バーストアーツ?いいえブラッドアーツです。 (MKeepr)
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過去編
AGEになった日


 将来の夢はゴッドイーター。サテライト拠点の一つで私はそんなことを言った覚えがある。両親は「危ないけれど、そんな勇敢なあなたを誇りに思う」そう言って誉めてくれた。慎ましくも幸せを感じる。それが私の世界の全てだった。でも、あの日全てが崩れた。

 災厄だ。今でもその正体が完全には解き明かされていない灰域が私の世界を覆い尽くした。人々は灰となり、父も母も、私の目の前で焼け焦げまるで空気に喰われるかのように消えてしまった。私は何故生きていたのか、わからない。アラガミに襲われて、でもそこにいたゴッドイーターに助けられ、私は現象の中心だったフェンリル本部から逃げる移動要塞の一つに乗せてもらった。当時の子供の私だろうと見捨てなかった欧州の人々にはまだ義があった。でもフェンリルの統治が破綻してそれが消えたのはすぐだった。

 

「クソ、逃げるぞ!」

 

 偶然ユウゴと出会ったのもその頃だった。孤児になった私は、まだ灰域の及んでいない地域で私とユウゴはガラクタの取り合いで取っ組み合いの喧嘩になり、最終的に親友になった。ミナトと呼ばれる灰域からの避難シェルターが完成し人間狩り、正確には孤児狩りが発生した。Adaptive God Eater、対抗適応型ゴッドイーターを生み出す為だ。

 

「大人しくしろ。チョロチョロと逃げ回りやがって」

 

 孤児狩りをしていたゴッドイーターの手は暴れる私とユウゴを万力のように微動だにせず掴んでいた。

 そして、最悪の形で私の夢は叶うことになった。大混乱により持ち主のいない神機を片っ端から検査し、僅かでも適合の可能性があれば即適合試験を実行する。アルコールパッチテスト程度の気軽なものだった。気軽なのは試験ではなく、孤児たちの命だったが。

 

「次はPW01408、お前だ」

 

 引きずられて無理やり座らされたのはバガラリーで出てきた悪役が使う処刑椅子のような代物だった。

 

『AGE適合試験を開始します。気を楽にしてください』

 

 全くもって気を楽にできなさそうな機械音声がそう告げる。

 

『第一段階、喰灰による侵蝕を実行』

 

 左腕に激痛が走る。体の内側から焼き尽くされる細胞一つ一つが悲鳴をあげているかのような痛みで、私は叫ぶこともできなかった。

 

『侵蝕開始を確認。続いて第二段階、神機を実装』

「本部周辺の灰域で発見されたレア物だ。壊すなよ」

 

 神機が迫り出してくる。様子を観察するゴッドイーターが何か言っていたが私にそんな余裕はなかった。少しでも早くこの苦しみから逃れたい、そんな藁にもすがる思いで神機を手に取り、腕輪が右腕に装着され神機と私が接続される。その時異変は起きた。私の視界に赤い稲妻が走り、神機から何かが流れ込んできた。記憶。そう記憶だ。私のものじゃない記憶が私を塗りつぶそうとしていた。身を任せてしまおうか、それこそ脳髄が焼き切れてしまいそうな記憶の濁流の中で諦めかけた私は怒りを覚えた。私以外の全てを全部奪ったのに、私から"私"まで奪うのかと。"私"は渡さない。濁流を意志の力で跳ね除け口の中に血の味が広がった。鼻から血が滴っていた。

 

『最終段階────対抗適応型────細胞を────適性────ございます。あなたは────』

 

 チカチカと視界に星が飛ぶ中、処置はそのまま進んでいき、拘束が解除されて私は椅子から崩れ落ちた。

 

「判定不能……甲判定超えの超レア物だな。おい死ぬなよ、お前の命はミナトの為に使うんだ」

 

 私を気遣っているのではない。このゴッドイーターは希少だから勿体無い程度であることを言外ににおわせていた。一瞬視界が暗転する。

 

【エイジスへの避難は?】

 

 ここではない何処かの景色が見える。神機を持った誰か、焼けた大地で指示を飛ばしていたそれがこちらを向いて目を見開いた。

 

【君は?】

 

 そう一言だけ聴こえて、その景色は消えた。

 

「ボーとするな、早くサインしろ。お前一人に時間をかけてる暇はないんだ」

 

 突きつけられた契約書にサインする以外の手はなかった。

 

「良く生き残ったな。流石だ」

 

 意識を混濁させながら牢屋のような場所に放り込まれる。床と変わらないベットに座らせてもらいしばらく介抱されていたようで気が付いたらユウゴは嬉しそうにいつものように手を合わせようとして、手錠のようになった腕輪を見て悔しそうな顔をした。私はユウゴの腕輪にコツンと自分の腕輪をぶつけて、ユウゴが嬉しそうな顔をして私も思わず笑みが出た。

 その日は固いトウモロコシの塊みたいなのが一つだけ出されて、牢屋の中の面々で分けあった。ベッドも床も変わらないと、足りないベッドを私より年下の子に譲って床に寝転ぶ。

 

「こんなんじゃ腕は貸せないけど、腹なら枕に貸してやるよ」

 

