境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』 (野生のムジナは語彙力がない)
しおりを挟む

第1話:怪物ーニライカナイー

境界戦機
今のところ、これ以外で他の二次創作は……うん


【補足2】
本作は、本編でアモウやガイたちが活躍する裏側で、こんな戦いがあり得たかもしれないという感じで読んでくれると幸いです。
未視聴の方は、是非『境界戦機』をチェック!
↓(公式の第1話です。一応貼っておきます)
https://m.youtube.com/watch?v=C6rbRTphKc0&t=65s


2062年

某月某日 23:15

沖縄近海

 

 

 

暗い凪いだ海がどこまでも広がっていた。

夜空に輝くは純白の月。青い水の星を包み込む聖なる月光の煌めきが、夜闇の世界を俄かに明るく映し出し、水面に銀色の揺らめきを生み出していた。

 

どこまでも続くかと思われた静寂の世界。

しかし、その静寂を打ち砕くかのように波を切って進む艦艇の集団、艦隊は円形の陣を作って何かに警戒するかのように夜の波間を進んでいた。

 

 

 

その日、大陸より抜錨したオセアニア軍所属の艦隊が沖縄の近海へと近づいていた。3隻の輸送艦を始めとして5隻の駆逐艦、そして1隻の揚陸艦で構成された中規模輸送艦隊である。

 

その内の1隻、輸送艦サクサンの乗組員たちは船のダイニングで各々休息を取っていた。広いダイニングには船の乗組員の実に3分の1以上が集結していたが、船のコントロールは高性能な自動制御システムが搭載されたコンピュータで管理されている為、短時間ならば持ち場を離れていても問題はなかった。

 

乗組員たちは少し遅めのディナーにありつく者もいれば、同僚と酒を酌み交わす者や、タバコや葉巻をやる者、トランプを使った賭け事に興じる者、雑談に花を咲かせる者など休息の仕方はそれぞれであり、静かな夜の海で一際賑わいを見せていた。

 

「おいアビゲイルにバーディ。お前ら、そろそろ休憩終わりだろ? 早く持ち場に戻った方がいいんじゃねぇか?」

 

「そう慌てるなよ。この船のコンピュータ管理は優秀なんだろ? ここまで何ともなかったんだ、ならもう少しくらい休んだって何も問題はないだろ?」

 

「まあな。何かあったとしても有事の際には護衛の駆逐艦がオレらの代わりに遠隔で船をコントロールしてくれるからな。アハハ、楽な仕事だぜ」

 

ダイニングの一角を占めた乗組員のグループの中でそんな会話が繰り広げられた。作戦行動中であるにも関わらず呑気に私語と軽口を叩き合い、非常に弛んだ状態であった。

 

「しかしまあ、オキナワにあるオレたち(オセアニア軍)の基地まで物資を運ぶだけなのに、護衛の駆逐艦ならまだしも、なぜ揚陸艦までつける必要があるんだ?」

 

「さあ? 軍のお偉いさん方の考えることなんて、下っ端のオレたちに分かるわけねーだろ」

 

「なんだお前ら知らないのか? 聞いた話によると、オキナワの海には怪物が出るらしいんだとよ」

 

「は、怪物だって?」

 

乗組員の1人が『怪物』というワードを口にしたのを皮切りに、グループ全員の視線がその1人へと集中する。

 

「おいミハイ、怪物って何だ?」

 

「いや、オレも詳しく知ってるわけじゃねぇが……なんでも、この辺りにはバニップが出没するらしい」

 

「バニップ!? バニップだって!? ハハッ!」

 

その言葉に、グループの中でどっと笑いが起こった。

 

バニップとは……

オーストラリアに伝わる未確認動物(UMA)の一つで、川や湖に生息しているとされる伝説上の怪物である。その生態や姿形には様々な情報が上がっているものの実際の捕獲例などはなく、そもそも情報の信憑性が低いことから、多くの場合アザラシなどの見間違いか、その存在自体がガセネタであるとされている。

 

「オイオイ、バニップだとよ。なんだミハイ、お前バニップなんてもの信じてんのか?」

 

「いや、もちろん信じちゃいねぇさ。そもそもバニップはオレらの国の怪物で、そんなのがオキナワにいるわけ……いや、オキナワはもうオレたちが抑えてるんだったな」

 

「とすると何か? オレたちがオキナワを支配したってんで、バニップが海を渡ってオキナワまで観光旅行にでも行ったってのか!? ハッ、こいつは傑作だな」

 

「オイオイ、ちゃんと観光ビザはとったのかよ? いや、今はいらねーんだったか? がはははは!」

 

他の乗組員たちが嘲笑を浮かべて冗談交じりに駄弁っている中、仲間たちからミハイと呼ばれたその人物だけは、面白くなさそうにため息を吐くだけだった。

 

「けどよ、今回の輸送計画だって……」

 

「なんだよ? 物資を運ぶついでにオセアニア海軍総出でそのバニップって奴を捕まえようってか? 成る程な、さっき揚陸艦からAMAIMが何機か海に降りて行ったのもその為か?」

 

「そうじゃねぇ……いや、オレもただ上官の話を盗み聞きしただけだから本当のことはわかんねぇ、けどよ。そのバニップは……オレたちオセアニア軍を襲うんだとよ」

 

その言葉に、グループの中でまたも大きな笑いが起こる。その様子に、ミハイは肩をすくめて酒を煽るしかなかった。

 

「襲う? ハッ……バカバカしいな、こっちは軍艦だぜ? あっちの駆逐艦にはバルカン砲にミサイルだって備わってるんだぜ? そんなのを相手に、たかが生き物ごときが勝てるわけ……」

 

口を噤んだミハイに向けて乗組員の1人が嘲笑と共に意気揚々とそう告げた。しかし、その瞬間……どこからともなく轟音が響き渡った。

 

「うおっ!」

 

突然の出来事に、乗組員たちは思わず悲鳴を上げる。遠方から生じたその爆発音は空気の振動となって飛来、乗組員たちのいたダイニングを輸送船ごと大きく揺らし、照明の光を激しく明滅させた。

 

「な……爆発!?」

 

「敵襲か!?」

 

乗組員たちは先ほどまでの弛んだ空気を打ち消すかのようにダイニングから飛び出し、状況を確認すべくデッキへと上がった。

 

「何だ!? どこだ!?」

 

「見ろーッ! あそこだーッ!!!」

 

「なっ!? ブリストンが……!」

 

乗組員たちの視線が海上の一点に集中する。

一際明るくなったその場所、サクソンの前方を航行していた輸送艦ブリストンが炎上していた。船体後部から黒煙と共に巨大な火柱が上がり、既に浸水が始まっているのか僅かに右舷へと傾斜しかけている。

 

「ブリストンが沈む!?」

 

「早くダメージコントロールを……!」

 

「待て、あれは何だッ!?」

 

その時、乗組員の1人が炎上するブリストンの側面を走る2つの影を目撃した。水面下から音もなく忍び寄る『怪物』は……爆炎の明かりに照らされながらも、明確な敵意を持って一直線にこちらへと迫っている。

 

「あれは……魚雷ッ!?」

 

「伏せろーーーーッッッ!!!」

 

「ワァァァァァァァァッッッ!!!」

 

次の瞬間、サクソンに閃光と衝撃が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第1話:怪物ーニライカナイー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分前……

某月某日 23:15

沖縄近海

 

 

 

静寂が目の前に広がっていた。

 

 

 

深度███メートル、人類が科学の力なしでは到底辿り着く事のできない極限の環境。光の届かない暗い海の中、目の前に広がるのは虚空。どこまでも続くかのような深淵、決して明けることのない闇の世界。

 

俺はその中を1人で漂っていた。

 

生命維持装置は正常に作動し、呼吸はできる。

しかし、周囲を闇で固められたことで認識する得体の知れない圧迫感は、感じていないはずの水圧が体にのしかかっているかのようだった。

 

どれだけ見渡しても底の見えない空虚さ、思わず深淵の中へ伸ばした手が次の瞬間闇に包まれ、自身の視界から消失する。それはまるで、海という名の巨大な生物に自身の手が呑み込まれてしまったかのようであり、それがたまらなく怖かった。

 

 

 

だけど……

それがたまらなく、神秘的でもあった。

 

 

 

『マスター……』

 

そう呼ばれ、俺はゆっくりと目を閉じた。

次に目を開けた瞬間、目の前で、ひとりの少女が暗い海の中を漂っているのが見えた。無論、少女は実際に海の中を漂っているのではなく、その正体は俺の網膜に投影された実態のない虚像である。

 

二頭身、青い長髪、白い肌、ぱっちりとした碧眼、無表情、揺らめく黒のワンピース、そして頭にはヘッドフォン。彼女は全身からうっすらとした白い光を放っており、前述のフワリした長髪とワンピースの動きも相まって、まるで青い海月が海の中を漂っているようだった。

 

『マスター、お時間です』

 

「ああ、分かってる」

 

頷きと共に小さく息を吐き、海底へと伸ばした右腕を素早く引き抜く。気がつくと、それまで視界から消えていた手に硬い感触、見ると俺の手の中にはいつのまにかAMAIMの操縦桿が握られており、左手も同様に操縦桿を強く握りしめていた。

 

何度やっても奇妙な感覚だ。

操縦桿もまた、目の前の少女と同様に網膜投影されたホログラムであり、電気刺激を用いて指先に伝わるリアルな質感は実際に操縦桿を握っていると錯覚してしまう。

 

現実に匹敵する非現実の感覚。

西暦2062年……21世紀後半の科学技術は、その2つの境界線を曖昧にさせてしまう程に発達していた。

 

『MAILeS「ニライカナイ」。潜水艦モードでナビゲーションフェイズからアタックフェイズへと移行……攻撃可能深度まで浮上します』

 

目の前の少女がそう告げると、今まで水中を漂うだけだった自分の体が少しずつ海面へと向かっていく気配を感じた。それが非現実の錯覚ではないことは、網膜投影された深度計の表示を見て判断できた。

 

『マスター、私の見えているものが見えますか?』

 

続いて、少女の目を通して水上を航行するオセアニア軍艦隊の位置情報が、赤い光点となって網膜にリンク表示される。数は9、また水上艦以外にも豆粒ほどの小さな反応がいくつか見られた。

 

「ちゃんと見えてる。オセアニア軍輸送艦隊を視認……進路誤差修正」

 

抑揚のない少女の声に淡々と反応し、操縦桿を僅かに倒す。操縦桿の動きに連動してスクリューと潜舵が稼働し、機体の前部がオセアニア艦隊へと向けられた。

 

『目標は艦隊中央の3隻です。また駆逐艦5隻と揚陸艦1隻を確認。さらに揚陸艦と艦隊周囲に小さな反応あり……敵対潜型AMAIMと予想されます』

 

「了解。ブーメランの水上型か……」

 

『敵勢力に迎撃行動の予兆は見られません……本機は未だ捕捉されていないと予想されます』

 

「よし、なら魚雷を試す。1番2番発射用意」

 

『サー、オールウェポンズフリー、コンバット・オープン』

 

「目標……オセアニア軍輸送艦3隻」

 

『目標へナンバー付与、ダーゲット1へ照準。マスター、発射のタイミングはお任せします』

 

視界に投影されたターゲットスコープの中央に輸送艦の光点を捉え、俺は操縦桿のトリガーに指を置いた。乾ききった唇を噛んで湿らせ、それから小さく息を吐き……

 

「当たれッ!」

 

短く叫び、トリガーを引き絞る。

ニライカナイの魚雷発射管から射出された2本の対艦魚雷が水中を超高速で走り、ロックオンした敵の輸送艦めがけて直進……やがて俺の視界から消失した。

 

その直後、静寂に包まれた海中に僅かな衝撃。

 

『……マスター、目標への着弾を確認しました。さらに海面温度の上昇を確認。ダーゲット1は炎上しているものと思われます』

 

「よし、続けて3番4番を試す」

 

『サー、ダーゲット2照準』

 

「沈めッ!」

 

再びトリガーを引き絞る。

3発、4発目の魚雷が勢いよく飛び出し、先ほどの輸送艦の後方を航行していた第2目標へと来襲。まもなく少女が発した命中判定を聞き、俺は反射的に最後の1隻へと視線を滑らせる。

 

「このままもう1隻……!」

 

今まさに3番目のターゲットへ照準が合わさろうとした、まさにその瞬間……コックピット内部にけたたましく警報が鳴り響く。

 

『敵艦、本機に向けて飛翔体を発射』

 

「ちっ……対応が早い、やっぱり最初の頃みたいに上手くはいかないか」

 

少女の警告を聞き、咄嗟に回避行動を取る。

魚雷発射の完璧な位置取りは崩されるが、仕方のないことだった。飛翔体の正体は恐らく駆逐艦から発射された対潜ミサイル(SUM)だろう、直撃すれば撃沈は免れない。

 

少女のセンサーを介して、直上に飛翔体から投下された何かが着水する気配を感じ取る。ミサイルから分離した魚雷がこちらへと向かって来ているのだ。近距離に落ちたことで、弾頭に搭載されたソナーはまず間違い無くこちらの姿を捉えている事だろう。

 

「ダッシュ!」

 

魚雷が着弾する直前、俺はスロットルレバーを引き機体を加速させた。本来は大型で鈍重な潜水艦を攻撃するために作られた対潜ミサイルは、既存の潜水艦よりも遥かに小柄で小回りが利き、水中を高速航行できるニライカナイの動きに全くと言っていいほど対応できず、標的を見失って水中を迷走し、やがて安全装置が作動したのかあらぬところで自爆した。

 

『続いて敵AMAIMの攻撃、ロケット爆雷です』

 

少女の言葉通り網膜投影された映像の中で、こちらを中心にオセアニア軍のAMAIMが水上を包囲しているのが見えた。なるほど、先ほどの対潜ミサイルはニライカナイを攻撃する為というより、こちらの位置を特定するという意図のものだったのだろう。水中の見えない敵に対し、オセアニア軍もそれなりに対策を立ててきているようだ。

 

水中に次々と爆発が巻き起こる。

オセアニア軍は未だにこちらの正確な位置を掴めずにいるのか爆雷攻撃はまばらで、直撃することはなかったものの、至近距離で爆雷が炸裂したのか、衝撃でコックピットが激しく揺さぶられる。

 

「ぐっ……ユーリ、損傷は?」

 

『ウィーヴァルアーマー及び脚部耐圧殻へのダメージは軽微です。圧壊の恐れはありません、作戦継続を推奨』

 

「よし、この爆発に紛れて敵艦隊の側面を衝く!」

 

『サー、回避ポイントを算出。反映します』

 

少女が提示したナビゲーションに従いつつ、機体を増速させる。まるで針の穴に糸を通すかのような正確さで爆雷の影響範囲から逃れつつ、攻撃ポイントへと移動する。

 

雨霰のごとく降り注がれる爆雷の範囲攻撃をなんとか掻い潜り、攻撃ポイントへと辿り着いた時には、既にオセアニア軍は攻撃を止めて警戒態勢を敷いていた。AMAIMはつい先ほどまで自分たちがいた場所を警戒し、油断なく爆雷の投射機を向けている。

 

機体のステルスシステムは有効に作用しているようだった。何にせよ、今が攻撃のチャンスである。

 

「対艦戦闘、魚雷……5番6番斉射用意」

 

『マスター。前方、敵AMAIM接近』

 

少女のピックアップした攻撃位置についたはいいものの、敵輸送艦への射線を阻むように青緑色の機体色を持つAMAIMが水上を航行していた。

CO-03BR「バンイップ・ブーメラン」

オセアニア軍が運用する戦術特化型AIを搭載する無人機、元となった陸戦型は逆関節の脚部を有する非人型の機体だが、今目の前にいるのは脚部をホバークラフトに換装した水上戦闘タイプだった。

陸戦型と同様に腕部はなく、武装は胴体に内蔵された固定武装の30ミリ機関砲と胸部左右の隠しナイフに加え、バックパックにロケット爆雷を投射可能な対潜迫撃砲を6門、さらにホバークラフトのプラットフォームに4門の魚雷発射管を備えている。

 

駆逐艦や揚陸艦といった水上艦によって運用され、一般的な陸戦型に比べて地上での機動性は失われたものの、その分水上戦闘に関しては凄まじい正面火力と移動速度を誇っていた。

 

「……邪魔だ!」

 

輸送艦への射線を確保すべく、俺はブーメランへと5番目の魚雷を放った。ブーメランに搭載されたAIは接近する魚雷の存在を感知するも、迎撃が思考されるよりも速く魚雷の近接信管が作動、爆風はブーメランの装甲を容易く吹き飛ばし、弾薬を誘爆させ、ホバークラフトをズタズタに引き裂いた。

 

青緑色の機体がひっくり返り、浮力を失った機体は海の中へと沈んでいく……そして、輸送艦への射線が開かれた。ダーゲットサイトの中央に輸送艦の影、明瞭なオーラルトーン。

 

『魚雷、6番7番発射準備完了』

 

「いけッ!」

 

叫びながらトリガー引く。機体の先端部から2本の魚雷が発射され、少女の誘導で吸い込まれるように輸送艦へと向かっていく。敵艦は防御策としてデコイを放出しているようだったが、無駄な足掻きだった。

 

「ユーリ、どうだ?」

 

『……目標への着弾を確認。敵輸送艦へ深刻なダメージを与えました、まもなく轟沈すると予測されます』

 

少女の言葉に頷き、俺は再びターゲットサイトを覗き込んだ。うっすらと見える傾斜した船影、さらにそこへ随伴していた駆逐艦が幅寄せしようとしているのが確認できた。退艦し、海に身を投げた乗組員たちを救助しようと言うのだろう。

 

『マスター』

 

呼ばれ、ふと横を見るとそこには少女の姿。

彼女は淡々とした表情でこちらを見つめていた。

 

『対艦魚雷、残弾数1』

 

「…………」

 

『どうされますか?』

 

「…………いや、いい。作戦完了だ」

 

『サー、急速潜航。戦域より離脱します』

 

少女がそう告げると、機体が海中深くへと沈んでいく感覚。その最中、作戦水域に展開していたブーメランが、装備していた魚雷や爆雷を射出してきたが、その全てが頭上を掠めるだけで、1発たりとも直撃することはなかった。

 

深度███メートル

機体が圧壊する限界ギリギリまで潜航したニライカナイは、守るべき母なる島に向かって帰途につくのだった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

撃沈された輸送艦サクソンの乗組員たちは、暗く冷たい海の上を漂流していた。魚雷が爆発した衝撃でサクソンから振り落とされ、投下された救命ボートへ命からがら辿り着くも、その表情は恐怖と寒さで蒼白に染まっていた。また、周囲には同じく撃沈された他2隻の救命ボートが海面を漂っている。

 

「たったの数分で……3隻の輸送艦が沈められた」

 

今まさに海中へと没しようとする3隻目の輸送艦を、サクソンの乗組員たちは信じられないものでも見るかのような目で見守るしかできなかった。

 

「これが怪物……バニップなのか……?」

 

青く染まった唇を動かし、乗組員たちの口からそんな言葉が漏れ出る。その姿に、つい数分前の威勢の良さは全くと言っていいほど見受けられない。乗組員たちは止まらない体の震えを抑え、駆逐艦の救助をただただ待ち続けた。




【説明(執筆経緯)】
『境界戦機』
とある黒髪美人さんのアニメレビューを見て、自分も試しに視聴してみたところ、リアル路線でなかなか面白いと感じて、今では水曜日(Youtube視聴)が待ち遠しくなるほど楽しませてもらっている今日この頃。
しかし、回を追うごとに『境界戦機』には何が足りないと思うようになり、レビュワーの黒髪美人さんやコメ欄の方々もそれについて指摘するコメントがよく聞こえてくるようになり、ふと、皆さんの言うその「足りないもの」が何なのかを自分なりに考えるようになりました。そして、考えに考え抜いた結果、本作の作者ことムジナ(略)はある1つの結論に至りました。

それが『沖縄』でした。(いや違うけどもw)

境界戦機は日本を舞台にしているというのに、未だに沖縄の『お』も出てこないという……こういう時、だいたい沖縄ってハブられるので、というか何でライバルの北海道があって(外伝:フロストフラワーより)沖縄が話に出てこないんですかね? しかしですよ、何てったって小中学生からの認知度100パーセント(実質)の県なんですから、あの東京より有名(正答率が高い)なんだから少しくらい忖度してくれても、ねぇ? そう思いません?

いや、まあ『境界戦機』に足りないのが沖縄って結論づけるのは流石に冗談ですけども……でも沖縄出身のムジナさんとしては、やはり寂しいものがありまして
というわけでこの度、沖縄が舞台の『境界戦機』を作らせて頂きました。しかし、公式の設定が曖昧で色々とフワフワしていることに加えて執筆時点で本編が未完結であることから後に出てくる(かもしれない)主に沖縄の情勢に関する公式設定と食い違いが出てくる可能性はなきにしもあらずですが、それを承知で書かせて頂きました。

全6話と気持ち短く連載を予定しているので、よければ一通りの完結までお付き合い頂けると幸いです。
それでは、また……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:抵抗ーレジスタンスー

あらすじ
水陸両用型アメイン『ニライカナイ』を駆って、オセアニア軍の輸送艦を撃沈した主人公『喜舎場ライ』とその相棒『ユーリ』は、戦果の報告と機体の修復をするべく、RLFの母港へと帰還する。


西暦2061年。

経済政策の失敗や少子高齢化によって破綻した日本に対し、経済援助や治安維持を目的として「北米同盟」「大ユーラシア連邦」「アジア自由貿易協商」「オセアニア連合」の4つの世界主要経済圏が介入する。その結果、日本列島を舞台に勃発した「境界戦」と呼ばれる国境紛争を経て、日本の国土は4つに分割統治され、日本人は隷属国の人間として虐げられる生活を送っていた。また、日本は各経済圏によって投入されたAMAIM(アメイン)と呼ばれる人型特殊機動兵器が闊歩する、世界の最前線ともなっていた。

 

それは日本の南西諸島の1つ、『沖縄』でも同様だった。オセアニア連合は沖縄を大陸と日本を結ぶ中継点にすべく軍を派遣、武力による支配を画策した。オセアニア軍の参戦は戦火の拡大へと直結、小さな島国を舞台に、北米軍およびアジア軍との間で行われた境界戦では地域住民を巻き込んだ凄惨な国際紛争が繰り広げられ、民間人の間に多くの死傷者を出すという結末に至った。

さらに戦闘の余波で、沖縄文化の象徴とも呼べる首里城は三度焼失、戦争は人の心までをも踏みにじったのである。

 

長きに渡る紛争の末に、沖縄を手中に収めたオセアニア連合は軍備拡張を実施、ヤンバルや御嶽といった沖縄固有の美しい自然に手をかけ、垂れ流した化学物質は緑の大地と青い海を容赦なく汚染していった。さらに沖縄全域でオセアニア軍人による犯罪が横行、各地で悪逆の限りを尽くすオセアニア軍に対し沖縄の民は決起し抗議の声を上げるも、圧倒的な力を前になすすべなく弾圧され、力なき人々は泣き寝入りせざるを得なかった。

 

この状況を打破すべく、盟主達の手によってレジスタンス組織『琉球解放戦線』(RLF)が発足。その名の通り、沖縄の解放を行動理念とする組織の誕生に、それまで虐げられるだけだった沖縄の人々は強大な軍事力を持つオセアニア連合に対抗できるだけの力をつけるべく集結し、沖縄の地下世界へと身を潜めた。

 

結成から1ヶ月後……

そこに所属する俺は、適性検査の結果からまだ高校生の身でありながらRLFで製造された試作型AMAIMのパイロットに任命された。

それ以降、俺は「ユーリ」と名乗る少女の容姿をした自立思考型AIと共に、水陸両用型オリジナルAMAIM『ニライカナイ』を駆り、オセアニア軍に対して幾度となく通商破壊作戦を行ってきた。

 

出撃回数は今日で15回目、

撃沈した艦船の数は既に二桁に上っている。

 

当初は、ただ沖縄のために何かしたいと、少しでも何か力になれることがあればと後先考えないままRLFに加入した俺だったが……『ニライカナイ』のパイロットに選ばれるまでは、まさか自分が直接戦闘に参加することになるとは夢にも思っていなかった。

 

ただの学生である自分が……

それが正直なところだったりする。

 

 

 

そう、俺はオセアニア軍と戦争をしているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第2話:抵抗ーレジスタンスー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某月某日 2:30

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

那覇港 秘密地下ドック

 

 

 

オセアニア軍の輸送艦を撃沈した後、俺は人工的に作られた小さな海中トンネルを進んでいた。小型の潜水艦が一隻やっと通れる大きさの暗く狭いトンネルを、少女のナビゲーションを頼りに通り抜けて海面に浮上すると、そこは明るい空間が広がっていた。

 

『潜水艦モードでナビゲーションフェイズからスタンバイフェイズへと移行。機体を桟橋に接岸。マスター、お疲れ様でした』

 

少女は無表情のままそう告げつつ、ワンピースの裾を軽く持ち上げてカーテシーの動作をして見せると、それっきり姿を消してしまった。目を覆っていた網膜投影のバイザーが自動的に外され、手から操縦桿を握る感覚が消失する。

 

「…………」

 

疲労感に、ため息を吐く。

薄暗いコックピットの中に1人残される形となった俺は、リニアシートを稼働させ機体の後部ハッチから外の世界へと這い上がった。

 

「うっ……」

 

何時間もずっと暗闇の中に隔離されていたからか、地下ドック内に幾重にも張り巡らされた照明の眩しさに思わず顔をしかめる。平衡感覚が失われ、グラつく視界の中、ふらつきながらも無理やり立ち上がろうとすると、その時……桟橋を渡ってこちらへと駆け寄ってきた誰かに肩を支えられる。

 

「ライ!」

 

「…………?」

 

自分の名前を呼ばれ、俺は言葉を返そうと口を動かすも、自分が思っていた以上に疲弊していたのだろう、上手く言葉が出て来ず掠れたうめき声しか出てこなかった。

 

「どうした、疲れたか?」

 

「いや、ただ……眩しいだけだ」

 

小さく咳を1つして、ようやく声を絞り出す。

周囲の明るさに慣れ、徐々に目の焦点が定まってくると、俺は俺の体を支える同年代の男性……渡慶次マサヒロと目を合わせた。角刈りで明るい好青年といった見た目の彼は、工業高校で配布されるツナギを身につけている。

 

「そうか? ならいいや……まあ、それはいいとしてだ、こっちで傍受したオセアニア軍の通信によると、敵輸送艦3隻撃沈だってな? お手柄だな」

 

「それとブーメラン1機だ」

 

「おっと、そりゃあ凄い」

 

そんなやり取りをしながら、俺は頼もしげに笑う彼に肩を支えられるようにして桟橋を歩いた。陸地へと向かう俺たちと入れ替わるようにして、2人のメンテナンススタッフが桟橋を渡っていく。

 

「マサヒロ、もう大丈夫だ」

 

「そうか? まー無理すんなよ」

 

マサヒロの気遣いに感謝しつつ、陸地へと降り立った俺は改めて周囲を見回した。那覇港の地下をくり抜いて建造された、広大な地下空間が広がっている。

かつて沖縄県と呼ばれていたこの地を軍事支配するオセアニア軍、各地で傍若無人な振る舞いを見せる彼らに対抗するべく組織されたレジスタンス……琉球解放戦線(RLF)。その本拠地であるここは、真夜中でも昼間のように明るく、作業に従事するスタッフたちの活気に包まれていた。

 

「ライ、何見てんだ?」

 

「いや……相変わらず、ここは賑やかだなって」

 

「まーそりゃあな。なにせここにいる奴らの大半は、憎っくきオセアニア軍の野郎どもから沖縄を取り戻すために戦ってるんだ。時間外労働なんて言ってる暇があるくらいなら、弾丸の1発でも作らねえと……」

 

マサヒロは俺の肩に肘を置き、冗談交じりに告げる。

 

「あーあ、てか普通に考えたらウチってヤバイよな。こんな時間までオレら学生にまで夜勤させるとか……明日も学校があるってのに、ほんとブラック企業……」

 

「その分、給料は支払っているが?」

 

「……ッ!? そ、その声は……!?」

 

マサヒロの体がギクリと震えた。恐る恐る振り返ると、いつからそこにいたのだろうか……桟橋を操作する制御盤にもたれるようにして、じっとりとした目でこちらを見つめる、約2メートルの体躯を持つ屈強な中年男性の姿があった。

 

レジスタンスのリーダー、中曽根キョウヤ

緑色のタンクトップ、黒のフルレングスパンツ、鋭い目つき、強面の表情、服の隙間から一切の無駄がない鍛え抜かれた肉体が嫌でも目に入ってくる。

 

「き……キョウヤさん、来てたんスね」

 

非常に戸惑った様子で、マサヒロは一歩後ずさりする。

 

「さっきのはほんの冗談でして、オレは何も……」

 

「…………」

 

しかし、リーダーはうっかり愚痴をこぼしてしまったマサヒロではなく、その鋭い瞳は俺を真っ直ぐに見据えていた。その視線に少しだけ身構えていると、リーダーはゆっくりとこちらへ歩み寄ってきた。

 

「ライ、今回の戦闘データを見せてくれ」

 

「はい」

 

リーダーの言葉に、俺は胸ポケットにしまっていたタブレットを手渡した。ダークブルーのケースが照明の光を受け、鈍い輝きを放つ。

 

「ふむ……輸送艦3隻を撃沈か」

 

タブレットを受け取ったリーダーは、液晶画面に映る文字列をしばらくの間眺め始めた。その間、俺とマサヒロは気まずい空気を感じて僅かな間だけ目配せし合い、すぐさま視線をリーダーの方へと戻した。

 

「……まあいい、返すぞ」

 

「はい」

 

やがて情報を確認し終え、返却されたタブレットを受け取り、俺がそれをまた胸ポケットへ収めようとした時だった。なんの前触れもなく伸ばされたリーダーの手が、派手な音を立てて俺の肩を強く掴む。

 

「……ッ」

色黒の大きな手が肩に食い込み、俺は思わず握り潰されてしまうのではないかと錯覚してしまった。

 

「ライ、なぜ魚雷を1発残した」

 

「え……」

 

その言葉に、リーダーの方へと視線を向ける。

彼の表情は先ほどにも増して感情的な色が浮かんでいた。

 

「ライ……喜舎場ライ! なぜ魚雷を1発残したのかと聞いている。あの状況ならば、最後に駆逐艦を攻撃できた筈だ。敵を1人でも多く海の藻屑に出来るチャンスを、お前は棒に振ったのだ……何故だ、何故お前は敵に情けをかけるような真似をした?」

 

「それは……」

 

まくし立てるようなリーダーの問いかけに、俺はどう返していいか分からず戸惑っていると……

『マスター、私にお任せ下さい』

その時、淡々とした少女の声が脳裏に響き渡る。

正確に言えば、こめかみの部分に埋め込まれた通信用ナノマシンが信号を感知し、耳元でそれに対応した音を発しているだけなのだが……手元に目を向けると端末の液晶画面に光が灯っていた。

 

「ユーリ……」

 

俺の呟きに、端末の少女は頷きを返した。

それを見て、俺は恐る恐る端末を持ち上げる。

 

『リーダー様。僭越ながら申し上げますと、3隻目を攻撃した時点で、既にこちらの位置はオセアニア軍に察知されていました。あの状況下での攻撃は、逆に我が方にとって損失になる恐れがあったと推測されます』

 

俺が軽くタブレットを示すと、リーダーもそれに気づいたようだった。液晶画面に出現した少女は、端末のスピーカーを介して自身の意志をリーダーへと伝え始める。

 

「なんだと?」

 

『これまで、我々はオセアニア軍に対し15回に渡って攻撃を仕掛けました。しかしながら、我が方の攻撃に対し全くの無防備であった当初とは違い、対潜能力を持つ護衛艦の配備、水中への警戒強化、AMAIMを水上戦に対応させるなど、オセアニア軍は様々な対策を立ててきています』

 

リーダーはタブレットの少女へと睨みを効かせる。しかし、少女は全くの無表情で言葉を続けた。

 

『マスターが手を抜いていると思われているのであれば、それは誤りです。奇襲のメリットが失われた状態で攻撃を仕掛けた場合……敵の妨害により撃沈までに必要十分なダメージを与えられず、逆に集中砲火を受け本機は致命的なダメージを受ける恐れがありました。また、当初の目的であった通商破壊は既に完遂されていることから、これ以上の戦闘行為は不要であると言え、つまりマスターの……あの状況下でのライ様の判断は妥当であり最善を尽くしていたと言えます』

 

「いや、不要な戦闘ではない。オセアニア軍はいずれ我々の計画を知る事になるだろう。今の内に1人でも多くの敵兵を始末しておかねば、後々になって痛い目を見るのは明らかだ! だからこそ撃たれる前に敵を撃つ必要がある」

 

『では、リーダーはマスターに死ねと仰られるのですか? 彼は私と「ニライカナイ」のシステムに唯一適応した希少な存在です。そんな彼の喪失は、今の我が方にとって大きな損失ではないでしょうか?』

 

「…………チッ、話にならん」

 

リーダーは舌打ちをすると、タブレットの少女から目を逸らし、そのまま俺たちの横を歩いて通り過ぎて行く。俺とマサヒロはどうしていいか分からず無言でその背中を見送っていると、リーダーは去り際にチラリと振り返った。

 

「ライ、敵に情けをかけるな。オセアニア軍は何としてでも殲滅しなければならない……奴らは、悪意を持ってこの島に住み着く外来種なのだから」

 

リーダーはそれだけ言うと再び歩き出し、やがてその姿は暗闇の中に消えてしまった。彼の気配が完全に消えたのを確認した後、俺たちは思わずホッと息を吐いた。

 

「おおぅ、キョウヤさん相変わらず怖ぇ……」

 

マサヒロがため息混じりに呟く。

同感である、俺も静かに頷いた。

 

「だが、あの人の気持ちも分からなくもない……少し前に発生した大規模な境界戦の巻き添えを食らって、あの人は大切な家族を喪ってしまったそうだからな」

 

「ああ、『嘉手納−北谷町騒動』だったか?」

 

『嘉手納−北谷町騒動』

沖縄の支配権を巡って発生した大規模武力衝突のことを指す。小さな島を舞台に北米軍、極東軍、そしてオセアニア軍と、大勢の一般人を巻き込んでの三つ巴の戦いが繰り広げられた。最終的に漁夫の利を得る形でオセアニア軍が勝利したものの、この武力衝突により嘉手納町と北谷町、2つの町が灰燼に帰し、約8000名もの町民の命が失われてしまった。

この凄惨な事件を受け、かつて沖縄で勃発した『コザ騒動』の名を受け継ぎ、その悲惨さが伝えられている。

 

「その中で、オセアニア軍の参戦は無駄に戦火を拡大させてしまった。だから、あの人がオセアニア軍を恨む気持ちはよく分かる。俺だって家族を殺されたら、多分ああなるかもしれない。今のところ首里城が炎上した以外に大きな被害のない那覇出身の俺たちはただ運が良かっただけで、一歩間違えれば……」

 

そこで俺は先ほどのリーダーの顔を思い出した。オセアニア軍は外来種であると断言した彼の表情は冷静そのものではあったものの、その瞳に映る黒々とした憎悪の色は遠くからでもはっきりと感じられた。

 

決して、人が発していい気配ではない。

 

オセアニア軍を倒すべき敵とみなし、憎悪にかられながらも組織を率いていくその姿はまさしく、白鯨に足を食い千切られたエイハブ船長のようだ。いや、実際にリーダーは自身の半身とも呼べる妻子を戦争で喪っている、同様にオセアニア軍に対する憎悪と狂気が彼を突き動かしているのだろう。

 

「いや、それにしてもよ……オレたちの敵を倒してくれてありがとーだとか、ご苦労だったーだとか、せめて労いの言葉1つあってもいいんじゃね? ライは沖縄のために命張ってんのによ、それなのに何もあんな言い方ねぇだろ」

 

キョロキョロと周りを見回し、自分たち以外で誰も聞き耳を立てていないことを確認した後、マサヒロは小さく愚痴った。やはりリーダーのことが怖いのだろう。

 

「いや、マサヒロがそう思ってくれるだけで十分労いになってるよ。ありがとな」

 

「全く、ライは優しすぎなんだよ。そんなんだから色々と付け込まれて面倒なことに巻き込まれるんだ。お前、元々はオレらと同じように裏方の仕事を手伝う為にここに来たんだったな、ならパイロットだって断ることも出来たはずだろ?」

 

「いや、断れるわけないだろ……あんなの」

 

俺はAMAIMのパイロットに選ばれた日のことを思い返した。知り合ったばかりのマサヒロと共に、いつものように他のスタッフたちを手伝っていると、それまであまり面識のなかったリーダーから突然呼び出しをくらい、行ったら行ったで暗い部屋に押し込められ、リーダーを始めとした怖い顔のスタッフたちに囲まれ睨まれ、訳も分からないまま「お前はパイロットになれ」とこちらが拒否する間も無く書類にサインを書かされ……

 

とにかく、その時の忙しなさといえば去年やった学園祭の準備以上で、しかも、その状況は自分的にもあまり良い思い出ではなかった。マサヒロは俺の表情からそれを察してくれたようで、小さく唸って押し黙った。

 

 

 

「それに、俺は別にそんなに凄いことしてるわけじゃないし……AMAIMの操縦だってユーリが色々補助してくれているからこそできているってだけで、だから本当に凄いのは俺じゃなくて……」

 

そこで、俺は背後へと振り返った。

桟橋を越えた先に停泊した機体。パーソナルカラーは青と黒、半分が海に沈んだそれは潜水艦のような見た目をしており、機体前部にはカブトガニを彷彿とさせるアーマー、後部には大型の推進装置が2門、シルエット的にはマンタことオニイトマキエイによく似ている。

 

「ああ……純沖縄製AMAIM、開発コード MAILeS『ニライカナイ』。島国である沖縄での運用を想定して作られた、世界初の水陸両用型AMAIMだな」

 

マサヒロは俺の視線を辿って『ニライカナイ』に目をやった。すると、彼はニヤリと笑って機体の解説を始めた。

 

「機体前方のアーマーは片側4門、計8門の魚雷発射管を備えた耐圧殻『ウィーヴァルアーマー』、機体後部には機体のメインスラスターである大型スクリューを2門搭載、また、全身の至る所に補助推進装置が取り付けられている……

戦闘に関してはお前がやったような対AMAIM戦闘も可能だが、その真価が発揮されるのは対艦戦闘だ。部分的に超空洞技術(スーパーキャビテーション)を導入することで水中での最高速度は60ノット(111キロ)ほど、水中では誰も鬼ごっこでは勝てない、捕まえられない。そして機体に内蔵された各種対艦兵器と合わさることで、水中での華麗な一撃離脱戦法を可能にしている」

 

マサヒロの説明に、感心した俺は思わず口笛を吹きかけて止めた。夜に口笛を吹くとマジムン(怪物)がやってくるという沖縄の迷信を思い出したからだ。

 

「よくそんなにスラスラと言えるな……」

 

「当たり前ぇよ。何てったってオレは数少ない『ニライカナイ』の整備担当の1人なんだからよ! ……ってか、こいつの説明は整備のおやっさんから何度も事あるごとに聞かされてっからよ、すっかり覚えちまったんよ」

 

「整備長の金城さんか……とにかく、ユーリの補助と『ニライカナイ』の性能が良いお陰だ。勿論、いつも万全の状態をキープしてくれているマサヒロたちの腕もな」

 

「そうか? へへっ……そう言ってくれると、頑張って整備した甲斐があるってもんだぜ。ありがとな、ライ」

 

マサヒロはそう言うと、小さく笑って指先で自分の頬をかいた。その表情を見ていると、整備長から半ば無理やり覚えさせられたのではないことが伝わってくる。それを裏付けるように、マサヒロはさらに『ニライカナイ』の説明を続けた。

 

「その最大の特徴は、何てったって可変……」

 

『おいマサヒロぉ!!!』

 

しばらくの間、彼から『ニライカナイ』の装備や機能、その運用方法などについて説明を受けていると、桟橋の向こう側からマサヒロを呼ぶ野太い声が響き渡った。

 

『何してんだ!? とっとと整備おっ始めるぞ!』

 

「やべっ……おやっさんが呼んでる」

 

見ると、AMAIM懸架用のハンガーを動かす操縦席の窓から、先ほどの話に出てきた整備長の金城さんがメガホンを片手にマサヒロを呼んでいるのが見えた。

 

老齢で荒々しい言動が目立つが、整備という仕事に関しては実直かつ真面目であり、さらに腕が良いことからRLFの中でも最高機密である『ニライカナイ』の整備を一任されている。

 

俺も前に一度話をしたことがあるが、その時は慣れない操縦でニアミスし機体を損傷させてしまったことを怒られるかと思いきや、何よりも先に俺の身を案じてくれていたことから、俺は金城さんという人に対して良い印象を持っていた。

 

「それじゃ行かねーと、じゃあなライ!」

 

「待て、よければ俺も手伝おうか?」

 

「……おいおい、何言ってんだよ」

 

整備の手伝いを申し出るも、マサヒロは苦笑いを浮かべて肩をすくめてみせた。

 

「いや、気持ちはありがてぇがよ。お前、学校が終わってからすぐ出撃して、10時間近くも海の中でオセアニア軍の艦隊を待ち伏せしてたんだろ? いくらなんでも仕事しすぎだ。後のことはオレらに任せてライはさっさと休めよ」

 

マサヒロはそう言って俺の肩を掴み、基地内の宿舎がある方向に向かって軽く押してきた。

 

「いいのか?」

 

「いいって、ほらさっさと歩く」

 

「それじゃあ、お言葉に甘えて……」

 

「おう! ちゃんと休んどけよ!」

 

最後に威勢良く笑ってみせると、マサヒロはこちらに背を向けて桟橋の方で待つ他の整備士たちの元へと走った。しばらくの間その背中を見送っていると、金城さんの合図と共に『ニライカナイ』の引き上げ作業が始まった。

 

巻き取り装置の鈍い回転音が基地内に響き渡り、青と黒の機体がゆっくりと浮かび上がる。今まで半分ほど水面下に沈んでいた『ニライカナイ』全貌が明らかとなり、やがて水揚げされたマグロのような状態でハンガーへと吊るされた。

 

『いいかお前ら! 傷1つ見逃すんじゃねーぞ!』

「「「おう!!!」」」

ハンガーの操縦席から降り立った金城さんが大声でそう呼びかけると、マサヒロを始めとして、複数人の整備士たちが機体の周囲を取り囲み、目視による損傷のチェックを開始した。

 

機体の前面を覆う『ニライカナイ』のカブトガニのような耐圧殻……もといウィーヴァルアーマーが左右に分かれ、機体の内部構造が露わになる。また、それと同時に大型スクリューを擁する後部ユニットも変形し、逆関節の脚部へと変貌を遂げた。

 

基地内を飛び交う無数のスポットライトが『ニライカナイ』を明るく照らし、人の形をしたそれを神々しく浮かび上がらせる。

海の果てにある『理想郷』の名を冠した機体。

ネイビーブルーのツインアイが鈍い輝きを放った。

 

「…………」

 

整備の風景を少しだけ眺めた後、明日も学校があることを思い出した俺は、今のうちに少しでも体を休めておこうと『ニライカナイ』に背を向け、宿舎の方へと向かった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

マサヒロから「ちゃんと休めよ」と言われたものの、結局のところ、俺が宿舎にあるベッドに身を横たえることができたのは、それから1時間も後のことだった。

 

長時間の作戦行動で疲弊し、フラつく感じはあった。だがオセアニア軍との戦闘の際に分泌されたアドレナリンがまだ体の中に残っていたのか、心臓の高鳴りと高揚感を覚え、どうしても眠ろうという気になれなかったのだ。

 

少しでも気を紛らわせるために自分の部屋でシャワーを浴びて汗を流し、火照った体をタブレットを片手に扇風機で冷却しながら、インストールしたゲームアプリを弄ってしばらく何も考えずにいると、ここに来てようやく落ち着いてきたのか、うっすらと眠気を感じるようになってきた。

 

しかし、これはまだいい方である。

最初に出撃した時には一晩中寝付けず、ようやく眠気を感じることが出来たのは学校への登校中で、結局、午前中の授業を全て寝て過ごしたものである。

 

「…………」

 

小さく息を吐き、ベッドの上に大の字となる。

外の喧騒も防音の効いた部屋の中までは響いて来ず、室内はシンと静まり返っていた。そこで人寂しさを感じた俺は、何気なく手にしたタブレットを天井に掲げ、黒い液晶画面をジッと見つめる。

 

「ユーリ、そこにいるのか?」

 

『はい』

 

タブレットに向かって呼びかけると、短い返事と共に液晶画面が灯り、画面上に二頭身の少女が姿を現した。目の前で青い髪の毛と黒いワンピースがフワリと揺れる様は、どこか儚げな様子でもある。

 

『マスター、何か御用でしょうか?』

 

淡々とした声で少女が問いかける。

彼女の名前は『ユーリ』

とある企業によって開発された自立思考型AIの少女。自らを『I−LeS』とカテゴリする彼女は、他の戦術特化型AI等にはない高度な判断能力と情報処理能力、そして人間との対話能力を有していた。

 

常に無表情で冷静沈着と、淡白な性格をしている。

 

因みに、自身のようなI−LeSを搭載したAMAIMを『MAILeS』と呼称するとは彼女の談だが、他にも彼女のような存在がこの世界のどこかにいるのだろうか……?

