私と契約して魔法少女になってよ! (鎌井太刀)
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第一章 星に願いを 
第一話 私と契約して、使い魔になってよ!


 去年書きかけたまどマギの二次作品です。PCの肥やしにするならと投稿。
 原作は今のところ行方不明です。



 

 

 学校からの帰り道、私は謎の生命体と出会った。

 

「僕と契約して、魔法少女になってよ!」

 

 その白いナマモノは、まるでアニメのマスコットキャラのような台詞を吐いた。

 それを聞いた私の脳裏に電流が走り、私はここが前世で見たアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の世界なのだと気付いてしまった。

 

 私、古池凛音には前世の記憶がある。

 

 といっても大した記憶ではない。

 今世の私は女だが、前世は男でオタクな大学生だったというだけの話だ。

 

 私がその記憶を思い出したのは、十歳の誕生日のことだった。

 神様からの誕生日プレゼントと言うには、ユーモアがあるのかないのか。

 

 私としては他人の記憶を突然与えられたに等しく、そのせいで知恵熱を出して三日ほど寝込んでしまうハメになり、とんだ誕生日プレゼントだった。

 

 そんなわけで、その頃から私の人格が少々歪んでしまったのも仕方のない事だろうなどと、今のうちに自己弁護しておこう。

 

 十歳にして前世の記憶を思い出したとはいえ、それが何かの役に立つかといえば微妙な所だった。

 曲がりなりにも前世の大学生までの記憶はあったのだが、さりとて優秀な頭脳を持っていたわけでも、勤勉だったわけでもないオタク大学生の学力など、あってもなくても大して変わらなかった。

 

 大体今世の私は勉強に苦労したことなどなかったから、むしろ必要のない無駄知識が多すぎて、記憶を自分の中で整理するまで成績が下がるハメになってしまった。

 元々百点満点が当たり前という嫌味な優等生で通っていたので、両親に大層心配されてしまったのは不覚だった。

 

 そんな前世の記憶だったが、無視できない重大な呪いを一つ、私にもたらした。

 思春期の入り口で男性人格の記憶を思い出した影響なのか、嗜好に変化が生じていたのだ。

 

 有り体に言ってしまえば、私は女の子が好きになっていた。

 もちろん性的な意味で。

 

 別に男になりたいとか、男らしくしたいなどとは考えていない。

 あくまで私は女であることを自認し、だけど恋愛対象として女の子が好きになっていたのだ。

 

 どう考えても、前世の記憶が無意識でなんらかの悪影響を及ぼしたに違いない。

 

 だから私は悪くない。

 前世の記憶なんてプレゼントした神様が悪いのだと、現在進行形で責任転嫁を図っている。

 

 そんなわけで私は、可愛い子を見れば目で追いかけてしまうし、不意に同性同士の気安いスキンシップなんかされると、ドキッとしてしまう少女になってしまったのだ。

 

 前世の私は絶対に童貞だったと確信した。

 

 同じ魂を持っているのかもしれないが、私はすでに私という人格であり、前世の人格など親戚のオジサン並にどうでもいい。

 

 そんな普段は意識すらしないどうでもいい記憶だったが、今となっては感謝するべきだろう。

 

 目の前の白いナマモノ。

 宇宙のどこからか地球へとやってきた<インキュベーター>ことキュゥべえ。

 

 奴の正体も目論見も、出会った瞬間に思い出したのだから。

 

 前世の私は、よっぽどこのナマモノのことが好きだったらしい。

 記憶ではあまりに好き過ぎてこのナマモノのぬいぐるみを購入し、その顔を踏みつけることに快感を覚える変態だったようだ。

 

 ……繰り返し言うが、前世の私は、私であって私ではない。

 今世の私とは無関係だと切に主張したいところだ。

 

「あなたはなに? 喋るぬいぐるみ?」

 

 とりあえず目の前のナマモノは劇薬だ。

 

 肝心なのはすぐに「イエス」と答えないことだろう。

 答えたが最後、骨どころか魂までしゃぶりつくされる。闇金なんぞ目じゃない地獄に叩き落とされてしまうのだから。

 

「僕の名前はキュゥべえ! ぬいぐるみじゃないよ? 僕は魔法少女になって悪い魔女を退治してくれる女の子を探しているんだ。

 きみに叶えたい願い事はあるかな? 魔法少女になって魔女を退治する代わりに、どんな願い事でも一つだけ叶えてあげられるよ!」

 

 まさしくマスコットキャラに相応しい誘い文句だ。

 詐欺の手口としては極めて悪質だろう。

 

 こんなにもファンシーな外見をしているのに、中身はウ○ジマ君だなどと普通の女子中学生には見破れまい。

 

 だが残念だったな、インキュベーター。

 私は騙されてはやらん。むしろ騙す側だ。

 

「へぇ、なんだか面白そうね。詳しい話を聞かせて貰えるかしら? あなたこれから時間ある? 私の家で話の続き、聞かせて?」

 

 私ったら出会って間もない人を家に誘うなんて、なんという尻軽なのかと嘯いてみる。

 相手は人じゃなくてナマモノだけど。

 

「そうだね、それじゃお邪魔しようかな。よろしく古池凛音」

「ふーん……私の名前、知ってるんだ?」

 

 お得意のストーキングは健在か。

 一匹見たら無量大数個いると思え、それがインキュベータークオリティ。

 見張りの代わりはいくらでもいるのだろう。

 

「きみには魔法少女としての才能があるんだ。すまないとは思ったけど、気になってね。不愉快だったかい?」

「いーえ、別に。名前なんてどうでもいいもの」

 

 殊勝なことを言っているが、絶対にそんなことは思ってもいないだろう。

 私の記憶によれば、奴にあるのは計算だけだ。感情などは一切持ち合わせていない。

 

 奴は減少していく宇宙のエネルギーを、地球という牧場で収穫するための<孵卵器(incubator)>に過ぎないのだから。

 

 私が差し出した手から、キュゥべえは器用に駆け上がって肩に巻きついた。

 気分はジブリのナウ○カだ。

 

 キュゥべえの体は意外にも暖かく、温かくない内面とは大違いだった。

 

「なんだか、きみとは長い付き合いになる気がするよ」

 

 嫌な事を言ってくれる。

 だが短い付き合いと言われるよりはマシか。寿命的な意味で。

 

 私は表情に乏しい顔で、首を傾げてみせた。

 あなたが何を言っているのか、ワタシワカリマセンヨー?

 

「なにそれ、ぬいぐるみの勘?」

「だから僕はぬいぐるみじゃないってば。

 ……そうだね、数々の魔法少女を見てきた、僕の勘かな? きみは他の娘とは少し違うようだ」

 

 はいはい、お世辞乙。

 そんな煽てたって契約しないんだからね! なんて脳内で遊んでみたり。

 

 まったく伝説の宇宙企業戦士キュゥべえさんは、アニメと変わらず営業熱心でいらっしゃる。

 とりあえず契約内容を仔細に確認することから始めよう。

 

 聞かれれば答えてくれるよね? アニメでもそんなこと言ってたし。

 まぁ一週間くらいは軽く拘束して尋問でもしてみましょうか。

 

 その後、家に着くなり地下室へと入った私は、檻の中にキュゥべえを監禁し一週間に渡る拷も……もとい、OHANASHIをすることにした。

 今世の私の実家はわりと裕福なので、地下室があるのだ。

 

 まさか「地下室で監禁」という魅惑の組み合わせを実行する日が来ようとは、夢にも思わなかった。

 それに同意するかのように白いナマモノも言う。

 

「……きみにこんな趣味があるとは思わなかったよ。どうやら僕は、きみの物静かな外見に騙されていたようだ」

「あなた痛がらないのね。痛覚がないの? それとも我慢してるだけ?」

 

 キュゥべえは現在、我が家の地下で標本となっていた。

 顔面だけは無傷だが、それ以外は端的に言ってアジの開きだった。

 

 それでも問題なくこちらの質問に答えているのだが、声帯すらなく、口で喋っているようには見えなかった。

 一応声は頭部から聞こえるのだが、一体奴の体の構造はどうなっているのだろうか。

 

 いっそ徹底的に解剖してみたいが、機能停止してしまうと面倒だ。

 代わりを捕まえられるかどうかは、今のところ不明なわけだし。

 

 キュゥべえは奇怪なオブジェにされながらも、平坦な声で答えた。

 

「痛みという情報は、身体異常からくるただの警報に過ぎない。痛がるという行為は、対処を遅延させるだけの無意味な行いだと思うんだ。

 まぁ必要だと思えば演技くらいはするけどね。だけどいまは演技しないよ。きみに対して無駄なことはしないつもりだ。

 きみは僕に対してなんらかの疑念……あるいは、確信を持っているように見える。

 じゃなきゃ僕に対して、これほど執拗に尋問を繰り返したりはしないだろうからね」

「なるほど、それがあなたの素なのね。さっきまでの薄気味悪いマスコットキャラよりはずっと好感が持てるわ。

 以後、私の前で無駄な演技はしないように。あなたの嫌いな無駄なことよ」

「まったく、人間は物事を好悪で考えるのが好きだよね。好ましいか好ましくないか、感情によって仕分ける。時には効率さえ無視しても。まったくわけがわからないよ。無駄は省くもの、効率は追求するものだと決まってるのに」

 

 その無駄な部分があるからこそ、人間であると言えるのだが。

 そんな事を地球外生命体に言っても、それこそ無駄なのだろう。

 

「仕方ないわ、人間とは感情的な生き物だもの。そんな賢いあなたが、感情的で理解不能な人間と契約するのはどうして? あなた達にない、何を求めているのかしら?

 例えば……そう、あなたが理解できないと言った、感情が鍵になるのかしら?

 おかしな話よね。魔法少女なんてファンシーで感情的な空想上の存在になれと、あなたから言ってきたというのに。あなたの言う魔法少女って、ほんとに私の考える魔法少女と同じなのか、疑わしく思えるわ。

 もう少しで考えが繋がりそうなのだけれど、面倒だからあなたから教えてくれない?

 あなた達がどんな目的でここにいて、魔法少女とはどういう存在なのか、魔女とはどういうものか、修飾を省いて事実だけを教えなさい」

「……古池凛音、きみは異常だ。とても人間とは思えない」

 

 その言葉に、私は思わず笑ってしまった。

 

「あなたがそれを言うの?」

 

 幸いにも、キュゥべえは普通の人間の目には見えないらしい。

 つまり我が家で助けを求める事は不可能だ。

 

 まぁ理解不能な地球外生命体なので、その気になればどうとでもなるのだろうけど。

 奴が一週間も大人しく監禁されていたのは、私がキュゥべえを観察していたように、向こうも私を観察していたからなのだろう。

 

 どう私を利用して、効率よくエネルギーの回収をするか。

 契約して魔法少女にし、絶望させ、魔女へと転化させる。

 

 まるでライン作業をするかのように、奴らの思考にはそれしかないと言っても過言ではないだろう。

 尋問の結果、私はそれを深く確信するに至った。

 

 根負けしたのか、あるいは私を試しているのか、キュゥべえは驚くほど素直に真実を話してくれた。

 と言っても、アニメで鹿目まどかに説明した以上の内容は出てこなかったが。これでようやく交渉の席に着けるというものだ。

 

 見た目的には尋問した私の勝利だろうが、連中相手に勝つのは不可能だ。

 いわばゲームマスター相手にプレイヤーが戦闘をしかけるようなもので、戦うステージがそもそも違うのだ。

 

 人類にインキュベーターと対抗できる技術力がない以上、一介の少女にできることなど、相手のルール上で踊る事しかできなかった。

 

 もし彼女なら――因果の特異点となった<鹿目まどか>なら、その内に秘めた規格外の因果で舞台をぶち壊し、ルールを再構成することもできるのだろうが、私はただの平凡な少女に過ぎない。

 

 キュゥべえの話だと魔法少女としての才能は多少あるらしいが、良くて原作における<巴マミ>クラスが関の山だろう。

 

 つまりまともに契約すれば、いつか死ぬ。

 

 魔女になるかどうかは運次第だろうが、それは些末な問題に過ぎない。

 そんなのはまっぴら御免だった。

 

 私はもっと長生きしたいし、可愛い女の子達に囲まれたハーレムを築きたいという、前世からの童貞を拗らせたような野望があるのだ。

 

 悲劇も絶望もお呼びじゃない。

 頭の悪そうなハーレム展開を私は望んでいる。

 

 そのためには人類の敵となることも辞さない。

 だから私は真の意味で、悪魔と契約する忌むべき魔女となることを決めた。

 

「ねぇ、キュゥべえ。私と契約して、使い魔になってみない?」

 

 人類史上初めて、私はインキュベーターを驚かせた……のかもしれない。

 そうして私は白い悪魔と契約し、銀貨で人類を裏切る魔女になる。

 

「本当にこの内容で契約するよ? いいんだね?」

「しつこいわね。あなたらしくないわよ。さっさとしなさい」

 

 数日後、私はあの契約中毒者キュゥべえに、契約を躊躇わせるという快挙を成し遂げていた。

 

 キュゥべえから搾れるだけの情報を全て搾り取った後、穴だらけになった個体は、解放するなり新しいのがやってきて捕食されてしまった。

 その時見た奴の体内はどこも白く、血とか肉とか骨とか真っ当な生き物なら持っているはずの物がなかった。

 流石は地球外生命体だと感心したものだ。

 

 今私の目の前にいる新しいキュゥべえは、私が地下室で戯れていた個体とは別物だが、外見も中身も全く見分けが付かなかった。

 

 私は気持ち悪く耳の触角を伸ばしたまま確認してくるキュゥべえに、呆れたように言った。

 

「あなたが種を植え、私が芽吹かせ育てて収穫し、それをあなた達に上納する。

 こんなのただの雇用契約と同じじゃない? なにを躊躇っているの?」

「……古池凛音、正直にいえば僕は……いや、僕達は決めかねているんだ。確かにこの契約は僕達の利益となるだろう。

 だがきみにとって、それはいわば人類への裏切りだ。

 僕達はまがりなりにも知的生命体としてこれまで人類を尊重してきたつもりだけど、きみみたいな対応をしてきた人間は一人もいなかったよ」

 

 人間で言うなら、キュゥべえは今まさに困惑しているのだろう。

 そこには理解できない思考を持つ人間への怖れがあるかもしれないが、合理的思考からくる判断は感情的な判断に時として一歩遅れる。

 合理的思考の権化であるキュゥべえが、私を理解できないのは当たり前のことだ。

 

「あなた達の価値観からすればそうでしょうね。あなたという個体は、統一された意思のただの端末に過ぎないのだから。私という個体が、人類という集合体を裏切ることを理解できないのは当然の話よね」

「……古池凛音、きみはこれから数多の少女達を絶望に陥れ、魔女へと仕立てあげるだろう。

 人でありながら人を食い物にするきみは、魔女よりもおぞましい存在へと変貌する。

 その覚悟が、きみにはあるのかい?」

 

 なんともまぁ、今日のお前が言うなスレはここですか? と尋ねたい気持ちで一杯になった。

 

「くどいわ。あなたは大人しく私の使い魔になればいいのよ」

 

 キュゥべえは溜息を付いた。

 それはもちろんポーズなのだろうが、有史以来人間と付き合ってきただけあって中々堂に入った演技だった。

 

 インキュベーターの触角が私に触れる。

 途端、体の中から熱が生まれた。

 

 それは銀色の輝きとなって結晶化し、魂の形を現す。

 私は宝石となった自身の魂を手にとる。

 

 ――ソウルジェム。

 

 私の魂の宝石は銀色に輝いていた。

 キラキラと光を反射していて、まったく似合わない事この上ない。

 

 まぁ腹の中と同様、真っ黒だったら穢れと見分けが付かなくて不便だろうから、これはこれで良かったのかもしれないけど。

 

「――ここに契約は結ばれた。

 古池凛音、今日からきみは魔法少女であり、僕達インキュベーターの同業者だ。

 きみの活躍を僕達は期待しているよ」

 

 まったく心が籠っていないだろう祝福だったが、私は笑顔で受け取った。

 

「お仕事はちゃんとするわ。そういう契約ですもの」

 

 私が望んだのは、そう難しいことではない。

 インキュベーターの定めたルールに、私という存在をねじ込んだだけだ。

 

 まず私は通常の魔法少女と同じ、魔法で修復が容易な体と、ソウルジェムという携帯可能な魂に分離される。

 そしてインキュベーターから<契約>に関する魔法技術を提供してもらう。

 

 それを使って私は少女達と契約を結び、同じ存在へと導く。

 やがて魔法少女として成熟した暁には、少女達を絶望に叩き落とし、魔女へと転化させ、そのエネルギーを収穫するのだ。

 

 キュゥべえの説明では、魔法少女になってすぐに魔女になるよりも、魔法をバンバン使って魔法少女として高みに到達した少女の方が、転化した際のエネルギーが大きいようだ。

 

 そう考えると、改めて<鹿目まどか>は規格外だったのだと痛感させられる。

 魔法少女になってすぐに世界を滅ぼせる魔女となり、それでいてエントロピーを超越する膨大な回収ノルマが達成させられたというのだから。

 キュゥべえがキモいくらい干渉していたのも納得だろう。

 

 それはさておき、魔法少女を魔女にした時点で私のエネルギー回収作業は終わり、後は魔女を放牧して数を増やすなり、倒してグリーフシードを回収するなり好きにして良いそうだ。

 

 実はソウルジェムには一つの意図的な欠陥があるらしい。

 それは高い魔力を持つ者ほど、状態が不安定になることだ。

 

 鹿目まどかが超弩級魔女『ワルプルギスの夜』を倒してすぐ魔女に転化した世界が作中にあったが、どうやらあれはそういう訳だったようだ。

 もっともまどかは極端な例で、普通は気付かないような差しかないらしいが。

 

 私は勿論、そんな不良品を押し付けられるのは我慢ならないので、回収業務を手伝う代わりにちゃんとした改良品を与えられることになった。

 魔法少女のソウルジェムは意図的に穢れを溜めやすい仕様になっているらしいが、それもなくしてもらった。

 

 もちろん魔法を使えば穢れが溜まることは避けられないが、普通に生活している分には穢れが借金の如く嵩んでいくことはなくなるようだ。

 

 ここまでが私の願い事の範疇で、いわば契約の前金だ。

 私は奇跡の代償に、契約後の優遇を約束してもらったわけだ。

 

 契約内容はさらに続く。

 私が回収したエネルギーは特製ソウルジェムへと保管され、インキュベーターへと上納される。

 その際、対価として一割のエネルギーが私にキャッシュバックされることになっていた。

 

 そんなもの貰っても仕方ないと思うかもしれないが、そのエネルギーは<願い事>という形で還元されることになっている。

 

 つまり九割のエネルギーを代価に、一割分の願いを叶えてくれるのだ。

 魔法少女という製品の始まりから終わりまでを私がプロデュースするので、私が得られるだろうエネルギーも多い事を考えれば、悪くはない取引だ。

 

 もともと奇跡とは、少女が魔法少女になる際の余剰エネルギーで叶えられるものらしい。

 私はこれから魔法少女の誕生から絶望まで丸々回収することができるのだから、魔法少女を二三人程ロールアウトすれば奇跡一回分にはなる計算だった。

 

 たった一回分と思うかもしれないが、普通は奇跡などそうやすやすと起こせないものだ。

 まったく「奇跡を安売りしている」とは誰の言葉だったか。

 

 正直、奇跡なんて高い買い物をしなくても、小さな願い事程度ならたった一回の契約で稼げるだろう。

 そう考えると一割というのは、決して低すぎることはないはずだ。

 

 

 

 私はソウルジェムを輝かせ、魔法少女に変身した。

 地下室にある姿見で自身の姿を確かめると、黒髪は銀髪へと変わり、瞳も紅くなっていた。

 

 どこの踏み台転生者様かと吹き出しそうになるが、女なのでセーフだと堪えた。

 

 服装はセーラー服に似ており、手甲や胸当てなど少々厳つい装備がついている。

 運命の白セイバーに似てなくもない。今世の冷めた表情のすまし顔と左目下の泣き黒子もあって、型月世界にいそうなビジュアルになっていた。

 

「中学二年生の女子としては、中二病と呼ばれるのは不本意ね」

「一体きみは何を言ってるんだい?」

「なんでもないわ。気にしないで」

 

 武装は銀の指揮杖が一つだけ。

 まったく、棍棒にもなりはしない頼りない武器だ。

 

 これで突き刺せとでも言うのだろうか。

 エクスカリバーくらいはサービスして貰いたいところだ。

 

「楽しそうだね、リンネ」

 

 だが内心の愚痴とは裏腹に、キュゥべえにも分かるくらい浮かれていたようだ。

 我が事ながら、つくづく理解しがたい。

 

「あら、私のことフルネームで呼ばなくなったのね?」

「きみはもう魔法少女になったんだ。それをサポートするのが僕の役目なわけだから、何時までも他人行儀でいるのは非効率だろう?」

「そうね。なら私もインキュベーターではなく、キュゥべえと呼ぶことにするわ」

「そうしてくれると助かるよ」

 

 私は肩に孵卵器を乗せ、歩き出した。

 自らの口が笑みを作っているのを実感する。

 

「さて、まずは魔女でも狩ってみましょうか。最低限の力は持っておかないと、他の魔法少女達にも信用されないでしょうし」

 

 さぁ、獲物を食らい尽くす旅に出よう。

 

 

 ――全ては、私の欲望のために。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 私と契約して、弟子になってよ!

 

 

 

 夕暮れの公園の中、一人の少女が愛犬と遊んでいた。

 

 背中に三つ編みを垂らした赤毛の少女は、まだ男女の性差を意識できないほど幼く、男友達と泥だらけになって遊ぶ方が楽しいといった様子だった。

 

 今も愛犬とボール遊びする様は元気一杯で、スカートよりもショートパンツを履いているのがとてもよく似合っていた。

 少女は愛犬サフィの頭を撫でると、そろそろ帰ろうかと思い立ち上がる。

 

 

 だがその瞬間、世界は唐突に変貌を遂げた。

 

 

 夕暮れの空から墨汁のように闇が滲み出る。

 ブランコが独りでに大きく振れ、滑り台から黒い影が滑り落ちる。

 異界と化した公園の至る所で無数の影達が遊んでいた。

 

『あはは』『きゃはは』『くふふ』

 

 甲高い笑声を響かせながら、影達は少女とサフィを取り囲んで笑い続ける。

 突如お化け屋敷に放り込まれたかのような気味の悪さに、少女は悲鳴を上げた。

 

「な、なんなんだよ、これ? なにがどうなってるんだよ!?」

「ヴァン!!」

 

 そんな主人を守ろうとサフィが吠え、影に向かって威嚇する。

 

『遊ぼ?』『遊ぼうよ?』『遊ぼっか?』

 

 子供くらいの大きさの影達は、手を繋いで少女の周囲を回り始める。

 一緒に遊ぼうと口々に話しかけてくる度に、少女はかつて感じたことのないほどの恐怖を味わった。

 

『なにして遊ぼう?』『お人形さんごっこ!』『バラバラにして』『ぐーねぐね!』

 

 無邪気な声で残酷な遊びを思い付く影達は、円陣を組んで回りながら少女へと近づいて行く。

 その手には、鋏や鋸のような物が握られていた。

 

 それでどんな遊びが行われるのか、漠然とだが理解してしまった少女は、誰にともなく助けを求めた。

 

「……い、いやだっ。だれか、だれか助けて!」

「ヴァウ!」

 

 それに応えるかのように、サフィは影達に向かって駆け出した。

 そして勇猛果敢に噛み付いてみせるものの、血の一滴も流れず手応えがまるで感じられない。

 

 正真正銘の怪物を相手に、サフィの牙はあまりにも無力過ぎた。

 

 そして反撃とばかりに影達が集まると、サフィは伸びた影によって持ち上げられてしまう。

 それを見上げて影達が笑う。

 

『ワンちゃんは?』『はんばーぐ!』

 

 次の瞬間、サフィは真っ赤に咲いた。

 べちゃりと湿った音と共に、勇敢な忠犬は呆気なく息絶えてしまった。

 

「…………サ、フィ? いや、いやぁああああああああ!!」

 

 目の前の受け入れ難い現実を直視し、少女は絶叫した。

 それでも悲劇は終わらない。

 

『はっさみはさみ』『ぎったんばったん』『ネジってつぶして』『ばーらばら』

 

 影達は歌いながら少女へと近寄る。

 その姿を無数の禍々しい凶器に変えて。

 

 だが少女が絶望するその時、救い主(ヒーロー)が登場する。

 目の前に、銀色に輝く少女が現れた。

 

 

 

 ――つまり私参上ってことだってばよ!

 

 

 

 ……ごほん、失敬。まずは状況を説明せねばなるまい。

 私こと古池凛音が魔法少女となって、すでにそれなりの時間が経っていた。

 

 本日も日課である放課後探索をしていたところ、通り掛かった公園で使い魔を発見した。

 グリーフシードを孕んでいる魔女じゃないし、これは見逃すかと思っていたら、結界の中で幼女が襲われていたでござる。

 

 どうしよっかなーと思いつつ幼女ハァハァと内心悶えていたら、犬っころがあぼーんしちゃってこりゃまずい。幼女は世界の宝だぜ、と駆けつけてきた次第。

 

 いやほんと、面目次第もない。

 ここへ来るまでに魔女一体やっつけてきたから、疲れてたんだ。そういう事にしといて。

 

 私は驚きで目を丸くする幼女にキメ顔で微笑みかけると、指揮杖を振って私の最高戦力を投入する。

 

「行け、アリス! 有象無象を蹴散らせ!」

 

 私の言葉に応えたのは、仮面を被った金色の魔法少女だった。

 

 流れるような金絹の長髪に、黄金の鎧を纏い、手には金色の剣と実に目に優しくない外見だったが、その実力は剣を一振りしただけで使い魔が全滅したと言えばお分かり頂けるだろう。

 流石は元の素体が純近接型魔法少女だっただけのことはある。

 

 今では私のお人形なわけだけど。

 まぁその辺りの事情は追々説明していこうと思う。

 

 私は銀の指揮杖を天に掲げる。

 すると使い魔達の結界は音もなく崩れ、元の現実世界が姿を現した。

 

 それと同時に私は魔法少女姿を解除して、学校指定のブレザー姿へと戻った。

 アリスはそのまま魔法で隠形を続け、私の近くに待機させておくことにした。

 

 これで奇襲されても何とか対応できるだろう。

 される心当たりは全くありませんが。

 

 ええ、ほんとに。

 私は清く正しい魔法少女ですとも。

 

 私は振り返ると、驚きで目を丸くする幼女に微笑みかけた。

 

「よかった。体は大丈夫? どこも怪我してない?」

 

 お姉さんとして、十歳くらいの女の子の体に怪我がないか念入りに確かめる。

 ロリコンじゃありませんよ?

 

「あ、ありがと姉ちゃん!」

 

 はい、ロリからの姉ちゃんいただきましたー。

 これであと十年は戦える。

 

 もうね、このまま攫ってしまいたいんだけど、私の今の目的はそれではないので自重することにした。

 

「どういたしまして。私は古池凛音、中学二年生です。あなたのお名前は?」

「大鳥リナって言いま……あ、サフィっ!?」

 

 名乗るなり彼女は飼い犬のことを思い出したのか、真っ青な顔で駆け出した。

 

「どこ、どこ行っちゃったんだよ、サフィ!」

 

 だが死体はすでに結界とともに消滅している。

 彼女の愛犬は何も残さず世界から消えたのだ。

 

 声を出して名前を呼んでも、愛犬が戻ってくることはないだろう。

 普通ならば。

 

「ね、姉ちゃん! サフィは、サフィはどこに行ったか知らないか!?」

 

 それはね、ミンチになっておとぎの世界に行っちゃったの。

 なーんてドリームブレイカーをするほど私は鬼畜ではない。

 

 私はしゃがみ込んで、リナと視線を合わせた。

 

「サフィって、あなたのお友達?」

 

 私なにも知りませんでしたー。

 ワンちゃんがぐちゃったのも見てませんよ。

 

 だから私はなにも悪くない。

 

 そんな下衆な私の思惑とは裏腹に、リナは必死になって私に説明してくれた。

 

「サフィはあたしの家族なんだ! おっきな犬で、あたしを守ってくれたんだ!」

 

 悲しそうに目元に涙を溜める幼女の姿は、胸が痛む。

 私だって人並みの優しさはあるのだ。

 

 人類の敵ではありますがね。

 

「……ごめん、私がもっと早く駆け付けていたら」

 

 その言葉にリナはキッと私を睨んだが、すぐに俯いてしまった。

 おや、この年で感情を制御できるとは。なかなか大したものだ。

 

「姉ちゃんは、悪くないよ。あの黒いやつのせいだ。姉ちゃん、あれがなんなのか、知ってるのか?」

「知ってるよ。あれは使い魔。魔女という人々に仇為す悪い奴の手下で、あなたを襲ったのも、あなたを食べるつもりだったのよ。助けられたのは、本当に運が良かった」

 

 私の説明を聞いて、リナは短く息を飲み込んだ。

 自分が食べられていたかもしれないと知って、足が竦んでいる様子だった。

 

 そんな彼女を労わるように、私は彼女の赤毛を撫でた。

 

「あなたの家族は、最後まであなたを守るために戦ったのよ。誇りに思っていいわ」

 

 壊れ物を扱うように、私はそっとリナを抱き締める。

 彼女は愛犬の最後をようやく理解したのか、私の胸でわんわんと泣いた。

 

 服が涙と鼻水で汚れようが、構わない。

 私の腕の中で涙を流す無垢な存在が、たまらなく愛しく思えた。

 

 ああ、私はどこまでも邪悪なんだな。

 彼女に見えないよう、私はうっすらと微笑む。

 

 日が暮れて、私は泣きじゃくるリナをベンチに座らせると、涙が止まるまでその背中を擦ってあげた。

 しばらくして落ち着くと、リナは赤くなった瞳で私に「ありがとう、姉ちゃん」と言った。

 

 私は静かに首を振ってみせる。

 お礼など、本当に言われるような者じゃない。

 

 何故なら私は、これから悪魔の誘いを始めるのだから。

 

「もし、あなたが真に望むのなら……<奇跡>をもってあなたの家族を助けることができるわ」

 

 リナに魔法少女としての素質があることは、一目見た時から分かっていた。

 だからこそ使い魔に食わせるのが惜しくて助けたわけだし、契約しやすいように飼い犬を見殺しにもした。

 

 上手くすれば飼い犬を生き返せることを代償に、魔法少女の契約を結べると思ったからだ。

 

 ……本当に、キュゥべえを笑えないほど外道になっていくな。

 

 そんな私の内心を知らず、疑うことを知らないリナが釣り餌に食い付いた。

 

「サフィが、サフィが戻ってくるのか!? お願いっ、サフィを助けて!」

「私にはできないよ。あなたの祈りが奇跡を起こすの」

「あたしが? あたしは、どうすればいいの?」

 

 簡単な事だと私は笑った。

 

 私はリナにキュゥべえ直伝の営業トークを披露する。

 リナは幼いながらも必死に頷き、私の言葉を懸命に理解しようとしていた。

 

 私は確かな手応えを感じた。

 我がインキュベーター社とのご契約をどうか、とプレゼンしている気持ちだ。

 

 そして私はリナに、最後の一押しをする。

 

「――だから、私と契約して魔法少女になってよ」

 

 その言葉にリナは力強く頷いた。

 新規契約一名様ご案内……なんてね。

 

 そして契約を行うために、人気のない公園の中でも、さらに人払いの結界を張って念を入れる。

 魔法少女に変身して魔法のデモンストレーションを行う私に、リナは憧れの視線を向けていた。

 

「もしかして姉ちゃんは、正義の味方なのか?」

 

 それを聞いて、思わず笑ってしまった。

 

 まさかこの私が正義の味方とは。

 偽善者も可愛く思えるほど、ある意味冒涜的ですらあった。

 

「あははっ、私は夢と希望の使者で、あなたの先輩になる、ただの魔法少女だよ」

 

 そして私は彼女を魔法少女にした。

 やがて絶望へと至る魔法少女へと。

 

 私は悪夢と絶望の使者。

 魔法少女の皮を被った背信者。

 

【銀の魔女】りんね☆マギカ。

 本日も絶賛外道中です。

 

 

 

 

 

 

 自宅へと戻ったリナは、一日を振り返る。

 黒い影達――あれらは<使い魔>と呼ばれる、人々に災いをもたらす悪い<魔女>の手下だという。

 

 そんな化け物に殺されそうになったリナは、銀色の光を目にした。

 後にリンネと名乗った魔法少女は、リナの絶望をあっさりと打ち払った。

 

 彼女が呼びかければ、黄金の風が吹いて敵を滅する。

 銀の杖を天に掲げれば、暗闇の世界は光を取り戻し、リナを再び日常へと戻してくれたのだ。

 

 その圧倒的な光景は、リナの目に強く焼き付いていた。

 生まれ時から一緒に育ったサフィの死を、ただ嘆いていただけのリナの心を、彼女は優しく包み込んでくれた。

 

 そして奇跡を起こしてくれた。

 

 彼女は「これはリナが起こした奇跡だよ」と言っていたが、リナはそんなことはないと思っていた。

 

 彼女がいなければリナは殺されていたし、サフィだって助けられなかった。

 奇跡だって、彼女がいなければ成し得なかっただろう。

 

 リナにとって彼女は命の恩人で、サフィを救ってくれた間違う事なきヒーローだった。

 

 銀色に輝く姿はまるで正義の味方のようで、実際本人に言ったら笑われてしまったけれど。

 それでもリナは強くそう信じていた。

 

 魔法少女になる契約の後。

 涙ながらに戻ってきたサフィを抱き締めている間、静かにリナ達を見守ってくれている様は、まるで本当の姉のようだった。

 

 一人っ子であるリナにとって、リンネは憧れのお姉ちゃんだった。

 そんな姉のような人と同じ魔法少女になることは、リナにとって何の障害にもならなかった。

 

 ソウルジェムという魔法少女の証は、真紅に輝く宝石のように綺麗だったし、同色の魔法少女衣装はとても可愛くて。

 ついつい、リンネに何度も感想を求めてしまったほどだ。

 

「リナによく似合う、素敵な衣装だよ」

 

 リンネはそう言って、変身後に現れた帽子の上からリナを撫でてくれた。

 

 それがあまりにも嬉しくて。

 リナは慣れないスカートを恥ずかしがる余裕もなかった。

 

 その後、リナはリンネから魔法少女としての約束事を教えられた。

 

 魔法少女関係の事は、例え両親でも無関係な一般人に教えてはいけないこと。

 ソウルジェムは常に肌身離さず持ち歩くこと。

 力を手に入れたからといって、それを無暗に使わないこと。

 

 魔法少女として先輩になるリンネの言葉を、リナはよく聞いていた。

 それですっかり帰りが遅くなってしまって、帰ってから母親に怒られても、リナの機嫌は上がりっぱなしのままだった。

 

 自室でサフィの毛並みを丁寧にブラッシングしながら、リナはリンネのことを思い出す。

 怖い事も悲しい事もあったけれど、最後は笑顔になれる素敵な一日だった。

 

「リン姉ちゃん、かっこ良かったなー」

 

 これからリンネは、リナが一人前の魔法少女になれるよう指導してくれるらしい。

 

 魔法少女が人々に希望を与える存在なら、魔女は人々に絶望を与える忌まわしい存在だという。

 

 放っておけば使い魔を生み、使い魔は人間を食べてやがて魔女となる。

 恐ろしい事だとリナは思う。

 

 あの黒い影は、いわば魔女の下っ端に過ぎなかったのだ。

 魔女とはどんな恐ろしい化け物なのか、リナには想像すらできない。

 

 だけどリナは、自分でも不思議なほど怖いとは思わなかった。

 それは使い魔を颯爽と倒して見せたリンネの存在があったからだろう。

 

 どんなに怖い化け物が相手でも、リンネと一緒なら何も怖くない。

 だって彼女は、リナのヒーローなのだから。

 

 

 

 

 

 

 今現在の拠点である、月二十万もする高級マンションの一室へと戻った私は、制服姿のままベッドに向かってダイブした。

 そのままゴロゴロと転がり、ぐだぐだと時間を潰す。

 

 勤勉なのは私の趣味じゃない。

 自堕落で、それでいて結果を求める私は、中々に腐っていると思う。

 

 そんな私の側に白いナマモノが現れた。

 

 みんな大好き、這い寄る孵卵器ことキュゥべえだ。

 奴は神出鬼没だが、一日一回は私に顔を見せに来るので、それほど驚くことでもなかった。

 

「流石だね、リンネ。また一人有望そうな子と契約するとは、僕としても嬉しい限りだよ」

 

 キュゥべえは全てを見ていたのだろう。

 どこで見ていたのかは知らないが、相変わらず気持ち悪いことだと思う。

 

「彼女はどこまで育てる気なんだい? 投じる労力に見合った成果を期待したいものだけれど」

「うるさいわね。あなたは私の雇用主かもしれないけど、方針まで一々口を出さないでくれるかしら? 表向きの立場は私の使い魔なんだから、大人しく私に使われてなさいよ」

「やれやれ、つれないね。まぁ結果を出してくれるなら僕は構わないよ。事実、僕としてもきみがいてくれることで打てる手が増えて、助かっているわけだしね。

 きみの手腕は信頼してるよ。あの<アリス>で、僕達が予想していた以上の高エネルギーを回収した手並みは評価に値する。僕達も見習うべきかもしれない」

「あなたじゃ無理よ。感情を理解できないから必ずどこかでボロがでる。私がうまくやっているのは、感情をよく理解しているからよ」

「まぁ確かに。それができるなら僕達インキュベーターも、きみ達人類に頼らずとも済んだのだろうしね」

「もう寝るわ。あなたは他の子にでも粉かけに行きなさい」

「まったく、人聞きが悪いじゃないか。他の子のサポートも僕の仕事だよ。それじゃおやすみリンネ、良い夢を」

 

 別れの定型文なのだろうが、インキュベーターに言われると違和感しかなかった。

 私との会話に余計な装飾はいらないと常々言っているのだが、奴の対人会話マニュアルは融通が利かないらしい。

 

 私は左手首に巻かれた腕輪を眺める。

 周囲にぐるりと☆マークが並んだそれは、四つと僅かだけ色付いていた。

 

【星の腕輪】

 

 色付いた☆マークは、私の特製ソウルジェムに蓄えられたエネルギー残量を表している。

 魔法少女達から回収したエネルギーを上納した後の、私の純粋な取り分だった。

 

 人類を裏切った代償に得た、<祈りの銀貨>と言い換えてもいい。

 溜まったエネルギーは、今のところほぼ星四つ分――つまり通常の魔法少女の奇跡四回分にはなる計算だ。

 

 そろそろ何か願い事でもしようか。

 持ち運び可能な秘密基地なんて良いかもしれない。

 

 前世で見たコミックスの中に、確かそんな魔法の道具があったような気がする。

 インキュベーターの科学力なら実現できると信じておこう。

 

 まぁ奇跡自体、時として奴らの技術力を超える結果を与える不思議システムなので、あまり心配はしていないが。

 

 いや、それは逆に心配するべきなのか?

 まぁいい、考えても仕方ないだろう。

 

 私は、パジャマ姿のアリスを抱き枕にしながら眠りに落ちる。

 人間辞めても、眠りは変わらず必要なようだった。

 

 

 

 

 



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第三話 私と契約して、魔女になってよ!

 

 

 突然ですが、私はいまフルボッコにされかけています。

 

 相手は見知らぬ魔法少女二名。

 場所は廃ビルの中という殺人には良い場所だった。

 

 お互い魔女の反応を察知してやってきたのは良いものの、魔女の前に同業者に出くわしてしまってさあ大変。

 

「ちょっとあんた、どっか行ってくんない?」

「ここうちらのシマだし、よそもんはどっか行ってろよ」

 

 と、あまりにも明け透けなジモティばりばりの縄張り根性を見せつけられ、思わず鼻で笑ってしまい。

 

「あら、このビルはあなた達のマーキング場所だったの? 持ち主の許可なく粗相するなんて、レディとして恥ずかしく思わないのかしら?」

 

 気付けば思いっきり挑発してしまった。

 

 口は災いの素ですね。

 微塵も後悔してないけど。

 

 それで相手はぷっつん切れてしまったらしく、今時の魔法少女らしいすぐに切れる二人組が、私に襲い掛かってきたというわけだ。

 

 まったくこんな軽いジョークにも対応できないだなんて、社会性が欠如していると言わざるを得ないな。

 

「ちょこまか逃げ回ってんじゃねぇよ雑魚が!」

「大人しく死んでろっての! マジうざい!」

 

 まったく反撃しない私を、手も足も出せない弱者と判断したらしい。

 彼女達は苛立ちも露わに単調な攻撃を仕掛けてくる。

 

 相手の青色魔法少女は近接型、黄色魔法少女は遠距離型と、コンビとしての相性はまあまあ良さそうだった。

 けれども類は友を呼んだのか、似たような思考をしているせいで二人もいるのにその利点がまったく生かせていない。

 

 仲間というより、ただつるんでいるだけなのが目に見えて嫌になる。

 私が彼女達の指導者なら、お仕置きが必要なレベルだろう。

 

 この程度なら生まれたての弱い魔女なら倒せるだろうが、熟れた魔女が相手だと少々厳しい。

 ある意味魔法少女としては平均的なのかもしれないが、私にとってあまり魅力的な人材ではなかった。

 

 容姿もそこそこ可愛いのだろうが全然食指が動かない。

 私の嗅覚にも引っかからないなら、中身も凡俗の域を出ないのだろう。

 

 潜在的な能力値の伸びしろも大したことなさそうだし、これ以上彼女達を野放しにするのはエネルギーの無駄だと結論を下す。

 

 というか純粋な戦闘型ではない私を相手に、五分と三十二秒から現在進行形で傷を与えられない記録を重ねている時点で、期待外れも良い所だろう。

 

 例えばアリスほどの戦闘力があれば、今の私を瞬殺できるわけだし。

 

 彼女達と私のアリスを比べること自体が間違っているのかもしれないが、私が想定している水準を大幅に下回っている事は確かだった。

 

 単調な鬼ごっこも飽きてきたし、分析も終わってしまった。

 特殊なスキルも持っていないようだから、本当にハズレを引いてしまったらしい。

 

 私も運が悪い。

 

「もらった!」

「やった!」

「いいや、やってない」

 

 私の残した幻影を切り裂いて喜色を浮かべる二人組に対して、私は失望しか浮かばなかった。

 

「あなた達の能力はだいたい分かったわ。残念だけどハードコースで当たることにするわね」

 

 私の僅かながらにある良心からの宣告は、あまり真面目に受け止めて貰えない様子だった。

 

「はぁ? なにわけわかんないこと言ってんの? あんた馬鹿じゃない?」

「くすくす、そんなはっきり言ったら可愛そうじゃない。ちょこまか逃げるしか能がないから、せいぜいハッタリかますしかできないんでしょ」

 

 無能もここまでくると哀れだな。

 まぁ、調子に乗って貰った方が都合が良いのは確かなのだが。

 

 ため息を吐くと、私は指揮杖を一振りした。

 

「青色の剣は黄色の腕を切り落とす」

 

 黄色の魔法少女が、怪訝そうな顔で私を見ていた。

 それより後ろを気にした方がいいと思うけど。

 

「なにを言って――ぎゃあっ!? なに!? なにしてんのよあんた!」

「ち、ちがっ! 体が、体が勝手に!?」

 

 出来の悪い操り人形が一体、かつて仲間だったものに襲い掛かった。

 

「という言い訳で、常日頃からとてもウザい勘違い女に、青色は良い機会だから一発お見舞いしてやろうと思ったのでした」

 

 自分の気持ちを素直に話せない、シャイな青色魔法少女の心を代弁してあげた。

 すると恩知らずにも青色は怒声を発した。

 

「勝手なこと言うな! これはテメェの仕業か!」

「はあ、そうなんですか? 勝手に仲間割れして、責任転嫁ですか? まあ私の仕業なんですけど」

「ふざけんな! あんたが!」

 

 黄色魔法少女が、手にした魔法のボウガンで私を攻撃してくる。

 もちろん私には盾があるので、それを使った。

 

 生きた青色の盾だ。

 私の前に急に引っ張られてきた青色は、迫りくる矢に顔面蒼白になっていた。

 

「や、やめ! ぎゃああああああああ!?」

 

 放たれた矢は急には止められない。

 

 雨に打たれるような鈍い音とともに、青色の前面はハリネズミとなっていた。

 お陰様で私は無傷だけど。

 

「そ、そんな……ごめん、わたし、わざとじゃ……」

「いっそ敵ごと殺せれば万々歳。盾になるような間抜けが悪い。あーあ、これで逆恨みされてもちょーめんどいし。でもバカだから謝っとけばそのうち忘れるよね、とか思ってますよきっと」

「勝手なこと言わないで! 嘘だからね!? わたし、わざとじゃないからね!」

「黄色が否定すればするほど、内心が透けて見えるようです。あなた達、実はお互いの事が嫌いでしょ? 実力が近くて手頃にいたからつるんでるだけで、代わりがいればポイできる程度じゃないんですか? だって普通、仲間に切りかかりますか? 仲間を矢で射ぬきますか? バカでもしないことは自明のことでしょう?」

「それは、あんたが操ったからじゃない!」

 

 黄色が叫ぶが、あんたが言うな。

 黄色にはなにもしていない。あんたのはただの自爆だろうに。

 

「魔法で軌道を逸らすくらいしなよ。咄嗟にできなかった? それともしなかったのかな? 少なくとも私には、あなたが何もしようとしなかった様に見えたけどね」

「…………ほんとう、なの?」

 

 青色が絶望した表情で、仲間であるはずの黄色を見ていた。

 その顔には「裏切られた」とありありと書かれている。

 

 アホの子ですね、この人。

 

 そんな青色の疑惑の視線に、黄色は取り乱した。

 ハリネズミ状態の人の視線は、もはや恐怖でしかないのだろう。

 

「ち、違う! 違うの! 騙されないで! そいつがわたし達を惑わせようとしてるのよ!」

 

 まったくもって正解だけど、だからどうしたと答えてやろう。

 私は指揮杖を振りかざし、虚構の説明をする。

 

「種明かしすると、私の魔法はただの暗示です。しかも大きな欠陥があって、本人が望んでいないことはできないんですよね。だから死ねとか暗示をかけてもまったく効きません。でも青色さんの場合、仲間を切ることは簡単にできたようですね。どうしてですか?」

 

 私がそう言うと、彼女たちは互いに探るような視線を交わし合ったまま、沈黙してしまった。

 なんでこんなのに引っかかるんでしょうかね?

 

 全部嘘に決まってるのに。

 

 上手な嘘は真実を織り交ぜるらしいが、逆に全部が嘘だとどれか一つは真実なんじゃないかと錯覚するようだった。

 つくづくアホらしいと思った。

 

 敵を目の前にして、フリでもなく本当に疑心暗鬼に陥るとは。

 幻覚系の能力を持った魔女が相手だったら、同士討ち確定ですよこれは。

 

 全身ハリネズミとなって動けない青色とは違い、黄色はわずかに後ずさりして逃げる素振りを見せた。

 その逃げ道を、私は言葉で塞いでやる。

 

「逃げますか? あなたが逃げたらこの人、殺しますよ? 無抵抗ですから簡単に処理できますけど、どうします? こんなバカ仲間じゃないって言うんなら、どうぞ行ってらっしゃいませ。

 青色さん、残念でしたね、黄色さんはあなたのこと、大嫌いだったみたいですよ?」

 

 私は青色にかけた<支配の魔法>を強化させた。

 取りあえず痛覚は完全に消去して、自由に口を動かせるようにする。

 

 すると、壊れたように青色は喋り始めた。

 

「そっか、そうだったんだねアンリ、あたしのこと、邪魔だったんだ」

「なに言ってるの!? ミライのこと、邪魔だなんて思ったことないよ!」

 

 なんだか私を置いてけぼりにして、二人は安いドラマを演じ始めた。

 ずっとそれを眺めるほど私も暇ではないので、唯一の視聴者兼自称監督として茶番を打ち切ることに決定。

 具体的には、青色の両手両足を物理的にちょんぎっただけなんだけど。

 

「ぁ、ぁ、あああああ!!」

 

 全身からドクドクと血を流しながら呆然とする青色。

 彼女の髪飾りとなっているソウルジェムが、急速に濁っていく。

 

 それを見て、私は良いペースであることを確認していた。

 

「ミライ!? きさまぁああああああああ!!」

 

 黄色が怒りで威力の上昇した魔法を、力任せに放ってくる。

 

 私は青色の首を掴んで振り回し、無数の矢を迎撃した。

 炎の矢が混ざっていたらしく、肉の焼ける匂いがする。

 

 なんだかとってもデジャビュな気持ち。 

 

「ああああ!? ミライ! ミライ! わ、わたしはまた!?」

 

 懲りない奴。

 本当に青色を殺したかったのか? と思わず疑いたくなるほどだ。

 

「攻撃を受けて気が付いたのだけど、あなた自分の魔法を途中で変更できないのでは? 私が紙一重で避けても、何も手を加えませんでしたし。

 遠距離型なら追尾するなり爆発させるなり、魔法を付与するのは基礎的な技術だと思ってたんですが……直線に飛ばすしか知らない人って、ホントにいるんですね。よく今まで生きてこられたと感心します」

「あ、あんた……まさか最初からそれを狙って!?」

 

 狙ってはいたけど、それに気づかない黄色のお花畑具合は予想外だったよ。

 

「とはいえ二度も仲間を射るとは。予想以上の無能ですね。

 あなた、絶望的なくらい魔法少女に向いてませんよ」

 

 黄色の胸元にあるソウルジェムもまた、急速に穢れに侵食されていった。

 獲物が豆腐メンタル過ぎて、お仕事が楽なのは良い事だ。

 

 私は青色が出血死しないよう、魔法で血止めをする。

 魔女に転化するまで生きてればいいので、修復とか無駄な事はしない。

 

 魔法少女の体は魔法の通りが良く、治癒しやすい。

 大した魔力を使うこともなく出血は止まった。

 

 一方の黄色は何を絶望したのか、自らの頭をボウガンで貫こうとした。

 だが死ぬのはまだ早いと、慈悲深い私はお友達と同じように彼女をダルマにしてあげた。

 

 魔法で生み出した糸は便利だ。

 普通の糸みたいに絡まったりしないし、その気になれば半端ない強度にもなる。

 

 まぁ手慰みに使っている程度なので、私のメイン武装というわけじゃないのだが。

 人形の操り師として、糸で戦うくらいはできないと駄目だろうと、一昔前に思ってから使い始めている。

 

 私は銀色の魔力を紡いで、糸を生成する。

 それを使って拘束したダルマさんを仲良く並べると、魔法で杭を作り出した。

 

 もちろん、串刺しにするために。

 

 彼女達にはまだまだ絶望が足りない。

 死なない程度に、もっともっと苦痛を与える必要がある。

 

「絶望しなさい。それだけがあなた達に残された、唯一つの救いとなるでしょう」

 

 信じる者は救われない私の言葉をどう受け取ったのか、拷問を始めてしばらくすると二人は仲良く魔女へと転化した。

 

 今回は肉体、つまりハードへのダメージを重点的に与えたけど、本来ならもっと高度で精密に、精神的に絶望させた方が都合が良い。

 なぜならその場合綺麗な死体が残るので、抜け殻としてそれなりに利用価値があるからだ。

 

 今回の二人組は死体を再利用する気にもなれなかったので、なるべく多くの魔法を使わせ精神にダメージを与え、肉体を完膚なきまでに破壊することになった。

 

 ハードコース、つまりは肉体破壊ありありの絶望プランのことだ。

 ソフトの方がスマートなので出来るだけそうしたいところだが、あまりよく知らない相手だと絶望させるのも一苦労なのだ。

 

 今回は相手がアホだったから良かったものの、練達の魔法少女相手なら私程度の詐術は通用しないだろう。

 まぁそうなったらそうなったで、打つ手など幾らでも用意しているわけだが。

 

 私は、予め結界内に封じていた覚醒寸前のグリーフシードを再凍結させた。

 私の手の中で、ガラス状の結晶の中にグリーフシードが封印されているのが見える。

 

 グリーフシードの<凍結>は、キュゥべえから提供された技術の一つだ。

 

 こうして凍結されたグリーフシードは、それ以降一切の変化が起こらない。

 魔女に孵化寸前のグリーフシードでも、凍結中は決して魔女にならないのだ。

 

 今回の一件の種明かしをすれば、彼女達は私の用意した餌に食いついた、ただの雑魚に過ぎなかった。

 励起状態のグリーフシードを使った偽の反応に引き寄せられ、それに引っかかった獲物を私が捕食する。

 

 その有様は、まさに自然界の摂理を思わずにはいられない。

 弱肉強食という奴だ。

 

 そして私は、魔法少女のなれの果てと対峙する。

 

 彼女達のソウルジェムがグリーフシードへと相転移し、醜悪な二体の魔女へと変貌していた。

 だが小粒な種から孵った果実など、まるで歯応えがない。

 

 ましてや孵化したばかりのヒヨコなど。

 新米魔法少女だって楽に倒せるだろう。

 

「アリス、掃除をお願い」

 

 私の言葉に黄金の魔法少女が応える。

 私の愛しいお人形――アリスが風となって私の目の前に現れ、黄金の剣を一閃させる。

 金色の煌きが、仲良く結界内に潜り込もうとする魔女達を捉えた。

 

 光の結晶が室内に降り注ぐ。

 それは魔女達が灰に変わった物だ。

 

 黄金の光は魔女を白い灰へと変え、グリーフシードだけを残して痕跡を消滅させた。

 

 転化させるまでの苦労に比べて、魔女を始末するだけのお仕事は楽で良い。

 ぶっちゃけた話、現場の魔法少女組合より管理職のインキュベーター社の方がブラック認定間違いなしだった。

 

 もしもキュゥべえに感情があったなら、ストライキが発生してもおかしくないとすら思えるほど。

 同情はこれっぽっちもしないが。

 

 私は頼りになるアリスに抱き付いた。

 鎧越しだったが、アリスの華奢な体躯は非常に抱き締めやすかった。

 

「アリスは良い匂いがするなー。まあそれは置いとくとして、今回の悪役ぶりはちょっと微妙だったかな? 向こうが大根役者だったってのもあるけど。

 もっと小物臭漂う小悪党を目指すべきか、あるいは黒幕的な存在を目指すべきか。

 いやはや、人類の敵も奥が深いね」

 

 私は、アリスにお姫様抱っこされながら廃ビルを後にした。楽ちん楽ちん。

 

 ちなみに今回回収した☆は、一つどころか半分にも満たなかった。

 手間の割に効率の悪い釣果で残念な限りだ。

 

 今現在私の住むマンションは個人で住むには広い間取りだったが、魔法少女関係の様々な機材や物資、そしてアリスがいるため少々手狭になっている。

 料理上手なアリスの作った夕飯を食べ終えた私は、それらの問題を解決することに決めた。

 

「やあ、今日も順調にエネルギー回収に励んでいるようだね」

 

 デザートのプリンを突いていると、丁度良い所に白まんじゅうことキュゥべえが現れた。

 

「定給制じゃなくて歩合制だからね。稼ぐなら動かなきゃいけないのよ。

 あなたもどこからか見てたんでしょうけど、今日の獲物は正直微妙だったわ。魔法少女業の成果の方が高いくらいよ」

「今日だけで魔女を三体も倒しているんだから、きみは魔法少女として別格の強さだと言ってもいいだろうね。少しばかりズルい気もするけど」

 

 そう言って、キュゥべえは私のアリスを見た。

 なにか文句でもあるのかしら?

 

「効率的に行うことを、ズルいと言われるのは心外だわ。まぁあんまり種元を減らすのもつまらないし。この街にはまだ当分残るつもりだから、ほどほどに抑えることにするけどね」

「きみのことだ。その間になにか面白いことをする気なんだろう?」

 

 その確信する口ぶりに、私は微笑みで答えた。

 

「当たり前でしょ。それで差し当たっては取引と行きたいんだけど」

 

 私はキュゥべえに希望する物を告げた。

 

 持ち運び可能な秘密基地が欲しい。できる限り広ければなおよい。叶わずとも拡張空間を内包した魔法具、ないしはそれが実現可能な技術が提供されれば、後はこちらでやろう。

 

 交渉の結果☆二つの対価で、私は私の望むような箱庭を一つ貰えることになった。

 少々割高な気もするが、それだけの価値があるのだと思うことにする。

 

 そしてキュゥべえから渡されたのは<黒い箱>だった。

 継ぎ目の一切見えないオーパーツ独自の異様な気配があると思うのは、提供元を知っているからこその偏見だろうか。

 

 魔法と同じように想像を元にデザインや機能を拡張、改良できるらしいので、しばらくは箱庭作りに手がかかることになるだろう。

 

「リンネ、きみはどこまで行くつもりなんだい?」

 

 キュゥべえにしては、珍しく漠然とした問いかけだった。

 だから私も漠然と答えた。

 

「どこまでも。ただ宇宙の平和のために」

 

 それは素敵なことだとインキュベーターは言う。

 嬉しそうなのは演技なのだろうが、歓迎すべき言葉だと思ったことに違いはないだろう。

 

「デザート食べてく? アリスの作るプリンは至高の一品よ」

「料理なんてエネルギーの無駄遣いだけど、食べられないわけじゃないからね。ありがたく頂くことにするよ」

 

 一人で食べるデザートは味気ないと思っていたところだ。

 この際、一言多い宇宙生物だろうが許容範囲内だろう。

 

 その後、私はキュゥべえから近場の魔法少女達の情報を提供された。

 もしやプリンのお礼のつもりだろうか?

 

 それはないと断言できるのが、キュゥべえがキュゥべえである由縁だろう。

 ともあれ、アリスに給仕されながらキュゥべえと仕事の話ができたので、その日の晩餐は有意義だった言える。

 

 

 

 

 




今日の厨二病

リンネ「残像だ(キリ」



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第四話 私と契約して、友達になってよ!

 オリジナル展開突入。
 原作? 知らない子ですね。


 

 

 

 朝は味噌汁の香りで目が覚めた。

 愛しいアリスが、朝食を用意しているのだろう。

 

 昨晩もアリスとにゃんにゃんしていた私だったが、一方のアリスは早起きして朝食を作っている様だ。

 アリスは優秀だとつくづく思う。

 

 アリスは掃除洗濯家事魔女魔法少女、何でもござれの万能キャラだ。

 人間だった頃の彼女も黄金の輝きを持つ天才だったが、私のものになってからは人間的な弱さが抜け、より完璧な存在になったと思う。

 

 話せない、感情がないといった欠落も、却ってアリスの魅力を引き立てていた。

 

 アリスは私の最初の作品だからそんな不具合が残ってしまったのだが、今となっては奇跡の産物だとすら思える。

 もちろん今の私の技術なら、アリスを人間と同じようにし、以前のアリスを再現することだってできるだろう。

 

 だがそんなつまらないことをするつもりはなかった。

 アリスは、今のままのアリスがいい。

 

 朝食の準備が終わったのか、エプロン姿のアリスが私を起こしにくる。

 

「おはよー、アリス」

 

 アリスにおはようのキスを軽くして、私は顔を洗いに行く。

 朝食を食べ終え、私立中学の制服に着替えた私は、いってきますのキスとともに学校へと向かった。

 

 まさに夢のような生活といってもいいだろう。

 ハーレムの野望へと着実に近づいている。

 

 

 

 

 

 

「おはよー古池さん」

「おはようございます」

 

 今現在における私のクラス内での立ち位置は、転校してきたばかりの謎の美少女だった。

 自分で言うなよと突っ込まれそうだが、お約束だと思って欲しい。

 

 前世の価値基準からすれば、今世の私は胸の起伏については乏しいものの、すれ違えば振り返る程度の美少女ぶりは持っていた。

 例えるなら、メガネなしのほむほむに匹敵するクールビューティ具合だと自惚れるほどだ。

 

 だというのに転校早々、私はなぜかぼっちになっていた。

 

 な、泣いてなんかないんだからね! 

 ……一人ツンデレごっこはやはり微妙だ。

 

 無表情で一人静かに読書している私が、そんなことを考えているとは誰も思うまい。

 

「ねー、なに読んでるの?」

 

 裏のなさそうな笑顔とともに話しかけてきたのは、クラスメイトの高見二星だった。

 名前はフタホシというらしいが、クラスメイト達から「ニボシちゃん」という小魚臭漂う渾名で親しまれている。

 

 ニボシちゃんはクラスのムードメーカーで、転校早々孤高を気取る私を気にかけるくらい良い子だった。

 

「<モンテ・クリスト伯>。裏切られ、絶望の果てに復讐を誓った男の話。これをモチーフにした作品もあるくらい結構有名な物語なんだけど……興味ある?」

 

 言ってはなんだが、ニボシちゃんは読書するようなタイプではない。

 友達とお喋りするのが楽しいという様な、普通の女子中学生だ。

 

 案の定、ニボシちゃんは困ったように眉根を垂らして愛想笑いを浮かべた。

 

「あははー、わたしそういう真面目な本読むと眠くなっちゃうんだよねー。わたしでも読めそうな本ってあるかな?」

「なら……そうね、<葉っぱのフレディ>とかどうかしら?」

「どんな本なの?」

「絵本だけど、なかなか面白かったわ」

「へー、古池さんって何でも読むんだね。絵本とか、ちょっと意外かも」

「そう? 子供向けとバカにしたものじゃないと思うけど」

 

 人間の一生など、しょせん葉っぱのようなものだと思える実に薀蓄深い作品だった。

 

 魔法少女となり、魔女になって魂をエネルギーへと還元される。

 言ってしまえば私達魔法少女は、葉っぱのように生まれ、枯葉となって死ぬのだ。

 

 私は常々、そうはなりたくないと思っているわけだが。

 ふと気が付けば、ニボシちゃんが何故か私をキラキラとした目で見つめていた。

 

「……なに?」

「古池さんってすごい美人だよねー。しかも運動もできて頭もいいとか完璧すぎるよ! おまけにハーフなんでしょ? なんかもうマンガの世界のキャラクターみたい!」

「ハーフじゃなくてクォーターだけどね。あと私を勝手に二次元の住人にしないで」

 

 私を羨むニボシちゃん。

 魔法少女となって以来、私は銀髪紅眼の踏み台様容姿になってしまったので、転校する度に北欧系の外国人を祖母に持つという設定を加えている。

 

 魔法で色を変えることもできるし、染めればいいのだろうが、わざわざ黒に戻すのも無粋かと思ってそのままにしてある。

 まぁこの世界、髪色が派手なのも珍しくないという世情があるため、それほど悪目立ちはしないので気は楽だ。

 

「あははっ、ごめんね。なんだか古池さんと話すの楽しいかも。もっと取っつきにくいかと思ってたんだけど、わたしともちゃんと話してくれるし、なんだか嬉しいな」

「私ってそんなに変かしら?」

「うーん。変っていうかね、オーラが違うんだよ。オーラが」

 

 そう言って、ニボシちゃんはコォオと珍妙なポーズをとった。

 波紋でも使う気だろうか。私は使えないけど。

 

 その後、やや天然気味なニボシちゃんと授業が始まるまで仲良くお喋りした。

 そして休み時間の度にニボシちゃんが襲撃してくるので、気が付けば読書の栞が一ページも進んでいなかった。

 

 どうしても今すぐ読みたいわけじゃないので、諦めてニボシちゃんとイチャイチャすることにした。

 

 栗毛の団子頭が可愛い小柄なニボシちゃんは、クラスのマスコットだ。

 笑顔がキュートで話していて気持ちがいい。

 いっそパクッと食べちゃいたいところだが、そんな私の裏の素顔はトップシークレットだ。

 だがいつか機会を見ていただくことを心の裏側で決意する。

 

 無防備なニボシちゃんは、そんな私の決意など知らない笑顔で話かけてくる。

 なんという羊ちゃんか。

 

 老婆心ながら、オオカミさんには気を付けて欲しいものだ。

 もちろん私以外のオオカミ限定で。

 

「リンネちゃん、お昼一緒に行かない?」

「ええ、ニボシが良ければ」

 

 お昼になる頃には、すでにお互い名前呼びが当たり前となっていた。

 最初、私はニボシちゃんを「高見さん」と呼んでいたのだが。

 

「リンネちゃんも、ニボシって呼んでいいよ。みんなそう呼んでるし」

 

 当人に笑顔で言われてしまったので、そう呼ぶことにした。

 

 日本人は『みんな』が好きだよね。

 もしも私が小魚呼ばわりされたら、血の復讐を誓うくらい屈辱に思うのだけれど。

 

 

 

 私はてっきりお昼休みは、ニボシちゃんと二人きりでランチを食べさせっこする、夢のような時間だと思っていたわけなのだが。

 どうやらそれは、私の勘違いだったらしい。

 

「ニボシ、その子は?」

 

 人気者のニボシちゃんは、当然のように友達も多い。

 屋上に行くと、四人の少女達が私とニボシちゃんを出迎えた。

 

 他クラスどころか下級生と上級生もいる、何とも繋がりの見えにくいグループだった。

 どうやら私は、この屋上グループのゲストとして招待されたらしい。

 

 この状況もある意味ハーレムと言えなくもないが、今のところ私の嫁候補はニボシちゃんだけなので、その他の皆さんは割とどうでもいい。

 

 もしかして部活関係の集まりなのだろうか。

 放課後は結構忙しいので、勧誘されてもお断りなのだが。

 

 私の事をニボシちゃんに尋ねたのは、髪をポニーテールにした女の子だった。

 ブレザーのネクタイの色からすると、私と同級生らしい。

 

 もう一人、こっちはおどおどとした内気そうな少女も同い年の様だが、ポニーテールの子の背中に隠れて私を警戒していた。

 

 私、怖くないよー?

 人類の敵だけど。

 

 一般人皆殺しにしたりとかしないよー?

 必要ならばやるけどもさ。

 

「リンネちゃんっていうの! お友達になったから、お昼に誘っちゃった!」

「……え? でも、あの……いいんですか?」

 

 内気ちゃんは困惑した顔で、この場で唯一の上級生の顔色を伺う。

 

 おっとりとしたお姉様は、あなたほんとに中学生ですか? と確認したくなるようなご立派な胸をお持ちだった。

 ウェーブのかかった癖毛が可愛らしく、押し倒したくなるような魅力がある。

 

 ニボシちゃんとイチャラブできないのは残念だったけれど、思わぬ嫁候補の登場に心が躍った。

 お姉様は見た目通り穏やかな声で内気ちゃんに答える。

 

「構わないと思うわ。ニボシを信じましょう。彼女の勘は、もはや魔法ですからね」

 

 ピクリと、その言葉に全員が何らかの反応を示した。

 私はふーんと思っただけだが、どうやら彼女達にとって何らかの禁句を口にした可能性が高い。

 

 ニボシちゃんの顔に特に変化がないことを鑑みれば、彼女自身に問題があるわけではないだろう。

 ならばそう……魔法、とか。

 

 すでにおおよその見当はついているけど、私は何も知らない謎の転校生ですからね。素知らぬ顔でスルーしましょう。

 一瞬でそこまで考えた私は、不自然じゃない程度の間の後に自己紹介をした。

 

「二年C組の古池凛音です。最近この学校に転校してきました。まだこの学校に不慣れだったもので、高見さんには良くして貰ってとても助かっています」

「もーリンネちゃん、また高見さんに戻ってるよ!」

 

 ぷんぷんとニボシちゃんが頬を膨らませる。かわええ、リスみたいな頬を指で突きたいが、まだそこまで親しくなれていない。

 最終的には色々突き合う関係になりたいものだ。もちろんエロい意味で。

 

「でも他の人の前でいきなり呼び捨てとか、慣れ慣れしいと思われません?」

「気にしないでいいと思いますよ。ニボシ先輩はいつもこうですから。ウザいならウザいと、ハッキリ言わないと分かりませんよ?」

 

 首を傾げる私に答えたのは、意外にも下級生の子だった。

 ツインテールにしたザ・ツンデレの鑑のような、ニボシちゃんとタメを張るくらい小柄な子だった。

 ツインテちゃんはクールな毒舌キャラらしい。生意気可愛い。調教したい。

 

 同学年のスポーツ少女と内気ちゃんはあまり食指が動かされないが、上級生と下級生は当たりだった。

 五人グループの過半数が当たりならば、非常に幸運だと言えるだろう。

 

「いえ、私はあまり積極的に話しかけるような性質ではないので、高見……ニボシには感謝しています」

「……ふーん、良い人そうじゃないですか。ニボシ先輩の新しいお友達」

「でしょー? リンネちゃんはね、美人で運動もできて頭もいいんだよ! あと本が好きでね! 色んな本知ってるんだよ!」

 

 実はエロ本も官能小説も大好きですが、それは内緒にしておきましょう。

 はしゃいだ様子で、ニボシちゃんは仲間達に私の事を紹介していた。

 

 何だかかなり美化されているようで背中がむず痒いが、悪意はないので止めることもできない。

 私としては「そんなことないですよ」と謙遜してみせるだけだ。

 

「私は三年の錦戸愛菜です。リンネちゃんって呼んでもいいかしら?」

「はい。私も先輩のこと『アイナ先輩』とお呼びしてもいいでしょうか?」

「もちろんよ。しっかりとした子が後輩になってくれて、私も嬉しいわ」

 

 本当はお姉様と呼びたいところだが、引かれる可能性大なので自重する。

 和やかな雰囲気のまま自己紹介する流れになり、残りのメンバーも次々と自己紹介を始めた。

 

「私は竹田真子。二年A組、趣味はランニング。よろしくね!」

「あ、わたしはその……新谷優里枝、です。マコちゃんと同じ、A組です……よろしくお願いします」

 

 同級生の二人とは簡単に自己紹介をする。

 スポーツ少女と内気ちゃんの名に恥じない脳筋ぶりと内気具合だった。

 

「……藤堂亜里沙です。よろしく」

 

 ツンとすまし顔のツンデレちゃんは、アリサちゃんというどこかで聞いたようなツンデレっぽい名前だった。さすがツインテールにするようなツンデレちゃんは格が違った。名前からしてツンデレしてるとは恐るべし。

 

「自己紹介ありがとうございます。ところでみなさんは、なんの集まりなんですか?」

 

 軽く藪をつついてみる。

 いきなり魔女は出てこないだろうが、魔法少女くらいは出てくるかもと期待しておく。

 

「ただの仲良しグループだよー。リンネちゃんも加わってくれると嬉しいかな?」

 

 え? と声を上げたのは内気ちゃんだった。

 信じられないものを見たような顔で、ニボシちゃんを見ている。

 

「……その人、アレなんですか?」 

 

 アリサちゃんが要所をボカしながら言ったが、その言い方はなんだかアレな人みたいで嫌だ。

 

「どうかしら? でも素質があるのは、私にもわかるわ。だからニボシも彼女をここに連れてきたのでしょう?」

「ああ、なるほどねー。そういうわけか」

 

 アイナ先輩がニボシちゃんに視線を向け、マコが納得する。

 一人だけ事態を飲み込めないユリエが、きょどきょどとした顔で周囲を見ていた。

 

「……え、え? どういう、こと?」

 

 アイナ先輩が、柔らかな笑みとともにユリエに説明する。

 

「彼女もまた、選ばれた少女だってことよ。ね、キュゥべえ?」

 

 そして、どこから現れたのか。

 

 絶望の使者。

 私のもっとも信頼すべきでない、使い魔兼共犯者。

 

 人間エネルギー回収牧場の管理者ことキュゥべえが、その白く不吉な姿を現したのだった。

 

「……そうだね、彼女には僕の姿が見えているようだ。魔法少女としての素質は十分あると思うよ」

 

 まるで初対面だと言わんばかりにキュゥべえが白々しいことを言っているが、性質が悪いことにその言葉に嘘はなかった。

 

 姿は見えている。素質も十分にある。

 当然だ。私はすでに魔法少女なのだから。

 

 私がすでに魔法少女になっていることを彼女達に教えないのは「僕は魔法少女としての素質を聞かれただけで、彼女がすでに魔法少女だったとしても、僕にそれを答える義務はないよ。だって聞かれなかったしね」とでも考えているからだろう。

 

 奴の悪辣な所は、そこに騙したという意識がないことだ。

 人間に対する共感能力がそもそもないため、暗黙の了解など平気で無視する。

 

 ファンシーなマスコットキャラではなく汚い政治家を相手にする心づもりでかからねば、容易に足元を掬われてしまうだろう。

 だが彼女達はそんなキュゥべえの正体など知らず、奴の言葉に純粋な喜びを露わにしていた。

 

 

「リンネちゃんにだけ、私達の秘密を教えてあげる!

 私と一緒に魔法少女をやろうよ!」

 

 

 そんな希望に満ちた笑顔と共に、ニボシから手を差し伸べられる。

 世界は光に満ちていると錯覚してしまいそうな、それはとても眩い<善意>だった。

 

 ……まさかこの私が、勧誘されるハメになるとは。

 こいつらアレか。バカなのか?

 

 魔法少女になることが幸せなことだと、心の底から信じているのか?

 自分たちは選ばれた特別な存在だと、それが選民思想だと気付かず無邪気に信仰しているのか?

 

 思わず笑ってしまいそうになる。

 人を絶望に陥れる罠にかけた罪悪感すらなく、悪戯に絶望をまき散らす愚者共。

 

 ああ、実にキュゥべえが好みそうな集団だ。

 昨日、奴が私に彼女達のことを教えたのも納得だ。

 

 そう、私は彼女達の事を既に知っていた。

 知っていて、接触を期待したわけだが……ここまでの事態は完全に予想外だった。

 

 なんて堕としがいのある魔法少女達なのだろう。

 いいだろう、インキュベーター。お前の目論見通り、踊って見せようじゃないか。

 

 私は念話でキュゥべえに作戦を伝える。

 奴がここにいるということは、私に協力する意思があるからだと確信している。

 

 私の使い魔として殊勝な心がけだと褒めてやりたいところだ。

 またプリンでも食べさせてやろう。

 

『キュゥべえ、私は今から何も知らない少女を演じる。それに付き合いなさい』

『了解したよリンネ。きみが彼女達をどう料理するのか、僕たちも楽しみにしているよ』

『アリスほど料理の腕はないけど。まぁ魔法少女の捌き方なら私の方が得意だし、期待してるといいわ』

 

 戸惑う少女を演じながら、私はニボシの手を取った。

 【銀の魔女】に関わって、絶望しない魔法少女などいない事を教えてやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 この作品は魔法少女の物語ではない。
 ただの外道の物語である。

  
 


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第五話 私と契約して、仲間になってよ!

 

 

 

 放課後、私は魔法少女見学ツアーに参加していた。

 

 メンバーの詳細は、みんなのお姉様アイナ先輩。

 ポニーテールがレゾンデートルなマコ。

 思わずイジメたくなる小動物ユリエに、同じくベクトルは違うもののイジメたくなるツンデレのアリサ。

 そして私の手を握りながら、上機嫌にスキップしている天然ちゃんことニボシ。

 

 さらに『手を繋いで歩くなんて、まるで恋人みたい』と腐った妄想をしている人類の敵、銀の魔女リンネこと私と、その肩に乗る外道地球外生命体のキュゥべえを加えた、六人と一匹のメンバーで行動している。

 

 なかなかカオスな面々に思えるのは、気のせいだということにしておこう。

 

「えへへー、なんだかこのままみんなでカラオケとか行ってみたいね!」

「こらこら。今日はリンネちゃんに魔法少女のことを教えるって、決めたばかりでしょ?」

 

 無邪気なことを言うニボシちゃんをやんわりと窘めるアイナ先輩。

 私もやんちゃしてアイナ先輩にめっと叱られたい。

 

 ……自分がSなのかMなのか、非常に難しい問題だと言わざるを得ない。

 ユリエとアリサ相手なら間違いなくSになる自信があるのだが、アイナ先輩だと優しくイジメてもらいたい。

 むしろ少々厳しくても構わないと思う私は、もしかしたら変態なのかもしれない。

 

 否、私は変態じゃない。

 仮に変態だとしても、それは変態淑女という名の栄誉ある存在だと、胸を張って生きたいと思いました。

 

 それはさておき、お昼での勧誘に対して私は答えを保留することにした。

 

 即答するのは不自然すぎるし、多少じらしてやった方が向こうも燃えるというものだ。

 私は即決でやれるような軽い女じゃなくってよ。

 

「私もリンネの歌、聞いてみたいかも。声も綺麗だし絶対上手いと思うな」

 

 マコは最初から私に対して好意的な様子だった。

 意外と面倒見が良い姉御肌なのかもしれない。

 

 あまり物事を深く考えているようにも見えないから、特に裏を気にする必要もないだろう。

 

「マコ先輩はアイナ先輩という前例をお忘れですか? カラオケ偏差値が素で赤点レベルなのを見た時はなんの冗談かと思いましたが、声が綺麗だろうと音痴は音痴なのです。もしもの場合に備えて、リンネ先輩に余計なプレッシャーを与えるのは良くないと思います」

 

 マコに続いて、アリサが捻くれた事を言った。

 それを聞いたアイナ先輩が落ち込む。

 

「うぅ……べつに私は音痴なんかじゃないわ。ただ機械が苦手で、歌詞を追うので精いっぱいなだけだもん」

 

 もん、と来た。

 お姉様の「だもん」いただきましたー!

 

 やばい、可愛いなこの人。後輩に生意気な口聞かれてキレるどころか落ち込むとか、良い人過ぎて舐められていないか心配になる。

 まぁアリサはツンデレなので、ああいう対応がデフォなのは仕方ないが。

 

 それを見て慰めるようにマコが言った。

 

「アイナさん、歌詞を追うんじゃなくて演奏に合わせればいいんだよ」

「マコ先輩……それができないから音痴なのです。もうやめてください、アイナ先輩の心をえぐらないでください。きっと気にしてるんですから」

 

 アリサはフォローに見せかけた止めを容赦なく刺していた。

 

「私、泣いてもいいかしら?」

 

 えぐえぐと泣き真似をする先輩は、お茶目で可愛らしかった。

 

 なんだかお嫁さんにしたくなるような素敵な人だ。

 ニボシちゃんといいアイナ先輩といい、まったく魔法少女なのがつくづく惜しまれる。

 

「あははー、アリサちゃんが一番ひどいと思うなー。リンネちゃんもそう思わない?」

 

 ニボシちゃんが笑顔で私に同意を求めてくる。

 アリサがジト目で私を見てくるので、変な快感に目覚めそうで困った。

 

「皆さん仲がいいなーとは思いますけど。なんだか、見てるだけで楽しいよ」

 

 私はくすくすと上品に笑った。

 

 化け猫を被ってますが、見破れた人間は今まで一人しかいません。

 天才クラスでもない限り見破れないのは実証済みです。

 

 そんな私を、ニボシちゃんは驚いたように見つめていた。

 

「どうしたの?」

「……リンネちゃんの笑った顔、美人過ぎてびっくりしたー」

 

 もしかして、私に惚れてしまったのだろうか?

 やだ、どうしよう。これが噂に聞くニコポなのかしら。

 

 ……ふぅ、どうやらTS転生踏み台様容姿に飽き足らず、ニコポまで獲得するとは。

 私が最終的にハーレムを築くのも、そう遠い未来のことじゃないのかもしれない。

 

 そんな妄想を繰り広げる私に、ニボシちゃんは微笑みかけた。

 

「クラスでも笑えばいいのに。そうすればリンネちゃん、クラスでもっと人気者になれるよ?」

「もっと……と言うと、私がなんだか好かれているように聞こえるけど。私はむしろ敬遠されてると思っていましたが?」

「そんなことないよ! リンネちゃん美人だし、いつも本読んでるから、気後れしちゃって話かけにくいだけだよ!」

「なんだか実感こもってるね。ニボシもそうだったの?」

「うん!」

 

 からかうつもりで言ったのだが、素直に頷かれてしまった。

 これだから天然は困る。私を惚れさせる気かと言いたい。

 

 お互い見つめ合って笑い合いながら、なんだか良い雰囲気になっていた。

 あるいはこのままホテルに連れ込むことも可能かもしれない。

 

 だがそれを阻止するかの如く、ユリエが声をかけてきた。

 

「……リンネさんは、確か二週間くらい前に転校してきたんですよね?」

「そうだよ。仕事の都合でね、今は一人暮らししてるんだ」

 

 中学生の私が働いているとは思いもしないだろう。

 都合よく両親が……という副音声を拾ってくれたようだ。

 

 真の嘘つきはどうでもいい嘘は付かない。

 そこからボロが出た時、フォローするのが難しくなるからだ。

 嘘は付いていないという免罪符をわざわざ捨てるようなことはしない。

 

 それはさておき、あまり自分から話す性質じゃないユリエは、周りに合わせて静かに笑っているような子だった。

 そんな彼女が真剣な目で私に話しかける。それはどこか焦りを感じさせるものだった。

 

「……じゃあ、また転校したりとかは?」

 

 見るからに人見知りの激しいユリエが私に話しかけてくる。

 周りの人間は仲良くなろうとしている風に見えるかもしれないが、私は違うと思った。

 

 ……そうか、自分の居場所がなくなると怯えているのか。

 

 私の見たところ、このグループで一番低いカーストにいるのがユリエだ。

 明文化されていないだろうし、彼女達も意図的に貶めているわけじゃないだろうが、人は無意識にランク付けする動物だ。

 グループで歓迎されている私を面白く思わないのは理解できた。

 

「今のところ予定はないね。少なくとも中学はこっちに残るんじゃないかな?」

「……そう、なんだ」

 

 残念そうな顔が隠せていないので、イラッとくるが気付かないフリをする。

 その悪感情を育てて破滅させるのも悪くないが、今回私は駆け回る小悪党ではなく黒幕的な存在を目指すことにしている。

 

 だから表向きは友好的にいくつもりだ。

 

 理想は彼女の一番のお友達になることだろう。

 我ながら薄っぺらい友情だとは思うが。

 

 私はニボシの手を解き、ユリエに近づくと耳打ちした。

 

「……ごめんなさい。私のことが不愉快だったら距離を置くわ。私としてはあなたと仲良くなりたかったのだけど……片想いじゃ仕方ないわね」

 

 そう言って私は顔が見えるくらいに距離を置き、寂しそうに微笑んでみせた。

 

 するとユリエははっとした顔を浮かべた。

 そして目まぐるしく表情を変え、最後には俯いてぽつりぽつりと話し始める。

 

「……ごめんなさい、あなたのこと嫌だと思ったわけじゃないの。なんだかみんなが離れていっちゃったみたいで、寂しかったの。ごめんなさい」

 

 本当ならユリエもそんなに悪い子じゃないのだろう。

 小動物らしく檻に入れて室内で大切に飼う分には問題ないだろうが、この世界で人として生きるには脆弱すぎる。

 

 だが見所はあるようだ。

 私を警戒したのが何よりの証拠。

 

 例え劣等感からくる排斥だろうが私を警戒するという正しい行為をとれただけで、他のメンバーよりはずっとマシだ。

 上手く手懐ければ良い駒になるかもしれない。

 

 そんな考えはおくびにも出さず、私はユリエの手を握る。

 驚いて私を見るユリエに、私は小動物に話しかけるような穏やかな声で言った。

 

「こうしていてもまだ寂しい?」

「……ううん。そんなことない。あの、リンネ……さん。わたしともお友達になってくれますか?」

「もちろん。こちらこそよろしくね。私のことはリンネでいいわ。私もユリエって呼ぶから」

「……うん!」

 

 同学年とは思えないほど未成熟だな。

 まぁ私は例外だろうが、まだ精神が成長途上なのだろう。

 

 その分、魔法少女としての伸びしろもありそうなので、今後に期待したい所だ。

 

「リンネ先輩は女たらしだと認定しました。不潔です、近寄らないでください」

「こーら、良い場面だったんだから茶化さないの」

 

 アリサが口ほどには悪くない眼差しで私達を見ていた。

 まったく上の口は素直じゃないようだ。下の口の具合は知らんがね。

 

 赤くなって俯いてしまったユリエに、ニボシちゃんが抱き着いた。

 

「ごめんね。ユリエちゃんのこと気づいてあげられなかった! 友よ、不甲斐なきわたしをゆるせー!」

 

 マンガっぽいセリフとともに抱き締められ、ユリエがさらに赤くなりあうあう言っていた。

 いいなー私も混ざりたいなーと内心指を咥えていると、ぽんと肩に手を置かれた。見ればマコが悪戯っぽい笑顔で私を見ていた。

 

「にししっ、お前良い奴だな。ユリエが私以外とあんな楽しそうに話すなんて初めて見た。あんたが魔法少女になるかどうかはわかんないけど、あいつとは変わらず友達でいてやってくれると嬉しいな」

「まるで保護者みたいなことを言うのね?」

「幼馴染だからな。姉みたいなもんだ」

 

 丸っきり接点のなさそうな二人だったが、聞けば実家が隣同士というベタな関係らしい。

 片やポニテがトレードマークの健康少女、片やうさぎ並に寂しいと死んじゃいそうな小動物。

 言われてみれば納得もする。

 

 ユリエがああまで脆弱なのは、飼い主の世話に問題があるのではないかと思えた。

 

 どうせ過保護に守ってきたのだろう。

 それがユリエの成長を阻害してきたのだと推測する。

 

 自覚しているのかいないのか、責任の一端はマコにあると思われた。

 私は見つけた綻びを心の中でメモする。

 

「あら、あなたは私が魔法少女にならなかったら、友達にはなってくれないのかしら?」

「あー、そういうつもりじゃなかったんだ。なんていうかな、過保護なのは分かってるんだけど、ついあいつ優先で考えちまうんだ。悪いな」

「別に悪くはないわ。誰かを守れる人は素敵だと思うもの」

 

 それがただのエゴでなく、真に誰かを守れる者などいるわけがない。

 私が見たマコという人間もまた、エゴに取りつかれた人間に過ぎなかった。

 

 だがそんな私の言葉の裏を知ることもなく、マコは照れたように頬を掻いた。

 

「……なんかリンネって思ってたより情熱的なんだな。やっぱガイジンの血のせいかね」

「関係ないと思うけど。それに私は普通のことしか言ってないつもりよ」

 

 照れ隠しなのか、頭の悪そうなことを言う脳筋少女に辟易としながら、私はキュゥべえに尋ねた。

 

「ところで魔女っていうのは、まだ見つからないのかしら?」

「それは僕に聞くよりアイナの方が適任だよ。彼女は単純な戦闘力こそ他の魔法少女に比べて劣るものの、サポート役としては一流だ。このチームの要といってもいいだろうね」

「やだ、もうキュゥべえったら。リンネちゃんの前でお世辞を言わなくてもいいのよ? 

 私なんて攻撃力はからっきしだから。せめてみんなのサポートくらいしっかりしなきゃいけないの」

「いえ、アイナ先輩の索敵があればこそ私達は誰よりも早く魔女を見つけられますし、魔女の結界への侵入も逆に閉じ込める結界の構築も、アイナ先輩にはずいぶん助けられています。治癒魔法も私達の中で一番上手ですし、誰も先輩を軽く思ったりなんてしてません。

 正直、マコ先輩とニボシ先輩が今まで突っ走って五体満足なのは、先輩のおかげでしょう」

 

 自嘲するようなアイナ先輩の言葉にアリサがフォローをいれた。

 今回に限って彼女のツンデレは発動しなかったようだ。

 デレているのだろうか? 羨まけしからん。

 

 だがアリサの話が本当なら、確かにアイナ先輩がチームの要と言われたことにも納得できた。

 魔法少女は感覚で魔法を使う者が大半で、戦闘に関係のない補助系の魔法を極めるような少女は希少なのだ。

 

 魔法少女なら誰だってグリーフシードが欲しいし、手に入れるためには戦うしかない。

 誰かのために魔法を使うなど自殺行為でしかないのだから、使い手が希少なのも当然だろう。

 

 おまけにアリサの話からすると、アイナ先輩は珍しい補助特化型のようだ。

 実際に見てみないと判断できないが、私のお人形候補にも入れておくことにしよう。

 

 今の私はさぞキラキラとした目でアイナ先輩を見ていたことだろう。

 さながら欲しい玩具を目の前にした子供のように。

 

「さすがアイナ先輩、みんなの頼りになるお姉さんなんですね?」

「もー、アリサちゃんもリンネちゃんもあまり煽てないで! 私ってすぐちょーしに乗っちゃうんだから。

 それにアリサちゃんとユリエちゃんには同じ後衛として何度も助けられているし、マコちゃんとニボシが早く魔女を退治してくれるから私の出番がないことだってあるじゃない?

 みんな優秀すぎて先輩として肩身が狭いのよ」

 

 その割に胸の発育具合は大変宜しいようですが、などと邪な思考を巡らせている私に気付いた者はいなかった。

 

 そんな風に探索中メンバー全員と打ち解けた私は、彼女達から様々な武勇伝や体験談を聞いた。

 それは魔法少女という言葉で、世間に広く認知されているような輝かしい物語だった。

 

 

 悪い魔女を退治し、人々に希望を与える存在――魔法少女。

 

 

 それがただの虚構でしかないことを知りもしないまま、彼女達は未来の自分達と戦い続ける。

 それに気づいた時が甘い幻想の終焉だと気付かぬまま。

 

 アイナ先輩の探査魔法は驚くべき精度で魔女を発見した。

 彼女に比べれば、私の探査魔法は一段劣ることを自覚しなければならないほどだ。

 

 才能に裏打ちされた魔法は脅威だ。

 彼女もまた、方向性は特殊だが魔法少女としての大器を持っているのだろう。

 

「……こっち、もうだいぶ近いわ。みんな警戒を緩めないで。リンネちゃんを守りながらいきましょう。大丈夫、私達にかかれば魔女なんてちょちょいのちょいなんだから!」

 

 なんで先輩はこうもお茶目さんなのか。

 ちょちょいのちょいだなんて口にして、ドヤ顔でガッツポーズをとるのはやめて欲しい。

 

 笑いで表情筋が壊れる。

 私はクールな転校生なのだ。顔面崩壊は避けたいところ。

 

 だがそんな私とは違い、他のメンバーは顔を引き締めていた。

 手にそれぞれソウルジェムを握りしめ、いつでも変身できる体勢を整えている。

 

 私を安心させるように、一同は微笑んだ。

 

「大丈夫、リンネちゃんはわたしが守るからね!」

 

 ニボシちゃんが私の手を握りしめて隣を歩く。

 その反対にはユリエが、後ろにはアリサが付き、前をアイナ先輩とマコが進んでいく。

 なんだかVIPになった気分だ。

 

 私達は魔女の結界の入口へとたどり着いた。

 結界に刻まれた魔女の紋章は、私には見覚えのないものだった。

 

 無数にいて今なお増え続けている魔女の紋章を覚えるのは無駄かもしれないが、たまに同じ魔女を祖とする同一種に出会うことがある。

 特に古から続く魔女の血統は厄介な物が多く、強い個体のものはなるべく覚えるようにしていた。

 油断はできないが、結界から感じる気配は力をそれほど感じさせなかった。

 

「当たりね、魔女の巣だわ。それじゃみんな! いくわよ!」

 

 彼女達のソウルジェムが輝く。

 

 アイナ先輩は翠色の修道服に似た姿に変身した。

 前の裾は開いており、ソックスとスカート部分の絶対領域に目が引き寄せられる。

 右手の甲に彼女の翠色のソウルジェムがはめ込まれており、そこから根が伸びるようにして中指に指輪が付いていた。

 

 アリサは全体的に水色の配色が施された衣装だった。

 両手に短銃を持った二挺拳銃使いで、スカートではなくホットパンツを着ている。

 

 マコは橙色の魔法少女姿になった。

 目立つのは脚部の装甲だろう。

 臍を丸出しにした防御力に難のありそうな姿だったが、動きやすそうな格好だった。

 

 ユリエは桃色。両手でウサギの様なパペットを抱きしめていた。

 ゴスロリ衣装でとても戦うような姿には見えなかったが、彼女もまた魔法少女だ。見た目だけで実力を測ることはできないだろう。

 

 そして最後はニボシちゃんだ。

 彼女の衣装は意外にも可愛い系ではなく、恰好良いタイプのきっちりとした姿だった。

 白い制服のような姿に灰色のネクタイをしており、モノクロの姿が戦う者特有の武威を発していた。

 両手には漆黒の無骨なガントレットを嵌めており、拳をぶつけ合わせると重い音が鳴り響いた。

 

 みんなそれぞれ魔法少女らしく、カラフルな髪色だった。

 私と一緒にいる白いナマモノの存在がなかったら、ここがプ○キュア世界だと勘違いしていたかもしれない。

 

「開け、幽世の扉よ」

 

 アイナ先輩が手をかざすと同時に、私達は魔女の結界へと侵入する。

 

 そこは夢幻の世界だった。

 現世から隔離された世界。

 魔女となった少女の魂が生んだ、狂気の世界観を現す結界の中だ。

 

 内部では無数の人形の生首が転がっていた。

 ひび割れ顔面が欠けたものが多い中、目玉のような色取り取りのガラス玉が至る所に飾り立てられている。

 

 空には足を吊るされた首なき人形の姿があった。

 無数のリボンが、人形たちを束縛するように雁字搦めにしている。

 

 偏執的なほど人形への執着が伺える世界だった。

 たまにショーケースに入った西洋人形が、まるで檻から出せと訴えるように暴れている。

 使い魔なのだろう。この結界の魔女は、自身の使い魔ですら拘束しなければ気が済まないらしい。

 

「うへー、相変わらず魔女の結界の中ってのは気持ち悪いな」

「マコ先輩、無駄口は謹んでください。ほら、向こうもお怒りのご様子ですよ」

 

 人形達の生首の山から黒い薔薇の蔓が現れる。

 先端には人形の首がついており、悪趣味極まりなかった。

 

 それが私達の四方を囲み、いまにも襲い掛かろうとしていた。

 だがそんな中にいても彼女達は余裕を崩さない。

 

「あらあら、随分な歓迎ね。もっともこちらも予約なしで訪れたのだから、お互い様でしょうけど」

 

 先輩が指輪を翳すと、私達を守るように薄い光の膜が生まれた。

 使い魔達はその光を突破することができない様子で、ただ周囲を囲むことしかできなかった。

 

「まずは突破口を開きます。タイミングを合わせてください」

 

 アリサは両手の二挺拳銃を構えた。

 彼女の武装は一見すると玩具のようにも見え、使い魔相手には頼りなく思える。

 

 だがその銃口に収束された魔法の威力には目を見張るものがあった。

 そして二挺同時に魔法の弾丸を放つと、使い魔達の包囲網に大きな穴が開いた。

 

「よし駆け抜けるぞニボシ!」

「リンネちゃんのことは任せたよ! よーし、ちゃちゃっとやっつけるよ!」

 

 マコは地を蹴り、ニボシを連れ弾丸となって包囲網を抜け出た。

 ニボシは拳で、マコは蹴りで使い魔達と戦っているのが見える。

 

 魔法を使っているのだろう。

 拳も蹴りも武器と比べてリーチが短いのにも関わらず、広範囲の敵をなぎ倒していた。

 

 彼女達は使い魔と踊るように戦う。

 その舞踏は幻想的ですらあった。

 

「はぁ! ったく! 潰しても潰しても湧いてきやがる。きりがないぜ!」

「そうだねー、リンネちゃんにも恰好良いとこ見せたいし、ちょっと頑張っちゃうよー」

 

 ニボシは微笑を崩さないまま、両手のガントレットを力強く打ち付ける。

 その時、私は何らかの魔法が充填されたのを感じ取った。

 

「アースインパクト!」

 

 そしてニボシは、何もない地面を打ち付けた。

 

 だがその結果は圧巻。

 地面から無数の突起が現れ、使い魔達を一匹残らず貫いていたのだ。

 

 その突起が私達を器用に避けていることからも、彼女の魔法制御は優秀だと評価できた。

 

「さっすがニボシ! 一撃かよ!」

 

 マコとニボシは勝利のハイタッチを交わし合う。

 前衛二人のコンビネーションは悪くないどころか、私がこれまで見てきた魔法少女達の中でも上位に位置するだろう。

 

「驚いちゃったかしら? リンネちゃん」

 

 アイナ先輩がからかうように言ってくる。

 私は言葉も出ないくらい驚いているとばかりにコクコクと頷いた。

 内心では随時戦力評価を行っているのだが、そんなことは表には出さない。

 

「まあ、あの程度の雑魚相手なら、突撃バカ二人に任せておけば十分ですよ。私たちは後ろをのんびり行きましょう」

 

 アリサはクールにツインテールを掻き上げながら言った。

 私はそれに頷き、さっきの戦闘中も影の薄かったユリエに話を振った。

 

「そうね、いざという時はユリエの後ろに隠れることにするわ」

「えぇっ!?」

 

 ユリエは驚きの声を上げたが、私がその背中に回ってわざとらしくしがみ付くと、どうしたらいいのか分からずテンパっていた。

 それを微笑ましそうな顔でアイナ先輩が見ている。

 

「あらあら、リンネちゃんに頼られてるのね。ちょっと妬けちゃうわ」

「そんな顔で言っても説得力ないですよ、先輩」

 

 アリサは呆れたように肩を竦めていた。

 確かに先輩の顔は、眩しいほど母性的な笑みを浮かべており、妬けたなどと言われても説得力が皆無だった。

 

 そこに突撃バカと称された二人が戻ってくる。

 マコとニボシは私達の雰囲気につられて笑みを浮かべた。

 

「なんだなんだ? 楽しそうじゃんか。私達の活躍見てくれなかったわけ?」

「えー!? わたしの必殺技見てくれなかったのー?」

 

 不満そうに言うニボシに、私は素直な称賛を送ることにした。

 マコのことは他のメンバーに任せる。

 

「凄かったよニボシ、恰好よかった」

「あ……うん、ありがとうっ!」

 

 ニボシは照れた顔でお礼を言った。

 なぜ礼を言われるのか不明だったが、天然の考えることはわからん。

 

 その後も湧いてくる使い魔達を、私達は大した疲労もなく撃破していった。

 途中、後方から奇襲される場面があったが、その時はユリエの手にしたパペットが大活躍して被害は出なかった。

 

 どうやらユリエの魔法は、パペットを操るものらしい。

 

 私の魔法に近いものがあり若干シンパシーを感じる。

 パラメーターが特殊能力に特化しすぎていて、身体能力が底辺なのも同じだ。

 

 私の場合は少々事情が異なるが、魔法少女達は概ね自らの才能によってそのポテンシャルの総量が決定される。

 願い事の影響によって生まれた力は、個々人によって違う特別な能力になるのだ。

 

 彼女の場合、能力がパペットの操作に特化しているのだろう。

 

 

 

 魔女の棲む間へとたどり着いた私達は、そこで魔女を倒した。

 私が結界に入る前に大したことなさそうだと感じたのは正しく、彼女達の戦闘風景は使い魔を相手にするのとさほど変わりなく終了した。

 

 魔女の種――グリーフシードを残して魔女は消滅していく。

 その際の断末魔がかつて魔法少女だった者の悲鳴だと考えると、感慨深いものがあった。

 

 そして結界が消え、現実世界へと私達は戻ってきた。

 あれが夢でなかったことを証明するのは黒い魔女の種子、グリーフシードだけだった。

 

「これがグリーフシード。魔女の種にして、私達魔法少女にとって特別な意味を持つ物なの」

 

 落としたグリーフシードを手に、アイナ先輩が私に魔法少女講座を始める。

 私は初心者のつもりで、その実は裏側を知る人間として、表側の認識を再確認する意味でも彼女の話に真剣に耳を傾けていた。

 

 実際、魔法少女というのはよくできたシステムだと思う。

 

 何も知らずに死ぬ魔法少女は、幸せな魔法少女だろう。

 魔女となった魔法少女は不幸せだが、訓練された魔法少女だ。

 

 魂の一片までエネルギーとして搾取された彼女達の献身を、インキュベーターが忘れても私は忘れないだろう。

 

「どうかしらリンネちゃん。魔法少女になるって、こういう戦いの運命を受け入れるということなの。だからあなたが魔法少女にならないと選択するのも、立派な決意だと思うわ」

「まーね、ニボシのこと責めるわけじゃないけど、気軽に誘っていいもんじゃないよなぁ」

「えー、わたしはただリンネちゃんと一緒に戦えたら素敵だなって……ああいや、ちょっと違うのかな? わたしはリンネちゃんが魔法少女になってくれたら、もっと仲良くなれると思ったんだけど……」

 

 その言葉に難しい顔でアリサが反論した。

 

「それはニボシ先輩の願いで、リンネ先輩の願いとは限りませんよ」

「……うん。わたしの我が儘だったね。ごめんね、リンネちゃん。わたしのことは気にしないで、自分の意思で選択してね?」

 

 潤んだ瞳で見上げてくるニボシ。

 破壊力は抜群だ。

 

 これで目でも閉じられたら、キス待ちかと思いぶちゅっとやってしまうところだった。

 

「ニボシ、それはちょっとあざといわよ? そんな目でリンネちゃんを見ないの。ほら、彼女も困ってるでしょ?」

 

 アイナ先輩が苦笑しながらニボシを私から遠ざけた。

 危なく唇に視線が行きそうだったので、勿体ないような助かったような、複雑な気持ちだった。

 

「魔法少女になることは、まだよくわかりません。願い事も特にありませんし、みなさんには申し訳ないと思いますが、願い事が見つかるまでは保留にしたいと思います」

 

 彼女達の能力は大体把握した。

 奥の手をいくつか隠し持っている節はあるものの、それを受けてなお私単独で撃破できる自信はある。

 

 だがごり押しは好きじゃないし効率も悪い。

 ただ魔法少女を殺すだけでいいなら、もうすでに皆殺しにしている。

 

 それをしないのは、限界まで彼女達の持つエネルギーを絞り出すためだ。

 そんな私の思惑を知らず、アイナ先輩はにこやかに頷いた。

 

「そうね、それがいいわ。今日のところはこれで解散しましょう。リンネちゃんが良かったら、明日からも私達に付き合って貰いたいのだけど、大丈夫かしら?」

 

 私としては一度見れば十分なのだが、彼女達のデータが多過ぎて悪いことはない。

 

 彼女達はいわばまだ青い果実だ。

 いずれ熟した暁に、もぎ取られ腐り堕ちる運命にある。

 私の仕事はそれを早め、なおかつより甘い蜜を持つよう世話をすることだ。

 

 だから私は喜んで頷いた。

 

「ありがとうございます。みんなも、これからよろしくね」

 

 私は準メンバーとして、彼女達の魔法少女チームに受け入れられた。

 彼女達にとって致死性の毒物が混入したと気付けた者は誰もいない。

 

 

 

 こうして私は、彼女達と仮初の仲間になった。

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 私と契約して、妹になってよ!

 

 

 

 ニボシ達と別れた私は、人気のない所で魔法少女に変身する。

 念のため移動中はアリスとお揃いの、認識阻害の魔法が掛けられた仮面を装着することにしている。

 

 これで万が一彼女達に発見されても白を切ることはできるだろう。

 今の私を見ても、学校での私と認識が結びつかないよう術式が施されている。

 魔法という万能に近い奇跡万歳だ。

 

 そして私は彼女達のテリトリーから離れ、隣町まで足を運んだ。

 そこに最近可愛がっている弟子がいるのだ。

 

 彼女、大鳥リナは愛犬のサフィと一緒に公園で遊んでいた。

 その顔がどこか寂しげに見えるのは気のせいだろうか。

 

「ごめん、遅くなった」

 

 私は公園に付くなり変身を解き、駆け足でリナの元へ向かう。

 

「……おせーよ、師匠。今日はもう来ないのかと思ったじゃんか」

 

 今日は遅くなってしまったのでリナの機嫌が悪くなっていた。

「ごめんね」と言いながらリナの頭を撫でる。

 

 ぶっきらぼうな口を利くリナだったが、これまで私の手が振り払われたことは一度もなかった。

 素直じゃないツンデレさんだ。

 

 アリサと良いツンデレ仲間になれるだろう。

 そんな未来は恐らくこないだろうが。

 

 私が笑顔でリナをあやしていると、赤くなりながら彼女は顔をそむけた。

 

「……いいよ、別に。師匠のことだから、また人助けでもしてたんだろ。ならしょうがねえよ」

 

 うんそれはないかなー、と思いながら誤解は正さず曖昧に笑っておく。

 彼女はどういうわけか私を正義の味方だと盲信しているらしく、都合のいい勘違いをしてくれていた。

 

 可愛い子に好かれて悪い気はしないので、わざわざ修正したりはしない。

 

「ありがとう、リナ」

 

 生意気幼女かわええー。

 ぎゅっと抱きしめて、このままお持ち帰りしてペロペロしたくなったが、それはぐっと堪える。

 

 私に抱き締められたリナは流石に羞恥心が限界に達したらしく、暴れて私の拘束を振り払った。

 

「あーもう! そんなに抱き着くなよな! あたしはぬいぐるみじゃないんだぞ!」

 

 もちろんあなたは可愛い幼女ちゃんですよ。

 などとは言わず、私はただ寂しそうに微笑んだ。

 

「ごめんね、嫌だった?」

「っ、べつに、嫌ってわけじゃ……ねぇんだけど。ただちょっと、恥ずかしいっていうか……」

 

 愛い奴めーと抱き締めると、慣れてしまったのかリナは呆れたように溜め息を付いた。

 それでいて今度は暴れなくなったので、ほどほどで解放してあげることにした。

 

「さて、可愛い弟子成分を補給したところで、本日の魔女退治に行ってみようか?」

「弟子成分ってなんだよ……ったく、師匠は前置きが長いぜ」

 

 待ちわびた様子でリナが頷いた。

 

 うんうん、子供は元気が一番だよ。むしろ子供なら無条件で一番だよ。

 ただし可愛い子限定で。

 ぜんぜん無条件じゃないやん、という突っ込みは無視する。

 

 私とリナの二人は魔法少女に変身した。

 キュゥべえと同じく一般人には見えない仕様にしてあるので、私達の姿が騒がれることはない。

 もちろん変身の前後は人目を気にする必要はあるが、魔法少女ならばどんな犯罪行為も可能だろう。

 

 一例をあげるなら米軍基地に侵入したほむほむが顕著だろう。

 時間停止というやや特殊な魔法ではあるものの、彼女と似たようなことは他の魔法少女にもできるのだ。

 幻覚、催眠、結界……魔法を悪用すれば完全犯罪など朝飯前だ。

 

 魔法少女とはどこまでも身勝手で、近視眼的な存在なのだ。

 私もまたそんな俗物の一人に過ぎない。

 

 リナの魔法少女姿は赤いゴシックロリータな服装で、後ろに垂らした二筋の三つ編みが可愛かった。

 

 武器は幼女に似合わないようなゴツイ戦槌だ。だがそれがいい。

 幼女とウォーハンマー。容姿と性格も相まって、前世で大好物だったリリなの世界の永遠のロリ娘を思い出さずにはいられない。

 

 そして彼女の特筆すべき点はそれだけではなかった。

 彼女の愛犬サフィも願い事で蘇ったのだが、少々特殊な存在と化していた。

 

 彼女の愛犬サフィは使い魔達によって殺され、結界の向こう側へと消えていったのだが、リナの祈りがサフィを蘇らせた。

 

 問題はサフィがどういうプロセスで蘇ったかだ。

 時間を戻したのか、肉体を復元したのか、同一情報で新たに創造されたのか。

 奇跡というのはそれらを無視して結果だけを与える。

 

 私が調べた結論として、サフィは魔法生物になっていた。

 生体情報は普通のシベリアンハスキーそのものだったが、今以上は老化しなくなっていた。

 すでに立派な成犬であるサフィだったが、衰弱死するようなことはなくなったわけだ。

 

 リナの願い「死なないで欲しい」という願望を忠実に叶えた形だろう。

 だがそれは果たして、元のサフィと同じなのだろうか。

 

 条理を超えた願いには落とし穴がある。

 気付かない方がリナも幸せだろう。

 

 さて、少々長くなったが、要するにサフィは魔法生物だ。

 なので私が少々手を加えたところ、サフィはリナの使い魔となった。

 リナの魔力を使い、いくつかの魔法を使うことのできる優秀なペットとして、リナの戦力になったのだ。

 

 いやはや、今も私の肩に乗る白いナマモノとは大違いの、実に頼りになる使い魔だ。

 無期限で取り換えっこしたいところだ。

 

『リンネ、きみはまたなにか変なことを考えてないかい? きみがそういう目で僕を見る時は大抵ろくでもないことが待っているという統計が、既に出ているんだけど?』

『たかだが百にも満たないデータ不足な統計を信じるなんて、お粗末ねキュゥべえ。そういうことは千は確実に酷い目にあってから言いなさいよ』

『……やれやれ、それを実現できる未来は遠くなさそうだ』

 

 キュゥべえは目を閉じて頭を振ってみせた。

 奴を握りつぶしてぷぎゃーしない私の鋼の理性を讃えたいところだ。

 

「さて、我が弟子よ。今日は前回教えた魔女の探査から始めましょう。運良く見つかったら、それの討伐までが本日の課題です」

「よっしゃー! いくぜサフィ!」

「ヴォン!」

 

 愛犬とともにリナは駆け出した。

 私もすぐにその後を追う。ただし私は空を飛びながらだけど。

 

 意外なことに飛行魔法を習得している魔法少女は少ない。

 せいぜい高く跳躍したり、浮いたりするのがせいぜいだ。

 

 リナにも教えているのだがまだハエに抜かされる程度の超低速しか出せないので、今はこうして地上を走っている。

 人間はもともと空を飛ぶ生き物ではない。

 直感で魔法を使う者が大多数の魔法少女にとって、空を飛ぶ魔法というのは鬼門らしい。

 

 そう考えれば、リナにはまだ才能が有る方だ。

 魔法少女は飛ぶものだという幼女らしい偏見もあって、目をキラキラさせて練習する様は確かな将来性を感じさせた。そのうち空戦も可能になるだろう。

 

 もちろんそれらの練習には魔法を使っているため、その度にリナのソウルジェムは穢れを溜めこんでいるわけだが、その都度私が師匠としてグリーフシードを貸し与えていた。

 最初から甘やかすのはよくないので、無条件で貰えるなどと勘違いさせるようなことはしなかったが。

 

 私の教育の成果もあってグリーフシードの重要性は十分に理解しているリナだったが、魔法を使うのは楽しいらしくこれまでの練習でグリーフシード五つ分は消費していた。

 

 私自身は穢れを溜めこみにくい特製ソウルジェムのため使用頻度も少なく、おまけに使いきれないくらいのグリーフシードが大量に凍結保存されている。

 なのでいつか返すことを条件にはしているものの、遠慮せずにじゃんじゃん魔法を使って構わないことは教えてある。

 

 縄張り争いでせこせこ稼いでいるような魔法少女が聞いたら、羨むどころか殺意を抱きかねないだろう。

 

 ともあれ、そんな恵まれた環境と私という指導者の存在によって、リナはすでに一線級の魔法少女となっていた。

 

 私は他の魔法少女に見つからないよう、念のため何重にも隠匿魔法を重ねながらリナを追跡する。

 この街を縄張りにしていた魔法少女はあらかた掃除し終わっているのだが、念には念を入れるべきだろう。隣街から侵入してくることもあるのだから。

 

 彼女の使い魔サフィは実に優秀で、獣の能力を十全に生かして魔女の痕跡をかぎ分けていた。

 

 アイナ先輩の探査魔法とは少々アプローチの違う探査方法だったが、甲乙つけがたい精度を誇っている。

 強いて言えばアイナ先輩の方が周囲の環境に影響されない分、汎用性が高いくらいか。

 サフィの追跡は自身の嗅覚をベースに魔法で強化したものなので、若干周囲に影響される欠点があるのだ。

 

 だが雨でもない本日に限ってはそれは大した問題にはならなかった。

 大した間もなく魔女の居場所を確信し駆け出したサフィと、その後ろに続くリナの姿が見える。

 

 ソウルジェムの反応だけを頼りに足を棒にしながら魔女を探し回る魔法少女もいるというのに。

 まったく、持つ者と持たざる者が明確に切り分けられた世知辛い業界だ。

 この魔法少女というやつは。

 

 リナ達が結界内に侵入したので私も近くに降り立ち、結界の外から内部を観察する。

 実はサフィを使い魔にした際、目立たないように私とのラインを繋いでいたのだ。

 

 それはもっぱら盗撮器の役割を果たし、私にリナ達の戦闘風景を見せた。

 私はいざという時助けにいけるよう準備しつつ、弟子の勇姿を眺める。

 

『いっけぇ! グラントスラーッシュ!』

 

 圧壊。

 そうとしか表現できないほど結界の内部はボロボロだった。

 何もかもがへしゃげ、潰れ、原型を留めている物など何もない。

 

 リナはその手にした戦槌で破壊の限りを尽くしていた。

 

 小柄な体躯を独楽のように回しながら、巨大化した槌を振り回す。

 それは暴風となって破壊の嵐をもたらした。

 

 切り絵のような人型の使い魔達は紙切れのように消滅し、親玉であろう角ばった外見の魔女がけたたましい叫び声をあげる。

 黒い紙吹雪が無数の刃となってリナに襲い掛かるが、リナは小器用に隙間を潜り抜け、避けられないものは槌を盾にして難なく凌いでいた。

 

 今日が初めて一人での魔女退治だとは思えないほど熟練した手並みだった。

 使い魔のサフィも自身に防御魔法を掛け、四肢を動かしリナのように回避行動をとっている。

 

 その姿はまるで一人と一匹の猟犬だ。

 魔法で映し出した銀幕の中、大胆不敵に笑うリナの姿が見えた。

 

『へっ、このくらい師匠の攻撃に比べれば屁でもねぇ!』

 

 魔法で私の目の前に映し出された映像から、そんなリナの叫び声が大音量で響いた。

 心なしか肩に乗るキュゥべえが呆れたように私を見ているようだ。

 

「きみは彼女にどんな訓練を施したんだい? あの魔女、新人の魔法少女なら手痛い敗北をするくらいの強さを持っているはずなんだけど。彼女、圧倒的じゃないか」

「別に普通よ。魔法少女ならあの程度、普通ならできなきゃ可笑しいのよ。誰かさんが種をまくだけまいてきちんと教育しないせいだわ」

「耳が痛いね。だけどきみの普通ほどあてにならないものはないと思うな。まあいいさ、きみが指導者として優れているという事実は、僕たちにとっても嬉しい限りだからね」

「資源が有効に生かされるのが嬉しいんでしょ? そう考えると、現行の魔法少女システムがどれだけ無駄に命を散らし、簡単に絶望しているのか。もったいないお化けが出てきそうよ」

「やはりきみの視点は少し変わっていると思うよ、リンネ。僕にとっては好ましいものだけどね」

「あなたの好悪に興味はないし、意味もないわ」

「それはまったくその通りなんだけどね」

 

 キュゥべえは機嫌良さそうに尻尾を振っていた。

 だが繰り返して言うが、インキュベーターに感情などないのだ。

 

 それでも奴が嬉しそうに見えるのは、それだけ成果を喜んでいるからだろう。

 私もまた弟子の成長が見れて嬉しいとは思う。

 

 もっとも私のこれは、家畜の世話をする農家の気持ちなのだろうが。

 

「そのうち教導団でも作ろうかしら。まぁ、私みたいな人類の裏切り者は一人で十分だけど。そうなると一般の魔法少女達で組織を作っても、いずれ真実に気付いて内部崩壊するのがオチか。私が一から手作りするにしたって時間がかかりそうね」

「それでも不可能と言わないあたり、きみは実に優秀だと思うよ。これからも末永い付き合いを頼むよ、リンネ」

 

 それに嫌だと言えないジャパニーズな自分が恨めしい。

 まあこれからも私が生きていく以上、奴らとの付き合いは不可避なので仕方ない。

 

「こちらこそ、キュゥべえ」

『これで終いだ! ギガスラーッシュ!』

 

 私達が幕裏での会話をしている間にリナが魔女の本体を圧殺した。

 初勝利を無邪気に喜ぶ弟子に、私は狂おしいほどの愛情を感じる。

 

 はやくおおきくなーれ。

 

 

 

 

 

 

「どうだった師匠! 見ててくれたんだろ?」

 

 魔女の結界が消え、グリーフシードの回収を終えたリナとサフィ。

 私は彼女達に近づくとまずはその戦果を讃えた。

 

「荒っぽいけど見事だったわ。これでもうあなたは一人でも戦える」

 

 私がそう言うと、リナは途端に泣きそうな顔になった。

 

「し、師匠も一緒に戦ってくれるんだろ?」

 

 寂しくて、不安で、泣きそうな顔になるリナは可愛らしかった。

 私は屈んで彼女と視線を合わせる。

 

「今日の戦いだって、リナはサフィと一緒に危なげなく戦えていたわ。もう私に教えることはないの。これからは私の弟子じゃなく一人の魔法少女として、魔女達と戦っていくのよ」

「師匠は、師匠は一緒に戦ってくれないのか!?」

 

 捨てられた子犬のような目で私を見るリナ。

 横では本物の犬であるサフィが、か細い鳴き声をあげて私達を見ている。

 

 なんだこの最強タッグは。

 私を萌え殺す気かと問い正したい。

 

「一緒に戦うだけが絆じゃないわ。あなたが望めば、私はいつだって駆けつける」

「……ほんと?」

「うん。約束しよっか?」

 

 私が差し出した小指に、リナの小さな小指が絡まる。

 

 ……なんだかエロイと思いました。

 そんな腐れ脳な私は一度死んだ方がいいのかもしれない。

 

 そんな私をよそに、リナは大声で約束事をとなえる。

 

 ゆーびきーりげーんまーん、うーそついーたら、グリーフシードのーます! ゆびきった!

 

「グリーフシードは呑みたくないなぁ……」

 

 どんな反応が起こるかまったくわからん。

 そのうち他人で実験でもしてみるか。

 

 邪悪な企みを心にメモする私をよそに、リナは無邪気な笑顔で私を見ていた。

 

「嫌なら約束守れよな! 絶対だぞ!」

「わかったよ、リナ。これからあなたは弟子じゃなく私の妹分だ。魔法少女として魔女から人々を守ってほしい。その代わり、私があなたを守るから」

「……ばかだろ。あたしだって姉ちゃんのこと守るに決まってるじゃんか!」

 

 可愛いことを言ってくれるリナを、私はぎゅっと抱きしめた。

 

「リナは可愛いな」

「なっ!? ば、ちょっ! 姉ちゃん!」

 

 じたばたともがくリナがあまりに可愛いので、暴れてもしばらく撫で繰りまわした。

 そのせいで、拗ねてしばらく口を利いてくれなくなってしまったのは余談だ。

 

 私は笑顔でリナを抱き締める。

 

 いつかあなたが魔女になる、その時まで。

 私はあなたの姉でいましょう。

 

 

 それが銀の魔女にできる、唯一の償いだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第七話 私と契約して、MADになってよ!

 

 

 

 こんにちは。人類の裏切り者、自称『銀の魔女』リンネです。

 

 自称というのは、私が銀の魔女と名乗った相手はもれなく世界からご退場してもらっているので、他人から呼ばれたことがないからです。悲しい事ですね。

 

 さて、りんね☆マギカ。今日も絶賛外道中……と行きたいわけですが、本日は学校もお休みで魔法少女業もインキュベーター業も小休止といったところ。

 

 一応ニボシ達から遊びに誘われてもいたけれど、こう見えてやることは山積みなので丁重にお断りした。

 今回の土日を使えば、例の品がある程度形になりそうだったからだ。

 

 彼女達には断る代わりに、来週の休日あたり付き合うことを約束している。

 ただ断るだけじゃ家まで押しかけてきそうだったので保険の意味が強いが。

 

 そんなわけで土曜日。

 私はアリスが家事をしている傍らで、黒い箱を前にうんうんと唸っていた。

 そう、キュゥべえから貰ったあのオーパーツである。

 

 周囲には魔法によって投影された映像が無数に展開している。

 それらは全て箱庭のデザインに使う資料だ。

 

 想像力を形にするとは簡単に言ってくれるものの、素人が考えた住居など欠陥住宅も良いところだろう。

 魔法というのは万能に近いがそれを使う人間はせいぜいが有能どまり。自ずと限界はみえてくる。

 

 そんなわけで私は、気の遠くなるような構築作業に明け暮れていた。

 狭い箱庭を作るだけでこれだ。一週間で世界を作った神様は半端ねぇと思った。同時に、瞬時に世界を再構築したまどか神マジぱねぇっすと思う。

 

 現在が原作のどの時期に当たるのかは不明だが、巴マミが魔法少女になっていないことだけはキュゥべえに確認できた。

 彼女の情報を渡す程度なら大したことはない。

 

 最悪、まどかを殺害しさえすれば『この世界線は』守られる。

 

 私にとって『ワルプルギスの夜』で都市の一つ二つ崩壊しようが、まどかが魔女になることに比べれば安い買い物だ。

 捜査を頼んだキュゥべえには当然のように訝しがられたが構いはしない。

 たまには私の使い魔らしく働けといいたい。

 

 今現在巴マミが魔法少女になっていないなら、数年の猶予はあると見て良いだろう。

 もし該当する少女が魔法少女になったら知らせてくれるという話になっているので、タイムリミットまでのタイマーは設置できたことになる。

 

 『鹿目まどか』

 

 それは私にとってパンドラの箱であり、この世界の鍵を握る少女だ。

 魅力的過ぎて、生半可な覚悟で手を出せばもれなく滅びが待っている。

 

 そんな彼女と対峙するためには私はまだまだ力が足りない。

 最低でもワルプルギスを倒せるだけの戦力を持たなければ、私の描く未来は訪れない。

 

 ハーレムを!

 一心不乱のハーレムを! 

