陰キャがチート転生者になったからって、モテるわけじゃないと俺は学んだ。 (暁刀魚)
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陰キャチート非モテ転生者(表)

陰キャ非モテ転生者がチートで世界を救ってモテない話。
全3話。


 俺は転生するよりずっと前、現代で平和なオタクをしていた頃。

 転生さえすればチートでハーレムになるとそう思っていた。

 今の自分は何もできないが、チートさえあれば何でもできるようになる。だからそんななんでもできる俺は周囲にフラグを立てまくって、ハーレムを形成するとそう思っていたのだ。

 

 まぁ、現実はそこまで甘くはなかったのだけれど。

 

 俺は今から十年前、異世界に転生した。よくある死に方で気が付いたら明らかに現代じゃない森林の中に飛ばされていたのである。そこではステータスと口に出せばステータスが出現し、俺は『経験値取得効率十倍』というスキルを取得していた。

 そこからは、なんとかかんとか周囲にいたモンスターを狩って力をつけて、色々なスキルを手に入れながらおよそ一年かけてレベルをカンストさせたのである。

 

 そうして意気揚々と俺は外の世界に飛び出した。

 これから俺のチートハーレム生活が始まるのだと夢を見て。

 

 そして、すぐにその夢は打ち砕かれた。

 

 俺は森林を飛び出してすぐ、モンスターに襲われている高貴な見た目の美少女を見つけた。当然これを助けることを決意、モンスターを撃退したのだが――

 

 

 ――その少女から、悲鳴を上げられて逃げられてしまった。

 

 

 原因は単純だった。

 一年もの間人の目のない状態で生きていた俺は、はっきり言って見た目がモンスターか浮浪者かと言わんばかりになってしまっていたのである。

 そりゃあモンスターがモンスターを攻撃したとしか美少女も思わないだろう。

 俺は心を入れ替えて、見た目を整えてから人里へ降りた。

 

 そこで俺は冒険者になった。

 

 異世界によくある冒険者ギルドで、ランク制のよくある冒険者制度である。

 俺はそこで、俺の見た目から実力を侮ったチンピラ冒険者を相手にTUEEしたり、どう考えてもランク詐欺なクソ依頼を実力でねじ伏せたりと、テンプレ展開を踏みながらランクを上げていった。

 

 しかし、女性との出会いは起こらなかった。

 

 原因は二つ。冒険者と言うのは普通、どこかの“派閥”に所属するものらしいというのを、俺は一人でAランク――一流と呼ばれるランクに到達してから知った。

 派閥の中で、先輩に指導を受けながらコネクションを作り、派閥の中で推薦を受けることで冒険者というのはランクを上げていくらしい。

 依頼達成の実績だけでAランクに到達するということは普通ではなく――俺がそこに至るころには、俺を派閥に組み込もうという派閥はいなくなっていた。

 俺は孤高のソロ冒険者とみなされていたのである。

 

 もう一つは、パーティを組めなかったこと。

 先程の派閥もそうだが、冒険者というのは徒党を組むのが常識らしい。冒険者というのは基本、一人で何でもこなせるわけじゃない。特に長旅になれば夜は複数人で見張りをローテーションしなければ安心して休むことはできないわけで。

 その点俺の場合は、あまりにも強すぎたために一人で何でもこなすことができ、長旅でも安心して眠れるチートスキルをいくつか所有していた。

 俺がお世話になっているギルドのギルド長いわく、「足手まといをパーティとは言わない」だそうで。

 

 かくして孤高のままに冒険者の頂点――Sランクに到達してしまった俺に、今更絡んでくる冒険者などいるはずもなく。

 俺に残された選択肢は、「自分が派閥を作る」以外なくなっていた。

 だが、それは無茶な話だ。

 

 考えて見てほしいのだが、そういう何かしらの集団のリーダーになれる人間は相応に行動力が備わっている。対して俺はどこにでもいる受け身なオタクそのもの。

 ただでさえコミュ力に乏しいのに、普段から責任を負いたくない。ほどほどに認められて一目置かれているのが理想。くらいに物事を考えていては上に立つなんて夢のまた夢の話である。

 第一、現代にいた頃も社会人としてまだまだ若造で、部下を持つような立場に立ったことすらなかったというのに。

 

 結局冒険者となって俺が得たものは、冒険者の頂点としてのSランクの称号と――何かと俺に世話を焼いてくれる親切なギルド長のおっさんとの親交くらいなものだった。

 人付き合いが苦手な俺にとって、変に俺のことを持ち上げたりも、貶したりもせず。こなした依頼に対してねぎらいの言葉をかけてくれる気さくなおっさんというのは、接していて疲れない理想の相手だったのである。

 特に持ち上げないこと。陰キャオタクは自己評価が死んでいるので、変に褒められてもそれを素直に受け止められないのだ。適当に冗談でも飛ばしながら、やるじゃねぇかとひとことかけてくれるくらいが一番安心するのである。

 

 

 ともかく、冒険者になってチートハーレム生活という俺の目論見は失敗に終わった。

 

 