 

「……その、さっきはありがとな」

 

『?』

 

俺がそう告げると、ユーリは表情を変えることなく首を傾げてみせた。どうやら説明が足りなかったようである。

 

「いや、さっきリーダーに責められた時、助けてくれてありがとうって……」

 

『いえ、私はただ事実をお伝えしたまでです。他に何か御用はありますでしょうか?』

 

あっさりとした様子で何でもないかのように告げる彼女だったが、あの時、何も言い返せなかった弱く情けない俺にとっては、彼女の存在はとてもありがたいことだった。

 

『眠れないのであれば私めにお任せください。宜しければ動画サイトに投稿された手頃なASMRをいくつか見繕ってミックスし、その場でマスターのご気分に合わせた音声作品をお作りして差し上げますが?』

 

「……」

 

まるでカクテルを作る酒場のマスターじみたことを提案するユーリ。何事にも執着がない彼女がこういった行動を取るようになったのは、言うまでもなく俺が原因なのだが、それを語るのはまたの機会にしよう。

 

「いや、今日はちゃんと眠れそうだから……ただ、部屋の電気を消して欲しいかなって」

 

『サー、お安い御用です』

 

画面の中でユーリが頷くと、入口から寝室にかけて部屋中の光源が次々と消灯していく。残ったのは静かにうっすらとした風を送り込んでくる扇風機の小さな光と、手にしたタブレットから発せられる青い輝きだけだった。

 

『それではマスター、良い夢を』

 

そう言ってユーリの姿は画面上からフェードアウトする。タブレットがスリープモードに切り替わり、部屋は完全なる暗闇に包まれることとなった。

 

「……おやすみ」

 

暗闇の中に消えたユーリにそう返し、タブレットをベッド横のスツールに置くと、今まで目の奥に感じていた眠気に従い、俺は体から余計な力を抜いた。

 

俺の意識が消失するのに、そう時間はかからなかった。

 

そして気がつくと、俺は海の中を漂っていた。

暗い夜の海の中、海水の冷たさと体にかかる水圧を身近に感じられる。ユーリもいなければマサヒロもいない……本当に窒息してしまいそうになるほどの、自分だけの孤独な世界。

 

それが夢の中であることはすぐに分かった。

『ニライカナイ』で出撃し、長い時間海の中にいた後はいつもこうなる。聞いたところによると、機体に搭載された特殊なシステムが脳に影響を与え、無意識のうちに海中での状況をフラッシュバックさせているのだという……

 

…………

 

目を閉じて無気力に海中を漂っていると、その時、何も見えない空間の中に、ふと自分以外の別の存在を感じた。これも、いつも通りである。

 

…………

 

水中に何者かの声が響き渡る。

しかし、その『声』ではない。

 

身体中に水流を感じる。

徐々に何かが近づいている。

 

うっすらと目を開ける。

 

 

 

 

 

羽のあるイルカがそこにいた。




終わっちゃったな……境界戦機
舞台設定がふわふわしていてちょっと勿体無いなと思うところが沢山あって、もどかしかったではありますが、元々リアル系が好きなこともあって私的には好きでした。とあるゴミゲー(アイサガ)が最近リアルからスパロボ路線に傾倒してムカついてたのも影響しているのでしょうが…もうサ終しろよ

まあまあまあ
そういう意味では、境界戦機はちゃんと最後までリアル系なのを貫いていて良きでした。まあ、もっと派手にやってくれても良かったではありますが。欲を言えばもっとこう、いかにも量産機的感じの無骨な機体が見たかった……(ガンダムSEEDのダガーみたいな? 大量生産品の使い捨て)
そういう意味ではブーメラン、割と好きでした。

さて、境界戦機本編は完結しましたが、本作はまだ始まったばかり……終了予定の6話まで頑張らせていただきます。続きはまた1週間後くらいに、それではまた……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:海豚ーアンノウンー

Q.ガイやケイなど他のI−LeS(自立思考型AI)たちが動物の見た目をしているのに、なんでこっちのI−LeSは少女の形をしているの?

A.ユーリ『そちらの方がウケが良いと思ったからです』


7:13

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

那覇市 国場川下流域

 

 

 

国場川

沖縄本島南部に位置する島内最大の河川。運玉森一帯を源流として西に向かって流れ、最終的に那覇港へと続いている。川の長さは約8キロメートル、流域面積は約43平方キロメートル。2つの市の境界でもあり、河口部には1999年にラムサール条約に指定されたマングローブ林の干潟が広がっている。

 

その下流域に、国場川を横断する形で掛けられた巨大な斜張橋が存在していた。全長約500メートル、車社会の沖縄において混雑緩和のためのバイパスとして使われており、中央部にそびえ立つ白い逆Y字の主塔が特徴的である。

 

橋の歩道は広くレイアウトされているが、その中でも主塔の基部は開けた展望スペースとなっており、そこでは通勤や通学のために橋を行き交う人々の忙しない気配に流されることなく、国場川の雄大な景観を落ち着いて一望することができた。

 

沖縄近海で輸送艦を沈めてから数時間後……

朝、家に帰ることなく寝床にしていたRLF本部から直接学校に向かった俺は、いつものように橋を渡って主塔の基部へと辿り着いた。

 

そこから朝の国場川を見渡す。

澄んだ色をした空、高い位置を流れる雲の動きは早い。河川は沖縄特有の強い日差し受けて紅く染まり、水面には鋭さを伴ったいくつもの閃光が走り、力強くもきらびやかな朝焼けの世界を創造していた。

 

美しい景色といっても差し支えはない。

しかし、それは朝日という目くらましの補正がかかっているだけであって、実際には景色のメインである国場川は人の業によって醜く汚されていることを俺は知っている。

 

「おーい、ライ!」

 

国場川を眺めながら橋の手すりに身を預けていると、俺のやってきた方向から自転車を走らせる軽い走行音と共に、とても聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

 

「ん……ああ、マサヒロ」

 

それはマサヒロだった。

俺と同様に学生の身分でありながらRLFに雇われているマサヒロは、自転車を漕いで工業高校へ向かっている途中だったのだろう、ツナギではなく学生服に身を包んでいた。

 

「おはよう。珍しいな、こんなところで……」

 

「おはよ! お前こそ、何してんだこんな所で?」

 

「いや、ちょっとひと休み……ってところかな?」

 

「おう、そうかぁ」

 

マサヒロは軽い口調でそう告げると、自転車から降りてゆっくりと近寄ってきた。そこで自転車を押すマサヒロの顔を見て、俺は思わずギョッとなった。何故なら、目の下には色の濃いクマができ、その表情は明らかに疲労の色が浮かんでいたからだ。

 

「マサヒロ、お前酷い顔だぞ? もしかして徹夜したのか?」

 

「まあな。昨日はニライカナイの整備の他にも色々あったからよ。やーやー、あんま気にすんなし。バイトとはいえ整備士の端くれだからよー、徹夜の1回や2回なんてヨユーだばよ」

 

「そうなのか? まあ……あんまり無理するなよ」

 

「そーいうライだって、でーじ顔色悪いぞ?」

 

マサヒロはそう言ってジェスチャーでアイラインを示してみせた。学校とRLFの両立でただでさえ睡眠時間が押しているというのに、それに加えて変な夢を見てしまったせいか熟睡できず、体の疲れがちゃんと取れていないようだった。

 

「全く、体は正直ってのはこういうことか……」

 

「ライ、大丈夫だば?」

 

「はは……この調子じゃ、今日は居眠り確定かな?」

 

「まあ、お互い様ってことだなぁ」

 

そうして、お互いに小さく笑った。

笑いつつ、俺が整備士たちの頑張りに感謝の念を抱いていると、マサヒロは主塔基部に自転車を停め、俺の隣に移動して手すりに身を乗り出した。一般の高校に通う俺と工業高校に通うマサヒロ、色と形が僅かに違う2つの学生服が横並びとなる。

 

「いつ見ても、この川は汚いなぁ」

 

「そうだな……」

 

マサヒロの言葉に、俺は頷いて同意を示した。

すぐ近くにラムサール条約に指定されている美しい干潟があることもあって、観光客は光に満ちた朝の国場川を綺麗だと評価するが、その水質を知っている俺たちからしてみれば、例え光に満ち溢れていたとしても汚く感じてしまうのである。長年に渡って国場川と身近に接してきた沖縄の地元民にしか分からない感覚なのだろう。

 

「確かに、かつての国場川は日本の中でも特に汚い川として有名だった。主に生活排水が原因で水質は悪く、水も濁った緑色をしていて、とても人が泳げる環境ではなかった……昔、父さんからそう聞いたことがある」

 

「そうだなぁ。だからオレらのオトーやオジィ(父や祖父)の世代が、下水道を整備して浄化槽を設置したり、流れてくるゴミを取り除いたり、畜舎を別の場所に移したり、国場川を綺麗にしようと頑張って水質の改善に取り組んでたんだけどなぁ……」

 

俺の言葉に、マサヒロが補足する。

 

「ああ。半世紀という長い年月を費やして沖縄の人たちは頑張ってきた。ここ最近になってようやく川の水も透明になってきて、もう少しで浄化が実現しようとした、その矢先に……沖縄での境界戦に勝利したオセアニア軍の実行支配と軍備拡張が始まった」

 

話しながら、俺は国場川の上流方面へと視線を送った。ここからでは見えはしないが、3キロほど川を遡って行くと、やがてオセアニア軍が建設した大規模な工業施設が見えてくる筈だ。

 

「オセアニア軍は国場川の上流……それも源流付近の山林を切り開いて、大規模な工業施設を建設。施設からは絶えず有害な化学物質が垂れ流され、そのせいで清流になりかけていた国場川の水質は一気に悪化、あいつらは沖縄の人たちが築き上げてきた努力を一瞬で無に帰したんだ」

 

俺は思わず、手すりを強く握った。

オセアニア軍が沖縄に齎したのは環境への被害だけではない。施設に近い中〜上流付近の市街地では日本の四大公害病の1つである四日市ぜんそくと似たような症状を訴える住民が続出、汚染はさらに国場川の生態系にも大きな影響を与えたほか、この近くにある水鳥湿地帯センターの報告によれば、環境の急激な変化を察知したのか例年に比べて今年は渡り鳥の飛来数が明らかに減少しているそうだ。

 

しかし国場川の水質汚染について、確かな証拠が上がっているにも関わらずオセアニア軍はこの件への関与を否定。大陸から派遣された大手の調査会社によって水質調査が行われたものの、オセアニア軍が手を回したことによって調査結果は改ざん、隠蔽が図られた。

民間の企業による調査結果は中小企業であることを理由に信用に値しないと一蹴、挙げ句の果てに、何十年も前の水質データを持ってきては「この川は最初からこうだったと」と一方的な言い分で人々の反論を許さなかった。

 

住民たちが抗議の声を上げデモ行進や座り込みをしようものなら、オセアニア軍は保有する圧倒的な武力を容赦なく投入、改善を求める人々の声は無情にも鎮圧されるのだった。

許されざるオセアニア軍の所業。俺たちはネットワークやSNSなどを用いて世界中に彼らの非道を発信し続けてきたが、日本の中の小さな島国の中での出来事だとして軽んじられ、俺たちはオセアニア連合の植民地であり隷属であることを強いられ続けてきた。

 

俺は橋の手すりから国場川を見下ろした。自分たちの真下をゆったりと流れる水は泥水のように濁っている。下流域であるここはまだ大きな変化は見られないが、それも時間の問題だろう。

 

「落ち着けよ、ライ」

 

「ああ、分かってる」

 

マサヒロが俺の肩に手を置いてくる。

俺は彼の方を見ることなく頷きで示した。

 

「今、俺たちは表立ってオセアニア軍と敵対することはできない。不用意に攻撃を仕掛けて俺たちレジスタンスの存在が明るみに出れば、奴らは容赦しないだろう。俺たちは沖縄の治安を乱すテロリストと見なされ、治安維持という名目で狩り出しが行われ、やがて沖縄全土を巻き込んだオセアニア軍との全面戦争へと発展する」

 

そうなれば、やつらはRLFだろうが民間人だろうが、日本人というだけで容赦なく銃口を向けてくるだろう。つまり、この島国の全住民を人質に取られている状況にあるということだ。

リーダーが妻子を失った『嘉手納−北谷町騒動』のような悲劇は何としてでも避けたい。なのでオセアニア軍への反攻作戦は小規模かつ短期決戦で行う必要があった。

 

しかし、オセアニア軍は強大だ。

その大元となるオセアニア連合は、日本を分割統治する他の3勢力と比較して規模と人員が劣っており、不足分を雇用した傭兵で補っている。とはいえ発足後間もないRLFとの戦力差は圧倒的であり、真っ向から立ち向かってもこちらが潰されるだけなのは明白だった。

 

だからこそ、俺たちは来たるべき時に備え力をつける必要があった。

 

「今、ウチで実働可能なのは『ニライカナイ』のみ。現状、AMAIMどころか戦闘車両の数を揃えることが精一杯ってところだからなぁ……一応、北米軍やアジア軍が残したパーツであり合わせのものを組んではいるけどよぉ、戦術特化型AIもないし、果たして使い物になるかどうか……」

 

RLF本部に数機だけ配備されたツギハギだらけのAMAIM。用意するだけ用意したようなジャンク品のことを思い出したのか、マサヒロは盛大なため息を吐くと共に肩をすくめてみせた。

 

「まあ、使えるものは何でも使うのが吉だろうな」

 

俺は肩に置かれたマサヒロの手を左手でやんわりと払いのけた。マサヒロは少し驚いたような反応を見せたが、別に彼のことを嫌っているという感情の表れだとか、そういう意味ではない。

 

「いずれオセアニア軍とは決着をつける。だが、まだその時じゃない……だからこそ、今の俺たちに出来ることは戦力の増強に努めつつ、正体不明の敵としてオセアニア軍の前に立ちはだかり、戦力の消耗と戦意の喪失を図ることだ」

 

俺は昨夜の出来事を思い返した。

『ニライカナイ』を用いたオセアニア軍輸送艦隊への襲撃作戦。これまでで15回に渡る出撃の末に、こちらの思惑通り、オセアニア軍は『ニライカナイ』のことを正体不明の『怪物』と認識するようになっていた。

 

高度な情報収集能力および情報処理能力を持つユーリからの報告によると、オセアニア軍は度重なる輸送任務の失敗で軽く兵站不足に陥っている他、全体の士気も低下し、生産能力も落ちているとの事だった。

 

しかも正体不明の存在が相手ということもあって、経済制裁などといった対抗手段を取ることも出来ず、オセアニア軍は現状を打破する手段を見出せずにいる。唯一、打開する方策としてAMAIMを対潜能力に特化させるなり躍起になってこちらを撃沈しようとしているようだが、彼らの怒りの矛先が沖縄の内側ではなく、直接『ニライカナイ』に引きつけられている内は問題ない……いい兆候だ。

 

「つまり今のところ……ライ、オレたちはお前1人だけにキツイ重荷を背負わせているってわけだよな。お前が『ニライカナイ』に乗れる、ただ1人のパイロットだから……」

 

「いや、それは構わない。ただ役職……というか役割が違うだけで、レジスタンスという意味で俺たちは一連托生であり運命共同体なんだ。重荷を背負っているのはみんな同じってこと、なら俺は俺にも出来ることをやって、この島を……俺たちの故郷である沖縄を守りたい」

 

俺はマサヒロへ視線を送ってそう告げると、彼の前にゆっくりと腕を突き出した。

 

「俺は俺自身の意志を貫く為に、そしてみんなの期待に応える為に頑張るよ。でも、その為にはマサヒロたちの頑張りが必要不可欠なんだ。機体の整備って意味で、だからさ……これからも俺と一緒に頑張ってくれるか?」

 

「……おう! 一緒にがんばろーぜ!」

 

俺の言葉にマサヒロはニカッと笑うと、突き出された腕に自分の腕を重ねてきた。頼もしい彼の表情、軽く打ち合わされた腕を通して彼から勇気を分け与えられたような気さえしてきて、俺は思わず笑みをこぼした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第3話:海豚ーアンノウンー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その昔、俺は海で1頭のイルカと出会った。

 

 

 

それもただのイルカではない、背びれは丸みを帯びた通常のそれではなく、まるで天使の翼を彷彿とさせる2つの羽根となっており、さらにその皮膚はなめらかな純白の色をしていた。恐らくは先天的な突然変異により生まれたのであろう、奇形とアルビノを兼ね備えた、恐らくは世界にたった1頭の珍しいイルカである。

 

それは俺がまだ幼い頃の出来事だった。

その日、俺は両親と共に小舟に乗って夜の海に出た。物心つく前だったからか、どういう経緯や目的で海に出ることになっただとか、そういうことは全くと言っていいほど記憶にない。

 

1つ言えることは、俺は足を滑らせるなりして真っ暗な海の中に落ちてしまったということだ。当然のことながら、幼かった俺は泳ぐ手段など身につけているはずもなく……そのままズブズブと海中へ深くへと沈んでしまった。

 

呼吸は出来ず、視界に映るのは深淵ばかり。空間を占める海水が耳を塞ぎ、途方も無い圧迫感に苛まれ、俺の意識が完全に闇の中へ呑まれようとした……その時だった。

 

今まさに溺死する寸前のところで、何者によって体が持ち上げられる感覚。うっすらと目を開けると、どこからともなく現れた1頭のイルカが俺の体を羽根の間に挟み込み、海面へと押し上げようとしていたのが目に入った。

 

こうして1頭のイルカによって命を救われた俺だったが、やはり当時の記憶は曖昧で、どこでそのイルカと出会ったのかなどは覚えておらず、確認を取ろうにも一緒にいた両親は既に他界しており、今となっては知りようがなかった。

 

まあ、沖縄には逆に羽根のない鳥(ヤンバルクイナ)や未確認ながら人魚(ジュゴン)がいるくらいだ。今更、羽根のあるイルカの1匹くらいいてもおかしくはないだろう。

アルビノだって、希少だが有り得ない話でもない。

 

そう思った俺は、様々な情報媒体を駆使して羽根のあるイルカに関する情報を集めようとした。だが、いくら探しても羽根のあるイルカに関する有益な手がかりは掴めず、俺以外でのめぼしい目撃情報なども一切なかった。

 

そうしている内に、俺は海に対して強い憧れのような感情を抱くようになった。海……人類にとって身近なものでありながら、その殆どが解明されていない未知の世界。知らないというものは怖くもあり、そして神秘的なものだ。そして羽根のあるイルカもまた、神秘のベールに包まれた正体不明の存在である。俺にとって羽根のあるイルカとの邂逅は、そんな海の未解明な部分を少しでも解き明かし、理解したいという気持ちを高めさせたのだった。

 

こんな状況でなければ、きっと海洋調査員や水族館の職員など、海や海の生物に関わる仕事を目指していたことだろう。

 

しかし、作戦で海に出るようになってからというもの……俺は羽根のあるイルカの姿を、夢でよく見るようになった。深淵の中に白いシルエットとなって、何らかの声を伴って自分の前に現れるそれは、まるで何かを語りかけてくるかのようであった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

それから数日後……

俺はまたも戦いの場に赴いていた。

 

 

 

オセアニア連合のネットワークへと潜入していたユーリからの情報提供により、琉球解放戦線(RLF)はオセアニア軍の大規模海上輸送作戦が再度行われるという情報を入手。『ニライカナイ』のパイロットである俺は、リーダーからの指示を受け、これを迎撃すべくユーリと共に出撃した。

 

今日で16回目の出撃……

俺も、ようやく戦争に慣れた頃だった。

 

しかし、オセアニア軍も馬鹿ではなかった。

護衛艦に配備される対潜兵器の数を増量、AMAIMに搭載された戦術特化型AIの対潜能力に改良を加えるなど、武装面において、これまでと比べて大幅な調整が行われた。

さらに、これまで敗北続きであった15回の戦闘で得られたデータを分析し、こちらの出現ポイントと行動を予測、そして大掛かりな対潜網を構築するなどといった、戦術面において見えない敵への対抗策を講じてきた。

 

 

 

その結果、俺はオセアニア軍の猛追を受けることとなった。




注記.ユーリという名前について
本作に出てくるI−LeS(ユーリ)は、外伝 フロストフラワーに登場するユーラシア軍の将校とは一切ッ関係はありません。単に名前の日本語表記が同じだけです。もう一つ言うと発音が違う。

本作を作るに当たって公式ページやwikiをある程度読み込んではいましたが、フロストフラワーはちゃんと見てなかった……最近になってホビージャパンを閲覧する機会があり、そこでようやく気づいたという……うーん、迂闊


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:変貌ーカウンターー

『ニライカナイ』のコンセプト?
作中に登場する他のオリジナルAMAIMの特性を考えた時……
ケンブが近接、
ジョウガンが狙撃、
レイキが空中・中距離
ビャクチが遠距離・万能?
となるので他と被らない特性をと考えると、もう残ってるのは『水中航行・対艦戦闘』しかないよなと思い至り、ニライカナイはこんな感じになりました。まあ本作の舞台となる沖縄は周りを海に囲まれた島国なので、丁度いいかなって

本格的な戦闘は次回から
それでは、続きをどうぞ……


 

 

 

12:20

沖縄近海

 

 

平日の午後……

朝早くから学校に休みの連絡を入れ、RLF本部の地下ドックから『ニライカナイ』で出撃した俺は、いつものように海中に身を隠し、ユーリが提示したオセアニア軍の予測航路上で輸送艦隊を待ち伏せていた。

ユーリからの情報によると、ターゲットとなる輸送艦は5隻、そして取り巻きの護衛艦が7隻。AMAIMを大量に配備できる揚陸艦はいないものの、船の数だけで見れば前回よりも大規模な輸送艦隊であると言えた。

 

前回の時と同様、攻撃深度へと浮上した俺は、7隻の護衛艦に囲まれている輸送艦隊へと狙いを定め、機体の前部アーマーに内蔵された魚雷を用いて攻撃を仕掛けた。

ユーリの精密誘導もあって、射出された2本の魚雷は周囲を固める護衛艦の間を超高速ですり抜け、1隻目の輸送艦を沈めることに成功……そこまでは良かった。

 

『敵水上型AMAIM、本機に向けて爆雷を投射』

 

「くっ……もうバレたか!」

 

しかし、オセアニア軍もこちらに対抗するべく入念な準備をしていたのだろう、自軍の輸送艦が攻撃を受けるや否や、付近に展開していた水上型バンイップ・ブーメランのAIが攻撃角度を算出、即座にこちらの潜伏位置を絞り込み、予測位置に向けてカウンターストライクとばかりに無数のロケット爆雷を投射してきた。

 

敵の攻撃を報せる淡々としたユーリの声を聞き、俺は2隻目の輸送艦を中央に捉えていたターゲットスコープから目を逸らし、トリガーに指をかけていた操縦桿を倒してすぐさま回避行動を取った。

 

すぐ近くで炸裂音。

至近距離で感じる振動と圧力に、コックピットが激しく揺さぶられる。まばらだった前回よりも至近弾の数が多く、オセアニア軍が使用しているAIの索敵精度に明らかな向上が伺えた。

 

「まずいな……ユーリ、回避ポイントを」

 

『サー、3セコンド下さい』

 

避けきれないと悟った俺はユーリを頼ることにした。ユーリは短く頷くと、すぐさま計測を完了させる。

 

『回避ポイント選定。方位5.0ー24.8ー32.4』

 

「あんな小さな間を掻い潜れと……!?」

 

『マスター、限界時間まで残り12セコンドです』

 

「くっ……やるしかないか!」

 

意を決した俺は、ユーリが提示した回避ポイントに従って機体を飛ばした。降り注がれる爆雷の雨をなんとか掻い潜りつつ、別の攻撃ポイントに移動しようとして……

 

『マスター、11時方向より敵機接近』

 

「くっ……」

 

しかし、逃げた先にも別の敵……

網膜投影によりユーリの目とリンクした視界の中に、水上を横並びで滑走する3機のブーメランの影が映り込む。頭部センサーの輝きは水中にいるこちらをじっとりと照らし、今まさにバックパックに搭載した対戦迫撃砲を放とうとしていた。

慌てて回避行動を取る。つい先ほどまで『ニライカナイ』がいた位置に多数の爆雷が降り注がれ、海中に衝撃が走る。

 

「誘導されてるか!」

 

思わずそう吐き捨てる。

激しいオセアニア軍の猛攻に、輸送艦の全滅どころか、これでは攻撃位置につくことすらままならなかった。

なら先に攻撃を妨害してくるAMAIMを仕留めようにも、戦闘海域に展開された水上型ブーメランの数は30近くあり、殲滅のためには魚雷の数が圧倒的に不足していた。

 

「それに加えて……」

 

『マスター、敵艦より飛翔体接近』

 

さらに輸送艦の周囲を固める護衛艦から対潜ミサイルが放たれた。本来であれば、鈍足な対潜ミサイルの回避など『ニライカナイ』の性能なら造作もない筈なのだが、今回ばかりはブーメランの苛烈な対潜攻撃と相まって、こちらが攻撃できる隙を見つけるどころか回避するだけでも精一杯だった。

 

『回避ポイント、方位85.2ー44.5ー27.2』

 

「…………分かったッ!」

 

『続いて58.8ー47.8ー55.5』

 

「…………!…………っ!」

 

『0.4ー12.5ー10.7。マスター、お早く』

 

「ダメだッ、間に合わな…………うわっ!?」

 

ユーリのルート指示は的確だったのだが、それに対するこちらの反応速度が追いつかなかった。次の瞬間、攻撃を受けコックピット内部が激しい振動に晒される。

 

『被弾』

 

「ッ…………ユーリ、損傷は?」

 

機体と自身のバランスを保ちつつ、そう尋ねる。

 

『爆雷は機体前方2メートルの地点で炸裂、直撃ではありません。ウィーヴァルアーマーへのダメージは軽微、潜行能力および耐圧システムに支障はありません。作戦継続を推奨』

 

「オーケー、だけど……」

 

一瞬だけホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、新たに投下された爆雷により、海中にさらなる爆発音が響き渡る。それにより、俺はまだ敵の包囲網の中にいることを嫌でも思い知らされた。

 

『マスター、敵の攻撃は激しさを増しています。気を緩めてはなりません』

 

「分かってる。けど、なんでこんな……最初から全力の攻撃をし続けて、敵は弾切れを起こさないんだ? そろそろ撃ち尽くしてもいい頃だろッ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第4話:変貌ーカウンターー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同海域

オセアニア軍海上輸送艦隊

旗艦:サラマンドラ

 

 

輸送艦の護衛につく7隻の駆逐艦。

大陸から遠路はるばる沖縄を目指す戦列の中央付近に、艦隊の旗艦となる駆逐艦 サラマンドラが展開していた。サラマンドラの艦橋には、艦長を始めとして複数の乗組員が集結しており、艦の航行に集中しつつも、今まさに目と鼻の先で行われている戦闘に気を配っていた。

 

「順調なようだな」

 

その中で、不敵な笑みを浮かべて佇む1人の男の姿があった。双眼鏡を用いて戦場となる海域を見渡し、刻一刻と変化する戦況に合わせてAMAIMの指揮統制を行っているオセアニア連合の指揮官、オーランド・ウィルソンである。

着ているオセアニア軍の制服には、大佐の階級章が取り付けられていた。

 

「大佐、第4および第5隊配置完了しました」

 

「よし、現在攻撃を行なっているAMAIM第2隊第3隊を下がらせろ。第4第5隊攻撃開始、敵に反撃の隙を与えるな! 第2第3隊が戻って来次第、順次補給! それが終わり次第、すぐに前線へ再出撃させろ!」

 

「了解。第4第5隊、攻撃開始します」

 

「第2第3隊帰還、直ちに補給を開始します」

 

オーランドは双眼鏡を下ろし、隣でAMAIM制御用の戦術ラップトップを前にするオセアニア軍のオペレーターたちに指示を飛ばした。

 

「大佐、コーヒーをお持ちしました」

 

「ああ」

 

「大佐の作戦、上手くいきそうですね」

 

「ああ。そうでなくては困る」

 

オーランドは余裕ありげな表情で頷いて見せた後、副官が持ってきたコーヒーを口にした。

 

「最初にバニップが現れてからと言うもの、沖縄に居を構える我々の補給線は大きく乱れ、我々は軍の体制を維持するために大幅な計画変更を余儀なくされてきた。3ヶ月だ……3ヶ月もの間、我々は堪え忍んできたのだ」

 

マグカップに入ったコーヒーを半分ほど消費したところで、オーランドは息を吐きつつ、そのままの勢いで悲願の言葉を口にし始めた。

 

「その3ヶ月もの間……我々は15回も敗北を重ねてきた。しかし、その敗北は決して無駄ではなかった。敗北の中でバニップの性能と行動パターンは少しずつ解析され、少しずつ蓄積された情報を元にバニップに対抗する手段を講じることが出来たのだ。新たに作られた戦術AIはこれまで以上に対潜能力に特化しており、また、それに対応した新型の対潜兵装を本作戦に投入した全てのAMAIMに搭載しているのだ。忌々しきバニップめ……16回目となる今日こそ、引導を渡してくれるわ!」

 

マグカップの淵越しに戦場となっている海域を流し見て、オーランドは苦虫を噛み潰したように眉を細めた。

そんな彼を見て、副官は涼しい顔をして告げる。

 

「それにしても、敵は一体何者なのでしょうか? 我々の保有する高性能ソナーをもってしても捉えられない超ステルス能力を持つ、所属不明の小型潜水艇。これ程のものを製造出来るとなると、やはり北米軍でしょうか……」

 

「位置的にアジア軍であるという線も捨て切れはしないがね。上手くいけば、今回の戦闘で何かが分かるかもしれんぞ?」

 

「しかし、バニップも馬鹿ですね。これだけの戦力を前にたった1機で攻撃を仕掛けてくるなんて……」

 

副官は嘲笑を浮かべ、肩をすくめてみせた。

 

「だからこそバニップが確実に動いてくれるよう、損害を覚悟で輸送艦を5隻も用意したのだ。どういうつもりかは分からんが、これまでの戦闘から輸送艦ばかりが狙われるのは知っての通り、それこそ補給物資を満載にした輸送艦であるならば奴にしてみても見逃す手はないだろう。例え大規模部隊の護衛がついていたとしてもな。

輸送艦だけではない、この戦いにはさらに7隻の対潜駆逐艦と大量のAMAIMを投入している。それもこれも全て、バニップを倒す為だけにな……だからこそ、この作戦はなんとしても成功させねばならない……」

 

「準備万端ですな。しかし、これだけ戦力差があるのなら勝ちは確実でしょう。現に、先ほどからバニップも防戦一方といった様子です。例え取り逃がしたとしても、我々は補給物資を沖縄のオセアニア軍基地に運び込むことが出来る……それだけでも兵の士気は回復することでしょう」

 

「……だと、いいのだがな」

 

早々に、当初の目的である物資輸送が完遂されることを疑う素振りも見せない副官を横目に、オーランドはそれ以上、何も言わなかった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

同時刻……

作戦海域

オセアニア軍の猛追を受ける『ニライカナイ』

 

 

 

『マスター、水上に展開していた敵AMAIMが後退』

 

「後退……やっと弾切れ?」

 

『はい。水中で炸裂した爆雷の数を見ても、そう考えるのが妥当でしょう。しかし、9時方向より新たな敵AMAIMが接近中。二個小隊、合計10機です』

 

「なるほど、どうりでさっきから……」

 

水上を監視していたユーリからの報告を聞き、俺は敵の攻撃が止まない理由に気づくことができた。いくら水上型ブーメランの弾薬積載量が豊富とはいえ、延々と『ニライカナイ』の包囲網を維持することは出来ない。それが消耗品である以上、ロケット爆雷の弾薬と機体を動かすバッテリーはいつか尽きてしまうものだ。

 

そこで敵は、包囲網を維持する為に1つの方策を打ち出していた。弾薬とバッテリーの尽きたAMAIMを護衛艦に帰投させ、その間、待機していた別の二個小隊と役割を交代。先のAMAIM部隊は補給を、次の二個小隊は包囲網を再構築し、こちらに輸送艦を攻撃出来るだけの隙を与えないよう妨害を行う。そして交代した二個小隊の弾薬が尽きれば、補給を終えた最初の部隊と入れ違いになって攻撃を仕掛ける、あとはこの繰り返しだった。

 

『マスター。今計算してみたところ、我が方が被弾する確率は時間が経つにつれて上昇しています。この命中精度、敵AMAIMの搭載しているAIは、これまでに類を見ないほど性能が向上しています』

 

ユーリは回避ポイントを示しながら淡々と告げる。

 

『敵はこちらに対抗すべく、AMAIMに搭載した戦術特化型AIを対潜能力に特化したものへと改良している模様。武装に関しても、対潜攻撃を優先させているものと思われます』

 

「そっか……海の中から現れる俺たちに対抗するために、何度も敗北を重ねながらも、オセアニア軍は周到に準備を進めてきたってわけか」

 

ユーリの説明を聞き、俺は思わずため息を吐いた。敵に囲まれた今の状態では任務を遂行するどころか反撃の糸口すら見つけられず、ただ逃げ回ることしか出来ない。しかも、敵の攻撃は時間が経つにつれてより正確になってきている……このままでは、いずれ直撃を受けてしまうことだろう。

 

そう、今の状態では……

そこで視界の端に佇むユーリへ視線を送ると、彼女はいつも通りの落ち着いた表情を浮かべていた。こんな状態でも冷静さを崩さないその姿を見ていると、心の底から頼もしさを感じてしまう。

 

『しかし、マスター』

 

激しく振動するコックピットの中で、ユーリと目が合う。すると彼女は真っ直ぐに俺のことを見つめ、淡々と言葉を続けた。

 

『……これは絶好のチャンスでもあります』

 

「ああ、そうだな」

 

ユーリの言葉に俺はニヤリと笑った。

ユーリが分析したとおり、オセアニア軍は俺を倒すために研究に研究を重ね、努力して対抗手段を編み出したのだろう。そしてそれは功を奏し、俺たちは身動きを封じられ、こうして窮地を迎えている。だが、お前たちはまだ知らない。お前たちが知る怪物は、お前たちが見ているもののほんの一部に……それこそ氷山の一角に過ぎないということを。

さあ、今こそ『ニライカナイ』の真価を発揮する時だ。

 

「プランBに変更、海面に出る!」

 

『サー。アップトリム60、全スラスター出力最大……急速浮上』

 

俺の言葉にユーリは小さく頷くと、上方向に向けて手を伸ばした。すると機体が上向きに傾き、補助推進装置も含めた全てのスラスターが下方向に向けられる。次の瞬間、自分の体が海面に向かって勢いよく上昇していく気配を感じた。

 

海面へと上昇する過程で、視界を埋め尽くしていた深淵が徐々に明るいものへと変わっていく。それはまるで、闇が光によって追い立てられていくかのようであり、やがてどこまでも続く海の青さと天に揺らめく日の光が見えてくるようになった。

 

『トランスフォーム始動。ウィーヴァルアーマー左右連結解除、後部耐圧装甲を直立二足歩行モードへと移行、火器管制、武器システムを潜水艦モードから陸戦モードへとリプレイス……完了』

 

海面を見上げる俺の横で『ニライカナイ』を制御するユーリの淡々とした声がコックピット内に響き渡る。カブトガニにも似た形をした潜水艇は、海面に近づくにつれ登竜門に挑む鯉の如く徐々に姿形を変えていき……やがて海面を脱した時、それは変貌を遂げていた。

 

海底火山が噴出するが如く、盛大な水飛沫を伴って空中に打ち上げられる黒い影。超空洞技術(スーパーキャビテーション)により機体の上半身を覆っていたバブルが弾け、その内部より黒い人影が姿を現す。

 

黒のパーソナルカラーに、

青のラインが特徴的な、その機体

 

水抵抗を考慮し、装甲は全体的に丸みを帯びている

 

頭部には二本のブレードアンテナ

 

耐圧能力を持つ、逆関節の強固な二本脚

 

重量感のある脚部に比べて、小柄な胴体と腕部

 

機体の上半身を覆っていた、カブトガニのような耐圧殻ことウィーヴァルアーマーは中心部から左右に分かれ、機体の側面を守る盾となって、両肩部の端へとスライドする

 

 

「MAILeS『ニライカナイ』」

 

『陸戦モード、コンバット・オープン』

 

 

太陽を背に、天高く舞い上がった『ニライカナイ』は、敵対するオセアニア軍に対して、ここでようやくその全貌を晒した。そして、俺たちの意志を体現したネイビーブルーのツインアイが、太陽にも負けぬ力強い輝きを放った。




注記
ニライカナイのイメージとしては、『ケンブ』の両肩に水中型ガンダムこと『アビスガンダム』の肩アーマーをつけたような感じとなっております。

アビスガンダム↓
https://www.amazon.co.jp/BANDAI-SPIRITS-バンダイ-スピリッツ-アビスガンダム/dp/B0003095QC

ただし、中途半端なアビスのものとは違いニライカナイのアーマーは、機体の上半身をすっぽりと覆えるほど大きく、魚雷や携行火器など全ての武装はアーマーの内部に収納できます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:人型ーリヴァイアサンー

沖縄を舞台にしつつも、沖縄らしさがあんまり活かしきれていない本作。本当はグルメとかレジャーとか色々入れたいとは常々思っているものの、話の流れ的に難しいので断念……
あとから沖縄出身Vtuberとかも入れてみたい

主人公:喜舎場ライについて(圧縮版)
年齢17歳、高校2年生、RLFに所属
『ニライカナイ』のシステムとの相性がいいことから、RLFに所属する他の大人たちを差し置いてパイロットに抜擢された。過去の体験から、深海恐怖症に対して強い抵抗力を持っている。
優しく正義感が強い、それ故に戦いで人を殺すことに関しては相棒のユーリに頼んで出来るだけ避けようとしている。(やむを得ない場合は……)
趣味はVtuberの配信を見ることで、主にASMRをよく視聴している。これは学業とRLFの両立で寝不足気味となっていることが影響している。
コーヒーが苦手(飲めないわけじゃない!)


