目指せ、異世界産アストナージ (悪白無才)
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上役と下請けの認識に乖離は付き物

唐突にロボ物が書きたくなったので初投稿です


「第三次稼働試験、開始」

 

黒く濁った珈琲が注がれたマグカップを片手に、男は始まりの号令を下した。

「第三次試験開始。ユリウス殿下、お願い致します」

 

その場には号令を送った男を含め十人余りの男女が立っていた。

服装、人種、年齢、性別。全てにおいて統一性の無い彼等は、しかし皆が同じ意志を持って、すぐ目の前を見上げていた。

 

彼らの見つめる先に、ソレは居た。

 

『うむ。『シャスティフォン』、起動するぞ!』

 

二本の足で大地に立ちし、太陽光を受けて輝く白銀の巨人。

騎士を彷彿とさせる出で立ちのそれは人の何倍もの身長と何十倍もの体積を持ち、手には自身と同じ白銀の大盾と大剣を携えている。

巨人を見上げている者達の、男の声に答えるようにして巨人が言葉を返す。

見た目に反して若々しい声がした。

それもそのはず、この巨人は天然のものでは無い人工物。鎧と呼ばれる大型のパワードスーツであり、帰ってきた声はその巨人の主たる少年のものだ。

 

少年は指示に応えて鎧の心臓たる動力炉を起動させる。起動した動力炉が唸り声を響かせて、動かす為のエネルギーを作り始める。その様子を見守る者達には、それがまるで赤子が産声を上げるかのように聞こえた。

 

「動力炉、各駆動系共に異常なし。エネルギー循環も安定しています」

 

「よろしい。続けて第二フェーズだ。仮想敵射出」

 

「了解。仮想敵射出します」

 

巨人の目覚めを見届け、男はまだ冷めていない珈琲を一口啜り──その男もまた、巨人の主と同じく少年の齢であった──しかしまだ満足することなく、即座に次の指示を周囲へ言い渡す。

すると、地面から突如として何かが次々と立ち上がっていく。

煙のように不定形のそれはぶくぶくと自らの体を大きくしていき、やがてそれは巨人と同じ背丈まで肥大化し、白銀の巨人行く手に立ちはだかる。

 

「全てのターゲットを撃破した時点で稼働試験は終了となります。これ以降はユリウス殿下のお好きなように動いて下さい」

 

『ああ、わかった!』

 

男の言葉に応えるように、巨人は自身の身の丈に合う両刃の大剣を抜き放つ。右手に剣を、左手には盾を構え、巨人は眼前の障害物目掛けて飛び出していく。

 

『はぁぁぁ!!』

 

そして、一閃。

人間の体積の何十倍もある巨人が成すその一刀は、瞬く間に仮想敵を苦もなく両断してみせた。

 

「これは·····」

 

「うん、ほぼ完成と言っていいね」

 

巨人の勇姿を見届けた彼等は感極まったように、思い思いの感情を吐露した。

歓喜、安堵、そしてやりきったという達成感。

 

ここに居る人間たちは皆、眼前の白銀の巨人の建造に携わった者達だった。

 

白銀の巨人──シャスティフォンと命名された──を作り上げるのに掛けた時間と苦労、所謂産みの苦しみはかなりのものだったが、それ故に味わえる喜びも一入であった。

 

「本当にありがとうございました!バークレー卿!」

 

「技術顧問が持ってきた技術がなかったらここまでのものにはなりませんでした!」

 

「俺たち、やりきったんですね·····!」

 

苦しみを分かちあった部下、同時に同僚でもある彼等の狂喜乱舞する様子に主任と呼ばれた男は口許を薄く歪めながら、再び珈琲を口に含んだ。

 

 

 

 

 

 

「ひとまず厄ネタしゅーりょー、ってか」

 

そして、誰にも聞こえない声量でそう零したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アスティナージェ・フォウ・バークレー

 

それが今世における俺の名前らしい。

まるで前世があるかのような言い草だなって?その通り。今回で人生二週目だよ。

 

一周目の俺はしがない町工場の一社員で、ぶっちゃけこれといった特徴のない一般人だった。

きっとこれからもそんな普通の生き方をしていくのだろうと漠然と考えていたが、そんな矢先に俺の一周目は呆気なく終わったのだった。

死因は失血死、原因は加工途中の金属プレートの破片だ。しかも当たり所が最悪だった。

弾け飛んだ破片は胸部──それも人体の急所の一つである心臓を寸分の狂いなく刺し穿った。

加工途中の金属プレートが飛んで事故る事が稀にあるとは聞かされていたが、まさかそれを自分の身で味わうことになるとは思いもしなかった。

 

まあそんな状況から助かるはずもなく、人生一周目はあえなく終了。享年は37だった。

胸を物理的に突き刺す痛みもやがて遠のき、眠るように意識を手放した時点で死を悟った。もう目覚めることはないだろうと。

 

しかしなんという事だろうか。眠りから覚めるような感覚と共に目を開ければ、全く見覚えのない場所で全く見覚えの無い人々。

そして小さくなった自分の手。

極めつけは喉から漏れ出た未成熟な声。

 

まさか神話や創作でよく描かれる『転生』というトンチキな現象を体験することになろうとは思わなかった。

それも前世の記憶と精神をほぼ完全に引き継いだままでだ。楽勝イージーモードだぜヒャッハー!とはいかないまでも、人生二週目を始める上ではこの上ないアドバンテージとなるだろう。そう思っていた時期がありました。

 

時は経ち物心がつくだろう頃合。四歳になるまでにこの世界に関する情報を集めた俺は、色々な意味で泣きたくなってしまった。

 

まず初めに、この世界に陸地はない。

 

厳密に言うと海に浮かぶ陸地と呼べるようなものが無いという意味でだ。

では人類の生存圏はどうなっているのかというと、浮島とよばれる大小様々な島が空に浮かんでおり、人類はこの浮島を繁栄の土壌として生存を続けている。

加えて、俺が産まれた場所はこの世界における国家の一つホルファート王国。大陸レベルの広大な浮島を本土として、その周りを王国貴族が領主として治めている数々の浮島が寄り集まって形成された大国の一つであるらしい。

 

そして俺が産まれた場所というのが王国本土から離れたいわゆる辺境の地というやつで、しかもアルゼル共和国という別国家との丁度境界線に位置している。所謂緩衝地帯ですね!解りたくありません!!

 

もう初っ端から挫けそうだが、吐きたくなるような現実がまだ残っているというかここからが本番だった。

 

もう一つ問題というのが、この国に蔓延している女尊男卑思想だ。それもかなり過剰なまでの。

 

基本的に男性貴族は結婚しないと不良物件扱いされるため、結婚してもらうために女性を厚遇しなくてはならない。そんな背景のせいか大半の女性貴族は男性に対して尊大な態度をとる傾向があり、結婚後も夫を蔑ろにするわ一方で自身は公然と愛人を抱えるわ、愛人との子を夫に養わせるわと兎に角酷い有様だ。しかし、いわゆる男女逆転世界というわけではなく、価値観自体は前世とそう変わらない為に一家の大黒柱としての役割を課せられるのは男性側のままだったり、その一方で立場だけが女性優位という。早い話が人間ATMとしか見なされていない。何コレクソゲー?救いはないんですか?人生のリセットボタンはどこですの?

 

流石にすべての女性がそうという訳では無いけど、逆に言えば半分以上がそうなのだという現実には笑うしかないわ。いややっぱ笑えねぇや。人生はクソゲー。

 

こんなの絶対おかしいよ!と早々にして二週目からのリタイアを割と真面目に考える程に絶望したが、とある存在を知った事によりその考えを改めた。

 

この世界、ロボが存在するのである。

それも某国民的アニメのような人の乗れる機動兵器が!

