齢に達した人間が、神と呼ばれる何某かから受け取る贈り物(ギフト)のことだ。

贈り物は決まってスキル。どんなスキルかは人それぞれで。単純な筋力の強化から始まり、心が読めるとか、記憶力が上がるとか、瞬間移動が出来るとか。

とにかく人によって千差万別で、スキルの強弱も人それぞれ。

 

この世界では余すことなく全ての人間が、10歳になったその日に神から強制的に授けられる摩訶不思議。寝て覚めたらいつの間にか手にしているらしいので、サンタさんのプレゼントと並ぶ嬉しさ。

 

この世界の普遍の常識として太古の昔から存在し、誰も不思議に思わないぐらい慣れ親しまれたスキル。

一説には、あまりに過酷なこの世界において、人間が貧弱すぎるから、それを憐れんだ神様のご慈悲とかなんとか。

 

だから、この世界でスキルを持たない人間と言うのはいない。歴史上にも存在しない。

いるとしたら役に立たないスキルをギフられたスキル弱者ぐらいで、その人たちも肩身の狭い思いをしながら普通に生きている。

 

そんな感じで、贈られること自体は確定的回避不可能ご愁傷さまなのだが、貰える年齢に関してはちょっとだけ融通が利いて、多額の寄付とか毎日の祈りとかで早く貰えることがある。

 

基準は勤勉で敬虔であること。あと金。

だから金持ちの家は神殿に多額の寄付をし、役人は汚職や不正を出来る限り控えて、庶民は休みの日に欠かさずお祈りに出かける。そして7歳ぐらいでギフってもらう。

何事にも練度と言うものがあり、それはスキルであっても変わらないため、小さい頃の3年と言うのは馬鹿にできない差が生まれる。

 

やはり世の中金。金があれば全てが解決する。

 

神様の癖に実に不公平な話だが、努力には報いようと言うご意思かもしれない。少なくとも「死ねやカス金の亡者おら」とか言っても普通にスキルはくれるようだから寛大ではあるのだろう。死ねカスおら。

 

一般論として、神様が公平気取りながら実際は不公平なのは大変結構なことである。あまり期待してない。試しに世界平等を願ったら、なぜか平等に災害を降りかけるぐらいのズレっぷりは持ち合わせているだろう。

いつの世も、いつの時代も、神と言うのはよく分からない存在である。だからこそ神なのかもしれない。盲目的に信仰するのではなく、お天道様を見ながら一発殴りてえぐらい思っとくのが丁度いい。

なにせ世界と言うのは理不尽で暴力的で不平等だ。前世も、今世も、それは変わらない。

 

――――7歳の誕生日。俺は教会にいた。

 

両親と弟が長椅子に座っている。

窓の代わりに光を取り入れているステンドグラスには神と思しき姿がいくつも描かれていた。

誰も神の姿は見たことがない。だからそれは全て想像上のものだ。人は想像で神を描き、石に刻み、本に記した。

それがどのような姿であっても、神はそれを許した。寛大な神だった。試しにステンドグラスに中指を立ててみたが罰は当たらなかった。斯様に神は寛大だったが、牧師は寛大ではなかった。説教云々の前にまず殴られた。殴られてから説かれた。その眼前に中指を立ててみたらやはり殴られた。人とは実に暴力的である。

 

礼拝が始まる。祭壇の前で決められた文言を説く牧師。

俺はその目前で膝をつき両手を握り合わせて目を瞑る。

 

俺の勤勉さや努力を説く牧師の言葉を聞き、脳裏に思い浮かぶ光景。

毎年のように両親が送った多額の寄付金。暇があれば必ず祈りに来た両親。隙あらばサボった俺。一体何度襟首掴まれ連れて来られただろう。

 

俺は我儘で、拘束されるのを嫌い、強制されるのを拒み、自由を尊んだ。祈れと言われれば中指を突き立て、跪けと言われれば逆立ちした。

 

思い返すに、我ながらいいのかこれでと思う。ちょっとやりすぎた。俺は神とか信じてないから。一神教とか胡散臭いから。一番好きな神は八百万だから。

 

そんな言い訳が胸中を占める。もしこれで良かったなら、きっと神は金の亡者だ。銭さえ貰えば何でもいいのだ。銭を数えて下卑て笑うのだ。三途の川も金次第と言うから、神の世界にも金はあるのだろう。あっちでもこっちの通貨が使えるんですね。通貨発行権は国にあるけど、それは大丈夫なの? 王権神授だから別にいいのか。

 

そんなことを考えている内に儀式も終わろうとしている。

ギフられる気配はない。噂によれば神様が話しかけて来るらしい。「よく頑張りましたね」とか「勤勉で何よりです」とか。本当かよと疑っている。

 

一向に声は聞こえてこない。真面目じゃなかったからやっぱり駄目かなと欠伸をこらえたその瞬間、全身に電撃を浴びたような衝撃が走る。

 

うっかり欠伸をこらえ損ねた。涙目で周囲を見回してみてもおかしなところはない。

けれども体中の魔力がピリピリしてる。俺の意に反して、ハリネズミのようにビンビンだった。まだチンコは勃たないくせに魔力はビンビンだった。

 

魔力が何かを察知している。こんなことは初めてだ。張り巡らせた探知魔法には何も反応はないと言うのに。

 

一体どこだと魔力をうねらす。

違和感の元を辿り、巧妙に隠されていた空間の裂け目に魔力を送ってラインを作る。

頭の中に声が聞こえて来る。中性的で、男とも女とも、若者とも老人ともつかない不思議な声だった。

 

《え……お前、これ……え?》

 

声は困惑していた。意外と感情豊かだった。思い返すに神らしくないが、でもきっとこれが神なのだろう。神は人間っぽいと相場が決まっている。

 

俺は突然聞こえて来た声に困惑した。なんだこいつはと。不審者が俺の儀式を見てる。変態だ。その時はそういう認識だった。

 

《……君、スキルいる……?》

 

突然の質問に一拍考える。

 

「……いや、いらないかな……」

 

無意識に、俺はそう答えていた。

 

 

 

 

 

父は勤勉だった。努力家で毎日汗水たらして働いていた。

父は《観察眼》のスキルを持っていて人を見る目があり、農家の次男坊から地方領主になった典型的な玉の輿だった。

母は田舎貴族の一人娘で、ろくな男がいないと嘆いた末に父を見出し、紆余曲折の末婿に向かえ、内政に関しては一手に担う女傑であった。

婿養子で家に来た父は母に頭が上がらず、カカア天下で全ての主導権は母が握っていた。

 

子は二人。長男は俺で三つ下に次男がいる。家族計画のたまものらしい。あと一人末に妹が欲しかったと母は言っていた。養子でも貰えばと言ってみたら、検討すると言っていた。

 

地方領主とは言え貴族の末席だから妾の一人二人いてもおかしくないが、父は母に気遣って愛人は一人も作らなかった。「一人を愛するのが丁度いいのさ」と父は嘯き、母は白い目で父を見ていた。きな臭い匂いを感じる。俺の愉悦センサーは修羅場を検知した。あの目は過去に何かあったに違いない。

 

両親は子の教育に熱心だった。

貴族の権力と金を惜しみなく使い、俺たちに家庭教師を雇い、必要な知識を過不足なく与えた。

 

期待には答えたくないが、もらえるものは全部もらっておきたかった俺は、与えられたものをベースにあれやこれやと試していたら、いつの間にか麒麟児と呼ばれていた。

剣を握らせれば同世代に勝るものなく、魔法を扱えばよくわからない魔法を操る。

 

天才だと持て囃され、様々な人間が寄って来た。もしやすでにスキルを持っているのではと勘繰られたこともある。

残念なことにそれ全て前世の功なので、わっしょいわっしょいと担ごうとする周囲から逃げ回る日々だった。

 

そんな俺と比べられる弟がかわいそうで、俺は弟に構いまくった。目を輝かせて寄って来る弟に魔法を教え、剣を教え、愉悦を説いた。良いか弟よ。修羅場と言うのは甘美なものよ。面白くて仕方がない。しかし巻き込まれてはならない。線引きが重要だ。そんなことを説いた。

この世界では妾も愛人も許容されるから、その内弟にハーレムを作らせるつもりだった。修羅場を見たかった。複数の女が一人の男を巡って争う血みどろの争いを、女に対する幻想が砕けた時の弟の顔を。特等席で見たかった。

 

そんなドリームを夢見て日々を過ごし、気づけば10歳の誕生日を迎えた。

皆が期待し、そして祈っていた。その日の朝、俺はいつも通りに起き、そして欠伸をした。ぐっと背伸びをし、身体の調子を確認する。何も変わらず健康そのもの。身体の調子はいつも通り良かった。

 

部屋を出て、皆が集まる広間に行く。そこには全員そろっていた。

最近7歳の誕生日を迎え、無事にギフった弟と祈るように目を閉じていた母、目の下に隈を作った父。

壁際に控える使用人たちに一瞥し、大事な報告をする。

 

「ギフられなかったわ」

 

そんなわけで、追放です。

 




いつか続きを書きたいなと言うことで短編で投稿


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2話

俺には婚約者がいた。

今現在俺は実家を追放されて縁切り状態なので、あくまでも過去の話だ。

 

お相手は隣領地のご令嬢だった。

隣の家は田舎の弱小領主の我が家と違い、これぞ貴族と言う本物の貴族だった。

歴史があり、権力があり、名声があり、中央に影響力がある。人を呼べばたくさんの子分が集まって、子供の誕生日会をやると言ったら王様が祝辞を送るほど。

ちょっと前の戦争で活躍したとか、長年国境を守ってきたとか、何代前の当主は大臣だったとか、歴史を語れば枚挙に暇がなく、辺境伯的な扱いを受ける実績と信頼のおける古豪であった。

 

領地の大きさも我が家の数倍あり、屋敷の大きさからしてすでに比べようもなかったが、家格になると更に比べようがない。そんなところから、我が家に婚約の話が来たのはどういう理由だったろうか。

 

聞いた話としては単純なものであり、「家族になろうよ! そうしたら俺たち親戚だよな? つまり君の家は俺の傘下だよな?」と言う思惑だと母は語った。

 

最初はただの笑い話だったらしい。向こうの子供は女の子が二人で男児がいない。比べて我が家は男が二人で丁度いいよねと言う冗句だった。それがいつの間にかマジになった。

長男の俺は家を継ぐため嫁を貰い(両親が勝手に言ってるだけ)、次男の弟が婿に行くプラン(お前が全部継ぐんだよぉ)。

 

以上が当時5歳だった俺に両親が語った詳細。

それ以上のより詳しい話をすると、我が母上殿と向こうの当主殿は若干の面識があり、その女傑っぷりを知っていたのに加え、俺と言うおかしな存在が出てきたため、早めに唾をつけたと言うことだった。

 

俺の5歳の誕生日パーティに当主殿がいらしゃったかと思えば、その日の内に婚約話を持ち掛けたと言うのだから大した目利きである。

慧眼すぎて何かそういうスキルでもあるのかなと思っちゃうよね。それとも俺から溢れ出る何かを察しちゃったのかな? イヤだわ……俺ってばモテる……。

――――余談だが、弟にハーレムを作らせて修羅場を堪能する計画は追放された今でも生きているのでよろしく。

 

