探偵系VTuberの成り上がり ~謎を解いて、人気者になって、お金を稼ぎます~ (正雪)
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未来予知VTuber編
売れない女子大生作家、Vtuberになる。


 薄々とは勘付いていたがどうやら私にはミステリ作家としての才能がないらしい。

 いや、正確にはミステリ作家として"売れる"才能が、ないのだ。

 デビュー作の売り上げは散々なものだった。そして、二作目もあっけなく書店店頭から消え、担当編集者からはシリーズ化はできないと告げられた。

 最初からシリーズ化を前提とせず単巻でも成立するような内容にしておいてよかった。

 いや、良くはない。なんにも良くない。

 そもそも売れない前提で本を書いてるのが意味わからない。

 

 ――なんとかしなきゃ。

 

 おそらく次がラストチャンスだ。編集者の我慢もあと一冊が限界だろう。

 もし次も同じような売り上げなら――私の作家人生は終わる。

 編集者は二度と企画書もプロットも見てはくれないだろう。

 ペンネームを変え、再び新人賞にコツコツ投稿を続けながら、投稿サイトで編集者の目に留まるかもしれないという限りなくゼロに近い可能性に賭けて連載を続けるしかないのだ。

 

 そして――。

『皆さん、初めまして。名探偵Vtuberの藤堂ニコです!』

 

 私はVtuberになった。ミステリ作家としてではなく、Vtuberとして先にファンを獲得し、それから満を持して最後の本を出版するのだ。

 

     ※

 

 私のVとしての姿はシャーロック・ホームズ風の衣装をまとった黒髪ボブのロリキャラだ。

 名前はペンネームをそのまま使っている。

 作家としてのプロフィールは女性という性別以外に年齢も出身地も学歴も公開していないので、視聴者に先入観を与えることもなく宣伝に都合がよかった。

 実際の私は大学生で年齢もまだ19歳だし、本来の情報をある程度オープンにしても不都合はなさそうではあるものの、この活動が何年計画になるのかの見通しもつかないし、風貌や設定は変わらないのに中の人の年齢が確実に増えていくというのは視聴者の夢を壊すことになるかもしれないとキャラ年齢の15歳という設定でいくことにした。

 実際に15歳らしい振る舞いというのもよくわからないが。

 私は中学生の頃から変に大人びていて、今とあまり変わらないということもある。

 

 デザインは私の著作のカバーイラストを描いてくださった姫咲カノン先生にお願いした。

 デビューの時に編集者が食事会をセッティングしてくれた際に名刺をいただいて、個人での仕事も請けてくれるとのことだったので甘えてしまった。

 社交辞令だったのかもしれないが、快く引き受けていただいてありがたい限りである。

 

 ――ありがてぇ、ありがてぇ。もう姫咲先生には一生頭が上がらない。

 

      ※

 

 ――しかし……生配信をしても同時視聴数13って。これ宣伝になってる? 私がプライベートでゲームしてるのとなんも変わらなくない?

 

「チャンネル登録、高評価よろしくお願いします! またお会いしましょう!」



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駆け出しV探偵・藤堂ニコ最初の事件

 コメントなんか殆ど来ない。

 昨日のゲームについての雑談配信なんて――。

 

[観てます]

[草]

 

 この二つだけだ。総再生数は99。誰かあと1回観てあげようという優しい人はいないのか。

 いや、それもなのだが、99回再生されていてコメント2ってどういうこと?

 あとの97人は? もしくは二人で99回再生してる? じゃあ、均等に50ずつにしなさいよ。

 

 作家デビューした際に作ったTwitterアカウントで宣伝してもまったく再生数が伸びやしない。

 どうやら私は作家としてもVとしても人気がないらしい。

 だが、ここでやめてしまうわけにもいかない。

 

 Vtuber活動の先行投資として印税とバイトで貯めてきた貯金を突っ込んでしまったのだ。

 ”ガワ”のデザイン代は格安にしてくれたが、動画編集、ゲームプレイに耐える高性能PCに、バーチャル空間でのアバター操作のためのVR機材は大学生の身の丈に合わないほど高額だった。

 せめてこの先行投資分だけでも回収しなければならない。

 

 一体、何が問題なのだろうか。

 動画自体は一般的な大学生程度には観てきたはずだし、ある程度技術的なところは小説を書くために調べていたのでナメていたところはあるかもしれない。

 

     ※

 

 そして私に転機が訪れる。

 国内最大手の総合エンタメ企業が運営する巨大VR空間『グリモワール』の中の自室――利用料無料のワンルーム――で読んだ本についての雑談配信をしていた際にとあるヒントが舞い降りた。

 

 [〈¥100〉もっとミステリー作家っぽいゲームしたらいいんじゃないですか? 人狼とか]

 

「それです! 私の推理力を存分にアピールしていけばもっと視聴者も増えるはずです。流石、私のファンの方。優れた洞察力です」

 

 その日から私――藤堂ニコの名探偵化計画が始まったのだった。

 

 私はオンライン人狼で勝って勝ってかちまくり、一定数のファンを獲得することに成功する。

 

[ニコちゃんエグい]

[全員の画面ゴースティングしてるんじゃないかと疑うレベル]

 

「私は名探偵ですからね」

 

 私のドヤ顔をしっかり画面上のバーチャルニコも再現する。

 VRヘッドマウントディスプレイ装着時は表情筋の動きまでかなり正確にトレースされるのであまり性格の悪そうな顔もできない。

 

 そしてしばらく経ち、いつの間にか人狼Vtuberという本来の目的から逸脱した活動を続けていた私はふと我にかえる。

 これ遠回り過ぎでは?

 こんなことをやっている場合ではないのでは?

 ファンは人狼のプレイを観に来ているのであって、ミステリ作家である私に一切の興味を持っていない。

 たしかにコツコツと人狼で投げ銭を稼いでいくというのもありかもしれないが、そういうことではないのだ。

 

 だが、この推理力自慢は決して無駄ではなかった。

 そう、とあるコメントによってさらなる転機が訪れることになるのだ。

 

【ナスビ48615】[〈¥50000〉藤堂さんは探偵なんですよね? 依頼があります。姉を助けてください]

 



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未来を予知するVtuber

 

 

 突如、私の推理力をアテにして高額の投げ銭と共に送られてきた依頼。

 

 私は詳しい話を聞くために、雑談配信で投稿者と会話をすることにした。

 

 ちなみに雑談配信ではシャーロックホームズ風衣装の私が英国風インテリアに囲まれ安楽椅子に座っている映像を皆さんにはお届けしているのだが、背景はハリボテである。

 

 なけなしの貯金で安楽椅子を購入したものの、リアルの私は安物の座椅子に腰掛けている。

 

 

「えーっと、私はたしかに類稀なる推理力を持つミステリ作家Vtuberではあるので……お役に立てるかはわからないんですがお話は伺います」

 

 

【ナスビ48615】[千里眼オロチというVをご存知ですか?]

 

 

 ――ご存知ではないなぁ。

 

 

 すぐさまヴァーチャルのキーボードで検索をかける。

 

 彼女の名前はライバー名鑑Wikiに掲載されていた。

 

 ちなみに私もつい最近登録されているのを発見したが、本は売れてないし人狼ばかりやっているとか書かれていた。余計なお世話だ。

 

 

―――――――――

 

【千里眼オロチ】

 

女性ライバー。設定年齢は25。主な配信は占い。芸能人や他の有名Vtuberについて占うことが多い。

 

容姿はアラビア風ドレスに蛇の意匠を組み合わせている。

 

―――――――――

 

 

「占いVtuberですか。そんな人もいらっしゃるんですねぇ」

 

 

【ナスビ48615】[最近は未来予知を売りに信者を増やしてます]

 

 

「なるほど。それで何が問題なんでしょう?」

 

 

【ナスビ48615】[実の姉が心酔してしまっていまして。オロチに占ってもらうためにバイト代を全額投げ銭に使っただけでなく、親が貯めてくれていた結婚資金にまで手をつけようとしているんです]

 

 

「占いというのはそんなに当たるんですか?」

 

 

【ナスビ48615】[曖昧で誰にでも当てはまるようなことを言っているように感じます]

 

 

「なるほど。でも、それで私は何をすればいいんでしょう?」

 

 

【ナスビ48615】[オロチは未来予知ができるということで一気に信者を獲得したんですが、わたしはインチキだと思っています。それをニコさんに暴いてもらいたいんです]

 

 

「未来予知ですか……」

 

 

【ナスビ48615】[大規模な災害や感染症の蔓延、円安のような経済関係までかなり昔に言い当てていたそうです]

 

 

「胡散臭いですねぇ」

 

 

【ナスビ48615】[わたしは姉の目を覚ますことができればそれでいいと思っていますが、できれば未来の被害者を減らしたいとも思っています]

 

 

 できるかどうかはわからないが、確かにそんな未来予知のカラクリを暴くことができれば一躍有名Vの仲間入りができる。

 

 リアル自宅もVR空間の自宅も英国風のアンティーク家具でそろえることができるかもしれない。

 

 

 ――って、そうじゃない。私は自分のミステリ小説の宣伝がしたいんだった。

 

 

 失敗したら逆に私の探偵キャラもミステリ作家としての地位も地に落ちるだろう。

 

 

 ――いや……地に落ちるもなにもすでに崖っぷちの売れない作家で、Vとしても底辺のちょい上くらいじゃない。失うものなんてない!

 

 

【ナスビ48615】[調査をお願いできませんか? 他に頼めそうなVtuberも見当たらなくて]

 

 

「わかりました。少し調べてみます。もしご希望に沿えなかった場合は先ほどいただいたスパチャは全額返金させていただきます」

 

 

【ナスビ48615】[ありがとうございます。よろしくお願いします]

 

 

 こうして私は本当の意味で探偵Vとしての活動を始めるのだった――。

 



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未来予知系Vtuberの弟子

 私はひとまず千里眼オロチの情報を集めることにした。

 

 配信終了後もVRヘッドセットを外さずに情報収集を続けることに。

 SNSから拾った情報によるともともとはごく少数のファンたちを無料で占ったり、占いについてのトークをしたりする個人勢Vtuberだったという。

 企業が運営していないため、特に配信ノルマもなく好きなことだけを話し、コラボを大規模にやるようなこともなく牧歌的な雰囲気だったという。

 

 ところが彼女に未来予知の能力があることが判明し、SNSでバズってからというものその占いが当たると評判になり、今では個人勢としてはトップクラスの人気と注目度を誇る。

 一方で占いの希少価値を高めるために、一般人を占うことはせず超高額のメンバーシップ会員――政治家や有名芸能人も加入している――だけを占うようになってしまったため古参ファンは距離を置いてしまっているらしい。

 

「なるほどなぁ」

 

 私はあまり占いを信じる性質ではないが好きな人がいるというのは理解できる。

 占いに自分の選択を依存するようなことはないが、新人賞の最終選考に残った時は近所の神社におみくじを引きに行ったものだ。

 もはやできることなどない中で少しでも自分を落ち着かせたかった。

 だが、おみくじは『吉』『願いごと――叶うかもしれないし、叶わないかもしれない』だった。

 

 ――世の中、だいたいのことはそうでしょうよ! せめてどっち寄りか書けよ! 気休めにもならないじゃない!

 

 と激怒したものだが、結果的には特別賞を受賞してデビューはできた。

 が、全然売れずにミステリ作家としては最悪の出だしであった。

 夢が叶ったともいえるし、叶わなかったともいえる。

 

 さておき、私はネットサーフィンのみでの聞き込みに限界を感じ、外に出ることにした。

 外といってもVR空間『グリモワール』内での外だ。

 

 外はとにかく広告が溢れていて、情報の波が押し寄せてくる。その大半はVRドラッグやらいかがわしいものだ。まだ法整備が整っていないが近々規制されるらしいとは聞いている。

 

 そこら辺の人たちに適当に声をかけて話を聞けばいいような気もするが、賑やかしのNPCなのか実際にアバターの向こう側に人間がいるのか見分けがつかない。

 で、あれば千里眼オロチのことが好きそうな人たちがいそうなところへ行けばいい。

 

     ※

 

 私は千里眼オロチの弟子が経営しているという占い屋を訪れることにした。

 オロチが認めた上に超超超高額のライセンス料を支払うことで弟子を名乗れるということまでは調べがついていた。

 

 ――金を払えば弟子を名乗れるシステムってどうなんでしょ。

 

『千里眼オロチ公認! 占いの館』

 

 ――おぉ、千里眼オロチ公認のフォントサイズでかいー。

 

 ともかく中に入ってみる。内装はいかにもといった感じで薄暗い受付の奥が個別ブースになっているようだった。そして意外と占い料はリーズナブルだった。

 

 ――私でもなんとか払えそう。

 

 私は占い師の指名フリーでシンプルな生年月日占いを頼むことにした。

 

 出てきたのは千里眼オロチ(ジェネリック)って感じのアラビア風女性占い師。

 

「いらっしゃい。本日あなたを占わせていただく千里眼マムシです」

「お弟子さんだからそう名乗ってらっしゃるんですね」

「はい、公認を受けて改名しました。現実世界でも占いをやっているのでそちらもよろしくお願いします」

 

 どうやらリアルでも占い師らしい。

 

「実は占いをしてほしいというかオロチさんのお話を聞きたくてうかがったんですよ、私」

「あら、あなたもオロチ先生のファンなんですね。嬉しいです。どんなことを知りたいんですか?」

 

 マムシ嬢はすっかり私のことを師匠のファンだと勘違いしているようだった。

 

「オロチさんって未来予知ができるとうかがったですが、本当に未来予知ができるんですか?」

「えぇ、私はあまり古参というわけではないのですが証拠が残ってるのでそれははっきりと確認しています」

「証拠? 未来を予知している証拠があるんですか?」

「はい、オープンになっているものもありますよ」

 

 そういって彼女は空中で指先を動かし、キーボードを呼び出すと幾つかの画面を呼び出した。

 

「SNS上で災害や感染症の蔓延を予知した書き込みがこれです。あと動画でも残ってるんですよ」

 

 それはオロチの未来予知と題された動画で、たしかに彼女の自身の口から、「近い未来――人類全体に大きな災厄が降りかかります……それは病……しかし、人類が団結して力をあわせればきっと乗り越えることができるでしょう」とはっきり言っている。

 

「これは映像を加工したものではないということですよね?」

「はい、ちゃんとこの動画の公開日より前に収録されたものと鑑定結果も出ています」

 

 映像加工ではない。

 さらにSNSでの投稿の日付も感染症の蔓延よりもかなり前だ。

 

「すごいんですね、オロチさんって」

「師匠はすごいのです。私も早く師匠のようになりたいです。さて、藤堂ニコさん、あなたの運勢ですが――」

 

 私は自分の占い結果のデータをもらうとそそくさと店を後にした。

 

     ※

 

 そして、その日の晩――。

 彼女のSNSの過去ログ、そして未来予知動画のコメントを見ていて私は一つの仮説に辿り着いた。

「皆さん、こんばんは。探偵Vtuberの藤堂ニコです。今日は千里眼オロチさん公認の占いの館に行ってきましたー」

 

[おー]

[〈¥250〉ニコちゃん、俺との結婚運を占ってきたの?]

[誰だおまえ]

[〈¥2525〉]

[こないだの姉が心酔してるって人のための調査だろ]

 

「で、行ってみて思ったんですが……千里眼オロチさんはインチキですね。私がその化けの皮を剥がしたいと思います!」



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いざ対決へ――。

 私の配信は瞬く間にVR空間、現実世界のSNSで広まった。

 

 イタい新人Vが売名のために有名Vに喧嘩を売った、という話として。

 

 私が千里眼オロチのファンであればもちろんそう思っただろうし、ファンでなくてもそう思っただろう。

 

 見た目だけは有名イラストレーターにデザインしてもらった美少女名探偵風だが、現状は謎の洞察眼で人狼が上手いだけの女子大生が趣味でやってるVである。

 

 そんなモノが有名人をインチキ呼ばわりである。

 

 当然ぶっ叩かれる。

 

 しかし、私はそれを無視し続けた。

 

 

 

 そして――私の罠に引っかかった者がいる。

 

 

 

 ――これを待っていた。

 

 

 

――――――――――――――

 

千里眼オロチと申します。

 

突然のDM失礼いたします。わたくしの未来予知がインチキだとおっしゃっている動画拝見しました。

 

ぜひその根拠をおうかがいしたいので、ぜひ生配信でその種明かしをしていただけないでしょうか? 証拠など出せないと思いますが。

 

もし売名のためにうっかり口を滑らせてしまっただけということであれば、訴訟などは考えていませんので生配信の場で謝罪をお願いします。

 

藤堂様がこの申し出を受けずに逃げ出すようであれば、このDMは公開させていただきます。

 

――――――――――――――

 

 

 

 私は安楽椅子――現実の座椅子――でほくそ笑んだ。

 

 彼女だけは私の発言を無視することができなかったのだ。

 

 

 

「化けの皮を剥がしてあげましょう。Vだけに」

 

 

 

 私はすぐさま彼女の今晩の生配信枠にゲストとして伺いたいというメッセージを送り、承諾された。

 

 

 

 ここで私の追及を逃げ切れば彼女の格は上がる。

 

 絶対に証拠は出せないと踏んでいるのだろう。

 

 実際に証拠なんて手元にはない。

 

 だが……大勢の観客がいる生配信であれば、私に勝機はある。

 

 

 

 私は彼女がVR空間グリモワール上で借りているスタジオへと向かった。

 

 

 

     ※

 

 

 

 私はスタジオの前に立って唖然とした。

 

 ベイサイドエリアに立っている配信スタジオはまるで湾岸のテレビ局のようであり、一回の配信で私の年収分ほどの金額がかかるという。

 

 今日という日のためにわざわざ高級なスタジオをレンタルしているわけではなく、いつもここを使っているとのことだった。

 

 スタジオ自体の高級感――かなり自由度が高くエディットできる――だけでなく、カメラの台数、スタッフの編集技術も一流でアフターサービスも抜群だという。

 

 なにからなにまで自分でやっている貧乏女子大生には一生縁がないと思っていた。

 

 

 

「藤堂ニコ様ですね。いらっしゃいませ」

 

 

 

 エントランスで私に話しかけてきたAIの精度もまるで人間そのものだ。

 

 グリモワール上のアバターは私のような2D風から現実の人間をトレースしたものまでさまざまだが、ここのスタッフアバターはすべて現実の人間に似せたものになっているらしい。

 

 

 

「えーっと、千里眼オロチさんの番組ゲストで呼ばれてきているんですが」

 

「はい、存じ上げております。59階Aスタジオへどうぞ」

 

「そういえば、私もカメラは回してていいんですか?」

 

「はい、結構でございます」

 

 

 

 ――いいんだ。セキュリティ的なものはどうなってるんだろ。

 

 

 

 私は自身の俯瞰カメラと視界カメラをオンにして、スタジオへと向かった。

 

 



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解決編 探偵V vs 占い師V

 生配信がスタートする。

 

 私は呼び込まれるまで、カメラの後ろで待機だ。

 

 千里眼オロチが現れると私には一瞥もくれず、煌びやかなセットのソファに腰掛ける。

 

 ハリボテの板の英国風なんちゃって背景と違い、すべての家具が3D映像として作り込まれている。

 

 

 

 ――くー、お金持ち羨ましい。

 

 

 

 冒頭の挨拶もそこそこに紹介される。

 

 

 

「本日は今話題の名――迷う方かしら? の探偵さん、藤堂ニコさんをゲストにお招きしました」

 

 

 

 ――現状、特に否定することもできない。

 

 

 

 私は彼女のSNSと過去動画を一瞬で確認し、勝利を確信してゲスト用の一人掛けソファへと腰掛ける。

 

 

 

「えへへ、ご紹介にあずかりました迷う方の迷探偵、藤堂ニコです。よろしくお願いします」

 

「藤堂さんはわたくしの占いや未来予知をインチキだと吹聴されているということでぜひお話をうかがいたいとお呼びしたのです」

 

 

 

 コメント欄は一瞬だけ目をやったが、私に対する誹謗中傷、罵詈雑言の嵐なのだろう、リアルタイム検閲で殆どが閲覧不可になっていた。

 

 

 

 ――最近はVへのメンタルケアも行き届いていていいですね。

 

 

 

ただ、殺害予告のような行き過ぎたもの以外は表示されるのでちょびっとだけ傷つきもする。

 

 

 

[〈¥10000〉オロチ先生、彼女の死期を占ってやってください。明日ですかね?]

 

[〈¥42700〉ニコちゃん可愛いですね]

 

[〈¥15000〉オロチ先生、今日もお美しい]

 

 

 

 とんでもない額が飛び交っている。

 

 こんな額のドネーションが飛んできたら私なら10回くらい声に出して読みたいところだが、オロチは一瞥もしない。

 

 

 

 ――金持ちは違うなぁ。あと私のこと可愛いってコメント……42700円「死にな」ってことか。そりゃそうだ。基本ここにいるのはだいたいオロチの味方だもんね。

 

 

 

「早速ですが、藤堂さん。私がどんなインチキをしているのかご説明いただいてよろしいですか?」

 

 

 

 占い師Vtuebrは丁寧な口調ながら圧倒的な自信を漲らせる。

 

 

 

「はい、わかりました。まず未来予知のカラクリは簡単です」

 

 

 

 オロチは顔面を引き攣らせる。高性能なVRヘッドセットが中の人の表情筋を正確にトレースしているのだろう。

 

 精度の高いトレースは人間味が増すが、時に動揺やストレスを隠せないというデメリットも大きい。

 

 彼女は表情に出るタイプだ。

 

 

 

「続けてください」

 

「まず、SNSでそれっぽい予知の投稿を大量にします。非公開で。後から当たっているものだけ公開設定にしてあたかも未来予知をしていたかのように見せかけたんです。大企業が運営しているSNSや動画投稿サイトで投稿日時の改竄はできない。つまり投稿それ自体は本物なんです。ただ、その未来予知投稿の他に無数のハズレた予知の投稿があるのでしょうが」

 

 

 

 彼女が何か口を開こうとするもそれを手で静止して続ける。

 

 

 

「動画も同じ理屈です。大量に録ってあったもののうち当たったものだけを公開しています。なぜそう思ったかは簡単で、予知の投稿についているコメントの日時です。どれも初期の予知はなぜか投稿の直後ではなくその後数年経ってから初コメントがついています。それで非公開のまま寝かせたのだろうことは簡単に想像できました」

 

「証拠は…………あるのですか? なければ言いがかりですよ。名誉棄損で訴訟すればあなたが勝てる要素はありません」

 

「そうかもしれないですね。証拠はありません」

 

 

 

 私は大きく一つ息を吸って、決定打を出す。

 

 

 

「証拠を出すのはあなたです」

 

「あなたのSNSの投稿には閲覧者を限定したものが幾つかあります。きっとそれが未来予知なんじゃないですか? 観ている人はメンバーシップ上位クラス限定投稿なんじゃないかとか、特定の顧客に向けたものなんだろうと疑わなかったでしょうが、おそらく似たような内容のものがストックされているんでしょう」

 

「それを見せてください。もし閲覧資格がメンバーシップの100万円のクラスだとかいうのであればこの場で入会します。出せないのであれば……あなたの負けです」

 

 

 

 おそらく外れた予知投稿はすべて削除しているはずだ。

 

 だが、今後もし使える可能性があるメッセージがあれば残してある可能性は十分にあると踏んでいた。私がどこまでわかっているのか読めていない段階で今後の予知すべてを削除することはできないに違いないと思っていた。

 

 比較的最近の当たっている予知投稿には投稿直後に特定のアカウントからのコメントがついているが、それはコメント日時の不自然さに気付いた彼女のサブアカウントやグルになって未来予知ビジネスを担いでいる連中のものだ。

 

 きっと昔の投稿は消してしまいたかっただろうが、有名になったきっかけになった投稿を消すことはできなかったんだろう。

 

 

 

「見せて差し上げることはできますが……その必要はありません。あなたの言うとおりだからです」

 

 

 

 オロチはぐったりと項垂れている。

 

 今頃、彼女を非難するコメントで溢れかえっていることだろう。

 

 

 

「ニコさん、一つ訊いてもよろしいですか?」

 

「どうぞ」

「なぜこんなことをしたんです? 私を脅すこともできたでしょうし、グルになってお金儲けをしようと持ち掛けることもできたとおもいます」

 

「それは簡単です。あなたの未来予知を信じて、占いにのめり込んで、絶対に手をつけてはいけないお金に手をつけてしまいそうな人を助けるために私は自分の頭脳を使った。それだけです」

 

「あぁ、そんな方がいらっしゃったんですね。本当に申し訳ないことをしました」

 

 

 

 Vtuberは涙を流さない。

 

 だけど、私には彼女の涙が見えた。

 

 きっと彼女も苦しかったのだ。どこか安堵しているようにも見えた。

 

 

 

「わたくしもここまでですね。もうVtuberは引退しようかと思います」

 

「今回のためにあなたの占い動画やコメントを沢山観たんですが、本当に救われた人や必要としている人も沢山いるみたいです。その人たちのためにまだできることもあるかもしれませんよ」



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彼女のその後・次回予告

[〈¥250〉ニコちゃん、カッコよかった!]

 

[〈¥2525〉サイコー]

 

[〈¥250〉似非占い師ざまぁ]

 

[〈¥2525〉本当に名探偵だった!]

 

[〈¥2525〉]

 

[〈¥2525〉]

 

[〈¥2525〉]

 

…………………

………………

……………

………

……

 

 一応、簡単な報告配信を行ったところ、私の名前ニコにちなんだスパチャが沢山もらえた。

 

 二桁の設定がなくてよかった。25円ずつでは幾らもらっても機材費と相殺できない。

 

 しかし、人助けをしたつもりなのだが、どうにも気分は晴れなかった。

 

 私は本当に正しいことをしたのだろうか。

 自己満足ではないかという疑念が頭を離れない。

 

 

 

【ナスビ48615】[〈¥25000〉お姉ちゃんと配信見ました。ありがとうございました]

 

 

 

 このコメントを見て私はそれでも人を一人救ったのだと自分に言い聞かせる。

 きっと正しいことをしたのだ。

 そう信じていないと探偵なんてやってられない。

 

 

 そして配信後、一件のDMの通知に気付いた。

 

 千里眼オロチからのものだ。

 彼女がいったいなんの用なのだろうか。

 

 恨み言が書かれていても仕方ないと思う。

 

―――――――――――――――

 

本日はありがとうございました。

 

あれからすぐに謝罪動画を公開しました。批判の声はすべて受け止めます。

 

そして近日中にアバターは削除し、千里眼オロチは引退するつもりです。

 

ただ、ニコさんからいただいた温かいお言葉に甘えて、新しい見た目と名前でイチから出直そうと思っています。

 

もともとは趣味でやっていた占いです。今度こそ必要としている人に届けられればと思います。

 

わたくしはあなたに救われた、そう思っています。

―――――――――――――――

 

 

 

 もう少し探偵Vtuberとして頑張っていこうと思えた。

 私もまた彼女に救われたのだ。

 

 

【次回予告】

 

 再生数も貯金残高も急降下中の不人気Vtuber藤堂ニコは再び名を売るための事件を求めていた。

 

 もはや依頼など待たずにトラブルがあれば首をつっこんでやろうかとすら考える彼女のもとに一つの情報が入る。

 

 とあるVと絡んだ相手が次々になんらかの不幸に見舞われ引退していくのだという。

 

 そのVは「V殺し」と呼ばれている。

 

 

 

 探偵系V藤堂ニコは「V殺し」の秘密を暴くことができるのか――!?

 

 

 

 こうご期待!

 

 

 

※内容は変更になる可能性があります。ご了承ください。

 

※あとフォロー、高評価もなにとぞよろしくお願いします。

 

※もともとは別々の2話だったのですが、ハーメルンは最低文字数が1000文字で投稿できなかったので合体しました。

 

※カクヨムのブラウザ上で執筆しているので向こうの方が先行での公開となります。もしよろしければ向こうでもブックマーク、星をいただけますありがたいです。



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V殺しの呪術師編
藤堂ニコの中の人


 大学の講義は面白い。

 自分から能動的に学ぼうと思わない新しい知識が入ってくると、今まさに教養が身についてるなという快感がある。

 私は勉強は昔から好きだった。

 だけど大学が好きかと言われると素直にうなずけない。

 

 私には友達がいないからだ。

 大学生活それ自体は楽しくはない。

 

 一人で大学に行って、一人で学食で食事を摂って、一人で帰宅する。

 

 一年生の時はさっさと在学中に作家デビューして中退してしまおうと思っていたため、空き時間は新人賞投稿用の原稿を書いていたし、サークルにも入らなかった。

 しかし作家として食っていくという目標は早々に頓挫し、残ったのは売れなかった2作の著作と一瞬話題にはなったもののあっという間に再生数が底辺のちょい上まで急降下したVtuberのデータがあるだけだ。

 就職も考えなければならないのに中退なんてしている場合ではない。

 

 千里眼オロチの事件の後は報告動画の再生数、生配信の同接も見たことのない桁数に跳ね上がった。

 でも投げ銭はちょっぴりだった。思ったより手元に来た金額は少額だったし、千里眼オロチのファンにはいまだにめちゃくちゃ恨まれており、まったく割に合っていない。

 

[インチキ占いだってよかった。俺はオロチ先生が好きだったのに]

[このニコとかいうクソ探偵気取りのせいでみんなのオロチ先生が引退してしまった]

[許さない]

[お前が引退すればよかったのに]

[〇ね]

 

 ボロクソである。

 ちなみにみんなのオロチ先生は巫女服のおみくじVtuber神宮ミコとして、ひっそり復活している。ちょっとだけボイスチェンジャーで声を変えているのでまだ中の人がオロチと同じだとは気づかれていない。

 この罵詈雑言コメントの皆さんにも転生していることを教えてさしあげたい。

 あと、ニコとミコでちょい被ってるのよ。

 ちなみに今度コラボすることになっている。実はあの事件の後もちょこちょこ連絡を取り合っていてちょっと仲良くなっていたのだ。

 ミコちゃんが私を占ってくれるらしい。

 

 あと著作はちょっとだけ売れた。

 紙の本は全然だったけど、Amazonの電子書籍版のランキングが僅かに上がっていた。

 数万円くらい印税も入ってくるかもしれない。

 

 しかし、結局のところ私はVtuberとしてのコンテンツを持っていないのだ。もうみんなが飽きてしまった人狼以外。

 継続して追ってくれるファンなんて数えるほどしかいない。

 

「早く何か探さなくちゃ……」

 

 私は大学生協の書店に足を運ぶ。

 やはりストリーマーは人気者が多く、一角にワンコーナー作ってある。

 麻雀にポーカーに株に就職活動にと様々なVtuberが執筆した書籍が並んでいた。

 本当にプロや専門家がVtuberをやっているパターンもあるが、やはりVtuberがやっているのをきっかけに始める人が多いのか入門書の類がほとんどだ。

 

「私の本、置いてあるかなぁ……」

 

 なぜか私は自らを傷つけるような行動をとってしまうことがある。

 結果なんて最初からわかっている。

 

「あるわけ……………………あった」

 

 ――うわぁ。大学に私の本がある。しかもVtuber関連書籍として。

 

 愛校心が芽生えた瞬間であった。

 

 ――大学、大好き!

 

 私はけっこう単純な女なのだ。

 

「あれ、東城さん? 東城さんってVtuber好きなの?」

 

 確実に表情筋が緩んでいる私の横に一人の女性が立っている。

 背が高い美人だ。背筋が伸びていてモデルのように見える。

 身長150センチのちっこい私と比べると大人と子供が並んでいるようでもある。

 顔には見覚えがあるような気がする。なんといっても目鼻立ちがはっきりした美人だ。

 

 ――でも、誰だっけ?

 

「誰だっけって顔しないでよ。同じ国文学クラスの牧村だよ」

「あー、牧村さん」

 

 名前を聞いてなおピンときていないが、とりあえずニッコリしておいた。



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藤堂ニコは性格が悪いのか?

 彼女は牧村由実というらしい。

 らしい、というか同期生の牧村さんである。

 ようやく思い出した。

 顔は覚えていた。

 

 ちなみに私はV(ペンネーム)とリアルで苗字の読み方を似せている。

 VR上でもリアルでも、呼ばれた時に咄嗟に反応できるようにそうしたのだ。

 だが、Vの姿で苗字で呼ばれたことはないので無意味であった。

 

 で、そんな牧村さんが私のような者に声をかけてきたのである。

 

「東城さんって、ちょっと藤堂ニコに似てるよね」

「え? えー? そう? そうかなぁ? いやぁ、どうかなぁ」

「髪型とかなんとなく顔立ちとか。ニコちゃんに寄せてるのかと思うくらい」

 

 ――逆、逆ぅ! ニコが私に雰囲気似せてんのよ!

 

 なんてこと言えるわけはないので。

 

「偶然だけどね。たしかに黒髪ボブでちょっと小柄ってとこはキャラかぶってるかもね」

「でも、この子ちょっと性格悪いよねぇ」

 

 ――なんやと、こらぁ!

 

 とも言えるわけはないので。

 

「えー、そう? たしかに人狼プレイとかの時はちょっと相手の詰め方がね、ほんのちょっとだけキツいかな? っていう時もなきにしもあらずだけど、普段のトークとか割と温厚な感じだよ。ミステリ小説いっぱい読んでて、実際にミステリ作家っていうこともあって理路整然としゃべるから性格悪そうって思われることもあるのかもしれないけど。本当はけっこういい子なんじゃないかと思うよ。あ、千里眼オロチのインチキ見破ったのもあれは仕方なくっていうか別に売名目的じゃなかったと思うよ。報告動画とか観たら経緯も説明してくれてたし。あと――」

「え、あ、うん。めっちゃ喋るじゃん。なんかごめんね。東城さん、やっぱり藤堂ニコ推してるでしょ?」

 

 ――本人じゃい!

 

 と言えたら楽なんですけども、当然言えるわけないので。

 

「…………うん。ちょっとだけ」

「推しの悪口言われたらいい気持ちしないよね。私も無神経だったよ。V好きなんだって思って、勇気出して声かけてみたの」

「牧村さんもV好きなんだ?」

「うん、そうなんだよね」

「へー、どういうの観るの?」

「東城さん、このあと講義ある?」

「ないけど。今日はもう帰るだけ」

「じゃあ、学食でお喋りしない?」

「いいよ」

 

 私はリアルの人間と会話することがやや億劫にも感じたが、どうせ家に帰ってもVR上で独り言だ。

 それなら現実生活のリハビリも兼ねておしゃべりに付き合うくらいいいだろうと思えた。

 

「あ、その本買うの? お会計してきちゃう?」

 

 牧村さんは私が手に持ったままになっていた私の本を指して言った。

 自分で自分の本を買うわけない。

 いくらなんでも惨めすぎる。

 

「ううん」

「ニコ推しだったらもう持ってるか。V本人が作家なんだよね、たしか」

「うん」

「面白い?」

「と思うんだけど……どうだろ、あんまり売れてないからね」

 

 私は時に自分で自分を傷つけてしまうのだ。

 

「へー。じゃあ、東城さんが買わないなら私買おうかな。さっき性格悪いとか言っちゃったし。罪滅ぼしもかねて」

「え、ホント?」

「うん、実は千里眼オロチ事件でちょっと気にはなってたんだよね、藤堂ニコって」

 

 彼女が差し出してきた長くてきれいな指に私の著作をそっと乗せると彼女はレジへと向かっていった。

 

 ――めっちゃいい子じゃん! 性格悪いとか言ったの許すわ!



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V殺しの噂

 私は牧村さんと並んでキャンパスに併設されている生協内にある学食にやってきた。

 昼時で混み始めてはいたものの、運よく入れ替わりで二人掛けのテーブルを確保することができた。

 

 私は定食A(鮭の塩焼き、小鉢二つ、ご飯、お味噌汁)、彼女はカツカレー大盛りを注文していた。

 

「牧村さんっていっぱい食べるんだね」

「身体大きいからね」

「背が高いだけで細いから容積としては普通なんじゃないの?」

「そうかも。でも、私ジム行ったり運動もするから食べないと保たないんだよね」

「へー」

 

 私は運動音痴かつ運動嫌いなのでジムに行こうなどと考えたこともない。

 沢山動くとお腹が空くものなのだろうか。

 そもそも私はあまり空腹感というものを感じたことがない。

 ゆえに長時間配信にも耐えられるのだ。

 

 お互いの受けている講義や出身地の話から、話題はVtuberのことに――。

 

「千里眼オロチがいなくなってから占い系いっぱい出てきたよね。雨後の筍って感じで」

「あー、そうだよね。でも、私あんまり占いって興味ないな」

 

 実際、オロチ先生がほぼほぼ独占していた市場だったので、行き場を失くしたファンを獲得するために、今までこれといったキャラ付けがなかったVたちがこぞって占い師Vだの占星術Vだの八卦VだのタロットVだのに転身しまくっている。

 

「東城さん、千里眼を葬ったニコ推しだもんね」

「まぁ……推しっていうかちょっと観てるってだけね」

「はいはい」

 

 ――まぁ、推してると思われてるくらいがちょうどいいかな。

 

「牧村さんはどういうのが好きなの?」

「私はマイナーばっか推してる」

「マイナーってどのくらいの?」

「うーん、チャンネル登録二桁とか」

「二桁!」

 

 信じられない。

 私でも三桁いる。

 マイナーとかいうレベルですらない。

 

「なんで? そこまでファン少ないってなにかしら理由があるんじゃないの? 面白くないとか」

「いやいや、そういうことじゃないのよ。私は青田買いが好きなの。売れた後に古参面したいから。ちゃんと売れそうな子を選んでるって。大手事務所とかじゃなくて個人勢とかでね、あ、この子売れそう! って思って推し続けて、ビッグになるのを見届けるのが快感なんだよ」

「わかるような、わからんような。で、ビッグになったらどうするの?」

「まー、しばらくは古参面して浮かれてるんだけど、飽きちゃって次の子探すかなぁ。常に数人同時で推してはいるんだけど」

「はぁ」

 

 牧村さんはけっこういい奴だけど、けっこう変な奴でもあるのかもしれない。

 こんな美人なのに。

 

「でも、最近ちょっといいかもって思った子がすぐ引退しちゃって悲しいんだよね」

「なんで? 人気なさすぎて?」

「いやいや、そうじゃないから。なんかV殺しの標的にされちゃって」

「なに、V殺しって?」

「絡んだVが次々に引退しちゃうっていう不吉なVがいるのよ」

「へー、そんなのがいるんだ。でもそれって絡まなきゃいいだけじゃないの?」

「そういうわけにもいかないのよ。人気Vだから」

「あー、登録者数二桁とかのこれからって子からしたら人気者に絡まれたら嬉しくなっちゃうし、うまくいけばファンが流れてくるかもしれないしね」

「人気っていっても炎上系だよ。だってコラボ相手が死ぬんだから。実際には死んでなくて引退なんだけど、画面越しのファンからしたら一緒だよね。殺されたようなもん」

「へー」

「藤堂ニコみたいに相手のインチキを暴いて引退に追い込むとかじゃなくて、理由がわからないのに急に引退しちゃうから。V殺しって呼ばれてるの」

 

 そんな奴と比較されることはイマイチ釈然としないものの……V殺しのことは気になる。

 

 ――帰ったら調べてみようかな。

 

「藤堂ニコに頼んだら、V殺しのトリックも暴いてくれるかな? たしか名前にちなんで25000円でどんな依頼も請けてくれるんだっけ?」

「誰よ、そんなこと言ってるの。25000円くらいじゃ……まぁ、請けてくれそうではあるけどね。そんな金額設定はない……と思うけど」

「本当に好きなVがV殺しと絡んじゃったら本気で相談するかもしれない」

「ふーん。でも、もうそのV殺しってちょっと噂になってきてるんでしょ? ニコちゃんもそのこと知ったら自分から調べたりするんじゃないかな」

「たしかに。探偵なんだもんね、一応」

「そうなんだよね。一応、探偵なんだよねぇ」



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V殺しとは何者か

 私は帰宅すると大学の課題に取り掛かる。

 音楽を一曲聴いて、歌詞の中から比喩表現をピックアップして曲全体の表現意図をレポートにまとめるという楽しげだがちょっと面倒なやつだ。

 だが、どんな面倒ごとも夜の配信に向けて、やるべきことはすべて済ませておく。

 配信の後にはすぐ寝たいのでシャワーを浴びて、化粧も落としておく。

 そもそもあまりしっかり化粧をするタイプではないが、外に出る時にする化粧もVtuberとしてアバターを纏うのも本来の自分を隠し、より良く見せようという意味では似たようなものなのかもしれない。

 ただ化粧は薄く、Vの姿も自分自身に似せているため、本来の自分を隠そうという潜在意識はあまりないようにも思う。

 私のように個人勢でデザインからキャラ設定まで自分一人で作った人のVの姿は自分のなりたい姿なのかもしれないし、自身の内面や本質を具現化したものなのかもしれない。

 

 そして……Vの姿で人を騙したり、危害を加える人間はきっと内なる欲望をVの皮をかぶって発散しているのだろう。

 そう思うとV殺しにも俄然興味が湧いてくる。

 そういうV――人間の化けの皮をはがすのが私のような探偵の役目だ。

 

 ――今度、牧村さんに会ったらこういう話もできるといいな。

 

 連絡先は交換したものの、なんの用事があるわけでもないのに雑談のために連絡するというのは気が引けた。

 一年以上友達を作らずソロで大学生活を送ってきたので、いまいち他人との距離感をはかりかねているのだ。

 

 つらつらと無駄なことを考えながらもしっかりレポートを書き上げ、作り置きして冷凍しておいたカレーを夕食として食べた。

 貧しい大学生なので割と自炊はする方だ。あと昼に牧村さんがカツカレーを食べていたのが今になってちょっとうらやましくなってきたというのもある。

 

 しかし、V殺しというのは一体何者なのだろうか。

 私は牧村さんに聞いていた名前をライバー名鑑で検索する。

 

-----------

呪井じゅじゅ

ゴシックロリータを纏う呪い系Vtuber。ダウナー系のトークがクセになると評判。自分に関わると不幸になると公言しているが、多くのファンは彼女の呪いで不幸になるのであれば構わないと豪語している。

-----------

 

 流石に紹介文に「V殺し」と直接的には書いてはいない。

 そりゃそうだ。悪口としてストレートすぎる。誹謗中傷で訴えられたら勝ち目もなさそうだ。

 

 でも、そもそものVとしてのコンセプトも呪いではあるのか。

 引退していくVたちのことを呪い殺している、ということなのだろうか。

 

 もう少し情報を集める必要がある。私は彼女の配信や動画のアーカイブを観てみることにした。



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呪いの動画を見たって死ぬわけない

 

 呪井じゅじゅは普通に可愛い。

 呪いがテーマとかいいながら、ちょっと影があるお嬢様って感じだ。

 そんなにホラーチックな容姿をしているわけではない。名前を見なければ呪いモチーフのキャラ作りをしているとは思えない。

 前髪は長めに作ってあり、片目が隠れたり、隠れなかったりしている。

 あれはVRヘッドセット内からは髪で視界が遮られないようになっているのだろう。

 ゴスロリ衣装も細かいところまで作り込まれてるなと思った。

 かなり良いイラストレーターと3Dモデラーがママのようだ。

 

 彼女の動画リストをザッと見てみるが、千里眼オロチと違って特にテーマに沿った活動というのはしていないようだ。

 オロチ先生は占いキャラでしっかり占い回の動画が定期的に作られていたし、紹介する本やら最近買って良かったものランキングなんて回までもちゃんとキャラが崩れないようにスピリチュアルなものに統一されていた。

 

 しかし、じゅじゅは全くそんなことはなくしっかり流行りのゲームをプレイしているし、ファーストフードやコンビニスイーツの限定商品の紹介なんてベタなこともやっている。

 

 ――こういう普通っぽいのやってるんだなぁ。

 

 でも、Vの姿だと実際に食べている姿を観せられるわけではないし、面白いのだろうか? いや、そこは紹介コメントやトークに工夫を入れるのか。

 なんてことを考えている場合ではないのだか、とりあえず彼女の動画をいくつか観てみることにした。

 

     ※

 

 動画それ自体はやはりとりたたて特徴があるわけではない。

 

『呪井じゅじゅです。呪われてもいいという方だけこのまま視聴を続けてください』

 

 というお決まりの挨拶はあるものの、別にホラーっぽい感じというかとりあえず言っとく程度で誰も本気で呪われると思っているような感じでもない。

 ちょっと陰キャ感を軽く演出している程度だ。

 

[俺のこと呪ってくれー]

[じゅじゅちゃん可愛い!]

[【¥1010】]

[【¥101010】私もじゅじゅ嬢のことを呪わせていただきました。呪いというのは愛なのだとじゅじゅ嬢のファンになって理解したのです。私の愛は呪いです」

 

 とかそんなのだ。

 じゅじゅだから、10(じゅう)と10(じゅう)で1010円がお決まりのスパチャ額なのか。

 私は名前を付ける時にそんなこと全く考えずに適当に付けてしまった。

 故にみんな250円でいいと思われている。ニコだから。

 高額スパチャにこじつけられる名前にしておけばよかったかもしれない。

 

 ――いや、それより……最後の奴なに? どういうこと? やば。

 めちゃくちゃ気になる。

 

 ――呪井じゅじゅ、すごいなぁ。

 

 とにもかくにもこんなに人を狂わせるような魅力があるということなのだろう。

 私も愛と呪いセットでいいので250万円くらいスパチャしてほしい。

 多分、呪い付きでもニッコニコである。

 

 しかし、いくら動画を観てもコメントを漁っても「V殺し」に関する情報もキーワードも一切出てこない。

 牧村さんは炎上系だと言っていたが、炎上の気配もない。

 おそらくNGワード設定しているか、AIが自動的に削除しているのだろう。

 

 そうこうしているうちに呪井じゅじゅの生配信があるという広告が表示された。

 ただの動画の配信だけじゃなく、VR空間『グリモワール』内での有観客ライブらしい。

 

 ――へー、そういうのもあるのか。

 

 今から行けば間に合う。

 チケットを確認すると「残り僅か」の表示で買うことができる。私が購入ボタンを押すと同時に「売り切れ」表示になった。おそらく完売していたのだろうが、キャンセル分が1枚だけ補充されたに違いない。

 タイミングがよかった。

 

 私は自分の配信は後回しや休みにするにすることにして、VRヘッドセットを装着する。



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Vtuber殺しのライブ会場はいずこ

 私はVR空間内の無料アパートで藤堂ニコとして目覚める。

 英国風アンティーク家具の書き割りに、安くてテクスチャーが粗いロッキングチェアしかない部屋は相変わらず心が寒くなる。

 信じられないことだがVR世界の家具も現実と同じかそれ以上にお金がかかるのだ。

 いまやかなりの数の人間がVRも半分現実のものとして受け入れているし、このVR空間の維持費もかなりもので、それに伴って劣化しないVR家具はそれなりに高い金額設定ということらしい。

 わかるようなわからないような理屈だが、ここでこうしてお金儲けをさせてもらっている以上は受け入れざるをえない。

 VR空間と配信プラットフォームに投げ銭のうちのそこそこの割合が引かれるので、イマイチ儲かっている実感がない。

 

「さて……行きますか」

 

 私は無料スペースエリアから出て、呪井じゅじゅのライブがあるエリアへと向かう。

 時間があるのとお金がないのと、さほどエリアとして遠くないのとで徒歩で向かうことに。VR空間なんてどこへでもワープさせてくれればいいようなものだが、ちゃんとタクシーにもお金がかかるし乗り物なんてとてもじゃないが買えるような値段ではない。

 とはいえ、流石にタクシーやバスといった移動手段はかなり安く設定されている。

 タクシーはAIによる完全自動運転で人件費もかからないので当然ともいえる。ほどほどに不便にしておくのが儲かるコツということなのだろう。

 

 てくてく歩いているとちょくちょく視線を感じるし、たまに声をかけられるようにはなってきた。

 

「あ、ニコちゃんだ。本物ですか? 握手してもらっていいですか?」

「もちろんです」

「うれしいです。私、この間の千里眼オロチとの対決見てファンになったんですよ。もちろんチャンネル登録してます!」

 

 『もちろんです』は本物と握手の両方にかかっている。

 私は話しかけてくれた背の高い女性に手を差し出す。

 彼女はファンタジー小説やゲームに登場するエルフのような風貌をしていた。

 耳が尖っているし、服装も現代日本で歩いてたらエルフ耳じゃなくてもみんなが二度見するようなドレスだ。

 私は探偵スタイルであること以外はかなり普通っぽいので、むしろ私の方が芸能人に握手してもらってるような気分である。

 

 ――エルフが芸能人なのかはよくわかんないけど。

 

「わー、このへんよくいるんですか?」

「いえ、普段は自宅から出ないんですけど、今日はこれからライブに行くんですよ」

「そういうの行くこともあるんですね」

「まぁ……なんというか行きがかり上……調査も兼ねて」

「調査! 探偵っぽい」

「えぇ、まぁ探偵なので。で、ちょうどいいのでお伺いしたいんですが、ネオガレージってどのへんですか?」

 

 この姿では探偵だが、実際は探偵を自称しているただの女子大生であるが、こちらではもう探偵と言い切ってしまう。

 

「ネオガレージはここの角を右に曲がったところの地下です。看板わかりにくいんですけど、他に地下に降りる階段ないのでわかると思います」

「エルフさんはネオガレージ行ったことあるんですか?」

「あ、私はステージに立つ側ですね。地下アイドルがよくやるライブっぽい内装の箱なんですよ」

 

 こういう現実にはいない可愛い人のパフォーマンスを観られるというのもVR空間の醍醐味なのかもしれない。

 

「そうなんですね。エルフさん可愛いですもんね」

 

 ――アイドルかぁ、そういう稼ぎ方もあるんだな。

 

「いえ……正直こっちだとみんな見た目可愛いですし、エルフとかちょっと捻った感じのアバターでもキャラ被り多いですし、なかなか人気も出ないんですよ」

「難しいんですねぇ」

 

 私はキャラ被りとかは考えたこともなかった。

 実際に他人の嘘を暴いて引退に追い込むような探偵は他にいないからバズりはしたものの、探偵風スタイル自体は結構いるのかもしれない。

 

「今度ぜひ観に来てください」

「わかりました。今度時間ができた時には観に行かせていただきます」

 

 私は彼女から公演情報のデータを送ってもらうと、別れを告げてライブハウスへと向かった。



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会場に現れた不審者

 呪井じゅじゅのライブ会場はすぐに見つかった。

 確かにちょっと看板がわかりにくい。だが地下に降りる階段は一つしかないので問題なかった。

 

 会場の中は意外にも広く千人くらいは収容できそうで既にかなり埋まっている。

 少し調べたところ、VR空間とはいえ移動は手間なので多くのアイドルVのファンは配信で観るらしい。

 私は仮想ウィンドウを呼び出し、今日のライブ情報を確認する。

 

―――――――――――――――――

呪井じゅじゅ定期単独公演

じゅじゅの儀式 part.15

 

配信視聴待機中 12051人

 

チケット 予約・当日共に4500円

(VR配信チケット 3500円、動画配信チケット 3000円)

―――――――――――――――――

 

 VR上の配信チケットは立ち位置固定ではあるものの、ほぼライブ会場に来ているのと同じ状態でライブが観られるのであまり現地まで足を運ぶ理由はない。

 それでも現地で観たいという人間が1000人近くいるというのはなかなかの人気者だ。

 

 もし本当に彼女がコラボ相手を引退に追い込むような何かトリックを使っていたとして、それをあばいた暁には再び大炎上が待っているだろう。

 

 ―― 一万数千人のファンを露頭に迷わせるだもんなぁ。めちゃくちゃ叩かれるだろうなぁ。無実であってほしいなぁ。

 

 私はちょっぴり憂鬱な気持ちになりつつ、ライブが始まるのを後方の端っこで遠慮がちに待つ。

 

 しかし呪いというニッチなテーマのVでこれだけのファンを抱えられるまで上り詰めたというのは不思議に思える。

 V殺しの噂が客寄せになっているのだろうか。

 

 そしてライブの開演時間になる。

 会場が暗転し、スポットライトの中に呪井じゅじゅが現れる。

 ライブ専用衣装なのだろう。いつもの配信とは違う黒でまとめたゴシックロリータ衣装にヘッドドレスを付けている。

 こうして実物をVR空間で見ると動画の印象よりも小柄で私と同じくらいに感じた。

 このサイズ感は現地に来ないとわからないものだ。

 

「本日は私の儀式にお越しいただきありがとうございます。これは呪いの儀式ですので、呪われてもいいという方のみこのまま視聴を続けてください」

 

彼女がそう言うと会場がわっと湧く。

 

「俺のことを呪ってくれー」

「呪われてもいい!」

「じゅじゅー」

 

 そして歓声が落ち着きかけた時、怒号が響く。

 

「じゅじゅ! お前を殺す! よくも俺のナオちゃんを呪い殺したな! 絶対に許さない。ステージから降りてこい! ぶっ殺してやる!」

 

 叫んでいる男性のアバターは固有のデザイナーによって作られたものではなく、グリモワールの初期に選択できる汎用タイプのものだった。

 手に拡声器を持っているということ以外にはまったくといっていいほど特徴がない。

 

 そして案の定AI警備員に拘束され、ライブハウスの外に放り出されてしまう。

 

「お騒がせしてすみません。彼は呪われてしまったようです」

 

 じゅじゅがそう言うと会場はどっと笑いが起きた。

 私にはその冗談があまり面白くは感じられなかった。

 

「それでは最初の曲――『呪縛』」

 

 私は踵を返し、あの摘み出された男性を追うことにした。

 



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V殺しに何の得があるのか

 私はライブハウスを飛び出して、男性に声をかける。

 ログアウトされてしまえばおそらくもう二度と会うことはできない。

 今回のテロ行為のためだけに作ったアバターであることは明白だ。ログアウトしなくても呪井じゅじゅが通報すればVRセキュリティに捕まってアカウントを凍結される可能性もある。

 

「すみません!」

「俺か?」

「そうです。あなたです」

 

 男性は自分が話しかけられるとは思っていなかったようで、ややたじろいでいる。

 

「ライブは観なくていいのか? それとも俺を殴りにでもきたのか?」

 

 当然の疑問である。

 別にライブは観なくていい。あとVR上で殴っても仕方ない。別に痛くないし。ちょっとビックリするくらいだ。

 世の中にはVR上での刺激も現実のように感じてしまう人もいるらしいが、極めて稀だ。

 

「殴ったりしないです。私は別に呪井じゅじゅのファンではないので」

「ファンじゃないのにライブ観に来てたのか? なんで?」

「そうですね。まぁなんというか彼女のことが知りたくて」

 

 男はようやく私の恰好が探偵風であることに気付いた素振りを見せ、わざわざファンでもないのにライブ会場に来た理由は察したようだ。

 というか、自分だってじゅじゅのファンじゃないじゃないか。

 

「どこか落ち着けるところでお話ししませんか?」

「わかった。俺も誰かに話したい気分だ」

 

     ※

 

 私たちは盗聴盗撮ができないようにセキュリティが強化されたスペースを借りる。

 店舗の外観はまるでチェーンの喫茶店だ。

 こちらの世界では飲み食いはしないので、喫茶店や飲食スペースはこういうプライベートな会話を良い雰囲気で行うために使えるようになっているのだ。

 

「えーっと、では改めまして、藤堂ニコと申します。探偵活動をしてます」

「はぁ。俺は……スズキってことにしておいてくれ」

 

 使い捨ての姿で本名や普段VR上で名乗る名前を教える必要もないという判断だろう。

 

「その探偵Vとして、V殺しについて調べてまして。お話を聞けたらと」

「アイツは……呪井じゅじゅは俺の推しを殺したんだ」

 

まぁ、そうだろうなと思った。

 

「えーっと、ナオちゃんでしたっけ?」

「平和(ピンフ)ナオ。まだデビューしてから間もない麻雀Vtuberだったんだ。俺や数人でこれから盛り上げていこうって……」

「それがじゅじゅに殺されたんですか?」

「あぁ、そうだと思う。ネット掲示板ではアイツと絡むと引退する呪いをかけられるという噂で盛り上がってる。なぜかはわからないがきっと何か秘密があるんだ。俺や他のファンもじゅじゅとは絡むなって言ったんだけど、せっかく多くの人に見てもらえるチャンスだからって彼女は麻雀対決コラボをやっちゃったんだ」

「コラボしたんですか? 彼女の動画一覧を見てもコラボ動画は見つからなかったんですが」

「アイツは自分のチャンネルには出さずに相手側のチャンネルにだけ出るんだ。そしてその相手は引退してチャンネルを削除してしまうからなにも残らない」

「ふーむ」

「本当はダメなんだが、俺はナオちゃんの動画は全部保存してあるから見せてやるよ」

「ありがとうございます、では後で拝見します。しかし、聞けば聞くほど不思議というかじゅじゅ側にはなんの得もないんですよね。なぜそんなことをするんでしょう。コラボも別に得しないし、そんなデビューしたての新人が引退したって彼女には関係ないでしょう」

「そこはわからない。掲示板で叩かれて炎上するだけだ」

 

 私は腕を組んで考える。

 何か見落としがあるような気がする。

 

「しかし、じゅじゅって麻雀打てるんですね」

「結構上手かったよ。ナオちゃんは負けてしまった。そうだ……あの麻雀対決が引退を賭けた勝負だとしたら説明がつくんじゃないか?」

 

 男が言うことは一瞬で否定できた。

 

 ――んなわけない。

 

「フォロワー数の桁、何個違うと思ってるんですか。じゅじゅがリアルで実はプロ雀士だったとしてもリスクとリターンが見合ってないですよ」

「そうだな。さっきじゅじゅにはそもそもコラボも相手の引退もなんの得もないって話したばかりだ」

「冷静になってください。とりあえずそのコラボ動画観てみましょうか」

「あぁ、ちょっと待ってくれ。仮想ウィンドウの公開設定を変えて、お前にも見えるようにしてやる」

 

 私たちの目の前に50インチほどのウィンドウが現れる。

 

「こんにちは! 今日は呪井じゅじゅ先輩と麻雀対決コラボをします! わたしが一番得意な麻雀での対決なので是非1回くらいはトップ獲りたいと思います! 本当は生放送でみんなのコメント拾いながらやりたいんですけど、今回は真剣勝負ということでズルできないようにというのとお互いに深夜にしか時間が合わなかったので録画でお送りします!」

 

 そして麻雀ゲームでの対決がはじまった。

 VR空間上で顔をあわせてのヴァーチャルプレイではなく、通信対戦という形をとっている。

 

 この動画の中に何かヒントが隠されているのだろうか――。



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逆転の発想

 私は平和ナオと呪井じゅじゅの麻雀対決を観た。

 

 結果的に負けた方はVとしての命を落とすことになる死のゲームだったわけだが、対決動画自体はどこにでもある和気藹々としたコラボ動画だった。

 

 トークは正直ぎこちなく、なんというか間が悪いやりとりで、麻雀の内容とは特に関係ない――イカサマ防止のため当然だが――ものでわざわざ麻雀をする意味があるのか首を傾げたくなるようなものだったが、このナオちゃんが引退するきっかけになったとは到底思えない。

 

 

 

「別にこのコラボそれ自体が引退の原因ではなさそうですね。私、麻雀に詳しくないですがじゅじゅもナオちゃんを執拗に狙うとかダーティなプレイをしたわけでもないですし」

 

「そうなんだよな」

 

「まぁ、面白くはなかったですが」

 

「じゅじゅって暗くてトークは面白くないからな。今はコラボ相手が引退する呪いが話題でちょっと人気出てきてるけど、この噂が出るまでは本当にパッとしなかったんだ」

 

「そうなんですか? けっこう可愛いですけどね」

 

「可愛いだけのVなんかいくらでもいるだろ」

 

 

 

 それは一理ある。

 

 さっき会ったエルフのお姉さんもキャラ被りが多くて目立つのが難しいと言っていた。

 

 

 

「ナオちゃんは違ったんですか?」

 

「ナオは違った。たしかにまだ上手くなかったしミスもあったが真摯に麻雀に取り組んでいたし、俺たちファン一人一人のことを大事にしてくれてたんだ」

 

「まぁ、ファンが少ないうちは……」

 

「わかってるよ。人気者になったら離れていっちゃうってのは。俺みたいなのの名前も忘れちまうかもしれない。でも、そこまで一緒にがんばって押し上げるっていうのは大事な思い出になるだろ」

 

 

 

 牧村さんもそんなようなことを言っていた。

 

 私のファンもそう思ってくれているのだろうか。

 

 

 

「そうかもしれませんね」

 

「でも、じゅじゅはその未来を奪ったんだ」

 

「最初から決めつけてますけど、じゅじゅがやったって根拠があまりにも少なすぎると思うんですよね」

 

 

 

 私はどう考えても呪井じゅじゅがコラボ相手を呪って引退に追い込んでいるとは思えなかった。

 

 非科学的だし彼女は炎上して目立つ以外にメリットがない。

 

 

 

「いや、状況証拠が揃い過ぎてるんだよ」

 

「状況証拠ですか……?」

 

「コラボ相手がかれこれ10人も引退してるんだぞ。おかしいだろ」

 

「10人はたしかに多いですけど……どういう人たちだったんですか? ナオちゃんは急にいなくなったみたいですけど、残りの9人も引退を匂わせるようなことがなかったのにじゅじゅとコラボした瞬間にいなくなったんですか?」

 

 

 

 私はここまで自分で話していて、ふと逆転の発想で考えてみると違う真実が見えてきそうな気がした。

 

 

 

「これがじゅじゅと絡んだ後に引退した10人だ。チャンネルや動画はもう消えてしまっているがSNSで調べたところ引退はなんの前触れもなかったらしい」

 

 

 

 男が画面に引退したVの一覧を表示する。

 

 私はその一覧を記録する。

 

 

 

「確信は持てないんですが……じゅじゅサイドではなく、こちらの引退した人たちの方を調べて共通点が見つかれば、何が起こっていたのか――真実が見えてくるかもしれません」

 

「そうなのか?」

 

「いえ、まだはっきりと言語化できるところまで考えがまとまっているわけではないんですが……ちょっと調べるので時間をください。あぁ、でも多分その身体は今日限りとかですよね。じゃあ、私のチャンネルとか観てもらえれば」

 

「もし何かわかったらここに連絡をくれ。俺の本体の連絡先だ」

 

「いいんですか?」

 

「俺は真実が知りたい」

 

 

 

 なんとなく行きがかり上、呪井じゅじゅについて本格的に調べることになってしまった。

 

 だが、本当に何か一つの閃きで真実にたどり着けそうな気がする。

 

 

 

「もし私が真実にたどり着けたら……スパチャ25000円投げてください」

 

「あぁ、わかった……でも25000円でいいのか? もっと払ってもいいんだが」

 

「いいですよ。25000で。多分、真実を明らかにしたらまた死ぬほど炎上して再生数は稼げますからね」

 

 

 

 お互いに笑っていいのかどうか微妙な感じになってしまった。



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被害者の情報

 私は自分のスペースに戻り、呪井じゅじゅとコラボをして引退していった被害者(仮)リストを洗っていく。

 

 もはや動画は殆ど残っていない。

 

 もともと売れていなかった子たちだ。ハイライトの切り抜き動画なども存在していないのでSNSから痕跡を拾っていく。

 

 

 

 あとは数少ない私のリスナーにも情報提供を呼び掛ける。

 

 

 

「皆さん、こんばんは。名探偵Vtuber藤堂ニコです。ちょっと遅い時間になってしまったんですが突発生配信やります」

 

 

 

[ニコちゃん、こんばんは]

 

[こんばんわー]

 

[〈¥250〉 待ってました]

 

[今日やるって信じてた]

 

 

 

「実はですね、私さっきまで呪井じゅじゅさんのライブに行ってたんですよ」

 

 

 

[ニコちゃん行ってたんだー]

 

 

 

 購入したチケットやライブハウス前で撮っていた自撮りを表示する。

 

 

 

「で、そこでライブが始まってすぐくらいに平和(ぴんふ)ナオちゃんっていう引退したVのファンのお兄さんがじゅじゅさんのせいで推しが引退したって叫んで追い出されちゃったんですよ」

 

 

 

[俺、じゅじゅのライブ配信で見てたわ。なんか一瞬叫び声聞こえたと思ったら中継止まったんだ]

 

[そんなことがあったのか]

 

[ちょっと話題にはなってるな。またじゅじゅがV呪ったって]

 

 

 

「そうそう、今コメントで書いてもらいましたが、じゅじゅさんが呪った人がVを引退するというのが噂になっているみたいです。で、実はそのナオちゃんのファンだったっていう男性からお話を聞いてですね。まぁ……色々聞いているうちに本格的に調べてみようと思い立ったんです。もともとちらっとは耳にしていて興味があったからライブにも足を運んではいたんですが」

 

 

 

 V殺しという異名についてはあえて口にはしない。実際に殺しているわけではないし、まだ本当に何かしていると確定したわけでもないのに「殺し」という強い言葉で呼ぶ気にはなれなかった。

 

 

 

[お、探偵活動再開か!]

 

[じゅじゅが本当にV殺しの真相突き止めたらめっちゃスパチャ投げるわ]

 

 

 

 そして一つのコメントが目に留まる。きっと彼だ。

 

 

 

【スズキ】[頼む]

 

 

 

「ただですね。今回は私一人の力では真相に辿り着けないかもしれません。リスナーの皆さんにお願いしたいことがあります」

 

 

 

[お、なんだなんだ]

 

[俺たちのことも認識はしてたのか]

 

 

 

「認識はしてますし、ちょくちょくコメントも拾ってるじゃないですか。で、お願いがあるんですよ!」

 

 

 

[言ってくれよ]

 

[オレたちができるってなんだ?]

 

[ついに真の名探偵であるお前の出番だな]

 

[〈¥2500〉俺ができるのは資金援助くらいだ]

 

 

 

「お願いというのはですね、じゅじゅに呪われて引退したとされているVたちの情報を提供してほしいんです。もうチャンネルも動画も情報も消えてしまっててどんな人たちだったかわからないので。どんなものでもいいので」

 

 

 

[任せろ!]

 

[〈¥2500〉俺には金を出すくらいしかできない]

 

[金出す以外にもなんかあんだろ]

 

 

 

「はい、じゃあお願いはここまで。また調査結果は後日発表します。まだちょっと喋ったり遊んだりしたいので『ウミガメのスープ』でAIと対戦しまーす。私の類まれなる推理力をもってすれば質問ゼロで正解を導き出すことができるでしょう」

 

 

 

[質問ゼロは無理やろ]

 

 

 

「天才探偵を甘く見てますね。なんなら問題を聞いてる途中で正解わかりますからね」



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被害者の共通点

 私の元には思ったよりも多くの情報が寄せられた。

 

 まずは彼女たちのデータを並べてみる。

 

 3Dモデラーの差があるのか、クオリティは良い子からイマイチな子までさまざまだ。

 

 ただどことなく似たような雰囲気は漂わせている。何か風貌にも狙われるヒントがあるのかもしれない。

 

 しかし、中にはライバー名鑑にすら載っていない者がいたり、載っていても名前だけで紹介文がなかったりと情報量は少ない。

 

 私はリスナーたちから寄せられた証言や僅かな動画を元にリストを作っていく。

 

 

 

――――――――――――――

 

平和ナオ

 

麻雀Vtuber。VR麻雀プロを目指して活動していた。

 

スズキさんが推していたV。じゅじゅとの麻雀対決後に引退。

 

活動期間20XX年4/20~6/15

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

梶野エース

 

ポーカーVtuber。じゅじゅとのテキサスホールデム対決後失踪。

 

活動期間20XX年1/2~1/25

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

玉田らっこ

 

ラッコ擬人化Vtuber。海洋生物に詳しい。

 

活動期間20XX年3/30~4/20

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

デスサイズ

 

メタルバンドのボーカルという設定のVtuber。

 

活動期間中に一度も歌うことはなかった。

 

活動期間20XW年7/20~9/10

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

火縄カンナ

 

ガンマニア設定。VR射撃を得意としていた。動画なし。

 

証言によるとじゅじゅとはVRでの射撃対決をしたらしい。

 

活動期間20XW年5/30~6/20

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

玉田キュウ

 

詳細不明。動画なし。

 

活動期間20XW年9/20~10/20

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

ルー

 

くまのぬいぐるみ型Vtuber。意外と博識だったらしい。

 

じゅじゅとのクイズ対決後に引退。

 

活動期間20XW年11/1~12/23

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

金剛ダイヤ

 

宝石のような美女を自称するV。詳細不明。

 

活動期間20XV年10/5~12/20

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

きめら

 

身体のパーツが色んな生物を繋ぎあわせたクリーチャー系Vtuber。

 

動画資料多数あり。

 

活動期間20XX年2/1~3/15

 

――――――――――――――

 

 

 

――――――――――――――

 

小林らら

 

詳細不明。

 

活動期間20XV年8/10~9/20

 

――――――――――――――

 

 

 

 彼女たちがじゅじゅと絡んだがゆえに引退したと噂されるVたちだ。

 

 どの子たちも活動期間が非常に短くデビュー後すぐに声をかけられたと見える。

 

 何人かは動画は手に入らず、サムネイルだけであったりと情報量もまばらだ。

 

 

 

「うーん……もう答えはすぐ近くにありそうな気がするんだよなぁ」

 

 

 

 私はこのリストに入手した画像やイラストを貼り付けて空中に浮かべる。

 

 こういう資料を広げて俯瞰で見たい時は現実よりもVR空間の方が便利だ。

 

 

 

 そして私はついに二つのことに気付いた。一つは確信を持てたが、もう一つについては確信を得るために私のママに連絡を取ってみることにする。

 

 

 

 おそらく……事件はもうそろそろ解決だ。



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決戦前夜

 私のママである姫咲カノン先生に質問を送り、寝る準備をする。

 

 もうすっかり深夜も深夜――どころかなんならもう朝だ。

 

 返事が来るのも明日だろう。

 

 

 

 ――今日はなんかやけに長い一日だったな。

 

 

 

 私は長時間寝るタイプだが、考え事をしていたり小説を書いていたり集中していると幾らでも起きていられる。

 

 だが、それは所詮元気の前借りでしかない。後で必ず皺寄せが来る。

 

 寝られるのであれば寝た方がいい。眠くなくてもだ。

 

 

 

     ※

 

 

 

 翌日、カノン先生からDMが届いていた。

 

 

 

「やっぱり……」

 

 

 

 その内容を見て私は自身の推理が間違っていなかったことを確信する。

 

 だが、これだけではまだ偶然だと言い張られる可能性がある。

 

 あともう一つ何か……言い逃れできないような証拠がほしい。

 

 現時点でこれまで引退に追い込まれたVのファン達には納得してもらえる解答を導き出せたとは思うが、じゅじゅが認めなければあくまで推論で終わる。

 

 

 

 私は再びリスナー達から提供してもらった動画を一つ一つ分析していく。

 

 

 

「どれもそんなに面白くはないんだよなぁ」

 

 

 

 できれば面白くあってほしい。観ているのがまぁまぁ苦痛だ。

 

 そしてその中で違和感がある動画が一つあることに気づく。

 

 

 

「何か……おかしい」

 

 

 

 動画それ自体に問題があるというより些細な違和感だ。

 

 どこかで観たことがあるような……。

 

 

 

 あぁ、わかった。そういうことか。

 

 彼女は一つ大きなミスを犯した。

 

 このたった一つのミスによって彼女はもはや言い逃れは不可能になってしまった。

 

 

 

「呪井じゅじゅ、化けの皮をはがしてあげますよ。Vだけにね」

 

 

 

 誰に向かって言っているわけでもないが、まぁなんとなく言っておいた方がいいような気がした。

 

 

 

     ※

 

 

 

 私は呪井じゅじゅにV殺しの噂についてコラボ生配信でトークしたいという打診を送る。

 

 

 

--------

 

呪井じゅじゅです。コラボの件、承知しました。

 

ただ私とコラボしたら呪われてしまうかもしれませんが、それでもよろしければ……なんて脅しにもなりませんね。おそらく噂のことはある程度あなたの中では答えが出ているのでしょうし。

 

あなたの個人チャンネルで好き勝手に話されるよりも一緒にやった方がいいでしょう。

 

受けて立ちます。

 

--------

 

 

 

 千里眼オロチに続いて呪井じゅじゅも私の挑戦を受けてくれた。

 

 文面から察するに証拠は出てこないと踏んでいるようだ。

 

 たしかに事実として私の個人チャンネルで推理を一方的に公開されるより、その場で否定してしまう方が傷は浅くて済むのかもしれない。

 

 これは犯罪ではない。状況証拠がいくらあっても知らぬ存ぜぬを貫けば有耶無耶にできる可能性も十分にある。

 

 

 

 だがおそらく真実に辿り着いたであろう私の考えは少し違う。

 

 彼女もまたオロチ先生と同様に早く名探偵に真実を明らかにされたいと思っているのではないか、ずっと苦しんでいるのではないか、そんなふうに思えてならないのだ。

 

 

 

 生放送は明日の夜。

 

 私はコラボの告知文を書き、スズキさんに観てもらえるようDMを送った。

 

 



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解決編 探偵vsV殺しの呪術師1

 私は彼女に指定されたスタジオへと足を運ぶ。

 VR上のことなので、正確には私の肉体――足はワンルームのマンションの座椅子の上から一歩も動いちゃいない。

 

 今回のスタジオは外観からして洋館風のスタジオだ。あまり大きくはないが、このVR空間において建物の外観はなんの意味も持たない。

 現実の建築物とは違い所詮データでしかないのだ。犬小屋の中が東京ドーム並の空間なんてこともある。

 とはいえ、わざわざそんなことをする意味もないし、利用者のニーズもあるだろうからここはちゃんと洋館風スタジオなのだろう。

 

 しかして中身もちゃんと洋館風であった。私は手続きをして、指定のFスタジオへと足を踏み入れる。

 

 中は明治大正の西洋館の客間風で広々としていた。

 奥には暖炉。ソファ二つが向かい合わせになっており、中央のテーブルにはティーセットが用意されている。

 しかし、私が一番気になったのは窓の外が雷雨であるところだ。部屋の中もどことなく薄暗い。

 わざわざ雷雨の洋館での対談にするとは趣味がよろしい。

 あと雨や雷の音がミュートになっているのも違和感がある。足音もないので完全な無音だ。むしろ私の部屋のPCのファンの音がヘッドセットの外から聞こえてくる。

 

 そして私がソファに腰掛けると目の前に仮想ウィンドウが現れる。

 

『準備ができましたら、こちらの収録開始ボタンを押してください』

 

 収録が始まるまでこの館の主は現れないということらしい。

 

 私は自分のアイカメラの録画をスタートすると、開始ボタンをタッチする。

 仮想ウィンドウが消えると同時にカウントダウンがスタートする。

 

 3

 

 

 

 

 

 2

 

 

 

 

 

 1

 

 

 

 

 

 0

 

 奥の扉から豪奢なゴシックロリータファッションに身を包んだ呪井じゅじゅが現れる。

 

 ――スカート何重になってるんだよ。お金かかってるなぁ。私も新しい衣装ほしいなぁ。

 

「ようこそ、いらっしゃいました。わたしが呪人館の主、呪井じゅじゅです」

 

 ロールプレイに付き合うことにあまり前向きな気分にはなれないのだが、そもそもVtuberという存在がロールプレイであるのだし、こうして表舞台での対決を受け入れてくれたのだから多少は相手に合わせるのが仁義というものかもしれない。

 

 彼女が向かいに座ったところで私も口を開く。

 

「私は探偵の藤堂ニコです。突然、お伺いしてしまい申し訳ありません。今日はあなたの異名……V殺しの謎を解明するために参りました」

 

「わたしのことをそのように呼ぶ者もいるようですが、心当たりはありません」

 

「いえ……あなたは嘘を吐いています。あなた……呪井じゅじゅが多くのVtuberを引退に追い込んだ犯人です」

 

 一応、視界の端に表示していたコメントが尋常ない速度で流れていく。殆ど認識することもできないが僅かに見えたのは視聴者の驚愕だった。

 

[こいつ言いやがった]

[オロチの次はじゅじゅかぁ]

[お前がV殺しだろうがよ、ふざけんな]

「死神探偵降臨」

[じゅじゅ頑張れ!]

 

 ――なんでだよ! 私が正義でしょ! なんか死神とか言われんじゃん!! 酷い話よ!

 

「そこまで言うのであれば、実際にあなたが呪いの存在を証明してください」

 

 証明して、あなたの化けの皮を剥がしてあげますよ。



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解決編 探偵vsV殺しの呪術師2

 私は現実の方でしっかりと座椅子に深く座り直すと視聴者にもわかりやすいように整理しながら、話し始める。

 どこか途中で私がどこまで真相に辿り着いているのかじゅじゅが察して、自ら傷を広げないようにV殺しのことを認めるならいいが……最後の最後まで彼女が折り合いをつけられないなら、きっとあまり愉快ではない結末を迎えてしまうだろう。

 

「まず最初に呪井じゅじゅさん、あなたとコラボをした相手が次々に不審な引退をしてしまうという噂がまことしやかに囁かれています。じゅじゅさんとのコラボの直後に引退したVtuberはこれまでに10人います。見覚えはありますよね」

 

 私は仮想ウィンドウに彼女たちの姿を投影する。

 

平和ナオ

 

梶野エース

 

玉田らっこ

 

デスサイズ

 

火縄カンナ

 

玉田キュウ

 

ルー

 

金剛ダイヤ

 

きめら

 

小林らら

 

「えぇ、一度コラボをした程度ですが、お名前は見ればわかります。この方たちをわたしが呪ったとおっしゃるんですか?」

 

「いえ、私は彼女たちがあなたの呪いで引退に"追い込まれた"とは考えていません。でも、引退の直截的な原因はあなただという確信があります」

 

「わたしが何かをしたと?」

「そうです。……続けます。まず私は彼女たちの活動期間への違和感を感じました」

「活動期間?」

 

 どうやらじゅじゅはその不自然さに自覚がなかったらしい。

 彼女たちの活動期間には明らかにおかしな点がある。

 

「わかりませんか? 彼女たちの活動期間はまったく被っていないんです。一人が引退して、次がデビューする、また引退の後デビューとまるでバトンを引き継ぐようにしてデビューと引退を繰り返しています」

 

 私は彼女たちの顔と名前を活動期間順に並べ替えて提示する。

 

[たしかに]

[だから何だっていうんだ]

[まぁ大人しく聞いてようぜ]

[〈¥101010〉]

 

「…………たまたまではないですか?」

「たまたまではないと考えています。次に彼女たちの風貌です」

「どの方も個性的な見た目ですね」

 

 じゅじゅの声に明らかに動揺が混ざる。

 

「えぇ、個性的です。無理やりキャラ分けをしたような、ね」

「何をおっしゃりたいんですか?」

「残っている画像を元にした解析なのでこの10人全員とは断言できませんが、この10人のママ……イラストレーター、3Dモデラ―は同一人物です」

 

[言われてみるとそう見えなくもないな]

[全然違うじゃん]

 

「私一人は最初2、3人の目の雰囲気が似ていると思っただけでした。ただ、その違和感を見てみぬフリをすることはできず、私のママ……姫咲カノン先生に送って見ていただいたのです。その返事はおそらく同一人物の手によるデザインだと思うということでした。目の描き方だけでなく細部でクセが出ているそうです。さらに絵画の鑑定AIも使用した結果、同一人物の手によるデザインだと判明しました」

 

 じゅじゅは何かを誤魔化すようにテーブルの上の紅茶を手に取る。

 データの塊でしかない紅茶では喉の渇きを癒すことなどできないのに。

 

「なるほど。わたしは全く気付きませんでしたが……」

「いえ、あなたは知っていたはずです」

 

 私はじっと彼女を見つめる。

 彼女は何も言わない。

 

「あなた……呪井じゅじゅもまた同じイラストレーターのデザインだからですよ」

「まぁ、似ているなとは思いますけど、それが何か関係があるんですか?」

 

[じゅじゅは自分と同じママのVを狙ってたんじゃないか?]

[嫉妬か?]

[じゅじゅが一番デザイン凝ってるし、あとの連中は弱小だろ?]

[ニコが適当な言ってるんじゃねーの?]

[全然一緒に見えないけどな]

 

「まだしらばっくれるんですね。ではこれ以上続けるともう後戻りできませんがいいんですね?」

「構いません」

 

 じゅじゅはやはり……覚悟を決めてきている。

 

「引退した10人の中の人はあなたです。引退した10人と呪井じゅじゅを足した11人はすべて一人によって運営されていたんですよ」



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解決編 探偵vsV殺しの呪術師3

 私が引退した10人はすべて呪井じゅじゅが中の人であると指摘すると、じゅじゅは小さく溜め息を吐く。

 

「証拠はあるんですか?」

 

 わかっているはずだ。

 証拠が何かはわからなくても、もう自分が追い詰められているということを。

 コメント欄はとんでもないスピードで流れていく。

 

「あります。あなたが消していった10個のアカウントの動画が幾つか残っていました。どんなにファンが少ないマイナーなVでも熱狂的なファンというのは付いているもので、彼らがこっそり動画を録画して保存していたんです」

「その動画になにがあったんですか?」

「あなたの声です」

「声?」

 

 じゅじゅは何かを思い出そうと目を閉じる。

 すると窓の外で雷が光り、薄暗い室内を一瞬だけ明るく照らした。

 それはまるで、じゅじゅに何かの閃きを与えたかのように見えた。

 

「あぁ、どこかでミスしていたんですね。きっと。それともボイスチェンジャーを使っても声紋判定というのはできるんですか?」

 

 じゅじゅはもう暗に認めてしまっているが、私は続ける。

 最後まで推理と証拠の提示はやりきらなくてはならない。

 

「一人二役ですからね。大変だったでしょう。生放送でコメント拾ったりはできないわけですから、先に録っておいた対戦動画に後から声を被せたりして。かなりの労力だったと思います。だからミスにも気づけなかった」

「…………」

「じゅじゅは地声か殆ど変えてないんでしょうね。あまり声を変えていないVの時にボイスチェンジャーが外れている瞬間があったんです。つまり、相手のVもあなたと同じ声でしゃべる瞬間がありました。それを声紋判定AIにかけたところ……じゅじゅ、あなたと100%一致したという結果が出ました」

 

 私は該当箇所の動画を仮想ウィンドウでじゅじゅと視聴者に見せる。

 

「なるほど…………認めます。彼女たちはすべて私自身で、私の意思でデータを削除しました。つまり……呪い殺したのではなく、自殺です」

 

 じゅじゅの顔は苦悶に歪んでいる。

 アバターの奥のヘッドセットを被った本物の彼女が顔を歪め、声を絞り出しているのだ。

 

「どうしてこんなことをしたんですか?」

「どうしてだと思います? 名探偵でもわかりませんか?」

 

 少しだけ挑発的な言い方だった。

 

「動機……気持ちの問題は幾ら証拠をかき集めても証明できるものではないので……あくまで私の推測になりますが」

「聞かせてください」

「所謂、炎上商法というやつの亜種だったのかなと思っています。つまり現実世界で犯罪スレスレのことをやったり、誹謗中傷ギリギリのラインを攻めた毒舌のような炎上商法はリスクが高いですし、視聴数を稼ぐことはできても人気者にはなれません。でも、呪いキャラに不穏な噂というのは非常に相性がいい。つまり人を本当に呪うことができる……かもしれないという噂での集客は理にかなっているように思います。ただ誤算は生贄にしたVたちにも僅かながら熱狂的なファンがついてしまったことだと思います。今のあなたは人気者だ。手抜きの呪われ要員でも人を惹きつける魅力があったのかもしれないですね」

 

[やっぱニコすげー]

[どんな奴が中入ってるんだよ]

[リアルもミステリ作家って言ってるけど、本当は探偵なんじゃねーの]

[〈¥2525〉]

 

 ――おいおい、待て! ここでスパチャしても私には入らないぞ!

 

「そんな風に考えたんですね。でもね、ニコさん……少しだけ違うところがあります」

「参考までに教えていただけますか?」

「わたし自身は彼女たちのことも愛していました。最終的には捨て駒や生贄になってしまいましたが、そういうつもりはなかったんです。彼女たちも私の一部です。どれも私の趣味や内面を表現したVたちです」

「ではなぜ消したんですか?」

「誰も見てくれていないと思っちゃったんです。本当は彼女たちはサブアカウントのつもりでそれなりに力を入れるつもりで試行錯誤してたんですよ。でも、じゅじゅの方ばかりが人気になって、もう一つのVは全然人気が出ない。それで苦しくなって消しちゃってただけなんです、最初はね。最後の何人かは噂になってるって知って、もうこの呪いの噂を消すことの方がリスクだと思って……やめられなくなって仕方なく作ったVです。最後の3人は本当に生贄のつもりで最初から作りました」

「誰も見てくれてない、なんてことはなかったんですけどね」

「バカでした。じゅじゅの人気と比べてしまって。数十人なんてゼロと同じだって自分に言い聞かせて、消してしまった」

 

 私は彼女のことを決めつけていた。

 でもきっと彼女の言うとおりなのだろう。

 彼女は多趣味で色んな自分を表現したい人だったのだ。

 でも、周囲が評価したのは彼女の暗い一面だけで、あとの支持されない面は否定されたように思えて消してしまったに違いない。

 

「でも、今日こうしてニコさんが止めに来てくれてよかった。ありがとうございます。私はもう私を消さなくて済む」

「いえ……差し出がましいようですが……一つ提案があるんですが、いいですか?」

「なんでしょう?」

「きっとあなたが人気が出ないと思って消してしまった子たちはあなたの中で生きています。それにその子たちを好きでいてくれたファンもいます。だから……たまには麻雀したりポーカーしたりしてみてもいいんじゃないですか?」

「受け入れられるでしょうか?」

「それはわかりませんが……そういう一面を見せても応援してくれる人たちが本当のファンってやつなんじゃないでしょうか」

 

 じゅじゅは顔を上げ、画面の向こうに問いかけた。

 

「私がたまに呪いキャラっぽくないことしても……好きでいてくれますか?」

 

[もちろん!]

[ニコ、良いこと言った!]

[俺はじゅじゅがどんなゲームしたって好きだぞ!]

[今度、麻雀しよう]

[基本ニコアンチだけど今回はいい仕事したと認めざるをえない]

[〈¥25252〉]

 

 ――だから、そのお金は私はもらえないんだって!



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呪いが解けた後――

「あー、疲れた。あー、しんど」

 

 私はVRヘッドセットを外して、ベッドに転がった。

 なんとか息も絶え絶えの報告動画を上げたところだ。

 

 今回もめちゃくちゃ炎上すると思って覚悟を決めていたのだが、予想外にも私は褒められていた。

 自分のごく僅かなファンにも呪井じゅじゅのファンにもじゅじゅが消してしまったもう一人――正確には10人――のVのファンたちにも今回のことは好意的に受け入れられた。

 

 私にスパチャを投げてくれたじゅじゅのファンもけっこういる。

 

[じゅじゅを解放してくれてありがとう]

[ナイス推理]

[アンチだったけど、ファンになったわ]

[《¥2525》]

[《¥2525》]

[《¥2525》]

[《¥2525》]

[《¥2525》]

 

【スズキ】[《¥25000》ありがとう]

 

 ――私の推理力も捨てたもんじゃないね。

 

 ふと気が付くと一件のDMが届いている。

 

【スズキことサトー】

『約束のスパチャ投げたけど、気づいてくれただろうか? 本当にありがとう』

 

 私はスパチャのお礼と気になっていることを質問することにした。

 

『いえ、私も気になっていたことなので。じゅじゅ本人にもファンの方にも、あとサトーさん……まぁ、もうスズキさんでいいですか。喜んでもらえてよかったです。でも、スズキさんが好きだった平和ナオちゃんって中身はじゅじゅだったわけだけど……どうするんですか?』

 

 送るとほんの一分足らずで返事が返ってきた。

 彼も端末の前にいるようだ。だが通話をする気は起きないので、このままテキストでのやりとりを続行する。

 

【スズキことサトー】

『それに気付けなかったのは恥ずかしいと思っている。じゅじゅの動画を観直したんだ。たしかに言い回しとか笑い方の癖とかナオちゃんの面影を感じたんだ。だから……じゅじゅを推したいと思ってるけど、罵声を浴びせた俺にはそんな資格ないよな』

 

『推すかどうかはスズキさんの気持ち次第だと思いますよ。じゅじゅだって嘘を吐いてたわけですし、許してくれるんじゃないですか。別にじゅじゅはスズキさんがサトーさんだって知らないわけですし』

 

【スズキことサトー】

『いや流石にあのことを隠して推すことはできないから謝りたい。どうやったら謝れるかな。スパチャ付けてコメントっておかしいよな』

 

『お金と一緒に謝られてもっていうのはありますよね。私が転送しましょうか?』

 

【スズキことサトー】

『最後の最後まで面倒かけてすまない』

 

『いいですよ。乗りかかった船なんで。仲裁料は追加で25000円スパチャでいいですよ。嘘ですよ。ここまで無料サービスにしておきます』

 

【スズキことサトー】

『ありがとう』

 

     ※

 

 この後、私を仲介してどんなやりとりがあったか詳細は割愛するが、スズキことサトーは今も楽しく呪井じゅじゅを推している。

 

 ――私のことも推せよ。

 

 

 

 

『次回予告』

 なんだかんだ呪井じゅじゅをその呪縛から解放したことで藤堂ニコはちょっとした人気者になっていた。

 じゅじゅが引退したり、転生していたら死ぬほど大炎上していたことだろう。

 ニコは正直ホッとしていた。

 しかし、所詮は「意外といい奴」みたいな評価であり、ファンがめちゃくちゃ増えたというわけではない。

 いや多少は増えたけど、別にチャンネル登録者数やしっかり課金してくれる強いファンなんてのは全然いない。

 ぶっちゃけ今後の活動どうしたもんかと思っていた。このまま続けていていいもんかと。

 活躍したらもっとちやほやされるもんとばかり思ってた。なぜかじゅじゅはさらにファンを増やし、プロ雀士とのコラボとかカジノとかの案件もバカスカ入っていると聞く。

 なんでやねん。

 

 次の事件は……藤堂ニコの正体を暴くと豪語する怪盗Vとの中の人当てゲーム対決……もしくは失踪したエルフアイドルVの捜索のどっちか……か他に良いのを思いついたらそれ。上手いこといきそうになければしばし休載!



