ショタっ子魔法師は風魔忍 (魔法非戦士)
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1.ショタっ子魔法師

よろしくです


 魔法が現代技術とされてから一世紀。

 

 世界は『魔法技能師』通称『魔法師』の育成に力を注ぎ、未だ世界大戦の火種があちこちで燻っている。

 

 日本でももちろん魔法師育成に力を入れており、その一環として全国に九つの【魔法科高校】を設立し、日本中の将来有望な魔法師が入学する。

 

 

 

 日本の魔法師にはいくつかの分類が可能だ。

 

 まずは『古式魔法師』。

 『陰陽師』『忍術使い』などの日本古来の魔法を継承している魔法師の一族だ。

 

 次に『二十八家』。

 【魔法技能師開発研究所】と呼ばれる魔法師開発機関で、遺伝子操作も含めて生み出された魔法師達の直系一族で、十か所の研究所から生み出されたことから一~十の漢数字を名字の頭に付けて名乗っている。日本で最も力がある一派である。

 その頂点に立つ10の家系を『十師族』、残りの18の家系を『師補十八家』と呼び、4年に一度会議を行い、その座を入れ替えている。

 その力から、国軍とは別に国防、治安維持に尽力することを国から求められており、十師族が地区を分けて監視している。

 

 『百家』。

 様々な分野に突出した魔法技術を所有する魔法師の名門を指し、二十八家に次ぐ実力を持つ魔法師で、本流と支流に分かれる。

 本流は十一~千までの漢数字を名字に持ち、二十八家と加えて【数字付き】と呼ばれている。

 

 最後に『エレメンツ』。

 【魔法技能師開発研究所】や現代魔法の四系統八種が確立される前に生み出された魔法師の家系だ。

 『火』『風』『水』『地』『光』『雷』などの属性分類に基づき、遺伝子操作によって生み出された二十八家のプロトタイプと言える存在である。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 

 二〇九五年、三月。

 

 世間は年度末。

 学校は春休みを迎えており、新たな学生生活に胸を躍らせている少年少女達が街を賑わせていた。

 

 その雑踏の中を1人の少年が歩いていた。

 

 人の密林をすり抜ける様に止まることなく進んでいくが、周囲は誰一人として少年に目を向けない。

 

 少年の身長は150cmジャスト。

 赤茶色のくせっ毛ウルフカットに、フードパーカーにカーゴパンツを履いている。

 

 だが、もし周囲が少年を見たら、多くの者が首を傾げるだろう。

 

 ()()()()()()、判別できずに。

 

 そして、十人中七人は「美少女」と答えるだろう。

 それほど少年の見た目は中性的、いや()()()()だった。

 

(……本当にこんなところに潜んでるの?)

 

 今()()()がいるのは【ワンダーランド】というアミューズメントパークだ。

 マジックをテーマにしているためか、生垣やアトラクション施設などで迷路のような構造を作り出しており、まさしく御伽噺の『ワンダーランド』を思わせる。

 

 こんなアミューズメントパークで美少年は何をしているのかと言うと、実家の都合に他ならなかった。

 

(大亜連合の魔法師が逃げ込むところじゃないと思うけどなぁ……)

 

 この施設に密入国してきた外国の魔法師が潜んでおり、それを捕縛するというのが今回の任務だ。

 本来なら公安や国防軍が動くべきなのだろうが、実はまだ公安や国防軍にはこの情報を流していないらしい。ということを、美少年は叔父から聞いていた。ここに入る直前に。無理矢理呼び出されて。

 どうやら、密入国されたルートが依頼主の所有している会社の船だったらしく、バレれば最悪逮捕されてしまう。

 

 なので、バレる前に捕縛して追い返すことにしたようだ。

 始末しないのは大亜連合を刺激する可能性が高いからだ。捕縛する時点で刺激するだろうと美少年は思うのだが、殺さなければ問題ないらしい。

 

(後さ……遊園地なんだから、せめてもう1人付き添いいても良くない? ボッチって酷くない? いくら『隠れ蓑』で気配消せるとしてもさ)  

 

 周囲からの視線や意識を逸らすことが出来るとは言え、絶対ではない。

 バレた場合、非常に悲しい目で見られそうだなと、美少年は小さくため息を吐いた。

 

 しかし、文句を言ったところで追加の人員がすぐに来るわけでもないため、諦めるしかない。

 

 美少年はとりあえず人気が少なく、視線から隠れそうな場所を探すために捜索を再開するのだった。

 

 

  

 それから2時間後。

 時間的には昼食時だ。

 

(レストランは避けるだろうし、アトラクションは論外……。術を使って、スタッフ以外立ち入り禁止の場所に潜んでいると考えるべきかな)

 

 もちろん、スタッフ側にも捜査員が潜り込んでいるので、そちらの活動に期待しよう。

 

 そう考えた美少年は軽く何か食べようと、テイクアウト型の店を探すことにした。

 

 すると、すぐ近くの広場から悲鳴が上がった。

 

 美少年は弾かれたように駆け出し、広場から逃げようとする人の津波をすり抜けて現場へと急行する。

 

 到着した現場で目にしたのは、犬と鳥の形を模した炎の化成体の群れだった。

 

 大陸系の古式魔法だ。伝承の魔物を再現するものだ。

 魔物達は周囲を威嚇するだけで、誰かを襲い掛かる様子はない。

   

(人の目をこちらに向けさせる囮と時間稼ぎ。更には人質ってわけか!)

 

 ターゲットの狙いを看破して顔を顰め、仲間が合流するまでどうするか作戦を練ろうとしたが、

 

(駄目だ。それじゃあ騒ぎが大きくなりすぎる!)

 

 美少年は歯を食いしばって、フードを被って左手首の腕輪型CADを起動する。

  

 サイオンを操って、非接触型スイッチを操作し、起動式を展開し、魔法を発動する。

 

 右腕を振ると同時に、高温化された刃のように細められた圧縮空気を3枚、化成体に向けて放った。

 3体の化成体が直撃と同時に爆発して霧散する。

 

(動かない今のうちに全て無力化する!) 

 

 今ならパニックでそこまで目立たない。

 

 そう思っていたのだが、突如化成体達が動き出した。

 

 それと同時に耳に付けていた呪具から聞こえた仲間からの報告で、術者を発見して追撃を始めたとのこと。

 

(タイミング悪すぎじゃない!?)

 

 しかも、こっち側の応援は無し。

 

(なんでよ!?)

 

 色々と湧き上がるツッコミを一言に纏める。

 

 すると、1人の少女が逃げ遅れたのか転んでいるのを見つけてしまった。

 化成体が駆け迫っているのも。

 

「ああ、もう!!」

 

 美少年は素早く両手で印を結び、右手で地面を叩く。

 すぐ手前の地面が爆ぜて土砂が舞い上がり、それが猛スピードで土砂の波壁を作り上げるかのように突き進む。

 

 土砂の波壁は少女と化成体の間を走り、化成体は波壁に阻まれて足を止める。

 

 突然の土砂の壁に目を丸くする少女の視界を、小さな影が覆った。

 

「立てる?」

 

「……ごめんなさい。足を挫いてる」

 

「家族や知り合いは?」

 

「さっきの人波ではぐれた」

 

「なら、まずはここを離れようか」

 

 美少年は軽く言って左腕を大きく横に振る。

 化成体の群れを取り囲むように風が舞い上がり、気流の囲いが出現する。

 

 それを確認した美少年は素早く振り返り、

 

「ちょっと我慢してね」

 

 そう断って少女を横抱きに持ち上げて駆け出す。

 少女は少し目を丸くしたが、特に抵抗はしなかった。

 

 後ろを振り返ると、ようやくワンダーランドが雇っていたであろう魔法師達が到着していた。

 

(後は任せていいか。術者は状況を見れる状況にいないだろうから、指示や新しい化成体を出す余裕はないはず)

 

 化成体の始末を押し付け、今は少女を避難させることに集中することにした。

 しかし、やはり非常口は人で溢れており、とてもではないがすぐに通れるようになるとは思えなかった。

 

 美少年は少女を近くのベンチに座らせる。

 

「悪いけど、後はスタッフの人に頼んでね。それじゃ」

 

「あ」

 

 美少年は一方的に言い放って来た道を戻っていく。

 少女は声をかけようとしたが、あっという間に姿が見えなくなり、お礼を言うことも出来なかった。

 

「雫!」

 

「ほのか」

 

「良かったぁ!! 見つかった!!」

 

 そこに一緒に来ていた友人が涙を流しながら飛び掛かってきて、少女は友人を宥めるのに意識を向けざるを得なくなったのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 美少年は建物の陰に入ってから『隠形』を再発動して、全力で駆け出す。

 

「標的は?」

 

『仕留めました。ただ、他にも仲間が1人いまして、現在追跡中です!』

 

「げぇ。どこらへん?」

 

『園内の外へと向かってます! 跳び越えるつもりのようです! 現在地は園内中央付近! 正面ゲートの反対側から逃げようとしていると思われます!』

 

「やれやれ……頑張り過ぎだってぇの!」

 

 美少年は先回りするために全力で走り続けるのだった。

 

 

 

 1人の男が汗だくで息絶え絶えになりながらも、走り続けていた。

 

 男は大陸から逃げ出した亡命魔法師だった。

 今回は大陸に戻るために、仲間と共に匿い先の仕事を手伝うことにしたのだが……。

 

「話が……違う、じゃない、か!! ここには、大した、魔法師、は、いないって!!」

 

《そんなわけないじゃ~ん。ここって百家本流がスポンサーだよ?》 

 

「!!?」

 

《まぁ、大陸から来たお馬鹿さんに百家とか分かるか知らないけど》

 

 響く声に男は足を止めて、慌ただしく周囲を見渡す。

 しかし、見渡す限り人の姿はない。

 

 だが、妙に違和感を感じた。

 

 すると、周囲の影が蠢いて盛り上がり、人の形を成した。

 

「ゆ、幽鬼……!?」

 

《違いますぅ。『影法士』って言うんですぅ》

 

 影方士達はユラリユラリと足を引きずる様にして、男に歩み寄る。

 

「ぐっ……!」

 

 冷や汗を大量に流しながら、逃げ道を探す男。

 男は逃げる途中で術を発動するための媒体を失くしていた。CADはサイオンが検知されてしまうという理由で、渡されなかった。

 

 それが裏目に出た。

 

 いや、そうではない。

 

「俺は……切り捨てられたのか……!」

 

《っぽいね。だから、もう諦めなよ》

 

 影法士が消え、周囲の景色が歪む。

 すると、男を取り囲むように、様々な服装の男達が立っていた。

 

「幻、術……」

 

「いかにも。……これ以上の抵抗は無駄だ。大人しくされよ」

 

 男は膝から崩れ落ちて項垂れる。

 

 その近くで美少年は印を解いて、大きなため息を吐く。

 

「あ~~疲れたぁ。ったく……ちょっと気ぃ抜きすぎじゃない?」

 

「も、申し訳ありません……。手練れが結界に手を取られてしまい……」

 

「だから、爺様の言う通りにしとけば良かったんだよ。はぁ……じゃあ、ボク帰るからね。叔父上にちゃんと十三束家とここに説明と謝罪、するように言っといてよ」

 

「そ、それは……!」

 

「もうバレてるんだしさ。うちの家格じゃ百家本流筆頭に逆らえやしないよ」

 

「ぐ……!」

 

「入学準備もあるしさ。そもそもボク、無理矢理呼び出されただけだし。じゃ、よろしく」

 

 美少年はヒラヒラと手を振って、その場から姿を消す。

 

 

 こうして、事件はそれなりに被害を出して、あまり表沙汰になることなく終わりを迎えたのだった。 

 

 

 



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2.風魔忍

 美少年は自宅の玄関を開けようとしたが、本邸から連絡が来て呼び出しを受けた。

 

 美少年の自宅は、本邸から歩いて20分ほどの距離の山の麓にある屋敷だ。

 しかし、美少年は5分ほどで本邸前に到着した。

 

 さっさと中に入って、本邸の奥にある小さなお堂に向かう。

 

 靴を脱いで、足音も立てずに木造の階段を上がる。

 そして、扉の前で正座して頭を下げる。

 

咲宗(さきむね)。参りました」

 

「入るが良い」

 

「失礼します」

 

 静かに扉を開けて、素早く中に入る。

 

 中は薄暗く、灯りの類は一切ない。

 だが、お堂の奥に人の気配があり、もちろん咲宗はその事に気づいている。

 

 和服を着た老練の男性。

 体は細いが襟元や袖から覗く身体は引き締まっており、気配は闇に同化しているように希薄だが妙に存在感がある。

 

 姿勢を正して、また一礼する。

 

「お呼びですか?」

 

「……此度の顛末を聞いた。先ほど十三束家、そして七草家から苦情が届いた」

 

「……面目次第も御座いません」

 

 ほれ見ろ、と内心で思ったが、本当に口にするわけにもいかず、殊勝な態度で頭を下げる。

   

 しかし、老練の男性は首を横に振る。

 

「お前の責任でないことは重々承知している。来てもらったのは、お前に一切の責がないとはっきりと伝えておくためだ」

 

「では……」

 

「うむ。あの愚か者は暫し謹慎とし、後継者候補から外す。……まぁ、謹慎はともかく、後継者云々は周りが勝手に言っているだけだがな」

 

「……」

 

「周りがどう言おうが、儂の、『風魔小太郎』の後継者はお前だ。それを理解出来ん愚か者が多すぎる」

 

 風魔忍。

 忍術はかつて空想の秘術、または手品の類と考えられていたが、魔法の存在が判明した今ではれっきとした古式魔法と認定されている。

 

 咲宗は風魔忍こと『風魔党』は歴史では滅ぼされたとされているが、その真実は忍術で身を隠しただけ。

 今も堂々と名乗ることはなく、〝風鳶(かぜとび)〟と名乗り、魔法師社会では知る人ぞ知る血筋である。

 

「……風魔の秘術は己で気づき、修練を重ねた者にのみ。致し方なきことかと」

 

「お前が言うと嫌味でしかないぞ?」

 

 苦笑を浮かべる老人に、咲宗は軽く一礼するのみ。

 

「まあ良い。とりあえず、愚か者のしでかした事とは言え、我が家の失態であるのは事実。暫し活動は自粛することとなる。お前も第一高校に入学することであるし、まずは生活に慣れることに努めるがいい」

 

「はい」

 

「うむ。では、下がってよい」

 

「御前、失礼致します」

 

 咲宗は深く頭を下げ、素早くお堂を出て本邸も後にする。

 

 これまた5分で自宅に戻った咲宗は、うんざりした顔で玄関を開けて家に入る。

 

「ただいま~」

 

「遅い!!」 

 

 リビングに入った途端、不機嫌を隠さない声がぶつけられる。

 

 腕を組んで頬を膨らませる、茶髪ポニーテールに()()()()()()()()()()()()()()()()の少女。

 

 双子の妹、華凜(かりん)だ。

 

「いつまで遊んでたでござるか!」 

 

「遊んでないって。クソ叔父に呼び出されたって言ったじゃん……」

 

「ワンダーランドに1人だけ行くとかズルいでござる!」

 

「何1つアトラクション乗ってないけどね。ていうか、華凜は道場どうしたのさ?」

 

 華凜は親戚である火堂(ひどう)家が興している古流剣術『火天(ひてん)御剣流』の道場に通っている。

 

「明日から学校だからお休みになった」 

 

「なるほど。いいなぁ……こっちもそんな優しさが欲しいよ」

 

「無理な願いなんて持つものではないでござるよ?」

 

「うっさい。母さんは?」

 

「道場のお手伝いしてる」

 

「じゃあ、もうちょっと時間かかるか。でさ、いい加減語尾統一してくんない?」

 

「ござるは本来そっちの方だもんねぇ~。風魔忍者殿?」

 

「ヤダよ。ござるとか、気持ち悪い」

 

「それは遠巻きにアタシのこと馬鹿にしてらっしゃる!?」

 

「今更か」

 

「今更!?」

 

 華凜は咲宗と違って『風魔流忍術』()修得してはいない。

 そして、咲宗も『火天御剣流剣術』()修めていない。

 

 双子の両親も共に魔法師の家系出身で、風鳶は母方の血筋で、火堂は父方の血筋だ。

 

 ちなみに2人の苗字は『風火奈(かざひな)』と言う。

 両親が結婚した際に、両家の分家として新たな家を興したのだ。

 

 咲宗は『忍術』に素養があり、華凜は『剣術』に素養があったため、それぞれの家で修行をしている。

 

「あ、そうだ」

 

「ほえ?」

 

「クソ叔父がヘマして七草家と十三束家から苦情が来た。今、一高って七草家の長女がいるんだよね? なんか言われるかも」

 

「え゛」

 

 華凜が頬を引き攣らせる。

 咲宗は肩を竦めて、

 

「文句はクソ叔父にね。呼びつけておきながら、まともな指示を出さず、部下がいなかったボクにフォローなんて出来なかったよ。今頃ニュースになってんじゃない?」

 

 華凜は盛大に顔を顰めて、無言でテレビをつける。

 そして、案の定ニュース番組では【ワンダーランド】の魔法騒動が取り沙汰されていた。

 

 密入国してきた魔法師が無差別テロを仕掛けた、ということになっており、風鳶家のことは一言も触れられてはいなかった。

 

「まぁ、ボクはもちろん、結界を張っていた奴らも爺様から逃げ出した馬鹿とは言え、そこそこの熟練者だしね。カメラに映る間抜けはしてないはずさ。そんな間抜けなら爺様はもっとブチ切れてるよ」

 

「けど、七草家と十三束家からは苦情来たんでしょ?」

 

「そりゃあ、あれだけ派手に暴れられたらバレるって。あそこの警備員は十三束家が選んだ人達だしねぇ。……まぁ、ぶっちゃけボクが連絡したんだけどね」

 

「……えぇ~……」

 

「あのクソ叔父が根回しなんてしてるわけないでしょ? せめて十三束家にくらい一言言っとくでしょ普通」

 

「それが分かんないから、お爺ちゃんに「奴はない」って断言されてるんでしょ? 秘術とかの前に」

 

 咲宗は肩を竦めるだけで、それ以上は何も言わなかった。

 華凜もため息を吐いて、その話を打ち切った。

 

「明日の入学式はどうすんの?」

 

「そりゃ行くよ。ボクは七草よりも母さんの方が怖い」

 

「……オゥイエ~」

 

「それに風魔は本来本家以外の者は名乗れないし、知らされないことになってるしね~。分家に生まれたボクらが知ってるはずないじゃん! ってことで」

 

「りょ」

 

 ソファの背もたれから仰け反りながら、咲宗にピシッと敬礼する華凜。

 

 咲宗は苦笑して、夕食まで自室で休むことにしたのだった。

  

 



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3.入学式と再会

 四月。

 

 魔法大学付属第一高校、入学式。

 

 咲宗と華凜は互いに第一高校の制服を身に纏い、自宅を一緒に後にした。

 もちろん、咲宗は男子制服を着ている。

 

「インナーガウンはいいの?」

 

「何かヒラヒラしてて面倒。スカートも動き辛いなぁ」

 

 華凜は不服気に制服を見下ろす。

 

「そりゃあ、戦闘を想定してる服じゃないしね」

 

 咲宗は苦笑しながら肩を竦める。

 華凜は咲宗の制服を上下に見て、首を傾げる。

 

「そっちは暗器一杯仕掛けられそうだね」

 

「まぁね」

 

 2人はキャビネットに乗り込んで、第一高校前へと向かう。

  

「同じクラスかな?」

 

「流石にそれはないんじゃない? 成績順で決めてるだろうけど、兄妹は別にするでしょ」

 

 スクリーン型の携帯情報端末をイジりながら答える咲宗に、華凜は頬を膨らませる。

 

 拗ねたように腕を組んで、外の景色に目を向ける。

 

「それで? 今年の新入生って十師族とかいるの?」

 

「いや、調べた限りではいないね。ただ……十三束家はいるんだよなぁ」

 

「あらら……って、十三束家の同年代って確か……」

 

「【レンジ・ゼロ】だね。まぁ、こっちの事を知っている可能性は低いと思うけど」

 

「ふぅん。他には?」

 

「百家がチョコチョコいるけど、そこまで目立つ家はないかなぁ。まぁ、どれだけ入学したのか、まだ分かんないんだけどね。流石に第一高校のサーバーに侵入するのはボクには無理。あくまで同年の第一高校に行きそうな家系をピックアップしただけさ」 

 

「じゃあ、二科生とかは?」

 

「無茶言わないでよ。第一世代もいるし、二十八家や百家本流に支流には名を名乗るのを認められてない子とかもいるんだ。全部把握出来るわけないじゃん」

 

「そりゃそっか」

 

 駅に到着した2人は、肩を並べて学校へと向かう。

 周囲には同じく高校に向かう新入生達が、通りを歩いていた。

 

 しかし、その表情は決して明るいものばかりではなかった。

 

 暗い顔をしてる者達の多くは、胸や肩にエンブレムを持たない者達だった。

 

「二科生達はせっかく入学したってのに暗いねぇ」

 

「補欠ってだけなのにね。入学して頑張ればいいのに」

 

「そう簡単に成長できるもんじゃないからね。独学でって結構無茶だと思うよ?」

 

 二科生には指導員が付かない。

 課題を与えられ、それを時間内に終わらせることで授業終了となる。

 

「そもそもさ、アタシとしてはあの国際ライセンスの選定基準がおかしいと思うんだけどねぇ。まぁ、分かりやすい評価って奴なのかもしれないけど」

 

「あれは戦力評価じゃないしね。仕方ないでしょ」

 

 そんな会話をしながら2人は校門をくぐる。

 

 向かう先は講堂。

 そこで入学式が執り行われる。

 

 今は入学式開会まで20分。

 2人はさっさと空いている席に座る。

 

 咲宗は座ったかと思ったら、いきなり携帯情報端末を取り出してイジり出す。

 それに華凜は呆れ顔を浮かべるが、周囲は誰も咲宗に視線を向けない。

 

 術で意識を向けさせないようにしているのだ。

 

 そして、入学式が始まり、新入生答辞となる。

 

「新入生代表、司波深雪」

 

 現れたのは、並外れた美貌を持つ美少女だった。

 艶のある黒の長髪に、透き通った白い肌を持つ『無垢で可憐』という言葉がよく似合う。

 

「お~。ねぇねぇ、めっちゃ美人だよ」

 

「……司波深雪、ねぇ」

 

 咲宗も深雪に意識を向けていた。

 素早く情報端末を操作して、司波深雪の情報を探る。

 

「……情報がない……?」

 

「へ?」

 

「主席になるだけのバックボーンが一個もない。百家でも古式の名門の血筋でもない」

 

「第一世代ってこと?」

 

「流石にそれはないと思う」

 

「調べるの?」

 

「……やめとく。絶対碌なものが出てこない気がする」

 

 そう言いながらも咲宗の顔は全く納得出来ていない。

 しかし、華凜はそれに指摘せず、深雪に意識を戻す。

 

 深雪は堂々と凛とした顔で答辞を述べている。

 

(探れないなら、近づいてって話してもらえばいいじゃんね。小細工が駄目なら正攻法がベストってね)

 

 華凜は面白い物を見つけたとばかりに口端を吊り上げるのだった。

 

 

 そして、入学式が終了し、2人はIDカードを受け取った。

 

「あ、B組だ。サキは?」

 

「……A組」

 

「えーズルいー。あの主席ちゃんとクラスメイトじゃん」

 

「しばらく近づく気はないな。どうせ当分は人で囲まれて、まともに声なんてかけれないでしょ」

 

「え~。彼女にするくらいの気持ちで行きなよ~」

 

「ヤダ無理」

 

「即答ですか!?」

 

「あそこまで完成されてると、なんか気持ち悪い」

 

「忍者って損だね」 

 

「うっさいよ」

 

 講堂を出ようとしたところで、人垣が目に入った。

 

 それは案の定というべきか、深雪を中心としていた。

 学生が中心となっており、今にも話しかけたそうに頬を赤らめている少年少女が深雪を囲んでいた。 

 

「ほらね……あれに突っ込む体力なんてボクは使いたくないよ」

 

「まぁ、あれはねぇ……」

 

 流石に囃し立てた華凜も呆れたような顔で人垣を見つめていた。

 

 深雪も心なしか顔が引き攣っているように見えたが、浮かれている周囲はその様子に気づいていないようだった。

 咲宗と華凜は巻き込まれたくなかったので、さっさと退散することにした。

 

 その時、2人は出口近くにいた男女3人組に目が止まった。

 

 175cmほどのスラリとした、しかし肩幅が広い男子生徒。

 赤茶のショートヘアのスレンダーな美少女生徒。

 眼鏡をかけた黒髪で豊満なプロポーションをした女子生徒。

 

 エンブレムがないことから二科生であることは間違いない。

 

「ねぇ、サキ。あの明るい髪の子と男の人さ」

 

「うん。かなり出来るね。特に男の方はかなりヤバイ」

 

「女の子の方は剣術やってるみたいね。あんまり隙がない」

 

 その時、その注目していた2人が顔を咲宗達に向け、咲宗達は自然な仕草で視線を外した。

 

 そのまま講堂の外に出る。

 

「……バレたかな?」

 

「女子の方は大丈夫だと思うけど……。男の方はボクの『隠れ蓑』破られたかも」

 

「うそ……!?」

 

「でも、なんか普通の視線じゃなかった。なんか『芯』を見られたって感じ……」

 

「十分ヤバイから」

 

「まぁ、二科生だからって油断しちゃダメだってことだね。そういう異能に特化してるのかもしれない」

 

 BS(Born Specialized)魔法師と呼ばれる先天的特異魔法師の異能は、一流の魔法師の能力を超えている場合がある。

 一つ覚えと呼ばれて見下されることがあるが、だからこそ見た目だけでは分からない。黙っていれば、異能があるかどうかなど判断し辛いからだ。

 

 そして、BS魔法師の特徴の1つとして、その異能を持つが故に通常の魔法が上手く使えないというものがある。

 故に油断していると、足を掬われる可能性があるのだ。

 

 咲宗達は学校を後にして、さっさと自宅に戻り、華凜は道場へ行くことにし、咲宗はのんびりすることにしたのだった。

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆ 

 

 翌日。

 

 登校した2人は教室の前で別れる。

 

 A組の教室に入った咲宗は、さっさと自分の机を探す。

 

 探そうとしたのだが……。

 

「あ」

 

 と、咲宗を見て、声を上げる少女がいたのだ。  

 

 その声と顔を見て、咲宗も僅かに目を丸くする。

 

 

 あの【ワンダーランド】で助けた少女が、そこにいた。

 

 



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4.なんか気づいたら一緒になった

 咲宗はじぃ~~っと見つめてくる少女の視線に、今すぐ逃げ出したい衝動に襲われていた。

 

 やや灰色がかった黒のショートヘアに、表情が乏しいも可愛らしい少女。

 

 間違いなく【ワンダーランド】で足を挫いて逃げ遅れ、咲宗が助けた少女だった。

 

(なんてこったい……)

 

 まさか同級生どころかクラスメイト。

 しかも咲宗の予想が間違ってなければ、自分の席はその少女の前の可能性が超高い。

 

 ちなみにその少女の傍には、不思議そうな表情を浮かべている栗色のツインテールのプロポーション抜群の少女。

 

 だが、ここで馬鹿正直に反応すれば、面倒事になりそうな気がする。

 

 ということで、

 

「あの……どこかでお会いしましたか?」

 

 困惑気な表情を浮かべて首を傾げ、惚けることにした。

 

「ワンダーランドで会った」

 

「ワンダーランド……? あのアミューズメントパークの? ボク、行ったことないんですけど……」

 

「あなたにそっくりだった」

 

「そ、そう言われても……」

 

 咲宗は演技に全力を注いでいた。

 そこに助け舟を出してくれたのは、傍にいた少女だった。

 

「雫。ちょっと落ち着いて。彼も困ってるじゃない」

 

「ほのか……。うん……」

 

「ごめんね? 私達、一昨日のワンダーランドの事件の現場にいたの。それで雫は誰かに助けてもらったみたいなんだけど……」

 

「それがボクに似ていたと?」

 

「多分……」

 

 ほのかも困惑気な表情で親友に顔を向け、雫は無表情なまま頷いた。

 もちろん、咲宗はそれに頷くことはない。

 

 そのまま惚け続けて、ほのかのフォローをうまく利用してその場は誤魔化し続けた。

 

 しかし、やはり咲宗の席は雫の前だった。

 座って端末にIDカードをセットして、インフォメーション等を確認するフリを始める。

 

 

 何故なら、今も雫の焼き付くような視線が後頭部に注がれているからだ。

 

 

(……まいったなぁ。まさかあの子とこんな再会をするとは……)

 

 中学生だと思っていた(自分の事は棚に上げる)のだが、まさかの同級生でクラスメイトになるとは。

 いや、あの時はまだ中学を卒業したばかりだったのだから、間違ってはいない。

 

 だが、ここで再会するのはあまりにも想定外だった。

 いや、任務遂行に気を取られていたので、また会う可能性を考えて声や顔を変えるなどの処置をしていなかった。間違いなく自分のミスだった。

 

 そして、更なるミスに気づいた。

 

(あれ? 別に惚けなくて良かったんじゃ? 通りすがりってことにしとけば良かったじゃん)

 

 別に決定的な場面を見られたわけではない。

 華凜に事情を説明して、一緒にワンダーランドに行って、あの騒動ではぐれたことにしてもらえば良かった。

 

 それに気づいた瞬間、咲宗は頭を打ち付けたくなったが、必死に耐える。

 

 未だ視線は後頭部に突き刺さっている。

 ここまで視線を向けられると、気配を消すわけにはいかない。

 

 その時、教室が大きく騒めいた。

 後頭部の視線も外れ、ほのかが動揺したのが気配で分かった。

 

 周囲の視線が向けられている方向を見ると、深雪がいた。

 

 深雪は優雅な足取りで、咲宗と雫が座っている列に進んできた。

 どうやら雫の背後が深雪の席のようだ。

 

(……嫌な席になったな)

 

 雫でも厄介なのに、周囲の視線が自分の近くに集まるというのは意識を逸らしにくい。

 ほのかや雫の意識が深雪に移ったのを感じ取った咲宗は、完璧にというほどではないが気配を薄める。

 

(……授業見学、華凜の方に合流しよう)

 

 咲宗は素早くメールを送る。

 しかし、

 

『例の首席さんの情報欲しいからガンバ! 来ても無視するから』 

 

 と、撃沈されたのだった。

 

 

 

 オリエンテーション込みのホームルームが終わり、10分後から授業見学となった。

 雫は咲宗に声をかけようとしたが、ほのかが男子に絡まれていた深雪に声をかけたので、数秒そっちに意識を向けた。しかし、すぐに咲宗に視線を戻したのだが、すでに席に咲宗の姿はなかった。

 数回パチクリと瞬きして、周囲を見渡すもやはり咲宗の姿はなく、首を傾げたところでほのかに声をかけられて授業見学に向かうことにした。

 

 だが、授業見学の場に咲宗の姿はなく、雫は眉を顰めるのだった。

 

 そして、その咲宗は……教室にいた。

 

 ちなみにさっきは雫の視線が外れた瞬間に、机の下に潜り込んで『隠れ蓑』を発動して身を隠していたのだ。

 

「やれやれ……こうなれば、開き直ってとことん逃げてやる」

 

 咲宗は教室ですることはないので、教室を出て校舎を回ることにした。

 習性として、早めに高校内の地理を把握しておきたいのだ。

 

 足音を立てずに校舎内を移動する。

 廊下にはところどころ生徒の姿が溢れていた。二科生も含めて授業見学だとしても、多すぎる気がした。

 

(授業時間だけど、思ったより自由に動けるのか? いや、二科生が多く見えるから、指導員がいないから授業を抜け出してる奴がいるってわけか)

 

 それほどに優秀なのか、それともすでに諦めているのか。

 

(まぁ、歩き回る分にはあまり目立たなくていいのかな?)

 

 そう判断した咲宗はフラリフラリと校舎内をあちこち歩き回る。

 時々実習授業を覗いたりしていたが、やはり実戦という視点から離れているため、物凄く単調に思えてしまった。

 

 もちろん、それが当たり前なのだが、すでに実戦を経験している咲宗からすれば物足りなさを感じていた。

 

 そうしている内に食堂が開く時間となったので、そのまま向かうことにした。

 食堂に入ってすぐにメニューを選択して注文し、4人掛けのテーブルに座る。

 

 手を合わせて食事を始める。

 

 すると、隣のテーブルに人がやってきた。

 

「工房見学楽しかったですね」

 

「結構細かい作業だったよな。ちょっと自信ねぇな……」

 

「アンタには無理に決まってるでしょ」

 

「んだと! ガサツなお前だって出来るわけねぇだろ!」

 

「誰がガサツですって!?」

 

「ちょ、ちょっと2人とも……!」

 

「目立ってるぞ」

 

「「う……」」

 

 座って来たのは、昨日咲宗達が注目した3人+1人だった。

 

 増えたのは濃いめの茶髪の男子生徒。

 恐らくクラスメイトなのだろうと、咲宗は推測して食事を続ける。

 

 その後、彼らが和気藹々と食事をしていると、深雪達A組陣が食堂にやってきた。

 深雪は突如咲宗の隣のテーブルに駆け寄ってきた。

 

「お兄様!」

 

「深雪」

 

(お兄様? 双子? いや、あまり似てないな。義理兄妹か早生まれ、か)

 

 咲宗は視線を向けずに今の会話から2人の関係を推測する。

 

 どちらにしろ妹と兄が食事を共にするのはおかしなことではないので、咲宗はそこで深雪達から意識を外したが、直後耳に信じられない声が聞こえてきた。

 

「ちょっと待ってよ、司波さん。ウィードと相席なんて」

 

「一科生と二科生のケジメはつけようよ」

 

「邪魔しちゃ悪いしさ」

 

「それか食べ終わってるアイツにどいてもらえばいいんじゃないか?」

 

 初っ端から差別用語が飛び出て、意味が分からないケジメに、誰一人邪魔と言っていないし、何故他にも席が空いているのにどかなければいけないのか。

 ツッコミどころしかない言い分に咲宗はもちろん、深雪の兄やそのクラスメイト達も呆れた表情を浮かべていた。

 

 それが馬鹿にされていると思ったのか、A組陣は更にヒートアップし始めた。

 

 それに明るい髪の女子生徒が苛立ちを顔に浮かべ、一触即発ムードになったその時。

 

「なにこれ?」

 

 華凜が現れた。

 その声は決して大きくなかったが、するりとその喧騒に響き渡り、視線が華凜に集中した。

 

 華凜は咲宗に顔を向け、

 

「なんでボッチでご飯食べてんの?」

 

 隣の席や集団から驚きの声や驚いた気配が広がった。

 誰も咲宗のことに気づいていなかったのだ。

 

「ボッチで動いてたからね。そう言うそっちこそボッチじゃん」

 

「同じにしないでくれる? アタシは友達と一緒に来たのに、ボッチで飯食ってる高校デビュー失敗した兄を見つけたから、わざわざ断ってきてあげたの」

 

「とりあえず、高校デビュー失敗は否定したいかな」

 

 ジト目を向けてくる華凜に、咲宗は肩を竦める。

 更にジト目を深める華凜は、横に視線を向ける。

 

「で? そこの騒動は? 主席さんがいるってことはクラスメイト達じゃないの?」

 

「そうなんだけどね。ちょっと主張を聞いて、関わりたくないなって」

 

「はぁ?」

 

「あのさ、ボクと華凜が一緒にご飯を食べようとしたらさ、A組とB組のケジメはつけようよ、とか言われて止められたらどう思う?」

 

「思考回路の仕組みから違うんだなって思う。気持ち悪い」

 

「うん、もうちょっとオブラートを大事にしようか。でさ、一緒にご飯を食べたいからって食べ終わってる人に席を空けろって言うのはどう思う?」

 

「一般的な価値観とはとっっても違う世界で生きてきたんだなって思う。気持ち悪い」

 

「うん、だからもうちょっとオブラートにね。じゃあさ、他人の家族に対して補欠って言って見下すのってどう思う?」

 

「頭狂ってるなって思う。自分の家族にも言ってるんじゃない? だったら、魔法を使えない人達が造ったものは使うなってぇのよ。気持ち悪い、ホントに死ねばいいのに」

 

「うん、せめて生きるのは認めてあげようね。それこそ、その頭狂ってる人達や人間主義と一緒になっちゃうよ?」

 

「ヤダ無理」

 

「でしょ?」

 

 咲宗と華凜は同時にA組の面々に顔を向ける。

 

 流れる様な会話に呆気に取られていたA組陣は、徐々にその内容を理解したのか、盛大に顔を歪めて赤くする。

 二科生陣は呆気に取られたり、噴き出して笑いだしたりと様々な反応を示した。

 

 華凜は、深雪とすぐ傍に腰掛けている黒髪の男子生徒を交互に見る。

 

「……兄妹なの?」

 

「らしいよ。というわけで、ちょっとね」

 

「理解した。ボッチ頑張って」

 

「うるさいよ」

 

「じゃあ、主席さん。ここ座る?」

 

 華凜は深雪に顔を向けて、唐突にそう言った。

 

 深雪を始め、騒動の当人達は目を丸くする。

 

「どうせ他に来る人いないし、こいつが場所ズレれば席が空くから、そしたらお兄さんの隣に座れるよ。あ、こいつが隣が嫌ならアタシが座ってあげるよ?」

 

「……うん、まぁ、いいんだけどさ」

 

 色々と複雑な心境に襲われる咲宗。

 

 そして、納得できない者達もいる。

 

「ちょっと待てよ! なんで俺達が引く話になってるんだ!?」

 

 A組の男子生徒が怒りを露にするが、華凜は心底馬鹿にした顔で、

 

「だって主席さんはお兄さんと食べたいんでしょ? だったら、そっちが諦めるしかないじゃん。一緒に暮らしてる兄妹に、一科生と二科生のケジメとか馬鹿じゃないの?」

 

「家ではそうかもしれないけど、ここは学校だぞ!」

 

「授業ならまだ分かるけど、昼休みまでケジメつける必要ないでしょ? それに主席さんが入学式で言ってたじゃん。『皆等しく!』ってさ。だったら、二科生だろうが誰だろうが仲良くするのはおかしくないじゃん。宣誓した本人が差別するわけには行かないと思うけど?」

 

「ぐっ……!」

 

「ちなみに、アタシ達にどけって言うのは無しね。そっちの理論でも一科生だから言うこと聞く必要性ないし? そもそも初対面の相手にどけって言われて、どく理由ないし」

 

「ぐぐっ……!」

 

 男子生徒は血管が切れるのではないかと心配になるほど顔を赤くする。

 後ろの者達も悔し気に顔を顰めている。

 

 咲宗は小さくため息を吐く。

 

「とりあえず、華凜も御飯買ってきたら?」

 

「あ、そだね。じゃあ、行こ。主席さん」

 

「え? あ、ちょっ……!」

 

 何と華凜は深雪の手を取って、引っ張って歩き出した。

 深雪は助けてくれた華凜の手を振り払うわけにはいかず、大人しく付いて行った。

 

 A組陣は唖然とそれを見送り、ハッとして慌てて追いかけて行こうとするが、先ほどの話を思い出して二の足を踏む。

 そして、咲宗や二科生組を睨みつけて、渋々とその場から去って行った。

 

「すまない。巻き込んでしまったな」 

 

 深雪の兄が咲宗に謝罪する。

 

「いいよ別に。うちの妹も搔き乱したしね」

 

「だが、今の話からすると、君はA組だろう? これから大変じゃないのか?」

 

「かもしれないけどねぇ。あの言い分を聞いちゃうと孤立したところで構わないって気になってるからいいよ、別に」

 

「それはあまり大丈夫と言わないんじゃないか? っと、すまない。1年E組、司波達也だ」

 

「A組、風火奈咲宗。よろしく。ちなみにさっきのは双子の妹の華凜。そっちは双子って感じじゃないね」

 

「ああ。俺が四月生まれで、深雪が三月生まれなんだ」

 

「なるほどね」

 

 納得したように頷いた咲宗の視界に華凜と深雪がトレイを持って、やって来ていた。そして、その後ろに何故かほのかと雫がいた。

 咲宗は僅かに頬を引き攣らせるが、華凜と深雪は楽しそうに会話しており、咲宗の様子には気づいていない。

 

 ほのかは深雪と華凜の様子を羨ましそうに見ていたが、雫は間違いなく咲宗をロックオンしていた。

 

 咲宗は素早く席を移動する。達也の隣から、対角側に。

 咲宗が座っていた場所には深雪が座り、隣にほのか、その隣に雫が座った。

 

 つまり、咲宗の正面に。

 

 そして、咲宗の隣に華凜が座る。

 

「……酷いかもしれないけど、一応訊いていい?」

 

「ん? ああ、そこの2人? 深雪の友達だからいいかなって。他の男子達は悔しそうだったけどね~」 

 

 ニヤニヤと華凜が咲宗を見ながら言う。

 

 それはつまり、咲宗は男子達の嫉妬の標的になっているということだ。

 

 先ほど達也が謝罪したのは、そのことも合わせての謝罪だったのだ。

 咲宗もそれを理解していたので、華凜の言葉に文句は言わない。

 

 すると、深雪が咲宗に顔を向けて頭を下げる。

 

「すいません、風火奈くん。ご迷惑をおかけしてしまって」

 

「いや――」

 

「いいよ~。こいつに謝罪なんて。ボッチや兄妹2人で食べるより、美人に囲まれて食べられるなんて役得だしさ。ねぇ?」

 

「囲まれてはないかな」

 

「それはアタシが美人じゃないと!?」

 

「端っこに座ってるからだよ。我が普通の美、()、女である妹よ」

 

「なんか意味合いが違う気がするよ! 美、小、年の兄よ!!」

 

「分かってんじゃないの」

 

「うっさい! あと普通のって何!? 普通のって!!」

 

「目の前の現実を見なさい。目の前の現実を」

 

 華凜は言われた通り、正面に顔を向ける。

 

 そこにいたのは、困惑気な表情を浮かべていても崩れることのない絶世の美少女。

 

「ふぐぅ……!」

 

「そして、他の方々を見ても、お前は美少女ではあるが、この中では普通だよ」

 

「くそぅ!」

 

 悔し気に右手を握り締めて唸る華凜。

 

 双子のやり取りに、深雪達も顔を見合わせて笑う。

 先ほどまでのぎこちない空気が一変し、深雪達も和やかな雰囲気で食事を始めたのだった。

 

 

 



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5.逃がしてくれないの?

 それぞれに自己紹介を済ませた一同は、一部を除いて和やかに会話を楽しんでいた。

 

 その一部とはずっと咲宗を見つめている雫と、()()()()()()咲宗である。

 

 すでに食事を終えた咲宗はお茶をゆったりと飲んで、視線を達也達の方に向けて逃げ続けていた。

 

「そう言えばさ」

 

 明るい髪の美少女である千葉エリカが、唐突に話題を変える。

 

「さっきの咲宗くんのアレ、魔法?」

 

 下の名前で呼ばれているのは、華凜と同じ苗字だからである。

 許可を出したのは、もちろん華凜だ。

 

 ちなみに眼鏡の美少女が柴田美月。

 残った男子が西城レオンハルトだ。

 

「何が?」

 

「気配隠す奴。いつ来たのか全然気づかなかったしさ」

 

「だって、君達が来る前からここにいたし」

 

「え、マジ? 全然気づかなかったぜ……」

 

「私もです……」

 

「あたしも……。達也くんは?」

 

 達也はこれまで司波と呼ばれていたが、風火奈双子に合わせて、名前で呼ぶことになった。

 こっちの兄妹は達也が許可を出したので、深雪も文句は言わなかった。

 

「俺も誰かいるなくらいの感覚だったな。咲宗、君はBS魔法師なのか?」 

 

「まさか。影が薄いだけだよ」

 

 咲宗は苦笑して肩を竦める。

 

「え~絶対嘘。だって……只者ならぬ気配を感じるんだけど? 華凜も、ね」

 

 エリカは笑みを浮かべたまま目を細めて、華凜と咲宗を見据える。

 それに華凜は微笑み返して、

 

「アタシは剣術習ってるしね。サキも体術習ってるから、そのせいじゃない?」

 

「へぇ……剣術か。どこの流派?」

 

「【火天御剣流】」

 

「えっ!? 火天御剣流!? 古式魔法剣術の名門じゃない!」

 

「そうそう」

 

「では、咲宗の体術も名門流派なのか?」

 

「いいや。体術は門下生が集まんなくて廃れたらしいから、我流って奴になるのかな。ただ古式魔法を組み込んでるらしいから、実家限定の武術なのかもね」

 

「……なるほど」

 

 達也は頷いて、それ以上は訊ねてはこなかったが、明らかに納得はしてなさそうだった。

 それはつまり疑うだけでの根拠を持っているということだ。

 

(やっぱり、油断出来そうにないね)

 

「ところで……」

 

 達也が唐突に話題を変えた。

 

「北山さん、だっけ? 咲宗をずっと見ているが、何かあったのか?」

 

「……」

 

 咲宗は頬を引き攣らせ、雫は無言のまま小さく頷く。

 ほのかが困惑した表情を浮かべて、

 

「あの……実はこの前のワンダーランドで……」

 

 ほのかが雫の事情を代わりに説明する。

 ワンダーランドの事件の事はニュースになっていたため、達也達も知っていた。

 

 華凜は呆れた眼で咲宗を見るが、咲宗は困惑した表情(演技)を浮かべて肩を竦める。

 それだけで華凜は兄が何を考えているのか理解したので、何も言わなかった。

 

 物凄く無駄な努力をと思ってはいるが。

 

「なるほどねぇ。けど、咲宗は行ってねぇんだろ?」

 

「そうなんだけど。何故か納得して頂けないようでして」

 

「だから授業見学から逃げ出したと」

 

「あはははは~」

 

 エリカの容赦ない追及に咲宗は空笑いを上げる。

 

 それに雫が目を細める。

 明らかに不機嫌オーラが噴き出しており、親友であるほのかも頬を引き攣らせて深雪にすり寄る。

 

 華凜はニヤリと小悪魔の笑みを浮かべて、咲宗の肩に手を置く。

 

「じゃあ、ちゃんと誤解を解こう」

 

「……と、言いますと?」

 

「午後からの授業見学はちゃんと一緒に回ればいいだけだよ」

 

「……ご、午後は」

 

「アタシも一緒に回ったげるからさ! 目指せ、ボッチ脱出!」

 

「……」

 

 逃げ道を完璧に塞いだ華凜。どう考えても『逃げたらバラす』と脅しをかけていた。

 

 更に雫からの視線の圧が強まり、咲宗は逃げ道がないことを悟った。

 ガクリと項垂れて、

 

「……分かったよ」

 

「うむ。大丈夫だって、サキの顔と身長なら、大して思春期男子から妬まれないって」

 

「うっさい」

 

 双子の身長は、この中で一番低い。

 華凜は女子としても低い方に入るが、いないわけではない。

 しかし、咲宗は間違いなく『低すぎる』範囲に入るだろう。顔つきも女っぽいから尚更だ。

 

 カツラを被れば華凜と入れ替わってもバレないだろうなと、達也達が思うほどに。

 それはつまり華凜の体つきもお察しなのだが、それは誰もツッコまない。

 

 正直、今も男装した少女ではないのかと思ってしまうほどだ。

 

 それほどまでに咲宗の外見は『男臭さ』がない。

 

 だからこそ、見間違うのは確かに難しいと、雫に同意するのも無理はなかった。

 

  

 

 その後、授業見学の集合時間が近づいてきたため解散となり、咲宗と華凜は深雪達と共に移動していた。

 

「で? どうするの?」

 

 小声で訊ねてきた華凜に咲宗は小さく眉を顰め、

 

「どうしたもんかねぇ。正直、北山さんにバレるだけならいいんだけど……」

 

「達也くん達?」

 

「うん。やっぱりあまり近づきたくないね。余計な情報もこれ以上渡したくない」

 

「サキがそこまで言うなんてねぇ……」

 

「なんて言うのかな。達也からは同類の臭いがする」

 

「……忍術使いってこと?」

 

「完全に忍術使いって感じじゃないけど……佇まいや脚運びは近い。教わった人が忍術使いなのかもね。……どっかで突っついて開き直るのもアリかもしれないけど、それが判断できる情報がないから」

 

「なるほどね、了解。まぁ、でも……あの子から逃げるのは難しいと思うけどね~」

 

「……かもね」

 

 今も時折チラチラ振り返ってくる雫。

 

「なんでそこまで執着してるのかな?」

 

「そりゃあピンチに助けられたら惚れるってもんじゃない?」

 

「そんな子には見えないけどなぁ」

 

「あ、それ偏見~。女の子はどんな子でも乙女心を秘めてるものでござるよ?」

 

「だとしてもねぇ……北方潮の娘ならあの程度の荒れ事は何回か知ってると思うけど」

 

「え。雫ってあのホクザングループの令嬢なの?」

 

「みたいだよ。まぁ、北方潮とその奥方はもしかしたらボクらのことも知ってるかもしれないけど、それもさっきと同じく判断できる材料がないから保留。そっちは爺様に訊いてもいいかもだけど」

 

「メンドくさいなぁ……。もう堂々と名乗っちゃえば?」

 

「爺様が当主である限りは無理」

 

「お爺ちゃんは古臭いのが好きだからねぇ」

 

「まぁ、忍術使いの強みは隠密性だからね。しょうがない部分もあるさ」

 

 集合場所に到着した咲宗達。

 先ほどのクラスメイト達もすでに来ており、深雪の姿を見つけて早速声をかけようとしたが、すぐ傍に立っている咲宗と華凜を見て足を止めた。

 

 その隙を突いて、華凜が深雪やほのかに話しかけ、深雪達はもちろんそれをあしらうことはしない。

 雫と咲宗は傍でそのやり取りを聞いていたが、相変わらず雫は咲宗を見つめており、咲宗は逆に会話のきっかけを失ってしまっていた。

 

 深雪達の傍にいて当たり前のように見えた咲宗に、クラスメイト達、特に男子は嫉妬が噴き上がる。

 しかし、指導員が来るまで一度として深雪と咲宗が話すことはなく、それに首を傾げることにもなるのだが。

 

 やってきたのは遠隔魔法用実習室。

 そこは現在、生徒会長である七草真由美が出席していたせいか、人で溢れかえっていた。

 

「無理じゃない?」

 

「うん。無理無理」

 

 ちんまい双子には後ろから覗くことなど出来ず、前に出るのは面倒だった。

 

 深雪達も流石に押し合いになるのは嫌だったようで、見学室の入り口から少し離れた場所で待機していた。

 

 しかし、そこで深雪が声を上げた。

 

「お兄様?」

 

「「え?」」

 

 ほのかと華凜が目を向けると、達也とレオの後頭部が見えた。

 

「ワァオ。最・前・列!」

 

「……これじゃあ午後の授業見学は駄目かな。先生もあの人混みの中でしょ?」

 

「う、うん……お、怒られないかな?」

 

「流石にあの状態はどうしようもないと思う。他のクラスの人も押しかけてるし」

 

「授業見学って明日もだっけ。……やっぱ自分で回った方がいいかもな」

 

 咲宗の言葉に華凜が呆れた目を向けるが、内心同意だったので何も言わなかった。

 深雪やほのかも苦笑して、雫は無表情で咲宗を見つめていた。

 

 すると、雫が唐突に口を開いた。

 

「ねぇ、咲宗くん」

 

「ん?」

 

「あなた達ってエレメンツ?」

 

 直球の質問にほのかと深雪は僅かに目を丸くする。

 

 当の本人達は特に表情を変えることなく頷いた。

 

「そうだよ。父方が火のエレメンツの血統で、母方が風のエレメンツの血統」

 

「ほのかもそうなんでしょ?」

 

「う、うん……」

 

「あ、移動するみたいだよ」

 

 ようやく指導員が抜け出してきて、そのまま移動を開始した。

 深雪達はその後に続き、数名のクラスメイトは抜け出せずにそのまま置いて行かれてしまうのだが、誰も助ける者はいなかった。

 その取り残されたメンバーの中に、食堂で先頭で達也達を侮辱し、華凜達に馬鹿にされた男子生徒がいたのは、喜劇なのか悲劇なのか。分かるのは本人のみであった。

 

「ねぇ」

 

「ん? どうしたの?」

 

 雫がまたもや無表情で声をかける。

 

「帰り、ちょっと時間欲しい」

 

「いいよ!!」

 

 それに応えたのは何故か華凜だった。

 

 咲宗は手で顔を覆って項垂れるしかなかった。

 

 どうやら雫はとことん、咲宗を逃がす気はないらしい。

 

 

 




続きは夜になります


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6.面倒事は放課後に

意外と早く予定が終わったので、行きますぜ!


