トウカイテイオーと帝王を目指す (しゃなたそ)
しおりを挟む

第1話:サブトレーナー辞めます

他の作品を書きながらの並行作業です。もう1つを完結させてからとも思いましたが衝動を抑えきれません。


 トレセン学園のとあるチームルームで俺はこの日、覚悟を持って自分がサブトレーナーとして所属してるチームのトレーナー対面していた。

 

「すいません東条さん……少しお話があるんですけど」

 

 目の前に座っているのは、学園最強のチームリギルを率いる女性トレーナーの東条トレーナーだ。噂ではとても冷たく、競技に対してとてもストイックということになっている。

 

「どうしたのよ。急に改まって。あなたがサブトレーナーになってからもう3年も経つのよ?」

 

 東条さんは鼻で軽く笑って、デスクから目を離した。さっきまで集中していて少し……いや、結構怖い顔をしているように見えたが、東条さんは基本的に優しく接してくれる。噂は所詮、噂でしかないということだ。

 

「それで、要件は何かしら?」

 

 そこで、俺はもう一度真剣な目で東条さんを見る。彼女には新人で右も左も分からない時にトレーナーとしてのいろはを教えてもらった恩がある。これから言うことがいずれ言うことであっても、中々言い出しづらい。

 

「実は……チームリギルのサブトレーナーを辞めて独り立ちしようと思います」

 

 

「そう。頑張りなさい」

 

 東条さんは一言そう言うとデスクに再び向き合った。え?それだけ?なんかこうもう少し何かあると思ったんだけど。

 

「えっと……理由とか聞かないんですか?」

 

「別におかしいことでもないでしょ。時期的には早くもない時期よ」

 

 そう言いながら1つの書類を印刷して俺に渡してきた。サブトレーナーの解約書だ。

 

「他の書類はもう準備できてるから、あなたがそれを書けば手続き終了よ」

 

 東条さんの方で解約の準備はほとんど済ませているらしい。この時まで誰かに言った覚えはないんだけどな……

 

「なんでって顔してるけど。前の選抜レースの時のあんた見てればこうなると誰でも思うわよ。惚れたんでしょ?トウカイテイオーに」

 

 東条さんには全部お見通しってわけか。今でもあの選抜レースのトウカイテイオーの走りが脳裏に映る。

 

 

「トウカイテイオーが走るぞ!」

 

 そんな声が観客席では何度も聞こえた。何人ものトレーナーが、選抜レースに出走するトウカイテイオーの走りを見に来ているんだ。

 俺もサブトレーナーとはいえトウカイテイオーの噂は聞いている。同世代を寄せ付けないその実力と、これからの伸びも期待できる才能。目を付けない方が可笑しいくらいの全てが備わっている。

 

(多くの声が掛かる中で未だにトレーナーが居ないというのが気がかりではあるが)

 

 所詮は俺はサブトレーナーで、今回も目星ウマ娘がいるかどうかの確認だ。何よりも才に恵まれた彼女と俺とじゃ関わることもないだろし。

 そんなことを考えているとレースはスタートした。

 

『1着はトウカイテイオーです!』

 

 俺は唖然と立ち尽くしていた。トウカイテイオーの走りがカッコよくて、靱やかな走りが凄くって、楽しそうな彼女が魅力的で。

 そんなトウカイテイオーに見惚れていると、ゴール後の彼女とたまたま目が合ってこっちに向かってピースを送ってきてくれた。

 その才能に魅入ったのか彼女のビジュアルに惹かれたのか俺にも分からない。ただ、俺はその時に彼女のトレーナーになりたいと思った。

 

 

「東条さんの言う通り、俺はトウカイテイオーに惚れました。だから、俺は彼女のトレーナーになりたいと思いました」

 

 東条さんは俺の方をじっと見ている。まるで俺の覚悟を見定めているかのように。

 

「きっと、トウカイテイオーのトレーナーは大変よ?」

 

 サブトレーナーとして働いてたとはいえ、トレーナーとしては新人と変わらない。そんな俺を心配してくれるのか。

 

「俺はトレーナーとしては素人です。でも、東条さんの所で色んなことを教わりました……なので大丈夫です」

 

「そう言うことではないのだけど……まぁ、覚悟は伝わったわ。頑張んなさい」

 

 東条さんは軽く笑うと手を振って俺を送り出してくれた。俺は軽く頭を下げてチームルームを出た。

 ドアを閉めて廊下を歩こうと前を向くと、シンボリルドルフが壁に寄りかかってこっちを見ていた。

 

「すまない。盗み聞きをするつもりではなかったのだがね」

 

 ルドルフは少し申し訳なさそうにしていた。彼女は真面目なウマ娘だし、本当に偶然居合わせて入れずに待っていたのだろう。

 

「いや、いいんだ。どうせ直ぐに分かる話だ」

 

「そう言って貰えると助かるよ」

 

 ルドルフは少し安堵した顔をした後にいつも通りの顔つきに戻った。

 

「テイオーのトレーナーになりたいそうじゃないか」

 

「あぁ、ルドルフは知り合いか?」

 

 ルドルフはトレセン学園の生徒会長で顔が広い。学年は違えど何かしらの関わりがあるかもしれない。

 

「テイオーにはとても懐かれていてな。私も娘のように感じている」

 

 学園生活をあまり見ない俺は知らなかったが、どうやらトウカイテイオーはルドルフにベッタリらしい。

 

「俺がトレーナーじゃ心配じゃないか?」

 

 俺がそう言うとルドルフが鼻で笑った。

 

「トレーナーとしての腕は問題ないだろう。このチームでのサブトレーナーとしての君は優秀だったからね。しかも、真面目な性格で親身に接してくれる」

 

「皇帝様にそこまで言われるほど凄くはないよ俺は。でも、ありがとう」

 

 ルドルフは皇帝と呼ばれる程の実力の持ち主だ。無敗でクラシック三冠を制して。その後もG1レースで勝利を収めている。そんなウマ娘に褒められるほどの才能がないことは自覚している。

 そう思うと、さっきとは違い心配そうな顔で俺を見ている。

 

「テイオーは心配ないだろう。だけど私は……いや、きっとトレーナーも君が心配だよ」

 

「確かに東条さんも心配してたよ。まぁ、でも最強チームで色々教わったんだ。自分なりに頑張ってみるよ」

 

 これは1つの挑戦だ。いつかは独り立ちしてトレーナーになるんだ。それに挑戦する丁度いい機械だったんだ。

 

「もしも、ダメだったらサブトレーナーとして戻って来るといい。このチームに君を拒絶するものは居ないだろう」

 

 そう言ってルドルフはチームルームへと入っていった。本当にリギルはいいチームだ。

 

 

「彼はテイオーのトレーナーを目指すのですね」

 

 少し寂しそうな顔をしてる東条トレーナーにそう声をかけた。彼は3年の間このチームのために頑張ってくれたから、寂しく思う気持ちも分かる。

 

「えぇ……寄りにもよってトウカイテイオーなんて言う才能の塊にね」

 

 彼は自分をいつも平凡と言う。それ故に才能がある者を全力で支えようとしていた。それが凡人である自分の役目なのだと言わんばかりに。

 

「別に彼はネガティブだったり暗い性格では無いのですけどね……そこだけは彼の弱点と言った所でしょうか」

 

 自己肯定感が低く自分の才を認めない。テイオーは天才だ。頭もいいし走力もある。

 

「トウカイテイオーの才能に飲み込まれなければいいけど」

 

 

 俺はトウカイテイオーのトレーナーになるために資料作りに励んでいた。トレーニングメニューの案やレースプランなどを考え、彼女のデータを集めて作戦や脚質を知ろうと奮闘した。

 

(噂では、近々トウカイテイオーがトレーナーを決めるために走りを披露するらしい)

 

 これは最初で最後のチャンスだ。自分が如何に彼女にとって有意義な存在かどうか。

 

(時間がない!タイムリミットはそう長く無いはずだ)

 

 ならどうする?削れるものは自分だけだ。自分の時間を出来る限り削って資料作りに勤しむ。

 そして、迎えた当日でこんなことが起こるなんて。

 

「うーん、正直僕はレースに出るためにトレーナーが居れば誰でもいいんだよね〜ここにいる人でジャンケンで勝った人でいいかな?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話:テイオー専属トレーナー(仮)

何故か執筆がすごく進んだので早めの投稿です。
お気に入り登録ありがとうございます!数値で分かるものを見ると凄くモチベーションになります。


 トウカイテイオーの提案で俺の目の前ではジャンケン大会が開催されていた。何人かのトレーナーは呆れてその場を後にして、残りのトレーナーは真面目にジャンケンをしてる。あまりにもふざけているが、それだけトウカイテイオーのスカウトというのは魅力的だった。

 かという俺は近くのベンチで脱力して座り込んでいた。俺はこの時のために様々な準備をしてきたのに、出れればいいからジャンケンって。

 

「どうかしたのかい?こんなところで座り込んで。今日はテイオーのトレーナー決めをすると聞いていたが」

 

 ルドルフが項垂れる俺に話しかけてきたので、ジャンケン大会の方を指をさして事情を説明した。

 一通り説明を終えるとテイオーの方をルドルフは見ていた。そして、その目からはハイライトが消えていた。

 

「君もそれに参加したのかい?」

 

「いや、俺は参加してないよ。この日のために頑張ってたのが馬鹿らしくなって項垂れてた」

 

 すると、ルドルフは笑顔でこちらを向いた。良かった、どうやら俺は回答を間違えずに済んだらしい。

 

「それは良かった。私は少しあそこにいるトレーナーたちとテイオーに話があるから行ってくる」

 

 俺の方を向いた時に確かにルドルフは笑っていた。しかし、あの集団の方を見た瞬間にその目だけは笑っていなかった。

 ルドルフは威圧感全開でトレーナーたちに歩よって行くと、一瞬にしてその集団を散らした。

 

(さすがは皇帝……大人でさえその威圧感には勝てないか)

 

 散っていく集団の中からルドルフともう1つ小さな影がこちらに歩いてくる。

 

「カイチョー!ごめんなさいって言ってるじゃーん!」

 

 この声はトウカイテイオーか?流石に皇帝様の逆鱗に触れてこれからお説教か?

 

「お前は1回トレーナー側の気持ちも理解するべきだ。ちょっとこっちに来なさい」

 

 ルドルフがテイオーの手を引いて俺の目の前までやってきた。テイオーはというと、誰この人?って感じの目で俺の事を見ている。

 

「どうしたんだルドルフ。わざわざトウカイテイオーを連れてきて」

 

「君がこの日のためにどれだけ努力してきたかを私は知っている。唐突なトレーナー選抜の情報を手に入れてから、短い時間でどれだけの準備をしてきたかね」

 

 ルドルフは全てを見透かしているかのようにッフっと笑った。確かにこの日のための準備は大変だった。何徹もして何とか資料制作も間に合った。

 

「カイチョーこの人誰?」

 

「東海トレーナーだ。元々はリギルでサブトレーナーをしていた」

 

 ルドルフが俺がリギルのサブトレーナーであったことをトウカイテイオーに伝えると、少しだけ興味ありげな目で俺の方を見ていた。

 

「へ〜君リギルでサブトレーナーやってたんだ。んっ?それ何持ってるの?」

 

 トウカイテイオーが俺の作った資料に目をやる。ルドルフがいなかったらこれに興味を持たれることも無かっただろうな。

 

「あぁ、これはトウカイテイオーのトレーナーになれたらどんなことをするかってのをまとめた資料だよ」

 

「何それ!貸して貸して!」

 

 トウカイテイオーははしゃぎながら俺から資料を奪い取って、その資料に目を通し始めた。俺はどんな反応をするか緊張で冷や汗をかき始めた。

 

「何これ?字とかグラフばっかりでわけわかんないよー僕はこんなの無くても早く走れる無敵のテイオー様だぞ!」

 

 そう言いながら満面の笑みでVサイン。しかし、俺の中でさっきまで我慢していたものがプツリと切れてしまう音がした。

 

「……けるな」

 

「えっ?なに?」

 

「ふざけるな!トウカイテイオーの走りに惚れて。俺がこの時のためにどれだけ全力で挑んだか!」

 

 トウカイテイオーのトレーナーになりたかった。そのためにサブトレーナーも辞めた。全力で準備もした。それなのにジャンケン大会?こんなの無くても速くなれるって?

 

「ピエッそんな……そんなに怒らなくたって」

 

 トウカイテイオーは涙目になっていた。耳もショボンとしてしまって完全に怯えている。そうだ、トウカイテイオーはまだ子供なんだ。ムキになって怒鳴っちゃ行けない。

 

「すまない取り乱した……」

 

「いや、君の言ってる通りだと私も思うよ」

 

 トウカイテイオーの持っていた資料をルドルフが取り上げる。そして、その資料を1ページずつ読み始めた。

 

「ふむ……良くできたトレーニングメニューにレースプランだ。テイオーの事もよく調べてるし、これ通り行くかは分からないがどれだけ力を入れたかは分かるよ」

 

 ルドルフにここまで褒めてくれるなら頑張った甲斐がある。だけど、本命のトウカイテイオーには響かなかったみたいだ。

 

「いいかテイオー。お前がレースに本気で挑むように、お前のことを本気で強くしたいと思うトレーナーもいるんだ」

 

 トウカイテイオーは俯きながら首を縦に降っている。なんだか、悪いことをした子と親みたいな光景だ。

 

「えっと……じゃあ君が僕のトレーナーになってくれる?カイチョーが褒めるくらいだし凄いんでしょ?」

 

 反省したように言うトウカイテイオーを見て、ルドルフは頭を傾げた。多分真面目にトレーナーは選べって言いたかったんだろうな……

 

「俺はいいんだが……良いのか?」

 

「何さ自信ないの?大丈夫!僕は自分だけでも速くなれるもんね〜」

 

 俺がルドルフに視線を送ると、呆れ顔で首を横に振っていた。

 

「テイオー……試しに2週間だけ仮契約という形にしたらどうだ?もし、合わなければ解消もしやすい」

 

「ん〜カイチョーが言うならそれでいいかなー。よろしくねトレーナー!」

 

 なんとも適当な感じで、俺はこの日トウカイテイオーのトレーナーになったらしい。

 

「それじゃあ、よろしく頼むトウカイテイオー」

 

「む〜それじゃあ名前呼ぶの大変だからテイオーでいいよ」

 

 テイオーがっグッと顔を寄せて来てそう言った。ウマ娘は全員が顔が整った娘だから、急に顔を近づけるのは辞めて欲しい。

 

「分かった分かったよろしく頼むテイオー」

 

 ちゃんと名前を読んだことで満足したのか、顔を離して笑顔で笑っていた。

 

「トレーナー君。このとおりテイオーはまだ子供っぽいところが多い。大変だろうがよろしく頼む」

 

 ルドルフの言いたいことは分かる。ジャンケン大会の件といい、今のトレーナーの選び方の雑さといい子供らしさが多い。トゥインクルシリーズで名を残したウマ娘たちは、自分1人ではここまで来れなかったと言うらしい。それだけトレーナーというパートナーの存在は重要ということだ。

 

「僕はもう子供じゃないよカイチョー!」

 

 テイオーは子供扱いされたのが気に入らないらしくムクれている。

 

「ほらテイオー、トレーナー君も困ってる」

 

 テイオーの扱いに慣れているルドルフは、テイオーの頭を撫でながらなだめていた。それに満足したのか、テイオーは尻尾をユラユラと揺らしながら笑っていた。

 

「天才なんて言われるからルドルフみたいな娘だと思ってたけど、結構可愛いんだなテイオーは」

 

「ピエッ」

 

 一瞬だけテイオーは顔を赤らめたが、直ぐに笑顔に戻った。

 

「ふっふ。そりゃ無敵のテイオーさまだからね!」

 

 戻ったのは表情だけだった。言ってることはかなりむちゃくちゃだ。そんなテイオーをルドルフは微笑ましそうに眺めていた。

 

「それでトレーナー。僕は何をすればいいの?これからはトレーナーのメニューとかにしたがってトレーニングしていくんだよね」

 

「あっああ。でもテイオーは今日さっきまで走ってただろう」

 

 トレーナーたちに走りを見せると言って、かなりの距離を良いペースで走ってたはずだ。

 

「うーん。あのくらいならどうってことないよ!」

 

「まぁまぁ、テイオー。時間も中途半端じゃないか。今日はこのくらいにしておいたらどうだ?」

 

「それもそっか。じゃあ明日からよろしくねー」

 

 そう言ってテイオーはその場を後にした。

 

「どうだい?テイオーのトレーナーはやっていけそうかな」

 

「正直自信はさっきの発言で削がれたな」

 

 あれだけの走りをあのくらいと言い切る実力。まだ、デビューもしてないウマ娘だぞ。俺が彼女のメニューを考えるのか。

 

「とりあえず2週間頑張ってみてくれ。きっと君なら大丈夫さ」

 

「あぁ……とりあえず、今から寮に戻ってメニューを組み直さないとな」

 

 ルドルフと別れて俺は寮に戻った。テイオーの才能は俺の想像を遥かに超えていた。その彼女を強くするためのメニューを考えなくちゃな。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話:テイオーのトレーニング

凄い時間に書き終えてしまった……
お気に入り登録ありがとうございます!


 仮トレーナーとしての1日目のトレーニング。俺がグラウンドに行くと、テイオーは既に準備万端で待機していた。

 

「集合時間よりも速いじゃないかテイオー」

 

 俺がテイオーにそう言うと、テイオーは少し小っ恥ずかしそうに頬を赤くした。

 

「いや〜いくらトレーナーが誰でもいいなんて言っても、なんか新鮮な気分で楽しみだったんだよね」

 

 仮とは言えど俺はテイオーのトレーナーだ。できる限り彼女にふさわしいトレーナーであろうとしよう。

 

「とりあえず、今日のトレーニングメニューはこれにまとめてある。走りを見るために基本的には走り込みだけどな」

 

「ふ〜ん。じゃあ僕の走りをそこでとくと見よ!」

 

 ターフを走るテイオーは速かった。俺の想像以上に。トレーニングの合間にレストを取りに木陰に入った。

 

「テイオーの走りはすごいな。俺の想像を遥かに超えていたよ」

 

「あったりまえじゃん!僕は最強無敵のテイオー様だぞ!」

 

 テイオーは自慢げに鼻を伸ばしている。ここまでのトレーニングの疲れを感じさせないような元気さだ。

 

「ただ、ペース配分がぐちゃぐちゃだな。そこを気をつけようか」

 

 レースにおいてもペース配分は大切だ。スタミナの管理やレースメイク。そういったもの全てに直結していく。

 

「えぇーでも速く走れてるからいいじゃん」

 

「いや、でもな」

 

「ふん!次のセット行ってくる!」

 

 どうやらヘソを曲げてしまったらしい。ムクれながらターフに戻っていく。

 中々上手く行かないものだな……元々契約自体がその場の流れみたいなものだったし。テイオーからの信頼を得るのは大変そうだ。

 その後もトレーニングは無事に進んだ。結局最後の最後までペース配分はぐちゃぐちゃのままだったが……

 

「テイオーこれで今日のトレーニングは終わりだ」

 

 走り終えたテイオーにトレーニングの終了を伝えると、ポカンとした表情でこちらを見ていた。

 

「え?これだけで終わり?」

 

 俺はそれだけの発言で、トウカイテイオーの才能の大きさを再び理解することになった。今日用意したトレーニングは、超がつくほどハードなトレーニングではないにしろ、体に刺激を与えるには十分なものにしたつもりだった。けど、テイオーにとってはこの程度のトレーニングでしか無かった。

 

「あっああ。今日は初日だしな。テイオーの走りを見てトレーニングの組み立てを本格的に行ってくつもりだ」

 

 もちろん嘘だ。俺はテイオーに合わせてしっかりとしたトレーニングメニューを組んだつもりだった。俺に務まるのか?トウカイテイオーのトレーナーが。

 

「へ〜そうなんだ。それじゃあ明日楽しみにしてるからね!ちょっとだけランニングして帰るよ。じゃーねー」

 

 

 今日のトレーニング内容は正直拍子抜けだった。カイチョーが優秀なトレーナーだからって仮契約したけど失敗だったかなー。でも、今日のは様子見だって言ってたし。明日を期待して待とう!

 

(でも、そんなに色々しなくたっていいのに)

 

 僕は1人でも速くなれるし。元々トレーナーを選ぼうと思ったのもレースに出るためだしな〜。今日みたいに色々と口出されるのもちょっとやだな〜

 トレーニングが終わって寮に向かっている途中でカイチョーが歩いてるのを見かけた。

 

「カイチョー!」

 

 僕は勢いよくカイチョーの背中に抱き付いた。トレーナーがいない時は自由にトレーニングしてたから好きな時にカイチョーを見に行けたけど、今はそうはいかないからね。

 

「なんだテイオーか。今日はトレーニング初日だったはずだが。お前から見たらどうだいトレーナー君は」

 

 少しだけ驚いていたカイチョーだけど、すぐに落ち着いていた。カイチョーは僕の扱いを心得ているというか、慣れてるんだもんね!

 

「う~ん。カイチョーは凄いって言うけど本当にあの人凄いの?なんかどこか自信なさげだし。僕のトレーナーなんだからもうちょっと堂々としててほしいんだけどなー」

 

 紹介してくれたカイチョーには悪いけど正直な感想を言った。だって、あの凄いカイチョーが褒めるんだから凄い人って思うじゃん。

 

「私も昔は同じことを思っていたよ。気は強くないしきょどきょどしていることも多い。でも、彼はいつでも全力だ。テイオーもそのうち彼の凄さに気が付くさ……そう、あの異常な全力を」

 

 カイチョーがそこまで言うならもう少し信頼してもいいのかな?でも、なんかパッとしないんだよねー。

 

 

 

ーーー翌日ーーー

 

 今日もトレーナーの言う通りのトレーニング内容でトレーニングをしてる。ただ、今日はなんだか視線が凄いというか……なんかずっと見られてる感じで落ち着かないな〜。

 

「ねえねえトレーナー。僕の走りを見るのは良いけど、ちょっと見すぎじゃない?」

 

「あっあぁ……すまない。ちょっと集中しすぎた」

 

 そう言うと、トレーナーは直ぐに視線を外してくれた。今日は特に何も言わずにトレーニングを終えた。昨日みたいに注意されると思ったんだけどな。

 

「トレーナーメニュー終わったけど」

 

「お疲れ様。どうだ今日も走り足りないか?」

 

 トレーナー質問は昨日みたいに感情的じゃないというか、なんだか事務的な質問みたいだった。

 

「ん〜走り足りないってことはないけど、昨日も今日も走り込みだったし別のトレーニングもしたいな」

 

 トレーニング量は増えたけど、結局は昨日やってることと同じだった。せっかくトレーナーがついたんだから、僕だけじゃ出来ないというか思いつかないトレーニングしたい。

 

「それもそうだよな。分かった。明日までに用意しておくよ」

 

 その日はそのまま解散になった。今日は帰りにハチミーでも買って帰ろうかなー。

 その次の日のトレーニングはダッシュ系のトレーニングだった。瞬発力には自信があるんだよねー僕。トレーナーはというと、僕の走りを見ながら何かを考え込んでるみたいだった。

 

「どうしたのトレーナー。僕の走り何か悪かったの?」

 

「悪くない……寧ろ良くてびっくりしたよ。凄い瞬発力だ」

 

 なーんだ。僕の走りに見とれちゃってただけなんだ。それに、カイチョーが相手じゃなくても褒めて貰えるのは嬉しいもんね。

 

 

(今日は何とか大丈夫だった)

 

 そして、今日もテイオーの才能に押しつぶされそうだった。あの瞬発力は天性のものだ。あのアキレス腱の柔らかさ。速く走るための体をしてるんだ。

 

 次のトレーニング内容どうする。時間が足りない……考える時間が。テイオーはトレーニング効率よりも楽しさを重視してる節がある。長い走り込みや単調なトレーニングは良くない……

 本人が気乗りしないトレーニングをしても効率は逆に落ちるだけだからな。

 

「調子はどう?トウカイテイオーとは上手くいってるの?」

 

 トレーナールームに向かう途中で東条さんとたまたま出くわした。

 

「状況は良くないですね……テイオーの才能に俺がついて行けるかどうか」

 

 近状報告をしながら自分のトレーナールームにたどり着いた。すると、東条さんがそのまま扉を開けて中に入っていく。

 

「全く……こんなことだろうと思ったわ」

 

 部屋を見た東条さんは呆れていた。そりゃこんなもの見たらそんな顔されても仕方ない。

 

「資料とかは分かりやすいように整理整頓しとくようにって前から言ってるじゃない」

(これだけの資料をこの短期間に集めて、トレーニングの内容をいくつも絞り込んでいる。時間を使えば誰でもできること……けど、あなたは何処からその時間を出してるのか)

 

「まぁ、リギルにいた時みたいに人の出入りがないのでつい」

 

 リギルにいた時は、エアグルーヴやヒシアマゾンといった世話焼きなウマ娘がよく掃除に来てくれたもんだ。

 東条さんも心配して見に来てくれたんだろう。軽い注意をしてから自分のチームに戻って行った。

 

 

ーーー4日目ーーー

 

「今日はサーキットトレーニングだ」

 

「サーキットトレーニング?」

 

 テイオーはサーキットトレーニングをやったことないのか。首を横に傾げて頭に?マークを出している。

 

「何個かのトレーニング道具を置いて、一定の感覚でそれを周回していくトレーニングだ」

 

「何それ楽しそう!」

 

 テイオーは目をキラキラとさせて興味津々だ。組み合わせを考えるのに時間が必要だったが……考えた甲斐が有る。

 

「それと明日はトレーニングは休みだ」

 

「仮契約もそろそろ終わっちゃうのにいいの?」

 

「それも俺にとっては大事だが……俺を優先してテイオーを怪我させたんじゃ意味もない」

 

 できる限り自分のアピールをしたいところだが……俺にはテイオーのトレーナーはきっと務まらないだろう。彼女が契約の破棄を望んだら潔く受け止めよう。

 

 

 今日のトレーナーはなんだか変だ。元気そうに振舞ってるのに何故か知らないけど覇気を感じられない。でも、それ以外は違和感を感じられない。違和感がないのが寧ろ不自然というか……

 結局トレーニングが終えるまでその違和感の正体は分からなかった。

 

「どうしたテイオー考え事か?」

 

「あっカイチョー!」

 

 ちょうどカイチョーと出くわして話を聞いて貰うことにした。カイチョーはトレーナーのことよく知ってそうだったし。

 僕が仮契約してから今日までの流れをカイチョーに話した。最初は走り込みばかりで退屈だったとか。トレーナーが何か変だと言うことも。

 

「そうか、数日でそれだけトレーニングの変更を……ならテイオー、この書類を明日トレーナールームに届けてくれないか?元々は明後日私が届けようと思ったものだから問題は無い」

 

 僕はカイチョーから封筒を受け取った。どうしてこれを届けることに意味があるんだろう。

 

「でも、明日はトレーニングお休みだし。トレーナーはトレーナールームに居ないんじゃないの?」

 

「テイオーが知りたいことがそこにある。自分の目で確かめて彼のことを知るといい」

 

 そして、その翌日にトレーナールームの中に入って見たものは僕にとっては衝撃的だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話:トレーナーの異常性

深夜の投稿です。意外と多くの人に今回のお話を見てもらえて結構モチベーション上がってます。


 トレーナールームは大量の資料で埋もれていた。でも、衝撃的だったのはその光景ではなくてその中身だった。

 

「なにこれ。これは僕のデータで、こっちはトレーニング案……」

 

 それだけじゃない、トレーニング教本や僕の走りの分析した資料なんかもたくさんあった。まだ僕と仮契約してから4日しかたってないんだよ?

 

「エナジードリンクの空き缶がいっぱいある……どれだけ飲んだのさトレーナー」

 

 ゴミ箱からはみ出た空き缶は並べて置いていった。今までこれだけのエナジードリンクの空き缶は見たこと無い。

 

(そういえば、トレーニング以外でトレーナーが何してるかなんて全く気にしたことなかったな)

 

 昼と夕方はトレーニングでずっと僕のことを見てるし。トレーニングが終わったらすぐに帰っちゃうし。

 僕はとりあえず資料を机の上に置いて部屋の外に出た。すると、外には腕を組んだカイチョーが待っていた。

 

「テイオー、君はあの部屋を見てどう思った?」

 

 カイチョーはあの部屋を見せるために、わざわざ資料を届けさせたんだ。でも、一体なんのために?

 

「う〜ん。まぁ、頑張ってるんだなとは思ったよ?僕のために色々と考えてくれるんだなって」

 

 するとカイチョーは鼻で笑った。なんか僕変なこと言っちゃったかな?

 

「頑張っているか……たしかに頑張っているだろうな。あれだけの資料をたった4日で集めて、テイオーに合うトレーニングメニューを何個も吟味しているんだから」

 

 トレーニングメニューってそんなに考えるの大変なのかな?今までは自分でこれくらい!って感じでメニューを決めてたからな〜。

 

「テイオーは彼がトレーニング中に君から目を離したのを見たことがあるか?」

 

「トレーナーはずっと僕のことを見てるよ?だって、トレーナーってそれが仕事だし当たり前じゃないの?」

 

 僕の答えにカイチョーは横に首を振った。

 

「たしかにトレーナーは担当ウマ娘のトレーニングを見る。しかし、毎日ずっと見ている訳じゃない。トレーナーにはそれ以外の仕事もあるからだ」

 

 でも、トレーナーは毎日僕のことずっと見てるしな……もしかして、お仕事ちゃんとやってないとか?

 

「それでも、彼は仕事を疎かにしたことはない。あの資料の量がその証拠だ。だが、それだけの業務をこなす為には時間がいる。そして、時間を作るためには何かを削る必要がある」

 

 カイチョー言葉を聞いて、さっきの光景がカチと何かがハマり込むように状況が理解できた。

 

「睡眠時間……」

 

 その答えにカイチョーは首を縦に振った。僕の予想は正解だったみたいだ。あのエナジードリンクの量はおかしいと思った。でも、それが睡眠時間を削って仕事をするためだなんて思わない。

 

「なんで?どうしてそこまでするのかな」

 

「以前聞いた時は自分は才能がないからだと彼は言っていた。だからこそ人一倍時間を使う必要があると」

 

 う〜ん……トレーナーにとっての才能が僕には分からない。だけど、この短い期間でもトレーナーが優秀であることぐらい僕でも分かる。

 

「彼の業務量の多さはリギルにいた時からだった。その時は私やチームメイト、東条トレーナーに止められてたからよかった。けれど、今はそのリミッターも外れてしまった」

 

 トレーナーそこまで頑張ってるんだ……僕が止めてあげた方がいいのかな?

 

「まぁ、リギルの時はここまででは無かったのだがね。相当……」

 

 そこでカイチョーは言葉を止めた。呆れたようなどこか嬉しそうな顔をしている。

 

「頑張れテイオー。これを見てお前がどう思うかは本人次第だ。大いに悩むといい」

 

 それだけ言ってカイチョーはどこかに行っちゃった。悩むといいって言ったって僕にどうしろって言うのさ。

 

 結局、翌日のトレーニング中は考えが纏まらずに何も言えなかった。けど、トレーナーの目の下にはクマができて体調は悪そうに見えた。昨日の話しを聞いたからそう感じたのかもしれないけど……

 

「トレーナーが倒れちゃったら僕が困るのに」

 

 あれ?トレーナーとの仮契約は明日までだし……別に明日を過ぎればゆっくり休めるわけだし。でも、僕のことを一生懸命考えて頑張ってるって思うと嫌な気はしないけど。

 

 

ーーー最終日ーーー

 

「でさ、どうしたらいいと思う?」

 

「その話しを聞いて私にどうしろと言うのですか?」

 

 僕は昼休みに、同級生のメジロマックイーンに昨日のこと相談していた。頑張って考えたけど自分だけじゃどうしていいか分かんなかったんだもん。

 

「僕もさライバルの君にこんなこと相談したくなかったよ?でも、そういうのに詳しいと思ってさ」

 

 マックイーンはため息をついて再びこっちを見た。

 

「別にその方が嫌いという訳でもなく、寧ろ良い印象を持っている。元々トレーナー選びにあまりこだわりがないのでしたら、その方と正規契約をすればいいのでは?」

 

 たしかに……トレーナーは僕の為に頑張ってくれる。できるだけ口を出すこともなく、僕に合わせるようにしてくれる。ならそれでいいじゃないか。

 

「それにしても、チーム選びも適当だったテイオーがそこまでトレーナーのことについて考えるなんて……成長してるんですのね」

 

「そんなのあったりまえじゃん!僕は最強無敵のテイオー様なんだから!」

 

 だけど、マックイーンの言う通り。前までなら、トレーナーのことなんてこれっぽっちも考えたこと無かった。なんでだろう、トレーナーが頑張ってくれるからかな。

 

 

「テイオー今日のトレーニングは」

 

「トレーナー!今日はお休みしよう!」

 

 仮契約日の最終日。トレーニングメニューを言おうとしたら、テイオーから衝撃的な提案をされた。最終日で休み。俺にはもうテイオーの走りを見ることはできないのか。

 

「そう……か。わかった。それじゃあなテイオー……」

 

 俺はその場を後にしようとテイオーに背を向けた。すると、手を力強く掴まれた。その力のままテイオーの方を振り向かされる。

 

「泣いてるの?」

 

 テイオーに指摘されて初めて自分が涙を流してることに気がついた。いい大人が中等部の女の子相手に涙を見せるなんて恥ずかしい。

 

「あぁ……テイオーの走りをもう見ることが出来ないと思うとな。身の丈に合ってないと分かっててもショックなもんだ」

 

 そう言うと、テイオーは頭に?マークを浮かべてキョトンとしていた。

 

「何勘違いしてるのか知らないけど、ほら行くよトレーナー!」

 

 テイオーにそのまま手を引かれて俺は連れてかれた。俺は何がなんだか分からなかった。そして、連れて来られたのは近場のハチミードリンク屋だった。

 

「固め濃いめ多めを2つ!」

 

「はい、固め濃いめ多めを2つですね」

 

 近くのベンチに座らされて待っていると、テイオーがハチミードリンクを手渡してきた。

 

「はい。疲れてる時には甘いものがいいて言うし」

 

 俺は言われるがままハチミーを口に運んだ……何だこれ!甘すぎる!まるでそのままハチミツを飲まされてるんじゃないかって思う。当のテイオーは美味しそうにハチミーを飲んでいた。

 

「どうして急にこんなところに?」

 

「ん〜だってトレーナー明らかに体調悪そうだったし。明日もトレーニングあるんだからさ、倒れられても困るし」

 

 テイオーにもバレてるのか……たしかに、最近は少し頑張りすぎたかもしれない。明日からのトレーニングに差し支えるとまず……ん?