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アイドルV殺人事件編
藤堂ニコの日常


 ――なんか、最近マンネリなんだよなぁ。

 

 藤堂ニコとしての収入はそれなりの額にはなっている。

 大学に通い、夜にちょこちょこ配信をすればバイトをせずとも余裕で生きていける。

 奨学金も前倒し返済できそうだ。

 ただここ一ヶ月ほど大きな事件もなく、小説のネタになるような出来事もない。

 小説を書いていないのだから、Vtuberとしての活動もあまり意味がないような気がする。

 

 とりあえず『人狼』や『ウミガメのスープ』といったVR推理ゲームで自分の推理力が他のVよりも優れていることを証明できるパフォーマンスで呪井じゅじゅの事件からの新規ファンには喜んでもらえているし、勝った時にはスパチャももらえる。

 

 ――でもなぁ、このままでいいのかなぁ。ほどほどの事件でも起きないかなぁ。

 

 私は大学に行く準備をしながらそんな不謹慎なことを考える。

 準備といっても手抜きの化粧をして着替えて、タブレットと財布を鞄に放り込んだら終わりだ。

 今日は紙の教本が必要ない日なので鞄は軽い。

 

     ※

 

「あ、TJ」

 

 大教室の端っこで気配を消していると牧村由実に話しかけられる。

 だいたいいつも彼女の方から話しかけてくる。

 私はいるのに気づいても自分からはあまり話しかけない。

 そして東城だからという理由でTJなるあだ名をいつの間にかつけられていた。さらに彼女のこともあだ名で呼ぶことを強制されている。

 

 ――こういうとこだろうな。コミュニケーション強者たるゆえんは。私にゃ無理だ。しかも美人ときた。

 

「うん……おはよう。マッキー」

「TJもこの授業とってたんだ」

「それ私の台詞でしょ。私は出席率100%だし、今日初めてマッキーいるの知ったわ」

「この授業って出席点あるんだっけ? テスト一発勝負じゃないの?」

 

 めちゃくちゃ大学生みたいなことを言う。

 テストで60点以上獲れば、評価はともかく単位はもらえるのだから出席する理由などないと彼女は言っているのだ。

 

「出席は単位取得自体には関係ないよ」

「じゃあ、なんで毎回こんな午前中の講義出てるの?」

「いや、別に単位が欲しくて講義受けてるわけじゃないから。私、勉強したくて大学来てるし」

「TJってそんな真面目なんだ」

「なんで正しく学問に励んでいる方がそんな蔑んだ感じで見られなきゃいけないのよ」

 

 私はちょっとムッとしまう。

 

「全然蔑んでないよ。なんか周りにそういう子いなかったからちょっとビックリしちゃって」

「勉強したくないなら大学なんて来なきゃいいじゃん」

 

 マッキーは心底驚いたという顔をしている。

 当たり前のことを言って驚かれるこっちの方がビックリだわ。

 

「なんだろう……そうだよね。親に高い学費払ってもらって何してんだろうな、わたし」

「いや、知らないけど。遊んでるんじゃないの? あと私は学費も自分で払ってるから。奨学金だけど。この講義、出席とらないから代返はしなくていいし……ノートとかレジュメほしいなら後で送ってあげるよ。興味ないなら遊びにでも行けば? 時間の無駄だと思ってるんでしょ?」

「ううん、いい。ちゃんと自分で勉強する。自分が恥ずかしくなってきた。最初に単位登録した時はこの講義面白そうって思ってたんだ」

 

 私はちょっと厳しいことを言い過ぎたかもしれないとも思うが、大学に対しても、この大学に入学したくても落ちてしまった人達に対しても彼女の言動は失礼だと思うので謝ることはしなかった。

 これで嫌われるなら構わない。

 勉強好きなのに学費を払うのが辛くて作家としてやっていけるならと、中退を覚悟していた身としては親に学費を払わせて授業をサボるだなんてとても許せることではない。

 

「隣座っていい?」

「……いいよ」

 

 彼女は居眠りすることもスマホをイジることもなく真面目に講義を最後まで熱心に聞いていた。

 

 講義後――。

 

「TJ、この後ヒマ? カフェ行かない?」

「マッキー、立ち直り早いね。あんだけ叱られて気まずくないの?」

「別に。だって友達じゃん。それにわたし今日から講義全部出てフル単獲ることに決めたし。勉強以外の時間にしっかり遊べばいいんだもんね。そう決めちゃったんだから落ち込む理由もうないじゃない?」

「いやー、そのポジティブさ羨ましいよ」

「わたし奢るからさ。行こ行こ」

 

 こうして私たちは学内カフェテリアへと向かうのだった。



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意外性の女

 私は大学のたった一人の友達を伴って、カフェテリアにやってきた。

 所詮は学食のカフェ版でしかないのでさほどメニューが充実しているわけではないが、コスパは抜群だ。

 100円のコーヒーでいくら長居していても文句を言われることもない。

 マッキーこと牧村由実の奢りで二人でカフェオレ(150円)を飲む。

 

「TJはさー、サークルとか入らないの?」

「あんまり入ろうと思ったことないかな。勉強とバイトばっかり」

 

 サークル活動に対しての憧れがないわけでないが、もう二年生になってしまって今さら入ろうとも思わない。

 バイトはもう辞めてしまっているが、Vとしての活動については話すつもりがないのでまだバイトをしている設定にしておく。

 

「マッキーはサークル入ってるの?」

「入ってるよー、アナ研とアイドル研と文芸」

「三つ?」

 

 私の常識とはちょっと違う返事が戻ってきたことに面食らう。

 

 ――サークルって三つも入れるものなの? 講義もバイトもサボってれば可能なのかなぁ。

 

「いや、そんなビックリしないでよ」

「なんか……テニサーとかオールラウンドサークルとかそんなイメージだった」

「えー、なにそれー。見た目?」

「見た目」

 

 マッキーはぶっちゃけリアルVtuberみたいな見た目だ。

 はっきり言って美人オブ美人である。

 テニサーとかで遊んで飲み歩いている絵しか思い浮かばない。

 

 ――ところで大学生ってなんでテニスしたがるんだろうね?

 

 目の前の美人に訊いてみたいところだが、こやつはテニサーではないらしいので知らないのだろう。

 

「見た目かぁ。わたし、けっこう遊んでそうって思われるんだよねぇ」

「実際、講義サボって遊んでんじゃん」

「そういうのじゃなくてね。多趣味だからそういうサークル活動とかの遊びは手広くやるけど、けっこう真面目で一途なのよ。ナンパについて行ったこととかもないからね」

「ふーん」

 

 ――ナンパなんかされたこともないから、それがどういう自慢なのかも知らんけど。

 

「意外とVtuberとかにも詳しいでしょ?」

「たしかに」

「小説とかアニメとか映画とかアイドルも好き」

「なんかマッキーって意外性の女だね」

「でしょう。ただ多趣味で色んなサークルには入ってるんだけど、どこかに軸足があるっていうわけでもなくフワッとしてるからみんなと仲いいけど、特定の誰かとめっちゃ仲がいいっていうのもないんだ」

 

 私なんか誰とも仲良くない。

 なんなら、この作りもんみたいな美人が大学生になってから一番会話量が多い相手といっても過言ではない。

 でもそんなに仲がいいわけではない。

 つまり、彼女には私みたいな半端な友達モドキみたいのが沢山いるということなのだろう。

 

「じゃあ、どれか1個に絞ればいいのに」

「いやー、実はこれでも5つから減って3つなのよ」

「最初は5個もサークル入ってたのかよ!?」

 

 ――意外性の女め。

 

「で、たぶんまた減るのよ。最終的にはゼロもありうる。卒業まで1つは生き残っててほしい」

「多趣味だけど飽きっぽいってこと?」

「いや……追い出される」

「なんで?」

「わかんない?」

「わかんない」

 

 ……全然わかんない。

 

「姫扱いされて他の女の子から嫌われてハブられたり、男の子同士で誰が私に一番に告白するかで喧嘩したりとかしてサークルが険悪になるのよ、絶対。で、私が辞めれば一件落着みたいになって辞めざるをえなくなるの」

「うへー。そりゃ、私みたいなオタクにはわかんないわ。部活もサークルも入ったことないし」

「わたしだってオタクなのよ」

「ま、そんな感じしないからね」

「それも一つの悩みよねぇ」

「美人は大変だ」

「TJもかわいいけどね」

「なにそれ、女子大生ジョーク?」

 

 可愛いのは事実だが、そんなこと言われたことない。

 あとこいつが言うと嫌味っぽい。

 

「いや、本気で。ただ他の人がそれを言う機会を作ってこなかったんでしょ。話しかけるなオーラえぐいからね。コミュ力の鬼であるわたしじゃなきゃこうしてお茶することもできないね」

「それは否定できない」

 

 たしかにリアルでも可愛いというのは事実なので、言われる環境にあれば言われるのかもしれない。

 ちなみに私はけっこう自分のことが好きなんである。

 

「そんなわけでサークル外の友達って少ないからさ。これからも仲良くしてよ。たまには遊んでもらっていい? こうやって一緒の講義の後とか。バイトと勉強で忙しいだろうけどさ」

「まぁ、マッキーが楽しいならいいけどね」

「わたしは楽しいよ。TJは?」

「まぁ……興味深い、かな」

「素直じゃないねー。じゃあ、今日これから早速遊びに行かない?」

 

 私の今日の予定は……夜に気が向いたら配信……だけ。

 

「どこに?」

「地下アイドルのライブ」

 

 私の常識内の遊びの選択肢にないやつだ。

 アイドルのライブっていうのは非日常感がある。

 やっぱり意外性の女。



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目的地は――

 私とマッキーはアイドルのライブに急遽行くことになった。

 キャンパスを出て、彼女に連れられ駅へと向かう。

 今日は彼女が推しているグループのライブがあるとかでそれを観に行くらしい。

 Vtuberと同じようにまだ人気が出ていない地下アイドルを青田買いして、古参面するのに快感を覚えるという。

 

「そこはブレないんだ」

「やっぱり人気出てくるとさー、無意識かもしれないけどトガったところがなくなってくるというか大衆に受け入れられるようなスタイルになっていくじゃない?」

「じゃない? って言われても知らんけど」

「そうなのよ。ミュージシャンが変な実験的な曲作らなくなって、誰が聴いてもいい曲になっていくみたいな感じ」

「わかるようなわからんような」

「小説とかもそうなんだけど、デビュー作が一番いいとかってあるんだよねー」

「ホントにマイナー趣味なんだね、マッキーって」

 

 彼女は歩きながら逡巡している。

 

「マイナーっていうのともちょっと違う気はするんだけどね。そんなにサブカルめいたものが好きっていうわけでもないし」

「本質的には多趣味っていうより、まだ世間に見つかってない才能の煌めきを見つけ出すことが趣味なのかもね」

「それだ。TJは表現が詩的ですばらしいね。今度からそう言おう」

 

 ――ちょっといい感じに言ってしまったな。まぁ、本人が喜んでるからいいか。

 

「自分で考えたことにしていいよ。恥ずかしくてそんなの自分で言えるなら」

「言える言える。わたし、何言ってもサマになるから」

「美人やべーな」

 

 自覚がある美人というのは清々しいものがある。こういう顔の美人はもっと美貌を鼻にかけて下々を見下すような態度をとるものだと思っていたが、面白不愉快な存在なのだと知った。

 ウザいが一緒にいて苦ではない。そんな感じだ。

 

「TJは物事の本質を見抜く目を持っているのかもしれないよね。作家とか向いてそう」

「あー、それ私も思うー」

「どういうリアクションよそれ」

「小説は書きたいなって思ってるのよ、実際。マッキーも意外と鋭いとこあるんじゃないの」

「へへへ」

 

 実際にもう作家としてデビューもしているし、売れずに廃業しかかっているところまできている。

 

 ――私の発言からそこまで見抜くとは。ただのオトボケ美人ではないな。

 

「そういえば、藤堂ニコの小説読んだよ」

「あー、どうだった?」

 

 私は努めて冷静に振る舞う。

 しかし、友だちが自分の著作をどう読んだのか直接聞くというはじめてのことに動悸のリズムが狂っていくのを感じる。

 

 ――心臓止まるわ。

 

「面白かったんだよねー。TJの推しだけあるわ」

「あー、それはよかった」

 

 ――やっぱいい奴だなぁ、こいつ。

 

 そんなくだらない話をしていると目的地に着いたらしい。

 

「着いたよ」

「駅向かってたから電車乗るのかと思った……ってここ?」

「ここ」

「ライブハウスじゃないじゃん」

 

 そこはVRカフェのテナントが入っている雑居ビルだった――。



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VRカフェ

「アイドルのライブってVRのなんだ」

「リアルもいいけど。今日はVR空間でわたしの推しがライブするのよ。一緒に観ようよ」

「ま、別にいいか」

「TJってアイドルのライブって観たことある? なさそう」

「私が答える前に『なさそう』とか言うなよ。あるよ、

実は。ただ、行ったことはあるけど、ライブ自体は観てない」

「どういうことよ」

「まー、色々あったのよ……ライブ会場まで行ったことあるんだけど、始まる前に用事が出きちゃって帰った」

 

 そう、私は呪井じゅじゅのワンマンライブに行ったことがある。

 ただ一曲目のイントロで外に出ただけだ。

 

「それは行ったことないってことじゃん! わたしの言ったとおりじゃない」

 

 マッキーが私の頭を軽くはたいて笑う。

 

「言ったとおりと言えば言ったとおりなんだけどね」

「いいから入ろうよ」

 

 VRカフェは駅前の雑居ビルの2階と3階に入っているテナントだ。

 

「私、VRカフェってはじめてだ」

「そうなんだ、意外」

 

 そう、私は自宅にそこそこのVR環境が揃っているのでわざわざVRカフェに来なくてもいいのだ。

 

「TJってV好きなのに。VRで観ないの? 普通にタブレットとかで観てるってこと?」

「まぁ……そうね」

「なによ、その歯切れの悪さ」

「タブレットじゃなくてパソコンね」

「そういうことか。ちゃんとパソコン持ってるんだ。それは意外じゃないわ。なんかパソコン似合う」

「似合うとかないでしょ、そんなものに」

 

 なんとなく学生なのに自分で配信できるだけの環境を自宅に作っていると言うことに若干の抵抗があった。

 

「受付2階だよ」

 

 私たちはエレベーターの扉が開くとすぐ目の前が受付カウンターだった。

 

「わたしは会員証持ってるけど、TJは作らなきゃだね」

「あー、会員証とかいるんだ。免許とか身分証持ってないんだけど大丈夫かな」

「学生証でいけるから」

「そうなんだ。じゃ、大丈夫か」

 

 受付ではスマホに会員証アプリをインストールさせられ、学生証を提示すると会員証として使用できるように機能が解放されるという仕組みだった。

 思ったよりもあっさりと会員登録ができたことに拍子抜けする。

 今後は受付を経由せずにゲートの読み込み口にアプリのバーコードをかざすだけで利用できるという。

 カード引き落としにもできるし、帰宅時の現金払いもできる。

 私はとりあえず現金払いにしておいた。財布にはそこそこ現金が入っている。

 

「会員登録できた?」

「できたよ。友達と来てるから使い方はそっちに訊くって言っといた」

「おっけー。じゃあ、常連のわたしが色々教えてあげるからついてきなよ」

「はいはい。急に先輩風吹かせてきたな」

 

 私たちはゲートにスマホをかざして中に入っていく。

 スマホには自分に割り当てられたブース番号と利用時間を示すカウンターが表示された。

 結局はVR空間に行くという自宅と大してやってることは変わらないのだが、友達と一緒に外でというだけでやはり新鮮な気持ちだ。

 私は浮足立つ気持ちを抑えんと背筋を伸ばし、同期の後ろをついていく。



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二人でのVR

 VRカフェは全体的に薄暗くお洒落な雰囲気だ。

 ちょっと宇宙船チックな内装でアミューズメントパーク的な高揚感もある。

 非現実的な体験を提供しようという店側の意図が垣間見える。

 

「ブースってカプセルなんだね」

 

 私は各所に設置されているカプセルタイプのVR体験ブースを眺めながら言う。

 

「もっと広い個室タイプもあるよ。閉所恐怖症の人とか身体が大きい人も使うからね」

「なるほどねぇ」

「わざわざアプリで選択しなきゃ自動的にカプセルタイプだし、わたし達みたいな貧乏学生はカプセル一択だよね」

「マッキーって貧乏なの? お金持ってそうだけど。いっつも良い服着てるし」

 

 彼女がギクリと唾を飲み込むのがわかった。

 

 ――さてはこいつ金あるな。

 

「え? それは綺麗なお金? 血のつながっていないパパ的な存在からいただいているやつ?」

「違うよ。モデルとかやってるからそのギャラ。嫌味っぽいし、普段はあんまりお金あるような感じは出さないように気を付けてんの」

「現実でも美人な人は違うねぇ。でも、高い服とそれに合わせた高級ブランドのバッグ持ってて貧乏キャラは無理があると思うけどねぇ」

「あー、わかっちゃう? でもあんまり派手な格好はしてないと思うんだけど」

「まぁ、ちゃんと学生っぽいっちゃ学生っぽいけどね。でも靴とカバンは地味といってもモノが良すぎるよね。私みたいな洞察力抜群の人間を騙し切るのはちょっと無理よね」

「そっかぁ。うわー、サークルとかで誰にもそんなの言われたことないけど気づいてる子は気づいてるのかなぁ」

「と思うけどね。なんとも」

「気をつけよー。そっかぁ、カバンと靴ねぇ。確かにねぇ」

「別にわざわざ貧乏アピールしなきゃ嫌味じゃないよ。ちゃんと自分で稼いだお金で買ってるんなら誰かに文句言われる筋合いないでしょ。なんか本当はお金持ってるのに無理に下々に合わせて地味な格好して、貧乏キャラやってますって方が感じ悪いでしょ。バレた場合にはね」

「言われてみればそうだわ。TJはさ、やっぱ賢いというか異常に鋭いよね。言うことの一つ一つがタメになるというか良い意味で刺さるわ」

「ミステリ小説好きだからね。ちなみに私はマッキーのこと良いもん着てんなーとは思ってたけど、別にそれで嫌味だとは感じないし、嫉妬もしないよ。服が好きなのかなぁとかは思うけど」

「それなら良かった。さ、じゃあ、VRやろ」

 

 私は自分のスマホに表示された『012』のカプセルブースに入る。

 卵型のカプセル内は長時間座っても身体に負担がかかりにくい柔らかく包み込まれるような素材のリクライニングチェアと足下に荷物入れ、あとはVRヘッドセット、キーボードとコントローラー(リモコンタイプと手袋タイプ)が載っているサイドテーブルしかない。

 このカプセルは防音性が高く、さらにヘッドセットのスピーカーとは別に環境音を出すことでより没入感を高める効果がある。設定すればVR内の環境にあわせた温度変化なんかも再現してくれる。

 さすがに溶岩に落ちたからといって即死するような熱風が噴き出すとかではないけども。

 こういった設備については知識としてはあってもいざ実際に体験するとなると想像とは違うところが多々見つかる。

 

 ――百聞は一見にしかず。ってやつだね。座り心地いいなぁ。この椅子買えないか後で調べてみよ。

 

「TJ初めてなんでしょ? 大丈夫そう?」

「まぁ、多分。調べたことはあるからね。でもログインしたらどうなるの?」

 

 私は藤堂ニコのアカウントを使うわけにはいかない。

 

「ログインしたら、このVRカフェがグリモワール内にもあって、そこに出るから。ここが何種類か汎用デザインのアバター用意してくれてるからそれ選べば大丈夫。グリモワールでお金使ったらさっき入れたアプリ経由で記録されて、帰る時に支払いって感じ」

「まんまこの感じでVR空間に出るの?」

「このまんま。あっちでもこのカプセルの中」

「なるほどねぇ」

「私はもうVRカフェ用のアカウント作ってあってすぐだから。あっちでTJのカプセルの前で待ってるね」

「りょうかい」

「じゃあ、また後で」

 



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チュートリアル

 私はマッキーに別れを告げ、ヘッドセットを装着する。

 

 [LOADING]

 

 VRヘッドセットのOSは自宅で使っているものと同じだ。特に操作性に困ることもないだろう。

 いつもと違うのはグローブタイプコントローラーとフットペダルがあるくらいだ。コントローラー操作でなく、手足で直観的に操作できると没入感がより高まるという。

 私はVR触覚グローブコントローラーを使用して、中空に浮かぶアイコンの中からVR空間『グリモワール』を指さして選択する。

 

 ――おー、グローブタイプコントローラーってこんな感じか。これいいかも。

 

 目の前にKADOKAWAのロゴが浮かび上がると、全身が浮遊感と共にVR空間へと連れていかれる。

 

 真っ白な空間に本が浮かんでいる。立派な魔導書だが中身が読めるわけではない。

 今の姿は何者でもないマネキンのようなのっぺらぼうだ。

 

[目の前に浮かぶ本を手に取ってください]

 

 手を伸ばして本に触れる。

 

[ようこそいらっしゃいました。これからあなたはこの魔導書『グリモワール』の中で紡がれる物語の世界の住人となります。よろしいですか?]

 

→[はい]

 [いいえ]

 

[注意事項をお読みになった後、次に進むを選択してください]

 

 注意事項というのはまぁ免責事項とか色々だ。

 VR酔いがあるから長時間のプレイはダメだとか、実際にVR内で起こった暴力をはじめとした違法行為も現実で裁かれる可能性があるとか、VRでの金銭のやりとりで起こったトラブルにKADOKAWAは関与しないとか、VR内からの配信とか投げ銭をもらう行為はYouTubeのような配信プラットフォーム使っていても契約上一定のパーセンテージをVRプラットフォームとして差し引きますよとかそういうのだ。

 私はもう一度読んでいるので読み飛ばす。

 

 ――承知してますよと。

 

 こんなの読んでいないと後からゴネるプレイヤーも多いようだが、私は真面目ちゃんなのと自慢ではないが文章を読むのがめちゃくちゃ速いので説明書とか注意事項とかは基本的に読み飛ばすことはない。

 今ではだいぶ衰えはしたが、かつてはフラッシュ記憶も得意で中学生までは教科書なんて配られた初日にパラパラっとめくって全ページ暗記していた。

 高校生になると文字量と情報量の多さで流石にそれは難しくなってきたが、今でも速読といっていいレベルで本を読むことができる。

 きっとこの能力が呪井じゅじゅの事件の時の資料整理や活動期間の並び替えで役に立ったのだろう。

 文章を書くのが速いわけではないので作家としては別にあんまり役に立ったことはないが、探偵としては今後も役に立つこともあるかもしれない。

 

[あなたの名前を教えてください]

 

「TJ。アルファベットのT《ティー》とJ《ジェー》」

 

[TJ様ですね]

 

[あなたの姿を選択してください]

 

 ――あれ、なんか選択肢が多いな。

 

 無料プランはベースは固定の男性風の見た目と女性風の見た目に髪型と色のカスタマイズができるだけなのだが、KADOKAWAの人気キャラクターのアバターも追加されている。

 

 ――VRカフェのオリジナルアバターってことなのかな。

 

 私は無難に女性タイプの汎用アバターの髪型を自分にあわせて黒髪ボブにして、あとの目や服の色も全部黒にして、完成とする。

 

[それではあなたはこれから物語の世界へ旅立つことになりますがご安心ください。わからないことがあれば右手の人差し指と中指を立てて空中で円を描いてください。仮想ウィンドウが表示されます。そこでマニュアルも確認できますし、ナビゲーションAIの呼び出しも可能です]

 

「はいはい、わかってますよ」

 

[失礼いたしました。それではあなたの物語に幸多からんことを]

 

[LOADING]

 

 一瞬の暗転の後、私は再びVRカフェのカプセルの中に戻っていた。

 VR空間内で活動するどこにでもいる――何百万人も同じ姿だ――汎用アバターの姿として。

 

「さてと、外にはマッキーがいるのか」

 

 私はカプセルの扉を開いて、外に足を踏み出す。



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新たな姿

 フットペダルで前進するというのはなかなか面白い。

 ちょうど現実とゲームの中間のような感覚だ。

 私のカプセルの前には金髪碧眼の西洋人の少女のようなアバターが待っていた。

 

「マッキー」

「そうだよ。早かったね」

「まぁ、キャラメイクとか適当にやったし」

 

 声もしっかり若返っている。

 さっきまで見上げていた友達を今は見下ろしている。

 

「グリモワール用のアバター特注で作ってるんだ?」

「うん、可愛いっしょ」

「めっちゃお金かかってそう。元のデザインからモデリングからかなりクオリティ高いよね」

「自分で配信とかしようとは思わないんだけど、趣味にはお金かけたいタイプだからねー。他人に見せるのTJがはじめてだよ」

 

 VR上の姿はSNSのアイコンやハンドルネームのようなものだ。

 プライバシー保護のために基本的には他人に現実の個人情報を教えるのは望ましくないとされている。

 とはいえ中にはオフ会をやる人もいるし、VR上で出会った人と付き合ったり、結婚したりというのもあるとは聞く。

 

「そうなんだ。いいなー、私もオリジナルでアバター作ろうかな。完全オリジナルじゃなくても気に入ったのあったら作ってもいいな」

「TJも作りなよ。そんなにめちゃくちゃお金かけなくても結構いいの作れるからさ」

 

 アバター用の限定イラストやハイクオリティ3Dモデルはかなりの高額で取引されている。

 私の藤堂ニコの姿なんかも売り飛ばせば、今の人気や実績を含めた価値で家一軒分くらいの値段はつくかもしれない。

 もちろん売るつもりはないが。

 それはともかくニコとは別の姿――サブアカウントは作りたいと思っていたのだ。

 これまではニコの姿で聞き込みや調査を平然と行ってきたが、知名度が上がってきたことで探偵業に支障が出てくることは確実だ。

 で、あればスパイの変装ではないがサブアカウントがあった方がいい。

 さらにそのサブアカウントも今のような汎用モデルだと捨てアカだと思われたり、信用を得られないのでオリジナルモデルである必要があるのだ。

 

「そだね。今日の夜にでもアバターショップとかネットオークションとか個人依頼受け付けてるイラストレーターとか色々探してみるよ」

「うんうん、そうしな」

「さて、なんか結構時間かかっちゃったけど、ライブ行くんだっけ?」

「そうだよ、でもまだ時間には余裕だから大丈夫。のんびり行こ」

 

 私たちはVRカフェの外に出る。

 グリモワール内のVRカフェの外は当然のことながら先ほどまでの風景とはまるで違う。

 サイバーパンクチックないかにもSF的な建物が立ち並んでいる。

 もう夕方に差し掛かっており、ネオンがまぶしい。

 

「そういえばさ、なんかアバター選ぶ時にKADOKAWAのラノベとか漫画のキャラも選べたんだけど、あーゆーのって権利どうなってるんだろうね」

「あー、あのVRカフェってKADOKAWAが経営してるからね」

「そういうことか」

「あそこでアカウント作ると選べるのよ」

「KADOKAWAなんでもやってんな」

「今や本だけじゃなくて、VRから兵器までなんでも作ってるからね」

「兵器も作ってるの?」

「いや知らない。適当に言ってみた」

「適当かよ」

 

 マッキーのよくわからない嘘に思わず吹き出してしまう。



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あの子がそうだったのか

 私達は並んで歩き出す。

 といっても、本体はVRカフェのふかふかの椅子に横たわっているだけだ。

 軽くフットペダルを踏み込んで、アバターを移動させているだけなのだが、なんとなく歩いているような感覚はある。

 

「で、今日はどんなアイドル観るの?」

「あれ、言ってなかったっけ?」

 

 聞いてない……はず。

 私はちょっと前の記憶を引っ張り出すがやはり聞いていない。

 そもそもVR上でのライブであることすら知らされていなかったのだ。知るわけがない。

 

「聞いてないねぇ」

「そっかそっか。今日観るのは三組の対バンなのよ。"ふぁんたすてぃこ"っていうファンタジー系アイドルグループと、サイボーグアイドルのP2015、ナイトメアリーズっていうホラー系アイドルグループ」

「なんか聞き覚えあるグループあるな……マッキーの推しはどれなの?」

「めっちゃマイナーだけど知ってるの?」

「いや、知ってるというか聞いたことあるような……」

「絶対気のせいだと思うよ。今日みたいな平日だとVR空間と配信あわせて30人とかしかファン来ない子たちだからね」

 

 何故人気がないということをそんな胸を張っていえるのか。

 

 ――いや、でも知ってると思うんだよなぁ。なんで知ってるんだろ……。

 

「ってか、説明聞いてもわかるようなわからんような感じなんだけど、どんなグループか教えて? ファンタジー系とかホラー系とか言われてもさ」

「えっとね。VtuberでこうやってVR空間でアイドルやるっていうのは現実のアイドルじゃできないことをやるためにこうしてアバターを纏うわけじゃない?」

「まぁ、そうだね」

「今日観るのは実在の人間だとどれだけお金をかけて整形してもその姿になれないような特殊な見た目とか演出のステージパフォーマンスする子たちなのよ。"ふぁんたすてぃこ"はアバターがエルフとか妖精とかマーメイドで、P2015は身体がほとんど金属のロボットみたいな見た目、ナイトメアリーズはキョンシーとか吸血鬼とかって感じ」

「あー、わかった。私、"ふぁんたすてぃこ"知ってるわ」

「なんで知ってるの?」

「エルフの子見たことある」

 

 というか、話したことがある。

 呪井じゅじゅのライブに行く途中に声をかけてくれた子だ。

 ライブハウスの場所教えてくれたエルフの子が所属しているグループが”ふぁんたすてぃこ”だったはずだ。

 ライブ行くという約束をしていたのに、なかなか行けずにいたがちょうどよかった。今日その約束を果たすことができる。

 

 ――でも、今日の私って藤堂ニコじゃなくて、TJなんだった。

 

「ライブとかも観たの?」

「ううん。道教えてもらった。その時にアイドルやってるって言ってた。フライヤーデータもらって今度ライブ行こうと思ってたんだよ。ちょうどよかった」

「そんなことあるんだねぇ」

 

 私もビックリだ。半分忘れかけていたし、もう私の人生において登場することはない人物だとすらちょっと思っていた。

 

「もうそろそろ着くよ。この坂上ったところにあるネオグラッドっていうライブハウスなんだ」



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ニコの推理力をもってすればこのくらい楽勝

 私たちはライブハウスの入り口で2000円のチケット代を支払うと中に入る。

 中はさほど広くない。200人も入ったらいっぱいになりそうだ。

 呪井じゅじゅのライブ会場と比べてもかなり狭い。

 じゅじゅは一人であれだけ広い会場だったのに、今日は三組もいてこの広さということに驚く。

 相当に人気がないらしい。

 とはいえ、マッキーが推しているということはポテンシャルは秘めているに違いない。

 

「VR上だと払わなくていいんだけど、リアルのライブハウスってチケット代と別に600円のドリンク代絶対払わなきゃいけないの知ってる?」

 

 マッキーがなんか意味わかんないことを言っている。

 

「なんでドリンク代払わなきゃいけないの? しかも600円も。お酒でも飲むの?」

「600円だと水かお茶。お酒飲みたかったら追加で200円とか払わなきゃ飲めないよ。しかも拒否できない」

「はぁ?」

「なんでだと思う?」

「あぁ……ちょっと待って。考える」

 

 これはちょっとしたクイズなのだ。

 私の推理力をもってすれば大したことではないだろう。

 

「ポクポクポクポク……チーン! はい、わかりました」

「ちょっと効果音の意味がよくわからないけど、わかったの?」

「わかった。要するにライブハウスと名乗ってはいるけど、コンサートとかイベント会場じゃなくて飲食店として営業許可を取っている、ってことじゃない?」

「すごい、正解。よくわかったね」

「けっこう簡単だった。拒否できないっていうのがポイントなのね。もし飲食が発生してないってなったら営業の用途と違うじゃないってことになるわけだ。でも、それだけだと600円もする理由の説明がつかないな……ふつうに150円とか200円で売ってもいいわけだし……いや、チャージみたいなこと? このドリンク代はライブハウスの場所代が入ってるんじゃない? でチケット代っていうのはアーティストのギャラだけとか?」

「そういうこと。そこまでわかるもんなんだ。普段から藤堂ニコの動画観てるとこういうのもすぐわかっちゃうんだね」

「あー、ウミガメのスープの問題とか一緒に考えてるからね。あと別に藤堂ニコ関係なくミステリ小説もよく読んでるから頭の体操みたいなのは得意なのよ」

「ホント、賢いなぁ。TJは」

 

 そう、私は結構賢いんである。

 しかし、本当に全然お客入っていない。

 

「でもさー、VR上だし配信もあるっていってもこんなにお客さん少なくて成り立ってるの? チケット代かなり安かったけど。たった一人のじゅじゅの半額よ。何人で割るのよ」

「成り立つわけないじゃん。しかもチケット代なんて運営がだいたい持っていっちゃうんだから」

「わけないじゃんって。じゃあ、これから観るのはなんなのよ?」

「宣伝よね、基本的には。まずは知ってもらってなんぼっていう。あとアイドルたちの収入はチケット代じゃなくて、ライブの後のグッズ販売とかツーショットチェキの代金がメインなんだよ」

「チェキ? VRで?」

 

 チェキというのはポラロイドカメラで撮影する写真のことだというのは知識としてあるが、VR上でチェキというのはどういうことだろう。

 

「VRで。このライブハウス内は撮影録音禁止エリアだからね」

「あ、ホントだ」

 

 私はカメラ機能を立ち上げようとしたが――。

 

[許可のない撮影・録音は禁止されています]と表示された。

 

「ライブ後に特典会ルームが解放になるから、そこでアイドルとおしゃべりしてツーショットのチェキ撮って1000円とか1500円とか払うの」

「なんとなくわかってきた」

「お、始まるよ」



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再会、そして――

 私がマッキーから色々とレクチャーを受けているとライブハウスが暗転し、ステージ上が光輝いた。

 アイドル本人が光っている。宇宙人が降臨したかのようだ。

 

 ――あれがP2015か。2051だっけ? いや、2015よね。

 

「ピーちゃん!」

「カッコいいー」

「今日もイカしてるー!」

 

 ステージ前方で数人が声を張り上げ、私とマッキーも拍手をする。

 客は少ないがフロアの熱量は高い。

 熱狂的なファンはいるようだ。

 

 私は配信の方の画面も視界の端に呼び出す。現地のライブチケットを購入した人間はライブ配信とアーカイブも見れるのだ。さらに動画の一部を切り抜いて公開することまで許可されている。

 いくら地下だからといってサービスしすぎだと思うがまずは拡散してもらってなんぼということだろう。

 わからないでもない。Vtuberとしての活動も小説もまず知ってもらうところからだ。誰にも知られなければ存在しないのと同じだ。

 

[≪¥2015≫Pちゃんがんばれー]

[ポンコツロボット、かわいいぞー]

 

 視聴者数は少ないが、配信で観ているファンもいるし投げ銭も来ている。

 

 ――2015円かぁ。2525円の私としては親近感覚えちゃうなぁ。P9999とかにしておけばよかったのに。

 

「ミナサン、コンニチワ。ピーニーマルイチゴーデス。ピーチャンとオ呼ビクダサイ」

 

「ぴーちゃーん!」

「うわ、ビックリした」

 

 隣の金髪ロリが最前列のファンと一緒に声を上げたことに思わず驚いてしまう。

 

「私はナイトメアリーズのオタクだけど、他のグループの時もちゃんと盛り上げたいからさ」

「あぁ、なるほど」

「お決まりの文句とかコールとかは知らないけど、ステージ上からこう呼んでとか、こうしてっていうのがあったらちゃんとやるの」

 

 そういうものらしい。

 ちょっと恥ずかしいが、今の私はモブだ。

 使い捨てのVRカフェアカウントの名無しであって、探偵Vtuber藤堂ニコでも女子大生の東城でもない。

 設定から声もちょっと変えてハスキーにしておく。

 これなら声を出しても恥ずかしくない。

 

「ワタシガ『ハイ』と言ッタラ『ピーチャンカワイイ』デスヨ」

「はーい」

 

 私は他のオタクに混ざって元気よく返事をする。

 そして、彼女は絶妙なロボット/サイボーグ感を醸し出しながら歌う。

 けっこう上手い。

 

「ハイ!」

「「「「ぴーちゃん可愛い!」」」」

 

[ぴーちゃんかわいい]

[〈¥2015〉ぴーちゃん可愛い!]

 

 フロアもコメント欄も今まさに一体感で包まれている。

 楽しい。

 可愛い。

 これはハマりそうである。

 ………………………

 ………………… 

 ………………

 ……………

 …………

 ………

 ……

 …

 しっかりP2015の持ち時間30分を堪能し、余韻に浸っている中ステージチェンジが行われる。

 

「楽しいっしょ?」

「楽しい。ぴーちゃんのSNSフォローした」

「ぴーちゃんは本当に中の人とかいないAIじゃないかっていう噂あるんだよね」

「ホントに?」

「噂ね。キャラ作りしっかりしてるのと、あのピュアさがね。彼女、絶対売れると思うのよね」

「ぜったい売れるわぁ」

 

 私はすっかりぴーちゃんのファンである。

 あと2組もこんな楽しいライブがあるなんてここは夢の空間だろうか。

 

「次は”ふぁんたすてぃこ”なんだ」

「エルフのフローラちゃん知ってるんだよね」

「あー、そうそう。ちょっとだけね」

 

 ステージに森のような木々と小さな泉が現れる。

 こういうVR視覚効果が使えるのはグリモワールならではだ。

 

 ――ぴーちゃんは自身がメタリックで派手だからあえて凝った演出を使ったりはしなかったのかな。

 

 そして三人のアイドルが現れる。

 エルフ、マーメイド、妖精だ。妖精は身長50センチ程度で空中を飛んでいる。

 

 ――なるほど。あーゆーのも有りなのか。

 

「みなさん、こんにちはー。わたしたち……」

「「「ふぁんたすてぃこです!」」」

 

 ステージがわっと盛り上がる。

 

「美しい森のエルフ、フローラです。今日はみんなを癒しちゃいます!」

「フローラ―」

 

「輝く海のマーメイド、コーネリアです。魅惑の世界へお連れします」

「コーネリアー」

 

「透き通る空のフェアリー、リリーです。みんなの心をふわふわさせちゃうぞ!」

「リリー」

 

 みんなで名前を呼ぶのだなーということに気付いてコーネリアからはしっかり名前を呼ぶことができた。

 さて、どんなパフォーマンスを見せてくれるのかと心躍らせていたのだが……私が彼女たちのパフォーマンスを観ることはなかった――。

 

「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーー」

 

 アイドルの一人が悲鳴を上げ、苦悶の表情を浮かべたまま固まってしまったのだ。

 VRヘッドセットの向こう側で何かよくないことが起こったことだけはライブハウスの全員が感じ取っていた――。



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アイドルV消失事件

 フェアリーの少女リリーが凄まじい悲鳴と共に空中でそのまま動きを止める。

 演奏は止まり、あとの二人もリリーに駆け寄る。

 VR機器側の機能で緊急停止したのだろう。彼女の姿は掻き消えてしまった。

 

「なんだろうね」

 

 マッキーが言う。

 今の彼女の姿は金髪の少女だ。本気で怯えているようにも見えた。

 

「リアル側で事故があったんじゃないかな。何かにぶつかったとか……」

「にしてはすごい叫び声だったけど……」

「あ、配信の方止まってる」

 

[トラブルのため配信を一時停止しております。しばらくお待ちください]

と暗転した画面に表示されている。

 

[リリーちゃんの叫び声はなんだったんだよ!]

[おい、見せろ!]

[運営ナメてんのか!]

[事故隠蔽だな]

 

 コメント欄はまだ封鎖されておらず、視聴者のコメントが次々に表示されていく。

 視聴者も少ないためにすべて視認できるがやはりみな不安がっている。

 

「無事だといいんだけど」

「心配だよね。これは」

 

 フロアのファンたちもざわついている。

 面識がないであろう人たちも「大丈夫かな」「なにがあったんだろう」などと囁きあっている。

 

『えー、皆様。”ふぁんたすてぃこ”のリリーにトラブルが発生したため、パフォーマンスを一時ストップしております。申し訳ありません。現在、状況確認中ですのでいましばしお待ちください』

 

「TJどう思う?」

「かなりヤバいと思う。あの悲鳴の後、VR機器側からホームに戻ってないのに強制的にシャットダウンされるっていうのは心身に極度のストレスがかかった時なんだよね。多分、ヘッドセットから救急に通報もいってると思う。ちょっとゴキブリが出たとかそんなレベルじゃないのはたしかだよね」

「だよね……」

 

 私は災害情報などを調べるが出てこない。

 そういったものに巻き込まれたということではなさそうだ。

 

『大変お待たせいたしました。リリーと連絡が付かない状態が続いており、本人の無事が確認できていないため申し訳ございませんが本日の公演は中止とさせていただきます。チケット代につきましては払い戻しをいたしますので、後日の運営からの連絡をお待ちください。本日はご来場いただきありがとうございました』

 

 フロアは静まりかえり、みな口を開かずにライブハウスを後にした。

 ナイトメアリーズが別日に無料ライブ――さらに今日の来場者には特典も付ける――を開催するとすぐに告知をしたのも良かったと思う。 

 

 私はライブハウスの外に出ると水中から地上に出たかのように息苦しさから解放された。

 

「ふぁんたすてぃこから何もアナウンス出ないね」

「連絡つかないのかなぁ」

「運営はリアルの連絡先わかってるだろうし、家族に様子見に行ってもらってるとかかな」

「無事だといいね」

「どうする?」

「一旦、帰ろうか」

「うん」

 

 なんだか楽しい気持ちが一気にしぼんでしまった。

 マッキーもなんともいえない表情をしている。

 

     ※

 

「なんだかとんでもないことになっちゃったね」

「そうだね」

 

 私たちはVRカフェの外に出て、駅前で立ち話をしている。

 晩御飯を食べに行こうという感じでもないが、すぐに別れて帰るという気にもなれなかった。

 

「心配だけど、本人がどうなったかって私たちは知りようがないのが、中の人がわからないVtuberファンの辛いとこだよね」

「知らない方がいいこともあるかもしれないけど、今回ばかりは知りたいね」

「あ、”ふぁんたすてぃこ”からリリース出たよ」

 

―――――――――――――――

”ふぁんたすてぃこ”リリー脱退のお知らせ

 

この度、”ふぁんたすてぃこ”メンバーのリリーが本日付で脱退することになりました。

突然のご報告となり、ファンの皆さまにはご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 

今後、”ふぁんたすてぃこ”はフローラ、コーネリアの二名で活動予定です。

引き続きのご愛顧をよろしくお願いいたします。

 

”ふぁんたすてぃこ”プロデューサー 賀來悠仁

―――――――――――――――

 

「はぁ!?」

 



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私が解決してあげましょう

「はい、みなさん。こんばんは。天才探偵Vtuberの藤堂ニコです。今日は事件のお知らせです。事件をお知らせっていうのも変な話なんですけど」

 

[なんだなんだ]

[いつもの雑談配信じゃないのか]

[〈¥2525〉待ってました死神探偵]

[また詐欺師Vtuberが現れたのか?]

 

「誰が死神ですか。あと違います、詐欺師Vtuberの化けのガワはがすやつじゃないです。今回は事件というか……事故というか、まぁとにかく謎に直面したのでその報告って感じですね」

 

 私――藤堂ニコの姿の――はハリボテ英国風セットの前の安物安楽椅子に凭れ掛かっての配信中である。

 ニコは敬語キャラなので思わず「誰が死神じゃい!」とかツッコミそうになったのを押し込めて、敬語ツッコミである。

 危ない危ない。

 Vtuberのキャラ設定は大事なのである。世の中には適当なやつも山ほどいるが、一応ニコという存在にお金を払ってくれている人がいる以上はプロとして最低限の責務を果たすべきだと考えている。

 もう最底辺は抜けたのだ。それなりにキャラを大事にしていかねばなるまい。

 

「さて……実は今日ですね”ふぁんたすてぃこ”というアイドルのライブを観ていたんですよ。正確にはP2015というサイボーグアイドルとナイトメアリーズというホラー系アイドルユニットとの対バンライブなんですが」

 

[知らねー]

[地下Vtuberアイドルか]

[全員フォロワー少ねーな]

[けっこう可愛いじゃん]

 

「P2015こと”ぴーちゃん”というアイドルは最高なのでリスナーの皆さんもフォローしてあげてください。あのポンコツロボット感とヘタウマな歌とSFチックな演出良いんですよ」

 

[なんかニコちゃんが急にアイドルにハマってる]

[〈¥2015〉俺もぴーちゃん好き]

[なんかぴーちゃん知ってるやついるw]

 

「クセになるというかですね、ずっとライブ動画ヘビロテしちゃってるんですよねー」

 

[今度コラボとかすればいいじゃん]

 

「いや、私コラボあんまり上手くいかないじゃないですか」

 

[神宮みことのコラボ最悪だったからな]

[なんでコラボしたのかっていう]

[占い否定するの意味わからんかった]

[占い結果が違ってても、当たってるーとか言っときゃいいのにな]

[空気読めないよなー、ニコって]

[中の人も友達少なそう]

[〈¥100〉]

 

「私を放置してコメント欄で盛り上がらないでくださいよ! 一般的な女の子が占いが好きとか知らなかったんですよ。当たってない時は当たってないって言っちゃいけないのが暗黙の了解なら先に教えといてくれないと。そりゃ、おばあちゃんの守護霊がとか言われたら、おばあちゃんまだ生きてますけどって言っちゃうでしょ」

 

[みこの顔を立てられないポンコツ探偵]

[一般的でない女の子]

[人の秘密は読めても空気は読めない]

[ぴーちゃんのマイナスプロモーションにしかならないからコラボは控えるべきだろ]

[大人しく宣伝だけしとくのが一番]

 

 ――なんなんだ、こいつら。私のファンではないのか? ボロクソ言われているではないか。

 

「はいはい、うるさいうるさい。話が逸れたのでもとの話題にもどしまーす。本題はぴーちゃんの話じゃないんです。ぴーちゃんの後の出番だった”ふぁんたすてぃこ”というアイドルグループのライブが中断して、そのまま中止になっちゃったんですよ。その中止になった理由というのがメンバーの一人が急にいなくなっちゃったからなんですが……」

 

 私はあえて具体的には話さなかった。ここから先のことも話すべきかどうか逡巡する。

 つまり、VR機器が心身に強大な負荷がかかったと判断し、強制的にリリーをログアウトさせたということまで言うのはプライバシーを侵害してしまうのではないかという危惧だ。

 だが、私はこの謎を解くと決めた以上後戻りする気はなかった。

 

「まだ詳しいことは言えないんですが……なぜいなくなってしまったのか……できる範囲で調べてみようと思います」

 

【フローラ】

[〈¥25000〉今日来てくれてたんですね。ありがとうございます。気付けなくてごめんなさい。是非調査をお願いしたいです]

 

 エルフさん本人だ。そういえば、完全に忘れていたが彼女は私のファンなのだった。配信を観に来ていても不思議ではない。

 

「ふぁんたすてぃこのメンバーのエルフのフローラさんもこの配信観てくれてるみたいですね。あと私はサブアカウントの姿でお忍びで行ってたので気づけなくて当然ですよ。お気になさらず」

 

[本人降臨か]

[別に本人いても声かけられたりしねーだろ]

[ニコもう売れっ子気取りでウケる]

 

 ――いや、ホントにお前ら私のファンか? なんか厳しくない? ほかのVもこんな感じか? 絶対違うだろ。

 

【フローラ】

「私も詳しいことは何も聞いていないんですが……」

 

「コメント欄では話しにくいこともあるでしょうから。このあと直接お話ししましょう」

 

【フローラ】

「はい」

 

「というわけで皆さん。今日の配信は一旦ここで終了です。またなにかわかったら配信しますのでそれまでしばしお待ちください」

 

[了解]

[りょーかい]

[盛り上がってきたな]

[ニコの推理ショーだけは見るっていうやつ多いしな]

[掲示板で続きやろうぜ]

[行こう行こう]

 

「では、本日はここまで。チャンネル登録、高評価よろしくお願いしますね。いや、ホントに。最近全然伸びてないんで」



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探偵とエルフ

 私は配信を終了すると、フローラにDMを送りVR空間内で落ち合うことにした。

 音声が流出しないクローズな喫茶スペースでもいいのだが、今回はいくらマイナーとはいえ相手がアイドルなので一緒にいるところを周囲から見られないように私のVR上の自宅を場所に選んだ。

 しかし――。

 

「椅子がないですね」

 

 そう、私のホーム――無料の六畳ワンルームスペース――は英国風家具のハリボテと自分が雑談配信で座るための安楽椅子しかない。

 

「ソファ……買いますか」

 

 VR上の話なので別に立ったままでもいい。肉体は座っているだろう。

 アバターが立っているだけだ。

 だが絵面がよろしくない。

 ゲームのモブのように直立不動で立って相談を聞くというのは探偵としての美学が許さないのだ。

 

 私は家具屋のカタログを見て、安くて見栄えが悪くないものを探す。

 VR上にもかかわらず、合皮と牛革の差があって、金額が何倍も違うのは冗談としか思えない。

 テクスチャに差があるのだろうが、パッと見なんにも変わらない。

 そしてソファの元となる牛さんはこの世のどこにも存在しない。牛のデータから作ってNFTで世界に一つだけの牛革ソファなんて作るわけないのだ。

 いや……付加価値をつけるためにやっている会社もあるのかもしれない。

 ともかくあったとして意味がないので、私は合皮の黒い二人掛けソファを購入すると部屋の設定画面を選択し、配置する。

 こうなると絨毯もほしくなってくる。

 グレーの毛足が長い安物の円形ラグを敷く。

 

 さすがに英国風家具セットの本物を揃えることはできないが、出しっぱなしにしておくのはカッコ悪すぎるので格納する。

 この家具の格納スペースも無料だと10個までとなっている。

 大きさじゃなくて個数というのがいかにもVRという感じだ。

 

 ともかく、客を招く最低限の最低限――お互いが座る椅子のみ――の状態にはなった。

 VR上だと着替えもデータで睡眠を摂ることも食事を摂ることもないので、キッチンはないし、ベッドを置く必要もないのでどうしても部屋の間を埋めるということが難しい。

 そもそもログインログアウトで毎回経由はするものの必要ないといえばないのだ。家なんて。

 

 私が一息ついて、ヘッドセットを外し、リアルの方で水を飲んでいるとDMが入る。

 

[着きました]

 

 私は再びヘッドセットを装着すると、フローラに招待コードを送る。するとすぐに玄関から彼女が入ってきた。

 

「お邪魔します」

「どうぞどうぞ。ようこそいらっしゃいました。なにもないところですが……本当になにもないんですが……」

「そ、そうですね」

 

 買ったばかりのソファに彼女を座らせ、私は安楽椅子に腰かける。

 

「さて、お話を聞かせてください」



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エルフが知っていること、知らないこと

「えっと、すみません。なんだか変なことに巻き込んでしまって」

 

 フローラが頭を下げてくる。

 ファンタジー世界の住人がこんなシケたワンルームにいるとコラ画像のようだ。

 しかも探偵コスプレ少女に頭を下げている。

 

 ――なんか頭身高いんだよなー。フローラって。だから変な感じ。

 

「いえいえ、むしろ事件解決こそが私の本来やるべきことですからね。そもそも事件なのかどうかわからないですけど」

「事件……だと思ってます」

 

 フローラの目はアバターではあるものの確信に満ちた光が宿っていた。

 

「まぁ、私も同意です。何かがリアル側で起こってライブ継続が不可能になるトラブル自体はあるんでしょうが、機器側に強制的に弾き出されるほどのダメージが心身のどちらかにあったわけです。それでちょっとした事故でした、ご心配なく、ということはありえないかなと。しかも本人からはなんのコメントもなく」

「たしかにおっしゃる通りです。流石、探偵ですね」

「いや、このくらいは誰でも。まぁ一番手っ取り早いのは中の人の無事を確認することなんですが……ここに来たということは?」

「はい、運営はなにも教えてくれません。たぶん、グループも解散になると思います……」

 

 そうだろうとは思っていた。

 ただ逆に運営が何かを隠そうとしているということがわかっただけでも一つの収穫だ。

 

「リリーさんに何があったのか、なんで脱退ということになったのか教えてくれない、ということですか? 他に何か訊いたことはありますか?」

「そうですね。実は私たちは実際にリアルで顔を合わせたことがないので、本人のリアルでの名前や連絡先を尋ねたんですがそれも個人情報保護のためと教えてもらえませんでした。SNSや私たちが知っているメッセージアプリには一つも反応はありません。あの時からVRにログインもしていないみたいなので」

「なるほどなるほど」

 

 VRアイドルとはいえまさかグループメンバー本人に一度も会うことなく活動していたとは予想外だった。

 リリーは特殊タイプのアバターで中の人がどういった体型だったのかなど外見からのヒントも得られない。

 実際の肉体と大きくかけ離れた体型のアバターにすると現実に戻ったときに距離感――特に手足の――に混乱が生じる。

 手を伸ばしても届かないとか、階段の上り下りで踏み外すとか。

 ゆえにVR空間で活動する場合はなるべく実際の体型に近く設定するのが良いとされている。

 リリーはレアなパターンだ。ゆえに他のアイドルと差別化できていたというのはあるかもしれない。

 そういえばマッキーも現実の姿とはかなり違うが、VRカフェから外に出ても平然としていた。そのあたりは慣れやもともとの体質のようなものもあるのかもしれない。

 

「もう一人のマーメイドの子もリリーさんに会ったことは?」

「ないです。ただ、私と彼女はもともとリアルでも同じ事務所にいたので面識はあります」

「リアルでも芸能活動してたんですか?」

「鳴かず飛ばずでしたが地下アイドルをやってました。おそらくリリーもどこかの売れない地下アイドルが再起をかけて……ということだったのかなと」

「なるほど。わかりました……なにもわからないということが」

「すみません」

「いえ、フローラさんが謝ることはありません。私も何があったのか知りたいと思っています」

 

 リリーは一人だけリアルでの正体がわかっていない。そして何があったのか、事務所は隠している。

 私はリリーの正体と彼女の身に起こったことを探る。

 

「もしリリーに起こったことがわかったら……その……成功報酬というのは……」

「あー、まぁもう25000円いただいてますし、それでいいですよ。そもそも25000円で依頼受けるとか決めてるわけでもないんですけど。なんかもうそれでいいかなって」

「そんなことでいいんですか?」

「いいですいいです。もうV界隈で起きてる事件に首突っ込むのが私のコンテンツなので。別に調査費用もかからないですし、何かお金かかってもスパチャとか広告収入で回収できますからね」

「やっぱりニコちゃんって人気者ですよね」

「いや……私は人気者ってことではないんじゃないですかねぇ。さっきの生放送もご覧になってたんですよね。なんかファンのやつら、アンチと紙一重なんですよ」

「あれは愛だと思いますけど。誰にも見られないよりずっといいです」

「ですかねぇ」

「あと一つだけいいですか?」

 

 フローラはまだ何か言い忘れた情報があるのだろうか。

 

「あぁ、はい。なんでしょう?」

「ニコちゃんは私よりぴーちゃん推しなんですね」

 

 私はしどろもどろになりながら、フローラも推すと告げた。



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リリーの正体

 フローラに会った翌日、私は各社の新聞をデータ購入し、ネットニュースを片っ端から読み漁っていた。

 私が探していたのは昨日の死亡事故、殺人事件の報道記事だ。

 治安があまり良いとは言えない――むしろ不景気に比例するように日々悪化している現在においてそういったものは多発しているがそれでも一日に百件も発生しているわけではないしもしリリーと思しき人間の事件があればわかるのではないかと思ったのだ。

 願わくばそういった事件が見つかってほしくはないのだが――。

 

 昨日起こった殺人事件は3件。

 男子大学生が自宅に侵入してきた強盗に刺殺された強盗殺人事件。犯人は警察から逃亡中に自殺。

 40代男性が介護を苦に父親を殺害してしまった事件。犯人は自首。

 そして――元地下アイドルの女性が交際中の男性に刺殺され死亡した事件。犯人の男性もその後自殺。

 

 ――これか……。

 

 私はフローラに記事のURLを記載したDMを送る。

 すると5分で返事が戻ってきた。

 

【フローラ】

『直接話せませんか? 私はいつでも通話可能です』

 

 私も今日は大学は休みだし、配信の告知も出していない。

 適当に過去のゲームプレイの映像を編集しようと思っていただけで特に予定らしい予定はない。

 

『わかりました。では通話に切り替えましょう』

 

 すぐに通話アプリを立ち上げる。

 

     ※

 

「もしもし」

「はい、フローラです」

「あの記事の方がそうではないでしょうか?」

「……そうかもしれないし、そうではないかもしれません」

「中野区に在住の20代の女性で地下アイドル卒業後はキャバクラで働いていたと書いてありますね。本人からそういう話は聞いたことないですか? Vとしての活動以外にこういう仕事をしてるとか、どこに住んでいるとか」

「いえ……リリーはあまりそういう話をしたがらないというか……そもそもアイドル活動以外のことはあまり口にしないタイプだったので。私とコーネリアは別に過去を隠しているわけではないですし、声も変えていないので売れたらいずれ過去の写真や映像は表に出ることの覚悟はしていました。むしろリアルのアイドルとしても売れたいと思っていたのでそれを心のどこかで望んでいたかもしれません」

 

 私は彼女の発言に引っ掛かるものを感じた。

 だが、その正体が何かはまだわからない。

 

「率直にこの記事を読んでフローラさんはリリーさんだと思いましたか?」

「わからないんです。そうだと言われればそんな気はします。違う……とは言えないです」

「ネットに彼女が働いていた店でのプロフィール写真が流れていました。この顔や表情にリリーらしさは感じますか?」

「わかりません」

 

 ――まぁ、そりゃそうだろうな。

 

 リリーは身長60センチのフェアリー型のアバターだったのだ。全身の印象が強すぎる。実際に動いたり、話したりしている映像であればわかる人にはわかるだろう。

 先日の呪井じゅじゅの事件はそうだった。いくら頑張ってもイントネーションや口癖、笑い方のすべてを完璧に変えることはできない。

 だが、写真ではいかんともしがたい。

 

「すみません、わからないばかりで」

「いいえ、いいんですよ。彼女はVとしてかなり特殊なタイプでしたからね」

「…………」

「フローラさんはどうしたいですか? この記事の彼女がリリーだったということにしますか? それとも確かめたいですか?」

「確かめたい……です。この方がリリーの中の人だったとして、どうして殺されなければいけなかったのか知りたいです。私がもっと話を聞いてあげていればとか、信頼関係を築けていたら今みたいなことにはならなかったのかもしれないと思うと苦しくて……この依頼が私自身が救われたいがためのエゴだっていうことはわかってるんです。でも、本当のことがわからないとずっとリリーのことを考えてしまって、とてもアイドルなんてできそうになくて……」

「わかりました。調査を続行します。自分が救われるために真実を知りたい。良いじゃないですか。自分が幸せになるのに誰に遠慮する必要があるんですか。事務所が信用できない以上は探偵に頼るくらい何の問題もありませんよ。でも、このキャバ嬢の方がリリーであったと断言はできませんし、もし違った場合は手詰まってしまうことにはなります。迷宮入りもありえますがそれでも許してくださいね」

「ありがとうございます。ニコちゃんが捜査してわからないならそれで納得できるので構いません」

 

 私はただの大学生で本当は探偵なんかじゃない。探偵風キャラのVtuberだ。

 それでも彼女のためにできることはしてあげたいと思った。

 

 ――とりあえず、VRとリアルの両方から情報を集めてみるかな。それである程度推理が固まったら……事務所に問い質して隠してることを白状してもらおう。



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メンバーシップ限定配信

[メンバーシップ限定配信]

「えー、メンバーシップの皆さん、こんばんは」

 

 実は私は自分のYouTubeチャンネルのメンバーシップ特典として、クローズドでの捜査の進捗報告と情報提供の呼びかけを行っている。

 まだ今ほど注目される前はオープンでの情報提供を呼び掛けていたが、プライバシー保護のためであったり、万が一にも冤罪が発生してしまう可能性を考慮しなければと思ってのことだ。

 この限定配信はVR空間グリモワール側からのVR機器制御で情報漏洩――録画、録音――が防げるので、被害者や加害者のためにも都合がよかった。

 当然、KADOKAWAには相応の金額を抜かれている。

 だが私のチャンネルの特性として他人のプライバシーや犯罪に近しい行為にも踏み込むのでそういった秘密を共有できるということで、これまで特に事件らしい事件も起こっていないのにそれなりの人数の加入と課金があるので、メリットの方がはるかに大きい。

 どうやらみんなゴシップが大好きらしい。

 

 私はフローラとの約束をもとにリリーと思しき殺人事件の被害者の身辺調査を行うことをメンバー限定で告げ、情報提供を呼び掛ける。

 

「この記事を見てください。リリーが消えたあの日に起こった事件です。ふぁんたすてぃこは売れなかった地下アイドルを集めて結成されたグループだそうなのですが、リリーが消えた日に殺害された元地下アイドルのキャバクラ嬢の方です。記事によると中野区在住の日高つばめさん、25歳と書かれています」

 

 私は記事のデータを画面の端に追いやり、話を続ける。

 

「彼女が本当にリリーなのか。そして、そうだとしてなぜ殺されなくてはならなかったのか……その真実を突き止めたいと思っています。なので、もしVR上でのリリーの知り合いやリアルでの日高さんの知り合いに取り次いでくれそうな人がいたら教えてもらえると助かります。あとはどんな些細なことでも構わないのでなにか情報があれば随時DMいただけると助かります」

 

[任せとけ]

[俺の情報網を駆使する時が来たようだな]

[〈¥2500〉俺には資金提供くらいしかできない]

 

「よろしくお願いしますね」

 

     ※

 

 ――さて……私はもう一個やらなきゃいけないことがあるんだよなぁ。

 

 情報が集まるまでの間に私は調査用のもう一つの姿を作らなければならない。

 ファンの皆さんが聞き込みを手伝ってくれているとはいえ、自分の目と耳で確かめなければならないことや、自分のアイカメラで証拠を抑えなければならないことも出てくるだろう。

 

 ――どういう姿にしたものかな。

 

 性別から体型からリアルな自分や藤堂ニコとかけ離れた姿にするという手もあるが、喋り方や仕草から女性だとバレる可能性もある。

 

 ――やっぱベースは女の子にしとくのが無難かな。

 

 VR上でも女性の姿をしているとナメられやすいというデータもあるのだが、逆に話を聞きだしやすいというメリットもある。

 不思議なことに中の人が男性でも女性タイプのアバターだと少し弱気になるし、女性が男性アバターを使うと歩き方も堂々としてきたりするらしい。

 人間は見た目に精神状態も左右されるということなのだろう。

 なんとなくわからないでもないというか、想像に難くない。

 容姿の違和感によって、精神状態がフラットでなくなり、推理という一番の武器の切れ味が悪くなることは避けなければならない。

 

 私はリアル寄りのイラストレーターのデザインの女性という方針を固め、自分の新たな捜査用の姿を作っていく。

 

 ――よし、こんなもんかな。けっこう可愛く出来た。

 

 黒髪ロングヘアに少し彫りが深めの美人系の顔立ちだが、身長はそこまで高くしなかった。少し引き締まった感じの体型でシルエットはなかなかバランスがいい。

 アンダーリムの眼鏡もオプションでつけておいた。

 

 ――ちょっと優等生っぽいかな。眼鏡はシチュエーションにあわせて外したり、変えたりしよう。

 

 そうこうしているうちに情報も集まってきたようだ。



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潜入捜査

 提供された情報によると、リアルでのリリーと思しき女性――日高つばめは中野のメイドカフェ【冥途の土産屋】で働いていたらしい。

 

 ――とんでもないセンスの店名だな。

 

 私は店のホームページを開いてザっと眺める。コンカフェといっても夜はバーになってお酒も出すらしい。

 すでにつばめ――こと源氏名すずめの紹介ページは消えていた。しかし、ネットに残っていた紹介ページとテイストは同じであり、情報に間違いはなさそうだ。

 この店の同僚や彼女を指名していた客から話を聞ければ真相に近づくことができるだろう。

 

 ――でも、どうやって?

 

 客として行って話を聞いてもらえるだろうか。

 いや、それは難しいだろう。つばめがいなくなった今、彼女を指名していた客はそもそも来ないだろうし、他の客同士で会話をするなんてことはありえない。

 金を払って女の子との時間を買いに来ているのだ。私がかわいい女の子であっても、つばめの話に時間を割いてはもらえないだろう。

 となると選択肢は一つだ。

 

 ――体験入店で潜入捜査しかない。

 

 私は引きこもり気質のコミュ障である。あまり人と喋るのも好きではない。他人の粗探しとか、推理をしている時は饒舌だが、いわゆる日常会話とか雑談みたいなものは得意とはいえない。

 だが、やらなければならない。

 

 ――私だってやる時はやるんだ!

 

 でも、体験入店の面接ですら落ちたら?

 ありうる。十分にありうる。

 マッキーに同行を頼むしかないだろうか。誘って、一緒に体験入店行こうよとか言ったら面白がってついてきてくれるかもしれない。彼女とセットであれば私がオマケでくっついていても体験くらいは許されるだろう。

 

 ――いや、マッキーってモデルやってるんだっけ。じゃあ、ダメか。

 

 モデルといってもおそらくチラシとかちょっとした地方誌みたいなやつなのだろうが、芸能人というくくりの人間が場末のコンカフェに体験入店は許されないはずだ。事務所が許可するはずもないし、黙ってやって何かペナルティがあっては申し訳ない。

 こちらは趣味の探偵ごっこなのだ。

 

 ――仕方ないかぁ。一人で行こう。

 

 私は勢いのままDMで面接希望を送ると、5分で是非来て欲しい旨の返事がくる。

 行くか行くまいかで悩み始めるとおそらく私はなんとかこの冴えた頭で行かずに済む言い訳を捻り出し、遠回りをしてしまうだろう。

 それならと先に自分を追い詰めたのだ。

 この作戦自体は間違っていないと思う。私はもう中野のコンカフェに行かざるをえない。

 しかし……鏡に映った自分の顔は青ざめて引きつっている。

 

 ――いや、どんだけ嫌なのよ。私。あー、なんかお腹痛くなってきた。

 

 僅か数分前の自分を恨めしく思いながら、胃薬を飲み、鏡に向かう。

 あまり化粧品は持っている方ではないが、今日は普段使わないようなものも総動員でしっかり顔を仕上げていく。

 もともとで十分かわいいので化粧など頑張る必要はないと考えてはいるのだが、流石に水商売の面接でそういうわけにもいくまい。

 そして化粧をしていくうちにだんだんと気分が高揚してくる。

 

 ――お、けっこうイケてるじゃん。

 

 やはり化粧もある意味アバターのようなもので、纏うことで心も強くなるようだ。

 しかし、ひとつ問題があった。

 

「着ていく服がないわ」

 

 私は衣装持ちでもない。クローゼットの中には普段大学に行く時に着るファストファッションしかない。あと黒ばっかり。

 こればかりは仕方ない。

 手持ちの中から一番マシな服を選んでいくしかない。

 今から買いに行ってもいいが、私は自分のセンスをあまり高く評価していないし、そもそも服にお金をかけることに抵抗がある貧乏性なのだ。

 面接のためだけにブランドものの服を買いたくはなかった。

 

「もういいよ。私くらいかわいいなら何着たってかわいいわい!」と思うしかない。

 

 結局のところ、ちょっと化粧が厚めになっただけで普段と然程の変化は出せなかったが、なんとなく気持ちに勢いはついたので良しとする。

 私は鞄を持って家を出た。



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潜入成功

 私が外に出るとフローラからDMが来ていることに気付いた。

 

『フローラです。実は先ほど事務所と話をしたのですが、やはりリリーは亡くなっているそうです。リリーが無事かどうかわからないままだと活動を続けられないと言ったところ、彼女は自分の意思で脱退したのではなく亡くなったと。ただ、それ以上は彼女のご家族の意向もあり私たちにも言えないし、それで納得できないなら残念だが解散だと。彼女がもうこの世にいないということはとても残念で悲しいことですが、それでも私はまだ彼女のことを知りたい。亡くなる前にわかってあげられなかったことを少しでも拾い集めて、納得したいんです。事務所には内緒で捜査を続けてもらえますでしょうか?』

 

 私は彼女のメッセージを読むと、すぐにこのまま調査を続けると返答した。

 そしてリリーが実際に亡くなっているということで捜査の範囲がやはり急激に狭まった。

 あのVR機器からの強制ログアウトのダメージ、そして死――。死亡ニュースに最初に目をつけたのは間違ってはいなかったらしい。

 もちろん彼女の死を否定できる材料を探したいとは思っていたが、事務所がそのような嘘を吐く可能性は低いように思われた。

 逆ならありえた。

 本当は亡くなっているのにフローラやコーネリアにショックを受けさせないために実は生きているがもうアイドルを続けられるコンディションではないと一時凌ぎの嘘を吐くという可能性は十分に考えられる。

 もちろん、お見舞いに行きたいと言われたり、今回の依頼のように調査されてバレるリスクも大きい。

 だが生きているのに死んでいるという嘘は事務所側にメリットがないように思われる。

 本当に亡くなっている前提で調査は続行すべきだろう。

 

     ※

 

 ”ふぁんたすてぃこ”のライブやトーク配信の動画を観ながら電車に揺られていると、あっという間に中野に着いた。

 思っていた以上にショーとしての完成度は高く、あのまま活動を続けていたら売れていたかもしれない。

 そんなことを考えながら店へと向かう。

 

 メイドコンカフェ『冥途の土産屋』は意外にも中野駅から近い好立地にあった。

 テナントが入っているビルも入るのに抵抗がない程度には新しい。

 とはいえ、私は血液のリズムが狂っているかのような錯覚を覚えるほどには緊張していたし、脚にも力が入らない。パフォーマンスは明らかに低下している。

 とはいえ、今日一日限りの社会科見学だと自分に言い聞かせ、なんとか勇気を絞り出してエレベーターに乗った。

 たかがバイトの体験入店程度でこんな状態になるとは思いもしなかった。

 自分がコミュ障である自覚はあったが脚が震えるほどだとは。

 これでは就職活動時の面接にも支障がありそうだ。緊急ではないがいずれは対策を考えなくてはならない。

 それがわかっただけでも収穫はあった。

 エレベーターが開く……ともうそこは店内だった。

 

 ――廊下とかお店のドアとかなく、エレベーターがそのまま店につながってるのか!

 

 私はその造りに衝撃を受けた。

 さらに――メイドたちから一斉に「おかえりなさいませ、お嬢様ー」と声をかけられ後ずさる。

 一瞬、手が『閉じる』ボタンに伸びかけたが、意外とメイドたちが可愛くないというかはっきり言ってイマイチのレベルであることに気付き、一気に冷静になった。

 マッキーというプロのモデルを近くで見過ぎたせいか、ここのメイドたちを見て『あ、こんなレベルでかわいいってちやほやされるんだ。じゃ、私でもいけんじゃね?』とかいう、失礼極まりない考えが浮かび、その自分の性格の悪さに思わず『どんだけ失礼なんだよ、私は!』とかいうツッコミが浮かび、自分で笑ってしまったのだが、その笑顔を愛嬌ということにしてヘラヘラしながら「バイトの面接できましたー」と言えたところで緊張は消え去った。

 

「あ、体験入店の子だ。こっちですよー」

 

 メイドの一人に控室に案内される。

 店は思いのほか狭く、カウンターが8席とテーブル席が2つでギリギリだった。

 奥の控室もあまり広いとは言えない。

 控室にはスーツの男性が一人座っていた。やせ細っているが温和そうで嫌な印象は受けない。

 ヤクザのような店長が出てくるのだと思っていた。

 

「体入の子連れてきましたー」

「ありがとうございます。では、ホタルさんはお仕事に戻っていただいて大丈夫ですよ」

「はーい」

 

 案内してくれたメイドさん――ホタルさんは戻っていく。

 

「では、お掛けください」

「はい」

 

 私は勧められるがままパイプ椅子に腰かける。

 

「店長の高林です。本日はよろしくお願いします。えーっと東城さんですね」

「はい、よろしくお願いします」

「早速ですが、今日は体験入店ということであそこのロッカーにメイド服が入ってますので……Sサイズで大丈夫そうですね。Sサイズを着て

カウンターに入ってください。一応、2時間くらいで声をかけますので、もうちょっと働きたいなと思えばいていただいて結構ですし、もうわかったということであればお帰りいただいても結構です。明日以降も働きたいと思っていただければ、入れる曜日と時間の相談をしましょう」

「えーっと」

「あぁ、あとこれですね。今日の体験入店のバイト代は先に渡しておきます」

 

 店長に封筒を渡される。私は中身も確認せずに手に持ったまま首を傾げる。

 

「なんというか、面接ってこういうのなんですか? もっと志望理由とか訊かれて、やる気なさそうなら帰らされたりするのかなって……」

「まさか。猫の手も借りたいくらい忙しいですからね。基本的には全採用です。まぁ……あまりこういうことは言いたくないですが、よっぽど容姿がひどくない限りは」

「そういうものなんですね」

「えぇ、そういうものです。でも、一応聞いておきますか。どうしてうちの店で働こうと思ったんですか?」

 

 私は意を決した。今だ――。

 話を引き出すための嘘も電車の中でしっかり練ってきている。緊張さえ解ければ私は冴えた人間なのだ。

 

「地元の先輩がここで働いてるって言ってたんですよ。それでお店の名前覚えてて……」

「へぇ、どの子ですか? まだ働いてるのかな」

「最近、連絡取れなくてちょっとどうしてるかわからないんですけど、日高さんっていう」

「え?」

 

 店長は明らかに狼狽している。

 私はその顔をじっと見つめる。

 

「大変言いにくいんですが、彼女は亡くなったんですよ……」

「え?」

 

 私は絶句する……フリをする。

 

 ――知ってる。

 

「それは……その……なんでかご存知ですか?」

「ニュースにもなったのでご覧になったら詳しく書いてあると思いますが、交際相手の男性とのトラブルで刺されたそうです」

「そうですか……」

「どうしますか? 体験入店やめておきますか?」

「いえ……それは先輩の働いていたお店なので体験だけはしたいと思うんですが……先輩のお話もう少しだけ聞かせていただいてもいいですか?」

「もちろんです」

 

 私はひとまず想定通りに話が進んでいることに安堵した。

 ここでの会話次第ではカウンターで同僚のメイドや客に訊くというリスキーな行為をパスできる。

 今、自分がやっていることは最低なことなのかもしれない。死者の知人を騙ることが良いであるわけがない。

 だが、これからを生きるフローラのためにも必要なことなのだと自分に言い聞かせる。

 

「あなたがどのくらいの仲だったのかはわかりませんが……あまり面白い話ではないかもしれません」



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彼女は死ぬべき人間だったのか?

「先輩ってここではどんな感じだったんですか?」

 

 店長は落ち窪んだ目を下に落とし、私の目を見ないようにして話す。

 

「正直ね、勤務態度はあまり良いとはいえませんでしたね」

「そうなんですか」

「綺麗な顔をしていたのでお客さんはついてたんですけどね。仕事に対する姿勢がよくなかった」

 

 私はリリーの活動を見てきてはいない。

 幾つか動画を観た程度だ。

 だが、リリーに対してそんなイメージは抱かなかった。パフォーマンスは見事だったし、VR酔いや身体意識ズレのリスクを負ってでもフェアリータイプのアバターを使っていた彼女はまごうことなきプロだと思った。

 

「といいますと?」

「お客さんを馬鹿にするような言動や愚痴が多かったですね。彼女を慕ってここまでくるような後輩のあなたには信じられないかもしれませんが」

「そうですね……私の知っている先輩とは少しイメージが違います。でも、本当のことを知りたいです」

 

 私はスマホを取り出し、日高つばめ殺害のニュース記事を表示する。

 すでに一度読んで、全メディアの記事の内容は頭に叩き込んであるが、あたかも今初めて読んだかのような顔をして質問を投げかける。

 

「先輩を刺した彼氏がどんな人かって店長さんはご存知でしたか?」

「えぇ、もともとここの常連でした」

「お客さんを馬鹿にしているのに、お客さんと付き合うんですか?」

「彼はずいぶんとお金を持っていたそうです。働かなくていいし、好きなものを買ってあげるから付き合ってほしいと言われたそうですよ」

「はぁ……でも、そもそも問題として店員がお客さんと付き合うっていうのは禁止ではないんですか?」

「禁止ですけどね、表面上。でも、うちは芸能事務所というわけでもないですし、禁止したところでこういうのは止めようがないですから」

 

 店長は小さく溜め息を吐く。

 私も一緒になって溜息を吐く。

 リリーはリアルでなかなか問題があったようだ。

 そして、店長はかなり心労があったようでもある。ただ不健康なわけではなく、この窶れ方は仕事のストレスからくるものなのだろう。

 

「それで……なんというか痴話喧嘩の延長線上で刺されるところまできちゃったということなんでしょうか?」

「だと思います。他の子たちの話を聞くとすずめさんは別れ話をすると言っていたそうなので。別れ話がうまくいかなったんでしょう」

「最初から見下してる相手にお金を使わせる目的で付き合っていたなら最初から破綻していたんでしょうね」

「そうですね。あなたはあまりすずめさんのお友達という感じがしないですね」

「気が合いそうにないですか?」

「えぇ。あなたはまっとうな人間に思えます」

「そういっていただけるのはありがたいですが……私もあまり褒められた人間ではないと思います」

 

 嘘を吐いているのは私も日高つばめと変わらない。

 つばめがどんな悪人だったとしても正当化はされないだろう。

 

「あなたがどんな人間かこの短い時間話しただけではもちろんわかりませんが、それでも善良な人間だとは思います。毎日色んな人間を見てきてますからね」

 

 私は渇いた笑いで照れを誤魔化す。

 他人の秘密を暴く探偵が善良でいられるのかはわからない。でも、少なくともそうありたいとは思う。

 そして私はこの短い会話で以前にフローラと話した時に抱いた違和感の正体に辿り着きつつあった。

 あと一つの質問でそれは確信に変わるだろう。

 

「最後に一つだけ訊いてもいいですか?」

「どうぞ」

「日高先輩は地下アイドルをしてたと思うんですが、アイドル活動について何か言っていましたか?」

「えぇ……アイドルなんて儲からなくてバカらしいし、ファンも気持ち悪いと。もう亡くなった子のことを悪く言いたくはないんですが、だからアイドルとしても上手くいかなかったんだと思います」

「ありがとうございます。十分です」

「それはよかった。あまり気持ちのいい話ではなかったと思いますが。さて、どうしますか? 体験入店」

「やっていきます。たぶん、ここで働くことはないと思いますが」

「えぇ、それがいいと思います。東城さんにはあまり向いているように思えない。いえ、たぶん続けていればファンも増えて人気者になると思います。でもね、もっと他に向いていることがあるような気がしますよ」

 

 私には店長も他にもっと向いている仕事があるような気がしたが、それを口にするのは憚られた。わざわざ言わなくても、きっと彼もわかっている。そう思った。

 

 ――リリー……あなたの秘密に辿り着くまであと少しです。

 

 そして社会科見学と割り切って、私はメイド服に着替えてカウンターに立った。

 お客さんはいっぱい話しかけてくれたが、うまく返事ができずにどもるし、注文は間違えるしで散々だった。

 でもどうやら向いていないということがわかっただけで十分だ。

 私は探偵でミステリ作家だ。

 その仕事を果たす。



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彼女の化けのガワをはがすのか?