 放課後となり、深雪は兄と合流するために早々に教室を出る。

 

 それをクラスメイト達が追いかけ、ほのかも嫌な予感がするからとそれに付いて行った。

 

 そんな同級生を見送って、咲宗と雫は華凜と合流してから校門に向かう。

 雫は間違いなく咲宗が逃げ出すと疑っていた。今もず~~っとじぃ~~っと咲宗を見つめている。

 

 それはどう考えても、咲宗が見つけられなくなるのは影が薄いや武術を嗜んでいるからではないと、確信しているということだ。

 

 どうやら誤魔化し続けるのは無理そうだと咲宗は小さくため息を吐く。

 華凜はニマニマと心の底からこの状況を面白がっていた。

 

 校舎を出た所で妙な雰囲気を感じ取った。

 

「……なんかあったのかな?」

 

「みたいだね。で、アタシは物凄く心当たりがあるよ。ねぇ、雫」

 

「ほのか……!」

 

 雫は駆け出して、現場へと向かう。

 華凜がニコリ(ニンマリ)と笑みを浮かべて兄に顔を向け、咲宗は小さくため息を吐く。

 

「流石にこの状況で逃げたら明日が怖いよねぇ……」

 

「面白い事になるだろうね~」

 

「はぁ……だから主席には近づきたくなかったんだよ」

 

「ほらほら、早く行こ」

 

「はいはい……」

 

 咲宗と華凜も駆け出して、雫の後を追う。

 

 現場は校門前。

 2つの集団が向かい合っており、その両方が咲宗の顔見知りだった。

 

 達也達とA組陣だ。

 

 深雪は達也側におり、主にA組陣といがみ合ってるのはエリカ、レオ、そして意外なことに美月だった。

 ほのかはA組側で宥めようとしているが効果はなかったようで、今は雫に状況を説明していた。

 

「どう思う?」

 

「どうせ達也と帰ろうとした深雪さんを、一緒に帰りたいA組が馬鹿なこと言ったんじゃない? 二科生如きが一科生の交流に出しゃばるな、とかさ」

 

「ワァオ。本当に高校生?」

 

「ある意味高校生らしいと言えるけど? 浮かれてるんでしょ」

 

「それでいいのか、魔法師の卵」

 

「卵の中だから視野が狭いんでしょ」

 

「おのれ黄身!」

 

「そこは親鳥じゃないかな普通。野次馬、双方の間が見える場所に行くよ」

 

「ほ~い」

 

 咲宗は『隠れ蓑』を発動して、野次馬の最前列に移動する。

 

「だったら教えてやる!」

 

 しかしその直後、A組側の先頭にいた男子生徒(昼に華凜が言い負かした)が腰に手をやって、サイオンを活性化させた。

 

 レオが飛び出し、エリカがどこからか取り出した警棒を伸ばす。

 だが、相手の魔法構築は想定以上に速い。

 

 男子生徒が短銃型CADをレオに突きつけ――

 

 突如CADを突き出した右腕が大きく弾かれた。

 

「なっ!?」

 

「え!?」

 

 男子生徒が驚きの声を上げ、いつの間にか目の前まで迫っていたエリカも驚きながら反射的に後ろに跳び下がる。

 

 達也は鋭く視線を動かし、その先に咲宗がいたのを見逃さなかった。

 咲宗も達也に見られたことに気づき、内心舌打ちする。

 

(やっぱり特殊な目を持ってるみたいだな)

 

(やはり認識阻害の古式魔法。それにさっきのは『指弾』か……。つまり、彼は忍術使いに属する魔法師)

 

 互いに互いの警戒度を上げる。

 

 しかし、その間に事態は加速する。

 他のA組連中がCADを起動させ、それを止めようとほのかも魔法を発動しようとする。

 

 それには咲宗と華凜はもちろん、達也も目を丸くしたが、もう発動を止める術はなかった。

 目立たずに、であればだが。

 

 だが、突如サイオンの塊が高速で飛翔し、ほのかが展開していた起動式に直撃して吹き飛ばされた。

 

 ほのかは衝撃でよろめいて、雫が抱き留める。

 

「止めなさい! 自衛目的以外での対人魔法攻撃は校則違反である前に犯罪行為ですよ!」

 

 鋭く声を発したのは生徒会長の七草真由美だった。

 

 生徒会長の登場に、ほのかを筆頭にほぼ全員の顔から血の気が引く。

 

 更に真由美の隣に立ったのは、黒のショートヘアの女子生徒。

 

「風紀委員長の渡辺摩利だ! 事情を聞きます。ついてきなさい」

 

 凜とした佇まいに、硬質な声。

 そして、風紀委員長という肩書に、更に血の気が引くほのか。

 

 一高で生徒を取り締まる存在トップ2が現れたことに、A組陣やエリカ達も硬直してしまう。

 

「あららぁ……」

 

 華凜が思わず声を上げる。

 咲宗も同じ思いだが、あれだけ騒げば当然だなという思いもある。

 

 更に魔法を使おうとしたのだから尚更だ。

 

 そこにこれまで観察者に徹していた達也が泰然とした足取りで、摩利の前に歩み出た。

 

 訝しむ摩利に一礼した達也は、

 

「すみません。悪ふざけが過ぎました」

 

 と、堂々と言い放った。

 

「悪ふざけ?」

 

 摩利が眉を顰め、真由美がパチクリと瞬きをする。

 

 達也は堂々と頷き、一切詰まることなく嘘を言い放っていく。

 

 曰く、先頭にいた男子生徒―森崎駿の実家である森崎一門のクイックドロウを見学させてもらおうとした。

 

 曰く、その際、あまりにも真に迫っており、思わず手が出てしまった。

 

 曰く、女子生徒(ほのか)が使おうとしたのは、攻撃魔法ではなく、ただの閃光魔法である。

 

 曰く、自分(司波達也)は起動式を読み取ることが出来る。

 

 曰く、ちょっとした行き違いだったのです。先輩方のお手を煩わせてしまい申し訳ありませんでした。

 

 最後は深雪の言葉で、それまでの言葉は達也である。

 

 不遜と言える態度で言い放った言葉に、華凜は腹を抱えて必死に声を押さえながら笑う。

 咲宗はため息を吐いて、「良くやるよ……」と呆れていた。

 

 その結果、真由美が摩利を取りなして、この場は不問ということで収めることになった。

 

 真由美と摩利が去る際に達也達当事者は頭を下げたが、野次馬に紛れていた咲宗は真由美と摩利が達也を見てニヤリと顔を見合わせて笑ったのを見逃さなかった。

 

(まぁ、あんなこと言えばロックオンされるよね。それにしても生徒会長と顔見知りだったのか?)

 

 真由美は確かに達也のことを名前で呼んだ。とても親しそうに。

 

 しかし、それにしては深雪も戸惑っているように見えた。つまり、真由美が一方的に知っていただけの可能性が高い。 

 それはそれで、おかしいとしか言えないのだが、咲宗にそれをツッコめるほど真由美の情報はない。

 

 その時、視線を感じて、その方向に意識を向ける。

 

 視線の主は、真由美だった。 

 

「げっ……」

 

 頬を引き攣らせた咲宗に、真由美はニコリと笑って、前を向いて去って行った。

 

 今の意味を咲宗は正確に理解し、手で顔を覆う。

 

(バレてーら。次期当主でなくても十師族の一員ってわけね。しかも、あの状況で遠視魔法を使ってたって、滅茶苦茶おっかないんですけど)

 

 今は『隠れ蓑』は解いているので見られること自体はおかしなことではない。

 しかし、咲宗がいる場所は野次馬の最前列。

 

 今の騒動の現場からも、真由美達の去る方向にもいなかった咲宗を見つけることなど、普通は無理だ。

 つまり普通ではない方法で見つけたということ。

 

 そして、七草真由美の情報から考えられるのは、遠隔視系の知覚魔法『マルチスコープ』。

 実体物をマルチアングルで視認する視覚的多元レーダーのような魔法。

 

(逃げた所で華凜が捕まるだけ。はぁ……しばらくは小間使いかな?)  

 

「はぁ……」

 

「は~、笑った笑ったぁって、どうしたの?」

 

「七草生徒会長に俺の事バレてるみたい。今、眼が合った」

 

「あらら……」

 

「ったく、達也だけでも十分面倒なのに……」

 

「達也くんがどしたの?」

 

「『指弾』使ったのバレた」

 

「……ワァオゥ。ホントに二科生?」

 

「やっぱり何かしら異能を持ってるんだろうね。本当に厄介だ。華凜も気を付けなよ」

 

「はーい。で、そろそろ行かなくていいの?」

 

 華凜が指差した先にいるのは雫。

 

 すでに森崎達A組陣も解散しており、ほのかや雫は達也達と合流していた。

 そして、雫がこっちを見つめており、達也達も咲宗達を待っているようだった。

 

「はぁ……逃げられませんよね」

 

「退学するなら逃げれると思うよ? お母さんに怒られてもいいなら、だけどね」

 

「無理です許してください行ってきま~す」

 

「ですよね~」

 

 双子は大人しく雫達の元に向かう。

 

 華凜は達也達の前に着いた直後、

 

「お疲れ~。面白大変そうだったね」

 

「どっちよ。こっちは寿命がちょっと縮んだんだからね」

 

「……ごめんなさい」

 

「あ、いや。ほのかのせいじゃないから」

 

 エリカが慌てて、俯いたほのかを宥める。 

 それに華凜も参加する。 

 

「そうよ。ほのかが魔法を使わなくても、あのお馬鹿さん達の誰かが使ってたわよ。そもそも、森滝がすでにアウトだったんだしさ」

 

「森崎だからね」

 

「いいのよ。名前なんて間違ったって。森崎家だって、この話を聞いたら嘆くと思うよぉ~」

 

「まぁねぇ」

 

「森崎家ってそんなに有名なのか?」

 

 双子の会話にレオが参加する。

 

「森崎家はボディガードを生業にしてるのよ。お得意様は民間の資産家。つまり、非魔法師を相手にしてるってわけ。それで百家支流でありながら、本流にも劣らないと言われてるわね」

 

「へぇ~」

 

「それが入学2日目で停学相当の違反したとか笑えるわよね。あっははははは!!」

 

「ホントに笑っちゃったよ……」 

 

「だから、ほのかが気にする必要ないってこと。タイミングが悪かっただけよ」

 

「華凜ちゃん……。うん! ありがとう!」

 

「どういたしまして。さ、帰りましょう。へい、達也くん、ゴー!」

 

「……俺が先頭なのか?」

 

「雰囲気的に」

 

 華凜はそう言って、深雪を見る。

 視線を向けられた深雪は意味を理解し、笑みを浮かべて兄の腕を取る。

 

「では、帰りましょう。お兄様」

 

 その言葉をきっかけに達也達も下校を始める。

 

「それにしても、達也のおかげで助かったぜ」

 

 レオが頭の後ろで両手を組んで言う。

 

「そうねぇ。あそこで言い包めてくれなかったら――」

 

「ほのかだけが退学だったでしょうね!」

 

「え!? わ、私だけ!?」

 

「この中、ではね。森柿って奴も退学だったと思うわよ?」

 

「森崎ね。せめて名前を間違えてあげよう? 森崎家の人達は人格者って言われてるんだからさ」

 

「ヤダ無理。あれの名前なんて覚えたくもない」

 

「……なんで華凜が一番嫌ってるのさ」

 

「馬鹿なお坊ちゃんは嫌い」

 

 森崎への嫌悪感を一切隠さず言い放つ華凜に、当事者であるはずのエリカ達は毒気が抜かれて苦笑する。

 

 恐らくわざとであろうと誰もが分かっているので、悪ノリする者はいない。

 

 ちなみに達也は先頭。その左隣に深雪、右隣にほのかがいる。

 雫はほのかの隣だが、チラチラと後ろの咲宗を見ており、その隣が華凜。深雪の背後にエリカ達がいる。

 

「それにしても、起動式を読めるって本当?」

 

「まぁね。と言っても、読めたからって発動を止められるわけじゃない。実技が苦手な俺には、宝の持ち腐れだな」

 

 エリカの質問に達也は肩を竦める。

 

 その後はCADの話などで盛り上がり、テイクアウト用の喫茶店に立ち寄って近くのベンチに座る。

 

 話題はCAD、特にエリカの警棒型デバイスについてだった。

 

「けど、どこにシステムを組み込んでるんだ? 全部が空洞ってわけじゃないんだろ?」

 

「柄以外は全部空洞よ。刻印術式で強度を上げてるの。硬化魔法は得意なんでしょ?」

 

「……術式を幾何学的紋様化して、感応性合金に刻み、サイオンを注入して発動するってアレだろ? そんなモン使ってたら、並みのサイオン量じゃ済まないぜ? よくガス欠にならねぇな?」

 

「お。流石に得意分野。でも、あと一歩ね。強度が必要になるのは振り出しと打ち込みの瞬間だけ。その刹那を捕まえて、サイオンを流してやればそんなに消耗しないわ。兜割りの原理と同じよっ!?」

 

 背後から凄まじい殺気を感じて、素早く身を翻すエリカ。

  

 殺気の主は華凜。

 

 好戦的な笑みを浮かべて、まっすぐにエリカを見据えていた。

 

「ふぅん……エリカって、兜割り出来るんだぁ。それって相当の腕前ってこぉとだぁよねぇ♪」

 

 殺気全開の上機嫌な笑みで言う華凜に、美月やほのかが怯えの表情を浮かべる。

 

 エリカは華凜の様子と指摘されたことの動揺で顔が強張る。

 

「やっぱりな~。入学式の時に見かけた時から~強そうだなって思ってたんだよね~」

 

 華凜の右手にはいつの間にか刀身15cmほどの収納型ナイフCADが握られていた。

 

「いいなぁいいなぁ。面白そうだなぁ! 楽しそうだなぁ!! 楽しんでいいよねぇ!!!」

 

 華凜の笑みが狂気的なものに変わった瞬間、腰を落としてエリカに斬りかかろうとする。

 

 エリカも歯を食いしばって警棒を伸ばして構える。

 

 そして華凜が飛び出した。

 

 

 咲宗が華凜の襟首を掴んで引っ張った。

 

 

「ぐぅえ!?」

 

 華凜は少女が出してはいけない声を上げながら、飛び出した勢いで両足が浮いて空中で仰向けになる。

 

 咲宗はそのまま掴んでいた腕を下ろし、華凜は地面に投げ落とされた。

 

「ぎゃん!?」

 

「バ華凜。剣のこととなると見境なく勝負仕掛けるのやめなよ」

 

「だからって酷くない!?」

 

「母さんに言うからね」

 

「いやぁ!? ごめんなさいもうしません!!」

 

「なら、そっちでお座り」

 

 華凜は素早い動きで、指差された咲宗の背後の建物の壁際に移動して座り込む。

 咲宗は自分が買った飲み物を投げ渡し、こぼさずにキャッチする華凜。

 

「ドリンク」

 

「アタシは犬か」

 

「母さん」

 

「チュー」

 

 呪文を唱えた瞬間、大人しくストローを加えて飲み始める華凜。

 

 咲宗はため息を吐いて、未だ唖然としているエリカ達に向き直る。

 

「ごめんよ。華凜はドが十個くらい付く剣術バカでね。腕が立つ人を見ると、気持ち悪いハイになって斬りかかっちゃうんだよね」

 

「それって凄く危なくねぇか?」

 

「大丈夫。一度我慢したら、もう襲わないから。しつこく勝負に誘われるだろうけど」

 

「全然安心出来ないんだけど」

 

「そこは頑張って。嫌なら嫌ってはっきり言えば、その時は引き下がるから。その時は、だけどね。ボクが近くに居たら止めるよ」

 

 咲宗は肩を竦めて、呆れた眼で華凜を見る。

 華凜はそっぽを向いてストローを吸い続けていた。

 

 エリカはため息を吐いて、構えを解いて警棒を仕舞う。

 

「まぁ、あたしも気持ちは分かるし。何となく止め方も分かったから、もういいわ」

 

「お詫びに奢るけど?」

 

「あ、マジで?」

 

「なら、エリカも咲宗に奢った方がいいんじゃないか?」

 

 達也の突然の言葉にエリカ達は首を傾げた。

 

「え、なんで?」

 

「さっき森崎のCADを弾いたのは咲宗だからだ」

 

「「「えぇ!?」」」

 

 エリカやほのか、美月が驚きの声を上げ、レオや深雪は目を丸くしていた。

 

 咲宗は一瞬眉を顰めたが、すぐに大きくため息を吐く。

 

「……達也。ボク、君に何かしたかい?」

 

()()何もされてないな。だが、別に隠すことでもないだろ?」

 

「まぁね」

 

 咲宗は大袈裟に肩を竦める。

 

「どうやって? 古式魔法?」

 

「いいや? これ」

 

 咲宗は右手を突き出して、掌を上にする。

 掌の上にはパチンコ玉サイズの鉄玉が転がっていた。

 

 エリカ達は咲宗の手を覗き込むようにして、その鉄玉を見る。

 

「こんな小さい玉で?」

 

「『指弾』って技だよ。暗器の一種さ。これを指で弾いて飛ばしただけ」

 

「……暗器って暗殺の技、ですよね?」

 

「そうだよ、深雪さん。ボクは忍術使いの家系だからね」

 

 あっさりと告げられた事実にエリカ達が目を丸くした。

 これには達也も驚愕を隠せなかった。

 

 その宣告に大人しくしていた華凜が顔を向ける。

 

「なに? 結局バラすの?」

 

「どうせ近い内にバレそうだからね。達也の目は誤魔化すのも疲れそうだし」

 

 咲宗は肩を竦めて、達也を見る。

 

 達也は真剣な表情を浮かべていた。

 

「……どこの家系なのか、聞いてもいいか?」

 

「風魔だよ。風魔小太郎の風魔」

 

「風魔小太郎の一族は盗賊として処刑されたんじゃないのか?」

 

「忍術使いがそう簡単に捕まるわけないさ。術で偽物を捕まえさせたらしいよ」

 

「それで今まで潜んでいたと?」

 

「表立って名乗ってないだけで、政府や十師族とかは知ってるよ。七草生徒会長も知ってると思う。さっき目が合ったしね」

 

「ほぅ……風魔は七草家と繋がっているのか?」

 

「違う違う。少し前に一族の馬鹿が仕事でヘマしちゃってね。お説教されたんだよ」

 

 咲宗は雫に目を向ける。

 

 雫は相変わらず表情を変えることなく、咲宗を見つめていた。

 

「やっぱりアレはあなただった」

 

「そういうことだね」

 

「なんで誤魔化そうとしたの?」

 

「今のところ、風魔はその存在を公表する気はないし、存在しない一族という()()だからね。下手に話すわけにはいかなかったの」

 

「では、あのワンダーランドの事件は古式魔法師関連なのか?」

 

「大陸からの亡命者の捕縛。ボクはその手伝いで呼ばれたんだけどねぇ……。馬鹿の指揮官がさぁ、【ワンダーランド】スポンサーの十三束家に連絡もしてなかったんだよ。それであの被害。結果的に捕縛は出来たけど、十三束家はもちろん、七草家からも苦情が来たってわけ」

 

「……それは……」

 

「信じられないくらい馬鹿でしょ? けど、流石に身内の恥を話すのもね。だから、誤魔化そうとしたんだけど……」

 

「雫と達也くんのせいで無理だと思ったと」

 

 エリカの直球な言葉に、咲宗は苦笑して降参とばかりに両手を上げる。

 

「じゃあ華凜さんも?」

 

「まっさかぁ。アタシは火天御剣流一筋だよ。だから、風魔の仕事には関わったことないよ」

 

「……双子でここまで生き方が違うもんなのか?」

 

「実家の関係でね。ちょっと特殊なんだよ」

 

「……あ。まさかお父さんの実家が火天御剣流で、お母さんの実家が風魔なの?」

 

「おぉ、せいか~い!」

 

 華凜が意外そうにほのかを見て拍手する。

 エリカ達も納得したように頷いており、達也も一応納得したようだった。

 

「で、次は達也の番だよ」

 

「……何が俺の番なんだ?」

 

「達也の秘密も聞きたいな。全部だなんて言わないけど。どこで『指弾』を知ったのか、とかさ」

 

 咲宗はいたずらっ子の笑みを浮かべているが、僅かに緊張感が走ったのを誰もが感じ取っていた。

 

 深雪の顔も僅かに強張っている。

 しかし、達也は一切顔色を変えずに口を開く。

 

「別にそのくらいなら構わない。実は、俺は九重八雲氏に体術の指南を受けていてな。その関係で忍術使いの技にはある程度精通している」

 

「九重八雲……。【今果心】、か。……なるほどね。はぁ……そりゃ駄目だ。やっぱり達也達は探らない方が賢明だね」

 

「……別に探られて困ることはないんだが?」 

 

「直感みたいなモノさ。忍術使いとして、直感は疑えない性でね」

 

「……」

 

「だから達也。悪いんだけど……」

 

 咲宗は真剣な表情で達也を見る。

 

 続く言葉を想像したエリカ達は顔を強張らせて息を呑む。

 

 

「在学中に面倒事を持ってくるのは勘弁してね!? ボクは手伝わないよ!!」

 

 

「「「「へ?」」」」

 

「あはははははははは!!」

 

 達也達は唖然として、華凜が爆笑する。

 

 エリカが首を傾げながら、

 

「……ここは達也くんから離れる、って感じじゃないの?」

 

「それが出来たら、ボク風魔! だなんて話してません!!」

 

「「そりゃそうだ」」

 

「達也から離れても、結局深雪さんがクラスメイトだし! 七草生徒会長からも何かしら無茶振りされる予感してるし! その七草生徒会長に達也はロックオンされたみたいだし!! 主席の深雪さんは多分生徒会に勧誘されるはずだし!! だから、結局達也とは関わる気がしてる!!」

 

「説得力が凄いですね……」 

 

「今日の感じから華凜も騒動を起こしそうだしね!! 達也が仲裁役したら悪化しそう!! となるとボクがやることになるよね!? この騒動の種火共!!」

 

「確かに否定は出来ないが、その纏め方には苦情を申したい。俺は華凜やエリカ達と違って、自分から喧嘩を仕掛けたことはない」

 

「巻き込まれたら一緒だい!! 後始末とかしないからね!?」

 

「そろそろ落ち着きなよサキ~。八つ当たりはカッコ悪いよ?」

 

「誰のせいだ単細胞剣術ド馬鹿!!」

 

「そっちが仕事をミスったせいでしょ陰険モグラ忍者」

 

「ボクは呼びつけられただけだー!!」

 

 咲宗は華凜にトドメを刺されて崩れ落ちながらも最後の拠り所を叫ぶ。

 

 その姿を華凜はジト目で、達也達は同情が籠った憐憫の目で見つめる。

 

「だったらお爺ちゃんに連絡して、元凶を絞めてもらえばいいじゃん」

 

「すでに謹慎してるクソ叔父に今更処罰加えたって大して苦しまないじゃんか。今後の達也に巻き込まれるであろう苦労と釣り合わないよ!」

 

「その汚名は強く否定させてくれ」

 

「却下する! じゃあ、司波兄妹にって言っていいの!?」

 

「……仕方ない」

 

「仕方ないんですね」

 

「お兄様……」

 

「そこ、悶えない」

 

 美月とエリカのツッコミは、当人達には届かなかった。

 

 すると、今まで黙っていた雫が崩れ落ちた咲宗の背中に手を置いた。

 

 誰もが慰めるのかと思いきや……。

 

 

「私が巻き込まれた償いは?」

 

 

 空気が凍った。

 

「…………え?」

 

「あなた達が失敗したせいで、私は怪我をした。しかも、それを誤魔化そうとした。その償いは?」

 

「……」

 

 咲宗はダラダラと冷や汗が溢れ出す。

 ほのかはもちろん、華凜すらも頬を引き攣らせて黙り込むほどの気迫が雫から噴き出していた。

 

「た、大変……申し訳――」

 

「謝罪だけ?」

 

「え゛」

 

「謝罪しかしてくれないの?」

 

「…………な、何を……お望みでございましょうか」

 

「ん……父と相談して決める」

 

「北方潮と決めるぅ!?」

 

「父のこと知ってるの? ……私の事調べた?」

 

「あ……」

 

「プライバシーの侵害が追加」

 

「……」

 

「もう止めたげて!! サキのライフはマイナスよ!?」

 

「評価がマイナスだからね」

 

「うはぅ!?」

 

「華凜も撃墜された……。ほのか、止められないの?」

 

「ちょ、ちょっと今の雫は……。多分……ワンダーランドで遊ぼうとしてたところに事件に巻き込まれたから……」

 

「あ、それ有罪。華凜は雫大明神を支持します」

 

「うぐぅ……!」

 

「ということで、また明日。必要ならば契約書を持ってくる」

 

「何させる気ですかーー!?」

 

「償い」

   

「ですよね!!」

 

 

 こうして、咲宗は雫に首輪をつけられたのだった。

 

 

 

 




たいへん、つかまっちゃった


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7.集結、面談

 咲宗は一度自宅に帰って、本邸端にある林へと向かった。

 

 林の奥にある大きな岩の上に座ったところで、

 

「集合」

 

 そう小さく呟いた直後、咲宗の目の前に6人の男女が片膝をついた姿勢で現れる。

 

「お待たせ致しました、頭領」

 

「だから頭領じゃないって」

 

「我々にとっては頭領ですので」

 

 咲宗は小さくため息を吐く。

 彼らは咲宗の直臣、直属の部下だ。

 

 この者達は風魔の中では落ちこぼれと位置付けられていたが、咲宗が直々に手解きして実力を伸ばした。

 そのせいか、異常とまで言えるほどの忠誠心を()()()()()()()()()

 

「……まぁ、今はいい。ところで、第一高校について何か探ってる?」

 

「頭領と華凜様がお通いですので。調査は始めております」

 

「調査対象から司波兄妹、七草真由美、十文字克人を外して」

 

「……十師族はともかく、主席入学した者とその兄も、ですか?」

 

「兄の司波達也には【今果心】九重八雲がついてる。下手に探って余計なことを知る必要はないし、九重八雲に敵認定されるのも避けたい。ただでさえ十師族や百家本流に目を付けられてるからね。これ以上余計な敵は増やさないように」

 

『承知しました』

 

「七草真由美はボクのことを知っていた。多分十文字克人にも知らされてると思うから、近い内に接触があるだろう。この前の失態もあるから小間使い的なことをすることになる可能性が高い。だから、お前達は一高を害する存在を探っておいてほしい」

 

『はっ!!』

 

「じゃ、解散」

 

「しかし、頭領。七草家は探っても良いのでは?」

 

「何を言っておるのだ、たわけ。頭領は火影となる御方。黙ってその御意思に従っておけばいい」

 

「誰が火影だ!? 頭領は我ら一番隊の隊長、子忍(ねにん)だぞ!!」

 

「里なんてないから火影にはなれないし、うちには十二個も隊はないし風魔は全員子忍になるから。いい加減昔の漫画の設定出すの止めようね。それと……さっさと行け」

 

「「「はい!! 失礼しました!!」」」

 

 声色が低くなった咲宗に、部下達は慌てて頭を下げてその場から姿を消した。

 

 咲宗はため息を吐いて、眉間を揉み解す。

 

「なんでクソ叔父達の部下は大丈夫だったのに、あいつらは爺様に汚染されてるのか……」

 

 風魔頭領である祖父、團蔵(だんぞう)は紙媒体時代の忍者漫画をとてつもなく好んでいる。

 それを気に入った者達に読ませる悪癖があり、咲宗も読まされた。

 

 しかし、所詮は漫画だ。

 術の使い方も違うし、時代設定も政府の在り方も、そもそも忍者の立ち位置も違う。

 咲宗的には参考書レベルでしかないのだが、何故か部下達は聖書扱いしており、その設定を咲宗に当て嵌めようとする。

 

 優秀な者は時に変人な者が多いと言うが、部下変人率100%は流石に受け入れがたい。

 

「とりあえず……爺様に八つ当たりしよ」

 

 報告ついでに祖父に八つ当たりすることに決めた咲宗は屋敷に向かう。

 

 座敷で茶を飲んでいた祖父を見つけた咲宗は、

 

「おぉ、サキ。どうした?」

 

「爺様キライです」

 

「な、なんじゃいきなり!? ど、どうしたんじゃ? 儂なにかした?」

 

「キライになりました」

 

「うおお!? ゆ、許してくれサキよ! 何が悪かったのか分からんが許しておくれ!!」

 

「じゃあ第一高校に関することはボクの一存で動いていいですか?」

 

「いいぞ! 好きなようにやりなさい! だから嫌いにならないで爺ちゃん泣いちゃう!!」

 

「嘘だったら婆様と母さんに言いつけますからね。隠れて買った物色々」

 

「ひぃっ!? な、なんでそれを!?」

 

「うちの連中に見せたでしょ。自慢してきましたよ」

 

「あ奴らああ!!」

 

「それとちゃんと叔父上達を抑え込んでくださいね。七草の長女はボクのことバレてるみたいだから。次ヘマしたら終わりですよ。そしたら、華凜にも嫌われますからね」

 

「ぬおおお!? 許して爺ちゃん死んじゃう!!」

 

「じゃあお願いします。尊敬する爺様」

 

「うむ!! 爺様頑張る!!」

 

(よし。爺様チョロイ)

 

 孫からの不意打ちに弱い團蔵を丸め込むのは咲宗にとっては朝飯前だった。

 勢いそのまま碌に説明することなく、第一高校関連の実権を手にして、叔父達を牽制させる面倒な役を押し付けることに成功した咲宗は、胡散臭い笑みを浮かべたまま祖父の前を後にしたのだった。

 

「あ、北山さんのこと忘れてた。……まぁいいか」

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 翌日。

 

 教室に到着した咲宗は席に座る。

 その数分後に雫とほのかも教室に到着した。

 

 雫は自分の席に座って、目の前の背中を見る。

 

 咲宗は視線を感じ取ったが、端末を操作して気づかないフリをした。

 

ツンツン

 

 軽く背中を突かれた。

 だが、咲宗は反応しない。これは純粋に集中して気づかなかっただけなのだが、雫は無視されたと感じて目を細めた。

 

 

ツンツン トントン トントン!  

 

トントン!! ズビシズビシ!!

 

 

「あの……北山さん?」

 

 

ドスドス!! ドドドドドドドドド!!

 

 

「イタタタタタ!?」

 

「無視した」

 

「してないしてない! ちょっと気を取られてただけだって!」

 

「……」

 

 

スビシ!!

 

 

「ごめんなさい!?」

 

 反射的に謝罪した。

 

 雫は不満そうだがとりあえず矛を収める。

 ちなみに周囲は2人のイチャイチャに気づいていない。雫の攻撃に気づいた咲宗が認識阻害魔法を発動したのだ。

 

 咲宗は身体を横に向けて、顔を雫に向ける。

 魔法を解除すると、ほのかが近づいてきた。

 

「おはよう、咲宗くん」

 

「おはよう、光井さん。北山さんもおはよう」

 

「雫でいい」

 

「私もほのかでいいよ」

 

「……分かったよ」

 

「それで昨日父と話した」

 

「……本当に話したの?」

 

「うん」

 

 淡々と頷く雫に、咲宗は頬を引き攣らせて、ほのかは苦笑いを浮かべる。

 

 雫の父親は【北方潮】というビジネスネームを持つ日本有数の大富豪であり、敏腕の実業家だ。 

 経済界の大立て者とすら呼ばれており、前世紀から続く家系。

 

 魔法師と結婚し、魔法師の娘を持ったからか、魔法関係のビジネスにも手を伸ばし始めているらしい。

 

 まだ魔法師社会に進出したばかりだが、すでに多大な影響力をもたらし始めている。

 それほどまでに北山家の資産とコネは強大なのだ。一般社会の十師族と言っても過言ではない。

 

「……それで?」

 

「契約書のデータは持ってきた。中身について話がしたい」

 

「……じゃあ昼休みでもいい?」

 

「構わない」

 

 必死にため息を堪える咲宗。

 雫は相変わらずの無表情でじぃ~~っと咲宗を見続けており、ほのかは空笑いを浮かべるしかなく、そこに現れた深雪が女神のように思ったのは決して大袈裟ではないだろう。

 

 それほどまでに、ほのかはその場に居づらかったのだ。

 

 ホームルームを終えて、本日も授業見学ということで指導員の先導の元、教室移動を始めた深雪達。

 雫はほのかと深雪に意識が向き、咲宗の席に顔を戻すと、咲宗の姿はすでになかった。

 不満げに顔を顰めた雫だが、ほのかに促されて移動を始めるしかないのであった。

 

 そして、集合場所に到着したが、やはり咲宗の姿はそこにはなかった。

 

 

 

 咲宗は教室を出て、1人で廊下を歩いていた。

 

 今回は雫から逃げ出したわけではなく、純粋に呼び出しを受けたからだ。

 

 呼び出し主は七草真由美。

 

 場所は生徒会室。

 

(呼び出しは覚悟してたけど、まさか授業時間に呼び出すとは……。思ったより強引な性格をしてるみたいだな)

 

 生徒会室に到着した咲宗は、インターホンを鳴らす。

 返ってきた返事に挨拶し、歓迎の言葉が告げられると同時にロックが解除された音が僅かに聞こえる。

 

 引き戸を開けて、中に入ると2人の人物を確認した。

 

 1人は呼び出し人にして生徒会長の七草真由美。

 

 もう1人は高校生とは思えぬ体つきと存在感を放つ巌のような男。

 【十師族】が一つ、十文字家次期当主にして第一高校部活連会頭、十文字克人。

 

 両者ともに第一高校3年生で、風紀委員長の摩利を含めて『三巨頭』と呼ばれている。

 

 呼ばれた理由は予想していたが、十師族の2人がいる時点で確信を持つ。

 

(やっぱり十文字家にも伝わってたか……。まぁ、当然だよね)

 

 咲宗はドア一歩手前で一礼して、その場で気を付けの姿勢で留まる。

 

 生徒会室の真ん中には8人掛けのテーブルがあり、俗に言うホスト席が1つの計9つの椅子がある。

 生徒会長である真由美はホスト席に、克人はその右側に座っていた。

 

 真由美は微笑んだまま、左側、克人の正面側を手で示す。

 

「授業中にごめんなさいね。どうぞ、かけてください」

 

「……その前によろしいですか?」

 

「ええ、構わないけど?」

 

 真由美は可愛らしく首を傾げる。

 

「呼び出したのは風火奈咲宗個人ですか? それとも、風魔としてですか?」

 

「そうねぇ……。私的には風魔である風火奈咲宗君をお呼び立てしたつもりなんだけど……」

 

「では」

 

 咲宗は椅子に座らず真由美の反対側に立つ。

 

「こちらでお伺いさせて頂きます」

 

「それは……」

 

「風火奈。俺達はお前と話がしたいだけだ。座ってくれないか?」

 

「申し訳ありませんが、我ら風魔は七草家と十文字家に負い目がある身故。風魔として、そちらに座らせて頂くのは了承致しかねまする」

 

 はっきりと拒絶を唱えた咲宗に、真由美と克人は顔を見合わせて眉尻を下げる。

 

 しかし、咲宗はその隙を逃さずに一気に本題を進めることにした。

 

「先日のワンダーランドの件、現場に出た当事者の1人として両家を始めとする方々にご迷惑をおかけしたことを改めて謝罪致します」

 

 深く頭を下げた咲宗に、真由美は軽く眉を顰めて小さくため息を吐く。

 克人は表情を変えなかったが、どこかしら感心したような雰囲気を感じさせた。

 

「確かに今回はそれに関係する話ではあるけれど、すでに謝罪は御当主から頂いているし、当主ではない私達に謝罪されても困っちゃうのだけど……」

 

「十文字家にはまだなのでは?」

 

「いや、簡略的ではあるが事情を記した書状と謝罪文は貰っている。七草家と十三束家が苦情を出しているということで、十文字家まで出す必要はないと判断した」 

 

「簡略的、ですか……。相変わらず礼儀知らずな……申し訳ございませぬ。後日、改めて文を出させます」

 

「もう終わったことを今更蒸し返すつもりはない。今の反応で、何が起こっていたのか推測出来た。お前にそこまで求めるのは酷というのも十分理解している」

 

「寛大な恩赦、感謝致します。それで、拙者に何用で御座いましょうか? 先ほど七草殿は風魔である拙者個人に話がある、ということでしたが」

 

 全く座らせる隙を作らせてくれない咲宗に、真由美は困った表情を隠せなくなっていた。

 

「え、ええ。だから、座ってほしいんだけど……」

 

「風魔である拙者に何かを探らせたいということでよろしいでしょうか」

 

「無視!?」

 

「お断りしましたので。それで、何を調べればよろしいですか?」

 

「……」

 

 真由美は拗ねたような表情を浮かべるが、咲宗は笑顔で無視する。

 克人は小さくため息を吐いて、

 

「具体的に何か、というわけではない。お前のことだ。自主的に色々と調べ始めているのだろうが、その内容を我々と共有させてほしい」

 

「……なるほど」

 

 咲宗は顎に手を当てて考え込む。

 克人はその反応から咲宗が推測通りすでに一高内を調べていると確信を持つ。

 

 ちなみに真由美は中学生のような美少年が大人ぶっているように見え、こみ上がってくる笑いを必死に堪えていた。

 もちろん、2人にはバレバレだったが。

 

「ですが、やはりある程度具体性を頂きたいですね。一高生に危害が及ぶ類の情報、というところでしょうか?」

 

「そうだな。最優先はそれになるだろう。だが、基本的にはお前が気になった情報を挙げてくれればいい」

 

「ふむ……承知しました。では、一度明日にでも報告させて頂きます」

 

「え? 明日? そんなに早く?」

 

「何かしらは報告出来るかと思います。まぁ、すでに見知ったものかもしれませんが」

 

「構わない。見落としている情報があるやもしれんからな」

 

「承知しました。……しかし、最後に1つ」

 

「なにかしら?」

 

 真由美が首を傾げ、咲宗が笑みを浮かべたその時、真由美の()()()()声が聞こえた。

 

 

「決して風魔は十師族に降ったわけではない」

 

 

 真由美が肩を跳ねさせながら弾かれたように振り返る。

 

 そこには笑みを浮かべた咲宗が立っていた。

 克人も驚きの表情を浮かべていた。

 

「ということを、努々、お忘れなきよう」

 

「え、え……!? げ、幻術? いつの間に!?」

 

 先ほどまで咲宗が立っていた場所に真由美と克人が目を向ける。

 CADを使った様子はない。というか、生徒会役員と風紀委員以外はCADは校内では持てないことになっている。

 

 真由美も克人も、咲宗が魔法を使った兆候は見つけられなかった。

 だからこそ驚いているのだ。

 

 そして、また背後を振り返るも、咲宗の姿はなかった。

 

「あれ?」

 

「では、拙者はこれにて失礼致します」

 

「え!?」

 

 キョトンとした真由美が慌てて、また正面に視線を戻す。

 

 そこには咲宗が胡散臭い笑みを浮かべたまま立っていた。まるでずっとそこに立っていたかのように。

 

「ど、どうやって……?」

 

 咲宗はそれに答えず一礼して、そのまま身を翻してまっすぐ歩き出す。

 その正面には壁しかないのだが、咲宗は迷わずに突き進む。

 

 真由美は声をかけようとしたが、なんと咲宗はそのまま壁に吸い込まれて消えていった。

 

「えぇ!? す、すり抜けた!?」

 

 真由美は衝動のままに咲宗が消えた壁に駆け寄って、ペタペタと壁を触りまくる。

 しかし、もちろん何も見つからなかった。

 

 真由美は克人に振り返って、

 

「今のは古式魔法なの?」

 

「恐らくな。認識阻害の術と幻術、と言ったところだろう」

 

「いつ使われたのか全く分からなかったわ……」

 

「これが古式魔法の恐ろしさなのだろうな。そして、あの歳でこれほどまでの術を使いこなす風火奈も」

 

「……さっきのはやっぱり……」

 

「その気になれば、いつでもどこでも背後から襲い掛かることが出来る…ということだろうな」

 

「はぁ……父が油断するなと言っていたのは、コレが理由だったのね」

 

「だが、あれだけの技量があれば、あのような失態を犯すとは考えにくいと思うのだが……」

 

「父が言ってたわ。風火奈君は『神童』と呼ばれているそうよ」

 

「なるほど……。あいつだけが特別、というわけか」

 

「先日失敗したのは彼の叔父が率いる一派で、その叔父は次期当主の座を狙っていたみたい。風火奈君はまだ子供だから、風魔の中でも割れてるのかもね。まぁ、少なくともその叔父は今回で失脚したも同然でしょうけど」

 

「大勢の人が集まる場所で、あれだけの騒動を起こしてしまったからな。それに根回しもしていなかったというのは致命的だったな」

 

「……そうね。実は騒動が起こる少し前に、【ワンダーランド】スポンサーの十三束家に風鳶家を名乗る者から連絡があったそうなの。声がかなり若かったらしいから、多分風火奈君だと思うわ」

 

「先ほどのことも合わせれば、十分当主になれる器ではあるか……。まぁ、古式魔法の家系は長い歴史がある。継承者の選び方は我々では理解しえない要素があるのだろう」

 

「そうね……。とりあえず、彼とは適切な距離を保つように気を付けましょう」

 

「そうだな」

 

「じゃあ、これで……って、そういえば、どうやって連絡してくる気かしら?」

 

「これだろう」

 

 克人の視線を追った先には、アドレスが書かれていたメモ用紙。

 そして、そのメモが置かれていたのは、真由美が座っていた席の目の前だった。

 

 慌てていて気付かなかったことに気づいた真由美は、一瞬で顔が真っ赤に染まった。

 

 

 



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8.風魔の定め

 昼休みとなり、雫達と合流した咲宗。

 物凄く睨んでくる雫に必死に謝って宥め、何とか機嫌を()()回復させた。

 

 深雪は達也と共に生徒会室に呼ばれたらしい。

 

 咲宗達はエリカ達とも合流して、6人座ることが出来るテーブルに座る。

 

「ある意味、これが一番平和的な解決法よね」

 

「だな」

 

「まぁ、達也は生徒会長と深雪さんと一緒に食事するってことで妬まれてるけどね」

 

「あ~そういう見方も出来るのか。達也の奴も大変だな」

 

「ホントにね」

 

「咲宗くんも人の事言えないと思うけどね~」

 

「「……」」

 

 未だに不機嫌オーラを醸し出して、雫は咲宗の隣に座っている。

 

「えっと、今回は何しちゃったんですか?」

 

「午前中の授業見学の時、またいなくなっちゃって……」

 

「一緒に回れなくて拗ねてると」

 

「拗ねてない」

 

 雫が即座に否定するが、どう見ても拗ねていた。

 エリカ達はそれに苦笑して、

 

「で、今回逃げた理由は?」

 

「……はぁ。……生徒会長に呼ばれたんだよ。例のワンダーランドの件でね」

 

 咲宗の言葉に全員が納得の表情を浮かべる。

 

「授業時間に呼ばれるとは思ってなかったし。いくら北山さんが被害者とは言っても、流石に十師族に会うことをそう簡単には言えないよ。話がどう纏まるか分からなかったからね」

 

「そりゃそうだ」 

 

「けど、話したってことは特にお咎めなし?」

 

「小間使いを少し手伝えって感じかな。まぁ、一高関連でって条件付けさせてもらったけどね。……またうちの馬鹿馬鹿しい失態も聞かされたけどね……!」

 

「へ?」

 

「うちの家が十文字家に謝罪文を送ったらしいんだけど、それが簡略的文書だったそうでねぇ……!! あの、クソ叔父共……!!」

 

 咲宗から雫以上の怒気が噴き上がる。

 

 その様子にレオ達も流石に茶化せずに苦笑するだけだった。

 

「流石に風魔の意地で完全降伏はしなかったけど……。十師族上位2家に無礼を働いた以上、真面目に働かないといけないんだよねぇ。ホンットに頭痛い……」

 

「ご愁傷様。大変ねぇ、馬鹿な同門がいると」

 

「全くです」

 

「じゃあ次は私の話」

 

 雫が空気と話をぶった切って話題を変えた。

 咲宗は忘れていたわけではないが、出来れば忘れていて欲しかったので一瞬頬を引き攣らせた。

 

 雫はポケットから情報端末を取り出して操作し、咲宗の前に差し出した。

 

 咲宗は全力で逸らしたい衝動を抑え込んで、それを手に取って目を通す。

 

 素早くスクロールして中身を呼んでいくほどに眉間に皺が寄っていく。

 その様子にとんでもないことが書かれていることはエリカ達にも推測出来た。

 

「…………これ、本気?」

 

「お父さんもお母さんも認めてくれた」

 

「だからってボクを……忍術使いを君の専属護衛にするなんて正気の沙汰じゃない。血筋であったり、昔から協力体制や主従関係にあったなら分かるけどさ」

 

 咲宗が告げた内容にエリカ達が目を丸くした。

 ほのかも知らなかったらしく、同じく驚きの顔を浮かべている。

 

「けど、あなたは信用できると思った。だから、もし受けてくれるなら一度父が会いたいと言ってる」

 