 地位と安定した収入を手にした俺の次なるハーレム計画は、俺の言うことに何でも従ってくれる存在を手に入れることであった。

 すなわち、奴隷である。

 異世界モノにおいて、奴隷を買って優しくすることで奴隷が惚れる展開は王道中のど王道。

 流行り廃りこそあれ、奴隷が物語に登場すれば、十中八九ご主人さま最高ーとべた惚れになってくれること請け合いである。

 

 かくして意気揚々と奴隷商のもとへでかけた俺は――

 

 

 色々あって、奴隷を買うなんて思わなければよかったと思いながら、一人の奴隷とともに自宅へと帰ってきた。

 

 

 異世界で奴隷。

 はっきり言って、その扱いはひどいものだ。食うに困った田舎者や、生きていくに不自由な障害を負ってしまった者たちが行き着く場所。

 これが健康で、かつ見た目がよければそもそも奴隷なんてものにはならないのだ。

 男であればそれ相応に働き口が見つかるし、女性だって売られる先は奴隷商ではなく娼館だろう。娼館に売られることが幸福かはさておいて、少なくとも衛生環境は天と地の差である。

 

 奴隷商売は犯罪ではない。だが、はっきり言って褒められた商売でもないというのがこの世界の常識。俺もそれは解っていたはずなのだが――困ったことに、自覚が足りなかったのだ。

 そして何より、Sランクの冒険者と言うのは有り体に言って英雄である。

 そんなヤツがいきなり奴隷商のもとを訪れた結果――盛大に警戒されてしまった。しかもその警戒は正しいもので、連中は正規の方法で購入した奴隷だけでなく誘拐などを使った違法な方法で奴隷を手に入れていたものだから、俺はそれを解決せざるを得なくなった。

 

 結果奴隷商にとらわれていた奴隷は解放され、実家に戻されたりもっと別の、まぁクリーンな奴隷商に引き渡されたりした。

 結果、一人残された売れ残りを、俺が保護することになったというのが事の経緯。

 

 幸いなことに彼女は女性で、見た目だって悪くはない。俺のことを盛大に警戒していて、多少優しくしたって心を開いてくれるわけじゃないということを除けば俺の理想の奴隷に違いはなかった。

 だが、俺は勘違いしていたのだ。

 奴隷になるということは、それだけ心に疵を負っているということで。

 ちょっと優しくしたくらいじゃ、そうそう心なんて開いてくれないということを。

 何より、俺は陰キャでオタク。優しく傷ついた相手の心を開くコミュニケーション能力なんて、これっぽっちも有してはいなかったということを。

 

 結局俺は、その奴隷といい感じの関係になることはできなかった。

 完全に主人と奴隷――というよりは、奉公に来ている召使いに対する対応の仕方しかできなかった。これでは完全に俺たちは仕事上の関係……もしくは雇用関係としか表現できない関係である。

 そんな状態が五年は続いて――そして、奴隷が売られた時に支払われた金額を稼ぎ終わった時、俺たちの雇用関係は終了した。

 ああ、なんというか、俺の五年は何だったのだろうとそう思わざる得ないくらいにお互いドライなまま、俺たちの関係はそこで打ち切られたのである。

 

 普通に冒険者になるだけではダメ。

 奴隷を買ってご主人さま好き好き作戦もダメ。

 ここまで来ても、俺はまだ異世界ハーレムを諦めきれなかった。当時年齢にして二十歳(転生時に若返ったため死ぬ前より若い状態だが、精神的には四十そこらのおっさんだ)。この世界においては結婚適齢期とされる年齢である。

 

 次に俺が目をつけたのは、異世界特有の“人外少女”というやつだ。

 普通の人間とは、縁がなかった。というか、どう考えてもあそこで奴隷の彼女をモノにできない時点で致命的に人に対しての恋愛は俺に向いていない。

 とくれば、次は人ではない少女との恋愛に賭けるしかないのが俺という男だ。

 

 勝算はあった。この世界の人外少女は、人間とは異なる価値観で生きている。だからそれに対して理解を示せば人外少女は俺に興味をもってくれるだろうという目算があった。

 そして、その目算は決して間違ってはいなかったのである。

 

 俺は精霊と呼ばれる存在と知己になった。この世界の“魔技”と呼ばれる超常現象を司る人ならざる存在で、精霊が害されるとこの世界の秩序も乱れるというなかなかに凄い存在だ。

 精霊を狙う連中から、俺は精霊を守り信頼を得ることができた。精霊の中にはとびきり見た目のいい美少女もいて、俺はそこに光明を見たのである。

 

 

 ――が、その光明は即座に途絶えてしまった。

 

 

 この世界の人外少女は、本当に人とは違う価値観で生きていたのである。なにせ恋愛という概念が彼女たちにはない。俺を慕ってこそくれるものの、明らかにそれは子供が大人に懐くようなそれである。

 ギルド長のおっさんの娘が俺を慕ってくれるみたいな、そういうアレだ。一般的にそういうのは恋愛にカウントしない。

 

 その後も、悪魔娘、天使娘、はたまたドラゴン娘なんて存在を助けたりしたが、その全てにおいて恋愛という概念は存在していなかった。俺はあくまで、頼れるヒト族の男という認識にとどまったのである。

 果ては魔王の娘なんて奴にもであったが、残念ながら俺は魔王を討伐した男だったので親の仇に惚れる娘なんているはずもなかった。

 

