九尾の狐とヤンデレという概念 (ぽぽろ)
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一尾目

ケモナーの友達のせいで私もケモナーになりそうになってる


僕の家の近くには寂れている社があった。

雑草は鬱蒼と生えていて、苔がまるでカバーみたいに生えている灯篭がある。

小さい頃は気になって近寄ろうとした事もあるけれど、一緒にいた母親から訳も分からず、ただ

 

「あの社には近づかないこと」

 

とかなり強い口調で止められた。理由を聞いても子供だましみたいなとってつけたような理由で教えてくれなかった。地域の人にも聞いても近づかない方がよいとだけ言われた。退廃的で怪しい社で、どこか怖い雰囲気だったので僕は近づかなかった。

そして僕が中学生になる頃には寂れた社は日常の風景に溶け込んで、妖術をかけられたみたいに気にしなくなった。

 

そんな僕も高校生になって、幼少期からなんとなく遠ざけていた社を帰り道にたまたま通ってしまった。

幼少のころからほとんど変わっていない、荒れ放題で苔やら蜘蛛の巣やらが張っている。

 

じっと社を見つめてみる。今、僕と社を隔てている道路がとてつもなく遠く感じた。

何か不思議な世界の入り口みたいに灯篭が左右に立って僕と誘う様に見つめている感覚がした。

 

僕は道路を渡って、社の近くにあった自動販売機でコカ・コーラを買ってそれを飲みながら、入り口に立ってみる。どこか全体的に怪しい雰囲気を醸し出している。

しばらく見てから、境内に塔の様に積み上げられた石が一個付近に落ちていることに気が付いた。

僕を誘う罠の様にじっと待ち構えている。

 

それが気になった僕は、飲み終わったコーラを近くにあったゴミ箱に投げ入れてから社の中に入った。

 

石を直すだけ、そう直すだけなんだ。近づくなとは言われたけれど神様の住んでいる所をキレイにする。逆にいいことではないか。

 

そう自分に言い聞かせてゆっくり一歩一歩ずつ入る。

目的の石を僕は手に取る。すると弱弱しく石が光った。

不気味に思った僕は急いで、あったであろう場所に石を戻す。するとその石の塔全体がさっきより強く光る。

そこで激しい頭の痛みに襲われて僕は意識を失った。

 

***

 

ハッと目が覚めて僕は飛び起きる。どうやらどこかに僕は連れてこられたみたいだ。

周りを見ると、まず目についたのがきれいな畳の和室の景色。必要なもの以外ないような質素な部屋。

そして机に山盛り盛られている油揚げ。腐らないのだろうか。

 

「おや、目覚めたのか」

 

すると後ろから声が聞こえた。

僕は後ろを振り向くと、頭には人間にはない犬や猫みたいな耳としっぽが九本見えていた。

僕は激しく混乱した。

 

「驚きのあまり声もでんか!」

 

ハッハッハと豪快に笑った。

 

「妾は九尾と呼ばれている」

「九尾?」

 

僕が尋ね返すと九尾は後ろを向いた

 

「ほれ、しっぽが九本ちゃんとあるじゃろ?まあ、人間では無いことはこの耳から分かるか」

 

九尾の言葉に合わせてぴこぴことまるでそれが独立していて生きている生き物の様に耳としっぽが動いた。

 

「それで僕をここに連れてきた目的はなんですか?」

「そんな睨むでない、目的……しいて言えば感謝かの」

「感謝?」

「あの神社の石をお主直したじゃろ?あれで妾が力を得てお主とつながれるようになったのじゃ、お主的には災難かもしれんが」

 

あの石がやっかいな事に僕とこの九尾をつないだらしい。

 

「あの入り口の石を直してくれた事感謝するぞ?」

「親がこの社に近づかないでっていってた理由が分かった気がするよ」

「そうか、そうか。妾はあの石を直してくれただけでお主への好感度は高いぞ?」

 