「受けないから会う気はないよ」

 

「……なんで?」

 

 あまりにもサラッと断られたことに、中々表情が動かない雫も驚きを浮かべていた。

 

 エリカ達はもはや驚きすぎて絶句していた。

 

「風魔は金で仕えない。今は主君がいないから依頼を受けたりしてるけど、それでも絶対に受けない仕事がある。『護衛』だ」

 

「……」

 

「風魔は主君と定めた者のためにその力を振るい、主君のために死ぬ。それを成し遂げるために、風魔の一族は風のエレメンツ製造の被験体に志願した」

 

 エレメンツは製造過程で、ある遺伝子操作を受けている。

 

 それは『主君への絶対服従』。

 

 製造が中断され、婚姻で続くエレメンツの血統であっても、その特性は『依存癖』として遺伝していることが判明している。

 それは今でも高確率で遺伝することも。

 

「忠義に生きた風魔は、忠義に生きる定めを持つエレメンツとなり、忠義を捧げるべき主君を求めている。それはボクも例外じゃない。だから、風魔は護衛の仕事は絶対に受けない。悪いとは思うけどね」

 

 咲宗は情報端末を雫に返し、席を立つ。

 

「申し訳ないけど償いは風魔に関わらないもので考えておくよ。じゃあ、先に行くね」

 

 咲宗は答えも聞かずに歩き出す。

 しかし、その背中を引き留める者は、誰もいなかった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 咲宗は屋上に出て、縁に胡坐を組んで座る。

 

「やれやれ……ちょっと熱くなっちゃったな」

 

「全くね。わ~カッコ悪ぅ」

 

「……うるさいよ、なんて言い返せないくらい正論ですね」

 

 華凜がいつの間にか背後に立っていた。

 

 もちろん咲宗は気づいていた。食堂で衝立を挟んだテーブルに座っていたことも。

 

「雫、落ち込んでたわよ~。いたいけな少女を何度も傷つけるなんて、妹ちゃんは感心出来ませんねぇ」

 

「はぁ……ちょっと気を張ってたからね。流石にあんな契約を北方潮が認めるとは思ってなかったし。まさか奥方まで受け入れるとは……」

 

「まぁねぇ。それに知らなかったとは言え風魔の根幹に関わる事柄だったし、サキの気持ちも対応も分かるけどさ。もぉちょっと言い方あったんじゃなぁいぃ?」

 

「……おっしゃる通りです」

 

「こればっかりは手伝わないからね。ちゃんと自分で仲直りしなさいよ」

 

「分かってるよ。……どんどん北山さん達に弱みを握られて行ってる気がする」

 

「恨むならクソ叔父と変装の手を抜いた自分にね」

 

「分かってるって。あのクソ叔父共、どうすり潰してやろうか……」

 

「お爺ちゃんも確認しとけってのよね。そういうところが付け上がらせるっていい加減学習……出来ないか。もうあの歳じゃ」

 

「……」

 

 あまりの辛辣さに、咲宗は内心同意するも流石に表立って頷くことは出来なかった。

 

「うん、アタシの方からもちょっとお爺ちゃん懲らしめておくわ。お婆様にもちょっと手伝ってもらお。多分、お婆様も細かい事情までは知らないんじゃない?」

 

「まぁ、ボクの状況までは知らないだろうね。だって爺様に伝えてないし」

 

「……アンタねぇ」

 

「爺様に手を出されたらこじれると思ってね。八つ当たりした勢いで一高に関する指揮権をもぎ取った」

 

「あぁ、うん。なら仕方ないか。とりあえず、お婆様と連絡取ってみるわ」

 

「あまりやり過ぎないでよ? 爺様にはクソ叔父達を潰してもらわないといけないんだから。その前に爺様が倒れたら、それこそ大混乱だからね?」

 

「分かってるわよ。とりあえず、サキは雫をどう落とすか考えときなさい」

 

「落とすって何!?」

 

「うっさい。いいからさっさとデートの約束でもしてきなさいよ。お詫びの品なんて貰ったってウザいだけなんだからね?」

 

「う……」

 

 お詫びの品で誤魔化そうとしたことを見抜かれて項垂れる咲宗。

 

 双子の兄の考えていることなど、華凜からすれば簡単に思い至ることが出来る。 

 こうして、咲宗は再び逃げ道を封じられたのだった。

 

 

 

 あっという間に放課後となり、深雪は生徒会役員に任命されたとのことで早速生徒会室に向かった。

 

 それに「今日こそは!」と狙っていた森崎達はガクリと肩を落としていた。

 

 そんな森崎達を尻目に咲宗はさっさと教室を後にしていた。

 雫は話しかけたそうにしていたが、昼休みのことがあったからか声をかけることはなく、咲宗もいきなり誘うわけにもいかず今日はさっさと退散することにした。

 

 と言っても、校舎から出ることはなく、校内を彷徨っている。

 早速情報収集を行うことにしたのだ。

 

 もちろん、そう簡単に何かが見つかるわけもなく、ただただ彷徨っていると覚えのある気配を捉えた。

 

 咲宗は足早に移動すると、やはり達也と深雪がいた。

 

 達也の手には見慣れぬケースがぶら下がっており、咲宗はそれがCADを収めているケースだと看破した。しかし、達也達が向かってるのは校舎の外ではない。

 

「やぁ、達也。今日は初めましてだね。深雪さんも先ほどぶり」

 

「咲宗か。こんなところでどうしたんだ?」

 

「ちょっと放浪癖があってね。自分の縄張りは隅々まで見とかないと落ち着かない性分なんだ」

 

「なるほどな」

 

「そっちこそ、何やら重苦しい空気だけど、何かあったの? CADまで持ち出してさ」

 

「ちょっと色々あってな」

 

「ふぅん……。深雪さんがいるってことは、生徒会に関係あることなのかな?」

 

「悪いが話すことは出来ない」

 

「服部副会長殿と決闘にでもなったかい?」

 

 咲宗の言葉に達也は片眉が一瞬ピクリとしただけだが、深雪は驚きを隠せなかった。

 

 言い当てた当の本人は顎に手を当てて、

 

「理由は……達也も生徒会に誘われた…は規約的に難しいだろうから、風紀委員辺りに誘われたってところかな? 昨日渡辺風紀委員長に目を付けられてたし、七草生徒会長は渡辺風紀委員長とは仲が良いらしいし。そして、2人の共通点は一科生と二科生の差別解消のきっかけを探していること。まぁ、これは部活連会頭の十文字殿もだけど、この2人は特に率先して動こうとしてる」

 

「良く調べているな」

 

「まぁね。ここで注目すべきは、達也の目。風紀委員の取り締まり活動に起動式を読み取れる達也の目は、標本にしたいほど欲しいと思うんだよねぇ。確か風紀委員の罰則は使用しようとした魔法の種類や規模で決めてたはずだし」

 

 だが、昨日の真由美のように起動式を破壊してしまっては判別不可能だ。だからと言って発動させては本末転倒。

 必ずしも風紀委員が魔法を相殺できるわけではないのだから。

 

 故に起動式を判別できる達也の能力は喉から手が出るほど欲しいはずなのだ。

 風紀委員の証言は基本的に証拠として採用されるのだから尚更。

 

「それにしても、やっぱり達也は騒動の種になってるね。まぁ、服部副会長殿は森崎達みたいに魔法力主義思想のようだから、達也みたいな魔法以外の技術で実力を補っている人は認められないのかもね」

 

「……」

 

「その決闘って非公開?」

 

「ああ」

 

 今更誤魔化す必要性を感じなかった達也は否定することもなく頷いた。

 咲宗は肩を竦めて、

 

「見学は無理そうだね、残念」

 

「覗き見ればいいんじゃないか?」

 

「冗談。達也に深雪さんだけでも誤魔化せる気しないのに、生徒会長と風紀委員長までとか無理だよ。これ以上色々と目を付けられるのは勘弁です」

 

 咲宗はヒラヒラと手を振りながら、2人の横を通り過ぎる。

 

 達也は警戒の色を隠さずに咲宗の背中を見送った。

 

 廊下の角を曲がり、達也の視線が外れたのを感じた咲宗は小さくため息を吐いた。

 

(やっぱり覗き見は無理そうだな。少なくともボクの術は使うべきじゃない……。そんな気がする)

 

 直感に従い、達也の決闘を覗くことは素直に諦めた。

 

 今日のところは帰宅することにして、部下達からの報告を纏めることにした。

 

 さっさと駅に向かい、キャビネットに乗り込んだ咲宗は携帯情報端末を取り出して、報告を確認する。

 その中身を読んだ咲宗は目を細める。

 

「……『エガリテ』の証を身に着けた二科生が数名確認された、か。『ブランシュ』が最近派手に動いてるのは、一高から目を逸らすためかな? これに関しては生徒会長達も知ってるだろうし。となると、ボクが集めるべきは『感染源』と『病原菌』かな」

 

 部下に次の指示を出して、今後の方針を考える咲宗。

 

「手が足りないか? けど、爺様の部下はまだ信用できないし、だからと言って爺様に頼るのは避けたい。他の組織と手を組むなんて論外だしなぁ。……九重八雲、はどうだ? ……取引材料がないな。達也にそれとなく伝えておく程度にしておくか。……華凜にも黙っておいた方がいいな。突っ込んでいきそうだし。はぁ……いきなり面倒事が出てきたな」

 

 本当にワンダーランドでの失態が致命的だったことに頭を抱えたくなる。

 

 これに雫の問題もとなると、全てを投げ出したくなる咲宗だった。

 

 

 

 



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9.彼は魔除けです

 翌日。

 

 登校してすぐに生徒会室へと向かった。

 

 家を出る直前に、真由美に『エガリテ』関連の報告書を送ったことによる呼び出しである。

 随分と性急だと思われるかもしれないが、今日の放課後から一週間、部活動の新入生勧誘期間が始まることになっている。まさに『エガリテ』にとっても『掻き入れ時』と言えるのだ。

 生徒会長としても、十師族の一員としても、早めに話を聞きたいと思うのはおかしなことではない。

 

「失礼致します」

 

 生徒会室には真由美と克人だけではなく、摩利もいた。

 『三巨頭』勢ぞろいという一般生徒ならば緊張するであろう状況でも、咲宗は特にビビることなく自然体で中に足を進める。

 

「おはよう、風火奈君。朝早くにごめんなさいね」

 

 真由美が申し訳なさそうな顔を浮かべて挨拶する。

 妙に馴れ馴れしさが増したような気もするが、達也への接し方を考えれば、もはやこれがこの人の平常なのだろうと理解することにした。

 

 摩利は初対面であるため、好奇心全開の視線で咲宗を見ていた。

 

 咲宗は真由美に一礼して、その次に摩利にも頭を下げる。

 

「おはようございます。お初にお目にかかります、渡辺風紀委員長。1-Aの風火奈咲宗と申します」

 

「渡辺摩利だ。よろしくな」

 

「十文字会頭もおはようございます」

 

「ああ。早速で悪いが改めてお前の口から聞かせてもらえるか? ホームルームまであまり時間もないからな」

 

「そうね。お願いしてもいいかしら?」

 

「もちろんです」

 

 急かしているようだが、全員この後授業が待っている。

 咲宗は今日から授業が始まるので、いきなりサボりは避けたいと思っていたので正直ありがたかった。

 

「昨日調査したところ、二科生の2,3年生の中に反魔法国際政治団体『ブランシュ』の下部組織『エガリテ』のシンボルであるトリコロールのリストバンドを身に着けている生徒が複数名確認出来ました。これについては先輩方もすでにご承知のことだと思います」

 

「……ええ。そして、何の手も打てていないというのが現状よ」

 

 『ブランシュ』『エガリテ』の存在は政府の方針で情報規制されている。

 それは国立教育機関である第一高校も例外ではなく、十師族も無視できることではない。

 

 更には危険な思想に染まっているからとは言え、犯罪を犯しているわけではない生徒を排除するわけにもいかない。

 法律で『思想の自由』が保証されている以上、それだけで排除したらそれこそ連中の思うつぼだ。

 

 故に真由美や克人でも手を拱いている。

 厄介なのは浸食を受けているのは二科生であるというところだ。

 

 つまり、国から才能ありと認められた一科生を僻んでいる者達ということだ。

 

 それは指導員達にも当てはまる。

 

 なので、真由美達や教師達がどれだけ差別はないと訴えかけても、聞き入れてもらえず悪化するだけの恐れがあるのだ。

 服部や森崎のように魔法力至上主義の者も少なくないのも拍車をかけている。

 

 真由美達は一科生二科生の差など大して気にしてはいないのだが、下にいる者達からすれば、それは『持っている者の余裕』『持っている者の同情』と見えるのだろう。

 

「せめて校内で印象操作している者が分かればいいのだがな……」

 

 摩利が腕を組んで、頭が痛いとばかりにため息を吐いたところで、

 

「エガリテの汚染源は剣道部の可能性があります」

 

「なんだと?」

 

「更に汚染()()()()側の生徒達は校外で『魔法訓練サークル』に参加した者達も勧誘しているようですね。ほとんどの者が自分達の思想や身に着けたリストバンドが『エガリテ』のモノだとは知らないようです。『ブランシュ』という名前は聞かされていても、あくまで反魔法団体でしかないと……」

 

「それは仕方がないことだけど……思ったよりも活発に動いてるのね」

 

「一科生と二科生……。その差別を利用された、ということか……」

 

「……やはり現状ではこちらから排除に動くというのは難しいか……。それで剣道部が汚染源であるという根拠は何だ? 報告書には書かれていなかったが?」

 

「盗み見られないように個人名は伏せさせて頂きました。『ブランシュ』からすれば、七草生徒会長と十文字会頭は最も警戒すべき人物でしょうから」

 

 咲宗の言葉に納得の表情を浮かべる三巨頭。

 

 魔法に優れてはいても、電子関係に詳しいわけではない。

 ハッキングなどを完全に防ぐ術は十師族でも難しい。

 

 それは『ブランシュ』も心得ているので、魔法に頼らない技術で情報を探る可能性は十分にあるのだ。

 

「調査の結果、ある二科生の義理の兄が『ブランシュ』日本支部のリーダーだと判明しました」

 

「なっ!? 身内がリーダーだと!?」

 

「3-F司甲。剣道部主将です。ですが、あくまで勧誘活動をしているのみで、犯罪行為を推奨しているわけではありません。思想はともかく、剣道部の練習は()()真っ当のようですし」

 

「ほぼ? なんか引っかかる言い方だけど……」

 

「剣道と呼ぶには少々実戦的、という意味です」

 

 それはつまり人を斬ることを想定しているということだ。

 

「しかし、腕を上げるには剣術に手を出す者もいます。問題視するほどでもない範囲で留まっているので、これも止めるのは難しいでしょうね」

 

「そうだな。それを問題視すると魔法系クラブ全てが問題視されてしまう。我が校の進路を考えれば、特にな」

 

「問題はそれが当人達が知っていて納得しているかどうか、ということか? 十文字」

 

「ああ。だが、直接聞きに行くわけにもいくまい」

 

 克人は咲宗に視線を向ける。

 

 咲宗は頷いて、

 

「もちろん、今後の調査内容に入れています」

 

「頼む」

 

「いえ、個人的にも少々気になるので問題ありません」

 

「個人的にも?」

 

 真由美が首を傾げる。

 咲宗が仕事に私情を挟むようなタイプではなさそうだと思っていたので、少々意外に思ったのだ。

 

 咲宗は居心地悪そうに顔を逸らし、

 

「妹が剣術馬鹿でして……。腕が立ちそうな者を見つけると見境なく勝負を仕掛けるんですよ……」

 

「「……プッ!」」

 

 真由美と摩利は顔を見合わせて同時に噴き出して、口元を押さえる。

 

「ふふふ……! お兄さんはどこも大変ねぇ」

 

「くくっ……! 全くだ」

 

「……司波達也のことですか?」

 

「あら、分かっちゃった?」

 

「お2人が思い浮かぶ人と言えば、達也でしょうからね。そう言えば、昨日の服部副会長との決闘はどうなったんですか?」

 

「え? なんで知ってるの?」

 

「決闘に向かう達也に会いましたので。服部副会長の性格と一昨日の騒動から予想して、吹っ掛けたら当たったようでして。流石に観戦は出来ないだろうから大人しく引き下がりましたけど」

 

「なるほどねぇ。流石に結果はハンゾー君のプライドに関わるから私達からは言えないわ」

 

 個人名を出した時点でお察しなのだが、ツッコまぬが吉なのだろう。

 

 咲宗は大人しく頷いた。

 

「分かりました。では、達也は風紀委員に?」

 

「……そこまで調べたの?」

 

「いえ? 達也の目と渡辺風紀委員長の性格、七草生徒会長との仲から推測しました。二科生であることを気にしない方々ならば、達也の目は欲しいだろうなぁと」

 

「私の性格を把握している理由は、聞かない方がいいかな?」

 

「『忍術使い』故、自分が所属する場所の重要人物は先んじて調べておく性分でして。事後承諾になったのは申し訳ないですが」

 

 あっけらかんと言い放った咲宗に、数回瞬きした摩利は再び噴き出して口元を手で覆った。

 どこかの太々しい二科生にそっくりだったのだが、その者と違って見た目的に背伸びしているようにしか見えないギャップがツボに入ったのだ。

 

 摩利が笑った理由を理解できる真由美も苦笑することで、大笑いするのを誤魔化していた。

 

 咲宗も笑われた理由には気付いているが、もちろん何も言わない。ここで言えば、間違いなくこの2人のおもちゃにされるのは明白だからだ。

 

「では、これで失礼させて頂きます。また調査が進み次第、報告させて頂きますので」

 

「ああ、頼んだぞ」

 

 咲宗は克人に一礼し、真由美達に顔を向ける。

 

 笑いが収まった涙目の摩利と、いつも通りの微笑みを浮かべている真由美も挨拶しようとした瞬間、咲宗が床へと沈んで消えた。

 

「えぇ!?」

 

「なっ!?」

 

 2人は目を丸くして驚きの声を上げ、摩利は咲宗が消えた場所に歩み寄る。

 

「ま、また幻術?」

 

「今のが? いつ発動したんだ? じゃあ先ほどまで話していたのも幻術か?」

 

 真由美は二度目であってもいつ発動したのか分からず、初めて見る摩利は軽くパニックに陥っていた。

 

「落ち着け、七草、渡辺」

 

 克人が声をかけて、2人の意識を自分に向けさせる。

 

「だ、だが、十文字……」

 

「十文字君は分かった? いつ使われたのか」

 

「俺も分からなかったが、風火奈がドアから出て行くのは見えていた。どうやらお前達だけに認識阻害魔法をかけていたようだ」

 

「ホントに? いつ?」

 

「俺に頭を下げ、頭を起こした時だ。突然風火奈が脱皮したように背中から2人に分かれ、背後に現れた方、本体はそのままドアに行き、お前達に一礼して普通に出て行った。丁度幻影が床に消えて、お前達が驚いた隙にな」

 

「全然気づかなかった……。じゃあ、昨日も?」

 

「そういうことだろうな」

 

「ドアが開いたことすら気付けなかったな……。これが忍術か……」

 

「なんか……『ブランシュ』より風火奈君の方が危険な気がしてきたわ……」 

 

「プライバシーもあったもんじゃないからな……」

 

「そうね……ん? ちょっと待って。彼、摩利のことを調べたって言ってたわよね?」

 

「そのようだな。それが?」

 

「ということは……摩利の恋愛関係についても調べてるのかしら?」

 

「なぁ!?」

 

 摩利が顔を真っ赤にして今日一番の驚きを見せる。

 

 真由美は口に手を当てて笑い、克人は目を瞑って見なかったことにしていた。

 

「そ、そそ、それを言ったら、お前だって婚約者との逢瀬を調べられてるんじゃないのか!?」

 

 その後、3人は授業に遅刻したのだが、何があったのかは誰からも語られることはないのであった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 一時限目が終わった直後、雫が咲宗に声をかけた。

 

「昨日、また父と話した。昨日の契約についてはなかったことになった」

 

「助かります」

 

「その代わり今度の休み、またワンダーランドに行くことにした。付き合って」

 

「……」

 

 まさかの雫側からのお誘いが来た。しかも、決定事項だった。

 色々と考えていたプランを白紙にされた咲宗は、肩を落として頷いた。

 

「分かった……。予定を調整しておきます……」

 

「うん」

 

「……ちなみに光井さんは?」

 

「いないよ」

 

「……さようでございますか」

 

 おかしい。ほのかと一緒に行っていたはずなのに、何故遊び直すのに親友がいない。

 咲宗は深雪と話していたほのかに顔を向けたが、咲宗の視線に気づいたのか明らかに顔を逸らされた。

 

 逃げたな。

 

 そう理解したが、恐らく雫とはすでに話がついているであろうことは想像できるので何も言わなかった。

 

 深雪は昨日の昼休みの話を知らなかったので、少し意外そうな表情を浮かべて雫を見ていた。

 ちなみに達也はエリカ達から話を聞いていたが、深雪には話さなかった。あまり気分のいい話ではなく、わざわざ話題に挙げる程気軽に踏み込める内容ではなかったからだ。

 

 昼休みになり、今日も深雪は達也と共に生徒会室に向かった。

 

 雫達は今日もエリカ達と合流して一緒に昼食となった。

 話題はもちろん放課後の部活勧誘だ。

 

 レオと美月はすでに決めているようで、エリカはそもそも部活に入る気はないらしい。

 

「咲宗は何か考えてんのか?」

 

「ボクもあまり興味ないかなぁ……。修行もあるし」

 

「そんなこと言ってたら友達百人出来ないよ? サキ」

 

 華凜が咲宗の後ろに立ってツッコんだ。

 

「百人も作る気ないからいいよ」

 

「ずっとボッチで行くの?」

 

「この状況を見てボッチって言う華凜に恐怖を感じるよ」

 

「だって雫に連れて来られたんでしょ? 雫が連れて来なかったらどうするの?」

 

「1人で食べる」

 

「ほらボッチ」

 

「うっさい。で、なんか用?」

 

「放課後の部活勧誘どうするの?」

 

「適当に回って帰るつもりだけど?」

 

「一緒に回って。雫達も一緒にどう?」

 

「うん」

 

「いいけど……。クラスの子達はいいの?」

 

「ダイジョブダイジョブ」

 

「で、なんでわざわざボクと回るの?」

 

「ここの部活ってさ、夏の九校戦とかに関わるから勧誘が過激になることがあるんだって」

 

「らしいね。……オイまさか」

 

「うん。囲まれるとメンドクサイからさ。魔除けになって」

 

 ニコリと輝かんばかりの笑みで言った華凜に、咲宗はため息を吐く。

 

 雫達は魔除けの意味が分からず首を傾げる。

 

「魔除けってどういうこと?」

 

「サキの認識阻害魔法で意識を逸らして、囲まれるのを避けるってこと。だから魔除け」

 

「な~る」

 

「というわけでヨロ」

 

「華凜は剣術部とかじゃないの?」

 

「そうだけど、色々と見たっていいじゃん。部活くらい違うのもやってみたいってのもあるしぃ。枯れてるサキとは違うの」

 

「はいはい。どうせ見学に行って喧嘩売る癖に」

 

「強そうな人がいたらね」

 

 全く信用できない言葉に咲宗はすでに逃げ出したい気持ちになっているが、雫の視線を感じるので諦めることにした。

 

 どっちにしろ色々と回って情報を集める予定だったので、同行者がいる方がそれはそれで何かしら情報を得ることが出来るかもしれないと考えることにした咲宗だった。

 

 

 とりあえず、魔除け扱いされたことに、どこかで復讐しようと心に決めたのだった。

 

 

 



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10.部活を見て回れ

 放課後となり、咲宗達は華凜と合流してお祭り状態の校庭へと向かう。

 

 深雪は生徒会の仕事があるとのことで、教室で別れた。

 更に風紀委員となった達也も今日から早速任務に就くらしい。

 

 ちなみに森崎も風紀委員に選任されたようで、友人達におだてられながら得意げな顔で深雪を見つめていた。

 深雪は一切気づいていなかったが。

 

 今頃、風紀委員会本部で達也と会って驚いていることだろう。

 咲宗としては物凄くその様子(達也が困った様子)を見たいと思ったが、華凜に腕を掴まれて諦めることになった。

 

 雫から「咲宗君の方が相応しいと思う」という幻聴が聞こえた気がしたが、咲宗は幻聴だと信じることにした。

 

 ちなみに摩利と真由美も「風火奈(君)の方がいいんじゃないか?」と思っていた。

 しかし、森崎を選任したのは教職員なので、今更拒否も出来ない。

 摩利は以前の騒動で取り下げるつもりだったのだが、それでは達也も逃がしてしまうことになるので受け入れるしかなかったようだ。

 

 それを聞いた達也は正直森崎と共に辞退して、咲宗に押し付けようかと考えた。

 しかし、それでは咲宗にどんな嫌がらせと探りを入れられるか考えるのも恐ろしいので潔く諦めた。以前、悲しい慟哭を叫んでいたことを思い出したのもあるが。

 

 校庭では大量のテントが立ち並んでおり、もはや学祭に近い熱気を擁していた。

 

 そしてあちこちで華凜の予想通り、一科生が大量の上級生に囲い込んで腕を引っ張ったり、怒涛のように勧誘を行っていた。

 

「確かにこれは……」

 

「ちょっとヤダね」

 

「でしょ?」

 

 やはりあれだけの人に囲まれるのは恐怖がある。

 

 しかも、勧誘期間中はCADの携行を認められている。

 ヒートアップして魔法が飛び交うことになったら、その中心に自分達がいたら、そう思うとゾッとする。

 

「というわけで、サキ! ヨロ!」

 

「まぁ、流石にこれはねぇ。了解」

 

 咲宗はポケットから一枚の呪符を取り出した。

 呪符には幾何学的な紋様と梵字と思われる文字が記されていた。

 

 それに雫とほのかが興味を引かれる。

 

「これは?」

 

「古式魔法のCADって奴かな。CADみたいに汎用性もないし、なのに特化型のように速く発動出来ないから、廃れる一方だけどね」

 

「普段も使ってるの?」

 

「いや、普段ならいらないんだけどね。そうなるとボクを含めて2人が限界なんだ。今回はその倍だから、使わせてもらうよ」

 

「監視装置に引っかからないの?」

 

「引っ掛かるけど、ボクが使ったのかは分からないと思う。まぁ、ここでは問題ないけどね」

 

 呪符にサイオンを流し、術を発動する。

 雫とほのかは大して変化が起こったようには見えないが、咲宗は成功したのを確信していた。

 

「じゃあ、どこから行く?」

 

「とりあえず、彷徨う」

 

「はいはい」

 

 何故か咲宗を先頭に歩き出す。

 恐らくは魔法を使っているのが咲宗だからで、華凜が咲宗の後ろに控える様に歩いているからだろうが。

 

 雫とほのかはまだ効果を疑問視していたが、すぐに実感することが出来た。

 

 咲宗が近づくと、人が視線も向けていないのに自然と道を開けて行く。

 まるで見えない目で見ているかのように。

 

 誰1人こちらを見ていない。なのに、人が避けてくれるのはある意味不気味だなとほのかは感じた。

 

「これってどういう魔法なの?」

 

「今はこっちが認識出来ないだけだよ。見てるのに見えないように思わせて、声も少し遠く聞こえるって感じ」

 

「本気になれば声も聞こえないんでしょ?」

 

「出来るけど、そうなるとボクは動けなくなるから実質的に無理」

 

「誰にも見つけられないの?」

 

「知覚魔法とかでボクより魔法力が上ならバレる。他にも古式魔法に流通してる人がいたら違和感を持たれてバレるかもしれない。完璧な魔法なんてないし、あったとしても使い手が未熟なら十全に効果を発揮しないしね」

 

 ほのか、華凜、雫の順で訊ね、律義に答える咲宗。

 他にも破り方はあるのだが、もちろんそれを教える気はない。華凜にすら教えたことはない。團蔵が教えている可能性があるが。

 

「おい君! 一科生だね!? うちの部に入らないかい!?」

 

「え!? いや、僕は――」

 

「何だって!? ぜひ見学したい!? いいよいいよ! さぁ行こう!」

 

「いや、そんなこと言ってな――」

 

「待て!! 彼はうちに来ると言ったんだ!! 邪魔するな!」

 

「何言ってんの!? こっちに来るって言ったのよ!」

 

 数の暴力とは何とも恐ろしい。

 それも上級生達だ。新入生では色々な意味で下手に太刀打ちできないだろう。

 

 あまりの強引さに、ほのかは心底咲宗がいてくれてよかったと思う。

 女子でも遠慮なく囲い込んで腕を掴んでいる様子も見えて、頬を引き攣らせていた。

 

「すっごいわねぇ……。まぁ、上級生は今年の九校戦に気合入ってるっぽいからしょうがないけどさ」

 

「なんかあったっけ?」

 

「今年優勝すれば一高は三連覇。九校戦は新人戦の結果も大きく影響するから、選手を輩出した部活は結果次第で評価が大きく変わる」

 

 雫の説明に咲宗は納得したように頷く。

 

「今の一高はすでに優勝確実視されてる」

 

「まぁ、3年生が恐ろしい面子だもんね」

 

「うん。七草先輩、十文字先輩、渡辺先輩の3人がダントツではあるけど、他にもA級判定持ちが数人いる。選手層はかなり厚い。2年生もあまり目立ってないけど、去年の新人戦は優勝したから決して弱いわけじゃない」

 

「で、今年の新人戦には深雪がいるってわけね。まぁ、深雪が強くても他の子達がどれくらいなのか分かんないけど」

 

「中間試験の実技を参考に決めるんだっけ?」

 

「多分。他には該当競技の部活の活動記録も参考にすると思う」

 

「実技の成績は良くても、得意魔法や身体的な理由で出れない可能性はあるもんねぇ」

 

「うん」

 

(ホントに九校戦が好きなんだなぁ)

 

 雫の情報の中に九校戦を毎年のように見に行っていたとあった。特にモノリスコードが好きらしい。

 恐らく今年は出場する側を狙っているはずだ。

 

 ここ数日の実習授業を見た限り、雫とほのかの魔法力はかなりのものだと咲宗は思っていた。

 A組では深雪が当然トップだが、次点ではほのか、雫、咲宗、そして森崎の4人が競っている状態だ。

 

 華凜の話ではB組では華凜、十三束という男子生徒、明智という女子生徒がトップを争っているらしい。

 

 残りの2クラスも調べてはいるが、流石に実習授業の結果までは調べられないのでどうしようもない。

 

 咲宗はそこまで九校戦に興味はないのだが、やはり同年代の魔法師の実力を垣間見ることが出来る貴重な機会として注目はしている。

 

「それで北山さん達はどんなクラブを考えてるの?」

 

「雫でいい」

 

「……うん。で、雫さんは?」

 

「さんもいらない」

 

「………雫はどのクラブを?」

 

 華凜が両手で口を押さえて必死に笑いを抑え込んでいる。

 

「どれも興味深いけど、やっぱり九校戦に関わるクラブに入りたい」

 

「スピード・シューティングやクラウドボールとか?」 

 

「うん」

 

「その2つならすぐそこだけど……」

 

「はい!! 一個行きたいところがある!」

 

 華凜が元気の手を上げる。

 

「どこ?」

 

「SSボード・バイアスロン部!」

 

「「SSボード・バイアスロン部?」」

 

 雫とほのかが首を傾げる。

 

「季節ごとにスケボーとスノボーを使い分ける射撃競技だね。移動しながら決められた的を破壊し、ゴールしたタイムを競う、だったかな?」

 

 咲宗の説明にいまいちピンと来なかったようで、2人は変わらず首を傾げている。

 

 苦笑を浮かべた咲宗は確かに見学に行く方が早そうだと思い、SSボード・バイアスロン部のテントを探すことにした。

 

 10分ほど動き回ってテントを見つけ、ゆっくりと術を解きながら歩み寄る。

 

 テントの前で完全に術が解け、向こうも咲宗達の存在に気が付く。

 SSボード・バイアスロン部のユニフォームを着た上級生は、輝かんばかりの笑みで声をかけてきた。

 

「ようこそ! 入部希望かな? それとも見学?」

 

「見学予定です。大丈夫ですか?」

 

「もちろん!! もうすぐ第二小体育館裏でデモを行う予定だから是非見て行って!!」

 

 そう言った上級生は後ろにいた部員達に振り返って親指を立て、部員達も親指を立てて答える。

 

 待ち構えていた周囲の他クラブの者達が悔しそうな表情を浮かべていたが、もちろん咲宗達は無視をする。

 

 上級生達に案内されて移動を始めた咲宗達。

 その道中、咲宗の携帯端末に着信があり、バイブレーションの音が響いた。

 

 咲宗はメールを確認して、目を細める。

 

「すいません、先輩。少々家から呼び出しが来たので」

 

「え? あ、うん。いいよ、また明日来てくれれば」

 

「はい。ごめん、華凜、雫、光井さん」

 

「今度何か奢ってね~」

 

「はいはい。では、失礼します。また明日」

 

 雫は不満な表情を浮かべたが、華凜が止めなかったので事実なのだろうと何も言わなかった。

 咲宗は上級生に一礼し、雫達に挨拶して駆け出した。

 

 認識阻害の術を発動して、誰にも止められることなく校外に出る。

 

 路地裏に入ったところでミニバン型の自走車が停まっており、咲宗は滑り込む様にそれに乗り込む。

 

 社内には運転席と後部座席に人が座っていた。

 

 咲宗は乗り込んだドア横に座るのと同時に口を開いた。

 

「報告」

 

「はっ。『ブランシュ』と繋がっていると思われる者達が、銃器などの兵器を購入したことが判明しました。保管場所はここから約10kmほどの場所です」

 

「目的は?」

 

「申し訳ありません。連中は『ブランシュ』との繋がりを巧妙に隠しておりまして……。仲間の一人が『ブランシュ』構成員と接触したことで判明したした次第で、現在調べた範囲でも『ブランシュ』との繋がりを示す物証や連中の目的が分かる情報は出て来ていません」

 

「つまり拠点は別にあるということか」

 

「恐らくは。しかし、昨日から監視している限りでは拠点らしき場所に向かった者はおりません」

 

「……人手が足りないか」

 

「……面目次第もございません」

 

「いや、これはボクの人望がないのが悪い。本来6人でやれる量じゃないからね」

 

「「そんなことはありません!!」」

 

「現実は受け入れないとね……。しょうがない。中立派に声をかけるか」

 

「あんな日和見共など必要ありませぬ!」

 

「相手が兵器まで持ち出して来てるんだから万全を期す必要がある。『ブランシュ』と繋がってるなら、『エガリテ』が潜んでる第一高校も標的の可能性が高い。ここで手を抜けば後で十師族に何を言われるか分からないしね」

 

「ですが……」

 

「お前達はこのまま捜査を続けろ。ボクは連中に話を付けてくる」

 

「連中が素直に従うとは……」

 

「その時は嫌でも理解してもらうだけだよ」

 

 咲宗は絶氷の笑みを浮かべる。  

 

「ボクが誰で、ボク達が何者なのか、思い出してもらうだけさ」

 

 部下達の背筋にゾクリと寒気が走る。

 

 だが、それと同時に興奮も覚えていた。

 

 これこそが自分達が主と認めた男なのだと。

 

 

「『忍び』に中立なんて存在しない。風魔を名乗るのであれば、尚更ね」

 

 

 




今日はここまででごさる(ドロン!)


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11.密談

咲宗の異常性が迸るぜヒーハー!


 深夜。とある山奥にて。

 

 咲宗は黒のジャージに身を包んで、1人佇んでいた。

 

「はぁ……ホント、いよいよ風魔も看板を下ろした方がいいかもね」

 

 両手を上着のポケットに入れて、大きくため息を吐いて独り言をボヤく。

 

「ボク1人に勝てないんじゃ『忍術使い』名乗っても意味ないと思わない?」

 

 咲宗の周囲には同じく黒い服装の者達が老若男女問わず倒れていた。

 全員が風魔に属する者達だが、彼らは一族の中では『中立派』と名乗り、『後継者争いに関わらない』『後継者が決まるまで活動に参加しない』と言って咲宗や叔父からも距離を取った者達だ。

 

 現当主である團蔵は咲宗を指名している以上、後継者争いなどありえないのだが、結局『中立派』も咲宗が子供だからと侮っているのだ。

 

 故に咲宗や團蔵達―通称『正統派』―は、『中立派』はただの日和見集団と思っている。

 

 ちなみに叔父一派は『革新派』と名乗っているが、咲宗はただの俗物集団としか思っていない。

 

 咲宗は部下達に話した通り、『中立派』と名乗る日和見集団に応援を頼みに来たのだが、案の定断られてしまった。

 しかし、咲宗は怒るどころか笑みを浮かべて、

 

「そうですか。そんなに腕に自信を無くしておいでなのであれば、これからは平凡な魔法師として余生をお過ごしください」

 

 と相手を挑発した。

 

 相手は咲宗が呆れる程想定通りに「若造がいい気になるな!」と挑発に乗った。 

 

 しかし、直後目の前にいた咲宗の姿が消えたかと思うと、後頭部を踏みつけられて顔からテーブルに突っ込んでテーブルを砕き、床に顔を打ち付けた。

 もちろん踏みつけたのは咲宗。

 

 周囲にいた者達は目を見開いて固まっていたが、

 

「若造の幻術すら見破れないんだから、そう思われて当然じゃないか」

 

 咲宗の冷め切った声にハッとして反撃に出るが、攻撃が当たる前に咲宗の姿が霧のように消えた。

 

《あんた達も動きが遅いんだよ。ほら、さっさと裏山においでよ。稽古つけてやるからさ》

 

 その後の結果は語るまでもなく、咲宗の周りに広がっている。

 

 『中立派』の誰1人として咲宗にまともに一撃を当てることが出来ずに倒された。

 咲宗の何倍も生きて、修行を積んできた者達が全く手も足も出なかった。

 ようやく『中立派』の者達は咲宗の異常さと、團蔵が咲宗を後継者にすると固執している理由を理解した。

 

「はぁ……これじゃあどっちにしろ仕事は任せられないな。別にさぁ、後継者争いとか任務に日和見するのは構わな……ホントはよくないんだけど。まぁ、そこは許してやるとしても、修行までサボってたのはダメじゃない? ホントに引退した方がいいと思う」

 

「ぐ……」

 

 悔し気な声が響き、実際数人が悔しみの表情を浮かべていた。

  

 咲宗はもう一度ため息を吐いて、視線を背後の森に向ける。

 その視線に気づいたのか、森の奥にずっと潜んでいた気配が離れていった。

 

(……気配の消し方や動き方から同じ穴の貉か。可能性を考えれば九重八雲の弟子ってところだね。やれやれ……最近あちこちに風魔の恥が晒されてるよね、ホント……)

 

「仕事の件は忘れていいよ。それじゃあ、風魔を続けるならちゃんと修行し直すように。今回は当主には伝えないでおくからさ」

 

 咲宗は冷たく言い放ち、その場から姿を消した。

 

 

◆◆◆◆◆

 

 

 達也と深雪は今朝も九重寺を訪れていた。

 

 達也は基本毎朝この九重寺で八雲に体術の修行にやってきているのだ。

 深雪も昔は教わっていたが、今は付き添いだけになっている。

 

 今日も達也と八雲の組手が終わり、八雲と共に朝食を食べていると、

 

「達也くん、深雪くん。2人は風火奈咲宗君を知っているよね?」

 

「はい。深雪のクラスメイトですし、交友もあります」

 

「彼の素性については?」

 

「本人から聞いています。『忍術使い』風魔の一族だと。また風のエレメンツの被験者であるということも」

 

「うん、その通り。では、今の風魔の状況も何か聞いてるかい?」

 

「確か……叔父のせいで仕事でヘマをしたと、本人はぼやいていましたが……」

 

「なるほどねぇ……。他に何か言ってたかい? 仕事についてとか」

 

「いえ、俺は特に」

 

「……そういえば、十師族の小間使いのようなことをすることになったとほのか達が……」

 

「十師族の小間使い、ねぇ。なるほどなるほどぉ」

 

「師匠。咲宗がどうかしましたか?」

 

 八雲がただ同じ『忍術使い』というだけで、咲宗のことを聞いてくるわけがない。

 

 達也は目を細めて八雲を見据える。

 

 八雲は飄々とした態度で顎を撫でる。

 

「いや、実は昨晩、近くの山奥でその咲宗君と風魔の者達が一戦あったみたいでね」

 

「同じ風魔同士で? 鍛錬ではなく?」

 

「そんな感じではなかったよ」

 

「つまり風魔の一族で内輪揉めが起きていると?」

 

「それは前からなんだけど……。今回咲宗君と戦ったのは『中立派』と呼ばれる者達でね。どうやら彼は『中立派』の人達の手を借りたかったようだねぇ」

 

「中立派、ですか」

 

「そ。風魔は現在……いや、少し前まで『正統派』『革新派』『中立派』に分かれていてね。理由は後継者争い、という名の『革新派』の反乱だ。まぁ、この前の騒動で一派は立場を無くしたみたいだけど」

 

「……随分と欲深い『忍術使い』達のようですね」

 

「いやいや、正確には咲宗君の叔父とやらが欲深いんだよ。その叔父は実は養子でね。風魔の血を引いていないんだ」

 

「それなのに勢力を率いる程に人が集まったのですか?」

 

「いいところ突くねぇ、深雪くん。実は『革新派』の者達は風魔の血が薄い者達で構成されていてね。数は多いけど、実力者と呼べる者はほとんどいない」

 

「では、今回咲宗と戦った『中立派』は?」

 

「『革新派』よりは強いけどねぇ。『中立派』と言えば聞こえはいいけど、要は後継者争いに関わる気がなかっただけでね。しばらく風魔の仕事からも距離を取ってたみたいだよ」

 

「そんな者達に咲宗は手を借りに?」

 

「いや、結局止めたようだよ。咲宗君1人に手も足も出なかったんだ。むしろ足手纏いになると判断したんだろうねぇ」

 

「……それは咲宗が強いのか、『中立派』の者達が弱かったのか、どう判断すればいいんですか?」

 

「両方だよ。『中立派』の者達は明らかに鍛錬不足。咲宗君は『神童』と呼ばれているからねぇ」

 

「『神童』、ですか……」

 

「彼は君達と似た存在さ。今は風火奈の名を名乗ってはいるけど、いずれは風魔の当主になることが決定してる」

 

「「……」」

 

 達也は一切表情を変えずに、深雪は目を伏せて憂いの表情を浮かべる。 

 

「問題は何故咲宗君はそんな者達を頼らざるを得なくなったのか、ということだね」

 

「それに俺達が関係あると? ……まさか俺達を調べているのですか?」

 

 達也の目が細まり、深雪の顔が強張る。

 

 八雲はゆっくりと顔を横に振り、

 

「安心したまえ。彼は正しく『忍び』だよ。君達を探るのは止めているようだ。さっき言っていただろう? 十師族の小間使いをしていると。第一高校で十師族と言えば……」

 

「七草真由美と十文字克人、ですか。つまり、今、咲宗は一高に関することで動いているということですか」

 

「そのようだね」

 

「何を調べているかは?」

 

「もちろん僕も調べてはいるけど、まだ彼と同じくらいしか分かってないんだよねぇ。だから、彼に訊いた方が早いと思うよ」

 

 八雲は顎を撫でながら言い、達也は小さくため息を吐く。

 

 八雲は苦笑を浮かべ、

 

「彼は僕のことを知ってるから、話してくれるんじゃないかな? 昨日盗み見たこともバレてるみたいだから」

 

 それはそれで不安なのだが、今の言い方からだと訊いても答えてくれないのだろうなと達也は諦めることにした。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 登校した咲宗は、雫から挨拶の直後、とんでもないことを告げられた。

 

「………もう一回聞いてもいいかな?」

 

「SSボード・バイアスロン部に入部した。ほのかと()()()も一緒に」

 

「……うん。………うん、聞き違いじゃなかったんだね」

 

 眉間を押さえながら項垂れる咲宗。

 

 雫の横にいたほのかも苦笑いを浮かべていた。

 

「華凜から何も聞いてないの?」

 

「……なんにも」

 

 昨日は色々とあったので、帰宅したのは日付を跨いでからだ。

 華凜が咲宗を待って起きてるわけないので、帰った時にはすでに爆睡していた。

 

 朝も登校する際には何も言わなかったので、確信犯なのだろうと咲宗は理解した。

 

「まぁ、朝は昨日の達也の大活躍の話で盛り上がってたからね」

 

「なるほど」

 

 達也は風紀委員活動の初日でいきなり大捕り物の大活躍だった。

 

 剣道部と剣術部が衝突し、剣術部の2年生が振動系攻撃魔法『高周波ブレード』を使用して斬りかかったところを、達也が無手で魔法も使わずに取り押さえた。

 二科生の一年生に逮捕されたことに、他の剣術部員達が怒り、太々しい二科生に掴みかかったのだが何と達也は全てそれを躱し、剣術部員達が力尽きるまでいなし続けた。

 

 たった1日で達也は一高の噂の的となってしまったのだ。

 

 良くも悪くも。

 

 ちなみに同じ風紀委員になった森崎は、何もなかったようだ。

 

 だが、やはり達也については敏感になっているようで、登校してきた深雪を見て僅かに顔を顰めていた。

 

(達也も大変だねぇ。あんまり目立ちたくなさそうだったのに)

 

 今では深雪に負けないレベルで有名人だ。

 もちろん嫉妬方面で、あるが。

 

(けど、ちょっと気になる情報もあるんだよねぇ)

 

 達也が騒動に乱入した時と、剣術部員達をあしらっている最中に、妙に船揺れのような揺れに襲われ、魔法が発動しなくなったという話があったのだ。

 咲宗はそれを達也がやったのだと思っている。

 

 だが、今はそれどころではない。

 

「SSボード・バイアスロン部の人は何も言わなかったの?」

 

「華凜が『兄は入る気でいました』って言ったから」

 

「あいつは……!」

 

「ま、まぁ、仮入部とかも出来るらしいから」

 

「それに実家の事情で休むのも認められてるみたい。十師族や百家の子が時々いるからって。部長も百家だし」

 

「なるほどね。ただ……うちは百家支流でもないから物凄く言い訳に困るんだけどなぁ……!」

 

 流石に誰でも彼でも「風魔忍です!」とバラすつもりはない。

 というか、雫達に話したのは達也の目を誤魔化せないと判断したからだ。更に達也の師匠が九重八雲というのもある。

 

 雫達やエリカ達には口止めしてあるが、そんなものを信じる咲宗ではない。

 

 すると、深雪が咲宗に歩み寄ってきた。

 

「おはよう、風火奈くん、ほのか、雫」

 

「おはよう、深雪さん」

 

「「おはよう」」

 

「風火奈くん、今日のお昼なのだけど、少し時間を頂けないかしら?」

 

 教室が一瞬騒めいた。

 咲宗に嫉妬の視線が集まるが、もちろん咲宗は涼しい顔で無視する。

 

「問題ないけど、お兄さんかい?」

 

「ええ。お兄様が風火奈くんに聞きたいことがあると」

 

「ふむ……了解」

 

「では、お願いします」

 

 深雪は軽く一礼して、ほのかや雫に顔を向けて話を始める。

 

 兄というワードで周囲の負の感情は和らいだが、今度は達也に「補欠の分際で司波さんを伝言役に使いやがって!」という場違いな怒りが向けられていた。

 

 咲宗は今の会話で、九重八雲から何かしら聞いたのだろうと推測した。

 問題はどこまで話すかだが、ここは達也を梯子にギブアンドテイクの関係を九重八雲と築こうと考えた。

 

 昨日の時点で自身のことや風魔のこともバレていると思っているので、正直こちらはそこまで探られて困ることはない。

 

 部下達に昼休み前に一度報告を寄越すように連絡を入れて、咲宗は部活をどうするかに意識を切り替えるのだった。

 

 

 

 そして、昼休み。

 

 咲宗は深雪と共に屋上に向かう。

 

 深雪も話を聞きたいということだったので、術を使って周囲に見られないようにしてから屋上に向かう。

 前の休み時間のうちにサンドイッチなどを買っておいたので、昼食を食べ損ねるということはない。

 

 屋上に入ると、すでに達也が椅子に座っており、周囲に人影はない。

 深雪が駆け足で達也の元に向かい、左隣に座った。

 

「お待たせして申し訳ありません、お兄様」

 

「いや、俺も今さっき来た所だよ」

 

「お待たせして申し訳ありませんね、達也殿」

 

「悪ノリはやめてくれ、咲宗」

 

「いえいえ、大活躍された噂の風紀委員殿にそんな」

 

「……はぁ、別に大したことはしていない。あれくらい咲宗にも出来るだろう?」

 

「ごめん。又聞きだから何とも。それにボクは我慢強い方じゃないから、とっとと相手を気絶させてるよ」

 

 咲宗は肩を竦め、達也は苦笑する。

 その間に深雪が弁当を取り出して、達也に渡す。

 