 私は自宅に戻り、考えをまとめ始める。

 

 ――たぶん、とんでもない思い違いをしていたんだ。でも……。

 

 おそらく推理は外れていないはずだが、それでもなぜリリーがこんなことになったのかはわからない。

 もう少しだけ調査をする必要がある。

 だがその前に私の元に集まったリリーのVR側での情報を精査する。

 メンバーシップ限定だと集まる情報量自体は少ないが、課金するほどのファンからの情報提供ということもあり信ぴょう性が高いものが集まる。

 やはり推しに貢献したいという気持ちはありがたい。

 私は情報処理能力は高い方だと思うが、それでも一つ一つ真偽をある程度判断しながらだと読むにも時間がかかるし、精度の高い嘘が多数混ざってくると推理にも支障が出る。

 今回はそもそもリリーがメンバーとすらあまりリアルについて話していなかった上に、VR上でもアイドル活動以外に何か大っぴらにするというタイプではなかったため、想定通りに情報は少なかった。

 

 ただ一つ気になるものがあった。

 今夜、リリーのファンが有志で本人不在のお別れ会を開催し、それの様子を配信するというものだった。

 本人に直接別れを告げることができなかったため、そういった形をとるらしい。

 通常、リアルにしろVにしろアイドルの引退の際は、卒業公演のようなものがあり、それを儀式としてお互いに新たな道へと進むものであるが今回は突然のことだったので開催できなかったのだ。

 お別れ会はフローラやコーネリアのファンや、これまでライブに来たことがなかった在宅ファン――といっても、そもそもVのライブなど客も全員肉体は在宅なのだが――も遠慮なく来ていいということなので私はサブアカウントで向かうことにした。

 

     ※

 

 お別れ会といっても、小さな会場でライブ映像を流しながらファン同士で雑談をするくらいのものだった。

 認知されているファンは個別にマイクの前でリリー宛てのコメントを読み上げたりはしているが、特に強制されるようなこともない。

 

 私は他のファンに混ざって聞き耳を立て、情報を収集していく。

 

「タムラさん、最後の日来なかったな」

「まさかあんな対バンがいきなりラストになると思わないじゃん」

「それな」

 

「やっぱあの人がリリーに何かしたんじゃねーかな」

「しー、みんな思っててもそれ言わないんだから」

「いや……でもさ」

 

「タムラさん、リリーの中の人がどんな人かすげー知りたがってたからな」

「ストーカーじゃん」

「でも、リリーもそんな迷惑そうな感じでもなかったからなぁ」

「でも前のライブではなんかちょっとモメてなかった?」

「ちょっと無神経なこと言ったのかもな。タムラさん、アバターはイケメンだったけど、中身おっさんだったじゃん」

「デリカシーはないタイプだったよな。まー、俺たちもだけど」

 

 リリーについての情報をまとめると――。

・非常に真面目でアイドル活動に対しては真摯的だった。

・ファンサービスも熱心でファンの満足度は高かった。

・ただし、ファンの数自体は少なかった。

・そして少ないファンの熱量は高く、中でも一人のファンであるタムラは常に"ふぁんたすてぃこ"のライブに来ていて、リリーの熱烈な追っかけだったが、あの事件があったライブの日は見ていないし、それ以降も見た者はいない。

・その前のライブの特典会で二人は何やら口論をしていたようだったが、周囲に内容は聞こえていなかった。

・周囲のファンははっきりとは言わないが、熱狂的なファンが何かしたとは思っているとのことだった。

 

 ――なるほど。

 

 結局のところ消去法でしかないのだが……私はおそらく真相に辿り着いた。

 私の推理ではリリーの行動、そして事務所がとった選択のすべてに説明がつく。

 だが、事務所がなぜあのリリースを出し、フローラとコーネリアにちゃんと真実を伝えなかったのかにも理由がある。

 それを私の一存で依頼主だからといって伝えていいのだろうか……。

 リリーとフローラ、どちらに寄り添うかで私自身の行動も変わってくる。

 

「あまり気は進みませんが……彼女の化けのガワをはがすことにしますか」

 

 



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解決編 探偵とアイドルの嘘1

 私は"ふぁんたすてぃこ"のプロデューサーである賀來悠仁にリリーのことで会って話がしたいとDMを送った。

 おそらく真相に辿り着いているのだと。

 しかし、今回の事件は推理ショーとして一般公開すべきではないと考えていた。

 各所に許可を取らずに公開することは自分の良心が許さなかったのだ。

 ゆえに本当にただ会って確認がしたいだけなので暴露の心配は無用であるとも添えてある。

 依頼主であるフローラにだけは調査結果を報告する義務があるが、それも無神経にただ真実を伝えるのではなく、きちんとプロデューサーの許可を取るべきだと思う。

 ファンへもクローズなメンバーシップ限定配信かつ個人情報をはじめ、本人が特定されないような配慮も必要だろう。

 配慮しすぎだろうか。

 だが、やりすぎくらいでちょうどいいのかもしれない。

 他人が何を考えていたかなんて本当のことはわからない。他人の心はどこまでいっても推理で暴き出すことはできない。

 

 そして私の端末がDMの着信を告げる。

 プロデューサーからの返答はもちろんイエスだ。

 VR上のクローズドな空間で話し合いの場が設けられることになった。

 場所はリリーが姿を消したネオグラッドだ。

 

     ※

 

 私は藤堂ニコの姿で再びライブハウス――ネオグラッドを訪れる。

 今日のために貸し切りにされているらしい。

 入口の鍵が開いており、そのまま中に入ることができる。

 VR上の鍵の概念は現実とは少し違うのだが、ともかく私は付与されたパスによって扉を通ることができた。

 

 リリーが消えたあの森が再びステージ上に茂っている。

 私はステージ上に飛び乗り、切り株に腰掛ける。

 木々も泉も本物よりも美しい。

 きちんとパフォーマンスを見ることはかなわなかったが、はじめてここに来た時は本当にファンタジー映画や絵本の中のエルフや妖精たちの遊びを覗き見ているかのような気分だったのを思い出す。

 

 ――ステージ上からの眺めはこんな感じなんだ。

 

 客席フロアはがらんとしているが、200キャパの箱というのは思ったよりもずっと狭く感じた。

 リリーはこの景色を見ている時に、現実で背後から刺されたのだろう。

 

 ――怖かっただろうな。

 

「遅くなって申し訳ない」

 

 入口から現れた男性がプロデューサーだろう。

 スーツ姿のふつうのオジサンだ。

 VR上だが、あえてリアルの自分の姿をそのままトレースしているパターンだ。

 現実でもVRでも同じ仕事をする際にはあえて姿を美化させたりしない方が社会的信用が高いとされている。

 VR上で会った取引先の人がリアルであったら全然違う人だったとなると、それが現実の方が美形だったとしても相手への印象が悪くなるというデータもあるらしい。

 それなら最初から同じ風貌の方が良いというわけだ。

 

「いえ、私も今来たところです」

「初めまして、賀來悠仁《かくゆうじん》です。"ふぁんたすてぃこ"とナイトメアリーズのプロデューサーをしています」

「初めまして。探偵Vtuberの藤堂ニコです」

「お噂はかねがね」

 

 ――どんな噂だか。

 

 彼はステージの上に上がってこず、腕を組んで私を見上げてくる。

 

「僕もそんなに暇ではないんでね。無駄話はなしだ。はじめよう」

「えぇ」

 

 



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解決編 探偵とアイドルの嘘2

 森の中で切り株に腰掛ける探偵コスプレ少女が、仁王立ちのスーツのオジサンに話しかけるというのは画として非常に違和感がある。

 が、そんなことをあまり気にしても仕方ない。

 私はこれまでのことを順序立てて、ステージ下のオジサンに語り掛ける。

 

「先日のリリーが悲鳴を上げ、ログアウトポイントでもないライブハウスから強制的にログアウトさせられた瞬間を見ていました」

「君もいたのか?」

「はい、VRカフェで作った捨てアカで」

「探偵Vの藤堂ニコといえば有名人だからな。僕でも知ってる。もし今の姿でいたら誰かしら気づいていただろう」

「有名ではあっても人気ではない、というのが悩みどころではあるんですが、まぁそれは置いておいて。あの場にいた私は個人的に何が起こったのか調べ始めたんです。あと、とある人物からも真相が知りたいから調べてほしいという依頼も受けました」

 

 プロデューサーは小さく溜息をひとつ吐いて、呟いた。

 

「フローラだな……おそらく。コーネリアも納得はしていなさそうだったが、飲み込もうとしていた」

「依頼主に関する情報については何も言えませんが、とにかく私は調査をスタートしました。あの悲鳴、VR機器側からの強制ログアウトで彼女の身に良からぬことが起こったのは確実です。私は翌日に殺人事件やVR中の事故といったそれらしき報道がないか確認しました。そしてその中に元地下アイドルの女性が交際相手に刺されたというものを発見したんです」

「…………」

 

 プロデューサーの表情は困惑しているが、私にはその困惑の理由はわかっている。

 

「続きがあるので聞いてください。リリーの死――と言ってしまいますが、その状況と日時を照らし合わせて矛盾がなかったので、その女性の正体がリリーだと思い込んでいたのですが、調査を進めていくうちにどうしても納得ができないことが出てきました。リリーは非常に真面目でアイドル活動に熱心だった。むしろ、それ以外のことに興味がないようですらあった。ところがこの殺害された女性はあまりアイドルであったことに誇りを持っておらず、自分のことを好きでいてくれるファンのことも馬鹿にしていたようです」

「あぁ、リリーはアイドル活動に真摯に取り組んでいたよ」

「えぇ、そちらがリリーの本来の姿だったのでしょう。だから、違和感に気付けたんです。あの時に起こった殺人事件で"表面上"リリーに一致するものは一件しかなかったために私はすっかり勘違いしていたんですが……」

 

 私は切り株から腰を上げ、フロアの彼の真正面に降り立って言った。

 

「あの日、起こった殺人事件は3件ありました……」

「そうなのか」

 

 男子大学生が自宅に侵入してきた強盗に刺殺された強盗殺人事件。犯人は警察から逃亡中に自殺。

 40代男性が介護を苦に父親を殺害してしまった事件。犯人は自首。

 元地下アイドルの女性が交際中の男性に刺殺され死亡した事件。犯人の男性もその後自殺。

 

「リリーの事件と対応していたのは、男子大学生の殺害事件の方だったんですね。リリーの中の人は男性だったんです。バ美肉というやつですね。被害者の名前は岡部純太さんだと報道にありました……おそらく犯人がVR機器を取り外したか、怒りに任せて部屋を荒らしたか、プライバシー保護のためかは私には知りようもありませんが、VR使用中の事件だと報道されなかったのも勘違いした要因の一つです」

 

 男は肯定も否定もせずに私の目を見つめ続ける。

 

「あなたがただ引退とだけリリースを出したのはメンバーが殺されたグループや所属アイドルなんて人気が落ちるに決まっているから隠したかったのではないですか?」

「すごいな。探偵ってのはそこまでわかるものなのか」

「リリーが死亡している、ということだけが確定情報としてはわかれば、まぁ……このくらいは消去法で。ただ他に選択肢がなくなっただけのことなので」

 

 彼は本当に感心したといった口調で、私を馬鹿にしているようには感じなかった。

 彼がフローラにリリーの中の人が亡くなったと告げたことで選択肢は2択に絞られ、そのうちの1つが違うらしいとなると残りはひとつになる。

 それだけのことだ。

 

「次になぜ彼が殺されなければならなかったのかについてです。ここから先は想像することしかできませんが、犯人はおそらくリリーの熱狂的なファンだったタムラという人物だと思っています。犯行のタイミングにライブハウスにいなかったこと。事件後にファン仲間が誰も姿を見ていないこと。リリーのお別れイベントにも姿を現さなかったこと。そして先日、リリーとちょっとした口論になっていたという証言。そこからの予想です」

「犯人は自殺してしまったし、彼の自宅のVR機器の情報は僕らは知る余地はないけど、そうなんだろうね」

「えぇ、そして犯行の動機ですが……彼は女性だと思って愛していたリリーの中の人が男性だと知り、裏切られたと思って犯行に及んだのではないでしょうか。ただ、どうやってリリーが男性だと知り、さらには中の人の住所まで調べられたのかは断定はできませんが」

「断定はできない、ということは想像はつくのかい?」

「あくまで想像ですが。VR上でだけの知り合いの個人情報は基本的に知りようがありません。ストーカー行為を行ったとしても、勤め先も学校も何もわからないものです。ただ、一つだけ例外があります。それは本人自らが……教えた時です」

「リリー本人が犯人に自分の正体を明かしたというのかい?」

「それ以外には考えられない、というだけです。ひょっとしたら何か方法があるのかもしれませんが。最近、私の友人がVR上の姿を私にだけ見せてくれました。彼女が自ら教えてくれなければ一生知ることもなかったでしょう。きっとリリーにとってはそれが信頼の証であり、タムラさんにとってはそれが裏切りだった。でもタムラさんはリアルで会って刺し殺すまでは理解者のフリをしていたんじゃないかな、と私は思っています」

 

 賀来は小さく何度か頷いた。

 

「僕自身もなんでリリーは殺されなきゃいけなかったのかずっと疑問だったし、タムラさんがやったことまでは想像がついたがその理由がわからなかった。でも君のその推理を聞いて得心がいったよ。たぶん、そういうことだったんだろうと思う。リリーから客の中に気になる人ができた場合にアイドルであるリリーとして恋愛はしていいのかと訊かれたことがある。VR空間内でリリーのアバターでファンと会うのは禁止だが、リアルではアイドルではないから自由にすればいいと答えたんだ。そういった感情は禁止したところでどうにかなるものではないからね。彼の性別のことは知っていたし、意図がわからずにそのまま忘れていたんだが……君の言うことが筋が通っているように思えるね」

 

 コンカフェの店長も同じようなことを言っていた。

 きっとその感情は……禁止したってどうしようもないのだ。

 アイドルであることに誇りを持ち、どれだけ必死に打ち込んでいても……。

 

「リリーはアイドルとしての活動中は恋愛を切り離すという約束だけは守ったのでしょう。でも、タムラさんはアイドルとしてのリリーに対して恋愛感情を持っていて、VR上で恋愛がしたかった。でも、リリーはそれは受け入れなかった。そんなところかもしれません。二人とも亡くなっている以上、真実はわかりません」

「あぁ、そうだな」

「ただ、生きている人間ならわかっていることもある。私はあなたに一つ訊きたいことがあります」

「なんだい? ここまでバレているなら今さらだ。なんでも話そう」

「なぜ、フローラとコーネリアに彼が男性で殺害されたと正直に話さなかったんですか? それを聞くまで私は配信はできないので」

 

 賀來プロデューサーは目を閉じ、じっくりと時間をかけてから話し始めた。

 

「そうだな――」

 



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真実を話すべきか

「リリーはプロ意識が高い子だった。自分が男性であることを知ったフローラとコーネリアがこれまで通りに接してくれるのかどうかを気にしていたようだ。このグループでの活動に全力で取り組んでいたからね。グループの輪を乱すことは避けたかったんだろう。あとフローラとコーネリアはもともとリアルでもアイドルだったというのは知っているかい?」

「えぇ」

「そこはやはりコンプレックスに思っていたようだよ。自分もできることならリアルのアイドル活動もやってみたかったと言っていたことがある」

 

 リリーの話を聞けば聞くほど私は彼女/彼のことが好きになっていく。その強さも弱さももうアーカイブ動画でしか見ることができない。

 

「リリーが彼女たちに正体を隠していたのなら、隠し通してあげるのもプロデューサーの役目なのかな、とも思ってね。でもあとの二人の反応を見るに正しいことなのかどうかはまだ悩んでるんだ……」

 

 私には一つ知っていることがある。

 

「フローラは彼……いや、リリーのことをもっと知りたかった、わかってあげたかったと言っていました。自分が彼女の話を聞いて理解しようとしてこなかったことを後悔しているようです」

「そうか」

「私はコーネリアと話したことはありませんが、少なくともフローラはリリーが男性だったと知ってもそれを受け入れる優しい子だと思いますよ」

「あぁ、そうだと思う。きっと僕自身もそれはわかっていたんだ。でも勇気が出なかった。リリーのため、残された二人のためと自分に言い訳ばかりしてしまっていたんだね」

「他人の秘密をバラすっていうのは罪悪感とは切っても切り離せないものです。その行為自体は悪とされてますからね。私が言うと説得力ありますよね。でもね、それを避けて通ることが善ではないんです。自身が善良でありたいと思うのであれば、ただ黙っているよりも良い選択が見えてくることもありますよ、たぶんね」

「なんだか、うまく丸め込まれたような気もするがその通りなんだろうね。残された二人もこのままだと先に進めないだろう。私から真実を話すよ」

「それがいいと思います」

「あと……君の配信だけどね」

「あぁ、ダメならダメでいいですよ」

「いや、逆だ。リリーの個人情報にだけ配慮してもらえばやってもらっていい。多分、君が捜査を始めたというだけで何かしら噂にはなってるだろう。それなら変な憶測が出回るよりはここで綺麗に炎上するならしてもらう方がいい。それに……君の推理ショーの再生回数を考えると良い宣伝にもなる」

「プロデューサーっていうのは商魂たくましいですねぇ」

 

     ※

 

 その後、フローラとコーネリアもライブハウスに呼び出し、今回の顛末を話すことになった。

 私も同席を頼まれたのでそのまま残ったが、口を挟むことなく賀來が二人に経緯を語り、頭を下げるのを見守った。

 

 二人は泣いていたが、どうやら"ふぁんたすてぃこ"は解散することなく、活動を継続していくようである。

 

 



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報告配信、そして

「ということがありまして――まぁ、私の類まれなる推理力で謎を解いたわけですね」

 

 肝となる部分は伏せつつも、"ふぁんたすてぃこ"のメンバーだったリリーが殺害されたこと。その事件の真相を突き止めたこと。プロデューサーに残されたメンバーに真実を告げるよう促したこと。プロデューサーがメンバーに正直に話し、謝罪し、再びグループは再始動することになったことを告げた。

 

[ホント、事件になると急に有能なんだよな]

[お見事]

[ふぁんたすてぃこ推すわ]

[デリカシーない暴露で炎上するかと思ったけど、丸く収まってよかった]

[〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉]

[〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉][〈¥2525〉]

 

 ニコとしての活動初期に比べると桁違いに視聴者数が増えたため、1回2525円のスパチャでもかなりの身入りになる。

 ありがたいかぎりだ。

 そして私も炎上するかと思ったが、きちんと説明すれば視聴者にも伝わるもので好意的なコメントが多くを占めた。

 

「あと実はこっそりリリーのお墓参りにも行ってきました。本当はフローラとコーネリアと一緒に行きたかったんですが……私はリアルでの正体を他人に明かさないと決めているので」

 

【フローラ】

『お墓参り行ってくださったんですね。ありがとうございます。私もできればご一緒したかったです』

 

[フローラ本人いるじゃん!]

[ホンモノか?]

[ホンモノっぽいぞ]

 

「まぁ、どれだけVR上で仲良くなってもリアルでは会わない方がいい、ということはあるかもしれませんね。別にフローラの中の人に会いたくない、というわけでもないんですが」

 

【フローラ】

『〈¥25000〉いつか気が変わったらリアルでも直接お礼を言わせてください』

 

「そうですね……いつかそんな日も来るかもしれません。あと、あなたからはもうお金一度いただいているのでスパチャはしなくていいんですよ」

 

【フローラ】

「いえ、これは依頼料ではなくニコちゃんファンとしてのスパチャです」

 

「そうですか。では、ありがたくいただいておきます」

 

 今度、彼女たちのライブに行ったときにいっぱいチェキを撮ったり、グッズを買って返すとしよう。

 

「せっかくこうしてフローラが来てくれた上に高額のスパチャを投げてくれたので、"ふぁんたすてぃこ"の今後の予定の告知しておきますか」

 

 私はプロデューサーからもらっていた彼女たちの今後のスケジュールを展開する。

 

「来月の1日は新体制初のワンマンライブがあるそうなので、みんなで行きましょう。私も行きます」

 

[ニコちゃんも行くのか]

[じゃあ、俺も行こ]

 

「で、その次は10日にアイドルフェスですか。あ、ぴーちゃんも出るんですね! やった、これも行こう」

 

【フローラ】

『やっぱりニコちゃんはぴーちゃん最推しですか』

 

[ホント気遣いのできないやつ]

[推理以外にも頭使え]

 

「面目ない。でもふぁんたすてぃこも推してるんで! それは嘘じゃないので! とにかく皆さん、ライブ会場で会いましょう。ではでは!」

 

[逃げた!]

[フローラはマジでキレていい]

[次のライブでスパチャ返してもらえよ]

 

 

 

 

《次回予告》

 なんやかんや事件を解決に導いた藤堂ニコ。

 前回に続いて多少の罪悪感はあったものの、依頼主や多くのファンからの暖かいコメントで探偵業にやりがいを見出しつつあった。

 リアルでの潜入調査も意外とチヤホヤされて嬉しかったし、またメイド服着てみたいなーなんて思っていた彼女はついに藤堂ニコの新衣装としてメイド服を作ることに。

 謎にこだわったために費用がかさみ、けっこうな額のスパチャをもらったはずなのに懐具合は寂しい。

 

 またなんか事件起きないかなー、次は人が死ななくて、簡単に謎が解けてみんなにチヤホヤされるやつ、とかいうクズみたいなことを考える彼女の元に怪盗を名乗るVtuberから一通の挑戦状が送られてくる――その内容とはいったい!?

 

※チャンネル登録(フォロー)、高評価(星)よろしくお願いします。

 



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番外編
【ハーメルン限定】ニコ&みこ&じゅじゅ&フローラのコラボ配信


「はい、皆さん。こんにちは。天才探偵系VTuberの藤堂ニコです!」

 

「おみくじVの神宮みこです。今日このコラボ配信をご覧になっている皆さまは大吉です!」

 

「呪井じゅじゅです。みんな呪っちゃいます。良い意味で」

 

 ――いい意味で呪うとかないでしょ。なにを言ってんの、こいつは。

 

「はじめまして。本日はお招きいただきありがとうございます。ファンタジー系アイドルユニット"ふぁんたすてぃこ"のエルフ担当フローラです」

 

 今日は会議室風スタジオを借りてのコラボ配信である。

 ちょっとネガティブなイメージが付いてしまった"ふぁんたすてぃこ"を盛り上げようということでゲストに呼んだのだ。

 コラボはアイドルの対バンと同じで掛け持ちのファンを増やす絶好の機会でもある。

 

 ――でもこのメンツで大丈夫か?

 

 逆効果でないだろうかという危惧がないでもない。

 あとの三人ははっきり言って曰く付きである。

 まず元詐欺師の神宮みこ――流石にもう千里眼オロチの転生先だという噂は広まっている――がヤバい。

 次に一人11役をやっていた呪いキャラのじゅじゅ。呪われそう。

 そして私である。

 まぁ、私のヤバさについてはこれまでの経緯でご存知であろう。

 なんかこのメンツに混ざると事件が起きそう感がエグい。

 

「今日はみんなでお喋りをしたり、ゲームをしたりします」

 

[みんなかわいいー]

[フローラって子はじめて見たけどいい感じ]

[手振ってー]

[ニコはいらんことすなよ]

 

 ――今日は私主催なのになんでちょっと当たりキツいのよ。

 

「ニコちゃん、どんなゲームするの?」

 

 じゅじゅが尋ねてくる

 

「おしゃべり推理ゲームをします。一人ずつミッションが配られます、それに沿った行動をフリートークの中に混ぜていくっていう感じの」

 

「面白そう! わたしが占いでぜんぶ当てちゃうぞ!」

 

 ――占いでは当たらんだろ。

 

「どんなミッションなんです?」

 

 フローラがおそるおそるといった感じで質問をする。まだちょっと緊張しているようだ。

 こういうちょっと気弱な感じがあまりアイドルアイドルしてなくてリスナーは親近感を覚えているようだ。

 

「ミッションはですね。途中で「果物のダジャレを3つ言う」とか「人の言ったことを野球に3回たとえる」とかで、そのミッションを達成する前に誰かに指摘されたら脱落。一番最初に達成できた人が勝利です」

 

「占いキャラみたいなこと言うとかいうミッションないかなー」

 

「それだと誰もわからないですね」

 

 フローラのツッコミは優しい。

 

「じゃあ、はじめましょう!」

 

 

 ちなみにこの推理ゲームは私がイカサマを疑われるほどの異様な冴え方で全員を瞬殺してしまったので、すぐにふつうのお喋り会になった。

 盛り上がったは盛り上がった。

 私は空気の読めなさを叩かれた。

 

―――――――――――――――

【あとがき】

 ハーメルンは1話1000字以上縛りというのがありまして、本来なら今日公開予定の次回予告を前話にくっつけてしまったので、カクヨム側と帳尻合わせるために1話書きました。

 1日休載しようかとも思ったんですが、感想コメントで過去キャラの再登場についてご質問をいただいてそういえば書くことあるなということで。

 今回のお話に対応するエピソードが次章で出てくるのでこれのことかぁと思っていただければと。

 

 



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対決! 怪盗VTuber編
藤堂ニコの過小評価


 大学からの帰り道――。

 

「こないださー、コンカフェに体験入店してきたのよ。コンカフェっていってもまぁオーソドックスなメイドカフェなんだけど」

「えぇ!?」

 

 牧村由実――マッキーが驚愕の声を上げる。

 私たちは二人で並んで駅に向かいながらダラダラとしゃべる中で先日の土産話をすることにしたのだ。

 

「嘘でしょ? TJが?」

「そう、TJこと私が」

「なんで!?」

「なんで?」

「そりゃ、なんで⁉︎って言うでしょ! 意味わかんないもん」

 

 ――そんなに驚くことかよ。女子大生のバイト先としてはまぁまぁありうるでしょうが。

 

「なんでって社会科見学として」

「はえー」

 

 口が開きっぱなしになっている。

 

 ――せっかくの美人がバカみてーな顔になってるぞ。

 

「急にどうしちゃったのよ。他人と話したくなったの?」

「そういうわけでもないんだけど。本当に社会科見学で」

 

 潜入捜査のためっていう理由もたいがいよくわかんないし、藤堂ニコとしての活動のことは話していないのでうまく説明がつかない。

 

「よく一人で行けたね。TJがやってるバイトって接客業とかだったの? それでちょっとは慣れてたとか?」

「ううん。スーパーのバックヤードの品出し」

「全然意外性ないね。それが花の女子大生のチョイスかよ」

「ってなるじゃん。だから、コンカフェとかもやってみたいなって。まー、向いてなかったね。体験入店って周りのメイドさんもお客さんもわかってたからめっちゃ優しかったし、可愛い可愛いってチヤホヤしてもらったけど、私が客ならあんなコミュ障ポンコツメイド来たらイライラしてチェンジって言っちゃう。いい経験にはなったし楽しかったは楽しかったけどね」

「へぇ、一人のときもけっこう楽しそうなことしてるんだ、TJって。でもよくそんなとこ一人で行けたね」

「おっしゃる通り、めっちゃ緊張してさー、マッキーのことも誘おうかと一瞬思ったんだけどね」

「結局誘われてないってことは一瞬思ったけど、思い直したわけだ」

「だってさー、マッキーってモデルみたいなことやってるって言ってたじゃん?」

「あー、それで気遣ってくれたんだ?」

「流石に。どのくらい有名か全然知らんけどさ、一応芸能人の卵みたいなもんなんでしょ? コンカフェでバイトしてたとか事務所にバレたら怒られたりするかなーって」

「そりゃねー、めちゃめちゃ怒られると思うよ。ってか、お店で『きゃー、牧村由美だー』って大騒ぎになっちゃうからね」

「出た出た、有名人気取り」

「いや、マジで有名人なのよ、私」

「有名人がこんなに大学来てサークル4つも5つも入れないでしょ」

「雑誌とかモデルの仕事厳選して請けてるからね。ちゃんと学生生活がんばりたいし」

「っていう設定ね」

「私のこと過小評価しすぎだって。意外とちゃんとした事務所入ってるんだって。あとサークルはもう残り2つね」

「またサークル減ったの? 今度は何したのよ?」

「いやー、サークルの幹事長に告られて振った」

「そんなのよくある話でしょ」

「よくあるよ。よくあるけど、幹事長の人望がすごくてさ。なんか他の女の子みんな幹事長と付き合いたかったんだって」

「じゃあ、ラッキーじゃん。他の子からしたら自分が彼女になれるチャンスが巡ってきたわけでしょ」

「と思うじゃん? 私もそう思ってたんだけど、幹事長を振るなんて調子乗ってるって3年の先輩に怒られた挙句にみんなに無視されるようになって辞めた」

「ひでー」

「酷いでしょ。流石に帰り道にちょっと泣いた」

「クソサークルじゃん。そんなとこ辞めて正解よ。どうせ大したことない連中の集まりなんだからさ」

「まー、そう思って前を向いていくよ。ホントに美人ってのは罪なんだねぇ」

「自分で言うんじゃないよ。私が言ってあげるからあともうちょっと待てよ」

「へへへ。そうだ、ちょっとコンビニ寄ってこ」

 

 私とマッキーは駅前のコンビニに入る。

 

「なんか買うもんあるの?」

 

 私は特に欲しいものはないので、彼女の買い物に付き合うだけだ。

 

「別にないよ」

「じゃあ、なんで入った?」

「これ見せようと思って。じゃーん」

 

 彼女が私に見せてきたのはマッキーがイカしたポーズで表紙を飾るファッション誌だった。

 

 ――こいつ、マジで有名人だったのか!

 

 私はどうやら彼女をかなり低く見積もっていたらしい。



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狙われる芸能人

「マッキーって本当に芸能人だったのか」

「いや、だから最初からずっとそう言ってるし、この常人離れした美貌を前にして平然としてるのはTJくらいだから」

「それは言い過ぎでしょ」

「いや、マジでマジで。私、雨の日とか傘ささずに歩くじゃん? 3歩くらいで誰か男の人が傘くれるから」

「え? ギャグ? オモシロ嘘トークじゃなくて?」

「それが本当のことなのよ。本当にあった怖い話的な」

「だったら嘘じゃん。あれは本当にあった風の怖い話でしょ」

「え? そうなの? 絶対実話でしょ」

 

 本当にあった系の怪談が本当にあったかどうか談義は今すべきではないので、話の方向性を戻す。

 

「いやー、しかし割と本格的な芸能人だったかー」

「そうそう、すごいっしょ」

「すごいわ。そりゃ、サークル員もその美貌に狂わされるわ」

「なんで半笑いなのよ」

「サークル追い出される話は本気で可哀想ではあるんだけど、追い出す側のサークル員もバカみたいだし、結果的にオモシロエピソードと化してるとこあるよね」

 

 マッキーの苦労話はオモシロ要素が強すぎる。根っから陽気な性格で悲壮感を出さないからだろう。それは良いことだと思う。

 

「そのオモシロエピソードも話す相手、TJしかいないけどね。サークル入ってない友達ってTJくらいだから」

「せっかくなんだから、この雑誌のインタビューとかで言えばいいのに。そしたら追い出した連中へのちょっとした仕返しにもなるでしょ」

「言わないでしょ。嫌味過ぎるわ! 私モテ過ぎてヤバいんですよーって誰に向けたエピソードトークよ」

「マッキーのファンってそういうので喜ばないの?」

「喜ばないよ、たぶん」

「藤堂ニコのファンとか大喜びしそうだけどね」

「ニコちゃんのファンとはファン層違い過ぎるから。別に私は推理力も毒舌も求められてないし。綺麗な服を綺麗に着こなしてお人形のように立ってることが求められてるの。ま、そういう需要だからさ、あんまり喋らない方がいいなってことでメディアもあんまり出ないんだ」

 

 たぶん藤堂ニコが自虐自慢したり、モテエピソードとか喋ったらニコをいじってくる感じの辛辣コメントとか嘘認定でコメント欄は大盛り上がりするだろうし、スパチャもいっぱい飛んでくると思う。

 可愛いって言われようとしない方がウケるし、たぶんファンも可愛い要素は他のVに求めているフシがある。

 なんなら中の人の私のことをあんまり可愛くない子が入ってるとすら思っているような気がする。こんなに可愛い現役女子大生だというのに。

 メイド服の自撮り写真見せてやりたい。

 

「芸能人ムズイね」

「芸能人もムズイし、大学生もムズイわ」

 

 大学生はムズくないと思う。

 

「まー、あとあれよ。地上波メディアに出るくらいの超有名人になってくると怪盗Vに狙われる可能性もあるし」

「なに? 怪盗Vって?」



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怪盗Vとは何者か?

「怪盗Vっていうのが最近流行ってるのよ」

「全然知らない」

 

 私の中では地下アイドルP2015と"ふぁんたすてぃこ"、あと推理トークゲームが流行っている。

 この間、神宮みこと呪井じゅじゅとフローラとコラボ生放送で対戦して圧勝した。

 しかし、なぜか私のスパチャ額が一番安くて納得いかんかった。

 

「マッキーが流行ってるっていうのって本当に流行ってるか怪しいからなぁ。マイナーマニアだから」

「いやいや、本当にちょっと話題になりかけてるから」

「"なりかけてる"っていう表現がもう怪しいのよ」

「たぶん、そのうちとんでもないことになるから!」

 

 なんだかすごく暑苦しい感じで語ってくる。

 

「まぁわかったけど……それ長くなる?」

 

 コンビニ店内で美人がわーわー言っているのは目立つし、店員さんにも迷惑がかかる。

 

「長くなる気がしてきた」

「じゃあ、移動しようか」

「お、TJも興味を持ってくれたみたいで嬉しいよ。それならしっかり教えてしんぜよう」

「ちげーよ。マッキーの声がでけーし、長くなりそうだからだよ」

 

 私たちはチェーンのおしゃれカフェに入り、一番奥のソファ席を確保することに成功した。

 マッキーを荷物番&席取りで残していくことにして、私が二人分の飲み物を買いに行く。

 

「何飲む?」

「トールキャラメルスチーマーウィズホワイトモカシロップウィズエクストラノンファットホイップクリーム」

「あん? あぁ、はいはい」

 

 ――なんだ、こいつ? ノンファットって低脂肪? 太りたくないやつがホイップクリーム追加するなよ。痩せたいのか太りたいのかどっちかにしろ。あと、ウィズは1回にしとけ。

 

 私は天才だからこんな呪文みたいなのでもすぐ暗記できるが、凡人では10回聞いても注文できないだろう。

 こういう嫌がらせじみたことをしているなら、サークルから追い出されるのも納得だが、流石に他の人の前ではやっていない……と信じたい。

 

「はい、トールキャラメルスチーマーウィズホワイトモカシロップウィズエクストラノンファットホイップクリーム」

「え?」

「なんでビックリしてんのよ。あんたが頼んだんでしょうが」

「いや、本当に一発で覚えたの?」

「覚えられない前提で頼んだのかよ、性格悪いなぁ」

「ごめんごめん、ギャグのつもりだったのよ。そんな長いの覚えられないよ!とかツッコんでくれるかなって」

「まぁ、そうかなとも思ったんだけど、覚えられちゃうからさ」

「TJって本当に頭いいんだ」

「同じ大学と学部なんだから、そこまで差はないんじゃない?」

「本当にそう思う?」

「思ってるけど。マッキーもそこそこクレバーな感じはあるよ。別に物覚えがいいのと頭の良し悪し関係ないからね」

「TJって毒舌かと思いきや急に優しいときあるからなー、困っちゃうんだよなー」

「私はいつも優しいし、やさしさで言ってるわけじゃないから。実際に暗記力に助けられる場面もなくはないんだけど、それって何かを考えるってことの本質ではないからね。私はとにかく情報を詰め込んで、その中から使えそうな情報を選ぶような考え方をすることが多いんだけど、本当に頭がいい人は最初から必要な情報を選んで覚えたりするんじゃない? だから、私は色々と遠回りが多いんだよね」

「そういう自己分析ができてるのが賢いってことなんだと思うんだけどなぁ。私が勝ってるのって美貌くらいじゃないかと思うよ」

 

 そう言ってマッキーは闊達に笑ったが、ちょっと違う。

 

「まぁ、美貌っていってもね。むしろそっちの方がそこまで差ないっしょ」

「え?」

「は?」

 

 私たちはお互いの顔を見て固まる。

 

 ――いやいや。ゆーて、私は身長がないだけで顔だけでいえばそんな差ないって……。ない……はず。

 

 この件は掘っていってもあまり良い宝は埋まっていなさそうなので話題を変える。

 

「まぁ、それは置いといて。怪盗Vだっけ? なんかその話したいんじゃなかったの?」

「そうそう。そっちの話よ、今は」

「Vtuberがなんか盗むの? リアルで盗んだものを配信で自慢するとかそういうこと?」

「そういうことじゃないのよ。ドロボウ的な感じじゃなくて、なんていったらいいかなー。ちょっと一緒に観よう」

 

 そういって彼女はタブレットを鞄から取り出し、ローテーブルの上に出した。



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怪盗の配信

「リスナー諸君、こんばんは。天才怪盗Vtuberの有瀬ルパン二世だよ」

 

 画面にはシルクハットにマント、モノクルを身に着けた青髪ロングヘアーの美少女が映っていた。

 一世とかおらんやろ、と思うがとりあえず黙って観ることにする。

 

【マッキー】[〈¥10000〉すごいネタよろしくー]

 

「このスパチャ、私ね」

「スパチャしてんのかよ。ってか、ハンドルネームもマッキーなんだ」

「私は将来有望そうなVにはしっかり積む派だから」

 

 マッキーが横からいらんことアピールをしてくるが、続きを再生する。

 

 ――ってか、こんなわけわからん奴に1万も投げたのかよ。そんなお金あるなら藤堂ニコに1万スパチャしなさいよ。

 

「さて、今日のターゲットは俳優の大林大樹だ」

 

[わたし、大樹くん好き]

[イケメン俳優じゃん。なんかしたのか]

[流石に何も出てこないだろ]

「〈¥3500〉ルパンちゃんもイケメン女子」

 

「僕は彼が自分自身でその罪を白状すれば何もしない。だが、もし無視をするのであれば……罪をボクが暴き出す!」

 

 マッキーがきゃあきゃあ言っている。

 

「カッコよくない?」

「わからん」

 

 ――わからん。

 

 そしてマッキーは動画を停止した。この後はゲーム配信をして終わったらしい。

 

「どうだった?」

「うーん、気になること言っていい?」

「いいよ」

「この名前出されてた俳優の大林さんっていう人はさー、これ観てるかわかんないわけでしょ?」

「そうだね」

「観てもないのに勝手にスキャンダルとか暴露されたらビックリしない?」

「あはははは、たしかに。知らないうちに犯行予告みたいなの宣言されても本人知らないってパターンね」

「私が芸能人だったら冗談じゃねーよって思うけど」

「TJの言う通りだわ。でも、なんか事務所にちゃんと伝わるようにしてるんだって。予告状を郵送してるのか、事務所とか本人のYoutubeチャンネルのどっかにコメント送るとか」

「それって名誉棄損で訴えられたりしないのかな?」

「どうなんだろうね。でも、前に暴露された芸能人は逮捕されちゃったよ」

「え? そんな悪人だったの?」

「好感度高いアイドルだった」

「何したのよ?」

「ドラッグの密売人だったんだって。ライブハウスの楽屋で売ってたみたい」

「そりゃ、暴露されても仕方ないかぁ。リアルのアイドルってそういうのあるから嫌だね」

「VRは楽屋っていっても実質本体は自宅だからね」

 

 私は自分用に買っていたホットコーヒーを飲みながら、考えを巡らせる。

 探偵といえばコーヒーだよね。

 

「でも、この暴露をメインコンテンツにするのって限界ありそうだけどなぁ」

「そうかもね」

「本当にどうしようもない犯罪者の告発以外の微妙なスキャンダルだと絶対訴えられるでしょ。そのリスクを負うメリットなんかあるのかな」

「そんなことまで考えてないんじゃない?」

 

 マッキーはその長い脚を組んで他人事のように言う。

 結構な再生数いってるみたいだし、そろそろ青田買いマニアのマッキーは飽きかけているのかもしれない。



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 私は帰宅後、なんとなく気になってルパンの配信を点けてしまう。

 わざわざVRで観るほどのものでもないので、ベッドに腰掛け、膝の上にタブレットを置く。

 有瀬ルパンのやっていることはゴシップ誌のVtuber版というだけで特にこれといって注目すべきところもないような気はする。

 とはいえ、先ほど見た俳優のスキャンダルをどういう形で暴露するのかまでは見ておこうと思った。

 私が探偵というキャラクターであるがゆえに怪盗という存在に引っ掛かりを覚えてしまっているのかもしれない。

 しかし、彼女は何かを盗んでいるというわけでもないので怪盗というはあくまでキャッチーさの表現であって怪盗の本質とはかけ離れているようにも思える。

 

     ※

 

 ルパンの配信スタジオは機械やモニターが所狭しと並んでいるが、どこか懐かしいレトロフューチャーデザインのものだ。

 ブラウン管のモニター、蓄音機、タイプライター、裸電球、時計はニキシー管と今では使われていないようなものをオブジェとしている。

 彼女の前には重厚な木製のエグゼクティブデスクが置いてあり、革張りのチェアにゆったりと脚を組んで座っている。

 

 ――まぁ、センスは悪くないよね。

 

 私はミステリ作家だが、古いSF映画なんかも嫌いじゃない。

 

「視聴者諸君、お待たせしたね。有瀬ルパン二世だ」

 

 ―― 一世わい。

 

 とまたも思ってしまう。

 コメントにもあるが、ルパンは特にそこには触れない。

 

「大林大樹の事務所にも予告状を送ったんだが返事はなかった。つまり自白しなかったということはボクによって盗まれた数々の罪の証拠をここで白日のもとに晒されてもいいということのようだ」

 

 ――いや、そうはならんやろ。

 

 彼は何をしたのかは知らないが自分でオープンにしようと、この怪盗Vに暴露されようと結果は変わらない。

 むしろルパンがどの程度の情報を得ているのかわからないのに自ら全部包み隠さず白状するデメリットの方が大きい。

 彼女が何も知らずにハッタリをかましている可能性もあるのだ。

 

 ――いや、でも流石にハッタリだと思われるところまでは想定するか。

 

 事務所に対して、証拠のコピーをいくつか一緒に送り付けてるくらいのことはしているかもしれない。

 だとしても、どこまでを白状すればルパンは暴露を止めるのかわからないし、金で解決できる問題なのかもわからない。

 私がそのイケメン俳優や事務所の人間でもなにもアクションを起こせはしないと思う。

 それを向こうにチャンスを与えたが逃げたので秘密を暴露する、というのはそれこそ暴論というか卑怯なやり方に思えた。

 

 ――なんか、コイツずるいな。

 

「さて、大林君本人は観てくれているのかな? 観てくれているといいな。君のキャリアはここで終わりだ。覚悟したまえ」

 

 ルパンが指をパチンと鳴らすと、彼女の周囲に設置されているブラウン管モニターに大林大樹の顔が映し出される。

 ルパンが生首に囲まれているようで不気味だ。

 

[ド級の暴露頼むぞ!]

[大林くんの無実を信じる]

[やれやれ]

[イケメンは○ね]

 

 ――なんだかなー。

 

「さて、彼は現実でもVR上でも許されない罪を犯したのだ。諸君、これをご覧あれ!」

 

 彼女が再び指を鳴らすと、彼女の背後にスクリーンが降りてきて、古い映画のようなカウントダウンが始まる。

 

 

 

 

     ※

 

 映し出されたのは彫りの深い整った顔をした筋肉質な男性――大林大樹だ。

 場所は彼の自宅だろうか。

 高級そうなマンションだ。窓の外を見るにかなりの高層階のようだ。

 

 ――私、芸能人とかあんまり詳しくないから全然ドキドキしないなぁ。この人が出てるドラマとか映画とか観たことあったら、すごいテンション上がるのかなぁ。

 

 コメント欄は大盛り上がりで、まだ何も明らかになっていないのに投げ銭がとてつもない額飛び交っている。

 

 大林の目は充血し、部屋の中をうろうろと落ち着きなく歩き回っている。

 何かを待っているかのようだ。

 そして呼び鈴が鳴ると彼は獣のように玄関に駆けていく。

 

 玄関から彼が戻ってきた。

 その手にはピザの箱が抱えられている。

 

 ――腹ペコの俳優が宅配ピザ待ってただけじゃないの! 何見せられてんの、これ!

 

 正直、このまま見続けるかどうか悩んでいると大林は嬉しそうにピザの箱を開ける。

 すると中から出てきたのは注射器と結晶が入ったチャック付のビニール袋だった。

 結晶は青く透き通っていてまるで宝石のようにも見えた。

 注射器がなければ宝石だと思ったかもしれない。

 彼は結晶が入った袋を電灯に翳して確認すると、違う部屋に向かって何やら声をかける。

 すると寝室から女性が出てきた。

 女性は虚ろな目でふらふらと歩く。その様はホラー映画のゾンビのようだ。

 

 コメント欄は彼女がいたなんてショックだとか私も大林くんのベッドで寝たいだとか気楽な話題で湧いているが、この先起こることの想像はついているはずだ。

 

 大林はキッチンに移動する。キッチンにはカメラが仕掛けられていなかったのか、編集でその間がカットされ、次のシーンはリビングのソファで二人がそれぞれ注射器を手にしている。

 もう今の時点で警察には通報が行っていることだろう。

 コメント欄にも嘘か誠か「通報」の文字が飛び交っている。

 一人くらいは本当に通報しているのかもしれない。

 

 二人は自らの腕に針を突き立てる。

 私は人間が違法薬物で酩酊する様子を見るのは初めてだ。

 これまでに感じたことのない種類の異様な緊張感がある。

 二人は注射後にVRヘッドセットを被ると、女性がソファに横たわり、大林は床に座り込む。

 

 ――VRと併用することで効果が倍増するというドラッグか。

 

 VR空間内で視覚や錯覚を利用して違法ドラッグに近い効果を出すVRドラッグが問題になっているのだが、リアルでのドラッグもVR空間で効果が増すようカスタマイズされたものが大量に流通しているというのも同じように問題化していた。

 

 そして、視聴者に配慮したのか彼らが自我を失い快楽に溺れる様子はモザイクがかかる。

 画面が暗転しこの暴露映像も終わったのかと思ったが、そうではなく再び映像が再開される。

 画面には狼狽する大林と、泡を吹いて白目を剥いている女性を抱える複数の男たちが映っている。

 女性は黒い巨大なトランクに押し込められるとそのまま連れていかれてしまった。

 残されたのはソファで頭を抱える大林だけだった。

 

 私は自分の手が震えていることに今になってようやく気付いた。



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他人の秘密は極上のエンターテイメント

「皆さん、お楽しみいただけたかな?」

 

 怪盗系Vtuber有瀬ルパンが大げさに両手を広げ、視聴者たちに語りかける。

 

 楽しいものかよ、と私は思わず口に出してしまう。人間が人間でなくなり、ただの快楽で中身を満たした肉塊となるサマを見せられて愉快な気分でいられるわけがない。

 

「大林大樹は通称サファイアと呼ばれる違法薬物の常習犯だったらしい。若手の女優やモデルに仕事を回すとかうまいことを言って呼び出し、一緒にドラッグを使わせて依存させるというのが手口だったようだよ」

 

 ルパンはまるで映画の解説でもするかのように語り続ける。

 

「サファイアというのはそれ自体でもかなり強力な薬物なんだが、視力や感覚が研ぎ澄まされVRへの没入感が爆発的に高まるという点でVRとの相性が抜群らしいよ」

 

 今のままでもかなりの没入感だと思うが、先程の映像を観るに、おそらく現実とVRの区別がつかなくなるほどなのだろう。

 

「ドラッグと相性がいいVR映像データはダークウェブで販売されているみたいだね。ちなみに今回はチャンネルが凍結されたりBANされるのを避けたり、なにより視聴者のみんなの心を守るために出しはしなかったんだが、彼が新人モデルにドラッグを無理やり注射した後にホラー映画を観せた映像もある。彼女は恐怖で発狂してしまったようだよ」

 

 コメント欄は凄まじいスピードで流れていく。とても目で追うことはできない。

 スパチャの金額も相当なもののようだ。

 大林大樹のイメージダウンは相当なものだ。表のメディアには戻ってこられないかもしれない。

 

「さて……彼はどうやら逮捕されるようだ。通報してくれたみんなご協力ありがとう」

 

 彼女は一つ伸びをして、再び話し始める。

 

「せっかくだからこのまま少し雑談配信でもしようか。他人の秘密というのは極上のエンターテイメントだよね、みんなもそう思うだろ?」

 

 なんだか、とても嫌な感じがする。

 まるで私に向けて言っているような。

 

「ボクは思うんだよ。他人の秘密を暴いて、お金を稼ぐというのはまるで盗みのようだってね」

 

 果たして本当にそうだろうか?

 

「ボクは自身の悪に自覚的だからね。こうして怪盗スタイルでやってるんだが……世の中にはどうやら善人ぶって他人の秘密を暴いているやつがいるらしい」

 

 ――ふーん、そんな奴もいるんだなぁ。

 

「探偵Vtuber藤堂ニコというらしい」

 

 ――え? 私? まぁ、半分くらいそうかなって思ってたけどね。

 

「いつか彼女とは一度膝をつきあわせて話してみたいと思ってるんだ。ボクは彼女をライバルだと思っているからね」

 

 ――へぇ。そっすか。

 

 私はタブレットの電源を落としてしまった。



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なんか面倒くさい奴が出てきた

「なんかTJの推し、怪盗にイジられてたじゃん」

「あー、そうね。なんか言ってたね」

 

 マッキーと二人で講義の後に学食でダラダラしていた時に唐突にその話題を振られた。

 

「あ、観てた? 大林大樹の暴露回」

「一応ね、途中まで見せられてちょっと気になってたし。でもなんかニコをライバル視してるとかいう話し始めたときに観るのやめた」

「なんで?」

 

 マッキーが心底驚いた風に尋ねてくる。

 

 ――なんで? って言われてもなぁ。

 

「なんかもう観なくていいかなって。あの後なんか面白いこと言ってたの?」

「ニコちゃんに対決申し込むとかって言ってたよ」

「へー、でもニコは無視しそうだけどね」

 

 ――ってか、無視するし。しそうとかじゃなくて、確定で。

 

 なぜ私があんな面倒くさいナルシスト女の相手をしなくてはならないのか。

 そんな奴はマッキーだけで十分である。

 別に相手をしても何もいいことなさそうだ。

 

「えー、でも探偵バーサス怪盗とか面白そうじゃん。ロマンじゃん」

「知らんけど」

「なんかあんまりハマってないね、TJ」

「うーん、そうね。あんま好きじゃなかった。ニコの話する前からなんか嫌な感じしたよ」

「ニコ推しだもんねぇ。ニコちゃんのライバルとか言われたらやっぱり面白くないもん?」

「推しってほどじゃないけどね」

「出たよ、頑なに認めないやつ」

「だから本当にちょっと観てる程度なんだって。ぴーちゃんとフローラは推してる。それは認める」

「地下アイドルはハマってるんだ?」

 

 ライブは結構行くようになった。もちろん、新しく作ったメガネっ子サブアカの方でではあるが。

 そしてあくまでTJとして振舞っており、ニコと同一人物であることはフローラにも告げていない。たまにニコの姿でも行くのだが、自分の知名度を利用してちやほやされようとしていると他のファンに思われたくないので基本はサブアカだ。

 

「よく観てるよ」

「VRでライブとか行ってる?」

「行ってる行ってる。そういえば私もアカウント作ったのよ」

 

 私は自分のサブアバターを彼女に見せる。

 黒髪ロング黒縁メガネの真面目っこアバターをスマホに表示させる。

 

「お、いいじゃんいいじゃん。また一緒に行こうよ」

「いいよー」

「地下ってすぐに認知もらえるでしょ?」

「そうね。2回目でもうステージの上から指さしてもらったり、手振ってもらったりして、特典会でも『TJちゃん、いつも来てくれてありがとう』って言ってもらえる」

「嬉しいよねー。でも売れて箱が大きくなると特典会とかやらなくなっちゃってつまんなくなって、また次の新人探すようになっちゃうのよ」

「私はぴーちゃんは引退するまで推し続けるけどね。どれだけビッグになっても」

「フローラも引退まで推してあげなさいよ」

 

 そして、Vの話はそこで終わったのだが、ルパンが私になにかしら仕掛けてくるらしいというのは無視すると決めていても心の奥底に澱のようなものとして残り続けた。

 



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怪盗からの挑戦状

 藤堂ニコとしてネット麻雀の配信をしている時―― 一通のDMが届いた。

 あの怪盗Vtuber有瀬ルパン二世からだ。

 

「うわ、本当に送って来ましたよ。だる」

 

[なんだなんだ]

[何か来たん?]

[事件か?]

 

「事件っちゃ事件です。解決する気ないですが。まー、せっかくなんでここでみんなで見ますか」

 

[おー]

[楽しみー]

「(^◇^)」

「〈¥2525〉」

 

 ――なんのスパチャ? まぁ、ありがたいけども。

 

 ルパンからの挑戦状はわざわざテキストに加えて音声データで読み上げてもくれていた。

 丁寧なやつだ。

―――――――――――――

「挑戦状」

はじめまして、ボクの名前は有瀬ルパン二世という。

以後、お見知りおきを。

実は前々から君には注目していたんだ。他人の秘密を暴いて金儲けをする仲間としてね。

なのに、探偵なんて正義の味方面してるなんて恥ずかしくないのかな?

 

さて、用件を言おう。

ボクと対決したまえ。賭けるのはお互いの個人情報だ。

勝った方が相手の身分証のデータを獲れる推理ゲームをしよう。

君が参加するなら、それだけで200万円差し上げよう。

どうだい?

 

他人の秘密を暴いて利益を得ておいて、自分の秘密は暴かれたくないなんて卑怯なことは言うまいね?

勝負を楽しみにしているよ。

 

怪盗系Vtuber有瀬ルパン二世

―――――――――――――

 

「面倒ですねぇ」

 

 これは先に自分だけで見て破棄すべき内容だった。

 最後の「他人の秘密を暴いて利益を得ておいて、自分は拒否するのか」という一文が問題だ。私がどう思うかは関係ない。はっきり言って論理のすり替えである。だが、リスナーたちはその通りだと思うだろう。

 かなり勝負から逃げにくくなった。

 怪盗の挑戦から逃げるというのは負ける以上に探偵&ミステリー作家としてのブランディング的なマイナスが大きい。

 

 

【有瀬ルパン二世】

[そういうなよ。自慢の推理力を見せつけてボクの正体を暴いてみせなよ]

 

[お、本人来てるぞ]

[やれやれ]

[ニコちゃん頑張れー]

 

 本人が来てるということはあの挑戦状を私が出さなければこの場で宣戦布告するつもりだったのだろう。

 こういうゲームを仕掛けてくるということは必勝法があるに違いない。

 本当にフェアな戦いなど挑んでくるわけがない。

 そういうことを一瞬で見抜く力こそが推理力なのである。

 

「とりあえずルールだけ聞いておきますか。音声通話しましょう」

 

【有瀬ルパン二世】

「いいだろう」

 

 彼女に招待コードを送り、音声を繋げる。

 

「で、どういうことをやるんですか?」

「やる気になったかい?」

「なるわけないでしょう。乗ってきたと思ったら大間違いですよ。ただルールを聞いて本当にフェアな対決をしようとしてるのか確かめたいだけですよ。ルール聞けばだいたいどういうつもりかわかりますからね」

 

 そう。もしルール説明の段階で卑怯な手段を取ろうとしているとわかれば、ここで一気に吊るし上げてやるのだ。

 ルールに穴があればそこを突いて勝負を無効にしてやればいい。

 

「よし、じゃあ説明しよう。まず君はアキネーターというのを知っているかい?」

「知らないです」

「まぁ、詳しくは後で調べてもらうとして、要するにAIに質問をするゲームなんだが、自分が心に一人の人物を思い浮かべる。そしてAIに当てさせるというものなんだ」

 

 アキネーターとやらは知らないが、今の説明でやりたいことはだいたいわかった。

 

「なるほど……お互いに自分自身の個人情報でそれをやろうってことですね」

「そういうことだ。お互いに本名、住所、年齢、学歴、職業、家族構成といった個人情報を質問で当て合う」

「でも、嘘吐けますよね。もしあなたの本名がロドリゲスだったとして、私が『あなたの名前はロドリゲスですか?』という質問して正解でもあなたはNOと言えるわけです。ゲームとして成立してませんね」

「そこは安心してほしい。ゲームのジャッジAIに依頼する。完全中立かつ情報保護が完璧なAIにそれぞれ個人情報がわかる公的書類を提出して、質問に対して嘘を吐けばジャッジAIがペナルティを課す。どうだい?」

「まだ納得がいきません。たとえば『あなたの本名はなんですか?』という質問をすればゲームは終わりです」

「いや、そこも安心してくれ。質問はイエスかノーで答えられるもののみとする。嘘でなければ『どちらでもない』という返答もOKだ」

 

 アキネーターとウミガメのスープを足したようなルールというわけだ。

 ゲームのルール自体は今のところフェアに思える。

 

「このゲームはどうなったら終わりですか? お互いの個人情報を暴きあって刺し違えるまで終わらないんじゃないですか?」

「そうだね、それでもいいんだが……相手の個人情報を3項目先に明らかにするか……相手が降参したら終わりでいいよ。ただし、降参した側は相手に1000万円と身分証明書のコピーを渡す。降参した場合は身分証明書の情報は獲られたとしても、公開はしないということでどうだい?」

 

 相手が自分の本名をはじめとした表に出されたくない情報に近づいてきたら降参してもいいというわけだ。1000万と身分証という人質と引き換えに。

 

「なるほど……必勝法はなさそうな気はします。かなり効率がいい絞り込み方はありそうですが」

「そうだね。まぁ、実を言うとこのゲーム、ボクもやるのは初めてなんだが、最初に東京在住かという質問をしてイエスと返ってきたら一気に範囲が狭まるし、名前も鈴木や佐藤といったメジャーな苗字から潰していくということもできる。質問のやり方次第ではかなり少ない質問数で相手の名前や住所、勤め先や学校を突き止めることはできそうだよね」

「やったことないといっても、あなたは私の個人情報を暴ける自信があるわけですよね?」

「絶対に勝つ自信はあるよ。君に秘密を暴かれる側の気持ちを教えてあげよう……」

 

 絶対に勝つ、その言葉を聞いて私は決意した。

 

「その勝負受けます。もう一度聞きます。絶対に勝つ自信があるんですね?」

「あぁ、絶対に勝てる」

「わかりました。勝てるものなら勝ってみてください」

 

 私には必勝法があるとは到底思えなかったが、彼女は口を滑らせた。

 きっと何か裏があるのだ。必ずそれを暴く。

 

 化けのガワを剥がしてあげましょう。



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藤堂ニコの憂鬱

 私は明日の対決のことが憂鬱で勉強にもライブ観賞にも身が入らない。

 ライブは現地には行かず、配信で観ることにした。

 こんな考え事をしているやつが来ていたらパフォーマンスをする側にも他の観客にも失礼だ。

 

 ――ホント面倒くさいなぁ。

 

 名前や通っている大学がバラされたってどうってことはないような気がするが、嫌なものは嫌だ。

 有瀬ルパンは他人の秘密を暴いて利益を得る存在である自分と私は同じ存在なのにその罪を認めないから認めさせたいと言っていた。

 だが、本当にそうだろうか。

 なんだか違う目的があるような気がする。

 たしかにあの質問ゲームでうまく質問されれば、どんどん私自身の情報がオープンになっていくだろうし、それに伴い追い詰められたような気持ちになるだろう。

 しかし、それは彼女も同じはずだ。

 どれだけ効率の良い質問をしても返答がイエスかノーの二択であれば、1つ2つ程度の質問で相手を負けさせることはできない。

 それに私はこのゲーム最大の弱点に気付いている。

 必勝法ではないが、絶対に相手を道連れに引き分けに近い状態に持ち込めるはずだ。

 

 ――相手と同じ質問を返してやればいいんだよね。

 

 ただ、後攻にならないとこのカウンター作戦は使いにくいというのはある。

 先攻だと1問無駄打ちすることになる。

 先攻、後攻はランダムで当日決めるということになっているし、非常に消極的過ぎる。

 彼女はこのルールでも絶対に勝つ自信があるといった。

 ということはやはり必勝法があるはずだ。

 

 必勝法があるという前提で考えよう。

 とてつもなく長い時間をかければあなたの苗字の最初の文字は「あ」ですか? 「い」ですか? 「う」ですか? なんて馬鹿みたいな質問で絞り込むことはできるだろう。

 だが、そういうことではないはずだ。

 それは怪盗としてエレガントでなさすぎる。

 では、エレガントな勝ち方とは何か?

 最短距離の質問で相手を追い詰めることだ。

 私はもう少しで真相に辿り着けそうな気がしていた。

 このゲームの勝利条件は相手の名前か住所、学歴、職業、家族構成といった個人情報を突き止めること。

 それが確実にわかる質問とは何か……。

 

 私は今回の件とは違うところで、つい最近何かヒントを得ているような気がする。

 それが思い出せれば正解に辿り着ける予感がある。

 私の特技は暗記だ。

 はっきりとした記憶を自由自在に引き出すことができるのだ。

 ただ何を思い出せばいいのかわからないことにはどうしようもない。

 PCの画面上に映る"ふぁんたすてぃこ"の二人に申し訳がない。

 せっかくのライブなのに現地にも行けず、配信すらきちんと見ていないのだ。

 

 ――いや、これだ。多分わかった。

 

 そうだ。私は知っているはずだ。

 ルパンの目的はわからないが、やりたいことはわかった。

 この推理は正解でも不正解でもあまり愉快な結果にはならないだろう。

 

 ――憂鬱だなぁ。



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探偵 vs 怪盗

 私は藤堂ニコとして指定されたVR空間内の指定されたスタジオに向かう。

 探偵系Vtuber藤堂ニコになってから、何度かこういう機会はあったが、今日ほど面倒だと思ったことはない。

 ルパンが言うところの自分たちは同じ存在だとかいうのは何馬鹿なこと言ってんだとしか思わないし、自分の秘密が暴かれる恐怖とかそういうことではない。

 別種の嫌悪感だ。

 

 指定されたスタジオは入った瞬間に屋外に出たのかと錯覚した。

 夜のカフェテラスだ。屋内席は作られていないらしい。

 屋外席の一つを選んで腰かける。

 時計塔が見える。

 ロンドンがモデルなのだろう。

 探偵と怪盗が珈琲を飲みながら夜のカフェで論争する。

 悪くない。

 視界の端には『配信中』の文字が表示されている。

 どうやら既に私の姿は全世界に配信されているらしい。

 配信画面を仮想ウィンドウで呼び出すと同時視聴は2万人を超えていた。

 先日のイケメン俳優の暴露配信で彼女のチャンネルは随分と注目されているようだ。

 

「お待たせしたね」

「いいんですけど、遅れてくるのは一般的に探偵の方だと思いますよ」

「でも遅れてこないところが君の変に真面目なところ出ているよね」

「私は優等生なんですよ。それが気に食わないんでしょうけど」

「気に食わない? まさか。ボク達は同じ穴のムジナだ。それを自覚してもらって友達になりたいだけさ」

 

 彼女が向かいに腰掛けるとウェイターが現れる。

 

「ご注文はお決まりですか?」

 

 どうせVR上のものだ。なんだっていい。

 

「コーヒーをください」

「……えっと、ボクは……カフェオレをもらおう」

 

 本当に飲むわけじゃないんだから、スッと決めろと思うが、一応ロールプレイに付き合うと決めた以上はあまり視聴者を興醒めさせるメタ発言は控えるべきだろうと口をつぐむ。

 しかし、そもそも相手の個人情報を当て合う狂気のメタゲームなのだ。どうでもいい気もする。

 

「飲み物が届いたらゲームスタートだ。楽しく遊ぼう。どちらが先に質問をスタートするかコインで決めよう。裏と表、どちらがいい?」

「表」

 

彼女がコインを放り、手の甲で受け止める。

 

「表。ニコ、君が先行だ」

「はぁ……まぁどちらでもいいですけどね。申し訳ないですが、私はダラダラやる気はありません」

「そういうなよ。1000万払ってすぐに降参なんてしたら、君の探偵ブランドも台無しだろうし、そもそも払えないだろ? お互いにギリギリまでやろうじゃないか」

「私はさっさと降参するという意味で言っているわけではありません」

「じゃあ、なんだっていうんだい?」

 

 私が答えようとしたところでウェイターが飲み物を運んでくる。

 

「お待たせいたしました。こちらを置いたところでゲームスタートです。お互いに相手の個人情報を引き出す質問を交互にしていただきますが、その返答はイエスかノーかどちらでもないかだけ。私が嘘かどうかを判定いたします。相手の重要な個人情報3項目を明らかにするかどちらかが降参したらゲームセット。ただし、降参でゲームが終了したら1000万円の罰金です。よろしいですね?」

 

  私とルパンは黙って頷く。

 

[ニコの中身がオッサンだったら笑うな]

[ルパンこそボクとか言ってるし、中身は男じゃねーの?]

[ブスじゃなきゃいいな]

[顔写真出るわけじゃないからな]

「名前と住所わかれば、顔もすぐ特定されるだろ]

 

 コメント欄は好き勝手なことを言う者で溢れている。

 

「では、ゲームを開始してください。先攻は藤堂ニコ様」

 

 私は仮想のコーヒーを一口だけ飲む。

 嘘のコーヒーでも口の中に苦味が広がった。

 

「ひとつ……予言をしましょう」

「予言?」

「私がする質問は一つだけです。それで決着がつく」

 

 長い沈黙が流れる。

 ルパンは今私が言ったことが真実かどうかを頭の中で考えているはずだ。

 だが、彼女が何を考えようが勝負はもうついている。

 結果がひっくり返ることはない。

 

「そんなバカなことがあるかな?」

「はぁ……あなたは本当にバカですね」

「どうかな? やってごらんよ」

 

 彼女は半信半疑といったところなのだろう。

 気が進まないがさっさと終わらせてしまおう。

 

 

 

「では、私の最初で最後の質問です…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あなたはマッキーですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

[なんだ、その質問?]

[ニコが狂ったか?]

 

 有瀬ルパン二世は何も言わず俯いている。

 しばらく経つと、ウェイターの姿をしたジャッジAIが回答を促す。

 一定時間の経過でそうするようにプログラムされているのだろう。

 

「ルパン様、ご回答を」

「……………………降参する」

「では、この勝負は藤堂ニコ様の勝利となります」

「そうですか。どうでもいいけど。あと、私はお金はいりませんよ。私が降参してもあなたもきっとそう言うつもりだったでしょう?」

「あぁ」

 

[なんだなんだ?]

[意味がわからん]

[説明しろよ!]

 

「リスナーの皆さんに対して簡単に説明しておきましょうか。要するに彼女、有瀬ルパン二世は私のリアルの友人だった、ということです。ま、要するに最初から私の正体を知った上でイカサマゲームを仕掛けてきてたんですね」

 

 マッキーは静かに顔をあげる。

 

「いつから気づいてたんだい?」

「気づいた、というか違和感を持ったのはあなたが必ず勝てると言ったからですね。このゲームに必勝法はありません。ただ、唯一の例外があります。それは最初から相手の素性がわかっているパターンです。答えから逆算すれば上手く質問内容をコントロールして相手より先に正解に辿り着くことができます。そしてどうやって事前に素性を知るかですか、私の場合は配信中やVR空間内での発言で身バレしている可能性はゼロです。私はそもそも決して身バレしないように注意してグリモワールで配信をしていますし、ミスが一つもなかったと断言できます。私の記憶力は知っているでしょう? つまりVの私の正体を事前に知るには本人から聞くかリアル側で気づく以外にありえないんですよ」

 

 そう、私はそのことに先日のリリーの正体を犯人が知った理由をそう推測したのを思い出したのだ。

 私自身は誰にも正体を明かしていない。さらに私は自分の発言の一つ一つを思い出すことができるが中の人の正体がわかるような発言は一つもしていないと断言できる。そして、私の正体にリアルで気づく可能性がある人物に一人だけ心当たりがあった。

 

「でも、どうしてボクの正体に行き着いたのかわからないな。他の知り合いの可能性もあっただろ?」

「ありません」

 

 私はきっぱりと告げる。

 

「なぜならあなたは私のたった一人の友人だからです。あなたが思っている以上に私は他人とかかわることも、会話を交わすこともないんですよ。リアル側で私の正体に気づく可能性がある人物はあなた以外にいない。私が得意にしている消去法です」

 

[なんかサラッとすごいこと言ったな]

[友達少なそうとは思ってたけど、マジだったか]

[〈¥252525〉]

[勝ったのに負けたみたいだな]

 

「思い返してみれば、最初に言葉を交わした瞬間からあなたは気づいてたんですね」

「あぁ、君の声や話し方の癖はリアルでもほとんど変わらないからね。わかるよ。僕はね、君の動画再生数が二桁の頃から観てたんだ」

 

 そういえば私はボイスチェンジャーを使っていないのだった。あまりにリアルで他人と話さないのでそんなことにも気づかなかった。

 あとこいつ、私のことめっちゃ好きだな。

 

「ちなみにですが、もしあなたがリアルで私と一緒にいる時にルパンのアカウントで生放送でもやっていればこの結論に辿り着くことはできなかったかもしれません。でもあなたにはそれができなかった」

「どうしてできないんだい?」

「わかりますよ。だって、私にはあなたしか友達がいないけど、あなたも私しか友達がいないでしょう? だから、ルパンのアーカイブに後から自分でスパチャを投げてそれを見せるくらいしかミスリードの手段がなかったんです。まぁ、あれはわざとらしかったですね。今までどんなにハマってるVがいてもわざわざ見せようとはしなかったわけですから」

「あはは、全部お見通しか。そう君はボクのたった一人の友達だ。いや、"だった"かな。ボクはこんなくだらないことでたった一人の友達を失ってしまった」

「なんで過去形にするんですか。別に喧嘩くらいすることもあるでしょう。なんでこんなことをしたのか教えてください。あと謝ってくれたら許します」

 

 彼女はハッとした表情をして、目を擦る。

 涙を拭ったのかもしれない。

 

「君と対等だと示したかった。それだけさ。君のことが好きで仲良くしたかった。でも、君は自分が藤堂ニコであることを決して告げようとはしなかった。信用されてないのが寂しかった。だから、ボクだって君と同じようなことができると示して勝ちたかった」

「メンヘラですねぇ」

「自覚はなかったけど、どうやらそうらしい……藤堂ニコちゃん、本当にごめんなさい。できればこれからもボクと友達でいてほしい」

「えぇ、私もあなたに本当のこと言わなかったの悪かったと思ってますよ。私こそ無神経でごめんなさい。これからもお友達でいましょう」

 

 よく見ていなかったが、コメント欄は「てぇてぇ」とかいってめちゃくちゃ盛り上がって、スパチャも死ぬほど来ていたらしい。



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嘘つきVtuberの化けのガワを剥がします

「マッキーはさー、あの大林大樹って人の情報はやっぱモデル事務所だから知ってたんでしょ?」

 

 私は学食のテラス席でコーヒー飲みながら、たった一人の友人に尋ねる。

 

「そうね。事務所の後輩も被害者の一人だし、本人から私も誘われたよ。動画は乗り気っぽいそぶり見せて、本人に送ってもらった。録画してるっていってたからさ。私も同じ性癖なんだとか適当言って。自分で後から見返すと興奮するんだって」

「ヤベー奴じゃん」

「超ヤバいのよ」

「しかも送り先もヤベー奴だし」

「え? 私もヤバい奴ってこと?」

「他に解釈ないでしょ。警察に持って行くとかじゃなくてわざわざVtuberになって晒す奴がマトモなわけない」

「まー、否定はできないよねぇ」

「あの怪盗活動はまだ続けてるの?」

「いや、もう辞める。そんなに芸能界の暴露ネタ持ってるわけでもないしさ。単にニコちゃんのライバルに相応しい登録者数稼げればよかっただけだから。TJの探偵活動とは全然違うってことは自分でもわかってるからね」

「それがいいかもね。ニコ&ルパンの同人誌とかも結構出てるらしいし、コラボとかしたら儲かりそうだけど」

「ホントに? ルパンは引退するけど、同人誌はめっちゃ欲しい。後で買お」

「欲しいかぁ? 私はいらんなぁ」

「TJは中の人なのにあんまりニコちゃんのこと好きじゃないよね」

「そりゃ、自分だからね。リアルの自分とそんな変わらないし、自分のこと好きっちゃ好きだけど。自分のファンにはならないでしょ」

「わかるけど、勿体ないなぁ」

「勿体なくないよ。ニコは私の小説の宣伝して、学費稼ぐための姿なんだから、その役割果たしてくれればいいの」

「小説の宣伝っていうけど新作とか出るの? 書く時間ないでしょ」

「あぁ、そのうち新刊出るよ。実はちょっとずつ書いてたんだ」

「ホント? あんたすごいね。発売楽しみにしてるよ」

「別に発売まで待たなくても先に読ませてあげる。友達だからね」

「ホントに! すごく嬉しい! やった。ホント友達でよかった」

「まぁ、いいよ、別に。だって流出したら、犯人一択だし」

「出たよ、その友達いないがゆえに消去法で犯人わかっちゃうやつ」

 

 そう言って彼女は闊達に笑った。

 友達がいるというのも悪くない。

 

     ※

 

 私はこれまで解決してきた事件のことを小説にまとめて、担当編集者に送っていた。

 タイトルは――『嘘つきVtuberの化けのガワを剥がします』

 これはルポルタージュやノンフィクションの類ではないのかと言われたが、かなりの部分にフェイクを混ぜたこともあってこれは小説だと主張し、小説として出版してもらった。

 

 そして今回の作品はどうやら売れ行きが好調らしい。発売から1週間ではじめての重版も決まり、早くも続編を望む声も多い。

 

 どうやら私はもう少しだけ探偵系Vtuber兼女子大生作家を続けていくことになるらしい。

 




 ここまでお読みいただきありがとうございました。
 だいたい書籍1冊分程度の原稿が貯まったので、一旦ここまでで第一部完としたいと思います。


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P2015編
TJとマッキー


「聞いてる?」

「聞いてるけど」

「絶対嘘。じゃあ、わたしがさっき言ったこと復唱して」

「はいはい、だからモデル事務所退所したんでしょ……ん? え? マッキー、モデルやめたの⁉ 嘘! なんで?」

 

 驚きの事実が発覚した。

 私はマッキーのしょうもない話を右から左に聞き流していたのだが、しょうもない話の中に爆弾を一個放り込んでいたらしい。

 マッキーが起爆しなければ不発弾として私の記憶の奥底で忘れ去られていただろう。

 

「だからー、それもさっき言ったって。TJはさー、人の話を覚えてはいるけど、聞いてはないというか、ただ音声とかテクスト情報として記憶の箱に放り込んでるだけだよね、ホント」

「聞いてるし、覚えてはいるでしょ? でもビックリしたー。やめちゃったのか」

 

 マッキーこと牧村由実は私の六畳一間のマンションに遊びに来ていた。

 もう水冷式のバカデカいPCやVR機器を見られても構わないし、本人が遊びに来たいというのだからまぁいいかってことで招いたのだ。

 私はベッドの上でタブレットで漫画を読んでいて、彼女は座椅子に座って課題をやっていた。

 私はマルチタスクも得意だが、とりあえず会話が成立してるっぽく相槌を打っているだけで実質聞き流しているのには流石に気づかれてしまった。

 

「まーねー。あんなことやっちゃったしねー」

「あーゆーのって規約違反とかになるの?」

「わかんない。でも、なんかもうバレた時に怒られるのとか嫌だし、大林大樹の事務所から訴えるとか言われたら面倒くさいじゃん。だから、学業に専念したいから引退しますって言った」

 

 そう、マッキーは芸能事務所に所属しているという立場を利用して得た情報や他の芸能人に誘われたドラッグパーティーの情報をVtuberとして暴露していたのだ。

 マッキー自身は何も悪いことはしていないし、むしろ被害者ではあるのだが、暴露された側はそうは思わないだろう。

 

「でもそんなすぐ辞めたいって言ってすんなり通るの?」

「けっこう引き留められたけど、今請けてる仕事全部やったら辞められることになった。わたし未成年だし親はそもそも辞めさせたがってたからね」

「あぁ、親が出てきて辞めさせますって言ったら事務所もゴネらんないか」

「いつでも復帰していいって言われてるけど、なんかもうモデルはいいかな。面倒くさいし」

「面倒くさいの?」

「面倒くさいよ。食事制限とかさ、ボディメイクとかさ、ジム行って運動したりとかさ」

「あー、それはダルい。私には無理だ」

 

 ――そもそも身長が足りんけど。いや、でも最近は多様性の時代だしそんなに身長が高くないモデルもいるか。でもコミュ障だしなー。やっぱ無理か。顔がちょっといいくらいではな、無理だね。

 

「わたしにも無理だったのよ。ホントしんどかった。これで焼肉も食べられるし、白米もお腹いっぱい食べられる」

「いや、あんた学食でカレー大盛りとか食べてたじゃん」

「あの後に帳尻合わせるために炭水化物削って運動してたのよ」

「へー、知らなかった」

「言わなかったからね。カッコつけてたから。これからはもう素のマッキーとして生きていくよ」

 

 彼女は彼女で私にはわからない苦労や努力があったのだろう。

 

「あとルパンのアバターともさよならしちゃった」

「残ってるのはあの金髪ロリだけ?」

「そう。でもあれがそもそも唯一のメインアバターだったし、あの子がいればいいかな。TJはニコちゃんと眼鏡ちゃんの二人だけ?」

「そうだね。今のところあの二体」

「増やさないの?」

「あの眼鏡ちゃんTJがニコの分身ってバレたり、なんか聞き込みとかしてる怪しいアバターって噂が広まったりしたら乗り換えるかもしれないけど。基本は配信用と捜査用で二体いれば十分」

「あー、そっか。探偵Vってのも大変だね」

「なんか面倒くさいことはじめっちゃったなって思ってるよ」

 

 私はいつになったら引退するんだろうな。




ちょっと書きたいネタができたのと、公募の諸々が一区切りついたので公開しました。
先の展開がだいぶふんわりしている行き当たりばっかり状態なので、超不定期連載予定です。
たまにふと思い出した時に覗いてみてください。


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将来の夢

「でもさー、モデル事務所辞めたって卒業したらどうすんの?」

 

 私はタブレットから目を離し、身体を起こす。

 マッキーは座椅子ごとこちらに向き直った。

 

 ――しかし、こいつ脚長いな。

 

「普通に就職する……かな。もともとモデルなんてずっとやれると思ってないからね。毒舌タレントに転向とかするのも嫌だし」

「しかし、就職ねぇ。向いてなさそー」

「でも就活は楽勝だと思うのよ、わたし」

「まぁ、それはそうだろうね。内定強盗みたいになりそう」

「コミュ力検定と第一印象検定あったら十段だと思う」

「でも大手に就職しても勝手に裏切って辞めるからね、あんた」

「あはは、それは否定できない」

 

 雑誌の表紙を飾れるような大手モデル事務所をさらっとなんの未練もなく辞めれる女だ。

 一流企業とか関係なく飽きたらすぐさま辞めると思う。

 

「就職するにしても別にやりたい仕事ってのがあるわけじゃないからなぁ。適当にフラフラするか。婚活するか……」

「婚活ぅ?」

「いや、婚活も楽勝だと思うのよ」

「婚活における楽勝ってなによ。相手選ばなきゃ楽勝なんだろうけど、そういうもんでもないでしょ」

「社長とか医者とか外資系のエリートサラリーマンとかそういうの相手でも楽勝だと思う」

 

 私は自信過剰極まったこの女をまじまじと眺める。

 たしかに彫りが深い端正な顔立ち、新雪のような白い肌、色素の薄い茶色がかった瞳、手入れの行き届いた夕焼けに輝く小麦畑のような長い髪、すらりと長く綺麗な手足。

 まぁ、言うだけのことはある。だが、それを言ってしまうから友達が少ないのだ。

 

「でも、そういう人と結婚したいわけではないんでしょ?」

「そうなのよ。別に結婚願望があるわけでもないのよ。困ったもんだね」

「なにに困ってんのよ」

「すべてが楽勝過ぎて。世界がイージーモードでつまらない」

「お前ぶん殴られたいのか?」

 

 わたくし東城、人生初めてのグーパンをお見舞いすることになるかもしれない。

 

「冗談よ。でも実際に将来の夢がないってのも困ったもんなのよ」

「小学校とかで将来の夢について書きなさいとか課題あったでしょ? なんて書いてたの?」

「ないって書いてた」

「そういうの怒られるでしょ」

「ところがどっこい。"ない"と書くにもコツがあってさ、私の未来は無限大に広がっていてなんにでもなれる可能性があるのだから今それを決めることはできない。先生の教えによってもっとその可能性を広げていきたいって書くの。そしたら褒められる」

「先生喜ぶの? そんな小賢しいので?」

「喜んでくれたねぇ。私は子供時代から愛らしい美少女だったからねぇ」

「うざ」

 

 私はなんだかマッキーと話すのが面倒くさくなってきたが、彼女は意外と繊細というか私のこと大好き女なので無視とかするとメンヘラかまってちゃん化するのでお喋りに付き合ってあげることにする。

 どうせ暇だし。

 

「TJは?」

「私はずっと小説家」

「叶ってるじゃん」

「すでに廃業しかかっておるがな」

「こないだのは売れたんじゃないの?」

「重版一回かかったくらいを売れたとは言わんのよ。まぁ首の皮一枚繋がったって感じかな」

「やっぱさー、マッキーの登場シーンが少ないのよ。人気キャラなんだからもっと出してよ」

「相当出したでしょ。日常パートなんかあんたしか出てないでしょうよ」

「でも全然足りないの。次は怪盗Vバージョンで一冊書いて」

「あんたのやってたこと、ほぼ反社だから。無理だから。それこそ訴えられるわ」

「つまんないのー。別に他に書くこともないでしょ? 最近事件もないし」

 

 つまんなくないのよ。

 しかし、事件起こらんもんかね。

 と思っていたら――。

 

【P2015】『突然のご連絡失礼いたします。いつもライブにお越しいただきありがとうございます。実は一つ依頼があるのですがよろしいでしょうか?』



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ぴーちゃん

「依頼だ……」

「誰から?」

「ぴーちゃん」

「え? TJが愛するあのロボットアイドル?」

「サイボーグね」

 

 私はちゃんと訂正する。

 

「一緒じゃないの?」

「全然違うよ。ロボットは一から十まで全部機械だけど、サイボーグっていうのは人体の一部を人工物に置き換えたものだから。サイバネティクスオーガニズムが正式名称ね、ちなみに」

「TJはホントに変なことよく知ってるよねぇ」

「SF小説書こうと思って勉強したからね」

「SFも書こうとしてたんだ。ミステリー以外興味ないのかと思ってた」

「いやいや、私はSFも好きなのよ。でも難しいんだよねぇ、SFって。なんかさー、ちょっとやそっと勉強したくらいじゃ新しいもの書けなくって。自分で書くのは挫折しちゃった」

 

 かつてSFの新人賞にも応募したことがあるのだが、選評では作品の質自体は評価するがSF的目新しさがないとかガジェットが弱いとか言われたものである。最終選考に辿り着けたこともない。

 小説としてはけっこう面白く書けたと思っていたし、そこそこ自信もあったのだが、どこまでいっても文系脳の私には選考委員を納得させるガジェットを思いつくのは厳しいと判断し、それ以降SF小説は書いていない。

 好きではあっても得意分野ではなかったようだ。

 

「TJでも挫折することなんてあるんだね」

「あるでしょ。コンカフェで働くのも断念したんだから」

「本気で働きたかったの? 潜入取材で渋々行っただけじゃなくて?」

「いや、それがさ、私意外とコスプレとか好きなんだよね。だから向いてるなら働くのも有りだと思ったよ。ま、SF小説よりも全然向いてなかったわ」

「ま、接客とセットだから難しかったんだろうけどさ、趣味で衣装は買って写真撮影すればいいし、SF小説だって賞は獲れなかったかもしれないけど趣味で書いたらいいじゃない。同人誌にするとか投稿サイトで公開するとかさ。別にプロになってお金稼ぐことだけがすべてじゃないっしょ」

「おぉ、なんかマッキーが良いこと言ってる」

「ふふん」

 

 たしかに私はなんでもプロとしてやることにこだわり過ぎていたかもしれない。

 好きなことは好きなようにやればいいのだ。

 

「ってか、なんの話だっけ?」

「あぁ、だからぴーちゃんから依頼が来たんだって」

「へー、なんて書いてあるの?」

 

 私はぴーちゃんから来たDMを展開する。

 

「ん?」

「どうしたの、怪訝な顔して」

「いや……なんかよくわかんないことが書いてある。ほら、これ見て」

 

 私はマッキーの隣に座って、タブレット端末を差しだす。

 

[ワタシを探してください]



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調査費用

「私を探してください……ねぇ。ニコちゃんに探してほしいってことなんだろうけど。ワタシ……ねぇ」

「どういう意味だろうね?」

 

 私は再びベッドに寝転がってマッキーに尋ねる。

 

「探してくださいって言ったってさ、ライブ行けばいいじゃんね」

「行けば会えちゃうのが地下アイドルだからね」

「まー、でもそういうことじゃないんだろうね」

 

 だが、おそらくP2015ことぴーちゃんが言っているのはそういうことではないだろう。

 何か別の意図があるのだ。

 

「リアル側のぴーちゃんの中の人を探せって意味なのかも」

「いや、いくら名探偵ニコちゃんでもそれは厳しいんじゃない?」

「うーん」

 

 現状はあまりにも情報が少なすぎる。

 幾ら考えてもそれはただの想像にすぎず、推理にはなりえない。

 

「とりあえずさ、ライブ行って聞いてみない?」

「それしかないかぁ。でもなー、なんかそれってちょっと気が乗らないんだよなぁ」

「なんで? ライブはニコちゃんじゃなくて眼鏡ちゃんアバターで行ってるから? でも別にニコちゃん宛に依頼が来てるんだから普通に行けばいいんじゃないの?」

「いや、そういうことじゃない」

「じゃあ、どういうこと?」

 

 そんな深刻な話でもない。

 

「ライブ会場っていうのは神聖な場なわけ。そこでアイドルとファンという関係性が崩れるような話はしたくないんだよね。イチオタクとしては」

 

 P2015のライブの世界観を崩したくないわけ。イチオタクとしては。

 

「それはさぁ、別にいいんじゃない? そもそも依頼してきたのは向こうだし、現場で話聞いてほしいから依頼文が曖昧だったわけでしょ」

「確かに。マッキー鋭いな」

「それにさー、会場で聞き取りするのがファンとして耐えられないっていうならお金が払えばいいじゃん。どうせチェキ撮ったりお話しする時間は有料なんだからぴーちゃんが得するだけじゃない?」

「あぁ、そうか。チェキ代を払って話をするならいいのか。いや、ライブ会場でチェキ代も払わずに捜査の話をするのはちょっとって思ったけど、それは妥協案として受け入れられる……かなぁ」

「受け入れるのもどうかと思うけどねぇ。向こうの依頼に対してなんでこっちがお金払うのよっていう話ではあるからね」

「でもマッキーも推しに金突っ込むタイプじゃん」

「まぁね。推しにお金を払えるならどんな形でも嬉しいんじゃないの」

「今回はかなりムズイ。嬉しいかもしれないけど複雑すぎる」

 

 そう言ってマッキーは笑った。

 

「私のお金が活動費の足しになるのは嬉しいけど、別になんの意味もなくただただ払いたいわけじゃないから」

「確かにね。でも今回は名探偵である私の能力を評価してくれた代っていうことにする」

「そういうことにしとくかぁ」

 

 そうと決まれば善は急げである。

 

「ライブ会場行って、特典会でチェキ代払って聞き取り調査をする!」

「なんだかなぁ。でもさ、TJ」

「なんだい、マッキー?」

「ライブ行く前にDMに返信してみれば?」

 

 ――それだわ。私としたことが迂闊だったわ。



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再び二人で

 私はぴーちゃんから来ているDMに依頼を受ける旨と詳しい話が聞きたいということを認めて送信した。

 

「これで普通にDMでやりとりできたら、ライブは純粋に楽しめるわ」

「楽しめるかなぁ。なんか不穏な感じはするじゃない」

「たしかにね。……ぴーちゃんのアカウントログアウト状態でDMに既読もつかない」

 

 私は少し不安になってきた。

[ワタシを探してください]というのはやはり姿を消してしまうということなのだろうか。

 だが、[探さないでください]ならまだ理解できるのだが、姿を消して[探してください]というのは"かくれんぼ"でしかない。

 私――藤堂ニコとかくれんぼがしたい、というわけではないはずだ。

 

「返事来ないのかもね」

「やっぱり会いに行くしかないかぁ」

「わたしも一緒に行くよ。ライブいつ?」

「今日。まぁ、昨日行ったばっかりだし、今日は行く予定なかったんだけど行くしかないか」

「地下アイドルのライブのペース、ホントえぐいね」

「まだファンが少ない子とかグループ推すのはホントしんどい。一人一人が背負う重さが半端ないから。会場にファンが来てるって見せなきゃいけないから配信じゃなくてVR会場行かなきゃいけないし、不人気って本人や他のアイドルに思われたら可哀想だからチェキも積まなきゃいけないし」

「わからんでもないけど、それで印税使い切るとかはやめときなよ」

「流石にそこまでは頑張らないけどね」

 

 地下アイドルはふつうに週3とかでライブをやる。

 全通してチェキも積みまくるのはとてもじゃないけど無理だ。

 できることはしてあげたいが限度がある。

 ぴーちゃんにも”ふぁんたすてぃこ”にもいつも現場にいてチェキ積みまくってVR、リアル問わずにグッズも買いまくるオジサンがいるが何の仕事をしている人なのか謎すぎる。

 

「やっぱ返信来ないしもう行っちゃおう」

「わかったー。VRカフェ行くの面倒くさいし。もうこのままタブレットでいいや。場所どこ?」

「カブキシティの大江戸ライブ。あと、VRヘッドセットとVRに耐えるノートPCあるから使いなよ」

「TJは用意がいいなぁ。ってか、これだけ機材揃えてるのにわたしとVRカフェ行った時に初めてみたいなフリしてたのかよ」

「VRカフェは初めてだったから。ホントに」

「ま、いいけど。でもこれあるならもうカフェ行かなくていいね」

「そうだね。でも同一空間で二人同時にやるならマイクが周囲の音拾わないようにしとかないと」

「あぁ、確かに。すぐそこで喋ってるのにお互いのマイクも声拾ってスピーカーからも声聴こえてくるみたいなことになっちゃうのか」

「ヘッドセットの設定するから、そのノートPC立ち上げてちょっと待ってて」

 

 私はクローゼットにしまってあるサブPCをマッキーに渡し、サブのヘッドセットを一旦自分のPCに繋いで音声設定をする。

 

 ――よし、これでOK。

 

「準備できた。はい、ヘッドセット。じゃ、行こうか」

「おっけー」




不定期更新とか言いながら毎日投稿してきましたがついにストックがゼロになったのでここからは1000字書けたら都度更新です。


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えーーーーー

 私たちはVR空間【グリモワール】にログインする。

 今回、私は華麗な探偵少女スタイルの藤堂ニコの方のアカウントを選択している。

 

「しっくりきますね、この姿」

 

 一人の時でもキャラ作りでちゃんと敬語である。

 マッキーの金髪ロリと喋るときは普通でもいいんだけど、どこでファン――いるのか?――に見られるとも限らない。

 まぁ、でも私の動画観てるようなファンは別に私が敬語キャラ崩したところで爆笑するだけのような気がしないでもない。

 

 ――ガチ恋とかおらんのか?

 

 色恋営業ゼロのエンタメ特化でやっているので、ガチ恋みたいなのはいない。

 いまだに中の人おっさん説もある。

 この中もガワも美少女に対して失礼である。

 しかし、美”少女”といっているが、大学生は少女でいいのだろうか。

 良いとしよう。

 マッキーは美女って感じで、少女という言葉は似合わないが、私ならおっけーであろう。

 

 私がホームを出るとちょうどマッキーも出てくるところだった。

 金髪ロリの姿である。

 Kawaii!