 ユウゴがそう言うので私はありがたくユウゴの腹を枕にして眠りについた。夢の中では今日神機から流れ込んできた記憶を頭が整理しようとしているのか、色々な夢を見た。名前も知らない誰かとの交流や、名前も知らないアラガミたちとの戦い。出会い。別れ。そして緑に溢れ、青々とした空。

 あそこまで素晴らしい景色を、私は知らない。

 

「今日は戦闘訓練だ。全員ついてこい」

 

 翌日、乱雑に神機の保管されたケースを持たされた後私たちはゴッドイーターに連れられペニーウォート近くの平原に放り出された。

 

「こちらアレックス。こいつらの拘束を解除しろ」

『了解。拘束解除を行う』

 

 手錠のようになっていた腕輪が外れ両手が自由になる。一人がそのまま走って逃げようとして、アレックスの神機に撃たれた。怪我はないようだが体が痺れ動けなくなっていた。

 

「誰が勝手に動いていいと言った。今回の訓練はアラガミ退治だ」

 

 痺れて動けないAGEを担ぎ上げると、崖の下へ向けて放り投げた。崖の下の広場には、白い二足歩行のアラガミ、オウガテイルが徘徊していたが、落下してきたAGEを見て咆哮を上げる。構う様子もなくアレックスは話を続ける。

 

「あのアラガミはオウガテイル、小型アラガミだ。あれを倒せた奴にはほうびをや────」

 

 私は神機を引き抜いて走り出した。身の丈に不釣り合いな大きさのロングブレードの切先を地面に擦らせながら、アレックスは切られると思ったか咄嗟に装甲を展開したが私はそれを一瞥することさえなく飛び降りる。体が何故かどう動けばいいのかわかる。神機が与えた記憶が私に力を与えている。私を塗りつぶそうとしたことは忌まわしいが、力として使えるならなんでも使うつもりだ。

 噛みつかれそうになっていたAGEを抱え上げてそのまま横一線、オウガテイルを真っ二つにしてそのまま捕食し破損したコアを摘出する。

 そのまま飛び上がってユウゴ達のところに戻る。

 

「倒した。ご褒美は何?」

「気に入った。そこまで骨のある奴は初めてだ。ご褒美に今日は切り上げていいぞ。ただし────」

 

 神機の装甲部分で頭を思いっきりぶん殴られた。視界がぐらつき、また誰がが神機を握った瞬間が脳裏に浮かぶ。

 

「────命令完了前の独断専行で懲罰房送りだ」

 

 しかしその後はなく、私の意識はそこで途切れた。

 気がつけばほぼ真っ暗闇の懲罰房の中、また手錠になった腕輪を鎖で上に吊るされていた。痛む頭を二の腕で擦ってみればコブができていた。ガチャガチャと鎖が鳴ったのに気がついたのか扉の覗き窓が開いて光が差す。

 

「起きたか」

 

 さっき私を殴ったアレックスの声だった。

 

「アレックス、他のみんなは?」

「その名前で呼ぶな狂犬」

「じゃあなんて呼べばいいの? 教官殿? 私以外のあなたの可愛らしい教え子達はどうなりましたか?」

 

 ガチャンと乱雑に鍵とドアが開けられ、アレックスに顔面を殴られた。元々破れてダメになりかけていたフードが肩に落ちる。

 

「ほう、女だったか。良かったな、化け物とやる趣味のある奴はここにはいない」

「で、なんで呼べばいいの?」

「好きに呼べばいい。だがふざければまたここ送りだ」

 

 ペッと血の混じった唾を吐き出して問い掛ければ、アレックスはまたすぐ扉を閉じて捨て台詞のように呟いて居なくなってしまった。せっかくなら暗闇にしてくれればいいのに覗き窓から光が差し込みっぱなしである。

 目を閉じて思考に耽ろうとして、私は神機を持って記憶が流れ込んだ時あの時歪められてしまったのだと気づく。だけど私は私だ。

 

「おい大丈夫か?」

「ごめん……俺のせいで」

「大丈夫、私がやりたいからやっただけ、でもどうして二人が?」

「アレックスの奴がお前の世話をしたい奴はいるかって聞いてきてな。ほら」

 

 差し出されたコップには水が入っていた。口をつけて、傾けてくれるのに合わせて飲み込む。ぬるい水が胃袋に収まると不思議と活力が湧いてきた。

 

「ありがとう。そういえば名前聞いてなかった」

「俺はジャックだ」

「私はハティ。ユウゴにジャック、他のみんなにも生き延びてって伝えて。今の状況を変える突破口はどこかにあるから、ユウゴやジャックには準備をしてほしい」

「準備ったって何を」

「そりゃもう勉強」

 

 ユウゴはそれを聞いて苦笑して、ジャックはげんなりした顔をした。

 

「知識は力だよ。どうにか勉強して知識をつけないと。私が教えるだけじゃ限界がある」

「いやお前の方が頭悪かったろ」

「今は違うから」

「……まあわかったよ。それじゃお互いまた無事に会おう────死ぬなよ、ハティ」

 

 私は頷いて、ユウゴがゆっくりと扉をしめた。その日、まだ形を持たない願いが、私たちの中で生まれた。

 

「……覗き窓閉めて貰えば良かった」

 