 咲宗は達也の右隣に座って、サンドイッチを取り出す。

 

「で、いきなり本題でいいのかな?」

 

 封を開けながら訊ねた咲宗に、達也も蓋を開けながら頷く。

 

「ああ、時間が惜しいからな」

 

「分かった。どこから知りたいの?」

 

「何を探っているのか、だ」

 

 咲宗はたまごサンドイッチを一口食べる。

 

「んぐんぐ……ふむ。何を、ねぇ。九重殿から聞いてないの?」

 

「お前に訊く方が早いと言われた。お前と同じくらいしかまだ把握してないからとな」

 

「なるほど……。九重寺でもまだ探りきれてないのか……」

 

「それで、何を探っているんだ?」

 

「……まぁ、達也ならいいか。ただし、もちろん――」

 

「口外しない。深雪にも約束させる」

 

 深雪も力強く頷いた。

 

 咲宗も頷いて、

 

「頼むよ。これは華凜にも話してないからね」

 

「華凜にもか?」

 

「アイツに話したら、ツッコんでいきそうだからね」

 

「ふっ、なるほど」

 

「さて……達也、君は『ブランシュ』を知ってるかい?」

 

「反魔法国際政治団体のか?」

 

「流石だねぇ。その『ブランシュ』だよ」 

 

 達也の目が真剣味を帯びる。

 深雪は僅かに首を傾げていたが、()()話の邪魔をしてはいけないと思い、黙って食事を続けていた。

 

「その下部組織『エガリテ』が二科生の上級生を取り込んでることが分かったんだ」

 

「……『エガリテ』か」

 

「達也。気を付けなよ」

 

「というと?」

 

「『エガリテ』の中心メンバーは剣道部なんだよ。君が昨日活躍したね」

 

「剣道部とはそこまで関わってない」

 

「でも、君は昨日彼らの前で何か凄い事をしなかったかい? 例えば、魔法を無効化する、とか」

 

 達也は特に反応しなかったが、深雪が一瞬目を丸くした。

 それを咲宗も達也も見逃さなかった。

 

「……他にも風魔の手の者がいるのか?」

 

「まさか。噂から推測して、カマかけただけ」

 

「……本当に忍術使いは恐ろしい者達だな」

 

「君の師匠はその筆頭だよ。世捨て人とか言っときながらさ」

 

「それには同意するが、お前も十分脅威だぞ」

 

「そりゃどうも。まぁ、どうやったかまでは訊かないよ。この前の騒動で使わなかった事を考えれば、あまり使い勝手のいいものじゃないんだろうし」

 

 それが分かるから脅威だと言っているんだ。

 

 そう達也と深雪はツッコみたかったが、八雲で慣れている2人は表情にも出さなかった。

 

「話を戻して。もし剣道部に達也が何かしたことがバレてるなら、何か仕掛けてくるかもしれないよ」

 

「分かった。警戒しておこう」

 

「頑張って。で、実は『ブランシュ』日本支部のリーダーが、その剣道部主将の義理の兄であることまでは判明してる」

 

 流石にその情報には達也も僅かだが驚きを露にした。

 

「これは七草生徒会長達にも報告してる。厄介なのは、まだ明確な犯罪行為をしたわけではないこと。騙されているのか、本当に構成員となっているのか分からないこと。騙されていたとして、一科生である生徒会や風紀委員会、差別を生み出してると言える教職員では逆にこじれる可能性が高いこと。何より、政府が情報規制をしているから国立の学校としては下手な対処は出来ない。これは十師族であろうとね。実害がない以上、十師族の権力で押し通すのも難しい状況って感じかな」

 

「だから、咲宗が調べて国や学校が動かざるを得ない証拠を見つけようとしているわけか」

 

「そういうこと。ただ、今の所はっきりと一高を狙ってる証拠はない。……これはまだ生徒会長には報告してないけど、『ブランシュ』の構成員と会っていた者の1人が銃器を大量に購入して保管してる」

 

「……それは十分アウトではないのか?」

 

「そいつらが『ブランシュ』の構成員と接触したのはその一度だけ。『ブランシュ』の拠点や支部にも近づかないし、繋がりを示す物的証拠はまだ見つかってない。だから、そいつらを捕まえても、尻尾切りで終わる可能性がある。もちろん、いつまでも放置する気はないけどさ。出来れば、そいつらを起点に『ブランシュ』に近づきたいんだよね」

 

「もう少し泳がせたいと言うことか」

 

「メールや電話まで調べるなら、もうちょっと時間がね。ハッキング技術まではないからねぇ……。でも、他の組織が奴らに目を付けてない訳ないだろうし……」

 

「他の組織?」

 

「同業者に公安、国防軍情報部、とかね」

 

「……なるほどな」

 

「でさ、どうせ聞いてるんでしょ? うちの馬鹿馬鹿しい内輪揉めや腑抜け共のこと、そしてボクの手が足りてないこととか。昨晩覗き見されてたし」

 

「少しは聞いている」

 

「少しねぇ……。まぁいいや。聞いての通り、風魔は今ガタガタでね。ボクが今動かせる戦力では調べるのに手が足りない」

 

「……だから?」

 

「九重殿から何か聞いたら、ボクにも教えてくれないか? 今後もボクは()()情報を提供させてもらうからさ」

 

「……分かった。頼むだけ頼んでみよう」

 

「ホントにマジで心の底からお願いします。うちの腑抜け共を鍛え直す時間はないだろうからさ」

 

 咲宗は俯きながら憤怒のオーラを背中に纏う。

 

 達也は苦笑して、宥める様に背中をポンポンと叩く。

 

「大変だな」

 

「……達也は風魔に興味ない?」

 

「悪いがないな」

 

「ですよね! はぁ……とりあえず、九重殿に望むなら面会する用意もあるとも伝えてくれ。第一高校に関することはボクが指揮権を持ってるから、うちの当主を気にする必要はないよ」

 

「……丸投げなのか?」

 

「邪魔になるからね。現当主はちょっと脳筋で、この手の諜報や策略を考えるとか苦手なんだよ」

 

「……」

 

「分かってるよ。それでいいのか風魔当主、でしょ? 良くないからクソ叔父達にいいようにやられて、サボる日和見連中が出てんだよね……!」

 

 達也の瞳に籠った意味を正確に読み取り、頭を抱えて嘆く咲宗。

 それに達也は同情するが、それを顔に出すことはない。

 

 深雪の方は心の底から憐憫の視線を向けていた。

 

「まぁ……そういうわけだから。色々と気を付けなよ。七草生徒会長からの仕事もあるから、どこまで手伝えるか分かんないけど」

 

「あまり期待しないでおこう」

 

「そうしてくれたら嬉しいね。あぁ、そうそう。剣術部に関しては多分近い内に華凜がノすと思うから、もう突っかかる余裕はなくなると思うよ」

 

「……安心していいことなのか?」

 

「やり過ぎて心が折れる可能性はある」

 

「それはお前が十文字会頭辺りに怒られるんじゃないか?」

 

「……流石にクラブ活動にまで苦情を言われたくはない……んだけどなぁ。ボク剣術部に入る気ないし」

 

「七草生徒会長は言ってくると思うぞ」

 

「七草生徒会長は幻術で揶揄えばいいから大丈夫」

 

「「……」」

 

 サラッと言う咲宗に、達也と深雪は顔を見合わせる。

 

 その理由は昨日昼食を生徒会室で食べた時に、真由美が達也に顔を向けて、

 

『達也くん、九重八雲氏に師事をしてたわよね? 忍術使いの幻術を破る方法って知らない?』

 

 と、何やら凄みのあるにこやかな笑みを浮かべて訊いてきたことを思い出したからだ。

 

 咲宗にやられたんだろうなと思っていたのだが、やはりそうだったようだ。

 

「多分達也辺りに幻術を破る方法とか聞いてる頃合いだと思うし。ちょっと手法を変えるかな」

 

 

 しかし、どうやら咲宗の方が一歩上手のようだと、達也は自分に八つ当たりが来ないことを祈るのだった。

 

 



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12.本当に風紀委員は大変だ

 話を終えて、のんびりと昼食を食べた咲宗は再び深雪を連れて教室へと戻った。

 すでに雫達も教室に帰って来ており、雫の席で談笑していた。

 

 教室に入ると同時に術を解除する。すると教室にいたほぼ全員が深雪の存在に気づいて顔を向ける。

 

 咲宗はさっさと自分の席に座っていた。

 その素早さに深雪は思わず呆れるが、言うだけ無駄なので何も言わずに席に座る。

 

 10分としない間に授業が始まり、何事もなく授業を終えて放課後を迎えた。

 

 今日の放課後もクラブ勧誘が行われることになっている。

 深雪は本日も生徒会室で業務。

 

 雫とほのかはすでに入部を決めたので、今日は帰ることにした。

 咲宗は今日も諜報活動を行おうとしていたが、雫に誘われたので途中まで付き添うこととなった。

 

 正面口に下りたところで華凜と合流し、帰ろうとしたところで、

 

「うわぁ……」

 

 ほのかは目の前に光景に頬を引き攣らせた。

 

 正面口から校門までの道を上級生が埋め尽くしていたからだ。

 正確には道の左右に行列を作って陣取っていた。まるでスーパースターの出待ちのように。 

 

 まだ入部を決めていない新入生を逃がすまいと目をギラつかせて鼻息荒く、いつでも飛び掛かれるように構えている。

 

 あまりの熱気に他の新入生達もほのか達の近くで怖気づいていた。

 もっとも、これは新入生でなくても恐怖を覚えても仕方ないかもしれないが。

 

 すると、そこに咲宗達に背後から歩み寄ってくる者がいた。

 

「どしたの?」

 

「ひぃっ!?」

 

 ほのかは驚いて悲鳴を上げるが、雫、咲宗、華凜は気づいていたので驚くことなく顔を向ける。

 

「あ、エイミィ」

 

 現れたのはルビーを思わせる長髪の少女。

 華凜に似た雰囲気を纏っており、背丈も華凜とあまり変わらないので双子の姉妹と言われても納得する者がいるかもしれない。

 

 彼女は明智英美。

 イギリス人の血を引くクォーターで、フルネームはアメリア・英美・明智・ゴールディ。

 ゴールディ家はイングランドでは名門と呼ばれる家系である。

 

 英美は華凜のクラスメイトなので、すでに華凜とは仲が良い。

 そして、雫とほのかは昨日の放課後、つまり部活勧誘中に色々あって英美と自己紹介を交わしていた。

 

 英美は咲宗に顔を向けて、

 

「あ。君が華凜のお兄さん?」

 

「そうだよ。明智英美さんだよね? ボクは咲宗。咲宗でいいよ」

 

「じゃあ、私はエイミィでいいよ」

 

 パチンとウィンクして言う英美に、咲宗は本当に華凜によく似ていると苦笑しながら頷く。

 

 ちなみに雫とほのかは、

 

((3つ子みたい))

 

 と思っていた。

 

 3人共小柄。髪の色はバラバラだが、ルビー色の英美、赤茶の咲宗、茶髪の華凜と咲宗が間に入ることで妙に血の繋がりを感じさせる。

 この場合、一番の要因は咲宗が小柄で少女にも見える顔立ちをしていることだろう。

 

 男子制服を着ているからまだ男だと分かるが、私服や女子制服を着させたら間違いなく美少女3つ子の誕生だ。

 

「で、なにしてんの?」

 

「あれ」

 

 華凜が表を指差し、英美が覗き込んで納得したように頷く。

 

「なるほどねぇ。これはヤだね」

 

「英美も帰るの?」

 

「うん。私もクラブ決めたし」

 

「了解。じゃあサキ、ヨロ」

 

「だよね」

 

 華凜が笑みを浮かべて兄の肩に手を置き、咲宗は苦笑する。

 

 それに雫とほのかは納得の表情を浮かべ、英美は首を傾げる。

 

「なにするの?」

 

「サキは認識阻害の魔法が得意なの」

 

「おぉ!」

 

 英美は何やら目を輝かせる。

 どうやら英美は忍術系に憧れがあるようだ。

 

 この時代になっても『忍び』に憧れる子供はいるらしい。

 もっとも、魔法が使えない者達にとって『忍び』は今でも空想の存在に近いが。

 

「流石にこの人数だと意識を逸らすので精一杯だからね。あまり騒ぎ過ぎないでよ?」

 

「分かってるって」

 

「信じられません」

 

「酷くない!?」

 

「自分の記憶に訊き直せ」  

 

「ヤダ」

 

「だから信じられないんだよ。バ華凜」

 

 咲宗は呆れた目を向けながら、呪符を取り出してサイオンを流す。

 華凜は頬を膨らませるが、流石に術の発動を邪魔することはせず、英美とほのかは2人のやり取りに微笑んでいた。雫も僅かに笑みを浮かべていた。

 

 そして、術を発動して周囲から意識を逸らした咲宗達は、集団の後ろの植木側を歩いていた。

 

 すぐ横の道では無理矢理特攻しようとした新入生が捕獲されていた。

 

「「「うわぁ……」」」

 

 華凜、英美、ほのかがその光景に頬を引き攣らせる。

 咲宗と雫はやや半目で上級生達の熱気を見つめていた。

 

「あれを見てると、芸能人って良くあれに耐えられるよねぇ。いくらファンだからって言ってもさ」

 

「愛想を振りまけばお金が入るからじゃない?」

 

「だとしても、怖くない? あの中に襲撃者がいたらと思うとボクは無理だな」

 

「普通の一般人はいるとは思わない。全く考慮してないわけじゃないと思うけど」

 

「まぁ、魔法師だからってのはあると思うけどね」

 

「君達はもう少し夢をお持ちになろうよ」

 

「「芸能人に興味ない」」

 

 華凜がジト目でツッコむも、雫と咲宗は表情を一切変えずに言い放つ。

 英美はそれにクスクスと笑い、

 

「まぁ、咲宗くんはアイドルって柄じゃなさそうだよねぇ」

 

「ちっこいからね」

 

「うっさいよ」

 

「あ、達也さんだ」

 

 ほのかが突然嬉しそうな声を上げる。

 

 達也という名前に咲宗達も意識を向ける。

 道の真ん中で掴み合いを始めた上級生2人に、達也が駆け寄って止めようとしていた。

 

 その時、達也の背後から『空気弾』が放たれた。

 

 ほのかが声を上げようとしたが、達也は見えていたかのようにそれを躱した。

 

 それに英美が感心した顔を浮かべる。

 

「お~! 今のを躱すんだ! 凄いね、彼!」

 

「今のって……!」

 

「わざとだね」

 

 ほのかは顔を強張らせ、雫も真剣な表情で魔法が放たれた方を睨みつけていた。

 もちろん、咲宗と華凜も気づいていた。

 

「サキ、見えた?」

 

「見えたけど、反対側に逃げた。ここからじゃ援護出来ないね。喧嘩してた2人とその近くにいる奴らもグルみたいだね。早速昨日の御活躍に嫉妬した連中が出たか……。大変だねぇ、達也も」

 

 昨日の達也の大捕り物を聞いた一科生の上級生達が、生意気な二科生を凝らしめてやろうと動き出したのだ。

 

 わざと達也の近くで騒動を起こし、近づいてきた達也に誤爆のフリをして魔法を放ったり、今のように死角から攻撃する。

 

 『空気弾』ではあるが当たり所が悪ければ、それなりに大怪我を負う可能性もある。

 それをただのやっかみで行うなどあまりにも幼稚だった。

 

「……それが才能ある一科生様のやることなのかしら?」

 

「本能的に達也に怯えてるんじゃない? ほら、窮鼠猫を嚙むっていうしさ」

 

「噛まれちゃダメじゃん」

 

「達也があの程度で噛まれるわけないよ。まぁ、噛まれたら噛まれたで、そいつらは停学か退学になるって理解してないようだけど」

 

「……そういえばそうね」

 

 今はCADの携行を特別に認められているが、だからと言って不適切使用を見逃されるわけではない。

 むしろ、普段以上に厳罰を科されることになるのだが、それを理解していないようだ。

 

 恐らくは昨日の騒動で停学まで行かなかったからなのだろうが、昨日はまだ被害者がいなかったからこその判断であって、被害者が出れば真由美達も庇うようなことはしないだろう。

 

「とりあえず、騒ぎが大きくなって術が破られる前に離れようか」

 

「は~い。行くよ皆~」

 

「でも……」

 

「達也なら大丈夫だよ。ここで更に攻撃すれば、流石に周りに捕まるって」

 

「……そう、だよね……」

 

 やはりほのかの顔は晴れることはない。

 今日は大丈夫でも、明日以降が安全だとは限らないからだ。

 

 もし明日達也が傷つけば、深雪も悲しむ。

 それがほのかには心苦しいのだ。

 

「ほのか、ここで悩んでてもしょうがないよ」

 

「うん……」

 

 雫が声をかけて、ほのかは渋々移動を始める。

 女子陣はほのかを元気づけようと声をかける。

 

 そのせいで、咲宗が移動をしながら携帯情報端末を素早く操作していたことに、誰も気づかなかった。

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 達也は妙にしつこかった騒動を宥め、先ほど攻撃してきた者が逃げたと思われる方へと早足で歩いていた。

 

 もちろん、見つけることはもう不可能だろうと思っているが。

 流石にここで闇討ちを仕掛けてくることはないだろう。普通に考えれば、今日は警戒されていると考えると思われるからだ。

 

 しかし、達也は思いがけない光景を目にした。

 

 1人の一科生が大の字で倒れていたのだ。

 

 達也は駆け寄って声をかけようとしたが、その一科生の胸の上に携帯情報端末が置かれていることに気が付いた。

 声をかけながら端末を確認すると動画の画面が展開されており、訝しみながら再生を押すと、なんと先ほど達也に魔法で攻撃していた瞬間の映像だった。

 

 攻撃の直後、逃げ出す姿も映っており、それは間違いなく倒れている一科生だった。

 

(一体誰が……?)

 

 ここまで手の込んだことをする必要はないはずだ。

 この動画があれば生徒会か風紀委員に通報すればいいだけだ。学校には公益通報窓口というものがあるのだから。

 

 だから、このような手間をかける必要はない。

 

(つまり、それを知らない新入生か……()()()()()()()()()()の仕業)

 

 達也は後者である可能性が高いと判断するも、それが何者なのか判断出来なかった。

 一科生の倒され方を見る限り、一撃で昏倒させていることからかなりの手練れであることが窺える。

 

(これだけの手練れが忍び込んでいるということか……。……まさか九重寺の……いや、風魔か?)

 

 咲宗の部下かと推測するも、結局どれも証拠がないため、この場での推理は諦めることにした。

 

 とりあえず、今は全く起きないこの一科生に保健委員を呼ばなければならない。

 

 達也はやるなら最後まで面倒見てくれと思いながら、保健委員に連絡を入れる。

 

 

 

 翌日。

 

 その動画が公益通報窓口に何者かから通報があり、その生徒は『明確な傷害目的による魔法行使』により校則違反にて停学処分となったのだった。

 

 

 



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13.最高の囮じゃない?

 クラブ勧誘期間5日目の昼休み。

 

 達也と深雪は今日も生徒会室で昼食を食べていた。

 向かい側には真由美と摩利の2人。

 

 残りの生徒会役員は普段はクラスメイトと食べている。

 

 4人が弁当を食べ終わって、ゆったりと食後のお茶の時間にしようとしていた、その時。

 

「失礼致しまする」 

 

「ひぃっ!?」

 

 突然咲宗がテーブル下座に現れた。

 

 真由美は悲鳴を上げて一瞬椅子から飛び上がり、摩利と深雪は目を丸くして驚き、達也も僅かに目を丸くしていた。

 流石に油断していたのだ。

 

「い、いつの間に……? というか、どうやって中に?」

 

 真由美が胸を押さえながら訊ねると、咲宗は胡散臭い笑みを浮かべて、

 

「企業秘密です。達也にはまだバレたくないので」

 

「いや、単純に生徒会室に忍び込まれるのは困るのだが……」

 

「忍術使いを招き入れたのは七草生徒会長ですので。苦情はそちらにお願い致しまする」

 

 摩利の苦情をサラリと責任転換した咲宗は、達也に顔を向ける。

 

「放課後は大人気だね、達也」

 

「全く嬉しくないがな」

 

「けど、おかげでボクらの仕事は捗るよ。深雪さんには申し訳ないけど、達也は最高の囮だね」

 

 深雪の目が険しくしたが、

 

「達也、昨日校庭の植木側で誰かに襲われたでしょ?」

 

 降参するように両手を上げながら言った咲宗の言葉に、怒りが吹き飛んだ。

 

 しかし、達也は一切表情を変えることなく肩を竦める。

 

「確かに襲われたが、昨日どころか毎日襲われているからな。だが、それがどうしたんだ?」

 

「昨日のは剣道部主将の司甲の仕業だよ。狙いはわざわざ言うまでもないよね?」

 

 司甲の名前に真由美と摩利も顔を鋭くする。

 

 達也は咲宗の問いに小さく頷く。

 間違いなく達也のキャスト・ジャミングを確かめようとしていたのだ。

 

「司甲は間違いなく『ブランシュ』の手の者。引き込む側の人間ですね」

 

 真由美達にも聞かせることを意識しているので敬語で話す咲宗。

 

「他の剣道部部員はどちら側かはまだ不明です。ですが……司甲と3年生の数名が『ブランシュ』の拠点に入るところを確認しています」

 

「……そう」

 

「ただし」

 

 悲し気に目を伏せる真由美に言い聞かせるように、咲宗の声が僅かに力強くなった。

 

「司甲以外の一高生ですが、少々気になる証言が出ています」

 

「気になる証言?」

 

「確認出来たほぼ全員が、ある日を境に魔法師の差別撤廃を強く口にするようになり、それまで仲が良かった魔法師の友人や知人、家族親戚と突然疎遠となった。更に今まで興味がなかった剣術に興味を持ち始めたり……武器や兵器に関する資料を読む様になった、と」

 

「なんだと……? それでは本当にテロ組織に入ったみたいじゃないか」

 

「ですが、全員が一様に『差別を消し去るためだ』と言っているようです」

 

「……何か違和感を感じるわ。達也くんはどう思う?」

 

「同感です。差別撤廃を訴えるようになったのは一高の環境故と言えると思いますが……全員が家族や親戚まで疎遠となったのは偶然にしては多すぎる気がします。思想教育が行われたとしても、誰一人それをおかしいと思わず、耳を貸さないというのはあまりにも違和感が大きすぎます。まるで――」

 

「洗脳を受けているかのよう、でしょ?」

 

「ああ」

 

 先回りして達也の答えを奪った咲宗に、達也は怒ることなく頷いた。

 

 女性陣はまさか洗脳までされている可能性に顔を強張らせていた。

 

「『ブランシュ』の構成員の多くは、差別撤廃や魔法排斥思想に異様なほど狂信的です。ですが、逮捕された者のいくらかは、これまたある日を境に人が変わったかのように反省の弁を述べるそうですよ?」

 

「つまり、『ブランシュ』は洗脳を利用して勢力を増やしているというわけか……」

 

「勢力というよりかは手駒って感じだけどね。捕まった連中の経過からすると、暗示や催眠術による思想誘導が正しいかも。だからこそ、『変わった』とは思っても『変えられた』とは気づかれにくい」

 

「それは同時に正気に戻しにくいということでもある……。あくまで思想を歪められただけだから、現実や事実を突きつけても戻らない可能性がある」

 

「その通り。それに、元々本気でそう考えてた可能性もあるからね」

 

「どうやって判別すればいいの?」

 

「まず不可能でしょう。汚染されている一高生の思想誘導の方向性は『差別撤廃』。この一高の制度が変わらない以上、判別は難しいでしょうね。それに、判別出来るなら、総合カウンセラーの先生方がすでに気づいているでしょうし」

 

「……確かに、な」

 

「今問題にすべきは、『ブランシュ』の目的です。正直、二科生を全員思想誘導するなど非現実的ですし、かといって一科生を取り込むことも出来ないでしょう。つまり、一高生を取り込み始めたのは何か目的があると考えられます」

 

「そうね……。『ブランシュ』の目的が、洗脳された生徒達の目的と矛盾していれば、洗脳を解く糸口が見えるかもだけど……」

 

「連中がそれを考えていないとは思えんがな」

 

「……よねぇ」

 

「そちらも数日中にはご報告出来るかと。とりあえず、今日来た理由は今後達也への接触、勧誘が予想出来るからです」

 

 全員の視線が達也に集中する。

 

 もちろん達也はその程度で表情が変わることはない。

 

「理由は?」

 

「もちろん、君が一科生と二科生の差別解消に繋がる可能性があり、一科生十数名を1人で相手取れる実力者だからじゃない? 更に言えば今年度主席の兄で、生徒会長や風紀委員長に最も近い二科生だ。引き込めれば、色々な意味で有能な工作員になるよね? まぁ、引き込めれば、だけど」

 

 咲宗は達也が『ブランシュ』や『エガリテ』の言葉程度に靡くとは欠片も考えていなかった。

 その程度で引き込まれるのであれば、そもそもここに入学さえしていないだろう。

 

「洗脳しているとしても、学校内では使えないと思う」

 

「出来るなら、もっと汚染者が多いだろうからな」

 

「その通り。そうなると、考えられるのは剣道部への勧誘かな? 勧誘期間初日の騒動でお礼が言いたいとかで近づいてくるんじゃない? 誰が来るかまでは分かんないけど」

 

「俺が剣道部に入ると本気で思っているのか?」

 

「そこまでは分からない。でも、君を取り込んで旗印にでもして、何かしでかす気なんじゃない? 風紀委員として活動出来ている司波達也が二科生だなんておかしい! これはまさに学校による差別の象徴だぁ! 今こそ彼と一緒に僕達の価値を一科生や学校に認めさせよう!! とか?」

 

「……ありえそうだな」

 

 摩利は顎に手を当てて納得したように頷いているが、もちろん達也や深雪は違うと思っている。

 それもないわけではないだろうが、連中の本当の狙いは達也のアンティナイトを使わないキャスト・ジャミングだと理解している。

 

「というわけで。達也、何かアクションあったら教えてね。校外で接触することになったら、ボク達が護衛に就くから。陰から、だけどね」

 

「分かった。だが、こんな話をして、校外で会う気になるとは思えんがな」

 

「それならそれでいいよ。連中も焦ると思うから、尻尾を出すかもしれないし。深雪さんの護衛はいる?」

 

「いや、必要ない」

 

「了解」

 

「断っておいて悪いんだが、風魔は護衛は引き受けないんじゃなかったのか?」

 

「護衛メインでの依頼は引き受けないね。今回のはあくまで調査を続けるにおいて必要なことだからさ。達也の周りを警戒させてもらうついでって奴だよ」

 

「なるほどな」

 

 咲宗は軽く肩を竦めて、真由美達に顔を向ける。

 

「お二方もお気をつけて。『ブランシュ』にとっては一番邪魔な存在でしょうからね」

 

「分かってるわ」

 

「十分に留意しよう」

 

「七草生徒会長はともかく……渡辺風紀委員長は護衛はどうされますか?」

 

「必要ないよ。自分の身くらいは自分で守れるさ」

 

「左様ですか。まぁ、渡辺風紀委員長には頼りになる剣聖様がいらっしゃいますからね」

 

「なっ……!? や、やはりお前!!」

 

 摩利は動揺を露にして顔を真っ赤にし、真由美は噴き出して口元を押さえ笑いを堪える。

 

 咲宗は悪戯な笑みを浮かべて一礼する。

 

 それに真由美は今日こそ幻術に引っかからないように、咲宗に意識を集中させる。

 だが、咲宗はそのまま何事もなくドアに向かい、普通に開けて出て行った。

 

「……あれ?」

 

 真由美や落ち着いた摩利は何もないことに首を傾げる。

 

 そして扉が閉められるも、やはり何も起きなかった。

 

「……今日は何もしないのかしら? せっかく色々と見破る方法を考えてきたのにぃ」

 

 

《それはそれは、申し訳ありませんでした》

 

 

「「「!!?」」」

 

 突然真由美と摩利の中間後方から響いた声に、真由美、摩利、深雪の3人は目を丸くして驚きに体が跳ねる。

 

 真由美と摩利は弾かれたように振り返るが、もちろん誰の姿もない。

 

「ど、どこから?」

 

「お兄様、今のは一体……?」

 

「恐らく精霊魔法だ。風の精霊を介して一度だけ声を響かせたのだろう」

 

「今のが精霊魔法……? お兄様は気づいておられたのですか?」 

 

「いや……妙な気配を感じてはいたが、それが何かまでは分かっていなかった」

 

 正確には何か存在しているのは視えていたが、それが何かまでは分からなかったのだ。

 

 精霊魔法は古式魔法にカテゴリーされており、現代魔法が一般的になった今では滅多に見かけない代物だ。

 

 八雲も使えないわけではないのだろうが、八雲はあくまで体術の師でしかないので古式魔法まで教えて貰えることは滅多にない。

 

「こ、今度は精霊魔法……?」

 

「CADを使わずに……恐ろしく多才な奴だな……」

 

「古式魔法は元々CADを使ってこなかった術式だもの。古式魔法は隠密性に特化してるとも言われてるしね。ていうか……人を驚かせるだけにどこまで手を込むのよ……」

 

 真由美は呆れと疲労感が混ざった表情でテーブルに突っ伏す。

 

 摩利も疲労感を漂わせて、真由美のボヤきに頷くのだった。

 

 

 



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14.第一高校に潜む者

 クラブ勧誘最終日。

 

 最終日にもなると、ほとんどの新入生がどこかしらの部活に入部、または仮入部したので前半ほど壮絶な取り合いは起きず、比較的落ち着いた雰囲気が流れていた。

 

 だが、落ち着いているのは他の理由もある。

 

 それは魔法使用違反者が悉く通報され、処分されているからである。

 

 主に通報されたのはとある二科生の風紀委員を狙った一科生たち。

 

 見事なまでに魔法で二科生風紀委員を攻撃した瞬間、逃げた瞬間を録画されており、続々と通報されてあっという間に風紀委員や生徒会、部活連に逮捕された。

 これにより、半分近い魔法系部活動が何かしらの処分が下る事態となり、二科生風紀委員への攻撃はもちろん、普段ならば絶えず起こる喧嘩騒動がピタリと収まっていた。

 

「はぁ……複雑ねぇ。達也くんを狙う人やトラブルが無くなって、私達は暇になって他の仕事が予定より捗って万々歳ではあるんだけど……」

 

「例年の倍の違反者が出たのは喜べんな……。それは俺達の存在が抑止力になっていないことに他ならん」

 

「まぁ、そもそもこの通報者は誰なのか、にもよるだろうがね」

 

 部活連本部で真由美、克人、摩利はため息を吐き、眉を顰め、苦笑しながら会話する。

 

 出動する事案が無いに等しい状況となったため、巡回はそれぞれの部下達がメインで動いている。

 それに3人は大量に出た違反者の処分や違反者を出したクラブへの対応を話し合う必要もあったので出動する暇がなかった、というのもあるが。

 

「誰って、どう考えても風火奈くんじゃない? ほとんど木や建物の上から撮られてるし、達也くんが『エガリテ』のターゲットになってる可能性があるって言ってたから、彼なら陰からサポートするくらいやると思うわよ?」

 

「だが、それにしても網が広すぎじゃないか?」

 

「……風魔の者が忍び込んでいる可能性があるか。……まぁ、『エガリテ』の者達を監視するには人手がいるだろうから、忍び込んでいてもおかしくはないが……」

 

「それはそれで複雑よねぇ……」

 

「だが、風火奈に調査を頼んだのもお前達じゃないか……」

 

「だから、複雑だって言ってるんじゃない。ホント……忍術使いの恐ろしさが良く分かるわね」

 

「それはそれはありがたき御言葉です」

 

「「「!!」」」

 

 真由美が再びため息を吐いてボヤいた直後、新たな声が3人の耳に届く。

 

 弾かれたように視線を向けた3人の視界が捉えたのは、いつも通り胡散臭い笑みを浮かべた咲宗だった。

 

「……相変わらず突然現れるな、お前は。ノックと言う文化を知っているか?」

 

「これが忍術使いのノックですが?」

 

「んなわけあるか!」

 

「落ち着け、渡辺。……何か調査に進展があったのか?」

 

「とりあえず、一連の通報については釈明しておこうかなと思いまして」

 

「風魔の者が校内に忍び込んでいることか?」

 

「それについては誤解があります」

 

「誤解?」

 

「確かに一時期は拙者の部下に一校内を調査させましたが、この数日は校外の調査に注力させていますので、校内には風魔に属する者は現在は存在していません」

 

「……それはつまり他の勢力が忍び込んでいると?」

 

「その可能性は否定しません。……ちなみに一連の通報は全て拙者1人のものですので、悪しからず」

 

「……そこは信じるとしよう」

 

「感謝いたします。では、調査中の件ですが」

 

 『ブランシュ』の件になったことで、三巨頭の顔が引き締まる。

 

「『ブランシュ』構成員と接触が確認されていた者の1人が大量の銃器を密輸し保管していることが判明しました。その後、その者は『ブランシュ』拠点や支部に近づくこともなく、構成員に接触することもなかったのですが、昨晩『ブランシュ』リーダーと思われる男が保管場所を訪れました」

 

「銃器を保管……!?」

 

「警察には通報したのか?」

 

「はい。ですが、どうやら公安が出しゃばってきて、もうしばらく様子見に徹するようです」

 

「そんな……」

 

「恐らく公安の方でも連中の狙いがまだ判明していないのでしょう。第一高校にまで手を伸ばし、武器を蓄えている理由が」

 

「……なるほど。ただ武器や構成員を捕えても、トカゲの尻尾切りで本隊は逃げ延びて、またイタチごっこというわけか」

 

「はい。恐らく密輸した武器も複数の拠点に分けて保管しているはずです。現在判明している場所も、もしかしたら模造品や不良品の『囮』の可能性もあります。何より……『ブランシュ』の工作員が警察や公安にいる可能性も疑っているのでしょうね。連中の掲げる表向きのスローガンは公安や警察にいる()()()にも魅力的に見えるでしょうから」

 

「そういうことか……。やはり敵は手強いか……」

 

「いえ、奴らとの繋がりが判明した以上、そこから他の拠点や協力者も炙り出せると思います。それと……やはり『ブランシュ』は何かしらの暗示、洗脳技術を使っているようです。その手段は未だ不明ですが……どうやら長く『ブランシュ』や『エガリテ』に所属している者ほど効果は強いようです」

 

「ということは……」

 

「剣道部はもちろん、2,3年の二科生の()()()は広くはなくとも根深いかもしれません。司甲が3年であることを鑑みて……かなりの時間をかけた計画である可能性は高いでしょう」

 

 咲宗の推測に真由美達は腕を組み顔を顰める。

 

 報告を聞けば聞くほど、学生が対応できる範疇を越えている。

 十師族の権力で強制的に捜査は出来るかもしれないが、ただ排除するだけでは利用されているだけの者達の救いにはならない。

 

「流石に操られているかどうかの選別は難しいですね。カウンセラー講師の方々なら面談の内容の変化など記録してるかもしれませんが……入学直後に汚染されてしまった場合は厳しいと言わざるを得ないかと」

 

「そうだな……。一応問い合わせはしてみるとしよう。まぁ、個人のプライバシーに関わることを答えてくれるとは思えんがな」

 

「でしょうね。いくらおかしいと思っていても、守秘義務を破るほどの緊急性がなければ拒否するのは当然。緊急性があるとすれば、すでに報告されてるでしょう」

 

「もどかしい限りだな……。テロリストに汚染されていく生徒を放置しなければならんとは……」

 

「厄介なのは『ブランシュ』を押さえたところで、どれだけ校内の汚染を留められるかが不明である点です」

 

「……どういうこと?」

 

 咲宗の言葉に、真由美と摩利は首を傾げる。

 一方、克人は何となく言いたいことが分かったのか僅かに眉間の皺が深まる。

 

「『ブランシュ』の構成員や司甲を逮捕したところで、第一高校の差別が消えたわけじゃありません。つまり『ブランシュ』関係なく、差別撤廃を訴える活動は続き、コントロールするリーダーがいなくなったことで追い込まれ、短絡的になり暴走する可能性があります」

 

 現在『エガリテ』に所属している一高生全員が『ブランシュ』のことを知っているわけではない。本当にただ一科生二科生の差別撤廃のために活動している者達も少なからずいるはずなのだ。

 『ブランシュ』と『エガリテ』が実はテロリスト集団だったからと言って、彼らのこれまでの活動や思想が間違っているわけではない。差別撤廃自体は何も間違っていない訴えなのだから。

 もちろん、本人達が考えている差別が差別足りえない場合がほとんどであるが、それでも確かに差別はあるのだ。

 

「つまり、『ブランシュ』『エガリテ』関係なく、あたし達は差別解消の模索を続けていく必要があるわけか」

 

「そうですね。まぁ、そう言う意味では彼らが引き起こす事件がきっかけになりうるかもしれません。犯罪者になるリスクとは全く釣り合わないと思いますけど」

 

「そうだな。犯罪がきっかけの改革など後々にとっては良くても、俺達にとっては汚点でしかない」

 

 それは自分達の自治が未熟だという証でしかないのだから。

 

「恐らく勧誘期間終了後から『エガリテ』の活動も活発になると予測されます。その動き次第で、相手の狙いや動きを推測できるかと思います。当分は司波達也周辺を警戒しつつ、調査を進めていきます」

 

「ええ、お願いね」

 

 咲宗は真由美の言葉に一礼し、そのまま部屋を後にする。

 

 真由美と摩利は周囲を警戒するが、5分ほど経過しても今回は本当に何も起こらなかった。

 

「……なんか……本当に揶揄われてる気がするわ」

 

「気がするんじゃなくて、揶揄われてるんだろうな。まぁ、小間使いにされたことへの意趣返しでもあるんだろうが……」

 

「それってただの八つ当たりじゃあ……」

 

「八つ当たりなんじゃないか?」

 

「……納得いかないわ」

 

 複雑な顔で唸る真由美に、摩利と克人は苦笑するしかないのだった。

 

 

 

 

 部活連本部を後にした咲宗は、まっすぐとある場所へと足を向ける。

 

 しかし、目的だったモノはその途中で発見した。

 

「失礼します。カウンセラーの小野先生でしょうか?」

 

 咲宗が声をかけたのは、ほのかや美月にも匹敵する小柄でありながら豊満な身体つきをした愛嬌を感じさせる女性。

 淡いピンクのセーターにタイト目のズボン、そして白衣を着ている。

 

 第一高校には総合カウンセラーという講師が16名存在する。

 

 男女ペアで各学年1クラスを担当し、カウンセラー結果に応じて改めて専門のカウンセラーに取り次ぐ。

 第一高校のセールスポイントの1つでもある。

 

 彼女―小野遥は達也達が所属するE組を担当する女性カウンセラーである。

 

「そうだけど……君は……」

 

「1-Aの風火奈咲宗と申します。少々相談したいことがあるのですが……お時間は大丈夫でしょうか?」

 

「……相談したいことがあるならA組担当の――」

 

「出来れば小野先生でお願いします。正確には……ミズ・ファントムと」

 

 咲宗が告げた名称に遥は顔を鋭くする。

 

 『ミズ・ファントム』とは遥の作戦コードネームである。

 遥は公安の秘密捜査官であり、第一高校に潜入しているスパイだ。もっとも、秘密捜査官になったのは第一高校にカウンセラーとして就職が決まってからなので、本人としてはあくまでカウンセラーが本業のつもりなのだが。

 

 もちろん秘密捜査官であることは機密だ。

 知っているのは校長くらいで、他の教師やカウンセラーは当然ながら真由美達にも教えていない。十師族なのでバレている可能性はあるが。

 

 だが、流石に咲宗からその名を告げられるのは想定していなかった。

 

「……入って頂戴」

 

 遥は警戒を隠さずに、咲宗を自分のカウンセラー室に招く。

 

 咲宗は丁寧に一礼して、素直に部屋に置かれている丸椅子に座る。

 遥は鋭い顔を隠さぬまま、自分の椅子に座って真っ正面から咲宗を見据える。

 

「……それで何の用かしら?」

 

「そう警戒しないでください。ボクはあなたと協力したいだけなんですよ」

 

 咲宗は苦笑しながら両手を上げて敵意が無い事を示す。

 

 当然ながら、その程度で遥の警戒が緩むことはない。

 

「協力、ね……」

 

「公安からボクの素性については聞いていると思ったのですが?」

 

「……一応、要注意人物としてリストは送られてきてたわ。半信半疑だったけどね」

 

「【今果心】殿からは何も?」

 

「……何も、よ」

 

 拗ねたような表情でそっぽを向く遥に、咲宗は再び苦笑する。

 

 しかし、すぐに顔を鋭くして、

 

「協力というのは『ブランシュ』、そして現在二科生内で影響力を広めつつある『エガリテ』についてです」

 

「……」

 

「先日『ブランシュ』のものと思われる武器庫が発見されたとの通報があったのはご存じかと思います」

 

「どうしてそれを……まさか……!?」

 

「はい、通報したのはボクです。現在、我ら風魔は『ブランシュ』および『エガリテ』による第一高校への工作活動の目的を調査中です。これは『十師族』七草家長女、七草真由美生徒会長、および十文字家長男、十文字克人部活連会頭からの指示によるものです」

 

「……風魔は七草家と十文字家の下に就いたということ?」

 

「いえ、あくまで第一高校に関することのみの一種の協定です。少々七草家や十文字家に借りがありましてね」

 

「あぁ……ワンダーランドの」

 

「そういうことです。で、いかがです? 正直なところ、我々は第一高校を狙ってる理由を掴めていません。なんとなく予測はついてますが……確信と証拠が足りない状況ですね」

 

「……こちらも似たような状況よ。何故第一高校を標的にしてるのか、公安も掴みかねてるわ。……悔しいけど『エガリテ』の活動を止めることも出来てないわ」

 

 悔し気に顔を歪める遥に、咲宗は内心呆れるが遥のプロファイリングからカウンセラーとしての活動に誇りを持っていることは読み取れたのでツッコむことはしなかった。

 

「どうやら『ブランシュ』は洗脳まがいのことをしているようですので、カウンセリングだけでは限界があるでしょう。現状汚染されている生徒に関して打てる手はありません。少しでも迅速に『ブランシュ』と『エガリテ』の掃討することに力を注ぐべきです」

 

「……そうね。……上に打診してみるわ。明日までには返事をさせてもらいます」

 

「感謝します」

 

「分かってるとは思うけど」

 

「はい。先生のことは拙者の胸にだけ。生徒会長達にも報告するつもりはありません。代わりにこちらのことも出来る限り黙秘願います」

 

「ええ、いいわよ」

 

「【今果心】殿にもよろしくお伝えください。まぁ、別方面からも伝えてますが」

 

「司波達也くんのこと?」

 

「ええ。一応、彼とも個人的に協力体制を築いています。もちろん、先生のことは教えるつもりはありませんよ。……九重殿から伝わるのは止められませんけどね」

 

「う……」

 

 遥も九重八雲の教え子の1人であり、八雲から司波兄妹については簡単に聞かされている。

 その時に咲宗のことは何も言われなかったので、それくらいは自分で調べろということなのだろうと遥は思っていたのだ。

 

「ちなみにカウンセリング内容についても、こちらから聞き出すつもりはありません。まぁ、出来れば聞かせて欲しいとは思いますが」

 

「流石にそれはお断りするわ。いくらテロ排除のためとはいえ、子供達のプライバシーを私から曝け出すのは納得出来そうにないもの。私自身はカウンセラーが本職のつもりだからね」

 

「承知してますよ。では、良き返事を期待してます」 

 

 咲宗は椅子から立ち上がって一礼し、カウンセラー室を後にする。

 

 少しずつだが、着実に協力体制を広げていくのだった。

 

 




ホントに潜む気あんのか咲宗


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15.釘をさす

 ようやく勧誘期間が終わり、CADの携行制限が復活する。

 

 この一週間で達也は完全に良くも悪くも噂と注目の的になっていた。

 

 達也は予想以上に目立ってしまったことに内心ため息を吐いていたが、深雪がどことなく上機嫌で、自分はただ職務に忠実だっただけなので諦めることにした。

 そもそも演技だろうがなんだろうが、魔法の不適切使用を放置するわけにはいかないのだから。

 

 だが、とりあえずこれでようやく少なからず落ち着くことが出来る。

 

 そう思っていたのだが……その日の放課後に剣道部2年の壬生に声をかけられた時に、偽りの平穏すらも淡く砕け散ったのだと嘆息したのだった。

 

(……まさかここまで咲宗の予想が当たるとはな。感心していいのかどうかは分からんが)

 

 深雪を生徒会室に送り届け、待たせていた壬生との会話を終えた達也は呆れながら図書館に向かっていた。

 

 そこに突如出現した気配に達也は足を止める。

 

 現れたのは咲宗だった。

 

「お疲れ様。いやはや……まさか勧誘期間終わってすぐに声をかけてくるなんてね」

 

「全くだ。しかも、思っていたより直球だったのもな」

 

「そうだねぇ。予想はしていたけど他の部活にも結構手を伸ばしてるみたいだし。まぁ、おかげである程度実行できる段階まで来ているのが分かっただけでも収穫かな」

 

 咲宗は肩を竦めながら、達也と横並びで歩き始める。

 

「……外の方はどうなんだ?」

 

「例の倉庫は公安に通報して張ってるけど動きはない。他も特に大きな動きはなし。あっちも警戒を強めてる感じだね」

 

「……近々動く可能性は高い、か」

 

「かもね。問題は非魔法系クラブの動きに合わせてくるのか、敢えてズラすのか」

 

 そもそも第一高校を狙う理由がはっきりしていないのだ。

 なので、第一高校への介入自体が陽動の可能性がある。中々にタイミングの見極めが難しいのだ。

 

「ま、そろそろそこらへんも分かると思うよ。九重殿はもう掴んでるかもしれないけど」

 

「……それは否定しないな」

 

「それにしても、達也。中々に意地悪なこと訊いたねぇ。壬生先輩、かなり戸惑ってたよ?」

 

「俺としては訊かれて当然の疑問だと思うんだが……」

 

「そうなんだけどさ。傍目から見てると、達也が一方的にイジメているように見えたんだよね。変な噂、流されないように気を付けなよ」

 

「もうすでに流されているようだがな」

 

「ああ、魔法否定派に送り込まれた刺客って奴? 馬鹿馬鹿しいよね。徒手空拳が優れているからって魔法否定派にされちゃあ、ボク達やマジック・アーツ部の人達とか『じゃあどこからの刺客よ?』って話じゃないか」

 

「信じる者などいないことを願うばかりだな」

 

「まぁ、これで喧嘩を吹っ掛ける馬鹿はまだ出なさそうだよ。あれだけ逮捕者が出たから、当分はビビッて動くに動けないさ」

 

「だといいが……」

 

「で、話を戻すけど……さっきの壬生先輩の感じだと、人を集めて大々的に動こうとしてる割りには目指してる展開の具体性はあまりなさそうだったねぇ。部活連とは違う組織を作って学校に訴えれば終わるなんて、仲間の誰もツッコまなかったってのは考えづらいとボクは思うけど」

 

「そうだな。その程度で変わるなら七草会長や十文字先輩がとっくの昔に学校に訴えて改善されているだろう。これまで誰も二科生の待遇改善を訴えなかったというのも考えにくい」

 

「だよね。少なくとも1年以上暗躍しときながら、そこらへんを詰めてないってことは……やっぱり二科生への汚染は陽動、もしくは工作員作りかな?」

 

「その可能性が高そうだな」

 

「やれやれ……次の壬生先輩の答えと達也の対応次第では一気に事態が進みそうだ。あまり時間はないと思った方が良さそうだね」

 

「人を起爆剤みたいに言わないでくれないか」

 

「十分起爆剤でしょ。完全に達也はロックオンされてるし。達也が完全に敵に、一科生との仲を取り持つ存在になったら『ブランシュ』はこれまでの活動が水の泡にされるんだから」

 

 差別撤廃という理念を利用しているので、それを解消する芽が他の場所から出るのは絶対に阻止したいはずだと咲宗は考える。

 そして、達也はその意見には賛成せざるを得なかった。

 

「さて、ボクも外の調査の方に合流するよ。達也、気を付けてね」

 

「そっちもな」

 

 咲宗は手を上げて、曲がり角で達也と別れる。

 

 足早に学校を後にしようとしたところで、雫から『ちょっと会いたい』とメールが届き、小さくため息を吐いて無視も出来ないので渋々ながら会いに行くことにした。

 

 呼び出されたのは校門の前。

 咲宗が到着すると、そこにいたのは雫、ほのか、華凜が立っていた。

 

「どしたの?」

 

「ちょっと訊きたいことがある」

 

「なに?」

 

「剣道部の部長が達也さんを魔法で攻撃しようとしていたのを見た」

 

「……なるほど」

 

 まさかの目撃者に咲宗は思わず右手で顔を覆って項垂れる。

 その様子に雫達はやはり咲宗は何か知っていると確信した。

 