 

初めて目にした時の感動と言ったら筆舌に尽くし難く、遂に人類は浪漫へとその手を届かせたかと思わず咽び泣いてしまった。

一つだけ残念なのはロボの名称が鎧というだけあって、基本デザインが中世の騎士鎧をモチーフにしてるのばっかなんだよなぁ。

嫌いなわけじゃないけど個人的にはメカメカしいデザインの方に惹かれる質なもので。

 

とにかく異世界産ロボ通称鎧の存在に魅入られた俺は体の内側で燻る浪漫を形にしするべく、鎧についてのありとあらゆる知識を収集することに勤しんだ。

なお同時並行で貴族として求められる振る舞い等の教育も両親から施されたので(むしろ両親からすればそっちがメインなまであった)、ものにするまでにはかなりの時間がかかった。

空いた時間にウチの領地で鎧を取り扱う整備士達に話を聞いたり、その過程で口にした思いつきを顔を突き合わせて議論したりもした。

運がいい時は実際に触らせてもらえたし、整備の手伝いなんかもやらせてもらえた。鎧に対する理解もかなりのものだと自負できる。それに俺の今生の名前。響きがアストナージに似てるんだよな。というかほぼまんまだ。異世界産アストナージさんを目指すのもアリかもしれん。若干名前の響きが女性っぽいせいかそれをからかわれたこともあったが、笑顔とともに修正パンチを送ってやった。俺は男だよ!(全ギレ)

細かいところを差し引いても間違いなく充実していた時間と言えた。しかしそうは問屋が卸さないとばかりに、今生十三歳となった俺へと試練だといわんばかりに難題が降ってきた。

 

何を隠そうホルファートの第一皇子、ユリウス・ラファ・ホルファートの専用鎧制作に技術顧問として携わることになってしまったのだ。

最初に聞いた時はおったまげたがそれでも開発に携わるのはむしろばっちこいなまである。それでもやはり皇太子の機体となるとかかるプレッシャーも半端ではない。一技術者としても下手なもんは作れんと奮起した矢先、とんでもない大問題が発覚して頭を抱える事になる。

 

まず初めに、機体の大まかなデザインが既に決定されている事。

やはり皇太子という事でその専用機ともなれば見栄えはそれなり以上のものを求められる訳で、鎧のデザインは殿下の要望を基にしたものを上のお歴々の話し合いが重ねられた結果、大まかな鎧の要望書が開発陣の俺たちの所まで降りてきた。

 

これ単体なら問題は無かった。

背中に光の翼っぽいのを増設してくれって要望を除けば、デザインがいかにも騎士様というような様相だったのが幸いか。重量バランスとギミックをどうにか出来れば後は従来の鎧と変わらないので、実際に開発する側としては有難い仕様だった。

その分装甲の強度や機体の出力向上に重点を置いていたためそれなりの苦労は確実ではあったが、それも機体開発の醍醐味である。そもそも皇太子が戦う状況にさせること自体が不味いのだが、あくまで求められるのは旗印としてでしかないし、その万が一の時が来てしまった時に何も出来ませんじゃ話にならない。備えあれば憂いなし、そんな気持ちで開発に臨んだ。

 

そうどこか楽観していたのが不味かったのか、殿下専用鎧開発はまさかの所でつんのめった。

まず最初に組み上がった専用鎧一号機。これは動かされることも無く即刻廃棄処分となった。

理由は単純。鎧のフレーム、人間で言う内骨格が耐えられなかった。

というのも、昨今の鎧開発において優先されて研究されてきたのが主に武装、次点で推進系、そして装甲板。フレームに至っては数世代前の技術をそのまま流用していた。

現在王国内で建造、配備されている量産型の鎧はここまで過剰な性能をしていないからこそ耐えられていた。

しかし殿下専用機に使われている装甲、武装は重量が量産機の比ではない。装甲がフレームの八割を覆い尽くしたところで左脚部から金属疲労の悲鳴があがり、開発は一時中断、ここでフレームの問題が露呈することとなった。しかし問題はこれだけでなかった。

推進機関に採用されのがウチ独自の技術のものだった事が事態をまたややこしくした。

 

元々バークレー領は鎧に限らず工業技術に重点を置いていたらしく、特に鎧以外の迎撃戦力の開発に着手していたらしい。

というのも、今はともかく昔のバークレー家は諸々あって貧乏貴族と呼んで差し支えない程には財政面で困窮していた。

その為鎧という高価な物を買い揃える余裕も無く、それの代替となりかつ低コストな兵器を求めた結果、現代で言う航空機に限りなく近い兵器を完成させた。

その成果として出来た推進関連の技術に於いては他の追随を許さない程だ。

そして殿下専用機に搭載するそれは文字通り我が家の血と汗と努力の結晶。性能もそれなり以上だ。

それ故に従来の動力炉では供給されるパワーが足りず、エネルギーの伝達回路も見直しが必要になった。

 

第一、辛うじてフレームが自壊しなかったとしても飛ばした時点で空中分解(ヅダる)する恐れがあった事も鑑みると、むしろ早い段階で判明したおかげで命拾いしたとも言える。

 

そんな訳で浮上した問題点を改善しなきゃ何だが、解決法としては二つ。

開発を一時中断しフレームの研究に専念するか、或いは鎧のダウングレード、レイアウト自体を変更するかだ。

前者の方法が無難なんだろうが、如何せん時間が掛かりすぎる。

なにせフレームの研究は数世代前でストップしているのだ。一朝一夕でどうにかなるものでは無い。

バークレー家独自で研究を進めていたフレームを持ってこようにも政治的な思惑もあって余り出過ぎた真似は出来ないし、そもそも従来のフレームとはまったく異なるため適用も難しい。

加えて研究に時間をかけようにもこの専用鎧建造には期限が決められてある。

というのも数十年に一度、王都で開かれる建国記念日のパレード。王家の威信を示す場となるパレードで今回の主役たるユリウス殿下並びに専用鎧のお披露目、そしてその鎧を用いた演武が執り行われる予定となっているのだ。

これに間に合わなかった場合、建造に携わった者達は宮廷内で槍玉にあげられるだろう。

無論、技術顧問として参加している俺も他人事では無い。バークレー家は宮廷に直接関係していないが、これ幸いと周囲の貴族が鬼の首を取ったように扱き下ろしにかかるだろう。これから先の貴族社会における立ち位置が益々微妙になり家族にも迷惑がかかる事になる。

 

後者を選択すればフレームをそのまま流用出来るので楽になるが、今度はそれ以外のパーツについて考え直す必要が浮上してきた。

ならばとレイアウトを変えようにも先に述べた通り、鎧のデザインはユリウス殿下の要望(・・・・・・・・・)を基にして作られたものだ。

これを丸々変えるということは皇太子の、王家の意向を無視する事と言っていい。

それをしてしまえば携わった開発陣全員が等しく宮廷内から、バークレー家は貴族社会から干されるだろう。

 

正に四面楚歌な様相と相成った開発計画。不幸は立て続けに起こった。

何かが起きて開発事態が頓挫しないかと思い始めた矢先、今回の開発計画の主任が倒れてしまったのだ。

原因は過度なストレスによるノイローゼの発症。

必要以上に思い詰めた結果リタイアを余儀なくされ、開発主任は医療所へと搬送された。

 

陣頭指揮を取るものが不在となっても、それでも開発計画が中止される事はない。

残る期限もそう多くは無く、絶望する暇もない。

最早どうにもならない現実に泣きたくなってきた。

 

それでも、一技術者である以上はやりきらなければならない。

その一心で、俺は半ばやけくそになりながらも最後の手段を使った。

俺自身が開発主任代理として指揮を執る。

これまでは外部からのアドバイザーとして、それと技術提供だけに留めてきたが、これからは開発に直接口を出すという事だ。

 

開発主任というポストに収まる事で開発計画における全ての権限を手にする事が出来る。実家のバークレー領から人員を引っ張ってこれればフレームの研究にウチのノウハウを組み込めるので何とか間に合わせることも不可能ではなくなる。

 

これまでこの手段をとる事を渋っていたのは、一重に実家に迷惑が掛かるから。

主任のポストに収まるという事は代表者として名を刻むという事だ。この計画には各所各派閥も注目しており、それだけ多くから目を付けられる事になる。これまでは対岸の火事でしか無かった政争にも無関係でいられなくなる。