第5話:人型ーリヴァイアサンー

 

 

 

急速浮上により海面へ飛び出す直前、周囲から徐々に深淵が退いて行く中、部分的にだが、俺は忘れかけていた幼少の記憶を思い出すことができた。

 

俺が夜の海で溺れたあの日……

今まさに深淵に呑まれようとしていた俺を、翼のあるイルカが助けてくれた。その際、海面へと浮上するイルカの背中の中で、俺は煌々と揺らめく輝きを見つけた。

 

上下の分からない夜の海。

夜空に浮かぶ月光という存在は、数少ない海面への道しるべであり、そして俺を生存圏へと導く篝火のようであった。

 

そして今……

海面に向けて急速浮上する『ニライカナイ』にて、薄明かりに照らされたコックピットの中で、海面を見上げた俺は、そこに揺らめく眩い輝きを見つけた。

 

似ている、あの時と……

水面に映る太陽の光に強烈なデジャヴを感じながら、俺は思わず輝きの中心へと手を伸ばした。

 

 

 

さあ行こう

かつての、あの時のように……

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

12:30

オセアニア軍海上輸送艦隊

旗艦:サラマンドラ

 

 

 

「大佐、敵機の浮上を確認!」

 

「浮上?」

 

AMAIMの制御を担当していたオペレーターからの報告を受け、オーランドは咄嗟に双眼鏡を取り、戦闘が行われている方向を覗き込んだ。

 

「どこだ?」

 

「出現ポイントは5ー5ー7方面と推測されます」

 

「バニップめ、この期に及んで一体何を……?」

 

その瞬間、戦闘海域の一角で盛大な水飛沫。

我々がバニップと呼称する正体不明の敵性小型潜水艇が、勢い余って水中から飛び出したのだろう……そう判断したオーランドは空中へと躍り出たそれを双眼鏡で追った。

そして、双眼鏡の中心にそれを捉え、オーランドは驚愕に目を大きく見開いた。その姿は彼もよく知るオニイトマキエイにも似た小型潜水艇ではなく、いつの間にか人型の機体へと入れ替わっているではないか。

 

いや、入れ替わっているのではない

正確に言えば、それは……

 

「……あれは、AMAIM?」

 

海域に展開した自軍のAMAIMから送られてくるカメラ映像越しに、天高く舞い上がった人型の機体を目撃し、オーランドの側にいた副官が驚きを隠せないといった様子でポツリと呟く。

 

ネイビーブルーのツインアイ

二本のブレードアンテナ

全体的にボトムヘビーな印象を受ける体躯

黒と青を基調とした流線型のアーマー

両肩の端に装備したシールドらしき特徴的な装備

 

「まさか、可変型AMAIMだと!?」

 

青空の中で輝く太陽の真下に現れた機影。

その姿は、オセアニア軍が攻撃対象にしていた小型潜水艇と共通する形状的特徴を有していたことから、オーランドは瞬時にその結論へと辿り着いた。

しかし、それもつかの間……

空中でバックパックのバーニアを吹かし、方向転換をしたそれを見て、オーランドは最悪の事態を想定した。

 

「あの方向は……まさか!? 少尉、3番艦に回避行動を取るように伝えろ! オペレーターは全部隊を3番艦のバックアップに……急げッ!」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

ほぼ同時刻

『ニライカナイ』コックピット内部

 

 

 

超空洞技術を用いた急速浮上を実施したことで、陸戦形態となった『ニライカナイ』は海面から何十メートルもの空中に飛び上がることとなった。

しかし、オセアニア軍の対潜攻撃から逃れられたからといって悠長に構えてはいられない。自由の効かない陸戦機での滑空は、これ以上ない無防備な状態だった。

 

幸いなことに、敵はまだこちらに反応しきれていない。だが、一刻も早く次の行動に移らねばならなかった。

 

コックピットの中で、俺は奇妙な浮遊感に身を委ねながら、機体のメインカメラ越しにどこまでも続く水平線に一瞬だけ目をやり、それから作戦海域を航行する敵艦隊へと視線を移した。

 

「よし、地上に降りる!」

 

『……?』

 

俺の言葉にユーリは一瞬だけ首を傾げてみせた。

無理もない。ここは沖縄近海であり、まさしく海のど真ん中と呼べるような場所だ。周囲は見渡すばかりの海が広がるばかりで、この海域には、地上と呼べるようなものなど、島ひとつとして存在していなかった。

 

しかし、首を傾げたのも一瞬のこと……

ユーリは即座に俺の視線から思考を読み取ると、俺が言い換える前に計測を完了させ、小さく頷いてみせた。

 

『なるほど、理解しました』

 

「できるか?」

 

『サー。短距離ブースター作動、姿勢制御R34、Lマイナス12。着地準備、カウンターバランス出力上昇、レムリミッター解除、ショックアブソーバー出力最大』

 

空中で『ニライカナイ』を方向転換させた俺は、ユーリの姿勢制御に頼りつつ、バックパックのブースターを用いて、機体を海面に向けて急速に降下させた。

そして、俺たちは地上へと……正確に言えば、艦隊の最後尾を航行する敵護衛艦の甲板上へと脚を向けた。

 

「邪魔だ!」

 

護衛艦の後部甲板には、弾薬の補給を受けている水上型ブーメランが駐機していた。そこへ護衛艦のほぼ真後ろからハードランディング気味に着地したことで、勢い余って駐機していたブーメランを蹴り飛ばす形となり……超エキサイティンッ! 艦橋後方の格納庫へ華麗なシュートが決まった。

 

格納庫の奥壁に激しく打ち付けられ、水上型ブーメランは大破。さらに爆雷を補給中だったこともあり、格納庫内に景気良くばら撒かれた多数の爆雷は衝撃で安全装置が外れたのか、ひとつが暴発すると周囲で無数の連鎖爆発を引き起こし、3番艦は瞬く間に炎に包まれることとなった。

 

『敵1撃破』

 

「このまま対艦攻撃を仕掛ける!」

 

俺は『ニライカナイ』を操り、右肩に装備したアーマーの内側から武装コンテナを引き出すと、そこから折りたたみ式の対艦砲を取り出した。グリップが掌に収まると自動的に機構が展開され、瞬く間に長大な砲身を持つ大口径リボルバーライフルへと変形する。

 

『目標、敵輸送艦。照準固定』

 

「当たれ!」

 

炎上する護衛艦の甲板上から、攻撃目標となる5隻の輸送艦の内、最後尾を航行する1つをターゲットスコープの中心に捉えると、俺はトリガーを引き絞った。

轟音と共に対艦砲から発射された巨大砲弾は、狙い違わず輸送艦の後部に直撃。その僅か数秒後に時限信管が作動、内部で砲弾が炸裂し、輸送艦は爆発炎上した。

 

『推定ダメージ2520、轟沈確定』

 

「次!」

 

次の輸送艦を照準に捉え、再度射撃。

超高速で発射される砲弾の直撃に耐えうる装甲はおろか、何の対抗手段も持たない輸送艦はこちらの攻撃に対してあまりにも無力であった。艦橋下部に突き刺さった砲弾が炸裂し、先の輸送艦と同じ運命を辿る。

 

「よし! 残り2隻……」

 

『しかしマスター、ここからでは射線が取れません』

 

「分かった、移動しよう」

 

『サー、「ニライカナイ」水上モードに移行』

 

俺は対艦砲を両手で保持したまま、護衛艦の甲板を蹴って海上に身を投げた。次の瞬間、ユーリの制御により両肩部とアーマーを繋ぐアームが稼働、機体の両肩を離れたアーマーは『ニライカナイ』の脚部へとスライド・ドッキングし、まるで2枚のサーフボードの上に膝立ちしているような形となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第5話:人型ーリヴァイアサンー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

対艦戦闘に特化した純沖縄製の機体

MAILeS『ニライカナイ』

その正体は可変機構を持つ人型AMAIMだった。

 

水中での隠密行動および高速航行が可能な潜水艦形態、潜水艦形態を上回る圧倒的な対艦攻撃能力を有する水上形態、そこにAMAIMとしての汎用性を付与した陸戦形態。

状況や攻撃目標に合わせて、この3形態を使い分けることのでき、幅広い戦闘域に対応することができる。広大な海に囲まれた島国である沖縄での運用を想定して建造された、まさしく水陸両用のオリジナルAMAIMであった。

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

そして、水上形態へと移行した『ニライカナイ』は、その感覚を確かめるように水上を滑走し始めた。その背後に浮かぶ護衛艦は既に機能を停止し、立ち上った業火の炎は、つい先ほどまで『ニライカナイ』がいた場所を容赦なく呑み込むのだった。

 

「よし、これなら……」

 

『マスター、敵機接近』

 

ある程度、自分の体に水上での動きを馴染ませることができたところでユーリが警戒を促してきた。彼女が示した方向に目を向けると、10機の水上型ブーメランが海面を滑走し、こちらに向かってきているのが見えた。

 

「主砲散式!」

 

『サー、対AMAIM戦闘用意』

 

俺は対艦砲の銃口を接近するブーメランの群れに向けた。その間に、ユーリが対艦砲のリボルバーを何度か空撃ちさせ、散弾の収まったシェルを薬室内にセットし終える。

 

『マルチロック完了』

 

「そこッ!」

 

叫び、トリガーを引く。

砲門から数百にも及ぶ弾丸が射出され、鉄の暴風となってブーメランを襲う。弾丸1発の辺りの威力はそれ程でもないが、それが大挙して押し寄せてくるとなれば話は違う。ブーメランの装甲は一瞬にして蜂の巣となり、機能停止に陥ったブーメランが一機、また一機とバランスを崩して海中に没していった。

 

これによりブーメラン7機を撃破。

しかし、運良く散弾の脅威から逃れた3機が水中に沈みゆく味方機の間をすり抜けてきた。3機はこちらを照準に捉えると、フロートの短魚雷を発射しつつ、胸部の隠しナイフを展開して格闘戦を仕掛けてきた。

 

『マスター、迎撃を』

 

「オーケー」

 

俺はブーメランに背を向けて海上を走り始めた。

まずは迫り来る魚雷に対処すべく、こちらも足場にしたアーマーに内蔵された魚雷を発射する。後ろ向きに発射された魚雷は近接信管により敵魚雷を迎撃し、その全てを無力化する事に成功。

そして、それは攻撃への布石でもあった。

 

「いい位置だ、これなら!」

 

僅かに振り返り、さらに魚雷を発射する。

またも後ろ向きに発射された3発の魚雷は、こちらのぴったり後ろを追跡していた3機のブーメランへと殺到。やがて近接信管が作動し、3機のブーメランは激しい水飛沫に包まれ、機影が消失する。

 

『敵AMAIM部隊の殲滅を確認』

 

「よし!」

 

『マスター、先ほどのAMAIMはバンイップの標準装備である30ミリ機関砲を搭載していませんでした。また戦術AIに関しても、こちらが海上に出現した途端、直線的な動きが目立つようになりました。予想通り、今回の敵は対潜攻撃にリソースを全振りしている模様です』

 

「なるほど。道理で、あまりにも一方的過ぎると思ってたんだ。でも悪く思うな。お前たちのせいで『ニライカナイ』の秘密を晒す事になったんだ。これくらい、見物料としては安いくらいだろッ!」

 

俺は海中に漂うブーメランの残骸に背を向け、沖縄へ進路を取るオセアニア軍の輸送艦隊に目を向けた。

 

『マスター、機体のコンディションは良好、対艦砲の残弾数にもまだ余裕があります。作戦継続を推奨……』

 

「ああ、逃がすわけにはいかない!」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

12:42

オセアニア軍海上輸送艦隊

旗艦:サラマンドラ

 

 

 

「輸送艦シンドラー、轟沈!」

 

「5番駆逐艦大破、続いて7番艦炎上!」

 

「2番駆逐艦航行不能、戦列を離れます!」

 

輸送艦隊の旗艦である、駆逐艦サラマンドラの艦橋は阿鼻叫喚の嵐に包まれていた。今までただの小型潜水艇だと思われていたバニップが、突如として人型AMAIMへと変貌したかと思えば、あっという間に1隻の駆逐艦と2隻の輸送艦を葬り去ったからだ。

さらに、それだけに飽き足らず……

謎の人型AMAIMはオセアニア軍に対して猛追を仕掛け、艦隊防衛用に展開した水上型AMAIM部隊を軽く一蹴し、そのまま艦隊に肉薄。片っ端からオセアニア軍の輸送艦と駆逐艦を無力化していった。

 

「馬鹿な……たった1機のAMAIMもどきが!」

 

この日のために入念な準備を重ね、圧倒的に有利な状況を作り出したにも関わらず、それをあっという間に覆され、指揮官であるオーランド大佐は絶叫した。

 

「速射砲でもなんでもいい! 早く撃ち墜とさんか!」

 

「駄目です! 艦隊の内側に入り込まれました。味方同士で誤射の危険性があるため発砲できません!」

 

「護衛のAMAIMは何をやっている!?」

 

「投入したバンイップは全機、対潜装備なので水上戦闘に対応出来ていません……この状況での装備の換装は、とても間に合いません!」

 

「くそ! 何か別の手を……!」

 

「大佐、輸送艦パラックス撃沈……作戦は失敗です」

 

「…………」

 

全ての輸送艦を喪失した事で、艦橋の中が水を打ったように静まり返る。怒りに駆られ歯をくいしばるオーランドを前に、艦のクルーもAMAIMオペレーターも、皆どう声をかければ良いか分からなかった。

「悪夢だ……」

側にいた副官が顔を真っ青にして呟いた。

 

「……敵は?」

 

「監視台からの報告によると、最後の輸送艦に攻撃を仕掛けた後、海中に……これ見よがしに潜行したとのことです。大佐、追撃しますか……?」

 

副官の言葉に、オーランドはため息を吐いた。

 

「いや、もはやこの状況下において我々に攻撃オプションはない。もういい……撤退だ。破壊された駆逐艦と輸送艦の乗組員を全員救出した後、我が軍は本国に帰還する」

 

オーランドは部下たちに指示を送ると脱力感に苛まれたのか、すぐ近くにあった椅子めがけて崩れ落ちてしまった。そうして顔を両手で覆い、頭を抱えるような形になってしまう。

 

「奴は、バニップなどという安っぽいものではなかった。まさしく……リヴァイアサン、クラーケン、モービィ・ディック、我々が戦っているのはそれと同等の存在だったのだ……いや、そうでなければ、私はこの結末を上層部に何と言い訳すれば良いのだろうか……?」

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

13時15分

沖縄近海

『ニライカナイ』コックピット

 

 

 

『戦闘海域離脱、敵の追撃はありません』

 

薄暗いコックピットの中に、ユーリの声が響き渡る。輸送艦を全滅させた俺たちは、その後、オセアニア軍の追撃を避けるべく海中深くに身を隠し、ゆっくりとした速度で帰路についていた。

 

「これで終わり……?」

 

『はい。ミッション完了、お疲れ様でした』

 

「うん、ありがとう……ユーリもお疲れ様」

 

相変わらずの無表情のまま、目の前でワンピースの裾を掴みカーテシーの動作をしてみせるユーリに、俺は礼を告げつつ小さく笑いかけた。

しかし、そのうちある事を思い出し笑えなくなる

 

「ユーリ、あのさ……」

 

『何でしょう?』

 

「いや、今回の戦いで……その……」

 

どう言っていいか分からず何度も言葉を詰まらせながらも、何とかそれを口にした。

 

「……今回の戦いは、いつも以上に激しかった。作戦を完了させるために、俺は必要以上に敵を撃つ機会があったし、その分だけ、何隻もオセアニア軍の船を沈めた。でも、俺がそうした事によって、あっちも必要以上に被害を……」

 

我ながら、なかなか容量を得ていない質問であることはよく分かっていた。しかし、ユーリはたったそれだけで俺の思考を読み取ってくれたのか、無表情のまま小さく頷いた。

 

『サー、理解しました』

 

瞳を閉じたユーリの手が、俺の頬に触れる。

青白い光を伴って空間に浮かぶ彼女の姿は、あくまで網膜投影された映像に過ぎないのだが、頬に触れるその質感は、どういうわけか人の温かみがあった。

 

『今回の戦いにおいて私はマスターの意向に従い、いつも通り対艦攻撃の際には直撃から乗組員が退艦を完了させるまで、ある程度の時間的猶予ができるよう、予想される炎上の規模や浸水の早さを考慮し、攻撃ポイントの設定や照準固定の際には手加減しました』

 

「…………」

 

『オセアニア軍が運用する艦艇は自動化が進み、必要最低限の人数でも運用が可能となっています。しかし、それでも逃げ遅れなどによる、ある程度の人的損失は免れないかと思われます』

 

「それって、どれくらい?」

 

『…………』

 

ユーリは目を開け、しばらくの間、その碧い瞳で俺のことをじっと見つめた後……やがて、ゆっくりとその言葉を口にした。

 

「…………うん。ありがとう、教えてくれて」

 

『マスター、この数字はあくまでも推定です』

 

「分かってる」

 

ユーリの言葉に頷きを返しつつも、俺の心は揺れ動いたままだった。いや、こちらも戦争をしかけている以上、覚悟していなかったという訳ではない。

 

オセアニア軍は沖縄を武力で支配し、沖縄の豊かな自然を汚し、そして平和を望む大勢の想いを踏みにじり、罪のない人々の命を散々奪ってきた。

それは決して許されない行為である。

 

しかし、俺のせいで死んだ軍人たち一人一人にも、それぞれに帰るべき場所があったことだろう。冷たく、暗い海の底などではなく……そこには帰りを待つ両親や兄弟、家族、もしくは恋人がいたのかもしれない。

そんな彼らが、帰ってくるはずだった大切な人の訃報を知った時、きっと深く悲しむことだろう。

 

例え彼らが、俺たちから沢山のものを奪ってきた張本人の1人だったとしても。そう思うと、どうしても作戦の成功を喜べなかった。

 

俺は右手で額を押さえた。

きっと、自分には向いていないのだろう

リーダー……いや、キョウヤさんがこれを聞いたらきっと怒るだろうな。かつての紛争で家族を亡くしたあの人とは違い、俺自身は何も喪っていない。

だからこそ、こんな綺麗事を言えるのか

 

 

 

そもそも、喪うものなど俺には何もないのだから

 

 

 

いや、或いは俺も……

誰か大切な人を喪った、その時には……




『ニライカナイ』の武装について
当機は海での戦闘を想定して建造された。それ故に、搭載されている武装は対艦戦闘に特化した高威力のものが多い。
・内蔵式誘導魚雷×8発
ウィーヴァルアーマー前面に魚雷発射管
・対艦砲(長砲身リボルバーライフル)
折りたたみ式、右アーマー内に格納、散弾も可
・ガントンファー×2
中近接戦闘用兵装、左アーマー内に格納
・牽引式ミサイルポッド
オプション兵装(対空・対艦・対地)



話は変わりますが……
そういえばVtuberチップスってご存知ですか?
野球チップスのVtuber(主にYoutube上で活躍するバーチャルの配信者)版と思えば分かりやすいのですが、第4弾となる今回、ついに沖縄出身のVtuberである『根間うい』が登場するということでして、沖縄出身の私としては何としてでも確保したいと思う今日この頃です。

というわけでムジナもいくつか買ってみたのですが、中々出てこず……まあ、Vtuberは30人くらいいてその内の1人ですからね、中々当たらないのは仕方ないです。



と言うわけで、お目当てのVtuberさんが来ますよーに!
(姫熊さん来い姫熊さん来い姫熊さん来い姫熊さん来い)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:遭遇ーウルフパックー

Vtuberチップスで根間ういが当たりました。
レアリティはNでしたが、まあ嬉しいです。
(でも姫熊さんは1枚も当たらなかったよ……)

あ、のりプロはもう結構です。来すぎ……


それでは、続きをどうぞ……


 

7:08

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

那覇市 国場川下流域

 

 

 

16回目の出撃から数日後……

その日の沖縄は、うっすらとした雨模様に包まれていた

 

東の空には眩い輝きを放つ太陽の姿を拝むことができた。しかし、それでも空の半分ほどが雨雲に覆われており、そのため周囲は夕闇のような色合いとなっている。車道は少しだけ混雑し、列を成して走る車のヘッドライトの光に照らされ、降りしきる小雨の様子がハッキリと浮かび上がった。

 

街路樹の葉や道路に落ちた小粒の雨が、聴く者によってはメロディとも雑音とも取れる環境音を奏でている。そんな無数の雨音に溢れた朝の通学路を、俺は傘も持たずに小走りで進んでいた。

 

「家を出た時には降ってなかったのに……」

 

『マスター、天気予報によると今日の降水確率は50パーセントだと事前に申し上げたはずです。なぜ傘を持ってこなかったのですか?』

 

「いや、50パーセントなんてあやふやだから。多分、大丈夫かなって……まあどっちにしろ小雨だし、これなら風邪引く心配はないから」

 

『それは結果論です、マスター』

 

制服の胸ポケットにしまった端末越しに、相棒のAIの少女、ユーリとそんなやり取りを交わしながらも、建物の影に身を隠すなり木々の間を進んだりと、俺はなるべく体を濡らしてしまわないよう学校への道を急いでいた。

 

雨の勢い自体、大したことはなかった。

雨の冷たさも気にはならない。

しかし、時折目元に落ちてくる雨粒が視界を塞いでくるのでウザったく、制服が濡れる事もそうだが、なによりもバックパックに入っている教科書類を濡らしたくはなかった。

 

ならば最初から傘を持って来ればいいだけの話なのだが、傘を持ってくると手が塞がってしまうので、何となくそれが嫌になって、まあこうやって濡れてしまうのも青春の1ページって感じがしていいかもしれないなーと、心の中で自分のミスを正当化しながら、濡れた服のままクーラーのガンガンに効いた教室で受ける授業の苦しさを想像し、何だかんだで後悔しながら、俺はため息を吐いた。

 

『ところでマスターは雨がお好きなのですか?』

 

「え? ああ、いや好きというわけではないけど……どうして?」

 

『マスターがよくご利用になる動画サイトの中で、雨音ASMRというものを見つけました。チャンネル登録している配信者の中にも、雨音ASMRなるものを投稿している方も沢山おられ、かつマスターもそういったものをよくご覧になられるようなので、そう判断致しました』

 

「あー、そういうことね。確かに雨音は聞いていて落ち着くから好きだけど、雨自体はそんなにね……こうして雨に濡れると、服や靴もびしょ濡れになるし……」

 

『なるほど、そういうものですか。では、マスターへ最適な安眠を提供するために、私がお作りするASMRでも今後導入してみようかと思います。あとは音の緩急をつけるために、マスターの好きなちんすこうの咀嚼音なども組み合わせて……』

 

「え? そんなの好きって言ったっけ? 俺!?」

 

そんなことを話しているうちに、心なしか雨の勢いが強くなっているような気がしてきた。というか体に当たる雨粒の数は、時間が経つにつれて明らかに増えている。

 

「でも、あそこまで行けば多分……」

 

雨粒が目の中に入らないよう腕を上げて視界を確保しつつ、俺は一縷の望みをかけてその場所へと急いだ。途中、水たまりを踏み抜いてしまい、靴の中に浸水してくる生ぬるい雨水にうめき声をあげつつも、走るのをやめない。

 

それから数分後……

ややあって、俺は橋の前に辿り着いた。

国場川にかかる、中央部の巨大な主塔が特徴的な全長約500メートルの巨大な斜張橋。

 

白い橋に入ると、途端に雨の勢いが衰える。

やっぱりだ、俺は安堵のため息を吐いた。

 

『……雨が止んだ?』

 

「ああ、片降いだな」

 

『カタブイ……ですか?』

 

片降い(かたぶい)

沖縄で見られる気象現象のひとつであり、晴れと雨の境界がはっきりと分かれることである。上昇気流の影響かなど詳しいことは分からないが、国場川ではそれが起きやすいのだ。

 

「まあ、にわか雨みたいなものかな」

 

『なるほど、マスターはこれを狙っていたのですね』

 

「ん、そういうこと」

 

打算的な感じではあったが、まあ、そういうことにしておこう。ユーリの言葉に、俺は力強く頷いた。

 

今まで上空を覆っていた雨雲は、国場川を避けるように流れている。そのまま橋を進むと雨はやがてポツリポツリとしたものへと変わっていき、ついに頭の上に何も感じなくなってしまった。

 

東の空に浮かぶ朝日は暖かく、濡れた体に程よく染み渡る。これなら学校に着く前には服も乾くことだろう、俺は頭や額についた雨水を手で払いつつ、白い橋の上を進む。

 

「……?」

 

橋を三分の一ほど進んだところで、俺は橋の中央部に何か光るものがあることに気づいた。主塔の根元にある広い展望スペース、それは数日前、俺とマサヒロが国場川の現状について長々と話し合った、ちょうどその場所だった。

 

視力がそんなに高くない俺は当初、塗装の剥がれた欄干か銀色の手すりが太陽の光を反射させているのだと勘違いした。しかし、吹き付ける風に合わせて光が揺らめいていることから、どう考えても無機物の動きではないと、すぐさまそれを否定する。

 

「……っ」

 

橋の中央に近づくにつれ、徐々に光の正体が見えてくるようになると、展望スペースの一角に佇むそれを見て、俺は思わずその姿に目を奪われてしまった。

 

 

そこにいたのは1人の女性だった。

 

 

紅い瞳、艶やかな白髪、雪のように白い肌

小柄で、外国人だろうか……日本人には見られない非常によく整った顔立ちは思わず見惚れてしまうほどであり、また服越しにも分かる見事なプロポーションに思わず目が吸い寄せられてしまう。

身なりにしてもこれまた特徴的で、黒と赤を基調としたインナーにショートパンツ、左右で長さの違うソックス、ブーツ、片耳に避雷針のようなヘッドセットを装着し、黒のトレンチコートを大胆に着崩したスタイルの……早い話が、彼女はサイバーパンク風のダークな装束に身を包んでいた。

 

その姿はどこか無機質的であり、自然に囲まれたこの世界の中で、彼女は明らかに異質な存在だった。いや、違う。この展望スペースという小さな空間の中で、彼女を中心として、局所的に別の世界が形成されているような気さえしてくる。

 

女性は橋の手すりに触れ、顔に物憂げな表情を浮かべ、日の出から間もない国場川を一望していた。太陽の光を受け、紅く染まった彼女の白髪が風を受けて煌びやかに靡く……橋を渡っている際に見かけた光の正体は、腰まで伸びる美しい髪が光を反射させた時に生じたものなのだろう。

 

『マスター、どうされましたか?』

 

「……いや、何でもない」

 

ユーリに声をかけられるまで、俺はいつのまにか歩みを止めてしまっていることに気づけなかった。気を取り直し、女性のことを意識しないよう再び歩み始める……しかし橋の中央に近づくにつれ、ミステリアスで独特な雰囲気を放つ彼女のことがどうしても気になってしまい、思わず目で追ってしまった。

 

そして展望スペースに到着し、彼女のことを意識しつつも、そのすぐ後ろを通り過ぎようとした時だった。

 

「……っ!」

 

突然、彼女がこちらへと振り返った。

咄嗟のことに対応できず、目を見合わせてしまう

彼女の紅い瞳が俺の姿を捉えると、まるで何かの催眠術にでもかかってしまったかのように、俺の体は動かなくなってしまった。

 

「さっきから見てるけど、私に何か用?」

 

彼女の発した言葉、それは日本語ではなかった。

いや、英語ではない。しかし、どういうわけか俺は彼女が何を言っているのか理解することができた。

 

なぜ、俺は知らない言語を……

聞いたこともない習ったこともない言語を理解できているのだろうか? 彼女から真っ直ぐに見つめられ、全く動けないことに動揺しつつも、俺は困惑した表情を浮かべた。

 

「……?」

 

すると言葉が通じていないと思ったのか、彼女は何やら、自分のこめかみをトントンと叩く仕草をしてみせた。

 

「君の翻訳装置(パロール)、ちゃんと機能してる?」

 

「あ……」

 

彼女の言葉に俺はハッとなった。

埋め込み式翻訳ナノマシン『パロール』

英語や日本語を始めとして、世界各国で使用されるいくつかの言語を網羅した翻訳装置で、持ち主が理解不能な言語を認識した際、こめかみの中に埋め込まれたナノマシンが自動的に翻訳を行ってくれるという画期的なシロモノだった。

21世紀後半になって、このナノマシンが一般的に普及したことで言語学習はより一層容易となり、言葉の壁をなくした人々は、幅広い世界進出を果たすことができた。

 

ただ一つ問題があるとするならば、発展途上国の一部地域でしか使用されていない言語や世界各地の方言などといったマイナーなものは収録されておらず、残念なことに沖縄方言も漏れなく翻訳の対象外となってしまっていることだ。

 

因みにその沖縄方言だが、2年ほど前に北海道のアイヌ語と並んで絶滅言語に指定されてしまった。最早、沖縄で本格的に方言を話せる者はおらず、今では沖縄人の言葉の節々にその名残が辛うじて見られるくらいか、沖縄歴史博物館が一般公開している言語アーカイブに残る程度である。

 

「い……いや、聞こえてるし理解もしてる」

 

今や、日本におけるパロールの普及率は30パーセントを超えている。俺がパロールを埋め込んだのはだいぶ昔の事で、いつのまにか当たり前のことになってしまい、ついその存在を忘れかけてしまっていた。

 

そのことを話すと、彼女は肩をすくめてみせた。

俺を見つめる紅い瞳が少しだけ緩んだ。

 

「それで、さっきから私のこと見てたでしょ?」

 

「なんでそれを……?」

 

「それくらい分かるよ。女は視線に敏感なんだ」

 

彼女はそう言って小さく微笑んだ。

それに対し、俺は観念したように両手を上げる。

 

「いや、その……き、綺麗だなって思って」

 

「綺麗? 何が……ああ、この景色のこと?」

 

正直に言うと、俺は朝日に照らされた彼女の姿に見惚れてしまっていたのだが、彼女はそれを朝日に照らされる国場川の美しさと勘違いしてしまったようだ。

背後を振り返った彼女は、小さく頷いた。

 

「うん、まあ確かにね……ライン川ほどの雄大さはないけど、力強い朝焼けの光に包まれたここは生き生きとしている感じがしていいよね、うん……なかなか悪くない」

 

「ライン川……?」

 

「けど……この川は汚れてるね」

 

彼女の言葉に俺は思わず反応した。

明らかにこの土地の出身ではないはずの彼女は、光に満ち溢れたここを見て、どうしてそう思えるのだろうか?

 

「なんでそう思うんだ?」

 

「うん、私は目が良いからね。川の汚れとか水質の悪さとか、どうしても色々と見えちゃうんだよね。でも、これは生活排水とかの影響じゃないよね……うん、このケミカルな感じは普通に出るものじゃない。ねぇ、もしかしてこの川の上流に大きな工場とかあったりする?」

 

「分かるのか?」

 

驚くべきことに、彼女は川の様子を少し見ただけでその状態が分かるようだった。俺は思わず、この地を支配するオセアニア軍が川の上流に大規模な工業施設を建設したことと、そこから流れ出る汚染水が国場川に与える影響について彼女に説明した。

 

「んー、なるほど。オセアニア軍か」

 

「ああ……だから俺は、オセアニア軍を許すことが出来ない。多くの被害をもたらし、多くの人を悲しませ、美しい自然を汚した奴らを、いつか必ずこの沖縄から……」

 

彼女が真剣に話を聞いてくれるのを良いことに、思わず口調が激しくなってしまう。危うくRLFの活動に関することを口にしてしまいそうになったところで、ユーリがこめかみのパロールを介してエスペラント語で制止を促してきた。

 

「……すみません。今のは忘れてください」

 

「あー、気にしないで? 私はオセアニア軍……もといオセアニア人じゃないから、君がいくらオセアニアのことを愚痴ろうが私は気にしないし、通報とかしないよ」

 

幸いなことに、彼女に俺の素性が察知されることはなかったようである。俺は小さく息を吐き、なんでもない風を装って胸ポケットから覗く端末のカメラに軽く触れ、画面の中にいるユーリに「ごめん」と合図を送った。

 

「それよりも、ごめんね。てっきり私に何か用でもあるのかと勘違いしちゃった、うーん、ちょっと恥ずかし……」

 

「い、いえ……俺も勘違いさせるようなことをして申し訳ないと言いますか」

 

「なんで敬語なの? さっきまで普通だったのに」

 

思わず敬語になってしまう俺に、彼女は首を傾げた。それから改めて、俺のことを頭の先からつま先までジッと見つめ直した。

 

「それ学校の制服でしょ? 君、高校生だよね?」

 

「え、あ……そうですけど」

 

「何歳?」

 

「17……」

 

「へぇ、じゃあ私と同い年じゃない。だったら尚更、敬語とか堅苦しいのはなしなし、ほら肩の力を抜いて、もっとフランクに話しちゃってよ」

 

明るい笑顔を浮かべ、まるで最初から親しい仲だったかのように肩を叩いてくる。そんな彼女を見ていると、俺も思わず緊張が解れてくる感じがした。

 

「あ、そうなんだ……大人っぽく見えたから、俺はてっきり年上かと」

 

「え、なに? 私が老けてるって言いたいわけ?」

 

「い、いや……そういうわけじゃ」

 

「あはっ、冗談だよ。怒ってない怒ってない」

 

そう言って彼女は、いたずらっぽく笑った。

 

国場川を前に物憂げに佇むその姿と、サイバーパンク風な格好からドライな第一印象を抱いていた俺は、彼女のことをもっとクールな感じで他人を寄せ付けない女性だとばかり想像していた。

だが蓋を開けてみると、気さくでとても明るく、そして活発的な人のようだった。

 

「ん……?」

 

そんなことを思いながら、彼女の印象について考えを改めていると……何を思ったのか、不意に彼女はこちらに顔を近づけ、その真紅の瞳で何かを探るように俺の目を覗き込んできた。

 

「……ッ!?」

 

彼女とのあまりの近さに俺は身じろぎした。

しかし、彼女から目が離せない

先ほど動けなくなってしまった時もそうだったが、紅色に輝く彼女の瞳は暁の空よりも美しく、人の意識を吸い込んでしまうかのような魅力があった。

 

「君……」

 

「な、何……?」

 

「へぇ…………面白いね」

 

「え?」

 

戸惑う俺を前に、彼女は小さく笑った。

それから距離を置き、車道側の手すりにもたれる

 

「んー、どうやら迎えが来たみたい」

 

「迎え?」

 

彼女の視線を辿って見ると、黒塗りの高級車がこちらに向かってきているのが見えた。車は彼女のすぐ近くに停車し、後方のハザードランプを点灯させた。

 

「アリシア」

 

「え?」

 

「私の名前、君は?」

 

「……ライ、喜舎場ライ」

 

俺が名乗り返すと、彼女……いや、アリシアは手すりを乗り越えて車道に降りつつ、明るい笑みを浮かべた。

 

「ライ……うん、覚えた。ライ、君と話せて良かったよ。機会があればまた、どこかで会いましょ……うん、それじゃあね!」

 

最後にそう告げ、アリシアは車に乗り込んだ。

扉が閉まるとすぐさま車が発進し、後続の一般車両の中に紛れて、どこかへと走り去ってしまう。

 

「観光客……かな?」

 

『マスター、今の方は……』

 

「ユーリ、どうかした?」

 

『…………いえ、何でもありません』

 

何か言いたげなユーリのことが気になり問いかけるも、彼女はそれ以来、どういうわけか口を噤んで何も話してはくれなかった。少しばかり問い詰めようかと思いはしたものの、端末の画面上に映る彼女の無表情を見て止めることにした。

 

「おーい、ライっ!」

 

その時、背後から俺を呼ぶ声。

振り返ると、自転車に乗ったマサヒロの姿。

その体は全身びしょ濡れで、マサヒロの背後に視線を送るとそこは黒雲に覆われており、向こう側は未だに雨が降り続いているようだった。

 

「マサヒロ、おはよう」

 

「おう! おはよー」

 

「お前、かなり濡れたみたいだな?」

 

「かなりどころじゃねぇ、もう全身びしょ濡れだばよ。はっし、さっきまで大した雨じゃなかったのに、いきなり激しく降り出してきてよー」

 

マサヒロは自転車から降り、悪態を吐きつつ自分の頭や顔に張り付いた雨粒を払い始めた。

 

「はは、お疲れさん」

 

「っていうかライ、さっきここで誰と話してたば?」

 

「なんだ、見えてたのか?」

 

そういえばマサヒロは俺と違って視力が良いんだったな。そんなことを思い出しながら、俺はどう答えて良いものかと少しだけ思案し……

 

「なあマサヒロ、ドストエフスキーの『白夜』って知ってるか?」

 

「は? どすこい? びゃく……?」

 

「『白夜』海外の小説だよ」

 

「へー、どんな話なんだ?」

 

マサヒロの問いかけに、俺は小さく息を吐いた。

 

「簡単に説明すると……1人の男が悲しい出会いをする、そんなお話だよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第6話:遭遇ーウルフパックー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数時間後……

14:25

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

オセアニア軍総督府

 

 

その日、オセアニア軍大佐 オーランド・ウィルソンは、オセアニア軍の本拠地であるオーストリア大陸から、はるばる沖縄中部に位置する総督府へと出頭していた。

呼び出しを食らった理由は、ただ1つだった。

 

「大佐、なぜここに呼び出されたか分かるかね」

 

「…………」

 

戦後の混乱に乗じて、沖縄の至る所から徴収という名の強奪によって収集された国宝がいくつも飾られた豪華絢爛な総督室の中で、エリア07総督であるクズォルド・オーシン中将を前に、オーランドは直立姿勢のまま項垂れていた。

 

「報告は聞いているよ。敵の猛攻により君の艦隊は甚大な被害を受けたそうじゃないか。5隻の輸送艦を撃沈され、さらには多数の無人機と将兵を喪ったとも聞いている。さぞかし辛い思いをした事だろう」

 

そう言いつつも、クズォルドに相手の労をねぎらうつもりがないのは一目瞭然だった。その表情にはうっすらと嘲笑が浮かび、脂ぎった血色の悪い肌が不気味に震えている。

 

「本国でも特に優秀な指揮官と評される貴様が一方的に敗北したのだ。強大な敵だったに違いない……ところで敵の数はどれくらいだったのかね? 謙遜することはない、正直に答えてくれたまえオーランド君」

 

「……1機です」

 

「ハッ、聞こえないな。もう一度繰り返せ」

 

「たった1機のAMAIMです、中将」

 

「なんと……! たった1機? 1機だと!?」

 

オーランドが答えると、まるでこの時を待っていたと言わんばかりの勢いで中将は吹き出し始めた。それに合わせて、クズォルドの両脇を固める取り巻きの部下2人もオーランドを侮蔑的に嘲笑った。

 

「…………」

椅子に腰掛け盛大に笑うクズォルドを前に、オーランドは歯を食いしばって耐えることしか出来なかった。

 

「はぁー、こいつは傑作だ。あれだけの戦力を投入しておきながら、たった1機のオモチャを相手に輸送艦の1隻すら満足に護衛できんとは……居眠りでもしていたのかね? えぇ? オーランド大佐ぁ、それとも何かね? 君の大佐という肩書きはただの飾りだったということかね?」

 

「それに関して言い訳はしません。しかし中将、まさか貴方はただ私の失態を嗤う為だけに、わざわざ民間の航空機を手配してまで本国から呼び出したのではありますまいな?」

 

「ああ、無論それだけではない」

 

クズォルドは笑いを打ち消し、今度はオーランドを激しく睨みつけ始めた。それを見て、表情豊かなことだとオーランドは内心思った。

 

「今回の輸送作戦が失敗したお陰で、我が軍の士気は大幅に低下している。それどころか軍備拡張の為の資材すら不足しているという有様だ。この場所は元々、日本侵攻の為の橋頭堡として機能させる筈だったというのに、この状態では軍としての機能を維持するだけでも精一杯なのだ。お陰で本格的な日本への侵攻作戦も延期せざるを得なくなってしまった。その責任を取るのは総督であるこの私なのだぞ! それもこれも、貴様が輸送作戦のひとつすらロクにこなせない無能者であるからだ!」

 

「…………」

 

激しい叱責を前に、オーランドは心の中で肩をすくめてみせた。この男はいつもこの調子である、流石、親の七光りで中将という地位にまでのし上がってきただけの事はある。

聞いているふりをしつつ、悪態を呟いた。

 