「先週謹慎や停学者出しまくったのサキでしょ? なんでその人だけ見逃してんの?」

 

 華凜がズバッと核心を突いてくる。

 

「……色々あるんだよ。今はその人を泳がしときたいんだ」

 

「色々って?」

 

「生徒会長のお手伝い関係。達也には忠告はしてるよ」

 

「でも……」

 

 ほのかが明らかに納得していない顔を浮かべる。

 

 ほのかの様子と血統的にあまりいい予感がしなかった咲宗は大きくため息を吐いて、

 

「場所を変えて話そうか……」

 

 ということで4人は移動して、小さなカフェに入った。

 周囲に人がいない席を選んで座り、飲み物を注文して届くまでは世間話で場を和ます。

 そして、飲み物が届いて一口飲んだところで、本題に入る。

 

「あの剣道部部長、正確にはそのお兄さんが反魔法国際政治団体の幹部であることが判明したんだ」

 

 咲宗の言葉にほのかは目を丸くし、雫と華凜は目を細める。

 

「剣道部は非魔法系競技。部員の比率は二科生が多くて、その部長も二科生。しかも、勧誘期間初日には剣術部と諍いを起こしはしたけど、魔法を使った際には達也に助けられてる。望む望まないに関わらずね。なのに、達也にちょっかいをかけた。同じ二科生で、助けてくれた風紀委員である達也にね。普通に考えてありえない。何かあると思うのが当然でしょ?」

 

「そのお兄さんが何かしてるってこと?」

 

「それを探ってる最中ってわけさ」

 

「……七草生徒会長は動かないの?」

 

「動けないんだよ。その反魔法国際政治団体は国から情報規制が掛けられていて、公安がマークしてるほどの過激派組織。第一高校の生徒会長として動く以上学校や国の方針を無視出来ないし、十師族でも当主じゃない七草生徒会長達がそれこそ公的機関を無視して動くのはかなりのリスクを伴うと思う」

 

「そっかぁ……」

 

「反魔法国際政治団体幹部の弟だからってそう簡単には退学に出来ないしね」

 

「でも、その兄の方は潰せるでしょ?」

 

「まだ無理。一気に仕留めないと雲隠れされる恐れがある。公安もまだ逮捕に踏み切れないみたいだしね。思ったより隠れ家多いんだよね~」

 

「あ~……だから、最近あちこち動いてんの?」

 

「そういうこと。ということで、下手に刺激したくなかったの」 

 

 咲宗の言葉に華凜と雫は理解の表情を浮かべたが、ほのかは未だ不安が拭えていなかった。

 公安に睨まれてる組織の所属している家族がいる者に狙われたとなれば不安になるのが当たり前ではある。

 

 だが、そのターゲットとなった達也は普通ではない。

 

「大丈夫だよ。達也の周辺はボクや部下が警戒してる。少なくとも学校ではこれ以上下手な手は打てないよ。今日からはCADは使えないし、隠し持って使っても監視カメラの計測器に記録残るしね」

 

「うん……」

 

「でも、なんで達也さんを狙ったの?」

 

 雫の問いに咲宗は顎に手を当てて、

 

「それは部長さんがどの立場で動いてるか次第かな?」

 

「どの立場って、まだ他にも何かあんの?」

 

「剣道部を中心に二科生の中で差別撤廃を学校に訴えようとする動きがあってね。部長さんはその旗頭の一人なのさ」

 

「差別撤廃って……」

 

「まぁ、ブルームとウィードだね。残念だけど差別があること自体は公然の事実で、一科生がそれを理由に馬鹿馬鹿しい魔法力主義思想に陥ってるのも事実。七草生徒会長達はそれを解消しようとしてるけど、結局二科生からすれば一科生の同情にしか見えてない。ぶっちゃけ、一科生と二科生の差別なんて指導員の有無と生徒会役員の指名だけなんだけどね」

 

「そうなの?」

 

「うん。カリキュラムも実習内容も、それに使う機材も全部同じだし、施設の利用に一科生や二科生で制限なんてされた場所もないよ。クラブに関しては、九校戦でも分かるように第一高校は粒揃いだから活動実績が非魔法系に比べて良いってだけ。でも、クラブ時の施設利用時間や場所の広さは基本的に平等だね。もちろん人数によって違いはあるけど、それは違って当然でそこを差別って言うなら、まずお前らが人数増やせって話で終わる。それを皆分かってないんだよね」

 

 咲宗の言葉に華凜はもちろん、雫とほのかも感心するような表情を浮かべる。

 

「結局、差別が蔓延してる一番の理由は生徒側にあるってことさ。一科生は二科生を見下して大手を振るい、二科生は一科生に変に遠慮して自分達で勝手に場所を明け渡す。それでまた一科生が調子に乗って『自分達は優遇されるべき存在だ』って勘違いする悪循環ってわけ」

 

 先日の森崎達により食堂での騒動がまさにそれを証明している。

 その事実にほのかはその流れに自分も乗りかけていたことに落ち込み、雫や華凜も納得したように頷いていた。

 

「だから、二科生ながら風紀委員になって活躍しちゃった達也は七草生徒会長達にはもちろん、部長達側からしても良い宣伝になる逸材ってわけさ。ボクからしたらぶっちゃけ目標は同じなんだから、とっとと腹割って話し合えよって思うんだけど……まぁ、二科生側は残念ながら必要以上に一科生や生徒会を敵視しちゃってるみたいだね」

 

「ありゃりゃ……達也くんもかわいそ」

 

「で、その反魔法国際政治団体と差別撤廃を訴える二科生集団が繋がってないか調査中ってわけ。繋がっていた場合はただの学校の問題じゃなくなる可能性が高いからね」

 

「なんで?」

 

「その反魔法国際政治団体の()()()()訴えは『魔法による社会的差別の撤廃』なんだけど」

 

「……? 別におかしなことじゃないんじゃ?」

 

「連中が訴えてるその差別ってのは『魔法師と非魔法師の平均収入の差』なんだよ。魔法を使えるだけで、一般サラリーマンより収入が上なのはおかしいってことだね」

 

「なにそれ……!?」

 

「全くもって馬鹿馬鹿しいんだけど、問題はそこじゃなくてね。連中の一番の目的は『国防力の低下』なんだ。差別撤廃と言う名目で誤魔化しながら、魔法と言う技術を否定し、評価を貶めることで技術の進歩や国防に魔法師を関わらせないようにしたいんだよ」

 

「……でも、なんでそれに二科生を巻き込むの? 二科生だって魔法を捨てられるわけないじゃん」

 

「二科生はそこまで気付いてないだけ。ただただ校内の差別を解消したいだけさ。厄介なのは奴らの表向きの訴えが今の一高で蔓延してる差別に、物凄く魅力的に映るってことだね。『魔法師と非魔法師』ではなく『才能豊かな魔法師と才能が劣った魔法師』と言葉を置き換えれば、連中の主張はいかにも理想的な差別撤廃を目指す組織に見える。……その才能豊かな魔法師の業務実態と背負わされる責務を理解することもせずにね」

 

「それって騙されてるってことじゃ……」

 

「そうとも言えるけど……ただただ自分に都合のいい部分だけ見て正当性を訴えても、結局道化でしかないよ」

 

 辛辣な咲宗の言葉に華凜は大きく頷く。

 

「まぁ、達也がボクと同じことを見抜けないわけないから、連中に靡くことはないだろうけどさ。ぶっちゃけ連中の仲間になると大事な大事な妹君の努力と才能を踏み躙ることになるんだから」

 

「ああ、そっか」

 

「ってことで、今は剣道部部長は泳がせといてくれると嬉しいな。変に探ろうとか、尾行とかも止めてね」

 

 咲宗は華凜をまっすぐ見つめながら釘をさす。

 

 華凜は大人しく両手を上げて肩を竦める。

 

「流石にそんな状況じゃあ突っ込まないわよ」

 

「信じとくよ」

 

「でも、そんな連中が周りにいるとか鬱陶しいから早めに終わらせてよ」

 

「努力してます」

 

 

 双子で言い合う中でほのかが妙に気合を入れた表情を浮かべたのを、咲宗は見逃さなかった。

 

 

 




ほのか爆進!


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16.勇ましき無謀

今日はここまでなり!


 剣道部が動き出した翌日。

 

 今日も放課後になり次第、咲宗は下校して部下と合流し『ブランシュ』の調査に出た。

 

 いつも通り高校近くの路地裏に止められた自走車に乗り込む。

 

「お頭」

 

「報告」

 

「はっ。『ブランシュ』の拠点となる場所の洗い出しは完了しました。7割近くが構成員の集会所のみの場や協力者との密会場所でしかなく、恐らく囮のダミーかと思われますが……一部の倉庫に銃器を積み込んだトラックなどが保管されていました。そして、本拠地とされているのは第一高校近くの廃工場かと思われます」

 

 部下が差し出した地図データを確認する。

 

「ここは確か……」

 

「はい。以前環境テロリストが隠れ蓑にしていたバイオ燃料工場です。今は完全な廃工場と化しており、人はほとんど近寄りません」

 

「バイオ燃料か……」

 

「内部調査はまだですが、外から確認した限りでは工場設備が稼働している痕跡はありませんでした」

 

「ってことは生体兵器などの持ち込みは無しか……。まぁ、そこまでやると本格的にテロリストとして排除されるからってだけだろうけど」

 

「恐らくは……」

 

「今夜、ここを調べる」

 

「御意」

 

「他は?」

 

「現状、連中の狙いは第一高校に絞られているようです。司一は第一高校周囲の拠点を渡り歩き、構成員を少しずつ集結させています」

 

 その報告に咲宗は顎に手を当てて考え込む。

 

「……第一高校に奴らが欲しいものがある? 確かに第一高校は関東圏で唯一の魔法科高校だけど、所詮は教育機関でしかない……ってことは、やっぱり……」

 

 咲宗はこれまで漠然と考えていた『ブランシュ』の目的に確信を抱いた。

 

「奴らの狙いは魔法研究の機密文献だ。魔法大学に所蔵されている最先端の非公開文献。それを盗み出すつもりだろう」

 

「魔法大学の、ですか? 何故それを第一高校で?」

 

「第一高校を始めとする魔法科高校は魔法大学付属だ。だから派遣される指導員などが研究を継続して行えるように図書館には特別閲覧室から魔法大学のデータベースにアクセスすることが出来る。魔法大学には警備システムも警備員も厳重だし、各高校から集まった優等生がわんさかいて、近くには防衛大学もある。何より手駒に出来るほど劣等感を持つ生徒なんてほとんどいないだろうし、そもそも差別撤廃を訴えるほどの差別なんてない。だったら、実力的にも精神的にも社会的にも未熟な魔法科高校を狙う方が合理的だ」

 

「……なるほど」

 

「第一高校の一科生二科生制度は有名だ。だから、義弟の司甲を入学させて1年かけて差別の実態を探らせながら仲間を募り、1年かけて同じく差別に苦しむ後輩を取り込んで差別撤廃活動の下地を完成させて、3年目に一気に動くってわけだな」

 

「ということは……」

 

「今集めてる銃器は第一高校襲撃のためだ」

 

「……押さえますか?」

 

「……いや、まだ奴らの背後が判明してない。大体の予想は付くけど……もう少し情報を集めたい」

 

「御意」

 

 報告を聞き終えた咲宗が制服を着替えようとした時、携帯端末が鳴る。

 

 メールを確認した咲宗はその内容に目を見開いた。 

 

『ご同輩3名がターゲットを尾行』

 

 司甲を監視させていた部下からの連絡。

 

「っ……! ああ、もう!! お前達は車をどこか止めてから来い!」

 

 咲宗は脱ごうとしていた制服を着直して指示を出しながら自走車を飛び出す。

 

 そして、送られてきた位置情報を元にほのか達と思われる信号の元へ全速力で向かうのだった。

 

 

 

 

 ほのかは後悔していた。

 

(私が余計なことを言ったばかりに……! 雫とエイミィまで……!)

 

 今3人がいるのはとある路地裏。

 目の前にはヘルメットとライダースーツに身を包んだ男達。

 

 ほのかは雫、そして校舎を出たところで会った英美の3人で下校することにした。

 

 すると、目の前を剣道部の司甲が歩いていることに気が付いたのだ。

 ちなみに英美は以前の司甲が達也を襲ったところを目撃したメンバーの1人である。

 

 ということで、やはり話題は司甲のことになるのだが、その時ほのかは今日は剣道部の活動日であると聞いたことを思い出す。

 勧誘期間が終わったばかりの活動日に部長が休むという行動に疑問を感じた3人は、咲宗の忠告も忘れて司甲の後を尾行することに決めたのだった。

 

 学校を出て行く司甲の後を追う3人。

 

 しかし、司甲は駅ではない方向へと歩いて行った。

 

 以前キャビネットに乗っていたことを覚えていた英美が違和感と不安を覚え、ほのかと雫も不安を覚えていたがここまで来て引き返すのも後悔しそうだと言うことで尾行を続行することにした。

 

 そして、学校の監視システムの範囲外に出て少ししたところで、突然司甲が路地裏に入っていった。

 

 それでも後を追った3人だが、ある程度奥に進んだところで突如司甲が走り出し、それを追おうとしようとしたらバイクに乗った男達が現れて取り囲まれたのだった。

 

「な、なんですか、あなたたちは!?」

 

 3人は動揺しながらも背中を合わせて、バレないようにCADのスイッチを入れる。

 

「ふん……こそこそと我々のことを嗅ぎ回りやがって」

 

 男達がゆっくりとほのか達に近づこうとした、その時。

 

 

 ほのか達と男達の間に真上から音もなく、影が落ちてきた。

 

 

「……え?」

 

「な……!?」

 

 現れたのは第一高校の制服を着た片膝をつく小柄な少年―咲宗だった。 

 

「咲宗……くん……?」

 

「やれやれ……昨日話したと思うんだけどなぁ」

 

 咲宗はゆっくりと立ち上がりながら小さくため息を吐いてボヤく。

 ほのかと雫は申し訳なさそうに顔を俯かせる。

 

「なんだ、お前は……?」

 

「制服見たら分かるでしょ」

 

 咲宗は呆れ顔を隠さずに一番近い男に言い返す。

 

「貴様ぁ!!」

 

 いとも容易く激情した男は咲宗に手を伸ばす。

 

 その手が咲宗の首に触れようとしたその時、

 

 

 突如咲宗の姿が消え、

 

 

ゴガン!!

 

 

 手を伸ばしていた男が突如音と共に勢いよくお辞儀した。

 

 男の頭があった場所には足を振り抜いた咲宗がいた。

 

「がっ――?!」

 

「なっ!?」

 

「なんだ!?」

 

 何が起こったのか理解できない男達が驚きの声を上げる。

 

 その隙に着地した咲宗は倒れた男の横をスルリと通って雫達の元へと歩み寄る。

 

「ほら、今の内に逃げた逃げた」

 

「でも……!」

 

「相手がただの暴漢じゃないのは昨日言ったはずだよ。何を隠し持ってるか分かんないから早く行って」

 

 反論を許さない咲宗の口調に、ほのか達は顔を見合わせてそれ以上粘ることなく言われた通りに駆け出した。

 

 男達の間を抜けようとした時、襲われることを警戒したが何故か男達はほのか達に気づく様子を見せなかった。

 

 それどころか反対の方向に顔を向けていた。 

 

「女達が逃げたぞ!」

 

「追え!」

 

 男達はナイフを取り出して駆け出す。

 

「ど、どういうこと?」

 

「……幻術?」

 

「いつの間に?」

 

 戸惑うほのか達を尻目に咲宗は両手で印を結び、最後に両手で影絵手の『犬』を模る。

 

 

「『影絵式』【黒狗(くろいぬ)】」

 

 

 咲宗が呟いた直後、足元の影から闇が噴き出し、咲宗の左右に漆黒の体毛を持つ狼のようなモノが2匹出現した。

 

「行け」

 

 黒狗達は弾かれたように飛び出し、男達のナイフを持つ腕に噛みついた。

 

「があああ!?」

 

「ぎゃあ!? な、なんだ……!?」

 

「くそっ! 魔法か!? アレを使うぞ!!」

 

 唯一無傷である男はグローブを外して投げ捨てる。

 露出した指には真鍮色の指輪が嵌められていた。

 

「あれは……!?」

 

「喰らえ、化け物!!」

 

 男が指輪を嵌めた手を突き出すと同時に、強烈なサイオンノイズ、不可聴の騒音が響き渡った。

 サイオンノイズに吹き飛ばされるかのように黒狗が消滅し、咲宗は顔を顰める。

 

「うぅ!?」

 

「な、なにこれ……?!」

 

「頭が……!」

 

 咲宗に言われた通り、その場を離れようとしていたほのか達も頭を締め付けるかのような痛みに足を止めて、頭を抱える。

 

「ははっ! どうだ、化け物! キャスト・ジャミングの味――」

 

 キャスト・ジャミングを発動しながら嘲笑おうとした男だったが、

 

 

 右肩に衝撃が走って押し飛ばされるように後ろに倒れる。

 

 

「はギャッ!! がああ!?」

 

 男の右肩には柳葉手裏剣のような刃物が突き刺さっていた。

 

 左手で右肩を押さえて悲鳴を上げる男は、いつの間にか真上に現れた人影に気づかなかった。

 

 人影―咲宗は痛みに悶える男の鳩尾に掌底を叩き込む。

 

「ごぉ……!?」

 

 咲宗は結果を見ることなく、すぐさま移動して黒狗に噛まれてナイフを落とした男の1人に詰め寄る。

 

「ひっ――!?」

 

 男は小さく悲鳴を上げながら先ほど倒された男と同じ指輪を嵌めた手を突き出そうとしたが、その手を咲宗が右手で掴んで引っ張り、左拳を男の伸びた肘に鋭く叩き込む。

 

 ボギッ!と鈍い音と共に男の腕が曲がってはいけない方向に曲がる。

 

「がああああ!? ぐぶっ!」

 

 激痛に悲鳴を上げた男の鳩尾に右掌底が叩き込まれて、男は吹き飛ばされる。

 男は背中から壁に叩きつけられて、そのまま崩れ落ちる。

 

「な……!? キャ、キャスト・ジャミングが効いていないのか……!?」

 

「魔法なんて使ってないからね。無理に使おうとしなければ、そんなモノ少し煩わしいだけのノイズに過ぎない」

 

「ぐっ……」 

 

「魔法師が魔法だけだと思わないことだね。まぁ、もう遅いけどさ」

 

 その瞬間、咲宗の姿が揺らいで空間に溶けるように姿が消えた。

 

 男は目を丸くして硬直した直後、後頚部に衝撃を感じると同時に意識が闇に落ちた。

 

 

 

 咲宗は暴漢全員を倒したことを確認すると、小さくため息を吐く。

 

「はぁ……。こいつらの回収を頼む。全員だ。アンティナイトを所持しているから、それも調べといて」

 

『御意』

 

「あ、一匹は九重寺に投げ込んどいて。公安や警察はほっといていい」

 

『御意』

 

「頼んだ」

 

 咲宗は近くに潜んでいる部下に指示を出して、ほのか達の元に向かう。

 

 そして、気まずそうに縮こまっているほのか達の前に到着すると同時に、

 

「言い訳は聞かないからね。まずはここから離れるよ」

 

「「「はい……」」」

 

 有無を言わさぬ迫力を纏う咲宗に、ほのか達は大人しく従う。

 

 表通りに出た4人は、そのまま近くにテイクアウト用のカフェで飲み物を買って近くのベンチに女性陣が座る。

 

 咲宗は3人の前に腕を組んで立ち、

 

「昨日ボクが言ったことはそろそろ思い出した?」

 

「「……ごめんなさい」」

 

 雫とほのかは心底反省した表情で頭を下げる。

 英美は昨日の話にはいなかったが、流れからとりあえず忠告されていたのだろうことは理解出来た。

 

 咲宗は小さくため息を吐いて、

 

「部下が連絡してくれなかったら、間に合わなかったかもしれない。そうならないように昨日忠告したんだけど?」

 

「……本当にごめんなさい」

 

「……はぁ。まぁ、まさかアンティナイトまで用意して襲ってくるのはボクも想定外だったからここまでにしておくけど」

 

「ねぇねぇ」

 

「ん? なに? 明智さん」

 

 これまで大人しく話を聞いていた英美が咲宗に声をかける。

 

「咲宗くんって何者?」

 

「ヘマして十師族に弱みを握られた忍術使い。悪いけど他の人には黙っててね。華凜は知ってるからいいけど」

 

「おお! 御庭番!」

 

「ボクは違います。はぁ……悪いけど、連中のことは警察に通報しない。下手に通報すれば監視システムとかでボクはもちろん、雫さん達の事もバレる。警察には連中の工作員がいるだろうから最悪家がバレて襲われかねない」

 

 咲宗の言葉にほのか達は顔を青くする。

 

 咲宗は3人の反応を無視して、顎に手を当てて考え込む。

 

(アンティナイトをあんな小物に使わせるということは、かなりの数を手にしてるはず……。でも、司甲を使ってまで罠にかけたんだ。連中が帰って来ず警察に捕まってないとなると、動きを早める可能性が高い……。でも七草生徒会長達や達也にどう報告したものか)

 

 流石にここで何も言わないと言う選択肢はないが、十師族が動くとなると展開が非常に読みにくくなる。

 それに『ブランシュ』の方も十師族が動くとなると、即座に雲隠れする可能性が高い。いつでも身代わりを用意して撤退する準備は整えてあるはずだからだ。

 

(その身代わりが二科生の可能性は非常に高い。だから、十師族にはギリギリまで動いて欲しくないんだけど……)

 

 だからと言って、嘘の報告をすればバレた際に非常にめんどくさくなる。更なる無茶振りされるのは目に見えている。

 

(とりあえず、壬生紗耶香とやらの動きを見て決めるか)

 

 再びため息を吐いた咲宗に、ほのかは思わずビクッとする。

 

「しばらくは剣道部部長には近づかず、出来る限り人の目があるところを移動するように」

 

「うん。本当にごめんなさい。……ありがとう」

 

 雫の言葉にほのかと英美はまだ礼を言ってないことを思い出して慌てて頭を下げた。

 

「「ありがとう!」」

 

「どういたしまして。じゃあ、ボクはさっきの連中の後処理やその他諸々に動くから。また明日」

 

 咲宗は呆れたような顔で手を上げて、そのまま空気に溶け込む様に消えた。

 

「……わぁお。さっきの魔法や幻術も凄かったけど。いつ発動したのか全然分かんなかった」

 

 英美の感嘆にほのか達も頷き、だからこそ自分達が犯した失敗の怖さを理解した。

 

「そんな咲宗くんが動くほどのことが起きてるんだよね……」

 

「うん……。心配だけど……今の私達じゃ足を引っ張るだけ」

 

「だよね……」

 

「とりあえず、流石に今日はもう帰ろ。まだ仲間が近くに居るかもしれないし」

 

 雫の言葉にほのか達は頷いて、すぐに帰路に就く。

 

 普段よりも足早になっていたことに気づいたのは、駅についてホッと息を吐いた時だった。

 

 

 




伏黒くんお借りします!


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17.友人の目標

 雫達が『ブランシュ』に襲われた翌日。

 

 登校してすぐ咲宗は生徒会室に顔を出す。

 

 そこには真由美、摩利、克人の三巨頭がすでに顔を揃えていた。

 

「おはようございます。遅くなり申し訳ありません」

 

「おはよう、風火奈くん。大丈夫よ。私達もさっき来たばっかりだから」

 

 真由美は柔らかい笑みで咲宗の謝罪を受け入れる。しかし直後顔を引き締めて、

 

「それで早速本題なんだけど……昨日の報告は事実かしら?」

 

 咲宗はその言葉に頷き、

 

「残念ながら……。ブランシュの構成員がアンティナイトを多数所有しています。そのことからブランシュの背後には【大亜連合】がいるのは間違いないと思われます」

 

 大亜細亜連合―通称【大亜連合】。

 東アジア大陸国家で、各国に対して様々な工作を行っており、特に日本を標的にしている。

 他国を狙う理由の1つには過去の内部分裂により魔法のノウハウをほぼ焼失したことが挙げられている。

 

「となると……風火奈の言う通り、特別閲覧室のデータが目的の可能性はかなり高いな」

 

「そうだな」

 

「でも、そこに生徒を利用されるのは厄介ね……。下手に警察の介入を許せば、生徒達が逮捕されてしまう可能性があるわ」

 

「そうなれば、そいつらの魔法師としての未来は閉ざされるどころか、本当に逆恨みでテロリストの仲間になるかもしれないな」

 

「ええ。そんなことになったら、第一高校はもちろん魔法科高校全体が大ダメージを負うわ」

 

「……それも奴らは狙っているのだろう。失敗しようが成功しようが、この国の魔法技術や魔法師社会を貶めるきっかけになる」

 

 克人の言葉に真由美と摩利は顔を顰める。

 

「じゃあ十師族が動くべき?」

 

「いや、警察を頭ごなしに無視してブランシュを潰せば、流石に政府も黙ってはいまい。表向きには称賛しても、魔法協会を通して抗議や何らかのペナルティーを課せられる可能性は高い。こっちから先に仕掛けるのはリスクが高いと言わざるを得ん」

 

「それに七草家、十文字家はブランシュも大亜連合も警戒しているはずです。下手に動きを見せれば、すぐさま雲隠れして他校に狙いを変えるでしょう。大亜連合はブランシュをトカゲの尻尾切り扱いしても大して懐は痛みませんから」

 

「……じゃあ結局私達に出来ることはあまりないと言うことか?」

 

「いえ、むしろ先輩方にしか出来ないことがあります」

 

 断言する咲宗に、真由美は首を傾げ、克人は眉を顰めて訝しむ。

 

「私達にしか出来ないこと?」

 

「ブランシュの作戦の肝は『二科生の不満』です。そして、その不満の原因のほとんどは生徒達の勘違いと思い込みと推測しています」

 

 雫とほのか達にも話した通り、第一高校における明確な差別とは『生徒会の役員指名』、そして『教職員の有無』だけである。

 その他の生徒達が感じている差別感は、第一高校に限らず高校であれば良くある話ではあるし、ただ単純に生徒達が勝手に感じていることである。

 もちろん、理由に魔法実技によるクラス分けが大きく影響しているのは否定しないが。

 

「なので、先輩方……特に七草生徒会長にはその勘違いを明確に否定する場を用意してもらい、二科生達の訴え全てに反論して頂きたい」

 

「……なるほど。学校に蔓延している差別はあくまで生徒達の思い込みによる問題。それを七草に正確な情報を元に説明させ、生徒達に自覚させるわけだな?」

 

「はい。もちろん、その程度で差別が無くなるわけがないでしょうし、成績の差が埋まるわけでもないでしょうが……。魔法師の価値が実技成績だけではないことを教えるのは、学校や教師の役目ですからね。生徒がそこまで出しゃばるのは早計でしょう」

 

「なるほど……。でも、いきなりそんな場を設けたところで、生徒達は興味を持ってくれるかしら?」

 

「いきなりにはならないでしょう。近いうちに二科生側……エガリテに汚染された生徒達が動くはずです。今日の司波達也と壬生紗耶香の話し合いの結果次第でしょうが……間違いなく達也はエガリテの誘いを拒絶します。更に司甲が疑われていることは昨日の騒動ではっきりしましたし、対処チームは全員拙者達が捕らえたので、高確率で実力行使に出るはずです」

 

「おいおい……実力行使って」

 

「いきなり暴れるようなことはしないでしょう。恐らくは学校か生徒会に対して、交渉の場を設けるように訴えるはずです」

 

「……なるほどね。そこで私が応じて、討論会のような場を設ければいいわけか」

 

「その通りです。そうすれば、風紀委員も部活連も納得できる理由で警備体制が整えられるはずです。ブランシュもその討論会に学校側の注意が向いている隙を突いてくると思われるので……」

 

「連中が襲撃して来れば、十師族が動いても政府も警察も文句は言えん、と言うわけだな」

 

 十師族は『表の権力者に成らず表の権力を持たないこと』と『国防の戦力として従事すること』を条件に、魔法関係の事柄に対しては不可侵にも近い特権を得ている。

 十師族の嫡男がいる学校が襲われ、魔法大学の機密文献が狙われたとなれば、警察程度が十師族に逆らえるわけがないのだ。

 

 それもまた魔法社会に疎い者が多い二科生の差別感を助長しているのだが、当の本人達からすれば『非常時には兵器扱いされ、そのために日々研究や鍛錬をしているのだから当然の権利だ』と考える。

 その互いの現実を知らないのも差別が減らない要因でもある。

 

「事態の流れを見て、拙者の部下はもちろん協力者や公安などに情報を流し、ブランシュやエガリテの拠点を出来る限り全て押さえます。その時には七草家や十文字家にもご協力を頂きたいのですが……」

 

「もちろんよ」

 

「当然、協力しよう」

 

「感謝致します」

 

 咲宗は頭を下げて礼を言う。

 

「司波達也にも簡単に情報は伝えています。今日の放課後に剣道部の壬生紗耶香とまた話すとのことなので、その結果でまた対応を考えます」

 

「分かったわ」

 

「では、失礼致します」

 

 咲宗は頭を下げて、その場から姿を消した。

 

「……やっぱり魔法を発動した瞬間はさっぱり分からなかったわね」

 

「これが古式魔法の恐ろしさという訳か。まぁ、あそこまで完璧に使いこなせる高校生というのは珍しいなんて話じゃないだろうがな」 

 

「……風魔の魔法技術は俺達が把握していたモノより優れているようだな。……風火奈が次期当主というのは喜ばしく思うべきか、脅威と思うべきか……」

 

「敵対しないように上手く交渉するしかないわね。……うちの父とは相性悪いだろうけど」

 

 真由美は陰謀家気取りの父親を思い浮かべて大きくため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 咲宗は授業開始ギリギリで教室に入る。

 深雪と雫が咲宗に顔を向けて、複雑そうな表情を浮かべる。

 

(雫さんはともかく……深雪さんは達也から話でも聞いたのかな?)

 

 しかし、時間もないため今は互いに声をかけることなく、咲宗は席に着く。

 そのすぐ後に指導員が教室にやってきて授業が始まるのだった。

 

 そして、授業が終わって指導員が教室を出てすぐ。

 

「咲宗くん」

 

 雫が声をかけてきた。

 

「どうしたの?」

 

「……昨日はありがとう。本当にごめんなさい」

 

 雫はいつもの眠たげな表情のままで頭を下げる。

 そこに深雪とほのかもやってきて、

 

「風火奈くん。お兄様から話は聞いたわ。私からもお礼を言わせてください」

 

「わ、私も。昨日はありがとう」

 

「どういたしまして。でも、深雪さんにお礼を言われるほどのことはしてないよ」

 

「いえ、ほのか達が無茶をした理由はお兄様のためだから……」

 

「それは達也からメールで礼を言われてるから、深雪さんまで頭を下げる必要はないって。とりあえず、しばらくは雫さん達はもちろん、深雪さんも登下校中は気をつけてね」

 

「ええ……ありがとう」

 

「聞いてるかもしれないけど、昨日の連中のことは九重寺にも伝えてあるから」

 

「分かったわ」

 

「雫さん達も今回は何もなかったんだから、反省してくれたならいいよ。流石にアンティナイトまで持ち出す暴漢なんて想定しないだろうし」

 

「うん……」

 

「まぁ、そもそも心得も無しに尾行するもんじゃないけどね」

 

「う……」

 

「反省する……」

 

 気まずそうに俯く雫とほのか。

 2人の様子に咲宗は苦笑して、それ以上小言を言うことはしなかった。

 

 あっという間に昼休みとなり、深雪は今日も達也と生徒会室へ向かうつもりだったのだが、達也からメールが届いたそうで雫達に声をかけてきた。咲宗はそのまま先に行こうとしたが、案の定雫に腕を掴まれてしまう。

 

「ほのか、雫、それに風火奈くん。悪いけど、今日はご一緒してもいいかしら?」

 

「え? 達也さんは?」

 

「今、お兄様は魔法実習室にいるみたいなの。エリカ達がどうやら居残りみたいで、お昼ご飯を買ってきてくれないかって」

 

「そうなんだ。じゃあ、早速買いに――」

 

「それなんけど……お兄様から私達は先に食べるように言われたの」

 

「あ……そう、なんだ……」

 

「まぁ、居残りが終わる時間次第で食べる時間が無い可能性もあるからね。達也がそこらへんの気遣いしないわけがないさ」

 

「そういうことね。だから、私達は先に食堂で食べてから、購買でサンドイッチでも買っていきましょう」

 

「いいの?」

 

「お兄様の()()だもの」

 

「命令って……」

 

 咲宗と雫は深雪の言い方に呆れるが、当の本人が何も不思議に思っていないようなのでツッコむことはしなかった。ツッコんでも無駄だと悟ったのもあるが。

 ということで、深雪も含めて4人で食堂に向かうが……。

 

(……ボクも行かなきゃダメかなぁ)

 

 男1人というのは絶対に悪目立ちする。

 ただでさえA組の他の男子達からは嫉妬されて睨まれ、未だ男友達と呼べる存在がいないと言うのに。クラスメイトに限ってだが。これでまた嫉妬されることになるだろう。

 とりあえず、咲宗は認識阻害魔法で自分が周りから見られないようにした。

 

 食堂でさっさと昼食を食べ終えた4人は購買でサンドイッチと飲み物を買って、魔法実習室へと向かう。

 

 実習室に入ると、レオとエリカが実習用の据え置きCADに向かって奮闘しており、その後ろで達也と美月が見守っていた。

 どうやら居残りしているのはレオとエリカのことだったようだ。

 

「お兄様、お邪魔してもよろしいでしょうか?」 

 

「すまん、深雪。次で終わりだから、少し待ってくれ」

 

「いっ?」

 

「分かりました。申し訳ありません、お兄様」

 

 深雪は達也に一礼して、廊下で待つようにほのか達に促す。

 その後、達也の宣言通りにエリカとレオは次の一回で目標達成し、課題をクリアした。

 

 それを確認した深雪達は室内に入る。

 

「お疲れ様、2人共。お兄様、ご注文の通り揃えて参りましたが……足りないのではないでしょうか?」

 

「いや、もうあまり時間もないしな。このくらいが適量だろう。深雪、ご苦労様。光井さん、北山さん、咲宗もありがとう。手伝わせて悪かったね」

 

「いえ、このくらい大丈夫です!」

 

「大丈夫。私はこれでも力持ち」

 

「ボクはただの付き添いだから」

 

 咲宗は肩を竦めてレオに飲み物が入った袋を渡す。

 

 教室の端に座って、達也達は早速買ってきてもらったサンドイッチを頬張る。

 

 そして話題はA組の実習についてとなったが、

 

「多分美月達と変わらないと思うわ。ノロマな機械を宛がわれて、テスト以外では何も役に立ちそうもないつまらない練習をさせられてるだけよ」

 

 まさかの深雪の毒舌に達也と咲宗以外はギョっとした顔を浮かべる。

 

「まぁ、一科生と二科生に分けられてるとはいえ、講義や実習内容は同じだからね。深雪さんくらいになると退屈以外のなにものでもないだろうね」

 

 咲宗の言葉にエリカ達はもちろん、今度は達也や深雪も驚きの顔を浮かべた。

 

「え、そうなんですか?」

 

「それは知らなかったな」

 

「隠してるわけでもないけど、わざわざ公表することもないってのが学校側の方針なのかもね。実際、学校は一科生と二科生の区別理由は魔法実技の成績で決めてるって公言してるし」

 

「あれってホントだったのか……」

 

「ホントだね。少なくともボクが調べた範囲では、だけど」

 

「よくある『表向き』って奴かと思ってたわ」

 

「魔法実技が優秀だと魔法理論も出来るってのは間違ってないよ。でもそれは優れているからってわけじゃなくて、単純に理論内容を実習とか訓練で試すことが出来るからってのが大きい。二科生は魔法実技や魔法力が乏しくて、使える魔法が限られるのも事実。やっぱり体感するのと、ただの知識だけで学ぶには差があるのは当然の事さ。まぁ、今年は達也って例外がいるけど」

 

 咲宗の言葉に達也以外の全員が納得したような表情を浮かべる。

 

「まぁ、実戦は魔法実技だけで決まるわけじゃないし。気にせず、自分が学びたいことに集中すればいいんじゃない? ぶっちゃけ今優越感に浸ってる優等生連中なんて、社会に出ればごまんといるんだし。まぁ、十師族は別かもしれないけど」

 

「流石にそこと並べるのは稀なんてレベルじゃないだろう」

 

「それもそれでいいのかって感じだけどね」

 

 達也の言葉に肩を竦める咲宗。

 

 その後は和気藹々と過ごしたのだった。

 

 

 

 そして放課後。

 

 咲宗は早速周りから姿を隠して、カフェに潜んだ。

 

 先に到着していた達也の元に壬生が駆け足でやってきて、そこに摩利がわざとらしく現れるというハプニングがあったが、特に揉めることはなかった。

 だが、壬生の摩利に向ける視線に咲宗は妙な引っ掛かりを覚えた。

 

(……警戒、というだけじゃない。あれは……恨みに近い? 渡辺委員長と壬生紗耶香に何か因縁があったのか? でも、これまでの報告では渡辺委員長に変な反応はなかったし……)

 

 調べる必要がありそうだと判断した咲宗は、とりあえず一端横に置いて2人の会話に意識を戻す。

 

「あたし達は学校に改善要求をしたいと思う」

 

 前回に比べてかなり踏み込んだ内容に咲宗は眉を顰める。

 

 達也も同じように感じたようで、

 

「改善というと、具体的に何を改めて欲しいんですか?」

 

「それは……あたし達の待遇全般よ」

 

「全般というと例えば授業ですか?」

 

「……それもあるわ」

 

「一科と二科の主な違いは指導教員の有無ですが、そうすると先輩は学校に対して、教員の増員を求めているのですか?」

 

 昼休みに咲宗から聞いた話が正しければ、講義内容も実習内容も基本的には一科も二科も同じ。

 つまり、授業の待遇改善となると指導員の増員に他ならないのだが……それが出来ているのならば、とっくの昔に増員されているはずだ。

 国や学校とて二科生を放置したくてしているわけではないのだから。そもそもそのための二科生制度なのだから。

 

「そこまで言うつもりは無いけど……」

 

 壬生もそれは理解しているのか、急に勢いがなくなり歯切れが悪くなった。

  

「それともクラブ活動ですか?」

 

 しかし、それも達也は調べてみたが、魔法競技部と非魔法競技部は規模に応じて平等に割り当てられていた。

 非魔法競技部でも魔法競技部より活動日が多い所もあるし、施設の利用時間も多い。

 

 そして、予算に関しても活動実績に応じて差が出来るのは魔法科高校に限った話ではない。むしろ一般企業の方が全然シビアである。

 

 壬生はあっという間に説得材料が尽きたようで顔を青くして項垂れる。

 

(というよりは、ただ単に前回訊かれたから答えるために行動を決めただけって感じだな。結局行き当たりばったり……いや、自分達が何に対して劣等感を感じているか理解しようとしていないんだな)

 

「じゃあ司波君は不満じゃないの? 魔法実技以外は、理論も、一般科目も、体力測定も、実戦の腕も、全ての面で一科生を上回っているのに、ただ実技の成績が悪いというだけでウィードなんて見下されて、少しも口惜しくないの?」

 

「不満ですよ、もちろん」

 

 達也は表情を変えることなくコーヒーを口にしながら答えるが、咲宗は達也から一瞬怒りのオーラが噴き出したのを感じ取った。

 

「じゃあ!」

 

「ですが、俺には、学校側に変えてもらいたい点はありません」

 

「えっ?」

 

「俺はそこまで教育機関としての学校に期待していません。魔法大学系列でのみ閲覧できる機密文献の閲覧資格と、魔法科高校卒業資格さえ手に入れば、それ以上のものは必要ありません」

 

 はっきりと言い放った達也の言葉を、壬生は理解できなかったようで表情を固めて唖然としていた。

 

「ましてや、学校側の禁止する隠語を使って中傷する同級生の幼児性まで、学校のせいにするつもりはありません」

 

 一科生どころか二科生すらも突き放した歯も着せぬ達也の本心に、咲宗は吹き出しそうになった。

 

 だが、達也の言う通り、学校に待遇改善を期待したところで解決策は教員を増やす以外の術はないのである。

 そもそも魔法実技を評価するのは学校ではなく、国が定めた評価基準である。それを学校の段階で適用するのは何も間違ってはいない。国が求める魔法師を輩出するには、国が定めた基準を採用するのは当たり前のことだ。

 そして、魔法科高校は現場で活躍する魔法師を育成するための学校であるのだから、魔法力を重視するのも間違ってはいない。一般科目で評価されたいなら普通科高校に行けばいいし、身体能力で認められたいなら体育科にでも行けばいい。

 そして、実戦の腕を生かしたいのであれば、防衛大学に進学すればいい。

 

 別に魔法科高校での評価にこだわる必要はないのだ。

 

 そもそも、魔法科高校は魔法力を一番に評価すると言うのは入学する以前の段階で理解して然るべき点である。入学してから文句を言うのはお門違いだろう。

 

「残念ながら、先輩とは主義主張を共有出来ないようです」

 

 達也はもはや語ることはないとばかりに椅子から立ち上がった。

 

「待って、待って!」

 

 壬生は衝撃から立ち直れないのか、顔色が優れないまま、椅子から立ち上がらないまま、達也を呼び止める。

 達也はそれを無視することなく、壬生を振り返った。

 

「何故……そこまで割り切れるの? 司波君は一体、何を支えにしているの?」

 

「俺は、重力制御型熱核融合炉を実現したいと思っています。魔法学を学んでいるのは、そのための手段にすぎません」

 

 達也はそう言い放って、今度こそ壬生の前から立ち去った。

 壬生は唖然とした表情のまま、去って行く達也の背中を見つめることしか出来ないようで、しばらく席から動くことはなかった。

 

 咲宗は素早くカフェを後にする。

 

(ふむ……とりあえず、これで完全に達也を取り込むことは出来なくなった。ブランシュとエガリテからすれば、もう後に引けなくなったはずだ)

 

 ハッタリの可能性もあるが、勧誘するためにあそこまではっきりと言い放ったのだから、実行に動かなければ今度は取り込んだ仲間達から不満が出るだろう。

 

(それにしても、あそこまで達也が仲間になると確信していたかのような……同類だと決めつけていたかのような反応ばかり。あの程度の言葉で達也が納得すると本気で思っていたんだろうか?)

 

 そして、摩利に対する悪感情。

 

(壬生紗耶香は汚染されているとみて間違いないか。……ちょっと壬生紗耶香について調べてみるか) 

 

 時間は残されていない。

 

 そう感じながらも、咲宗は出来る限りのことをすることにしたのだった。

 

 

 



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18.計画始動

 達也と壬生の交渉が破談して3日。

 

 今夜も『ブランシュ』捜査に出向いていた咲宗は自走車の中で調査した結果が書かれた資料を見つめて顔を顰めていた。

 

「ホント……手の込んだ計画を立ててると思ったら、蓋を開けてみれば馬鹿馬鹿しい事この上ないな」

 

 判明したのは『ブランシュ』リーダー司一のくだらない手品。

 

 意識干渉型系統外魔法『邪眼』。

 

 それがブランシュが行っていると思われていた洗脳の正体だった。

 

「頭領。己が無知を恥じるばかりなのですが……その『邪眼』とはどのような魔法なのですか?」

 

「端的に言えば、光の点滅による催眠術だ。系統外魔法と言われてはいるが、結局のところ光波振動系魔法でね。催眠効果を持つパターンの光信号を相手の網膜に投射することで相手に暗示をかける。ぶっちゃけ魔法を使わずとも映像で再現が出来るんだが、利点としては人間の知覚速度を超える間隔で明滅させることが出来るし、大掛かりな設備も要らないから楽と言えば楽なんだけどね」

 

「……要は手品のようなものですか?」

 

「そうだね。魔法とも呼べない小手先の技だけど……だからこそあんまり知られてないんだよね。司一はそこを利用したんだろう。おかげで奴らの背後にいる奴らが分かったけどさ」

 

「大亜連合ではないのですか?」

 

「大亜連合もだけど、奴らならこんな時間かけないさ。あくまでスポンサーだね。『邪眼』はかつてベラルーシが開発した魔法と言われてる。だから今回ブランシュの背後にいるのはベラルーシ、正確には『ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派』だな」

 

「なるほど……」

 

「剣道部は司一の強い暗示下にあると考えておくべきか……。こうなると司甲も操られている可能性が高くなってきたなぁ……」

 

「身内ならば何度でも暗示をかけることは出来ますしね」

 

「家族だからこそ、義兄の思想に同調しても不思議に思われにくい。はぁ……この手の暗示は対策は簡単だけど、解くのは難しいんだよなぁ……」

 

 『邪眼』は相手の思い込みや思考を誘導するのが精一杯ではある。

 だが暗示にかけられていなくとも、人の思い込みというのはかなり厄介なものだ。

 

 それを利用してくる辺り巧妙ではあるが、やはりどこか三流感が否めない。

 

(まぁ……パトロンとスポンサーがいなければ何も出来なかった連中だし。三流と言えば三流か)

 

 『邪眼』も武器も資金も全て再分離独立派と大亜連合から齎された物。

 司一はおもちゃとお小遣いを貰っていい気になってる小物でしかないのだ。唯一褒めるべきは、我慢強い計画を立てたことくらいだろう。

 

(時間があれば、連中が動き出す前に公安や十師族を動かすだけの証拠を集められるが……今回は無理、だな)

 

 確実に『ブランシュ』を捕えるならば、第一高校を囮にするのが最善だと咲宗は確信した。してしまった。

 

 そうしなければ、洗脳下にある剣道部や二科生を犯罪者にしてしまう可能性が高い。犯罪者にしなくとも、恐らく魔法師としての未来は潰されるだろう。周りからも、本人の罪の意識からも。

 

 流石に咲宗はそこまで冷酷になるつもりはなかった。

 

(壬生先輩が選ばれたのはマスコットと剣道の腕。学生側の駒は剣道部が主体と考えるべきだろうな。どこかのタイミングでブランシュの工作員を一高に引き込む必要がある。そのためには生徒や教員の目を逸らす必要がある。となると、やっぱり一番可能性が高いのは壬生先輩が言っていた『学校への直談判』。……そうなると、七草生徒会長達には全部伝えるわけにはいかない。……達也達にも)

 

 これ以上気取られてはいけない。待ち構えていることを。待ち構えようとしていることを。

 これからは達也も三巨頭も、ブランシュやエガリテの監視体制が強化されるはずだ。そこで下手に先回りすれば、作戦がバレていると司一に知られてしまい、二科生をスケープゴートにされかねない。

 

 司一に上手くいっていると思わせて調子に乗らせなければならない。

 そのためには……まず味方から騙さなければならない。

 

「はぁ~……(終わったら色々と言われるだろうなぁ)」

 

 咲宗は大きくため息を吐いて、資料を放り投げる。

 

「しばらく『ブランシュ』の監視のみに留める。恐らく近々大掛かりに動くはずだ。ボクは校内の動きを警戒するから、外はお前達に任せる」

 

「御意」

 

「もし【今果心】の手の者が接触して来たら、敵対せず協力しろ。公安に関しては無視して構わない」

 

「御意」

 

 気が滅入るも一度引き受けた仕事を放り出すつもりは一切ない。

 

 咲宗は着々と迫る決戦に備えるのであった。

 

 

 

 

 翌日。 

 

 咲宗は遥の元を訪れていた。もちろん先んじてアポイントメントは取っている。

 

「ブランシュの狙いは図書館の機密文献、ね……」

 

「これは生徒会長達にもすでに伝えていますが、手出しはさせないようにしています。下手に動きを見せると、エガリテに汚染された生徒達を囮に逃げる可能性が高いので」

 

「……そうね」

 

「ちなみに先日九重殿にブランシュの構成員と思われる男を捕えて預けたんですが、何か聞いていますか?」

 

「残念ながら碌な情報は持ってなかったそうよ。ただ、計画を詳しく聞かされていたわけではなさそう」

 

「でしょうね。あの程度の雑用に使われる奴らが情報を持っているわけがないですから」

 

「アンティナイトは持たせてるのに?」

 

「それだけ調達する伝手があるってことでしょう。警察に逮捕されたのであれば、潜ませている工作員が回収できるようにしていた可能性もありますが」

 

「……そうね。で、本題は何?」

 

「壬生先輩達のことです」

 

 壬生の名前に、遥は顔を引き締める。

 その理由を咲宗はよく理解していた。

 

「……あなたがカウンセラーとして、教員として、壬生先輩を心配していたことは知っています。そんなあなたにこんな提案するのは心苦しいですが……」

 

「……何をする気なの?」

 

「これは知っているでしょうが、壬生先輩は司波達也をエガリテ、またはブランシュへの勧誘に失敗しました。それはもう覆せない形で」

 

「……ええ」

 

「その中で壬生先輩は学校や生徒会に直接交渉の場を持ち、待遇改善を訴えると言っていました。決定事項として告げていたため、恐らくエガリテメンバーを中心に何かしら行動を起こすつもりと思われます。そして、十中八九ブランシュがその裏で暗躍するでしょう」

 

「……」

 

「そこでミズ・ファントムであるあなたに提案するのは、ただ1つ。『連中が動くまで手は出さないで欲しい』」

 

「……本気で言ってるの?」

 

「ええ」

 

「理由は教えて貰えるのよね?」

 

 遥はもはや敵意を隠すことなく咲宗を睨んでいた。

 しかし、

 

「壬生先輩達を警察や公安に逮捕させないためです」

 

 咲宗の言葉に遥は目を見開く。

 

「先んじてブランシュの計画を潰すということは、エガリテである二科生も共犯として一度逮捕する必要があります。そうなれば例え学校がどう庇おうと前科者であることは隠せなくなります。間違いなく、壬生先輩達は魔法師としての未来は潰える。ただ利用されているだけの彼女達にそれはあまりにも酷です」

 

「……でも、計画を実行させればどっちみち――」

 

「いえ、一高が襲撃されれば十師族の権力が使えます。特に十文字家の」

 

「……十師族の権力で警察や公安を介入させないつもり?」

 

「正確には洗脳された生徒達を被害者として匿い、ブランシュの襲撃の際に負傷したということで病院で検査や治療を受けさせます。逮捕されなければ学校も退学させたりは出来ないでしょう。学校が二科生制度を放置していたことが原因なんですから」

 

「……」

 

「それに十師族が生徒達の対処に責任を持つならば、警察や公安は無理に逮捕する必要もないでしょう?」

 

「……そうね」

 

「ブランシュ逮捕の功績は公安に譲ります。十師族も情報は欲しがるでしょうが、功績までは求めないでしょう。現在我らが集めた情報はご提供します。それで十分交換条件になりますよね?」

 

「……あなたの情報と協力、ブランシュ壊滅の手柄を貰う条件に、壬生さん達を無関係の被害者とし、全てブランシュの仕業にする…でいいのね?」

 

「はい」

 

「…………一日頂戴」

 

「もちろんです」

 

 思い詰めた顔を浮かべる遥に、咲宗はそれ以上追い込むことはしなかった。

 

「この件は風魔と公安だけの秘密に。七草生徒会長に十文字会頭はもちろん、司波達也にも知られないようにしてください」

 

「……分かったわ」

 

 咲宗は頭を下げて、カウンセラー室を後にした。

 

 

 

 その後は校内を回り、エガリテの情報を探ろうとしたのだが……咲宗の携帯端末にメールが届いた。

 

「ん? ……十文字先輩?」

 

 まさかの克人からの呼び出しに咲宗は眉を顰めるも、呼び出し場所が第二小体育館であることがすでに答えに等しかった。

 

「……バ華凜」

 

 咲宗はため息を吐いて、第二小体育館に向かうのであった。

 

 5分とせずに第二小体育館に到着して中に入った咲宗が目にしたのは……死屍累々と言わんばかりに床に横たわる藍色の剣道着を着た男子生徒達だった。

 

「うぅ……」

 

「ぐっ……」

 

「ってぇ……」

 

 腕や腹を押さえ呻く剣術部員達。

 そのすぐ傍で同じく剣術部の道着を着た華凜が退屈そうな顔を浮かべて竹刀で肩を叩いていた。

 

 その周りを克人を始めとする男子生徒数人が取り囲んでいた。

 

 克人はやってきた咲宗を見つけると、眉を顰めたまま歩み寄ってきた。

 

「説明はいるか?」

 

「いえ、必要ありません。こうなることは予想してたので」 

 

「……」

 

「骨折をした部員はいるんですか?」

 

「いや、そこまではいない。全員打ち身だ」

 

「なら、別に謹慎とかではないですね?」

 

「……そうだな。一応、喧嘩などではないことは確認している」

 

 経緯は単純。

 入部した華凜が勧誘期間で騒動を起こした2年生の桐原武明を筆頭に、達也に負けた部員達を馬鹿にしたのだった。

 

『達也くんに手も足も出ずに負けたくせに、まだ二科生を馬鹿にするとか頭悪過ぎ。だから剣術の腕も伸びないのよ』 

 

 と。

 

 その挑発にまんまと乗った男子部員達は一斉に攻めかかるが、結果は御覧の通りであった。

 

 ちなみに桐原は騒動を起こした責任を取って練習には参加していなかったので、華凜に挑むことはなかった。今も頬を引き攣らせて、倒れている部員達を見つめていた。

 

「うちの馬鹿は剣術のことになると見境と礼儀が無くなるんですが、一度暴れればもう大丈夫だと思います。……まぁ、のされた先輩方は当分華凜に見下されると思いますが」

 

「……それはそれで問題だろうが」

 

「いいんじゃないですか? これでしばらくは達也や二科生とか気にする余裕なんてなくなるでしょう。まぁ……今はとりあえず……」

 

 咲宗はすぐ近くに落ちていた竹刀を手に取り、足音も立てずに背を向けている華凜へと歩み寄っていく。

 

 華凜は未だに咲宗のことに気づいていないのか、周囲の状況を気にもせずに倒れている剣術部員達に向かって話しかけていた。

 

「あのさぁ……その程度の腕で何で他の人を見下せんの? 魔法も別に上手くも速くもないし、剣だって平凡の平凡。全然剣道部とか二科生とか馬鹿に出来るほど差を感じないんだけど。これなら達也くんとか、あの剣道部の壬生先輩に挑んだ方が有意義だったわ。っていうか? この程度なら剣術部入る価値な――」

 

 

スッッパァァン!!