どの派閥に属し、どのように振る舞うか。

これからはそういった事を考えていかなければならない。

バークレー家としてはある事情から周囲の目を引くことを避けていたが、成功しようが失敗しようがどの道目立つ事は避けられない。

どうせ倒れるのなら前のめりに行くしかない。

その覚悟のもと実家に連絡を入れ、現当主の親父殿から了承の返事と共にやってきたうちのお抱えの技術陣を招き、開発計画をリスタートさせた。

 

まずは問題だった内部フレームの再設計、次いでエネルギー系統の伝達効率の強化などを図った。

鎧の総重量と飛行時に掛かる負荷から耐えられる鋼材を選定。加工と整形を試行錯誤し負荷テストを繰り返した。

そして注文にあった光の翼の機能も盛り込んで、従来の鎧とは一線を画す高性能機(ハイエンド)としてロマンに溢れるワンオフ機へと仕上がっていくのが分かり、寝る間も惜しんで開発に打ち込んだ。

 

そして遂に、パレードが開催される二週間前程に最終試験を無事終了させ、ユリウス・ラファ・ホルファート専用鎧──通称シャスティフォンは完成した。

完成した実機を前にした時の感動は筆舌に尽くし難かった。

それまでの労が決して無駄ではなかったのだと証明できた気がして、その日は開発終了の報告も全部忘れてスタッフ一同で盛り上がった。

後はユリウス殿下に実際に乗ってもらって開発終了。なのだが、ぶっつけ本番で何かあっても困るのでまずは俺がテストパイロットとして第二次稼働試験を実施。ちなみに第一次稼働試験はフレームの問題が露呈した時だ。

 

最終的にユリウス殿下に搭乗してもらい、正式に開発計画は終了した。肝心のパレード当日までの間は宮廷内にて専用鎧の調整の為滞在、その後にスタッフは解散となった。

 

色々あって疲れたが今は乗り切った余韻を噛み締めながら泥のように眠ろう。

諸問題を未来の自分にぶん投げておやすみした翌日、通達された内容に思わず胃の辺りをおさえた。

 

今回の専用鎧開発にて多大な成果を上げた功績+これまでの鎧開発に貢献した事を認められ個人で独立し将来的に男爵家及び六位下の地位と領地を与えられる羽目になりました。

事実上の昇進内定だけどおかげで嫁の貰い手で更に苦労すること確実だよ!

男爵家以上のとこから嫁さん探さないと行けないけど大体男爵家から伯爵家のご令嬢方が所謂地雷原なんですもの!

実家に迷惑かかんないだけマシだけどさ!俺自身の未来がさらに不安になってきたんだけど!

 

「転生先は技術者に優しくない世界のようです·····」

 

暗雲が立ち始める人生に頭を抱え、俺は一人呟くのだった·····

 

 

 

 

 

 

 

 




特に鎧の名称とかが出てこなかったので勝手に考えました。





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デスマーチ明けは必ず体内時計が狂っている



早くオリロボ書きたいナリ


さんざん頭を悩ませてくれたユリウス殿下専用鎧の開発が終了し、俺もようやく肩の荷が下ろせた訳だ。

本当ならとっととバークレー領に戻って自分の鎧を弄り回してるところだが、生憎とパレード当日までは不具合がないかの確認のため王都に滞在しなければならないのである。

作ったものはちゃんと最後まで面倒見ないとね。

まぁパレードが終われば正式にユリウス殿下もとい宮廷預かりになるからあと関われるのはそれくらいなんだけど。

 

「朝一番の珈琲は格別だなぁ」

 

パレード当日まで残り三日。

ただでさえデカく広い王宮内の中でも特に眺めのいい場所、王都の街並みを一望できる廊下で俺は珈琲を片手に何をするでもなくぼーっと突っ立っていた。

今の今まで休みなく頭を働かせていた反動か、最近はぼーっとして過ごすことが多くなった。

こういう時こそ鎧に触れて構想を膨らませたいのだが、そんな勝手な事をする訳にも行かないのでこうして暇を潰すしかないのである。

 

「二年後には学園に入学·····本格的に嫁さん探しが始まるなぁ·····やだなぁ·····」

 

そして、いつになっても付きまとう一番の問題。

婚約者探しという最も面倒なイベントが始まるまでもう猶予が無いということを認識せざるを得なくなった。

 

学園。そう学園だ。このホルファート王国唯一の教育機関。各地から貴族の子息子女を一点に集め教育を施す。在籍する全員が貴族であること以外は前世での学校とそう変わりないらしい。

あっでもこの世界魔法があるし、魔法の扱いとかもカリキュラムに含まれてたりするんだろうか。

どちらにせよ、俺にとっては学園に通う必要性を感じない。

この世界の一般常識はとっくの昔に仕込まれてるし、魔法の方も俺なりの扱い方をとっくに確立してる。

それでも行かなきゃならんのは一重に、暗黙上の学園の存在意義となっている将来の伴侶探しの為だ。

 

貴族間での婚姻は惚れた腫れたでするのでは無く、基本家同士の結び付きを強めるためにするものだ。

正直な話貴族の家に生を受けた時点でそういう事もあるよねと覚悟は済ませたつもりだったが、想定が甘かった。

前にも語った通りこの国に蔓延っている女尊男卑の思想は根が深く、特に男爵から伯爵家の子女はこの傾向が強い。

何故そうなったかをウチの家はある事情から知っているが、知っていたところでこの風潮を変えることは出来っこないので今は置いておく。

とにかく貴族の家に生まれ落ちてしまった男は皆揃って人生ハードモードを強いられているわけだ。

血筋を絶やすわけにはいかないので生涯独身を貫く者はそう居ない。

特に跡取りになる長男なんぞはそんな選択肢は以ての外だ。

じゃあ子どもを作れればなんでもいいのなら別に平民を嫁にしてもいいんじゃないか。とお考えのそこの君、甘いぞ。それこそ練乳のように。

貴族の家から嫁を貰わないということはそれだけ余裕が無いと見られ侮られる。

体裁を大事にする貴族にとっては十分に大問題だし、当然貴族社会からもいい顔はされない。

だからこそ男達は僅かな可能性を夢みてマトモな貴族女子とお付き合いができるように必死の婚活戦争を繰り広げるのだ。

もっとも、そのマトモな女性が一体どれだけいるのかという話だが。

 

「ユリウス殿下の件が終わったと思ったら、今度は第二皇子の分まで作れとかマジで言ってんの?というかジェイク殿下にはまだ早えーよいくつだと思ってんだ」

 

そしてやはりと言うべきか。シャスティフォンの完成度を目の当たりにした宮廷貴族のうち、第二皇子のジェイク殿下を次期国王として担ぎたいバカ共からそんなアプローチを最近になって受けるようになった。

ついでにうちの技術を取り込んで独占したい思惑が見え見えだ。

そもそも皇太子に鎧を与える必要性だよ。

ユリウス殿下は継承権一位だから象徴的な意味合いで鎧が作られたけどジェイク殿下はその限りじゃないし、本人の気質的に鎧乗りは向いてない。

明らか神輿として使う気満々じゃねぇか。

俺はNOと言える人間なんだ。王家の勅命じゃない限り従わんぞ。それにウチの技術は段階的に全体公開する予定だからお前らの利権になんぞならねぇよバァーカ!