 こうして、俺は人外少女とすらも恋愛関係になることができなかった。

 この時俺は二十五歳。一般的に「婚期を逃した」年齢である。

 

 もはやまともに恋愛なんて無理。

 このまま前世と同じく、一人で寂しく生きて行くしか無いのだと悟った。

 

 陰キャがチート転生者になったからって、モテるわけじゃないと俺は学んだのだ――



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陰キャチート非モテ転生者(裏)

 大賢者ユイト。

 その男は世間からそう呼ばれている。

 Sランク冒険者にして、救世の英雄。この世界に混乱をもたらした魔王を討伐した賢者であり、一人でこの世界のパワーバランスを崩すと言われるとんでもない存在だ。

 

 そんな彼には、ある特性が存在した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()のである。冒険者として登録し、Sランクという地位を手にしているもののそれはあくまで単独での依頼達成の成果であり、決して派閥の推薦や政治的な理由でその地位を手に入れたわけではない。

 

 ただただ純粋に強かったから、冒険者の頂点にまでたどり着いた。

 そんなこの世界の歴史を紐解いても例を見ない、特異な立場の人間だった。

 

 もちろん、それほどの強者ならば自分の派閥に組み込んで他の派閥との勢力争いに利用したいと考えるものは大勢いる。

 だが、それができなかった理由が二つあった。

 ユイトが印象に残らない顔をしていたからだ。どことなくぼんやりとしていて、のっぺりした顔立ちのユイトはとにかくこの世界では目立たない。

 見た目が極端に悪い訳では無いが、この世界の美的センスからすればイケメンと認識されることは絶対にない顔立ちをしていた。――無論、その価値観は現代にも言えるのだが。

 

 だから、ユイトがユイトであると派閥の人間は認識できなかった。実際に相対してみると、噂される実力に反して『平凡』という印象を抱くのもよくなかった。

 そうこうしているうちに、ユイトは単独でのAランク到達という今まで誰も成し遂げなかった偉業を達成し、派閥の“下”に組み込むことが不可能となった。

 派閥がユイトを取り込む方法は二つ。派閥ごとユイトの下について頭を垂れるか、ユイトを完全に対等な“身内”として取り込んでしまうかの二択である。

 

 前者は論外だ。そんなことができるプライドの低さなら、自由を名目として謳う冒険者家業で、派閥による勢力争いなど発生していない。

 後者に関しては、方法としては“アリ”な選択肢だった。身内として取り込むということは、ユイトと恋仲、もしくは夫婦になることで既成事実を作るということ。

 名目上、派閥は相互扶助の集団である。そこに情を理由に参加しても建前上それを咎めることは不可能だ。

 

 だが、残念ながらこれも失敗に終わった。

 有り体に言ってその方法はハニートラップである。ユイトは生粋の陰キャオタクだった。いきなり美人な女性に言い寄られて、それを素直に受け取ることができなかったのである。

 彼にとって女性との出会いは、向こうからいいよって来るものではなく、窮地を助けたことによる吊り橋効果などで、「フラグ」が立つことを言う。

 

 オタクというのは厄介なもので、自分に都合の良い女性との出会いを恋愛と考える傾向があり、残念ながらユイトもその例から漏れなかった。

 というより、対人関係において地の底以下の自己評価であるユイトにとって、女性にチヤホヤされるということがいまいち現実として受け入れ難かったのである。

 きっと彼女たちは自分を利用するつもりなんだ、そう考えて“出会い”にカウントすらしないのは、いっそもはや女性に対して関わる気があるのかというレベルだ。

 

 ――まぁ、実際ユイトの考えは当たっているのだが。

 

 ともかく、冒険者が派閥にユイトを取り込むことは失敗した。せめてユイトが自分で派閥を作ると言い出せば、スパイを送り込むこともできただろうが孤高をヨシとする――ようにしか周りに見えなかった――ユイトは派閥を作ることもなかった。

 そのままSランク――世界的な英雄に与えられる称号、一般的に冒険者とは隔絶した地位にあるとされる――の称号を与えられ、冒険者はユイトを諦めざるを得なくなった。

 

 そして、そこで代わるように現れるのが「国」である。

 当たり前といえば当たり前だが、個人で世界のパワーバランスを左右できる存在は危険だ。排除するか、自分の勢力に取り込むかの二択を国は判断しなくてはならない。

 そして残念ながら前者は不可能だった。それだけユイトが強かったのである。世界に混乱をもたらす魔王が二人に増えても困るだけ。

 世界の各国はユイトを自国に取り込むべく動き出した。

 

 

 ――が、概ね冒険者派閥と同じ理由で失敗した。

 

 

 そんな時である。

 ユイトがとある犯罪組織を攻撃したのは。

 その組織は、奴隷販売、薬物販売、他にも様々な犯罪を手広く行う言ってしまえばこの世界の「癌」のような存在だった。しかし古い歴史を持つその組織は国の中枢にも浸透しており、百害あって一利すらない存在でありながら排除は実質不可能と言っていい存在だった。

 それを攻撃できるのは、どことも繋がりを持たないクリーンな存在であるユイトだけ。

 

 しかしなぜ、いきなりこの時期に?