 

 

 咲宗が華凜の後頭部に竹刀を鋭く叩き込んだ。

 

「イッッタアァ!?!?」

 

「いい加減にしなよバ華凜。父さんと母さんに言いつけるよ」

 

「ちょっ! 今の本気で打ったでしょ!?」

 

「そこそこだよ。ったく……別に暴れるのはいいけど、加減を覚えろって父さん達に言われただろ? 十文字先輩達に呼びつけられたじゃないか」

 

「だってこっちが手加減してあげてるってのにそれに気づかずにさぁ、剣術も碌に使わずに馬鹿みたいに何度も突っ込んでくるんだもん」

 

「はぁ……」

 

 咲宗は大きくため息を吐いて、克人に振り返る。

 

「妹が迷惑をおかけしました。今日はこれで連れて帰るので」

 

「今後はやり過ぎないように注意しろ。怪我人が出れば流石に処罰は免れんぞ」

 

「はぁ~い」

 

 華凜は気の抜けた返事をし、克人や他の部活連メンバーは眉を顰める。

 そこに咲宗が、

 

「言っておきますが、司波達也と違ってボクは妹の尻拭いとか今後する気はないので。華凜のことで文句がある場合は火天御剣流剣術道場まで連絡してください」

 

「ちょっ!?」

 

「こいつはボクよりも師範代達の説教の方が効くので」

 

「……覚えておこう」

 

「なんてこと言うのよ! バカサキ!」

 

 華凜は怒鳴りながら持っていた竹刀で素早く薙ぎ払いを繰り出す。

 咲宗は涼し気な顔で屈んで躱し、その後も繰り出される華凜の剣撃を最小限の動きで軽やかに躱し続ける。

 

「逃げるな、この!!」

 

「いーやーでーすー…よっ!!」

 

パァン!!

 

 咲宗は華凜が竹刀を振り抜いた瞬間、高速で両手を動かして華凜の顔の目の前で叩く。

 

 猫騙しである。

 

 華凜は目を閉じて動きを止めてしまい、その隙に咲宗は自己加速魔法を発動してあっという間に小体育館を出て行った。

 

「あっ!? 待ちなさい!!」

 

 華凜も自己加速魔法で出入り口まで一つ跳びで移動し、咲宗を追いかけて行った。

 

 あっという間にいなくなった風火奈兄妹を、克人達は唖然と見送った。

 

「……なんて素早い」

 

「CADを操作したようには見えなかったぞ?」

 

「非接触型CADなんじゃないか? それでもサイオンがいつ動いたのか分からなかったが……」

 

「……(あの兄にして、あの妹あり、か。妹も只者ではないようだな)」

 

 克人は腕を組んで、兄妹が去って行った出入口を鋭く見つめていた。

 

 

 

 

 それから数日後。

 

 遂に事態は大きく動く。

 

 

『全校生徒の皆さん!!』

 

 

 その日の授業が終わり、放課後に入った直後、それは始まった。

 

 

『僕達は、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!!』

 

 

 



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19.立てこもり事件…だったが

 それは達也と壬生の交渉が決裂して丁度一週間が経った日だった。

 

『全校生徒の皆さん!!』 

 

 放課後になった直後、教室のスピーカーからハウリング寸前の大音声が轟いた。

 

「な、なに……!?」

 

 ほのかは耳を押さえて突然の放送に戸惑いを浮かべる。

 

 雫も耳を押さえて顔を顰めており、深雪は遂に動き出したかと眉間に皺を寄せる。

 

 他の生徒達も突然の放送に戸惑っていると、

 

『――失礼しました。全校生徒の皆さん!! 僕達は、学内の差別撤廃を目指す有志同盟です!!』  

 

 改めて音量を調整して、挨拶と名乗りを上げる有志同盟とやらの男子生徒。

 

『僕達は生徒会と部活連に対し、対等な立場における交渉を要求します!!』

 

「……学内の差別撤廃なのに、生徒会と部活連に訴えるの?」

 

 耳から手を離した雫が首を傾げながら真っ当なツッコミを呟く。

 

 ほのかと深雪も雫のツッコミに同意のようで小さく頷いていた。

 

「咲宗くんは何か知って――あれ?」

 

 ほのかが咲宗の席に顔を向けながら声をかけようとしたが、そこには咲宗の姿はすでになかった。

 

「咲宗くんは?」

 

「……もう現場に行った?」

 

「恐らく、この騒動も風火奈くんが探っていることに関係しているのかもしれないわ。……あ、七草会長からメールだわ。私も行くわね」

 

「あ、うん……気をつけてね」

 

「ええ、また明日」

 

 深雪は駆け出して、放送室へと向かう。

 ほのかと雫は心配そうに見送るも、出来ることはなく、また邪魔になってはいけないと大人しく帰宅することにしたのだった。

 

 

 

 深雪は途中で達也と合流して、放送室へと向かう。

 

「お兄様、やはりこれは……」

 

「ブランシュ、というよりもブランシュに唆された連中だろうな」

 

「風火奈くんも動いているようです」

 

「そうか……。なら、そっちは咲宗に任せて、俺達はとりあえずこの事態を解決することに専念しよう」

 

「はい」

 

 放送室前に到着すると、すでに他の面々は揃っていた。

 放送室の扉の前には克人、摩利、生徒会会計の市原鈴音が並んで立っており、その向かいに風紀委員と部活連実行部隊が並んでいた。

 どうやら真由美やその他の生徒会の面々は学校側と話し合ってり、他に怪しい動きをしている生徒がいないか見回りをしているらしい。

 

 達也達が到着したところで、摩利が状況の説明を始める。

 立てこもり犯達はどうやってかマスターカードを含めた鍵を盗み出して、現在鍵を閉めているため突入するには鍵か扉を破壊する必要がある。現在放送は電源を切っているので出来ないようになっている。

 もっともすでに立てこもり犯達は自分達の主張は全て放送してしまったが。

 

 これは誰がどう考えても犯罪行為に該当するのだが……。

 

「これ以上彼らを暴発させないように慎重に事を対応すべきです」

 

「だが、こちらが慎重になったからといって、それで向こうの聞き分けが良くなるかどうかは期待薄だな。多少強引でも、短時間の解決を図るべきだ」

 

 鈴音と摩利で意見の対立が起きていたのだった。

 

 どちらも方針としては間違ってはいないが、非常事態としては最も避けるべき状況だ。

 実力はあるとはいえ、どちらもまだ高校生であり、プロではないのだから仕方がないと言えば仕方がない。

 

 達也はこのままでは状況が改善しないと思い、克人へと顔を向ける。

 

「十文字会頭はどうお考えなんですか?」

 

 克人は意見を求められたことに一瞬意外そうな顔を浮かべたが、すぐに真面目な顔に戻し、

 

「俺は彼らの要求する交渉に応じてもいいと考えている。元より言いがかりに過ぎないのだ。この機会にしっかりと反論することが後顧の憂いを断つことになろう」

 

 克人の言葉から、達也は咲宗からメールで送られてきた情報について思い出した。

 咲宗は以前真由美達にエガリテに汚染された者達が動き出した場合、交渉に応じられるように準備しておくように話していたことを。

 摩利もその話を聞いていたはずだが、ここまで大掛かりな犯罪行為をしでかしたとなると話が変わってくるようだ。

 

「では、この場は待機しておくべきだと?」

 

「それについては決断しかねている。不法行為を放置すべきではないが、学校施設を破壊してまで性急な解決を要するほどの犯罪性があるとは思われない。学校側に警備管制システムから鍵を開けられないかと問い合わせてみたが、回答を拒否された」

 

 学校側も大事にしたくないし、克人もそこまでするとマインドコントロールされている可能性がある生徒を庇えない可能性があるので強引な事態収拾は図りたくないということだろう。

 

 達也は先輩陣の意思を無視して解決を図るつもりはなかったので、一礼して引き下がる。

 

 摩利は不満げな顔を隠さずに達也を睨む。

 

 達也は小さくため息を吐いて、懐から携帯端末を取り出した、その時。

 

 携帯端末にメールが届いた。

 

「ん? ………委員長」

 

「なんだ?」

 

 摩利は不機嫌さを隠さず、ぶっきらぼうに返事をする。

 深雪は眉を顰めたが、達也はそれを気にすることなく、

 

「扉を開ける用意は出来ているようです。突入態勢を整えましょう。CADを持っているようですので」

 

「ちょっと待て。どういうことだ?」

 

「どうやら潜入工作が得意な奴が、すでに潜り込んでいるようです」

 

「なに?」

 

 達也の言葉に摩利は眉を顰めたが、すぐに誰の事を指しているのか理解して十文字に顔を向ける。

 

 克人も理解したようで小さく頷き、

 

「他には何かあるか?」

 

「中にいるのは二科生5人。男子4人に女子1人だそうです。刃物などの武器は所持していないようですが、警戒はすべきだと思います」

 

「合図はあるか?」

 

「俺がメールを返せば」

 

「承知した。俺を除く部活連メンバーは魔法戦になった場合に備えて野次馬を引き離して近づけさせるな。突入と捕縛は風紀委員に任せる」

 

「よし、風紀委員はCADを起動して、突撃準備だ」

 

 摩利の命令に達也を含めた風紀委員達は顔を引き締めて、CADを起動する。

 そして、部活連の面々も動き出して、野次馬達を更に遠ざける。

 

 その隙に摩利、克人、鈴音が達也に歩み寄る。もちろん深雪は達也の後ろに付き従っている。

 

「達也くん。アイツはいつの間に忍び込んでたんだ?」

 

「後で本人に訊いてください。俺もメールが来るまでは知りませんでしたよ。深雪、お前は何か聞いてないか?」

 

「いえ……私が教室で気付いた時にはもうすでに……」

 

「授業が終わるまではいたのか?」

 

「そのはずですが……。申し訳ありません、お兄様。断言までは……」

 

 深雪は申し訳なさそうに俯く。

 落ち込んだ深雪に達也は慰めるように肩を叩く。

 

「まぁ、アイツが本気で認識阻害魔法と幻術を使えば、深雪でも気づくのは難しいだろう。お前が悪いわけではないよ」

 

「お兄様……」

 

「……おい。こんな時に惚気るな」

 

 摩利は額に手を当てて呆れたように注意し、達也は一切表情を変えなかったが、深雪は顔を赤くして俯いた。

 

「とりあえず、今はあいつを信じて突入するとしよう。渡辺、司波。お前達も準備しろ」

 

「はい」

 

「分かってるさ」

 

 扉の前に達也を始めとする風紀委員が並び、扉の横に摩利と克人が待機して、深雪と鈴音は廊下の窓側で成り行きを見守る。

 

 摩利と克人は達也に顔を向けて小さく頷き、達也は視線だけで答えてメールを送る。

 

 

 その数秒後、ロックが解除された音が響き、両開きの扉が開いた。

 

 

「突撃!!」

 

 摩利の号令と共に達也達風紀委員が放送室に突入した。

 

「なっ!?」

 

「馬鹿な!?」

 

「どうやって……!?」

 

 立てこもり犯達は目を丸くして動揺する。

 

 達也は壬生紗耶香の姿を捉え、素早く距離を詰めてCADを起動しようとした壬生の左腕を掴む。

 

「っ! し、司波君……」

 

「動かないでください。これ以上罪を重ねれば交渉すらも危うくなりますよ」

 

「っ――!」

 

 壬生は冷たく自分を見据える達也の視線に委縮する。

 

 達也はその隙に素早くCADを没収し、周りの事を確認する。すでに他の4人の男子生徒達も取り押さえられて拘束されていた。

 壬生も周囲の状況を確認し、仲間が捕らえられているのを見て、更に抵抗しようとしたが、

 

「そこまでにしておけ」

 

 重く、力強い声に壬生や捕らえられた男子生徒達はビクリと身体を震わせた。

 

 もちろん、声の主は克人である。

 

 克人はまっすぐ壬生を見据え、

 

「お前達の言い分は聴こう。交渉にも応じる。だが、お前達の要求を聴き入れることと、お前達の執った手段を認めることは、別問題だ」

 

 高校生とは思えない克人の迫力に、壬生達は一瞬で攻撃性が消える。

 

 その時、

 

「それはその通りなんだけど、彼らを放してあげてもらえないかしら?」

 

 真由美がそう言いながら放送室へと入ってきた。

 

 やって来た途端に違反者を開放するように告げる真由美に、達也と克人は訝しみ、摩利は不服気に顔を歪める。

 

「七草?」

 

「だが、真由美――」

 

「言いたいことは理解しているつもりよ、摩利。でも、これから交渉の段取りを話し合わないといけないし、そのためには彼らと対等な立場でなければいけないでしょう? 当校の生徒だから逃げられるということも無いのだし」

 

「あたし達は逃げたりしません!」

 

 壬生は自分達の状況も忘れて噛みついた。

 だが、真由美は一度それを無視して、

 

「生活主任の先生と話し合いました。学校側は今回の件を……生徒会に委ねるそうです」

 

「なんだと……!?」

 

 真由美の言葉に摩利は目を丸くし、克人も僅かに驚きを顔に浮かべていました。

 達也や深雪もまさか違反者の処遇まで委ねられたことに意外感を感じていた。

 

「では、壬生さん。これからあなた達と生徒会の、交渉に関する打ち合わせをしたいのだけど……ついてきてもらえるかしら?」

 

「……ええ、構いません」

 

「十文字くん、そう言うことだから。悪いけど、お先に失礼するわね」

 

「承知した」

 

「摩利もごめんなさいね」

 

「……まぁ、いいとこ取りされた感じはあるが。お前が責任を負うと言うのであれば、文句はない」

 

「ありがとう。じゃあ、ついでに隠れてるいたずらっ子さんの方もお願いね。達也くんもお願いしていいかしら?」

 

「はぁ……しょうがない」

 

「分かりました」

 

 真由美は壬生を引き連れて放送室を後にし、風紀委員達は男子生徒達を解放するために校舎の外まで連れていった。

 達也は真由美に仕事を頼まれたので、摩利と共に放送室に残り、深雪や克人も放送室内に残った。

 

 そして、放送室には4人だけとなった。

 

「さて……風火奈、いるか?」

 

「こちらに」

 

 出入口の方から声がして全員が顔を向けると、内側に開かれた扉の陰からスゥ…と咲宗が姿を現した。

 

「お疲れ様でした」

 

 一礼する咲宗に、摩利は腕を組んで呆れた顔を浮かべる。

 

「全くお前は……どうやって忍び込んだ?」

 

「もちろん、彼らがここに入る時に一緒に。昼休み、彼らが放送室のマスターキーを盗んだのを確認していたので、タイミングを考えれば放課後かなと」

 

「かなとじゃない。分かっていたのなら言え!」

 

「以前お伝えしたと思いますが? 近いうちに彼らは行動を起こして、交渉の場を求めてくるはずだと。その時は無理に抑え込まず、要求に応じて交渉の場を設けて、堂々と彼らの訴えに反論してほしいとも。ですよね? 十文字会頭」

 

「ああ。だから、七草は学校側を話し合ってこの件を預かった、ということだろう。奴らを解放したのは、対等な立場でという要求を答えると共に、力づくで排除するという印象を取り去る為だ」

 

「これで少なくとも、生徒会は法律違反を犯した相手でも寛容に話を聞く度量の深さがあると周囲に知らしめることが出来、彼らは自分達の要求を通すためには犯罪行為を厭わない危険な連中だと認識させることが出来たでしょうね」

 

「これでいくら交渉の場を設けて、更に仲間を集めようとしてもそう簡単に引き入れることは出来ないでしょう。無理矢理引き入れる様なら、それこそ風紀委員が注意出来ますし」

 

 克人、達也、咲宗の言葉に、摩利と深雪は理解はしても納得は出来なさそうな顔を浮かべる。

 

「それはそうだろうが……」

 

「渡辺。重要なのはこれからだ。七草がいつ、どのような形で交渉の場を設けるかで、連中の動きは変わる」

 

「そうですね。差別を解消する機会なのは間違いないので……相手に時間を与えないようにしながらも、こっちも最低限準備が必要なので……2日後くらいに討論会辺りが理想でしょうか」

 

 咲宗の推測に克人達は悩まし気に眉を顰める。

 

「とりあえず、今は交渉を終えるまで生徒達を守ることを考えましょう。外のことは部下や協力者で警戒させます。襲撃の動きがあれば、今度はすぐに連絡します」

 

「頼む」

 

「達也も気をつけなよ。深雪さんもね。色々としでかし始めたみたいだし、深雪さんを人質に、なんてことも考えられるよ」

 

「ああ、警戒しておこう」

 

「では、ボクは連れて行かれた二科生達や壬生先輩、そして司甲の監視に戻ります。恐らく、今回のことを報告するはずですから」

 

「頼んだ」

 

「では、失礼します」

 

 咲宗は一礼して、放送室を後にする。

 

 

 色々と決戦の時が迫ってきた予感に、達也達は気を引き締めざるを得なかった。

 

 

 



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20.討論会前夜

 前代未聞の放送室占拠事件から一夜明け。

 

 生徒会から更なる前代未聞の通告がなされた。

 

 それは『明日の放課後、講堂にて公開討論会を開催する』というもので、議題は『学内に置ける一科生と二科生の差別について』などと普通であれば討論するはずはないもの。

 学校側代表はもちろん生徒会。そして、二科生側代表(勝手に名乗っているだけ)は『学内の差別撤廃を目指す有志同盟』―通称『同盟』である。

 

 この通告は昨日の夜に全校生徒にメールで連絡がされている。そのため、朝から同盟の面々が校門前、二科生の教室の前で待ち構え、賛同者確保に動き出していた。

 その手首にはエガリテの証である青と赤で縁取られた白のトリコロールのリストバンドが巻かれている。

 

 本来風紀委員の活動はCADが返却される放課後がメインであるが、同盟が勧誘活動を行う事は容易に予想出来、立てこもり事件を起こしたことから強引な勧誘を行う可能性が否定出来ないため、朝から風紀委員は腕章を着けて校門前や駅前に待機していた。

 校内まで厳しく取り締まるのは流石に妨害行為と難癖付けられる可能性がある為、そこまでは行わなかった。

 もちろん、風紀委員が駅前や校門などを見回ることは同盟側にも伝えている。同盟側は不満げだったが、放送室の立てこもりが犯罪である自覚はあり、それを見逃して貰ったのも事実。故に同盟側はその条件を呑むしかなかった。

 

 それでも休み時間や昼休みなど時間があれば、賛同者を募ろうと声をかけていた。

 

「やれやれ……国際テロ組織の勧誘活動を見逃さねばならんとは、なんとも歯痒いな」

 

 昼休み。

 摩利がため息を吐きながら弁当を食べていた。

 その隣では真由美や鈴音も同意するように頷いており、その向かいでは達也と深雪がいた。

 

 達也は口に含んだ物を呑み込んでから口を開く。

 

「同盟に参加している生徒のほとんどはリストバンド……ブランシュやエガリテの意味を知らないのでしょう。政府の情報規制が裏目に出た、ということでしょうね」

 

「そうね……。でも、今それを直すように訴えれば、その生徒達は間違いなく逮捕されちゃうわ」

 

「明日の討論会で彼らの誤解が解ければいいのですが……」

 

「それとブルームとウィードという差別意識に楔を打てるかどうかだな。いきなり解消まで行くのは期待しすぎだろうから」

 

「ちょっとリンちゃんに摩利も、妙なプレッシャーをかけるのは止めて頂戴よ」

 

 真由美は鈴音と摩利の言葉に可愛らしく抗議する。

 

 明日の公開討論会では生徒会から出るのは真由美だけだそうだ。

 これには流石の達也も驚きを隠せなかったが、準備に余裕が無いのは生徒会も同じ。なので、ほぼ全てを一通り管理している生徒会長である真由美が全て答える方が回答にズレや齟齬が出ないというのは間違っていない。

 しかし、少なからず犯罪行為を辞さない同盟の前に1人で出るのは危険だということで、副会長の服部が傍に控えることになっている。

 

 もちろん、風紀委員会も舞台袖や講堂内各所に待機する手筈になっている。

 

「講堂以外の場所は部活連が?」

 

「ええ。でも、部活連は風紀委員とは違ってCADの使用許可は持ってないから。あくまで念のため、だけどね」

 

「出来れば講堂以外にも風紀委員を配置したいが……流石に同盟が多く参加すると思われる講堂を手薄にするわけにはいかんだろうな」

 

「一応、十文字くんにはブランシュが狙っている可能性が高い図書館周囲を見回ってもらうようにはお願いしてるけど……」

 

「公開討論会は出席を義務付けてはいないから、興味がない一科生とかは普通にクラブ活動を行うと予想される。だから、ブランシュが襲撃してきた場合、クラブ活動をしている生徒達を狙う可能性もある。機密文献を盗まれるのも問題だが、生徒達の安全を無視するわけにもいかん。恐らく襲撃があった場合、十文字は生徒優先で動くはずだ」

 

「そうねぇ……。だからってクラブ活動を中止させるわけにはいかないし。はぁ……やっぱり手が足りないわね」

 

 悩みどころなのは教師に手を借りにくいというところ。

 教師であったとしても、十師族や政府が隠している情報を知っているわけがない。つまり、教師の多くが他の生徒達同様ブランシュやエガリテの存在を知らないのだ。

 なので、いくら真由美や克人であっても、軽々しくブランシュ襲撃の可能性を教師に知らせるわけにいかなかった。

 

 政府が情報規制している事実を、真由美や克人、摩利達がブランシュの正体を知っていることが本来おかしいのだから。

 

「達也くん、深雪さん。あれから風火奈くんから何か連絡はあった?」

 

「いえ、特には」

 

「私もです」

 

「今日は学校には来てるのよね?」

 

「来てはいますが……休み時間の度にどこかに行ってしまうので……」

 

「彼もいっぱいいっぱい、ってことか……」

 

「恐らくは。校内は咲宗1人で動いているらしいですし、校外は校外で捜査範囲が広すぎるでしょうからね」

 

「だろうな……」

 

「一応うちの人間も怪しまれない範囲で動かしてはいるけど、やっぱり風火奈くん達のようにはいかないわね」

 

 そもそも真由美が動かせるのは七草家でも限られた人員だけだ。

 十師族の長女であっても次期当主ではないし、次期当主であっても現当主を無視して家の権力を使うことなど出来はしない。

 残念ながら父親に一高へのエガリテ、ブランシュの工作について説明したが、確証が少なかったためあまり人手を貸して貰えなかったのだ。

 

 そして、十文字家は情報収集能力に長けた人材はいないに等しい。

 

 そのために真由美と克人は、咲宗を引き込んだのだ。

 

「結局、肝心要の部分は風火奈に懸かってるわけか。……信用してないわけではないが……どうにも信用しきれん」

 

 摩利の歯も着せぬ本音に全員が苦笑した。

 真由美は何度も揶揄われ、鈴音はその話を聞かされたから。達也と深雪はもちろん師匠である寺の住職(疑惑)と同類だからである。

 

「信用しきれないことに関して庇うことは出来ませんが……」

 

「出来ないんだ……」

 

「咲宗も一高の生徒であることは事実ですし、実家も素性もバレているんですから、ここで仕事をサボったり我々を騙すことはしないでしょう」

 

 真由美の呟きを無視して、達也は言葉を続けた。

 

「流石に二度も七草家と十文字家に弱みを握らせないと思いますよ。流石の風魔忍も十師族から睨まれて安寧に過ごせるとは考えないでしょう」

 

「だと、いいがな……」

 

「それに咲宗には妹の華凜がいます。華凜は風魔ではないそうなので、風魔の事情に妹や家族を巻き込むようなことはしないでしょう」

 

 達也の言葉に摩利はまだ納得出来ない様子だが、流石のそれ以上不安を煽るようなことは言わなかった。

 

「とりあえず、私達は私達でやれることをしましょう」

 

「分かってるさ。ただ……三巨頭や風紀委員長とか言われながら、この手の絡め手にはほとんど無力なことに情けないと思っただけさ」

 

「それは高校生なんだから当然じゃない。十師族の長女って特別視されてる私だって、結局立場以上のことはこれまで出来てないし。風火奈くんがいなかったら、ここまで調べられなかっただろうし。あなたが無力なんじゃなくて、風火奈くんがおかしいのよ」

 

「おかしいって……お前な」

 

 摩利は真由美の咲宗に対する評価に自分を差し置いて呆れる。

 

 2人の雰囲気的にこのままでは話が脱線しそうだと思った達也は、口を挿んで無理矢理話を戻すことにした。

 

「問題は明日警戒に当たる事情を知らない風紀委員や部活連にどう説明するかだと思いますよ? 真っ正直にブランシュやエガリテのことを話すわけにもいかないでしょう」

 

「そう、だな……」

 

「別働隊がいるかもしれないと言うしかないでしょう。昨日の放送室立てこもりの手段から誰かに唆されたのかもしれないと疑惑として伝えるだけでも十分かと」

 

 鈴音の言葉に真由美と摩利は悩まし気に眉を顰める。

 下手な情報を与えれば、解決後にブランシュに騙されていた生徒達を助けても、新たな偏見と差別が生まれる可能性があるからだ。

 

「……誤解されるような情報を与えるのは止めておきましょう。厳しい事を言うけれど」

 

 真由美の言葉に摩利は小さく頷き、達也と深雪も悩まし気に眉を顰める。

 

 残念ながら、昼休みが終わるまでに良い案が浮かぶことはなかった。

 

 

 

 その夜。

 

 咲宗はブランシュの拠点の近くに潜んでいた。

 

 樹の枝に登り、両手で印を組んで目を閉じている。

 

 目を閉じた咲宗の視界に映るのは、拠点内の映像だった。

 

 精霊を介して、離れた場所を観ることが出来る精霊魔法【五感同調】の1つ『視覚同調』だ。

 

 現在、拠点の中では『ブランシュ』リーダー司一が立っており、向かい合うように司甲や壬生、そして他にも剣道部員や様々な年齢の男達が並んでいた。

 

 何やら演説している司一に全員が真剣な表情で聞き入っており、司一の前には長テーブルが置かれていて、そこには大量のアンティナイトの指輪が収められたアタッシュケースが置かれていた。

 

 残念ながら、咲宗はまだ1つまでしか【五感同調】が使えないので話までは聞こえなかった。

 

(……まぁ、討論会前夜に一高関係者集めて演説してんだから。明日の襲撃作戦についてだろうけど)

 

 時折、わざとらしく右手で眼鏡を触り、その直後怪しく眼が光った。

 その度に壬生達の表情が弛緩するので、何度も『邪眼』を使っているのが窺えた。

 

(……あ~あ、完全にしてやられてるなぁ……。あんなにチョコチョコ眼鏡触ってれば怪しさしか感じないんだけど……。まぁ、そこらへんを気にしないように暗示をかけられてるってとこかな?) 

 

 司甲や壬生がアンティナイトの指輪を受け取り、その後は役割ごとのチームに分かれて打ち合わせを始めた。

 

(……ん? 壬生先輩がいるチームに成人が混ざってる?)

 

 壬生に男子生徒2人、そして成人男性が5,6人。 

 

 しかも、その内の1人の成人男性が手に持っているのはハッキングツールだった。

 

(壬生先輩は図書館襲撃チームってことか……。それに、放送室を占拠したメンバー側にも成人がいるってことは、彼らも討論会には出ないのか? 1人も参加させないなんて他にも何か企んでるって教えるようなものじゃないか……)

 

 咲宗は術を解除して目を開ける。

 

「やれやれ……これ、解決後に色んな人に怒られそうだなぁ」

 

 ため息を吐いた咲宗。

 

 その時、

 

 

「いやはや……いつの時代も、忍びは憎まれっ子だよねぇ」

 

 

 突然間近で聞こえた声に、一瞬目を見開くも、すぐに声の主を理解してもう一度ため息を吐く。

 

「あなたの場合は自ら憎まれようとしているように思われますが? 今果心殿」

 

 顔だけで振り返ると、咲宗よりも細い枝に、剃髪に墨染の衣を着た左目に切り傷がある細身の男―八雲が屈んで座っていた。

 

 八雲は胡散臭い微笑みを浮かべたまま、顎を手で撫でる。

 

「これは手厳しい。それにしても、流石は風魔党の神童だねぇ。幻術に天狗術だけでなく、精霊魔法もお手の物とは恐れ入ったよ」

 

「あなたに言われたくないですよ」

 

「おや、これまた一本取られた」

 

「それで、ボクに何か御用で?」

 

「君に挨拶をね。この前のお土産を貰ったお礼も言いたかったのもある」

 

「……つまり、ブランシュの掃除に関しては手伝う気はない、と?」

 

「第一高校内に関してはないかな。校外の拠点に関しては、手伝ってあげるつもりだよ。そろそろ周りをうろつかれるのもうんざりだからね」

 

「それは助かります。そして、丁度良かった」

 

「丁度良かった?」

 

「これを」

 

 咲宗は懐から折りたたまれた紙を取り出して、八雲に投げ渡す。

 

 八雲は難なくそれをキャッチして、

 

「これは?」

 

()()()()()()()()()()()『ブランシュ』の拠点です」

 

「それはありがたい」

 

「お弟子さんには伝えてますがね」

 

「今回の件、彼女にはちょっと酷だったかもしれないねぇ。カウンセラーとしても、公安としても」

 

「そこはそちらと公安でしっかりとフォローしてあげてください。ボクは身内のことで手一杯なので」

 

「大変だねぇ。やっぱり分家を増やし過ぎたのは失敗だったんじゃないかい?」

 

「そうかもしれませんが、そのおかげでボクは生まれてますからね。今更悔やんだところでって話ですよ」

 

「まぁね」

 

()()()()()()()とは思ってるんですけどねぇ……」

 

「叔父上の派閥は一般企業にも就職してる家も多いようだね。下手に消すのも難しいか……」

 

「術式を回収したくとも、すでに会得した魔法式まで消すのは無理ですので……」

 

「それこそ、洗脳でもしないと無理だろうね」

 

「古式魔法の家系はこうなるとメンドクサイことこの上ないですね」

 

「風魔はエレメンツにまで手を出しちゃったからねぇ……」

 

「まぁ、そこらへんの清算はあの暗躍者気取りを潰したらしますよ」

 

「手が欲しければ相談してくれていいよ。君となら、今後もいい関係を築けそうだからね」

 

「ありがとうございます。もっとも、お手を煩わせないようにするつもりですが」

 

 互いに苦笑する咲宗と八雲。

 

 

 直後、どちらとも挨拶することなく、ほぼ同時にその場から姿を消した。

  

 

 



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21.『悪者』はどっち?

 討論会当日。

 

 咲宗は陽が昇ってすぐに、家を出る仕度を整えていた。

 

 自室を出てリビングに下りた咲宗。

 リビングにはすでに人の影があった。

 

「あら。おはよう、サキ」

 

「おはよう、母さん」

 

 うなじ辺りで茶髪を結んでいる小柄な女性。

 

 風火奈 柚香。

 

 咲宗と華凜の母親である。

 

「随分早いけど、どうしたの?」 

 

「今日は例の討論会だからさ。早めに学校に入って、色々と備えをね」

 

「……大丈夫なの?」

 

「流石に絶対とは言えないけど、十師族が2人もいるから大丈夫だと思うよ」

 

「ごめんなさいね。何も手伝えなくて」

 

「仕方ないよ」

 

 柚香は團蔵の娘で、風魔党宗家の人間である。

 しかし、彼女は魔法力や魔法師の才能はあったが、風魔忍として活動する適性がなかったのだ。

 

 柚香は一人娘だったので、宗家の後継ぎが不在となった。それが叔父が『革新派』を創ったきっかけとなったのだ。

 

 咲宗の誕生によって、その目論見は崩壊したが。

 

「華凜はどうするの?」

 

「華凜はいつも通りでいいよ。ただ、鉄刀を持って来るように言っといて。あいつが暴れないわけないから」

 

「……はぁ、分かったわ。本当に気をつけてね」

 

「分かってる。行ってきます」

 

 咲宗は途中まで用意されていた朝食を掻き込んで、家を飛び出した。

 途中にあるコンビニで足りなかった分の朝食を買って移動中に食べ、咲宗はまだ校門が開いたばかりの学校に足を踏み入れる。

 

「さて……とりあえず、図書館だな」

 

 咲宗は一直線に図書館に行き、中に入る。

  

 図書館は教員も、というか教員が一番使うので開門と同時に鍵が開けられる。

 

 事務員があちこちで掃除や整頓をしていた。

 その横を咲宗は無言で素通りし、周りも誰も咲宗に気づかない。咲宗はそれを良いことに手早く壁や天井など人目に付きにくい場所に符を貼っていく。

 それを数回繰り返し、咲宗は図書館を後にした。

 

 その後も校内をあちこち回って、色々と準備をしていく。

 

「……とりあえず、昼休みまでは授業に出るか」

 

 咲宗が教室に向かう頃には、いつも通りの登校風景となっていた。

 移動しながら部下達に今後の動きについて記した暗号メールを送って教室に入る。

 

 教室にはすでに深雪や雫、ほのかも来ており、全員がどこか緊張した表情で話していた。

 

「あ、咲宗くん。おはよう」

 

「おはよう」

 

「おはようございます」

 

「おはよう。随分と緊張してるみたいだけど……今日の討論会のこと?」

 

「うん……深雪や達也さんは生徒会や風紀委員として参加、というか講堂に行かないといけないから」

 

「私とほのかは部活に行く」

 

「あれ? 聴かないの?」

 

「別に私達は二科生だからって思うことないし、二科生でも達也さん達みたいに自分より優れたところ持ってるって分かってるから。結果が分かり切ってる討論会にわざわざ参加する意味はない」

 

 無表情ながらもどこか熱が入ったような言葉に、咲宗は苦笑を浮かべて、

 

「なるほどね」

 

「咲宗君はどうするの?」

 

 雫が僅かに眉尻を下げて、心配そうに訊ねてきた。

 

「ボクも講堂には行かないよ。他の奴らが入り込みそうなところに網を張るつもり」

 

「……そう」

 

「無茶しないでね」

 

「大丈夫だよ。色々と仕込みはしてるから」

 

 咲宗は安心させるように笑みを浮かべながら言うが、それでもやはり雫達の顔が晴れることはなかった。

 

 授業が始まってからも、生徒達はどこか落ち着きなく過ごしていた。

 A組は特に生徒会の深雪と風紀委員の森崎がいると言うのも大きい。森崎に関しては朝からずっと眉間に皺を寄せており、休み時間になる度に教室を飛び出て、巡回をしていた。

 森崎が成長したところは、以前のように二科生だからと侮辱を口にしなくなったこと。ただし、これは事態が事態で、悪態をつく余裕が一切ないだけであったのだが。

 

 咲宗は昼休みに食事を食べた後から姿を消した。

 

 雫が『どこにいるの?』とメールをしても『大丈夫だから』としか返信が来なかった。

 

 雫とほのかは休み時間に華凜の元に行ったが、

 

「サキがこの手の事でアタシに連絡することなんてほとんどないよ。邪魔されたくないだろうから」

 

 と、全く役に立たなかった。

 

 結局咲宗は放課後まで授業をサボり、雫やほのかは心配しながらも部活に行くことにした。

 

 そして、深雪は討論会のために講堂へと向かった。もちろん、達也と合流してから、だが。

 

 続々と生徒達が講堂へと向かう中――咲宗は図書館に潜んでいた。

 

 認識阻害魔法で誰にも見られることなく中に入り、二階の手すりの上に乗って吹き抜けになっているエントランスを見下ろせる場所に陣取る。

 まだ中には職員や警備員、生徒がいるが、いつもより訪れる人は少ない。

 

 ほとんどの生徒が公開討論会に行っているということなのだろう。

 

 ただ静かにその時を待っていた咲宗だが、胸内ポケットに入れていた携帯端末が震えたことに顔を引き締める。

 

「……来たか」

 

 届いたのはメールで、送り主は部下。

 ブランシュの実働部隊が動いたら連絡するように伝えていたのだ。同時に公安や八雲達にも連絡が行き、司一がいる廃工場以外の拠点を全て押さえることになっている。

 

 咲宗は素早く両手で印を結び、朝に仕込んだ仕掛けを発動した。

 

 

 

 時は少し戻る。

 

 公開討論会は真由美の独壇場だった。

 元々同盟は具体的な解決策や明確な改善点を有することなく、達也に突っつかれ、雫達が司甲を尾行し、咲宗が構成員を捕えられたことで、背中を押されたように行動を起こしたに過ぎない。

 故にこれまでのようにただ不満やスローガンを叫ぶのではなく、具体的さと根拠を求められる論戦の場に追い立てられたことで、いとも容易く同盟の訴えの空虚さが露呈したのだった。

 

 真由美は具体的な数字やデータを出すことで、同盟の訴えを悉く論破した。

 

 しかし、同盟が、二科生がここまで追い詰められた差別が存在するのも事実。

 

 だが、それすらも真由美は改善するために全力を尽くすと、差別意識の克服の象徴として、制度上で唯一残っている差別『生徒会役員の指名制限』の撤廃を生徒会長改選時に開かれる生徒総会で改定することを公約とすることを表明した。

 

 今までは魔法力に優れた十師族直系の一科生と何重もの色眼鏡で見られていた真由美だが、普段浮かべているどこか蠱惑的で、穏やかな笑みや、余裕に溢れている雰囲気を封印し、凛々しく、どこまでも誠実み溢れている真由美の言葉と姿は、一科生二科生関係なく、多くの生徒の胸に響いたのだった。

 

 それは本来同盟にとっては喜ぶべきものであったはず。

 だが、彼らは『()()()()()()()()()()』ことに固執しており、同盟の胸に込み上げる感情はただただ敗北感だった。

 

 故に彼らは()()()()()()()()()()()()際の作戦に移すことに戸惑いはなかったのであった。

 

 討論会―という名の真由美の演説会―が終わったと同時に、爆発音が響き、講堂の窓を揺らす。

 

 更に連続した炸裂音に生徒達が驚き戸惑う中、風紀委員は怪しい動きを見せた同盟のメンバーをあっという間に拘束した。

 その後、窓からガス弾が撃ち込まれたが、服部が即座に魔法で対応してガスごと外に放り投げ、直後にガスマスクを装備して突入してきたブランシュの実働部隊を摩利がマスク内に窒素を充満させて行動不能に追い込み、即座に拘束した。

 

 生徒会と風紀委員の迅速な対応に混乱していた生徒達は落ち着きを取り戻す。

 その様子を確認した達也は一度爆発が起きたと思われる実技棟の確認に向かうことにし、もちろん深雪も同行することになった。

 真由美と摩利は流石に大勢の生徒を放り出すわけにもいかなかったので、達也達を信じて送り出すことしか出来なかった。

 

 実技棟に向かった達也と深雪は、襲撃者と戦っていたレオとエリカと合流し、実技棟を襲った者達は教師達によってほぼ鎮圧されたことをエリカから聞くことが出来た。

 

「派手に攻撃しておきながら簡単に鎮圧されたことを考えると、やはり狙いは図書館か」

 

「そのようですね、お兄様」

 

「やはりって、達也。連中のこと知ってたのか?」

 

「咲宗からな。と言っても、ここまで本格的に襲撃してくるとは聞いていなかったが」

 

「お兄様……もしや討論会は陽動だったのでしょうか?」

 

「いや、少なくとも生徒達は本気だったと思う。咲宗も言っていたが、利用されただけの可能性が非常に高い。討論会に七草先輩や渡辺先輩達はもちろん、大勢の生徒達が集まるのは簡単に予想出来る。そこに攻撃を仕掛ければ、生徒達を講堂に押し込めることで一高内の戦力を低下させることが出来るからな。俺でもこのタイミングを狙う」

 

「で、どうするの? 図書館に行く?」

 

「そうだな。実験棟の方も狙われていないか気になるところではあるが……」

 

 実験棟には教員や生徒達の研究のための最新鋭のCADや装置、試料が保管されている。もし破壊されれば、数年単位で研究が遅れる可能性も否定できないのだ。

 

 しかし、そこに割り込む存在が現れる。

 

「彼らの主力は全て図書館に集中しているわ」

 

 現れたのは真剣な表情を浮かべている遥だった。

 

「小野先生?」

 

「彼らはすでに図書館に侵入しています。壬生さんもそっちにいるわ。風火奈君が対応しているはずだけど……内部の状況は分からないわ。図書館の前は生徒と侵入者で乱戦状態になってるから……」

 

 咲宗の名前が出たことに、達也はもちろん深雪達も遥がただのカウンセラーではないことを理解した。

 

「後ほど、ご説明して頂いてもよろしいでしょうか?」

 

「却下します、と言いたいところだけど、そうも行かないでしょうね。私が自分から話すのは問題だから、風火奈君にでも訊いてちょうだい」

 

「……分かりました」

 

 今の遥の言葉で、達也は遥の正体をある程度察することが出来た。

 

「では、俺達は図書館に向かいます」

 

「ええ。……壬生さんを、助けてあげて」

 

「申し訳ありませんが、そこは約束しかねます」

 

 達也は遥の懇願に近い呟きを容赦なく切り捨て、図書館に向かって走り出す。

 それに深雪も遥に小さく一礼して追いかけ、レオやエリカは達也の言い方に顔を顰めるが、今は達也を追いかけることに集中した。

 遥はとことん無力な自分に俯くが、だからこそこの窮地を乗り切った時のために出来ることをするためにすぐに走り出したのだった。

 

 図書館に向かった達也達はすぐに前方から怒号や悲鳴、銃声に爆音が聴こえてきた。

 

 図書館の前では生徒や教員と、ナイフや銃器を構えた侵入者達が完全に入り乱れて完全に乱戦状態だった。

 

「主力はすでに侵入しているということだったが……」

 

「見た感じ、拮抗しているように見えるわね」

 

「ってこたぁ、図書館に侵入した連中も追い出されたってことか?」

 

「いや、それにしては図書館の入り口が壊されていない。恐らく防衛している生徒達は中に侵入されたことに気づいておらず、防衛しているようで実はあそこに足止めされているのかもしれない」

 

「ということは……」

 

「ああ。人数はもちろん、それなりに手練れが紛れている可能性もある」

 

「じゃあ、とりあえず大暴れして良いってことだなぁ!!」

 

「レオ!」

 

「うおおおおおおお!!」

 

 レオが雄叫びを上げながらスピードを上げ、乱戦の中に突っ込んで行った。

 

「パンツァァー!!」

 

 咆哮を上げながら左腕のプロテクターを構えて、拳を振り抜く。

 プロテクターから起動式が展開され、魔法が発動したかと思うも特に変化は現れない。

 

 しかし、確かに変化は起きていた。

 

 レオの得意魔法は収束系の『硬化魔法』。

 

 レオはCADや制服に硬化魔法をかけて、疑似鎧を身に纏っていた。

 

 硬化された拳は移動術式や加速術式を使ったかのような破壊力を秘めており、対して侵入者の棍棒やナイフは悉く弾かれ、魔法による石礫や氷塊も砕かれる。

 

 その様子を確認した達也はレオにこの場を任せることに決めた。

 

「レオ! 先に行くぞ!」

 

「おうよ! ここは引き受けた!」

 

 レオは一切文句を言うことなく、むしろ快く応えたのであった。

 

 

 

 最短距離で敵を排除しながら、図書館に侵入した達也、深雪、エリカは中に入った瞬間に足を止めた。

 

 何故なら図書館であるはずのそこは、まるで日本の城のように和式の廊下や襖が迷路のように広がっていた。

 本来なら奥に見えるはずの階段がなく、長い廊下がただただ続いていて奥は見えない。

 

「えっと……ここ、どこ?」

 

「お兄様、これは……」

 

「咲宗の幻術、なんだろうな」 

 

「こ、これが?」

 

 

『ようやく来てくれた』

 

 

「「!?」」

 

 目の前の光景に混乱していたところに、どこからか響いてきた咲宗の声にエリカと深雪は驚きに目を見開く。

 

「咲宗か。こっちの声は聞こえるか?」

 

『一応ね。あ、声の大きさには気をつけて。お馬鹿さん達は達也達が思ってるよりも近くに居るから』

 

「ということは、全員幻術に捕らえているのか?」

 

『そうだね。それぞれに都合のいい夢を見てるよ。ちょっと待ってね』

 

 直後、『パン! パン!』と近くの襖が独り手に勢いよく開き始めた。

 

 そして、現れたのは3つの大部屋。

 だが、その中は和室ではなく、それぞれに異なった風景を構成していた。

 

 1つは達也達が良く知る図書館のエントランス1階部分。

 2階に上がる階段の下に、侵入者と思われる2人の男が警戒するように立っていた。

 

 もう1つもこれまたよく知る光景だった。

 1つ目の男達がいる階段を上がった場所に同盟と思われる武器を携えた男子生徒が2人。こちらも周囲を警戒するように立っていた。

 

 最後は薄暗い部屋に巨大なコンソールがある部屋だった。

 コンソールの前には侵入者である男達が3人。ハッキングツールと思われる端末や記録用のソリッドキューブを用意していることから、特別閲覧室であると達也達は理解した。

 男達から少し離れた壁際に、壬生が物憂げに佇んでいた。どうやら目の目で行われている男達の作業に違和感を感じているのだろう。

 

「これは……本当に幻術なの?」

 

『一応ね。あぁ、壬生先輩は悪いけど、ブランシュ達の方の願望を優先させて貰ってるよ。今なら達也達の言葉も届くんじゃない? 大分戸惑ってる、というか混乱してるみたいだからさ』

 

「……なるほど」

 

『で、悪いんだけどさ。流石にこの規模の幻術となると他のことに手を割く余裕がなくて、撃退や捕縛まで手が回りそうにないんだよね』

 

「俺達がやれと?」

 

『せめて階段で待ち構えてるつもりの連中だけでも気絶させられない? 4人減れば、かなり楽になるから』

 

「……仕方な――いや、咲宗、ハッキングしている連中以外の幻術を解いてくれ。あと、俺達のもな」

 

 一瞬ため息と共に頷こうとした達也だったが、突如否定して壬生達の幻術を解くように言ってきた。

 

 深雪やエリカが驚きの顔を達也に向ける。

 

『……それはボクも助かるけど。いきなり5人も対処できるの?』

 

「大丈夫だ」

 

『頼もしいねぇ。分かった。ただ、壬生先輩はアンティナイト持ってるから、それは外させるよ』

 

「助かる」

 

 達也が礼を言った直後、壬生の右手から火が噴き出した。

 

「えっ!? なに!? あ、あつっ!」

 

 壬生は慌てて右手を振るも火が消えることはなく、むしろ火の勢いは増す。

 

「いやあ!? なに!? 何が起こったの!? 助けて!!」

 

 壬生は目の前で作業していると思い込まされている男達に助けを求めるが、男達は見向きもしない。

 

「そんな……!?」

 

 壬生は絶望に顔を染めながらも右手に目を向けると、燃えているのはアンティナイトの指輪であることに気づいた。

 

 壬生は無我夢中で左手を火の中に突っ込んで、指輪を引き抜きざまに放り投げた――その時。

 

 

パァン!!