 

「明日もトレーニング?」

 

 仮契約は今日までのハズだ。それでも、明日もトレーニングって言うことはつまり。

 

「あ〜ここまで言えばわかるでしょ!これからもよろしくってこと!」

 

 俺がテイオーと正規契約?夢じゃないかと思う。テイオーは目の前で頬を少し紅くしながらポリポリと頬をかいている。

 

「俺でいいのか?特別何かをしてやれたわけじゃないのに」

 

「トレーナーはそう言うけどさ。僕のためにいっぱい頑張ってくれたんでしょ?そういうの悪い気しないしさ。だから良いかなって」

 

「ありがとうテイオー!」

 

 俺はテイオー咄嗟に抱きしめてしまった。嬉しさのあまりとはいえ相手は女の子。冷静に考えれば絵面的にはかなりまずい。

 

「ピエットトトットレーナー?どうしたの急に!」

 

 俺はその後もお礼を言い続けた。それ以外にこの喜びをどうやって表現したらいいかわからなくて。

 

 

 結局ハチミーを飲んだ後にそのまま解散になった。トレーナーは明日から頑張るって意気込んでたけど、今日はゆっくり休むように釘を刺しておいた。

 

(それにしても、担当トレーナー……僕のためのトレーナーか)

 

 トレーナーは僕のためにとっても頑張ってくれる。どうして異常なまでに頑張れるかは今の僕には分からない。だけど、その態度というか姿勢がとても嬉しかった。

 

 翌日、トレーナールームに集合ということで部屋に足を運んだ。昨日とはまた違った新鮮な気持ちで、なんだか気分は良かった。次の瞬間までは。

 

「やぁやぁ君がトウカイテイオー君だね」

 

「テッテイオーしゃんっ」

 

 部屋の中には僕よりも先に2人のウマ娘がトレーナーと一緒に僕を待っていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話:2人のアグネス

「どういうことなのトレーナー?」

 

 僕がトレーナールームに行くと、知らないウマ娘が2人も居た。トレーナーは僕の為に頑張って、ただでさえギリギリなのに。

 

「1回落ち着いてくれテイオー。話せば分かる!」

 

 僕の目の前にトレーナーは現在正座中。白衣を着てる娘はおやおやと言う顔でこちらを見ているし、ピンク髪の娘はハワワワとテンパってる。2人とも何か知ってる特徴なんだよね……

 

「ふ〜ん……それでどういう理由なのさ」

 

 そう言うとトレーナーはホッと胸を撫でた。

 

「1週間テイオーの走りを見て、俺1人実力じゃあテイオーを強くしてやれない……それを強く実感したよ。かと言って1人担当に対して実績のない俺にはサブトレーナーはつかない。そこで、ルドルフに相談したらアグネスタキオンを紹介して貰ったんだ」

 

 すると、さっきまで横でこちらを見ていた娘の1人が前に出てきた。

 

「私がアグネスタキオンだ。訳あってトレーナー君と契約する事になった。なーに安心してくれていい、君の指導の邪魔はしないさ。そういう約束だからね」

 

 トレーナーと契約したってことは担当ウマ娘ってことだよね。という事はトレーナーがアグネスタキオン……タキオンのトレーニングを考えるって事じゃないの?

 

「そこに居るタキオンとアグネスデジタルには1つの約束を条件に契約をしてもらった。それはお互いの自由だ」

 

 お互いの自由?余計ワケワカンナイんだけど。強くなるために、勝つために契約したんじゃないの?

 

「いやはや、私も学園側から除籍勧告を受けていてねえ。私は長らくトレーナーをつけずに、レースにも出ていない。しかし、それは私の本意ではない。そこで、彼から君のデータ収集をする事を条件に私自身の目的の為に契約しても自由にしていいと約束してくれた」

 

 思い出した!カイチョーたちがよく話てた。スピードは1級品で走ればとっても速いのに、トレーナーも付けずにレースにもでないウマ娘が居るって。名前もアグネスタキオンって言ってた気がする。

 

「わっわたしはウマ娘ちゃんたちの観察を自由にしてても良いって。変わりにテッテイオーしゃんの観察を頼まれたんですう」

 

 もう1人のピンク髪の娘の理由イマイチよく分からない……トレーナーに視線を送ると、しっかりと説明し始めてくれた。

 

「彼女はアグネスデジタルだ。先週テイオーのことをちょくちょく見に来てたから気になってルドルフに調べてもらったんだ。ウマ娘なのにウマ娘オタクな珍しい変わったやつだが……その観察眼は並のトレーナーを上回る」

 

 変わったヤツって……大丈夫なのかな。トレセン学園に居るって事は問題は無いんだろうけど。

 

「えっと、じゃあ2人は名義上はトレーナーの担当のお手伝いさんってこと?」

 

「簡単に言えばそう言うことだね」

 

 タキオンはそう言うと席を立って出口に歩いていった。

 

「どこか行くの?」

 

「言っただろう?私は君の走りのデータを取るって」

 

 デジタルとトレーナーも一緒に動き始めた。あれ〜?僕は3人にじっくり見られながら走るってこと?見られるのは嫌いじゃないけど……なんか小っ恥ずかしいなぁ。

 その後は、僕の走りを確認しながら3人で何か話していた。タキオンは何やら色々と機会を持ち出してたけど。

 

 

「どうだ2人ともテイオーの走りは」

 

 タキオンは興味深そうに、デジタルは……うんよく分からないけど嬉しそうだ。

 

「非常に興味深いね……彼女の瞬発力は並じゃないね。データをしっかり分析してみないと分からないが、恐らくは筋肉が柔らかくバネのように跳ねているんだろう」

 

 筋肉の柔らかさ。加えて関節も柔らかいだろう。体が柔らかいのは怪我をしにくくなる。メリットが多い。

 

「デジタルはどうだ?」

 

 なんか口から魂が抜け出てるけど……大丈夫か?観察眼は評価するが、ちょくちょくウマ娘を見て昇天している気がする。

 

「はっ!そうですね!テイオーさんの走りは素晴らしいです!フォームもいいし、スピードもあります!ただ……」

 

 最後の最後で、デジタルは言いにくそうにモジモジとしている。

 

「デジタルの観察眼は信用してるよ。俺なんかよりずっとしっかりしてる」

 

「えっとですね……走り終えたあとの足が、他の娘よりも張っているなって。いや、私がテイオーしゃんの走りにこんなこと恐れ多いですけど!」

 

 足が張ってる?その割にはテイオーの顔が元気そうだが。全体的には問題はないけど、足には負担がかかってる?

 

「タキオン……その辺のデータ収集とかって出来たりするか?」

 

「勿論だとも。今日中にまとめて明日には用意できるさ」

 

 タキオンとは少しだけ似たものを感じる。決して彼女の才能に追いつくことは無いが……何か1つの為に死力を尽くす。その姿勢を俺は嫌いじゃなかった。

 

「それじゃあ頼むよ。デジタルも研究中のタキオンを拝めるいい機会だぞ」

 

「はわぁ!」

 

 ダメだ昇天した。この子は昇天してすぐ回復する。強いんだか弱いんだか分からない……

 そこに、トレーニングを終えたテイオーがムクレッ面で戻ってきた。

 

「ふ〜〜んトレーナー2人と随分と楽しそうじゃん」

 

 何か凄い圧を感じる……なんて答えればいいんだ?いや、ちゃんと本当のことを話そう。

 

「あー楽しかった。テイオーの走りを共感して観察する。今までにできないことができるようになると楽しくなる」

 

「へ〜僕の為か〜そっかそっかーじゃあしょうがないね」

 

 どうたら満足してれたようで地雷は踏まなくて済んだようだ。その日はそのままトレーニングを終えて解散となった。

 その翌日、俺はタキオンからデータを受け取るために研究室に入った。中には項垂れてるタキオンとデジタルが。

 

「おら〜お前ら起きろ!朝だぞー」

 

 2人は目を覚まし、朝のルーティンを始めた。タキオンは紅茶を入れて飲んでるし、デジタルは寝ぼけながらなにかに尊みを感じてるらしい。

 

「トレーナー君。冷蔵庫の物で朝食を用意したまえ。道具はキッチンに置いてある」

 

 仕方なく用意しようとしたが……冷蔵庫には色々な食材が入っていた。しかし、その調理道具がミキサー……どういうこと?

 

「これで何を作れって?」

 

 タキオンはこっちを見ながらそんなのも分からないのかという顔をしてた。いや、分かるわけねえだろうが。

 

「材料をミキサーに入れてスペシャルドリンクの完成だ」

 

 もしかして……こいつ今までずっとそんな食生活で過ごしてきたのか?道理で身体が細いわけだ。

 

「そんなのは料理とは言えない!俺が料理ってやつを見せてやる」

 

 そう息巻いて、目玉焼き焼いてベーコン焼いて軽い朝食を用意して2人の前にだす。

 

「なんだいこれは」

 

「なんだいじゃない!これが料理っていうんだ!」

 

 俺とタキオンがそんな言い争いをしている間に、横のデジタルはウマウマと朝食を食べ尽くしていた。

 

「デジタルを見習ってタキオンもくえ」

 

 そう言って食事を口の中に突っ込んでやった。最初は嫌そうな顔をしたがその表情は次第にほぐれていった。

 

「なんだいこれはトレーナー君!?」

 

「あぁ、これが本当の料理だ」

 

「それじゃあ今まで私が飲んでたスペシャルドリンクは」

 

「あんなの材料適当に混ぜて作ったジュースじゃねえか!」

 

 そう言うと、タキオンは絶望した顔で膝を着いた。何かをブツブツ言いながら。

 

「今度からは私の昼食は君が用意するべきだ。いやそうしよう」

 

「いや、それは別にいいが……」

 

 どうやらタキオンは俺の料理がお気に召したらしい。俺は料理がめちゃくちゃ上手いわけじゃないんだけどな。

 

「ところでデータの方は?」

 

 タキオンは昨日のデータをまとめた資料を見せてきた。

 

「予想通り、彼女の筋肉や関節は柔らかい。いや、柔らかすぎると言うべきか。その柔らかさによる瞬発力は凄いものだ。しかし、や柔らかすぎるがゆえに衝撃を受けきれてない」

 

 デジタルが昨日言ってたのはこれか。瞬発力もでるし、呼吸も落ち着いている。しかし、足にだけは負荷がかかってるんだ。

 

「ついでに、今のまま走り続けたとしたらどうなる?」

 

 タキオンは両手を腕組みして考えている。

 

「恐らくは怪我をするだろうね。骨折……それもそう遠くない未来に」

 

 テイオーの独特なステップ、テイオーステップは体の柔らかさこそ出来た走り。だが、それを続ければ故障する。

 

「1レースの最後にラストスパートで使うくらいならどうだ」

 

「恐らくその程度なら問題は無い。でも、これは大変だね。フォームを一新しないといけないわけだ」

 

 これをテイオーにどう伝えるか……走りを一新するって言ってテイオーはどうするだろうか。受け入れてくれるか……テイオーの説得は大変そうだ。

 




アグネスコンビでトレーナーしたら最強なのでは?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話:テイオーのフォームとデビュー戦

短い


「突然だが、テイオーのフォームを改造しようと思う」

 

「え〜なんでー。この走り方すごい早く走れるんだよ?」

 

 たしかにテイオーの言う通りだ。あのフォームのままではしりつづけることが出来るなら何も問題はない。

 

「それが故障する原因になるとしてもか?テイオーの目標は無敗のクラシック制覇。そして、打倒皇帝シンボリルドルフだ。それまでに何度のレースに出ると思ってる?」

 

 夢を叶えるまでの道のりで怪我をしてしまったらどうしょうもならない。

 

「クラシック……2冠くらいなら取れるだろうな。けど、きっとそこが限界だ。お前は怪我をする。ただ、今フォームを考え直せば今はペースこそ落ちるが怪我のリスクは確実に減る」

 

 テイオーは悩んでいた。彼女のあの走りは今までの彼女を積み上げてきたものだ。それが無になるんだから悩むよな。

 

「それで速くなれる?」

 

「速くなれるかは怪しい。だが、強くはなれる」

 

 速いだけが強さじゃない。タフさや怪我をしないこと色々な強さがある。

 

「うーん……分かったトレーナーを信じて頑張ってみるね」

 

 もっとゴタゴタするかと思ったけど、あっさりと決まったな。ならば話は早い。

 

「ここに次のフォームの案をいくつか用意した。その中からテイオーにあうものを選んで行く。観察役はデジタルがする。加速とかいろいろ違和感があったら言ってくれ」

 

「ひゃい」

 

 とりあえず一通りフォームを試した。確実にテイオーのスピードは落ちていた。それに、今まで体に染み込んだ癖というのは抜けないもので、フォームの違和感が拭えない。

 走り終わる度にテイオーとデジタルとタキオンの3人でフォームについて話をしている。

 

「決まったよトレーナー」

 

「そうか、とりあえず流しで2000m走ってきてくれー」

 

 今決まったフォームでテイオーはスタートした。考案してすぐなのに綺麗なフォームで遅くもなかった。しかし、早くない。このフォームがどこまで馴染んでどこまで伸びていくか。

 

「ペースは落ちたけど想定の範囲内ではある」

 

 後はここから伸びるだけだしな。俺はテイオーを呼んだ。

 

「来週にデビュー戦に出る。それまでに体に馴染ませてくれ」

 

 俺のその発言にテイオーは驚いていた。そりゃ、急にデビュー戦の話されたら驚くよな。

 

「テイオーの実力はジュニア級の域を出てる。出走は全く問題ない」

 

「いや実力はそうかもしれないけどさ!今日フォーム変えたばっかだよ!?いいの?」

 

 ラストスパートのテイオーステップ。それさえあればジュニア級ならどうとでもなる。負けることも無い。レースの経験にもなるからちょうどいい。

 

「ラストスパートだけはテイオーステップを使っていい。なんか必殺技見たいだろ?」

 

 テイオーは必殺技という言葉に反応して、目をキラキラさせていた。通常時はテイオーステップに変わる負担の少ない走りを極めるべきだ。

 

「まぁ?僕は天才だし。こんくらい楽勝だけどね」

 

 テイオーの許可も得て、テイオーのフォーム改造計画が始まった。そして、デビュー戦までにフォーム改善トレーニングが始まった。

 

 

 無事にトレーニングを行っていって。ついにデビュー戦を迎えた。

 

「なんだテイオー緊張してるのか?」

 

「しっしてないやい!」

 

 テイオーは両手両足を同時に前に出しながらパドックに向かった。俺はタキオンとデジタルのいる観客席に向かった。

 

「まさか、タキオンも来るとは思ってなかったが」

 

「レースでのデータも重要さ。トレーニングとは違う環境、精神状態。そこから得る研究データは貴重なものだ」

 

 なるほど、タキオンはテイオーのレースデータを取りにきたのか。レースの日程は教えていたが、応援に来いとは言ってなかったしな。

 

「それでデジタルは?」

 

「いえいえ!それは勿論テイオーさんの応援ですとも!形は歪であれどチームメイト!しかも、ウマ娘ちゃんを推さない訳には行きませんから!」

 

 なるほど、一応応援という建前でウマ娘を見に来たということだ。

 

「お前もデビューすればあの顔を真横で見れるんだがな」

 

「わっ私がデビューしていいんですか!?」

 

 テンパリながらも俺に質問してきた。そりゃ、いつかデビューはするだろうに大袈裟な。

 

「お前が芝を走りたいなら走れ。ダート走りたいなら走れ。一緒に走りたい娘と走りたいならそのレースに出ればいい」

 

 俺が提示した自由というのはそういうものだ。自分の欲望のままにやりたいことをすればいい。

 

『全てのウマ娘がゲートインしました。新たなウマ娘が夢に向かって……今スタートしました!』

 

 テイオーが取ったポジションは中段の先行。フォームもトレーニングどおりだ。スピードは以前ほど乗らないが体への負荷は落とした。

 

 残り400mでテイオーが動いた。自慢の体の柔らかさを利用して、一気に加速していく。4,3,2,1と抜かしていきそのまま1着でゴールした。完勝……とはいえなかったが十分な勝利だ。

 

「あーあーいつも通り走れば、こんなギリギリじゃなくてぶっちぎりだったのにな〜」

 

 テイオーはギリギリの勝利に不服なようだ。最初からテイオーステップで走っていれば余裕を残しての1着だろうからな。

 

「それでも、テイオーは耐えた。これから先もっと強くなっていくために」

 

 テイオーが頷いた。テイオーは自分の今の強さを捨てても後に手に入る力のために頑張っている。

 

「データを取ったのもフォームを考えたのもダブルアグネスだ。そっちも褒めてやってくれ」

 

「ありがとう2人とも!」

 

 テイオーのお礼にデジタルは昇天しタキオンは笑った。この2人がいればテイオーはもっと強くなれる。

 テイオーを帝王にする基盤は整った……後はテイオーを鍛えて行くだけだ。

 

「いいか、皐月賞までのレース全部勝って。クラシック三冠取りに行くぞ!」

 

「「「おお!」」」

 

 タキオンも声をあげてくれた、そういうキャラじゃないと思っていたが。割とノリは良い奴なのかもしれない。

 

 それじゃあ一気にクラシックに殴り込みに行くか!




お気に入り登録としおりありがとうございます。励みになります


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話:テイオー不満

 デビュー戦を勝って、その後も何回かレースに出た。毎回ギリギリレースになったけど、何とか1着でゴールしてきた。

 

(それにしても、デビュー戦前にフォームを変えるって言われた時はビックリしたな〜)

 

 どうやら、僕は体の作り的に今の走り方だと怪我をしてしまうらしい。今の走りじゃ前よりは速く走れないけど……トレーナー真面目で頑張ってるとこ見てると断れないし。何よりも怪我したら無敗の三冠取れないし。

 でも、最近少しだけ気がかりなことがあるんだよね〜

 

「2人ってさ何だかんだ言ってトレーナーと仲良いよね」

 

 僕は今日タキオンの研究所に珍しく顔を出していた。なんだか最近トレーナーが研究所に頻繁に出入りしているのがついつい気になっやって。いや、別にタキオンとかと仲良くするにはいいんだけど、僕のトレーニングとかに支障が出ると困るし。

 

 

「おやおや、それは嫉妬かい?私は彼とデータ交換のために必要だから会ってるに過ぎない……言わば協力関係というやつさ」

 

 ふ〜ん協力関係ね。でもね、僕は分かっちゃうんだよね〜それが本当か嘘か。

 

「それで、実際のところどうなのデジたん」

 

「はえ、デジたん?テイオーしゃんにそんな……」

 

 本当にトレーナーは凄い子見つけたなぁ……あだ名で呼んだだけで意識飛びかけちゃってるけど。

 

「どうなのデジたん」

 

「ひゃい!最近タキオンさんの体重がピーg増えてましたし……頻繁に会ってるのは多分トレーナーさんからお弁当を作って貰ってるからかと」

 

 お弁当……手作りのお弁当ねぇ。なーにが協力関係だい!僕は部屋からそろりそろりと出ようとしてたタキオンを捕まえた。

 

「どういうことか説明して貰える?」

 

「それはだね……前にトレーナーに作って貰った料理が美味しくてだね……そう!トレーナー君が悪いのさ!」

 

 そんなことをドヤ顔で言うタキオン。タキオンって天才って聞いたんだけどなぁ……

 

「それに、データ交換と言うのも本当さ。近々君も皐月賞が控えているだろう?」

 

 そうだ皐月賞。クラシック三冠の第1戦がもう少しであるんだ。それも少し心配なんだよね。トレーナーは僕に事褒めてばかりだし。

 

「トレーナーは何も言わないけどさ実際どう思ってるんだろうな。クラシック三冠のことちゃんと考えてるのかな」

 

「ふっふっはっはっは」

 

 僕がそう言うとタキオンさんが大笑いし始めた。あれ?僕なんかおかしなこと言ったかな。

 

「安心したまえ。彼以上に君の出走するレースについて考えてる者はいないだろう。別の選手のデータ収集に度重なる検証。綿密に組まれた君のトレーニング内容。君を勝たせるために彼が必死で考えているものだ」

 

 ふっふーん。そこまで考えてくれるなら問題ないのかな?

 

「彼の卑屈さ故のスピードだね。彼は私たちを天才と呼び。天才の私たちの提案をすんなりと受け入れていく。君のフォーム改善も彼一人ではなし得なかったことだ」

 

 言われてみればそうかもしれない。トレーナーは最初から僕の意見を尊重していた。僕が嫌と言ったら別の方法を試したり……それは僕が自分より優れてると思ってるからなんだ。

 

「デジたんも結構トレーナーと話してるよね」

 

「いや、その……話してたら色々意気投合してしまったというか……」

 

 デジたんは少しモジモジと言いにくそうにしてた。あーこれは何かあるなあ?

 

「正直に言ってくれたら僕の恋はダービー聞かせてあげる。僕結構得意なんだよ〜?」

 

「実はですね。皐月賞に向けての走りの実力を照らし合わせて見たりしてます。後は推しについて語り合ってます」

 

 ちょろいなぁ〜。餌にすぐに食らいついてきた。

 

「なるほどね〜それで随分と仲良く話してたわけだ。それで僕の走りはどう?G1でもちゃんと勝てる?」

 

 別に自分の走りに自信が無いわけじゃない。それでも客観的な意見も聞いておきたいからね。

 

「現状はテイオーさんに勝てるウマ娘ちゃんはいないですね……いや、私なんかがそんなこと推し測るなんて恐れ多いんですけど!」

 

 だよね!僕は最強無敵のテイオーだもんね!聞くことも聞けたし。トレーナーのこと問い詰めに行こーっと。トレーナーが見なきゃ行けないのは僕の走りなんだから。

 

 

「はああああ!尊すぎましゅ」

 

「本当に君は面白い反応をするねデジタル君」

 

 まさかテイオー君が直接私のラボに来るとは思わなかったが……たしかに、最近トレーナー君との接触の機会は大きく増えたが。

 

「それにしても、言わなくて良かったのかい?トレーナー君とずっとテイオー君について話してると」

 

 推し……と言うのはテイオー君のことだ。それも走るウマ娘としての彼女ではなく。トウカイテイオーというウマ娘について長らく語り合ってることを。

 

「その事についてはトレーナーさんから口止めされてますからねえ。オタクは同士を裏切らないのです!」

 

 少し早口でデジタル君はそう語る。その割には賄賂で一瞬で買収されていた気がするが……まぁ、そういう事にしておこう。

 

「まぁ、かと言う私も彼に必要最低限なやり取り以外にも関わりがあるのも事実だ」

 

 彼はそんな気は無いだろうがね。さり気ないやり取りで彼は私たちの助言をしてくれる。

 

「自由にしていいから最低限協力してくれという話なのに……そこまで私たちの力になろうとしているのに、こちらだけ利用すると言うのも酷い話だろう?」

 

 データ収集とそのやり取り。関係はそれだけだと思っていた。しかし、私は知っている。彼がデジタル君のトレーニングについて考えていることを。私がトレーニングメニューを受け付けないから、責めてもと栄養バランスを考え味も拘ってお弁当を作ってることも。

 

「そうですね……トレーナーさんはこんな私でもレースのアドバイスをくれます。短距離から長距離まで。芝とダートについても。そこまで頑張られると私も頑張らなきゃってなります」

 

 本当に彼はウマ娘のこととなると異常だ。特にテイオー君のためなら自分の何でも犠牲にして力になるだろう。たしかに、テイオー君が私たちを妬いてしまうのも少しわかる気がするね。

 

「テイオーさんは皐月賞大丈夫でしょうか?」

 

「大丈夫さ。そのために彼が全力で物事に当たっている。私も力を貸しているからね」

 

 デジタル君も普段は普通なのだがねえ。私とは彼の元に付いてから時間が経つ。そのせいか他のウマ娘に見せるような反応は少なくなってきている。

 

「全く……クラシックでどのような走りをしてくれるのか楽しみだよ」




私の文章力ではデジたんを昇ばせない!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話:クラシック初戦皐月賞

評価3と9ありがとうございます!凄く励みになりました


 今日は皐月賞当日。待機室にテイオーと2人だが、俺はすごく冷静でいられた。だってテイオーが走るんだから。

 

「あわわわ!クラシックついにクラシック1戦目だよ!なんでトレーナーはそんなに落ち着いていられるのさ!」

 

 逆にテイオーはテンパっている。正直言って、彼女の実力はクラシックの中でも頭1つ抜けている。皐月賞でも相手はいないだろう。

 

「テイオーが走るからだ。俺はテイオーの走りを誰よりも信頼している」

 

「ピエッ」

 

 タキオンやデジタルと共に何回も検証を重ねた。トレーニングも考えたし調整もバッチリだ。あの天才2人の力もあるんだ。テイオーが負けるわけが無い。

 

「普段は自己肯定感低いのにそういう事を急に言うのはズルいなぁ」

 

「何か言ったかテイオー?」

 

「何でもないやい!僕はレース前で集中したいからトレーナーは出てってよー!」

 

 俺はそのままテイオーに部屋から押し出されてしまった。何か怒らせるようなこと言ったか!?まぁ、本気で緊張してる感じじゃ無さそうだったし……大丈夫だろ。

 

「やぁ早かったじゃないからトレーナー君」

 

「いや、テイオーに部屋を追い出されちまってな」

 

 観客席にはタキオンとデジタルの2人が待機していた。タキオンには今日のレース相手の最新のデータを収集してもらうために。デジタルにはテイオーに故障があったら直ぐに気づけるように。

 

「ふっふっふ……トレーナーさん。今日は本気を出しても良いんですよね?」

 

「あぁ、やるんだな今ここで……行くぞ!デジたん!」

 

 俺たちは一瞬でテイオーグッズに身を包み、テイオーと書いてあるうちわを2本取り出した。

 元々は俺にこんな趣味は無かった。だけど、デジたんが気づかせてくれたんだ。ウマ娘の素晴らしさをテイオーの可愛さを。これを推さずして何をする!

 

「全く……最近は深夜に何か別のことをしていると分かってはいたが……才能の無駄遣いと言うのはこういう事を言うのかねえ……」

 

 あのタキオンに引き目で見られる日が来るとは……だがしかし、これはテイオーにとって重要なレースだ。勝つとは信じているが応援するに越したことはない。

 

「安心しろタキオン。お前らのデビュー線やG1の時もやってやるから!」

 

「「なっ」」

 

 どんな理由があろうと、俺は2人のトレーナーであることには変わり無い。それなのにレースを見に行かない訳にはいかないだろう。

 

 

 正直僕は緊張してた。クラシック1冠目の皐月賞。でも、タキオンは言ってた。僕の出走レースでトレーナー以上に考えてる人なんて居ないって。そのトレーナーが信じてくれてるんだから大丈夫って思った……パドックに入場するまでは。

 

「「テッイッオー!テッイッオー!」」

 

 そこから見えたのは凄い格好をしているトレーナーとデジたん……僕本当に大丈夫かな?

 

 

「何とか間に合ったようだ」

 

「ルドルフじゃないか。やっぱり見に来てたか。相変わらず変わりないな」

 

「そういう君は……随分と変わったな」

 

 ルドルフは苦笑いをしながら俺の隣に座った。

 

「シンボリルドルフ会長しゃん……」

 

 デジたんはルドルフのかっこよさというか……ビジュアルにやられて軽く昇天している。

 

「それにしても、アグネスデジタルとアグネスタキオンの2人を纏めてテイオーの育成をするとは。これほどの事を成し遂げるとは思っていなかったよ」

 

 タキオンは元々自分の能力を分析して把握してるし、デジたんも勝手に色々見て学んでるし……俺は特に苦労はしなかったが……

 

「私たちと彼は協力関係さ。お互いに利があるのだから協力するのは当たり前さ。そうだろうデジタルくん」

 

「ひゃい!その通りです!」

 

 すると、ルドルフは微笑んだ。何かを察したかの様な感じだ。

 

「なるほど……協力関係か。そういう事にしておこう」

 

 そんな事を話していると、ゲートインの準備が完了した。レース場の雰囲気は一瞬にして変わった。

 

「テイオーは勝てると思うかい?」

 

 テイオーが勝てるかって?

 

「勝ちますよ。帝王は皇帝を超えるんですから」

 

 リギルにいたからこそ分かる。テイオーのポテンシャルは並のウマ娘とは比にならない。

 そして、ゲートインが終わりレースがスタートした。

 

 

 今回のレースの作戦は先行策だ。トレーナーは終盤までポジションを保ちつつ、足を溜めてラストスパートに備えろって言ってた。

 

(全くさぁ……僕だってこのフォームだと走るの大変なんだから)

 

 そう思ってたのに……スタートしてからはその考えは覆った。

 

(なにこれ!足が軽い!)

 

 テイオーはここまでのレースとトレーニングでフォームが体にほぼ馴染んだ。それによって序盤から中盤の走りの負担が減った。何よりも、東海やタキオンによる綿密な調整によってクラシック3戦にピークが来るようにしてあった。

 

(理由なんてどうだっていいやい!足が早く動くなら早く動かすだけだ!)

 

 僕は一気にペースを上げた。あくまでもポジションを取るくらいの走りで。それでも、後ろの娘は置いてかれてく。

 

(これでレース終盤!いっくぞー!最強究極テイオーステップだぁあああ!)

 

 

「おらお前らあ!テイオーの勝ちだあああああ!」

 

 勝つと分かってはいたが実際にこの目で見ると嬉しいものだ。隣にいたタキオンとデジたんを手繰り寄せ。

 

「これも、お前たち2人のおかげだ!俺たち最強コンビだ!」

 

 俺たちは多いに喜んだ。テイオーが夢の第1歩を歩んだんだから!

 

 

 レース後のウイニングライブは大変だった。だって、先頭にトレーナーとデジたんがいてその後ろにも僕のファンがいてすっごく盛り上げてくれたから!

 本当に勝ててよかったな



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第9話:アグネスたちの目的

作品評価ありがとうございます!
こちらもゆっくりながら更新していきますのでよろしくお願いします。


「よーす。ダービーのメンバーとデータまとめたから渡しに来たぞ〜」

 

 タキオンの研究所の扉を開けると目の下にクマが出来たデジタルと、爆睡中のタキオンが出迎えた。

 

「えっと……これはどう言う状況?」

 

「あぁ……おはようございますトレーナーさん。タキオンさんはデータ分析のため先程まで徹夜しておりまして」

 

 そう言いながらデジタルはメモリーと書類を渡してくれた。そして、そのままモニター?の方に視線を戻した。そこにはテイオーと思わしきウマ娘の姿が描かれていた。

 

「随分と上手いもんじゃないか。多才だとは思ってたけど、こういうことも出来るのか」

 

 画面を見られたのに気付いて無かったデジタルは急いで画面を隠していた。

 

「すっすみましぇん!私なんかがテイオーちゃんの漫画を描くだなんておこがましい真似を!」

 

「いや、それは別にいいんだが……漫画なんて描いてたんだな」

 

 デジタルはウマ娘が好きで好きでしょうがなくて、それが暴走して周りのトレーナーからは避けられていた。

 

「私の本業はヲタクでして……同人誌って言って漫画なんか描かせてもらってます」

 

 なるほど、ウマ娘ヲタクのその一環で漫画も書いてるってことか。

 

「テイオーを題材に描いてるのか?」

 

「はい……皐月賞のテイオーさんがキラキラしてまして。普段はこういった王道物は描かないんですけどねえ」

 

 モニターに映るのはダービーのトロフィーを掲げてる様子だった。つまり、これはテイオーがクラシックを走る物語なわけか。

 

「そう言えば、デジたんは何でウマ娘ヲタクなんて物になったんだ?自分自身もウマ娘なのに」

 

「う〜ん。小さい時に見たレースがキッカケではありますね。レースで走ったりライブで見たウマ娘ちゃんがキラキラしてて……とっても可愛くって」

 

 なるほどな……自分自身がウマ娘なのは関係ないんだな。ウマ娘という存在じゃなくて、レースに全力で挑む彼女らに惹かれたんだ。

 

「そっか。それがデジたんのオリジンなんだな……そういうウマ娘になれるといいな」

 

「いやいやいや!私なんかレースに出るのもおこがましいのに……そんな」

 

 デジたんは猛烈に恥ずかしがりがりすぎて丸くなっている。何を言っているんだかデジタルは。

 

「足は速いし見た目も可愛いんだから行けると思うけどなあ」

 

「はひ?私がかわっかわかわピュシュー」

 

 ダメだ処理しきれずオーバーヒート起こしちまった。俺に言われたことがそこまで理解できないか?ウマ娘は全員がビジュアルがいい。それはデジたんも同じだと言うのに。

 

「さっきから騒がしいじゃないかトレーナー君……」

 

「悪い起こしちまったか?」

 

 デジたんに渡されたデータと書類を持って、タキオンにメモ書きだけ置いていこうと思ったんだがな。

 

「いやいいさ……どちらにせよ作業があるみたいだからねえ」

 

 タキオンはそう言いながら俺の手元から書類を取って目を通し始める。

 

「さすがはクラシック最高峰のレースだ。出走メンバーのレベルが高いねぇ……」

 

「厳しくなりそうか?」

 

 タキオンは俺の疑問を鼻で笑った。

 

「私たちは最高のチームと言ったのは君だろう?最強の選手に最強のサポーター2人……そして、それを支えるために手段を問わない君。負ける要素なんてどこにもないじゃないか」

 

 想像もしてない発言に俺は唖然としていた。まさかタキオンの口からそんな言葉が出るとは思っていなかったから。

 

「ふぅむ……少しらしくなかったね。私も随分と変わってしまったものだ」

 

 たしかにタキオンは出会ったことから大きく変わった。デジたんと居ることも増えた気がしたし、感情的に動くこともある。なんというか、明るくなったと言うべきか。そして、何よりも……

 

「太くなったしな」

 

「ほう……?」

 

 しまった!つい心の声が……相手はタキオンであれど思春期真っ最中の女子!体重の話はNGのはずだ!