 そう呟いて私は得た記憶を知識に変えるため目を閉じて今度こそ思考に耽った。それが最善の未来に向けてと当時の私は信じていた。



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仲間を失った日

『新しい灰域濃度はどんな気分だ?  狂犬』

「どうもこうも無いけど。神機の回収の為ツーマンセルが最低単位じゃなかったの? ティーチャー」

『気にするな。お前達AGEの死ぬタイミングは俺が決める。お前は死にそうに無いからな。特別講習というわけだ』

 

 懲罰房に一週間ほどたたき込まれ、そこから出されてしばらくはユウゴ達と一緒に資材集めをしたりしていたが、今は別の仕事につかされていた。そうしてアレックス、本人に言うと嫌がられるからティーチャーと呼ぶべきか、主体で探査ビーコンの設置を行っていた。安全なルートを構築するためのミナト同士の間にある灰域濃度の高い地域を避ける意味もある。だが私の進むルートは灰域の濃い地域だ。

 

『この先は未踏領域だ。探査ビーコンを設置したらさっさと帰還しろ』

「了解」

 

 AGEになる前の私だったら全身使っても運べなかったであろう、神機と大きな荷物を引いて目的地に向かう。灰域濃度が濃いという割にはまだ周辺は多くのペットボトルのゴミや小物が残っていた。最近灰域に飲まれたのだろう。

 

『その辺りだ。設置しろ』

 

 灰域からの保護用カバーを剥がしてスイッチを押すと、ドリルが動作し地面を掘削、ビーコンが灰域の影響の少ない地下へ潜っていく。

 

『お散歩は終わりだ。帰還しろ』

「いや、まだだよ」

 

 咆哮が辺り一帯に響きわたる。喰灰に侵され溶けたようになった瓦礫が振動でべちゃりと崩れ落ちた。紫電が私めがけ飛来するのを神機の装甲を展開して受け止める。

 

『この反応は大型アラガミ……ヴァジュラだ。ぼさっとせず尻尾巻いてさっさと逃げてこい』

 

 その通信を聞いて私は声に出さず笑みを浮かべた。ティーチャーは私やユウゴが求める人材の一人だ。今のペニーウォートには私たちAGEの味方をしてくれる人はいない。消耗品以上の認識はされていないだろう。だがティーチャーは"撤退を促した"のである。灰域濃度が高めとは言えミナト近傍、私が撤退すればヴァジュラもついてきてしまう可能性が高い。普段わたしたちを管理している看守ならそのまま食われろとでも言うだろう。

そしてティーチャーは看守達より立場が上なことは看守達の言葉から盗み聞きして把握している。

 そしてヴァジュラはチャンスでもあると私は確信していた。記憶の中にある知識の一つが告げている。"ヴァジュラを倒せば一人前である"と。ならば一人前と認められればやれることが増えるかもしれない。やれることが増えればごまかしもより効く。

 

「ティーチャーへ、問題なし」

『おい! 貴様命令違反────』

 

 騒がしい通信を切ってヴァジュラと相対する。不意打ちのつもりの雷撃を防がれたのを警戒しているのか、高台から飛び降りて獣らしく低い姿勢をとった。

 神機を構える。背が伸び切ればもっと合理的な隙のない、記憶で見た構えを取れるだろうがけれど、切先が地面に擦らないように少し姿勢を変える。

 再び大気を震わせるような咆哮を合図に発電機関を全開にし、ヴァジュラが赤いマントのような部分を輝かせる。臆せず駆け出し、地面を砕きながら跳躍、インパルスエッジの反動で空中で方向転換、重力加速を混ぜて神機を振り抜く。ヴァジュラの尾を結合崩壊させ両断、悲鳴を上げながら身体を振り回しそのままの勢いを持った固い前足と爪が横薙ぎに振るわれる。

 当たれば大怪我は免れない質量差と切断の効きにくい硬質な前足なら避けるべきだ。だけれど私は避けなかった。その攻撃に合わせ縦一閃、神機を振り下ろす。狙うのは硬質な前足先端ではなくそれを動かす肘関節側。

 ヴァジュラの攻撃の速度と私の神機の性能が合わさり狙った攻撃は見事にヴァジュラの右前足を切り落とした。振っていた質量のままにロケットパンチのように飛んでいきそうになった腕を捕食形態でそのまま食うと神機から流れ込むエネルギーで体が火照るような感覚に襲われた。AGEになって初のバーストモードへの移行だった。

 ヴァジュラは攻撃に振るった腕を切り落とされバランスを崩して転倒、起き上がる前に空中に飛び上がり空からヴァジュラの頭頂部に着地すると共に神機が頭と顎を突き抜け地面まで貫通、血が噴き出す。吹き出して飛び散った血を浴びながらもそのまま神機を捻り首を切り落とした。

 死亡したヴァジュラの腹部に捕喰形態でもう一度噛みつき、食い破った胴体の中からコアを摘出する。どうやらレア物は無いらしい。

 

「終わったよティーチャー」

『確かにオラクル反応は消失している。単独でヴァジュラの討伐だと?』

「これで一人前と認めてくれる?」

『……馬鹿なことを言うな。ハウンド1、命令違反で懲罰房送りだ。覚悟しておけ』

「了解」

 

