地獄の花屋に野菜の差し入れ (雀崎律)
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一回ぐらい、お父さんを助けたかった一人娘の話。

ぱちりと瞬けば、忍と刻印された額当てが視界に飛び込んできた。

 

ガンッと、地面を殴りつける、拳に少し赤が滲んだ。

ふざけるなと思った。

どうしてここからなんだと。

戻すなら、最初からでもいいじゃない。

今回ぐらい、最初からでもいいじゃない。

でも今回は、なんだかきっとうまくいく気がした。

 

ドンッ、途方もない力が吐き出される音がする。

遠くの空が光って消えた。

ざりざりと重たい足をなんとか動かして立ち上がる、周囲を見回せば何一ついつもと相違はなかった。

私以外、何も変わっていなかった。

 

「――――――シカマル、チョウジ」

「………いの?」

「どうしたの?」

 

「ごめん」

 

「は、」

「え、」

 

僅かな血液を纏った指を二本、指先を額に押し当てて、二人の戸惑ったような声が耳に届く前に、私の体は連合本部前に飛んでいた。

長距離の転移に身体が軋む、せっかく習ったというのに体がついてこない、それもそうだ私は伝説の戦士の体をもってはいないのだから仕方がない。

しかし付け焼刃だろうが十分だ、私は今ここにいる。

たたらを踏む足をなんとかこらえて大地を力強く踏みしめた。

眼前にはすべてを飲み込まんとする大きな力。

やっと、やっとここまでこれた。

これまで何が起きて、これから何が起きるのか、全部知っている、知っている、けれど、全部、全部、夢うつつ。

とっくのとうに心は壊れているはずなのに、次の瞬間には新しい昨日の私が生きていた。

何度、父を亡くしたのだろうか。

何度、何もできなかったのだろうか。

ひどい悪夢だ、覚めることのない永遠の夢。

どうせ、繰り返すなら。

どうせ、何をやっても繰り返すならば。

一度の抵抗ぐらい、かわいいもんでしょう。

あの奇跡的な出会いを無駄にはしない。

 

『――――――!』

 

ばちりと、父さんの声が届いた気がした。

ああ、耳を傾けたい、心を繋げたい、それなのに果てしない脅威がそれを許してはくれない。

私たちを侮りつつも、周囲に群がる忍よりもここを真っ先に潰そうとした、あいつらは烏合の衆の頭を恐れたのだ。

あのうちはマダラが、父たちを恐れたのだと、胸を張って無理やり口角を持ち上げる。

十尾がなんだ、何億回約束された死がなんだ。

それらが真の敵とやらの掌の上で無様に踊らされていたのだと、私はもう知っている。

世界の敵の前座ごときに、この命はもったいない。

 

右足を引いて姿勢をかがめる、握りこぶしを緩くほどいた両手は右腰へ。

チャクラを、気を、両掌の間へ集めていく。

どろりとした二色の水飴を一色になるようにひたすら混ぜ合わせるイメージはまるでお菓子作りだ、できあがるのはそんな甘い代物ではないけれど。

 

「か………」

 

相変わらずおめぇしっちゃかめっちゃかだなぁと驚いたような声色が耳の奥で蘇る。

ついでにアドバイスという名のセクハラも思い出して、両掌の間に溜めた力が一段と膨れ上がった気がした。

うるさい、うるさい、しっちゃかめっちゃかなのは仕方がないじゃない。

 

「め………」

 

チャクラじゃない力だなんて、私は知らなかったんだから、ゼロからここまできたんだからむしろ褒めてよ、褒めなさいよ。

一人でここまで来たの、さびしくて悲しくて不安でどうしようもない心のまま、一人でここまで来たの。

いつも三人だったのに、一人で、ここまでこれたのよ、褒めてくれたって、いいじゃない。

脚をガン見されたり肩を撫でられたり腹をつつかれたり尻を触られたりしながらここまで来たの、まったく冗談じゃない。

 

「は………」

 

山中一族の秘伝忍術、本来は後方支援向きの能力よ、知っているわ。

相手の動きを止めたり攪乱させたり、感知して把握した戦場を伝令して、みんなで連携して敵を叩く、そういう力よ、知っているわ。

痛いほどに知っているわよ、それぐらい。

それでも、今ここに立つことができた私は違うの、もう違うの、違う力を手に入れたの、やっと手に入れることができたの。

私の手で、敵をぶちのめす力を。

 

「め………」

 

全部全部、こいつのせいよ、こいつらのせいよ。

父さんが殺されなかったら、こんな思いをすることも、あんな目に遭うことも、そんな日々を繰り返すことも、きっときっと、なかったの。

父さんが死ぬなんて一回きりで十分よ、本来は一回きりのはずなのに、それなのになんで何回も死ぬのよ、どうして、どうして。

腸が煮えくり返る怒りのまま、眼前をにらみつける。

ここで終わる保証なんかどこにもない、ここで何かが変わってしまう可能性だってある、それが良い方向じゃなくて、悪い方向への可能性も。

けれど、それでも、それでも。

何度も何度も心を擦り潰されてきたの、終わらせてくれなかったのはそっちじゃない、繰り返させたのはそっちじゃない、姿も見えない何かに対する怒りも一緒に一色となった水飴に込めてやる。