 

 

 と大きな柏手の音と共に、壬生や警戒に当たっていた男子生徒や男達のいた場所がガラスのように砕けて、光景が変わった。

 

「………え?」

 

「な、なんだ!? 何が起きた!?」

 

「い、いつの間に1階に? って、壬生!? なんでお前がここに?」

 

 何が起こったのか理解できず困惑する壬生達。

 いつの間にか場所を移動しており、更に重要な作戦についているはずの壬生が目の前にいれば驚くのも無理はない。

 

 だからこそ、迫り寄っていた人影の存在に気づくのが遅れてしまった。

 

 警棒を振り被ったエリカがスタンバトンを持つ侵入者に高速で詰め寄り、男達が気付いた時にはエリカはすでに警棒を振り下ろしていた。

 

 エリカの警棒が男の1人の首筋に打ち込まれ、すぐ傍にいた仲間の男が敵が現れたと理解した時には、すでにエリカが身を翻して警棒を己に向かって振り抜こうとしていた。

 

「ぎゃっ!」

 

「うごっ!?」

 

 あっという間に2人の敵が沈黙し、壬生と男子生徒2人は唖然と固まってしまうが、

 

「そこまでだ」

 

 拳銃型CAD『シルバーホーン』を構えた達也が冷たく言い放ち、その隣に鋭く壬生達を見据える深雪が立っていた。

 

「……司波、君……?」 

 

「壬生先輩、すでにあなた達の企みは潰えています。これ以上の抵抗はお勧めしません」

 

「なんだと!?」

 

「ふざけたことを!」

 

 男子生徒2人が達也の言葉を受け入れることが出来ず、1人は左手を上げてCADを起動しようとし、もう1人は抜身の脇差を構える。

 

 直後、CADを起動しようとした男子生徒の後頭部に何かが直撃して崩れ落ち、脇差を構えた男子生徒にはエリカが再び高速で詰め寄って鳩尾に鋭く重い突きを叩き込まれて後ろに吹き飛び、そのまま起き上がることはなかった。

 

「なっ……!?」

 

 壬生は唖然とあっという間に倒された仲間を見つめる。

 

 エリカは目に見えぬ血を払うように警棒を振り、壬生に目を向けることなく、とある方向に顔を向ける。

 

「流石だね、咲宗くん」

 

「エリカも流石だね。剣術の名家は伊達じゃないってわけだ」

 

「……まぁ、ね」

 

 壬生は2階の手すりにいる咲宗にようやく気付いて、驚きに目を見開く。

 

「これで、残ったのは壬生先輩だけです。まぁ……まだ夢を見させられている連中もいますが」

 

「……これは、司波君のせいなの? さっきまでの光景や火も……」

 

 壬生は先ほど燃え上がったはずの右手が火傷一つないことに、何かされたことは理解できていた。

 

「いえ、俺じゃありませんよ。後ろにいる咲宗の幻術です」

 

「あれが……幻術だなんて……」

 

「人間って言うのは、あなたが思っているより単純なものでして。五感を支配されれば道化に成り下がるんですよね」

 

 咲宗は2階から飛び降りながら、サラリと酷い事を言い放つ。

 

「あなた達にはここに入って来てから、ずっとこのエントランスをグルグル回って頂きました。ちなみに職員や警備員、生徒達にも幻術で襲撃者を見せて、非常口から避難して貰いましたから、怪我人は1人もいません」

 

「……」

 

「そして幻は、人の本性を容易に引き出すことも出来るんですよ」

 

 咲宗は何もないカウンターに向かって気持ち悪い笑みを浮かべている男達に顔を向けて、右手で印を切る。

 

 すると、男達が突如驚愕の顔を浮かべながら後ろを振り返り、更に仁王立ちする達也が浮かび上がった。

 それに達也達はもちろん、壬生も幻術であることを理解し、男達が惑わされている幻の中に達也が登場したことを示していた。

 

「なっ!? 扉が壊されただと!?」

 

「あれは複合装甲の扉だぞ!?」

 

「くそっ!! 」

 

 唯一何もしていなかった男が拳銃を構え、銃口を仁王立ちする達也に向けた。

 

 それはCADではなく、本物の実弾銃。

 明らかな殺意の表明に、壬生は仲間であるはずなのに顔を強張らせる。

 

 深雪がCADを操作しようとするが、本物の達也がそれを手で制止する。

 

「死ねぇ!!」

 

 男は一切の戸惑いを見せずに発砲し、達也の胸に弾丸が突き刺さる――が、幻である達也に銃弾が効くはずもなく、達也の幻は何も変わることなくそのまま仁王立ちしていた。

 

「なっ……!?」

 

「銃が効かないだと!?」

 

「くそっ!! 死ねぇ、化け物が!!」

 

 男は連続で発砲するが、弾丸は全て幻をすり抜ける。

 しかし、壬生は仲間と思っていた男が、差別解消のために一緒に戦ってくれていたと思っていた男が、仲間にしようと勧誘した後輩に向かって何度も発砲する光景と銃声に頭を抱えて耳を押さえる。

 

「そんな……! いくら魔法師だからって銃弾が効かないわけが……」

 

「これも魔法だ! 幻か何かだ!」

 

「くそっ! っ!? おい! 壬生はどこ行った!?」

 

「なに!?」

 

「まさか逃げ出したのか!? くそっ! だから、あんなガキを頼るのは嫌だったんだ! どうせここで切り捨てる予定だったってのに!」

 

「……え?」

 

 壬生は耳を疑う言葉に固まる。

 

 男達は壬生がすぐ傍にいることに気づくこともなく、言葉を続けた。

 

「どうする!? 強行突破するか!? 早くしないと、本当に魔法師達が押しかけてくるぞ!」

 

「……そうだな。突破して急いで司様の元に戻らねば」

 

「機密文献のデータを他国に売り、この国から魔法を、魔法師を貶めることが出来るんだ。ここまで来て失敗なんて許されるものか……!」

 

 遂にトドメとなる言葉が飛び出した瞬間、咲宗が両手を叩く。

 

 直後、男達の顔が困惑へと変化し、周りを見渡して顔を真っ青にしている壬生や倒れている仲間達、そして達也達を見て、目を丸くする。

 

 咲宗は軽い拍手をしながら、男達に作り笑いを向ける。

 

「素晴らしい喜劇だったよ、ブランシュ代表の道化共。動画でも撮って、どこかの低俗バラエティ番組にでも送り付ければよかった」

 

「な……何が、どうなって……」

 

「何もどうも、お前達が見てきた全部が幻だったんだよ。お前達は図書館に入ってからず~~っと、エントランスを走り回って、そこの何もないただのカウンターに向かって気持ち悪い笑みを浮かべながら、指をタップして、ハッキングツールを挿して、記録用キューブをカウンターの上に置いただけ。機密文献どころか幼稚園生の作文すら盗めてないよ」

 

「「なっ……!?」」 

 

「この手のテロリストは暗躍している時は面倒なのに、いざ動くと途端に欲や本性を隠せなくなって小物になるんだからホント嫌になるよ」

 

 そう本音を交えながら貶めてわざとらしくため息を吐いた咲宗を、達也は苦笑し、エリカや深雪は呆れた顔を浮かべて見つめる。

 

「なんか……どっちが悪者なのか分からなくなってきたわ」

 

「酷いなぁ。そもそも達也が最初の幻術を解かせなければ、こんなことにはならなかったんだよ?」

 

「おいおい……俺が悪いのか?」

 

 壬生はもはや何を、誰を信じていいのか分からず、呆然と立ち尽くしていた。

 

 そして、貶められた男達は怒りに顔を歪める。

 

「粋がるなよ、小僧がぁ!!」

 

 叫びながら実弾銃の銃口を咲宗に向ける男。

 

 弛緩しかけた緊張感が再び張り詰めたと思われたが。

 

 男が引き金を引こうとした直前、達也とエリカは銃口に何かが高速で入り込んだのを見逃さなかった。それが咲宗から放たれたことも。

 

 引き金が引かれた拳銃は達也とエリカの予想通り暴発した。

 

「ぎゃあああああ!! がっ!?」

 

 右手を押さえて悲鳴を上げた男は、突如顎を跳ね上げ、後ろに倒れて頭を打って気絶した。

 

 咲宗は先ほどまでの胡散臭い笑みを消して無表情で苦しむ男を見据えていた。

 

「撃つのに時間かけ過ぎ」

 

「相変わらず、見事な指弾だな」

 

「そりゃ本職だからね」

 

 達也の褒め言葉に咲宗は振り返って肩を竦める。

 

 その隙を見逃さなかった男2人は同時に咲宗に殴りかかった。

 

「咲宗くん!」

 

 エリカが飛び出しながら叫ぶも、すでに男達は咲宗のすぐ後ろに迫って来ていた。

 

「くらえっ!」

 

 男の1人が咲宗の後頭部に向かって右腕を振り抜いた。

 

 しかし、その拳はなんと咲宗の頭をすり抜けて、咲宗の姿が煙のように消えた。

 

「なぁ!?」

 

「あのさぁ、さっきまで誰の幻術に騙されてたのか忘れたの?」

 

 背後から聴こえた声に男は目を丸くした直後、後頭部に衝撃が走って意識を失った。

 倒れ伏していく男の背後には呆れた顔の咲宗が手刀を構えて立っていた。

 

 ちなみにもう1人はエリカが警棒を叩き込んで撃沈させていた。

 

「さて、これで残るは1人だね」

 

 エリカは警棒で軽く肩を叩きながら、壬生の前に立つ。

 

 そして、達也も壬生をまっすぐに見据え、

 

 

「壬生先輩。残念ですが、これが現実です」 

 

 

 




咲宗マジ鬼畜


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22.火天御剣流

 ほのかと雫はSSボードバイアスロン部の練習に参加していた。

 

 ユニフォームに着替え、部活の備品である猟銃型CADの点検と整備を行った雫達は、先輩達と共に【演習林】へとやってきていた。

 演習林は校舎裏手にあり、多くの部活が使用したがるため2週間に一度の頻度でしか使えない。

 

 ほのかは討論会の様子が気になっていたが、雫はすでに割り切っておりいつも通り部活に参加していた。

 

 ちなみに咲宗は『家庭の事情』ということで休みまくっている。

 雫の強い要望で入部を取りやめることが出来なかったというのもあるが。まだ償いのワンダーランドに行けていないことを盾にした形である。

 

 そして、いよいよ演習林で練習を始めようと部長が声をかけた、その時。

 

 

ドオォン!!!

 

 

 突如校舎の方角から爆音が響いてきて、その方角を見ると大きな煙が立ち上がっていた。

 

「な、なに……!?」

 

「みんな、むやみに動かないで! 今端末で調べるから!」

 

 女子部長が素早く我を取り戻して、部員達に声をかける。

 そして携帯端末を取り出して学内ネットにアクセスする。

 

「……っ! みんな、落ち着いて聞いてね。当校は今、武装テロリストに襲撃されています!」

 

 女子部長の言葉に絶句する部員達。

 雫とほのかもまさか本当に襲撃されたことに驚きを隠せなかった。

 

「護身のために一時的に部活用CADの使用が許可されたわ! でも、あくまで身を護るためだからね!」

 

 女子部長の言葉に部員達が顔を強張らせたまま頷き、手に持つCADを握る手に力が入る。 

 

 その時、

 

「いたぞ!!」

 

「「「「!!」」」」

 

 襲撃者と思われる男達が、雫達の元へ駆け迫って来ていた。

 

 先頭を走る男の手にはナイフが握られており、男はほのかを捉えていた。その男の後ろからはスタンバトンや脇差を持った男達が続いていた。

 

 ほのかはまさかの自分に迫ってくる男とナイフに、以前襲われかけたことを思い出してしまい、身体が竦んでしまった。

 雫は猟銃型CADを構えて、魔法を発動しようとする。

 

 しかしその時、ナイフ男の横から高速で迫る小柄な人影を――風に靡く茶髪を、ほのかと雫は捉えた。

 

 

「――火天御剣流」

 

 

 ナイフを構えてほのかに突っ込んでいた男は、真横まで近づかれてようやく迫り来る存在―剣道着を着た華凜に気づいた。

 

「な――」

 

「【竜翔閃】!!」

 

 下段に構えていた鉄でコーティングしたような木刀を、技名を叫ぶと同時に高速で振り上げながら跳び上がる。

 

 鉄刀は男の顎に叩き込まれ、男は顎を跳ね上げて口から数本の歯が折れ飛ばしながら、両足が地面から離れて真上に吹き飛ばされる。

 

「ぐごっ――!?」

 

 男は口から血と歯を吐き出しながら白目を剥いて背中から落下する。

 

 華凜は鉄刀を振り上げながら宙高く跳び上がり、足を止めて驚愕の顔を浮かべる襲撃者達を見下ろす。

 

「火天御剣流――」

 

 華凜の身体が薄くサイオンに包まれる。

 その直後、華凜が急に猛スピードでスタンバトンを握る男に向かって落下を始めた。

 

「【竜槌閃】」

 

 男はギリギリでスタンバトンを頭上に掲げたが、猛スピードで落下する状態で振り下ろされた鉄刀は驚異的な威力を発揮して、スタンバトンを圧し折って男の右肩に思いっきり叩き込まれ、更に押し潰されて顔から地面に叩きつけられる。

 

 華凜は後ろに数歩下がって鉄刀を左脇に納め、左手で刀身を挟む様に掴んで腰を落とす。

 その左手は黒いグローブで覆われていた。

 

「火天御剣流――」

 

 鋭く男達を見据え、居合を繰り出すかのように左手で刀身を勢いよく擦りながら鉄刀を抜き放つ。

 

 すると、一瞬左手辺りから火花が散ったかと思うと、油でも仕込んでいたかのように鉄刀の刀身が火に包まれた。

 

「【飛竜炎】!」 

 

 炎の斬撃が三日月状に放たれる。

 

 CADを起動したような素振りもなかったのに、突如飛び迫る炎に男達は驚きを浮かべて両腕で顔を覆う以外に抵抗する術はなかった。

 

「「「ぎゃあああああ!?」」」

 

 男達は炎の斬撃に呑み込まれ、全身を火に覆われながら吹き飛んで悲鳴を上げて地面を転がっていく。

 

 華凜が鉄刀を振って火を払い、肩に担ぐ。

 

「もう終わり? もうちょっと気合見せてほしいんだけど」

 

 全然疲れたように見えない華凜に、雫やほのかを含むバイアスロン部女子達は茫然と見つめていた。

 

 男達は火が消えても立ち上がることなく、結局ただただ倒れ伏して呻き声をあげたままだった。

 

 華凜は不満げに小さく舌打ちしたが、ほのか達へと振り返る時はいつもの人懐っこい雰囲気に戻っていた。

 

「ほのか、怪我はない?」

 

「あ、うん……。ありがとう、華凜」

 

「お礼は全部終わってからでいいわ。ところで、ここの責任者は?」

 

「わ、私だけど……」

 

 女子部長が手を上げる。

 

「あら、部長さん。他に怪我人はいませんか?」

 

「ええ、大丈夫よ。ありがとう、助かったわ」

 

「ほのかにも言いましたけど、お礼は全部終わってからで。この先の校舎傍に十文字先輩を中心に部活連と風紀委員が防衛陣を組み始めています。林の近くでは敵が隠れているかどうか分からないから、そこに移動しましょう」

 

「十文字会頭が……! 分かったわ。皆! すぐに移動しましょう! 一塊になって、周りを警戒しながらね!」

 

「「「はい!」」」

 

 女子部員達は力強く返事をして、他の部員達に声を掛け合いながら移動を開始する。

 華凜もほのかと雫の隣で一緒に移動する。

 

「あ~あ、流石に今から実技棟に行っても、もう終わってるだろうしなぁ。他に襲撃者が襲ってて手が足りない場所ってないかな?」

 

「そ、そんな怖い事言わないでよ……!」

 

「だって、このためにサキに言われて準備してたってのにさ~」

 

「咲宗くんに? でも華凜、お昼休みの時に――」

 

「サキに言われたのは、この鉄刀と道着を持って来いってだけ。でも、それだけ言われれば、前に話してた連中が襲ってくるんだろうって分かるでしょ? だから放課後になってすぐコレに着替えて、屋上で待ってたのよ」

 

「お、屋上って……」

 

「そしたら、ほのかと雫が見えてさ。場所が場所だったから、一応すぐに駆け付けられるように警戒してたってわけ」

 

「なるほど」

 

「で、飛び降りる直前に十文字先輩達が見えたの。流石に十文字先輩も生徒防衛を優先せざるを得なかったみたいだね。ま、実技棟も他も、先生達や生徒達でほとんど制圧出来たっぽいけど」

 

 華凜は携帯端末を取り出して、学内ネットの情報を確認して退屈そうに言う。

 

「討論会してた講堂も生徒会長と風紀委員長が防衛してるから参加してた生徒達は余裕で無事。一番危なかったのは部活動してた生徒と、実技棟や実験棟、図書館周辺で戦ってた生徒と先生達かな。で、十文字先輩が生徒達ばかりの部活動方面に応援と指揮に来ちゃったから……実験棟と図書館辺りがかなり怪我人が出たっぽいね」

 

「だ、大丈夫なの?」

 

「ダイジョブダイジョブ。制圧は終わってるみたいだから」

 

「じゃあ、もうほとんど終わってるの?」

 

「まだ潜んでる奴らはいるだろうし、もしかしたらこれから本隊が来るかもしれないから油断は出来ないわよ」

 

「そっか……」

 

「ま、サキのことだからお馬鹿さん達の目的は潰してるでしょうよ。そのために朝早くから準備してたんだろうし」

 

 華凜は携帯端末を懐に仕舞いながら肩を竦める。

 

 それでもほのかは未だに不安げな顔を浮かべたままだった。やはり達也や深雪、咲宗が大丈夫なのか心配なのだ。

 

 しかし、雫は別の事が気になっていた。

 

「ねぇ、さっきのって魔法なの?」

 

「そうよ。火天御剣流の古式魔法。【剣の魔法師】と呼ばれる千葉家の『千刃流』が現代魔法剣士の名門なら、火天御剣流の火堂家は古式魔法剣士の名門ってわけ」

 

「でも、さっきの動きって自己加速魔法に自己加重魔法だよね?」

 

「現代魔法で言えばね。正直、古式魔法って細かく分類されてないし」

 

「あの火は?」

 

「あれはただの手品。この鉄刀には特殊な油が染み込んでて、この着物や手袋に仕込んでる火打石で着火させてるだけ。そこからこの鉄刀の中に仕込んでる杖と身体の動きで魔法を発動するってわけ」

 

「身体の動き?」

 

「『剣舞』って奴よ。剣の型や剣を振る動作を神や精霊への祈禱にしてたって昔話、聞いたことない?」

 

「あの伝統芸能の能みたいな奴?」

 

「まぁ、それに近いわね。うちはそれを魔法発動のプロセスに組み込んでるってわけ。この鉄刀の中に仕込んでる杖には不完全な起動式が記されてて、それをサイオンを流しながら特定の構えを取ることで起動式が完成するってわけ」

 

「へぇ~……」

 

 ほのかは華凜の話にいつの間にか不安と恐怖を忘れて感心し、雫も声を出してはいないがほのかと同じように感心した表情を浮かべていた。

 

 そんなこんな話している内に、バイアスロン部一行と華凜は部活連と風紀委員によって作られた避難場所に到着した。

 

「風火奈」

 

 到着早々克人が華凜に声をかけてきた。

 

「はい?」

 

「お前も防衛要員に参加しろ。先ほどお前が暴れたことはすでに聞いている。今回は自衛が認められるが、お前はやり過ぎる可能性があるから、俺が許可したことにする」

 

「あら、いいんですか?」

 

「お前の兄から、こうなった場合の対処法として先日教えられていたからな。この現状では防衛戦力が多いに越したことはない」

 

「サキの奴……」

 

「相手を殺したりしなければ、正当防衛として認めさせることが出来る。そこは守れ」

 

「は~い。と言っても、もうこれで終わりだと思いますけどね~」

 

 色々とぶっちゃけた克人の言葉に、華凜は気の抜けた返事をして、先ほどほのかに言ったこととは真逆の事を言う。

 

 克人は気を抜く華凜の態度に眉を顰めるも、内心では同意しているので特に何も言わなかった。

 

 その時、華凜の胸から着信音が響く。

 

「ん? ………あ~あ、やっぱり」

 

「どうした?」

 

「一高周囲に潜んでいたブランシュは()()全て制圧完了、だそうですよ。サキの数少ない部下からの連絡です。現在一高から逃げ出す奴らはいても、近づく奴らはいないらしいです」

 

「……そうか。では、校内の侵入者の掃討に集中するとしよう」

 

 克人は華凜の報告に顔を引き締めて頷くと、後ろを振り返る。

 

「部活連の者達は引き続き、この場の護衛を! 風紀委員は校外にいる生徒達をここに誘導し、避難してきた者達を事務室まで護衛し、個人のCADを返してもらうように教員達に伝えてほしい! 部活用CADでは自衛にも限界がある者がいるだろうからな。避難してきた者は自分のCADを取りに行くのであれば風紀委員に付いていけ! 事務室に行かない者はここで待機だ!」

 

「「「はい!」」」

 

 克人の指示に部活連はもちろん、風紀委員も避難してきた者も逆らう者はいない。

 

 それぞれに動き出した者達を見た克人は、華凜へと振り返り、

 

「これから侵入者が暴れた実技棟や図書館の方に向かう。風火奈、お前も付いて来い」

 

「了解でーす」

 

「飛ばすぞ、付いてこれるか?」  

 

「多分大丈夫でーす」

 

 克人はそれに答えず、素早くCADを操作して高速移動術式を発動する。

 華凜の鉄刀を型に担いだまま、克人が高速で飛び出した直後に同じく高速で飛び出して、克人の隣を並走する。

 

 あっという間に見えなくなった2人を、ほのかと雫、他の者達は唖然と見送った。

 

 

 

 

 最も戦闘が激しい図書館に向かった克人と華凜。

 

 図書館の前ではまだ戦闘が続いており、先頭に立って殴りかかっているのはレオだった。

 

「おぉらぁ!!」

 

 侵入者の顔面に拳を叩き込んで殴り倒す。

 

 そのレオの周りにはナイフやスタンバトンを握る男達が囲んでおり、レオの後ろには息を切らして片膝をつく生徒や教師達がいた。

 レオも肩で息をして、拳を構えていた。

 

 それを確認した華凜はスピードを落とすことなく、右肩に担いでいた鉄刀を両手で掴んで振り上げ、刀身を背中に回す。

 そして、軽やかに跳躍し、一気に男達の真上を取る。

 

「火天御剣流【竜槌炎】!」

 

 振ると同時に鉄刀の峰で背中を擦って火を点け、一気に燃え上がった鉄刀を振り下ろし、真下に向かって炎がまるで竜がブレスを吐いたかのように放たれる。

 

 突如真上から襲い掛かってきた炎に侵入者達は躱す余裕もなく、滝のように叩きつけられた炎に悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。

 

「な、なんだなんだぁ!?」

 

 突然の炎に驚いて数歩後ずさるレオ。

 その目の前に華凜が居合の構えで着地した。

 

「うおっ!? か、華凜!?」

 

「火天御剣流【竜巻炎・旋】!」

 

 華凜は未だ燃え盛る鉄刀を振り抜きながらその場で回転する。

 放たれた炎は渦を巻いて炎の竜巻となって、最初の一撃から運よく逃れた男達に襲い掛かる。

 

「ひぃ!? ぎゃああああ!?」

 

「あづああああ!!」

 

 炎に纏わり付かれて悲鳴を上げる男達。

 しかし、華凜は鉄刀の炎を振り払いながら、自己加速術式を発動して高速で炎を消そうと動き回る男達に迫る。

 

 そして、駆け抜けざまに男達の急所に鉄刀を打ち込みながら、侵入者の集団の合間を高速で縫うように縦断した。

 

「火天御剣流…【竜鱗閃】」

 

 集団を抜けたところで鉄刀を水平に振り抜いた体勢で技名を呟き、後ろを振り返る。

 

 男達はその場に崩れ落ちて、痛みと熱さにただ呻くのみしか出来なくなったが、突如突風が吹いて炎が消し飛ばされる。

 

「やり過ぎるなと言ったはずだ」

 

 克人が右手を突き出しながら眉を顰めて華凜を注意する。

 しかし、華凜は表情一つ変えることなく、

 

「敵を倒す時に手加減なんて()()()()。何に足を掬われるか分からないんですから」

 

 克人はため息を吐いて、それ以上何も言わずにCADを操作して右手を振る。

 

 男達の真上に光の壁が出現したかと思うと、勢いよく落下して侵入者達は一人残らず地面に圧し潰されて一瞬で制圧された。

 

「これで終わりだな。怪我人は保健室へ! 無事な者は侵入者の拘束を!」

 

 克人の号令に生徒はもちろん、教師達も迅速に動き出す。

 華凜は不満げな顔を浮かべて鉄刀を肩に担ぐが、レオが歩み寄ってきたことで不満顔を引っ込めた。

 

「助かったぜ、華凜。思ってたより数も多くてしぶとくてよ」

 

「まぁ、ここら辺は主力が揃ってたらしいしね。怪我はないの?」

 

「おう。そこまで無様にやられたりはしなかったぜ! これでも硬化魔法が得意だからな!」

 

 ニカッと爽やかに笑うレオに、華凜は感心したような顔を浮かべる。

 服の汚れ方や体力の消耗具合からかなり戦っていたことは見て分かる。だが、それでも傷一つないことや他の一科生や教員と比べてまだまだピンピンしていることから、それなりに実力を有しているのが窺える。

 

(喧嘩慣れしてる感じはしてたけど……思ってた以上だったみたいね。……やっぱり達也くんの周りって面白い♪)

 

「ところで、達也達が図書館に入ってるはずなんだが、華凜はどうする?」

 

「ん~……いや、アタシは遠慮しとくわ」

 

「はぁ?」

 

 レオはまさか断られると思っていなかったので、驚きに変な声を上げてしまった。

 エリカそっくりな華凜の性格上、喜んで突っ込んで行くと思っていたのだ。

  

 華凜はそれに気付いて、ジト目をレオに向け、

 

「……まぁいいけど。あの中には達也くんもそうだけど、深雪さんにサキもいるんだもの。争ってる気配も感じないし、もうほとんど終わってるんじゃない? そんな所に行ったって面白くないじゃん」

 

「面白くないって……オイオイ」

 

「終わってるとこにノコノコ行って話聞くだけだったら、外でまだ隠れてるかもしれない敵を叩きのめす方がマシ。レオくんだって、行ったら全部終わってて達也くんとエリカに侵入者の捕縛手伝わされるだけかもしれないわよ?」

 

「あ~……そりゃメンドクセェな」

 

「でしょ? それだったら、まだ敵を探すか、自分が倒した奴ら縛る方が良くない?」

 

「オーケー、俺の負けだ。エリカの奴も中にいるから、ホントに雑用を押し付けられそうだからな」

 

 レオは両手を上げて降参の意を示した。

 

「まぁ、俺もサイオンギリギリでこれ以上戦うのはキツイから、駆けつけて足手纏いになったらそれこそエリカにどんだけ馬鹿にされるか分かんねぇしな。俺は倒したアイツらを縛る手伝いしてくるわ」

 

「行ってら~」

 

 華凜はヒラヒラと左手を振って、レオを送り出す。

 

 その後も華凜は克人やレオと共に周囲の警戒に努めたが、結局先ほどのが最後の戦闘となったのであった。

 

 




本日はここまで


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23.剣の乙女達

ストックが……もう……無くなっちまう←無計画


「壬生先輩。残念ですが、これが現実です」

 

 達也は無慈悲なほど冷たい声で告げた。

 

 だが、それが逆に壬生を絶望の衝撃から言葉通り現実へと引き戻した。

 

「……司波…君……」

 

「誰もが等しく優遇される、平等な世界。そんなものはあり得ません。才能も、適性も、努力も無視して平等な世界があるとすれば、それは誰もが冷遇された世界。何も求められず、何も認められない世界。本当は、壬生先輩も分かっているんでしょう? そんな平等なんて、誰にも出来ない。そんなものは、騙し、利用するための甘美な嘘の中にしか存在しないんですよ」

 

「……私、は……」

 

「壬生先輩は、魔法大学の非公開技術を盗み出すために利用されたんです。これが、他人から与えられた、耳当たりの良い理念の、現実です」

 

 無慈悲に、されどどこか子供に言い聞かせるような声色で告げてくる達也の目に、壬生は憐れみを感じた。

 

 同じと思っていた、年下の後輩に、憐れまれたという事実に、壬生は心の中で何かが弾けた。

 

「……どうしてよ! なんでこうなるのよっ!? 差別を無くそうとしたのが間違いだったというの? 平等を目指したのが間違いだったというのっ? 差別は確かに存在したじゃない! あたしの錯覚なんかじゃない。あたしは確かに蔑まれた! 嘲りの視線を向けられたわ。馬鹿にする声を聞いたわ! それを無くそうとしたのが、間違いだったというの? 貴方だって、同じでしょう? あなたはそこにいる出来の良い妹と、いつも比べられてきたはずよ。そして、不当な侮辱を受けてきたはずよ! 誰からも馬鹿にされてきたはずよ!」

 

 壬生は秘めていた想いを全て吐き出した。

 心の底から絶叫して、目の前にいる同じ存在と思っていた男に感情をぶつけた。

 

 残念ながら達也の心を1ミリも揺るがすことは出来なかったが。

 

 咲宗は腕を組んでどこか呆れたような顔を浮かべており、エリカは無表情を装っていたが、壬生を見つめるその目には同情と怒りが浮かんでいた。

 

 そして、深雪には壬生の叫びが届いていた。

 ただし、そこに浮かぶ感情は『怒り』であったが。

 

「私はお兄様を蔑んだりはしません」

 

 はっきりと、静かに、されど力強い気迫の籠められた深雪の声に、壬生は気圧される。

 

「たとえ私以外の全人類がお兄様を中傷し、誹謗し、蔑んだとしても、私はお兄様に変わることのない敬愛を捧げます」

 

 一切の迷いも嘘もない、誓いにも等しい深雪の言葉に、壬生は絶句して溢れていた感情や思考が絶たれた。

 

 達也達の後ろにいたエリカも驚きの顔で深雪を見つめ、咲宗は『ヒュウ♪』と無音の口笛を吹く。

 

「私の敬愛は、魔法の力故ではありません。少なくとも俗世で認められる魔法の力ならば、私はお兄様を数段上回っています。ですが、そんなものは私のお兄様に対するこの想いに、何の影響力も持ち得ません。そんなものは、お兄様の、ほんの一部に過ぎないと知っているからです」

 

「……」

 

「誰もがお兄様を侮辱した? それこそが、許しがたい侮辱です。お兄様を侮辱する無知な者共は確かに存在します。ですが、そのような有象無象な輩と同じくらい、いえ、それ以上に、お兄様の素晴らしさを認めてくれている人達がいるのです」 

 

 入学して僅か数週間。

 だがその数週間で、達也の身近で達也を認めている者は、実は一科生の方が多い事を深雪は知っている。

 

 ほのか、雫、咲宗、華凜、真由美を始めとする生徒会の面々、そして摩利達風紀委員会(森崎を除く)。

 

 軽く挙げるだけでも、これだけいる。

 そして、それは魔法で認められたわけではないことは、誰もが認めるだろう。

 

 何故なら、達也は『二科生』なのだから。

 

「壬生先輩。貴女は、可哀想な人です」

 

「……何ですって?」

 

 壬生は反射的に訊き返した。

 それは壬生の最後の意地に等しい反射だったが、それ以上の力はなかった。ただ、何を言われるのかが怖くて、身を護ろうとしただけだ。

 

「貴女には、認めてくれる人がいなかったのですか? 魔法だけが、貴女を測る全てだったのですか? いいえ、そんなはずはありません。少なくとも、私は少なくとも1人、知っていますから。誰だと思いますか?」

 

「……」

 

「お兄様は貴女を認めていましたよ。貴女の剣の腕と、貴女の容姿を」

 

「……そんなの上辺だけのモノじゃない」

 

「ですが、それも先輩の魅力であり、先輩の一部であり、先輩自身ではないですか。それにお兄様と貴女がこうやって面を合わせたのは、まだ片手で足りる回数なのですよ? たった数回、会っただけの相手に、貴女は何を求めているのですか?」

 

「それ…は……」

 

「結局、誰よりも貴女を差別し、誰よりも貴女を劣等生と見下し、『雑草(ウィード)』と蔑んでいたのは、壬生先輩、貴女自身です」

 

 気付きかけていた、だが認めたくなかった事実を叩きつけられた壬生は、ショックで思考が真っ白になり、反論など思い浮かぶわけもなかった。

 

 そこに、

 

「貴女は目を閉じて見るべきものを見ず、傾けるべき言葉に耳を塞ぎ、歩くべき道を間違えた」

 

 咲宗が口を開く。

 

 ショックで頭が真っ白だったからこそ、その言葉は壬生の耳に何の抵抗もなく届いた。

 壬生は咲宗に顔を向け、達也達も咲宗を見る。

 

「貴女の行いは残念ながらどうやっても、どのような結果を出しても認められることはなかったでしょう。……ですが、それでも貴女達が行動したことで、これまで誰もが諦めていた差別に、向き合う機会を与え、正そうとする意志を持つ者達が立ち上がりました」

 

「……」

 

「貴女達が望んだ形ではないでしょうし、貴女が夢見るほどすぐには変わらないでしょう。でも、確かに差別を、その根源となる勘違いを正そうとする流れが生まれました。それは、誇ってもいいとボクは思いますよ。……たとえ、ほとんどの生徒が貴女達…同盟のことを嘲笑ったとしても」

 

「……」

 

「ですが、壬生先輩。貴女は、それを認めて欲しかったのですか? それを褒めて欲しかったのですか? そのためだけに、貴女は戦うことを選んだのですか?」

 

「……」

 

 壬生は答えない。

 だが、その顔には明らかに葛藤が、怒りにも近い感情が浮かんでいた。

 

 認められたい。

 

 確かにそんな欲望も存在した。それはもう否定出来ない。

 

 でも、それが根底ではなかったはずだ。そのために差別撤廃を願ったわけじゃない。

 

 なのに……『自分達で解決する』『()()()に勝ちたい』、そのことばかりに頭が一杯になっていた気がする。

 

 差別撤廃を目指したことは間違っていない。それは自信を持って、そう言える。

 

 そう、差別撤廃を目指すなら公開討論会が開けたことに、そこに多くの生徒が参加したことで十分果たせたではないか。なのに、それがどうして、学校を襲撃して、こんなハッキングをするようなことが正しいと思っていたのか。

 

 壬生は自分が何をしていたのか、何を考えていたのか、分からなくなっていた。

 

 考え込むように顔を俯かせる壬生。

 

「さて、話は変わりますが……壬生先輩、このまま捕まるのは納得できないのではないですか?」

 

 突然咲宗が意味不明なことを宣った。

 

 達也、深雪、エリカが訝しみながら咲宗に視線で意味を訊ねる。

 これには壬生も困惑して、思わず思考の渦から抜け出して顔を上げた。

 

「間違っているとか正しいとかはともかく、貴女達の企みは潰えました。貴女も自分の行いを振り返って色々と疑問が出てきていることでしょう。ですが……このまま何もせずに捕まり、裁きを受けますか? 少なくとも、貴女は自分が願ったことは間違っていないと思っているのでしょう?」

 

「……ええ」

 

「では、貴女が納得出来る決着をつけましょう。貴女が魔法よりも誇る、『剣術』で」

 

 そう言って咲宗はエリカに視線を向ける。

 

 エリカは一瞬目を丸くするが、すぐに意図を理解して不敵な笑みを浮かべる。

 

 達也と深雪は理由までは理解できなかったが、何か意味があるのだろうと口出しはしなかった。

 

 咲宗は床に転がっているスタンバトンと脇差を拾って、壬生の足元に放り投げた。

 

「こちら側は彼女、1-Eの千葉エリカがお相手します。彼女に勝ったら、我々は貴女を捕縛しないことをお約束しましょう」

 

「……何を考えているの?」

 

「それは、彼女と戦えば分かりますよ。あ、すでに昏倒させた面々は約束の範囲外ですので、そこはご了承ください」

 

 咲宗はどこか胡散臭い笑みを浮かべながら条件を叩きつける。

 

 壬生は咲宗の考えを理解出来ずに眉を顰めるが、

 

「それとも、後輩女子に剣で負けることすら、恐れて逃げ出しますか?」

 

「っ!! いいわ!! 受けてやろうじゃない!!」

 

 壬生は自分の最後の砦にも等しい誇りを侮辱されて、衝動のままに勝負を受けてスタンバトンを拾う。

 

 咲宗はそれに更に笑みを深めて、

 

「じゃあ、エリカ。任せたよ」

 

「オッケー、任せて」

 

 エリカは警棒で肩を叩きながら前に出る。

 咲宗は場を開けるために、邪魔な倒れている男達を脇に退かす。

 

 達也と深雪は立会人のように向かい合うエリカと壬生の間に立つ。

 

「改めまして、1年E組の千葉エリカです。そちらは一昨年の全国中学女子剣道大会準優勝の壬生紗耶香先輩、ですよね?」

 

「……ええ」

 

 壬生は何故か胸に鋭い痛みが走った。

 それを何とか顔に出ないように隠して、スタンバトンを構える。

 

「止めるなら今の内よ。痛い目を見たくないならね」

 

「冗談。せっかく先輩と手合わせ出来るってのに。ところで、先輩こそ脇差じゃなくて、獲物はそれでいいんですか?」

 

「構わないわ」

 

 エリカは警棒だ。自分が脇差なのはフェアではないと言いたいのだろう。

  

 つまり、エリカの実力を下に見ていると言うことだ。

 エリカは一瞬呆れた顔を浮かべるも、すぐに好戦的な顔に変えて、

 

「そっ。じゃあ……やりましょうか、先輩」

 

 半身になって警棒を前に突き出す。

 

 壬生は獲物を正面に右手を左手に添えて、正眼に構える。

 

 そして、空気が張り詰めたと思った直後、

 

 掛け声も気合の発声もなく、エリカが動いたかと思うと、気づいた時には壬生の首筋に警棒を打ち込まんと迫っていた。

 

「っ?!」

 

 壬生は反射的に、身体に刷り込まれた動きで、エリカの攻撃をスタンバトンで受け止めた。

 しかし、防いだと思った直後には、すでにエリカが背後に回り込んでいた。

 

 壬生は振り向きながら直感でスタンバトンを立てて、エリカの一撃を防ぐ。

 吹き飛ばされるような衝撃に両手を引き締めて耐え、すぐに鍔迫り合いに持ち込もうとしたが、踏み込もうとした時にはエリカはすでに間合いの外まで跳び下がっていた。

 

「自己加速術式……?」

 

 エリカはその剣術に見覚えがあった。

 

「……渡辺先輩と、同じ?」

 

 その呟きにエリカは足を止めた。

 その隙を見逃さずに、壬生は一気にエリカに詰め寄って攻勢に出る。

 

 息もつかせぬ連続攻撃を仕掛ける。

 その剣筋は剣道だけではなく、古流――人を殺すことを想定した剣術をも組み込まれたものだった。

 

 まさに烈火の如くという言葉が相応しい猛攻であった。

 

「へぇ……」

 

 咲宗は壬生の想像以上の剣の腕に純粋に感心の声を漏らす。

 達也は一度勧誘期間初日に見ていたのでそこまで驚かなかったが、それでも以前のデモよりも滾る気迫と剣筋に感心しないわけではなかった。

 もちろん深雪も剣はほとんど知らないが、それでもハイレベルの戦いであることは理解できていた。

 

 だが、だからこそ、3人にはエリカの実力も良く理解できていた。

 

 壬生の烈火の剣撃を、ほぼ全て片腕で捌き、受け止めているエリカの技術の高さが。

 

(先ほどの侵入者を倒した技と言い、咲宗の『剣術の名家』という言葉、そして『千葉』……。やはり、彼女は百家本流の千葉家の者だったということか)

 

 そう考えていると、戦況が動く気配を感じて意識をエリカ達に戻す。

 

 先に息切れしたのは壬生だった。

 攻め疲れで動きが乱れ、剣を振るう腕が一瞬止まった。

 

 その一瞬でエリカには十分だった。

 

 壬生が振るおうとしていた剣を弾いて、棒立ちとなったスタンバトンにエリカは渾身の横薙ぎの一閃を叩きつけた。

 スタンバトンは刻まれた刻印魔術によって硬化された警棒の一撃に耐えられず、圧し折られた。

 

 そして、エリカは警棒を壬生の眼前に突きつけた。

 

 壬生はそれに怯むことなく、まっすぐ睨み返した。

 

 その目は、まだ闘志を失っていなかった。

 

「拾いなさい」

 

 エリカは僅かに視線を近くに転がっている脇差に向ける。

 

「……」

 

「そこに転がっている脇差を拾って、貴女の全力を見せなさい。貴女を縛る()()()()()()を、あたしが打ち砕いてあげる」

 

 壬生はその言葉に両手を握り締め、突き付けられた警棒を無視して脇差を拾いに向かう。

 

 その途中でブレザーを脱ぎ捨て、ノースリーブのワンピース姿になる。

 脇差を拾い、深呼吸をして構え直す。しかし、その脇差は刃を返した峰打ちの構えだった。 

 

 あくまで試合であって、殺し合いではない。

 そして何より、人を殺す覚悟までは出来ていないというのも大きい。相手を慮るというよりも、自身の剣筋が鈍らないようにするための処置だった。

 

「あたしには解る。あなたの技は渡辺先輩と同門のものだわ」

 

「あたしの技はあの女とは一味違うわよ」

 

(ほう……渡辺先輩は千葉道場の門下生だったのか)

 

 意外な因縁に達也はこれが咲宗がこれを仕組んだ理由であると理解した。

 

(以前のカフェで感じた壬生先輩の渡辺委員長への妙な敵意には、風紀委員長である以上の因縁があったというわけか)

 

 場の緊張の高まりに達也は一度思考を頭の隅に追いやる。

 

 緊迫感が最高潮に達した瞬間、エリカの姿が音もなく消えた。

 

 刹那と呼ぶに相応しい交差。エントランスに響く甲高い金属音。

 

 壬生の手から脇差が落ち、右腕を押さえながら膝をついた。

 

 エリカは顔だけで振り返り、

 

「……ゴメン、先輩。骨が折れているかもしれない」

 

「……ひびが入っているわね。いいわ、手加減出来なかったってことでしょう」

 

「うん。先輩は誇っていいよ。千葉の娘に、本気を出させたんだから」

 

「……そう。あなた、あの千葉家の人間だったの」

 

「実は、そうなんだ。渡辺摩利はウチの門下生。あの女は目録で、あたしは印可。剣術の腕だけなら、アタシの方が上なんだ。だから……先輩は、間違いなく強いよ」

 

 エリカの嘘偽りのない賛辞に、壬生はようやく己の全てを受け入れることが出来る気がした。

 

 壬生は意識が遠のきながらも、屈託のない笑みを浮かべた。

 

「あたしの、負け…ね。悪い、けど……気が、遠く、なって……」

 

 壬生は笑みを浮かべたまま、がくりと倒れ込む。

 

 エリカは警棒を収め、気を失った壬生を優しく丁寧に抱き起こす。

 

「大丈夫だよ。ぶっきらぼうだけど優しい後輩が、あなたを運んでくれるから」

 

 エリカは壬生にそう呟いて、歩み寄ってくる達也に顔を向ける。

 

「と、いうわけで、達也くん。壬生先輩を保健室まで運んであげてー」

 

「……何が、という訳なんだ……」 

 

「だって担架を待ってるのも面倒だし、ここで教師と警備員に渡すのもなんじゃん?」

 

「……」

 

 達也は咲宗に顔を向けるが、その少年忍者はブランシュ構成員を縛りつけていた。

 そして、男子生徒2人の襟首を掴んで持ち上げ、

 

「あ、達也。悪いけど、壬生先輩はお願い。ボクはこの2人を外にいる十文字会頭に渡して、図書館の仕掛け回収するから」

 

「……はぁ」

 

「なによ、達也くん。可愛い女の子を大義名分で抱っこ出来るんだから、ここは喜ばなきゃ」

 

「そんなことで喜ぶ趣味はない」

 

「……え。達也くんって、もしかしてそっちの趣味?」

 

「そっちって、どっ……いや、言わなくていい。聞くと頭痛がしそうだ」

 

「良いではありませんか、お兄様。治療は早い事に越したことはありませんし、どうせ後ほどお話を伺うつもりなのでしょう? ならば、お兄様が抱き抱えていくのが一番手っ取り早いと思います」

 

「……しょうがない」

 

 深雪にまで言われれば、これ以上ごねても無駄だと諦めた達也だった。

 

 

 こうして、第一高校襲撃事件は一先ず終結を迎えたのであった。

 

 

 



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24.下衆な真実

 侵入者が全て捕縛され、首謀者の一人とされる剣道部主将司甲も校門前で逃亡する直前の所を捕縛された。

 

 騒ぎを嗅ぎつけたマスコミが校門前に駆けつけたが、当然のことながら校門は固く閉じられている。

 

 現在侵入者、共犯と思われる生徒『学内の差別撤廃を目指す有志同盟』、首謀者である司甲は別々に拘束されていた。

 