 無線越しでわかりにくいが努めて冷静に話しているような印象だった。少なくとも一人前の強さはあると認められただろう。しかし命令違反も事実なのでペニーウォートに戻ればまた両手を拘束されて神機が得たアラガミ素材を吐き出させて回収を行なった後はそのまま懲罰房送りにされた。技術者連中は私がいるのも構わず喜んでいた。というより私が存在していないかのような対応だったのを覚えておく。

 それからしばらくしてまた新たに孤児達が無理やりAGEにされて牢獄に放り込まれた。ジークとキースの二人だ。ペニーウォートの孤児狩りに兄弟三人で捕まったらしいが、一人足りなかったのは彼だけ別のミナトに売り飛ばされてしまったらしい。私たちの牢獄にやってきたのは彼らだけだが、他の牢獄にも結構な人数が放り込まれたそうだ。

 神機の数はそう簡単には増えない。AGEを作る為神機が必要な以上放り込まれた数だけ損失があったことを意味する。この数ヶ月でティーチャーに戦闘訓練を受けたAGE達は私とユウゴ、ジャック以外は皆アラガミに喰われるか、灰域に適応できず文字通り灰になった。知ったのは全て事後処理、神機を回収するという仕事をさせられた時だった。

 

「ねえ、それは何やってるんだ?」

「勉強会だよ」

「んげ、勉強かよ……俺はパス」

「俺は興味あるな! 参加させてもらってもいい!?」

 

 私がやっている勉強会に興味を示したのはキースだった。元から機械いじりが得意で、私の話した知識からどんどんと一人応用の先に飛び立っていってしまった。私は記憶から得た知識があるから答えられているだけなのでそれを何に使うかという応用ができない。例えば"励起オラクル細胞における因子透写の基礎研究"の内容は説明できてもどういう事に使うのか全くわからない。ジークとジャックはそもそも覚えられない感じなので本来なら私もそっち側である。ユウゴも私から聞いた知識から独学に発展させられる頭の良さがあったがキースのそれは群を抜いていた。紙やペンなんて上等な物をもらえるはずもなく、廃材や布を拾ってきてそこに書き込んだり口頭で説明したりと粗末な勉強法にも関わらずである。キースの灰域への適応力の低さからこのまま行けばジークを残して死ぬという危機感が一層知識と技術を貪欲に吸収する助けになっていたのかもしれない。後に彼はペニーウォートでも唯一無二の人材になる。

 

『ハウンド1から3まで拘束解除処理を開始、今回のお前らの仕事は近隣の灰域濃度変化調査だ。しっかりやれよ、お前たちのミナトの未来がかかってるんだ』

 

 私とユウゴとジャックの三人はおそらくペニーウォートでのエース部隊になっていた。だからといって何が変わるかといえば主に駆り出される仕事の量が増えただけだ。それに見合わない少しだけの食糧の支給が増えた。が、お陰でまだ技術者として関わらせることを拒否されているキースの分の食事は問題なく賄えた。というわけでハウンドは今日も仕事である。灰域濃度の変動の原因調査だ。無線の相手は今日は看守だがやることは変わらない。アックスレイダーやザイゴートを倒しそこから抜き出したコアの情報から原因を探るというもので、エリア内にいるアラガミたちを次々と撃破していく。市街地が近く帰り際にいろいろな廃棄品が拾えるここはペニーウォートのAGE達の中では人気の任務地だった。私たちも同じようにさっさと仕事を終えて同じように廃品あさりをしようなどと考えていた。最近背が伸び始め服が小さくなってきているのだ。

 

「実はフェンリルの物資保管庫っぽいの見つけたんだよ。なんか良いモノあるかも」

「そりゃいい。牢屋に土産も用意できそうだ」

「……これもレア物なし」

 

 本来の目的からすれば関係ないが、狩った成果は微妙である。

 

『灰域濃度の変動を検知……狂犬共その場で待機しろ帰還は認めん。こちらから通信を送るまでその場を動くな

「おい? クソ、灰域の影響が出てるな……看守のやつはああ言ってるが撤退するぞ」

「そうだな……濃度が上がってるんじゃ俺たちだって長く居たら良くねぇ」

「待って……何かくる!」

 

 無線の不調なんてよくある事で、しかし未だに遭遇したことがない事態が私たちを襲った。何かが崩れる音が高速でこちらに迫ってくる。そして音源の方角にある建物がみじん切りになるように切り裂かれ、そこからアラガミが姿を現した。記憶の中にあるアラガミで一番近いモノを挙げるならサリエルだろうか。美しい彫刻のような女体の頭と胴体、しかし下半身は上半身と違い竜鱗を満遍なく纏った不釣り合いに隆々とした獣の脚が四本生え、二の腕から先は私の持つ神機のブレード部分のように細く鋭い刀のような形状をしていた。建物をたやすく切り刻んだのがその切れ味の鋭さを証明している。

 

「見たことない大型だ! 警戒しろ!」

 

 突進してくる不明アラガミの斬撃をスライディングで避け脚に一撃を叩き込むも、硬い。多数の竜鱗が積層した鎧のような構造体が切断攻撃に対して高い防御性能を示していた。ユウゴと私は刀身パーツがロングブレードで構成されている為相性が悪い。銃身パーツはショットガンの為スラッグ弾の破砕が有効ではあったがこの状況でショットガンに切り替えて射撃を差し込む余裕はなかった。

 