復讐の道を選んだ彼の気持ちがわかった気がした、一矢報いてやりたいと、蹂躙された心の仇が取りたいと、そうじゃなきゃ、最初の私があまりにも可哀想じゃない。

 

「、」

 

十尾の尾獣玉が迫ってくる、最初の私も、今までの私も、腰を抜かして泣くしかなかった光景だろう。

たとえ今みたいに力があったとしても、私如きが守れるのかなって、私にできるのかなって、自信が無くて駄目だった時のことばかり考えていただろう。

けれど今はこんなにも心が凪いでいる、それも諦めによる降伏なんかじゃなくて、立ち向かう激しい怒りとして。

そう、怒りだ、もういい加減、怒っているのだ。

怒りすぎて、心が凪いでしまうぐらい、怒りすぎて、どうにかなってしまいそうなぐらいに。

 

私如きが、守れるのか? 私に、できるのか?

違う!

私が守るの! 私がやるの!

私の願いは、私が叶えるの!

 

「波ッ!」

 

突き出した両掌から修行の時よりもずっとずっと膨大なエネルギー波が金色の矢の如く放たれる。

それは目の前の尾獣玉をいとも簡単に蹴散らして、大気を裂いて空を駆けていく。

そうだ、最初から狙いは尾獣玉、なんかじゃない。

遠くの空が光った、感知能力が仕事をする、止めようとする力は二つ、ギリッと奥歯を噛み締める。

防がれるものか、防がれてたまるものか。

踏み締める足場にヒビが入る、吐き出せ吐き出せ、全ての怒りを一点に集めろ。

想像しろ、粉々になって地面へと崩れていく十尾の哀れな姿を。

想像しろ、手も足もでなかったあいつらが私に吹き飛ばされて地に平伏す姿を。

想像を現実にしろ、あんな外来危険植物でしかない花など咲かせるものか、咲かせてたまるものか、そんなの花屋は許さない。

私が、許さない。

 

「ッ、ハアァッ!!!」

 

切先が、描いた未来に届いた感触がした。

 

 

 

貫いた確かな手応えと共に、両掌のエネルギーが収束する。

短く息を吐いて、緩む感情を引き締める。

まだだ、まだ喜ぶな、まだ、終わりじゃない。

 

ここから先は、私の知らない世界だ。

 

疲労に襲われる体に鞭を打って、こちらに駆け寄ってくる父さんたちの手を掴む。

何かを言われる前に額に指を二本、トンと押し当てて置いてけぼりにした二人の間の座標に飛んだ。

瞬いた先、壊滅している戦場に言葉を無くした連合軍と十尾から解放された尾獣達が居た。

さあ、ここからだ、口を開け、言葉を響かせろ。

 

「――――――こんな世界、飽き飽きなのは私も同じよ、もうウンザリ、お仲間ね」

 

想像以上の惨状に、虚勢の口角は先ほどよりもずっと上げやすかった。

 

「でも、他者の自由を奪って皆で夢の世界に逃げ籠りたい貴方達ほど、私は落ちぶれてはいないわ」

 

憎悪の瞳が向けられていると肌で感じるが、瞳術使いの瞳を見つめ返すなどそんな馬鹿なことはしない。

 

「たとえどんなに希望がない地獄のような世界だとしても、この世界で生きることを諦めた人間如きが、今を生きる私たちの生に口出ししないで」

 

臆すだなんてもっと馬鹿なこともしない。

 

「不幸自慢は他所でしてくれる? クソ野郎共」

 

言葉とともに、笑え、煽れ。

笑みを絶やすな、隙を見せるな、こちらが優位であると主張しろ。

そうして黒い幕に隠れたアレがボロを出すように――――――仕向けろ。

 

「そもそも――――――“ウサギ”の養分になるなんて嫌よ、絶対に嫌」

 

 

 

 

 

「ナ………ナンデオ前ガ“ソレ”ヲ知ッテイルンダ………?!」

 

 

 

 

 

話に聞いていた真っ黒な生命体が、少しも待つことなく口を滑らしながら地面から這い出てきた。

釣れるのは早いことに越したことはないが、なんと自ら事の顛末を得意気にあれこれぺらぺらと喋ったのだ。

予想外にも手間が省けたその結果、戸惑いながらも終戦の気配に沸き立つ連合軍と、口は禍の元を体現したモザイク処理が施されたものと、その隣で絶望している者が二名。

そして困惑した様子ながらもこちらに近づいてくる数人のチャクラを感知した。

これは巻きで終われるかなあと、思わず気を抜いてしまった、というより、気が抜けてしまった。

身体がそれまでの負担を思い出したかのように、ゴプリと口から赤を溢れさせて、ぐらりと揺れる足元、受け身を取る気のない手足、真っ先に閉じてしまった瞼、全身に及ぶ鈍痛、遠くなる騒音、あとはただの、ただの暗闇。

気が抜けてしまったから、それからのことは何も分からない。

分からない、けれど。

 

 

 

次に目を開けた時、大好きなお父さんが顔面を涙と鼻水でぐちゃぐちゃにして――――――私を抱きしめてくれたから、もう、なんでもいいや。



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