 

「ん、おや·····?」

 

不安しかない未来予想図と権力欲の塊な自称重鎮共に心の中で怒りを募らせていると、誰かがこちらへと近付いてくるのに気付いた。

 

「こんな所で何をしているのだお前は」

 

「おや、これはこれは。おはようございますアンジェリカ様」

 

そこに通りがかった女性を見て、俺は笑みを浮かべながら会釈をした。

見るも美しい煌びやかなブロンドヘア。気品さに溢れた切れ長の瞳を湛えた凛々しき表情。

同性であっても羨むより先に感嘆といった所感を抱くだろう女性として理想的なプロポーションは、俺と同い年の十三歳の時点でこれだけの美貌なのだから恐らくまだ成長の見込みがあるのだろう。

そんなパーフェクトボディの持ち主を、俺はただ一人知っている。

 

アンジェリカ・ラファ・レッドグレイブ。

 

件の皇太子ユリウス・ラファ・ホルファートの婚約者だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここのところ忙しない日々が続いているなと、アンジェリカはまだ日が登って間もない時刻に起きてしまった自身の身体に辟易としながらも、心の中でそう独りごちた。

 

それもこれも、もうじき開かれるパレードを成功させる為と関係各所を東奔西走し続けたせいだ。その結果、思ったように身体が休まらないでいた。

本来こういった仕事はアンジェリカの職分では無いのだが、アンジェリカ自身の強い要望で今回のパレードの運営に携わらせてもらっている。

というのも、今回のパレードにはアンジェリカの婚約者であるユリウス・ラファ・ホルファートが完成したばかりの専用鎧を駆って、目玉となる演武を執り行うからである。

親同士が決めた婚約者ではあるがアンジェリカにとってはそれは些細なことでしかなく、心の底からユリウスという人間を慕っていた。

だからこそこのパレードは絶対に成功させたい。何より自分の手でユリウスの手助けをしたいと。その一心で父を説得し、なんとか関係各所の調整役としての仕事をもぎ取った。

仕事事態は滞りなく進みなんの問題も起きなかったが、気合を入れすぎたのかここ最近は疲労がいまいち抜けずにいた。

 

「なんたる無様か·····」

 

それを見咎められ父からは直々にお叱りを受けたのは記憶に新しく、罰を兼ねて暫くは休養に努めるようにと厳しく言いつかっている。

しかし最近まで忙しなく動いていた身体からは思うように疲れが取れず、こんな早い時間の起床となってしまった。

 

「ん·····?」

 

外の景色が見える王宮内の廊下はまだ少し薄暗く、人気もさほど無い時間帯。

しかしアンジェリカの進行上には確かに一人分の、うっすらとした気配がそこにいた。

それは、ここ最近になってよく顔を合わせるようになった男だった。

 

三白眼と形容される少し不気味に、それでいてやる気というものが微塵も感じられない気だるげな見える瞳。

ありふれた黒い髪は体質なのか硬くしかもクセが強く、所々がハネている。しかも当人はそれを矯正する気が無いのかセミロングの髪をポニーテールにして纏めるくらいの事しかしていない。

そしてもはや彼のトレードマークと言っても過言でない、式典などの公の場を除いてはどこであっても服の上から袖を通している真っ白な白衣。

アンジェリカの中でそんな人間に心当たりは一人しかいない。

 

アスティナージェ・フォウ・バークレー。

アンジェリカの婚約者の鎧を手がけた、ホルファート王国最高峰の技術者。

そんな現在進行形で宮廷の話題を掻っ攫っている男が、何故かこんな時間からマグカップを片手に廊下で黄昏ていた。

 

「おや·····?」

 

視線を感じたのかアスティナージェの方もアンジェリカの存在に気付き、覇気の欠片も感じられない瞳をアンジェリカへと向かわせる。

 

「こんな所で何をしているのだお前は」

 

「おや、これはこれは。おはようございますアンジェリカ様。いやぁ何分早くに目が覚めてしまいましてね。二度寝するような気分でも時間でもないですし、そういえば王都の街並みをまともに見てなかったので帰る前にこの目に焼き付けておこうと思った次第で」

 

へらへらと締りのない表情でそう言って、右手にあるマグカップの縁に口を付ける。

香ばしく香るこの匂いは珈琲か。いまいち好きになれない苦味の権化。されどその香りは紅茶とはまた違った趣きがある黒色の飲み物を思い浮かべる。

 

「して、アンジェリカ様こそ何故?というよりもいつもこの時間には起きてらっしゃるのですか?」

 

「いや、たまたまだ。どうにも目が覚めてしまってな」

 

「ふむ·····」

 

違和感を持ったのかアスティナージェはアンジェリカを注視しようと目を細める。

ただでさえ不気味に見えてしまう目付きがより険しいものになり針のように鋭い視線がアンジェリカを射抜く。

 

「思うように休めていない。というよりも身体が力の抜き方を忘れてしまったというようなものですかね。殿下の晴れ舞台の為にとはりきるのは結構ですが、それでアンジェリカ様が倒れられては元も子もありません」

 

「う·····自覚はしているのだが」

 

「よりタチが悪いです」

 

心なしか自分を見る目がまるで残念なものを見るかのようなものに変わっている·····?とアンジェリカは思い、居心地悪そうに目を逸らした。

実際その通り。アスティナージェの三白眼はジト目のそれに変わり咎めるようにアンジェリカを見つめている。

 

「気休めにしかならないかもしれませんが、知り合いに取り寄せてもらったリラックス効果のあるアロマキャンドルをお送りしますので就寝の際にお試しください。無用であれば捨て置いてくれて構いませんので」

 

「それはありがたいが、そういうお前も同じだろう?」

 

思うように休めていないのはアンジェリカとて自覚している。だからどうにかして無理矢理でも体を休めようとしているが、どうも上手くいかない。

ただ休むだけの事がこんなに難しくなるとは露にも思わなかった。

しかしそれはそれとして、同じく早くに起きた目の前の如何にも不健康そうな人物からそれを指摘されるのは何だか納得いかない。

 

「ここ最近までずっと働き詰めでしたもので。肝心の鎧は完成しましたが、引き継ぎの資料の方はまだ纏まっていなかったのですよ。我々も何時までも王宮に留まる訳には行きませんし、パレードが終われば正式に王宮預かりになりますからね。鎧のスペックや各種機能の詳細、整備時の諸注意等を書き記す作業をつい最近終わらせたばかりでして。ぶっちゃけ寝る時間帯がずれ込んで変な時間に目が覚めてしまいました」

 

もちろん睡眠はしっかり取れましたよ?彼はそう言って締めくくった。何しろ鎧開発の後半辺りは徹夜作業なんぞ当たり前。仮眠も一時間弱ですませていたので、開発明けにはアスティナージェ以下開発スタッフ達の時間の感覚も狂いに狂いまくっていた。

引き継ぎ資料の作成も合わさり変な時間に眠ったり起きたりがここ最近の睡眠事情だ。その代わり睡眠自体は浅く短くではなく深く長い良質な睡眠を取れていた。

 

「それにしても、よくもあれほどの鎧を作り上げたものだ」

 

「色々とギリギリでしたがね。私含め開発陣は常に阿鼻叫喚でした」

 

これ以上は言っても無駄と判断しアンジェリカは話を切り上げ、今話題の鎧について話を振る。

無事に完成したユリウス専用の鎧、与えられし名称は『シャスティフォン』。

初めてあの鎧を見た時、決して詳しくないアンジェリカであってもそれがどれだけ優れた物なのかを理解させられた。

見上げた全ての者が思わず息を飲むほどの威容を備えた白銀の騎士。

間違いなくホルファート王国の中で最も優秀な鎧と言える。

 

「私も侍女たちの話を又聞きした程度にしか知らないが、随分と苦労をかけたようだな」

 

「アハハ、鎧の開発にトラブルは付き物ですからねぇ───とはいえ、あそこまで大変な事になるとは私も思いませんでしたが」

 

それが生み出されるまでの過程は、当事者でない又聞いたアンジェリカであっても顔を顰める程のものだった。だからこそそれを完遂させた事がどれ程凄いことかもよく分かる。

 

「完成させるためとはいえ、随分と大胆な手に出たものだな」

 

「本当なら私もこんな事したくはなかったんですがね。ですがダウングレードして無理矢理の間に合わせを作ったとあっては、私を技術顧問として推薦して下さったさるお方にも申し訳が立ちませんからね。どうにかする為の足りない物を引っ張ってくるには、それ相応の権限が必要でした。

不謹慎ではありますが、そういう意味では前任者にリタイアしてもらったのは僥倖だったとも言えます」

 

前任者が倒れ計画は一時中断。しかし開発計画そのものをなかったことには出来ず、時間だけが刻々と過ぎていく状況に一石を投じたのが何を隠そうアスティナージェだった。

もし彼が名乗りを上げる事が無かったら、鎧自体が完成しないままパレード当日を迎えていたかもしれない。

 

「今のは聞かなかった事にしておこう·····しかし、貴様はこれからどうするのだ?」

 

「あぁ、どうしましょうねぇ·····」

 