 

「私はこれでも乙女なんだがねえ?そういうことを言うのはどうかと思うが……そうだ!ちょうどいい薬品がたしかあったはずだ。なーに心配しなくていい。実験はしていないが命に問題は無いはずだ」

 

 やばいやばいやばい!タキオンの目に光が灯ってない!流石にもうだめか……と思ったがタキオンは再び席についてパソコンにデータ入力を始めた。

 

「怒ってないのか?」

 

「体重に関して言及されたのは気にはなるが……君の言っていることは事実だ。しかも、いい意味でね」

 

 いい意味で?まぁ、たしかにタキオンは元々細すぎる節があったが……

 

「私が以前まで学園の問題児と言われていたのは知っているだろう?」

 

 タキオンは元々は除籍処分になりかける程の問題児だったと言う。ルドルフから聞いた話だが、彼女のスピードは異常だそうだ。入学当初は周りを引き付けないほどの速さだったという。

 

「レースには参加しないし、それに加えてトレーニングもしないウマ娘……学園からしたら私は迷惑な存在だっただろう」

 

「それでルドルフにお前を紹介されたわけだからな」

 

「それに関しては生徒会長に今では感謝しかないね」

 

 俺と組むまで許されていたのは彼女の実力あってこそだっただろう。と言っても、その実力を俺自身が目で見たことはないのだが。

 

「私は速い……いや、あまりにも速すぎたんだ。それ故に体がそのスピードに耐えられなかった。私は確信していたよ……このままでは私はスピードのその先にたどり着けないと」

 

 レースやトレーニングの未参加。そして、研究数々はタキオン自身の調整のために仕方なかったわけか。研究に関しては個人の趣味もありそうだが。

 

「私は走るために様々なことを研究した。しかし、何かに執着するというのは恐ろしいものだね。食による体作りは基本だ。そんな簡単なことに目を向けていなかったんだ」

 

「つまり俺の弁当が偶然口に合ったのが良かったのか」

 

 すると、タキオンは少し呆気に取られながらも会話を続けた。

 

(君はそういう人間だったね……私に持ってくる弁当の中身は栄養バランスがしっかりと考えられたものだったからこそ効果が分かったというのに)

 

「でも、それはキッカケに過ぎないさ。デジタル君や君と話す時間も増えて気づいたら心に余裕が出来ていた。それによって私の視野も広くなったのさ。テイオー君の足の負担の研究でも非常に良いデータも取れた」

 

 お互いの利益ためにした契約だったけど、俺もタキオンも互いにそれ以外の情みたいなものも芽生えていた。

 

「ということは……」

 

「私のデビューも再来年……いや、来年辺りには準備ができるはずさ」

 

 あの皇帝シンボリルドルフさえ賞賛するスピード力。その実力を拝める日も近いということか。

 

「私は必ずウマ娘の限界を超えてスピードのその先へたどり着いて」

 

「越えられるさタキオンならきっと」

 

「あぁ、そのためにもテイオー君には頑張って貰わないとねぇ」

 

 テイオーの走るデータがタキオンの役に立つ……か。テイオーと俺の担当契約だったのが、もうチームとして固まっているんだな。

 

「俺はもう行くよ。明日の準備もあるからな」

 

「っふ……楽しんできたまえ」

 

 タキオンは軽く手を振ると作業に戻った。明日はテイオーとお出かけの日だからな……担当と一緒に出かける手前適当な恰好で行く訳にもいかない。それに、個人的にテイオーには少しはマシに見て欲しいから。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第10話:休日のお出かけ

書いてて思ったんですけどテイオーの僕ってボクですよね……


「あ〜!トレーナーおっそいよー!」

 

 今日はトレーナーとお出かけ……というか休ませる日。この人こうやって理由つけて僕が抑えないと休まないんだもん!

 

「ほら早く〜。今日はゲーセン行くんだからー」

 

「ゲーセンに行くのはいいが何をするんだ?」

 

 僕に引っ張られながら、トレーナーは色々と質問をしてきたけど、それを全部遮った。

 

「とーにーかーくーこうでもしないと君休まないでしょおお!」

 

 僕はそのままトレーナーの手を引いてゲーセンまで連れ込んだ。そして、僕の得意なダンスゲームを始める。

 

「最近君がほかのウマ娘にうつつを抜かしているから、君が見るべきウマ娘が誰か思い出させてあげる!」

 

 タキオンとデジたんと会う機会も増えてるし!カイチョーとも仲がいいんだから……別に気にしてるわけじゃないけど、なんか胸のところがムカムカするんだよね。

 踊ったのは皐月賞でもライブで踊った【wining the soul】得点も自己ベスト更新だった。

 

「にししー。ほらね!トレーナー僕すごいでしょ!」

 

「あぁ……すごいな」

 

 なんだかトレーナーは、どこか腑抜けた感じというか驚いた感じで返事をしてた。

 

「どうかしたの?」

 

「テイオーって本当に色々と出来るんだなって思っただけさ」

 

「当たり前だよl!なんたって僕は天才だからね!」

 

「全くその通りだよ」

 

 僕はこの時の会話に特に何も思わなかった。いつものような普通の会話……僕にとってはその程度の認識だった。

 

 

(テイオーは天才……か)

 

 そんな事は元々分かっていたつもりだった。それが分かってたから、タキオンとデジタルの力を借りた。そして、事実テイオーは強くなって行った。

 

(だけど、そこに俺は必要だったのか?)

 

 テイオーは強くなった。しかし、彼女は天才だ。もしも他のトレーナーが担当したとしても彼女は強くなっていただろう。

 

「トレーナー!次はあれやろー!」

 

(いや……今はそんなことを考えるのはやめよう。せめて彼女の前では少しでも見栄を張ろう)

 

 前まではそんなことを考えなかった。すぐに自分を卑下していたが、テイオーの前ではそんな言動が減っていた。その理由に気づくことはなく。

 

 

「デジタル君……私はたしかに研究を付き合ってもらう代わりに休日を共にするとは言ったが。何故このようなスニーキングをしているのかな?」

 

 彼女がゲームセンターに行くと言うから付いてきたが……急に体を押されてクレーンゲームの筐体の影に隠れている。

 

「タキオンさんシー!あっすいません。ちょっとあれ見て下さい!」

 

 デジタル君が指差す方向には、トレーナー君とテイオー君の2人の姿が見えた。

 

「トレーナーさんは今、オタクとしての禁忌を犯しています……!でも、これもウマ娘ちゃんのためテイオーさんのため!私はここでの事を見なかったことにしないといけません!」

 

「要は2人がデートしてるから盗み見しようということかい?」

 

 デジタル君は少しバツの悪そうな顔をしながらそっぽを向いた。結局はトレーナー君たちとは逆方向に進んで行った。

 

「それにしても、ウマ娘にしか興味がない君がトレーナー君に興味を示すとわねえ」

 

「なっなななな何を言うんでしゅかタキオンしゃん!彼は私の同士ですよ!」

 

 一通り言い訳のような言葉を並べ終わると落ち着いたのか、神妙な面持ちで語り始めた。

 

「トレーナーさんに私は救われました……彼にはその自覚はないでしょうが。私はこんなですから色んなトレーナーから変な目で見られていました。だから、私を必要とする人が来てびっくりしました。それだけではなく、私にもいろいろとアドバイスをくれたりして……」

 

 デジタル君も彼についてはよくわかってるようだ。

 

「そんな君なら彼が考えてることくらい分かるだろう?」

 

「トレーナーさんならきっと……菊花賞が終われば」

 

 私とデジタル君の意見は同じだった。そして、それに対する備えの覚悟もあった。それだけ多くのものを彼は私たちに与えてくれたのだから。

 

 

「いや〜今日も楽しかった!ありがとうトレーナー!」

 

「いや、お礼を言うのはこっちのほうだよ。ありがとうテイオー」

 

 時間も過ぎ門限も近づいて来たので、俺たちは学園に向かって帰り始めていた。

 

「それにしてもさ。トレーナーもやっと僕のトレーナーに相応しい感じになったよね〜前まではどっか頼りなくて自信なさげだったし」

 

 今でも自分に自信が付いたわけじゃない。いつも自分の判断が正しいのか不安に襲われる。だが、テイオーは勝ってくれた。その事実と実績が自分を肯定してくれていた。

 

「そういうテイオーは不安そうだな……ダービーの事か?」

 

「あはは〜トレーナーにはお見通しかー……皐月賞では完勝だったけどさ、それを糧に頑張ってる娘だっているのは知ってるし。みんなきっと力を付けてくると思うんだ。だってダービーって特別なレースだから」

 

 実際に走るわけじゃない俺には、テイオーの不安の大きさは分からない。だが、ダービーでテイオーが勝つことを俺は疑わない。

 

「データや数値を見ればテイオーがダービーで負けることは無い……だが、レースに絶対はない。これはルドルフもよく言っていたことだ」

 

「カイチョーが……」

 

 昔はデータや数値ばかりを見ていた。東条さんもそうだと思っていたが、ある日ルドルフに指摘されたんだ。「ウマ娘は想いの力で走る」と。他人に対する想い。自分のレースに対する想い。色んな種類があるが、そういった想いでウマ娘は走るのだという。

 

「勝ちたいという強い想い……テイオーの中にそれがあるなら大丈夫だ」

 

 

(僕の勝ちたい理由……勝ちたいって想い)

 

 僕は小さい頃、カイチョーにカイチョーみたいな強くてかっこいいウマ娘になるって約束した。だから無敗の三冠ウマ娘を目指して頑張ってきた。カイチョーの為にも自分の為にも勝ちたいって思ってた。

 

(でも、今は僕の為に頑張ってくれてる人がいる)

 

 僕の走りを見て、コンディションとか走りの違和感に気づいてくれるデジたん。レース相手のデータとか僕の走りを研究してくれるタキオン。僕の為に奮闘して文字通り身を削ってるトレーナー。

 

「うん……なんか分かった気がする」

 

「そうか。ならきっと大丈夫」

 

 トレーナーは嬉しそうな顔をして僕の頭を撫でてくれた。子供扱いされてるみたいで鬱陶しいって思うことばっかだけど……今はそれが嬉しかった。

 今までは自分の為に頑張ろうって思ってた……だけど、今は誰かの為にも頑張ろうって思える。

 

「よーし!ダービーも勝って!菊花賞も勝つぞぉ!」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第11話:クラシック最強の座日本ダービー

 ダービー当日。僕とトレーナーはレースの最終ミーティングをしてる。

 

「あーあ。よりにもよってダービーで大外かー」

 

 大外から走るとなるとコーナーが膨れて走りにくいし……走るの大変なんだよね。

 

「たしかに不利ではある……が俺はそこまで深刻に考えてない」

 

「トレーナーはもしも僕が負けたらって考えないわけ?」

 

「今日のレースでテイオーが負けることは無い」

 

 キッパリ言うなぁ……僕の事を信頼してくれるのはいいんだけどさ、ダービーはクラシック最強を決めるって言ってもいいレースなんだけど。

 

「2400mはテイオーにとって1番の適正距離だ。さすがにクラシック最高峰のレースというだけあって周りのレベルもかなり高い。だが、テイオーには及ばない。お前の末脚に追いつけるウマ娘はこのレースにはいない」

 

 トレーナーの過剰な自信に一瞬だけ不安になった。だけどその時、前にタキオンが言ってた事を思い出した。

 

『君のトレーナー以上に君のレースの事を考えてる者はいない』

 

 つまり、トレーナーは今日のレース、レース相手、僕の実力を全部加味した上でこれだけ自信を持ってるんだ。いつも僕の事になると自信満々だからなんとも言えないけど……

 

「僕はどうすればいい?どうすればレースに勝てるのトレーナー」

 

 トレーナーは僕を信じて僕の為に必死に頑張ってきてくれた。だから、僕もトレーナーを信じよう。

 

「作戦は至ってシンプルだ。終盤までは先行でポジション取りを意識して……最後の直線で大外から抜き去る。外側なら芝も抉れてない。テイオーの全力の末脚でダービーを掻っ攫う!」

 

 それは作戦と呼ぶにはあまりにも力技だった。そこに駆け引きも何も無い。ただただ実力でねじ伏せるってこと。普通なら滅茶苦茶なものだけど、何故か出来る気がした。

 

「うん!分かったよ!見ててねトレーナー!」

 

 

 俺はテイオーに見送られながら観客席に戻った。そこにはタキオンとデジタルだけでなく、東条さんとルドルフも一緒にいた。

 

「あんたよくこんな奴らのトレーナーやってられるわね……」

 

 東条さんは頭を抱えて、その姿を見てルドルフも苦笑いをしている。確かに2人が変わっているのは周知の事実。けど、そんなのでもうちの担当ウマ娘なんです!

 

「トレーナー君?何か凄く失礼な事を考えていないかい?」

「トレーナーさん?失礼な事考えてますよね?」

 

 まさか、こいつら心を読めるのか!

 その光景を見てルドルフは微笑んでいた。その反応にタキオンとデジタルはキョトンとしていた。

 

「いや、すまない。君たちの仲が良いのが微笑ましくてついね」

 

「ほら、あんたらお喋りはここまでよ」

 

 パドック入場音が響き渡り、俺たちの視線はパドックの方へと向けられた。

 1枠1番から順々にウマ娘達が入場してくる。しかし……いや、やはりと言うべきか。テイオーを超える程のウマ娘はいない。

 

『8枠20番はトウカイテイオー!前回の皐月賞では見事な勝利をおさめました!今回はどのようなレース展開を見せてくれるのか!1番人気です!』

 

 テイオーはパドックから俺たちを見つけたのかこっちに手を振っている。ルドルフもいるしすぐ気づいたか

 

「テイオーも変わったな……ところで、勝算はあるのかい?」

 

「あります。正直実力勝負でテイオーが今日負けることはない……そして、ルドルフも気付くさ。皇帝の座を狙われる立場にあることを」

 

 テイオーの才能とポテンシャルはルドルフと同等かそれ以上だ。そして、その実力は既に開花し始めている。

 

「帝王が皇帝を超える日は近いぞ」

 

「っふ……君も言うようになったじゃないか」

 

 そんな話をしているとパドック入場が終了し、ゲートインの準備が始まった。

 

 

「キタちゃん!早くしないとレース始まっちゃうよ!」

 

「テイオーさんのレース見逃しちゃう!」

 

 急いでこちらの方に走ってくる2人のウマ娘がいた。どうやらテイオーのレースを見に来てくれたらしいが……なんかこっち見てないか?

 ほら、2人の微笑ましい光景の尊みに耐えきれなくてデジタルが昇天してるよ。

 

「すいません!テイオーさんのトレーナーさんですか?」

 

「あぁ……そうだけど君は?」

 

「私はキタサンブラックっ言います!」

 

「私はサトノダイヤモンドです!」

 

 キタサンブラックにサトノダイヤモンド……あぁ、テイオーがオープンキャンパスの時にお世話したっていう2人だな。

 

「ダービーはテイオーさんの応援をしにレース場に行くって言ったら、この辺りにトレーナーさんがいると聞いていて」

 

 なるほど……それでもレース場は人も多いし何よりも広い。よく俺たちが見つけられたな。

 

「君たちなら近くに行けばすぐ分かるって、テイオーさんがおっしゃっていたので……うちにはデジたんって言うウマ娘がいるからすぐ分かると」

 

 サトノダイヤモンドの発言で合点がいった。テイオーからは2人は幼馴染で元気な2人組と聞いていた。デジたんが反応しないわけもない……テイオーもその辺毒されて来ているんだな……

 

「そうか、まだ小さいのにわざわざありがとう。ぜひ応援してやってくれ。きっとテイオーの力になるよ」

 

「はい!」

 

 キタサンブラックは元気に返事すると俺の横に座った。その横にサトノダイヤモンドも座ってルドルフと東条さんとも軽く挨拶を交わしてた。ルドルフと東条さんは威圧感のあるクールビューティなせいか、少しキタサンブラック達が緊張していてショックを受けてた。

 

『全てのウマ娘のゲートインが完了しました!晴れ晴れとした空の元、20人の優駿が集まりました。クラシック最強の座に君臨するのは誰なのか!2400m先のゴールを目指し……今スタートしました!』

 

 スタートは悪くない。問題はここからなんだよな。

 

「ふむ、やはりテイオーはマークされているな」

 

 ルドルフの言う通りテイオーは周りから完全にマークされている。みんながテイオーを警戒し、自由に走らせてはいけない存在だと認識しているんだ。

 

「ふっふっふ……ここまでは予想通りと言ったところだねトレーナー君」

 

 タキオンがどこか嬉しそうに誇らしげに笑っている。

 

「ほう……?それならここから先の展開も読めるかなアグネスタキオン」

 

「もちろんだとも!我々はこのレース為にレース場、対戦相手、トウカイテイオーというウマ娘本人を誰よりも検証、研究しているのだから!なぁトレーナー君」

 

 タキオンは自信満々に俺を指差した。データ収集をデジタルが、検証研究をタキオンがやってきた。俺はその雑用をしてたに過ぎないと思うが。

 

「もし、私たちの予想が唯一外れるとしたら……それは私たちにも予測出来ないほどの才能と実力の持ち主だろうねえ……」

 

「あぁ……予想ではテイオーは2〜3バ身差で1着を取るだろう。だが、テイオーは必ず予想を超えてくる」

 

「このレースの不確定要素は彼女本人という訳だ!いやー面白い!」

 

 タキオンはレースの雰囲気に呑まれているのか結構ハイな状態になっている。自分の研究、研究成果の為に燃えている部分が殆どだろうが……

 

 

(うわぁ……僕すっごいマークされてる)

 

 前後から凄いマークされてるのがピリピリと伝わって来た。トレーナーがポジション取りをしろって言ってたのはこういう事だったんだ。

 

(このマーク突破するのは大変だけど、必ず綻びが生じる場面が来る)

 

 レースのラスト。全員が勝利の為に動き始めるはず。その瞬間でこのマークは抜けられる……つまり、ラストの直線大外から抜けるんだよねぇ……もしかして、トレーナーここまで読んでたの?

 

(いや……今はレースに集中しなきゃ)

 

 ポジション取りは上手くいった。周りはきっと僕が動くのを警戒してるはず。だけど、僕はラストスパートのポジション取りさえ出来ていればいいから僕から動くことは無いよ。

 案の定レースは終盤まで動かなかった。けど、最終カーブに入るところで1人の娘が痺れを切らしてペースを上げた。それを見た周りの娘たちもペースを上げていく。

 

(これで完全に僕からマークが外れた!)

 

 最終コーナーを抜けよとした時、観客席から僕を見るトレーナーたちが見えた。キタちゃんたちと仲が良さそうに一緒に応援してる。

 

(トレーナーが見るのは僕なんだから……その視線を向けなきゃいけなくしてあげるよ!)

 

「トウカイテイオー行っちゃうよぉ!」

 

【究極のテイオーステップ】

 

 つい声に出ちゃったけど、大きな声を出したおかげで気が引き締まった気がする。ラスト直線で全員抜いちゃうからね!

 

 

「テイオーが仕掛けた!」

 

 テイオーはグングンとスピードを上げていき、1人また1人と追い抜いていく。

 

「頑張れテイオー!」

 

「「頑張って!テイオーさん!」」

 

 俺たちはテイオーを全力で応援した。その結果は……

 

『トウカイテイオー!トウカイテイオーだ!トウカイテイオーが今1着でゴール!会場からは盛大な拍手が送られています!』

 

 俺とタキオンは圧巻していた。もしかしたらという想像はしていた。しかし、本当にやり遂げるとは思わなかったからだ。

 

「2着と6バ身差でのゴールか……」

 

「しかも、まだ少しだけスピードの伸びに余裕があったねぇ……」

 

 俺たちは2〜3バ身。良くても4バ身差で勝負が決まると思っていたが……まさか6バ身も差をつけるとは。

 さて、感傷に浸るのもいいが、テイオーのところに行かないとな。おっと、その前に。

 

「デジタル今日は悪いな。1番全力でテイオーを応援したかっただろうに」

 

「ひっひえ……私はテイオーしゃんの1着が見れただけで」

 

 デジタルにはテイオーの走りを良く観察するように頼んでおいた。今までで1番のスピードが出ると予想されたこのレース。どんなイレギュラーが起こるか分からなかったからな……結局1着でテイオーがゴールした喜びで昇でる。

 

「とりあえず、怪我とかはしてないとぉぉぉ!テイオーしゃんが手を振ってくれて……」

 

 あっ気絶した。とりあえず、デジタルのことはタキオンにでも任せるとして俺はテイオーの所に行こう。その間際に東条さんとルドルフに軽く挨拶をしたが、その時のルドルフのテイオーを見る目は敵を見る目をしていた。

 

 

 僕がレースを終えて待機室に戻ろうとしたら、その途中でトレーナーが僕のことを待ってた。

 

「いえーい!トレーナー見てた?僕勝ったよ!」

 

「あぁ!よくやったテイオー。本当に流石だよ」

 

 そう言ってトレーナーは僕の頭を撫でてくれた。でも、その手は少しだけ震えてた気がした。でも、トレーナーがとっても喜んで笑っているのを見て気のせいだと思った。

 

「えへへ〜。ライブもしっかり僕を見てよね!全力で踊るからさ」

 

「もちろんだ。特等席で盛り上げるよ」

 

 そのあとのライブは何事もなく無事に終わった。デジたんとかキタちゃんが凄いテンションでサイリューム振ってたけど……とりあえず、これで2冠達成。最後の1冠の菊花賞も頑張るぞー!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第12話:菊花賞に向けて

感想と評価ありがとうございます!とても励みになります!


 ダービーが終わった翌週。俺たちは菊花賞に向けて対策を立てるために、タキオンの研究室に集合していた。

 

「よく集まってくれた諸君……それでは第1回菊花賞対策会議を行う」

 

「議題は菊花賞に向けてのトレーニングです」

 

 俺とデジたんの間に張り詰めた空気が漂う。2人で机に両肘を付き、某キャラのポーズを取っている。

 

「いや、それはいいんだけどさ……何で部屋を真っ暗にしてるわけ!?」

 

 テイオーが席を立ち上がり明かりを付けた。

 

「こういうのは雰囲気が大事なんだよテイオー」

 

「そうですテイオーさん!」

 

 せっかくデジたんとゲ〇ドウごっこしてたのに……まぁ、お遊びはこの辺にしておくか。タキオンは俺たちの茶番を見て愉快そうに笑っているが。

 

「冗談はさておき。菊花賞に向けてのテイオーのトレーニング方針を固めて行きたいと思う」

 

 テイオーも大人しく席に座り。俺たち3人はパソコンを起動した。

 

「まずはタキオン。ダービーでのデータ収集の報告を頼む」

 

「そうだねぇ……まず前提としてダービーと菊花賞では距離が違いすぎる。中距離から長距離に距離が伸びることで参加が困難なウマ娘もいるだろう。それを加味してダービーから菊花賞に出走するのは4、5人と言ったところだろう」

 

 ウマ娘には適正距離というものがある。マイル中距離は走れたが長距離は上手く走れないなんてウマ娘もいる……そうなると出走メンバーも大きく変わってくる。

 

「しかも、菊花賞までに夏を挟んでかなりの時間もある。クラシックの夏に才能を開花させるウマ娘も多いから、このデータは殆ど役に立たないだろうね」

 

「テイオーのスピードとパワーは1級品だ。スタミナも十分にあるが……長距離を走り切れるかが怪しい」

 

 ベストは2400m。長距離でも走るなら2500mの有馬記念ならなんとなるだろう。けど3000mともなると……

 

「あれれ〜?トレーナーもしかして僕が負けちゃうと思ってるの?いつもあんなに僕のこと褒めてくれるのに」

 

「いや……テイオーは勝ってくれるって信じてる。けど、厳しい勝負にはなるだろうな」

 

「ピエッピエッ」

 

 テイオーは顔を真っ赤にしてオーバーヒートを起こしてる。からかおうとするからだ。正面から褒められるってのは意外と照れくさいからな。

 

「お熱いですねおふたりさん……」

 

「そういうのは私たちがいない所でやってくれないかい?いくら甘党の私にも甘すぎて胸焼けしそうだ」

 

 デジタルとタキオンがやれやれと言った感じで停止中のテイオーを眺めている。

 

「デジタルとタキオンも出走すれば勝利待ったなしだと思うけどな。走りの才能自体はある。他人をこれだけ速くできるなら2人も必ず速くなれる」

 

「トーレーエーナーアー!?」

 

「いはい!痛いってテイオー!」

 

 テイオーに思いっきり頬を引っ張られて頬が真っ赤になってしまった。どうしてだ……なにか怒られるようなことしたか?

 

「ほら!2人も照れてないで早く色々考えることがあるんでしょー!」

 

 1度紅茶を飲んで落ち着こう。少々おふざけがすぎたな。

 

「とりあえず、当面のトレーニングはスタミナ強化のための遠泳と走り込みになる。単調なトレーニングが増えるが……大丈夫かテイオー」

 

「もちろん!ちゃんとトレーニング考えてよねトレーナー!」

 

 テイオーは俺のトレーニング案に意見を言うことは無くなった。去年はあれが嫌だこれが嫌だとかって結構あったんだけどな。信頼してくれるのは嬉しいが、それをたまに重圧に感じる時がある。

 

「次に俺とタキオンとデジタルの計画だが。メインはテイオーのトレーニングとデータ収集。次に菊花賞に出るであろう有力ウマ娘のレースデータとか集めることになるが問題ないか?」

 

「そうだねぇ……本格化するウマ娘たちのデータには非常に興味がある。私は異存なしだ」

 

「夏に青春を謳歌するウマ娘しゃん達を……アワワワワ」

 

 デジタルとタキオンも問題なしっと。大体話し合うべきことは話し合ったから、最後の問題か。

 

「菊花賞までの間はナイスネイチャをマークしようと思う。彼女の出走レースに関しては、デジタルとタキオンの2人で現地に赴いてデータ収集をして欲しい」

 

 俺の発言に場は静まり返った。テイオーに関しては口を開けてポカーンとしている。

 

「あくまで出走する予定というのを聞いただけだから、一定の期間まで情報を集めて。大丈夫と判断した場合はマークから外す予定だ」

 

「ちょちょっと待ってよトレーナー!なんでネイチャなの?たしかかにネイチャは速いかもしれないけど、ダービーにだって出てないし……ダービーを一緒に走った娘とか調べた方がいいんじゃない?」

 

 タキオンとデジタルの方を向くと無言で頷いていた。俺以外は全員同意見という訳か。

 

「たしかに、ネイチャは速くない。今の実力だったらテイオーの足元にも及ばないだろう……けど、それは今の話であって菊花賞にどうなる分からない」

 

「でも、それって他の娘も同じじゃん!なんでネイチャなの?」

 

 たしかに他の娘の変わらない。今速くなくても後々速くなる可能性をみんなが秘めている。

 

「ナイスネイチャのトレーナーとは昔っからの付き合いでな。菊花賞でテイオーと走ると宣戦布告を受けた。そして、そのチームに新しいメンバーも加わってると聞いた」

 

 テイオーと走り、そして勝利を掴むために着々と相手側は準備を進めている。

 

「自己肯定感の低いウマ娘だとナイスネイチャのことは聞いていた。そんな彼女が明確な目標を持ちトレーニングに励んでいる。何よりも彼女は誰よりも努力をするウマ娘だという……努力が出来るやつは強い。周りがマークしてないからこそしっかりマークをする必要がある」

 

 何よりあのトレーナーは出来ないことを出来るというタイプじゃない。何かしらのビジョンがあるからこその宣戦布告だろう。

 俺の話を聞いたタキオンとデジタルはうんうんと頷いている。かというテイオーは俺の事をジトーって見てくる。

 

「努力するものは強くなる。当然の理だねぇ……」

 

「そうです!誰よりも努力するって凄いことですからね」

 

 努力出来るウマ娘は強い。その点テイオーは凄い。その才能にうつつを抜かす事無く努力を惜しまない。本当に強いウマ娘だ。

 

「その通り……ってテイオー?」

 

 テイオーはジトーっと見てきたと思ったらため息をついてる。何かカンに触ったか?

 

「ナンデモナイヨー」

 

「とっとりあえず計画は以上だ。各々がやるべき事をやっていけば菊花賞を勝ってクラシック3冠も取れる。テイオーの夢はもうすぐそこまで来てる!みんなよろしく頼む!」

 

 こうして、俺たちは菊花賞。そして、無敗のクラシック3冠を目指して動き始めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第13話:プールトレーニング

 夏に入って今日は初めてのプールトレーニング。大体7月中旬に入ってからの初トレーニングな訳だが。本来のプールトレーニング開始時期は7月の頭からの予定だった。

 

「ところで、プールの許可を取るのに俺らのところだけかなりの時間を浪費した。その事情に心当たりのあるものは挙手してくれ」

 

 スクール水着を着て俺の前に並ぶ3人は三者三様の反応を見せた。テイオーは心当たりはないらしく、俺を見た後に自分の左右をチラっと見ていた。

 デジタルの方はテイオーとタキオンの水着を眺め……拝んで話が入ってないだろう。

 

「いやはや……そんな迷惑をかけるメンバーがうちにいるわけないだろうに。一体なんでだろうねぇ……」

 

 タキオンの方も反応的には特に心当たりは無いご様子。反応的には。

 

「お前らアグネスコンビのせいだろうがああああ!」

 

 本当にこの数週間大変だった……生徒会に謝罪したり、学園側に色々と頼み込んだり。書類を書いたり処理したり。

 

「デジタルはプールでの奇行の数々。タキオンはプールに薬物入れたらしいじゃないか?」

 

「奇行とは失礼ですよ!私はただウマ娘ちゃんたちの尊みにやられただけです!」

 

「あれはただの疲労回復効果がある薬だ。体外吸収も良いから実験がてらプールにばらまいただけじゃないか!」

 

 どうやら、ここまで言っても2人はまだ自分たちのせいではないと主張したいらしい。

 

「お前ら学園でなんて言われてるか知ってるか?七色に輝く変人と変人だぞ!全く……責任は担当の俺にだいたい来るんだからな……とりあえず、トレーニング開始だ!テイオーとデジタルはアップ行ってこい」

 

 デジタルは最近テイオーと一緒にトレーニングに参加している。最初はトレーニングに付き合う感じだったんだが、気づいたら一緒にトレーニングしていた。

 一方タキオンの方は自分で色々と進めてるらしい。トレーニング中に筋トレしてたり、トレーニングメニューを色々練っているって言ってた。

 

「それにしても、さっきの反応は予想外だったね」

 

 俺の横にタキオンは座り混みながら、さっきの話を掘り返してきた。

 

「てっきり、もっと怒鳴られて怒られるとおもったけれど」

 

「そりゃ呆れはしたよ。まさか、ここまで手続きに時間がかかるとはってね」

 

 そんな風に真面目に答える俺を見て、タキオンは面白そうに笑っていた。

 

「なんか変なこと言ったか俺」

 

「いやね……大抵の人間は怒ってこれ以上するなって怒るところなんだけどね。君は言葉にはするけど、注意はしてないじゃないか」

 

 正直、俺自身も手続きにここまで時間がかかるとは思ってなかった。けど、それだけでしか無かった。時間はかかったけど、結果として許可は取れたし 、大したことはしてないしな。

 

「自由にしろって言ったのは俺だし……その手前説教するのもおかしいだろ?俺にできるのはお前らが周りから怒られることをした時、それに問題が発生しないよう処理することくらいだ」

 

 2人の行動は問題が多い。しかし、人を怪我させたり危ない目に合わせることは無い。大抵の事は謝罪と書類の山で解決することばかりだ。

 

「とことん君は私たちのトレーナーに向いているねぇ……」

 

 タキオンはそう言いながら、羽織っていた服を置いて立ち上がった。

 

「泳ぐのか?」

 

「あぁ、水泳は脚への負担も少ない。それでも、体全身を鍛えられるいいトレーニングだからね。それに今は少し気分が良い」

 

 そのまま彼女はプールに飛び込んで泳ぎ始めた。そのフォームはとても綺麗でスピードが出ていた。

 

 

「そういえばデジたんって走りがオールマイティだよね。芝もダートも走れるって聞いたけど」

 

「そっそんな!テイオーしゃんなんかに比べれば私なんかモブもモブです!それに、私には短距離と長距離の適正はないですから……」

 

 前にデジたんが実際に走る僕らの表情っていうか、情熱?みたいなのを感じたいって言ってた。そのために芝もダートも走れるようにしてるって。

 

「でも、デジたんのことだから挑戦はしてそうだよね〜」

 

 僕がそう言うと、デジたんは苦笑いしながら下を向いてた。デジたんは変わってるけど、自分の好きなことに対しては凄い情熱的だからなぁ……その分上手くいかなかったショックとかもでかいのかな。

 

「色々なことは試したんですけど……それでも、中々上手くいかないから。効果があったものもあったんですけど」

 

「本当!?なになに?教えてよデジたん!」

 

 僕が少し食い気味だったせいで、デジたんはヒョエって声を出して驚いちゃった。適正がないっていうデジたんでも効果を実感できたんなら、多分僕にも役に立つはず。

 

「えっと、本当にお役に立てるか分からないですけど……呼吸を意識する事ですかね……呼吸を整える事で、無駄なスタミナの消費を抑えて最後に備える。私にはそのくらいしか……って!長々とすいません!」

 

「ううん……ありがとうデジたん」

 

 きっと、デジたんは自分の失敗の記憶を思い出してたんだよね。いや、僕のために思い出してもらっちゃった。

 

「いやいや!私みたいなモブにはこのくらいしか出来ないので!」

 

「そんなことないよ。僕はデジたんならいつか主人公になれると思う」

 

 あっ……倒れちゃった。でも、凄い嬉しそうな顔で失神してるし大丈夫……大丈夫なのかな?