そう言って僕に倒れるように肩にもたれ掛かる。

そして、手で僕の全身を舐めるように撫でる。

段々と下の方に手が伸びそうだったのを僕は急いで手を掴んで止める。

 

「何してるんですか」

「九尾は人々の世を惑わす悪しきものじゃからの。お主に色仕掛けをしとったんじゃ、ほら妾は美女じゃろ?まあ妖術を使ったこれは仮の姿じゃが」

 

整った顔立ち、豊満な胸、細く白く伸びた陶磁器の様な肢体、後ろについている尻尾に目をつぶれば彼女はとても綺麗だった。傾国の美女を体現しているよう。

 

「僕を連れてきた目的はそれだけですか」

「おお、大切な事を忘れておった」

 

九尾はポンっと手を叩いた。

 

「妾はお主に一目惚れをした。お主からは妖怪を妾を夢中にするフェロモンみたいなものを感じるんじゃ、ロマンティックに言うなら運命の赤い糸的な物を感じた、妾を引きつける何が主にはある。妾はそれが、お主が欲しい」

「断る」

 

当たり前だ。人間じゃない物の告白なんて誰が受け取るものか。

 

「ちなみに良しと言うまでここからは出られんぞ」

「えっ……?」

「当たり前じゃ、あんな寂れた神社の中がなぜ綺麗だと思っておる。これは妾の妖術じゃ、主達に分かりやすく今の空間を例えるなら限りなく実体を持ったVRかの、現実であって現実ではない空間、それがここじゃ、ここは妾の思いのままじゃ。獣と言うのは執念深い。一度狙いを定めた獲物は取れるまでじゃ」

「僕は餌というわけですか」

「餌ではなく旦那様じゃ」

「了承はしていないんだけれど」

「了承するまでここから出られんので、了承した様なもんじゃ、最もずっとここにいたいのなら妾は止めはせん、」

 

僕は渋々了承するしかなかった。こんな訳の分からない所で死にたくはない。

 

***

 

外に出ると空はもう明るかった。

時計がないため詳しい時間は分からない。携帯電話はいつの間にか電池が切れていてただ黒い画面を映している。

そんなに時間が経ったのだろうか。

しかし、きっとそろそろ学校に行かなければいけない時間だろう。

そして、僕は足早にその社を去ろうとした。

しかし九尾が「ちょっと待つがよい」と呼び止められた。

 

僕は振り返る。

 

「お主に渡す物があってな」

 

そう言うと九尾は袖から普通の神社で売られているようなお守りを僕に渡した。

 

「お守り?」

「そう、お守りじゃ、中に妾の毛が多少入ってる。所謂魔よけみたいなもんじゃ。まあこれは別に良いんじゃが、お主に大切な事を伝えておらん」

「大切なこと?」

 

そうすると九尾は、しっぽを一本一本丁寧に点検をして毛づくろいをしながら言った。

 

「うぬの体内時間では半日か一日くらいの時間経過を感じているだろうが、貴様ら人間の時間ではもう一週間程度は立っているだろう」

 

僕は「どういう事?」と聞き返した。

すると九尾はじっと僕の目を見据えて言った。

 

「九尾は人間よりはるか長い時を生きる。長く生きるということは心臓の脈拍する回数が人間より遅いという事。なので感じる時間がだいぶ早まる。普通の人間なら妾達の世界に入るとその分老いて死ぬんじゃがお主は上手く適用したようで無事だった。」

 

僕は、顎に手を当ててじっと考える。九尾はそれに構わず灯篭の苔を毟りながら言った。

 

「そしてこの社は妾の世界と人間世界をつなぐ場所、いわば現実世界と異世界をつなぐ境目みたいなもの。それ故かここでは時間の進みが人間の世界とはだいぶ違うのじゃ。まあ妾達の世界の進み方じゃな。分かりやすく例えるなら浦島太郎かの、海の中にいる状態がこの社、玉手箱を開けた地上の世界が外の世界」