アスティナージェが敢えて無視していた問題。

アスティナージェ、並びにバークレーの名は既に宮廷中に広まっている。これまでは辺境近くのそんなに名の知れていない男爵家だったが、こうして目を付けられた以上はどこかの派閥に身を寄せなければならなくなる。

 

「ひとまず考えているのは中立派ですね。表向きには他派閥との諍いもそう無いですし、無難ではないかと」

 

「まあそうなるだろうな」

 

「レッドグレイブ派に与する事も考えましたが、他派閥の貴族らに要らぬ刺激を与えることになりかねませんので」

 

「それだけの技術を持ちえていながらか?」

 

「誇れる技術があっても守れるだけの資産と権勢が無ければ意味がありません。なによりバークレー家は男爵家。爵位は下から数えた方が早く影響力もほぼありません。ウチ由来の技術を取り込ませれば鎧関連では無視出来ないほどの影響力を持ち得たでしょうが、正規軍の鎧もつい最近更新されたばかりですからねぇ。出来たとしても数年は先でしょう」

 

「残念だな。貴様にも殿下を支える柱の一つになってほしかったのだが」

 

「御安心を。派閥が違えども国の為とあらば全力をもってお支えしますとも。そういう意味でも中立派は都合が良いですし」

 

どの道、次代の皇太子達を筆頭にしてこの国は纏まっていくのだ。

王家の勅命とあらば足並み揃えてやっていくだろうし、少なくともアスティナージェはそう見積っている。

なんにせよ、これからの立ち回り方には一層気をつけていかなければならない。

 

「まぁそれよりも、私としては二年後の問題の方が厄介なのですがね」

 

「二年後?というと、学園か?」

 

「えぇ。ほら、あるじゃないですか。婚活が」

 

それよりもなによりも。アスティナージェにとってはそう遠くないうちに起こる、未来を賭けた戦いこそが気がかりだった。

どこか遠い目をして語るアスティナージェにアンジェリカは得心がいったように頷き、彼女もまた遠い目をするように廊下からまだ明けきっていない空を見上げた。

ホルファート王国の貴族間には女尊男卑の風潮がある。それも酷く歪な、あまり裕福な方ではない貴族男子など最早人間扱いされてないんじゃないかと言える程のそれが。

男は基本金ヅル扱いで恋愛結婚等無いに等しい。

挙句の果てには愛人を養えと強要する者も多く、そのせいで発狂してしまう男子も多いと聞く。

そもそも貴族間の婚姻に愛を求めるのが筋違いではあるが、だからと言ってこの現状はあんまりだとアンジェリカは思う。

 

「我々にとっては死活問題ですからねぇ。いやぁユリウス殿下が羨ましい。既にアンジェリカ様のような方が婚約者として居られるのですから」

 

「·····まさか、私を口説いているのか?」

 

「それこそまさか。そんな事になれば私の首が飛びますよ。でも本当に羨ましいと思います。政略結婚とはいえこれだけ思ってくれる人が御相手なのですから」

 

色々な面倒事が着いて回る次期国王最有力候補の皇太子という立ち位置は御免こうむるが、それを差し引いてもアンジェリカのような女性が婚約者として決まっているのは死ぬほど羨ましいと彼は思う。

器量よし。性格よし。口調は少々高圧的に取られがちだが、ラファの名が指すとおりの高貴な血筋である彼女にとってはそれこそが自然であり、つしろ自らに自信を持っている事の表れである証左といえる。つまりなんの問題も無い。

ぶっちゃけ何のしがらみも無いのなら今すぐにでも求婚アタックを敢行する所存である。

 

「しかしまぁ、だからこそ昇進なんてしたくはなかったんですがねぇ·····」

 

結局、アスティナージェの言いたいことはこの一言に尽きた。

今回の鎧開発による王家への忠義、その功績を認め将来的に独立。男爵家の爵位と宮廷六位下という地位を得ることとなった。

国に働きが認められたという大変名誉なことなのだが、生憎とそれを素直に喜べるだけの能天気さを彼は持ち合わせていなかった。

アスティナージェはバークレー家の次男坊だ。長兄が死亡、或いは何らかの要因で後を継げない限りはアスティナージェは跡継ぎから除外される。

そもそもとしてとある理由からアスティナージェは元々継承権の順位が低かった。

それも将来的な独立が約束された事によって新バークレー領の次期領主となる事が確約されてしまっている。

先の学園では上級クラスと普通クラスに分けられ、その中でも跡取り達は上級クラスに編入される。そしてアスティナージェも将来的に領地を得る事が決まってしまっているので、必然的に嫁の貰い手にもこれまで以上に難儀する事となる訳だ。

 

「この話、無かったことにできませんかねぇ」

 

「然るべき功績には然るべき賞与を。これを怠るという事は王家の威信を損なう事になる。同情はするが、大人しく受け入れろ」

 

「それくらい分かってますよぉ·····」

 

力が抜けていくように頭を垂れながらアスティナージェは毒づく。あたかもこの世全ての悲哀を背負ったような落ち込みようだが、それはこの世に産まれた貴族男子共通の悩みである。そう思ったがアンジェリカだったが、それをハッキリ言ってしまえば最後のトドメとなるので口を噤んだ。

言わぬが仏、武士の情け。空気を読めるアンジェリカは沈黙を選んだ。

しかして、前途多難な男子諸君に幸あれ。

今すぐに変えられるものではない以上どうしようもないので、アンジェリカはせめてそう願うのだった。

 

「しかしそうだな、派閥は異なるだろうが肩入れしない程度には助けになろう。何も不倶戴天の敵という訳でもないしな」

 

「おや、いいんですか?」

 

「代わりといっては何だが、一つ頼みたい事があるのだがいいだろうか?」

 

「はい?私にです?」

 

突然の申し出になんだろうかとアスティナージェは思考する。派閥の話かと一瞬頭をよぎったが即座にそれはないかと思い直す。

さっき断ったばかりだし、先の勧誘もアンジェリカはダメ元で聞いたくらいだろう。

次に思い浮かんだのは鎧の建造。

レッドグレイブ家にも何か作れということだろうか?或いはもっと根本的、バークレーとの繋がりを作る事だろうか?

今回の鎧建造にはアスティナージェだけでなくあとから引っ張ってきたバークレーの技術陣も参画している。そもそも推進機関にはバークレー印のモノを採用していたし、それも既に建造に携わったスタッフを中心に話が広まりつつある。

ならばレッドグレイブはその技術等を将来的にモノにしたいのだろうか?アスティナージェは瞬く間に考えを巡らせていきながら、アンジェリカ自身の口から告げられるのを待つ。

 

「その、だな··········私に、鎧についての知識を教えてはくれないだろうか」

 

「··········アンジェリカ様が?どうしてまた?」

 

それはなんとも予想外な、それでいてなんてことは無いお願いだった。

 

「知っていると思うが、殿下は今あの鎧を乗りこなす一心で訓練に励まれていてな。その、私にもなにか殿下の手助けとなれる事がないだろうかと思って·····」

 

「··········あー、なるほど」

 

要するに、好きな人の助けになりたいのと好きな人が打ち込んでいるものを共有したいと。

妙に口ごもる様子からアスティナージェはそう解釈した。

 

「父上からも休養に努めるように言われているからな。気分転換がてら学ぶのにもタイミングとしては丁度良い、はずだ。バークレーも暫くは時間が空いてるのだろう?だから、その·····」

 

「おーけおーけー、分かりました。そうですねぇ、暫くは暇な時間が続きますし、丁度時間が余ってたんですよねぇ。だからといって勝手に王宮から出る事も出来ないのでやる事が皆無でしたし」

 

叶わぬ事と分かりながらも、やはり心底殿下を羨ましく思う。

これだけ思ってくれて、支えようと手を尽くしてくれる人が居るのだから。

例え始まりは親の取り決めた婚姻だとしても、その婚姻に込められた意味には最初から愛など勘定に無くても、芽生えた思いは紛うことなき愛であった。

 

「アンジェリカ様さえ宜しければ、鎧についてご教示をさせていただきます」

 

「!ああ、よろしく頼む!」

 

今日の予定は決まったなと笑い、少し温くなり始めた珈琲を啜る。

 

無糖のはずの珈琲が少し甘く感じた。

 

 




この後、アスティナージェとマンツーマンではちみつ授業(その実態はオイル)に勤しむアンジェリカちゃんの姿が·····!