 

「いや〜デジタル君は相変わらず愉快だねえ。自分を卑下はしているが、いざ褒められると嬉しくてこの通りさ」

 

 すると、ちょうど泳ぎ終わったタキオンがデジたんを抱えた。なんでそんな手馴れてるんだろう……

 

「それと、彼女の言う通り長距離において呼吸方法は大切な項目だ。せっかくのプールトレーニング。意識しておいて損はないさ」

 

 タキオンはそのままデジたんを抱えてトレーナーの方に行った。2人もああ言ってたし、呼吸に気をつけて頑張ろう!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第14話:想い

 夏のトレーニングも終えて、あと1ヶ月で菊花賞本番。トレーナーは最近難しい顔をしながらパソコンとにらめっこしてる。

 

「やっほーテイオー」

 

「あっネイチャ。最近凄いじゃん!色んなレースに勝って、前よりすっごい早くなったんでしょ?」

 

 昼休み中にふとトレーナーのことを考えていたら、ネイチャが話しかけてきた。最近は菊花賞出走に向けて色々なレースに出てたらしいけど、そのレースに全部勝って菊花賞駒を進めたらしい。

 

「いや〜テイオーに私なんかのこと知られてるとは光栄ですなー」

 

 ネイチャはいつもみたいに軽く僕の言葉を受けていた。いつも、僕の褒め言葉を正面から聞いてくれないんだよね……

 その雰囲気というか態度がトレーナーに似ていてなんだか面白かった。

 

「ありゃ、私なんか変なこと言った?」

 

「なんか、ネイチャってうちのトレーナーに似てるなって思って」

 

 どうやら顔に出ていたっぽい。ふとトレーナーのこと思い出しただけだったんだけどな。

 

「うちのトレーナーさ、実力はあるんだよ?でも、自己肯定感が低いというか自信がないんだよね」

 

「テイオーのトレーナーだからもっと堂々としてると思ってた。って!それ私のこと間接的にディスって」

 

「でも!」

 

 自信もない。どこか頼りない雰囲気もある。いつもなにか出来ても誰かのおかげって言うし。

 

「トレーナーは誰よりも努力してる。それに向かって凄い一生懸命なんだよ」

 

 そんなトレーナーだからこそ僕も付いて来たのかもしれない。そんなトレーナーだからこそ僕はもっと頑張ろうって思える。

 

「そして、そういう人が凄いんだって僕は近くで見てきた……だから、菊花賞でネイチャを甘く見ることなんてないよ」

 

 去り際にネイチャの目を見て思った。僕もこのままだと不味いなって。

 

 

「おっじゃまっしまーす」

 

「ここは休憩所でも遊び場でもないんだけどねえ……」

 

 僕がタキオンの研究所に行くと、タキオンとデジたんが2人でお茶をしてるところだった。

 

「何これ紅茶?僕紅茶には詳しいんだよって……甘い!」

 

 何これ凄い甘いんだけど!甘いというか甘ったるいというか。

 

「急に訪れたと思ったら人の紅茶にまでケチつける気かい君は?」

 

「ごめんてタキオン。今日はちゃんと用事があって来たんだってば」

 

 僕は改めて席に付いて口を開いた。

 

「前にトレーナーとタキオンが僕の走り方じゃ脚が壊れちゃうって言ってたよね」

 

「たしかに言った。あの走りはスピードと加速力を強く得られる変わりに負担が大きすぎる。体の柔らかさを利用した君だけのゴリ押し技さ」

 

 何となく僕の言いたいことが理解できたのか、タキオンの表情は真剣そのものだった。

 

「でも、負担が大きいだけですぐにってわけじゃないんだよね」

 

 負担が大きいから脚が故障するのはわかる。けど、今まではその走りを通してたんだから直ぐにってことは無いんじゃないかな。

 

「どうだろうね……実際に検証出来ない以上なんとも言えない。けれどね、君の脚はデリケートだ。何がトリガーで故障してしまうか分からない。何よりも肉体が鍛えられて耐えられる負荷は増えただろうけど、それと同時に体にかける負荷も増えてるのを忘れちゃいけない」

 

 僕もそれは分かってる。分かってると言うか、何度も何度もトレーナーから説明されたんだけど……

 

「それでも、そうしないと勝てないって時は?」

 

「そうならないようにするためにトレーナー君が頑張ってる。そのために私とデジタル君も集められたわけだからね」

 

 この問いに関してはタキオンは即答した。けど、言葉の最後にだがと繋げる。

 

「最終的に判断するのは君だ。私個人としても、チームとしてもそれはオススメ出来ないけどね」

 

 どうしたらいいのかな……トレーナーたちのことを信用してない訳じゃない。でも、もしも相手が速かったら。

 

「タキオンとデジたんならどうする?自分のどうしても勝ちたいレース。勝ちを届けたいレースでそうなったら」

 

「私なら……走っちゃうかも」

 

 さっきまでそばで見てるだけだったデジたんが前に出てきた。

 

「トレーナーさんには勝手だけど恩を感じてるし……きっとトレーナーさんは悲しむと思うけど走っちゃうきがしましゅ……って!私なんかがそんな場面に立ち会うことがあるかも分からないですけど!」

 

 デジたんは縮こまって後ろに下がって行った。タキオンは少し考えてから口を開いた。

 

「私は故障しないために今まで時間を割いてきた。テイオー君のサポートもその一環のつもりだったんだけどね。それ以上に多くのものを得られたと思ってるよ。だからこそそんな状態じゃ走れない。そうならないように彼と全力を尽くすだろう」

 

 2人とも意見は違う。結局のところタキオンの言った通り、最後は僕の判断次第なんだ。

 

「まぁ、安心したまえ。菊花賞に向けて、私もデジタル君もトレーナー君も全力を尽くしている。君はレースに向けてトレーニングに集中するといいさ」

 

「うん……ありがとうねタキオン」

 

 タキオンにお礼を言って、僕はその場を立ち上がった。

 

「テイオーしゃんトレーニング頑張ってください!私は今日タキオンさんのサポートするので」

 

 デジたんが去り際に僕を応援してくれた。デジたんなりに僕のこと励ましてくれてるんだよね。

 

「2人ともありがとう……」

 

 お礼を言って扉を開けるが。僕は最後にそれと、と付け加えて。

 

「僕は勝ちを届けたいとは言ったけど、トレーナーとは一言も言ってないんだけどなぁ?」

 

 それを聞くと、2人はッハっとした顔をして僕を捕まえようとしてきたので、そのまま扉を閉じてトレーニングに向かった。僕も頑張るぞー!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第15話:菊花賞の激闘

青い地球を守ってたら……ごめんなさい


 ついに迎えた菊花賞当日。テイオーと俺は最後の作戦会議をしていた。

 

「今回のレースは確実にテイオーはマークされることになるだろう。けど、ダービーを見てガッチリ固められることはないと思うから安心しろ」

 

「いやー良かったー。あの時本当に走りにくかったからなぁ……」

 

 ダービーの時のマークもやばかった。直接的にテイオーが走りにくいレースだったからな……けど、今回も一筋縄じゃいかない。

 

「変わりに今回は、テイオーの一挙一動全部観察されてると思った方がいい。仕掛けるタイミングとかコース取りとかな」

 

 テイオーは露骨に嫌そうな顔をしている。強者ゆえに周りからの強いマーク……さぞ走りにくいことだろう。

 

「正直作戦よりも本番でのアドリブ力が試されると思うが……テイオーなら行けると信じてる」

 

「あったり前じゃん!僕はサイキョーなんだから!」

 

 元々テイオーには天性のレースセンスがあった。それを今までは作戦で更に確実なものにしてきたに過ぎない。だから大丈夫なはずだ。

 

「最後に……怪我はするなよ」

 

 その言葉を聞くと、テイオーはバツの悪そうな顔をして笑いながら目を逸らした。

 

「タキオンが話しちゃったんだ」

 

「内容が内容だからな。いいか?今まで通りステップを使っていいのはラスト200mだけだ!長くても400m……それ以上は今のテイオーだと確実に怪我に繋がる!」

 

 言っても無駄だと言うことは分かってる。小さい頃からのテイオーの夢。無敵の三冠ウマ娘。その夢にあと一歩届くという時に、テイオーは止まらないだろう。

 

「分かってる。無理はしないようにするよ。ありがとうねトレーナー」

 

 

 僕、トレーナーに嘘ついちゃった。なんか分かるんだよね……今日のレースは今までみたいに簡単に行かないって。みんなが全力で僕に勝とうって強い気持ちを持ってるから。

 

(無敗の三冠ウマ娘まであと一歩……何より、僕の為に頑張ってくれたトレーナーたちのためにも勝ちたい)

 

 きっと、トレーナーはそんなこと望んでない。自分のために僕が傷つく何て嫌だと思う。でもね……僕は君のために勝ちたいって思っちゃったんだ。

 

 

「おやおや、その顔じゃあ説得は失敗したようだねえ」

 

「あぁ……本番でそんな事にならないことを祈るよ」

 

 観客席に戻るとタキオンは同情の視線を俺に向けていた。一応は彼女も説得を試みたんだけどな。

 

「そうならないように、私たちチームがテイオーしゃんのために頑張ったんじゃないですか!」

 

 デジタルも気合十分という感じでターフにいるウマ娘達を眺めていた。

 

「あんた大丈夫なの?」

 

 一緒に観戦に来てくれた東条さんにも心配される始末だ。

 

「まぁ……最悪の場合は全責任を負うつもりでいます」

 

 そうならないことを祈るばかりだが……とりあえず、パドックでの様子を見てからになるが……

 そんなことを考えてるとパドック入場の音楽が鳴り響いた。

 

『3枠5番ナイスネイチャ!菊花賞直前のレースたちの勝利を手に取り、菊花賞出走を果たしました。本日の調子も大変良さそうです!その期待から2番人気です!』

 

「やっべえな……」

 

 調子がいいのは勿論のこと、その身体の仕上がりが並大抵なものじゃない。おそらく、今日このレースのためにかなり綿密な調整をしてきたんだろう……

 

「ナイスネイチャか……前までは突飛つして目立つ戦績はなかったが、この夏と秋を通して一気に花びらいたな」

 

 後ろからルドルフが合流してきた。どうやら東条さんと一緒に観戦に来ていたらしい。

 

「ナイスネイチャもやばいっちゃやばいんだが……」

 

『4枠8番トウカイテイオー!ついにこの日がやって来ました。皐月賞、日本ダービーを勝利し。無敗で三冠への挑戦となります!果たして1着に輝くことが出来るのか!1番人気です!』

 

「テイオーだって負けてない」

 

 3冠の最後のレース。そして、テイオーにとっては長距離の3000mという1番の関門。今まで以上にハードなトレーニングと綿密な調整を行ってきた。タキオンとデジタルが死ぬ気で頑張ってくれたおかげなんだが……

 

「これは驚いたわね……」

 

 あの東条さんもルドルフもテイオーの仕上がりを見て驚いていた。そんな2人を見てタキオンは自慢げに笑っている。

 

「今回のレース展開は予想出来ているのか?アグネスタキオン」

 

 前回のレース同様にある程度の予想は立てている。しかし、今回は夏を挟んで未確定要素が多い……

 

「そうだねぇ……第3コーナーで仕掛けて、ラストの直線で周りを引き剥がし単独ゴール。それが私たちの描いているレースプランさ」

 

 あくまで最善でレースが進んだ時の予想。他のウマ娘が俺たちの予想通りの能力という前提だ。それ通りに進むとも思ってない。

 

「流石に今回はそんなに上手く行かないのではないか?」

 

「テッテイオーちゃんなら勝ってくれます!」

 

 ルドルフの質問に対しての回答に俺は驚いた。回答内容というか、それを発した人物に驚いたんだ。

 

「その通りだともデジタル君」

 

 あのデジタルがウマ娘……それもシンボリルドルフに反論するとは。俺も正直驚いた。

 

「たしかに、周りのウマ娘も成長している。我々の予想を上回ることもあるだろう。しかし、テイオー君が1着でゴールすることは揺るがない」

 

 デジタルに並んで、タキオンもルドルフに向かって高らかにそう宣言した。

 2人の言う通り……このレースで一番最初にゴールを通過するのはテイオーだ。

 

 

「テイオー」

 

 パドック入場も終わって、ゲートの準備中にネイチャが話しかけて来た。

 

「ん?どうしたのさネイチャ」

 

「私は今日のレースでテイオーに勝つために頑張ってきた。だから、全力でぶつかる」

 

 ネイチャから熱い視線をぶつけられる。いや、ネイチャだけじゃない。周りの娘達からも見られてる。

 

「うん!全力で走って……僕が1着でゴールしてみせる」

 

 それを聞いてネイチャは満足したのか、少し笑っててゲートに向かおうとした。けど、ちょっとしてからこっちを振り向いた。

 

「そうだ、いいレースにしようね」

 

「うん!」

 

『まもなくレースがスタートします。出走するウマ娘はゲートに入ってください』

 

 こうして僕にとっての大事なレースが幕を開いた。

 

 

『全てのウマ娘がゲートインしました!菊花賞3000m!菊の勲章をその手に収めるのはどのウマ娘か!3000m先のゴールを目指して……今スタートしました!』

 

 スタートは問題なし。周りからも特別囲まれそうな様子は無い。

 

「さぁ……このまま何事もなく進んでくれよ……」

 

 各々がポジションを取り、ある程度レースが形になって来た時に違和感を感じた。

 

「ナイスネイチャのポジション少しおかしくないか?」

 

 先行の位置についてテイオーをマークしてるのは分かる……だけど、そのポジション取りに少しだけ違和感を感じていたが。第2コーナーを超えた辺りで違和感の正体に気がついた。

 

「明らかに外側を走ってる……まさかテイオーにわざと自分の存在を見せつけてるのか!」

 

 

(あぁ……ネイチャの圧を感じるなぁ!物理的に!)

 

 スタート早々から僕をマークしてたのは分かった。でも、レースの展開を確認するために後方確認すると、絶対にネイチャがいるんだから!

 レース展開を見る感じ、全体的に固まって動いてる。こうなると早い段階でレースが動き始めるってタキオンも言ってた。

 

(仕掛けるなら残り1000m付近になるだろうなぁ……でも、ステップを使っていいのは残り200m。そこまでは何とかくらいつかなきゃ!)

 

 レースは中盤で1500mの折り返し。後ろの娘たちも少しずつ前に詰めてきてる。想像以上にみんな固まってる。1回飲まれたら前に出てそうにないや。

 

 

『おぉっと!レースは残り1100m!ここでリオナタール仕掛けた!』

 

「おいおいまじかよ」

 

 想像しうる中で1番最悪のタイミングだ。早い展開になるとは思っていたが……

 

「どうかしたの?」

 

 俺の反応に東条さんが疑問を示した。一応テイオーは長距離レースへの出走はしたことが無い。それ故にテイオーの長距離適正が長くないことをみんな知らない。

 

「テイオーの適正距離は中距離寄りで長距離適正も低くは無いですが……正直不利です。スパート距離が長くない以上早めの勝負はテイオーにとってはデメリットしかないんです」

 

 有馬記念のような2500mならまだしも3000じゃあ長すぎる。状況としては最悪だ。

 

「だが、この状況くらい想定していたんじゃないか?勝算はないのか?」

 

 ルドルフが少し心配そうに聞いてきた。

 

「勝算はあります……けど、あくまで周りの娘達が俺たちの予想どおりの実力だった場合です。それを上回られたら……」

 

「おやおやおや?トレーナー君らしくないじゃないか」

 

 俺の言葉が最後まで言われることもなく、途中でタキオンに遮られた。

 

「テイオー君は最強のウマ娘なんだろう?それに、君の言う天才の私やデジタル君も共に考えた。ならば敗北を疑うことは無いだろう」

 

 そうだ……俺は何を考えているんだ。テイオーは負けない。そのためにテイオーは頑張って来たし、タキオンやデジタルも協力してくれたじゃないか。

 

「何よりも私とデジタル君はテイオー君の勝利を確信している。そうだろうデジタル君」

 

「はい……勝つと思います」

 

 自信満々なタキオンに対して、どこか不安げというか悲しい顔をしているデジタル。反応は違えど勝利を確信している。なら、俺に出来るのはテイオーを応援することだけだ。

 

 

 残り900m……このペースならまだ何とか付いていける。そう思ってた。なのに!

 

(なんでもうすぐ後ろにネイチャがいるのさ!)

 

 まだ僕のことを抜かす様子はないけど……でもこのままじゃまずい。とは言っても今はまだ動けないし……

 そして、残り2500mのところでネイチャが僕のすぐ真横に並んできた。

 

(もうこんなところまで!突き放さないと!)

 

 僕はペースを上げた……つもりだった。それなのにネイチャと距離を離せない!

 

(このままじゃ……勝てない!)

 

 想像以上に伸びない自分のペースと、ネイチャの追走。その追い込まれた状況だから……ううん、僕の夢のため。頑張ってきたトレーナーのためにも!

 

(トレーナーにはダメって言われたけど残り500mなら!)

 

「動けぇぇぇぇ!」

 

 加速……できた!これならまだいける!

 

『おぉっと!トウカイテイオーが来た!トウカイテイオー一気に加速していく!後方のナイスネイチャも必死に食らいつく!おぉっと!このままトウカイテイオーが先頭まで駆け抜ける!』

 

 トレーナー……僕勝つよ!そのために必死に頑張ってる……だからさ、そんなに悲しそうな顔しないでよ。

 

 

「テイオーお前!」

 

 タキオンとデジタルがさっき言ってたのはこういう事か!このままじゃテイオーの足が!そう思っていたが……テイオーと目が合った。その目は確かに俺に向けられて、レースに勝つという強い想いを感じられた。

 

(テイオーはここまでして本気で勝ちに行こうとしている。だったら俺にできることは)

 

「頑張れテイオー!負けるなぁぁぁぁ!」

 

 

(聞こえてるよトレーナー!ありがとう)

 

「負けるもんかぁぁぁ!」

 

『トウカイテイオーがリオナタールに……並ば……ない!そのまま先頭に躍り出た!トウカイテイオーだ!トウカイテオーが今一着でゴォォォル!』

 

 やった……勝ったよ。観客席のトレーナーたちに視線を向けると、トレーナーとデジタンは泣いてた。もぉ……そんなに泣いて喜ばなくてもいいのに。

 

「テイオーさすがだね。私なんかじゃ相手になりませんわ~」

 

「ううん、僕は相手がネイチャだったから……みんなだったからここまで頑張ったんだよ」

 

 そうだ、全力で走った。限界を超えて走った気がする。疲れのせいか足の感覚もわからないや。

 

「ちょっとテイオー足が!」

 

 ネイチャが僕の足を見て叫んだ。足を見て見ると、僕が意図しないのにガクガクと足が震えていた。やばいなと思った次の瞬間には視界がブラックアウトしていった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第20話:挫折

全部イカゲーが悪いんだ……いえ僕が悪いです。



「折れてます。意識の方は疲労の影響なので、すぐに目を覚ますと思います」

 

 診断室で俺はそう告げられた。予想はしていた……想定よりも長い距離を速いスピードでテイオーは走りきった。そのままの意味で限界を超えて走ったんだから。

 

「テイオーはもう一度走れますよね」

 

「そうですね。骨折自体も複雑な折れ方はしていないので……春が明ける頃にはレースに復帰出来ると思います」

 

「良かった……」

 

 本当に最悪の事態は回避出来た……粉砕骨折や複雑な骨折だったら復帰も遅くなり、巻き返しも大変なことになるところだ。そもそも復帰出来ない場合もあるからな。

 一安心したところで、ドタバタと廊下から騒がしい音が聞こえて来たと思ったら。バンッ!と診察室の扉が開け放たれた。

 

「トレーナーさん!テイオーさんが目を覚ましました!」

 

 デジタルがそう言いながら診察室に駆け込んできた。急いでテンパっていたが先生と俺の目を見て我に帰った。

 

「すっしゅいません……病院の中なのに」

 

 出来る限り急ぎ足でテイオーの病室に向かった。そこにはベットに座るテイオーと様子を見ているタキオンが居た。

 

「テイオー大丈夫か!?」

 

「も〜トレーナー。病院なんだからもう少し静かにしないと」

 

 急いで俺が駆け寄ると、テイオーはニシシと笑いながら俺のことを見ていた。

 とりあえず、お医者さんに診察してもらい。現状は特に異常は無いとのことだった。

 

「ねえトレーナー」

 

「どうしたテイオー」

 

 お医者さんが席を外すと、テイオーは心配そうに俺に話しかけた。

 

「僕勝ったんだよね。無敗の3冠ウマ娘になれたんだよね」

 

「あぁ、菊花賞は1着でゴール。トウカイテイオーは無敗で3冠を取った。明日の記事の1面だろうな」

 

「良かった……」

 

 テイオーは安堵して、ベットにもたれかかった。レース場で意識を失って目が覚めたら病室の中……1着も夢だったのではないかって不安だったんだな。

 

「それで、足のことなんだが……」

 

 俺は言葉に詰まった。無敗で3冠というテイオーの夢は叶った。しかし、骨折をするまで追い込んで。トウカイテイオーの圧倒的才能を持ってして。その罪悪感で口が動かなかった。

 

「分かってる。折れてるんだよね……いやー困っちゃうなぁ!無敗の3冠に骨折なんて。明日はメディアのどこ見ても僕がいるよきっと!有名人だね」

 

 テイオーの顔は笑っている。笑っているのに体は震えていた。初めての怪我が骨折。大丈夫だとは分かっていても、その不安は拭いきれない。

 そして、その不安をケアするのもトレーナーの仕事だ……だけど、俺で……俺がやってもいいのか?

 

「まぁ、1ヶ月近くは入院してゆっくり休んでくれ。俺もその間にやっておかないといけない事がある」

 

 俺は追い込まれていた。勝っても負けてもきっと追い込んでいただろう。

 

「1ヶ月も入院かぁ……暇になっちゃうな。デジたんとかお見舞い来てね」

 

「ひゃっひゃい!テイオーしゃんがいいのならぜひ毎日でも!」

 

「いっいやぁ……毎日は大変だと思うけど……」

 

 そうだ。テイオーにはタキオンもデジタルもいる。精神面は大丈夫だろう。

 

「とりあえず、時間も時間だ。今日のところは1回帰ろう。タキオンデジタルもそれでいいか?」

 

「はい!」

 

「テイオー君も疲れてるだろうし。それがいいだろう」

 

 荷物を持って俺たちは部屋を後にしようとした。

 

「トレーナー!」

 

 その時、テイオーに呼び止められた。しかし、俺はその時にはもう振り返ることが出来なかった。

 

「どうしたテイオー」

 

「あっううん。またお見舞い来てね」

 

「あぁ。今日はゆっくり休んでくれ」

 

「うん……じゃあね」

 

 その時のテイオーがどんな顔をしていたかは分からない。それでも俺の中ではもう決心はついてしまっていた。

 部屋を出てからタキオンとデジタルにも今後のことを確認した。

 

「とりあえず1ヶ月はやることは無いが……2人はどうするんだ?必要ならトレーニングメニューも用意しておくが」

 

「「大丈夫さ(です)」」

 

 そうだよな。このメンバーはテイオーの為に結成したチーム。そのテイオーがいなければ集まることもないか。

 

「私たちもすこ〜し用意するものがあるからねぇ……」

 

 そう言ってタキオンたちは自分の寮に戻って行った。用意するものってなんだろうか……いや、もう俺には関係のないことだろう。

 

 

「みんな帰っちゃった……酷いな〜もう少し居てくれたっていいのにさ〜」

 

 トレーナー1回も目を合わせてくれなかった。やっぱり無理に走ったの怒ってたのかな。でもさ、怒ってたならなんで怒ってくれなかったの?

 

(分かんないや……あぁ、なんか眠くなってきちゃった)

 

 色々なことが頭によぎった。それでも疲労には勝てなくって、僕は眠りについた。

 翌日、トレーナーとタキオンの2人は来なかった。ネイチャとか同級生はチラホラ来てくれたし、デジたんも来てくれた。でも、デジたんも誰かと連絡を取ったり、忙しそうにしててすぐに帰っちゃった。すごく申し訳なさそうにしてたなぁ。

 

「テイオー入るぞ」

 

 夕方頃にカイチョーがお見舞いに来てくれた。いつもなら飛び跳ねて喜ぶのに、なんだかその時はその元気が出なかった。

 

「なんだ彼はいないのか」

 

 カイチョーは病室を見回してトレーナーのことを探してた。良く考えれば、トレーナーが出来てから丸々1日会わないことなんてほぼなかったからなぁ……なんか、ちょっと寂しいかも。

 

「トレーナーがやることがあるって言ってた。僕のリハビリメニューを考えてたりして!トレーナーは僕のこと大好きだからさー」

 

 そうだよ。きっとトレーナーも僕のお見舞いに来たくてたまらないに決まってるよ。

 

「そうか……」

 

 トレーナーが居ないことを知ったカイチョーは凄く落ち込んでた。どうしたんだろう。

 

「トレーナーに用でもあったの?」

 

「直接彼に用事があった訳ではないのだがな……だがそうか……私たちの予想は当たってしまったのか」

 

 カイチョーは悲しそうだった。トレーナーがいないことと何が関係あるんだろう。

 

「ねえカイチョー。何かあったの?」

 

 僕がそう聞くとカイチョーは顔を上げて、僕の顔を見た。

 

「そうだな。テイオーにも心の準備が必要だな……元より隠すつもりはないさ」

 

 そう言ってから少しの時間だけ音が消えた気がした。なんでだろう、それだけ緊張してたのかもしれない。そして、カイチョーが口を開いた。

 

「彼は……君のトレーナーはテイオーとの契約を解除するだろう」

 

 え……?僕はカイチョーの言っている意味が一瞬だけ分からなかった。トレーナーが僕との契約を解除する?

 

「そっそんなわけないじゃんカイチョー。トレーナーは僕の為に頑張ってくれたし、僕だって頑張った。ついに無敗で3冠取れたばっかりなんだよ?」

 

 終わりじゃない。むしろここから新しく始まろうって時なんだよ。たしかに、骨折しちゃったのは不安だしショックだった。だけどさ……これからもっと頑張ろうって思えてたのに。

 

「だが、彼はトウカイテイオーという天才を潰したと思っているはずだ」

 

「でも……!」

 

 思い当たる節は多かった。タキオンたちも言ってたけど、トレーナーは僕たちのことを褒めても、自分のことを褒めることはないから。

 

「確信がある訳じゃないだが……一応覚悟だけはしておいてくれ。彼は……そういう人げ」

 

「カイチョー!」

 

 僕はカイチョーが全部言う前に叫んじゃった。でも聞きたくなかったんだ。頭の整理がつかなくって。

 

「すまない……とりあえず私も帰るよ。またお見舞いに来る」

 

 カイチョーはそのまま帰っちゃった。せっかくお見舞いに来てくれたのに酷いこと言っちゃった。でも、急にあんなこと言われても僕どうしたら良いかわかんないや……

 

 

 体に力があまり入らない。燃え尽き症候群ってこういうことを言うのか。

 テイオーが怪我をした次の日。俺は手続きの為の書類の用意していた。それ自体は早く終わり、正午くらいには作業を終えていた。その後、テイオーの悩んでいた。しかし、その後すぐに眠ってしまい今に至る。

 

(今日は東条さんのところに行かないといけない……)

 

 俺が目を覚ましたのは日が昇った頃だった。昨日は急に眠りに着いたが、こういう習慣ってのは抜けないんだな。

 俺は体を起こして学園に行く準備をした。そして、東条さんのトレーナールームの前までたどり着いた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第21話:転機

少しだけいつもより長いですがお付き合い下さい。


 テイオーのお見舞いをした翌日。私は東条トレーナーの雑務の手伝いをしていた。普段は生徒会の仕事やトレーニングで忙しいため、トレーナーの作業を手伝うことは滅多にない。手伝える暇があっても、トレーナーが休めと言って手伝わせてはくれないのだが。

 

「まさかあっさりと許可が出るとは思いませんでした」

 

 私は書類を片付けてるトレーナーに話しかけた。すると、トレーナーは呆れたような顔でため息をついた。

 

「どうせ気になってトレーニングどころじゃないでしょ?あなたは昔からトウカイテイオー贔屓だもの」

 

「そこまで分かっているのなら、なぜ彼を止めて下さらないのですか!?彼以上にテイオーのトレーナーに相応しい人物がいるとは思えません!」

 

 私はついトレーナーに怒鳴ってしまった。全部分かっている。それでいてなお口を出さないのは何故なのか。

 

「すいません……つい興奮してしまいました」

 

「いいのよ。あなたの言いたいことも分かるわ。私じゃ怪我を回避できても、トウカイテイオーの夢を叶えることは出来なかったでしょうしね。並のトレーナーだったらダービー……いや、皐月賞時点で彼女の脚を壊してしまう」

 

 それでも彼はやり遂げた。テイオーの無敗の3冠と言う夢を。たしかに骨折という大きな怪我という代償はあった。しかし、その骨折も複雑なものではなかった。

 

「あいつは様々なところから才能を引き出してトウカイテイオーを支え続けた。アグネスタキオンの知能、アグネスデジタルの観察眼、自分自身の時間。それを全て駆使してまとめあげてトウカイテイオーの3冠を成し遂げた」

 

 個性派な2人を仲間にして、それをチームとしてまとめた。誰か1人ではダメだっただろう。けれど、彼は集めたんだ。学園から問題児と言われるウマ娘ですら。

 

「けど、今のあいつは本気じゃないし本気になれない。それでトウカイテイオーのトレーナーを続けても彼女の才能を潰してしまう……そして、本気にできるのは私たちじゃないのよ。だから、あいつらを信じるしかないの」

 

 その時、トレーナーは悔しそうな顔をしていた。本当は自分自身が手を差し伸べて苦しんでいる彼を助けたいのだろう。どうすればいいかは分かっているのに、それは自分の役目でないのだから。

 

 

 書類の準備は整った。あとはこれを東条さんのところに持って行ってサインを貰うだけだ。

 そう思いながら重い脚を東条さんの部屋まで運ぶと、ルドルフも一緒に部屋で待っていた。

 

「東条さんが担当に手伝いをさせるなんて珍しいですね」

 

「気にしなくていいわよ。ルドルフがあなたたちが気になってトレーニングに集中出来なそうだったから」

 

 なるほど……東条さんには全部お見通しってことか。

 

「流石ですね……」

 

「あなたが分かり易すぎるのよ」

 

 ルドルフは特に口に出すこともなく俺たちのやり取りを傍観している。とりあえず、俺はここに来た目的を果たそう。

 

「今日はテイオーのチーム移籍についてお話に来ました」

 

 そう言いながら、俺は書類を東条さんの机の上に出した。そして、東条さんは書類を手に取ると、その内容を読み進めていく。

 

「一点を除いては書類に不備はなわね。担当ウマ娘の同意サインが無いと受理できない。サインを貰ってからもう一度出直してちょうだい」

 

 そのまま書類を返された。元々、チーム移籍の許諾を得るために予め提出したものだから当然なんだけど。

 

「チーム移籍は受け入れてくれるということでいいですか?」

 

「そうね。トウカイテイオーの実力、実績はそれに値する。うちにはルドルフもいるから問題ないから」

 

 ルドルフも無言で頷いた。テイオーは元々人付き合いが上手いからチームにもすぐ馴染むだろう。

 

「それよりも……あんたはどうするつもり?うちのチームのサブトレーナーに戻ってくるのかしら」

 

 今後についての明確なビジョンは無かった。トレーナーは続けたいとは思う。しかし、俺に中央はふさわしくないだろう。

 

「お誘いは嬉しいです……リギルはとても良いチームですから。けど、俺は地方でトレーナーになろうと思います」

 

 地方は中央よりもレベルは低い。けれど、レースに出走するウマ娘たちは全力だ。俺も必死でサポートすればトレーナーが務まる……と思う。

 

「なるほど……だそうだが。あんたたちはどうするの?」

 

 あんたたち?東条さんは誰に話しかけているんだ。と考えた瞬間にドン!という音と共にドアが開かれた。

 

「話は聞かせて貰ったよトレーナー君!」

 

 両手を広げ高笑いしながら部屋に入ってきたのは……タキオン?