 不思議に思いながらも各国は考えた、「ユイトは生粋の善玉である」と。それまで多くの政治的なアプローチを退けてきたのも、ユイトが潔癖なまでの善性を有していたのだとすれば納得がいく。

 犯罪組織への攻撃も、その一貫だとすれば当然だ。

 

 そして、ユイトと犯罪組織、二つを天秤にかけたとき国はユイトの方を選んだ。世界中にはびこって甘い蜜を吸うだけの犯罪組織と、手に入れれば世界のパワーバランスの頂点に立てる存在。どちらを選ぶかは考えるまでもないことである。

 

 かくして世界は、こぞって犯罪組織の攻撃を始めた。

 あちこちで同時多発的に起きたこの犯罪組織討伐事件は、ユイト争奪戦の様相を呈したこともあって、瞬く間に解決へと向かった。

 わけもわからないまま数百年に渡る長い歴史に幕を閉じることとなった犯罪組織には同情するが、そもそも数百年の間悪事を働いていたと考えれば、因果応報以外の何物でもなかった。

 

 こうしてユイトに対する“ご機嫌取り”は無事成功したわけだが――――

 

 

 それから五年、ユイトは拠点としている街の屋敷に引きこもり、表舞台から姿を消す事となる。

 

 

 世界中がその時、思いを一つにした。「どうして――――」と。

 

 だが、五年が経ったある時、その“引きこもり”の理由を全世界は知ることとなる。

 五年後再び表舞台に姿を見せたユイトは、精霊の里と呼ばれる場所に訪れ、そこに住まう精霊たちを助け友誼を結んだ。

 各国がその意図を測りかねているうちに、ユイトは続けざまに魔界、天界とも友誼を結ぶ。

 

 魔界と天界は、この世界を挟んで表と裏に存在する異界と呼ぶべき場所。

 互いに不干渉を是とし、人間界たるこの世界に影響を与えることはなかったが――彼らの協力を得ることは、ある大事業をなす上で必須の行為だったのだ。

 

 最後にユイトは竜の里を訪れ、こちらもまた友誼を結ぶ。そして、それを察知したかのようにこの世界に混乱をもたらす存在、『魔王』が動きだしたのだ。

 魔王。人とは異なる種族。魔族として産まれたその強大な存在は、人間の攻撃を通さなかった。

 魔王を倒すために必要なのは「精霊の涙」と「竜の鱗」。それを天使と悪魔、更には人間の魔技師が協力して錬成することのできる特別な武器が必要だった。

 

 そう、ユイトはその準備を魔王が気がつく前に終え、魔王の討伐に打って出たのだ。

 

 激しい戦いの末、魔王は敗れた。

 ユイトは名実ともにこの世界を救った賢者となり、もはやその名声は、一つの国にとどめておくことすら不可能になった。

 あの五年間の沈黙も、全ては魔王を討伐するためのもの。

 

 そう、ユイトはこの世界を救うために神が遣わした救世主であったのだ。俗事になど目もくれず、人の世の悪を砕き、秩序を取りもどす。

 彼はそのためだけに現れたのだ。

 

 彼を自分たちの勢力に取り込もうなど、あまりに身勝手な話だったのだ。

 そんなことに興味を示さないユイトの立場からすれば、あまりにも自分たちの行動は滑稽で愚かなものだっただろう。

 

 人類は反省した。

 私欲を滅し、世界を救った大賢者ユイト。

 その生き方に信仰を見出し、新たな秩序の柱として祀るのだ。ユイト自身はそれを受け入れないだろうが、そうすることこそが人類の新たな道なのだと信じて――――

 

 

 

 ――――それから少しして、ユイトが拠点としている街のギルド長の娘、そして自身が討伐したはずの魔王の娘と結婚するという話が、全世界に広がった。

 

 

 

 人々は思う。

 「何で――――」と。




後一話です。


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陰キャチート非モテ転生者(終)

 ユイトには三人の理解者がいる。

 一人は、彼を重用し、色々なしがらみから彼を守りながらもSランクの冒険者にまで導いた“ギルド長”。

 ユイトはたしかに目立たないし、ハニートラップをことごとくスルーする鉄壁の陰キャ力を有する。だが、それにしたってもしもユイトに関わったギルド長が私欲のために動く人間だったら、もう少しユイトに関する干渉は増えていたはずだ。

 

 ギルド長はユイトに対人関係で難があることを、長年の経験から即座に見抜いた。その方向性が周囲から距離を取るタイプだったことから、周りの影響でユイトがダメになることはないだろうということも見抜いたが、それでも一計を案じた。

 ユイトの存在を周囲に知らしめなかったのである。普通のギルド長ならば、ユイトのことを喧伝し周りに自分の功績だと吹聴したかもしれない。

 だが、このギルド長はそうしなかった。

 

 結果としてユイトは、有名になるまでの間を一人で過ごすことができたし、そうすることで女性との出会いこそなかったものの周りに悪感情を抱かずに済んだ。

 もちろん、ユイトが女性との出会いを求めていることはギルド長も把握していたが、それでも変な女にのめり込むよりはずっとマシだと、そう考えたのである。

 そして、ギルド長はそんなユイトを慕う女性に心あたりがあった。

 