 

 ……というのはまあ、冗談だが。

 あながち間違いでもないのが我ながら困るところ。

 

 だが人類の敵となってまでインキュベーターに貢献しても、その報償に荒れ果てた世界を渡されてしまっては意味がない。

 

 その点、奴らインキュベーターは全く信用できなかった。

 ノルマさえ達成できればあとはご勝手にと退場する連中だ。

 

 私の世界は私が守らねばならない。縦え外道に堕ちたとしても。

 そんなことは契約したあの時から、百も承知なのだから。

 

「ふぅ、疲れたよアリス。膝枕してちょーだい」

 

 頭巾とエプロン姿の掃除装備になっていたアリスは、私の言葉に頷くとその柔らかな太腿を差し出した。

 ついでなので耳かきもお願いする。

 

「あぁ……いいっ! そこ、らめぇ……らめぇなのぉ……!」

 

 優しく敏感な場所に挿入された私はたまらずにビクンビクンと悶えるが、アリスは無情にも作業をやめない。

 というか私のあへった言葉を理解していないのだろう。

 

 だがそれがいい、と身をゆだねる。

 

 まさに気分はまな板の上の鯉。

 好きに料理してくれといった気持ちだ。

 

 結局、私の小さな二つの穴は奥の隅々まで細長い棒でずっこんばっこんされてしまったわけだが、大変気持ち良かったです。はい。

 

 アリスはいいお嫁さんになるだろう。もちろんすでに私の嫁だが。

 

 気を取り直した私は、再び構築作業に戻る。

 床には旅行雑誌や旅館の特集、豪華ホテルの内装が掲載されたパンフレットなどが散乱していた。

 

 それらを見ながら住居の構築、機材の保管所、グリーフシードを収容できる冷凍室、その他にも工房や研究施設など魔法少女関連の建物を構築していく。

 

 またそれらがメインとなるわけだが、ただ実用性を求めるだけじゃつまらない。

 温泉設備やレジャー施設、あとは広い訓練場なども欲しい。周囲の設定は南国の海にしよう。そうなると更衣室が、シャワー室が……と、次々と構築するものが増えていく。

 

 最終的には一つの街くらいはあるのではないか、と思えるほど馬鹿広くなった。

 

 最後にこういう秘密基地にはお決まりの、箱庭の外側と内側で時間の流れを変える法則を付け加えた。

 内部の時間を現実よりも早めるように設定にする。

 ただし私の存在を鍵とし、私がいない状態では時間の流れは等倍か停止状態で保存されるように規定した。

 

 今のところ私が中に入れば外での一時間が内部で二十四時間まで引き延ばされる計算だ。

 つまり内部で二十四日過ごしても、現実では一日しか経っていないことになるわけだ。

 

 時間操作といい物質の創造といいほんとにエネルギーがあればやりたい放題だな、インキュベーター。

 

 奇跡二個分はむしろ安すぎたかもしれない。

 私にとってはありがたい話だが。

 

 結局土曜日で大枠が完成したものの、日曜日もまるまる使ってようやく完成した。

 細かな修正は実際に使用しながらでいいだろう。なにしろ私はこれで時間的な束縛から解放されるのだから。

 

 さっそく私はアリスとともに完成した箱庭『黒球』の中に入ることにした。

 

 一抱えほどもあった黒い箱は球状となって私のベッドに浮かんでいる。

 バレーボールくらいの大きさまで圧縮できたが、これ以上は無理なようだった。

 まぁこの程度の大きさなら置き場所に困るということもないので問題ないが。

 

 黒球の中に入るとそこでは偽りの太陽が昇り、虚構とは思えない南国の世界が広がっていた。

 

 外の季節は初夏なので、内部とさほど変わらない温度だった。

 半袖で過ごしやすい気候に設定してあるので、私も気兼ねなく薄着になる。

 

 砂浜に海、別荘があって島の内部にいくほど建物が乱立していた。区画整理は今後の課題だろう。

 

 私は海の水を舐めた。

 だがそれは予想された塩味ではなくただの温かい水だった。

 

 まぁ魚などいない形だけの海なので問題はない。

 むしろ塩水に浸かるという行為は理解不能なので全然構わなかった。大きなプールだと思えばいいだろう。

 

 私はアリスに自分の趣味全開の可愛い水着を着せ、自分は無難な競泳水着に着替えた。

 私は自分の物は実用性重視で選ぶが、せめて愛しのアリスには可愛い格好をさせてやりたかった。

 親心的な意味で。もちろん下心も多量にありますが。

 

 そのせいかセレクトした水着のラインナップが少々過激になってしまったかもしれないが。

 なに、私以外に見ている者はいないのだから、人目を憚ることもなかろうなのだ。

 

 そんな風にアリスを着せ替えながら、半日ほど我を忘れてアリスときゃっきゃうふふと砂浜で戯れた。

 途中で気持ちが高ぶってしまいモザイク修正が必要な場面になってしまったのは完全に余談だろう。

 

 夕食は倉庫に予め補充しておいた食材で、アリスが別荘のキッチンで作ってくれた。

 途中裸エプロン状態のアリスに悪戯をしかけて、あやうく包丁で怪我をしかけたことは内緒だ。

 

 出来上がった料理は大変美味だった。

 アリスの料理の腕もさることながら、最大の不安だった魔法による食料の自動生成についてもうまくいっているようだ。考えてみれば巴マミも魔法で紅茶を出して飲んでいたわけだし、なんでもありだよなと納得する。

 

 その後、屋敷の内部を確認したり島中を歩き回ったりした。

 空は暗くなっていたが街灯の明かりが設置されているので、それほど困ることはなかった。

 

 一度アリスと黒球の外に出てみると現実ではまだ二十分ほどしか経っていなかった。

 そのことにテンションの上がった私はアリスにも手伝ってもらい、その日完全に設備が移送し終えるまで休むことはなかった。

 

 間違って黒球の中で一晩寝てしまい、現実ではまだ日を越えていないと知った時は永遠に続く日曜日に歓喜した。

 

 だから自堕落な私がさらに三日ほど、黒球の中でアリスときゃっきゃうふふと遊び惚けたのは当然の帰結だったのかもしれない。

 

 その合間に実験と研究は進めてはいたものの、正直遊び過ぎた感はある。

 

 あんまり気を緩めすぎるとインキュベーターに嵌められそうなので、断腸の思いでパラダイスに一日一回、現実一時間までの制限を設けた。

 

 実質一日ごとに日曜日がまたくるような桃源郷であまり制限になっていないかもしれないが、そうでもしないと百年でも籠り続けてしまいそうだ。

 

 魔法少女になって限定的な不老不死の体になったとはいえ、生きるためには働かねばならないのだ。

 

 魔法少女は皆短命であり、ほどんどが二十を数える前に死亡するのであまり知られていないことだが、私達の体はすでに人間ではなく<魔法少女>という別物になっている。

 老化は一定年齢で止まるし、魂をソウルジェムとして抽出し残った肉体は魔女との熾烈な戦いを生き残れるようチューニングが施されている。

 

 魔法を使えば腕がなくなろうが下半身が吹っ飛ぼうが、戦う意思がある限り立ち上がれる。

 ソウルジェムの穢れという限界はあるものの、正直純粋なポテンシャルでは魔女という産廃品よりも魔法少女の方が厄介だろう。

 

 幸か不幸か自らの使い方を知らない魔法少女が大半なので、私にとっては良い鴨でしかないのだが。

 

「これからさらに楽しくなるよ、アリス。君のお友達も増えるだろうね」

 

 現実世界のベッドで私はアリスに囁く。

 

 彼女はいつもの眠たげな表情のまま、ガラス玉のような瞳で私を見ていた。

 私はその瞼にキスをし「おやすみ」とアリスを抱き締めながら眠った。

 

 人間だった頃のアリスならなんと言っただろう。

 そんなことを思いながら、私は夢の世界に旅立った。

 

 

 

 

 

 

 



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第八話 私と契約して、好きになってよ!

 

 

 

 私は過去を夢見る。

 すべては過ぎ去った遠い日の記憶。

 アリスと出会った日のことを。

 

 

 

 キュゥべえと契約し、魔法少女となった私の生活は一変した。

 

 昼は優等生を演じつつ、夜は魔女を狩る魔法少女。

 その合間に有望そうな少女を見つけては魔法少女にならないか、と営業するインキュベーター業という三足の草鞋を履いていた。

 

 いま思えば、かなり無茶な生活を行っていたものだ。

 

 そんな無理のある生活の代償として、睡眠は一時間ほどしかとらなくなっていた。

 私はもう人間ではないのだという意識が、自身を道具のように扱うことを良しとしたからだ。

 

 私の当時通っていた学校は、ミッション系の小中高一貫のお嬢さま校であり、家がそこそこ金持ちだった私は、スクールカーストの中くらいを行き来するような平凡な女学生だった。

 

 昔から外面は良かったのだが、優等生を演じていても……いや、だからこそ髪色が突然銀髪になったことは、周囲に衝撃を持って受け入れられた。

 

 生活指導のおばさん先生に引き止められることも、もはや日常茶飯事となっていた。

 

「古池さん。あなたまだ髪色戻してないの?」

「祖母が北欧系の外人なもので。医者の話ではホルモンバランスがどうとかで、受け継がれた血が急に覚醒して体質が変化したとのこと。つまりは地毛ですわ先生」

「そんな話、聞いたことありません!」

 

 ヒステリックなおばさん先生の小言に辟易していると、私の視界に見事な金髪が映った。

 

 私でも知っている学内有名人、祠堂アリスだった。

 

 彼女は中学からの編入組にも関わらず、その飛び抜けた能力から生徒会長にまで上り詰めた才媛だ。

 私のなんちゃって銀髪とは違い母親が生粋の英国人らしく、その血を十全に引き継いだ綺麗な金髪をしている。

 

 共学ではない私立中学にあって、多数のファンクラブが乱立するほどのカリスマ。

 祠堂アリスは見た目通りの凛とした声で、私達のつまらない諍いに介入してきた。

 

「先生、どうかなさいましたか?」

「ああ祠堂さん。いえね、古池さんが突然髪を染めてしまったの。そればかりか、いままで良い子だと思っていたのに突然反抗的になってしまって。生徒会長として、祠堂さんからも注意してもらえないかしら?」

 

 私が口を出す間もなく、一方的にこちらが悪者扱いされてしまった。

 まぁ先生など誰もがこんなものなので特にどうとも思わないが。

 

 生徒会長は意外にも険しい目で、私ではなくおばさん先生の方を見ていた。

 

「お言葉ですが先生。なぜ彼女が突然髪を染めてしまったのか、まずはその理由をご説明してはもらえませんか?」

「そんなの私に分かるわけないじゃない!」

 

 子供のような言い分だと思った。そもそもこのおばさんには髪を戻せとしか言われたことがない。

 だから知らないのは当然だろう。知ろうとすらしなかったのだから。

 

 そもそも染めたというが勘違いだ。私は自分で髪を染めたことなどない。ただ契約の拍子に髪が銀に、瞳が紅になってしまっただけだ。

 

 わざわざ変身の度に魔法で髪色を戻すのは間抜けだったから、そのままにしてあるだけだ。

 好きで銀髪にしているわけじゃない。若干面白がってはいるけど。

 

 瞳の色などは光の加減で目立たないからいいものの、髪は嫌でも目をひく。もはやおばさんの感性的に、私という存在が受け入れられないのだろう。

 

「先生、それで頭ごなしにやめろと言っても誰も耳を傾けてはくれませんよ。あまりに一方的すぎます。古池さん……でしたか? どうして髪を染めたのですか?」

 

 生徒会長もおばさん先生に呆れたのか、私に話を振ってきた。

 改めて見る彼女は、まるで黄金で出来ているように全てが輝いて見えた。

 

 思えばこの時、私は彼女に恋してしまったのだろう。

 

 だが私は胸の動悸をいつもの悪い癖だと決めつけ、外見上は極めて平静に答えた。

 

「そもそも私は染髪などしていません。地毛です。祖母が北欧系の外人だったので体質の変化でこのような色に。医者からの証明書もあるのにこの先生だけ信じてくれなくて」

 

 私の言葉を聞いた生徒会長は、鋭い眼光でおばさんを睨んだ。美人が凄むと迫力満載だった。

 

「……真田先生。彼女の話は本当ですか?」

「え、ええ。でも突然髪が銀色になるなんて、ありえないでしょう? 染めたに決まってますわ!」

「それは、先生が判断することなのですか?」

 

 とても先生に言うような口調ではない物言いで、生徒会長はピシャリと言い放った。

 脊髄反射でおばさん先生は顔を真っ赤にして怒鳴りつけようとしたが、生徒会長の有無を言わせない眼差しに口を閉ざした。

 

「医師が証明し本人が訴えてるのに、なぜ教師であるあなたが生徒を信じてあげられないのですか? 私は生徒会長として彼女を信じます。この件はそれで終わりにしてはもらえませんか? 私もご覧のような金髪ですが、それを恥じたことはありません。私が母から受け付いだ大切なものだからです。同じように彼女の髪色を否定することもまた、彼女の家族を否定するのと同じことでしょう。なので、もしもこれ以上彼女を傷つけるなら私も生徒会長として、断固とした対応を取らざるを得ません」

 

 先生に対しその碧眼で宣戦布告の意思を放つ生徒会長に、おばさん先生は顔色を青くしていた。

 

 真っ赤にしたり青くしたり血圧が心配になる。

 まあ別に目の前で死んだところで悲しくともなんともないが、説明が面倒なので出来れば私に関係のないところで逝ってほしい。

 

 そんなことを思いつつ眺めていると、彼女の頭でどういう打算が働いたのかは知らないが、おばさん先生は逃げるように捨て台詞をもごもごと言い残して立ち去った。

 

 後に残されたのは私と彼女の二人だけ。

 

 お互いに顔を見合わせると、自然と苦笑し合ってしまった。

 気を取り直すように生徒会長は一つ咳払いをすると、深々と頭を下げた。

 

「……すみませんでした。本来なら真っ先に助けなければならなかったのでしょうが、何分事情がまったくわからなかったので。あなたが悪いことをするような生徒には見えませんでしたし、かといってあの先生も性格はああですが、生活指導の先生です。どちらの味方をすべきか判断しかねました」

 

 普通なら問答無用で先生の味方に付くものだと思うのだが。

 長い物には巻かれろ、疑わしきは罰せよといった精神から程遠い、高潔な志を彼女は持っているようだ。

 

「……いえ、まあこのような髪ですし、疑われても仕方ないと思いますが……生徒会長は公正な方なのですね?」

「それを言うなら私だってこんな髪です。私は外見で人を判断しないようにしています。それが母からの教えですし、いまの私の信条でもあるんです」

「ご立派な心がけだと思います。助けて頂きありがとうございました」

 

 私は生徒会長に頭を下げた。

 すると何を思ったのか、彼女は私の髪を摘むと、まるでキスをするくらい近くで観察しているではないか。

 

「とても綺麗な髪ですね。染めただなんて、あの先生も見る目がありません」

 

 それなんて殺し文句。

 

 ……やばい。

 心臓のドキドキが、なぜか治まってくれない。

 

 殺す気か、そうなんだな、いっそ殺せー、と被っていた化け猫の皮が剥がれ、素で赤くなってしまった私に彼女は微笑んだ。

 

「私は二年A組の祠堂アリスです。ご覧の通り母がイギリス人で、ハーフです。あなたは?」

「っ……私は、二年B組の古池凛音です。ご覧の通り祖母が北欧の生まれで、クォーターということになります」

 

 私の言葉のどこが面白かったのか、アリスは吹き出して笑った。

 

「なるほど。リンネは面白い人なのですね」

 

 心外だと唇を尖らせるとアリスはさらに笑った。

 

 こうして私は、輝くような笑顔を持つ黄金の姫騎士様と出会った。

 

 アリスの実家はお嬢様学校の中でも上位に入る名家らしく、私とは立場がまるで違っていた。

 片やせいぜい優等生止まりの一般生徒。片や全校生徒の憧れの的である生徒会長様だ。繋がりなど普通はないだろう。

 

 だがアリスは、なぜか私と一緒に行動するようになっていた。

 休み時間もお昼も度々遊びにやってくるせいで、私達は完全に注目の的だった。

 

 こんな平凡な学生をどうして構うのかとアリスに聞いたところ、彼女は純粋に驚いたように答えた。

 

「リンネ、あなたは自己評価が低すぎます。どの口で平凡な生徒だと言うのですか? テストの成績では学年で私に次いで二位。クラスメイト達からの評判もよく先生方からの評価も高い。あの一件で君の染髪疑惑が払拭されてからは、好意的に受け入れられているみたいですね。

 それに下級生達の間では私達、金銀コンビとして有名らしいですよ?」

「なにそれ、嫌すぎるんですけど……」

 

 本気で嫌がる私にアリスは苦笑した。

 

「まあ確かに金銀コンビは酷いですよね。でも一部では銀のお姫様に金の騎士などと呼ばれているって話は本当ですよ? 銀のお姫様……つまりはリンネのことです。もっと自信を持っていいんじゃないですか?」

「……アリスは美人過ぎて目が眩みます。つまりそういう噂も目が眩んだ人たちによる錯覚でしょう。どう考えても自惚れることなどできませんよ」

 

 宝石の隣に並べば、それがただのガラス玉だとしても輝いて見えるもの。

 まったく過ぎたるはなんとやら、だ。

 

 そんな私をアリスは難しい顔で見ていた。

 

「……なんといいますか。あなたの言葉に喜べばいいのか呆れればいいのか、判断に困りますね」

「笑えばいいと思いますよ。美人の笑顔はそれだけで幸せになれます」

 

 ましてやそれがアリスのものならば、なおさらだろう。

 そんな私の秘めた想いに気づかぬ様子で、それでもアリスは笑ってくれた。

 

「変なことに幸せを感じるんですね、リンネは」

「普通の事だと思いますよ?」

 

 アリスは天才だったが、たまにどうしようもないほど変人でもあった。

 前世の微妙な知識を持つ程度の私などでは太刀打ちできないほどのスペックを持ち、なにより彼女の笑顔を見るだけで、私の心は乱された。

 

 

 

 

 夢は欠片となって走馬灯のごとく過去を駆け抜ける。

 

 輝かしい淡い記憶達は、かつてあった黄金の日々を映し出している。

 

 いつまでも甘く、優しいあの時に浸りたいと願うようになった。

 

 

 

 

『このまま永遠に』

『眠り続ければ』

『幸せなままでいられるよ?』

 

「……私の過去を、勝手に覗くな。ゲスが!」

 

 深い眠りに誘う意思を感じ取り、私は魔法少女へと変身する。

 銀の胸当てと手甲、額に銀の円環を装着した私は銀杖を振るった。

 

 過去の情景が引き裂かれ、狂った世界観が顕現する。

 そこは夢でありながら夢ではない、現世と違う幽世の中だった。

 

「魔女の結界か……夢の中に侵入するとは、相当特殊なタイプね。

 ……そういえば浮かれて、対魔女用の防衛設備まで運んでしまったわね。これはその隙を狙われたか……あとでキュゥべえの奴を問い正さないと」

 

 もしこれが奴の手引きによるものなら、こちらにも考えがある。

 だが今は目の前の魔女を倒さねばならない。

 

 夜の中にいるような暗闇の世界を列車が縦横無尽に走っている。

 あれが使い魔なのだろう。

 その窓枠には全て、私がどこかで見たような光景が映し出されていた。

 

『アリス、私はあなたのことが――』

『……リンネ、知らなかったんですか? 私はとうに貴女のことが大好きなんですよ?』

 

 淡いかつての記憶。

 私がまだ本当に中学二年生だった頃の、初めての恋だった。

 

 アリスの口から硬さが抜け、代わりに親しみが込められた。

 私も両親にも明かしたことのない素顔を、彼女の前では素直に曝け出すことができた。

 私達はお互いを愛していた。そばにいるだけで満足だった。

 

 だから彼女だけは、魔法少女にしたくなかったのに。

 

 誰よりも才能があると分かっていたから、遠ざけて。

 けれど誰よりも賢いアリスは、それに気づいてしまった。

 

『リンネと一緒に戦います。私は貴女の力になりたい。貴女を守りたいんです!』

 

 その言葉は涙が出るくらい嬉しくて。

 様々な出来事が重なって弱っていた私は、アリスの言葉に頷いてしまった。

 

『……いいよ、アリス。私と契約して、魔法少女になろう?』

 

 たとえ両親が事業に失敗して、別れが近づいてきたのだとしても。

 

 たとえ連日の無理が祟って、気が狂いそうになっていたとしても。

 

 たとえ私がどうしようもないほど外道な人類の敵だったとしても。

 

『愛しています、リンネ。たとえ家を、世界を捨てても、あなたとともにいたい』

『私もよ、アリス』

 

 アリスは。

 

 アリスだけは。

 

 ほんとうに幸せになってほしかったのに。

 

 

 ――それを最後の最後で、失敗した。

 

 

 うまく遠ざけるつもりが、気が付けばアリスを魔法少女にする結末に至っていた。

 それでもなお絶望の一歩手前で私は嘘に嘘を重ね、アリスと二人で魔女を退治した。

 

 裏では変わらず他の魔法少女達を食い物にし、それをアリスに悟られないように取り繕った。

 彼女の笑顔を見るたびに自分の汚さが露わになった。

 

 

 ――やがて当然のようにアリスにばれた。

 

 

『リンネ、あなたはずっと……ずっと、こんなことをしてたの? 何人の、いや何十人もの魔法少女達を、その手で!』

 

 アリスは信じられない者を見る目で、私を見ていた。

 それは私が初めて見るアリスの恐怖と嫌悪の眼差しだった。

 

 私のソウルジェムが黒く濁る。かつてないほどの速さで。

 ああ、だめだ。もうだめだ。

 

 もう私が魔女になるか、アリスを殺すか。残された道はなかった。

 

 

 だから私は――。

 

 

『初めまして、アリス。私は【銀の魔女】リンネ。

 人類を裏切った背信者にして、あなたの敵よ』

 

 私は血濡れになりながら、彼女に呪いの言葉を囁く。

 心で自らの心臓にナイフを突き立てながら。

 

 

 

『あなたのこと、ずっと大嫌いだったわ』

 

 

 

 そして私は<アリス>を魔女にした。

 

 

 私を愛し、魔法少女にまでなった愚かなアリス。

 

 あと一歩で私を殺せたのに、彼女の黄金の剣は薄皮一枚の差で、私のソウルジェムを砕くことができなかった。

 

 愛の日々を裏切る言葉。

 愛深き彼女は、それが鍵となって絶望した。

 

 世が世なら聖女となり、人々を救済したかもしれない黄金の少女は、最後は世界を破滅させるほどの呪いを生んだ。

 

 私の腕輪が幾つもの☆を急速に埋めていく。

 

『インキュベーター! 出て来なさい! 取引よ!』

『穏やかじゃないな、リンネ。目の前で特大級の魔女が生まれようとしているのに。このままじゃ街ごと滅びてしまうよ?

 いやはや、個人でワルプルギスの夜に比肩しうる魔女を生み出せるとは。回収できたエネルギーも信じられない量だ。これはお手柄だったね』

『どうでもいいわ、そんなこと!』

 

 私は胸に大きな喪失感を抱えながら、目の前の白い悪魔に願い事を告げる。

 

『この死体を私の人形にする技術を、魔法を寄越しなさい! 生前の戦闘能力をそのままに、日常では私のサポートができるくらいの精度で。

 魂なく、意思もなく、ただの生きた人形として!

 できないとは、言わせないわ! 必要なだけのエネルギーを持っていきなさい!』

 

 私は無数に埋まった☆を見せつける。

 アリスを失った代価にしては、それはあまりに安すぎる銀貨だった。

 

『……驚いた。てっきりきみは、彼女を生き返らせることを願うのだと思っていたよ』

 

 その戯言に、私は狂ったような笑みを浮かべる。

 

『彼女は<あそこ>にいるじゃない。これはただの抜け殻よ。私はなにか、間違っているかしら?』

『……いいや、きみは正しく事実を認識している。きみほど人類のすべてが物分りのいい生き物だったらよかったのにと、心から思うよ』

 

 心など、どの口が言うのか。

 私は吐き捨てた。

 

『そんな世界、死んでもごめんだわ』

 

 私は魔女となったアリスを、奇跡で元に戻すことを願わなかった。

 

 どうして願えようか。

 私自らの意思で、彼女を魔女に貶めたというのに。

 

 私はアリスの抜け殻を、アリスのように仕立てた。

 感情が抜け言葉を喋れないことは、私にとって救いだった。

 

 彼女の絶望した顔が、非難する声が、私を責め立てることはないのだから。

 

 

 

 

 そして私は、アリスの死体を基に作った人形とともに、アリスだった魔女を倒した。

 

 その戦闘で私は左腕を失い、人形は半身を失っていたが、代わりにどうにか魔女を倒すことができた。かつてアリスだった魔女は、最後まで世界を呪いながら特大のグリーフシードへと変わっていった。

 

 人形は無言で自らの体に蘇生魔法をかけると、呆然とする私の体も癒した。

 目の前の人形は、アリスとは似ても似つかない覇気のない顔で、それでも淡々と動いていた。

 

 そして。

 私の知るアリスは、もうこの世にはいないのだと悟った。

 

『…………………………………………ッ!』

 

 気が付けば私は、人形に向かって『アリス』と呼び続け、泣いていた。

 ずっと、ずっと……その涙が、いつか枯れ果ててくれるまで、ずっと。

 

 

 

 私は人類の敵、背信の魔法少女。

 銀貨の代わりに悪魔に魂を売った、銀の魔女なのだ。

 

 

 

 その罪は永劫、許されることなどない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっふ、ふひゃっ、あはははははははっ!!」

 

 列車の使い魔達が見せる映像を眺めながら、私は爆笑していた。

 

 なるほど、これはひどい。

 

 大方、人にとって忌まわしい記憶を強制的に見せつけ無力化、あるいは絶望させる類の罠なのだろう。

 

 だが相手が悪かったな。

 この外道魔法少女リンネ、その程度の絶望など散々舐めつくしたわ。

 

「あー笑った、笑った……それじゃぶっ殺すとしますか」

 

 それでも怒りを感じないわけじゃない。

 人の過去を、それも苦い思い出を晒すなど万死に値する。

 

 乙女の夢に不法侵入なんて羨まけしからんことをする魔女には、それ相応の罰が必要だろう。

 

 ――判決は勿論、極刑しか有り得ないが。

 

 私は銀の指揮杖を掲げた。

 

「銀色は敵を惨殺する。絶望の使者に絶望を与え、惨劇の主に惨劇を与える」

 

 銀の魔力光が指揮杖を覆い、長大な剣となった。

 純戦闘型ではないと舐めて貰っては困る。

 

 私はアリス以外の魔法少女相手に、勝てないと思ったことなどないのだから。

 ましてや産廃品風情の魔女など。どうせならワルプルギスの夜でも持って来いというのだ。

 

 私を殺せるのは、後にも先にも彼女だけだ。

 彼女だけが、私を終わらせることができた唯一無二の存在だ。

 

 それを証明するために、私は銀色の光を瞬かせる。

 

 列車はバラバラに破壊され夢の世界は崩壊していく。

 その奥から現れた眠る胎児のような魔女の心臓を、銀剣で抉り出した。

 

 魔女は血のような赤い目を開いて慟哭するが、うるさいと私は魔力糸で全身を輪切りにしてみせる。

 

「醒めてしまえば脆いものね」

 

 そして残されたグリーフシードを手にした瞬間、私は目覚めた。

 

 

 

 

 

「……あー、ひどい夢だった」

 

 私の右手にはグリーフシードが握られていた。

 すぐに凍結して封印を施す。

 

 もう一方の左手には、なにやら柔らかいものがあった。

 ふにふにと確かめてみる。これは癖になる感触だ。

 

 毛布をどけた下には、半裸のアリスが眠っていた。珍しい……と外を見れば、まだ陽も出ていない時刻だった。

 

 悪夢のせいで早起きしてしまったようだ。

 なにはともあれ珍しいアリスの寝顔にちゅっちゅすると、アリスはぱちりと目覚めてしまった。

 

「あー、ごめんごめん。起こしちゃった? まだ時間あるし、もう少し寝てていいよ?」

 

 それに頷いたアリスは、異様な寝つきの良さで再び寝息を立て始めた。

 私は微笑を浮かべてアリスの頭を撫でると、ダイニングへ向かった。

 

 そこに白いナマモノがいたので、私は半目で睨んでやる。

 

「……で、なにか釈明は?」

「おや、まるで僕があの魔女を仕向けたみたいな言い草だね。僕としては君の危機に気付いて、いち早く駆け付けたつもりなのだけど」

「語るに落ちてるけど、まあいいわ。次はないと知りなさい」

「……なんのことかな?」

「わからない? 私を試すのはこれで最後にしなさいと言ってるの。アリスの時だって、あわよくば私諸共回収しようとしてたでしょ? 信用できないのはお互い様だと思うけどね。一々寝首を掻かれるのはうんざりなのよ」

「……ふぅ、確かに僕は、あの魔女がきみのもとに向かうのを黙認した。だけど積極的にけしかけたわけじゃないと信じてほしいな」

「そんなんだから、真実を知った魔法少女達にいつも憎まれるのよ」

 

 隙あらば寝首を掻こうとしてくる地球外生命体。奴らには善意も悪意もない。

 だからこそどれだけ共に過ごそうが、決して馴れ合うことなどできないのだ。

 

「やれやれ、僕等に悪意はないんだけどね。人間達の理解を得るのは難しいな。その点リンネは非常に理解力のある逸材だと思うし、僕達にとって大切なパートナーだ。これだけは信じてほしいのだけど」

「パートナーではあるけど、私もまた魔法少女の一人である。ならばいつか絶望して魔女になるのは運命である……なんて、あなた達なら言いそうなことよね。

 まあいいわ、今回は私の不注意もあったし、ソフトな拷問だけで済ませてあげる。それから謝罪としていくつか技術的な質問に答えてくれれば、今回の件については許してあげる」

「……代わりはいくらでもいるとはいえ、無暗に壊さないで欲しいんだけどね。あと質問に答えるかどうかは、内容によるとしか言えないよ」

「なに、これも付き合いよ。我慢しなさいインキュベーター。私はいま最高に機嫌が良いの。アリスに埋め込んだ『人工ソウルジェム』について、ちょっとした助言が欲しいだけだもの。構わないわよね?」

「やれやれ、まったくきみといると退屈しないね。せいぜいお手柔らかに頼むよ」

 

 そして私は、白いナマモノを心行くまでぷぎゃーした。

 

 

 ……最近、前世の自分を笑えないくらいアブノーマルになっている気がするが、気のせいだと信じたい。

 

 

 

 

 

 

 



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第九話 私と契約して、星になってよ!

 

 

 

 キュゥべえという白いナマモノを解剖した結果、奴を構成する肉体のほとんどが解析不能という結論に達した。

 

 元々勢い余って微に入り細を穿つように腑分けしたのが始まりだったのだが、思った以上に謎だった。

 

 内部が全部真っ白なのは知っていたが、単純なたんぱく質じゃなくある種のナノマシンである可能性が生まれてきた。

 

 今回立てた私の仮説は、キュゥべえの体は極小の機械群で構成されているというものだ。

 小動物的マスコットキャラに擬態するだけじゃなく、魔法少女以外に見えない謎のステルス機能の他、端末としての役割を果たし、経口摂取した有機物やグリーフシードの分解を行う機能まであるというのは、人類の最先端技術でも再現できまい。

 

 私にできる限りの魔法的、科学的手法問わずに調査したが結論はやはり不明。

 もはや未元物質で出来ているのではないかとすら思えた。

 

 まあ、そんなことは実の所どうでも良いのだ。

 奴の体のことなど知っても大した意味はない。

 

 キュゥべえだけに効くウィルスでも作って散布できれば、少しは人類の未来も明るくなるかも知れないと思ったが、それで滅びるようならとっくに滅びているだろう。

 そもそも白いナマモノの体が、インキュベーターの本体だという保証すらまったくないのだ。

 

 無駄な努力はすべきではない。

 あくまで余興、本命の情報は一時間足らずで収集し終えているというのに私ときたら。

 

 まったく、勢いというのは怖いものだ。

 

 そんなわけで早朝からさっそく黒球内部で濃密な時間を過ごしてしまった私だが、月曜日の朝食にようやくありつくことができた。

 

 アリスは和洋中なんでもござれの鉄人だが月曜の朝は洋食と決めているので、ハニートーストとコーヒー、それからマッシュポテトとウィンナー、それからサラダというお決まりメニューが並んでいた。

 

 足元では新しいキュゥべえが刺し身となった自分を食べていた。

 酷くシュールな光景だったが、遠目から見れば白いマシュマロを食べているようにも見えるだろう。

 

 だがつい先ほどまで間近で観察していたのが裏目に出てしまい、奴の食事風景は私の食欲を著しく減衰させた。

 

「……あなた、よくそんなの食べられるわね。というかあなたの体って食用なの?」

「その質問はわけがわからないよ。それにうんと答えたらきみは僕を食べるのかい?」

「非常食にはなるかな、と思う。人間、死ぬ気になれば食べられないものなんてないんじゃないかしら?」

 

 土だってガラスだって○○だって、うぇーっと思ってしまう物でも食べた人はいる。

 ならば白いナマモノくらい余裕ではないだろうか。

 

「まったく、これだから人間というのは理解できないよ。単純に僕が食べているのはもったいないからさ。資源の無駄は避けるべきだ。

 そういえばこの国の標語だよねMOTTAINAI。この国に籍を置く身として、きみも見習うべきじゃないかな?」

「なんだろう、あなたに言われるとイラッとくるからやめてくれる?」

「ひどいよリンネ。あと僕を食べるのは色んな意味でお勧めしない」

「消化に悪いどころか食中毒起こしそうよね。というか人間には毒物? あ、食べなくてもそうだったわね。ごめんなさいね人類敵性種さん?」

「きみも意外としつこいよね。昨夜の魔女の件の代償はもう支払ったじゃないか。これ以上は契約違反だよ」

「なに可愛い事言ってるの、キュゥべえのくせに。こんなのは軽い親愛表現よ、覚えておきなさい」

「……そう言われてしまえば、僕たちは頷くしかないね」

 

 感情を理解できないので人間的な感情によるジョークだと言えば、理解できない連中はそういうものだと納得するしかない。

 というわけで、その後も私はキュゥべえをネチネチとイジメて存分に憂さを晴らした。

 朝食を終えた後は、アリスにいつものお出かけのキスをして学校へと向かう。

 

 さて今日も一日、外道に頑張るぞー。

 

 

 

 

 

「リンネちゃん、おっはよー!」

 

 教室に行くと真っ先にニボシが出迎えた。

 思えばこの数日で急接近した私達だが、当然それを不思議そうな顔でクラスメイト達が見ていた。

 だがそんなことは関係ないとばかりにニボシは笑顔で私に話しかける。

 

「リンネちゃんは休日どうしてたの?」

「ちょっと片付けなきゃいけない雑用が溜まってたの。引っ越しの荷物も実はまだ整理し切れてなかったし、いい加減片そうと思ってて。遊びに誘ってもらったのに悪い事したわね」

「あ、いいのいいの! 気にしないで! そういえばリンネちゃん一人暮らしって言ってたもんね。やっぱり家事とか、自炊するのとか大変?」

 

 家事その他諸々は我が家のスーパー家政婦アリスたんがやってくれるので、大変なわけがない。

 だがそれを馬鹿正直に教えるつもりはなかった。

 

「大変とか、意識したことはないかな。ただ自分の世話をしてるだけだしね」

「へー、私はお母さんに甘えっぱなしだからなぁ。リンネちゃんって自立してる感じがしてすっごい大人だよねー」

「大人ねぇ……それって褒められてるのかしら? なんだか老けてるみたいで素直に喜べないわ」

「えー、大人っぽいって褒め言葉だよー」

「まぁニボシはそうよね」

 

 ぽん、とニボシの頭に手を置く。

 身長差もあって手が置きやすかった。

 

「え、それどういう意味!?」

 

 愕然とした顔を浮かべるニボシの頭をぐりぐりして強制的に誤魔化す。

 バカな子ほど可愛いものだ。

 

 そんな風にニボシが私に付きまとうせいで、クラスメイトからも積極的に声を掛けられる様になってしまった。

 

 正直面倒だが、優等生の仮面を被った私はそつなく受け答えをする。

 大抵の場合隣にニボシがいたので、面倒な質問などはニボシに放り投げた。

 

 そんなこんなで、ついこの前まで休み時間ぼっちだった私からは想像もできない女子女子した会話の輪に入り、若干気疲れしながらもニボシを構って癒されることでどうにか乗り切った。

 

 昼休みになるとクラスメイト達からも昼食に誘われたが、ニボシとともに先約があると伝えて断った。

 その際に「あー、あの人達ね。それじゃあしょうがないか」と意味深なセリフで納得されていた。

 

「……ニボシ、アイナ先輩達のグループって結構有名なの?」

「うーん、どうだろ? 人助けとか困っている人の力になったことが何度かあって、それから目立ち始めたような気がする。なんだか非公式なボランティア部? みたいな集まりだと思われてるみたい」

 

 困ったことがあれば即見参! あなたのお悩み解決します! とでも広告しているのだろうか。

 

 まあ魔法少女としての能力があれば大抵の問題はどうにかできるだろう。物理的に。

 ふと気になったことがあったので私はニボシに聞いてみた。

 

「非公式って話があったけど、みんな部活とかには参加してないの?」

「……魔法少女だからね。真面目に頑張ってる人達に比べてズルい気もするし。それに町の平和を守る使命があるから部活してる時間はないかなー」

 

 ニボシは退屈そうに言った。

 その顔がどこか寂しそうだったから、私はつい無粋な質問をしてしまう。

 

「後悔、してない?」

「してないよ。するわけないじゃん」

 

 力強い声でニボシは言った。

 

「誰かがやらなきゃいけないんだ。魔女を倒す、私にはそのための力があって、頼れる仲間もいる。だから、魔法少女になって後悔したことなんかないよ。

 魔女に、使い魔に殺されそうな人を助けられた時は心底魔法少女になってよかったと思うし、こんな私でも、誰かの役に立てるんだって実感できるんだ」

 

 ニボシは正しい魔法少女としての使命感を胸に、熱く語った。

 正しくない魔法少女筆頭の私としては、実に耳に痛い言葉だ。

 

 誰かの役に立つだなんて、考えたことすらない。

 私は私の役に立つかどうかで世界を見ている。

 

 私達は相容れない価値観を持っていた。

 だから悪い魔女に食い物にされるのも仕方ない事だと、私は自らの唇を舐めるのだった。

 

 

 

 昼休みの屋上で、私は彼女達にあることを尋ねた。

 

「私達のグループ名?」

「はい。そういうのないんですか? 『アイナ先輩と愉快な下僕たち』とか『マジカル☆アイナとその他大勢』みたいな、自己主張の激しい奴は」

「そんなのいやよ! もうリンネちゃんったら、私のことなんだと思ってるのかしら! ……でもそうね。リンネちゃんのチーム名はともかくとして、名前を付けるというのは悪くないアイディアよね」

 

 アイナ先輩は考えるように腕を組む。

 山が形を変えた……だと?

 

 慄く私をよそに、それまでイチゴオレのパックをちゅうちゅう飲んでいたアリサが、さっと挙手して言った。

 

「では『アイナ先輩とその奴隷たち』で決まりですね」

「アリサちゃーん? どーしてそーなるのかなー?」

 

 泣きそうな顔でアイナ先輩がアリサに問いかける。

 だがアリサはまったく堪えた様子はなかった。

 

 私とアリサは目と目で通じ合う。

 ここにアイナ先輩を弄る同盟が結ばれた。

 

「アリサを責めないでやってください。これもひとえにアイナ先輩をリスペクトすればこそですよ、ね?」

「リンネ先輩の言う通りアイナ先輩がいてこその私達、つまりもう私達はアイナ先輩なしでは生きていけない体に……不潔です!」

 

 だがアリサは早々に自爆してしまった。

 なんという耳年増か。

 

 だが顔を真っ赤にした生意気な後輩という餌を見逃すほど、私達は甘くなかった。

 

「にははー、アリサちゃん自分で言ってて照れてるー!」

「どこでそんな知識仕入れて来たんだ? おじさんにちょっと教えてくんない?」

「……ぷっ」

 

 アリサは、ニボシが顔を覗き込もうするのを迎撃し、

 マコがわざとらしくハァハァと変質者の真似をすればその頭を叩き、

 思わず吹き出してしまったユリエの頬を抓る、という八面六臂の活躍を見せた。

 

「リテイク! リテイクを所望します!」

 

 そしていつの間にか私は監督になっていたらしい。

 

 よろしい、ならばリテイクだ。

 

「つまりアリサは先輩の肉奴隷だったということね。お二人とも仲が良くて羨ましいですわ」

「ちょっ、リンネ先輩! ここで裏切りますか!?」

「手を組んだ覚えはありませんね」

 

 おほほと口に手を当てて笑って見せる。

 気分は似非お嬢様。一般人との約束なんて存じませんわ、なんて。

 

 その後も大いに話は脱線に脱線を重ね、話題がぐるりと一周して戻ってきたのはだいぶ後になってのことだった。

 

「それでチーム名なのだけど、誰か案はあるかしら? ネタ禁止で」

 

 きりっとした顔でアイナ先輩が言った。

 不満の声が前衛コンビから上がるが、散々弄られて涙目になった先輩の視線に黙らされていた。

 

「魔法少女隊とか?」

「安直だなー」

 

 などと掴み合いを始める前衛コンビは、まったく役に立ちそうになかった。

 それらを華麗にスルーしてアリサが思案する。

 

「戦隊物から考えるとしても、アイナ先輩が翠色、ニボシ先輩が白黒、マコ先輩がオレンジ色で、ユリエ先輩がピンク、そして私が水色なわけですが……一応レンジャー名乗れますかね? レッド、グリーン、ブルーがやや薄色ですが」

「え、その理屈だと私、ブラックとホワイト兼任するの?」

「ニボシ先輩ならできますよ。表向き善人で、その実腹黒キャラを目指せばいいのです。仇名はオセロで、味方がピンチになれば敵方に裏切り、最終的にラスボス前で改心して仲間になるようなウザキャラを目指してください」

「わー、物凄くやりたくないなー」

「あらリンネちゃんを仲間外れにしてはいけないわ。ぜひともシルバー枠で入れてあげましょうね」

「アイナ先輩、変な気を回さなくてもいいです……それに、シルバーというなら」

 

 ゴールドもいるのですかと茶化そうとして、黄金の少女アリスのことを思い出す。

 私さえいなければ、彼女は今でも大勢の人に囲まれていたのだろうかと、ふとした感傷に襲われた。

 

「……どうしたの?」

 

 急に言葉を切ってしまった私を、アイナ先輩が心配するように見ていた。

 大したことではないと首を振る。

 

 まったく、昨晩は文字通り悪夢だった。

 どうせならハーレムの夢でも見せてくれればよかったのに。

 

「いえ、突然アイディアが閃いてしまったもので。これはもう天の意思だとしか思えません」

「……ゴクリ。リンネちゃんがそう言うなんて……嫌な予感がぷんぷんするよー」

「失礼な」

 

 ニボシは芝居がかった様子で額の汗を拭ってみせた。

 

 ……まったく、私をなんだと思っているのか。

 名前くらい真面目に考えるというのに。

 

 だって、それが貴女達の墓標となるのだから。

 

「――『エトワール』。フランス語で<星>というのはどうです?」

「そうね……うん、とっても素敵な名前だと思うわ。でも、どうして私達が星なのかしら?」

「だって魔法少女はみんなの希望の星なのでしょう? 願いを叶える流れ星、そんなに的外れじゃないネーミングだと思うのだけど」 

 

 メンバーは各々、思案する表情を浮かべる。

 やがて結論が出たのか、マコが口火を切った。

 

「……良いんじゃないかな? 私的にはちょっと恰好良すぎな気もするけどさ」

「まあ、これを逃したらいつまで経っても決まらなさそうですし、エトワールでいいんじゃないですかね?」

「フランス語とか、リンネちゃんすごーい!」

「……エトワール。可愛くていいと思う」

 

 マコ、アリサ、ニボシ、ユリエの順に、それぞれ賛成してくれた。

 それを見たアイナ先輩も笑顔で頷く。

 

「なら決まりね! 今日から私達、魔法少女グループの名前は『エトワール』よ!」

 

 パチパチパチと一同は拍手した。私も一緒になって手を叩く。

 なんだか変な感じで、みんな笑顔になっていた。

 

 こんな風に、お馬鹿でお気楽で、調子が良くて。

 なんだか居心地のいい場所だけど。

 

 ここは私の居場所ではない。

 

 絶望の汚泥の中、冷たい風の吹く場所こそが私のあるべき場所だ。

 夜空を見上げれば届かない場所にある星を、私は堕として見せよう。

 

 そうすればきっと、星を掴むことだってできるのだから。

 

 

 

 

 

 

 それから一月ほど、時は穏やかに過ぎていった。

 

 私は魔法少女ではない彼女達の仲間として、魔女狩りに同行し一緒に夜を駆けることもあった。

 純粋な傍観者として思い付いたアドバイスをしたり、私はメンバーの中に溶け込んで潤滑剤としての役割を担うようになっていた。

 

 マネージャーみたいなものだ。

 私も某アイ〇スの薄い本みたいに、アイドル達とにゃんにゃんしたい。

 

 そんな私の爛れた欲望はさておき、私は前世でやったギャルゲーのように彼女達の好感度を上げていった。

 目指すべきは当然ハーレムルートであるべきだが、そんな夢のようなエンディングは存在しないだろう。

 

 目指せ鬱エンド。

 バットエンドがインキュベーター的に最善の結末とは、まったくもって救いようがない世界だ。

 

 私はユリエに積極的に構い、彼女と趣味の話ができるくらいには親しくなった。

 彼女も結構オタク趣味なところがあり、私も前世がアレだったので話題には困らなかった。

 

 マコとは趣味の話ができないらしく、あんな風に溌剌と喋るユリエは初めて見たとマコに驚かれた。

 オタクに気兼ねなく趣味を語らせたら、普段抑圧されている分饒舌になるのだろう。

 

 そんなある時エトワールのメンバーと私で、二人組になって魔女の痕跡がないか警邏を行っていた。

 すでに現界している魔女ならアイナ先輩によって見つけることもできるのだが、魔女よりも力の弱い使い魔全てを見つけるのは難しいらしい。

 

 だが使い魔が魔女より弱いと言っても、普通の人間にとっては変わらぬ脅威だ。

 

 使い魔は幾人かの人間を食べるとやがて蛹のようにグリーフシードになり、最後は魔女として羽化する。

 

 純粋なグリーフシード狙いの魔法少女なら、あえて使い魔を見逃してグリーフシードを孕むのを待つだろう。

 卵を産む鶏を殺さないのと同じ理屈だ。

 

 だがしかし、エトワールの面々は正義の魔法少女達だ。

 使い魔が人を襲うなら事前にそれを防ごうと行動する。

 それが自分たちの首をしめているのだと、彼女達は知っていてなお他者の為に戦っていた。

 

 私もその警邏に参加するようになっていた。

 使い魔程度なら相方となる魔法少女一人でどうとでもできるし、魔女を発見したら無理せず全員に知らせる手はずだ。

 

 それにいざという時のため常にキュゥべえが傍にいるため、魔法少女になって撃退すればいい。

 ――という変身した際の言い訳作りも容易だった。

 

 そんな何度目かの警邏の時、私はマコとコンビを組むことになった。

 

「マコはどんな願い事をして魔法少女になったの?」

 

 警邏中、私はマコにキュゥべえとの契約内容を尋ねた。

 

「うーん……私のは、わりとつまらないことだよ。他のみんなみたいに胸を張れるもんじゃない」

 

 最初は言い渋っていたマコだったが、私の顔を見て「まぁ、リンネになら言ってもいいか」と頷いた。

 

「私さ、陸上やってたんだ。自分でいうのもなんだけどいくつか賞をとれるくらい努力してたし、なにより走るのが好きだったんだ。

 だけどスランプっていうのかな。ある時から急に記録が伸びなくなったんだ。最初は私も大して気にしてなかったんだよ。

 でもね、私より遅かった子が私を次々と追い抜いて行く。その怖さってわかるかな? 下手に賞なんかもらってたからプレッシャーとかも結構あって、気付いたら走ることが辛くなってたんだ。

 そんな時、キュゥべえがやってきたもんだから、私『足が速くなりたい』なんて馬鹿みたいなお願いをしちゃったんだ。それで私の足は、奇跡の力で速くなって記録も伸びた……だけどそれってズルじゃんって気付いたらもうダメだった。

 奇跡っていうインチキ使って私はいま表彰台に上ってるんだって考えたら、足が竦んじゃった。

 ……その後すぐに退部したよ。真面目に走ってる人達の邪魔だからね。

 魔法少女になってみんなと魔女退治することに不満はないんだけどね。思いっきり体を動かせるし。

 だけどやっぱり未練があるのかなぁ。私はやっぱり、契約したこと後悔してるんだ。

 みんなには内緒だよ? まだリンネが魔法少女じゃないから、参考にってことで。

 まぁリンネなら、私みたいに馬鹿なお願いなんてしないだろうけど」

 

 そう言ってマコは微笑む。

 そこに普段ニボシと一緒に馬鹿をやってるような、お気楽な様子は微塵もなかった。

 

「マコのそういう真っ直ぐなとこ、尊敬するわ」

「うぇ?! ど、どうした急に?」

 

 私の素直な称賛を受けて、マコは驚いて咳き込んでしまった。

 

「あなたはなにも悪くないし、弱さを言い訳にして力に溺れもしなかった。それってすごく立派なことだと思う」

 

 もし私がマコの立場だったら、他人のことなどガン無視してあらゆる賞を掻っ攫っていただろう。

 そうでもしなきゃ契約の対価として釣り合わない。

 

 きっと元を取るため、最大限奇跡の力を利用しただろう。

 ズルだとかインチキだとか、罪悪感を覚えることもなく。

 

 そんな外道な私だから、人として正しい道を歩くマコの姿が眩しかった。

 

「……さんきゅ。なんかリンネって不思議な奴だよな。昔を思い出して少し沈んだ気持ちだったのに、リンネの言葉を聞いたらなんだか軽くなったよ。リンネって実は魔法使い?」

「魔法少女なら、私の目の前にいるけど?」

「そうだった!」

 

 私達は笑い合った。

 知り合って一月が経ち、私達はようやく心を許せる友達になれた。

 

 

 

 ――気がするだけの、もちろん錯覚なわけだが。

 

 

 

 私はすでに大凡の計画は立て終えていた。

 あとは実行に移すだけ。

 

 私がなんで一月もの間、お友達ごっこに付き合っていたのかお忘れではないだろうか。

 彼女達を絶望させ、エネルギーを搾り取るためだ。

 

 その最初の犠牲者はマコ。あなただ。

 

 前を歩くマコに気付かれないよう、私は魔法少女へと変身する。

 

「なぁ、リンネ。私達ってけっこう……」

「<支配(ドミナシオン)>」

 

 振り返ったマコの額に銀杖を突き付ける。

 幾多もの絶望を吸い上げ、願いにより強化された私独自の魔法は、即座にマコの自由を奪う。

 

「銀色は橙色を支配する。心も体も、魂すらも私の物。あなたは私のお人形」

 

 戦闘中は格下相手の、しかも肉体しか支配できない魔法だが、不意打ちならば結果はご覧の通り。

 今の完全支配状態だと長時間は操れないためリスクも大きいが、彼女が目覚めた時には全てが手遅れだ。

 

 

 さぁ、絶望の舞台を幕開けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 茶番は終わり、舞台は絶望へ向かって加速する。
 笑うは銀の魔女、ただ一人。




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第十話 私と契約して、人形劇をやってよ!

 

 

 

 アイナとアリサの二人組は、駅前周辺の捜索を行っていた。

 使い魔は人気の少ない治安の悪そうな場所を好む傾向があり、人々の昏い想念が渦巻く場所に引き寄せられる性質がある。

 

 それは使い魔に限らず、魔女も同じだった。人々の絶望を糧にするからだろう。

 世間では理由のない自殺や行方不明と言われている者のほとんどは、魔女の口づけによって操られた者達だ。

 

 だから人ごみの中、二人はそうした魔女の口づけを受けた人間を探していた。

 

 人助けという点では、確かに駅前など人の多い場所で探した方が効率は良いだろう。

 だが直接魔女や使い魔が姿を現す可能性は低かった。

 

 魔女や使い魔も馬鹿ではない。

 本能的に目立ち過ぎれば天敵である魔法少女に狩られてしまうことを知っている。

 それがかつて魔法少女だった者の記憶の名残なのか、その真実を知る者はどこにもいない。

 

「こうやって魔女の痕跡を探すのは、いい加減目が疲れますね」

 

 アリサが目頭を揉みながら言った。

 雑多な人ごみの中で魔女の痕跡を見つけるのは地道な作業だ。

 

 そんな頑張る後輩にご褒美をあげてもいいだろう、とアイナは思った。

 

「ちょっと休憩しましょうか? お姉さんが奢ってあげる」

「遠慮なくゴチになります」

 

 本気で遠慮の欠片も見られないアリサに、アイナは額に冷や汗を流す。

 

「……五百円以内でね」

 

 つい後輩の前で気前の良いことを言ったものの、中学三年生の小遣いなど高が知れている。

 見栄を張ろうにもこれがアイナの限界だった。

 

「十分ですよ。先輩の財布でお腹一杯食べようとか、浅ましいことは考えてませんので。丁度いいので、あそこの大判焼きにしましょうか!」

 

 アリサはツインテールを弾ませながら、アイナの腕を引っ張った。

 甘い物好きなアリサとしては餡子が食べられるだけで幸せになれた。

 ましてそれが尊敬する先輩の奢りともなれば、数倍美味しく食べられるだろうと期待に胸を弾ませる。

 

 だが幸せはあと一歩のところで邪魔されてしまった。

 

『リンネです。魔女の巣を発見しました。いまマコが結界を見張っています。場所は――』

 

 念話というキュゥべえに選ばれた少女達だけが使える通信で、リンネから魔女発見の報が入った。

 甘味を目の前にしてまさかのお預けを食らって呆然とするアリサを尻目に、アイナが苦笑しながら念話に返答する。

 

『了解よ、こちらもすぐに向かうわ。ニボシとユリエも大丈夫?』

『こっちもすぐ向かうよー。あーあ、今回はリンネちゃん達の勝ちかー』

 

 別に勝敗は競っていないはずなのだが、ニボシの残念そうな呟きが念話で聞こえた。

 アイナ達の班もこれといった成果がなかったところなので、すぐに駆けつけた方が良いだろう。

 

「そういうわけだから、大判焼きはまた次の機会ね」

「……今日の二挺拳銃は一味違いますよ。ふふふっ」

 

 昏い笑みを浮かべるアリサに少々引きながら、アイナは困った後輩を促してリンネに指示された場所まで向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 話は少しばかり遡る。

 あれから私は魔法で支配したマコを自宅へと連れ込んだ。

 

 連れ込むと言うといかにも如何わしい響きだが、残念ながら今回の目的はにゃんにゃんするためではない。

 仕込みを行うため、自宅の黒球を使う必要があったからだ。

 

 私はマコを黒球内にある倉庫へと監禁する。

 倉庫は学校の体育館ほどもある広さで、椅子と机と拘束用具が中央にポツンと置かれていた。

 

 マコの魔法少女衣装はすでに解除され、制服姿の彼女を私の魔力糸で椅子に縛り付けた。

 彼女のソウルジェムは濁り具合がよく見えるように机の上に置いておく。

 壁際にはアリスが佇み、すでに戦闘態勢をとっていた。

 

 これで準備は万端だ。

 私は今一度マコに銀杖を突きつけ、支配からの解放の呪文を唱える。

 

「<解放(リベラシオン)>」

「……あれ、ここは? リンネ?」

 

 私の支配下から解放され意識を取り戻したマコに、私は銀色の魔法少女衣装を見せた。

 驚きで目を丸くする彼女に向かって、私は改めて自己紹介してみせる。

 

「魔法少女としては初めまして。私の名前は【銀の魔女】リンネ。あなたを殺す者よ」

「冗談……だよな? ははっ、いつのまにキュゥべえと契約してたんだよ。驚いたなぁ」

 

 私は微笑みながら、マコの頬を殴った。

 魔法少女として強化された腕力によって、マコは縛り付けられた椅子ごと倒れる。

 

「悪いけど冗談じゃないの。頭の悪そうな笑顔なんて、浮かべないでくれる? 不愉快だから」

「……なんで? なんでこんなことするの?」

 

 マコは呆然と床を見つめ、バラバラになった意識を掻き集めるように私に問いかけた。

 

 だが私の返答は暴力だった。

 私はマコの頭を踏みつけ、サディスティックな悦びに富んだ声で語りかける。

 

「問いかければ答えてくれるだなんて、あなたちょっと勘違いしてない? 私はあなたを痛めつけるためにここまで連れてきたの。誤解も勘違いも曲解の余地もなく、私はあなたの敵なのよ」

「……仲間だって、信じてたのに。お前は、お前はぁっ!」

 

 悔しそうな顔を浮かべ、マコは身を切られるような悲痛な声をあげる。

 つい先ほどまで笑い合っていた仲間が理不尽な暴力を振るうことに憤り、そして恐怖していた。

 

 感情が高ぶれば高ぶるほど魔法少女はエネルギーを生む。

 ならば私は、彼女の魂を楽器に絶望の歌を奏でよう。

 

 さあ人としての尊厳を冒涜しよう。

 呪われた祭壇に生贄を捧げよう。

 

 あなたに救いなど、ありはしないのだから。

 いつか聞きたいと言っていた私の歌を聞くといい。

 

「ここは【銀の魔女】の住処。あなたで絶望と怨嗟の曲を奏でましょう」

 

 ――そして私は、マコという名の魔法少女を凌辱した。

 

 彼女はかつて、眩しいほど正しい魔法少女であろうとした。

 

 だが今の彼女は、私を呪う言葉を口にし、かと思えば涙ながらに許しを乞い、正気に戻っては憎悪の視線で殺さんばかりに睨む悪鬼と化していた。

 

 マコの魂が持つエネルギーの搾取作業は、黒球内部の時間で六時間にも及んだ。

 彼女の保有するすべての感情がエネルギーとなり、私の特製ソウルジェムへと吸収されていく。

 

 その代償に、マコのソウルジェムは穢れで満たされた。

 孵化するようにソウルジェムが歪み、グリーフシードへと姿を変えていく。

 

 

 

 そして魔女が生まれ出る。

 

 

 

「誕生を言祝ごう。誕生を呪おう。汝は生まれながらに呪われし存在。

 私はそれを摘み取る者なり。一振りの刃にてその首を断つ者なり」

 

 銀の魔力で編まれた魔力糸の網が魔女を捉え、黄金の剣がギロチンとなって魔女を断裁する。

 私は生まれ出てくる魔女を、生まれ出る前に断罪し処刑した。

 

 私の隣にはアリスが立ち、目の前にはグリーフシードとマコの死体だけが残った。

 私はグリーフシードを凍結させると、マコの死体にある欠損をそのままに、魔法で箱詰めにして持ち運び可能な状態にした。

 

 まだマコの死体には利用価値があるのだ。

 次なる絶望のために。

 

 私は黒球の外に出て、一通りの準備を整えるとアイナ先輩達に連絡を取る。

 手にしたマコの頭部には、この世の者とは思えないほど壮絶な死に顔が浮かんでいた。

 

『アイナ先輩、魔女を発見しました。いまマコが結界を見張っています。場所は――』

 

 実際のところ私はすでにキュゥべえと契約しているが、念話は契約前の少女でも素質があれば使うことができた。

 

 中継としてキュゥべえの存在が必須だが、奴らインキュベーターの通信網に圏外など存在しないので気にする必要もないだろう。

 

 そして私は、廃墟となったビルの所在を残りのエトワールのメンバー達に告げた。

 

 もちろん魔女を発見したというのは嘘だが、励起状態になったグリーフシードならばある。

 アイナ先輩の探査を誤魔化すことくらいはできるだろう。

 

 

 

 

 

 

 数分後、私は自宅のソファに座りながら、獲物たちが罠に掛かるのを魔法の銀幕で観察していた。

 指定した廃ビルの中にいるもう一人の私は字句通り、精巧にできた操り人形だった。

 

 私達魔法少女の体は魔法で簡単に修復できる。

 ソウルジェムさえ無事なら頭が半分消し飛ぼうが、魔法さえ発動できれば治癒は可能なほどだ。

 

 人智を越えた治癒を行うには自分の本体がソウルジェムであると正しく認識する必要はあるが、原理上は体を丸ごと消滅させられてもソウルジェムさえ無事なら再生可能なのだ。

 

 とはいえそれは極論であり、常人は肉体がなければ思考できないと思い込んでいるので、頭を吹き飛ばされればまず死ぬことになる。

 

 私はこれまで行ってきた様々な実験で、すでに自分の肉体を複製することに成功していた。

 私の本体はあくまでソウルジェムであり、肉体はただの外部パーツに過ぎないと意識構築した結果、自身の精巧な肉人形を複製することができるようになったのだ。

 

 掌に納まる程度の大きさであるソウルジェムは、代わりの効かない私の魂そのものだ。

 一方の肉体はいくらでも作れる代用品と化していた。

 

 ソウルジェムによる肉体支配はせいぜい百メートルくらいしかないが、意図的に魔法で操る分にはそんな厳密な制限などなかった。

 直接肉体を操作するならソウルジェムの方が圧倒的に有利だろうが、囮程度なら魔法の遠隔操作でも十分に可能だろう。

 

 それらの舞台材料を元に私は人形劇を演じてみせる。

 そうして私の言葉を疑いもせずやってきたエトワールのメンバー達が目にしたのは。

 

 マコの体を細切れにし、

 マコの血に染まった銀色の魔法少女衣装を着て、

 マコの生首を持った魔法少女――古池凛音の姿だった。

 

 言葉を失い硬直する彼女達の足元に、大事なお仲間の首を放り投げてやる。

 

 ボールのように転がったそれ。

 丁度良くマコの顔とご対面した一同は、揃って悲鳴を上げた。

 

「それ、あげるわ。私はもういらないし」

「ひっ!?」

「そ、そんな……うそ、だよね? リンネちゃん……?」

「っ、ニボシ!」

 

 ふらふらと私に近づいてくるニボシを、アイナ先輩が咄嗟に引き戻した。

 

 その直後に爆発が起こる。

 もしアイナ先輩のフォローがなかったら頭が吹き飛んでいただろう。

 と、思わせる威力とタイミングだった。

 

 実際はそんな簡単に殺すわけがないので、駆け出したアイナ先輩に合わせて魔法を使っただけだ。

 

 普通に近づいていたら、マコみたいに殴り飛ばしていただろう。

 勘違いしないように、私はもうお前たちの敵なのだと教えるために。

 

「……古池凛音。あなたは何者なの?」

 

 アイナ先輩が普段の穏やかな表情を消し去り、険しい顔で私を睨みつけた。

 本気で怒っているのがわかってゾクゾクするが、まだ足りない。まだまだ足りない。

 

「私は魔法少女を殺す者。つまりあなた達の敵です。騙してごめんね」

 

 てへぺろ☆

 ……なーんて、ちっとも悪く思ってない涼しげな顔で言いのける。

 

 それに真っ先に激怒したのは意外というかやはりというか、ユリエだった。

 

「あ、あ、あああああああああ!!」

 

 獣のような咆哮をあげ、得意のパペットすら使わず不得手な肉弾戦を仕掛けてくる。

 

「お前が! お前がマコちゃんを!!」

「そう、私が殺した」

 

 嘲りの笑みとともに、ユリエにカウンターを叩き込む。

 続けて倒れたユリエを踏みつけようとするが、魔法の弾丸がそれを阻んだ。

 

「……っ、お前は! なぜ笑っていられるのですか! 私達、仲間だったじゃないですか!

 エトワールって、あなたが名付けたんじゃないですか!」

 

 アリサは目を吊り上げ、涙目で叫んでいた。

 両手で構えた二挺拳銃は小刻みに震え、内心の動揺を現していた。

 

 それに対して、私は酷薄な笑みを浮かべてみせる。

 

「そんなの、お遊びに決まってるでしょ? 揃いも揃って馬鹿ばっかで、笑いを堪えるのが大変だったよ」

「貴様ぁああああああああああ!!」

 

 絆を真っ向から否定した私に、普段のクールなアリサからは似つかわしくない怒声を発した。

 

 幾つもの魔法の弾丸が私に襲い掛かる。

 銀杖を振って防御魔法を使おうとするが、やはり遠距離操作のため若干反応が遅く、何発か体に貰ってしまった。

 

 銀色の衣装のあちこちから、とめどなく血が滲み出る。

 

「私のパペット、あいつを殺して!」

 

 巨大なクマのぬいぐるみが不意に現れ、そのファンシーな外見とは裏腹な、凶悪な牙を剥いた。

 

 悪夢に出て来そうな外見だ。

 これ、子供が見たら絶対泣くだろう。

 

 私はクマの突進に吹き飛ばされるように、ビルを突き出た。

 丁度良かったのでそのまま飛行魔法で逃走を始める。

 

 楽しい鬼ごっこの始まりだ。

 

 それに女の子達に追いかけられるというのも、夢のようじゃないか。

 まあ少しばかり殺気が立ちすぎている気もするが。ヤンデレってレベルじゃねーぞ。

 

 いやはや、モテる女は辛いわぁ……なんてね。

 

 私に続いて頭に血が上ったアリサとユリエが真っ先に飛び出し、屋上を渡って私を追いかけてくる。

 

 ニボシとアイナ先輩も困惑しながらそれに続いた。

 途中、ニボシ達出遅れ組は先行組に静止するよう呼びかけ続けたが、頭に血が上ったアリサとユリエは止まらなかった。

 

 私の背後からアリサの魔法が襲い掛かる。

 途中いくつか良い物を貰ってしまい、肉体的な損傷はそろそろレッドゾーンに達しようとしていた。

 

 私は瀕死状態となりながらも、追手達を目的の<彼女>の元まで誘導する。

 

 <彼女>の居場所は遥か上空からアリスがずっと観測しており、私は常にアリスと情報をリンクしているため、見つけるのは容易だった。

 

 私は力尽きて墜落した風を装って、公園へとたどり着いた。

 

 

 そこは奇しくも<彼女>――リナと初めて出会った場所だった。

 

 

 リナは血まみれで降り立った私に驚いていた。

 

 当たり前か。

 彼女の前ではいつも、強く正しい魔法少女を演じていたのだから。

 

 その正義のヒーローという噴飯ものの存在は、今にも死にそうな格好をしていた。

 驚くなという方が無理だろう。

 

「し、師匠……?」

 

 彼女は魔法少女に変身していなかった。

 傍らにサフィがいるから、いつもの散歩なのだろう。

 

 もしかすると私を待っていてくれたのかもしれない。

 約束はしていないが、彼女はたまにこうして公園で黄昏ていることがあった。

 

 私は必死の形相でリナに叫ぶ。

 さもまずいことになった、とばかりに顔に焦りを浮かばせて。

 

「っ、リナ、逃げなさ……!」

 

 だが私の言葉は、最後まで紡ぐことができなかった。

 幾つもの魔法が襲い掛かり、パペットが私を押し潰したからだ。

 

 その時点で、私の複製は死んでしまう。

 

 観測していた計器の針が一つ沈黙した。

 だがアリスという観測者によって状況は変わらずモニターを継続している。

 

 私の操る人形劇はこれで終わり、そして始まりだ。

 

 あとは残された彼女達が勝手に踊ってくれるだろう。

 アリスがいないので私自らコーヒーを淹れつつ、魔法の銀幕を通して状況を見守る。

 

 アリサは私が潰された時点で正気に戻ったようだが、ユリエは私をミンチにしないと気が済まないらしく、執拗に何度も何度もパペットによって肉体を潰していた。

 

 潰れたトマトのような有様になった頭部の銀髪が、辛うじて私だった証だろうか。

 それすらも血で汚れていて、私だとは判別できないほどだ。

 

 そんな彼女に、銀の魔女から一言。

 証拠隠滅を手伝ってくれてありがとう。

 

「や、やめなさいユリエ! もうやめて!」

「どうして邪魔するの! あいつが、あいつが! マコを殺したのに!」

 

「……な、なにしてんだよ、アンタ達……姉ちゃんに、何してんだよッ!!」

 

 幼い少女の静止の言葉も虚しく、血に酔った彼女達はとまらない。

 

 私の複製は肉体的にはすでに死んでいる。

 それでもなお足りないと死体を弄ぶ魔法少女の姿。

 

 なんとも酸鼻な光景だと、脚本通りとはいえあんまりな有様だった。

 

 その初めて戦場に出た新兵のような有様に、某少佐風に絶頂を覚えるところだ。

 もっとも私は慎み深い淑女なので、そんなハシタナイ真似はしませんが。にゃんにゃん? なんのことかわかりませんね。

 

 そんな風に自宅のソファでそれを見ていた私は欠伸を一つ噛み殺した。

 ここからでも複製した肉体の修復は実は可能だったが、ここで私が死ぬことに意味がある。

 

「…………もう、死んでるよ。死んじゃったんだよ」

 

 生気の抜けた顔で、ニボシがユリエを睨んでいた。

 ニボシとアイナ先輩は途中から必死に二人を止めようとしていたが、私の裏切りによる動揺から抜け出せていなかった。

 

 そのため一歩遅れてしまい、その一歩差で私は殺された。

 

 いまニボシは何を思っているのだろう。

 私に「どうして?」と尋ねたい気持ちで一杯なのかもしれない。

 

 だがそれを知るすべは、いま彼女の目の前で消滅してしまったのだ。

 

 ニボシの視線に怯んだユリエが、ようやく止まる。

 そして自分が何をしたのか、何を創作したのかを見てしまい、嘔吐した。

 

 一連の出来事に固まっていたリナが、ふらふらと動き出す。

 血と肉と糞だまりとなった残骸に手を伸ばし、汚れた銀髪を手に取った。

 

「……はは、師匠、悪い冗談……だよな? いつもみたいに幻覚とか使ってんだろ? なんであんな攻撃で、あんたがやられてんだよ。なぁ……」

 

 汚れるのも構わずリナは私だったモノに触れる。

 その異様な光景に、アイナは怯えた視線で問いかけた。

 

「あ、あなたは、だれ? リンネちゃ……この人となにか関係があったの?」

「……うるせえ。黙ってろ」

 

 リナは光の消えた瞳で、エトワールの四名を一人一人確認する。

 誰が私を殺したのか、確かめるように。

 

 その視線に一同は怯んだ。

 アリサは武器を構え、ユリエは後ずさる。

 ニボシとアイナ先輩はそれに耐え、じっとリナと視線を合わせている。

 

 意を決してアイナが口を開こうとしたが、それよりも早くユリエが悲鳴を上げた。

 

「…………悪くない、わたしは、悪くない! 全部この女が悪いんじゃない! なにもかもこの女のせいで滅茶苦茶よ! 死んで当然じゃない!」

 

 泣き喚くユリエをニボシが力尽くで取り押さえるが、すでに手遅れだった。

 

 リナは涙を流していた。

 そして立ち上がり、ソウルジェムを掲げる。

 

 その手は、私の血で赤く染まっていた。

 

「っ、それは!?」

 

 

 

 ――真紅の魔力が迸る。

 

 

 

「……サフィ、こいつら駄目だ。許せねえわ」

「ヴァオン!」

 

 リナの呟きに、サフィが獰猛に吠えて答えた。

 

「師匠から……姉ちゃんから貰ったこの力、正しいことだけに使いたかった……」

 

 リナは魔法少女へと変身する。

 かつて姉が褒めてくれた自慢の姿。

 

「だけど、姉ちゃんが言ってた通り、魔法少女って正しくない奴の方が多いんだな」

 

 戦槌を手に魔法少女衣装を翻したリナは、激情を秘めた声で姉の復讐を誓う。

 

 

 

「――テメェら、全員ぶっ殺してやる!」

 

 

 

 ここに血みどろの復讐劇が幕を開けた。

 

 それを笑って眺めるは銀の魔女。

 舞台上の刃は観客席までは届かない。

 

 自ら淹れたコーヒーを飲みながら、私は喜劇を眺め続ける。

 

「性根の悪さは死んでも治らなかったみたいだ。やっぱり私を殺せるのは君だけだよ、アリス」

 

 そう嘯く私の言葉に、答える者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




偽広告:

 交わした約束があった。

 育んだ絆があった。

 だけど。

「こんなの、あんまりだよ……!」

 少女たちは告げられた真実に絶望し、涙を流した。

 育んだ友情も師弟愛も、家族の情すらもマヤカシ。
 銀の魔女にとって、すべてはペテンで茶番だった。

 全ての魔法少女が絶望し、銀の魔女がほくそ笑む。

 外道魔法少女りんね☆マギカ。本日も絶賛外道中!

 ――P.S.黒幕始めました。



(作者より)
 予想以上にアクセスが伸びて驚いています。
 感想頂けるのは嬉しいですね。モチベーションが上がります。
 なので、去年書きかけて終わっていた分の続きを執筆再開しています。
 ストックが尽きたら更新が遅くなりますが、完結目指して頑張ります。

 感想欄に返信はしない方針で行きますが、誤字の指摘などはなるだけ修正するようにします。
 予想以上に外道な主人公を応援していただき、ありがとうございますm( _ _ )m


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第十一話 私と契約して、絶望してよ!

 

 

 リナとエトワールの戦いは、終始リナが圧倒していた。

 驚異的な破壊力を秘めた戦槌の前に、アイナ先輩の防御結界は卵の殻の様に呆気なく砕け散る。

 

 私の教えを守り『魔法少女たる者、激情は胸に秘め、頭はクールに』という戦いの極意を、リナは幼いながらも完璧に実行していた。

 

 可愛い愛弟子から鬼だ悪魔だと散々罵られながらも扱いた甲斐があったと、天国でも地獄でも草葉の陰でもない自宅のソファの上で見守りながら、私は満足していた。

 

 一方マコと私が抜け残り四名となったエトワールは、まったく勢いが感じられなかった。

 

 マコが私に殺され、私もまたアリサとユリエに殺された。

 そんな殺し殺されの急展開に頭が追い付いていないようだ。

 

 私を殺しマコの復讐という大義名分が果たされてしまった今、新たな敵を前に戦意を維持するのは不可能な様子だ。

 

 アリサとユリエは精神的動揺から使い物にならない。

 かといってアイナ先輩の魔法では、ほんの少し時間稼ぎするのがせいぜいだ。

 

 それでも彼女達がリナと競り合えているのは、ニボシのお蔭だった。

 彼女は体を張ってボロボロになりながらもリナの攻撃に耐えていた。

 

「お願い! 私達の話を聞いて! 私だってどうしてこうなっちゃったのか、わけがわかんないんだよ!」

「……姉ちゃん殺しといて、言うことがそれかよ!」

 

 戦槌とガントレットが激しい音を立ててぶつかり合う。

 拮抗したかに見えたそれはリナが魔力をさらに解放したことで傾き、ニボシの体を容赦なく吹き飛ばした。

 

「テメェらと話すことなんか、なにもねぇ! あんたらは姉ちゃんを殺した! どんな事情があろうが、あたしは納得しねぇ! だからテメェらを殺す! 話し合い? はっ! 笑わせるぜ! 問答無用で姉ちゃんを殺したのはテメェらじゃねぇかよ!」

 

 追撃しようするリナを牽制したのは、ようやく精神を持ち直したアリサだった。

 魔法の弾幕を次々と打ち込みながら、私の死体から目を背けるようにして叫ぶ。

 

「で、でもあの人はっ! 私達の仲間を殺したんです!」

「はぁ!? 姉ちゃんを殺したテメェらの言葉なんか、信じねえよ! 仮にそうだとしても、あたしは姉ちゃんを信じてる! テメェら人殺しにとやかく言われる筋合いはねぇ!」

「そんな! わ、私は、殺すつもりなんか……っ!?」

 

 人殺し。

 古今東西における有り触れた禁忌の象徴。

 

 人を殺した者は善ではいられない。

 ましてやその有様を目の前で目撃されているのだ、言い訳の余地はなかった。

 

 その事実に、アリサの引き金を引く指が止まる。

 そんな腑抜けた敵の有様に、リナは嫌悪感から舌打ちした。

 

「なんだよ。なんなんだよテメェら! そんな中途半端で、姉ちゃん殺したってのかよ! あの人はな、使い魔に殺されそうだった私を助けてくれたんだ。使い魔に殺されたサフィを、奇跡で救ってくれた……私を魔法少女にしてくれた恩人なんだ! そんなあの人が、あんな風に殺されていいわけねぇだろうが!!」

「きゃあ!」

 

 リナの祈りは『再生』に分類される。

 私の解析では癒しの上位奇跡のようなもので、リナの頑丈さは私の知る前衛型魔法少女の中でも飛び抜けていた。

 

 今もアリサの弾丸を豆鉄砲と嘲笑うかのように容易く距離を詰めると、そのまま戦槌で突き飛ばした。

 そして怯えて蹲るユリエまでたどり着いたリナは戦槌を振り上げる。

 

「まずはテメェから死ね」

「ひっ!?」

 

 絶望に染まるユリエの顔がトマトのように潰れるのを幻視したが、武器を振り上げたリナの一瞬の隙を突いてニボシが体当たりした。

 体そのものは未だ小さなリナの体は、ニボシの攻撃で大きく吹き飛ばされてしまった。

 

 僅かに稼いだ貴重な時間で、ニボシは仲間達に告げる。

 

「みんな! 一旦引くよ! このままじゃ、さらに取り返しがつかなくなる!」

「……ニボシの言う通り、一度状況を整理しないと」

「でも、あの子のことはどうするんですか?」

 

 アリサがリナの方を見るが、アイナは首を振る。

 

「話し合いが通じる状況じゃなくなっているわ。マコが殺された時の再現よ。もしこれが彼女の望み通りだとしたら……いえ、私の考え過ぎね」

 

 だが逃げようとする彼女達を制したのは、リナの使い魔サフィだった。

 

 サフィは俊敏に駆け回りながら魔力弾を放ち、牧羊犬のように彼女達の逃走を防いだ。

 その時間稼ぎのお蔭でリナは完全に復帰する。

 

「ナイスだ、サフィ!」

「ヴァオン!」

 

 そう、リナは決して一人で戦っているわけではなかった。

 サフィのサポートのお蔭で、背後を気にせず戦うことができるのだ。

 

 サフィは純粋な戦力としては一線級の魔法少女に劣るが、リナにとっては最も頼れる相棒だった。

 

 リナの呼吸に合わせて行動し、リナの隙を補うように駆け抜ける。

 ただのペットと思っていた面々にとってそれは由々しき事態だった。

 

 

 

 

 

 

 自宅のソファで今度はココアを飲みながら、私は随時彼女達の魔力を観測している。

 アリスに持たせた観測機器の中には魔法少女の持つ潜在魔力を測る物もあった。

 

 要するに実った果実の食べ頃はいつなのか、調べる装置だと思ってもらえればいい。

 

 私の愛弟子リナはこの戦闘でどんどん才能を開花させていた。

 彼女の魔法少女としての大器が満たされるまでまだしばらくの時間はかかるだろうが、師匠として鼻が高くなる成長速度だ。

 

 エトワールのメンバーもまた、まだまだ伸びしろを残している状態だった。

 だが彼女達の成長をじっくり待つほど私は悠長ではない。

 

 促成栽培だろうが遺伝子組み換えだろうが、熟れてくれさえすれば何も問題はないのだ。

 その結果、土壌が枯れ果てようが汚染されようが、搾れるだけのエネルギーを搾取できればそれでいい。

 

 全ての農家の方に喧嘩を売るような営業理念こそ、我らがインキュベーター社の神髄だといってもいい。

 

 とはいえ、このままでは誰かが死ぬまで争いは止まらないだろう。

 実に嘆かわしい事だ。

 

 自演乙とはいえ、それは私の望むところではない。

 あくまで彼女達を魔女にすることが私の目的なのだから。

 

 私は状況を一度リセットするべく、エトワール達に助け舟を与えることにした。

 愛しのアリスに命令する。

 

「アリス、予定どおり『黄金の剣』を投擲して」

 

 魔法少女達の戦闘領域の遥か上空にて待機していたアリスは、自らの武器である黄金の剣を地上へと投擲した。

 

「いい加減死ねよテメェら! ギガ――」

 

 その時、地上ではリナが必殺の魔力を武器に込めていた。

 だがそれが発動するより早く数多の魔女を断罪してきた神剣が雷の如く地上へと突き刺さり、爆発とともに彼女達を吹き飛ばした。

 黄金の剣を構成していた魔力が解放された結果、地上に大きなクレーターを残す。

 

 容赦のない不意打ちに、爆風をもろに受けたリナは大きく吹き飛んでいく。

 エトワール達も吹き飛んだがリナよりは距離もあったため、意識を失うことなく体勢を一早く立て直していた。

 

「なに? なにが起こったの?」

「こほっ、爆撃でもされたんですか? いったいどこから……」

 

 アリサが空を探すが、目視でアリスを見つけることはできないようだった。

 遥か上空にある豆粒よりも小さな点を、さらに十を超える隠蔽魔法まで重ね掛けされた状態で見つけることはいかな魔法少女とて困難だった。

 

「彼女の味方……というわけじゃなさそうね。かといって私達の味方というのも疑問だけど……」

 

 アイナはクレーターの向こう方に倒れているリナを見た。

 リナの前にはサフィが構えていて、主人に手を出すのは許さないと全身で威嚇している。

 

 これ以上戦いたくなかった面々はそれに手出しする気もなく、新たな敵と思われる存在からの攻撃に警戒していた。

 だが最も索敵に優れたアイナが幾ら探しても敵の姿は発見できなかった。

 

 ここは撤退すべきだ。

 アイナはニボシとアリサに目配せで了承を取ると、呆然自失状態のユリエにも確認をとる。

 

「この場は引くわ。ユリエもいいわね?」

 

 その言葉に、ユリエは覇気のない様子で頷いた。

 こうして一連の戦闘は終了した。

 

 

 

 

 エトワール達が撤退した後。

 意識を取り戻したリナは敵の姿が見えなくなったことに気付き、その幼い顔を憎悪に歪める。

 

「……逃げやがった。ふざけんな! 絶対見つけ出して、殺してやる!」

 

 復讐者と化したリナの叫びを、使い魔はただ悲しげに見上げていた。

 

 

 

 

 

 状況終了を確認した私は、アリスに帰還命令を下すとソファに深く座りこんだ。

 

「才能の限界に近かったマコの収穫は終わり、あとの面々も熟れるのを待つばかり。果報は寝て待て、私がすることはもうあんまりないかな」

 

 友情を、信頼を裏切った。

 罪悪感などとっくに麻痺している。

 私がこれまで、どれほどの魔法少女達を裏切ってきたと思うのだ。

 

「……人としての心など、とうに忘れてしまったよ」

 

 そのまま私はソファで眠る。

 愛しいアリスの帰りを待ちながら。

 

 

 

 

 

 

 撤退したエトワール達は、各々ボロボロとなりながら学校の屋上に集まっていた。

 日はとっくに沈み夜となっていて生徒達の喧騒も聞こえない。

 

 彼女達は一様に暗い顔を浮かべていた。

 特にユリエは、いまにも死にそうなほど思いつめた顔をしている。

 遅れながら人を殺した重圧を感じていたからだ。

 

 アリサもまた、マコの死とリンネの裏切りによって我を忘れていたことを恥じていた。

 ユリエと二人でリンネを追い詰めてしまった。

 

 そして最後はユリエの暴走によって、リンネは死んだのだ。

 アリサには「手を汚したのはユリエだけ」などと都合のいい考え方はできなかった。

 

 アリサもまた殺人という罪の重さに潰れそうになっていた。

 これまで数多の魔女を狩ってきたというのに、アリサは自分が情けなかった。

 

 ほんの少し前まで幸せな団欒を過ごしてきた学校の屋上で、エトワール達は憔悴した姿で座り込んでいた。

 

「一度、状況を整理しましょうか」

 

 最年長者としての責務からか、己を立て直したアイナの言葉に、俯いていた一同はゆっくりと顔を上げる。

 

「整理、ですか?」

「……なにも、考えたくない。おうち、帰りたい」

 

 ユリエの現実逃避した様子にニボシは険しい顔で何かを言いかけたが、アイナがそれを遮った。

 アイナはユリエを労わるように、だが甘やかさない口調で言う。

 

「……そうね、みんな疲れているもの。ここで解散するのも手よね。だけど、敵の正体を見極めないまま解散するのはあまりにも危険だわ。あの赤い魔法少女に私達は確実に恨まれて……いいえ、あの様子だと復讐の対象として完全に認識されているわ。その対策だけでも考えないと」

 

 それに、最後の最後に横槍を入れて来た正体不明の存在。

 敵か味方は分からないが姿を見せない時点で、味方だと考えるのは危険すぎる。

 だがエトワールの全員が、その危険性を正しく認識しているわけではなかった。

 

「……復讐って、悪いのはあの女じゃない! なんで私達が復讐されなきゃいけないの!? 自業自得じゃない!」

 

 マコを失ったユリエは憎悪に支配されていた。

 仇であるリンネを殺してなお、彼女の心は満たされない。

 

「それ、あんたが言うの?」

 

 しんと冷水を浴びたように場が静まり返る。

 

 一瞬、誰の言葉なのか理解できなかった。

 ユリエは信じられない思いで彼女――ニボシの顔を見た。

 

 いつも天真爛漫な笑顔を浮かべている印象の彼女が、いまは表情の抜け落ちた人形のような顔でユリエをじっと見ている。

 

「リンネちゃんを殺した、あんたが言うの?」

 

 ニボシの言葉に「ユリエちゃん」と呼んでいた頃の親しげな様子は皆無だった。

 

 ユリエは信じられなかった。

 今でもなおニボシは、リンネのことを信頼しているのだ。

 

「でも、だって、あいつがマコを……」

「殺したね。それは私達全員が見ていた。でもだからって、あんたがリンネちゃんを殺して良いなんて理由になるのかな? あの赤毛の子、リンネちゃんと親しい様子だった。そんな彼女の目の前で、あんたはリンネちゃんを殺したんだ。自業自得っていうなら、あんたが彼女に殺されるのも自業じと――」

 

 パンっと乾いた音がした。

 頬を打たれたのはニボシで、打ったのはアイナだった。

 

「言い過ぎよ……ニボシ、お願いだから。いつもの貴女に戻って」

 

 アリサとユリエの困惑した顔を置き去りに、ニボシは「……ごめん」と小さく呟いた。

 

「でも私は、自分の目で見てもまだ信じられない。あのリンネちゃんが、なんの理由もなくマコを殺しただなんて、どうしても思えない」

「アイツがマコを殺したのは確かなんだよ!? どんな理由があっても許せないじゃない! マコ、死んじゃったんだよ、友達じゃないの!?」

 

 泣き喚くユリエに、ニボシは拳を握りしめて苛立たしげに言う。

 

「……だからさ、あんたが言うなっての。マコが死んで気が立ってるの、自分だけだと思ってるの? あんただけがマコの友達だったなんて、自惚れてるの? そもそも、あんたがリンネちゃんを殺したことで事態が完全に手遅れになったって自覚、あるの?」

「で、でも……わたしは……」

 

 俯くユリエに、ニボシはうんざりしたように言った。

 

「お願いだからさ、黙っててよ。いつもみたいにさ。こんな時ばかり余計な口出さないでよ」

「二、ニボシ先輩。それはちょっと言い過ぎなんじゃ……」

 

 アリサがぎょっとした顔で思わず静止の言葉をかける。

 踏んではいけない地雷を踏んだという、爆発すればもう仲間ではいられなくなる危険を漠然と感じたのだ。

 

 ニボシはアリサに言われて反射的に口を開こうとしたが、しばらく間をおいて出てきたのは大きなため息だった。

 

「……そう、なのかな。ごめん、自分でもよく分からないや」

 

 冷静でない自分を自覚しているのか、ニボシは辛うじて苦笑を浮かべると壁にもたれ掛った。

 

 ユリエはニボシの言葉にショックを受けていた。

 いつも守ってくれたマコは殺され、いつも優しくしてくれたニボシは豹変してしまった。

 

 悪いのは誰なのか、ユリエは必死に考えた。

 

 自分の罪から目を背ける心の防御機構が働く。

 悪いのは自分じゃない、なら一番の悪者は……考えるまでもなく、あの銀髪の女だった。

 

「なによ……ニボシは、あの人のこと好きだったから! だからそんなこと言うんでしょ!」

「ごめん、あんたからニボシって言われるの、なんか嫌。気持ち悪い、やめてくれる?」

 

 ニボシの言葉を、ユリエは理解できなかった。

 

 信じたくなかったのだ。

 仲間だと思っていた友達からの、その拒絶の言葉を。

 

「……え?」

「だいたいさ、自分が最悪の引き金を引いた自覚もないくせに、ピーピー喚くだけなのがムカつく。自分は被害者です、正しいです。だから加害者になってもいいんですなんて、無意識に主張してるのがムカつく。いつも守ってもらえるのが当たり前って顔がムカつく。傷つけられるのが怖い癖に、他人を傷つけることにどこまでも無頓着なのがムカつく。……なんかもう声を聞くのも、目にするのもムカついてきた。ごめん、アイナちゃん。私帰るよ、これ以上はちょっと自分でも抑えられない」

 

 そう言い残すなり、ニボシは立ち去った。

 

 その後ろ姿を引き止めることは、アイナにはできなかった。

 引き止めたとしても碌なことにならないと悟ったからだ。

 

 喧嘩というのも憚られる一方的な拒絶に、ユリエもまたふらふらとどこかへ立ち去ろうとしていた。

 今にも自殺してしまいそうなその様子に、思わずアイナは声をかける。

 

「……ユリエちゃん」

「うるさい! みんな、私のこと嫌いなんでしょ! こうなったの、みんな私のせいだって言いたいんでしょ! みんな私を悪者にして、悪いのは全部アイツのせいなのに……もうほっといてよ!」

 

 癇癪を起こし、ユリエもまた屋上から去って行った。

 内向的なユリエだったが保護者のマコを失い、信頼を寄せ始めていたリンネに裏切られ、友達だと思っていたニボシから拒絶された。

 

 今の彼女の心は大嵐に漂う小舟のようなものだ。

 それを助けに飛び込めるほどの気力と覚悟は、今のアイナにはなかった。

 

 彼女もまた精神的に大きく疲弊していたのだ。

 周りのメンバーよりたった一、二年長く生きただけの少女に、他の少女達の面倒を見れるほどの余裕など望めるはずもなかった。

 

 寂しくなった屋上で、アイナは疲れた笑みを浮かべる。

 

「……なんだかな。みんな勝手よね、アリサちゃんはどうする?」

「先輩は……どうするんですか?」

「うーん、正直疲れちゃった。帰ってお風呂に入って眠りたいってのが本音。だけどまぁ、あなたの面倒を見る余裕くらいはあるわよ?」

「……すみません、私だけ先輩に甘えるのは、自分で自分が許せなくなります。こうなってしまった一因は、自分にもありますから」

 

 ユリエ先輩を追います、と言い残してアリサは屋上を去って行った。

 一人残された場所で、アイナは夜空を見上げる。

 

 星は見えなかった。

 

「……私ってほんと、駄目な先輩ね」

 

 

 

 

 

 

 外から帰ってきたアリスが準備した夕食を食べ終えると、私はアリスと一緒にお風呂に入ったり、膝枕されながらテレビを見てゴロゴロしたりと甘えまくっていた。

 

 そう言えば、としばらく使わなくなるだろう通学鞄から、読みかけの本『モンテ・クリスト伯』を取り出す。

 偉大なるデュマ様には遠く及ばないものの、自身もまた復讐劇を脚本する身として参考になればと読み進めていた本だ。

 

 もっとも頁はニボシのせいでほとんど進められていないが、邪魔されることはもう二度とないだろう。

 

 だが主人公のエドモン・ダンテスが復讐の刃を突き立てるのは、まだまだ先の話になりそうだ。

 借り物の本ではないので続きはゆっくりと次の転校先にでも読むことにし、再び鞄にしまう。

 

 攻略対象の状態を観測している計器を眺めると、みんないい感じに感情エネルギーを絞り出していた。

 その中でも特に一人、良い具合に熟れて絶望一歩手前になっている少女がいた。

 

「アイナ先輩がそろそろ食べ頃かな」

 

 意外なことにそれはアイナ先輩だった。

 まぁ私からすれば、意外でもなんでもなかったが。

 

 彼女の願い事は「みんなの役に立てる人になりたい」というもの。

 そんな条理を越えた祈りが真っ先に潰れるのは、至極当然のことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




しばらくシリアスが続くので、気分転換。(本編には一切関係ありません)
おまけ:『モンテ・クリスト伯』読了後



 ――パタン。

 ……エデ可愛いよエデ。

 悲劇のヒロイン、一途な恋心。
 表向きは伯爵の奴隷で、裏では伯爵の寵愛を受けた亡国のお姫様。

 復讐を願う共犯者にして、伯爵の理解者。

 仇を目にして、怒りのあまり気を失っちゃうところが可愛い。
 仇を裁判で弾劾する場面はまさに戦うヒロインで、カッコイイ。 
 伯爵との絡みはYOUヤッちゃいなよ! と応援したくなるほどの健気さ。

 惚れるね、まったく。
 だが私にとってのエデは、もちろんアリス以外に有り得ないのだが。

「アリスー、ちょっとコスプレしてみない?」

 この後、溢れるリビドーをアリスにぶつけ、めちゃくちゃにゃんにゃんした。

 つい、もやっとなってやった。今では後悔している(賢者タイム)。

 こんなんじゃオリ主ではなく、エロ主と呼ばれる日も遠くないかもしれぬ。

 ハーレムは大歓迎ですがね?(ゲス顔)





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第十二話 私と契約して、シモベになってよ!

 

 

 一人残された屋上から自宅へと戻ったアイナは、暗い家に明かりを灯してアリサに言ったように早目に休むことにした。

 夕食はなにも食べる気がしなかった。

 

「…………リンネちゃん」

 

 ベッドの上で一人今日の出来事を整理するものの、どうしてもリンネの行動に違和感を覚える。

 

 なぜ彼女はマコを殺したのだろうか。

 動機をいくつか考えるものの、どれも憶測の域を出なかった。

 

 唯一確かなのは、彼女がアイナ達を騙していた事実。

 当人がそう言っていたのだから、彼女が意図的にアイナ達を騙していたのは確かだろう。

 

 では何について騙していたのか。

 あの赤い魔法少女の話から、リンネがかなり前から魔法少女だったのは確かだろう。

 彼女の話が真実なら、リンネはあの少女よりも前に魔法少女になっていることになる。

 

 あの強さは一朝一夕で身に付くものではないから、それを導いたというリンネの魔法少女としての戦歴は下手したら自分達以上かもしれない。

 

 そんな練達の魔法少女が、なぜ無知を装ってアイナ達のグループに入り込んだのか。

 

 そもそも彼女を誘ったのはニボシだが彼女が転校生だということが、そこになんらかの意図を感じさせる。

 計画的に仕組まれた匂いを感じるのだ。

 

 最初ニボシがリンネを誘ったのは、彼女に魔法少女の資質を感じたからだ。

 それはキュゥべえも認めて――。

 

「……キュゥべえは、このことを知っていた?」

 

 でなければおかしい。

 全ての魔法少女はキュゥべえと契約して魔法少女になったのだから。

 

 だがリンネとキュゥべえがアイナの前で初めて顔を合わせた時、二人はまるで初対面のように応じていた。

 そこに不自然なところはなかったように思える。

 

「魔法少女になるにはキュゥべえと契約しなければ……いえ、でもなにか例外があったような……?」

 

 魔法少女達のネットワークは浅く狭いが、まるでないわけではない。

 まさに風の噂程度の情報だが確かに情報交換する機会はある。

 

 超弩級の魔女『ワルプルギスの夜』の逸話もその一つだろう。

 結界に身を隠すこともなく、現れただけで甚大な被害をもたらす天災。

 魔法少女にとって最悪の敵といっても良いだろう。

 

 半ば都市伝説と化しているそれの他にも、近場の強い魔法少女の話は噂になりやすい。

 徒党を組んでいる魔法少女のグループも噂になりやすく、この一月でエトワールの名も広まっていた。

 

 そんな雑多な噂の中で『銀の魔女』という眉唾物の情報もあった。

 

「銀の魔女――キュゥべえを介さず少女と契約できる魔女……魔女なのに天敵の魔法少女を生み出すなんてありえないけど、裏切りの魔女……それならキュゥべえを介さずに契約できるわね」

 

 噂では銀の魔女と契約した少女は、普通の魔法少女よりも強い力を手にすることができるらしい。

 

「……馬鹿らしい。本題から逸れ過ぎよ。彼女の目的は何なのか。マコを殺すこと? 私達の仲を引き裂くこと? でもそれになんの意味があるのかしら?」

 

 意味などない、ただの愉快犯なのかもしれない。

 

 だが彼女と言葉を交わし笑い合ったアイナからすれば、そんな低俗な愉悦に浸るような人物ではないと思ったし、そう信じたかった。

 

 だが目を閉じれば、血に染まったリンネの姿を思い出す。

 

 そして放り出されたマコの生首。

 全てがむせ返るような血の臭いとともに鮮明に焼き付いていた。

 

「……明日はキュゥべえを探して、みんなと話をしないと」

 

 今夜は悪夢を見そうだと思いながら、アイナは眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 幼い頃からアイナはしっかりした子だと言われ、その言葉に恥じないよう周りの子達の面倒を見ていた。

 

 早熟な子供だったのだろう。

 アイナは周りよりも一歩進んだ内面を持っていて、率先して誰かの世話を焼いていた。

 そうすれば大人からも両親からも褒められたからだ。

 

 小学校に上がってもアイナの世話焼きは変わらなかった。

 誰かに褒められたいという欲求も確かにあったが、純粋に誰かが自分の力で笑顔になってくれるのが嬉しかった。

 

『アイナちゃんすごーい』『アイナちゃん、勉強教えて?』『錦戸さん、相談があるんだけど』『錦戸、助かったよ』『アイナってお人よしよね』『アイナちゃんありがとう』

 

 その感謝の言葉を聞くだけでアイナは満足だった。

 だが年齢が上がるにつれ、アイナの手を必要とする者は少なくなっていった。

 

『あんたさ、人の頼み断らないんだってね。あたしの頼みも聞いてくんない?』

 

 たまにアイナを頼ろうとする者は、アイナを食い物にしようと企む者ばかりだった。

 他人の頼みを拒否することに抵抗はあったが、それ以上に自身を守るためにアイナはそれを断った。

 

『……なんだよ、使えねー奴』

 

 その言葉に怒るよりもただ悲しかった。

 人は万能にはなれず、アイナもまた万能には程遠い。

 

 みんなの役に立ちたいという平凡な願いを叶えるのは、奇跡や魔法にでも頼らない限り無理だと悟ったのだ。

 

 だが奇跡も魔法もあったのだ。

 

 キュゥべえと名乗った白い生き物が持ちかけた契約。

 悪い魔女を退治する魔法少女。

 それはまさしくみんなの役に立つ存在だった。

 

 誰かがやらねばならないのなら、その使命は自分が……とアイナはキュゥべえと契約を交わした。

 

 そして奇跡が起きた。

 

 それからのアイナは『みんなの役に立てる魔法少女』として、人知れず魔女を退治して誰かのために働いた。

 

 そうして正しい魔法少女として活動していくうちにニボシと仲間になり、そこにマコとユリエが、そしてアリサが加わった。

 

 アイナは幸せだった。

 彼女が現れるまでは。

 

 古池凛音と名乗った銀髪の綺麗な少女は、アイナにとって不思議な存在だった。

 物静かで名前のように凛とした雰囲気があって、ニボシの言う通り一見するととっつき難い美人に思えた。

 

 実際に話してみると気さくで、よくアリサと共にアイナのことをからかった。

 だけどふとした時の表情はとても儚く、今にも散ってしまいそうな雰囲気があって、そのアンバランスさに目が離せなくなるような存在だった。

 

 ある時、魔女の探索中に落し物の財布を拾ったことがある。

 魔法で持ち主を探す途中、その時コンビを組んで同行していたリンネが不思議そうにアイナに尋ねた。

 

「先輩はどうしてそんな風に、他人に一生懸命なんですか? 言ってしまえばこんなの一銭の得にもなりませんよ?」

「うーん……私のしたことで誰かが笑顔になれるのなら、私にとってそれ以上の得はないかな?」

「……惚れました。抱いてください」

「ええっ!?」

 

 可笑しなことを言う子だと、からかっているのだと分かっていても動揺してしまう自分が恥ずかしかった。

 

 その後財布を届けたものの泥棒と疑われたのか、ひったくる様に奪われると持ち主は足早に去って行ってしまった。

 

 その後ろ姿を見送りながらリンネは溜息を付いた。

 

「二重の意味で報償を受け取り損ねましたね」

「でも正しいことはできたわ。自己満足だろうと、私としては問題なしかしら?」

「たとえその結果、裏切られようとも……ですか?」

 

 リンネが呆れたようにアイナを見ていたが、当人は仕方ないと苦笑していた。

 

「結果は結果。過程は過程じゃない? 過程を楽しんだ者勝ちだと私は思うけど」

「……恐ろしくポジティブですね」

「それが私の取り柄だもの」

「アイナ先輩マジ天使」

 

 真面目な顔で妙な事をいうリンネに、アイナは思わず吹き出してしまった。

 

「もー、変なこと言わないの! リンネちゃんは黙ってれば美人さんなんだから、そういう言葉づかいしちゃダメよ」

 

 めっと叱ると、なぜかリンネは胸を押さえて蹲ってしまった。

 

「……前向きに善処する方向で遺憾の意を表明したいと秘書が申しておりました」

「えと、わけがわからないわよ? 大丈夫?」

「いえ、アイナ先輩がみんなに慕われる理由がわかったので、大丈夫じゃありません」

 

 そのリンネの可笑しな様子に、アイナは苦笑を浮かべる。

 それを見たリンネもからかいの笑みを浮かべた。

 

「……私も、アイナ先輩みたいに生きられたら良かったんですけどね」

 

 だけど、何故だろう。

 その時のリンネの笑顔が、アイナにはなぜか泣き出しそうな幼子のように思えたのだ。

 

 

 

 そして場面は反転する。

 

 夕暮れの斜陽差し込むビルの中、血で真っ赤に染まった一室にリンネは血まみれで佇んでいた。

 

『私は、あなた達の敵です』

 

 断片的な映像が走馬灯の如く駆け回る。

 

『まだ幼いのに、ご両親が』『誰が引き取るの?』『うちはちょっと』『施設に――』

 

 突然起きた家族との死別。

 一人きりになった我が家。

 

 必要とされたいから、誰かの役に立ちたかった。

 要らない子だと言われたくなかった。

 

 そんな時、キュゥべえと出会った。

 

『僕と契約して魔法少女になってよ!』

 

 そして奇跡が起こる。

 

 アイナは必要とされ、両親との想い出の詰まった家を守ることもできた。

 一緒に住まないかと誘ってくれた親戚に罪悪感を覚えたが、アイナは我侭からそれを断った。

 

 それは死んだ両親の帰りを待っているのか、ただ他人の介入を拒絶する潔癖さの表れだったのか、アイナにもよく分からなかった。

 

 魔法少女になったアイナはたった一人で魔女と戦い、使い魔を退治して人々を守った。

 そして彼女と出会った。  

 

『……そう、だね。たとえ正しさに意味がないのだとしても、楽しんだ者勝ちだよね』 

 

 高見二星――ニボシとの出会い。

 

 アイナと彼女はある意味、似た者同士だった。

 理由は違えど、互いに自分ではなく他人のために魔法を使う少女だった。

 

 アイナにとってニボシは初めて得られた理解者でもあった。

 彼女とコンビを組んでからは、それまで魔女狩りに苦労していたのが嘘のように自由に戦えた。

 

 その時、初めて自らの魔法の本当の使い方を知った。

 

 誰かの役に立てる魔法。

 傍に居る誰かを助けられる魔法だ。

 そんな魔法を使えることが、アイナには誇らしかった。

 

 ニボシがアイナと同じ中学に上がり、他の魔法少女――竹田マコ、新谷ユリエにも出会った。

 

『こんなあたしでも、誰かの役に立てるのかな?』

『……私は、マコちゃんが良いなら、それで』

 

 初めから仲良くなれたわけじゃなかった。

 時に意見を違えることもあった。

 

『あたしは、アイナさんみたいに正しくなれない! あたしの願いは、どこまでも自分勝手なものだから! だから……なれないよ……っ!』

 

 アイナは、自分がそんなに正しい存在だとは思っていなかった。

 正しい行いをすることが、必ずしも正しい存在だとは限らない。

 

 言ってしまえばアイナの行為は、自己満足と言われてしまえばそれまでなのだから。

 

 それでも祈りは尊いものだと思うから。

 アイナはマコと一緒に涙を流して、その手を握った。

 

『……ならなくていい。だって、あなたはあなたじゃない』

『ぐすっ……アイナさん、鼻水……』

『ぇ…………やだウソッ!?』

『……まったく、敵わないなぁ』

 

 マコは笑った。

 涙を必死に拭いながら、しわくちゃの眩しい笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 時に、拒絶されることもあった。

 

『……こんなことに、意味なんてあるの?』

 

 ユリエが力なく呟く。

 

 助けた人に罵倒されたこともあった。

 現実に絶望した者に「なんで死なせてくれなかったんだ」と言われたこともある。

 

 楽しいことばかりじゃない。

 むしろ苦しいことや悲しいことの方がずっと多いだろう。

 

 だけど。 

 その中でぶつかりあったからこそ、互いを理解できることもある。

 

『……あたしは、あたしのできる範囲で魔法少女やってみるよ。ま、考えようによっちゃ正義のヒーローっぽくて面白いかもな!』

 

 マコと力を合わせて魔女を倒し、互いに手を叩き合った。

 

 またある時、使い魔に殺されそうになっていた人を助け、その安堵の顔を見てユリエははにかんだ笑みを浮かべていた。

 

『……誰かを助ける気持ち、ちょっと分かった……気がする』

 

 やがて学年が一つ上がってアイナは最上級生となり、アリサとも出会った。

 出会った時の彼女はとても傷ついていて、泣きそうな顔をしていた。

 

『……こんな私の汚れた手で、誰かを救うことができるのですか?』

 

 恐る恐る伸ばされたその手を、アイナは力強く握りしめた。

 

 

 幾人もの人を助け、同じくらい裏切られてきた。

 それでも正しい魔法少女であろうとした――錦戸愛菜の物語。

 

 

 だが場面は再度、反転する。

 

 

 鉄錆の臭いの充満する廃ビルの中、銀髪の少女が嘲りの笑みを浮かべる。

 

『そんなの、お遊びに決まってるでしょ? 揃いも揃って馬鹿ばっかで、笑いを堪えるのが大変だったよ』

 

 銀の魔女が哄笑する。

 それと共に放り投げられた、赤い、血、転がる生首。

 

 マコの死に顔は絶望に満ちていて。

 それを見て、マコのあの明るい笑顔を思い出すことは不可能だった。

 

『…………悪くない、わたしは、悪くない! 全部この女が悪いんじゃない! なにもかもこの女のせいで滅茶苦茶よ! 死んで当然じゃない!』

 

 人だったモノが、形を失い血と肉と潰れたナニカに変えられていく。

 

『だけど、姉ちゃんが言ってた通り、魔法少女って正しくない奴の方が多いんだな』

 

 真紅の復讐者に正しさが否定される。

 

『――テメェら、全員ぶっ殺してやる!」

 

 憎悪と殺意を向けられ、絶望の足跡が音を立ててやってくる。

 

 そして。

 最後は誰もいなくなった屋上に、アイナは一人取り残された。

 

『誰も私のことなんて、気にしていない』

『誰の役にも立てない私なんて必要ない』

『所詮は都合のいい存在』

『だからほら――最後はいつだって、一人ぼっち』

 

 星の見えない暗闇の中で影達が囁く。

 アイナは必死に耳を塞ぎ、しゃがみ込んだ。

 

「……ちがう……違うわ……っ!」

 

 否定の言葉を呟くが、その言葉はアイナ自身がいつも心のどこかで思っていたことだった。

 誰かの役に立つことを存在意義としてきた少女は、それを失ってしまった自分がたまらなく怖かった。

 

 リンネの姿をしたナニカが嘲るようにアイナに語りかける。

 

『結局先輩は他人の事なんてどうでもいいんですよ。自己愛主義者、それもかなりの。おまけに開き直っているから性質が悪い。

 私が思うに、先輩は誰かの役に立つことはできるけど、真の意味で誰かを救うことはできないんじゃないですかね?

 だってほら、エトワールのメンバーの誰一人、先輩の言葉に耳を傾けないじゃないですか。先輩に頼ろうとしてくれないじゃないですか。

 信頼されていないんですよ。あなたは八方美人過ぎる。

 みんなの味方というのは結局のところ、誰の味方でもないということですね。みんな気付いてるんですよ、先輩の醜い正体を』

 

 その言葉を否定し抗うための呪文を、アイナは知らなかった。

 

 

 

 ――そして錦戸愛菜は絶望した。

 

 

 

 

 

 

 

 深夜の枕元からこんばんは。

 あなたの傍に這い寄る絶望、銀の魔女ことリンネでございます。

 

 実は本日はアイナ先輩のお宅に無断でお邪魔しています。

 言い訳の余地もなく不法侵入ですね。

 

 ばれたら警察ものでしょう。

 でも大丈夫、魔法少女は超法規的措置により保護されていますので。

 

 文句があるならインキュベーターにぜひどうぞ。

 日本どころか宇宙的な保護機構を前に、一般人どころか地球人類は涙するしかありません。

 

 もっとも保護とはいっても家畜的なアレですが。

 気にしてはいけません。

 

 本日も外道魔法少女リンネ☆マギカ、絶賛外道中です。

 

 ……とまあ、お約束のキャッチコピーはそのくらいにして。

 アイナ先輩は今現在、私の道具と化した『夢幻の魔女』に囚われていた。

 

 先日、私の夢にのこのこと不法侵入してきたあの魔女の種子である。

 

 凍結していたそれに穢れを吸わせ、励起状態となった物をさらに魔力で活性化させて、私はアイナ先輩の枕元で孵化させたのだ。

 

 この魔女の特性は私にとって非常に有益なもので、まず眠っている相手ならほぼ十割の成功率を持つ幻術を使ってあの夢幻の世界へと引き摺り込む。

 一度囚われたが最後、飴と鞭の夢を見せ続け対象の魂を捉えて離さない。

 

 幸福と絶望のスパイラルだ。

 だからこそ、エネルギー搾取装置として優秀な性能を持っていた。

 

 だが当然、欠点もある。

 所詮は魔女なのでそのまま搾れるだけ絞りとったら、最後は魔法少女が魔女になる前に肉体ごと食い尽くしてしまうのだ。

 

 どうでもいい近隣の雑魚……もとい、魔法少女達の尊い献身により、すでに捕食までのプロセスを確認することができたわけだが。

 

 ――名もなき魔法少女達の犠牲に合掌。

 

 そんなわけで、私はアイナ先輩を捕食する寸前で魔女を屠殺すると、搾り取った果汁も果肉も両方美味しく頂く。

 

 本番を前に生殺しになる魔女に同情しなくもないが、魔女に人権などあるわけがない。

 『夢幻の魔女』はもはや私の道具の一つに過ぎないのだから。

 

「……あ、リンネ……ちゃん……」

 

 夢幻の魔女の支配が解かれた影響から、未だ夢見心地のアイナ先輩が薄目を開けて私を見ていた。

 私は指先に魔力を込めそっと瞼に触れると、そのままつうっと顔の輪郭をなぞった。

 

「このまま幸せな夢を見なさい。邪魔する者は私がやっつけてあげるから」

 

 アイナ先輩のソウルジェムを手に取る。

 既に彼女のソウルジェムは手遅れなくらい穢れに満ちていて、奥の方から憎悪の闇が今にも殻を破りそうだった。

 

 手にしたソウルジェムを床に置くと、私はアイナ先輩の体を抱き上げて避難させる。

 

「あなたの魂は魔女になる。だけどあなたは私と共に、生き続ける」

 

 アイナ先輩は幸せそうな寝顔を浮かべていた。

 

 可愛らしい眠り姫。

 いつまでも幸せな夢の中へ。

 

「あなたも私のものになりなさい。寂しい思いはさせないわ」

 

 お姫様の唇を、私は奪った。

 

 私は王子様じゃなくて、悪い魔女だから。

 眠りから目覚めることはないでしょうけど。

 

「その方が、あなたも幸せでしょう?」

 

 私は自らの唇を舐めて、嘯いてみせる。

 アイナ先輩の唇はとっても甘い蜜の味がした。

 

 絶望の甘露だ。

 花は手折られるその瞬間こそが最も儚く美しい。

 

 そしてアイナ先輩のソウルジェムの殻が破れ、中から魔女が生まれ出た。

 その瞬間、アイナ先輩の肉体は死体となったが、私が魔法で保存する。

 

 魔女となったアイナ先輩の世界観は、どこまでも優しく狂っていた。

 全てが平等で、全てが無価値な世界が広がる最中、私は最愛の人形の名を呼ぶ。

 

「アリス」

 

 現れた黄金によって、生まれたばかりの魔女は殺されグリーフシードへと変わる。

 後には銀の魔女と黄金の姫騎士、そしてあどけない眠り姫だけが残った。

 

「さあ、最高のお人形を仕立てましょう。

 私の恋人に、アリスの友達に、私達の家族にするために」

 

 無邪気で残酷なお人形遊び。

 そんな幼児性の発露だと笑うならば笑え。

 

 それでも私は、私の欲望を追い求める。

 一心不乱のハーレムを……なんてね。

 

「銀色は翠色に毒林檎を齧らせ、永遠の眠りに就かせます。

 ああ、だけど目覚めのキスを与える白馬の王子様は現れない。

 なぜならその唇は、銀色の魔女によって奪われてしまったのだから」

 

 くすくすと。

 邪悪を謳いながら、私は腕の中の眠り姫を黒球へと運んで行く。

 

 

 

 夜空で星がまた一つ、闇に呑まれた。

 

 残りの星はあと三つ。

 

 

 

 

 

 

 




おまけ:本日のティータイム

 皆さん、とっても甘いココアは好きですか?
 私は大好きです。

 砂糖の他にも、蜂蜜なんか入れたりすると美味しいですよね。
 ミルクはもちろんありありで。

 そこに一つの絶望が加われば、なお最高です。

「アリスー、お代わりはまだー?」

 大丈夫、まだまだ在庫はあるのだから。
 贅沢に使いましょう。

 銀の魔女のティータイムは、まだ始まったばかりなのだから。




(作者より)
 話のストックは、もうそれほどありません(汗)
 後二話ほどで連続投稿は終了です。その後は不定期更新になります。
 ナイス外道と好意的(?)な応援、ありがとうございます。<(_ _)>



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第十三話 私と契約して、夜を駆けてよ!

 

 

 

 柔らかな顔立ちをした少女が、ゆっくりと瞼を開ける。

 

「おはよう、アイナ」

「おはようございます、主様」

 

 かつて私にとって先輩だった人は、人形として私の言葉に微笑みを浮かべた。

 人形といっても、アリスと違って今回は生前の機能を全てそのままに引き継いでいた。

 

 根底にある私の支配制限はあるものの、アリスと違って会話もできるし感情の模倣も完璧だ。

 

『人工ソウルジェム』

 

 キュゥべえから提供された技術で作ったそれは、魔女となってしまったアイナ先輩の代用品として魂がなくなり空っぽになった肉体を制御している。

 同じような物がアリスにも埋め込まれているのだが、今回の作品の方が生前の再現度は高いだろう。

 

「ご命令を、主様」

 

 術式の処置が終わったばかりのアイナは、床に跪き頭を垂れた。

 一糸まとわぬその姿はとても背徳的だった。

 

 私はまず彼女に用意してあった衣服を与えることにした。

 彼女の二つの山はあまりに魅力的過ぎて、今すぐロッククライミングしたくなるのが困りものだ。

 

 起動したばかりのアイナの動きは、やはり少々動きが固い様子だった。

 黒球内でいくらか試運転した方がいいだろう。

 

「私のことは『リンネちゃん』でいいよ。敬語もいらない。それから、私の命令は絶対だけどその範囲外なら君自身が判断して動いて構わないよ。ただ私の道具として優秀であることを期待している」

「わかったわ、リンネちゃん。頑張るわね」

 

 ある意味、生まれたばかりの彼女はとても素直だ。

 私はそんな彼女の頭を撫でてやる。

 

 すると彼女は気持ちよさそうに目を細め、私に甘えてきた。

 アリスにはなかった反応だ。猫の様で可愛い。

 

「さて、これから黒球内で三日ほどきみの調整に入るとしようか。その後は性能テストだ。なに、簡単なことだ。今の強化されたきみならば<彼女達>相手でも十分に戦えるだろう」

 

 星々を支える柱であったアイナは、すでに私の手に落ちた。

 次はどの星を堕とそうか。

 

 私はアイナの癖毛を撫でながら、次なる獲物について考えるのだった。

 

 

 

 

 

 

「……アイナ先輩、寝てしまったのですか?」

 

 アリサは念話が繋がらないことに溜息を付き、携帯を取り出してメールを送る。

 相手は頼れるリーダーにしてアリサの恩人であるアイナ先輩だ。

 

 アリサはアイナの申し出を断ってユリエを追いかけたものの、ユリエは誰の事も信じられなくなっていた。

 

 マコが死に、リンネが裏切り、ニボシに拒絶された。

 そんな風にユリエが最も信じていた者達から離されたのだ。

 

 無理はないとアリサも思うが、年上ならばもっとしっかりして欲しいと願うのは我侭なのだろうか。

 

 結局ただの後輩でしかなかったアリサはユリエに激しく拒絶されてしまい、アリサは途方に暮れていた。

 

 同じグループでも普段からあまり接点のなかったアリサとユリエだ。

 今さら都合良く親交を深めることなど、できはしなかった。

 

 グループの中でアリサはアイナと特別仲が良く、ユリエはマコと仲が良かった。

 思えば仲間全体の橋渡しをしてくれていたのはニボシだった。

 

 誰とでも仲良くなれる特技のある彼女がいたからこそ、バラバラな面々も一つに纏まっていたのだ。

 

 だがニボシは変わってしまった。

 アリサの心情としてはユリエ寄りで、確かにリンネを殺したのはやりすぎだが元はといえばリンネが元凶なのだ。

 それを庇うような発言も含めて、いつものニボシならありえないと思える行いだろう。

 

 だがありえない事など、この世界には存在しないのではないかとアリサは思う。

 奇跡も魔法もあって、今日だけでありえない事態がパンクしそうなくらい立て続けに起こっているのだ。

 ならニボシの変化も十分ありえることだと思えた。

 

 深夜の繁華街に灯るネオンライトの明かりを眼下に眺めながら、アリサは夜風に髪が流れるのを任せぼうっとしていた。

 

 今さらながらにアイナ先輩の提案に頷いていれば、今頃一人ぼっちで夜を明かさずに済んだのにと女々しい後悔が浮かんでくる。

 かと言ってアリサは、自分の家に帰りたいとは思えなかった。

 

 幸い季節は初夏である。

 夜風は暖かく、このまま外に居ても風邪を引くことはないだろう。

 

 眠るのは難しいが、街の明かりを見ながら微睡むことはできる。

 そうすれば一人ぼっちの寂しさも多少は癒される気がした。

 

「……奇跡で強くなったのに、心は全然強くなれません」

 

 アリサの家では、父親がしょっちゅう酒に酔って暴力を振るっていた。

 

 母親はそんな父親に嫌気が差し、幼い頃にアリサを捨てて逃げて行った。

 父の暴力の矛先がアリサに変わるのに、時間は掛からなかった。

 

 服を脱げば青痣だらけの体になってからは、体育の授業はいつも休んでいた。

 自分の体を誰かに見られるのが恥ずかしかった。

 

 いっそ助けを求めたいとも思ったけれど、バレた時の報復が怖くてただ震えていた。

 

 中学に上がって、父親が自分を見る目付きに変化が起こった。

 ねっとりとした嫌悪感を覚える視線。

 

 偶然を装って風呂場に侵入された時は半狂乱になって逃げだした。

 だが大人の男から逃げ出すことはできず、捕まって組み伏せられてしまう。

 

 アリサの体がまだ小さかったお蔭で、辛うじて貞操は守られた。

 だがその代償に、男の腹いせとして無数の傷跡が付けられた。

 

 その傷跡が一生消えないと知った時、アリサは絶望した。

 

 なんでこんな男に、私の人生を滅茶苦茶にされなければいけないんだろう。

 

 父親だから?