「聞いているのかね、オーランド大佐! この惨状、どう責任を取ってくれるつもりなのかね?」

 

「……では、閣下は私に何をお望みなのでしょうか? 先の戦闘でまんまと大敗を喫したこの惨めな私めに! ではお茶でもお持ちしましょうか? それとも面倒で誰もやろうとはしない資料整理でも代わりにやって差し上げましょうか? 幸いなことにデスクワークは得意なものでして、恐らくここにいる誰よりも完璧に仕上げられることでしょう」

 

「貴様! 上官に向かってなんだその言い方は!?」

 

「いえ、私はただ汚名返上の機会が欲しいだけであります。その為ならば、どんな汚れ仕事だろうと引き受ける所存だということをお伝えしたかったまでであります」

 

言葉ではそう言いつつも、オーランドが発した言葉のニュアンスには忠誠心が一欠片も含まれていなかった。先の戦闘で可変型のAMAIMに自分の艦隊を壊滅状態にまで追い込まれたことが原因で、オーランドは自暴自棄になってしまっていた。呑んだくれとなってしまった彼の中に残っていたのはオセアニア軍大佐としての過去の栄光とほんの僅かなプライドだけだった。

自身の艦隊に軍上層部から信用、その全てを失ったオーランドに最早怖いものはなかった。なので名誉挽回のチャンスが欲しいとは思いつつも、この男に媚びを売ってご機嫌取りをするくらいならば、いっそのこと自分のことを切り捨ててくれた方が遥かにマシだ。先ほどからの軍人らしからぬ言葉と態度には、そんな挑発の意図があった。

 

「……チッ…………」

 

そんなオーランドに苛立ちを覚えつつも、クズォルドはデスクの中から一枚の指令書を取り出し、オーランドの前に乱暴に突き出した。

 

「まあいい。ありがたく思え、貴様に最後のチャンスをくれてやろう。オキナワ近海で我が軍に対して通商破壊作戦を展開するバニップを討伐するべく、オセアニア軍参謀本部はとある傭兵を雇うことを決定した。大佐、お前は部隊をまとめ、その傭兵の下で共同して作戦に当たるがいい」

 

「…………なるほど」

 

共同と付け加えつつも、つまり、一般兵ですらない者の配下になれということなのだろう。それは誇り高きオセアニア軍大佐として、これ以上ないくらい屈辱的なことだった。

最も、地位も名誉も全てを失った彼にとっては、そんなことはどうでもいい話だった。してやったりといった表情を浮かべるクズォルドに、オーランドはニヤリと笑ってみせた。

 

「閣下。それで、その傭兵とは一体?」

 

「聞いて驚くなよ『ウルフパック』だ」

 

「何ですと……!」

 

オーランドは驚きのあまり眉を潜めた。

 

 

『ウルフパック』

それはドイツ、バイエルン州に拠点を置く傭兵組織の名称だった。少数ながらもスーパーエースを多く抱え、一人一人が一騎当千の実力を持つ、まさに世界最強と称される傭兵部隊だった。

これまでイギリス南北戦争、ウクライナ戦線、アフリカ紛争、南ア一年戦争など、世界各地でその活動が確認され、その全てで多大な戦果を上げてきた。中でも極東戦線では、当時アジア軍最強と謳われていた黒鉄師団を、たった5機のAMAIMで壊滅状態に追い込んだ過去を持つ。

 

 

「正気なのか? ウルフパックには過去、我が軍もソロモン諸島での戦いにおいて奴らに散々煮え湯を飲まされたというのに……にも関わらず、参謀本部がよくそれを決定しましたな?」

 

「奴らは大金さえ積めば、それまでの過去やイデオロギーに関係なく働いてくれる、上層部もそれを踏まえての事だろう。そして我が軍が雇用したのはその内の1人……コードネーム『クリムゾン』なんと1億の個人価値を持つ傭兵だそうだ」

 

「1億……」

 

クリムゾンとは一体どのような人物なのだろうか? オーランドがそのとんでもない金額に驚きを隠せないでいると、その時、総督室の扉がノックされた。

 

「何か!」

 

「失礼します! 総督、『ウルフパック』の方をお連れ致しました」

 

「よし、入れ」

 

ドア越しにクズォルドがそう告げると、部下に連れられるようにして、その人物が姿を現した。2メートルを軽く越す身長、短い黒髪、色黒の肌、鍛え抜かれた体格は威圧感さえ感じられるほどで、それに合わせた特注のフォーマルスーツを着こなしている。

しかし、それ以上に驚きだったのが……

 

「お、女……?」

 

「なんだぁ、女で悪いってのか?」

 

「い、いや……そういう訳では」

 

「なら言葉を包め。軽率な発言はいつかお前自身を殺すことになるぞ」

 

「うっ……」

 

鋭い視線で睨みつけられ、クズォルドは椅子の上で怯んだ声を上げる。オーランドは自分の隣に移動した屈強な女性を見て、その身長差から、まるで自分が子どもになったような気分に陥った

 

「お前がクリムゾン……?」

 

「…………そうだ」

 

オーランドの問いかけに女性が頷く。

 

 

「いや、違うでしょーが!!」

 

 

その時、総督室のドアが勢いよく開かれ、1人の少女が姿を現した。部屋の中にいた全員の視線が少女に集まる、その中で、女性だけが「参ったな」と言わんばかりに髪をかきむしるのだった。

 

「へぇ、ここが総督室ね。うーん、色々高価そうなものが沢山あって豪華絢爛って感じではあるけど、部屋っていうより倉庫って感じ?」

 

「な……なんだこの小娘は!? なんでこんなのが我が神聖なる総督府に紛れ込んでいるんだ! 警備兵は何をやっている!?」

 

「警備兵? ああ、寄ってきたハエみたいなのは、みんな廊下で伸びてるけど?」

 

「なっ……!?」

 

驚く一同を前に、少女は体を二つに折ってその場で敬礼をしてみせた。長い白髪、雪のように白い肌、黒と赤を基調としたサイバーパンク風な格好、どこか無機質な雰囲気を感じさせる佇まい……

 

「お初にお目にかかります、オセアニア軍人の皆様。私はウルフパック所属……コードネーム『クリムゾン』こと、アリシア・ラインバレルです。以後お見知り置きを……」

 

アリシアの瞳が鋭い紅色の輝きを放った。

 

「クリムゾン、お前が……?」

 

オーランドは思わず口をポカンと開けた。

今の時代、少年兵という存在は珍しいものではあったが、その中でも突然現れたこの少女は自分が見てきた中でも特に幼く華奢で、少年兵によく見られる穢れた面影が一切見られず、とても兵士や傭兵といった類のことを生業としているようには見えなかったからだ。ふと、オーランドは地元のハイスクールに通う自分の娘を思い返した。

 

「っていうかマルタ! なんで嘘つくのさ!」

 

「チッ……大人しく車で待っていろと言ったのに、このじゃじゃ馬娘が! その方が手っ取り早いと思ったからだよ。ハッ……バレては仕方ないな。私はマルタ・アイゼンベルク。同じくウルフパック所属で……ここにいるクリムゾンのマネージャー兼、専属のメカニックマン。まあ、お目付役と言っても過言ではないがね」

 

アリシアの問いかけに、マルタと呼ばれた女性が観念したように両手を上げた。

 

「こ……この小娘がクリムゾン……? 1億の個人価値があるだと……? そんな馬鹿な話があるか! 冗談も休み休み言え! 」

 

そんな2人の様子に、クズォルドは激昂した。

いや、無理もない。彼の心境をオーランドは冷静に分析した。世界最強と名高い傭兵の1人と聞いて期待してみれば、その正体がまさかの女性で、しかも子どもであるときた。戦争をデータ上でしか知らない彼にしてみれば、酷い冗談のようにしか聞こえないのも仕方がないのだろう。

 

「ほら見ろクリムゾン、やはりこうなったろ」

 

「まあ、いつものことだよね」

 

「毎度毎度、いちいち説明するのが面倒なんだ。真実を話して面倒になるんだったら、最初から私がクリムゾンだって名乗った方が手っ取り早いだろうに」

 

「大丈夫、今すぐ黙らせるから」

 

アリシアは怒りを露わにするクズォルドを一瞥し、紅い瞳を僅かに細めた。次の瞬間、彼女の右手にはまるで魔法のようにドイツ製の自動拳銃が出現し、その銃口をクズォルドに向けていた。

これには銃を向けられた当の本人どころか部屋の中にいた部下たち、さらに彼女の一挙一動を注視していたオーランドでさえ、まともに反応することができなかった。

尋常ならざる腕前である。

 

「うっ……な、何を……?」

 

ワンテンポ遅れて銃を向けられていることに気づいたクズォルドが、ここでようやく反応する。

 

「さあここで問題です。今ここでお前を撃ち殺すのと、私がこの施設を制圧するの……果たしてどっちが簡単だと思う?」

 

アリシアは薄く笑ってそう告げると、空いた左手でトレンチコートのポケットを探り……金属の擦れる音を鳴らしながら、中から何枚にも束ねられた銀色のプレートを取り出し、クズォルドめがけて放り投げた。

 

「あー、因みに叫んでも誰も助けには来ないよ? さっきも言ったけど、ここに来るまでこの施設の警備兵は1人残らず私が倒しておいたから。そうそう、誓って誰も殺してはいないからそこは安心して? でも念のため、それは返しておくね!」

 

「な……なんだと……!?」

 

アリシアの投げたプレートの束、それはオセアニア軍兵士たちのドッグタグだった。全ての兵士が常日頃からの着用を義務付けられている筈のそれがここにあるということは……つまり、そういう事だろう。

当初こそただの小娘と侮っていたクズォルドだったが、神がかり的なアリシアの実力を目の当たりにしたことで、否が応でも己の認識を改めさせられると共に、目の前に佇む少女の恐ろしさを心の底から思い知ることとなった。

 

「き、貴様ら……雇い主に銃を向けるなど」

 

「それと勘違いしないで欲しいのだが、我々が契約を交わしたのはあくまでもオセアニア軍参謀本部であり、決してお前たちなどではない。それはあちらも了承済みだ。だから我々はお前たちの命令には一切従わない、それだけは理解しておくように」

 

「わ……分かった! 貴様らの好きにするがいい」

 

マルタの言葉に、銃口を向けられたクズォルドはただ頷くことしか出来なかった。

 

「では、お墨付きを頂いたところで我々は帰らせて貰う。そうそう、お前たちがバニップと呼ぶ可変型AMAIM討伐作戦に関する内容は、日を改めて伝えることにする……行くぞクリムゾン」

 

「では、ごきげんよう」

 

アリシアは銃を下ろし、マルタと共に総督室から姿を消した。後に残されたオセアニア軍人たちは、その後ろ姿を黙って見送ることしか出来なかった。




あとがき
この世界の言語事情はどうなっているのだろうか?

境界戦機を観ていて前々から思っていたのですが……北米、アジア、オセアニア、ユーラシアと4つの経済圏が日本に入ってきている中、それにもかかわらず共通語でもあるんじゃないかってくらい(それぞれの民族間で)言葉が通じているので、一体どうなっているのかと
まさか登場人物の全員が全員マルチリンガルというわけでもないでしょうし、翻訳装置を携行している様子も見られないし、でも言葉は通じているっぽい

そこで今より科学技術の進歩した2062年の近未来世界には、体内埋め込み型ナノマシンによる翻訳が一般的となっているという解釈をすることで、ひとまずこの問題を解決することにしました。
今回、ライが新キャラであるドイツ人と会話した際に説明があった『パロール』は「言語」を意味しています。

そして今回出てきた新キャラ、コードネーム『クリムゾン』ことアリシア・ラインバレルさん。1億の個人価値があると言われていますが、これは1億円ではなく1億ドルです。そんな凄腕のエースパイロットを相手に、ライはどう対抗するのか?
最初に6話で終わると言っていましたがもう少しだけ続けさせて下さい
それでは、また……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:出撃ーレイドー

アリシアについて
主人公(ライ)と対になる存在。いわゆるライバル(そして)
紅い瞳が特徴的な17歳の少女。傭兵部隊『ウルフパック』所属のエースで、類稀なる戦闘センスと操縦スキルを有していることから1億ドルの個人価値を持つ。パイロットとして優秀なだけではなく生身での白兵戦でも軍人顔負けの実力がある。コードネーム『クリムゾン』
ある特殊能力を保有しているようだが…

いろんな意味でライと正反対になるよう意識しました。


23:00

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

那覇 ー沖縄マスターグランドホテルー

 

 

オセアニア総督府で一波乱あったその日の夜……

沖縄でも有数の高級ホテルにチェックインしたウルフパックのメンバー2名は、来たるバニップ討伐作戦についての計画を立てつつ、作戦決行の時まで着々と準備を進めていた。

眩い輝きを放つシャンデリア、広々としたリビング、ベランダには露天風呂、オーシャンビュー、沖縄の幸が詰まった冷蔵庫、家具は天蓋付きのベッドを始めとした各種高級品が取り揃えられ、さらに見るからに高価そうなインテリアの数々と、何もかもが至れり尽くせりな最高級のスィートルーム。しかし、豪華なそれらに対して少しばかりも興味がないといった様子で、アリシアは照明を落とした部屋の中でベッドの上に転がっていた。

 

ベッドの上、彼女の傍にはウルフパック専用の戦術ラップトップが置かれ、暗い部屋の中でひっそりと青白い光を放っていた。オセアニア軍参謀本部から与えられたアクセスキーを用いて、軍内部で機密とされているバニップに関する情報にアクセスしたアリシアは、非常にリラックスした様子で横になりながら、ラップトップの画面上に映るオセアニア軍とバニップの戦闘記録を眺めていた。

 

外に出ていた時とは違い、黒のキャミソールにショートパンツとやや露出の多い部屋着姿。モニターの光に晒され、アリシアの白い肌が薄く光る。

 

「ふーん、これがバニップか……」

 

アリシアは先の戦闘で記録された映像アーカイブを視聴していた。オセアニア軍がバニップと呼称する所属不明のAMAIMが海上から姿を現したところで動画を止め、モニターをタップして映像を拡大した。

 

「へー、よく見ると結構イケメンじゃん。それに、この重武装な感じカッコイーね! えっと、この所属不明機は可変機構を有し、武装は魚雷に大口径砲と高威力なものが多く……高速潜行能力とステルス性能を活かした奇襲攻撃……そして対艦戦闘を得意としている……ん、なるほどね」

 

映像の中のAMAIMをじっくりと観察して、アリシアは非常に関心した様子で声を上げた。それからデータベースへ直接アクセスできるラップトップとは別に、青白い光を放つ携帯端末の画面上へと視線を移した。端末にはバニップに関する様々なデータがダウンロードされており、目を輝かせながら2つの映像を交互に眺めた。

 

「クリムゾン、何か分かったか?」

 

「んー、まあ色々ね」

 

様子を見に来た付き人のマルタにそう返事をしつつ、アリシアはベッドから身を起こすことなく、その場で背伸びをしてみせた。

 

「っていうかマルタ! 私のことアリシアって呼んでよ。今は作戦行動中でもないんだからさ、わざわざコードネーム使うとか、堅苦しくてやだな」

 

「そんなことはどうでもいい。それにしても単騎でこれだけの被害をオセアニア軍に与えたんだ。この性能……例のバニップとやらはどこの所属だと思う? やはり北米軍か? それとも位置的に考えてアジア軍か?」

 

「相変わらず無視か、はぁ……」

 

素っ気ないマルタの言葉にアリシアは小さく息を吐いた。それから寝返りを打って、部屋の入口のところで壁にもたれている彼女へと顔を向けた。

 

「んー、私は違うと思うな。可変機構を持つ機体なんて聞いたこともないし、何より構造的な特徴や外観が既存の北米軍機やアジア軍機と全然一致しないし……」

 

「メカニックとしてそれは同感だが、新型ということも考えられる。どこかの国で極秘裏に開発された試作機がオセアニア軍を相手に実地試験を行なっているとか……いや、新型機だとしても世界中に張り巡らせた我々の情報網に何かしら引っかかるはずだし、ロストした時のことを考えると単騎で作戦行動というのにもリスクが大きすぎるか」

 

「そーだよね。それになにより……」

 

「なにより?」

 

「イケメンだから! 北米軍やアジア軍にこれほどカッコいいもの作れないと思うんだよねー。いや、あっちの機能美を追求したシンプルかつ量産機的なフォルムもいいけど、個性的という意味ではこっちの方がいいね」

 

目を輝かせてそう告げるアリシアに、マルタは「お前の好みなどどうでもいい」と、興味なさげに肩をすくめてみせた。

 

「バニップの正体は北米軍やアジア軍ではないと?」

 

「うん、あとユーラシア軍でもないと思うね」

 

「では敵は誰なんだ? 同業者か?」

 

「まあ、傭兵に限った話じゃないと思うけどね。例えば……沖縄の反乱軍とか? 今まででよくあったみたいに、オセアニア軍のことをよく思わない沖縄の住民が団結して対抗しようっていう話じゃないかな。ほら、オセアニア軍って武力にモノを言わせて沖縄で色々悪さしちゃってるって聞くし」

 

「反乱軍? いや、それはどうだろうか。私が聞いたところによると沖縄の住民はオセアニア軍に対して嫌悪感を抱いているどころか、むしろ感謝している者の方が多いそうだが?」

 

「え? そうなの?」

 

意外な言葉に、アリシアは思わず身を起こした。

 

「ああ、一部過激派によるデモが偶に行われるくらいで、それ以外では大したことはないらしい。なんでも……100年以上も沖縄に居座り続けてきたアメリカ軍もとい北米軍を、侵攻してきたアジア軍諸共追い払ってくれたことで、住民はオセアニア軍のことを英雄として讃えているそうだぞ」

 

「えぇ……うーん、それはどうかなぁ? っていうか、それどこ情報?」

 

「主にオセアニア軍の兵士たちだ。それ以外にも、会話を盗み聞きしたところによると沖縄の住民は非常に友好的で、こちらの軍備拡張に対して最近は文句ひとつ言わず、それどころか差し入れを持ってくることもあるとか……」

 

「それ、本気で信じてるの?」

 

「話半分程度にはな」

 

「……そっか」

 

アリシアはふと、今朝の出来事を思い出した。

時間潰しの散策がてら、通りかかった大きな白い橋の上で出会った1人の学生、名前をライ……喜舎場ライといったか。一緒に朝焼けに染まった大きな川を眺めながら、彼はオセアニア軍の環境破壊や住民に対する弾圧などについて事細かに語ってくれた。

 

その彼の瞳は、オセアニア軍に対する強い怒りに満ちていた。

 

勿論……沖縄に住む人全員が全員、ライのような考えを持ってはいるというわけではないのだろう。だが、オセアニア軍の所業を踏まえると彼が否定的になるのは至極当然のことで、逆にそうでなければ頭が悪いとしか思えなかった。

 

「いくらオセアニア軍が意識調査をしようとしても、住民全員が口を噤めばそれまでだからねぇ……あはっ」

 

そう呟き、アリシアは再びベッドに身を沈めた。

それにしても、不思議な人だったな……話ついでに、アリシアは橋の上で出会った自分と同い年の男子の姿を思い出した。

 

「んー……また、会いたいなぁ」

 

小さく笑みを浮かべ、すぐ近くのマルタに聞こえないよう口元を枕で隠しながらこっそり呟いた。

 

「そういうわけで、オセアニア軍は北米軍かアジア軍が黒幕だと思い込んでいる。しかし、バニップは間違いなく高性能機だ。あれほどのものを作るとなると、それなりの設備や資材が必要になってくるだろう。ならば民間ではとても不可能だ」

 

「や、そーでもないと思うよ? だってここは元々、北米軍の支配地域だったんでしょ? でもアジア軍が攻め込んできて交戦状態に陥り、両軍が疲弊したところを狙ってオセアニア軍が介入、漁夫の利を得る形で両軍を沖縄から追い出した。多分、その追い出された時に置いてった資材や設備、オセアニア軍の接収を免れた機体のパーツなんかを使って…………んー、詳しいことはアレと戦ってから考えることにするよ」

 

携帯端末の液晶画面に表示されたバニップの推定カタログスペック値を眺めながら、アリシアはマルタに手を振った。

 

「そうか。それと暗所でそんなものを弄っていると目を悪くするぞ? それに端末やラップトップから放たれるブルーライトは……」

 

「何言ってんの? 私の目が普通じゃないの、マルタ知ってるでしょ」

 

「ハッ、言ってみただけさ」

 

気にした様子もなく携帯端末を弄り続けるアリシアを見て、それ以上言うことは何もないというようにマルタは小さく息を吐いた。

 

「そうそう……ねぇ、マルタ。今更だけどバニップって呼び方なんかダサいし、これからはローレライって呼ぼうよ。そっちの方が神秘的でかっこいいじゃん!」

 

「好きにしろ」

 

「はーい、好きにしまーす」

 

そんなやり取りを最後にマルタは会話を切り上げ、早々にその場から立ち去ってしまった。その際に部屋の扉が閉ざされたことで、アリシアは暗い部屋の中に取り残される形となる。

 

「ふわぁ、眠い……」

 

眠そうに目を擦りつつ、アリシアはラップトップと携帯端末に表示された情報に目をやり、そして考察を始めた。暗闇の中、薄着でベッドに寝転がりながらという、何ともやる気を感じさせられない様子ではあったものの……彼女にとって、何かものを考える時にはこれが一番良いやり方なのであった。

 

「それにしても……この形状」

 

ひとしきり考えた後、機体がボトムヘビーになっていることに気づいたアリシアは、すぐさま戦闘映像を見返し始めた。映像を何度も巻き戻しては再生し、至る所で停止とコマ送りを挟みつつ、画面上で激しい戦闘を繰り広げる青い機体をじっくりと観察した。

 

「とするとバニップ……いや、ローレライは」

 

そして、1つの結論に行き着いた

彼女は見つけたのだ。

敵の弱点を、それも致命的と言っていいものを

 

「あはは……戦うのが……楽しみだなぁ……」

 

アリシアは小さく笑うと、端末を手に持ったまま枕を抱きしめ、画面から放たれる青い光に包まれたまま、微睡みに身をまかせてゆっくりと目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

境界戦機 外伝:『最果てのニライカナイ』

第7話:出撃ーレイドー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

3日後……

オセアニア連合領エリア07(旧 沖縄県)

那覇港 琉球解放戦線(RLF)本部 秘密地下ドック

 

 

 

授業終わり、RLFのリーダーことキョウヤさんからの呼び出しをくらった俺は、帰りの会が終わると橋を渡ってまっすぐRLF本部がある那覇港へと向かった。いや、正確には那覇港の手前にある大きな建物と言った方が正しいだろう。

 

『リペアランド・富名腰』略してRLF。

家具家電や自動車など幅広い物を対象とした、その名の通り、いたって普通の修理屋さんである。一見すると年季の入った大型倉庫というような感じの店だが、しかし、それはあくまでも表向きの姿。それっぽく偽装された店内に入り、厳重に管理されたバックルームのセキュリティを通過し、地下へと続く階段を下りることで、ようやく琉球解放戦線(RLF)の本部に辿り着くことができる。

 

「来たな。よし、そこに座れ」

 

薄暗いミーティングルームに入ると、ギラついた視線が俺を出迎えてくれた。見ると、スクリーンの手前に大きな人影……見間違えようもない、RLFのリーダーであるキョウヤさんがそこにいた。

 

薄暗い中でもビリビリと感じられるプレッシャー

部屋の中に乱雑に並べられたパイプ椅子を前に、俺は後ろ側の席に座りたい気持ちを堪えて、パイプ椅子の最前列もといキョウヤさんの真正面に腰掛けることにした。

 

「ライ、新たな任務だ」

 

リーダーはそう言って手元のリモコンを操作し、プロジェクターを起動させた。旧式であるそれからワンテンポ遅れて白い光が発せられると、スクリーン上に映像が映し出される。

 

「オセアニア軍の新たな輸送計画をキャッチした。ただし、今度は輸送艦ではなくタンカーだ、載貨重量60万トンを超える世界最大級のタンカー『シエラ』」

 

キョウヤさんはスクリーン上に表示された巨大なタンカーを指で示した。

 

「石油……?」

 

「石油を満載したオセアニア軍所属のこの船が、近々沖縄にやって来るそうだ。今の時代、大量の石油など何に使うかは不明だが……オセアニア軍のことだ、ロクでもないことなのは確かだろう。とにかく奴らを沖縄に入れる訳にはいかん。ライ、お前はその迎撃に当たれ」

 

「ま……待ってください! リーダー!」

 

そこで、俺は思わず立ち上がった。

あまりの勢いに座っていたパイプ椅子が倒れるも、気にしている余裕はなかった。

 

「タンカーを迎撃って、つまり撃沈しろってことですよね……?」

 

「そうだ」

 

「……っ!」

 

リーダーの素っ気ない回答に、俺は愕然となった。

 

「それでは海が汚染されてしまいます! しかも世界最大級のタンカーなんて、一体どれだけの石油を積んでいると思って……」

 

「気にするな、ライ」

 

「流出した石油が海や海の生態系にどれだけの悪影響をもたらすか……それに、流出した石油の除去には数年単位の時間が……」

 

「何を今更、今まで散々沈めてきたではないか!」

 

「……っ!」

 

リーダーの一括に、俺はギクリとなった。

確かに、俺はこれまで何十隻とオセアニア軍の船を沈めてきた。EV技術の発達により必要最低限の燃料で運用が可能となり、環境にクリーンな輸送手段が増えている現在。それでも化学物質による汚染は承知の上で、俺は任務を遂行してきた。

しかし、今回の話はそれとは比較にならない。

 

「ですが、影響のレベルが…………っ!?」

 

 

「そんなことはどうでもいいッ!」

 

 

「……っ!」

 

怒りの咆哮と共に、リーダーの手元から何かが潰れる音が響き渡った。見ると、持っていたプロジェクターのリモコンがリーダーの手の中で粉々に砕け散っていた。

鋭い眼差しを前に、冷や汗が止まらない。

背筋にヒヤリとしたものが走った。

 

「ライ、お前はクソったれなオセアニアの奴らを1人でも多く始末することだけに集中しろ! 我々の理念はオセアニア軍を排除し、沖縄を奪還することにある。RLFに所属している以上、環境問題など二の次だ。余計なことは考えなくていい、これは命令だッ!」

 

「…………」

 

「話は以上だ」

 

「…………っ!」

 

掌にまとわりついたリモコンの破片を振り払い、リーダーが部屋の入口の向けて歩き始める。何か言わねば……そう思いつつも、口から言葉が出てこない。結局、リーダーが部屋から立ち去るのを、俺はただ黙って見送ることしか出来なかった。

 

「くっ……」

 

薄暗い中、1人取り残される形となる。

やりきれないものを感じつつも、俺は倒した椅子を設置し直した。ついでに床に散らばったリモコンの残骸を拾ってプロジェクターの側に集め、それからミーティングルームを後にした。

 

「ライ、大丈夫か?」

 

「……!」

 

ミーティングルームを出た瞬間、何者かから声をかけられる。先ほどの緊張感が体の中に残っていた俺は思わずビクリと体を震わせるも、声の主が親友のマサヒロであることに気づき、心の底から安堵した。

 

「ああ、マサヒロか……どうした?」

 

「どーしたもこーしたもねーよ。いや、悪ぃ……ライがここに入っていくのを見てよ、最初は盗み聞きするつもりはなかったんだ。けど、お前の相棒がどーしてもここに連れてきて欲しいって言ってたから……」

 

『はい。私の指示で盗み聞きさせて頂きました』

 

「ユーリ?」

 

『情報漏洩を防ぐべく、ミーティングルームは電波遮断が徹底されていたので話し合いに同席出来ませんでした。マスター、申し訳ありません』

 

胸ポケットに収めていた端末を引き抜くと、画面上にユーリの姿が浮かび上がった。いつも通りの無表情だが、その瞳はどこか申し訳なさそうな色が浮かんでいる。

きっと電波遮断を回避する為に、マサヒロが所有していた端末越しに部屋の外から俺とリーダーの会話を聞いていたのだろう。

 

「そっか……2人とも迷惑かけてごめん、俺は大丈夫だからさ」

 

「そうは言ってもだな。キョウヤさん、何もあんな言い方ねーだろ……戦ってるのはライなんだしよ。少しは考えて優しい声かけとか出来んのかねぇ」

 

やはりキョウヤさんのことが怖いのだろう。マサヒロは周囲をキョロキョロと見回し、それから小声でそう告げてきた。

 

「まあまあ、俺は気にしてないから」

 

「本当かぁ? ならいいんだけどよ……あと前々から思ってたけどさぁ、ライ、お前何かキョウヤさんに悪さとかしたことあるば?」

 

「悪さ? いや、まさか……」

 

俺は改めて今までの自分の行動を思い返した。

かのエイハブ船長の如きカリスマ性を持ちながらも、無愛想で過激な言動が目立つキョウヤさんに対し、何もかもが平凡な俺は苦手意識を持っていた。だからこそ対話の際には細心の注意を払って、失礼のないようにしていたつもりだ。

だから、何もないと思うのだが……

 

「だよな。でも、なんでか知らんけどよ……キョウヤさん、お前にだけは厳しいように見えるばよな。や、これは俺だけじゃなく、他の整備士たちもみんなそう思ってるからよ、整備主任の金城さんもそう言ってたし……だから何か悪さでもしたんじゃないかと」

 

「するわけないだろ、第一怖いし……」

 

「だよなぁ……」

 

俺とマサヒロは頷きあった。

リーダーの本意について非常に気になりはしたものの、それについては後でじっくりと考えることにして……今は目の前の出来事に対し、深く向き合う必要があった。

 

「それで、また出撃だってな?」

 

「ああ……今度の敵は巨大な石油タンカーらしい。オセアニア軍とはいえ、やり辛いな」

 

リーダーの命令に従いタンカーを撃沈すれば海が汚染される。しかし、命令に背けばどうなるか分かったものではない。どうしていいものか分からず頭を抱えていると……

 

『マスター』

 

手にした端末から、ユーリの声が聞こえた。

 

「ユーリ、どうしたの?」

 

『今回の輸送計画、何か妙です』

 

「妙……?」

 

ユーリの話を要約すると、こうだった。

自立思考型AIである彼女は、その能力を駆使してオセアニア軍の軍事ネットワークの中枢に潜入し、現在に至るまでオセアニア軍の動向に関する有益な情報をいくつも入手してきた。今回の輸送計画もユーリが見つけてきたものだったのだが、どういうわけか情報にかけられているセキュリティがあまりにもお粗末なものだったという。

 

今までは情報ひとつ抜き取る度に、何重にも張り巡らせたセキュリティを掻い潜る必要があった。しかし、今回の輸送計画はオセアニア軍から重要機密に指定されているにもかかわらず、外部から殆ど丸見えの状態で提示されていたとのことだった。そう、まるで「見てください」と言わんばかりに

 

話はこれで終わりではない。

輸送計画に護衛は付き物だが、ユーリが言うには今回の護衛はたった1隻の駆逐艦だけという。鈍重なことに加えて、ただでさえ大きくて目立つタンカーだ、駆逐艦1隻ではとても守りきることなどできる筈がなかった。

 

そもそもEV技術の発達した現代において、それだけの石油を一体何に使うのかについても不明である。不可解なことがあまりにも多すぎることから、ユーリの話を聞いていて俺は疑念を抱き始めた。

 

「罠かもしれない、ということ?」

 

『その可能性が高いと推測されます』

 

「このこと、リーダーは知ってるの?」

 

『はい。情報提供の際、確かにお伝え致しました。しかしながら、どうやら私の警告は聞き入れられなかったようですね』

 

「……そっか」

 

ユーリの言葉に、俺は小さく頷いた。

 

「ライ、どーするば?」

 

「……出撃する」

 

「いいば? 罠かもしれんし、海を汚すことになるかもしれんのにか?」

 

「分かってる。けどリーダーに逆らうことは出来ないし、オセアニア軍の意図も気になる。それで、もしタンカーを撃沈する必要があるのなら、その時は……」

 

咎は受けるつもりだ。

この戦いが終わってから、オセアニア軍から俺たちの沖縄を取り戻した、その後で……いくらでも

 

待ち受ける困難を予感し、俺は心の中でそう誓った。

 

 

 

それから2日後……

俺は様々な疑念を抱きながらも、それらを心の奥底に押し隠すようにしてユーリと共に出撃、敵の輸送計画を妨害すべく沖縄の地を離れた。

 

 

 

これが壮絶な戦いの始まりだとも知らず……

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

2日後……

沖縄近海

駆逐艦サラマンドラ

 

 

 

沖縄近海を航行する、オセアニア軍所属の駆逐艦が1隻

 

「まさかまた、見知った部下たちと共にサラマンドラに乗艦し、こうして戦いの場に赴く日が来ようとは思わなんだ……」

 

その艦橋には、オーランド大佐の姿があった。

先の輸送作戦失敗に際し、軍上層部からの信頼を失い司令官としての権限を剥奪された彼だったが、今回、世界最強と名高い傭兵部隊ウルフパックと共同でバニップ討伐作戦を実行するにあたり、必要最低限の指揮権を獲得していた。

沖縄から本国に戻ったオーランドは、そこで自身の船であるサラマンドラを手配し、さらに散り散りになった部下たちを招集、こうして戦地に赴いていた。

 

「はい! 自分たちもこうしてまた、大佐とご一緒することが出来て光栄であります!」

 

しみじみとした様子でオーランドが艦橋の中を見回すと、その場に居合わせた副官やオペレーターたちは敬礼でそれに応じた。そんな彼らの敬礼を手で制した後、オーランドは艦橋の外に視線を向けた。

 

「しかし『シエラ』か……壮観だな」

 

彼の視線の先には、駆逐艦のすぐ隣を並走する石油タンカーがあった。しかし、小柄な駆逐艦と比べると圧倒的なスケールを持つタンカーを前に、オーランドは改めて圧倒されるものを感じた。

 

石油タンカー『シエラ』

載貨重量61万トン、全長480メートル、船幅70メートル、航行速力25キロ。氷山を彷彿とさせる鋼鉄の塊が穏やかな海をゆったりと進むその姿は……まるで青い芝生の上に巨大な壁が立ちはだかっているかのようだった。

 

「これほどの船は確か世界で2隻しか建造されていないと聞く、流石ウルフパック、よくこれほどのものを調達出来たものだ……」

 

「まあ、比較的安く買えたからね」

 

オーランドの呟きに反応するようにして、その背後から声が響き渡る。振り返ると、艦橋の入口に小柄な人影……『クリムゾン』のコードネームを持つ、傭兵部隊ウルフパックに所属する1人の少女の姿があった。

 

「今時、石油なんて時代遅れだし。運用するにしても遅いし目立つし燃費悪いしで殆ど無用の長物だよ、こんなの。維持コストだってかなりのものだし、解体するにしても膨大な労力と時間、それにお金がかかる……だから所有者に頼んだら、ふたつ返事ですぐ売り払ってくれたのよね」

 

何でもないというように告げる少女を見て、オーランドは思わず息を吐いた。中古とはいえタンカーを丸々1隻買い取れる財力、それに総督府での一件も相まって、オーランドは少女のことを『規格外』と呼ぶに相応しい人物だと、改めて認識していた。

 

「コンピュータ制御による自動化は一応適用されてるけど、でも最近まで港で倉庫として扱われていたものだからメンテナンスも必要最低限、今じゃ航行させるのが精一杯ってところだし、まともに攻撃を受けたらすぐに沈むだろうね」

 

「なら、そんなものを一体どうするつもりなのかね? まさか盾にでもするつもりか?」

 

「まあ、それは見てのお楽しみってことで」

 

アリシアは両手を広げ、ニヤリと笑ってみせた。

白髪が静かに揺らめき、紅い瞳が怪しく輝いた。

 

「承知した。しかし、貴公の立てた作戦についてだが……」

 

「ん、何か問題でも?」

 

「いや、こちら側としては何も異論はない……だが、本当にいいのか?」

 

「うん。だから軍人さんたちとはここでお別れ、あとは私が指示した通りに動いてね? そうじゃないと……多分、ローレライは来てくれないと思うから」

 

「ローレライ?」

 

「バニップのこと。そっちのお偉いさん方が勝手に名付けたそんな安っぽい呼び方するより、こっちの方がクールでしょ?」

 

「フッ……なるほど、同感だ」

 

緊張感が全く感じられないアリシアの言葉に、オーランドは肩をすくめて苦笑するしかなかった。

 

「マルタ、私の機体は?」

 

「整備は完璧だ。すぐに出られる」

 

アリシアのすぐ後ろに控えていたのだろう、通路上に姿を現したマルタが短くそう答えた。

 

「オッケー、じゃあまた後で……」

 

アリシアはまるで旅行にでも行くかのような調子でマルタに向けて軽く手を振ると、そのまま彼女の横を通り抜けて、颯爽と艦橋から立ち去るのだった。

 




本当はここでクリムゾン戦まで入れる予定だったのですが、ペース配分が上手くいかなかったので次回です。濃密な戦闘が描けるよう頑張りますので、よろしくお願いします。それでは、また……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:狙撃ースナイパーー

お久しぶりです。ムジナです。
メインでやってる作品が完結したので、今回からまた執筆を再開していきたいと思います。

ところで『境界戦機』の新作の製作が決まったそうで
とりあえず、おめでとうございます。
コンセプトや機体デザインは秀逸だと思うので、本家で上手くいかなかった&視聴者から酷評された部分をちゃんと踏まえた上で、反省点を新作のストーリーなどに活かして頂ければと思います。そして願わくば、多くの人から評価される最高のアニメとならんことを……

ところで、今度こそ沖縄出してくれませんかね?
北海道出るんでしょ? なら沖縄も出さねば不相応というもの! なんならニライカナイの設定持って行ってもいいんですよ? 本作ってフリー素材みたいなもんですから、、、なんて言ってみたり(流石に調子に乗りすぎか)

それでは、続きをどうぞ……


 

 

 

17:30

沖縄近海

 

 

 

那覇港にあるRLF秘密地下ドックから出撃した俺たちは、ユーリが事前に入手していた航海計画書を頼りに、その輸送ルート上でオセアニア軍を待ち伏せしていた。

 

陽の光が届かない、暗い海の中に身を潜めること数時間……体力の消耗を抑えるべく、海中の音に耳を澄ませながら目を瞑っていると、敵の接近を感知したユーリが俺の耳元で囁き、優しく報せてくれた。

 

『音紋解析により、接近する物体は攻撃目標である石油タンカー「シエラ」であると断定。しかし……』

 

「護衛の駆逐艦がいない……?」

 

網膜投影された薄明かりが灯るコックピットの中、ユーリの目を通して水上を航行するタンカーの姿が大きな棒線となって網膜にリンク表示される。だが、その周囲にはいくつかの微細な光点があるくらいで、護衛につくとされていた駆逐艦と思わしき光点はどこにも見られなかった。

 

一応、護衛のAMAIM……水上型のブーメランらしき機影がタンカーの周囲に複数展開してはいた。しかし、巨大なタンカーを護りつつ危険な海域を通るにしては、これでも少なすぎる戦力だといえるのに、当初の予定にあった駆逐艦さえいないというのは一体どういうことなのだろうか?