 当時八歳になる、自分の娘である。

 そんな幼い娘になんてことを……と思うかもしれないが、ギルド長と出会った当初のユイトは当時まだ十二から十三程度の若造である。

 年の差は五歳程度。異世界の常識で考えなくとも、十年後、二十年後ならばごくごく普通の年の差だ。

 ユイトは女性――というか人とのコミュニケーションを苦手としていたが、唯一例外があった。幼子である。これはユイトがロリコンだからというわけではなく、むしろ逆。

 女性として意識しない相手だからこそ、気兼ねなく付き合いを持てたというわけだ。

 

 そして、ギルド長の娘はユイトに対して非常に懐いていた。

 母親を幼くして亡くした娘にとって、ギルドというのは自分の家のようなもの。しかし、そんな家を利用する多くのモノは、荒くれ者や如何にも強そうな冒険者である。

 スタッフは自分に優しくしてくれるが、冒険者にとってギルド長の娘は「いないもの」と同義だった。そんな中、唯一優しくしてくれたのがユイトであり――なによりユイトは冒険者ギルドにおいてもっとも娘と年の近い冒険者だった。

 

 常に冒険者のことを間近で見てきていた娘にとって、冒険者は憧れの存在であり、ユイトはその中で最も身近な存在だった。

 何かあれば、常にユイトのそばにピッタリとついて歩く娘を、ユイトもまた妹のように大切に接した。そうする中で、娘の中にユイトの存在がどんどん大きくなるのは無理からぬことである。

 

 娘にとって幸運だったのは、そんな中でユイトが自分のことを「妹のような存在」として意識し続けていたことだろう。

 普通それでは、恋愛はうまく進まないと多くのものは思うかもしれない。

 だが、ユイトの場合はそうではないのだ。下手に「女性である」と意識してしまうとそのことが枷になって、相手との間に壁を作ってしまうのが陰キャオタクであるユイトの生態だ。

 女として成長し、ユイトがそれを意識する前に刈り取る。それこそが対ユイトの必勝法。

 

 妹としての立場のまま成長した娘は、ユイトとの出会いから十二年後。

 二十歳。この世界において適齢期とされる年齢になったその日の夜に、一息にユイトを自分のものにしたのである――

 

 そして、三人目。

 ユイトが助け出した奴隷少女。彼女こそがユイトの三人目の理解者であり――ユイトに本気で恋をした二人の少女のうちの一人であった。

 

 奴隷少女には秘密があった。

 ()()()()()()()という秘密が。

 人々を害し、世界に混乱をもたらす魔王は、魔族の頂点であると同時に魔族という存在の中でも最も悪辣とされる存在であった。

 その矛先は時に、同族であるはずの魔族にすら向けられていた。故に、魔王はこう考えたのだ。「いつ、魔族が娘を旗頭に自分を攻撃するかわからない」と。悪辣な魔王は、猜疑心まで持ち合わせていた畜生だったのである。

 

 かくして、この世界にはびこっていた人類の“悪”を介して人の世界へと追放された娘は、奴隷として闇に葬られるはずだった。

 そんな時に、ユイトが彼女の前に現れたのである。

 

 紛れもなく、それは救済だった。

 ユイトは助け出した奴隷を、正しく面倒を見てくれる組織へ預け、最後に行き場のない自分を引き取ることになった。誘拐された奴隷は、きちんと故郷へ返されるのだが、奴隷少女だけは故郷がわからなかったのだ。

 少女が頑なに故郷を口に出さなかった、というのもあるが。

 

 ともあれ、そうしてユイトの屋敷へと奴隷少女はやってきた。最初のウチ、奴隷少女はユイトを警戒していた。少女を地獄から救い出してくれた恩人でこそあるものの、どうにも「壁」を感じるからだ。

 ユイトのほうが、少女に遠慮しているのである。

 仮にも奴隷の主人なのだから、少女を好きにしてもいいというのに。

 

 その理由は、ユイトの邸宅を度々訪れる、幼い少女が教えてくれた。

 ギルド長の娘である。

 ユイトは人付き合い、特に女性とのコミュニケーションが苦手なのだ、と。何か裏があるのではないかと警戒していた奴隷少女にとって、その事実はあまりにも想定外のもので――

 

 ――そして、可愛らしいものだった。

 

 アレ程の力を持つ賢者が、女性が苦手だというのだからおかしな話で。

 だというのに女性との出会いがほしいというのは、あまりにも()()()()話だ。それまでまったく人間性を垣間見ることのできなかったユイトという存在が、一気に自分と同じ――種族こそ違うけれど――生きている存在なのだということを認識させてくれた。

 

 それから、おっかなびっくり主人としての命令を出すユイトに、積極的に奴隷少女は応えた。この人は一人でも生きていけるが、それでも自分はこの人を放ってはおけないのだと。

 五年。それだけの時間をかけて、奴隷少女はゆっくりとユイトの隣に立つようになった。

 もちろん、男女の関係になってずっと側にいたいという気持ちもあったが、ギルド長の娘とのとある「計画」のため、奴隷少女はユイトとの契約が終わった五年目に、一度彼のもとを離れた。