 

「なんでタキオンがここに……」

 

「私もいますよ!」

 

 タキオンの後ろからひょこりとデジタルも姿を表した。どういうことなんだ一体……

 

「実は、私達もシンボリルドルフ会長に提出しないといけない書類があってねえ」

 

 そう言って、タキオンとデジタルは懐から1枚の紙を取り出した。そこには[転校届け]と書かれていた……転校届け?

 

「おいおい!待」

 

「生憎と!まだ転校先は決まっていないんだがねえ……」

 

 俺の言葉を遮るようにタキオンは声を張ってそう言った。それを聞くと、ルドルフも声を出して笑っていた。

 

「待てって!なんで転校届けなんか!」

 

「そんなの簡単さ。君がそこに行くからさ」

 

「……はっ?」

 

 俺はタキオンの言っている意味が分からなかった。俺が地方に行くから着いてくって?

 

「デジタル……お前もなのか?」

 

 俺がデジタルの方を向くと無言で頷いた。でも、転校なんてそう簡単にできるものじゃ……

 

「そうだ、転校の手続きには保護者からの同意が必要だろ!」

 

「もちろんそんなことは分かっているとも」

 

 そう言って、タキオンが転校届けを俺の方に突き出した。そこにはたしかに保護者のサインが書かれていた。

 

「お前らいつの間にこんなの準備してたんだ……」

 

 今までそんなものを用意している様子はなかった。しかも、俺が地方に行こうかと決心したのも一昨日のことだぞ。

 

「そんなのつい昨日のこと。私は二つ返事で了承を得たがねぇ……デジタル君の方は説得に苦労したようだよ」

 

 そりゃそうだろう。中央はウマ娘にとって特別なところだ。そこで出走出来ることが1種の名誉ですらある。しかも、活躍する可能性すらあるデジタルを止めないはずがない。

 

「そもそも、なんで俺に着いて来ようとするんだ?タキオンもデジタルも中央で活躍できる程の才能を持っているのに」

 

「元々、私はこの学園を去る直前だった。それが今になっただけのことさ。何より!君がいなかったら私の食事は誰が用意するんだい!?紅茶を入れたり、掃除をするのは!?」

 

 俺は愕然とした。そんな理由のためにタキオンは中央を去ってまで俺に着いて来ようと言うのか。

 

「何よりも、私の目的は速さの探求。研究自体はどこでも出来る。レースの最高峰トレセン学園が都合が良かったから今まで留まっていただけだ」

 

「お前はそういうやつだった……」

 

 そうだ!もしかしたらデジタルはタキオンにやらされてるだけかもしれない。

 

「デジタル……お前はどうしてだ?」

 

「私は……なんて言ったらいいか分からないですけど」

 

 俺の質問にデジタルは少し困ったように後ずさった。両手を胸に当てて一瞬縮こまった。

 

「でも!トレーナーさんが私のやりたいことを初めて受け入れてくれた人でした!」

 

 縮こまったと思ったデジタルが力強くそう叫んだ。

 

「それに、トレーナーさんとタキオンさん……テイオーさんのみんなで色々とやるのも楽しいです。何よりも、トレーナーさんは私でもほかのウマ娘ちゃんみたいに輝けるって言ってくれました」

 

 たしかに、さり気ない日常会話の中でそんなことは言ったが……そんなことはデジタルを見てればすぐに分かる事だ。

 

「私はオタクでこんな感じだから……他のトレーナーさんには距離を置く人もいましたし……たまに走りを見て声をかけてくれる人もいましたけど。それでも正面から私を受け止めて、理解できる所は理解しようと努力してくれたのはトレーナーさんだけでした!」

 

 他人のことを話ことは多いが、デジタルは自分の意見を強く発するタイプじゃない。そんなデジタルに驚いて言葉が出なかった。

 

「というわけだ。シンボリルドルフ会長。この転校届けは受理されるのかな?」

 

「あぁもちろんだとも。君たちのような人材を手放すのは惜しいが、君たちの意思も硬いようだ。ただ、転校先がもし決まったらもう一度持ってくるといい」

 

 ルドルフも問題はなさそうな口ぶりだ。

 

「ちょっと待てお前ら!1回冷静に!」

 

「我々の用は済んだのでね。それでは失礼するよ!」

 

 そう言うと、デジタルはタキオンに抱えられてそのまま立ち去って行った。

 

「君もテイオーのところに行ったらどうだ?きっとテイオーも君を待っているだろう」

 

 最初は硬い表情をしていたが、ルドルフの今の顔は緩んでいた。

 俺も元々の目的は果たしたし、どちらにせよ今からタキオン達を追っても追いつけないからな……

 

「それもそうか……それではサインを貰ったらまた来ます」

 

 そう言い残して俺は部屋を後にした。そして、テイオーの居る病院に向かった。

 

 

「行きましたね」

 

 彼らが居なくなって、私と東条トレーナーの2人が残った。

 

「次に会う時は謝罪の時かしらね」

 

 最初は大丈夫か疑ってはいた。しかし、あのアグネスタキオンが大丈夫と、頼むと頭を下げて来た時には驚いた。

 

「本当に彼は人に恵まれていますね」

 

 恵まれ過ぎたが故の彼の自己肯定感の低さなのか。それは私には分からない。けれど、今回の件は彼女らに任せていれば大丈夫だろう。

 

「全くよ。ほら、ルドルフも心配事は解決したでしょ?トレーニングに行ってもいいわよ」

 

「そうですね……それじゃあ失礼して走って来ようと思います」

 

 彼らのやり取りを見ていて、私もチームメイトと共にトレーニングをしたい気分になってしまった。

 

 

 テイオーの病室の前に着いた。だが、その扉が酷く重く感じた。テイオーのトレーナーを辞めることを自分の中では納得している。なぜこんなにも億劫なのか。

 

「テイオー……入るぞ」

 

 俺はそのまま勢いよく扉を開けて病室に足を踏み入れた。テイオーは上半身を起こしてベットに座っている状態だった。

 

「あっトレーナーやっと来てくれたんだー。全くもー1日も僕のことほっぽらかしてさ」

 

 そこのはいつも通りのテイオーが居た……と思ったが、その手は少し震えていた。ルドルフがあの場所にいた時点で察しはついていたが。

 

「話は聞いているな……さっき、チームリギルのトレーナーから移籍の許可が出た。あとはテイオーがこれにサインするだけだ」

 

 テイオーの前に書類を出した。テイオーはそれをじっと見つめた。

 

「分かったよ。明日までに用意しておくね」

 

 そして、テイオーはあっさりとそれを受け取った。

 

「これも僕のためなんだもんね」

 

 その声は震えていた。それでも、俺はそれを気付かぬフリをした。気づいてしなったら、その場で踏みとどまってしまいそうだから。

 

「あぁ……そうだ。テイオーはもっと強くなれる」

 

 俺はテイオーに背中を向けて、そのまま病室から立ち去ろうとした。しかし、歩み出そうとした瞬間に裾をグッと引っ張られた。

 

「やっぱり……やっぱりヤダよ!トレーナーとタキオンとデジたんと4人で今までやってきた!それで強くなれたんだからそれじゃあダメなの!?」

 

 俺もそう思ってた。でも、それじゃダメなんだ。俺もお前たちと同じ土俵で一緒に戦えてると思ってた。でも、結局はみんなお前たちに頼りっきりだったんだから。

 

「それでお前は怪我をしたんだ!俺じゃあこれ以上お前を伸ばしてやれない!」

 

「そんなことない!」

 

 テイオーは泣きながら叫んだ。

 

「もしかしたら誰でも良かったのかもしれない!僕は強くなれたかもしれない!でも!菊花賞を勝てたのは!骨折してでも勝ちたいと思えたのはトレーナーが僕のために頑張ってくれたからだよ!君じゃ僕を伸ばせない!?そんなの勝手に決めないでよ!僕を強くしてくれたのはトレーナーだもん!君が僕のトレーナーだったから僕は頑張れたんだよ!」

 

 俺はテイオーの勢いに押し黙ってしまった。俺の中で全部を完結していた。菊花賞を終わってからテイオーの想いを聞いていなかった。それでも、自分の中で整理を付けれずにいた。

 

「ごっごめん……叫んじゃって。でもね、僕は君がトレーナーで良かったって思ってるから……」

 

 そのまま逃げ出すように俺は病室を後にした。テイオーに考える猶予もなくあんなことを言っておいて、自分は考える時間が欲しいだなんておかしな話だとは思う。それでも、タキオンにデジタル、テイオーの言葉を聞いて自分が分からなくなってしまった。




ここの部分のお話は個人的に書きたいと思っていたので、できるだけ頑張りました。
トレーナーの明日は如何に


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第22話:偶然と想い

凄い勢いで書いてしまった……


 テイオーと話した日の夜は眠れなかった。考えることが多すぎる……なのに考えはまとまらない。そんなこんなで気付けば日が登っていた。

 

(とりあえず、学園に行かないと……)

 

 何も考えずに学園に足を向けた。気付けば俺はタキオンの研究室の前に立っていた。まだ朝は早いし、こんな時間に誰か居るわけないとは分かっている。しかし、部屋の中からは2人の声が聞こえる。

 俺はすぐに扉を開け中に入ると、目の下にクマを作ったタキオンとデジタルが居た。

 

「お前らなんでこんな時間から」

 

 咄嗟に声がポロッと漏れていた。それを聞き取ったのか、色々と話し合っていた2人がこちらを向いた。

 

「おやおや、トレーナー君じゃないか!早く来たまえ。今はデジタル君とテイオー君のリハビリの計画を話し合っていたところさ!」

 

 俺はタキオンの言ってることが理解出来なかった。えっ?転校とかそういう話はなんだったんだ?

 

「まさか……結局テイオー君と話をつけてない訳じゃないだろね?」

 

「いや、話にはちゃんと行った……」

 

 そう伝えると、2人は困惑した顔で首を傾げていた。

 

「それなら、私たちのやってる事分かりませんか?」

 

「いや……全く理解が追いつかないが……」

 

 それを聞くと2人は大きく溜め息をついた。

 

「テイオーさんの想い聞いたんですよね……?」

 

「あぁ……でも、俺には分からない。テイオーだけじゃない。お前たち2人もなんで俺に着いてこようとするのかが分からん。俺よりもきっと……」

 

 デジタルに話しをしている最中にタキオンに口を抑えられた。

 

「君は俺じゃなくてもっと他にと言いたいのだろう?そんな些細なことはどうでもいいじゃないか!」

 

 俺は高らかに話すタキオンに何も言い返せなかった。タキオンはそのまま話しを続けた。

 

「確かに!私やデジタル君にも、もっと相性がいいトレーナーが居たかもしれない。テイオー君にも居たかもしれない。でも、実際に手を差し伸べたのは君だ。君以上のトレーナーがいたかもしれないが、私たちにとっての最高のトレーナーはもう君なんだよ」

 

「そうです!テイオーさんだってトレーナーさんへの想い、トレーナーさんからの想いを背負っていたからこそ菊花賞で勝てたんです!もしかしたら、他の誰かだったかもしれない!でも、もうあなたがその人なんですよ」

 

 些細なこと……俺よりもそのトレーナーが優れているのは些細なことなんだ。こいつらと組んで、テイオーのトレーニングを考えた。例え俺が優れていなかったとしても、こいつらに手を伸ばしたのは俺なんだ。

 

「テイオーも俺にトレーナーをして欲しいんだな……俺が優秀かそうでないかは関係ないんだ」

 

 俺もテイオーのトレーナーでありたい。もっと優れたトレーナーの元に行かせるのがテイオーたちの為だと思ってた。でも、テイオーたちは俺がトレーナーであって欲しいんだ。簡単なことだった。テイオーのために頑張ろうと決めた。テイオーが望むなら頑張りきろう。

 

 俺は振り返り出口の方を見た。

 

「2人とも悪い。リハビリメニュー考えなきゃいけないんだが……先にやらなきゃいけないことがあった」

 

 そのまま俺は全力で走った。テイオーの病室に少しでも早くたどり着くために。

 

「テイオー!」

 

「トットレーナー?どうしたのこんなに朝早くから。ていうかすっごい汗だくじゃん!」

 

 息を切らしながらテイオーと向き合った。その瞳は俺を見て心配していた。昨日あんなことがあったばかりなのに。

 

「大丈夫?」

 

「あぁ……昨日のをすぐに処理しなくちゃいけなくなった」

 

 窓際に置いてあった紙を手に取り、真っ二つに破りさいた。

 

「テイオーは俺にトレーナーであって欲しいんだよな」

 

 テイオーは突然の出来事に少し困惑しながたも、すぐに返事を返してくれた。

 

「うん!だって、トレーナーはトレーナーだよ?別に上手く行かなくてもそれはトレーナーのせいじゃない。僕らのせいなんだから」

 

 俺は自分の無力さなんかよりも失敗を恐れていたのかもしれない。でも、それも受け止めていかないと前には進めないんだな。

 

「あぁ……負けても俺のせいにするなよ!リハビリメニューはきっついの用意しとくから!覚悟しとけよ!」

 

「えぇ!そんなぁ……」

 

 勢いに任せた会話。でも、今はそれでいいんじゃないだろうか。それが今の問題を解決してくれるのなら。

 

「全くもう……僕のトレーナーなんだからその辺の加減もしっかりしてよぉ……」

 

「あぁ、俺はテイオーのトレーナーだ」

 

 強がりながらもテイオーは涙を流していた。

 

「もう……僕はちゃんと覚悟決めてたのにさ。トレーナーは別の覚悟決めちゃうんだから」

 

 たまたまタキオンとデジタルに今朝会ったからか……

 

「まぁ、結局タイミングなんだな」

 

「タイミングかぁ……」

 

 俺がテイオーに惚れ込んだのも、タキオンとデジタルに声をかけれたのも。全てが偶然だった。それでも、俺はみんなと出会えたからな。

 

「勝手に色々ごちゃごちゃにして悪かったな……」

 

「本当にそうだよ!う〜ん……今度ハチミー奢ってよね」

 

 あぁ……俺は本当に人に恵まれてるんだな。

 

「もちろんだ。1番高いやつ奢ってやるよ」




次回はちゃんとテイオー視点から始めます……


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第23話:スタート

評価数が10に到達していました。誤字報告や感想、いつも読んでくださってありがとうございます。


 あの後トレーナーから色々きいた。俺なんかトレーナーにしてたら負けちまうぞぉぉぉ!って感じでやけだった。でも、僕はそれが嬉しかった。トレーナーの弱い部分をみせてもらったみたいで。

 それで、これからの事も話したよ。とりあえずは当面はリハビリに専念すること。

 そして、来年の春頃までに完全復帰を目指してるみたい。

 

 そんなかんだで、準備や研究が忙しくなるみたいで、ちゃちゃっ帰った。忙しいなら仕方ないけど……もっとそばにいてくれてもいいのにさ。

 僕が外を眺めてると、扉をノックする音がした。

 

「すいません。キタサンブラックです」

 

「入っていいよー」

 

「しっ失礼します!」

 

 キタちゃんがお見舞い品らしき物を手に持って入ってきた。

 

「これ友達と選んで買って来ました!」

 

 袋の中には包帯やテーピングなどの道具が入ってた。

 

「わぁ!ありがとうキタちゃん!ところでどうやってここに来れたの?」

 

 入院する病院なんてどうやって調べたんだろう。

 

「えっと、テイオーさんが菊花賞に勝ったあとパニックになちゃって……その時、偶然会ったデジタルさんが良くしてくれて。その時に連絡先を交換してくれたんです」

 

 デジたんって普段はあんなだけど、いざって時はちゃんと冷静だからなぁ……きっとパニックで泣いちゃってるキタちゃんがほっとけなかったんだろうな。

 

「へぇ〜キタちゃん僕の為に泣いちゃったりしたの?」

 

「なっテイオーさんいじわるですー!」

 

 冗談も言える元気も出てきた。そんなやり取りをしていると、再びノックの音が聞こえた……と思ったと同時に扉が開いた。

 

「やぁやぁテイオー君失礼するよ。おや、先客が居たみたいだねぇ」

 

「お邪魔しましゅ!」

 

 誰かと思ったらデジたんとタキオンが入ってきた。それってノックの意味ないじゃん!

 

「2人ともありがとうね。トレーナーから聞いたよ」

 

 お礼を言うと、デジたんは顔がみるみる赤くなって頭が爆発しちゃった。照れてるのか嬉し過ぎるのかわっかんないよ……

 

「気にしなくてもいい。私にとってもこのチームは必要なものだ。それを単に守っただけさ」

 

 タキオンは両手を組んでドヤ顔をしてる。

 

「デジたんは大変だったんじゃない?家族への説明とかどうしたの?」

 

 僕のお見舞いの時慌ただしくしてたのは、家族と連絡を取って転校届け準備をしていたらしい。

 

「確かに最初は反対されちゃいました……でも、私の想いちゃんと伝えて。トレーナーさんを信じてたので……いや、私なんかがおこがましいでしゅ」

 

 タキオンもデジたんもこのチームを大切にしてくれてるんだ。なんか嬉しいな。

 

「デジタルさん!この間は本当にありがとうございました……テイオーさんが目の前で倒れたのに、私なんかのお世話そしてくれて……」

 

「いえいえ。あの時は私にテイオーさんをどうこうできる状態じゃなかったですし。何より!目の前で悲しんでるウマ娘ちゃんを放っておけませんとも!ウマ娘オタクとして」

 

 デジたんはデジたんで胸を張って誇らしく立っていた。本当にうちは変なのしかいないんだから。

 

「あれ?ところでトレーナーは?一緒に研究とかするんじゃないの?」

 

「おや、君にはそう伝えていたのか。彼なら今頃東条トレーナーと会長さんに頭を地面に擦り付けてるんじゃないかな。彼はああ見えて見栄っ張りだからね」

 

 へぇ……僕にかっこ悪いところバレたくなくて隠したんだ。トレーナーも子供っぽいとこあるじゃん。

 

「そっか、じゃあ次会った時からかってやろーと」

 

 その時のトレーナーの反応をすると自然と笑みがこぼれた。ニシシ、きっといい反応してくれるんだろうなー。

 

「雑談はこの辺にして本題に入ろうか」

 

 え、ただのお見舞いかと思ってたけど……というかキタちゃんのいる前で話していい話だよね?

 

「テイオー君の復帰は春を予定している。それにあたって復帰レースを決めなくては行けなくてねぇ。出走したいレースがあったら教えて欲しいのさ」

 

 復帰レースかぁ……夢だった無敗の三冠は叶った。これからの目標はまだ曖昧だった。

 

「うーん……ごめんね。まだちゃんと決まってないや」

 

 ここで適当に答えてもみんなに迷惑をかけるだけだ。正直に答えておかなきゃ。

 

「そんなに急がなくても大丈夫ですよテイオーさん。まだ春までは時間がありますから!」

 

 デジたんがフォローするようにそう言ってくれた。

 

「ありがとうねデジたん。ゆっくり考えてみるよ」

 

 2人はそれからしばらくして学園に戻って行った。やっぱりこれからのことで色々考えることが多いっぽい。キタちゃんは帰りが遅くなるといけないからって帰っちゃった。

 日も落ち始めて、外は夕焼け景色になっていた。

 

(次のレース目標かぁ……)

 

 春のG1なら大阪杯に出たいんだけど……多分トライアルレースまでに完全復帰は間に合わないよね……

 レースについて考えてたらもう1人お客さんがやってきた。

 

「失礼しますわ」

 

「あっマックイーンじゃん!なになに?僕のこと心配で来ちゃったの?」

 

 僕のライバルのメジロマックイーン。今年の天皇賞春を制しげ、来年は天皇賞春連覇を目標にトレーニングしてるらしい。

 

「いえ……怪我で腑抜けていたら困るので様子を見に来ましたわ。私のライバルとして、こんなところで燃え尽きられては困りますから」

 

 マックイーンは手厳しいなぁ。でも、ライバル……ライバルかぁ。

 

「そうだね、こんなところで燃え尽きてられないよ。だって、僕はまだライバルにも勝ってないんだから」

 

 僕の挑発を聞いてもマックイーンは堂々としてた。

 

「私はあなたを待っていますわ。だから早く怪我を治してくださる?」

 

 菊花賞で長距離では痛い目を見たばかりなのにな。でも、決めた。僕は天皇賞春に出る。

 

「負けて泣いちゃっても知らないから」

 

「望むところですわ」

 

 僕たちは握手を交わした。ライバルとの初対決。レースは天皇賞春だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第24話:メリークリスマス!

「ほらほらトレーナー!次は服屋さん見に行こうよ!」

 

「おいおい!まだ松葉杖ついてる状態なんだから気をつけろよテイオー!」

 

 俺とテイオーはとあるデパートに足を運んでいた。テイオーは入院してから順調に回復していき。今では松葉杖付きだが普通に外出も出来るようになった。

 

「それにしても、人が多いな」

 

 今日は怪我した時のお詫び兼買い出しとして、テイオーの荷物係で付き添いをしてるわけだ。

 

「あったりまえじゃん。だって今日はクリスマスだよ?クリスマス」

 

 デパートは見回す限りカップルや家族連れで溢れている。恋人なんてろくに出来たことのない俺からしたら、忌々しい光景でしかない……

 

「自分の買い物に夢中になるのもいいけど、パーティの買い出しもあるの忘れないでくれよー」

 

「分かってるよー」

 

 言い出しっぺは俺なんだけど。せっかくのクリスマスだし。タキオンもデジタルも暇だって言ってたから、パーティでもしないかと企画した。

 

(もちろん買い出しは俺のポケットマネーからなんだけどな……)

 

 俺は軽くなる財布を片手に、テイオーの尻尾に引っ張られながらショッピングに付き合うことになる。

 

 

 デジたんに頼まれて、僕とトレーナーの2人でデパートに買い出しに来たけど……これって傍から見たらデートなんじゃない!?

 

(そういえば、買い出し頼む時にデジたんがなんかニヤニヤしてたような……)

 

 待って相手はトレーナーだよ!?なにドギマギしちゃってんのさ僕は!でも、尻尾を腕に巻き付けて……

 

(そういえば……前にマヤノが尻尾ハグっていうのが最近流行ってるって)

 

 考え出したら頭がオーバーヒートしちゃって、顔も熱くなってきちゃった。

 

「大丈夫かテイオー?さっきからなんか顔が赤い気が」

 

「なっなんでもないやい!ほら、次行くよ次!」

 

 とりあえず!早く買い物済ませないと!デジたんとタキオンも待ってるだろうし。

 気を逸らすように買い物をして、レジに進んだんだ。そしたら、そこのお店の陽気なおじちゃんが。

 

「おぉ、若いカップルさんか。今日はクリスマスだからね」

 

「ピエピエ」

 

 そんな冷やかしをするもんだから、僕は頭が真っ白になっちゃったんだよね。

 

「いやいや、カップルじゃないですって。トレセン学園のトレーナーと生徒です。まだ子供と大人ですよ」

 

 トレーナーがすぐさまそう言い返した。

 

「なにおう!僕だってもう子供じゃないもんね!」

 

「ちょっ痛い痛い!尻尾で叩くな!」

 

 僕たちのそんなやり取りを見て、お店のおじちゃんは苦笑いしてた。だけど、商品を渡す時に僕に囁いた。

 

「頑張ってな嬢ちゃん」

 

「そっそういうのじゃないんだってばー!」

 

 僕は顔を真っ赤にしながらトレーナーを引っ張ってその場を去った。後ろから、おじちゃんの笑い声と誰かが倒れるような音がした気がした。

 

 

「デジタル君。なぜ彼らに買い物を任せたのに私たちもここにいるのかな?」

 

「ちょっ!トレーナーさんに聞こえちゃいますよタキオンさん!」

 

 そう、私たち2人は買い物中の2人を尾行しているわけです。なんでそんなことをするかって?ウマ娘ちゃんヲタクとして、ウマ娘ちゃんとは一定のラインは引くべきだとデジたんは思うわけです。テイオーさんはトレーナーさんの最推しと言うべき存在!だからこそ監視をしているんです。

 

「君が彼ら2人の動向が気になるのは分かるけどねぇ……そもそも彼らに買い出しを頼んだのは君じゃないか」

 

 タキオンさんの言うことは最もです……それならばもとより私たちも同行すればいいだけの話。

 

「しかし!テイオーさんの想いがあるのも事実です!私はそれを尊重したいんですよ!」

 

 タキオンさんの方を振り向いて、私の思いを熱弁した。

 

「それなら、あれは君の想定していた出来事ということでいいのかな?」

 

 タキオンさんの指差す方向を見ると、テイオーさんがトレーナーさんの腕に尻尾を巻き付けて引っ張っていた。その光景に一瞬意識を持って行かれそうになった……

 

(あれは最近流行りの尻尾ハグ!?いやでも……巻き付けてるのは腕……)

 

 いやいや!そんなの当たり前じゃないですか!だって相手はウマ娘ちゃんじゃなくてトレーナーさんなんだから!

 

「私はやったことが無いから分からないが……ふむぅなるほどなるほど」

 

 そんなことを考えてる横でタキオンさんが何か言ってると思ったら、私の尻尾に感じたことの無い感覚が……

 

「ひょえええ!タキオンさん尻尾が尻尾が……ヒュ」

 

 全ての状況を理解した私は意識が飛びかけた……しかし!タキオンさんと行動を長くしたおかげでこの程度のハプニングは想定済み!

 

「ふぅむ……なんとも不思議な感覚だねぇ。それにしても、デジタル君が耐えるとは驚きだよ」

 

「分かってるならやらないでくださいよ……あぁ、トレーナーさんたちが次のお店行っちゃいますよ!」

 

 なんとか自我を保ってトレーナーさんたちの後を追う。そして、聞き耳を立てる。お店の人とテイオーさんたちのやり取りが聞こえてくる。

 

「なにおう!僕だってもう子供じゃないもんね!」

 

「ヒュ」

 

 普段見せる無邪気な子供らしさ……そこから背伸びをしたテイオーしゃん……尊い

 

「おーいデジタル君?おーい」

 

 この後、目が覚めたのはパーティ会場のタキオンさんの研究所でした……思いもよらないクリスマスプレゼントでした……

 

 

「トレーナーくーん料理はまだかい?はやくー早くしておくれよー」

 

「ちょっと待ってろタキオン。もう少しで出来るから……って!盗み食いしようとするなテイオー!」

 

 デパートで倒れたデジタル君を運んで、トレーナー君たちの到着を待って今に至る訳だが……以前の私なら想像すらしない光景だろうねぇ。

 

「タキオンしゃん本当にありがとうございます!私ごときを背負って頂き感謝感激です!」

 

 私が誰かを世話することも無かっただろう。1人でいることに居心地の良さを感じていた私が……このメンバーでいる空間を居心地よく感じる日が来るとはね。

 

「ほら、お待ちかねの料理が出来たぞ!」

 

 その中でも1番の至極の時間はこの時だ。トレーナー君が作ってくれる食事はとても美味しい。今ではミキサー料理なんて食べることは出来ない。

 

「ん〜今回の料理も美味しいね。どうだいトレーナー君。私専属の料理人になると言うのは」

 

「ちょっとタキオン!?」

 

 これから彼のサポートを受け続ければ、私の理想に辿り着けるかは分からないが……少なくとも功績は残せるはずだ。それで獲得した賞金と私の研究で作成した薬を販売すれば金銭的問題はない。

 

「トレーナーは僕のトレーナーだよ!?なに勝手なこと言ってるのさ!」

 

「おやおや。たしかに彼はテイオー君のトレーナーさ。けれど、私も一応は彼の担当ウマ娘なのだがね?」

 

 彼はテイオー君の専属のトレーナーではない。最初こそ形だけではあったが……今では私の立派なトレーナーとして互いにサポートしてるのだから。

 

「ちょっちょっと待ってください!トレーナーさんは私のトレーナーでもあります!おっお2人の主張も分かりますがそこは譲れないです!」

 

 珍しくデジタル君も声をあげた。トレーナー君のことになると彼女も熱くなるねぇ……

 

「ほら、お前らヒートアップするなって。タキオンも冗談言って2人を煽るな」

 

「すまないねぇ……気分が上がってついね」

 

 冗談ではないのだけどね。

 

「お前らがバラバラだと、統率を取らないと行けないトレーナーの俺が苦労するんだから……俺はお前ら3人のトレーナーなんだから」

 

 

 そのあとは問題も起こることなくパーティは終わった。3人は互いの心の旨を感じ合っていた。

 

 

 




このトレーナーはモルモットでも同志でもないです。それでも、彼女たちにとっては大切なトレーナーなのは変わらないんですね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第25話:2人の年末年始

ノリと勢いと欲望


 クリスマスも終わって数日がたち、今日は大晦日だ。さすがの俺も年末年始ぐらいはゆっくり休みたくて、朝から布団に籠りきりだ。

 

(テイオーは実家に帰るって言ってたし、デジタルも実家で色々やることがあるって言ってた。タキオンは……ちゃんと聞いてないけどいい所の出だし、親戚の顔見せとかあるだろ)

 

 そんな感じで1日まったり過ごす予定で居たんだが……ドンドンと扉を叩く音が聞こえた。

 

(なんだろうか……特に今日は誰かと約束もしてないが)

 

 ノックを聞いてゆっくりと体を起こす。すると、ドンドン!ドンドン!とさっきよりもノックが激しくなっていく。

 

「はいはい!今出ます!」

 

 急いで扉を開けると、そこにはやつれたタキオンが立っていた。

 

「なんでタキオンが」

 

 ここにって言い切る前にタキオンは力無く俺にもたれかかった。

 

「ドレーナーぐん!どおじで私のところにご飯を作りに来てくれないんだい!?」

 

 タキオンは泣きながらそう訴えかけてきた。え?なに?最後に会ったクリスマス以降あなた何も食べてなかったりするの?

 

「いやいや!てっきり実家に帰ってると思ってたし。何かしら口にしているものかと」

 

「私のお世話は君の仕事だろう!?一体何をしていたんだい!?」

 

 そんなこと言ったって……ってタキオンから香ばしいような匂いが……って、これ汗のに匂いじゃないか!こいつまさか風呂にも入ってないのか!?食のリズム崩壊から私生活のリズムも完全崩壊してるじゃねえか!

 

「とりあえず中入れ!他のトレーナーに誤解される!」

 

 もう既に手遅れかもしれんが……幸いにも今は年末年始。実家に帰省してるトレーナーが殆どなはず……

 

「ほら!これタオルと着替え!とりあえず1回風呂入ってさっぱりしてこい!その間になんかしら用意しておくから!」

 

 入浴道具を1式タキオンに押し付けてその間に昼食の準備をすることにした。と言っても大したものは用意できないが……

 

「トレーナー君早くご飯をおくれよ〜」

 

 そんなことを言いながらフラフラとタキオンが風呂場から出てきた。着替えは俺のパジャマの予備があったからそれを着させている。

 

「飯なら出来てるからとっとと食え」

 

 俺も飯を食おうと席に着くがタキオンが一向に飯を口に運ばない。ずっと口を開けてこっちを見ている。

 

「おい……食わないのか?」

 

「こう見えても私はお腹がペコペコでね。ご飯を食べる気力すらないのさ。というわけで食べさせておくれ」

 

 いやいや、お前さっきひとりで風呂入ってたじゃん。はぁ、まあいいか。こいつの日常生活力が壊滅的なのは今始まったことじゃないし。

 

「ほら口開けろ」

 

 俺はタキオンの口に飯を運ぶ。それをタキオンは美味しそうに頬張っていった。

 

「う〜ん……トレーナー君のご飯はやはり絶品だねぇ」

 

 そんなこんなで気づけばあっという間に昼食は終わった。飯を食ったあとはなんだかタキオンはポケ〜っとしながら上の空になっていた。と思ったら……唐突にシャツの匂いを嗅ぎ始めた。

 

「すんすん。ふむトレーナー君の匂いがする」

 

 その光景はあまりにも強い衝撃を俺に与えた。冷静になってみれば、自分の部屋で異性と2人っきり。しかも、自分のパジャマを着ている。その状況に動揺してしまった。

 

「なっ何言ってんだ。ただの柔軟剤とかの匂いだろ?」

 

「ふぅむ。それは確認してみる必要があるね」

 

 急に立ち上がって何をするかと思ったら、俺の背後に立った。

 

「たっタキオンさん?一体何を!」

 

 するんだと言う前に、タキオンが俺の背中に覆いかぶさってきた。

 

「ふむふむ……人の匂いとは不思議なものだね。同じ入浴剤や洗剤を使っても匂いが違ってくる……そして君は……(とても良い香りがする……)」

 

 まてまて、落ちつけ。相手は子供で担当だ。あっなんか女の子特有のいい匂いが……ってちがあああああう!

 

「そういえば、遺伝子レベルで相性の良い相手からは良い香りがするらしいねぇ」

 

 つまり俺とタキオンは遺伝子レベルで……違う違う!惑わされるな!そう思いタキオンを振り払おうとしたら、体が変な捻れ方をした結果……

 

「おやおやトレーナー君。別に私もやぶさかではないが……さすがに不味くないかな?」

 

 押し倒す形になったわけだが……不味いさすがにこれはまずい。そう思い咄嗟に体を起こした。

 

「子供がませたこと言ってんじゃない。ほら、飯も食ったんだし帰った帰った」

 

「そうだね。とりあえず1度寮に戻るよ。晩御飯と明日の朝食も頼むよ」

 

 タキオンは平然とそう言って部屋から出ていった。俺のパジャマを着たまま。あれ?年末年始もタキオンのお世話係をするのか?