あと二話くらいで主人公周りの設定を書き切りたい。
その後はオリロボを思う存分書くぞー!(願望)


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失恋のショックは心の痛みじゃない、脳が破壊される痛みだ

初投稿から一ヶ月近く立ってまだ原作未突入な小説があるらしい(白目)


建国記念パレードも恙無く終了しひとまずの懸念が全て消え去ったことに安堵した俺は、夜の帳が落ち始めた時間に王宮内を歩いていた。

 

「おかしいなぁ〜俺まだ未成年のはずなんだけどなぁ〜何で仕事に謀殺されそうになってんだろ〜」

 

引き継ぎ作業も済ませ、後顧の憂いなく実家へ凱旋しようと考えていた俺だったが、生憎とまだ帰れそうにはなかった。主な理由は三つ。一つはシャスティフォンの経過観察。引き継ぎを済ませ既に俺の手を離れたプロジェクトとはいえ、はい後はよろしくと軽々とは放り投げられなかった。というかそう簡単にはいかなかった。

なにせ投入した技術が技術だ。

資料にシャスティフォンの仕様を事細かに書き出しはしたが、そのシャスティフォンに使われている技術にはバークレー印の推進機関といい、うちのノウハウを組み込んで仕立て直したフレームといい、託された宮廷の技術陣からすれば勝手の分からないモノが多数備わっている。

最悪推進機関の方はウチで作ったマニュアルを渡せばそれで済むが、如何せんフレームの方はほぼ完全新規だ。フレームについての説明を記述した資料も宮廷の技術陣からはなんのこっちゃといわんばかりに分かりにくかったらしい。

うん、俺の自業自得だったわ。

二つ目は例の派閥の話だ。アンジェリカ様に伝えた通り中立派に属しようと考えた俺はまず中立派の顔役と言っても過言ではない人物、バーナード・フィア・アトリー大臣へと挨拶に伺っていた。

──実を言うと、中立派に入ろうとした理由はアンジェリカ様に語った内容もあるが、バークレーはアトリー家とも関係を持っていた事もありそっちを優先したというのが実情だ。

アトリー家とバークレー家の付き合いは今から三代前、高祖父の時代からの付き合いらしく、鎧替わりとして航空機モドキを血眼になって開発してたウチを当時のアトリー家当主がいたく気に入ってくれたようで今に至るまでいいお付き合いをさせてもらっている訳だ。鎧よりも安価に量産できる航空戦力は大変魅力的に映ったらしい。実際まだ普及してる数は少ないが、アトリー家の息がかかった辺境の貴族達の間では少しずつ航空機を運用し始めてる領地もチラホラと増えてきている。

もう足を向けては寝れないねぇ。そんな気はさらさら無いけど。

 

ちなみに言うと今回の鎧開発に技術顧問として推薦してくれたのが件のバーナード大臣だったりする。

 

そして三つ目の理由は、なんてことは無い。

アンジェリカ様との鎧のお勉強会だ。

取り敢えず基礎的な所といくつかの応用知識について軽く教えるに留めるつもりだったのだが、思いの外アンジェリカ様の飲み込みが早かった事もあり実物を交えながら色々と教えこんでしまった。

そうしたら丁度パレードの前日辺りにキリの悪いところでストップしてしまい、それもあって今回の滞在プチ延長にかこつけてどうせならキリのいいところまで教えろと他ならぬアンジェリカ様に頼まれたのだ。

俺としてもキリのいいところまで終わらせてしまいたかったし、鎧に理解を示してくれるのがなにより嬉しかった。

 

あ、それともう一つあった。

例のノイローゼで倒れてしまった前任者だいぶ回復したようなので開発が無事終了した事の報告を兼ねてお見舞いに行ったんだった。あの人もユリウス殿下の鎧開発を任されていただけあってかなりの逸材なのは間違いない。実際クセのある開発チームを取り纏めて一度は完成形にまで近付けた人だ。ただでさえ相当なプレッシャーがかかっていただろうに、それに加えて次々露見し重なっていく問題と迫る期限が彼をどんどん追い込んでいったのだろう。多分俺も逃げ出すと思う。

半ば俺が主任の座を簒奪して手柄を分捕ったような感じになってしまったので、罵倒の一つや二つは覚悟していた。

が、その前任者さんにはよくぞやり遂げてくれたと泣き笑いながら激しく握手をされた。

一人だけ投げ出してしまった事と開発がどうなるのかが気掛かりだったらしい。

アンタ、技術屋の鑑だよ。

なんとか復帰した前任者さんを伴い、元開発チーム全員で軽い打ち上げをした。

ホントは一人だけ勝手に離脱した事を皆に詫びたかったらしく元開発チーム全員が予定の合うタイミングに場をセッティング。

結果としてあれだけの事があれば仕方ないと満場一致で無罪に。

そりゃ誰だってああなると思うよ。

 

そんなこんなで、後始末と心残りとこれからに向けての工作も全て終わりバークレー家への帰還を翌日に控えた今日。

時刻は既に日が落ち始める頃合。

昼間には侍女や宮廷貴族が疎らに歩いていただろう王宮の廊下も今や人影がひとつもないほど閑散としいる。

妙に響く自分の足音を聞きながら俺は歩き続けて、とある部屋の前で足を止めた。

 

「えっと資料は·····揃ってるな」

 

脇に抱えてた紙束を一枚一枚丁寧にめくって、内容に不備が無いか目を通す。

 

「さてと、ついでに念の為と」

 

確認を終えて、俺はおもむろに右の手を指バッチンの形に変えて、パチンと大きな音を響かせた。

 

「····················周囲に人影なし。魔力反応も同様、っと」

 

念の為の確認を終えて、ようやく部屋の中へと入る。その部屋はそこまで広くなくホコリを被った調度品の数々と、本棚が幾つか置いてあるだけの部屋だった。パッと見物置にしか見えないその部屋の中で、俺は幾つか並べられている本棚のうちの一つへと迷い無く進んで──

 

「よっと」

 

ドアを開けるような気安い感覚で本棚の右端を両手で掴んで手前側に引いた。かなりの重量のハズの本棚は大きな音を立てることなく引き摺られ、丁度人が一人潜り込めるくらいの隙間を生み出した。

本棚の向こう側を覗けば、そこに本来あるはずの壁が無く大人が一人入れるくらいのスペースがぽっかりと空いている。

その僅かな空間に身を滑り込ませてから、動かした本棚──その裏側にくっ付いている取っ手を掴んで元あった場所に戻すように引っ張る。

 

王宮勤めの者でも極僅かしか知らない仕掛け、それを俺が知っているのはそういう家柄だからとしか言いようがない。

白状しよう。我が血統バークレー家は先祖代々ホルファート王国そのものに仕えた騎士の家系であるが、その始まりは歴史にも記されていない名無しの暗殺者(スイーパー)達、バークレー家はその頭領の子孫だった。正確には暗殺を含めた諜報活動や技術研究に似たような事をやっていたりもした表沙汰にはならない特殊部隊のようなものだ。

それがなぜ男爵家として名を残すことになったのかについては今は割愛させてもらう。

まあ色々あってバークレーという貴族として表舞台に上がる事になったが、それでも男爵家は貴族階級としてはありふれたものでしかなく、有象無象の一つでしかない。

暗殺者としての顔を秘匿したいバークレー家にとってはそれが最も望ましいまであったのだが。

 

そんな訳で俺もその暗殺者の血を引いており、親父殿曰くそういう面でも俺には期待していたらしい。思いっきり鎧の方に傾倒してしまうとは思ってなかった様だが。そもそも俺の場合向いているのが諜報活動の方なので殺しのスキルはそこまでだし人を殺したこともまだ無いのだが。こんなんで暗殺者名乗ってもいいのだろうか?