 

僕は社と道路の境目を見ながら考える。きっとここには視覚以上の距離があるのだろう。

 

「下手したら親御さんから捜索届とか出されているかもしれんの」

 

九尾はそういうと毟った苔を地面に捨てた。

 

「更にもう一つ、お主はもう他のメスとは話さんでくれ」

「え?」

「生憎の事ながら九尾、というか我ら物の怪の類いは人間が信じ記憶していないせいで数を減らしとっての、それのせいか繁殖欲が高いんじゃ、妾はまだマシなほうじゃがそれでも独占欲は一般の人間よりは大分強いのでな」

 

九尾はそういうとずっと社の奥に姿を消した。

文字通り狐に化かされて、僕は夢でも見ているのではないかと思ったらいくら目をこすっても先程のことが夢ではないという証拠のお守りが手のひらにある。でも景色は最初と変わらない寂れた社。

 

僕は「やれやれ」と思った。どうやら面倒な事に巻き込まれたようで。



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二尾目

九尾っていうと原神の八重神子しか思いつかなくて、それに引っ張られるの良くない


僕は、あの神社から足早に出ると家に戻った。

玄関を開けると、親には大変驚いた顔をされた。

 

カレンダーを見るとどうやら本当に一週間、時間が立っているらしい。

 

すっかり充電が無くなってしまった携帯に充電器を繋いで見ると、学校の友達から沢山メッセージが来ていた。

返すのも面倒だったので僕はそのまま眠ることにした。

海のように穏やかな眠りだった。

 

###

 

次の日、体感は一日でも体の疲れは1週間分あったようで、一日ゆっくり寝て、その次の日に学校に行く事にした。学校に行くと色んな人に声をかけられた。

「誘拐でもされたのか」とか「神隠しにあったのか」とか様々。神隠しというのは近からず遠からずかもしれない。僕は「狐に騙されたんだ」と返した。皆は首を傾げて聞き返したけど僕は「そのままの意味だよ」と言ってそれ以上は言わなかった。

先生からも色んな事を言われて、学校が始まる前にだいぶ疲れてしまった。

 

放課後、僕は図書室に向かった。調べたいことがあったからだ。九尾について、そしてあの神社について。

市立図書館の方がいい様な気もしたけれど、少し遠いから初めに学校の図書室にすることにした。無かったら休日にでも行けば良い。

 

二、三冊程見繕って僕は椅子に座って本を読み始めた。

僕の前に一、二冊程本が積み重なった頃、僕は目の疲れを覚えて、読もうと思って傍に置いていた三冊と今読んでいる本を遠くへ退けて、軽く目を手で揉んで、ふぅと大きく息を吐いた。

取り敢えず収穫はあまりなかった。

前にも僕の地域では高校生くらいの一週間程の失踪事件があった事くらい。前とは言ってもお父さんが高校生の時くらい前なのだけれど。

 

僕はぼぉっと窓を眺めながら考え事をしていると、図書室のドアが開いた。

もう皆帰っていると思っていたけれどまだ居たらしい。

 

「一週間居なくなったのに何も言わずに図書室にいるのはどういうこと?」

「調べたいことがあったんだ」

「私に一言言う前に?」

「そう」

 

ドアにもたれ掛かりながら、はぁとため息をついて、彼女は腰まで伸びる夕暮れの光を受けて眩しく輝く白髪の髪を手で払うように動かした。彼女──久川由希との関係性はいうなれば友達なのだけれど、その友達に一言無いのは彼女にとっては苛立つらしい。

荒っぽく椅子を引いて、僕の隣に座って、絹のように細く美しい人差し指でトントンと机を叩いている。

 

「まず何で1週間居なかったの?」

 

質問と言うよりは僕を責め立てる様に僕をじっと睨みながら言った。

 

「妖怪に化かされたんだ、僕の家の近くの神社にいる」

「……私は貴方がそんな冗談を言うと思ってなかった」

 