婚約者と初めて会ったのは件の誕生日パーティで、仲良くしましょうねと言う話が、次の日にはよろしくお願いします未来の旦那様になっていたから驚きだ。

 

何を言われてもニコニコしている外面と言い、馬鹿丁寧だけどちょっと毒気のある言葉遣いと言い、裏で色々操ってやるぜと言う腹黒い意思を感じざるを得なかった。

目指す所は我が母上だろうか。豪胆さと陰湿さで若干の違いはあるけど、仲良く出来そうだね君たち(震え声)、と嫁姑バトルの予感に戦々恐々としていた。……俺の求める修羅場とちょっと方向性が違う。あとこれ俺渦中じゃん。駄目だよそれは。

 

そんな調子で、「うふふ(腹黒)」「あはは(逃走)」と腹を探り合いながら時折顔を合わせ(捕縛)、仲を深めていた俺たちだったが、関係が変わったのは俺たちが7歳の時。貴族なら誰もが経験するギブミースキルの儀式。神様の野郎が「お前スキルいらねえだろ」って感じで確認してきたあの頃だった。

 

ご周知の通り、俺はスキルを貰うのに失敗……というか拒否したわけだが、そのせいで一生スキルを貰えなくなったわけだが、相手方は当然のごとく成功した。しかし貰ったスキルがこれまた面倒くさいスキルだったらしく、わざわざ当主殿が俺の所までやって来て「何とか出来んかクソガキ」と助力を請うたほどのスキルだった。……何とかしてほしいなら頭下げろや。

 

スキルの名前は《予知》

読んで字の通り、効果は未来を知ること。厄介この上ないスキルだ。

 

その目で見た人物の未来を、見れば見るほど何百通りと知ることが出来るスキルだが、肝心のオンオフが出来ない。その気がなくても見た瞬間に勝手に流れ込んでくる。目を開けなければ問題ないけれど、それでは生活出来ない。

出来ることと出来ないことの帳尻があっていない。厄介すぎて誰に命を狙われるか分からず、誘拐の危険もあれば懐柔の危険もある。人の欲望をこれでもかと引き寄せる面倒くさいスキルだった。

 

直接相手の顔を見なければ発動しないらしく、例えば鏡などを通せば無問題。と言うことは自分の未来を見ることは出来ない。

コンタクトを作る技術はこの世界になく、魔法で目玉覆えよと言うのも無理な話なので、となれば眼鏡かなあということで、最悪目を潰すことを提案した。だって危ないんだもんこのスキル。

 

「傷物にする意味わかってんのか? 責任とれんのか? あ?」

 

「うるせえジジイ」

 

父親然として反対する当主殿。そこに俺の両親も加わって、さすがにやり過ぎじゃないかという流れになり、目を潰すのは最後の最後の最後の手段で取っておくことにした。

俺としては早い内に潰した方が良いと思ったけど、ここぞとばかりに父親面するジジイと本人の意向を尊重してそうなった。

 

そう言うことなら、誰にもスキルのことを言うなよと婚約者には念を押した。

敵にすれば一番に潰されて、味方にしても最終的には殺されそうなスキルだ。私利私欲に走りまくる欲深い人間にとっては目障りで仕方ないだろう。

本当に信用できる人間以外には明かしてはならない。不可抗力であっても知った奴は殺せ。まあ、その時にはもう漏れてそうだったけど。

 

当面の対応は決まり、話は変わって俺のこと。

 

「そう言えば、お前スキル貰えなかったらしいな」

 

「だからなに?」

 

「婚約は一旦考え直させてもらう」

 

「別にいいけど、もしあいつを政争の道具にしたら正義のチョップでお前の領地かち割るから」

 

「こわ……」

 

その後、スキルの練習に付き合うためしばらく婚約者を我が家に滞在させて、オンオフは出来ないまでも、最低限見える未来の数を減らすことに尽力した。

一瞬見ただけで何十通りと未来を見るのは無駄がありすぎる。折角見たのに大半は認識も出来ない。濁流が暴れ回るかの如く、一瞬で脳に流れ込むため負担も大きい。

人を見るたびに鼻血なんか出してられないし、そんなことしてたら間違いなく寿命が縮む。だからしばらくは目隠しをして魔力の制御に努めさせた。

 

目に流れ込む魔力を少なくして未来の数を減らすことが出来るようだ。

スキルを持たない俺には一切分からないことだが、発動したが最後完全自動化されているらしく、誰しもがスキルの調整には苦労するらしい。

何とも押しつけがましい。神様のご慈悲(笑)

 

眼鏡が出来るまでしばらく時間がかかったので、その間は布で目隠しして生活させた。

ついでに周囲の状況を視力に頼らず把握する術も伝授した。いつか目を潰した時に役立つだろう。俺は未だに目を潰すことを諦めてないからな。

 

大方の流れとしてはこんなところだろう。……そう言えば、あいつを滞在させている最中、風呂のことで一悶着あった。

 

婚約者が7歳のくせに一人で風呂に入れないと言うので、誰が一緒に入るかと言う問題が起こった。使用人とでも一緒に入っとけやと俺は我関せずだったが、母が俺に向けた一言で喧嘩になった。

 

「あんた一緒に入れば?」

 

「お? 喧嘩するか?」

 

ボクシングポーズを取る俺と蹴る素振りを見せる母。

お互い割と本気で喧嘩した結果、俺と弟と母と婚約者の四人で入ることになった。誰が勝って誰が負けたとかはない。家族の喧嘩だ。勝敗は決めない方が良い。言い訳ではない。

ちなみに、父が除かれたのはスケベだかららしい。……やはり昔何かあったのでは?

 

皆と一緒に風呂に入った婚約者は、スキルの関係で目隠しこそされていたが楽しそうだった。

「意外と楽しいものですね」といつにない素朴を笑みを漏らしていたから、まあ楽しかったのだろう。

 

腹黒にも可愛いところはある。

そんなことを思って婚約者を見てから弟を見る。

 

大人数で風呂に入ると言うイベントを心の底から楽しんでいる弟。

見た目通り子供そのものだが、こう見えてこいつにはすでに婚約者がいる。

 

将来のことを考えるなら、俺の婚約者にも信頼できるパートナーが必要だ。

俺はどうなるか分からないから、今の内に新しく調達しないといけない。身近で済ませられるなら、それで済ませたいところだ。

 

もう一度婚約者と弟を見比べる。

両方とも整った顔立ちをしている。弟の婚約者、つまり俺の婚約者の妹も幼いながら将来性抜群の顔立ちだった。姉妹らしく性格に難はあるかもしれないがそこは大した問題じゃない。むしろそれがいいじゃない。修羅場が激しくなる。

 

美男美女……ハーレム……。閃いた。

 

――――婚約者が二人いても問題ないよね!

 

その方向で行ってみようと思った。



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3話

将来、弟にハーレムを作らせるにあたり、もっとも必要なものは一体なんだろうか。……答えは明白である。教育だ。

貴族としての教育ではない。この俺が直々に英才教育を施し、最高の男に育て上げるのだ。そうしなければハーレムなど夢のまた夢。目指すは魅力的な男。最高の男の子。

 

魅力的と言うのは何も異性にばかり好かれると言う意味ではない。老若男女問わずに心惹かれ、あいつは凄い奴だと心許してしまう存在。それこそが本当の魅力。

そう言う奴が作り出す修羅場は格別の愉悦を醸し出すだろう。何より敵視されやすいハーレムも理解されやすくなる。

ていうか、一人ぐらい同性の友達がいないと早晩潰れるだろうから、そこは配慮だ。長く険しいハーレム街道。修羅の道に友は必要だ。折角だしその友達もハーレムを作ってくれれば……。複数のハーレムと言うのも味わい深い。複数のハーレムに複数の修羅場。考えるだけで最高です。

何ならハーレムに男が混じっていてもいいぐらいに思ってる。同性だからこその気安さに嫉妬する女たち。そんな修羅場も大好物さ。

 

俺の思い描く、最高の男像を構築する。

女性に優しく、いつ何時も紳士であり、初心なところも持ち合わせ、ちょっとした触れ合いで顔を赤くする可愛い男の子。

それでいて逞しく、男らしさを背中で語る。弱きを守り、強きを挫く正義感。どんな強敵と対しようと決して引かず、信じる所を貫いて、例え世界から悪に仕立て上げられようとも挫けない心を持った、主人公のような男。

 

そんな最高の男に育てるためには、最高の教育を施さなければならない。

まず必要なのは強さだ。強い男になるのだ弟よ。

 

そういう理由から、弟に魔法と剣を教えた。

将来のハーレムと修羅場を夢見た俺は心を鬼にして、「雑魚がよ……」とか言いながら教えた。「そんなことじゃお兄ちゃんには勝てないぞー☆」とも言った。

 

弟は純粋無垢で何事も信じやすい性質で、俺の異様さなど気にも留めずに、毎日積極的に魔法をぶち込んできた。どうやら剣よりも魔法の方に才能があったらしい。得意分野を伸ばすのは大事なことだ。でも身体は鍛えてね。体力がないとハーレム作った後が大変だぞ☆

 

おかげで弟は大分強くなった。身体の出来はまだまだだが、魔法の出来は人一倍だ。気兼ねなく人に魔法が打てるって環境は成長を促進させる効果があるらしい。

剣の方はあまり上達しなかったのが残念でならない。まあ、まだ子供だし。あまり無理に鍛えても体に悪影響がある。やりたいほうをやればいい。教育方針は褒めて伸ばすタイプ。

 

弟が一生懸命練習した魔法にあえて直撃し、土煙の中から無傷で現れ、「いい魔法だったぞ」とか言いながら反撃する悪役劇場は気分が良かった。

悪役は十八番です。前世の功をご覧あれ。

そんな俺を反面教師にすれば正義感が育つだろうと思っていた。実際育ったかどうかはよくわからない。悪影響の方が大きかった気もする。要検証。

 

弟の英才教育期間と婚約者のスキル練習期間が重なったため、都合よく我が家に滞在していた婚約者にも協力してもらった。

と言うか「何してるんですか」と聞かれたから、女性の意見も大事だなと思って協力してもらった。立派な貴族に育てたいとか嘯いて。

 

手始めに、婚約者に好みの男の子を聞いてみた所「言うことを聞いてくれる人が好きです」と答えたので、その意見を積極的に取り入れた。

「(私の)言うことを(なんでも)聞いてくれる(都合のいい)人が(扱いやすくて)好きです」って言う意味だろう。こいつもハーレムに入れる予定ではあるけど、ちょっとだけ弟がかわいそうになった。

 

この頃の弟は純粋無垢で可愛かったので、自分好みの男を育てる喜びを知ってもらいたくて、なるべく婚約者と弟を一緒に行動させた。

最初の頃は目隠ししている婚約者の補助に弟をつけ、ついでにスキルの練習を兼ねて二人で訓練させた。

 

そうすると次第に仲が深まっていくのも当然で、日に日に距離の近づく二人の様子をしめしめと見守っていた。

やはり一つ屋根の下と言うのは強い。幼馴染としての関係も深まる。絆が深まり、関係が深まり、恋が芽生える。カモン、初恋! 幼い子供たちのファーストラブ!! 絶対叶えるフォールインラブ!!