「ジャック、俺たちが引きつける! その隙をついて足をぶっ壊せ!」

「ユウゴ、合わせて!」

 

 ジャックの刀身パーツはバスターブレード。破砕性能が高く鎧の結合崩壊が狙える。ユウゴと私が同時に装甲を展開しながら突進。両腕の刀で迎撃してくる不明アラガミの斬撃を装甲で受け止め、AGEとしての身体能力で刀を弾き上げた。万歳するような状態になったアラガミの足に向けジャックがチャージクラッシュを叩き込んだ。足を切断するには至らなかったが、目論見通り竜鱗の鎧が結合崩壊を起こした。

 アラガミは女体部分が咆哮するわけでもなく、金属の擦れるような不快な音を発し始める。跳躍して距離を取ったアラガミに私と二人で突貫、ジャックが銃形態に変形させスナイパーで援護を行おうとする。その時私は見た。まるで居合のような構えをとったその両腕の刀が半ばからメキメキと割れ、まるで口のように開いていくのを。

 

「ユウゴ!」

「ああ!」

 

 私の呼びかけをユウゴは意図を理解し、左右で挟むように位置取りを行い相手が何をしてきても互いにフォローでき、ジャックの射線の邪魔をしないように動く。

 そしてジャックの狙撃弾が直撃した瞬間、アラガミが動いた。

 

「がっ!!⁉︎」

「なっ」

 

 一瞬で居合を振り抜いたような姿勢に変わったアラガミと、明らかに斬撃が届く範囲でない遠距離で攻撃を受け倒れるジャックの姿があった。

 

「ジャック!」

「ハティ! 早くリンクエイドを……あまり持ちそうに無いからな!」

 

 アラガミが活性化を超えた更なる活性化を起こす。氷でできた二つの剣が背中からせりだし四刀流になったアラガミの攻撃をユウゴがギリギリのところで逃れ時間稼ぎをする間に私はジャックに駆け寄って生命力を分け与えるリンクエイドを行使した。しかし、発動しない。強く握っても、どうやってもジャックに生命力を渡すことができない。胴体を半ば抉られ致命傷を負っているジャックにリンクエイドができなければ待っているのは死だ。

 

「なんでできないの!? お願いうまくいって……!!」

 

 ジャックに押し当てていた手を、ジャックが払った。

 

「おい……俺の事はいいユウゴを助けてやってくれ」

「ダメだよ、私たちの夢はまだ叶ってないでしょ」

「ああ……だから、俺の夢……ハティ、お前に託すよ。こんなところで止まるな……元々お前に助けてもらった命なん………行けハティ……行け!!」

 

 押しのけられて、私は立ち上がる。ユウゴを助ける。神機を構えた。そして思わず振り返った。そこにはもう、ジャックの体は残っていなかった。灰域に喰われたのだ。そこにあるのは神機だけだ。

 どうなるのかは知っていた。回収任務をするのは辛かった。だが、目の前で親友がそうなって平静でいられる程私の理性は強くなかった。

 

「ぁぁぁァァァアアアア!!!」

 

 私は啼いた。視界が怒りで赤く染まった。神機から赤いオラクルが溢れ出し、私のなにかと繋がった。そしてここにいない誰かと、赤いエンゲージが発動する。

 

「誰とエンゲージしてるんだ……!?」

 

 ユウゴを狙っていたアラガミが異様な様子に目標を切り替え、私めがけ斬撃を纏った突進をしてくる。私は赤いエンゲージから流れ込む何かに身を任せ、神機を上段に構える。脳裏に技の名が浮かぶ。

────ブラッドアーツ、落花ノ太刀・紅。

 

「ハティ!!」

 

 ユウゴの叫びとアラガミの斬撃、そして私の攻撃が放たれたのは同時だった。吹き出したオラクルが刀身を赤く輝かせ、神速で振り下ろされた一撃はアラガミの左腕と左前足をまるでバターのように切った。一刀に込められたオラクルが切断と共に飛び散り、まるで花が散るかのように一瞬輝き、交錯したアラガミがそのまま逃走に転じた。赤いエンゲージも途切れ、どっと疲れが体を襲う。

 

「驚いた。今のはバーストアーツか?」

「ううん違うよ。ブラッドアーツ」

「まぁ、今はそんな事はどうでもいいな」

 

 ユウゴと言葉を交わしながら隣に立つ。そこにはジャックの神機が銃形態で地面に落ちていた。それをじっと見つめていると、ユウゴは神機を放り出して、私を抱きしめた。

 

「どうしたのユウゴ」

「……泣いていいんだぜ。ここにはもう俺しかいない。牢屋の仲間たちを不安にさせる心配もない」

 

 そう言われて、私の視界は堰を切ったように歪んで、ポタポタと涙が頬を伝った。

 

「…………う……ぅ……うわぁぁぁぁぁ……!」

 

 ユウゴの胸に縋りついて泣く。泣いたのは両親を失って以来、久しぶりだった。

 この日私たちは非公式に灰域種から生還したAGEとなった。しかしそんなものはどうでもよかった。ジャックを失った痛みがただそこにあった。



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知り合った日

「何があったんだよお前らボロボロじゃねえ………おい、ジャックはどうした?」

 

 牢屋に戻ってくるとジークが出迎える。キースは技術系の仕事に駆り出されているらしかった。私とユウゴはそれぞれ腕輪を牢獄の片隅に弔うように置いた。

 