 

 そして、彼がこの五年間、予てより準備していた異種族との友誼――もとい、人外少女との出逢いを裏から助けるべく、動きだしたのである。

 

 結局最後まで、奴隷少女は自分が魔王の娘であることを周囲に明かさなかった。

 どれだけユイトが愛しくても、ギルド長の娘が自分に優しくしてくれても、自分が人とは違う存在であることを周りに明かすことが怖かった。

 ずっと秘密にしたままでもいいと、そう思ったからでもある。

 

 ギルド長も言っていた。人は己のすべてを相手に打ち明ける必要など無い、と。ギルド長の場合、奴隷少女の正体に何となく気づいていたかもしれないが、それは奴隷少女にとっては関係のないことだ。

 

 そうして魔王をユイトが討伐した時、再び奴隷少女はユイトと相対した。

 魔王の娘として、ユイトによってすべての柵から解放された――ユイトに恋する一人の乙女として。

 

 その後、ついにギルド長の娘と奴隷少女は計画を実行に移した。

 ユイトは女性が苦手だ。女として相手を意識することが苦手だ。だが、一度懐に入ってしまえば、()()()()()()()()()()流石に相手のことを意識して、正面から対応することもできる。

 それが、ユイトにとっても身近な存在であればなおさらだ。

 

 かくしてユイトをギルド長の娘はいただいて、二人はここに結ばれた。

 しかし、娘はとても強欲だった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、本気でそう考えたのである。

 

 ギルド長の娘は、奴隷少女と結託してユイトを襲った。

 一度自分が一線を越えれば、ユイトは警戒しなくなる。後は奴隷少女の思いをきちんとユイトにぶつければ、善良なユイトはそれを無視することはできない。

 娘がそれを許容しているのだからなおさらだ。

 

 ギルド長の娘と奴隷少女が出会ってから、互いが互いに、ユイトが好きだと理解し合ってから。長年温め続けてきたその計画は成就され。

 

 

 ――かくしてここにユイトは二人の少女を娶り、彼自身の思い込み。陰キャオタクはチート転生者になってもモテないという考えを、払拭することとなるのである。




ユイト「気がついたら嫁が二人もできていた。何を言っているかわからないと思うが、身近な相手だし結婚しよ……」
以上です、ありがとうございました。


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陰キャチート非モテ転生者の嫁s

多くの方に読んでいただき大変光栄に思います。
お礼に追加で一話だけ投稿します。
これが最後になります、お読みいただきありがとうございました。


 アタシは冒険者が好きだ。

 ギルド長の娘として産まれ、冒険者と身近に接することのできる環境で育った私の側には、何時だって冒険者の姿があった。

 冒険者っていうのは、モンスターの討伐やダンジョンの踏破を生業にしている。それは歴史に残るような大型モンスターを討伐し人々を守ったり、誰も足を踏み入れたことのない秘境に到達するような、後世に語られる偉業を成し遂げるすごい存在だ。

 

 アタシはそういう、過去の冒険者の大冒険が大好きだった。お父さんや、ギルドのスタッフの人が語ってくれるそういう冒険譚に目を輝かせながら育ってきたのが、アタシという少女だ。

 だけど、冒険者という存在においてアタシが一番好きだったのは、

 

 冒険者が自由であるということだった。

 

 誰にも縛られることなく、探究心という誰の心にも存在している感情のままに世界の未知を詳らかにするそのあり方は、まさしく自由という言葉がもっともふさわしいとアタシは思う。

 

 ――でも、現実の冒険者はそんなアタシの想像する冒険者とは、少し違った。

 

 確かに、冒険者は自由だ。ギルドに所属さえすれば誰でも冒険者を名乗ることができ、依頼をこなすことで自分の力で生活をよくすることができる。

 色々な人が色々な理由で冒険者になって、大成する人もいれば道半ばで挫折する人もいる。

 そういう成功と失敗の裏表もまた、冒険者の醍醐味かもしれない。

 

 だけど、派閥という柵に縛られるのが正しい冒険者の姿なのだろうか。

 幼いアタシはそう考えてしまったのだ。

 もちろん、派閥というのは言ってしまえば冒険者の相互扶助を助長するシステムで、決して悪というわけではない。冒険者がパーティを組むのは自然なことで、それをより大規模にするのは当然の成り行きだろう。

 

 でも、そんなの幼い子どもには関係ない。現実と理想の区別がついていなかったアタシは、流石に冒険者の前でそれを口にすることはなかったけれど、内心ずっとそういった感情を抱え続けていたわけだ。

 

 

 ――そんな時に出会ったのが、ユイトという一人の冒険者だった。

 

 

 幼いアタシの日課は、冒険者観察だ。ギルドの受付のすみっコに陣取って、ギルドの中を行き来する冒険者を、ぼーっと観察するのである。

 特に意味は無いけれど、それでも習慣になっていたことだし――こうしている間はアタシが静かにしているので、周りが止めなかったこともあり――アタシは何時だって、そうやって冒険者を観察していた。

 

 多くの冒険者は、徒党を組んで行動する。会話の内容は、半分が今日こなす依頼についてのことで、もう半分が自身の所属する派閥に関することだ。

 前者はともかく、後者の話題がアタシは好きではなかった。そんな中に一人だけ、派閥の話をしない冒険者がいた。

 