 

期待に心と鼻孔を膨らませ、その生活が一年も過ぎた頃には――――弟が腹黒くなっていた。

 

「兄さん」

 

「はい」

 

「義姉さんと新しい魔法理論を考えたんだ。まだ開発中なんだけど、折角だし兄さんの意見も聞きたくて」

 

「はい」

 

「すぐどこかに行っちゃう人の居場所を突き止める魔法なんだけどね。その人にマーキングを施して、方位磁石みたいに魔力を辿って追い詰めるものなんだ。方向しかわからないんだけど、狩猟とかには使えるよ。複数箇所から方向を探れば、大体の場所も分かるしね。だから一人で狩るんじゃなくてみんなで狩る用の魔法かな」

 

「はい」

 

「……ところで、最近兄さん家からいなくなることが多いけど、勝手にどこに行ってるの? みんな心配してるんだよ?」

 

「はい」

 

「いや、はいじゃなくて……。困ったなあ……それしか言えないの? 義姉さんが再生魔法って言うのを覚えたから、見てもらって来れば?」

 

「それ教えたの俺――――いえなんでもありません。はい」

 

3つ下の弟に気圧された俺は独りごちる。……なんでこうなったの?

 

純粋無垢で初々しく、異性に慣れていない男の子を目指して教育していたはずなのに、どうしてこれほどまでに太々しい男の子が出来上がったのか。

 

弟の言う狩るっていうのが何を指しているのか。いなくなる人っていうのが誰のことなのか。

言外に臭わして恐怖を煽る手法は間違いなく婚約者の手管(てくだ)。誰がそんなもの教えてくれって言った。

 

……弟よ。お前はまだ7歳だ。7歳で新しい魔法を開発できる才能は凄いし、7歳にしては理路整然としているところなんかもっと凄い。けれども染まらないでいいんだ。腹黒なんかに負けるな。負けてどうする。お前その調子だと仮にハーレム築いたとしても勝つだろ。修羅場起こらないだろ。全部掌の上でコントロールしちゃうだろ。

 

まずい……方向修正を……何としてもハーレムを……修羅場が見たいんだ俺は!

 

弟の教育に失敗したことを嘆き、何とか元に戻せないかと悪戦苦闘する俺の前に、眼鏡をかけた婚約者が現れた。馬鹿を見る目で俺を見て、眼鏡の位置を調整して告げる。

 

「仮にも貴族なのですから、あなたの望むようなお花畑などダメに決まっているではないですか。よりにもよって女の子に弱いなんて言語道断ですよ。家を継ぐのですよ? 分かってます? お花畑はあなただけにしてくださいね」

 

……辛辣だった。敗北感に打ちひしがれたが、しかし言われてみればその通りだった。

貴族とは政治に携わる者たちだ。悪逆非道が当たり前の罪深い世界なのだから、多少の悪辣さは持ち合わせていないといけない。

それを考えると、俺の理想とする男の子は夢見勝ち過ぎた。お花畑と言う婚約者の言葉が的を得ている。女に免疫がないとか、ハニートラップしてくださいと言っているようなものだ。どこの領地もそんな当主は嫌だろう。

 

これは俺の考えが足りなかった。最初からこの計画には無理があったのだ。

反省しないといけない。もはや取り返しはつかないけれど……でも俺は修羅場を諦めていない。

腹黒いイケメンとか結構魅力的だと思う。老若男女全ての人間に魅力的、とはいかないかもしれないが、魅力的であることに間違いはない。

 

まだいける、ハーレム。

しかし、今の弟は中々の精神的強者へと育ちつつある。修羅場を作るにはこの弟を凌駕するほどの癖のある女の子を集めなければならない。

 

そんな女の子の集団とか想像するだけで楽しくなる。蠱毒をしようとしたら全員強者かつ不死身で収拾がつかないみたいな、そんな地獄絵図。

 

実は候補はもう挙がってるぜぇ……ここのところ無断外泊していた理由の一つだ……俺の諦めの悪さは世界一だと知れ。

 

弟よ、覚悟して待て。

ハーレムを、そして修羅場を。俺は全身全霊をかけてお前に作らせる。

……一緒に人生を楽しもうな。



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4話

この先を話すにあたって特に必要と言う訳ではないのだが、すでに何度か言及してるし、ついでだから弟の婚約者についても話しておこう。

 

弟の婚約者。隣領地の次女。年は俺より二つ下。俺の元婚約者の妹で、弟の婚約者の一人。名前はイリス。

弟は俺より三つ下だから、イリスは弟より一つ年上と言うことになる。

 

物静かを装った知的で腹黒な姉と違い、イリスは男勝りでガサツ。そして非常に好戦的だった。多分父親似。

あるいは、将来婿に来る予定だった弟に首輪を嵌める目的があって、そういう教育を施したのかもしれない。俺としては生まれ持っての性格だと思う。

 

どのぐらい好戦的かと言うと、俺を見つけるたびに突撃してくるぐらいには好戦的だった。一切の容赦も遠慮もなく、自分の体すらお構いなく突撃してくるものだから対処に困った。まあ、大体は魔法で吹っ飛ばしてお帰り願ったのだが。

 

イリスは頭を使うより身体を動かすのが性に合っていたみたいで、勉学なんて七面倒くさいことは放り投げて、剣のお稽古に精を出していたらしい。

家に遊びに来た時、もしくは俺が向こうの家に遊びに行った時には、ほぼ毎回「おい、稽古つけろよ」と絡んできた。その度にボコボコにして泣かせてやった。敗北は良い経験になっただろうと個人的に恩に着せている。

 

頭よりも身体を動かすのが好きなイリス。その文言だけ見ると頭の方は残念な具合で、性格も姉譲りで難ありだろうと考えてしまいがちだが、なんだかんだ俺との上下関係はきちんと理解していたし、性格に関しては元婚約者よりはましだった。

 

性格に難ありな姉の話によれば理解すべきことはきちんと理解していたようだから、馬鹿と言うほどでもなかったのだろう。子供と言えば多かれ少なかれ直情的なものだから、理屈よりも感情を優先させがちと言う評価を踏まえれば、控えめに言って脳筋と言うところだろうか。馬鹿と天才は紙一重とも言うけれど。

 

幼い頃から剣に関しては才能の片鱗を見せていたイリスだったが、どういうわけだか剣の腕に反して身体の方はちっとも成長せず、一つ年下の弟と比べても発育は遅れていた。周りと比べてもどことなくちんまりとしたまま成長期を終えてしまい、本人にとっては不本意な結果を迎えることになる。

 

ちっとも成長しないイリスに対して、俺は会うたびに「チビだなぁ(笑)」と煽っていたものだが、追放後、再会した時でさえ記憶そのままだったイリスを見て、笑うよりもまず言葉を失った。

 

不貞腐れた顔で「なんか言えよ」と強請(ゆす)られて、茶化すでもなく心の底から「……変わんねえなあ」と告げてしまったのは人生最大の不覚である。

煽りたかった。煽るべきだった。「おや、イリスの娘かな? 本人はどこ? 大人になって成長したあいつはいずこ?」とか言いたかった。

 

俺がスキルの代わりに《ノースキル》の勲章を授与(君がいらないって言ったんだよ? by神)し、元婚約者が《予知》のスキルを授けられてから二年遅れ、イリスもまた当然のごとくスキルを授けられた。《瞬間移動》のスキルだった。

 

一度訪れたことのある場所なら瞬時に移動できるスキルである。魔力の消費が大きくて、一日に何回かしか使えないスキルではあるが、非常に便利なスキルだった。

そのおかげで、移動速度で言えば俺よりイリスの方が速いことになる。手をつなげば何人だって移動できるから、そういう意味でも利便性は高い。

一分野だけとはいえ、己がイリスに劣る事実を突きつけられた俺は敗北感に打ちひしがれた。いつか魔法で《瞬間移動》を再現してあの鼻っ柱を折ってやろうと思ってる。

 

しかしどれだけ便利なスキルと言えども、使いこなせなければ宝の持ち腐れ。

いつか話した通り、スキルは発動したが最後完全自動化されている。それが今回も仇になった。

 

イリスがスキルを取得して何日かが過ぎたある日。突然、イリスが行方不明になったと言う一報が入った。

朝、時間になっても起きて来ず、部屋を覗いたらもぬけの殻だったらしい。

当主殿は最悪を想定し他の家族の安全を確認した後、その日の昼前には俺の所に伝言を寄越した。

 

半日足らずで一報を寄越したのだからかなり急いだと思われるが、その文言には相変わらず礼儀を置き忘れていた。

「娘がどこにいるか探せ」とのこと。相変わらずの無礼さに伝言を持ってきた使用人を追い返したくなったが、本人でもないのに文句を言ったところで始まらないと目を瞑り、俺は重い腰を上げた。

 

果たしてイリスは無事なのか。スキルを利用した家出の可能性と攫われた可能性。他にも様々な憶測が飛び交い、さしもの俺も最悪を考えて真剣に探し、小一時間で見つけた。

 

人の心配も何のその。奴は呑気に街中のとある一軒家で飯を食っていた。

一体何をしているのかとご相伴に預かりつつ尋問したところ、イリスは「この人たちに助けられた」と供述する。

 

どうやら寝ぼけて《瞬間移動》してしまい、寝ぼけ眼で彷徨っていたところを保護されたらしい。

そのまま朝食をご馳走になり、恩返しのため色々話し込んでいたら昼食までご馳走になったとのこと。

 

そっかぁ、そりゃあしょうがないなあ、とは流石に言えず。

「お前帰る気なかっただろ」と問い詰めれば視線を反らしたので、アイアンクローで白状させる。

 

「だって! 一人で外に出たことなかったし!」

 

正直でよろしい。

 

この世界はスキルの関係で品行方正な人が多い。

神が間違いなく存在していて、常日頃から自分たちを見ているのを知っているから、そういう意識が育つ。貴族は金でスキルを買っているようなものだから、品行方正なのはもっぱら庶民だけだ。

 

イリスもそれに助けられた。世界の怖さを知らない子供だ。無知って怖い。そうそう外に出るもんじゃないよ。

 

スキルの練度が未熟な者の中には誤ってスキルを使用してしまう者がいる。中でも、寝ている時に無意識に使用なんて言うのはポピュラーな話だ。

 

イリスの場合はそれが特に顕著で、多分夢の中でもアグレッシブなんだろうが、寝ている最中に瞬間移動でどっかにぶっ飛ぶと言うのがその後もままあった。

 

街中にぶっ飛べばまだ運の良い方で、道にぶっ飛べば轢かれるかもしれない。何せ本人寝てるから、乗り物の方に躱してもらうしかない。大抵は轢かれるだろう。

 

死んでしまったら流石の俺も茶化せないので、見つけたそのままの流れで対応策を練ることになった。

イリスを保護してくれた礼をして帰還する。有り金全部置いて来た。飯代も含めてる。帰った後、当主殿もなんかやったらしいけど、そっちは知らない。

 

しかし一言に対応策と言っても出来ることは限られている。

根本的な解決策としては魔力を封印しスキルを使えなくするぐらいしかないが、これは臭いものに蓋をする理論でしかない。

これだけ便利なんだから使いこなしたいじゃん? と言われればそうですねと返すしかない。

 

あとは元婚約者の《予知》で防止するとか。しかしこれも確実ではない。予知はあくまで予知であり未来を確定させる能力ではない。

予知する未来が先になればなるほど分岐は多岐にわたり不確定になる。元婚約者にずっと起きて監視してろとは言えないし、よしんば予知できても一緒にぶっ飛ばされるぐらいしか手がない。

 

以上から、ほぼ止めるのは不可能と言う結論に至り、ぶっ飛んだ場合の対処に力を入れることにした。

まずは変な場所に瞬間移動した場合の身の安全について。

 

領主殿は常に誰かを側に置いて対応させるつもりだったらしいが、どう考えても深夜の対応には無理がある。

「側仕えに添い寝でもさせるの?」と冗句を言ったら、じっと俺のことを見つめてきたので背筋が冷えた。こいつ……俺に丸投げするつもりだ……!