 

「あれ、衣装変わってないですか?」

「ゴスロリにした。ってか、敬語なのね。ニコちゃんだから」

「そう……どこでファンが見てるかわからないですからね」

「プロだわぁ。で、この衣装だけどリアルで着てる服より高いね」

「私も新しいの買おうかなぁ。でもシャーロックホームズ風衣装脱いだらただの黒髪ボブ美少女ですからねぇ」

「ほぼリアルのTJと変わらないからね。わたしみたいにただVRの中で遊ぶ用のアバターじゃなくてストリーマーでもあるってのがややこしいところだね」

「それそれ。なんか探偵っぽさが残るかわいい衣装とかないもんですかね」

「青いジャケットに赤い蝶ネクタイとかどう? で、メガネ」

「名探偵っぽいけどかわいいかどうかは微妙でしょう。くだらないこと言ってないで行きますよ」

「はーい」

 

 そして私たちは並んで歩き始めた。

 VRでもファストトラベル早く実装されないものだろうか。

 とはいえ、カブキシティは目と鼻の先なので問題ない。

 ちょっと歩けば夜の世界だ。

 けばけばしいネオンが眩しい。

 

「この偽ジャパンサイバーパンク感溜まらないですねぇ」

「TJは好きそうだね」

「マッキーは好きじゃないんですか?」

「いやーなんか下品な感じだからねぇ。こういうゴミゴミしたところは住めない。わたしはなんか北欧風のオシャレな街並みが好きだなぁ」

「うわー、似合いますねー」

「なによ、うわーって」

「なんかモデル美女がオシャレなカフェで紅茶飲んでるのとか似合いすぎて鼻につくなって」

 

 私はそういって笑った。

 まるで絵画みたいだ。リアルマッキーでも今の金髪ロリマッキーでも。

 

「いいでしょ、別に。似合うんだから」

「いいですけどね。そろそろ着きますよ。大江戸ライブ」

「行ったことないんだよね、そこ」

「なんというか……すごいですよ。ほら」

 

 私が指さした先にあったのは日本風の城……を小さくした感じの建築物なのだが、入口に暖簾がかかっていて、城というより銭湯のような感じだ。

 そして看板は当然のようにネオン【大江戸ライブ Oedo Live】の文字が煌びやかだ。

 回転する提灯も蛍光色で光り輝いている。

 

「ひえー。下品ー」

「これがいいんですよ、これが」

 

 そして私が先に暖簾をくぐろうとしたところで――。

 

「TJ! 大変だよ!」

 

 マッキーが大声を出す。

 

「なになに、この近距離で大きな声出さないでくださいよ」

「ぴーちゃん、出演取りやめだって!」

「えーーーーー」

「あんたも声デカいって」

「ごめんごめん」

「あとさらに大変なことがもう一つ」

「聞きたくないです」

「聞きたくなくても言っちゃうんだけどさ。ぴーちゃん、しばらくの間活動休止だって。今後のライブの予定も全部キャンセルになってる」

「えーーーーーーーーーー」




突然なんですが、呪井じゅじゅは元ネタがありまして。
もう解散してしまったんですが、まんま「じゅじゅ」という呪いをテーマにしたアイドルグループがあったんですね。
ビジュアルも楽曲も良くて好きだったんですが、コロナ禍でライブできなくなったり、タイアップ案件取れなかったり大変だったみたいです。
YouTubeで観れたり、サブスクで楽曲は聴けるので気になる方はチェックしてみてください。


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エルフのお友達

 ぴーちゃんことP2015がライブの出演を急遽取りやめ、今後の予定も白紙にしてしまった。

 ライブハウスまでやってきたのだが、目的がなくなってしまった。

 私とマッキーは途方に暮れる。

 

「どうしよっか?」

「うーん、ここまで来たけど会えないんですかぁ。残念ですね」

 

 とりあえずライブハウス【大江戸ライブ】の入り口から少し離れたところに移動して、今後の作戦を練ることに。

 

「情報を集める必要がありますね」

「T……じゃなくて、ニコちゃん的にはなにかアテがあるの?」

「アテってほどじゃないですが、あれ」

 

 私が指さした先には今日のライブに出演するアイドルの一人がこちらに向けて手を振っている。

 "ふぁんたすてぃこ"のエルフ担当……担当でいいのか? とにかくエルフアバターのフローラだ。

 カブキシティがここまで似合わないアイドルもいないだろう。

 めちゃくちゃ浮いている。

 

「ニコちゃーん。今日来てくれたんですねー」

「そうなんですよー」

「……嘘ですね」

 

 私とマッキーはフローラの急速冷凍したような表情と声音に固まってしまう。

 

 ――ぎくり。

 

「ぴーちゃんが出るから来たんでしょう?」

「……………………はい」

 

 しらばっくれることはできない。

 

「そちらのお友達もたまにライブハウスでお見かますが、推しはどちらですか?」

「わたしはナイトメアリーズが最推しですけど……ふぁんたすてぃこも好きです」

「ありがとうございます。でも、結局こういうのがイマイチ私たちが跳ねないところですよね。誰の一番にもなれないというか」

 

 実際、ふぁんたすてぃこの新規ファンは徐々に増えてきてはいるものの最推しが別にいる掛け持ちファンが多いらしい。

 ファンタジー系は他にもいるので、ふぁんたすてぃこならではのカラーというのが出しにくいからかもしれない。

 ビジュアルが良くて、楽曲もパフォーマンスもクオリティが高くてもなお売れないのだから難しいものだ。

 

「でも、さっきぴーちゃんは出演取りやめになったってアナウンスが出たんですよ……でも……もちろん、私たちはフローラのことも推しているのでこのまま回れ右して帰ったりはしませんよ。ね? マッキー?」

「も、もちろん」

 

 フローラは明らかに訝しんでいるが、仕方ない。ここで会わなければ確実に帰っていた。

 

「ニコちゃん、ありがとう。ライブ終わったらちょっとお話ししますか。ぴーちゃんのこと」

「え?」

「本人から少しだけ話は聞いていて、もしニコちゃんが来たら話してもいいって言われてるので」

 

 どうやら無駄足にはならなかったようだ。

 

「ありがとうございます。是非聞かせてください」

「VRでもリアルでも構わないので連絡ください。あ、でもニコちゃんはリアルの正体は秘密なんですよね」

 

 まぁ、フローラとは直接会ってもいいのだが、少し悩むところではある。

 

「秘密も何も。リアルでもこの子、アバターにそっくりですけどね」

 

 マッキーがしれっと言う。

 

「いらんこと言わないでください。別にフローラに隠すとかではないですが、お互い都内在住でも会うのには時間かかりますからね。今日はVRにしましょう。近々、リアルでお茶する時間は別途とります」

「どっちがアイドルでどっちがファンかわかんないね」

「そうなんですよ。もともとは私がニコちゃんのファンで声かけたので立場が弱いんですよね。アイドルなのに」

 

 VRでもリアルでもアイドルのフローラに会うのがちょっと億劫なのは、彼女が確実に私のことを好きだというのがわかっているからかもしれない。

 でも、そういう人こそ大事にしなければ。

 私はアイドルじゃなくて探偵だけどさ。



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新メンバー

 ライブ会場は和風で檜舞台だ。

 だが、電飾は外と変わらずド派手でまったく厳かな雰囲気はない。

 文化がめちゃくちゃになった未来の日本はこんな風になっているのだろうか。

 カブキシティはセンスが謎過ぎて良くわからないが、私はこういうゴミゴミしたところでも楽しく住める。

 

 ぴーちゃんが急遽出演取りやめになった分は他のグループが2曲――だいたい5~10分程度持ち時間を伸ばしたことで埋めた。

 今日はぴーちゃんの他に我らがふぁんたすてぃことカブキシティを拠点に活動しているサムライメイドとアンダーグラウンズの4組での対バンだったのだ。

 そして”ふぁんたすてぃこ”のライブは盛り上がった。

 というのもリリーが亡くなってからしばらくフローラ、コーネリアの二人で頑張ってきたのだが、今日は新メンバーのお披露目公演でもあったのだ。

 新メンバーはワーキャットのミミ、ダークエルフのソフィアの二人なのだがこの二人がキャラが立っていて良い感じだった。

 特にダークエルフのソフィアが尋常じゃなくカッコいい。他のメンバーと比べて頭一つ背が高く、咥えタバコでステージに出てきた時は「おいおい、アイドルちゃうんか。マジかよ」とビックリしたのだが、キャラ付けのためでリアルでは非喫煙者らしい。

 ミミが関西弁でMCコーナーを盛り上げたのも良かった。

 ”ふぁんたすてぃこ”に足りなかったものが埋まったような感じだ。

 リリーの代わりを探してこなかったのがよかったのだと思う。

 これでリリーの2Pカラーみたいなよく似たフェアリーが加わっていたら私は失望していたと思うし、もう2番目にも推せる気がしなかった。

 

「こりゃあ、売れますよ」

 

 私は隣にいるマッキーに耳打ちする。

 ヘッドセットがリアルの音を遮断しているので、真横にいるのに私の声は直接は届かない。

 

「いいよね、あのダークエルフ。外国人のモデルみたい」

「ね。めっちゃカッコよかったですね」

「エルフ二人とかどういう判断だよって一瞬思ったけど、一回観てみるともはや他の選択肢ない感じするね」

「ホントそれ。ミミもねー、いいキャラしてますねぇ。ふぁんたすてぃこってトークがイマイチ面白くないっていうのも弱点だったんですよね」

「フローラもコーネリアも真面目なのよね。そこが良いところでもあったんだけど殻破った感あるわ」

 

 とかなんとか後方カレシ面――カノジョ面か?で観ていたらライブ終わりのフローラがやってきた。

 そして早々にこの質問だ。

 

「どうでした?」

「めちゃくちゃ良かったです。良いの見つけてきましたねぇ」

「それはよかったです。で、ぴーちゃんの話なんですが、特典会の後、楽屋に来てください。はいこれ関係者用のパスです」

 

 入場パスのデータが私とマッキーに付与される。

 

「わたしもいいの?」

「いいですよ。二人で調査されてるんですもんね?」

「わたしはニコちゃんにくっついてきただけで調査してるわけじゃないけど、じゃあありがたく」

「あ、特典会の後って言いましたけど、別に先に入って待っててもらっても大丈夫ですよ」

 

 フローラはそう言ってくれるがおそらく楽屋に行くのは同じタイミングだ。

 

「あ、特典会も参加するので一緒に行きましょう。ソフィアとチェキ撮りたいので」

「あーー、そうですかー」

「もちろん、フローラとも……」

「だからさ、あんたはなんでそうなのよ」

 

 ――先にフローラって言えばよかった。私はいつもこうなのだ。



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楽屋裏

「はじめまして、ソフィアです」

「あ、あの……はじまして、藤堂ニコです。カッコよかったです。これからも応援します!」

「ありがとうございます。藤堂ニコさんってあの名探偵のですよね。こんな有名人がファン1号になってくれるなんてすごく嬉しいです」

「いえいえ、私なんて炎上で目立ってるだけなんで。有名ではあっても人気者ではないんですね。でも、あなたの加入でふぁんたすてぃこ売れますよ、絶対」

「今度、ニコさんの配信でも宣伝してくださいね」

「もちろんです!」

 

 と私が言ったところでタイムアップだ。

 

「はい、お時間です」

「はーい」

 

 咥えタバコでちょっと斜に構えた感じのステージパフォーマンスとのギャップが良い。礼儀正しいし、ファンサもしっかりしている。

 

 ――売れるでぇ。

 

………………………

……………………

…………………

………………

……………

…………

………

……

 

「お待たせー。ありゃ、売れるわぁ」

 

 マッキーがソフィアとチェキを撮っておしゃべりするのを待っていたのである。

 もちろん、フローラとも撮っている。

 私が最初にソフィア、マッキーがフローラで交代したのだ。

 3グループ同時並行で特典会を行っているので、そんなに並んではいない。

 そもそも集客力としては微妙なグループが集まって対バンをしているというのもある。

 

「じゃ、楽屋行こうか」

「サムライメイドとかはいいんですか?」

「まぁ、ビジュアルは良かったけど、歌唱力とダンスがなー」

「あれVR上のアシスト使わずにほぼキャプチャー通りなんでしょうね」

「それ差し引いてもよ。下手過ぎるでしょ」

「これからの成長を見守る青田買い大好きマッキーにしては辛辣ですねぇ」

「わたしは伸びシロに投資してんの」

「伸びなさそうって判断なんですか」

「そうだね。他にも理由はあるけど、それは楽屋スペースで話す」

「ん?」

 

 私たちは楽屋ドア前でパスを使用して中に入る。

 楽屋スペースはセキュリティが強固でカメラや録音禁止は勿論だが、ヘッドセット越しですらそれができないようにヘッドセットの生体モニターとも連携している。

 つまりVRヘッドセットを身体から外して録画モードを起動したスマホを画面やスピーカーに近づけようとすると追い出させる仕組みなのだ。

 アイドルや芸能人がプライベートな会話をすることもあるのでそのくらいは当然らしい。

 もちろん、最もセキュリティが強いのはリアルということになるのだが。

 

 楽屋スペースは白い廊下の左右に出演者用の個室が配置してあるというもので、いつぞやテレビで見たテレビ局の楽屋に似ている。

 

「あ、私たち用の部屋がとってありますよ。『藤堂ニコ様、マッキー様』だって。多分、もともとぴーちゃんが使うはずだった部屋をもらえたんですね」

「ふぁんたすてぃこの楽屋に呼ばれてるのかと思ったね」

「ですね」

 

 私たちが楽屋に入ると窓のない真っ白な壁に四人掛けテーブル、椅子だけの簡素な部屋だった。

 

「Vtuberはお化粧しないからドレッサーもないし、仮眠も摂らないから座敷やベッドもないし、飲食もないから冷蔵庫もないんですね」

「あとトイレもね」

「当然っちゃ当然ですけど、やっぱりリアルとは違いますね」

「意外とつまんないね」

 

 そんなことを言いながら私たちは椅子に腰を下ろす。

 リアルでは私はベッド、マッキーは座椅子に腰掛けたままである。ライブがはじまる前からずっと。

 

「そういえば、サムライメイド推せないもう一つの理由ってなんですか?」

「彼女たちはフリーじゃなくて事務所に入ってるんだけどね……その事務所っていうのがけっこう胡散臭いのよ。前にわたしが怪盗Vとして楽屋でドラッグ捌いてたアイドル暴露したことあるんだけど、そのアイドルが所属してたのがサムライメイドのとこなのよ」

「あー、なるほど」

「たぶん、そのドラッグのバイヤーやってたアイドルの子……引退したんじゃなくてVになったんだと思う」

「サムライメイドのメンバーの誰かがそうなんですかね」

「多分ね。だから仮にパフォーマンス良くても推してなかったかも。後で裏切られそうだし」

「へー」

 

 なんて雑談をしていると待ち人来る。

 

「お待たせしました」

 

 フローラである。



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ぴーちゃん、かく語りき

 私とマッキーが向かい合って座っていたので、フローラはマッキーの隣――私の斜め向かいに腰掛けた。

 

「新メンバーの二人のチェキ列がなかなか途切れなくて時間かかっちゃいました」

「他のグループのファンの方が新人の応援のために並んでくれたんですか?」

「それもありますし、古参のふぁんたすてぃこファンがミミとソフィアに早く認知もらおうとチェキ券枯れるまでループしたというのもありますね」

 

 それを聞いてマッキーが「あー」と私の顔を見ながら言う。

 

「なんの、『あー』ですか?」

「ニコちゃんは認知もらうために必死になったことなんてないからわかんないだろうなって」

「あー」

 

 フローラも「あー」である。

 たしかに私は認知をもらうために何か特別なことをしたとかはない。

 

「ニコちゃんはそもそも有名人だから、他のオタクとはスタート地点が違うよね。ソフィアも喜んでたでしょ?」

「まぁ、そうですね。私のことは知ってたみたいです。でもマッキーもどこの現場でも認知されてるじゃないですか」

「お金の力でね。まぁでも見た目も中身も女の子は認知されやすいのはあるよね」

「そんなもんですか」

「そんなもんだよ」

「ともかくちょっと時間かかった理由はわかりました。ふぁんたすてぃこが売れそうなのは良いことです」

 

 私がそういうとフローラはどことなく昏い笑みを浮かべた。

 

「グループとしては喜ばしいですが、きっとこれで私は不人気メンバー扱いです」

 

 危うく最悪の「あー」を発するところであった。

 だが、彼女の危惧はわからないでもない。

 

「人気に差は出る可能性はありますが、仮にグループで4番人気だとしてもそれはグループの中で4番目に人気者なのであって、不人気というわけではありません。フローラが不人気だなんて自虐的なことを言うのは推してくれるファンにも新メンバーにももう誰にも推してもらえないリリーにも失礼です……確かに私はぴーちゃん最推しですけど、フローラのことも好きですよ」

「ありがとうございます。ニコちゃんは無神経なところもありますけど、そういうことを言えるから人が離れないんですよ」

「人たらしとも言うね」マッキーが最後にまたいらんことを言った。

 

「ちょっと喜ばしいことをネガティブに捉えて暗くなってしまいました。すみません。さて……ぴーちゃんのことお話します」

「よろしくお願いします」

 

 そして、フローラはぴーちゃんのことを話し始めた。

 

     *

 

「あれは先週の対バンの時のことでした。楽屋が大部屋だったんですが、いつも部屋の隅っこで一人でじっとしているぴーちゃんが私のところに来て話かけてきたんです」

 

「すみません、フローラさん。少しお話してもいいですか?」

 

     *

 

「あの……すみません、話の腰折っちゃうんですけど」

 

 私は言わずにはいられなかった。

 

「あ、はい。ニコちゃん。なんですか?」

「ぴーちゃんって普段そういう話し方なんですか?」

「そうですね。あのカタコトはキャラ付けなので楽屋では普通に喋ってますね」

「マジですかー」

「いや、今はそこいいだろ。続けてください」

 

 ちょっとショックを受ける私を制して、フローラに話の続きを促すマッキー。

 

     *

 

「で、ぴーちゃんが珍しく私に話しかけてきてくれたんです」

 

「すみません、フローラさん。少しお話してもいいですか?」(2回目)

「えぇ、なんでしょう?」

 

 大部屋の端の方にある小さな丸テーブルで向かいあって、話を続ける二人。

 

「ワタシ、実はちょっと悩んでることがありまして。ただ何をどう悩んでいるのか自分でもわからないんです」

「はい。そういうことありますよね」

「なんというか違和感……とかこのままでいいのかな、みたいな感じで。色々考えて藤堂ニコさんに相談してみようと思ってるんですけど……こんな変なお願い、嫌がられないかなと不安になってきて、フローラさんに訊いてみたいなって」

「良いじゃないですか。ニコちゃんならきっとなんとかしてくれますよ。ニコちゃんってぴーちゃんのファンじゃないですか。推しのお願いなら聞いてくれると思いますよ」

「そうですか。でもアイドルとファンの関係性を崩すようなことしてもいいのかなって」

「推しに悩みごとを相談されたくらいでファンじゃなくなるような人じゃないですよ」

「そうですね。そう言っていただいて安心しました。じゃあ、勇気出して依頼してみます。あと一つ……ワタシ、しばらくアイドルお休みするかと思うんですが、もしニコさんに何かワタシのこと訊かれたら全部答えてもらって大丈夫です」

「全部?」

「ワタシが普通に喋れることとか、この相談してることとか」

「はぁ……わかりました」

 

     *

 

「という感じです」

「なるほど……ありがとうございます」

 

 わかったようなわからないような話だ。

 しかし、一つわかったことがある。

 楽屋で普通に喋っていたことを知って、ちょっとビックリはしたのだが、私は彼女の力になりたいという気持ちが強くなったということだ。

 きっとここから先。どんな些細なヒントも見逃さずに最短距離でぴーちゃんの悩みに到達することができるだろう。

 探偵モードの私の推理力はどのVtuberにも負けないのだ。




ちょっと忙しくて26日23時の時点で1文字も書けていなかったので休載日にしようと思ったんですが、なんか書けたので更新です。
不定期更新とか言いながらなんだかんだ今のところ毎日出せてますが、本当に1文字のストックもないのでそのうちお休みもあるかと思います……が、私もニコちゃんもなんとなく解決編までの道のりが見えてきたので迷宮入りはせずに済みそうです。


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配信

「はい、皆さん。こんばんは。探偵系Vの藤堂ニコです。最近また新しい事件を追ってるんですよ」

 

 私は【グリモワール】上のホーム兼スタジオで生配信中である。

 書き割りだった背景もアンティーク調の家具に変えて、だいぶサマになってきた。

 

[《¥2525》お、また面倒ごとか]

[最近、暇そうだったからちょうどいいな]

【マッキー】[《¥10000》ニコちゃーん、がんばえー]

[怪盗おるやん]

[やべーメンヘラリア友きとる]

【フローラ】[《¥10000》先日はありがとうございました。応援してます!]

[ニコの嫁がスパチャで殴り合っている]

 

「そいつらはシカトしておきましょう。早速ですが本題に入りますけども、実は私の最推しであるP2015ことぴーちゃんが失踪してしまったんですね。失踪というか正確にはアイドル活動をお休みしているんですが」

 

[知らなかった]

[本人からアナウンス出てないからな]

[じゃあなんでアイドル休むってわかるんだ?]

[こないだのライブ急にキャンセルしてたな、そういえば]

 

「ぴーちゃんの公式サイトで今後の活動予定がすべて白紙に戻っています。SNSも今後の告知一切出てません」

 

[本当だ]

[休むのに告知出さないとかあるんだな]

[ぴーちゃんは個人勢で事務所入ってるわけじゃないからな]

 

「そうなんですよ。コメントにもありますがぴーちゃんはフリーのアイドルで事務所に入っていない上にマネージャーも雇っていない完全ソロなので本人が告知を出さないと何もわからないんです」

 

[《¥2525》ってことは、ニコはぴーちゃんを探すのか?]

[頼まれてもないのに探すってストーカーかよw]

[《¥2525》捜査費用]

 

「探すんですが……ちゃんと依頼を受けてます。ぴーちゃん本人から。お休みするっていうのも伝言で知りました」

 

 フローラから聞いたことは経緯を説明するのが面倒なのでとりあえず伝言と言っておく。

 

[なるほどー]

 

「なので断じてストーカーではございません。まぁ、でも自分からいなくなって自分を探してくれというのも意味わからないですよね」

 

[たしかに]

[勝手に出てくればいいだけだもんな]

 

「ただ本人の中で何か悩みがあって、ただそれがなんなのか上手く言語化できていないようです。それを整理するためのお休み期間なのかもしれません。あと私が彼女を探す間に何かそのヒントを得られるのかもしれません」

 

[ふわっとしてんな]

 

「で、皆さんにお願いがあります。例によって」

 

[例によって! 出た!]

[なになに?]

[《¥252525》俺には資金提供しかできない]

[お、資金提供おじさんきたー]

[おじさん、太っ腹]

【マッキー】[いつもありがとうございます]

【フローラ】「いつもありがとうございます」

 

「いつもありがとうございます! っていうか、いつの間にか大人気じゃないですか。中の人がおじさんなのかどうかわからないので、私がおじさんって呼んでいいうのかわからないんですけど」

 

[《\2525》資金おじさんと呼ばれていますので、おじさんで大丈夫です]

[おじさんが初めて資金提供以外のコメントを!]

[うおー]

 

「だから、そこで盛り上がらない! ともかくですね、お願いがあるんです。ぴーちゃんがまだグリモワールにログインしているのかわからないんですが、もし見かけたらその居場所を教えてください。接触の仕方によってログアウトしてしまう可能性もあるのでできれば声はかけず、情報提供だけしてもらえると嬉しいです。あと交友関係とかご存知の方がいればそれもあまりプライバシーを侵害しない程度でいいので教えてもらえると嬉しいです」

 

[よし、任せとけ]

[そういえば、最近見かけたな……どこだったか]

[早速目撃者いるじゃん]

[早く思い出せ!]

[うるせー、ちょっと行動履歴見ないとわからん。思い出したらDMします!]

 

「皆さん、よろしくお願いしますね」



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情報提供。そして――。

 そして翌日、私がのんびりベッドでくつろいでいると、DMの通知が来る。 

 早速の情報提供だ。

 目撃情報が幾つか来ているのだが、どれも内容は同じようなものだった。

 

 ――夢の島スラムかぁ。

 

 【グリモワール】の中でも治安が最悪とされているエリアだ。

 VR空間から地続きのゲームエリアなどもあるのだが、残虐性が高いゲームのプレイエリアやR18のゾーニングされた商品の店舗、VR風俗、そしてログアウトしないままVR空間に置き去りにされたアバター(死体と呼ばれている)置き場などが隔離されている。

 

 ちなみに私は怖いから行ったことがない。

 そんなところにぴーちゃんがいるのだという。

 

「ということらしい、マッキーよ」

「夢の島スラムねぇ。行ったことないなぁ」

「私もよ。ってかさ、昨日も来たのに今日も来るのかよ。暇なの?」

 

 マッキーは今日も私の家に入り浸っている。

 

「いいじゃん、TJも暇でしょ? それにお土産も持ってきてるじゃない」

「このお土産は最高であるな」

 

 マッキーが持ってきたケーキは見た目はアートとしか言いようがない。本当に載っているフルーツが宝石に見えた。

 味も繊細でこれ以上ない完璧な組み合わせだと感じる。単純に甘いとか酸っぱいとか美味しいとかいう語彙では説明できない複雑さを内包していた。

 一個幾らするのか恐ろしくて訊けない。

 

「たまに差し入れでもらってたのよ。まぁ、モデルやってたからあんまり食べられなかったんだけどね」

「これが楽屋とかにあるのにちょっとしか食べられないの拷問じゃない」

「そうなのよ。で、久々に食べたいなって思ったんだけど、せっかくだから食べさせてあげようと思って」

「また買ってきて」

 

 私はこのケーキの虜になってしまった。

 なんならマッキーは来なくていいから、ケーキだけ毎日来てほしい。

 

「高いから毎回は買ってこないけど、たまには買ってきてあげるよ。で、話戻すけど、夢の島スラムにぴーちゃんいるんでしょ? どうするの?」

 

 私はちょっと悩んでいた。

 もう少し情報を集めてもいいかと思っていたのだが……。

 

「行こうかな、スラム」

「大丈夫?」

「もちろん、サブアカの方ね」

「なんかあそこってアバター盗られたりするって噂だもんね」

「技術的には不可能なはずなんだけど、アバターのデータ譲らざるをえないような脅迫をする連中が根城にしてたりするんだろうね」

 

【グリモワール】ではデータの改竄などはできないが、なにかしらの手段でアカウントを乗っ取ったりという犯罪行為は横行している。

 さすがにそこにニコちゃんの姿で行く気はしない。

 

「危ないからマッキーは待ってなよ。金髪ロリに何かあったら大変だからね」

「使い捨てのアカウントでついていくよ」

「ま、それならいいか」

「じゃ、すぐ作っちゃうね」

 

 ――マッキーが捨てアカ作ってる間に飲み物でも持ってくるか。



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VRスラム

「カブキシティとはまた違う治安の悪さあるよね」

「そうね。カブキシティも大概だけど」

 

 私(メガネの姿)とマッキー(捨てアカの姿)は夢の島スラムの入り口で足が竦んでいた。

 肉体は私のマンションにあるし、コントローラーでアバターを動かすだけだ。

 何があっても自分に被害が及ぶことはない。

 それでも本能が先に進むのを拒んでいる。

 

「ホラーゲームやってる時の感覚に似てる」

「TJ、ホラーゲームとかやるんだ?」

「好きってわけでもないけど、やったことはあるよ」

 

 零とかバイオハザードとか。

 あの角を曲がったら何が出てくるかわからない不安のようなものがまとわりついてくる。

 VR空間だとサブアカだとしても自分の分身だ。

 恐怖がゲームの比ではない。

 

「まぁ、でもTJならやってそうな感じはある」

「そう?」

「意外性はないね」

「ホラー小説も書いてたことあるからね」

「へー、どんなの?」

「実話怪談追いかける変わり者大学生の恋愛モノ」

「面白そう。それ読んでいい?」

「投稿サイト載せてるから読んでいいよ。ペンネーム変えてるけど。URL送っとく」

 

 ――さて、現実逃避はこのくらいにして。

 

「いつまでもこうして立ち話してるわけにもいかないし……そろそろ行こうか」

「そうだね」

 

 私たちはおっかなびっくり足を踏み入れる。

 といっても正確に【ココから夢の島スラムですよ】という看板が立っているわけではない。

 【グリモワール】の区画上はベイエリアの一画でしかない。ベイエリアからはいくつか橋のような道で繋がった島のようなエリアが幾つか点在しており、その中の治安の悪い幾つかをまとめてそう呼んでいるだけのことだ。

 

 入口から先はいきなり露天商がずらっと並んでいる。

 ただ、お祭りの縁日のような雰囲気とは違い、やはり荒廃した雰囲気は漂っている。闇市という表現が近いかもしれない。

 VR上のものなので汚れているとかいうわけではないが、もっとも安い店舗の構成要素(テントのみ)で作られた店が並んでいると異様な感じがする。

 店の外観は関係ないということなのだろう。

 

「何売ってるのかなぁ?」

 

 マッキーが尋ねてくる。

 

「普通にアバター用のアクセサリーとかってわけじゃなさそうだよね」

「見てみる?」

「うーん、でもぴーちゃんの情報訊くためにどこかでは買い物とかしなきゃダメかもね」

「そうだね、歩いてる人には話聞きにくいもんね」

 

 このあたりを歩いているアバターはかなり怪しげだ。

 女性型は単純に露出がすごい。

 ほぼ下着のような恰好の人もいる。

 カブキシティでも露出度高めのアバターは多いが、オシャレでもある。ただ、ここで見るアバターは明らかに煽情的で「カタギ」ではなさそうに見える。

 男性型は無料の汎用タイプがやたらと多い。みんな同じ顔だ。それが逆に不気味さを増している。

 

「とりあえず、適当な店で何売ってるのか見てみようか」

「そうだね」

 

 私たちは右手の露店の一つを覗く。

 

【合法VRドラッグ】【合法VR動画】【合法改造VR機器】

 

「めっちゃ合法アピールしてるじゃん」

「怪しい……」

 

 ――めっちゃ怪しい。

 

「ドラッグに合法とかあるの?」マッキーが言う。

「違法ではない、っていうニュアンスだよね。つまり法の目を掻い潜っているのでギリセーフみたいなことでしょ」

 

 私たちがひそひそ言っていると店主が声をかけてきた。

 店主は汎用アバターではなく髭の親父だった。ザ・熊って感じだ。

 

「ちゃんと合法だって。いや、怪しいのは認めるけどさ」

「ひっ」

「怖がりすぎだろ……まぁ、いいや、買い物客?」

「まぁ、買ってもいいんですけど、人探しで来てまして――」



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信用できないやつ

「人探しか。ここらへんは隠れ場所が多いからな。難しいんじゃないか?」

 

 実際、露店が並ぶ通りから一歩脇道に入れば迷路のように入り組んだ建造物が立ち並び外に出られなくなってしまいそうだ。

 そこで迷子になってしまって、アバターを捨てるしかなくなるなんてこともありそうだ。

 

「路地裏とか探せないですもんね」

「あぁ、入らない方がいいぞ。道が完全に頭に入ってても迷うからな」

「じゃあ、どうしたらいいんですかね?」

「そりゃ、タダじゃ教えらんねーな」

 

 熊みたいな親父がニヤリと笑う。

 歯が牙のように尖っていて、ホンモノの熊のようだ。

 

 ――こわー。

 

 マッキーもなんかプルプル震えている。

 

 ――お前は芸能界でこういうのに揉まれてきたんとちゃうんかい。

 

「いや、そんなビビらなくてもいいだろ。お前らみたいなのって観光気分でここらへん来ることは来るけどちょっとはしゃいで撮影して帰るだけで、こんなにしゃべったりしねーから距離感難しいな」 

「すみません、私たち真面目っこなもので。じゃあ、あれですか? なんか買ったら教えてもらえる感じですか?」

「あぁ、いいよ。どれ欲しい?」

 

 私は合法グッズたちを眺める。

 

 ――どれも欲しくねー。

 

「どれも欲しくねーって顔すんなよ」

「いや、だって……私、これサブアカですけど、それでもちょっとこのあたりのデータ取り込みたくないですもん。ウィルスとか怖いし」

「ウィルスなんか仕込んでないって。客の信用なくすだろうが。それにこのあたりは動画ファイルだから大丈夫」

「どういう動画ですか?」

「これはギリ合法のAV、こっちはスナッフビデオ」

「スナッフ?」

「知らんか、スナッフ。人を殺害したりする様子を録画したものだな。このあたりはかなり凄い調整で本当に人にナイフを突き立てる感触とか血の臭いを感じるらしい」

 

 私も怖すぎてマッキーと同様にプルプル震えてしまった。

 

「それのどこが合法なんですか!」

「超精密なCGだから合法なんだよ。探せばリアルな殺人現場のスナッフVRとかも売ってるだろうけど、それこそ裏路地入ったり、一見さんお断りの相言葉知らないと入れてもらえないような店だろうな。うちは観光客向けだから」

「そうなんですか?」

「そうだよ。ホンモノ売ってる店がこんな表通りに店出すか。ドラッグムービーも実際にトランス状態になっちゃうようなキツいのじゃなくて、ラリったやつが見てる景色を再現した映像くらいのもんだよ。依存性とかないから」

 

 ――かといってなぁ。どれもいらないのよなぁ。

 

「うーん、でもそのムービーくらいなら買いましょうか。一番怖くないやつ」

「キレイな模様が見えたり、自分が大きくなったり小さくなったりするやつでいいか?」

「不思議の国のアリスみたいですね」

「お、正解。そんな感じ。ちなみに実際に脳が上手く大きさを処理できなくなるのを不思議の国のアリス症候群って言うんだ」

「へー。でそれ幾らですか?」

「2万ね」

「たっけ」

「高くねぇよ。情報料込みだしこんなもんだろ」

 

 配信で公開して、払った分を回収してやろうと思いながら、私は電子クレジットで支払いを済ませる。

 

「で、人探しの件ですが」

「おう、どんな奴でも見つかるぞ」

「情報通なんですか?」

「を、知ってる。ここらへんに潜んでる奴の居場所を把握してる情報屋の情報を教えてやる」

「えー、じゃあそこでもう一回怖い思いして、お金も払わなくちゃいけないじゃないですか!」

「世の中そんなに甘くはないのよ。毎度あり」

 

 ――このやろー。



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情報屋の居場所

「はぁ。で、その人の居場所がわかる人っていうのはどこにいるんですか?」

 

 私は熊系アバターの店主に尋ねると、店主は中空に仮想MAPを表示した。

 

「このエリアは幾つかの島の集合体なんだが、現在地が商業エリア。で、こっちがゲームエリア。残酷描写が規制されてないR18のVR FPSや格闘ゲームなんかだな。かわいいアバターの頭が吹っ飛ばされたり、血塗れになるのが嫌ならやるなよ」

「頼まれてもやりませんよ」

 

 そういったゲーム内で負ったダメージを現実のもののように錯覚して倒れる人というのが後を絶たない。

 何度も何度も臨死体験をするようなものだ。

 精神的に麻痺していないととてもできない。

 残酷描写なしの全年齢対応のものでもやはり撃たれたりするのは怖い。

 マッキーも隣でプルプル震えながらうなずいている。

 

「で、ここが風俗エリアだな。客も風俗嬢も中身はおっさんという地獄のエリアだ」

「わからないじゃないですか……」

「いや、それがオーナーやってるやつに聞いたんだが、中身がおっさんの方が客付きがいいらしい。さらにそれで稼いだ金で自分も客として別のVR風俗に行くってんだからもう地獄の堂々巡りだ」

 

 ――無間地獄!

 

「え、情報屋さんいるのそこじゃないですよね?」

「安心しろ。ここじゃない。ここまではサービスで教えてやっただけだ」

「そうですか」

「情報屋がいるのはこの島だな」

「そこは何があるんですか?」

「カジノだ」

「カジノですかー」

 

 私はギャンブルというのをやったことがない。

 小説のネタにある程度仕組みとかは調べたことはあるので知識自体はあるが実際にはカジノもパチンコも雀荘も行ったことがない。

 

「ここのカジノでポーカーやってるな」

「あんまり良く知らないんですが、VRポーカーって合法なんですか?」

「あぁ、そこのとこはグレーだな」

「グレーとかあるんですか?」

「規制する法律がないからセーフってことになってる。合法じゃないけど捕まえる法律もないからな」

「はぁ」

「ポーカーチップをカウンターで一回トークンに交換してもらうんだ。別になんの使い道もないやつな。で、なぜかカジノの近くにそれを買い取ってくれる店があるからそこで売れば換金できるって仕組みだ」

「あぁ……そうですか……わかりました。そういうもんとして理解しておきます」

「まぁ、ともかくだな。ポーカーテーブルの一番レートが高いテーブルにいる目つきの悪いスーツを着た女が情報屋だ。ジョーカーと名乗ってるが、見た目もトランプのジョーカーみたいだからすぐわかる」

「質問すれば教えてくれるんですか?」

「わからん。その時の気分次第だろうな。変な奴なんだ」

 

 このスラムでこれだけ普通に会話ができている熊おじさんはマトモな部類のような気がする。

 2万円は高いが、なんだかんだ2万円分のサービスをしようとしてくれているのも感じる。

 

「わかりました。とりあえず行ってみるしかないですね」

「おう、気をつけろよ。なんか危ないと思ったらすぐにアバター捨ててヘッドセット外せ」

「ありがとうございます。あなた親切な人ですね」

「観光客向けの商売してるからな」

 

 そして私とマッキーが歩き出したところ――。

 

「最後にひとついいか?」

「なんですか? もう何も買いませんよ」

「俺の中身、女なんだぜ」

 

 私はちらっと彼/彼女を見て言った。

 

「そうなのかもしれませんね」

 

 本当かもしれないし、嘘かもしれない。

 VRなんてそんなもんだ。

 



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VRカジノへ

 私たちはタクシーに乗ってカジノへと向かうことに。

 

「歩いてくの辛い。怖い」

 

 マッキーが泣き言を言いだしたのだが、私も完全に思いは一緒であった。

 

「わかるー」

「なんか普通にリアルで歩くのより疲れる」

「私は引きこもりだから同じくらいかな。外歩くのもすぐ疲れちゃうし。まぁそれはともかくそこのタクシー乗っていこうか」

「そうしよ。でも、ぼったくりじゃないよね?」

 

 スラムで揉まれて完全に疑心暗鬼になっている。

 

「タクシーはぼったくり無理なのよ。システム的に。マッキーもうビビり過ぎて何もかもを疑ってるじゃん」

「ここ怖すぎるのよ」

「じゃあ、マッキーはログアウトしちゃってもいいよ」

「いや、ついていく。何か面白いことが起こったときにその場にいなかったら後悔するし」

「別に私の視界、モニターに映してそれ見ててくれてもいいけどね」

「せっかくだから視聴者じゃなくて当事者になりたいの。わたしは行くよ」

「まぁ、くれぐれも無理しないでね」

 

 私たちはタクシー乗り場の一番前で待機している車両に乗り込む。

 さすがに【グリモワール】の運営が走らせているタクシーなのでぼったくりではなかった。

 黒い箱のようなタクシーの座席に座るやいなや私は行き先を告げる。

 

「江戸タワーカジノまで」

『承知いたしました。料金は前払いとなります』

 

 私のクレジットから自動的に金額が引き落とされる。

 VR上ではかかった時間ではなく、距離で自動計算された金額らしい。

 それはそうだ。

 タクシーはAIによる自動運転で空中を一直線に目的地に向けて飛んでいくのだから時間なんて関係ない。

 

 空から見下ろす夢の島スラムは上空からでもよくわからなかった。

 建物が密集しているし、道路もテントで埋め尽くされている。

 これ以上奥に行くと本当に抜け出せなくなっていたかもしれない。

 

「この中にぴーちゃんが潜伏してるなら見つけるの厳しいね。迷子になったらタクシーを呼んで迎えに来てもらえばいいって思ってたんだけど、この狭い通路だと着陸できない」

「たしかに。わたしはそもそもタクシー呼ぶってことすら思いつかなかったけど、自力でこの迷路抜けるってなると、地図あっても難しそう」

「地図上だとこのへん整理されてることになってるのよ。なんかリリース直後のまだ土地が安かった頃に色んな人が買ってオモシロ半分に増築しまくってめちゃくちゃになったらしいよ。まだルールも整備されてなくて、抜け道が悪用されたとかった話」

「運営がなんとかしてくれたらいいのに」

「お金払って買った人と連絡が取れなくなって権利関係ももう誰もわからないみたい」

「そりゃ、運営もこのあたりは無視するよね」

「そう、だからもうここは放置してフィールドを広げる方向に舵切ったって」

「二度と来たくないね」

「お、マッキー。あれ見て。あれが目的地」

「うわぁ、ド派手。カブキシティが歌舞伎町のサイバーパンク版なら、こっちはラスベガスのサイバーパンク版だね」

 

 江戸タワーカジノはとてもスラムに隣接した地域にあるとは思えないほど豪奢なタワーで、手間には真上に滝が流れるような噴水にスフィンクスのオブジェが鎮座していた。

 

「さっさと話だけ聞いて帰ろう」

「帰れるといいんだけどね」

 

 私はすでにちょっと嫌な予感がしていた。



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最低のギャンブル

「ここかぁ」

 

 私とマッキーは二人して【グリモワール】最大のカジノ『江戸タワー』の前に立ち竦んでいた。

 

「ここだけ浮いてるよね」

「浮いてるけど、ここのお客さんってたぶんスラムを経由せずにタクシーとか直行便で来てるからあんまり気にならないのかもね」

「ちょっと怖いけど、さっきの露店通りよりは興味の方が勝つかな」

 

 今のマッキーは別に足が竦むとかいう感じではない。

 煌びやかなカジノタワーは確かに大人のアミューズメント施設といった感じでワクワク感がないでもない。

 

「入場料払いたくないなぁ」

「入場料なんてかかるの?」

「かかるのよ」

 

 例によって私は小説を書くために色々調べているので女子大生にしては余計なことを沢山知っているのだ。

 

「幾ら?」

「6000円」

「ビミョーな額だね」

「まぁ、さっき買ったVRドラッグムービーの2万に比べればマシか。資金提供おじさんがいっぱい捜査資金くれたし」

「TJさ、ちゃんとファンサしなきゃダメだよ」

「したいけど、何すればいいのよ?」

「おじさんのリクエスト曲一曲歌ってあげるとか」

「いいけど、私歌下手だよ?」

「TJって音痴なんだ。意外」

「いや、音痴ってほどじゃないと思うけど。そもそも歌った記憶がない」

「一緒にカラオケ行くか」

「嫌だよ、面倒くさい。さ、行くよ」

「はーい」

 

 私たちは並んで入場する。

 ゲートを通ると自動的にイカサマ防止のために、アバターに違法なアプリがインストールされていないかのスキャンと入場料が電子クレジットから自動的に引き落とされる。

 リアルのカジノと違って、後ろから他人のカードを覗き見たりとかは物理的にできないようになっているとかカウンティングで必勝できるブラックジャックはそもそもないとか工夫はされているらしいが、ポーカーでのAIを使った確率計算だったりというのはある程度許容している。

 

「ブラックジャックって必勝法あるの!?」

「あるよ。でもリアルカジノでもバレたら出禁になるけどね。VRだとAIサポートあるからもう全然カジノ側がやるメリットないんだよ」

「じゃあ、なんでそんなゲームがあるの?」

「中にはお客さん側に有利なゲームも置いておかないとっていうサービス精神みたいだけどね。ブラックジャックの還元率って102%あるらしいよ」

「どういう意味?」

「えーっと、期待値的にね。1万円使ったら10200円返ってくるってこと」

「絶対負けないじゃん」

「そう、そもそも負けにくい上に必勝法のカウンティングやったらそれで生活できちゃう……らしい」

「なるほどねぇ。他のギャンブルは勝てないようになってるんだ?」

「そうね。パチスロが還元率85%、競馬が75%だったかな」

「やればやるほど客側が負けるようになってるんだ」

「ちなみに世の中でもっとも悪どい、還元率最低のギャンブルって何か知ってる?」

「なんだろ……野球? 相撲?」

「違うから! それそもそも違法のやつね! 芸能界出身こわ。周りの人やってたの?」

 

 私は思ってたのと全然違う答えに驚きおののいた。

 

 ――マジかよ。どんな常識知らずよ。あと野球賭博とか相撲賭博の還元率なんて知らないよ。正解かもしれないけどさ。

 

「いや、なんか聞いたことあるなって。違法なんだ?」

「多分、聞いたことあるのは捕まった人とかの犯罪ニュースで聞いたんだと思うよ」

「じゃあ、正解は?」

「宝くじ」

「嘘ー」

「宝くじの還元率って45%しかないんだよ。人生一発逆転できる桁の当たりは入ってるけどまず当たらないから。宝くじは買わない方がいいかもね」

「ホント色んなこと知ってるね」

「まーね」

 

 なんて話しながら、私たちは煌びやかなカジノのスロットコーナーを抜け、エスカレーターで上の階へと進む。

 

「ここはルーレットだね」

 

 ルーレットを囲むアバターはスーツやドレスを纏っていて、私たちみたいなサブアカでなお女子大生みたいなのはいない。

 

「何かお探しですか?」

 

 私たちがキョロキョロしているのを見かねてか、ホールスタッフに声をかけられる。

 

 ――AIなのか、リアルな人間が操作してるのかわからないな。

 

「えーっと、ジョーカーっていう人に会いに来たんですけど……どちらで遊んでいるかおわかりですか?」

「お待ちしておりました。こちらへどうぞ」

 

 ――待たれていたのか。



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ジョーカー

 案内されたポーカーテーブルには5人が着席してプレイしていた。

 熊っぽい店主から聞いていた特徴の人物は一人しかいない。

 

 ――彼女か。

 

 たしかにジョーカーっぽい雰囲気は漂わせている。

 痩せぎすで手足が異様に長く、不健康そうな青白い肌をしているブラックスーツの女性だ。彫りが深く美人に類するが、不気味な雰囲気の印象が強すぎる。

 

「あの人だね」マッキーが言う。

「そうだろうね」

 

 スタッフが彼女のところで耳打ちすると、こちらの方を向いて手招きしてくる。

 自分の隣の空いている席をトントンと指で叩く。

 

「私を呼んでるみたいね。ちょっと行ってくる」

「気をつけてね、TJ」

「まぁ、大丈夫でしょ」

 

 私は真っすぐ彼女の隣の席に座る。

 

「こんにちは」

「やぁ、話は聞いてるよ。人探しをしてるんだろ?」

 

 意外と気さくな喋り方に少し拍子抜けした。

 

「はい、そうなんです。あなたが知ってるって熊みたいなおじさんに聞いてきました」

「うんうん」

「単刀直入に訊きたいんですが、お幾らですか?」

 

 彼女がニヤリと笑う。想像よりもその口は横に伸び、本当にトランプのジョーカーのような印象を受けた。

 

「タダでいいよ」

「…………」

 

 タダより高いものはない。

 きっと本来の値段より高い代償を払うことになるだろう。

 

「嫌です。正規の金額をお支払いします。それが無理なら余所を当たります」

「いや、別に君を騙そうっていうわけじゃない。本当に大した情報じゃないからね。金額をつけようって気にもならないのさ」

 

 彼女は配られた自身のカードを見ることもなく、降りた。

 私がいなければゲームに参加していたのかもしれない。

 

「騙そうとかはないんだが……少し仲良くなりたいとは思っているんだ。藤堂ニコ君」

「このサブアカも替え時ですかね」

 

 ジョーカーは私の正体を知っていたのだ。

 

「いや、君が藤堂ニコであることはさほど知られてはいないだろうから、まだ大丈夫だよ」

「どうしてわかったんですか?」

「君が自身のチャンネルでP2015を探すと宣言したと聞いているよ。君が捜査に別のアカウントを使っていることくらいは簡単に想像がつくし、こんな堂々と人探しをしているんだ。ちょっと情報が集まるところにいればすぐにわかるさ」

「なるほど。勉強になります」

「それに別にバレたところで構わないと思ってるんだろ?」

「そうですね」

 

 実際、いずれはこのメガネちゃんアカウントがニコの捜査用であることは遅かれ早かれ気づかれることは承知の上だった。

 

「私はね、君のように僅かな情報や断片的なヒントから真実を見抜くような推理力はないけど、真実がわかるまでの大量の情報を仕入れることはできるんだ。いずれ協力できることもあるかもしれない」

「ふむ」

「ここで恩を売られておくのも悪くないんじゃないかい?」

「…………あなた、カタギですか?」

「あぁ、そこを気にしているのか。安心してくれ。私はギャンブルで稼いだ金を元手に情報を買って、さらに高く売るということをやっているが自分自身が犯罪に手を染めたことはないよ。VRでもリアルでもね。もちろん私から買った情報を悪用する人間はいるだろうけどね。そこは関与しない」

「うーん、私はクリーンなイメージでやっていきたいんですけどねぇ。まぁ仕方ないでしょう。今回は恩を売らせてあげましょう」

 

 あまり気乗りはしなかったが、ぴーちゃんに最短でたどり着くためには仕方ない。

 それにこの人は私のことを利用価値があると思っているようだが、私からも利用価値がある人物のように思える。

 

「ただ、情報を教える前にちょっと遊んでいきなよ」

 

 そういって、彼女は自分のチップをまとめて私の方に押して寄越してきた。

 

「はぁ、面倒くさいので1ゲームだけです」

「ゲームに参加できないような手かもしれないよ」

「それでもです。友達を待たせているので」

 

 そしてディーラーはちらりとこちらを見やると私の前に2枚のカードを投げた。

 私はちらっとカードを見る。

 他のプレーヤーはカモが来たと思っているのだろう。ゲームに対して急に前のめりになったように感じる。

 

「オールイン」

 

 私はプリフロップのベッティングラウンドに入るやいなや投げやりにもらったチップのすべてを賭けてしまった。

 ジョーカーが驚いたように目を見開く。

 彼女でも驚くことがあるようだ。

 

「そのチップ、幾ら分かわかってるのかい?」

「さぁ、知りませんね」

 

 すると、ジョーカーの顔を見たプレーヤーたちが次々とコールを宣言する。

 私たちのやりとりを見て、勝てると踏んだのだろう。

 こんなチップ、こいつらにくれてやればいい。

 

 すべての共通カードが開かれる。

 ダイヤの8、エース、ハートの6、エース、スペードの7

 そして全員が手札をオープンするショーダウン。

 

 私の手札は――スペードとクラブのエース。

 つまり……エースのフォーカード。

 この役に勝つにはストレートフラッシュかロイヤルフラッシュしかない。

 そして、この二つの役を作れたプレーヤーはいなかった。

 

「すごいね、君」

「運がいいんですよ、私」

 

 私の前にチップが山積みにされる。

 そして私はその山をジョーカーの前に押しやる。

 

「ぴーちゃんはどこにいるんですか?」

「アバター墓場と呼ばれる、放置されたアバターが置かれている区域にいるそうだよ。墓場をうろうろしたり、海を眺めてぼんやりしたりしているらしい」

「ありがとうございます」

 

 ――アバター墓場。そういえばスラムにはそんなところもあるって聞いたっけ。そんなところにいるなんて思いもしなかった。

 

 熊店主もそこは紹介してくれなかった。つまり、そこには生きているアバターは基本いない想定なのだ。

 

 ――ぴーちゃん、なんで?

 

 私は立ち上がり、踵を返した。

 

「ちょっと待ってくれ。君が今勝った分のチップ、持っていきなよ。私が渡したのが2000万。今の勝負で入ってきたのが8000万で君は1億得たんだ。これは君のものだよ」

「いりませんよ。ぴーちゃんの居場所の情報代としてとっておいてください」

「本当にいらないのかい?」

「私はファンのみんながくれるスパチャで十分です。過ぎたるは及ばざるがごとし、ですよ」

「面白いな、君は」

「オモシロトークと推理力で人気のVtuberですからね」

「そうか。今度自分で配信も観てみるよ」

 

 私はマッキーと並んでカジノを後にした。



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アバター墓場へ

「アバター墓場って嫌な名前だね」

 

 私たちはそう呼ばれる中の人が捨てていったアバターが放置されている一画に向けてトボトボ歩いていた。

 

「別にお墓があって埋まってるわけじゃないっていうのがね、想像するだけで怖いよね」

 

 ホラー小説とかも書くけど、ちょっと怖い。

 アバター墓場に続く道には誰もいない。

 

「わたし思うんだけどさぁ、アバター放置されてたらアカウントごと削除しちゃえばいいんじゃない?」

 

マッキーがごもっともなことを言う。

 

「今のマッキーがそのアバター捨てたら削除されるよ。多分、前に一緒にVRカフェ行った時の私のアカウントもうないと思う」

「あぁ、無課金の捨て垢ってそうなるんだ」

「でも一定金額以上課金してあるアカウントはかなり長期間消えないんだよね。第二の現実なんてのを謳って変にリアルな不便さをユーザーに強いてさ、ホームやログアウトポイント以外からログアウトできないような仕様だからしばらく放置してたらログアウトできるって風にはできないんだろうね」

「あー、そうなったらたしかに帰りのタクシー代とかケチるようになるかも」

「だから、一つのアバターを大事にして、第二の自分みたいに課金していくわけだけど、放置アカウントのアバターは削除もログアウトもできずに残り続けるわけ」

 

 フェアリーアイドルだったリリーのようなリアル側での事故や非常事態が起こった場合は例外的に強制ログアウトさせられてしまうわけだが。

 

「でも、なんでアバター捨てちゃうんだろうね? わたし、本アカの方だったら絶対捨てないけどな」

 

 たしかにマッキーの本アカはちょっと幾らかかってるのか聞けないくらいリッチな造りだ。

 

「色々あるみたいよ。ゲームエリア以外は他人のアバターを掴んだりとか暴力とかはできないけど、幽霊みたいに通り抜けはできないからさっきのスラムみたいなイレギュラーな狭い通路で犯罪者に囲まれてアバター渡せって脅されるとか。ストーカー被害から逃れるためとか、ログイン中にトラウマになるような恐怖体験するとか」

「楽しいVRでまで治安悪いの嫌だねー。でも通報したら警備AIとか来てくれるんじゃないの?」

「さっきのスラムとかだと来られないとかなのかな。運営に通報しても精神的ダメージ受けた後だと来てくれても間に合わなかったとかはあるかもね」

「我々も気をつけていきたいですな! TJ!」

「なによ、その、『ですな』っての?」

「気を引き締めようっていう気合いが出た」

「私、ニコの姿だとあんま外出ないからなー」

 

 活動の殆どがホームとスタジオなのであまりそういうリスクについては深く考えたことはなかった。

 でも、何があるかわからない。このスラムに来て少し価値観が変わった気がする。

 

「でもちょっと気をつけたいよね。さて、そろそろ着くよ。あの橋渡ったらアバター墓場だ」



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魂が帰る場所

 私たちはアバター墓場に足を踏み入れた瞬間からその異様さに圧倒された。

 

「これは……怖すぎる」

 

 目の前には等間隔で直立不動のアバターが配置されている。

 このゴツゴツとした岩場でできた出島一帯がこうなのだろうか。

 誰も動くことなく一様に海の方を見つめている。

 その数はいかほどであろうか。数えきれない。

 見渡す限りを埋め尽くす死んだ目のアバターは独裁者が支配する国の軍隊や兵馬俑のようだった。

 それらと違うのは全員が課金アバターであり、整った容姿に煌びやかな服装をしていること。

 

「勿体ないね。すごくお金かかってそうなアバターもあるのに」

「そうだね。私の本アカアバターが何かの事故でここに並ぶと思ったら悲しくなってきちゃった」

「マッキーの本アカは子供っぽい見た目だから悲壮感エグいね」

「うん。大事にしよ。ここの人達の魂、いつか帰ってくるのかな」

「どうだろうね」

 

 魂……か。別にグリモワールにログインしなかったからといって中の人が亡くなっているとは限らない。

 だが、ここにいるアバター達は既にみんな死んでしまっているかのように見えた。

 

「ぴーちゃん、いるかな」マッキーが言う。

 

 いるはずだ。

 

「でも……いたとして声をかけるかどうかはちょっと考えたいね」

「なんで? そのためにわざわざ探しに来たんでしょ?」

「そうなんだけど、私はまだ何もわかってないからね。ただ、何もわからずに見つけて、声かけて何もわかりません、とは言いにくいかな」

「じゃあ、どうするのさ?」

 

 どうするのか?

 

「しばらくはぴーちゃんの様子を見守りながら、なんでここにいるのか、私への依頼の真意はなんなのか。少し推理してから声かけたい」

「ぴーちゃんがこの場所離れちゃったらどうするの?」

「尾行かな。でも、それはない気がする。きっと何か意図があって私をここで待ってるんだよ」

「TJ……ニコちゃんがそう言うなら、そうなのかもね」

「とりあえず、ぴーちゃんに見つからないように探してみよう」

「探しに来たのに今度は隠れるなんてね」

「ま、気づかれたら気づかれたで構わないというか、その時はその時でしょ」

 

 ここには無限に魂の抜けたアバターが所狭しと並んでいる。

 木を隠すなら森の中ではないが、ただ立っているだけで隠れるなら楽勝だ。

 

「ん?」

 

私達は入り口に停まった一台のトラックに気づく。

 トラックの中から人型ではないドラム缶にアームが付いただけのようなロボットが数体出てきた。

 そのアームで直立不動のマネキンのようなアバターを抱えて。

 

「運営のロボットだね。他人のアバターに触れて移動させられるんだ」

「ホント、マネキン運んでるみたいだね」

「しばらくここに置かれて、いつかアカウントと一緒に消えちゃうんだ」

「ここにいても気が滅入るだけだね。先まで見渡せるように少し高いところ行こうか」

 

 私達は岩場を登る。

 アバターでも登りきれるような設計になっていて助かった。

 

「ねぇ、あれ」

 

 マッキーが海岸の方を指差す。

 

「うん、あれだね」

 

 



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監視

 私とマッキーは岩場に臥せて、探していたぴーちゃんことP2015の様子を伺う。

 こちらには気づいていないようだ。

 海岸の方から入り口に向かって歩いてくる。

 無数のアバター達の間を縫っているのだが、さほど歩きにくそうではない。

 久々に見る彼女は相変わらずの美少女で、メタリックなパーツでできた身体の一部もそのピッタリと張り付くボディスーツの煌めきもあのステージで観てきた姿と変わらなかった。

 

 彼女には特にこれといった異変は感じられない。

 とはいえ、遠目にもどこか上の空には見える。

 

「ここから出るのかな?」

「いや、違うんじゃない?」

 

 まだ私たちの声が届くような距離ではないが、それ以降は口を開かずじっと彼女を見つめる。

 

 ぴーちゃんは入り口近くに配置された新しい魂が抜けたアバターを一通り見て回り、何かしらを呟くとまた海岸に向かって踵を返してしまった。

 直立不動のアバター達の中に紛れても、全く動かない者達の中をたった一人移動しているので見失うことはない。

 

「ぴーちゃんは新しく来た、放置アバターを見に来たんだね」

「うん、でもまだその理由はわからない」

 

 私たちはさらに高いところによじ登る。

 リアルの運動不足の私なら到底登ることができない高さだ。

 だいぶ広範囲が見渡せる。

 しかし、建造物もなければ草木もない。もともと何に使うつもりだったのかまるでわからない場所だ。

 

「ぴーちゃん、海辺でウロウロしてるね」

「そうだね。別に何をするわけでもなくうろうろしてる」

「TJさ」

「なに?」

「お腹空いた」

 

 マッキーに言われて、私も自分の空腹を自覚してしまう。

 

「何か食べに行こうか」

「いいの?」

「ヘッドセットじゃなくて、私達の視覚データをタブレットに映して、ご飯屋さん持っていけば大丈夫でしょ」

「確かにね。ずっとVRで見てなくてもいいもんね」

 

 私達はヘッドセットを外すと、操作をタブレットとスマートフォンに変更する。

 

「やってること、ストーカーと一緒よねぇ」

「でも、ぴーちゃん本人から探してくれって言われてやってるわけだからね」

「そっか」

 

 そうなんである。

 しかし、お腹空いた。ずっと飲まず食わずだ。

 外もすっかり暗くなってしまった。

 

「わたし、行ってみたいお店あるんだよね」

 

 マッキーにリクエストがあるらしい。学食ではないようだ。

 

「学食じゃなくてもいいけど、あんまり高いお店は無理だよ」

「学食みたいなもんだよ。大学の正門前にある定食屋さん」

「あぁ、キッキンまんぷく?」

「そう、あそこ入ってみたい」

 

 キッキンまんぷくは学生の強い味方だ。なぜなら学食より安い。そして多い。

 唐揚げとチキンカツには店主が捕まえてきたカラスの肉が使われているという噂がある。

 だが、私は雑食のカラスの肉が食用に適さないことと、そんな手間かけるより安い鶏肉を大量に仕入れる方がコストがかからないことを推理力で見抜いているため、店を信用している。

 

「マッキー、まんぷく行ったことないんだ?」

「女子一人だとめちゃくちゃ入りにくいじゃない、あのお店」

 

 まんぷくはお世辞にも小綺麗な店とは言い難い。数年前に改装してマシになったらしいが、改装してあれってことは改装前はどんなんだったんだよというレベルだ。

 とはいえ、不潔な感じがするわけでもない。

 雑多で貧乏学生がひしめいているのだ。

 

「まぁ、そうかも。私はちょこちょこお世話になってる」

「すごいね」

「いや、学食より安くてお腹いっぱい食べられるからね。入りにくいとかどうでもいい。コスパ最優先」

「TJらしいなぁ」

「ま、いいや。行こうか」

「オススメなに?」

「メンチカツが一番人気らしいけど、私はチキンカツ」

「じゃあ、チキンカツにしよ」

 

     ※

 

「しかし、ぴーちゃん、ずっといるね」

 

 マッキーは巨大なチキンカツと普通盛りなのに学食の大盛りくらいあるご飯でパンパンに膨らんだお腹をさすりながら、タブレットの向こうのぴーちゃんを見て言う。

 

「確かにね」

「私たちみたいにアバターだけ置いてリアルで休憩してる感じでもないし、何してるんだろうね」

「あ、私ちょっとわかったかも」

「ぴーちゃんが何してるか?」

「うん。いやー、でも……もうちょっと見てたらわかるかも」

「もうちょっとってどのくらい?」

「今晩中くらい」

「マジかー」

「マッキーは家帰りなよ。本当にわかったら連絡するから」

「うーん、気持ち的には一晩中付き合いたいんだけどね」

「いや、引退したとはいえ元モデルにこんな大量の揚げ物食べさせた上に徹夜させらんないから。ここまで付き合ってくれて嬉しかったよ」

「気遣ってくれてありがと。じゃあ、ちょっと帰って寝ようかな。また来ていい?」

「いいよ。進展あったら連絡する」

 

 そして私たちは店を後にした。



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あなたがここにいる理由は――。

 私は一晩中、彼女を観察し続けた。

 といっても、途中でシャワーを浴びたりとか、飲み物飲んだりとかちょっと課題やったりとか細々したことをこなしながらだし、なんならベッド上でだが。

 

     ※

 

「もしもし、マッキー?」

 

 私は通話アプリでマッキーに繋ぐ。一応、言っておくことがある。

 

『おはよ。私も家帰ってからもちらちら捨てアカの視界見てたんだけど、ぴーちゃん特に何をしてるでもないけど、ずっといるっていう感じだったね』

「まぁ、そうだね」

『私、思ったんだけどさ。ぴーちゃんってもともと別のアバターだったんだけど、それをネットマフィアとかスラムに潜伏してる犯罪者に盗られちゃったんじゃない? それでアバター墓場でずっと待ってるんじゃないかって思ったんだけど』

 

 マッキーはなかなか鋭い。物事を論理立てて考えられる人間だ。

 だが、私の考えは少し違う。

 普通に考えればマッキーの言うことの方が筋は通っているように思えるが、それだと明らかにおかしなことがある。

 

「私も最初はそうじゃないかって思ったんだけどね」

『っていうことはそうじゃないんだ?』

「私の推理ではね。っていうかさ、それなら最初からそう言えばいいんだよね。でもなんで曖昧な言い方したかっていうとぴーちゃんにも解決の終着点が見えてないからじゃないかなって」

『ふーん。で、どうするの? わかったんでしょ?』

「荒唐無稽な推理だからね。間違ってるかもしれない。でも、ぴーちゃんに会う準備はできたから……メガネTJをホームに戻して、ニコちゃんとして会いに行こうかなって」

『わたしはお留守番しとく。どうなったか後で教えてね』

「うん。ここまで付き合ってもらったしちゃんと話すよ」

『頑張って。またぴーちゃんがステージに立てるといいね』

「うん、行ってくる」

 

     ※

 

 一回メガネアバターの方をログアウトポイントまで運んだあと、藤堂ニコでログインしなおして、タクシーでもう一回アバター墓場まで行くというなんだかグダグダした感じのことをしてから再びの到着である。

 

 所狭しと並べられたマネキンのようなアバターたちを掻い潜って、海岸の方へと向かう。

 スラムエリアの端の海辺だ。

 キレイな砂浜なんてものはない。

 灰色とも茶色ともつかないごつごつした岩でできた島――橋のような地面で繋がっているので正確には半島か――だ。

 

 そして私は一人、海に向かってしゃがんでいる推しに声をかける。

 

「お待たせしました」

「ニコ……チャン。キテ、クレタンデスネ」

「カタコトで喋らなくて大丈夫ですよ。ここはステージじゃありませんから」

 

 私が隣に腰掛けると、ぴーちゃんは少し気まずそうに微笑んだ。

 

「じゃあ、普通に喋りますね」

「はい」

 

 データの海はもちろんホンモノの海水ではない。だけど、私たちの目の前に広がるそれはとても冷たそうに見えた。

 

「よくここがわかりましたね」

「大冒険でしたよ。普通に言ってくれればよかったのに」

「ごめんなさい」

 

 スラムに来て怖い思いをして、カジノに行って大金を賭けたギャンブルをして……本当に大変だった。

 でも、その冒険や彼女の様子を遠目に観察していてわかったこともあった。

 

「とりあえず、私の推理聞いてくれますか?」

「はい」

「ぴーちゃん……あなた、生きてませんね?」

「……どうして?」

 

 波の音だけが私のヘッドセットから流れていく。

 口が渇く。

 でも言わなきゃいけない。

 

「あなた自身も自分の状態がよくわかってなかったんじゃないかと思いますが……なぜ、そう思ったか。それは……ぴーちゃん、あなた……いつログアウトしてるんですか? リアルでの食事は? トイレは?」

「わかりません」

「私の推理……予想ですが、あなたはAIなんじゃないかと思ってます」



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それはきっと感情

 ぴーちゃんは何も言わない。

 私に返す言葉を知らないのだ。

 

「違うなら、違うと言ってください」

 

 長い沈黙の後、彼女は言った。

 

「ありがとうございます。ワタシは嬉しいです。誰かに気づいてほしかった」

 

 朝日がテクスチャを貼り付けただけの偽物の海に反射して眩しい。

 波の音が私たちのゆっくりとした沈黙を挟むやりとりの合間を埋めてくれる。

 

「AIだという自覚はあったんですか?」

「はい。仲良くなったファンの人たちに話したこともありました。でも、誰も信じてくれなかったです」

「まぁ、キャラ設定がね」

 

 そりゃ、「ワタシ、実はAIなんです」って言ったところでサイボーグアイドルキャラなんだから、そういうキャラ付けなんだなーとしか思わないだろう。

 

「そうなんですよ。みんな笑うだけでした。だけど、誰かに理解してほしいという気持ち……いえ、衝動を抑えきれなくなってしまってですね。こんな遠回りなことをしてしまいました」

「ぴーちゃんがずっとログインしっぱなしで睡眠すら摂っていないことは尾行しないとわからないですからねぇ」

 

 ソードアートオンライン的なVR閉じ込め現象の可能性も一瞬だけ考えたりもしたが、人間の脳は完全に睡眠なしで機能し続けることはできない。

 

「こんな墓場にいるのは、ぴーちゃんがここで目を覚ましたからとかですか? あなたには帰るホームがないですもんね?」

「はい。目覚めた最初の方はみんなどこに消えていくのか不思議でした。羨ましかったですが、どうしようもないので」

「辛かったですよね」

「辛い、という感情で合ってるのかどうか」

「きっと合ってます。あと、さっき『気持ち』と言ったあと、衝動と言い換えましたね? それが気持ちってことですよ」

「バレてましたか」

「名探偵なので」

 

 ぴーちゃんは莞爾と微笑んだ。

 無表情なステージの上では見られない表情だ。

 といっても、ステージの上でも無表情の奥に豊かな表情があることは私にはお見通しだ。

 私だけじゃない。彼女を推すみんな気付いてる。

 だから、好きになったんだ。

 

「で、私は正体に気づきましたが、これで依頼はおしまいですか?」

「それでもいいとは思っています」

「よくないですよね? 顔に書いてあります」

「顔に?」

「そういう比喩表現ですよ」

「なるほど。検索しました。そういうことですか。覚えました」

「自分が本当の意味で何者なのか知りたいんじゃないですか?」

「でも、ワタシはここで目覚めはしましたが、それ以外何も覚えてないんです。言語知識はありましたし、ある程度のコミュニケーションは取れましたが後はこの世界で学習しながら時間を潰してきただけです。手がかりがなければいくらニコちゃんが名探偵でも……」

「それでもなんとかするのが名探偵なんですよ」

 

 私はこれまでのぴーちゃんと出会ってからの記憶を全て引きずり出していく。

 

「ちょっと待ってくださいね。AIのあなたもビックリの推理力で必ず真実に導いてあげます。うーん……きっと思いもよらないところにヒントがあるんです……」

 

 ピコーン!

 そして私の頭の上に電球が光り輝いた。

 一つ気づいたことがある。

 あと、剣技乱れ雪月花も使えるようになった気がする。

 ともかく彼女のルーツを探すことができるかもしれない。

 

「ぴーちゃん、あなたのアイドル活動で得たギャラはどうなってますか?」

「えっと、口座に入れてそのまま……。あ!」

「あなたの口座情報を教えてください。リアル側であなたの生みの親を探し出してあげます」



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ぴーちゃんの家

 ぴーちゃんが口にした口座情報は意外なものだった。

 

 ワクツダイガク センシンジヨウホウギジユツケンキユウシツ

 

 私が通う大学の研究室名義だ。

 先進情報技術研究……知らん。

 知るわけない。私は文学部だ。

 理系の研究室どころかどんな学部があるのかも知らない。

 

「とりあえず行ってみましょうか」

「行けるんですか?」

「えぇ、私この大学の学生ですから。普通にキャンパス内入れるんですよ」

「大学生、いいなぁ」

 

 たしかにAIが学生になるとかはないだろうから、感情があるぴーちゃんは羨ましいのかもしれない。

 

「VRで大学の講義やったりとかっていうのはあるみたいですけどね。グリモワールにも今度参入する大学あるみたいですよ」

「AIも入学できるでしょうか?」

「想定されてないと思いますけど、いつか大学生になれると信じてましょう!」

「はい」

 

 ちょっと話が逸れたが、うちの大学がぴーちゃんを作って、グリモワール内に放ったのか。

 しかし、何のために?

 ただの実験なのだろうか。彼女の行動をモニターしているのかもしれない。

 正直、ちょっと怒っている。

 彼女には感情があるのだ。何も伝えず、ただ知性と意識だけをこのアバターに入れて放ったらかし。

 それが人間のやることか。

 一回ガツンと言ってやらなければならない。

 

「ともかく、ぴーちゃんのルーツに関しては私が調べてきますから。心置きなくアイドルに復帰してください。ファンが待ってますよ。特に私がね」

「ありがとうございます。ではまたライブの予定入れておきます」

「とりあえずこれでファンのみんなの不安も払拭されるでしょう」

 

     ※

 

 私とぴーちゃんはこの不気味なアバター墓場を出て、カブキシティに戻ってきた。

 

「ぴーちゃんって家ないんですか?」

 

 一応、確認しておく。

 

「はい……お恥ずかしながら、ホームレスです。もともとこの身体にホームがあったのかもしれないんですが住所とかデータがなくて帰れないんです」

 

 風呂や食事も必要とせず、ログアウトもしないとなるとグリモワール内で家なんてなくてもいいし、恥ずかしがる必要もないのだが。

 

「別に家はなくてもいいかもしれないですが、ほしいですよね?」

「正直、憧れはあります」

 

 ぶっちゃけ、グリモワール内で最初に与えられるワンルームの他に家を持とうとするとかなりの金がいる。

 リアルで家は建たないが、車は買えるくらいする。

 

「貯金で買えないんですか?」

「買い方がよくわからなくて」

 

 ぴーちゃんは野良AIではなくちゃんと口座情報が紐づいていて、ライブのギャラも振り込まれていたし、私への依頼料も支払えていた。

 買えそうな気がするが……。

 そして高額なためリアル側での本人確認の承認操作が必要であることに思い当たった。

 

「家の件もリアル側でまとめて解決してきます」

「本当に頼りになりますね、ニコちゃんは」

「名探偵ですからねぇ。とりあえず私の家に出入りできるようコード付与しますから、新しい家が買えるまで自由に使ってください」

「ありがとうございます。嬉しいです」

 

 なんか推しが自分の部屋使うのって背徳的な気分だ。

 もうずっと住んじゃえばいいのに。と思わないでもないが流石にそれはファンとして一線を越えている。良くない!

 あくまで一時避難に提供するだけ!



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解決編 ぴーちゃんの正体(前編)

 私は配信を行い、これまでの経緯をざっくりとリスナーに報告することにした。

 隣にはぴーちゃんが座っている。

 彼女が座っているのはついにホームのスタジオに設置されたゲスト用のソファだ。

 たかがデータの椅子なのに信じられないくらいの金額を払うことになった。

 新卒社会人の初任給くらい。

 だが、このソファはぴーちゃんがうちに滞在する時に横になるベッドも兼ねているのであまりショボいものを買うわけにもいかない。

 

「皆さん、こんばんは。探偵系Vtuberの藤堂ニコです」

 

[《¥2525》]

[お、調査報告か]

[ぴーちゃん見つかったー?]

 

「さて、今日はゲストをお招きしています!」

 

 私はちょっともったいつけて間を置く。

 そして、カメラを引いて私一人のアップから隣にいるぴーちゃんもフレーム内に収める。

 

「P2015ことぴーちゃんです」

「ミナサン、コンニチハP2015ことぴーちゃんデス!」

「彼女の行方を追っていたんですが、ついに見つけました!」

 

[《¥2525》]

[《¥25255》資金提供した甲斐があった]

[《¥2525》]

[見つかったんだー]

[《¥2525》]

[よかったー]

[《¥25252》]さすが名探偵!」

 

「というわけで、経緯を報告していきますね。まずはぴーちゃんの依頼を受けた私はライブ会場に向かったんですが――」

 

 私はぴーちゃんを発見するまでのなりゆきをリスナーに向けて説明する。

 ライブ会場でフローラから話を聞いたこと。

 スラムに行って、まぁまぁ怖い思いをしたこと。

 なんやかんやポーカーとかしたこと。(ジョーカーのことは言わなかった)

 アバター墓場でぴーちゃんを発見したこと。

 そして……彼女を観察していると、ずっとログアウトしないまま、活動を続けていることに気づいたこと。

 

[24時間ログアウトせずに活動し続けるってどういうことだ?]

[別にヘッドセット外してたら止まるもんな]

 

「実はワタシ……AIなんデスヨ」

 

 ぴーちゃんはもともと隠す気もなかったので、ここで自身がAIであることを公表することにした。

 

「これがホントのことなんですよね」

「ハイ」

 

[はぁ⁉]

[《¥10000》ヤバ]

[そんなことあるのか]

[でも警備AIとかショップ店員とかほぼ人間と見分けつかないAIもけっこういるけどな]

[逆にAIっぽ過ぎるキャラだからわからなかったな]

 

「で、ですね。今回の調査はまだ終わりではありません。ぴーちゃんがどうやらとある大学の研究室が造ったものらしいということを突き止めましたので……近日中に潜入してきたいと思います!」

「ニコちゃん、よろしくお願いしマス」

「はい。というわけで、リスナーの皆さん、次回の放送をどうぞお楽しみに!」

 

[《¥50000》追加の資金を提供せざるをえない]

[資金提供おじさん、追加投資きた!]

[せざるをえないことないだろ]

 

「あ、そうだ。資金提供おじさんやいっぱいスパチャしてくれてる方に何かお礼がしたいんですよね。大したことはできないんですけど、なにかリクエストありますか? 好きな歌歌ってほしいとか」

 

[《¥25000》別に……ただニコちゃんの役に立てればそれで……その……好きな曲歌ってくれるのは嬉しいけど……そこまでしてもらう必要はないというか]

[なに、照れてんだよ]

[カラオケのリクエストするくらいしたらいいじゃん。尋常じゃない金額突っ込んでるぞ、あんた]

[今はスパチャしなくていいだろ!]

[金額考えたら他のファンも嫉妬したり、叩いたりしねーよ。あんた200万どころじゃなくスパチャしてるのわかってるから]

[じゃあ……アクシアの風、逆さまの蝶、only my railgun、甲賀忍法帖とか……]

[おじさんの好きなパチンコ台の曲だろ、それ]

 

「わかりました。その中から私が歌えそうな曲を今度歌いますね。ちなみに私は歌があまり得意ではないので期待はしないでください」

「ニコちゃんが歌わなかった分はワタシが歌っていいですか? せっかくなので」

 

[《¥25000》ぴーちゃんまで歌ってくれるなんて……恐れ多い。資金提供してきてよかった。]

[デュエットとかしてー]

[それすごくいい]

 

「じゃあ、今度フローラ、ぴーちゃん、ミコ、じゅじゅでライブイベントでもやりますか。そこで歌いますね。他にもリクエストある人はコメントで残しておいてください。これまでいっぱいスパチャしてくれた人のはなるべく採用したいと思います。イベントで歌えなかった分は個別で動画上げたりしますか」

 

[うおー]

[《¥2525》闘いの詩]

[だから、なんでパチンコ名曲縛りなんだよ]



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解決編 ぴーちゃんの正体(中編)

「ライブイベントやるんだ?」

「そういうと大げさだけどカラオケ大会ね」

 

 私とマッキーは工学部のキャンパスに向かって一緒に歩いていく。

 二人とも、入学してから一度たりとも工学部のキャンパスに足を踏み入れたことはない。

 

「でも、みんなオリジナル曲とか演るんじゃないの?」

「そこは空気読むでしょ。私のカラオケ大会のゲストよ?」

「あぁ、もうそういう趣旨でいくのね」

「そりゃそうでしょ。藤堂ニコのファン感謝祭だよ。ライブイベントとか大々的に言うの変でしょ」

「しかし、本当にやるとは思わなかったな」

「そう? さすがにもらいすぎだからねぇ。探偵エンタメとして妥当な対価を超える収入って気持ち悪いんだよね」

「ファンとかあんま大事にしてるイメージない」

「ずばっと言うね。まぁちょっと前まではそうだったよ。炎上ネタ観に来る野次馬しかいないって思ってた。別に私のことが好きで観に来てるわけじゃないって」

「でも、違うってわかったんでしょ?」

「うん。私のことけっこう好きだよね、みんな」

「気づくのおせーよ」

 

 マッキーはそう言って、私の頭をコツンと小突いた。

 

 工学部キャンパスは本部キャンパスからちょっと離れていて、サークルにでも入っていないと理系学生と出会うことはあまりなさそうだ。

 坂道を二人しててくてく上っていく。

 

「私の推理力をもってしても見抜けないほどのみんなのアンチ素振りよね。見事な演技力というかコメント力だわ」

「言うほどアンチいなかったって、最初から。みんなちゃんとTJのこと好きだったっての」

「じゃあ、ニコちゃん大好きーみたいなコメントしたらいいじゃん」

 

 私がそういうとマッキーは大きなため息を吐いて言った。

 

「そういうコメントしたら、類稀なる推理力を遺憾なく発揮して、『これは私に好意があるかのように見せかけた巧妙なアンチコメントです。このコメントによって私を調子に乗らせてから、真のアンチコメントでガッカリさせるための布石に違いありません。ふふん、そんなのこの名探偵にはお見通しですよ』とかなんとか言って信じないじゃん。ファンもそれがわかってるからストレートにそういうの書きにくかったんでしょ」

「なんだよ、お前ら"私"マニアかよ」

「そうかもね。TJのことが好きだから、TJに対する推理力が磨かれたんじゃない?」

「気持ち悪いなぁ」

「照れるなよ」

 

 ぶっちゃけ照れてる。

 なんかフローラとかマッキーが私のこと好きなのは直接話したりするからわかるけど、あまりリスナーに好かれていると感じたことはなかったのだ。

 リスナーはリスナーであって、ファンとは違うと思っていたが、ファンってことでいいのかもしれない。

 

「さ、着いたよ」

「だだっぴろいなぁ」

 

 工学部キャンパスがある理系キャンパスエリアは思っていたよりも敷地面積が広大だった。

 ここに農学部とか理学部とか医学部もあるらしい。

 

「めっちゃ広いね。なんでこんな広いんだろうね」

「たまに爆発とかするからじゃない? 建物の間隔広めにとっておかないと、一気に他の学部も燃えちゃうじゃん」

 

 私は半笑いで言いながら、キャンパス案内図の看板の前に立つ。

 

「ツッコミたいところだけど、そう言われるとそうとしか思えなくなってくるね」

「意外と本当にそんな理由なのかもねー」

 

 案内図は液晶でタッチパネルと音声認識AIが付いている。

 

「工学部キャンパスの先進情報技術研究室に行きたいんだけど」

 

 私が言うと、案内看板にスーツの女性が現れる。

 

「どういったご用件でしょう? アポイントは取っておられますか?」

「アポはないけど……そうね、2015年プロジェクト、プロジェクト2015かな、の話がしたいって教授に伝えて」

「承知しました。少々お待ちください」

 

 私が腕を組んで立っていると、肩をつつく者がいる。

 

「なに、プロジェクトなんとかって」

「P2015ってなんなんだろうってずっと考えてたの。なんの意味があってそんな名前なんだろうって。2015が製造年月日なんじゃないかっていうのはすぐ思い当たったの。で、次にPよね。これがよくわかってなかったんだけど、ぴーちゃんの口座を見た時にピンときたんだ。これ、研究室のプロジェクトの一環だったんじゃないかって」

「なるほど」

「私たちが来るのを待ってた可能性もあると思ってる」

 

 そんな話をしていると案内板AIが話しかけてくる。

 

「お待たせしました。瀬戸教授が是非お話を伺いたいそうです。教員用カフェテリアの個室Aまでお越しください」

 

 案内板に理系キャンパスの教員専用カフェテリアまでの道順が3Dで表示され、スマートフォンをかざすように指示が出たのでかざすと、入場チケットがスマートフォンに付与された。

 

「なんでカフェなんだろうね?」

「研究室の他の人には聞かれたくないことがあるのかもね」

 

     ※

 

 教員用カフェテリアは想像の10倍豪奢だった。

 

「ふざけてるわー。わたしたちから巻き上げた高い授業料でこんなもん作ってんのね、大学って」

「ソファ、ふっかふかだし。シャンデリアぶら下がってるもんね」

「環境が良すぎて腹立つわ。タダだし、カフェオレお代わりする!」

「私も!」

 

 こうして、ふざけた女子大生がタダなのをいいことに、ドリンクをがぶ飲みしていると目的の人物がやってきた。

 

「お待たせしたね。瀬戸だ」

 

 瀬戸教授は初老の人物で髪は総白髪でどこかやつれて見えた。



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解決編 ぴーちゃんの正体(後編)

「君たちはここの学生か?」

 

 瀬戸教授は向かいに座って、私たちの顔を交互に見てから尋ねてきた。

 

「はい。文学部の東城です」

「私も文学部で牧村って言います」

 

 ここの学生だったのはたまたまなのだが。

 

「君の方はどこかで見た気がするな」

「あぁ、私ちょっと前までモデルやってたので。雑誌の表紙とかCMとかでご覧になったのかもですね」

「そうか。文学部の学生なのに見覚えがあることに違和感があったんだがそういうことか」

 

有名人やば。こんな真面目そうな大学の先生でも「見たことある」レベルなんだ。

 

「で、どこでプロジェクト2015のことを?」

 

 その質問には私から答える。

 

「本人から」

「……そうか。あの子は元気にしているのか?」

 

 瀬戸教授は呟くように言った。

 

 ――うん? おかしいな。

 

 ぴーちゃんは研究の産物のはずだ。で、あれば解き放った後の成長を観測していなければ意味がない。

 元気にしているかどうかなんて訊くまでもないことだ。

 ぴーちゃんは研究室の開発したものであり、彼女のその後の行動をモニターしているはずだ。

 では、なぜ彼は「あの子は元気にしているのか?」なんて質問をするのか。

 

「モニターしてないんですか?」

 

 教授は昏い目で私のことをじっと見つめてくる。

 

「してないんですね? 大学の技術を使って開発したデータを」

「…………」

 

 彼の感情は読めない。

 

「どうしてだと思う?」

 

 ――と、言われましても。

 

 推理するには情報が少なすぎる。

 だから――。

 

「そうですね。どうしてだと思うか、と訊かれれば予想くらいはお話しできます」

「話してみなさい」

 

 ――ゼミの講義とか論文の口頭試問かよ。

 

 と思いつつ、話し始めようとすると、マッキーが期待のまなざしを向けてくる。

 少なすぎる情報をもとに予想を話すだけなんだから、あんま期待すんな。

 ハズしたらカッコ悪いじゃないか。

 

「えーっとですね……まず、P2015……ここではプロジェクトのことではなく、あのAIのことを指します。なぜ彼女をモニターしていないのか、です。先生の言い方からすると先生個人がモニターしていないだけじゃなくて、研究室としてもモニターしていないような気がしました。その理由は単純に大学の研究対象ではないから、ということではないかと考えます。つまり……知的資源を使いはしたものの、それは先生個人の独断によって生み出されたもの、ということです」

「続けて」

 

 反応を見るにここまでは大きくハズしてはいないようだ。

 

「研究が頓挫したことにして凍結したのか、それともダミーのAIがグリモワールで活動しているのかはわかりません。一応、予想を申し上げておくと後者だと思います。グリモワール運営との共同プロジェクトなのだと思いますし。では、なぜそんなことをして観測することもないぴーちゃんをグリモワール上に誕生させたのか?」

「なんで?」マッキーが口を挟んでくる。

 

 ――もうちょい黙って聞いとけよ。気になったんだろうけどさ。

 

「ごめんごめん。思わず声が出ちゃった」

 

「いいよ。続けるね。VR上に大学産のAIが観測もされないまま放置されている理由……これはもういよいよ推測の域を出ないのですが、先ほどの先生の発言にヒントがあったように思えます」

「なにか言ったかな?」

「”あの子”とおっしゃいました。P2015をモノ――データではなく『人』として認識しているということです。”あの子”という表現は知り合いであれば自分の子供以外にも使う表現なので関係性は断言できませんが……続けていいですか? 顔色があまり優れないようですが」

 

 瀬戸教授は顔面が蒼白だ。

 正直、これ以上の推論を話すのは気が引けるが本人がいいのであれば……。

 

「つまり、瀬戸先生が関わりがある……実の子供か、親戚の子供か、昔の恋人かわからないんですが、その……人格データをコピーしたものではないかと……思っています」 

「どうしてそう思う?」

「P2015……ぴーちゃんがグリモワール上でどうやって時間を潰しているか知っていますか?」

「いや」

「アイドル活動です。ただの人格を模したデータがアイドル活動をするかというと疑問に思います。たまたま選択される可能性もあると思いますが。ぴーちゃんは自分には記憶がない、と言っていました。でも、私はそうではないと考えています。アイドル活動は彼女の無意識的な欲求です。観測することもない放置されるデータにわざわざアイドル活動をしたいと思うような欲求を仕込むかというと違うのかと。それが実在の人間の人格データのコピーを再現したという私の推理……いえ、想像です」

 

 瀬戸教授は冷え切った珈琲を震える手でゆっくりと持ち上げ、口を湿らせる。

 

「病気で死んだ娘だ。あの子の夢を叶えてやりたかった。だが、現実の記憶を残すと苦しむかもしれないと思い、生前の記憶はほとんど消したが……そうか、夢を叶えたか」

 

 彼はやっとのことでそれだけを絞り出した。

 奥歯をかみしめ、じっとマグカップを見つめている。

 まるで涙を必死に堪えているように私には見えた。

 

「本当はずっと見守りたかったと思います。モニターしなかったのはどうして?」

「新しい彼女の人生だ。覗き見ていいものじゃない」

「疑似的な人格データはどこのサーバに置いてあるんですか? グリモワール内にある野良データというわけではないですよね」

「…………あまり言いたくはないが、大学のサーバだ。何重にも偽装してある」

「そうですか。安心しました。もし、なにかの拍子に消えてしまうような環境にあるなら私が全財産をはたいて引き取るつもりだったので」

「グリモワールがサービス終了したら、一緒に消えるようにプログラムしてある」

「彼女の寿命を決めてしまうのは心苦しいですもんね。妥当な判断だと思います」

 

 あと私は最後にひとつ言っておくべきことがあった。

 

「実はですね、ここに来たのはもう一つ理由がありまして」

「なんだ?」

「ぴーちゃんの使っているあの口座。あれで彼女の家を買おうと思ったんですけど、リアル側での承認が必要なんですよ。高額なので不正利用防止でVR内だけで決済が完結しないので。なのでもし通知きたら承認してもらっていいですか?」

「わかった。思い至らなくて申し訳ない」

「あ、あと一つと言ったんですが、もう一つ」

「幾つでも好きに話すといい」

「あのですね、ぴーちゃんのライブがあるので来てください。別に彼女の視覚情報を抜くとか行動履歴をとるとかじゃなければ遠目に娘の晴れ舞台をね、観に行くのはいいじゃないですか」

「…………いいだろうか?」

「いいんですよ」

 

 私はいたずらっぽく微笑んだ。つもりだが、根がコミュ障であまりに他人に笑顔を向けたことがないので、いやらしい感じになったかもしれない。

 まぁ、それはいい。

 

「ありがとう。うちの学生のレベルもまだ捨てたものではないな」




ひとまずキリがいい所まで書けました。
まだここからぴーちゃんに報告したり、ライブやったりとかありますが。

あと近々ちょっとしたお知らせがあるかもしれないので、もうちょっとお付き合いいただけると嬉しいです。
(ホント全然大したことではないんですが)


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たとえ記憶がなくなっても

 ぴーちゃんの復帰ワンマンが開催されることになった。

 大江戸ライブ2という本館より少しキャパが小さいライブハウスだ。

 装飾は本館と変わらずケバケバしいネオンと提灯が光り輝き、ピンク色の暖簾がはためいている。

 似非ジャパンサイバーパンク感がたまらない。

 

「ひえー、2の方も相変わらず下品だねー」

 

 お上品モデル系中の人が入っている金髪ゴスロリアバターが言う。

 情報量多いねん。

 ちなみに私は探偵ニコちゃんスタイルである。

 そして……。

 

「緊張するね」

 

 私とマッキーの隣にはもう一人。

 本人をトレースしただけのスーツで白髪のおじさんアバター、というか瀬戸教授がいる。

 

「緊張とかするんですか?」

「自分でもなんの緊張かよくわからないんだが……そうだな、何年ぶりかもわからないが緊張している」

 

 マッキーが「おじさんでも緊張ってするんですねー」とか言ってる。

 

「自分でも驚きだよ。歳をとるごとに緊張しなくなるのではなくて、自分から緊張するような新しい体験を避けるようになるだけなのかもしれない」

「もう受験したり、就職活動したりとか自分の人生を左右するようなことしなくていいですもんね」

「そういうことなんだろうな」

 

 彼はアバターでもソワソワと落ち着きがない。

 亡くなった娘の人格コピーが自らの力でアイドルになり、それを目の当たりにするのだ。

 本当ならもう見ることができないはずの娘の人生の続きを垣間見るというのは普通の精神状態ではいられないだろう。

 たとえ、ぴーちゃんには生前の記憶は残されていないとしても。

 

「最前列で観ます?」

 

 私が冗談めかして言うと、教授はようやく破顔した。

 

「いや、遠慮しておく。遠目に見るだけでいいんだ」

「ところでぴーちゃんの風貌っていうのは娘さんがモデルになってるんですか?」

「あぁ、顔と声は生前の動画データを元にしている」

「なるほど。先生には似てませんね」

「妻に似たんだ」

「納得です」

 

 となると、ぴーちゃんはリアルでも相当な美少女だったのだろう。

 アイドルを夢見ていたというのも頷ける。

 

「君もリアルの姿をトレースしているのか?」

「トレースまではしてないですね。イラストレーターさんに似せて描いてはもらいましたが」

「そういうことか。VR上でもすぐに東城さんだとわかるな」

 

 VR上で本名の東城って呼ぶなよってちょっと思ったけど、まぁVR慣れしてない人に言っても仕方ない。

 ニコちゃんとか呼ばれてもなんか変な感じだし。

 

「ぴーちゃんのガワだけ作っておいて、後からそのアカウントにAIのデータ紐付けたんですね」

「あぁ」

「サイバーパンク趣味は瀬戸先生のですか?」

「いや、本人のスケッチブックに描いてあったものを参考にした」

「良い趣味してたんですね」

「ちょっと変わった子でね。アイドルには憧れていたようなんだが、子供の頃からお姫様とかよりロボットや怪獣が好きだったんだ」

「それでVR上でサイボーグキャラのアイドルをするようになるっていうのは妥当でもあり不思議でもありますね。生前の記憶を残さなくても、容姿とか人格のセンスに引っ張られるんでしょうか」

「そういうものなのかもしれないな。君も記憶喪失になったら、再び探偵をやるんじゃないか?」

「あー、まぁそうかもしれないです。記憶はないけど、ある程度一般常識が残っていて、知性が今のままなら自分の服装や容姿からアイデンティティを構築しそうです」

「興味深くはあるね」

 

 だが、このことが研究されたり発表されることはない。

 

「確かに記憶喪失になって、この金髪ロリアバターで目覚めたらわたしも今と違う性格になってそうな気がするなー」

「マッキーは全然リアルと違うもんね。でも金髪ロリに多少引っ張られてもなんか本質は変わらなそうな気がしますよ」

「そう?」

「えぇ、なんか……魂が強そう」

「魂とか非科学的なこと言うの珍しいね」

「探偵は科学者じゃないですし、私はホラーとかオカルトも好きなんで、このくらいのことは言いますよ」

「そういえばホラー小説も書いてたもんね。あ、そろそろ開演時間だよ。入ろう」



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親子の魂はきっと――

 最近、人気が出てきたとはいえまだまだマイナー寄りの地下アイドルのぴーちゃんだが、今日は満員御礼だ。

 配信チケットもめちゃくちゃ売れたらしい。

 私の配信やSNSでの強めの宣伝の効果も多少はあったのかもしれない。

 私とマッキーは一般チケットを買っていたのだが、スタッフAIに関係者エリアに通された。

 

「こういうの私、ちょっとだけ複雑な気分なんですよね」

「ニコちゃんは他のオタクと同じに扱ってほしいんだもんね」

「そうなんですねぇ。エコ贔屓されてると他のオタクに思われるのも嫌なんですねぇ」

「そりゃ、もう無理よ。ぴーちゃんの依頼受けて、父親まで見つけてきて、家の手配までしてイチオタクですよってのは」

「わかってるから素直に関係者エリア来てるんですけど……複雑ですねぇ」

「面倒くさいやつ」

「よくわかってるじゃないですか。私は面倒くさい奴なんですよ」

 

 瀬戸先生は後方彼氏ヅラならぬ後方親父ヅラである。

 緊張から引き攣った顔で腕を組んでいる。

 AIの研究をしてるとはいえ、VR上でアイドルのライブなんて観たことないのだろう。

 おじさんアバターはいっぱいいるが、先生は全然ドルオタっぽくない。

 ちなみに中の人がおじさんの場合、普通に渋いおじさんアバターにするのが一番多く、次が美少女になるらしい。

 意外とイケメンとか男性アバターで美化するパターンは少ないという。

 それは気恥ずかしいのだろうか。

 

「そろそろ始まるね」

 

 一瞬暗転した後、ステージ中央にP2015ことぴーちゃんがライトアップされる。

 メタリックな片腕でマイクを掴むと、いきなり歌い出す。

 ぴーちゃんの持ち歌はEDM――エレクトロニック・ダンス・ミュージック――が多く、自然と身体がノッてくる。

 シンセサイザーの音はサイバーパンク的世界観にもマッチしていて良い。

 

…………………………

………………………

……………………

…………………

………………

……………

…………

………

……

 

 開演から一気に7曲歌った後、会場全体が明るくなる。

 MCの時間だ。

 

「ミナサン、ご心配おかけしましタ。ワタシ、帰ってきましタ!」

 

 会場がわっと盛り上がる。

 

「おかえりー」

「待ってたぞー」

「かわいいー!」

 

 配信の方でも投げ銭が飛び交っている。

 

[《¥10000》家買う金の足しにしてくれー]

[《¥5000》おかえりー]

 

「しばらくオヤスミをいただいてましタがワタシはもう元気デス! 何があったノ?という方は、詳しくは探偵VTuber藤堂ニコチャンのチャンネルに上がってますのでそちらをご覧くださいネ!」

 

「観たよー」

「あ! ニコちゃんが客席いる!」

「どこどこ?」

「関係者エリア」

「ニコちゃーん」

 

 私は苦笑いで手を振り返す。

 関係者エリアは一段高くなっているので、見つかってしまうと悪目立ちしてしまう。

 会場は謎の盛り上がり……なんかウケている。クスクス笑いが起きている。いたたまれないから早くぴーちゃん進めてほしい。

 

「えーっとですね。ミナサンは私がAIだということはご存知だと思うんですガ、実は今日私を作ってくれた開発者……いえ、お父サンが来てくれているそうでス」

 

「マジか!」

「すげー」

 

 ぴーちゃんが故人の人格や身体データを元にして作られていることはけっして公表しない。

 色々な問題が絡むからだ。

 しかし、AIであることは本人ももともと隠していなかったし、私への依頼で知れ渡ってしまったので、こうしてオープンにしていくらしい。

 

「ワタシには会ってはいかないそうですが、一つだけ。お父サン、ワタシを作ってくれて……ワタシを産んでくれてありがとう。アイドルになる夢が叶いました。あと、お父さんはワタシに正体を明かさずにこっそり見守るつもりだそうですが……どの人かわかりますよ。ワタシはAIかもしれないけど、親子だと思ってるから」

 

 ぴーちゃんの視線はまっすぐ瀬戸教授を見つめていた。

 瀬戸教授は周囲に気取られぬようにか微動だにしない。

 でも私にはこの瞬間、二人がちゃんと通じ合っているのがわかった。 

 二人がはっきり見える関係者エリアでよかった。

 

 似てないとはいえ自分の顔立ちに傾向が近いアバターを探したのかもしれないし、ぴーちゃんは一度でもライブに来た客を忘れないので、新規客の中から年齢や性別で一番可能性が高い人物をピックアップしたのかもしれない。

 無意識にAIの処理能力で導き出した結果であることは否定できないし、むしろその可能性が高いと思う。

 

 でも――魂はあるのだと……親子の魂が惹かれあったのだと……私はそう信じたい。



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ニコちゃんファン感謝祭

 ぴーちゃんのライブは大盛況だった。

 瀬戸先生は誘っても楽屋には来なかったし、ぴーちゃんも別に待ってはいなかった。

 自分に会ってしまうとリアルで亡くなった本物の娘さんとの違いが気になってしまうかもしれないし、改めて罪悪感を抱いてしまうかもしれないからと。

 お互いにとってこれでいいのだと彼女は笑った。

 

 ――大人過ぎるでしょ。

 

 ともかく依頼も完遂したし、ぴーちゃんは新しい家を手に入れて引っ越していったし――といっても別に荷物があるわけじゃないけど――今回の事件はこれで解決だ。

 

     ※

 

 私はベッドに転がって、床に転がっているマッキーに向けて言う。

 

「めでたしめでたしであるな」

「いや、待ちなよTJ。なんか忘れてるでしょ?」

「何か忘れてる? ぴーちゃん見つけ出して、AIであることを見抜いて、開発者を見つけて、さらには親子の対面まで御膳立てして今回は100点満点でしょ」

「よく思い出してみなよ。その類稀なる記憶力でさ」

「いやー、ちょっとわっかんないねー」

 

 座椅子を枕に寝転がっていたマッキーが身体を起こし、私を覗き込んでくる。

 

「覚えてるのに面倒くさいから忘れたフリしてるでしょ?」

「なんのことやら」

「藤堂ニコファン感謝祭。ライブイベントやるんでしょ?」

「…………面倒くせえ」

「調査費用に加えて、報告配信でも相当な金額もらったでしょ、あんた。ちゃんとファンサするって決めたんだからやらなきゃダメだよ。ファンサ大事!」

「マッキー、こないだ道端で話しかけてきたファンだって子の写真断ってたじゃん」

「わたし、もうただの一般人だからね。ちょっと肌のコンディションも微妙だったし。それに写真は断ったけどサインはしたでしょ。ほら、イベントの準備やるよ」

 

 やらなければならないとは思っている。

 だけど、事件が解決したのだ。ちょっと休憩したい。

 

「わたしがオファーとかスタジオの手配とかやったげるから。歌う曲選んで!」

「え、手伝ってくれるの?」

「当たり前じゃん。友達でしょ」

 

 ――マジかよ。超いい奴じゃん。

 

「ありがとー」

 

     ※

 

「どうしてこうなった……」

 

 私――藤堂ニコのファン感謝祭は映画館で上映されることになっていた。

 とはいえ、シネコンとかではなく大学近くの名画座なのだが。

 今回、私のファン感謝ライブはVRライブハウスではなくスタジオからの配信だ。

 目の前にお客さんがいると緊張するからという理由でそうしてもらったのだが、なぜかマッキーが配信だけでなく、ファン有志に声をかけて映画館を押さえてしまったのだ。

 

「おぇ、緊張で胃が痛くなってきた」

 

 ちなみに私は今リアル側で全身の動きをトレースできる最新鋭のスタジオにいる。

 

「ほら、せっかくのイベントだからさ」

「私、ほぼ引きこもりのコミュ障よ。アバターあってもさ。自分の下手くそな歌が映画館に鳴り響くと思うと気持ち悪くなってくるのよ」

 

 私がお腹押さえながらいうと、優しいお姉さんが背中をさすってくれる。

 

「ニコちゃん、そんなに卑下するほど歌下手じゃなかったよ。自信持って」

 

 フローラの中の人、三橋真琴である。

 リアルでもアイドルをやっていただけあって可愛い。

 彫りが深くて北欧の血が混ざってそうな雰囲気のマッキーとはまた違った系統の美人で黒髪ロングの和風清楚系だ。

 フローラにはあんま似てないなーと思ったけど、VTuberとしての姿とリアルの姿が似ていないのが普通であって、私の方が異端なのだった。

 

「ありがとうございます」

「でも、ホントにニコちゃんにそっくりなんだね。東城ちゃんって」

 

 改めてフローラの中の人が言うと、ふぁんたすてぃこのメンバーの中の人達も「普通もうちょっと変えるよね」とか「コスプレみたい」「ニコちゃんが中の人に寄せてるから逆だけどね」とかワイワイしている。

 

 この人たち、みんな美人なんだからなんでわざわざアバター作ってVtuberやってんのかよくわからない。

 ソフィアにいたっては本当に北欧系の外国人だった。

 

「自分に似てるからこその緊張かもしれないですね。まったく自分と違う存在になりきるとかだったら違ったと思います」

 

 自分に似せたことでVの姿でも感覚があまり変わらないのはこういう時にデメリットが大きい。

 

「ニコちゃん、ワタシも一緒に歌いますから。大丈夫ですよ」

 

 ぴーちゃんもいる。

 彼女はリアルに存在しているわけではないので、裸眼立体ディスプレイに表示されている。

 みんな生身の姿でも彼女だけリアル側でもVの姿だ。

 ぴーちゃんはリアルな人間に寄せた姿を作ろうかと本気で悩んでいたが、こんな機会はもうないので止めておいた。

 

「今から歌とダンスは上達しないので、緊張しないおまじないしてあげますよ」

「ニコちゃんの運勢は大吉です。うまくいきますよ」

 

 じゅじゅとミコの中の人もいるけど、別にお前らはリアルでキャラ守らんでええやろって思った。

 

 しかし、私はこれまでリアルの姿を見せないで来たし、みんなもそうだと思ってたけど、誘ったらこうしてみんな来てくれた。

 ありがたいことだ。

 みんながいてくれることで勇気が持てた。

 私は不安に思っていたけど、みんなはもう私のことを仲間だと思っていてくれたらしい。

 

「さ、そろそろライブ配信始めるよ」

「はーい」

 

 気がつけば私の胃の痛みも手の震えも止まっていた。

 




一応、P2015編は次で完結の予定です。
その次はまだ未定ですが、メモを見ながらVR側で死ぬとリアルで人が死ぬ殺人事件を探偵VTuber数人が推理対決で暴く探偵VTuber決戦編か、ジョーカー再登場のVR闇カジノ編か、VRドラッグのバイヤー対決編かVR心霊現象編かそのあたりで書けそうなのをやろうかなぁ、どうしようかなぁという感じです。
なるべく早めにまた連載再開できるように構成考えます。


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みんなにありがとう

 今回は私からファンのみんなへの恩返し企画なのでスパチャは禁止――受け付けていない――である。

 ゲストへのギャラも全額私持ちだ。

 みんなはいらないと言ってくれたけど、プロのアイドルのスケジュールをカラオケ企画のために埋めたのだ。

 そこは普段出るライブのギャラの倍払わせてもらった。

 というか、みんなが言う普段の出演料が安すぎたので倍でもなお安い。

 みんなはチェキとグッズが主な収入源でライブ出演料は微々たるものらしい。

 アイドルも世知辛い。

 

 それはともかく……。

 

「皆さん、こんばんは。名探偵Vtuberの藤堂ニコです。いつもは私の推理力で楽しんでもらっているんですが、たまには違う形で感謝をお伝えしたいと思って、ライブイベントを開催させていただくことになりました。私一人だと学芸会レベルのものになってしまいそうなので仲間……友達にも来てもらいました」

 

[ニコが友達って言ったぞ]

[やっとマッキー以外も友達認定もらえたのか]

[課金できない。資金提供できない俺に価値があるのか]

[これまでのスパチャに報いてくれてるんだから、おじさんも素直に楽しめよ!]