 『学外からの侵入者』は教師陣が手元で拘束しているため、情報を聞き出すことは十師族の名を出しても不可能だった。

 そして、司甲は現在制圧時の激痛で未だにまともに話すことは出来ないため、事情聴取はままならない。

 

 同盟の一同も人数が人数であるため、事情聴取をする時間はない。

 

 そこで残るは壬生紗耶香となった。

 壬生も保健室の一室で右腕の治療中であったため校医は事情聴取を渋ったが、他ならぬ壬生が事情聴取を受け入れたため、無理をしない範囲で話を聞くことになった。

 

 事情聴取には真由美、克人、摩利の三巨頭、そして壬生を捕縛したということで達也、深雪、エリカが。さりげなくレオと華凜も参加していたがツッコむ者は誰もいない。

 

 話は壬生が『ブランシュ』『エガリテ』に勧誘された時からのこととなった。

 壬生が声をかけられたのは入学してすぐのことだったらしい。もちろん、声をかけてきたのは司甲。司一と会ったのは学外で行われていた魔法訓練サークルでのことだったらしい。

 

 だが、一同が一番衝撃を受けたのは、壬生が二科生であることに劣等感を抱くきっかけとなった出来事だった。

 

 それは司甲に声をかけられる少し前、クラブ勧誘期間における剣術部のデモンストレーションで、剣術部員が暴れた時の際に摩利が風紀委員として制圧した際の剣舞に壬生は感銘を受けた。

 そして、摩利に一手指導を依頼したのだが、『お前では相手にならないから時間の無駄だ。お前の実力に相応しい相手を探せ』と相手にされなかったことがショックだった、という話だった。

 

 摩利は狼狽を隠せずに、話の途中で口を挿んでしまった。

 

「……すまん。心当たりが無いんだが……」

 

 開き直ったようにも聞こえる言葉に、エリカが摩利を睨みつけるが摩利にそんな余裕はなかった。

 

 壬生はどこか諦めたような顔で虚し気な笑みを浮かべ、

 

「中学時代に『剣道小町』なんて言われて、いい気になっていたんだと思います。だから入学してすぐの、あのデモンストレーションで渡辺先輩の見事な魔法剣技を見て……。相手にしてもらえなかったのはきっと、あたしが二科生だから、そう思ったらとてもやるせなくなって……」

 

「ちょ、ちょっと待て。その話は去年の新歓期間のことだよな? あたしが剣術部の跳ね上がりにお灸を据えてやった時のことだよな? その時の事はよく覚えてる。お前に練習相手を申し込まれたことも忘れていない。だが、あたしはお前をすげなくあしらったりはしてないぞ?」

 

「傷つけた側に傷の痛みが分からないなんて、よくあることです」

 

 心の底から困惑する摩利に、エリカが皮肉たっぷりに言い放つ。

 流石に摩利も顔を顰めるが、達也が制止した。

 

「エリカ、少し黙っていろ」

 

「なに、達也くん。この女の肩を持つの?」

 

「だから少し黙って聞いていろ。批評も論評も全て聞き終わってからだ。もしかしたら、これはとても重要なことである可能性がある」

 

 達也の叩きつけるような叱責に、エリカは不満げに眉を顰めて腕を組むが『重要なこと』と言われては聞かないわけにもいかないので大人しく黙った。

 それを確認した達也は、摩利に視線を向けて続きを促した。摩利は眉間に皺を寄せたまま、壬生に顔を戻して、

 

「……あたしの記憶が正しければ、確か……こう言ったんだ。『すまないが、あたしの腕では到底、お前の相手は務まらないから、お前に無駄な時間を過ごさせることになる。それより、お前の腕に見合う相手と稽古してくれ』とな。……違うか?」

 

 摩利の言葉に壬生は目を丸くして、困惑の顔を浮かべた。

 

「え……? あの……そういえ、ば?」

 

「大体、あの時からすでにお前の方が剣の腕はあたしより上だったんだ。そんな『お前では相手にならない』なんて言うはずがない」

 

 目を大きく見開いて呆然とする壬生。

 そんな壬生を見て、真由美が変わって疑問を口にする。

 

「摩利。じゃああなたは、壬生さんの方が強いから、稽古の相手は辞退すると言ったの?」

 

「あ、ああ。そりゃあ、魔法を絡めればあたしの方が上かもしれんが……。あたしが学んだ剣技は、魔法の併用を大前提としたものだ。純粋に剣の道を修めた壬生に敵う道理が無い」

 

「じゃあ……あたしの誤解……だったんですか……?」

 

 まさかの差別撤廃を目指すことになったきっかけ、志の根底そのものが誤解から始まっていることにショックを受ける壬生。

 

 だが、その時、

 

「いえ、ただの誤解ではないかもしれません」

 

 達也が空気をぶった切って発言をした。

 

「お兄様?」

 

「どういうこと? 達也くん」

 

「お忘れですか、会長。咲宗の報告を」

 

「風火奈くんの……?」

 

「ブランシュは催眠、または暗示を使っている可能性がある、という話です」

 

 物騒な言葉が飛び出てきて、エリカやレオ、華凜、そして壬生は目を丸くする。

 そして、話を思い出した深雪は怒りに目尻を吊り上げ、三巨頭は顔を鋭くして達也を見据える。

 

「……この記憶違いが催眠だと?」

 

「その可能性は考慮すべきだと思います。……咲宗」

 

「なんだい?」

 

「「「「うわぁ!?」」」」

 

 突如現れた咲宗に、エリカ、レオ、真由美、摩利が声を出して驚き、深雪と壬生は声までは出さずとも目を丸くしており、達也と克人、華凜は呆れ顔で咲宗を見る。

 

「い、いつからいたの……?」

 

「エリカが達也に叱られた時からだよ」

 

 心臓を押さえて息を荒げながら訊ねるエリカに、咲宗は肩を竦める。

 

「真面目なお話し中に腰を折るようなことはしないよ」

 

「なら、話を戻すぞ」

 

 話の腰を折った原因の一人である達也が、本題に話を戻す。ちなみに達也が咲宗の名前を読んだのは、ただの『あいつのことだから、驚かせるために黙って入ってきてるだろう』という勘である。

 

「はいはい。で、何が訊きたいの?」

 

「壬生先輩が暗示か何かに掛けられているか否か、だ」

 

「それなら答えは『イエス』だよ」

 

 即答した咲宗に、真由美達は息を呑み、達也と克人は目を細める。壬生に関しては顔色が青どころか白くなっていた。

 

「手段は分かっているのか?」

 

「もちろん。()()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

 

 清々しいほどの爽やかな笑みを浮かべて爆弾発言した咲宗に、エリカ達はもちろん、流石の達也と克人も絶句した。唯一華凜だけが額に手を当ててため息を吐いた。

 

「……見ていたのか?」

 

「うん。まぁ、精霊を通して、だけどね。だから、今日来るって分かって準備してたんじゃないか」

 

「……そんな報告されてないのだけど……」

 

「してませんからね。変に身構えて討論会でヘマされたり、同盟に待ち構えられてることに気づかれたら困ったので」

 

「なっ……!?」

 

「お前なぁ……」

 

「敵を騙すには、まず味方から。全ての情報を即座に伝えることが必ずしも最善とは限りませんので」

 

 目を丸くする真由美と呆れる摩利に、咲宗は飄々と悪びれもせずに言い放つ。

 

「さて……話を戻しまして。壬生先輩」

 

「……なに、かしら?」

 

「『ブランシュ』リーダー 司一には変な癖がなかったですか? 例えば……大事なことを話す直前に右手で眼鏡を触ったり、外したりとか」

 

「……そう言われれば……確かに……」

 

「それが暗示の合図だったんですよ」

 

「あれが? ……でも、どうやって? それ以上に変なことは――」

 

「意識干渉型系統外魔法『邪眼(イビルアイ)』。それが暗示の正体です」

 

「……『邪眼』?」

 

 エリカが首を傾げ、レオと華凜も首を傾げる。

 深雪、真由美と摩利も知らないようで、眉を顰めていた。

 

「お兄様、ご存知ですか?」

 

「聞いたことはある。確か、特殊な光信号で相手に催眠をかける魔法だ。と言っても、実態はただの手品に近かった気がするが」

 

「その通り。意識干渉型とは言ってますが、ぶっちゃければ、ただの光波振動系魔法ですね。対象の網膜に催眠効果を持つ光信号を、指向性を持たせて超高速で投射する催眠術の一種に過ぎず、手間と機材を惜しまなければ、映像機器でも再現可能なレベルの手品です」

 

 壬生や真由美達に聞かせることを意識しているためか、敬語で達也の話を捕捉する咲宗。

 

「それで壬生の記憶をすり替えたと言うのか?」

 

「そうですね。勘違いを真実だと刷り込ませ、劣等感を刺激して一科生に敵意を持たせて手駒にしていったって感じでしょう。まぁ、壬生先輩の前に仲間を作ってましたから、壬生先輩の暗示が解けないように囲んでたでしょうし、一概に壬生先輩が無知で愚かだったとは言えないと思いますよ」

 

「じゃあ、他の同盟の子達も?」

 

「ええ。特に侵入者を手引きした生徒は間違いなく暗示をかけられているでしょうね。……恐らくですが、義弟の司甲もマインドコントロール下にあると思われます。義弟なんて、いくらでも『邪眼』を仕掛ける機会も時間もあったでしょうから」

 

「……確かに、その可能性は否定出来んな」

 

「とりあえず、同盟に参加していた生徒達は一度病院で保護する手配をしましょう。壬生先輩と司甲は怪我してますし。今なら侵入者のせいに出来ますから」

 

「そうね」

 

「だが、警察にバレないとは思えんぞ」

 

「そこは協力者に依頼しているので大丈夫です。情報を提供してブランシュ壊滅の手柄を譲ることを条件に、ブランシュに加担した生徒達は逮捕しないという密約を交わしたので」

 

「……それも聞いてないんだけど……」 

 

「襲撃を乗り切らなければ意味がない密約でしたからね。それに、お二方は元から手柄などはいらないでしょう?」

 

 咲宗は胡散臭い笑みで真由美と克人を見ながら首を傾げる。

 

 確かに真由美も克人も『ブランシュ』壊滅の手柄などどうでもいいが、だからと言って司法にまで及ぶような密約を報告もされなかったのは文句まで言うつもりは無いが、納得出来そうにもない。

 真由美は頭痛を押さえるように額を手で押さえ、克人は眉を顰めて目を瞑る。

 

「……でも、あたしがやったことは……。いくら催眠に掛けられてたとは言え、勝手にショックを受けて、誤解して、逆恨みして、自分を貶めて……一年も、無駄にして……」

 

 壬生は罪悪感に潰されそうになっていた。

 

 あまりにも悲壮感を醸し出す壬生に、真由美や摩利達はもちろん、エリカ達も声をかけられる空気ではなかったが、

 

「無駄ではないでしょう」

 

 達也が空気をぶった切って口を開く。

 

「……司波君?」

 

「エリカが先輩の技を見て、言ってました。中学の大会で見た『剣道小町』の剣技とは別人のように強くなっていると。恨み、憎しみで身に着けた強さは確かに哀しい強さかもしれません。ですが、所詮技は技術でしかなく、何故身に着けたのかが重要なのではなく、何にどう使うかが一番重要だと俺は思います」

 

「……」

 

「確かに今回は間違えたかもしれません。しかし、先輩にはやり直せる機会も時間もあります。ここで全てを捨ててしまう事こそ、この一年間の努力を、時間を、成果を本当に無駄にしてしまうのではないでしょうか?」

 

 達也の言葉に、壬生は涙を流しながら顔を上げる。

 

「……司波君。一つだけ、お願いがあるんだけど」

 

「なんでしょう?」

 

「もう少し、こっちに来てくれないかな?」

 

「こう、ですか?」

 

「もう一歩」

 

「はぁ」

 

 達也が僅かに訝しみながら壬生の元に歩み寄る。

 すぐ傍まで近づいてきた達也に、壬生は急に制服を掴んで顔を胸に埋めた。

 

 それにギョッとする一同だったが、

 

「ちょっとだけ……そのまま動かないでね」

 

 そう言った直後に壬生から嗚咽が漏れ、それはすぐに号泣へと変わった。

 突然の号泣に周囲はオロオロし始めるが、達也は無言で壬生の肩を支え、涙が止まるまで静かに見守るのであった。

 

 

 

 壬生が落ち着きを取り戻したところで、壬生から解放された達也は鋭い顔で咲宗に顔を向ける。

 

「咲宗」

 

「なんだい?」

 

「ブランシュのリーダーがいる場所は把握しているな?」

 

「もちろん。でも、それがどうかしたの? この後、協力者とうちの部下達で潰す予定だけど」

 

 咲宗は達也が何を言いたいのか分かっていたが、あえて惚けるふりをしながらもさり気なく手出しは必要ないことを伝えた。

 

「場所を教えてくれ」

 

 しかし、達也はそれを無視してはっきりと言い放った。

 

「……達也くん、まさか、彼らと一戦交えるつもりなの?」

 

「その表現は妥当ではありませんね。一戦交えるのではなく、叩き潰すんですよ」

 

 恐る恐る訊ねてきた真由美に、達也はあっさりと過激度を増して告げた。 

 

 まさかの壊滅宣言に真由美や摩利、エリカ達は唖然とする。

 

 咲宗は顎に右手を当てて数秒考え、

 

「ふむ……。勇ましいのは心強いし、気持ちは分からなくもないけど……達也に教える理由がないかな」

 

 明確な拒絶を示した咲宗と、まっすぐ見据える達也との間に緊張が走り、真由美達は息を呑む。

 

「納得できる理由を話せば、拠点の場所を教えてくれるのか?」

 

「いや? その情報は流石にそれだけじゃね。対価に釣り合わない」

 

「報酬ならば余程な大金でない限り――」

 

「貸し1つ、が妥当かな」

 

「……忍術使い相手に借り、か。……背に腹は代えられないか」

 

 言葉を遮って提示された条件に、達也は眉を顰めながらも頷いた。

 

 咲宗は小さくため息を吐いて、

 

「やっぱり達也って平穏に過ごす気ないよね……」

 

「酷いな。俺はただ、俺と深雪の日常を損なおうとするものを、全てを駆除するだけだ」

 

 まるでちょっとピクニックに行くように、されど恐ろしいまでに冷え切った声で、達也は決定事項のように言い放ち、それに真由美達は再び息を呑む。

 

「俺達の生活空間がテロの標的となった以上、俺はもう当事者だ。連中は俺を狙っていたようだしな。それに、友人も襲われている。ここで根絶やしにして、後顧の憂いを完全に取り除きたい」

 

「……そこまで覚悟が決めてるなら、止めても面倒事になるだけか」

 

 司一がいる廃工場は遥も知っているので、達也が問い詰めれば恐らく遥は場所を教えてしまうだろうと咲宗は簡単に予想出来た。

 だったら、ここで咲宗が協力して、手筈を整えた方がまだマシだと判断するのは当然の事だろう。

 

 それに達也の本当の狙いは、以前司甲が達也を狙った理由とその情報がどこまで漏れたか確認したいためだろうことも見抜いていた。

 

「でも、達也だけ……じゃなさそうだけど、達也達だけで攻め込むとなると流石に公安とかに目を着けられるよ。隠せないことはないけど、それをするとなるとボクはフォローが一切出来なくなる」

 

 深雪が達也の隣に立ち、エリカ、レオが好戦的な笑みを浮かべたのを見逃さなかった咲宗は、苦笑しながら説明する。

 

「ならば、俺も行こう」

 

 克人が凛々しい顔で名乗り上げる。

 

「十文字くん?」

 

「後輩だけで行かせるわけにもいくまい。それに元々風火奈に色々と探るように依頼したのは俺達だ。十師族に名を連ねる十文字家の者として同行するのは当然の務めだろう」

 

 克人は真由美と摩利に顔を向け、

 

「お前達はここに残ってくれ。まだ混乱の余韻が残る校内を手薄にするわけにはいかん」

 

「……よね」

 

「……しかたあるまい」

 

 自分達も同行しようと思っていた真由美と摩利は克人の正論に渋々引き下がる。

 

「華凜。お前は壬生先輩の護衛ね」 

 

「え~、アタシもそっち行きたい!」

 

「やだ邪魔」

 

「やだ行く」

 

「父さんと母さんに許可貰ってこい。貰えるものならね」

 

「うぐぅ……!」

 

 華凜は悔し気に顔を顰める。

 勝敗が決したことで、咲宗は意識を達也達に戻す。

 

「さて、連中の本拠地だけど。場所は街外れにある丘陵地帯にある廃工場。バイオ燃料の工場だったんだけど、環境テロリストの隠れ蓑だったことがバレて、夜逃げして放棄されてたんだ。バイオ兵器や劇毒物の持ち込みはないのは分かってるから、暴れても問題はないよ」

 

 説明しながら携帯端末を取り出して地図データを表示する咲宗。

 マッピングされた場所を確認したエリカ達は顔を顰める。

 

「目と鼻の先じゃねぇか」

 

「舐められたものね」

 

「まぁ、これくらいじゃないと機密文献の奪取に成功した構成員が逃げ込めないからね」

 

「あぁ、そういうこと」

 

「公安に関しては協力者に連絡して、十文字家が動くからしばらく手を出さないように伝えておきます」

 

「頼む。俺は車の手配をしてこよう」

 

「達也、作戦は正面突破?」

 

「それが一番敵の意表を突くことになるだろう」

 

「了解。じゃ、日が暮れる前に終わらせようか。ボクは先に行って、人が近づかないようにしておくよ」

 

「分かった」

 

 達也が頷いた直後、咲宗はその場から姿を消した。

 それを追うように克人も保健室を後にして、達也達も反撃の準備をするのであった。

 

 

 10分後、克人が用意した車に乗り込んだ時、何故か桐原が助手席にいた。

 

 




なんかもう一番下種なのは誰なんでしょうね?←スッとぼけ


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25.拠点襲撃

 先行していた咲宗は達也からのメールに首を傾げた。

 

「剣術部の桐原先輩? 確か壬生先輩と険悪な仲だったんじゃって……まさか好きな子に悪戯するって奴?」

 

 咲宗は呆れ顔を浮かべながら高速で移動していた。

 

「……まぁ、十文字会頭や達也がいいって言うならいいか。そこまでフォローする必要はボクにはないし」

 

 最短距離で移動していた咲宗は廃工場傍の森に到着して、先に潜んでいた部下と合流する。

 

「お疲れ様です」

 

「連中は?」

 

「襲撃に失敗したことはすでに気付いているようです。ただし逃げ出す様子はなく、待ち構えるつもりのようです」

 

「まぁ、一高襲撃に関してはニュースですでに流されてるから、そりゃ気づくよね。GPSとかも仕込んでただろうし。でも……待ち構えてるのか……。アンティナイトがあるから魔法は恐るるに足らずってことか」

 

「恐らくは。かなりの数の銃器も装備しています」

 

「どうせ連中はもう指名手配されるテロリストだからな。逃げ出したところでスポンサーやパトロンに始末されるだけだろうし、せめて十師族や一高の生徒を殺して手柄にするってわけか。ホントに小物になったなぁ……」

 

 咲宗は小さくため息を吐くも、すぐに顔を引き締める。

 

「もうすぐ十文字克人と司波達也一行がここを襲撃する。お前達は公安や警察が介入してこないように、突撃と同時に結界を発動しろ」

 

「「御意」」

 

「ボクも中に入って、司波達也達のフォローに回る。先に忠告しておくが、司波達也と司波深雪に余計な目を向けるな。特に司波達也は異能と思われる眼を持っている可能性がある。【今果心】の弟子であることも含めて最大限警戒しろ」

 

「「はっ!」」

 

「行け」

 

 咲宗の号令と共に部下達は音も立てずに所定の位置目指して飛び出していった。

 

 咲宗は廃工場の正面入り口近くに潜んで、達也達がやって来るのを待っていた。

 

 10分ほどすると、猛スピードで迫るエンジン音が耳に届く。

 視線の向けると、時速100kmほどで迫る大型オフロード車が閉じられた門扉目指して突っ込んできていた。

 

「……まさか」

 

 咲宗が何をするのか気づいたのと同時に、オフロード車にサイオンが纏わり付く。

 

 直後、オフロード車は門扉に突撃して、門扉を吹き飛ばして敷地内に飛び込んだ。

 

 しかし、オフロード車は大破するどころか凹み一つ作ることなく、ドリフトしながら停車した。

 

「やれやれ……宣戦布告ってわけかい?」

 

 咲宗は小さくため息を吐いて、木の上から飛び降りて、車から降りた達也達の傍に下り立つ。

 

 車から降りてきたレオが息を切らしていたことから、今の硬化魔法はレオによるものだと理解した。

 

「随分と無茶させるね、達也……」

 

「レオなら出来ると思っただけだ。無茶とは思っていない」

 

「あ、そう」

 

「おい、司波兄。コイツ、あの風火奈の双子の兄だよな? なんでコイツがここにいるんだ?」

 

 桐原が独特な呼び方で達也を呼びながら、訝しみながら咲宗について訊いてきた。

 

「ここのことを調べて教えてくれたのが咲宗だからです」

 

「コイツが?」

 

「まさか桐原先輩が来られるとは思っていませんでしたよ。壬生先輩の敵討ちですか?」

 

「なっ……!?」

 

 ニコリと笑みを浮かべながら先制パンチを放った咲宗に、桐原は目を丸くして動揺を露にする。

 それに全員が桐原の参戦理由を理解したが、露骨に反応を示したのは面白そうな顔を浮かべたエリカだけであった。レオと深雪は純粋に感心したような表情を浮かべていたが、エリカに比べれば薄い反応だった。

 

「桐原先輩のフォローは、達也達に任せていいんだよね?」

 

「それは俺が引き受ける。桐原の同行を許可したのは、俺だからな」

 

 克人の言葉に咲宗は小さく頷き、

 

「了解しました。ちなみに連中はすでに待ち構えています。アンティナイトと銃器を持ち出しているようなので、無策での特攻はお勧めしませんが」

 

「司波、お前が考えた作戦だ。お前が指示を出せ」

 

 克人が指揮を達也に押し付ける。

 達也はそれに驚くことも、戸惑うことも、尻込みすることもなく頷いた。

 

「レオ、お前はここで退路の確保。エリカはレオのアシストと、逃げ出そうとする奴の始末を頼む」

 

「……捕まえなくていいの?」

 

「司一を捕えれば十分だ。他は余計なリスクまで背負う必要はない」

 

「了解」

 

「会頭は桐原先輩と左手を迂回して裏口へ回ってください」

 

「分かった」

 

「……まぁいいか。逃げ出す奴は斬り捨ててやるぜ」

 

「咲宗は……好きに動いてくれ。俺達はこのまま正面から突入するから、逃げ出した連中を仕留めるも良し。会頭やレオ達のフォローに回るも良し。証拠の品を探し出すのも良しだ」

 

 さりげなく『自分達のフォローはいらない』と言い放った達也に、咲宗は肩を竦める。

 

「了解。なら、ボクは上から行くよ」

 

「分かった。……では、各自健闘を」

 

 桐原が駆け出し、その後ろを克人が威風堂々と続く。

 

 咲宗は一瞬で姿を消し、エリカとレオはその場で自然な足取りで工場内に足を踏み入れる達也達を見送った。

 

 

 

 咲宗は難なく廃工場内に忍び込んだ。

 

 達也と深雪を追いかけることも出来たが、流石に敵地で警戒しているであろう達也に下手な行動を見せるわけにはいかなかった。

 

「ま、今後も機会はあるだろうから、今は大人しく馬鹿共を潰すとしよっか」

 

 咲宗は足音も立てずに駆け出し、工場内を移動する。

 すでに廃工場内の地図は頭の中にあり、ある程度は敵の配置も把握していた。

 

 風の如く廊下を駆け抜ける咲宗。

 その前方にサブマシンガンを構えながら周囲を警戒する男達を捉えた。

 

 咲宗は素早く両手で印を結び、

 

「風魔忍術『空手裏剣』」

 

 手刀にした両手を素早く広げるように振るう。

 同時にその両手から小さな風の刃が数枚放たれ、高速で飛翔して男達の首筋を一瞬で切り裂いた。

 

「がっ――!?」

 

「な、なん……!?」

 

「う、そ…だ……」

 

 男達は何が何だか分からないと言った顔のままサブマシンガンを落として崩れ落ちる。

 

 咲宗は見向きもせずにその上を跳び越え、その後も次々と視界に捉えた男達を仕留めていく。

 

「……殺し過ぎるのも問題かな」

 

 周囲に気配を感じなくなったところで独り言を呟く。

 

 すると妙な冷気を感じ、首を傾げた咲宗は印を組んで精霊を通して、下の階の様子を窺うことにした。

 

 そこで目にしたのは不気味な氷像の群れを見据える深雪の姿。

 深雪の身体から凄まじいサイオンが噴き出していることから、この極寒地獄は深雪が生み出したのだと誰もが確信するだろう。

 

「おやまぁ……もしかして『ニブルヘイム』? 何とまぁ恐ろしい魔法を……。やっぱり深雪さんも只者じゃないか」

 

 そして、もう1つ。

 咲宗は異様な光景を見逃さなかった。

 

「連中の足元に散らばってるのは銃の部品……? ……壊れたって感じでもない。綺麗に分解されたみたいだな……。これも深雪さんか? ……達也はもっと奥かな?」

 

 精霊を操って、廃工場の奥に移動させる。

 

 少し先にある広い部屋に、達也は自然体で立っていた。

 その右手には拳銃型CADが握られており、達也の向かいには肩や太腿から血を流して倒れる男達と、狼狽して後ずさる司一がいた。

 

 男達の周りには先ほどの部屋同様バラバラに解体された銃の部品が散らばっていた。

 

「達也の魔法か……。まさか『分解』? 二科生の達也が?」

 

 馬鹿にしているわけではなく、純然たる事実として咲宗は呟く。

 見下しているわけではない。純粋に客観的に魔法実技と魔法力に劣る二科生がそこまで高度な魔法が使えるのは普通であればあり得ない。

 

「……【今果心】の弟子であるのはただの偶然ってわけでもなさそうだな……。やれやれ……本当に困った兄妹だなぁ」

 

 咲宗は術を解いて、ため息を吐いた。

  

「実戦もかなり経験してるのに、大した情報はない……。あ~駄目だ。調べたら絶対ヤバイモノが出る」

 

 嫌な予感がビンビンするため、達也達に探りを入れることを潔く諦める咲宗。

 

 気を切り替えて移動を再開し、軽やかなステップで素早く一階に下りる。

 そして2分もせずに達也と司一がいる部屋に到着すると、そこには桐原もいて、司一が悲鳴を上げながら右腕を押さえて蹲っていた。

 

 桐原は大きく肩で息をしながら、憤怒の表情で司一を見下ろしていた。

 僅かにサイオンノイズを感じることから、キャスト・ジャミングが使われたことに咲宗は気づいていたが、刃引きされた刀であることから、キャスト・ジャミング下でも魔法を発動して腕を斬り落としたことに咲宗は純粋に感心した顔を浮かべる。

 

「くたばれえええ!!」

 

 桐原が刀を振り上げて、雄叫びを上げながら更なる追撃を放とうとする。

 

 達也はそれを無表情で見つめていたが、その時突風が吹いて桐原に叩きつけられた。

 

「うおっ!?」

 

 桐原は体勢を崩して尻もちをついてしまう。

 

 達也は顔を横に向け、桐原に向けて右腕を突き出す咲宗を見る。

 

「……後輩の身で申し訳ありませんが、桐原先輩。感情に任せて人を殺すのは、あまりお勧めしませんよ」

 

「……てめぇ」

 

 

「そのへんにしておけ、桐原」

 

  

 咲宗を睨みつける桐原に、切り裂かれて穴が開いた壁から現れた克人が重苦しく声をかけて制止する。

 

 克人の叱責で頭が冷えた桐原は、僅かに顔を顰めるも小さく頷く。

 

 克人は未だに呻き苦しむ司一に視線を向け、僅かに眉間に皺を寄せてCADを操作する。

 その直後、ほぼタイムラグもなく、司一の右腕の切断面から煙と肉が焼ける匂いが立ち上がる。

 

 乱暴な止血を施された司一は更なる激痛に襲われ、失禁しながら意識を失った。

 

 最後に克人は周囲を見渡し、

 

「……お前達。……やり過ぎだ」

 

 と、苦言を呈するのだった。 

 

 

 

 『ブランシュ』リーダー司一とその一味を制圧した達也達は、後始末を十文字に押し付けることになった。

 

 咲宗は部下に連絡して結界を解き、二階の死体を始末するように命じた。

 その後に遥にメールを送り待機している公安達を動かすことにした。

 

 克人も実家に連絡して、十文字家の人間を呼び寄せていた。

 と言っても、あくまで魔法の痕跡の後始末と、司一達を公安に引き渡すためであり、咲宗の話を聞いた通りに公安に手柄を譲るつもりであった。

 

「咲宗」

 

「ん? なんだい?」

 

 形としての聞き取りを終え、廃工場から引き上げる直前、達也は咲宗に声をかけた。

 

「中でのことなんだが」

 

「誰にも言わないよ。会頭からも口止めされてるしね」

 

 咲宗は肩を竦めて、達也達の力について口外しないと約束した。

 

「やっぱり達也達のことは首を突っ込むとヤバそうだって勘が言ってる。だから、【今果心】と繋がってる君達に敵対する気はないさ」

 

「酷い言いがかりな気がするが、ありがとうと言っておこう」

 

「どうも。じゃあ、ボクはここで」

 

「へ? まだなんかあるの?」

 

 妙に落ち込んでいる深雪を元気づけようとしていたエリカが、首を傾げながら咲宗に顔を向ける。

 レオや達也、そして少し離れた場所に立っていた桐原も咲宗に顔を向けた。

 

「連中の後ろにいた奴らをちょっとね」

 

 咲宗の言葉に達也は目を細め、桐原達は顔を鋭くする。

 

「ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派か? それとも……」

 

「独立派の方だよ。ブランシュのパトロンだからね。近くに独立派の人間が潜んでると思うんだよ。まぁ、もう逃げてるかもしれないけど」

 

「なるほどな」

 

「って言うか、よく分かったね、達也。奴らの後ろ盾」

 

「『邪眼』はベラルーシが開発した魔法だからな。それにアンティナイトの入手先と一高を狙った理由を考えたら、自然とそこに行きつく」

 

「普通は行きつかないから。ボクはもうこれ以上ツッコまないよ」

 

 咲宗はジト目で達也にツッコみ、背を向ける。

 

「多分、もう大丈夫だと思うけど。しばらくは周りに気を付けときなよ」

 

 忠告した咲宗は返事も聞かずに跳び上がったかと思ったら、そのまま空気に溶けるように姿を消した。

 

 一瞬で姿が見えなくなった咲宗に、桐原は目を丸くする。

 

「……おい、司波兄。あいつは一体何者なんだ?」

 

「裏工作が得意な一科生ですよ」

 

「……アイツの妹も同類か?」

 

「華凜のことですか? 華凜は違いますよ」

 

「ちっ……今年の兄妹はつくづく変なのが揃ってやがる」

 

 桐原の酷い侮辱に達也は反論しようと思ったが、残念ながら現状が普通ではないことは達也にも理解できていたのでギリギリのところで耐えた。

 

「あ、そういえば、剣術部って少し前に華凜にボコボコにされたんだっけ?」

 

 エリカが思い出したように呟く。

 

 それに桐原が顔を顰め、

 

「言っとくが俺はやられてねぇからな。司波兄にやられた騒動の反省ってことで他の新入部員の指導や用具の手入れとかしてて、練習には参加してなかったんでな」

 

「じゃあ、華凜に勝てる自信はあるんですか?」

 

「それは……ねぇな」

 

 悔し気に苦々しく顔を歪めるも正直に答えた桐原に、達也達も正直に意外感を顔に浮かべた。

 

 それを見逃さなかった桐原は更に顔を顰めながら、視線を地面へと向ける。

 

「あの妹の剣の腕は壬生にも引けを取ってねぇ。それにアイツの動きに剣筋は……間違いなく人を斬った経験がある奴のもんだ。お前みたいにな」

 

「……」

 

「あのチビ兄もお前側だな。昔海軍にいた俺の親父や親父の戦友達に似た空気を纏ってやがる。ったく……お前みたいな奴が二科生とかどんな冗談だって話だぜ」

 

 桐原はくつくつと自虐的に笑い、達也達に背を向ける。

 

「安心しな。俺もお前らの、というか今回のことは誰にも話さねぇよ。会頭に言われたってのもあるが、話したところで誰も信じねぇだろうしな、()()

 

「……ありがとうございます」

 

 達也は礼儀として礼を言ったが、桐原はそれに何も答えることなく、車の方へと歩き去って行った。

 

 

 こうして、達也達のブランシュとの戦いは終わりを迎えたのであった。 

 

 



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26.ようやく終わり

これで一章? ブランシュ編は終わりです
そして……ストック切れっす!
数話ほど閑話(忘れられてる雫ちゃんへの贖罪)など書いて、九校戦編に入ります


 咲宗は黒ジャージに着替え、部下達と共にとある商業ビルの屋上に立っていた。

 

 その向かいにある4階建ての小さなビルを見下ろしながら、咲宗は小さくため息を吐く。

 

「はぁ……逃げ出す様子は無し、か。とっとと出て行ってくれれば、残業なんてしなくて済んだのに」

 

「自分達のところまで手が届かないとでも思っているのではないですか?」

 

「だが、いくら何でも十師族を馬鹿にしすぎじゃないか? ブランシュに手が出せなかったのは生徒がいたからってだけだろうに」

 

「馬鹿にしてるから、あんなことをしでかしたんだろ。東京であれば四葉や九島は動かないとでも高を括っているんじゃないか?」

 

「九島はともかく、四葉がそんなこと気にするわけないでしょうに。所詮連中も大亜連合に踊らされたと言うことですかね」

 

「その可能性は高い」

 

「で、頭領。どう動くんスか?」

 

 思い思いに話していた部下達は、主である咲宗に顔を向ける。

 

 咲宗は腕を組んで眉間に皺を寄せる。

 

「……正当に真正面から行こうか。忍びとして、だけどね」

 

「へ? 真正面からっスか?」

 

「必要以上の幻術は使わないと?」

 

「うん」

 

「大丈夫なので? 確かに大した武装などは確認されてませんが……」 

 

「問題は連中じゃなくて周り」

 

「周りですと?」

 

「十師族や公安に国防軍、そして各国の諜報機関やマフィアとかの非合法組織など諸々。そして九重寺。流石にあそこまで派手にやったんだ。ボク達のことを見てないと思う方が難しいよ」

 

「……なるほど。下手に手の内を見せない方がいいと」

 

「風魔の秘術はね。幅広く知られてる術は使ってもいいよ」

 

 主の言葉に部下達は真剣な顔で頷き、装備を確認し直す。

 

 咲宗は身体の調子を確認しながら周囲の気配を探る。

 

(…………ちっ。雑な奴が多すぎて邪魔だな。これじゃあ手練れを探り出すのは無理だな)

 

 中途半端に気配を隠そうとしている者や未熟な結界を使っている者が多く、そちらに意識を取られてしまう。

 咲宗は舌打ちして、呑気に潜んでいるつもりのベラルーシ再分離独立派の処分に意識を集中することにした。

 

「見張られてるだろうから、殺しは無しだ。あくまで撃退と捕縛。無力化した後、公安に引き渡す」

 

「「「「「「 はっ! 」」」」」」

 

「じゃ、行こうか」 

 

 言うと同時に咲宗はビルの屋上から飛び出し、部下達がその後に続く。

 軽々と道路を飛び越えてビルの屋上に音も立てずに着地する。

 

 その15分後。

 

 ビルの近くで待機していた公安に、遥から連絡が入る。

 

 

 『協力者より

 

  ――捕縛完了、後はお好きにどうぞ』

 

 

 

 

 

 翌日の深夜。

 

 色々と後始末を終えた咲宗は九重寺へと赴いていた。

 

 明かり一つない暗黒に包まれた本堂の中に、咲宗と八雲は向き合って座り、まっすぐに見つめ合っていた。

 

「さてと……まずは、お疲れ様と言うべきかな?」

 

「まぁ、少なからずブランシュ日本支部とベラルーシ再分離独立派日本工作員は掃討出来たでしょう。両母体と大亜連合にまでは手が出せませんがね」

 

「そうだねぇ。流石に海の向こうにまでは無理だ。まぁ、そこは十師族や魔法協会、外務省に任せるとしよう。僕らの仕事はあくまで国内の守護だ」

 

「あなたの、でしょう。我らはまだ主無き身。今回は前回の尻拭いと友誼のためにすぎません。自分の縄張りにいたというのもありましたがね」

 

「風魔はまだ悲願を諦めてないのかい?」

 

「と言うよりは、結局求めざるを得ない、というのが正しいでしょうね。エレメンツの血は意外と根深いんですよ。特にこの身は」

 

「風と火のエレメンツか……。確かに遺伝子が強く出てもおかしくはないねぇ」

 

「それで? わざわざ事件を労うために呼んだわけじゃないでしょう。本題をお願いします。流石に他の忍びの拠点、【今果心】の懐にいては落ち着けませんので」

 

「あまりそうは見えないけどねぇ。まぁ、いい」

 

 八雲は飄々とした薄笑いを浮かべたまま顎を擦りながら、小さく頷いた。

 

「君の事だ。大方予想は付いてるだろうけど……達也君達のことでね」

 

「……はぁ」

 

 咲宗はため息を吐いて腕を組む。

 

「あの兄妹を探るつもりはありませんよ。部下にも徹底させてます」

 

「流石だねぇ。その方がいい」

 

「やっぱり碌でもないことが隠れてそうだ」

 

「僕の方から風魔()()()()()()は問題ないと関係各所に伝えておこう。それで大丈夫だと思うよ」

 

「感謝します。ま、少なくとも司波達也とは同級生でいる間は敵対する気はありませんよ。……線引きはさせていただきますがね」

 

「それは当然だ。僕だってあの兄妹とはあくまで契約関係のようなもので、協力するのは気紛れに過ぎないからね」

 

「……なるほど」

 

 八雲の言い方で達也との関係をある程度察する咲宗。

 

「それで君はこれからどう動くつもりなのかな? まだ七草家と十文字家のお手伝いを続けるのかい?」

 

「……まぁ、仕方無き事とは言え、少々無理矢理で騙し討ちのような手段を取りましたからね。そこをツッコまれれば……少なくとも彼女達が生徒会長である内は今のままでしょう」

 

「ふむ……これは忠告ではないけど――」

 

「心得てますよ。どちらの下にも就く気はありません」

 

「助かるよ。流石に君が十師族の下に就くとなるとパワーバランスが崩れかねないから」

 

「そう警戒しなくとも両家に就く気はないですよ。今の七草家の当主は暗躍家を気取ってますが、核心的な部分で手を抜かる質で損得勘定が強いので信用出来ません。ご長男の次期当主殿も同様で、長女殿は性格的に忍びが使える質ではないですからね。十文字家も同じく、忍びを使うには性格がまっすぐ過ぎる。人間としては嫌いではないですが、忍びの主としては少々格が足りない」

 

「おやおや、これは手厳しい」

 

「それなら、まだ司波達也の方がいいですね。まぁ、貴殿がいるので売込みする気はないですが」

 

「それは助かるよ。僕も色々あってねぇ。まだあの兄妹から離れる気はないんだ」

 

「……()()()()の命令ですか?」

 

「……」

 

 八雲は何も答えず、表情も変えなかったが、明らかに雰囲気が冷え込んだ。

 

 それに咲宗は両手を上げて、

 

「口が滑りました。申し訳ない」

 

「……やれやれ。本当に君は優秀だねぇ」

 

 八雲は褒め言葉を口にするが、纏う雰囲気は真逆のものだった。

 この場合の『優秀』は『油断できない』という意味だと咲宗も聞き間違えることはなかった。

 

「一応……風魔も細々ではありますが繋がりはありますので」

 

「しかし、今回の一件で風魔の名は確実に魔法師社会で広がっていくだろう。それについてはどうするつもりだい? これまで風魔は陰で生き続けた正しく『忍者(しのぶもの)』だったわけだけど」

 

「それについては現当主と話をして決めるつもりです。正直、あなたを始め、藤林、服部など表に名を出している忍術使いもいますので、これ以上無理に名を隠す必要はない気もしています。……今の身内の腐敗を見ると尚更。ただし、そうなると火堂家にも話をしないといけないので、すぐにとはいかないでしょう」

 

「なるほどぉ……。うん、承知したよ。それなら、()()()もすぐに動くことはないだろう」

 

「はぁ……感謝します。あぁ、そうだ。司波達也とは今回の件で貸しが出来ましたので、場合によっては貴殿にも何かしら話が来るやもしれません」

 

「ふむ……まぁ、それは内容次第かな?」

 

「もちろん。協力してやってくれなどと言う気はないですよ。ただ、まだ彼とは七草家など関係なく、繋がりを持ち、場合によっては協力し合うことになる、ということをお伝えしておきたいだけです」

 

「うん。了解した。それならそれで構わないけど、あまり踏み込むと嫌でも見たくないものが見えちゃうから気を付けなさい」

 

「心得ておきます。では、今日はこれにて」

 

 咲宗は座ったまま頭を深く下げ、立ち上がると同時に姿を消す。

 

 八雲は気配が消えたことを確認して、顎を擦り、

 

「いやはや……ホント、達也君の周りには面白い子が集まったものだ。今後も大変そうだねぇ、達也君」

 

 

 

 

 

 そして、その翌日。

 

 学校も再開し、一応は一高内は日常を取り戻した。

 

 同盟は事件の関係者であった可能性があることから完全に沈黙、解散して学内で例のトリコロールバンドをする者はいなくなった。もっとも、あの襲撃事件など無くとも、討論会で完全論破されてしまったので、立場がなくなっただけなのだが。

 しかし、トップである司一、その周囲にいた者達や壬生が入院したことから、エガリテは完全に活動を停止させられてしまった。

 

 現在入院している面々は、暴れることもなく、むしろ反省の弁を述べて罪悪感に苛まれているらしい。

 マインドコントロール下にあったとはいえ、自分達が恐ろしい事をしていた記憶は消えないし、その事実も消えることはない。

 

 自分達はテロ組織に所属し、犯罪に協力していたというのは、あまりにも重く苦しかった。

 

 幸いなのは、公安や警察は咲宗との取引を守り、彼らを罪に問うことはなかった。

 学校側も被害届を出さなかったことも大きく影響している。学校側からすれば、ただの不始末の隠蔽工作に過ぎないが。

 

 つまり外聞的には『ブランシュの襲撃と討論会が重なったのはただの偶然であり、ブランシュ関係者に一高の生徒は誰もおらず、図書館には機密文書奪取を止めに行った生徒以外一高生は誰もいなかった』と言うことになった。

 

 これを大多数の生徒達は信じている。

 真相を知っているのは、生徒会、風紀委員、部活連の一部、そして達也達と桐原のみ。そして廃工場で起きたことに関しては突入したメンバーのみしか真相を知らない。

 真由美や摩利さえも、廃工場で何が起きたかは聞かされていない。何となく察してはいるようだが。そもそも廃工場に突入したことすら、知っているのは教職員、真由美、摩利、壬生、華凜くらいである。

 

 ということで……咲宗は現在生徒会室にいた。

 

 真由美と克人に呼ばれて。

 摩利、達也、深雪も同席しており、一応報告会という名目で集められた。

 

「――ということで、壬生さん達ブランシュにマインドコントロールされていた子達は被害者ということでお咎め無し。退院したら、これまで通り学校に通えるわ」

 

「そうですか」

 

「良かったです……」

 

 真由美の報告に達也は淡々と頷き、深雪は笑みを浮かべてホッとする。

 摩利や克人も小さく頷いていた。

 

「咲宗君の方はどうなの?」

 

「……はい」

 

 いつの間にか下の名前呼びになっていることに大いに疑問を感じながらも、咲宗はそれを押し殺して報告することにした。

 

「ブランシュは関東近郊に関しては判明している拠点は全て占拠。残党もほぼ全員確保しました。マインドコントロールされていると思われる被害者は順次保護して治療を始めているようです。と言っても、あくまでブランシュ日本支部の構成員は、ですがね」

 

「……つまり、まだブランシュ勢力が動いていると?」

 

「今の所、それはないですね。そこまで公安や内情、国防軍も無能ではないですから。外国の母体やその協力者達までは手が伸ばせないということですよ。ウクライナ・ベラルーシ再分離独立派も日本にいた連中は全員捕縛済み。現在公安を始めとする機関が協力者を捜査中ですが、あまり上手く行ってないようですね」

 

「なるほど。……お前達の方ではどうなのだ?」

 

「残念ですが同じく、ですね。今のところ網に引っかかる連中はいません。連中も馬鹿じゃありません。今は日本から距離を置くと思います。なので、しばらくは大丈夫かと」

 

 咲宗の報告に真由美と摩利は僅かにホッとした顔を浮かべる。

 

「さて……これで拙者はお役御免ですかね?」

 

「……そうねぇ。そう言ってあげたいんだけど……」

 

「今回のお前の働きは大きいが、少々やり方に問題があったと思う」

 

「そうでしょうか。拙者はあなた方が望まれるであろう結果を出すために全力を尽くしただけなのですが……」 

 

 咲宗は胡散臭い笑みを浮かべて首を傾げる。 

 真由美と克人は僅かに眉間に皺を寄せる。

 

「情報共有の不備。特にブランシュ襲撃するタイミングと、壬生達への暗示に関する報告をしなかったことは看過出来ることではないと思うが?」

 

「それについてはすでにお答えしたはずです。下手にお伝えしたところで、満足に待ち構えることなど出来なかったと愚考していました。図書館に陣を張ることは簡単ですが、そうなると討論会をしていた講堂を押さえられていたか。もしくは、部活動などをしていた生徒達が殺害、または捕縛されて人質にされていた可能性が高かったと思いますよ?」

 

 咲宗の反論に三巨頭は更に深く眉を顰める。

 

「壬生先輩達の暗示に関しても、判明したのは襲撃前日です。報告したところで出来たのは無理矢理捕縛することくらいでしょう。そうするとブランシュは逃げ、討論会は中止となり、更に同盟との軋轢は深まった可能性が高かったでしょうね」

 

「う……」 

 

「まぁ、それでも盟約違反であることは事実。それに公安との取引に七草家と十文字家の名を勝手に使ったこともありますので、少なくとも七草会長の任期中はお手伝いを続けるとしましょう。馬鹿が報復に来る可能性もありますので」

 

 そう言った咲宗は立ち上がって、達也に顔を向ける。

 

「貸し、忘れないでよ」

 

「分かってるさ」

 

「ま、今のところは手伝って貰うことはないけどさ」

 

 肩を竦めた咲宗はそのまま生徒会室を後にする。

 

 咲宗を見送った真由美は机に突っ伏した。

 

「はぁ~……疲れたぁ~」

 

「やれやれ……本当に扱いに困る奴だ。まぁ、まだ味方に繋ぎ止めることが出来たことは良しと思うしかないな」

 

 摩利もため息を吐いて、椅子にもたれる。

 

 克人は腕を組んだまま目を伏せ、

 

「あくまで協力体制であることを言いたかったのだろう。我々十師族の下に組したと周りから思われないようにな」

 

「だから、今後もある程度は勝手に動くってわけか……」

 

「はぁ……でも、私としてははっきり言ってくれてありがたいわ。うちの父から可能であれば勧誘しろって言われてたし」

 

「おいおい……そんなこと十文字やあたし達の前で言っていいのか?」

 

「良いわよ別に。だって十文字君もそんな気ないんでしょ?」

 

「ああ。確かに十文字家としてはあの諜報能力は魅力だが、今回の風火奈の動きを考えると、手綱を握り操れる自信はないとの結論に至った」

 

「うちも無理。絶対父と咲宗くんの相性悪いと思うし。ということで、このままの状態の維持が理想ってわけね」

 

「まぁ、お前達がそれでいいなら、こちらは構わんが……」

 

 摩利は呆れた顔で小さくため息を吐く。

 

「とりあえず、これでブランシュについては解決ということで良いんだな?」

 

「そうね……。まだ油断は出来ないし、壬生さん達のアフターケアがあるけど、概ね解決と言っていいでしょうね」 

 

「もっとも、この機会を無駄にせず、討論会で七草が打ち込んだ楔を活かさねばならん。むしろ、俺達の仕事はここからが本番と言うべきだろう」

 

「そうね。完全に取り払うことは出来ないでしょうけど、出来る限り差別意識を薄めなければ、壬生さん達同盟の子達が苦しんだ意味が無くなってしまうものね」

 

 憂いに顔を俯く真由美の言葉に、摩利や深雪も力強く頷く。

 

 

 この事件をきっかけに、一高も少しずつ変わっていくことになる。

 

 

 その中心に達也がいるのは言うまでもなく、咲宗がそれに振り回されるのも、また言うまでもないのであった。

 

 

 




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