 

寝てる最中にビュンビュンぶっ飛ぶ娘っ子のお世話は、想像するだけで気が滅入りそうだったので、俺の代わりに使い魔に対応させることにした。謹製である。

 

魔法石とか言うこの世界特有の魔力の結晶をペンダントに加工し、その中に俺が作った使い魔を住まわせる。それで完成。

 

最初はブレスレットにしようかと思ってたけど、石が大きくて不格好だったから首からかけるペンダントにした。身につけないと意味ないから、何かの拍子に吹っ飛んだり、寝る時に外したりしないか心配だったけど仕方がなかった。

 

使い魔は呪術における式神をベースに作った。この世界だとゴーレムとか言うやつに近いのかな。あれもスキルの一種を魔法で再現したものらしい。この世界、意外とスキルに全面的に依存している訳ではなく、細々と魔法を発展させて頑張ってる印象だ。逆に言えば与えられる物だけでは足りないと言うこと。たまーに竜と生存競争して負けてるからね。……蛇竜相手に随分死んでしまったな。

 

使い魔の見た目についてはイリスの要望を最大限取り入れた。女の子って可愛いのが好きだよね。イリスは猫派だったみたいで、そういう見た目にしてくれと言われたからそうした。肩に乗るぐらいの小さいやつ。人懐っこくて可愛いの。

……ガチピンチに陥った時だけに見られる最強モードは俺からのサプライズだ。見ないことを祈ってるよ。

 

使い魔と魔力でラインを繋げておけば、いざと言う時に居場所を知らせてくれる。

とりあえず俺と元婚約者と当主殿に繋げておいて、ついでに弟にも無断で繋げておいた。使い魔には積極的に弟に頼れと言い含めておく。ピンチに颯爽と現れる男の子は格好いいからね。それが婚約者ならなおさら。……まあ、ガチピンチの時は真っ先に俺に連絡来るんだけどさ。それぐらいの知性はあるから。でも、余裕があるときは弟でお願いね。

 

……イリスと俺の関係はこれぐらいだろうか。他に目立ったことはなし。

あるとすれば、たまーに外に連れ出したぐらいか。そうしないとあいつまた勝手にビュンビュン飛びそうだったから。

今も大して変わってないのはどうかと思うけど。

まあ、またいつか夜空の散歩に連れて行ってやろうと思ってるよ。

 



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5話

10歳の誕生日を迎え、無事に《ノーギフトノースキル》の称号を獲得した俺は、この先どうしようかと思い悩む日々を送っていた。――――嘘。実はあんまり悩んでなかった。

 

スキルを持たない人間という前代未聞の事態に両親は盛大に困惑したようだったが、個人的にはどうでもよかったのであまり問題視していなかった。

 

むしろ「何か問題ありますぅ?」と周囲を煽っていた。最初の内は「問題ありまくりだろ!」と激情に駆られていた周囲の人たちは、時間が経つにつれて冷静になり「……問題、あるかな?」と我に返っていく。

 

俺はスキルが使えないけれど、その代わりに魔法が使える。魔法なんてこの世界では皆使える物ではあるけれど、そもそもがして俺ほど魔法を扱える奴なんてこの世界にほぼいない。

 

他の人間がスキルで扱っている技を、俺は魔法で再現可能なので、そこら辺を考慮してみると「何も問題ないな……」と言う結論に行き当たる。

いや、宗教界隈で『スキルを与えられなかった者は人に非ず』とか認定されると面倒なので、そっち方面の影響はあるかもしれない。

そうなると《ノースキル》が人の上に立つというのは貴族の体面的にも問題がありそうだ。やめるか、貴族。

 

早々にそういう結論に達していた俺に対して、肝心の両親は俺をどうするか中々決めきれず、スキルを持たない人間について情報を集め、そんなもんいねえと言う歴史を突きつけられ憔悴していった。

 

両親が弱っていく姿を見せられるのは実に心苦しかった。

俺のように、気軽に神に中指突き立てるぐらいのメンタルだったらよかったのに。

 

その内、隣領地の領主殿がやって来て、俺と婚約者の婚約を解消すると告げてきた。弟との婚約はそのままなので、家同士の付き合いは今まで通りでやっていくつもりらしい。

 

領主殿が言うには、いつの間にか中央でも俺が《ノースキル》であるという噂が流れ始めているらしく、それに付随して不穏な動きが見られるらしい。

 

「初動を間違えましたな」と領主殿は両親に告げていた。

前代未聞の《ノースキル》に動揺したのは仕方がないが、もっと早くに何らかの手段を講じていればこうはならなかったと言いたいらしい。

 

「なんてことを言うのだ爺!」と俺は憤り、「クソガキめが」と爺は吐き捨てる。

 

何らかの手段も何も、我が家は辺境の田舎貴族で中央への伝手はない。どこかの派閥に属しているわけでもなく、そういう政治的な駆け引きとは縁遠い家なのだ。

 

俺の《ノースキル》が漏れたのだとすれば恐らく使用人からだろう。スパイと言うか他家と繋がっている人間は何人もいて、その内のどれかが何らかの思惑で噂を流しているらしい。

 

今のところ神殿を中心にして「《ノースキル》なんてありえません。それは神に見捨てられたも同然なのですから」と言う主張が大勢を占めている。このままでは俺個人の話に収まらず家族にも危害が及ぶかもしれないので、それを防ぐためにやることと言えば一つしかなかった。

 

「これでお前は追放だ。晴れて貴族ではなくなる。……望む結果が得られて満足だろう?」

 

爺は渋い面持ちでそう言って、俺は神妙な面持ちでこう言った。

 

「なんか白髪増えてない? 大丈夫?」

 

「そこに触れるな」

 

「遺伝的に禿げる家系ですか?」

 

「触れるなと言った」

 

「またマジックローズ送ろうか?」

 

「殺すぞ」

 

マジックローズとは、薔薇の花に魔力をこれでもかと注ぎ込んで作った物のことで、自然界では限られた場所にのみ自生する花のことだ。

手に入れるには人間の生存圏の外に行かなくてはいけないので、実質的に幻の花と言われている。

 

そんなものを、婚約者――元婚約者の誕生パーティで手渡したものだから騒ぎになった。

未だに根に持っているらしい。問い合わせとか大変だったらしいし。

実は領主殿の誕生日に花束で送る計画があったのだが、こうなってしまっては見ることが出来ない。残念だ。イリスにでも渡しとこ。

 

「ところで領主様。娘御の婚約話が白紙になったということで一つご提案があるのですが」

 

揉み手をしながら笑顔で近づく俺と後ずさる領主殿。一進一退の攻防が繰り広げられる。

 

「わたくしにソラと言う名前の弟がいるのですが、これが中々良い男なのです。いえ。もちろん領主様には敵いませんが」

 

「きも」

 

俺の笑顔への罵倒は聞かなかったことして、ここぞとばかりに弟をプッシュする。押して押して押しまくる。

 

「顔がよく、頭もよくて、魔法の才能があります。少しばかり運動が苦手ですが、まだ7歳なので将来性に期待です。ちょっとだけ黒く染まっていますが、そこもまた魅力的。いかがです? 良物件ですよ?」

 

「……何が言いたい? ソラ君はイリスの婚約者で――――」

 

「人数なんて気にするな! ソラとノエルを婚約させよう! 一人よりも二人! 二人よりも三人だ!」

 

三人いれば十人も二十人も変わらない♪

そーれ☆婚約婚約☆

 

盆踊りのような動きをし始めた俺を冷めた目で見つめる領主殿。ため息交じりに反論してくる。

 

「馬鹿を言うな。婚約者を二人など……愛人ならともかく」

 

「でも、俺が追放なら弟は婿じゃなくて実家継ぐことになるし。そうなるとそっちの家継ぐのはノエルの夫でしょ? 誰か信用できる奴いる?」

 

《予知》と言うスキルを持ったノエルは、そのスキルの貴重性から度々命を狙われ、更には誘拐されかけている。領主殿自身も何度か命を狙われており、自らが手配した警護と俺が用意した防犯用具で難を逃れてきた。

 

俺が追放されるからと言ってそれらが使えなくなるわけではないが、安全性は格段に落ちる。何せ俺はもう側にいられない。俺の側にいるのが一番の防犯なのだ。

 

「……」

 

「ほら、そう言うことならさ? 一時的にね? 信用できる我が家のソラとね? 婚約しといてね? とりあえずね? 虫が寄り付かないようにね? しといてね?」

 

「……だが」

 

「それと家の防犯網の管理権限はソラに渡しとく。あいつ魔法得意だから、最低限維持は出来ると思うよ」

 

屋敷をぐるりと囲うように敷かれた結界とか、土中で待機して領内を見守っているゴーレムとか、広範囲に敷かれた索敵網とか。

そういった物の維持管理は弟に任せることにする。前々から準備はしてきたから、魔法関連なら十分扱えるだろう。

逆に呪術や風水系はどうしようもないだろうから、これは黙っておく。弄らなければ効果が消えることはあっても悪化することはないさ。いざと言う時に「なにこれ知らない!?」ってなるかもしれないけど。

 

「そっちの家に敷いてあるのも大元の権限はソラが持つことになるよ。やったね! ソラと仲良くする理由が増えたよ!」

 

こうして考えると弟の負担がかなり増える。まだスキルを手に入れたばかりだと言うのに。スキルの練習もしないといけないのに。お労しや……。

 

まあ、ハーレムを作った後のことを考えればこの程度の苦労は苦労ではない。

女の争いに巻き込まれる弟が見れる。その野望に一歩近づくことが出来る。

渇望を抑えきれない。俺は欲望で濁った笑顔を浮かべて領主殿にささやいた。

 

「家族になろうよ……」

 

「きも……」

 

結局、婚約について領主殿はその場で明確に答えは出さなかった。弟に任せるのが一番安心だと思うんだけどなー。

 

その後、両親は領主殿と改めて話し合い、中央での噂や不穏な動き、更には神殿の内部抗争など、様々な要因が噛み合っていることを知り、俺を家から追放することに決めた。

 

色々と準備もあったため、その場で即追放と言うわけにはいかず、半年ほどの時間を頂戴することになった。

その間に防犯網を弟に引き継ぎ、ノエルの身の安全を出来る限り確保して、イリスにマジックローズの花束を託した。来たる領主殿の誕生日に送るように頼んで。

 

それから半年後、正式に俺は追放された。

追放後の足跡についてはこの場では語らない。

 