彼女は呆れたように大きくため息を着いた。

 

「冗談じゃないんだけれど」

「えぇ、それが本当だとしましょう、それってどんな妖怪なの?何でも妖怪のせいにするブームがあったのはだいぶ前よ?」

「九尾」

「九尾?あの狐でしっぽが9本ある?」

「そう、その狐でしっぽが9本ある」

「これが本当の女狐って事ね」

 

彼女の小さい呟きは、片付けようと思って持った本が落ちてしまった音に紛れて聞こえなかった。

そして、その音で彼女は僕の前に積まれていた本を見た。

 

「確かに、貴方が読んでる本は全部九尾がいるものばっかりね。後は新聞」

 

彼女は僕の持ってきていた本と新聞のタイトルをよく検分してまた机の上に置いた。

そして彼女は突然、僕の首筋にくっ付いてしまう程顔を近づけて、クンクンと鼻を鳴らして嗅いだ。

その時に彼女の肩から髪がひと房ほど僕の喉辺りに絡み付くように掛かって、何だかとってもくすぐたかった。

 

「確かに獣の臭いがする。人とは違う匂い」

 

散々人の匂いを嗅いだ後、彼女は離れた。

 

「確かにこれなら九尾に攫われたって信じるわ。とても獣臭かったもの」

「そんなに獣の匂いってしたのかな」

 

僕自身の腕を自分で嗅いでみてもよく分からない。

でも、信じてくれたのだから良しとしよう。

 

「それで貴方が一週間何をしていたのかを私は聞きたかったの」

「僕が何をしていたのか?いきなり変な空間に飛ばされて、勝手に約束させられて帰ってきただけだよ」

「それを詳しく知りたいの」

 

僕はあの時の出来事を事細かに彼女に話した。

結婚の話をした時は僕に掴みかからんとばかりに近づいてきて、怖かった。

 

全てを話終えると、彼女は咳払いをした。

 

「今、君は私達の世界とあっちのその九尾ってやつの世界と結びついてるってこと?」

「そうだね、きっと今は綱引きみたいに両方と結びついていて引っ張り合われている」

「もしも、何か更に引っ張るものがあったら君は九尾の方にいくの?」

「行くのかもしれないけれど、今は分からない。でも今僕の身体は普通の君たちの物と妖怪の物が渦巻いていて、そのバランスが崩れたらきっと」

 

僕がそう言うと彼女は悪い考えを振るい払う様に顔を左右に振った。

 

「成程、大体分かったわ」

「それなら嬉しいよ」

 

そう言って僕は大きく息を吐いて外を眺めると、すっかり日が暮れてしまっていた。

そろそろ帰るかと僕は片付けを始めようとした時に彼女はその手を掴んだ。

 

「一緒に帰らない?」

「いいよ」

 

二人で帰るのも悪くないと思った。

 

片付けも終わって僕は荷物を纏めて帰ろうとすると彼女は僕の手を握ってきた。

驚きでその手を見つめていると彼女が理由を話してくれた。

 

「だって1週間もいなかったのよ?私は今だって信じられていないの、本当に今君がいるかどうか」

 

───そうだ、僕は一週間消えていた人間なのだ。

 

一週間、完全に変わるのには時間が足りないが、変わるきっかけを掴むのには十分な時間だ。

きっとそれで彼女は何かが変わったのだろう。

そして、僕も変わった。

 

「今日話を聞いて思ったのは妖怪なら妖怪の世界だけでやってて欲しいわね」

「僕もそう思う」

 

僕は、二人で歩いていた道の角に九本のしっぽが見えた気がした。

 

「ほう、早速約束を破るとはダメな旦那様じゃ」

 

───そして、声も聞こえた気がした。




今気づいたけど獣耳要素無くね


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最終尾

本当は9話まで伸ばしたかったけど出来なかった。


丁度曲がり角で、彼女は「これ以上変な物連れてこないでよ」と言って少し怒り気味に言って別れた。

そして僕は一人、帰路を辿る。

 