 それがユイトで、ユイトが派閥の話をしないのは当然だ。だってユイトは、常に一人だったんだから。

 

 今どき、一人(ソロ)で冒険者をするのは珍しいどころか、ほとんどありえないことだ。

 冒険者が派閥を作っているのは、冒険者でなくとも知っているこの世界の常識で、現代の有名な冒険者とは、個人ではなく派閥を指すのだから。

 

 だから、冒険者志望は目標とする派閥に入ることを目的にギルドを訪れる。

 だっていうのにユイトは、派閥に所属するどころか、ギルドのスタッフから「どの派閥に所属するのか?」と話を振られた時に、派閥に入ることは考えていないと遠慮して見せたのだ。

 それが、アタシが初めて見た「ユイト」だった。

 

 ――それから、ユイトは派閥に入ることなく冒険者になった。最初のウチは、勝手がわからずどこかで怪我したりして冒険者を諦めるか、下手をすると死んでしまうかもしれないとスタッフには思われていた。

 しかし、ユイトは思った以上に堅実に――それこそ、冒険者が見向きもしないような採取の依頼なんてものを最初に選んで――依頼を達成していった。

 

 採取の次は、ゴブリン。ゴブリンの次は、初心者の練習用ダンジョン。その次は――

 ユイトは、そうやって少しずつ依頼をステップアップさせていく。ただ、ステップアップと言っても段階はへんてこだ。普通、採取なんてやる前に初心者用の練習ダンジョンで冒険の感覚を養うし、ゴブリンの討伐なんてそもそも受ける冒険者がほとんどいないような、不人気依頼だ。

 ただ、難易度の順番としては決して間違いではないとアタシは思う。なんというか、この世界の常識とは全く違う、ユイトだけの基準で依頼の難易度を判断している。

 そんな感じだった。

 

 つまりそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということの証明である。

 もしも、派閥に所属してユイトみたいな依頼の選び方をすれば、その時点で失笑され落ちこぼれの烙印を押されるだろう。

 それくらい、最近の冒険者にとって依頼を受ける順番というのは()()というものがあるわけで。命のやり取りが発生する職業なのだから、それも自然なのかもしれないけれど。でも、幼いアタシがそれに不満を持つことは、決しておかしなことじゃないと思うのだ。

 

 そうしているウチに、アタシは冒険者ではなく、ユイト個人を追いかけるようになっていた。

 ユイトは、自分の判断で選んだ依頼を順調に達成し続けていく。少しずつランクを上げて、最終的にアタシのお父さん――ギルド長が、アタシにユイトを紹介するに至ったのだ。

 

 こいつは、人付き合いに難はあるが、見込みのある()()()だと。

 

 多分、お父さんはアタシ好みの、アタシが理想としている冒険者を見出したから、アタシに紹介したのだろう。

 アタシが普段から、“今”の冒険者に対する不満を漏らしているからこそ、時代に逆行するような冒険者であるユイトに目をつけたのだ、とも。

 

 ああ、でもお父さん。

 アタシはその時、口には出さなかったけれど、こう思っていたんだよ?

 

 

 そんなの、とっくの昔に知ってるっての。

 

 

 ……って。

 言わなかったのは、お父さんがユイトを見出してくれたのが嬉しかったから。

 でも、それはユイトが冒険で結果を出して、ランクを上げたからお父さんの目に留まっただけのこと。アタシの場合はそうじゃない。

 たとえアタシは、ユイトが冒険者として一流になれなくっても、ユイトから目を離さなかっただろう。ユイトには他の人にはない特別な力があって、いずれその力で世界を変えてしまうわけだけど。

 

 アタシは、アタシだけは――ユイトのそういう特別なんて関係なく。

 ユイトの自由な生き方に、それを貫こうとするあり方に、心惹かれていたんだから――――

 

 

 

 私は特別な存在です。

 魔王の娘という、この世界に混乱をもたらす悪の親玉の血を引いた世界で唯一の存在として産まれてきました。

 それは決して、私が望んだからというわけではなく。

 ましてや、私は父のような世界に敵対するような存在になりたいわけでもありませんでした。

 

 ただ、当たり前に生きて、普通に生きれればそれでよかったのです。

 ですが、それを周囲は――そして何よりお父様は許してはくれませんでした。

 

 世界を敵に回す父にとって、部下ですら心許せる相手ではなく。私ですらもお父様の大切な存在にはなれなかったのです。

 お父様にとって私は、いうなればスペア。世界を壊す存在である自分の身になにかが起こった時、その後を引き継ぐための駒でしかなかったのでしょう。

 

 だから私にその意志がないと知った時、お父様は何の感慨もなく私を捨てたのです。

 そうして私は、奴隷という立場になりました。

 流石に私という存在は特別な立場だったのか、劣悪な環境に置かれることはありませんでしたが、その分私は鎖に繋がれたまま、永遠に牢獄へ閉じ込められることとなったのです。

 どれだけの時間が経ったのかわからないほどに時間が経ち、ただ与えられる食事を口にするだけの存在となった私は、しかしこうも思いました。

 