 でも私はこの男のことを父親だと認めていない。

 産んでくれと頼んだ覚えもない。

 

 なのにこいつは、私を勝手に所有し、私を勝手に玩具にし、私を勝手に壊すのだ。

 

 涙すら枯れ果てた目でアリサは高い場所を目指す。

 もう死ぬしかないと思った。

 

 だがそんなアリサを救ったのは、白いぬいぐるみのような生き物だった。

 

『僕の名前はキュゥべえ。きみに叶えたい願い事があるなら、どんなことでも一つだけ叶えてあげられるよ。

 その代わり、きみは魔法少女となって魔女と戦う使命を担うことになる。きみにはその覚悟があるかい?』

 

 そんな覚悟なんて、あるわけがない。

 だけど奇跡でもない限り、アリサに未来はないように思えた。

 

『……私は、力が欲しい』

 

 アリサは自らの頼りない手を見る。

 何者にもなれず、何もできない弱者の手だ。

 

 ――それを力の限り握りしめた。

 

『私が私でいられるための力を。自分を守れるだけの力を、私は願います。

 そのためなら、どんな使命だって受け入れられる!』

 

 そして契約の光が放たれた。

 

 アリサから生まれ、手にしたのは水色のソウルジェム。

 自由な空を思わせるそれはアリサの希望の象徴だった。

 

『きみの願いはエントロピーを凌駕した。藤堂アリサ、今日からきみは魔法少女だ』

 

 その日からアリサは魔法少女になった。

 もう何も恐れる必要はなくなった。

 

 まず初めに、アリサは力で父親を屈服させた。

 泣いて罵声を浴びせる男をひたすら躾る。

 

 男がかつてアリサにしたように、アリサもまた男を教育した。

 だが男と違ってアリサは優しかった。

 

 なぜなら魔法があるからだ。

 

 たとえ死ぬような怪我をしても、死んでいなければ大抵の傷は癒せる。

 魔法少女になって痣も傷もない綺麗な体になれたことが、アリサには嬉しかった。

 

 男は反省させる意味も込めて去勢しておいた。

 ペットと同じだ。

 そうすれば二度とアリサに手を出そうなんて考えなくなるのだから名案だろう。

 

 その日から男はアリサの奴隷となった。

 アリサの暴力に怯え、気が付けばほとんど家に寄り付かなくなった。

 完全に育児放棄だが元から似たようなものだったので気にならなかった。

 

 それに魔法少女となったアリサに、いまさら男の庇護が必要だとは思えなかった。

 

 アリサもまた家に帰るのが面倒だと思うようになっていた。少し前までは帰りたくないと思っていたのだから、前に進んでいるのかいないのかアリサ自身にも分からなかった。

 

 ただ寝るだけでいいのならどこでもよかった。

 魔法少女としての力があれば、できることに限りはないのだから。

 

 アリサは思った。

 どんなに言葉を取り繕ったところで、暴力こそが人を従わせる唯一の真理だと。

 

 父親がアリサにそうしたように、アリサが父親にそうしたように。

 それが間違っていると気付かせてくれたのが、アイナだった。

 

 気が付けばアリサは、高校生の不良達ですら道を開ける札付き者として君臨していた。

 気に入らない者は問答無用で潰した。

 

 一応は身体的な障害が一切残らないよう配慮していたが、心の方はそうではなく幾人かは精神に深い傷を負っていた。

 それを考えると、いつかアリサが報復されるのも時間の問題だったのだろう。

 

 ある日、誘い出されたのは人気のない廃工場の跡だった。

 そこにはむさ苦しいほどの男達が武器を手に、アリサを待ち構えていた。

 

 どれもアリサを外見で侮ってはいない。

 とはいえ魔法少女になってしまえばこんな連中、物の数ではないとアリサは思った。

 

 だがアリサが変身する前に、強烈な閃光が突然襲い掛かった。

 

 気が付けばアリサは同じ魔法少女達に浚われていたのだ。

 翠色の魔法少女が、ぽかんとするアリサに手を差し伸べる。

 

『危ないことをするのね。一般人相手に魔法を使うのはリスクが高いわ。あなたの身の安全のためにもね』

『助けた? ……どうして、私を助けたんですか?』

 

 余計なお世話だとも思ったが、確かに彼女の言う通りでもある。

 魔法がバレたら、今度は現実でアリサが大衆から魔女狩りにあっても可笑しな話ではないのだから。

 

 自分が助けられたのだと気付いた時、アリサは疑問を口にしていた。

 それでも、見ず知らずの彼女達に助けられる理由がわからなかったからだ。

 

 誰も助けてくれたことがなかったアリサにとって、それは驚くべきことだった。

 

『あなた、うちの中学の後輩でしょ? なら先輩が後輩を守るのに何か理由がいるのかしら?』

 

 当たり前のようにアイナはそう言った。

 

 知り合いですらないただ同じ学校の生徒であるというだけで、理由などいらないというのだ。

 そのお人好し加減に絶句するアリサの隣で、ニボシが笑い声をあげていた。

 

『もー、アイナちゃんマジ女神様。後輩ちゃん、惚れちゃダメだよ? こう見えて何人もの女の子、袖にしてるんだから』

『人聞きが悪い事言わないで! 私はノーマルなの! 白馬の王子様を夢見て何か悪いかしらっ!?』

『王子様って……ぶふっ! いいえー、何も悪くないよー?』

 

 そして彼女達はアリサに手を伸ばす。

 

『これからは私達と一緒に正しい魔法少女をはじめましょう?』

『マンガやアニメみたいな正しい魔法少女になろうよ! それはきっと、楽しいことだと思うんだ!』

 

 現実はいつだって正しくない。

 正しいことをしようとしても、いつかは間違ってしまう。

 

『……こんな私の汚れた手で、誰かを救うことができるのですか?』

 

 誰かを傷つけることしか知らない手。

 暴力でしか他人と関われない汚れた自分。

 

 だけど二人の言葉はあまりにも眩しくて、アリサはその手を取ったのだ。

 

 彼女達といればこんな自分でも、少しでも陽の当たる場所を歩けるんじゃないかと思ったから。

 彼女達のいるその場所がとても眩しく思えたから。

 

 だから後悔なんて、あるわけがない。

 

 その後、メンバーのマコとユリエを紹介された。 

 アイナとニボシと違い、二人にはどこか身構えてしまっていたアリサだが、二人からは後輩としてよく気にかけて貰っていた。

 

 他人との協力が上手くできないアリサに、マコは自身の経験から様々なアドバイスをしてくれた。彼女が口にする冗談にいつしかアリサは笑えるようになっていた。 

 

 攻撃的だった態度や言葉遣いも、反応がすぐに現れるユリエと接するうちに大分マシになっていた。

 彼女の弱さはどこか自分にも似ていて、メンバーの中で一番共感できたのはユリエだったかもしれない。

 お互いに臆病で進んで人と接する性質じゃなかったから、交わした言葉は少ない。

 

 それでも大切な仲間だ。

 ……そう、アリサは思っていたのだけれど。

 

 最後にリンネが入って『エトワール』になった。

 

 彼女は変な人だった。

 気が付けばするりと仲間内に溶け込んでいて、物静かそうな外見とは裏腹にアリサと一緒にアイナをからかったりニボシやマコと馬鹿をやったり、かと思えばユリエともよく分からない会話で盛り上がったりしていた。

 

 それで黙っていればその容姿もあってミステリアスな文学少女に見えるというのは、世の中何かが間違っていると思った。不公平だとも言える。

 

 アリサはリンネが羨ましかった。

 第一印象が自分と同じような人付き合いが苦手な人間だと思っていたから尚更。

 

 それからの一月は今思えば夢のような時間だった。

 メンバーがバラバラになってしまった今だからこそ、強く実感する。

 

 突然のリンネの裏切りから起こった一連の崩壊劇。

 まるで誰かが仕組んだ演劇のように止まることなく続いていく。

 

 リンネのことを考えようとすると、アリサは思考がうまく纏まらなくなる。

 裏切り者に対する憎しみはある。怒りもある。

 

 だけど死んでしまったら、本当にもうこれまでの日常に戻れないのだと泣きたくなってしまう。

 

 リンネに死んで欲しくはなかった。

 だけどマコを殺したことは許せない。

 

 アリサ達との絆を否定されて殺意が沸いた。

 だけど殺したいとまでは考えていなかった。

 

『……本当に?』

 

 アリサは頭を振った。

 そんな自らの思考を放り捨てるために。

 

 どこまでも矛盾する自身の心に、アリサは頭がどうにかなりそうだった。

 

 アリサは夜空を見上げた。

 街明りで星はほとんど見えなかった。

 

 ただ欠けた月だけがぽつんと昇っている。

 

「……一人ぼっちは、寂しいですよ」

 

 アリサの夜は更けていく。

 

 

 

 

 

 

 一方、復讐者となったリナもまた眠れぬ夜を過ごしていた。

 姉と慕っていた師匠の仇を取り逃がしてからずっと、リナは標的の足取りを追っていたからだ。

 

 日が暮れてリナは家の門限には一度帰宅したものの、夕食を食べ終えシャワーを浴びた後、再び自室の窓から魔法少女に変身して月夜に飛び出していった。

 

 今日は両親には早目に寝ると言ってある。

 師匠から教わった人除けの結界も自室に施してあるから、少なくとも朝までは不自然に思われないはずだ。

 

 相棒のサフィとともにリナは着実に彼女達の活動圏を特定していく。

 相棒の鼻は実に優秀で、仇達の臭いを明確に嗅ぎ取っていた。

 

「……どうやら、この街にいるのは間違いねぇみたいだな」

「ヴァオン」

「ここってもう隣町だよな? こんな場所にいたのか……サフィ、あいつらの匂い、まだ追えるか?」

「ヴォン!」

 

 任せろ、とサフィは吠えた。

 

「よし、ならまずはこの街の学校にあたりをつけて調べるか……あいつら、師匠と同い年くらいだよな? 

 だとしたら中学か……もしかしたら連中、師匠と同じ学校に通ってたのかな」

 

 リナは師匠とその仇達のことを思う。

 わけがわからないままリナの目の前で殺された、大切な姉貴分の無残な姿。

 

 まるで生贄に捧げるかのようにリンネの肉体を破壊し尽くしたおぞましい魔法少女達の姿は、嫌でもリナの目に焼き付いて離れなかった。

 

『リナ、魔法少女はきみが思うような夢溢れる存在じゃない』

 

 師匠の教えが思い出される。

 かつてリンネは語った。

 

『魔女との戦いは辛く、苦しいものだ。それに対抗する魔法少女達も決して一枚岩ではない。時に足を引っ張り合い、縄張りを主張して他の魔法少女を拒絶する者達がほとんどといってもいいだろう。きみはいつか、そんな正しくない魔法少女達とも渡り合わなければならなくなるだろう。この世界で正しさを語るためには、まず強くなければならない。

 そのための力を、私はきみに教えたつもりだ。きみはきみのまま、自身が正しいと思うことをすればいい』

 

 そう言って、リナの頭を撫でてくれた。

 

『きみという弟子を得られたことは、私の誇りだよ』

 

 笑顔で抱き締めてくれた。

 その温もりを奪った連中を、許すわけにはいかない。

 

 あの時感じた激情は冷めることなく、むしろ時間が経つ毎に膨れ上がっていくかのようだった。

 この感情を鎮める方法はただ一つ、手にした戦槌で奴らを一人残さず潰すことだ。

 

「見ててくれ姉ちゃん。あたしを育てた姉ちゃんが最強だってこと、証明してやる。あんな数だけの連中、あたしとサフィの敵じゃない」

 

 そしてリナは、標的全員の匂いが集中している中等学校までたどり着いた。

 

 奇しくもそこにはリンネの痕跡もあり、それがいっそうリナには腹立たしかった。

 同じ学校の魔法少女を、リナが尊敬する正義の魔法使いを、連中は惨たらしく殺したのだ。

 

 そんな連中にリンネを殺した理由を聞くだけ無駄だろう。

 どんな理由があったとしても、リナが納得するはずがないのだから。

 

 リナは明日学校をずる休みすることを計画しつつ、家に戻っていった。

 明日の戦いに備えて眠るために。

 

 明日こそ、連中が揃ったところを一網打尽にするつもりだ。

 だからその時よ、早く来い。

 

 この一瞬すら永遠に思えるほどの激情をリナは辛うじて飲み込む。

 まだその時ではないのだから。

 

「待ってろよ人殺し共、目に物見せてやる……姉ちゃんからもらった、この力で!」

 

 真紅の復讐者は月夜に誓った。

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ:小ネタ(本編とは一切関係ありません)

「うわっ……私の出番、少なすぎ……?」

 黒幕に引っ込んでいるせいか、スポットライトは他の娘に移ってしまい、私の存在感が空気となりつつあった。
 このままではオリ主としての立場が危ない。

「それを言うなら僕の方が――」
「あなたは引っ込んでなさい、インキュベーター。あなたが出るくらいなら私が出るわ」
「ダメだよリンネ。それじゃ原作ファンに叱られてしまう。彼らのためにも人気者のマスコットキャラである僕が出るべきだ」
「寝言は寝て言いなさい。あと妄想は控えめにお願いするわね、耳が腐るわ」
「ひどいよリンネ。それに君が出ると外道指数が急上昇してエントロピーが崩壊しかねないんだ。だから僕が――」

 その後続いた論争は苛烈を極め、最終的に私がキュゥべえをぷぎゃーするまで続いた。
 ……虚しい勝利だ。

 この悲しみはアリスとアイナを両手に、にゃんにゃんして晴らすしかなかった。

「……やれやれ、どうして人間の思考っていうのはこうも、理不尽なんだい?」

 白いナマモノの言葉に答える者は、誰もいなかった。




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第十四話 私と契約して、殺し合ってよ!

ストック分ラスト。
いつもより長文です。
推敲が足りてない気がガガガ……後日、ちょっと見直すかもしれません。


 

 

 

 どもーみんなの憎まれ役、外道魔法少女リンネです。

 最近、私の影が薄い気がします。これでも一応オリ主(自称)なんですけど。

 

 まぁ今回の劇中ではすでに死体役となってしまったので、もうお前引っ込んでろよって話なんですが。

 

 ところがどっこい。黒幕なので相変わらず裏でこそこそ動いています。

 自演乙の言葉が聞こえてくるようですが、黒幕なんてそんなものです。

 自分で仕掛けた罠に他人が躍ってくれるのを見て、悦に浸るような性根の悪い奴が黒幕なのです。

 

 私は清廉潔白なので違いますがね。

 

 あくまで他の黒幕さんの話です。

 私は自分の手は汚さず人の手ばかり使うので、手だけは綺麗です。

 

 内面なんて目で見えないのですよ。

 偉い人にはそれがわからんとです。

 

 ……とまあ、話は変わりますが実のところ最近新たな発見の連続で私もわりと忙しいのです。

 

 あれですね。

 慎ましやかな起伏もそれはそれで良い物ですが、新たに現れたエベレストを前に興奮するなというのが無理な話でした。

 

 自主規制? なにそれ美味しいの? と言わんばかりに自ら定めたルールを破って黒球をフル活用してしまい、体感時間では一週間のバカンスを右手にアリス、左手にアイナと私が男だったら刺されても文句言えないようなリア充性活を送っていました。

 

 三人で楽しくにゃんにゃんするのは刺激的で大変よろしかったです。

 あと声という要素は案外馬鹿にできないものだとアイナで実感した。

 

 彼女を鳴かせるのは癖になりそうだった。

 アリスではできない楽しみなので、なおさらに。

 

 とまあ、そんな私の下世話な話は置いておきましょう。

 真面目に魔法少女の話に戻るとします。

 

 まずアイナ先輩の能力だが、相変わらず補助特化型なのは変わらないが今後増え続けるであろう人形達の指揮官となるべく、いくつかの新機能を付け加えることにした。

 

 ぶっちゃけ私が一々指示を出すのは面倒なのでさくっと代行できるよう調教……間違えた、調整したわけだ。

 

 私が目指すは、私の私による私のためのハーレム――またの名を『人形騎士団』の結成だ。

 

 アイナはその頭脳、その先行試作品である。

 試作品とはいえ、これからも大事に大事に仕上げていくつもりだ。

 

 だが現状、我が麗しの姫騎士アリスと癒しのエベレスト兼指揮官となるアイナしかいない現状では騎士団を名乗るにはメンバーが少々どころか全く足りていない。

 

 まぁ設立予定の騎士団に関しては、気長に仕上げていくつもりなのだが。

 変なのを加えても仕方ないし。

 

 その点、今のエトワールの残存メンバーはそれなりに有望だ。

 ユリエにはあんまり食指が動かないが、ニボシちゃんとアリサちゃんは手に入れても良いかもしれない。

 今後の展開次第かな。

 

 さてさて、私ももう死んじゃったことだし。

 残された茶番を観覧しようじゃないか。

 ココアでも飲みながらね。

 

 全ては我が掌の中に。

 ……あ、なんだかこれ黒幕っぽいかもかも?

 

「それでは行ってきます、リンネちゃん」

「行ってらっしゃい。アイナ先輩」

 

 制服姿のアイナ先輩が通学前の挨拶を私にしてきた。

 その姿は生前となんら変わりない。

 

 私はもう舞台的には死んでいる身なのでお留守番だ。

 さらに言えば学校から私がいた痕跡をすでに消去済みなので、今更学校に言っても魔法少女以外の人達にとっては「誰こいつ?」状態だったりするのだ。

 

 元々が魔法で記憶を操作して潜り込んだ不法入学者。

 それも常習者なので後始末のノウハウもすでに万全だ。

 

 我が家の独自ルールである「行ってきますのキス」とともにアイナ先輩を見送り、私はアリスを侍らせて部屋の中をゴロゴロすることにした。

 

 手持ち無沙汰だったので魔法の改造をしたり、黒球の設定を弄ったりと時間を潰す。

 そうこうしている内に状況が動いたのは、私がブランチにたらこスパを食していた時のことだった。

 

 リナの使い魔サフィにインストールしていた結界機能が働いたのを計器が感知した。

 どうやらリナは、真昼間から堂々と襲撃するつもりのようだ。

 

 ちなみにサフィの見た目はただの犬だが、中身は魔女の使い魔とほとんど変わらない。

 純粋な正の魔力で構成されるため、使い魔のような狂った外見をしていないだけと言っても良いだろう。

 

 私がサフィに付与した結界機能は、ぶっちゃけ使い魔が元から備わっていた機能を強化しただけの代物だった。

 

 ただし結界に取り込むのは魔法少女限定と、多少のアレンジは加えてある。

 そのため展開した瞬間、魔法少女の素質を持つ者のみ強制的に結界に取り込まれることになる。

 

 今回の場合、世間の目を気にせず戦うことができるだろう。

 そしてその様子を、私はサフィの体内に仕込んだ術式から状況を逐一モニターに映し出していた。

 

 なんだか最近は鑑賞ばかりしている気がするが、私にとっての仕事は事前準備の段階でほぼ終わっているのだ。今はただの確認作業に過ぎない。

 

 勝敗とは戦う前に決まっている。

 偉い人も言っていた。

 

 指揮官は指揮するのが仕事だ。

 なので今回脚本家の私は、脚本を書いた段階で仕事は終わっているのだ。

 後は舞台上の役者の仕事だろう。

 

 私手ずから演劇指導、あるいは教導した愛しい教え子が主演の、これは復讐劇だ。

 きちんとボスキャラも用意したのだから後は勝手に仕上がってくれるだろう。

 

 黒幕は私ですけど、倒される予定はありません。

 ラスボス系魔法少女りんね☆マギカ。本日も絶賛外道中です。

 

 

 

 

 

 

 銀の魔女が見守る舞台上、エトワールの通う中等学校に復讐者の姿はあった。

 

 目の前の校舎は、結界によってすでに異相空間へと隔離されている。

 これなら余計な被害を出さずに、目標だけを仕留めることができるはずだ。

 

 リナは頼れる相棒であるサフィを褒めるために撫でると、戦槌を力強く握り締めた。

 

「サフィ、全力で行くぞ!」

「ヴァオン!」

 

 リナは校舎に向かって駆け出し空高く飛んだ。

 この短期間で飛行魔法を物にしたリナの素質は素晴らしいものだった。

 

 そして敵が全員校舎内にいるのを察し、リナは自らの武器である戦槌に魔法をかける。

 

 それは単純な巨大化の魔法。

 ただただ大きく重く。

 何もかもを圧し潰すために。

 

 その意志の元、魔法は発動した。

 

「潰れろぉおおおおおおおおおおおお!!」

 

 校舎を飲み込むほどの影が広がる。

 建物を全て捉えるほど巨体化した戦槌は、持ち主の願いを叶えようと地上へ迫った。

 

 だが戦槌は途中で止まってしまう。

 校舎を包み込むように翠色の光を放つ障壁が展開されていたからだ。

 

 

 

 屋上に集まったエトワールの残存メンバー達。

 その中でアイナが右手の指輪を掲げていた。

 

 翠色をした魔力の奔流が迸り、展開した障壁が戦槌を受け止めてエトワールの仲間達を守っていた。

 

「みんな、無事かしら?」

 

 彼女は突然の襲撃にも動揺せず、冷静に仲間達の安否を窺う。

 その様子に誰一人疑問を抱くことはない。

 ただかつてないほどの強力な障壁の展開に、それぞれ息を呑むばかりだった。

 

「え、ええ……私達は大丈夫です。アイナ先輩……凄いですね」

「それしか取り柄がないもの。防御は任せて!」

 

 そのアイナの様子に、アリサはどこか違和感を覚えた。

 だがそれが何なのか分からないまま、事態は推移していく。

 

 

 

「見つけたぜテメェら!」

 

 仇を見つけ歓喜にも似た怒声を発したリナは、自らに気合を入れ直した。

 

 元からこの一撃で決着を付けようなどとは思っていない。

 どんな汚い手を使ったのかは知らないが、彼女の尊敬する師であり姉であったリンネを殺した連中だ。

 そういう悪党に限って生き汚いことは、テレビでもマンガでも常識だった。

 

 この時、リナが最も嫌ったのはバラバラになって隠れられることだ。

 そのために校舎に潜めないような攻撃をしかけ、敵の姿を暴いたのだ。

 

 一方のエトワールは前日の動揺が未だに収まっていない状態だった。

 

 エトワール達の絆に入った亀裂は、すでに放置すれば瞬く間に広がるだろう予感を誰もが感じていた。

 だが関係を修復する暇もなく襲撃されたことにより、チームワークに不安を抱えたまま戦わなくてはならなかった。

 

 状況は倍する数にも関わらず、エトワール勢が圧倒的に不利な状況だった。

 それでも戦端は容赦なく開かれる。

 

「お願い! 私の話を聞いて!」

「あの世で姉ちゃんに土下座しな! 話はそれからだろうが!」

 

 ニボシの悲痛な懇願もリナの耳には届かない。

 

 戦槌とぶつかり合うにはニボシのガントレットは力不足だった。

 ニボシは仕方なしに回避を優先し、カウンターを狙う。

 

 小柄なニボシよりもさらに幼いリナは、重さなどないかのように自在に戦槌を振り回しており、迂闊に飛び込めば即座に潰されてしまうだろう。

 

 よしんば懐に潜り込んだどころで、軽い攻撃ではリナの防御を抜けないことは昨日の攻防で薄々と察していた。

 

「ニボシ先輩! まずは彼女を無力化しないと! 彼女は強い! このままじゃ、本当に殺されますよ!」

 

 悲鳴をあげながらアリサが援護射撃するものの、リナの使い魔サフィが射線上に入ってそれを防ぎ、反撃とばかりに魔力弾を放ってくる。

 

 アイナは先ほどの特大の防御結界の使用で力尽きたのか動きを見せないし、ユリエに至っては精神的に使い物にならない。

 

 今日学校に来れただけでも奇跡的なのだ。

 戦えるような精神状態ではない。

 

 ましていつもの魔女狩りですらなく、魔法少女同士の殺し合いだ。

 

 普段のユリエなら怯えながらも自分の仕事を果たしただろう。

 だが精神的支柱であったマコを失った今のユリエには、リナの放つ殺気と対峙できる強さはなかった。

 

 代わりの柱となったかもしれないリンネとニボシは、どちらもユリエを裏切っている。

 ユリエにとって、リンネを庇ったニボシも同じ裏切り者としか思えなかった。

 

 そして弱い所を叩くのが戦いの常道である。

 獣の本能からか、誰が一番の弱者なのかを察したサフィは魔力弾をユリエへと放った。

 

「……あ」

 

 避けられない。

 

 迫り来る魔法の弾丸を目前としながらも、ユリエはどこか危機感が薄かった。

 

 それはアイナの存在があったからだ。

 彼女がすぐ近くにいるのに、味方への攻撃を許すはずがない。

 

 いつもならすぐに魔法で障壁を展開して、守ってくれるはず。

 

「あ、アイナ先輩!」

 

 そんな普段なら信頼ともいえる思考だったが、今の状況ではただの甘えでしかなかった。

 

 縋るように視線をアイナに向けるユリエだったが彼女が見たのは、目を瞑りじっと動かない頼れるはずの先輩の姿だった。

 

 ――気づいていないの!?

 

 直後、サフィの放った魔力弾がユリエに直撃する。

 金属バットで殴られたような衝撃を受け、ユリエは吹き飛んだ。

 

「ユリエ先輩!?」

「ヴァオン!」

「くっ……!?」

 

 咄嗟に駆け寄ろうとするアリサだったがサフィに牽制されて動けない。

 だから代わりにアイナへと叫んだ。

 

「アイナ先輩! ユリエ先輩が!」

 

 アリサはユリエが攻撃された瞬間を直接目にしていなかったが、いつもならあの程度の攻撃、アイナ先輩なら防げたはずだ。

 先の防御結界で力を使いすぎたのだとしても、あの先輩が何もせずにいたのは信じられなかった。

 

 こんなこと今まで一度もなかったのに。

 

 だが現にユリエは攻撃にさらされ、今尚アイナは動かない。

 ここに来てアリサはようやく違和感の正体に気付いた。

 

 アイナは――微笑んでいたのだ。

 戦いが始まってから今まで、ずっと。

 

 いつものように穏やかな表情で静かに戦場を観察している。

 そこには確かな余裕が感じられた。

 

 そんな余裕があるのならユリエを守れたはずだ。

 だが今の彼女が間違いなくそうすると――仲間を守ると、アリサは信じ切ることができない。

 

 魔法少女としての直感からかアイナが何か別の、得体の知れないものになったことを悟ったアリサは叫び声を上げた。

 

「……あなたは、誰ですか!?」

「あら、ひどいこと言うのねアリサちゃん。私は錦戸愛菜。みんなの先輩よ。ほらワンちゃんの相手、しなくていいのかしら?」

「くっ!?」

 

 敵の猟犬は積極的に動かないアイナを無視し、弱ったアリサばかりを狙っていた。

 ニボシはリナとの戦闘で手が離せず、アリサはサフィに動きを封じられている。

 ユリエは先ほどのダメージで気を失っていた。

 

 つまりこの瞬間、戦場で唯一手が空いているのはアイナのみ。

 

「……これはチャンスかしらね?」

 

 彼女は自らの主である銀の魔女の命に従い、戦場に混沌を齎すべく気絶したユリエの元に歩み寄った。

 

 その動向を見て、アリサはふつふつと沸き上がってくる嫌な予感が収まらなかった。

 

 普段のアイナ先輩なら、ユリエ先輩を治療しに行ったのだと思うだろう。

 だが今のアイナ先輩からは言い知れぬ悪寒を感じていた。

 

 まるで悪魔が乗り移ったみたいだ。

 その豹変具合は、昨日のリンネの凶行を思い出さずにはいられない。

 

 そして悪い予感はすぐに現実となる。

 

「ぎぃやああああああああああああああああああ!!!!」

 

 耐え難い苦痛から来る絶叫。

 気絶していたユリエの体中から血が噴き出した。

 

 それをうっとりとした顔で聞いているのは、その叫びを奏でた張本人くらいなものだ。

 

 治癒魔法とは体内に癒しの想いを浸透させる魔法だ。

 そのスペシャリストであるアイナにとって、ただ苦痛を与える魔法はさほど難しい物ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 アイナの突然の凶行に誰もが動きを止めた。

 敵味方の誰にとっても予想外の出来事に、次の行動が取れないのだ。

 

 呆気にとられる面々の前で、アイナは普段通りの穏やかな口調で一同に語りかける。

 

「とりあえずお互い、争いを止めにしないかしら? ほら、悪い子には<お仕置き>したから……ね?」

 

 そう言って、血の涙を流し白目を剥いているユリエを放り捨てた。

 

 リナもいくら殺したいと思っていた仇とは言え、こうまでズタボロにされるのを見てしまうと躊躇してしまう。

 

 だがリナは忘れていなかった。

 このボロ雑巾みたいな女こそ、彼女の姉を容赦なく殺した事実を。

 

 因果応報だ。

 同情してたまるものかと固く思い直し、それ以上に不気味な女へ向けてリナは戦槌を構えた。

 

 今この戦場でもっとも警戒すべきはこのおっぱいオバケだと、リナの直感が告げていた。

 

「……テメェら、仲間じゃなかったのかよ?」

 

 心底軽蔑した顔でリナが吐き捨てる。

 だがアイナはその微笑みを崩さずに、さらりと受け流した。

 

「ごめんなさいね。私、人殺しと仲間になった覚えはないの」

 

 その言葉に、アリサはひっと息を呑む。

 信頼していた人から信じられない言葉を聞いたからだ。

 

 アイナが別物になったと直感が訴えていても証拠はなく、またアリサ自身も信じたくなかった。

 アリサは縋るような目でアイナに問いかける。

 

「う、嘘ですよね。アイナ先輩……そんなの、そんな言い方、先輩らしくありませんよ」

「ねぇアリサちゃん。正しい魔法少女は人を殺すのかしら? 殺して、自分は悪くないと喚くのかしら? 今までの流れを振り返ってみたのだけど、やっぱり一番悪いのはユリエちゃんじゃないかしらね? そしてまぁ、二番目に悪いのはあなたなんだけど――アリサちゃん」

「ど、どういう……意味ですか?」

「あなたがユリエちゃんを庇うのは、共犯者として罪の意識を感じているからでしょ? あなたも結局、正しい魔法少女にはなれなかったのね。まぁ元々期待薄だったけど……なにせ育ちが育ちですもの。結局暴力を肯定した頃のあなたのまま、ちっとも変わってない」

 

 その一言は、決定的な亀裂となってアリサの胸を抉った。

 アイナ先輩だからこそ打ち明けた、アリサの過去。

 

 魔法少女になった理由。

 忌まわしい記憶の全て。

 

 信じていたから、話したのに。

 アリサは裏切られた気持ちで胸が張り裂けそうだった。

 

 頭の中が怒りで真っ白に染まる。

 心が押し潰されそうだった。

 

 アリサは目の前の『敵』を睨みつける。

 やはり目の前の彼女は、アリサの知る彼女ではないのだ。

 

「……あなたは、アイナ先輩じゃない!」

「あらあら、今度は現実逃避? 親から逃げた次は世界から逃げる気かしら?」

「黙れぇ!!」

「そうよね、本来あなたは力尽くで黙らせる方が得意だものね。親を黙らせた次は私を黙らせるのかしら? あなたの<暴力(まほう)>で――」

「黙れぇええええええええええええええ!!」

 

 アリサの放つ弾丸によって、アイナの言葉は封じられた。

 

 予め周囲に展開していた障壁によって弾かれたものの、言葉通りアイナを黙らせることには成功していた。

 

 それでもアイナの微笑は崩れない。

 

 なぜだろう、かつてならこれほど安心できるものはなかったというのに。

 同じ笑顔のはずなのに、今では目にするだけで悍ましく――憎らしい。

 

 激情に駆られたアリサは奥の手を繰り出す。

 

 魔力消費の高さから普段は決して使わない、使う必要のない切り札。

 頼れる仲間達がいれば不要だった、忌まわしきアリサの過去の象徴。

 

 二丁拳銃が融けて合わさり、一つの禍々しい魔砲となる。

 それはアリサの右腕と半ば一体化し、全ての機能が撃滅のために特化される。

 

 暴力の象徴。

 意志なき暴力装置。

 女子供でもその引き金を引けば銃口の先にいる者は死ぬ、疑いようのない凶器。

 

 アリサが普段使う武器は魔法の銃だ。

 だがそれは切り札である魔砲の劣化版でしかなかった。

 

 誰よりも強くなりたいと願った少女の、最強の切り札。

 

「……ア・コーエ・トゥラ――」

 

 全てを黙らせる弾丸をアリサは放とうとする。

 

 ――だがそれは叶わなかった。

 漆黒のガントレットが砲口を抑え、ニボシがアリサを取り押さえたからだ。

 

「はい、そこまでだよアリサちゃん。君はどうしてこう、頭に血が上ると短絡的になっちゃうのかなー?」

 

 反射的に振り払おうとするが、アリサの全力でもニボシの拘束から抜け出すことは叶わなかった。

 

「に、ニボシせんぱ……」

「アリサちゃんのそれ、人に当たれば死ぬよ?」

 

 ある意味、当たり前のことをニボシは言った。

 だがアリサにとって、それは予想外のことでもあった。

 

 誰かを殺すつもりなど、アリサにはなかったのだ。

 魔法という手段の簡便さが、手にした引き金を軽くしていた。

 

「また、同じことを繰り返すの?」

 

 心底不思議そうな顔でニボシはアリサを見下ろしていた。

 その瞳の深さにアリサは恐怖した。

 

 そしてそれ以上に、己に刻まれた業の深さに絶望していた。

 顔も思い出せない父親になぜか自身の顔が重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

「なんだこいつら、仲間割れかよ……」

 

 混沌とする戦場で、リナは呆れたようにため息をついた。

 全員を視界に収められる場所を維持しながら、警戒は変わらずアイナに向けられていた。

 

 魔法少女として半年も活動していないリナだったが、目の前の光景には正直呆れる思いだった。

 

 敵を目の前にして仲間割れ。

 彼女の師匠だったら無能の極みだと嘆いたことだろう。

 

 だからこそ不可解だった。

 なぜこの程度の連中に、あの師匠がむざむざ殺されたのか。

 

 リナは直接、師匠のリンネに鍛えられたからこそ分かる。

 あの人はこの場にいるどの魔法少女よりも高みにいた。

 

 本人は単なる経験の差だと言っていたが、こうして他の魔法少女達を眺めてみればその差は一目瞭然だ。

 単純な話、たとえ師匠が満身創痍だったとしてもこの程度の相手なら遅れを取ることなどありえない。

 

 それがリナの結論であるが現実は非情だ。

 そのありえないことが起きたからこそ、リナはこの場にいる。

 自身が慕う姉の仇討ちとして。

 

「どいつもこいつも、面倒くせぇ! まとめて潰れちまえ! ギガントハンマー!」

「させないわ!」

 

 リナの振るう戦槌にアイナは対抗するための障壁を展開する。

 純粋な破壊力と、堅牢な城壁並の障壁のぶつかり合いは均衡していた。

 

 だがリナはさらに魔力を注ぎ込む。

 

「それはもう見てんだよっ!」

 

 戦槌の形が変わり、魔力を燃焼させ爆発的な推進力が加わる。

 突如として威力の上がった戦槌の圧力に障壁がひび割れていく。

 

「砕けろぉおおおおおおおおっ!」

 

 パリン、とガラスの割れたような音をリナは確かに聞いた。

 

 だが砕いたはずの障壁の奥には、さらに新しい障壁が展開されていた。

 リナの無駄な努力を嘲笑うかのようにアイナは微笑んで見せる。

 

「あら、壁が一枚だけなんて誰が言ったのかしら? 私、防御には結構自信あるのよ? 残念だけど貴女じゃ私には届かないわ」

「ちっ! なら一切合切まとめて潰してやる! 何枚だろうがテメェご自慢の壁ごと叩き潰してやる!」

 

 酷使して力の入らなくなってきた両腕を叱咤しながら、リナは戦意旺盛に吠えてみせる。

 主人の苦境を察した相棒が傍に駆け寄り、リナの体に回復魔法をかけた。

 

 暖かい魔法の光を感じてリナは笑う。

 確かに一人だったら届かないかもしれない。

 

 だがサフィがいる。

 そしてリンネから教わった全てがリナの中で生きている。

 

 リナは決して一人じゃなかった。

 

 ならばやれるはずだ。

 証明できるはずだ。

 

 リナの強さを。

 そしてそれを与えてくれた彼女が、誰よりも強かったことを。

 

 

 

 

 

 片や、取り押さえる者と我を見失う者。

 片や、圧倒的攻撃力と絶対的防御力の凌ぎ合い。

 

 どちらも膠着状態に陥る中、忘れられた魔法少女が目覚めた。

 

「あ、あ、ああああああああああああああああああああああ!!」

 

 痛い、痛い痛い痛い!

 

 ユリエの全身を責め苛む苦痛に、無意識に涙が流れる。

 アイナによって丁寧に痛めつけられた体は、麻痺することもなく真新しい痛みを全神経に刻み続けた。

 

 なぜ、わたしがこんな目にあわなくちゃいけないの?

 わたし、何も悪いことなんてしてないのに……!

 

 ユリエは傍に落ちていたぬいぐるみに、自身の<魔法>で命じた。

 自身の内から次々と沸き上がってくるぐちゃぐちゃな感情を抑える術を、ユリエは知らなかった。

 

 ――憎い!

 わたしをこんな目にあわせた連中に、報いを!

 

 そして殺意の魔法が紡がれる。

 

「みんな死んじゃえ! <殺戮凶兎(マーダーラビット)>!」

 

 全身全霊で振り絞られた、憎しみに染まった魔力が迸る。

 殺意の指令を受けた兎人形は持ち主の願いを叶えるべく巨大化し、無差別に暴れ回った。

 

 ユリエは苦痛に支配されながらも、彼女をイジメた連中が右往左往する様を見ていると少しだけ爽快な気持ちになれた気がした。

 

「あはっ、あははっ! 死ね! みんな死んじゃえ!」

 

 血反吐を吐きながらユリエは呪詛を吐き続ける。

 もはやその姿を見て、魔法少女だと思う者はいないだろう。

 

 その姿は御伽噺に出てくる人を呪う邪悪な魔女そのものだった。

 

 事実、彼女のソウルジェムは穢れを溜め過ぎた。

 ソウルジェムから悍ましい光が点滅し始める。

 

「…………あ」

 

 ユリエは己が致命的な失敗を犯したことを魂で理解した。

 

 自身のソウルジェムを見ると、かつてないほど恐ろしい変化が起こっているのが目に入る。

 

 何か良くないことが起ころうとしている。

 ユリエは敏感にその危険を察したものの、それはあまりにも遅すぎた。

 

「ひっ!? いや……いやぁっ! だれか、助けて……!」

 

 だがその懇願は、彼女自身が命じた兎人形が暴れているせいで誰の耳にも届かなかった。

 

 そうしているうちにユリエのソウルジェムが孵化を始める。

 意識が消滅する間際、ユリエは虚空に手を伸ばした。

 

「……マ……ちゃ……」

 

 彼女が伸ばした指先は何も掴むことなく、地に落ちた。

 

 それと同時に暴れ回っていた兎人形も活動を止める。

 その意味をこの場にいる全員が理解した。

 

 

 

 ユリエが死んだのだ。

 

 

 

 だが災厄は終わりではなく、むしろ始まりでしかなかった。

 希望は絶望へと反転し、ここに一体の魔女が生まれ出ようとする。

 

 黒い風が吹く。

 禍々しい目のような魔女の種子が、竜巻を起こし空気を飲み込んだ。

 それに吸い込まれまいと留まる一同は、ただそれを見ていることしかできなかった。

 

 現れたのは狂った造形を持つ魔女の姿。 

 かつてユリエと呼ばれていた一人の魔法少女……そのなれの果てだ。

 

 初め、それを彼女と結びつけることは誰にもできなかった。

 だがその魔女の持つ醜悪なぬいぐるみが、どこかユリエの物と似ている気がした。

 

 魔女が嘆きの絶叫を上げる。

 聞くだけで精神を病みそうな叫び声には、確かに彼女の残滓が感じられた。

 

「うそ……だろ?」

「なぜ、魔女がここに!? ユリエ先輩は!?」

 

 魔法少女の象徴ソウルジェムがグリーフシードへ転化し、魔女へと生まれ変わる。

 

 その事実に驚いたのはリナとアリサの二人だけだった。

 アイナは当然のようにそれを眺め、ニボシは疲れたような顔でそれを見ていた。

 

 真実を知る魔法少女と、それ以外の者で反応が分かれていた。

 

 

 

 

 

 

 パン、パン、と魔女の誕生に喝采が上がる。

 戦場に似つかわしくないその行為に、全員の視線が引き寄せられた。

 

 音の主はアイナだった。

 彼女は喜びをもって魔女の生誕を言祝ぐ。

 

「これで彼女も魔法少女としての使命を全うできたわね。喜ばしいことだわ」

 

 銀の魔女のシモベであるアイナにとって、この光景は歓迎こそすれ忌むべき物ではなかった。

 

 かつての自分なら絶望したかもしれないが、今アイナの体に宿っているのはリンネによって作り出された人工の魂だ。

 

 ベースはオリジナルとほぼ同一ではあるものの、根本的な魂は別物である今のアイナにとって、もはやその仮定はただのつまらない感傷に過ぎなかった。

 

 化け物のようにアイナを見るリナとアリサ。

 二者の視線は鬱陶しくもあるが、自身が生まれ変わった証でもあった。

 

 変わらず微笑みを浮かべるアイナに、幼き魔法少女達の詰問が投げつけられる。

 

「な、なにをいって……何を言ってるんですかあなたはっ!?」

「どういうことだ! 説明しろおっぱいオバケ!」

 

 アイナは困ったような顔を浮かべた。

 それは聞き分けのない幼子を諭すような、ひどく優しい顔だった。

 

「あのね、成長途上の女性のことを少女って呼ぶでしょ? ならいつか魔女になる私達の存在は、『魔法少女』と呼ばれて然るべきじゃない?」

 

 理解の追いつかない少女達に、アイナはさらに告げる。

 

「言ってしまえば私達魔法少女は、祈りの果てに魔女になることを宿命付けられた存在なの。知らなかった?」

 

 とびきりの笑顔で、アイナは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




NG集:お茶の間 シリアスブレイカー!(本作とは一切関係ありません。ブレイクしたくない人は回避推奨。出来はお察し)



「な、なにをいって……何を言ってるんですかあなたはっ!?」
「どういうことだ! 説明しろおっぱいオバケ!」
「……おっぱいオバケかぁ。大丈夫よ、あなた達もそのうち大きくなるわ……たぶん、きっと、メイビー?」
「ふ、ふふふざけないでください!」
「っざけんなぁああああああああ!」
「バウバウ!」
「……え、そこまでキレること?」

 持つ者と持たざる者。
 
 奢り高ぶる傲慢な山脈に対して、絶壁を駆け上る者達は憤怒とともに自らの理性を切り捨てた。

 原罪。
 あるいは黄金林檎。

 それこそが蛇の齎した甘美なる誘惑。
 人類が楽園を追放される切っ掛けとなった禁断の果実。

 ――つまりは、おっぱいのことである。

 そして人類はπO2を手にした時から滅びの道へと(ry
 終末メロンが……ちゃう、それ夕張や……ならばプリンの頂上に課せられたさくらんぼの存在意義とはつまり――――【以下の文章は検閲されました】――――


 ――私が魔法少女達の悲しき格差、果ては人類の罪深さについて腐った思索に耽っていると、傍に控えているアリスが不可解な行為をしていた。

 なぜか自身の胸を触っているアリス、人形である彼女のいつにないイレギュラーな行動に私は瞠目する。

「……アリス?」
「…………」

 アリスのそれは慎ましやかなお椀だ。
 富豪というわけではないが、貧民というわけでもない。
 私にとっては理想形と言える完璧なる双丘。

 だが私の理想と彼女の理想は違うのだろうか?

「……まぁ、君はもう完成してしまっているから、成長は……改造するのは気が進まないけど、どうしてもっていうなら、一時的に魔法で豊胸化してみる? 物は試しに」
「…………」

 アリスは無言で部屋を出て行ってしまった。

 ……え、なに? 怒ってるの? なして?

「……解せぬ、乙女心」

 ご機嫌取りもかねて、このあとアリスと滅茶苦茶にゃんにゃんした。
 ちょっぴりアリスのサイズがグレートアップしたような気がしないでもない。

 アリスの寝顔はどこか満足そうだった。


 一方、魔法少女達の戦いは勝利者なき虚しい結末を迎えていた。 
 だが彼女達の犠牲は無駄ではない。

 全てのπに祝福を。
 黄金の夜明けは近い。

            ――Fin――
 

「……まったく、わけがわからないよ。人間っていうのはどうしてこう、たかが脂肪の塊にそう熱くなれるのか――ぷぎゅっ」
「あら、いたの? ごめんなさい、てっきり足ふきマットかと思っちゃった。呪うなら中身と裏腹なその純白ボディを呪うことね」

「きゅっぷい! むしろご褒美だよ! さあリンネ! 僕を踏みつけて女王様になって――」

 キュゥべえは魔力糸によりスライスされた。
 犯人は私だった。

 死体は便器に流し、いつの間にか取り出していた指揮杖をしまう。


 あれ、私はいったい何を……?


「……………………なんだ、夢か」

 どうやら私は寝ぼけていたらしい。
 疲れているのかもしれないな。
 私は自室に戻り、アリスと一緒に眠った。

 今度は幸せな夢を見られますように。




(作者より)
 これでストックが尽きたので、あとは出来上がり次第更新していきます。



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第十五話 私と契約して、奇跡を願ってよ!

 

 

 

 魔女が生まれ出ようとする戦場で、一体の邪悪な操り人形もまた、その本性を曝け出していた。

 人形は笑顔を貼り付けたまま、魔法少女達に絶望的な真実を告げる。

 

「ほらほらよく見て、あの魔女の姿を。

 とってもユリエちゃんに似ていると思わないかしら?

 それもそうよね。だってあの魔女はユリエちゃん自身なんだもの」

 

 魔女とは、魔法少女のなれの果てだ。

 

 祈った奇跡の分だけ周囲に絶望を振りまく、魔法少女の対となる存在。

 コインの裏と表。異なる面を持っていてもそれは確かに一個の存在だ。

 

 かつてユリエだった魔女が涙を流して暴れまわる。

 魔女の涙は使い魔となって、彼女の好んでいたパペットへと変じていた。

 

 生まれた使い魔は無差別に周囲の魔法少女達へと襲いかかる。

 リナもアリサもニボシも、それを迎撃するのに手一杯だった。

 

 なにしろ魔女の涙は止まることなく、次々と凶悪な使い魔を生み出しているのだ。このままでは物理的に押し潰されかねない。

 

 そんな中、アイナだけが唯一余裕を保っていた。

 使い魔はアイナの障壁を突破できず、ただ遠巻きに囲むことしかできなかったからだ。

 

 そんな風に自らの安全圏を確保しながら、アイナは魔法少女達へ悠々と語り続ける。

 彼女達、魔法少女の残酷な真実を。

 

「私達の魂は契約によってソウルジェムへと抽出されるの。つまり私達の本体はソウルジェムで肉体は外部パーツ、あるいは抜け殻と言っても良いかもしれないわね。

 そして穢れが溜まりソウルジェムの限界を超えると【相転移】が始まり、希望は絶望に、ソウルジェムはグリーフシードへ、魔法少女は魔女へと転化するの」

 

 それは不可逆の変化。

 魔法少女が魔女になることはあっても、その逆は有り得ない。

 

 魔女となったユリエも同じだ。

 ああなってはもう誰も彼女を救えない。

 

 たとえ殺しても、一度魔女になった彼女の魂は救われないまま。

 グリーフシードとして残り続ける。

 

「貴女達も魔法少女なら当然、グリーフシードには何度もお世話になってるわよね?

 あれは魔法少女だった者の魂に、私達の分の穢れを吸わせているの。

 どうせ堕ちた存在ですもの、有効活用しなきゃもったいないものね。

 でないと私達まで魔女になってしまうのだから、それは仕方のないことだわ。

 たとえそれが死者に鞭打つような行為だとしても……ね。

 私達は奇跡の代価にかつての仲間を殺し、やがて未来の仲間に殺される運命を背負っているの。

 祈った奇跡に相応しいだけの絶望を振りまいて、ようやく世界は帳尻を合わせる。なんだかとてもよく出来たシステムだとは思わないかしら?」

 

 魔法少女達はアイナの言葉に息を呑む。

 

 そこにいるのはかつて「みんなの役に立ちたい」と願った少女ではなく、代わりにただ一人、銀の魔女の役に立つことだけを願う人形だった。

 

 ギシリ、と戦槌を握る手に力が込められる。

 リナは震える両手を必死に押さえ込んでいた。

 

 だがそれは恐怖や絶望ではなく、激しい怒りの現れだった。

 

「……それでも、姉ちゃんが救ってくれた事実は消えない。

 あたしの祈りは、変わらない! そうだろサフィッ!」

「ヴァオン!」

 

 リンネが助けなければあの日、あの夕暮れの公園で、リナはすでに死んでいた。

 サフィも助からなかった。

 

 だからリナは絶望しない。

 たとえ魔法少女の真実が醜いモノだったとしても、その事実は覆らないと知っているからだ。

 

 不屈の魔法少女は己の武器を振るう。

 真紅の魔力が迸り、暴風となってパペット達を吹き飛ばした。

 

「あたしがあたしとして、正しくあれる。そんな強さを姉ちゃんに貰ったんだ! なら、なにも変わらねぇ!

 たとえそれが魔法少女の真実だったとしても、あたしは絶対に魔女にならねぇ!

 最後まであたしを貫いてやる!」

 

 それが魔法少女に命を救われた少女に残された、希望だった。

 

 

 

 

 

 

 一方、勇敢に戦うリナとは違い、アリサは全身から力が抜ける思いを味わっていた。

 

 正しいと思っていたことは、ただの勘違い。

 魔女狩りとはつまるところ単なる同族狩りでしかなく、人殺しと何ら大差のない悪行だった。

 

「……うそ、それじゃ私達が今までやって来たことって一体……同じ魔法少女を殺すことだったの?」

 

 今まで信じていた全てが裏切られ、アリサは目の前が真っ暗になる。

 

「違うよ、アリサちゃん。あれは魔女だ」

 

 だがニボシは、そんなアリサの言葉を真っ向から否定した。

 そんな風に割り切れないアリサは、ニボシに噛みつくように言った。

 

「でも元は同じ魔法少女じゃないですか!」

「それでも今は、違う。私達の敵なんだよ」

 

 どこまでも冷たいニボシの言葉に、アリサの顔がくしゃりと歪む。

 

「……このままじゃいつか私達も、魔女になっちゃうんですよ? あれは、あの魔女は……ユリエ先輩なんですよ? どうしてそう簡単に割り切れてしまえるんですか! ニボシ先輩っ、あなたはどうしてしまったんですか! 正しい魔法少女になろうって言ったの、ニボシ先輩じゃないですか!!」

 

 その言葉にニボシは表情を変えずに答えた。

 

「アリサちゃん。これが私の正しさなんだよ。嘆いていても現実は変わらない。このままユリエちゃんを放っておけばその分だけ誰かが犠牲になる。

 なら私はその誰かを救うために、今ここで魔女を……ユリエちゃんを殺さなくちゃいけない。それが正しいことだと思うから」

「そんなの、おかしい……間違ってる! 正義の味方なら、ユリエ先輩も救われなきゃおかしいです!」

 

 それにニボシは目を伏せて答えた。

 

「……それを可能にする『奇跡』の権利を、私達はもう使い果たしてしまったんだよ。私達魔法少女はね、始まりから矛盾してるの。

 一度きりの奇跡を使い果たしたんだから、もう二度目の奇跡は起こり得ない。だから……魔法少女は、奇跡に頼っちゃダメなんだ」

 

 両手のガントレットをニボシは握り締める。

 まるでその手の中に希望はないとでも言うかのように、力強く。

 

「……私はただ『正しい魔法少女』としての在り方を貫く。それしかないから。だから魔女を倒す。たとえそれがどんなに無様なことだとしても、無意味なことでも。

 私が私である限り、正しい魔法少女でいなくちゃいけないんだ。それが私の……」

 

 言いかけ、ニボシは口を閉ざした。目をつぶり頭を振る。

 

「――どちらにせよ、戦わなくちゃいけない。私達魔法少女は戦わなくちゃいけないんだ。それが奇跡を願った、代償なんだから」

 

 ニボシは立ち上がり、魔女へと向かう。

 その後ろ姿はいつもと変わらない、正しい魔法少女の背中だった。

 

 だがそれを見送ったアリサは、ニボシの言葉が理解できなかった。

 いやいやをするように頭を振り、涙を流して俯く。

 

「わかりません。ニボシ先輩がなにを言ってるのか……私にはわかりません……」

 

 立ち上がる理由も気力も、もはやアリサには残されていなかった。

 

 

 

 

 

 

 リナとニボシの二人は、結界に篭ったアイナよりも魔女を退治する方を優先した。

 戦うなら長期戦を覚悟しなければならないアイナよりは、魔女の方を速攻で片した方が楽だという判断だ。

 魔女の方は時間を掛けるだけ無造作に使い魔を産み落としているのだから、実質選択肢などなかったとも言える。

 

 アリサは身動きが取れず打ちひしがれている。彼女からは気力がごっそりと抜け落ちていた。

 この様子だと彼女のソウルジェムもかなり濁っていることだろう。

 

 

 アイナはそれを、笑って見ていた。

 

 

 アイナは目の前の絶望的な光景に、深い満足感と喜びを感じていた。 

 元より彼女達の絶望はアイナの主が望むものだから。

 

 主が喜ぶならばシモベである自分もまた嬉しい。

 親の役に立ち褒められて喜ぶ子供のように、アイナもまた順調に事が運んでいることが嬉しかった。

 

 全ては主の喜びのために。

 

「けど、まだ足りない。まだまだ足りないわね」

 

 アイナは彼女達にさらなる絶望を与えようとする。

 そうすればもっと主の喜ぶ状況になると思ったから。

 

 だがその時、遠くの主人から新たな命令が届いた。

 

『――』

『……仰せのままに、我が主よ』

 

 虚空に一礼し、アイナは翠色の衣装の裾を翻すと魔法の指輪を掲げた。

 

「少し、仕切らせて頂くわね」

 

 翠色の魔力がオーロラのような光を放ち、アイナの結界魔法が展開される。

 

 リナとサフィ、それから魔女。

 ニボシとアリサ、そしてアイナ。

 

 二つに分断された彼女達は、強力な魔法行使に為す術もなく囚われる。

 勢力を望み通りに仕切り分けたアイナは、結界の向こうを透かし見た。

 

 そこではリナが大量の使い魔に囲まれ、押し潰されようとしていた。

 

 仲間意識が芽生え共闘されても面倒なので、分断したのは正しかったとアイナは主人の判断の確かさに頷く。

 

「あの赤い子は魔女に任せて、あなたの相手は私がしましょう。

 だって私達、友達でしょ? ――ニボシ」

 

 そして、ニボシのガントレットとアイナの障壁が激突する。

 かつて仲間だった者同士の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 結界の向こう側。

 魔女とともに隔離された魔法少女、大鳥リナは無数の使い魔達に囲まれていた。

 それはかつての恐怖、リンネと出会ったあの日の出来事を思い出すには十分な状況だった。

 

 あの時はリンネが助けてくれた。

 だが彼女はもう助けてはくれない。

 

 正義のヒーローはやってこないのだ。

 

 何度、戦槌を振るっただろうか。

 何度、使い魔共を薙ぎ払っただろうか。

 

 だが敵は海から押し寄せる波のように幾重にもリナを取り囲み、本体である魔女の元に進もうとしても、使い魔達が動く壁となってその進行を阻んだ。

 

 リナの魔法特性は『再生』であり、頑丈さは折り紙付きだと師匠から太鼓判を押されている。

 弱体化したとはいえ、エトワールを相手に対等以上に渡り合えたのは伊達ではない。

 

 だがそんなリナにも弱点がないわけではなかった。

 

 かつて師匠と交わした会話を思い出す。

 いつもの公園に張った結界の中でヘロヘロになるまでしごかれたリナに向かって、かつてリンネは語った。

 

『リナ、きみは確かに強い。魔法少女の中でもきみは前衛として指折りの存在になれる逸材だろう。その強力な自己再生能力を生かすべく、私はきみに身体強化魔法を徹底的に教え込んだつもりだ。多少の攻撃は今のきみにとって牽制にすらならないだろう。

 寄って潰す。それがきみの基本戦術になる。

 私が教えた様々な魔法は、それを補助するための技に過ぎない。だからこそ、きみが気を付けることはたった一つ』

 

 指を一つ立てて、リンネは言う。

 

『持久戦、長期戦は絶対に避けなさい。リナの力は強力な分、消耗が激しい。短期決戦、一撃必殺を心がけるように。無理なら即座に離脱すること。

 でなければきみは魔力切れで魔法を使えない、ただの少女となってしまうでしょう』

 

 その師匠の忠告を思い出し、リナは微かに笑う。

 

「師匠……魔力切れになったら、魔女になっちまうんだって。知ってたか?」

 

 リンネの言葉からすれば知らなかったのだろうが、リナにとってリンネは何でも知っている存在だった。

 だから知っていても不思議じゃないよな、と無邪気な信頼すら寄せていた。

 

 リナは自身のソウルジェムをちらりと見る。

 真紅の宝石は、穢れによって輝きを失いつつあった。

 

 エトワール襲撃当初から大技を連発し、さらにアイナの強固な結界を前に無理な力押しをしたのが響いていた。

 

 ただでさえ師匠から短期決戦仕様と評されたリナの魔力消耗率は高いのだ。

 今みたいな包囲状態に置かれた戦況はリナにとって死地であり、絶体絶命と言っても良かった。

 

「……諦めて、たまるかよ! こんな雑魚の群れ如きにぃっ!!」

 

 リナは自身の体を独楽のように回し戦槌を振り回す。

 鈍器であるはずの戦槌が通った跡は、もぎ取られたような使い魔達のパーツが四方八方に飛散していた。

 

 もし敵が生き物だったなら、辺りは血と肉の海になっていただろう。

 だがパペットである使い魔達の死骸からは、汚れた綿と毛糸やボタン、布の切れ端がそこら中に舞っていた。

 

 その残骸を食って、巨大化し始める使い魔達。

 戦槌による物理的な攻撃が主体のリナにとって、目の前の使い魔達は相性最悪の敵だった。

 

 戦っても戦っても一向に減らない使い魔の軍勢に、リナの心が折れかかる。

 その隙を突くように使い魔の一撃が掠り、リナの帽子が吹き飛んだ。

 

 

 ――あの掌の温もりを、リナは覚えている。

 

 

「なにしやがんだ! テメェえええええええっ!!」

 

 師匠との思い出の品を傷つけられ、リナは獣のように叫んだ。

 

 

 ――彼女から貰った力は、この程度で折れたりはしない。

 

 

 けれどリナほど戦闘力のないサフィは、魔女の使い魔達に囲まれ苦戦していた。

 

 同じ使い魔といえど、サフィは単なる魔女の使い魔ではない。

 希望の魔法によって活力を与えられた使い魔であるサフィの方が、個のスペックは上だった。

 

 だが数の暴力によって、個の優越は容易く無価値に成り下がる。

 

「サフィ!? 待ってろ、いま助けに――っ!」

 

 相棒の危機を察したリナは、焦りを浮かばせて叫んだ。

 だがサフィはリナに背を向けて、逆に使い魔の群れへと飛び込んで行ってしまう。

 

「待てっ! 待てよサフィ! そっち行っちゃ駄目だっ!!」

 

 リナは立ち塞がる使い魔達をなぎ払い、相棒の名を呼んだ。

 

「サフィぃいいいいい!」

 

 サフィはいつだって、リナが呼べば駆け寄ってきた。

 だがサフィは初めて主人の声に背を向け、駆け出している。

 

 その足を止めることなくサフィは雄叫びを上げた。

 

「ヴァオォオオオオオオオオオオオオオオン!」

 

 サフィの体に無数の魔法陣が浮かび上がる。

 それはサフィを使い魔として構成するための術式。

 

 銀の魔女の手によって、高密度の魔力で無数に編み込まれた魔法陣群は、サフィの意図的な魔力のオーバーフローによって連鎖的に綻び、暴走を開始する。

 

 消える間際の蝋燭の灯火のように、一際強く魔力をその身に帯びたサフィは、肉体が崩壊するにも関わらず使い魔達を蹂躙していく。

 

 それは一瞬にも満たない僅かな時間だった。

 だがその極小の時間で、魔女とリナの中間地点まで到達したサフィは、魔力暴走により爆発四散した。

 

 サフィは敵中で自爆する事で、大量の使い魔達を道連れにして逝ったのだ。

 自身の内に秘められた魔力の全てを暴走させることで、サフィは自らの主の為、魔女へ続く道を作り上げることに成功する。

 

 目の前に開かれた血路を見て、リナは相棒の意図を悟った。

 

「…………サフィ」

 

 二度目となるサフィとの別離。

 体さえ無事なら『再生』の奇跡を願ったリナの魔法で、癒すことができたかもしれない。

 

 だがサフィの体は字句通り木っ端微塵となってしまい、辺りには血煙と肉片の粕が散らばるのみ。

 たとえそれらを全てかき集めることができたとしても、それは魔法の領域を超えた『奇跡』が必要だった。

 

 だがリナの奇跡は、もう使い果たしてしまっていた。

 

 リナは涙を堪えた。

 ここで泣けば、その間にサフィが命をかけて築き上げた道が、再び使い魔達によって埋められてしまう。

 

 それはサフィの死を無駄にすることだ。

 そんな結末を許せば、リナは自分が許せなくなるだろう。

 

 だからこそリナは叫んだ。

 

「うぁああああああああああああああっ!!」

 

 激情が背中を押し、真紅の魔力光を後ろに曵きながら、リナは最高の相棒のことを想う。

 

 サフィはリナが生まれた日、家の近くで捨てられた子犬だった。

 病院からの帰り道に見かけた両親が、これも縁だろうと拾ったのが切っ掛けだったと聞いている。

 

 リナからすればサフィは物心付く前から傍にいた兄弟のようなもので、大鳥家の番犬としてずっとリナを守ってくれていた。

 

 十年間ずっと。

 

 いまだ子供のリナだったが、犬であるサフィはすでに老犬といっても良い年齢だ。

 いつか別れが来ることはリナも薄々と感じていたが、それはもっと先の出来事だと思っていた。

 

 あの日、使い魔に殺されるまでは。

 

 奇跡によって復活したものの、もしあのまま別れの言葉も言えず、何もわからないまま離れ離れになっていたとしたら、リナは一生後悔していただろう。

 

 奇跡で蘇ってからは、学校に行く時以外は片時も離れなかった。

 魔女と戦っている時も、いつも傍にはサフィがいた。

 

 もっとずっと一緒にいたかった。

 なのに、いつだって別れは唐突すぎる。

 

 まただ。

 リンネとサフィ。

 

 またもリナは大切な者を失った。

 それも同一の存在によって。

 

「こんの、クソ女ぁああああっ!!」

 

 ありったけの憎悪を込めて、リナはユリエだった魔女に戦槌を叩きつける。

 かつてリンネを殺し、いままた生み出した使い魔のせいでサフィを失った。

 

 自身にとって怨敵と化した魔女に接近したリナは、俯いて泣く魔女の頭部らしき場所を力の限り戦槌で打ち付けた。

 

 魔女が悲鳴を上げる。

 だがその声すら苛立たしい。

 

「泣くなよ、クソ魔女! 鬱陶しい!」

 

 そして最大の一撃が放たれる。

 

「ギガントブレイク!!」

 

 超重量によって圧壊させられた魔女は、断末魔を上げる余裕もなくその身を滅ぼされた。

 

 魔女を滅ぼすと、使い魔達は跡形もなく消え去っていった。 

 隔離された結界の中、唯一人の存在となったリナは、力尽きて倒れる。

 

 長引いた戦闘のせいで、持っていたグリーフシードは底を付いていた。

 魔女化したユリエからは、不幸にもグリーフシードは得られなかった。

 

 全ての魔女がグリーフシードを落とすわけではない。

 たまに今回のようなハズレも混ざるのだ。

 

 最後まで憎たらしい女だと舌打ちするものの、リナの万策は尽きてしまった。

 もうすでにリナのソウルジェムは、穢れで満たされている。

 

「…………助けてよ、姉ちゃん」

 

 ここが死の淵だとリナは悟る。

 だが最早、リナにはどうすることもできない。

 

 一番の仇は討てたものの、敵の魔法少女はまだ多く残っているし、途中で力尽きるのは不本意だ。

 

 リナは強く孤独を感じていた。

 サフィが死んで、初めてリナは本当に一人になってしまったと思ったのだ。

 

 走馬灯のように、かつて交わした約束を思い出す。

 

『あなたが望めば、私はいつだって駆けつける』

『――わかったよ、リナ。これからあなたは弟子じゃなく、私の妹分だ。魔法少女として、魔女から人々を守ってほしい。その代わり、私があなたを守るから』

 

「……嘘つき」

 

 だが嘘つきなのは自分も同じだとリナは思った。

 それどころか、先に破ったのはリナの方だった。

 

『あたしだって、姉ちゃんのこと守るに決まってるじゃんか!』

 

 そう誓ったリナは、彼女を守れなかったのだから。

 あまつさえ、リナの目の前で殺されてしまった。

 

 ならばこれは罰なのかもしれない。

 なにもできず、ただ見ていることしかできなかった無様な自分への。

 

 穢れに満たされるソウルジェムを眺めながら、リナは一筋の涙を流した。

 それはとても綺麗な雫となって、頬を伝い落ちる。

 

「…………魔女に、なりたくないよぉ」

 

 

 

 そして――少女の涙に誘われて、銀の魔女が降り立つ。

 

 

 

「……リナ、約束を果たしに来たよ」

 

 リナの師匠にして姉貴分。

 なにより死んだはずの存在――古池リンネが、銀色の光に包まれて現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




魔女データ:ユリエ魔女
 属性:孤独
 備考:寂しがりやの魔女。どれだけ使い魔を増やしてもその孤独が癒されることはない。また自らの世界に閉じこもっているため、どれだけ言葉をかけられても、周りに人がいても、それが届くことはない。


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第十六話 私と契約して、希望を歌ってよ!

 

 

 私は銀色の魔法少女姿へと変身する。

 銀の指揮杖を振るい、虚空に幾何学模様の魔法陣を描く。

 

 魔法によって傍らに浮かぶ銀幕の向こう側では、私の人形が指揮を執る絶望的な演目の下、魔法少女達が踊り続けている。

 

 この舞踏会を終わらせるには、まずは十二時の鐘を鳴らさねばならない。

 誰が本当のシンデレラかは知らないが、それでもお迎えに上がるのが魔法を掛けた魔女の務めというもの。

 

 カボチャの馬車なんてメルヘンな乗り物はないけれど、転移魔法という便利なモノがこの世にはあるのだ。

 

 元々は「どこか知らない遠くの場所に行きたい」と願った逃避願望全開な少女の魔法だったのだが、今では私の児戯の一つに過ぎない。

 だから私は、最高に素敵なタイミングを図って乗り込める。

 

 ラスボスに必須のスキルといっても過言ではあるまい。

 ヒーローは遅れてやってくるが、ラスボスは良い所取りが基本なのだ。

 

 さあ、絶望の鐘を鳴らし、魔法の時間を終わらせよう。

 私のシンデレラを迎えに上がろう。

 

 私の可愛いリナ。

 

 義姉が実は魔女だったとは露とも知らず、無邪気に魔女を信じて舞踏会に参加した哀れな娘。

 その舞台が血みどろの復讐劇だったとしても、彼女は踊りを諦めたりはしなかった。

 

 その健闘に、私は精一杯の喝采を送ろう。

 私は指揮者に命を下し、主役たる彼女をピンチへと誘った。

 

 憎き怨敵が変じた魔女と、魔女の涙によって無数に増えていく使い魔の軍勢。

 私と出会った頃のリナだったなら、ただ震えて殺されるのを待つばかりだっただろう。

 

 だけどリナは不屈の精神でその手の武器を振るい、立ちはだかる絶望に抗った。

 その成長に、私は師として姉として感慨深いものを感じる。

 

 状況もあの夕暮れの公園で、初めて出会った時と酷似していた。

 だがあの時とは違い、リナは愛犬の献身を生かし、自らの力で魔女を撃退したのだ。

 けれどもその代償にその身は満身創痍になり、リナのソウルジェムもまた限界を迎えようとしていた。

 

 全身全霊で立ち向かい、それでもなお届かない。

 そんな絶望の淵で、私を呼ぶ彼女の声が聞こえた。

 

 

 

『…………助けてよ、姉ちゃん』

 

 

 

 ならば私は、あの日の約束を果たしに行こう。 

 あなたが呼べば、私はいつだって駆けつけるのだから。

 

 

 

 魔法陣が発動し、銀色の魔力が私を包み込んで目的地へと転移させる。

 虚空に出現した私は、飛行魔法で減速しながらリナの傍へ降り立った。 

 

 

「……リナ、約束を果たしに来たよ」

 

 

 銀色の残滓を振り払い、私は跪いて倒れ伏したリナを抱き抱える。

 彼女の体は私の腕に収まるくらいに小さく、驚く程軽い。

 それが嫌が応にも彼女の幼さを意識させた。

 

「……リン、姉ちゃん?」

「よく頑張ったね。偉いよ、リナ」

 

 私は血だらけでボロボロになった彼女に微笑みかける。

 彼女は幽霊でも見た表情を浮かべ、私を見上げていた。

 

 当たり前か。

 死んだと思っていた私が普通に生きていたのだから。

 

 私はふと、リナが魔女になるまでの僅かな間で、全ての真実を告げて絶望させるプランを思い付いたが、即座に却下した。

 

 彼女のソウルジェムは、すでに手遅れなくらい穢れに満たされている。

 ならばこれ以上の絶望は、彼女にはもう必要ないだろう。

 

 私が少女達を絶望させるのはエネルギーを搾取するためであり、すでに手遅れな彼女をさらに貶める必要性は、あまり感じられなかった。

 

 だから私はいつものように彼女に接する。

 舞台の主役に、その最後を委ねることにしたのだ。

 

「遅れてごめん」

 

 ただ一言、私は謝った。

 いつもの待ち合わせに遅れた時のように。

 

 それを聞いたリナは、泣きながら笑った。

 

「…………ったく、師匠はいつも、それだかんな」

 

 リナはその小さな手を伸ばして私の頬に触れた。

 その血の滲む掌に、私は顔を預ける。

 

 なぜかリナが私に危害を加えるとは思わなかった。

 

 与えられたところで、相応の報いというものは覚悟している。

 もっとも、私達魔法少女に肉体的な損傷は意味を成さないのだが。

 

 ただ彼女の震える手の平の温もりを、私は感じ取った。

 

「……あたし、馬鹿だからさ……よく、わかんないんだけど……あたし、頑張った……よね……?」

「うん。リナはよく頑張ったよ。流石は私の、自慢の妹だ」

 

 私はリナを心の底から賞賛する。

 彼女は見事、私の期待に応えてくれた。

 

 それが良い事か悪い事かはさておき、私のために頑張ってくれたリナに、惜しみのない感謝の念を覚えているのは事実だった。

 

 出会った当初から騙して、私自らに忠実な手駒として手塩をかけて育てた。

 だからエトワールを破滅させる鍵として使うことを決めた時も、躊躇いなどなかった。

 元々その為に育てたのだから。

 

 これまでも散々に騙して、裏切って、そうして生まれた醜い感情すらも利用して、私は数多の少女達を絶望させてきた。

 

 リナのように利用してきた少女も、初めてというわけではない。

 だがリナは、私に抱いているだろう数々の疑念に蓋をしたのだろう。

 

「……よかっ、た」

 

 あろうことか、リナは私に笑顔を見せたのだ。

 

 ……こんな、私なんかに。

 

 リナのソウルジェムがひび割れる。

 孵化の時はもうすでに秒読み段階だった。

 

「……あたし、もうダメ……みたいだ。姉ちゃん……」

 

 伸ばされた手をしっかりと握り締める。

 その小さな手はボロボロになっていた。

 

「大丈夫。心配しなくても、ずっと傍にいるよ」

「……うん、うんっ。もう、どっか行っちゃ……嫌だよ?」

 

 私の胸の奥、ぽっかりと空いた穴のような場所に何かが流れ込んでくる。

 その感情が何かわからなかった私は、ただ思うまま彼女の頭を撫でた。

 

 いつも私が、彼女にそうしていたように。

 

「ええ、愛しているわ。リナ、私の可愛い妹」

 

 いつも恥ずかしがって照れていたリナは、私が初めて見る穏やかな顔を浮かべていた。

 

「……しょうが、ねぇ……姉ちゃん、だ」

 

 もう口を動かすのも辛いはずだ。

 それでも最後の力を振り絞って、彼女は私に一つの遺言を残した。

 

 

「……許して、やるよ」

 

 

 それは果たして、何に対する赦しだったのか。

 

 交わした約束についてか。

 私が犯した裏切りについてか。

 

 あるいは、私という存在そのものに対する赦しだったのか。

 

 だがそれを確かめる間もなく。

 リナのソウルジェムは孵化し、魔女が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 大鳥リナの人生は、ここに終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 翠色の結界に仕切られた世界で、私は空を見上げた。

 

「……私が許しを乞える段階は、もうとっくに終わってるんだよ。リナ」

 

 人はその生の終わりにこそ、その者の真価が現れるという。

 

 数多の魔法少女達を魔女へと蹴落としてきた私は、これまで様々な終わりの言葉を投げられてきた。

 

 裏切り者、人でなし、外道、悪魔、魔女――邪悪な私を形容する言葉は多々あれど、そのどれもが限りない怨嗟の声で彩られていたことに違いはない。

 

 だから私は、知らないのだ。

 

 死の間際まで私を慕い、生まれたばかりの雛のように寄り添ってくる、こんなにも無垢で純粋な生き物のことは。

 

 魔法少女は誰もが感情をエネルギーに魔法を使う。

 

 感情とは綺麗事ばかりではない。

 私がそうであるように、多かれ少なかれ人は汚れた感情を持っているものだ。

 それを肯定するか否かで善と悪に分かれるのだと、私は思う。

 

 情愛、嫉妬、怒り、憎しみ、羞恥、嫌悪――感情とはどうしたって綺麗なままではいられない。

 

 そんな汚れた感情を欲望の名の下に肯定した私と、正義の名の下に否定したエトワール。

 

 私が悪で彼女達が正義だ。

 そこに異論などあるはずがない。

 

 だが彼女は――大鳥リナは、最後まで私に一つの罵声を浴びせることなく、この世を去った。

 私という悪を肯定も否定もせず、残酷な真実を有耶無耶にしたまま。

 

 彼女は賢い。

 最後の最後に、私が全てを裏切っていたことに気づいたはずだ。

 

 それでも、絶望の淵に立たされてなお、穏やかな気持ちのまま逝った。

 

 たとえ彼女のソウルジェムが穢れに満たされていても、最後の最後、彼女の奥底にある大事な部分まで汚すことは叶わなかったのだ。

 

 残酷な真実を暴くことなく、リナは私の腕の中で逝った。

 

 それを愚かな事だと私は言わない。

 言えるはずがない。

 その選択がどれだけ難しい事なのか、私は知っているから。

 

 様々なモノを切り捨てて、道を外れた選択をしてきた私だからこそ。

 大切なモノを抱えたまま逝ったリナの事が、少しだけ羨ましかった。

 

 リナは穏やかな死に顔を浮かべている。

 その顔に掛かった髪を、私は指で丁寧に整えた。

 

「……バカな子」

 

 ああ、私の涙はもう枯れ果てていた。

 せめて彼女のために涙の一つでも流せれば、こんな私でもまだ人間らしくあれるというのに。

 

 本当に醜いな、私は。

 

「ふふっ」

 

 口元に手を当てる。

 きっと三日月のような笑みが浮かんでいることだろう。

 

 

 ――それでこそ、銀の魔女に相応しい。

 

 

「あはっ」

 

 私はリナの死骸を抱いて立ち上がる。

 

 こんなにも小さな幼子が、あんなにも頑張ったのだと思うと。

 

 愛おしくて愛おしくて――笑いが止まらない。 

 

「あははははははっ!!」

 

 泣け、泣け、泣け。

 泣けぬなら、その分笑ってしまえ。

 

 一頻り笑い終わった私は、笑いすぎて目尻に滲んだモノを拭うと、リナのことを傍に控えていたアリスに預けた。

 

「可愛い子、可哀想な子。私は貴女を永久に愛でましょう。それが銀の魔女の呪いだとしても。幸せな夢を見続けなさい、リナ」

 

 リナを受け取ったアリスは、再び転移して拠点にある黒球へと向かう。

 また一つ素体が手に入ったわけだが、喜びはしゃぐような気持ちにはなれなかった。

 

 この世界に『円環の理』は存在しない。

 少なくとも今はまだ。

 

 だから彼女の魂は魔女となりそこにいる。

 

 それを私は倒す。殺す。塵殺してみせる。

 それが彼女の姉としての、最後の務めだ。

 

「他の有象無象ならアリスに任せてもいいのだけど。あなただけは、特別に私が相手をしましょう。久しぶりの師弟対決ね、リナ」

 

 久々に外道ではない、ただの魔法少女としてお相手する。

 師匠として魔法を教えた弟子に対する、せめてもの餞だ。

 

 

 

 

 私は歌う。

 裏切りの賛歌を。

 

 

 

 

「銀色は銀貨を喰らい、その身を悪魔へと捧げる。ならばその身、魔女となりて災いを齎さん。

 我が名は銀の魔女。なればこの身、災厄となりて遍く全てに呪いを振りまかん」

 

 銀色の甲冑が私の身を包む。

 裏切りの銀貨を支払って得た、私の弱点を補う武装。

 

 始まりは紙装甲だった私の防御力も、これのお蔭で多少はマシになった。

 もっとも、これすらも魔女化したアリスには紙屑のように貫かれてしまったのだが。

 

 

 

 

 私は歌う。

 絶望の賛歌を。

 

 

 

 

「金色は天上の歌を奏でる。その翼は誰にも穢せず、誰にも触れることは叶わない。

 ならば銀色は黄金を堕落させ、その羽を毟りとらん」

 

 黄金の翼が私の背に現れる。

 かつてアリスが使ったオリジナル魔法、その模造品。

 

 本家ほどの能力は望めないが、その祝福は私の能力を大幅に上昇させる効果があった。

 この魔法と黄金の剣を持ったアリスはまさに無敵だったが、私との戦いでは魔力糸によって絡め取られ、その身を地に堕とされた。

 

 そうして奪い取った羽を魔法の蝋で塗り固め、私は背負っている。

 

 もしも私とアリス、片翼でも寄り添って飛ぶことができたなら、それはどんなに素晴らしいことだったか。

 

 けれども今の私はただ独り、空を舞う。

 

 

 

 

 そして最後に私は歌う。

 私が過去に出会った、全ての魔法少女達への賛歌を。

 

 

 

 

「無垢なる魂は何者にも染まらず、ただ無垢のままあり続ける。

 なれば希望と絶望を別かつ楔となりて我が剣とならん」

 

 私がこれまで『その能力を奪ってきた』魔法少女達の力が合わさり、一振りの長大な剣を形作る。

 

 ある少女は癒しの奇跡を求めた。

 ある少女は己のため力を渇望し、

 ある少女は誰かの喜びを望んだ。

 

 善も悪も関係なく奇跡を求め、例外なく絶望していった魔法少女達の祈りの果てを、私は束ねて剣にする。

 

 

 

 私の始まりの魔法特性は<支配>。

 それを裏切りの銀貨を投じて強化した結果、対象の能力を<搾取>できるようになった。

 

 無数に転がる人形の上に立つ暴君。

 それが私の望んだ奇跡の在り方、私の能力の本質だ。

 

 インキュベーターに尻尾を振り、人類を裏切った許されざる邪悪。

 そんな愚物に人の上に立つ資格などあるはずもなく、足元に跪くのは意志なき人形ばかり。

 

 それでも私は屍の上に君臨する。

 その玉座が、無数の悲劇によって作られた事を知っているから。

 それを作ったのが他ならぬ自分自身だという事すら、承知の上だ。

 

 この星の影に無数に蠢く白き悪魔達を従えてでも、私は魔王になってみせよう。

 その道程の果てに、いつか<運命の神>と出逢うために。

 

 そんな魔法少女達の数多の祈りを奪ってきた私に勝てる者など、アリスのような世界に愛された一握りの人種だけだろう。

 

 人はそれを英雄と呼ぶ。

 だが銀の魔女を殺す英雄は未だ現れず、私はいまなお邪悪を続けている。

 

 食してきた生贄達の嘆きを血肉に変え、私は一振りの剣を握り締めた。

 

 見せてやろう。

 これが私の全力だ。

 

「幾百の魔法少女達の希望と絶望を束ねた<祈りの剣(クラウ・ソラス)>。

 これが私の――切り札だ!」

 

 天を貫かんと迸る力の塊を投げつけるように振り下ろす。

 

 光は螺旋を描き、周囲を消滅させながら突き進んだ。

 零れ落ちた燐光からはかつて見た魔法少女達の残滓が踊る。

 

 影となった彼女達の姿は、私がどこかで見た少女達のシルエットをしていた。

 だが次の瞬間にはそれが幻であったかのように万華鏡の如く現れては消えていく魂の欠片たち。

 

 そんな光溢れる邪悪さという矛盾する光景を眺めながら、私は大きく息を吸い込んだ。

 

 見ればかつてリナだった魔女は、私の宣言通り塵一つ残さず消滅していた。

 カラン、と空高く舞っていたグリーフシードだけが地に落ちる。

 

 それを手に取り、私は彼女へと別れの言葉を告げた。

 

「……いつか遠い輪廻の果てで、また会いましょう」

 

 私は前世の存在を知っているから。

 輪廻の存在も信じることができた。

 

 人の魂は循環し、いつかまた生まれ変われるのだ。

 願わくば、その『輪廻の理』が『魔法少女システム』によって汚染されていないことを祈ろう。

 

 

 

 

 

 ふと、風の音を聞いた。

 

 その声に私は振り返る。

 だがそこには誰もいなかった。

 

 ……幻聴か。

 私にそんな言葉を告げる者など、いるわけがないのだから。

 

 怨嗟や罵倒の声こそが、私には相応しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 隔離していた結界が解かれ始める。

 だが私は、アイナにそんな指示など出していなかった。

 

 この状況で全ての結界が解かれるのは流石にマズイので、私は慌てて綻んでいたサフィの結界を引き継いだ。

 

「…………アイナ?」

 

 だが肝心のアイナに念話が繋がらない。

 そうして結界が解かれ、その向こう側の一行と顔を合わせることになった。

 

 だが私はそこで、アイナが血まみれで倒れている姿を目にした。

 その隣ではアリサも同じように倒れている。

 

 

 唯一人、ニボシ――高見二星だけが五体満足で立っていた。

 

 

「やっと会えたね、リンネちゃん!」

 

 

 いつもと変わらない無邪気な笑顔で、彼女は笑っていた。

 その両手のガントレットは、彼女達のモノと思わしき血で赤く染まっている。

 

 

 

 

 

 

 ――銀の魔女(わたし)とエトワール、その最後の戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




本日の厨二病:

 鏡の前で様々なポーズを取る私。
 今現在の私の格好は、魔法少女衣装(アルティメットバージョン)だ。

「わたしのかんがえた、さいきょうのまほうしょうじょっ(ドヤァ)!」

 バッサバッサと金の翼を揺らし、銀色の鎧に光る剣を携え、まさに姿だけは戦乙女そのもの。
 そう、私こそが戦乙女ヴァルキリー……あれ、確かそんなタイトルのエ○ゲーがあったような――うっ、頭が(ry



 鎮まれ我が前世の記憶……!



 ふと見れば、アリスが私をジト目で見ていた。

「……」

 ……なぜだろう。
 アリスの無言が、やけに重く感じられる。

 もしや放置して寂しかったのか、とアリスをお姫様抱っこしてみた。
 だが無言で腕を払われた。ショック。

 愕然とする私の目の前に、白いナマモノが現れる。

「リンネ、きみはどうかしているよ(断言)」

 余計なことを言うインキュベーターは、迷わずぷぎゃーした。


 こうしてまた、私の黒歴史に新たな頁が刻まれたのだった。
 あとでめちゃくちゃ床の上をローリングした。



 ――古池凛音、永遠の十四歳(自称)。
 故に、彼女の呪われた厨二病が治ることはないだろう。

         ―― Fin ――



【嘘予告】

 新しく「私CHUEEEEE!!(誤)」要素を手に入れたオリ主、リンネ。
 だがその前にかつての友、ニボシが立ちふさがる!

「ちょっと頭、冷やそうか……?」

 そして明かされる衝撃的な真実!
 隠された友の過去に触れ、リンネは悲しみの涙を流す!

「なんという……黒歴史! 去れ邪念! ここは妄想世界じゃない!」

 解き放たれた闇の歴史が、リンネに襲いかかる!

 次回、外道魔法少女りんね☆マギカ。
 最終話『私と契約して、ハッピーエンド!』
 お楽しみください。




※この作品はハートフル魔法少女コメディです。
 実際の魔法少女がどのようなものだったとしても、当社は一切責任を負いません。【インキュベーター社広報】

(作者より)
 この後書きに出てくる情報は、一切本編に関係ありません。
 最終話もまだ先です(汗)
 あと感想でも出てましたが、リナとサフィはリリなの世界の永遠のロリ娘さん(ヴィ〇タ)と守護獣さん(ザッフィもといザフィ〇ラ)の平行世界的存在という作者の妄想です(笑)
 帽子ネタでティンと来た人も多いですかね?
 ちなみにアイナ先輩のモデルはシャ〇さんだったりしますが、ネタが地味すぎるのか……(汗)
 いえ、別にシャ〇さんをディスってるわけじゃなくて、むしろそのおっぱ【以下の文章は検閲されました】
 ……ちなみに作中の他のキャラは、特定のモデルなしのオリキャラになります。

(P.S.)続きを期待している等の嬉しい感想、本当にありがとうございますm(_ _)m
 期待に添えるかは分かりませんが、取り敢えずこのまま突っ走ります。


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第十七話 私と契約して、道化になってよ!

ニボシ過去回。
一話にどうにか纏めましたが、その分長いです。


 

 

 ある一人の少女の話をしよう。

 かつて小学三年生になったばかりの少女――高見二星は、魔法の使者キュゥべえと出会った。

 

「僕と契約して魔法少女になってよ!」

 

 ランドセルを背負ったままの二星に、キュゥべえは契約を持ちかける。

 

 何でも願い事が叶う奇跡の権利。

 その代償に魔法少女となって、魔女と戦う使命を背負う『魔法の契約』。

 

 それはまさに二星の好きなアニメのストーリーのような、とても楽しそうな謳い文句だった。

 好奇心からキラキラと瞳を輝かせて、二星はキュゥべえへ問い掛ける。

 

「お願い事って、なんでもいいの?」

「もちろんだよ。きみが望むどんな願い事でも、僕が叶えてあげられるよ!」

 

 幼い二星は、疑う事を知らなかった。

 だからその言葉に二つ返事で頷いてしまう。

 

 ――それが、どんな悲劇を生むかも知らずに。

 

「ならわたし『正義の魔法少女のお友達』が欲しい!」

 

 ここに禁断の契約は結ばれた。

 その意味を、少女は最後まで理解できなかった。

 

 高見二星にとって、魔法少女とはテレビの中の存在だった。

 画面の向こう側にいる架空の魔法少女達は、誰もが夢と希望に満ち溢れていて、どこまでも強く正しい正義の味方だ。

 

 そんな魔法少女に対する少女らしい憧れと、一人で魔女と戦う心細さから、二星はそんな『正義の魔法少女の友達』を望んだのだ。

 

 だが二星の望むような魔法少女は全て架空の存在で、現実には決して存在しない。

 故に、当然のように奇跡は『正義の魔法少女』を新たに世界へと生み落とした。

 

「高見二星、きみの祈りはエントロピーを凌駕した。これできみは……いや、<きみ達>は魔法少女だ」

 

 少女の祈りを元に<正義の魔法少女>が奇跡によって産み出される。

 

 作られた命。作られた魂。作られた肉体。

 人の願いにより生まれた、人造魔法少女。

 

 そうして生まれたばかりの名も無き彼女に、二星は名前をあげることにした。

 

「あなた名前がないの? ならわたしの『ニボシ』をあげる! わたしには『フタホシ』って名前があるから!」

「……ニボ、シ?」

 

 少女の無邪気な夢と祈りによって、二星と瓜二つの容姿を持った正義の魔法少女――ニボシは生まれたのだ。

 

 笑う二星と鏡合わせのような笑みをニボシは浮かべる。

 だがそれは、どこか機械じみた印象を見る者に与えた。

 

 それでも彼女達は笑顔を交わし合う。

 

「……ありがとう、フタホシ」

「どういたしましてニボシ!」

 

 ニボシは正義の魔法少女として、理想のままに二星と共に魔女を退治していった。

 使い魔を見つければそれを退治し、魔女の口付けによって死にそうになっている人達を数多く救った。

 

 時に縄張りを主張する魔法少女とも争ったが、二星とニボシのコンビは双子にも勝る連携でそれを追い払った。

 

 純白の剣を持つ前衛のニボシと、青い錫杖を持つ後衛の二星。

 二人で力を合わせればどんな敵が相手でも負ける気はしなかった。

 

「わたし達二人、力を合わせれば何も怖くないね、ニボシ!」

「そんなの当たり前でしょ! フタちゃん!」

 

 彼女達は双子のような笑みを浮かべる。

 その瞳は希望の光で輝いていた。

 

 ――愛と正義の物語は、二星のソウルジェムが濁り切るまで続いた。

 

 だからそれは、必然の出来事だったのだろう。

 二人はいつも共に居たのだから。

 

 ニボシの目の前で、二星のソウルジェムが<相転移>したのもまた必然の出来事だった。

 

「…………いや、いやぁああああああああああああああああ!!」

「フタちゃん!? フタちゃんッ!!」

 

 二星の身を切るような絶叫とともに、彼女のソウルジェムが砕け散り、中からグリーフシードが生まれ出る。

 

 奇跡によって生まれた正義の魔法少女は、その時初めて『魔法少女システム』の真実を知ったのだった。

 

 だが更なる悲劇がニボシを襲う。

 

 これまで数多くの人々を、魔女の脅威から守るために戦ってきたニボシ。

 それが絶対的な正義だと、これまで何の疑問もなく信じてきた。

 

 だが彼女の信じていた正義は全て幻想に過ぎず、ニボシを産み落とし同じ正義を夢見ていた半身は、忌むべき魔女へと堕ちてしまった。

 彼女を産んだ正義に従えば、人々に害を為す魔女は尽く殺さねばならない。

 

 だがあの魔女は、ニボシの半身とも呼べる存在が転化したモノ。

 ニボシを生んだ親でもあり、双子よりも相似した片割れなのだ。

 

 だが彼女を構成した『正義の魔法少女』という祈りは、そんなニボシの心情など斟酌してはくれない。

 

 穢れなき純白の剣が<悪い魔女>を前にして光り輝く。

 ここに<正義の魔法少女>が覚醒を果たした。

 

「あ、あ、あああああアアアアアアアアアアアアッッ!!」

 

 それは祈り。

 それは呪い。

 

 ――奇跡によって紡がれた、<正義>という名の呪縛。

 

 その体の一片まで祈りによって産み落とされた少女は、どこまでも正義であることを義務付けられる。

 襲いかかる魔女に対して、ニボシの体はその意思に反して剣を振るった。

 

 皮肉にも二星という半身が欠けてもニボシは普段通りに――否、むしろそれ以上の性能を発揮していた。

 魔法少女として劣る二星に合わせる必要がなくなり、ニボシは<正義の魔法少女>としての力を十全に引き出した。

 

 むしろかつてないほど自由に戦えるくらいだった。

 そんなどこまでも独善的な己の在り方にニボシは涙を浮かべるが、それでも剣を止める事は叶わない。

 

「い……や……っ!」

 

 ニボシという名前をくれたフタホシ。

 ニボシの存在を奇跡で望み、この世界に産んでくれたフタホシ。

 

 この二年もの間、一緒に戦い、一緒に眠り、一緒に生きた半身。

 彼女は奇跡でニボシを生んだ母にして、同じ正義を抱いた掛け替えのない存在だった。

 

『わたし幸せだよ! だってわたしが夢見た<魔法少女>になれたんだもの!』

 

 眩しい笑顔で、想い出の中の二星は笑っていた。

 

 ニボシがこの世に生まれてから早二年。

 ニボシが生きた全ての時を、共に過ごした少女との思い出が、無数に浮かんでは消えていく。

 

 生まれたばかりの頃のニボシだったなら、何の疑問も抱かずに正義を行えただろう。

 だが二星と過ごした日々が、皮肉にも彼女に人の心を与えていた。

 

 故に、致命的な乖離がその身に引き起こる。

 正義を行おうとする肉体と、それに抗おうとする心。

 

 ニボシの魔力が暴走を始める。

 純白のソウルジェムが、黒い蜘蛛の巣に囚われたかのように、斑に染め上げられていく。

 

 それは呪縛。

 正義を行えと訴える、奇跡の鎖で編まれた呪いの縛めだった。

 

 魂そのものであるソウルジェムを呪縛によって支配され、ニボシの体が自らの意思に反して動いた。

 

 奇跡を叶えるため。

 正義を為すために。

 

 ――禁断の契約は、死した少女の祈りを忠実に履行する。

 

「こんなの、嫌だよ……っ!」

 

 だが呪縛はニボシの反抗を嘲笑い、二星だった魔女の心臓へ正義の剣を突き刺した。

 

 魔女の断末魔がニボシの耳にこびり付いて離れない。

 その声はニボシを呪う怨嗟の声となって突き刺さる。

 

 魔女を殺した瞬間、ニボシの純白の剣は光となって砕け散った。

 今まで一度も欠けたことのない剣が、ガラスのように四散する。

 

 後にはグリーフシードだけが残された。

 常に傍に居た半身の姿はどこにもない。

 

 残ったグリーフシードを手にしたニボシは、激情のまま投げつけようとした。

 

「うわぁああああああああああああっ!!」

 

 だが気付けばニボシは、それを抱きしめ慟哭を上げていた。

 

 生まれて初めて流したニボシの涙は、ただただ熱かった。

 正義の剣は砕け、残った白のガントレットでニボシは顔を覆う。

 二星の名を、延々と呼び続けながら。

 

 だがその声に応えたのは、ニボシの望む存在ではなかった。

 白い悪魔がその姿を現したのだ。

 

「彼女のことは残念だったね」

 

 キュゥべえ。

 奇跡を謳い少女達を魔法少女へ誘う存在。

 だがその正体は夢と希望を騙る詐欺師だ。

 

「お前は……っ!」

 

 ニボシは憎悪を込めた視線を送る。

 だがそれに気付かぬ様子でキュゥべえは言った。

 

「でも良かったじゃないか、これできみは本物の『高見二星』になれるよ」

 

 不気味な真紅の瞳が、感情なきままニボシを映している。

 初めて感じる得体の知れなさと、言っていることの意味が掴めなかったニボシは思わず動揺してしまう。

 

「な、なにそれ……どういう意味……っ!?」

 

 そんなニボシに、キュゥべえは呆れるように言った。

 

「この世界に『高見二星』の席は一つだけという話さ。奇跡によって生まれたきみは、本来この世界には存在しない存在だ。これまでは魔法で誤魔化してきたみたいだけど、いつまでもそれが通じるとは思わない方が良い。

 都合よく席が余ったのだから、きみが座っても何の問題もないはずだろう? 何しろきみ達を見分けるのは普通の人間には不可能なんだから、簡単なことじゃないか」

「お前はぁあああああああああ!!」

 

 目の前が真っ白になった。

 気が付けばニボシは、キュゥべえの頭を掴み上げていた。

 

「私達を騙して! 裏切って! いけしゃあしゃあとよくもそんなことをほざけたなっ!!」

「……見解の相違だね。そもそもきみとは契約していないんだから、その怒りは筋違いだよ。恨むなら条理を越えた奇跡を願った<彼女>を恨むべきだろう? その反応は流石に理不尽だね。

 それに僕としては、これはあくまで善意からの忠告なんだよ? なにしろ本来、この世界にきみの居場所はないんだ。奇跡を叶えた身としては<その後>のフォローは当然のことだと思ったんだけど――」

「余計なお世話だッ!!」

 

 ニボシは激情のまま、キュゥべえを握り潰した。

 頭部が潰れ、壊れたぬいぐるみの様に床に散らばる。

 

 だがそれが無意味なことだったと、すぐに思い知ることになった。

 殺したはずのキュゥべえが、再びニボシの目の前に現れたのだ。

 

「……やれやれ、どうして人間はいつも決まった反応をするのかな。種としての学習能力に疑問を感じるよ。まぁそれを愚かだとは言わないさ。それが感情というものらしいからね。だけど無意味に壊されるのは勘弁して欲しいな。勿体ないじゃないか」

 

 全く同じにしか見えない個体が、潰されたモノを喰らった。

 その悍ましさに吐き気が込み上げ、ニボシは口元を抑える。

 

「……っ!」

「きゅっぷぃ……それじゃ僕は行くけど、きみもあんまり自棄にならない方が良いと思うよ? 『高見二星』はもういないのだから、残されたきみの行いが彼女の評価になるわけだしね。

 彼女はきみにとって、大切な存在だったんだろう?」

 

 そう言い残し、白い悪魔は去って行った。

 残されたニボシは襲い掛かる絶望に打ちのめされ、ただ膝を付いた。

 

 

 

 

 

 

 どれほどの時間を、ただ呆然としていたのか。

 

 我に返ったニボシは壊れた笑みを浮かべた。

 己という存在のあまりの滑稽さに、笑いが込み上げてくる。

 

「あはっ……つまり、なに? 私ってただの、道化?」

 

 信じていた正義に裏切られ、自身を産んだ祈りにすら裏切られた。

 

 『正義の魔法少女』役を演じ続ける操り人形。

 

 それがニボシの正体。

 ニボシが生まれて来た意味。

 

 ――そんなもの、認められるはずがなかった。

 

 溢れる憎悪は己自身に留まらず、ニボシを産んだ全てへと向かう。

 何も知らず無邪気に奇跡を願った二星の存在すら、ニボシは憎悪した。

 

 一人取り残されたニボシは怒声を上げる。

 

「……ごっこ遊びに付き合わされるために、生まれてきてっ! こんな滑稽な道化を、演じろっての!? ずっと! ふざけないでよ! そんな事のために、私は生まれてきたって言うのッ!?」

 

 魔女とは絶対的な悪だと、これまで断罪してきた正義の魔法少女。

 だが真実を知り、己という存在が如何に無意味で道化師じみたモノであったかを思い知る。

 

 それでもニボシは、呪縛の支配を受けながらも生き続けた。

 自分が生まれた意味という物に悩みながら。 

 

 正義の虚しさを知りながら、道化のように正義を行う惨めさをニボシは噛みしめる。

 それでも世界は、ニボシを待ってはくれない。

 

 結局ニボシはキュゥべえの言う様に、空いた『高見二星』に己を当て嵌める始末となってしまった。

 二星がいなくなった穴は、その代役としてニボシが埋めるしかなかったのだ。

 

 でなければニボシの居場所など、この世界のどこにもありはしないのだから。

 

 二星は明るく誰からも好かれる少女だった。

 誰とでも仲良くなれる、そんな理想の女の子。

 

 高見二星。

 愛称はニボシ。

 

 だから作り物の存在であるニボシは、そんな正しい高見二星を模倣する。

 明るく活発で、いつも笑顔を浮かべていて、誰とでも仲良くなれる存在。

 

 そうしなければならないと、ニボシの中の正義の呪縛が突き動かすのだ。

 そんな風に半身の居場所を奪い取ってまでその席に座る世界の異物。

 

 正義の魔法少女が、聞いて呆れる。

 

 誰よりも正義を謳いながらその実、誰よりも穢れた存在。

 自分が信じた正義など、所詮は幻想に過ぎなかったのだ。

 

「……正義なんて、馬鹿みたい」

 

 一人きりになったニボシは鏡に映った自らの魔法少女衣装を眺めながら、乾いた自嘲の笑みを漏らした。

 

 ニボシの純白の剣は砕け散ったまま、二度と生み出すことができなくなっていた。

 

 己自身とも言える<正義の祈り>を自ら否定したのだ。

 その象徴である<正義の剣>が使用できなくなったことは不思議と納得できた。

 

 元は純白だった魔法少女衣装も、気付けば絶望に蝕まれるニボシを現すように、所々に黒が混ざりモノクロな姿になっていた。

 

 そして両手のガントレットは、二星を殺した罪悪感からか漆黒に染まっている。

 

 正義の名の下に数多の魔女を殺し、自らの半身をも殺した両手だ。

 その変化をニボシは疲れたように受け入れた。

 

 ニボシのソウルジェムは、あの時から変わらず蜘蛛の巣が張ったようなモノクロな色合いをしていた。とてもではないが他の魔法少女には見せられないモノに成り果てていた。

 

 いっそ魔女になってしまえれば楽だったのかもしれない。

 だが穢れが溜まると呪縛はニボシに耐え難い苦痛を味わわせ、魔女狩りに駆り立てた。

 

 <正義の魔法少女>が<悪い魔女>になる。

 けれどもニボシを産んだ祈りは、それを許してはくれなかった。

 

 その内ニボシは穢れを溜めること自体が生理的に受け付けられなくなっていた。

 病的なまでにジェムを綺麗にし続けなければ、呪縛はニボシに耐え難い苦痛を味わわせた。

 

 呪縛の象徴――ソウルジェムを眺めながら、ニボシは呟く。 

 

「……私は奴隷だ。私を産んだ奇跡の、ありもしない正義の……ただの操り人形」

 

 ニボシは惰性のまま魔女を狩り、正義の鎖に引き摺られるまま正しい魔法少女としての活動を行った。

 

 何も考えず呪縛に従うことを覚えれば、後は楽だった。

 いつしか二星の演技も自然とできるようになっていた。

 

 ニボシは生まれてからずっと傍で二星を見続けて来たのだ。

 彼女の模倣をすることは、ニボシにとって息を吸うのと同じくらい簡単なことだった。

 

 いつしか、本当の自分というモノを見失いながら。

 それでもニボシは踊り続ける。

 

 ただ操り糸の命じるままに。

 

 

 

 そんな時、ニボシは錦戸愛菜という魔法少女に出会った。

 彼女はニボシが初めて自分達以外に出会った『正義の魔法少女』だった。

 

 魔法を自分のためではなく他者のために使う。

 

 結果は同じでも、その出発点は彼女とニボシではまるで違っている。

 それでも向かうベクトルだけは、冗談のように同じ場所を目指していた。

 

 アイナは、ニボシの目から見ても理想の『正義の魔法少女』に近い存在だった。

 その献身ぶりはニボシにかつての自分達を思い出させるほど。

 

 だからだろう。

 遠い昔の自分を見るような気持ちでアイナと会話を重ねる内に、気付けばニボシは彼女と行動を共にするようになっていた。

 

 そうすることでニボシの中で常に矛盾する正義については悩まなくて済んだ。

 ニボシにとってアイナは『正義の秤』の役割を持つようになっていたのだ。

 

 彼女が正しいと思う行動なら、それは正しいのだろう。

 真実を知ったニボシには無意味なことにしか思えない行為も、アイナが行うのならそれは正義なのだろう。

 

 だからニボシは、アイナに魔法少女の真実を教えるつもりはなかった。

 そんなことをしても誰も救われないことは、身を持って知っているのだから。

 

 本当ならニボシも、二星が魔女になったあの時に死ぬべきだった。

 

 けれど死に損なったニボシの呪縛は、自ら死を選ぶことすら許してはくれない。

 魔女にもさせてはくれないまま、ただ呪いの言葉だけが胸の裡に積み重なっていく。

 

 いっそのこと、ニボシは開き直ることにした。

 アイナも言っていたではないか。

 

 ――楽しんだ者勝ちだと。

 

 それが正義とは程遠い感情だったとしても。

 ただの奴隷でしかないニボシにとっては、自らの精神を守る唯一の術だった。

 

「……そう、だね。たとえ正しさに意味がないのだとしても、楽しんだ者勝ちだよね」

 

 アイナとニボシでは、決定的に意味が異なる言葉を口にする。

 理想と現実に挟まれ続けたニボシには、もう何が正しいのか分からなくなっていた。

 

 ただ呪縛の命じるまま、ニボシは張りぼての正義の魔法少女を演じ続ける。

 

 

 

 

 

 ニボシの立ち位置は基本的にアイナの補佐だった。

 アイナの方針に従い、彼女の望む様に振る舞う。

 

 正義の奴隷の次は彼女のシモベにでもなったつもりかと、自らの滑稽さに乾いた笑みを浮かべた。

 

 竹田マコ。

 新谷ユリエ。

 藤堂アリサ。

 

 彼女達の存在はニボシにとって至極どうでも良かった。

 ただアイナが自分以外の仲間を欲したから手伝っただけ。

 

 正しい魔法少女になろうと口にするニボシだったが、彼女自身が一番それを信じていなかった。

 それでも、正義の魔法少女は笑顔で希望を振りまくものだから。

 

 壊れた人形は糸の命じるままに動き続ける。

 その糸の先が、宙ぶらりんであることに気付きながら。

 

 

 

 

 そんな永遠の牢獄にも似た日々を過ごしていたニボシの目の前に、ある日一人の転校生が現れた。

 教師の案内によって教室に入った彼女を目にした瞬間、しんと教室が静まり返る。

 

 一瞬目を奪われた生徒達が次々と我に返り、ざわめき始めるのを教師が手を叩いて収め、彼女に自己紹介を促した。

 

 それに頷き、銀髪の少女が自らの名を告げる。

 

 

 

「古池凛音です。よろしくお願いします」

 

 

 

 ――そしてニボシは、リンネと出会った。

 

 想像を絶する邪悪を身に纏った<銀の魔女>との出会い。

 かつてないほど呪縛が疼くのを感じる。

 

 そのソウルジェムの高鳴りは、恋する鼓動にも似ていた。

 一目惚れだった。

 

 彼女を目にした瞬間、ニボシは彼女だけを見つめていた。

 雪のような銀色の長髪と赤みがかった瞳、左目下の泣き黒子が印象的な綺麗な少女だった。

 

 だがそんなことは、ニボシにとってどうでもよかった。

 なぜなら彼女の存在そのものが、ニボシには衝撃的だったのだ。

 

 ニボシの全身が震えた。

 ニボシを構成する<正義の祈り>が叫びを上げている。

 

 

 かつてないほどの『悪』が、ニボシの目の前にいた。

 

 

 どんな魔女を前にしても、どんな犯罪者を前にしても、ニボシの呪縛がここまで強く疼いたことなどなかった。

 一体どれだけの悪行をその身で犯してきたのか、ニボシには想像もできない。

 

 ニボシの呪縛はリンネに絡んだ因果を読み取り、その邪悪さに悲鳴を上げていたのだ。

 その悍ましさに体を震わせながら、気付けばニボシは笑みを浮かべていた。

 

「……………………あはっ」

 

 この時、ニボシはあることを思い付いた。

 上手くいけば、ニボシがいつも夢想していた願いが叶うかもしれない。

 そんな素敵な思い付きを。

 

 それからしばらくの間、ニボシは自らの呪縛を押さえつける事で精一杯だった。

 

 悪は滅ぼすべきモノ。

 邪悪を殺せ、正義を為せ。

 

 しきりにそう訴えかける呪縛を押さえつけるのに、ニボシは手間取った。

 結局魔法を使った封印まで使って、ようやく呪縛を押さえつけることに成功する。

 

 そこまでして初めて、ニボシは彼女に声をかけることができた。

 

「ねー、なに読んでるの?」

 

 二星の皮を被ったまま、ニボシはリンネに近づいた。

 もはやその皮はぴったりと張り付いていて、その下の素顔がどんなものだったのかニボシには思い出せなかった。

 

 リンネの声を聞く度に、ニボシは胸がドキドキした。

 ニボシの体を構成する祈りが、彼女を許すなと叫び声を上げる。

 

 彼女を殺せと血は熱く滾り、体温は上昇する。

 彼女の一挙手一投足から目が離せなかった。

 

 それは傍目からは、恋する乙女のように見えたかもしれない。

 

 ニボシが拍子抜けするほどリンネと友好を深めることにあっさりと成功し、ニボシはアイナ達に彼女を紹介した。

 メンバーの中では長い付き合いになるニボシの紹介だからか、アイナは無警戒にそれを受け入れた。

 

「構わないと思うわ。ニボシの勘は、もはや魔法ですからね」

 

 その勘の正体が魔法どころか、奇跡の呪縛に過ぎないことをアイナは知らない。

 

 微笑むアイナの傍にキュゥべえが現れる。

 ニボシが真実を知ったあの日から、互いに不干渉を貫いている両者だったが、キュゥべえの登場はニボシがきな臭いものを感じるのに十分過ぎるものだった。

 

「そうだね、彼女には僕の姿が見えているようだ。魔法少女としての素質は十分あると思うよ」

 

 よくも言えたものだとニボシは感心した。

 その面の皮の厚さ、人目のない場所で出会ったら迷わず殺す所なのだが、今は大人しくしていよう。

 

 それが向こうの思惑ならば、ニボシもそれに乗るだけだ。

 全ては自らの願いのために。

 

「リンネちゃんにだけ私達の秘密を教えてあげる!

 私と一緒に魔法少女をやろうよ!」

 

 偽りの希望に満ちた笑顔で、ニボシはリンネに手を差し伸べた。

 

 呪縛の仮面を被り続け、ニボシは正義の魔法少女を演じる。

 邪悪が目の前に現れるのをニボシは心待ちにしていた。

 

 

 

 

 

 

 そしてマコが殺された。

 真紅の魔法少女が復讐劇の開始を告げる。

 

 リンネが描いたと思われる脚本に身を任せながら、ニボシはその時を待ち続ける。

 

 学校での決戦。

 ユリエが魔女となりアイナが豹変する。

 

 そしてアイナの結界で強制的に戦場が作られた所で、ニボシは舞台を整えることにした。

 

 堕落したアイナを打ち倒し、邪魔なアリサは気絶させて出演者の数を絞った。

 そうすれば舞台裏から現れるのではないかと思ったから。

 

 アイナはリンネによって何かされたのか、ニボシの呪縛が強く反応していた。

 故に倒すのは簡単だった。

 

 ニボシが<正義の魔法少女>である限り、呪縛はむしろニボシの力となるのだから。

 

 かつて高見二星が夢想した<正義の魔法少女>は誰にも負けない存在だ。

 逆にそのせいで、真紅の魔法少女を相手にした時はニボシ本来の力が制限された。

 

 ニボシの呪縛は復讐者の正義を肯定していたのだ。

 茶番だと知っているニボシにしてみれば、呪縛のその判断は壊れているとしか思えなかった。

 

 だが無数のエラーを積み重ねて来た<正義>は、もはや始まりの理想とはかけ離れた存在になっているのだろう。

 歪みはもう限界まで捻じれ切っていたのだ。

 

 ――そしてついに、ニボシが待ち望んでいた存在と出逢う。

 憎悪と絶望が渦巻く戦場に、死んだはずのリンネが姿を現したのだ。

 

 驚きはしない。

 ずっと呪縛はリンネの存在を訴えていた。

 ニボシもリンネのことをずっと信じていた。

 

 彼女が簡単に死ぬような悪ではないと。

 だからニボシは満面の笑みを浮かべ、目の前の邪悪を歓迎する。

 

「やっと会えたね、リンネちゃん!」

 

 神々しさすら感じられる武装を身に纏った、<古池凛音>がそこに居た。

 

 黄金の翼を背負い、銀色の鎧を纏った魔法少女。

 想像を絶する魔力を秘めたその姿は、見た目の麗美さとは裏腹にニボシの中の正義の呪縛が悲鳴を上げるほどの邪悪によって作り出されている。

 

 それを見て、ニボシは溢れ出る喜びが抑えられなかった。

 

 アイナの胸を貫いたガントレットを差し伸べる。

 血濡れた両手を広げ、ニボシはリンネへと告白した。

 

「さあ、私と一緒に殺し合おうよ!」

 

 頬を染めて、ニボシは忘れていた本当の笑顔を浮かべる。 

 それはニボシが生まれて初めてする――愛の告白だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




予告:

 故意に悲劇を見過ごす壊れた正義の操り人形。

 対するは。

 全ての魔法少女を裏切った邪悪なる銀の魔女。

 ――舞台は最終決戦へと突入する。

 正義なき戦いが、今始まろうとしていた。



今回のハートフル要素:
 一目惚れ
 愛の告白(百合)
 溢れ出る(魔法少女的)乙女心
 ラブコメ的王道展開(学校での告白)
 二人きりでくんずほぐれつ(予定)


キュゥべえ「……これは酷い詐欺だね」


(作者より)
 またも推敲ガガガ……
 前回の終わりだと、ニボシがあまりにヤンデレっぽかったので過去回投入。
 あれ、そんなに変わってない……? むしろ(ry
 次回更新は間が空きます。


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第十八話 私と契約して、再誕してよ!

 

 

 

 魔法の結界により隔離された戦場。

 閉ざされた世界の中で二人の少女が対峙している。

 

 片や、白と黒の衣装を身に纏った少女。

 片や、銀色の鎧と黄金の翼を纏った少女。

 

 <正義の魔法少女>ニボシは笑顔で殺意を謳う。

 

「さあ、私と一緒に殺し合おうよ!」

 

 彼女は自らの血濡れた手を握り締めて、笑顔の向こうにいる銀髪の魔法少女、リンネへと駆け出した。

 

 ニボシの体は羽のように軽く風となって地を駆ける。

 ニボシを縛る呪いは倒すべき邪悪を目の前にしたことで、本来の奇跡としての在り方を取り戻しつつあった。

 

 かつてないほど重い一撃をニボシは放つ。

 だが黒いガントレットは銀色の手甲に受け止められた。

 

 衝撃で地面が沈み、溢れ出る魔力の奔流で砂塵が舞う。

 それでもニボシの視線の先、リンネの顔に焦りは浮かばない。

 

「……あなたのその、色んな展開ぶっとばす天然さは相変わらずね。ニボシ」

 

 ニボシの拳をリンネは真っ向から受け止めていた。

 決して力を入れているようには見えないのに、ニボシの拳はリンネによって幼子の様に止められてしまっている。

 

 リンネは目を細めて笑みを浮かべた。

 その口端がニボシを嘲るように吊り上がる。

 

「だけど私と殺し合うには少々……いえ、かなり足りないんじゃないかしら?」

 

 リンネの背負った黄金の翼が震える。

 その瞬間、空間が壁になったかのような衝撃波がニボシへとぶつかり、彼女を遠くへ吹き飛ばした。 

 

 悠然と佇むリンネと地に蹲るニボシ。

 明確な力の差がそこにはあった。

 

 これまで踏んできた経験が違う。

 踏み滲んできた嘆きの数が違う。

 

 力が、速さが、魔力が……挙げればキリがないほどリンネとニボシでは、魔法少女としての能力に隔絶とした差があった。

 

 ただの魔法少女に、幾多もの絶望を吸い上げて来た銀の魔女を倒すことは叶わない。

 吹き飛ばされ地面を無様に倒れているニボシに、リンネは呆れるような溜息を零した。

 

「私、弱い者いじめはあまり趣味じゃないのよね……」

 

 銀の指揮杖を取り出しリンネはただの魔法少女姿へと変わった。

 ニボシを相手にあの装備は過剰すぎるとリンネは判断したのだ。

 

 雑魚を相手に無駄に魔力を消費する必要もないだろう。

 それを侮りと言うには、両者の力量は開きすぎていた。

 

 銀の魔女は絶望を告げる。

 

「あなたはただ絶望してなさい。それがあなたにとって唯一の救いとなるでしょう」

 

 いつもの作業をするように、リンネは心を凍てつかせる冷たい声を発した。

 だがそれを聞いた正義の魔法少女は――笑った。

 

「あははっ! それでこそ私が待ち望んだリンネちゃんだよ!」

 

 ニボシの全身を打ち付ける痛みは、彼女の感じている歓喜の前では心地の良い刺激でしかなかった。

 

 許されざる邪悪が。

 待ち望んだ邪悪が。

 いつも夢想した邪悪が。

 

 そんな圧倒的な<邪悪>がニボシの目の前にいるのだ。

 

 だからニボシは喜ばずにはいられなかった。

 リンネの存在そのものが、ニボシの正義を肯定してくれるのだから。

 

 

 

 それはどんな御伽噺でも変わらない不変の法則。

 悪を倒した者こそが<正義>であるという真理。

 

 

 

 故にニボシは己の存在を全うするために戦う。

 他に何もないニボシにとって、リンネの存在は救いですらあった。

 

 こんな紛い物のニボシでも、リンネという邪悪を倒せたなら本物になれる。

 

 

 

 ――あの子が本当に望んだ、奇跡に相応しい<正義の魔法少女>になれるから。

 

 

 

 だからニボシは絶望なんてしない。

 逆に希望に満ち溢れた顔で、目の前の人の形をした絶望へと立ち向かう。

 

「リンネちゃん、あなたという悪を私は倒す!」

「……………………くふっ、あはははははっ!」

 

 断罪される魔法少女はしかし、正義を目の前にして笑う。

 

 銀の魔女は三日月のような笑みを浮かべた。

 その紅い瞳には慈愛にも似た狂気的な何かが渦巻いている。

 

「――そう、ならば私は私の邪悪を証明してみせましょう。

 あなたを絶望させることで私の新たな糧にするわ」

 

 二人は笑みを交わし合う。

 互いに違う過去を持ち、違う気持ちを抱いていても、その笑みだけはなぜか似通ったモノになっていた。

 

 狂おしいほどの殺意と歓喜が交差する中で、二人はただ己の愛を囁きあう。

 

「あはっ、素敵だねリンネちゃん。そんな悪いあなたが、私は好きです」

「あら、なら両想いね。私もニボシのこと好きだもの。

 初めて会った時よりも、今のあなたの方がずっと好きになってるわ」

「嬉しい……ほんとに嬉しいよ、リンネちゃん」

 

 だから。

 

「あなたを殺して、私は正義を証明するよ」

「あなたを絶望させて(あいして)邪悪を謳いましょう」

 

 

 今ここに正義と邪悪の戦いが始まる。

 

 

 どちらも同じ、魔法少女であるというのに。

 だがそんな括りにもはや意味などないのだろう。

 

 

 彼女達こそが<魔法少女>と呼ばれる存在。

 

 

 御伽噺のような、夢と希望に溢れた存在ではないかもしれない。

 だけど奇跡と祈りによって生まれた彼女達は、絶望に立ち向かう紛れもない戦士だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな魔法少女達の戦いを、白い悪魔が見下ろしていた。

 

 

 結界の外側、戦場から遠くにある高層マンションの屋上から何の障害もなく観察を続ける存在。

 キュゥべえは彼女達の戦いをずっと見ていた。

 

「さてさて、この対決は果たしてどうなることやら。まぁ僕としてはどちらが勝ったとしても構わないんだけどね」

 

 祈りによって生まれた正義の魔法少女。

 祈りによって自らを邪悪へ堕とした魔法少女。

 

 善悪の及ばぬ存在であるソレにとっては、どちらが勝とうと大した違いではなかった。

 

「だけど正義の祈りによって生まれた彼女はきみの天敵足りうる存在だ。悪を称するきみには少しばかり相性が悪いんじゃないかな? 思わぬ展開があったとしても不思議じゃないね」

 

 ただそんな言葉とは裏腹に、キュゥべえは効率の面からリンネに勝って欲しいとは思っていた。

 

 キュゥべえはあくまでも魔法少女同士の争いには不干渉の立場であるため、勝手に都合よく動いてくれるリンネはどこまでも使い勝手の良い存在だった。

 

 だがキュゥべえにとってこの戦いは理想的な共生関係にあるパートナーを失うかもしれないが、失くしたところで代わりは他にいくらでもいる程度の認識でしかなかった。

 

 今現在で六十九億人。

 しかも四秒で十人ずつ増え続けている人類だ。

 

 代わりが生まれないと思う方がどうかしている。

 

 リンネという前例が生まれたのだ。

 次となる存在が生まれないわけがない。

 

「頑張って欲しいね。彼女には」

 

 それは果たして、どちらの少女へと向けられた言葉だったのか。

 

 無邪気な声で、人類を飼育する邪悪な存在は尻尾を一振りする。

 彼女達の戦いを見守る唯一人の傍観者は、嗤う様に目を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニボシは漆黒のガントレットを握り締める。

 剣を失ってからこれまで鍛え上げてきた魔法の籠手だ。

 

 かつてニボシは正義の象徴である剣を失い、ただの魔法少女に成り下がっていた。

 それでも自身の籠手一つで戦い抜いてこられたのは、偏に彼女に許された才能ゆえのことだった。

 

 呪われた正義の魔法少女としての才能。

 あるべくして備わっていた機能が、ニボシをこれまで生かしてきた。

 

 だが先ほどの僅かな攻防で、このままではどう足掻こうが勝てないことをニボシは悟っていた。

 正義の魔法少女として全盛期だったかつてのニボシでもリンネには届かないだろう。

 

 だがそれでこそだとニボシは思う。

 今の彼女に届き、そして超えることでニボシは証明することができるのだ。

 

 正義の在り処を。

 ニボシが生まれて来た意味を。

 

 ニボシは自らのソウルジェムへ語り掛ける。

 

「もし、本当に奇跡があるのなら……」

 

 

 かつて一人の少女が望んだ<正義の魔法少女>が、偽りでないのなら。

 

 

 真に奇跡によって生まれた<正義の魔法少女>ならば、今こそそのための力を与えよ。

 禁断の契約をいま再びここに履行せよ。

 

 でなければ願いは果たされない。

 あの子の祈りは報われない。

 

 ニボシは自らに施した封印を全て解いた。

 ソウルジェムが眩しいほどの光を放つ。

 

「私は<正義の魔法少女>! ならば私を生んだ奇跡よ、ソウルジェムよ! そのための力を、魔法を、私に寄越せぇえええええええええ!!」

 

 

 

 乖離していた<正義の魔法少女>が再び融合を始める。

 

 

 

 だが巨悪を前にして暴走する呪縛は、ニボシという人格を容易に塗り潰していく。

 

 迷いはなくなり人間らしい思考は淘汰されていく。

 心がすっと冷たくなっていき、感情的なノイズは排除され合理化されていく。

 

 正義になるということはそういうことだ。

 原初の祈りに戻るならば、不純物である人の心など捨て去るしかなかった。

 

 わかっていてニボシは呪縛を解き放ったのだ。

 自身が漂白されていく中、それでもニボシは叫んだ。

 

 

 

 再誕の産声が上がる。

 

「もっと……もっと――もっと、輝けぇえええええええっ!!」

 

 

 

 

 たとえ己という存在が消えても、正義が残ればそれでいい。

 <自分>なんてモノがあるから苦しむのだ。

 

 だからニボシはいつも夢想していた。

 

 こんな不完全な私じゃなくて本当の正義の魔法少女になれたら。

 意思なく感情なく迷いなく、あの子の理想を体現できるなら。

 

 こんな無価値な<私>はいらない!