「すぐに約束を破りおったな?」

 

僕に後ろに重みを感じた。そして耳元でしゃべられてくすぐったかった。

その様子を見て、ペロリと舌を出し僕の頬を舐めた。

何だか彼女からは懐かしい匂いがした。

 

後ろを向くとそこには九尾がいた。

 

「普通こういうものはあの社から出てこれなれない物だと思うんだけれど」

「別に妾があそこに封印されているものでも無い、ただ力が弱まる為だけの玩具に過ぎない。ただあの灯篭は妾と旦那様を繋ぐ為の運命の赤い糸みたいなもんじゃ」

 

僕は逃げたかったけれど、彼女の九本の尻尾が蔦が木に絡みつくようになっていて、身動き一つ取れなかった。

 

僕が抵抗を諦めたのを彼女は察すると、巫女を模した服の胸元から見せつけるように大麻(おおぬさ)を取り出した。

それを軽く一振すると、次の瞬間あの社にいた。

 

九尾は目をゆっくりと慣らすように開けると尻尾を巻き付けたまま僕を引きづるように社に入っていった。此処に戻るのは二日ぶりで、何も変わってなかった。相変わらず油揚げもあった。

 

「まず話を主から聞こうかの、約束を破った事について。たーんとな」

 

###

 

中央に置かれていた質素な木のテーブルに座ると、九尾は僕のすぐ隣、肩と肩がくっつくくらい近くに座った。

 

「近いと思うんだけど」

「夫婦であるから何もおかしい所はあるまい。もしかして主は案外初心なのか?可愛い所もあるもんじゃ」

 

九尾はカッカッカッと大きく笑った。

僕は訂正するのも面倒だったから流した。

 

「さてとまずは話を聞こう」

「僕は学校という社会にいる。君には分からないかもしれないけれどそこには人との交流が必要なんだ。君たちみたいに一人で生きていく強さはないからね」

「人間は脆い、それはわかる。しかし女子というのが気に食わん。」

「僕の友達が彼女しか居ないだけだよ。特に彼女との間に特別な事は何も無い。彼女もきっとそう思っているはずだよ」

「本当に奴はお主を友達と思っているのか?」

「多分そうだと思う」

 

九尾は呆れた顔をした。

 

「人の心に大分主は疎いな」

「妖怪に人の心は語って欲しくないけれどね」

「同じ女子通し通じ合えるものはあるという事よ」

「同じ人間ならね」

 

僕はテーブルに置かれていたお茶を一口飲んだ。

そして、ふと思う。何故僕は妖怪に人の心を説かれないと行けないんだろう。

 

「まあ、そこは流すとしよう。疎い方が妾は好都合じゃ、あと一つ、先程主は人との交流が必要と言ったが何故主は奴とだけしか交流しないんじゃ」

「僕はそういうのがあまり得意じゃないだけなんだ。別にクラスの人とも話すけれど必要な事以外はあまり話さない。彼女とは趣味も合うし何より気を張らなくていいんだ」

「それは好きな人とは何か違うのか」

 

じっと僕の目を見据えながら九尾は言った。

 

「彼女は友達で大切な人だけどそこには好意が互いに含まれていない。この先もしかしたら好きになるかもしれないけれど現時点ではノーだ。」

「成程、奴はただの片思いという訳か、実に愉快」

 

僕は九尾が言うことに疑問はあったが、きっと禄なことにならない。僕は勘の様な物を感じた。

 

「僕からも質問がいいかな」

「勿論受け付けよう。」

「何故僕なんだ、僕より性格が優れてる人は沢山いる。きっと灯篭を直そうとした人は他にもいる気がするんだ。」

「いい質問じゃな、確かに灯篭を親切心で直す奴もいた。しかし彼らには足りていないものがあった。」

 

九尾はピンとまるで分度器で測ったかのように真っ直ぐに立てた。

 