ただ、決定してから実際に追放されるまでの半年の間に一つ事件があったので、最後にそのことについて語ろうと思う。

――――蛇竜によって一国が滅ぼされた話だ。



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6話

「立て! 立つんだソラ!」

 

日が傾き始め、西日になるにつれ徐々に日光は弱まりつつも、地面から発せられる熱がじわじわと体力を蝕んでくるこの時間帯。

 

屋敷の玄関前で警備員の視線を浴びながら、俺はプロスポーツの熱血教官のような声を出していた。それは弟に向けられ、当の弟は土の上に大の字になって寝転がっている。

 

大きく上下する胸と額を垂れる汗が弟の疲労度を物語っていた。この有様を見て分かる通り、弟は今すごく疲れてる。それすなわち忙しいと言うことだ。

 

弟がこれほど忙しいのにはわけがある。はっきり言えば俺のせい。俺が今まで積み上げてきたことを引き継がせているからだ。

 

何を引き継がせているかと言うと、家の周りに張り巡らせた防犯網と地中に埋まっているゴーレムの管理権限が主だ。

具体的に何をどうすればいいのか、まさかマニュアルを作るわけにはいかないため、その小さな体に短時間で覚えてもらう他ない。

限られた時間では防犯網の全てを引き継がせることは出来ず、重要度の高い物から順に、現在急ピッチで引継ぎが進められている。

 

そこに弟自身のスキルの練習も相まって、連日魔力を使って使って使いまくっている。

魔力が回復する暇もないほどの大忙し。同時に体力も削られて、運動の苦手な弟の弱点がこれでもかと露わになっている。

 

ゲロを吐き、弱音を吐いて、吐ける物がなくなった弟は仰向けに寝転がって空を見つめている。焦点の合わないその眼は以前と虹彩が変わっていた。

 

弟が授かったスキルは《魔力眼》と言うらしい。

通常、魔力は無色透明で触れることは出来ず、また眼で見ることも出来ない。精々、熟練の魔法使いが勘と言うあやふやな部分でしか感じることのできないその魔力を《魔力眼》は捉えることが出来る。

 

弟が言うところには、魔力に色がつくのだと言う。視界をジャックしたわけではないから、具体的にどのように見えているのかは今一つ分からないが、結構カラフルに見えるらしく、魔力の色は人によって異なって、魔法によっても異なるらしい。

 

魔力を直接見ると言うのは俺にも出来ないことなので、工夫次第では色々使えそうなスキルだ。弟はこのスキルを今のところ魔法の分析に使い、そして将来的には新しい魔法を作り出すのに使おうと考えている。それが上手くいくかどうかは努力次第というところ。上手くいくといいね。

 

弟の場合、俺の元婚約者のように常時発動しているわけではないから、それほど扱いに困っているわけではない。けれども折角だから俺がいる内に多少のアドバイスはしておこうと、引継ぎついでにスキルの練習もさせている。

そうすると魔力が足りなくなったと言うのは、別に盲点でもなんでもなく、それはそうだよねと言う当たり前の結果だ。弟の魔力量は人より多い方ではあるけれど、俺のそれとは比べようがない。俺がやっていることをそのままやらせては足りなくなるに決まってる。

 

人が保有する魔力量は個人によって大幅に異なる。

例えば、とある個人の魔力量をコップ一杯の水に例えたとして、遠く彼方の大魔法使いはバケツ一杯ぐらいになり、歴史に名を遺す英雄に至っては湯船ぐらいの量になる。

 

残虐にも思えるこの違いは個人の資質によるとしか言えない。

当然のこと、魔力量は多ければ多いほど喜ばしいので、弟の魔力量をどうにか増やせないかと悪戦苦闘している最中である。今の弟の魔力量では、防犯網を維持しながら魔法を使った一般生活を営むには少々心もとない。戦闘なんてもっての他だ。

 

魔力増量カリキュラムは策定されておらず、完全に手探り。増えれば御の字。増えなくても特訓のついでだから問題なし。そのぐらいの気持ちで弟を追い詰めている。今も心を鬼にして叱咤激励を繰り返している。

 

「立つんだソラ。お前には立たなければならない理由があるだろう」

 

主にハーレムとか。

 

そんなことを言いつつも、弟がもう立てないことは承知している。

自分のことでなかろうと、来る日も来る日も追い詰めていれば自ずと限界も分かってくる。これ以上は無理ですねと分かっていて煽るのは、その限界を超えてほしいから。超えれば超えた分だけ成長する気がする。魔力的にも人間的にも。

 

実際の所、追い詰めれば魔力量が増えるかは不明だけど、そもそも魔力と言うのが精神に由来するものだとすれば、魂的なあれこれが関係している気がするので、ならば魂のグレードを上げてやれば増えるのではないかと思ってる。

言い換えるなら魂のレベルアップ。簡単ではないだろうが、やるしかない。それが務めなのだ。上げれば上げるほどハーレムも出来やすくなる気がする。いや、なる(確信)

 

ソラは俺の激励を受け、急速に意識を取り戻していく。焦点が合い、生気が戻る。しかし、相も変わらずぜいぜいと苦しそうな息遣いで、息遣いの合間に聞いてきた。

 

「理由って……なに……」

 

「守るものがあるだろう」

 

主にハーレムとか。

 

「……守るもの?」

 

ソラは理解出来てさそうな顔をした。

なんのこと?と言う顔。

 

「……兄さんが、守ればいいのに」

 

「俺もうすぐ家出るし。代わりにお前あれじゃん。あれであれじゃん。あれなんだから、いつまでも甘えるなよ」

 

語彙力を喪失しつつ、ちょっと厳しめに言ってやればどこか悔しそうな顔をする。

まだ7歳そこらなのに、こうして厳しい訓練を積む弟を不憫に思う。しかし今の内に苦しい思いをしておけば、将来ちょっとやそっとのことじゃへこたれなくなるだろう。

若いうちの苦労は買ってでもしろなんて言うけれど、言う通り、経験と言うのは年を重ねてから役に立つことが多い。年を取ると経験一つ積むのも億劫になるしな。

 

「もう少し付き合ってやるから頑張れよ。今の内に限界超えとけ。きっと役に立つ」

 

けれども弟は微動だにせず。

「根性ねえなあ」と苦笑して、この日の訓練は終わり。おつかれっしたー。

 

空を見るとまだ日はあるので何かする余裕はある。

何しよっかなー。魔力結晶作ろうかなー。ゴーレム増産しようかなー。全部かなー。

 

そんな感じで、ソラが回復するまでの間にこれからの予定を考えていると、突然背後でポンッと音がして、たくさんの人の気配が現れた。

これは誰かが《瞬間移動》した時の音だ。そもそもこんなすぐ近くまで俺が気づかないというのはあり得ないので、《瞬間移動》系のスキルが使われたのは想像に難くない。

 

どなたですかと振り返りつつ、気配で正体は分かっている。イリスだ。

 

「はぁ、はぁ……んぐ……」

 

振り返ってみれば、イリスはとんでもなく顔色が青かった。吐くのを我慢している顔。

すぐそこにソラが吐くもの吐いて横たわっているので運命的なものを感じる。さすがは婚約者ですね!

 

どうやら20人ぐらい一度に《瞬間移動》したようで、その分消耗も激しかったのだろう。原因は魔力切れ。

吐くか耐えるかどうするどうすると見守っていると、ついに決壊してやりおった。綺麗な顔から汚いゲロが溢れ出す。

 

美少女の汚物に価値はあるかと言われればないと思う。吐しゃ物は所詮吐しゃ物でしかない。ゲロの水たまりを見ながらそう思った。

 

「ありがとうイリス。あとはこちらでやります」

 

イリスの傍らには元婚約者――ノエルがいて、背中を擦りながら労わりの言葉をかけていた。

いつもの黒々とした顔の奥底に並々ならぬ物を感じ、どうやら何かあったらしいとゲロの臭いと共に異変をかぎ取った。

 

状況を確認すべく、隣領地のゴーレムを起動して情報収集を始める。

魔力ラインを通じて送られてくる情報には何も問題はないようだが、念のため全てのゴーレムを起動して臨戦態勢を敷く。

イリスが一緒に連れてきた人間を見渡せば、屋敷の使用人や警護の人間が主で、領主殿や母親など肝心な人たちの姿がない。それらの安否確認を優先する。

 

そのように俺が色々やっていることなど露知らず。

イリスのゲロが治まったところで、ノエルが立ち上がり歩み寄って来た。

その途中、未だに横たわっているソラをちらりと見て、正面から俺を見据える。眼鏡のレンズが日の光を浴びてきらりと光った。

 

「突然の訪問で申し訳ありません。あなたにお願いがあって参りました」

 

「聞こうかな」

 

大勢の人間が急に現れたことで玄関前が賑やかになった。警護の人間が大慌てで駆けつけ、使用人は騒然となった。

騒ぎを聞きつけた両親もすぐに駆けつけて、その中にノエルの姿を見つけるや顔を強張らせる。

 

「一体何事です?」

 

緊張した声音で母が問い、ノエルは母を一瞥してから俺に向き直り口を開く。

 

「お願いです。私の両親を、領地を、民を――恐らくはこの世界を、救ってください」

 

俺は片目を瞑る。

瞼の裏にゴーレムから送られてきた視覚情報が共有されて、領主殿を始めとした重要人物たちの安否を確認した。

 

「時間はあるかな」

 

「……わかりません」

 

「そう」

 

俺は彼女からそっと眼鏡を取り去り、彼女は俺の顔をじっと見つめ、ゆっくりと首肯した。

 

「それじゃあ話を聞こうか。冷たい物でも飲みながら」

 

時間はある。少なくとも、まだ少しだけ。

ならゆっくり話をしよう。何が起こってるのか、俺はまだ何一つ知らない。



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7話

ゴーレムから送られてきた情報によると、隣領地でトラブルらしきものは起こっていない。

領主殿たちは無事だ。大半の領民も安穏と暮らしている。ゴーレムの目の届くところに異常はなく、防犯網も稼働しており、何一つ問題は確認できない。

 

試しにゴーレムの一体を領主殿の屋敷に突撃させてみれば、五体満足に何やら大忙しの領主殿がいたので、まだ何も起きていないようだ。

 

領主殿は各所に指示を出している。漏れ聞こえる内容はまるで戦争の準備をしているようだった。隣国でも攻めて来るのだろうか。

その疑問をノエルにぶつけてみれば、「いいえ」と否定の言葉が返って来た。

 

「未来を見ました」

 

折角注いだジュースに手をつけないで、ノエルはその水面を見つめている。

いつもより数段青白い顔は何かを堪えているように見えた。

 

「何が起こるのか、私にはよく理解できていません。ですが、これから私の領地で大勢が死ぬのは確かです」

 

「へえ」と適当な相槌を打って母にぶん殴られる。

隣で続きを急かすように父が訊ねた。

 

「一体何が?」

 

「……わかりません。人が死ぬとしか。変わり果てて、酷い死に方を――――」

 

そこで突然言葉が途切れたかと思うと、ノエルが口元を抑えていた。こみ上げた物を必死に耐えている。

慌てて使用人がノエルに寄っていき背中を擦った。これに吐いてくださいと紙袋を手渡している。

ノエルは頭を振って必死に耐えている。吐きたいなら吐いた方が楽だと思うよ?