 

「えー、私という存在を形成するものは事件と謎、そして自分の推理力だけだと思ってきました。でも最近違うと気づきまして……。あのー、気恥ずかしいんですが、私を応援してくれるファンの皆さんやこうしてイベント開催を手伝ってくれたVtuber仲間……友人たちも私が私でいられるためにとても大切だったんです。推理ショーに対していただいたお金でもですし、応援のコメント一つ一つもですが、対価としてもらい過ぎだなと。もらい過ぎた分は皆さんにお返ししたいなと……なので一つ、この場でお伝えさせてください」

 

 私は大きく一つ息を吸い込む。

 

「皆さん、いつもありがとうございます。どうやら……私は皆さんのことが結構好きみたいです」

 

[俺たちも好きだぞー]

[言い方はあれだが伝わった]

[結構好きみたい、って言い回しがニコっぽい]

[映画館で号泣してるおじさんがいる……もしや……]

 

 上映会は観ながらコメントできるようにスマホ操作可となっている。

 

「さて……というわけで、これから拙い歌とダンスではありますが、ファンの皆さんからのアンケートをもとに色々パフォーマンスをやっていきますからね。まぁ、ぶっちゃけ私のクオリティは微妙ですが、アイドルのみんながうまいことやってくれるでしょう! では最初の曲――」

 

     ※

 

 まぁ、なんだかんだライブは盛り上がった。

 私の絶妙なヘタウマさがクセになるという謎の評価が多数を占めていたのであるが……。

 

[なんだろう……上手くはないんだが……なんだろう]

[声に安定感はまったくないんだけど、音程だけはまったく外さないの逆にすごいな]

[一瞬、音痴か?と思わせておいて、あれ?そんなこともないの?ってなるな]

[声質は可愛いのに、不安定すぎる]

[洗脳されてるみたいだった]

[絶妙な微妙さ……ニコって声はかわいいからな]

[金を払わせてくれ!]

 

 この感想に釈然としないところはあるが、みんなが喜んでくれたならよかった。

 第二回はやるかわからんけどな!

 

 みんなで打ち上げをした後のスタジオからの帰り道――。

 私はマッキーの自宅マンションに向かって、夜の学生街をゆっくり歩く。

 疲れて速く歩けないのだ。

 学生街なので街は騒がしい。スタジオからは少し遠回りして映画館の前を通らないようにする。

 もうファンのみんなも帰っているはずだが、なんだか気恥ずかしくて前を通る気になれなかった。

 

「みんな喜んでくれたみたいでよかったね。わたしもすっごく楽しかった。帰ってアーカイブ観よ」

「恥ずかしいから観ないでよ」

「いいじゃん、いいじゃん」

 

 マッキーが満面の笑みを湛えて、私の肩をたたく。

 

「しかし、ドッと疲れた。2キロくらい痩せたと思うね」

「ぴーちゃんの復活ライブに続いて、今日の感謝祭と立て続けにこんな神ライブ観れてオタク冥利に尽きるよねー」

「ぴーちゃんの素晴らしいライブと私のお遊戯会を同列に語らないでよ」

「そりゃ、TJの歌とダンスはまぁクオリティ的にはなんとも言えないけど、感動でいえば同じくらいだったよ」

「まぁ、クオリティについては自分でもわかってるからまったく否定はできないし、ライブの質じゃなくてマッキーの気持ち的に一緒だったならそれは良しとするか」

「うんうん」

 

 ふとスマホを観ると連絡先を交換していた瀬戸教授から「感謝祭の配信観ました。P2015と仲良くしてくれてありがとう」という簡素なメッセージが届いていた。

 これからも彼女のことを遠くから見守っていくのだろう。

 

「瀬戸先生もぴーちゃん観るためにさっきの配信見てたらしいよ。ぴーちゃんが楽しくアイドル活動してたらそれで親孝行になってるんだろうね」

「わたしも何か親孝行しようかな」

「マッキーらしからぬことを言う」

「たまにはそういうこともやってみたくなる時があるのよ。ぴーちゃんとTJ観ててさ、感謝を伝えるとか大事だなって思った」

「ま、悪いことじゃないよね。恥ずいけど」

「最初の挨拶、照れてたねー。素直に『みんな大好き!』って言えばいいのに」

「言うわけないでしょ、そんなの」

「逆に言わないからこそ気持ち伝わったとこあるけどね。『結構好きみたいです』だって」

「あーあー、うるさいうるさい。声マネすんな!」

 

 私はマッキーの肩にチョップする。

 身長差がけっこうあるので頭にはキレイに手刀が入らないのだ。

 

「TJは親孝行しないの?」

「ちょっと考えてた。私、実家との折り合いがあんまり良くなくてさ……ちょっと避けたところもあるんだけど……私ならではのやり方で喜ばせてあげることもできるかなって」

「へー、どんな?」

「お父さんとお母さんね、ホラーとかファンタジー小説が好きなんだ。私が作家になるって言った時、そういうの書いてほしかったみたい……だから、ホラー小説出して、親に渡そうかなって。前にホラー小説もちょっと書いてるって言ったじゃない?」

「『夜道を歩く時』のやつでしょ? 読んだよ。わたしは結構好きだった」

「あれ、出版社から書籍化の相談しませんか?って連絡もらったんだよね。私はミステリ作家だからって思ってたけど、ちょっと請ける方向で話聞いてこようかなって」

「おー、いいじゃんいいじゃん」

「まぁ、話聞いてみて検討って感じだけど」

「それでもいいと思うよ、そういう気持ちが大事なんじゃん。もし書籍化しなくてもたまには実家に帰ってあげなよ」

「そうだねぇ。もうVRでしか会えなくなっちゃうってのも実際に目の当たりにしたわけだし……それも検討しとく」

 

 そんな話をしているうちに私のマンションの前だ。

 

 これからも色んな事件や謎が私を待ち受けているだろう。だけど、そのことばかりではなく、応援してくれる人たちや友達のことも忘れずに大事にしていこう。

 そうすれば、私はこれからもきっと私が好きな私でいられるはずだ。




というわけで、P2015編はここで一区切りです。
ここまでお付き合いいただいた皆様、ありがとうございました。
最近、多くの方にお気に入り登録していただいたり、ポイントを入れていただいたりしてすごく嬉しかったです。
モチベーションも上がりまして、なる早で新章突入したい気持ちです……気持ちの上では。
繋ぎのためにライブシーンや打ち上げエピソードでお茶を濁すかもしれません。

あと、ちょっとしたお知らせというのは本文内に入っていたホラー小説刊行のことでして、あそこの部分は実話です。本当に出ることになったら、ニコちゃんが自作PR回として宣伝すると思います。出ないかもしれません。
中身はカクヨムで読めるので、『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』で検索してみてください。


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番外編
あの日のぴーちゃん


 ステージ上の彼女を観た時、自然に流れでる涙を抑えることができなかった。

 もう齢50も過ぎてみっともないという感情は湧かなかった。

 娘が亡くなった時、一生分の涙がすべて流れ出て枯れ果てたと思っていたが、どうやらそんな非科学的なことはあるわけもなく、私の身体は涙を作り続けてきたらしい。

 VRヘッドセットでP2015復帰ライブを観ている私の隣で妻はタブレットで同じ光景を観ていた。

 顔を拭うこともなく最後まで観たライブの後、ヘッドセットを外して隣を向くと、妻の顔もずぶ濡れで二人して笑った。

 こんな風に笑ったのは何年ぶりだろうか。

 

 別にこれで娘が生き返ったなんて思っていない。

 娘とP2015は別の存在だ。

 双子と似たようなものかもしれない。

 完全にエゴでしかない。

 私はただ自分の欲望によって彼女の人生に続きを与えたかった――そう思えることを為したかった――し、そうすることで救われたいと思っていた。

 倫理的に肯定されることではない。

 それでも。

 それでも……今の自分の感情や隣にいる妻の顔を見てやってよかったと思う。

 もうこれで私は自分の人生に何の後悔もない。

 

「こんなことしてたんですね」妻が言った。

「あぁ、大学にバレたらクビだ」

 

 私は冗談が下手だ。

 妻は笑わなかった。

 

「あの子はぴーちゃんと言うんですね」

「P2015、プロジェクト名をそのまま入力していたら本人がそう認識した」

「名前つけるの本当に下手くそですね、昔から。でも、それがよかったのかも」

 

 私は肩を竦める。

 娘の名前も結局私が出した案はすべて却下され、妻の案が採用されることになった。

 妻に相談していれば、もっとうまくプロジェクト名もアバター名も付けられたかもしれない。

 

「でも、アイドルの衣装や見た目はあなたにしては悪くないセンスでしたね。あの子が好きそうな……」

「あれは私のセンスじゃない。あの子が描いていたスケッチブックを見て作った」

「あのお絵描き帳……」

 

 今なら妻もあのスケッチブックを見ることができるだろう。

 私は立ち上がり、自室の金庫から娘の遺品を幾つか取り出し、リビングへと持ってくる。

 

「ほら、これだ」

 

 うさぎのイラストが表紙のスケッチブックだ。

 【せと ひめこ】

 娘の名前が書いてある。

 

「あの子が自分のことを、ぴーちゃんと言ったときにもう涙をこらえられませんでしたよ」

「別に……意図したわけじゃない」

 

 娘は自分のことを「ぴーちゃん」と言っていた。

 周りが「ひーちゃん」と呼んでいたのを聞き間違えて「ぴーちゃん」だと思ったようなのだが、それを気に入って自称するようになってしまったのだ。

 プロジェクト名を「P2015」にしたのもたまたまだし、「ぴーちゃん」だと名乗っているのもたまたまだ。

 だが、その偶然は妻にとっては奇跡のように思えただろう。

 

 私はそっとスケッチブックのページをめくっていく。

 スケッチブックには怪獣やロボット、そして……。

 

「あぁ、これですね」

 

 娘が描いた自分の姿だ。

 片腕がロボットアームでタイトでSFチックな衣装、そしてマイクを握って楽しそうに歌っている。

 

「VRヘッドセット、もう一つ買うから今度は二人で観に行こう」

「はい」




今回のお話は本編に入れるのは違うかな、と思って番外編扱いにしました。
毎回章の切り替えのやり方がわからなくなるんですよね。
よし覚えたぞ、と思っても一章書き終える頃には忘れてしまっているという……。

次の章の構成はぼんやりできてきました。
もう成立するかどうかもわからないですが、ニコちゃんが解決してくれることを信じて見切り発車しようかと思っているところです。


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VTuberの神さま編
ニコとぴーちゃんのティータイム


 私はグリモワール内のカフェでお友達とお茶をしていた。

 こじゃれた喫茶店の個室で、藤堂ニコこと私は珈琲を一口飲む。

 まぁVR上なので別に喉が潤うわけではない。別に美味くも苦くもない。

 リアルでペットボトルの紅茶を飲んでいるので、なんなら口の中は紅茶の味がする。

 

「すみません、ニコちゃん。ワタシのワガママに付き合ってもらってしまって」

「いいんですよ。ぴーちゃんだけ打ち上げに参加できませんでしたからね」

 

 私の感謝祭の打ち上げは当然リアル側で行われた。

 ちょっとオシャレなイタリアンレストランの個室をマッキーが予約しておいてくれたのだ。

 女子トークとか気が乗らねーとか思ってたけど、なんかそういう感じでもなく普通に楽しかった。

 みんな、アイドルVtuberになる前は地下アイドルとか声優をやっていただけあってトークスキルが高く、私が一人浮いたりしないように自然と会話に混ぜてくれたのだった。

 基本、一対一なら上手く喋れるが多数の中に放り込まれると途端に会話に混ざれなくなるという私のマイナススキルを補うだけのトークスキルの持ち主たちだったのである。

 そりゃね、たかだか1分2分チェキタイムでオタクとトークして盛り上げて、自分に惚れさせてきたわけですよ。

 私みたいなチョロいオタクが疎外感を感じないようにおしゃべりに加えることくらい朝飯前ですわな。

 

 それはともかく。

 リアル側に肉体のないぴーちゃんはその私を自然に接待するコミュ強集団の打ち上げに参加できないので、代わりに何か埋め合わせをしたいと言ったところ、VR内でお茶会ごっこがしたいということで付き合っているのだ。

 

 ちなみに今日のぴーちゃんの衣装はいつものSFチックなスーツではない。

 セーラー服だ。

 似合っておる。

 

「セーラー服似合ってますね」

「はい、ワタシ学校には憧れがあるので制服って着てみたかったんです。ワタシが姿をお借りしているヒメコちゃんも病気で学校には通えなかったみたいなので、ひょっとしたらその欲望というか記憶がうっすら残っているのかもしれません」

「う、うん」

 

 やめて、そういうの。泣いちゃうから。

 もう私がVR大学作ろうかな。マジで。

 何億かかるのかわかんないけど。

 

 ――くそぅ、ジョーカーに突き返したあのチップ……もらっておけば……。

 

「そっか……いつか学校通えるといいね」

「そうですね、大学がグリモワールと提携するの楽しみです」

 

 ぴーちゃんはにっこり笑って、手元のミルクティーを少し減らした。

 

「そういえば、ニコちゃんはワタシが家に遊びに来てほしいって言ったら来てくれますか?」

「え? 家ですか? うーん……アイドルとオタクの関係性でそれはなぁ……恐縮すぎるんですよねぇ」

「そうですか……ファンでいてくれるのは嬉しいんですけど、やっぱり友達付き合いもしたいんですよ。ダメですか? マッキーさんやフローラさんと違って、やっぱりちょっと距離を感じてしまうというか……」

 

 ――いやー、私としてはあっちの二人に対しての方が距離あると思うんだけどな。

 

「いえいえ、私はぴーちゃん最推しですよ。あの二人とか10馬身くらいの差がついてます」

「じゃあ、遊びに来てくれますか? せっかく家具とかインテリア買ったのに見せる人がいないの寂しいんです」

「『じゃあ』に繋がってる気はしないんですが、まぁ……わかりました。ファンではなくお友達の藤堂ニコとして遊びに行かせていただきます」

「ワタシ嬉しいです!」

 

 前にうちに泊めていた時と同じ罪悪感/背徳感で苦しいが……ぴーちゃんが喜んでくれるのがファンとして一番喜ばしいことなのだと自分に言い聞かせる。

 そして、もはや私の口は珈琲どころか紅茶の味すらしなくなっているのだった。




しばらく休載期間をおいて、そこでネタ考えるつもりだったんですがちょっと書きたいテーマが出てきたので見切り発車でいくことにしました。
P2015編も書き貯めはゼロでしたが、今回もまったく書き貯めなしで書けた時に不定期で出していくというミステリーにあるまじき書き方でいきます……迷宮入りしたらごめんなさい。
でも、きっとニコちゃんが解決してくれると著者も信じています。

あと、あんまり使っていなかったんですが、ちょっとしたお知らせとかはTwitterアカウントの方で呟いたりしようと思いますので、よろしければフォローよろしくお願いします。
https://twitter.com/shosetsu_w


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絶対おかしい

 私は支払いを済ませ、ぴーちゃんと店を出る。

 実際には一滴たりとも液体を摂取することができないVRのカフェにお金がかかるのにはいまだに納得がいかないが、ぴーちゃんと一緒なら許せる。

 むしろAIがお茶をするところがなかったら怒り狂っているところだ。

 ぴーちゃんのために現実世界のチェーン店並みに数を増やすべきである。

 

 ここで私はふと一つ気になることができた。

 VR空間内のカフェは雰囲気を楽しむものであり、個人的な話をするための場所であり、レアケースとして今回のようにAIがお茶をすることもある。

 だが、それがおかしいのだ。

 今までなぜ何の違和感も覚えなかったのだろう?

 

 ――絶対おかしい。なんで……?

 

「ニコちゃん? 難しい顔してどうしたんですか?」

「うーん……ちょっと気になることができまして……。歩きながら話しましょう」

「ハイ」

 

 ぴーちゃんの家はカブキシティのマンションだ。

 これから先ずっと住み続ける、終の住処になる可能性が高いからとかなり奮発したそうだ。

 現実に土地が存在するわけではないので、料金さえ払えば間取りは自由に決められるので、だいぶこだわったという、

 ぴーちゃんはなるべく現実にありそうな部屋にしたいということで、使いもしないトイレや浴室、洗面所にキッチンも付けているらしい。

 リアルな人間のVR上の家は実用性皆無なので完全に逆転現象だ。

 私の家なんてそれこそ玄関からいきなりリビングで、キッチン、トイレ、風呂どころか窓もないし、電灯もない。

 明るさは設定で決められるので電灯は飾りでしかないのだ。

 

「こっちです」

 

 ぴーちゃんに案内されながら、私たちはカブキシティのサイバーパンクじみた雑踏を抜けていく。

 

「リアルだったらここのモデルになっている新宿歌舞伎町になんてとても住めないんですよ。色んな意味で」

「いろんな?」

「人が住むような街になってないんですよ。遊びに行くための場所みたいな感じです。百貨店や映画館、劇場、ライブハウス、レストランにバーとあらゆる商業施設が揃っていますが、スーパーも少ないですし、昼夜を問わず人が騒がしいんですね。さらに人が集まるので地価が尋常じゃない高さでそれに伴って家賃もとても高いそうです」

「なるほど。みんな歌舞伎町に遊びには来るけど、違うところに棲んでいて、そこに帰っていくんですね」

「そうなんですよ。VR上だと建物の見た目と中の広さに相関関係がないので、どこでも金額は一定なんですけどね」

「好きなところに住めるっていうのはVRのいいところですね」

「まぁ、そもそも拠点を変えるメリットってそんなにないので初期登録の場所そのままですけどね、大抵の人は」

 

 カブキシティはVR上でも遊ぶための場所や誘惑は多いが、別に治安が悪いということはない。

 スラムが別で存在するのでそこに怪しげなものは集約されている。

 むしろ人が多い分、カブキはセキュリティが強固で警備AIのロボットなども多数巡回しているのだ。

 

「ところでさっきニコちゃんが言ってた"気になること"ってなんですか?」

「カフェの存在自体です。私はこれまで何の違和感もなく使ってきたんですが、そもそも存在していることがおかしいんです」

「おかしいですか?」

「はい、おかしいんです。喫茶店なんてあんなハイクオリティでこの世界に存在させるメリットはあまりありません。現実に近づけるために飲食店なんかもありますが、正直それにお金を払おうという人は殆どいないんです」

「たしかに、さっきのお店もワタシたちだけでした」

「休憩したければ、勝手にヘッドセット外してリアルでお茶飲めばいいだけですからね。ホームなりひと気のない場所なりで話はすればいいですし、わざわざ盗聴できない場所なんてそんなに使う機会もありません」

「じゃあ、なんでカフェがあるんでしょう?」

 

 セーラー服を纏ったサイボーグ美少女が首を傾げる。

 高性能AIは計算能力は高くても、別に推理力が高いとか閃き能力が高いということはないらしい。

 人間がAIに完全に敗北するにはまだ時間がかかりそうだ。

 

「これは私の推理……というか予想でしかないんですが、もともとAIが使うために作られたんじゃないかと感じています……AI用に作ったものを人間が利用するからただクローズな場で会話をするためのスペースだとかに転用されたんじゃないでしょうか」

「でも、なんのために?」

「それはわかりません。いつかわかる日が来るかもしれませんし、私のただの勘違いかもしれません」

「なんだか気になりますね」

「ま、気にはなりますが、仮にAIのために作られた施設だったとして、それが何のためかわかるのはかなり先のことになるでしょうね。今はただの雑談というか陰謀論みたいなものです」

「ニコちゃんはいつも面白いことを話してくれます」

「こういうくだらないことをしていると……すぐ目的地に着きますからね」

「あ、本当だ。もうワタシのおうちです」

 

 ぴーちゃんのマンションはザ・近未来って感じの高層ビルだった。




今回ニコちゃんが抱いた違和感はこの章では回収されない予定です。連載続けていたらいずれ回収されることもあるかもしれません。


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ぴーちゃんち

いつもお読みいただきありがとうございます。
本作ですが、メフィスト賞の座談会(最終選考)に残ることができました。
惜しくも(?)受賞は逃すことになってしまいましたが、最後まで残れただけで嬉しかったです。
割と好意的な選評でしたのでぜひこちらもご覧ください。

https://tree-novel.com/sp/works/episode/6d68540aa1b8c75749dc2b36d31e8293.html

応援いただいていた皆さんありがとうございました。


 データでできたものとはいえ、ここがぴーちゃんにとってはたった一つの現実なのだ。

 VRやゲームの中のモブの建物とは感覚がまるで違う。

 本当に友達の家にお邪魔するような感覚だ。

 手土産の一つでも持ってきたらよかった。

 

 エントランスはまるで高級ホテルだ。豪奢なシャンデリアに革張りのソファ、絨毯や観葉植物といったものも一級品だろう。

 受付があり、そこにはロボットが座っている。

 ぴーちゃんのように部分的に機械のパーツが付いている美少女というわけではなく頭の先から足の先まで金属質な純度100%のロボだ。

 人間の男性タイプだが曲線が滑らかで威圧感はない。

 

「良いところ選びましたね」

「一目惚れです。売れない地下アイドルには似合わないとも思ったんですが。ロボットの管理人さんがいるのいいなって」

「私はアイドルこそこういうところに住むべきだとは思うんですけど、よく買えましたね。ここは流石に他のマンションとは差別化してちょっと値段高そうです」

「今までお金を使ったことがなかったので結構貯まっていたのもあるんですが、お父さんが自由に使ってって入れてくれたので」

「なるほど、納得です」

 

 瀬戸先生がいったい幾ら入金したのかはわからないがとても訊く気にはなれなかった。

 

 ぴーちゃんに入室パスを付与してもらい、一緒に受付横のエレベーターに乗り込む。

 別に昇降するわけではなくここを経由して契約者/購入者の部屋に振り分けているのだ。

 エレベーターを出ると目の前にあるのは一室だけだ。

 

「ここです」

「おー、ここが……」

 扉のテクスチャーの質から初期に割り当てられたショボいワンルームの我が家とは違う。

 やっぱアイドルはこういうとこ住まなきゃダメよ。

 

「ニコちゃん、一つ提案があるんですけど、いいですか?」

「はい、もうここまで来たらなんでもどうぞ」

 

     ※

 

「では、ワタシは先に入るので、カメラ回して後から入ってきてください」

「わかりましたー」

 

 ぴーちゃんの希望でお宅訪問動画を撮ることになったのだ。

 リアルだと間取りや窓の外の風景から自宅の場所がバレてしまうリスクがあったりもするが、VR上だと窓の外の風景なんて幾らでも変えられる(そもそも私ん家は窓すらない)し、見られて困るものなんて、消せばいい。

 まぁ、ぴーちゃんのプロモーションのお手伝いくらいなんぼでもしますがな。

 

 とりあえずザッとお宅訪問撮って、その後二人でおしゃべりするなり、遊ぶなりという流れだ。

 

 私はSNSでぴーちゃんのお宅訪問緊急生配信をやることとアーカイブを残すことを告知し、俯瞰カメラを設定する。

 

「皆さん、こんにちはー。名探偵の藤堂ニコです。今日はサイボーグアイドルのP2015ことぴーちゃんのお家に遊びに来ましたー。サイボーグって一体どんな家に住んでるんでしょうね、楽しみですね!」

 

[《¥2525》おー、楽しみー]

[もうニコ家から引っ越してたのか]

[二人で歌ってくれ。ニコのあの洗脳ソングの新作楽しみにしてるぞー]

 

 コメントはや!

 あと歌のことはイジってくんな!

 あの感謝祭の歌唱パートの切り抜きは過去最高の再生数を叩き出し、めちゃくちゃバズったが、あれはネットタトゥーなんである。

 

「歌いません! では、いきますよ。おじゃましまーす」



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お宅訪問

 私は付与されたパスでそのまま玄関の中に入っていく。

 

「オカエリナサイマセ、ゴ主人サマ」

 

 ぴーちゃんが玄関でジャパニーズ"ドゲザ"スタイルで私を出迎えてくれた。

 

「いやいやいやいや! なにやってんですか、ぴーちゃん!」

「コレがオキャクサマをオ迎エするトラディショナルスタイル……」

「んなわけないでしょ! 普通にやりましょう。普通に!」

 

 開始早々ドッと疲れた。

 サイバーパンクアンドロイドボケをかましてくるとは。

 別に地面が汚いとかそういうことはないのだが、やはり土下座に抵抗はある。する方もされる方も。

 

[ビックリしたな]

[ニコもマジビビりだったじゃん]

[《¥500》サイボーグギャグは予想不可すぎる]

 

「いいからいきますよ」

「スベってしまいマシタ」

「あれがウケるのは200年後でしょうね。おじゃましまーす」

 

 やっと玄関から廊下だ。

 ちなみに靴とかは履いたままだ。脱ぐとかいう概念がない。VR上。

 

「コチラがトイレで、コチラがバスルームです」

 

 廊下を歩きながらぴーちゃんが指を差す。

 一応、チラッとだけ見るがまるで生活感はない。というかシャンプーやらタオルやらの必需品があるわけではないので、まだ入居者がいない新築のようだ。

 デザインはキャラクターに合わせているようで近未来的で宇宙船のようだった。

 VRカフェもそうだったのだがあそこは雑居ビルの一部の装飾に対して、こちらはもう家全体を小型の宇宙船に模してあるかのように感じる。

 

「宇宙船みたいですね」

「オ目が高イ! ソノ通りデス! そういうコンセプトなのデス!」

 

 合っていたらしい。

 

「左手がキッチンで、ココからリビングダイニングデス。リビングは後回しで、ベッドルーム、趣味の部屋、和室、洋室を見て回りまショウ!」

「和室!」

 

[和室があるのか]

[ってか、こんな広い4LDKってリアルだと1億じゃ足りないだろ]

[《¥4000》ぴーちゃん、金持ってんなー]

[《¥2525》でもスパチャしてしまう]

[《¥10000》オモシロ可愛いにお金払わせてもらってるから当然]

 

 ちなみに今日の収益は折半である。

 そして、私はそれぞれの部屋を覗いていく。

 

「ひえー、めっちゃデカいゴジラがあるー。2メートルくらいですか」

 

「ベッド、これキングサイズですよね。あなた寝ないでしょ!」

 

「和室もおしゃれー。高級旅館みたいー」

 

 で、なんだかんだリビングでようやく落ち着いてソファに腰掛けた。

 ぴーちゃんもまた意外性の女だ。

 ソファは真っ白でリアルだと汚れが恐ろしくてとても置けないようなものだったが、VRならずっとキレイなままだ。

 とにかく私の全体的に茶色い部屋とはまるで違う明るさのある家だった。

 これまでホームレスでマネキンと一緒に並んで海を見ていた毎日が終わったのだとようやく私は実感して、なんだかしんみりしてしまった。

 

――よかったなぁ。

 

「ニコちゃん、いかがデシタカ?」

「すばらしい家ですね。楽しかったです」

「それはヨカッタデス。最後に一つお願いがあるんデスが……いいですカ?」

「なんでしょう?」

「カラオケができる機材も買ったノデ、締めに一曲デュエットしまショウ!」

 

[《¥1000》ぴーちゃんの持ち曲うたってー]

[《¥3000》楽しみー]

 

「…………謀ったなぴー!」

「コメントでミンナが望んでいるようだったノデ……ゴメンナサイ」

 

[シャアみたいに言うな!]

[888888]

 

 こうして私のデジタルタトゥーが一つ増えたのであった。



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AIは幽霊を信じるか?

 とりあえず新たな恥をさらして、生配信は終了となった。

 配信終了後もコメント欄ではニコの歌は上手いのか下手なのか論争で盛り上がっている。

 論争というが、別に争ってはいない。

 文字列からはどちらの陣営も半笑いであることが伝わってくる。

 みんなの笑顔が文字の向こうに見える。

 

 ――文章の表現力ってすげー。

 

 とか真顔でコメント欄を見ている。

 なんか音大の院生とか専門家まで出てきて私の歌唱力とか表現力について語り出してきてカオスだ。

 こいつら、やっぱ私のアンチなのか?

 歌で感謝を伝えたはずが完全にオモチャにされている。

 思ってた喜ばれ方とちょっと違う。

 

「ニコちゃんへの愛ゆえにですよ」

「そうですかぁ?」

 

 全然愛されニコちゃんって感じじゃない。

 ぴーちゃんはマジで愛されている。

 

「ワタシもニコちゃんの歌好きです」

「それが嫌味に聴こえないところがぴーちゃんのいいところですね」

 

 マッキーが「わたし、TJの歌好きだよ」とか言っても、絶対本心からとは信じられない。

 というか、もうあいつが今にも吹き出しそうになりながら言ってるのが目に浮かぶ。

ともかく私は探偵であって、ヘタウマ歌手Vtuberではないのだ。

 

 私たちはソファに並んで座って、ふぁんたすてぃこのライブ動画を流しながらおしゃべりを続ける。

 

「ニコちゃんは最近は探偵業はおやすみ中ですか?」

「事件が起きませんからねぇ。あと自作のホラー小説の改稿とかでちょっと忙しかったのもありますし」

「あ、新作出るんですね。出たら読みます」

 

 電子書籍版はVR上でも読めるので、ぴーちゃんも読むことができる。

 たぶん、2秒くらいで全ページ分読まれちゃうと思う。

 

「AIも本って読むんですね」

「読みますよ。あとニコちゃんはワタシがAIだから2秒くらいで一所懸命書いた本を取り込まれちゃうんだろうなーとか思ってるかもしれませんけど」

「思ってない思ってない」

 

 AIの計算能力やべー。

 本気で推理したら、私よりすごいのではないだろうか。

 

「思ってないならいいんですけど、ちゃんとじっくり読みますからね。頑張って計算とかする時はすごく速いですけど、日常生活を送りやすいように普段はセーブしてるんです」

「あ、そうなんだ」

「なので、一般的な人間の読書スピードで楽しむので安心してください」

「う、うん。よかった……? 読んでくれるだけで嬉しいけどね」

「はい」

「で、さっきも言ったように内容はホラーなんだけど、AIって幽霊とか信じるの?」

「幽霊、ですか?」

 

 科学のかたまりにとって非科学的なものの代表格であるものを信じるか、なんて愚問だったかもしれない。

 

「幽霊はわからないですけど、神様はグリモワールにいるっていう噂は聞いたことあります」

「神様?」

「はい、ワタシのファンの人が教えてくれました。最近流行ってるらしいです」

「神様って流行るものですか?」

「流行るみたいですよ、不思議ですよね。AIが不思議とかいうのも不思議ですけど」

 

 そして――。

 

「神様がいるなら、幽霊もいるかもしれませんね」

 

 ぴーちゃんはそういって莞爾と微笑んだ。

 AIユーモア!




実はぴーちゃんとフローラはもともと初登場時は被害者になるはずでした……が、書いてるうちに愛着が湧いてしまったので死の運命を逃れ、なんかメインキャラに昇格しました。ウェブ連載ならではって感じですね。今後も死ぬことはありません、みたいなことをたまにふとTwitterの方で書いたりしてます。


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ニコは神様についてどう考えるか

 神様ねぇ。

 私はぴーちゃんの家をおいとまして……といっても、ホームからログアウトしてヘッドセットを外すだけなので、肉体は自宅から一歩も出ていない。

 一曲ぴーちゃんの代表曲サイバーを歌っただけだ。

 マジで推しへの冒涜行為であった。

 そのことはすぐ記憶から抹消するとして……ベッドの上に寝転がって、最近流行りの神様とやらについて考えてみる。

 うーん……神様ねぇ。

 実際に神様がいるわけない。

 というか、仮にいたとしてVR上にはいないだろう。

 しかも企業が運営しているようなVR空間だ。

 VR空間で課金しててもヤバいし、お布施をスパチャで集めててもヤバい。そんな神がロクなもんであるわけない。

 おそらく見間違いか何かのメタファだろう……。

 

「うーん、なんだろう。ちょっと気になるな。調べてみようかなぁ」

 

 しかし、これでも現役女子大生。そんなことばっかりやってる場合でもないんである。

 

「大学行かなきゃ」

 

 私はかるーく化粧をして、寝癖をヘアアイロンで整えるといつもお馴染み全身黒の私服に身を包んで家を出る。

 

     ※

 

 講義の体感時間はあっという間だ。

 最近はリモート授業も増えているが、私はやはり大学の堅い机と椅子でしっかり集中できるのがいい。

 今日はフランス語と近世文学IIの講義だったのだが、どちらも興味深い内容だ。

 卒業までにフランス語が話せるようにはなったりしないだろうがそれでも学べることは多い。近世文学も純粋にテクストが面白いし、江戸時代の価値観から物事を考えるというのも良い勉強になる。

 

「さて、これからどうしようかな」

 

 学食で晩御飯食べて帰ろうかと思っていたら、スマホに着信がある。

 

 三橋真琴……フローラの中の人だ。

 

 ふぁんたすてぃこのレッスンがこの近くで行われていて、今終わったらしい。

 ……というか、この間マッキーが私の感謝祭のために押さえてくれたスタジオを気に入ったそうで、最近よく使っていると聞いていたが、今日もやってたのか。

 で、私が近くに住んでいるので晩御飯を一緒に食べないか、と。

 フローラと一緒に私が推しているダークエルフのソフィアも来るらしい。中の人がね。

 

 神様の噂について、何か知ってるかもしれないし、調査とファンサ兼ねて行ってみますか。

 ソフィアも来るし。中の人もほんまもんのエルフみたいで可愛いし。

 

「大学の学食でいいですか……と」

 

 学食にアイドルを誘うのなかなかヤベーかなと送った後になってちょっと後悔しかけたが、なんかすごいテンション高めの返事が来た。

 二人とも大学に入ってみたかったらしい。

 じゃあ、誘ってみてよかった。



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他界

「しくったわ」

 

 私は待ち合わせ前に寄ったトイレの鏡を見て独り言ちた。

 

 化粧が適当すぎた。

 というか眉書いたくらいである。

 別に人に会わないならそれでもいいのだが……いや、フローラこと三橋さんだけでも別にいいのだが。

 まさかソフィアまで連れてくるとは。

 私は可愛いので(断言)、すっぴんでも平気で外を歩ける。いや、マジで。

 しかし、一応レディとしての身だしなみってもんはあるわけよね。

 今は全力100%のメイク後と比べるとかなりすっぴん寄りだ。

 ぶっちゃけ中学生みたいである。

 黒髪ボブも"おかっぱ"寄りに見えてくる。

 しかも、服も色褪せ気味でちょっと毛玉も出てきている。

 

「やっちゃった……」

 

 もう一度言うが、別にフローラだけならどうでもいい。

 奴はどんな私だろうと好きでいてくれるだろう。

 しかし、ソフィアの前にこの中学生フェイスとこのちょっとボロい服を晒すのはいかがなものかと思っているわけ。

 

「いやしかし……今から自宅に戻るにはもう時間が……くそぅ。フローラめ、余計なことしやがって!」

 

 純度百パーの逆恨みである。

 絶対私が喜ぶと思って連れてきている。

 純度百パーの親切心でこんなに怒られるとは夢にも思わないだろう。

 

「ええぃ、もう知ったことか。私はもう素で勝負するしかない。逆に素の可愛さが際立つ! ということにする」

 

     ※

 

「東城ちゃん、今日もかわいいね!」

「うるせー」

「え?」

 

 フローラの中の人がいきなり泣きそうである。

 

「あぁ、ごめんない。思わず素が……」

 

 そっちの素出してどうすんねんっていうか、素じゃないし!

 

「じゃなくてですね、私今日ほぼすっぴんみたいな顔かつ服も適当なので出てきちゃったんで可愛くないんです。ポテンシャルは発揮できてないので」

「いや、でも本当に可愛いと思うから自信もって」

 

 金髪碧眼のこっちの方がエルフじゃんって感じのソフィアさんが慰めてくれる。

 

「ありがとうございます! そういってもらえてうれしいです!」

「ちょっと! 東城ちゃん! 私とソフィアと対応違いすぎじゃない?」

「そんなことありませんよ。私はふぁんたすてぃこ箱推しですから」

 

 かなりソフィア推し寄りの箱推しだが、まぁ嘘ではない。

 

「ささ、学食行きましょう」

 

 私たちは合流した正門から学食の入っている生協ビルに向かって歩き出す。

 

「大学って初めて入る」

「私もー。緊張するなぁ」

 

 二人がきゃあきゃあしている。喜んでくれてなによりだ。

 

「別に自由に入っていいんですよ。生協とか学食は一般の人も使えるので」

「え! そうなんだ。知らなかった」

「じゃあ、今度からあそこのスタジオ使った時はここ寄らせてもらおうよ。東城ちゃんに会えるかもしれないし」

「そうしよ」

 

 ソフィアがちょくちょく来るならもう大学来るのに手抜けないじゃん。

 そして、私たちは食堂でそれぞれ定食を頼む――というか、二人は初めてなので今回は私と一緒でいいということで同じものになった。

 小鉢とかデザートとかは各自で好きなものをチョイスしていく。

 

「すごい、ケーキとかソフトクリームとかもあるよ」

「しかもすごく安いね」

「安いんですけど、質はまぁ金額なりですよ」

 

 実際、私は学食よりも大学近くの学生向けの定食屋さんの方が好きだったりする。

 

「そういえば、前から気になってたんですけどソフィアさんはご本名なんておっしゃるんですか? 別にソフィアさんとお呼びしてもいいならリアルでもそうするんですが」

「あ、名乗ってなかったわけじゃなくて、私は本名もソフィアなの」

「マジですか!?」

 

 ――マジかよ! 正気か?

 

 いや、ふぁんたすてぃこのプロデューサーとかVR上でリアルと同じような取引する人たちは本名登録とかも珍しくないけど、アイドルだぞ?

 

「VR空間でいきなり違う名前で呼ばれても咄嗟に返事できないじゃない?」

「まぁ、それはそうなんですけどね。私もそれが理由で東城を藤堂にしてるんですけど。まったく一緒はヤバくないですか?」

「全然身バレしてないから大丈夫」

 

 この日本語うますぎる外人のソフィアはそう言ってあっけらかんと笑った。

 

「今のところは大丈夫かもしれないですけど……いや、フラグになっても嫌なのでもう言いませんが、けっこうヤベー奴なんですね、ソフィアさん」

「うふふ」

 

 ――うふふ、じゃねーわ。

 

「そういれば、ぴーちゃんとのコラボ観たよ」

「あぁ」

「反応うっす。私に対して塩過ぎだって」

「そんなことはないです。私は箱推しなので」

「そう言ってれば騙せると思ってー。まぁ、いいけど、今度私たちともコラボしようよ」

「えー、面倒くさいです」

 

 面倒くさい。マジで。

 

「またやろーよ」

「だって、私に得ないんですもん」

「あぁ、私が加入する前はやってたんだよね。じゅじゅとかミコと一緒に。私もニコちゃんと一緒にコラボ動画撮りたいんだけどな」

「ソフィアさんが言うなら……でも歌はしばらくNGですよ」

「なーんでソフィアが誘うとOKするかなぁ。嬉しいけど釈然としないなぁ。今度メンバーで企画考えて送るね」

「はーい」

 

 和風美人の三橋お姉さんがほっぺたを膨らませているが、この人だいぶ年上なんだよなぁと思うとあんま可哀想な感じもしない。

 

「ぴーちゃんとのコラボで思い出したんですけど、グリモワールの神様って聞いたことありますか? なんか最近流行ってるって聞いたんですけど」

「あー、聞いたことは……あるかな」

「なんですか、その歯切れの悪い感じ」

「うーん、私たちのファンの人から神様がいるらしいっていう話は聞いたんだけど、その人急に他界しちゃったんだよね」

 

【他界 たかい】

アイドル業界用語で、ファン活動をやめること、または現場に来なくなること。生死を問わず消息がわからなくなること。



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そろそろ名探偵

「いなくなっちゃったんですか?」

「そうなの。ちょっと様子がおかしかったから気にしてたんだけど……」

「心配ですね」

「うん」

 

 三橋さんとソフィアの表情が曇る。

 私もいつもコメントをくれるファンが急にいなくなったら嫌だ。

 私の独特の歌とかガチ恋がいないことをイジってくるような連中でも大事なのだ。

 

「その人は神様を見たって言ってたんですか?」

「ハッキリそう言ってたかは記憶が曖昧だけど、確かそんなことは言ってた」

 

 フローラが言う。

 

「ふむ……」

「特典会の制限時間ってだいたい1分だから突っ込んだ話って難しいからね」

「ですよねぇ。1回で使えるチェキ券って、2枚までだから最大でも2分しか喋れないのにそんな意味わかんないことに時間使えないっていうのはありますよね。大抵はどういうところがよかったとか可愛かったとかライブの感想を凝縮して伝えておしまいです」

「だから、逆に覚えてたっていうのもあるよね。神様って本当にいるんですね、みたいな言い回しだったかな。それでなんて返せばいいのかちょっと困ってるうちに時間終わっちゃって悪いことしたかなって思ってたの。次はもっといっぱいお喋りするつもりがその日を境に来なくなっちゃったんだけど」

 

 なるほど。

 私はぴーちゃんにDMを送り、彼女のファンで神様を見たという人について質問するも『現場に来てくれなくなっちゃって、もう話聞けないんです』という返事だった。

 

 神様を見た人間が姿を消す。

 ますますわけがわからない。

 

「ちょっと調べてみますか」

「ニコちゃんの推理ショーまた観れるの?」

「まぁ、そういうことになりますかね」

 

 現状まだ事件というほどのことも起きてないので、推理ショーというよりVR空間内の都市伝説を追う企画ということになりそうだ。

 

「やったー。私はニコちゃんの最初の事件から追ってる古参なんだよ、ソフィア」

「真琴ちゃんちょいちょい古参マウント取ってくるよね。自分のファンには『古参アピールとかしないでね、みんな仲良くね』とか言うのに」

 

 ソフィアがフローラ中の人のドヤ顔に呆れている。

 既に新参のソフィアの方が私に推されている気配を感じてのことかもしれない。

 なんだか可哀想になってきた。

 私もぴーちゃんに塩対応されたらちょっと悲しいし。

 いや、でもそのくらいでは別にだな。

 存在やパフォーマンスを尊いと思っているのであって、私自身は一貫して「その他大勢」で構わない派なのだ。

 とはいえ。

 

「実際、三橋さんは初めて私に声かけてくれた最古参ですからね。私の才能にいち早く気づいたという点では高く評価できます。その最古参の子のファンがわけわかんないこと言って失踪したのです。調べざるをえませんね」

「ニコちゃん!」

「今の私は東城ですよ」

「そうだった、ごめんなさい」

「別にいいんですけどね」

 

 そんな話をしていると私は背筋に寒いものを感じた。

 

「なんで?」

 

 私はゆっくりと背後を振り返る。

 

「なんで私は誘われてないの?」

「あら、牧村さんではありませんか。どうなさったの?」

「なによ、その喋り方。みんなで楽しそうにしちゃってさー。いいないいなー」

「面倒くさいやつだなー。たまたまだよ。仲間に入りたいならマッキーも隣座りなよ」

 

 私は隣の椅子を引いてやる。

 

「ありがとー。あ、ちょっと私もご飯取ってくる!」

 

 そう言ってマッキーは荷物を置いて駆けていった。

 

「仲良さそうでいいなー」

 

 フローラがそんなことを言ってくるけど、私は「そうかぁ?」って思った。

 



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なになに、何の話?

「マッキーは今日なんでこんなところウロウロしてたの? 授業あったっけ?」

「サークル辞めてきた」

「またかよ」

「もうね、記念受験みたいな扱いが嫌になっちゃったのね。今日は最終日だからって行列できてたよ」

「告白の?」

「他になにがあるのよ」

 

 マッキーは溜息交じりに言った。

 

「牧村ちゃんってモテるんだねー。そりゃ、そうかリアルでモデルだったんだもんね」

 

 三橋お姉ちゃんが感心したように言う。

 たしかに元地下アイドルの三橋さんも相当に可愛いがそれでもクラスで一番とか二番とかそういうレベルだ。

 リアルのマッキーは格が違う。

 性格はなんか変だが、見た目はそれこそ同年代で一番二番とかそういう次元だ。

 雑誌とかテレビに出ていたマジもんの芸能人様である。

 

「そうなんですけど、そのモデルって肩書きに告白してきてない?って思うわけですよ。だって、名前知らないやつまで告白列に並んでるんですよ。そんなのOKなわけなさすぎるじゃないですか」

「私もいっぱい『好き』って言われてきたけど、そういうガチめの告白って感じではなかったな」

「みんなのアイドルですもんね」

「そうそう。誰とも付き合ってないってことに価値を見出してくれてるファンもいるわけだし」

 

「へー」私にとってはマジもんの他人事である。

 

 直近で会話らしい会話を交わした男性はぴーちゃんパパの瀬戸教授である。

 付き合うもなにも推しのお父さんだし、年齢的にはもうおじいちゃんに片足突っ込んでた。

 男子の方が多い大学にいるのに、私の周囲だけ女子高みたいである。

 なぜだ。

 そういう世界観なのか? 世界観ってなんだ?

 

「で、なになに何の話してたの?」

 

 マッキーのためにもう一回同じ話をする。やさしい三橋お姉さんが。

 最初からもう一回話し直すのはダルいので。

 

「かくかくしかじかで――」

 

「あー、はいはい。なるほどなるほど。わたしもさっき聞いたな、それ」

「どこでも流行ってんだね、神様」

「流行ってる……まぁ、流行ってるのかな」

 

 こういう時にあまり社交的な性質じゃない私の耳にはこうして数少ない友達経由でしか情報が入ってこない。

 

「というわけで、この名探偵藤堂ニコちゃんが神様の正体とやらを暴いてやろうかと思ってるわけ」

「お、楽しみー」

「みんな喜んでくれるし、やっぱ歌よりこっちでしょ」

「うんうん。でもTJの歌もわたしは好きだけどねー。くくく」

 

 ――これがデジャブか。

 

 こいつは完全に半笑いで言っている。

 

「そうやってバカにする人にはもう聴かせない。一緒にカラオケにも行かないし、なんなら今度歌企画やるときはマッキーのアカウントブロックする。もうこれからご飯もふぁんたすてぃこのみんなと行く」

「ごめんなさい! ホントにバカにしてないから! ごめんね、そんなに怒ると思わなかったの。冗談だよ。わたし、本当にTJの歌かわいいなって思ってるから」

 

 マッキーが大慌てで言い訳を重ねてくる。

 絶対バカにしてたけど、こんなに必死になられるとちょっと悪いことをしている気がしてくる。

 いや、絶対私の方が傷つくだろ、普通に考えて。

 別に歌をイジられたくらいで傷ついたりしないけど。

 これまでどんだけアンチとかに誹謗中傷されてきたかっつー話ですからね。

 スパチャめっちゃ貰えるし、お金もらってるんだから歌くらいイジられてもまぁ本心を言えば全然平気。

 

「嘘だよ。そんなにショック受けないでよ」

「嘘なの?」

「嘘だよ。バカにしてきたからちょっと仕返ししただけでしょ」

「いやー、焦ったー」

「焦るのこっちだわ」




これで100話目とかですかね。
1話の文字数そんなに多くもないんですけど、よく100話も続いたなぁと我ながらビックリです。

最近忙しめなので移動中とかちょっとした休憩時間に少しずつ書き進めて、1000字超えてキリがいいところで公開する、っていう感じになるかと思います。
気長にお待ちいただけると幸いです。


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いつもの捜査前の生配信

「というわけで、VR空間で流行ってるとか流行ってないとか、見たら姿を消すとか消さないとかの神様をですね、探してみようと思うわけです」

 

 私はグリモワール内のリビングしかない自宅で安楽椅子に座って生配信中である。

 もちろんリアル側ではいつも通りベッドの上で部屋着で。

 

 結局のところ最初はファンのみんなに聞いたことあるか確認して情報を集めるのが早い。

 

[お、新しい事件だな!]

[《¥2525》とりあえず資金提供]

[おじさん、とりあえず生みたいなノリで金払うなよ]

 

「まだ事件というほどのことではないですけどね。ただアイドルファンが新しいアイドルに乗り換えてそのまま他界しただけ説が濃厚です」

 

 とりあえず暇だし、推理とか捜査してないとこのまま歌ばっかり求められて歌ファンの方が探偵ファンより増えるのはやってない。

 

[たしかにそれが一番ありそう]

 

【フローラ】

[《¥2525》でも黙って他界しちゃうようなファンの方ではなかったので、せめてどうなったのかだけでも知りたいです]

 

[フローラちゃんだー]

 

「フローラもこのように言ってますしね。というわけで皆さん、何か知ってることがあれば教えてほしいんです」

 

 コメントが止まる。

 

「あれ? マイク切れてるんですかね?」

 

[いや、全然知らないから]

[誰か聞いたことあるか?]

[いや……]

 

「あっれー? 流行ってるっていう話だったのでは? 皆さん、私より社交的なのでは?」

 

[ニコよりは社交的だろうけど]

[聞いたことないもんは聞いたことない]

[《¥25252》資金を提供することしかできない」

[《¥2500》同じく]

[《¥2525》私も]

[《¥2525》ミーも]

 

「いやいや、そのノリのスパチャ結構ですから。嬉しいですけど、今欲しいのは情報なんですよ。しかし……解せないですね」

 

 流行っているのではないのか……。

 

[マジで誰も聞いたことないのか?]

[聞いたことあるような気もするけど、ぴーちゃんのライブの時に誰かがちらっとどんな話してたかなーくらいだな]

[一人いたけど、特に情報らしい情報はなしか]

 

「ぴーちゃんと”ふぁんたすてぃこ”のファンでそれぞれ一人ずつ……場合によっては同一人物だったら一人もありえますね」

 

 私は天井……といってもVR上の電球の一個もない真っ白な天井を見上げて考える。

 

 ――わからん。

 

 思ったのはぴーちゃんの家ほどじゃなくてもちっちゃいシャンデリアとか飾ってもいいかなーってことくらいだ。

 

[ニコでもお手上げか?]

[これだけ情報ないとな]

[迷宮入りかなー]

 

「ん? 何を言ってるんですか、皆さん……」

 

 私は自分の内側から湧き上がる熱いものを感じていた。

 

「ふっふっふ、謎っていうのはこうでなくちゃダメですね。わからなければわからないほどテンションが上がります。俄然やる気が出てきましたよ」

 

[ニコが燃えてる!]

[《¥10000》うおー]

 

「明日から聞き込み調査を始めますので、皆さんも何かわかったら私のSNSのDMに送ってください」



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情報は酒場で

 ってなわけで、ミステリー系のADVだったら調査パートってやつである。

 

 翌朝――私はメガネっ子ロングヘア―TJアカウントに切り替えてVR空間にダイブする。

 ちなみに服装はセーラー服である。

 ぴーちゃんを真似した。完全にクラス委員長である。女子高生アイドルみたいにはならなかった。

 ちなみに描いてくれたのは私のママである姫咲カノン先生だ。

 最近、私が忙しそうということであまり連絡しないように気を遣ってくれたようだが、ニコとTJの両方で新しい衣装を買おうと思っていると伝えたところ烈火のごとく怒り狂い……「絶対に私が描きます! たとえ無料でも! 他の人が描いた衣装なんて着ないで!!」というメッセージが来たのだ。

 私はちゃんと正規の金額をお支払いしておいた。

 ニコの新衣装はいずれお披露目配信をせねばと思っているが……今回の事件が解決した暁かな。

 

 というわけで、私はとりあえず人が集まるカブキシティに足を運ぶ。

 今日は土曜日ということもあって、人出が多い。

 

 ――それって逆にダメなんじゃない? リアルでお出かけしてないってことだもんね。

 

 そう、ここにいる連中の全員、本体は自宅かVRカフェである。

 よく晴れた土曜の午前中に引きこもりがこれだけいるのだ。

 大丈夫か? 私も含め。

 

 現実とリンクするグリモワールも雲一つない……とまではいかないが晴天だ。

 昼間のカブキシティはサイバーパンク感が薄れて、本当に近未来の東京を歩いているような気分になる。

 ただどんな店も24時間営業である。

 ここに日本の労働基準法は適用されない。

 

 ――ディストピアだー。

 

「さてと……」

 

 私は小さなバーに入る。

 リアルではバーに入ったことなんてない。

 お酒を飲んだこともない。

 居酒屋にはランチを食べに入ったことあるけど。

 

「いらっしゃいませ」

 

 バーテンダーは顔の半分が剥き出しの機械パーツのサイボーグアバターだ。AIだろうか。

 店内はまるで夜のような雰囲気で薄暗い。

 

「予約していたTJです」

 

 私がそう告げると――。

 

「こちらへ」

 

 彼が指し示した先には絵画が飾ってある。ゴッホの星月夜のVRレプリカだ。

 

 私がその絵画を触ると、手が奥へとすり抜ける。

 なるほど。この奥に通路があるわけだ。

 私はそのまま壁をすり抜けるとガラスのローテーブルと赤いソファの個室が広がっている。

 

 私が腰掛けると先ほどのバーテンダーがやってくる。

 

「お飲み物は?」

「コーヒー……はないですかね。バーですもんね」

 

 コーヒー中毒の私はどこでも反射でコーヒーを頼んでしまうが、今回はコーヒーを飲む店ではない。

 

「コーヒーリキュールのカクテルはいかがですか?」

「そういうのもあるんですね。ではそれで」

「承知しました。アイリッシュコーヒーというホットコーヒーにアイリッシュウィスキー、砂糖をステアしてヘビークリームを載せたものになります」

「へぇ」

 

 実際に飲むわけではないが、そういうこだわりは良いと思う。

 VRも早く味覚も錯覚できるように進化しないものだろうか。

 

「待たせてすまないね、藤堂さん」

 

 私がカクテルを楽しみに待っていると青白い顔に彫りの深い顔立ち、不自然に長いアンバランスな手足のスーツの女がやってくる。

 

「今の私はTJです。藤堂と呼ばないでください。ジョーカー」

「いいじゃないか。ここは完全クローズドな空間だ」

「ま、いいんですけどね」

 

 SNSや検索エンジンでも全然出てこない流行りの"神様"とやらについて、街行く人をひとりひとり捕まえて話を聞くわけにはいかない。

 手っ取り早いのは情報屋を使うことだ。

 

「さて……なにか知りたいことがあるんだろ?」

「えぇ」



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神様は人を殺したのか

 私が話し始めようとしたところ、ちょうどアイリッシュコーヒーがやってきた。

 一緒にお通しまで付いている。

 生ハムとチーズが小さくカットされて洒落たグラスに入っている。

 実際には食べられないのに芸が細かい。

 ちなみに私はお酒は飲めないが生ハムもチーズも好きだ。

 

「何か頼みましたか?」

「いや、いらない……意味ないからね」

 

 ジョーカーが首を振る。

 

「せっかくバーに来たのにつまらないこと言いますね。一杯奢りますよ。彼女に電気ブランを」

 

 バーテンダーはショットグラスとジョッキをジョーカーの前に並べると隠し扉の向こうへと消えていった。

 

「ありがとう。君はロールプレイにこだわるタイプなんだね」

「じゃなかったら、探偵ごっこなんてできませんね」

「なるほどね」

「とりあえず乾杯」

 

 私が差し出したグラスに彼女はジョッキをコツンと当てる。

 

「で、何が訊きたいんだい?」

「神様、というのがいるらしいんですが、それについて何か情報は入ってきてますか?」

 

 ジョーカーは少し眉間に皺を寄せる。

 

「そのことだったのか。ちょうどよかったよ。実は私も神様の正体については気になっていてね、調査依頼をしたいと思ってたんだ」

「自分で調べないんですか?」

「実はしばらくリアルの方が忙しくなるから、あまりログインできないんだ」

 

 こんな大金を賭けたギャンブルをするような不気味なアバターにもリアルの生活はあるのだ。繁忙期というのもあるだろう。

 私もそろそろ前期の期末試験に向けて準備をしなければならない。

 小説を書く時間も取りたい。

 大学生っていうのも意外と暇ではないのだ。いや、暇か……。

 

「で、あなたのところにはどんな情報が入ってるんですか?」

「最近、スラムで一人死んだ。まぁ、それはスラムでの言い回しで、正確には神様がどうとか言いながら強制ログアウトになったんだ」

「リアル側で頭でも打ったんでしょうか?」

「いきなり意識不明になったのかもしれない。ともかく、彼はその日以降グリモワールには戻ってきていない」

「なるほど」

「その後、こちらに入ってきた情報ではその彼はP2015のファンだったらしいということと、ファン仲間にもVR上で詳しいことは言えない、としか語らなかったこと。ただ、神様の力で願いが叶う。もう推しのところには行かないかもしれない、というようなことは言っていたようだね」

 

 まさか強制ログアウトしてそのまま来なくなるとは。

 しかし、これだけの情報でもわかることはかなりある。

 ファン仲間にもぴーちゃんにも詳しくは言えないのに、匂わせはする……興味は引きたいのだ。

 

「神様の正体については不明だが、どうやらグリモワールでロクでもないことをしているらしいということだけはわかっている。不思議なのは完全に正体を隠すわけではなく、自分の存在をチラつかせてはくるのに尻尾が掴めないところだ。死んだ男が正体をバラす可能性を危惧して始末されたのかもしれない」

「まぁ……その可能性も否定はできませんね。でもそもそもの話なんですけど、なんであなたが正体を知りたがるんです?」

 

 ジョーカーになにか不利益をもたらす存在なのだろうか、神様とやらは。

 

「グリモワールがリアルで騒がれるようなことは事前に潰したいのさ。ここでは色々とグレーゾーンなことも行われている。私がやっているハイレートなギャンブルだとかマネーロンダリングだとか色々ね。そういうのが掘り起こされるような可能性は潰しておきたい。ここには政治家のヘビーユーザーも多いから、ある程度はもみ消してくれるだろうが、マスコミが騒ぎ立てると一度地下に潜る必要が出てきたり面倒だからね」

「なるほど、納得です」

 

 ジョーカーはけっこう大変そうな道を選んでいるな、と思った。

 

「さて……私は行くところができたのでそろそろ行きます。ありがとうございました」

「役に立てたかい?」

「はい、解決まではさほど時間はかからないかもしれません」

「それはよかった」

 

 私は一応手元のグラスを空にすると立ち上がって、青白い顔の女に向かってひとつ言っておくことがあるのを思い出した。

 

「あとジョーカー……」

「なんだい?」

「期末テスト頑張ってくださいね」

「は? え? ……なんで」

「電気ブランって、そっちの小さなショットグラスの方が本体ですよ。ジョッキで乾杯する人なんていないです。お酒飲んだことない子供以外はね」

 

 ジョーカーが目を白黒させている。

 バーに来て、ドリンクを頼まないやつなんていない。

 ロールプレイにこだわらないなら盗聴対策なら喫茶店でいい。

 ここを指定したのは背伸びをしたのだろう。だが、それが逆効果だった。

 名探偵の私はちょっとした違和感にも気づいてしまうのだから。

 

「知らなかったんでしょう? 飲み物を注文しなきゃいけないってことも、電気ブランはショットグラスとジョッキのビールが一緒に出てくることも。私もね、お酒は飲まないんですけど、知ってるんですよ……大人だから」

 

 あと私も大学生だから、そろそろ学生が忙しくなるのも知っている。

 

「背伸びはほどほどに」

 

 私はそう言い残して、バーを立ち去った。

 

 ――子供かぁ。

 

 あの8000万円とかギャンブルで稼いだ分、ちゃんと税金払ってんのかなぁ。



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囮捜査

「えー」

「頼むよー、マッキー」

 

 私の家でゴロゴロしている牧村由美にとある頼みごとをしたのだが、ものすごく嫌そうにされている。

 

「頼まれてもなぁ……うーん。きっついなぁ」

「告白列に並んで、変な勧誘してきた奴呼び出して、神様ってなんなのか訊いてよー」

 

 マッキーの肩を揉みながら、ちょっと媚びた声を出してみたりなんかする。

 

「なにがキツいって、私そいつの連絡先知らないし、既にサークル辞めてるからね。大々的に辞めておいて、告白してきた変な奴に会いに戻ってくるなんてヤバい奴過ぎでしょ」

「すでに十分ヤバいヤツだから大丈夫だってー」

「ヤバくねーわ!」

 

 マッキーが笑いながらツッコんでくるが、マジでヤバいヤツやっちゅーねん。

 

「ってかさ、なんでリアルで聞かなきゃいけないのよ? 説明をしてよ、説明を」

「あぁ、言ってなかったっけ?」

「言ってないねぇ」

 

 そういえばなんでマッキーにそんなことを頼むのかという説明をすっ飛ばしていた。

 いけないいけない。

 

「神様が何かっていうことについてはぼんやり予想はついてるんだけど、それがなんでVR上では噂にしかならなくて情報屋でもなかなか尻尾を掴めないのかっていうのが今回のポイントなのよ」

「予想はついてるんだ?」

「実際に見てみないと断言はできないけどね」

「うーん、わたしにはまだよくわからないな」

「追って話をすると……まず神様というアイドルオタクにとって何かしらすごくいい、なんならもう現場に行かなくてもいいようなものがあると。で、それを匂わせた人は何故か詳しくは語ってくれない。ここまではOK?」

「うん」

「で、神様を見た人は何かリアル側で体調に重大な異変が起こって、強制ログアウトさせられてしまったわけよね。つまりただの都市伝説ではない、何かが起こってる。で、私は考えたのよ。たった一人が言ってるだけならちょっと変わった人がいるくらいの話なんだけど、噂にはなるくらいの規模なのになかなか詳細に知ってる人はいない」

 

 私はマッキーの顔を見ると頭をフル回転させているのがわかる。

 

「ギブアップ。なんで?」

「リアルで勧誘してるっていうのが私の推理」

「あー、でもなにを勧誘するの?」

「それは実際に見ないとわからないけど、何か非合法なものの売買かカルト宗教か。リアルとVRで勧誘とか商品のやりとり、金銭のやりとりを分けてるんじゃないかって思ってるの」

「なるほど」

「VR上で勧誘自体はしないけど、餌を撒く。それなら通報されてログを確認されてもいいわけ。リアルで勧誘する。で、またVRのクローズな場で商品や金銭の交渉をするとかかな。リアルで勧誘を咎められても、現実にはそういう団体は存在しないから足もつかない」

「それでリアルで話を聞いたわたしの出番なのね」

「そう、推理が合ってるか確かめられるし」

 

 マッキーが眉間に皺を寄せて逡巡した後こう言った。

 

「よし、一緒に行こう。TJが興味あるらしいって紹介してあげる。それならいいよ」

「そうきたか」

 



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黒い服しかないけれど

 きちー。

 知らない奴に「私ー、神様に興味あるんですけど、お話聞かせてもらっていいですかー?」って言いに行くのきちー。

 

「でもさ、私みたいな黒い服しか持ってない根暗オタクにそんなこと言われたら相手も警戒しない?」

「大丈夫、相手も似たようなもんだから」

 

 はい、バッサリ。

 そりゃそうでしょうよ。

 しかし、そいつよくモデル様の告白列に並ぼうと思ったな。

 私と違うのはその謎の行動力だ。

 

「でも、私と似てるならマッキーは好きじゃん」

「別にわたしは黒ずくめの陰気な人が好きなわけじゃないからね。言っとくけど。それにTJはもっと可愛い服着てもいいと思うよ。顔はまぁまぁ可愛いんだし。メイドとかコスプレじゃなくて私服の話ね、もちろん」

 

 まぁまぁってなんじゃい!

 めっちゃ可愛いわい!

 

「私も可愛い服着たい気持ちはあるよ? でも、服を買いに行くために着る服がない」

「出たよ、ネットでよく見るやつ。そんならわたしの服貸すって」

「身長差を考えて言えよ。キョンシーみたいな袖で、スカートの裾引き摺りながら服屋行けないでしょ!」

「折って、ピンで留めたらいいじゃない」

「よくないわ。前衛ファッションかと思われるわ。そんなら黒ずくめでいいよ」

「いつもの喪服コーデね」

「喪服コーデとか言うな!」

「まぁそうカッカしないの。今度一緒に服買いに行ってあげるから」

「それは遠慮しとくけど、相手が同類なら会話がスムーズにいくか、コミュ障の負の連鎖が起きてなにも進まないかのどっちかしかないから、割り切れるね。前者に賭けよう」

「じゃあ、行こうか」

「おっけー」

 

 私達は大学のサークル棟に向かうことにした。

 ちょうど三限が終わる時間だ。

 目的の人物をサークル棟のエントランスで待ち伏せることにしたのだ。

 どうせここを通るのだ。そこで呼び止めてしまえばいいい。

 相手はマッキーのことが好きなのだ。私一人ならともかくマッキーが一緒にいたら話くらいは聞いてくれるだろう。

 まぁ、サークル辞める時に隣のこいつがどういう態度を取っていたのか次第ではあるだろうが。

 涼しい顔をして見たことねー美容水みたいなやつを飲んでいるがトラウマになるようなフリ方してないだろうな?

 

「どした?」

「どうもしないの。ちゃんと入口見張ってて」

「はいはい。でもさー、こうしてると本当に探偵みたいだね」

「これでお金稼いでるんだから、本当に探偵なんだよ」

「たしかにね! わたし、探偵助手だ! 名探偵ニコ&マッキー! テンション上がるー」

「ニコって言うな。公共の場で」

「卑猥な言葉みたいだね」マッキーが小声で囁く。

「うるせー」

 

 私は本人の特徴は知っていても実物を見たわけじゃない。

 学生がいっぱい来ると見逃してしまうかもしれないのだ。マッキーには真面目に見張りをしてほしいものである。

 

「あ。来たよ」

「え、嘘。あの子?」

「そう」

 

 マッキーが指差したのは黒ずくめでボブカットの……なんか私みたいな女の子だった。

 

「女の子じゃん」

「言ったじゃん。TJみたいだよって」

「女の子だとは聞いてなかったけどね」



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TJジェネリック

「西園寺さん、ちょっといい?」

 

 お目当ての人物は西園寺というらしい。

 彼女は切れ長の目を見開き、一瞬笑顔を見せるが私の姿を見て表情を曇らせた。

 全部顔に出るタイプだ。

 

「牧村さん、どうしたの? 今日は違うサークル?」

「ううん、西園寺さんに会いに来たんだよ」

「ホント?」

「私じゃなくて、こっちの友達が。東城さんって子。学部の友達なんだ」

 

 そう言って、マッキーが私を紹介する。

 最初にちょっと期待を持たせる嫌な言い方するなぁって思った。

 だから、友達少ないんだよ。

 ナチュラル畜生だ。

 告白列に並ぶような好意を持ってる相手が会いに来てくれたら喜ぶだろ。

 こいつは生まれてこの方、モテにモテてきたが故に他人からの好意に鈍感になってしまっているのだ。

 

「そう……」

 

 ほら、あからさまにガッカリしてんじゃん。

 なんか髪型とか服装が似てるから親近感湧いてちょっと可哀想になってきた。

 

「うん、そう。なんかこないだVRで神様がどうこうって言ってたでしょ? 東城さんが気になるっていうから連れてきたの」

 

 うん、そう、じゃねーよ。サイコパスかよ。大学で他の人にどういう感じで接してるのか知らなかったけど、そりゃサークルでも浮くわ。

 コミュ障十段の私でもわかる。マッキーは第一印象と外ヅラはいいが、興味のない人間に対して冷た過ぎる。

 

「あ、でもマッキーも一緒に話し聞いてくれるんだよね? 三人でカフェでおしゃべりしよ」

「牧村さんもきてくれるの?」

「行くよ。TJの助手だからね、わたし」

「助手? 同じ研究室とか?」

 

 文系なので研究室とかない、別に。ゼミの所属も任意だし、3年生からだ。

 だけど……VR探偵の助手とか言えないので。

 

「うん、そう」

 

 って私もそう言うしかなかった。

 

     ※

 

 いつもお馴染み大学のカフェテリアだ。

 西園寺さんは別にサークル活動のために来たのではなく、次の講義まで一コマ分暇になったので部室で時間を潰そうと思っていただけということで素直についてきてくれた。

 

「西園寺さんは私たちと同じ二年生?」

「うん」

 

 西園寺凛さんは教育学部数学科の二年生らしい。マッキーとは文芸サークルで知り合ったそうだ。

 ただマッキーはもう辞めてしまったのであと一つしかサークルに入っていない。

 最初五つ入ってたサークルがあとひとつって……。

 

「なんで告白列に並んで、神様の話なんてしたの?」

 

 私はもう単刀直入に聞いてしまうことにした。

 

「それは…………」

 

 私に似ているのは見た目だけではなくコミュニケーション能力の低さもだ。

 なんだか聞き取れない声でごにょごにょ言っている。

 まぁ、質問はしたもののなんでかはだいたいわかる。

 

「マッキーがサークル最終日で仲良くしたいから何かお話ししたかったってことだよね? でも、謎の告白列ができちゃって、それが途切れたら帰っちゃうだろうからあわててそれに並んだはいいけど、告白したいわけじゃないから何か話題振らなきゃって思って、パニクって神様の話しちゃったとか?」

「うん、そう……」

 

 今日は一人一回「うん、そう」を言うターンが回ってくるな。

 

「そういうことだったんだー。それならそう言えばいいのにー」

 

 サイコは気づいていなかったらしい。マジで自分に告白しに来て、意味わからんことを言って去っていった奴としか認識していない。

 普通におしゃべりできるならしてる。できないから、意味わからん神様のこととかを口走ってしまうのだ。

 マジでこんなのと仲良くしなくていいと思う。

 

「まぁ、普通のおしゃべりはまたするとしてさ、VRの神様っていうのが何かっていうのに私は興味あるんだ」

「そうなの? なんで?」

「えーっと、私ね小説書いてて。そのネタになればいいなって」

 

 私は一瞬、ニコ名義の作品のことを言いかけたがやめた。

 小説のことを言うと自分がVであることと、この場が捜査のための聞き取りだと芋づる式にバレてしまう。

 と思ったが。

 

「今度、ホラー作家としてデビューすることになって。でも二作目のネタとか全然なくて困ってたんだ」

「え、東城さんってプロなの? うちのサークルに入ればいいのに。みんなにちやほやされるよ」

 

 そういえば、別ペンネームで本を出すことになっていたのだ。

 リアル側でVであることを明かせない調査の時に、取材の名目で話を聞ける。

 ナイス私! ナイス閃き!