 

「着いた·····そういえばここ通るのも久しぶりだな」

 

独白も程々に、入り組んだ隠し通路を記憶を頼りに進んで、目的の場所の真上、即ち天井裏まで辿り着いた。気分はどちらかといえばニンジャである。

 

「·····よし」

 

息を整え、自分から見たら床にあたる天井を叩く。

まず二回、間を開けて四回、さらに二回。

今回の合図はこれで良かったはず·····だよね?

 

「青空は太陽に何を語ったか?」

 

良かったぁ·····自分で決めておいて間違ってたら恥ずか死ぬ所だった。

 

「夕暮れを黒に染めんと」

 

「·····入りなさい」

 

「失礼致します」

 

事前に取り決めていた合言葉を返してから、許可が出たので天井の板を一枚取り外して音もなく降りる。ホントにニンジャだったな俺。

衝撃を殺すために床に手を付き膝を折った体制のまま、俺は頭を垂れ続けた。入室の許可は降りたけどまだ拝謁の許可は賜ってないからね。

なんてったって、今俺の前にいる人はこの国の最高権力者なのだから。

 

「面を上げなさい」

 

「はっ」

 

拝謁許可、ヨシ!

ゆっくりと顔を上げて予想通りの人物が居ることを目にして、緩みそうになる表情筋を必死で律する。

淡く煌めくプラチナブロンドの髪。広大な海の色を思わせる垂れ気味の青い(まなこ)を吊り上げて威厳に満ちた眼差しでこちらを睥睨するその人は、俺の知る中でなによりも美しかった。

その人の名はミレーヌ・ラファ・ホルファート。

国王陛下のお妃様であり、この国の執政を何故か国王陛下に代わって務めている稀代の女傑である。

 

あと、俺の今生での初恋の人でした。

初めて引き合わされた時はまさか女王だなんて思いもしなかったよ。納得の美貌だけども。まるで親戚に会わせるかのような気軽さで紹介した親父殿はマジで一生恨むからな。

 

「アスティナージェ・フォウ・バークレー、召集に応じ推参致しました。まずは、今回の件についての申し開きをさせて頂きたく」

 

「·····わかりました。では話しなさい」

 

「はっ、ではまずこちらの資料をご覧頂きたく──」

 

普段の、というかミレーヌ様の本来の気質は大変おっとりとした穏やかな女性だが、仕事モードの時は女王としての威厳に満ち溢れた御姿に変わり、そのギャップがまた良いのだ。

また女王として執政に携わるその敏腕は伊達ではなく、実際今のホルファートはこの方が居られるからこそ回っていると言っても過言ではない。

なにせ本来国王陛下が行うべき仕事まで代行しているのだからその心労は計り知れない。

国王陛下は何してるって?他に女作って政務はポーンだよ。何やってんだよ陛下ァ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二人きりの空間だった。

その部屋の周囲には誰も近づかず寄せつけないようにと衛兵達には言伝え、人払いが済んだその場所で二人は向かい合っていた。

その場所は女王の居室。政務を取り仕切り国を動かし生かすという大役を、夫にして国王たるローランドから全て丸投げされ日頃から激務に晒されるホルファート女王ミレーヌに与えられた完全なプライベート空間である。

そこに居るのは部屋の主たるミレーヌ自身と、もう一人。

その者、名をアスティナージェ・フォウ・バークレー。バークレー男爵家の次男坊である。

 

「──以上が事の経緯となります。鎧の完成は成りましたが、結果として宮廷内に要らぬ刺激与えてしまった事。深く謝罪致します」

 

「なるほど。いえ、ご苦労様でした。」

 

何故男爵家の次男坊如きが女王の居室に居るのか?

 

「それじゃあ、堅い話はここまでにして。もう少しだけお話に付き合ってくれるかしら?ティナ君?」

 

「──了解しましたよミレーヌ様。ホント、こんな場面他の貴族や衛兵さん方に見られたら俺ぶち殺されますよ」

 

「うふふ、それは困っちゃうわね。ティナ君とお話出来なくなるのはイヤよ」

 

バークレーは公的には男爵家だ。例え裏の事情があったとしてもバークレー家の爵位が実質公爵家相当だとかいう話もない。

ならば何故か。その答えは単純だ。バークレー家はホルファート王家と密接な繋がりがある。それも何百年と続く強固な繋がりが。

バークレー家は元々ホルファート王家に仕えた暗殺者集団の頭領であった人間が興した家だ。

暗殺者集団──どちらかと言えばそれを含めた特殊部隊のようなもの──の歴史は相当古く、ホルファート建国当時から存在しているとされている。

ある時は不穏分子を炙りだし秘密裏に処分する暗殺者として。またある時は他国の情報を掠め取り、自国の内情を守り通す諜報員として。

またある時は表沙汰には出来ないものを研究し管理する番人として。

何百年とホルファート(・・・・・・)王国そのものに(・・・・・・・)忠節を捧げ続けた、影の立役者達だ。

 

ミレーヌが王妃となってから現国王のローランドは王としての仕事を全て丸投げするようになり、その過程で引き合わされたのがこのバークレー家だった。初めてその存在を知らされた時はなんだそれはと驚愕したし、同時に不気味にも思った。

成り立ちを知った。成程と思った。

事情を知った。不憫であると感じた。

しかしそれでも続くその忠節は何故かと。そこだけが合点が行かなかった。

男爵家として、バークレー家として成立して以降、王宮から彼らに対する支援は全く無い。

資金も資源も全て自分で遣り繰りするしか無い状況に置かれている。

それでも彼等の裏の顔、連綿と続いてきた本業は今も尚健在だ。多少の見直しこそあったものの規模の縮小は全くせずに、今も国を存続させることに心血を注いでいる。

はっきり言って異常としか思えない。

国は彼らに何も還元できていないのに、彼らは自身の表向きの立ち位置を維持したままに、決して公にはならないそれ以上の事をしようとする。

かつての特殊部隊としての使命を全うせんと奮起する。

初めて当代のバークレー当主に会った時もそうだった。彼等のこれまでを聞いて、ミレーヌは我慢できずに問いかけた。

何故それほどまでに忠を尽くせるのか?

彼は、表情を変えることなくこう返した。

 

『それが我々の存在理由だから。としか言えませんなぁ』

 

『ぶっちゃけちゃいますがね?我々はホルファート王家にではなくホルファート王国そのものに仕えているようなものなんですわ』

 

『この国を可能な限り存続させ続ける事、それが初代から連綿と受け継がれてきたバークレーの至上命題なんですよ』

 

『我々自身何故かって聞かれると困るんですけども·····強いて言うなら血がそうさせる、とでも言えばいいんでしょうかね』

 

『国を守れ。約束を守れ。先代から引き継いだのは技術と、その言葉だけでしてね。たったそれだけ、でも俺達にはたったそれだけで死力を尽くす価値がある。愚直なまでにそう本気で思ってんでさぁ』

 

彼らには陰ながら色々と助けて貰っているし、実際ミレーヌは大分助けられている。

しかし今も尚、ミレーヌは彼等バークレーを根源的に恐れていた。

彼等は土地も人材も貴族としての力も矮小としか言いようがない。しかし人材は粒ぞろいが揃っているし元特殊部隊というだけあって受け継がれてきた技術は非常に高度なものばかりだ。最近では鎧などの重工業関連も目を見張るものがある。

加えて、ホルファート王国全体の防諜も殆どが彼等あってこそのものだ。

もしも彼等が反旗を翻したとしたら?単純な戦力で言えば抑え込むのは苦ではないだろうが、彼等の本領を発揮されればホルファートという国そのものが大きく傾きかねない。

 

それからというものミレーヌは陰ながら、なるべく可能な範囲でバークレー家の援助を決めた。

バークレー家が機密としている裏の顔、王家との繋がりが露見する事を嫌うのでなるべく足がつかないように細々としたものに過ぎなかったが、何もしないよりは向こうの心象をよく出来ると考えた故だ。

なにせ当代がぶっちゃけた王家ではなく王国そのものに仕えているという発言。裏を返せばホルファート王国を運営していく上で王家が不要と判断されれば即座に切り捨てる事も辞さないだろう事がありありと想像できる。

この程度で保身を、安心を買えたとは口が裂けても言えないが。それでも何もしないよりはマシだろうし、彼等に憐憫を抱いたのは本当のことだったからだ。

 