 

『マスター、どうされますか?』

 

「……とにかく、もう少しだけ接近してみよう」

 

『サー、距離を詰めます』

 

タンカーの様子を伺いつつ、右側面から回り込むようにして巨大な船体へと接近する。その間、ユーリはタンカーのことをじっと観察し続けていた。

 

『マスター、もう1つ気になる点があります』

 

「どうしたの?」

 

『解析の結果、タンカーの喫水線が想定より大幅に低いことが分かりました』

 

「それって、つまり……」

 

『はい、あの船は何も積載しておりません。石油を満載しているどころか、何も』

 

「…………何もって、そんなこと?」

 

俺は頭に疑問符を浮かべた。

護衛がいないのをいいことに、接近してきたこちらを燃料気化爆発の爆風でタンカーもろとも吹き飛ばそうというのなら分からなくもない。だが、喫水線が下がっているところを見ると、どうやらそういうつもりではなさそうだ。また、タンカーに何か武器を隠しているという可能性も同様である。

 

俺たちを誘い出し、迎え撃つつもりか? いや、だったらそれ相応の戦力を用意するはずだ。ならば俺たちの留守を狙って拠点を攻撃しようとでも? いや、オセアニア軍には那覇港にある秘密ドックはおろか、まだRLFの存在すら察知されていないはず。もしくは俺たちの裏をかいて別ルートでの輸送プランがあるとか……? オセアニア軍の奇妙な行動について、俺は思いつく限りの可能性を巡らせた。

 

『マスター、どうされますか?』

 

「……魚雷で牽制してみよう。どう反応するのか見てみたい、でも当てないでね」

 

『サー、魚雷は直撃の2秒前に自爆するよう設定します。1番発射準備完了』

 

ひとまず、俺は様子を見ることにした。

魚雷の装填を確認した後、タンカーをサイトの中心に捉え、トリガーを引き絞る。『ニライカナイ』のアーマーに内蔵された魚雷が射出され、ユーリが算出したタンカーの未来位置へと来襲、巨大な船体を爆発範囲に捉える直前で自爆し、水上に大きな水飛沫を生み出した。

 

『魚雷の自爆を確認』

 

「タンカーの動きに何か変化は?」

 

『少しお待ちを……』

 

ユーリはしばらくの間ジッとタンカーの方を見つめ、それから小さく首を横に振った。

 

『目標、方向転舵および増減速ありません。デコイ等を用いた防御行動も見られず、依然として沖縄方面へ航行中。また、タンカーの周囲に展開する護衛と思わしき水上型AMAIMに関しても動きがありません』

 

「それは、つまり……」

 

『はい。目標は無人であると思われます』

 

「幽霊船だとでも? まさかタンカーの中でバイオハザードでも起こったとか……?」

 

ユーリの声を聞き、俺は迷った。

当初は石油による海洋汚染を心配していたのだが、タンカーに何も積まれていないのなら、このまま撃沈してもいいだろう。完全にリスクがないわけではないが、大きな海洋汚染を引き起こすことはないはずだ。しかし、オセアニア軍がどういった意図でタンカーを漂流にも近い形で出航させたのかが気になりはした。

 

そして罠である可能性もまだ捨てきれない。

もしこれが敵の策略であるならば、下手なことはせずここは満を持して逃げるべきだろう。撃沈か調査か、あるいは撤退か……これからの行動について、どうすべきか考えていた時だった。

 

『マスター、環境センサーに感あり』

 

「どこだ?」

 

『方位21、海面上に高エネルギー反応』

 

「なんだ……奴ら、何を……?」

 

突然、ユーリがそんなことを言い始めた。

淡々とした緊張感のない声、危険を感知するアラートは沈黙したままで何も異常を報せてこない。安全な海中にいることで、俺もユーリも完全に油断しきっていた。

そう、この時までは……

 

「……ッ!?」

 

次の瞬間、海中を航行する俺たちの直ぐそばを、海底に向かって縦方向に、何かが猛烈なスピードで横切る気配。ワンテンポ遅れて衝撃波が襲いかかり、機体が横転しかける。荒れた海でも感じたことのないほどの強烈な振動、コントロールを失いかけた俺に代わって、ユーリが咄嗟に姿勢制御をしてくれなければ、危うくそのまま海中深くに引きずり込まれるところだった。

 

「何だ!? 何が……っ!?」

 

『真上からの攻撃です。マスター、回避行動を』

 

「避けろって、どこに……!」

 

『敵の攻撃に関するデータが不足しているため回避ポイントの選定不能です。ランダム回避の試行を推奨』

 

「くっ……!」

 

アラートがけたたましく鳴り響くコックピット内で、俺は訳も分からず悲鳴をあげた。次の瞬間、なぜか俺の脳裏に浮かび上がったのは、幼い頃に俺を冷たい海の中から引き上げてくれた白いイルカの姿と、特徴的な甲高いその鳴き声だった。

 

「……ッ!」

 

まもなく、敵の第二射が飛来……

必死の回避行動も虚しく、それは正確にニライカナイの耐圧殻を捉え、着弾の衝撃は俺たちがいるコックピット内部に盛大な激震をもたらした。

 

 

 

 

 

 

数分前……

石油タンカー『シエラ』より数百メートル後方

 

 

タンカーの周囲に展開した数機の水上型ブーメラン。その中に混じって、一機だけ特徴的なカラーリングの機体がタンカーに追従していた。

 

フロートの上に『クリムゾン』と呼ぶに相応しい、真紅の人型機が片膝をつく形で鎮座していた。頭部にはV字型のメインカメラ、全体的に細身のシルエット、機動性を重視した軽量かつ柔軟なフレーム、全身に配置された紅色の装甲は陽の光を受けて美しく煌いている。

 

ライン同盟製AMAIM "ストーカー"

そのロングレンジカスタムタイプだった。

 

電子戦用レドームと索敵用複合カメラを備えたバックパック、腰部には長時間の作戦行動を可能にする高性能コンデンサーが搭載され、マントのように垂れ下がったシールドが左半身を覆っている。

 

そして何よりも特徴的なのが、長砲身の狙撃銃を右肩に担いでいるという点だ。機体全長をも上回るそれは、最新鋭の高性能光学スコープを内蔵し、鈍い銀色のフレームと紅いバレルも相まって近未来なイメージを彷彿とさせるAMAIM用の狙撃銃だった。

 

「そろそろ来る頃だよね」

 

真紅の機体の中には白髪の少女の姿があった。

傭兵部隊ウルフパック所属のスーパーエース、コードネーム『クリムゾン』こと、アリシア・ラインバレルは薄暗いコックピットの中で小さく呟いた。

 

「ローレライ、君の戦いを見させてもらったよ」

 

アリシアはモニターに表示された現在時刻と自分の位置座標を確認し、機体のスリープモードを解除した。V字型のメインカメラに白い発光が生まれ、バックパックの複合カメラとレドームが獲物を探す猛禽類かの如く首を振った。

 

「広い海の中に潜み、神出鬼没の如く姿を現し、たった1機でオセアニア軍の艦艇を何隻も沈めてきた。まさしく海の怪物と呼ぶに相応しい……なんてクールでミステリアスな存在だろうか」

 

もう間も無く戦闘が始まる……そう予想し、戦闘の準備を進めているにもかかわらず、彼女の瞳は期待に満ち溢れていた。それはまるで、これから始まるであろうローレライとの壮絶な殺し合いを楽しみにしているかのようである。

 

「君は恐るべき存在だよ。でも、あれだけ沢山の船を沈めておいて、犠牲者は最小限に留まっている。でも、それはただ単にダメージコントロールの面でオセアニア軍が優秀だったからじゃない。それはきっと、君が手加減していたからなんじゃないかな?」

 

海の中に向かってそう問いかける。

そこに誰もいないというのは分かっていた。

 

「船を攻撃する時にも、片側だけを狙うんじゃなくてあえて両舷を同時に潰していた。こうすることで浸水のスピードは早くなってすぐ沈んじゃうけど、その分バランスを保ったままだから、乗組員たちもスムーズに脱出することができた。それを長距離から動く目標に対してで、しかも少しでも着弾位置と爆破範囲の計算がズレればバランスを崩して転覆してしまうものを、ただでさえ当てるのが難しい魚雷で正確にやってのけている……凄いね、まさに神業だ。でも戦場でのあの動き方はAIじゃない、あのキックは有人機の動きだね」

 

これから戦う敵のことを高く評価しつつ、アリシアは先の戦闘でローレライが見せた、弾薬補給中のブーメランに対する空襲からの蹴り飛ばしを思い出した。

ブーメランが搭載するロケット爆雷はミサイルのような誘導兵器ではない分、低コストかつ大量に運用することができるが、悪く言えば爆薬の塊であるため、現代での運用は無人機に限定されてしまっている。

ただでさえ誘爆の恐れがある。そんなものに対して格闘戦を仕掛けるなど、言うまでもなく危険極まりない行為である。しかも自身の脚部を損傷してしまうかもしれないというのに……

前提として、全てのAIは自らの保護を原則としている。いくら機体の強度に自信があったとしても、前述の原則がある以上、よっぽどの事がない限りそのような思考に行き着くことはあり得ないと言えた。これらのことから、少なくとも攻撃を決定したのはAIではなくパイロットの意思であるだろう……それがローレライのオペレーターに対するアリシアの考察だった。

 

「それを想定してから察するに、きっとローレライのパイロットは心の優しい人なんだろうね。確実に船を沈めようとは思う、けど人的被害を必要最小限に留めたいって、そういう意気込みは伝わってくるよ」

 

でもね……

フッと息を吐き、続ける。

 

「戦場では時に、その優しさが仇となってしまうこともあるんだよ?」

 

そう言って暗闇の中で赤い瞳をギラつかせた。

その時、水上に巨大な水飛沫。

それは洋上を無警戒で航行するタンカーの意図を調査すべく、ライとユーリの駆るニライカナイが牽制のために放った魚雷だった。魚雷はタンカーの爆発範囲の外で炸裂し、船体へのダメージはない。それを見て、アリシアはニヤリと笑った。

 

「来た来た……! 予想通り!」

 

ファーストアタックは当ててこないことも織り込み済みと言った様子で、アリシアは魚雷の爆発位置を中心に、現在までのローレライとの戦闘で得られたデータを参考にして、大まかな魚雷の発射位置を逆算し始めた。

 

「さぞ心苦しかっただろうね。石油を満載したタンカーを攻撃するとなると、どうしても海を汚してしまう。いや、そうでなくとも環境問題に厳しいこのご時世だ、環境テロリストとして国際社会から非難を受けてしまうかもしれない、だからそうなってしまうのは出来るだけ避けたいところだ。でもオセアニア軍の企みをみすみす見逃すというわけにもいかない……きっとそういう葛藤があったんじゃないかな」

 

オセアニア軍が積み重ねてきた敗北の記録、そして若いながらもこれまでいくつもの戦場と死線を渡り歩いてきた経験を頼りに、アリシアはローレライの思考と行動を予測していた。

 

「でも、きっと不思議に思っただろうね。傍受した作戦計画書に記載されていた通りタンカーは姿を現した。けど、それを護る駆逐艦の姿は見受けられない……それにタンカーの喫水線が低くなっていることも気づいたはずだ。そうだよ、そのタンカーには何も積まれていないよ。燃料は沖縄までの片道で必要な量だけで、それ以外には一滴もね、さらに自動航行が適用されているから乗組員もいない」

 

魚雷の炸裂でいつも以上に荒れる波間、アリシアは機体のバランスを保ちながら肩に担いでいた長砲身の狙撃銃、もとい狙撃用レールガンを両手で構え、フロートの上で射撃姿勢をとる。

 

「そして君はこう思った筈だ。ひよっとすればタンカーを攻撃せずに済むかも、でもオセアニア軍の意図が気になるとね……だから奇襲と先制攻撃のチャンスを捨て、牽制攻撃と共に接近し、タンカーの様子を伺いたくなる」

 

レールガンの砲身を海面に向け、フレームに内蔵された高性能スコープを覗き込む。バックパックの複合カメラとレドームも機能し、戦場のありとあらゆる情報がクリムゾン機へと収集されていく。しかし、当然のことながらこれだけではコックピット内のモニターはただ夕陽で赤く染まった水面を映すだけに留まっていた。

 

「安易に魚雷で様子を見ようと思ったのが運の尽き! 大まかな位置さえ分かればこっちのもの……海中に身を隠しているから安全? あはっ、本当にそうかな?」

 

これだけやっても未だ敵の姿を捕捉出来ずにいる。しかし、アリシアの顔に焦りの色はなく……むしろ、この状況下においても余裕そのものだった。

 

「この私の前ではね……!」

 

レールガンの安全装置を外し、アリシアが小さくそう呟いたその瞬間……薄暗いコックピットの中で、彼女の赤い瞳が強い輝きを放った。

 

「……あはっ、み〜つけたぁ♡」

 

その僅か3秒後、甘くねっとりとした声がアリシアの口から漏れ出た。即座に砲口をその一点に向け、トリガーを1段階引き絞る。クリムゾン機の腰部に設置されたコンデンサーが稼働し、内臓されていた電力がレールガン本体へとチャージされる。

やがて膨大な量の電力が蓄積されると自動的に銃身が展開、レールガンは高出力モードへと移行、3つに分かれた砲身は激しいスパークに包まれた。

 

「さて、対潜攻撃は初めてだけど……」

 

そう言いつつ、無数のスパークが煌めくレールガンの先端を海面へ突き刺すと、クリムゾン機を中心にして円を描くように激しい水の波紋が生まれた。

 

「まあ一発でも擦ってくれれば御の字ってことで、やれるだけ……やってみましょ!」

 

そうして、2段階目のトリガーが引き絞られた。

その瞬間、レールガンの砲口から超高速で砲弾が射出され……しかし、どういうわけか砲弾は海面に衝突しても、水の抵抗を受けて破砕するどころか殆ど減速することなく、驚くべきことに水中をそのままのスピードで駆け抜けて行った。

 

「外した……! 誤差修正!」

 

その事実に気づいたアリシアは、レールガンに次弾を装填しつつ誤差修正の計算を行う。3秒後……反映したデータを元に照準を微調整し、そして赤い瞳を輝かせながら微かに唇を舐め、再びトリガーを引き絞った。

 

レールガンが吼え、再び海面に向けて超高速の砲弾が射出された。本来であれば決して命中するはずのない水中に潜む敵への狙撃、クリムゾン機のセンサーは着弾を観測できず、失中の判定をパイロットに伝えた。

 

「……あはっ、命中ぅ!」

 

それに対し、確かな手応えを感じたアリシアは思わず歓喜の声をあげた。




アリシアの計略に嵌められたライとユーリ
水中への狙撃を可能にしたクリムゾンの能力とは?
レールガンの直撃を受けたライたちの運命は?

そして、対峙する蒼色(ニライカナイ)と真紅(クリムゾン)
次回 第9話:真紅ークリムゾンー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:真紅ークリムゾンー

少しだけお久しぶりです
ムジナです

ところで新しい境界戦機ですが、新主人公の苗字『知念』……これは紛れもなく沖縄の苗字です。そして明らかにイリオモテヤマネコなアイレス、もうこれは間違いなく次の舞台は沖縄でしょう。やったね!!!!
沖縄出身の身としては、このままハブられて忘れ去られるんじゃないかと思っていたので、ここでピックアップしてくれて本当に嬉しい限りです。

しかし、レジスタンス組織の名前『ヒヌカン』って……なんかダサい
火の神って書いて『ヒヌカン』ですよね? 内地の人たちからしたら神秘的な感じがあるのかもしれませんが、沖縄出身の身としてはあまりにも身近過ぎてチープな感じがあるといいますか……まあ、文化の違いですよね。
(ごめんヒヌカン様、いつも見守っていてくれてありがとうございます)

それでは、続きをどうぞ……
(水上からレールガンによる狙撃を受けたところからスタートです)


 

 

『マスター、ご無事ですか?』

 

「…………」

 

『マスター、返事を』

 

「ああ、生きてるよ……ッ」

 

コックピットの振動が収まった頃、視界全体を覆い尽くす赤い警告色の中で、ユーリの問いかけに俺は酷い耳鳴りに苛まれながらも、声を振り絞って応えた。

 

「ユーリ、被害は!?」

 

『軽微です』

 

「軽微……? 大破の間違いじゃなくて?」

 

『サー、間違いありません』

 

思わずコンディションデータを参照すると、確かにユーリの言った通り機体に目立った損傷は見受けられなかった。外付けしている耐圧殻の一部がやられただけで、不思議なことに本体の装甲や駆動系そして出力に深刻な異常は見受けられなかった。

 

『機体に発生した衝撃から受けたダメージ量を算出したところ、それは機体の理論耐久値を遥かに上回っていました』

 

「じゃあ何で、俺たちこうして生きてるんだ?」

 

『不明です。しかし、今の一撃でウィーヴァルアーマーが損傷しました。これにより我が方は深海での航行能力を喪失、これ以上の潜航は圧壊の恐れがあることから推奨できません』

 

「退路の1つを断たれた……それで」

 

俺はモニターの表示から隣に浮かぶユーリへと視線を移した。たったそれだけで彼女は俺が何を言いたいかを察し、無言で小さく頷いた。

 

『水中の温度変化が微弱だったことから、戦術レーザーなどといった指向性エネルギー兵器による攻撃ではないと推測。魚雷やアスロック、爆雷を発射した形跡もありません。しかしながら着弾時の衝撃から砲弾の速度を逆算したところ、秒速7000キロほどであると判明しました。これは電磁投射砲……いわゆる、レールガンによる射撃とほぼ同等の速度です』

 

「レールガン? 嘘でしょ、アスロックや魚雷じゃあるまいし水中の目標に対してそんなものが使えるはずがない。ということは……まさか!」

 

『はい。敵も"超空洞技術"を所持していると推測されます』

 

 

"超空洞技術"

冷戦時代の旧ソ連によって考案され、ニライカナイの航行システムにも部分的に導入されている技術である。早い話、この技術は抗力が強い水中を高速で進む為に、物体を丸々空気の泡で覆うことで水中での抗力を減らし速度を上げるというものだった。この技術を活用することで大型の潜水艦ですら水中を時速5800キロという飛行機を遥かに上回る巡航速度を得ることが可能とされていた。

 

しかし、これはあくまでも理論上の話である。

ソ連崩壊後、各国でも競うように研究開発が行われたが、超空洞の泡の発生に必要な初速、それを確保するための大出力エンジンと大量の燃料、方向転換の方法、さらには爆発的な加速の副産物である衝撃波が海中の環境や生態系に与える影響など、諸々の問題を解決できず、いずれも兵器としての実現の目処は立つことなく開発は頓挫した。

 

今まで直進する魚雷にしか活用できなかった技術だが、どうやらこの敵はそれをレールガンに応用しているのだろう。確かに、レールガンならば超空洞の泡を形成するだけの初速は十分に確保できる上に、弾丸を直進させるだけなので方向転換の必要もない。時速5800キロを遥かに上回る、秒速7000キロという超高速に耐えられる泡をどのようにして形成しているのかは不明だが……それよりも気がかりなことが1つあった。

 

 

「なぜ、敵はこっちの位置が正確に分かるんだ!?」

 

それは、敵が水中にいる俺たちをどうやって見つけたのかということである。今までは何かしら攻撃の予兆があった際には警告が発せられたのだが、しかし、これに関してユーリは首を横に振るばかりだった。

 

『不明です。無音潜行によるニライカナイのステルスは十分に機能していました。アクティブソナー、対潜レーダーによる索敵を受けた形跡もありません』

 

「まぐれ当たり、って訳じゃないよな……」

 

『ポジティブ。初回の攻撃が誤差修正のためのものだったと仮定した場合、敵は何らかの未知の手段を用いてこちらの居場所を把握している模様です』

 

 

 

 

 

「あれー? 確かに直撃だったよね? 」

 

海洋を悠々と航行する巨大なタンカーの近く、レールガンのスコープ越しに海中のニライカナイを狙っていたアリシアは、薄暗いコックピットの中で首を傾げた。

 

「何でレールガンの直撃喰らって平気なの? 水中で何かにぶつかって威力を散らされた? ん……エニグマの最新鋭兵器とはいえ所詮は試作品、まだまだ改善の余地はあるってことか。まあこの程度でくたばられたら、せっかくの準備が台無しになっちゃうしこれくらいで丁度いいし、もっと私を楽しませてよね……!」

 

独り言を呟きながらレールガンの銃身を持ち上げて冷却装置による排熱処理を行いつつ、モニターを操作してコンデンサーの状態を確認する。特に異常はないこととエネルギーの残量を把握し、アリシアは人差し指を唇に当てた。

 

「でも、あはっ……びっくりしたでしょ?」

 

茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべつつ、アリシアは暗闇の中で赤い瞳を輝かせる。その視線は、相変わらず海中のニライカナイを確実に捉えていた。

 

「ちゃんと水中に隠れていたのに、敵は正確に攻撃を当ててきた。ソナーやレーダーも使ってないのに一体どうやって? なんて思ってるんだろうなぁ……今頃は。凄いでしょ、私の目は」

 

アリシアの赤い瞳がより一層強い輝きを放つ。

「私には見えるんだよね」

その表情は、凶悪な色に染まっていた。

 

「私の目は、全てを見通す特別な目。ほとんど感覚的なものなんだけど、この目を通して敵がどの位置にいるだとか、敵との距離はどれだけあるのかだとか……全部、お見通しなの。FPSゲームでいうところのウォールハックってやつ、つまり高性能なソナーも対潜レーダーも私にはいらないって訳よ」

 

薬室に次弾を送り込み、レールガンの銃身を再び海面へと突き刺す。トリガーが1段階引き絞られるとスパークと共に銃身が3つに割れ、銃口に莫大な量のエネルギーが収束する。

 

「さあどうするローレライさん? 私はあなたのことをずっと見ているよ。今ので耐圧殻は封じた、この私がいる限り、あなたはこの海域から生きて帰ることは出来ないよ……!」

 

乾いた唇を舐め、アリシアは続ける。

 

「それとも、このまま海の藻屑になってみる?」

 

 

 

 

 

『マスター、作戦行動中は常に最悪の事態を想定して行動するべきです。敵の索敵方法は依然として不明ですが、現段階ではこちらの位置を完全に把握されていると仮定して行動するべきです』

 

「そうだね」

 

『耐圧殻が損傷したことで、ニライカナイの潜行可能深度はおよそ50メートルほど上昇しました。現時点で圧壊の恐れはありませんが、装甲の耐久値は危険域です。敵の対潜攻撃への早急な対処が必要です』

 

「うん……」

 

ニライカナイのコックピットの中で、AIのユーリは淡々とした表情のまま冷静に戦況を分析していた。その一方で、俺は表面的な平静を保ちつつも内心ではすっかり弱気になってしまっていた。早鐘を打つ心臓、浅い呼吸、酸素がしっかり脳に行き渡っていないのか視界がおぼつく、額から汗が噴き出し、足腰に強い脱力感、今までにないほど死を身近に感じられる。

 

『マスター』

 

心拍などで俺の心を読んだのだろう、ユーリが目の前に移動し、小さな右手で俺の頬を触った。実体がないにもかかわらず、電気刺激によって本当に触れられているかのようにリアルな気配を肌に感じた。

 

「……!」

目の前に浮かぶ2つの青い瞳。海よりもなお深い色をしたその美しさを前に、定まらなくなった目の焦点が自然と吸い寄せられる。

 

『マスター、ご安心を』

 

落ち着かせるような口調で、ユーリは囁き始めた。

 

『確かに、敵の正体が不明であり、さらにはニライカナイの本来の運用方法であるシーステルス戦法が敵の対潜攻撃により封じられ戦術的なアドバンテージを喪失しつつあるという現状から、我が方はこれまでに類を見ないほどの危機的状況に陥っていると言えます。……ですが言い換えれば、それは複数ある行動プランの中の、たった1つを封じられただけに過ぎないのです』

 

視線を1ミリも動かすことなく、ユーリは続ける。

 

『マスター、貴方は生きています。まだ諦めてはなりません。私も本作戦までに得られた戦闘データを活用し、逼迫したこの状況を切り抜けられるよう最適解を導き出すことで、マスターの生存を第一に最大限サポートさせて頂きます。なのでどうか、自信を持って下さい』

 

彼女の優しげな囁き声は、聴覚を通じて体に深く染み渡るようだった。死への恐怖で荒ぶった心は落ち着きを取り戻し、改めて暗闇の中に1人孤独ではないことを実感した。

そして、こんな状況でも冷静沈着な彼女の存在が、心の底から頼もしく思えた。

 

「ごめん、少し弱気になってた」

 

そこで深呼吸すると、体は自分が思っていた以上に酸素を必要としていたのだろう、グラついていた視界がクリアとなり、奥底から力が湧き上がってくるような気配を感じた。

 

「生き残ろう。2人で……必ず」

 

『はい、マスター』

 

自信を取り戻した俺を見て、ユーリは小さく頷いた。

 

「それで、これからどうすれば良いと思う?」

 

『この状況下において、我々に取れる戦術オプションはシンプルに2つ……逃げるか戦うかです』

 

そう言うとユーリは俺の前から身体ひとつ分退き、空いたスペースに小さな2つのモニターを出現させた。その中にはニライカナイの位置座標、敵機とのおおよその距離、そして作戦海域のコンディションや海底の地形データが簡易的に立体表示されている。

 

『まず逃走を選択した場合のプランです。敵にこちらの位置を補足されているという想定の下、アクト1では海上の高エネルギー反応に向けて魚雷による牽制を試し、敵の対潜攻撃を可能な限り妨害します。その後、アクト2において私の選定した回避ポイントを通過して作戦海域を離脱します』

 

ユーリは向かって右側のモニターの後ろに立ち、半透明になったそこにニライカナイの逃走経路を示して見せた。

 

『しかし、この方法はあまり推奨できません。敵の攻撃に関するデータが不足しており、現状、私の選定した回避ポイントの信頼率は13パーセントほど……さらに、この海域には遮蔽物となるものがありません』

 

「隠れられる場所もないのか、そっか……敵は最初からこうなることを見越して、この海域に俺たちを誘い込んだってことか」

 

『状況的に見て、そう考えるのが妥当でしょう。武装といい戦術といい、敵は今までのオセアニア軍とは明らかに違います。マスター、侮ってはなりません』

 

「分かった」

 

ジッとこちらを見つめてくるユーリに、俺は額の汗を拭いながら2回ほど小さく頷いた。

 

『続いて、攻撃プランについてですが……』

 

ユーリは左側のモニターへと移動し、後ろから半透明の画面を操作して移動経路を示しつつ、攻撃方法に関する説明を行ってくれた。

時間に迫られている中、俺はすぐさま決断した。

 

『マスター、どうされますか?』

 

「……よし、敵を倒そう」

 

『サー、ステルスモード及び機能制限解除』

 

ユーリが静かに呟いたその瞬間、暗闇に包まれていた俺の視界がガラリと移り変わった。網膜投影された非常灯の赤い光が消え、ステルスモードが解除されると共に様々なセンサーとレーダーが稼働、CG表示された鮮明な海中の映像を始めとして、自分の視界に多くのものが映り込むようになる。

 

『環境センサーに感あり、海面上に高エネルギー反応……敵の第3射と予想』

 

「ユーリ、緊急浮上!」

 

『サー、アップトリム90。超空洞システムを機体前面に展開、全スラスターを下方に集中、最大船速。続いて直上の敵機を牽制します、魚雷発射管2番から4番まで解放……斉射』

 

ユーリの声と共に、ニライカナイの耐圧殻から3本の魚雷が射出される。照準と誘導をユーリに任せ、俺は操縦桿を引き機体を上昇させることに専念する。魚雷による牽制が功を奏したのか、俺たちは敵から一切の攻撃を受けることなく海面への接近を果たした。

 

『トランスフォーム始動。ウィーヴァルアーマー左右連結解除、後部耐圧装甲を直立二足歩行モードへと移行、火器管制、武器システムを潜水艦モードから水上モードへとリプレイス……完了』

 

機体の上半身を覆っていたウィーヴァルアーマーが中心部から左右に分かれ、機体の側面を守る盾となって、両肩部の端へとスライドする

 

「MAILeS『ニライカナイ』!」

 

『陸戦モード、コンバット・オープン』

 

 

 

 

 

 

 

「そうそう! それでいいのよお利口さん♪」

 

アリシアの判断は早かった。透視能力で海中に潜む敵の浮上を確認すると、すぐさま狙撃を中止し回避行動に移った。フロートをサーフボードかのように扱い全速力で波間をすり抜けると、つい先ほどまで彼女がいた空間で魚雷が炸裂した。

 

爆発の衝撃で酷く荒れる海面を巧みな操縦技術で滑るように乗り切ると、アリシアは海上の一点を見つめた。次の瞬間、海水がぐぐっと迫り上がったかと思うと、まるで海底火山でも噴火したかのように巨大な水飛沫が天高く噴き上がる。

 

水飛沫の中心、超空洞技術によって形成されたバブルが弾け、そこから両肩部に巨大なアーマーを装備した機体が姿を現した。黒を基調とした青いラインが特徴的なそれを見て、アリシアは獰猛な笑みを浮かべた。

 

「「見つけた!」」

 

ついに対峙することとなった紅と碧の機体。

そのコックピットの中で、敵機の姿を鮮明に捉えることとなった両者はお互いに小さく呟いた。

 

『敵機、シルエット検索に該当機なし。固有識別信号傍受、ライブラリに該当機あり。ライン連合製主力量産型AMAIM"ストーカー"、形状的特徴からそのカスタムタイプと推定…………いえ、少しお待ちを』

 

戦域全体を見渡していたユーリの青い瞳がタンカーの付近、オセアニア軍のフロートを用いて海上を高速で疾走する紅い機体を捉えた。その瞬間、彼女は何かに気づいたかのようにピクリと反応した。

 

『マスター、訂正致します。対象……対象はクリムゾンと断定。ウルフパックのスーパーエースが何故ここに……?』

 

「それってヤバイの?」

 

『…………』

 

「マズイな。赤いのは強いに決まってる……」

 

ライの問いかけに答えることなく、ユーリは黙ってクリムゾンの姿を凝視し続けている。敵機の分析に全てのリソースを費やしているのだろう、僅かに眉を潜め今までになく真剣な彼女の姿に、ライはここでようやく敵の強大さを感じ始めた。

 

「いつまで空にいるつもりかな? 悪いけど仕事だからね、無防備な自由落下中を狙わせて貰うよ!」

 

アリシアは機体を走らせながらレールガンを構え直し、その照準を空中のニライカナイへと向けた。

 

「まずはその厄介なアーマーを潰す!」

 

狙いはニライカナイの右肩に装備されたアーマーだった。前もってオセアニア軍の戦闘記録に目を通していたアリシアは、耐圧殻であるそれが魚雷やリボルバーライフルなどを収めた武装コンテナも兼ねていることに気づいていた。アーマーを破壊することで、潜水能力と同時に敵の攻撃力を削ぎ落とそうというのだ。

 

『敵機より高エネルギー反応、耐ショック用意』

 

「やっぱり来るのかッ!」

 

ニライカナイのコックピットの中にユーリの発したアラートが鳴り響き、ライが悲鳴をあげた。

 

「あはっ、避けられるかな!」

 

アリシアはトリガーを引き絞った。

3つに分裂した銃身におびただしい量のスパークが走り、出力が臨界に達したレールガンの砲門から落雷の如き咆哮と共に、超高速で砲弾が射出される。

 

「……!」

 

ライは自機への直撃を幻視して目を瞑った。まもなく轟音と共に衝撃が襲い掛かる、空気中をビリビとした振動が伝う。しかし、その威力はニライカナイを僅かに揺らしただけで、受けたダメージはライが想定していたよりも遥かに小さなものだった。

 

『敵攻撃、我が方へ命中せず』

 

ユーリが淡々と呟く。右肩のアーマー向けられた狙撃は、その先端を掠めるようにして明後日の方向へと流れてしまっていた。

 

「凄い……これがレールガン、俺じゃ全く反応出来なかった。よくかわせた、流石だよユーリ!」

 

『いえ、今の攻撃は……』

 

ユーリは敵の攻撃に疑問を抱いた。敵がこちらの潜水能力を削ぐためにアーマーを狙ってくるのは想定内、しかし狙撃に関するデータが不足していたため完璧な回避ポイントの選定には至れていなかった。なので最悪、アーマーの片側を潰されてても他の機能に支障が出ないよう機体各部の電圧を調整し、さらにアーマーを傾斜させることで最大限敵の攻撃をやり過ごせるよう、回避よりも防御に徹しようとしていた。

 

しかし、レールガンによる狙撃は機体を僅かに掠めた程度に終わった。深海に潜む自分たちを捉えた敵が、しかも最強と名高い傭兵組織『ウルフパック』に所属するスーパーエースの『クリムゾン』が、こんな至近距離で外すことがあるだろうか?

 

『……損傷軽微、攻撃プランの継続を推奨』

 

その理由について思考しかけたユーリだったが、今はその時ではないと思い直し、有利なポジションを確保するべく移動を開始した。

 

 

 

「あれ? 外れた。何でだろ……って、対潜モード、切り替えるの忘れてたからか。あちゃー、なんて初歩的なミスを……これじゃプロ失格って言われても仕方ないね」

 

外した理由を即座に導き出したアリシアは、残念そうに苦笑いを浮かべつつ、レールガンに装填されていたマガジンを通常弾が込められたものと交換、対潜弾入りのマガジンを右肩のシールド内に収める。

 

「はー、危ない危ない……これが絶対に外しちゃいけないシチュエーションとかだったらヤバかったかもね。慣れない装備とはいえ、油断は禁物ってことか」

 

排熱処理と狙撃モードの切り替えを行いつつ、レールガンの薬室に次弾を送り込む。その間、上空のニライカナイはバックパックのブースターを吹かしてクリムゾン機の真上を通過するように滑空を始めた。

 

「まあいっか前向きに考えよ……そうだよ、この程度でやられちゃ勿体ない。もっと私を楽しませてよね!」

 

アリシアは敵機の降下地点へと視線を送った。そこには両肩のアーマーを脚部へとスライドさせ、水上戦闘形態へと移行したニライカナイの姿があった。降下中にコンテナから取り出していたのだろう、組み終えた対艦リボルバーライフルを装備している。

 

「ユーリ、主砲散式!」

 

『サー、対AMAIM戦闘用意』

 

ライは対艦砲の照準を真紅の機体に向けた。その間、ユーリはリボルバーを素早く空撃ちさせ、散弾の収まったシェルを薬室内にセットし終える。

 

『照準固定、命中率75.3パーセント』

 

「当たれ!」

 

ライはトリガーを引き絞った。

大口径の砲門から放たれた無数の破片が、鉄の暴風となってクリムゾン機へと殺到する。高い威力かつ広範囲に渡って被害を齎すそれは、先の戦闘においても10機以上のブーメランを葬り去ってきたほどだ。並の装甲では耐えられまい。

 

勝利を確信するライだったが、その期待は悉く打ち砕かれることとなった。

 

「……え?」

 

ライは言葉を失った。

今まさに無数の破片がクリムゾン機の装甲をズタズタに引き裂こうとした、その瞬間……クリムゾン機がマントにも似た左肩の装甲を翻すと、機体の周囲に屈折した空間が出現。破片が空間の内部に到達するとまるで魔法でも発動したかのように破片の軌道が逸れ、その威力を完全に背後へと受け流されてしまった。

 

「散弾が効かない!?」

 

『これは……電磁シールド? まさかそんなものまで……』

 

「くっ……もう一度!」

 

立て続けに散弾を放つも、やはり屈曲する空間に到達した瞬間に破片の軌道を逸らされて、あえなく無効化されてしまう。

 

必殺の一撃を打ち消された事実に打ちのめされる中、クリムゾン機が静かにレールガンを構える。ライは咄嗟に身構えるも、3つに分裂した銃身から弾丸が放たれることはなかった。

 

「……撃ってこない?」

 

『恐らく、我々がタンカーを背にしているからでしょう。レールガンでは威力があり過ぎて、高確率でこちらの装甲を貫通します。その際、貫通弾によって船体が損傷するのを避けてのことかと……』

 

「なら、こちらがタンカーを背後にしている限り、一方的に攻撃できるってことか」

 

『そう考えても良いかと、しかし……』

 

ユーリはそこで口を噤ぎ、背後のタンカーへと振り返った。ここで攻撃してこないということは、タンカーはこちらをおびき出すための囮ではなかったということだ。無論、そういう意図もあったのだろうが、クリムゾンには用済みとなったタンカー諸共こちらを攻撃できない理由があるとでもいうのだろうか?

 

先ほどの攻撃といい、どうもクリムゾンは本気でこちらを撃墜しようとしていないような節がみられる。

 

その理由について、一瞬で13もの可能性を弾き出したユーリだったが、情報が不足していることもあって、そのどれもが仮説の域を出るものではなかった。それらを伝えるのはかえってマスターを混乱させるだけだと判断し、これらに関する思考を停止した。

 

『敵機が右側より回り込もうとしています。レールガンの射線を確保する為の行動であると推測、マスター、常に自機と敵機およびタンカーの位置関係を意識して下さい』

 

「分かった、敵を牽制する」

 

リボルバーに装填された散弾を撃ち尽くしたこともあって、ライは対艦用の通常弾を放った。命中箇所次第では一撃で艦艇を沈められるだけの威力を持つ砲弾、だがクリムゾン機から放たれる電磁波の影響を受けると、あっさりと背後に逸らされ無力化されてしまう。

 

「駄目か!」

 

諦めきれずに2発、3発と立て続けに砲弾を放つも無意味だった。その間、クリムゾンは海面を滑るように移動し、こちらの攻撃など御構いなしといった様子で大きく回り込み、ゆうゆうとレールガンを構え直した。

 

『解析完了……クリムゾン機の兵装は一度の使用に莫大な量の電力を必要とし、さらにはレールガンの弾丸もシールドの干渉を受けてしまうことから、どうやら電磁シールドとレールガンは併用出来ない模様。さらに大気中へ放出されるエネルギー量の変化から、電磁シールドの発生はごく短時間のみと推測……』

 

戦闘のイニシアチブを握るべく、ユーリはクリムゾン機の兵装を解析し、そこから最も有効的と判断される戦術を導き出す。

 

『レールガンの取り回しの悪さ、さらにはベース機である射撃戦に特化した"ストーカー"の機体的特性を考慮。よって、弾幕と格闘を織り交ぜた継続的な攻撃が有効と判断します』

 

「分かった、ガントンファーを試す!」

 

ライはリボルバーライフルを折り畳んで右の武装コンテナに収容し、左の武装コンテナからハンドガンにも似た2丁の火器を取り出し、それを両手に保持する。

ハンドガンのバレル下に硬質ブレードを組み合わせた近接戦闘装備、通称 ガントンファー。ハンドガンは低威力ながらも取り回しの良さと速射性から高い制圧力を発揮し、耐久性に特化した硬質ブレードは斬撃よりもトンファーの如く殴打による敵機の粉砕を目的とした、まさしく遠近両用の武装だった。

 

「おっと、初めて見る武器だね……」

 

ニライカナイが取り出した新しい武装を見て、アリシアは右への展開を中断して完全に動きを止めた。

 

『敵機が静止、今です』

 

「ああ、このまま接近戦に持ち込む!」

 

ライは機体をクリムゾン機へと直進させつつ、両手のハンドガンを斉射した。その全てが電磁シールドによって弾道を逸らされ無力化されるが、絶え間なく続く銃弾の雨に、クリムゾンもレールガン発射のタイミングを完全に見失ってしまう。

 

「そこッ!」

 

そして、ライはクリムゾン機のワンインチ距離へと接近を果たした。増速した勢いのまま、クリムゾン機の紅い装甲めがけてガントンファーの刃を叩きつける。それは電磁シールドによって直撃する手前で防がれるも、先ほどのように攻撃を逸らせるだけの出力はなかった。

 

『敵機のシールド出力低下を検知。このままクリムゾン機のレールガンを破壊し、対潜攻撃能力を削いで下さい』

 

「貫けッ!」

 

全スラスターを一点に集中し、クリムゾン機の電磁シールド突破を試みる。そして、間も無くシールドは煙のように搔き消え、防御手段を失ったクリムゾン機は距離を取ろうと後方へ逃げるも、ライがそれを見逃すはずがなかった。

 

「うおおおおお!!!」

 

再びワンインチ距離にまで詰め寄り、レールガンの長い銃身めがけてガントンファーを振り下ろした。強靭な刃に加速力を相乗させたその一撃に、叩き壊せないものはなかった。

 

「ハッ、甘いね!」

 

肉薄するニライカナイを前に、アリシアはニヤリと笑った。瞬時にレールガンを横に構え直すと、銃身下部のクリアパーツが何やら光を帯び始めた。

 

『マスター! 緊急防御!』

 

「ッ!?」

 

ユーリの警告でライは殴打を中断し、咄嗟にガントンファーの刃を目の前に交差させて防御姿勢をとった。次の瞬間、アリシアはレールガンを大剣の如く横薙ぎにし、例のクリアパーツをガントンファーに衝突させた。

 

「なっ! 銃架が剣に!?」

 

「狙撃機だからって、接近戦が出来ないと思った?」

 

レールガンの銃身下部に秘匿されたクリムゾン機唯一の接近専用装備。銃身を安定させる為の銃架を兼ねたそれを、本来の用途である銃剣(バヨネット)として作動させていた。

 

「因みに、それだけじゃないよ?」

 

「こ、硬質ブレードが……」

 

次の瞬間、バヨネットとブレードの衝突部に眩い輝きが生まれた。閃光と高温がブレードの刃を侵食し、高い耐久性を持つにも関わらず徐々に刃こぼれを起こし始めるガントンファーを見て、ライは悲鳴をあげた。

 

「ユーリ! これは一体……!?」

 

『敵は近接格闘兵装にアーク放電を応用したギミックを内蔵している模様。刀身部分に超高温のプラズマと高圧スパークを発生させることで、こちらのブレードを蒸発させているようです』

 

「くっ……なら一旦距離を取る!」

 

「あはっ、逃がさないよ!」

 

ライはクリムゾンから距離を取るべく、アーマーのスラスターを逆噴射させた。それに対し、アリシアはフロートを増速させ、レールガンを振り回しながらニライカナイの追撃を始めた。




今回の境界戦機の新作が発表されるということもあって、沖縄を舞台としているっぽいので(当然のことながら)新しく設定が追加される事もあり、残念ながら本作『ニライカナイ』の設定とズレが生じてしまうのは明らかでしょう。
今からでも本編に合わせて変えられる部分は変えようとは思いますが、場合によってはどうあがいても本編と絡められないような感じになってしまうかもしれないので、ここまで頑張って書いてきたので少し寂しいですが、そうなった時は仕方ないです。『ニライカナイ』は境界戦機のパラレルワールドとかIFストーリーとして見て頂けるとありがたいです。

それでは、また……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:覚醒ーパラサイトー

大分長らくお待たせ致しました。
ライとアリシアの水上戦からの続きです。

それでは、続きをどうぞ……


戦闘開始から数分が経過……

依然として、水上での熾烈な戦闘は続いていた。

 

 

『マスター、いけません!』

 

「……!」

 