 

ノエルが我慢している間、話が中断されたのでちょっと考える。

これから大勢が酷い死に方をするらしいが……それって一体どんな死に方?

と言うか、そんな大虐殺じみたことになってるのに、未来の俺は何をしてるの? 止めれてないじゃん。え、俺ってばひょっとして役立たず?

 

たかだか予知一つで自分への不信感が湧き出てくる。やっぱり《予知》ってよくない。未来なんて知るもんじゃないよ。何も知らずにのうのうと生きていたいよね。

 

一周回っていつも通りの結論に落ち着いた所で、ようやく吐き気の治まったノエルが懇願してくる。妹とは違って耐えきったらしい。さすがお姉ちゃん。

 

「お願いします。助けてください。お父さんとお母さんが死んじゃう。よりによってあんな死に方は……」

 

「どんな死に方?」

 

色々言っていたが、何を聞くよりもまずはそれを聞く。聞かないと話が始まらない。

ノエルは思い出すのも嫌そうではあったが、再び顔色を白くしながら話し始める。

 

「これから数時間後……今日の夜遅く、みんな寝静まった頃に、何かに攻め込まれます。それはとてもたくさんいて、人の様な形をしていて……多分、人です。家中に警報が鳴り響いて、みんなが起き出して……。あなたが作った結界やゴーレムたちが守ってくれますが、多勢に無勢で……。護衛は全滅して、地方の方とも王都とも連絡がつかず、逃げることも出来なくて。結界が張られていた屋敷に籠城することになります。屋敷にいれば安全でしたが、一歩でも外に出れば、途端に死にます。突然苦しんで、口や耳から血が噴き出して、泡が出て、形が変わって、化け物になります。多分、それが攻め込んできたものの正体です」

 

ノエルは頑張って話してくれた。でもごめん、よくわからない。何それ映画の話?

 

とにかくこれから攻め込まれるらしい。ノエルの話では敵の姿がよく分からないし、どこが攻めてきているのかも分からない。こんな話では説得力がない。いや、《予知》のスキルは説得力の塊だけど、人っていうのは理屈よりも感情を優先させがちだからね。困ったね。

 

案の定、両親は懐疑的だ。父なんかは「夢でも見たんじゃないのか」と笑い話にしようとしている。もし俺がノエルの立場なら「真面目に聞いてました?」と言うところ。

ノエルは怖い目つきで父を睨みながら「夢なんかじゃないです。絶対に」と断言した。それで父は笑いを引っ込め、「しかし」と反論しようとしたところで母が足を踏んで黙らせる。そして聞く。

 

「敵はどこから?」

 

「……恐らく北からだと」

 

その方向にはこの国の中心、王都がある。そして人類の生存圏の中央へと向かっていく。

だとするなら、敵は他国の可能性がある。あるいは、人類が内に抱え込む爆弾が爆発した可能性もある。

 

「その話を信じるなら、王都は壊滅していてもおかしくない」

 

「……はい」

 

「領主殿は何と仰いましたか?」

 

「まずは逃げろと。そして助けを請えと。自分たちはこれから北に向かうと」

 

領主殿は事態を重く見て行動に移ったらしい。

だから私兵を集めてたのか。向かう先は北。つまり中央で、下手をすれば謀反を疑われるのだが。

大した忠誠心だなと感心する。

 

母はノエルの言葉にしきりに頷いた後、俺に矛を向けてきた。

 

「さて馬鹿息子」

 

「なんだねお母さんや」

 

「どうするつもり?」

 

俺は母を横目に見る。

どうするもこうするも。この状況でやることと言ったら一つしかないわけで。

やらなかったら夢見が悪いだろうから、やる以外の選択肢がないわけで。「いやだねえ」と言いながら溜息を吐き、頬杖をつきながら訊ねた。

 

「ノエル」

 

「はい」

 

「その《予知》で俺は何をしていたか分かる?」

 

「……わかりません。《予知》の中では一度もあなたを見ていません」

 

「そう」

 

見捨てたのか。

今、俺が夢見が悪いからと言う理由で助けようとしているのに、その未来では見捨てている。つまり、そうせざるを得ない状況と言う訳か。

もっと優先すべきものがあったのだろう。例えノエルたちを見捨てても救わなければいけないものが。たぶん世界かな。

 

手遅れになる前に俺が気づけていないなら、設置している索敵網の外で事が起こり、あっという間に膨れ上がったと言うこと。

索敵網は広くない。精々が領地二つだ。その外で何かが起こったとしても俺は気づくことが出来ない。……雰囲気で気づくことはあるかもしれないが。

問題は生存圏の内か外か。原因が人なのか、それ以外なのか。

 

うーんと考える。

誰かがスキルを使って侵略してきたのか。それとも人類滅亡の危機が襲ったのか。

 

時間がない。情報が足りない。

今は少しでも情報がほしい。でも頼れるのはノエルの記憶だけ。いちいち質問してたんじゃ時間がかかる。ノエルだって上手く答えられるかは怪しいところ。いつもの理路整然とした感じがないのは混乱しているせいか。そう言えばまだ10歳だったな……。

 

……仕方ない。こう言うのはあまりやりたくなかったけど、好き嫌いで四の五の言ってる場合じゃないらしい。良識人を気取っていいことないならそりゃ脱ぐよ。

 

「じゃあ、ちょっと頭を貸して」

 

「……はい?」

 

「記憶覗くから」

 

手を伸ばしながらそんなことを言えば、ノエルが目を見開く。了解を得る前にその頭をがしっと掴んだ。

抵抗なんて七面倒くさいことされる前に、魔力を頭の中に流し込んでいく。脳に魔力を接続して、ノエルは気を失った。

 

「おいおいおい!?」

 

力を失ったノエルを見て、父が大声を上げながら立ち上がる。

それを母が無理やり座らせ、大丈夫なのかと尋ねてきたので頷いておく。記憶の再生は寝ている方が都合が良いのだ。後遺症とかそういうものはありゃあせん。

 

強いて言うなら全部見えちゃうこと。プライバシーもへったくれもないのよね。出来る限り見ないようにはするけどもさ。

日常風景のワンシーンとか、領主殿が俺の悪口言ってる記憶とか、そんなのはいらない。あの爺覚えておけよって思うだけ。

 

しばらく経って、見たくない物を見て「あー……」とか思いながら記憶を探っていると、ようやく目的の記憶を発見。恐らくイリスを《予知》した時の記憶だろう。

 

渦中において、ごく少数の領民を屋敷に避難させた領主殿は、外部と一切の交信が取れないことに業を煮やし、周囲の様子を見て来ると結界の外に出た記憶。

 

結界から出たその瞬間、領主殿は首元を抑えながら苦しみ出し、それを見ていた母親が飛び出して行って、同じように苦しみ出し、体が膨れ上がり皮膚が裂けて、鮮血が飛び散り、粘着質の泡が噴き出して、体の形が変わっていく。

 

髪が抜け、口が裂け、牙を生やし、指と爪が異様に伸びて、不自然に足が発達する。

あっという間に獣のような姿に変わり果てた二人は、ギョロギョロと目だけで辺りを見渡し、両親の変異を愕然と見ているしかなかった娘二人を捉える。

雄たけびを上げ、体液を撒き散らしながら娘たちに突っ込んで来て、結界に阻まれて塵となって消えた。

 

そんな死に方。

なるほど、と思う程度には酷い死に方。結界が反応していると言うことは完全に駄目だ。

 

他の記憶をあさり、領主殿が変貌した姿と攻めてきた一団は似通った姿をしていることも確認した。

ノエルの記憶を見る限り、領民はほとんど殺されるらしい。そして変異する。

と言うか、《予知》で見た敵の数が多すぎる。辺り一面変異体だらけだもん。ほんとに北から来てるみたいだし、これは中央も含めて全部やられてるなあ。

 

こんな酷い光景を《予知》しといてよく吐き気に耐えられたもんだ。可哀想だから両親が変異する記憶は抜いておこう。トラウマになりかねない。

 

記憶の洗い出しを終え、ノエルの頭から手を放す。

がくっと崩れ落ちたノエルを使用人が支え、母の指示でベッドに連れていく。

 

その様子を見ながら考える。奴らが北から来たのは確認できた。しかし、人間が人間に対してこんなことをするだろうか。

攻めるにしたって残酷だ。人間を変異させ、同族を襲わせるなんて。

一体全体なんだってそんなことをさせるのか。攻めた後のことを考えているのだろうか。ただでさえ少ない安全な土地に、凶暴な獣を数十万単位で解き放つようなものだ。頭が悪すぎる。

そもそもどうやればこんなことが出来る。一体どんなスキルを使えばあんな悪夢が起きる?

 

今の人類にこんなことが出来るとは思えない。北からの侵攻で、人間ではないのなら、可能性は一つだけ。

人類がその生存圏の内側に抱える爆弾。いずれ争うことを宿命づけられていた竜――――蛇竜。

 

思っていたよりも早く爆弾が爆発した。

この様子では放っておけば人類は滅亡する。

 

後手に回ったなあと思いながら溜息を吐く。

あと一年待ってほしかったよ。

 



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8話

ノエル曰く、侵攻は夜半に起こると言う。しかし、そもそも蛇竜の棲み処は国を一つ飛び越えた向こう側にある。そこからここまでの距離を考えるに、もう事が起きている可能性は高い。

すでに後手に回っている。だがまだ手遅れではないと信じよう。

 

未だに人間が変異する原因がよくわからないが、悠長に考えている時間がない。十中八九魔力を使った何かであるのは間違いないのだが。

……あれか、ソラか。ソラも連れて行こうかな。《魔力眼》あるし役に立つと思うんだよね。でも危険だしなあ。役には立つだろうけど足手まといにもなるだろうし。

イリスみたいに使い魔持たせておけば良かったか。後知恵だけど。

まあいいや。一人でいこ。俺に何かあれば世界が滅ぶだけだ。簡単簡単。物事はシンプルな方がいい。

 

「じゃあちょっと行ってきまーす」

 

何も告げずに出かけようとする俺を父が止める。

どこに行くのかと当然のごとく尋ねる父に「ちょっと世界を救いに」と答える。

唖然とする父と何も言わない母。

「行ってきまーす」と同じことを言って外に出る。

 

外はすっかり夕暮れだった。

もうこんな時間かと少しばかり焦る。

 

風を起こして自分の周りに巻きつかせ、上昇気流で宙に浮く。呑気に陸路を行くよりは空路の方が速い。それに読みが外れていなければ、これで変異対策にもなっているはず。

運悪く天竜に遭遇したら面倒になるからあまり高度は上げられないが、移動する分には関係ない。途中の様子を見ながら移動するからこれがベスト。

 

びゅーんと空を飛ぶ。

地上の様子を見ながら飛ぶから速度は遅め。領内に異変はない。

全てのゴーレムが起動済みで、領民をびっくりさせているが不可抗力なので放っておく。道の下からにょきにょき出てきたゴーレムにはみんな驚いていた。いい顔してた。

 

そのまま隣領地に入り、同じようにゴーレムがあちこちに鎮座している。

当主殿がゴーレムに羽交い絞めにされ大暴れしているが、邪魔なので大人しくしててほしい。

「俺も連れてけ」とかそんなこと言わないで。どんな理由でもとりあえず拒否しちゃう。

 