 

 この時はそんなことを考えていたが、タキオンが俺のパジャマを着ていたり、俺の部屋を出入りしているのはちゃんとたづなさんに怒られた。

 

 

 あまりの空腹にトレーナー君の部屋に押し入ってしまった。それはまだ良い。ただ、彼のお風呂を借りて衣服まで……

 

(しっかりと平然と出来ていただろうか……)

 

 さすがの私も異性に押し倒される経験なんてしたことが無い。そうだ!この脈の鼓動が早いのも心臓がバクバクしてるのも未知との遭遇に驚いたからに違いない!

 

(あ……トレーナー君のいい匂いがする)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第26話:アグネスデジタルの業

ほのぼのが続きます。こういう妄想を書き起こすと心が浄化されていく……


「トレーナーさんそれ取ってください」

 

「あいよ」

 

 私はトレーナーさんの部屋で原稿を仕上げてるところ……じゃないですよ!なんで私がトレーナーさんと2人きりでこんなことしてるんですかぁぁぁあああ!

 

 遡るは数日前の研究室での出来事だった。

 

「最近なんかタキオンとトレーナー距離感近くない?」

 

 テイオーさんが正月明けにそんなことを言い始めた。嫉妬するテイオーさんもとおと……ではなく、言われて見ればタキオンさんとトレーナーさんの距離感が近い気がする。

 

「2人の距離が近いというかタキオンさんが近い気もしますが……」

 

 年末年始の間、私とテイオーさんは実家に帰省してた。けど、話によると、タキオンさんとトレーナーさんは帰省せずに学園に残っていたらしい……

 

「む〜なんかムカムカする!なんで僕がタキオンにムカムカしなきゃいけないのさ!」

 

 テイオーさんも御立腹のご様子。

 

「ふっふっふ。これはデジたんの出番ですね!テイオーさんこのデジたんにお任せ下さい!」

 

 幸運なことに私はタキオンさんとは同室。しかも、トレーナーさんとも軽い会話も出来る関係です!

 

「本当に!?それじゃあお願いしてもいい?デジたん」

 

「もちろんですとも!」

 

 何よりも、ウマ娘ちゃんとイチャイチャするという深い業を背負ってるトレーナーさんの調査は必須事項です!

 というわけで、その日の晩にさっそくタキオンさんに確認することにした。

 

「タキオンさんお話があります」

 

「おやおや。改まってどうしたんだい?」

 

 いざ話かけたのはいい。でも、どうやって聞き出せばいいのか……遠回しの言い方で誘導するように?否!

 

「わたくしアグネスデジタル。ウマ娘ちゃんを騙すような非道な真似はできません……故に直球にお聞きします!年末年始にトレーナーさんと何があったんですか!」

 

「ふぅむ……『特別』変わったことは何もなかったがね……」

 

 平然とタキオンさんはそう言った。口調やトーンは平然としていた。そう……それだけは。

 

「思い出して顔が緩んで尻尾をブンブンしてるのに信じられません!」

 

 それ以外のところが全ておかしかった。明らかに浮かれてるのが分かる。

 

「なーに。いつも通り私のお世話をしてもらっただけさ。ご飯作って貰ったり食べさせて……おっと、やはり何もなかったがね」

 

 この人食べさせて貰ってっていいかけてましたよね……タキオンさんも手遅れ……完全にフラグ立っちゃってますって!もうまともなのは私しかいないの……

 

「なるほど……2人で一緒にいる時間が増えて好感度爆上がりと」

 

「好感度?それは恋愛的話をしているのかい?トレーナーくんはトレーナーくんで私のお世話係なのだよ?当然のことをしているだけでそこに恋愛的要素は無い」

 

 トレーナーさんの代わりなんていなくて、一緒にいるのは当たり前と……

 

「そんなに言うならデジタルくんもトレーナーくんの部屋で一緒にいればいいじゃないか!」

 

 どうやら私の顔から不満が漏れ出てたみたいで、タキオンさんがそう言い放った。

 

「どうしてそうなるんですか……」

 

「君にもきっと改めて見えるものがあるはずさ」

 

 

 っと言うわけで、原稿を仕上げる手伝いをお願いして今に至ります。まぁ、トレーナーさんに漫画を描く技術なんてないので、これは口実に過ぎないのですが。

 

「トレーナーさん。さっきから私の作業をじっと見ていますけど……暇じゃないですか?」

 

 さっきからトレーナーさんに頼むのと言えば、あれとってこれとってと言うだけ。それ以外の時は私の手元をじーっと見てる。

 

「いや〜まさかデジたん先生のお手伝いをすることになるとは思ってなくてな……今後もこういうことがあるかもしれないから、少しでも作業を覚えれればいいと思ってな」

 

 トゥクン……トゥクンじゃないですよ!私はそんじょそこらの恋愛クソザコウマ娘ちゃんたちとは違うんです!

 

「トレーナーさんのことだから、時間使って本格的な補助出来るレベルになってそうで怖いんですけど……」

 

 知識を詰め込んでひたすら絵を描く練習とかしてそうなんですよね……次一緒に描く時とか線の引き方とかベタ塗りとかそういうのできるようになってそう……ん?次に?

 

「デジタルもテイオーと同じで、俺の担当であることには変わらないよ。だから、デジタルのやりたいことを支えられるなら出来ることはやるつもりだ」

 

 ぐふぅ……ウマ娘ちゃん以外で心に衝撃が走るなんて。まぁでも?テイオーさんほどじゃないですけど、私もちゃんとトレーナーさんに面倒見てもらってますし?補助してくれると言うなら次もお願いしようかな……

 

「あっちょっとここからの作業はお手伝いしてもらえることがないので……うーん。これ貸しますので好きなものを描いて見てください」

 

 お絵描き用の道具一式とノートを渡した。そこからは無言の作業だった。集中していたせいで無言になってしまったんですが……その間、トレーナーさんも何かを一生懸命描いてる様子だった。

 

 数時間して私の作業はやっと終わった。なんでだろう、普通に誰かに見られながらの作業って緊張するのに……今日は自然体というか、すごい気楽だった。

 

「トレーナーさんこちらの作業終わりましたー」

 

「あ〜俺ももう少しで終わるところだ」

 

 っは……そういえば作業に集中するがあまりに本来の目的を忘れてた。タキオンさんは改めて見えるものがあるって言ってた。今日あった事を思い出そう。

 トレーナーさんは優しかったし、寄り添いながら私をしっかりと支えてくれた。居心地も……悪くなかった。

 

「よし!できたぞ」

 

 私がそんなことを考えていると、トレーナーさんの絵が完成したご様子。

 

「流石にデジタルみたいに上手くは描けなかったけどな」

 

 そう言って渡してきたノートには私が描かれていた。フリフリのスカートに色んな色を使ってカラフルなデザインの服。そして、笑顔でピースをしてる私。

 

「トレーナーさん。これって」

 

「あ〜……絵を描くのって難しいんだな。体の構造とか分かんないし、色とかも塗るのって難しいし」

 

 違う。私が聞きたかったのはそういうことじゃないんです。私はここに描かれるのは私じゃないと思っていたから。

 

「テイオーさんを描くと思ってました」

 

 ここに誰かを描くとしたらテイオーさんだと思ってた。けど、そこに描かれているのは私だった。

 

「あ〜それも考えたんだけどな。ほら、デジタルはいつも誰かを推して、それを絵にしたり漫画にしてるだろ?でも、デジタルの事を推して描くのってまだ誰もいなそうだったから」

 

 私はまだデビューもしてないただのウマ娘……話題性もないから私のことを推してくれる人なんて居ない。そんな私を……トレーナーさんは。

 

「私を推してるんですか?」

 

「当たり前だろ?自分の担当を推さないやつがどこにいる」

 

 そうですよね……あくまでトレーナーとして、担当ウマ娘のことを応援してる的な意味で……

 

「それにビジュアル的にも良いしな……絡みやすい性格してるし」

 

 私は道具を片付けて、トレーナーさんの方を見ずに質問をした。とってもズルい質問。

 

「テイオーさんと同じくらい推せますか?」

 

「そりぁ今はそうだな。付き合いも短くないし。その時になったら全力でサポートするつもりだ」

 

 私はそれを聞いて、立ち上がってそのまま帰ることにした。

 

「おっ?もう帰るのか?」

 

「はい……今日はお手伝いありがとうございました」

 

 トレーナーさんと顔を合わせずに走って寮に向かった。誰にも顔を見られないように全力で走った。だって……こんな真っ赤で緩んだ顔を誰にも見せられないから……

 

(あぁ……恋愛クソザコウマ娘ちゃんたち……バカにしてすいませんでした。私もまた恋愛クソザコウマ娘でした)

 

 後日、テイオーさんには何もなかったと伝えました……

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第27話:春のチャレンジャー

あけましておめでとうございます。
もう少し早く投稿しようと思いましたが、年末年始に気力を全て吸い取られました……


 現在俺たちは春のレースプランを決めるために集まっている。テイオーの足も俺たち3人のサポートと本人の努力によって、驚異的なスピードで回復している。

 

「この冬の間に、走る上で必要な体幹を強化するために。その部位を鍛えるためだけの筋トレ……体幹トレーニングを作り出した訳だが」

 

 短時間で必要な部位のみの筋肉を鍛えることができる方法をタキオンとデジタルとともに生み出した。それによって、テイオーの上半身は怪我の間の以前よりもかなり鍛えられた。

 

「怪我の回復も順調。春のレースの出走に間に合うが……テイオーは出たいレースはあるか?」

 

 春のレースなら大阪杯なんかもある。少々時期的に調整が間に合うか不安なところではあるが……

 

「うん……僕ね春天に出ようと思うんだ」

 

 そうか……予想はしていたけど、お前はその道を進むんだな。

 

「分かった。春の出走レースは春天。それに向けてレースプランやトレーニングを組み立てていこう」

 

 まるで話は終わったかのように俺は話をまとめた。

 

「ちょっちょっと待ってくださいトレーナーさん!?本気ですか?」

 

「私もそれには同意しかねるねぇ」

 

 2人は反対するわなぁ……3200mという合わない距離に……相手にも問題がある。

 

「テイオー。2人と話があるから先にトレーニング始めててくれ」

 

 こうして、部屋の中に残ったのは俺とタキオンとデジタルの3人になった。

 

「トレーナーさん正気ですか?3200mという慣れないレース……しかも相手にはメジロマックイーンさんが出走します」

 

 並の相手にならテイオーでも春天で戦えるだけのポテンシャルは十分にある。

 

「中距離の天才がトウカイテイオーなら長距離の天才はメジロマックイーン。今後どうなるかは分からないが……負けるぞ?」

 

 2人からは予想通りの返答だ。テイオーの夢無敗で3冠は達成した。次に残るのは無敗のウマ娘だろう。それを2人ともわかってる。

 

「トレーナーさんはテイオーさんを負けさせるために出走させるんですか……?」

 

「勝てるとは思ってない……けどな、簡単に負ける気もない」

 

 生半可な付け焼き刃じゃ、あのメジロマックイーンに勝つことは厳しいだろう……そこは現実を見なくてはいけない。

 

「彼女の夢はどうするつもりだい?」

 

 無敗のウマ娘という夢。それを破りさられる。それはショックだろう。だけどこれは必要なことだとも思う。

 

「夢というのは生まれ変わってく。今は無敗のウマ娘……次は皇帝を超えるだ。そして、テイオーはここまで無敗で来ている。敗北を知って強くなる。その相手と舞台に春天は適している」

 

 それに実際に走ってみてどうなるかも分からない。もちろん俺たちは春天を勝てるようサポートするつもりでいる。

 

「なによりも、テイオーがライバルから逃げ続けた無敗に意味を見出すと思うか?」

 

 これはテイオー自身のプライドだ。弱いやつ相手に無双し続けてもきっと納得はしないだろう。

 

「とりあえず、出走するからには勝つために全力を尽くす。勝利すれば、それは更なる自信としてテイオーを強くする。敗北すれば敗者として這い上がっていく」

 

 勝敗に関わらず、このレースは今後テイオーが強くなるための大きな前進に繋がるはずだ。

 

「それはいいとは思うが……本人に相談しないのは不味いんじゃないかい?テイオー君もそう思うだろう?」

 

 確かに悩んではいた。しかし、本人のモチベーションを考えると負けるかもしれないレースと言うのは……って、テイオー?

 部屋の入口を見ると、テイオーが扉を開けて部屋に入って来ていた。

 

「あれ、トレーニングに行ったはずじゃ……全部聞いてたのか?」

 

「ふんっ。僕だって流石に僕に聞かれたくない内緒話することくらい分かるよ」

 

 テイオーは随分こ立腹なご様子……マズイ。非常にマズイ。

 

「いや、あれだぞ?別にテイオーに隠したかった訳じゃないんだ。俺も色々と考え」

 

「別に内緒話をしてたことに怒ってるわけじゃないよ。僕が怒ってるのはさ?トレーナーが僕がマックイーンに負けると思い込んでること!!」

 

 ぐーの音も出なかった。よく考えてみれば、テイオーが負けるんじゃないかと本気で考えたのは今回が初めてだった。クラシックの時は心配はしたが、心のどこかでテイオーは必ず勝つんだって信じていた。

 

「僕だって簡単に勝てないことは分かってる。僕が知っている中で最強のステイヤーはマックイーンだから……だからこそ本気で勝ちたいんだ」

 

 テイオーの目は本気だ。本気で天皇賞春の3200mという舞台でメジロマックイーンに勝利しようとしている。それなのに俺は何考えてんだ。

 

「あぁ……そうだ。そうだよな。皇帝を越えようって言ってんのに、目の前にいるライバルに恐れてどうすんだって話だよな」

 

 俺はチーム全員を見回した。後ろにいるタキオンはふっふっふと笑っているし、デジタルは頑張りましょう!と言わんばかりの顔をしていた。

 

「なら、目標は打倒メジロマックイーンだ!そのためにメニューの再調整が必要だな」

 

「うん!さすがトレーナー分かってんじゃん!」

 

 相手は強い……だからといって焦りは禁物だ。テイオーは今はまだ病み上がりに近い状況だしな。

 

「とりあえず、メニューは俺たちで考え直すから。今日のメニューは基礎トレな」

 

「エー!せっかく今日は久しぶりに走れると思ってたのに!」

 

「無闇に走り込んでも仕方ないだろ……怪我がぶり返しても困る。今日のところは我慢してくれ」

 

「は〜い……」

 

 テイオーはしぶしぶと了承して部屋から出ていった。

 

「というわけで……今からテイオーのメニューを再調整するわけだが」

 

 そう言いながら、俺はタキオンとデジタルの方に振り向いた。デジタルはこれからの重労働を考えて改めて頭を痛めている。タキオンは呆れたようにため息をついていた。

 

「誰でも君みたいに彼女のために身を削れる訳じゃないんだがねぇ……」

 

「そうか……」

 

 タキオンの言うことも分かる。ただでさえここ最近は2人のサポートを多く受けていた。本人達が厳しいというのなら仕方がない。彼女たちはあくまでトレーナーではないのだから。

 そう思い作業に移ろうとしたら、両肩を掴まれた。

 

「別に手伝わないとは言ってませんよ?」

 

「私たちはチームだ。君だけを働かせる訳にはいかない」

 

 2人はこれから始まる不眠作業に覚悟を決めたらしい。短時間でのメニューの再調整にはそれ相応の時間が必要だからな……

 

「私は準備の為に1度荷物を取りに戻ります」

 

 デジタルはそう言って部屋を出ていった。

 

「安心したまえトレーナー君。私が必要最低限生活するための道具は揃っている」

 

 タキオンはそのまま準備を始めた。

 

 冬に筋力を付けたテイオーのデータの再分析。そして、それを加味した上で天皇賞春に勝利するためのメニュー調整……やることは山積みだ。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第28話:ライバル

チャンミのために魔改造ニゲコンドルパサーを育成中です……地獄です。


 僕は休み時間にぼんやりと天皇賞のことを考えてた。トレーナーたちのおかげで、今じゃすっかり身体は回復した。なんなら前よりも速く走れるようになった気もする。

 

「やっぱり不安は残るなぁ……」

 

 世間はTM対決だ!って盛り上がってる。前のレースを見て僕の勝利を信じてやまない人がいっぱいいる。みんなマックイーンのこと過小評価しすぎてるんだ。

 

「おやおや、テイオーさんがため息とは珍しいですなぁ」

 

「あぁ、ネイチャ。いやーさすがの僕もマックイーンとの対決に余裕が無くってさ」

 

 僕が素直に弱音を吐いたことにネイチャは少し驚いてた。

 

「でも、最近のレースのテイオーの走り凄かったじゃん。前よりも早くなってるんじゃない?」

 

「トレーナーが、僕は今ちょうど本格化の最高潮にいるから伸びてるんだって。けど、マックイーンは本格化も終わってる……だからと言って成長が止まったわけでもないからね〜」

 

 僕はデビューしてからグーンと実力が上がってった。傍から見れば僕の方がマックイーンより目立ってるだけ。

 

「へ〜テイオーも色々考えてるんだね」

 

「僕だってなんでも出来る訳じゃないからね。トレーナーとかタキオンの方がもっと色々考えてると思うよ」

 

「なんか、テイオーは前よりも謙虚になったよね。昔は傲慢!って感じだったけど」

 

 トレーナーたちに会うまでは、僕は自分が天才でレースなんてどうとでもなると思ってた。あっ今も僕は天才だと思うけどね!でも、僕の知らないこともいっぱいあった。僕よりも凄い人も居るって知った。そのせいなのかな。

 

「僕だって成長してるからね!そういうネイチャはどうなのさ。有馬の後に怪我したって聞いたけど」

 

「いやーネイチャさんはテイオーみたいなキラキラウマ娘じゃないですからねー。ぼちぼちとやってますよ」

 

 ネイチャはいつもみたいなノリで平然としてる。でも、タキオンの研究に付き合わされたり、トレーナーやデジたんの話を嫌ってほど聞いてきて、少しだけ僕も観察眼ていうのかな。そういうのが養われてきたから分かる。ネイチャの体がネイチャの言葉とは裏腹に以前よりも鍛えられてることに。

 

「ふーん、そうなんだ。菊花賞の時からネイチャはライバルだと思ってたんだけど……そんな感じならすぐに置いてっちゃうよ?」

 

 一瞬だけネイチャは呆気に取られた顔をしてた。けど、すぐにその目は僕を捉えていた。なんだろう……僕がマックイーンに向けるような……そう挑戦者の目だ。

 

「……秋」

 

 ボソッとネイチャが口を開いた。

 

「秋までには復帰するから……忘れてると後ろから追い抜いちゃうかもよ?」

 

 そう言うとすぐにネイチャはいつも通りの雰囲気に戻った。

 

「なーんて。ネイチャさんは復帰のために頑張りますよ〜」

 

 そう言いながらネイチャは自分の席に戻って行った。

 

 そして、僕は久しぶりにその日の放課後、生徒会室に足を運んだ。

 

「カイチョー入るねー」

 

「テイオーか。ここで会うのは久しぶりだな」

 

 生徒会室に入ると、カイチョーが机に座って色々な書類を片付けてた。

 

「ホントだよー。トレーナーと契約してから放課後に来る時間がなかったからさ」

 

 それを聞いたカイチョーは嬉しそうに笑ってた。トレーナーに会うまでは、カイチョーがトレーナーを探せって何度も言ってたからなー。

 

「それで、今日は何か用事があるのだろ?先日のレースを見る感じでは不調と言う訳ではなさそうだが」

 

「そうそう!誰に聞こうか悩んでたんだけどカイチョーに聞こうって思って!」

 

 きっと色々なレースにも出走してきて、大勢のウマ娘と走ってきたカイチョーなら答えてくれる!

 

「カイチョーはさ、絶対に負けたくない!ってライバルと走る時どうする?」

 

 質問を聞いたカイチョーは少し暗い顔をしてた。

 

「メジロマックイーンのことだな」

 

「うん……認めたくないけど、マックイーンは僕の知ってる中じゃ最強のステイヤーだと思う。3200mっていう距離じゃ僕が不利なのも分かってる。でも、僕はマックイーンに勝ちたいんだ」

 

 カイチョーは少し考えて椅子から立ち上がった。そのまま僕に背を向けて外を眺めていた。どこか遠くを見ているような感じがした。

 

「すまないテイオー……私はその質問の回答を持っていない」

 

 僕は驚いて言葉が出なかった。僕の知らないことをいつもカイチョーは知ってた。それが普通だったから。

 

「トゥインクルシリーズ時代の私にライバルという存在は居なかったからだ」

 

 ライバルが居なかった……?僕はカイチョーの言葉に困惑した。

 

「でっでも、マルゼンスキーとか居たんでしょ?」

 

「たしかに彼女は私と同格の存在だったが……短距離とマイルで競えばマルゼンスキーが。中距離と長距離で競えばシンボリルドルフが勝つと言われていた。その関係はライバルというものじゃない」

 

 そっか……適正距離が2人は全然違うんだ。実力は同格なのに、それが邪魔をして2人はライバルになれなかった。

 

「皇帝と言われた私にライバルと言える存在は居なかった。それが頂点に立つことなのだと自分に言い聞かせていたよ……参考にはならないだろうが、テイオー。テイオーが目指す私という存在はそいうものだ」

 

 カイチョーは強くって周りが着いて行けなかった。きっと、普通の娘が聞いたらかっこいいって思うのかな。ううん……前までの僕だったらかっこいいって思ったと思う。なのになんでだろう……今の僕は。

 

「なんか……それって凄い悲しいね」

 

 強者ゆえの孤独……きっと、カイチョーは絶対的存在で、挑もうとするウマ娘も少なかったのかもしれない。

 

「悲しいか……ふふふ」

 

 カイチョーは笑ってた。僕は言っちゃいけないことを言ったと思ってたけど、何故かカイチョーは嬉しそうに笑ってる。

 

「いやすまない。トレーナー君とも昔似たような話をしてね。その時に言われたことにそっくりだったものだから」

 

「トレーナーが?一体なんて言ってたの?」

 

「……寂しいな。そう言っていたよ」

 

 カイチョーは席に戻って、少し昔のことを思い出しているようだった。

 

「私は言ったよ。皇帝という存在はそういうものだと。強さの先に待っているのは孤独だとね。その時初めて彼と言い争いになったよ。彼は自己肯定感の低い人間だ。しかし、その中に確固たる意思も持っている。みんなを導こうってウマ娘が孤独で誰を導けるんだって言われたよ」

 

 そっか……トレーナーとカイチョーの間にそんなことがあったんだ。

 

「彼は、皇帝に噛み付くウマ娘を育てるって啖呵を切っていたね……正直言うと、当時の彼にはそんなことは出来ないと思っていた。たしかに彼は優秀だ。しかし、いつか出会うであろう本物の天才という存在に心折られると思っていた」

 

 僕はカイチョーの話を聞きながら、菊花賞の時のことを思い出した。僕のこともタキオンやデジたんのことも天才だってトレーナーは言ってた。自分は相応しくないんだって。

 

「だが、結果はどうだろう。たしかに挫折はあった。しかし、学園トップクラスの問題児であるアグネスタキオンとアグネスデジタルをまとめあげ、テイオーを無敗の3冠を手にするまでサポートした。そして、未だに彼はテイオーのトレーナーであり続けている」

 

 一瞬だけ僕は言葉に詰まった。僕のこの感情?想いをどう言葉にしていいか分からなかったから。

 

「トレーナーはさ……いっつも頑張ってるんだ。僕のために1番頑張ってくれる!もちろん、タキオンやデジたんの為にも頑張ってる。だからなのかな、この人の為に僕も頑張ろうって思えるんだよね。多分、タキオンもデジたんも同じ気持ちだと思う」

 

 トレーナーは僕たちの為にいつだって全力だった。時には自分の体調なんて気にしないで動き回ってる。そして、僕たちにとって譲れない物にも全力で向き合ってくれる。

 

「うーん……なんかうまく言葉に出来ないや」

 

「いや……いいんだ。成長したなテイオー」

 

 カイチョーは嬉しそうに笑って僕の頭を撫でてくれた。えへへ。

 

「あっ!そろそろトレーニングの時間だ!春天全力で走るから。カイチョー応援に来てねー!」

 

 僕はそう言って生徒会室を後にした。

 

(待っててねマックイーン!僕負けないんだから!)

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第29話:天皇賞・春

新シナリオが楽しすぎる……


 ついに迎えた天皇賞当日。世間では、テイオーとメジロマックイーンの対決を世紀のライバル対決と盛り上げを見せていた。

 

「今回のレースで特にテイオーが注意すべきなのは、メジロパーマーの動きだ」

 

「パーマーの?マックイーンじゃなくって?」

 

 テイオーは新たな勝負服を纏って首を傾げていた。

 

「たしかに、今回の強敵はメジロマックイーンなのは確かだ。だけどな、菊花賞の3000mの経験があるとはいえ、テイオーにとって3200mのレースはギリギリになると思う。そうなると、大逃げでこちらもペースが乱されるメジロパーマーが序盤中盤で気をつけないといけない」

 

 何となく理解はしているようだが……

 

「うーん……テイオーがメジロマックイーンに勝つってことに重きを置いてるのは分かる。彼女の強さも本物だ。だけどな、だからってレースの相手がメジロマックイーンになる訳じゃない」

 

「えっと、敵は1人だけじゃないってこと?」

 

「何て言えばいいかな……今回のレースの目的はなんだ?」

 

 俺の質問にテイオーは困惑している。意外に簡単そうな質問でも、考え方とか意識の差で変わってくる。

 

「そりゃマックイーンに勝つこと」

 

「いや、違うだろ。天皇賞・春に勝つことだ。メジロマックイーンはそこで競い合うライバルであって勝つことがゴールじゃない。レースの目的を見失うなよテイオー。1着でゴールしたウマ娘だけが勝者になれるんだ」

 

 テイオーも何となく理解出来たようで頷いている。

 

「そうだよね……ゴールを奪い合う相手はマックイーンだけじゃないもんね。ありがとうトレーナー」

 

「心構えはこの辺にして作戦の続きを話すぞ」

 

「うん!」

 

 今回の作戦を説明して、俺は観客席へと向かった。

 

 

 観客席に戻ると、タキオンとデジタルの2人。そして、東条さんとルドルフも一緒に座っていた。

 

「テイオーの調子はどうだい?」

 

「ちょっと興奮気味だけど、特に問題はないよ。むしろ調子が良すぎるくらいだ」

 

 観客席に戻ると、1番最初にルドルフが声をかけてきた。

 

「ふっふっふ。トレーナーくん謙遜する必要は無い。今回のトウカイテイオーくんの仕上がりは完璧だ!いや、私たちの予想を遥かに超える成長を見せてくれた!もはや完璧を超える仕上がりと言っても良いじゃないか!」

 

 はーっはっはっはとタキオンが高笑いしながら、嬉しそうにテイオーの仕上がりを語っている。

 

「お医者さんにも検査していただいて、体には異常はありませんでしたし。直前のトレーニングでも違和感は無かったからテイオーさんなら大丈夫なはずです!」

 

 タキオンと同じで、デジタルも誇らしげに胸を張っていた。菊花賞のことも踏まえて、3200mという長距離で怪我をしないようメディカルチェックは万全に済ませてある。

 

「彼女はこのレースを経て、帝王の称号を冠することになるだろうねぇ」

 

「そんな調子じゃ慢心して油断しました。なんて洒落にならないんじゃない?」

 

 東条さんの言う通り。一瞬の慢心や油断で抜かれました、なんて話は稀に聞く。

 

「その点は心配ないですよ。テイオーにこのことは話していませんから」

 

 適度な緊張とプレッシャーは、逆にパフォーマンスを上げる。今頃はテイオーも緊張を味わってるはずだ。

 

 

 初めてのマックイーンとの対決。正直なところ不安はある。だって僕は3000mは走ったことあっても3200mを走るのは初めてだったから。でも……なんだろう。自然と自信というか力が溢れてくる感じがするんだよね。これも、3人に出会えたおかげかな。

 

『本日出走するウマ娘がパドックに入場します!』

 

 他の娘達が次々とパドック入場を済ませていく。

 

『お次はお待ちかね!8枠14番!トウカイテイオーだ!』

 

 僕はパドックに立って観客席を見回した。今までに見た事のない程のお客さんがいっぱいレースを観に来ていた。

 

『トウカイテイオーはクラシック3冠を手にしたあとに故障が発生しましたが、先日のレースではそれを思わせないかのような走りを見せました!』

 

 会場は凄い盛り上がってる。きっと、僕とマックイーンの勝負を観に来たんだよね……

 そんなことを思いながら辺りを見回すと、トレーナーたちが視界に入った。

 

(そうだ……マックイーンとの勝負も大事だけど、このレースで1着でゴールすることが1番だよね)

 

 僕は、トレーナーの方に向かって思いっきり腕を上げてVサインをした。全力で走るから……見ててよね!トレーナー!

 

『トウカイテイオーとメジロマックイーンの世紀の対決に注目が集まります!』

 

 

「あんたたちが言うだけあって……たしかにとんでもない仕上がりね」

 

 今回のテイオーは過去最高の仕上がり……調子も絶好調。

 

「でも、油断はできません」

 

「ほう……テイオーにそこまでの自信があってもか」

 

 ルドルフの言う通り、今回のテイオーの仕上がりには絶対的自信がある。スタミナ以外の全ての要素はメジロマックイーンを上回っていると思う。けど、時にウマ娘は自身の限界を超えた走りをする。

 

「相手はテイオーのライバルのメジロマックイーン。テイオーがライバルと認めた彼女がテイオーに食らいついて来ないはずがない」

 

 

『出走するウマ娘はゲートインの準備を開始してください』

 

 アナウンスに従って、僕はゲートインの為にターフに向かった。

 

「待っていましたわテイオー」

 

 そこで既にマックイーンが僕のことを待っていた。

 

「この日をどれだけ待ち望んだ事か……」

 

「うん。僕もマックイーンと一緒に走るの楽しみにしてた」

 

 初めてマックイーンに出会ってから、初めてマックイーンをライバルと意識した時から今日まで色んなことがあった。でも、これがゴールじゃない。

 

「テイオー……もし負けても泣かないでくださいませ」

 

「もし負けちゃったら泣いてもいいよ。マックイーン」

 

 お互い視線を合わせて、僕たちはお互いのゲートに向かった。

 

『全てのウマ娘がゲートインしました!』

 

 

『天皇賞・春。3200m晴。バ場状態良。春の盾を手にするのはどのウマ娘か……今一斉にスタートしました!』

 

「天皇賞・春は3200mの長距離レース」

 

「どうした急に」

 

「メジロマックイーンは去年、天皇賞・春で勝利し長距離レースの経験も豊富。それに対して、トウカイテイオーは菊花賞3000mを経験はしていても初めての3200mというレース。ステイヤーの素質としてはメジロマックイーンに軍配が上がる。その差をトウカイテイオーが埋めることが出来るだろうか」

 

 ここにもまた、トウカイテイオーとメジロマックイーンのライバル対決に胸を踊らせる2人……

 

「勝つのはテイオーさん!」

 

「マックイーンさん!」

 

 と2人のウマ娘が観戦に来ていた。

 

「レース展開としてはメジロパーマーが先陣を切ることになるだろうが……」

 

「トウカイテイオーもメジロマックイーンも得意な戦術は先行。メジロマックイーンにとっては有利な舞台でのレース。そこで同じ戦術を取ってトウカイテイオーが勝てるかどうか……」

 

「もしかしたら、脚を溜めるために差しに切り替えて来るかもしれない」

 

「テイオーさんは負けないもん……」

 

「「ごっごめん!」」

 

 そんな仲良し4人組が見守る中、レースは序盤から中盤の展開に差し掛かろうとしていた。

 

 

「ポジションは先行。ここまでは順調みたいだな」

 

 ポジション取りも悪くない。メジロマックイーンの少し後方辺りに付けてる。

 

「みたいとは?作戦は君が考えたものじゃないのかい?」

 

「プラン自体は2つあった。けど、テイオーのスピードとスタミナがどこまで通用するか、本番のレースになるまでは分からなかった。だから、脚を溜める余裕があるなら先行。無いようなら差しの位置で脚を溜めるよういっておいたんだよルドルフ」

 

 初めてのシニアのG1レース。何よりも相手はメジロマックイーンやペースを読み切れないメジロパーマー。序盤中盤の展開が読み切れなかった。

 

「テイオーが先行にポジションを取ったってことはスピードとスタミナに余裕がある証拠だ」

 

「後はメジロパーマーにペースを乱されないことを祈るばっかりだねえ」

 

 メジロパーマーは最初から全力でぶっ飛ばす大逃げのウマ娘。それ故にその走りには粗が目立つ。そのペースに引っ張られると確実にハイペースになる。

 

「あんた達ちゃんとメジロパーマーも警戒してるのね。てっきりメジロマックイーンにお熱かと思ってたけど」

 

「あくまで警戒してるのは、そのハイペースに呑まれることですよ。勝負になるのは確実にメジロマックイーンだと思います」

 

「あら、メジロパーマーが逃げ切るとは考えなかったの?」

 

 たしかに、実際に有馬記念ではメジロパーマーは見事な大逃げを見せた。そんな彼女を警戒しないわけもなく、デジタルにメジロパーマーのレースを何度も見てもらった。

 

「メジロパーマーさんは3000mより前にスピードが落ちると思います……」

 

 結果的に、メジロパーマーはスタミナ不足で垂れるという結論に至った。長距離で最短距離の有馬記念と3200mの天皇賞・春では全く距離の長さが違う。

 

「デジタルの言うことを加味するなら、序盤と中盤はメジロパーマーのハイペースを警戒して自分のペースを守ること。そして、脚を溜めてメジロマックイーンとの一騎打ちに持ち込む。これがベストだと思います」

 

「あんたたちの信頼関係と策略には恐れ入るわね」

 

「全くです」

 

 東条さんとルドルフからお褒めの言葉をいただいたが、レースも中盤に差し掛かる。ここからが本番だ。

 

 

 レースも終盤戦に近い。パーマーはまだ先頭にいるし、マックイーンも、まだ動く様子はない。けど、パーマーのスピードが少しづつ落ちてるのが分かる。

 

(スタミナにはまだ余裕があるし、脚の方も……うん。大丈夫そう)

 

『レースも2000mを通過して終盤戦に差し掛かりうとしています!戦闘は依然としてメジロパーマー!注目のトウカイテイオーは5番手!そして、その前4番手にはメジロマックイーンだ!』

 

 僕は気付かれないように少しづつ、少しづつマックイーンと距離を詰めていく。

 

(マックイーンはスピード勝負じゃ僕には勝てない。いくらマックイーンのスタミナが多くたって、そこから出せるスピードには限界値がある。だからこそ、スタミナをギリギリまで絞り出せば十分勝機はある!)