 

 

「正義をここに! 今こそ私は<正義の魔法少女>になってみせる!」

 

 

 ニボシの記憶が零れ落ちていく。

 

 あんなにも大切だと思っていた二星との想い出が、次の瞬間にはどうでもいいモノに成り果てていく。

 

 ああ、こんな簡単なことだったんだ。

 正義の魔法少女になることって。

 

 人の心で正義をなすことは叶わない。

 ならばもう、化け物になるしかない。

 

 

 そして<ニボシ>は再誕を果たした。

 

 

 長年枷となり続けた呪縛は反転し、かつてないほど強大な力をニボシに与えた。

 

 フタホシによって紡がれた奇跡。

 ニボシによって変質した呪縛。

 リンネの持つ邪悪なる因果。

 

 それら三つの要因が冗談のように掛け合わさり、ここに強大な魔法少女が誕生した。

 彼女は今まさに奇跡のような存在に成り果てていた。

 

 この世界に生まれた時からニボシは魔法少女だった。

 ただの一度も、ニボシが人間であったことなどない。

 

 だからこれは本来の姿に戻っただけのこと。

 ニボシはクリアになった視界で世界を見渡す。

 

 白と黒の入り混じっていた衣装は、漂白されたように一切の穢れなき純白へと変わっていた。

 

 白は正義の象徴。

 ならば使えるはずだ。

 

 

 かつて失ったあの剣を。

 

 

 ニボシの伸ばした手に光が集い、かつて砕けた<正義の剣>が再び手に納まる。

 ニボシの体の一部ですらあったそれは、今再びニボシの元へと戻ってきた。

 

 だがそれを見るニボシの瞳は何の感情も映してはいなかった。

 ただ悪を滅する激情だけが渦巻き、正義の祈りによって心の裡が満たされる。

 

 真なる正義の操り人形がここにいた。

 

 かつて蜘蛛の巣が張っていたようなソウルジェムは、今では眩しいほどの白を纏っていた。

 ニボシの持っていたグリーフシードを使っているのか、病的なまでに穢れを許さない自らの魂の宝石をニボシは無感動に掴み取り己の右手に嵌め込む。

 

 星型となったソウルジェムはどこまでも眩しい光を放ち続ける。

 信じられないほどの魔力がニボシの身を包んでいた。

 

 

 <正義の魔法少女>は感情なき声で目の前の邪悪へ宣告する。

 

 

「……私は全ての魔女を狩り、全ての悪を滅ぼす者。

 そのためだけに生まれて来た存在。

 だから私はあなたという悪を断罪し殺します」

 

 積年の祈りはついに本願を叶えた。

 

 

 

 <正義の魔法少女>がいまここに解き放たれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニボシの変質を目の当たりにして、リンネは目を細めた。

 突き付けられた正義の剣のことなど気にも留めず、その紅の瞳はただニボシのソウルジェムのみを見続ける。

 

 いくつもの仮説を立て、ようやく結論の出たリンネは思わず溜息を付いていた。

 

「……そう。そういうことだったのね」

 

 つい先ほどまで笑みを浮かべていた唇は固く結ばれ、発した声は硬質な響きを持っていた。

 

 切り札があるだろうとは思っていた。

 なにかあることも薄々勘付いていた。

 

 だから正直リンネはニボシに期待していたのだ。

 アリス以来の輝きを持つ存在が現れることを、リンネは心の底から待ち望んでいた。

 

 

 

 ――それがよりにもよってこのザマだ。

 

 

 

 リンネが絶望させるまでもなく、彼女は既に絶望していた。

 リンネが人形にするまでもなく、彼女は既に人形だった。

 

 奇跡の残り香を嗅ぎニボシの想いを読み取ったリンネは、その全てを吐き捨てる。

 

「ああ、なんて――くだらない」

 

 リンネの中にあったニボシへの興味が薄れていく。

 眩しい輝きを持っていたからこそ惹かれていたというのに。

 

 心に絶望を抱え、それでも笑う彼女は誰よりも素敵だったというのに。

 その輝きを捨てて自ら意思なき操り人形になった彼女には、もはや欠片も魂を惹かれない。

 

 結局、彼女は絶望の先に行くことができなかった。

 人間としての生き方を諦め、ただの操り人形であることを望んだ。

 

 だからあれはいらない。もう欲しくない。

 わざわざリンネの騎士団に加える価値はもはやなかった。

 

 故にリンネは迅速な処理を決めた。

 あれはもはやただの障害でしかない。

 

 ただの操り人形に人形遣いを倒すことなどできるはずがないのだから。

 

「ならばこれより、さらなる茶番を始めましょう。

 あなたと私によるラストワルツで、舞台は終わりを迎えましょう」

 

 リンネは優雅な仕草で銀の指揮杖を振るう。

 だがリンネの魔法が発動するよりも早くニボシは接近し、純白の剣の斬撃を放った。

 

 悪を断つ剣はリンネを真っ二つに切り裂いた――かに見えた。

 上空から無数の弾幕がニボシを襲う。

 

 一発一発が普通の魔法少女なら致死の魔弾を、ニボシは次々と躱し時に切り裂いた。

 爆風の切れ目から、上空でリンネが次々と銀色の魔力弾を投下しているのが見える。

 

 先ほど切り裂いたのはリンネの幻影魔法だった。

 大凡通常の魔法少女が使える魔法ならば、奇跡の裏技を使えるリンネにとって模倣はおろか改良すらも可能だ。

 

「<銀色の亡霊(アルジェント・ファンタズマ)>――なんてね」

 

 無数のリンネの幻影群が現れる。

 先ほど切り裂いたモノと同じ、ニボシの目を持ってすら見分けのつかない幻影達。

 上空のリンネ達が、各々の指揮杖を取り出して一斉に唱和する。

 

「「「さあ、踊りなさい!」」」

 

 空が魔法陣で埋め尽くされた。

 込められた魔力はどれもが馬鹿げた威力を秘めている。

 

 そんな絶望的な光景を目の前にしても、ニボシは無言でただ剣を構えていた。

 ひたすら正義を執行する人形の姿がそこにはあった。

 

 そしてリンネによる蹂躙が開始される。

 だが地形が変わるほどの爆撃の最中、冗談のようにニボシは健在だった。

 

 彼女の持つ剣が、そこから発せられる魔力が、何らかの力でリンネの攻撃を防いでいるのだ。 

 

「……あの剣、私の魔法を打ち消している?」

 

 ニボシに向かって放った魔法の尽くが、純白の剣に切り裂かれれば嫌でも気が付く。

 

 初めは魔法の剣だからだろうと思っていた。

 似たようなことはアリスの<黄金の剣>でも出来るのだから、驚くには値しない。

 

 そう最初は思っていた。

 

 だが魅了系の催眠や暗示の魔法まで完全に無効化し、おまけにレアスキルである呪い系の魔法まで完全に弾くともなれば、それはもはや単なる抵抗力や防御などという問題ではない。

 

 ましてやリンネのそれは従来の物より強化されているのだ。

 ただの魔法少女に防げる道理があるはずがなかった。

 

 故にリンネは情報を得るべく、魔法をニボシ自身ではなくその因果に集中させた。

 中でも占術系とリンネに分類された魔法群の中には、予知類の魔法すら含まれている。

 

 魔力コストが高いので基本スペックの高いリンネは滅多に使わないのだが、あの謎を解かない限りはニボシの攻略は難しいと判断したのだ。

 

 数多の魔法少女達から奪い取ってきた魔法を駆使しニボシのこれまでの生を覗き見て、リンネはようやくその正体を掴む。

 

 ニボシが人造魔法少女だったことに驚きはない。

 そんなことはこれまでの観測データから分かっていたことだから。

 見慣れた悲劇はリンネの心には響かない。

 

 そんなことよりも、厄介なのはその能力。

 魔法特性<正義>という冗談のような存在。

 

 偶然の産物か、冗談のような特性を得た魔法少女を目の前にしてリンネが舌打ちする。

 

「……<正義>の魔法少女か。まさか相手の因果を読み取って、敵の属性が<悪>に偏っていたら能力が上がるなんて……ふざけた存在ね」

 

 誰よりもふざけた存在であると自覚しているリンネにとっても、ニボシの存在は馬鹿げていた。

 

 どこの誰が正義なんて願うのだろう。

 何でも願い事が叶う奇跡の権利を与えられて尚純心に正義を祈るなら、それは聖人を通り越してもはや狂人だ。

 

 世界平和を願うのと同じくらいの無茶振りだ。

 無理に叶えようとするならば、それは祈った者の才覚に応じた範囲しか叶えようがない。

 

 世界平和を望むなら、その者の周囲だけが平和な世界を与えられるだろう。

 正義を体現するなら、目の前の操り人形のように、意思を殺した正義の化け物になるしかない。

 

 そして悪の体現者であるリンネを前にして、これ以上ないほど奇跡が発揮されているという悪夢のような現状。

 リンネの得た情報を信じるならば、リンネの放つ魔法は全て悪属性と判定され無効化されることになる。

 

 魔法少女の使う魔法が全て無効化されるのだ。

 普通なら勝負にすらならない。

 

 今でこそ絶え間ない爆撃で封じ込めているが、いくらリンネのソウルジェムが大容量だと言ってもいつか底が見えるだろう。

 

 そうなれば詰め寄られ一太刀で斬り伏せられてしまう。

 

 ニボシのあの剣はリンネの魔力が込められたものならば、鎧だろうが黄金の翼だろうが容易に切り裂く。

 そういう奇跡で編まれた反則なのだ。

 

 こちらの攻撃は通じず、なおかつ相手の攻撃は一撃必殺に成り得る。

 それでも負けるとは欠片も思わないが苦戦は必至だろう。

 

 やれやれと思わぬ大仕事にリンネは溜息を吐いた。

 

「ほんと魔法少女ってどこまでも不条理な存在よね」

 

 誰よりも条理を嘲笑う魔女が嘯いた。

 ようは真正面から戦わなければいいだけの話だ。

 

 

 それは銀の魔女にとって、最も慣れ親しんだ戦法だった。

 

 

 

 

 

 

 砂塵が舞い魔力の迸る戦場から一歩離れた場所で、倒れ伏していた人形が再び動き始めていた。

 

 胸を貫かれ地面を真紅に染めていた人形<アイナ>は、主から送られた指令を忠実に叶えようとする。

 胸に風穴を開けたまま人形は笑みを形作った。

 

「……仰せのままに、我が主よ」

 

 視線の先、すぐ傍には気絶しているアリサがいる。

 アイナはグリーフシードを取り出すと申し訳なさそうな笑みを浮かべた。

 

「ごめんねアリサちゃん。私達の玩具になってね? ――えい」

 

 そんな可愛らしい軽い掛け声と共に。

 

 アリサに魔女の種子(グリーフシード)を呑み込ませた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、あ、ああああああああああああああああっ!!」

 

 取り返しの付かない喪失の歌が奏でられる。

 割れた卵は二度と元には戻らない。

 

 後悔と悲哀に満ちた絶望の叫びが戦場に響き渡った。

 

 それを聞きながらリンネはふと、かつてリナと交わした約束を思い出した。

 

「……そういえば約束破りはグリーフシード呑まなきゃいけなかったっけ? 私の代わりに<彼女>に呑んでもらったから、勘弁してもらえないかしら」

 

 自身の小指を眺めながら、リンネは困ったような苦笑を浮かべた。

 

 

 

 

 ――新たな絶望が誕生する。

 

 

 

 

 

 




おまけ:小ネタ

某勇者王「光になれぇえええええ!!」
某アルター使い「もっと輝けぇええええええ!!」

 物語の主人公は誰だって。
 光輝くものだと思うから……!

「その点、私のビジュアルはパーフェクトね。金銀でちょっと成金臭い気もするけど、大丈夫。全身ゴールドなんて主人公も珍しくないわ。そう、私こそが主人公にしてオリ主なのは疑いようが――」
「ちょっと覚醒してDANZAIしに来ました(ピカー)」
「ファッ!? なんて主人公力……!? ニボシ、恐ろしい子!」



「……あの人達にはもう、付いていけません」
「大丈夫! アリサちゃんにはまだ出番が」「お願いだからもうほっといてッ!?」


(作者より)
 予想以上に長くなったので分割投下。
 とりあえず突っ走るんだ私……後ろは、振り返らない!
 暑さで変な事を書いてないか心配です(滝汗)


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第十九話 私と契約して、踊ってよ!

 前話で分割してもまだ長いという……二話に分割して残りは明日投稿することにします。
 今更ですが、リンネの原作知識は本編アニメ+劇場版のみで、他スピンオフ作品は知らない子状態です。


 

 

 穢れを多量に孕んだグリーフシードは、アリサのソウルジェムを問答無用に穢していく。

 

 <アリサ>が蝕まれる。

 穢れそのものを体内へ入れられてしまい、為す術もなく侵されていく。

 

「あ、わた、ワタしの、ソウル、ジェムが! いぁ、イヤ……っ! ワタシが、壊レちゃう……ッ!?」

 

 魔法少女の胎内は魔女の揺り籠と化し、その穢れを吸い上げて急速に孵化していく。

 それはアリサの魂すらも吸い付くし、ソウルジェムとグリーフシードが融合を始めた。

 

「あ、ああ……!」

 

 ぽろぽろと崩れていく自我の中、アリサは一瞬の光を見た。

 

 

 

 それはアリサのソウルジェムが汚染される最後の瞬間に浮かべた、泡沫の夢。

 魂の断末魔が見せる走馬灯をアリサは見ていた。

 

 

 

 かつて家族三人で過ごした日々が再生される。

 それは幼きアリサが家族で遊園地に行った時の思い出だった。

 

 アリサの見る過去の母は笑っていて、父も笑顔だった。 

 そこには顔に痣を作った母の姿も、亡者のように虚ろな顔をした父もいない。

 

 今のアリサから見れば理想的な両親に手を引かれて、過去の幼きアリサは幸せそうに笑っていた。

 

 最低な両親だとばかり思っていた彼らとの間にも、確かに温かな思い出はあったのだ。

 だが父が仕事を辞めてから全てがおかしくなってしまった。

 

 辞めた原因がリストラだったのか、あるいは父に何か考えがあったのか、幼かったアリサには分からない。

 だがその後しばらくしてから、父は酒に逃げるようになり暴力を振るい始めた。

 

 それに耐えきれず母は逃げて行った。

 幼いアリサを残して。

 

 

 どうして?

 どうして、ママはわたしを置いて行ったの?

 

 わたしが、わるい子だから?

 ねえ、ママ……どうして……?

 

 わたし、ちゃんといい子にするから……。

 

 

 幼き心の声はいつしか憎悪とともに忘れ、アリサはいつしか母のことを考えるのを止めていた。

 所詮は娘を捨てて逃げた人でなしなのだと、心で切り捨てていた。

 

 父に優しく頭を撫でて貰った記憶も、初めて殴られた時に呆気なく砕け散ってしまった。

 

 

 ――ああ。

 

 

 走馬灯の中、アリサは後悔していた。

 

 優しかった彼らの事を忘れ、憎しみに走ったアリサを責めることはできない。

 そうなって当然の環境にアリサはいたのだから。

 

 だが、それでも。

 

 それでもアリサは<力>を求めるべきではなかった。

 知る努力をすべきだった。

 

 それで何が変わったかは分からない。

 だけどアリサはあまりにも両親の事を知らな過ぎた。

 

 あんなにも憎んでいたのに。

 あんなにも嫌いだったのに。

 

 彼らがああなってしまった原因すら、アリサは知らないのだ。

 

 あんなにも大好きな人達だったのに。

 どうして、こうなってしまったのか。

 

「いまさら……気付くのが遅すぎるよ……」

 

 走馬灯が切り替わる。

 

 両親が温かな笑顔と共にアリサに手を差し伸べていた。

 

『アリサ、ちゃんと手を繋いでなさい。逸れないように』

『アリサちゃん、お昼は何にしましょうか? 大好きなオムライスにする?』

 

 その両手を嬉しそうにアリサは掴んだ。

 

 

 

『うん! パパ、ママ、だいすき!』

 

 

 

 二度と訪れない情景を目にした瞬間、アリサは魔女へと転化した。

 

 

 ――もしもやり直せるなら、私は……。

 

 

 声なき声を最後に遺して、藤堂アリサのソウルジェムが砕け散る。

 強さを願った少女はその祈りを後悔しながら逝った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして魔女が生まれ結界が展開される。

 

 広がる結界の中にあったのは遊園地だった。

 ただし狂気と凶器に満たされた地獄のような場所を、本当に遊園地と呼ぶのならば。

 

 拷問器具のような遊具が色取り取りに並び、不気味な外見をしたマスコットキャラクターらしき使い魔達が闊歩している。

 そこは悪夢の楽園だった。

 

 人型の使い魔を的にして、頭部が銃身になった使い魔が不快な笑声を上げながら射撃する。

 ミルキーウェイでは首吊り死体が回る。

 真の意味で絶叫マシンと化したコースターが使い魔達を、

 轢き、

 牽き、

 挽き、

 それを下から影絵のような観客達がポップコーンを片手に悲喜交々観覧している。

 

 一際巨大な大観覧車では棺桶が回っていた。

 様々なアトラクションで死んだ使い魔を収集しては、新たな使い魔を吐き出していく。

 その有様はまるで製造工場のようだった。

 

 そして暗闇の空を、狂ったように花火が上がる。

 それは無数の落下傘となって地上へ降り注いだ。

 喜びながらそれを受け取った使い魔が爆散する。

 

 

 ここは魔女の結界。

 狂った世界観を現す魔女の領域だ。

 

 

 常人なら精神を病むだろう世界に取り込まれても、ここにいるのは常人ではなくただの魔法少女と呼ぶことすら憚られる者達。

 

 その一人、銀の魔女リンネは狂気的な光景を前にして快哉を叫ぶ。

 

「あはは! アリサもやれば出来る子だったんじゃない! 駄目元だったけどこの魔女は<アタリ>ね! 良いステージになってくれるわ!」

 

 トラップだらけ使い魔だらけの地獄の様な結界の中だ。

 それ故に<正義>という厄介な特性を持っているニボシを倒すには、丁度良い舞台だとリンネは思う。

 

 そこに魔女になってしまった魔法少女への思慮など欠片もない。

 あるとすればそれは有効活用できたという思いのみ。

 

 使い魔を踏み潰しリンネは塔の上に降り立つ。

 足元では使い魔の集団が一斉に首を吊り上げられ、地面に叩きつけられていた。

 

 リンネは新たな戦場に銀の魔力糸を張り巡らせる。

 障害物の多い場所でこそ、リンネの魔力糸は最大の効果を発揮するのだから。

 

 

 さあ、人形劇を始めよう。

 

 

 

 

 

 最後のエトワールとなった魔法少女、ニボシは目の前で起こった邪悪に力を滾らせるものの心は全く震えていなかった。

 かつての仲間が魔女になったのを目の前にしても、ニボシの心は欠片も揺るがない。

 

 正義の魔法少女は目の前の一切合財を切り捨てて突進する。

 

 だが遊園地の使い魔達は、その狂った接客のおもてなし精神を十全に発揮した。

 過剰なサービスによる四方八方から銃撃が加えられ、様々な物が投げられ、果ては使い魔すらも投げつけられまるで蜂の巣を突いたような有様だった。

 

 ニボシはそれら全てを切り伏せてみせるも、数があまりにも多すぎた。

 

 一太刀で空間ごと切り裂いても、また次の瞬間には新たな攻撃が加えられる。

 足を止めたら終わりだと判断したニボシは第一目標をリンネ、第二目標をこの結界の魔女に定め重囲からの突破を図った。

 

 だがそれを許すほど銀の魔女は甘くない。

 地面を這うように伸ばされた魔力糸がニボシの足を絡め取る。

 

「くっ……!」

 

 銀の糸はニボシの魔力によって瞬時に消滅したが、一瞬の隙は高く付いた。

 見慣れた翠色の魔力によって一点に込められた強力な結界がニボシの足を封じた。

 

 それを砕くだけの時間的な猶予は、もはやなかった。

 使い魔達の一斉攻撃がニボシに襲い掛かる。

 

 その様子を上空から銀の魔女とその人形が眺めていた。

 

 周囲の使い魔はリンネ達には見向きもしない。

 連中の意識を逸らす程度のこと、リンネの<支配>の魔法の前では造作もなかった。

 

 苦境に立たされたニボシを見て、アイナがぽつりと呟く。

 

「あら、やったかしら?」

「アイナそれフラグだから」

 

 反則染みた能力を持つニボシを相手に使い魔達が勝手に物量で押してくれるのだから、リンネ達は遠くからニボシの足を文字通り引っ張るだけで良かった。

 

 足さえ止められればニボシを封殺できるはずだ。

 だがそんなリンネの思惑は、やはり楽観的過ぎたようだ。

 

 正義の魔法少女は白い極光を煌めかせ、周囲一帯の使い魔を一掃する。

 あれだけの攻撃を受けてなお冗談のようにニボシは無傷だった。

 

 ぽっかりと空いた爆心地の中央で、ニボシの視線がリンネを捉えている。

 

「……使い魔相手じゃ駄目か。だからと言って魔女をぶつけてもこの分じゃ期待薄よね」

 

 ターミネ○ターの親戚か何かだろうか、こいつは。

 そう内心で呆れながらもリンネは長期戦を覚悟した。

 

 

 そこへ思わぬ闖入者が現れる。

 

 

 ヒーローショーならぬ使い魔の解体ショーを行っていた広場の舞台が中央から開き、そこから一体の禍々しい魔力を纏った存在が登場する。

 己の領域を蹂躙され、結界の主である魔女が出て来たのだ。

 

 それは一見すると魔法少女のような出で立ちをしていた。

 煤けた水色の衣装にツインテール。

 

 生前のアリサを思わせる格好だったが、その顔は蠢く影のような二つの穴が目のようにあるのみ。

 その二つの影の中には血の様な紅い光が灯り、憎悪の輝きを放っていた。

 

 体格は魔女にしては小柄で二メートルほどしかない。

 だというのにそれが人型であるだけで強烈な違和感となって襲い掛かる。

 

 その四肢は棒のように丸く機械染みた印象を見る者に与えた。

 自らの体をホバークラフトのように浮かび上がらせ、魔女は滑る様に移動を始める。

 

『ギャラギャリギャラギャラ!!』

 

 掘削音にも似た鳴き声を発しながら、魔女は両腕を回転させた。

 まるでガトリング砲のように魔弾が豪雨となって降り注ぎ始める。

 

 自身の使い魔や結界のアトラクションすらも破壊しながら、魔女はただ嵐のように暴虐の限りを尽くしていく。

 

 

 

 

 

 

「これなんて魔砲少女……」

 

 リンネは魔弾を躱しながら呆れたように呟くが、現れた魔女の暴虐は止まらない。

 

 辺り構わず乱射するものだから呑気に傍観することもできなかった。

 乱戦になると予想したリンネは、アイナに撤退を命じる。

 

「……アイナ、きみはここから離脱して。あとは私が片付けておくから」

「でもリンネちゃん――」

 

 何か言おうとするアイナの唇を、リンネは人差し指を押し付けて封じた。

 

「これ以上アイナを壊されるのは我慢ならないからね。ましてや今のニボシ相手だと、どうなるかわからない。最悪アイナが消滅してしまう危険を考えたら、まだ私一人の方がやりやすい」

 

 <私>が死んでも代わりはいるもの。

 などとあながち冗談でもないことをリンネは口にする。

 ソウルジェムさえ無事ならば、リンネにとって肉体的な死はさほど意味がないのだから。

 

「だから、ね? お願い」

「……仰せのままに、我が主様」

 

 主が望むのであれば、シモベである人形はただそれに従うのみ。

 結界をすり抜けて脱出することは、アイナにとって造作もないことだった。

 

 それを見送ると、リンネはやれやれと溜息を吐いた。

 

「さーて、黒幕を目指すつもりがどうして肉体労働するハメになったのやら。

 まぁリナの件はともかく、アイナでニボシを完封できるっていう予想が外れたのが一番の原因かな。見積もりの甘かった私のミスね。

 とはいえ魔法少女を相手に完璧な計画なんて所詮は絵空事。

 いつなにが起きたとしても、それは驚くには値しないのだから……ってなんだかこれキュゥべえみたいな物言いだわ、気を付けましょうっと」

 

 流れ弾を躱しつつ、リンネは気を取り直すことにした。

 まずは辺り構わず噛みつく狂犬を躾けることから始めよう。

 

「銀色は水色を汚染する。弱き者は強き者に跪き、悪はより強き悪に屈する。

 支配の理。だがここに、さらなる裏切りの銀貨を投じよう――外法<傀儡支配>」

 

 無数の糸が四方から魔女を絡め取る。

 糸は魔女の内部に浸透していきリンネの支配をその末端まで届かせた。

 

 魔弾の魔女は乱射を止めると、その場でくるくると踊る様に回った。

 

「これであなたは私の操り人形。

 私の為に踊ってちょうだい」

 

 リンネが指揮杖を一振りすると、ぐるりと魔女は反転しニボシへと襲い掛かる。

 火力こそが正義だとばかりに魔弾を次々と打ち込む魔女に、ニボシは防戦一方だった。

 

「さあ、かつての仲間の屍を越えて私を殺しに来なさい。

 同じ人形同士、気が合うんではない?」

 

 なんてね、とリンネはおどけて見せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




(作者より)
 前話含めて、一話で締めようと思ったけど無理でした(´・ω・`)
 あと一話+エピローグ的な話でエトワール編終了です。
 その後は短編を数話挟んですぐに原作介入するか、あるいはオリジナル展開をもう一章やるか……
 外道だけじゃなく、陰険魔法少女も主人公にしてみたい。
 
 それが終わったら私、普通のラブコメ書くんだ……(白目)


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第二十話 私と契約して、銀の魔女になってよ!

長丁場になるとまたも推敲ガガガ……
今回かなり長文です。(一万字ほど)


 

 

 

 操られた魔女が無数の魔弾を放ち、地上を穿つ音がスコールのように轟く。

 破壊による砂塵が上がる中、ニボシは残像を残すほどの速さでステップを踏み、踊るように身を翻して剣を走らせた。

 

 魔女は殺さねばならない。

 たとえそれが、かつて仲間だった者の成れの果てだとしても。

 

 過去にも同じような事があった気がしたが、ニボシは思い出すことができなかった。

 

 <正義の剣>が一際強く輝く。

 その光を纏ったニボシに魔弾は通じず、そして近づいてしまえば、呆気ないほど簡単に魔女は切り捨てられてしまった。

 

 ニボシはリンネに剣を突き付ける。

 二人の間を遮る障害は、もはや何もなかった。 

 

「……今まで、どれだけの罪を犯してきた?

 どれだけの人を殺し、どれだけの人を不幸にし、どれだけの人を絶望させてきた?」

 

 それはニボシの残滓が発した、純粋な疑問だったのだろう。

 

 人の心では耐えられないほどの悪行の因果がリンネに絡まっている。

 平穏な日常の中にあっても、彼女だけは地獄のただ中にいるようなものだ。

 

 どうしてそこまで<悪>になれるのか、ニボシは不思議に思っていた。

 だがそんな無垢ともいえる断罪の言葉も、リンネはそう機械的に言われては悔い改めようもないなと笑い飛ばす。

 

 もっとも、何と言われようがリンネが改心することなどありえないのだが。

 故に嘲笑をもってリンネは正義の執行者へと答えた。

 

「陳腐な例えで申し訳ないのだけど……あなた、今まで食べたパンの枚数を覚えているのかしら? 

 わざわざ食事の回数を数えるほど私も暇じゃないの」

 

 人が糧を得て日々を生きるように。

 魔女が人を喰らう様に。

 銀の魔女は魔法少女達の絶望を貪るのだ。

 

 それが摂理。

 リンネの定めた【銀の魔女】としての在り方。

 

 そこに後悔などあるわけがない。

 決意を胸に、リンネは銀色のソウルジェムを掲げて見せる。

 

「私達魔法少女は、ソウルジェムを砕かれない限り無敵の存在よ」

 

 銀色のソウルジェムは三日月型の宝石へと変わり、リンネの心臓の上、銀色の鎧に嵌め込まれる。

 自らの胸元に手を当ててリンネは言った。

 

「私も、あなたも。

 もはや互いのソウルジェムを砕かない限り、止まらない。止められない。

 ならばすることはただ一つ。

 互いの魂を賭けた闘争以外、この戦いの結末は有り得ない」

 

 そう言って、リンネはニボシの存在を笑い飛ばす。

 

「もっとも、たかが人形如きにこの私が敗れると思うのなら、甘く見られたものね」

「なぜそうも迷いなく悪になれる?」

 

 正義の人形が邪悪の化身へと問い掛ける。

 

 何故?

 何故だと?

 

 その問いの意味が心底分からないと小首を傾げながら、リンネは答えた。

 

「私はね、最初から分かっていて一歩踏み出したの。

 これが悪の道であると。

 わかっていて私はキュゥべえと契約した。

 だから途中で引き返すくらいなら、初めから進むわけがない」

 

 あの日、学校の帰り道で。

 リンネはキュゥべえと出会った。

 

 もし運命とやらがあるのなら、その時既にリンネの運命は決まっていたのだ。

 前世の知識を持つが故に、この世界が救われない結末を迎えると知っているから。

 

 もしかしたら、リンネが何もしなくても世界は変わらないかもしれない。

 もしかしたら、前世という記憶そのものがリンネの妄想のようなもので、実際に<原作>なんてものは存在しないのかもしれない。

 

 無数のIFを想像して、その果てにリンネは恐怖した。

 

 そんなあやふやな希望に自らの命運を委ねるなど冗談ではなかった。

 ましてや原作という荒唐無稽な御伽噺を知っているならなおさらだ。

 

 仮に。

 もし仮に原作がなかったとしても、似たようなことは起こらないと誰が保証できるのだろう?

 

 魔法少女は条理を覆す存在だ。

 別に<鹿目まどか>でなくとも、世界を滅ぼす魔女が生まれる可能性は、原作という前例がある以上否定することはできなかった。

 

 最終的にインキュベーターでさえ裸足で逃げ出す危険物。

 それが魔法少女であるというのなら。

 

 あえてリンネは、魔法少女になる道を進むと決めた。

 たとえ人類の裏切り者に堕ちようが、この星を守って見せる。

 

 自身が死にたくないから。

 こんなどうしようもない世界だけど。

 

 決して、嫌いなわけじゃないから。

 

 だからそのためにリンネは悪魔と取引し、連中の技術を吸収して力を蓄えた。

 尊いモノ全てを裏切り、自身の初恋すら裏切ってアリスを戦力にした。

 

 全ては、やがて来るであろう<滅び>に抗うために。

 

 何度でも言ってやる。

 悲劇も絶望もお呼びじゃない。

 

 ――頭の悪いハーレム展開を私は望んでいる!

 

「私は全ての魔法少女を裏切った【銀の魔女】!

 ならば裏切られた彼女達の犠牲を無駄にすることだけは、しない!

 悪魔? 外道? 大いに結構!

 私の行いが悪であるなら、止めて見せろよ正義の人形!

 それを為せるだけの力と覚悟が、その胸の裡にあるのならばな!」

 

 たかが<正義>如きのために、リンネの野望が潰えるなど許せるはずがなかった。

 

 その言葉を皮切りに、ニボシの背後から何者かが抱き着いて拘束する。

 恐らくは先ほど切り裂いた、かつてアリサだった魔女の死骸を再利用しているのだろう。

 

 ニボシは反射的に魔力を放出し、振り向きざまに切り捨てようとした。

 だがその剣は直前でピタリと止まってしまう。

 

 

 ニボシは自身の目を疑った。

 そこには<高見二星>がいた。

 

 

 ニボシが見間違えるはずもない、在りし日の二星が笑顔でそこに立っていたのだ。

 リンネの作り出した幻覚だろうと分かっていても、ニボシの剣は止まってしまう。

 

 正義の人形――ニボシは呆然と動かない自身の腕を見ていた。

 

 

「……どう、して? 私にはもう、心なんて、ないはずなのに……」

 

 

 殺せ。

 正義を為せ。

 

 そう促すものの、それでもニボシの剣先は動かない。

 

 

 こんなもの、ただの幻覚に決まってるのに……!

 

 

 無表情だった顔に焦りが浮かび、口からは意味のないうめき声が上がる。

 そんなニボシをリンネは憐れむ様に言った。 

 

「……真に心なき者に、魔法は使えない。

 それはあなたも例外ではなかった……ただそれだけのことよ」

 

 人形遣いであるからこそ、リンネはそれを承知していた。

 

 絶望から解き放たれた存在であるリンネの人形達。

 その核である<人工ソウルジェム>の材料が<何>であるのか、リンネはよく知っているから。

 

 だから真の意味でニボシは人形にはなれない。

 自らの意思を殺したと思い込んだ哀れな少女にしかなれない。

 

 絶望し自らの意思を放り捨てていた少女に、銀の魔女は告げる。

 

「あなたの魔法は、あなたの心からしか生まれない。

 だから正義の人形になったつもりでも、あなたの心は消えていなかった。

 ただ隠されていただけ。それが今、表に出てきたのよ」

 

 二星の幻影を前にして涙を流すニボシに、リンネは手を差し伸べた。

 驚く彼女に向かってリンネは微笑む。

 

「ねぇニボシ。

 私と契約して、悪い魔法少女になってみない?」

 

 奇跡によって創られた魔法少女故に、彼女自身は契約を交わしていない。

 

 ならばたった一つの奇跡を願う権利を、彼女はまだ持っている。

 たとえインキュベーターが叶えずとも銀の魔女が認めよう。

 

 

 

「――あなたには、奇跡を願う権利がある」

 

 

 

 これは悪魔の誘いなのだろう。

 

 だけど災厄の詰まった箱の中に、たった一つだけ希望が入っていたように。

 一筋の光明をリンネは作られた少女へ与える。

 

「一緒にこの世界を楽しみましょう。そうすれば世界は変わって見えるわ。

 悲劇と絶望しかない、こんなどうしようもない世界を、嘲笑って喜劇に変えてしまいましょう。

 そのための<悪>を、私と一緒にやってみない?」

 

 ニボシ自身、生まれながらに矛盾した存在だ。

 奇跡を願った者が魔法少女になるべきなのに、彼女は奇跡によって魔法少女として生まれた。

 

 だからニボシは、ただの一度も奇跡を祈ったことはない。

 ならば銀の魔女の名の下に、背信の契約を交わそう。

 

「……ありがとう、リンネちゃん」

 

 人形の顔を捨て、ありのままの素顔でニボシは感謝の言葉を告げた。

 だが差し伸べたリンネの手は、最後まで握られることはなかった。

 

 

 

 ニボシは首を横に振って、<リンネの契約>を否定する。

 

 

 

「ごめん、リンネちゃん。

 それでも私は<魔法少女>だから。

 正しくなくても、あの子の祈りを無駄にしたくないから。

 だから……ごめんなさい」

 

 リンネは目を閉じて、溜息を吐く。

 ショックを感じている自分が、なんだか意外に思えた。

 

 あわよくば程度に思っていたはずが、知らずに期待していたのだろう。

 正義に絶望した彼女ならば、リンネの理解者になれるかもしれないと。

 

 そんな自らの甘えに苦笑を浮かべ、リンネはおどけた口調で言った。

 

「……あーあ、振られちゃったか。残念。

 そんなに私よりも昔の女が良いってわけね。妬けるわ」

 

 思えば、真面目に告白して振られたのは初めてかもしれない。

 前世のことは知らないが、リンネにとって初めて感じる種類の痛みが胸にあった。

 

「あはっ、リンネちゃんって、悪だけど優しいよね」

 

 その言葉にリンネは苦いモノを噛んだような変な顔を浮かべた。

 出来の悪い冗談を聞いたという思いがありありと浮かんでいる。

 

 それを見てニボシはさらに笑う。

 その笑顔はリンネがかつて見た誰かに似ていた。

 

「…………未練ね」

 

 小さく呟いた言葉は胸の裡に仕舞いこみ、リンネはニボシに指揮杖を突き付ける。

 

「それじゃあやっぱり、あなたは私の敵になるのね?」

「リンネちゃんが<悪>を止めない限り、私はリンネちゃんの敵で居続けるよ」

「今更無理な話ね。私に死ねといってるようなものよ、それ」

 

 その言葉にニボシは思わず笑う。

 こんな何気ないやりとりが、もう遠い昔の事のように懐かしい。

 

「あはっ、揺るがないんだね、リンネちゃんは」

「あなたが未熟なのよ、正義の味方さん?」

 

 そうかも、とニボシは頷くと、二星の幻覚に触れた。

 ニボシの魔力に干渉された幻覚は、綿のような光となって消えていく。

 

 

 

 

 

 

 後に残ったのは、変わらず正義の魔法少女と邪悪なる魔女の二人だけ。

 ならば必然として闘争が再開される。 

 

「さあ、私達のラストステージを始めましょう!」

「手加減しないよ、リンネちゃん!」

「来なさいニボシ!」

 

 リンネは指揮杖を銀剣に変化させて構える。

 真正面からの一騎打ち。

 

 元が純粋な戦闘型ではないとはいえ、絶望的な闘争の中で培われてきたリンネの戦闘技術は、誰に劣る物でもない。

 

 そこに裏切りの銀貨を投じて得た能力が加われば、並み居る魔法少女では相手にもならないだろう。

 だが相手は並ではなく、リンネの天敵足り得る<正義の魔法少女>だ。

 

 銀色の剣と白の聖剣がぶつかり合う。

 

 魔力を高密度に圧縮したリンネの<祈りの剣>ですら、気を抜けば砕きかねないほどの威力を、ニボシの<正義の剣>である聖剣は持っていた。

 

 しかし武器の性能が優れていても、使い手の実力はまた違っていた。

 練達の魔法少女であるニボシですら、リンネには掠りもしない。

 

 だがそれでもニボシは諦めない。

 遺志に従う人形ではなく、自らの意思で剣を振るう。

 

「二星……それでも私は、きみが夢見た<正義>を信じたい……!

 だからお願いっ、私に力を貸して!」

 

 ニボシのソウルジェムが一際強く輝く。

 二星の遺した祈りが、ニボシの背を後押しする。

 

 その光を見て……ニボシは、許されたような気がした。

 

 

 

 ――私達が夢見た<正義>は、間違っているのかもしれない。

 

 

 

 だけど夢見たことが間違いだったなんて、信じたくない。

 だからそのためなら何度でもニボシは声を上げるだろう。

 

 

 

 ――私達の夢は誰にも穢せない。何度でも守って見せる。証明してみせる。

 

 

 

 かつて二人が共に夢見た<希望>は……決して、間違いなんかじゃないから!

 

 

 

 邪悪打ち消す魔力を、ニボシは全力で聖剣に込めた。

 魔法媒体となった聖剣は、地上に神話の再現を行う。

 

 それを察したリンネも、自身の究極の一撃を以て応じた。

 希望と絶望を束ねて螺旋を描く。

 

 

 

 世界が悲鳴を上げる神話の一幕が、ここに顕現される。

 

 

 

 光が溢れた。

 

 

 

「<正義の剣(Épée de Justice)>ッッ!!!!」

 

「<祈りの剣(Claíomh Solais)>ッッ!!!!」 

 

 

 

 感情が、

 想いが、

 希望が、

 絶望が、

 

 魔力に還元され、超現実的な力となってぶつかり合う。

 拮抗したかに見えた光は、ニボシの魔法特性によって徐々に傾きを見せた。

 

 正義の祈りは邪悪を滅しながら突き進む。

 そして正義の光がリンネを襲った。

 

 

「……そう、それがあなたの本気というわけね」

 

 

 その言葉を最後に、リンネは光に呑み込まれた。

 

 嵐の様な光が過ぎ去った後、リンネの体はもはやボロボロだった。

 むしろ原型を留めているのが不思議なほど。

 

 その隙をニボシは見逃さない。

 聖剣を構え、リンネへと突き進む。

 

 リンネは辛うじて指揮杖を構えるも、聖剣は容易くリンネの魔法を切り裂く。

 聖剣はリンネの右腕ごと武器の指揮杖を吹き飛ばした。

 

 

 

 そして。

 無防備になったリンネに。

 

 聖剣はその心臓を貫いてみせた。

 

 

 

 銀色の三日月を穿ち、聖剣はリンネのソウルジェムを破壊したのだ。

 

 

 

 魂の宝石が周囲へと砕け散っていく。

 ここに勝敗は決した。

 

 倒れ掛かるリンネの体を受け止め、ニボシは涙ながらに叫んだ。

 

「正義は……ここにある!!」

 

 正義は成った。

 邪悪なる魔女は打ち倒され、正義の魔法少女は勝利を叫んだのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だがこの物語は、愛と正義の物語ではない。

 

 ただの外道の物語。

 故に<銀の魔女>は何度でも笑う。

 

 

 

『…………外法(outer spell)再誕(Rebirth)>』

 

 

 

 ――死んだはずのリンネが動き出す。

 

 

 

「ツカマエタ」

 

 

 

 蜘蛛の様な捕食者の動きを以て、リンネはニボシを抱き締める。

 失ったはずの右腕は、逆再生されるかの如く生えていた。

 

「ッッ!?」

 

 硬直するニボシ。

 リンネはその唇を貪るように奪いとった。

 

 口内を蹂躙したリンネは、ニボシが我に返るのと同時に唾液の糸を引きながら離れる。

 自らの唇を舐めたリンネは、三日月の様な笑みを浮かべた。

 

「……残念でした。あなた騙されちゃったの」

 

 喜悦に満ちた声で銀の魔女が嗤う。

 

 リンネは右手を開いて見せる。

 そこには確かにニボシが砕いたはずの、銀色に輝くソウルジェムがあった。

 

「あなたが砕いたのはただの偽物。

 弱点を曝け出したまま戦う方がどうかしているわ。

 大事な物は隠しておくものよ、何事もね」

 

 ニボシの魔法は確かに強力だ。

 リンネの魔法の尽くを受け付けないなど、反則も良いところだ。

 

 

 

 それでも、リンネの勝ちは揺るがない。

 

 

 

 古の竜殺しの伝説をここに再現しよう。

 魔法も剣も効かない鱗を持つならば、その体内を蹂躙すれば良い。

 

 そのための毒を、リンネはニボシに流し込んだ。

 

【悪意の口付け】

 

 呪いと穢れを多量に込めた、銀の魔女の祝福。

 夢と希望を貶める絶望の呪い。

 

 体内を犯し魂を汚染させる猛毒を飲み込んで、堕ちない魔法少女はいない。

 

 さあ、魔女になるがいい。

 

 

「う、あ、ああ……っ!!」

 

 

 喉を掻き毟るように悶え苦しむニボシを前にし、リンネは自らの唇を舐めとる。

 貫かれた心臓は修復を果たし、瞬時に傷一つない状態へ<再生>された。

 

「……正義なんてものの末路は、こんなものよ。

 正義なんて所詮は理想。

 理想は夢のようなモノ。

 ならばいつか覚めるのは、道理というものでしょう?」

 

 死力を振り絞りニボシは聖剣を振り上げる。

 だがどこからか飛来した<黄金の剣>が、ニボシの腕ごと聖剣を吹き飛ばした。

 

 それでもニボシは脇目もふらず、ただ一心にリンネに向かって突き進んだ。

 ニボシのソウルジェムがひび割れる。

 

「……たぶん、私は……出会うために……生まれてきたんだ」

 

 二星と。

 リンネと。

 そしてニボシがこれまで気にもしていなかった人達との出会いも、決して無駄ではなかったはずだ。

 

 少なくとも邪悪はここにある。

 ならば正義も、必ずあるはずだ。

 

 ニボシは及ばず正義にはなれなかったけれど。

 いつか誰かの手によって、必ず正義は果たされるだろう。

 

 そうでなければ、誰も救われない。

 

 奇跡も魔法もあるのだから。

 愛と正義の、御伽噺みたいな現実があっても良いはずだ。

 

 

 

「なら、私の生に意味はあった……よね、二星……」

 

 

 

 想い出の中の二星は眩しい笑顔を見せていた。

 

『ニボシ、お誕生日おめでとう!』

 

 それはニボシが生まれて一年経った頃の思い出。

 フタホシはニボシの誕生を、手作りのケーキを作って祝ってくれた。

 

 プレゼントはお揃いのキーホルダー。

 今ではニボシの鞄に、二つ一緒に飾られている星型の物だ。

 

 私達は二星。

 二人でようやく一つの、双子星だから。

 

『これからもずっと一緒だよ! ニボシ!』

 

 そんな温かな記憶を思い出し、ニボシは涙を流した。

 

「…………そう、だよね。私は初めから、あの子に<望まれて>生まれて来たんだ。

 考えてみればそれって……すごく、幸せなこと……じゃない……?」

 

 もし生まれ変わるなら、今度はちゃんと人間として生まれたい。

 できればあの子と、双子がいいかな。姉妹でもいいけど。

 

 お父さんやお母さんに、二星だけじゃなくてニボシの存在も認めてほしい。

 フタホシとニボシ、ちゃんと二人いるんだって。

 

 そんな当たり前の家族に……なれたらいいな――。

 

「……ありがとう、リンネちゃん」

 

 

 

 ニボシの伸ばした手は、確かにリンネへ届いたのだった。

 

 

 

 かつて一人の少女が夢見た<正義の魔法少女>は、幸せな夢を見ながら逝った。

 長きにわたる呪縛から自らを解き放ってくれた邪悪に、感謝の言葉を遺して。

 

 力尽きた少女の目尻からは、涙が零れ落ちていく。

 その軌跡はあたかも流れ星のように儚く消えていった。

 

 

 正義は、最後まで穢されない。

 

 

 ニボシのソウルジェムは相転移することなく、正義の名の下に自ら消えていく。

 

 果たしてそれは、死した少女の遺した祈りによるものか。

 あるいはニボシ自身の願いがそうしたのか、リンネにも分からなかった。

 

 

 

 ニボシのソウルジェムは魔女を生むことなく、静かにこの世から消滅を果たしたのだ。

 

 

 

「…………やられた」

 

 それは銀の魔女にとって、屈辱的な光景だった。

 

 幾度、絶望の罠を張ったか。

 幾度、力でねじ伏せたか。

 

 ニボシの過去を見て知った二星の幻影すら、魔女の残骸を固めて作り出したというのに。

 それでも彼女は魔女にはならず、どころか最後は幸せそうな顔で逝ったのだ。

 

「……なによ、それ。ふざけないで」

 

 円環の理に導かれたわけでもないくせに。

 自分勝手に消滅していった人造魔法少女、ニボシ。

 

 リンネにしてみれば、ニボシのそれは勝ち逃げに等しかった。

 

「ふざけないでよ! どいつもこいつも! バカじゃないの!? あーもうっ!!」

 

 癇癪を起すのはキャラじゃないと分かっていても、思わず叫びたくもなる。

 

 赦しの言葉を遺したリナ。

 感謝の言葉を告げたニボシ。

 

 リンネには彼女達の頭がおかしいとしか思えなかった。

 どうして裏切り者の外道に笑顔を向けて逝くのか。理解できなかった。

 

「……やめてよね。調子が狂うじゃない。

 絶望してなさいよ、大人しく魔女になってなさいよ。

 なに満足そうな顔してるのよ……馬鹿」

 

 ありがとう、だなんて。

 

「……ひどい呪いの言葉もあったものだわ」

 

 たとえニボシの死体を元に人形を作ったとしても、この輝きだけは模倣しようがない。

 

 どころか、彼女を絶望させ魔女にすることができなかった時点で、リンネは彼女を人形にすることができなくなった。

 

 それは技術ではなくリンネの矜持の問題だ。

 魔法少女同士の戦いは、つまるところ精神戦だ。

 

 お互いのソウルジェムを賭けた戦い。

 魂を穢し合い、砕き合う石取りゲーム。

 

 銀の魔女であるリンネにとって勝利とは、相手の魔法少女を絶望させることだ。

 

 ならば絶望せず魔女にもならず、リンネを置き去りに幸福に死んだニボシこそがこの戦いの勝利者と呼べるだろう。

 故に、敗者であるリンネに彼女を穢す権利などありはしない。

 

 外道は外道なりに、己の定めたルールに従う。

 この世の誰もが認めないそのルールを、定めたリンネだけは守らねばならない。

 

 でなければ、リンネは外道ですらないただの塵芥と成り果ててしまう。

 

「手に入らないからこそ、美しいものもある……か」

 

 リンネはアリス以来の敗北の味を噛みしめる。

 

 死体を回収し、あの聖剣を解析すればリンネはさらなる力を得るだろう。

 だがそれをすればリンネの築き上げた【銀の魔女】の精神に、抜けない棘となって刺さり続ける。

 

 その小さな罅が、いつか亀裂となることをリンネは危惧していた。

 肉体よりも精神的な存在である魔法少女にとって、それは致命傷と成り得ることをリンネはよく知っている。

 

 そんなメリットとデメリットを天秤にかけて、ようやくリンネは己の欲望を抑え込んだ。

 

「……ニボシ、あなたは敬意を払うに足る英雄だったわ。

 だから、あなたの死は穢さない。穢させない。

 誰にも。私自身にも」

 

 己は誰よりも俗物である事をリンネは知っているから。

 その決意は迅速に行動へと移された。

 

「<祈りの剣>」

 

 無垢なる魂の剣。

 本日二度目となる鎮魂の一撃に、ニボシの肉体は跡形もなく消滅していった。

 

 魔法少女の死体は残してはいけない。

 残酷なようだが、これ以上の弔い方をリンネは知らなかった。

 

 

 リンネは【星の腕輪】の嵌められた左手を、空に掲げる。

 無数の☆が並んだ腕輪は、これまでの行いで手首をぐるりと回るほど埋まっていた。

 

 疲れた顔でリンネは腕輪を仰ぎ見る。

 まるでそこに、本当の星があるかのように。

 

「裏切りの銀貨がまた一つ積み上げられた。

 銀色は喜びます。

 だってそれは、喜ばしいことだから。

 銀色は、銀色は……ただ笑顔を浮かべるのです」

 

 

 

 

 

 

 ――銀の魔女とエトワールの戦いは、銀の魔女の生存をもって終わった。

 

 

 だが真の勝利者が果たして己なのか、リンネは自身に問い掛ける。

 

「……ふふっ、私としたことが。大事なことを忘れていたわね」

 

 つまらない感傷に囚われて、リンネにとって唯一の真理を忘れていたようだ。

 

「どこかの誰かが曰く、最後に生き残った者こそが勝者だ。

 私の夢の一つは、長生きすることだから。真の勝利者になるには、まだまだ道のりは遠いけど……」

 

 結界が解け、翠色の空へと戻る。

 どうやら退避させたアイナが、結界を再構築しているのだろう。

 

 遠くから狙撃に徹していたアリスも役目を終えて、リンネの傍に降り立った。

 

「流石に疲れたよ。アリス……」

 

 リンネはアリスへと寄りかかる。

 意思なき人形は、ただ静かに主の体を支えた。

 

 

 

「おめでとう、リンネ」

 

 だがその余韻をぶち壊すように、白い悪魔が現れた。

 

「…………チッ」

 

 思わず舌打ちしてしまったリンネだが、反省はしていない。

 ただでさえ戦闘後で気が立っているのだ。流石に空気を読めと言いたい。

 

 もっとも、地球外生命体に言っても無駄なことは重々承知なのだが。

 そんなリンネの舌打ちなど聞こえない様子で、キュゥべえは言う。

 

「まぁこれは大方の予想通りの結末ではあったけれどね。

 それでも彼女の潜在能力を完全に引き出せたのは、やはりきみの存在があってこそだったね。

 魔女に出来なかったのは残念だけど、彼女はもともと奇跡によって誕生した<人造魔法少女>だ。そんなこともあるんだろう」

 

 その言葉は、キュゥべえがニボシの特性を完全に把握していたことを意味していた。

 

「……ニボシのこと、全部知ってたのね?」

「もちろんさ。それがどうかしたのかい?」

 

 首を傾げて見せるキュゥべえに、リンネは盛大な溜息を吐いた。

 

「そんな情報、私は聞いてなかったわ……なんて、あなたに言うだけ無駄なんでしょうね」

 

 ああ。

 本当に。

 

 却って愛情すら覚えるほど、憎らしい地球外生命体だ。

 三日月の様な笑みを浮かべながらリンネは嗤う。

 

「……で? 話はそれで終わりかしら?」

「いいや、きみに一つ報告があるんだ。頼まれていた件についてね」

 

 そして戦慄すべき情報をキュゥべえは告げた。

 

 

 

「きみの言っていた【巴マミ】の情報と一致する少女が、つい先ほど僕と契約して魔法少女になったよ」

 

 

 

 他の端末からの情報なのだろう。

 耳が早いどころではない。

 

 味方にすれば頼もしいといえるのだろうが、残念ながらリンネ達は共犯者であっても真の意味で仲間には成り得ない。

 

 だがキュゥべえの齎した情報は、リンネにとって形容しがたい想いを喚起させた。

 

「……そう、始まるのね」

 

 待ち望んだ。

 あるいは、永遠に来て欲しくなかった。

 

 そんな原作が始まるのだ。

 

 がらがらと、歯車の回る音が聞こえる。

 機械仕掛けの女神は、果たして誰に微笑むのか。

 

 ――そんなもの。

 

「最後に笑うのは、私に決まっているわ」

 

 絶望の果てで、銀の魔女は笑っていた。

 それを知らないインキュベーターが、不思議そうに首を傾げる。

 

「なにがだい? 正直な話、今のきみにとって巴マミ程度の魔法少女は見慣れたモノだと思うのだけど。彼女には、何かあるのかい?」

 

 探りを入れてくるキュゥべえに、リンネは笑みを浮かべてみせる。

 

「楽しいお祭りよ。本番まで楽しみにしてなさい。あなたに損はさせないから」

「……わかったよ。これまでの実績から、僕達もリンネのことは信頼している。人間とここまで良い関係を築けたのは有史以来、初めてかも知れない。僕達は理想の共生関係にあると言ってもいいだろうね。

 そんなきみの言葉だ。

 僕達も楽しみにそのお祭りの日とやらを待つことにするよ。だけど案内状くらいはその内送ってくれるんだろう?」

「もちろんよ、大切なパートナーですもの」

 

 お互いに感情なきまま言葉を交わし合う。

 こんな信頼関係にどれほどの価値があるのか不明だが、インキュベーターの中では成立するものらしい。

 

 

 

 

 ――私はただの一度たりとも、コレを信頼したことなどないが。

 

 

 

 

 もっとも、その習性ともいえる独特の行動原理は一貫しているため、私もそこだけは信頼していた。

 

 多少でもコレを信頼とか、考えるだけでうえっと吐き気を催すが。

 

 魔女と使い魔。

 雇用主と被雇用者。

 そんな関係だが、案外お似合いなのだろうと私は思う。

 

 せいぜい利用してやろう。

 私が野望を叶える、その時まで。

 まあ、それはお互い様なのだろうけど。

 

 

 この先に待ち受けるであろう、私の存在を賭けた戦い。

 

 

 神となり得る器、鹿目まどか。

 そしてまどかを神にする原因となる、暁美ほむら。

 

 彼女達の存在は、私という存在を無価値にし得る。

 それが極小の可能性であれ、存在する以上無視する事などできるはずがない。

 

 彼女達こそ、アリス以外で唯一<私>を終わらせることができるかもしれない奇跡のような存在だ。

 むしろ冗談のような存在だと言っても良い。

 

 私の祈りが魔女を生むものであるなら、円環の理はそれを無価値にする。

 

 <円環の理>とは、女神となった『鹿目まどか』が、全ての魔法少女が魔法少女らしく終われるよう、生まれてくる魔女を生まれてくる前にその手で消し去る新世界の法則の呼び名だ。

 

 その世界に銀の魔女である私の居場所はない。

 ならば私の選択肢は、闘争でしか有り得ない。

 

 運命と。

 世界と。

 女神と。

 

 これは世界の存亡を賭けた戦いという、漫画のような有り触れた展開だ。

 オリ主を自称する私にしてみれば、なんとも王道な展開に苦笑を禁じ得ない。

 

 

 私は手にした銀色のソウルジェムを砕いた。

 

 

 これもまた偽物だ。

 敵の前に弱点を晒すほど、私は愚かではない。

 

 

 なぜニボシを相手にして、私がアリスを呼び戻さなかったのか。

 

 

 答えは簡単だ。

 私の真のソウルジェムは、アリスの胎内にあるのだから。 

 

 ソウルジェムの有効支配距離の問題は、私とアリスの間に魔法的な繋がりを作ることで解消している。

 

 もはや私とアリスは文字通り一心同体だ。

 

 戦闘力で言えば、最強のアリスよりも私の方が死ぬ確率が高い。

 ならばソウルジェムは常に傍に居て最も安全な場所、つまりアリスに持たせた方が良い。

 そしてただ持たせるよりも、体内に仕込んだ方が安全なのは当然だろう。

 

 

 アリスを破壊しない限り<銀の魔女>は死なない。

 だがアリスを傷つけることは、この<私>が許すはずがなかった。

 

 

 私はアリスに手を当て、魔法で己自身ともいえるソウルジェムを取り出す。

 

 

 私のソウルジェムは既に変質し、銀色の王冠のような形へ変化していた。

 インキュベーターとの変則的な契約によって得た特製ソウルジェムは、私を一つの到達点へと至らせた。

 

 キュゥべえも知らない、私だけが持つ前世の遺産。

 そこには<暁美ほむら>の持つソウルジェムが、<ダークオーブ>へ変質したことも記憶されている。

 

 彼女だけの究極の愛の具現。

 その前例があるのなら、私がそれに至ることも不可能ではない。

 

 私だけの想い。

 銀の魔女の妄執。

 その果ての具現。

 

 

 邪悪の象徴。

 故に、私はそれを<邪悪の王(Evil Crown)冠>と名付けた。

 

 

 魔法少女でも魔女でもなく。

 神でも悪魔でもない私は――ならば<魔王>とでも名乗ろう。

 

 

 強欲の魔王は、神も悪魔もその手に掴むまで、歩みを止めない。

 

 

 

 

「……すべては、私の欲望(ゆめ)の為に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ:舞台裏の茶番


「――私達の戦いはこれからだ! 第一部完!」
「リンネ、それはエターナルフラグだよ。読者の方を不安にさせるようなネタは慎むべきじゃないかな?」

 祝杯を挙げる私に、キュゥべえがやれやれと首を振って見せた。

「……」

 アリスは無言で私の給仕をしている。
 だが心なしか、不安そうな顔をしている気がしないでもない。

「まあまあ、いいじゃないですか。主様……今回の戦い、リンネちゃんの目的は達せられたわけですから」

 アイナは私の肩を揉んでいた。
 背中に当たる双球がいとおかし。

 けれど、確かにエネルギー回収業務は遂行できたが、色々と課題の残る一戦だったのは間違いない。
 あまり楽観はできそうになかった。

「でも実は私、リンネちゃんの最終的な目的を聞いてないのですが……」

 それはもちろんハーレム……は別腹として。

「あれ、言ってなかったっけ?」

 うっかり話し忘れていたらしい。
 まぁ、誰かに話した記憶もないので当然だろう。

 私はキュゥべえを強制退場させると、室内に厳重な結界を敷く。

 対インキュベーター用の防諜結界だ。
 少なくとも数分は突破できまい。

 これまで数々の超技術を、インキュベーターから買い取ってきた。

 そして時にインキュベーターの技術力を超える可能性を持つ魔法。
 そんな様々な魔法を、私は少女達から奪い取ってきたのだ。

 すべては一つの目的のために。

「簡単に言えば、世界征服」

 しんと室内が静まり返る。
 厨二病全開な願望の吐露に、若干居た堪れなくなった私は早口で言い切ることにした。

「この地球上から全てのインキュベーターを駆逐し、奴らが消え去った後の地球の管理を担う。
 現行の魔法少女システムの新たな管理者……つまりは神になることが、私の目的だよ」

 そう、つまりは。

「新世界の神になるのは、鹿目まどかではない――この私だ!」

 その果てに、未来(ハーレム)がある!
 オールハイル私! ……なんてね。



 ――それではこれより、生存戦略を始めましょう。




 
(作者より)
 この後書きに出てくる情報は、本編とあんまり関係ありません。
 ……後書きラスト、色々パロネタが酷いですが本編にはあんまり(ry
 次話、第一章エピローグ。


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エピローグ 銀の魔女の休日

息抜き的な後日談。


 

 

 

「夏だ! 海だ! ハーレムだー!」

 

 私は雄叫びを上げながら砂浜を走った。

 自分でも何を言っているのか意味不明だ。

 

 今日は一仕事終わった後のバカンスとして、私とアリスの他に新メンバーであるアイナとリナを加えた四人で遊ぶことにした。

 

 外の季節も蒸し暑くなってきていたので、次の仕事に取り掛かる英気を養うためにも、ここで思いっきり休養を取るつもりだ。

 

 結構頻繁に養いまくっている気もするが、もともと私は勤労意欲とは程遠い存在なのだ。

 働かなくていいなら一生働きたくないでござる。

 

 そんなダメダメな私はいつもの競泳水着ではなく、ちょっと冒険したビキニタイプの水着を着ている。

 

 ……いや、一応私個人としては女のつもりなんですよ。

 前世がアレだし、性格も大分アレだけど。自分でも微妙だってわかってるんだけどさ。

 

 こう、ね? 綺麗どころが揃ってオシャレな水着してるのに、私だけ無難なセレクトって、それってどうよ? 浮いてない? などと思ってしまうわけだ。

 

 アリスと二人きりできゃっきゃうふふしてる分にはあまり気にならなかったのだが、人数が増えると微妙に気になってしまうのだ。

 

 私にもあったのか乙女心……などと自己について軽く哲学的な思索に陥りそうだった。

 

 正直、誰得かと聞かれたらちょっと答えるのが難しいかもしれんね。

 だが私のプチハーレムは、紛れもなく私得だと胸を張って答えよう。

 

 アリスはワンピースタイプの水着で、麦わら帽子を被った姿はまるで避暑地のお嬢様かお姫様だ。

 夏の海に金髪碧眼の美少女はとても絵になり、思わずため息が零れそうだった。

 

 リナはもちろんスク水、それも白だ! ……と最初は思ったのだが、実際やってみたら犯罪臭が半端なかったので、ふりふりのついた可愛らしい水着にした。

 何を今更……って我ながら思わなくもないが、子供っぽくていいじゃないか。見ていて癒されるし。

 

 そして何より凶悪なのがアイナだった。

 なんだあの胸は。存在自体が目に毒すぎる。

 

「おお……」

 

 気が付けば私の両手は吸い寄せられていた。

 そう、これこそが禁断の果実、黄金りんご。

 

 思わずエロスなしに感動してしまった。

 エロスなしに。大事な事なので(ry

 

 ……その割には鼻息が荒いだと?

 これはあれだ、生物学的な知的好奇心の発露というやつで私が別ににゃんにゃんしたいお、などという下世話な話とは異なり至って真面目な学術的探求という――誰に言い訳しているのかわからないくらい、この私が若干錯乱するほどアイナの水着姿は凶器だった。

 

 普通のビキニのはずなのにエロすぎる。

 仕方ないので上にパーカーを羽織ってもらった。

 

 これはこれでエロいと思う私は、なんかもう駄目だ。

 

「リンネちゃんの水着、可愛いですね」

「……ありがと、なんだか悲しくなるわー」

 

 胸を揉みしだかれても「あらあら」とほんわかスマイルを崩さないアイナは強者だと思った。

 意地でも鳴かせてみたいと悪戯心が湧き上がるが、今日はにゃんにゃんなしで行こうと決めているのだ。

 

 お前じゃ無理だって? 馬鹿にしないでもらいたい。

 この古池リンネ、理性と良識に関しては絶対の自負がある。

 

 ……あれだ。自分でも信じていないことを思うと、逆に笑いが込み上げてくるものです。

 

「おーい、リン姉! 早く泳ごうぜ!」

「ワン!」

 

 リナが待ちきれないように私の腕を引っ張る。浮き輪装備で準備は万端だ。

 その周りを『試作型魔法少女補助用使い魔Type<サフィ>』が小柄な体躯を目一杯に躍動させ、ぐるぐると駆け回っている。

 

 実は思いの他オリジナルのサフィから良いデータが取れたので、戦闘補助の使い魔として量産できないか試作してみたのだ。

 

 結果は予想以上に良い結果を得られた。

 単体での戦闘は若干厳しいものはあるが多少の時間稼ぎ程度なら難なくできるし、索敵や回復補助も可能という居ればすごく便利な使い魔になった。

 

 おまけに非戦闘時は小型化することで省スペース化に成功。愛玩動物としても優秀と実にヒット性を感じさせる出来栄えとなった。

 

 魔法少女相手に販売を始めたらミリオンヒット間違いなし。

 だが市場が狭すぎてミリオンは確実に行かないという悲しい現実もあるのだが。

 

 何はともあれ、可愛い幼女の水着姿に元気な可愛い子犬のコンビは正に萌え。

 

 くんくんはすはすぺろぺろくんかくんか――以下エンドレスでデュフフコポォな変質者に成り下がりそうだが、私の鋼の理性(笑)は辛うじて自身の変態化を防いだのだった。

 

 だが私の変態化はまだ後二段階も残っている。

 今日は嬉しくも厳しい戦いになりそうだと、私は偽りの眩しい太陽を仰ぐのだった。

 

 

 

 実は生前から泳ぎの得意ではなかったリナに手を引いて泳ぎ方を教えたり、私の背に乗せてちゃぷちゃぷと泳いだりした。

 後ろからギュッと抱きつかれると、母性的な何かに目覚めそうで困る。いや、まあ、あっても困りはしないだろうけど。

 

 私とリナ、アイナとアリスでチームに分かれてビーチバレーをやったところ、アイナにポロリなアクシデントが発生。

 それに目が釘付けになってしまい、勝負点をアイナチームに譲るハメになった。おのれ、卑怯なり。

 

 昼食はアリスの作った焼きそばを食べた。飲み物はメロンソーダ。なんというか至福の一時だった。アリスの作る料理はいつも最高だが、今日はいつも以上に最高だった。

 本気で私と結婚してくれ。あ、もう私の嫁でしたね、てへり。

 

 体を動かしてお腹も一杯になれば、あとは眠くなるのが自然の摂理というもの。

 なので涼しげな風の吹く場所にシートを敷き、パラソルも立ててそこで昼寝をすることにした。

 

 アリスに膝枕してもらい、私の方は両腕でリナとアイナに腕枕をする。

 アリスの膝の谷間に頭を収めた私は、気持ちのいい風を感じながら目を閉じた。

 

 誰かの体温、誰かの吐息、暖かい風、じりじりと肌を焼く陽の光。

 

 ああ、これが幸せなんだなと私は思った。

 所詮は人形遊びによる錯覚だろうが。

 

 誰よりも罪深く、誰よりも罰せられるべき存在で、誰よりも外道な私には、それでも過ぎた代物だ。

 

 その報いはいつか受け取るのだろう。

 だがそれは、今ではない。

 

 ならば自堕落な私としては、その決済日を必死に延期させながらこの幸せを享受し続けよう。

 この束の間の幸せを思いっきり楽しもう。

 

 たとえ無間地獄に落とされたとしても、元は取ってやったのだと笑えるように。

 

 ふと私の髪を撫でる感触がした。

 目を開けるとアリスが私の髪を手櫛で優しく梳いていた。

 

「……アリス?」

 

 意志なき人形であるはずのアリスは答えず、ただ丁寧に私の髪を撫で続ける。

 その指先の感触がどこか懐かしい。

 

『リンネの髪は綺麗ですね』

 

 そう言ってくれた彼女を思い出し、私は目を閉じた。

 どこまでも優しいアリスの手の温もりに、私はいつの間にか眠ってしまったのだった。

 

 

 

 

 目が覚めた頃にはすっかり夕方になっていた。赤い夕焼けを見ていると世界の終わりを想像してしまう。

 

 どこかで聞いたお話では、太陽が上った瞬間に世界が始まり、日が暮れると世界は終わるのだと言う。

 

 世界は一日ごとに誕生と死を繰り返していて、つまり夕焼けは世界の終わりの色だった。

 

 私は厨二病だが特別にロマンチストというわけではない。

 だけどこの夕焼けを見ていると、なぜだかそのお話に深く納得してしまうのだった。

 

 そんなセンチメンタリズムな考えはバーベキュー……否、BBQの準備が整うまでのことだった。

 

 肉の焼ける匂いは動物的な欲求、つまるところ食欲を刺激せずにはいられない。

 菜食主義者の方には申し訳ないが、私は野菜よりは肉が好きな普通の肉食系女子なのだ。ある意味肉食過ぎて外道に陥っているのだが、まあそれはそれ。

 

 アリス達、人造魔法少女も飲食は普通に可能だ。魔力によって代換えはできるが無駄に魔力を消費するのは勿体無いし、なにより一人きりの食事は私が寂しい。

 

「なんだこれ! メガうめぇ!」

 

 リナが口の周りにソースをくっ付け、それをアイナが笑って拭っている。サフィも取り皿にとった料理を尻尾を激しく振って食していた。

 

 アリスは愚直に私の給仕をしてくれているが、私があーんするとそれを食べてくれた。どこか困ったような目をしていた気がするが、まぁ気のせいだろう。はむはむと肉を齧るアリスたんマジ萌え。

 

 

 

 食事の後は花火もやった。リナとサフィがはしゃいでいて私も一緒になってはしゃいだ。アイナはお母さん的立ち位置で見守っていて、アリスは従者としての立場を崩さずただ私の傍にいた。

 

 そのアリスの立ち位置はまるで父親的なポジションのようだとふと思ったが、それではアイナとアリスが夫婦になってしまうので却下した。寝取られ、ダメ絶対。

 

 ……だが嫉妬の炎で背徳感を覚えてしまう私は、なかなかハイレベルな淑女ではないかと思ってしまった。変態淑女としてのアレだが。

 

 まあ実際そうなったらそうなったで、両方美味しく頂ければそれで良いので、何も問題はないのだが。……ないのか? よく分かりませんね。

 

 

 

 花火の締めは定番の線香花火だった。

 なんで最後は線香花火なのだろうか? 物悲しい気分になって終わるってわかっているのに、それでも最後は線香花火を選んでしまう。

 

 火花が咲く。

 火薬の芸術だな、と私はそれをぼんやりと眺めた。

 

 一瞬ごとに消えていくオレンジ色の閃光を眺めながら、私の欲望のため、その身を滅ぼしてきた少女達のことを思う。

 

 みんな、私なんかよりずっと良い子達だった。

 幸せになれる女の子達ばかりだった。

 

 中には問題を抱えている子もたくさんいたけれど、彼女達ならば成長すれば自ずと解決できただろう。

 

 未来とは希望だ。

 それは何者にも代え難い奇跡のようなものだ。

 

 それを目の前の即物的な『奇跡』に縋ってしまったせいで、未来を失うハメになってしまった。

 

 その片棒を担いでいる私が言えたことではないが、本来奇跡とは目に見えない場所にあるのだと思う。

 

 夢、希望、未来。

 どれも目に見えないが、だからこそ奇跡足りうる代物だ。

 

 結局のところ奇跡とは、叶ってしまった時点でその神秘性を失い、ただの結果に成り下がる。

 

 そんな詰まらない物を与えられ、未来を失うハメになれば、誰もが絶望するのは当たり前のことだろう。

 

 奇跡という対価自体がインキュベーターの齎した罠に違いない。

 それを知っていてなお少女達と契約する私は、インキュベーターよりもさらに悪辣な存在なわけだが。

 

 それでも私は、私の望む未来を手にするまで立ち止まるわけにはいかない。

 

 ここが『魔法少女まどか☆マギカ』の世界だと知った時から、私の決意は変わらない。

 

 何度でも言ってやる。

 

 悲劇も絶望もお呼びじゃない。

 頭の悪いハーレム展開を私は望んでいる。

 

 最後は赤くなった丸い火玉がぽとりと落ちて、小さな花火大会は終了した。

 

 

 

 夜はお楽しみのにゃんにゃんタイム……ではなく、普通に川の字になって眠った。私が年中発情していると思うなよ? あながち間違ってもいないけど。

 

 今日は全力で遊んだので流石の私も疲れたのだ。リナに付き合ったのが原因だろう。後悔はしてないが。

 

 私の腕の中にはリナがスッポリと収まり、その向こう側にアリス、背中にアイナという位置取りだ。

 正直、アイナの双発ミサイルが背中に当たってむらっと来なくもないのだが、腕の中のリナの存在が歯止めをかけていた。

 

 ほんとに私って奴は欲望に正直すぎる。

 だけど、そんな私も嫌いじゃないのだ。

 

 などと苦笑して、私はリナの頭を撫でた。

 くすぐったそうに身動ぎするのが可愛い。

 

 ふと視線を上げれば、アリスが私を見ていた。

 小首を傾げると、アリスの指先が私に触れる。

 

「……ああ、忘れていた。ごめんね、アリス」

 

 そしていつものように。

 アリスにキスをして、私は眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 またこんな時間が過ごせればいいと思った。

 全てが終わった後でも。何度でも。

 

 そのためなら私は、永劫の責め苦にも耐えられるだろう。

 

 無数の屍を積み上げ、神への階に手を伸ばそう。

 その先に私の夢見た世界があるのなら、躊躇う必要などどこにもない。

 

 

 だって私は銀の魔女にして、魔王なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




小ネタ:一度はやってみたかったパロネタ


「私は識っている! 絶望の物語を救済する荒唐無稽な御伽噺を!」


 諸君、私はまどマギが好きだ。
 諸君、私はまどマギが好きだ。
 諸君、私はまどマギが大好きだ。

 鹿目まどかが好きだ。
 暁美ほむらが好きだ。
 巴マミが好きだ。
 美樹さやかが好きだ。
 佐倉杏子が好きだ。
 まどかのママが好きだ。
 先生も好きだ。
 緑の子も好きだ。
 だがキュゥべえ、テメェは駄目だ。
 魔女の中でもお菓子の魔女シャルロッテたんは別格だ。
 劇場版でまさかの魔法幼女化は、胸が張り裂けそうなほど歓喜した。

 河原で、街道で、学校で、住宅で、水上で、空中で、グラウンドで、プールで、魔女の結界で、永劫回帰の中で、

 この星で行われる、ありとあらゆるまどマギが大好きだ。

 巴マミがドヤ顔でティロ・フィナーレし、哀れな魔女を吹き飛ばすのが好きだ。
 うっかり慢心してしまい、ついマミられてしまった時など心が躍る。

 暁美ほむらが魔女を相手に、無双するのが好きだ。
 ワルプルギスの夜を相手に、滅茶苦茶コマンドーする姿は胸がすくような気持ちだった。
 一番の功績はキュゥべえを蜂の巣にしてみせたことだということに、異論のある者はいないだろう。

 美樹さやかが失恋のショックで壊れたように戦うのが好きだ。
 その気になれば痛みなんて感じないと叫び、何度も何度も魔女を打ち付ける様など感動すら覚える。

 佐倉杏子たんはマジぺろぺろ。異論は認める。
 だが、「いいさ、一緒にいてやるよ」のシーンに胸キュンしたのは私だけではないはずだ。

 劇場版でキュゥべえが大量殺戮される様などはもうたまらない。
 わけがわからないよと叫ぶキュゥべえ達が、ほむ×まどによる愛の共同魔法で、雨あられと魔法の矢を射かけられ、ゴミのように蹂躙されるのは最高だ。

 人間の持つ感情を怖れ、逃亡するキュゥべえを、悪魔となったほむほむが捕らえ、いたぶるようにぐりぐりと撫で回すドSな様など、思わず濡れる!

 ……ワルプルギスの夜に蹂躙されるのが好きだ。
 立ち向かう魔法少女達が無力のままに倒れていく様は、とても悲しい。

 キュゥべえの物量に圧倒され、絶望するのが好きだ。
 連中に日夜ストーキングされ、家畜のようにエネルギーを搾取されるのは屈辱の極みだ。

 諸君、私はまどマギを、地獄の様なまどマギを望んでいる。
 諸君、私に付き従う人形騎士団員諸君。
 君達は一体、何を望んでいる?

 更なるまどマギを望むか?
 情け容赦のない、糞の様なまどマギを望むか?
 鉄風雷火の限りを尽くし、三千世界の鴉を殺す、嵐の様なまどマギを望むか?


「「「まどマギ!! まどマギ!! まどマギ!!」」」


 ……よろしい、ならばまどマギだ。

 我々は渾身の力を込めて、今まさに振り下ろさんとする握り拳だ。
 だがこの昏い絶望の夜を、幾千も越えて来た我々に、ただのまどマギではもはや足りない!!

 ハーレムを!!
 一心不乱のまどマギハーレムを!!

 我らは僅かに一個騎士団。千にも満たぬ人形と魔女に過ぎない。
 だが諸君は、一騎当千の魔法少女だと私は信仰している。

 ならば我らは諸君と私で総戦力百万と一人の魔法少女騎士団となる。

 我々を忘却の彼方へと追いやり、眠りこけている連中を叩き起こそう。
 髪の毛を掴んで引きずりおろし、目を開けさせ思い出させよう。

 連中に絶望の味を思い出させてやる。
 連中に銀の魔女の足音を思い出させてやる。

 天と地の狭間には、奴らの哲学では思いもよらない邪悪があることを思い出させてやる。

 一千体の魔法少女人形の騎士団で。
 世界を燃やし尽くしてやる。

「我が騎士団、首魁である<銀の魔女>より全人形部隊へ」

 第一次原作介入作戦、状況を開始せよ。
 征くぞ、諸君。






新章予告(微嘘):


「……あすみのことなんて、みんな忘れちゃったんだ」

 銀の少女は一人、空を見上げる。

「だったら……いいよね?」

 絶望の夜が来る。
 嘆きの影が躍る。
 悲劇の幕が開く。

 少女は絶望し、世界を呪った。

「セカイがわたしを必要としないなら、わたしもこんなセカイはいらない。
 めちゃくちゃに壊してやる」

 希望の朝は遠い。
 闇はいっそう深くなるばかり。

 それでも夜空には銀の月が輝く。

「あなた、良い目をしているわ……地獄のような目」

 裏切りの魔女は三日月をその口に浮かべた。

「避けようのない悲劇も、嘆きも。
 すべて壊して出鱈目にしてしまえばいい。
 そのための力が、あなたには備わっているのだから」

 二つの銀色が出会う。

 決して出会うことのなかった運命が、交差した。
 機械仕掛けの歯車が回り、砂時計の砂が落ちる。

 さあ、禁断の契約を交わそう。
 新たな御伽噺を育もう。

 だから。


「私と契約して魔法少女になってよ」


 新たな魔法少女の物語が紡がれる。


 夢と希望に満ちた御伽噺を探しに行こう。  
 世界はこんなにも広くて美しいのだから。  





(作者より)
 あすみんぺろぺろ。釣られた私はグリーフシードになりました。
 でもこの作品、二次創作なんだぜ……別にやっちゃっても、構わんのだろう……?(死亡フラグ)


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破片の一 孤独の魔女

生存報告も兼ねて、短編エピソード。
SAN値直葬でお届けします。


 

 

 

 朝霧の中、場違いなほど軽快な歌声が聞こえてくる。

 

 ここはとある山奥。

 圧倒的な自然の息吹が感じられる森の中で、一人の少女が歌っていた。

 

「ハーメルンッ、ハーメルンッ、笛吹女がやってくる~」

 

 それは奇妙な格好をした少女だった。

 銀色の髪に赤い瞳、セーラー服を改造したような甲冑を着た、まだ中学生ほどの年頃に見える。

 

 奇異な格好もそうだが、彼女を見てただの少女と侮る者はいなかった。

 なぜなら魔女と呼ぶに相応しい禍々しい瘴気を、少女は周囲に放っていたのだから。

 

 銀色の指揮棒を振るいながら、少女の皮を被った魔女がにこやかに後続の者達へ笑いかける。

 

「さあさあ、よってらっしゃい見てらっしゃい。楽しい楽しいカーニバルッ、一生に一度の思い出さ。なーに遠慮はいらないよ、だってお代はちゃーんと頂くもの」

 

 男も女も子供も老人も、無差別に集められた人間達が二十名ほど。

 まるで遠足のように魔女の後ろに続いている。

 

 誰もが焦点を失った瞳をしており、引きずるように足を動かしていた。

 それは傍目からはゾンビの行進のようにも見えただろう。

 

「ガイドは私、<銀の魔女>リンネと」

「僕ことキュウべえがお送りするよ……これで満足かい?」

 

 魔女の肩に乗る謎の生命体が、呆れたように溜め息を付いた。

 

「のんのん。白けるようなこと言うマスコットキャラは滅ッだよ?」

「……まったく、わけがわからないよ」

 

 呆れるキュウベエに、リンネは指揮杖を突きつける。

 直後、キュゥべえの白い身体が分裂し、五体に増えた。

 

「幻覚……いや、これは増殖の魔法かい? どうして僕に――」

「滅×四」

 

 パパパパンッと軽快な音を立てて、増殖したキュゥべえ達の体が花火のように弾けた。

 

「きちゃない。やるんじゃなかった。だが有言実行、それが私クオリティ。嘘だけど」

「……せめて、僕にわかる言語で話してくれないかな? 有史以来人類の言葉が翻訳できなかったのは初めてだ」

 

 残った一匹のキュゥべえが、やれやれと頭を振る。

 それにめげた様子もなく、リンネは悪魔じみた笑みを浮かべた。

 

「白けること言うキュゥべえは滅してみました! 実は生き残ったあなたは私の魔法で増えた個体なのです! あなたは本当にあなた? インキュベーターのキュゥべえなのかな? それとも私が作ったお人形さん?」

「……その問いに意味はないよ。君はほぼ完璧な僕の複製を作った。なら僕達インキュベーターにとって不都合はないさ。とはいえ、せっかく増えたのに無意味に壊されるのはMOTTAINAIけどね」

「出たよMOTTAINAI! もう院宮米太(インキュゥベイタ)とでも改名すれば?」

「つっこまないよ、僕は。さあお喋りもここまでだ。いい加減君の計画した実験というのを見せてくれないか?」

「むふふっ、いいでしょう。外道が外道たる由縁を教えてやろうではないか!」

 

 両手を広げリンネはクルリと回る。

 広げた手の先には、連れてこられた哀れな生贄達の姿があった。

 

 彼らを指し示し、銀の魔女は得意げに語る。

 

「今回行うのは魔女の品種改良実験。グリーフシードの採取効率の良い品種の掛け合わせとは別系統に、かねてからの問題だった種無し魔女の問題を解決するための実験の一環。

 ようは劣等種を強化できないか実験調査するってこと。劣等でも数を合わせれば多少は濃くなるでしょ?」

 

 リンネに劣等と称された者達は、いずれも魔法少女としての素質は皆無だった。

 当たり前だ、むしろ少女など一人もいないのだから。

 

 そんな使い魔や魔女の餌にしかならなそうな人間達を見て、キュゥべえは不思議そうにリンネへ問いかける。

 

「彼らを使って具体的にはどうするつもりだい? わざわざ使い魔や魔女に食べさせるつもりなのかい?」

 

 その言葉に、リンネはちっちっと指を振ってみせる。

 

「時にキュゥべえ。あなたは<蠱毒>というものを知ってるかしら?」

「確か、古くから伝わる呪法の一つにそんなものがあったね」

 

 壺の中に様々な毒虫を入れ共食いさせ、最後に生き残ったより生命力の強い毒虫を使って呪いをする、という古くからある有名な呪法だ。

 

 そのキュゥべえの説明に我が意を得たり、とリンネは頷く。

 

「今回やるのはそれ。人から直接魔女化させ、喰らい合わせる。単純に魔女化させただけじゃ、どうやってもグリーフシードを孕まなかったけど、穢れと呪いと絶望を煮詰めればグリーフシードを孕んだ魔女が生まれる……かもかも? それを確かめるのが今回の実験なわけ」

 

 魔女の中にはグリーフシードを孕まない種も存在する。

 リンネが種無しと呼ぶそれらは、元が素質のない魔法少女だったり、代が重なりすぎて血が薄まった魔女の血統だったりする。

 

 素質なしの人間を無理やり魔女にすることは、技術的には可能だったが、それでは種を孕まないただの化物にしかならなかった。

 

 産廃品の模造品、おまけに劣化版ときている。

 銀の魔女はそこで、量を使って質を高めれば良いという結論に至った。

 

 そのための手法が蠱毒の呪術。

 魔女の告げたお題目通り、単なる品種改良の実験だった。

 

「さーて、テンションアゲアゲで行くよぉ! 準備のせいでもう三日くらい眠ってないけど、この実験が終わったら、私、気絶するまでアリスといちゃいちゃするんだ! キャラ崩壊? 知ったことかぁああ!! 私は淑女を止めるぞ! J○J○ぉおおおおおおおおおお!!」

「リンネ、ちょっと落ち着いた方が……」

 

 インキュベーターの制止もなんのその、普段より五割増しの狂気に導かれた銀の魔女の暴走は止まらない。

 

 正にこの世の地獄だ。

 

 そして何よりも不幸だったのは、魔法少女と何の因果関係もない近隣の住民、二十余名の老若男女達だろう。

 なにしろ寝ている隙に操られ、こんな森の奥まで連れてこらえたばかりか、生還するのが絶望的な人体実験に強制参加させられるのだから。

 

 だがそんなことは些事と毛ほども気にせず、銀の魔女は上機嫌に指揮杖を振るう。

 

 中央にリンネ秘蔵の、とある魔女の種子を置けば準備は完了。

 

 アイナによって壺となる結界はすでに展開済み。

 アリスはもしもの時のために上空で待機していた。

 

 準備は万端。

 リンネは実験の開始を宣言する。

 

「さあさあ、みんな輪になって踊りましょう!」

 

 魔女の種子をぐるりと囲んで一回り。

 手と手を繋いで歌いましょう。

 

 虚ろな顔をした生贄達が、空虚な笑みを浮かべて円を組む。

 

「かーごめーかごめー、籠の中の鳥はー、いついつ出ーやーる」

 

 回る回る。

 くるくると。

 

「夜明けの晩にぃ、鶴と亀が滑ったー」

 

 歌が一周りする度に一人、また一人と、人の形を失っていく。

 

「後ろの正面、だあれ?」

 

 

 そして最後に残った人間も、魔女と化した。

 

 

 歌は止んだ。

 

 もう誰も回らない。

 誰も手を繋がない。

 

 

 だってもう歌う口も、繋ぐ手も、なくなっているのだから。

 

 

「レッツパーティー!」

 

 中央に置かれたグリーフシードが弾けた。

 

 中から現れたのは、やはり魔女だった。

 その影響を受けて、周囲を取り囲んでいた魔女擬き達も活性化する。

 

 

 ――そして共食いが始まった。

 

 

 中央に置かれていた、孵化したばかりの<食欲の魔女>の結界に囚われた<魔女擬き>達はみな、他者と自己の区別なく喰らい合いながら、狂気の晩餐に歓喜の悲鳴を上げていた。

 

 <食欲の魔女>はかつてリンネが堕とした魔法少女の一人が、魔女となったものだ。

 食べるのが大好きで、願い事もダイエットに関することだったという面白い少女だった。

 

「いくら食べても太らない体質になりたい!」という乙女らしい願望だったが、魔法少女自体が戦闘に適した状態に維持され、太りにくいという特徴もあるので、まるで無駄な願い事だった。

 しかし彼女の魔法は、敵をお菓子にするというどこの魔人プ○さんかと驚く程反則的だったので、ある意味帳尻は合っていたとも言える。

 

 そんな素質ある魔法少女だった彼女も、例の如くリンネによって魔女へ仕立て上げられてしまった。

 

 魔女になった彼女は、周囲を見境なく食らった。

 

 その時、他の魔法少女も同時に魔女に堕としていたのだが、リンネがアリスに掃討を命じる間もなく、食欲の魔女は共食いを始めたのだ。

 

 強烈な飢えに支配された魔女は、同じ魔女でも遠慮なく食らう性質を持っていた。

 

 もし見境なく食べてしまう点を改良して制御できれば、これ以上ない対魔女用の切り札になると思ったリンネは、確実に種子を孕むようあえて放牧を行い、後にガス災害と結論づけられた数百名規模の被害を齎したのだった。

 

 その際に魔女を狩ろうと近づいた魔法少女達を、リンネは逆に狩りながら魔女を肥え太らせた。

 最後は呆気なくアリスの剣で引き裂かれた魔女は、リンネの狙い通り種子を落として消え去ったのだ。

 

 

 今回、そのとっておきの<食欲の魔女>が使われる理由はただ一つ、飢えと渇きを促進させる結界を貼らせ、魔女擬き共々、共食いをさせるためだ。

 リンネが徹夜して調整していたのは、魔女の属性を共鳴させるための結界術式の構築がメインだ。

 

 その結果、目の前の光景は醜悪という言葉の意味を様々と見せつけるものとなった。

 

 インキュベーターにしてみれば取り立てて何かを思う光景ではなかったが、経験則から傍らの<人間>に声を掛けた。

 

「……これはなんとも言えないね。興味深くはあるけど、普通の人間には刺激が強いんじゃないかな?」

「あら? どこに普通の人間がいるのかしら?」

「やれやれ、僕としたことが無駄な心配をしてしまったみたいだ。ここには銀の魔女とその哀れな生贄達しかいなかったね」

 

 人外の化生が二体、化け物達の饗宴を観賞していた。

 この場には、人間はもう誰もいなかった。

 

「違うわ。私は魔法少女であなたはその使い魔よ。それから私の可愛いお人形達も忘れてもらったら困るわね」

 

 まあ建前なんだけど、と銀の魔女が笑う。

 そして共食いの果てに、最後の一体が残った。

 

「お腹がいっぱいになったら、孵化の時間よ。

 進化せよ、進化せよ。同族喰らいの魔女は、より悍ましき何かへと変貌する。……あ、私にも当てはまるわね、コレ」

 

 自らの事は棚に上げつつ、リンネは仕込まれた数々の魔法陣を起動させ、新たな素体を調律する。

 

 

 蠱毒の呪法により生み出された、新たな魔女。

 

 

 リンネは<ソレ>に幾重にも制約の魔法を刻み込む。

 もともとリンネは、某念能力で言うところの操作系能力者だ。

 この手の魔法はお手の物だった。

 

 そして魔女が産声をあげた。

 

『……あー』

 

 異形が無理矢理人の形をとっているような出来損ない。

 子供ほどのサイズしかなかったが、あれだけの肉片を押し込んで作られた身体が見た目通りなはずがない。

 

 そんな合成魔女に、リンネは名前を与えることにした。

 

「今日から君の名は、ラウィ・メ・チッキだ」

 

 ここに【暴食の魔女】ラウィ・メ・チッキが誕生した。

 

『おー』

 

 どうやら気に入ったようだ。

 

「その名前はどこからきたんだい?」

「合成魔女、つまり『キメラウィッチ』の単なるアナグラムよ。悪くはないでしょう?」

「その辺りのセンスは僕にはよく分からないよ。感性的な問題だしね」

「まぁキュゥべえだしね」

 

 尋ねる相手を間違えたことに眉を顰めながら、リンネは合成魔女を観察する。

 

 白目の部分が黒く、瞳の部分が血のように紅い。

 その気味の悪い目を隠せば、普通の子供のように見えなくもない。

 というより、見ているうちに普通に可愛い事に気づいてしまった。

 

「ラウィか……ラヴィと呼んだ方が可愛いわね。なら愛称は【ラヴィ】にしましょう。本名はそのままで。でないと元ネタがキメラヴィッチになって、なんだか卑猥な感じになってしまうから……なんてね。まぁそれを言ったら、ロシアの人なんてみんなヴィッチなんだけど」

『おー』

 

 リンネのどうしようもない問題発言に、ラヴィと名付けられた魔女が何やら感心していた。

 悪い意味で、刷り込みは順調な様子だった。

 

「リンネ、今日の君は一段とおかしいよ。一度頭の中を検査して貰った方が良いんじゃないかな? なんなら僕たちがやってもかまわないけど?」

「断固お断りよ」

 

 誰が好き好んでアブダクションされるかという話だ。

 既に魔法少女へ改造されている身としては、冗談ではなかった。

 

『いー』

 

 リンネに同調してか、歯を剥き出しにしてキュゥべえを威嚇するラヴィ。

 鋭い歯並びはまるで鮫のようだが、言動が幼いので元気幼女の八重歯並に可愛く思えてしまう。

 

 はっ、これが母性本能という奴か! とリンネは戦く。

 良い具合に頭が疲労していた。

 

「見てないで助けてくれないかな?」

 

 猫に追いかけられるネズミのように、キュゥべえはラヴィに追いかけられていた。

 

「良いんじゃない? 代わりは幾らでもいるし」

「MOTTAINAI精神を忘れて貰っちゃ困るよ」

「それ言ってるの、あなただけだし」

 

 そんな問答をしている内に、ラヴィは驚異的な瞬発力でキュゥべえを捕らえ、ガジガジと噛んでいた。

 

「お気に入りのぬいぐるみを噛んでしまう幼児性のようなものかしら。魔女だし、食べて腹を壊すことはなさそうだから、好きにさせましょう」

「……僕を見捨てる気かい?」

「私の使い魔なら、命令に従いなさいな。これもあなたの大好きな契約の内よ」

 

 捕食されるキュゥべえを見ながら銀の魔女は微笑む。

 また一つ、新たな力が手に入った。

 

 

「――さあ、次はどんな実験をしましょうか」

 

 

 銀の魔女は今日もまた、外道邪法を積み上げていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




この話、蛇足なんじゃ……と思いつつ投稿。
二章の息抜きに書いたら出来てました。
ぶっちゃけ削除するか迷った話ですが、MOTTAINAI精神により投稿。
まぁこれだけじゃアレなので、一時間後、新章一話投稿します。


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第二章 神に祈りを 
第一話 もう誰も信じない


第二章開始。
一章分まるまる書き終えてから連日投稿しよう……そう思ってましたが、いつになるか分からないので、ぼちぼち投下してくことにしました。儚い夢だった(白目)


 

 

 

「それじゃまた明日ね!」

「ばいばい!」

 

 放課後、少女は仲の良い友人達と別れると、いつものようにランドセルを弾ませながら帰宅する。

 

 特にこれといった何かに追われているわけでも、急ぎの用事があるわけでもない。

 現に少女の顔に焦りはなく、代わりに明るい笑顔が浮かんでいる。見ていて微笑ましい元気な子供らしさがそこにはあった。

 

「ただいまー!」

 

 銀色のボブカットを弾ませ、少女は玄関で脱いだ靴を揃える。

 台所からは夕飯の匂いが漂い、今晩のメニューを想像させた。

 

 瞳を輝かせながら少女――神名(かんな)あすみは台所へと顔を出す。

 そこにはあすみの母が手にお玉を持ち、振り返って娘を迎えた。

 

「おかえり、あすみ」

「ただいまっ、ママ! なにか手伝うことある?」

「それじゃあ、お野菜切るの手伝ってもらえるかしら?」

「わかった! ちょっと待ってて!」

 

 あすみは急いで部屋に荷物を置いた後、手洗いうがいをしっかりすると、自分専用のエプロンを着て母の隣に並んだ。

 

「ママ、今日も夜勤でしょ? 無理しなくてもわたしが作ったのに……」

 

 母子家庭であるあすみの母は、四六時中働き詰めでかなり忙しい。

 それでも母は頑なに、あすみの食事の世話だけは欠かそうとしなかった。

 

「あらダメよ。愛する娘のために料理するのは、私の数少ない楽しみなんだから。それにこうしてあすみと一緒に料理するのって、すごく嬉しいの。

 あんなに小さかった子が、もうこんなに大きくなったんだなぁって……」

 

 母が言うには、あすみは未熟児として生まれたらしい。

 体重も他の赤ん坊よりも遙かに軽く、出産直後の母は気が気じゃなかったとか。

 

 その話は耳にタコができるくらい聞いていたので、あすみは頬を膨らませて母親の話を遮った。

 

「もう、いつまでも子供扱いしないでよ! それにママはいつも小さい小さい言うけど、クラスじゃ真ん中くらいなんだからね!」

「あら、そうなの?」

「そうだよ。一番小さいのはなっちゃんで、大きいのはちぃちゃん。わたしは真ん中くらいなんだ」

 

 手際よく阿吽の呼吸で母のサポートをするあすみは、機嫌良く今日起こった学校での出来事を母に話した。

 母もにこにことあすみの話に相槌を打ち、あすみが良い事をしたら褒め、悪い事をしたら叱った。

 

 母に褒められることは嬉しかったし、あすみ自身も悪い事をしたという自覚はあったので、叱られても素直に反省することができた。

 叱られると分かっていても打ち明けられるのは、それだけあすみが母のことを信頼していたからだろう。

 

 あすみの父親は、あすみが幼い頃に母と離婚していた。

 

 物心つく前の事だったから、あすみにとって家族とは母一人のことだった。

 片親であることを知った者からは同情されることもあったが、あすみはそれにいつも腹を立てていた。

 

 確かにあすみには、父親はいないかもしれない。

 だけどママがいる。

 

 だからあすみは不幸なんかじゃないし、むしろ優しいママがいて幸せだと、胸を張って言えるのだ。

 

 確かにあすみの家は裕福とは言い難く、外から見れば不幸な境遇にあるのだろう。

 だがそんなことは関係なしにあすみは幸せだった。

 

 優しいママがいて、たくさんの友達がいる。

 これで不幸だなんて言えるはずがなかったのだ。

 

 

 ――ガチャン、と金属音が鳴り響く。

 

 

 振り向いて見れば、母が包丁を取り落としていた。

 あすみは慌てて母が怪我をしていないか確かめる。

 

「大丈夫!? ……ママ、体調悪いの?」

「……いえ、大丈夫よ。ごめんなさいね。それよりもあすみの話の続き、聞かせてちょうだい?」

「う、うん……」

 

 いつものように笑う母親の姿に、気のせいだったのかな、とあすみは自らの思い過ごしに安堵した。

 

 そして何事もなく夕食の支度を終えると、予定通り母は仕事へと向かった。

 その時見た母の背中が、なぜかずっと印象に残っていた。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜遅くに、電話が鳴った。

 深夜の非常識な時間帯に鳴らされる着信音に眉を寄せながら、もしかしたら母の仕事先からの連絡かもしれないと、あすみは寝ぼけ眼で受話器を取った。

 

「……はい、神名ですけど」

 

 ――それは母が仕事先で倒れたという連絡だった。

 

「……え?」

 

 眠気が一気に醒めた。

 その時、あすみは自身の足下がガラガラと崩れていくのを確かに感じていた。

 

 ふわふわと現実感のないまま、電話先から搬送先の病院の名前を聞く。

 車を回すと言われたが、幸いあすみも知っている近場の病院だったので、自転車で急いで駆けつけることに決めた。

 

 バスはこの時間止まっているし、タクシーは呼んだ経験もないから詳しいことが分からない。

 それを調べる時間があるなら、自転車で駆けつけた方が早かった。

 

 なにより、あすみはじっとしていることに耐えられなかったのだ。

 

 病院に到着すると、あすみは駐輪場に回る余裕もなく正面から乗り込んだ。

 詰めている夜勤の職員が困惑する中、あすみは息も絶え絶えに尋ねた。

 

 

「ママは……ママは無事なの!?」

 

 

 母が倒れた原因は――過労だった。

 テレビやニュースでよく耳にする「過労死」という言葉が、笑い事じゃなく現実としてあすみの小さな背にのし掛かる。

 

 昏倒し意識不明の状態となった母は未だに目覚めない。

 案内されたベッドの上に眠り続ける母の手を握りながら、あすみは懸命に祈った。

 

 気づけばあすみと母の二人だけになった病室で、あすみにできることは、もはや祈ることだけだった。

 

 

 

 ……神様、お願いです。

 ママを助けてください。

 

 優しくて料理上手な、自慢のママなんです。

 未熟児だったわたしを、ここまで一人で育ててくれた人なんです。

 

 夜一人で眠れない時、笑顔で一緒に眠ってくれました。

 過労で倒れちゃうくらい忙しいのに、わたしのためだと言って食事に手を抜かないような、頑固な人なんです。

 

 機械音痴で、たまに抜けているところがあって、わたしがしっかりしなきゃいけないところもあるけど。

 そんなところも含めて、大好きなママなんです。

 

 ママがいなくなったら……なんて、考えたくもありません。

 

 だから、どうか神様。

 優しいママを、助けて――。

 

 

 

 果たして、その祈りが通じたのか。

 あすみの母が目を覚ました。

 

「……あす、み?」

「ママ!?」

 

 あすみの目尻に浮かんだ涙を見ると、母は「仕方のない子ね」と微笑んでその涙を拭った。

 

「女の子は笑顔でいなさいって、ママいつも言ってるでしょ。あすみは可愛いんだから、もったいないわよ」

「ママ、ママ……ッ!」

 

 今にも消えてしまいそうな母の姿に、あすみは必死に縋りついた。

 母を失う恐怖に、あすみはただただ震える。 

 

「ママは、どこにも行かないよね? ずっと、一緒だよね?」

 

 肯定の言葉を、あすみは望んだ。

 だが母は自身の状態を知ってか、あすみの頬に手を当てて精一杯の笑みを浮かべる。

 

「……ママはいつだって、あすみの幸せを祈っているわ」

「ママ……ママぁああああああああっ!!」

 

 母の状態を観測していた計器が、連続で音を鳴らし続ける。

 ほぼ同時に白衣を着た者達が部屋に雪崩れ込んでくる。

 母から引き剥がされたあすみは、鎮静剤を打たれるまで取り乱した。

 

 そして二度と、母が目覚めることはなかった。

 あすみが目覚めた時には、母の死亡宣告が下されていた。

 

 それを聞いた唯一の肉親であるあすみは、足元が覚束無いほど現実感がなかった。

 昨日までとは違う、まるで別の世界に紛れ込んでしまったかのよう。

 

 朝になり一度顔を洗いに御手洗いに向かうと、鏡の中のあすみの顔はひどいことになっていた。

 

 笑顔を作ってみる。

 やっぱり変な顔だった。

 目は腫れているし、隈も凄い。

 

 こんな笑顔、可愛いと褒めてくれたママには見せられないなと思い……また涙が溢れた。

 

 

 

 ようやく落ち着いたあすみが病室へ向かうと、スーツを着た男女とすれ違った。 

 

「まったく厄介なことになったな。今時過労死だなどと、組合の連中を喜ばすだけじゃないか。現場は何をしていたんだ?」

「大まかに話を聞いたのですが、どうも一部の職員による……仕事の押しつけや……事があったらしく……過剰な……」

「それは……大事には……遺族……説明は――」

 

 声が遠ざかっていく。

 だがそれを追いかけて確かめる気力は、今のあすみにはなかった。

 

 母はもういない。

 死んだのだ。

 

 なにをしたところで母が戻ってくるわけじゃない。

 なにもかもが、もうどうでも良くなってしまった。

 

 だけど一つだけわかったことがある。

 

 

 ――神様なんて、いないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日から、あすみが心からの笑顔を浮かべることはなくなった。

 母を救わなかった世界なんて、滅びてしまえばいい。

 

 優しかった母を、周囲の人間は誰も助けてくれなかった。

 働き詰めて体を壊して、それでもあすみのために無理をして。

 

 誰か一人でも母に手を貸していたら、こんなことにはならなかったのに。

 だけど現実はいつだって残酷で、あすみの母は死んでしまった。

 

 葬儀の席で、母の知り合いや親戚だと名乗る者達を冷めた目で見ながら、あすみは自らの心が死んでいくのを実感していた。

 

 母の職場の同僚だと名乗る連中があすみの前に居た。

 どの面下げてきたのかという気持ちで一杯になった。

 

 許されるならあすみ自身の手で殺してやりたい。

 ここにいるのはみんな、あすみの敵だ。

 

 

 ママを救わなかった――殺したも同然の連中なんて、全員死んじゃえばいいんだ。

 

 

 それでも喚き散らさなかったのは、亡き母のことを想ったからだ。

 あすみが無様を晒せば、たとえ葬儀の席だろうが母を悪く言う奴が出てくると思ったから。

 

 大人達の醜悪な会話に耳を塞ぎ、あすみは気丈に涙を堪えていた。

 だが皮肉にも、それを見た大人達はあすみのことを不気味がる。

 

 母親が死んでも涙一つ見せない。

 何を考えているのかよく分からない。

 

 あすみの容姿が整っていたこともあり、不気味さはさらに増していた。

 人は自身の理解できないモノを排斥する。

 

 あすみの今後を話し合うという名目の押しつけ合い議論は長引き、最終的に決まった一家の顔を見たあすみは、ろくでもない未来しか想像できなかった。

 

 厄介事。お荷物。

 彼らの顔に、そうはっきりと書かれてあったからだ。

 

 施設に入れるのは一族の世間体が悪いという、ただそれだけの理由であすみは引き取られた。

 母方の親戚に当たる一家に預けられたあすみだったが、そこは以前と比べようがないほど最悪の環境だった。

 

 物置に使われていたプレハブ小屋を与えられ、母屋に立ち入ることは許されなかった。

 食事は家族とは別に出され、水や風呂は庭の水道を使うように指示された。

 

 犬猫のような扱いだとあすみは思った。

 すでに出来上がっていた「家族」の中に、あすみという「異分子」を受け入れることは彼らには無理だったのだ。

 

 その一家には、あすみ以外にも三人の子供がいた。

 

 中学生の長男はあすみを蹴り上げて笑い、高校生の長女はゴミを見るような目であすみを無視し、あすみと同い年の次女はあすみを徹底的にイジメた。

 

 その家族にとって、あすみは奴隷だった。

 特に次女は年が近いこともあり、またあすみの容姿が整っていたことに嫉妬していた。

 

 初めて会った時から、次女はあすみが気に入らなかった。

 自分の領域に入ってきた邪魔者。それが彼女の認識だった。

 

「あんたさ、わたしの家に世話になってるんだから……わたしのお願い聞くのは当たり前の事でしょ?」

 

 あすみは預けられる際、仲の良かった友達とも離れてしまい、転校してきた学校にもあすみの居場所はなかった。

 

 そこは次女と同じ学校だったからだ。

 おまけに同じクラスでもあった。

 

 集団でイジメられるのも時間の問題だった。

 イジメは次女が率先して主導していた。

 

 なにせ初日から大声であすみの生い立ちを暴露し、散々に陰口を叩いていたのだ。

 あすみの過去は話題の一つとして晒され、クラス中が沸いていた。

 

「へーかわいそー」「そうなの、神名さん?」「それじゃ○○ちゃん家に住んでるの?」

 

 無邪気で無神経な質問が、矢継ぎ早に放たれる。

 

「両親いないんだ」

「かわいそう」

 

 いかにも善人そうな顔を浮かべ、盛大に哀れまれた。

 だがその口端には笑みが浮かんでいることに、あすみは気づいていた。

 

「ドラマの話みたい」

「いいよなー。口うるせーババァがいねぇんだろ? 最高じゃん」

 

 中には、まるでそれが素敵な事であるかのように語る者もいた。

 

 非日常に対する憧れ。

 幸せだからこそ許される、無自覚な優越感に満ちた羨望。

 

 そんな彼らに対して、あすみは心の底から思った。

 

 

 

 ――みんな死んじゃえ。

 

 

 

 それでもあすみは我慢した。

 無神経な言葉に耐え続けた。

 

 だがそんなあすみに向かって決定的な言葉を口にしたのは、やはり次女だった。

 

「それにお母さんが言ってたんだけど、あすみちゃんのお母さんって□□□□だったらしいよ」

「□□□□?」

 

 葬儀で散々に耳にした、あすみの母を侮辱する言葉を耳にした瞬間、あすみは次女を殴り飛ばしていた。

 

 頭が真っ白になっていた。

 感情が理性の鎖を吹き飛ばし、体を動かしていた。

 

 だが我に返ったところで、してしまったことは変えられない。

 気付けばあすみの手には次女の鼻血が付いていて、周囲は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。

 

「きゃああああ!!」「先生、先生を呼べ!」「あの転校生やりやがった!」「なにあの子、信じられないっ!」

 

 それがあすみにとって、更なる地獄の始まりだった。

  

 

 

 

 転校してすぐに「突然暴力を振るった」あすみは完全に問題児と判断され、先生からは苛烈な叱責を浴びせられ、周囲のクラスメイト達から白眼視に晒され続けた。

 

 あすみが家に帰れば帰ったで、先生と次女から事の次第を聞いた一家から帰宅早々頬を張られ、蹴り飛ばされ、延々と正座を強要されながら叱り続けられた。

 

「引き取ってやった恩を仇で返しやがって!」

 

 父親が机を力任せに叩く。

 その大きな音に、あすみはびくりと肩を震わせる。

 

「うちの子に暴力振るうなんてどういうつもりよ! 傷が残ってみなさい! あんたの体に十倍返しで刻みつけてやるわよ!」

 

 母親が般若の顔を浮かべ、あすみの髪を引っ張った。

 

「だから言ったじゃん。こういうのは躾が大事なんだよ」

 

 気楽な声で横から長男が訳知り顔を浮かべる。

 その耳には最近作ったピアス穴が開いていた。

 

「どうでもいいけど、面倒事はごめんだし。今からでも施設に放り込めばいいんじゃないの?」

 

 長女はあすみを一瞥もせずに携帯ゲームをしていた。

 そのうち喧噪にうんざりしたのか、あすみに一瞥もくれず自室へと戻っていった。

 

 次女は終始、泣き真似をしていた。

 被害者であることを全身全力で両親にアピールし、それを見た両親がさらにあすみを怒る。

 

 あすみの味方は誰もいなかった。

 日が変わろうかという時刻になってようやく解放されたあすみに、次女が近づいて耳打ちする。

 

「……これで許されるとか、思わないでよね。

 ああ、明日からの学校が楽しみ」

 

 そう言って、次女はあすみを突き飛ばした。

 その時次女の浮かべた笑顔は、あすみへの憎悪で醜く歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 狭いプレハブ小屋の角に蹲りながら、あすみは周囲への憎悪を募らせる。

 

 誰も、あすみを守ってはくれない。

 誰も、母の名誉を守ってくれない。

 

 あすみの母がいない。

 ただそれだけのことで世界は豹変し、悪意を剥き出しにしてあすみに襲い掛かってくる。

 

 次女の宣言通り、翌日からあすみに対してイジメが始まった。

 手加減を知らない子供達は、無邪気にその残虐性を発露する。

 

 一つ一つは耐えられる事でも、積み重なれば背負いきれない重さとなる。

 無抵抗のあすみに対して、遠慮のなくなった集団は暴走を始め、際限なくエスカレートしていく。

 

 階段から突き飛ばされる。

 プールの水を飲まされる。

 トイレに監禁され、ゴミを投げ入れられる。

 

 剥き出しの悪意に晒され続けた少女は、人間の醜悪さを知った。

 

 子供は誰もが天使だと、どこかで聞いたことがある。

 生まれたばかりの赤ん坊を抱きしめ「この子は私の天使です」と笑う母親をテレビで見た覚えがある。

 

 確かに生まれたばかりの赤ん坊は天使なのかもしれない。

 だけど地上で生きるということは、穢れるということだ。

 

 つまるところ人は天使にはなれず、なれるとしたら人の皮を被った悪魔がせいぜいなのだろう。

 

 国語の教科書にあった性善説なんてものは、あすみの教科書のように靴跡がびっしりと付けられた代物でしかないのだ。

 

 悪意の中であすみは考え続ける。

 それ以外、このどうしようもない現実から逃れる術はなかった。

 

 今日も一日を生き延びたあすみは、口癖になってしまった言葉を呟く。

 

「……みんな、死ねばいいのに」

 

 母という唯一無二の庇護者を失い、一人になったあすみは、着実に精神を磨耗させていった。

 

 

 

 ある時、あすみはふと思い出した。

 それは衝動的な閃きだった。

 母が生きていた時は欠片も思わなかったことだ。

 

 ――あすみのパパは今、何をしてるんだろう?

 

 あすみの父は幼い頃に母と離婚して以来、顔を会わせた事もなかった。

 現にあすみの記憶の中の父はぼんやりとしていて、はっきりと思い出せなかった。

 

 かつて一度だけ、父の名で家に送られてきた手紙を見つけたことがある。

 中身は抜き取られていたが、便箋だけは偶然にも大掃除の際に発見していた。

 以来、母にも内緒で持ち続けていた、唯一父の手がかりとなる物だ。

 

 便箋の裏には住所が記されていた。

 

 その場所を調べ上げ、あすみは計画を立てた。

 隠し持っていたへそくりを使ってあすみは父に会いに行く。

 

 

 

 そして儚い希望は、呆気なく打ち砕かれた。

 

 

 

 そこには幸せな家族の姿があった。

 あすみの居場所など、どこにもない。

 

 その光景を見ていると、自分が酷く惨めな存在に思えた。

 

 代わりに眩しい笑顔を浮かべる幼い少女と、見知らぬ女の姿がそこにはあった。

 あすみと母を捨てて、父親は新しい家庭を築いていたのだ。

 

 

 あすみの父だった男は、あすみ達のことを何一つ知らない顔で、幸せそうな顔を浮かべている。

 

 

 

「……………………なにそれ。ふざけないでよ」

 

 

 

 母が女手一つでどれだけ頑張ってきたのか、あの男は知っているのだろうか。

 母がどれだけ気丈に振る舞っていたのか、あの男は知っているのだろうか。

 あすみが今どんな境遇にいるのか、あの男は知っているのだろうか。

 

 知っていたらヒトデナシ。

 知らなくても、のうのうと笑っているような輩には違いない。

 

 ――あれが本当にわたしの父親なの?

 

 間違いかとも思ったが、男の顔は幼い頃見た記憶の面影と重なり、なにより血の繋がりは一目見てわかってしまった。

 

 一体自分は、何を期待していたのだろう。

 母の葬儀にすら顔を見せなかった時点で、あの男はもはやあすみの家族ではなかったのだと悟るべきだった。

 

 あすみの本当の家族は、亡き母だけ。

 

 気が付けば、あすみは地元の駅の改札口を抜けていた。

 自らの巣穴であるプレハブ小屋に戻ると、丸くなって眠る。

 

 

 

 ――もう誰も、信じられない。

 

 

 

 

 そして再び繰り返される日常。

 あすみにとってそれはもはや平穏ではなく、永遠の地獄を意味していた。

 

 自分がどんどん惨めな存在になっていく気がした。

 死んだ方が楽なのかもしれないとすら思った。

 

 けれど自分が死ねば、あすみを取り巻く連中が喜ぶだけだと分かっていた。

 あすみが死ねば、連中も表向きは悲しむだろう。必要ならば涙すら見せるだろう。

 世間の目という、本当にあるのかどうかすら分からないものを気にして。

 

 そして隠れて大笑いするに違いない。

 そういう連中なのだと、これまでの付き合いからあすみは十分に理解していた。

 

 明らかにイジメられている現場を目撃した教師は、見て見ぬ振りどころかあすみが悪いと決めつけた。

 

「あなたがちゃんとしないから、そうなるのよ?」

 

 あすみは馬鹿を見る目でその教師を見た。

 その反抗的な視線に、青筋を立てて教師は怒る。

 

 図体がデカいだけで、中身はあすみをイジメるクラスメイトと大差なかった。

 

 だからあすみは、大人に期待するのを止めた。

 唯一、母との想い出だけが心の支えだった。

 

 

 

 

 そんなある時、あすみの目の前に銀髪の女が現れた。

 中学の物だろう制服に、あすみと違って輝くような銀髪をした少女だった。

 

 紅い瞳の少女は、あすみと視線を合わせる。

 何もかも見透かすような血を思わせる瞳だった。

 

 あすみよりも年上の少女は、外見よりもずっと大人びた声で言った。

 

「あなた、良い目をしているわね」

 

 しゃがみこんで、彼女はあすみと同じ視線の高さに顔を合わせた。

 伸ばしっぱなしだったあすみの髪をかき分け、顔を覗き込んでくる。

 

「なにもかも滅茶苦茶にしたくて仕方のない目。

 絶望に犯され、世界のすべてを諦めきった目。

 それでも憎悪だけは消えてなくならない。

 煮えたぎる地獄のような目だわ」 

 

 なぜかその間、あすみは身動きがとれなかった。

 まるで悪い魔女に魔法を掛けられたかのよう。

 

「それに可愛い。実に私好みだわ」

 

 その台詞だけ聞くと変質者の類だろう。だが彼女の瞳はどこまでも優しかった。

 そもそも今のあすみを見て、いくら変質者といえども可愛いなどという言葉は出てこない。

 

 家でも学校でも、まともな食事にすらありつけない生活を送っているのだ。

 イジメと虐待によるストレスもあって、あすみはガリガリに痩せ細っていた。

 

 だがそれでも、あすみは彼女の言葉が嘘だとは思わなかった。

 それは彼女の視線が、久しぶりに見たあすみを否定することのない物だったからなのか。

 あすみ自身にもわからなかった。

 

「ねぇあなた、私と契約して魔法少女になってみない?」

 

 その日、神名あすみは銀髪の少女と出会った。

 彼女は古池凛音と名乗り、自らを【銀の魔女】だと称した。

 

 【銀の魔女】は<魔法少女>という存在を語る。

 奇跡を叶える代わりに、魔女と戦う使命を背負う魔法の契約。

 

 普通なら頭がおかしいとしか思えないそれも、実際に魔法を見せられれば納得するしかなかった。

 

 だが銀の魔女は、更なる説明を続けた。

 

「あなたには真実を話しましょう。この契約には大きな裏があるの。

 契約した少女の魂は<ソウルジェム>という携帯可能な宝石に変えられ、肉体は魔女との戦闘に耐えられる別物になる……ぶっちゃけ、魔法少女っていう名のゾンビね。

 そしてソウルジェムが穢れを溜めきった時、魔法少女は魔女へと堕ちる。魔法少女達が戦う魔女の正体は、そんなかつて魔法少女だった者の成れの果てよ。

 言ってしまえば奇跡の対価に、絶望的な戦いに明け暮れることになるの。

 それでもなお、あなたは<奇跡>を望むのかしら?」

「……願い事は、なんでもいいの?」

 

 だがあすみは、そんな魔女の忠告などほとんど耳に入らなかった。

 ただ奇跡の権利だけがあすみの興味を惹いていた。

 

 それ以外の事なんて、本当にどうでも良かったのだ。

 

 魔法少女? 魔女? ――勝手に殺し合って、死ねばいい。

 

 契約の代償がそれならば、あすみも躊躇いなく殺して死んでやる。

 そんな自棄とも言える心境のあすみに、魔女は微笑みながら答えた。

 

「その願いが、あなたの魂を捧げるに値するものならば。なんでも叶えてあげられるわ」

 

 あすみにとって、自分がどうなろうが最早どうでも良かった。

 だけど自分ばかり不幸なのに、あのクソのような連中が幸せなのは許せない。

 

 だからあすみは、迷うことなく願った。

 

「……ならわたしは、わたしの知る周囲の人間を絶望させたい。考えつく限りの不幸を与えたい。

 死んだ方がマシだってくらいに……生まれてきたことを、この手で後悔させてやりたい」

 

 他人の不幸を。

 あすみを取り巻く世界の破滅を。

 

 希望を願う魔法少女の契約で、真逆の絶望をあすみは願った。

 その祈りを、銀の魔女は聞き遂げる。

 

「くふっ……ふふふっ……あはははははハハハハハッ!!」

 

 魔女が狂ったように大笑する。

 

 だけどあすみは気にしなかった。

 嘲笑われることには、もう慣れてしまっている。

 

 だからどうとも思わない。

 

 けれどもし奇跡の話が嘘だったなら、絶対に殺してやろうとあすみは思った。

 そしてリンネは息も絶え絶えに呼吸を整えると、三日月のような笑みを浮かべた。

 

「あなた、最高ね!」

 

 銀色の光が溢れ、リンネは魔法少女へと変身した。

 虚空から指揮杖を取り出すと【銀の魔女】は魔法の契約を執り行う。

 

「【銀の魔女】の名の下に、その願い確かに聞き遂げましょう。

 あなたの祈りはエントロピーを凌駕した。

 ここに禁断の契約を結びましょう」

 

 あすみの全身を銀色の光が包み込む。

 温かな光の眩しさに目を瞑り、恐る恐る瞼を開いた先には、一つの宝石が浮かんでいた。

 

 ソウルジェム。

 あすみの魂の宝石は、奇しくも魔女と同じ銀色に輝いていた。

 

「神名あすみ――あなたならば、やがて最凶にして最悪の魔法少女へと至るでしょう。

 その誕生を他の誰が祝わずとも、私は祝福します」

 

 

 

「――生まれてきてくれて、ありがとう」

 

 

 

 その言葉にどう答えれば良いのか、あすみにはわからなかった。

 だけどこれだけは言える。

 

「……………………うざい」

 

 あすみにとって、もはや優しさは毒だった。

 腹の底がムカムカして頭を掻き毟りたくなる。

 

 だがリンネの反応は、あすみにとって予想外のものだった。

 

「幼女からのツン台詞頂戴しましたー! これであと百年は戦える! もうそんなこと言ったって、お姉ちゃんは構うのを諦めないんだゾッ! 

 むしろ私のことはママと呼んでも構わないわ! 同じ銀髪同士だし違和感ゼロよ!」

 

 その言葉を聞いて、あすみは心に誓った。

 あすみの聖域に、無神経に土足で踏み込んだこの魔女は、許してはおけない。

 

 ――この女も最後に殺してやる。

 

 そんなあすみの考えを知ってか知らずか、リンネはあすみの手を引いた。

 

ようこそ魔法の世界へ(Welcome to the magic world)! 歓迎するわよ、あすみん!」

 

 その日、あすみは地獄のような現実からさよならした。

 もしかしたらそれは、新たな地獄へと移っただけなのかもしれないが。

 

 どこまでも上機嫌な魔女の姿を見上げ、あすみはそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 家と呼ぶことすら忌むべき場所へと戻ったあすみは、門前でばったりと次女に出くわした。

 

 軽い様子でちらりとあすみを見た次女は、そのまま母屋へと入っていく。

 石くれを見るような目で、あすみを気にも留めていない様子だった。

 

 そんな彼女の背中に、あすみは声を掛けた。

 

「……ねぇ、ちょっと」

「あのさぁ、気安く話しかけないでくれ……は?」

 

 次女が振り返った先、そこには魔法少女に変身したあすみがいた。

 

「なに、その格好……」

 

 あすみは陰湿な薄笑いを浮かべ、手にしたメイスを振り回した。

 棘の付いた鉄球――<モーニングスター>が次女の両足に直撃し、呆気なく粉砕する。

 

 布に包まれた枝を、まとめて折ったような音が聞こえた。

 

「あぎゃああああああああ!!??」

 

 鶏が絞められた時のような甲高い悲鳴を上げ、次女は溺れたように手をばたつかせる。

 

「んだよ、ウルセェな……」

 

 玄関から暢気に顔を出した長男は、目の前の惨状に絶句した。

 妹の腰から下が、壊れたマネキンのようにぐちゃぐちゃに曲がっていたのだ。

 

 そして血糊のついた鉄球を手にしたあすみが、ゴスロリ姿ともいえる奇妙な格好で立っていた。

 

 わけもわからず頭に血が上った長男は、反射的にあすみを怒鳴りつけ、いつものように蹴り上げようとする。

 

 だがその足を掴んだあすみは、一振り。

 それだけで長男の体は宙を舞い、即座に叩きつけられた。

 

 石垣に長男の頭部が命中して鈍い破裂音が聞こえる。

 ぴくぴくと痙攣する長男の足を離すと、あすみは一歩一歩ゆっくりと次女に近づいた。

 

「ひっ!? い、いや……いやあああああ! 助けて、助けてママ! ママぁあああああああっ!」

 

 顔面から涙と鼻水を垂れ流して助けを呼ぶ次女を、あすみは冷たく見下ろした。

 

「……いいわね、助けを呼べて」

 

 あすみにはもう、そんな相手は誰一人いないのに。

 

 その幸せが妬ましい。

 だからもっと不幸にしないと。

 

「ちょっと!? なにを騒いで――!!」

 

 遅れてやってきた母親に、あすみは魔法をかけた。

 それだけで母親は狂った。

 

「あぎゃががほほおおおおいえっ!?」

 

【精神攻撃魔法】

 

 あすみが契約で得た魔法は、相手の精神に直接作用する物だった。

 今の母親の精神は歯車を二三本外した状態で、見るもの全てに恐怖を感じるようになっていた。

 

「お、お母さん……!?」

 

 その狂態に思わず我に返った次女だったが、さらなる絶望が彼女を襲う。

 助けを求めたはずの母親が、なぜか自分の首を絞め始めたのだ。

 

「ぐ、ぐるじい……やめ、で……っ」

 

 だが返ってくるのは意味の分からない叫び声ばかり。

 あすみの魔法によって、母親の認識では次女が全ての元凶になっていた。

 

 怖いのも。

 苦しいのも。

 

 風が吹くのも空が青いのも娘達の成績が悪いのも夫の帰りが遅いのも、何もかも次女が悪いと思い込んでいた。

 

 その様を、あすみはしゃがみ込んで横から観察していた。

 

「……そんなに苦しい?」

 

 次女は視線であすみに助けを求めた。

 

 たすけて……!