「想像力じゃ」

「想像力?」

 

僕は自分で咀嚼する様にそのまま言った。

そんなものが気に入られる条件に結びつくとは思わない。何なら僕は乏しい方だと思う。

 

「そんな物は主にはないと言いたげな目じゃな」

 

九尾は僕の心臓を突き刺す様な鋭い目で見た。

 

「妾が見えている事が想像力豊かな証左よ」

 

彼女は自分自身を指さしコチラを馬鹿にする様な吐息を乗せて小さく笑った。

それは静かな部屋に良く響き、僕は音が反響していく様子をじっと耳を済ませて聞いていた。

 

「そうでも無いと一般的な常識を超える妾を見ることとは到底思えん。」

「想像力が豊かである事が君が見える条件になっているってこと?」

「そうじゃな、自分を信じしっかり見つめて、内なる声を耳を済ませる。素晴らしい事じゃ」

 

確かに彼女の言う通り九尾というのは常識を超えるとてつもない力を持っている。

本曰く、全知全能とも言える知識、姿を変えることの出来る妖術、人の懐に入り込む術など持ち合わせている。彼女達の力に追いつく為には必要とでも言うのだろうか

 

「自分が見えない奴には他の人間は見れんし、他の人間が見れんものには自分は見れん。他人は自分であり、自分は他人じゃ」

 

九尾はゆっくりと区切るように言った。まるで石碑に掘られた文字を読むみたいに。

 

「まあ、そんな事はどうでも良い、腹は減ってないか」

「少し空いた。色々やる事かあって昼をあまり食べられていないんだ」

「妾が美味いいなり寿司でも作ってやろう」

 

そう言って九尾はどこかへ襖を開け行った。

キッチンでもあるのだろうか。僕は帰ろうと試みて色々と開けて見たが、空間が歪められた様に同じ場所へ着いた。

 

どうやら本格的に彼女は僕を出すつもりがないようだ。

 

暫くすると皿に五つほどいなり寿司が載せられて出てきた。

 

「遠慮なく食べるといい」

「折角だし頂くよ」

 

僕は一個手に取り、半分程齧った。

酢飯の酢は丁度良かったし、油揚げ自体の味付けも絶妙で本当に美味しいいなり寿司だった。

 

「食べた、食べたのぉ!」

 

実に嬉しそうに九尾は笑った。まるで悪戯の成功した子供みたいに。

 

すると僕は果てしのない気持ち悪さを感じた。僕は脳みそが掻き回されているかの様な気持ち悪さだった。

しばらくするとその気持ち悪さにも慣れ、世界をしっかりと認識する事が出来た。

 

「天秤が今こちらに傾いた、きっと今にも面白い事が起こるじゃろう。外でも行ってみるが良い」

 

僕は言われるがまま外に出てみた。出た瞬間陽の光がいつもより強く眩しく感じた。

別に大して変わりはない。自分の身体も変わってないし、特別なパワーに目覚めたわけでもなさそうだ。

 

「特に変わりは無い」

 

と僕は言った。外に向かって宣言をするみたいに。

 

「本当か?良く見てみるといい」

 

九尾に言われるがままに僕は周りを見渡してみる。

すると僕はある違和感を感じた。

この古びた社にある植物の成長が異様に早い。

僕が目をつぶり、開けた瞬間に背丈は倍以上になり、花が咲き、枯れた。

 

「気づいたか、時間の速さに」

 

僕が瞬きすると弾き出されるように一日が終わっていた。

僕がため息を着くと吹き飛ばされるように一年が終わっていた。

僕が一日が終わったと感じていたら十年過ぎていた。

 

「どうじゃ、こちら側に来た気持ちは」

「これは……?」

「何、人間の寿命は短い。なのでちっとこっちのものを食わせて慣れされて妾と一緒になっただけじゃ。」

 

九尾は嬉しそうに笑いながら、僕の事を見つめていた。




九尾っていいよね!ってお話でした。


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