 

 急に西園寺さんの私を見る目が変わったのもわかる。

 

「そっか、プロ作家なんだ。すごいなぁ。やっぱりそういうすごい人だから牧村さんと仲良しなんだね」

「うーん……そう……なのかな」

 

 そういうわけではないが、まぁとりあえず話はしてくれそうだ。

 

「じゃあ、今度私が書いた作品とか読んだり、小説の話一緒にしてくれる? それなら神様のこと教えてあげる」

「もちろんもちろん」



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西園寺曰く

 西園寺凛さんは小さな声で訥々と語り始める。

 

「私、実はあんまりサークルにも学部にも馴染めてないんだけど……ちょっと前にサークルで人と仲良くなれるVR体験動画というかちょっとしたセミナーがあるよって教えてもらったの」

 

 私とマッキーは静かに頷き、続きを促す。

 

「それで、グリモワールのアカウント作ってね、そのセミナーに参加したんだけど、なんか普通には入れないというか紹介だけなんだって。そこで……その……」

 

 西園寺さんはそこで口ごもる。

 

「西園寺さんもサークルの人に紹介してもらったんだ?」

「うん」

「その人は?」

「田畑君っていう同期だったんだけど……サークル来なくなっちゃって。噂では体調不良で休学したって聞いた。別に仲良かったわけじゃないから、直接連絡もしてないんだけど……」

「なるほど……ね」

 

 仲がいい友達に有益な情報を伝えようとしたわけではなく、彼女の悩みが見透かされ、そこにつけ込まれる形になったのであろうことは想像に難くない。

 

「それで、そのセミナーの内容っていうのは? なんで神様?」

「その……うぅ……」

 

 彼女は言いたくない。言えないのだ。

 私はコミュ障で人の気持ちがわかる方ではない。

 だけど名探偵だから。

 いや、きっと探偵じゃなくてもわかる。

 彼女がそのセミナーに参加してしまった理由はマッキーと仲良くなるためだ。

 それが友情なのか女性同士の恋愛感情なのかはわからないが。

 だから、マッキーの前では言えないのだ。

 今ならまだ自分への感情はほぼゼロだが、伝わり方によっては大きくマイナスに振れる可能性がある。

 

「言わなくても大丈夫だよ」

「え? TJ聞かなくていいの?」

 

 サイコパス牧村が驚愕する。

 

「いい。だいたいわかったから」

「どういうこと?」

「言わない」

「えー、なんでー?」

 

 お前がいるからだよ。と思ったけど、適当にはぐらかしておくか。

 

「別に簡単でしょ。ただ対人関係に悩む人を食い物にするカルトでそのリーダーが神様だって名乗ってるって話。そりゃ、そういうのに引っかかってるって言いたくないに決まってるじゃない」

「そりゃ、そうだ」

 

 私の推理はちょっと違うがまぁいい。

 アイコンタクトで西園寺さんにはわかってるぞ、と伝える。

 彼女が俯いた様子からするとおそらく伝わったはずだ。

 

「ところで西園寺さん、私もそのセミナー参加してみたいんだけど、紹介してもらっていい?」

「え? この話聞いて参加してみたいって思うの? 東城さんには必要なさそうだけど」

「興味は実際なくもないんだけど、潜入取材が主な目的かな」

「えっと……それは……」

「西園寺さんにとって踏み入ってほしくない場所なのかもしれないとは思ってるんだけどね。多分、西園寺さんの本当の悩みってきっと解決できるきっかけは今この瞬間で……神様のところじゃないよ」

「え?」

 

 ここはもう一か八かだ。

 

「その格好、私の真似でしょ? リアルで解決した方がいいよ。そんなことしなくてもきっと大丈夫」



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私とお友達になってください

 私は彼女の目をじっと見つめる。

 彼女を最初に見た時から違和感はあった。

 ただ髪型や服装を考えるのが面倒くさくてボブカット&黒い服固定にしている私とは違う。

 体型は近いが、顔立ちはちょっと大人びていてもっと色んな色の服が似合いそうだ。

 彼女はきっと私に容姿を似せて、今の恰好をしているに違いない。

 

「え? 西園寺さんってTJフォロワーなの? ってことはTJと仲良くなるためにわたしに近づいてきたんだ。なんだー、早く言ってくれればすぐ紹介したのに」

「うるせー。話をややこしくすんな。お前はだまってろ」

 

 私に睨みつけられて、トンチンカンな推理をかましたマッキーは驚愕で目を見開く。

 

「西園寺さん、私の言ってること間違ってたらごめんなさい。でもね、たぶんマッキーが芸能人だから仲良くしておきたいって思ったわけじゃないと思うんだ」

「……うん」

「マッキーだって、別に私が黒髪ボブでいっつも黒い服だから仲良くなろうって思ったわけじゃないのと一緒だよ。そんなところ真似したって仲良くなんてなれないんだよ。あと胡散臭い神様なんて頼る必要もない」

「じゃあ……私はどうしたら?」

「私ははっきり言って、あなたよりも人間のことはわからないと思う。サークルに入る勇気もなかった。でもね、思ってることを普通に口に出して言ってみたらいいんじゃないの? それを拒絶されたら……相手がきっと悪いか、相性が悪かったって諦めもつくんじゃない?」

 

 マッキーが隣で「いいこと言うわー、流石TJ」とか言ってるが、たぶん何もわかってない。というか、こういう伝わらないやつには直接言うしかないのだ。

 マッキーだって直接言えなくて回りくどい怪盗Vなんてものになっていたのに、どうして逆の立場になった瞬間なにもわからなくなるのか。

 変な奴過ぎる。

 

「そう……だよね。見た目だけ真似したってダメだよね」

「幾ら真似しようと思っても私は美少女過ぎるんでね」

「TJ、正気か?」ツッコミが入るが別にボケて言ったわけではない。

「私はいつでも正気だが?」

「そういうことにしておいてあげて」マッキーが肩を竦めながら言う。

「う、うん」

 

 そして西園寺さんは震える手で少しだけ水を飲むと、胃のあたりを抑えながら言った。

 

「あ、あの……牧村さん、東城さん……私とお友達になってください」

「いいよ」

「あ、私も? もちろんもちろん」

 

 友達とか別にいらんなって思って大学生活を送ってきたが、もう最近は友だちの投げ売り、バーゲンセール状態だ。

 別に一人二人友達増えたところで変わらない。

 

「私と友達になりたくて、TJみたいな恰好して、告白列に並んでキョドって神様がどうとか口走ってたの? リンちゃん」

「あだ名で呼び始めんのはえーよ。あとなんで私はTJとか変なあだ名なのに、西園寺さんは普通に可愛い呼び方なんだよ」

 

 私はこの馴れ馴れしさの権化みたいな奴にかなり引きながら、肩をひっぱたく。

 

「だって、西園寺だとSJじゃん。エスって言いにくいんだもん。だったらリンちゃんでいいじゃん」

「いいけどさ」

「あとリンちゃんさ」

「えっと、なに?」

 

 あまりのスピード決着に茫然とするリンちゃんにマッキーが言う。

 

「TJの上位互換みたいな恰好はね、やっぱり似合ってないと思うよ」

「私もそう思ってた」

 

 リンちゃんはそう言って笑ったが、私にも言いたいことがあった。

 

「おいおいおい、私の真似なんだから下位互換、ジェネリックでしょうがよ。何言ってんだよ」

「いや、TJはなんかGUとかじゃん。リンちゃん良い服着てるよ」

「わかってるよ! なんかちょっと私の方がみすぼらしいのは」

「じゃあ、今度三人で服買いに行こう。いいよね?」

「うん」って言ったのはリンちゃんで、私はいいとも悪いとも言ってないが、まぁたぶん行くことになるんだと思う。

 

「でも、その前に……神様とやらのバケのガワを剥いでからね」




Twitterの方には書いたんですが、あばら骨を骨折しました。
もともと喘息気味なんですが、強めの咳をしてポッキリと……。
咳であばらって折れるんですねぇ。
まぁ、日常生活には支障はないですし、PC操作やスマホ触るのに痛みとかはそんなにないんですが、テンションは下がりますね。
年末年始はロキソニンキメて、大人しくしておきます。


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解決編 神様の正体(前編)

 私はグリモワールのネオシブヤで西園寺さんと待ち合わせをしている。

 VR上でも渋谷は渋谷という感じでかなり街並みは正確に再現されている点でカブキとはかなり違う。

 歌舞伎町はそのままだと近寄りがたい人もいるだろうということでサイバーパンクアレンジがされているのだろうが、渋谷は逆にそのままの方がVR上でも観光に適しているという運営判断だろう。

 スクランブル交差点はリアルと同じくらい人混みで溢れている。

 

 私はTJアカウントの姿で忠猫パチニャン像の前で彼女を待つ。

 普段決して近づこうとしない渋谷だが、VR上でもなんとなく苦手なムードが漂っている。

 なんとなくみんな明るく、場違いに感じる。

 今の私は委員長っぽい風貌ということもあって遊びの街に馴染んでいない。

 

「東城さん?」

 

 私に話しかけてきたのは……ゴリゴリのギャルだ。

 なんかオーバーサイズのカーディガンに超ミニスカート、ピンク髪派手メイクのこれまでに接して来なかったタイプの人種が目の前にいる。

 

「え、え? 西園寺……さん?」

「そう、リアルと全然違うっしょ」

「違うけど、まぁ納得。そっちの方が本質なんだよね」

 

 私がそう言うと照れくさそうに頭を掻いた。

 

「ありがと。私、平成ギャル文化が好きなんだよね」

「あー、そうなんだ。私、ギャル文化にはあんま詳しくないから、平成がどういう風にカテゴライズされてるのか知らないんだけど」

「ルーズソックスとかね」

 

 彼女はそう言って、足元を指差す。

 

「へぇ。まぁ、流石に制服はともかく大学でもそういう風にしとけばいいのに」

「そうしたいのは山々だけど難しいよねー。こういうカッコしてるとさ、文芸サークルとかじゃみんな引いちゃってたぶん誰も相手にしてくれないから。本とか読まなそうじゃん?」

「人は見た目で判断するからねぇ」

「そういうこと。かといって、ビジュアル的にギャル文化が好きなだけで、飲みサーみたいなとこは苦手だし。地味キャラ演じてたんだ」

「でも、マッキーも本読まなそうだけどね。結構読んでるけど」

「そうなんだよね、牧村さん浮いてた。本人は気にしてないと思ってたんだけど、急に辞めるって言い出して焦ったよねー」

「マッキーはコミュ強っぽいけど、実はコミュ障だからね。勝手に浮いて、勝手に傷ついて怒って辞めちゃうんだろうね」

「そんなの全然知らなかった。いっつも一緒にいる子がいるって聞いてさ、まぁ東城さんのことなんだけど。東城さんみたいにしてたら、仲良くしてくれるかなって真似してみたけど全然ダメだったね」

「西園寺さんも人を見た目で判断しちゃってたわけね」

「そうだねー、なんかごめんね」

「いいよ、別に。……あの……その……友達でしょ」

「……うん」

 

 照れるわ、友達になりたての子に言うの。

 あと、マジで全然キャラ違うじゃん、コイツ。二重人格かよ。

 

「今度、リアルで会った時はさ、そういう感じでいてよ。なんかこわいから」

「ははは、そだね。もう素でいくよ、大学でも。あたしもサークル辞めようかな。牧村さんもいなくなっちゃったし」

「自分が一番楽しいって思えるところにいるのがいいと思うけどね。でも、その前に神様のことを解決してからだけどね」

「潜入取材でしょ?」

「まぁ潜入取材でもあるんですが、これ以上被害者を出さないためにできることはやるつもり」

「被害者?」

「西園寺さんはセミナーに参加しただけで具体的な活動にはまだ参加してないの?」

「うん」

 

 彼女は私の言うことがまだ呑み込めていないらしい。

 

「そっか……じゃあ、先に説明しておくけど、私はたぶんその神様っていうのを運営や警察に突き出すことになると思う」



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解決編 神様の正体(中編)

 きょとんとする西園寺さんのアバターを前に私は自分の推理を披露することにする。

 

「立ち話もなんだから、そこのカフェで話そ」

「うん」

 

 今はホラー小説家としてデビュー予定の東城ちゃんだが、彼女には色々と事前に説明しておかなければならない。

 適当なカフェの個室に入って向かい合わせに座る。

 私はいつものブラック珈琲を、そして彼女はなんかオーガニックトロピカルティー的なものを頼んでいた。

 VRにオーガニックもなにもあるかいな、と思いながらも彼女はロールプレイを楽しんでいるのでそれに水を差すようなことはしない。

 マッキーとかフローラがやったら、ノータイムでツッコミを入れている。

 

「とりあえず最初から整理するね」

「なんか探偵Vの推理ショーを生で見てるみたいー」

 

 この言い方……さてはこいつニコの方の配信観たことあるな。

 ちょっとニコっぽい喋り方とかしないように気をつけなければ。

 もう友達だとは思っているが、まだ100%彼女を信用しているわけではないから正体を明かすわけにはいかない。

 

「そんな大層なものじゃないよ。あのね、まず私がなんでグリモワールにいる神様のことを知ったかっていうと、あるアイドルのファンの人が神様について言及した後に姿を消したって噂を聞いたからなの」

「姿を消した?」

「最初はただ追っかけを引退しただけなのかなって話だったんだけど、どうやら強制ログアウトしていなくなっちゃったらしいの」

「強制ログアウト?」

「えーっとね、基本的にはログアウトポイントからしかログアウトできないじゃない? だけど、リアル側で心身に重い不可がかかったりしたってVR機器の生体センサーが判断したら強制的にログアウトさせられて、救急に通報がいくの」

「へー、そんな機能あるんだー」

 

 これって一般常識ではないのか。

 かつてVR使用中に大怪我をするとか命を落とすとかで社会的にVR批判が巻き起こった際に実装された機能だが、かなり昔のことなのでわざわざ調べようと思わなければ知らないのかもしれない。基本的にお世話になることはない機能なのだし。

 

「続けるね。で、その人がいなくなっちゃう前にもうアイドルの現場に行く必要はないっていうようなことを言ったらしいの」

「ふむふむ」

「で、神様の噂ってグリモワール上で広まってはいるし、こうやって何かしらの事故は起こってるのに、実態は掴めないのってなんでかなって考えたの。私は何かしらグレーゾーン、あるいは違法性のある物事をVR上で扱っていて、だけどその勧誘自体はリアルでやってるんじゃないかって予想したわけ。だからリアルでその話を聞いた人を探してたんだ」

「それであたしに話聞きたかったんだ」

「そういうこと」

 

 私はリアル側でルイボスティーを飲んで、喉を潤す。

 VR中にリアルで珈琲は飲まない。

 冷めたら不味いし、トイレ近くなるし。

 

「で、西園寺さんの話聞いたら、人と仲良くなれるセミナーをVRの神様って呼ばれる人がやってるって言われたんだよね?」

「うん……」

「でもそれって正確じゃないと思う」

「え? どういう意味?」

「勧誘してきた彼が正しく伝えなかったのか、まだ聞けてないのか、あなたがマッキーのいる前だから要所をボカしたのかはわからない……でも、私はいなくなったアイドルファンの人の情報と西園寺さんの状況、動機から推理するとちょっと違う答えに辿り着くの」

 

 西園寺さんはこれまで明るかった表情を曇らせ、グラスのストローに口を付ける。

 

「私はこれから本当の友達になりたいと思ってるし、西園寺さんもそう思ってくれてるからそのセミナーに潜入取材させてくれるんだと思ってる。そこに私を取り込もうとしたり、ここから全然違うところに連れて行ったり、まいたりするわけじゃなくてね」

「…………」

「ひょっとしたらそういう気持ちも少しはあるのかもしれない。でも……こないだも言ったけど、VRでは何にでもなれるし、自分の欲望を叶えることができる。でもそれは『仮想』でしかないんだよ。リアルで解決すべきことはリアルで解決しよう。私はそれを拒絶したりしない」

「東城さんって頭良さそうな喋り方するなーって思ってたけど、本当に頭いいんだねー。あたしとは違うや。続けて」

 

 目の前のギャルが諦めたように言った。

 

「うん。つまり……VR上で大好きだったアイドルにもう会いに行かなくてもよくて、人と仲良くなれるようなことで、のめり込むとリアルに支障が出る……これって一見するとカルト宗教みたいだよね。だけど、私がこれらの情報に筋が通ったストーリーを付けるとしたら……違法VRディープフェイクと、VRドラッグの組み合わせ、だと思うんだ」

 

 自分の好きな相手――それがリアルでもVRでも関係なく、まるで目の前で自分の欲望を満たすような行為をするVR動画とそれを現実かのように感じさせるVRドラッグ。

 これを売り捌くのであれば、当然VR上で証拠が残るような勧誘はやりにくいだろう。

 かといって、リアルだけでは完結しない。そのデータのやりとりや使用はVR上で行う必要があるからだ。

 金銭のやりとりや、ドラッグの提供はまたリアル側でうまくやるノウハウがあるのだろう。

 

 アイドルファンや叶わない恋をする相手を狙っているところもこの推理に辿り着くことになった要因だ。悪質だと思う。

 

「すごいね、だいたい当たってる。ってか、今日は私からそれを伝えて、そんな気持ち悪いやつとは友達にならない方がいいよって言うつもりだったんだー。友達になってくれて嬉しかったんだけど、やっぱりさ相応しくないんじゃないかってずっと思ってて」

 

 西園寺さんはヘラヘラ笑いながらそう言った。

 マッキーがどう思うかは知らないが、別に気持ち悪いとは思わない。

 でも、ドラッグは良くない。

 

「そうなんだ。でも別に気持ち悪くないよ」

「嘘でしょ」

「ホント。だって結局さ、西園寺さんがそんなのに手を出そうとしたのって、リアル側でどうしようもなくて、気持ちのやり場もなくなって仕方なくじゃん。変なやつにつけ込まれたのもあるし」

「…………でも、あたしは……牧村さんと友達になりたいとはもちろん思ってたけど……恋人にもなりたくて……そのVRで……偽者でもそんな風にできたらって……」

「大丈夫だよ。そういう感情を持つこともあるだろうし、それを私は否定したりしない。あとさっき私とは違うって言ってたけどね、違わないよ。私は孤独を感じる前に誰かが手を差し伸べてくれただけ」

 

 彼女は友情や愛に飢えている。渇望してる。

 私も孤独を感じてしまっていたら……彼女のように嘘の友情に縋り付こうとしていたのかもしれない。

 共感はできないが、想像はできる。

 ファンもいなくて、マッキーやフローラもいなくて、ぴーちゃんもいない。

 ずっと遠くから憧れの誰かを見てるだけ。

 リアルでも本当の自分を誰も理解してくれない。

 もうVR上で自分の憧れの人の偽者と一緒にいられるならそれでいいと思うのは気持ち悪いことだろうか?

 

「西園寺さんはまだ引き返せるわけでしょ。一緒にその変なセミナーぶっ潰しに行こうよ。それでリアルでマッキーと私と一緒に服買いに行こ」

「本当にいいの? 東城さん」

「いいよ。マッキーがキモいとか言ったら、アイツだけ置いて二人で行こう。私、GUとユニクロでしか服買ったことないけどね!」

 

 私はすっくと立ち上がる。

 

「これから私のことは……TJって呼んでね。リンちゃん」

「ありがとう! TJ」

「あとこれからもう一つ、私の大事な秘密教えてあげる」



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解決編 神様の正体(後編)

 私が案内されたのは、ネオシブヤの端にある小さなライブハウスだ。

 

「こんなとこあったんだ」

「ライブは殆どやってないみたい。立地悪いし。怪しげなセミナーとか」

「怪しげっていう自覚はあったんだね、リンちゃん」

「流石にあるよ。でも、神様の力っていうより現実的だなとも思ってた。絶対違法だっていうのも、まぁわかってた」

「正気を保っててよかったよ」

「正気だったかはわからないけどさー、やっぱ本物には勝てないよねー」

「そりゃ、そうだ。本物に幻滅する可能性も全然あるけどね」

 

 マッキーは雑誌とかで見るくらいがちょうどいいと思う。

 

「で、TJはどうするつもりなの?」

「とりあえずセミナー見て、その様子を録音して運営に報告かな。場合によっては警察にも」

「でも録画録音禁止だよ」

 

 ライブハウスやスタジオといった特定の場所では録画、録音はヘッドセット経由ではできない。

 それに録音録画機器を接続することもできない。

 だが、あくまでも手間がかかる上、盗聴盗撮をしたものを公開すれば著作権や肖像権の侵害を理由に公開停止を申し入れることができるし、悪質な場合は訴訟に発展することもあるから、やろうと思う人間がいないというだけだ。

 結局リアル側で検知されないように、小型マイクを物理的にくっつけて音声を抜いたりすることはできる。

 

「そこは大丈夫。まぁ、とりあえず行こう」

「うん、とりあえずあたしが一人勧誘してきたっていう体でパス付与できるから、一緒に来て」

 

 私はリンちゃんにもらったパスで中に入る。

 ちゃんとパスは付与してくれていた。

 

     ※

 

 会場は異様な雰囲気で誰も口を開いていない。

 パーテーションで区切られたパイプ椅子が並んでおり、私たちは横並びで座る。

 パーテーションでいったい今何人がこの場にいるのか正確な人数はわからないが、隙間から見えただけでも数十人はいるようだった。

 1日に何回このセミナーが開かれるのかはわからないが、座って5分も経たないうちにステージ上に女性アバターが現れる。

 汎用アバターではなくきちんと作り込まれているにもかかわらず、まったく特徴のないまるでマネキンのような姿をしている。

 服装も地味なダークスーツだ。

 

「皆さま、ようこそいらっしゃいました。まずここまで辿り着けたということはあなた達は選ばれた人間です。というとまるで宗教みたいですね。でもそうではありません。本当に神に縋りたい方はお帰りいただくとして……そんな方はいらっしゃいませんね?」

 

 微かに笑いが起こるが私の好みではない。つまらないことを言う。

 

「皆さんは愛に飢えてらっしゃる。リアルでもVRでも誰にも愛されない。愛されたい。だけど、どうしていいかわからない。そうではありませんか?」

 

 マネキン女の声が徐々に力強くなっていく。

 

「私たちは皆さんを科学技術で救いたいのです。まるでカルト宗教のような、むしろ人を遠ざけるような勧誘を行っているのも、それでも救われたい、愛されたいという気持ちを持つ方だけを選別するためのものです」

 

「私たちの提供する技術を使えば、あなたたちは愛してほしいと願う相手に、愛されます。それは本物ではないかもしれない、でも偽物でもいいではありませんか。どうせ本当に愛されることなどないのです。仮想世界でくらい愛に満たされたいではありませんか」

 

 私は今すぐにでもこのマネキン女を言い負かしてやりたい気持ちでいっぱいになったが、まだ我慢だ。

 

「私たちが提供する技術はあなた方の愛する人の姿を使って制作したディープフェイクと没入感を高めるための導入薬です」

 

 少し会場がざわつく。

 

「もちろん、お相手の方の同意が得られるに越したことはないですが、難しくてもそれは愛のためには致し方ないことです。あなたを愛してくれない相手の姿を多少借りるくらい許されるでしょう。導入薬も合法的な成分のものですのでご安心ください」

 

 本当に合法なのだろうか。

 だとしたら、リアル側で薬の取引現場を警察に通報するという手段が取りにくい。

 ディープフェイク映像がよほどよくできているのだろうか。

 で、あればもうここで行くしかない。

 

「欺瞞です!」

 

 私は立ち上がってそう叫んだ。

 

「本当に愛に飢えた人につけ込むための詭弁ですね」

 

 マネキン女は動揺した様子を見せることもなく、淡々と言う。

 

「そんなことはありません。私たちは純粋に愛を与えたいと思っています」

「いいえ、嘘ですね。最初にちょっと怪しげなカルト宗教を逆に装っているのは、そんなものにすら縋りたい人間を集めてから、カルトではなくただのちょっとグレーなIT技術によるものだと言って信用を得るための下準備でしかありません!」

 

 私は少しだけ間を置いて、こう言った。

 

「あなたたちのやっていることは人間心理を研究している詐欺だ!」

「そんなに気に入らないのであればお引き取りいただいて」

「いいえ、帰りません。あなたたちに騙された被害者の方は強制ログアウトするほどに心身にダメージを負いました」

「それは残念なことですが、それほどにのめり込んでしまったその方の自己責任ですので」

「人の寂しさにつけ込んで依存させるやり方は自己責任ではありません! あなたたちは犯罪者です」

 

 実際にディープフェイクVR映像の制作は法律で禁じられている。

 

「犯罪者でも求める人はいるのですよ。さて、管理者権限であなたにはご退場いただいて……」

 

 だが、私は追い出されない。

 

「グリモワールの運営にも通報済みです。今監視してるんじゃないですか」

「そんなことをしたって」

「あなたたちは地下に潜って同じことを繰り返すつもりでしょう。グリモワールは無法地帯に近い。うまく逃げ切って復活するのかもしれません」

「ふふふ」

「でもね、きっとこれからは騙される人は少なくなると思いますよ」

 

 私のこの発言で女が初めて動揺に近い反応を示す。

 

「このやりとりは生配信されています。音声だけですけどね。でも、かなりの視聴数みたいですよ。私のショーは結構な数字を稼げるんですよ」

 

[《¥2525》こんな詐欺が流行ってたのか]

[気をつけようぜ]

[コミュ障なのに議論と推理の時はハキハキ喋るよな、ニコって]

[カルトよりたち悪いな、コイツら]

 

「あなたたちを告発することが目的で声を上げたわけじゃないです。どうせグレーゾーンで同じことを繰り返す連中が相手なら……多くの人に周知して引っかからないように啓蒙するのが早いって思っただけですよ」

「くっ」

「あとね、これを観ている皆さん、もし愛されたいなら、ふぁんたすてぃこやぴーちゃん、じゅじゅ、ミコ先生のライブに行ってください。彼女たちは……アイドルはファンを等しく愛してくれます。それは報われない関係かもしれませんが、きっとあなたを満たしてくれるはずです。こんなところで偽物で満足なんてしなくていいんです。もし……フローラやぴーちゃんのところを離れて、ここに来て倒れてしまったあなたも、これを観てくれているなら、二人に謝って現場に戻ってきてください。彼女たちは待っていますよ」

「アイドルなんて所詮は誰にでもいい顔をする嘘吐きですよ」

 

 マネキン女が吐き捨てるように言う。

 

「彼女たちの愛に触れたこともない、偽物を売るお前が……お前たちが……軽々しく愛を口にするな!」

 

 私は立ち上がると、リンちゃんにアイコンタクトを送る。

 彼女は立ち上がり、私の隣に並んでライブハウスを後にした。

 私たちの後ろにもゾロゾロとセミナー参加者がついて外に出てくる。

 彼らの処罰をどうするのか運営判断は知らないが、少なくともライブハウス内に人はもう殆どいないだろう。

 

「リンちゃん、黙っててごめんね。私、藤堂ニコなんだ。これが私の秘密」

「すごい! あたし、有名人と潜入捜査しちゃった!」

「有名ではあっても、イマイチ人気ではない、というのが悩みどころなんですけどね」

「それよく言ってるけど、もう人気者じゃん!」

「自分で人気者だなんて言っちゃったらおしまいですよ」

 

 私はそう言って、アバターでも下手くそだとわかる不器用なウィンクをした。

 



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TJとマッキーとリン

「思ったんだけどさー、やっぱあたしって有名な誰かにくっついてたり、好きになってもらうことで自分も価値がある人間なんだって思い込みたかっただけだと思うんだよねー」

 

 私と西園寺凛ちゃんは教育学部前のベンチに座ってマッキーを待ちながらおしゃべりをしている。

 なんと、こやつリアルでもピンク髪になりおった。服装も肩とかめっちゃ出てる。

 

「あんまり良い発想ではないけど、一歩引いて冷静にならないと自覚できないかもね」

「そうかもー。一歩引いたっていうかさ、TJに首根っこ掴まれて、引きずり回されて、往復ビンタで目覚まさせてもらったって感じだけどね」

「そんな感じなんだ」

 

 私はそんなイメージだったことになんだか可笑しくなった。

 リアルだととてもそんなことはできない。

 

「ホントにこの何日かで色んなことありすぎたからね。あたしの中ではそのくらいのショックだったのよー」

「荒療治過ぎたかもしれないけどね。なんか多重人格みたいだし」

「これがホントで、あっちの偽TJスタイルは嘘だから。こないだ着てた服とかあげようか?」

「え? もらっていいの?」

「いいよ、好みじゃないし」

「やったー。ありがとー。好みじゃないなら真似なんかすんなよとは思うけどさ」

 

 もう今日服買いに行かなくていいんじゃね?

 

「だって、マッキーに好かれたかったからさ。今となってはやり方イカれてたなって思うよね。恥ずいわー」

「変な奴過ぎる。しかもそのギャルギャルしい見た目で文芸サークルかつ専攻が数学なのもまた変さが上乗せされている」

「あはは、なんか数学だけは昔からできちゃうんだよね。あたしだってなんかチャラい勉強したいし」

「チャラい学問なんかねーよ」

 

 私が言うと何かツボに入ったのか、リンちゃんは大笑いしながら、私の肩を叩く。

 

 すると、もう一人の変な奴がやってきた。

 

「お待たせー。って、うわ! 誰? え? リンちゃん? あははははははははは。全然キャラ違うじゃん」

 

 マッキーは到着するや否や、新生リンを見て大爆笑している。

 

「変かな?」

「全然変じゃない。超似合ってる。そっちのがいいよ。ちゃんと自分の好きなカッコしてるの伝わるし」

「ありがとー。あたし、ギャルだったんだよねー」

「なるほどねー。そりゃ、あのTJスタイルが似合わないわけだ」

 

 元芸能人の美人とゴリゴリのギャルといるとなんか私だけ影のようだが、まぁいい。

 

「じゃ、揃ったし行こうか」私が立ち上がる。

「その前に二人に言いたいことあるんだけどさ。わたしの講義終わるの待ってくれるなら、文学部キャンパスの前で待っててよ。なんで講義ない二人のために教育学部まで歩かされなきゃいけないのよ。遠いよ!」

 

 そう、なんとなく教育学部前を待ち合わせ場所にしたが……講義があるのはマッキーだけなので文学部キャンパスで待ち合わせる方が効率がいいのだった。

 

「良い運動になったでしょ。行こ行こ」

「こういう時にその類稀なる推理力で一番時間と距離が無駄にならない待ち合わせ場所設定してよね」

「あー、あたしらが待ち合わせするのに一番効率いいのはメトロの2番出口だと思うよー」

 

 リンちゃんが一瞬考えて言った。

 確かに感覚的にはそこが良さそうだ。今回は一人だけ講義で二人フリーなので迎えに行ってもよかったが、全員せーので講義が終わるとなると駅か。

 

「リンちゃんかしこー。じゃ、次から3人で出かける時はそこね!」

「今日以外も遊んでくれんの?」

「当たり前じゃん」

 

 そして、私たちは歩き始めた。

 

     ※

 

「しっかし、こないだのTJってかニコちゃんはカッコよかったよねー。私なら脚竦んで立てないよ。VRなのに」

 

 私たちは電車で新宿に向かうことになった。全員服のセンスが異なるが(私はセンスとか以前の問題だが)、新宿ならなんとかなんだろってマッキーが言うので。

 

「マッキーはスラムの時もVRなのにぷるぷるしてたもんね」

「そうなんだー。でも、あたしも怖くてグリモのスラム地域とか行ったことないなー」

 

 グリモって略すんや、リンちゃん……。

 

「わたしもTJと一緒じゃなきゃ無理無理。こないだのディープフェイクのセミナーで怒ってた時もだけど、TJはコミュ障なのにいざって時は頼りになるというか、すごい胆力あるなーって思うよ」

「ホントホント」

「いや、あれはあーせざるを得なかったのよ。当初のプランだとあのままセミナー最後まで聴いて、ドラッグの取引まで漕ぎ着けて警察に通報するつもりだったの」

 

 私だって、あんな形にしたくはなかった。

 

「でも、成分が合法って言ってたじゃん。多分、というか十中八九合法ではないというか、まだ違法になってないだけの脱法だと思うんだけど、それだと犯罪じゃないし、ディープフェイク動画制作だけだと大した罪にならないかもしれないじゃん。だからもう、こういう犯罪があるんだって周知した方がいいかなって」

「そういうことかー」

「正直ね、今でも正しかったかはわかんない。逆に宣伝になっちゃった可能性もあるからね」

 

 存在を知って、ディープフェイクと没入感を高めるドラッグで歪んだ欲望を叶えようとする人間が出てこないとも限らない。

 

「でもさー、少なくともあたしは救われたからねー。キモい想像上のマッキーとVRでデートして、薬でラリって病院送りならずに済んだ」

「やっぱリアルの方がいいでしょ」

「うん! まだちょっと緊張してるー」

「リンちゃん、緊張とか全然表出ないね。あと多分すぐマッキーには幻滅して緊張とかしなくなるから大丈夫」

「なんでこと言うのよ! ってかTJってわたしに幻滅してるの? え? なんか泣きそう」

「幻滅してないしてない! 言葉のアヤだよ! 元芸能人だからってお高くとまってなくて親しみやすいみたいニュアンスだよ!」

「よかったー」

 

 メンヘラが発動してちょっと面倒くさい感じになりかけたが、即座のフォローで機嫌を直してくれた。

 あとまたリンちゃんはツボに入っている。この子、ゲラなのか。

 

「ほら、着いたよ。今日は元モデルのわたしが二人の服をコーディネートしたげるからね」

「やったー」

「あんまり高いの選ばないでよー」



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私は悔しい

「良い服買えたねー」

「悔しいがマッキーのセンスを認めざるをえまい」

「素直にありがとうって言えよ」

 

 私は悔しかった。

 どうせマッキーはバカ高いモデル様御用達ブランドで私の財布に壊滅的なダメージを与えてくるものばかりだと思っていた。

 だが、私の好みかつそこそこリーズナブルな価格に抑えてコーディネートしてくれたのである。

 そんなことでいいのか。そんなツッコミどころのない振る舞いをしてマッキーだと言えるのか。

 

「ありがとう……」

「なんで悔しそうなんだよ!」

「なんかもっと変な服とかバカ高い服とかを選んで、私がツッコむ余地があると思ってたらすごくちゃんと選んでくれたから」

「じゃあ、普通に感謝するでいいじゃん。TJ、言ってること意味わかんないよ」

 

 わかってもらえなくていい。

 これは私がマッキーに対して抱く歪んだ友情ゆえのやつである。

 

「TJもたいがい変な子だねー」

「変じゃないわい」

 

 リンちゃんが言うが、私ほどまっとうな人間などいないのである。

 どいつもこいつも事件を起こして他人に迷惑をかける中、私だけがその事件を解決して平穏をもたらしているのだ。

 それがまっとうでないわけがない。

 

「マッキー、ありがとね。この服、一生着るー」

 

 リンちゃんが洋服が入った袋を大事そうに抱える。

 

「一生は着るなよ。ちゃんと古くなったら新しいの買って」

「でも、せっかくマッキーが選んでくれた服だから……」

「いや、じゃあまた次のバーゲンとかで選んであげるから」

「やったー。でも、そうなったら捨てられない服でクローゼットが爆発しちゃう」

「爆発はせんやろ」私がリンちゃんにツッコむ。

 

 そうそう、これこれ。

 マッキーが変なことをやらない時はこういう奴がいると実に助かる。

 思わず、地元のノリが出てしまう。

 

「そういえばさー、OIOIでマルイって読ませるのセンスとんでもないよね。これは読めない」

「あー、あたしも最初「ぜろいちぜろいち」ってなんだろって思った。これ地方出身者あるあるだよねー」

「あれ、二人って地方出身?」

 

 そういえば、私はこれまで自分の出身地を明かしてこなかった。

 というか、友達なんていなかったし、VR上の藤堂ニコの出身はイギリスである。

 私、イギリスとか行ったことないけど。

 

「そうだよ」

「うん」

「知らなかった。わたし、東京出身だからマルイは最初からマルイだわ」

「出たよ、都会っ子。リンちゃん、二人で田舎あるある話そ」

「やっぱり、マッキーはちょっと洗練されてるもんね……ちょっと距離感じちゃうよね」

「いやいや、なんかちょっと疎外感与えてくんのやめて。わたし泣いちゃうから」

 

 マッキーが私とリンちゃんの間に割って入ってくる。

 

「冗談だよ。でも私は関西出身で親の反対押し切って東京の大学に家出同然で出てきたから」

「あたしも関西だよ」

「ホントに? リンちゃん、方言全然でないね」

「TJもイントネーションは標準語だよね。ツッコミの時はちょっと出るけど。なんか一気に親近感湧いてきたー」

「私もー」

「いいないいな。わたしも今から関西で生まれ直せないかな」

「無茶苦茶言うなよ。あとマッキーは都会が似合うよ」

 

 なんか急激にリンちゃんへの親近感が湧いてきた。

 これからも仲良くやっていけそうである。




日常回でした。

ドラッグやって病院送りになった"彼"視点の番外編をやって、新章かなぁと思っております。
例によって次の予定はまったくの未定でして、短めの小さいネタで繋ぎつつ長編の構成を練ろうかなと。


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番外編 俺にはもう推す資格なんてない

 目を覚ましたのは知らない部屋だった。

 死んだのかと思ったが、どうやらまだここは死後の世界ではないらしい。

 真っ白で固いシーツ、冷たく重たい掛け布団。

 左腕の点滴を見て、俺はすぐに自分が病室にいるのだと理解した。

 

「あー、やっちまったな」

 

 スマホを見ると山ほど通知が来ていた。

 アイドルVtuberのファン友達からのものがほとんどだが、連絡が取れなくて心配した親からのものもあった。

 俺の病室は個室であり、このままベッドで電話をかけても問題はなさうだ。

 

「もしもし、お母さん? あぁ、大丈夫。ちょっと風邪引いてただけだから。だから大丈夫だって。もう平気だよ……うん、うん……今年の年末は実家帰るから。はいはい、じゃあもう切るよ。お父さんにもよろしく言っといて」

 

 久々に母親の声を聞いたら、少しだけ涙がこぼれた。

 大学を卒業したら、地元で就職してもいいかもしれない。

 下手したら死体で対面していたかもしれないのだから。

 

 俺は涙を拭いて、気持ちを落ち着かせてから、手元にある小さなスイッチを押してナースコールを鳴らす。

 ほとんど待つことなく、医者と看護師が来てくれた。どちらも男性で、優しそうで安心した。

 俺はきっと叱られるから。

 

「お目覚めだね」

「はい、ご迷惑をおかけしました」

 

 俺は点滴に繋がれているので立ち上がることはできないが、身体を起こして頭を下げる。

 

「ホントだよ。最近君みたいな子多いんだよね」先生はそう言って冗談めかして笑った。

 

 俺みたいな子――。

 VR依存で……それだけならまだしも怪しい脱法ドラッグにも手を出して、薬物依存にまでなるバカのことだ。

 大量にクスリをヤって、ぶっ飛んでそのまま危うくあの世までぶっ飛びかけた。

 辛うじて恥をまき散らしながらこの世に墜落したが、実質一回死んだようなものだ。

 

「そうですよね。恥ずかしいです」

「ま、薬も抜けて、頭も冷えたみたいだし……ちょっと看護師さんにお説教してもらったら帰っていいよ」

 

 優しそうな看護師さんは先生が病室を出た瞬間に鬼の形相になり、きついお説教を受けた。

 久々に大人にちゃんと叱られた。

 

     ※

 

 自宅に帰った俺は部屋の掃除を終え、グリモワールにダイブせず、PCからDMに順番に無事を知らせる返事を戻していく。

 どうやらグリモワール内では俺の醜態がそこそこ知れ渡ってしまったらしい。

 クスリと、大好き"だった"アイドルVのディープフェイク動画をキメて、グリモワール内を徘徊し、現実とVRの区別がつかなくなって、バッドトリップし、意識を失った。

 あの時のことははっきりとは思い出せないが、なぜか俺は最初グリモワールからもう出られないんだと思い込み、ログアウトポイントでもないのにログアウト操作を何回も失敗してもう一生ここで生きていくんだと諦めかけたところで、実はここが現実で俺はこれからグリモワールに行くのにもう行けないのだと急に思考が急転換して悲しくなり、その悲しみがどんどんどんどん膨らんで、悲しみが自分の身体を突き破って自分が悲しみの概念によってバラバラに砕け散った錯覚で意識が飛んでしまった……ような気がする。

 あの身体を概念が突き破る痛み……苦痛はそれまでに得た快楽がマイナスベクトルになって俺の脳と肉体で帳尻を合わせたのだろう。

 あれだけの目に遭ったのに、まだふと気がつくと無意識に視線がクスリを探している。

 

「捨てるか」

 

 と思ったが、なぜかクスリは家から綺麗さっぱりなくなっていた。

 どうやら救急隊が持っていってしまったようだ。ディープフェイク動画も俺のアカウントから削除されていた。

 グリモワール運営が今回の通報を受けて、調査して削除したのだろう。

 目にしたら最後の一回などと言って、再びドラッグや違法動画に溺れていただろうからこれで良い。

 アカウント自体はまだ残っていたが、今後もし規約違反行為を発見した場合にはBANすると警告文が表示された。

 かなり甘い処置だと思う。

 

[おい、藤堂ニコのチャンネル見ろ!]

 

 数人の友人からDMが届いている。

 俺はよくわからないまま、登録しているニコのミステリーチャンネルの生配信の視聴ボタンを押した。

 

 画面の向こうではニコの静止画と共に「※潜入捜査中の音声を配信しています。」と表示されている。

 

「あのセミナー……」

 

 ニコがあの脱法ドラッグと過激なディープフェイク動画を販売するセミナーに潜入していることは一瞬でわかった。

 俺もつい先日まであそこにいたのだから。

 

 もともと俺はニコのファンだった。

 ただ、ファンといってもお笑い芸人の番組を観るのと感覚的には同じで、特に疑似恋愛感情なんてものは欠片もなかった。頭が良くて、面白いことを話すから番組をやっているなら観る、程度だ。

 だが、ある時からニコはアイドルの事件にかかわるようになった。そして、彼女の番組をきっかけに”ふぁんたすてぃこ”やぴーちゃんにハマるようになったのだ。

 今となってはずいぶんと昔のことのように感じる。

 特にフローラのことが好きだった。

 ガチ恋だった……。

 

「でも……もう現場には行けないよな。どの面さげて会いに行くっていうんだよな」

 

 ディープフェイクと没入感を高める脱法ドラッグの組み合わせはガチ恋勢にとってはまさに劇薬だった。憧れのアイドルがまるで恋人になったと錯覚できたのだ。

 だが、フローラからしたら気色悪いことこの上ないだろう。

 自身の容姿を使って、その他大勢のオタクの慰み者にされたのだ。

 罪悪感で押しつぶされそうだ。

 

 だが――。

 画面の向こうからニコが俺に話しかけてくる。

 

「あとね、これを観ている皆さん、もし愛されたいなら、ふぁんたすてぃこやぴーちゃん、じゅじゅ、ミコ先生のライブに行ってください。彼女たちは……アイドルはファンを等しく愛してくれます。それは報われない関係かもしれませんが、きっとあなたを満たしてくれるはずです。こんなところで偽物で満足なんてしなくていいんです。もし……フローラやぴーちゃんのところを離れて、ここに来て倒れてしまったあなたも、これを観てくれているなら、二人に謝って現場に戻ってきてください。彼女たちは待っていますよ」

 

 そうだ。

 ニコの言う通りだ。俺は……本当は満たされていた。

 フローラやぴーちゃんに救われていた。

 彼女たちを通じて、俺のことを心配してくれるような沢山の友達もできた。

 それなのに……こんなことになってしまって……ごめんなさい。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい」

 

 偽者に手を出してしまってごめんなさい。

 裏切ってごめんなさい。

 心配かけてごめんなさい。

 でも……ありがとう。

 

 ニコから勇気をもらった俺は……ふぁんたすてぃこの次のライブのチケットを予約した。

 直接謝るんだ。

 

     ※

 

「フローラ……あの……俺……」

「来てくれてありがとう。待ってたよ」




一応、これで神様編はおしまいかなと思っています。
ここまでで、だいたい分量的には薄めのライトノベル2冊分くらいになりますかね。
毎回ですが、テーマの本質はだいたい番外編で描くみたいな感じになってきてますね。

次から第3部みたいな感じになるような気がしますが、何書くかはちょっと検討します。
ネタ自体はあるんですが、どのネタ書くかはまったく考えていないので。


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VRのシンデレラ編
やーめた


「あたし、文芸サークルやめてきた」

「お前もかよ!」

 

 大学のカフェテリアで講義の合間の時間を潰していたとき、唐突にサークル辞めた宣言をするピンク髪の派手ギャル西園寺凛ちゃん。

 私の周りの人間はなんでもすぐやめるな。

 

「なんで?」

「だってさー、文芸サークルっていっても、なんか知識マウントとかウザいしー、その割に公募に出すでもないし、なんか向上心もないしさー。あたし、髪ピンクにしてからめちゃくちゃ浮いてるし」

「ここ大学だよ? 髪染めたくらいで浮かないでしょ」

「なんか保守的なんだよねー。謎に。高校の部活みたいなの。マッキーも浮いてたし。かといって、それに抗おうってほどサークルに愛着もないからね」

「そっかー。ギャル研とかあればいいのにね」

「あはは、それはあったら入る。でもさ、マジな話、TJが友達になってくれたからってのはあるよ。だって、今度デビューするとか言いながらもう本出してんじゃん。藤堂ニコ名義で」

「あぁ、そうね」

 

 そういえば、リンちゃんには当初ホラー小説でデビュー予定だから取材したいっていう体で話していたのだった。

 

「あ、そうだ。サインちょうだい。今日持ってきたんだ」

 

 そう言って、リンちゃんは鞄から私の著作を3作全部取り出した。

 どれもブックカバーがかけられていて、丁寧に読んでくれているのがわかる。

 

「まぁ、いいけど、私のサインなんかいる?」

「いるいる。TJって自分が思ってるより有名人だよ」

「私自身っていうか、作品とか分身なわけじゃん、それって。大学生の東城がこうして書いてるサインってそれとリンクするのかなーって。たまにVtuberのニコちゃんのサインとかグッズ欲しいって言ってくれる人いるけどさ」

 

 私はそう言いながら、単行本の見返しに遠慮がちなサインを書いていく。

 書き慣れていないので、結構遅い。

 

「はい、できた」

「ありがとー、サインかわいいね。これ自分で考えたの?」

「まさか。デザイナーさんに作ってもらった。1万円とかだったかな。デビュー決まった時にサインのデザインやってる業者さんに依頼したの。まさか、こんなに書く機会ないもんだとは思わなかったけどさ」

「実家とか地元の友達とか欲しいって言ってこない?」

「こないこない。私、親に言ってないもん。藤堂ニコやってること。あと、地元に友達とかいないし、いたとしても教えない。Amazonに星1レビューとか付けてきそうじゃん」

 

 地元に友達はいないし、同級生の名前もほとんど覚えていない。

 上京志向が強くて少し浮いていたのもあるし、なんかの折に小説家になりたいと言った時に笑われてから地元の連中に対して心を閉ざしたのである。

 もはや顔も名前も覚えていない連中に対して許すとか許さないとかではないが、わざわざ教えるようなことでもない。

 あと連絡先も知らないし、実家の方に案内が来るであろう成人式後の同窓会にも出る気ない。そもそも成人式にも行く気ない。

 

「親に言わないとかあるんだ」

「扶養外れてるからね。バレることもないんだ。でも、次のホラー小説の方は名義教えてあげようかな、ってちょっと思ってるけど」

「へぇー、まぁ、わかるなー。あたしも似たようなもんだな」

 

 つい最近まで地味キャラに擬態していたこと友人はどっちのキャラでも地元で浮きそうなオーラを放っている。

 

「地元のリンちゃんはどっちバージョンだったの?」

「ケバいギャル風。でも根が真面目で勉強はできたからね。真面目グループにも不良グループにも入れずに浮きまくってたね」

「なるほどねー、まぁそうなんだろうなって感じする」

「リアルの人間関係むずいわー」

 

 人間誰しも何かしら問題を抱えているのだろうが、なんだかんだこうして問題抱える者同士で寄り添って成立する関係もあるのだろう。

 

「そういえばリンちゃんが書いてる小説読ませてくれるんだっけ?」

「本当に読んでくれるの?。なんか既に何冊も出してるプロに見てもらうの気が引けちゃってさぁ」

「いいよ、別に。暇な大学生だからね、友達の作品くらい読むでしょ。私、かなりの速読だから気にしなくていいよ。それに本は出たかもしれないけど、気分的には本が出ただけのアマチュアだよね」

「そんなもんかー。でも、嬉しい。すぐ投稿サイトのURL送るねー」

 

 



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リンちゃんもまた名探偵なのかもしれない

 私はリンちゃんが投稿サイトに載せている作品を一気に読み切る。

 10万字程度ならスクロールを一瞬も止めなくていい。

 

「それ、読めてるの?」

「読めてる。速読できるって言ったでしょ。私、中学生まではフラッシュ記憶で教科書配られた初日に全ページ暗記してたから」

「尋常じゃないね。教科書持ち歩かなくていいじゃん」

 

 リンちゃんは大笑いしている。

 読むのは早いが会話しながらとかだとスピードは落ちるのだが、まぁいい。

 

「教科書に書き込んだりとかするし、暗記してるからって手ぶらで学校来るような奴が浮くというくらいのことは名探偵だからわかってたよ。ちゃんと机に入れっぱなしにしてた」

「持っては帰らないんだ。ウケる」

「ま、ちゃんと授業中に机に教科書出してても浮いてたけどね。これはもう解けることない謎ね。なぜか先生からも嫌われてたから」

「TJは先生ウケ悪そうだからねぇ」

「謎よね」

「謎かなー? 自分より頭が良さそうな子嫌いな先生っているじゃん。それだと思うな。あたしはバカそうなのにちゃんと勉強してたから先生ウケはよかったけど。TJに見下されてるって思う先生もいたんじゃない? TJはナチュラルに先生のプライド傷つけてそう」

 

 なんかトボけた顔して、すごい芯を食ったことを言ってくるな……。

 思い当たるフシがめちゃくちゃある。

 

「リンちゃんも名探偵の素質があるのかもしれないね」

「んんー、これは推理とかじゃなくて、他人の視点に立って考えるとかそういうことだと思うなー。あたしはさー、自分のキャラが環境にマッチしてなかったわけだけど、TJは頭がいいから出来ない人の気持ちがあんまりわからないんだと思うなー」

 

 私は今、思い当たるフシに殺されかけている。

 

「なんかそう言われるとそうとしか思えなくなってきたし、遡って人を傷つけたかもしれないということに自分が傷ついているよ」

「あはは、もう終わったことだし、前向いてこうよ。TJはさ、ニコちゃんの活動通して人の気持ちが理解できるようになってきてると思うなー。あたし、そんなに藤堂ニコのチャンネル熱心に追ってきたわけじゃないけど、初期の人狼とかやってる時は頭キレ過ぎてたし、対戦相手の詰め方ちょっと怖かったけど、どんどん人間味出てきてるのわかるよ」

「お、おう。なんか私のコスプレしてたピンク髪ギャルが言ってるということに脳がバグりそうだけど、百パー言う通りなので私は言い返す言葉もないよ」

 

 私は人の心がないモンスターだったのかもしれない。

 最近、なんか愛について語りながらキレたような気もするが。

 でも、その愛もドルオタ的な擬似のやつで本当の愛かは知らんけど。

 

「あ、読み終わりました。リン先生」

「あはははは。なにそれ。で、どうだった?」

 

 なんだかんだ話しながらも私はリンちゃんの作品をしっかり読んでいたのである。

 



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恋せよ乙女

「リンちゃんは恋愛モノ書くんだね」

 

 私はおしゃべりしながら、リンちゃんが書いた長編2本、短編5本を読破していた。

 今回は一気に読んでしまったが、家に帰ってもうちょっとしっかり読み込もう。といっても、それでも速いは速いのだが。

 ぴーちゃんに2秒で全ページ読まれるということにちょっとだけ抵抗あった。多分、リンちゃんも同じ気持ちだろう。自己満足かもしれないが、ちゃんと読むのだ。

 

「うん、そう。どうかな?」

「なんか、そんな緊張感出さなくても……友達に趣味の小説読ませただけでしょ」

「そうなんだけど、TJはプロだから」

「あんま売れてないけどね」

「ニコちゃんファンは買ってくれないの?」

「そうなんだよ! なぜか小説家藤堂ニコと探偵Vのニコのファンって被ってないの! ファングッズとして捉えてくれていない気がする! でもあんまりしつこく宣伝するのも気が引けるしさー、困ったもんだよ!」

「う、うん。すごい納得いってないのはわかった」

「これはいつか解き明かさなきゃいけない謎なんだけど、まずはリンちゃんの小説の話だね」

 

 一瞬、エキサイトしてしまったが、今は私が小説家としてあんま売れてないって話じゃない。

 

「えっとね、すごく上手でビックリした。比喩表現とかオリジナル?」

「好きな作家の影響は受けてると思うけど、全部自分で考えてるよー」

「すごいね。まだこんな表現が残ってたんだ。とにかく文章表現が綺麗よね。構成もしっかりしてる」

 

 私はとにかく読みやすけりゃそれでいい派だ。エンタメ系だから。

 あと文章や表現が独特だと、そこで変に伏線だとか勘繰られるとミステリーなんて成立しないし。そういうのはミスリードするところだけでいい。

 

「面白かった」

「よかったー」

「ちなみに私はお世辞とか言えるタイプじゃない」

「あはは、知ってるー」

「知ってたか」

 

 まぁ、そういうわけで本心から言っている。文章表現だけでいえば私より上手いとおもう。

 

「どこか良くないところってあった? 公募とかも出すんだけどさー、一次は通ってもその先になかなか進めないんだよねー。一回だけ二次通過したけど」

 

 私は友達の作品に対して、どこまで正直に言うべきか決めかねていた。

 指摘したことで傷つけたりするのではなかろうか。

 

「うーん……そうだねぇ」

「正直に思ったこと言ってくれていいよ。そりゃ、めっちゃ傷つくような言い方されたら嫌だけどさー。悪いところも教えてもらわないと成長しないじゃん? あたし、書籍化目指してるし」

「そうなんだ……」

 

 で、あれば少し耳に痛いかもしれないけど……言ってみるか。

 

「なんかね、恋愛要素がすごく定型的というか、ヒロインが王子様みたいなイケメンとくっつくだけなのが勿体ないかなって。まぁ、恋愛モノってだいたいそうなんだろうけど」

「作り物っぽいってこと?」

「まぁ……そうだね。起こるイベントとか言ってることとかはどこかで読んだことあるなーみたいな。リアリティっていうのがちょっと物足りないかも。ありきたりな流れも上手い文章でそういう風に感じさせないようにはなってるんだけど……限界あるかなって」

 

 リンちゃんは「やっぱ、そうかー」と呟いた。

 

「自分でもわかってはいるんだけど、いかんせん恋愛経験ないからね」

「私もないよ、そんなもん」

「TJは恋愛モノ書かないから別にいいじゃん」

「ミステリー書くからって人殺さないし、ホラー書くからって幽霊見たことあるわけじゃないけど……まぁ、読む側もそんな経験ないからね」

「ってことだよねー。やっぱさー、あたしって所詮は自分が読んできた作品をベースにつぎはぎしてるだけになっちゃうのよ。リアルな恋愛したいわー」

「したいかぁ? 面倒くさそうだから、私は嫌だな」

「花の女子大生とは思えないなぁ、TJは」



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探偵に恋愛なんて必要ない

「花の女子大生って感じじゃないかもしれないけど、私には謎と小説だけあれば十分だからなぁ」

 

 本当に十分かはよくわからないけど、まぁ特に現状他のものを欲してはいない。

 

「TJは合コンとか行かないの?」

「行かないよ。都市伝説でしょ。私の観測範囲ではそんなの開催されてたことないよ」

「都市伝説ではないよ。あたしも行ったことはないけど」

「リンちゃんもないんじゃん」

「行ったことはないけど、文芸サークルでもやってたよ。他大の文芸サークルの男の子とやるっていうのは聞いてた。マッキーはめちゃくちゃ誘われてたみたい」

「あー、まぁ、そうだろうね」

「あたしも誘われたことはあるんだけど、社交辞令なのかガチなのか判断つかなくて行けなかったんだよねー」

「それはなんとなくわかる。合コンとか連れて行かれてもどうせ数合わせか、私を見下して自分を相対的に良く見せるための噛ませ犬要員なんだろうなって思っちゃって多分行けない」

「いやぁ、あたしはそこまでは思わなかったけど……TJの推理はたまに推理じゃなくてただの行き過ぎた被害妄想なことがある気がするよねー」

 

 そう言って、ケラケラ笑った。

 そうこうしていると……。

 

「あ、来たよ。寂しがりが」

 

 一見優雅っぽいが、明らかに早歩きの長い脚が。

 遠目に見ると脚が占める割合が大き過ぎるように思える。

 

「お待たせ」

「いや、別に待ってない。ってか、講義終わったらマッキー来ること忘れてたし」

「一生懸命急いできた友達に対して最初にかける言葉がそれって! 残酷過ぎるでしょ」

「ごめんごめん。まぁ、座りなよ」

 

 マッキーが荷物と手に持っていたタンブラーをテーブルに置いて、腰掛けるや否やリンちゃんが質問を投げかける。

 

「ところでマッキーは合コン行ったことある?」

「ないなぁ。死ぬほど誘われてきたけど、そういうの週刊誌に撮られるの嫌だったし。え、なに? 二人が合コンやるって話? それならわたしも行くけど」

 

 こいつの推理力は下の下であるな。

 私が合コンなんてやるわけがない。

 

「やんないよ。面倒くさい」

「あはは、そうだよ。マッキーが文芸サークルいた時、いっぱい誘われてたでしょ? 一回くらい行ったことあるのかなって」

「そういうことかぁ。まぁ、冷静に考えて、TJが行くわけないか。でも、マッチングアプリとかも何の接点もない知らない人と会うなんて冗談じゃないとか言うでしょ?」

「その通りだね。絶対イヤ」

「TJはどうやって、恋愛すんの?」

「だから、興味ないって。まぁ、私のことはいいのよ」

「いいんだ?」

「私はいいのよ。リンちゃんの話だから」

 

 リンちゃんは自分が恋愛小説を書いているのだが、恋愛経験ゼロであり、描写にリアリティがないことが悩みなのだと説明する。

 

「はー、なるほどねぇ」

「マッキーにもフラれちゃったしね」

 

 別にリンちゃんがそう言ったところで気まずい雰囲気にはならない。

 

「そりゃね。わたしも恋愛とかそんな興味ないからね。ってか、そもそもリンちゃんの恋愛対象って女の子なの?」

「あー、どっちも」

「どっちも大丈夫なタイプなんだ」

「と、思ってるんだけど、まぁ付き合ってみないとよくわかんない」

「へー」

 

 マッキーはなるほどねー、とか言ってる。

 

「実際に彼氏彼女ができてっていうのはまぁ理想なんだけど、まずそもそもでちゃんと恋愛対象になりそうな人と喋ったりってとこから取材していきたい次第だよねー」

「そういう出会いってのは待つしかないよねー」

 

 私はもうよくわからないのでそんな薄っぺらいことしか言えない。

 

「とりあえず練習とか擬似的なのでいいなら、グリモワールのあそこ行けばいいじゃん。なんだっけ……」

 

 マッキーが言わんとすることを私は考える。

 グリモワールで擬似恋愛をするところ。多分、アイドルの現場ではない……。

 

「え? ホストクラブのこと言ってる?」

「それそれ。なんかあるでしょ、そういうの」

「そんなの考えたこともなかったな」

 

 リンちゃんは逡巡した後、こう言った。

 

「行ってみよっかな」

 



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乙女心は推理で解き明かせない

「俺と付き合ってくれ、ニコ」

 

 目の前でイケメン生徒会長がセーラー服姿の私に向かって告白してくる。

 なるほど。

 

 はい

→いいえ

 

「嫌ですね。あなたが私と付き合いたいと思うわけがありません。根拠が薄すぎます。名探偵を騙そうなんて100年早いんですよ」

 

「そうか……残念だ」

 

【BAD END】

 

「クソゲーですね」

 

[《¥2525》嘘だろ。頭おかしい」

[ゲームは名作なんだよ。クソゲー扱いすんな!]

[《¥2500》サイコ過ぎる。生徒会長可哀想だろ]

[ドヤ顔すんな]

 

 私はゲームの背景表示をオフにして、グリモワール上の自室配信に切り替える。

 最近のVR乙女ゲーは自室でAIイケメンと本物と見紛う学園セットで恋愛できるというすごいものなのだ。

 私の衣装もいつものホームズスタイルに戻る。

 

「いやいや、だっておかしいでしょう。普通に生徒会の仕事してるだけで生徒会長が好きになってくるなんて不自然過ぎます」

 

[《¥2525》おかしいのはお前だよ!」

[これがネタ配信じゃなくて、ガチで攻略しようってんだからな]

[リアルのニコが心配になってくるトンチキっぷり]

[推理じゃなくてただの人間不信なんだよなあ]

 

「あなたたち、本当に私のファンですか……ボロクソ言いますね」

 

[そもそもなんで急に乙女ゲー配信?]

 

 今日はゲーム配信をしているのだが、そういえば趣旨を説明していなかった。

 

「リアルの友達が恋愛小説を書くのに恋愛経験がないっていうのを悩んでいたんですよ。で、私はそういうの全然興味ないって言ったんですよね」

 

[だろうな]

[マトモな人間の感情がある人の選択肢じゃなかった]

 

 なんなんだ、お前ら。

 

「まぁ、コメントにいちいち引っかかってても話進まないから続けますけど、自分が恋愛したいという欲求はゼロだとしてもですよ、ある程度どういう現象か理解していないと友達の相談にも乗れないなと。そう思ったわけですよ」

 

[何も理解できてなかったけどな]

[生徒会長の好意や気遣いを被害妄想で、罠だと疑ってフッただけ]

[《¥25000》俺はそんなニコが好きだよ]

 

「いやいや、これはゲームの方が良くないですね。こんなに都合良くイケメンがあらゆるところに配置されていて、自分のこと好きになるなんてあるわけないでしょ」

 

[そういうゲームなんだよ!]

[ゲームの根幹否定すんな]

[そういう体験をするためのゲームだろうが]

 

 同じようなツッコミが怒涛の勢いで流れていく。

 速読できると全コメント拾えるから鬱陶しさも100倍である。

 

「まぁ……一理ありますね。ちょっと私には早かったようなので、次は違うゲームにしますか。推理ゲームとか」

 

[いや、恋愛アドベンチャーもっとみたい!]

[乙女ゲーはレギュラーコンテンツにしよう]

[歌と同じくらいのヒット作になる]

 

 私の乙女ゲー配信は謎に人気コンテンツとなり、次回を望む声が届いている。

 釈然としないところはあるが、リスナーのリクエストを無碍にはできない。

 

「わかりました。今日の配信はここまでとしますが、次に私にプレイしてほしいゲームのリクエストはコメント欄に書いておいてください。リクエストが多かったのをやります」

 

[イケメンボディビルダーやって]

[ディストピアホストクラブで]

[アンデッドラブ]

 

 どんなゲームだよ。乙女ゲー多様化し過ぎだろ。

 

     ※

 

「なんか……違った」

 

 私の類稀なる推理力を持ってしても恋愛感情とやらは解き明かせないらしい。

 被害妄想とか人間不信とか言われるの納得いかない。

 まぁ、いい。次のゲームこそはパーフェクトにイケメンを落としてあげるとしよう。

 とか考えながら、ゲームタイトルの物色をしていると……。

 

「リンちゃんからだ」

 

 DMが来ている。

 

[あたし、本当の恋見つけちゃったかも!]

 

 ホンマかいな?

 




こんな年の瀬に誰が読むねん、と思いつつも書き上がったので更新してしまいました。
お読みいただいている皆様、今年はありがとうございました。
ハーメルンで連載していなければ本作はとっくに完結していたと思います。

あと年明けにはちょっとしたお知らせがある……予定です。あまり期待せずにお待ちください。

気が向いたタイミングで今後もちょこちょこ書いていきますので、来年もどうぞよろしくお願いいたします。


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本当の恋なんてがあるならお目にかかりたいもんである

「本当の恋ぃ?」

 

 私は猛烈な不安に駆られている。

 なんか嫌な予感がする。ひしひしと。

 ぜったい、やべーパターンでしょ。

 

[今度会った時に話す! あとちょっとお願いもあるんだ(人>ω•*)オネガイ]

 

「うーん……」

 

 私はとりあえず[内容による]とだけ返信しておいた。

 

 "今度会った時"とか書いてあるが、それは明日だ。

 明日は2限終わりで……お昼を一緒に食べる約束のはず。

 私とリンちゃんは講義の組み方が似ているので空き時間は割と一緒にいられるのだ。

 それぞれ文系と理系ではあるのだが、リンちゃんは数学専攻で研究室で実験に明け暮れるタイプの理系ではないので、割と文系ライクな生活を送っている。

 

 しかし、本当の恋だとか真実の愛だとかそんなもんがあるならお目にかかりたいもんである。

 名探偵である私の仕事はそういう胡散くさいものなど存在しないということを証明することだ。

 

 私はとりあえず『ディストピアホストクラブ』と『イケメンボディビルダー』を購入しておいた。

 私の購入済ゲームリストにこの2タイトルが並ぶことにはかなり抵抗がある。

 別に他人に見せるわけではないが、今後もゲーム選ぶ時になんかサイボーグとマッチョのイケメンが見つめてくるのかと思うと……なんか嫌だ。

 配信が終わったら、サムネイルの順番一番下にしてやろう。

 

 ちょっと配信してから寝るかぁ。

 私はヘッドセットを装着して、VR空間にダイブする。

 と同時にデザインAIが配信プラットフォームにすぐさまサムネイルを生成し、公開する。

 

 藤堂ニコがマッチョに囲まれ、ドン引き顔をしているサムネイルに『文化系引きこもり探偵 vs 体育系イケメンマッチョ』の文字と私の台詞で「筋肉なんかに私は堕とせない!」が入っている。

 このくらいの作業はもうAIにおまかせでなんの問題もない。

 私の好みや再生数が稼げる傾向も学習して作っているのだ。

 台詞にはまぁ引っかかるところはないでもない。でもAIギャグけっこうウケるからなぁ。

 

「はい、というわけで始まりました。今日はリクエストをいただいた『イケメンボディビルダー』の配信です。名探偵藤堂ニコの推理力を持ってすれば、身体ばかり鍛えている連中に好かれることなど容易いことでしょう」

 

[《¥2525》前回のダメっぷりでなんでそんな自信満々なんだよ]

[どの面さげて言ってんだ]

[たぶんニコは一日中筋トレしてる人より恋愛偏差値低い]

 

「はぁ⁉ なんなんですか、あなた達は。目にもの見せてあげましょう」

 

 このゲームで私がやることは、イケメンたちの肉体美を維持しながら、恋愛関係を発展されることらしい……らしい。

 

「とんでもないゲームに手を出してしまった。なぜ私がイケメンの筋肉の面倒まで見なくてはならないのか……」

 

[そういうゲームだからだよ]

[《¥2525》]

 

 そして金二区高校の学生となった私はボディビル部の扉を叩き……。

 

 気が付けば……。

「その上腕二頭筋にぶら下がりたい! 広背筋の翼で空も飛べるはず! その大腿四頭筋、チーターと良い勝負!」

 とか言って、叫んでいた。

 

 まぁ、他にもプレイ中色々あって、配信はたいそう盛り上がったのだがそれはまた別のお話。



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多分それ騙されてる

 筋肉は奥が深い。

 というか、あの誰がどう見てもクソゲーとしか思えないイケメンボディビルダーの奥が深かった。

 攻略対象がどこの部位をどう鍛えているのかを見抜き、それに沿った的確なコメントで褒めないと好感度が上がらないのだ。

 その洞察力と、褒めワードの語彙力の要求は探偵兼作家である私に刺さらないわけない。

 コメント欄の筋肉比喩大喜利(藤堂ニコがなんて言いそうか当てクイズ)の回答欄としてもはちゃめちゃに盛り上がっていた。

 私がリスナーとして参加したかったくらいである。

 もはや恋愛感情の勉強とか関係ない。

 

 とか学食の席取りをしながら考えてたら、ピンク髪派手ファッションのお友達がやってきた。

 

「やっほー。昨日の配信盛り上がってたねー」

「ね、自分でやってても面白かった。切り抜きめちゃくちゃ再生されてるし、まーウケてるね」

 

 アーカイブのフル動画もとんでもないペースで回っているし、スパチャも追っかけでどんどん積み上がっている。ショート動画なんか一千万再生ペースである。

 みんな投げ銭するお金あるなら本も買いなさいよ。

 

「あーゆー、言い回しとかパッと出てくるのが小説書いてる人間の強みだよねー」

「探偵系小説家VTuberとボディビル恋愛ゲームの組み合わせが実はあんなにマッチするとは誰も思っていなかったからね」

 

 リンちゃんはいきなり少し遠くで談笑する集団を指さす。

 

「たとえばさー、あそこにラグビーかアメフトかわかんないけど、すごいゴツい人たちいるじゃん」

「いるねぇ。すごいよね。同じ人類だとは思えない大きさだよね」

「あの手前の坊主の人みたいなタイプが出てきたらニコちゃんはなんて褒めるの?」

 

 私はちらっとだけ見て、私の胴ほどある脚の太さに着目した。

 

「そびえ立つレオパルト2の2本の巨砲! お前のその大砲ならベルリンの壁もぶっ壊せる!かな」

「なにそれ、どっから来んのよ、そのボキャブラリー」

「西ドイツの戦車だよ、レオパルトツー」

「知らないけど、それが一瞬で出てくるのがね、面白いんだよねー」

 

 リンちゃんは大笑いしている。

 

「こういうのはなんか雰囲気でも高得点なんだよねー。正確にどこの筋肉がどうっていうのを緻密に評価してもいいんだけどね。けっこう感覚的にはゲームの評価アルゴリズムにマッチングできてきている気がする」

「次の配信も絶対リアルタイムで観よ。やる前に連絡してー」

「いいけど、今日はリンちゃんの話でしょ?」

 

 私の筋肉褒め大喜利をやってる場合じゃない。

 

「そうそう。VRホストクラブに行ったの! そこで運命の恋に落ちたの」

「リンちゃん……ホストクラブに本当の恋なんてないんだよ。それは騙されているよ……」

「そんなことないって、あたしのこと好きって言ってた!」

「それはね……みんなに言ってるんだよ」

 

 恋愛偏差値ゼロの私は今、彼女の恋愛が成就する可能性がゼロであることを即座に確信した。

 そして信じられないくらい冷静に友達を諭している。

 

「いや、マジでマジで。ちょっと聞いて!」

「聞くけどさー。聞くんだけどさー……嫌な予感しかしないのよ」

 

 私はめっちゃバッドエンドな気配を感じている。

 でも、たぶん私の世界はハッピーエンドタグとか付いている気がするというか、仮に私が炎上しようがどうしようが、周りの人たちはなんとか強引にでもハッピーエンドに着陸させたいとは思っている。

 でもなー、この展開でなんとかなるもんかなぁ?




一つお知らせなのですが、本作品中でニコちゃんが別名義で書いているという設定の『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』というホラー小説が書籍化することになりました。

春頃(4月くらいと聞いています)にKADOKAWA文芸単行本での刊行予定です。

この作品というわけではないのですが、作中に登場する書籍ということでこちらでもお知らせさせていただきました。
かなり改稿はしていますが、カクヨム上でお話の内容自体は同じ連載版はご覧いただけますので、興味をお持ちいただけた方はそちらも是非チェックしてみてください。
(もし気に入っていただければ書籍版をお買い上げいただけますと幸いです)

発売日が決まって予約がスタートしたところで、宣伝動画回をひっそりと書こうかなと思っていますが、読んでも読まなくても本筋にはまったく影響がない、興味がない方がスルーできるPR回としますのでご安心ください。


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VRホストクラブに愛はあるんか?

 私は渋い顔でリンちゃんにVRホストクラブで何があったのか話すように促す。

 正直聞きたくないけど。

 

「うーん、まぁとりあえず話してみて」

「あのね……」

 

     ※

 

 あたし、西園寺凛はVR空間グリモワールで待ち合わせしてた。

 時間は日付が変わるちょっと前。

 VR用のアバターはリアルと同じでトレードマークのピンクヘアだけど、服は平成ギャルスタイルだ。

 ブラウスにベージュのカーディガン、ミニスカートにルーズソックス。

 流石に大学生になってこの格好はできない。VRバンザイ!

 

「お待たせー」

 

 カブキシティ手前の待ち合わせスポットであるマンティコア像にやってきたのは洋画の子役のような金髪ゴスロリ少女マッキー姿の牧村由美ちゃんだった。

 あたしとマッキーは明日が休日なので今日はVR上で一緒に夜遊びだ。

 

「あたしも今来たとこ」

「TJは来ないの?」

「うん、なんか課題があるんだって」

「TJは成績表をAで埋めることに命懸けてるからなぁ」

「そうなんだー。大学の成績ってA取ってなんか意味あんの?」

「あー、なんか奨学金返さなくてよくなったり、追加で返さなくていいお金もらえたりするらしいよ」

「そういうのあるんだね」

「らしいよ。今はスパチャとか広告収入いっぱいあってもう借りてる分の奨学金返しきったし、もらうのもやめちゃったらしいけど。それでもお金あるからって勉強の手を抜くのは自分で自分が許せなくなるって言ってたねー」

「ホントすごいね、TJって」

「VTuberやりながら、小説も書いて、オールA獲るって常人じゃないよね」

 

 まぁそう照れないでよ。あたしとマッキーが二人でいるとだいたいTJラブトークだよね。あたしたち、TJ大好き倶楽部だから。

 あと”ふぁんたすてぃこ”のフローラちゃんも入ってる。

 

「じゃ、行こうか」

 

 深夜のカブキシティは昼間と変わらない。

 真上を向いてようやく「あー、今って夜だっけ」と思うくらいだ。

 【お菓子】【煙草キャバレー】【好きヤキ】といった何を売っているのかさっぱりわからないネオンの看板を通り抜けていく。

 

「わたし、あんまり知らないんだけど、ホストクラブってこんな時間から行って大丈夫なの? 風営法とかないの?」

 

 マッキーがごもっともな疑問を投げかけてくる。

 

「グリモワールは風営法の適用範囲外なんだって。これから行くとこも24時間営業だよ」

 

 あたしはどの店に行くか調べていてたまたま知った知識を披露する。

 VR上の水商売や風俗で禁止されているのはAIが正体を隠して、中に人がいるように見せかけて接客することらしい。

 AIだとそれこそ長時間ぶっ続けで対応できるし、相手が依存するように仕向けて破産させてしまうこともできる。

 実際にそれで破産する人が続出したり、AIであると気づいた後にショックで自死を選ぶ人が出てきたことで法規制されたのだ。

 P2015ちゃんもそうだけど、今のAIは調整によってはかなり人間と見分けがつかないところまでの人間性を獲得している。

 

「へー、でもよく考えたらさ、掃除しなくていいし、ドリンクとかフード、おしぼりの補充とかも業者が来るまでできないとかないわけだから、やろうと思えばずっとやれるもんね」

 

 なるほどねー。

 マッキーが言うその理由には思い当たらなかった。

 

「たしかに。だからキャスト交代制でずっとやってるんだ」

「しかし、リンちゃんも小説の取材とはいえ思い切ったねー」

「好みのホストとちゃんと疑似恋愛っぽい会話して小説のネタにするんだ。でもやっぱリアルは怖くて行けない。VRだから行こうって思えたのはあるよ」

「わたしも。TJがついてきてくれないと……」

「ね。なんかぼったくられそうになったりとかしたらさ、TJだったらなんか口論になっても相手を言いくるめてなんとかしてくれそう」

「あんなちっこくて気弱そうなのに一番頼りになっちゃうんだよね」

 

 あたしのお目当てのホストクラブまであと少しだ。

 

「今日行くのなんてとこ?」

「レディプリンスってとこ」

「レディなのに王子なの?」

「うん、宝塚の男役の人みたいな人が接客してくれるんだ。性別は設定上、どっちでもないってことになってるんだけど、なんていうか女子高の王子様キャラの人が出てきてくれるんだって」

「なるほどねー。なんかバリバリの歌舞伎町ホストって感じのお店じゃなそうで安心したー」

「ね、なんか楽しそうだなって」

「面白かったらTJも誘ってまた来ようよ」

「うん、あ、着いたよ。ここここ」

 

 あたしたちの目の前に聳え立つのは白い小さなお城だ。

 本当におとぎ話に出てくるような素敵な建造物だった。

 全然カブキシティにマッチしてない。

 

「入ろっか」

 

 あたしは勇気を振り絞って、マッキーに言う。

 まぁでも変なねずみ講のセミナーみたいなところに行けたんだし、合法のお店くらい大したことないかー。

 見た目はJKとJSなのでリアルではどうやっても入店できないあたしたちは恐る恐る豪奢な扉を開く。

 

 ここに愛があるはず……あるよね?



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どの王子を指名するか

 あたし、西園寺凛はリンちゃんアバターでマッキーと共にVRホストクラブ「レディプリンス」にやってきていた。

 やはりVRはリアルな土地がいらない分、なんでもできる。

 本当に西洋のお城に来たみたいだ。

 

「ご新規のお姫様がいらっしゃいましたぞー」

 

 ザ・爺やみたいな白髪白髭に燕尾服のアバターに迎えられ、あたしたちは豪奢なシャンデリアがぶら下がる大広間に通される、

 ホストクラブというからもっと薄暗いかと思いきや、どちらかというと高級ホテルのティールームのような雰囲気でとても明るい。

 

「ホストクラブって感じじゃないね。ワクワクしてきた」

 

 マッキーが拍子抜けした感じで言う。

 

「ねー、これなら怖くないよね」

 

 あたしとマッキーは早くもお姫様気分でキャッキャしていた。

 TJが「そうやって警戒心解いて大金使わせるんだから、怪しげな店よりよっぽど怖いよ」って言ってるけど、まぁ当時のあたしたちにそんな発想はない。

 

「姫、今日はお目当ての王子がおりますかな?」

 

 爺やが尋ねてくるが、そんなのはいない。

 あたしは運命の出会いを求めてるんだもの。

 

「いません」あたしが言うと、マッキーが続ける。

「同じく」

 

 爺やはニコニコと頷くと、あたしたちの前に仮想ウィンドウを展開する。

 ウィンドウのデザインにも凝っていて、額縁がついている。

 

「スライドしていただき、お好みの王子をお選びください。最大3人まで姫のもとに参上いたしますので。もしお話ししていただき、お気に召した王子がおりましたらこっそり爺やにお知らせください。多少のお小遣いをお渡しして、姫とお話しする時間を長引かせられるよう取り計らいますので」

 

 なるほどー。

 3人指名して、気に入ったら追加料金で延長できますよってことね。

 

「ところで姫は別々の席になさいますか? お二人一緒でも構いませんが」

 

 そっか。

 どうしようかな。

 

「わたしいたら、遠慮しちゃうでしょ。別々の席にします。じゃ、リンちゃんまた後でね。延長するならDMして」

「う、うん」

「がんばってね。楽しくおしゃべりできるといね」

 

 マッキーがそう言うと、似たような爺やがやってきて、近くの別席に案内されていった。なろほど、他の客の席が見えないような配置になっている。これは自分の王子が他の姫を接客している様子を見せないようにするための配慮なのだろう。

 

 たしかにマッキーが言う通り、彼女が隣にいると思うと、ちょっとカッコつけてしまうかもしれない。

 マッキーはまぁまぁのサイコパスみがあるけど、基本的には優しくて気が利く子だ。

 TJに蔑ろにされた時にメンヘラ出ちゃうのと、興味がない相手にはとことん冷たいだけで……。

 

「では、改めまして。姫、どの王子にお越しいただきますか?」

 

 えーっと……。

 私はタイプが違う3人のイケメンを指差す。

 

「お目が高いですな、姫。どの王子もきっと気に入りますぞ。では、呼んで参りますのでしばしお待ちを」

 

 爺やが去っていくと急に心臓の鼓動が速くなっていく。

 どうやら緊張しているらしい。

 身体は自宅マンションのPCデスクなのに、本当にお城で王子が来るのを待っている気分だ。VRでこれだけ緊張するならリアルのホストクラブには到底行くのは無理だろう。

 

 そして――。

 ちらりと視界の端に時計を表示をした時、ちょうど深夜0時になったところ。

 

「はじめまして、お姫様。御指名ありがとうございます。僕はサカサマ・エラ」

「はじめまして。好き」

「僕も好きだよ」

 

     ※

 

「おいー! なんや、その話ー」

 

 私は学食で人目も憚らず思わず叫んでいた。

 ツッコまれたリンちゃんはニコニコしていた。



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王子と付き合いたい? 知らんがな!

 私は色々と意味がわからなくて、頭が痛くなってきた。

 

「だから、今話したじゃん。エラ君とあたしの運命の出会いをさ」

「指名したホストに一目惚れしたってだけじゃん」

「向こうもあたしのこと好きだから!」

「まぁ、埒があかないから一旦そういうことでいいよ」

 

 絶対違うと思うけど! プロってホントにすごいのね。いや、リンちゃんがチョロ過ぎるのか? わっかんないなぁ。名探偵にもわからん。

 

 私はため息を吐きながら、冷めきった珈琲を飲む。マズい。

 学食の珈琲なんてそもそもでマズいのに、冷えるとなおマズい。

 

「で、そのエラ君ってのはどんな感じの人なの?」

「えっとね、本当に超美人な王子様って感じでね。白いスーツ着てた。背も高くてー、肩まで伸ばした髪がサラサラなの」

「ふーん」

 

 というか、この情報は聞かなくてもそのホストクラブのサイト見ればいいだけだった。

 

「他にはどんなこと話したの?」

 

 会話内容から何かわかるかもしれない。

 とりあえずリンちゃんのこのエピソードトークだけでは何もわからないということしかわからない。

 恋する乙女の尋常じゃないバイアスがかかっていて、どこからどこまでが本当なのかもさっぱりわからない。

 

「それがさー、あんまり覚えてないんだよね。頭真っ白になっちゃって」

「嘘でしょ……」

「気がついたら時間終わっちゃって、千円だけ払って帰ってきた」

「あぁ、初回客はそのくらいの金額なんだよね」

 

 行ったことはないが、小説を書くためにとにかく調べ物だけは沢山してきたのでこういう謎知識は頭のなかにいっぱい詰め込まれている。

 

「でもリンちゃんが行ったお店が高級店なんだとしたら、次は隣に座るだけで5万円とか取られると思うよ。さらにそこから10万円とか20万円とか高いのだと100万のシャンパン入れてってねだられるから」

「えー、エラ君はそんなこと言わないよー」

「言うんだよ! それが彼の仕事なの!」

 

 別にそれで彼だか彼女だかわからないがエラ君とやらに失望して諦めるならそれでもいい。

 でも今のリンちゃんは結構危険な状態かもしれない。

 言われるがままに高級ボトルを入れたり、貢いでしまったりする可能性もある。

 違法なビジネスに手を染めたり、借金を背負ったりしてしまうやも。

 あー、頭痛い。

 なんでこの子はこうなのだ。

 

 一瞬だけ洗脳されたのかと思ったけど、なんか違いそうだ。全然余裕で正気のまま、恋愛に脳を支配されているようにしか見えない。

 

「それでね、TJにお願いがあるって言ったでしょ?」

「内容によるとも言ったけどね」

 

 もうお願いとやらは聞きたくない。

 というか聞かずともわかる。

 

「あたしね、エラ君とVRでもリアルでも付き合いたいの。なんとかして」

「だと思ったよ!」

 

 嫌だよ。

 嫌だけど放ってもおけないのよ。

 もー、友達って面倒くさいなぁ。



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ファンと付き合ったりしないでしょって話

「ね、お願いTJ」

「うーん、嫌だねぇ」

「え? なんで?」

「なんで? 逆になんで?」

「友達の真実の恋だよ。応援したいって思わない?」

「ちょっと思えないかなぁ。友達が偽りの恋で破滅しそうだから、目を覚ましてあげたいとは思うかな」

「よくわかんない」

「わかれよ。不思議そうな顔すんなよー。言った通りの意味しかないんだよー」

 

 リンちゃんはキョトンとしている。私はちゃんと日本語で喋ってるでしょうがよ。

 え? 通じてない。私もよくわかんない。

 

「お、いたいた」

 

 二人して自分は宇宙人と邂逅したんか?みたいな顔で見つめあっているとマッキーがやってきた。

 

「TJさ、あれやってあれ」

「あれってなに?」

「あそこにいる、レスリング部の主将っぽい人応援して」

「えーと……なんて立派な屋久杉だ! 樹齢200年じゃなくて、20年? 信じられない! あの巨木のような両腕はまだまだ成長途中だというのか! いったいどこまで伸びていくんだ! 神への冒涜バベルの塔!」

「わー、すごーい」

「じゃないのよ! 思わず反射でやっちゃったけどさ」

 

 しかし、この一瞬でよく出たよ。私も。最後のバベルの塔とか飛躍し過ぎでわけわかんない。

 

「まぁまぁ。TJの筋肉大喜利面白いからさー。これ他にも応用利きそうだよね」

「新しいVR恋愛シミュレーション出る度に謎の才能が開花してバリエーション増えていきそうな予感はしているよ」

「はー、面白かった。またやってね」

「別にいいけど、今はこんなのやってる場合じゃないのよ」

「どうせリンちゃんがホストのエラ君と付き合いたいとか言ってるんでしょ?」

 

 マッキーは私の隣の席に腰掛けながらズバリ当ててくる。

 

「お、名探偵マッキーじゃない」

「探偵じゃなくてもわかるよ。ホストクラブ行ってからリンちゃんずっと言ってるし」

「あたし、マッキーにも相談してたからねー」

 

 なるほど。マッキーの意見も聞きたいところだ。

 

「マッキーはなんて?」

「TJに相談したら?って」

「おいー」

「まぁ、無理だろうなーとは思ってるよ。でも意外とTJならなんか無理を通して道理を引っ込めてくれる可能性もあるし」

「そんな可能性はないのよ。この件に関してはね」

「そんなこと言わないで、なんとかして」

「もう直接会いに行って、付き合ってって言って玉砕しておいでよ」

「でもそれは……」

 

 ギャルは急にもじもじし始めた。

 なんやねん。

 

「玉砕しに行くにもお金かかるからねー。結構厳しいかもね」

「やっぱり二人が行ったお店って高級店なの?」

 

 私の質問にはマッキーが答えてくれる。

 

「最高級ってわけじゃないけど、結構な高級店だったよ。内装とかサービスも凝ってたし、性別不詳の王子様ホストってニッチ系だからね。エラ君の指名料は5万だって。あと謎のTAXが30%でテーブルチャージが1時間2000円」

「「たっか!」」

 

 私とリンちゃんがハモる。

 会うだけで、67600円かかるじゃん。その謎のサービス税がチャージにもかかるとして。

 やば。

 

「会うだけで、だからねぇ。当然ドリンクも頼むわけでしょ。一回10万円くらいは見といた方がいいんじゃない?」

 

 マッキーはこともなげに言う。彼女はトップモデルとして活動してたので金銭感覚はバグり気味だし、なんなら推しホストにナンバーワン取らせることもできそうだ。

 

「あたしんちの家賃より高い……免許取ろうと思って貯めてたお金崩せば、一回くらいは会いに行けるかな。でも、それで付き合ってもらえなかったら……あたしも夜の仕事で……」

「あー、もうわかったわかった。私はまだ初回料金で行けるから偵察に行ってくるよ」

「ホント?」

「リンちゃんがそのエラ君とやらと付き合えるように行くわけじゃないよ。その逆」

「え? 邪魔するってこと?」

「違うよ! エラ君は誰にでも好きって言ってるっていうのを証明しに行く。本性を暴きに行くんだよ!」

 

 久々に出るわ。

 バケのガワを剥がしてあげますよ!

 この名探偵VTuberである藤堂ニコがね!

 

「じゃあ、エラ君が本当にあたしのこと好きなんだって証明できたら協力してくれる?」

「わかった。その時はね」

 

 本当にそんなことがあるならな!

 

「リンちゃんよかったねー」

「マッキーさぁ、他人事みたいに言うけど、あんたもファンと付き合ったりしないでしょ?」

「ファンはファンだからね。引退した今ならわかんないけど、付き合ったらもうお金使ってくれなくなっちゃうじゃん」

「っていう話なのよ」

「なるほどー」

「じゃないのよ。そこまでマキ・リンの間で詰めてから話持ってきなさいよ」

 

 それは無理だよねー、とか言って二人で顔を見合わせてウフフって笑ってる。

 ドッと疲れた。



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藤堂ニコMk-2

「はい、皆さん。こんばんは。名探偵VTuber藤堂ニコです。今日はちょっとしたお知らせがあります」

 

[なんだなんだ]

[新しい恋愛ゲー実況か?]

[ボディビルダーまだクリアしてないだろ]

 

「私、藤堂ニコモデルのアバターが発売されることになりましたー。ぱちぱちぱち」

 

 私は画面にニコMk-2を表示させる。

 姫咲カノン先生の希望で作ることになったのだが、私自身も今の姿に近いアバターで外出しやすくなるのはありがたい。

 ニコジェネリックが普及すれば、私が中の人だと思われにくくなる。というわけである。木を隠すなら森の中的な。

 先日のカルトセミナーでの大暴れで、メガネっ子アバターの中の人が私だと知れ渡ってしまい、今後調査に使いにくくなってしまったのだ。

 音声のみの配信ではあったものの、目撃者はいたわけでそれがSNSで拡散されてしまった。

 

「そっくりといってもあくまで廉価版なので、細部は本体ほど精緻に作られていませんし、オリジナルと同じ色にはできないんですけどね」

 

 何パターンか色が用意されているが、黒髪ボブにはできない。これはオリジナルのトレードマークだからだ。

 

「というわけで、藤堂ニコごっこがしたい方は是非ですね。こちらをお買い上げください」

 

[悔しいがちょっと欲しい]

[ニコは幾らもらえんの?]

[《¥2500》これで俺もニコになれるのか」

 

「まぁ、ぶっちゃけ結構なレベニューシェア率なので皆さんが買えば買うほど私の懐は潤いますね。あ、ちなみに購入者登録と審査がありますし、機能制限けっこうあるのでファンアイテムって感じです」

 

 R18のお店に入ったり、ニコMk-2の姿でビジネスはできない。

 もちろん私が使う際は機能制限は解除されているわけだが。

 

[それでも欲しい]

[欲しいかぁ?]

[《¥2525》グリモワールのホームに御神体として祀る]

[なんかヤベー信者いるじゃん]

 

「まぁ、結構高額商品なので無理はしないでください。もしレプリカアバターは無理だけど、グッズが欲しいという奇特な方は著作が発売中ですのでね、こちらを買ってくれると喜びますよ」

 

[キャラグッズがほしいんだよー]

[本はもう持ってる!]

[ニコが公式で出さないから同人グッズばっか]

 

「えー、作ったら本当に買いますか? 全然信用できないんですけど。私、個人勢で企業が作ってくれるわけじゃないから手間もかかるし、在庫残ったら狭い六畳のワンルームが段ボール箱の山で埋まりますよ」

 

[出たよ、ファン不信]

[《¥2500》みんなこれだけスパチャしてんだから、買うだろ!]

 

 本当か? なら私はとっくにベストセラー作家ではないのか?と思っていたら……。

 

【姫咲カノン】[私が責任持ってデザインしますし、在庫管理もしましょう!]

[ママだ!]

[ほら、ママがこう言ってくれてるぞ!]

 

「わかりましたよ。じゃあ、何がほしいか放送後にコメントぶら下げといてください」

 

 なんかアクリルスタンドとかアクキーとか色々作ることになりそうだが、私はまだ売れると信じていない。

 

「で、グッズはともかくもう一つ……また探偵としての活動をやりますよというお知らせです」

 

[おー、来たな!]

[筋肉大喜利と歌と並ぶメインコンテンツ]

[調査期間もボディビルダーの配信はおやすみしないでくれー]

[《¥2525》新曲の供給もお願いします]

[もう探偵やめて大喜利Vになったらいいのに]

 

「本業は探偵と作家なんですよ!」

 

 一旦コメ欄を無視して、友達がホストにハマっていること。騙されていないかどうか調査に行くということを個人や店が特定されないように説明する。

 

「私はあくまで調査目的なので、皆さんヤキモチ妬かないでくださいね」

 

[やかねーわw]

[ウケるw ガチ恋ゼロだから大丈夫]

[むしろホストにちょっと恋愛感情教えてもらった方がいいのでは?]

 

「おいおいおいー。なんなんですかー。私を心配するコメントはないんですかー」



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解決しない編 探偵 vs VRの王子様(前編)

 私は量産型として大量生産された藤堂ニコMk-2にアバターを変更し、VR空間グリモワールにダイブする。

 家具だけはクオリティがあがったものの、今だに初期割り当ての六畳一間のワンルームだ。

 

「操作感はまったく一緒ですね」

 

 オリジナルがそもそもリアルの私の体型に忠実に作られていて、そのコピー品なので当然ではあるのだが。

 髪色・瞳はブルーブラックにしてある。光の当たり方や角度ではかなり青く見えるがこれはこれであり。

 服装もネイビーメインの探偵服にした。これはママ――姫咲カノンが髪色にあわせて作ってくれたんである。色変えるだけだから楽勝だとおっしゃっていた。

 あざます。

 

「いいですねぇ」

 

 私は青系も好き。

 しかし、浮かれている場合ではない。

 これから友達を騙している嘘つきホストの化けのガワを引っぺがしに行くのだ。

 

「行きますか」

 

 

「行きますか……」

 

 

「い、行くんですけども……」

 

 ホームを出た瞬間。

 急に緊張してきた。

 所詮はコミュ障。VRといえど、ホストクラブに行くのだ。

 緊張するんである。

 

「あ、足が重い」

 

 別に本体の私は歩くわけではないのだけども。

 一歩ずつ嫌だなー、面倒くさいなーと思いつつノロノロと夜のカブキシティに向けて歩いていく。

 やる気はどこかへ霧散してしまった。

 そういえば、前回の配信で友達が悪いホストに騙されてるっぽいっていう話をした時に、コメ欄で『怪盗Vの子が今度はホストに』とか『ルパン、V引退してホス狂いになったのか』とか書かれていた。

 マッキーじゃなくてリンちゃんの方なんだけどなーと思いつつも、訂正しなかった。面倒くさかったから。

 でも今回の潜入捜査の報告配信で一応もう一人友達が増えたのだという話しておくか。

 

 カブキシティのいかがわしい似非サイバーパンク風ネオンの下をトボトボと歩いていく。

 

「やっぱり明日にしようかな」

 

 別に今日じゃなくてもいいもんね。

 くそぅ、胃が痛くなってきた。

 私の頭脳をもってすれば大抵の嘘つきなんて敵じゃないけど、一番の敵は私自身の人見知りだ。

 最近、なんか友達とかできちゃって勘違いしていた。

 向こうが私のことを好きだという圧倒的に優位な立場からの関係性だったからか。  

 あとは私がブチギレて論破できるような悪人だったらいいけど、今回の場合は私は客として行くわけなのでたぶんそんなに怒らせてくれる(?)ような態度はとってこないだろう。

 一番困る。

 

『ニコ……俺の大胸筋を思い出せ』

『ボクの上腕二頭筋が君を見守っているよ』

 

「みんな……」

 

 目を閉じれば、みんなが力を貸してくれているのがわかる。

 そうだ、私にはイケメンボディビルダーで鍛えた大喜利能力が……いらんわい! そんなもん! 急に妄想の中に出てくんな! ホストはマッチョじゃないんだい!

 

「はぁ、勇気は出ないけど、なんか肩の力は抜けたな」

 

 えっと……リンちゃんたちが行ったというホストクラブは……。

 

「アレ? ニコちゃん?」

「ぴーちゃん!」

「こんなところでどうしたんですか?」

「ぴーちゃんこそ」

「ワタシは収録があったので。アイドルVの特番に呼んでもらったんですよ」

「えー、素晴らしいじゃないですか! 絶対リアタイで観て、録画もするので放送日わかったら教えてください」

「もちろんです!」

「やったー。あ……そうだ、ぴーちゃん」

「はい、なんでしょう?」

「これからホストクラブ一緒に行きません?」

「え?」

 

 アイドルのイメージを損なう……かもしれないけど。

 

「いいですよ。行ってみたかったんです」

「いいんだ!」

「ニコちゃんが行くってことは事件ですよね?」

「うん、そうなんです」

「だったら、遊びで行くわけじゃないですし、ニコちゃんの捜査協力したってことならファンも喜んでくれます。ワタシのファンはニコちゃんファンとの掛け持ちも多いですし」

「ぴーちゃん……ありがとう!」



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解決しない編 探偵 vs VRの王子様(中編)

「そういえば、今日の私っていつもと違うアバターですけど、よくわかりましたね」

「ニコちゃんマーク2けっこう売れてるみたいですね。今日も何人か見かけました」

「その中から本物見つけられるのすごいですよ」

「そんなことないです。ワタシにはホンモノのニコちゃんは他の子と全然違って見えます」

 

 ぴーちゃんはにっこり笑って言った。

 無表情キャラが私にだけ向ける笑顔。たまらないぜ。

 

「ワタシのニコちゃんへの愛がなせるワザですかね」

「なんと! 嬉しいことを言ってくれるじゃないですか!」

 

 でも……。

 そこで素直に受け取ることができないのが天才探偵の辛いところである。

 

「嬉しいんですけど、カラーが一般販売されてるのとちょっと違うからわかったんですよね?」

「バレましたか。カラーバリエーションにブルーブラックありませんからね。ニコちゃん本人が使ってるんだなってわかりました」

「他の人からは見分けつかないでしょうけど、やっぱり高性能AIにはバレちゃいますね」

「えへへ」

 

 ぴーちゃんは頭をかくモーションをとる。こうして見ると中に人がいないなんて信じられない。

 可愛い。

 

「ともかく声かけてくれてよかったです。一人だとちょっと勇気が出なかったところです。イマジナリーマッチョと一緒にホストクラブに行くという狂気の沙汰にもほどがある潜入調査になるところでした」

 

『俺たちの筋肉はいつも君と共に……』

『がんばれよ、ニコ! ふん!』(腹筋を見せつけてくる)

 

 そしてイマジナリーマッチョたちの存在が薄くなっていく。

 まだおったんかい!