 どうしてわたしが、こんな目にあわなくちゃいけないの……!?

 

 涙を流して懇願する瞳。

 自分は被害者だと訴える無邪気で残酷な目だ。

 

 その両目で、あすみがイジメられるのを笑いながら見ていたことを、あすみは忘れていない。

 だからその目玉を、あすみは容赦なく抉り取った。

 

「――――ッッ!!」

「……そういえば、わたしがやめてって言った時、あなたはいつも笑ってたね。

 ねぇ、いまどんな気持ち? 苦しい? つらい? 死にたくない?

 ……大丈夫、安心して」

 

 あすみは久しぶりに感じる、晴れやかな気持ちで笑う。

 

「……簡単に死なせてなんか、あげないから」

 

 神名あすみは、その名に相応しい天使のような微笑みで、悪魔のように残酷な言葉を吐き出した。

 

 この世の全ての不幸を味合わせるには、この程度ではまだまだ生温い。

 生まれて来たことを後悔させるまで、惨劇は終わらないのだから。

 

 

 

 

 閉ざされた結界の中で、無数の屍が転がっている。

 魔女の生み出した使い魔でも、魔法による幻影でもない。

 

 それらは紛れもなく人間だったモノだ。

 

 今ではただの肉片となってまで生かされ続ける存在となり、もはや人間と呼ぶことすら痛ましいモノへと成り果てていた。

 

 肉片の中には、あすみをイジメたクラスメイト達がいた。傍観していた者もいた。担任の姿もあった。ただ同じ学校に通っていただけの者もいた。ただあすみと通り過ぎただけの者もいた。母の葬儀で見た者がいた。その者の家族であろう子供達もいた。父親がいた。知らない少女がいた。知らない女がいた。

 

 あすみの記憶にある全ての人間がここにいた。

 その全てを、あすみの手で不幸にしてみせた。

 

 犠牲者達の呪詛は、結界の中にさらなる異界が生まれかねないほど濃密なものだった。

 ただの魔法少女なら一歩踏み入れただけで汚染され、穢されかねない猛毒の瘴気だ。

 

 その中心地にて、ゴスロリ衣装を身に纏った銀髪の少女が、狂ったような笑みを浮かべている。

 

「……これでわたしのサヨナラ勝ち。ざまあみろ、バーカ」

 

 肉体を、魂を冒涜し尽くした少女は、晴れやかな笑みを浮かべる。

 その惨劇を、銀の魔女が月夜の特等席で見守っていた。

 

 

 ――新しいオモチャ、みーつけた。

 

 

 いま再び、新たな絶望の物語が幕を開ける。

 

 

 

 

 

 

 



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第二話 奴隷少女

今出来てるストック分だけ、連日投稿します。


 

 

 あすみはパチリと目を覚ました。

 季節的には夏の終わり頃とはいえ、体中にびっしょりと寝汗を掻いているのは、単に夢見が悪かったせいだろう。

 

 あすみの見る悪夢の中でも三本の指に入る嫌な演目――【銀の魔女】リンネとの出会いは、思い出したくもない過去に分類される。

 

 かつてあすみは、あすみと関わる者全てを不幸にし、最後に残った銀魔女(リンネ)を殺そうとした。

 だがリンネはあすみの魔法を歯牙にもかけず、ぐずる赤子をあやすようにあすみを地面に這い蹲らせた。

 

『私は全ての魔法少女を裏切り続けてきた【銀の魔女】。あなたはやがて竜にもなれる逸材だけど、今はまだ生まれたばかりのヒヨコ同然。そんなお尻に殻の付いたあなたに後れをとるくらいなら、とっくに死んでるわ』

 

 人の形をした化け物が、あすみの目の前にいた。

 精神を狂わす魔法も、因果をねじ曲げて不幸を与える奇跡の御技も、この化け物は鼻歌混じりに受け流してしまう。

 

 あすみの持つ手札では、この化け物を殺せない。

 

『……この、クソババァ』

『うーん、三十点。そこはかとなく反抗期の娘を持った気分で悪くないけど、どうせなら『お姉ちゃん』って呼んでくれた方が嬉しいわねぇ。あ、『ママ』でも全然オッケーよ。永遠の十四歳(自称)だけど実年齢は……ゲフンゲフン! おっと危ない。乙女の最重要機密が暴かれるところだったぜ。あすみん、恐ろしい子!』

 

 周囲には未だあすみによって作られた血肉が飛び散っている。

 そんな地獄の中で、銀魔女は一人茶番を演じていた。

 

 まるで喜劇のようだが、舞台を眺める者は誰も笑わない。

 笑えるはずがなかった。

 

 あすみは得体の知れない魔女を睨みつける。

 

『……殺すなら殺せばいい。呪って呪って呪ってやる。あんたも、くそったれな世界も、みんなみんな呪われてしまえばいいんだ』

 

 あすみは呪詛を吐き続ける。

 あすみの知る周囲の人間全てを不幸にしてなお、彼女は満たされない。

 

 彼女が本当に欲した物は永遠に手に入らず、憎悪は薄れることなくむしろ溢れんばかりに注がれ続ける。

 

 きっと世界が終焉を迎えても、あすみは呪いを振り撒くだろう。

 もうそれだけしか、あすみに残された物はないのだから。

 

 そんな有様の少女を、リンネは呆れたように見下ろしていた。

 

『私があすみんを殺す? なんで?』

 

 きょとんと首を傾げ、心底不思議そうに銀魔女は告げる。

 

『だって、あなたはもう私のモノだもの』

 

 異論は認めなーい、と楽しげに魔女は笑った。

 それはあすみの神経を逆撫でするのに十分過ぎる言葉だった。

 

『……ふざけないでっ、誰が、あんたのモノになんかッ!』

 

 モーニングスターを爆発させ相打ちを狙う。

 だがいくら目を閉じて待てども衝撃はなく、代わりにあすみは蛇のような影に絡め取られていた。

 

『その程度の手が読めないとでも思った? なんてね』

 

 魔女は楽しそうに、拘束されたあすみの頬をつつく。

 

『さてさて、このお転婆さんを躾るには骨が折れそうだ。かといって私も多忙でね。付きっきりというわけにはいかないんだ。本当に残念だけど。

 できることなら黒球に連れ込んでにゃんにゃ……もとい心温まるハートフルなラヴデイズを送りたいところだけど、生憎と今はメンテ中でね。代わりと言っちゃなんだけど、私の祝福をあげましょう』

 

 魔女は銀の指揮杖を取り出すと、魔法陣を虚空に描いた。

 複雑な文様は幾何学的に絡み合い、青い不定形の物体を呼び出した。

 

 それを見たあすみは、全身が総毛立った。 

 あれは嫌なものだ、おぞましいものだと本能が警鐘を鳴らす。

 

 嫌悪感から身じろぎして遠ざかろうとするものの、まるで無駄な抵抗だった。

 銀魔女は注射を嫌がる子供を見るような苦笑を浮かべると、指揮杖を振り下ろした。

 

『魔女の祝福(のろい)を与えましょう。銀色の祈り(しはい)を刻みましょう。外法<聖呪刻印(スティグマ)>』

 

 魔法少女を奴隷へと堕とす、禁忌の外法が発動した。

 

 

 ――その日から神名あすみは、銀魔女の奴隷になった。 

 

 

 

 

 

 

 汗を落とすためにシャワーを浴びながら、あすみは自らの身に植え付けられた刻印を眺める。

 下腹部から背中を伝ってトグロを巻くような紋様は、あすみを拘束する蛇のようにも、あすみ自身の羽のようにも見えた。

 

 リンネの奴隷となって以来、あすみは銀魔女の走狗として生活を送っていた。

 

 あすみに任された主な仕事は、魔法少女を狩ることだった。

 より正確に言うならば、魔法少女を魔女にしてから殺すことだ。

 

 状況によっては生け捕りを指示される事もあったが、彼女達の末路を思えば一思いに殺してやった方が慈悲だとさえ思えた。

 

 あすみの魔法は反則的な存在であるリンネにこそ効かなかったものの、通常の魔法少女相手には劇的なまでの効果があった。

 相手の肉体ではなく精神を直接攻撃できるあすみの魔法は、ソウルジェムが本体である魔法少女にとって致命的な攻撃だったのだ。

 

 あすみの他にも複数の狗が存在していたが、あすみの成績が一番良かった。

 それは決して、胸を張れるようなことではなかったが。

 

 そもそも、なぜわざわざ魔法少女を魔女にする必要があるのか。

 リンネから一応の説明は受けていたが、正直あすみにはどうでも良かった。

 

 宇宙のエントロピーがどうのとか、遠くの出来事過ぎて実感が沸かないというのが本音だ。

 ハーレム? とりあえず死ねばいいと思った。

 

 確かなのは、そうして魔法少女達から搾取したエネルギーを使って、銀魔女が何か得体の知れない邪悪な事を企んでいるということくらいだ。

 

 それが禄でもない企みなのは、間違いないだろう。

 だが奴隷であるあすみにはそれを止める事も、その気もなかった。

 

 ――こんな世界なんて、どうでも良いのだから。

 

 キュッと甲高い音を立てて、シャワーのノズルを閉める。

 ぽたぽたと水滴が前髪を伝い落ちていく。

 

 曇りガラスを拭うと、そこには暗い顔をしたあすみがいた。

 我ながら、ほんとに可愛くないと思う。

 

「……なにやってんだか」

 

 あすみは自嘲の笑みを浮かべた。

 

 奴隷となって以来、自ら死ぬことすらできない不自由さを呪う。

 世界が滅びればいいのにと願いながら、誰かの滅びを生み出す日々。

 

 いつかリンネを殺してやろうと思いつつ、未だに勝算の見えない化け物を相手に、いつしか諦めの気持ちがあすみを蝕んでいた。

 

「……心まで死んだら、奴隷ですらないじゃない」

 

 そうなれば、あすみはもはやただの人形だ。

 

 銀魔女の愛玩人形。

 それはぞっとしない未来だ。

 有り得ないと言い切れないのが、いっそう性質が悪い。

 

 人形部隊という化け物集団の存在を知っているから、なおのこと。

 あすみはリンネの子飼いとして、これまで魔法少女のそうした暗部を様々と見せられてきた。

 

 幾多もの魔女を掛け合わせて作られた化け物。

 魔法少女の死骸を使って創造された、死を恐れぬ人形達。

 時の流れの違う異界の中では、今も狂気的な研究が行われているのだろう。

 

 あすみが真に自由となるには、銀魔女を殺害しなければならない。

 あすみに刻印を与えた術者(リンネ)が死ねば、あすみの封印された<本当の魔法>で今度こそ何もかもめちゃくちゃにしてやるのに。

 

 堂々巡りの思考の最後は、いつも同じ結論に落ち着く。

 鏡の中のあすみは乾いた笑みを浮かべていた。

 

「……進歩ないわね、わたしも」

 

 

 

 バスタオルで髪を拭きながらリビングに出ると、そこにはリンネが朝食の支度をして待ち構えていた。

 とりあえず死んで欲しいと思った。

 

「おっはろー! ぐっもーにん、あっすみーん!」

 

 回れ右。

 あすみはくるりと半転し、リビングから退避する。

 

 これまでの経験から、面倒な厄介事を押し付けられることが目に見えていた。

 災厄が人の形をとったと言っても過言ではない存在、リンネの姿を朝から目にした時点であすみの本日の運勢はお察しな案配なのだろう。

 

 だがそんな安易な逃走を許すほど、リンネは甘くなかった。

 

「逃げれば追う、これ狩人の本能! ましてやそれが湯上がりあすみんならば! もはや言葉は不要!」

 

 リンネは変態的な俊敏性を以てあすみを捕獲すると、あすみが薄着なのを良い事に脇をくすぐり始めた。

 

「~~~~っ!?」

「お~お~、必死に無表情を取り繕うあすみんマジクールキュート。あすみんが実はクーデレなこと、お姉ちゃんはちゃんと知ってるんだから!

 おや、顔が赤いわね? 湯上がりなせいか、あすみんから漂うほのかなシャンプーの香りと、上気した顔がもの凄くエロス……もういっそのこと、このまま本番、逝っちゃう?」

「……ふ、ふざけんな! この変態女!」

 

 あすみのソウルジェムが輝き、モーニングスターが踊り狂った。

 

 

 ――只今ガチバトル勃発中のため、しばらくお待ちください。

 

 

「とまあ、微笑ましいスキンシップはさておき」

「……ほんと、死ねばいいのに」

 

 あすみの舌打ち混じりの悪態もなんのその、変態という名の淑女を自称する乙女(笑)は華麗にスルーしてみせる。

 

 戦闘の痕跡によってボロボロになった室内も、リンネが指揮杖を振るうことで何事もなかったように元通りになっていた。

 

 こういう何気ない魔法の行使を見る度に、つくづく化け物だと実感させられる。

 

 実のところあすみは本気で殺しに掛かったにも関わらず、いつもの様に軽くあしらわれてお終いになってしまったのが非常に不愉快だった。

 

 憂鬱な気持ちになるあすみとは裏腹に、リンネはやたらとポーズを決めて鬱陶しい。

 

「ほらほら、今日の私、なんだかいつもとちょっと違わない? どうよ?」

「……うざっ!」

 

 あすみは心の底からどうでも良いと思っていたので気にも留めていなかったが、リンネの格好は確かにいつもと違っていた。

 

 普段はどこぞの学校の制服を主に着用しており、ブレザーやセーラー服姿の時もあった。

 仕事着だと言っていたが、どう見ても本人の趣味だろう。

 

 そんなリンネだったが、今は何故かビジネススーツ姿だ。

 おまけに今更ながら普段よりも身長が高く、体つきも成長しているように見えた。

 今の姿は、年齢的にいえば二十代前半くらいだろうか。

 

「……なに、そっちがあんたの本性なの?」

「このアダルトビューティーなボディが私の本性か、だって?」

 

 そうは言ってない。

 だが調子に乗ったリンネの耳には届かなかったようで、リンネは胸元を強調するポーズを取りながら嘆くように説明する。

 

「残念だけどこれ、魔法なのよ。一応未来のヴィジョン(妄想含)を元に成長した姿に変身する魔法なんだけど、素体としての私は永遠の十四歳のままなのよね……」

 

 突っ込み所は多々あるものの、そんな反応をすればリンネが喜ぶだけだ。

 明鏡止水の心境であすみは無視を決め込み、さっさと本題を話せと促す。

 

「……で、わたしに何か用? 仕事の話なら端末でいいじゃない」

「もちろん、可愛いあすみんとのスキンシップのため……って、無言でモーニングスター振り回すのは怖いからやめっ!

 まったく……冗談よ。私も暇があればもっとあすみんに構いたいところではあるのだけど、生憎と変わらず多忙でね。実はこの後表の仕事があるから、今日のこの格好はついでに寄らせて貰ったっていうのが本当の所。ついでに私のカッコ良いスーツ姿を見せびらかしたかったり?」

 

 リンネは照れたように頬を染めた。

 それを真正面から見たあすみは、ゴキブリを発見した時のような表情を浮かべていた。

 そんな絶対零度のあすみの視線に気付かないまま、リンネは恥ずかしがるように言う。

 

「それに、こうして向かい合ってるとほら、母娘みたいだな……なんて」

「死ね」

「まさかの即答!?」

 

 あすみは今、自分がどんな顔をしているのかわからなかった。

 ただマイナス方向の感情が振り切れそうなのは確かだった。

 

 例えるなら、朝っぱらひどい三文芝居を見せられた上に■■■■で変態な狂人の妄言を耳にした時のような、公害に苦しむ地域住民さながらの苦味走った顔を浮かべていることだろう。

 

「ま、まぁ気を取り直して。本題はちゃんとあるわ。あすみんに一つお願いがあるの」

 

 『お願い』――これほど『嫌な予感』のする言葉はないだろう。

 どうせ拒否権などないのだろうが。

 

 もはや諦めの心境で、あすみはそのお願いを聞く。

 だが次の言葉を聞いたあすみは、己の耳を疑った。

 

「ある少女の護衛任務なんだけど、引き受けてくれないかしら?」

 

 これまでの任務で、数多の魔法少女達を発狂させてきた【最悪の魔法少女(神名あすみ)】が、よりにもよって。

 

「……護衛任務? わたしが?」

 

 思わずあすみが聞き返してしまったのも無理はないだろう。

 今まで殺したり壊したりするような仕事がほとんどで、護衛といった何かを守る事は一度もしたことがなかったのだから。

 

 けれど聞き間違いではなかったようで、あすみの疑問にリンネはあっさりと頷いてみせた。

 

「そうだよ。残念だけどタイムスケジュール的に手が空いてるの、あすみんしかいないんだよね。だから頼まれてくれないかな? ほら、アリス特製のプリンもつけるからさ」

 

 あすみとのバトル中でもリンネの張った堅牢な結界に守られていた食卓から、手作りらしいプリンが差し出される。

 それを払いのけたい誘惑に駆られながらも、食材に罪はないので仕方なく受け取る。

 

 どうせ拒否権などないのだ。

 ならば四の五の言っても仕方ないだろう。

 決してプリンに釣られたわけではない。

 

 それでも一応、保険として事実を告げておく。

 

「……でもわたしには、壊すことしかできない」

「逆に考えるんだ。まずはその幻想をぶち壊せばいいさって」

 

 やはり変態の言葉は理解しがたい。

 そう思いながら、あすみはリンネと朝食を共にした。

 

 味は悪くないどころか美味しかったが、なぜか食欲は出なかった。

 その原因は言うまでもないだろう。

 

「はい、あすみん。あーん」

 

 差し出された卵焼きを渋々口にしながら、あすみは心底思う。

 

 ――ほんとに誰かこの魔女、殺してくれないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三話 破滅のシステム

 今回はほのぼの(マスコットキャラとの語らい的な意味で)。
 時系列的には、前話より過去になります。


 

 

 

 高層ビルが建ち並ぶ都心のオフィス街。

 そのメインストリートから一本外れた場所にある店舗<シルバームーン>。

 S.W.C.系列と呼ばれる大手企業グループに所属しているこの店は、主な商品として女児向けの玩具や中高生にも人気の小物等を扱っているファンシーショップだった。

 

 だがそれは表の姿に過ぎない。

 

 魔法によって拡張された地下施設。

 その最下層にあるオフィスで、恒例となった商談が行われようとしていた。

 

 銀魔女によって作られた組織<S.W.C.(Silver Witch Company)>の表の顔は、こうした地下施設のカモフラージュ役を兼ねていた。

 

 こうした拠点が築かれたのはここだけではない。

 魔法によって地下にもう一つの世界が作られるのも、すでに時間の問題だった。

 

「計画は全て順調ね。少々物足りないくらいには」 

 

 地下にあるはずの窓からは青い光が射し込む。

 一面のガラスには魔法が掛けられ、現在はさながら水族館のような景色を映し出していた。

 

 デスクの上には、ここの新商品らしいぬいぐるみのディスプレイが置かれている。

 それに紛れるように、白い生き物が姿を現した。

 

「いやはや、僅か数年でここまで規模が拡大するとはね。正直予想外だったよ。

 魔法少女は多かれ少なかれ実社会からは外れた存在だ。

 特にきみみたいな魔法少女として規格外な存在が、まさか起業するとはね。

 流石に僕達も予想できなかったよ」

 

 賞賛の言葉を掛けるのは、白い体毛に赤い瞳を持った、猫のような体躯の生き物だった。

 

 耳から触覚を生やすこの生き物こそ、地球の外、宇宙の彼方からやってきた存在。

 【魔法少女システム】を考案し、人類の持つ感情に目を付けて以来この星を管理してきた孵卵器(インキュベーター)のキュゥべえだ。

 

 感情を持たない生命体の心ない賞賛に、銀髪の少女は呆れたように応じる。

 

「お世辞はいいわ。魔法なんていう裏技使ってトントンの業績しか残せない時点で、私の経営者としての器も知れるというものよ。

 私が学んだのは、表向きの業務はちゃんとした専門家の人を雇って任せた方がマシってことくらい。お陰様で海外にも拠点を置けたのは儲け物ね。

 そう言えば、その人達に信頼がおけるかどうかの選定には、魔法が大いに役立ったわね」

 

 いざとなれば<支配>の魔法もあるしね、と少女は口端を歪めた。

 その視線はキュゥべえを素通りし、窓に映るイルカの親子に釘付けだった。

 

「きみは実に悪い魔法少女だね。一般人相手に躊躇いもなく魔法を使うだなんて」

「そんなの今更でしょ」

 

 互いに感情なきまま無意味な言葉を交わし合う。

 

「私が悪い魔女だなんて、ほんとに今更過ぎる話よね」

 

 銀髪の少女、リンネは<悪>の魔法少女だ。

 それもただの悪ではなく、悪の中でもとびきりの。

 邪悪と称しても過言ではない悪行を積み重ねてきた生粋の悪党だ。

 

 彼女がキュゥべえに祈った奇跡は、人類の全てを裏切るモノだった。

 

 銀貨欲しさに裏切りを重ねる自らを【銀の魔女】と称し、これまで数多の魔法少女達を魔女に貶め、邪悪の探求を続けてきた。

 

「まぁ、それを一概に悪いことだと決めつけることは早計だろう」

 

 キュゥべえにとって、人間でありながら平然と人類を裏切るリンネの存在は重宝していた。

 

 なにせキュゥべえ自身は、人類に対してあくまで中立の立場なのだ。

 故に魔法少女同士の争いを誘導することはできても、直接介入する術はなかったのだ。

 

 ――これまでは。

 

「なにせきみという存在に、僕達が助かっている面があるのは事実だからね」

 

 リンネはキュゥべえの手駒として実に優秀だった。

 その独特なエネルギー回収方法も興味深く、あくまで中立であるキュゥべえが介入できない案件も次々と解決していった。

 

「それで今回の依頼なんだけど、ちょっと困ったことになっていてね」

 

 その実績があるからこそ、キュゥべえは多少の譲歩をしてでもリンネと取引を行うくらいには、彼らなりの信頼と期待を彼女に掛けているのだ。

 

 リンネも仕事の話は真面目に聞くかと、イルカの親子から視線を離した。

 一人と一匹以外に誰もいない、物理的にも魔法的にも完全防諜の施された室内で、すでに恒例となった取引は開始される。

 

 ……さて、今日はどんな難題が飛び出てくるやら。

 

 多少身構えたリンネだったが、キュゥべえの次の言葉はリンネの予想外のものだった。

 

「どうやら一都市全域に僕達<インキュベーター>を認識できない結界が掛けられたらしくて、その都市での勧誘ができない状況なんだ」

「ぶはっ!?」

 

 思わずリンネは吹き出して笑ってしまった。

 口元に笑みを残したまま、リンネは感情に無理解な地球外生命体に忠告してやる。

 

「くふふっ……まーたなんかやったんでしょ? あなただけピンポイントでシカトする結界だなんて、これは相当恨まれてるわね」

 

 誰が言ったか、好きの反対は嫌いじゃなくて無関心。

 

 地球上全域に網を張っている全インキュベーターの抹消が不可能である以上、疑似的にでも排除するためには、実に良い手だとリンネは感心する。

 

 そんなリンネに、キュゥべえはため息を付いて見せた。

 もちろんただのポーズに過ぎないのだろうが。

 

「いつものこととはいえ、理不尽だよね。人間の感情って。

 事実をありのままに話すと決まって同じ反応……怒りや憎悪、あとは悲しみと絶望かな? それらが過剰反応を起こして返ってくるんだから。わけがわからないよ」

「私としては、そこでわけわからないのが、わけわからんのだけど?」

「僕が言いたいのはね。どうして人間って非生産的な行動をするのが<好き>なんだろうってことだよ。認識の齟齬から生じる勘違いに気付いたのなら、より生産的な行動に移るべきだと思うんだ。

 例えばこの国では一人の少女が魔法少女になる確率よりも、交通事故に合う可能性の方が遙かに高い。

 それを考えれば、魔女になって死ぬことを恐れ、魔法少女にした僕に憎悪を向けるのは、やはり理不尽だ。

 少なくとも自覚してから死への猶予は与えられているし、なにより奇跡という対価を得ているんだから、僕達としてはどこに嘆く要素があるのか理解できない――」

「あ、クジラだ。おいしそう」

 

 窓ガラスの向こう側には、遠くでクジラが泳いでいる。

 

「……リンネ、ちゃんと僕の話を聞いてるのかい?」

「聞いてる聞いてる。実にキュゥべえらしい超理論で、思わず現実逃避しちゃっただけよ。というか長い! 本題から逸れることこそ非生産的な行為だとは思わんのかね?!」

「……まぁ確かに。きみの言葉も尤もだ。僕としては相互理解に必要なプロセスだと判断したのだから、まるきり無駄と言われるのは心外だけど」

 

 またキュゥべえの頭痛が痛い(誤)説明タイムが続きそうな気配を感じ取ったリンネは、慌てて本題に戻ることにした。

 

「そ、それで私達に頼みたい事っていうのは、その結界の解除って事で良いのかしら?」

「確かにそれもあるけど、優先度は低いね。結界のタイプも術者依存のようだから、それほど長期間展開できるとも思えないしね」

「それは魔力的な問題かしら?」

「いや、単純に魔法少女としての寿命があるからね。遅かれ早かれ、結末は同じさ。最もその例外として、目の前に今なお最長記録更新中の魔法少女がいるわけだけど……?」

 

 キュゥべえの意味深なセリフは努めて無視し、リンネは説明された現象について考える。

 

「……あー、なるほど。術者が死ねば結界も消える。そして、魔法少女はいつか魔女になる定めってね。それじゃ本当に単なる時間の問題じゃない? わざわざ私に依頼するほどの事なのかしら?」

 

 今回のケースは兵糧攻めを行うようなもので、時間はこちらの味方だ。

 こちらは向こうが勝手に絶望してくれるのをただ待てば良い。

 

 その時間を短縮する手伝いをするくらいは、こちらとしても別に構わないのだが。

 

「確かに今回の様なケースなら、ただ待つだけで解決するだろう。その結界を張った魔法少女の所属するチームが、内部崩壊を起こす可能性もあるしね」

「へぇ……そのチーム、構成人数はどの程度かしら?」

「六人だね。今のところは」

 

 キュゥべえの含みを持たせた言い方に、六人という数字はあまり当てにならなそうだとリンネは判断した。

 それを納得と受け取ったキュゥべえは説明を続ける。

 

「だから結界の解除そのものは、それほど優先度は高くないんだ。より大きな問題は彼女達の掲げている、とある<目的>の方だね」

「……まぁ、そんな大がかりな結界まで張ったのだから、さぞかし面白いことを内側でやってるんじゃないかしら?」

「面白いかどうかはさておき、僕としては少しばかり見過ごせない内容ではあるね。

 万が一にも成功は有り得ないと分かっているんだけど、きみが常々言っているように、魔法少女は無限の可能性を秘めている。

 良くも悪くも、きみという新しい魔法少女の形態が誕生したことで、僕達もまたその可能性について検討する必要があると思ってね。

 だから<正真正銘の奇跡が起こって>彼女達の目的が達せられてしまわないよう、保険を掛けようと思ったのさ」

「……ふーん?」

 

 リンネは気のない返事をしながら、横目でキュゥべえを観察する。

 

 といっても大した意味はない。

 感情のない連中をいくら観察したところで、人間的な洞察は意味を為さないのだから。

 

 リンネはこれまでキュゥべえをある種、打ち終わったプログラムや機械と同じで不変の存在だと思っていた。

 今だって根本的な部分は何一つ変わっていないだろう。

 

 だがリンネというイレギュラーによって、その思考に若干の変化が生まれているように感じられたのだ。

 それが良いことか悪いことかで言えば、正直なところ判断がつかない。

 

 だがあえて人間の視点から言わせて貰うなら、インキュベーターとて曲がりなりにも知的生命体を名乗る以上、学習もすれば変化もするのだろう。

 それでも連中が改心するとは全く思わないが。

 

「それで? あなたにとって困る彼女達の<目的>というのは?」

 

 その問いに、キュゥべえは淡々と答えた。

 

 

 

「現行の【魔法少女システム】の否定。

 どうやら彼女達は、魔法少女達の希望と絶望によるサイクルを、その手で終わらせたいらしい」

 

 

 

「…………………………………………は?」

 

 呆気。

 思わず間抜け面を晒してしまったリンネは、こほんと咳払いを一つ。

 

「それは……えと、どういう意味での否定? こんなの認めねーって駄々こねるレベル? それとも代替え案か何かが、あったりするの?」

「一応、代替え案らしき物はあるよ。彼女達の提唱する新システムの要は三つかな。

 一つは大前提として、僕達インキュベーターに頼らない【新システム】の構築。

 二つはグリーフシードに頼らない【ソウルジェム浄化装置】の作成。

 三つは魔女に相転移する前の、魔法少女達の【保護】だね」

 

 リンネはそれを聞いて思案すると、壁際に立てられていたホワイトボートにキュゥべえの説明を書き込んだ。

 

 【新システム】【ソウルジェム浄化装置】【魔法少女の保護】

 

「……まぁ、字面だけを見れば中々良い感じのプランにも思える。でも肝心要の【新システム】の中身が全然見えてこない。

 魔法少女が魔女に【相転移】する。希望は絶望に変わり、魔法少女は魔女となる。

 それこそが現行の【魔法少女システム】の骨子なわけだから、新システムはそれの代替えとなるべき何かが……あるの?」

「さあ?」

「……おいっ」

 

 一瞬でも期待した自分がバカみたいだ、とリンネは青筋を浮かべる。

 

「僕としてはより効率の良い回収システムができるなら、願ったりなんだけど。まぁ現在の【相転移】以上の効率は、僕達がいくら試算しても出てこなかったわけだし。

 僕達の想像も付かない、全く未知のアプローチでもあれば別だろうけど。だからきみ達魔法少女の可能性には、僕達も多少期待してる所がないわけじゃないんだ」

「まぁ効率重視の果てが、現行の魔法少女システムだものね。でも生憎だけど、あなたの期待するようなウハウハプランは、どうやっても出てこないと思うわよ?」

 

 そもそも普通の魔法少女がエントロピーだのエネルギーだのと、熱力学の法則に喧嘩を売るような真似はしないだろう。

 

「ともあれ、僕がきみに依頼したいのはその【新システム】の調査だよ。それと少しばかり興味を惹かれるサンプルもあるから、それの回収もお願いしたいね。恐らくは【新システム】の要となる端末だろう」

「その調査というのは、サンプル以外にもシステムそのものや、研究資料の奪取なんかも含まれているのかしら?」

「全容が分かれば手段は問わないよ。僕としてはサンプルが手に入って、彼女達が大人しく魔法少女の運命に身を任せてくれるなら、全く問題ないからね。残りはいつものように、きみの好きにすると良いさ」

 

 運命だとかさらりと言っているが、要は「魔法少女は大人しく魔女になってろJK」という意味である。

 そりゃシカト結界張られても文句言えないウザさだわぁ、とリンネは生暖かい目でキュゥべえを眺める。だが三秒で飽きた。

 

 ともあれ、仕事の内容は分かった。

 ならば後は報償についての交渉だろう。

 

「報償は<干渉遮断フィールド>の基礎理論とその実験設備で良いかしら? 実験設備といっても、ちゃんと実際に稼働して使えるものをお願いするわね」

「……確か以前から要望のあった奴だね。基礎理論は構わないけど、この星に機材を持ち込むのは僕達の立場上、認められないよ」

「あなたみたいな端末を無数に放っている時点で、ほんとに今更じゃない? じゃあ、こうしましょうか。パーツ毎にばらして端末に仕込んで持ち込めば――」

 

 ファンシーショップ【シルバームーン】。

 その店舗の直下に広大な地下施設が存在することを知る者は少ない。

 

 そして商談がほぼまとまった頃、リンネはうっかりしていたと頭を掻いた。

 

「そう言えば、まだ肝心の目的地と標的チームの名前を聞いてなかったわね」

 

 それにキュゥべえは答えた。

 

 

 

「場所はあすなろ市。

 彼女達はプレイアデス……【プレイアデス聖団】と名乗っているよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 聖団編、始まります。


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第四話 魔法少女を狩る者達

 

 

 

 夕暮れの逢魔ヶ刻。

 陽は遠ざかり、オレンジ色の光が僅かな間、世界を染め上げる。

 空は瑠璃色に変わり、早くも明星が輝き始めていた。

 

 そんな夜の帳が降りつつある街中で、必死の逃走劇が繰り広げられている。

 中学の制服を着た少女が、息を切らせてビルとビルの隙間を縫うように駆け抜けていった。

 

 できることなら、人通りの多い場所に逃げ込みたい。

 だが追っ手のことを考えれば、とてもそれを許してくれるとは思えなかった。

 

「はっ……はっ……!」

 

 息を切らせ、少女はひたすら走り続ける。

 腕には裂傷があり、制服は所々血が滲んでいた。

 

 悪夢だ。

 夢なら覚めて欲しい。

 

 そんな風に、酸欠気味の脳味噌はひたすら現実逃避したがる。

 どうしてこんなことになってしまったのか、少女は意味もなく追想してしまう。

 

 ――放課後、少女はいつものように仲間達と街を散策していた。

 別に目的もなくふらふらしていたわけではない。魔女を捜すためだった。

 

 少女は最近魔法少女になったばかりで、同じ学校に通う魔法少女グループに所属していた。

 幸い、先輩の魔法少女達は気の良い人ばかりだったので、魔法少女としての活動も最初に思っていたほど苦痛ではなかった。

 

 そんな時、彼女達の前に二人組の見知らぬ魔法少女達が現れたのだ。

 

『チョリーッス! あんたら狩りに来た者ッス。必死の抵抗を期待してるッスよ!』

 

 一人は和装風の衣装を着ており、『魔忍』と刻まれた鉄板の額当てを右目を覆うように掛けていた。

 

 背中には漆黒の長刀を二本指しており、抜刀するのは難しいように思える。

 だがどんな仕掛けか、少女が気付いた時には刀は既に抜かれており、二つの切っ先が斜陽に反射して殺意に輝いていた。

 

『無駄な抵抗を期待してどうするのですか。ああ、貴女達は何もしなくて結構です。全てこちらで処理しますので』

 

 もう一人は修道服に似た衣装を着ていた。

 その一見するとシスターのように見える小柄な魔法少女は、相手のことなどお構いなしに銀の十字架を掲げる。

 

主をほめたたえよ(HALLELUJAH)! 【鋼鉄の乙女(IRON MAIDEN)】! デス(DEATH)!』

 

 その瞬間、鉄の棺桶が仲間の一人を呑み込んだ。

 鋼鉄製の棺桶は聖母を模して作られ、一瞬だけ覗いた内部は無数の針で埋め尽くされていた。

 

 慈悲深き顔を浮かべ、聖母は罪人をその腕に抱く。

 そして罪人は、涙を流して懺悔する。

 決して慈悲に縋るわけではなく、単に苦痛から逃れたいがために。

 

 その、突如として現れた有名すぎる拷問道具に、誰もが言葉を失った。

 中から鮮血が、赤々と溢れ出てくる。

 

『いやああああああああああ!?』

 

 その時叫んだのは、果たして誰だったのか。

 少女だったかもしれないし、他のメンバーだったかも知れない。

 

 少女達のグループには、少女を含めて五人の魔法少女達がいた。

 だが一人は早々に棺桶に捕らわれ、残った半数、二人の仲間が激情のまま二人組に襲いかかる。

 少女は足が竦んでしまい、それを見ていることしかできなかった。

 

『っざっけやがって!!』

『貴様等ぁああ”あ”!!』

 

 少女がかつて見たことのない形相で、仲間の二人がそれぞれの武器を手に襲撃者達へ逆襲する。

 

『良い殺気ッスね。けど、ぜんぜんヌルヌルッス』

 

 斬。

 その時なにが起こったのか、少女には理解できなかった。

 

 ただ瞬きする間もなく、攻撃したはずの二人の仲間はバラバラにされ、汚物のようにアスファルトにぶちまけられていた。

 

『……ちゃんと殺してない、ですよね?』

『もち手加減したッスよ。ちょっと両手両足と声帯を切断しただけッス』

『普通に致命傷じゃないですかッ! このお馬鹿さん!』

 

 言うが早いか、修道服の魔法少女が銀十字に魔力を込める。

 すると灰色の箱のような物が出現し、バラバラになった肉片が独りでに跡形もなく詰め込まれていった。

 

『ほら、そこはシスターの仕事ッスからね。虫の息でも、生きてさえいれば良いんスから、むしろ無力化という点では一番の方法ッス』

『あなたはショック死という言葉を知るべきです。いくら魔法少女とはいえ、下手したら即死もののダメージですよコレ』

 

 ほんのつい数分前まで、笑顔で会話をしていた仲間達が、ただ死ぬよりもおぞましい目に合っているのに、襲撃者の二人はなんてことのない日常のように会話をしていた。

 

 その余りに狂った光景を目にし、少女の心は決壊した。

 

『うわぁあああああああああああああ!!』

 

 少女ともう一人の仲間は、逃げ出した。

 まだ息のある仲間を見捨てて逃げる罪悪感だとか、仇を討つべきだとか、そんな余裕のある考えは一切浮かばなかった。

 

 ただ目の前で起こった災厄から、自分の身を守ることしか考えられなかった。

 たとえ死んでいないとしても、あんな目には合いたくないと魂が悲鳴を上げていた。

 

 惨劇はひたすら恐怖心を煽り、逃走へと駆り立てる。

 

 仲間の一人は人通りの多い場所を目指したが、少女は逆に人通りの少ない場所を目指した。

 

 まともな思考の末の決断ではない。ただ本能的に分散した方が逃げきれる確率が高いと判断していた。

 そしてまず追いかけるなら、人通りの多い方へ逃げた仲間の方だろうと、そこまで無意識に考えていたのかは定かではない。

 

 ガチガチと歯の音が鳴り、ひどく汗を流しているのに、体の芯から冷え切っていた。

 

 コンクリートを背に、周囲に誰もいないことを確認した少女は、ビルの隙間に腰を下ろした。

 息を荒げ、自然と顔は上を向く。

 

 そこには、襲撃者の姿があった。

 

 壁に垂直に立っており、そこだけ重力が狂ったように佇んでいる。

 自称忍者である魔法少女は、囃し立てるように少女に言った。

 

「ありゃりゃ、もう諦めたッスか? 根性ねーッス。お仲間の人はもちっと頑張ったッスよ?」

「ひっ!?」

 

 その仲間とは、逃げたもう一人のことを言っているのだろう。

 その結末は、襲撃者がここにいる時点で察せられた。

 

 腰が抜けて立てない少女を、黒衣の少女がケラケラと笑う。

 

「おー、ちょっぴりホラー映画のお化けの気持ちが分かった気がするッス! 脅かすのが癖になりそうスね。案外、お化けの方もノリノリなんじゃないッスか?」

「お化けなんて、いるわけねーです。ほんと、お馬鹿さんですね」

 

 少女の逃げ道となる場所から、もう一人の襲撃者、修道服の魔法少女が現れる。

 

「えー、魔法少女がいるんスから、お化けがいたって良いじゃないッスか」

 

 黒衣の少女は壁から飛び降りて仲間と合流する。

 少女の逃げ道を塞いだ彼女達の顔には、少女が期待するような慈悲は、欠片も見当たらなかった。

 

「なにっ、なんなのよアンタ達!?」

 

 追いつめられた少女の言葉に、二人は困ったように顔を見合わせた。

 

「なんだと言われてもッスね」

「あなたと同じ【魔法少女】としか言い様がないです」

「同じ魔法少女なら、どうして私達を襲ったの!?」

 

 ブラウンの癖毛をいじりながら、修道服の魔法少女が答える。

 

「それがお仕事ですから。理由なんて、それで十分でしょう?」

 

 勿論、そんな理由で襲われた少女が納得できるはずもない。

 

「ば、馬鹿にして! ふざけないで!?」

「良い殺意ッスね。殺るなら受けて立つッスよ。ハリーハリーハリー!」

 

 忍者マニアでゲーム脳で、おまけに戦闘狂な所もある相方に、修道服の魔法少女は溜息をついた。

 

「あのですね、遊ぶのはいい加減に……」

 

 その隙に少女はソウルジェムを握りしめ、魔法少女へ変身しようとする。

 だがその前に、強烈な蹴りが少女の腹部に直撃した。

 

「しなさい、デス!」

 

 魔法で強化された一撃は内臓を破壊し、少女に地獄の苦しみを与えた。

 

「……ぅ……ぁ……っ」

 

 金魚のように喘ぐ少女の髪が、無造作に掴み上げられる。

 手からソウルジェムがこぼれ落ちた。

 

「あーあ、つまんないッスね。それじゃどうするッスか、コレ? もうジェムが限界くさいんスけど?」

 

 釣り上げた魚を見るような目で、地面に転がるソウルジェムの濁り具合を確認すると、傍にいる同僚に問いかけた。

 シスターは端末を取り出して、獲物の情報を確認する。

 

「ちょっと待って下さい。いまそれの魔力パターンを照合しますから……ああ、これですね。うん、ランク評価D級の……特に指定はないようです。

 ここで魔女化処理しちゃいましょう」

「投薬もなしッスか?」

「期待値も低いですし、勿体ないのでナシで行きます」

「りょーかいッス」

 

 少女にとって、永遠とも思える地獄が始まる。

 彼女達の手には、悍ましい拷問道具の数々が握られていた。

 

 

 

 

 

 

 それからしばらくして、一体の魔女が生まれ出る。 

 だが生まれたばかりの魔女は、誰に知られることもなく滅ぼされてしまった。

 

 後に残ったグリーフシードを回収した頃、二人の背後にゴスロリ衣装の魔法少女――神名あすみが現れた。

 

 それを当然のように、二人は迎える。

 何故ならこの小柄な少女こそが、彼女達二人の上役なのだから。

 

「……二人とも、終わった?」

「あ、リーダー。こっちの作業は終わったとこッス」

 

 黒衣の忍者風魔法少女、シノブは刀を鞘に納めながらあすみに応じた。

 魔法で出来た刀身は、骨肉を幾ら切り刻んだところで刃こぼれ一つなく、血糊も込められた魔力によって払われていた。

 

 修道服の魔法少女、サリサは魔女となった少女へ鎮魂の祈りを捧げる。

 犠牲となった少女のためではなく、彼女の信じる神へ捧げるために。

 

 一通り祈り終えると、サリサはあすみへと報告する。 

 

「これで本日の依頼は全て達成です。そちらは問題ありませんでしたか?」

「……後詰めとして逃走経路を封鎖しただけし、特には。あとは多少ゴミ掃除をしたくらい」

 

 あすみが逃走経路を見張っている最中、路地裏で中学生くらいの男子が、エアガンで猫を虐待している場面に遭遇したのは、互いにとって不幸な出来事だった。

 

 結果だけいえば、あすみは片目の潰れた猫を保護した。

 代わりに近年増加傾向にある行方不明者が、また一人増えただけのつまらない話だった。

 

「あ、猫ちゃんですね。かーわいー! この子、隊長が飼うんですか?」

 

 あすみの腕に抱かれている黒猫に、サリサが歓声を上げる。

 撫でようと手を伸ばしたが、何故か盛大に威嚇されてしまい、サリサは名残惜しそうに手を引っ込めた。

 

「……どうかな。アレの許可がないと……ダメだったら処分するわ。どうせこんな目じゃ、誰も拾わないだろうし」

 

 あすみは一応、リンネに保護されている身分だ。

 今住んでいる場所もリンネに与えられた物であるし、望むだけの金銭もリンネから与えられていた。

 

 たまに神出鬼没な変態女が沸いてくる点を除けば、奴隷としては十分な好待遇だと言えた。

 

 だが所詮は、銀魔女の走狗にして奴隷の身分だ。

 許可が下りなかったらあすみの手で、責任を持って苦しませずに殺すしかないだろう。 

 

 遅かれ早かれ運命が同じなら、それがせめてもの慈悲なのだとあすみは考えていた。

 

 深刻に考えるあすみとは違い、シノブは気楽そうに言う。

 

「ボスなら大丈夫じゃないッスか? あの人リーダーには甘々ッスから」

「……ちっとも嬉しくないのだけど」

 

 憮然とした表情を顔に浮かべるあすみに向かって、サリサは低い声で忠告する。 

 

「羨ましい……いくら隊長とは言え、主の御慈悲に甘えるばかりではいけません。

 あんまり不敬な態度を取られ続けると、そのうちブチコロガスデスヨ?」

 

 突如サリサの纏う雰囲気は豹変し、濃密な殺気をあすみへと叩きつけた。

 肌を刺すような魔力が放たれ、ビリビリとした緊張感が高まる。

 

 サリサはシスターの格好をしているとはいえ、信仰しているのは真っ当な神様ではない。

 あの邪悪を型に填めたような女、【銀の魔女】を信奉する邪教の徒だった。

 

「……あなたの宗教観に付き合う気はない」

 

 一見すると好戦的なシノブの方が問題児に見えるが、実際は真逆だ。

 

 サリサのような銀魔女の狂信者というのは、あすみにとって心底理解できない存在だった。

 シノブというストッパーがいなければ、とうに殺し合いになって刻印の世話になるハメになっていただろう。

 

 刻印はその反逆防止機構の一つとして、刻印を持つ者同士の殺し合いを認めていない。

 

 実行に移せば体が痺れ、半日は身動きが取れなくなる。

 その間にあすみ達のような銀魔女の粛清部隊が派遣され、良ければ拘束、悪ければ処理される運命が待っていた。

 

 あるいは最悪、銀魔女お抱えの人形部隊が投入されるか。

 

 そうなれば髪の毛一つ残らないだろう。

 連中は銀魔女の命令一つあれば、街を焦土に変えるだけの戦闘力をそれぞれ持っているのだから。

 

 あすみ達のような狗は、魔法少女の暗部ともいえる場所深くに存在している。

 必然的に、あの魔法少女の裏切り者である銀魔女の悪行は、あすみ達には周知のことであった。

 

 それでもなお、銀魔女を信奉する者は少なくない。

 そんな邪教徒の心理など、あすみに理解できるはずもなかった。

 

「どーどー、クールになるッス。ほんとシスターはボスのことになるとおかしくなるッスね。リーダーも、今日の仕事は上がりでオッケーッスよね? そんじゃ解散ッス! ほら行くッスよシスター!」

「……うっせーデス。エセ忍者」

「ひどっ!?」

 

 最後まで騒々しいまま、二人は去って行った。

 もし、あの女に刻まれた呪いがなければ、とあすみは夢想する。

 

「……全員、不幸にしてやるのに」

 

 銀魔女に刻まれた【聖呪刻印】が疼き出す。

 

 もしも人類の全てが死に絶えれば、世界は平和になるはずだ。

 そんな世界の終焉も悪くないのではないかと、あすみは最近特に思うようになっていた。

 

 世界が平穏で優しいなんてのは嘘っぱち。

 一皮剥がせば、絶望と狂気の渦巻く地獄でしかない。

 

「……みんな、死ねば良いんだ。それしか、救いなんてないのに」

 

 闇色に広がる空を見上げ、あすみは一人呟いた。

 そんなあすみの頬を、片目の猫がざらりとした舌で舐める。 

 

 あすみの不得手な治癒魔法で一応出血は止まったものの、その右目は二度と光を見ることはないだろう。

 

「……お前も、あすみに殺されるかも知れないのに、呑気なものね」

 

 その目を奪われ、人間に虐められたくせに。

 あすみに気を許すなんて、獣としての誇りはないのだろうか。

 

 馬鹿な猫だ。

 

 あすみは端末を取り出し、与えられた任務の完了を報告した。

 掌に収まる程度のコンパクトな端末は、銀魔女の配下に貸し与えられたオーバーテクノロジーの塊だ。

 

 普通の携帯端末のような機能の他にも、魔法少女や魔女の魔力同定、膨大な魔法関係の知識が集積された【アーカイブ】へのアクセスなど、独自のネットワークが構築されている。

 

 仕事の必需品であり、どんな風に調べ上げたのか、獲物の魔法少女についての詳細な情報も、気が付けば更新されていた。

 端末同士で念話する機能もあったが、あすみは専らメールを使っている。

 

 昔はそうでもなかったが、今は喋るのが億劫で、苦手意識すらあったからだ。

 

 報告文の末尾に、猫を飼って良いかさりげなく書き込んで送信すると、ピロリンと速攻で返信が来た。暇なのだろうか。

 

『お仕事ご苦労様。猫? もちろんOK! ちゃんと可愛がるのよ? あとで写メよろ(^_^)v』

「……うざ」

 

 文末の顔文字に舌打ちするものの、取りあえず許可は下りた。

 ここはきちんと世話をしなさい云々の、お決まりの説教をされずに済んだことを喜ぶべきだろう。

 

 なぜかあの魔女は、隙を見てはあすみの母親面をしたがる。

 心の底からお断りだし、そんなことをされても嫌悪感しかないのだが。あの■■■■に言っても無駄だろう。

 

 地面に降ろしても一向に離れる素振りを見せない黒猫を抱き上げ、あすみは淡々と言い聞かせる。

 

「……残念だけど、なにも善意であなたを拾うわけじゃないから」

 

 人間に虐められている猫を見て、勝手に共感を覚えた。

 片目を失った哀れな姿に、自身の姿を重ねた。

 

 もしもあの時、伸ばした手に猫が怯えて逃げたなら、あすみは決してそれを追いかけようとは思わなかっただろう。

 

 だが黒猫は、あすみの手を舐めた。

 目から血を流しながら、つい先ほどまでニンゲンに虐められていたというのに。

 

 その姿を、あすみは憎らしいと思った。

 どこまでも愚かなその姿に、在りし日の自分の姿を見たような気がしたからだ。

 

 ――救いなんて、どこにもないというのに。

 

 だからあすみは、その黒猫を飼うことにした。

 この猫が人間に絶望する姿を、間近で観察しなければ気が済まなかった。

 

 それがどんな感情によって引き起こされたものなのか、あすみには分からない。

 

「……あなたも運が悪いわね。わたしに拾われるなんて」

 

 自嘲気味に発したあすみの言葉に、黒猫は呑気に「にゃあ」と鳴いて答えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ストックの残りは二話です。


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第五話 運命の少女

短いです。


 

 

 

 あすなろ市港区近隣に存在するテディベア博物館<アンジェリカベアーズ>。

 人通りから外れた場所にあるその博物館は、一般公開された施設ではなく、魔法少女達の秘密基地として存在していた。

 

 魔法によって人々の注目から逸らされた建物の中で、魔法少女達は集い、儀式を行っている。

 それは禁忌を犯し、神を冒涜する魔女の夜宴(サバト)だった。

 

 だが彼女達の顔に夜宴に興じる喜びはなく、ただ悲壮なほどの決意だけが浮かんでいる。

 六芒星の魔法陣が刻まれた石畳の上には、無垢な寝顔を浮かべる乙女が横たわっていた。

 

「……今度こそ、うまく行くはずだ」

「ええ、そうね……今度こそ……」

 

 黒ローブに同色の三角帽子を被った、魔女装束の者達は囁き合う。

 

 <儀式の成功>に喜びの声は一つもあがらない。

 なぜなら本番はこれからだと言えるのだから。

 

 魔法少女の一人が、眠る少女の耳に優しい手つきで耳飾りを取り付けた。

 軽やかな鈴の音が凛と小さく鳴る。

 

「……たとえ、何度繰り返そうが諦めるものか。

 <彼女の物語>を絶望で終わらせたりはしない!」

 

 代表格らしき者がそう締めくくり、サバトは終わりを迎えた。

 眠り続ける乙女は水槽に入れられ、目覚めるまで微睡みの中を漂うことになる。

 

 

 

 

 

 

 そして全ての者が去り、意識のある者は誰もいなくなった空間に、突如侵入者が現れた。

 

「呼ばれずとも飛び出てジャジャジャンッ! 私参上!」

 

 【銀の魔女】リンネは侵入者の身でありながら、隠れようと言う意識が見事に欠けていた。

 でなければ、意味もなく声を上げたりはしないはずだ。

 

 観衆の誰もいない場所で、リンネは道化のようにおどけてみせる。

 

「さてさて、ここが例の連中の本拠地。いうなれば心臓部であることに間違いなさそうだ。胡散臭い<情報提供者>様の話は、とりあえずガセじゃなかったみたい。ま、こっちでも裏付けとってんだけど。我が組織【S.W.C.】の情報収集力、舐めんな小娘ってね」

 

 銀の指揮杖を振るい、リンネは暗い室内に魔法の明かりを灯す。

 

 見つかっても構わないと思っているのか、あるいは絶対に見つからない確信があるのか、やはり彼女に隠れ潜むという意識はないようだ。

 

 明かりによって無数の水槽が照らし出される。

 

 ずらりと並ぶ水槽の中にはそれぞれ例外なく少女が眠っており、水槽の上部には金属製のネームタグがまるで標本の名称を記すかのように付けられていた。

 

 死体にみえる少女達だったが、そのどれもがまだ生きていることを、リンネは一目で把握していた。

 そして眠る彼女達がどういう状態なのかすら、その紅の瞳は見透かす。

 

「……あはっ! やるじゃない【プレイアデス聖団】! 並の魔法少女達とは一味違うようね!」

 

 部屋の中央には台座があり、そこには穢れの溜まったソウルジェムが大量に並んでいた。

 

「……なるほどね。これが【魔法少女の保護】か。もっとも、保護される側の同意が得られるとは思えないけど。

 その心意気は買うわ……なんて、偉そうに言える立場じゃないのよね、私も」

 

 リンネは水槽に入った少女達を順繰りに眺めながら、魔法少女達が保管されている<レイトウコ>を探し回る。

 

 そして最奥の間に目的のものはあった。

 明らかに他の魔法少女達とは別扱いだ。

 

 それも当然か。

 目の前の少女こそが、彼女達にとって何物にも代え難い<秘宝>なのだから。

 

「今宵の私は瀟洒な怪盗。リンネ・フジコ・フルイケ三世とでも名乗りましょうか。リンネは大切な者を盗んでいきました……なんてね」

 

 適当な事を口ずさみながら、リンネは水槽に手を添える。

 水槽に飾られた金属板には【No13 かずみ】と銘打たれていた。

 

 

 

 

 

 

 数刻後、サバトを開いた魔法少女達によって場は騒然となっていた。

 一同は血相を変えて拐われた<かずみ>を探そうとするものの、そのための手掛かりが何もないことに焦りを募らせる。

 

「誰か! 犯人を見た者はいないのか!?」

 

 手持ちの情報を確認するため、浅海サキは仲間達に問いかけた。

 だが誰もが困惑した顔を浮かべるのみ。

 

 厳重なセキュリティの数々を、侵入者は空気になってすり抜けたのかと思うほど何の痕跡も残さず突破していた。

 この場にいる魔法少女達全員が、侵入者の存在を感知できなかった。

 

 気まずい沈黙が支配する中、宇佐木里実がぽつりと呟いた。

 

「私達みんな、さっきまで一緒にいたわよね?」

「……それ、私達の誰かが犯人だって言いたいの?」

 

 里実のどこか含みのある言葉に、御崎海香が鋭い視線を向ける。

 

「わ、私はそんなつもりじゃ……」

「……ええ、わかってる。ごめんなさい。私もかなり焦ってるみたいね」

 

 里実は慌てて否定し、海香も穿った見方をしてしまったことを謝る。

 

 冷静になろうとするあまり、仲間の言葉の裏まで邪推してしまった。

 よくない傾向だと、海香はため息を零した。

 

 再び沈黙が場を支配しそうになると、それまで携帯端末を弄っていた少女が他人事のように言った。

 

「私達の誰にも気づかれることなく<秘密基地>に侵入し、<かずみ>だけを攫ったんだ。どう見ても計画的な犯行。狙ってるのは明らかだ。見知らぬ第三者よりかは、説得力あるんじゃなーい?」

「ニコ!」

 

 仲間の一人、神那ニコの軽率な発言に牧カオルの叱責が飛んだ。

 熱血気味のカオルとマイペースなニコの二人には、割合よく見られる光景だった。

 

 これを見れば、馬が合わなかったり仲が悪かったりするのも当然のように思えるが、凸凹な性格がうまい具合にハマったらしく、これでも意外と気は合う方なのだ。

 

 とはいえ、今の状況下では流石にピリピリとした緊張感が高まっていた。

 リーダー気質であり、実質的にも今の聖団における代表格であるサキは、話の行き先を修正する。

 

「……仲間内で争っている場合じゃない! 問題はかずみの行方だ!」

「サキの言うとおりだよ。ボク達がこうしていても、喜ぶのは犯人だけじゃないか」

 

 若葉みらいが、サキの援護をするように声を上げた。

 

 だがその言葉はどこか軽く受け止められた。

 みらいがサキを好きなのは、仲間内では周知の事実だったので、発言自体は至極真っ当なものであるにも関わらず、どこか不純なものが見え隠れしていた。

 

 誰かを好きになることが悪いことだとは思わないが、内心釈然としないものを感じている者は少なくない。

 唯一の例外は、当の想われ人であるサキくらいなものか。 

 

 サキは主人公のような恋愛方向における鈍感体質を備えていて、みらいの気持ちに未だ気付いていない天然記念物だ。

 

 本人は隠れて恋愛小説を嗜んでいるのだが、それが現実でのスキルアップに繋がるとは限らない一例だろう。

 

 ともあれ、いい加減に進捗のない緊急対策会議に飽きたニコは、先ほどから調整していたアプリを一同に披露する。

 

「こんなこともあろうかと、探索用のアプリはできてるんだな。かずみの魔力だけを特定するスペシャルなワンオフ機能」

 

 マッドなサイエンティストのように、一度は言ってみたい「こんなこともあろうかと」を実際に言えた感動にニコの内心でテンションが上がる。

 もちろん誰にも悟られることはなかったが。

 

「でかしたニコ!」

「はいはい」

 

 ニコは肩を竦めてみせた。

 カオルはさっきまで怒っていたくせに、単純だなぁと言いたげな顔だった。

 

「……これで方針は決まったな。犯人を見つけだして、かずみを救いだそう」

「その犯人の処遇はどうするの?」

 

 海香がメガネの縁に手を当てて、サキへ問いかける。

 サキと海香の眼鏡コンビは名実ともに聖団の頭脳役を担っていた。

 

「……動機もその正体も分からないうちは、決められないだろう」

「どの道ボク達の敵には違いないんだから、ぶっ潰しちゃえばいいじゃん。こんなことできる奴なんて、どうせ同じ魔法少女の仕業だろうし」

 

 テディベアを抱えながら物騒なことを口にするみらいに、海香は頭が痛くなりそうだった。

 もちろん彼女の言う通り、犯人がどうであれ<聖団の目的>からすれば最終的には戦うことになる可能性は高い。

 

 だが、だからといって最初からそんな態度では、いざという時の選択肢を自ら捨てるようなものだ。

 勝負するならば、持ち札は多ければ多いほど良い。

 

「私はサキに賛成。どうやって誘拐を成功させたのか、最低でも情報の出所だけは押さえないと。また同じ事が起こりかねないわ」

 

 自分の意見が無視されたからか、あるいはサキに賛同したことに対する嫉妬か。

 海香はむっとしたみらいに睨まれたが、じっと見返すとみらいはサキの背に隠れた。

 こう言うところが実にお子様だというのだ。

 

「なんにせよ、まずは犯人をとっ捕まえないとな!」

 

 カオルは単純にそう考えることにした。

 むしろ今の状況で小難しいことを考えるのは、あまり意味がないとも思った。

 

 こうしたトラブルは少しずつ着実に挽回していくものだ。

 そうすれば最後には逆転ゴールでサヨナラ勝ちだってできるだろう。

 

 彼女達は各々の武器を掲げて、かずみの奪還を誓い合う。

 

「では、プレイアデス聖団の名に賭けて、かずみを必ず救出するぞ!」

「「「おう!!」」」

 

 ニコのアプリによって、かずみの魔力パターンをそれぞれのソウルジェムに記憶した面々は、かずみの探索と、その救出へと向かった。

 

 

 

 この日、星座の姉妹――プレイアデス聖団が、闇夜で動き始めた。

 それがどんな結末へ運命を導くのか、それを知るものはまだ誰もいない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第六話 記憶喪失の女の子

ストック分ラスト。また亀更新に戻ります。


 

 

 某県あすなろ市。

 西洋風の街並みと瀟洒なショッピングモールが複数建てられ、遊園地ラビーランドなどの大型レジャー施設も存在している。観光名所としても名高い大都市だ。

 ヨーロッパ調の煉瓦通りには評判のレストランが立ち並び、行き交う人々の顔には笑顔が多く見受けられる。

 

 そんな街の中を少女が一人、暗い顔を俯かせて歩いていた。 

 

 神名あすみは普段通り、葬式帰りのような薄暗い雰囲気を漂わせたまま、あすなろ市へとやってきた。

 ノースリーブのゴシックロリータドレス姿で、傍目からは精巧な西洋人形のようにも見える。

 

 その姿は魔法少女に変身した姿と大差なく、一応いつ魔法少女になっても良いようにという対策の一つだ。

 他の魔法少女だったならコスプレと言われるだろう手段だったが、あすみの格好は目立ちはするものの、辛うじて普通のファッションとしてクリアしていた。

 もっとも、ちらちらと人目を惹いてしまうのは、また別の問題なのでどうしようもなかったが。

 

 その取って付けたような対策にしたところで、リンネがあすみに自分好みの衣装を押しつけるための、適当な言い訳に過ぎないのは重々承知だ。

 あの女の頭の中では、あすみにゴスロリ服を着せることがジャスティスらしく、今着ている服もあの女が寄越した物の一つだった。

 

 あすみは着せかえ人形なんかじゃないと言ったところで、あの銀魔女が聞き入れるはずもないだろう。

 

 そんな飼い主の依頼した任務のため、あすみは市内にある指定された住居へと向かっていた。

 今回の仕事の一環として住むように言われた一軒家は、周囲の家同様ヨーロッパ調の外観だった。

 

 あすみの荷物はトランク一つと猫一匹しかなかったが、生活に必要な物は全て揃っているとの話だったので、引っ越しにしては身軽な荷物になった。

 元々あまり物を持とうとしないあすみは、必要ないと思った物はさっさと捨ててしまうため、私物という物が恐ろしく少ない。

 

 ちなみに銀魔女に押しつけられた物の大半が、売り払われるか仕事の同僚に譲られたりしている。捨てないだけ大人な態度だとあすみは思っていた。

 もっとも、頭のおかしな物品については、迷わず魔法で消滅させたが。

 

 ……「スク水猫耳メイド服尻尾付き(Ver.ゴシック風)」ってなに?

 

 そんな嫌な記憶を振り払った頃には、目的の場所にたどり着いていた。

 鍵を回し、新しい住居の中に入ると、一人で住むには広すぎる空間と、無駄に金を掛けた内装が目に入る。

 

 狭いアパートで母と二人で慎ましく暮らしていた頃を思えば、ここは空虚以外の何物でもなかったが、仕事を終えるまでの短い間と割り切り、内装をチェックしていった。

 真っ先に脱出路を確認するのは、必然的に身についた習慣だった。

 

 住居は屋敷と言えるほどの広さで、あすみにとっては何のために存在するのか分からない空き部屋が複数存在した。

 

 この屋敷の前の持ち主は、よほどの大家族だったのだろうか。

 そんなことを思いつつ、あすみが部屋を見て回っていくと二階の奥、一回りほど間取りの広い、恐らくはあすみの為に用意されたであろう部屋に、謎の箱が置かれていた。

 

 あすみの腰元までの高さを持つその大きな箱は、見間違えでなければ漫画で見るようなプレゼントボックスの外観をしていた。

 

「……なに、これ?」

 

 カラフルなリボンが飾られ、上にはメッセージカードが置かれている。

 とりあえずカードを手にとり、文面を確かめる。

 

『PRESENT FOR YOU! あすみん(はーと)』

 

 文末にはデフォルメされたリンネの笑顔が、無駄に上手に描かれていた。

 即座に破り捨て、何も見なかったことにしたあすみは、問題の箱を改めて調査する。

 

 たとえ中にプラスチック爆弾が敷き詰められていたとしても、あの銀魔女のことだからちっとも不思議ではなかった。

 あの女が寄越したという時点で、どうやっても爆弾であるのは間違いないだろうが。

 

 爆発物の解体作業をするように、あすみは慎重にラッピングを解いていく。

 あと少しで開けられるという頃、ガタガタと箱が揺れ出した。

 

 まさかの時限式かと瞬時に飛び退き、あすみは魔法で防御結界を展開する。

 正直、こんな近距離の密閉空間で爆破されたら、たとえ魔法少女と言えども致命傷は必至だ。

 

 反抗的なあすみをついに銀魔女が始末に出たのかと内心戦慄していると、箱がボンッと開いた。

 

「出ーせー!!」

 

 中から飛び出てきたのは爆弾ではなく、何故か全裸の少女だった。

 裸の少女とあすみの視線が交わる。

 

「わたしを閉じこめていた誘拐犯は……あなたなの?」

 

 振り上げた両手の拳を降ろし、少女は構えながらあすみへ問いかけた。 

 ……あの外道魔女、ついに誘拐までしたのか。

 

 内心、納得と怒りを覚える。

 もちろんその怒りは義憤などではなく、単なるあすみに面倒事を押しつけた事に対する苛立ちだ。

 

 銀魔女から与えられた護衛任務と、先ほどのメッセージカードを考えれば、目の前の少女があすみの護衛対象なのだろう。

 

 どこからか浚ってきた少女を守れとは、ふざけるのも大概にして欲しいものだ。

 そんな事情を察しつつ、あすみが誘拐犯かどうかの質問には首を横に振る。

 

「……違う。あなたこそ、誰?」

 

 嘘は言ってない。

 誘拐犯は別にいるし、むしろあすみは巻き込まれた被害者だと開き直る。

 

 真顔で何ら後ろめたいことがないと言い切るあすみの視線に、少女は拳を降ろすとなぜか頭を抱え始めた。

 

「わたしは……あれ? あれれ、なんで? ど、どうしよう! わたし記憶がない!?」

「……名前も?」

「かずみ! でも名字も家もわかんない! どうしよう、わたし記憶がない!」

「……ふーん」

「あ、その顔信じてないな! ひっどーい!」

 

 うがーっと、かずみという名前らしい少女が猫のように威嚇する。

 それを見てあすみは溜息を一つ。

 

「……この顔は『心底どうでもいい』っていう顔よ」

「余計ひっどーい! っていうかあなたは誰なの!? 人に名前聞いといて、自分だけ教えないなんてズルいよ!」

「……別にあなたの名前なんて、興味なかったんだけど。

 わたしは神名あすみ。不本意ながら『あなたを守れ』と命令された者よ」

 

 名前を聞いたのは確認する意味合いと、呼び名がないと面倒だな程度の認識がせいぜいだった。

 少女が本当に記憶喪失かどうかなんてのは、あすみにとって正真正銘他人事であり至極どうでも良かったのだ。

 

 あすみの言葉を聞き、かずみは顔中にはてなマークを浮かべる。

 

「わたしを守る? じゃあ、あなたはわたしの味方? っていうかわたし、誰かに狙われてるの? 命令って? 誰に?」

 

 ピーチクパーチク喧しい奴だ。

 いっそ物理的に黙らせてやろうかと、あすみは思案する。

 

 銀魔女は、ただ守れと言った。

 

 それが生命のみを保証するものであれば、むしろ早めに<躾>した方があすみも仕事がやり易くなるだろう。

 

 その後の、かずみの精神の無事は一切保証しないが。

 ふと沸いた刹那的な殺意は迅速に行動へと移された。

 

 殺すと思った時には殺している。

 それが理想だと、数多の魔法少女達を廃人にしてきた少女は考える。

 

 無表情であすみは静かに魔力を練り上げた。

 精神を操作する魔法。

 

 他者を発狂させることも、思考を弄ることも容易なこの魔法こそ、あすみが他の魔法少女達から恐れられる理由。

 

 そして恐らくは、銀魔女があすみに目をかけている最たる由縁だった。

 

 この魔法は魔法少女に対する絶対的な切り札であり、魔法少女を魔女へと貶める銀魔女にとって、さぞや都合の良い道具なのだろう。

 だからあの女にあすみが心を許すことは、未来永劫あり得ないと断言できるのだ。

 

 あすみは灰色の瞳でかずみの精神を捕捉し、さあ魔法を行使しようとした刹那――ぐうううぅ……と盛大に腹の音が鳴り響いた。

 

 もちろんあすみではなく、目の前のマッパ少女のものだ。

 視線を合わせると、かずみの視線が露骨に泳いでいた。

 

「……わ、わたしじゃないよ?」

 

 嘘を付け。

 

 するならもっとマシな言い訳をして欲しい。

 聞いてるこちらが居たたまれなくなる。

 

 少女は自身のお腹に手を当てて、赤面していた。

 そしてはっと何か重大な事実に気付いたような、驚愕の顔を浮かべる。

 

「あれ……な、なんでわたし裸なの!?」

「……今頃気付いたの?」

 

 その後、仕方なしにあすみの予備の服をくれてやった。

 体型的にもそれほど違いはなかったようで、あすみのゴスロリ衣装は問題なくかずみに着ることができた。 

 

 精神的に子供としか思えないかずみと同じ体型というのは、少々思うところがないわけではなかったが。

 自身が年齢的には間違いなく子供であることを棚に上げつつ、あすみはそう思った。

 

 渡した服がさり気なく自分にはやや大きめな物だったことについては、完全に思考から消去していた。

 

「この服、ありがとう! 素敵な服ね! あすみちゃんとお揃い!」

 

 かずみは嬉しそうにくるくるとターンした。

 まるで自分の尻尾を追いかける犬のようだ。

 

 同系統の意匠のせいか、端からはあすみとのペアルックに見えなくもない。

 そこまで考え、銀魔女の満面の笑みを想像してしまい吐き気がした。

 

 決して、アイツが喜びそうなシチュエーションだなどとは考えていない。

 一方のかずみは、今度は体ではなく目を回していた。

 

「お、お腹空いたぁ……」

 

 どうやら空腹と無駄な運動によるカロリー消費で、頭に血が上らなくなったのだろう。

 とことんアホの娘である。

 

「……騒がしい奴」

 

 こんな間抜けな生き物は、あすみの人生の中でかつて一度も見たことがない。

 殺意のタイミングも逃してしまい、なんとなく気勢が削がれてしまった。

 

 その時、開けっ放しだった扉から黒猫が部屋に入り込んでくる。

 黒猫はあすみに向かって、にゃあと鳴いてみせた。

 飯はまだかと催促しているのだろう。

 

「わわ、猫だー!」

 

 黒猫に気づいたかずみは、ばっと顔を上げ黒猫を撫でようと手を延ばすが、黒猫は俊敏な動きで逃げ出してしまった。

 

「ちょ、ちょっと待ってぇっ!?」

 

 何故かそれを、四つん這いで追いかけ始めるかずみ。

 

 ころころと表情が変わり落ち着きが全くない。

 というか、空腹はもういいのか。

 

 ペットが二匹に増えたような物だ。

 そう思ったあすみは、大きな溜息を吐いた。

 

「……仕方ないわね」

 

 もう既に、あすみのやる気は全くなくなっていた。

 

 とりあえず、あすみは餌を用意することにする。

 自分の他にも、一人と一匹分。

 

 どこかで性悪魔女が笑った気がしたが、気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 結局、黒猫を捕まえることはできなかったらしく、今度こそ空腹による貧血でぶっ倒れたかずみだったが、あすみが夕食を作り終えるとその匂いで目が覚めていた。

 

 現金な奴だ。

 

「いっただっきまーす!!」

 

 目を輝かせて食事にありつく様は、やはり子供だ。

 

 その隙に黒猫用のご飯を、かずみの視界に入らない場所に置いてやる。

 片目の猫はその機会を逃すことなく、かずみを警戒した様子で餌を喰らっていた。

 いつもより慌ただしい食べ方なのは、気のせいではないだろう。

 

 短い鬼ごっこは、黒猫に警戒されるには十分な出来事だったらしい。

 かずみが黒猫に触れる機会は今後もなさそうだ。

 

「もぐもぐ、おおっうまっ、ウマーイ!」

 

 そんな事は露とも知らず、かずみは料理に夢中だった。

 別に大した料理は出していないはずだ。

 

 冷蔵庫に用意されていた食材を使った普通の家庭料理。

 卵があったので、手早にオムライスを作っただけだ。

 お米は炊く時間がなかったのでパックに入っていた物を使ったが。

 

 あすみの料理の腕は母が亡くなった頃から止まっている。

 それ以降は作る機会がなく、魔法少女になった時には美味しさを求める意味を失っていた。

 

 あすみの料理を喜んでくれた母は、もういない。

 それ以外の誰かに喜んで貰おうなどと、あすみには考えられなかった。

 

「あすみちゃんって、料理上手なんだね!」

 

 だからかずみのそれは、単なるお世辞としか思えなかった。

 手馴れこそしているものの、あすみのそれは子供のお手伝いレベルでしかないのだから。

 

 そして一方的に騒がしい食事も終わりに近づく頃、かずみはテンションが上がったのか馴れ馴れしくあすみに質問してきた。

 

「あのね、あすみちゃん。教えて欲しいことがあるんだけど!」

 

 ちらりとかずみの皿を見れば、まだご飯粒が少し残っていた。

 だからあすみは冷めた視線でかずみを黙らせる。

 

「……わたしには許せない存在がたくさんある。

 その中でも三本の指に入るのが、ご飯を粗末にする奴」

 

 貧しくとも幸せだった頃。

 母から教わった人として大切な事の多くを裏切ってしまったあすみだが、せめて守れる物だけは守りたかった。

 

 今のあすみを形成したともいえる、母のいない地獄の日々。

 給食の残飯をぶち撒けられた暗い記憶は、今なおその臭いが悪夢に出てくる。

 

 まともにありつけない食事。

 出される食べる者のことを考えていない料理とも呼べない物。

 あすみは食べる事ができないのに、目の前で粗末にされ続ける食材達。

 

 それら無数のトラウマを想起し、あすみは冷たい声を出した。

 

「ご飯粒残す奴と、まともに会話する気はない」

 

 その言葉でかずみは皿に残ったご飯粒に気付くと、慌ててあすみに謝った。

 

「あ、ごめんね! 今食べる! 食べるからちゃんとお話してね!」

 

 お皿に残ったご飯粒を、かずみはもちもちと舐めとった。

 汚いし行儀が悪い……が、その素直さは不快ではなかった。

 

 今更行儀に拘るようなお上品な育ちではないし、かずみのママになった覚えもない。

 そして互いに無言のまま、完食したかずみが改めてあすみへ問いかける。

 

「あのね、わたしどうして……」

 

 だがその時、来客を告げるチャイムが鳴った。

 かずみの質問は後回しにし、あすみは席を立つ。

 

 カメラ付きのインターフォンをとると、そこには見知らぬ少女の顔が写っていた。

 インターフォンを俯瞰する場所にも取り付けられているカメラからは、二人組の少女の姿が映し出されている。

 

「……どちら様ですか? 回覧板ならポストへお願いします」

 

 あすみは彼女達の顔にまったく心当たりがなかった。

 

 一人は黒髪の少女で、冷静で頭の回りそうな顔をしていた。

 もう一人はオレンジ頭の少女で、頭脳労働よりは身体を動かす方が得意そうな活発さがあった。

 

 二人とも同じ制服を着ているが、まだこの辺りの情報に詳しくないあすみにとっては、二人の身元は全く不明なままだ。

 

 銀魔女に使役されている魔法少女達の顔、その全てを覚えているわけではないが、少なくとも目の前の二人から<同輩>の臭いは感じられない。

 

 あの他者に絶望を与えてなおケラケラと笑えるような、あすみと同じヒトデナシの腐臭は。

 カメラの向こう、二人組のうち黒髪の少女が落ち着きのある声で言った。

 

『突然すみません、少しお尋ねしたい事がありまして、お時間を頂けないでしょうか?』

「……アンケートはお断りします。宗教にも興味ありません。しつこいようなら警察呼びます。さよなら」

 

 ガチャリとあすみはインターフォンを切る。

 経験上、あの手の連中と長話するのは時間の無駄だ。

 

「なんの話だったの?」

「……悪質な宗教勧誘だった」

 

 いくら断りを入れようが、こちらにも拒否する権利はある。

  

 とはいえ、この銀魔女が用意した屋敷に一般人が易々と近づいたと考えるほど、あすみは脳天気ではなかった。

 十中八九、厄介事だろう。 

 

「わわっ!? あすみちゃんどこ行くの?」

「……黙って付いてきなさい」

 

 かずみの手を引いて足早に駆け出す。

 最初に見繕っていた脱出路を通り、表玄関から遠い裏口から屋敷を抜け出た。

 

 だが庭先に出た瞬間、そこにはつい先ほどまで門前に居たはずの二人組がすでに回り込んでいた。

 

「……やっぱり悪質」

 

 だけど状況的には決して最悪ではない。

 この場合彼女達の仲間が周りを固めていることも想定していたが、実際に姿を見せたのはこの二人だけ。

 

 戦力を隠していると考えても良いが、数で劣るこちらに対してそれをする意味は低い。

 普通に数で包囲すれば良いのだから、現状対峙する敵性戦力は目の前の少女二人だけだろう。

 もちろん増援の可能性は常に頭に残しておかないといけないが。

 

 あすみは現状から無数の想定を刻々と重ね続ける。

 

 アイナと名乗った人形からは、戦場での立ち回り方を教わった。

 リナと名乗った人形からは、接近戦での戦い方を叩き込まれた。

 その他の人形達からも、生前培った血と絶望で練り上げられた戦いの技を、あすみは受け継いでいた。

 

 魔法少女の戦技教導を目的として作られた人形部隊にしごかれ、殺そうと襲いかかった銀魔女に弄ばれ、無数の戦場で数多の魔法少女達を狩ってきた。

 

 そして出来上がった<神名あすみ>という歴戦の魔法少女としての思考は、冷静に二人組の排除が可能であることを告げていた。

 

 もし彼女達が真にあすみを知るならば遠距離からの狙撃か、罠によるハメ殺しを行っただろう。

 顔が見える時点で、あすみの最狂魔法の射程圏内なのだから。

 

「……なに、あなた達。不法侵入で訴えるわよ」

「そっちがそのつもりなら、こちらは誘拐で訴えるわよ?」

 

 どうやらこの二人はかずみの関係者らしい。

 

 ……あの女、バレるのが早すぎないか?

 舌打ちするのを堪え、あすみはなんてことのない顔で言い返す。

 

「……意味が分からないわ。誰が、誰を誘拐したっていうの?」

「あなたが、そこにいるかずみを。これでもまだ理解できないのかしら?」

 

 銀魔女の尻拭いなど本来なら死んでもごめんなのだが、もうすでに状況は手遅れなのだろう。

 一触即発の緊張感が高まる中、気の抜けた声があすみの背後から上がる。

 

「あ、やっぱりわたし誘拐されてたの!? ひどいよあすみちゃん!!」

「……あなたは黙ってなさい。わたしの服を着て、ご飯を食べた身分で、随分と恩知らずね」

「あ、ごめん、忘れてた! そうだよね、あすみちゃんは良い子だもん!

 ご飯粒を大切にする人に、悪い人はいないよ!」

「……ほんとにもう、黙ってなさい」

 

 いい加減かずみのボケに付き合う気もなかったあすみは、かずみの口をビタンと塞ぐ。

 そこには魔法で作られた即席のガムテープが貼られていた。

 

「むー! むー!」

 

 こんなどうでも良い錬成魔法を使ったのはあすみも初めてだった。

 普段はもっぱら、使い捨ての拷問道具の作成にしか使わないような魔法だ。

 

 かずみは必死に剥がそうとするが、魔法の粘着力はそう易々と剥がれてはくれない。

 

 魔法で解除しない限り、かずみが口を開けることはないだろう。

 まぁ最悪、顔の下半分の肉を削ぎ落とせば良いのだろうが、そこまでする意味も覚悟も彼女にはないだろう。

 

 じたばたと悪戦苦闘していたかずみだったが、無駄であることを悟ると今度は肉体言語であすみに訴えてきた。

 

 なので、次は全身を蓑虫状態にしてやった。

 ぽかぽかと叩いてくる鬱陶しいお子様には、我ながら寛大すぎるお仕置きだとあすみは思った。

 

「……無様ね。学習能力のないあなたには、お似合いの姿よ」

「むー!」

 

 芋虫のように身体をくねらせるかずみの身体を片足で踏み付け、あすみは二人組に言った。

 

「……コレを取り戻したかったら、わたしを倒してからにしなさい。本当なら熨斗付けて叩き返したいところだけど、生憎とこちらにも事情があるの」

 

 あすみとしては完璧な悪党ぶりだったが、傍目からはひどくシュールな光景だった。

 

 なにせ見るからに年下の小柄な少女が、悪ぶっているようにしか見えなかったからだ。

 踏みつけられているかずみの顔に、憤りこそあるものの苦痛の色がなかったことも大きい。

 

 あすみの足下から聞こえる唸るような間の抜けた声が、余計にシリアスな雰囲気をぶち壊していた。

 

「むー! むぅーっ!」

「……ちょっと、変な動きしないで。

 なに? そういう趣味なの?

 ……仕方ないわね、ならもっとキツくしてあげるわ」

「むー!?」

 

 そんなあすみ達を見ていた海香とカオルは、同じ感想を抱いた。

 これはいったい何のプレイだ、と。

 

「……なあ、海香。これ、どういう状況?」

「……私に聞かないでよ。あの子と仲良くなったのかしら? ストックホルム症候群?」

 

 いつの間にか闘争の空気は薄れ、頭の悪いギャグに変わっていた。

 またかと、あすみはいっそう強くかずみを踏みつけるのだった。

 

「むーっ!?」

 

 

 

 

 




 かずみ☆マギカ主人公登場。
 魔法特性:破壊・破戒。
 本作では生粋のシリアスブレイカーに……?


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第七話 気まぐれなお茶会

 

 

 

「……はぁ」

 

 あすみは深々と溜め息を付くと、侵入者の二人組と向かい合う。

 足下には蓑虫と化したかずみもいた。

 

 そのかずみのお陰で戦いの雰囲気は既に霧散してしまい、この何ともいえない微妙な空気の中で戦えるほど、あすみは道化を気取るつもりはなかった。

 

 もしこの場にいるのがあすみではなく、例えば部下のシノブだったならば空気を読まずに戦うだろうし、サリサならばその狂った信仰心によって迷わずその使命を果たしただろう。

 

 銀魔女の狗としては彼女達の選択こそが正しいのだろうが、<神名あすみ>という魔法少女は銀魔女に心から服従した覚えなどなかった。

 

 既に下されてしまった「かずみを守れ」という命令以外、銀魔女の意に背く形になったところで、むしろざまあみろと腹の底から笑い飛ばせるのだ。

 だからあすみは、これから行う事が銀魔女に対する子供じみた意趣返しであると自覚しながら、目の前の二人組に告げた。

 

「……戦いの空気じゃないわね。仕方ないわ、お茶にしましょう」

 

 普段のあすみなら決して選択しないだろう一手。

 銀魔女の掌から逃れるための布石。

 

「……はい?」

 

 そんな気まぐれと紙一重なあすみの提案に、戦闘態勢に入っていた二人組は間の抜けた声を発した。

 

「……あなた達が言葉の通じる<人間>なら、会話くらいできるんでしょう? それとも問答無用で殺し合う?」

 

 別にわたしはそれでも構わないけど……とあすみが言うと、オレンジ頭の少女――カオルが慌てて手を振る。

 

「ちょ、ちょっと待って! そりゃ、話し合いができるならそっちの方がいい。詳しい話も聞きたいしな」

「それが罠ではない保証があるなら、私も構わないわ」

 

 カオルが好意的な笑みを浮かべるのとは対照的に、怜悧な目をした少女――海香は疑いの目であすみを見ていた。

 

 つい先ほどまで、殺し合い寸前まで場が張りつめていたのだ。

 その反応は、当たり前といえば当たり前だろう。

 だがそんな気持ちを慮ってやるほど、あすみの性格はよろしくなかった。

 

「……残念だけど、わたしは臆病者を安心させる言葉なんて知らない。それにあなた達如きに罠を張るほど、落ちぶれてもいないわ」

 

 いっそ傲慢なほどの自信が、その言葉には込められていた。

 たとえニ対一であろうが、あすみならば簡単に勝利できると。

 

 それを聞いた海香の額に青筋が浮かび激昂しかけるものの、カオルが慌てて「まあまあ」と抑えていた。

 クールな見かけによらず気は短いようだ。

 

 海香は頭に見えない角を生やしながら、刺々しい声で言う。

 

「なら、ご招待されましょうか。これでも味にはうるさいのよ。毒と間違うような物は出さないで欲しいわね」

「……当家ご自慢の水をご所望なのかしら。あすなろ市の誇る百パーセント水道水でも飲んでなさい」

 

 牽制ともいえる海香の皮肉に、あすみは「なら水でも飲んでろ」と応じた。

 カオルはそれを見て意外と気が合いそうじゃん、と内心では思っていたが、言えばまた海香の頭に角が生えるので、その言葉は胸の内にしまっておく事にした。

 

 海香達にしてみても正体不明の魔法少女――あすみと事を構えるのは避けたかったのだろう。

 一時的な停戦に双方合意したところで、あすみ達は屋敷の中へと向かう。

 

 その途中、あすみはふと何かを忘れているような気がした。

 

「むー!!」

 

 その答えは、背後から聞こえる唸り声が教えてくれた。

 

「……ああ」

 

 うっかり蓑虫(かずみ)のことを忘れていたようだ。

 いっそこのまま庭に転がしておこうかとも思ったが、話の焦点となるかずみがいなければ分からないこともあるだろうと、仕方なくかずみの拘束を解いてやる。

 

「ぷはー! あー、苦しかった。もうあすみちゃんってば、ひっどーい!!」

「……うるさいわね。やっぱりもう一度転がして」「なんでもないです! サー!」

 

 かずみもある程度、あすみの対応について学習したらしい。

 思わず敬礼をしてみせるアホの娘に呆れながら、あすみ達は屋敷へ戻っていく。

 

 だが途中、かずみの足は何かに引き止められたかのようピタリと立ち止まった。

 あすみもそれに釣られて振り向いてみたものの、最後尾である二人の後ろには誰もいない。

 

 かずみのアホ毛が、なぜか風もないのに揺れていた。

 

「おーい、何してんだー?」

「あまり待たせないでくれるかしら?」

 

 先を行く二人に急かされ、あすみはじっと夜闇を見つめるかずみの手を引く。

 

「……なにしてるの? あなただけお菓子抜きにするわよ?」

「わわっ、ちょっと待ってー! それだけは勘弁してー!」

 

 ほんの些細な違和感は、そのまま霧散していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 かずみが振り返った先を仰ぎ見れば、欠けた月が浮かんでいるのを目にしただろう。

 それに重なるように、あすみ達をずっと観察している者がいた。

 

 その者は空を駆ける闘牛の背に腰掛け、縞タイツを履いた両足をぶらぶらと宙に揺らしている。

 まるで童話の世界から抜け出して来たかのような佇まい。

 

 少女が一人、月夜の空にいた。

 彼女は謡う。

 

「ハンプティ・ダンブティ、堀のうえ。

 ハンプティ・ダンプティ、落っこちた」

 

 大胆に布地の開いた挑発的な衣装を身に纏った少女は、機嫌良さそうに童謡を口ずさむ。

 だがその瞳はどこまでも剣呑な光を発していた。

 

 首から下げた金色のスプーンが、月明かりを反射して輝いている。

 

「王様の馬、家来の全てがかかっても、

 ハンプティを元には戻せない」

 

 ガチャリと、少女は両手に持ったニ挺拳銃<リベンジャー>を交差させた。

 とんがり帽子から流れ出る金髪のツインテールを夜風に靡かせ、彼女はニィっと唇を三日月形に割る。

 

「……見ぃーつけた」

 

 少女は、チェシャ猫のように笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あすみにとっては不本意極まりない突然の来客ではあったものの、用意が良いと言うべきか茶菓子に困ることはなかった。

 銀魔女が用意したであろう、あすみ一人では絶対に消費しきれない菓子類の量を見て、どこまであの女の予想の内なのか疑問を抱く。

 

 まるでどこまでも銀魔女の掌の上にいるような錯覚すら覚えてしまう。

 保護対象であるかずみの分込みで用意されていたのか、それとも――。

 

 考えれば考えるほど深みに嵌っていく。

 それに気付いたあすみは思考を中断し、まずはテーブルに人数分のお菓子と紅茶を用意することにした。

 

 茶菓子に選んだのは、中でも一番長持ちしなさそうなバームクーヘンだった。

 他はクッキーやビスケット、板チョコなど保存が効きそうな物だったが、箱入りの生菓子は早めに処分したかったのだ。

 

 特にあすみはバームクーヘンがあまり好きではなかったので、この機会にさっさと消費してしまおうという思惑もあった。

 

 食べていてパサパサと喉が渇くところが、あすみは嫌いだった。

 とは言え、それは本当に美味しい物を知らないが故の偏見でしかなかったが。 

 

「いっただっきまーす!!」

 

 満面の笑みを浮かべてかずみはバームクーヘンをパクついていた。

 この突発的なお茶会において、かずみはムードメーカーとして大いに役立っていた。

 

 あすみだけだったならどこまでも殺伐としたお茶会になっていただろうが、かずみのお陰で雰囲気が大分柔らかいものになっていた。

 

 海香達は始めのうちこそ中々茶菓子に手を出さなかったが、それを目敏く察したかずみが食い意地を見せて「食べないならわたしが食べる!」と突撃したため、その勢いに流されるままに口にしていた。

 

 一口食べると、海香とカオルは驚きの表情を浮かべた。

 

「あら、美味しいわねこれ。どこのお店?」

「……さあ? そういえば箱があったわね。見る?」

「ええ、ありがとう。……これ確か、テレビで見た有名店の――」

「おいおい、そんなこと気にしてる場合じゃないよ海香。早くしないとかずみに全部食われるぞっ」

「美味しいは正義だよ!」

 

 夕飯を食べ終えたばかりだというのに、かずみの小柄な体のどこにそれだけ入るのだろう。

 あすみは見ているだけで胸焼けしそうだった。

 

「……わたしの分もあげるわ」

「わぁっ、いいの!? ありがとうっ、あすみちゃん!」

 

 さり気なく自らの分を処理しつつ、あすみは何気ない顔で紅茶を口にする。

 そういえば銀魔女の人形の一体にやたらと紅茶を上手く淹れる個体がいたな、と不意に思い出した。

 

 彼女の淹れた物と比べれば、あすみの紅茶など色の付いた水のようなものだろう。

 別にこのままでもあすみは全く構わないのだが、それでもなんとなく敗北感を覚えるのが、己の器の小ささを示しているようで不快だった。

 

 

 

 一同が一息ついたところで、海香が改まった口調で話し始める。

 

「さて、まずは軽く自己紹介でもしましょうか。私は御崎海香。かずみの友達よ」

「同じく牧カオル、よろしくな!」

 

 何をよろしくするのか分からないが、カオルは見るからに体育会系な感じがして、あすみとは気が合いそうにないことだけは分かった。

 海香に至っては第一印象から最悪で、あすみとは絶対に気が合わないと確信していた。

 

 そもそも気の合う人間など、あすみが魔法少女になってから一度も出会ったことなどない。

 仕事上の付き合いはあれど、私的に仲良くするような面子は存在しなかった。

 

 唯一、変態女がストーカー気味にアプローチしてきているが、あれと仲良くするくらいなら、いっそ自らに魔法を掛けて精神死した方がマシだ。

 もっとも刻印のせいで出来ないだろうが。

 

「ふぇ?」

 

 肝心のお友達であるかずみといえば、鳩が豆鉄砲を食らった時のような顔をしていた。

 その口端には食べ滓が付いたままだ。

 

「わたしのお友達?」

 

 どうやらかずみはこの二人に見覚えがないらしい。

 その事を察したあすみは二人にその証を求める。

 

「……一応、証拠はあるのかしら? 本当かどうかは知らないけど、このバ……この子は今、記憶喪失らしいから」

「ねぇ、いまバカって言おうとした?」

「……黙ってなさいバカズミ」

「もっとヒドい!?」

 

 そんな遣り取りを尻目に、予め用意していたのか海香はある物を差し出した。

 

「証拠ならあるわ。ほらこれ」

 

 そう言って差し出されたのは一枚の写真。

 そこでは三人の少女が仲良く写っている。

 

 もちろん写っているのはかずみと海香、カオルの三人だった。

 写真の中の少女達は、それぞれ楽しげな笑顔を浮かべている。

 

 あすみはその写真をかずみに見せた。

 

「……何か思い出したことはある?」

「うーん、ちょっと思い出せないなぁ。でもこの写真を見る限り、二人がわたしの友達だっていうのは間違いないね!」

 

 お気楽な様子のかずみは無視することに決め、あすみは鋭い視線を二人に向けた。

 普通に考えるなら証拠としては十分なのだろうが、生憎と普通じゃない手段には大いに心当たりがあるのだ。

 

「……この程度の写真、いくらでも偽造が可能なことくらいそちらも分かっていると思うけど。まぁ疑えばキリがないから、これで認めてあげるわ」

 

 魔法という手段さえあれば、こんな写真一枚の信憑性など皆無だろう。

 それでも認めなければ話は進まないし、正直あすみにとって真実などどうでもよかった。

 

 銀魔女の計算を狂わせることを画策しているあすみにとって、イレギュラーはむしろ歓迎すべき事だからだ。

 

「あら嬉しい。認めてもらえるだなんて感激だわ」

 

 茶化すような口調で、海香がニヒルな笑みを浮かべる。

 見つめ合う二人の視線はどんどん冷え切っていき、さっきまでの和やかなお茶会の雰囲気など、どこにもなくなっていた。

 

「……もしかしてあなた、自殺志願者? 死にたいなら手伝ってあげましょうか?」

「生憎と、私は長生きする予定よ。こう見えても作家なの。最低でも今連載している作品が終わるまでは、読者のためにも死ねないわね」

「……それが未完の大作にならないことを祈るわ。案外その方が喜ぶ人も多いんじゃないかしらね?」

「もー! 二人ともっ、喧嘩はダメだよ!」

 

 互いに冷笑を浮かべ、今にも掴み合いになりそうな険悪な雰囲気を察したのか、かずみはテーブルに乗り出して二人の間に割り込んだ。

 

 頬を膨らませて仲裁に入るのはいいが、かずみの右手にはバームクーヘンの刺さったフォークが握られたままだった。

 その頬に入っているのは怒りではなく、食べ残りか何かだろうか。

 

「……喧嘩しているように見えた?」

「軽い会話よ」

「えぇ!?」

 

 そんな二人の返答に、カオルは苦笑していた。

 

「なんだかんだ言って息ぴったりだよな、二人とも」

 

 その言葉を聞いたあすみは鼻で笑い、海香は「冗談」と肩を竦めてみせた。

 

「それで、結局あなたの目的は何なの? かずみをどうするつもり?」

「……別に。どうにもしない」

 

 あすみは淡々と言葉を紡ぐ。

 

「……わたしはただ、この子を守れと命じられた。それ以上の事に興味はないし、どうでもいい。

 あなた達がかずみを傷つける気なら二度と立てないくらいに痛めつけるし、殺そうとするなら殺すだけよ」

 

 要するに廃人にするか死体にするかの違いでしかないが、それを知るのはこの場ではあすみだけだった。

 

「……あなたは今<命じられた>と言ったわね? それは誰に?」

「そういえばあすみちゃん、そんなこと言ってたね」

 

 別にあすみとしては守秘義務も何も課せられていないのだから、<あの女>の一切合切を話しても構わない。

 

 だが言えば、間違いなく面倒臭い事になる。

 それはもはや絶対と言っても良かった。

 

 だからこそ、何も知らなければそれで良いとあすみは考えた。 

 魔法少女の真実と同様、暗部たる<銀魔女>の存在は知らなくてもいい事だった。

 

 それでも念のため、確認の意味を込めてあすみは尋ねる。

 

「――【銀の魔女】。この言葉に聞き覚えは?」

 

 それに海香は首を傾げた。

 

「カオル、聞いたことある?」

「いや、ないけど……<魔女>の一種なのか?」

 

 カオルは笑いながら言ったが、そんな生温い存在ではないことを知るあすみにとっては、全くもって笑い事ではなかった。

 ともあれ、彼女達には思い当たる節はないようだ。

 

「……なるほどね」

 

 ならば知る必要もないだろう。

 

 魔法少女の暗部の象徴たる<銀の魔女>。

 その銀魔女が築き上げた組織<S.W.C.>。

 

 それら裏の顔を知る者は、多かれ少なかれ真っ当な者ではない。

 真実を知らない魔法少女にとっては突然現れる<不幸>でしかなく、関わりは即ち絶望と破滅を意味する。

 

「……知らないならその方がいいわ。とりあえず、わたしは仕事でここにいるということを理解してくれれば十分」

「仕事ねぇ」

 

 あすみのような子供が仕事と言うのは違和感しかなかったが、カオルは無理矢理にでも納得することにした。

 これ以上の事を教える気がないことも、あすみの頑なな態度から十分に理解できたからだ。

 

 とりあえず危急の問題であった<かずみ>を今すぐどうこうする気はない事が分かり、海香達は肩の力を少しだけ抜くことにした。

 

 そんな保護者同士の会話が終わるなり、待ちきれない様子でかずみは二人に質問する。

 

「ねぇねぇ! あなた達はわたしのお友達なんだよね? だったらわたしのこと、教えて欲しいんだけど!」

「<あなた達>か……ほんとに覚えてないんだな」

「あ……ごめんなさい。えと、カオル?」

「そうそう。まぁ記憶がないのはかずみのせいじゃないさ。大方誘拐犯に何かされたんだろう。そこんとこどうなのさ? あすみちゃん?」

「……あなたに<ちゃん>呼ばわりされる筋合いはないのだけど。まぁ、その可能性はあるでしょうね」

「あるのかよ! うへぇ……このままかずみの記憶って戻りそう?」

「……わたしが知るわけないじゃない」

 

 真実は銀色の魔女のみぞ知る。

 だが魔法少女を人形にするあの女のことだから、記憶を奪うことくらいは簡単にしてのけるだろう。

 

 

 

 かずみの質問攻めにあう二人を眺めながら、あすみはふと疑問に思ったことを尋ねた。

 

「……そもそもあなた達、どうしてかずみがここにいるってわかったの?」

「詳しい方法は秘密だけど、かずみの魔力を探知したのよ」

「この辺りを探していたら、突然反応が現れてビックリしたよな」

 

 二人の言葉にあすみは首を傾げる。

 

 二人が使っていたのは、よほど高性能な探査系の魔法なのだろうか。

 その手の魔法は部下のサリサや端末の機能に任せきりなため、あすみ自身で使う機会は少ない。

 

 だが普通の探査魔法なら、よほど対象に近づかない限り反応しないはずだった。

 この大都市の中で偶然発見される確率は、かなり低いとあすみは見ていた。

 

 それでも実際に、かずみが箱から出て数時間もしないウチに発見されている。

 あの無駄に大きいプレゼントボックスから、かずみが出て間もなく。 

 

 それはあまりにもタイミングが良すぎると、あすみには思えたのだ。

 そんな高性能ならば、あすみが到着するよりも早く見つかっても良さそうなものなのに。

 カオルの言っていた「突然反応が現れた」というのも気になる。

 

 

 

 一つだけ心当たりのあったあすみは、かずみ達を連れて二階に上がり、プレゼントボックスのあった部屋へと向かった。

 室内を対象に意識的に魔法の痕跡を探すと、乱雑に床に落ちている青いリボンに目が止まる。

 

「……このリボン」

 

 手に取り、子細に観察する。

 案の定、リボンには高度な隠蔽の魔法が込められていた。

 

 なるほど、とあすみは頷く。

 箱の中にいたかずみは探知されず、あすみが箱から出したことでその存在が露見することになった。

 

 かずみが箱から飛び出て数時間もしないうちに海香とカオルがやってきたのは、そういう理由らしかった。

 反応が突然現れたというのは、かずみが箱から飛び出たタイミングの事だろう。

 

 運が悪い。

 かずみが登場した際のインパクトで、仕込まれていた魔法に気づかなかったのは不覚だった。

 

 あすみはかずみを手招きする。

 今更かもしれないが、打てる手は打っておくべきだろう。

 

「なにー? どうしたのあすみちゃん?」

「……これあげるわ。後ろ向きなさい。あなたの髪、見ていて暑苦しいし」

 

 これ以上厄介事を引き寄せられてはたまらない。

 あすみはもう一度、かずみの存在を隠蔽することにした。

 

 見た限りリボンは隠蔽に特化しており、あすみの<聖呪刻印(スティグマ)>のような鬼畜仕様ではなかった。

 

 付けていて害にはならないはずだ。

 仮にあったとしても、あすみの知ったことではない。

 

「わあ! ありがとう、あすみちゃん! それじゃあお願いするね!」

 

 そんなあすみの内心を知らずに、かずみは無邪気に喜んでいた。

 もし尻尾があったなら勢いよく振られていただろう。

 

 そんな下らない妄想は一蹴し、あすみはかずみの髪を結わえる。

 

 かずみは膝裏まで届くかというかなりの長髪で、無造作に伸ばしっぱなしな印象だった。

 そんなかずみの髪を、あすみは手櫛で梳かして纏める。

 

 こうして誰かの髪に触れるのは久しぶりの事だった。

 あすみは少しばかり感傷的な気持ちになる。

 

 朝起きて、寝癖の直らないあすみの髪を母が梳かして……そんな懐かしい思い出が泡沫のように淡く蘇った。

 

 その時あすみが浮かべた一瞬の表情を目にした海香は、思わず驚いてしまった。

 暗く陰鬱な無表情顔しかできない、そんな少女なのかと思えば。

 

「……あなた、そんな顔もできるのね」

「……どういう意味?」

 

 首を傾げ、あすみは視線を投げかける。

 その時にはもう蜃気楼の如く、あすみの顔は普段通りに戻ってしまっていた。

 

「いえ……なんでもないわ」

 

 無粋だったわね、と海香はヒラヒラと手を振る。

 

 失敗してしまった。

 だが少なくともあんな顔ができるのなら、もう少し様子を見てもいいだろうと海香には思えたのだ。

 

 いざとなればどんな手を使ってでもかずみを取り返すつもりだったが、<かずみ>の味方になってくれるのであれば心強い。

 とはいえ、その動機やあすみの後ろにいるだろう命令を下した何者かの存在が分からない限り、心の底から信頼などできるはずもないのだが。

 

 

 

 一方のあすみにしてみれば、ほんとに意味がわからなかった。

 意味不明な言動をする海香はとりあえず無視することに決め、かずみの髪にリボンを結び終えることにする。

 

 あすみが一仕事終えた後、大きなリボンを頭にゴスロリ衣装を身に纏ったかずみは、ちょっと狙い過ぎなくらい可愛らしく仕上がっていた。

 

「おお、可愛いじゃん。こういうかずみも新鮮だな!」

「えっと……わたし、可愛い?」

 

 かずみは自信なさそうに呟く。

 それにカオルと海香は微笑んで答えた。

 

「ええ、かずみは可愛いわ。もっとそういう服着ればいいのにって前から思ってたんだけど、どういう心境の変化かしら?」

「これ、あすみちゃんに貸してもらってるんだ! わたしとしてはもっと動きやすいのが好きだけど、文句を言ったらバチが当たるもん」

「……嫌なら脱ぎなさい。あなたの露出趣味にケチつけるつもりはないから」

「もー、あすみちゃん意地悪言わないで。誰かとお揃いの服って、わたしすっごく嬉しいし楽しいんだもん。嫌だなんて言わないよ」

「……そう。あなたがそれでいいなら、わたしも構わない」

 

 あすみには彼女の言葉が理解できなかった。

 言葉の意味そのものは分かるが、込められた感情に共感することが出来なかったのだ。

 

 嬉しい、楽しい。

 あすみが最後にその感情に触れたのは、果たしてどれくらい前のことだろう。

 

 侮蔑や嘲笑には覚えがあったが、かずみのような純粋な喜びはもう忘れてしまっていた。

 

 それは魔法少女になった時からか。

 あるいはそれよりも以前、母が死んだ時からだろうか。

 

 今では正真証明、人でなしの魔法少女というわけだ。

 あすみは自嘲の笑みをそっと漏らしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 




中途半端に長くなったので分割しました。
難産になるほど文字数が荒ぶる……
あと二話連日投稿予定。


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第八話 悪魔の前夜祭

 

 

「……あすみちゃん?」

 

 俯くあすみを、かずみは心配そうに見ていた。

 

 ……あすみちゃん、泣いてるの?

 

 思わず手を伸ばしたかずみだったが、その手があすみに触れることはなかった。

 

 轟音。

 

 突如、階下から建物を破壊する音が鳴り響いた。

 静かな夜に似つかわしくない暴虐の騒音が立てられる。

 

 どうやら、何者かが屋敷を襲撃しているらしい。

 

「はぁ……引っ越したばかりだっていうのに」

 

 あすみが視線で「お前達の仲間か」と海香達を睨んでやると、二人はブンブンと勢いよく首を横に振っていた。

 つまりは新手の襲撃者というわけだ。

 

「……ほんとにもう、次から次へと」

 

 千客万来。迷惑千万。

 頭が痛くもなるが、転居早々拠点を破壊されてはたまらない。

 もはや呪われた館ともいえるが、そんな場所でも寝床を失うわけにはいかなかった。

 

 

 

 あすみ達が一階へ下りると、ソレは突如として現れた。

 屋敷の壁を破壊しながら現れたのは、異形の怪物。

 

 それは<魔女>とは似て非なる存在だった。

 結界を張るでもなく、ただ暴力を具現化するために生まれたような化け物だ。

 

「……悪魔?」

 

 それを見たかずみが、見たままの印象を呟いた。

 皮膜の翼に黒鋼の肉体、手には鋭い鉤爪を持ち、その眼は爬虫類を思わせた。

 

 まさしく御伽噺の<悪魔>に相応しい外見だった。

 

「……使い魔? それとも魔女? にしては随分と派手ね。結界すら張らないなんて……そういうタイプなのかしら?」

「ってことはコイツら、そうする必要がないくらい強いってわけか?」

 

 例えば伝説に謳われる超弩級魔女<ワルプルギスの夜>のように。

 だがそんなカオルの心配を、海香は笑い飛ばす。

 

「まさか。こんなのどう見ても雑魚でしょうに」

 

 感じるプレッシャーは確かに外見相応の物だが、伝説級の魔女は流石に言い過ぎだ。

 強さ的には普通の魔女よりも若干弱いくらいだろう、と海香は大まかに推測していた。

 

 彼女達はそれぞれのソウルジェムを掲げ、魔法少女へと変身する。

 

 海香は白い修道服を身に纏っていた。

 頭にウィンプルを被り、胸元には大きなリボンをつけている。

 

 同系統の衣装として、シノブに「シスター」呼ばわりされているあすみの部下――サリサの物が聖歌隊を思わせるデザインならば、海香のそれは正統派ともいえる衣装だ。

 

 変身前には付けていなかったメガネを装着し、分厚いハードカバーの本を手にしている。

 海香のソウルジェムは、青い菱形の宝石となって額に飾られていた。

 

 

 カオルはスポーツ少女らしい動きやすそうなボディスーツ姿で、そこにフード付きの白い上着を纏っていた。

 

 スパイクを履いている所からすると、サッカー少女なのかもしれない。

 カオルのソウルジェムは五角形の黄色い宝石となって、右足に巻かれたベルト部分に嵌め込まれている。

 

 変身してみせた彼女達に、かずみは歓声をあげた。

 

「わぁっ……なになにっ、二人共すごーい!」

 

 かずみは目を輝かせて魔法少女となった二人を見る。その瞳はまるでヒーローを見る少年のように輝いていた。

 

 それに応えるように、二人はかずみへ微笑み返す。

 

「行くよ海香! かずみ達はそこで見てて!」

 

 カオルはかずみに親指を立てると、現れた悪魔へと先制攻撃する。

 

「<カピターノ・ポテンザ>!」

 

 カオルの魔法による強化を受けた両足は、地を蹴って虚空を駆け抜ける。

 そして放たれた稲妻のような蹴撃が悪魔へと直撃した。

 

 衝撃で辺りの床に亀裂が入る。

 だがカオルの攻撃を受けても、悪魔は不動のまま無傷で佇んでいた。

 

「んなっ!?」 

 

 お返しとばかりに悪魔がその豪腕を振るう。

 カオルは咄嗟に防御できたものの、質量差から藁のように飛ばされてしまった。

 壁を突き抜けていったカオルに、海香は悲鳴を上げる。

 

「カオル!? この……!」

 

 海香の手にした魔法書からバスケットボール大の魔弾が放たれた。

 

 だがその選択は悪手だった。

 悪魔は魔弾を素手で掴みとったのだ。

 

 それだけでも驚くべきことだったが、続けて悪魔の口から機械的なノイズ混じりの声が発せられる。

 

 

 

『COGITO,ERGO SUM』

 

 

 

 闇色の霧が悪魔を覆い、海香の放った魔法を<吸収>していく。

 その光景に海香は瞠目する。

 

『――ABRACADABRA(アブラカダブラ)

 

 そして悪魔の手から<海香の魔法>が放たれた。

 

「なっ!? こいつ私の魔法を……っ!?」

 

 その魔法は、確かに先ほど海香が使用した物と同じだった。

 防御結界を展開し、今度は海香が攻撃を防ぐ。

 

 海香の能力は<魔法の複製>だ。

 一度見た魔法ならば、それを記録し模倣することができた。

 

 だから悪魔の行ったことはすぐに理解できた。

 自分の専売特許だと自惚れていたわけではないが、容易く真似された事実に海香は衝撃を受ける。

 

 その隙に襲いかかってきたのは、壁をぶち抜いて現れた新手の悪魔だった。

 

「一体だけじゃ!?」

 

 油断したつもりはなかった。

 それでも当初の認識はあまりにも甘過ぎた。

 

「――かずみ!!」

 

 海香の耳には、カオルも離れた場所で戦っている音が聞こえていた。

 海香自身も悪魔に囲まれ、防戦一方になってしまっている。

 

 海香の叫びは、悪魔達のおどろおどろしい呻き声に阻まれてしまった。

 業腹だが、かずみの安全は謎の魔法少女<神名あすみ>に託すしかなかった。

 

「……もう油断はしない。あなた達の弱点、全部丸裸にしてあげる――<イクス・フィーレ>!」

 

 手にした魔法書から冷たい光が放たれた。

 

 

 

 一方のあすみ達は、次々と現れる新手の悪魔達の登場に、海香達とは完全に分断されてしまっていた。

 

 あすみは<かずみを守る>という不得手な護衛のせいで、悪魔を倒しきる事ができないでいた。

 故に次善の策として、かずみを引き連れて屋敷を脱出しようとする。

 

「あすみちゃんっ、海香ちゃん達大丈夫なの!?」

 

 不安そうな顔を浮かべるかずみを鬱陶しく思ったあすみは、冷たく突き放してやろうかと思った。

 

 だがその場合、かずみの性格からして一人でも海香達を助けに行きかねない。

 その後始末をするのは結局、あすみになるのだ。

 

 そこまで最悪の事態を考えたあすみは、護衛というのも楽じゃないと思いながら、かずみの望むであろう言葉を紡いでやる。

 

「……大丈夫。あの二人もベテランの<魔法少女>だもの。あなたが心配する必要なんかない」

「……うん、そうだよね。大丈夫、だよね?」

 

 不安を隠しきれない顔で、かずみは何度も頷く。

 

 そんなあすみ達の目の前を横切るように、物陰から黒猫が走り抜けていくのを、かずみは目撃してしまった。

 その通路の先には、悪魔が待ち受けている。

 

「あ、猫ちゃんが!?」

「っ……待ちなさいバカ!!」

 

 黒猫を追おうと、いきなり飛び出したかずみに怒声を上げる。

 

 馬鹿猫を追い掛ける馬鹿娘。

 あすみは頭が痛くなりそうだった。

 

 すぐさま追いかけようとするものの、それを阻むように悪魔が襲いかかってくる。

 

 とてもではないが背中を見せられそうにない。

 あすみはモーニングスターを槍のように鋭く放ち、悪魔の爪を弾き返した。

 

「……行かせないってわけ? あなた、誰を相手にしてると思ってるの?」

 

 扱いの難しいモーニングスターをあすみは手足のように次々と繰り出していく。

 回転しながら進む凶悪な鉄球は、普通の人間ならば即座にミンチになるほどの威力を持っていた。

 

 だが悪魔に直撃しダメージこそ与えるものの、それが致命傷にはならない事は既に理解させられていた。

 

「……固いわね」

 

 次々と立ち塞がる悪魔達。

 それを見てあすみは傲慢に鼻を鳴らしてみせる。

 

「……いいわ、相手になってあげる。

 絶望を味わいながら死んで逝きなさい!」

 

 胸の裡から湧き上がる訳のわからない苛立ちをぶつけるように、あすみは凶暴な本性を剥き出しにした。

 

 ――少しでも早くコイツ等を殺して、かずみ(あのバカ)を追いかけないと。

 

 いつの間にか他人(かずみ)の身を心配している自分がいる事に、あすみが気付くことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 かずみは無我夢中で黒猫を追い掛ける。

 それ以外の考えは、頭の中からすっぽりと抜けてしまっていた。

 

 広い屋敷とはいえ、すぐに突き当たりに到着する。

 そこでは黒猫が、悪魔の一体に踏み潰されそうになっていた。

 

 どうやら怯えて動けないらしい。

 

「ストォオオオップ!!」

 

 大声を出したかずみに、悪魔の注意が一瞬だけ逸れた。

 その隙を逃してなるものかと、かずみは姿勢を低くし悪魔の足元をスライディングして黒猫を抱き抱える。

 

 ゴロゴロと転がり続け、壁にぶつかった所でかずみは止まった。

 全身擦り傷だらけでヒリヒリする。

 

 だがその甲斐もあって、かずみは間一髪、黒猫を救出することができたのだ。

 

「……よかった、無事だった」

 

 腕の中の黒猫は、そんなかずみをじっと見つめている。

 そして気が付けば先ほどの悪魔が仲間を呼んだのか、かずみの周りは悪魔達に囲まれ、逃げ場所はなくなっていた。

 

「あれ? わたしいま、すっごく絶体絶命(ピンチ)?」

 

 為す術もなく悪魔に捉えられ、足を掴み挙げられる。 

 

「どうしたらいいんですかこの状況ー!!」

 

 思わず敬語で叫びながら、かずみは泣き言を漏らす。

 

 猫を抱いていない方の手でスカートの裾を抑えているものの、悪魔達にとってかずみは無力な獲物でしかなかった。

 頭から食べるつもりなのか牙の生えた大口を開け、かずみの頭部を掴む。

 

 その時、悪魔の手がかずみの耳飾りの鈴に触れた。

 

「――汚い手で触るんじゃない!!」

 

 瞬間、あたかも逆鱗に触れられたかのように、反射的にかずみは激昂していた。

 

 自身でも制御できない感情が爆発する。

 同時に、脳裏にいくつもの情景――その断片が浮かんでは消えていく。

 

 

 

 <かずみ>が鈴を手に笑顔を浮かべている光景。

 

 絶望に彩られた瞳。銀色に輝く杖。

 

 魔法陣を囲む魔女達の宴。

 

 鼓動を刻む心の臓。

 

 誰かの涙。

 

『きみの祈りはエントロピーを凌駕した。

 さあ、魅せてくれ。きみの魔法(いのり)を』

 

 ■■■■が笑う。

 

 

 

 洪水のように襲いかかる記憶の残滓は、かずみの中をすり抜けていく。

 残されたのは、たった一つの確信。 

 

「この鈴を鳴らすのは!」

 

 リィンと、かずみは右耳に付けられた鈴を鳴らす。

 それは魔力的な響きを持って、周囲に波紋を広げた。

 

 かずみの全身を鈴の音が包み込む。

 

 音は魔力となってかずみの身に纏い、少女を<魔法少女>へと変身させた。

 三角帽子に黒マント、背丈ほどもある十字を象った杖を手にしている。

 

 気が付けば、かずみは<魔法少女>になっていた。

 

「お? お? なにこれっ、なにこれっ! かーわいー!!」

 

 ぴょんぴょんと自らの格好を確かめるように跳ねるが、そんな隙を悪魔が見逃すはずもなかった。

 壁ごと切り裂く悪魔の鋭爪が振るわれる。

 

「っとと、喜んでる場合じゃなかった! えっと……ちちんぷりん!」

 

 慌てて回避するものの、魔法少女になったばかりのかずみは戦い方が分からなかった。

 適当に思いついた呪文を口にするが、当然のように魔法はいつまで経っても現れない。

 

 悪魔達にとってかずみはその腕の中の黒猫と同様、変わらず無力な生贄でしかなかった。

 

「わーん!」

 

 黒猫を抱き抱えたまま必死に悪魔達から逃げるかずみだったが、ふと既視感を覚えた。

 悪魔の攻撃を避け、本能の導くままに動く。

 

 それに従い狭い屋内から開けた場所へと、悪魔達に追われながら突き進む。

 悪魔達の暴力を天性ともいえる直感を頼りに紙一重で躱していき、ついに中庭へと到着した。

 

 そこにも複数の悪魔達が待ち構えている。

 だがかずみは不敵な笑みを浮かべてみせると、逃走から一転、地を蹴り飛ばし魔法で空へと舞い上がった。

 

 体が羽のように軽い。 

 かずみは眼下に悪魔達の軍勢を捉えた。

 

 そこへ、十字を象った杖を向ける。

 

 身体が覚えていた。

 この感じは。

 

「――今だ!!」

 

 果たして、今度こそかずみの魔法は発動した。

 

 眩しい光の波動が、悪魔達へ襲いかかる。

 それはあたかも光の柱が落ちたかの如く。

 

「<リーミティ・エステールニ>ッ!」

 

 絶叫と共に悪魔達は次々と消滅し、後には歪な種のような物が残された。

 

 

 

 

 

 

 あすみが悪魔達を殲滅して駆けつけた時には、全てが終わっていた。

 目の前の光景は、あすみにとって予想外の出来事だった。

 

 かずみが魔法少女へと変身しているのは、かずみに魔力があることから薄々と分かっていた。

 だが記憶喪失の少女が、魔法少女として戦えるとは思っていなかったのだ。

 

 ましてやカオルと海香が苦戦するほどの悪魔達を相手に、勝利を収めるなど事前に考えられるはずもない。

 そんな得体の知れない<異常さ>をあすみは感じ取り、知らずに硬くなった声を発していた。

 

「……あなた」

「あすみちゃん、聞いて! わたし、魔法が使えるみたい!」

 

 あすみの言葉を遮り、かずみは明るい笑みを浮かべて言った。

 

「あすみちゃん達と一緒だね!」

 

 どこまでも無邪気なその言葉に、あすみは思わず絶句する。

 

 ――魔法少女。

 

 真実を知るあすみにとって、それは希望の欠片すら見い出せない存在だ。

 

 救いなんてどこにもないのに。

 黒猫を抱き上げて喜ぶかずみを、あすみはただ暗い瞳で見ていた。

 

 ……ほんとに、なんて馬鹿な子。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月夜の空から眼下の人形劇を眺め、金髪の少女は楽しげに笑っていた。

 

「まずは前菜<悪魔の卵(デビルドエッグ)>のお味は如何?」

 

 マーブル模様の禍々しい卵を手と手に、弄ぶようにお手玉してみせる。

 

 中に詰まっているのは悪意の塊。

 あの禍々しい悪魔達の卵だった。

 

「今宵はほんの小手調べ(つまみぐい)

 今度はちゃんとパーティーの準備が出来てから、アタシ直々にご馳走してやるよ。

 余計なおまけもいるみたいだけど、ケチ臭いことは言わないさ。どんなクズだろうが大歓迎(ウェルカム)!」

 

 胸元に飾られた金色のスプーンを手に、少女は誓う。

 

「アタシの事、思い出させてやるよ! プレイアデス聖団!!」

 

 きゃははっと笑声を上げ、少女は使い魔の背に乗って夜闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 ○○○様がアップを始めたようです。
 先生……オリ主の影が……薄いです。
 相変わらず舞台裏で蠢いている模様。

 あと推敲中×カヲル→〇カオルに気付いたので修正しました。

備考:<デビルドエッグ>
 アメリカのパーティ料理の一種。
 本作では字句通り悪魔の卵として登場。


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第九話 復讐の暗殺者

 

 

 

 

『ねぇ、キリサキさんって知ってる?』

 

 

 

 ネオンの明かりが綿のように揺らめく夜の街並み。

 肌寒い夜風にコートの裾を靡かせ、フードを目深に被った人影が高層ビルの屋上に佇んでいた。

 こぼれ落ちる銀色の髪と、わずかに見える横顔からは泣き黒子が見える。

 

 

 

『誰それ? 私の知り合いにはいないけど』

 

 

 

 銀髪の少女は、ビルの眼下に展開された魔女の結界を見下ろす。

 少女が手を伸ばせば虚空から魔法の剣が現れ、その手に握られた。

 

 カッターを思わせる鋭利な刃。

 鍔部分には円盤が刃を挟むように存在し、そこには勾玉の形をした文様を囲むように五つの円が描かれていた。

 

 

 

『違うよ、噂話。最近流行ってるの』

 

 

 

 タンッと軽やかに跳躍し、少女はビルから飛び降りた。

 目指すは魔女の結界。

 内部では既に魔法少女が魔女と戦っていた。

 

 人類が歴史を刻むその裏側で行われる、幾度も繰り返されてきた戦い。

 

 此度の魔女と魔法少女の戦いは、魔女側が優勢だった。

 まだ経験の浅い魔法少女は、魔女の攻撃に対応出来ずじりじりと追い詰められていく。

 そして背後が疎かになったところを、魔女の使い魔が襲いかかった。

 

「しまっ――きゃあ!?」

 

「<炎装・火之迦具土(ヒノカグツチ)>」

 

 絶体絶命のピンチを救ったのは、フードを被った少女だった。

 

 

 

『あたしの聞いた話ではね。夜一人で歩いていると、突然鈴の音が聞こえてきて』

 

 

 

 凛と鈴の音が鳴る。

 

 銀髪の少女は手にした剣で使い魔を一掃し、憎しみの叫びをあげる魔女と対峙する。

 焔が踊った。

 

「<炎舞>」

 

 気が付けば魔女は切り刻まれ、その肉片は炎に焼かれて消滅していった。

 助けられた魔法少女は、その圧倒的な力に息を呑む。

 

 比べようもないほどの実力の差を、さまざまと見せつけられた。

 恩人となった見知らぬ魔法少女は、尻餅を付いたまま呆然とする少女へ問いかける。

 

 

 

『どこからともなくコートを着た女が現れて、名前を聞いてくるの』

 

 

 

「……ねぇ、あなたの名前、教えて?」

 

 フードが降ろされる。

 そこから現れた怜悧な美貌に少女は息を呑むものの、一転して柔らかな微笑を浮かべて見せる<彼女>に、少女は安心して自らの名前を告げた。

 

 恩人である彼女に、少女は笑顔で握手を求める。

 同じ<魔法少女>という仲間であり、助けてくれた恩人に対する無垢な信頼が、その笑顔にはあった。

 

「助けてくれて、ありがとう!」

「……ええ」

 

 銀髪の少女は、その笑みから目を逸らすように顔を伏せる。

 手にした剣が静かな炎を纏った。

 

「……さよなら」

 

 その言葉を最後に、助けられた少女の意識は暗転した。

 

 首なき死体がどさりと崩れ落ちる。

 鮮血を撒き散らし、生首が転がった。

 

 地面に転がる少女の顔には、きょとんとした不思議そうな表情が浮かんでいた。

 

 

 

『それに答えると殺されちゃうんだって。刃物でズタズタにされて』

『それで<切り裂き>さんってわけね』

 

 

 

 ――学生達の間で囁かれる、とある都市伝説。

 その真実を知る者は<魔法少女>以外には存在しない。

 

 

 

 

 

 

 殺人を犯した魔法少女は、殺した少女の名前を紙片に綴り心に牢記する。

 紙片はお守りへと納められ、髪留めとして結えられた。

 

 死んだ魔法少女のソウルジェムを回収すると、残されたのは学校の制服を着た首なし死体とその生首だけとなった。

 周囲には胸焼けするような濃い血臭が漂っている。

 

「お疲れ、()()()ちゃん。この辺りでの情報収集はあらかた終わったで」

 

 そこへ新たな魔法少女が現れた。

 ココア色のショートカットヘアをした少女は、鴉のような漆黒の魔法少女衣装を纏い、先端が十字に象られた錫杖を背負っていた。

 漆黒の魔法少女は、首なし死体を見て眉を顰める。

 

「にしても……スズネちゃんはどないして、いつも死体をそのままにしとくん? 騒ぎになるのは目に見えとるやろ? まーた連続殺人云々で世間が騒ぐで?」

 

 生まれも育ちも関東であり、自他共に認めるエセ関西弁使いの少女――榛名桜花(はるな おうか)の問いに、自他共に認める殺人者――天乃鈴音(あまの すずね)は淡々と言葉を紡いだ。

 

「……残された人が無駄な希望を持たないために。

 せめて身体だけでも、家族の元に返してあげたいから。

 たとえそれが絶望でしかないとしても……待ち続けるのは、辛いから」

 

 魔法少女の死体は滅多なことでは残らない。

 なぜなら魔女との戦いに破れればそのまま結界の中を彷徨うことになり、自らが魔女になった場合も同じだからだ。

 

 魔法少女達の戦場は現実とは異なる場所にある。

 故に、死ねば人知れず幽世の世界に葬られるのが宿命と言えた。

 

 そんな魔法少女として死んだ者を家族に持つ遺族達。

 死んだ少女が大切であればあるほど、いつまでもその帰りを待ち続け、心身を摩耗させていく。

 

 そんな悲劇を思えば、スズネのそれはせめてもの優しさなのだろう。

 絶望ではあるが、それも一つの結末だった。

 

 もっとも、殺した張本人であるスズネがそれを認めることなど有り得なかった。

 悲劇を作り出した悪鬼が<優しい>など笑わせるだけだ。

 

 マッチポンプ、偽善、独りよがり。

 そう自覚していてもなお、スズネは自らの行為を止めはしない。

 

 この世界に<魔法少女>という存在がある限り、悲劇の連鎖は終わらないのだから。

 だけど、せめて死した後は<普通の少女>として家族の元に帰らせてあげたかった。

 

 そんなスズネの想いを知るオウカは、困ったような苦笑を浮かべる。

 

 ――うちらのリーダーは、ほんまに不器用やなぁ。

 

「やったら、もうちょい優しく殺してあげたら良いんちゃう? 首ちょんぱとか、グロすぎやで」

「……苦痛を感じさせずに殺すには、あれが一番だと聞いた」

「時代小説の読み過ぎやな。まぁ、それがスズネちゃんの優しさゆうんなら、そうなんやろなぁ。でも遺族には恨まれるで? どう見ても他殺やし」

「……私達は正義の魔法少女なんかじゃない。恨んでくれるなら、それで構わない」

「そらごもっとも」

 

 ジト目で睨んでくるスズネに、オウカは肩を竦めて応える。

 

 恨まれることも憎まれることも承知の上。

 正義を語ることは許されず、それでも使命を果たし続けなければならない悪鬼の群れ。

 

 魔法少女が魔女を生むなら、その全てを滅して見せよう。

 

 許されぬ悪を行い、世に蔓延る邪悪を抹消する。

 そして全ての魔女と魔法少女が死に絶えた暁には、自らの(ソウルジェム)を砕くと誓った者達。

 

「なぁ、スズネちゃん。うちを殺す時は、変な気遣いせんでもええから。

 スズネちゃんに殺されるなら、それだけでうちは幸せもんや」

「……わかった。その時が来たら、あなたは必ず私が殺すから」

 

 スズネの誓いを聞いて、オウカははにかんだ笑みを浮かべた。

 傍目からは殺人宣言を聞いて喜ぶ変態みたいだと、我ながら思わなくもないが。

 それでもオウカは嬉しかった。

 

「うちらは死人みたいなもんや。そんなんでもな、スズネちゃんだけがうちらに残された希望や。それに託して逝くゆうのも、悪くないわな」

 

 片手で足りる程度の人数しかいないがオウカを筆頭に、スズネの理想に賛同し文字通り命を掛けている者達がいた。

 

 

 ――Erinyes(エリニュエス)

 

 

 復讐の女神達の名を自らに課した彼女達は、<銀の魔女>によって誕生し、その討伐を掲げる魔法少女集団だった。

 

「……それで、あの女の行方は掴めたの?」

「あー、流石に本命はさっぱりや。せいぜい<使徒>がうろちょろしとるのが確認できたくらい。

 って言っても木っ端もええとこやけど。この辺りじゃ流石に<刻印持ち>は確認できへんかったしな。

 まぁ連中の相手は体力的にも精神的にも疲れるから、いないに越したことはないんやけどなぁ」

「……いつかは殺す相手よ。遅かれ早かれでしかないわ」

「せやな。まぁ親玉殺せればいっちゃんええんやろうけど、それは高望みし過ぎやしなぁ」

「結局、目ぼしい情報はなかったの?」

「いんや、ちょいと捕まえた木っ端はんにお話聞いたんやけど、刻印持ちで例の<狂気使い>がこの近くにいるらしいで?」

 

 その捕まえた者がどういう結末に至ったかなど、スズネはわざわざ確認などしない。

 少しでも銀魔女に関わる者ならば、どんな相手だろうが始末するのが彼女達にとって当然の事なのだから。

 オウカの言葉に、スズネは自身の記憶から対象の情報を引き出す。

 

「……確か<精神攻撃魔法>を使う子だったわね」

「そうそれや。結構な大物やけど、どないする? なんか今あすなろ市にいるらしいわ。

 あれやね、観光名所やし遠足かなんかやろか?」

「まさか。連中の目的なんて、どうせろくなもんじゃないわ」

「ほんなら?」

「ええ、私達もあすなろ市へ向かうわ。クスハ、アヤセ……それからノゾミにも連絡を。

 ――魔法に関わる者、その全てを殲滅するわ」

「了解や」

 

 颯爽と歩くスズネの背を追いかけながら、オウカは空を見上げた。

 ビルに埋め尽くされ角ばった空には、僅かな星明かりすらも見えない。

 

 それでもオウカは微笑む。

 

「……ええ夜やね」

 

 光などいらない。

 ただ闇があればそれでいい。

 

 なぜなら彼女達は紛れもない<暗殺者>なのだから。

 街の灯りに背を向けて、少女達は夜闇へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――数時間後。

 連絡の途絶えた魔法少女結社<S.W.C.>構成員の消息を追っていたシノブとサリサは、とある廃墟でその目的の人物を発見することに成功していた。

 

 とは言え、目的の人物は既に死体だったのだが。

 別に保護するのが目的ではないので失敗ではないっスよ、などとシノブはお気楽に思う。

 

 隣では死体を前にサリサが十字を切っていた。

 例の如く、銀魔女へその御霊を捧げる悪徳の祈りだった。

 

 そんな二人の前にはかつて人間だったらしい死体があった。

 原型を留めていないため、そうと知らずに見なければ理解できないだろう。

 

 そんな有様の死体を目の前にして、シノブはわざとらしい悲鳴をあげる。

 

「うっひゃー、悲惨っスねぇ。仕事柄スプラッタは見慣れてると思ってたんスけど。これはもう、一種の芸術じゃないっスかね?」

「死体に芸術云々を求めるなです。そんなサイコな趣味、私にはねーですよ」

 

 コンクリのキャンパスに殺意のデッサンで彩られた血と肉。

 これを行った者は間違いなくイカレているとシノブは直感していた。

 

 シノブも似たようなことはするが正直拷問よりも戦闘の方が好みであるため、それほど無力な存在を痛めつける行為に熱心ではない。 

 

 かといって心が痛むかと言えば、そんなことは全くないのだが。

 スリル満点のバトルならばともかく、ともすれば単調になりがちな作業はシノブの好みではないのだ。  

 

 サリサにしても普段の行いは宗教的意味合いが強い。 

 全ては彼女の信じる神の為の行いであり、そこにあるのは神への純粋な奉仕活動だ。

 故に、迂闊にも敵性戦力に殺された間抜けが相手であろうとも、サリサは慈悲を持ってその死を悼むことができた。

 

 その弔いが救いなき邪神への供物であることを知るシノブにとっては、ドン引きな光景だったが。

 最近では慣れてしまっている自分に気づき「自分はノーマルっスよ」などと一人ごちていた。

 

 軽口もそこそこに二人は遺留品を回収し、魔法を使って死体の事後処理を行う。

 魔法少女の不始末は魔法少女が始末する。

 

 真っ当な神経を持つ者ならば、死体をそのままにして世間を騒がせるような真似は避けるべきだった。

 

「にしても、これでまた販路が一つ潰されたわけっスね。我が社の特製<ポーション>の販売員がこうも潰されまくると、ノルマが処理できないんじゃないっスかね? 別にうちらの担当じゃないっスけど」

「私達は粛清が専門ですから。逃亡者や裏切者の処分、それに普段の狩りならばともかく、薬の売買なんて知らねぇですよ」

「そっスよね。ネトゲじゃバフ系のアイテムガブ飲み上等っスけど、現実じゃやる気になんねーっス。そうするくらいなら普通にレベル上げて物理で殴った方が楽っスからね」

「……流石のゲーム脳です。呆れて言葉も出ねーですよ」

 

 ここ最近、組織の構成員が何者かに襲撃される事件が相次いでいた。

 恨みを買うような覚えは多々あれど、早々討ち取られるようなレベルの低い者ばかりではない。

 

 最下級の<使徒>――組織内での通称<ポーション売り>ならばともかく、シノブやサリサ、その上司である神名あすみと同じ粛清部隊――<刻印持ち>にも被害が出ている異常事態だ。

 

 残留した魔力パターンを端末で読み取りアーカイブへと登録する。

 読み込みにはしばらく時間がかかるため、シノブは相棒へと尋ねた。

 

「で、この犯人って例の奴らっスか?」

「恐らくそうでしょうね。手口からして<討伐指定・特A級>の【魔法少女暗殺者集団<エリニュエス>】のメンバーでしょう。私達よりよほど拷問の仕方が手馴れてます」

「あれっスよね。うちらみたいな粛清部隊を“返り討ちにして”そのまま逃亡したっていうすんげー連中っスよね? 魔法少女としてはうちらの大先輩だとか?」

 

 シノブの言葉に、サリサは重々しく頷いた。

 

「かつて尊き主の研究所(ラボ)から逃げ出した被験者(モルモット)達と聞いています。まったく、始末し損ねた連中はとんだ無能です。主の尖兵たる身でありながら、失敗など許されるわけがないでしょうに。哀れなる愚者共はまとめて火炙りに処したいところデスね」

「シスターは厳しいっスね。私としてはその連中が強敵であることに期待してるっスけど」

「はいはい。まずは獲物を見つけてからです。そしたら好きなだけバトルして下さい。あなたのそういうとこ、もう諦めましたから」

「おお、シスターが理解力のあるパートナーでチョー嬉しいっス! やっぱり肉を切り骨を断ち魂を引き裂く闘争は最高っスよね!」

「知るかボケ、です。残留魔力から追跡を開始しますよ。ほら、パターンを照合するの手伝ってください」

「らじゃっス。狗は狗らしく、獲物を追いかけるっスよ」

 

 銀魔女の猟犬は鼻を鳴らして獲物を追い掛ける。

 その顎が食らいつくまで、狗達の追走は止まらない。

 

 

 

 

 

 

 

 




 すずね☆マギカから主人公参入。
 オウカはまたもリリなのキャラモチーフ。
 二人とも魔改造済み。

 今更かもしれないが、あえて言おう。
 カオスであると。

 ちなみにリンネとスズネのビジュアル(顔)はほぼ同一設定(蛇足)。
 次の投稿はまた間が空きます。


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第十話 幸福の花嫁

 

 

 

 夢を見るのは嫌いだ。

 

 楽しかった思い出や幸せな過去の記憶は、現実(いま)の自分を傷つける。

 苦しい思い出や心に傷を負った記憶は、再体験する事でより深く刻まれてしまう。

 

 目覚めた時のあの孤独感は、何度味わっても泣きたくなる。

 

 人はその死と同じく眠りからは逃れられない。

 夢を見ない者もいるらしいが生憎とあすみの眠りは浅く、頻繁に悪夢が襲いかかった。

 

 今もまた、あすみは悪夢の中にいた。

 明晰夢の中、あすみはいつものゴスロリ服ではなく、親戚の家に居た頃の地味な格好をしている。

 

 魔法も、武器も、ゴスロリ服も。

 身を守る鎧が何一つないまま、あすみは無数の人間に取り囲まれていた。

 

 それ等はかつて、あすみが殺した者達だった。

 

『あなたがもっとうまく立ち回れば、今も幸せに過ごせていたんじゃないの?』

 

 あすみのクラス担任だった教師が、もっともらしく言う。

 最後はあすみの魔法によって狂った教え子達に惨殺された。

 

 

 ――言葉は意味を持たない。

 

 

『どうして私を殺したの? なにもしてないのに』

 

 あすみがイジメられるのを、ただ傍観していた少女が言う。

 耳を潰し目を抉り舌を引き抜いた。

 

 

 ――使わないモノは必要ない。

 

 

『お前、頭おかしいよ』

 

 下品な笑顔で、かつてクラスメイトだった少年が嘲る。

 生きたまま頭部を切り開いて見せた。

 

 

 ――何も変わらない。みんな同じ血と肉と骨と汚物(キタナイモノ)でしかない。

 

 

『あんた一人のせいで、どれだけの人間が不幸になったと思う?