 

 そして、その瞬間はすぐにやってきた。

 

『おぉっと!メジロマックイーンがスピードを上げた!メジロマックイーンが仕掛ける!』

 

 残り1000m。既に先頭のパーマーの減速も目に見える様に明らか……マックイーンならここで仕掛けるよね!

 

『その影から!トウカイテイオーがメジロマックイーンになら……並ばない!トウカイテイオーが前に出た!』

 

 

 いつの間にこんなに!自分の走りに集中し過ぎるがあまり、相手の警戒を怠るなんて……

 

(私……初めてでしたのよ。相手が強すぎて落ち込むなんて……だからこそ、ここで負ける訳には行かないのです!それだけ強いあなたに勝って!更に強く!私のライバルは強敵だったと言えるように!)

 

 

『メジロマックイーン負けじと食らいつく!レースは残り200m!メジロパーマーを追い抜き、トウカイテイオーとメジロマックイーンの一騎打ちだ!』

 

 分かる……直ぐ後ろにいるんだよねマックイーン。マックイーンなら絶対に付いて来ると思ってた。

 

(けどねマックイーン。僕は負けないよ。君に勝って……このレースで1着でゴールするんだ)

 

【絶対は……僕だ】

 

『トウカイテイオー!トウカイテイオーが更にスピードを上げる!メジロマックイーンたまらず距離を離される!速い!速すぎるぞトウカイテイオー!』

 

 後ろから声が聞こえた。

 

『待……って』

 

 ごめんねマックイーン。僕は待たないよ。だから、追いついてきてね。

 

『トウカイテイオー!トウカイテイオーが今1着でゴール!』

 

 ゴールして、僕は膝から崩れた。レースを通して、スタミナをギリギリ使い切るように走ったせいで足に力が上手く入らない。

 

「もう……勝者が地面を見ていてどうするの?」

 

「ありがとう。マックイーン」

 

 僕はマックイーンの肩を借りて立ち上がった。

 

「負けて……しまいましたわ」

 

「うん……僕の勝ちだよマックイーン」

 

 その一言だけ交わして僕は観客席に手を振った。マックイーンの顔を見ることはなかった。僕だってライバルに……マックイーンに負けたら悔しくて泣いちゃうもん。

 

(今回のレースは僕の勝ちだよ。次も負けないからね……マックイーン)

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第30話:2度目の骨折

投稿遅れてごめんなさい……新シナリオが楽しいのと慣れるのに時間がかかっておりまして……


 天皇賞を終えてから、10日後にテイオーの脚のに骨折が見つかった。骨折の違和感に俺達もテイオーも気付くことができなかったのは不本意だが、幸いにも骨折の症状自体は重いものでは無かった。

 

「というわけで、テイオーが次に目標とするのは天皇賞秋。春のレースの復帰は流石に間に合わないからな。確実に秋のレースでの復帰を迎えるつもりだ」

 

「急に話し始めて、というわけがどういう訳かは分かんないけど。僕もそれがいい。元々、天皇賞秋は出たかったレースだからね」

 

 天皇賞秋はテイオーにとっても重要なレースだ。なんてたって、ルドルフが日本で1着を逃したレースのうちの1つだからだ。

 

「私達もそれに同意するねえ。天皇賞春でのダメージを考えれば尚のことさ。どうやらメジロマックイーンの方も天皇賞のダメージは大きいようだからね」

 

「脚の怪我もそうですが、何やらメジロマックイーンさんは最近あまり元気が無いご様子……」

 

 天皇賞でのメジロマックイーンは想像以上の脅威となった。ラストスパートまでテイオーに喰いつくその根性。何よりもその実力がある故にテイオーも全力で迎え撃つ形になった。

 

「念願のライバル対決も終わった。ここからまた次の目標に切り替えて行くぞテイオー!」

 

「うん!」

 

 骨折というアクシデントはあったが、テイオーのモチベーション自体は高い。これならリハビリも問題なく進むだろう。けど、テイオーは少しなにか引っかかってる様子だ。

 

「今出来るのはリハビリと基礎トレーニングだ。今日は事務作業でやらなきゃ行けないことがあるから、俺はトレーニングに出れないけどしっかりな」

 

「も〜トレーナーは僕がサボったりすると思うわけ?」

 

「一応だ一応」

 

「んじゃ行ってくるねー」

 

 そう言って、テイオーはグラウンドへと向かった。今のテイオーなら無理をして怪我を悪化させたりもしないだろうし、1人でトレーニングを行っても問題は無いだろう。

 

「それで、デジタルから見てテイオーはどうだ?」

 

「ライバル対決を終えて不思議と燃え尽き症候群なんてこともないです。さすがはテイオーしゃん!……じゃなくて、やっぱりメジロマックイーンさんのことを気にかけてるみたいです」

 

 流石はデジタル。ウマ娘の身体的面のみならず精神的面の観察も出来てる。

 

「まぁ、メジロマックイーンからしたら、自分の得意な土俵で戦って敗れた訳だからね。それ相応の精神的ダメージは受けてるだろう」

 

「タキオンの言うことは分かる。けど、対戦相手に心引きずられてパフォーマンスが落ちるのも不味いんだよな」

 

 その辺は、ライバル心の強いメジロマックイーンのことだ。テイオーにケツでも引っぱたかせれば喝が入るとは思うが。

 

「あの〜メジロ家へのツテでしたらデジたんが一応ありますけど……」

 

「まじで!?」

 

「はっはひ。一応ドーベルさんと関わりがあるというかなんと言うか……」

 

 メジロドーベルか……デジタルとはあまり関わりがあるタイプには見えないが。いや、人には他人には見せない側面もあると言うしな。

 

「分かった。じゃあ、デジタルはメジロ家にアポ取ってみてくれ」

 

「了解です!」

 

 これでテイオーのマックイーンへの不安も取り除けるだろう。

 

「ところで、タキオンは一体何を調べてるんだ?」

 

 タキオンの周りには論文やら何かしらの本が大量に積まれていた。

 

「君もウマソウルという言葉は聞いたことはあるだろう?」

 

「あぁ、確かウマ娘たちに宿るって言われる別世界の生物の魂だとか何とか」

 

 誰が言い出したかは分からない。ウマ娘という存在に納得するために誰かが考えたのか。はたまた都市伝説が大きくなり一般的になったのか。

 

「でも、あんなの都市伝説の眉唾物じゃないのか?」

 

「そもそも、私たちウマ娘は想いを背負って走る……なんてオカルトチックなことを言われている。私自身それを否定つもりは無いが。一考する余地があると考えたのだよ」

 

 ウマ娘は時に自分の限界を超えて走ることがある……テイオーが菊花賞で見せたように。それを論理的に証明する方法は未だに見つかっていない。

 

「それで、なにか分かったことでもあったか?」

 

「仮説に過ぎないがいくつか結論を出してはいるよ」

 

 クックックとタキオンは笑いながらノートパソコンを俺に向けた。そこにはタキオンがまとめたであろう文書が書かれていた。

 

「ウマ娘が想いを背負って走る。その想いとはなにか考えた時、私はトレーナーやライバル。本人の意思などを真っ先に考えた。しかし、冷静に考えてみて欲しい。ウマ娘が何故走りに魅了されるのか、何故ウマソウルなるものが宿ったのか。それは別世界からやってきた魂。彼等がレースというものに未練があるからではないか」

 

「つまり、タキオンはその別世界とやらでもレースが行われていたと?」

 

 別世界……まるでファンタジーの世界の話のようだ。ただ、タキオンは真面目にその仮説を導き出した。だったら、それは無いだろうと無下にする訳には行かない。

 

「彼らがどういう生物だったかは皆目検討もつかないがね。恐らく似たようにレースを行っていたと思うよ。そして、その魂の持ち主の生涯が私たちウマ娘にも影響していると考えている」

 

「つまりなんだ?テイオーのレース結果も怪我も当人の実力ではなく、その魂の持ち主の力でしかないと?」

 

「そうだねぇ……運命力とでも言うべきか。菊花賞のレースの限界を超えた走り。しかし、菊花賞後の怪我も天皇賞春の怪我も不自然な点が目立つ。これを運命力と言わないでなんと言うか」

 

 たしかに、テイオーの怪我には不自然な点が多かった。菊花賞の限界の走りの後にテイオーが骨折をした。幸いにも軽い骨折で済んだが。それは幸いすぎた。本来ならどれ程の怪我になっていたか。そして、天皇賞春。あの時は菊花賞の経験と天皇賞春という3200mのレースを警戒して、万全を期してレースに及んだ。レースも全力ではあったが無理な走りはしていない。それなのに、骨折という怪我が発生した。

 

「タキオンはそれを肯定するのか?」

 

 もしその仮説が本当だとしたら?俺たちの努力もテイオーのレース結果も全て運命付けられてるってのか?

 

「そう熱くならないでくれよ。あくまでこれは仮説でしかないし、作り途中でしかない。この仮説が間違ってるとは言えないが……きっとまだ煮詰め切れてない。私が全力を持って運命なんてものを否定して見せよう」

 

 タキオンも自分の為に全力を尽くして来た。そして、テイオーの為にもあらゆる協力をしてくれた。だからこそ、彼女本人がそれを認める訳にはいかない。

 

「それじゃあ俺は俺でやるべきことやらないとなぁ」

 

「私も頑張らないといけないねえ」

 

 俺たちは各々作業に移った。天皇賞春秋連覇を目指して。

 

 

ーーーーーーー数日後ーーーーーー

 

「お待ちしておりましたテイオー様」

 

「どうも爺やさん」

 

 僕は今、マックイーンがいるメジロ家の療養所に来ている。『そんなにメジロマックイーンが気になるなら、お前がガツンと喝を入れてやれ』って。

 

「お嬢様は、私共から見ても無理をしているように見えるのです……なので、テイオーさま。お嬢様のことどうかよろしくお願いします」

 

 マックイーンのトレーニングルームに向かう途中に、爺やさんはそう言ってた。けど、その意味を僕はすぐに理解することになった。

 

「お嬢様!大丈夫ですか!?」

 

 トレーニングルームに入ると、マックイーンは下を向いて座り込んでた。体から出ている汗は尋常ではないし、よく見れば筋肉も震えている。誰がどう見てもオーバーワークだ。

 

「大丈夫ですわ。なにかありましたの爺や」

 

「トウカイテイオー様がお見えです」

 

「あら、テイオー来ていましたのね……もう少々お待ちくださる?トレーニングの途中でして」

 

 そう言って、マックイーンは立ち上がり再びトレーニングに戻ろうとした。それを僕は止めるように腕を掴んだ。

 

「いやさーここまで来るのに意外と汗かいちゃったんだよね。爺やさんここってお風呂とかある?」

 

 爺やさんは僕の意図を察すると、嬉しそうに笑った。

 

「はい。ここには肉体回復のための温泉があります」

 

「そうなんだ。積もる話もあるしさ。一緒に入ろうよマックイーン」

 

「でっですが。わたくしはまだトレーニングが」

 

「いいからいいから。ほら行くよ!」

 

 腕を引っ張って無理やり連れていく形にはなったけど、僕はマックイーンをお風呂へと連れていった。

 

「それで?一体どうしちゃったのさ。さっきのトレーニングだって明らかにオーバーワークだったよね?」

 

 僕がそう問いかけると、マックイーンは押し黙るように下を向いた。けど、少しすると上を向いて少しづつ語り始めた。

 

「私は……!悔しかったのでしょうね。いいえ、それだけじゃないでしょう。レース前にまるで勝利宣言のような言葉を放ち挙句敗北を喫した」

 

 マックイーンはレース前に「私が勝っても泣かないでいただけます?」と言った。勝利宣言……と言われても納得は出来る。けど、僕はそういう意味で言ったものじゃないって分かってる。

 

「けれど、あなたは違った。目の前の勝負を見ていた。私もしっかりと見据えていたつもりでいたのに。私が見ていたのは目の前の勝利だけだった。自分の走りをすれば誰にもこの距離なら負けないという驕り……それが敗北を招いた」

 

「たしかに……僕はレース全体を見てた。パーマーのこともトレーナーに言われて警戒してたし。最終勝負のマックイーンのこともしっかり見てた」

 

 トレーナーに言われなかったらきっと気づけなかった。僕はきっとマックイーンを見て、マックイーンと勝負して……負けてたと思う。

 

「でも、あなたはゴールを見ている余裕があったハズですわ。私はギリギリの限界まであなたを追い詰めることが出来なかった!」

 

「そんな……僕だって全力だったよ?このとおり脚だってやっちゃったわけだし」

 

 菊花賞に続く2度目の骨折……僕の脚的には長距離レースはやっぱり負担が大きいっぽい。トレーナーも3000mより長いレースはもう勘弁してくれって感じだったし。

 

「そうじゃ……そうではありません……」

 

 僕の想像と違ってマックイーンは落ち込んでいた。てっきり、全力じゃない僕に負けたと勘違いしたと思ったけど。

 

「たしかに、あの日のテイオーは全力だったかもしれません。ですが、それ以上ではなかった。限界まで走って……その先の走りを私は見ることが出来なかった」

 

 きっとマックイーンが言っているのは菊花賞のこと……僕はあの日、ネイチャとの勝負で限界以上の走りをした。

 

「正直言えばネイチャさんには嫉妬しましたわ。クラシックの菊花賞という舞台でテイオーとのレース。わたくしも現地でレースを見させていただいたので。だからこそ、天皇賞でのテイオーとのギリギリの限界を超えた勝負をしたかった」

 

 世代の1つ違うマックイーンとはクラシックで勝負出来なかった。お互いそこがむず痒くて。僕だって早く全力の勝負をしたいと思ってた。

 

「負けた時は悔しくて仕方ありませんでした。そのあと冷静になればわたくしはあなたのライバルに相応しくあろうとトレーニングに励みました」

 

「何言ってんのさ。マックイーンは僕にとって自慢のライバルだよ?」

 

 天皇賞だって苦戦を強いられた。勝つことは叶ったけど、どこかで間違えていれば負けてもおかしくなかった。ずっと競い続けてきたマックイーンをライバルと言わずなんと言うのだろうか。

 

「たしかに、私はあなたのライバルではあります……しかし、好敵手(ライバル)になり得なかった。そして、あなたの記憶に残る1番に残る好敵手(ライバル)とはネイチャさんではありませんか?」

 

 僕は何も言えなかった。天皇賞は厳しいレースだったけど、菊花賞の方が当時の実力も考えて辛かったかもしれない。いや、ネイチャとの勝負が1番苦戦した。

 

「わたくしはライバルとして、あなたの1番だと思っていました。ですが、実力不足を認めざるを得ません」

 

 マックイーンは焦ってるんだ。僕がライバルとして君を見なくなるんじゃないかって。

 

「だったらさ、次はマックイーンが僕に挑んでおいでよ」

 

「……え?」

 

 僕は、僕自身の目標の為にマックイーンに3200mというマックイーンが得意とする舞台で戦って勝った。

 

「来年の宝塚記念に僕は出走するつもりでいる。だから、そこで勝負しよう。距離は2200mで僕が得意な距離。でも、マックイーンだって走れる距離だ」

 

 僕の言ってることをマックイーンは理解したみたいで、その瞳には闘志が宿っていた。

 

「舞台としては十分だと思うけど……不満かな?」

 

「いえ、十分です。わたくしが勝って泣かせてあげましょう!」

 

「だったら、ちゃんと調整して挑んで来てよね。今のマックイーンに勝っても仕方ないからさ。僕の1番の好敵手(ライバル)であることを証明しに来てね」

 

「えぇ!もちろんですわ」

 

 これでマックイーンは大丈夫。僕も全力でトレーニングに向き合える。ここまで言ったからには僕だって頑張らないとね!

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第31話:アクシデント

何とか筆が乗ったので投稿


 天皇賞春の故障から役5ヶ月が経った9月。テイオーの怪我は完全に完治してリハビリも終わり本格的なトレーニングに入っていた。

 

「怪我が治ったと言えど、流石にぶっつけ本番のG1レースは避けたいところだな……」

 

 次に俺たちが目指すのは11月に開催される天皇賞秋。距離は2000mとテイオーが得意な距離ではある。何よりも天皇賞秋は俺たちにとって逃せないレースの1つだ。

 皇帝シンボリルドルフが逃した3つのG1レース。ジャパンカップ、宝塚記念、天皇賞秋。ジャパンカップは翌年に制覇し不恥辱を果たした。しかし、宝塚記念の出走取消を除けば唯一ルドルフが出走して1度も制覇していないレースだ。

 

「待たせたねトレーナー君……っと。珍しいテイオー君はまだ来ていないのかい?」

 

 俺が色々と考えていると、タキオンとデジタルが部屋に入ってきた。

 

「テイオーしゃんが集合時間ギリギリになるなんて珍しいですね」

 

 いつもなら先に部屋に来て、ソファーで寝っ転がっているテイオーが今日はいない。

 

「まぁ、テイオーだってそういう日ぐら」

 

 俺がそう言いかけた時、部屋の扉が弱々しく開いた。

 

「あはは……ごめんごめん。僕としたことが遅刻しちゃった?」

 

「いや、タキオンたちも今来たばかりだし。時間的にもギリギリセーフだよテイオー」

 

「なら良かった。急いで来たから疲れちゃったよ」

 

 そう言いながらテイオーはソファーに腰をかけた。

 

「よし、メンバーも全員揃ったし秋冬のレースプランを」

 

 俺が話始めると、ドサっと倒れる音が聞こえた。そう……今想像出来うる中で1番最悪のメンバーの方から。

 

「テイオー……?」

 

 場が一瞬凍りついた。その出来事を理解するのに時間がかかったのか、俺を含めるメンバー3人の行動がワンテンポ遅れた。

 

「テイオー!?」

 

 ソファーに倒れ込むテイオーの元に急いで駆け寄った。

 テイオーの息は荒く熱が篭っている。

 

「タキオン!デジタル!急いでテイオーを保健室に連れて行くぞ!」

 

 マズイ!マズイ!マズイ!なんでだ……なんでこのタイミングなんだ。こんな重要なタイミングで。

 

「トレーナー君落ち着きたまえ!」

 

 俺がその場で半ばパニック状態になっていたら、後ろからタキオンが俺の肩に手を置いた。

 

「とりあえず、テイオー君の症状は発熱だけだ。咳や嘔吐などの症状はない。ともかく、詳しく検査しない限りは安心できない。私たちが保健室に運ぶから君もあとから着いて来たまえ」

 

 タキオンはそう言いながら、デジタルとテイオーを運び始めた。

 

(そうだ……今考えないといけないのは現状どうするか。今後のことなんて後に考えればいい)

 

「分かった。頼んだぞ2人とも」

 

「ああ」「はい!」

 

 俺も急いで2人の後を追いかけた。

 

 

 保健室に入ると既にテイオーは診察を終えて、ベットの上に寝かされていた。

 

「タキオン。テイオーの症状はどうだ」

 

「不幸中の幸いと言うべきか……発熱以外の症状はない。しかし、少しばかり熱が高いね」

 

 テイオーの体温は既に38度を超えている。今日明日で熱が引く様子も無いし、熱が下がっても数日間は安静にしないといけない。

 

「タキオンもデジタルも体調を崩したら困るし、ここは俺が見てるよ」

 

「しかしだねぇ……」

 

 体調不良のテイオーを横目に、タキオンは戻りにくそうにしていた。しかし、デジタルがタキオンの腕を掴んだ。

 

「タキオンさんも大切な時期なんですから行きましょう。テイオーさんはトレーナーさんに任せても大丈夫です」

 

 タキオンはデジタルの普段見せない態度に驚きつつも、デジタルと一緒に保健室を後にした。

 

 この時のことを深夜に思い出したデジタルが昇天したのは語るまでもない。

 

「デジたんも変わったね」

 

 2人が出ていくと、テイオーが起き上がってそう言った。

 

「テイオー起きてたのか。体に触るからまだ寝てた方がいい」

 

 俺が背中を支えながら、ベットに再び横にさせる。

 

「僕って本当にタイミング悪いね。体調とかも気をつけてたつもりなのに」

 

「そうだな……」

 

 本当にタイミングが悪い。骨折からの復帰でただでさえギリギリの調整。そこに体調不良が重なるとなると……

 

(テイオー自身も理解しているだろうが……トレーナーとして俺はテイオーに聞かないといけない)

 

「正直、天皇賞はギリギリで調整が間に合うか分からない。12月には有馬記念も控えてるし、出走をパスするって手もあるが」

 

「ううん……僕は出るよ天皇賞」

 

 天皇賞春ではメジロマックイーンというライバルを下した。そんな中で自分の得意距離に天皇賞秋から逃げないか。

 

「分かった。じゃあ、スケジュール見直しておくよ」

 

 おそらくはぶっつけ本番のG1レースになるだろうが……テイオーに出走の意思があるなら俺達も全力でサポートする。

 

「ありがとね……わがまま聞いてくれて」

 

「いいんだ。とりあえず今は休もう」

 

 俺はテイオーのサポートをする。勝利を掴めるように。トレーナーとして、勝利を信じてあげないといけない……しかし、勝負の世界も甘くは無い。

 ライバルとの初めての勝負からの次走レース。そこで、初めての敗北……メンタルに相当なダメージが入るはずだ。せめて、俺はその時の覚悟をしておこう。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第32話:天皇賞秋

 9月の発熱から調整はギリギリではあるが、レースに出走出来る程度には仕上がっていた。

 

「多分テイオー自身が1番分かってると思うけど、今のテイオーの仕上がりは完璧とが言いきれない。出走相手もナイスネイチャにイクノディクタスと強者揃いで、メジロパーマーにダイタクヘリオスも出走してる」

 

 天皇賞春に続いてのナイスネイチャとのライバル対決。しかも、大逃げコンビの出走だ。長距離の有馬記念でさえハイスピードのレース展開に持ち込んでくるんだ。中距離でそのスピードを出されると思うと恐ろしい。

 

「とりあえず、周りの」

 

「周りのペースに流されずに自分のペースを保てだよね」

 

 テイオーは落ち着いた表情でそう言った。

 

「大丈夫だよトレーナー。ボクは今日できる最善の走りをしてみせる」

 

 テイオーの瞳は力強く俺を見つめていた。ボクを信じてと言わんばかりに。

 

「分かったよ。それじゃ行ってこい!」

 

「うん!頑張ってくるから応援してよね!」

 

 そうやって、俺はテイオーのことを送り出した。

 

 

「やぁ、トレーナー君。テイオーの調子はどうかな?」

 

 俺がタキオンたちのいる観客席に向かうと、そこにはルドルフも一緒に座っていた。

 

「背水の陣と言うべきかな?ライバルの出走に加えて強敵揃い。しかも、天皇賞春にマックイーンを下したことによって周りからかなりマークされているから」

 

『まずは2枠3番メジロパーマー!天皇賞春では見事な大逃げを見せてくれました。中距離レースでの大逃げに期待です!10番人気になります』

 

「今回のレースの鍵の1つ……彼女の走りが今回の走りに大きく影響するだろうねぇ……2000mという距離であのハイスピードを見せられたら煽られないウマ娘はいないさ」

 

 今回のレースメイクを、中盤までは確実に彼女らが握ることになる。

 

『3枠6番ダイタクヘリオス!2000mというこの距離で彼女の大逃げは爆発するのでしょうか!』

 

「マイルの大逃げのダイタクヘリオスさんに長距離の大逃げメジロパーマーしゃん!あぁ……マブダチ尊ひ」

 

『4枠8番イクノディクタス!力をつけ伸びて来ているウマ娘のうちの一人です!4番人気』

 

 イクノディクタスも堅実に確かに強いウマ娘だ。油断ならない相手の一人だ。

 

『6枠11番ナイスネイチャ!トウカイテイオーのもう1人にライバルと言われる彼女の実力!このレースでも見ることができるのか!実力の安定性もあり2番人気です!』

 

 ナイスネイチャ……たしかな実力者で菊花賞では敗北寸前まで追い込まれた。だが、今回は中距離のレース。テイオーに有利に進んで行くはずだ。

 

『7枠15番トウカイテイオー!天皇賞春ではライバルメジロマックイーンに勝利し、今回はナイスネイチャに勝利することが出来るのか!1番人気です!』

 

「体の仕上がりはまぁまぁと言ったところか……正直驚いたよ。出走するのではとは思ったけれど、体調不良というアクシデントの中でここまで仕上がりを見せるとは」

 

 ルドルフがテイオーの仕上がりを見て、純粋に驚いていた。その直ぐ横ではタキオンがふくれっ面でダラーっとしていた。

 

「本当なら、完璧な状態で送り届ける予定だったんだよ。まさか間に合わないとは……」

 

「テイオーさんもタキオンさんも最善を尽くしましたって!」

 

 拗ねるタキオンをデジタルが励ましている。

 

「たしかに、体の仕上がり?完璧じゃない……けどな、今日のテイオーは絶好調だぞ」

 

 不調で出走が怪しい状態からここまで仕上がり、多くのライバルがあつまった。その状況にテイオーは燃えている。

 

「少なくとも簡単に負ける気はないよ。俺もテイオーも」

 

『全てのウマ娘がゲートに入りました。2000m晴。バ場状態は良。青空の下……秋の盾を手に入れるのはどのウマ娘か!今一斉に……スタートしました!』

 

 

 スタートは上々。序盤のポジション取りも上手くいった!

 

(ただ、問題は目の前のこの2人なんだよね)

 

 ボクの前にはパーマーとヘリオスの2人が走ってる。出来る限りはペースに飲まれないように、自分のペースを維持してるんだけどさ。

 

(ネイチャもそんなボクを見ないでよね。ピリピリと十分に圧感じてるんだからさぁ!)

 

 200m400mと通過していき、600mを通過しようとしていた。

 

(スタミナにはまだ余裕はある……けど、問題なのはパーマーとヘリオスの2人。もうすぐで1000mを通過しそうなのにこのスピード。単純なスピード勝負に持ち込まれたら絶対に追いつけない!)

 

 ここでは動かないべきか……うん、流石に動くべきじゃない。走ってるボクでも分かる。明らかななデッドペース。このスピードを最後まで維持出来るとは思わない。ただ、最後どこまで粘るかも分からないから油断出来ない。

 

 

『おーっと!1000mの通過タイムは57秒5!?殺人的なハイペースだ!』

 

「結構マズイ展開になってきたな」

 

 1000mの通過タイムが余りにも速すぎる。その規格外の速さにマイペースを意識しているであろうテイオーが、少しだけペース感覚が狂ってる。

 

「想定のペースよりも速くテイオー君自身も通過している。まぁ、あのペースで目の前を走られたら溜まったもんじゃないね」

 

「でもでも!テイオーさんだって十分ペース抑えられてますって!」

 

 たしかに、幾らペースが乱されていると言えど。それほどのオーバーペースという訳では無い……だが、スタミナは確実に削れている。

 

「けど、テイオーの後ろにはナイスネイチャが居る」

 

 菊花賞で、唯一テイオーを限界のギリギリまで追い詰めてきたウマ娘。たしかな実力と相手を揺さぶることを得意とする彼女が何もしないとは思えない。

 

 

 パーマーもヘリオスも減速してきてる。そして、後ろからネイチャが動き出したのも分かる。

 

(仕掛けて来るタイミングは最後の直線の最初……)

 

 だから、そこに合わせてスパートをかければネイチャに負けることは無い!

 

『トウカイテイオーが最後の直線の差し掛かった!』

 

(今だ!)

 

 タイミングは完璧。ネイチャの動きも読めた。なのに……なのにどうしてボクはネイチャに追いつかれそうなの!?

 

 

「やっぱりか!テイオーのラストスパートの伸びが悪い」

 

 並のウマ娘ならここで失速していてもおかしくない。前半は大逃げによるデットペースに。後半はそこで狂った感覚を突き刺すようにナイスネイチャの煽りが入っていたか!

 

「おぉっと……これは流石にマズイねぇ……この違和感に気づかない相手だったらどれほど楽だったか」

 

 タキオンがそう言った直後。後方に居たナイスネイチャのペースが上がった。誰よりもテイオーをマークしていたであろう彼女だからこそ、誰よりも早く反応してみせた。

 

「まっまずいですよ!テイオーさん抜かされちゃいます!」

 

 

 一瞬だった。ボクのスピードが伸びないのを見たネイチャ。そこから一瞬でボクを追い抜いて行った。

 

『先に行っちゃうよ?』

 

 そう言いたそうに、ボクの方を振り向いて……ネイチャに抜かされた。

 

(スタミナは限界……でも、あんな顔されたらさ。燃えずにはいられないよね?)

 

『トウカイテイオーが仕掛けた!トウカイテイオー!ナイスネイチャを必死に追いかける!』

 

 

 明らかな時間差。スタミナも身体も限界のはずだった。それでも、テイオーは駆け抜けるのか!

 

「負けるなテイオー!まだだ!まだ終わってない!」

 

「がんばれー!テイオーさん!」

 

「あぁ……本当に君は見ていて飽きさせられない!」

 

『トウカイテイオー伸びる!ナイスネイチャに迫る!迫る!その背中を捉えた!』

 

 

(あぁ……待たせちゃったね。でも、僕だって負ける訳には行かないんだよね!)

 

【究極テイオーステップ】

 

『トウカイテイオーが更に伸びる!ナイスネイチャ粘る!トウカイテイオー並ぶか!?』

 

 限界を超えて出し切った。調子は絶好調で問題なかった。そう今ある全部を限界を超えて出し切った。

 

(そのボクを超えていくんだね……ネイチャ)

 

『ナイスネイチャが今1着でゴール!菊花賞の敗北を超えて!ついに無敗の帝王……トウカイテイオーを下したぁぁあああ!』

 

 あぁ……負けちゃった。でも、なんでだろうな。こんなにも満足してスッキリしてんだろ。負けちゃったはずなのに。

 

「遂に負けちゃったよ。でも……その相手が君で良かった」

 

「これで1体1だから……おあいこだよ」

 

 そう言ってネイチャは去ってった。ボクはまだその場から動けずに立ち尽くしていた。

 

 

「負けた……か」

 

「テイオーしゃん……テイオーしゃん……」

 

 デジタルは泣くのを必死に我慢していた。俺も悔しいし、デジタルやタキオンも悔しいはずだ。けど、俺たちの中で1番悔しいのはテイオーだ。そのテイオーが泣いてない以上、俺達も泣く訳にはいかない。

 

「調子は良かった。完敗だ」

 

「仕上がりは完璧ではなかった……」

 

 俯きながらタキオンはそう言った。もし仕上がりが完璧だったら?

 

「いや、今出せる全てを出し尽くしてテイオーは戦ったんだよ」

 

 テイオーも同じことを言うはずだ。絶好調だった。それで負けたんだって。

 

 

 ボクはレース場を後にトレーナーと合流した。少し心配そうな顔をしたトレーナーだったけど、すぐにそんな顔をしなくなった。

 

「大丈夫か?テイオー?」

 

「大丈夫なんかじゃないよ。悔しいし。初めて負けたんだよ?でも、それ以上に燃えてるよ。ライバルに次こそ勝つってね」

 

「あぁ……そんな顔をしてるよ。次こそ勝つぞ」

 

「あったりまえじゃん!」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第33話:ジャパンカップに向けて

 天皇賞秋翌日。俺はミーティング前に考え事をしていた。

 もちろんテイオーのメンタル的調子のことだ。初めての敗北を知っての昨日今日。レース後のテイオーはいつも通りだったが、果たしてそれが空元気から来るものだったか。

 他にも考えることはある。テイオーに関しては次に挑戦すべきはジャパンカップだ。ジャパンカップは国内だけでなく国外からも強いウマ娘が参戦する。期間的に考えると、今からメンタル的に引きずられるのはマズイ。

 最後にタキオンとデジタルのデビュー戦だ。正直、こっちはあんまり心配していない。だって、あいつら俺が居なくても勝手に自分を鍛えて強くなっていくんだ。トレーナー泣かせなやつらだ。

 

「トレーナー君待たせたね」

 

「おまたせしました〜」

 

 そんなことを考えていると、タキオンとデジタルが部屋に入ってきた。

 各々が席に座るとノートパソコンを開いて、先日の記録やデータを管理し始めた。

 

「2人から見てテイオーはどんな感じだった?」

 

「テイオー君かい?私はいつも通りに見えたけどね。特に空元気のようにしてるような様子じゃなかったよ」

 

「いつも通り……だったんでしょうか。なにか違うような気がします」

 

 デジタルはこじんまりと手を挙げて意見を主張した。

 流石のデジタルの観察眼。並の人間じゃ分からない程の違いをデジタルは見分けるのか。

 

「やっぱり流石に落ち込んでるか……」

 

「あっいや。落ち込んでいたわけではないんですけど。なんていったらいいんでしょうか。とりあえず!違和感がありました!」

 

 違和感ねぇ……落ち込んでる様子はないか。それなら一体何に違和感を感じたんだ?無敗の3冠が敗れたこと?ライバルに負けたことを気にしているとか?