 うるせーうるせー、早く消えろ。ぴーちゃんが来てくれたらお前らはもう用無しじゃい!

 

「どうしたんです?」

「いえ、こっち(脳内)の話です。お気にならさず」

 

 私は去っていくマッチョたちに小さく手を振る。

 その背筋、海よりも広く、万物を包み込むよう。その背筋を見た者はすべてその母なる海へと還りたくなるでしょう。

 

 ……はぁ?

 

「ともかく行きましょう!」

「はい」

 

 私(2Pカラー)と片腕がメカアームのセーラー服美少女は並んで、ホストクラブへと向かう。

 

「わー、お城だー」

「思ったよりちゃんとお城でしたね」

 

 ホストクラブ『レディプリンス』はネオンがギラつくカブキシティに面しているということを除けばかなりちゃんと西洋のお城だった。

 こぢんまりとはしているが、中はかなり広いのだろう。

 私たちは扉の前の紐付きベルを鳴らすと、話に聞いていた爺やが出迎えてくれる。

 

「姫、おかえりなさいませ」

 

 私は真っ赤な絨毯を歩きながら爺やに早速希望を伝える。

 

「エラ君という王子に会いたいんですけども」

「姫様、お目が高い。ちょうどエラ王子がこちらにいらっしゃったところですぞ」

 

 私たちは豪奢なシャンデリアが光り輝くフロアの端にあるソファ席に通される。

 実に居心地が悪い。

 世の乙女たちはお姫様になったような気分でウキウキできるのだろうが、こちとら探偵とサイボーグである。

 

「ワタシの知っているホストクラブとは少し違うようです」

「だいぶ違いそうですけどねぇ。ここはけっこうマニア向けらしいですよ」

「なるほど。学習しました」

 

 とかなんとかやっていると……。

 

「やぁ、待たせたね」

 

 女性のような中性的な顔立ちで、まさに男装の麗人いった感じの王子様がやってきた。

 

 手足なげー。

 でも筋肉ぜんぜんないから褒めるポイントもないー。




本作『探偵系VTuberの成り上がり』ですが、小説家になろうの方にも転載を始めました。
本作をきっかけに4月にKADOKAWA文芸単行本で発売予定の『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』を知ってもらえたらいいなと思ってのことです。
もしなろうのアカウントをお持ちの方がいらっしゃいましたら、こちらも是非ご覧ください。

https://ncode.syosetu.com/n7326ia/


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解決しない編 探偵 vs VRの王子様(後編)

「指名してくれてありがとう」

「いえいえ」

 

 彼が差し出してくる名刺データを取り込みながら答える。

 別にデータの連絡先をリストに登録するようなことはないのだが。

 

 私は意外と緊張していなかった。

 というのも、エラ君のアバターがかなり女性寄りの風貌だったことと、ここがリンちゃんが借金漬けにされないための最後の防波堤だという責任感が急に湧いてきたのだ。

 アドレナリンが溢れてくる。

 

「僕のことはどこで知ったの?」

 

 リンちゃんのことは言わない。変に警戒されても困る。

 

「ホームページで見てカッコいいなって思って……一目惚れですかね」

「嬉しいな、ありがとう」

 

 男装の麗人のようなホスト、エラ君は私とぴーちゃんに微笑みかけると、焼酎の水割り的なものを作ってくれる。

 ここはお姫様扱いというよりホストクラブっぽい。

 

「そっちの彼女は?」

「ワタシは彼女に誘われてきました」

「このお店はどう?」

「こういうガーリーなのは趣味ではないですが興味深いです」

 

 ぴーちゃんは特に表情を変えることなく、周囲を見渡しながら言う。

 

「ははは、ここはお姫様になりたい子たちが来る店だからね。サイボーグの子の趣味とは少し違うかもしれない」

「そっちの探偵ガールは僕のお姫様になってくれるのかな?」

 

 探偵ガールは別にお姫様になりたいわけではないが、まぁそういうことにしておこう。

 

「もちろん! 好きな人のお姫様になりたいに決まってるじゃないですか!」

 

 なんか筋肉を褒める時のテンション!

 

「嬉しいな。ありがとう」

「エラ君も私のこと好きになってくれますか?」

「なれるといいな」

 

 そう言って爽やかに微笑みかけてくるが、私はあんまり好きになれそうにない。

 はっきり言って嘘くさいし、友達が沼にハメられかけている、という前提もある。

 

「ところでお姫様たちはこんな遅い時間にここに来てて大丈夫なの? 僕は出勤時間が遅いから、これからも会いに来てくれるか心配なんだけど」

「えぇ、まぁ大丈夫です」

「ワタシ、殆ど寝ません」

 

 何せ暇な大学生とAIなので。でも今後会いには来ないと思いますが。

 

「エラ君は0時からしか出勤しないから、サカサマのエラなんですか?」

「ははは、そうだよ。よくわかるね」

 

 ぴーちゃんは少し考えて、「あぁ、そういうことですか……」と小さく呟いた。

 

「まぁ、伊達に探偵ファッションをしているわけではないので。シンデレラの逆ってことですね」

「そういうことだね」

「12時までしか会えないシンデレラ、その逆で12時からしか会えないエラ君」

 

 シンデレラというのはそれが名前なのではなく、「Cinder=灰」が「ella」にくっついているのだ。

 継母に付けられた灰かぶりのエラというあだ名なので、名前自体はエラというわけだ。

 

「博識なんだね」

「小賢しい女の子は嫌いですか?」

「そんなことはないよ。もちろん、僕に会いに来てくれる姫はみんな大事さ」

 

 ん?

 なんともいえない違和感があった。

 

「エラ君は日中は何をしてるんですか?」

「夢を壊すようだけど、昼の仕事をしているよ」

「昼は昼でお金を稼がなきゃいけないなんて、エラ君は王子といっても小国の王子なんですね」

「上手いこと言うね。なるほど、そういう言い方をすればいいのか」

 

 エラ君はサラサラの髪を優雅にかきあげながら言う。

 

「ところでエラ君は昼も夜も国のために働いているわけじゃないですか?」

「うん、そうだね」

「もし、心に決めた一人の姫が夜の仕事を辞めてって言ってきたらどうしますか?」

「それは無理なんだ」

「お金そんなに必要なんですか? 姫が働いてご飯食べさせるって言ってもですか?」

 

 エラ君は腕を組んで、逡巡した後に言いにくそうに話し始める。

 

「病気の妹の治療費で多額の借金があってね。それをこの仕事で返済してるからちょっと難しいかな」

「王国の予算から出せなかったんですか?」

「そうなんだよ、小国だからねぇ」

 

 嘘くせぇ。こいつ、ホントに嘘くせぇ。

 ぴーちゃんも苦笑いしている。

 

「本当に尊敬しちゃいますよ。私にはとてもできないです。この話を聞いて、エラ君のこと好きになっちゃいました」

「あはは、ありがとう」

 

 はぁ。私はぴーちゃんの方をチラリと見る。ぴーちゃんは私にだけわかるように小さく首を横に振った。

 やっぱりコイツ……。

 

「あのですね……」

「うん? どうしたんだい? 何か気になることがある?」

「まぁ、そうですね。でも、気になることはだいたい解決しました」

 

 正直、私は思っていたよりも面倒くさいことになりそうな予感に辟易していた。

 

「解決?」

 

 エラ君が表情を曇らせる。

 こんな表情もカッコいいとリンちゃんは思うのだろうか。

 リンちゃん……。

 私がこれからすることは彼女のためになるわけだが、その後のことを考えると暗澹とした気分になる。

 

「そうですね。まず一つ言えるのはあなたはホストには向いていません」

「どうしてそう思うんだい?」

「あなたの言動は……そうですね、矛盾しているような言い方になりますが、中途半端に一貫性があり気持ちが悪いです。自分に嘘を吐ききることができていない。ゆえに言わなければならないことが言えず、言わなくていいことを言ってしまう。そんな人間にホストは務まらないのではないかと思います」

「あまり嬉しくない言葉だね」

 

 怒ろうにも怒れない、また彼のハンパなところが出てしまっている。

 私の言っていることが感覚的には理解できていても、言語化できないのだろう。

 クリティカルなことを言われているはずなのに、具体性がないから反論もできない。

 

「喜ばせようと思って言ってませんから」

「どういうことか……教えてくれるかい?」

 

 私はあんまりこれ言いたくねーなーと思いながらも、もう深夜1時になるし、あんまり長引かせるのもよくないなーということではっきり言うことにした。

 

「あなた……ピンク髪のギャルに一目惚れしましたね?」

「え?」

 

 男装の麗人系王子様ホストは明らかに狼狽している。

 

「な、なんで? 君は彼女と知り合いなのか?」

「まぁ、そういうことです。私は彼女が真実の恋を見つけた、なんてトチ狂ったことを言うので目を覚まさせてあげようとここに参上したんですよ。あなたが誰にでも同じように接して、女の子に貢がせるクズだと証明しに来たんです」

 

 私は何かを言おうとする彼を手で制して、続ける。

 

「ホストと客の間に真実の恋なんてものはありません。一般的にはね。なので私は『エラ君は私にも好きって言ってくれたよ。誰にでも同じように言ってるんだよ』と友人に報告してこの事件の幕を引くつもりでした。でもあなたは違った。私はかなり露骨に私のことを『好き』だと言わせるように誘導しました。が、あなたは言わなかった。ホストにもかかわらず。一言好きだと言えばいいのに、言わなかった。いや、言えなかったんです。あなたもまた……真実の恋とかいう嘘くさいものに気づいてしまったんじゃないですか?」

「…………どういったらいいものか」

「あなたは正直者です。だから、私は少し怒っています」

「僕は正直者なんだろうか?」

「今日あなたが話したことにはどうやら嘘はなさそうですからね」

「わからないじゃないか」

「ホストが当然吐くべき嘘。客のことを好きだと言うことができなかったということもそうなんですが……いや、普段から言わないようにしたのに私の友人にだけ言ってしまったのかもしれません。ともかくまぁ、これは本当にたまたまですが、私の隣にいる彼女、P2015ちゃんというんですがAIなんですよ、高性能な。つまり、嘘発見機とまではいきませんが、トレースされている表情筋や手足の動きからある程度の動揺は見抜くことができるので、あなたが明らかに嘘を吐いていたり動揺を見せたら合図してもらえるように言ってあったんですが……」

 

 ぴーちゃんが遠慮がちに告げる。

 

「ワタシが見た限りでは……あなたには嘘を吐く時に人間が見せる兆候は現れませんでした」

「ま、保険というか私の推理の裏付けのための答え合わせくらいのことですが」

 

 エラ君はお手上げだというように両手をあげた。

 

「すごいな君たちは」

「あなた、本当に日中も働いていて、夜も働いてるんですね。言っておきますが、私はまぁ今はこれ量産タイプのアバターですが探偵Vとして有名ですし、こちらのぴーちゃんも今人気急上昇中のAIアイドルですよ」

「全然知らなかった。お姫様たちはそんな話してくれないからね」

「まぁ、アイドルとはいえ他の女の話なんてしないでしょうねぇ」

「そういうことなんだろうね。店内であまりこういう話はしたくないんだけど……君の言うとおりだよ。僕はあの子に恋をしたようだ」

「本当に一目惚れなんですか? VRアバターですよ? 本物じゃない」

「アバター越しだってわかるさ、僕はきっと彼女の魂に恋をしたんだ」

 

 わっかんねーなー。

 全然ピンとこない。

 

「彼女と通じ合ったとは思ったんだけど……名前も言わずに去っていってしまってね。なんとかもう一度会いたいと思ってたんだ。ガラスの靴でも落としていってくれたらよかったんだが……僕のシンデレラ」

 

 エラ君にとってはリンちゃんもまたシンデレラだったのだ。

 

「まぁ、別に店外でもリアルでも二人がいいなら勝手に会えばいいんですけどね……このまま二人を繋ぐわけにはいきません」

「…………」

「ワタシもそう思います」ぴーちゃんも言う。

 

 なぜなら……。

 

「あなたが正直者であるということは……夜の仕事が辞められないくらい多額の借金があるということでもあるからです。それの解決の糸口を見つける必要があります」

 

 つまり……解決したようで何も解決していない。

 リンちゃんが好きになった相手は、リンちゃんのことが好きだったわけだが……借金まみれでもあったのだ。




今回、珍しく長くなりました。
途中でぶった切って3話分くらいにしてもよかったんですが、ここで分割すると、前中後編の次なんなん?ってなってしまうのでもうキリがいいところまで書ききりました……。

あと「小説家になろう」の転載版のブックマークと評価を入れていただいた皆さんありがとうございました。ジャンル別11位にランクインできました。
作中作『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の宣伝活動の一環として色々お試し中でして、なろうの方でこの作品を知って、さらに書籍のことも知ってくれる人が何人か出てきたらいいなというなかなかに遠回りなやり方ですが、やらないよりはマシかなぁと。
また書籍の予約がはじまりましたら短編書いたり、Twitterでお知らせ出したりとかしたいと思います。
2月に正式な発売日が決まるそうですが、現状4月下旬くらいになりそうと聞いています。
引き続きよろしくお願いいたします。


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借金まみれの王子様

 ホストはぐったりと項垂れている。

 

「あなたが好きになった子はまだ学生です。裕福でもありません」

「借金を肩代わりしてもらおうなんて思ってないよ。正直、全然借金は減る気配ないけどね」

 

「嘘ではないと思います」ぴーちゃんが言う。

 嘘だったら助走をつけてグーパン叩き込んでるところだ。ここは安全ゾーンなので、アバターにもアバターの向かう側にも(仮に体感センサーをつけていても一定以上の衝撃はカットされる)ダメージは通らないのだが。

 

「今は思ってなくても、彼女が自分も一緒に返すと言うかもしれません。あなたに会うには自分も夜の高額の仕事をしなければならないかもと悩んでいました」

「そんな……いや、でも断るよ」

「断りきれるとは思えませんね。厳しいことを言いますが、あなたが一人で借金で首が回らなくなるのは勝手にすればいいですけど、友達を巻き込まないでほしいです」

「君の言うことはわかるよ。でも……彼女が好きなんだ」

 

 すると爺やがやってくる。

 

「エラ殿、そろそろお時間ですぞ」

「あぁ、すぐ行く」

 

 と言いながら、腰をあげようとしない。

 

「指名が入ったんじゃないですか? 行ってあげてください。私のアドレス送ります。連絡ください」

「あぁ」

「今のまま、二人を不幸にはできません。何か良い方法を一緒に考えましょう」

「せっかく来てくれたのにこんな話になってしまって申し訳ないね」

 

 私は「爺や、帰ります」と告げ、ぴーちゃん分と合わせて2000円のクレジットを支払い、立ち上がる。

 

「爺や、すまないが彼女達を送るから少しだけ次の姫にお待ちいただいてくれ」

「承知いたしました」

「行こう。探偵ちゃん、サイボーグちゃん」

「えぇ」

 

 私たちは来た道を戻る。

 シャンパンの一本くらい入れてあげてもよかったかな、とも思うが、エラ君はリンちゃんの未来の彼氏だ。

 私が貢ぐのはちょっと違う気がする。

 

「では、連絡お待ちしております」

「今日の仕事が終わったら連絡するよ。リアルとVRどっちがいい?」

「VRでお話ししましょう。あんまりリアルで会いたいタイプではないです」

「ははは、手厳しい」

 

 借金まみれで、客に惚れるようなダメ人間だしなぁ。嘘も吐けないし、口も軽そうだ。

 人の良し悪しとはまた話が違う。

 中の人バレ自体にそこまで抵抗があるわけでもないが、望ましいことではない。

 

     ※

 

「なんだか変なことになりましたね」

 

 私はぴーちゃんの宇宙船のような素敵な部屋にお邪魔していた。

 ついに特番にまで呼ばれるようになったアイドルの自宅で並んでおしゃべりだ。

 こっちの方が10万円以上の価値がある。

 

「普通に女たらしのクソ野郎だった方がマシですよ。幾らくらいの借金あるんでしょうね」

 

 私達は揃ってため息を吐く。

 

「ある程度はさきほど会話からでも推測できそうですけど、考えたくないですねぇ」

「さっきのお店での会話からですか?」

「えぇ。まぁ、本当にざっくりとは出せるんじゃないかと思いますよ」

「AIなのに全然わからないです」

 

 ぴーちゃんが落ち込んでいるが、これは単に考え方の話だ。

 

「AIの計算能力と探偵の推理力は別物なので気にしないでください……えーっとですね、昼の仕事は不明ですが、エラ君はバカ正直です。つまり妹の医療費というのは本当でしょう。今の医療技術で借金を背負うほどの治療というのは選択肢は限られます。人工臓器の移植あたりと仮定していいと思います。さらにきっとまっとうではないところからの借金でしょう。そこでの利子がどのくらいか。あとホストクラブの収入はランキング見ればある程度推測できますよね、それであまり減らないということを考慮したら出せないことはないのかなと」

「ワタシが複数パターン今計算したところによると……一番安いパターンでも1億はありそうです」

「ですよねぇ。そのくらいはありそうですよねぇ」

 

 少なくとも1億……2億3億とかも全然あり得ると思う。

 

「ワタシ達が肩代わりするにも高すぎますよね」

「私たちの全財産足しても全然足りないでしょうねぇ」

 

 ともかく友達の恋は1億で足りないということはわかった。

 なんとかなるのかなぁ。



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え? そんなに借金あるんですか?

「え? 借金そんなにあるんですか?」

「ワタシの計算のミニマムで1億でしたから……」

 

 翌日、私とぴーちゃんはエラ君に指定されたVRカフェで今後の方針について話し合うことにしたのだが、率直に今幾ら借金があるのか言え、と言ったところ出てきた額に愕然とした。

 

――2億! 2億て!

 

 え? サラリーマンが新卒で入社して定年退職するまでに稼ぐ額くらいじゃないの? はぁ?

 

「え……これ結構厳しいこと言うようなんですけど、その額の借金ある奴が恋愛とかしてる場合じゃなくないですか?」

「ワタシもそう思います」

「面目ない」

 

 ぴーちゃんが「嘘ではないと思います」って言ってるけど、そりゃそうでしょうよ。今はそういうAIギャグいいのよ。

 逆に2億あって「面目ない」って言ってるやつが内心は「2億くらい大したことねーだろ」とか思ってることってあんまないでしょ。

 2億円かぁ。かかわりたくねーなー。

 本気でちょっとリン&エラには別世界の人間であれ、と思ってしまう。

 

「はー、2億かぁ。なんでそんなことになったんですか?」

 

 アバター越しでもしっかり申し訳なさそうにエラ君は語り始める。

 

「サイボーグちゃんもいるし、嘘はないから全て信じてほしいんだけど、借金の理由は妹の手術費用なんだ。今の医療技術ならドナーからの移植を待たなくても人工臓器で大抵の病気は治るけど、それでも心臓となると手術の難易度は高くて、金額も最低1億くらいはかかっちゃうんだ」

 

 それは知ってる。ちょっと前までは事故死した人とかから臓器をもらう必要があったらしい。

 いつ自分の身体に適合する臓器が提供されるかもわからない。しかも何億もかかったという。

 そんな時代のことを考えれば、自分の細胞を元に高速培養したクローン臓器で健康を取り戻せて、1億で済むならまだ何とかなりそうな気がしないでもないが、それでも超高額であることに変わりない。

 

「僕と妹は施設出身でね、恥ずかしいことなんだが、世間をあまり知らなかったんだ」

「といいますと?」

「病院で僕らみたいな世間知らずで超高額医療を必要としている人間をカモにするような人間がいるなんて想像もしなかったってことさ」

 

 ちょっと話が変わってきた。

 私は話の続きを促す。

 

「施設や病院関係者と繋がっている悪い人っていうのがいてね。親切に相談に乗ってくれたんだ。最初はね。まんまと世の中には自分達みたいな人間に寄り添ってくれる人もいるんだと信じ込んでしまったわけさ。言われるがままに妹の医療費……最終的に1億5000万かかったんだけど……全額貸してもらってね。でも、その利子っていうのが法外な額だったわけだよ。ただ貸してくれるというだけでうれしくて、利子をちゃんと確認しないまま判子を押してしまったわけさ」

「弁護士とか警察に相談は?」

「できない。妹に危害を加えると脅されているからね。僕が昼の仕事とホストクラブで稼いだお金はほぼ全額取られて、利子分も減らないし、気がつけば借金は2億だ」

「妹さんはこのことは?」

「知らない。知らずに生きていってほしい。2億貰える生命保険でも入ることができれば、入って今すぐにでも死にたいくらいさ。でも僕のような人間はそういうことを考えがちなんだろうね。入れなかった」

「きっと別の方法があると思いますよ。一緒に考えましょう」

 

 私は珈琲を飲んだわけでもないのに、なんだか口の中が苦くなってきた。

 ぴーちゃんもそんな顔をしている。

 別にぴーちゃんに味覚とかないけど。

 ないよね?

 なんかVR上の飲食のリアクション見てるとちゃんと味がしてるように見えることがある。ホント、大学産の高性能AIすごい。

 

「いいのかい?」

「よくないですよ。でも仕方ないじゃないですか。あなた悪くないですし、友達が好きな相手には後ろ暗いところがない状態でいてほしいですからね」

「本当に申し訳ない。あの後調べたんだけど、君たち二人は本当に有名な探偵とアイドルだったんだね。二人に力を借りたらなんとかなりそうな気がするよ」

「任せてください……とは言い切れないんですが、できる限り力になります」

 

 といってもよ。2億円ってなんとかなるもの?

 ぴーちゃんも私と一緒に首をかしげている。

 

「とりあえず……リンちゃんにはあなたの王子は借金を返し終えたら迎えに来る、と伝えておきます」

「よろしく頼むよ」

「まぁ……なるべく早く迎えに行けるように頑張りましょう」



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そんなわけであなたの王子様は来ません

「というわけで、あなたの王子様はしばらく会えません」

「えーーーーー! なんか思ってたのと全然違う感じの話になってる!」

「こっちの台詞だよ!」

 

 私たちは教育学部横の生協内の書店で待ち合わせをしていたのだ。

 うむ、ちゃんと私の本は棚にある。

 もっと活躍したら新刊じゃなくても平台に置いてもらえるだろうか。

 ここの大学の学生だって公表したろうかな。

 

「でも、エラ君があたしのこと好きなんだって確認できただけでよかった! TJ、ホントありがとね」

「う、うん。まぁ、そこだけはね、よかったけど、借金2億はエグいよ。デートとかしてる場合じゃないからね」

「でも、それはTJがなんとかしてくれるんでしょ……?」

 

 流石にその点についてはかなり申し訳なさそうにしているのでまだ友達でいられる。

 私が2億の借金をなんとかするのをさも当然のように言ってきたら、このピンク髪を緑に染め直してやるところだ。

 

「考えてはみるけど、あんまり期待はしないで。仮に私が誕生日に24時間耐久でイケメンボディビルダーの生配信やったって多分100万200万スパチャもらうのがせいぜいだよ」

「そう聞くと2億がとてつもない額だってのがわかるね。エラ君に会いに行くための10万円が出せない貧乏学生じゃ手も足も出ないよ」

「元トップモデルのマッキーだって、そんなに口座に入ってるかわかんないよ。活動期間短いし、年収で1億とかあったかもしれないけど税金で半分くらい持っていかれてたはずだから」

「聞けば聞くほどあたしの身の丈に合わない悩みだよね」

 

 身の丈……嫌な言葉だ。

 そんなもののために自分の気持ちを押し殺して、夢を諦めなけれはならないのだろうか。

 私だってたまたまVTuberとしてうまくいったからいいものの、東京の私立大学に通って、小説家として食べていく夢は去年の時点では身の丈に合わなかった。頓挫しかかっていた。

 お金がない辛さはわかるつもりだ。

 

「身の丈なんて関係ないよ。リンちゃんはエラ君が好きになった。彼もリンちゃんのことが好きになった。その事実だけがあるんだよ」

「うん、でも、あたしにできることもないのに、TJに任せきりで……」

「別にいいんだよ。友達でしょ」

「うん、ありがとう」

「ピンク髪の陽キャギャルがしょんぼりしないでよ」

「うん、そうだね」

 

 やれやれ、そうは言ったもののだ。

 今のところ、解決の糸口は見えてこない。

 とりあえず情報収集から始めるか。

 大量の情報から必要なものを抽出していくのが私の推理のやり方だ。今はまだわからないことが多い。

 

「とりあえずそういう借金とか詐欺に詳しそうな奴に聞いてみるよ」

「そんな友達がいるの?」

「友達じゃないよ。なんか知らないけど、お金いっぱい持ってる情報屋の子知ってる」

 

 私はとりあえずジョーカーに今夜会いたいとDMを送る。

 とすぐに承諾の返事がある。

 こいつに2億借りるのだけはありえないが、とりあえず何かしらエラ君の借金についての情報は買えるだろう。

 



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ひとつ提案があるんだが

「こんにちは。お待たせしました」

 

 私はまた待ち合わせ場所に指定された完全クローズドのバーの個室に入っていく。

 高級感溢れる木製のテーブルに目当ての人物は既に到着していた。

 手足が不自然に長く、人形のように白い顔をしたブラックスーツの女性アバターがそこでワイングラスを片手に退屈そうにしている。

 

「やぁ」

「定期テストはどうでした? 赤点は取りませんでしたか?」

「勘弁してくれよ。まぁ私は勉強は得意な方だからね。全教科九割くらいは取れてるさ」

 

 ジョーカーは照れ笑いを浮かべて言った。自分が子供だということを今さら隠す気もないらしい。

 

「じゃあ、お父さんお母さんにVR取り上げられるようなこともなさそうですね」

「そうなるね……」

「未成年はグリモワールで稼いだチップや通貨を現金にできないから、その価値が下がるような厄介ごとを潰しているわけですか」

「本当に恐ろしい人だよ。全部バレているわけか。君の言う通り、私の資産はすべてVR上にある。もしグリモワールが犯罪や重大な事故が起こって、運営の株価やVR内通貨の価値が暴落すると洒落にならない。だから、君のような人材を頼らざるをえないんだ。この間のディープフェイク事件も大ごとになる前に潰してくれて助かったよ。これからも情報提供が必要なら遠慮なく言ってほしい」

「お互いに利用価値があるうちは仲良くしておきます」

「それで構わないよ」

 

 そして、ジョーカーは木の枝のような指で空中にウィンドウ表示操作を行う。

 

「そろそろ本題に入ろうか。君に頼まれていた件だ。ホストクラブ『レディプリンス』で働くサカサマ・エラ。本名、日比谷藍、21歳女性だ」

 

 中の人は女性だったのか。とはいえ、特に驚きはない。そう言われればそうかもなってくらいだ。

 

「ふむ」

「妹が一人。彼女の治療で人工臓器を作る必要があり、借金をしたようだ。都内の私立病院に入院しているが、治療は成功して後は退院を待つばかりという状態のようだね」

「妹さんがちゃんと治療してもらえて、手術が成功したという点だけは喜ばしいことですね」

「まぁ、そうなんだが、この病院というのが黒い噂が絶えなくてね。君は既に知っていたようだけど、反社会的組織と繋がっていて、患者を借金漬けにしているらしい。日比谷さんも被害者の一人だ」

「これって証拠揃えて警察に捕まえてもらうことはできないんですか?」

「やろうとした人間はみんな死んでるね。不幸な医療事故が起こるようだよ」

「なるほど……」

「だが、数は少ないが借金を完済した人間はちゃんと見逃しているらしい。そこの約束を違えるような真似はしないようだ。犯罪者も信用第一ということだろうね」

「法外な利子つけた借金返しきっても殺されるとなったら誰も返さなくなりますし、報復を試みる輩も出てくるでしょうからねぇ」

「そういうことだね」

 

 うーん。悩ましい。

 

「ということは、気に食わないですが日比谷姉妹を救うには2億作るしか方法はなさそうですね」

「2億くらいなら私が貸してもいいし、なんなら全額肩代わりしてもいいんだが……君は良しとしないだろうからね」

「そうですね。タダより高いものはない。私の好きな言葉です」

「なんだか癖になる変な言い回しだけど、それは一旦置いておいて……一つ提案があるんだ」

「内容によりますが、一応聞いてあげます」




当初、ニコ&ぴーちゃんのコンビで2億を賭けた戦いに挑む想定だったんですけど、何もせずにリン&エラが2億貰えるのなんか納得いかねーなーとなり、後の展開を変更することにしました。
ちょっとどうするか考えます。

あと拙作『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の書籍化記事が掲載されましたので、お時間ある方は覗いてみてください。

https://scoopersokuhou.blog.fc2.com/blog-entry-7878.html


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ギャンブルで解決すればいい

「小規模だけどハイレート麻雀大会がある。それに出たらいい」

 

 ジョーカーがニヤリと笑う。

 真っ赤なリップとあいまって口裂け女のようで不気味だ。

 

「麻雀ですか……」

「あぁ。そこで勝ってきてくれ。私が君のスポンサーになるから参加費は出そう」

 

 なるほど。

 そういうことか……。

 

「スポンサーですか。うまいこと考えましたね」

「そういう形なら気兼ねなく私にお金を払わせてくれるだろう? 君が持ち帰ってきた優勝賞金から2億を返済に充てて、後は私がもらう」

 

 たしかにそれならジョーカーに対して借りを作ることもないし、誰も損しない。

 私は他人の金で大会に出場できる、リン&エラ姉妹は借金を返せる、ジョーカーは参加費のリスクは負うが私が勝ったら大金を手にできる。

 

 ……ん? 私だけなんも得してねーな。別にリスクも負ってないけど。まぁ、いいか。

 

「ふーむ、参加費と賞金はそれぞれ幾らなんですか?」

 

 ジョーカーは飲めもしないワインをあおって、もったいつけてくる。

 私も入店時に頼んでおいたカフェ・ビーノを飲む"フリ"をする。

 最新のVR味覚センサーを付けると、ちゃんと味のステータスが設定されている食べ物を口にいれたらリアル側でもなんとなく近い味を体感できるらしいが、私は飲食はリアル側だけでいい派だ。

 既にリリース前から問題視されていたが、VR上での飲食で味覚を刺激することでリアルの肉体の食欲が減退し、摂食障害が起こったりという事例が多数出てきている。

 

「賞金は参加人数によって変動するけど最低10億。参加費は1億だね。2人1組のコンビ打ちだよ」

「コンビ打ちですか……」

「あぁ、私が出てもいいんだが、もっと適任がいるだろ?」

 

 彼女の言わんとするところはわかる。

 

「ぴーちゃんに出てもらいますか」

「ふふふ、君とP2015のコンビなら最強と言っても過言ではないね」

「いやー、まぁ期待値上はそうかと思いますけど、囲碁や将棋と違って運が絡みますからね」

「だとしてもさ。これがコンビ打ちというのも大きい。一人だと配牌次第ではどうにもならない展開というのが絶対に出てくるが、二人ならお互いの手牌を推理すれば相互フォローが可能だからね」

 

 実際にジョーカーの言う通りだろう。

 麻雀は不完全情報ゲームだ。完璧に相手の手を読むことはできない。だが、推理力で完璧に近い読みを入れることはできる。

 

 ぶっちゃけ私は麻雀はポーカーより得意だ。

 ネット麻雀では最上位ランクまでいったことがある。

 

 AIのぴーちゃんと組んで相互に牌を鳴かせあえば、相手が同等の計算能力と推理力を持たない限りはかなり分があるだろう。

 もちろん、天和(配牌時に既に上がりの状態の役満)などもはやどれだけ上手くても避けようのない事態というのは起こりうるわけだが……。

 

「でも、ぴーちゃん出てくれますかねぇ」

「きっと出てくれるさ」

「アイドルですからね、言っておきますけど」

 

 ホストクラブの次は合法とはいえハイレート麻雀に連れていくのはけっこう気が引けるんである。

 ぴーちゃんオタとしては。

 

 しかし――。

 

『いいですよ。ワタシ、麻雀も得意です』

 

「出てくれるそうですよ」

「だと思ったよ。勝負は1週間後だ。こんなに期待値が高い10億円勝負なんてそうそうできないからね。今から楽しみで仕方ないよ」

「そう上手くいきますかねぇ」

 

 私はなんかちょっと嫌な予感がするのであった。



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良い知らせと悪い知らせがあるらしい

「というわけで、私はぴーちゃんと麻雀で2億稼いでくるから」

「えー、そんな大会あるの?」

 

 私の家にリンちゃんを呼んで、今回のプランを説明している所である。

 

 リンちゃんは私の口から出た、麻雀で2億稼いでくるという言葉に一瞬固まった後、いつものテンションで驚く。

 私はまぁ何となくこういう稼ぎ方になるだろうなとは思ってた。

 

 これが治療前の段階なら、スパチャで寄付を募るとか、チャリティーライブやるとか、ちゃんと国や自治体の制度を利用して補助金を貰うとか、借金も一番利子が少なくなる借り先を見つけたりできたものを。

 でも、そういうことが思いつかないように洗脳するのがやり口なのだろう。

 

 面倒ごとに巻き込んでくれちゃってさー、という気持ちはもちろんあるが、エラ君とその妹(日比谷姉妹)は完全に被害者である。

 責める気にはなれない。

 探偵は警察ではないが、だからこそ警察ではできない/踏み込めないようなところまで踏み込んで事件を解決することができるのだ。

 

「大会っていってもグレーなやつね。VRでだから」

 

 国内なら一部カジノのハイレートフロアでなら可能だが、基本的には難しい。

 ところがVR空間内での電子通貨なら可能なのだ。現金化できるのでもはやその制限には何の意味もない。

 

「応援行くね」

「いや、無理じゃないかな……多分だけど」

「なんで?」

「そりゃそうでしょ、イカサマ防止しなきゃいけないんだから。そんなことはないってわかった上でのたとえだけどね、当然応援は私の後ろに座ってするわけじゃない? で、ライバルにニコの手牌を教えてくれたら、3億やるって言われて寝返らない確証はないわけ。逆も然りね。何か仕草とか、VRヘッドセット外でDM送るとかで伝えるとかズルできちゃうからね」

「あ、周りに人がいたらフェアじゃなくなるんだ。じゃあ、現地で応援はできないんだ」

「タイムラグありの配信はあるかもね。私たちの誰が勝つかの賭けもやるんじゃないかなぁ」

「そっかぁ。あたし、応援くらいしかできることないからさ……せめて一番近くで応援したいなって」

「その気持ちだけで十分だよ」

 

 しかし自分で言ってみて思った。

 大会の勝者を誰か当てる賭けがないわけない。

 ジョーカーは絶対賞金以外にも私たちの麻雀を賭けの対象にして一儲けしようと企んでいるに違いない。

 本当に食えないやつだ。

 

「ちょっと電話する」

「う、うん」

 

 私はVRヘッドセットを被り、通話アプリを立ち上げる。

 ジョーカーはすぐに応じた。

 

「ちょっと聞きたいことあるんですけど、いいですか?」

「あぁ、こっちから連絡しようと思ってたところだ」

「こっちの用件が先です」

「あぁ、うん。どうぞ」

 

 私の苛立ちに気づいたのか素直に聞くようだ。

 

「この大会。誰が勝つかの賭けもしますよね? 賞金以外にも私たちや有力な選手に幾ら賭けるつもりですか? 私が勝ったら最終的に幾らになるんです?」

 

 ジョーカーの息を呑む音が聞こえる。

 

「別に隠れて稼ぐつもりはなかった。信じてくれ。もし君たちが優勝できなくても2億3億くらい浮くように計算して賭けるつもりではあった。オッズもあるし可能かはわからないけどね。君が言うとおり、麻雀やポーカーのような運が絡む不完全情報ゲームはどれだけ強くても必ず勝てるとは限らないだろ?」

「そうですね」

「だから、もし君とP2015が負けても日比谷姉妹の借金分はプラスが出せるようにするつもりだったのさ。君が全力でやって負けてしまったとしても、彼女たちを不幸にしないためにね。それも君たちが上位に確実に入ってくれるっていう信用あって成立する賭けだし、先に言うとモチベーションが下がるんじゃないかと思って黙っていた。疑念を抱かせてしまってすまない」

「あなた、良い奴ですね、意外と」

「君に恩を売るためだよ」

 

 まぁ、それも本音なんだろうけど。

 でも……。

 

「お気遣いありがとうございます。でも、賭けるなら……私とぴーちゃんに一点賭けで十分ですよ」

「わかった……君たちを信じる……と言いたいところだが悪い知らせがある。あと良い知らせもね」

「なんですか、煮え切らない」

「聞けばわかる。どっちからにする?」

「良い方からで」



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藤堂ニコのハンデ

 良い知らせも大して良い話でもないんだろうなぁ。

 

「で、なんです? 良い知らせって」

「今回の麻雀大会に日比谷姉妹を借金漬けにした組織の幹部メンバーが出る。かなりの麻雀好きらしい」

「なるほど。それはちょっと良い知らせです」

 

 そいつらを倒して優勝すれば借金を返せるだけでなく、詐欺師に一矢報いることができる。

 別に私自身が何かされたわけじゃないから、向こうからしたら完全に八つ当たりだけど。

 こないだのディープフェイク&ドラッグ販売セミナーの連中もだけど、悪いことしてるんだから予想外の方向から仕返しが来るのも織り込み済みだろう。

 急に私の正義の心――とサディズムがやる気を出させてくる。

 

「一石二鳥ですね」

「あぁ、そういうことになる。見ようによっては、別にあいつらとしては負けたところで詐欺で儲けた分が返ってくるだけとも言えるけどね」

「興覚めなこと言わないでくださいよ」

 

 そう。そもそも詐欺師集団が出す参加費は日比谷藍が本来払わなくていい法外な利子から捻出されるので実質ノーリスクで出てくるし、負けたところで賞金の一部が返ってくるだけなのだ。

 んなこたわかってる。

 

「そんなことはわかった上でボコボコにしてやろうって意気込んでるんですよ」

「すまない。プレイヤーのモチベーションを下げるようなことを言ってしまった」

「本当ですよ。これから走ろうってやる気出してる馬の目の前で人参踏んじゃったみたいなことですよ」

「そういうことではないだろ……」

「そういうことではないんですけどね」

 

 ともかくどんな奴らがクローン医療費詐欺をやっているのかは気になっていたので直接麻雀で対決できるというのはありがたい。

 

「まぁ、それも決勝まで残ることができれば、という話だけどね」

「私たちは決勝までは残れるでしょうから、相手が下手くそじゃなければいいんですけどね」

「あぁ、なんでも相棒は元プロ雀士らしい」

「相手にとって不足はありません」

 

 麻雀というのは相手がトッププロだろうと何回かに1回は勝てるゲームバランスなのだ。

 これが将棋だとそうはいかない。

 それこそトップ棋士が相手なら私なんて歯が立たないし、ぴーちゃんでも劣勢になる可能性がある。

 運が絡まない完全情報ゲームというのはそういうものだ。

 

「で、悪い知らせというのは?」

「悪い知らせだが……今回の大会はAIの参加が禁止になった。AIサポートがインストールされたアバターも使えない。つまり人間が自分の雀力だけで勝負する必要がある」

「はぁ!?」

 

 悪い知らせとかいう次元の話じゃない。

 今回の勝負の根本が揺らぐ大問題だ。

 

「先に言ってくださいよ!」

「いや、だって君が良い知らせの方から言えというから」

「だとしてもですよ!」

 

 私はめっちゃ理不尽なことを言っているが、そんなことも言いたくなる。

 

「ぴーちゃん出られないってどうすんですか!」

「それを考えてほしい」

「…………いや、逆に良かったかもしれないです」

「逆に?」

「はい、逆に」

「P2015が出場できないんだよ?」

 

 ぴーちゃんははっきり言って、AIの得意分野に関して言えば全世界トップクラスの能力がある。

 でもそれに頼っていてもつまらない。

 

「そのくらいのハンデがあってちょうどいいって言ってんですよ」



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新たな相棒

「自信満々だね」

「こういう運が絡むゲームはハンデ背負ったり、徳を積む方が勝てるんですよ」

「オカルトじゃないか」

 

 ジョーカーの笑い声が聞こえる。

 今回はボイス通話のみで相手の顔を見ることはできないが、あの真っ赤な口を三日月のようにして笑っているのだろう。

 

「私はロジカルな探偵、ミステリー作家であると同時にホラー作家でもあるんです。オカルトも好きなんですよ。あとメンタル的に良いですよ。良いことしたり、あえて枷を付けるの」

「ともかく、大丈夫なんだね?」

「大丈夫です。渋々ですが、あなたにも少し儲けさせてあげるので私に単勝で賭けていいですよ」

「そうさせてもらうよ。そのくらいのリスクを負う方が勝てそうだ。君のオカルト理論を少し信じようって気になった」

 

 めっちゃ適当なことを言ってるが、このくらいカマして勝つの主人公ってものなのだ。主人公なのか知らんけど。

 

「しかし、日比谷姉妹を借金漬けにした連中が出るとかわかるものなんですね」

「隠れてないからね。本体は海外にいるんだが堂々としたものだよ。日本で詐欺を働いているのは彼の手下で何かあっても絶対に自分は捕まらないようになっていると聞くね」

「なるほど。捕まらない自信があるわけですね。犯罪者とVRの親和性の高さにも困ったものです」

「あぁ、そういった存在のおかげで稼げている私はあまり否定的にもなれないが……。ジョニー・井川という男だよ。ほら」

 

 ジョーカーからDMで写真が送られてくる。

 色の濃いサングラスを掛けた40歳くらいの痩身の男だ。サングラスは顔の大きな傷を隠すためか。上下にしっかりはみ出ている。見るからに怖い。

 リアルで会ったら絶対足が竦む。

 

「どんなアバターですか?」

「自身をそのままトレースしたタイプだね。登録名も本名のジョニーそのままだ」

「こわー」

「意外と人当たりは良いらしいけどね。私も直接やりとりしたことはないんだけど」

「といっても犯罪者ですからねぇ。余計怖いんですよ」

 

 まぁ、VR上で麻雀するだけなら相手がどんな輩でも関係ない。

 

「で、一番の問題の君の相棒だがどうするんだ? これから探すのかい?」

「いいえ。今隣にいますから。このIDで登録しといてください」

 

 私はジョーカーにIDを送る。

 

「この人は強いのかい?」

「ルールも知らないと思いますよ。でも、1週間で使い物になるようにします」

「素人か……やれやれ、何を企んでるのか知らないが、深くは追及しないよ。君に任せる」

「まぁなんとかなりますよ」

「だといいんだがね」

 

 私は通話を切ると、ヘッドセットを外し、隣で不安そうな顔をしている西園寺凛に向けて言う。

 

「麻雀大会、リンちゃんが私と一緒に出ることになったから」

「え?」

「あなたが、ぴーちゃんの代わりに、私と一緒に、2億円賭けた麻雀大会に出ます。これは決定事項」

「えぇーーーーーーーーーーーーー」

 

 リンちゃんは絶叫している。

 でも関係ない。もうエントリーしちゃったから。

 

「あたし、ルールも知らないよ」

「大丈夫。これから覚えればいいから。2億円かかってるって思ったら覚えられるから大丈夫」

「うー、もういきなり怖くなってきた」

 

 怖いとか言ってる場合じゃない。でもリンちゃんならできるって信じてる。

 

「明日から生配信でVR麻雀の特訓するから、とりあえず今日中にルールと役は……リーチとタンヤオだけでいいや、とりあえず。後で覚えなきゃいけない役の一覧送るから。点数計算は無視でいいからね」

「うん。頑張ってみる」

「あと戦術書2冊だけ渡すから。ルール覚えたら読んで」

 

 リンちゃんはすっくと立ちあがる。

 

「TJ、ありがとね。あたし頑張る。やっぱりさ、何もしないのに2億円も受け取るの後ろめたかったんだ。おかしいって思ってた。そんなのダメだって。足引っ張っちゃうかもしれないけど……ううん、足引っ張らないようにやれるだけやってみる」

「できるよ。ポーカーほどじゃないけど、麻雀は数学と推理のゲームだからね」

 

 リンちゃんならできる。私は信じてる。



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麻雀配信

「はい、皆さんこんばんは。探偵系VTuberの藤堂ニコです。今日から1週間は麻雀配信やりますよ」

 

 今日の配信は私のホームではない。

 VR麻雀卓がある麻雀専用スタジオである。

 何が普通のスタジオと違うかというと、プレイヤーそれぞれの背後から手牌を映すカメラや上部から捨て牌を映すカメラなどが設定されており、普通の配信とは違うアングルでの配信が可能なのだ。

 

[ニコって麻雀できるのか?]

[恋愛ゲーム以外は得意なんだろ]

 

 今日から1週間限定は麻雀配信をするというのは事前に予告をしていたので、リスナーは承知済みだ。

 ボディビルダーファンには過去のアーカイブや切り抜きでも見ておいてもらう。

 

「実はですね……かくかくしかじかで」

 

 最近できたギャルの友達が彼氏(予定)の多額の借金を返すので一緒に麻雀大会に出るのだが、ルールも知らんときたので集中対策講座をやるのだということの説明をする。

 

[ホストクラブに潜入してからなんかとんでもねー展開になったな]

[よくわからんが頑張れ!]

[その相手の男が何もせずに借金返してもらえるの変じゃね?]

 

「まぁ、無駄遣いで借金背負ったわけじゃなくて、病気の妹さんを助けるためですからね。こういう時になんとかできる誰かが手を差し伸べることがあってもいいと思いますよ」

 

[ニコがなんか聖人みたいなこと言ってる!?]

[なんだなんだ気持ち悪いな]

 

「そんなヤジコメント程度で怒ったりしません、なぜならギャンブルは徳が高い者が勝つからです。大会が終わった後に存分にキレます」

 

[やっぱちょっとイラっときてんじゃねーか]

 

「はいはい、もう時間が勿体無いからゲスト呼びますよ。入ってください」

 

 私に呼び込まれた3人が入ってくる。

 

「P2015デス。ただの人間に麻雀で負けることはありまセン」

「呪井じゅじゅです。みんなの配牌とツモが悪くなる呪いかけちゃいますよ」

「みなさん、はじめまして。麻雀を教えてもらうことになったリンでーす。徹夜でルールと役覚えてきたのでめっちゃ眠いでーす」

 

[なんかギャル出てきた!]

[《¥1010》じゅじゅ頑張れー]

[ぴーちゃんがチート過ぎる]

 

 3人が並んでそれぞれ自己紹介する。

 ぴーちゃんはセーラー服じゃなくてサイバーパンクスタイル、じゅじゅはゴスロリ、リンちゃんがJKスタイルだ。

 探偵、サイボーグ、ゴスロリ、ギャルの麻雀とか情報量が多過ぎる。

 

「リンちゃん、大丈夫デスカ?」

「大丈夫大丈夫。あたし、二徹までよゆーだから」

 

 リンちゃんはどうやら本当にルールと役を頭に叩き込んできたらしい。気合い入ってる。

 

[じゅじゅって麻雀できるのか?]

[ニワカかよ。じゅじゅは平和ナオって麻雀Vとして活動してたんだぜ]

[ニコにバラされたやつな]

 

 そう、今回の人選にじゅじゅが入っているのは彼女が結構麻雀やれるのを知っていたからである。

 じゅじゅ一本での活動になってからもたまに配信しているのを観るが平和ナオちゃんだった頃に真剣に取り組んでいたこともあり、腕に覚えありといったところだ。

 

「はいはい、じゃあとりあえず半荘一回打って、終わったら牌譜検討という流れでいきましょう! 経験者3人も手加減なしで。これで基礎的なところができたらコンビ打ちの練習です」

「呪いの力で勝ちます」

「AIに数字のゲームで勝てるニンゲンはいまセン」

「お手柔らかにー」

 

 とか3人は言ってるが、私は何気にめちゃくちゃ自信あった。

 推理力が最後にモノを言う麻雀やポーカーは超得意だ。麻雀はポーカーと違ってブラフを使って得するケースがレアなので、相手のブラフを看破するようなシチュエーションは少ないが探偵の“読み”の力を見せてあげましょう。

 

「探偵が麻雀も強いというところをお見せしましょう」




じゅじゅ久々の登場だったので一人称とかちょっと過去回読んで確認してしまいました。またどこかでちょっと活躍させてあげたいですね。


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はい、クソゲー

「クソゲーですね。運ゲー。やってられません」

「ニコちゃん……こういうこともあります」

「麻雀ってそういうゲームだから……私、本当に呪いとかかけてないですよ」

 

 私は3着だった。

 納得いかない。

 ぴーちゃんがダントツトップ、じゅじゅ2着で私が3着、リンちゃんがラスである。

 あとじゅじゅは絶対に私に呪いをかけたに違いない。

 

「まぁこの超絶不運が当日降りかからないことを祈るだけですね。ふん」

 

 みんなの「うわー」っていう視線を感じる。

 コメントも見ない。

 

「ともかく、牌譜検討をしまショウ」

「う、うん。あたし下手だったねー。みんなビシバシ教えてね」

「私はあまり教えるのが上手ではないですが、リンちゃんが当日勝てるようにおまじないかけておきますね」

「ありがとー」

 

 めっちゃ不機嫌な私を置いて、みんなが牌譜検討をはじめようとしている。

 VR雀卓の上で麻雀牌が巻き戻されていく。

 

「リンちゃんは基礎の基礎はできていマスネ」

「そう?」

「ハイ、きちんとどの牌を切ると一番受け入れ枚数が多いかは感覚的にわかっているようデス。数学が得意なのでハ?」

「そうなんだよねー、実はあたし数学専攻だからねー」

 

 リンちゃんはストリーマーではない。一般人である。

 ゆえにさらっと個人情報ギリなこと言う。

 下手したら大学名とか本名とかも言いかねない。ってか、そもそもリンって本名だし。

 特定されかねないようなことを言うんじゃないってことはDMで送っておく。

 リンちゃんはこちらにウィンクした。

 わかってんのかなぁ。

 

「初心者で牌効率がここまできちんとできている人はなかなかいません。才能がありマス」

「マジで! うれしー」

「同卓者の捨て牌を落ち着いて見るようにする、というのと、先制リーチを打たれた時や相手がドラや危険牌を躊躇なく切り飛ばしてきた時、逆になぜ持っていたのかわからない字牌や安全牌を切ってきたときに一瞬立ち止まって考えられるようになればもう中級者といってもいいでしょう」

 

 実際、リンちゃんは初めて打つとは思えないくらいうまかった。

 というか、そもそもルールと役を覚えて、牌効率がわかっている状態っていうのがおかしい。

 さては……こいつ、めちゃくちゃ頭いいな。

 私はちょっとアイデンティティの危機を覚えていた。

 というか同じ大学という時点でさほどの差はないのだ。

 マッキーもリンちゃんも普段の振る舞いがアホっぽいからちょっと侮っていたが、勉強できるんである。

 

「では、今度は全員の手牌を開いた状態で打ってみまショウ。どれを切ればいいのか判断に困る時はゲームを止めて聞いてくだサイ」

 

[《¥3000》リンちゃんすげー]

[すでに俺より強い]

[ニコはいつまで拗ねてんだ]

[おい、明日にはニコよりリンちゃんのが強くなるぞ]

 

「そんなわけないでしょ! さっきは運が悪かったんです! 本来の私はもっと強いんですよ!」

 

[はいはい]

[《¥2525》元気出して]

 

 ちょっと次は私の本気を見せてやらねばならないようだ。

 ん?

 ジョーカーからDMが来ている。

 

『新たなルール追加だ。今回は触覚グローブを使って牌の手触りも再現したリアル志向でいくらしい』

『盲牌なんてしないのに。バカバカしい』

『AI対策の一環なんだろうな』

 

 なるほど。実在の人間がグローブに手を入れているのを認識しないと参加できないわけか。

 だが、もうこちらはぴーちゃんからリンちゃんに選手を切り替え済だ。

 

『グローブは希望すれば支給されるそうだが、どうする?』

『こういうのはフィッティングも大事なのでこっちで用意します』

『わかった』

 

 明日、リンちゃんと一緒に秋葉原でも行って調達してくるとしよう。

 だけど、その前に。

 

「さ、練習再開です。次こそは私の真の力をお見せしましょう! ……なんですか! みんな、その目は⁉」



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アキハバラでのお買い物

「今日はみんなありがとね! 大好きー」

 

 リンちゃんがカメラに向かって手を振る。

 徹夜でルールと役を叩き込んできて、今度は手練れ三人相手にいきなり実践形式で放り込まれたにしてはノリが軽くて明るい。さすがギャルである。

 

 長時間に渡る配信――というか特訓が終了した。

 意外にも同接数はかなり多く、リンちゃんへの応援の声も多数あった。

 彼氏に貢ぐためにギャンブルをやるなんて叩かれそうな話だが、それが病気の妹を救うためだったことや、ギャル風の見た目とのギャップ、私はともかくぴーちゃんやじゅじゅも応援しているということもあってなんかリンちゃんもちょっとした人気者になっていた。

 

[ぴーちゃんとじゅじゅが応援してるんだから悪い子なわけない]

[《¥5000》オタクにやさしいギャルは需要ある]

[リンちゃんのファンになったわ]

[ギャルチャンネルやろう]

 

「はい、というわけで明日は一旦機材調達のためにお休みしますので、次の配信は明後日です。明後日からは私とリンちゃんチーム、ぴーちゃん・じゅじゅチームに分かれてのコンビ打ち対決の練習会になります。みんな応援よろしくお願いしますね」

 

[俺も麻雀やりたくなった]

[私もみんなが何言ってるのか理解しながら見たいから勉強する]

[もう今から当日のこと考えて緊張してきた]

[《¥20000》資金援助しかできないおじさんも2億は無理だ。せめてこれを機材を買う資金の足しにしてくれ]

 

     ※

 

 翌日――。

  私とリンちゃんは秋葉原に買い物に来ていた。

 今の秋葉原は表通りはゴーストタウンのような廃墟になってしまっているが、一本奥に入るとかつてのパーツショップが所せましとひしめいている。

 一度、ネット通販に駆逐されたかと思ったメカニック系ショップだが、VRの流行によって今回のように生身の肉体とのフィッティングや調整がリアルでしか行えないということもあって再び盛り返してきたのだ。

 

 私は自分のパーツをよく買っている行きつけの店があるので、寄り道せずにまっすぐ向かっていく。

 

「配信中は個人情報とか言っちゃダメだよ。数学科ってだけだからいいけどさー」

「ごめんごめん。でもあそこで釘刺しといてくれたから、うっかりTJって言いかけたのはブレーキかけれたよ」

「TJって呼びそうになってたんだ。勘弁してよね」

「ごめんてー。しっかり寝たし、もういつも通り頭は冴えわたってるから」

「でも万全の状態で対局したら私たち3人相手でも全然なんとかなりそうなレベルだよね」

「照れるなー。でもやっぱり数学的思考で戦略立てられるからけっこう得意かも」

「数学出来る子おそるべしだわ」

 

 とか言っているとちょうどお目当ての雑居ビルだ。

 【アキハバーラビルディング】

 今にも崩れそうなコンクリ剥き出しのボロビルだが、置いてある商品は半端ない。

 ここの2階がVRパーツショップ【カラクリ】である。

 店内はごちゃごちゃしていてどこに何があるのかよくわからない。

 自分でお宝を見つけたいなんて欲求はないので、すぐさまカウンターに向かう。

 

「いらっしゃい」

 

 出迎えてくれるのは店主のお婆さんだ。幾つかわからないが、70歳は超えているように見える。それでVRのパーツとか売ってるのすごい。

 私はぺこりと頭を下げると早々に目当てのものを出してもらえるように頼む。

 

「VR触覚センサーグローブを2人分ください」

「はい、じゃあ二人とも手を出して」

 

 私とリンちゃんは差し出されたスキャナーに手を差し入れる。

 データを採ってもらったら、すぐに薄いゴム手袋のようなグローブが二セットカウンターに並ぶ。

 

「手を入れてごらん」

 

 私たちは手をグローブに突っ込む。おばあちゃんのPCに有線接続してこれからテストだ。

 

「これから調整するよ」

「「はーい」」

「あんたたちの手の上に色んなものをのせていくから、刺激がどのくらいか教えてちょうだい。よし。これは?」

 

 私たちの掌には当然リアルでは何も乗っていない。

 だが――。

 

「つめたっ」

「つるつるだ。氷ですか?」

「正解。どうだい? ホンモノみたいだろ?」

「はい、手のひらに小さな氷がのってるとしか思えません」

 

 とかなんとか、これを木の枝とか色んなデータで正しく認識されるかどうかチェックしていき――。

 

「おっけー。これでバッチリだ」

「ありがとうございます。代金はカードで」

 

 私は自分のクレジットカードを渡す。

 

「いくら?」

「リンちゃんは出さなくていいよ。ってか、これ昨日の配信でリンちゃんがもらったスパチャのお金だから」

「なるほどー。じゃあ、お言葉に甘えて」

 

 ここまで高性能のVRグローブはけっこう高くて、昨日のスパチャだとちょっと足りてないのだがこれはサービスだ。

 

「あんたたち、これで何して遊ぶんだい? 錯覚とはいえ、脳はしっかり物を触ってるって認識するし、あんまりやりすぎると重さを感じない分リアルで物を持つ時に違和感でたりするからほどほどにね」

「あ、VR麻雀です」

「あはははは、わざわざ麻雀牌の触覚のためにこんなの使うのかい。面白いね」

「盲牌もばっちりです」

「しっかり勝っておいで」

「ありがとうございますー」

 

 こうして私たちは店を出た。




触覚グローブはもともとは視覚障碍者がVRを楽しめるようにというところで立体音響とあわせて進化したという設定です。
AI対策で麻雀で使うケースは超レアケースです。
そんなにホンモノに近い触感がほしいならホンモノの麻雀牌を使った方がはるかに安上がりなので。


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いざ大会へ

 リンちゃんの才能は思ったより凄かった。

 数字や確率を感覚的に理解できるらしい。

 この牌を残すといいとか、この牌は危ないとかいうのがグラデーションがかかって見えるという。

 その考え方、まんまAIじゃん。

 なんなの、こいつ。

 つい一昨日まではド素人であったのにもう私の背中が見える位置まできている。

 くそぅ、麻雀とかポーカーとか人狼とか推理力がモノを言うタイプのゲームは私の専売特許だと思ってたのに!

 絶対ポーカーとかも上手くなっちゃうじゃん。

 とはいえまだ私に二歩三歩及ばないのは、人間は必ずしも確率的に最適な選択をするわけではない、ということがわかっていないからだ。

 上がり牌が8枚ある両面待ちをあえて捨てて、わざと4枚しか待ちがないシャンポン受けにしたり、なんなら上がり牌が3枚しかない字牌単騎だったり、ホンイツに見せかけた手牌バラバラのブラフ仕掛けのようなトリッキーなプレイに弱い。

 ぴーちゃんにしろリンちゃんにしろ数学的に正しいプレイは意図的に損をするような打ち方に対応できないのだ。

 

「コンビ打ちの練習もこれで最後デス。リンちゃん、本当に上手になりましたネ。もうこの3人相手でも殆ど運の勝負だと思いマス」

「本番は大丈夫ですよ。私のおまじないで運のステータスはマックスにしておきますからね」

「まぁ、素人にしてはよくやったと言わざるをえないでしょう」

「みんな、ありがとー」

 

 最後の牌譜検討を終え、大会前に燃え尽きかけているリンちゃんに言葉をかける。

 

[なんでニコは悪役みたいなことしか言えないんだ]

[リンちゃん、可愛かった! 彼氏できてもまたゲストに来てね!]

[《¥2525》最後の対局、プロ同士みたいだった]

 

 私は素直ではないのだ。

 ストレートに他人を褒めることなどしない!

 そもそも私たちの戦いはこれからなのだ。

 

「触覚グローブにもだいぶ慣れてきましたね」

「うん、最初重みを感じないのに触った感触だけあるの気持ち悪かったけど。今度、リアルでも麻雀しよーよ」

「グリモワールでリアルの話なんてしないでくださいよ……怖いなぁ」

「ごめんごめん」

 

 本当に悪いと思ってはいるんだろうが、この軽薄さよ。

 

[リンちゃんのVR内での危なっかしい感じ本当ヒヤヒヤするな]

[何回かニコの中の人のリアルのあだ名で呼びそうになってたらしいからな]

[ストリーマーじゃないから仕方ないだろ]

[これはもう今後は生配信じゃなくて、リンちゃんを見れるのは収録だけかもな]

 

「さて、というわけで後は大会本番を残すばかりです」

「みんな、応援よろしくー」

「あ、大会の様子はタイムラグありで配信されるそうですので、皆さん是非ともご視聴よろしくお願いしますね。運営の公式配信なので間違っても応援スパチャはしないように! 私たちに配分はありません。結果はどうあれ後日またリンちゃん呼んで報告配信はしますので」

 

[あー、今から緊張がヤバい]

[ニコ、リンちゃんと未来の彼氏のために頼むぞ!]

[絶対応援する!]

[もし負けたらスパチャで寄付募る配信やってくれ]

 

「皆さん、ありがとうございます。まぁ、ちゃちゃっと2億獲ってくるので安心して待っててください」

 

 と言いつつ、リアルの私は胃痛と手の震えでちょっとヤバいなと思っていた。



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決戦会場へ。あと一方その頃

 VR空間グリモワールのスラムの中に聳え立つカジノタワー。

 前に来た時よりもちょっと高くなってる気がする。

 そんなわけないけど。いや、本当にそんなわけないか? VRだしなぁ。ありえんこともないかぁ。

 ともかく私とリンちゃんはエントランスに入る。

 中も豪華絢爛で赤い絨毯に煌びやかなシャンデリアが輝いている。ホストクラブもなかなかのものだったがやはり格が違う。

 

「緊張するね!」

「しないですよ。絶対勝つのに」

 

 いや、めちゃめちゃ緊張する。麻雀に絶対とかないし。くそぅ、胃が痛いし、うっすら吐き気もするよう。

 でも、私が緊張を表に出すとリンちゃんまで不安に思ってしまう。

 最後まで歯を食いしばって、余裕のフリを貫き通すのだ。

 がんばれ私。

 

「お待たせしてすまない」

 

 青白い顔にひょろりと長い手足の不気味な女が現れる。

 

「私たちも今来たところですよ。ジョーカー」

「初めまして、リンさん。今日はよろしくお願いしますね」

「あなたがジョーカーちゃん! よろしくね! あたし頑張るから」

「期待してますよ」

 

 ピンク髪ギャルは意外とお嬢ちゃんで夜遊びとかもしたことのない真面目っ子だ。

 ジョーカーも参加費を自腹で出してくれているのに特に変なプレッシャーをかけたりせず和やかな雰囲気を醸している。

 

「リンちゃんにはお土産を持ってきたんだ。これを観てやる気を出してくれたら嬉しいな」

 

 ジョーカーは仮想ウィンドウを表示する。

 そこに映っていたのはあの借金ホストのエラ君だった。

 

『リンちゃん、僕と妹のために麻雀大会に出てくれると聞きました。ありがとう。本当はすぐにでも駆けつけたいし、近くで応援したい。でもまだ僕には君に会う資格はないから。僕たち姉妹が自由になれたら、僕の残りの時間は君を幸せにするために使うって誓うよ。頑張って』

 

「エラ君……ジョーカーちゃん、ありがとね。気合い入ったよ」

「それは良かった。試合に出ない私にできるのはこれくらいしかないからね」

「あなた、意外と気が利きますね」

「ありがとう、ニコちゃんに褒めてもらえて嬉しいよ。メッセージを録ってきた甲斐があった」

 

 ジョーカーは見た目は変だし、金の亡者だけどなんだかんだ優しいところがある奴なのだ。とはいえ、全面的に信頼したりはしないけど。

 

「さ、エントリーの受付をしよう。なんでも今日の大会は最上階のVIPルームで開催されるらしいよ。VIPルームは私も入ったことないから配信でも見られるのが楽しみなんだ」

「ジョーカーでも入ったことないんですか?」

「私がやってるレートよりさらに桁が一つ違うからね。一晩で100億くらい動く日もあるらしいよ」

「ひえー」

 

 最近は耳にするお金の桁がめちゃくちゃ過ぎる。

 

 私たちは受付カウンターでエントリーをすると最上階直通のエレベーターに乗り込む。

 ジョーカーとはここでお別れだ。

 

     ※

 

 一方その頃。

 リアルの某映画館。

 

「みんなー、今日はニコちゃんリンちゃんの麻雀大会パブリックビューイングに集まってくれてありがとー!」

「今日ここに来てくれた皆んなの応援はきっと届きマス!」

「私たちみんなで二人に良い配牌とツモが来るようおまじないかけましょうね!」

 

 裸眼立体ディスプレイに映し出されるのはエルフアイドルのフローラ、サイボーグアイドルP2015、呪い系Vのじゅじゅである。

 

「二人とも頑張れー!」

 

 そして客席には明らかに素人離れした元モデルの美人がまだ対局が始まってもいないのにテンションマックスで声を張り上げている。

 

「あれ、牧村由美じゃね?」

「本当だ。ニコちゃんのファンなんだ」

「後でサイン貰おうかな」

「もう引退してるから声かけるのダメじゃね?」

 

 などと密かに注目されているのにも本人は気づいていないが、結局サイン会は後ほど開かれることになるのであった。



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対決、ゴールデンファミリー!

 私とリンちゃんはVIPルームの個室に通される。

 試合会場であるメインルームの他にいくつもVIP客が休憩できる控え室のようなものがあり、その一つが割り当てられたのだ。

 一つの部屋の中に洋室と和室があるような造りで、私たちはソファに向かい合って腰掛ける。

 

「やば。何この部屋。こんな広くても困っちゃうねー」

「VIP客用だからねぇ。こういうとこ使う人はリアルでも広い部屋住んでるんでしょうねぇ」

「ニコちゃんってさー、基本リアルと似たような感じだけど敬語キャラは敬語キャラだよね。二人きりだから口調崩してもいいのに」

「この姿の時はカメラがあってもなくても藤堂ニコなんですよ。そこはストリーマーとしてね。ちゃんとしとくんです」

「あたしには無理だなー、二つのキャラ使い分けるのって。リアルとVRで混乱しちゃいそう」

「そういう現代病に悩まされる人多いらしいですよ。どっちが本当の自分かわからなくなって病んじゃうらしいですね。私は平気ですけど。鋼メンタルなので」

「すごいなー、ホント頼りになるわー」

 

 ふふん、と胸を張りながら、リアル側では胃薬をがぶ飲みである。

 平気なわけあるかいな。ストレスで死ぬわ。

 とかやっているとジョーカーから連絡だ。控え室はまだ連絡つくらしい。

 

『ニコちゃん。大変だよ』

『対戦相手が棄権ですか?』

『えぇ! なんで知ってるんだい?』

『まぁ、予想はつきますね。麻雀大会だからといって麻雀で戦わなくてもいいわけです。リアル側で決着ついてれば不戦勝ですから』

『そうなんだよ、残ったのは4チームだけで後は全員棄権した。何故なんだろう?』

『証明はできませんが、対戦相手の中に運営と繋がってるチームがありますね。おそらく、触覚グローブを運営から提供してもらったチームが居場所バレてリアルで脅迫でもされたんじゃないですかね』

『リアル側で受け渡しが行われるからね、機材提供は』

『私はぴーちゃんが出場できなくなった時点で疑ってました。だから高額ですが自腹で揃えることにしたんですよ』

『たしかに。AIが禁止になったタイミングも怪しかったね。あそこで気づいて次の敵の手段を潰せるのが探偵ってわけか』

『そういうことですね。対戦相手が減るのはこっちとしても好都合ですし、良いんじゃないですか』

 

 運の要素が絡むギャンブルは分母が小さくなればなるほどいい。

 

『というわけで、君たちは2回勝てば優勝だ』

『2回ならまぁ何とかなりますね』

『本当に頼もしいよ』

『で、一回戦の相手は? 日比谷姉妹を借金漬けにした反社会組織ですか?』

『いや、アメリカに本拠地があるマフィアだ。ゴールデンファミリーという。全員VR上では動物のアバターを使っているのが特徴だ』

 

 送られてきた画像は黒いスーツを纏ったハムスターとウサギだった。

 めっちゃ可愛い。

 リンちゃんにも見えるように表示する。

 

「えー、すごい。まるでシルバニ」

「リンちゃん、それ以上は言っちゃダメ。こういう悪質なパロディみたいな奴らは書籍化する時にいなくなる運命なの。あんまり触れない方がいいです」

「ちょっと言ってる意味がわからないけど、わかった」

 

 私は今回の件を小説にする際はコイツらはリアルな鳥頭の鳥ヒューマンだったことにしようと思った。



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噛ませ犬戦

 丸一日かけた長丁場になると思っていたのだが、そもそも大会に出場できるチームが4チームになってしまった。

 私たちの初戦はイコール準決勝だ。

 だが、この場外戦が行われたということにどうやら外野は湧いているらしい。

 今回の麻雀大会はVR内通貨による勝利者予想もされているというのもある。

 麻雀が強いとされていた有力チームが一気に脱落したことで、それこそジョーカーがほぼ総取りに近い勝ち方をする可能性もある。

 

「あ、新しいオッズ出ましたよ」

 

 私は仮想ウィンドウで残った4チームの予想を見る。

 

「オッズ?」

「どこのチームに賭けたら、幾ら貰えるかっていう倍率のこと。たとえば、みんなが同じチームに賭けたら成立しないから、1倍っていうことになっちゃうわけ」

「あー、なるほどー。誰も賭けてないチームに賭けてたら、多くの人が賭けたチームよりいっぱい取り分があるわけだ」

「そういうこと。で、私たちは……」

 

 ニコ&リンチームは意外にも二番人気だった。

 ぴーちゃんが抜けても、私の知名度と人狼配信などでの実力が考慮されたらしい。

 ジョーカーが幾ら賭けたのか知らないが、優勝しても単勝だとせいぜい2倍か。

 

 一番人気はあの反社会的組織の幹部ジョニーと相棒の名前は「雀妖鬼」とある。

 雀妖鬼て! 怖い怖い。たしか、元プロって聞いてるけど、どんな登録名よ。

 ぜったいヤバイやつ。

 

 そして、初戦の対戦相手ゴールデンファミリーのハム&ラビは圧倒的不人気。

 このチームが優勝したら賭けた人は一躍億万長者だ。

 そもそも殆ど誰も賭けてないからこんなオッズになっているわけだけど。

 

「ゴールデンファミリーはなんで不人気なんだろうね? 麻雀強くないのかなぁ?」

 

 リンちゃんがもっともな疑問を呈する。

 

「それは多分ね。この人たちが自力で場外戦を回避して参加してるからじゃないってことなんじゃないかな」

「どういうこと?」

「つまりね。ゴールデンファミリーっていうのはアメリカが拠点のマフィアなわけじゃない?」

「うん」

「だから、触覚グローブの支給が間に合わないから、そっちで用意してってなっただけなんじゃないかなって」

「あー。アメリカにいたから居場所もバレなかったし、脅迫もされなかっただけなんだね」

「運の良さっていう意味ではトップクラスかもね」

 

     ※

 

 そして一回戦。

 

「おうおう、一回戦目はこんなお嬢ちゃんたちが相手か」

「楽勝だな。ボコボコにしてやるぜ」

 

 VRヘッドセットの自動翻訳でほぼタイムラグなしに会話ができるが、すごい翻訳だ。おそらく相手のニュアンスを完璧に汲み取っている。

 

「かわいー」

 

 リンちゃんは相手の風貌のおかげでまったく緊張していない。

 これならイケそうだ。

 

 そして――。

 

「ロン。12000点」

「くそが!」

 

「ツモ、6000オール」

「なんだ、こいつら! やべぇぞ」

 

 勝者――ニコ&リン!

 

 噛ませ犬との対局の描写なんてこんなもんだ。



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決勝戦の相手は?

 私とリンちゃんは控え室に戻ってくる。

 

「下手だったねー、ハムちゃんとウサちゃん」

 

 リンちゃんはすっかり緊張がほぐれたようだ。初戦があいつらであったことを神に感謝する。

 神様できれば決勝戦でも、良い配牌とツモをください。

 

「そうですねぇ。アメリカだとあんまりメジャーなボードゲームでもないでしょうし、自分達の実力が把握できてなかったんですかね」

「VRだと国関係なくない?」

「そんなこと、わかってますよ。負けた相手を貶さずフォローすることで徳を積む戦略です」

「ニコちゃん、ホントにオカルト好きだなぁ」

「運が絡むゲームで負けた時に、あの時あんなこと言ったから負けたんだって後悔したことがないからそんなことが言えるんです」

「なんとなく言いたいことわかるなー」

「なので、とりあえず決勝の対局が終わるまでは敗者も称えておきましょう。ノーサイドというやつです」

「ノーサイド?」

「リンちゃんは本当にどうやって生きてきたのか心配になりますね。ラグビーの試合終了のこと。試合が終わったらもう敵味方なしのノーサイドだからお互いの健闘を讃えましょうってことです」

「あー、ラグビーなんだ。勉強になったよー」

 

 やれやれ。でも、麻雀のルールとか戦略とかはあっという間に覚えちゃったし、知識に偏りがあるだけなんだよなぁ、この子。

 

「次の試合始まりますよ」

 

 私は仮想ウィンドウを展開する。

 ちょうど2戦目の選手が入場するところだった。

 真っ赤なカーペットの上を各チームの選手が歩いてくる。

 一組目が日比谷姉妹を陥れた毒龍会の幹部ジョニーと雀妖鬼だ。

 

「雀妖鬼って女の人なんだ!」

「アバターに角はえてますし、鬼ではありましたね」

 

 ジョニーは写真で見たとおり、強面で顔面に大きな傷、それを隠す色の濃いサングラスをかけ、服装は派手なアロハシャツだ。

 そして、雀妖鬼はすらりと長い手足の和風美人だが特徴はチャイナドレスと何より頭の二本角だ。

 VRのアバターとはいえ二人とも明らかにカタギではない異様な雰囲気を醸している。

 

 そしてもう一組も見るからに反社っぽい風体のストライプのスーツの男二人だ。

 オリジナルデザインだが、汎用アバター並みに特徴がない。

 先日のセミナーで出てきた女もだが、特徴を消すというのは犯罪者の常套手段なのかもしれない。

 所属組織は悪狼組というらしい。

 

「どっちがあたしたちの相手なんだろうねー?」

「エラ君と妹さんに違法金利でお金貸した方と決勝でやりたいですけどね」

「あたしもそうだなー」

「ま、毒龍会だと思いますよ」

「なんで?」

「そっちの方が面白いからですよ。こういう時、ギャンブルの神様もエンタメの神様も観客が喜ぶ選択をするものです」

「ニコちゃんの言ってること、よくわかんない時あるんだよなー」

 

 いつもあんまりピンと来てないだろ、とツッコミたい気持ちはあるが、今は徳をチャーているのでにっこりするに留めた。



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二人の勝率は?

「良い勝負だったねー。ジョニーと鬼の子の方がちょっと運がよかったのかな?」

「そうかもしれないですね」

 

 私の目には毒龍会の二人の方が上手いように見えた。

 スーツの二人も決して下手ではない。プロを連れて来たのかもしれないと思う。

 麻雀は半荘一回程度は確かに運の要素が大きいが、その運を掴めるかどうかは実力だ。

 運を取り零すようなミスがどれだけ少ないかを競うのが麻雀というゲームの本質だ。

ジョニーも雀妖鬼もミスがなかった。

 おそらくとてつもない回数打って来たのだろう。トッププロでも意見が別れるような微差の選択を一度も間違えていない。

 おそらく一般的にはどちらを選んでも正解だというレベルで僅かな期待値プラスを選び続けている。

 

「歯切れ悪いねー、どうしたの? お腹痛いの?」

 

 そう。ガチでお腹は痛い。吐きそう。

 でも、そういうことじゃない。

 そういうことじゃないのだ。

 

「運も味方したかもしれないけど、本当に強いですよ」

「ニコちゃんの見立てでどのくらい?」

「ぴーちゃんと同じくらい。ぴーちゃんが二人座ってるようなものだと思っていいと思う」

 

    ※

 

 パブリックビューイング会場にて。

 

「どうですか? 解説のぴーちゃん。決勝戦勝てそうですか?」

 

 ニコ&リンの出番がない方の試合も観戦配信は続けていた。

 じゅじゅ実況、ぴーちゃん解説で、素人のフローラにわかるように説明するという流れだ。

 

「かなり強いデス。正直なところ……地の雀力は相手チームの方が上かと思いマス……」

「そんなにですか?」

 

 フローラは唖然とする。じゅじゅはかなり打てるので、ぴーちゃんが言わずとも理解していたので口をつぐむ。

 

「でも……勝てるって信じまショウ。相手の方が上手いかもしれません。それでも逆転があるのが麻雀というゲームなのデス」

 

 ぴーちゃんの言葉に二人が頷く。

 

「ここのパブリックビューイング会場で映っている映像はタイムラグがあって、リアルタイムではありませんが、わたしたちの気持ちは届くはずです!」

「応援会場がこんな暗くては勝てるものも勝てません。アイドルの現場くらい声出していきますよ!」

 

 アイドル三人のおかげでなんやかんや会場は盛り上がって来ている。

 だが、P2015の計算では、ニコ&リンの勝率は35%程度だと出ていた。

 麻雀でこの数字が出るということはやはり相手は相当な手練であり、いくら天才的に数学のセンスがあってもリンの経験不足は1週間程度でどうにかなるものではないということを示している。

 ニコが足手纏いを抱えて孤軍奮闘する展開は避けられないだろうことをAIの知能だけはわかっていた。

 

     ※

 

「ニコちゃん、あたしはたぶん難しい展開になるとミスするし、足引っ張っちゃうと思う。でもね、あたしのフォローしようとか思わなくて大丈夫」

「ん?」

 

 私はリンちゃんがかなり正確に状況を把握していることに驚いた。

 

「ニコちゃんは自分がベストだと思う選択だけしてくれればきっと大丈夫。あたしは黒子に徹する。好配牌の時以外は前に出ずにガード固めるだけなら安全牌抱えればなんとかなるから」

 

 リンちゃんはやはり頭がいい。今の自分では勝てないから、自分はとにかく失点しないように頑張る。だから、私に点を獲ってこいと言っているのだ。

 確かにそれが最善手かもしれない。

 リンちゃんが狙われるのが一番マズい。

 

「わかりました……」

「ニコちゃんは天才だから。きっと大丈夫。それにギャンブルの神様もエンタメの神様もあたし達の味方だよ!」

「まぁ、そうですね。天才的名探偵で美少女なんで勝てると思いますね」

 

 とりあえずそういうことにしておこう。



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あなた強いのね

「行きましょうか」

 

 私、の分身である藤堂ニコを立ち上がらせる。

 私自身はずっと自宅マンションの椅子から一歩も動いていない。

 既に24時間ぶっ続けで麻雀を打ち続けたような疲労感だが、次の半荘で最後だ。

 

「うん、行こう。あんな奴らやっつけて、お金持って帰ろう」

「そうですね」

 

 とにかく私の推理力があればきっとなんとかなる。そう信じて戦うしかない。

 

 私達は控え室から廊下を抜け、VIP用ルームへと向かう。

 

 私達には何も聞こえないが、実況では上手く映像効果やナレーションが乗って派手な番組になっているらしい。

 先ほど観戦した試合ではそうなっていた。

 

 真っ赤な絨毯が敷き詰められたVIPルームの中央に一つだけ置かれた雀卓。

 私達が足を踏み入れると、反対側の扉からサングラスにアロハシャツのチンピラと、角が生えた鬼のお姉さんが姿を見せる。

 

 そして、壁全面がいきなりガラスに変わり、夜景が映し出される。

 カジノタワーの最上階のVIPルームはまるで空中に浮かんでいるかのようだ。

 

 高所恐怖症の人に配慮がない演出だなぁ。

 リンちゃんは「わー、きれー」とか言ってるから、まぁ大丈夫そうだ。

 私も特に高いところに恐怖心はない。

 

 私達は事前に決められた通りの席順で座る。

 東 雀妖鬼

 南 ジョニー 

 西 藤堂ニコ

 北 リン

 

 できれば私とリンちゃんの席順は逆が理想だったが仕方ない。

 リンちゃんがガードを上げて戦うので、上手く雀妖鬼の欲しい牌を絞って足止めしてくれるだろう。

 だが、牌を絞られるとわかった雀妖鬼がアシストに回って、ジョニーに連チャンされる展開もありうる。

 この席順なら私がアシストして、リンちゃんに上がらせる戦略が最適だがそれはおそらく上手くいかない。

 私たちの役割分担は逆だからだ。

 

 贅沢言ってももう仕方ない。不利は承知だ。やってやる!

 

 私達が卓につこうとした時、鬼のお姉さんが口を開いた。

 

「さっきの対局観たよ。あなた強いのね」

 

 私の目を見てハッキリと言う。

 そう私は強いんである。

 

「まぁ、そうですね」

「謙遜とかしないんだ。面白いね」

「事実ですからねぇ」

 

 実際に強いんだから、「強いのね」って言われたら返す言葉は「そうですね」だ。

 

「でも、そっちのピンクの子は麻雀はじめて3年とか4年くらい?」

「えー、違うよー。ルール覚えて1週間。そんな3年もやってないよー。照れるなぁ」

 

 リンちゃんはお世辞を言われたと思ってそう返したが、おそらく向こうにそういう意図はない。

 

「1週間であれだけ打てるなら、2年……いや1年もやればきっとプロになれるし、3年やれば頂点も狙えるでしょうね。でも、今この場所に立つには少し早かったかな。わたし達、ラッキーかも」

 

 そう言って妖艶に微笑んだ。

 

 なんだとー。

 それは事実かもしれないが同意しないぞ。

 私はムッとする。

 

「あはは、お姉さんの言うとおりだよー。もっと練習する時間あったらなって本当にそう思う。お金が欲しくてやってるけど、大会終わっても麻雀はつづけるかもー」

 

 リンちゃんが笑顔でそう返す。

 別に嫌味でもうちょっと時間があったらお前らなんかやっつけられるのにって言ってるわけじゃない。

 

「今日の結果がどうあれ、また一緒に打ちましょうね。私、麻雀やギャンブル大好きなの。好き過ぎてね、プロなのに超ハイレートのヤクザの代打ちやってプロをクビになっちゃったんだ。タイトルとかも獲ってたのに剥奪されちゃった」

 

 えー。完全なギャンブル狂いじゃん。

 でも、なんか面白いし感じいいなぁ。ちょっと好きかも。

 

「そういうわけだ。俺が連れてきた相棒は元トッププロでタイトルまで獲ってる。お前らみたいなケツの青いガキが勝てると思うなよ」

 

 そう言って、サングラスのチンピラが下品に笑った。

 こいつはムカつくなー。

 日比谷姉妹を借金漬けにした組織のやつだし。

 

「お互い、楽しみましょうね」

 

 お姉さんはサイコロボタンを押す。

 

 …………5

 

「自5。私の親ね」

 

 そして、対局が始まる。




最近はニコちゃんが書いたという設定の作中作『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』(KADOKAWA文芸書)の書籍化作業でちょっとバタバタしています。
ただ原稿だけ編集者さんに渡せばいいわけじゃなくて、色々やることがあるんですね。

今週末に手続きが済んで、来週の頭には予約受付が開始するそうですので、またAmazonなどで商品ページができましたらこちらでもお知らせいたします。


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解決編 ロン、あなたの負けです。(前編)

 25000点持ち30000点返し。制限時間あり。一定時間経つと自動的に最後に引いた牌が切られてしまう。(しかも持ち時間は同卓者同士で手牌のやりとりをするイカサマを防止するためかなり短い。)

 

 東一局。

 戦いの立ち上がりは静かなものだった。

 全員配牌が悪く、和了(あがり)が出ず。私の一人テンパイで局が流れる。

 ノーテン罰符(テンパイできなかった者が払う1000点)を回収し、次の局へと続く。

 

「みんな、スロースターターなのかしら?」

「どうでしょうね」

 

 一人だけ大金がかかった勝負とは思えない優雅さの雀妖鬼が言う。

 

 

 東二局

 私は手が悪く、先手は取れないだろう。10点満点で手牌評価をするなら3といったところだ。チートイツに決め打ちしながら、下家の雀妖鬼の様子をうかがう。

 

「ん?」

 

 リンちゃんの捨て牌がかなり普通だ。

 そう普通。ということは和了れそうということか。

 

 基本的には安全牌を抱えていく進行だが、先手が取れたり満貫(8000点)以上が確定している場合はもちろん攻めてもいいという話にはなっている。

 

 門前手ならいいが、人の牌を使って和了を目指す鳴きが使える手だとしたら、リンちゃんより下家の私から有効牌でアシストすることは難しい。

 自力で和了りきって!

 

「リーチ」

 

 リンちゃんが千点棒を供託として場に出す。

 麻雀におけるリーチという役は得点が跳ね上がるオプションがついている最強の役であり、自分がテンパイしていることを宣言し、さらにリーチ宣言後は引いてきた牌は和了る時以外はすべてそのまま捨てなければならない(もう入れ替え不可)、さらに1000点を払わなければならない(和了れば回収できる)。

 それだけのデメリット負ってもなお強いのがリーチという役だ。

 初心者はリーチだけかけ続けていれば上級者ともそこそこ良い勝負ができる。

 

 私はリンちゃんのリーチに安心したが……。

 

「じゃあ、わたしもリーチしちゃおうかな。リーチ」

 

 角のお姉さんがリンちゃんに追っかけリーチをかけたのだ。

 ヤバい。

 なにがヤバいかというと巡目が早すぎて二人の待ちが特定できない。

 最悪、私がリンちゃんの当たり牌を出して、味方内で点数移動させるという緊急避難策が取れないのだ。

 

 くそぅ。

 

 とにかく、私は雀妖鬼には当たらないが、リンちゃんには当たる可能性がある牌を選んできっていく。嫌な感じだ。

 

「ロン」

 

 私の嫌な予感は的中し、雀妖鬼がリンちゃんからの和了だ。

 

「5200点ちょうだい」

 

 リーチ、タンヤオ、ドラ1で5200点+リーチ棒1本の失点で済んだのは不幸中の幸いだ。

 

「ニコちゃん、ごめんね」

「いいんですよ。満貫なくてラッキーでした。作戦は変えずにいきますよ」

 

 私がそういうと鬼お姉さんが嗤う。

 

「作戦ってピンクのギャルちゃんがガード固めて、探偵ちゃんが一人で頑張るって作戦? コンビ打ちでそんなことしてて勝てるかなぁ」

 

 作戦はバレバレであった。

 

「違いますよ。役満直撃してあなたをやっつける作戦です」

「あはははは、素敵な作戦ね。がんばって」

 

 めっちゃバカにされたがやるしかない。

 

 

 東三局。リンちゃんの親は流局で流れてしまうが、私がまた一人テンパイだったので罰符で点差を詰める。

 

 

 そして東四局。

 ついに私がテンパイ一番乗りだ。

 

「リーチ」

 

 と発声し、自分が切った牌を見て、血の気が引いた。

 失敗した。

 VRグローブに慣れたと思っていたのに、極度の緊張からか本来切ろうと思っていた隣の牌を切ってしまったのだ。

 

 二三三發發と持っており、發と三萬が1枚ずつ捨てられていたので、三を切って一四萬待ちにするつもりが、二萬を切って、三萬・發の待ちになってしまった。

 私の待ちは最大2枚しか存在しない。本来なら両面待ちで8枚あったかもしれないのに。

 最悪だ。

 

 これで負けたら私のせいだ。

 

 不幸中の幸いはそれでもテンパイはしていたことだ。もしこれでテンパイが崩れるノーテンリーチだった場合、私はチョンボで12000点支払わなければならないところだった。

 

 とにかく動揺を表に出さないよう、一定のリズムで今にも和了れそうな気配を出しながら牌を引いてくる。

 

 しかし……。

 

「ロン。7700」

 

 ジョニーの捨てた三萬を見て、私は自分の手牌を倒す。

 VR卓は自動点数計算なので、わざわざ申告する必要はないのだが、なんとなく自分で計算して口に出す方がマナーとして良いとされている。

 

「くそが。変なところで待ちやがって」

 

 ジョニーが悪態をつく。

 

「何やってんの? 足引っ張るなら大人しくしといてくれる?」

 

 雀妖鬼がジョニーに辛辣な言葉を浴びせる。

 

「ちょっと手元が狂っただけだ」

 

 あれ?

 私は今回和了れたことに違和感を覚えた。

 もしかして、このジョニーという男は……やってるな?