 あんたなんか生まれてこなければ良かったのよ!』

 

 両目のない少女が、キィキィと責め立てる。

 最後の最後に死なせてあげた。

 

 

 ――誰が望んで、こんな世界に生まれたんだろう。

 

 

『クソガキが、お前が世界の中心だとでも思ってやがるのか? テメェが世界で一番不幸だとでも?

 そんなテメェが誰かを不幸にする権利があるとか思っちゃってるわけ?』

 

 頭の潰れた死体が怒りを露わにする。

 半死半生だったのを無理矢理蘇生させて、身体の末端からゆっくりと磨り潰した。

 

 

 ――ならばどこの誰が、誰かを不幸にする権利を持っているのか。

 

 

 無数の怨嗟の声があすみに突き刺さる。

 

『……どうしてわたしは殺されたの? わたし、何か悪いことしたかな?』

 

 あすみとよく似た少女が涙を流す。

 

 

 ――悪くないことが、綺麗でいられる理由にはならない。

 

 

『この子に罪はあったの? あなたの不幸は、この子の<幸せ>を壊すほど、大切な事だったの?』

 

 知らない女が、少女を抱きしめる。

 

 

 ――その<幸せ>が、泣きたくなるほど憎らしい。

 

 

 

『なぜ話を聞いてくれなかったんだ。私はお前達を見捨てたつもりなど――』

 

 あすみの■■だった男が嘆く。

 

 

 ――都合の良い真実(モウソウ)なんかいらない。

 

 

 

 無数の人間達から終わることなく糾弾される。

 亡霊達の呪詛をその身に浴び続ける。

 

 あすみは白けた目で、そんな彼らを見ていた。 

 

「……うるさい」

 

 すると連中の体は徐々に形を失っていき、ただの呻き声を上げる肉塊へと変わっていった。

 あすみがそれを無感動に眺めていると、一人の魔法少女が現れた。

 

 黒いゴスロリ衣装を身に纏いモーニングスターを手にした少女――<神名あすみ>だった。

 もう一人のあすみは、肉塊に変わったモノを次々と蹂躙していく。

 

『死ね! 死ね死ね死ね死ね!! みんな死んじゃえバーカッ!!』

 

 怨嗟の声が響き合い、呪いで世界が満たされる。

 

 傍から見た自分の姿はどこまでも醜悪で――死ねばいいのに、とあすみは思った。

 

 禁忌の魔法が世界を穢し、モーニングスターが骨を砕き肉を捏ねる。

 そんな狂気の宴はいつまでも続くかと思われた。

 

 

 

 そこへ銀色の光が射し込む。

 

 

 

 気が付けば、あすみは血臭漂う修羅場から、暖かな光の射す庭園のなか椅子に座っていた。

 テーブルの向こう側、白塗りのガーデニングチェアに腰掛けた銀髪の少女が、紅茶を片手にあすみへ語りかけてくる。

 

『魔法少女とはどこまでも身勝手で、独善的で、どうしようもなく寂しがり屋で。

 誰かの幸せを祈れば、誰かの不幸を願わずにはいられない……そんな矛盾の体現者なの』

 

 それはかつて、あすみが銀魔女主催のお茶会に参加した時の記憶だった。

 人形部隊によるあすみへの教練が一通り終了した時の事、卒業祝いに催されたガーデニングパーティーでの一幕。

 

 銀魔女の傍らでは金髪の人形が紅茶を淹れており、その足下では子犬の使い魔が寝そべっている。

 その周囲にも、様々な人形達が思い思いに過ごしていた。

 

 見た目だけは華やかな庭園でのお茶会だったが、生きている者はあすみと銀魔女しか存在しなかった。

 

 そんな薄皮一枚の先に狂気が透けて見える光景の中、リンネはあすみに告げる。

 それは卒業したあすみへの訓辞のようなものだった。

 

『たった一つの祈りを胸に戦い続ける私達魔法少女は、その祈りの果てに絶望が待ち受けている。

 大抵の魔法少女は真実に耐え切れず、中には自ら死を選ぶ者もいる。真面目で正義感の強い子ほどその傾向は強いわね。

 だけどそれを乗り越える者達もいる。つまりは、私やあなたのような。

 身も蓋もないことを言ってしまえば、良い子ほど早く死に、悪い子ほど長生きするわけね。

 善悪の概念を超え生存する事が生物にとっての正道ならば、あなたの悪は世界(システム)によって肯定されているとも言えるわね。もっとも、それがあなたにとっての免罪符には成り得ないのでしょうけど』

 

 その長々しい話を、あすみはクッキーを頬張りながら聞き流していた。

 そんなあすみの様子に苦笑を浮かべ、銀魔女は告げる。

 

『あなたが真に望めば、どんな未来も思いのままでしょう。

 そうできるだけの才能が、あなたには許されているのだから』

 

 それにあすみは、なんて答えたのだったか。

 いつもの調子で『ならいつかの未来、わたしはあんたを殺す』と言った気がする。

 

 そんなあすみの言葉に、リンネは笑みを浮かべた。

 

『楽しみにしてるよ。<神名あすみ>』

 

 ――あなたもまた、私と契約した魔法少女の一人なのだから。

 

 その言葉を最後に、夢は終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 空から落ちたかのような浮遊感とともに、あすみは目覚めた。

 じっと何も考えずに停止していると、夢の内容は泡沫のように浮かんでは消えていった。

 

 ずっと同じ体勢で寝ていたせいか、右腕が痺れている。

 

 それに体が重い。金縛りだろうか。

 上から何かに押さえつけられているような息苦しさを感じて、あすみは体を仰向けにする。

 

 するとそこには、黒猫が鎮座していた。

 主人の上で丸くなりながら、黒猫は「にゃあ」と鳴いてみせる。

 

「……おまえ」

 

 あすみが不機嫌そうな声を発すると、黒猫は何食わぬ顔でベッドから飛び降り、そのままドアの隙間から出て行ってしまった。

 

 飼い主に似て、実に可愛くない猫だった。

 あすみは飼い猫に起こされる朝など、望んじゃいないのだ。

 

 朝というにはまだ少しばかり早い時刻だったが、二度寝する気分でもなかったので仕方なく顔を洗いに一階へ下りる。

 

 すると玄関口で、カオルが出かける所にばったりと出くわした。

 未だ瞼の重いあすみに、カオルは挨拶する。

 

「お、あすみじゃん。おはようさん」

「……どこ行くの?」

「朝練。サッカーやってるんだ私。将来の夢は全日本で10番もらうんだってね」

「……そう、行ってらっしゃい」

「おうっ、行ってきます! 朝食には戻るからって二人には伝えといて!」

 

 そう言い残すと、カオルは出かけて行った。

 

 休日なのによくやると思いながら、あすみもせっかく早起きしたので手の込んだ料理でもしてみようかと思いつく。特に深い意味はない。

 強いて言うなら、いつもあすみ一人と猫一匹の準備で済んでいたのが、三人分余計に増えたからだろう。

 

 海香とカオルは現在、この屋敷に泊まり込んでいた。

 かずみの事がどうしても心配らしい。

 

 昨夜襲撃した悪魔達はかずみが撃退して以降、波が引くようにぱったりと新手が現れなくなった。

 海香は魔法で悪魔達の弱点を発見したらしく、カオルと合流して悪魔達を蹴散らしていた。

 

「連中の防御は鉄壁じゃないわ。鉄壁に見えるだけのハリボテよ。

 攻撃を受ける瞬間、魔法で瞬間的に防御力を上げているだけみたい。おまけにその魔法は約十秒おきにしか使えない。

 だから間断なく攻撃を与えていけば倒せるってわけ。魔法の吸収にしても打ち返せるのは直前に吸収した物一種に限られるみたいだから、そんなに怖くないわ」

 

 当初のやられっぷりは一体何だったのかと言いたくなる奮闘ぶりだった。

 呆れるあすみに、海香が訝しげな視線を送る。

 

「あなたの方は、どうやって連中を倒したのよ?」

「……教えない」

 

 全力全開でのゴリ押し。

 そんな神名あすみにあるまじき脳筋戦法だったなどと、言えるはずがない。

 

 言い訳させてもらうなら、悠長に弱点を探す時間などなかったし、勝算が十分にあったから決行したのだ。

 たとえ防御力を上げていようが、それを上回る攻撃を与えれば良いのだから。

 

 屋敷に残った悪魔達を掃討し終えた頃には、すでに深夜も良い頃合だった。

 かずみはと言えば、戦いが終わるなり倒れるようにぐーすか眠ってしまった。

 

 初めての魔法行使と、戦闘による緊張感から解放された結果ではないかと海香は言っていたが、単純に子供は寝る時間だったのだろうとあすみは予想していた。

 自身もまた紛れもない子供であるという事実は、完全に棚上げだった。

 

 破壊されてしまった屋敷は、海香が魔法で修復してくれた。

 多彩な魔法を使えて羨ましい限りだと、戦闘特化型のあすみは思う。 

 

 魔法は万能に限りなく近いが、使用者によって当然得手不得手は出てくる。

 あすみほど「他人を傷つける事」に特化した存在は、珍しいかもしれない。

 逆に海香の魔法は汎用性に富んでいて、あすみとは正反対のスタイルだった。

 

 その後かずみを連れ帰ろうとした二人だったが、あすみがそれを拒否すると、ならばとばかりに押し掛けてきたのだ。

 

 深夜に一度自宅へと帰った二人は、しばらく泊まり込むつもりらしい大荷物と共に戻ってきた。

 そんなわけであすみは現在、かずみ達三人と奇妙な共同生活を送っていた。

 

 

 

 あすみは台所に立ちながら献立を考える。

 誰かの為に料理を作るのは、久しぶりのことだった。

 

 変態女にせがまれることは多々あれど、あすみが自分から作るのはかなり珍しいのだ。

 そんな機会がなかったという理由もあるが、あすみの打算によるものとはいえ、無闇に傷つけない方が都合の良い存在が近くにいる。

 その影響は、あすみが自身で思うよりもずっと大きいようだった。

 

 ブランクのせいか多少手際が悪くなっていたものの、大過なく作り終える。

 そのタイミングで海香が起きてきた。

 

「あら、早いのね。おはよう」

「……おはよう」

「私も料理を……と思ったんだけど、出番なしかしら?」

「……したいならシチュー作ったから、それ以外のメニューでやって」

 

 あすみの手持ちメニューの中で、一番手が込んでいると思えるのはそれくらいだった。

 久しぶりに作る母直伝のシチューは既に煮込み終え、完成している。

 

「え、やってもいいの?」

「? ……やりたいんでしょ? やればいいじゃない」

 

 驚いた表情を浮かべる海香に、あすみは首を傾げてみせる。

 

 シチューを作ったことであすみの気まぐれな欲求は、大分解消されていた。

 都合よく後片付けを押し付ける相手が現れたのだから、場所を譲るくらいは構わないという打算もあった。

 

「よし! じゃあ作りますか!」

 

 あすみと交代した海香は、腕まくりをして包丁を振るう。

 その後ろ姿に、あすみは何故か鬼気迫る物を感じていた。

 

 

 

 手持ち無沙汰になったあすみは、丁度いい時間だったのでかずみを起こしに行くことに決めた。

 二階に上がり、あすみの自室とほど近い部屋へと向かう。

 

「ひらけ! ごまあぶらーゆ!!」

 

 ドアを開けたあすみを出迎えたのは、かずみの意味不明な呪文だった。

 

「……なに馬鹿やってんの?」

 

 おまけに何やら奇妙なポーズを決めており、見ていてイラッとする。

 

「おお、あすみちゃんが出てきた! これは魔法の呪文だね!」

「……これで寝ぼけていないなら、いっそ永眠させてしまいたいわね」

 

 あすみの呟きは、残念ながらかずみの耳には届かなかったらしい。

 

「おはようっ、あすみちゃん!」

「……ええ、おはよう」

 

 元気良く挨拶するかずみに、勢いに押されたあすみも仕方なしに挨拶を返す。

 

「うん!」

 

 かずみは、満面の笑みでそれに頷いた。

 二人でリビングに行くと、シチューの匂いがいっぱいに広がっていた。

 

「おはよう海香……うわーっ、いいニオイ~!」

 

 くんくんと鼻を鳴らしかずみは歓声を上げる。

 前々から思っていたが、かずみの行動はどこか犬っぽい。

 

 そんな風に呆れるあすみを置き去りに、かずみは見えない尻尾を降りながら海香の元へと駆け寄った。

 

「なに作ってるの?」

「……大人しく、座って、黙って、おまちなさい」

 

 ダンダンと包丁を叩きつけながら海香は答えた。

 その頭には見えないはずの両角が、何故かはっきりと見える。

 

 そんな鬼気迫る様子に涙目になりながら、かずみは躾られた犬のように主人の命令に従っていた。

 やはり犬っぽい。

 

「……どうでもいいけど、包丁を叩きつけるのはやめて。痛む」

「……気をつけるわ」

「……そうして頂戴」

 

 馬の耳に念仏状態の海香に、言うだけ無駄かと諦める。

 

 そんな親の敵のように料理されても困るのだが。

 一応見る限りそれほど不味いものは作らなそうだったので、あすみもテーブルで待機しているかずみの隣へと腰掛ける。

 

 いざとなればあすみのシチューだけで済ませるという手もあることだし。

 その場合、デキソコナイは全て責任者(海香)に処分させるつもりだが。

 

 あすみが内心決意を新たにしていると、隣に座ったかずみがビクビクと怯えていた。

 

「う、海香サンはなぜにお怒りなのでしょうか……?」

「……知らないけど、そんなにガタガタ震えるほど? あなたが調理されるわけでもなし、少しは落ち着きなさい」

「たっだいまー!」

 

 そこへカオルが帰ってきた。

 スポーツバッグを肩に掛けたカオルに、かずみは涙目で縋る。

 

「カ、カオル……海香、どうしちゃったの?」

「んあ? ……またかぁ」

 

 キッチンを見たカオルは、うへぇと呆れた顔を浮かべた。

 

「執筆に行き詰まってるんだよ。海香先生は筆が止まるとああして料理をするんだ。普段は全然しないのにね」

「……傍迷惑な奴ね」

「あ、そういえば作家さんだっけ? 小説の?」

 

 そ、とカオルは短く肯定し、テーブルに着いた。

 

「わ、わたし達はどうすればいいのかな?」

「海香センセの角が消えるのを静かに待つだけ……世知辛いね」

「あれ、カオルにも見えるんだ?」

 

 見える見えるとくすくす笑い合う彼女達だったが、その背後には話題の海香先生が佇んでいた。

 

「……何が見えるのかしら?」

 

 極寒の冷気がビュォオと吹き荒ぶ。

 

「「ひぃっ!?」」

「さあ、できましてよ」

「「い、いただきます!!」」

「……はぁ、馬鹿ばっか」

 

 騒々しい朝食になりそうだと、あすみは溜息を溢した。

 涙目でシチューを啜るかずみに、ホットドッグを頬張るカオル。一応あすみの作ったシチューは好評な様子だ。

 

「お、おいしい……」

「朝練帰りにこの味、ボリューム、たまんない~」

 

 朝食のメニューとしてはあすみの作ったシチューに加え、海香の作ったホットドッグにサラダ、デザートにはアイスを乗せたワッフルが加えられていた。

 だが笑顔で朝食をとる面々とは打って変わり、海香だけはぶつぶつと何事かを呟いていた。

 

「アイデアがポット出るドッグ……サラスパッと小説が書ける……名作の予感がワッ来る、ワックる、わっくる……わっくる神よー!!」

「「!?」」

「……うるさい」

 

 ビクつくかずみとカオル。心底迷惑そうな顔を浮かべるあすみ。

 一人何か良くないものが憑いている者は、放置することにした。

 

 当初あすみが海香に感じていた、冷静な頭脳派キャラの面影は、もはや完膚なきまでに粉砕されていた。

 

「そういえば、あすみちゃんに借りた服も返さなきゃいけないね」

「……あなたにあげるわ。似たような服はたくさん持ってるし」

 

 その殆どが銀魔女からの贈り物なので、毛ほども気にならない。

 むしろ有り余った在庫が処分できるから万々歳だ。

 

「それでも着替えとか必要でしょう。よし、買い物に行くわよ!!」

 

 あすみ達の会話を聞いていた海香が、何故か気合いの入った様子で告げた。

 カオルが海香に聞こえないよう、ひそひそと解説する。

 

「小説に詰まった時の行動、その二。買い物でストレス発散」

 

 ……傍迷惑な。

 あすみは二度目となる感想をそっと漏らしたのだった。

 

「十分で支度なさい!」

「「はい!?」」

「……はぁ」

 

 結論。

 ストレスは人格を崩壊させる。

 

 

 

 

 

 

 支度を整えたあすみ達四人は、駅前のショッピングモールへとやってきた。

 大都市に相応しい規模の施設には様々な小売店が立ち並び、さながらオモチャ箱のように見る者を楽しませる。

 

「さあ存分にお買いあれ!」

 

 現地へ到着した海香は、キリッとした声であすみ達へ告げた。

 腰に手を当ててポーズを取る海香を、通行人達が何事かと見ている。

 

 そんな通行人達にカオルは頭を下げ、かずみは目を丸くしていた。

 あすみはと言えば「……この女、実は馬鹿なの?」と海香を見て真剣に考え込んでいた。

 

 当初の頭脳派キャラは、本当に何処へ行ってしまったのか。

 

「……というかこれ、わたしもいいのかしら?」

「良いんじゃない? 少なくとも海香はそのつもりだと思うよ。じゃなきゃ誘わないって」

 

 彼女達にとって<神名あすみ>はどういう存在なのだろうと、不意に居心地が悪くなった。

 停戦協定を一応結んでいるとはいえ、いつ反故にされるか知れないのに。

 

「……そ、じゃあ遠慮なく」

 

 あすみは顔を背けるように、そっけなく言い放つ。

 昔とは違い金に困っているわけではないが、聞けば海香はベストセラー作家様らしいのであすみが遠慮する必要もないだろう。

 

「わたしもいいの?」

「もちろん。今までのかずみもばっちり買ってたから」

「う、うん……」

 

 今までのかずみ――ね。

 彼女達の遣り取りを見て、あすみはやはり部外者なのだと認識を新たにした。

 

 彼女達の間にあって、自分にはないもの。

 一人きりの時は何とも思わなかった事が、人に囲まれていると余計な事まで考えてしまった。

 

 当初の目的であるかずみの服を購入するため、まずは服飾店へ向かう。

 かずみだけではなく、その他のメンバーもそれぞれ自分の物を雑談しながら選んでいく。

 

「まーた似たような服、選んでるし」

「いいもーん、わたしはわたしだもーん。あすみちゃんに貰った服は余所行き用、これは普段用だもん。動き易さ重視重視」

「ねえねえ! これかずみに絶対似合うと思う!」

 

 そこへ海香がはしゃいだ様子でやってきた。

 キラキラと輝かんばかりの笑顔と共に海香が持ってきたのは、確かにかずみの希望通り動き易そうな服だった。

 対象年齢がかなり低そうなデザインだったが。

 

「……なんかそれ園児って感じ」

「だから似合うと思うのよ!」

「どういう意味っ!?」

 

 目を丸くするかずみに、隣にいたあすみは酷薄な笑みを浮かべてみせる。

 

「……あら、良いじゃない。あなたにお似合いよ」

「ひっどーいあすみちゃん! わたし絶対着ないからね!!」

「それじゃあ代わりにあすみが着て「……死にたいの?」もらうのは、うん、ナシで」

 

 茶化そうとしたカオルは、即座に撃墜されてしまった。

 

「……賢明な判断ね。牧カオル」

「そりゃどーも」

 

 カオルは肩を竦めてみせた。

 だが、それでも引き下がらない勇者が一人だけいた。

 

「あら、この服あなたにも似合うと思うわよ。背丈だってかずみとそんなに変わらないじゃない。ぜひかずみとペアで見せて欲しいわ」

「……御崎海香、あなたはどこまで愚かなの。そんなにわたしと殺し合いたいのかしら?」

「ふふっ、なら私が勝ったらあなたはこの服を着てくれるのね? 写真に残して大事にアルバムにしまってあげるわ」

「……あなたに必要なのは遺影でしょう? 今のうちに自分で選んでおきなさい」

「もー二人とも、喧嘩しちゃダメー!」

「あははっ、仲良いなー」

 

 かずみが頬を膨らませて仲裁に入り、それを傍観するカオルは笑っている。

 

 殺し合いの理由があまりにも下らなすぎて、あすみは溜息とともに「……冗談よ」と答えた。

 未練がましい海香の視線は努めて無視した。

 

 どことなく変態女(リンネ)と似た匂いがする。

 嫌なことを思い出してしまい、あすみは渋い顔を浮かべた。

 

 

 

 会計を終え、ぶらぶらと目的もなくウィンドウショッピングに興じるかずみ達。

 買った衣服は結構な大荷物となったので、即日配達のサービスを利用していた。

 

 本屋で海香が執筆した本を紹介されたり、カオルに付き合ってスポーツ用品店を覗いたり、かずみの食欲に付き合って買い食いなんかもした。

 

 そんな自分に終始違和感が付き纏うものの、決して嫌な気持ちではなかった。

 流れに身を任せ、緩やかに通り過ぎるショーケースを流し見ていく。

 

 そんな時、不意にあすみの足が止まった。

 視線の先には、純白のウェディングドレスが飾られている。 

 

 その華やかさに、ついつい目が引き寄せられてしまう。

 ぽつりと、あすみは無意識に呟いていた。

 

「……………………綺麗」

「そうだねぇ」

 

 ビクッと振り向けば、そこにはニヤニヤと隠しきれない笑みを浮かべるかずみがいた。

 

 ……油断した。

 

「えへへっ、あすみちゃんも女の子だねぇー」

「……忘れなさい」

 

 不覚だ。

 羞恥のあまり死にたくなる。

 

「うんうん、ウェディングドレスは女の子の夢だよ!

 全然恥ずかしがることじゃないよ、あすみちゃん!」

「……わたしは、忘れろと、言った!」

「いひゃいいひゃいいひゃいぃぃっっ!!」

 

 かずみの頬を両側から抓り上げるが、何事か気付いた海香とカオルからは、生温かい目で見られてしまった。

 それが鬱陶しくてキッと睨みつけるも、照れ隠しだと思われる始末。

 

 ……鬱だ。

 

「どうせなら試着してみる? ほら、今ちょうど子供ドレス試着できるらしいわよ。簡単なアンケートはするみたいだけど」

「わあ、それいいな! あすみも着てみろよ!」

 

 あれよあれよという間にあすみは店内へと引きずり込まれ、さらには店員まで加わってしまい状況は正に四面楚歌。

 あすみの味方など、どこにもいなかったのだ。

 

 もし本当に嫌だったなら、あすみは無理矢理にでも突き放していただろう。

 だがあすみはそれをしなかった。

 

 憧れたのは紛れもない事実だったから。抵抗する力が弱くなってしまったのも仕方のない事だと、自らに言い訳を重ねる。

 

 神名あすみ。

 全てが狂う前は「幸せなお嫁さんになること」を夢見ていた少女だ。

 そんなかつての名残が、未練となってあすみの抵抗を奪っていた。

 

 純白のドレスにブルーのコサージュ。

 小物のティアラを頭に乗せれば、小さな花嫁の出来上がりだった。

 

 考えてみれば、普段から似たような格好(ゴスロリ)をしているのだ。

 恥ずかしがる必要など、どこにも――。

 

「あすみちゃん、すっっっごく綺麗だよ!!」

「……そ、そう」

 

 ――ない、はずなのだが。

 どうにも居心地が悪い。

 

 そもそも、なぜこんな茶番じみた事をするはめになったのか。

 全部かずみのせいだ。

 

 羞恥に震えるあすみを、海香が何処からか持ってきたカメラで激写していた。

 

 あとで欠片も残さず粉砕することを心に誓う。

 こんな黒歴史確定の思い出など残してなるものか。

 

「ほらほらあすみちゃん、笑って! あすみちゃん可愛いんだから、笑顔になればもっと可愛くなれるよ!」

 

 

 

『女の子は笑顔でいなさいって、ママいつも言ってるでしょ』

『あすみは可愛いんだから、もったいないわよ』

 

 

 

 ――全然似ていないはずなのに、かずみの視線と母の眼差しが、一瞬だけ重なって見えた。

 

 母の言葉が、不意に思い出される。

 

 いつからだろう。

 母の最後の言葉を忘れてしまったのは。

 

 精神を摩耗させる日々の中、あすみは笑顔を失い母の言葉を忘れた。

 代わりに埋め込まれたのは、無数の呪詛と憎悪。

 

 そんな今のあすみを、母が見たらどう思うだろう。

 

「ほらあすみちゃん、笑顔笑顔!」

 

 にこーっと自らの両頬を指差すかずみに、あすみは()()を返す。

 

 今まで忘れていた、母の言葉を思い出させてくれた。せめてもの礼として。

 どこかであすみを見守ってくれているかもしれない亡き母の魂が、少しでも安らぐように。

 

「……ありがとう、()()()

 

 かずみは目を丸くし、ぱぁあっと満面の笑みを咲かせた。

 カオルは満足気に頷き、店員と一緒に温かな微笑を浮かべている。

 

 海香はシャッターを切る手を思わず止めてしまい、はっと我に返ると慌てて写真に収めた。

 それは記録に残さないのが勿体なく思えるほど、綺麗な笑顔だった。

 

 

 

 かつて不幸を願った魔法少女、神名あすみは幸せな笑みを浮かべていた。

 

 

 

 カチリと、あすみの中で何かが変わる音が聞こえる。

 そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人知れず地下に築かれた魔法都市、その最奥に建てられた神殿。

 崇める神のいない空虚な祭壇に、銀髪の少女が腰掛けていた。 

 

 背後では無数の魔法陣が歯車のように重なり合い、因果の螺旋を描いている。

 

「時は満ちた。舞台は整い役者(コマ)も揃った。

 ならばこれより実験を始めよう。

 ご都合主義の化身たる<機械仕掛けの女神(デウス・エクス・マキナ)>を創造しようじゃないか。

 インキュベーターの想像を遥かに超える<人の可能性>を見せつけよう」

 

 銀の魔女は、熱に浮かれたように告げる。

 

「<――――――――>の開始だ」

 

 歯車が動き出す。

 その紅の瞳は、ここではないどこか遠くを見据えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




【偽予告(劇場版風)】


「……これはどういう事なのか、説明してもらえるかな? 海香、カオル」

 幸せな時は終わりを迎える。
 星座の姉妹が揃う時、他の魔法少女達もあすなろ市を目指し集結する。

「お遊戯の時間はおしまいだぜ」

 謎の妖精<ジュゥべえ>の登場と共に、舞台は急展開を迎える。

「アタシの事、欠片も思い出さないわけ?」

 魔法少女あすみ☆マギカ。

 幸福(シアワセ)をあなたに。






 ――その頃のオリ主様。

「あれ、私の出番は?」
「……もうないんじゃないかな?」
「なん……だと……」

 余計な事を言う白いナマモノは迷わず(ry





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第十一話 宵明の星球

お待たせしました。
まったり亀更新ですが今後共よろしくお願いします。


 

 

 

 あすみのドレス試着後、少女達はショッピングを再開していた。

 海香が撮影した写真を巡って一悶着あったものの、概ね平穏な休日を過ごしている。

 

 海香はどこかやり遂げた表情を浮かべていたが、その横顔をあすみが半目で睨んだ。

 撮影データは既に自宅のパソコンに転送済みだと言われ、そのうち家ごと粉砕してやるとあすみは内心で物騒な決意をしていた。

 

 それ以外では和やかな雰囲気のまま、かずみが匂いに釣られたのを切っ掛けに屋台売りのアメリカンドッグを揃って買い求めたりもした。

 そんな風に四人で食べ歩きながら談笑していると、不意にかずみの足が止まった。

 

「なにこれ……もの凄く嫌な感じがする。昨日の悪魔と同じ!」

 

 ぞわっと髪の毛を逆立てて、かずみは悪寒のする方へと走り出す。

 その先に昨夜現れた<悪魔>がいることを何故か確信していた。

 

 明確な根拠などない。

 だが直感的な閃きが確信となってかずみを突き動かしていた。

 

 ――街中であんなバケモノが暴れたら大変!

 

 かずみは急いで現場へ駆けつけようとする。

 だがその疾走は、十メートルも進まないうちに止まってしまった。

 

「ふぎゃっ!?」

 

 何かに足を取られ、ビタンッとアスファルトに五体投地した格好となる。

 見ればかずみの足元には、無骨な鎖が巻き付いていた。

 

 鎖を辿っていった先には、背筋が凍えるような冷笑を浮かべている少女、神名あすみがいた。

 

 あの見ているこちらが幸せになりそうな、そんな素敵な笑顔を浮かべていた者と同一人物だとはとても思えない、陰湿な笑みだった。

 

「……一人でどこへ行くつもりなのかしら。やっぱり飼い犬には首輪が必要? ならこの鎖でいいかしらね?」

 

 あすみの手にはメイスが握られている。

 魔法で具現化する際に普段のモーニングスターから鉄球部分は取り外していた。

 それはあすみなりの思いやりと優しさだったが、その些細な気遣いは誰にも気付かれる事はなかった。

 

 かずみは頬を膨らませる。

 

「あ、あすみちゃんひっどーいッ! わたし犬じゃないよ!」

「……ふーん? まぁ確かに。犬ならもっと聞き分けがいいかもしれないわね。これは躾ける必要があるのかしら?」

 

 ぷんすか怒ってみせるかずみに、あすみは酷薄に口端を歪めてみせた。

 どう見てもサディストのそれだった。

 

 先ほどとはまた違う種類の悪寒がかずみを襲ったが、今は一刻を争う焦燥感がそれを打ち消してくれた。

 

「昨日の悪魔の気配を感じたの! だから行かないと!」

「でもジェムには何の反応もないわよ?」

 

 海香が自身のソウルジェムを確認して言う。

 この近くで魔法的な働きがあるのなら、ジェムによって感知できるはずだ。

 

 それがないということは、この近くに脅威は潜んでいないことを示している。

 けれどかずみには別の感知方法があった。

 

「でもマイ探知機に反応があるもん!」

「……マイ探知機?」

「これ!」

 

 そう言ってかずみが指さしたのは、彼女自身のアホ毛だった。

 予想外の指摘に、あすみ達は一瞬笑えばいいのか悩んだ。

 

「妖○アンテナ……?」

 

 いや、この場合は悪魔アンテナか……とカオルが呆れたように呟く。そのうちかずみの目玉から親父でも出てくるのだろうか。

 

 かずみ渾身のギャグという可能性も考えたが、彼女のどこまでも真剣な顔を見ていると、どうやら本気なのだと理解してしまった。

 困惑する彼女達に、かずみは意を決して告げる。

 

「あんなのが街中で暴れたら大変だよ! だから行かないと!」

 

「……はぁ」

 

 あすみは盛大な溜め息をついた。

 また馬鹿娘が、馬鹿な事に首を突っ込もうとしている。

 

 他人の事なんて放っておけばいいのに。

 そうしないのは魔法少女の幻想を信じているからなのか、あるいは彼女の性根があすみとは違う善人だからか。

 

 何はともあれ、あすみ達を襲った連中の正体を突き止めなければならないのも確か。

 そう考えればかずみの行動もあながち間違いではないだろう。

 

 あすみはそう自分を納得させた。

 

「……いいでしょう。だけど一人で行く必要はないんじゃない? ここにはあなた以外にも魔法少女が三人もいるんだから」

「あっ……!」

 

 忘れていたとばかりに目を見開くかずみに、今度こそあすみ達は呆れた視線を向けた。

 恐る恐る見上げたかずみの目には、力強い笑みを返す仲間達の姿が映っていた。

 

「わたしと一緒に、戦ってくれる……?」

「ええ、もちろん!」

「とーぜん!」

 

 むしろ置いて行ったら怒るから、と海香とカオルは笑う。

 

 そして最後に残ったあすみに視線が集まった。

 

「……前にも言ったかもしれないけど、もう一度だけ言ってあげる」

 

 かずみは目覚めてから最初に出会った少女を見つめた。

 記憶喪失のかずみにとって、今ある記憶の始まりからずっと傍にいてくれた少女。

 

 ぶっきらぼうで、意地悪で、たまにとても怖く感じる事もある。

 そんな少女だけど。

 

 

「わたしは、あなたを守るためにここにいる」

 

 

 実は優しくて。

 意外と面倒見も良くて。

 

 とても温かな笑顔を浮かべる事ができる。

 そんな素敵な女の子なのだ。

 

 ――本人は絶対に認めないだろうけど。

 

「……だから、あまり馬鹿な事はしないで頂戴ね。面倒見切れないから」

 

 でもやっぱり意地悪だ、とかずみは笑った。

 それを見てあすみは不愉快そうに鼻を鳴らす。

 

「……変な奴ね。さっさと行きなさい。居場所が分かるのはあなただけなんだから。ハリーハリー」

「なんかそれ、犬扱いっぽいわね」

「ならかずみは柴犬だな、犬種的に」

「あら、私はチワワだと思うけど?」

「……わたし的にはトイプードルね。玩具的な意味で」

「わーん、みんなのイジワルー!!」

 

 泣き真似をしながらも、隠しきれない笑みを浮かべてかずみ達は駆け出す。

 相変わらず嫌な気配はなくならなかったが、かずみの胸中にはもう一抹の不安もなかった。

 

 何故ならかずみには、背中を追いかけてくれる頼もしい仲間達がいるのだから。

 

 

 

 

 色彩豊かなショッピングモールから抜けだし、無機質なビルが立ち並ぶ商業区を走り抜けるかずみ達一行。

 

「こっち!」

 

 かずみが迷いなく路地裏へ飛び込むと、あすみ達もそれに続いた。

 この頃にはもう誰一人かずみの<マイ探知機>を疑う者はいなかった。

 

 しっかりとした足取りでかずみは突き進む。

 果たして、そこには悪魔が確かに存在していた。

 

 だがその奥には、悪魔の親玉とでも言うべき異形の化け物も佇んでいる。

 

『GRU……RA……』

 

 悪夢に出てきそうな崩れた異形の化け物は、かずみ達が現れたのを見て体をくねらせた。

 

「なにこれ……昨日の奴と違う……」

 

 肉の溶けたスライムのような体を変形させ、化け物は槍のような触手で攻撃してくる。

 瞬時に魔法少女へと変身したかずみ達は、散開してそれを避けた。

 

 海香が化け物を睨みつけて叫ぶ。

 

「かずみ! それは――そいつは<魔女>よ!」

「……魔女?」

 

 首を傾げるかずみに、そういえば説明していなかったかと海香は苦い顔を浮かべた。

 

「魔女は私達魔法少女の不倶戴天の敵! 本当はあの<悪魔>の方がイレギュラーで、私達本来の敵はそいつみたいな<魔女>なのよ!」

『GYAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!』

 

 その瞬間、金切り声と共に<魔女>が結界を展開する。

 常世の世界が閉ざされ、狂った世界観へと取り込まれる。

 

「な、なにここ……どこなの?」

 

 突然見知らぬ場所へ放り出されたかずみは、口を半開きにして呆ける。

 あすみは舌打ちした。

 

「……まずいわね」

 

 そこは荒野だった。

 黒い太陽が輝き、血のような雲が空を流れる。

 骨を砕いて出来たような白い砂塵が舞う中、あすみ達を取り囲むように無数の悪魔達が佇んでいた。

 

 ――何かが……いや、何もかもがおかしい。

 

 海香は油断なく悪魔の軍勢を見据えながら、目まぐるしく思考を加速させた。

 

 あの悪魔は魔女の使い魔だったのか?

 違うはずだ。感じる魔力も別系統の物、親と子の関係でもある魔女と使い魔のような類似性は皆無だ。

 

 なぜあの魔女は結界に籠もらず姿を晒していた?

 取り囲まれた現状から考えると、何者かの罠に嵌まったと考えた方がいいだろう。

 もし誘い出されたのだとしたら、かなり危険な状況だ。

 

「もしかしなくても、今すっごく絶体絶命(ピンチ)?」

 

 かずみが状況を端的に言い表した。

 

 四人は互いに背中を合わせ、四方を囲む悪魔達を警戒する。

 そんな多勢の無勢の状況の中、あすみは一歩だけ前進した。

 

「あすみちゃん?」

「……疲れるからあんまりやりたくないんだけど、仕方ないわね」

 

 あすみはモーニングスターを真上へと投擲する。

 凶悪な鉄球は鎖がピンと張りつめた所で制止し、猛烈な勢いで回転を始めた。

 

 あすみの魔法が発動する。

 

「<棘針地獄(クレイモア)>」

 

 直上で滞空した鉄球から無数の棘が射出された。

 直下のあすみ達以外を無差別に穿つ鋼鉄の豪雨。

 

 僅かに抵抗したかに見えた悪魔達だったが、物量によって押し切られ全身を針鼠へと変えていく。

 傘の下にいるあすみは粗方の敵が沈黙したのを見取って、鉄球の回転を止めた。

 

 残ったのは、しぶとく身動ぎしている親玉の魔女が一体のみ。

 あすみはトドメとばかりに更なる魔法を発動させた。

 

 

「<宵明の星球(モーニングスター)>」

 

 

 重力を味方に付けた星球は、再び凶悪な棘と回転を伴って魔女に直撃、同時に爆発してその身を粉砕する。

 流星を思わせる一撃の後、砂塵の収まった場所にはクレーターだけが残された。

 

「……意外と脆い。まぁ底が見えたらこんなものかしら?」

 

 海香の見つけた弱点を考慮して魔法を行使した所、あの無駄に頑丈だった悪魔も形無しだった。

 

 一撃の威力よりも手数を増やして広範囲に殲滅するのがベストらしいと、あすみは手応えを確かめる。

 

 余談だが<棘針地獄(クレイモア)>や<宵明の星球(モーニングスター)>といった魔法名は銀魔女が名付けた物だったりする。

 

 地獄のような銀魔女指導の教練で刷り込まれてしまった結果だった。

 だからこの手の魔法を使うのは精神的に疲れるため、あまり使用したくはなかった。

 

 魔女を倒したことで結界は解け、景色は再び元の路地裏へと戻る。

 

 ほっと一息つくかずみだったが、ビルの影から何者かがこちらを観察していることに気付く。

 金髪のツインテールに、挑発的な紫色の衣装を身に纏った少女。

 

 

 見知らぬ魔法少女が、その姿を現していた。

 

 

「あ、あの子……!」

 

 金髪の少女はかずみ達に冷たい視線を送ると、その身を翻して立ち去った。

 まるで、この場にもう用はないと言わんばかりに。

 

「ちょっと待って!」

「……待つのはあなたよ」

 

 追いかけようとするかずみだったが、あすみに引き止められてしまう。

 

「どうして!? あの子絶対何か知ってる、追いかけないと……!」

「……わざわざ姿を見せてから逃げたってことは、追いかけろってことよ。罠や伏兵の可能性を考えなさい」

 

 あすみは険しい視線で謎の魔法少女が立ち去った後を睨んでいた。

 あすみ一人なら罠ごと粉砕するつもりで追い掛ける選択肢もあったが、それを認めるかずみ達ではないだろう。

 

 この場であすみが動けばかずみ達も付いてくる。

 ならばかずみの護衛として、深追いは避けたかった。

 

 さっきの戦闘であすみの魔法を覗き見された可能性は極めて高いが、切り札は未だ温存したままだ。

 殺す機会はまたやってくると、銀魔女の猟犬としてのあすみは冷静に思考していた。

 

「確かに……ならあの金髪の魔法少女が悪魔達を操っている黒幕なのかしら?」

「わざわざ姿を見せるところが怪しいよな」

 

 あすみの考えに海香達も頷く。

 相手の目的は不明だが、少なくとも味方ではない。

 

 ならば次に姿を見せた時に無力化すればいい。

 質問はその後でじっくりとやれば何も問題はないだろう。

 

 あすみの<質問>を受けて、最後まで息があるかは不明だが。

 

「……まぁどの道、素直に追いかけさせては貰えないみたいだけど」

 

 あすみ達の前に、懲りもせず悪魔達が再び姿を表した。

 

 足止めのつもりだろう。

 謎の魔法少女と連携した悪魔達の一連の動きに、やはり彼女こそがこの悪魔達を操っている黒幕だと確信していた。

 

 あすみはモーニングスターを構える。

 

 魔女の結界は既に解かれていた。

 こんな市街地で先程のような、広範囲に被害を与える魔法行使は流石に躊躇われる。

 

 そんなあすみに、海香達が声を掛けた。

 

「ここは私達に任せてもらいましょうか。あなたばっかり良いとこ見せるのはズルいわよ」

「そうそう、ここはお姉さんに任せなって」

 

 カオルの何気ない発言に、魔法少女となって以来成長の止まってしまったあすみは、青筋を浮かべるものの辛うじて堪えた。

 

 下らない意地を張っても見苦しいだけなのは自覚していた。

 銀魔女の狗になってから早数年、あすみの姿は契約時から停まったままだった。

 

 銀魔女の呪いか、あるいはあすみ自身の問題か。

 どちらにせよ死んだように生きているあすみにとって、死体のように成長しない自分の身体の事なんかどうでも良かった。

 

 魔法少女を殺し続け、いつか殺される運命のあすみに未来なんてないのだから。

 

「わたしも頑張るよ! あすみちゃん!」

 

 そんな無表情の裏に隠されたあすみの思いとは裏腹に、かずみ達は眩しい笑顔を浮かべる。

 

「……そう、なら任せたわ。せいぜい無様を晒さないように気をつけなさい」

「言ったな!」

 

 やる気に満ちた顔でカオルがニヤリと笑う。

 だがかずみ達が迎え撃とうとするよりも早く、聞き覚えのない声が唱和した。

 

 

「「「「<エピソーディオ・インクローチョ>!!」」」」

 

 

 突如現れた巨大な魔法陣は悪魔達をまとめて拘束し、地に這わせる。

 

『ABRACA――』

 

 拘束を食い破ろうとする悪魔達よりも早く、ターゲットポイントが悪魔達の頭部を狙う。

 

「「「「<フィリ・デル・トアノ>!!」」」」

 

 その詠唱を皮切りに、悪魔達の頭部が次々と爆破されていく。

 精密な狙撃により拘束された悪魔達は物言わぬ骸へと変えられ、やがて灰となって消えていく。

 後には歪な種のような物だけが残された。

 

 突如現れ、悪魔達を倒したのは四人の魔法少女達だった。

 

 乗馬服を着て片眼鏡(モノクル)を掛けた魔法少女が、怜悧な視線を逸らさずにあすみを警戒していた。

 その傍らにはステッキを持ったピンク髪の魔法少女が控え、モノクルを掛けた女同様あすみを警戒している。

 

 猫耳を付けた魔法少女が猫の頭を付けた悪趣味な杖を構え、飛行士のようなゴーグルを頭に被った魔法少女は後ろ頭に手を組み、茫洋とした目であすみ達を眺めていた。

 

「ようやく見つけた……かずみ」

 

 先頭に立つリーダー格らしいモノクルの少女が目を細め、親愛の眼差しでかずみを見やる。

 だが一転してあすみを見る視線はひどく冷たく、その視線はあすみの嫌な記憶を思い出すのに十分な敵意が込められていた。

 

「……これはどういう事なのか、説明してもらえるかな? 海香、カオル」

 

 彼女はあすみを無視して、海香達に問い正す。

 どうやら彼女達はかずみ達の関係者らしい。

 

「…………なに? こいつら」

 

 あすみは苛立ちとともに、小さく舌打ちした。

 

 

 

 




小ネタ:オリ主成分が圧倒的に足りない(本日の厨二病)

スライム魔女「これぞ我が固有結界<悪魔の軍勢>!」
リンネ「なにそれかっこいい……!」

 だが瞬殺。雑魚だった。

リンネ「スライムぅううううううう!!??」
あすみ「……馬鹿じゃないの?」


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第十二話 邂逅、プレイアデス聖団

 お待たせしました。
 ご感想ありがとうございます。執筆の励みになります。
 二章の推敲もぼちぼちやりつつ、亀ペースでも頑張ります。 


 

 

「これだけ探して、手掛かりなしか……ッ!」

 

 浅海サキは焦燥に駆られていた。

 かずみの捜索を始めてから、既にかなりの時間が経過している。

 

 今なおその手掛かりすら見つけられずにいた。

 攫われたかずみの安否を心配するのと同時に、サキは犯人への怒りを募らせる。

 

 そんなサキを、若葉みらいは気遣わしげに、宇佐木里実は不安そうに、神那ニコは眠たそうに見ていた。

 サキはこの場にいる仲間の三人に尋ねる。

 

「……ニコ達の方はどうだった?」

「ノン、ぜーんぜん見つからない」

 

 欠伸を噛み殺して言うニコだったが、それをサキは咎めなかった。

 この場にいる誰もが、睡眠時間を削って奔走している事を理解していたからだ。

 

 サキとみらい、ニコと里美、それからこの場にはいない海香とカオル。三つのチームに別れて各々かずみの捜索を行っていた。

 その結果、手掛かりらしい手掛かりも掴めないまま、無為に時は過ぎていく。

 

「あとは海香達か……連絡では何て?」

「定時連絡だと『まだ見つからないから、もう少し捜索範囲を広げてみる』ってさ。うちらの捜索範囲からかなり離れてるみたい」

「……そうか、あの二人にも苦労を掛ける。だが一度、合流を考えた方が良いかも知れないな」

 

 このまま雲を掴むような捜索を続けてしまえば、疲労だけが積み重なっていざという時に動けなく恐れがある。

 この様な時こそ、焦ってはならないとサキは強く自戒した。

 

 本心は今にも発狂しそうな程気が急いでいたが、それを理由に取り乱してもかずみが見つかる訳ではない。

 そんなサキの提案に、仲間達も頷いた。

 

「そうね。かずみちゃんの事も勿論心配だけど、あの二人の事も心配だもの。一度様子を見に行きましょうよ」

「さんせーい。まぁあの二人に限って何かあるとは思わないけどさ。ボク達も合流した方が安心できるってもんでしょ!」

「ん。急がば回れ、油断大敵」

 

 その時、ぐうっと腹の虫が鳴った。

 発生源であるニコは、大きな欠伸をしている。

 

「ふぁ~……それに腹が減っては戦はできぬってね。何か食べてから二人を迎えに行くのが吉でんがな」

 

 こんな時でも変わらないマイペースなニコの様子に、全員が苦笑を浮かべた。

 

「……よし、それじゃあ食事の後、海香達と合流することにしよう」

 

 そう言って、サキはふとしたアイディアを思い付いた。

 暗くなりがちな今の雰囲気を少しは晴らせるかも知れないと、サキはその考えを採用することにした。

 

「せっかくだ。いきなり現れて二人を驚かせてやろう」

 

 サキの提案を聞いて、仲間達も悪戯っぽい笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 そして二人を見つけ出したサキ達は、そこで思わぬ姿を見ることになる。

 何者かに誘拐されたはずの<かずみ>が、そこに居たのだ。

 

 報告はどうしたと叫びたくもなるが、かずみの無事な姿を見れば些末な問題だと呑み込む事もできる。

 

 だがアレは駄目だ。

 どう考えても見過ごせない。

 

 ――なんで私達の<かずみ>が、見知らぬ魔法少女の傍にいる?

 

「これはどういう事なのか、説明して貰えるかな? 海香、カオル」

 

 もし彼女が件の誘拐犯ならば、ただじゃ済まさない。

 隠しきれない怒りを噴出させるサキを前に、海香とカオルが立ち並ぶ。

 

「……ごめんなさい。連絡を怠ったのは私のミス。言い訳はしないわ。どんな事情があろうと、せめてかずみを見つけた事だけは一報いれておくべきだった」

 

 海香は頭を深く下げて謝罪した。

 事ここに至っては、全面的に自分が悪かった。

 

 勿論、昨夜の時点で連絡を入れようかとも思ったのだが、カオルと話し合った結果、出来るだけサキ達への報告を先延ばしにすることに決めたのだ。

 

 理由の一つは、発見したかずみの様子を見守りたかった事。

 

 記憶喪失のかずみを、いきなりサキ達に会わせることに不安があった。

 報告してしまえば、サキ達は我慢できないかもしれないと思ったのだ。

 

 もう一つの理由は、<神名あすみ>というイレギュラーな魔法少女の存在。

 

 その実力の片鱗だけでも並の魔法少女を凌駕する、敵か味方かも不明な少女。

 彼女の存在の是非を見極めたかった。そして出来る事なら敵にしたくないと思っていた。

 

 戦えば、少なくない犠牲が出るとわかっていたからだ。

 リスクを分散させることで、最悪の事態になり、あすみが敵に回っても海香とカオルだけで被害は収まる。

 

 ジョーカーを招き入れて、プレイアデス聖団の全員を危険に晒したくなかったのだ。

 

 だがそれは、言い換えればサキ達を信用していなかった事と同じ意味を持つ。

 故にここに至って――かずみとあすみ、二人の存在を隠蔽できなかった時点で――海香は自分の失策を認めたのだ。

 

 サキ達の動きが予想以上に早かった事もあるが、そんな事は言い訳に過ぎない。

 

「珍しいな。海香がそんな初歩的なミスをするなんて……」

「海香だけの責任じゃない。私も一緒だ、ごめんみんな!」

 

 海香に続いてカオルも深く頭を下げた。

 仲間二人に頭を下げられ、サキは居心地の悪そうな顔を浮かべる。

 

 サキは持ち前のリーダーシップから、聖団を主導する様な立ち振る舞いをしてはいるが、元々このチームに序列など存在しない。

 

 強いて言うなら<かずみ>こそがこのプレイアデス聖団の中核を担う少女だったが、それを欠いた聖団メンバーにとって、立場は皆同列だった。

 

 対等な仲間二人に真正面から謝罪されてしまえば、それ以上責めるわけにもいかず、サキは後ろを振り返って他の仲間達の様子を伺う。

 

 みらいは先程から見知らぬゴスロリ服の魔法少女を睨んでいる。海香達の事はそれほど気にしていない様子だった。

 

 里美は困った表情を浮かべていたが、二人を許しても良いのではないかと視線を送ってきた。

 争い事の苦手な彼女らしい判断だった。

 

 ニコは皆から一歩引いた場所に立ち、我関せずと頭の後ろに手を組んでいる。

 サキの判断に任せると態度で示していた。

 

 そんな皆の様子から、海香達にこれ以上の叱責は必要ないだろうと判断したサキは、二人のミスを許す事にした。

 

「……まぁ良いさ。ミスだと言うならそれをフォローするのが私達仲間の仕事だ。何故そんなミスをしたのか、詳しい事情は後ほど聞かせて貰うとして。

 ……ただ一つ、これだけは聞いておきたい」

 

 サキはゴスロリ服の魔法少女に視線を向けた。

 かずみを背に隠すように佇み、あたかもサキ達からかずみを守るような姿勢を見せる謎の魔法少女。

 

 事情を知らない部外者が、かずみの仲間であるサキ達を相手に、庇う様な真似をしている。

 

 かずみを守るのはサキ達<プレイアデス聖団>の役目であり、断じて目の前の胡散臭い魔法少女のものではなかった。

 

「そこの魔法少女は、一体何者だ?」

「彼女は――」

 

 海香はこれまでの出来事を説明しようと口を開いたが、それは途中で塞がれてしまう。

 神名あすみが、サキの目の前に進み出た事で。

 

「……本人が目の前にいるのに、わざわざ他人の口から説明させるのは間抜けの所業ね」

「……なんだと?」

 

 敵意を膨らませるサキを、あすみは無感動に眺める。

 

 神名あすみは極めて冷静に、己の中の殺意を解放しようとしていた。

 

 ここまで我慢に我慢を重ね、努めて冷静に場の流れを観察していたあすみだったが、<敵>に容赦するような精神は持ち合わせていない。

 

 彼女達がかずみ達の仲間なのは理解できた。

 だがそんな繋がりなど、あすみにとって考慮する必要のない些事でしかなかった。

 

 今のかずみ以外どうでもいいあすみにとって、以前のかずみの仲間だろうが、立ち塞がるなら塵殺するだけだ。

 

 あすみはかつて、クラスメイトも、親戚の一家も、見知らぬ魔法少女達も、敵ならばその全てを殺してきた。あの忌まわしき銀の魔女を除いて。

 

 利用価値を認めて生かしておいた海香やカオルと違って、この無礼な連中をわざわざ生かしておく理由は欠片もなかった。

 

 特に先程から鬱陶しい視線を向けてくる若葉みらい(ちびすけ)の存在が、あすみの不快感に拍車を掛けていた。

 

「……わたしの名前は神名あすみ。覚えなくても良いけど、かずみの現保護者よ。

 あなた達はかずみの知り合いかしら? 残念だけどこの子、いま調子が悪いから。出直して貰える?」

 

 かずみの手前、綺麗事を口にするものの苛立ちは収まらない。

 あちらもあすみに何を言われた所で、引き下がりはしないだろう。

 

 だからあすみは、モーニングスターを手に取った。

 

「……この提案、嫌だと拒否しても良いけど、その場合物理的に口が開けないようにしてあげる。

 二度は言わないわ。命が惜しかったら――失せろ、カスども」

 

 ありったけの侮蔑を込めて、あすみは吐き捨てた。

 彼女達の事情など知った事か。

 

 勝手に出しゃばって来て、勝手に御託を並べ、勝手にあすみを品定めする。

 

 あすみ一人に対して、人数で勝ると無自覚に主張する傲慢さが鼻に付く。

 あすみにしてみれば魔法少女として大した実力もない癖に、徒党を組んで大きな顔をする、その辺りにいるような魔法少女グループとしか思えなかった。

 

 あすみが何度、その手の連中を殲滅して来たと思うのか。

 明らかな格下相手に舐められて大人しくできるほど、あすみは大人じゃなかった。

 

「あすみ……あなたって子は……」

 

 海香は頭を抱えた。

 せっかく穏便に済まそうという努力も、あすみの発言で全て御破算だった。

 

 そもそもの切っ掛けは海香達の不手際だとはいえ、自分達との初対面の時と同様、酷い喧嘩腰だった。

 さらに最悪な事に、あすみから発せられる怒り具合から察するに、またお茶会して停戦協定を結ぶような流れは絶望的だった。

 

 面と向かって吐かされた暴言に、サキはぽかんと口を開けて唖然としている。

 そんな彼女に代わり激昂したのは、最初からあすみの事を警戒し続けていたみらいだった。

 

 大好きなサキを、あろうことかカス呼ばわりした女など、生かしておく価値もない。

 みらいにとって単純明快な事実に従って、あすみの排除を決行する。

 

「誰がカスだって? お前もう死んじゃえよ――<ラ・ベスティア>!」

「……うざいわね。あなたから死ねば? ――<宵明の星球(モーニングスター)>」

 

 みらいの抱えていたテディベアが、巨大化してあすみへと襲いかかる。

 あすみは即座にモーニングスターで迎撃した。

 

 巨大化したテディベアとモーニングスターが激突する。

 魔法で使役されたテディベアは、凶悪な爪牙をもって強引に星球を薙払い、あすみに食らい付こうとする。

 

 だがあすみの魔法はまだ終わっていなかった。

 放たれた星球が意志を持つかのように虚空を駆け抜け、軌跡となった鎖でテディベアを拘束した。

 

 身動きの取れなくなったテディベアに向かって、蛇が捕らえた獲物を呑み込むように星球が直撃。爆発と共に、中身の綿を盛大にぶちまけて破壊した。

 

「ちっ! <ラ・ベスティア>ぁあああああ!!」

 

 みらいは手持ちのテディベアを無数に分裂させると、今度は圧倒的な物量によってあすみを圧殺しようとする。

 

「……馬鹿の一つ覚えね」

 

 あすみは新しい星球を魔法で生み出し、圧倒的な暴力の嵐によって次々と破壊していく。

 

 

 

 その頃にはサキも我に返り、事態を納めようと行動を開始していた。

 だがその方法は仲裁などではなく、あすみの鎮圧だ。

 

 明確に敵対した魔法少女と自身の信頼する仲間。

 どちらに加勢するのかは明白であり、サキもみらいに加勢しようとする。

 

 それに続くように里美は魔法のステッキを構え、ニコも面倒臭そうにバールを取り出した。

 

 それを見た海香とカオルは、一瞬の迷いを見せたもののあくまで公平に、争いに対する盾となるべく介入しようとする。

 

 だがそんな彼女達よりも早く、争いに割り込んだ少女がいた。

 これまであすみの背中で、大人しく事態を見守っていた少女――かずみだ。

 

 この場にいる全ての魔法少女にとって、守るべき対象である希有な存在。

 記憶喪失の少女は、あらん限りの大声で叫んだ。

 

 

「喧嘩しちゃダメぇぇえええええ!!」

 

 

 飛び出してきたかずみの姿に、ピタリとあすみの動きは止まった。

 同様に、宙を舞うモーニングスターも慣性を無視した挙動で制止している。

 

 その隙にみらいの方も、海香達によって力尽くで抑えられていた。

 離れた場所から一部始終を眺めていたニコが、口笛を吹いてかずみを称賛する。

 

「ヒュー、流石はかずみ。やるぅ」

 

 殺し合う魔法少女達の間に割り込む事は、並の度胸では出来ないことだ。

 魔法という超常の現象同士のぶつかり合いは、下手をすれば命に関わる。

 

 そんな中、この場にいる誰よりも早くその身を挺した。

 無謀や蛮勇と紙一重の勇敢さだったが、ニコにはそれが眩しく思えた。

 

 あすみはモーニングスターの鎖を手に巻き付け、鋭い視線をかずみに向けた。

 

「……そこをどきなさい。たとえそいつ等があんたのお友達だったとしても、わたしの敵なら容赦はしない」

「どうして敵だって決めつけるの! わたしもあすみちゃんも、まだ彼女達の事、なにも知らないのに!」

 

 両手を広げ立ち塞がるかずみを無視し、あすみは通り過ぎようとする。

 

 けれどその歩みは止まってしまう。

 気が付けば、真正面からかずみに抱き締められていた。

 

「……記憶喪失のわたしにも、分かる事はあるよ。

 あすみちゃんお願い。わたしを守ってくれるのは嬉しいけど、誰も傷つけないで。

 そんなあすみちゃん、見たくないよ……」

 

 ――このバカ娘は、一体なにを勘違いしてるのか。

 

 無茶な事を言うかずみに、あすみは呆れてしまった。

 

 幸か不幸か、抱き付くかずみが邪魔で他の連中も手出しできない様子だった。

 サキは海香に、みらいはカオルに羽交い締めにされ止められている。

 

 ギリギリと歯ぎしりする片眼鏡の女や、殺気を止めない凶暴なチビを、あすみはかずみの肩越しに嘲笑ってやった。

 怒りで真っ赤になった連中を内心でせせら笑いながら、あすみは幼子に言い聞かせるように、かずみだけに聞こえるよう耳元で囁く。

 

「……わたしはね。善人と悪人の区別は臭いで分かるわ。アイツ等を生かしておけば近い将来、絶対にあなたの害になる。わたしはそれを見過ごせない」

 

 嗅ぎ慣れたヒトデナシの腐臭が、彼女達の中から僅かに漂っていた。

 誰がどんな理由で、そんなイカレた臭いを発しているのかは知らないし、興味もないが、混入している時点で排除は決定事項だ。

 

 汚物は全て処分しなければならない。

 

 あすみにとって、かずみは呆れるほどバカで、アホで、救いようのないほどお人好しで、考えなしの、脳味噌お花畑娘だ。

 けれど記憶喪失の影響か、その心はあすみが今まで見てきた誰よりも純粋で、居心地の良い物だった。

 

 そんなかずみの世界に、汚物はあすみだけで定員オーバーだ。

 

「……ダメだよ、あすみちゃん。わたしを守ろうとして誰かを傷つけるなんて、そんなの悲しすぎるよ」

「……あなたの為じゃない。わたしの為よ。あなたが気に病む必要はないわ。

 あなたは目を閉じて耳を塞いでいればいい。後はわたしが勝手にやる。あなたが悲しむ必要なんて、どこにもないの」

 

 護衛としてかずみを守るためにも、掃除はきっちりと行わなければならない。

 かずみの為などではなく、ただあすみにとって居心地の良い場所を守りたいが為に。

 

「そんなの、無理だよ。わたしは見なかった事になんて出来ない。あすみちゃんが誰かを傷つけるなら、わたしはそれを止めるよ。

 あすみちゃんは、わたしの護衛なんだよね?」

 

 それは自らを盾にした要求だった。

 やはり最初に躾し損ねたのは失敗だったらしい。

 

 かずみの意志の固さは、その目を見れば嫌でも理解してしまった。

 こういう目をした奴は、たとえ拷問しても最後まで芯が折れない事を、あすみは経験的に知っていた。

 

 魔女にするならこの上なく面倒で、その分エネルギーの回収量も多くなるのだが、まさか護衛対象を拷問して魔女化させるわけにもいかない。

 

 仕方なく諦めて、あすみは自身の武装を解除する。

 モーニングスターが跡形もなく消え去っていった。

 

「…………はぁ、あなたってバカな上に頑固よね」

「むぅ、わたしバカじゃないよ! それに頑固って、あすみちゃんには言われたく……いひゃいいひゃいぃぃほへんははいぃぃ!?」

 

 あすみは問答無用でかずみの頬を抓り上げた。

 バカ犬娘はきちんと躾る必要がある。

 

「放してくれ海香! 見ろ! かずみが危ない!」

「……あー、あれはその、いわゆる一つのスキンシップ? あの子も手加減してるし、心配ないわよ」

 

 相変わらず過保護ねぇ、と呆れる海香。

 シスコン、という言葉が海香の脳裏にチラついた。

 

「カオル放して! あいつぶっ飛ばせない!」

「……こっちはこっちで凶暴だし。その、なんだ……あすみの口の悪さは海香とタメ張るくらいだから、あいつの暴言は水に流して貰えない?」

「やだ!」

 

 子供か! と呆れるカオル。

 そりゃ確かに子供だけど……と妙な納得をしていた。

 

 彼女達から離れた場所にいる里美が、同じように距離を取っているニコに話し掛けた。

 

「ニコちゃんどうしましょう? 私達置いてけぼりだわ」

「べつに良いんじゃなーい? 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら動かなくて済む方がエコだよね、常識的に考えて」

「わりと酷い事言ってるわよね、それ」

 

 さらりと仲間達を阿呆呼ばわりするニコに若干引きながら、里美は混沌とする場を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 かずみの説得と、海香とカオルの体を張った仲裁に、どうにか落ち着いた頃には、かずみ達はボロボロになっていた。

 

 あすみの処遇については、かずみが信頼している事から、サキ達も様子を見守る事となった。

 もやもやとしたものを感じなくはなかったが、かずみがそこまで庇うのなら、と数名ほど歯軋りしつつも引き下がる。

 それでも釘を刺すことは忘れない。

 

「……かずみが君を信頼するというのなら、私も君を信じよう。

 だが変な真似をしたらただじゃ置かないからな」

 

 ……何様のつもりだコイツ。

 あすみは青筋を浮かべ戦闘を再開しようとするが、袖を掴むかずみの存在がそれを抑止していた。 

 

「あすみちゃん……」

 

 上目遣いで悲しそうな顔を浮かべるかずみは、かなり鬱陶しかった。

 苦々しい思いで、あすみは自らの激情をどうにか抑え込む。

 

「……はぁ、わかったわよ。あなた達の事、取り敢えず保留にしとくわ。

 だけど妙な真似をしたら今度こそ排除するから、そのつもりで」

「あ”?」

 

 ヤクザ顔負けの脅し顔を浮かべるサキを無視し、あすみは自身の主張を押し通す。

 どちらが上の立場なのか明確にされていない所為で、両者の視線は刃物のように鋭いものとなっていた。

 そんなサキの背中から、みらいが顔を出した。 

 

「お前、やっぱり死ねよ。殺すぞ」

「……殺す殺すと、言うだけなら誰でも出来るわね。クソガキ」

「お前の方がガキだろ!?」

「……これだから見た目で判断するしか能のない馬鹿は。いっそ教育してあげましょうか?」

「うっさいチビ!」

 

 プチンと、あすみの中で何かが切れた。

 何が苛立つかといえば、チビにチビ呼ばわりされる事だ。

 

 ちなみに客観的な事実からすれば、かずみも含めた三人はほぼ同じくらいの背丈だったりする。

 あすみは光彩を失った瞳で振り返ると、背後のかずみに向かい低い声で呟いた。

 

「……ねぇ、かずみ。やっぱりコイツ等処分しない?

 なんだか生かしておくだけで、わたしのソウルジェム、濁りそうなんだけど?」

「あすみちゃんどーどー! ほら、子供のワガママを受け止めるのも大人なレディーの条件だよ! ……たぶん」

「誰が子供だ! このバカ!」

「いたっ!? 何この凶暴な子は!?」

 

 ぽかりとみらいに叩かれた頭を抑え、蹲るかずみに、あすみは慈愛の笑みを浮かべて囁いた。

 

 苛立ちが一周回って、笑顔に変わってしまったらしい。

 それは見る者を恐怖させるオーラを纏っていた。

 

「……ほら、やっぱり殺しましょうそうしましょう。

 かずみもコイツ殺したいわよね?

 ……大丈夫よ、トドメはあなたに譲ってあげるから」

「なんだと!? 返り討ちにしてやる! かかってこーい!」

「もー! 二人とも、なんでそんなに仲悪いのー!?」

 

 あすみとかずみとみらい。

 少女達の中でも低身長な面々が、揃って騒いでいるのを眺めていたニコが、ぽつりと呟いた。

 

「……お子様トリオ結成だな」

 

 海香は頭を抱えていた。

 

「頭痛い……いずれにせよ、かずみのお陰で争いは回避できたわ」

「回避、できたのかなぁ?」

 

 とてもそうは見えないけど、とカオルは素手で掴み合いを始めたあすみ達を眺めていた。

 間に挟まれたかずみが、酷くボロボロな姿になっていた。

 

「ふぇ~ん! ……もうこうなったら、わたしも容赦しないんだから!」

 

 ついに我慢の限界を迎えたらしいかずみが参戦したことで、よくわからないキャットファイトが始まった。

 そんな三人が酷い格好となるのに、そう時間は掛からなかった。

 

「……ぷっ」

「あはは!」

 

 それを見て海香が吹き出し、カオルは腹を抱えて笑った。

 釣られるようにニコもにやにやと笑い、里美はくすくすと微笑んだ。

 

「……まったく、仕方ない奴らだ」

 

 サキは苦笑を浮かべながら、みらいを猫のように引き剥がすと、憮然とした表情を浮かべるあすみへ告げた。

 疑念や蟠りがなくなったわけではないが、それでも<客人>として迎え入れる為に。

 

「ようこそ、神名あすみ。我ら<プレイアデス聖団>一同、歓迎しよう」

 

 仏頂面で仕方なさそうに頷くあすみに、サキは苦笑を浮かべた。

 

「ほら、あすみちゃん。こんな時こそ笑顔だよ!」

「……うざいわね、やめなさいよ」

 

 無理矢理笑わせようとしてくるかずみを、あすみは鬱陶しげに引き離した。

 いつしかあすみの周りには、笑い声が溢れていた。

 

「おいおい、随分賑やかじゃねえか」

 

 少女の物ではない、低い声が掛けられる。

 あすみがその持ち主を探ると、猫のような生き物がすぐ近くにいた。

 

 

 

「チャオ! お遊戯の時間はおしまいだぜ、星座の姐さん方!」

 

 

 

 どこか見覚えのある生き物が、あすみ達の前に現れた。

 

 ――ズキリと、あすみは微かな頭痛を感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




おまけ:閑話① 堕ちた茨姫


 欧州のとある街中での未明。
 歴史だけが取り柄の古びた街並みを、深い霧が一寸先も見通せぬほど白く染め上げている。
 そんな濃霧の中、迷わぬ足取りで一人の少女が街の教会を目指していた。

 翠色の修道服に似た衣装を着た少女は、柔らかな微笑を浮かべたまま魔法を展開し続ける。
 少女――魔法少女によって引き起こされた霧は、一分の隙もなく街を呑み込んでいた。

 既に作戦は開始され、そして終了している。
 司令官たる少女は、彼女の主の与えた命に従い配下の人形達を操る。

 集積場として指定した礼拝堂に足を踏み入れると、この街を拠点にしていた魔法少女達が磔にされ、集められていた。
 
 何も知らない無垢な少女達は、それぞれ苦悶の顔を浮かべながら深い眠りに落ちている。
 その足元には、主から少女の部下として与えられた人形達が待機していた。

「……欧州の魔法少女も、案外大したことないのね」

 填められた指輪が、翠色の魔力を放っている。

 ――禁呪<茨姫(Sleeping Beauty)>。

 この街を覆う呪われた霧によって無力化された魔法少女達は、いまなお無抵抗のまま囚われの身となっていた。
 彼女達が目覚めることは、もう二度とないのだろう。

「――転送<シルバームーン>」

 磔にされた魔法少女達は翠色の魔力光に包まれ、その身を魔法で遥か遠くの地下都市へと転送される。
 その光景はあたかも天に還ったかのように幻想的だったが、行き先はそのままの意味で地の底だった。

 銀魔女の築いた巨大な地下都市では、魔法少女達を随時受け入れている。
 彼女達のその後の運命は、銀魔女とそれに従う狂人達に委ねられていた。

 それを思えば、行き先はやはり地獄なのだろう。

 少女――アイナは、十字を切って微笑む。

「……さあ、次の街へ向かいましょう。
 我らが主様の喜びの為に」

 アイナと同じ銀魔女の人形達が無言で肯定を示し、その背に追従する。
 邪悪の使徒は静かに世界を侵食していた。




NG集:その頃の自称オリ主様

あすみ「こいつはくせぇ、ゲ〇以下の匂いがぷんぷんするぜぇ!」
リンネ「ッ!? わ、私のあすみんはそんな事言わない!」
あすみ「ヒャッハー! 汚物は消毒だァ!」
リンネ「……よかった、あすみんはあすみんだった」
Qべえ「わけがわからないよ」




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第十三話 悪意の果実

 久々にかなり長め。二章の前半戦となる〇〇〇様編、ようやく始動です。


 

 

 突如現れた謎の生命体に、あすみは警戒の眼差しを向ける。

 どこか見覚えを感じさせる姿形をしたその生物は、あすみ達と目を合わせるとぺこりとお辞儀してみせた。

 

「オイラの名前はジュゥべえ! よろしくな、お嬢さん達!」

「べえちゃん!」

「グエッ!?」

 

 ジュゥべえと名乗った生物は、傍にいた里美に全力で抱き締められて悲鳴を上げた。

 喋る不可思議な生物に遭遇したかずみは、頭の上にはてなマークを浮かべている。

 

「……べえ?」

「べえちゃんはね、私達を魔法少女にしてくれた妖精さんなの」

 

 里美の腕の中でぐったりするジュゥべえを眺め、かずみは首を傾げた。 

 

「妖精さん?」

「……UMAの間違いじゃない?」

 

 ジュゥべえは黒猫が白い覆面を被ったような外見をしており、その両目は紅く、額に卵のような模様が描かれていた。

 可愛いと評価できるかは、微妙な所だろう。

 

 少なくともあすみの琴線には全く触れなかった。

 そのため、あすみは正直な感想をぽろりと零してしまう。

 

「……こいつ、よく見ればキモいわね」

 

 そんなあすみの聞き捨てならない台詞に、ジュゥべえは里美の腕の中から飛び出すと、ピンと耳を立てて憤慨してみせた。

 

「あんだと!? オイラがキモいだって!? おいおいお嬢ちゃん、オイラのどこがキモいってんだ!」

「……なんかもう、存在自体が、無理」

 

 言葉を話す未確認生物(UMA)

 コミカルに話す様を見ているだけで、あすみは生理的な嫌悪感を覚えた。

 

 何故ここまで気持ち悪く思うのか、自分でも不思議だったが、畜生風情が人間様の言葉を話すのが受け入れられないからだろうと、自分で納得していた。

 

「あすみちゃんダメだよ! そういうのは()()()可愛いねって言うのがマナーだよ! それに()()()()っていうの、お店でも見かけたし、ちょっとっくらい()()()()()十分可愛いって言えるよ! たぶん!」

「……あなたも結構言うわね」

「ふぇ?」

 

 かずみはきょとんを首を傾げた。

 ……天然って怖いわね、とあすみは思う。

 

 そんな少女達の無邪気な悪意に晒され、俯いてぷるぷると震えていたジュゥべえは、その両目から滂沱の涙を流した。

 

「ど、どちくしょぉおおおおお!! お前等なんか嫌いだぁあああああ!!」

「よしよし。大丈夫、べえちゃんはとっても可愛いわ」

 

 泣き叫んで駆け出したジュゥべえを、里美はそのふくよかな胸で抱き止めた。

 それを見て、ニコがぼそりと呟く。

 

「……里美の趣味って、割とアレだよね」

 

 里美の魔法のステッキは猫の頭部を模しており、かなりリアルで怖い。

 さらに魔法使用時には、何故か「シャァッ!」と牙を剥いて威嚇するので尚更怖い一品だった。

 

 そんなステッキを愛用している里美に「可愛い」呼ばわりされた所で、何の保証にもならなかった。

 

「あすみちゃんも、ジュゥべえみたいな妖精さんと契約して魔法少女になったの?」

「……あれが妖精? 笑えないわね」

 

 【銀の魔女】と契約し、あすみは魔法少女になった。

 それは悪魔との取引きであり、断じて妖精などという生易しい存在ではない。

 

「……まあ、契約して魔法少女になったのは同じよ。このUMAじゃないけど」

「へぇ、色々いるんだね!」

 

 あの銀魔女みたいなのが、複数いるとは考えたくもなかったが。

 少女と契約する<魔法の使者>の存在は、あすみも知っていた。

 

 魔法少女の真実を知るあすみにしてみれば、このUMAもまた、妖精の皮を被った害獣に過ぎないと断じていた。

 

「お前達、ジュゥべえで遊ぶのもそれくらいにしないか」

 

 サキは脱線する面々に呆れながら、ジュゥべえに現れた目的を尋ねる。

 

「それで、どうしたんだジュゥべえ? まだジェムの浄化には間があったはずだが?」

「……いいんだ……どうせオイラなんか……可愛いマスコットキャラ……人気者に……無理な夢だったんだ……」

「重症ね」

 

 海香はお手上げとばかりに両手をひらひらさせた。 

 カオルは手刀を作って「叩けば直るかな?」と呟いていた。

 

 そんなカオルの意見に、あすみも大いに賛同してみせる。

 

「……任せなさい。そういうのは得意よ」

 

 暴力で会話するのは大の得意分野であるし、年代物のテレビをチョップで直した経験も豊富だ。

 

 というのはただの言い訳で、本心ではこのUMAを排除する絶好の機会だと思っていた。

 何故かは知らないがこのUMA、見ているだけで不愉快だ。

 

 これほど不愉快なのは、あの銀魔女を相手にした時くらいしか覚えがなかった。

 

 あすみの大嫌いなゴ〇ブリでさえ、ここまで不愉快ではないだろう。

 そんな害獣を駆除する為、あすみは殺意の篭った手刀を放った。

 

 魔力強化されたあすみの一撃は、直撃すれば首がもげるほどの威力を持っていたが、ギリギリのタイミングで我に返ったジュゥべえは、見事な跳躍力を披露し里美の腕の中から脱出。

 あすみの手刀を躱してみせた。

 

「……ちっ」

「あ、あぶねぇ……危うくお星様になっちまうとこだったぜ。っておいこら、なに舌打ちしてやがんだテメェ!? 確信犯か!? 殺る気満々なのか!?」

 

 何を当たり前の事を、と冷笑を浮かべるあすみに怯えたのか、ジュゥべえは再び里美の腕の中に避難していった。

 

「な、なんておっかねぇ奴なんだ……流石のオイラもガクブルだぜ……」

「よしよし。怖かったねぇ、べえちゃん」

「正気に戻った所で、ジュゥべえ。私達に何か用なの?」

 

 怯えながらも一応我を取り戻したらしいジュゥべえに、海香が再度目的を尋ねた。

 

「おっと、そうだった。ちょっと小腹が空いてな。グリーフシードの回収に来たぜ!」

 

 それを聞いたあすみは、所詮畜生であるという認識を強くしていた。

 このUMA、どうやら本能のままに動いているらしい。

 

「んじゃホレ。取れたてホヤホヤのグリーフシード」

 

 ニコが、かずみの捜索中に獲得したグリーフシードをジュゥべえに与える。

 ジュゥべえは額にある卵型の印からグリーフシードをぱくりと呑み込むと、そのままもぐもぐと咀嚼していた。

 

「た、食べちゃったの?」

「……流石UMA。額が口とか、脳味噌どうなってんのかしらね」

 

 ジュゥべえの食事風景にドン引きするあすみ達に、フォローのつもりか里美が説明を加えた。

 

「あれは魔女の種子(グリーフシード)。魔女の残した思念の塊で、べえちゃんが処理してくれてるの。だからそんなに引かないであげて」

「熟れてねぇな。他にはねぇのか?」

 

 苦笑する里美に、少女達の残酷な会話が聞こえていなかったジュゥべえが、おかわりを要求していた。

 食事に夢中なその有様は、あすみにはやはり畜生だとしか思えなかった。

 

「じゃあ、あの悪魔達が大量に残した奴」

 

 放置するのは危険そうだったため回収しておいた、見た目グリーフシードとよく似ている物を、カオルはジュゥべえに与えてみる。

 

 すると速攻で吐き出してしまった。

 

「ペッ、ペッ! なんだこりゃっ、ゲロマズ! こいつはグリーフシードじゃねぇぞ!?」

「……確かにこれは魔女じゃなくて、悪魔みたいな奴が残した物だけど」

 

 カオルも薄々とだが、これがグリーフシードとは別物である事に気づいていた。

 なにせ落とした悪魔そのものが、魔女とは根本的に異なるイレギュラーなのだ。

 

 海香は、何か手掛かりはないかとジュゥべえに問いかける。

 

「どういう事なの? ジュゥべえ」

「詳しいことは分からんが、それは魔女の力を模したパチモンだ」

 

 つまり詳細は不明というわけだ。

 ならばと、海香はこれらの影響力について尋ねた。

 

「これ、放置しても害はないの?」

「魔力は強いぜ。人に影響を与える事くらい容易いだろう。それがどんな形で現れるかは、ちょっと分からんが……」

「試してみるわけには、いかないしね」

 

 まさか実際に、人体実験する訳にもいかない。

 山と積まれた疑似魔女の種子(グリーフシード)を、ニコが魔法で生み出したカプセルへ纏めて収納する。

 

魔女の種子(グリーフシード)から生まれた<悪意の実(イーブルナッツ)>。食らわば毒なのは確定確実。くわばらくわばら」

 

 一抱えほどもあったカプセルは、ニコの魔法で縮小しその掌に収まる程の小ささになった。それをニコは腰にあるポーチへ仕舞う。

 

「今まであんな魔女でも使い魔でもない化け物、見た事なかったし。ソウルジェムが反応しなかったのも偽物だからか?」

 

 カオルはこれまでの出来事を思い出す。

 隣では海香が、今までの詳しい事情をサキ達に説明していた。

 

 あすみに()()された<かずみ>の発見。

 それと日を同じくして襲いかかってきた<悪魔>の存在。

 

 ソウルジェムには全く反応しないが、悪魔はかずみの<マイ探知機>によって探知可能である事。

 

 そして今、魔女と悪魔が同時に待ち伏せていた事実。 

 その後に現れた、一連の悪魔騒動の犯人と思われる<謎の魔法少女>の登場。

 

 海香はサキ達に、その魔法少女の詳しい容姿を説明した。

 金髪のツインテールに紫色の魔法少女衣装。胸元に金色のスプーンを下げた魔法少女。

 

 そんな説明の最中、あすみはふと件の魔法少女の格好がかなり肌色の多い、露出度の高い物である事に気付いた。

 かなりどうでも良い事だったが、かずみを含めた周りの魔法少女達も、妙に扇情的な格好をした者が多い事にも気付いてしまう。

 

 ……まったく、最近の魔法少女は慎みというものが足りないらしい。

 

 あすみは自分の魔法少女衣装が、ただのゴスロリ服である事に感謝していた。

 少々派手ではあるが、決して破廉恥ではない服装だ。

 

 もし仮に、あすみが彼女達の様な格好をすれば、精神的に死にかねないだろう。羞恥で。

 

 そういう意味では、彼女達を尊敬しなくもなかった。

 これっぽっちも羨ましくはなかったが。

 

 そんな風に冷めた目で、思考を遊ばせていたあすみだったが、海香達の説明を聞いた全員が謎の魔法少女について真剣な顔で話し合っていた。

 その中の一人、かずみが疑問の声を上げる。

 

「ねえ、どうして魔法少女がこんなこと……みんなを守り、悪い魔女とかを倒すのが、わたし達の役目じゃないの?」

「……ハッ」

 

 かずみの言葉を耳にした瞬間、あすみは思わず鼻で笑ってしまった。

 あまりにも現実と掛け離れた、その<魔法少女>の幻想に。

 

「あすみちゃん?」

「……やっぱり、あなた根本的に勘違いしてる。<魔法少女>って言葉に騙されて、その本質というものがまるで見えていないわ」

「あすみ!」

 

 海香が鋭い声を発した。

 見れば海香だけでなく<プレイアデス聖団>の全員が、あすみに険しい視線を送っていた。

 

 それに怯む事なく、むしろ挑発気味にあすみは睨み返した。

 

「……どうせいつか知る時が来る。その分じゃあなた達も気付いてるんでしょうけど、秘密にしたままでいる方が、後々反動が大きくなるものよ。

 かずみの為にも、知るべき事は早めに知るべきだわ」

 

 そんなあすみの言葉に、サキは反論してみせる。

 

「私はそうは思わない。知らずに済む事を無理に知る事は、賢い選択とは到底言えないだろう。

 何があっても、かずみは私達が守ってみせる。知らなくて良い事は、知らなくても良いんだ」

「……その過保護さは、いっそ無責任に近いわね」

 

 少し前のあすみだったならば、サキと同じ様に考えていただろう。

 魔法少女の真実を知った所で誰も救われないのだと、今までかずみを放置していた。

 

 いざとなれば、あすみの魔法で精神を、記憶を操り、あすみの持つ大量のグリーフシードを使って無理矢理浄化すれば、【魔女化】という最悪の事態は回避できるのだから。

 

 そんな楽観が、当初あすみの中にもあった。

 

 だがそれは、今のかずみの消失を意味する。

 精神や記憶というものは、安易に弄れば人を呆気ないほど簡単に壊してしまう。

 

 あすみの魔法を受けて廃人同然になるかずみの姿は、今は何故か、あまり想像したくない物だった。

 

 それに「知らなかった事にはできない」とあすみの前に立ち塞がってみせたかずみが、そんな選択を認めるはずもない。

 

 案の定、かずみは決意の顔を浮かべると、プレイアデス聖団の者達へその胸の内を明かした。

 

「……みんな、教えて? わたしは知りたい。みんながわたしを大切に思ってくれてるのは、わかる。大事にしてくれてるのも。

 それでもわたし、そんなみんなの優しさに守られているだけなのは、イヤなの。

 たとえ魔法少女が、わたしの思っているような物じゃなかったとしても、それはもうわたしの一部なんだ。見なかったフリなんて、できないよ。

 だってそれも含めて、いまの自分を形作っているんだから。

 そんな自分からは、わたし……逃げたくないんだ」

「っ……だがッ!」

 

 サキは拳を固く握りしめる。

 苦渋の顔を浮かべ、言葉を探していた。

 

 他のメンバー達も眉間に皺を寄せて俯く最中、場違いなほど気楽な声が響き渡る。

 

「別にいいんじゃなーい? このタイミング、悪くないと思うよ」 

「ニコ!」

 

 サキの咎める声を面倒くさそうに振り払うと、ニコはかずみの目の前に進み出た。

 

「いつだって君の言葉は、ココロにくるね」

 

 微笑むニコの視線から目を逸らさず、かずみはその瞳を見つめ返す。

 深い色合いをしたその瞳を見ていると、かずみは何故だか物悲しく思えた。

 

「……かずみの決意は尊いものだと、私は思う」

 

 かつて誰も見た覚えがないほど真剣な様子で、神那ニコはこの場にいる全員を見渡した。

 普段は一歩引いた場所からマイペースに茶々を入れる少女と同一人物だとは、俄には信じられなかった。

 

「話そう。その子(あすみ)の言う通り、いつまでも隠し通せないことはみんな、分かっていたはずだ」

「…………そうね。本当に、その通りだわ」

 

 海香が自身の眉間を揉んで、疲れた声を発した。

 言われて初めて気づく事もある。

 

 守る事ばかりに意識が向いてしまい、何が正しいのか分からなくなっていた。

 本来ならただの部外者であるはずのあすみに指摘され、当事者のかずみの想いを知り、仲間のニコに促され、ようやく気付く事ができた。

 

 本当の希望を得るためには、真実を知る事は、避けては通れない道なのだと。

 何故なら絶望という名の落とし穴は、常にこちらの隙を窺っているのだから。

 

 真実の灯火なく、目の前の道を知らずして、確かな歩みは有り得ない。

 私もとんだ愚か者ね、と海香は自嘲した。

 

 サキもまた、血を吐く思いでその言葉を受け入れた。

 ()()失うかもしれない恐怖に震え、それでもかずみの意思を尊重したいというサキ自身の意志が、その恐怖に打ち勝った。

 

「……分かった。かずみ、私は君を信じてる。君が私達を信じてくれたように」

 

 長らく停滞していたプレイアデス聖団が、動き始める。

 そんな希望の予感を確かに感じ取ったサキは、その重い口を開いた。

 

「だから全てを話そう。私達プレイアデス聖団の、真実を――」

 

 

 だがその言葉の続きは、永遠に失われる事になった。 

 

 

 

 

 

「なら教えてやるよ! このユウリ様が、絶望の味をな!!」

 

 

 

 

 

 突如あすみ達の足元に、巨大な魔法陣が浮かび上がったかと思うと、激しい爆発が辺り一面を襲った。

 同時に無数の矢を射掛けられ、魔法少女達の悲鳴が重なり合う。

 

 誰もが襲われるなど想像だにしていなかった、完璧な奇襲のタイミングで、裂けた笑みを浮かべる魔法少女――ユウリは現れた。

 

 金髪のツインテールにとんがり帽子を被り、紫色の大胆に開いた布地の道化師に似た衣装を纏い、胸元では金色のスプーンが揺れている。

 両手にそれぞれ魔法の銃を握りしめ、銃口から途切れることなく魔法を撃ち出していた。

 

「みんな逃げろォ!!」

 

 ジュゥべえが叫ぶが、その警告はあまりにも遅すぎた。

 倒れ伏す魔法少女達に、ユウリは自己紹介とばかりに挨拶をする。

 

「よう、プレイアデス!

 このユウリ様のことが、気になるご様子で!」

 

 ……自分から襲撃しておいて、何を。

 

 その間も次々と襲い掛かる魔法の矢の雨に、あすみは咄嗟にモーニングスターを盾にするものの、全てを防ぎきる事は難しく、急所は守ったものの何本か体を貫かれてしまった。

 

 反射的に痛覚を遮断し、自身の周囲に簡易的な防御結界を展開。

 魔法で出来た矢を、あすみの魔力で強制的に上書きして霧散させると、応急処置として回復魔法を行使する。

 

 それら一連のプロセスを半ば無意識に実行しながら、あすみは襲撃者を睨んだ。

 混乱に乗じて、ユウリは気絶したかずみを脇に抱えていた。

 

 初めから、かずみが狙いだったのだろう。

 

「……こちらの隙を窺っていたのか」

 

 一端引いたと見せかけ、奇襲のタイミングを計っていたのだろう。

 立ち去ったと完全に油断していたわけでもないが、これはあすみにしても防ぎ難いタイミングだった。

 

「……ユウ……リ?」

 

 爆発に巻き込まれ意識の朦朧とするみらいの腹部を、ユウリは魔法の矢で容赦なく貫いた。

 

「覚えてないのォ?」

「がは!?」

「アタシにとっては唯一(オンリーワン)でも、あんたらにとっては十把一絡げだもんねぇ?」

「「ぎゃあああああああああああッッ!!??」」

 

 海香が、カオルが、里美が、サキが。

 プレイアデス聖団の魔法少女達が為す術もなく、その身を貫かれ悲鳴を上げていた。

 

 それを見て「きゃはは!」と笑う少女は、その無様な有様に快哉を叫んだ。

 

「悲鳴合唱団最高! でも許してあげない!」

 

 倒れたニコが密かに魔法を使おうとするが、その腕を二丁拳銃から放たれた魔矢に、発動しかけた魔法ごと貫かれてしまう。

 

「しゃらくさいんだよ」

 

 酷薄に表情を歪めて、ユウリは獲物達の無駄な抵抗を嘲る。

 ユウリの二挺拳銃「リベンジャー」の弾丸は全て魔法の矢へ変換され、プレイアデス聖団のメンバーを串刺しにしていた。

 

「じゃあね、プレイアデス。ちゃんと読んでよ、ラブレター」

 

 かずみを担ぎ上げ、使い魔の牛の背に乗ったユウリは「あははは!」と高笑いを残して去っていった。

 

 割れた額から血を流しながらも、サキは追い縋るように空へ手を伸ばした。

 

「……かず……み……!」

 

 かずみを連れ去ったユウリの影は見る間に小さくなっていき、やがて空に溶け込むように消え去った。

 

 死屍累々となりながら、奇跡的に死傷者は出ていなかった。

 否、わざわざ生かされたのだと、この場にいる誰もが理解していた。

 

 その気になれば殺せたものを、あの魔法少女、ユウリは見逃したのだ。

 

「ニコちゃん大丈夫!?」

 

 比較的軽傷だった里美が、重傷を負ったニコを涙目で支える。

 

「けっこう痛い……ねッ!」

 

 貫通した矢を一思いに引き抜くと、その矢羽根が割れて遅延式の魔法が発動した。

 身構える一同だったが、発動したのは攻撃性のある魔法ではなかった。

 

 魔女の紋章にも似た、特徴的なデザインが浮かび上がる。

 そこから先程の襲撃者、ユウリの残したメッセージが再生された。

 

『かずみを返して欲しければ、今夜零時<あすなろドーム>へ来い。

 来なければかずみの命は勿論、この街に無数の悲劇が起こるだろう。

 ――<悪魔>の軍勢を、あすなろ市全域で一斉に孵化させる準備が整っている。

 お前らが正義を気取るつもりなら、無視するわけにはいかないよなぁ? 聖人気取りの<プレイアデス聖団>』

 

 くすくすと、皮肉げな嗤いが聞いている者の耳をざわつかせる。

 

 大切な者の命と、見知らぬ大多数の者の命。

 その両方を盾にとった悪辣な脅迫だった。

 

 ユウリの告げた脅しに、プレイアデスの面々は揃って顔を歪ませる。

 

『待ってるよ。お前らの墓場でな』

 

 ユウリのメッセージはそこで終わった。

 虚空にあった紋章が消え去り、後には痛いほどの沈黙が場を支配する。

 

 そんな中、辺りを見渡したカオルが、困惑した声を発してその静寂を破った。

 

「……あれ? あいつは……あすみは、どこに行ったんだ?」

 

 神名あすみが、その場からいつの間にか姿を消していた。

 

 

 

 

 

 

 

 気絶したかずみを使い魔の背に乗せ、ユウリは空を飛んでいた。

 追っ手が迫る様子もない。それだけのダメージを与えた自信はある。

 

 実質ユウリ一人に、プレイアデスは壊滅させられたのだ。

 先ほどまで広がっていた悲鳴合唱団の有様を思い出すと、ユウリは笑いが止まらなかった。

 

「ねえコル見た? アイツ等の間抜けな顔!」

 

 主に忠実な牛型の使い魔<コル>は「ンモー」と肯定の鳴き声を上げた。

 その声が目覚ましとなったのか、気絶していたかずみが目覚める。

 

 頭を抑えながら、かずみはユウリへ問いかけた。

 

「ぅ……あなた、誰なの?」

「チッ、起きたか」

 

 舌打ちするユウリに、覚醒したばかりのかずみは朧げに問いを重ねた。

 

「どうして……こんな事するの? 同じ魔法少女なのに……」

「これから死ぬ人間が、聞く必要ある?」

 

 その宣告を聞いても、かずみは不思議と落ち着いていた。

 何故だろうと内心で首を傾げたが、脳裏に銀髪のゴスロリ少女が思い浮かんだ。

 

 あすみは護衛として、かずみの傍にいたのだ。

 ならば逆説的に、かずみの命を狙う者がいてもおかしくはないのだと、点が線となって繋がった様な気がした。

 

 ならば何も不安に思う必要はなかった。

 何故なら、かずみの最も信頼する<友達>が、守ると誓ってくれたから。

 

 だからかずみは、ユウリを毅然と見返した。

 失われた記憶さえあれば、狙われる理由も分かったのかもしれないが、生憎と彼女に見覚えは全くなかった。

 

 彼女の事を知りたい。

 それが、今のかずみの望みだった。

 

「……何で、わたしを殺すの? ねぇわたし達、どこかで会った事あるのかな?」

「『なぜ』『どうして』ばっかりだな、お前。バカの一つ覚えが」

 

 吐き捨てられた言葉にムッとしたかずみは、体を器用に回し、唯一自由な両足でユウリの首を締め付けた。

 

「あなたが! 答えて! くれないからでしょーが!!」

「わっバカッ!? これから死ぬ人間が知る必要ないだろ!?」

「それさっき聞いた! バカの一つ覚え!」

 

 さっきのお返しとばかりに言い返す。

 ユウリは暴れて、かずみを振り落とそうした。

 

「ええいバカバカ言うな、このバカ!」

「そっちが始めたんでしょバカー!!」

「じゃあお前はアホだ! このアホ毛!」

 

 びっと舌を出して馬鹿にするユウリに対抗して、かずみも舌を出して見せる。 

 

「なによこっちだって、べえーっだ!」

 

 その時、不意にユウリは固まった。

 目を見開き、かずみではないどこか遠くを見ている様子だった。

 

 その様子にかずみは首を傾げるも、我に返ったユウリに足を捕まれ、放り投げられてしまう。

 

「……お前はもう、黙ってろ!」

 

 今度は拘束の魔法を全身に隈なく掛けられてしまい、かずみは覆面付きの蓑虫状態となってしまった。

 

「んむぉー!?」

 

 牛の様なくぐもった悲鳴を上げながら「あ、なんかこれ、すっごい既視感」と、かずみは場違いにも懐かしさを感じていた。

 

 あすみが聞けば心底呆れ、海香達が聞けば爆笑しただろう。

 そんなかずみのボケにツッコミを入れる者は、生憎と不在だった。

 

「ったく、調子が狂う」

 

 ユウリはとんがり帽子を目深に被り、先を急ごうとする。

 だがその進みは、強制的に止められてしまう。

 

 

 

「<縛鎖迷宮(チェインラビリンス)>」 

 

 

 

 ――ユウリの行く先を、鎖で編み込まれた障壁が阻んだ。

 

 後ろを振り返ると、そこには銀髪の魔法少女がいた。

 神名あすみは、無数の鎖をのたうつ蛇のように従えていた。

 

 空の一部を丸ごと監獄に変えてみせたあすみは、ユウリの言葉にしみじみと頷いてみせる。

 

「……同感ね。その気持ち、本当によく分かるわ。そこのバカといると、ほんと調子が狂うもの」

 

 ユウリに奇襲された直後、襲われるプレイアデス聖団の者達を隠れ蓑に、逆襲の機会を窺っていたあすみが、その牙を剥いていた。

 

「な!? お前は!」

「……だけどお生憎様。かずみをイジメて良いのは、わたしだけよ」

 

 驚いたユウリの背後から、あすみの鎖が襲い掛かる。

 だがその狙いはユウリではなく、使い魔の背に乗せられたかずみだった。

 

 鎖は意思を持つかのようにかずみに巻き付くと、強い力でかずみを引っ張った。

 空をぐるんぐるんと揺さぶる乱暴な機動に、かずみは目を回す。

 顔袋が外され光を感じると、焦点の合ったかずみの視界に、あすみの顔が飛び込んできた。

 

「ぷはっ……あすみちゃん!?」

 

 あすみに抱えられているのだと気付いた時には、無造作に放り捨てられてしまった。

 鎖が巻き付いたままなので、かずみはテルテル坊主のように宙にぶら下がってしまう。

 

「……面倒掛けないでよね。あっさり攫われるとか、この間抜け」

「むー、あすみちゃんに攫う云々言われるのは、何だか納得いかないかも……でも、助けてくれてありがとう!」

「……お礼なんかいらない。間抜けってのは、わたしの事よ。これじゃ護衛失格ね」

 

 その意外な言葉にかずみは目を丸くするものの、慌ててあすみをフォローする。 

 

「でも助けてくれた! わたしは無事だから、あすみちゃんは何も悪くないよ! 結果オーライオーライ! どんまいだよ、あすみちゃん!」

「……はぁ、あなたってほんと、能天気ね。少し羨ましいくらい」

 

 今なお鎖でぐるぐる巻きにされている者の言う事だとは、とても思えない楽天さだ。

 あすみによって雑に扱われる事に早くも慣れた様子のかずみに、あすみは軽い頭痛を感じていた。

 

 そんなかずみを放置し、あすみはユウリへと顔を向ける。

 あすみを警戒してか、ユウリは使い魔に背中を守らせ、自身は二挺拳銃を構えていた。

 

 神名あすみはサディスティックな笑みを浮かべ、凶悪なモーニングスターを振り回す。

 

「……あなたはもう、蜘蛛の巣に囚われた虫ケラに過ぎない。楽に死ねるとは思わないでね」

 

 迫り来るモーニングスターをユウリは魔法拳銃(マジカルハンドガン)で迎え撃ち、使い魔のコルと共に空を立体的に駆け回った。

 

「ちっ、余所者の分際で、調子に乗るな! <コルノ・フォルテ>!」

「<宵明の星球(モーニングスター)>」

 

 ユウリの使い魔とモーニングスターが激突した瞬間、星球が弾けて爆発した。

 凶悪な攻撃を真正面から食らった使い魔は、額にある二本の角の内、一本を根元から折られ、血だらけになっていた。 

 

「コル!?」

 

 頑丈なはずの自らの使い魔の満身創痍な有様を見て、ユウリは焦りを浮かばせる。

 逡巡するユウリだったが、あすみの厄介な強さを目の当たりにし、ある決断を下した。

 

「……こいつは使いたくなかったんだが、仕方ない」

 

 ユウリはとんがり帽子の中から、手品の様に小瓶を一つ取り出した。

 青く透き通った液体と、その特徴的な硝子細工に見覚えのあったあすみは、反射的に眉を潜めていた。

 

「……なんで、あなたが()()を持ってるの?」

 

 だがユウリはその問いには答えず、小瓶の中身を一気に飲み干した。

 その瞬間、ユウリの魔力が増大した。

 

「<コルノ・フォルテ>! 突き破れ!!」

 

 魔力に物を言わせた強化魔法を使い魔に掛け、ユウリはあすみではなく、結界となった鎖の障壁を破壊する事を狙う。

 

「……ごめん、コル。<イル・トリアンゴロ>!!」

 

 使い魔の全身に魔法陣が浮かび上がる。

 紅蓮の爆発を召喚する魔法をその身に宿し、コルは鎖の障壁を破ろうと突き進む。

 

 だが鎖は蜘蛛の巣のように絡み付き、獲物を絞め殺そうとしていた。

 

 コルの身が完全に囚われ、その身を結界深くに取り込まれた瞬間、ユウリの掛けた魔法は発動する。

 

 空を揺るがす衝撃音。生きた爆弾となったコルが爆発したことで、あすみの結界に僅かな穴が生じた。

 

 それを見逃さず、ギリギリのタイミングで障壁を突破したユウリは、あすみを忌々しげに睨む。

 

「……そこのアホ毛はお前に譲ってやる。メインディッシュの前菜に添えるつもりだったが、材料は他に幾らでもある。あいつらにお似合いのがな」

 

 自らに言い聞かせるように呟いたユウリは、あすみに銃口を向けて叫んだ。

 

「……神名あすみ、か。覚えておけ! お前は所詮、イレギュラーな脇役に過ぎないって事をな!」

 

 捨て台詞を残し、ユウリは飛び去っていった。

 当初の目的であるかずみの奪還を果たしたあすみは、その背中を大人しく見送る。

 

「……逃げたか、まぁいい。あいつ、もうそんなに長くないだろうし」

「それって、どういうこと?」

 

 あすみの言葉に、かずみが疑問の声を上げる。

 

 本来なら禍根を絶つ意味でもユウリの追撃は必須なのだが、リスクを考えてあすみは手を引いた。

 ――あの時ユウリの使った小瓶が、あすみの想像通りの物だったとしたら。

 

「……近い内に自滅するって事よ。あれは、そういう禁じ手」

 

 深追いは思わぬしっぺ返しを受ける可能性がある。

 だからあすみは、素直にユウリを見逃したのだ。

 

「……あれは使用者の魔力を一時的に高める効果があるわ。短期間だけ、使う者が使えば、その間は無敵になれる」

 

 爆発的に魔力が増大し、あすみから逃げおおせたように。

 ユウリのような才能のある者が使えば、あすみでも手を焼く。

 

 それが並みの魔法少女が相手ならば、結果は言うまでもなかった。

 

「……だけど当然、代償もある」

 

 元々は「魔法少女を簡便に魔女化処理する為」に開発された狂気の魔法薬だ。

 潜在能力の全てを強制的に引き出し、魂の一片まで魔力に還元させる禁断の薬。

 

 その制作者が誰なのか、あすみはこの街で誰よりも知っている。

 

 素質のある魔法少女から時間を掛けてエネルギーを搾り取る手間を考えれば、高濃度<ポーション>を使って手早く済ませた方が遥かに楽だ。

 そんな効率化によって、あすみのような粛清部隊所属の魔法少女には二種類の魔法薬が支給されていた。

 

 自己強化のために希釈調整された<青い涙(ブルーティアーズ)>と、魔女化処理用の高濃度抽出された<燃える心臓(フレイムハート)>。

 

 処刑用の赤い液体<燃える心臓(フレイムハート)>を使えば、数分で魂が焼き切れる。その間、服用者は理性を失い見境なく暴れるので、事前に無力化させておく必要があった。

 生きた爆弾として使う状況もあったが、基本的に追い詰め過ぎた鼠には手を出さないのが常道だ。

 

 また<燃える心臓(フレイムハート)>をかなり希釈して調整された青い液体<青い涙(ブルーティアーズ)>は、奥の手のドーピング薬として支給されている。

 

 適切に使えば恐るべき威力を発揮する有用な魔法薬だったが、あすみは使った事がなかった。

 部隊長であるあすみの方針に倣ったのか、シノブやサリサも自分に使った事はないはずだ。

 

 何故なら、使えばソウルジェムに消えない穢れを残すばかりか、長期に渡って服用を続けると呪いを生み始めるからだ。

 

 能力に限界の見えた弱者しか使わない禁じ手。

 それがあすみの認識だった。

 

 <燃える心臓(フレイムハート)>の方もあすみの魔法で代用できるので、使った事はなかった。

 薬なんかに頼らずとも、あすみの魔法なら一発で魔女化させる事が可能なのだから。

 

 そんなあすみ個人の事情は伏せ、ユウリの使った禁じ手(ポーション)の効果だけをかずみに伝えた。

 

「そんな……助けてあげられないの?」

「……あなた、あいつに殺されそうになったの、もう忘れたの? あなたを攫ったのも状況的に人質か何かに使うためでしょうし、あなたが彼女を心配する義理はないはずよ」

 

 あすみの言葉を聞いて、それでもかずみは納得しなかった。

 あすみの顔を、その綺麗な瞳で映し出している。

 

「……あの子、ちょっとあすみちゃんに似てるんだ。だから放っておけないよ。

 少しだけ話したんだけど……ユウリ、そんなに悪い子って感じはしなかった。話せばきっと仲良くなれる。わたしは、彼女を助けてあげたい」

 

 ……どこまでお人好しなのだ。このバカ娘は。

 

 呆れた目でかずみを見るものの、あすみが何を言ってもこの頑固な娘は聞き分けたりしないだろう。

 

「……バカね。わたしに似てるなんて、それこそ最悪じゃない」

 

 ヒトデナシに似ているからと言って、安心できる要素は皆無だ。

 

「……助ける価値なんて、ないのに。救いなんて――」

 

 もしもあの時、あの地獄のような日々の中で。

 あすみが出会ったのが【銀の魔女】ではなく、かずみだったなら。

 

 ――今とは違う未来が、あったのだろうか?