「おいハティお前も一緒に行ったんだろ! なんでジャックが死んで……」

 

 ジークが私に掴みかかるが、掴んでからハッとして悲しそうに俯いた。

 

「悪い……お前が居て死んだなら……どうしようもなかったって事だよな」

 

 罵倒されるより何より、仕方なかったとあきらめられてしまうことが何より私には辛かった。あの時私は最善を尽くすことができたのだろうか、と自問する。もっと早くあの赤いエンゲージができるようになりブラッドアーツを使いこなしていればジャックは死なないで済んだのでは無いだろうか、自分の力に驕っていたのではないのだろうか、と。答えは出なかった。黒いものがハティの胸の内で渦巻く。

 それから半年近く。ジャックに代わり私たちの牢屋に放り込まれたAGEは皆最後腕輪を残して居なくなった。一緒に出撃する時フォローをしていても、単独で仕事をさせられれば帰ってくるものはいなかった。私やユウゴ達と友好を結んだタイミングで必ずそうなるのは、ペニーウォート側からの悪意に感じられて仕方なかった。戦う力が無く生き残っているキースがかなり特殊と言っていいだろう。最近は技術者連中に取り入って神機の補修や何やら多方面で活躍しているらしい。

 そんなある日、私はミナトから少し離れた灰域濃度の薄い地点にティーチャーにバギーに乗せられていた。灰域踏破船のような防護性はないため普通のゴッドイーターであるティーチャーは対抗因子入りの偏食因子を注射している。そうまでしてついてきているのは、ペニーウォートにとって大口の顧客獲得のチャンスだからだろう。

 

「向こうに着いてもうちのミナトの情報見たいな余計なことを喋るなよ。お前には守秘義務があるんだ。それに、相手方にうまく気に入られればあの牢屋から出れるかもしれんぞ」

 

 助手席に座って観察できるティーチャーの顔は何も映していない。商品を出荷する輸送トラックの運転手といった風情だ。言い方を変えれば油断している。だから私は賭けに出てみることにした。

 

「あっ」

「?」

 

 索敵面においては信用されているようで私がティーチャー側左の遠方を見ればティーチャーもつられてそちらを見た、脇見運転だが障害物は無いので事故に至る心配はない。なので私はそのままティーチャーの右手を掴んだ。

 

「っ!? 貴様何を────」

 

 ドクリ、と強烈な感応現象が起きる。あのジャックの死を経て、私は出撃するたびに何かと赤いエンゲージをした。こちらに情報が届く一方通行だが、エンゲージの向こうにいる彼も私が見ていることと私の力を察しているらしく、力についてを語りかけてくれた。エンゲージの禁止が言い渡されているが、看守は目視でなく腕輪から送られてくるバイタルデータから判断をするのみで二人組が同調する数値からエンゲージかどうかを判断しているらしく単独でエンゲージを行うのは想定されていないためバースト状態と見分けがつかないらしい。キースによればしっかりと数値を検討していればわかってしまうのが看守達の適当さを表していた。

 さておき赤いエンゲージで繋がった先の彼は私と対話できるわけではないため繋がるのを同じ"血の力"に目覚めた第三世代方ゴッドイーターと認識していた。だが正しくは血の力を宿した対抗適応型ゴッドイーター、AGEだ。元よりエンゲージ等強力な感応能力を宿す私に血の力が宿った結果、その感応能力は彼を凌駕すると私は思っている。

 そして宿る血の力"喚起"を利用し、アレックスをどうにか味方につけられないかというのが私の作戦だ。最悪弱みでも握れればいい、感応現象でもしかしたら互いに分かりあうことができるかもしれないなんて淡い希望もあった。ともかく、腕輪が拘束状態であっても接触なら感応現象と喚起の影響を与えられるが他に邪魔されず触る機会などここを逃せばほぼないと思っていた。

 アレックスの記憶の深くへと潜っていく。そこはどこかの建物だ。内装も小綺麗で、ペニーウォートのようなミナトとは様式から違っていた。アレックスの顔も凛々しさを感じさせ、今と比べれば十歳以上歳が違うように感じさせた。

 

【アレックス教官、今までありがとうございました!】

【今までは教官と生徒という立場だったが、我々は同じゴッドイーター、敬語なんて必要ない。教官という肩書きも、だ。君たちが人類の守護者として責務を全うすることを期待している】

【了解です! アレックスさん!】

 

 好青年とのやりとりが突然一転する。焼けて灰になる周辺地域、そして見たことのない新型アラガミ。絶望が襲いかかる。でもその青年は希望を失っていなかった。

 

【原因不明の……なんだ!? 建物が灰に……!?】

【アレックスさんは退避を! 避難者を収容後は移動要塞は正体不明のモヤから全速離脱を】

 

 青年だけでない。アレックスが育ててきた元教え子達。今やベテランとなった彼らが、正体不明のアラガミから避難者や移動要塞を守るため立ち塞がる。

 

【馬鹿者貴様ら無駄死には許さんぞ!!】

【無駄死にではありません!! 私でさえここまで鍛え上げた貴方ならこの災厄の後もきっと、戦いに出る者達の助けになるはずです……おさらばです。教官殿】

 