そうしてバークレーとの秘密の付き合いがそこそこ続いて数年。王家とバークレー家の間で不定期に開かれていた連絡会の、ある日の事。ミレーヌはその少年に出会った。

 

『コレ、ウチの次期頭領(・・)です。せいぜいこき使ってやってくださいな』

 

当代が連れてきたまだ年齢が二桁にも届いてないだろう小さな男の子が一人。

次期頭領(・・)として紹介されたのは今のミレーヌにとって何より頼りになる将来の有望株。若き日のアスティナージェ・フォウ・バークレーであった。

非公式の場で紹介された次期頭領(・・)

つまりは、バークレーの本業を担う裏の当主(・・・・)が彼になるという事だ。

こんなに小さいうちから次代として指名されているという事はそれだけ将来を有望されているのだろう。同時に、そういった後暗い事を早い内から仕込まれているとも言えるのだが。

 

紹介されたその少年に憐れみを抱き、ミレーヌはせめて優しく接しようと密やかに心に決めた。

極めて自然なように見える微笑みに表情を整えて、真っ直ぐに少年を見つめる。かなり特徴的な目付き──歯に衣を着せぬ言い方をすれば生気の感じられない、死んだ魚のような目とも表現出来る──をしているが、宮廷に一定数はいる自身の利益にしか目がない濁った目をした貴族達を日夜見続けてきたミレーヌからすればこの程度など可愛いものだ。

 

『ん?おいどうしたよティナ?』

 

ボーッとミレーヌを見上げ続ける若き日のアスティナージェに父親たるバークレー当主が声をかけるが、聞こえていないのかまるで反応がない。

思わずミレーヌも心配になり声をかけようとしたその瞬間、アスティナージェが再起動し

 

『キレイ········』

 

ただ一言、彼はそう呟いた。

心魂を震わせる感動を味わったかのように。

本当に美しいものを直視して、思わず漏れ出た感嘆の呟きだった。

 

『ほー·····なるほどぉそうかそうか!お前のドストライクは王妃様だったか!いい感じに目が肥えてんじゃねぇの!』

 

『いって!急にどつくなよ親父殿!それと茶化す·········ん?待って?王妃様?』

 

『ええ、そうよ。はじめまして。私はミレーヌ・ラファ・ホルファート。こう見えてこの国の王妃様なのよ?』

 

『え』

 

あの時の驚きようは今でも鮮明に思い出せる。

惚けたように見上げてくる姿が可愛らしくてついついからかってしまった。

 

それから暫くして、アスティナージェが正式に連絡役として定期的に王都を訪れるようになり、交流する機会もぐんと増えた頃。

ミレーヌは彼の意外な才能を初めて目の当たりにした。

 

『話は変わるのですが、現在正規軍で採用されている鎧について、少々ご相談がありまして』

 

この男、大の鎧好きでありそれに見合うだけの知識量技術を既に会得していた。

国の主力、戦の花形といえる鎧に限り他の追随を許さない程の知識と、現行の鎧が抱えている問題点を見抜く程の慧眼を備えていたのだ。

まだ十にも満たない子どもの時点で、である。

しかも話に聞けば実機の整備も既に経験しており、更には一から図面を引いて鎧の設計にも手をつけているというのだから、こと鎧に関して言えばこれ以上無いほどの逸材と言えた。

真に恐ろしいのは、これでまだまだ発展途上だということだろう。

麒麟児。才能の寵児。

いずれも優れた才に溢れた若人を指し示す言葉だ。

ミレーヌがホルファートの王妃の座に就いた時からその言葉が指し示す通りの人物を何人かは目にしてきたつもりだったが。この少年に初めて出会った時、それらの言葉が本当の意味で指し示す者はこういうものかとミレーヌは思った。

 

「本当に大きくなったわね······少し前まであんなに小さくて可愛らしかったのに、背丈もあっという間に抜かされちゃったわ」

 

「いつの話をしてるんですか。まあ確かに二年前まではそんな感じでしたし、ここ最近になって急に伸びだしたなぁって我ながら思っていましたけど」

 

彼と二人だけの時は王妃としての重責を下ろしてただのミレーヌとして笑っていられる。

宮廷内の貴族達に弱味などを握られる訳にはいかず、生涯のパートナーたる夫は興味など無いように知らん振り。心からの忠節を捧げるバークレーとの関係も公には出来ず大手を振って頼れないし、そもそもミレーヌ自身がバークレーに対して根源的に恐怖を抱いている。

他ならぬアスティナージェもそのバークレーの血を引く末裔なのだが、幼い頃からの彼を知っているせいか遠ざけようとする程の忌避感をミレーヌは抱けなかった。

正直、王妃としても一為政者としてもマズイとは思う。警戒して接しなければならないと決めた集団の次期頭領に心を許しているこの現状は、ミレーヌが恐れた可能性に自ら近付いているようなものなのだから。

言い訳をするなら、大丈夫だろうと高を括ることの出来る打算が二つほどある。

一つは出世欲の皆無さ。

これはバークレー家の実態が極めて秘匿性の高い秘密部隊であるが故、歴代のバークレー全員に言える事だが彼に至っては寧ろ面倒とすら思っている。

それも一重に現在横行している貴族子女達のある意味貴族らしい高慢な振る舞いが原因なのだが。

 

もう一つは本心を偽る事が苦手だということだ。

嘘をつく事が苦手なのでは無く、自分の心に嘘をつけないのだ。

もう何年も前に王都の鎧の技術に触れたいと言って鎧整備の研修に行きたいと打診された事があった。

余りに突拍子に過ぎる事と、バークレー家と王都の鎧整備関連に繋がりが無いのにも関わらず許可をすればその小さな違和感をこぞって洗おうとする輩が出てくる事を理由に却下したが。

その時の残念そうな、不満を持っているような表情になった彼の顔はよく覚えている。

本人は取り繕うとしていたのだろうが、傍から見ればバレバレである。

因みにそれを指摘すると恥ずかしそうに慌てていた。

 

「それにしても、ユリウスの鎧の件でティナ君には迷惑をかけちゃったわね。本当にお疲れ様」

 

「お気になさらず!そのお言葉を頂けただけで俺はいくらでも頑張れますんで!!今ならもう一機、いや二機はイケますね!!」

 

「えっと、ちゃんと休んでね?ね?」

 

「あはは、流石に冗談です。俺も暫くは自領で大人しく慎ましく過ごしますとも」

 

「もう、ティナ君はそうやって無茶をするんだから」

 

それから、もう一つ付け加えるとするなら。

彼が自分を慕ってくれている事だろうとミレーヌは思う。

最初の邂逅から時が経ち次の連絡会の際、その一度だけ現当主がアスティナージェを伴わずに訪れた際に『ウチの息子、どうやらミレーヌ様が初恋の人になっちまったようでしてね。初恋と失恋が同時に来たショックのせいか帰ってから枕を濡らしっぱなしにしてんですよナハハ』なんて事を口走っていた。

なに自分の息子の秘密をひけらかしてるんだと声を大にして言いたい。

 

なにはともあれ、これらの打算──ミレーヌはそう呼びたい確信の元アスティナージェを頼りにしてるし、心から信頼している。少しずつだが、バークレー家に対しても信頼を強めていこうと考えている。

今も尚、このホルファート王国が抱えている問題は山ほどあるのだ。仮想敵国のファンオース公国を含めた各国との関係。未だ改善の目処が立たない貴族間で広がっている歪な思想。

何処かの仕事をしない国王に代わってこれらの諸問題に対処していくためにも、ずっと影として国を支え続けている彼等と足並みを揃えて行きたい。

 

それと、この心安らげる時間がもう少し長く続くようにと。働き者の王妃様は切に思うのだった。

 

「······ところでミレーヌ様。ここに幾つか新型の草案が御座いまして、是非とも認可を頂きたいのですが 」

 

「今は休みなさい」

 

あとは、同じく働き者で自分に素直すぎるこのワーカーホリックをどうやって大人しくさせようかなと。温くなり始めた紅茶を飲みながら考えるのだった。

 

 




次でなんとかオリ主周りを書ききりたい。


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