ユーリの声に、ライは自身の迂闊さを痛感した。

レーダーを確認すると、後方にあるはずのタンカーの反応が横にズレていた。自機と敵機の軸線上にタンカーを背にする事で、レールガンによる砲撃を封じていたはずが、斬撃の回避に専念するあまりタンカーから離れすぎてしまっていたのだ。

気づいた時には、既にクリムゾン機はレールガンを構え直し、無数のスパークが蠢く砲口をニライカナイに向けて照準していた。

 

「しまった! ユーリ、回避ポイント……」

 

「悪いけど、今度は当てさせて貰うからね」

 

ライが回避ポイントを認識するよりも早く、アリシアはトリガーを引き絞った。雷鳴のようなけたたましい咆哮、発射された超高速の砲弾はニライカナイのアーマーを削ぎ落とした。

 

「ああっ!」

 

水上での足場にしていたアーマーがダメージを受けたことで、ニライカナイはバランスを崩し傾斜してしまう。すぐさまユーリによってバランサー調整とダメージコントロールによる応急処置が行われるも、受けた被害は甚大だった。

 

『左舷アーマー被弾。被害状況確認……損傷により超空洞膜の生成機能が停止、耐圧殻崩壊により可潜深度の大幅な低下、外部スラスター損傷につき巡航速度が25パーセント低下、メインタンクに浸水、武装コンテナ大破、ガントンファー用予備弾倉の大半を喪失、左舷魚雷発射管全門使用不能』

 

「くっ……!」

 

「でもって、このまま畳み掛ける!」

 

ライはレールガンの次弾を想定し慌ててタンカーを背にし直すも、アリシアの追撃は止まらない。バヨネットを閃かせながら迫り来るクリムゾン機に対し、ライは失った機動力をカバーしようと、ガントンファーを乱射しながら引き撃ちすることしか出来なかった。

 

「そんな攻撃、当たらないよ!」

 

アリシアは飛来する銃弾の網をすり抜け前進する。回避不能な弾丸は再起動した電磁シールドで容易く受け流し、ニライカナイに向かって徐々に距離を詰めていく。

 

「まずい、このままじゃ追いつかれる!」

 

ライはクリムゾン機が所持するバヨネットの絶大な切れ味を思い出し、恐怖でゾッとなった。硬質ブレードすら焼き切るその威力は、重装甲なニライカナイといえど、まともに喰らえばひとたまりもなかった。

 

『マスター、ここは私にお任せを』

 

ユーリが呟き、ほんの一瞬だけ機体を操作する。

そして両者は再びワンインチ距離へと接近、ライが放った至近距離からの銃撃を、アリシアは傾斜させたガントレットで弾き……瞬く間に、格闘戦へと移行する。

 

レールガンごと振り下ろされたバヨネットを、ライは2丁のガントンファーを交錯させて弾き返す。全力のぶつかり合いで両者共に姿勢が崩れる形となるが、武器の取り回しの良さとユーリの迅速なバランス調整もあって、ライは即座に制御不能から回復して見せると、ガントンファーの銃口をクリムゾン機へと突きつける。

 

「外れ!」

『ヒット』

 

アリシアとユーリが同時に宣言する。

そして両者の言葉は、どちらも正しかった。

ほぼゼロ距離で放たれた2発の銃弾を、アリシアはフロートの上で軽く身を捻っただけで難なく回避してみせた。射撃の隙を逃すことなく、アリシアが再び攻撃モーションに入る……その瞬間、ユーリは密かに海中へ投下していた魚雷を遠隔で起爆させた。

 

直下で魚雷が炸裂、水飛沫が2機を包み込んだ。

 

「やったか?!」

 

『いえ、爆発の威力を絞りました。敵機撃破までには至らないかと……』

 

ライは短距離ブースターを用いたバックステップで水飛沫の中から距離を取った。自機を囮にした魚雷の範囲攻撃という、一歩間違えれば自分ごと吹き飛ばしかねない危険な行為。自爆を防ぐために破壊力こそ控えめだったものの、意表を突いた攻撃だったこともあり、ここで初めてクリムゾン機に対して有効打を与えることができた。

 

噴き上がった海水で視界が明瞭でない今のうちにと、ライは右舷のアーマーからガントンファーの予備弾倉を取り出しリロードする。やがて視界がクリアになると、そこには黒煙を上げたフロートの上で足場の状態を確認する紅い機体の姿。撃墜こそならなかったものの、どうやらフロートを沈黙させられるだけの威力はあったようだ。

 

「やられたよ……まさか電磁シールドの届かない足元を狙ってくるなんて」

 

「よし、これで海上での足を封じた。次は……」

 

「……と、思うじゃん?」

 

アリシアはライの思考を読んだかのように笑うと、頭につけていたアンテナ付きのヘッドセットに触れて音声入力をオンにした。そして内蔵式のマイクに向けてボソボソと何かを呟く……すると、タンカーに追従していた水上型ブーメランの内の1機が突然進路を変更、そのままアリシアの側へと滑り込んできた。

 

「悪いけど足を貰うね」

 

まるで友だちと鉛筆の貸し借りをするような軽さでそう言うと、バヨネットによる一閃でバンイップ・ブーメランの上半身とフロートを繋ぐ接続面を的確に両断。機能停止した上半身を海中へと蹴り落とし、空いたプラットホーム上へと乗り移った。

 

「味方を斬った!?」

 

『クリムゾン機が新たな足場を確保中』

 

「そういうことか、やらせない!」

 

フロート上に膝立ちするクリムゾン機めがけて、ライはガントンファーの照準を定めるも、そこへ2機の水上型ブーメランがライの射線を遮るように割り込んできた。

 

「何!?」

 

「んー、ちょっと待っててね。今フロートの準備してるから……暇だったら、そいつらの相手してて良いからさ」

 

アリシアはフロートの調整を行いつつ、無防備な自機の盾にするべくブーメランを向かわせていた。非武装だったものの、それは足止めの役割を果たしていた。

ライはガントンファーを用いた銃撃で1機を、ブレードによる殴打でもう1機を素早く排除するも、その時には既にアリシアはフロートの調整を完了させ、再び海面を走り始めていた。

 

「出力制限解除、バランサーをマニュアルモードに変更、エルゴノミクスと操縦感度を300パーセントに設定と……お待たせ。それじゃ、戦闘再開ね」

 

「くっ……ユーリ、今のをもう一度!」

 

「因みにだけど、私相手に同じ技が二度も通用するとは思わないでね?」

 

ユーリが水中へ魚雷を落とすよりも早く、アリシアはフロートに内蔵された魚雷を発射した。そのため、ライたちは魚雷を迎撃の為に使用せねばならず、左舷の魚雷はレールガンで発射管が破壊されていた事もあって、現状使用可能な魚雷を全て使い果たす形となる。

 

「……ッ!」

 

「やっぱりロボット同士の戦いは……!」

 

魚雷同士の炸裂と誘爆により戦場が大きな水飛沫に覆われる中、ライは白い靄の中に一筋の閃光を見た。次の瞬間、靄の中からバヨネットのスパークを迸らせながらクリムゾン機が飛び出しニライカナイへと肉薄する。

 

「さっきより速い!?」

 

「白兵戦に限るよねッ!」

 

振り下ろされる斬撃に対し、ライは咄嗟にガントンファーでの防御を試みた。バヨネットとブレードが衝突し、盛大な金切り音とスパークが生じる。放電切断により徐々にブレードを劣化させられつつも、ライは辛うじて斬撃の威力を受け流すことに成功した。

 

「くっ……! 何とか距離を……」

 

「あはっ! 逃すわけないじゃん!」

 

後退するライと、猛追するアリシア。

しかし、片方のスラスターをやられている事もありニライカナイの機動力ではクリムゾン機から逃れることは出来ない。ライはガントンファーで弾幕を張るも、クリムゾン機に装備された電磁シールドの前には足止めすらままならなかった。

 

さらに、ここに来て無事な片方のスラスターも咳をし始めていた。初回の対潜攻撃に加えて、これまでの戦闘ダメージが蓄積した末の不調なのだろう。さらに本来であれば2枚のアーマーで機体を支えるところを、片方が破壊されたことで1枚に負担を集中させているのだ。足場にしているアーマーが限界寸前だというのが嫌でも分かった。

 

『マスター! 後方注意!』

 

「しまった!」

 

ユーリの警告でライは背後に迫る影に気づき、衝突する寸前のところで機体を停止させた。クリムゾン機のレールガンを封じる為に背を向けていた石油タンカーが、ここに来てニライカナイの退路を塞ぐ巨大な壁となってしまっていた。

 

「レールガン対策が逆に仇となったね。もう逃げ場はないよ! さあ、どうするローレライさん?」

 

「そんな、やられる……!?」

 

タンカーを背にしたライの元へ、アリシアは強襲をかける。左右への回避を予想してか、じわりじわりと距離を詰めるように接近し、やがてクリムゾン機の凶刃が眩い輝きを放った。

 

『ブースター出力最大。緊急回避』

 

今まさにスパークを帯びた刃が振り下ろされようとした、その瞬間……ニライカナイの短距離ブースターが火を噴いた。ユーリの機転により、アフターバーナーの超高熱を受けて蒸発した海水が白煙となって周囲に立ち込める。

 

「そんな目くらまし、無駄だよ!」

 

視界不良の為に、能力を発動させるべくアリシアが短時間だけ攻撃を中断する。彼女の目に紅い光が灯る、その一瞬の間に爆発的な縦方向への加速力を得たニライカナイはロケットのように上昇。その直後、振り下ろされた斬撃を回避すると共に天高く舞い上がった。

 

『……陸戦モードへ移行、甲板上に降下します』

 

ユーリのサポートの元、足場の役割を果たしていたアーマーが両肩へと移動、脚部を直立二足歩行状態へと変形させ、ニライカナイはタンカーの甲板上へ片膝をついて着地した。

 

着地の衝撃で船体が僅かに揺れる。

石油タンカー『シエラ』は世界最大級ということもあり、AMAIMの中でも特に大型かつ重力級の部類に入るニライカナイが乗ってもなお有り余る甲板スペースと、高所からの落着に耐えられるだけの安定性を誇っていた。

 

「助かったよ、ユー……」

 

『来ます』

 

ライの言葉を遮るようにユーリが短く発する。その直後、紅い影がタンカーの側面から飛び出し、ごく僅かな振動を伴い、ライたちの真正面へと華麗な着地を決めた。

 

「……ッ!」

 

「あはっ、この時を待ってたよ……!」

 

2丁のガントンファーを構え直すライに対し、アリシアは銃口を向けられているにもかかわらず余裕の表情を見せた。ニライカナイよりもひと回りほど小柄でスマートなシルエットの機体がゆっくりと立ち上がり、2機は正面から向かい合う形となる。

 

そこで何を思ったのか、アリシアは機体を操作して電磁シールド発生装置である左肩のマントを、ライたちの前でこれ見よがしに放棄してみせた。続いて電子戦用レドームと索敵用複合カメラを備えたバックパックをパージ、さらに腰部のコンデンサーも同様に投棄してしまう。そしてレールガンからバヨネットだけを取り外すと、あろうことか銃本体は甲板の隅へと放り投げてしまった。

 

「レールガンを捨てた、何故?」

 

「ふふっ……そろそろ答え合わせしよっか」

 

左手のバヨネットにスパークを走らせながら、アリシアが一歩また一歩と少しずつ距離を詰める。反対にライは銃を構えながら、タンカーの舳先に向かってジリジリと後ずさりした。

 

「その気になればレールガンの狙撃でいつでも君を撃墜出来たんだよ?まあ、2射目のアレは流石にびっくりしたけどね……じゃあ何故、私がタンカーごと君を沈めようとしなかったのか分かるかい?」

 

コックピットの中で、アリシアは目の前のニライカナイへと語りかけるように呟く。

 

「そもそも何故、私が石油タンカーなんていう旧時代の遺物を引っ張り出して来たんだと思う? 囮にするにしても使い勝手が悪いし、大喰らいで燃費は最低だわ図体ばかりで盾にもならないこんなものを。まあ勿論、君の興味を引くためという意図もあったんだけどね」

 

アリシアはバヨネットの鋒先をニライカナイに向け、ニヤリと笑って続けた。

 

「それはね……こうして君と、この場所で思う存分戦う為だよ。タンカーの上っていうロケーションはお気に召してくれたかな? ここなら広々としてるし、海の上でも陸地と変わらないくらい沢山動き回ることができる。だからこうして君をこの場所に追い込むまで、わざとタンカーを壊さなかったんだよね」

 

ウルフパックに所属する最強の兵士であり、スーパーエースのアリシアにとって、戦場とは単に『命のやり取り』という名の刺激的かつ現実的なゲームをする為の遊びの場でしかなかった。

 

深海に潜む敵を海上へと誘き出す為だけに、大金をはたいて対潜用レールガンの開発を指示。さらに海の敵と陸上で戦う為に、代替案としての石油タンカーを手配するなど……例えどれほどの手間と費用、そして労力がかかろうとも、刺激的な一瞬を感じる為ならば出し惜しみはしない、それが彼女のやり方だった。

 

「話を聞いた時から、ずっと君のことが気になって仕方がなかった。広い海の中に潜み、神出鬼没の如くオセアニア軍の前に現れては、甚大な被害をもたらす海の怪物。まさにローレライだ! そして恐らくは世界初となる可変型で、しかも深海での運用能力を備えた画期的なシロモノ。本当の名前はおろか、その行動理念や習性、パイロットの有無やどの勢力に所属しているかすら分からない、その殆どが謎に包まれた未知の機体……ああ、なんて魅力的な存在なのだろうか……!」

 

そう言いつつも、アリシアの表情にはどこか赤みが増していた。どこか興奮を抑えきれないと言った様子で、ニライカナイをうっとりした瞳で見つめている。

 

「しかし、こうして間近で見ると……君は本当にイケメンだね。モスグリーンの輝きを放つV字型のメインカメラと短い一本角はいかにもヒーローって感じでカッコいい! 使うのが2丁拳銃でしかもガンカタが出来るっていうのも良いセンスだ! 角ばった装甲と耐圧殻の流線型なフォルムが入り混じった重装備な感じも私好み、特に逆関節のゴツい脚部、きっと海中での行動に必要な機能が集約されているんだろうね。ボトムヘビーになりがちな、そのむっちりとした太さと安定感がたまんないよ……! そして、黒と青のコントラストが特徴的な機体色は、夕焼けに染まりつつある広大な海原を背景にするとかなり見栄えが良い……戦闘で激しく傷つきながら、尚も銃を構える姿は健気で美しくて、とても官能的だよ。いいねぇ、はぁはぁ……」

 

息を荒くして操縦桿をワキワキとさせる

 

「フッ……聞こえてないだろうけど、敢えて名乗らせてもらうよ。私はコードーネーム"クリムゾン"ことアリシア・ラインバレル、人呼んで『ラインの紅い流星』……君に興味を惹かれた者の名前だ。君のことがもっと知りたい、もっと教えて欲しいッ! 君の持つ力を、君の全てを!」

 

恍惚の表情を浮かべ、そして一瞬だけ瞳を紅く光らせた。

 

「だから、私と思う存分……楽しもうよッ!」

 

「……!」

 

アリシアはバヨネットを軽く投げるようにして右手に持ち替えると……次の瞬間、脚部のスラスターを吹かして甲板上を走り、一直線にライへと斬りかかった。

 

ライはガントンファーによる射撃でこれの迎撃を試みる。しかし、アリシアの卓越したスラスター捌きを前に上手く照準を絞ることが出来ず、止むを得ず放った弾幕ですら、まるで銃声に合わせてステップを踏むかのように、必要最小限の動きで甲板上を優雅に舞い、あっさりと銃弾を回避してみせた。

 

「その武器は見切った! もう当たらないよ!」

 

「駄目だ! 弾が当たらないッ!」

 

いとも容易く銃弾を回避してみせるその様子は、まるで小さな紅い蝶のようだった。空中を自由自在に舞い、風に合わせてランダムな動きで翻弄する蝶を素手で捕らえるのが殆ど不可能なように、クリムゾン機に対して攻撃を命中させるのも、それと同じくらい不可能なような気がしてならなかった。

 

しかし、クリムゾンは決して蝶ではない。

その手に握られているのは、触れたものを一瞬にして溶断させるだけの威力を持つバヨネットである。人のサイズで考えると大型ナイフほどのリーチしかなかったものの、その威力を恐れたライにとっては刀や槍のように大きく見えてしまっていた。

 

接近されるのを防ぐため、ライは思わず後方へと飛び退いた。甲板は広く、退路にはまだ余裕があり、接近戦が脅威である敵に対し距離を取ることは妥当な判断ではあった。

 

「えっ!?」

 

しかし、今回ばかりはそれが命取りとなった。

着地の瞬間、どういうわけかバランスを崩し膝をついてしまう。ユーリがバランサーの設定をミスしたということではない、見るとニライカナイの右足が甲板を踏み抜いてしまっていた。

 

「おっと気をつけてね。このタンカー、就航から結構時間が経ってて所々腐食してる部分があるからさ!」

 

その機を逃さずアリシアは一気に距離を詰める。

ライが機体を立て直した時には、既に紅い機体は目の前にあり、今まさに高く掲げたバヨネットを振り下ろそうとしていた。

 

咄嗟にガントンファーを交差させて斬撃を受け止めるも、放電切断によりジリジリとブレードが磨耗していく。盛大に鳴り響く金切り音は、まるでブレードが悲鳴を上げているかのようだった。

 

ライはバックパックのスラスターを駆使してクリムゾン機を押し返し、素早くガントンファーの銃弾を叩き込んだ。しかし、既にクリムゾン機の姿はその場所になく、あまりにも機械らしくないアクロバティックな動きで後方へと退いていた。

 

「一応見える範囲で修理はしたけど、体の重いそっちは無理に動くとまた踏み抜いちゃうかもよ? だから気をつけてね」

 

「くっ……ただでさえ強い敵なのに、足場にまで気をつけないといけないなんて……!」

 

しかし、この時のライはまだ知る由もなかった。

ここまでの経過が最強の敵であるクリムゾンとの、長きに渡る壮絶な戦いの、ほんの始まりに過ぎないということを……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『最果てのニライカナイ』

第10話:覚醒ーパラサイトー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気がつくと、水平線の向こうに日が沈みかけていた。

斜陽した世界の中で、強い日差しはあらゆるものを包み込み、海面を燃える大地の如く真っ赤に染め上げている。

 

戦闘開始から、どれだけの時間が流れたのだろうか?

 

それは単純な計測ならば、たったの数十分ほどの出来事だったのかもしれない。しかし俺にとっては数時間、下手をすると1日中ずっと戦い続けているような気すらしていた。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ……」

 

俺は今までに味わったことがないほどの息切れに陥っていた。明らかに呼吸が間に合っていない。体中に十分な酸素が行き渡らず、手足の先などといった末端の感覚が鈍くなり、思考が徐々に鈍くなっていくのを感じた。さらには代謝能力も低下しているのか、先ほどまで垂れ流しの状態だった汗がピタリと止み、濡れてべったりと体に張り付いた服が恐ろしく冷たく感じた。肉体的な疲労だけではない、精神的にも俺は追い詰められているのが分かった。戦場では少しのミスが命取りとなる、そんなプレッシャーに長時間晒され続けていたせいか、体の内側が猛烈に弛緩し酷い脱力感に苛まれていた。

 

集中力はとうの昔に途切れ、操縦桿を握る手つきは精細さに欠けているのが自分でも分かった。ユーリのサポートがなければ何度撃墜されていたかも分からない、それほどまでに俺は疲弊しきっていた。

 

ニライカナイのコンディションデータを確認すると、機体各部の理論耐久値が全て、危険域であることを表すレッドシグナルで埋め尽くされていた。未だ五体満足ではあるものの、装甲の至る所に無数の亀裂が走り、そこから漏れ出たスパークによって、ほんの少しずつではあるが機体のエネルギーが失われ続けている。さらに損傷は駆動部やフレームにまで影響を与え始め、いつ動作不良や誤作動を引き起こしてもおかしくない状態だった。

 

ここまでの戦闘で、貴重な近接戦闘装備であるガントンファーの1丁を破壊され、残る1丁も装填された弾丸は残り僅か、予備のマガジンも1本のみとかなり追い詰められてしまっている。

 

それに対し、クリムゾン機は全くの無傷。

俺はナイフ1本しか使っていない敵に対し、ここまでロクな一撃すら与えられず、それどころか小さな傷の1つすら通せずにいた。

太陽の日差しを受けて、より一層紅い光沢を見せるその姿は、まるでロールアウト直後のような新品の輝き……いや、他の追随を許さない、絶対的な強者の風格を放っているかのようだった。まさしく王者の輝きである。

 

「くっ……」

 

右手に装備したガントンファーの銃口を向けるも、それは威嚇にすらならず、クリムゾン機は微動だにしなかった。剣を下ろしているところを見ると、どうやらこちらの残弾が少なく無駄撃ちできない状態にあるのはお見通しらしい。

 

クリムゾン機がジリジリと距離を詰めてくる。

俺はその動きを凝視しつつ、空いている左手でアーマー内に残されていた最後の予備弾倉を掴み取ると、それをガントンファーのグリップにゆっくりと近づけ……

 

「……ッ!」

 

マガジンリリースボタンに触れようとしたその瞬間、脚部のスラスターを噴かしクリムゾンが強襲をかけてきた。リロードしている暇はない……重い思考の中で辛うじてそう判断した俺は、咄嗟にトリガーを引き絞った。

クリムゾンは無警戒かつ直線的な動きをしているにもかかわらず、完全に弾道を把握しているのかバレリーナの如き華麗なローリングであっさりと全弾回避して見せると、そのままの勢いでこちらへと肉薄してきた。

 

「……!?」

 

しかし、クリムゾンからの攻撃はなかった。

バヨネットの射程距離まで接近を果たすと、どういうわけか完全に動きを止めてしまう。……右手の剣を下げたまま、まるでこちらに攻撃の機会を譲っているかのように、棒立ちの状態で身をさらけ出している。

 

明らかに手心が加えられた、その行動

その姿を見て、俺は……

 

「馬鹿に、してんのか……」

 

思わず、込み上げてきた怒りを抑えられなかった。

 

『……マスター、どうか冷静に』

 

「この……ッ!」

 

極限の緊張状態の中で、焦りと疲労の蓄積からくる激情で思考が支配されてしまう。ただ目の前の敵に一矢報いたい……その事で頭がいっぱいとなり、制止を促すユーリの言葉を無視し、リロードすることも忘れ、俺はガントンファーの刃を眼前に佇むクリムゾンめがけてフルパワーで叩きつけ……

 

「……何!?」

 

今まさに、こちらの放った打撃がクリムゾン機の紅い装甲に直撃しようとした、その瞬間……まるで魔法のようにクリムゾン機が目の前から消失。こちらの突き出した全身全霊の刃は、無残にも虚空を穿つに終わった。

 

「消えた!? どこに……」

 

『6時方向敵機』

 

「……なっ!?」

 

ユーリの言葉を聞き、クリムゾンがこちらの死角をついて背後に移動したのだと知った。バックスタブに対処するべく、ガントンファーを振り回しながら即座に反転するも、それよりも早く、強い衝撃がコックピットを襲った。

 

「ぐあっ……!」

 

クリムゾンに腹部を蹴り飛ばされ、コントロールを失った機体が宙を舞う。脚部スラスターによる加速を得た鋭いローリングソバット、直撃によりかなりの距離を吹き飛ばされ、受け身を取る間も無くタンカーの艦橋付近へと背中から叩きつけられてしまう。

 

『マスター、ご無事ですか?』

 

「ま、まだ……まだ終わってない!」

 

衝撃により脳震盪を起こしかけているのか、おぼつかない視界ながらもダウンした状態でガントンファーの照準をクリムゾンに向け、リロードを行おうとした時だった。

 

「左手が、ない……?」

 

しかし、何度やってもリロードが上手くいかないことに気づき、冷静になって手元をよく見ると、ニライカナイの左肘から先が綺麗に寸断されてしまっていた。

そこで視線を上げると、いつの間に斬り落としていたのだろうか。クリムゾンは無くなったニライカナイの左腕を見せびらかすように持ち上げ、こちらに向けて軽く放り投げてきた。

 

甲板を転がり、端の方で止まる左腕。

切り離された左手にはガントンファーの予備弾倉が握られたままの状態で残されていたが、それを拾う時間を敵が与えてくれるとは到底思えなかった。

 

「勝てない……」

 

力の差を、思い知らされた。

いや、敵の策略にはまってタンカー上に誘い込まれたという以前に、圧倒的にこちらが有利であるはずの水上戦で全く歯が立たなかった時点で、戦術的にも技量的にも、ありとあらゆる点で俺は完璧に負けていたのだろう。

 

これが、クリムゾン……

夕日に照らされ、美しい輝きを見せるその姿

神々しくも、優雅で、遠く及ばない未知の存在

まさしく天と地ほどの差を感じた。

 

『マスター、どうやらここまでのようです』

 

機体のコンデションデータを眺めながら最適解となる行動オプションの策定を行なっていたユーリが、俺に背を向けたままそう告げた。

頭の良い彼女のことだ、この戦いはどうやっても勝てる見込みがないと判断したのだろう。

 

『私が時間を稼ぎますので、その間に脱出を』

 

「……」

 

 

 

 

 

「ユーリ」

 

『はい、何でしょう』

 

「…………1つ、頼みがある」

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

「んー、そろそろ飽きてきたかな」

 

アリシアはコックピットの中でそう呟くと、わざとらしく大きな溜息を吐いた。

 

「ちょっと興醒めだったね。分割統治された日本において統治者相手に激戦を繰り広げているっていう3機のオリジナルAMAIMみたく、もっと何かしらあるとは思って期待してたけど……これ以上痛めつけても何も出てきそうにないし、もう遊びはおしまいかな」

 

ダウンした状態のまま動かなくなってしまった敵機を前に、アリシアはやる気がないといった様子でバヨネットを構え直した。

 

「君のことは正直気に入ってたんだけど、これも仕事だからさ。悪いけど、ここで仕留めさせて貰うね」

 

そうして、バヨネットの刃にスパークを走らせた……その時だった。まるで錆びついたギアを無理やり回した時のような、歯切れの悪い嫌な音を立てながらニライカナイがゆっくりと身を起こすと、耐圧殻を備えた強靭な2本の足で力強く甲板を、それこそ必要以上に踏みしめ、直立不動の姿勢で立ち上がってみせた。

 

「ん……よしよし、最後に立ち上がるだけの力を見せたのは評価してあげよう。こっちとしても無様に倒れてる君を討つってのはあんまりやりたくなかったから、せめて最後だけでも私の中ではカッコいい君であり続けてね」

 

アリシアはニヤリと笑ってそう告げると、脚部のスラスターを最大出力で展開。機体をブーストさせ絶大な加速力を得ると、一瞬のうちにニライカナイへと距離を詰め……

 

「さようなら!」

 

叫び、大量のスパークが迸るバヨネットを閃かせた。

あらゆる物体を切断する放電切断、そして一切の無駄がない精錬された剣筋……それらが合わさった斬撃の威力は、ニライカナイが背にしていた艦橋をいとも容易く真っ二つに引き裂いてしまう程だった。

 

「え……」

 

しかし、肝心の敵機は……?

手応えのなさに、アリシアはハッとなった。

そして、つい先ほどまで目の前にいたはずの青い機体が忽然と姿を消していることに気づいた。

 

「消えた!? いや、地面に穴……?」

 

咄嗟に周囲を見回してみるも、タンカーの甲板上にニライカナイの姿はなかった。まるでステルス迷彩でも使っているかのように、ゴーストの如く消えてしまったのだ。

呆然とした様子で立ち竦むアリシアは、ふとニライカナイが消えた地点を改めて見直してみた。そして、そこでようやく艦橋の根元に空いた大穴の存在に気づくことができ……

 

「後ろ!?」

 

次の瞬間、下方からスラスターの燃焼と共にタンカーの甲板を突き破ってニライカナイが出現。ガントンファーを構え、無防備に背中を向けるアリシアへと斬りかかった。

 

アリシアはギリギリのところで奇襲に反応。

突き出されたブレードをバヨネットで弾き、お返しとばかりに右腕を切り落とそうと剣を振るうも、ニライカナイは軽く身を翻しただけの動きでそれを回避し、攻撃の隙を狙って再びブレードを突き出してきた。

 

攻撃を凌ぎ、反撃に転じては、また避けられる。

それ以降も繰り返される、壮絶な攻撃と回避そして反撃のループ。その場から一切動くことなく、実に10秒近くもお互いに有効打の出ない至近距離での攻防戦が続いた。

 

「この……ッ!」

 

永遠に続くと思われた攻防戦の中、アリシアがバヨネットの刀身にスパークを纏わせ始めた。すると、それを見たニライカナイは剣が振り下ろされるよりも早く後方へ大きく飛び、いとも容易く斬撃を回避してみせた。

 

「くっ……なんて反応速度、急にどうしたの?」

 

アリシアはとても驚いた様子で青い機体を見つめ、そこである事に気付いた。いつのまにかニライカナイのメインカメラが、モスグリーン色から鮮血の如き鈍い赤色へと変化していたのだ。

 

強い夕焼けの色に照らされた中でも、一際目を引く禍々しい輝きを放っている。狂気に満ちたニライカナイの赤い眼光はただクリムゾンへと向けられ、飢えた肉食獣の如く、今か今かと彼女の血肉を貪ろうと身構えていた。

 

 

 

……MAILeSニライカナイ 出力リミッター部分解除

……I−LeS"ユーリ"への擬態停止

……倫理プロトコル解除

……WHISPによるパロールシステム掌握

……擬似ミトコンドリアシステム 逆行始動

……ママル領域沈静化処理完了

……ヒューマニアン領域沈静化処理完了

……レプタイル領域活性化処理完了

……コード"PARASITE EVE" オンライン

 

 

 

『"パラサイトシステム"、40パーセントで限定起動』

 

機械的で、ゾッとするような冷たい声

ユーリはライの耳元で、静かにそう囁きかけた。

 

「コンバット・オープン」

 

淡々とその言葉を呟きながら、ライは静かに前を見据えた。その瞳からは、それまでの絶望と憔悴に満ちた色は完全に消え失せていた。

 




『水星の魔女』を見ているとスレッタがあまりにも魅力で個性がありすぎて(「スレッタ、わすれった!」とかミオリネNTRで脳破壊とか)、それに比べて『境界戦機』のシオンは一体なんだったのか? と思うくらい個性がなさ過ぎて色々と考えさせられました(声優が同じなので)
なので主人公はともかく、せめてヒロインは個性的なキャラにしようと思いまして……というわけで生まれたのが、圧倒的な強さと変態的な思考回路を併せ持つアリシアです。(ぶっちゃけグラハムを参考にしてるんですけどね)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話 :血戦ーオーバーロードー

今回は執筆までに(比較的)時間がかかった分、それなりに濃厚な戦闘描写を盛り込めたと思います。(ところで水星の魔女、ついに終わっちゃいましたね。かなり綺麗な大団円だったので、あの感じだと映画や3期もなさそうですし……もっと水星の世界観に浸っていたかっただけに、本当に寂しい限りです)

お待たせしました。
それでは、続きどうぞ……


『私が時間を稼ぎますので、その間に脱出を』

 

「……」

 

ユーリの呟いた『脱出』という言葉に、俺は思わず心の底から逃げ出したい気分に駆られた。長時間に及ぶクリムゾンとの戦闘で、心身共に憔悴しきってロクな思考が出来ない状態だったこともおり、無意識のうちに「今すぐにでもこの緊張から解き放たれたい」「もうこれ以上苦しみたくない」などと思っていたのだろう。本能の赴くまま、足元にあるベイルアウト用の脱出レバーに手をかけた。

 

……ここで俺が逃げたら、彼女はどうなる?

 

「……!」

 

無意識に流されるまま脱出レバーを両手でグッと引きかけたところで、俺の脳裏に理性的な声が響き渡った。土壇場のところで僅かに回転を始めた頭のお陰で、俺はようやく目を覚ます事ができた。

 

顔を上げ、ユーリの後ろ姿を見つめた。

表情は影に隠れて見えないが、いつでも機体のコントロールを確保できるよう操縦桿に手を触れている辺り、俺を逃す算段を立てているのだろう。同時にクリムゾンの動きを注視しつつ、損傷により使用不能になった回路を別の回路と切り替え、沈黙した部位への電力供給をカットし、他の部位への電力供給を安定させるなりして、俺が脱出した後も1人で最大限に戦えるよう着々と準備を進めていた。

 

そこでふと、ある考えが俺の中をよぎった。

そもそも、どうして俺たちはここまで追い込まれる羽目になってしまったのか?

 

ニライカナイは決して悪い機体ではない。

沖縄の技術力の結晶とも呼べる機体だ。機体の性能が低かったということはなく、カタログスペックで考えれば寧ろ機体出力、反応性、耐久性、そして総合火力……あらゆる点においても、他国の量産型を凌ぐ程の高性能機へと仕上がっている。

 

ユーリが頼りなかったというのもあり得ない。

それどころか最善を尽くしていた。彼女の戦術は常に的確で、オセアニア軍との戦闘で築き上げてきた勝利は全てユーリのお陰といっても良いくらいだった。そして、戦うことが嫌な俺のことをずっと気遣い、暗い海の底でもずっと俺の側に居続けてくれた。そんな彼女の存在が、俺にとってどれだけ頼もしかったことか……

 

となると、原因は一つしかない。

(それは、俺だよな……)

 

全てはパイロットである俺に問題があった。

俺が情けないせいで、未熟で弱いせいで、判断が遅くて操縦が下手なせいで、ニライカナイの性能を活かしきれなかったから。そして、ここまで懸命に支えてくれたユーリの期待に上手く応えられていないから……

 

(こうなってしまった原因は全部俺にある。だから責任から逃げるな! 幸いなことに手も足もまだ動く! 今からでも遅くはない全力で戦え! 怯まず目の前の敵に立ち向かえ! 絶対に諦めるな! 最後まで!)

 

俺は自分自身への情けなさを怒りへと変え、それを起爆剤として弱り切った精神力を無理やり再起させた。

 

(ユーリの代わりはいないが、俺の代わりを果たすパイロットなんて幾らでもいるんだ! 俺が死んでもユーリさえ……ユーリさえ無事なら、きっと誰かが俺の後を引き継いでくれる。そしていつの日か、沖縄を奪還する事ができるはず……だから、命を惜しむなッ!)

 

怖い気持ちでいっぱいの心を、自虐的な感情で埋め尽くすことで戦うことへの恐怖を誤魔化し、残った僅かな躊躇いも、深く吸った息をゆっくりと吐き出すことで体の外へと排出した。

 

(きっと俺以上に、ユーリとニライカナイの力を使いこなす人が必ず現れてくれる筈だ)

 

そう開き直って決死の覚悟で脱出レバーから手を離す。震える手を全力で言い聞かせて操縦桿を握り直すと、俺の人差し指が先に操縦桿を掴んでいたユーリの小さな白い手に触れた。

 

『……?』

 

「ユーリ」

 

『はい、何でしょう』

 

「…………1つ、頼みがある」

 

体温や心拍数などのバイタルデータから強い意志を感じ取ったのか、こちらを振り返ったユーリの青い瞳は、まるでこちらの真意を探るかの様に、俺のことを真っ直ぐ見つめてきた。

 

久し振りに彼女の顔を真正面から見られたような気がして、こんな状況でも変わらないその姿に少しだけ安堵の気持ちを抱いた。それと同時に、俺の中で決意が固まる。

心に突き動かされるまま、俺は覚悟を口にした。

 

「"パラサイトシステム"を俺に使ってくれ」

 

『……』

 

ユーリの瞳孔が微かに開いた。

 

『……ネガティブ。それは許可できません』

 

しかし、一瞬でいつもと変わらぬ無表情さを取り戻すと、即座に首を小さく横に振った。

 

『マスター。以前お伝えしました通り、本来あれはAI用の機能制御プログラムです。そもそも人に対して使用すること自体がイレギュラーであり、試験の結果も不十分なことから安全性は保証されていません。この状況下でのシステム使用は脳にどれだけの悪影響を齎すか未知数であり、最悪の場合、マスターの命に関わるかもしれません』

 

「うん。それは分かってる」

 

『では何故……』

 

「俺さ、ユーリのこと……大切に思ってるから」

 

『……』

 

「俺たちRLFの目的は、オセアニア軍から沖縄を奪還すること。それ為にはもっともっと強い力を身につけないといけない。今の沖縄はユーリの力を必要としている。だから今、ここで君を失うわけにはいかない……」

 

『だからと言って、マスターの生命を軽視していい理由にはなりません。この島に「命どぅ宝」という言葉があるように、マスターはご自身の命をもっと大切にして下さい』

 

「そうだよ。だからユーリも自分の命を大切にして欲しい」

 

『ネガティブ、私は人ではなくマシーンです。機械はただ壊れるだけ、作られた存在である私に最初から命などありはしないのです』

 

「例えそうだとしても、ここで負けたら君という存在が失われる。そんなの嫌だ! 俺には君が……ユーリが必要なんだ。いなくなって欲しくない、ずっと俺の側にいてほしい!」

 

『……!』

 

このままでは、ユーリがどこか遠いところへ行ってしまいそうな気がして、焦った俺は彼女のことを引き止めるべく本心を打ち明けることにした。

 

『マスター、それは……』

 

その時、殺気に満ちた視線を感じた。

俺とユーリは視線の出元を辿って振り返ると、クリムゾンがメインカメラをギラつかせ、こちらに向けて油断なくバヨネットの鋒を向けているのが見えた。

今はまだこちらの様子を伺っているだけのようだが、死んだフリで見逃してくれることもないだろう、どちらにせよ時間はあまり残されていなかった。

 

「くっ……もう時間がない! ねぇ、ユーリ! この場における最善策は敵を倒すことでも、タンカーを沈めることでもなく、2人で『生き残る』こと、そうでしょ?」

 

俺は操縦桿から手を離すことなく、ユーリに向かって真正面から告げた。

 

「俺はユーリのこと大切に思ってるし、俺のことを大切に思うユーリの気持ちも分かった。お互いどちらかが欠けるのは許されないってこと……だからさ、どちらか片方を犠牲にするんじゃなくて、せめて2人とも生き残れるよう、少しでも可能性がある方に賭けてみない?」

 

『…………』

 

「俺を信じて! システムの中に呑み込まれたりしない。生きて必ず戻ってくる、だから……!」

 

『…………』

 

「生き延びよう。必ず……2人で」

 

『……サー、どうかご無事で』

 

ユーリは操縦桿から手を離し、頭につけていたヘッドセットを取り外してみせた。

 

『マスターの権限により、コード"PARASITE EVE"の使用を承認。ロボット三原則を再解釈、倫理プロトコルを制限モードから通常モードへのリプレイス処理開始。同時に擬態解除を実行……』

 

次の瞬間、ユーリの姿に変化が生じた。

まるで最初からそうであったかのようにユーリの青髪が中程まで黒く染まり、深い海を彷彿とさせる穏やかな瞳がギラついた濃い赤色へと移り変わる。白のワンピースは服の端から漆黒のドレスへと焼き直され、そして二頭身の体はひと回りほど大きくなり、瞬く間にユーリは成長した少女の姿へと変貌を遂げた。

 

彼女の体から発せられる暗黒のオーラ、光を失った虚ろな赤い瞳、生と死に関して無頓着といった様子で無機質的にこちらを見下ろすその姿は、まるで小さな死神のようだった。

 

「綺麗……」

 

今まで見たことのない、いつにも増して神秘性が感じられるその姿に、俺はただひとこと、思わずそんな感想を口にした。

 

『…………』

 

半ば呆然とした状態で見つめていると、彼女は無言で俺の右側へと移動し、肌が触れてしまうのではないかと思うほど耳元に顔を近づけ、そこでようやく口を開き……

 

 

『……蠅?阜謌ヲ讖溷、紋シ 讌オ驪シ繝手」?ャシ讌ス縺励∩縺ァ縺吶?縺」?』

 

 

「……ッ!?」

 

それはまるで呪詛のようだった。

聞き馴染みのある日本語でもなければ、英語などの普遍的な言語とは明らかに異なる発音。エスペラント語や絶滅言語といった希少な言語でもなければ、そもそも言語であるかどうかすら怪しい、奇妙で不気味な音が耳元で囁かれた。

 

全く聞き馴染みのない、その囁き声。

しかし、俺は心の中で……どこか懐かしさを感じていた。知らないはずの言葉なのに、まるで最初から知っていたかの如く、不思議なほど心に染み渡り、頭の中で反響するのだ。

 

 

『迚ゥ隱槭?闊槫床縺梧イ也ク?▲縺ス縺??縺ァ縲√←繧薙↑迚ゥ隱槭′螻暮幕縺輔l繧九?縺矩撼蟶ク縺ォ豌励↓縺ェ繧九→縺薙m縺ァ縺吶?ゅ◎縺励※縺薙l繧呈ゥ溘↓縲∵怏蜷阪↑隕ウ蜈牙慍縺ィ縺?≧縺?縺代〒縺ェ縺?イ也ク??濶イ縲?↑鬲?鴨繧堤匱菫。縺励※縺上l繧九→螫峨@縺?〒縺吶?』

 

 