 

 下らない、とあすみはその考えを一笑に伏した。

 

 仮定に意味などないし、もしそうだとしても当時のあすみなら、かずみすらも呪っただろう。

 どう考えても、救いなどあるはずがない。

 

 ……わたしは、あなたの思っているような善人じゃない。

 

 かずみを連れて帰還する空の上で、あすみはそんな言葉を胸の内で呟いていた。

 

「おーい! みんなー!」

 

 呆気に取られるプレイアデス聖団の面々を空の上から見下ろしながら、あすみは笑顔で手を振るかずみの横顔を見つめていた。

 

 

「…………その甘さが、いつかあなたを殺すわ」

 

 

 小さな呟きは、かずみの帰還を喜ぶ声にかき消された。

 

 

 

 

 

 




おまけ:閑話② 英国陥落


 英国首都ロンドンを流れるテムズ川の岸辺、イーストエンドに聳え立つロンドン塔。
 中世の時代に築かれたこの城塞は、現代においても魔法少女達の決戦場として使われていた。

 魔法少女のみで構成された大部隊同士の<戦争>は、兵站(ソウルジェム)の関係から、過去現在の全てを合わせても有数の出来事だろう。

 遥か遠くの故国を懐かしく思いながら、銀の魔女――リンネは溜息を付いた。

「やはり本場は一筋縄じゃいかないか。英国の魔法少女組織も大した物ね」
「極東の魔女め!」

 金髪(ブロンド)の少女が叫ぶ。
 憎しみで人が殺せるなら、その視線には間違いなく致死量の憎悪が込められていた。

 だがリンネは、挑発気味に鼻で笑って見せる。

「降伏するなら相応の扱いにしてあげてもいいけど? 奴隷扱いでも良ければね」

 傍に転がっていた英国魔法少女の<抜け殻>を蹴り飛ばす。
 本体のソウルジェムはとっくに魔女へ転化してしまったのだろう。

 生まれた魔女は転化早々、銀魔女の人形部隊と英国の魔法少女部隊に挟まれ、封殺されてしまったようだが。

 リンネの挑発に、英国魔法少女達は憤怒で顔を真っ赤に染め上げた。

「この狂人が! 我らは誇り高き英国魔法少女! 何もかも貴様ら下種の思い通りになるとは思うなよ!!」

 古からの貴き血を引く隊長格の少女が、気炎を上げて剣を振るう。
 だがそれを阻んだのは、少女と同じ金色の髪を持つ黄金の魔法少女だった。

「なっ!? 貴様ぁっ! 私の邪魔をするな!!」
「あらあら、私のアリスに乱暴はやめて頂戴――思わず殺したくなっちゃうでしょう?」

 銀の指揮杖が振るわれる。
 すると黄金の魔法少女から圧倒的な魔力が解放され、英国魔法少女は地に叩きつけられてしまった。

「があああああ!!??」
「外法<聖呪刻印(スティグマ)反転術式(リバース)>」

 虚空に描かれた魔法陣から呼び出された青い不定形の物体が、少女の体目掛けて殺到し――その身を蹂躙し始めた。

「――――ッ!!!!」

 かつてないほどの激痛が少女を襲う。
 悲鳴を上げている自覚すら遠く、ただ涙が溢れ肉体が暴れ狂う。

「さて、あなたはいつまで耐えられるかしら?」
「クラウディア様!?」

 少女の仲間である英国魔法少女達が、指導者である少女を助け出そうと駆け出す。
 だがその行先には、恐ろしい力を秘めた人形達が立ち塞がっていた。

「ったく、姉ちゃんの邪魔すんなよな! ギガントハンマー!」
「っ、このぉおおお!?」

 だが仲間の魔法少女達の奮闘虚しく、少女のソウルジェムは呪われた魔法によって犯され、魂を貪り尽くされる。

「さあ、目覚めなさい」

 ソウルジェムがひび割れ、中から悍ましい化物が生まれる。
 それを見た英国魔法少女達は、思わず絶望の吐息を漏らした。

「あ、あぁ……そんな……クラウディア様……」

 拮抗していた戦力は、主柱となる少女の欠落により崩壊する。
 戦いの趨勢は決した。

「――蹂躙を開始せよ」

 銀魔女の号令により、人形達はその全力を振るう。
 これまで力を抑えていた人形達は、次々と魔法少女を魔女へ堕落させ(おとし)ていく。

 中には自決するためか、自らソウルジェムを砕こうとする者もいたが、影から現れた魔法少女達がそれを阻んだ。

「ダメじゃない、そんな勿体無いことしちゃあ」
「そうそう、どうせ捨てる命ならボク達に頂戴」

 人形である彼女達の言葉に、少女は心を砕かれる。

 地獄と化した戦場では、魔法少女と魔女と人形が踊り狂う。
 そして終幕を飾るのは、黄金の魔法少女だった。


「フィナーレをお願いね、アリス。――限定解除・<黄金剣(Excalibur)>起動」


 圧倒的な黄金の光が全てを呑み込み、通り過ぎた後には無数の倒れ伏した魔法少女達の姿があった。

 倒れた少女達を、人形共が次々と担ぎ上げ何処かへ転移していく。


 全てが終わった後には、災厄の爪痕以外に何も残らなかった。


「ほら見てアリス、大きなダイヤモンド。
 なんでも世界最大級だってさ。あなたにとっても似合うと思うわ」

 戦利品として略奪した幾つもの宝石を転がしながら、銀魔女は邪悪な笑みを浮かべる。

 その日、「女王陛下の宮殿にして要塞」と呼ばれたロンドン塔は崩壊した。
 世界は混沌へと呑まれていく。



「そういえばあすみん、元気にしてるかな?
 お土産持って行ってあげようっと」







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第十四話 別離の晩餐

今回おまけは特に無し(おまけの存在意義とは一体……うごご)。


 

 

 

 謎の魔法少女、ユウリの襲撃によってかずみを攫われ、時を同じくして神名あすみの姿が消えてしまった頃。残されたプレイアデス聖団の魔法少女達は混乱していた。

 

 壊滅的な状況から回復魔法を使ってようやく持ち直したものの、ユウリと名乗った敵の目的がまったく分からなかった。

 

「ああ、もう! あいつの目的はなに!? あすみって奴もどっか行っちゃうし!」

 

 ユウリの不意打ちにしてやられた若葉みらいが、地団駄を踏んで苛立ちを露にしている。

 消えたあすみの事も気掛かりだったが、気に食わない奴の事を素直に心配するのも何だか癪だった。

 

 みらいはユウリと名乗った敵の魔法少女について考える。

 

「ボク達に恨みがあるみたいだけど……でもユウリって子、みんな知ってる?」

「……いや、心当たりはない、な」

 

 カオルは首を横に振った。いくら思い返してもあんな魔法少女に心当たりはなかった。

 他のメンバーも思い当たる節はない様子だった。

 

「それに何で、かずみを人質に……」

「知ってるんだ……かずみが、狙い目だって事を」

 

 魔法で傷口を塞ぎ、応急手当を施したばかりのサキが立ち上がる。

 

「サキ? どこへ」

「かずみを助ける」

 

 サキは毅然と言い放ち、ユウリの消えた方角を睨んだ。

 隣で回復魔法を掛けていた里美が慌てて制止する。

 

「まだ無理よ! 怪我が治りきってない! 落ち着いて、完治を待ってから――」

「駄目だ、待てない。消えた<神名あすみ>の事も気がかりだ。あまり考えたくはないが、私達を謀った可能性もある。その場合、私が責任を持って処理しなければ」

「サキが行くならボクも行くよ!」

 

 里美は行く気満々な二人に狼狽える。

 カオルは呆れた顔を浮かべ、ニコは他人事のようにガムを噛んで我関せずの構えだった。

 そんな中、海香の疑問の声がぽつりと上がる。

 

「……どうしてかしらね」

 

 その手にはユウリから放たれた矢が握られていた。

 

「? 海香、その矢がどうかしたのか?」

「いえね、どうして口で言えば良い事を、ユウリはわざわざ矢文にしたのかしら? 単純な恨みにしては、手が込んでいる気がする。

 この件、私達が思うよりも根が深いかもしれない。迂闊に動けば、取り返しが付かなくなるほどに」

「……だから大人しくしてろと? だが私は――」

「それより気づいてた? あの子、相当キてるよ。これ以上魔法使うと……」

 

 パンッとニコの膨らませたガム風船が弾けた。

 沈黙が場を支配する中、頭上から有り得ない声が聞こえてきた。

 

「おーい! みんなー!」

 

 ユウリに連れ去られたはずの、かずみのまさかの帰還だった。

 そのすぐ後ろには消えた<神名あすみ>の姿もある。

 

 プレイアデスの魔法少女達は、驚愕の後に喜色を浮かべ、歓声を上げた。

 

「かずみ! よかった! 本当に、無事で良かった……!」

 

 サキは目尻に涙を滲ませながら、空から降りてきたかずみを真っ先に力強く抱きしめた。

 身長差からサキの胸にかずみの顔が埋まってしまい、呼吸し辛い。

 

「あと、えと、サキ? ちょっと苦しい……」

「っ、すまない!」

 

 かずみの主観では出会ってからまだ一日と経っていなかったが、彼女達の反応から、自分はとても大切にされている事が実感できた。

 

 一方のあすみも、他のメンバー達に歓迎されていた。本来ならユウリの人質になっていたはずのかずみを奪還してくれたのだ。その功績は大きい。

 海香とカオルの二人は、あすみに近づくと感謝の気持ちを伝えた。

 

「ありがとう、あすみ。助かったわ」

「流石あすみ! でも一人で行くなよ、心配したじゃん」

「……ふん、足手まといはいらないわよ」

「言ったな、コイツ!」

 

 生意気を言う少女にカオルは笑顔を浮かべ、あすみの肩に腕を回してくる。

 体育会系全開なそのノリに、あすみは関節を極める事で応じた。

 

「ちょ、いたたっ! 痛いって!?」

「……気安く触らないで。そういうの、嫌いだわ」

「悪かったって……隙あり!」

 

 謝るカオルを解放しようとした刹那、反撃とばかりに背後に回ったカオルがあすみを羽交い締めにした。

 

 ……こいつ、死にたいのかしら?

 

 割と本気で殺意を覚えたが、実行には移されなかった。

 かずみを構い終えたサキが、あすみの元に来たからだ。

 

 あすみは無言でカオルの脛を蹴ることで拘束から抜け出し、サキと対峙する。

 

「いたぁ!? 地味に痛い!?」

 

 足を抱えて蹲るカオルの事は完全に無視する。

 サキとあすみ、両者の間にどこか緊張した雰囲気が漂う中、サキは頭を深く下げてみせた。

 

「神名あすみ、心から礼を言う。よくかずみを連れ戻してくれた」

「……別に、あなたの為にやったわけじゃないわ」

 

 素直に感謝されると思わなかったあすみは、内心驚くものの表面上は素っ気なく言い放つ。

 それを脇から見ていたニコが、にやついた笑みを浮かべていた。

 

「ふむふむ、あすみんはツンデレですなー」

「死ね」

 

 思わず銀魔女に対する時のような反応を反射的に返してしまい、あすみは取り繕うようにニコをジト目で睨んだ。

 

「……次ふざけた呼び方したら、本気で殺すわよ」

「おーこわっ」

 

 わりと本気で睨んでやったのだが、鈍感なのかニコはにやにやするばかり。

 どこぞの変態女を思い出させる「あすみん」呼びは、本気で不愉快だった。

 

 アレにしたところで、何を言っても無駄だから放置しているだけで、あすみ自身が認めた覚えなどなかったというのに。

 

 その後、あすみ達二人はユウリの残したメッセージを伝え聞いた。

 人質となるはずだったかずみは、あすみによって既に奪還されている。

 

 だが問題は、街の住人全てを人質に取った凶行の可能性がまだ残っている事だった。

 

 いっそこの街を捨ててどこか遠くへ避難するのもアリではないかと、あすみなんかは思ってしまうのだが。

 周りを見れば、何故かユウリの犯行を阻止する方向で動いていた。

 

「……まぁ、仕方ないか」

 

 それが、普通の反応なのだろう。

 

 今ここであすみが反対しても、何も意味がない。

 かずみも納得しないだろうし、その他のメンバー達も同じだろう。

 

 あすみとしてはかずみさえ無事なら、たとえこの街の住人全てが悪魔共に虐殺されようが、どうでも良い事だった。

 

 けれど彼女達は見知らぬ誰かを助けるため、この街を守るためにユウリの誘いに乗る事にしたのだ。この街の魔法少女として。

 他人をあっさりと見捨てるあすみの方が異常なのだ。

 

「ユウリの指定した時間まで、あと六時間。けっこう間があるね」

 

 端末で時間を確認したニコが、残り時間を確認した。

 空も大分暗くなっており、一度拠点に戻って態勢を整える必要がある。

 

「というわけで……かずみ!」

「な、なに?」

 

 突然みらいに指名され、かずみは狼狽えた。凶暴なチビッ子という印象が強いせいで、その顔は若干怯え気味だった。

 そんなかずみの困惑に気づかない様子で、みらいは言った。

 

「おかなすいたー! 何か作って!」

「ふぇ!?」

 

 予想外の注文に、かずみは変な声を出して驚いてしまった。

 その傍にいるあすみもまた、呆れ顔を浮かべつつ、かずみを庇うように立つ。

 

「……このお子様、何かずみに無茶ぶりしてるの? この子記憶喪失だって言わなかった?」

「なにをー! ってそうだった。そういえば記憶喪失だっけ? かずみの料理ってんまかったから……今は料理、出来ないの?」

 

 どうやら以前のかずみは、かなりの料理上手だったらしい。

 何でも仲間内では飛び抜けた腕前で、みんなに料理を振舞うのが趣味だったとか。

 

 自分の事なのに何も知らない事を、かずみはその時になってようやく気付いた。

 

 ――ううん、今からでも遅くない。わたしは、わたし自身の事をもっとよく知りたい!

 

 みらいの言葉に火のついたかずみは、目に闘志を燃やしていた。

 何事も挑戦だとばかりに、ふんすと鼻を鳴らしガッツポーズしてみせる。

 

「わたし、やってみる! 任せて!」

「…………なんでそうなるの。バカ」

 

 大惨事の予感を覚えさせるやり取りを、あすみは呆れた顔で見ていた。

 だがそんなあすみの予感は、珍しく外れる事になった。

 

 

 

 プレイアデスの一同は揃って、あすみの屋敷に招かれていた。

 かずみ、海香、カオルの三人は昨夜から泊まり込んでいるし、冷蔵庫にまだ大量の食材が眠っている事から、あすみの屋敷が選ばれた。

 普段彼女達が使っている拠点よりも、あすみの屋敷の方が近かった事も理由の一つだ。

 

 かずみは三角巾を頭に被り、エプロンを装備している。長い髪はあすみから貰った青いリボンで一括りにしてあり、その姿は意外と様になっていた。

 背後から見守る面々の前で、かずみは華麗な包丁捌きを披露する。

 

「「おお!」」

 

 その見事な手並みに、一同から歓声が上がった。

 体に染み込んだとしか思えない熟練した手並みで次々と調理していく様子は、悔しいがあすみも認めざるを得なかった。

 最後の仕上げに自ら味見をして、かずみは良しと頷いた。

 

「うん! 美味しい! ……わたしって、料理の天才?」

「……ちょっとムカつくわね、今のあなた」

「ええ!?」

 

 母が死んで以来、研鑽を怠っていたあすみにとやかく言える資格はないのだが、それでも記憶喪失の少女にあっさりと負けてしまった事が気に入らなかった。

 嫉妬からの八つ当たりと分かっていても、つい当たってしまう。

 

「……記憶喪失の癖に、わたしより上手ってどういう事よ」

「ふふん、お前とかずみじゃ物が違うのだよ!」

「なぜにお前が威張るし」

 

 何故かかずみではなく、みらいがドヤ顔で胸を張っていた。

 ニコの冷静な突っ込みに、あすみもしかめっ面を浮かべ大きく頷く。

 

 その後、かずみ一人に任せるのもアレだったのであすみが手伝い始めれば、他のメンバーも何だかんだ言いながらそれに続いた。

 

 決戦前の腹拵えという事で、メニュー内容は冷蔵庫の中身をフルに使った豪勢なものだった。

 人数もあすみを含めて八人と大所帯であり、所狭しと並べられた料理も最初は多すぎるだろうと思われたが、実際に食事を始めてみればそんな事は全くなかった。

 

 さながら戦場のように騒々しく、卓の上から次々と料理が消えていった。

 

 海香は牛角煮を口に入れる。

 口の中でとろける旨さに、恍惚とした表情を浮かべた。

 

「みなぎるわ! 私の灰色の脳細胞!」

「太るぞ」

「ダマラッシャイ」

 

 カオルの心を抉る一言に、海香は鬼と化した。

 

「また海香の頭に角が……!」

 

 それを給仕していたかずみが目撃してしまい、その恐ろしさに戦慄していた。

 

「ちょっとそれボクの!」

「他にもいっぱいあんだろー?」

「二人とも、喧嘩しないの」

 

 みらいの皿から、ニコが唐揚げを掻っ攫う。

 争い始める二人を里美が嗜めた。

 

「そういう里美はデザート独り占めしてんぞ」

「あらやだ、いつの間に……」

 

 ニコの指摘に、里美は自分の皿を隠した。どう見ても確信犯だった。

 みらいはそんなニコ達の隙を突いて、数に限りのある海老シューマイを確保していた。

 

「これんまい! サキも食べてみてよ!」

「ふむ、頂こう。それにしても、もう少し上品に食事できないのか君達は……かずみ、お代わり大盛りで」

「上品どこ行った」

 

 早くも空になったお椀を差し出すサキに、ニコが思わず突っ込みを入れた。

 ごちゃごちゃと喧しく雑談する一同から心持ち距離を置きながら、あすみは孤独に食事を楽しもうとしていた。

 

「……騒々しいわね。食事ってのはね、孤独で、静かで、豊かで……誰にも邪魔されず、自由で。

 なんというか……救われてなきゃいけないのよ」

「それ、どこかで聞いた台詞ね」

 

 静かにかぼちゃのスープを口に運びながら、あすみは溜息を零す。

 海香はあすみの言葉を自身の脳内で検索してみたが、元ネタは分からなかった。

 

 ジュゥべえはあすみの飼う黒猫との睨み合いの後、友情でも芽生えたのか仲良く一つの大皿で餌を食べていた。

 それをちらりと見たあすみは、食い意地の張ったUMAだと心底呆れていた。

 

「……かずみ、あなたも給仕なんて良いから食べなさい。欲しければ自分で取らせればいいのよ」

 

 あすみは慌ただしく駆け回るかずみを手招きし、強引に隣へ座らせる。

 

「あすみの言う通りだ。かずみもしっかり食べた方がいい」

「さっきお代わり要求してたのは誰だったかナー?」

 

 サキのボケた発言にニコが突っ込み、あすみはイラッとしつつもかずみの分の食事をテーブル上に確保した。

 

「ありがとう、あすみちゃん! それじゃいっただっきまーす!」

「……あなたも要領悪いわね。流れで連中の給仕なんかしなくても良かったのに」

 

 ちなみにあすみが手伝うという選択肢もあったが、料理の手伝いくらいならともかく、そこまでしてやる義理はなかった。

 

「えへへ、でもみんなが美味しいって言ってくれるのが、なんだか嬉しくって」

「……あっそ。無駄な心配だったわね」

 

 このお人好しめ、とあすみは口の中で呟いた。

 大勢での食事に良い思い出など一つもなかったあすみだが、この騒がしい食事風景は、それほど嫌な気持ちにはならなかった。

 

 サキはスープを口にし、優しげに目を細めた。

 

「腕は変わってないな、かずみ」

「本当?」

「ああ……何一つ、変わってない」

 

 サキの懐かしむような言葉に、あすみはどこか引っ掛かりを覚えるものの、かずみは嬉しそうに頷いていた。

 

 あすみにとって、こんな騒々しい食卓は久しぶりだった。

 擦り切れた記憶の底に似たような思い出はあったが、ここまで遠慮のない距離感ではなかったように思える。

 

 近すぎるそれに戸惑いを覚えるものの、嫌な気分ではなかった。 

 

「はい、あすみちゃん。あーん」

「……あんまり調子に乗ってると、張っ倒すわよ」

 

 浮かれた様子のかずみにお仕置きを下したり、それでもメゲない彼女に根負けして渋々戯れに付き合ってやったり、それを見たプレイアデスの一同が囃し立てたり羨ましがったりと、晩餐は賑やかに進んだ。

 

 そしてテーブル上の料理も少なくなり、そろそろ食事も終わろうかという頃。

 あすみが普段仕事に使っている端末が、あすみだけに聞こえる着信音を鳴らした。

 

 持ち主でなければ聞き逃すだろう音を正確に聞き取ったあすみは、内容を確認するべく席を離れようとする。

 

「あれ? あすみちゃんどこ行くの?」

「……察しなさい、バカ」

 

 意味深に言ってやると、かずみは顔を赤くして謝った。

 

「あっ……ご、ごめんなさい」

「トイレかー?」

 

 ニコの無神経な一言によって、スパーンッと周りから一斉に後頭部を叩かれる音が鳴った。

 それを見届けることなく、あすみは賑やかな食卓から離れ、団欒の場から遠ざかる。

 

 もちろんトイレになど用はないので、二階に上がり自室に入ったあすみは鍵を閉めると、念のため隠密性の高い防諜結界を展開させてから端末を起動させた。

 あすみの魔力を鍵として起動した端末は、魔法のスクリーンをあすみの前に映し出した。

 

 仕事上で使う連絡先の中から、一番重要度の高いアドレスを使って接続する。

 それはあすみの所属する魔法少女結社<S.W.C.>の首魁、【銀の魔女】リンネへ繋がる物だった。

 

 端末に入っていたメールの指示通り、魔法映像による通信が行われる。

 ほどなくして、リンネの姿がスクリーン上に投影された。

 

『やほーあすみん、元気してた? 食事はきちんと取ってる? 今イギリスにいるんだけど、何かお土産のリクエストとかある? 紅茶とティーカップは鉄番だけど、意表を突いてうなぎゼリーとか――』

「……それで、なんの用なの?」

 

 リンネのふざけた言葉は丸ごと無視して、あすみはその目的を尋ねる。

 一見すると無駄な事しかしないように見えるリンネだったが、彼女が普段言っている通り、世界を股に掛けて絶望を振り撒き歩く【銀の魔女】は多忙だ。

 

 だからこのタイミングであすみに連絡を要求したのは、そうするだけの理由があるはずだった。

 案の定リンネは肩を竦めると、あっさりと本題を話し始める。

 

『あ、そう? まぁ大した用じゃないんだけど。

 ――例の護衛の件、もういいから。それを伝えたくてね』

「…………は?」

 

 一瞬、何を言っているのか理解できなかった。

 そんなあすみの様子を見て、リンネは小首を傾げる。

 

『聞こえなかった? アレの子守はもう止めていいよ、って話。

 目的は達成できたから、あすみんはその街から撤収ね。撒き餌としての役割も果たせたから、あとは勝手に潰しあってくれるでしょうし……あら、どうしたの? 顔色がいつもより悪いわよ? 何か問題でもあったかしら?』

「……あの子は、かずみは……あんたにとって何なの? わたしに守らせておいて、今さら用済みって……」

 

 ふざけるなと叫びたかった。

 だがよくよく考えてみれば、これはあすみにとって好都合なはずだった。

 

 厄介な仕事もこれで終わり。あとはいつもの悲劇を生み出す日常へと戻るだけ。

 今までも、これからも、神名あすみが銀魔女の走狗として生きていく事に変わりはない。

 

 ……なのに、なぜわたしはこんなにも、怒りを覚えているのだろう?

 

 肩を震わせるあすみを、リンネは冷めた目で見ていた。

 

『ふーん……あすみんがそんな<当たり前の事>を聞くのは珍しいわね?

 さっき言ったでしょ、<撒き餌>だって。

 彼女はね、魔法少女達を一箇所に集めるための餌、目印、ただそれだけの役割しか与えていない端役なのよ。

 隠れた魔法少女達を、穴倉から表舞台に引きずり出すための、駒に過ぎないわ。

 目的を果たす前に死なれても困るから、あすみんに護衛してもらったんだけど……もう十分達成できたから、帰還して良いよ。次のお仕事も溜まってるしね』

 

 護衛任務の終了。

 それは本当なら、あすみにとって喜ばしい事のはずだった。

 

 不慣れな仕事に苛立ち、面倒臭さに溜息ばかり零していた。

 そんな不得手な任務が終わるのだ。いつものあすみなら解放された喜びを多少なりとも感じただろう。

 

 けれど現状のそれは、かずみとの別れを意味している。

 

 かずみを狙う魔法少女、ユウリの脅威が間近にある今、あすみが抜けることはかずみの身の危険に直結する。

 

「……わたしがここで手を引けば、かずみは――」

『まあ長くはないでしょうね。物騒な連中も近づいてるから……なに、情でも移ったの? あすみんともあろう者が』

 

 戸惑うあすみを、銀の魔女が嘲笑う。

 

 

 

 

『冗談でしょ?』

 

 

 

 

「……ッ!」

 

 怒声を上げようと口を開いたあすみだったが、リンネの紅い瞳に射竦められ言葉を失った。

 狂気の渦巻く銀魔女の瞳に、あすみは本能的な恐怖を感じていた。

 

『あなたがこれまで、どれほどの魔法少女達を殺してきたか、忘れたの?

 殺した少女達とあの子、何か違う所でもあるの?

 彼女だけがあなたの特別な理由って、なに?

 あなたの願った<不幸>から、彼女だけを例外にするつもり?

 あなたがこれまでに死体の山を幾つ築いたのか、もう忘れてしまったのかしら?

 ……ねぇ、あすみん。私はね、中途半端が一番嫌いなの。あすみんがあすみんでない、そこらの有象無象と同じ様に日和るなら――今ここで、あなたを処分するわよ?』

「があ!? あ、あぁ……っ!?」

 

 忌まわしき呪縛【聖呪刻印】が青い輝きを放つ。

 ゴスロリ服の隙間から青い光が脈動しているのが見える。

 

 苦悶の悲鳴を上げて蹲るあすみを、端末上からリンネがつまらなそうに見下ろしていた。

 

「……ぁっ……ゃ、めっ……!」

 

 永遠に思える苦痛。

 幾度味わおうとも決して慣れる事のない、魂への懲罰。

 己の魂が軋みを上げる音を、あすみは確かに聞いていた。

 

 ようやく光が収まり、苦痛が遠ざかったあすみの耳に、銀魔女のくすくす笑いが届く。

 

『……なんてね。あすみんは賢い子だから、そんな馬鹿な事はしないもんね? お姉ちゃん信じてるわ』

 

 いっそ優しげな声だったが、それが尚の事恐ろしい。

 額に汗を浮かばせ息を荒げるあすみに、銀魔女は命令を下した。

 

『今夜中にその拠点は放棄して、明朝までに本拠地へ帰還しなさい。次の仕事の指示はそこで下すわ』

 

 あすみは床に視線を落とし必死に頭を働かせるものの、思考はぐるぐると空回りするばかり。

 そんなあすみに痺れを切らしたように、リンネは無機質な微笑を浮かべた。

 

『お返事は?』

「………………は……い。わかり、ました」

『よくできました』

 

 子供がテストで満点をとったのを見る母親のような笑顔で、リンネはあすみに優しげな声を掛ける。

 そのギャップの悍ましさに、あすみは鳥肌が立った。

 

 やはりこの女は、魔女だ。

 

 既に心が、人間を辞めている。

 この魔女と比べれば、あすみの<悪>など小物に過ぎない。

 

 通信を終えた後も、あすみはしばらく動く事が出来なかった。

 乾いた自嘲の笑みを漏らし、暗い瞳で闇を見据える。

 

「……なんて、無様ッ!」

 

 爪が食い込むほど強く拳を握り締める。

 所詮銀魔女の奴隷でしかないあすみにとって、リンネの命令に逆らう事は出来なかった。

 

「……結局、負け犬のわたしに、誰かを守れるはずがなかったのよ。

 誰かを壊して、殺して、不幸にして、呪って。

 そんな薄汚い生き方しかできないヒトデナシ。

 ……そんなわたしが、あの子の傍にいること自体、間違ってた」

 

 ならばそんな自分が誰かの心配をする事は、いっそ烏滸がましいというモノだろう。

 あすみは結局、誰かを不幸にする事しかできないのだ。

 

 

「……………………さよなら、かずみ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 神名あすみとの通信を終えた古池リンネは、その紅の目を細めうっすらと微笑んだ。

 

「さてさて、彼女はどう動くかしらね? ただの狗のままでいるか、それとも……」

 

 リンネは楽しい事を想像した子供のような笑みを浮かべる。

 

「まぁ戻ってきたら可愛がってあげましょう」

 

 あまり期待していない調子でリンネは呟く。

 もし予想通りに行かなかったとしたら、それは所詮その程度の器でしかなかったという事だ。

 

 人類の背信者は銀の魔女だけで良い。

 神名あすみには別の役割があるのだから。

 

「この物語の主役はあなた達ね」

 

 もっとも、オリ主である私が究極主人公なのは疑いようもないけど……とリンネは冗談めかして嘯いた。

 

 

 

 

 

 

 



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第十五話 決戦前夜、それぞれの想い

 お待たせしました。そろそろ執筆ペースあげたい(願望)。


 

 

 

 静寂に沈黙する建物を、街灯が仄かに青く照らしている。

 

 その中の一つ、打ち壊されるのを待つばかりの廃ビルの中。

 僅かな光さえ嫌うように少女――ユウリがその中に立ち入る。

 

 布地の多い衣装の隙間からは玉の様な汗を流し、頭痛がするのか自身の頭を強く抑えていた。

 

「はぁ……はぁ……クソッ!」

 

 自身に対する苛立ちを吐き出すと、ユウリは息も絶え絶えに壁際に座り込んだ。

 その表情には、隠し切れない濃い疲労が浮かんでいる。

 

 思い出すのは、先ほど襲撃した忌まわしきプレイアデス聖団と、神名あすみというイレギュラーな魔法少女の存在。

 

 ――あいつさえいなければ。

 

 ユウリは唇を噛み締める。

 予想外の敗北が、思いの他堪えているらしい。

 

 下らない、とユウリは自嘲する。

 勝つだの負けるだの、全くもって下らないプライドだ。

 

 <プレイアデス聖団>への復讐。

 それさえ果たせるのなら、たった一度の敗北など気にする必要はない。

 

 確かにかずみの拉致には失敗したが、連中を誘き出す餌はまだある。

 ユウリとしても不本意だったが、もはや躊躇う余裕はなかった。

 

「……ちっ」

 

 舌打ちと共にユウリが取り出したのは、一つの小瓶だった。

 中にある青い輝きを放つ液体を、ユウリは躊躇うことなく飲み干す。

 

 残された時間が僅かであることを知りながら、それでもユウリは立ち止まらない。立ち止まれない。

 

 この身を焦がす憎悪が、それを許しはしないのだから。 

 

「っ……ごほっ! ごほっ!」

 

 飲み干し、思わず咳き込む。

 <ポーション>の味はユウリにアルコールにも似た高揚を与え、喉を焼き、赤い血を燃やし、心の臓を高鳴らせる。

 

 限界以上の魔力を精製した反動で、全身を酷い倦怠感が包んでいた。

 何もかもを放り投げて楽になりたいと思う惰弱な心を、ユウリは憎悪の炎で塗り潰す。

 

「……まだだ……まだ、何も終わっちゃいないっ」

 

 己の腕を抱き締め、ユウリは歯を食いしばる。

 生み出した魔力を循環させ、無理矢理体力を回復させる。

 

 魂を削り、肉体を癒すという本末転倒ともいえる状況。

 だけど短期的に見た場合、これほど手っ取り早い回復手段はなかった。

 

 目的さえ果たせれば、その後自身がどうなろうが構わないのだから。

 

 当初の目的であった<かずみ>の拉致にこそ失敗したものの、まだ手は残されている。

 切り札として仕込んでいた、あすなろ市全域での<悪魔の卵(デビルドエッグ)>一斉孵化。

 

 もしもプレイアデス聖団が約束の場所に現れなかった場合、ユウリはあすなろ市の全てを地獄に変えて連中に見せつけてやるつもりだった。

 

 

 ――ほら、お前達が来なかった所為でこうなったぞ。

 ――街を見捨てたお前達は、救い様のない偽善者だ。

 

 

 そう高らかに嘲笑ってやる。

 連中の絶望した顔、憤怒、嘆き、それらを見下しながら、無数の悪魔達を使ってゴミのように嬲り殺してやる。

 

 そんな仄暗い惨劇を夢想するユウリの前に、一人の少女が気配もなく現れた。

 その少女の顔は上部を仮面で隠しており、口元で常に浮かぶ薄笑いだけが彼女の素顔を晒している。

 

 ユウリは突然現れた少女に険しい視線を送った。

 だが少女は、その視線を軽く無視すると涼しげな声でユウリに語りかける。

 

「辛そうだね。ユウリ」

「……あんたか。何しに来やがった?」

 

 ユウリは事前にこの廃ビルのような拠点を、あすなろ市内に複数用意していた。

 いざという時の為に、一時的にでも身を隠せる場所が欲しかったのだ。

 

 もちろんそれらの場所は秘密で、誰かに教えた覚えはない。

 それなのに、目の前の少女がどうやってこの場所を知ったのか。

 

 この神出鬼没な少女の存在は、ユウリにとってただの胡散臭い存在でしかなかった。

 なおも睨みつけるユウリに、仮面の少女はやれやれと肩を竦めて見せる。

 

「随分なご挨拶だね、協力者に向かってさ」

「……はっ、協力者ねぇ」

 

 ユウリは鼻を鳴らし、胡乱な目で自称協力者様を眺める。

 フードを目深に被った仮面の少女は、ユウリと同じ魔法少女ではあるものの、得体が全く知れない。

 

 気まぐれにふらりと現れては、ユウリにとって役立つ情報やアイテムをほぼ無償で与えて去っていく。

 それだけを聞けば善意の協力者ともいえるが、ユウリの後ろ暗い目的を知ってなお援助する姿勢は、何か裏があるとしか思えなかった。

 

 考えられるのは、ユウリを使って<プレイアデス>に危害を与える為だろうか。

 

 ユウリが聖団に復讐するように、この少女もまた聖団に対して悪意を持っているのは間違いない。

 ユウリは、彼女から自分と同じ<復讐>の情念を嗅ぎ取っていた。

 

 だからと言って、獲物を譲ってやるつもりはない。

 

 向こうがユウリを利用するつもりなら、それでも良い。

 自らの手で奴らに復讐できるなら、こちらもその手を利用してやる。

 

「確かに、あんたには感謝してるよ。<ポーション>も<悪魔の卵(デビルドエッグ)>も、色々都合して貰ったしね。

 後は最後までアタシの邪魔さえしなけりゃ、あんたが何を企んでいようが関係ない。好きなように悪巧みすればいいさ」

「ふふっ、酷い言われ様だなぁ。きみこそ肝心な場所でドジらないようにしなよ? 案外抜けてるとこあるからさ」

「ほざけ」

 

 用がないなら消えろと睨むユウリに対して、少女はその口元を弧に釣り上げた。

 

「きみはきみで、こちらはこちらで。

 それぞれの目的を果たせばいい。

 なに、今日もきみにちょっとしたプレゼントを持ってきたんだよ」

 

 もったいぶった口調で、少女は語る。

 

「とっておきだ」

 

 そう言って、少女はルビーのような輝きを放つ小瓶をユウリに投げ渡した。

 空中でしっかりと受け取ったその中身は、見る者に穢れた血を思わせた。

 

 真紅の<ポーション>。

 先ほど使った青い物と比較にならない代物である事は、一目見るだけで分かった。

 

 使えばどうなるか、薄々と察しは付く。

 それでもユウリは受け取った。

 

 この身を引き換えにしてでも、成し遂げたい事があるのだから。

 

「ちっ……こいつは貰っておくが余計な手、出すんじゃねえぞ?」

「勿論さ。今夜はきみが主役なんだ。脇役は大人しく引っ込んでるよ」

 

 受け取った小瓶をユウリが仕舞うのを確認すると、少女はその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 夜に溶け込むように飛び去る影。

 仮面の少女は愉し気に呟く。

 

「頑張っておくれよ、ユウリ。

 全ては<ヒュアデス>の為に……あはっ!」

 

 未だ舞台裏に潜む少女は、堪え切れなくなった嘲笑を漏らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法少女結社<S.W.C.>が神名あすみの為に用意した屋敷。

 そこには現在、プレイアデス聖団の者達が滞在していた。

 

 現在の家主である神名あすみが晩餐の席を立ってから、既にかなりの時間が経過している。

 

「……あすみちゃん、遅いなぁ」

 

 かずみはそわそわとしながら時計を確認する。流石に何かあったのではないかと心配になってきたのだ。

 既に他の者達も食事を終え、今は食後のお茶を楽しんでいる。

 

「腹の調子でも悪いんじゃないの?」

 

 隣の空席を見て落ち着かない様子のかずみに、ニコがからかうように言った。

 

「おいこらデリカシー」

 

 すかさずカオルからのツッコミが入り、ニコは不満そうに後頭部をさすった。

 そんな遣り取りにかずみは笑みを浮かべるものの、嫌な予感は収まらなかった。

 

 やがて居ても立ってもいられなくなったかずみは、痺れを切らして立ち上がる。

 

「ちょっとわたし、あすみちゃんの様子見てくる!」

 

 付き添おうとするサキ達に「一人で大丈夫!」と告げると、かずみはあすみを捜しに向かった。

 あの悪魔の気配とは違う、じりじりと焦がすような不安定な感情が、かずみの胸に次々と湧き上がる。

 

 真っ先に御手洗を確認してみたものの、やはりというか、あすみは不在だった。

 洗面所、浴室、あすみの部屋、中庭……屋敷の敷地中を隈なく探すものの、あすみの姿は全く見当たらない。

 

「ど、どうしよう……あすみちゃんが、どこにもいない」

 

 神名あすみという少女は、いつもかずみの傍に居てくれた。

 だが今は、いくらかずみが必死に探しても、彼女の姿はない。

 

 あすみの自室を探しに戻ったものの、元から生活感のない部屋には何の痕跡もなかった。

 

 心細さに戸惑うかずみ。

 そんな彼女の前に、あすみのペットである黒猫が現れた。

 

「あなたのご主人様、どこに行ったか分かる?」

 

 ペットの黒猫がいるのなら、飼い主のあすみもどこかにいるはず。

 そんな希望と共に黒猫を抱き上げて尋ねてみる。

 

 けれど黒猫は、そっぽを向くばかりだった。

 

「……なんて、答えてくれるわけないよね」

 

 自分でも馬鹿な事をしていると思う。

 そんなかずみに、まさかの返答があった。

 

「そんなことないにゃー」

「ふぇ!?」

 

 驚いて黒猫を見るも、我関せずと大きな欠伸をしていた。

 くすくすと笑う声に慌てて声の主を探せば、かずみの後ろに宇佐木里美がしゃがみ込んでいた。

 

 どうやらかずみが心配になって付いてきたらしい。

 里美は立ち上がると、かずみの前で魔法のステッキを取り出してみせる。

 

「私の魔法なら、その子とお話できると思うわ。

 どこかに行っちゃったあの子の事、一緒に探しましょう?」

 

 里美の魔法は「動物とお話ができる」という物だった。

 その魔法を使えば、黒猫からあすみの行方を聞き出す事ができるかもしれない。

 

 里美の説明を聞いたかずみは、目をキラキラと輝かせた。

 

「すごいよ里美! とっても魔法っぽくて素敵!」

 

 かずみがこれまで目にしてきた魔法は、あすみの影響もあり戦う為の物騒な物が殆どだった。

 そんな魔法もあったんだ、とかずみは目からウロコが落ちた思いだ。

 

 はしゃぐかずみに苦笑しつつ、里美は魔法を使った。

 だが次第に、里見の表情は険しくなっていく。

 

「……この子、すごく気難しいわ」

 

 里美の魔法は確かに通じてはいるものの、肝心の黒猫が何も伝えようとしてくれなければ意味がない。

 

 里美の魔法を強化して使えば、この黒猫から強制的に情報を引き出す事も可能だったが、なるべくなら穏便に済ませたいという想いが里美にはあった。

 

 動物の気持ちを分かりたくて望んだ魔法なのに、それを無視するような使い方はしたくなかったのだ。

 

「お願い! あすみちゃんがどこに行ったのか、教えて! 心配なの!」

 

 沈黙する黒猫に向かって、かずみは土下座する勢いで頼み込んだ。

 傍から見ればどこまでも滑稽な様子だったが、当人はどこまでも真剣だ。

 

 それを見ている里美も、笑う事なんかできなかった。

 かずみがどれほど<彼女>の事を心配しているのか分かったからだ。

 

 片目に傷跡を持つ黒猫は、そっぽを向きながらも一声鳴いた。

 

「……にゃー」

「え? それほんと? にゃーにゃにゃん?」

 

 黒猫の言葉を理解した里見だったが、思わず聞き返してしまう。 

 黒猫に確認を取ったものの、聞き間違えではなかったようで、里美は小さくため息をついてしまう。

 

「な、なんて言ったの?」

「……一人で出て行っちゃったって。もうこの街には戻らないとも言ってたらしいわ。

 この子も、置いていかれちゃったみたい。『わたしなんかと一緒に行くより、彼女達の傍にいたほうが、あなたも幸せでしょう』って……それ、飼い主として無責任じゃない?」

 

 飼い猫をあっさりと捨てて行ったあすみに、里美が憤りをみせる。

 

 将来の夢は獣医で、動物の事が好きな里美にしてみれば、あすみの行動は無責任以外の何者でもなかった。

 せめて一言でも相談されていたならばともかく、押し付けたとしか思えない行動に里美は腹を立てる。

 

 そんな怒りを感じたのか、黒猫は里美の腕からあっさり飛び降りると、どこかへ行ってしまった。

 結局、あすみの行き先について手掛かりらしい物もなく、おまけにこの後ユウリからの呼び出しもあるため、無闇にあすみを探しに行く事もできない。

 

 何か、かずみ達に話せない事情があったのかもしれない。

 

 彼女が一人で抱え込みやすい性質であることを、かずみは察していた。

 それでも、かずみの胸には言い様のない寂しさがあった。

 

 

 

 

 里美の報告であすみが立ち去った事を知ったプレイアデスのメンバー達は、残念そうな顔を浮かべるものの落ち着いた様子だった。

 前回彼女が黙って消えた時はかずみを助けてくれた事もあり、あすみには彼女自身の考えがあるのだろうと、それぞれ納得していた。

 

 元より、例の果たし状からユウリの目的が<プレイアデス聖団>なのは明らかだ。

 

 かずみの守護者を名乗っていたとはいえ、それは元より聖団の役目。

 外様の魔法少女がどこへ行こうと、聖団の事情に巻き込むのは気が咎め、サキ達にあすみを責めるつもりはなかった。

 

「……そうか。どこへ行ったか分からないが、彼女を探す余裕は今の私達にはない」

 

 サキの言葉に、かずみを除いた他の五人も頷いた。

 ユウリの指定した時間は刻々と迫ってきている。

 

「行こう。ユウリの凶行は絶対に阻止する」

 

 指定された場所へ向かう仲間達の背を、かずみは追いかけた。

 

「……それでもわたしは、あすみちゃんを信じてる」

 

 守ると誓ってくれた少女の事を、かずみは信じていた。

 必ず、彼女が戻ってきてくれると。

 

 次はあすみちゃんの好きな料理、作ってあげたいな。

 そう思い、あすみの好物が何なのかすら知らない事を、かずみは悲しく思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街灯の明かりが夜の道並みを照らしている。

 あすみは未だあすなろ市内に留まっていた。

 

 ……わたしは、一体何をやっているんだろう?

 

 未練たらしくこの街に留まっていても、あすみに出来る事など最早何もない。

 日が昇る前に帰還しなければ、銀魔女の命令に背くことになる。

 

 そうなればあすみは、またあの責め苦を味合わなければならない。

 それどころか、今度こそあすみが処分される可能性もあった。

 

 あの女に情を期待する方が無駄だ。

 あすみは既に下手を打ってしまっている。

 

 それに続いて不服従を示せば、間違いなく生きてはいられないという確信があすみにはあった。

 

 目的もなく彷徨い、いつしか人気のない場所へと足を運んでいた。

 そんなあすみの前に黒い何かが音もなく現れた。

 

 影の中で黄金色に光るそれは、猫の瞳。

 まじまじとその猫を見たあすみは、その瞳が一つしかない事に気付く。

 

「……お前、どうして」

 

 見間違えようのない片目の潰れた傷跡が、あの黒猫自身である事を証明していた。

 

 あの屋敷に置いてきた――捨ててきた、はずなのに。

 犬でもないくせに、臭いでも追ってきたのか。

 

 距離的にさほど離れていないとはいえ、どんな確率だとあすみは乾いた笑いを浮かべる。

 

「……つくづく、度し難いわね」

 

 足下にすり寄ってきた黒猫を抱き上げ、あすみは夜空を見上げた。

 結局、あすみのしたい事は決まっている。

 

 それはもはや、誰かに強制されたものではなく。

 あすみの心から生まれた、願い。

 

 これを否定してしまえば、神名あすみはただ動くだけの屍と何も変わらない。

 ならばその願いを守って滅びようとも、あすみの誇りだけは守られる。

 

「……あの女に逆らえば、死より辛い目に合うかもしれない」

 

 銀魔女に反逆すれば最悪の場合、生きたまま人形にされるか、果ては狂気的な実験の被検体(モルモット)にされるか。

 あるいはあすみが普段しているように、拷問の末に魔女化処理される運命が待っているかもしれない。

 

 いずれにせよ、あすみの想像も付かない<終わり>がこの身を滅ぼすだろう。

 

「……だから、なに?

 わたしにお似合いじゃない。なにを恐れているの? 神名あすみ。

 あなたはいつも、そんな破滅的な最後を望んでいたんじゃないの?」

 

 この救いようのない世界が滅びるまで、あすみは呪いを生み続ける。

 ならばいっそ、あすみ自身が滅びてしまえば良いのだ。

 

 あすみにとって世界の破滅と自身の終焉に、もはや大きな違いなどなかった。

 苦しみと絶望しかないこんな世界からサヨナラしてやるのも、悪くはないだろう。

 

 ならばその最後くらい、あすみの好きな様に生きてやろう。

 

 何もかもがあの忌まわしき銀魔女の思い通りなど癪に障る。

 せいぜい驚かせて、間抜け面を晒してもらおう。

 

 神名あすみは、お前如きに支配されるような魔法少女ではない事を。

 

 あすみにとって原初の願い。

 それは不条理な世界に対する、あすみの全てを賭けた報復なのだから。

 

 時を示す大小の針が揃って零を指し示す。

 

 

 

 ――魔法少女達の戦いが、始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十六話 悪魔の調理場

 お待たせしましたー。


 

 

 

 ユウリに指定された<あすなろドーム>は、プレイアデスの少女達にとって馴染み深い場所だった。

 普段は球場としては勿論、変わった所では料理コンクールの舞台としても使われ、あすなろ市民達から親しまれている。

 

 だが記憶喪失のかずみにとって、ここは初めて訪れる場所だった。

 魔法少女ユウリの脅迫文(ラブレター)によって、かずみ達は深夜のあすなろドームに招待されていた。

 

 この場所で、ユウリが待っている。

 かずみは緊張から手を握り締めた。

 

 胸の中では、相変わらず不安が汚泥のようにこびりついていたが、毅然と進む仲間達の姿に勇気付けられる。

 

「……あすみちゃん」

 

 唯一人、ここにはいない少女の事を想うと、また言い様のない不安が湧き上がってしまう。

 それを振り払うように入場門を潜り抜けると、先頭を進んでいたサキが立ち止まっていた。

 

「……ジュゥべえ、ジェムの浄化を頼む。可能な限り万全の状態で臨みたい」

「合点承知!」

 

 サキの肩から飛び降りたジュゥべえは、くるりと宙返りする。

 すると頭上に黒い渦が出現した。

 

 渦はプレイアデスの魔法少女達の持つソウルジェムから、黒い穢れを吸い込んでいく。

 

「わっ!? ジェムがピカピカになってく!」

 

 かずみの取り出したソウルジェムからも黒い染みが抜け出し、ソウルジェム本来の輝きを取り戻していった。

 

「ソウルジェムは魔力の源。常に綺麗にしておかないといけないわ」

「へぇ、大事な物なんだねコレ」

 

 海香の説明に、かずみはまじまじと自身のソウルジェムを眺めた。

 ふと他のみんなの物と見比べて、かずみはどこか違和感を覚える。

 

「……わたしのソウルジェム、みんなのとちょっと違う?」

 

 宝石のような輝きを放つ、卵型の物。

 形も大きさもほとんど同じだったが、かずみの物には棘のような物が上下から僅かに生えていた。

 

 その姿は、どこか見覚えがあるような気がした。

 まじまじと観察するかずみに向かって、海香が茶化すように言う。

 

「……かずみの個性が出てるのかもね、アホ毛的な意味で」

「ひっどーい!」

 

 かずみは頬を膨らませる。

 そうして仲間達と談笑し、戦いの前の緊張をほどよく解した頃には、かずみの感じた小さな違和感は泡のように消えていった。

 

 無人のドーム内には、見渡す限りの観客席が暗闇に沈んでおり、中央の球場には誰もいなかった。

 

 約束の時までプレイアデス聖団が待機する中、時刻は零時を示し、日付が変わる。

 

 その瞬間、会場中にある全ての照明が光を放った。 

 闇に慣れた目に、眩しい光が襲いかかる。

 

 スポットライトに照らされた巨大スクリーンには、ユウリの姿が映し出されていた。

 その瞳には、隠しきれない憎悪が込められている。

 

「ようこそ、プレイアデス」

「ユウリ!!」

 

 かずみ達を襲った魔法少女、ユウリ。

 かずみを拉致して人質にしようとしたばかりか、今なお無関係な者の命を危険に晒そうとしている少女だ。

 

「お前の要求通り私達はここまで来た! 無関係な者を巻き込むような馬鹿な事は止めるんだ!」

「馬鹿なのはお前等さ! 罠だと解ってノコノコこんな所まで来たんだからな!」

 

 ユウリの声に呼応する様に、観客席から黒い霧が立ち上る。

 何かが割れる音がそこかしこから響き、薄暗い魔力が満ちていく。

 

 ユウリは予め仕込んでいた罠を発動させた。

 

「――<悪魔の卵(デビルドエッグ)全孵化(フルオープン)! 改めまして、地獄へようこそ! プレイアデス!!」

 

 プレイアデスの魔法少女達を取り囲むように、ドーム内の観客席を埋め尽くすほどの悪魔達が、一斉に孵化した。

 

 少なく見積もっても千は超えようかという大量の悪魔達を前に、かずみ達は戦慄する。

 

「悪魔達がこんなに!」

「な、何体いるの!?」

 

 悪魔達はとても孵化したばかりとは思えない機敏さで跳躍し、どこから来るのか分からない憎悪に駆られて襲いかかってくる。

 

「いくら数がいようが! もうネタは割れてるのよ!」

 

 海香が手にした魔法書から光が放たれ、襲いかかる悪魔達を次々と拘束する。

 

「<パラ・ディ・キャノーネ>! ああもうっ、キリがない!」

 

 カオルは魔力弾をサッカーボールのように蹴り出し、海香の拘束した悪魔達を一体ずつ潰していった。

 

 海香は額に汗を浮かばせる。

 一体処理する度に、自身の魔力が目減りしていくのを実感していた。

 倒すだけならば何とかなるが、このままでは魔力が底を着き、遠からず破滅してしまう。

 

「数が相手ならボクに任せて!」

 

 ステッキを構え、みらいは自身の魔法を放った。

 

「<ラ・ベスティア>!」

 

 みらいの持っていたテディベアが無数に分裂すると、人型ほど巨大化して悪魔達に襲いかかった。

 互いに組み付き、噛み付き、すぐに戦場は混沌と化した。

 

 だがその拮抗は、長くは続かなかった。

 

「ああもう! 数が多すぎ! ならもういっちょ――<ラ・ベスティア>!!」

 

 一向に数の減らない悪魔達に業を煮やしたみらいが、自身の<群体支配魔法>を悪魔達に掛けた。

 普段は自身の持つテディベアに掛ける魔法だが、魔女や使い魔にも一定の効果はあり、相手の抵抗力次第では完全に支配下に置くこともできる魔法だった。

 

 成功すれば一気に逆転可能となる賭けだったが――それは失敗に終わる。

 

COGITO,ERGO SUM(コギトーエルゴスム)――』

 

 悪魔達が呪詛を唱えた。

 闇色の霧が悪魔を覆い、みらいの放った魔法を模倣する。

 

『――<ABRACADABRA(アブラカダブラ)>』

 

 みらいの魔法を模倣した悪魔達は、自ら群体を纏め巨大化を果たした。

 当然のようにみらいの魔法は跳ね除けられ、相変わらずの憎悪を振りまいて襲いかかってくる。

 

「はああああああああああ!? なにそれズッコイ!!」

 

 ドシンと地響きを立てながら踏み潰そうとしてくる巨大悪魔に、近くにいたかずみと一緒に、涙目になりながら必死に逃げ回った。

 

「みらいのバカぁああ!! 余計ピンチだよぉおおお!?」

「うっさいバカ! こんなの予想できるか!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い合いながら逃げる様は、仲が良いのか悪いのか。

 やがて羽虫のように追いかけ回される事にキレたみらいが、背を向けるのを止めてステッキを構えた。

 

「このっ! 舐めるなぁああ!! <ラ・ベスティア・リファーレ>!!」

 

 巨大化した悪魔に対抗するべく、みらいもまた無数に分裂したテディベアを合体、巨大化させることで対抗する。

 地面を揺らすほどの激突に、魔法少女達は巻き込まれないように避難する事で精一杯だった。

 

「……こりゃもう怪獣大決戦だな」

「うわぁ、ドームがボロボロでんがな。後始末どないしよ?」

 

 目の前に光景に、カオルは乾いた笑いを漏らした。

 隣にいるニコもまた、後始末を考えて溜息を漏らしていた。

 

 周りの魔法少女達を置き去りに、別世界の戦いを繰り広げていた悪魔とテディベアだったが、みらいの魔法操作のお陰で、テディベアの方が優勢だった。

 

 一進一退の攻防の末、みらいは悪魔に足払いを掛ける事に成功する。

 

「そこだぁああああ!!」

 

 技は見事に掛かり、悪魔は体勢を崩した。

 その隙を好機とばかりに、魔法少女達はそれぞれ隠れていた場所から飛び出した。

 

「いくわよみんな! <合体魔法>!!」

「「おう!」」

 

 海香の掛け声に合わせ、プレイアデスの魔法少女達が己の魔法(チカラ)を合成させる。

 

 

「「「<エピソーディオ・インクローチョ>!」」」

 

 

 六人分の力を合わせた強力な拘束魔法は、悪魔の巨体を押さえ込むことに成功した。

 そこに最大の一撃を持つ、かずみの魔法が放たれる。

 

「これ以上の狼藉は、許さーん! <リーミティ・エステールニ>!!」

 

 体が覚えていた。

 本能の命じるままに、かずみは己の最大の一撃を放つ。

 

 合体魔法に封じられていた悪魔は、とどめの一撃を受け、苦悶の断末魔を上げながら消滅していった。

 

 その際に大量の水蒸気が放たれ、視界が急激に悪化する。

 そんな中、いち早くかずみに駆け寄る少女の姿があった。

 

「やったわね、かずみちゃん!」

 

 里美が笑顔でかずみに近づく。

 かずみもそれに応えようと、笑顔を浮かべて里美に近づいた。

 

「……え?」

 

 視界が晴れた時、<宇佐木里美>は困惑した。

 何故なら<自分そっくりの何者>かが、かずみの前に居たからだ。

 

「っ、まずい! かずみ、そいつはッ!?」

 

 いち早く状況を理解したサキがかずみに注意を呼びかけるが、すでにもう一人の里美は、かずみの目と鼻の先にいた。

 

「……里美が、二人?」

「バーカ、アタシだよ!」

 

 酷薄に歪んだ里美の顔が泥の様に崩れ落ち、現れたのはユウリの顔だった。

 

「ユウリ!?」

「悪魔どもに夢中で、アタシの事忘れてたか?」

 

 かずみが咄嗟に離れるよりも早く、ユウリの拘束魔法が発動した。

 

 あっという間に、ユウリはかずみを連れ去る事に成功する。

 それを追いかけようとするプレイアデスの魔法少女達だったが、その時、突如として足元が揺れた。

 

「本日のスペシャルイベントステージ! 悪魔の調理場(イーブルキッチン)!」

 

 球場を割るようにして現れたのは、巨大な舞台装置(ステージ)だった。

 スポットライトを浴びながら、ユウリはイベントを取り仕切る。

 

「このアタシ、魔法少女ユウリが、お前達にとっておきの料理を振舞ってやる」

 

 そう言ってユウリが取り出したのは、最近特に見覚えのある歪んだ種子。

 

「「悪意の実(イーブルナッツ)!?」」

 

 揃って驚く海香達に向かって、正解とばかりにユウリはニヤリと笑ってみせた。

 

「そうさ、こいつは悪魔の残した呪いの結晶、悪意の塊だ。

 そんなものを魔法少女相手に使えばどうなるか……お前等が一番良く知ってるだろ?」

 

 ユウリが言外に告げた真の意味に、かずみ以外の全員が顔色を変えた。

 

「……まさか」

「そう! 晴れて化物(バケモノ)の仲間入りさ!」

 

 限界以上の穢れを溜め込んだ魔法少女は、魔女へと堕ちる。

 その魔法少女の真実を知る者にとって、それは致命的な毒だった。

 

 ユウリは焦らすように<悪意の実(イーブルナッツ)>をかずみに近づける。

 

「貴様ぁあああああああ!!」

 

 その様を見せつけられ、激昂したサキが我武者羅に突進した。

 だがユウリの張った強固な結界にぶち当たり、無謀に突き進んでも突破することは叶わない。

 

「ぎゃああ!!」

 

 結界に仕込まれた術式が発動し、サキの全身に電流が走り、口からは悲鳴が上がる。

 そんな無様を晒すプレイアデス聖団に、ユウリは笑いが止まらなかった。 

 

「あはははは! うふ!」

 

 溢れ出る悪意を隠そうともしないユウリに、囚われたかずみが悲痛な声で叫ぶ。

 

「やめてユウリ! わたし達は同じ魔法少女、仲間だよ!!」

「…………仲間ァ?」

「そう、仲間――」

「聞いたかプレイアデス! 『仲間』だってさ!」

 

 飛びっきりの冗談を聞いた顔で、ユウリはプレイアデスの魔法少女達に向かって叫んだ。

 

「アタシ達魔法少女が! 仲間だと!」

 

 腹を抱えてユウリは爆笑する。

 その嗤いは侮蔑と嘲り、そして憎悪で満ち溢れていた。

 

 ユウリは心の底から、かずみの無知を嘲笑う。

 

「お前、ほんっっっとうに何も知らないんだな! かずみ、こいつらは――」

「やめろ!!」

 

 にぃっとユウリは裂けた笑みを浮かべる。

 玩具を見つけた子供の様に、ユウリは目を細めた。

 

「その汚れた手を、この子にだけは見せたくないかっ、浅海サキ!」

「黙れ!!」

「あはは! イイ顔!」

 

 憤怒に顔を歪めるサキを見て、ユウリは愉快そうに目を細める。

 

「あなたの目的は何!? 私達になんの恨みがあるの!?」

 

 だが里美の悲痛な叫びに、ユウリは笑うのを止めた。

 白けた視線を里美に向けると、とんがり帽子に手をやる。

 

「……名前も、手紙も。あれだけヒントやったのに。

 欠片も思い出さないわけ?」

 

 ユウリは帽子を放り捨てた。

 曝け出された彼女の金色のツインテールが舞うように跳ねる。

 

「ホント……あんた達にとって、その程度の存在だったんだね」

 

 晒されたユウリの顔をまじまじと見た一同は、揃って驚愕をその顔へと浮かべた。

 

「そんな……」

 

 御崎海香はその顔面を蒼白にしている。

 記憶にある少女の面影に、今この時になって、ぴたりと一致してしまったのだ。

 

「そんな、だって、あの子は……!」

「アタシはお前達に、復讐する為に還ってきたんだ! プレイアデス!!」

 

 復讐者は自身の目的を高らかに告げると、その手を下ろした。

 

 

 <悪意の実(イーブルナッツ)>が、かずみの額に埋め込まれる。

 

 

「やめろォォォおおおおお!!」

「今宵のメインディッシュ! マギカアラビアータの完成だ!」

 

 かずみの額に沈み込んでいく呪いの結晶。

 <悪意の実>がかずみの中へと溶け込み、吸収されていった。

 

 そして僅かばかりの沈黙が降りる。

 

「……アレ?」

 

 一瞬、何の反応も起こらない事にユウリは首を傾げた。

 

「何で? イーブルナッツの効果は――」

 

 だが次の瞬間。かずみの魔力が爆発的に増大し、奔流となって周囲に溢れた。

 それは衝撃となって周囲を吹き飛ばし、かずみ自身の身を蝕む。

 

「あ、あ、ああああアアアアッッ!!!!」

「――いや、効果はあったみたいだ」

 

 かずみはふらふらと力の入らない様子で、ユウリの目にはかなりのダメージに思えた。

 

 即座に<相転移>するほどの効果はなかったが、毒は確かに効いている。

 後一押しでもしてやれば、かずみは魔女へ堕ちるだろう。

 

 覚束ない足元を辛うじて動かし、かずみはユウリから逃れるために十字杖を振りかぶる。

 だがその一撃は、ユウリに容易く防がれてしまった。

 

「……新入りのチビが、アタシに勝てるとでも?」

「ぎゃん!?」

 

 ユウリは、かずみを徹底的に痛めつける。

 魔法で精製された弾丸がかずみの体を貫き、力の限り踏みつけた。

 

「もうやめて! かずみちゃんは関係ない!!」

「ははっ、いいね。もっと見せてよ――人殺しの涙をさ」

 

 里美の流した涙を見て、ユウリは良い気味だと嗤う。

 

 

「……ぇ?」

 

 ヒトゴロシ?

 一瞬、ユウリの言葉の意味が分からなかった。

 ユウリは、そんなかずみを見下ろしていた。

 

「教えてやる、かずみ。こいつらの罪を! 薄汚い本性を!」

「っ、黙れ!」

 

 ユウリが何を伝えようとしているのか、察したサキが怒鳴り声を上げるものの、それでもユウリの言葉は止まらない。

 

「こいつらはね、<アタシ>を一度、殺したんだ!」

「だまれぇええええええええええええええええ!!」

 

 サキの悲痛な叫びがドーム内に響き渡った。

 

 

 

「プレイアデスが正義の味方だとでも思ってた?

 残念! こいつ等は魔法少女を殺す、悪魔の集団だよ!!」

 

 

 

「魔法少女を……殺す……?」

 

 かずみは理解が追いつかなかった。

 プレイアデス聖団の仲間達が、そんな事をしているだなんて信じられなかった。

 かと言って、ユウリの言っていることが間違いだと否定するには、彼女の放つ憎悪は強すぎた。

 

「こいつ等は、アタシの一番大事なものを……奪った!

 だからね、アタシはこいつ等の一番大事なものを――あんたを、殺すの!」

 

 それがアタシの復讐だと、ユウリは叫ぶ。

 かずみを執拗に狙ったのも、全てはプレイアデス聖団に対する復讐の為。

 

 こいつらの悪事に、かずみは関係ないだと?

 ――お前等がそれを言うのか、プレイアデス。

 

 <私>の大切を奪っておきながら、自分達の<大切>だけは無関係だと、厚顔無恥にも言い張るのか。

 

「……恨むなら、アンタ等の罪深さを恨め。<イル・トリアンゴロ>!」

 

 球場を埋め尽くすほどの巨大な魔法陣が浮かび上がり、そこから浄化の炎が立ち上ろうとする。

 

「ぐああああああああ!!??」

 

 ――だが絶叫を上げたのは、ユウリの方だった。

 

 彼女のソウルジェムは黒ずみ、既に大規模な魔法行使に耐え切れなくなっていた。

 

「ここまで来て……あとほんの、ほんの少しなのに……っ!!」

 

 ユウリは口から血を吐きながら、歯を食いしばる。

 そんな彼女の様子から、ソウルジェムの限界が近づいている事を察したサキが、辛うじて結界に開いた穴からジュゥべえを突入させた。

 

「っ、まずい! 浄化しろジュゥべえ!!」

「わかってらい!」

 

 サキが命令するなり、ジュゥべえは即座に駆け出しユウリのソウルジェムを浄化しようとする。

 

 敵とは言え、目の前で魔女が生まれるのを見過ごすわけにはいかなかった。

 まして、すぐ傍にかずみがいるのだ。サキの判断に迷いはなかった。

 

 だが当のユウリによって、浄化は拒絶される。

 

「お前らの手助けなど、いるものか!」

「ぎゃん!」

 

 <リベンジャー>の弾丸に貫かれたジュゥべえが床に転がった。

 

「ジュゥべえ!?」

 

 悲鳴を上げる外野を無視し、ユウリは憎悪で体を動かし、<復讐者(リベンジャー)>の名を冠した銃を、かずみへと向ける。

 

「死ね……かずみ……!!」

 

 

 ――だが復讐の弾丸は、何処からか飛来してきた鉄球と、それに付随した鎖の結界によって阻まれた。

 

 

 かずみの前に、ゴスロリ服の魔法少女が降り立つ。

 

「……遅くなったわね、かずみ」

「あ、あすみちゃん!?」

 

 銀髪のボブカットを弾ませ、空からかずみの前に着地したのは、戦いの前に去ったはずの魔法少女、神名あすみだった。

 

 

 

「……言ったでしょ? あなたは、わたしが守るって」

 

 

 

 その誓いを反故にする、恥知らずになるくらいなら。

 残された一つの誇りを胸に、ただ愚直に突き進もう。

 

 たとえその結末が、救い様のない破滅だとしても。

 

 かずみを背に庇い、モーニングスターを手に構え、あすみは敵であるユウリを睨みつけた。

 

 

「……この神名あすみ(わたし)を、舐めるな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 原作沿いにすると時間がかかる謎。
 魔法少女物を書いているはずなのに、戦闘パートが多すぎる謎。(作者の筆力はもうゼロよ!)
 まぁ時間が掛かってもボチボチやっていきます。(そのうち覚醒したい……)


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第十七話 燃える心臓

 短めです。


 

 

 

 不思議と驚きはなかった。

 少女を初めて目にした時から、ユウリには薄々とこうなる予感があった。

 

 この街と何の因果関係もないはずの魔法少女<神名あすみ>。

 彼女こそが、最大の障害となるであろう事を。

 

「……やはりお前か、イレギュラー!」

 

 かつて感じた予感は現実となり、傷ついたかずみを庇うように神名あすみは現れた。

 

 その光景を目の当たりにし、ユウリは歯軋りする。

 ユウリには、あすみがそこまで<かずみ>に肩入れする理由が分からなかった。

 

「何故お前はそいつを庇う! 所詮余所者のお前が!」

「……さぁ、なんでかしらね。自分でも馬鹿な事してるって自覚はあるわ。大方、かずみのバカがうつったんでしょうよ」

 

 あすみの言う事は、ユウリにはまるで意味がわからなかった。

 ただ一つ確かなのは、残された時間の少ない自分にとって、目の前の魔法少女は邪魔者以外の何者でもないということ。

 

 このままでは何も為せず、ただ朽ち果てるのみ。

 そんな結末など冗談ではなかった。

 

 ――それならば、いっそのこと。

 

 ユウリは例の<協力者>から奥の手として渡された、血のように赤いポーションを飲み干す。

 それを目にしたあすみは、顔色を変えて叫んだ。

 

「っ……バカ! それは!?」

 

 魔法少女から潜在エネルギーを残らず絞り出す為に作られた、魔法少女魔女化処理用魔法薬<燃える心臓(フレイムハート)>。

 それを自ら呷るなど、自殺行為だ。

 

 だが元より、憎悪に取り憑かれたユウリが正気であるはずもない。

 堕ちるところまで堕ちてでも、彼女は復讐を果たすつもりだった。

 

 何時も澄まし顔だった神名あすみが初めて見せた動揺に、ユウリは暗い喜びを感じていた。

 

「――ほんの少しで良い。せめて、お前等だけでも道連れにしてやる! <イル・トリアンゴロ>!!」

 

 呪われた魔法薬は、ユウリのソウルジェムに限界を越えた魔力を精製させる。

 魂が削られ、己の存在が消失していくような感覚。

 

 それと引き換えに莫大な魔力が生み出され、魔法陣が炎と共にドーム内全域を包み込む。

 馬鹿げた魔法陣の規模から、その威力を読みとった海香が悲鳴を上げた。

 

「やめなさい! 自爆するつもりなの!?」

 

 絶叫する者達の中、唯一冷静な目でユウリのソウルジェムを観察していたニコが、ぽつりと呟いた。

 

「……もう、遅い」

 

 復讐の魔法が放たれる寸前、ユウリのソウルジェムが精製される魔力の負荷に耐え切れず、砕け散る。

 その瞬間、糸が切れた人形のように呆気なく、ユウリの意識は暗転した。

 

 砕けたソウルジェムの中から、闇が生まれる。

 闇は結晶となり周囲の空間を呑み込んだ。

 

「ユウリのソウルジェムが、孵る」

 

 ――【相転移】が始まる。

 

 結晶となり生じたグリーフシードを核に、世界を変質させる<魔女の結界>が構築された。

 結界を揺り篭にして、魔女の産声が上がる。

 

 魔法少女達が魔女の結界に引きずり込まれるのと同時に、魔女の魔力に囚われ、十字架に磔にされてしまった。

 

「……厄介な事になったわね」

 

 ポーションによる反動から、ユウリは<相転移>によって強力な魔女となって蘇ってしまった。

 

 心臓のような外見の魔女は、そのグロテスクな姿を震わせている。

 ここまで大物になってしまえば、たとえあすみと言えども簡単には討伐できなかった。 

 

 まして今のあすみは、とても万全の状態とは言い難かった。

 

 【聖呪刻印】――銀魔女の支配下にある魔法少女達を強化する祝福にして、反逆者や敵対者を容赦なく処罰するための戒め。

 

 銀魔女の呪いは、命令違反を続けるあすみをじわじわと蝕んでいた。

 まるで警告するかのように。

 

 脈動する刻印に舌打ちするあすみの隣から、驚愕の声が上がる。

 見ればかずみが、目を見開いて魔女となったユウリを見ていた。 

 

「どうして……どうしてソウルジェムから、魔女が出てくるの!?」

 

 魔法少女から魔女が生まれる。

 

 その真実を初めて目にし、すぐに事態を受け入れる事など、出来るはずもない。

 変わり果てた姿となったユウリに向かって、かずみは叫んだ。

 

「やめてユウリ! わたしこれ以上あなたと戦いたくない!」

「バカ! 今更そんなこと!」

 

 ハート型の魔女から二本の尾(ツインテール)が伸びる。除細動器を想像させるケーブル状の触手は、無防備なかずみへと襲いかかった。

 

 あすみは自らの身を顧みず拘束具となっていた十字架を破壊し、かずみの前に飛び出た。

 

 かずみを守るために。

 

 だが刻印のせいで動きの鈍ったあすみは、見切りを誤ってしまう。

 魔女の触手が、あすみへと直撃した。

 

「がはッ!?」 

「あすみちゃん!?」

 

 脇腹を貫かれたあすみは、そのまま大きく触手に振り回され、地面に叩き付けられた。

 それに気を取られたかずみもまた、あすみと同じ様に貫かれてしまう。

 

「きゃあ!?」

「あすみ!? かずみ!!」

 

 ダメージにより意識を失った二人に向かい、魔女はさらなる追撃をかける。

 だが相転移前のユウリの影響か、その触手はあすみではなく、かずみばかりを執拗に狙っていた。

 

 触手に拘束され、空高く掲げられる。

 残ったもう一本の触手が、かずみの顔面に突き刺さる。

 

「か、かずみぃいいいいいいい!!」

 

 カオルが蒼白な顔で叫んだ。

 血の雨が降る。 

 

「かっ、かずみちゃ……」

 

 磔にされた位置関係で、大量の血を頭から諸に被った里美は、咳き込みながらかずみの無事を祈っていた。

 

 だが彼女の想像を裏切る光景が、頭上に広がっていた。

 あろうことか、かずみは<魔女>の触手を食べていたのだ。

 

 かずみの血かと思ったそれは、貪られた魔女の血だった。

 

「ひっ」

 

 それを間近で見てしまった里美は、引き攣った顔で短い悲鳴を上げた。

 喉元まで出掛かった「バケモノ」という言葉を必死に呑み込み、里美はかずみから視線を逸らした。

 

 魔女の血肉を取り込んだかずみの肉体は、急速に修復されていった。

 その瞳は太極図のような相克を描いている。

 

 そんな自身の変化に気付かないまま、かずみは涙を流していた。

 魔女の血を通して伝わってきたユウリの感情を、かずみは受け止めていた。

 

「……何でかな。涙が止まらない。

 ねぇユウリ、わたしはあなたの事、何も知らない。あなたの事よく知りたいのに、魔女になるなんて……そんなのあんまりだよ。

 だからこんな結末――わたしは認めない!」

 

 定められた悲劇なんていらない。

 誰かの涙も見たくない、みんな笑顔でいて欲しい。

 

 その想いを胸に宿し、かずみはユウリの元へ向かう。

 

「ユウリは、わたしが元に戻してみせる!」

「離れなさいかずみ! そんな事しても、もう手遅れなのよ!」

 

 海香が必死な形相でかずみを制止する。

 だがそれでも、かずみは諦めなかった。

 

「いやっ! ユウリは元に戻す! ぜったい元に戻すんだから!」

 

 かずみの想いが魔法となって、魔女化したユウリを包み込む。

 かずみの魔法は魔女を人の形へと変質させ、ユウリの姿を形作った。

 

 だが外見だけが人の形をしていても、中身は変わらず魔女のままだ。

 

 人を形作る傍から暴れて、ぽろぽろと崩れていくユウリの姿を見て、かずみは再び涙を流す。

 魔女の攻撃を受け、血反吐を吐きながら、それでもかずみは魔法を掛ける事を止めなかった。

 

「ユウリ……お願い……元に戻ってっ!!」

 

 かずみの声は、魔女には届かない。

 攻撃しようとする魔女の胴体を、鞭の先端が貫いた。

 

「サキ!?」

 

 サキはようやく自由になった左手で、自身の武器である鞭を振るっていた。

 鞭は魔法で伸縮自在に伸び、仲間達の拘束を次々と断ち切る。

 

 自由になったプレイアデス聖団は、それぞれの武器を手に魔女と対峙する。

 魔女を殺すために。

 

 彼女達の無言の決意を察したかずみは、彼女達を止めようと声を張り上げる。

 

「どうして!? ユウリは、同じ魔法少女なんだよ! 殺しちゃダメだよ!!」

「わかってるよ、そんなこた」

 

 みらいは感情を殺した能面のような顔を浮かべて言う。

 

「だからこそ、殺さなきゃいけない」

 

 それがせめてもの慈悲なのだと。

 ユウリを救う唯一の方法なのだと物語る。

 

「かずみ、アレはもう魔法少女のユウリじゃねぇ。魔女だ」

 

 ジュゥべえもまた、かずみへと言い聞かせた。 

 

「どうしてなの? どうして魔法少女が、魔女になるの……!?」

「理屈はわかんねぇけど、時々いるんだ。ジェムが暴走し、魔女化する魔法少女が」

「元に戻せないの!?」

「……無理だ。それはできない。いくら魔法で姿を変えても、魔女は魔女。不可逆なんだ。殺すしかない」

 

 ジュゥべえはかずみの願望を否定する。

 それでも、かずみは納得できなかった。

 

「できない……ユウリを殺すなんて、わたしにはできないよ!」

「わかっている」

 

 決意を秘めた表情を浮かべ、浅海サキはかずみを庇うように魔女の前に立つ。

 

「かずみの手は、汚させない」

「サキ!?」

 

 サキは魔女となったユウリを殺す決意を固めていた。

 かずみは他の仲間達にも呼びかける。

 

「海香! サキを止めて!」

 

 だが海香は、かずみの言葉に首を横に振った。

 閉じられた瞼が、他に手はないのだと言外に告げていた。

 

 そして海香もまた、自身の魔法を発動させる。

 

「海香!」

 

「みらい!」

 

「里美!」

 

「カオル!」

 

「ニコォ!」

 

 仲間達の名を次々と呼ぶが、誰もかずみの声に振り返らず、ユウリだった魔女に向けて、魔法を解き放とうとしていた。

 

「みんなやめてぇええ!!」

 

 叫ぶかずみだったが、その時気づいてしまう。

 背を向ける彼女達が、涙を流していることに。

 

 ぽたぽたと地に落ちる雫を見て、かずみはそれ以上、何も言う事はできなかった。

 

「ごめんね、かずみちゃん。あの子がこれ以上、誰かを傷つけないようにしてあげることしか、私達にはできないの」

 

 その言葉には、無力さを噛み締める悲哀が込められていた。

 

 

 

「こんな想いをするのは私達だけでいい。

 私達だけで、終わらせてやる」

 

 

 

 ユウリを救う。

 その理想を押し通すには、かずみはあまりにも無力だった。

 

 みんなから守られ、気遣われてばかりのかずみが、いくら「助けたい」と声を張り上げても、それは現実の見えていない子供の我が儘に過ぎない。 

 

 

 ならばせめて、彼女達の苦しみを共に背負うことしか、わたしには――。

 

 

 かずみが決断を下すその前に、予想外の人物がかずみの頭に手を乗せた。

 

「……下らないわね」

 

 発動寸前だった聖団の合体魔法をモーニングスターで粉砕し、魔女を鎖の結界で一時的に封じ込めたあすみは、傷を負いながらも不敵な笑みを浮かべていた。

 

「あんた達のつまらない感傷に、かずみ(このバカ)を巻き込むんじゃないわよ」

 

 悲壮な決意を浮かべる魔法少女達を、それでもなお笑い飛ばしてみせる絶望の魔法少女、神名あすみ。

 

「あすみちゃん!? 大丈夫なの!?」

「……コホッ、どこぞのバカの所為で死にかけたけど、なんとか無事よ」

「ご、ごめんなさい。わたし――」

「謝罪は良いわ。バカはバカらしく、空気読まずにいればいい。ワガママで良いじゃない、どんなバカな事でも最後まで付き合ってあげるわよ。

 ……それが、友達ってもんでしょう?」

「うん……うん……っ!」

 

 感極まって涙を流して抱きつくかずみを、あすみは鬱陶しそうに受け止めていた。

 

 その光景を憎々げに睨みつけているのは、当然邪魔をされたプレイアデスの魔法少女達だった。

 

「神名あすみ、お前は理解しているはずだ。これが最善の方法だと!

 悪戯に希望をチラつかせ、かずみをこれ以上惑わせるつもりなら……この私が許さない!」

 

 サキを筆頭に殺気立つプレイアデス聖団に向かって、あすみは場違いな微笑を浮かべて見せた。

 

「……一つ、試したい事があるの。あの魔女を殺すなら、その後からでも遅くはないわ」

 

 その笑顔は、見る者にどこか儚い印象を与えた。

 

 

 

 

 

 

 




 次話でユウリ様編終了。
 八割方出来てるので、今月中に投下予定。


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第十八話 夢色スプーン

 次で終わりだと言ったな……ありゃ嘘だ(白目)
 長すぎるので分割しました。推敲ガガガガ……


 

 

 鎖の軋む音がギチギチと鳴り響く。

 魔女を拘束する鎖は、使役するあすみ自身の右腕をも蝕み、肉を引き裂き骨を砕こうとしていた。

 

 強すぎる魔法は、相応の代償を払わなければならない。

 

 魂の結晶であるソウルジェムは、感情を糧に魔力を精製する。 

 その際に生じた不純物が穢れとなり、呪いという代償を産んでいた。

 

 魔女との戦闘用に調整された魔法少女の血肉は、それだけで魔法の媒介となりやすかった。

 自身の体を代償にする事で、普通よりも強力な魔法を行使することが可能になる。

 

 <黒魔法>ともいえる裏技だったが、それだけの代償を払わねば、あすみ一人でこの強力な魔女を封じ込める事が出来なかった。

 

 あすみは自身の痛覚を完全に遮断して、何て事のない表情を装う。

 今更腕の一本使えなくなったくらい大した事ではない。

 

 あすみは最後に、かずみ自身の意志を確認した。

 

「……ねぇ、かずみ。そんなにあいつの事、助けたいの?」

「……うん。わたしは、ユウリを助けたい。こんな最後、わたしは認めたくない!」

 

 その迷いなき返答に、あすみは苦笑を浮かべた。

 どこまでも真っ直ぐな彼女の決意に目を細める。

 

「……あいつに何度も殺されそうになったくせに。

 ほんとに、救いようのないほどお人好しバカね」

 

 だけど世界に一人くらいは、こんなバカが居てもいいだろう。

 

 悲劇と絶望ばかりの、この救い様のない世界で。

 愚かしいほど眩しく、他者を救済する愚者が居てもいいはずだ。

 

「……あなたがそれを望むのなら、やるだけの事はやってあげる」

「あすみちゃん……ありがとう!」

 

 見つめ合う二人の少女達を、プレイアデスの魔法少女達が複雑そうな表情で見守っていた。

 その中の一人、御崎海香は心配と疑念を混ぜたような難しい表情を浮かべて、あすみに事の成否を尋ねた。

 

「魔女になったユウリを人に戻す……そんな事が本当にできると言うの?」

 

 それは海香達にとっても悲願であると言えた。

 実現するならば、魔法少女達の悲劇の連鎖を終わらせる事ができる、まさに夢物語だ。

 

 だがその為には、不可能を可能にするほどの奇跡が必要になるだろう。

 インキュベーターの与える奇跡ではなく、正真正銘の奇跡が。

 

 たとえ普通の素質を持つ少女が祈った所で、覆す事など叶わぬ条理。

 それが【相転移】――<魔法少女システム>の根幹となる(ことわり)にして、魔法少女達の絶望の象徴だった。

 

 そんな海香の問いかけに、あすみは不敵に笑う。

 

「……道筋ならばあるわ。けど、どれだけ楽観的に見積もっても、成功率は半分にも満たないでしょうね。

 だけど可能性だとか、運命だとか、そういう何もしない言い訳はもう飽き飽きなのよ。

 わたしは、神様なんて信じてない。だから運命なんて戯言も、わたしは信じない。

 魔法少女と魔女は不可逆の存在? だからなに?

 このわたしの前に立ち塞がるなら、その下らない条理(ルール)ごと滅茶苦茶に壊してやるわ」

 

 あすみが普段使う<精神攻撃魔法>は、絶望の感情で対象者の精神を塗り潰す魔法だ。

 その結果、負荷に耐えきれなくなったソウルジェムはグリーフシードへと転化し魔女が生まれる。

 

 目の前で魔女と成り果てているユウリだったが、かずみの魔法で何とか人の形を保っていた。

 

 器はあるのだ。

 ならば後はあすみの魔法で、絶望の坩堝と化している魔女化したユウリの中から、確かにあるはずの<人だった頃の記憶>を抽出し、器へと注ぎ込めば良い。

 

 <ユウリ>を魔女という絶望の海から救い出す為には、現時点ではこの方法しか、あすみには思い付かなかった。

 

 その為にはたとえどれほどの代償を払おうとも、あすみは成し遂げるつもりだ。

 

 あすみは自分の身が長くない事を理解している。

 飼い主の意向に逆らっている現状、いつ滅ぼされてもおかしくなかった。

 

 だからあすみは、己の心の赴くまま、好きな様に生きようと思った。

 呪いと絶望ばかりの碌でもない人生の最後くらいは、友達(かずみ)のためにくれてやっても良いと思えたのだ。

 

「……かずみ、手を」

「うん!」

 

 かずみ達との軽い打ち合わせの後、あすみは左手でかずみの手を掴む。

 プレイアデス聖団の魔法少女達が魔女を取り囲むように布陣する中、あすみはかずみと共に封じられた魔女の前まで歩み出た。

 

「……まさか魔女を相手に、この魔法を使う事になるとはね」

 

 絶望の魔法少女、神名あすみにしか成し得ない魔法。

 あすみの固有魔法(マギカ)が発動した。

 

 

「――繋げ<精神回廊(エンゲージリング)>」

 

 

 ユウリの精神を捕捉し、精神領域への道が形成された。

 ガラスの砕け散るような音と共に、魔女の結界にも似た異空間へと誘う道筋が現れる。

 

 中からは一本の鎖が延びており、だらりとぶら下がったあすみの右腕へと繋がっていた。

 それを道案内代わりにして、あすみ達はユウリの精神領域へ進んだ。

 

 見れば見るほど魔女の結界によく似た世界が広がる中、道々で身を焦がすような黒い憎悪の炎に炙られながらも、あすみ達は奥深くまで鎖を頼りに潜るように進んで行く。

 

 やがて暗闇の中を潜り続けた先、光ある場所を見つけた。

 人格を形成する柱とも呼ぶべき精神の在処。

 ユウリの根幹となる場所。

 

「……見つけた。あれがユウリの心核」

 

 あの光は、ユウリの核となる物。

 これまでのあすみにとってはモーニングスターで完膚なきまでに粉砕する物だったが、それをしてしまうと精神崩壊を起こし、最早修復は不可能になる。そのため今回は逆に保護しなければならなかった。

 

 あすみ達は繋いだ手を伸ばして、光に触れた。

 瞬間、ユウリの過去の情景があすみ達の前に再生される。

 

 

 

 白い壁。

 風に揺れるカーテン。

 晴れた柔らかな日差しとは裏腹に、室内に漂う雰囲気は陰鬱としていた。

 

 そこは病院の一室だった。中には二人の少女がいる。

 一人は金髪をツインテールにした少女、ユウリだ。縞模様のシャツを着ており、その表情は何かしらの決意を秘めているように見える。

 

 もう一人の少女は、ベッドの上でそっぽを向いていた。寝間着姿で横たわる少女の姿は、彼女こそがこの病室の主である事を物語っている。

 少女の名をユウリは呼んだ。

 

『――()()()

『ほっといて』

 

 だが返ってきたのは拒絶の言葉。

 あいりと呼ばれた少女は自暴自棄な口調でユウリに言う。

 

『ユウリも聞いたでしょ? もって三ヶ月。終わったの、私の人生』

『終わってなんかない』

 

 そんな風に否定されても、所詮は気休めでしかなかった。

 あいりは自らの運命を嘲るように小さく笑った。

 

『お願いだから『残された人生を精一杯生きろ』なんて、寒い事は言わないでね。ユウリにひどいこと、言いたくないし……』

『それはあんた次第だよ』

 

 どういう意味だろうと、あいりは涙の残る目でユウリを振り返り見上げた。

 

『あんたが生きたいと思うなら、アタシはどんな手を使ってでも、あんたを助ける。

 でも、あんたが生きることを捨てるって言うなら……』

 

 そうさせてあげる、とユウリは強い眼差しで告げていた。

 

『……なら、助けてよ。ユウリ』

 

 押し殺していた感情が溢れ、あいりは泣き喚いてしまう。

 命の終わりを急に告げられて、それを受け入れる事などできるわけがなかった。

 

『私、死にたくないっ。もっと生きていたい!

 ユウリと一緒においしいもの、たくさん食べたい!』

 

 みっともないと頭の片隅で思っても、迫り来る死の恐怖の前にはどうにもならない。

 

 そんなあいりの本音を聞いたユウリは、「分かった」と微笑んで頷いた。

 そして彼女の宝物である金色のスプーン型のネックレスを取り出すと、あいりへ手渡す。

 

『夢色のお守り。アタシが戻るまで待ってて』

『……ユウリ、どこに行くの?』

『ナイショ』

 

 そう言い残し、ユウリが消えてから数日後。

 

 あいりに降りかかる悪い事全てが夢だったかのように、事態は好転していった。

 あいりの体を蝕んでいた病魔が跡形もなく消え去り、自分でも信じられないくらい体が軽くなった。

 

『……信じられない。数値が戻っている。君の病気は完治したんだ』

 

 ほどなくして医師が完治を告げるのを、あいりは信じられない思いで聞いていた。

 本当に、奇跡のような話だった。

 

『ユウリ!』

 

 お見舞いにやってきたユウリに、あいりは感激のあまり抱きつく。

 彼女の言っていた通り、あいりは諦めないで良かったのだ。

 

 まだ生きられる。

 終わったはずの人生が、再び光とともにあいりの目の前に現れたのだ。

 

 楽しいこと、嬉しいことがこれから沢山あるんだ。

 そんな希望を疑う事なく、あいりは明日を信じる事ができた。

 

 喜びはしゃぐあいりに向かって、ユウリは得意気な笑みを浮かべた。

 

『お守り、効いたでしょ?』

『うん! これ魔法のスプーンだね!』

 

 握り締められた夢色のスプーンは、二人を祝福するかの如く黄金色に輝いていた。

 

 

 

 暗い絶望の海の中。記憶の欠片だけが淡い光と共に輝いている。

 目の前に再生された過去の情景を眺めていたかずみが、ぽつりと呟いた。

 

「この子、ユウリだよね? ……あんな風に笑うんだ」

 

 ユウリの幸せな思い出を覗き見てしまったかずみは、記憶の中のユウリがとても幸せそうな笑顔を浮かべている事に、胸が締め付けられるような思いを感じていた。

 

 思えば、かずみが見た事のあるユウリの笑顔は、どこか壊れ歪んだ物だった。

 だが元からそうだったわけじゃないのだ。

 

「……この<あいり>って子が鍵なんでしょうね」

 

 ユウリの今までの言動と<復讐>というキーワード。

 それらを併せて考えれば、この後プレイアデス聖団の少女達と何が起こったのか、薄々と察する事はできる。

 

 魔法少女に救いなんてないのだから。

 

「……もっと奥に進むわよ。遅れないで」

「……うん」

 

 

 

 過去の情景は、見覚えのない校舎内へと移り変わる。

 教室には退院したあいりの姿があった。

 

 入院時の陰鬱さが嘘のような明るい笑みを浮かべ、あいりは親友のユウリと楽しいお喋りをしている。

 

『ねえユウリ! このお店の『バケツパフェ』とっても美味しいんですって』

『どれどれー?』

 

 ユウリは、あいりの広げた雑誌の一面を覗き込む。

 そこには新鋭のスイーツ店が『マスターはクールだけど味はとってもファンタジー』と紹介されていた。

 

 特集には『バケツパフェ』という一人では絶対に食べきれないだろう巨大スイーツが掲載されている。

 見ているだけで胸焼けしそうな存在感だったが、ユウリは目を輝かせてそれを見ていた。

 

『でか!? うまそう! いつ行くいつ行く!?』

『今度のコンクール、ユウリが優勝したらごちそうしてあげる』

『ほんと!? ラッキー! 約束だよ、あいり!』

 

 涎を垂らす勢いではしゃぐユウリに、あいりは苦笑する。

 優勝する事を微塵も疑っていない親友の姿が、とても頼もしく思えた。

 

『このお守り、返しておくね』

 

 あいりは退院以来、ずっと肌身離さず身に着けていたスプーン型のネックレスを、ユウリに返した。

 

『今度はユウリをお守りください』

 

 自分に出来る事は、これ位しかないけど。

 コンクール当日はあいりも精一杯、ユウリを応援するつもりだった。

 

 そして迎えた料理コンクール当日。

 ユウリは順調に勝ち進み、ついには決勝まで駒を進めた。

 

 だがその直前になってユウリの姿は消えてしまい、会場は騒然となっていた。

 

『……ユウリ、どこに行ったの?』

 

 親友の失踪に、あいりは息を切らして探し回った。

 

 ざわめく群衆の中をかき分けて探しても、一向にユウリの姿は見つからない。

 やがて会場を飛び出して付近を探し回る内に、あいりは見知らぬ場所へと迷い込んでしまった。

 

『……なんなの、この場所』

 

 地元の人間であるあいりすら知らない、不自然な空間。

 建物が歪み、淀んだ空気の漂うこの場所は、尋常の世界ではなかった。

 

 ――まさか、ユウリもここに迷い込んだんじゃ?

 

 直感とも言える閃き。

 だが何故か確信を持ってあいりは親友の名を呼ぶ。

 

『ユウリ、いるなら返事を……!』

 

 だがその声に誘われたのは、親友とは似ても似つかない異形の怪物だった。

 それは空気の抜けるような奇怪な鳴き声と共に現れた。

 

『プスプスプスプスプス』

『ひっ!?』

 

 悪夢の中から飛び出してきたかのような、おぞましい姿の怪物。

 ――後に<魔女>と知る事になるバケモノが、あいりの前に現れたのだ。

 

『な、なんなのこのバケモノ!?』

 

 あいりの声に反応してバケモノの体が震える。体から伸びているフォークによく似た触角の先端があいりに向けられた。

 恐怖で動けなくなってしまったあいりは、それを見ていることしか出来なかった。

 

『……嫌っ、ユウリッ! 助けて!』

 

 親友の名を呼びながら、あいりは死を覚悟した。

 

 だがその時、四方から六本の巨大な矢が飛来した。

 一つでも人に当たれば四散するであろう威力を秘めた矢は、バケモノの体を次々と串刺しにしていく。

 

 よくよく見れば、六人の少女達が矢を槍のように握りしめ、バケモノの体の奥深くへと突き刺していた。

 ベレー帽を被った片眼鏡の少女が、バケモノに向かってぞっとするほど冷たい声で呟く。

 

『……これで終わりだ』

『プスプスプス――プチッ!』

 

 貫かれ、捩じ切られ、切断されたバケモノは力尽きたのかみるみる萎れていき、最後はまるで初めから存在しなかったかのように消え去った。

 後には黒い球体だけがぽつんと残されていた。

 

『もう大丈夫だよ』

 

 謎の球体を回収したオレンジ頭の少女が、あいりを安心させるように微笑んだ。

 それと同時に周囲を警戒していた片眼鏡の少女が指示を下す。

 

『撤収しよう』

 

 その言葉を合図に、六人の少女達は足早に立ち去ろうと背を向ける。

 その背中に向かって、あいりは反射的に声を上げていた。

 

『あ、あの……!』

 

 彼女達が何者なのかは分からないが、自分を助けてくれた事に違いはない。

 だからあいりは、あの化け物から自分を守ってくれた彼女達に向かって深々と頭を下げた。

 

 

『――助けてくれて、ありがとうございました!』

 

 

 微笑み感謝を告げるあいりを、少女達は感情の窺えない瞳で見ていた。

 

『……気を付けよう、暗い夜道と魔女の(キス)

『じゃあ……ね』

 

 それ以降、彼女達は一度も振り返る事なく去って行った。

 そんな現実感のない非日常が終わり、気付けばあいりは元の世界に戻っていた。

 

 がらんとした室内の調度品から察するに、改装中のレストランの中にいるようだ。

 早くここから出て、ユウリを探さないと。

 

 あいりはその場から立ち去ろうとしたが、足元にきらりと光る物を見つけた。

 それは間違え様もないほど、あいりのよく知っている物だった。

 

『……あれ、なんでここに……ユウリのお守りがあるの?』

 

 夢色のスプーンのお守り。

 ユウリが持っているはずの、二人の絆の証ともいえる代物。

 

 ――それが何故、あの化け物の居た場所に?

 

 もしかしてユウリもあの化け物に――最悪を想像したあいりだったが、真実を告げる者は直ぐに現れた。

 

【白銀の存在】

 

 顔も輪郭もあやふやなソレは、あいりに全てを話した。

 想像よりも遙かに最悪な、真実の話。

 

『答えは簡単さ。何故ならあの化け物こそが』

 

 あいりの親友――<ユウリ>なのだから。

 

 使者は<魔法少女>という存在を語る。

 奇跡を叶える魔法の契約。

 それを結んだ少女は魔法少女となり、やがて魔女になる。

 

 ユウリはあいりの病気を治すために奇跡を願った。

 そして魔法少女となった彼女は、あいりと同じような難病に苦しむ子供達を救うため、手にした魔法の力を使い続けた。

 

 その無理が祟って、ユウリは魔女化したのだ。

 

 それが先ほどの化け物。

 あいりの恐怖した醜き姿。

 

 そうとは知らずあいりは彼女を「バケモノ」と嫌悪し、あまつさえ親友を目の前で殺されたというのに、殺した連中に感謝の言葉さえ告げてしまった。

 

『う……っ』

 

 その事実に気付いてしまった時、あいりの中で何かが壊れた。 

 

『イヤあ“あ”ああああああああああああああああああっ!!!』

 

 その瞬間、希望に満ちていたあいりの世界は、再び絶望へと囚われてしまった。

 

 

 

 あいりが動揺から落ち着いた頃には、既に陽が沈んでいた。

 

 結局、ユウリは会場に戻ってこれずに不戦敗となってしまった。

 それどころか決勝戦直前に失踪し、今なお戻ってこない事から、早くも事件として騒がれていた。

 

 だが全てを知るあいりには、ユウリがもう二度と戻ってこない事が分かっていた。

 あいりの親友は、魔女というバケモノになって殺されたのだ。

 

 そんな馬鹿げた話、自分の目で見た事じゃなければ、あいり自身ですら信じられなかっただろう。

 誰かに話したところで、頭がおかしくなったと思われるだけだ。

 

『……さっきの人達は、この事を知っていたの?』

 

 思い出すのは、魔女化したユウリを殺した少女達のこと。

 

 もし彼女達が何も知らず、ただあいりを助けるためだけにユウリを殺したのならば、この憎しみは不当な物だと納得できたかもしれない。

 彼女達が何も知らず、ただバケモノからあいりを守ってくれただけならば。

 

 それでもあいりの感情は納得しきれないかもしれないが、恨むなら無力で無知だった自分だけを恨めばいい。

 だが現実はどこまでも残酷だと思い知らされる。

 

 ――ユウリは彼女達の目の前で魔女化した。

 ――それを知らないはずがない。

 

 つまりはそれが真実だと、白銀の使者は告げる。

 彼女達は全てを知っていて、ユウリを殺したのだと。

 

 あいりを助けたのはただの結果に過ぎず、彼女達はユウリが魔女になったのを見過ごし、その上で殺したのだ。

 

『……知ってて、どうしてユウリを助けてくれなかったの? どうして、殺したの? 

 ……私、ユウリを殺した奴らに『ありがとう』って!』

 

 間抜けな自分が許せない。

 さぞかし滑稽だっただろう。

 

 親友を殺されて笑顔で感謝を告げるなんて、とんだ道化だっただろう。

 少し前の自分を縊り殺してやりたい。

 

 だけどそれ以上に――ユウリを殺した奴らが憎い。

 

 あいりの命を救ってくれたユウリ。

 彼女はあいりにとって掛け替えのない存在だった。

 

 たとえあの時、化け物になったユウリに殺されていたとしても、全てを知った今のあいりなら、笑顔で受け入れられる。

 

 元々ユウリがくれた命だ。

 彼女が望むなら、差し出すのに何の躊躇いがあるのだろう?

 

 だがあいりは生かされ、ユウリは殺された。

 こんな結末を、一体誰が望むというのか。

 

『……私は、あいつらを許さない』

 

 使者はあいりの耳元で囁く。

 魔法少女の使命を受け入れるならば、その願いを叶えてみせると。

 

 その提案を、あいりは一二もなく受け入れた。

 

 神様でも悪魔でも何でもいい。

 この願いが叶うのなら、あいりは全てを差し出すつもりだった。

 

 ユウリがいないのに、その仇がのうのうと生きている事が我慢できない。

 何よりユウリのいない世界なんて、あいりには耐えられなかった。

 

 だからあいりは願った。

 

『私はユウリの命を引き継ぐ!

 私を……<アタシ>を! ユウリにして!!』

 

 その時、白銀の使者の浮かべた笑みだけは、やけにハッキリとあいりの目に映っていた。

 それはあたかも闇夜に浮かぶ三日月のように。

 

『ここに契約は成立した。

 貴女の祈りはエントロピーを凌駕した。

 さあ解き放ってごらん、その新しい力を』

 

 契約の光があいりを包み込み、あいりは<ユウリ>として新生した。

 <ユウリ>はソウルジェムを輝かせ、魔法少女に変身する。

 

 親友と瓜二つの顔に、ショートカットヘアは金髪のツインテールに変わっていた。

 魔法少女としての試運転がてら、近くにあった魔女の結界で自身の戦闘力を確かめる。

 

『うふふ! あはっ、あははははははは!!』

 

 魔女の頭部を素手で引き裂きながら、ユウリとなった彼女は壊れた笑みを浮かべていた。

 

『いいね! 最高だよこの力!』

 

 ぺろりと魔女の血を舐め、<ユウリ>はリベンジャーを構えた。

 

『……待ってろよユウリ、仇はとってやるからな』

 

 煌めく星々に向かって、復讐の弾丸が放たれた。

 

 

 

 

 

 

 ユウリ――その正体は、親友そのものになった少女<あいり>だった。

 彼女の記憶の奔流は、一瞬の走馬灯の如くあすみ達の脳裏に駆け抜けていく。

 

 あいりの過去を知ったあすみは、苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべていた。

 

「……【銀の魔女】、やはりあんたか」

 

 魔女化したせいか、あいりの記憶からは擦り切れた情報しかサルベージできなかったが、あの雰囲気、手口、全てがあすみの知るあの女と一致する。

 

 この舞台の黒幕に潜む存在。

 銀髪紅眼の悪魔、背信の魔法少女、人形達の操り手、悲劇の主催者。

 

 【銀の魔女】――古池凛音。

 

「……何もかもがあの女の茶番ってわけね。尚更ぶっ壊してやる」

 

 過去の情景の再生が終わり、再び薄暗い回廊へと戻ったあすみは、あいりの事を考える。

 

「……かずみが言ってた、あなたとわたしが似てるって話、案外当たってるのかもね」

 

 大切な者を失い、憎しみから魔法少女の契約を結んだ。

 まるでもう一人の自分を見ているようで、あすみは吐き気がした。

 

「……あなたの事を否定する資格は、わたしにはないわ」

 

 周囲の人間全てを<不幸>という名目で地獄に叩き落とした張本人が、あいりの復讐を否定できるはずもない。

 

 客観的に見れば、あいりの復讐は間違っているのだろう。

 穿った見方をすれば、結局はただの八つ当たりでしかない。

 

 だがそれは、所詮他人だから言える事なのだ。

 

 胸の裡に溜まった憎悪は、復讐でしか払う事ができない。

 そんな人間もいるのだ。

 

 自分を救えるのは自分だけ。

 だから他人が何を言おうが、その言葉は届かない。

 

 かつての自分(あすみ)がそうだったように。

 

「……それでも、あなたを救いたいってバカがいるから。

 わたしはあなたの復讐(ねがい)を否定する。

 綺麗事なんて言わない。ただわたしがそうしたいからするの。恨むなら、恨んでくれて良いわ。

 それでもわたしは、わたしの我が儘を押し通す」

 

 モーニングスターを構え、あすみは魔力を充填させる。

 

「……それにわたし、あなたの事が嫌いなの。ええ、大嫌いよ。

 まるで鏡を見ているかのようで、虫唾が走るわ」

 

 傍らにいるかずみは、未だにあいりだった少女の記憶に引き込まれ、意識を戻していなかった。

 やはりこの手の魔法に慣れていない素人を連れてくるのは、無謀だったかもしれない。

 

 それでも彼女を救えるのは、それを心から願ったかずみにしか出来ない事だから。

 あすみは作業を早急に次の段階へと進める。

 

「……だから簡単に死なせてなんか、あげない!

 一度拾った命なら、どんなに惨めでも生き足掻きなさいよ!」

 

 八つ当たりも込めて、あすみは<あいり>を罵る。

 それと同時にあすみのモーニングスターが光を放ち、絶望に満ちた空間を駆け巡った。

 それはあたかも夜空を切り裂く流星の如く煌めいた。

 

 

 

「――薙ぎ払え! <宵明の星球(モーニングスター)>!!」

 

 

 

 呪いと絶望に染まった闇を振り払い、<あいり>の記憶を手繰りよせる。

 

「精神攻撃魔法<■■■・■■■>からの派生技(バリエーション)、精神浄化魔法<アポトーシス>」

 

 人だった頃の記憶全てを、呪いと絶望の渦から隔離する。それは浄化というにはあまりにも攻撃的な、綺麗な部分を守るためにそれ以外を破壊する荒療治だった。

 辺りに散っていた記憶の欠片、光の断片が次第にあすみ達の周りに集まっていく。

 

 それらを鎖で束ね終えると、あすみは最後の仕上げをかずみに託した。

 

「……ほら、起きなさい」

「ふにゃ!? いひゃいいひゃい!?」

 

 繋いだ左手を離し、そのまま頬を抓り上げてかずみを無理矢理引っ張り起こす。

 

「……こんな場所で眠ったら、もう二度と目覚めないわよ?」

「あぅ……ごめんなさい」

「……わたしの仕事は大体終わったわ。後はあんたの頑張り次第ね」

 

 かずみの魔法であいりの肉体を再構成させる。

 あいりの過去を追体験した今のかずみならば、できるはずだ。

 

 あすみではどうしても邪念が混ざる。

 誰かを救うという行為そのものが、あすみ自身の祈りに反するものだから。

 

 だから真の意味で彼女を救えるのは、かずみにしかできないのだ。

 かずみは抓られた頬を涙目でさすると、突然にへらっと表情を崩した。

 

「うん……ありがとね、あすみちゃん」

「……改まってなによ?」

「えへへっ、わたしってあすみちゃんに助けられてばかりだから。

 今はお礼くらいしか言えないんだけど、わたしね、あすみちゃんが傍に居てくれて良かったと思う。

 わたし一人じゃここまで来れなかった。彼女の<あいり>って名前を知る事すら出来なかったと思う。だからありがと! あすみちゃん大好き!」

 

 バカ娘が臆面もなく調子の良い事を言っていた。

 あすみは脱力気味に溜息を吐いた。

 

「……時間がないっていうのに何を長々と。なに、死にたいの?」

「ひどっ!? ひどいよあすみちゃん! ひっどーい!!」

 

 真っ直ぐに告げた好意を真正面からぶった切られたかずみは、頬をぱんぱんに膨らませて憤っていた。

 そんなかずみの子供っぽい仕草に、あすみは苦笑する。

 

「…………わたしも」

「え?」

「……なんでもないわ。ほら、さっさとしなさい!」

「ひゃい!」

 

 背中を押されて、かずみは光と向かい合う。

 その一つ一つがあいりを構成する想いのカケラ達。

 

 瞼を閉じれば、あいりの過去が思い出される。

 

 大好きな友達に命を救われた喜び、その友達を失った悲しみ。

 何もできなかった後悔、プレイアデス聖団に対する憎悪。

 かずみを執拗に狙ったのも、大切な者を失った悲しみをプレイアデス聖団に与える為だった。

 

 かずみには、その復讐を肯定する事ができない。

 けれどその根底にある「誰かを想う気持ち」は、決して間違いなんかじゃないと思うから。

 

「ユウリ……ううん、あいり。わたしは、あなたの想いは尊いものだと思う。

 ユウリの事、大好きだったんだよね? 大好きだから、大切な人を奪われた事が許せないんだよね?

 でもこんな事、記憶の中の<ユウリ>は望んじゃいなかった……ただあなたに生きていて欲しかったんだと思う。

 だからわたしも……あなたを絶対に助けてみせる!」

 

 もしかしたら、かずみの行いは傲慢なのかもしれない。

 あいりは助けなど望んでいないかもしれない。

 過去のユウリの想いを知る術もない。

 

 それでもかずみは、あいりの救済を願う。

 

 かずみの祈りが魔法となって、あいりの肉体を再構築する。

 魔女の血肉を基に作られた、人の器。 

 

 それが形作られるのと同時に、あすみは光のカケラを完全に引き剥がし、その器の中へ容れた。

 

 <あいり>の存在が再構成される。

 

「……くッ!」

 

 あすみは歯を食いしばった。

 かつてない魔法の行使は、あすみの魔力を貪欲に吸い尽くしていく。

 

 分離したはずの憎悪が、呪いが、希望など許さないと襲いかかる。

 もしもここであすみが諦めてしまえば、全ては水泡に帰すばかりか、かずみの身も危ういだろう。

 

 魔女の精神の中という、魔法少女にとって毒沼にも等しい場所に身を沈めて無事なのは、偏にあすみの存在があるからだ。

 

 あすみが倒れれば全てが終わってしまう。

 だからあすみは過剰な魔力負荷に血を吐きながらも、倒れなかった。

 

 左腕に続いて左足が機能を喪失、即座に鎖を巻き付けギブス代わりにして無理矢理支えにする。内臓(なかみ)もこの分ではかなり消耗しているだろう。だがソウルジェムの負荷にはまだ多少の余裕があった。ならばまだ倒れるような状況じゃない。

 

「あすみちゃん!?」

 

 ふらつくあすみに気付いたのか、かずみが焦った顔で振り返っていた。

 あすみは呼吸を整えると、気丈な態度で見返した。

 

「……バカ、前を向きなさい。あいつを、助けるんでしょ?」

「っ……うん!」

 

 だが、いつまで経ってもあいりの精神と肉体が定着してくれない。

 かずみの作った肉体に、あいりの魂が宿らないのだ。

 

 やはり無謀だったのだろうか。あすみの経験則的に最も可能性のある選択肢ではあったが、こんな無茶な事、成功するはずがなかった――そんな負け犬思考を、あすみは振り払う。

 

 かずみが諦めない限り、あすみも諦めたりはしない。

 もう諦めて生きるのは止めたのだから。

 

 あすみとかずみの魔力が溶けて交わり、一際強くあいりを包み込む。

 

「いっけえええええええ!!」

 

 かずみの叫び声と共に、魔法は奇跡を起こした。

 

 夢色のスプーンが、あいりの胸元で黄金色の光を放つ。

 眩しいほどの光は<ユウリ>の姿となって、あいりを抱きしめていた。

 

 それと同時に光が弾け、あいりに溶け込むかのように消えていった。

 その間際、ユウリの幻影は穏やかな笑みを浮かべ、あすみ達を見ていた。

 

 

『……■■■(生きて)■■■(あいり)

 

 

 それは何かを託すような、強い意思を宿した瞳だった。

 

 魔女となった者は人の言葉を失う。

 理性を失い憎悪のままに動く魔女と意思疎通を果たした者はいない。

 

 けれど何故か、かずみには彼女の言葉が分かるような気がした。

 それはユウリの笑顔が綺麗なもので、その目は何よりも彼女の意思を伝えていたからだ。

 

 温かさを感じさせる光が消えるのと同時に、あすみ達の魔法は完成した。

 

 魂の定着に成功したのだ。

 だが成功を喜ぶ以前に、二人は今の不可思議な現象に言葉を失っていた。

 

「今のって……」

「……ユウリ、なんでしょうね」

 

 あのままでは、あすみ達の魔法は失敗に終わっていたかもしれない。

 最後のひと押しを彼女(ユウリ)にしてもらったような、そんな確信があすみ達にはあった。

 

「……ユウリの命を継ぐ、か」

 

 それがあいりの祈りだ。

 だがその奇跡の恩寵は、果たしてどれほどの効果があったのだろう。

 

 あいりだった少女をユウリに変え、しかしそれは本物のユウリではない。

 

 死んだユウリは蘇らない。

 ならばその命を継ぐとは。

 

 ――そこまで考え、あすみは思考を打ち切る。

 結果が目の前にあるのだ。これ以上は無駄で、それ以上に無粋にしかならないと思ったからだ。

 

 あすみ達の前には、一糸まとわぬ姿の少女が眠るように浮かんでいる。

 あいり――ユウリの命を継いだ少女は、今再び己の本当の姿に戻っていた。

 

「やった……やったよあすみちゃん!!」

 

 あすみは、かずみに抱き抱えられたあいりの状態を確認する。

 

 バイタルは全て正常、今はただ眠っているだけだろう。

 魔力反応も極小であり、これならば十分に人間の内だ。

 

 あすみは賭けに勝ったのだ。

 不可逆の理を覆し、絶望を蹴り飛ばした少女は、虚空に向かって不敵に笑う。

 

「……ざまあみろ、バーカ」

 

 柱となるべきあいりを失った空間は亀裂が走り、崩れ始めている。

 あすみ達はあいりを抱き抱え、精神世界から脱出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




〇ふと唐突に思い浮かんだネタ(本編とは一切関係なし)

①【あんこじゃないよ!】杏子ちゃんをあんあん愛し隊【食うかい?】
②マミさんのマミさんにマミマミされ隊【遊びじゃないのよ?】
③悪魔なほむほむと一緒に世界の中心で愛を叫び隊【ほむぅうううううう!!】 
④さやかっこいいさやかちゃんにミッキミッキにされ隊【あたしってほんとさやかわいい】
⑤【円環の理に導かれて】女神過ぎるまど神様に救われ隊【ウェヒヒ】
⑥チーズあげるからおじさんと良い事しない? 渚ちゃんと犯罪者予備軍(ロリコンども)【渚はチーズが食べたいだけなのです(意味深)】

 君はどの親衛隊に入りたいのかね?
 ちなみに作者は全員嫁を公言して憚らないが、あえていうならさやかちゃんが一番好きだ。

友人S「さやかって……さやカスじゃん? まどかに酷いこと言ってたし、失恋してバーサクモード突入するし、何が良いん?」
わたし「表出ろ(#^ω^)ピキピキ」

 そんな友人は杏子ちゃん派。可愛いのは激しく同意、だが彼女が輝くためにはさやかちゃんの存在が必須だった、つまりさやかちゃんには感謝しろやと小一時間(ry

 劇場版では更にさやかっこよくなったさやかちゃんに感激。
 円環の鞄持ちさんは一味違うで。




 あ、続きは明日投稿します(汗)


 


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第十九話 無垢なる少女

 今話で第二章Aパート終了。


 

 

 一方、プレイアデス聖団の魔法少女達が見守る魔女の結界内でも、地面が不安定に揺れ動き、崩壊を始めていた。

 それでも心臓に似た魔女は健在で、より凶悪さを増して自身を封じる鎖を引き千切ろうとしていた。

 

「かずみちゃん達はまだなの?!」

「鎖が!? これ以上はもう抑えきれない!」

 

 これ以上は限界だと少女達が感じる中、突然目の前の魔女が裂け、黒い血潮を撒き散らした。

 同時に中から見覚えのある少女達が飛び出てくる。

 

「……待たせたわね」

 

 一人はゴスロリ服の魔法少女、神名あすみ。

 所々血に濡れた満身創痍な有様ながら、その瞳は未だ力強い光を放っていた。

 

「みんな! 大成功だよ!」

 

 そして黒の魔法少女、かずみ。

 一見すると地味な格好に見えるが、よく見ればかなり際どい衣装を着ている彼女は、一人の見知らぬ少女を抱き抱えていた。

 

「その子が?」

「……ええ、<ユウリ>よ」

 

 つい先ほどまで戦っていたユウリとは異なる姿のようだが――海香は一瞬怪訝な顔を浮かべたものの、すぐにそれどころではないと疑問を振り払った。

 

「そう……詳しい事情はまた後で聞きましょう。今は残った魔女を!」

 

 奪われた半身を取り戻そうと、混沌と化した魔女が襲いかかってくる。

 

 残された絶望は昇華する事なく闇を深めていた。

 もしもこの光景を【銀の魔女】が見ていたならば、こう評しただろう。

 

『人から生まれ、人に忌み嫌われる、人ならざるモノ。

 女神の祝福をもってしても救済する事叶わぬ呪われた獣――【魔獣】の出来損ない、といったところかしら?』

 

 誰も知らない異なる世界の知識を有する者は、【銀の魔女】以外には存在しなかった。

 

 故にあすみ達は、ただの魔女の変異種として立ち向かう。

 あすみとかずみの二人はあいりを守るため、戦いはプレイアデスに任せて後ろへ下がった。

 

 二本の触手が、あすみのモーニングスターにも劣らぬ勢いで振り下ろされる。

 

「散開! 取り囲んで一気に仕留めるぞ!」

 

 飛び退いた地面を魔女の触手が叩き付ける。土煙が上がる中、魔女は大振りで次の攻撃を放とうとしていた。

 

「そんな攻撃なんか!」

 

 みらいはステッキを魔法で大剣に変化させると、魔女の懐へと飛び込む。

 威力は確かに凄まじいものがあるが、そんな隙だらけの攻撃に当たるはずがない。

 

 だが近づくみらいの前で魔女の全身が震えた。

 それは怯えではなく、迎撃の挙動。それまで二本しかなかった触手が体中から幾つも生え、真っ直ぐみらいに襲いかかってくる。

 

 不意を打たれたみらいは咄嗟に大剣で振り払うも、四方から迫り来る触手に対抗できるほどではなかった。

 振り抜いた隙にみらいは串刺しになってしまうだろう。

 

「しまっ――!?」

「<プロルン・ガーレ>」

 

 あわや殺られると身を強ばらせたみらいだったが、突如飛来した小さなミサイル群が触手達を迎撃した。

 

「ニコ!」

 

 驚くみらいの腕を掴んで強引に離脱したのは、神那ニコ。

 先ほどの攻撃は、ニコお得意の指ミサイルだった。

 

 彼女はいつもの眠たげな瞳に若干呆れを滲ませていた。

 

「はいはい、ニコさんですよー。単騎突撃もほどほどにナァ。じゃなきゃ猪は鍋に煮られて食われる宿命(さだめ)ってね」

「……う、う~!」

 

 本心ではニコの忠告を「うるさい」と跳ね除けたい所だったが、助けて貰った恩もあるため、みらいの口からは意味のない唸り声が上がっていた。

 相手がサキなら抱きついてお礼を言う所なのだが、普段から若干苦手意識を持っているニコ相手にそれをする勇気はなかった。

 

 特にニコは悪戯好きで、みらいはよくそのターゲットにされていたから余計だ。

 そんな風に素直にお礼を言えない所が、みらいらしかった。

 

 少し離れた場所から二人の無事を確認した浅海サキは、安堵すると同時に注意深く魔女を観察する。

 遠目からはまるで毛の生えた心臓のようなシュールな外見だったが、攻撃する<手>が数えるのも億劫なほどに増加している。

 

「……無理に近づくのは危険か。ならば」

「みんな<合体魔法>準備!」

 

 サキの指揮を受け、海香が号令を下す。

 それを聞いた少女達は、統制の取れた動きで魔女を中心に距離をとる。

 

 六芒星の陣を描くように散らばったプレイアデス聖団の少女達は、大規模な拘束魔法を発動させた。

 

「「「エピソーディオ・インクローチョ」」」

 

 魔法の光が輝き、魔女を包み込む。

 魔女は不快な鳴き声を上げて抜け出そうとするが、プレイアデスの合体魔法はその抵抗を難なく抑え込んだ。

 

「かずみ、トドメをお願い!」

「任せて! あすみちゃん、<あいり>の事お願いね!」

 

 この場にいる全ての魔法少女の中で、最高威力の攻撃魔法を持っているのはかずみだった。

 

 

 

 あすみは無言で頷き、かずみを見送った。

 肉体的にも魔力的にも限界に達していたあすみは、これ以上の戦闘に耐え切れないほど消耗していた。

 後の事はプレイアデス聖団に任せ、あすみは遠くからかずみを見守る。

 

 

 

 かずみが近づくと、拘束された魔女から音が流れた。

 それは壊れたスピーカーのような、ノイズ混じりの声だった。

 

『ハ■プテ■・ダ■■テ■、■のうえ。

 ■ン■■ィ・■ン■■ィ、落っ■■た。

 ■様の■、家■の全て■■かっても。

 ■■■■■を■には戻せない』

 

 割れた卵は二度と元には戻らない。

 そんな当たり前の事を声は告げる。

 

「それでも、魔法はあるんだよ!