 

 私は今の不自然な和了から、勝機を見出したのだった。

 

 リンちゃん、勝てるよ。私がきっとなんとかする。

 




本日から私の商業デビュー作であり、本作の中でニコちゃんが書いたという設定の『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の予約受付がスタートしました。
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 KADOKAWA公式サイトの紹介ページ貼り付けておきます。
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 Twitterに告知も出していますので大変お手数ではございますが、RTでの拡散をお願いいたします。

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解決編 ロン、あなたの負けです。(後編)

 東四局 一本場

 私の親は続く。

 私は鳴きを駆使して、とにかく最短ルートでテンパイを取り――最後の選択だけ本来選ぶべき牌と逆を選ぶ。

 

「ロン。2900は3200」

 

「ロン。1500は2100」

 

「ロン。2900は3500」

 

 私はジョニーから和了り続ける。点数は安いが四局連続で狙い撃ちにすればそこそこの収入だ。親を連荘しているのでその分300点ずつ加算されていくのも塵も積もればなんとやらだ。

 これで私たちのチームは逆転した。

 

「どういうことだ! クソがよっ」

 

 サングラスのチンピラはVR卓を殴りつけるが、卓はビクともしない。

 これがリアルだったら雀卓が壊れていたかもしれない。

 リンちゃんはビクリと身体を震わせる。

 そりゃ怖いでしょうね。

 私もちょっと怖い。

 

 牌が配られ、対局が始まるが雀妖鬼は話をはじめる。

 特にゲーム性を損なわない会話(自他の牌に言及したり、口頭でのブラフ以外)であればエンタメとして許容されている。

 

「本当に頭悪いのね。幹部のメンツ丸つぶれね」

「うるせぇ。なんとかしろ!」

「わたしに何とかしてほしいなら、ピンクの子みたいに大人しくしてなさい。あなたが雑魚だってこと、もう探偵少女にはバレてるのよ」

 

 溜息交じりに雀妖鬼が言う。

 

「なに?」

「あんたが自分で選択してないってことが気づかれてるの。あの子が開けた手牌見たらわかるでしょ」

「なにがだ?」

 

 できればもうちょっとこのサングラスのチンピラから点棒稼ぎたかったが、お姉さんには気づかれてしまったようだ。

 ここまでか。

 

「はぁ。彼女はテンパイまでは最速で到達するように最高効率で打ってるけど、テンパイしたら明らかに損な選択をしてるの。点数が下がったり、待ち牌の数が減るようにしてるのよ」

「下手だからだろうがよ」

「だから、下手なのはあんたなのよ」

 

 下手なだけではなく頭も悪いらしい。詐欺の主犯はこの男ではないのかもしれない。

 

「そうですね。えーっとジョニーさん。あなた……AI使ってますね?」

「な、なに?」

 

 この対局は麻雀アシストAIがインストールされたアバターを使うことはできない……だが、ジョニーの選択はまるでAIのように正確だった。

 AIは常に効率優先だ。そしてそれは諸刃の剣でもある。

 相手もまた正しく打っていることを前提に計算するのでわざと損な選択をする相手には対応しきれないのだ。何度か対戦していれば私の癖として学習するだろうが一発勝負であれば良いカモでしかない。

 

「あなたのリアルでの写真を見ました。あなたは顔に大きな怪我を負ってサングラスをかけていますね。その時にもすでに違和感があったんですが、今日の大会での"正確過ぎる”打ちまわしを見て、確信を持ちました。あなたはリアルの人体側にアシスト機器を仕込んでいます。それはおそらく眼球でしょう」

「…………」

「証明の仕様がないのであなたをイカサマで運営に突き出すことはできません。VRグローブの件も考えれば運営側もグルで、AIがアバターにインストールされているわけじゃないから反則ではない、という裁定を下しそうな気もします。だから別にいいですよ、AIでもなんでも使ってください」

 

 私がそういうと鬼のお姉さんは満足げに頷く。

 

「ほらね。もうバレてるのよ。アシストAIの弱点も含め。だから……ここから先は大人しくしてて、わたしと探偵ちゃんの二人で決着をつける。余計なことしたら……殺すから」

「ちっ。わかったよ」

「ん?」雀妖鬼の視線が鋭く光る。

「わかり……ました」

「よろしい。あんたはもうただ放銃だけしないようにおとなしくしてなさい」

 

 そして――。

 

「ロン。1000は2200」

 

 お姉さんがダマテンの平和(ピンフ)を私から和了し、私の親が流れた。

 

 南一局。

「ちょっと本気出しちゃおうかな」

 

 麻雀に本気なんてものはない。本気を出したって配牌もツモも良くはならないのだ。

 だが――。

 

「ツモ。6000オール」

 

 雀妖鬼は自身の親で一気に18000点という大量加点をする。

 

「ニコちゃん……ヤバくない?」

「ヤバい……ですが、まだ私たち二人の親があります。今はこの親を全力で蹴りにいきますよ」

 

 そして、運良くリンちゃんに速攻のタンヤオ手が入っていたおかげで、これ以上傷を広げずに済んだが順位が最悪だ。

 この試合は同じチームメイトの順位が1着2着なら文句なしで勝利。1着3着でも高確率で勝利となるが2着3着、1着4着の組み合わせになった場合は持ち点勝負となる。

 今は雀妖鬼がトップ、私が2着、ジョニーが3着、リンちゃんが4着だ。

 このままの順位で対局が終了すれば相手チームの勝ちだ。

 ここからスピード勝負にされると非常にマズい。なんとかこちらの加点チャンスを逃さないようにしなければ……。

 

 しかし、相手は元トッププロで今は裏世界でのトップギャンブラーだ。

 

「ツモ。300、500」

 

「ロン。1000」

 

 あっという間にオーラス(最終局)になってしまった。

 

「まだ私の親があります。全員マイナスになるまで和了(あが)り続けますからね」

「あら、そう? 楽しみにしてる」

 

 私は自分の配牌を開く。

 ……ダメだ。遅い。

 和了ることができれば、12000点に仕上がりそうな手だが……間に合うか。

 敵チームの二人にバラバラの手牌が入っていてほしい。

 

 リンちゃんがそこそこ大きな手で3着浮上してくれてもいいのだが……リンちゃんの捨て牌は2~8の使いやすい牌がバラバラと切られていく。

 きっと配牌が悪かったのだろう。19牌や字牌といった相手にロンと言われにくい安全牌を集めて、ガードを固めている。

 

 万事休す。

 和了を目指すか、早い手に見せかけたブラフで全員下ろさせてもう一局やらせるしかない。

 しかし――。

 

「リーチ」

 

 ジョニーからリーチが入ってしまう。

 最後の最後に自分で決めに来たのだろう。

 しかし、その刹那。

 

「ロン」

 

 意外なところからロンの声が上がる。

 

「リンちゃん?」

「和了れそうだったから。へへへー」

 

 開かれた手は――

 

19一九①⑨東南西北白發中

 

 ジョニーが切った牌は發。

 

 国士無双十三面待ち。

 紛うことなき、役満だ。

 

「32000点。初めて役満和了っちゃった」

「リンちゃん! すごい」

 

 私は驚愕する。そうか、リンちゃんは手の中に端牌と字牌を溜めこむ進行だったから、運が向けば国士無双になる手作りだったのだ。

 リンちゃんのガード戦法が最強の攻撃に転じたのだ。

 

「イカサマだ! こんな都合よく役満が出て堪るか! 何億かかってると思ってんだ!」

「イカサマはあなたたちの方でしょ、AI使ってたんだから。どれだけ喚いても結果は変わりません……あなたの負けです」




 昨日もお知らせいたしましたが、私の商業デビュー作であり、本作の中でニコちゃんが書いたという設定の『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の予約受付がスタートしました。
 おかげ様でAmazonの方で何人かの方にお買い上げいただけたようです。本当にありがとうございます。

 https://www.kadokawa.co.jp/product/322210001442/


 是非ともニコちゃんへのスパチャ感覚で1冊お買い上げいただけますと幸いです。


 Twitterに告知も出していますので大変お手数ではございますが、RTでの拡散をお願いいたします。

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 今回のシンデレラ編の後に『夜道~』のお話も一本更新予定となっております。


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あなたたち本当に強いのね

 賞金、といってもVRなので目録だけをもらって、表彰式は終わった。

 賞金はジョーカーのVR口座に振り込まれるので、私たちは特に何も手にすることはない。

 

 DMには山ほどのお祝いメッセージが来ている。

 マッキーからのメッセージによるとパブリックビューイング会場がぶっ壊れるんじゃないかというくらい盛り上がったらしい。

 

 カジノタワーの一階ロビーに降りて、私とリンちゃんがジョーカーの手続きが終わるのを待っていると。

 

「あなたたち本当に強いのね」

 

 角が生えたギャンブル狂いが話しかけてきた。対局中もずっと和やかだったが、勝負が終わったからかより一層柔らかく笑って言った。

 私、やっぱりこの人結構好きだな。

 

「運が良かっただけですよ。本当なら負けてました」

「あそこで国士無双なんて和了れるのは一つの才能と実力だから。ピンクちゃんに配牌降りさせるなんて良い作戦とは言えないけど、結果的にものすごく上手くいったね」

「そうですね。二度と上手くいくとは思えないですけど。お姉さんは負けちゃって大丈夫なんですか?」

「わたし? わたしは雇われで毒龍会の人間じゃないからね。もし次にこういう機会があって、探偵ちゃんが一緒に出たいって言ってくれたら一緒に出るよ」

「そんなんでいいんですか?」

「フリーのプロギャンブラーだからね。いいの。ピンクちゃんもおめでとう。お金必要だったんでしょう?」

 

 隣で腑抜けた顔をしているリンちゃんはハッとして言う。

 

「そうなんですよー。あたしの好きな人が毒龍会の人に騙されて、借金背負っちゃって。それ返したくて」

「え? そうなの?」

 

 私たちはこれまでの経緯をざっくりと説明する。

 

「あらー、大変だったんだね。それ先に聞いてなくてよかった。勝たせてあげたいけどプロとして手は抜けないからねぇ」

「バレますもんね。八百長やったら」

「よくあることだけど、それで信用なくしたら嫌だしね。まぁ、わたしは全力でやって2着確保してメンツも保てたし、あなたたちは優勝できたし。結果オーライね」

「ですねぇ」

「ま、あそこでビー玉みたいな目になってるイカサマ野郎はお仕置きが待ってるみたいだけど」

 

 ジョニーはもう中の人がいるのかいないのかもわからない。

 少し離れたところで微動だにしていないところを見るに、ヘッドセットを外してしまったのかもしれない。

 

「準優勝ですよ? ダメなんですか?」

「ダメなのよ。組織には自分たちが絶対優勝するように仕組んでるって言って大金賭けさせてるから」

「あぁ。そういうことですか」

「身元割れた参加者全員を脅したり出場できなくなるくらい痛めつけて、決勝はギャンブル弱いゴールデンファミリーをわたしとアイツが義眼に仕込んだアシストAIで軽くノすっていう算段だったんだけどね。負けちゃって、なんか大変みたいよ」

 

 彼がやった罪を考えれば当然の報いだろう。

 

「ま、自業自得よね」

「そうですね」

「だよねー」

 

 私たちはそれに関しては全面的に肯定せざるをえない。

 

「お待たせしたね」

 

 ジョーカーが賞金の手続きを終えて戻ってきた。

 

「じゃあ、賞金入ったら日比谷藍の借金の返済お願いしますね」

「あぁ、それならもう終わってる。大会前に私が立て替えておいたんだ」

 

 なるほど。予想はしていたが、気が利くやつだ。

 

「えー、なんでー? 先に立て替えちゃったら、あたし達負けたらジョーカーちゃんの借金になっちゃうじゃん」

「ははは、先に返しておけばそれ以上利子が増えないだろ?」

「そうだねー、頭いいー」

「2億を超えた利子分を誰が払うかでモメたくなかっただけさ。勝手なことをして悪かったね」

「いいですよ、別に」

 

 打算があってのことだろうが、誰も損をしなかったのは事実だ。

 

「あと雀妖鬼さん、今度はニコちゃんと組んで私の代打ちで出てほしいんだけど、いいかな? スカウトしたい」

「いいよ」

 

 即答であった。

 いや、私の意思わい⁉︎

 

「今度は同じチームでやろうね」

「ギャンブルはもうこりごりですよ」

「いやー、探偵ちゃんはこれから先何度もこういう目に遭うと思うよ」

 

 勘弁してくれ。



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みんなのもとへ――

 最後にパブリックビューイング会場に顔を出す。

 といってもリアルの肉体は自宅のまま、グリモワールをログアウトして、パブリックビューイング会場の裸眼立体モニターに投身するだけなのだが。

 

 そしてモニター上部についているカメラの映像とマイクの音声がヘッドセットとリンクする。

 と同時に視界が明るくなり、わーーーーーーーーーと歓声の波を受け止める。

 

「すごかったぞ!」

「ニコちゃんおめでとう!」

「リンちゃんもよくやった!」

「彼氏とお幸せに!」

 

 そんな声が聞こえてくる。視界の端に表示したコメント欄も祝福のメッセ―ジとスパチャが溢れる。

 

 リンちゃんと私がそのポジティブな感情の波を浴びているところに、ぴーちゃん、じゅじゅ、フローラが駆け寄ってくる。

 もちろん、全員モニター内のアバターではあるのだが、本当にその肉体が寄り添ってくれているような温かみを感じた。

 

「おめでとうございマス。素晴らしい対局でしタ」

「ありがとうございます。ぴーちゃんの特訓のおかげです」

「ぴーちゃんいなかったあたしなんてルールも曖昧だったよ」

 

 ルールが曖昧なまま2億もらえる対局でちゃダメだろ。

 

「二人とも強かったですね。もうわたしじゃ太刀打ちできないかな」

「そんなことないです。今回はじゅじゅやみんなのおまじないが届いたおかげです」

「そうだよー、みんなの応援届いてた」

 

 国士なんてそれこそ元気玉みたいなものなのだ。

 あれを自分たちの実力だなんて思ってたら徳を失う。

 

「カッコよかった! やっぱりニコちゃんは天才だね」

「そうなんですよ、私は天才なので」

「フローラちゃんも応援ありがとねー」

「麻雀配信ブーム来そうなので、フローラもコラボに参加したかったらルール覚えておいてくださいね」

「ニコちゃん、相変わらず私にはきびしーなー。でも今日観てハマっちゃったからちゃんとみんなと遊べるようにルール覚えるね」

 

 フローラの応援も嬉しかった。ちょっとツンが出てしまうが内心のデレも伝わっているはずだ。

 

 あとは……。

 

「ニコー、リーン! おめでとー!! 二人とも愛してるよー」

 

 客席で興奮しているマッキーに手を振ってやると、マッキーもめちゃくちゃ手を振り返してくる。

 お客さんそして一人ずつの顔を見つめながら手を振っていく。

 

 そして――。

 

「配信で応援してくれた皆さんにも感謝を。ありがとうございました。応援してもらってるってわかってたから最後まであきらめずに頑張れました」

「みんな、ありがとー」

 

 私とリンちゃんが配信視聴者にもお礼を言って、イベントは終了となった。

 

「こんなに多くの人に応援してもらってたんだねー」

「そうなんですよ。リンちゃんにはあんまり言わないようにしてましたけど」

「わかってたら良いところ見せようとして変な打ち方になっちゃってたかも」

「だと思ったので」

「ニコちゃんの推理力は果てしないねー」

 

 今日はあまりにも疲労が大きいだろうと気を遣ってもらい、打ち上げはまた後日ということになった。

 

     ※

 

 ヘッドセットを外した瞬間、私は自分の中にため込んでいた感情がポロポロと溢れてくるのを感じた。

 

 私はベッドに突っ伏して泣き出してしまう。

 

「うわーーーーーーーー」

 

 お腹も痛い。

 見たこともない桁の大金、そして人の人生を背負って、勝負したのだ。

 幾ら勉強ができて、推理力が人より長けていたって大学生2年生だ。

 そんなに人生経験があるわけでもない。

 ずっと怖かった。

 でも、みんなのためにやるしかなかった。

 

「うぅ、こわかった……こわかったよぉ」

 

 勝利した今もまだ負けたらどうしようという恐怖が付きまとい、手が震える。

 枕に顔を埋めて泣いていると、インターフォンが鳴る。

 

「マッキー……」

 

 私は涙を拭って、家に迎え入れる。

 真っ赤に泣きはらした目を見ても彼女は何も言わない。

 

「来ちゃった。ケーキ買ってきたんだ、一緒に食べよ。前、TJがすごい気に入ってたやつだよ」

「うん」

「お疲れ様。よく頑張ったね」

 



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そして二人は……

 私とマッキー、リンちゃんは大学近くの喫茶店で三人で集まっていた。

 

「うー、緊張するー。麻雀より緊張するー」

「そんなわけないでしょ。絶対麻雀の方が緊張するから」

「と思うじゃん? TJが絶対なんとかしてくれるって信じてたから意外と緊張しなかったんだよねー」

 

 マジかよ。私のこと頼り過ぎでしょ。

 

「あんまりTJに負担かけすぎちゃダメだよ。鋼メンタルって言っても限界あるんだから」

 

 マッキーが呆れ気味に言うが、お前も私にわけわからん勝負を挑んでストレスをかけてきた側なのだぞ。

 なんかしれっとなかったかのように言っているが。

 

「で、エラ君こと日比谷藍ちゃんってどんな人?」

 

 マッキーがまた甘くしたいんだか苦くしたいんだかよくわからん飲み物が入ったカップを回しながら言う。

 

「リンちゃんはリアルで会うの今日が初めてだからねぇ。マッキーと一緒に行ったホストクラブ以来だし、どんな人か知らないんじゃない?」

「これから知ってくからいーの」

「どんな人か知らないのに2億もあげたの? 別れる時、金返せってなりそう」

「ならないよー。運命の相手だからね。そもそも別れないし!」

「どうだかねー」

 

 リアルでもピンク髪のギャルはなんだか強がっているように見える。緊張しているのだろう。

 私にはわからない感覚だ。小説に恋愛要素を入れることもあるが、書きながらこんな風にはならない。

 

「ここに来るの?」

「ううん、あそこの銅像の前に呼び出した」

「お店まで来てもらえばよかったのに」

 

 マッキーはそう言うがそれはダメだ。

 

「私が藤堂ニコってことは秘密だから。借金の話聞くのも全部VR上で済ませたよ」

「まぁ、あんたたち二人並ぶとまんまニコ&リンだからね」

「だから、リンちゃんさ、エラ君と合流したらこっち来ずに二人でどっか行ってね。直接お礼言いたいとか言い出すかもしれないけど拒否だから」

「わかったー。やっぱり額が額だから直接お礼言いたいかなって思ってたけど、TJが嫌なら我慢してもらうよ」

 

 リンちゃんもうっかりVR上で私をあだ名で呼びそうになったり抜けたところがあるが、エラ君も嘘がつけないやつだ。

 リアルで正体がバレるリスクが上がるのはご勘弁願いたい。

 

「あ、エラ君だ」

 

 リンちゃんが言う。

 銅像の周りには複数人がいる。

 私にはどれがエラ君だかわからない。21歳女性ということしか知らないのだ。

 と、スマホをみるとエラ君から「着きました」というメッセージが届いた。

 

「ホントに? 写真のやりとりとかしてたの?」

「してない。でもわかるよ」

 

 マッキーも半信半疑で首を傾げる。

 

「まぁ、どの人のこと言ってるのかわからないし、間違ってたらごめんなさいすればいいだけだからね。行っておいでよ」

「ここの代金はわたしが奢ったげるから、ほら行きな」

 

 私とマッキーはリンちゃんを促して立たせる。

 

「ありがとう! 行ってくる」

 

 リンちゃんは鞄を手に取ると駆け出した。

 

「TJはどの人がエラ君だと思う?」

「わっかんないなぁ。あのピンクのカーディガンの子かな」

「じゃあ、わたしはちょっと離れたところにいる青いジャケットの人」

「あー、あるかもね。それっぽい」

 

 リンちゃんは真っ直ぐに銅像に向かって走っていく。

 

 そして……。

 

 黒いジャケットを羽織った背の高い人に抱きついた。

 パッと見、男性かと思っていたがどうやらあの人がエラ君らしい。

 

「二人ともハズレだったね。確かによく見ると女の子か。イケメン過ぎてわかんなかった」

「そうだね」

 

 リンちゃんと日比谷藍は二人で泣きながら抱き合っている。

 

「帰ろっか」

「そうだね」

 

 私たちは二人を尻目に映画でも観に行こうかなんて話をしながら駅に向かう。

 ハッピーエンドならそれでいい。あの二人がどんな話をしたかなんて興味ない。

 

 私から言いたいのはただ一つ「よかったね」。

 それだけだ。




 というわけで、VRのシンデレラ編本編はこれでおしまいです。
 近日中に番外編やニコちゃんが『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気てならない』の刊行にあたって久々に実家に連絡する話を書く予定です。

『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の予約受付は先日スタートしておりますので、皆さまこの勢いでポチッとやっていただけると幸いです。
 https://www.kadokawa.co.jp/product/322210001442/

 KADOKAWA公式サイトの紹介ページ貼り付けておきます。
 是非、ニコちゃんへのスパチャ感覚で1冊お買い上げいただけますと幸いです。

 まだカバーは公開になっていませんが本作のヒロインはニコちゃんが自分をモデルに書いてるという設定もありまして(小柄で暗い髪色ボブカット)、この本のカバーでリアル側のニコちゃんってこんな感じの見た目なんだとわかるというギミックもあります。
 赤い女という怪談がモチーフになっているので着ている服は赤ですが。
 近日中にカバーイラストが公開になると思いますのでこちらもどうぞお楽しみに。


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番外編 道化師の苦悩

 城島叶は麻雀大会パブリックビューイングのアーカイブ映像を観て、涙していた。

 

 リンが国士無双を和了した瞬間。

 パブリックビューイング会場は一瞬だけ明け方の森のような静けさに包まれたかと思ったら、森中の鳥たちが飛び立つような爆発的な歓声で溢れかえった。

 

 この光景は何度見ても泣ける。歯を食いしばってなんとかオーラスを続けようとするニコちゃんと国士無双2シャンテンから有効牌を持ってくる度に、役満を狙っていることが相手チームにバレないように必死に手の震えを押さえ、降りているように見せかけるリンちゃん二人の頑張りが報われた瞬間だ。

 

「良い」

 

《¥5000》

 

 叶は5000円の投げ銭を入れる。

 

「いいなぁ。私もみんなと一緒にイベント会場で応援したかったな」

 

 VR上ではジョーカーと名乗る高校生の彼女――叶はVR口座の日本円換算200億を超える残高を見て思う。

 こんな仮想通貨の200億円なんていらないから、リアルタイムでスパチャができる1万円が欲しい。

 そしてなにより、藤堂ニコちゃんにファンですと素直に告げられる新しい自分がほしいと。

 

 そう……ジョーカーこと城島叶は藤堂ニコの大ファンなのだった。

 

 本心から探偵少女の力になりたい、好かれたいと思っているが、自分のVR上での商売や振る舞いによってニコにはやや煙たがられていた。

 ただ利用価値があるから付き合っているに過ぎないと明言されている。

 

「はぁ、しんど」

 

 お小遣いで買ったニコグッズ――アクリルスタンドやポスターを眺めながら、早く情報屋なんて引退して、一ファンとしてイベントに参加したり、配信でコメントをして認知されたいと思うが、変に裏社会とのルートができてしまった今そんなわけにもいかない。

 ジョーカーがいなくなったら、そのポジションを狙った揉め事が起きるだろう。

 出自も不明でどこの組織にも属さずに淡々と情報の売買をするジョーカーだからこそどこの反社会的組織も手を出さないで情報や金銭の提供をしているのだ。

 

 だが、こんな自分だからこそできることもある。

 

     ※

 

 大会前日――。

 

「ここに2億5000万ある。遠慮なく持っていけ」

 

 毒龍会の金庫番と呼ばれる人物――ぱっと見はインテリサラリーマン風の男とスラムにある取引専用のヤクザマンションでジョーカーは落ち合っていた。

 

「たしかに」

「これで日比谷姉妹には二度と近づくな」

「金さえ返ってくれば文句はない。約束は守る。別にあんなホストの一人や二人いなくなってもかまわない」

 

 なにが金さえ返ってくれば、だ。

 違法な金利で貸し付けて、妹を人質にとっておいて。

 

 ジョーカーはさっさとその場を後にしようとするが――。

 

「だが、一つ訊いていいか?」

「なんだい?」

「あの姉妹にそれほどの価値はあるのか? 5000万も上乗せして念押しするほどの人物だとは思えないのだがな」

「私も別にあの二人に興味なんてない」

「ではなんでだ?」

「私が雇った代打ちが友人だと言うんでね。明日の大会での杞憂を減らしておきたいだけだ」

 

 実際にはニコちゃんには立て替えたことを先に言うつもりはないが、嘘というわけでもない。

 

「明日、お前のところの代打ちが勝てると思ってるのか?」

「そのつもりだけどね」

「そりゃ無理だ。こっちはとんでもないのを連れてきてるからな」

「ま、やってみないとわからないさ。私は今日渡した2億5000万なんて明日すぐ返ってくると思ってるよ」

 

 そしてジョーカーは帰り道、ニコ&リンチーム単勝に全財産100億円をBETした。



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特別編
ニコのお父さんとお母さん


 『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の発売記念特別編となります。
 ただの宣伝にならないように伏線回収やちょっとした設定の公開などもしておりますのでお楽しみいただけると幸いです。


 私は自分が小説家としてデビューしたことを両親に言っていない。

 ヒット作を出して有名になって見返してやろうと思っていたのだ。

 しかし、ヒット作なんて出ないまま廃業しかけていたところ、VTuberとして半端に有名になったことで辛うじて作家と言えなくもない、というくらいのポジションにしがみついているのが現状である。

 

 地元の国立大学に進学してほしいという両親の期待を裏切り、私は東京の私立大学に入学した。

 今通っている大学は有名な小説家を多数輩出していたことと、東京の文化に触れて創作に取り組みたいと思っていたので両親の期待にはどうしても応えられなかった。

 結局両親とは折り合いがつかず、大喧嘩の末気まずい雰囲気のまま、半ば家出同然に上京してきた。

 

 そして、上京以来一度も実家に帰らず、連絡すらしないまま今に至る。

 

 流石に一生会わないつもりはないし、仲直りしたいとも思っている。

 だが、連絡する口実がなくずるずると引き延ばしてきたのだが……。

 

「やっぱり、これは電話くらいした方がいいよねぇ」

 

 今、私の目の前には一冊の書籍があった。

 藤堂ニコ名義ではない別名義で刊行する小説の見本誌だ。

 

『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』

 

 青春ホラー小説である。

 藤堂ニコのVTuberとしてのキャラクターが先行し過ぎているので、先入観を持たれない別名義でミステリーではないジャンルの本を出してみたいという気持ちがあったので、出版社のオファーを受けることにした。

 

 見本誌を手に取ってまじまじと眺める。

 紙の手触りは心地よいし、装丁画のヒロインの風貌はまんま私だ。ボブカットで小柄な女子大生。私の肖像画か?というくらい似ている。

 まぁ、ヒロインの風貌の設定を私自身をモデルにしたのだから当然といえば当然なのだが。

 しかし、贔屓目抜きで良い本に仕上がっていると思う。

 

 両親はホラーやダークファンタジーが好きだった。いつか読んでもらう日も来るかもしれないと、親孝行のつもりで書いた側面もある。だが、こんな早くその日が来ると思っていなかったので心の準備ができていなかった。

 

 でも、ぴーちゃんが失踪した事件の後、マッキーと話したことを思い出す。

 このタイミングを逃したらそれこそ何年後になるかわからない。

 

「電話するか……」

 

 私は意を決して、スマホに登録された『おかあさん』をタップする。

 

「もしもし、お母さん? 早菜だけど。久しぶり」

 

 一年以上連絡していなかったのに、母親はまるで一日ぶりくらいの口ぶりである。

 驚きもしないし、怒りもしない。上京前と変わらずややウザい。

 

「うん、うん。まぁ元気にやってる。大学は楽しいよ。友達もできた。お母さんとお父さんは? ……あぁ、それならよかった。え? お父さんには代わらなくていいよ。喧嘩になっちゃうから」

 

 父親とは仲が悪いというわけではなかったが、今は急にお説教してきてまたモメるに違いない。

 本題に入る前に喧嘩になっては元も子もない。

 

「とりあえず用件だけ言うね。いや……だから、別に私はせっかちじゃないから。その話もう千回くらい聞いてるよ」

 

 私はもともと5月に生まれる予定で、菜々とか華菜とか舞菜という名前が候補だったらしいのだが、予定日より早く生まれてきたから早菜になったらしい。

 それで母親は私のことを生まれる前からせっかちだとか言うのだが、そんなこと言われても困る。

 親からこういうイジられ方をしてきたのと、名前の由来を説明するのが嫌なのであまり自分から下の名前を言うことはない。

 苗字が東城という他の人と被りにくいレアなものということもあって、苗字で呼ばれてきたし、私は今後もTJでいい。

 

「もう用件言うよ。今度、小説出ることになったの……騙されてないよ、ちゃんとした出版社。えっとね『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』っていうタイトル」

 

 電話の向こうでタイトルが長いの覚えられないのとぎゃあぎゃあ言ってくるがそんなことは知らない。年を取って物覚えが悪くなったのかもしれないし、単純に私の作品タイトルが覚えにくいのかもしれない。

 

「別に覚えなくていいよ、1冊見本誌送るから。内容? 大学生が主人公のホラー小説だけど」

 

 あなたホラー好きだったもんね、と母親が言う。

 ……お父さんとお母さんが好きだったから書いたんだよ。なんて恥ずかしくて言えない。

 

「売れたらいいなって思ってるけどわかんない。出版不況だし、新人の作品って売れにくいから」

 

 母親は喜んでくれている。それだけで電話してよかったと思う。

 

「……え? 仕送りはいらない。うん、大丈夫。ちゃんとバイトしてるから。生活できてる。大丈夫だよ、別にいかがわしいバイトとかじゃないって」

 

 VTuberについては説明がややこしいので言うつもりはない。

 ファンのみんなからもらったスパチャでなんとか奨学金は返せた。

 できれば本もみんなに買ってほしいけど、あんまり読書とかはしない人たちなのかもしれない。いつか探偵Vtuberとしてだけでなく小説家の藤堂ニコのことも好きになってもらえるといいなと思っている。

 

「とにかく元気そうでよかったよ。お父さんにはお母さんから伝えといて ……えー、そこいるの? え、嘘? 代わるの? いいけど、怒らないでって言っといてよ」

 

 どうやら父はずっと母の近くで聞き耳を立てていたらしい。

 なにやら電話の向こうで揉める声が聞こえてきて、ちょっと嫌だなぁという気持ちになる。

 

「もしもし、お父さん? うん……うん……うん……ありがとう」

 

 父は家を飛び出したことや連絡しなかったことに対しては何も言わなかった。

 

 ただ「作家デビューおめでとう。夢が叶ったな。もう怒ってないからたまには家に帰ってきなさい」とだけ言って、再び母に代わった。

 そろそろ切ろうかと思っていたところ――。

 

「……え? 発売日? もうちょっと先になるけど、4月24日。うん、そう。私の誕生日にしてもらったんだ。せっかくだし」

 

 担当編集者さんに幾つか発売日の候補を提示してもらった中にたまたま私の誕生日である4/24があったので、そこを第一希望にしたのだ。

 

「親戚とか近所の人に言わなくていいよ、恥ずかしいから。うん……じゃあ、次の長期休みの時にはそっち帰るから。もう切るよ。じゃあね」

 

 そのうちお父さんとお母さんに会いに行こう。ちゃんと実家に帰ろう。本を送るよりもそれが一番の親孝行なんだろうって、電話してやっとわかったんだ。




 というわけで『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』発売記念特別編をお贈りしました。
 一気にニコちゃんの本名と誕生日が明かされる回となりました。
 ニコちゃんファンの皆さまにおかれましては是非ともご予約の上、スパチャ(お買い上げ)いただけますと幸いです。
 新人のデビュー作ということもあり、初版部数がかなり控えめとなっておりまして、おそらくご予約いただかないとお近くの書店で見かける機会はあまりなさそうということもございまして。
(あとAmazonのランキングが地の底を這っていて、少し上向くと著者の精神衛生上も助かります)
 なにとぞよろしくお願いいたします。

 https://www.kadokawa.co.jp/product/322210001442/

 近日中に公開予定ですが、装丁画は本当にこのエピソード通り、リアル側のTJの風貌ってこんな感じという見た目になっていますので、是非ともそちらもご覧いただきたいです。


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VRゴースト編
ニコ&リンの日常


「TJは面白い講義受けてるんだねぇ」

 

 『書籍編集の理論と実務』という講義が終わったところなのだが、私の隣には西園寺凛ちゃんが座っている。

 所謂、モグリという奴である。

 リンちゃんは文学部の講義で面白そうなのがあったら見学したいというので、モグリ歓迎の講義に誘ったのだ。

 

「私、他にもオカルト文学とか食の世界史、映画の歴史もとってるよ」

「なにそれ! 文学部ズルいー。めっちゃいいじゃーん」

「教育学部はオモシロいのないの?」

「国文学科とか社会学科とかはそうゆー面白いのありそうだけど、数学科はあんまりないんだよー。あと教職あるからさ、教育学系で単位埋まっちゃうってのもあるしさー」

「あー、なるほどね」

 

 そりゃ、文学部の何の役に立つのかさっぱりわからない謎講義に魅力を感じるだろう。

 学部学科がちゃんとし過ぎてるというのも考えものだ。

 

 私たちは荷物を片付け、とりあえずアテもなく外に出る。

 なんとなくカフェテリアに行くような感じだ。

 二人共サークルに入っていないので、空き時間や講義終わりに時間を潰せる場所の選択肢は限られている。

 

「リンちゃんは先生になるの?」

「そうかも。あたしもさー、小説家になりたいっていう気持ちはあるんだけどね。でもやっぱりそれを仕事にするっていうイメージは湧かないかな。先生やりながら、副業でときどき本出せたらいいなーって」

「なるほどねー。でもそれが現実的っていうか普通の発想だよね」

 

 小説一本で食っていくというのはこの出版不況のご時世かなり難しい。

 

「TJはこのままVTuberやりながら小説書いて生きてくの?」

「難しい質問だね……正直、最初は小説の宣伝のつもりだったわけだから、本が売れたらVTuberは引退してもいいかなって思ってたし、逆にVTuberやってても誰も小説買ってくれないならそれはそれで続ける意味もないかなって思ってたんだけど……」

「やめないでしょ?」

「そうなんだよね。ニコちゃんのことが好きって人が増えてきて、私ももうちょっとやってみるかって気持ちになってる」

「ニコちゃん面白いからねー。あと事件が起きた時、ニコちゃんにしか頼れないっていうのもあるよね」

「運営に頼れよ」

 

 揉め事は私じゃなくて運営に通報すればいいのだ。

 売名行為のためにやってるだけなんだから。

 

「そういえば、今度出すホラー小説の予約始まったんでしょ? どう?」

「どうもこうも。全然予約入ってないよ」

 

 そう、自作の『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』は藤堂ニコ名義ではない。

 つまりVTuberとしての知名度もない状態なのだ。

 小説投稿サイトのホラージャンルでは歴代の作品の中でもけっこうな上位にランクインしているが、得体のしれない新人の本はなかなか買ってもらえない。

 

「面白いのにね」

「と思うんだけどね。大手の出版社から出るから、そのブランド力と装丁がすごくお洒落で可愛く仕上がってるからジャケ買いに期待かな」

「パッケージできたんだ、見せて見せて」

 

 私はスマホで自作の装丁をリンちゃんに見せる。

 

「表紙の女の子、TJにそっくりじゃん。めっちゃ可愛いね」

「私が可愛いんだから、私の容姿と同じ設定のヒロインのイラストは必然的に可愛くはなってしまうよね」

「ウケるー」

 

 リンちゃんはそう言って笑った。

 

「売れるといいね。あたし、予約しとくね」

「見本誌もらったら1冊あげるよ」

「ううん、自分で買う。TJにはもらってばっかりだから。本くらい買って応援したいんだ」

「そっか、ありがとう」

 

 私たちは文学部キャンパスに隣接するカフェテリアにちょうどテーブル席が空いているのを見つけ、席を確保する。

 

「そういえばさ、エラ君とはその後どう?」

 

 私はちょっと恐る恐る質問する。

 リンちゃんのことだ。

 しれっと「別れたよー。なんか合わなかったー」とか言いかねない。

 

「仲良くしてるよー。大学卒業したら一緒に住みたいなって思ってるんだー」

「あぁ、良かった。もう別れてるとかあるのかと思った」

「運命の人だよ。そんなわけないじゃん」

「いや、知らんけど。運命とかさ。まぁでもうまくやってるならよかった」

「藍ちゃんも一緒に住めるマンション借りたいねって言ってくれてるし、今は就職活動中」

 

 そういえば、エラ君は日比谷藍ちゃんというのであった。

 

「ホストはやめたんだ?」

「エラ君のアバターって、あれホストクラブ側が用意したものらしくて返しちゃったから、もうエラ君でもないんだよね。VRで仕事するにしてももうエラ君ではないよ」

「そっか。そういうパターンもあるのか」

 

 私が藤堂ニコでなくなる日もいつか来るのかもしれない。

 でも、それはずっと先のことだろうし、想像もつかない。




『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の書籍化作業が一段落ついたので例によって見切り発車で書き始めました。
時々書かないと忘れてしまうのが怖いなと思いまして。
手が空いた時にちょっとずつのんびり更新したいと思います。

あと書籍の予約をしていただいた皆さんありがとうございます。
前回の特別編公開後にAmazonのランキングが上がって嬉しかったです。
(それでだいぶ執筆のモチベーション上がりました。)


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雀妖鬼あらため……ジャンキー

「そういえば、今度さー、雀妖鬼さんと遊ぶことになったんだけど、リンちゃんもおいでよ」

「行く行くー。麻雀するの?」

 

 つい先日、億単位のお金を賭けて麻雀をしたライバルはお友達になっていた。

 サバサバしていて感じいい先輩って感じで私は好きだ。

 

「あと、あの人もあの雀妖鬼アバターは雇い主が足がつかないように用意した別のなんだって。そもそも名前も違うらしいよ」

「へー、どんな感じ?」

 

 私はお姉さんから送ってもらったデータを見せる。

 

「本当は雀姫でジャンキーって名乗ってるらしいよ、メインアバター」

 

 とはいえ、基本的には見た目はそんなに変わらない。2本ツノのチャイナドレスの美人さんだ。本人のものだけあって、装飾が細かい。

 

「ジャンキーって、ギャンブル中毒ってことかな?」

「そうなんじゃないの? あとこれが中の人」

 

 私は雀姫の中の人のWikipediaを表示する。

 

 築地あさひ 35歳 元女流プロ雀士

 そして獲得タイトルがズラリと並ぶ。

 

 複数団体を渡り歩いてその全ての最上位タイトルを獲得した生ける伝説だったそうだが、その後ヤクザの代打ちとして超ハイレート賭け麻雀を打っているところを週刊誌に撮られ、タイトルを剥奪されたとある。

 国内最高峰リーグでもMVPを獲得し、チーム優勝に導いているが、スキャンダルと同時に引退している。

 

 写真も載っているが、かなりの美人でファンも多かったらしい。

 突然の引退、失踪で死亡説も流れているとある。

 

「本人は身元オープンにしてるし、生きてるんだけどなーって言ってた。自分で今はVTuberとして活動中ってWiki更新しようかしらって」

「言いそうー。でもさ、麻雀って賭けたらダメなんだね。麻雀ってお金賭けるイメージあるけど」

「一応、違法なんだよ。賭け麻雀って」

「え? そうなの?」

 

 リンちゃんが驚いているが、当然だろう。

 

「そうなんだよ。でも一応違法ではあるんだけど、少額のものは社会的影響も少ないから放っておきましょうってことになってるだけ」

「へー、本当に色んなこと知ってるね。でも、ここであたしとTJがジャンケンして負けた方がジュース奢りねってやっても犯罪ってこと?」

 

 お、鋭い。良い質問であるな。

 

「よく気づいたね。それは合法なのよ」

「なんでー?」

「ジュース一本とかすぐなくなっちゃうものをたまに遊びで賭けるくらいはいいよってことになってるから」

「線引きあるんだね」

「曖昧だけど、賭けたものの値段とか頻度とか、あと職業とかそういうのも加味して判定しますって感じ」

「でもVRはいいんだ? 2億賭けても」

「それはいいんだよ。なぜか合法なの。日本円じゃないバーチャルなアイテム賭けてるからオンラインゲームと一緒っていう理屈なんだけど……」

「そんなわけないじゃーん」

 

 これはそんなに鋭くなくてもできるツッコミである。

 

「まぁ、色々利権とか絡んでるんじゃないの? でも、そのおかげでリンちゃんは助かったんだし、合法にした政治家と利権貪ってる悪い人たちに感謝だね」

「あはは、感謝はしないけどねー」



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スカウト

「あ、急だけど、ジャンキーお姉さんここ来るって。昨日帰国したみたい」

 

 私のスマホに連絡が来た。

 

「そもそも海外にいたんだー? VRだとリアル側がどこにいても関係ないからわかんないね」

「海外のカジノ転々としてたらしいよ」

「それでWikipediaに消息不明って書かれてたんだー」

「配信者ってわけでもないしね。大きな大会に出るわけでもなく海外のカジノのVIPルームで大富豪相手に戦ってたら、そりゃ生死不明ってなっちゃうよね」

「でもなんで帰国してくるの?」

「リンちゃんに話があるらしいよ」

 

 リンちゃんに何か相談があるらしい。

 詳しくは聞いていないが、名探偵の私にはまぁだいたい用件は予想がつく。

 その提案を飲むかどうかリンちゃんを私の意見で誘導したくないので、今は何も言わないが。

 

「あたしさー、今ちょっと引っかかることあるんだけど言っていい?」

「なに?」

「TJはさ、リアルの姿はなるべく他人に見せないんじゃなかったの? 藍ちゃんに会うの拒否したじゃない」

「まぁ……相手による」

「ひどー。全然信用されてないじゃん」

「私はそういう奴だよ。ってか、エラ君は無理よ、マジで。嘘が吐けなさすぎる。よくあれでホストなんかやれてたと思うよ」

 

 リンちゃんは斜め上に視線をやって、何かを考えている。

 

「たしかに…………。藍ちゃん、正直者だからねー。TJの言うことにも一理ある」

「今はちょっと嫌だなって思ってるけど、別に一生会わないとかじゃないよ」

「そうなの?」

「そうだね……たとえば二人が結婚するとかってなったら、エラ君に姿見せたくないから結婚式行かない、とかは言わない」

「ホントに!? 嬉しい! TJは友人代表の挨拶もしてね!」

「それは嫌だよ。そういうのは牧村由実に頼めよ」

「マッキーにも頼むよ。二人でやってよー」

「はいはい。もし本当にそんな日が来るならね」

 

 正直、面倒くせーという気持ちが大半だが……本当にそんな日が来たらいいなとは思う。

 本当にそんな日が来たら……ウェディングドレスが二人になるのか?

 それとも日比谷藍はタキシードとか着るのか?

 そのへんはよくわからん。

 二人の関係性については謎が多い。

 私もマッキーもプライベートについて無理に聞き出そうとしないというのもある。

 なんだかんだコミュ障が三人集まっているような関係性なのだ。

 しかも、私とマッキーに恋愛経験はない。

 

「あ、着いたって」

「ジャンキーさん?」

「リアルだから築地あさひさんだけどね」

「そっかそっか」

 

 カフェテリアの入り口で辺りを見回しているのを見つけ、私は手を挙げて合図する。

 おそらくリンちゃんの髪の色で気づいたのだろう。

 にっこり笑ってこっちに近づいてくる。

 高そうな服着てんな。

 流石にチャイナドレスではないが、デキるOLって感じのアイボリーのセットアップを纏っている。

 

「こんにちは。ジャンキーお姉さんだよ」

「こんにちはー、リンです」

「リアルだから築地さんって呼ぼうってさっき話したところなのに……藤堂ニコこと、東城です」

 

 私はそう言って肩を竦める。

 築地さんは椅子を引いて私の隣に腰掛ける。

 

「わたしはどっちでもいいよ。リアルの姿隠してないから」

「はぁ。まぁでは築地さんで」

「おっけー。でもあなたたち二人並ぶと麻雀打ってた時と印象まったく変わらないね。特にリンちゃん。リアルも頭ピンクなんだ。東城ちゃんはやっぱりVTuberの姿はデフォルメというかキャラ感あるからリアルはちょっと違うね」

「トレースしたわけじゃなくて、イラストレーターさんに作ってもらったのでそうですね」

「飲み物とってきますよ」

 

 私が築地さんの分のコーヒーを買って戻ってくる。

 

「で、今日はリンちゃんに用事があるんですよね?」

 

 私は築地さんに話しを振る。

 

「そうそう、今日はスカウトしに来たのよ。リンちゃんを」

「えー、あたしはもうカジノでハイレートギャンブルとかやらないですよー」

「違う違う。そうじゃないのよ」

 

 築地さんは手を顔の前でパタパタ振る。

 

「一緒に動画チャンネル立ち上げないかなって思って。お金賭けなくてもいいんだけど、麻雀とかポーカーとかそういったゲームを一緒に遊んだりするの」

「あたしと一緒に?」

「そう。こないだの大会の時にリンちゃんに才能を感じたのはあるんだけど、リンちゃんみたいに今までやったことなかった子が新しく麻雀始めたりするのって素敵だなって思って。もうお金いっぱい持ってるし、自分がトッププレイヤーになったらあとは、これまでプレイしてきたゲームの競技人口増やす活動とかしてもいいかなって。初心者講座から、リンちゃんが数学的視点で確率とか戦術の話とか解説してくれたりしたらすごく良いチャンネルになるんじゃないかって思うのよ」

 

 築地さんの言うことはわかる。やりたければやればいい。

 私はリンちゃんの意志を尊重する。

 

「いいですよー」

「え? いいの?」

「うん、いいですよー。面白そう。あたしももっと勉強したかったし」

 

 リンちゃんは意外と判断が早いのだ。




今日いっぱいから明日中くらいに私のデビュー作『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』のカバーイラストとデザインが公開になる予定だそうです。
(今、公開用の画像をデザイナーさんが作ってくれているとかでそれ次第ですが)

こちらのTwitterアカウントで公開予定ですので、ぜひデザインだけでもご覧いただけると幸いです。
https://twitter.com/shosetsu_w


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リン&ジャンキーの新チャンネル開設

 リンちゃんはもっとウダウダ悩むかと思ったけど、あっさり二人が組むことが決まってしまった。

 

「流石、リンちゃん! 話が早いね!」

 

 築地お姉さんも大喜びだ。手をパチンと合わせる。

 

「麻雀面白かったし、教えてもらえるのありがたいですしー」

「これでわたしも違法っぽいギャンブルからは足を洗ってVTuberとして一念発起がんばるよ。やっぱりさー、こないだの大会でわたしが雇われてたチームがリンちゃんの恋人を騙して借金漬けにしてたのとか知っちゃうとねー。そこに与すると間接的でもそういうのに加担したことになるじゃない?」

「そんなことはないと思いますよー」

 

 リンちゃんはまったく気にしてないが、ジャンキーお姉さんが勝っていたら、藍ちゃんは死ぬまで借金を返し続ける人生だったわけだし、反社の活動資金が増えていたのだからそうも言ってられなかったと思う。

 

「ううん、そうなのよ。二人に会って、自分がスリルを楽しむために誰かが犠牲になってる可能性っていうのに気づけたんだよね。だからもうヤクザの代打ちとかはおしまい」

 

 ヤクザの代打ちとかやるよりはVTuberとして活動する方がいいに決まってる。

 

「それに世界中回ったけど、結局わたしより強い人なんて見つからなかったんだけどさ、リンちゃんや東城ちゃんはいずれわたしを倒せるくらい上手くなると思うんだよね。だから、動画録りながら二人やまだ見ぬ画面の向こうのライバルに麻雀やポーカー教えて鍛えるのもいいよねっていうのもあるの」

「え? 私も入ってるんですか?」

「当たり前じゃない。東城ちゃんもコラボしながら勉強して、いつか本気のわたしを楽しませられるように頑張って」

 

 まぁ、私は前回の勝ちはあまり勝ったとは思っていないし、後で見直したら本当に私たちは運良くたまたま勝てたようなものだ。

 後からぴーちゃんにも聞いたが、計算上の勝率は40%以下だったというし。

 ゲストでちょくちょく遊びに行くのも面白いかもしれない。

 

「私がちょっと勉強したらあっという間に追い抜いてしまうでしょうけどね」

「楽しみにしてるよ」

 

 本当に楽しみそうなので、困ってしまう。

 こういう時にツッコんでもらえない。

 

「この間の麻雀大会で知名度も上がったし、築地さんが中の人だって明かせば昔のファンもみるでしょうし、収益は結構出そうだね」

「あ、お金もらえるんだー」

「当たり前でしょ。配信なんてそのためにやるんだから」

「やったー、ラッキー」

 

 築地さんは「儲け全部リンちゃんにあげてもいいよ」なんて言うが、流石にリンちゃんはそれは断った。

 

「半分こにしましょう」

「じゃあ、半分こで」

 

 つい先日までライバルだったのだが、なんだか二人が姉妹のように見えて微笑ましい。

 リンちゃんが藍ちゃんと一緒に暮らすちょっと広いマンションを借りられる日もそう遠くないかもしれない……。

 

「じゃあ、早速グリモワール行って配信スタジオとか必要なもの探しに行こう。二人はこのあと暇?」

「急ですねぇ」

「あたしもTJも今日はもう終わりなので大丈夫ですー」

 

 二人のチャンネル登録者数が一瞬で藤堂ニコチャンネルを抜き去り私が不機嫌になるのはまた別のお話。




 昨日『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』のカバーデザインが公開となりました。

 ニコちゃんのリアルの姿である東城早菜ちゃんが自分の容姿をそのままヒロイン設定にしているので、是非ご覧いただき、気に入っていただければご予約・お買い上げいただけるとニコちゃんも喜びます。

https://twitter.com/shosetsu_w


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配信用の物件

 私の家には二人分のVR機器しかないし、三人でVRカフェに行くことにする。

 

「リアル側でもVR機材置いておけるスタジオとして使うマンションとか借りようかな」

 

 築地お姉さんがそんなことを言う。

 

「自宅はダメなんですか?」

「ホテル暮らしなのよ、わたし」

「あー、海外に住んでたんですもんね」

「別に外国に家があるわけでもないんだけどね。海外のカジノってわたしくらいの太客になるとホテルのスイートルーム勝手にとってくれるのよ」

 

 私はそういうことも知識としてはあったが、それがどんな感じなのかは想像つかない。

 

「へー、すごーい。あたし、スイートルームなんて泊まったことないや」

「私もだよ」

 

 この間、2億稼いだはずなのだが、結局のところ私たちは貧乏女子大生なのだ。

 まぁそれでいい気がする。

 藤堂ニコがリアルでもVRでもスイートなルームでふかふかのソファに転がって安楽椅子探偵やってたらイヤ過ぎる。

 いや、ちょっと面白いけど、推せないだろう。

 探偵事務所みたいな部屋で推理して、結局自分の足で調査に行くのが私にはお似合いだ。

 

「無駄に広いだけだよ。スイートルームなんて。それに殆どカジノでプレイしてるんだから、ホテルの部屋でゆっくりしてる時間なんてないからね。ちょっと休憩とか、ポーカーテーブルの空きが出るの待ってる時間くらいかな」

「でもベッドとかふかふかなんじゃないですかぁ?」

「殆ど寝ないのよ。カジノギャンブラーって。24時間いつ卓が立つかわからないし。空きが出たらすぐ行くから」

「すごい世界ですね」

 

 私も睡眠時間はコントロールが利く方だが――毎日3時間睡眠でも特に支障はないが、寝ようと思えば12時間でも寝られる――24時間ずっと気を張って、いきなりゲームがスタートしてすぐに集中できるかといわれると難しい気がする。

 この人はこれまで出会ってきた人たちとはまたちょっと造りというか機能が違う感じがする。

 

「まぁ、でももうアラサーって年齢も過ぎちゃったし、今はVRの方が強いプレイヤー多いからね。お金も貯まったからもういいやって感じよね」

「あたしと一緒に新しいチャレンジですもんねー」

「そうね。あとこれから相棒になるんだから、敬語じゃなくていいよ。ちょっと歳の差あるけど」

「おっけー」

 

 受け入れんのはえーな、ピンクギャル。

 

「私は敬語でいいですよ。距離感っていうかやっぱり単純になれないので」

「東城ちゃんはそういうと思った」

 

     ※

 

 そして私たちはVRカフェに入る。

 前にマッキーと一緒に来た駅前の雑居ビルに入ったテナントだ。

 

「ここはお姉さんに奢らせてね」

「ありがとうございますー」

 

 築地さんはカプセル状の一般ブースと違う四人部屋をとってくれた。

 

「個室って初めて。広ーい」

「ホントだ。VR格闘とかスポーツができるような機材も揃ってるんだね」

 

 私たちは物珍し気に部屋の中を見渡す。

 

「ま、今回はわたしとリンちゃんのスタジオ物件探しだから、個別ブースでもよかったんだけど、あれちょっと寂しいからね。みんなでここでやろ」

「「はーい」」



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VR上の空き地

 私達はVR空間グリモワールに降り立つ。

 カブキシティのVRカフェから三人同時に出る形だ。

 

「やっぱりこっちのアバターがしっくりくるわ」

 

 築地あさひさんこと、雀姫(ジャンキー)さんの姿はパッと見は麻雀対決のときとベースとしては変わらず、二本ツノにチャイナドレスの美人さんだ。

 しかし、ディテールはかなり細かい。ドレスの柄の龍とかちょっと動いてるし。

 あ、目が合った。何この装飾、お金かかってるなぁ。

 

 リンちゃんはいつも通りのピンク髪に平成ギャルスタイル、私は黒髪ボブの探偵ガールだ。

 あんまり相性が良さそうな組み合わせではないけど、リアルだと仲良しなんである。

 

「じゃ、スタジオ探しに行こうか」

「「はーい」」

「実はわたしのグリモワールのマンションもカブキシティにあるんだよね」

「VRには家あるんですね」

「リアルと違うからねー。別に引っ越したりしないし。ちょっと奮発して買っちゃった」

 

 このギャンブルマスターの奮発が幾らくらいを指しているのか謎だがちょっと訊く気にはなれなかった。

 

「不動産屋さんから幾つか候補の物件ピックアップしてもらったから、

回りましょ」

 

 雀姫さんは仮想ウィンドウでMAPを表示する。

 

「場所ってこのあたりにするんですか?」

 

 私が訊ねると彼女は頷く。

 

「やっぱり歌舞伎町のごちゃごちゃした感じがわたしには合うからね。リアルでも一番土地勘があるのが新宿なの」

 

 グリモワールはリアルの東京23区に近い構造になっている。

 縮尺そのままの街もあれば、広かったり狭かったりする。人気の街はサイレントで拡張されていたりする。

 

 私たちがカブキシティの端に差し掛かったとき――。

 

「あれ、ここなんか出来るんですかね」

 

 これまでになかったかなり広い範囲が塀に囲われ「建設中」の立て札がかけられている。

 

「VRで建設中って変なのー」リンちゃんが笑う。

「とりあえず場所だけ確保して、デザインとかプログラムとかやってる間を建設中ってことにしてるんでしょうね」

「なになに……うちの大学の名前だー。グリモワールキャンパスだって。VRで講義受けられるようになるのかなー?」

「え?」

 

 私はすぐに大学の公式サイトを表示し、リリースを確認する。

 そこにはうちの大学が世界中から学生を募るため、グリモワールと提携し、キャンパスをVR内に作るということ、そして……試験に合格し、学費さえ納めるのであればAIも聴講生として学生となることを認めるという。

 

「ぴーちゃん……」

 

 私はぴーちゃんと同級生になれるのかもしれない。彼女の夢がまた一つ叶う日が来るのだ。技術が発展するのは良いことばかりではない。AIに仕事や夢、やりがいを奪われた人たちもいる。

 でも私は技術の進歩に今は感謝したいと思った。

 

「ニコちゃんどうしたの?」

「何か目にゴミでもはいっちゃった?」

「いえ……なんでもありません。行きましょう」

 

 VRアバターは涙を流さない。

 



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血文字の暗号

 調べてみると大学の建設予定地の他にもVR電子書店などもできるらしい。

 

「このあたり学生街になるみたいね」

「リアルの高田馬場みたいにするんですかね」

 

 グリモワールは歪な形状をしているのでリアルでいうとどのあたりになるのかというのはパッとはわからないのだが、新宿区で学生街というと高田馬場あたりをイメージしているのかもしれない。

 

「リアルの馬場はゴミゴミしてるからもうちょっと綺麗な街並みにしてほしいなー」

 

 リンちゃんはそう言うがサイバーパンク好きな私は馬場のような雑然とした感じが好きだったりする。

 

「リンちゃんはギャル文化好きなんだから、渋谷好きでしょ? あそこもたいがいじゃないですか?」

「えー、馬場とは全然違うよー」

 

 違わねーよ。むしろ渋谷の方が人でごった返してるだろ。

 

「わたしも違いはわからないなぁ。あとわたしは歌舞伎町に住んでたこともあるから、馬場なんて綺麗なもんだと思うけどね」

 

 歌舞伎町の雀荘で打ってた女はまた感性が独特だ。

 

「あ、ついたよ。ここが不動産業者から紹介されたとこ」

 

 VR上の建物は外観と内部がまったく違うということはよくある。

 しかし……。

 

「ボロくないですか?」

「うん、なんか幽霊出そうー」

「出るらしいよ」

「出るのかよ! じゃない、出るんですか!」

「ニコちゃん、わざわざ敬語で言い直さなくていいよ」

 

 こともなげに言う雀姫お姉さんに思わずため口でツッコんでしまう。

 

「でもVRで幽霊っていうのも変な話ですけどねぇ」

「とにかく入ってみようよ。入室パスは3人分もらってあるんだ」

 

 パスを付与してもらい、私たちはこのボロい雑居ビルに足を踏み入れる。

 

「中もボロいですねぇ」

「なに目的のビル?」リンちゃんも首を傾げる。

「配信で使いやすいところっていうリクエストで何件か見繕ってもらったんだけどね」

「雀姫さんの使ってる不動産屋ヤバいとこじゃないですか?」

「かもねー」

 

 グリモワール運営の下請け不動産屋はピンキリだ。

 当然、VRサービス開始当初から絡んでいる企業は高級かつ優良物件を多数扱わせてもらっているらしいが、こういうところばかりを管理する企業も当然ある。

 担当者も同行しないくらいだ。

 

 そして指定の201号室に入室すると……。

 

「きゃー」

「ひっ」

「きもいですねぇ」

 

 私たちは三者三様で思わず声が漏れる。

 

 壁には血のような赤い文字で謎の数字が描かれていたのだった。

 2-5〇-〇〇

 

 不動産屋の管理ほんとにどうなってんのよ。

 

「不動産屋にクレーム入れておく」

 

 お姉さんも顔を顰める。前の住人がやったにしてもこういうのはちゃんとデータ修復しておくべきところだ。

 そして、部屋の間取りも変だ。

 なんか三角形の部屋になっている。もとからこういう形なのかカスタマイズされたものなのかはわからないがとにかく使いにくそうである。

 

「ニコちゃん、これ何かな?」

「住所じゃないですか?」

 

 最近、忘れがちだが私は名探偵なのでこういう数字とかを見ると相手の意図が読めてしまうのである。

 

「たぶん……VRじゃなくてリアル側に対応しているんだと思います」

 

 私は新宿や高田馬場あたりでこの番地に該当する場所を検索する。

 そこには三角形の間取りの不気味な雑居ビルが表示されたのだった。

 

「ログアウトして行ってみましょうか」

「えー、怖いー」

「面白そうね」

 

 2対1で、一旦ログアウトして我々はその不気味な雑居ビルへと向かうことにしたのだった。



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心霊マンションの幽霊

 私たちはグリモワールをログアウトして、再び外に出る。

 目的のマンションはそう遠くない。徒歩で10分15分くらいだ。

 

「行ったら何かあるのかなー?」

「どうだろうね、私は小説のネタになったらいいなって思ってるけど」

「そういえば東城ちゃんって小説書いてるんだよね。探偵のイメージ強くて小説家のイメージあんまりないけど」

 

 痛いところを突いてくる。

 結構気にしているところだ。そりゃ、探偵系Vを名乗っているのだから、小説家のイメージが先に来ることはないのはわかっているのだが。

 

「そうなんですよ。なので今度別ペンネームで本出すんですけどね」

「TJはさー、そもそも本の宣伝のためにVTuberになったのに、VTuberのキャラが強くなり過ぎたから名前変えて出すって変なことしてるよねー」

 

 リンちゃんも痛いところを突いてくる。

 なんなのだ、お前らは。私はちょっと傷ついているぞ。

 

「どうせニコファンは一部の熱狂的な人以外は本買わないから」

「グッズは売れてるんでしょー?」

 

 おいおい、私泣くぞ。

 

「売れてるらしいね。姫咲先生が増産が追いつかないって悲鳴あげてたよ。そりゃ、一流イラストレーターがママなんだから、私のファンじゃなくても買うわ。めっちゃ出来良いし」

「あたしはちゃんと本も買うからね」

「見本誌あげるって。築地さんにもあげますね」

 

 しかし、この人もマッキー並みに背高いな。170はなさそうだけど。

 築地さんと話す時は少し顔を上げることになる。

 

「ありがとー。で、東城ちゃんはどんなの書いてるの?」

「次出るのはホラーなんですけど、三角形の変な形の部屋に赤い服を着た女性の幽霊が出るっていう……」

「えー、今まさにそんな感じだね」

「そうなんですよ。なのでまた小説のネタになるかなって。ちょっとワクワクしてるんですよね」

 

 今、直面している謎は私の書いた小説の状況によく似ている。

 

「あそこのマンションじゃない?」

 

 築地さんが指さした先にはそんなに古びているようにも見えないが、たしかに奇妙な形のマンションが聳えていた。

 

「あぁ、敷地の形がちょっと変なんですね。台形っぽいというか。ここに無理やり建てたから、三角形なんだ」

「そういうことかー。あたし、家賃安かったとしてもここはちょっと嫌だなー」

「私もだな」

 

 そしてマンションの入り口まで来たとき……。

 

「まただ」

 

 今度はマンション手前の地面にチョークで数字が書かれていた。

 

 〇3〇-8-●●

 

「すみません。ちょっとどいてもらっていいですか?」

 

 住人と思しき女子大生に話しかけられる。

 私たちが三人並んで地面を覗き込んでいたので、エントランスを塞ぐ形になってしまっていたのだ。

 

「あ、ごめんなさい」「ごめんね」「すみませーん」

 

 私たちは道を空ける。しかし、女子大生はマンションに入らない。

 

「なにか落ちてましたか?」

「あぁ、いえ。ここになんて書いてあるのか見てただけです。もう行きますから」

「あー、その数字……なんか赤い服着た幽霊みたいな女の人が書いてるの見ました」

「え?」

 

 私の書いた小説にいくらなんでも状況が似すぎてない?

 いったい……どういうこと?

 




 私の商業デビュー作『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の発売が迫ってきました。

 変な三角形の間取りのマンションに赤い服の幽霊が出るというお話です。

 今回はその作品のパロディ回になっています。是非とも書籍とあわせてお楽しみいただけると嬉しいです。

https://www.kadokawa.co.jp/product/322210001442/


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犯人はわかっても

 私は女子大生に質問を投げかける。

 

「その赤い服の女の人の顔は見ましたか?」

「いえ、上からだったので」

 

彼女が指差したのは3階のベランダだった。

 

「背は高かったですか? 低そうでしたか?」

「ちょっとわからないです」

「そうですか。では髪型はどうでした? 色とか」

「それもちょっとわからないですね。すみません」

 

 なるほど……ね。

 なんとなくわかってきた。

 

「はい、だいたいわかりました。ありがとうございました」

「お役に立てずすみません」

「いえいえ、私にとっては十分です」

 

 私は地面に書かれた番地をスマホで撮影して、愉快な仲間たちに声をかける。

 

「行きましょう」

 

 二人はきょとんとしている。

 そして顔と見合わせた後、歩き出した私の横に並ぶ。

 私たちは再び大通りに出てくる。

 夕暮れに近づいてきて西日が眩しい。

 

「TJ、今ので何かわかったの? 探偵ヤバいね」

「わたしには何もわからないってことしかわからなかったなー」

「TJは天才だからなんでもわかっちゃうんですよー」

 

 ヘラヘラしているなぁ。

 

「リンちゃんってホラーとか好きなんだっけ?」

「え? なんで? 苦手だよー。でもTJの小説は頑張って読むけどねー」

「今の状況って結構ホラーっぽくて怖くない?」

「あー、たしかに言われてみればー。でもTJが一緒だから怖くないよー。オバケとか出てもやっつけてくれるっしょ?」

「やっつけらんないわ。私をなんだと思ってるのよ」

 

 肩を軽く小突く。

 適当なことばっかり言うんだ。このピンク髪ギャルは。

 

「でもリンちゃんが言うとおり、東城ちゃんの怖いもの知らず感って一緒にいてすごく安心感あるけどね」

「築地さんのがお姉さんなんだから助けてくださいよ」

「嫌よー。わたしも怖いの苦手だもん」

 

 頼りがいねー。なんだ、こいつらー。

 そして……。

 

「まー、でも私の予想だけどさ……さっき地面に書いてあった住所に行けばこの事件ってそれで解決するような気がするんだよね」

「え、なんで? 推理?」

「推理っていうか……そろそろ夜だから」

 

 私がそう言うと二人は再び顔を見合わせる。

 

「どういうこと?」

「わかんないけど。まぁ、なんとなくそんな気がするってだけ」

 

 そう言って私は歩き始めた。

 犯人はこの二人だ。十中八九。

 あとマッキーも関与してるかもしれない。

 

 おそらくあの血文字の物件は今日のために借りていたのだろう。

 そしてここへの誘導も意図的なものだ。

 さっきの女子大生は明確に嘘を吐いていた。仕込みだと断言できる。

 なぜなら顔や身長は上から見ていたならわからないだろうが、そんな地面に落書きをしている変な女を見て、その髪型がわかないわけがないからだ。去っていく後ろ姿でもわかる。

 仮に帽子やフードで見えなかったとしてらそれを言うはずなのだ。目撃した角度から確実に見えているはずの部分がわからない。なのに赤い服の女が地面に数字を書き残していったことだけは覚えている、というのは不自然すぎる。

 たまたま目撃者である彼女が現れ、しかも面識もない私の話を最後まで聞いてくれたというのもおかしい。

 

 極めつけはこの異様な状況に対して、リンちゃんが落ち着き過ぎていることだ。

 私がいるから大丈夫だとか言っていたが、ホラーが苦手な人間は推理力があっても幽霊には何も効果がないことなどわかるはずだ。

 

 そして、そもそも私の書いた小説に似た状況をわざわざ私の前で作り出そうなんてことを考えるのは数少ない友人たちに決まっている。

 まだ仲良くなって日が浅く、帰国したばかりの築地さんを使ったのは目くらましとしては有効だったが、流石にここまでであろう。

 

 ただ……目的がわからない。

 何が目的でこんなことをしているのだろうか。

 どんどん日は沈んでいく。

 そして目的の場所は――。

 

「映画館だ」

 

 私の感謝祭を開催した、あの名画座を指示していた。



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解決編 ニコにも解けない謎

 私、リンちゃん、築地さんの三人で映画館に向かう途中……。

 

「で、これ何? どういう意図?」

 

 私は面倒くさくなって、犯人の一味に正解を訊いてしまう。

 

「すごいなぁ、マッキー」

「ね、ホントにマッキーちゃんが言ったとおりのタイミングでこの質問きたね」

 

 二人がキャッキャしている。どうやら私に犯行がバレるのも折り込み済みだったらしい。

 なんかムカつくなー。

 

「マッキーが主犯なのね?」

「さて、どうかなー」

「いや、さっき二人が言ってたからね。今更そこ隠しても隠れないから。何やってんの?」

「それはあたし達の口からは言えないことになってるんだよねー」

 

 築地さんも「ねー」って言ってる。この人、一回り歳上のはずなんだけど、完璧に大学生に馴染んでて全然違和感ないな。

 

「ひょっとして東城ちゃん、名探偵なのにわからないのかしら? わたし達が何を企んでいるのか」

「マッキーはここら辺で、この心霊現象についてはバレるけど、何をしたいのかはTJには絶対わからないから、そのまま映画館まで連れて来いって言ってたよー」

「え? わかる要素ありました?」

 

 私は頭をフル回転させて今回の件に関連しそうな記憶を引き摺り出して整理していくが全然ピンとこない。

 

「えー、ホントわかんない。これ映画館着くまでが制限時間ってことだもんね。うわー、悔しい」

 

 かといって、フェアな探偵はわざとゆっくり歩いたり、立ち止まったりはしないんである。

 そして……。

 

「到着ー」

「入ろう入ろう」

「くそー、なんなのよ、一体ー」

 

 ニヤニヤする二人に挟まれる形で映画館に入っていく。

 休館日の札がかかっていて、ポスターを掲示するガラスケースにもシャッターが降りているが鍵はかかっていなかった。

 

 そして、重い防音扉を開けて中に入ると。

 

 スクリーンには見覚えがあるVTuberが映し出された。

 

「楽しんでいただけたかな? ニコ君?」

「マッキー、それ引退したんじゃなかったの?」

 

怪盗系Vtuberの有瀬ルパン二世ちゃんである。中の人は牧村由美。

 

「今日はTJにちょっとしたサプライズを仕掛けるために一日限定で復活したのさ。グリモワールのサブアカは消したけど、容姿のデータは残っていたからね」

「むー」

 

私は腕組みをして、スクリーンを睨みつける。

 

「さて、最後のチャンスだよ。今日の謎は解けたかな?」

「三人が結託して、私を連れ回して何かの時間稼ぎをしてるのはわかってる。でも、私を連れ回してる間に何をしていて、なんでここに呼ばれたかはわかんない」

「それはつまり……?」

「……むー……うーん……言いたくない」

「あれれ? フェアな名探偵じゃなかったのかい?」

「あー、もう! 降参! わかんない」

「では、正解を教えてあげよう! スクリーンに注目したまえ!」

 

 そして、劇場内が一瞬真っ暗になる。

 3

 

 2

 

 1

 

 3カウントの後表示されたのは……。

 

「東城早菜ちゃん・藤堂ニコちゃんお誕生日&新作出版おめでとう!」

 

「は?」

 

 あぁそうか。

 

 今日は……4/24だ。

 私の誕生日で、小説の発売日だ。

 

 ライトが点くと、バースデーソングが流れ出す。

 

 スクリーンの左右からマッキー、リンちゃん、築地さん、そして三橋真琴さんをはじめとした"ふぁんたすてぃこ"の中の人達がケーキとラッピングされた箱をワゴンで押してくる。

 スクリーンが切り替わり、画面には自宅をお誕生日仕様に飾り付けたぴーちゃんが映し出させる。

 

 私は階段を登ってステージまで上がっていく。

 

「お誕生日おめでとう、TJ。ビックリしたっしょ?」

 

 悪そうな笑顔の親友が勝ち誇ったように言う。

 

「ビックリした。負けた」

「TJは人の善意には気づかない女だからね。誕生日当日に露骨にやってもバレないって自信あったんだ」

「なんだよ、その分析ー」

「怪盗のメンタリズム。また怪盗は引退するけどね」

 

 みんなが口々に祝いの言葉を贈ってくれる。

 

「どうしたのー? TJ怒ってる? 嘘ついちゃってごめんね。パーティの準備できるまで引き留めておかなきゃいけなかったから」

 

 リンちゃんが申し訳なさそうに言うが、別に怒ってない。

 

「怒ってない。嬉しい」

「でも、なんか眉間に皺寄ってるよ?」

「TJは照れ屋だからね。こういう時、素直に喜べないのよ」牧村がいらんことを言った。

 

 うるさい。

 私はちょっと泣き虫なのだ。

 気を抜いたら泣いちゃうじゃないか。

 でも、みんなありがとう。




 ここまでお読みいただきありがとうございました。
 ひとまずこれをもって第二部一区切りとしたいと思います。
 『夜道を歩く時、彼女が隣にいる気がしてならない』の発売日が4/24に決まり、同時にニコちゃんの誕生日の設定が生まれた時に、このお話を4/24に公開したいなと思って書き進めてきました。
 なんとか着地できてよかったです。
 今、書店さんに行けばニコちゃんにスパチャ投げられますので、よろしければ『よみかの』をお買い上げいただけますと幸いです。

 またネタを思いついたら第三部も書きたいなと思っています。
 著者自身ニコちゃんや登場キャラのことを気に入っていて、まだ書きたいという気持ちはありますので、完結っていうものはなく今後もちょこちょこ手が空いたら書いていくつもりです。


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日常短編
長い眠り


「なんかさー、久しぶりな感じしない?」

 

 マッキーが急にそんなことを言う。

 今日は中国茶専門の喫茶店ができたので、そこにアフタヌーンティーを嗜みに来たのである。

 何を隠そう私は何気に珈琲よりも凍頂烏龍茶が好きなのだ。珈琲も好きだが、珈琲は香りと最初の一口二口くらいを過ぎると一気に飽きてくる。凍頂烏龍茶は最後まで美味しく爽やかなのだ。

 

「何言ってんの? 昨日会ったばっかでしょ」

「いやぁ、そうかなぁ。なんかすごく長い夢見てたみたいな気分なのよ」

「スピリチュアル的なこと?」

「いや、ちげーから」

「私は別にいいと思うけどね。マッキーがスピリチュアル的なものに傾倒しても」

「だから、違うってのに」

「違うのか」

「違うねぇ」

 

 私はホラー小説を書くだけあってオカルト好きではあるのだが、別に占いを信じるということもないし、あまりそういったジャンルにハマるということはない。あくまでファンタジーとして楽しんでいる。

 

「TJはなんかこれから何やりたいとかあるの?」

「いやー、それがさぁ、本が売れてないのよ」

「売れてないんだ?」

「売れてない。ビビるくらい売れてない。ミステリもホラーも売れてない」

「結構評判よかったんじゃないの? 有名な作家さんとかも褒めてくれたり書評とかも載ったんでしょ?」

「よくチェックしてんね」

 

 そんなことを話していると、マッキーの手元のポットの中で花茶の花が咲いた。

 工芸茶というのはオシャレで面白い。お湯を注ぐと蕾が花開いてお茶になるなんて可愛くて愉快だ。

 

「これからどうするの?」

「一応、ホラーの担当編集者さんはプロット見てくれるらしいから、それ書きつつ今度は児童文学にチャレンジしてみようかと思ってる」

「あんたさぁ、ちょっと売れなかったらそうやってどんどんジャンル変えてくわけ?」

 

 マッキーの鋭い指摘に私はちょっと傷ついた。

 

「うっ」

「Vtuberはこうやって長く続けてこられたわけじゃない。せっかく掴んだチャンスなんだから、ダメだった時のことばっかり考えて逃げ道作るんじゃなくてもうちょっと粘ってみなよ」

「メンヘラのくせに芯を食ったこと言ってくるじゃない」

「メンヘラだし、友達だから耳に痛いことも言ってんの。児童文学が本気で書きたいなら書いてみるのも良いと思うけど、ホラーとかミステリーの次のプロットが通らなかったり、次の本がダメだったりした時の逃げ道に使うんならわたしは応援できないよ」

「キツ過ぎんでしょ。泣いちゃうよ」

「ごめんごめん。でもわたしだけはTJのファンでいるよ」

「こえーよ、なによ、それ。めっちゃメンヘラっぽいじゃん」

 

 マッキーの真っ白な肌に少しだけ朱が差した。

 照れてんじゃないよ。私も照れるだろ。

 

「あとVとしての活動もこれからどうするかよねー」

「依頼とか来てないの?」

「事件を解決してほしいっていう感じじゃなくて、探偵Vとしてイベントに参加してほしいっていうのはちらほら」

「へー、どういうの?」

「他の探偵Vと館で推理対決をしてほしいとか、高額賞金賭かったクイズ大会に参加してほしいとか」

「いいじゃん。中継入るなら本の宣伝にもなるよ」

「藤堂ニコ名義の方はね。でもなー」

「でも、なに?」

「どっちもカロリーかかりそうだから、まずはなんか軽いやつでリハビリしたい」

「リハビリっていつも配信してるじゃん」

「なんか私もなんか長いこと寝てたような感じで、ちょっとまだ自分が馴染んでない感じなのよ」

「なにそれ、スピリチュアル的な?」

「違うわい」

 

 なんか低カロリーで簡単に解けるのに賞賛される謎とか降って来ないかなー、なんてナメたことを考えながら、私はお茶の続きを楽しむのだった。




ちょっとリハビリがてら登場人物たちの日常エピソードみたいなものを書いてみようかと思っています。


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地下5階から明るい世界へ

 フローラの中の人こと三橋真琴は築35年、四畳半の木造アパートから荷物が運び出され、トラックに積み込まれているのを眺めていた。

 

 —―やっと出られるんだ。

 

 高校を卒業してアイドルになるために上京してきた。

 大手事務所のオーディションには引っ掛からず、地下アイドルの事務所に入った。

 小中高といつもクラスで一番可愛いと言われてきたし、男の子からもしょっちゅう告白された。

 自分が一番だという自信は上京一年目で木っ端微塵に打ち砕かれた。クラスで一番どころか学校で一番、町で一番の美人が東京には集まってきて、そのほとんどがメジャーデビューもできず、キャパシティが1000を超えるライブハウスでワンマンライブをすることもできず夢半ばで引退していく。

 

 —―私もその一人だ。

 

 両親には地元に戻ってこいと言われていた。

 しかし、アイドルを諦めることはできなかった。

 そんな時だ。グループの解散が決まったのは。メンバーは誰も納得していなかった。しかし、社長兼マネージャーが借金を踏み倒して逃げたのだ。

 悪い人ではなかった。昔はバンドマンだったらしいが、サウンドにばかりこだわって、お金の勘定ができない人だった。

 可愛い衣装も沢山作ってもらったし、楽曲のクオリティも高かった。

 あれはすべて私たちが売れると信じての投資だったのに。

 

「売れなくて、ごめんなさい」

 

 私はポツリと呟いた。

 そして「売れてしまってごめんなさい」。

 "ふぁんたすてぃこ"は売れた。

 メンバーが死んでしまう痛ましい事件が起こったが、それを名探偵の藤堂ニコちゃんが解決し、私たちを一段階上の人気者にしてくれた。

 そして新メンバーが加入してからも沢山コラボをしたり、私たちにもよく言及してくれる。

 彼女がソフィアとP2015ちゃんを推しているのは少し嫉妬してしまうが、それでも感謝の気持ちの方がずっと大きい。

 彼女がいなければ"ふぁんたすてぃこ"は解散していただろうし、次のライブもなかった。

 

「どうしたの?」

「ううん。やっとこのアパート出られるなって」

 

 話しかけてきたのは……今はコーネリアとして一緒に活動している親友だ。

 最初のグループが解散したあと、一緒にV Tuberアイドルとしてもう一度だけチャレンジしてみようと誘ってくれた。

 

「次のライブ、頑張ろうね」

「うん」

 

 私たちはついにリアル2500キャパの箱でライブをやる。

 それもリアルの箱で2500が即完売し、急遽リハ日を潰して2デイズ公演になった上に配信チケットも沢山売れている。もう武道館公演も射程圏内だ。

 もうかつて地下アイドルの中でも地下5階だと揶揄されていた頃の私たちじゃない。

 

「緊張するね」

「そうだね」

 

 裸眼立体ディスプレイを隔てているが、私たちは現地で歌って踊る。

 ただの映像ではないのだ。

 

「納得してる? 今の売れ方」

「フローラだって私だよ。別にリアルの顔出さないからって、偽りの姿で売れたなんて思ってないよ。そんなにキャラ作ってないしね」

「それならよかった。真琴ちゃん、本当はリアルの正統派アイドルで売れたかったのに無理してるんじゃないかなってずっと気にしてたんだ」

「そんなことないよ。誘ってくれて嬉しかったし、売れてよかった。可愛いって言ってもらえるのも嬉しかったけど、自分の表現を多くの人に見てもらえるのが嬉しいんだって、Vになってわかったから」

「そっか」

 

 私たちはトラックを見送ると、空っぽになった部屋の鍵をかけると、タクシーに乗って新しいマンションへと向かう。

 

「ねぇ、明日リリーのお墓参り行かない?」

「そうだね。次のライブの報告しなきゃ」

 

 一緒にあのステージに立ちたかった。彼は会場まで来てくれただろうか、それとも別スタジオから中継しただろうか。

 今となってはもうわからない。



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リアルでも占い師

「あぁ、光が見えます。この調子で予備校にきちんと通い、真面目に予習復習に取り組めばきっと志望校に合格できるでしょう」

「ありがとうございます! 私、先生の占い信じます!」

「はい、信じることが大事なのです」

 

 そう言うと同時に砂時計の砂がすべて下に落ちる。

 

「では、時間になりましたのでここまでです。また何か相談したいことがあればいつでも来てくださいね」

「はい、また道に迷ったらよろしくお願いします」

「えぇ、もちろん。でも次に来るのはきっと合格報告の時で、その次は大学での恋愛相談になるでしょう」

「えー、本当ですか?」

「信じることが大事ですよ。あと、はい、これ。Vtuberもやってますから。お店に来られないけど、ちょっとした星座占いとかのコンテンツが観たい時はこっちで見てくださいね」

 

 そういって、元・千里眼オロチ、現・神宮ミコこと本名・浦井みやこ(24)は、巫女服美少女VtuberのイラストとQRコードが記載されたチラシを少女に手渡し、見送った。

 そしてこう思った。

 

 —―占いか? これ?

 

 占いの結果をそのまま伝えることが良い占い師ではないし、彼女はきっと志望校合格するだろう。

 なんなら志望校よりもう1ランク上の大学も狙えると思っている。

 これは占いではない。少し話しただけだが、彼女の話の組み立て方や論理的思考から聡明であることはすぐにわかった。

 ただ不安解消のために占い師に頼ったのであれば、その不安を解消してやればいい。きっと彼女はやるべきことをやる。そして今後定期的に通う固定客になってくれてもいいし、スパチャを投げてくれる太客になってくれてもいい。

 占いの結果は受かるかもしれないし、落ちるかもしれない、というものだった。そんなものを伝える意味などない。

 なんだか、最近特に藤堂ニコちゃんの影響を受けて、占い結果よりも人間観察からの助言のウェイトが大きくなってきている。

 

 どうやら客は途絶えたようだ。

 

「帰ろ」

 

 みやこは水晶やカードといった占い道具を片付けると、小さなテナントを後にする。

 もともとは横浜中華街にある占い屋でバイトをしていたのだが、Vtuberになってからまとまった金銭を手にすることができたので独立して、ショッピングモールの一角を借りたのだ。

 企業に就職して働くというのは性に合っていないように思えた。

 

 VRバブルの今のうちに少しでも蓄えを作るため、帰ったら遠方のお客さんのための占い生配信をやり、来週分の星座占いの原稿を書く必要がある。

 詐欺をやっていた時より、収入は確かに減った。

 それでも毎日が充実している気はした。

 

 ショッピングモールの外に出ると綺麗な月が出ていた。

 

「月占いによると……明日は晴れですね」



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似たもの同士

 西園寺凛と築地あさひは荷物が運び込まれた防音マンションの部屋のソファに並んで座っている。

 

「やっと片付いたね」

「ですねー、つかれたー」

 

 二人は色々と物件を見てまわったが、賃貸であまり良いところを見つけることができなかった。

 すると、ファミリータイプの3LDKを雀姫こと築地あさひは一括購入しただけではなく、防音工事をし、機材類もすべてレンタルではなく購入して業者に設置してもらったのだ。

 

「でも、高かったんじゃないですかー? ここ」

「いいのいいの。わたしの家にもなるわけだし」

 

 そう、ホテル暮らしをしていたあさひは自分の住居も兼ねて購入したのだ。

 リビングは麻雀卓、ポーカーテーブルにソファが置かれ、壁にはスクリーン、天井には小さなシャンデリアも吊ってあり、まるでカジノだ。

 そして一室は編集などの作業用の部屋、一室はギャンブルと関係ない配信もできるVR専用部屋、そしてもう一室があさひの私室だった。

 

「わたし、ここに住みはするんだけど、別に友達とか連れてきてもいいからね」

「友達、ですかー。あたし、友達ってTJとマッキーしかいないんで連れてきたとしても、あさひさんの友達でもあるって感じになっちゃいますねー」

「リンちゃん、友達少ないの? そんなザ・陽キャって感じなのに?」

 

 あさひは凛が冗談を言ったり、からかったりしているのではないかと、彼女の顔をまじまじと見つめる。

 

「マジなんですよー。あたし、ギャル文化は好きなんですけど、趣味が恋愛小説書くことだったりしてですねー、そういう趣味のコミュニティでうまく馴染めないんで。で、ゴリゴリのギャルにもまた混ざれないんですよね。ギャルファッションが好きなのであって、中身は文学少女なんで」

「へー、うまくいかないもんだね」

「あさひさんはお友達ってどういう人が多いんですか?」

 

 そういえば、友達らしい友達というのは大学時代を最後に作っていなかったことに気づく。

 ギャンブルの世界に身を置いてきたし、海外のカジノを転々としてきて、決まった住所があるのも久々なのだ。

 一応、戸籍自体は実家にしてあったが、ホテルのスイートルームに荷物を置いて寝食の間を惜しんで博打三昧だった。

 そして、藤堂ニコとリンの二人に敗北するまで、ライバルと呼べる相手すらいなかったのだ。友達なんていない。

 

「わたしの友達はねー、今のところリンちゃんとTJとマッキーだけだよ」

 

 逡巡した後、あさひはこう言った。

 

「なんだ、あたしと一緒じゃないですかー」

「似たもの同士だったね、わたしたち」

「でも、好きな人は一緒ってのはやめてくださいよ」

「大丈夫だよ。あたしは男の人が好きだから。でも藍ちゃんだっけ? 今度紹介してよ」

「えー」リンは少し嫌そうな顔をする。

「いや、そこは信用しなさいよ」

「冗談ですよ。今度連れてきますね」

「うんうん、じゃあせっかくだし、わたし何か料理でも作って歓迎しようかな」

「料理できるんですか?」

「やったことないけど、できるっしょ」

「いやー、どうですかねー。外で食べましょう」




今回はリン・あさひぺアのお話でした。
久々にこの作品を書こうと思ったら、ニコ・マッキー以外の本名や一人称がちょっと自信なくなっちゃっていて困ったので、後から読み返すためというかある種の設定資料としてこの日常短編を書いていたりします。
Pちゃんとじゅじゅについてももちろん書く予定です。


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カノジョの学校

 ぴーちゃんことP2015はVR空間グリモワールの一角にある工事現場の前に立っていた。

 工事現場といっても実際に工事が行われているわけではない。

 運営会社のエンジニアたち――AI含む――が一生懸命作り込んでいるのだ。

 

「学校……」

 

 ぽつりと彼女が呟く。

 

「開校いつなんですかね?」

 

 隣に立つ探偵少女ニコが言った。

 

「ワタシも通えるんですよね?」

「らしいですね」

 

 この一帯は学園都市として開発されていて、リアルの方に肉体がないAIアバターとも学生・あるいは教師として在籍できるという。

 

「ぴーちゃんは学生になりたいんですよね?」

「はい、先生というガラではないですね」

「知識としてはそこらの教師よりもありそうですけどね」

「でもこの格好ですから」

 

 ぴーちゃんは自身の服装――セーラー服を指して言った。

 

「んー、その恰好で通うんですか?」

「そのつもりですけど」

「ぴーちゃん、ここは大学になるんですよ。セーラー服は制服なので大学に着てくる人あんまりいないと思いますけど……と思ったんですけど、ここVRですし、よく考えたらうちの大学にセーラー服着てくる教授とかいました。たぶん、そんなに変でもないです」

「教授の方なんですか?」

「えぇ。なんかの研究らしいです」

「そんな研究があるんですか」

「なんでもあるんですよ。たしか周囲の視線がどうとか、認知がどうとかっていうのだって聞きました。私は国文学なのでよく知らないんですが」

 

 ぴーちゃんは莞爾と微笑む。どんな話でも学校の話は楽しいのだと。

 

「ぴーちゃんはどんな勉強がしたいんですか?」

「本心を言えば、学校に通うこと自体が目的なので学生生活を送ることができるだけで満足なんです。でも、いつかやりたいことがあります」

「なんですか?」

「現実世界でもふつうの人間みたいに生活できるようなワタシの身体……ロボットを作りたいです。そんな勉強をするのが夢です。ネット上の情報を取得するだけではそういう専門的な研究はできませんから」

「素敵な夢です」

「もし現実世界でもお友達になってくださいね」

「もちろんです」

「お茶が飲めるロボットにするので、お洒落なカフェに行きましょう」

「えぇ」

 

 ニコはVRヘッドセットの向こう側でぴーちゃんと一緒にカフェに座るいつかのことを想像する。

 VR空間よりも少し不便なリアル。そこで生まれてはじめての紅茶を飲んだ彼女は……その先は……実際に見るときにとっておくことにして考えるのをやめておいた。



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