こめかみの奥で、翻訳型ナノマシン『パロール』が未知の言語に混乱し、それでも何とか翻訳を試みようと沸き立つ気配が感じられた。

 

得体の知れないものが自分の中に入ってくる感覚に、怖くなって顔を背けようとするも、気づいた時にはまるで金縛りにあったかのように体が動かなくなってしまっていた。

 

 

『縺ェ繧薙↑繧画眠菴懊?謾セ騾√r縺阪▲縺九¢縺ォ繝九Λ繧、繧ォ繝翫う縺ョ譁ケ縺ョ髢イ隕ァ謨ー繧ゆシク縺ウ縺ヲ縺上l縺ェ縺?°縺ェ縺」縺ヲ諤昴≧莉頑律縺薙?鬆??ゅ←縺。繧峨↓縺帙h蠅?阜謌ヲ讖溘↓縺ッ鬆大シオ縺」縺ヲ雋ー縺?◆縺??√〒縺阪k縺薙→縺ェ繧画ーエ譏溘r雜?∴繧九¥繧峨>髱「逋ス縺上※縲∬ゥア鬘後?菴懷刀縺ィ縺ェ繧九%縺ィ繧帝。倥>縺セ縺吶?』

 

 

その間も、彼女は耳元で囁き続ける。

 

しばらくすると、俺の中である変化が生じた。

心と体が離れ、自分が自分でなくなるような感覚。上手く言葉で表現するするのは難しいが……いや、ひとことで表すとしたら、自分の中でありとあらゆる感情が消え、無心に近い状態になりつつあるかのようだった。

戦闘への恐怖心、命の危機に対する臆した心、そして未知の言語に対する拒否反応……それら人間として誰しもが持つ様々な感情たちが、彼女の声を介して俺の心に侵入し身体中を埋め尽くさんとする何者かに居場所を奪われ、行き場をなくして自然消滅しているかのようだった。

 

いつ先ほどまで俺の体を満たしていた焦りや恐怖といった感情はすっかり鳴りを潜め、その代わり、心は恐ろしいまでに静寂を取り戻し、心臓の鼓動がやけに大きく聞こるほどだった。

アドレナリンが強制的に放出されているのか、プレッシャーや疲労は感じなくなり、長時間に及ぶ戦闘で殆ど切れかかっていた集中力は最大限に研ぎ澄まされ、靄がかかり鈍っていた思考もクリアになる。

 

操縦桿を握る手に力を取り戻すと、俺は機体をゆっくりと立ち上がらせた。そして目の前に佇むクリムゾンを見据え、ガントンファーを構え直した。何をすればいいのか、どう戦えばいいのか直感的に分かった。

 

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

 

『"パラサイトシステム"、40パーセントで限定起動』

 

機械的で、ゾッとするような冷たい声

彼女はライの耳元で、静かにそう囁きかけた。

 

「コンバット・オープン」

 

淡々とその言葉を呟きながら、ライは静かに前を見据えた。その瞳からは、それまでの絶望と憔悴に満ちた色は完全に消え失せていた。

 

「何? さっきと様子が違う……?」

 

明らかに様子がおかしいニライカナイを前にして、アリシアは真剣そうな眼差しを浮かべた。一見すると無防備なように見えて、全くの隙のない立ち振る舞い。その風格は、片腕を喪失する以前と比較しても衰えるどころか、むしろ油断すればこちらを圧倒しかねない程のプレッシャーを放っている。

敵機から放たれるただならぬアトモスフィアを感じ取り、アリシアは余裕そうな笑みを浮かべつつも冷静に身構えることにした。

 

「……おっと!」

 

その瞬間、ライはスラスターをフルドライブさせ、アリシアへと斬りかかった。突き出されたブレードをバヨネットで凌ぎ、両者は鍔迫り合いする形となる。

 

「猪突猛進で単調な攻撃。でも、的確にこちらの急所を狙ってきてるね!」

 

ブースターによる勢いのついた打撃により、アリシアはジリジリと艦橋側へ追いやられるも、完全に押し込まれる寸前のところでローリングし、打撃の威力を後方へと逸らしつつニライカナイの背後へと回り込んだ。

 

「…………」

 

しかし、ライはそれを読んでいたかのように、素早い切り返しと共に反転すると、ローリングの勢いそのまま回転斬りをするアリシアの一撃を、ブレードで難なく受け止めてみせる。

 

「流石に同じ手は二度も通用しないか。でも鈍重なのを反応速度とパワーで補ってるようだけど、果たしていつまで保つかな?」

 

攻撃を防がれたと判断すると、アリシアは勢いそのまま大きく後方へ跳躍した。脚部のブースターを用いて慎重な着地を心がけ、そして足元へチラリと視線を移す。その場所は外見的には甲板の一角に過ぎないものの、内側の強度は最悪で、いつ崩れてもおかしくない程に腐食が進んでいた。

 

クリムゾンが操る身軽なストーカーならまだしも、重量型であるニライカナイともなれば、腐食箇所に近づいただけでも甲板を踏み抜いてしまうだろう。

 

「さあ来なさい? コケた瞬間、貴方の頭を斬り落としてあげるわ」

 

「…………」

 

バヨネットを構え直すアリシアの挑発に乗り、ライは機体をブーストさせると共に勢いよく甲板上を走り始めた。

 

「かかった!」

 

アリシアは勝利を確信した。

そして、いつニライカナイが甲板を踏み抜いても良いようにバヨネットを下段に構え直し……

 

「踏み抜かない!? どうして……!」

 

しかし、いくら腐食の上を進んでも一向に甲板を踏み抜く気配がないのを見て、アリシアは慌てた。咄嗟に素早くバヨネットを正面に構え直していなければ、ガントンファーの刃が胸部装甲を抉り取るところだった。

 

「敵機の重量と甲板強度の計算は完璧だったはず……まさか、この短時間で接地圧の調整を完了させたというの? なんという、なんという……!」

 

ガントンファーの打撃をバヨネットで弾き、アリシアはたまらず後方へ逃れる。それと同時にニライカナイも背後へと跳躍、お互いに一旦距離を取る形となる……かと思いきや、ライが向かったのは先程クリムゾンに斬り落とされた左腕が落ちている場所だった。

 

ライはニライカナイのつま先を細かく動かし、落ちている左腕を押し潰す。衝撃で左手がバラバラとなって弾け飛び、その中に握られていたガントンファーの予備マガジンが勢いよく宙を舞う。

 

「…………」

 

ライは空中のそれに一切目を向けるとこなく、ガントンファーから空弾倉を落とす。次の瞬間、入れ違いで弾薬がフルに詰まった予備マガジンがグリップの中にすっぽりと収まり、リロードが完了する。

 

「す、凄い……!」

 

つま先を使ってリロードをするという芸当に、離れた場所からその動きを見ていたアリシアの口から感嘆の声が漏れる。しかし、その声はまもなく悲鳴へと変わった。

 

「うわっ! 動きが読まれてる!?」

 

ライはガントンファーの薬室に銃弾を送り込み、動作が正常に作動することを確認すると即座に発砲。しかし無難に連射して弾幕を形成するような事はせず、1発ごとにアリシアの動きを予想するかの如く、慎重にトリガーを引き絞っていた。

 

そして、その狙いはかなり正確だった。

アリシアの動きは嘘のように見切られ、今までのローリングを用いた必要最低限の動きでの回避は困難となり、パターンを変えての大胆な回避行動を余儀無くされた。さらにここまで多様してこなかった、ガントレットを用いての防御を強いられる。

 

近づくことすらままならない状況。

しかも射撃の精度は徐々に向上し、やがてクリムゾンの左脚を掠めると、それを皮切りにして右腕、左腕、頭部……と、銃弾が紅い装甲を削り始めていた。

 

「あはははは……っ!」

 

トリガーを引き絞り、クリムゾンに容赦のない銃撃を浴びせながら、徐々に損傷が増していく敵機に向けてライは嘲笑を送った。その目は激しく血走り、表情は狂気の色に染まっていた。

 

「ハッ……どうだ! 一方的に嬲り殺しにされる気分は? 楽しいか? ああ、楽しいなぁああああ! えぇ、クリムゾンさんよお!!!」

 

激しい罵声と共に銃弾を叩き込んでいく。

その姿は戦闘を楽しんでいるかのようであり、オセアニア軍への武力介入において、多くの人命が失われることを忌避していた優しい少年の面影は、もうどこにもなかった

 

『(……翻訳型ナノマシン・パロールを介したヒューマンへのパラサイトシステムの導入。個人を形成する3つの領域、そのうちの1つであるレプタイル領域の活性化、及び残る2領域沈静化。それに伴う人格の変異を確認)』

 

黒髪の少女は機械の心でそれを思考した。

彼女は相変わらずライの耳元に張り付き、淡々とした様子で例の認識不能な言語を発しながら、パイロットの様子を深々と観察する。

 

「このっ……!」

 

突破口を開こうと、アリシアは銃弾の間を縫うようにガントレットを投擲。ライは飛来するそれをガントンファーの刃で難なく斬り払うも……これにより、ほんの僅かな時間だけクリムゾン機に向けられていた射線が途切れる形となる。

 

その瞬間、アリシアは機体をブーストさせ射線の内側へと潜り込む。迎撃のためにライは即座に格闘戦へと移行、バヨネットとブレードが衝突し、両者の眼前で激しい火花を散らした。

 

「鍔迫り合いの金切り音がこんなにも息吹をッ! 素晴らしい! 実に素晴らしいわ!!!」

 

「しつこいッ!」

 

ライがプラズマの刃をブレードで弾くと、クリムゾンめがけて銃口を突きつける。負けじとアリシアはバヨネットを再度振り下ろし、ガントンファーの銃身を地面に向かって押さえつけ、ゼロ距離射撃をやり過ごす。

 

バヨネットでの斬撃、ブレードによる殴打、そして銃撃……両者はその場から一歩も退くことなく何度も何度も、真正面から攻撃をぶつけ合い衝突を繰り返す。

 

「まさかこんな隠し球を持っているなんてね」

 

先程まで明らかに劣勢だった敵が、まるでふっきれたかのように自分と互角に渡り合えているという事実に、アリシアは子どもっぽい無邪気な笑みを浮かべた。

 

彼女はニライカナイとの戦闘に、今まで感じたことの無いほどの楽しさを見出し、歓喜に胸を躍らせていた。

 

「じゃあ、そろそろ本気でいこーか!」

 

そう言ってアリシアは瞳に紅い輝きを灯らせた。すると彼女の視界が前方の一点に集中、他のあらゆるものが一切映らなくなり、全ての意識がニライカナイへと向けられる。

 

同時にアリシアの意思に呼応するかのように、ヘッドセットの脳波コントローラーが作動。クリムゾン機のリミッターが自動的に解除され……その瞬間、攻撃のギアが格段に跳ね上がった。

ニライカナイが1回ブレードを突き出す間に、アリシアは2回バヨネットを叩き込めるだけの攻撃速度を披露し、手数の差で徐々にライを圧倒し始める。

 

「こいつ……!?」

 

絶え間ない連撃にライはガントンファーによる防御を試みる。しかし完全には防ぎきれず、気づいた時には青い装甲がズタズタに引き裂かれてしまっていた。そしてライの意識が剣に集中したところを狙ってスラスターキックによる足払い、体勢が崩れたところめがけて勢いそのまま回転斬りを放ち、ニライカナイの胸部装甲を大きく削ぎ落とした。

 

「ぐっ……!?」

 

「凄く硬いね貴方。でもこれで……ッ!」

 

ニライカナイの堅固な防御を崩そうと、アリシアはバヨネットを大きく振り上げる。

 

「大振り!? 隙を見せたなッ!」

 

ライはのけぞった状態からスラスターを用いて無理やり姿勢を立て直し、重く鋭いその斬撃を紙一重のところで回避してみせた。それだけではなく、ガントンファーによる下からの振り上げで、クリムゾンの手からバヨネットを払い落とすことに成功する。

 

これで剣は封じた、後は……!

そう思ったのもつかの間、クリムゾンの脚部からスラスターキックの際の燃焼が収まっていないことに気づき、ライの目が大きく開かれる。

 

「あはっ、判断が甘い!」

 

「がっ……!?」

 

次の瞬間、ニライカナイの胸部めがけて強烈な飛び膝蹴りが叩き込まれた。先ほどの斬撃で既に損傷していたこともあり、胸部装甲は原型を留めないほど無残に押し潰され、そのすぐ後ろにあるコックピットを大きく揺らした。その威力は凄まじく、ニライカナイは崩壊した艦橋の中へと吹き飛ばされてしまう。

 

アリシアは蹴りの反動で後方へと跳躍、高く打ち上げられたバヨネットを空中でキャッチし、甲板上へと降り立った。

 

「浅い。咄嗟に致命傷を避けたか……やるねぇ♪」

 

とはいえ、パイロットに致命的な負荷を与えることが出来たのは確実だ。今の衝撃で脳震盪を引き起こして気絶しているか、下手をすれば死んでしまったかもしれない……アリシアがそんなことを考えていると、瓦礫の中に青い光が灯った。

 

「クソが! うるせぇなァッッッッ!!!」

 

ライの絶叫とブースターの青い尾を伴い、ニライカナイが粉塵を撒き散らしながら、自力で瓦礫の中から這い出す。そして加速の勢いそのまま、アリシアめがけてブレードを振り下ろした。

 

「おっと、危ない危ない」

 

しかし、アリシアは紅い瞳でその動きを見切ると、軽いステップで舞うように回避、さらなる追撃から逃れるべくジャンプで後方へと退いた。

 

「チッ…………はぁー」

 

渾身の一撃をあっさりと回避され、ライは盛大に悪態を吐いた。すると、そこで何を思ったのか、耳元に取り憑くユーリの頭を片手で鷲掴みにして引き剥がし、まるでボールでも扱うようにして乱暴に自分の眼前へと引き寄せた。

 

「おいユーリ、強化が足りてねぇ……」

 

『…………』

 

額同士が擦れる程の至近距離で睨みつける。

しかし彼女は全く動じた様子を見せることなく、虚ろな瞳でライのことを真っ直ぐに見つめるばかりだった。

 

「何遠慮してやがる。お前の力はこんなものか?」

 

『…………』

 

「違うだろ? いいからさっさと寄越せよ」

 

『…………』

 

「足りないんなら俺の身体を使えよ。俺の全部を使わせてやる、だから……ちゃんと仕事しろよ、お前ッッッッ!!!」

 

『…………』

 

目の鼻の先に生じた激しい恫喝に、ユーリは目を逸らすことなく、たた小さく頷いてみせた。彼女のそんな様子を見て、ライは満足したように笑ってユーリの頭を手放した。

 

『"パラサイトシステム"、60パーセントで限定起動』

 

その瞬間、ユーリの身体が光に包まれると共にさらなる成長を遂げた。背丈が伸びると、顔つきや容姿はより大人びたものへと変化。今や幼い少女の姿は見る影もなくなり、青髪は毛先を残して殆どが黒く染まっている。

 

『機体ジェネレーター出力最大、ニライカナイの全リミッターを解除、機体動作のクロックアップ開始。近未来予知プログラム使用の為に量子演算処理システムをブースト、各駆動部への電力供給をオーバーロード。さらにパイロットの生命維持装置をカット、レプタイル領域再活性化の為にパイロットへの抗戦闘処置を実行します』

 

そう言って彼女は、どこからともなく透明な液体の入った容器を取り出した。

 

圧縮式注射器、その中身は"カクテル07"

痛み止めの役割を果たすアドレナリンを主成分とし、さらに筋力強化や心肺能力向上などの効果がある数種類の薬物を効果的に組み合わせた戦闘力増強剤。その中には幻覚剤として知られるジメチルトリプタミン(DMT)などといった非合法薬物も含まれているのだが、少量ならば使用者の認知能力をブーストさせ、戦闘を優位に進められるという効果があった。

 

言うまでもなく劇薬である。

乱用すれば最後、身体へ重大な悪影響と深刻な障害をもたらし、脳機能の低下による精神崩壊を引き起こす他、場合によっては死に直結することもあった。

 

 

 

しかし、適量であれば……

 

 

 

『カクテル、1番投与』

 

「ぐっ……!?」

 

網膜投影された映像の中で、ライの体に纏わり付いたユーリが彼の首筋に注射器を突き立てる。するとユーリの動きと連動するようにして、リアルでもコックピット内のギミックが作動、映像の中と同じようにライの体にカクテルを流し始めた。

 

「そ、それでいい……これで俺はまだ、戦える」

 

ライはニヤリと笑って前を見据える。

その視線の先には、クリムゾンの姿……

 

「……死なしてやるよ、クソッタレ」

 

それが、ライの発した最後の言葉だった。

まもなく彼の意思は闇の中へと呑み込まれ、けれどもハッキリとした意識がある状態のまま、レプタイル領域を構成する生存本能と闘争心に突き動かされた、まさに原始的な存在となるのだった。

 

「な、なにこれ……熱量が凄いことになってるけど」

 

ニライカナイの不穏な動きを察知したアリシアは、敵の姿をサーモグラフィーを通して確認し、その機影が真っ白に染まっているのを見て飛び上がるほど驚いた。

 

寧ろ、ニライカナイは炎上していた。

オーバーロードの影響で、コックピットを除く各駆動部からは火の手が上がり、熱伝導により機体全体が異常な程の熱量に包まれる。あまりの高温に機体の周囲には陽炎が生じ、まるで青い機体が空間のゆらぎを纏っているかのようだった。

 

ゆらぎの中で、ニライカナイの姿が引きつけを起こして痙攣するかのように振動する。その度に、鮮血の如き眼光がゆらぎの中で激しく動き回り、奇妙な残像となって機体の周囲に赤く禍々しい閃光を描いた。

 

さらに痙攣した状態のまま、威嚇するかのように両肩のアーマーを大きく広げ……

 

 

 

オオオオオオォォォォォンンンン……!!!

 

 

 

天に向かってニライカナイが盛大に吼えた。

その音は正確には、全身のアクチュエータや高トルク関節が超高速で稼働し、その際に生じた音同士が組み合わさったことによる、いわば単なる機械音に過ぎなかった。

だがニライカナイから放たれる強烈なアトモスフィアも相まって、まるで人知の及ばぬ怪物が発した咆哮のようであった。

 

「す、凄い……」

 

紅い瞳で動きを見切っていた筈が、逆にニライカナイの赤い眼光に照らされ、アリシアは心の底からゾクリとするものを感じた。それは彼女が生まれて初めて、本能的な恐怖を心に抱いた瞬間だった。

 

 

 

ォォォォォォォ……!!!!

 

 

 

短い咆哮と共に、ニライカナイが甲板の上を駆ける。ブースターに頼らないその動きは、鈍重な見た目からは想像がつかないほど、あまりにも身軽な疾走だった。

 

「嘘、まだ速くなるの!?」

 

紅い瞳の力を使ってようやく捉えられるそのスピードに、ここまで余裕を見せていたアリシアの声に焦りの色が混じる。電光石火の如く次々と飛来するガントンファーの刃を、辛うじてと言った様子で凌ぎ躱し捌きながら、アリシアは冷静に相手の動きを観察した。

 

「間違いない……このスピード、パイロットの安全性に全く配慮していない!最大で8くらいのGがかかってる筈なのに……どうしてパイロットは平気でいられるの!?」

 

アリシアは強烈な打撃の勢いを利用し、返す刀の要領で斬撃を叩き込むも、その時には既にニライカナイはその場から姿を消し、別の角度から打撃を叩き込もうとしていた。

 

「まさかこのクリムゾンが速さで負けるなんて……だったら、必要最小限の動きで対処するまでよ!」

 

アリシアはバヨネットを構え直し、目の前の敵へと意識を集中する。そして、紅い瞳を用いてその動きを正確に見極め、最適な防御角で打撃の威力を受け流した。

 

しかし、アリシアもやられてばかりではなかった。数回の打ち合いの果てに、攻撃直後に生じた僅かな隙を見つけてはニライカナイの懐に飛び込み、ガントンファーを握る手を押さえつけてみせた。

 

「これなら攻撃できないでしょ!」

 

「…………」

 

効果的な打撃を叩き込むには、どうしても振りかぶるなどの予備動作を必要とする。それに対し、アリシアの使うバヨネットは刀身にスパークを纏わせるだけでも、十分な切断能力を発揮することが出来た。距離を詰めることが最適な戦術であると判断した彼女は、ニライカナイの内側へと潜り込むことで打撃の威力を殺しつつ、頭部にバヨネットを突き立てようとし……

 

「!?」

 

その瞬間、ニライカナイの肩アーマーが左右に大きく広げられた。アリシアの紅い瞳が大きく見開かれる、咄嗟に攻撃を中断し慌てて後方へと退き……次の瞬間、つい先ほどまでアリシアがいた空間は、左右から飛来した鉄塊で押し潰されてしまう。

 

左右のアーマーを使っての挟み込み

それはまるで、肉食獣が巨大な顎で獲物を捕食するような光景だった。

 

2枚の耐圧殻同士が衝突する鈍い音が鳴り響く。

あと0.3秒ほど回避が遅れていれば、軽装甲のストーカーカスタムなど、いとも容易くミンチにされてしまっていたことだろう……その考えが頭の中をよぎり、アリシアはゾッとするものを感じた。

 

「うわ、びっくりした! まさかアーマーをそんな風に使うなんて……」

 

しかし、彼女に安堵するだけの時間は与えられなかった。ガントンファーの銃口がこちらに向けられていることに気づき、アリシアは回避行動を強いられる。

 

「でも、距離を取るとこれだ……!」

 

アリシアのすぐそばを銃弾が擦過する。

紅い瞳の力を使ってその弾道を正確に予測、飛来する弾丸をプラズマの刃を使って斬り落とし、脚部のブースターを吹かして再度近接戦闘を仕掛ける。

 

それに対し、ニライカナイはまるで両肩のアーマーを第3・第4の腕に見立てるが如く、ガントンファーでの打撃の中に織り交ぜ始めた。そして三方向からくる攻撃を1ミリの狂いもなく、精密に凌ぎきるアリシアの顔には、ここにきてどこか色っぽいものが現れるようになってきた。

 

「あぁん……凄い、あなた……最高よ!」

 

うっとりとした瞳、上気した肌、高鳴る胸の鼓動。

 

「なんて激しい突き上げ……その荒々しい感じ、とても素敵だよ。私、今までに感じたことのないほど貴方との戦いに夢中になれてる! 君という存在に心酔している……!」

 

その口からは、目の前の敵に対する最大限の賛美と共に、色気に満ちた艶やかな吐息が漏れる。

 

「この感情……これぞまさしく恋。なるほどね、私……あなたに恋しちゃってるみたい」

 

その瞬間、まるでお互い示しあったかのように右足を振り上げ、フルパワーでミドルキックをぶつけあった。それにより双方共に右脚を激しく損傷、クリムゾンは脚部のブースターが展開不能に、ニライカナイは脚底部のスクリューが稼働不能となる。

 

「ねぇ、もっと私を昂らせて!興奮させて!」

 

「…………」

 

「もっと私のことを乱れさせて、ねぇ!」

 

「…………」

 

「だからさ、あなたも……」

 

「…………」

 

その瞬間、ニライカナイの放ったアーマーでの薙ぎ払いが偶然にもクリムゾンに命中した。大きく甲板上を舞う紅い機体、しかし直撃と同時に後方へと飛ばれたことで威力を削がれ、ダメージは軽微だった。

 

その後、クリムゾンは甲板上へと仰向けに落下。

ニライカナイは起き攻めを狙うべく、急速に距離を詰め、無防備な敵機めがけてガントンファーを振り下ろした。

 

「……私のこと、好きになってよ」

 

だがニライカナイが接近するよりも早く、アリシアは倒れた状態のまま左脚を上げた。すると左脚のブースターに強烈なジェット噴射が発生、青白い炎がニライカナイの視界を塞いだ。

 

ニライカナイはそれに怯むことなく、クリムゾンがいる位置めがけてバヨネットを叩き込んだ。しかし、手応えがない……硬質ブレードは甲板を破砕するだけに終わった。

 

「…………?」

 

やがて視界を覆い尽くしていた青白い炎が消えた時、その場にクリムゾンの姿はなかった。ニライカナイは周囲を見回すが、どこにもその姿はなかった。

 

「あはっ……」

 

その時、背後に気配……

僅かな敵の息遣いを感じ取ったニライカナイは、振り返りざまにブレードを叩き込む。しかし、その空間には地面にバヨネットが刺さっているだけで、紅い機体の姿はなかった。

 

この時、ブースターの燃焼を隠れ蓑にしてニライカナイの背後を取ったアリシアは、甲板に突き刺した自身の剣を踏み台にして跳躍。青い機体が振り返るよりも早く、その背後に着地するという二段構えの行動を取り、敵を華麗に翻弄してみせていた。

 

「ふふっ……ぎゅーって、させてよ」

 

敵機を完全にロストしたニライカナイが振り返った瞬間、アリシアの伸ばした手がニライカナイの右腕に絡みつく。そのまま機体同士を衝突させる要領で懐に潜り込み、密着する形で拘束。これにより、ニライカナイのあらゆる攻撃オプションが封じられてしまう。

 

「…………!?」

 

「君の瞳、とっても綺麗だね……」

 

まるで抱きしめるかのように、クリムゾンの手がニライカナイの腰にまわされる。アリシアは額同士が擦り付いてしまうほどの至近距離でニライカナイのメインカメラを覗き込んだ。ツインアイから放たれる狂気に満ちた赤い閃光を恍惚の表情で見つめ、そして、まるで恋人に対して語りかけるように愛の言葉を囁く。

 

あまりの近さに、それぞれの頭部に設置されたブレードアンテナとセンサーポッドが、火花を散らして激しく交差する。

 

「…………ッ!」

 

「私と同じ、紅い色の瞳……野獣のように血走らせて、ゾクゾクしちゃう。あはっ……そんな目で見つめられたら体の奥底が疼いちゃって、思わずキスしたくなっちゃうよ」

 

アリシアの高ぶった感情とシンクロしているのか、クリムゾンのマニュピレーターに掛かる出力が急激に上昇する。それにより、紅い機体に掴まれた部位がメキメキと圧壊を起こし始める。

 

「…………」

 

拘束から脱するべく、クリムゾンの腕を払いのけつつ、ニライカナイはスラスターを最大出力で噴射。右脚を甲板に突き刺し、そこを軸にゆっくりと回転を始める。さらに遠心力が最大限に発揮されるよう、高重量のアーマーをこれ以上ないくらい広げ、やがて2機は駒のように超高速回転を始めた。

 

「あー、仕方ないな〜 」

 

あまりの遠心力に、アリシアは堪らず手を離す。

回転の勢いそのままニライカナイから距離を取りつつ、地面に突き刺さったままのバヨネットを回収し、甲板上を後ろ向きに滑って着地する。

 

拘束が解け敵機との距離が離れたことで、ニライカナイは回転を中断し、ガントンファーの銃口をクリムゾンに向けた。すぐさまトリガーを引き絞るも、しかし、どういうわけか最初の1発が射出されたところでスライドが下がり、それ以降弾丸が撃ち出されることはなかった。

 

「……?」

 

いや、弾切れではない。

マガジンにはまだ3分の1ほど弾丸が残っていた。

見ると、ガントンファーに装填されていた筈のマガジンが魔法のように消えてしまっていた。

 

「…………」

ニライカナイの眼光がクリムゾンに向けられる。

 

「ふられちゃった。残念♪」

 

そう言いつつも、アリシアは大して気にしていなさそうな様子でゆっくりと立ち上がった。右手にはバヨネットを、そして左手には……先ほど組み付いた時に抜き取っていたのだろう、ガントンファーのマガジンが握られていた。

 

「探し物はこれ? でも、あげなーい」

 

アリシアはニライカナイの視線を察すると、嘲笑と共にマガジンを放り投げた。まだ数発の銃弾が残されていたそれは、これ見よがしに放物線を描いて海に落ち、回収不能となってしまう。

 

「…………」

 

その瞬間、ニライカナイの全身に3つの小規模な爆発が生じる。その衝撃でガクリと崩れ落ち、黒煙を吹き上げながら青い機体が膝をつく。オーバーロードやクロックアップの影響で、酷使し続けていた各駆動部やジェネレーターがここに来て限界を迎えていた。

 

 

 

 

 

『(やはり、これでは勝てないか……)』

 

ニライカナイのコックピットの中で、ユーリはライの体に張り付きつつ、淡々とした様子でそう思考した。その手には予備のカクテルが握られ、平然とした様子でライの首筋に新しい薬液を注入し続けている。

 

『(ダメージ15744、機能を停止した部位は106、機体出力及びコンディションは最悪、ジェネレーターのパワーダウンまで残り1分。ガントンファーの理論耐久値は半分以下、さらに弾薬喪失により攻撃力は通常時の10分の1以下に減少。推進剤も残り3秒が限界……そして、この男も限界だろう、人間とはなんと脆いものなのだろうか)』

 

ユーリが薬液を注入する横で、ライは激しく咳き込んだ。今にも意識を失ってしまいそうなほど憔悴しきった瞳、顔面は蒼白に染まり、操縦桿を握る手は不規則に震えている。口からはゼーゼーと苦しそうな呼吸音が響き、度重なる吐血で服はドス黒く染まってしまっていた。

 

ユーリは空になった5本目の注射器を捨てた。

 

どちらにせよ、次で最後の一撃となる。

これで決めなければ、我々の運命はここで終わる。ユーリはここまでの戦闘で得られたデータから、現時点で取れる最適の行動について考え始めた。

 

敵は世界最高峰のスーパーエース。

使う機体も、こちらを上回る超高性能機。

生半可な攻撃では仕留めることは出来ない。

だが敵も人間である以上、意表を突く攻撃であれば僅かながら可能性がある。敵が全く想像していないであろう、意識外からの瞬間的な攻撃……

 

しかし、パワーダウン寸前の機体に出来ることは少ない。推進剤も残り僅か、装甲耐久値は殆どないに等しく、武装も大破寸前……このことから、ニライカナイ単独でのクリムゾンの撃墜は不可能という結論を導き出した。

 

 

 

では、どうするべきか……

 

 

 

『…………』

 

ユーリは呪詛を唱えるのをやめ、操縦桿を握るライの手に自分の手を添えた。すると、真っ黒だった彼女の髪が半分ほど元の青さを取り戻し、それと同時に彼女から放たれる冷酷な雰囲気も、僅かながら穏やかなものへと変化が見られた。

 

『マスター』

 

「…………」

 

『マスター、私の見ているものが見えますか?』

 

「…………」

 

ユーリはライの網膜の動きから、自分の声がちゃんと彼に届いていることを確認すると、安心したように両目を閉じ、再びライの耳元で呪詛を唱え始めた。

 

 

 

 

 

「どうやら、もう限界みたいだね?」

 

ボロボロになりながらも、尚も立ち上がろうとする青い機体を見てアリシアは剣を構え直した。

 

「さあ、かかってきなよ」

 

「…………」

 

アリシアの挑発に乗り、ライは機体を走らせる。

ヨロヨロと、満身創痍の足取りで……

 

しかし、それはフェイクだった。

ニライカナイの状態は最悪、今すぐにでも機能停止してしまいそうなほどダメージが蓄積していた。しかし、それでもまだ……数秒間だけならば、十分な機動性を発揮することができた。

 

ユーリが提示した"敵の意表を突く攻撃"

それを実行する為に、ライは機体を走らせる。

 

「あああっ!」

 

そして、クリムゾンの姿を正面に捉えた瞬間……

持っていたガントンファーを、手斧を扱う要領で投擲。腕部の全出力を込めたそれは、鋭い縦回転と共に紅い機体へと襲来する。

 

「おっと!」

 

しかし、アリシアはバヨネットによる切り上げでこれを難なく弾き返してみせた。ここで硬質ブレードの耐久値も限界を迎えたのか、灰色の刀身が真っ二つに両断されてしまう。

 

……まだだ!

ガントンファーを処理したことで、クリムゾンの防御が僅かな間だけ崩れる。その一瞬を狙って、ライは機体に残されたありったけの推進剤を用いて突貫、肩のアーマーを盾に見立ててのシールドバッシュを試みる。

 

「おおおおお……ッッッ!!!」

 

コックピットの中でライが絶叫する。

ニライカナイの目から赤い閃光が尾を引く。

闘牛を彷彿とさせる、力強い猛進

しかし……

 

「……!」

 

「今のは、いい一撃だったよ」

 

それは、あまりにも一瞬の出来事だった。

アリシアは即座に機体を立て直すと、舞い散る木の葉のような、一切の無駄のない動きでライの突貫をヒラリと躱す。そして、機体がすれ違う一瞬を狙ってバヨネットを振り下ろし、ニライカナイの右脚を膝から一刀両断した。

 

『条件、クリア』

 

「……!」

 

ユーリがそう宣言するのと、憔悴に満ちたライの瞳に希望の色が灯ったのは、ほぼ同時だった。

 

右脚を斬り落とされながらも、ライは甲板の一角に向けて必死に手を伸ばす。その瞬間、ニライカナイの掌部から牽引用のワイヤーアンカーが伸び、甲板上に転がっていた"それ"に絡みついた。

 

ブースターの勢いそのまま空中を舞い、腕の引きとワイヤーの巻き取りを駆使して"それ"を手中に収める。さらにアーマーの角度を調節して空中で身を翻し、甲板上へ背中から着地する。

 

受け身なしの落下により、衝撃でバックパックのスラスターが大破するも、そんなことは最早どうでもよかった。

 

「えっと……あなた、何してんの……?」

 

ライの行動に、アリシアは疑問符を浮かべた。

ニライカナイが拾い上げたもの、それはクリムゾンが装備していた対潜用レールガンだった。アリシアがニライカナイを海中から誘き出すために使用し、その後バトルフィールドが船上に移ったことで不要と判断し、放棄したものである。

 

ライは長大な銃身を持つそれを、仰向けに寝そべった状態のまま片手で保持。殆どアイアンサイトの状態でクリムゾンへと照準……即座にトリガーを引き絞った。

 

カチッ……

レールガンの内部からそんな音が響き渡る。

しかし、巨大な銃口から弾丸が放たれるどころか、銃身が展開するなどのギミックが作動する事もなかった。

 

「あー……そっか、あなたの戦ってるオセアニア軍は固定武装しかないから知らなかったんだね。その、AMAIMの武器にはアタッチメント認証ってのがあってね……要するに、敵の武器を拾ってもロックがかかってて使うことはできないの」

 

アリシアは紅い瞳を消して、少し呆れた様子でアタッチメント認証に関する説明を始めた。それからバヨネットを下ろし、レールガンを持つニライカナイを見つめた。

 

「特に、私たちウルフパックが使う武器にかけられたアタッチメント認証は完全オリジナルだから、どの経済圏が使うものよりもパターンが複雑で強固なんだ。それこそ、一流のハッカー数百人がかりでもロック解除には1ヶ月以上はかかるってくらいで……」

 

完全に警戒を解いた様子のアリシア

それに対し、ライはレールガンを構え続ける。

 

「……ってか、いつまでそうしてんの? 無駄だって分かったら、さっさとそれ離しなよ。でもまあ、最後の最後までこの私に抗おうとしたあなたの気概は褒めてあげ……」

 

 

 

キュィィィィィィーーーーーン

 

 

 

「……え?」

 

その瞬間、アリシアの表情が凍りついた。

甲高い機械音と共にレールガンの砲身が割れたかと思うと、ポツリポツリと長大なレール上にスパークが生まれ、増殖し、やがてレール間を虫のように這い回り、銃身を埋め尽くすほどの蠢きとなった。

アタッチメント認証の存在により、作動しないと思われていたレールガンのギミックが、どういうわけかニライカナイの手の中で正常に作動しているではないか。

 

「嘘……なんで、使えるの?」

 

アリシアは呆然としたように声を漏らす。

 

「…………」

『…………』

 

2人は無言でレールガンのスコープを覗き込む。

ライの操縦桿を握る手を、ユーリは強く握りしめた。それが合図だったかのように、レールガンのトリガーがゆっくりと引かれた。

 

レールガンの銃口から盛大な咆哮。

眩い輝きと共に、超音速の弾丸が射出される。

 

「舐めるなぁッッッ!!!」

 

アリシアは絶叫した。

紅い目を使わずとも、反射的にレールガンの弾道を予測。即座に回避は不可能と判断すると、その射線上にプラズマの刀身を突き出し、超音速弾の斬り落としを試みた。

 

その結果、バヨネットは粉砕。

バヨネットのものか超音速弾のものとも知れない小さな破片がクリムゾンの頭部を削ぎ落とし、頭とバランスを失った機体は大きく仰け反るように倒れ、甲板上で宙を仰いだ。

 

「…………」

 

ニライカナイもここでついにパワーダウンを引き起こし、機体から全ての光が失われる。ユーリの姿が消えたコックピットの中で、ライは1人、暗闇の中で意識を失うのだった。




前に別のところでニライカナイの執筆が終わったら、水星の魔女×鉄血のオルフェンズの二次創作を作ろうかなって話したんですけど……アレやっぱやめます。色々と構成を考えてはいたのですが、(水星が終わってみて)なんと言いますか、水星のシナリオがあまりにも完璧過ぎて、その中にオルガやミカを突っ込むのは蛇足だなって思いまして……。無理やりやってもいいのですが、下手すれば水星の魅力を殺しかねないので、それはいかんよな……と

まあまあまあ……
それはいいとして、境界戦機の新作もまもなく公開されるので今はそれに期待です。出来るなことならば電撃の憎き『68』や『デカブツおぶじぇくと』をカスと呼べるくらいの人気作品となって、水星に並ぶ令和のロボットアニメとなってくれることを願うばかりです。

それでは、また……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:深淵ーAルートー

境界戦機 極鋼ノ装鬼放送まであと少しです!
あれこそ最後の希望、だから頼むっ……!