 あれほどのゴッドイーターがたったの一撃で殺される。理不尽極まる攻撃を目の当たりにするのを最後に、ゴッドイーター達を犠牲に移動要塞は逃走に成功した。

 アレックスは、使命を託されたのだ。未来の戦士達を育てる使命と、災厄に打ち勝つという希望を自分の教え子達から。

 感応現象が終わりを告げ、視界が元の荒野を映す。

 バギーが急停車しハンドルにアレックスの拳が叩きつけられた。

 

「ティーチャー」

 

 声をかけた私の顔面にもアレックスの裏拳が直撃する。しかし力が篭っておらず痛みはほとんどなかった。

 

「貴様……よくも思い出させたな……! 忠告するぞ。俺に触るな。もう一度言う。俺に、触るな……!」

 

 顔に浮かんでいたのは怒りだ。歯が軋むほど食いしばりながらアレックスはこちらを睨んでいる。失敗だったか、戻ったらまた懲罰房だろう。だが。

 

「託されて……この体たらくか」

 

 私の胸の内に溜め込まれたもの、それが殴られて少し漏れ出す。自分でも驚くほど低い声にアレックスが顔をしかめた。

 

『こちらダスティーミラーキャラバン、灰域踏破船ダスティーミラー。そちらの反応を補足した。停止中だがトラブル発生か?』

「……いいや、問題ない」

 

 相手方、ミナト・ダスティーミラー側からの無線に努めて冷静にアレックスは返すとまた車を走らせ中型の灰域踏破船と合流、私を神機と一緒に車から下ろして管理権限の一時引き渡しなどを行い、アレックスはペニーウォートへと引き返していった。はじめの激しい怒りとは打って変わって凪いだ泉のように平坦な様子で。

 船の中は無骨な研究室という印象を受けた。ペニーウォートに比べ整然と並んだ機械類や計器類、ターミナルなどは牢獄のものと同じ装置のはずなのに別物のようにさえ見える。

 

「それでは、拘束を解除します」

「船内でそんなことしていいの? 暴れて逃げるかもしれないよ」

「我々のミナトではAGEの拘束は反対してますから。それに本当に暴れる人はそういうこと言いませんよ」

 

 白衣を着た研究者風の女性が手元のタブレットを操作すると腕輪の拘束が解除される。

 

「さ、今回の仕事の説明の為オーナーの所に行きましょう。神機ケースは自分で持ってくださいね。私じゃ重くて持てないので」

「了解」

 

 全部が全部ペニーウォートのようなミナトでないんだなと思いながら私は神機ケースを持って船内を進んでいく。重たい気密扉を女性を手伝いながら超えて行く。

 

「アインさん、また食事忘れてますよ! 食べなきゃ持たないっていつも言ってるでしょう!」

「ああ、済まない。調査に同行してくれるAGEが来る前に情報の整理をしておきたかったんだ。お前も、来てもらってなんだが、そこのソファーにでも座って休んでてくれ」

 

 パソコンに向かって何かを打ち込んでいるようだった。私はその顔と、髪色と褐色の肌、そして隻眼という要素それぞれに覚えがあった。しかしその男はアインではない。私は思わず記憶にある名前を口に出した。

 

「ソーマ?」

「えっ!?」

 

 研究者の女性が予想外の衝撃に見舞われ驚いた顔をし、ソーマと呼ばれたアインも目を見開いてこちらを見つめた」

 

「その名前をどこで?」

「これが教えてくれた」

 

 神機ケース開ける私を見て研究所の女性が何か警報のようなものを鳴らそうとして、それをソーマが手で制した。私の神機を見てソーマが納得したような顔を浮かべる。

 

「それは……スコルの改良型神機だな。アイツの神機なら何があっても驚かん。それで俺がソーマと知ってどうする? ペニーウォートで弱みを握るか?」

「弱みって何の事? それよりも、昔……私を助けてくれてありがとう」

 

 ケースに神機をしまい直して私はソーマにお辞儀をした。ソーマは少し逡巡してから気がついたようで左目の傷痕を触った。

 

「……ああ、あの時の子供か。AGEになった……いやされたんだな。奇妙な縁もあったものだ」

「うん、でも生きてる。ソーマは強いのに、なんでペニーウォートの助力なんて得ようとしたの?」

「その前に、出来ればその名前で呼ばないでほしい。アインと呼んでくれ……あぁ、名前は?」

「ハティだよ。名前を変えてるなら何か事情あるみたいだしアインって呼ぶよ」

「話が早くて助かる。今回ペニーウォートに助力を頼んだわけではないんだ。極東へのルート確立のためにはペニーウォート管理のビーコンを利用する。そのミナトの先の灰域以東の調査の為ロイアリティの支払いを申請したら向こうから売り込みがあった。当ミナト最強のAGEに護衛させられる、と。未踏領域で灰域種などの危険も考えれば戦力は多いに越したことはない。断って印象を悪くするのも良くないから受けたまでだ」

 

 アインは極東支部の人間だ。それが欧州にいるという事は極東に帰りたいのだろうか。疑問を浮かべる私の顔に気づいたのかパソコンを打つ手を止めてアインが微笑んだ。

 

「何故極東をわざわざ目指すか、と言った顔だな。欧州がこんな状況で極東が無事とは限らない。だが俺が信頼する男が任せろと言った」

 