 

「トレーナー君。そんなに私たちが考えたって仕方がないじゃないか。当の本人に聞くのが1番効率的だよ」

 

「効率的なぁ」

 

 たしかに、直接聞いた方が答えは直ぐに得られる。けど、テイオーにとって触れてほしくない問題だと考えると……

 いや、変に考えたってしょうがない。聞いている感じ大きな問題ではなさそうだ。それが逆に意思疎通しないことによって大きな問題になるのは避けたい。

 

「よし、俺が直接聞くよ」

 

「おまたせ〜みんなもう集まってんじゃん」

 

 そう決意した直後、テイオーが部屋に入ってきた。決意はしたけどさ、こう間髪入れられずこれられると俺も頭が少し混乱するんだが。

 

「よっようテイオー調子はどうだ?」

 

 少しぎこちなくはなったが、とりあえず聞いてみるしかない。

 

「あぁ……心配してくれてありがとねトレーナー」

 

 何かを察したかのように、苦笑いしながらテイオーはそう答えた。どうやら、こちらの質問の意図はお見通しらしい。

 

「心配になるのは分かるよトレーナー。正直ネイチャに負けたのはすっっごく悔しかったし!でもね、次は負けないって落ち込むどころか燃えてるんだよね」

 

 なるほどな。これがデジタルの言ってた違和感の正体か。初めての敗北の悔しさを強さに変えたんだな。

 

「なら、ジャパンカップで勝つぞ。噂だとナイスネイチャも出走予定らしいからな。2400mっていう大舞台でリベンジとさせてもらおう」

 

「もちろんだよ。次は絶対に負けない」

 

 よし、テイオーはこれで問題ないな。敗北を経験してもその心は折れるどころか燃え上がってる。

 

「次にタキオンとデジタルのデビュー戦が決まった」

 

「つっついに私もウマ娘ちゃんたちと!」

 

 デジタルはウヒョーと喜んでいるが、タキオンは静かに笑いながら闘志をもやしていた。

 

「デジタルは今後の計画を考えて、ダート路線を最初は走っていこうと思う。芝も十分戦えると思うが、芝とダート2つで走りたいという本人の意思を汲んで、クラシック路線は走らない方向性で行く」

 

「ありがとうございます!私頑張っちゃいますよー!」

 

 最初はタキオンとデジタルのクラシック路線でのぶつかりを危惧したが、デジタルのプランだとクラシック路線は厳しいという結果になった。

 

「タキオンも皐月賞に向けてのスタートラインだ。大事なデビュー戦気合い入れてけ」

 

「っふっふっふ。私を誰だと思っているんだい?私は皐月賞に強い因縁を感じているが。私はダービーまで駆け抜けて見せるよ」

 

 タキオンもデジタルも準備万端。正直なところ、この2人に関してはデビュー戦には過剰戦力と言っても過言では無い。

 

「あっ!2人のこともいいけど、ボクのジャパンカップどうするのさ!?天皇賞じゃネイチャに完敗させられちゃったんだよ?」

 

「あぁ、それに関しては俺にも秘策があってだな。トレーニングのために2人のウマ娘を呼ばせてもらった」

 

 ガチャっと扉が開く音がした。

 

「イヤッフー!トレチン!テイオーちゃんよろよろー」

 

「っふ……テイオーのトレーニングのためなら少しは手を貸すよ」

 

「えっと……トレーナーこれはどういう」

 

 前回のレースで、ヘリオスたちのデッドペースによりペースを乱されて、ナイスネイチャの策略と圧によってスタミナを上手く削られた。テイオーにはどんな状態でも万全な走りをできるペースメイクとメンタルが必要だ。

 

「今日からテイオーにはこの2人と走ってもらう。もちろん、2人のトレーナーの方には許可は得ている」

「まず先頭をダイタクヘリオスが大逃げで走る。先行の位置でテイオーに走ってもらい。その後方からルドルフに今まで経験してきた、煽りや戦略の全てを仕掛けてもらう」

 

 ペースメイクを完璧にするために有用な人間はこの2人以上にいない。特に、レースを乱すことを得意とするナイスネイチャの策にハマっていたら勝てるものも勝てない。

 

「とっトレーナ〜……」

 

 涙目で俺の方を向いてくるテイオー。すまない。これもお前が強くなるためなんだ。

 

「かっかいちょ〜」

 

「頑張ろうなテイオー」

 

 ルドルフはニコりと満面の笑みでテイオーに応えて見せた。それを見てテイオーも諦めたのか大人しくトレーニングの準備を始めた。




自分の文章の薄味さがやばい


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第34話:ジャパンカップ

テイオーが出走したジャパンカップは結構バックグラウンドが複雑で表現に苦労しました……レース難しい。


 今日はジャパンカップ当日。この1ヶ月、カイチョーとヘリオスから地獄のような特訓を受けた……

 

「いや、本当に地獄だったなぁ……」

 

 特訓の事を思い出すと、自然と遠い目で天井を見上げてた。

 前には、とんでもないデッドペースで走るヘリオス。後方からは、今まで感じたこともない威圧感を放つカイチョー。

 1回だけ、興味本位で後ろを振り向いた時、カイチョーの顔が見えた。普段のカイチョーの優しい顔からは考えられない恐ろしい顔をしてた……あの時はペースが凄い乱れてトレーナーに怒られたっけ。

 

「どうした?随分と遠い目をしてるけど。今は最後のミーティング中だぞ。こっちに集中してくれよテイオー」

 

「ごめんごめん。大丈夫、ちゃんと聞いてるよトレーナー」

 

「ならいいが……今年のジャパンカップは、例年のレースよりもハイレベルなレースになることが予想される。海外からも現役トップクラスのウマ娘が集まってる。それこそルドルフ級のウマ娘が集まってるんだ」

 

 そう、今日のレースにはカイチョーレベルの娘たちが集まってる。でも、緊張はしてない。特訓でその怖さを知ってるからかな……

 ううん……遂にここまで来たんだって嬉しいせいだろうな。

 

「海外と日本じゃレースメイクの仕方がかなり違ってくる。その中で如何に自分の走りが出来るかが重要になってくる」

 

「任せてよ!その為にカイチョーたちに特訓付き合って貰ったんだからさ」

 

「あぁ、そこはテイオーのことを信じてるよ。今のテイオーは周りに揺さぶられるようなことは無い」

 

 そう言ってから、トレーナーは一度口を閉じてから一息入れた。

 

「だが、それは相手も同じこと。ジャパンカップはそういうレベルのレースだからだ。想いだって、絶対にこのレースに勝つんだって強い想いで皆が挑んでる……

 だからこそ、最後に勝負を決めるのは今まで積み重ねてきたもの。フィジカルの強さが勝負を決めることになる。だから、テイオーは最後まで自分を信じて走りきれ!」

 

「うん!任せてよね!絶対にこのレース勝ってみせるよ!」

 

「あぁ……全力でぶつかってこい!」

 

 トレーナーはそう言って観客席に向かっていった。

 

 

 観客席に戻ると、タキオンとデジタルだけでなく、チームリギルのメンバーが勢揃いしていた。

 

「東条さん随分と大所帯で来たんですね」

 

「当たり前でしょ。出走するウマ娘は世界トップクラス。国内からの出走は、天皇賞秋で確かな力を見せたナイスネイチャ。あんたのところにトウカイテイオーよ?寧ろ来ない理由がないわよ」

 

 俺の戯言にそう返す東条さん。それに賛同するように、横に居たルドルフも頷いている。

 

「それより、随分と余裕そうじゃない?今回のレースはそう簡単に行かないと思うけど」

 

「どうせルドルフに全部聞いてますよね?名実ともにテイオーが日本の帝王としての走りを見せてくれますよ」

 

「全く……可愛げがないんだから」

 

 東条さんは肩透かしを食らったようにターフに視線を戻した。

 

「今のテイオー君の実力は確実に現役時代のシンボリルドルフ君の肩を並べる……いや、フィジカルだけで言えばそれ以上と言っても良いだろう!」

 

「そうです!テイオーさんは天皇賞が終わってから更に成長したんですから!」

 

 タキオンとデジタルが、2人で腰に手を当ててハーッハッハッハと高笑いをし始めた。

 デジタルもテイオーの成長を間近で見ていた1人。そのテイオーが今日、ジャパンカップと言う舞台で走ることに心踊ってる様子だ。

 

「正直言って自信はあります。ただ、今年のジャパンカップは例年び比べてレベルがかなり高いです。テイオーと競り合うウマ娘は確実に出てくるとは考えています」

 

 テイオーが国内トップクラスのウマ娘であるように、今回出走するウマ娘もその国の中でのテイオーのような存在だ。

 

「でも、今のテイオーの勝利への貪欲な気持ち。それが勝利に導くと思います」

 

 敗北を知っているからこその勝利への執着がある。それを初めて知ったテイオーの勝利への欲は未だかつて無いほど大きい。

 

 

『出走するウマ娘はゲートに入ってください』

 

 遂に始まるんだ。今までのレースとは比較的にならない程空気がピリピリしてるのが分かる。

 

「テイオー」

 

「ネイチャ……」

 

 呼びかけられて振り向くと、ネイチャがボクに握手を求めるように手を差し出してた。ボクはその手をグッと握り返した。

 

「今回もテイオーに勝つよ」

 

「ボクだって負けないよ。でも、敵はネイチャだけじゃないから」

 

 ネイチャにリベンジしたいって気持ちはもちろんあるけど、ネイチャに目を取られてレースに負けたら元も子もない……

 ってトレーナーの受け売りなんだけどね。ボクもレースに勝ちたいから、意識はしっかりと切り替えて行くよ。

 

『全てのウマ娘がゲートに入りました』

 

『芝2400m晴。バ場状態重。世界の強豪が集うジャパンカップ。その頂きを手にするのはどのウマ娘か。今……スタートしました!』

 

 

 スタートしてしばらく、俺たちは戦慄した。

 海外のトップクラスのウマ娘が集まる以上、情報収集は欠かしてない。レースの映像やデータ。そこから特徴や実力を割り出していた。この作業はデジタルとタキオンと俺の3人で行った。

 今回はヨーロッパから主に強豪が集まってきた。そのレース環境での培われたフィジカルと作戦。それを踏まえた上で、俺たちは有利なレースになると考えていた。

 

「正直想像以上だな」

 

「例年に比べてレベルが高いことは想像していたけどねぇ。今のテイオー君なら問題ないと思っていたよ」

 

「海外レースは直接見る機会は俺にはまだなかった……と言ったら言い訳になるか。改めて海外ウマ娘の実力の高さには驚かされるよ」

 

 レースは時計だけでは決まらないと言う言葉がある。全くもってその通りだ。

 海外と日本じゃレース環境が全く違う。それ故に戦略も必要な力も変わってくる。長い期間をかけて日本のレースに慣れているなら話は別だが、今日出走しているウマ娘はそういう訳では無い。

 圧倒的な実力とレースセンスに適応力。流石はトップクラスのウマ娘ではある。

 

「テイオーが海外でこのメンバーでレースをしたら正直危ない勝負になるだろうな。けど、ここは日本だ。テイオーが有利な状況で、入念な準備をしていない相手に負けるわけが無い」

 

「でもでも!日本からはネイチャさんが出走していますよ!?天皇賞のこともありますし……」

 

 たしかにナイスネイチャの存在は危険だ。実力はテイオーに匹敵する。

 だが、先日の天皇賞のレースや今までの事を踏まえると、彼女がテイオーをマークしているのが分かる。それ故にこのレースは勝てない。1人に絞ったマーク。その作戦は有効ではある。

 

「それは出走メンバーで突出した数名がいる場合。スタートからの展開を見れば、ここにいる全てのウマ娘がマークするに値するメンバーだ。テイオーが突出した実力者でない以上、テイオーばかりをマークすると痛い目を見るだろう」

 

 恐らくレースが動くのは終盤になる。現状テイオーのポジションは悪くない。完全にラストスパートの競り合いが勝負を決める。

 

 

 レースが中々動かない……このピリピリしたレースで、つい前に出たくなっちゃう。でも、トレーナーが最後に脚を溜めろって言ってた。だから、ボクが今やるべきことは、脚を溜めてポジションを確保すること。

 

『レースは2000mを通過!レース展開がじわじわと進んできた!全ウマ娘が!ゴールに向けて着実に準備を進めている!』

 

(あと400m……ラスト200mで一気に抜く!)

 

 ボクは今先頭集団の中にいる。後方からみんながグングンと伸びて来るのがわかる。でも、それじゃ遅い。ラスト200mのスパートで後方も突き放す!

 

『レースが動く!動く!300mを通過!後方からグングンと上がっていくウマ娘たち!そして、200mを通過……おぉっと!トウカイテイオーが外から飛び出した!』

 

 ボクが一気に前に出たと思った。けど、そんなに甘くはないよね!

 

『トウカイテイオーにナチュラリズムが並んだ!激しいデッドヒート!』

 

『I won't lose to you. I'm the one who wins』

 

「なんて言ってるか分かんないけどさぁ!ボクは負けないよ!」

 

『残り100m!トウカイテイオーか!ナチュラリズムか!譲らない!2人は横一線!』

 

(負けない!絶対に負けるもんか!)

 

【究極テイオーステップ】

 

『残り50mでトウカイテイオーが前に出た!トウカイテイオーだ!トウカイテイオー!今1着でゴールイン!』

 

 ゴールできた……1着?勝った……ボク勝てたんだ。トレーナー……ボクは勝ったよ。

 ボクはトレーナーの方を向いてガッツポーズをした。

 

『トウカイテイオーこの勝利にはガッツポーズだ!日本の帝王が!ジャパンカップを制したぁぁぁあ!』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第35話:ハロウィン

お気に入り評価ありがとうございます。
モチベーションになります!


 今日はハロウィン!トレセン学園の娘たちも仮装して、商店街に出たりしてる。学園で街おこしの協力ってことで仮装服の貸出もしてるんだよね〜。

 

「というわけで!みんな一緒に商店街回ろうよ!」

 

 バン!っと勢いよく研究室の扉を開けると、そこにはボクが今まで見たことのない光景が広がってた。

 

「うわぁ!眩しい!なにやってんのさ!」

 

「おら!タキオン口開けろ!デジタル!もう少し押さえつけてくれ!」

 

「やめておくれよ!どうしてこんなことをするんだいトレーナー君!」

 

「大丈夫ですタキオンしゃん!みんなで光れば怖くない!ですよ」

 

 部屋に入ると、7色に輝くトレーナーとデジたんがタキオンを押さえつけて、怪しい色をしてる何かを飲ませようとしていた。

 

「観念しろ!」

 

「ぐぶっぐぐぐ」

 

 最終的に7色に輝く3人が研究室で倒れた。もう、何が何だか理解できなくて、その混沌とした光景をボクは呆然と見ているしか無かった。

 

「うーん……誰誘おっかなぁ」

 

 トレーナーとお出かけ出来る良い機会だったんだけどな〜。ボクは携帯の連絡先を見ながら外でぶらぶら出歩いてる。

 

(そういえば、レースでは一緒に走るし、教室とかでは話すけど。マックイーンとかネイチャと一緒に遊びに行ったことあんまりないな……)

 

 試しに2人に連絡取ってみようかな。

 

『ねえねえマックイーン』

 

『なんですの?』

 

『今日のハロウィン一緒に回らない?』

 

『ハロウィンですか?わたくし、そういった行事は疎くて……』

 

『えぇ〜残念だなー。ハロウィン限定のお菓子とかも食べようかと思ったのに』

 

『行きましょう』

 

『それじゃあ、後で仮装してから合流しようね』

 

 これでマックイーンは大丈夫。次はネイチャに連絡取ろっと。でも、ネイチャは誰かともう約束してあるかな?

 ネイチャの連絡先を開こうと思ったら、ネイチャの方から先に連絡が来てビックリした。

 

『テイオーって今日予定ある?』

 

『ハロウィンだから商店街とか回ろうと思ってるよ〜』

 

『そっか、トレーナーさんとかデジタルとタキオンもいるもんね』

 

『ううん。3人はなんか倒れてたから、マックイーンを誘ったよ』

 

『えっと、あのさ。それって私も一緒に行っちゃダメかな?お邪魔になっちゃうならいいんだけど……』

 

『大丈夫だよ〜。元々ネイチャも誘おうと思ってたからさ』

 

『おっけ〜じゃあ色々準備してから合流するね』

 

 案外あっさりと2人を誘えた。ネイチャとかはよく人に囲まれてるイメージだったから以外だな。

 とりあえず、ボクも仮装して集合場所に向かわないと。

 

(早く着きすぎちゃったかな)

 

 元々、テイオーと一緒にハロウィンを回る気で、仮装とか色々準備が済んでいた。マックイーンと出かけるのとかも初めてだし色々緊張するなぁ。

 集合場所の正門前に着くと、既に魔女の仮装をしたマックイーンが待機していた。

 

「おはよ〜マックイーン仮装可愛いね」

 

「あっおはようございますネイチャさん。こういったイベントは疎いので……少し不安ですわ」

 

「大丈夫大丈夫。そんなかしこまった行事じゃないし。仮装もすっごい似合ってるよ?」

 

「そっそうですの?ネイチャさんの吸血鬼の仮装も似合っていますわ」

 

「あはは〜どもども」

 

 本当に似合ってるな〜隣にいる私が霞んじゃうくらい。

 マックイーンは凄い。美形だし、頭も良くてお嬢様で脚も速い……こういう娘がテイオーの隣に……

 

「そういえば、今日はごめんね?テイオーと2人で回る予定だったんでしょ?」

 

「いえ?テイオーはネイチャさんもお誘いすると言っていましたから。それに、わたくしとしてもあなたとお話したいと思っていましたの」

 

「え?マックイーンが私なんかと?」

 

 普段はあまり関わりはないし……レースで一緒に走ったりもしてないからなぁ。もしかして、メジロ家に気付かないうちに失礼なことしちゃった?

 そんな事を考えていると、自然と変な汗が出て顔が青ざめてきた。

 

「安心してください。そんな変な話じゃありませんわ。ただ……ずっとあなたの事が羨ましく思っているだけです」

 

「マックイーンが?私を?」

 

「えぇ……先日の天皇賞秋もそうですが。ステイヤーとして、菊花賞のレースも大変素晴らしいものでした」

 

 マックイーンとテイオーがライバル関係なのは私も知ってる。私は天皇賞秋でテイオーに何とか勝つことが出来た。それが羨ましいってことなのかな。

 マックイーンは一息入れてから再び口を開いた。

 

「わたくしは……現状テイオーの1番のライバルと言えるのはネイチャさん。あなただと思っています。菊花賞ではテイオーを限界のギリギリまで追い詰めて、天皇賞秋ではテイオーに見事に勝利して見せた。わたくしは……テイオーを追い詰めることすら出来なかったと言うのに……」

 

「たしかにそうだけど……マックイーンだって天皇賞春でテイオーといい勝負してたじゃん」

 

 あのレースには何人も強いウマ娘が出走してた。研究のために何回も見直した。だからこそ分かる。あの時のテイオーは全力で走ってた。

 

「分かっています……ですが、わたくしは貴方のようにテイオーの限界のその先を知りません……」

 

「そうかな。私はジャパンカップで痛い目見たし。マックイーンはそう言うけど、テイオーはマックイーンと走ってる時すっごいキラキラしてたよ。すっごく楽しそうだった」

 

 テイオーはマックイーンとのレースを1番楽しんでた。一緒にゴールを取り合った私にしか分からないのかもしれないけど。

 

「そう……なのかもしれません。ですが、実はわたくし、ネイチャさんのこともライバル視しているのですよ?」

 

「えっいやいや、私がマックイーンのライバルなんて畏れ多い……」

 

「いいえ。あなたはわたくしのライバルに相応しいと確信しています。なので……ぜひ来年の宝塚記念で勝負いたしましょう?」

 

「あはは……お手柔らかに」

 

 

 あちゃー!準備に時間かかっちゃった。2人とも怒ってないといいけど……

 集合場所の正門に着くと、案の定2人が既に話しながら待っていた。

 

「ごめーん!お待たせ」

 

「もう、遅いですわよテイオー」

 

「いやはや、テイオーは赤ずきんの仮装ですか」

 

「えへへ〜可愛いでしょー」

 

 ボクたちはマックイーンのお小言を聞きながら、商店街の方に向かった。

 

「うわ〜凄い」

 

「中々気合い入ってますな〜」

 

 商店街は絶賛ハロウィンの飾り付けがされていてとっても賑わっていた。普段ない出店とかも来てたり、スイーツのとってもいい匂いがする。

 

「よ~し!ボクたちも楽しむぞ……って!マックイーンもういないじゃん!」

 

 マックイーンは既にハロウィン限定のスイーツに釘付けになっている。このままじゃ、あっという間にマックイーンが先に行っちゃう。

 

「ネイチャ!マックイーンを追いかけるよ!」

 

「うっうん!」

 

 普段とは違うマックイーンを見てネイチャは驚いていた。そりゃそうだよねぇ……普段のマックイーンは気品のあるお嬢様。野球観戦してる時とスイーツを前にしてる時は人が変わったようになるから。

 その後、なんとかマックイーンを回収して近くのベンチに座って休憩中。マックイーンはスイーツを頬張りながら、両手にスイーツを抱えて嬉しそうだ。

 

「ネイチャごめんね?バタバタしちゃってさ」

 

「いや~?私は普段と違うぷにぷにのマックイーンを見れて楽しいよ?」

 

「やっやめてくださいませぇ……」

 

 スイーツを頬張ってパンパンになっているマックイーンの頬を突いて遊んでいる。時たま頬に付いたクリームや食べかすを拭き取ってあげたりもしてた。

 

「あはは、ネイチャお母さんみたい」

 

「ほら、マックイーンちゃん?頬にクリームがついていますよ?」

 

「もう!2人ともからかって!」

 

 ネイチャもすっかりマックイーンに気を許してるようで、ボクと一緒にマックイーンをからかったりもできるようになってた。

 ボクたちがそんな談笑していたら、見知った顔が見えた。

 

「あっキタちゃんじゃーん!」

 

「テテテッテイオーさん!?」

 

 キタちゃんに勢いよく抱き着くと、抱き着かれたキタちゃんは唐突の出来事に混乱してる。

 

「あれ?ダイヤちゃんは?今日は一緒じゃないの?」

 

「いや……ちょっと気まずくて。別行動中なんです」

 

「良ければそこで話しよっか」

 

 ボクはキタちゃんの手を引いて、マックイーンとネイチャのところに戻った。

 

「マックイーンさんにネイチャさんじゃないですか!」

 

「あら、キタさんではございませんか。お久しぶりです」

 

「この娘は?」

 

 そういえば、ダイヤちゃんがマックイーンの大ファンだって言ってたっけ。それでキタちゃんとも会ったことがあるっぽい。

 

「ネイチャは初めましてだよね。キタちゃんはボクのファンで良く応援に来てくれるんだー」

 

「キタサンブラックって言います!先日の天皇賞秋の走りすごかったです!」

 

「あはは~ありがとうね」

 

 ネイチャは少し恥ずかしそうにキタちゃんの頭を撫でている。キタちゃんも嬉しそうだ。

 

「それで?ダイヤちゃんと何があったの?」

 

 本題に入ろうとすると、キタちゃんは少し顔を赤くして恥ずかしそうに口を開いた。

 

「その、私ダイヤちゃんにいっぱい助けられてばかりで、いつものお礼を言おうと思ったんです。でも、中々言えなくて……ありがとうって」

 

 身近な人にありがとうか。たしかに、面と向かって言うことってあんまりないかも。トレーナーにデジたんにタキオン。3人にはボクだって助けられてばかりだし。

 

「身近な人だからこそ、ちょっと恥ずかしいのは分かるかも」

 

「そう?ボクはしっかりと言えるよ?マックイーンもそうじゃない?」

 

「どうでしょうか……?わたくしも実際にそういった事も多くないですし」

 

「じゃあ、今ボクに言ってみてよ」

 

 そう言ってボクはマックイーンの方をじっと見た。マックイーンは何か言おうと口を開いたけど、直ぐに顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。

 

「唐突にそう言われても照れますわ!」

 

「えぇ!楽しみだったのに」

 

「そうは言いますが!テイオーは言えますの!?」

 

 マックイーンは食い気味にそう言ってきた。ネイチャはクラスが一緒だし。マックイーンとは付き合いも長い。言いたいありがとうはいっぱいある。

 

「マックイーン、ネイチャ。ボクのライバルでいてくれてありがとう」

 

 トゥインクルシリーズを走る中でトレーナーたち3人と同じくらいボクにとっては大事な存在。ボクと諦めずに競い合って、高めあってくれるライバル。

 

「ちょっとテイオー急には反則だって!」

 

「よくもまぁ、そんなにどうどうと……」

 

 マックイーンは顔を赤くして恥ずかしそうにしてる。ネイチャに関しては顔を手で覆って隠してる。

 

「キタちゃん。大事な相手にありがとうを言うのは意外と難しいことなんだよ?」

 

「はい……」

 

 そう言われて、耳をショボンとさせて落ち込んでる。

 

「だから、そんな難しいことをしようとしてるキタちゃんはダイヤちゃんをとっても大事にしてるのが分かるし、凄い偉いと思うよ」

 

 続きを聞くと、キタちゃんはどこか自信に満ちたようだった。

 

「ありがとうございます!私もう一度ダイヤちゃんにありがとうを言ってきます!」

 

 キタちゃんと別れた後は波乱万丈だった。3人で商店街を回ってると、七色に輝くタキオンたちがお菓子を配っていて、ネイチャとマックイーンはそれを見てドン引きしてた。

 ボクはというと、その後結局ハロウィンの夜に一緒に輝きながらタキオンたちとお菓子を配っていくことにした……いや、そうなった。

 

「そうだ。トレーナー、タキオン、デジたん」

 

「「「?」」」

 

「いつもありがとう!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第36話:アグネス達の戦績

デジたん可愛いけど解像度が引くしぎいいい


 テイオーの有馬記念への準備を進めつつ、俺はタキオンとデジタルのデビュ―からの戦績を振り返っていた。

 元々は、2人が自由にトゥインクルシリーズに出走できるように俺と契約をしたわけだが。ここまで一緒に色々とやってくると、見ているだけというのはさすがに自分の性格的にも難しかった。

 今でもテイオーをメインに見ているのは変わらないんだけど、トレーニングの内容を見たり。その内容にアドバイスをしたり。最低限2人に必要なサポートはしている。

 

「タキオンの戦績は全く問題ないんだよな。むしろ調子が良すぎるくらいだし」

 

 デビュー戦は問題なく1着。しかも、自走のレースでもジャングルポケットという強敵を前にレコードタイムで勝利。脚の方にも特に問題なくて、怪我の前兆も特にない。

 問題は……デジタルの方だよなぁ。デビュー戦は、初めての本格的なレースでウマ娘に囲まれたこともあって、デジタルの頭はオーバーヒート。パニックになって逃げと言ってもいいペースで走って、最終的に抜かれてしまい2着に終わった。

 

「すいません。トレーナーさん。お話よろしいでしょうか」

 

「あぁ、大丈夫だよ。どうしたデジタル」

 

 最近のデジタルは気丈に振舞ってはいるけど、明らかに元気がない。ジャパンカップの時なんかは楽しそうにしていたが、自分のことで悩んでいるようだった。

 

「その……レースプランのことなんですけど。やっぱりデジたんはダート路線を走った方がいいんじゃないかって思いまして」

 

 やっぱり、もみじSで8着だったことが結構ショックだったんだな。

 

「たしかに、芝のレースで結果はでなかったけど今諦めるのは時期尚早だと思うぞ」

 

「でも、デビュー戦で負けちゃったり、ダートレースもおぼつかないのに……」

 

 デジタルの戦績はここまで6戦3勝。そのうち1勝はG2レースだった。本人はレース戦績があまり良くないという認識らしい。

 

「デジタルにはレースやウマ娘とのレースに慣れてもらう為に出走回数が多い。出走回数が多ければ負けるリスクだってもちろんあるさ」

 

 正直、レースの勝ち負けにはあまりこだわっていなかった。デジタルの体はまだ出来上がっていないし、デジタルのレースとウマ娘に囲まれることに慣れるという目的が大きい。

 その中で、デジタルは3勝。しかも重賞にも勝ってる。十分すぎる戦績を残してるし、その中での成長は著しい。

 

「でも……タキオンさんやテイオーさんはもっと……」

 

 タキオンは未だに無敗で。レコードタイムをたたき出し、同期たちは一線を画す実力見せつけた。

 テイオーはつい最近の天皇賞秋までは無敗。そこまでにも様々なG1レースで勝利してきた。

 デジタルは2人を見て自分も勝ちたい。勝たなきゃいけないと思い始めたんだろう。形はどうであれ、デジタルが勝利というものに固執するようになったのは嬉しい。ただ、このままの固執の仕方は良くない。

 

「みんなは勝ってるのに自分は勝てない。惨めな思いをするのも分かる。じゃあ、それを隠す為に見栄を張るためにデジタルはレースで勝つのか?自分が何でレースに出走したいと思ったか忘れたのかデジタルは」

 

「私はウマ娘ちゃんたちが頑張って走っているのを間近で見たくて……」

 

「なら、そのために勝ちたいと頑張れ。他人のために頑張りたいというのも勿論悪いことじゃないけど、今のデジタルは2人に劣等感みたいなものを感じて焦っているんだろう」

 

 デジタルは俺の言葉を聞くと呆然としていた。そして、正気に戻ると焦ったような照れているように首を振っている。

 

「いやいやいや。私みたいなモブがお2人みたいな主人公ウマ娘に劣等感を抱くなんて恐れ多い!」

 

「さっき、タキオンやテイオーはもっと勝ってるって言いたかったんだろ?それは、惨めさを感じると同時に自分は2人より速くないから勝てないという劣等感。もっと自分も勝たないとという焦りだ」

 

「でも……実際に私はお2人みたいに凄いウマ娘ではないので……芝もダートも走りたいなんて言って。芝では惨敗、ダートレースでも安定してないです」

 

 デジタルはまだ、成長途中だ。身体だって完全に出来上がっていない。精神面でもまだ完全じゃない。そういったものはこれからの経験から培われるものだ。

 きっと、デジタルはそれを理解してる。けれど、それはタキオンも同じこと。だからこそ今まで以上に焦りを感じているのだろう。そのせいで、デジタルは自分がどれだけ凄いことをしているか理解できていない。

 

「そりゃ、デジタルは周りに比べて成長に時間がかかるからだろうな」

 

「そう……ですよね。私みたいに才能のないウマ娘は」

 

「違う違うそうじゃない!」

 

 俺の言葉を違う捉え方をして、デジタルの耳がペタンと垂れてしまっている。俺の言い方も良くなかったかな……

 

「デジタルが芝のトレーニングをしている時に芝レースに出走するウマ娘は何のトレーニングをしている?」

 

「えっと、芝レースのトレーニングですよね?」

 

「そうだ。じゃあ、デジタルが芝のトレーニングをしている時にダートレースに出走するウマ娘は何のトレーニングをしている?」

 

「ダートトレーニングですね……あっ!」

 

 ここまで聞いてデジタルも俺が言いたいことがなんとなく理解できたようだ。

 

「どちらもトレーニングしているデジタルに対して、相手はそれに特化したトレーニングをしている。そうなると、その分のトレーニング量の差ができる。その差を埋めるのは中々難しい」

 

「なら、やっぱりダート1本に絞ったほうがいいんじゃ……」

 

「デジタルがオールラウンダーになりたいって聞いたときから俺は覚悟していた。どちらも中途半端になってレースに勝てないんじゃないかって」

 

 芝とダート。走る距離が同じだとしても、トレーニングの内容には違いがある。走る感覚だって全然違ってくる。だからこそ、その2つを両立するのは難しい。

 

「でも、デジタルの才能は俺の想像を超えてたよ。ダートでは重賞レースで勝利して、芝は順位こそ低かったが、しっかりとレースになっていた。ダートに必要な能力を上手く芝で活かしたりできる高い適応力もある」

 

「うぅ……」

 

 俺がデジタルのことを褒めると、デジタルは顔を真っ赤にしながら顔を隠している。普段人から褒められることになれてないんだな。

 

「なら、必要になるのは基礎をしっかりと鍛えてレース経験を積むことだ。そうすれば確実にデジタルはオールラウンダーとして活躍できると思うよ。俺はデジタルの才能を信じてる。だから、デジタルは自分の可能性をもう少し信じてやってくれ」

 

「わかりました!デジたんやって見せます!」

 

「おうその意気だ!」

 

 デジタルにとっては今は辛い時期になるだろう。ダートと芝を走る以上安定した戦績を納めるのも厳しいときがあるだろうが、デジタルなら絶対に芝のG1レースでも勝利できる時が来る。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。