この世界には瞬間移動を始めとしたスキルによる移動手段があり、かつて物作りのスキル持ちが製作し、後に一般に普及した魔力を動力源とした乗り物も存在するので、わりと移動手段には事欠かない。その代わりと言うか空路は完全に塞がれていて、海路も一部寸断されているので、陸路が主となっている。

 

例外的に空を飛ぶ俺でさえ、速度的に瞬間移動には敵わない。放っておくと本当に追いついてきかねないから拘束しておく。

 

椅子に縛り付けた当主殿の目の前にゴーレムを配置し、「お前の娘は俺の家でスヤスヤ寝てるよ……ゲロ吐いたけどなあ!」とか意味の分からない挑発を繰り出しながら、俺自身は王都の上空に差し掛かった。

 

地上は相変わらず異常なし。ここまでくると距離が開いた分消費も激しいので魔力ラインを切っておく。微々たる差ではあるが、これから蛇竜と一戦交えるかもしれないし、ゴーレムと防犯網の魔力供給は別口に切り替えておこう。……ソラの魔力増量カリキュラムが失敗した時の保険で用意しておいたのに、こんなところで役に立つとは思わなかった。備えておくもんだね。

 

そのまま一路北へと向かい、国境を通過すると雰囲気が変わる。

空気中に漂う魔力の質が変わったようだ。どことなく濃くなった。魔力の濃さは周囲の環境にも影響を与える。マジックローズとかもそれ。

今向かっている先は蛇竜の森と呼ばれていて、そこでしか見られない特異な動植物がわんさかいる。大半が毒持ち。

蛇竜と呼ばれるだけあって、蛇竜自身も毒を使う。そういう環境が蛇竜の好みらしい。

 

蛇竜の毒は、人類が長い時間をかけて未だに解毒剤を作れていない。

未知の毒物に対して、ろくに準備もせずに挑むのは馬鹿のやることだけど、今は馬鹿で行くしか道がない。

追放された後はこの国に根を生やして蛇竜の研究するつもりだったんだけど、一歩遅かった。

 

眼下で燃える街並みを見ながら思う。やっぱり一歩遅い。

 

生き残った人々が逃げまどい、迫りくる人型の化け物に襲われている。

一部兵士らしき人は懸命に火の魔法を扱って抵抗しているが、化け物を一体燃やす間にその脇を数十体がすり抜けている。何の意味もない。足止めにもなっていない。

 

よく見ると、化け物にはそれぞれ体のどこかに膨れたコブのようなものがあり、時折空気音がしているところを見るに、何かを噴出しているようだ。

何を噴出しているのか考えたくないけど、十中八九変異の原因はあれだろう。毒かな。

 

こうしている間にも波のように化け物は迫り来ていて、続々と人間が変異していく。

阻止するため、とりあえず風を吹き起こして生き残りと変異体の間に壁を作る。知性のない獣と成り果てた変異体は、目の前の風に一切の危機感を抱かずに突撃し、風の刃に切り刻まれ、傷口から泡が噴き出して変異が加速する。

 

風の刃に耐えられるよう、より強固な体に置き変わっていく。その分動きは遅くなっているが、小さな風の刃ぐらいではもう傷一つ付かない。

 

なにこれ進化? それとも改造? 興味深いなぁ。

 

どうしたものかと思いつつ突風を吹かせて時間稼ぎ。

その間に生き残りを避難させようと思ったのだが、すでに変異しかけている者が何人か出てきていた。

 

あの噴出物を一呼吸でも吸ってしまえばもう駄目なのかもしれない。

あっと言う間に変異してしまう者がほとんどの中で、一部変異に抵抗している者がいた。

小さな女の子とその周りにいた兵らしき人が数人。それ以外はもう駄目。

 

完全に変異しているわけじゃないなら助けられるかもしれない。そうじゃなくても、過程がゆっくりしているから実験観察に丁度いい。

そう思い、魔力ラインをつなぐ。魔力を流し、その体に何が起こっているのか分析していく。

 

結果、どうやら内側から作り変えられていることが分かった。魔力を糧に増え、乗っ取り、作り変える。何のためにこんなことしてるのか知らんけど、寄生虫みたいなことしてるなこれ。果たしてこれを毒と呼んでいいのか怪しい。まあ、便宜上毒と呼ぼう。

 

一先ずは体内の毒の除去を試みる。……やたらと抵抗するじゃねえか。どんな生命力だ。

全ての毒を除去し終えたら、次は作り変えられた体を再生する。……ん? あ、これ魔力量増えてるっぽい……そっかこうやって増やせばいいのか……とりあえず、増えた分はそのままにしておくよ……。

 

そこまでして救えたのは五人だけ。

小さな女の子が一人と兵士が四人。効率は良くない。すこぶる悪い。

 

それにしても、あれだな。

体が作り変えられてるだけなら治せるな、これ。

死んでるわけじゃないし、脳は犯されてるだけで機能してる。操られてるから、自我が一切表に出て来ないけど、もしかしたら意識が残ってる可能性もある。

ただ治すのに時間がかかる。労力もいる。疲れる。数人ならともかく、国一つは現実的じゃない。諦めよう。皆殺しで。

 

決断してすぐ、風を火に切り替える。

火の津波を起こし全てを燃やし尽くす。効率は最高だ。

 

生き残りに近づくと、五人のうち一人だけ意識のある人がいた。

息も絶え絶えに、放っておくとすぐにでも死んでしまいそうな老練な兵士。全部再生したから、むしろ毒に犯される前より健康体のはずだが……。

 

その人は意識があるだけで指一本動かせていない。再生したばかりの体は馴染むまで動かしづらい法則。

 

「どうか……どうか……」

 

何か呟いている。

うわごとにも聞こえる。俺の存在を認識しているかは怪しい。

 

「姫を……姫様を……」

 

眠っている女の子を見る。ソラと同じぐらいの年頃。魔力量が一気に増えてしまって可哀想だなと思っていたのだが、悪いことばかりでもないかもしれない。よし。実家に送ろう。

 

風を起こして五人を包む。そのまま空に舞い上げて、実家へと送る。

これは亡命になるのかな。あの人たちも、変異体に追われながら国境近くまで逃げてきたのだろうし、亡命する気はあったと思うけど。

折角ここまで来たのに追いつかれるなんて、努力の甲斐ないよね。《瞬間移動》のスキル持ちはいなかったのかな。なんだかんだ希少だから、《高速移動》ならともかく《瞬間移動》はいなかったのだろう。長距離を《瞬間移動》出来るとなればなおさらだ。だからイリスって結構凄いのよね。俺より速く移動できるって時点で凄いのだけど。

 

ひと段落付いた所で懐から符を数十枚取り出して式神を召喚する。今まで作ってたの全部だよこれ。また作り直し。いやだねえ。

 

呼び出したのは人型のカラスみたいなやつ。空を飛べるから重宝してる。

命令は二つ。生死に関わらず、この国の全てを燃やすこと。そしてこれ以上の侵攻を防ぐため火で壁を作ること。

 

とりあえず、向かってきている変異体はこの国に押し留めることにした。そしてこれ以上生存者の救出はしない。

 

指数関数的に変異体が増えている現状、大元を断たなければジリ貧になる。俺だって魔力が無限にあるわけじゃない。

何を優先すべきか、判断を間違えれば負ける。負けたら世界が終わる。

 

だから、変異体の始末は式神に任せて俺は蛇竜本体の所へ向かう。きっちり倒さなければ。言霊を使えば会話ぐらいは出来るかもしれないが、それだけだ。一国滅ぼされてから仲直りできるほど優しくないし、甘くもない。落とし前はつけさせてもらう。

 

息の根を止めよう。

徹底的に。完膚なきまで。わざわざ人間を変異させてる理由だけがちょっと気になる。

 

そう言う訳で、決着をつけるべく空を飛んで蛇竜の元へ向かう。



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9話

夜空は曇天で覆われていた。

分厚い雲に火の海が反射した赤色は、終末さながらの雰囲気が醸し出されている。

 

蛇竜の森に到着して即座にやったのは火を点けること。相手の嫌がることをするのは戦いにおいての常道だろう。

適当に火柱を立て、一度火が点けばこの森はよく燃えた。風を送り込むまでもなく見る見る間に延焼していった。思いのほかよく燃えたので、続け様に放とうとしていた火球は引っ込めた。

 

木が燃えやすい種類だったのか。空気が乾燥しているのか。それとも魔法で点けた火だからなのか。

パチパチと音を立てながら木々が燃え、炭化した部分からバキバキと音を立てながら倒れ、他の木を巻き込みながら火の中に身を投じていく。

 

一面火の海となった森林からは黒煙が立ち昇り、空に浮かんでいる俺の所まで熱気と黒煙が襲ってくる。

熱による上昇気流が発生して空を飛ぶのも一苦労だ。

 

これだけ盛大に燃えてくれるなら、放っておけば森自体が消滅するかもしれない。勝手に火炎旋風とか巻き起こってくれれば見物のし甲斐がある。

どうせ、この森は焼失させるつもりだったから好都合だ。

 

一息に全て燃やしてしまわないのは、敵を誘っているから。魔力の反応でおおよその位置は分かっている。とんでもない魔力と共に大きな怒りが伝わってくる。

 

突然棲み処を燃やされれば誰だって腹が立つだろう。それは例え人間だろうと竜だろうと変わらない。原始的な感情だ。大抵の奴はしでかした奴をぶち殺そうと近寄ってくる。

 

俺としては、こっちから近づくよりは近づいてきてほしかった。迎え撃つ形で戦いたい。

挑むよりは挑まれる方が好きだ。その方が準備の時間が確保できる。だから誘う。かかってこいやと喧嘩を売った。高額買取満員御礼と言うところか。

 

空の上は遮るものがない。精々黒煙ぐらいだが、その程度は何の障害にもならない。

遠くから地響きが聞こえて来る。ズルズルと何かが這いずる音が近づいて来た。

 

暗闇の中、巨体がやって来る。

緑と紫の禍々しい色をしている。細長く、その体に手足らしきものは見えない。

体の一部にやけどの様な跡があり、背中には何かがへし折られたような不格好な突起がある。

 

全長はどれぐらいだろう。まだ遠くて分かりづらい。100メートルぐらいかな。太さは人間を縦に2~3人並べたぐらいか。

思ったより大きかった。竜っていうか龍だな。イメージ的には。

 

蛇竜は鎌首を持ち上げて俺と目線を合わせる。

じっと見つめてくるその瞳には爬虫類らしい無機質な印象を受け、それでいて怒りが確かに伝わって来た。

感情があるのなら、たぶん話は通じると思うんだけど。

 

「やあこんばんは。ご機嫌どう?」

 

蛇竜は答えない。俺は言霊を使っている。意味は通じているはず。

どうやら対話の意思はないらしい。魔力の高まりを感じる。

 

『ガアアアアアアアァァァッ!!!』

 

その雄たけびには魔力が込められていた。同時に、周囲一帯に魔力がばら撒かれている。

威圧にしては大規模だ。この状況で無駄なことはしないだろう。これ自体が攻撃か。

纏う風を強めながら警戒を強める。どれだけ注視しても周囲に異変は感じられない。目で見て分からないなら毒だろう。

 