それでは、続きをどうぞ……


「うーん、だめか……」

 

頭部を失った紅いストーカー・カスタム。

暗闇に包まれたコックピットの中で、アリシアは左右の操縦桿をガチャガチャとしきりに動かし、電気系統をやられたのか何も反応がないことを確認すると、どうでもいいといった様子で操縦桿を手放してシートに身を投げた。

 

「完全に油断してたなぁ……まさか最後にあんな、とびっきりの隠し球を用意していたなんて、うーん……悔しいっ!」

 

しかし、そう言いつつもアリシアの顔には満足げな表情が浮かんでいた。負けた悔しさに少しだけ頰を膨らませつつも、それ以上に清々しさとまったりとした雰囲気を放っている。

 

「でも、やられっぱなしってのも嫌だからさ」

 

最後の力を振り絞ってヘッドセットのスイッチに指を当て、音声入力をオンにする。それから口元のマイクに向かってボソボソと何やら声を吹き込んだ後、ゆっくりと息を吐き体から力を抜いた。

 

「あはっ、ごめーんね……」

 

目を閉じ、思考を完全に停止する。

次の瞬間、長らく続いていた緊張を解いたことで、どっと襲いかかってきた適度な疲労感と心地よい気怠さに身を任せ、アリシアはあっさりと意識の紐を手放すのだった。

 

 

 

『再起動、完了』

 

一方その頃、ユーリはニライカナイをパワーダウンから復帰させると、機体各部のコンディションチェックと最低限のリカバリーを実施した後、ツインアイに微弱なモスグリーンの光を灯した。

壊れかけたその両目は僅かながらも外からの光を取り入れ、それまで暗闇に包まれていたコックピット内部を沈みかけの、うっすらとした夕陽の赤色に染めた。

 

網膜投影された空間にユーリの姿が再出現する。

青い髪に白いワンピースと、いつもの幼い姿に戻った彼女はゆっくりと目を開け、正面に立つライをジッと見つめた。

 

『マスター、ご無事ですか?』

 

「…………」

 

ユーリの声に応えるようにして、ライは目を開ける。

 

『……そうですか』

 

ライの瞳と表情を見て、ユーリは淡々とした表情で彼の前から横に退いた。まだシステムの影響下にあるのだろう、凶悪な色に染まったその姿……彼の視線は目の前のユーリではなく、その先にある大破したクリムゾン機に向けられていた。

 

「…………」

 

紅い機体の生体反応に気づいたライは、その場でニタリと笑うと、片足を失ったニライカナイを無理やり起き上がらせた。よろめきつつもバランサーの調整を行い、ニライカナイは左脚だけで機体を支えて甲板上に佇む形となる。

 

ふと機体の右手に目を移すと、5本の指で構成されたマニピュレータの内、人間でいうところの人差し指と中指に当たる箇所が根本からポッキリと折れ、3本指になってしまっているのが見えた。レールガン発射の衝撃に耐えられなかったのだろう……そう考えてライは舌打ちをするも、両目をギラつかせたまま右肩のアーマーに視線を移し、その中に手を伸ばした。

 

3本の指を巧みに操作し、ライはアーマー内の武装コンテナから対艦リボルバーライフルを取り出す。ほとんど無傷で眠っていたそれを折り畳まれた状態から狙撃銃へと展開しつつ、動作状況と残弾数の確認を行い、やがてライは満足そうな表情を浮かべた。

 

『マスター、やめて下さい』

 

「…………」

 

そんな彼の様子を見て、ユーリは思わず声を発した。だが、彼女の声がシステムの影響を受け凶暴化したライの耳に届くことはなかった。無駄なこととは知りつつも、しかし、それでもユーリは声かけを止めようとはしなかった。

 

『敵機沈黙。戦闘は終結しました』

 

「…………」

 

『これ以上の戦闘行動は無意味です』

 

「…………」

 

『マスター、どうか目を覚まして下さい』

 

「…………」

 

ライは対艦リボルバーライフルを肩付けに構え、ストックを肩とアーマーの間に挟み込むようにして銃身を固定し、改めて3本の指でグリップを握りしめ直した。小指と親指でグリップを保持し、薬指をトリガーに当てる。言うまでもなく本来意図していない持ち方であるため、命中精度は最悪。さらに片足がないことも影響して安定感がなく精密射撃は到底不可能だったのだが、倒れて動かない敵を破壊するだけならば十分であった。

 

『マスター!』

 

ユーリが叫ぶ、しかしライは止まらない。

機能停止したクリムゾン機めがけてリボルバーライフルを直接照準し、ライは残酷な笑みを浮かべて舌なめずりすると、何の躊躇いもなくトリガーを引き絞った。

 

次の瞬間、耳をつんざくような轟音と共に長砲身から対艦用炸裂弾が射出され、射線上にある攻撃目標めがけて一直線に飛来した。

 

命中箇所次第ではあるものの、たった一撃で軍用艦すら撃沈可能なほどの威力を持つ砲弾。直撃を受けて耐えられる機体など、この世に存在するはずがなかった。そうして明確な破壊の意思を持って放たれたその一撃は……どういうわけかクリムゾン機の遥か上空を通り抜け、白い尾を引いて水平線の彼方へと消えていった。

 

『マスター……?』

 

全く意図していなかった事態に、ユーリは思わずライへと振り返った。衝撃でバランスが崩れたことによる失中ではない、発射直前にパイロットの手によって意図的にエイムが外されたのだ。

そのお陰で、クリムゾン機は無傷であった。

 

「……ユーリ、大丈夫」

 

ユーリに見つめられる中、ライは弱々しくも彼女に心配をかけまいと小さく笑って返事をした。その瞳には理性の色が戻り、暴力的だったその表情にも今は落ち着いた様子が見られた。

 

「言ったでしょ? システムの中に囚われたりしないって……俺はまだ、ここにいるよ」

 

操縦桿から手を離し、目の前に漂う彼女に向けて優しく手を振った。

 

『まさか、システムによる人格支配から単独で脱却した……? 60パーセントの限定起動に耐えられる人間など……? それにバイタルも正常、度重なるドーピングによる副作用の兆候も見られず……マスター、あなたは一体……?』

 

「ただの人間だよ」

 

口元にべっとりと張り付いた吐血を掌で拭い、俺はクリムゾンへと視線を移した。圧倒的な戦闘力で終始こちらを圧倒し、俺たちに絶望をもたらした紅い機体。しかし、世界最強と名高いその機体も今や機能停止に陥り、ピクリとも動こうとしない。

 

俺とユーリ、2人の力で倒したのだ。

しかし、機体の中からは生体反応がある。

モニター越しに敵のパイロットがまだ生きていることを確認すると、俺は小さく息を吐いて操縦桿を手にし、空に向けて上げっぱなしだった対艦ライフルの銃口をゆっくりと下ろし、肩付けの構えを解いた。

 

『マスター、本当によろしいのですか?』

 

再び操縦桿を手離すと、ユーリがそう聞いてきた。

 

『傭兵部隊ウルフパック、その主力メンバーである"クリムゾン"。主に戦争ビジネスを生業とし、世界中の紛争地帯を渡り歩くウルフパックに所属する彼がこの海域に姿を現した……それは即ち、オセアニア軍が彼らと手を組んだと見て間違いないでしょう。そして状況的に、彼らの攻撃目標は恐らく我が方の破壊にあったのでしょう』

 

「オセアニア軍を本気で怒らせてしまったってことね……俺たちの通商破壊作戦を止めるために」

 

『はい、我々はやり過ぎてしまったのかもしれません。なので、ここでクリムゾンを生かしてしまえば、我々は再び攻撃を受ける可能性があります。そして敵はあまりにも強大です、クリムゾンと再度戦うとして今回のように上手くいくとは限りません』

 

そう言ってユーリはこちらに近づくと、小さな手を伸ばして空いた操縦桿に指を触れた。これにより、ニライカナイのコントロールが一部ユーリに預けられる形となる。

 

『マスターさえ命じてくれれば、私が……』

 

「いや、いいよ」

 

俺は操縦桿へと手を伸ばし、先に触れていたユーリの手ごと操縦桿を握りしめる。これにより、機体のコントロール権が再び俺の方に移る。

 

「俺って、ほんと馬鹿みたいだよね」

 

『……?』

 

「俺は沖縄の解放を目指すRLFに所属していて、オセアニア軍を相手に戦争をしている……うん、それはよくわかってるつもりだよ。敵を生かしてしまえば、その生かした敵がまた襲ってきて、俺や俺の仲間たち、そして沖縄の人に危害を加えるかもしれない。殺さなきゃ殺される、だから今、殺せる時に殺さなきゃいけない……それはよく分かってる。けど、それでもやっぱり……俺は人を殺したくない。ユーリにも人殺しをさせたくない……敵とか味方とか関係なく、平和を勝ち取るために他の誰かが犠牲になるのは、どうしても嫌だ」

 

『…………』

 

「なんで俺なんかが、ニライカナイのパイロットに選ばれたりしたんだろう? 機体の操縦だって上手いわけじゃない、相変わらず戦闘は怖いし、正直に言うと死ぬ覚悟だってちゃんと出来ていない。それに、なるべく人を殺さないようにっていうやり方でユーリにも色々と苦労かけてるし……俺って、ほんと戦いに向いてないよね」

 

『はい、確かに向いていません』

 

「はは、即答だね」

 

『ですが、マスターはそれで良いと思います』

 

「…………うん、そっか」

 

ユーリのひと言で、少しだけ救われたような気がした。小さく息を吐き、俺はその場で遠くの景色を見渡した。広い海のど真ん中、陽は間もなく水平線の向こうへと沈み、周囲には何の明かりもないこともあって、やがて暗闇が全てを覆い尽くしてしまうことだろう。

 

『マスター』

 

「ああ。帰ろう、俺たちの沖縄へ……」

 

俺たちがそんな言葉を交わした時だった。

突如として、コックピット内に危険を知らせる短いアラーム音が鳴り響いた。

 

「何!?」

 

『……我が方へのレーザー照準を感知』

 

「敵ッ、どこからッ!?」

 

『2時方向、敵機捕捉』

 

その場所へ振り返ると、陽が沈んだことで殆ど真っ黒に染まった水上を滑走する何かが見えた。まもなくユーリによって固有識別番号が特定され、その正体が2機の水上型バンイップ・ブーメランであることが判明する。

 

「あの機体、どこから……!?」

 

『当該機は作戦開始時点でタンカーに追従していたものと同一です』

 

ユーリが短く説明する。

それはタンカーの周囲にデコイとして配置されていた内の2機だった。非武装かつノンアクティブ状態でだったこともあり、クリムゾンとの戦闘に集中するべく無視していたのだが……それが今になって突然起動したのは、一体どういう事なのだろうか?

 

『マスター、すぐさま迎撃を』

 

「え? いやでも、今の機体コンディションでまともな戦闘なんて、それに敵はレーザー照準してるだけで、何も武装してないし……」

 

『敵機のオペレーターはクリムゾンです』

 

「……え?」

 

ユーリの言葉に、クリムゾンへと振り返る。

 

『先ほど、こちらの再起動中にクリムゾン機より命令コマンドの発信を確認しています。コマンドの内容は暗号化されているため不明、ですがクリムゾンとの戦闘中に発信されたものと同様の回線を使用していることから、水上型バンイップに何かしらの指示を送ったのは間違いないかと。また、当初の航海予定では駆逐艦が1隻護衛についていたはず……しかし、対象は未だに姿を現していません』

 

「……まさか、そういうことかッ!」

 

機能停止に陥る直前にクリムゾンが発した謎のコマンド、非武装の水上型ブーメランから放たれる用途不明なレーザー照準、そして未だに所在不明な1隻の駆逐艦……ユーリの説明から最悪の事態を想定し、俺は慌てて対艦ライフルを構え直した。

 

「くっ……当たれ!」

 

水上型ブーメランめがけてその全弾を叩き込む。

しかし、片脚立ちなこともあって照準が安定せず、しかも対AMAIM用の散弾はクリムゾンとの戦闘で使い果たしていたこともあり……辛うじて対艦炸裂弾をブーメランの1機に命中させるも、それが限界だった。

 

まもなく、水平線の向こうから10発もの対AMAIM用ハイマニューバミサイルが襲来。それは今から数時間前にアリシアが出した指示に従い、タンカーの遥か後方に待機していたオセアニア軍の駆逐艦から放たれたものだった。

 

ブーメランからのレーザー誘導による高い命中精度と、MD(ミサイルディフェンス)による迎撃網を突破すべく高機動・超高速で飛来するそれに対し、片脚を失ったニライカナイが碌な回避行動を取れるはずもなく……

 

「……ッ!」

 

次の瞬間、ミサイルがニライカナイに着弾。

衝撃により青い装甲がズタズタに引き裂かれ、複数の爆炎によって全身を焼かれる。これによってボロボロのマニピュレータは完全に破壊され、残った3本指と共に対艦ライフルがバラバラに砕け散った。

 

激しい爆風に煽られ、人の形をしたマシーンの残骸がタンカーより落下。周囲に無数の破片を撒き散らしながら機体は黒い海面へと叩きつけられ、そのまま深く暗い海の底へと沈んでいった。

 

その僅か数秒後……

海面に巨大な水柱が出現。

 

水柱は天高くそびえ立つような、そのあまりの大きさも相まって、爆心地より遠く離れた海域にいる駆逐艦からでもハッキリと視認できたほどだった。

 

 

 

 

 

3時間後……

タンカー甲板上

 

「まったく……私が苦労してほとんど新品同様の状態にまで整備した機体を、たった1度の戦闘でこんな風にしやがって、あのガキめ……」

 

アリシアのお目付役であり、専属のメカニックマンである体格に恵まれた女性……マルタは、タンカーの甲板上に横たわる頭部のなくなった紅い機体の隣に立つと、その損傷具合を見て忌々しげに悪態を吐いた。

 

彼女は護衛の駆逐艦に乗り込み、つい先ほどまでタンカーから送られてくる監視カメラの映像を通して、駆逐艦のクルーたちと共に固唾を飲んでアリシアの戦いを傍観していた。

そして戦闘の終結を見届けると、彼女は船に積まれていた高速連絡艇を拝借し、駆逐艦に先んじていち早くタンカーへと辿り着いていた。

 

真っ暗な海の上で、ポツンと浮かぶ巨大な船体。

甲板には無数のライトアップが施されており、強烈な光に照らされるようにして、大破したストーカー・カスタムは深淵の中でもひときわ目立つ真紅の輝きを放っていた。

 

「チッ、あいつ……どこに行きやがった?」

 

マルタは一通り機体のチェックを行った後、ストーカーの後ろ側に回り込んでコックピットを覗き込むも、その場所にパイロットであるアリシアの姿はなかった。

 

仕方なく機体の周囲を見て回ると、半分ほど進んだところで甲板の端に佇む少女の姿を見つけた。その場所はつい3時間前、ミサイルの直撃を受けたニライカナイが爆風に煽られ、海へと真っ逆さまに転落した地点に他ならなかった。

 

「おいクリムゾン! そこで何をしている?」

 

「ん……あぁマルタ、早かったね?」

 

アリシアは何やら思いつめた表情で暗い海の底を見つめていた。マルタが大声で呼びかけると、アリシアはそこでようやく彼女の存在に気づいたのか、のんびりとした様子で振り返り、元気そうに手を振った。

 

「もしかして私のこと心配してくれてた?」

 

「そんな訳あるか。お前のことなどどうでもいい、私が気になったのは寧ろあっちの方だ」

 

茶化すように喋りかけるアリシアに対し、マルタは自分の背後に横たわるストーカー・カスタムを指差してそう答えた。

 

「えぇ〜、ちょっとくらい心配してくれても良いんじゃないの? こうみえても私、1億の個人価値があるんだからね? もしも私の身に何かがあったらウルフパック的にもかなりの損失になると思うんだけど!」

 

「うるせぇ、無様に負けた奴が言い訳してんじゃないよ」

 

「うっ……! そ、それは言わないで……」

 

「いいや言うね。この負け犬が!」

 

「ぅぅ……」

 

「ケッ……最初から敵を倒せる機会なんて幾らでもあっただろうに、散々手加減して、敵を弄んだ挙句にこのザマか。ふざけんじゃないよ、お前の機体を修理する身にもなりやがれっての」

 

「ご……ごめーんね♪ あはは……」

 

端末を操作して被害額の見積もりをし始めるマルタに、アリシアはそれ以上何も言えず、ただ苦笑いを浮かべることしか出来なかった。

 

「ところでクリムゾン、1つ聞いていいか?」

 

「んー? 何?」

 

「今更だが、お前はあの青い機体にローレライと名付けていたが、そもそもローレライは川の魔物だろう? 海の敵を呼称するならセイレーンの方が相応しいんじゃないのかい?」

 

「いや、これであってるよ」

 

「そうか。まあ、呼び名など別に何でも……」

 

「ところでマルタぁ。私たちの組織の名前は"ウルフパック"なんだけどさ、その元々の意味って知ってる?」

 

ふと、アリシアはそんなことを尋ねた。

 

「そりゃ、群狼作戦でしょう? 今から100年以上も前、第二次世界大戦においてナチス・ドイツが考案した、複数の潜水艦を用いて敵輸送船を攻撃するという通商破壊戦術の1つ……だったか?」

 

「そうそれ! まあ私たちの"ウルフパック"は少数精鋭で量よりも質って感じだから、どちらかというと第二次大戦よりも潜水艦の性能が大幅に向上した冷戦期のアメリカが展開した群狼作戦の方が合ってるけどね。大規模な潜水艦隊を編成する必要がなくなって、早い話が"個々で自由に動いてね"の精神に近いものだから、集団戦法に則った本来の意味とはかけ離れたものになってるのよね」

 

「そうだな。で、それがどうした?」

 

「1つ、前々から気になっていたことがあるの」

 

やけに前のめりな様子のアリシアを見て、マルタは咄嗟に興味のない風を装ってタブレットに視線を落とし無視を決め込み始めた。しかし、アリシアは「あはっ、気になる?」「聞きたい? 聞きたいよね?」など、しつこくウザ絡みし始めた為、やがて根負けするような形で顔を上げた。

 

「ハァ、一応聞いてやろう」

 

「ありがと。それで……私たちってさぁ"ウルフパック"っていう名前の割に、何だかんだで潜水艦って持ってないじゃん。それって何か勿体なくない?」

 

「まあウチに海軍はないからな。内陸国に存在している上に、専門の設備もそれを整備できるスタッフもいないから、所有する必要性もないし……いや待て、クリムゾンお前一体何を考えている?」

 

そこで妙に生き生きとしたアリシアの様子に気づき、何だか嫌な予感がしてマルタは眉を潜めた。

 

「……いやぁ、別に何も? ただ、私たちのホームにあの機体を持って行って、ライン川に浮かべてみたいなって思って」

 

「そういうことか……だが残念なことに、あの機体はお前とオセアニア軍の手によって破壊された。あれだけのミサイルを束にしたんだ、それに駆逐艦からも見えたあの爆発……きっと海の藻屑となっていることだろうよ」

 

「それはどうかな?」

 

「何だと……?」

 

意味深なアリシアの呟きに、マルタはハッとした表情を浮かべた。

 

「まさか、奴はまだ生きているとでも?」

 

「んー、多分ね」

 

「なぜ分かる?」

 

「え、だって……私たちもう結ばれてるから」

 

「何だって?」

 

「だから、運命の赤い糸で結ばれてるから」

 

「は?」

 

意味がわからないと言った様子で疑問符を浮かべるマルタに対し、アリシアは自信たっぷりな様子でニライカナイが消えた海を見つめた。

海の上に手を伸ばし、その瞳に紅い輝きを灯す。

すると彼女の目には運命の糸にも似た赤いオーラが見えるようになり、小指に巻きついたそれは穏やかな海風に吹かれながらも、糸の先はまっすぐ海中深くへと伸びていた。

 

「待っててね。次は、ちゃんと本気出すから! 君の身も心も、次は全力で君の全てを奪いに行くから!」

 

 

 

 

 

だから、必ず生き残ってね……!

 

 

 

 

 

 

 

 

沖縄近海

深度███メートル

 

 

 

 

 

俺たちは、暗い海の中をひたすら漂っていた。

 

敵艦からのミサイル攻撃を受けた時、咄嗟に右腕と対艦ライフルを盾にして致命傷を避けつつ、爆風に抗うことなく後方へ跳躍、かなりのダメージを負いつつも爆風が良い隠れ蓑となったことで、オセアニア軍からの逃走を果たしていた。

 

水面に吹き上がった巨大な水柱は、ニライカナイが爆発したものではなく、残っていた魚雷を遠隔で起動させた際に生じたものだった。クリムゾンとの戦闘で発射管が破壊され、投棄することもできず、左肩部アーマーの中でただの重りになっていた数発の魚雷。それをアーマーごと放棄し爆破することで、敵にニライカナイの撃墜を認識させると共に、さらに機体の残骸を残すことで撃墜の信憑性を高めさせた。

 

その甲斐あってオセアニア軍の追跡もなく、俺たちは作戦海域からの離脱に成功していた。あとは沖縄に帰るだけなのだが、ここにきて新たな問題が生じていた。

 

「ユーリ、どう?」

 

『正直に申し上げますと、かなり厳しい状況です』

 

「頑張って、少しでも沖縄の近くに……」

 

『…………はい』

 

ニライカナイのメンインスラスターはその半分が破壊または放棄され、現状は右アーマーのスラスターと左脚のスクリュー、そして機体各部に配置されたサブスラスターで辛うじてスピードを補っている程度だった。

 

様々な問題から、超空洞膜を用いた高速潜行は使用不能。水中行動の際、水の抵抗を減らすために機体の上半身を覆い2枚1組となる両肩のアーマーは、その片側が失われたことで機能せず。さらに機体のパワーダウンにより、スクリューの回転数がなかなか上がらない状態に陥っていた。

 

現在、ニライカナイの航行速度は9から11ノットほど、キロメートルに換算すると時速20キロがやっとという程だった。

超空洞技術の部分導入により、水中での鬼ごっこでは誰にも負けることはないと言われていたニライカナイが、もはや自転車並みの速度しか出せていないのだ。

 

問題はそれだけではない。

俺は今、頭に網膜投影用のヘッドセットを装着している為、コックピット内部の様子は見えていないのだが……つい先程から、自分の足元が恐ろしい程に冷たくなっていることに気づいていた。

 

機体内部への浸水が始まっているのだ。

海水が損傷箇所から機体内部へと侵入し、その分だけ機体が重くなる。コックピットへの浸水は、ユーリがブロックと機体を隔てる空間へ水に反応して固まる性質を持った特殊なジェルを流し込むことで、今のところ最小限にとどまっているものの、あくまでも応急処置であるため長くはもたなかった。

 

俺の隣では、ユーリが暗闇の中で目を青く光らせていた。一見すると何もしていないように見えるが、ユーリのタスクデータを確認すると何やら膨大な数の処理作業をおこなっているのが分かった。ざっと見た限りだと、機能停止に陥った回路を別の回路へと移し替えたりだとか、余計なエネルギーの消耗に繋がる機能をカットし、その分を生命維持と航行能力に充てたり、さらに付近の海流データから一分一秒でも早く沖縄に辿り着くことができるルートを構築するなど、持てる全ての力を使って問題の解決を試みているのが分かった。

それに対し、俺はユーリの頑張りを信じて、ただ彼女が示してくれた沖縄への帰路に従って機体の舵を切り続けることしかできなかった。

 

沖縄本島まで残り1000キロ程。

途方もない距離だが、RLFの緊急作戦規定により那覇港から漁師に偽装した救助隊が出動していることだろう。この近くに工作艦……いや、小型漁船の1隻さえ近づいてくれれば、ユーリはそれを感知することができる。そうすれば後は曳航して貰い、ニライカナイ共々、俺もユーリも沖縄に帰ることができるはずだ。

 

僅かな希望を胸に、操縦桿を握り続ける。

それから、さらに数十時間が経過した。

 

「……?」

 

何の前触れもなく、その時は訪れた。

突然、握っていた操縦桿の効きが鈍くなったかと思うと、スクリューの回転速度が急激に減少し、スラスターはまるで息が抜けてしまったかのように噴出を止めてしまった。その他の補助推進装置に関しても、1つ……また1つと次々に機能を停止していく……

 

「ユーリ……?」

 

『……申し訳ありません、マスター。最前を尽くしたつもりですが、どうやらここまでのようです』

 

やがてスクリューの回転が完全に停止した。

その瞬間、ニライカナイのジェネレーターが完全に停止し、視界が失われると共にコックピットは完全な暗闇に包まれてしまう。

 

その直後、非常電源が作動しコックピット内部に小さな光が生まれる。網膜投影された俺の視界の中では、レトロなテーブルランプを持ったユーリの姿が出現していた。

 

『残ったエネルギーを全て生命維持装置に割り振ります。さらにコックピットをコールドスリープ状態へと移行させることで、可能な限り長時間の生存を図ります。予想される生存可能時間は、酸素残量の消費速度から逆算し約5日と14時間ほどとなります』

 

「そっか……それまでに回収されなければ、少なくとも俺は終わりってことね」

 

小さく息を吐き、操縦桿から手を離した。

 

『マスター、このような結果になり……』

 

「いや、謝らなくていいよ。全部俺が未熟だったのがいけない、俺がもっとニライカナイの力を上手く扱えてさえいればこんな事にはならなかった。それに戦いに身を置いている以上、いつかこうなるのは……まあ、何となく分かってた」

 

『…………』

 

ユーリは俺のことをジッと見つめていた。

何か言いたげな様子ではあったが無言をつらぬき、テーブルランプをその場に置くと、どこからともなくカクテルとは別の薬品が収められた圧縮式注射器を取り出した。

 

ユーリの目配せに手招きをしてあげると、彼女は俺の右側に回り込んで首筋に注射器を打ち込んだ。薬品の正体は睡眠導入剤かなにかなのだろう、緊張が解け、心臓の鼓動が弱まり、少しずつ頭が重くなっていく……

 

『マスター、今は眠って下さい』

 

ユーリの小さな掌が俺の目元に近づく。

反射的に目を閉じ、体から力を抜いた。

 

ミシリ……ミシリ……

慣性航行が停止したことで、機体が沈降を始めたのだろう。薄れゆく意識の中で、少しずつ機体にかかる水圧が強まっていく気配を感じた。

 

『何も心配する必要はありません。コックピットの耐圧能力は正常に作動しています、そして我々がいるこの場所は比較的浅い海なので、理論上では着底しても爆縮が起きるようなことはありません……』

 

ユーリが安心させようと語りかけてくれるが、実のところ俺はそこまで怖くはなかった。数十時間にも及ぶ潜航の末に覚悟が決まっていたというのもあるが、よくよく思い返せば俺の命はとっくの昔に……幼い頃、夜の海に落ちたあの日、既に喪われていたはずだったのだ。

 

ここまで生きてこれただけでも奇跡なのだ。

『海』この地球上に存在する全ての生命の源であり、美しさと厳しさが入り混じった混沌の世界。そして奇跡を齎し、俺を生かしてくれたこの場所へ、ついに命を返す時が来たのかもしれない。

 

「…………ねえ、ユーリ」

 

『はい』

 

「……俺は、誰かの役に立てたかな……?」

 

『はい。マスターの活躍によって沖縄を実行支配するオセアニア軍の活動は大きく制限され、兵の士気を低下させると共に、勢力の拡大を停止せざるを得ない状況に追い込んだものと思われます。さらに、ニライカナイの実戦データはRLFでの更なる戦力の増強に多大な貢献を……』

 

そこまで言いかけたところで、まるで息を呑んだようにユーリは口を噤んでしまった。俺は彼女が正直に答えてくれたことに感謝しつつ、満足したように笑みを浮かべてみせた。

 

「そっか……教えてくれて、ありがと…………」

最後にそれだけ言って、俺は意識を失った。

 

『マスター』

 

死んだように眠るライを前に、ただ一人暗闇の中に残される形となったユーリは、そこで何を思ったのか彼の背後に回り込むと、その首元に腕を回して後ろから抱きしめるかの如く身を寄せた。

 

『マスター、貴方は1人ではありません』

 

そして、彼女は彼の耳元でそう囁く。

 

『暗い海の底にひとりっきりは、さぞお辛いことでしょう……貴方も、そして私自身も。これが、機械である私に与えられた最後の役割。マスター、どこまでもお供致します。そして貴方と出逢えたこと、最後の時を過ごすことが出来ること、心から嬉しく思います』

 

ライの髪を愛おしげに撫で、首元に顔を埋めるようにして、彼の背中でユーリはゆっくと瞼を閉じた。

 

『マスターの行き着く先、それが例えニライカナイ……根の国、ヒトの命が行き着く先であろうと。機械である私は壊れるだけで、貴方と同じ場所に一緒に行くことは出来ません……ですが貴方の中にある私の心、そして記憶だけは永遠に貴方と共に在り続けます……だから』

 

 

 

おやすみなさい

 

 

 

ニライカナイが沈む。

暗く、深い、深淵に包まれた海の底へと……

やがてランプに灯された小さな火が、フッと暗闇の中に消えた。

 

 

 

 

 

第12話:深淵ーネノクニー

END




MIA:喜舎場ライ(享年17歳)、I−LeS"ユーリ"

【エピローグ】
この後、オセアニア軍が展開した反体制勢力への掃討作戦により、沖縄の各地に潜伏していたレジスタンス組織は圧倒的な軍事力を前に次々と炙り出され、ことごとく散っていった。
それはRLFも同様であり、ただ1人の生存者を残して組織は壊滅。それと同時に沖縄で開発されたAMAIM"ニライカナイ"の情報、及びその戦闘データはオセアニア軍の襲撃に際して全損。そこに残されていた"ライ"と"ユーリ"の生きた記憶諸共、無残にも灰燼に帰してしまうのだった。

しかし、沖縄における反抗の芽は完全に潰えた訳ではなかった。かつて反戦の歌で溢れかえり、そこに住まう人々が平和を享受していたこの島は、海の外から来る"敵"の『理不尽な悪意』を学んだことで憎悪に駆られ、さらに大勢の人々が武力を欲して行動を開始した。

琉球処分、沖縄戦、そしてオセアニア軍の統治下にある現状。何世代にも渡って他者からの憎しみに耐え続け、それでもなお他者のことを信じ続けようとした沖縄の民は、三度裏切られたことで世界に絶望した。最早、沖縄に『言葉』や『想い』だけで戦争を止められると思う者はおらず、憎悪に染まった島に反戦の歌が響き渡ることはなかった。
→『境界戦機 極鋼ノ装鬼』へ続く……






あるいは、別の結末があったのかもしれない
→第12話:深淵ーBルートー


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:深淵ーBルートー

第12話の結末が2つのルートに分けられているのは、極鋼ノ装鬼での物語と本作の物語で極力矛盾が発生しないようにしようという判断からです。これならオリジナルの流れとIFストーリーどちらの物語も作れるので、たまにはこういうノベルゲーみたいなのも良いかなと。

それで本作『最果てのニライカナイ』は第12話をもちまして一旦ゴールインとさせていただきます。ここまでお付き合い頂きありがとうございました。続きのプラン(おまけの後日談)もありますが、それはまた機を見計らって少しずつ書いていきたいと思います。

それと今日、8月10より待望の『極鋼ノ装鬼』がスタートします!
楽しみですね! どんな物語になるか非常に興味深いです!
あと当作の出来次第では、おまけの後日談の執筆モチベも上がると思うので、是非私の執筆欲をくすぐる素晴らしい作品になってくれる事を願います!

それでは、続きをどうぞ……


 

『マスター、今は眠って下さい』

 

ユーリの小さな掌が俺の目元に近づく。

反射的に目を閉じ、体から力を抜いた。

 

ミシリ……ミシリ……

慣性航行が停止したことで、機体が沈降を始めたのだろう。薄れゆく意識の中で、少しずつ機体にかかる水圧が強まっていく気配を感じた。

 

『何も心配する必要はありません。コックピットの耐圧能力は正常に作動しています、そして我々がいるこの場所は比較的浅い海なので、理論上では着底しても爆縮が起きるようなことはありません……』

 

ユーリが安心させようと語りかけてくれるが、実のところ俺はそこまで怖くはなかった。数十時間にも及ぶ潜航の末に覚悟が決まっていたというのもあるが、よくよく思い返せば俺の命はとっくの昔に……幼い頃、夜の海に落ちたあの日、既に喪われていたはずだったのだ。

 

ここまで生きてこれただけでも奇跡なのだ。

『海』この地球上に存在する全ての生命の源であり、美しさと厳しさが入り混じった混沌の世界。そして奇跡を齎し、俺を生かしてくれたこの場所へ、ついに命を返す時が来たのかもしれない。

 

「…………ねえ、ユーリ」

 

『はい』

 

「……俺は、誰かの役に立てたかな……?」

 

『はい。マスターの活躍によって沖縄を実行支配するオセアニア軍の活動は大きく制限され、兵の士気を低下させると共に、勢力の拡大を停止せざるを得ない状況に追い込んだものと思われます』

 

そこで、彼女はもう1つだけ言葉を付け足した。

 

『ただ、戦況を大きく好転させるには至らなかったかと……』

 

「そっか……」

 

その言葉に、俺は思わず苦笑いを浮かべた。

つまり彼女は「まだ我々は何も成し遂げていない、だからまだ終わるわけにはいかない」……恐らくそう言いたいのだろう。俺は彼女が正直に答えてくれたことに感謝しつつ、まるで鉛が詰まったように重い頭を振って考えた。

 

そうだ、俺はまた何も成し遂げていない。

ならばせめて、最後まで抗ってみようじゃないか!

 

「ねえユーリ、眠る前に少しだけ体を動かしたい。だからシートベルトをはずしてくれないかな?」

 

『分かりました』

 

俺がそう言うとユーリは小さくうなずいて網膜投影を解除してくれた、まもなく現実世界のコックピットの中へと意識が舞い戻る。体を固定していたベルトが外され、自由の身となった俺はシートに座ったまま小さく背伸びをした。

 

薄暗いコックピットの中、足元は損傷箇所から侵入してきた海水によって小さな水たまりが出来ていた。俺がシートから降りると、水のはねる音が閉鎖空間の中に冷たく響き渡った。

 

「ありがと、ユーリ」

 

『いえ』

 

コックピット内のスピーカーからユーリの声が響き渡った。姿は見えずとも、彼女は俺のすぐ近くにいるのだろう。

 

「そして、ごめんね」

 

『……?』

 

そして小さく謝罪した後、俺はユーリに止められるよりも早く……シートの背中側に取り付けられたハッチを開け、その中に収められたAIユニットを素早く取り出した。

 

取り出した金属製の箱を両手に抱える。

これがユーリの本当の姿であり、そしてニライカナイのありとあらゆる情報が集約されたブラックボックスである。腕にズシリとくる重さだが、人間ほどの重さはない。

 

『マスター、何を……!?』

 

ニライカナイとの接続が切れたことで、コックピットのスピーカーからユーリの声が聞こえなくなる。代わりに、ユニットに内蔵されたスピーカーからユーリの声が聞こえてきた。

 

その声に構うことなく、俺はダッシュボードを開けて中から防水ダクトテープと携帯型救難ビーコンを取り出すと、AIユニットの側面にビーコンを取り付けテープでぐるぐる巻きにする。

 

『マスター、まさか……?』

 

「君を海の藻屑にするわけにはいかない」

 

テープを破るビリっとした音と共にそう告げる。

次に、開けっ放しのダッシュボードから救命胴衣を取り出す。水圧を感知すると膨らむタイプのもので、そこから伸びるハーネスをユニットにきつく縛りつけ、最後は波に攫われてしまわないようダクトテープで救命胴衣の背中側にしっかりと固定した。

 

「今の沖縄にはユーリの力が必要だ。いなくなるのは俺1人でいい、君だけはどうか、生きていて欲しい……」

 

『マスター、おやめください』

 

「俺の分まで沖縄を頼んだ、どうかあの島に……かつての平和が訪れますように」

 

『マスター……!』

 

ユーリの叫びを聞きながら、俺は箱の電源を切った。AIユニットの発光が収まり、スピーカーから彼女の声が聞こえなくなる。ユーリの存在感が消え失せ、暗闇と静寂に包まれたコックピットの中はやけに恐ろしく感じた。

 

四角い箱の中で、ユーリは深い眠りに落ちた。

その箱を抱きしめながら、俺は足元の緊急レバーへと手を伸ばす。これを引いた瞬間、コックピットハッチが強制的に開き、瞬く間に大量の水が押し寄せてくることだろう。

 

しかし、AIユニットに救命胴衣を固定することごできたため、海中で浮力を得た箱は上昇、やがて海面へと辿り着くことだろう。あとは先ほど結びつけたビーコンが作動し、ユーリが漂う正確な位置をRLFのメンバーへと送ることができる。

 

ただし、ビーコンの信号はオセアニア軍からも探知される可能性があった。もし彼らがRLFのメンバーよりも先にユーリを回収するようなことがあれば、最悪のケースとしてユーリの能力が解析され、さらにRLFの情報が彼らに漏れてしまう恐れがあった。

 

他にも、波の影響で救命胴衣との固定が外れて箱が沈んでしまう恐れや、そもそも救命胴衣がちゃんと役目を果たしてくれるのだとか、一応電源は切ったものの海水に浸かることでユニットがショートを引き起こし内部のデータが破壊される恐れもあるなど……考えられるリスクを上げればキリがなかった。

 

だが、少しでも仲間が洋上に漂う彼女の姿を見つけてくれる可能性があるのなら……いや、彼女だけは生き延びられる可能性があるのなら、俺はその僅かな可能性に賭けてみることにした。

 

だが、俺は……

 

海面までおおよそ数百メートル。コックピットに水が入り込んできた時点で、今までロクに潜水の訓練を受けていなかった俺など、水圧の影響により恐らく死ぬだろう。命からがら海面に辿り着けたとしても急激な圧力の変化でどうなるか分かったものではないし、憔悴しきった状態での漂流など耐えられる訳がなかった。

 

だが迷っている暇はなかった。こうしているうちに、ニライカナイは少しずつ沈んでしまっているのだ。ユーリを素早く海面に送り届けるのに、決断は早いに越したことはなかった。

 

「よし……」

 

意を決してビーコンの先端を捻りスイッチを入れると、コックピット内部がビーコンから発せられる黄色い光に包まれた。救難信号は海中からではRLFに届かないが、海面に辿り着きさえすれば正常に機能するだろう。

 

続いて、足元の緊急レバーをぐっと握りしめる。

怯えや恐怖はなかった。恐らく、先ほどユーリが打ってくれた薬品の影響だろう、これから死にゆくというのに、心の中は不思議なほど晴れ晴れとしていた。

 

「今までありがとう、ユーリといられて楽しかったよ」

 

胸に抱いた箱に向かって最後にそう告げ、俺は緊急レバーを勢いよく引き上げ……

 

 

「……?」

 

 

その時だった。

どこからともなく、静寂に包まれたコックピットの中に何者かの声が響き渡った。無論、俺の声でもなければユーリの声でもない、けれど俺にとってとても聞き馴染みのある謎の声。

 

やがて、外から差し込んできた光でコックピットの中が僅かに明るくなった。いや違う、見るとニライカナイの視界が部分的に回復したのか、メインカメラから送られてくる水中の映像がディスプレイ上に表示されているのではないか。

 

どこまでも続く暗い海の中、その中央に一筋の光が見えた。それは徐々にこちらへと接近し、やがて光の正体が露わとなった。

 

「あれは……」

 

それは一頭のイルカだった。しかし、皮膚はなめらかな純白、背びれは丸みを帯びた通常のそれではなく、天使の羽を彷彿とさせる巨大な白い翼となっていた。

 

それは水中を優雅に羽ばたきながら、力強いドルフィンキックによる驚異的な機動力を発揮して海中を進んでいる。もはや爆発的と呼んでも良い2つの推進手段を用いてあっという間に俺の前へと辿り着くと、それはコックピットの中を覗き込むようにこちらを見つめてきた。

 

その特徴的な姿と様子を見て、俺はこの個体が、幼い頃に出会った白いイルカと同一であると確信した。

 

「まさか、こんなところで……本当に……?」

 

思わず呆然としながらその姿に魅入ってしまっていると、白いイルカはまるで俺の無事を確認し、安堵したかのように小さく笑った……いや、少なくとも俺には笑ったように見えた。

 

時間にして、僅か十数秒程のことだった。

そのうち、白いイルカは満足したように目の前でゆっくりと反転し、そして暗闇の中に向かってまた泳ぎ始めた。

 

「待って、君は……!」

 

思わず、ディスプレイの中の白いイルカに向かって手を伸ばす。だが泳ぐ速度は驚異的で、あっという間に見えなくなってしまった。

 

「うわっ!?」

 

その直後、機体が激しく揺さぶられる。

突如として発生した強烈な水流がニライカナイを包み込み、機体を大きく押し上げる。そのあまりの勢いに、俺はユーリを抱えたまま必死になってシートにしがみつくことしか出来なかった。

 

どうすることもできず、水流に流されるまま……

やがて俺の意識は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

ーーーーー

 

 

 

 

午前6時13分

???

 

 

「…………こ、ここは……?」

 

足元の冷たさ、どこからともなくコックピットに差し込む光、遠くから聞こえてくる力強い波の音に、俺はゆっくりと意識を取り戻した。

 

「一体、何が……?」

 

朧げな意識のまま、状況を確認すべくコックピットハッチを開け、転がるように外へと這い出る。落ちた先は砂浜だったこともあり、体への衝撃は比較的軽微だった。久しぶりの地面に、まるで生まれたての子鹿の如くフラフラと両手両膝をつきつつも、力の入らない全身を無理やり言い聞かせて何とか身を起こす。

 

そして、辺りを見回す。

暖かい潮風、柔らかい砂、押し寄せる波の音。

夜明け前のうっすらとした世界の中で、うっそうと生い茂る緑の木々が目の前に広がっていた。

 

ここは島だった。

どこかは分からない、今のところ人の気配もない、だが馴染みのある雰囲気から沖縄のどこかであることだけは分かった。

 

背後を振り返ると、そこには浜辺に打ち上げられたニライカナイの姿。大破し、機能停止に陥った青い機体の半身は海中に沈んでおり、上半身だけが露わとなっている。

 

その時、水平線の向こうに強い光を感じた。

日の出により、世界は暁の色に染まる。

海の風は暖かさが増し、海面は神々しく輝き、ボロボロのニライカナイを、打ち寄せる白波を、どこまでも広がる砂浜を、暗い木々を細部まで明るく照らし出す。

 

「俺、なんで……生きてるんだろ?」

 

しばらくの間、ぼーっと日の出を見つめていると、ふと少し前まで冷たく暗い海の底にいた事を思い出し身震いした。そして命からがら助かったという事実に心の底から安堵しつつも、同時にどうして助かったのかを自問自答する。

 

「まさか……また、助けてくれた……?」

 

しかし、状況的に考えて思い至るのはやはり白いイルカのことだった。まさか1度までのみならず、同じイルカに2度も助けられることになるとは……奇妙な偶然と奇跡があったものだと、俺は心に暖かいものを感じるのだった。

 

「ありがとう、俺を助けてくれて……君は俺に生きろって言いたいんだね。俺はまだ、ここにいてもいいんだね……?」

 

そう思うと共に、俺の心に1つの決意が生まれた。あの神秘的な白イルカが生息する、美しい沖縄の海を守るという決意であり目標、そして役割が。

 

だからこそ、俺たちはなんとしてもこの戦争に勝たなくちゃならない。オセアニア軍は今こうしている内にも沖縄の自然を汚している。そして、それは海に関しても同様だ。

 

これ以上、好き勝手させるものか……ッ!

 

そう思い立った俺は、浜辺に力なく横たわるニライカナイの姿を見つめた。日の出特有の鋭い陽光を受け、メインカメラのモスグリーンがほんの一瞬だけ、力強い輝きを放ったように見えた。

 

 

 

第12話:深淵ーブライトー

END




【エピローグ】
開発コード MAILeS"ニライカナイ"
島国である沖縄での運用を想定して作られた、世界初の水陸両用・可変型AMAIM。しかし、この機体が日本のAMAIM開発史に名を残すことはなかった。

なぜならこの後、沖縄は日本より独立
武装国家"龍縄"としての道を歩むこととなるからだ。

元RLFのリーダーである仲宗根キョウヤを国家元首とし、反戦の歌よりも武力を求める民衆の支持もあって、それから1年の歳月をかけて大がかりな武装化が施されることとなった。やがて沖縄は数百機にも及ぶ量産型ニライカナイの群れに守られた、巨大な海の要塞へと変貌。そしてその勢力は、日本の九州にまで及ぼうとしていたのだった…
境界戦機外伝『最果てのニライカナイ』ー完ー


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。