 そんなに喋って大丈夫なのかと言った顔を研究者の女性がしている。私は思いついたことを実行に移すことにした。ユウゴならもっと良い作戦を思いついたかも知れないが、ここに来たのは私一人だ。

 

「アイン、私たちの後ろ盾になってほしい」

「ペニーウォートのか?」

「違う、私は、私たちはAGEが安心して暮らせる場所が欲しい。でもそれはペニーウォートじゃない」

「だがペニーウォートはこの近辺では有力なミナトだ。お前の権利だけなら買えるかもしれないが、現状お前の仲間達全員を買えるほどの財力はダスティーミラーには無い」

「わかってる。今何かしてほしいわけじゃ無い。だけど私たちがミナトを立ち上げる事になったら、背中を押してほしい。ペニーウォートの奴らがすんなり他のミナトにAGEを貸すしこんなに高度な灰域踏破船に乗ってるなら、ダスティーミラーだって有力なミナトなんでしょ?」

 

 アインはそれを否定しなかった。

 

「だが、ダスティーミラーに何かメリットはあるのか?」

「口約束だけど私達のミナトのビーコンを使うときはロイアリティ無しでタダで通っていいよ。それと……極東最大のミナトはエイジス島とアナグラって支部を繋いでいた地下搬入路を改造したブラッドロータス、とかそういう私が知ってる極東の情報とか?」

「成る程……それは確かに喉から手が出るほど欲しいものだな」

「アインさん、流石に口からの出まかせでは?」

「エイジス島と極東支部を結ぶ地下搬入路がある事をこの状況で知っている者は欧州にはいないだろう。極東支部をアナグラ呼びしたのも含めてな」

「じゃあ!」

「ただし、灰域航行法は守れ。でなければお前たちを助ける事はできない」

 

 そう言ってアインは立ち上がると本棚から結構厚めの本を取り出して私の座るソファーに置いた。彼は私の中にある闇を見抜いたのかも知れなかった。

 

「……勉強かぁ」

「知識も力だ。お前が極東の知識で俺を動かしたようにな」

 

 ジークのような事を言ってため息を吐くとアインが微笑んだ。

 

「ともかく、まずは仕事だ。ついてこい」

 

 アインが立ち上がり私を間に挟む形で三人で着いた先はダスティミラーの艦橋だった。前方に大型モニターが配置されそれを見ながら操縦をしているの人やモニターを弄っている人など、数度だけ見たことのあるペニーウォートの灰域踏破船に比べれば人員が少なかった。

 

「AGEの目視確認は要らないの?」

「あのモニターは喰灰対策済みのセンサー類と感応レーダーを統合したOICから送られてきている物だ。AGEの目視確認よりも遠隔……地平線の先の状況まで知ることができる」

 

 私の疑問にアインが答える。

 

「オーナー、間もなく目的エリアに到達しますが……航海士からの情報によると目的の地域が感応レーダーに反応せずブラックアウトしてしまうとのことで……」

「……今目視が必要になったな。出るぞハティ」

「了解」

 

 灰域踏破船のエアロックから神機を携えてアインと二人外に出る。灰域が重いと感じるほどに濃い。

 

『アルファ1、灰域の影響で離れ過ぎれば通信障害が発生すると思われます。注意してください』

「灰嵐では無いようだが……異様だな」

「……赤い?」

 

 濃い灰域の中を警戒しながら進んでいくとすぐに感応レーダーがブラックアウトする領域まで近づいた、そこは建物の類一切が溶けており、空気中の塵が赤く焦げている。只事では無い。

 

『大気中喰灰濃度と装甲の侵食ペースが一致しません。灰嵐とは別ベクトルで喰灰が異常に活性化していると思われます。危険ですので撤退を』

 

 後方をゆっくりついてきていた船から連絡が来る。

 

「ビーコンがこれのかなり後方で手前で止まっていたのも頷けるな。さしずめ紅煉灰域と言ったところか。情報は得られた。船や俺たちが食い尽くされる前に撤退するぞ」

『了解、反転します』

 

 船が唸りを上げてその場で信地転回を始める。その間アインと2人で周辺警戒は怠らない。

 

「こんな所ではアラガミもそう長くは居られないだろう。現れるなら灰域種だ、警戒しろ」

「スコルから灰域種対処法の情報も貰ってるよ」

「言わないでもわかる。一撃も受けず無傷で倒せ、だろう?」

 

 正解だった。それができれば苦労しないのだが、私がキョトンとした顔をしているのを見てアインが微笑んだ。私が得た極東での常識は欧州だと意味不明行為に当たるらしい。ヴァジュラ単独討伐ができて一人前とか。

 それだけの力がなければ極東では生き残れなかったという事なのだろう。この世界で生き残る以上、それができるようにならなければいけない。ジャックを殺したあのアラガミも恐らくは灰域種なのだから。帰ってこなかったAGEの事を忘れたことはない。だが、明確に何が仇なのかわかっているのはジャックだけだ。あとは何故死んだのかすら分からない。

 だからもしアレが私の前に現れたなら確実に殺す。

 赤い灰域を後にダスティ・ミラーは私をペニーウォートに降ろして自分たちのミナトへ戻っていった。戻った後私が懲罰房に入れられることはなかった。



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