熱風を吹き荒らし、周囲の温度を上げ、空気中に漂っているであろう毒を無効化する。

すでに呼吸するだけで肺が焼ける温度に達している。ここまでしないとこの毒は無効化できない。

 

蛇竜は俺に毒が効かないと見るや、その巨体を振り回し押し潰そうしてきた。

いつの間にかヌメヌメとした体液が体を覆っている。蛇竜の持つ毒は一種類ではないのかもしれない。触れるのも駄目そうだ。

 

指先で魔力を操って巨体を反らす。単純な物理攻撃は見た通りだから回避しやすい。

一か所に留まっては下手を打つかもしれないから、足元に風を起こして移動。眼下ではズルズルと蛇竜が追いかけてきていた。

 

蛇は全身が筋肉で出来ている。

蛇竜もその例にもれず、全身を包むしなやかな筋肉が収縮し、一気に解き放たれた。

 

――――蛇竜が空を駆ける。

 

思わず、「わお」と驚きの声が漏れる。

空を舞った蛇竜は大口を上げて俺を丸呑みにしようとしていた。この巨体でこの速度は凄いなと感心し、指先で操った魔力で地面に叩き返す。

 

叩きつけられた蛇竜はもがいていた。大したダメージにはなっていないはずだが……。

 

見ていると、体の表面を覆っていた液体が周囲の植物に降りかかり、触れた所から溶けている。

ぐるんぐるんとのたうち回り、あちこちに見境なく体液を飛ばし始めた。

 

風の盾で防ぎ切った俺は頭上を確認し、雲の上に用意した魔力が十分溜まっていることを確認する。

どうやら、蛇竜の武器は多種多様の毒とその巨体らしい。大抵の相手には毒一つで十分なのだろうが、通用しなかったらそこまでだ。巨体にしたってその通り。もう一枚別の手札が欲しいところ。

 

雲の上の魔力を全て炎に変換する。炎はあまりにエネルギーが膨大なため白く輝いていた。

一撃で体の芯まで炭化させるつもりで用意した過剰な威力。過剰すぎてちょっと時間かかりすぎ。もっと弱くてよかった。

 

しかし下手に攻撃すれば、傷口から新しい毒を撒き散らすかもしれないし、殺したとしても死体の処理に困ることになっただろう。蛇竜は全身が毒物だ。全て燃やし尽くすのが最適だろう。

 

炎の指向性を下に向け、蛇竜の頭上に振り下ろす。

蛇竜は災厄のように降りかかって来た炎に向かって吠えていた。魔力をみなぎらせ、やってやるぞと受けて立つ構え。根性あるな。

 

炎に包まれた蛇竜は、一瞬で蒸発したかと思えば再生した。

蒸発と再生を何度も何度も繰り返し、その魔力が尽きるまで抵抗を続け、結局は炭化した死体が残るぐらいには頑張った。

 

蛇竜のもう一枚の手札は、どうやらその再生能力だったらしい。毒と再生と巨体の三枚看板か。意外と立派なものだった。

一度でもきちんと攻撃していれば再生能力にも気づけたはず。毒を恐れてカウンターしか入れてなかったから気づかなかった。まあ、結果的にはどうでもよかったけど。

 

最後に一本取られた気がしてどことなく負けた気がする。

一度溜息を吐いて、事後処理に取り掛かる。

 

この森を全て焼け野原にするため、魔力を操って火の海を広げていく。

残っていた蛇竜の死体も今度こそ塵一つ残さないように火にくべた。

徐々に形を失っていく蛇竜の最後を見届け、万に一つも復活しないことを確認する。あの再生能力は油断ならない。

 

一仕事終えた達成感に包まれながら、どことなく拍子抜けしている自分がいた。

長い間、人類を苦しめ続けた竜の最後がこれとは。何とも呆気ない。実は偽物だったりしないかな。あるいは脱皮して逃げたとか。仮に俺の目を誤魔化しても、魔力で気づくからその可能性はないけど。

 

余韻に浸りながら考える。そしてピンっときた。もしかしたら、その内復活するかもしれない。そう思った。

 

特大の火球に燃やされて、死体が残るぐらいの再生能力があったのだから、そうなったとしてもおかしくない。

道筋としてはあれだ。どこかに細胞の一片が残っていてそこからだな。あの再生能力なら生き残った細胞に魔力を注げば一気にいける。人間を糧に再生して、蛇竜ならぬ人竜爆誕みたいな感じで。

 

まあ、もし復活したらその時はまた相手をしてやろう。相手するとか以前に気づくの遅れたら人類滅亡だけど。この世界のどこかに爆弾残ってるかもしれないって想像しただけで怖い。

 

……妄想はまた今度にして今は後片付けに精を出そうか。変異した人たちを殺さなくちゃ。そっち片づけないと地味に人類滅亡の危機続いてるからな。今日は眠れそうにない。まじしんどいぜ。

 

 

 

 

 

で、その後の話。

 

蛇竜の毒で変異した人たちの処分に一晩かかった。

どうやら、蛇竜は手始めに最も近いところにある国に攻め込んだみたいで、そこで手に入れた兵力を使い人類に総攻撃を仕掛けるつもりだったらしい。

おかげで被害は最初の一国で済んだ。小国だったこともあって人的被害は十万人ほど。世界的にも致命傷は免れたと言うところ。

 

それにしたって竜一匹にこれかぁ……と肩を落とす。

この世界にはまだまだ竜がたくさんいる。その全てが人類に牙をむくとは思わないが、確認は必要だ。……どうやらやることが決まったな。

 

やることが決まったところでちょっと急ぐことにした。

ソラの魔力増量カリキュラムは効果なしと結論付ける。どこぞの蛇竜がそうしたように、内側から改造すれば魔力は増えるみたいだが、さすがに血の繋がった弟にそこまでするのは可哀想なので、保険を発動することにした。

 

実家の地下にこっそりと巨大な魔力結晶を用意した。俺が手に塩をかけて育て上げたそれは、高さと幅が3メートルぐらいの高圧縮魔力結晶。下手に触れたら爆発します。

エネルギー源としてはこれ以上ない代物で、ソラの代わりに防犯網の魔力供給はこれに任せる。

 

そして使い魔を用意することにした。

それは主にソラのハーレム作成を目的とした使い魔。お目付け役というところ。

あとノエルのことで困ったことがあるかもしれないし、いざと言う時に助言をしてほしい。そのために俺の知識を一部継がせる。

代わりに戦闘力は持たせない。助言役なんだから知識で勝負してほしい。戦闘力まで持たせるのは美学に反する。全部こいつに任せとけばいいじゃんってなったら目も当てられない。頼るのはいいけど依存するのは駄目よダメダメ。

 

戦闘は出来ないけど防御力は多めにしておこう。と言うことは球体だな。弾丸を反らすための流線的なデザイン。

顔は可愛い系にして。自我を持たせて。裏切りも多少は許容。そっちの方が面白い。イリスの使い魔はほとんど喋らないから、よく喋る方が違いを持たせられてグッド。よく喋るなら生意気な性格で。偉そうで。修羅場を優先させる。女心にも造詣が深くなくちゃね。男心にも精通させとこう。

後は流れで野と成れ山と成れで。行き当たりばったりも大切さ。あんまり計画的だと隙がなくて面白みに欠けるからね。

 

そうして出来た使い魔はサッカーボールぐらいの大きさになった。

真っ白な外見はふわっとしていて抱き心地は良さそう。

魔力を注ぎ込むと、クリクリッとした目がパチッと開き、キュートな口から紡がれる、尊大で偉そうな言葉。

 

「お前が吾輩の創造主であるか?」

 

ふむ。

起動後、きょろきょろと辺りを見回した使い魔は、俺の手の中で身じろぎし、ジトっとした目で不満げに見上げてくる。

 

「いくら創造主と言えど頭が高くはないか? 吾輩を誰だと思っている」

 

ほほう?

 

「首を曲げよ。上に登らせよ。吾輩には高いところが相応しい。早くするのだ愚昧」

 

なるほど。

 

使い魔を掌の上で跳ねさせて跳ね具合を確認する。

弾力があってよく跳ねた。立ち上がり、そっとその場に置いて、渾身の力で蹴り上げる。

 

「素晴らしい出来だ!!」

 

生意気で憎たらしくて蹴りたくなる! 創造主相手でも媚びるところが微塵もない! こんなの蹴ったところで罪悪感なんか微塵も湧くはずがねえ! これよこれこれ! いい使い魔が出来たぜぇ!!

 

俺は気絶した使い魔を脇に抱え、急ぎソラの元へと走った。

 

 

 

 

 

この日がやって来た。

俺が家から追放される日が。追放とか言葉だけで、実際の所は望んでそうなったのだが、とにかくその日がやってきた。

 

この日に向けて、俺はすべきことを全て終えた。

ソラに使い魔を用意して。ノエルに再生魔法を覚えさせて。未だにノエルを狙ってしつこかった中央貴族を暗殺して。亡国のお姫様が正式に我が家に居候することになり、どうせだから政治的なあれこれは気にせず義妹にして。イリスにマジックローズの花束を託した。

 

出来ることは全部やった。

もう思い残すことはない。ソラへの教育は使い魔が引き継ぐだろう。俺はこの家では用済みとなった。

 

まだ約束の日には日数があるが、やることがないなら早く発った方がいい。

荷物をまとめ、日が昇り切らない薄暗い時間に家を出た。空に浮かび、飛び立つ間際に屋敷を振り返って感傷に浸る。微かな朝日に照らされる実家は、早朝の静けさが意外なほどに似合っている。この光景を見た誰しも、まさかこの地下に核爆弾並みのエネルギーを蓄えている高圧縮魔力結晶が眠っているとは夢にも思うまい。……やべえ、伝えるの忘れてた。両親ぐらいには伝えるつもりだったのに……。どうしよう。さすがにちょっと核爆弾は黙っておけない。でも、今から戻るのは格好が悪い。

 

……まあ、いいや。使い魔は二匹とも知ってるから、何かあれば伝えるでしょ。逆を言えば、防犯網を始めとしたありとあらゆる仕掛けの心臓部だから、何かない限り伝えることはないだろうけど。

 

知らない方が良いこともあるよね。

あまり考えないようにして飛び立つ。目指すは海。海竜の棲み処。明確に人と敵対している竜の一つ。

 

この世界には竜がいる。

空を支配する天竜。海を支配する海竜。一番高い山には祖竜がいて、両極には絶竜がいる。名を呼ぶことすら禁じられた禁竜がいて、人類がその存在を知らない竜までいる。

 

それらに会いに行こうと思う。

もしかしたら死ぬかもしれないけど、多分大丈夫。

俺だって強いから。人類で一番強いから。この世界で最強を名乗りたいぐらいには思ってるから。

 

だから会いに行こう。

人類に興味がないならそれでいい。人を憎んでいるならわだかまりを解きたい。友達になれるなら言うことはない。

 

それは、俺にしか出来ないことだ。だから行く。

帰ってくる頃には弟のハーレムも完成しているだろう。それが楽しみで仕方がない。

 

――――弟よ、ハーレムを抱け。

 

最後にそれだけ言い残して、俺は地平線の向こうへと飛び立った。




おわり
続きがあるなら主人公交代でソラが主人公になりますが、書く気がないのでおわりです


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