 これは仕方のないことなのだろう、と。

 

 特別な存在とは、その特別さ故にその特別さに縛られ、身動きが取れなくなるものだと思ったのです。世界の敵であることに囚われた父がそうであったように。

 私もまた、私の特別に囚われたまま朽ちていくのだろうと、そう思っていました。

 

 

 ユイトと呼ばれる人間が、私を救い出すまでは。

 

 

 ユイト様は冒険者でした。いくら魔王の娘という立場であっても、“Sランクの冒険者”という肩書が、人類の英雄とイコールであることくらいは、私にもわかります。

 そんな方が私を助け出した以上、そこにはなにかの意味があるのではないかと考えるのは、果たして不思議なことでしょうか。

 

 結果から言えば、そこに大きな意味などありませんでした。

 ユイト様は、言葉少なに私を助けたことを成り行きだと応えました。助けることが目的ではなく、たまたま助けることになっただけだ、と。

 

 ――理解できませんでした。

 ユイト様には世界を一人で変える力があって、実際彼はその力で私を囚えていた組織を滅ぼしたというのに。それだけの力があるならば、その力に縛られて“特別”であることを定められているのが当然ではないかと私は思ったのです。

 それともまさか、ユイト様はそんな特別を放棄して、自分の思うがままに力を振るう。そんな――お父様よりも魔王じみた存在なのだというのでしょうか。

 

 ですがそれは、それではもはやそれは人とは言えません。

 災害、もしくは天災と呼ばれるような、神の引き起こした災いと何ら変わらない存在ではないでしょうか。

 

 結局、私はユイト様に助けられ、奴隷という身分のもと彼に引き取られました。ユイト様は私のご主人さまとなったのです。

 そのことに、私は色々と思う所もございました。そもそも特別であることに疲れ、生きることにも疲れていた私にとって、誰が主人となるかなど些末なことであったのが一番大きいのですが。

 見極めよう。そういう思いも心の何処かにはあったのかもしれません。

 そうしてご主人さまと暮らしわかったことは――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()ということでした。

 

 

 確かに、ご主人さまには力があります。Sランクの冒険者となり、世界を変えるほどの力が。

 ですがご主人さまは、積極的にその力で他人と関わろうとしなかったのです。私を救ったことも、私を奴隷にした組織を破壊したことも、本当にただの“成り行き”でしかなかったのです。

 ()()()はご主人さまは人付き合いが苦手だから、極力人との関わりを避けているだけだと言っていましたが。

 私にしてみれば、ご主人さまは他人と関わらないことで、誰かにとって特別となることを避けているように思えてなりませんでした。

 

 特別を決めるのは自分ではなく、他人です。他人がその人を特別だと思うから、その人は特別になるというのが私の考え。

 父は魔王としての力をふるい、人類と敵対したことで人類から『魔王』と呼ばれ特別視されました。

 その娘である私は、娘であると周囲から認識されることで特別視されました。

 

 ですが、父に見捨てられ奴隷となり、ご主人さまのもとへたどり着いた時、私は()()()()()()()()()()()のです。ご主人さまの側に、私が魔王の娘であるということを知る方はいらっしゃいません。

 ご主人さまを敬愛している()()()は私を同志と呼んで、対等な関係で接してきます。

 故に私はこの時、特別な存在である『魔王の娘』から、特別な存在ではない『ご主人さまの奴隷』となったのでした。

 

 

 そしてこの時から、私の中でご主人さまが()()()()()へと変わっていったのです。

 

 

 ご主人さまはこうも言っていました。自分は特別な存在などではなく、自分の力もある意味()()のようなものなのだと。

 ですが、だとしても、ご主人さまにその力があったからこそ、私は救われたのでしょう。

 ご主人さま以外の誰かにその力が宿っても、きっと私は救われなかった。

 だって、傷ついた私の心を救ったのは特別な誰かではなく、誰にとっても特別ではない、ご主人さま――ユイト様というただ一人の人間の意思によるものだったのですから。

 

 

 

 ――ギルド長の娘は、ユイトにチートがなくともユイトに心惹かれていただろう。

 ――奴隷少女は、チートを手にしたのがユイトだからこそ、ユイトに心惹かれたのだろう。

 

 だから、この世界においてきっと彼女たちがユイトを好きになったのは必然だったのだ。

 

 ユイトは異世界に転生し、陰キャで非モテなオタクから、そうではない存在へと変わるチャンスを得た。その中で彼は“モテる”ことが非モテ陰キャの対極と考え行動を起こす。

 そして、陰キャの非モテオタクにとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()からして。だから彼はハーレムを望み続けた。

 つまり、変わろうとし続けたのだ。

 

 結果はどうアレ、その過程において、彼は二人の少女との出逢いを果たす。

 

 確かに非モテの陰キャがチート転生者になったからといって、誰からもモテるわけではない。だが、その中でも行動することを、変わろうとすることをやめなければ、周囲や環境は変化するかもしれない。

 

 大賢者ユイトは魔王を倒し、世界を救った。

 

 だが、彼の中で起きた変化は、そんな歴史に名を残すような大偉業ではなく。

 きっと――もっと身近なところにあったのだろう。



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