 みんなの祈りが魔法になるのなら、奇跡だって起こせる!」

 

 ユウリを生き返らせる事はできない。

 けれど、あいりを戻すことはできた。

 

 この場にいるどの魔法少女が欠けても、きっと成功しなかっただろう。

 みんなの魔法を集めれば、それは奇跡にも等しい力を持つのだ。

 

 そんなかずみの想いを糧にして、絶望を払う魔法が放たれる。

 それは奇跡のような神々しい輝きとなって魔女を貫いた。

 

 

「<リーミティ・エステールニ>!!」

 

 

 魔女を倒した後。

 そこには何故かグリーフシードではなく、歪んだ種子<イーブルナッツ>が残されていた。

 恐らくは、あいりの魂を分離させた影響なのだろう。

 

 魔女が消滅するのと同時に、あすみの傍らで眠る少女が呟いた。

 

「……ユウ……リ」

 

 少女の頬を一筋の涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

 数日後、ある一家の元に匿名の電話が掛けられてきた。

 それは今も行方不明となっている娘の所在を知っているという眉唾な物。

 

 性別不詳な声はいかにも胡散臭い物だったが、藁にも縋る思いで彼らはその声に従った。

 たとえ悪戯だと分かっていても、何の手掛かりも進展もない現状、飛び付かずにはいられなかったのだ。

 

 その日は休日で、丁度夫婦揃って家にいた事もあり、彼らは車に乗って指定された公園まで向かった。

 そして不自然なほど人気のない公園に入ると、そこには見間違えようのない愛娘の姿があった。

 

「あいり!!」

 

 娘の名を叫びながら、両親が血相を変えて駆け寄る。

 

 娘、杏里あいりは確かにそこにいたのだ。

 涙ながらに無事を喜び、そして今までどこに居たのかと、呆然と座っていたあいりを叱った。

 

 最終的には見ているこちらが可哀想になるほど、彼らはあいりの身を心配していた。

 話を整理すると、どうやらあいりは半年もの間行方不明になっていたらしい。

 

「……心配かけて、ごめんなさい」

 

 目覚めたばかりのあいりにとって、現状はよくわからなかった。

 長い夢から覚めたばかりのような覚ろげな記憶しかない。

 

 だから正直に行方不明の間の記憶を失っていることを告げると、慌てた両親によってすぐさま病院に連れて行かれる事になってしまった。

 

 あれよあれよと押し込まれた車の中で、あいりはふと、胸元に何かあるのを感じた。

 それはいつの間にか身に付けていたお守りだった。

 

 黄金に輝く夢色のスプーン。

 それを見たあいりの両目から、ぽたりと涙が溢れた。

 

「あいり? ど、どうしたの!? どこか痛むの!?」

「違う、違うんだよ、お母さん……」

 

 隣に座った母があいりの身を心配する。運転席にいる父もバックミラー越しに気遣わしげな視線を向けている。

 こんなにも親不孝な娘を心配してくれる両親に、あいりは涙ながらに謝った。

 

「……ごめん、なさい」

 

 お守りを手にした瞬間、あいりは僅かに思い出したのだ。

 

 それは長い長い、夢のようだった。

 

 親友を襲った悲劇。

 魔法少女という存在。

 聖団に対する復讐の誓い。

 そして自らが行った凶行。

 

 その挙句が、敵に救われるという喜劇めいた結末だった。

 

 親友の為に命を投げ出した事、それ自体に後悔はない。

 だがそれは我侭だった事をあいりは反省していた。

 

 ユウリの命を継ぐ。

 確かにそれは、あいりの望んだ事だった。

 

 ユウリの存在を継いだあいり。

 だが魔女となり、絶望の海に沈むその寸前、強引に引き上げられてしまった。

 

 敵であるはずの、神名あすみとかずみ。

 二人の魔法少女と、親友の手によって。

 

「夢じゃ、ないんだね……」

 

 手にしたスプーンがその証拠として、ユウリのいない現実を教えてくれる。

 ずっと悪い夢を見ていたかのようだ。

 

 今いる世界もまた、決して良い夢だとは言えないだろう。

 ユウリがいないことに変わりはないし、復讐対象であるプレイアデス聖団は健在だ。

 けれどもう、あいりの胸に復讐の憎悪は宿っていなかった。

 

 一通りの検査やら捜査やら、怒涛のような後始末を一先ずは終え、懐かしさすら感じられる自分の部屋に戻ったあいりは、ぼふっとベッドに横たわった。

 

 思い出すのは、あの時確かに聞いた親友の言葉。

 

「<アタシ>の分まで生きろって……命を大事にしろって……ユウリに怒られちゃった」

 

 お守りのスプーンをぎゅっと握り締める。

 一人きりになってしまえば、否応なしに襲いかかってくる現実。

 

「<私>は、ユウリのいない世界なんて……寂しいよ」

 

 それでもユウリに二度も救われた命なのだ。

 おまけに憎んでも憎み足りないはずの、二人のお節介達にも救われてしまった。

 

「これで復讐だとか言ってたら……私もう、どうしようもないバカじゃない」

 

 既にソウルジェムを失い、魔法少女の資格を失ったあいり。

 

 自身が信じられないほどの幸運の上に立っている事を知っているから。

 かつてはそれを身勝手に捨ててしまった愚かさを痛感しているから。

 

 あいりはユウリの分まで生きなければいけないと、ようやく分かったのだ。

 

「あはっ……馬鹿だ、私。大馬鹿だ」

 

 夢色のスプーンは、どこまでも優しい色で輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 こうして復讐者に堕ちた一人の少女が救済された。

 不可逆の摂理は覆り、希望の道が示された。

 

 だがそれは幸福な結末(ハッピーエンド)を意味しない。

 

 【銀の魔女】

 全ては彼女の計画通りに進行しているのだから。

 

 人形がどれほど動き回ろうとも、操り糸を切ることは叶わない。

 自覚なきままに動く彼女達を、銀髪の魔女は愛おしげに観察している。

 

「ああ、神名あすみ。やはりあなたは最高ね。

 私の祝福(のろい)のせいで苦しいでしょうに、それでもあなたは気高くあろうとしている。

 あの絶望の淵でなお、最後まで残されたあなたの矜持。

 世界の全てを壊そうとしても消えない、隠された希望。

 

 あなたは、あなたの<大切>を裏切れない。不幸にできない。

 

 たとえ世界中の人間を皆殺しにできても、たった一人の<大切な者>を殺す事ができない。そんな普通の……優しい女の子なのね。

 ――やはり私とは違うのね、あなたは」

 

 成長した我が子を見るような穏やかな顔をリンネは浮かべる。

 ふぅっと息を吐くと、彼女は肩を竦めた。

 

 そこにはもはや何の感情も浮かんでいない。

 意味のない薄笑いだけを浮かべ、銀の指揮杖を振るう。

 

 

「だからまぁ、これも予定調和のうちなんだけど」

 

 

 仕組まれた因果。

 想いも、魔法も、奇跡すらも積み木代わりにして、邪悪の魔女は自らの思いのままに運命を築き上げる。

 その先にあるモノを手に入れるために。

 

「さてと、それじゃあお仕置きの時間を始めましょうか。

 建前とは言え、言い付けを破った悪い子には罰を与えないと。彼女の保護者としてね」

 

 そう嘯きながら、リンネは銀色の魔力を絵の具にして虚空に魔法陣を描いた。

 

聖呪刻印(スティグマ)

 服従者に力を与える祝福にして、反逆者に罰を与える呪いの首輪。

 銀の魔女は<神名あすみ>に罰を与えるため、指揮杖を振り下ろす。

 

「起動【聖呪刻印】、対象者<神名あすみ>――(ソウルジェム)への干渉レベル強化、レベルⅡからⅣへの移行を確認。【粛清術式(purge)無垢なる少女(Innocent girl)>】発動。

 銀色の支配よ顕現せよ。祝福されしガランドウの器を呪いで満たせ」

 

 銀色の光が立ち昇る。

 それは夜を払うかのように空高く伸びて行き、やがて跡形もなく消え去った。

 

「……ばいばい、あすみん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法少女ユウリによる一連の事件が終わり、プレイアデス聖団の魔法少女達と神名あすみ、かずみの二人は帰還の途に就いていた。

 

 ジュゥべえは里美の治癒魔法で怪我を治すと、またどこかへと行ってしまった。

 まぁどうでもいいか、とあすみはUMAの事は気にしない事にした。

 どこかの残飯でも漁りに行ったのだろう。所詮は畜生か、などと毒を吐く。

 

 あいりの事は海香に任せてある。というのもここにいる魔法少女達の中で、彼女が一番治癒魔法に優れていたからだ。

 

 また記憶操作系の魔法も使えるらしく、あいりの状態を検査するのに彼女以上の魔法少女はいなかった。

 結果は特に異常は見つからず、ごくごく普通の少女であると海香は太鼓判を押したのだ。

 

 あいりを彼女の家族に引き渡す手筈も、彼女ならば上手くやるだろう。なにせベストセラー作家らしいので。

 そんなあすみの偏見混じりの評価により後始末を押し付けられた海香だったが、彼女は機嫌良く引き受けた。

 

 なにせあすみのお陰で、絶望でしかなかった魔法少女システムに突破口が見えたのだから。

 運が良かったというのもあるだろうが、前例ができたというのは大きい。

 <不可能>という零パーセントの巨壁から、<可能性>が僅かな亀裂となって生まれたのだから。

 

 推し進めれば、絶望のサイクルを終わらせることもできるかもしれない。

 検査するついでにあいりのデータを取っていた海香にしてみれば、その程度の仕事は安いものだった。

 

 一同があすみの屋敷に着いた頃には深夜を通り過ぎ、もうしばらくすれば朝陽が昇ろうかという時刻になっていた。

 徹夜になったな、と誰かが気だるげに呟けば、他の誰かが同意した。

 

 皆それぞれ疲労しており、リビングにたどり着くと力尽きたように雑魚寝をし始めた。

 あすみが客室から持ってきた毛布やらクッションやらを放り投げてやると、ゾンビのようにもそもそと蠢いてそれを拾った。

 

「あれ、あすみちゃんは寝ないの?」

「……自分の部屋で寝るわ。こんな狭苦しいところは勘弁して欲しいわね」

 

 最後にかずみに何か言おうか、考えたあすみだったが特に思い浮かばなかった。

 語ることは語ったし、言いたいことは言った。

 

 変に格好付けるのも格好悪いと思い、傍から見れば素っ気なく言った。

 

「……それじゃ、おやすみ」

 

 そう言い残し、あすみは一人リビングを離れた。

 二階に上がり自室へと戻ったあすみは、窓から庭へと飛び降りる。

 

 あすみの眠る場所は、ここじゃない。

 

 今の疲労した彼女達に気付かれるとも思えないが、念には念を入れて気配を殺し、足音を消して屋敷を離れる。

 

 銀魔女が提示した期限は明朝まで。

 恐らく日の出と共に何かしらの罰があすみの身を襲うだろう。

 

 それにかずみや他の連中を巻き込むつもりはなかった。

 かずみの願いを叶え、自己満足な誓いも果たせた。

 

 ならば後は潔く死んでやる。

 だがただでやられるほどあすみも大人しくはない。

 

 もしも粛清部隊や銀魔女謹製の人形共が来るようなら、返り討ちにしてやろうと思っていた。

 まぁ十中八九、そうはならないだろうと予想しているが。

 

 あすみの素肌に刻まれた隷属の首輪を意識する。

 この刻印がある以上、あすみに関する生殺与奪の権は握られたも同然だった。

 首輪に繋がれている以上、わざわざ猟犬を派遣する意味もない。

 

 死に際を悟った猫のように、あすみは遠くを目指した。

 出来れば山が良かったが、あすなろ市に山はない。

 ならばと、あすみは近場の海を目指した。

 

 思考がまるで自殺志願者のそれであるが、まぁ大差ないかとあすみは自嘲する。

 

 己の死体を銀魔女に回収されるなど冗談ではなかった。

 だから手の届かない場所に自らの死体を置く必要がある。

 

 海ならば、あすみのモーニングスターが重石になってくれるだろう。いつかは世間を騒がせてしまうかもしれないが、その時にはあの女も諦めているはずだ。綺麗な死体でもなくなっているだろうから、価値は零だ。

 

 行き先を決めたあすみは魔法で空を飛び、海原を目指した。

 ほどなくして海岸線が見えたので、人気のない場所を選んで着地する。

 

 ブーツが砂浜を踏みしめる。夜明け前の海は、ほのかに明度を増していく空の光を反射し、淡く輝いていた。

 

「……なんでこう、タイミングが悪いのかしらね」

 

 振り向いた先には、今頃屋敷でぐーすか眠っているはずの少女達がいた。

 

 七人の魔法少女達、その名も<プレイアデス聖団>。

 その全員が神名あすみの前に揃っていた。

 

「あなたの黒猫ちゃんから頼まれたのよ『ご主人様を助けて』って」

 

 里美の腕の中には、片目の潰れた猫がいた。

 黒猫は残った一つの目であすみを見つめ、にゃーと何かを訴えるかのように鳴いていた。

 

 ……余計な真似を。

 まさか飼い猫に手を噛まれるとは。

 

 猫ならば、死に場所を探すあすみなんか放っておけば良いのに。

 猫だから、そんなあすみに気付いたのかもしれないが。

 

 裏切り者、とことん可愛くない猫。

 お前なんかもう知らない。

 

 好きな所に行って、勝手に生きればいいのだ。

 元々野良猫だったのだ。

 今度はせいぜい悪い人間に気を付けることだ。言っても無駄かもしれないが。

 

「追跡ならお任せを。こんなこともあろうかと、あすみんの魔力パターンは記録済みってね」

 

 黒猫から顔を背けたあすみに、ニコが得意げに端末を見せびらかした。

 画面に表示されたアプリの地図上には、デフォルメされた神名あすみが表示されている。

 

 無駄に凝った機能に眉を潜め、知らぬ間にマーキングされていた事に舌打ちした。

 というか、あすみん呼びはやめろと言ったはずだ。

 

「一人で背負い込むなよ、あたし達にできる事なら力を貸す。あすみにはそれだけのデカイ借りがあるからな」

「そういう事。何を隠しているのか知らないけど今のあなた、雨に濡れた仔猫みたいよ?」

 

 カオルと海香が疲れを感じさせない声で言う。ここにいる全員、魔女との戦いで疲労しているはずなのに。

 なぜ彼女達がここまで来たのか、あすみには理解できない。

 

「君はかずみを守り、そしてまた一人の魔法少女をも救った。私達にとっても君は恩人で、英雄だ。カオルも言ってたが、私達にできる事なら力を貸そう」

「まぁ、少しは認めてあげなくもないけどね! あんまり勝手な行動するなバカ! ……心配するじゃん」

 

 連中の中でも特に嫌な奴だと思っていた二人からの言葉に、あすみは内心驚いていた。

 

 彼女達の好意が、行為が、理解できない。したくない。

 理解してしまえば、あすみの中で何かが壊れてしまう。

 

 大切なもの一つ以外を全て切り捨ててきた少女にとって、彼女達の想いは眩し過ぎて、致命的なほどに毒だった。

 

「……どうして、わたしなんかを。あんた達、頭おかしいんじゃないの?」

 

 普段なら刺々しく紡がれるはずの憎まれ口も、力を失った今のあすみには泣き言にしかならなかった。

 それに答えたのは、かずみだった。

 

「だってあすみちゃん、泣きそうな顔してるんだもん。放ってなんかおけないよ」

 

 そしてあすみの手をとって、太陽のような笑顔を浮かべた。

 

 ……本当にもう、このバカ娘は。

 

 どこまで他者を救済する気なのだ。

 ああ、今ならばあいりの気持ちが分かる。

 

 死にたくない。

 

 たったそれだけの思いが、あすみを支配しそうになる。

 生きたいと願ってしまいそうになる。

 

 かずみと一緒に生きて、あの時の晩餐のように彼女達と美味しいものを食べる。

 確かにそれは焦がれるほどに魅力的だ。

 

 だけど、それはもう叶わぬ夢なのだ。

 

 あすみの着るゴスロリ服の内側から青い光が点滅している。

 それは合図。今からお前を殺すという処刑宣言だった。 

 

 かずみ達から逃げる時間は最早ない。

 彼女達が納得できるだけの説明をする時間も。

 

 だからあすみは、残された短い時間で想いを残す。

 それは遺言だった。

 神名あすみが生き、そして死ぬための、最初にして最後の告白。

 

「……ねぇ、かずみ。わたしね、あなたの思っているような人間じゃないの。あのユウリ……あいりが、可愛く思える様な酷い事も、一杯してきた。

 正直、罪悪感だとか後悔だとか言われても、今じゃよく分からなくなってしまったんだけど。

 そんな狂ったわたしでも、あなたといるのは楽しかったわ。

 あなたといると、昔を思い出すの。

 わたしの温かな記憶、幸せな思い出。

 だから、絶望と呪いを振り撒く事しかできないわたしが、そんなあなたを守れたことは、ただの自己満足だとしても、唯一誇れる事だと思うの。

 色々あったけど、今じゃあなた達にも感謝してるわ<プレイアデス聖団>。

 これからもかずみの事、よろしくね」

 

 彼女達にしてみれば、意味がわからないだろう。

 自分でも気持ち悪いと思う。

 だけどこれが、あすみの素直な想いだった。

 

 そして【聖呪刻印(スティグマ)】が目覚める。

 

 これまでの経験から、かつてない苦痛が襲いかかる事を無意識に悟ったあすみは、反射的に目の前のかずみを突き飛ばしていた。

 

「あすみちゃん!?」

 

 思わず尻餅を付いたかずみが目にしたのは、震えながらも微笑みを向ける少女の姿だった。

 

 これまで他者に苦しみを押し付け、絶望に貶めてきた最悪の魔法少女、神名あすみ。

 自身の血塗られた経験が、己の身に起こる事を正確に予感させた。

 

 ――あすみは、ここで終わるのだと。

 

 空が白み、闇夜が払われ、海原が白銀色に揺蕩う。

 見れば朝陽が顔を出そうとしていた。

 

「わたしね。あなたと笑い合えた事が、嬉しかった」

 

 一歩一歩離れていくあすみを、突然の事態で誰も追いかける事ができなかった。

 オレンジ色の朝焼けの中、あすみは最後の笑顔を浮かべた。

 

 

 

 

 

 

「さよなら、かずみ」

 

 

 

 

 

 

 瞬間、光の柱があすみを包み込んだ。

 その光に塗り潰されるかのように、あすみの意識は闇に落ちていく。

 

「あすみちゃん!? きゃあ!?」

 

 駆け寄ったかずみだったが、光の柱に弾かれて砂浜をゴロゴロと転がった。

 反射的に口の中に入った砂を吐き出すと、海香が心配して駆け寄る。

 

「かずみ大丈夫!?」

「海香! お願い、あすみちゃんを! あすみちゃんを助けてっ!!」

 

 絶叫するように懇願するかずみの言葉に、海香は力強く「任せて!」と請け負った。

 あすみにはまだ聞きたいことが山ほどある。それに救済の手がかりともなる少女を、ここでみすみす失いたくはない。

 そして何より、海香にとってもあすみは大切な友人だと思っているから。

 

 海香はあすみがどんな状態なのか知るために、迸る銀色の魔力に魔法を掛けた。

 

「ッッ!? なんて、悍ましい魔力っ! 魔女? いえ、違うっ! なんなの、この狂った魔法は!?」

 

 高度に洗練された術式でありながら、込められた魔力は見る者触れる者に術者の狂気を曝け出している。

 刺青のように擬態した、邪悪な威力を発揮する魔法陣に、海香は出来る限りの手を尽くそうと奮闘する。

 

「<イクス・フィーレ>!」

 

 吸収し、分析し、模倣する。

 だが許容量を越えた魔力と処理の追いつかない狂気的な術式を前に、海香の持つ魔法書がぼろぼろと崩れていく。

 

 限界を悟った海香は、おもむろにあすみに向かって駆け出し、魔力を込めた拳で殴った。

 

「このぉおおおお! <カルチェーレパウザ(解除)>!!」

 

 付与魔法を打ち消す魔法を込めた拳は、確かに届きその効果を発揮した。

 

 複雑な術式は歯車を狂わされ、暴走を開始する。

 あすみの体から青い不定形の化け物が、染み出るように現れた。

 それは蛇の形となって蜷局を巻いたかと思うと、再び取り込むためかあすみを呑み込もうとする。

 

「させるか! みんな行くぞ<合体魔法>!」

 

 かつてこれほどまでに合体魔法を短時間で連発した事はなかった。

 皆苦しそうな顔を浮かべ、それでも各々の限界寸前まで魔力を精製する。

 

「「「<エピソーディオ・インクローチョ>!!」」」

 

 青い蛇は六芒星の結界に拘束され、その巨体で砂浜をのたうち回る。

 

「かずみ! 最後はあなたが!」

 

 海香達から目に見えないバトンを受け取ったかずみは、自身の持つ最大の一撃を放つ。

 リィンとかずみの耳飾りの鈴が鳴った。

 

「あすみちゃんから離れろぉおおおっ!! <リーミティ・エステールニ>ッ!!」

 

 かつてないほどの怒りを得体の知れない<蛇>に向け、過去最大級の一撃が放たれる。

 蛇は苦悶するかのように身をくねらせたが、かずみの放った浄化の一撃に耐えかね、ついには光の粒子となって跡形もなく消え去った。

 

「あすみちゃん!?」

 

 どさりと銀色の魔力の拘束から開放されたあすみが、力なく砂浜に転がる。

 あすみの身に纏っていたゴスロリ服は最早ぼろぼろであり、半裸に近い有様だ。

 

 癒し手である海香と里美の二人があすみに近寄り、懸命に治癒魔法を施し始める。

 その間ずっと、かずみはあすみを抱き締めその名を呼んでいた。

 

「あすみちゃん! あすみちゃん!? お願い目を覚まして! やだよ……こんなのやだよ!!」

「かずみ落ち着いて! この子のソウルジェムは無事よ! バイタルは多少弱ってるけど、死んでなんかないわ!」

「ほ、本当?」

「ええ、大丈夫。助かるわ。たとえ死にそうでも、死なせるもんですか!」

 

 懸命な介護の甲斐あって、あすみの見た目はほぼ完璧に完治している。

 治癒魔法がなければ何ヶ月もかかるだろう怪我も、一時間もしない内に治っていた。

 

 そしてかずみ達が見守る中、あすみが目を覚ました。

 

「あ、あすみちゃん! 目が覚め――」

 

 喜び、声を掛けたかずみだったが、その言葉は途中で止まってしまう。

 かずみの膝から上半身を起こしたあすみは、きょろきょろと不安そうに辺りを見渡している。

 

 そして振り返ってかずみと視線を合わせると、少女はこてんと首を傾げた。

 

 

 

「……()()()()()()達、だれ?」

 

 

 

「………………………………ぇ?」

 

 かずみの世界から、音が消える。

 

「ここは、どこ? ママは、どこにいるの?」

 

 幼い無垢な口調で、あすみは母を探し求める。

 そのあすみらしからぬ仕草は、かずみに最悪の事態を想像させた。

 

「あ……あすみ、ちゃん?」

 

 ガクガクと、かずみは我知らずに体中が震えていた。

 知れば後悔すると分かっているのに、それでも確かめずにはいられない。

 

 果たして、かずみの予感は正しかった。

 

 

 

「……あすみって、だあれ?」

 

 

 

 無垢な表情で、あすみだった少女は首を傾げる。

 

「ママ……ママは、どこにいるの?」

 

 少女は全ての記憶を失っていた。

 ただ一つ、母の面影だけを残して。

 

 かずみの知る<神名あすみ>という魔法少女は、この世から消滅したのだ。

 

「そんな……こんな事って……!」

 

 海香が嗚咽を漏らす。

 全てがハッピーエンドで終わるはずだった。

 

 あいりを救い、あすみを救い、今まで以上に騒々しく、楽しい日常が始まるはずだった。

 神名あすみという魔法少女を、友を失い、プレイアデス聖団の魔法少女達はそれぞれ悲しみに襲われていた。

 

 かずみもまた彼女達と同じように、慟哭を上げたかった。

 

 それでも目の前の少女に教える為に、かずみは精一杯の笑顔を浮かべる。

 大切で、大好きな友達(ともだち)の事を語るために。

 

「……っ、あすみちゃんは、わたしの大切な……友達の、名前。

 意地悪で、ひねくれていて、口が悪くて。

 とっても頑固だけど……本当は誰よりも優しい。

 笑顔の素敵な、女の子なの……!」

 

 記憶喪失の少女(かずみ)は、新たに記憶を失った少女(あすみ)を抱き締めた。

 記憶を失う事の悲しみを、かずみは本当の意味で理解したのだ。

 

 胸が、痛い。

 こんな悲しみを、わたしはみんなに。

 

「……おねぇちゃん、どこかいたいの?」

 

 震えるかずみの頭を、少女の手が撫でた。

 

 

「いたいのいたいの、とんでいけー」

 

 

 かずみの目から、涙が溢れた。

 それはいつまでも止まることなく、頬を伝い落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 地下に築かれた魔法都市。

 その中心部にある神なき神殿。

 

 崇める主なき祭壇に腰掛けるのは、銀髪の少女だった。

 魔法少女達の運命を弄ぶ、邪悪の魔女は微笑む。

 

「誰かが救われるならば、他の誰かが救われない。

 そうやって世界はバランスを取ってるんだろうね、あすみん」

 

 悲しみも喜びも、全ては等しく天秤に乗せられた現象でしかない。

 夢見がちなほどに非現実的で、残酷なまでに現実的な「魔法少女システム」の体現者たる少女は、何かを悼むように目を閉じていた。

 

「さあ、実験を次の段階に進めましょう。

 魔法少女の理を、ここに晒して暴いてしまいましょう」

 

 開かれた右目は血を思わせる紅色。

 だが残された左目は、黄金色の異彩を放っていた。

 

 

 

「<神話創世計画(ジェネシスプロジェクト)>を次の段階へと進めましょう」

 

 

 

 奇跡も魔法も、この世界にはあるのだから。

 神話を地上に創ったところで、今更構わないだろう。

 

 もしも神とやらがいるのなら、止めて見せるがいい。

 だがその空席に腰掛けるのは、見知らぬ有象無象の化身ではない。

 

「……あなたにも協力してもらうわよ、<カンナ>」

 

 リンネが振り向いた先には、一人の少女がいた。

 

 仮面を被った少女の腕には刺青が刻まれている。

 それは蛇の如くうねり、蜷局を巻いていた。

 

「勿論さ。共に新世界(ネクストステージ)を創造しようじゃないか!」

 

 くすくすと、舞台裏で黒幕達が嗤い合う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇ネタ ※キャラ崩壊注意

あすみ「お前のソウルジェムは何色だァー!?」
リンネ「銀色だよー。あすみんとお揃いだね!」
あすみ「怖気が走る! 反吐が出るぜ!」
QB「まったくだね!」
リ&あ「「お前は引っ込んでろ!」」
QB「……わけがわからないよ(ショボーン」



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第二十話 不吉の足音

 第二章Bパート開始。


 

 

 ――午前三時、あすなろ市内にて。

 多くの人々が眠りに就く中、魔法少女達の夜は終わらない。

 

 日夜繰り返される魔法少女達の戦い。

 魔女を殺し、その眷属である使い魔を滅ぼし、時にグリーフシード目当てに見逃しながらも、魔法少女達は己が目的の為に戦い続ける。

 

 だが敵は魔女とその眷属ばかりではない。

 時に同じ魔法少女でありながら、互いの血を流す事もある。

 

 同じ地域に魔法少女が存在するだけで、単純にグリーフシードの取り分が減る事になる。

 故に縄張りを張ることで棲み分けを行うのだ。

 

 綺麗事を抜きに考えれば、無用な争いを避ける効率的な方法だろう。使い魔や魔女による被害に目を瞑りさえすれば。

 だが綺麗過ぎる水に魚は住めないように、魔法少女もまた、使い魔や魔女がいなくなってしまえば、その先にあるのは破滅でしかない。

 

 そうしてまた新たな魔女が生まれるのだ。

 最後に残った魔法少女がソウルジェムを砕かない限り、悲劇の連鎖は終わらないだろう。

 

 だが効率的に思える縄張りも、実際のところ領土争いにも似た小競り合いが頻発する為、結局魔法少女同士の衝突は避けられなかった。

 

 そんなグリーフシードの獲得競争もあるため、素直に仲間とは言い難い関係の魔法少女達だったが、本気でお互いの命を奪い合うような事態には滅多にならない。

 

 超常の力を持つ魔法少女とはいえ、元は普通の感性を持つ少女達なのだ。

 命のやりとりに耐性があるはずもなく、見るからに化け物然とした魔女が相手ならばともかく、同じ人間に魔法をぶつける事を躊躇う少女は多い。

 

 だが時に、その禁忌を破る者達が現れる。

 

「た……助けて……!」

 

 今もまた、一人の魔法少女が襲われていた。

 

 相手は同じ魔法少女。

 しかも一人ではなく六人もの数を揃えていた。

 多勢に無勢、勝てるわけがない。 

 

 その悪魔の集団の名前は<プレイアデス聖団>。

 

 星座の姉妹の名を冠した、聖者の集団。

 だがたった一人の少女を追い詰める様は、その輝かしい名に相応しくない所業だった。

 

「あ、あなた南中サッカー部の牧さんよね!?」

 

 ついに袋小路へと追い立てられた少女は、敵の魔法少女達の中に見知った顔を見つけ、必死に懇願する。

 それこそが唯一助かる道だとばかりに、必死に取り繕った笑みを浮かべた。

 

「ほら私よ! 茜すみれ! トレセンでコンビ組んだ――」

「ごめん、すみれ」

 

 だが少女の命乞いは無駄に終わる。

 カオルの手が少女の腹部を貫き、ソウルジェムを抜き取った。

 

「<トッコ・デル・マーレ>」

「やめてええええええッ!!」

 

 悲鳴が上がり、その声が途切れるのと同時に少女の生命活動が停止する。

 

 魂を失い仮死状態となった肉体を、ニコが魔法でカプセルに収納した。

 手のひらサイズまで小さくなった少女の体は、まるで本物の人形のようだった。

 

 一人の魔法少女を回収したプレイアデスは、憂鬱な表情のまま向かい合う。

 今しがた<保護>した少女の事から目を逸らし、今最も心配な事を話題に上げる。

 

「……かずみはいま、どんな様子だった?」

「泣き疲れて眠ってるわ。それよりあの子の事はどうするの?」

 

 かずみを守るために戦い、その果てに全ての記憶を失った少女、神名あすみ。

 彼女の今後をどうするのか、それも頭の痛い問題だった。

 

「……たとえ記憶を失おうとも、彼女はまだ魔法少女だ。本来なら<保護>するべきところだが」

 

 何の障害もなければ、今しがた回収した魔法少女と同じようにするべきなのだろう。

 心情を抜きに考えれば、プレイアデス聖団にとって今の彼女はただの負担にしかならない。

 

 それでも、魔法少女達の悲劇の連鎖を終わらせられる鍵を、彼女は持っていた。

 彼女がユウリ――本名「杏里あいり」を救ったことは記憶に新しい。

 

 記憶を失う前の彼女であれば、是が非でも取り込みたい相手だった。

 だが今の記憶を失った彼女はあまりにも無力で、回復の目処すら立っていない。

 

「……あの子をかずみと引き離すのは、影響が大きすぎる。それに真実を話すタイミングを完全に逸したわ。今のかずみに聞かせても、追い討ちにしかならない」

 

 先ほどまで行っていた事も、かずみは何一つ知らない。

 

 だがいつかは知る時が来るのだ。

 そのことを教えてくれた少女のためにも、いつまでも目を背けてはいられない。

 

 サキは溜息を付くと、メンバーの中で最も多彩な魔法を使える海香に尋ねた。

 

「記憶を取り戻す手段はないのか?」

「……未知の魔法を使われてるのよ。解除はしたけど、どんな効果だったのか読み取る時間なんてなかったわ」

 

 通常の医療機関は言うに及ばず、海香にしてもお手上げの状態だった。

 時間経過による回復が最も可能性が高いという時点で、何の力にもなれていない証だろう。

 己の無力さを嫌というほど見せつけられた。

 

 その上問題なのが、神名あすみの背景だ。

 

 彼女は以前、ここには仕事で来ていると言っていた。

 彼女のような強い魔法少女が、かずみを守るために。

 

 魔法少女に魔法に関係する仕事を与える。

 そうなると背後にいるのは、魔法少女の存在を知っている者、あるいは組織だと考えられた。

 

 彼女が一度だけ口にした【銀の魔女】という言葉。

 今にして思えば、あれは組織名か何かの隠喩だったのかもしれない。

 

「彼女の事はひとまず様子見するしかないでしょうね。かずみと同じように」

 

 結局は地雷を恐れての現状維持しかできなかった。

 

「それでニコの方は、何か手掛かりは掴めた?」

 

 唯一の手掛かりは、あすみの持っていた情報端末だった。

 

 どこのメーカーの物なのかすら不明な端末は、当然のようにロックが掛かっていた。

 その解除をニコに頼んでいたわけなのだが――海香の問いかけに、ニコは珍しく苛立った様子で答えた。

 

「ノン、クラックして中覗こうとしたらマイマシンがいかれた。マジで意味不明」

 

 おまけに端末自体も自壊するというおまけ付き。

 ニコの魔法なら端末を再構成することもできるかもしれないが、精密な物はそれだけ時間が掛かる。

 

 おまけにそれだけの時間をかけても、データが無事である保証は皆無だった。

 はっきり言ってやるだけ魔力と時間の無駄にしか思えない。

 

「……結局振り出しに戻る、か」

 

 あすみの背後にいる者はかずみを浚い、守るように命じた。 

 そしてあの最後、あすみの身に起こった惨事も無関係ではあるまい。

 

 あの身の毛もよだつおぞましい銀色の魔力。

 

 自分達の知らない所で何か得体の知れない事態が始まっている。

 身近に迫り来る巨大な敵の存在を、彼女達は確かに感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――同時刻、あすなろ市にある時計塔の頂上に、一人の少女が佇んでいた。

 街を一眺できるほどの高さを持つ尖塔の先に足場はほとんど存在しないにも関わらず、少女は双眼鏡を片手に悠然と街を見下ろしている。

 

「へーすっごーい。あれが噂の<プレイアデス>かぁ」

 

 その視線の先には、今まさに一人の魔法少女を狩り終えたばかりの【プレイアデス聖団】がいた。

 

「言われた通り、先にこっちに来て正解だったみたい」

 

 サムライテールにした艶のある髪先をくるくると弄びながら、少女は目を細める。

 視線の先では少女達の魂の宝石(ソウルジェム)が輝いていた。

 

「いいなあ、欲しいなあ……あの子達」

 

 ぺろりと少女は唇を舐めた。

 彼女達の持つ生命(ソウルジェム)の輝きが、どうしようもなく少女の欲望を刺激していた。

 

 だからこれは仕方のない事。

 あんなに美味しそうなご馳走を前にして、我慢なんて出来るわけがない。

 

 

()()()()()()()が来る前に、味見しちゃっても良いよね?」

 

 

 ――少女が取り出したソウルジェムは、不吉なほど赤く輝いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十一話 銀色の予兆

大変お待たせしましたー。
ひっそりこっそりと更新。


 

 

 

 ――ここは、どこなんだろう?

 

 疑問の泡が浮かび、ここは夢の中であると弾けて消えた。

 奈落の底にいるかのような暗闇の中で、かずみは一人佇んでいた。

 

 辺りには何も存在せず、誰の姿もない。

 あいりの精神の中へ潜った時のような、輪郭のあやふやな世界。

 けれどもあの時のような憎悪や居心地の悪さは一つも感じられなかった。

 

 ただ静かで、穏やかな静寂。

 ここには何もない代わりに、全てが満たされている。

 

 ぼうっと闇に身を委ねていると、かずみはふと、何か大切な事を忘れている気がした。

 それに応えるかのように、傍らの闇がこぽこぽと泡立つ。

 

『わたしは神名あすみ。不本意ながら『あなたを守れ』と命令された者よ』

 

 泡が弾けるのと同時に、いつかの記憶が再生される。

 

 そこには端正な顔を不機嫌そうに歪めた銀髪の少女がいた。

 灰色の瞳は鋭く、それでいて何もかも諦めたような暗い色をしていた。

 

『……これを着なさい。そういう趣味なら止めないけど、目障りだから追い出すわよ。

 ああ、ちゃんと通報はしてあげるから、心配しないでいいわ。行き先が病院か檻の中かは知らないけど』

 

 目覚めたばかりのかずみは何故か裸で、それを見かねた彼女が服を貸してくれた。

 言ってる事は皮肉げだったけれど、結局それは口だけで、実際の行動は随分と優しいものだった。

 

 空腹のかずみを見かねて、ご飯を作ってくれた。

 食事中もついはしゃいで怒られてしまったけど、かずみも納得できる理由だったので、その言葉はすとんと胸に落ちた。

 

 内心では怖い子なのかと警戒していたが、彼女はきっと不器用なだけなのだろう。

 そうと分かってしまえば、かずみが彼女を恐れる理由は一つもなかった。

 

 ご飯粒を大切にする人に、悪い人はいない。

 かずみはごく当たり前のようにそう思った。

 

 時にあすみからお仕置きされる事も多々あったが、本当の意味で傷つけられた事は一度もない。

 

 海香、カオルの二人とも出会えた。その時あすみとは衝突しかけたものの、どうにか和解する事ができた。

 翌日には四人でショッピングにも出かけた。

 

 買い物中、二人がどこかでかずみを「以前のかずみ」と比べている気がして、もやもやとした気分になった。

 

 ――わたしは、わたしだもん。

 

 そんな中、変わらぬ態度で静かにかずみを見守る彼女の姿に、少なからず安堵していた。 

 彼女だけは当たり前のように、そのままのかずみを見ていてくれた。

 

『……綺麗』

 

 だから彼女が不意に漏らした言葉を聞き、かずみは何かをしてあげたくなった。

 彼女にとっては余計なお世話なのかもしれないけど、かずみは彼女の喜ぶ顔が見たかった。

 

 彼女を笑顔にしたかった。

 それはきっと、とても素敵なものだと思うから。

 

 ――わたしって、実はワガママだったみたい。

 

 ちょっぴり強引に、カオルと海香にも手伝って貰って彼女を着せ替えた。

 ウェディングドレスを着た彼女は、本当の本当に綺麗だった。

 

『……ありがとう、かずみ』

 

 だから、それは不意打ちだった。

 夢か幻かと思うほど、彼女の浮かべた笑顔から目が離せなかった。

 

 幸せそうな笑みを浮かべた彼女を見ているだけで、かずみも幸せな気持ちになれた。

 かずみにとって掛け替えのない記憶の一ページ。

 

 ふと我に返れば相変わらず闇の中で、光の泡が次々と浮かんでは弾けていく。

 泡沫となって消えていくかずみの数少ない記憶の泡沫、その全てにはいつも彼女の姿があった。

 

 かずみは無意識に目を逸らした。

 このまま光の泡を見続けてしまえば、いずれ良くない事が起こる。

 

 それが何なのかまでは思い出せないが、かずみはその記憶を直視したくなかった。

 そんなかずみに突きつけるかのように、泡はかずみの眼前に浮かび上がり、夢ではない現実を晒け出す。

 

 瑠璃色の空と海。

 日の出前の薄暗い砂浜を背景に、場違いに思えるゴスロリ服の少女が儚く佇む。

 

 彼女のそんな顔は見たことがなかった。

 そんな、今にも泣き出しそうな笑みは。

 

『さよなら、かずみ』

 

 別れの言葉。

 かずみが手を伸ばすよりも早く、銀色の光が彼女を包み込む。

 

 その光が彼女を奪うものだと直感的に悟ったかずみは、仲間と共に彼女を助けようとした。

 海香の解除の魔法によって現れた青い蛇を仲間達全員で拘束し、最後はかずみが止めを刺した。

 

 原因と思われる悪者を倒し、彼女を救い出した。

 あんな悲しい顔なんて二度とさせたくなかった。

 

 そして目覚めた彼女は――全ての記憶を失っていた。

 かずみの知るあすみはもういないのだと、目の前の少女を見て悟った。

 

 ――ダメ、行かないで!

 

 

 

「あすみちゃんッッ!!」

 

 ハッと飛び起きると、そこは見覚えのない部屋の中だった。

 起き抜けで混乱していたかずみだったが、時間をおいて呼吸を落ち着かせると、ここがどこなのかを思い出した。

 

「そっか、ここ海香の……」

 

 かずみが記憶を失う以前に、海香とカオルの三人で住んでいたという邸宅だ。

 規模としてはあすみの屋敷とほぼ同じくらいだろう。

 

 何故かずみ達がここへ移ったかといえば、あすみのためだ。

 

 あの広い屋敷にあすみ一人を残すわけにもいかず、かといって家主がああなってしまった以上、かずみ達が居座るわけにもいかなかったからだ。

 

 そのため、かずみ達は海香の邸宅にお邪魔し、無人となったあすみの屋敷は現在『魔法少女神名あすみ』の手掛かりとして、ニコと海香を中心としたプレイアデス聖団の魔法少女達の手によって調査されている。

 上手くいけば、あすみの背後にいると思われる人物、あるいは組織に繋がる何かが見つかるかも知れない。

 

 かずみは室内をぐるりと見渡した。よく掃除の行き届いた室内には、誰かの生活臭が僅かに感じられる。

 

 教科書の並んだ机。

 ハンガーに掛けられた学校の制服。

 写真立ての中ではかずみを中心に海香、カオルが肩を組んで笑顔を浮かべていた。

 

 机の脇に掛けられた鞄に提げられた黒猫のキーホルダーが目に入る。

 手に取って見れば、胴体部分に『KAZUMI』と刺繍が施されていた。

 

「……ここ、わたしの部屋なんだ」

 

 記憶にない自分の部屋は、どことなく懐かしい感じがした。

 

 もちろんかずみの記憶が戻ったわけではない。

 それでもかずみは自分のルーツをまた一つ知る事ができた。

 

 今度はもう何があっても忘れないようにしよう。

 かずみは自分の部屋を眺め終えると、大切な少女の元へと向かう。

 

 かずみの部屋から一番近い場所にあすみの部屋は用意されていた。

 かずみとしては別に一緒の部屋でも構わなかったのだが、あの事件からまだ二日しか経っていない。

 

 至る所がボロボロだったのを無理やり魔法で治療したあすみの体調や、突如として現れた正体不明の青い蛇の存在、あすみの物とも違う強大な銀色の魔力……それら諸々の事柄に懸念を覚えた海香の提案によって、大事を取って様子を見ることになったのだ。

 

 ここでかずみが我侭を言っても、みんなの迷惑になるのがわかっていた。

 確かに彼女の事は心配だったが、それで当人に負担を掛けるのは本末転倒だと理解している。

 

 ドアの前に立ったかずみは、大きく深呼吸を一つすると「よし!」と自らの頬をぐにぐにと揉んで、笑顔を作った。

 

 暗い顔を浮かべて、彼女を心配させるわけにはいかない。

 そして準備が整うと、かずみはドアをノックした。

 

「おはよー、起きてる? ……入るよー?」

 

 かずみの鋭敏な感覚は室内にいる彼女が未だ眠っている事を教えてくれた。

 それを当然のように認識したかずみは「お邪魔しまーす」と室内に入る。

 

 元々物置きだったこの部屋は、あすみのために急遽片付けられていた。

 間取りはかずみの部屋と同じはずだが、そうとは思えないほど広く感じられる。

 

 その原因は私物がほとんど置かれていないせいだろう。

 段ボールが幾つか壁際に積まれているが、中身は彼女の着替えくらいなものだ。

 

 屋敷に置いてきた物も少しはあるが、元々彼女は私物が少なかったようだ。

 勝手ながら荷物を纏めた時には驚いたものだ。

 

 かずみがベッドの傍に近寄ると、そこには一人の少女が眠っていた。

 その寝顔のあどけなさは年齢以上に彼女を幼く感じさせる。

 

 静かな寝息を立てている銀髪の少女は、まるで絵本に出てくる眠り姫のようだった。

 

 目の前の少女の事がどうしてもかずみの中の彼女と繋がらない。

 性格も、言動も、何もかもがかずみの知っている彼女とは違う。

 

 かずみは壊れ物に触れるかのようにそっと少女の体を揺すった。

 

「……朝だよ、あすみちゃん」

「んぅ……おはよー、かずみおねぇちゃん」

 

 眠たげに瞼を擦り、ぼんやりとあすみは欠伸をする。

 そんな気の抜けた様子は、以前の彼女なら決して他人には見せなかっただろう。

 

 だが比較すること、されることの辛さは、かずみ自身にも覚えのある事だ。

 かずみだって以前の自分と比較されれば気分が悪いのに、その気持ちを知っていながらあすみに対して同じ態度をとるのは、無神経というものだろう。

 

 おまけにどういうわけか、今の彼女はかずみの事を年上だと認識していた。

 かずみと同じ記憶喪失でも、あすみのそれは自意識まで幼くなっているようだ。

 

 そんな事情もあり、かずみは目の前の幼い少女「あすみ」の姉として振る舞う事に決めた。

 もしも以前のあすみがそれを知ったなら「……お姉さんぶるなんて、かずみの癖に生意気」と頬を抓ったかもしれない。

 

 けれどもう、そんな遣り取りは二度と起こらないのだろう。

 

 泣きたくなるような想像を頭から振り払うと、かずみは少女の世話を焼く。

 着替え方すらも忘れてしまったのか、一人ではうまく着替えられないあすみを手伝い、身嗜みを整えてやる。

 

 雑多な朝の準備を全て終えると、朝食を摂るためにリビングに向かった。

 だがそこには海香達の姿はなく、代わりにいるのはジュゥべえだけだった。

 

「おはよー……あれ、海香達は?」

「あいつらなら朝早くに出てったぞ? なんでも調べ物の続きだとさ。朝食はテーブルに用意されてるから、それ食えって」

 

 言われてテーブルの上を確認すると、確かに朝食が用意されていた。

 書き置きのメモには先ほどジュゥべえの言っていた事と、あすみの世話をかずみ一人に任せる事への謝罪、それから諸々の注意事項が事細かに書かれていた。

 

「……海香らしいなぁ」

 

 メモ書きからは海香の几帳面な性格が滲み出ている。

 かずみは苦笑すると、あすみと一緒に朝食を摂った。

 

 二人と一匹の静かな空間だったが、悪い雰囲気ではなかった。

 ふとした瞬間に以前の彼女の面影が重なり、寂しい気持ちにもなるが、それは最早仕方のない事だ。

 

 あすみが生きて目の前にいる。

 それ以上を望むのは贅沢というもので、かずみはこの幸せを守らなくてはならない。

 

 それを邪魔する者は、誰であろうと容赦はしない。

 

 まだ残っていたあすみのシチューは、一晩寝かせたせいか暖め直すと昨日よりも味が染み込んでいて、より美味しく感じられた。

 

「このシチューおいしい。なんだかママの味がする」

「……そうだね。すごく美味しいよね」

 

 作った当人でありながら、その事実を忘れ、母親の味だと笑顔を零す。

 

 それはとても歪で、悲しい光景だった。

 溢れ出る衝動を必死に押さえつけ、かずみは涙を見せないよう気をつけながら、一口一口ゆっくりと彼女の作ったシチューを味わった。

 

 

 

 朝食を終えたかずみが食後の皿洗いをしていると、リビングであすみが毛繕いをしているジュゥべえに恐る恐る手を伸ばしている様子が窺えた。

 

「な、なんだァ?」

 

 思わず逃げ腰になるジュゥべえだったが、あすみが悲しそうな顔を浮かべるのを見て、警戒しつつも踏み留まっていた。

 これが以前のあすみが相手だったならば、迷わず全力で逃走していた事だろう。

 

 だが今の彼女はジュゥべえにとって幸いな事に、無害な存在となっていた。

 ジュゥべえを撫でる手つきは非常に丁寧であり、間違っても痛めつけるような真似はしないだろうと安心できる物だった。

 

「お、おおう。意外とうめぇじゃねえか」

「ん」

 

 撫で方を褒められ、あすみは嬉しそうにはにかむ。

 何かに付けてジュゥべえを亡き者にしようとしていた、あの恐るべき少女と同一人物だとはとても思えなかった。

 

「この子、かわいい」

 

 聖団のマスコットキャラとして大人しく撫でられていたジュゥべえだったが、あすみの漏らした一言に衝撃を受けていた。

 

「お、オイラがカワイイ……だと?」

「うんっ」

 

 笑みを浮かべ肯定するあすみを見て、ジュゥべえは静かに涙した。

 

 散々UMAだのキモイだのと、心無い言葉に傷ついていた彼のハートは今、無垢な少女の言葉に癒されていた。

 たとえその傷が、元々目の前の少女に付けられた物だったとしても。

 

「……良い子じゃねぇかこんちくしょう! これがあのおっかねえ娘っ子だとはとても」「ジュゥべえ――怒るよ?」

「っうぇ!? す、すまねぇかずみ! オイラ、そんなつもりじゃ……!?」

 

 皿洗いを終え、自分専用のエプロンを脱いで現れたかずみが、低い声でジュゥべえを窘めた。

 

「あすみちゃんは、優しいよ。いつだって」

 

 確かに今のあすみの方が素直かもしれない。

 けれど素直じゃなかった以前のあすみも、解りづらかったけどとても優しかった。

 それを否定するような発言など、かずみには見過ごせない。

 

 ぞっとするほど静かなかずみの言葉にガクブルしながら、ジュゥべえは自らのお口に前足を当てて塞ぐポーズを取った。

 あすみの奴が大人しくなったと思えば、今度はかずみの方がおっかなくなっていた。

 

 うっかり「今のあすみの方が良い」だとか、「ずっとこのままで居た方がオイラの為」だとか、そんな正直過ぎる感想を漏らした日には、彼の身に何があってもおかしくはないだろう。

 それほど神名あすみの存在は、かずみにとって大きなものになっていた。

 

「……そうだ。あすみちゃんの物、色々買い揃えないと」

 

 急な引越しだった事もあり、生活用具など足りていない物も多い。

 あすみ自身は何も気にしていない様子だが、いつまでもこのままで良いはずもない。

 

 彼女のためにも、海香達が戻ってきたら相談しないといけないだろう。

 今後の予定を考え込んでいたかずみがふと視線を戻すと、顔を俯かせたあすみがぽつりと呟いた。

 

「……ねぇ、わたしのママ、どこにいるのかな?」

 

 ジュゥべえを撫でたまま、あすみは不安そうに窺ってくる。

 目覚めた時から彼女はずっと自分の母親の事を探していた。 

 

「ごめんね。あすみちゃんのママの事は今、海香達が全力で調べてるはずだよ」

 

 彼女達が今なお出払ってるのも、そのためのはずだ。

 

「だからそれまでの間、今度はわたしにあなたを守らせて」

 

 それは誓いだ。

 

 かつて彼女が誓ってくれたように。

 かずみもまた少女に誓う。

 

「守るから、絶対に」

「……うん、ありがと。おねえちゃん」

 

 力強く抱きしめるかずみを、少女は戸惑いながらも受け入れた。

 

 

 

 

 

 心配だったあすみの体調も良好で、これ以上家の中でじっとしていても体に毒かも知れない。

 などとあすみの体を心配するかずみだったが、ここ数日かずみ自身も外出していなかったためにかなりフラストレーションが溜まっていた。

  

「……お出かけしたいなぁ」

 

 最初はあすみの事が心配でそれどころではなかったが、とりあえず問題がない事が分かると無性に外の空気が吸いたくなってくる。

 今のかずみの様子を海香達が見れば、散歩に行きたくてうずうずしている犬の姿を幻視したことだろう。

 

 海香から渡されたお小遣いも多少ある事だし、あすみを連れて少し外出しても構わないはず……と自らを納得させると、かずみは外出の支度に取りかかった。

 

 しばらくして準備を終えると、かずみは鏡に映った自分の姿を確かめる。

 以前にあすみから貰ったよそ行き用と決めた服を着込み、無造作に伸ばされた烏の濡れ羽色の髪を、これまたあすみからプレゼントされた青いリボンで纏めていた。

 フリフリのスカートは派手で少し恥ずかしい気もしたが、どれも彼女から貰った大切な物だ。

 

「……二人でお出かけ、これってデート?」

 

 鏡の前でうーんと考えてみるが「なんか違うね」と首を振った。

 

 あすみの着替えも手伝い、二人揃って並んでみる。

 鏡の中の二人は顔立ちも髪色も似てはいないが、同じ様な衣装を着て並ぶと姉妹とまでは言えなくとも、それに近いほど仲の良い友達に見えた。

 

 支度を整えると、二人はつい先日も海香達とやってきたショッピングモールへと向かった。

 前回は四人だったが、今回は二人だけだ。

 

 思い出のある場所に行けば、もしかしたらあすみの記憶が戻るかもしれないという淡い希望もある。

 何も思い出せない自身の事を棚に上げての勝手な期待だと分かっていても、かずみは思わずにはいられなかった。

 

「わぁ、人がいっぱい!」

「あすみちゃん、はぐれちゃうよー!」

 

 いつになく明るい笑顔を浮かべるあすみに、以前の彼女を重ねてしまい物凄い違和感に襲われながらも、かずみ達ははぐれないよう手を繋いだ。

 

 先日の焼き直しのように二人でぐるりと店舗を冷やかしていく。

 本格的な買い物は、海香達の都合が付いてからにしようと考えていた。

 

 気の向くままに歩いてると、あすみがきょろきょろと辺りを忙しなく見渡していた。

 どうやら今の彼女にとって、見る物全てが目新しく映るらしい。

 

 不意に少女の視線は、一人の女性の後ろ姿を捉えた。

 それは銀色にふわりと舞い、道角に消えていった。

 

「っあ!!」 

 

 あすみは急に叫ぶと、かずみの手を振り払い走り出した。

 まるでずっと探し求めていた物が、そこにあるとばかりに。

 

「あ、あすみちゃん! どこに行くの!?」

「ママ、ママがいた!」

 

 その言葉に一瞬足が止まってしまったものの、かずみは慌てて追いかけた。

 まさか、そんな、と信じられない思いだったが、ここで惚けてしまえば彼女は遠くへ行ってしまう。

 かずみは悲鳴染みた声を上げた。

 

「待って……お願い止まって! あすみちゃん!」

 

 かずみの懇願をもってしても、あすみの足は止まらない。

 記憶喪失以来、今まで周りの言う事を素直に聞いていた彼女が、初めてかずみの言葉を無視した。

 

 それほどまでに、彼女にとって母親の存在は大きいのだろう。

 かずみが僅かな嫉妬すら覚えるほどに。

 

 あすみの後を急いで追いかけ、遅れて店角を曲がる。

 すると目の前に人影が現れ、かずみはぶつかってしまった。

 

「きゃっ!?」

 

 咄嗟に制止したものの、かずみはバランスを崩してその場に尻餅をついてしまう。

 

「……大丈夫?」

 

 そんなかずみの頭上から、凛とした声が掛けられた。

 視線を上げると、そこには銀髪の少女が困惑した顔で手を差し伸べる姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十二話 表裏邂逅

 執筆ペースがちょい上がってきました(気のせい)。
 感想感謝です。モチベーション上がりました。


 

 

 

 かずみの見上げる先には、銀髪の少女がいた。

 海香達が通う学校とは違う見覚えのない制服の上から、裾の長いコートを羽織っている。

 左の目元には泣き黒子があり、かずみ達とそう年は変わらないはずなのに、ずっと大人びた雰囲気があった。

 

「……大丈夫?」

「あ、ごめんなさい!」

 

 倒れたかずみに向かって、彼女は優しく手を差し伸べてくれた。

 かずみは躊躇いがちに彼女の手を取り、慌てて立ち上がる。

 握り締めた彼女の手は、ひんやりとしていて冷たかった。

 

「……いえ、こちらこそ。ぼんやりしてたみたい。怪我とかない?」

「はい、大丈夫です」

 

 ぶつかった事を謝るかずみに対して、少女もまた謝罪する。

 かずみは改めて、目の前の少女の事を観察した。

 

 はっと目が覚めるほど綺麗な少女だった。

 すらりとしたスタイルをしており、顔が整っている事はもちろん、正面から対峙するとその凛とした雰囲気に呑まれそうになる。

 

 何よりも目を惹くのは、やはり腰まで伸びた銀色の髪だろう。

 後ろで一括りにされたそれは、まるで抜き身の刀のような輝きを纏っている。

 

 かずみが思わず見入っていると、銀髪の少女は不思議そうに首を傾げた。

 

「あの、どうかしました?」

「あ、ごめんなさい! すっごい綺麗な人で、ちょっとびっくりしちゃった!」

 

 かずみの突然の賛辞に、銀髪の少女は驚きで目を僅かに丸くする。

 言ってから自身が何を口走ったのか自覚したかずみは、遅れながら羞恥で頬を染めた。

 

「あの、その、別に変な意味じゃなくて! 純粋に綺麗だなーって!」

「……そう、ですか。ありがとうございます」

 

 次々と墓穴を掘るかずみに、苦笑気味に少女はお礼を言った。

 そうして訪れた沈黙は気まずく、かずみはあたふたと一杯一杯になっていた。 

 

「……怪我もないようですし、それじゃあ失礼しますね」

 

 慌てるかずみをよそに、銀髪の少女は気を取り直すと、作り物のような綺麗な笑みを浮かべてその場を立ち去ろうとする。

 元々ただの通りすがりの関係だ。本来なら、かずみに彼女を引き止める理由はないはずだ。

 

「あ、あの、すみません! ちょっといいですか!」

 

 だが、かずみは彼女を呼び止めた。

 あすみと同じ銀髪繋がりというわけでもないが、どことなく彼女に似た雰囲気が、かずみに声を掛けさせていた。 

 

「こっちにあすみちゃん……これくらいの女の子来ませんでした? こう黒くてふりふりした服を着てる――」

 

 かずみは身振り手振りで精一杯の説明をする。

 それは傍目からは意味不明なジェスチャーだったが、銀髪の少女はなんとなく読み取ったのか、真剣に考えてくれた。

 

「いえ、見てないと思うけど……はぐれたの?」

「はい、そうなんです。……あの、突然すみませんでした! それじゃわたし、探しに行くんで! ぶつかってほんとごめんなさい!」

 

 心当たりがないのなら仕方ない。早くあすみちゃんを探しにいかないと。

 急いで探しに行こうとするかずみを、今度は銀髪の少女が呼び止めた。

 

「ちょっと待って……ついでだし、一緒に探してあげるわ」

 

 驚くかずみに向かって、少女は優しげに微笑んだ。

 

「実は、私も人を探してるの。私の仲間なんだけどね」

「仲間って、お友達のこと?」

 

 そう聞き返したかずみに、少女は意外そうな顔を浮かべた。

 

「……友達、か。そういう風に意識した事はなかったけど……そうね、大事な友達かな」

「そっか! それじゃ頑張って探さないとね!」

 

 少女は呆れたように、かずみをジト目で睨む。

 

「……私の方はついでで構わないわ。聞いた話だと、あなたの探し人の方が緊急でしょう?」

 

 あすみの事は『親戚の幼い子』として説明してある。

 実年齢はかずみと大差ないだろうが、あすみは現在記憶喪失の影響か精神的にかなり退行していた。元々の容姿の幼さもあったため、かずみの従妹と説明することにしたのだ。

 

 そんな子供がはぐれたと聞かされたなら、確かにそちらを優先して探すべきだろう。

 彼女の提案に感謝して、かずみ達は周囲を捜索し始めた。

 

「そういえば、まだ自己紹介もしてなかったわね。

 私は()()()()。……あなたの名前も教えてくれる?」

 

 そう言って微笑む彼女は、やはり頼りがいのあるお姉さんの様だった。

 

「かずみです! 天乃さんですか?」

「スズネでいいわ。私もかずみって呼ぶから」

「じゃあ、スズネちゃんって呼んでもいい?」

「ええ、構わないわ」

 

 こんな時だが、かずみはスズネとの出会いに感謝していた。

 あすみを無事に探し終えたら、お友達になりたいと思えるほどに。

 

 周囲に気を配りあすみの捜索をしながら、二人は情報交換を行った。

 あすみの姿を見失ってしまったが、まだ時間的にもさほど離れてはいないはずだ。

 体格の小ささから考えるに、人混みに紛れてしまっている可能性が高い。

 

 あすみの詳しい特徴や性格、行きそうな場所の心当たりをスズネに伝える。 

 その際、あまりにも一生懸命に説明し過ぎたせいか、いつの間にかスズネから微笑ましいものを見る目で見られていた。

 

「その子の事、とても大切にしているのね」

「……はい」

 

 過去の記憶を失ったかずみは、両親の顔を覚えていない。

 海香達から聞いた話だと、かずみ達の両親はそれぞれ海外に出張中とのことだった。

 

 執筆活動のある海香や、サッカーチームを抜けたくなかったカオルはこちらに残ることを決め、かずみもそれに付き合って家族ぐるみで仲の良かった三人で一緒に暮らし始めたらしい。

 現在は三人の他にも、新たな同居人が一人増えたのだが。

 

 そういった事情を聞かされた当初は納得したものの、かずみは自分でも不思議なほど、海外にいるという両親に会いたいとは思わなかった。

 これもまた、記憶喪失の影響なのだろう。

 

 いつか彼らと会う時に、かずみは一体どういう顔をすればいいのか。

 そもそも両親の顔がわかるのか、かずみの不安は尽きなかった。

 

 そんな今のかずみにとって家族ともいえる存在は、海香、カオル、そしてあすみくらいなものだ。

 他の聖団の仲間も大切な友達ではあるものの、家族とはちょっと違う感じだ。

 

「ちなみにスズネちゃんが探してる人は、どんな人なの?」

「……騒々しい子だから、近くにいるならすぐに分かると思う。それにここにいる確証もないから、こっちの方は気にしないで」

 

 スズネの探し人は一人先にこの街にやってきているはずなのだが、ずっと音信不通で連絡が取れないらしい。

 賑やかな場所が好きな性格らしいので、スズネは自身の散策と買い出しも兼ねてここにやって来たとのことだ。

 

「それって大丈夫なのかな? ずっと連絡が取れないんでしょ?」

「心配いらないわ。よくあることだから」

 

 スズネの友達は、かなり集団行動に向かない性格らしい。

 呆れたようにその人の事を語るスズネだったが、言葉とは裏腹にその表情からは確かな信頼関係を感じさせる。

 

 かずみにとってのプレイアデス聖団の仲間達と同じように、スズネもその人の事を信頼しているのだろう。

 あすみの捜索に手を抜くわけにもいかないが、スズネの事も気になったかずみは、ちらちらと横目で彼女の事を観察していた。

 姿勢よく隣を歩く彼女の後ろ髪には、髪留めとしてお守りが結ばれている。

 

「スズネちゃんのそれ、お守り? 格好いいね!」

「……ありがとう」

 

 かずみの唐突な賛辞にスズネは一瞬虚を突かれた顔を浮かべたものの、すぐに優し気な微笑みを浮かべた。

 

「あなたのそのリボンも可愛いわね」

 

 お返しとばかりに、今度はスズネがかずみのリボンを褒めた。

 

「あ、ありがとう。このリボン、大切な友達から貰ったものだから……凄く嬉しい」

「……良い友達ね」

「うん!」

 

 難航するかと思われたあすみの捜索だったが、探し人は意外とすぐに見つかった。

 

「みつけた!!」

 

 何故なら探し人の方から、かずみ達の前に姿を現したのだから。

 

「あすみちゃん!」

「――ママ!」

 

 息を切らせながら、あすみは何故か()()()の方に向かって飛びつく。

 敵意の欠片もない少女の突進に、スズネの反応が遅れていた。

 

「――っ!?」

「な!? あすみちゃん!?」

「ママ! ママ!」

 

 もう離さないとばかりに、スズネはしっかりとあすみに抱き付かれてしまう。

 

「ま、ママって!? まさかスズネちゃんがっ!?」

 

 驚きの余りボケた事を言うかずみだったが、二人が親子というのはどう考えても年齢的に無理があった。

 スズネの顔も心なしか引きつっているようだ。

 

「……悪いけど、私はあなたのママじゃないわ。人違いよ」

 

 やんわりとスズネはしがみついたあすみを引き離した。

 抵抗虚しくスズネから離されたあすみは、じっと彼女を見上げると悲しげに呟く。

 

「ママじゃ……ないの?」

 

 ようやくスズネが母親ではないことを確信したのか、気落ちした様子でスズネから距離を取った。

 そんなあすみを訝しげに見ていたスズネだったが、不意に何かに気付いたように目を瞠る。

 

「……あなた、まさか」

 

 その視線は刃物のように鋭く、まるで怯えるあすみを睨んでいるかのようだった。

 かずみは思わず、あすみを庇うようにスズネの前に立ち塞がった。

 

 その様子を見て、スズネは深い溜息を吐く。

 彼女の視線はかずみのリボンで止まっていた。

 

「……そう、そういう事、ね」

 

 スズネは唐突に背を向けた。

 先ほどまでの優し気な雰囲気は霧散し、その背中からは拒絶の意思が放たれている。

 そのあまりにも急激なスズネの変化に、かずみは困惑してしまう。

 

「スズネちゃん?」

「……さよなら。縁があれば、また会えるでしょう」

 

 ――もっとも、そんな時が来なければいいけど。

 

 小さく呟かれたその言葉の意味は、かずみには分からない。

 結局別れの言葉も言えないまま、天乃鈴音はかずみ達の前から立ち去って行った。

 

 

 

 

 

 

 気配を殺し、人混みに溶け込みながら歩くスズネの顔に先ほどまでの笑みは欠片も浮かんではいなかった。

 元より『外向け』の笑顔は、スズネにとっては単なる社交用の仮面でしかない。

 

 誰が相手であっても外面の良い笑顔さえあれば、それなりの信用は得られる。

 初対面の魔法少女達の油断を誘う意味でも、スズネの笑顔は実用的な道具の一つに過ぎなかった。

 

 静かに歩を進めるスズネの隣に、仲間の一人である榛名桜花がさりげなく並んだ。

 

「スズネちゃん見っけ。こないなとこにいたんか、結構探したで?」

 

 文句を言うオウカだったが、彼女の顔がいつになく険しい事に気付き、周囲に聞こえないよう声を潜ませた。

 

「……何かあったん?」

「標的を見つけた……と思うのだけど。あの女の狗にしては、どうも様子がおかしかったわ」

 

 あの幼げな少女が「神名あすみ」だとすれば、とても情報通り数多の魔法少女達を廃人にしてきたとは思えないほど、血の臭いがしなかった。

 

 化けの皮をいくら被ったところで、裏側から発せられる腐臭まではとても隠せるものではない。

 自身もまた人の皮を被った同類(ヒトデナシ)だからこそ察するのは容易い。

 

 それがしなかったということは、単なる人違いか、あるいは。

 

「――罠、かもしれない。おびき寄せられたかも」

「そら考えすぎや……とは言えんとこがなんとも。あの女の性格考えたら、疑い過ぎるということはないやろ」

 

 過去にも似たような手口で、誘い込まれた事があった。

 

 何も知らない魔法少女達を囮に、街ごと包み込むような広域結界を展開され、戦闘に特化した殺戮人形部隊を投入された忌々しい記憶だ。

 オウカが檻と化した結界に抜け穴を作ってどうにか脱出出来たものの、少しでも遅れていれば全員封殺されていただろう。

 

 本来なら大きな街でも二桁は届かない魔法少女を、百体規模で投入するような馬鹿げた物量で行われた<浄化作戦>。

 広域結界が解かれた頃には、都市内に存在していた全ての魔女・魔法少女の区別なく消滅してしまっていた。

 

 ある意味スズネ達の理想とする世界を、皮肉にも連中は局地的とはいえ成し遂げたのだ。

 時間が経てばまた魔女や使い魔が流れ着き、インキュベーターや銀魔女と契約した魔法少女達がそれを狩りにくるのだろうが、一時的にせよ、全ての魔法に関する害悪が消滅していた。

 

 このあすなろ市でも、再びスズネ達を巻き込んだ<浄化作戦>が行われないとは限らない。

 流石に百体規模の人形達を相手にして勝利できるほど、スズネ達は強くはなかった。

 

 少なくとも、今はまだ。

 

「ならここは様子見といこか? せめて問題児共が合流するまでは」

「……その前に状況が動く方が早そうね」

 

 未だに見つからないスズネ達の探し人が、素直に大人しくしているはずもない。

 元々魔法少女暗殺者集団<エリニュエス>はスズネも含めて、チームワークなど無きに等しい個人主義者の集まりだ。

 

 普段は散らばって好き勝手にしている時点で、チームというのも少々怪しいほどだ。

 そんな彼女達が合流する前に、何かやらかしている可能性は高かった。

 

 さらに今回の標的である<神名あすみ>らしき者と一緒にいた少女、かずみ。

 最初、彼女からは不自然なほど気配がしなかった。

 

 ぶつかってきた時もあまりに不意だったので、避け損ねてしまった。

 内心では驚きつつも、彼女からは魔力を一切感じ取れなかった。

 

 だから魔法少女ではない、ただの気配の薄い一般人かと勘違いしていた。

 別れ際、彼女の頭に結ばれた青いリボンの仕掛けに気付くまでは。

 

 リボンに編み込まれた、隠蔽に特化された魔法術式。

 近くでよく見なければ、スズネでさえ確実に見逃していただろう。

 

 そこから感じ取った魔力からは、微かにあの女の残滓が嗅ぎ取れた。

 

「……今のところ罠の可能性が濃厚か。とはいえ見過ごすわけにもいかない。

 彼女達があの女になんらかの形で関わっているのは、もう確定しているのだから」

 

 あの女の獲物ならば、毒牙に掛かる前に殺してやった方が慈悲というものだろう。

 そうすれば少なくとも、その死後まで魂を弄ばれることはなくなるのだから。

 

 手駒や狗ならばなおさら、情状酌量の余地もなく殺処分が適当だ。

 あれは気を抜けばネズミ算式に増えていく害獣と同じだ。

 

 人類のためにも見つけ次第、駆除しなくてはならない。

 

「……今しばらくは機会を待ちましょう。

 この街の魔法少女達を残さず殺せるように」

 

 その時になれば、スズネは躊躇いなく殺すだろう。

 たとえそれが、一時とはいえ身近で会話した相手であろうとも。

 

「……あなたの名前、どうやら忘れられなくなりそうね。『かずみ』」

 

 お守りに付けられた鈴が凛と転がり、軽やかな音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 夕方になって、かずみ達は帰宅の途に就いていた。

 天乃鈴音と名乗った少女と不可解な別れ方をした後、しばらく思い悩んでいたかずみだったが、考えても彼女の取った態度の理由を察する事は叶わなかった。

 

 嫌われてしまったのかとも考えたが、それにしてはあまりにも唐突過ぎて違和感が残る。

 心にしこりが残るものの、考えても分からないものは仕方ないと、いつか機会があれば聞けばいいとかずみは考え直した。

 

 そしてあすみの方も、母親を見つけたと思ったら人違いだったのがよほど堪えたのか、意気消沈していたものの、帰り道の途中からは眠気に襲われているらしく頭がゆらゆらと舟を漕ぎ始めていた。

 

「疲れちゃったのかな?」

「……ん」

 

 こくりと頷いたあすみだったが、そんなマイペースな感じがどことなく以前の彼女と重なって見えて面白かった。

 あの後、あすみに勝手に離れた事を叱ったのだが、涙目になるあすみを前に、かずみはそれ以上強く言う事ができなかった。

 今までずっと大人しく素直だった彼女を、それ以上咎める事が罪深く思えたのだ。

 

「……あすみちゃんのママは、わたしも一緒に探すから。今度からは一人で行っちゃ嫌だよ?」

「うん……ごめんなさい」

 

 小さく指切りをして、少女と約束を交わした。

 もしも本当に彼女の母親が見つかった時、果たして自分はどうすればいいのか。

 かずみ自身はどうしたいのか。

 

 その答えはすぐには出せそうになかった。

 それでもかずみは、目の前の少女が笑顔でいられる未来を選びたかった。

 

 

 

 そしてもうすぐ家に着くかという頃に、かずみは見知った顔を見つけた。

 プレイアデス聖団の魔法少女仲間の一人、神那ニコだ。

 

 彼女はリュックを背負い、肩にはジュゥべえを乗せていた。

 こちらの存在に気付いたジュゥべえが声を掛けてくる。

 

「チャオ、かずみ。今帰りか?」

「うん、そうだけど……ニコはこれからどこか行くの?」

「んー……魔女探し?」

 

 ニコは頬を掻きながら言う。

 どことなく曖昧な言い方だったが、かずみは一人で行動するニコの身を心配した。

 

 つい先日まで【ユウリ】との戦闘があったばかりなのだ。

 今現在聖団を襲う魔法少女がいないとはいえ、もしものことがある。

 

「パトロール? 一人じゃ危ないよ、わたしも一緒に行こうか?」

「……いや、あすみの世話があんだろ? 心配スンナ」

 

 ぽんと、かずみはニコに頭を撫でられた。

 ついでとばかりにあすみの頭も撫でるニコだったが、今度はガシガシと丁寧さが足りなかったせいか、あすみは嫌そうな顔をしていた。

 少しの間は我慢していた彼女だったが、あまりにも髪の毛が乱れるのを嫌ったのかニコの手を振り払う。

 

「や!」

「あれま、嫌われちゃったかな?」

「も~! あすみちゃんに乱暴しちゃダメだよ、ニコ!」

 

 あすみを背中に庇いながら、かずみは猫のようにニコを威嚇した。

 フシャーッと髪の毛を逆立てるかずみに、ニコは肩を竦めてやれやれと言いたげな笑みを浮かべる。

 

「そうそう、その調子で守ってやりなよ。妹を守るのは姉の義務って奴だぜぃ」

 

 そう言って、ぽかんとするかずみ達を置き去りに、結局ニコは一人で行ってしまった。ジュゥべえも一緒とはいえ、彼は戦力としては数に入らない。

 追いかけようにも、ニコの言う通りあすみを置いては行けなかった。

 

 何だか、まんまと乗せられたような気がする。

 先ほどの遣り取りも、もしかするとわざと怒らせたんじゃないだろうか。

 

 神那ニコ。プレイアデス聖団のトリックスターにして、掴み処のない少女であった。

 

 

 

 家に到着するなり、あすみは眠気が限界に達したのかソファに横になって眠ってしまう。

 そのままでは風邪を引くかもしれないので、服が皺にならないよう半分以上夢の世界に旅立つあすみをどうにか着替えさせて、夕飯ができるまで自分のベッドで寝かせてあげる事にした。

 

 キッチンに入り、冷蔵庫の中身を見ながら今晩のメニューを考えるかずみだったが、何故だかいまいち集中できなかった。 

 

「……なんだろう、胸がざわざわする」

 

 上手く説明できない嫌な予感が、かずみの胸中を騒がせていた。

 そんな時、突然かずみの頭の中に声が響いた。

 

『――かずみ、聞こえる?』

『え!? あれ、海香の声が聞こえる!?』

 

 驚いて周囲を見渡すが、かずみ以外の人影は全くなかった。

 混乱するかずみに姿の見えない海香が説明する。

 

『これは<ジェム通信>。ソウルジェム同士で出来るテレパシーみたいなものよ……って、説明してなかったかしら?』

『初耳だよ!』

 

 全く知らなかったソウルジェムの機能に驚くかずみに、海香はごめんごめんと笑いながら謝った。

 海香の声に張り詰めた様子はなく、緊急事態というわけでもなさそうだと感じたかずみはひとまず肩の力を抜く。

 

『夕飯なんだけど、今晩はちょっと遅くなるから私達の分はいいわ』

 

 案の定、海香の要件は大したことなく、その他にはあすみに関する調査の進捗状況などを聞くものの、差し迫った話は一つもないようだ。

 

『……ねぇ、さっきニコと会ったんだけど、一人で大丈夫かな?』

 

 丁度良いタイミングだったので、かずみは海香に今感じている不安を相談する事にした。

 

『そんなに心配ならニコにも連絡すれば……あれ、繋がらない?』

 

 通信先の対象をニコにも繋げようとした海香だったが、何故か繋がらない。

 ジェム通信の特性上、留守は有り得ないし、忙しくて応対できない状況とも感触が違う。

 

 ジェム同士の通信ラインそのものが成立できないのだ。

 まるで繋げる先そのものが存在しないかの様に。

 

『そんな、どうして……』

 

 ジェム通信の向こうで海香が動揺しているのが分かる。

 そのざわめきに、かずみは自身の予感が確信に変わった気がした。

 

『……わたし、ちょっとニコ探してくる!』

『え、待ってかずみ――!』

 

 ジェム通信を意識的に遮断すると、海香の声は段々と小さくなりやがて聞こえなくなった。

 今は問答するよりも早く行動するべきだとかずみの直感が告げていた。

 

 それでもかずみは飛び出す前に、あすみの部屋をそっと覗いた。

 彼女はベッドの中で穏やかな寝顔を浮かべている。

 

「……すぐに戻ってくるから、いい子にしててね」

 

 眠り姫を起こさないよう静かに扉を閉めると、かずみは急いでニコの去った方角へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 これまでに幾度もかずみを救い、導いてきたかずみの<直感>は、かずみを彼女が望む場所へと誘った。

 

「――こっち!」

 

 <マイ探知機>に反応こそないものの、嫌な予感は治まることなく膨れ上がっていく。

 太陽が地平の向こうに沈もうとする中、かずみは建物の屋上を飛び渡りながら進んで行った。

 

 そして辿りついた場所は、現在休園中のはずの遊園地<ラビーランド>だった。

 平時は人でごった返しているここも、現在は嘘のように静まり返っている。

 

 入場門を飛び越え、一直線に中心部にあるお城の元まで行くと、信じられない光景が広がっていた。

 

「あっれー? 人除けの結界張ってあるはずなんだけど……あなた誰?」

 

 そこには白いドレスを着た少女がいた。

 長い黒髪をサイドで一つに束ね、左胸には月の形をした宝石(ソウルジェム)が赤く輝いている。手にしたブレードの先端からは、鮮血が滴り落ちていた。

 その足元には、かずみの良く知る彼女が倒れている。

 

「あ、もしかしてあなたもプレイアデスの魔法少女さん?」

「…………なに、これ」

「残念でした。ちょっとだけ遅かったかな?」

 

 胸に大きな刀傷を残して、ニコは血だまりの中倒れていた。

 遠目からも致命傷と分かるその惨状に、かずみは息を呑む。

 

「とっても綺麗でしょ? 彼女の魂の宝石(ソウルジェム)は」

 

 下手人と思しき少女は、得意げに掌の宝石を見せびらかす。

 ――神那ニコのソウルジェムは、澄んだ水色の輝きを放っていた。

 

 少女の唇から真っ赤な舌が覗く。

 

「私、双樹あやせ。――ねぇ、あなたのお名前も教えてよ」

 

 声を弾ませながら、少女<双樹あやせ>はニコのソウルジェムをちろりと舐め上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




○おまけ:夫婦漫才(仮)

 帰り道、スズネは隣を歩くオウカに、先程の出来事で気になっていたことを尋ねた。

「……話は変わるんだけど、私ってそんなに老けて見える?」
「なんや藪から棒に。スズネちゃんはちゃんと大人っぽい美人さんやで」
「……真面目に聞いてるのだけど?」
「やから、真面目に答えとるんよ?」
 
 スズネはジト目でオウカを睨みつけた。
 だがオウカはどこ吹く風とばかりにその視線を受け流した。

「何があったん? ほら詳しく話してみ」

 ほれほれと肘で小突かれながら催促され、スズネは先ほどの出来事を渋々と話した。
 先行している仲間を探すため、彼女のいそうな場所をぶらついてたスズネにぶつかってきた少女、かずみ。

 彼女と一緒に迷子を探していると、標的らしき少女から母親と間違われた。
 おまけにかずみも何故か、スズネが母親だと信じかけていた。

「私って、子供がいるような年齢に見えるのかしら?」
「ぶはっ!?」

 スズネから話を聞き終えたオウカは、堪え切れずに思わず吹き出してしまった。
 
「あははっ! ちょっ、なんやそれ、おもろすぎ! スズネちゃんがママぁ!? おとんは誰や!? うちか!? ってなんでやねん!」
「……ちょっと、笑い過ぎじゃない?」

 ツボに入ったのか腹を抱えて爆笑するオウカを、スズネは凍てつくようなジト目で睨んでいた。
 だが自称関西人はどこ吹く風とばかりに笑うばかりだった。

 そんな薄情な仲間など放置する事に決めて、スズネはすたすたと先を進む。
 笑い止んだオウカが、慌てて後ろから追いかけてくる足音が聞こえた。

「……先に到着したはずのあやせは、一体どこで遊んでるのかしらね」

 ここにはいない仲間の事を思って、スズネは溜息を吐いた。 






○ネタ:その頃の自称オリ主様+α

リンネ「…………え? 私の出番は? え?」
Qべえ「ないね(キッパリ」
リンネ「そ、そんなのってないよ! 大人バージョンになってスーツも決めて、いつでもあすみんの保護者として参戦する気まんまんだったのに! 鏡の前で格好良い登場シーンのポーズも練習してたのに!」
Qべえ「また無駄な事を……出番がなければ意味がないじゃないか」
リンネ「――ぐふっ!」

 血も涙もない地球外生命体なんて、この後滅茶苦茶OHANASHIしてやる事にした。慈悲はない。 

Qべえ「……酷い八つ当たりだ。これだから人間の思考は理解でき(ry」

 ――一方その頃。

あすみ「……どっちもざまぁ」
かずみ「あ、あすみちゃん記憶が!?」



※このネタは本筋とは一切関係ありません。
※本作のオリ主は(自称)が付きます。出番はまだまだ先になるかも?

※2015/12/14 あらすじ第二章分追加更新しました。


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第二十三話 二重魂魄

大変お待たせしましたー。どん亀更新ェ……


 

 

 純白のドレスを纏った魔法少女が、かずみに問いかける。

 その右手には魔法の剣を、左手にはかずみの仲間、神那ニコのソウルジェムを握りしめていた。

 

「――ねぇ、あなたの名前教えてよ」

 

 少女<双樹あやせ>の言葉は、かずみの耳を通り抜けた。

 ただ倒れた仲間の姿だけが、かずみの視界に真っ赤に映っている。

 

「ニコ……ニコォォォオオオ!!」

 

 目の前の光景を認識するのと同時に、ドクンッとかずみの心臓が跳ね上がる。

 血溜まりの中、うつ伏せに倒れているニコを見て、かずみは今まで自分の胸を騒がせていた物の正体を知った。

 

 やはりあの時、自身の直感に従って無理にでもニコに付いて行くべきだった。

 あすみを家に送り届けてからでもニコに同行していれば、こんな事にはならなかったかもしれない。

 

 激しい後悔がかずみを襲う。

 それに突き動かされるようニコの元へ向かうものの、その前に魔法少女双樹あやせが立ち塞がった。

 

「無視? そういう態度って私、スキくないなぁ」

 

 あやせは手にした剣を翳し、かずみの行く手を遮る。

 だが頭に血の昇ったかずみは、己の武器である十字杖でそれを乱暴に払いのけた。

 

「邪魔をするなぁあああ!!」

 

 その勢いに押されたのか、思いの外あっさりとかずみは通り抜ける事ができた。

 あまりの呆気なさに警戒心が沸き上がるが、今はそれどころではないと、かずみは構わず倒れたニコの元まで駆け抜ける。

 

「ニコッ! ニコぉ!! お願い、返事をして!?」

 

 周囲に広がる血溜まり。

 座り込んだ膝頭から、ぬるりとした血の感触と仄かな温もりが伝わる。

 ニコの半分だけ開いた瞼からは、光を失った瞳が虚空を見上げていた。

 

 まだニコの温もりの残滓が残っている。

 だが脈は既になく、呼吸も止まっていた。

 

 そこにはもう、ニコの生命の灯火は宿っていない。

 そうかずみは本能的に理解した。してしまった。

 

 ほんの数時間前までは、かずみをからかい、飄々とした笑みを浮かべていた少女は、今はただの肉の塊と化していた。

 

「…………なんで、こんな」

 

 握りしめたニコの手は、ひどく冷たかった。

 

 あまりにも唐突で、呆気なく、最後の言葉すらも残さずに。

 神那ニコは死んでいた。

 

「――お別れはもういいかなぁ? 死んだ子に無駄な時間を使うくらいなら、生きてる私の相手をしてちょーだい。それがほら、前向きで建設的な考えってもんじゃない?」

 

 だからその言葉は、かずみの中にあった激情のスイッチを、これでもかと強く打ち付けた。

 

 かずみは振り返り、つまらなそうに傍観している少女を睨みつける。

 その瞳には、かずみ自身初めて感じる感情……怒りとも違う、ドロドロとした<憎悪>が宿っていた。

 

「……あなたが、やったの?」

「? なにが?」

 

 きょとんとあやせは首を傾げる。

 かずみの言っている事の意味が、心底わからないとばかりに。

 

「ニコをこんな目に遭わせたのは、あなたなの?」

「もしかして、あなたってバカなのかな? この状況でそれ以外の答えとかあるわけ?」

 

 くすくすと、心底可笑しそうに少女は嘲笑する。

 

 かずみは自分でも不思議だった。

 激情で頭が焼かれ、心臓がうるさいくらいに暴れて全身が熱くなっているというのに、どこかでそれをじっと観察している自分がいた。

 

 かずみは、目の前に開けてはいけない箱があるのを幻視した。

 それは理性という鎖で縛られ、幾重にも鍵が付けられている。

 

 だが今この時、急速にこじ開けられていく様を、どこか他人事のように見つめていた。  

 かずみの魔力が黒色の渦となって周囲を漂う。 

 

「……なんで、こんなことを。あなたも魔法少女なんでしょ?」

「あはっ、おかしな事を言うんだね。魔法少女だからでしょ?

 魂の宝石、ソウルジェム。こんな綺麗な宝物を集めるのは、ある意味魔法少女の特権じゃない?

 私はね、これこそがこの世で最も価値のある宝石だと思うの!」

 

 そう言って、あやせは()()()ソウルジェムを愛おしそうに胸に抱いた。

 

「だって<生命の輝き>そのものなんだもん! この輝きと比べてしまえば、他のどんな宝石だってただの石ころ同然。それを集めたいって思うのは、ごく自然な気持ちじゃない?」

「……生命の輝き?」

 

 なんだそれは、ふざけるな。

 彼女の語る独自の価値観は、聞くだけで耳が腐っていくような気分にさせられた。

 

 ソウルジェムは魔法少女の証であり、魔力の源だ。

 それを綺麗だからと蒐集する魔法少女がいるなんて。

 ましてやその方法が、他の魔法少女の殺害だなんて。

 

「……あなたの言ってること、何一つわからない。理解できない!」

「真珠を取り出すのに貝を殺すのと同じ。ソウルジェムを獲るのに魔法少女を殺して何が悪いの?」

 

 そう言い切るあやせの顔には、一欠片の罪悪感も浮かんではいなかった。

 事ここに至り、かずみはようやく悟った。

 

 彼女にとって魔法少女は、ただの生きた包装(パッケージ)に過ぎないのだと。

 中身の宝石を手に入れたら、ゴミ箱に放り捨てる程度の価値しか認めていない。

 

「だからニコを殺したっての? ソウルジェムを奪うためだけに!

 お前は! 人の命をなんだと思ってるの!?」

 

 これほどまで、誰かを憎らしく思ったことはなかった。

 あの<ユウリ>でさえ救ったかずみだったが、大切な仲間を殺され、欠片も共感できない敵を相手に、沸き上がる憎悪を抑える事ができなかった。

 

 かずみの身体が弾けるように飛び出した。

 無自覚に魔力強化されたかずみの身体は、踏み込んだ地面に亀裂を生むほどの力を生み、振るわれる一撃は岩をも砕くほどの威力を秘めていた。

 

 だが相手もまた、かずみと同じ魔法少女だ。

 かずみの高まる魔力と呼応するかのように意識的に強化を施しつつ、獣のように向かってくるかずみを迎え撃つ。

 

 かずみの十字杖とあやせの剣が、激しく火花を散らしてぶつかり合う。

 かずみの暴力的な猛攻を、あやせは流麗とも言える剣捌きで弾き返した。

 

「あは! 人の命とか今更でしょ。私達はもう<魔法少女>なんだよ?」

「だからなに!? 同じ事でしょ!」

「違う違う、ぜーんぜん違うよ」

 

 言葉遊びのような戯れ言に苛立つかずみを、あやせは哀れみすら感じさせる目で見ていた。

 

「あなたって、なーんにも知らないのね。ほんとに()()プレイアデスのメンバーなの?」

 

 あやせの言葉に、かずみは仲間達との絆まで穢された気がした。

 

「わたしは、プレイアデス聖団のかずみだ! お前に私達の何が分かるっていうの!?」

「へー、あなたかずみちゃんって言うんだぁ」

 

 一方のあやせは、ようやくかずみの名前を知れたせいか、嬉しそうな笑みを浮かべる。

 それはあまりにも場違いな笑顔だった。

 

「やっと名前がわかったよ。これで困らずに済むね――だってほら、宝石には名前が必要じゃない?

 私のコレクションってたくさんあるから、名前がないと不便なんだよね。

 そうだ、お近づきのしるしに良い物見せてあげるよ!」

 

 収納の魔法でも掛けていたのか、あやせは自身のポケットから一つの小箱を取り出した。

 それは煌びやかな装飾の施された宝石箱だった。中には幾つものソウルジェムが綺麗に並べられている。

 

 その一つ一つにプレートが付けられ、それぞれ女の子の名が記されていた。

 それがジェムを奪われた魔法少女(犠牲者)達の名前である事に気付いた時、かずみは目の前の少女がまともじゃない事を心底理解した。

 

「お、お前は……なんてことをっ!?」

 

 かずみは絶句した。

 目の前にあるソウルジェムの輝きの数だけ、彼女は魔法少女を殺してきたのだ。

 

 魔法少女を殺し、戦利品であるソウルジェムを宝石箱に並べるシリアルキラー。

 確かに目の前の少女と言葉を交わしているはずなのに、かずみは相手の事が微塵も理解できる気がしなかった。 

 

 彼女はニコを殺し、ソウルジェムを奪った。 

 今回のような事は、彼女にとって初めてなんかじゃない。

 これまで何度も禁忌を犯してきた正真正銘の殺人鬼だ。

 

「……許せない! お前みたいな奴が、魔法少女であるもんか!!」

 

 あやせは宝石箱を再びしまい、どういうつもりかニコのソウルジェムだけはそのまま掌で弄んでいた。

 あるいはかずみに対する挑発のつもりかもしれない。

 わかっていても、かずみは乗らざるを得なかった。

 

 奪われたニコのソウルジェムを取り戻す。

 それが殺され、奪われた仲間へ、今のかずみがしてやれる唯一の事だと思うから。

 これまで犠牲となったであろう魔法少女達の為にも彼女を倒し、これ以上の凶行を止めて見せる。

 

「二コのソウルジェム、返してもらうよ! それはお前なんかが持ってて良い物じゃないんだから!!」

「そんな言い方、スキくないなぁ。これはもう私の物だよ。欲しければ力尽くで奪ってみせるんだね。だけどあなたにそれができるかなぁ?」

 

 かずみが十字杖を打ち付けた瞬間、あやせの剣が滑るように衝撃を受け流した。

 その刹那、目と鼻の先まで近づいたあやせは手首を返し、柄頭の部分でかずみの額を殴打した。

 

「ぐがッ!?」

 

 反射的に飛び退いたものの、崩れた体勢からの無理な回避行動は、かずみの姿勢を完全に崩してしまう。

 追撃とばかりにあやせの蹴撃が襲ってくるが、かずみは恥も外聞も関係ないとばかりに地面を転がって回避した。 

 

 完全に決まったと思った一撃をギリギリとはいえ防いだかずみに、あやせは感心したように頷く。

 

「へぇ、少しは楽しめそうだね」

「わたしは、ちっとも楽しくなんかない!」

 

 アスファルトを転がり無数の擦り傷をこさえたかずみは、鋭い目であやせを睨んだ。

 そんなかずみの耳元で揺れるイヤリング型のソウルジェムを見て、あやせは思うがままに発言する。

 

「どうせだから、かずみちゃんも私のコレクションに入れて上げるね。あなたのソウルジェム、なんだかレア物っぽいし、さっきから気になってたんだぁ」

 

 舐めるような視線がかずみのソウルジェムへと注がれる。

 生理的な嫌悪感に襲われ、かずみは鳥肌が立った。

 

「誰がお前なんかに!」

 

 悔しいが近接戦闘では、技量の差で太刀打ちできない。

 ならばとかずみは魔法で射撃戦を行う。

 

 自身の必殺技ともいえる一撃。

 これまで幾度も道を切り開いてきた魔法を放つ。

 

「<リーミティ・エステールニ>!」

「<アヴィーソ・デルスティオーネ>」

 

 かずみの放つ極光の一撃に対して、あやせは剣から炎の斬撃を放った。

 円で迫る光に対し、あやせの炎は孤を描くように放たれ、かずみの一撃を分断する。

 

 結果は相殺。

 分かたれたかずみの魔法はあやせに命中することなく、彼女の両脇へとその勢いを逃がされ、見当違いの場所を破壊する。 

 

「やるね。魔法の単純な威力だけなら私よりも上かなぁ? 私一人じゃ真正面からの撃ち合いだと競り負けちゃうかも?」

 

 その言葉に僅かながら光明を見い出したかずみだったが、あやせはそれを見透かしたようににやりと笑う。

 

「ま、馬鹿正直に付き合ってあげる義理もない、よねッ!」

 

 言い終わるか否か、それまで受けに回っていたあやせがついに攻勢に出る。

 勢いの乗った刺突を、かずみの優れた動体視力で十字杖を盾代わりに合わせたものの、その威力に耐えきれず真っ二つに折れてしまう。

 

「ッ!!」

「あはは! 遅い遅い! もっと動かなきゃ! どんどん傷が増えてくよ!」

 

 魔法で修復する間もなく、かずみは二つになった杖を使ってどうにかあやせの連撃を防ごうとする。

 だが慣れない二杖による防御など、まさしく素人に毛が生えたようなものでしかなく、おまけに片手で受け止めているせいか、あやせの一撃一撃に力負けし、徐々に切り傷が増えていった。

 

 このままでは膾切りにされるだけだ。

 かずみはこれ以上の攻撃を止めるために、二つの杖を使って強引に密着して鍔迫り合いに持ち込む。

 

 眼前に迫るあやせの剣は、日本刀のような鋭利な輝きを放っていた。

 力と気力を拮抗させ必死に膠着状態を作るかずみに対して、あやせには相手の事を観察するだけの余裕があった。

 

「へぇ、一目見た時から気になってたんだけど、やっぱりあなたのソウルジェムって分離型なんだぁ。これはますます欲しくなっちゃうなぁ」

「ふざ、ける、なっ!」

 

 かずみのソウルジェムはイヤリングとなっていて、他の魔法少女達のように体の一部に張り付くタイプではない。

 変身した際に装着される場所には個人差があるものの、かずみのような分離型はかなり珍しい部類だった。

 

 そんな希少価値のあるソウルジェムを目の当たりにして、あやせのテンションが上がる。

 その所為か鍔迫り合いの最中、不意にかずみのソウルジェムに向けて、あやせの手が迫った。

 

「っ、さわるな!!」

 

 ――リン。 

 かずみのイヤリングから鈴の音が鳴り響き、周りのもの全てを拒絶する障壁を展開する。

 放出された魔力は衝撃波となって外敵を吹き飛ばした。

 

「っと!? やるねぇ!」

 

 中空を舞ったあやせは、猫を思わせるしなやかさで難なく着地していた。そこには相変わらず傷一つ見受けられない。

 予想外の反撃を受けてなお、あやせの熱っぽい視線はかずみのソウルジェムに注がれ続けていた。

 

「やっぱりいいなぁ、それ。私が見た事ないってかなりのお宝だよ」

 

 そんな品定めをされても、かずみはちっとも嬉しくなかった。

 

 今すぐその口を無理やりでも閉ざしてやりたい。

 だが彼女の実力は、悔しいがかずみよりも上だ。

 

 こんな時、他の仲間達がいてくれたらと弱気にもなるが、ないものねだりをしても仕方がない。

 今更逃げられはしないし、そのつもりもない。かずみはまだ勝負を諦めてはいなかった。

 

 あやせに折れた杖を投げつけ、かずみは拳を握り殴りかかる。

 

「このぉおおおおお!!」

「そういう悪足掻き、みっともないよ」

 

 無手になり、破れ被れにしか見えない特攻を行うかずみを、あやせは呆れた様子で見ていた。

 剣と拳、真正面からぶつかれば当然剣が勝つだろう。拳を切り裂き、かずみに致命傷を与える事だって容易い。

 

 ――そうあやせが油断する瞬間を、かずみは待っていた。

 

 見様見真似のぶっつけ本番。

 冷静に考えてみれば、成功するはずのない試みだろう。

 

 けれど不思議と、かずみは失敗する気がしなかった。

 そんな奇妙な確信とともに、接触の瞬間、かずみは()()()魔法を発動させる。

 

「<解除(カルチェーレパウザ)>ぁぁあああああ!!」

 

 魔法を魔力へと還元させる、魔法殺しの魔法。

 効果範囲にこそ難のある魔法だったが、今この瞬間、あやせは超至近距離まで近づいていた。

 

 あやせの剣とかずみの拳がぶつかり合い、触れた傍から魔法の剣が煙のように霧散していく。

 自身の得物を失い、流石のあやせも刹那の隙を晒した。

 その好機を逃がさずに、かずみはあやせに殴りかかる。

 

「ぐあッ!?」

 

 かずみの魔法はあやせの変身を解除させ、ソウルジェムを無防備な状態にしてしまう。

 <解除>の魔法によって変身の解かれたあやせが立ち直るよりも早く、かずみは彼女のソウルジェムを掴み取った。

 

「やった……っ!」

 

 ソウルジェムさえ奪ってしまえば、もはや魔法は使えない。

 かずみの脳裏に勝利の二文字が浮かぶ――だがそれは、未熟とも言える隙だった。

 

「<カーゾ・フレッド>」

「ぶぐっ!?」

 

 ソウルジェムを奪い、魔法が使えなくなったはずの、あやせからの反撃。

 腹部を掌底で打ちつけられ、込められた魔力が気功にも似た効果を発揮し、かずみの内部に浸透して内臓に深刻なダメージを与えていた。

 口から血反吐を吐きながら、かずみは地面を転がる。

 

 衝撃と一時的な呼吸困難によって、かずみの視界は朦朧としていた。

 その中でも、かずみは何が起こったのかを把握しようと、顔を上げてあやせの姿を見た。

 

「あやせのジェムに気安く触れた罰です。これは私の、宝物なのですから」

 

 そこには、純白だった衣装が真紅に染まり、先ほどまでとは違い、鏡写しのように反転した姿をした双樹あやせがいた。

 吹き飛ばされた衝撃で手放してしまったあやせのソウルジェムは、既に真紅のドレスの胸元に吸い込まれ、回収されてしまっていた。

 

「が、はっ……二段変身できる魔法少女って、ありなの?」

 

 息も絶え絶えなかずみの疑問に、<彼女>は答える。

 

「二段変身? これは異な事を。

 我が名は双樹ルカ。あやせに非ず。

 あやせと私は同じ身体に宿りしふたつの心」

 

 双樹――その名を体言するかの如く、彼女<ルカ>は二つのソウルジェムを胸に抱く。

 

 一つはあやせのソウルジェム。血の様に濃い赤をした物を左胸に。

 もう一つのルカのソウルジェム。薄いピンク色の物を右胸に。

 

 (あやせ)(ルカ)が同居するのを示すかのように、彼女の衣装も二つの色に分かれている。

 

 一つの体に二つの魂を宿した魔法少女。

 それが<双樹>の名を持つ魔法少女の正体だった。

 

「……二重人格の、魔法少女?」

 

 かずみの呟きに、あやせは、ルカは、微笑みをもって応えた。

 

「あなたも、ソウルジェムを集めようとしているの?」

「ええ、もちろん。でなければあやせとの共存など不可能でしょう?」

 

 艶やかな笑みと共に、ルカはあやせの全てを肯定する。

 その笑顔を見て、ルカもまたあやせと同じ殺人鬼であることを理解した。

 

「だったら、お前たちに魔法少女の資格なんて、ない!!」

 

 邪悪なる魔法少女達を前に、かずみは気力を振り絞って立ち上がった。

 目の前の悪を許してなるものかと、怒りがかずみの肉体を動かしていた。

 

「口だけは威勢の良い。私達二人を相手にして、あなた一人で勝てる道理などありませんでしょうに」

「他にも仲間がいればまた違ったんだろうけど。まぁ戦いでの『たられば』に意味もないしね」

 

 一つの口から違う人間の言葉が交互に紡がれる。

 知らない物が見れば腹話術か演劇の練習かと思うことだろう。

 だがこれはそんな生易しいものではないことを、彼女達の持つ二つのソウルジェムが証明している。

 

「ルカが出てきた以上、あなたはもう終わり」

「あやせを傷付けた者にはきついお仕置きを」

 

 二つの魂が同じ呪文を詠唱する。

 それは完璧なシンクロとなって一つの魔法を紡いだ。

 

「「<ピッチ・ジェネラーティ>!!」」

 

 一つの身でありながら、双樹は共鳴し合う事でその威力を何倍にも増幅させる。

 ほんの僅かなズレも許さない完璧なコンビネーションだけが齎す相乗効果は、到底一人の魔法少女に耐えきれる物ではない。

 

「っ、<リーミティ・エステールニ>!」

 

 辛うじて放ったかずみの一撃は、二人の魔法の前に呆気ないほど簡単に打ち破られる。

 

「きゃあああ!!」

 

 螺旋を描くように放たれた合成魔法は、着弾と同時に爆発した。

 轟音と共に吹き飛ばされたかずみは、地面を無様に転がる。

 至る所に裂傷と火傷を負い、もはや無事な場所を探す方が難しい有様だった。

 

「へぇ、随分頑丈なんだぁ。手足の一本くらい捥げても良さそうなのに」

「……っぐ」

 

 あやせの言う通り、見かけは酷い有様のかずみだったが、直撃してなおかずみは奇跡的に五体満足のままだった。

 とはいえ、もはやかずみに抵抗できるだけの余力はなかった。

 

 かずみの瞳にこそ力は失っていなかったものの、体はまったく言う事を聞いてくれない。 

 意思の力で半身を起こすのが精いっぱいのかずみに、双樹は二剣を構えたまま近寄る。

 

「とはいえ、すでに限界の様ですね。せめてもの情けです。苦しまぬよう一太刀で介錯して差し上げましょう」

 

 そしてかずみの首目掛けて、ルカの剣が一閃した。

 だがその寸前、薄皮一枚の差で剣は止まる。

 

「何ッ!?」

 

 ルカが驚いて見れば、右腕には鞭のようなものが巻き付き、剣を紙一重で停止させていた。

 なんだこれは――予想外の事態に硬直した隙間を縫う様に、双樹姉妹の体を雷撃が貫いた。

 

「――<ピエトラ・ディ・トゥオーノ>」

「ぎゃあああああ!?」

 

 殺意を押し殺した冷徹な声が呪文を唱える。

 鞭を導体にして双樹に雷撃魔法をお見舞いしたのは、浅見サキだった。

 

 突如現れたサキの後ろには、他の聖団の仲間達の姿も見える。

 プレイアデス聖団の魔法少女達が、かずみを助けに来てくれたのだ。

 

「サキ!? みんな……!」

「かずみ、遅れてごめんなさい! もう大丈夫だから! 私達が来たからには、二度とあいつの好きにはさせない!」

 

 かずみとのジェム通信が途絶えた後、海香はすぐに聖団メンバーを招集して、駆け付けて来てくれたのだ。

 必死に駆けずり回ったのだろう、荒い呼吸を整える間もなくかずみの治療に取り掛かる。

 

「里美! ニコの方は――!」

「……ダメ、もう」

「クソ!!」

 

 カオルが里美に、倒れたニコの容態を尋ねたが、彼女は既に事切れていた。

 サキは殺されたニコを見て、そして全身に酷い傷を負ったかずみを目にして、こんな事を仕出かしてくれた下手人に対して殺意を高めていた。

 

「――お前、ただで済むと思うなよ?」

 

 一人欠けてしまったプレイアデスの魔法少女達は、ニコの仇を前に怒りを露にする。

 サキの雷撃によって動きを封じられ、悲鳴を上げる双樹だったが、胸に宿した二つのソウルジェムが共鳴するように光を放った。

 

「な、め、るなぁああああああ!! <アヴィーソ・デルスティオーネ>!」

「<カーゾ・フレッド>!」

「「<ピッチ・ジェネラーティ>!!」」

 

 超高温の炎と超低温の冷気が混ざり合い、双樹姉妹の体を包み込むように爆発した。

 その傍目からは自爆したかのような蛮行に、サキ達は目を見張る。

 

「正気かコイツ!?」 

 

 双樹姉妹を拘束していたサキの鞭も爆発によって破損し、途中から千切れてしまった。

 爆煙が風に流されると、そこには煤けた格好となった彼女達が立っていた。

 

「……不意打ちとは、よくもやってくれましたね」

「ピンチにお仲間登場だとか、そんなベタなの今時流行らないし。そういう展開、全然スキくないよ」

 

 恨み言を口にする彼女達の姿を目にして、サキは驚愕の声を上げる。

 

「馬鹿な……あれだけの爆発で、なぜ無傷なんだ?」

「全然無傷じゃないし! ほら見てよ、せっかくのドレスが汚れちゃったじゃない!」

 

 ぷんすかとあやせはボロボロになった衣装を気にするが、肝心のあやせ自身へのダメージはほとんど見られなかった。

 そんな有り得ない様子を目の当たりにした周囲の少女達に気付いたのか、双樹姉妹の片割れ、ルカが説明する。

 

「自分の魔法で傷つくほど私達も未熟ではありませんよ。私とあやせの魔法で雷撃に対する壁を作り、共鳴させた魔法を外側に向けて爆発させ、余計な拘束を吹き飛ばしたまで。言ってしまえばただそれだけのことです」

 

 そのくらい簡単でしょ? とあやせは騙り。

 魔法とは便利なものですね、とルカは語る。

 

「まったく、危うく戦利品まで吹き飛ばすところでした」

「容赦ないよねぇ、仲間のソウルジェムがどうなってもいいわけ?」

「っ、それはニコの!?」 

 

 双樹の手にする水色のソウルジェムは、確かに神那ニコの物だった。

 仲間のソウルジェムを弄ばれ、血管が切れそうなほどの怒りをサキ達は感じていた。

 

「取り戻さなきゃ……ニコのソウルジェム!」

「――ああ! 勿論だ、かずみ!」

 

 海香の回復魔法によって応急処置を終えたかずみが、ふらつきながらも立ち上がった。

 見た目は未だに酷い有様だったが、とりあえず動けるまでには回復していた。

 

 プレイアデスの魔法少女達は、双樹を取り囲むように散開する。

 二剣を構えながら警戒する双樹を中央に捉えた瞬間、プレイアデス聖団必勝の合体魔法を発動させた。

 

「「<エピソーディオ・インクローチョ>!」」

 

 ニコが欠け、六芒星から五芒星へと変化した拘束術式が双樹姉妹を捕らえる。

 本来よりも威力が落ちるとはいえ、それでも五人掛りの合体魔法は双樹姉妹の動きを完全に封じていた。

 

「くっ!? これは……ッ!」

「油断が過ぎましたか――!」

 

 拘束され、地面に縫い付けられたように封じられる双樹に向かって、かずみが攻撃を加える。

 

「そこだぁあああ!!」

「――チッ! <アヴィーソ・デルスティオーネ>!」

 

 初めてあやせは余裕を失い、炎の魔法を唱えた。

 身体を覆うように発生した炎を、瞬時に左手に持った剣へと纏わせる。

 

「<セコンダ・スタジオーネ>!」

 

 炎を付加した魔法剣で、あやせは拘束の一部を断ち切ってみせた。

 かずみは魔法で新たに錬成した十字杖を振り下ろしたが、惜しくもあやせの剣がそれを防いだ。

 

「せっかくのチャンスだったけど、残念でした!」

 

 さあ反撃だとばかりに獰猛な笑みを浮かべるあやせに、かずみは構わず魔法を唱えた。

 その強烈な輝きを目の前にして、あやせの顔色がさっと変わる。

 

「ばッ!? あんたなにを――!!」

「至近距離からの一撃! これならぁぁあああ――<リーミティ・エステールニ>!!」

「っ、ええい! <ピッチ・ジェネラーティ>!」

 

 刹那のタイミングで噛み合った二人の必殺技が、超至近距離でぶつかり合い爆発する。 

 

「きゃあああ!!」 

「ぐぁあああ!?」

 

 爆心地に居た二人は元より、拘束魔法のため周囲を取り囲んでいた海香達も爆発の余波で吹き飛んでしまう。

 巻き上げられた瓦礫がパラパラと降り注ぐ中、流石の双樹姉妹も無傷とは行かなかったのか傷ついた左腕を庇うようによろめいていた。

 

「……敵ながら滅茶苦茶な。神風にもほどがありますよ」

「特攻なら他所でやれっての。あー、マジで痛い。最悪」 

 

 口々に悪態を付きながら、双樹はかずみの姿を探す。

 あの爆発で跡形もなく吹き飛んだ……とまでは思わないが、流石に死体の一部くらいは残っているはずだ。

 

 そう思っていた双樹の視界に、黒い影が飛び込む。 

 まさかの、死んだかと思っていたかずみだった。

 

「があああああああああああああ!!」

「嘘でしょ!?」

「不死身ですかあなた!?」

 

 驚愕する双樹姉妹に、かずみは獣のような咆哮で応えた。

 爆発の瞬間、かずみは魔力障壁を展開してその威力の大部分を受け流していたのだ。

 

 円ではなく錐状に展開することで受け流しを図ったものの、流石に距離が近すぎた。

 無傷とはいかず全身に火傷を負い、せっかく再錬成した杖も粉々になってしまった。

 

 だがそれでも、かずみの意思に身体は応えてくれる。ならば、それだけで十分だ。

 組み付いた双樹の懐から、かずみは強引にニコのソウルジェムを奪還する。

 

 けれども往生際悪く、双樹達の手が伸びてくる。

 

「それはもう私達の物です! 誰にも渡しません!」

「これはニコの物だ! お前達の物なんかじゃない!」

 

 取っ組み合いの末、ニコのソウルジェムがぽろりと零れ落ちる。

 必死の伸ばしたかずみの手が、あやせよりも僅かに早く届こうとしていた。

 

 水色のソウルジェムは、一片の穢れもなくそこにあった。

 

 かずみの指先が触れる。

 その刹那、変化は急激に起きた。

 

 魂の宝石(ソウルジェム)が罅割れる。

 表面は変わらず綺麗なままだったが、罅割れた隙間からは悍ましい闇が顔を覗かせていた。

 

 その反応は、紛れもなく【相転移】特有の現象そのものだった。

 希望が絶望に変わり、魔法少女は魔女へと堕ちる。

 

 魂だけの存在となった少女は、断末魔の叫びを上げた。

 その声なき声で。

 

 

 みんな、騙されている。

 

 そうか、そうだったのか。

 

 このままじゃ残らず死ぬ。

 

 みんな思い出せ。

 

 もういやだ。

 

 もう誰も殺■た■■■――。

 

 

「……ニコ?」

 

 誰にも届くはずのないその声なき声が、何故かかずみの耳には届いた。

 だがその意味を理解する間もなく――神那ニコのソウルジェムから、魔女が生まれようとしていた。

 

 ――リィィイイインと、かずみの耳飾りの鈴(ソウルジェム)が共鳴する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ラビーランド中心部にある城――ホワイトキャッスルの頂き、双樹姉妹とプレイアデス聖団との戦いの場から影となる場所に、仮面を被った一人の少女がいた。

 屋根に仰向けに転がり、昼寝をするかのように仮面の裏で微睡む少女は、一つの終わりを感じて誰にともなく呟いた。

 

「滑稽だね。道化が一人、誰にも笑われず逝ってしまったよ。

 愚者が知った風な顔して、自らその首を吊ってしまったよ。

 聖者のふりした罪人が、なーんにも知らず魔女になったよ」

 

 待ち望んでいた時を迎えても、かつて夢想していた時ほど何の感情も浮かんではこなかった。

 不意に左腕の裾を捲り上げれば、そこには青い蛇のような刺青が変わらずにある。 

 

「わかってる、わかってるさ。私も未だ道化の身だ。

 首輪に繋がれた奴隷の身であり、糸で雁字搦めにされた人形の一つさ。

 それでも今日は祝杯を上げたい気分だ。

 忌まわしき造物主が死に、神の欠片が一つ、新しき器に納まろうとしているんだからね」

 

 仮面の少女は、焦がれるように呟いた。

 

「ああ、かずみ。君という器が満たされる時が待ち遠しいよ」

 

 

 




〇ネタ 裏MVP

ニコSG「もっと丁寧に扱ってぇ!? 割れる、割れちゃうからぁ!(ビクンビクン」
 
 なお、我慢しきれず相転移して(逝って)しまった模様(パリーン 




〇次回予告(※ニュアンス的なもの)


 みんな大切な仲間だと……そう、信じていたのに。

「……ねぇみんな。わたしに何か、隠してることない?」

 崩壊の兆しは既にあった。
 だけどそれをどこかで見ないふりをしていた。

 魔法という便利な言葉を言い訳に、深く考えないようにしていた疑惑。
 かずみ自身の異常性。

「そっか……そういう事なんだね。
 わたしはみんなにとって、本当の仲間じゃなかったんだ」

 その時、聖団のメンバー全員に一瞬だけ走った感情を、かずみは鋭く理解してしまった。

 化け物を見る目。
 それは純粋な恐怖の色だった。

「嘘つき」
 
 ――次話『トモグイ』。

 少女は世界の真実を知るだろう。
 パンドラの匣が、開こうとしていた。


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第二十四話 トモグイ

 超遅れてごめんなさい!(スライディング土下座)
※今話はかなり長いです(14000字超)。分割しようと思ったんですが、キリが悪いのでそのまま投稿します。


 

 

 不吉なほど黒く染まった魔力が、かずみを中心にして渦巻く。

 

 かつては水色の輝きを放っていたニコのソウルジェムは、今では見る影もなく闇に染まり、希望と絶望の相転移反応を現している。

 リィィィイイン、リィィイイイインと魔力による波紋が広がり、それに呼応するかのように、何故かかずみのソウルジェムもまた共鳴を始めていた。

 

 空間に響き渡る魔力の波紋に揺り起こされ、かずみの脳裏に次々と見知らぬ光景が浮かび上がる。

 

 それは地獄の様な光景だった。

 

 人形のように積み重なった、魂なき幼子達の骸の山。

 異形の化け物達が生まれては解体され続ける悪魔の屠殺場。

 無数に並んだ水槽の中には、同じ顔をした少女達が浮かんでいる。

 

 ――これが……こんなのが――わたしの、記憶?

 

 その冒涜的な光景が自身の記憶であるなど、かずみは信じたくなかった。

 それでもかずみの直感は、これが決して自身と無関係ではない事をはっきりと告げている。

 

「ぎっ!? がっ、ああああああああ!!」

 

 突如脳内を掻き回されたかのような不快な感覚と、正気を失うほどの痛みがかずみを襲った。

 それは五感全ての感覚を奪い、一つの映像をかずみの脳裏に焼き付ける。

 

 そこは、斜陽に染まる壮麗な建築物だった。

 黄昏の祭壇に、一人の少女が腰掛けている。

 

 祀る神なき祭壇があるだけの伽藍堂の中、まるで彼女だけがこの世界から隔離されているかのよう。

 

 橙色の光を反射して、少女の銀色の髪が宝石のように輝く。

 見かけは十四歳ほどの外見でありながら、その身に纏う空気は悠久の時を生きる賢者を思わせた。

 

 片膝を抱き抱えるように座る彼女の手には、銀の指揮杖がゆらゆらと揺れている。

 彼女の紅の瞳が、かずみの魂を捉えて離さない。

 

 鮮烈な白昼夢の中というよりも、まるで本当に対面しているかのような生々しさを伴って、少女の言葉が艶やかに紡がれる。

 

『一つ目の封印は解除され、楔は綻んだ。これよりパンドラの匣を開け放ちましょう。

 たとえそこに、あらゆる災厄が詰まっているのだとしても。

 たった一つの残された希望を信じて』

 

 少女は予言者の如く語った。

 喜びを滲ませて紡がれたその言葉を、けれども誰一人として理解する者はいない。

 

 少女の言葉が鍵であったかのように、かずみの瞳が太極図を描くように変貌する。

 

 自身に起こった変化を認識できないままに、かずみは更なる激痛に襲われた。

 先ほどまでの不快感とは比べ物にならないほどの痛みに、獣のような悲鳴が自分の意志とは無関係に慟哭する。

 

「がああああああ"あ"あ"!!」

 

 かずみの中から、漆黒の魔力が解き放たれる。

 それは周囲を吹き飛ばすほどの衝撃を放った。

 

 周囲に渦巻く魔力と、かずみから生まれた魔力が絡み合い螺旋を描く。

 やがてそれは溶けて交わり、かずみの血潮となって世界を汚す生きた魔法になった。

 

『さあ、あなたの輝きを魅せてちょうだい。――私の可愛いお人形(かずみ)ちゃん』

 

 銀色の少女が三日月の笑みを浮かべる。

 その面影は、かずみの知る誰かによく似ていた。

 

 それが誰であるのか。

 思い当たる間もなく、かずみの中にある外れてはいけない何かが解き放たれた。

 

 臨界を迎えたニコのソウルジェムが、かずみの中に取り込まれる。

 

 客観的に見れば、一連の現象は全て刹那の内に起こったように見えた事だろう。

 傍目からはわけもわからないまま、前代未聞の相転移は起こり。

 

 斯くして、一匹の化け物が生まれ落ちた。

 

 

 

 

 

 

「――<コネクト>。さぁ踊れや踊れ、愚かなる咎人達(プレイアデス聖団)

 踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らにゃソンソンってね」

 

 

 

 

 

 

 御崎海香は目の前に広がる光景に、沸き上がる恐怖を抑え切れなかった。

 

「うそ……でしょ?」

 

 気付けば無意識に手が震えている。

 己の武器である魔法書を、それが普通の本だったならば折れそうなほど力強く抱き抱えていた。

 

 海香は恐怖していた。

 自らの常識が突如崩される。

 築き上げた世界観を破壊された者に等しく襲いかかる、圧倒的な未知への恐れ。

 

 始まりは、ニコのソウルジェムが突如相転移した事だった。

 それはあまりにも唐突な、劇的な反応だった。

 

 海香の記憶が確かならば、昨夜もニコはジュゥべえによるジェム浄化をしたばかりのはずだ。

 異彩の魔法少女、双樹姉妹との戦闘がどれほど過激な物だったとしても、あの抜け目のないニコが自身の魔力を使い切るはずがない。

 

 確かに肉体が死んでしまった場合、何もしなければソウルジェムは呪いを生み始め、やがて相転移を迎えて魔女と化すだろう。

 

 だが先ほどの反応は、そんな悠長なものでは決してなかった。

 ガソリンに火を付けたかのような、明確な作為が感じ取れた。

 

 それだけでも驚くべき事態だというのに。

 あたかも同化するかの如く、かずみが魔女に取り込まれてしまった。

 

 結果、かずみを核に未知なる<化け物>が生まれたのだ。

 

「な、なにが起こってるの!? どうしてかずみまで魔女に!?」

 

 ニコのソウルジェムが突如相転移したのも不自然だったが、今海香達の目の前で起こった現象は、それに輪をかけてあり得ない。あっていいはずがない。

 

 相転移に巻き込まれ、他の魔法少女が魔女化してしまう。

 そんなふざけた現象、見た事も聞いた事もない。

 

 それは魔法少女にとって許し難い冒涜だった。

 なぜならそれは、他者の巻き添えで魔女になってしまう――あるいは魔女にしてしまうという、ただでさえ絶望的な魔法少女の終わりに、更なる絶望が加わった事を意味するのだから。

 

 

 

 目の前の事態を受け入れ切れず、呆然とするプレイアデスの魔法少女達。

 彼女達の中で真っ先に悲鳴を上げたのは、宇佐木里美だった。

 

「嘘……嘘よぉぉ! こんなの嘘――!!」

 

 彼女は目の前にある現実に耐え切れず、取り乱していた。

 

 里美は確かに見ていたのだ。 

 相転移する()()()神那ニコのソウルジェムが、光を反射して輝くほど綺麗だった事を。

 

 それなのに何故、ニコのソウルジェムは突如孵化してしまったのか。

 穢れが、絶望が臨界点を超えた時に、初めて相転移は起こるのではなかったのか。

 

 おまけにかずみまでニコの相転移に巻き込まれて、魔女になってしまった。

 里美にはそれが、ルールが崩壊した証の様に思えた。

 

 相転移の大前提が崩れるのであれば、自身もまたいつ魔女になってしまうのか、里美には全く分からない。

 分からないからこそ、里美には次々と湧き上がる恐怖を抑える事ができなかった。

 

 次の瞬間には、今度は自分が魔女になってしまうかもしれない。

 

 里美はこれまで聖団の仲間達と共に、数多の魔女を倒してきた。

 魔法少女も同じくらい<保護>してきたわけだが、奇襲や不意打ち、騙し討ちも通じる魔法少女相手とは違い、魔女との戦いはいつも命懸けだった。

 

 結界の奥で待ちかまえる魔女を相手に、人間相手に通じるような小細工は大した意味を持たない。 

 殺すか、殺されるか。そこには力ある者だけが勝利する、原始的な理だけが全てを支配している。

 

 それは魔法少女ならば避けては通れない道だ。

 どんなに万全を期したとしても、危険がゼロになるような事は決してありえない。

 

 背後から使い魔に奇襲された事もあった。追いつめられた魔女が予想外の行動に出るなんて事は日常茶飯事。餌としてとってあったのか、捕らえられた一般人を人質のように使われたこともある。

 

 それら全ての障害を乗り越えてきた里美達だったが、一つ対応を間違えれば死んでいた……なんて事態は、最早数えるのも馬鹿らしいほどだ。

 

 聖団メンバーとのチームワークを疑ったことも、皆で練り上げた必勝ともいえる戦術に対する不満もない。

 あるのはただ、いつまでこんな先の見えない戦いを続けなければならないのかという不安だけ。

 

 薄氷の上を歩き続ければ、いつか割れてしまうのが目に見えている。

 それが分かっていながら、里美はぎりぎりの綱渡りをいつまでも続けられるような超人的な精神を持っていなかった。

 

 物語にあるような華々しい戦いなんて、どこにもない。

 あるのはただ、おぞましい化け物との血生臭い殺し合いだけだ。

 

 その化け物が、元は人間だったという事実からは、必死に目を逸らしてきた。

 

 でなければ、その果てにあるのは狂気でしかないから。

 それでも、いつまでも目を瞑る事なんてできはしない。

 

 後何度戦えば、不安で眠れない夜をなくすことができるのだろう。

 夜中に飛び起きて、自身のソウルジェムを確認したのも一度や二度ではない。

 

 死ぬことも恐ろしいが、魔女に堕ちることはもっと恐ろしい。

 あの醜い姿だけでも吐き気を催すのに、魔女達の叫び声は、かつて魔法少女だった者達の苦悶の悲鳴に聞こえて仕方ない。

 

 もしも自分が魔女になってしまって、醜い姿で永遠の絶望に囚われるのだと想像したら。

 それは最早、死をも超える恐怖だった。

 

 里美は恐怖に見開かれた目で<かずみ>を見た。

 そこにいるのは最早魔法少女でもなければ、魔女ですらない。

 

 里美は呟く。

 あんなにも醜い、この世に存在してはならないモノに相応しい呼び名を。

 あれは最早、ただの。 

 

「――バケモノ」

 

 震えながらも、里美の視線は取り込まれたかずみから離れなかった。

 その瞳には、隠し切れないほどの<嫌悪>が浮かんでいた。

 

 

 かずみを取り込み、相転移によって誕生した魔女は、マネキンの様な姿をしていた。

 その漆黒の全身には、ターゲットポイントらしき白線が引かれている。

 

 下半身は影の中に沈んでいるが、現れている上半身部分だけでも見上げるほどの巨体だった。

 その両腕の肘から先は刃物に変わっており、魔女はそれを狂ったように振り回していた。

 

 そんな魔女の頭部、何重にも円が描かれた目鼻のない顔面に張り付くように、かずみは取り込まれていた。

 その四肢は完全に魔女と融合しており、足元まで伸びていた髪がまるで無数のコードのように広がって魔女と繋がっている。

 それはあたかも、磔にされた罪人のような姿だった。

 

「かずみぃいいいいい!!」

 

 その悍ましい姿に嫌悪する者、恐怖する者がいる中で、浅見サキは必死の形相でかずみへと呼び掛ける。

 魔女がキルキルキルと金属が擦れ合う様な甲高い声を上げるものの、肝心のかずみは沈黙したまま項垂れていた。

 

 サキがいくら呼び掛けても、かずみが意識を取り戻す様子はない。

 かずみが今どんな状態なのか、サキ達には全く分からなかった。

 

 果たして、かずみまで本当に魔女になってしまったのか。

 無事だとしても、ニコが死に、メンバーを欠いた状況でかずみを救い出せるのか。

 絶望的な状況を前に、一同は為す術もなく立ち尽くしてしまう。

 

 そんな格好の標的達を、異形の魔女は見逃さなかった。

 両腕の刃を鋏のように交差させ、地面を滑るように魔女が動き始める。

 

 下半身のない外見からは想像も付かない機動力を発揮し、不意を打たれた面々の中で、唯一カオルだけが反応できた。

 

 日頃からサッカーで鍛えられた反射神経の賜物だろうか。致命的な強襲を自身の体を割り込ませて強引に防ぐ。

 迫り来る刃にも怯まず、カオルは魔女の真正面、鋏の根元まで飛び込むと、両腕を盾にして魔女の突進を阻んだ。

 

 根元近くならば、刃の切れ味も落ちているかと期待したが、それでも勢いを殺し切れなかったせいか、カオルの両腕深く刃が食い込む。

 悲鳴を上げそうになるのを気合で抑え込み、カオルは魔法を発動させた。

 

「らぁああああっ! <カピターノ・ポテンザ>!」

 

 カオルの魔法により、彼女の両腕は黒く染まり硬質化を果たす。

 自らの両腕をより強固な盾に変えたカオルは、注意深く魔女を見上げた。

 

 ――かずみは無事なのか!?

 

 囚われたかずみの身を案じるものの、襲い掛かってくる魔女を無視することもできない。

 

 聖団一の力自慢でもあるカオルと魔女の力比べは、ほぼ互角の結果に終わった。

 その間、動きが止まっていた魔女だったが、それは次なる攻撃の為の前準備でしかなかった。

 

KILLKILL(キルキル)

 

 魔女の体から鋭い突起がヤマアラシの様に生じた。

 防御のための物かと考えたカオルだったが、魔女の意識が自分の後方に向かっているのを察し、未だ後ろで立ち尽くしている仲間達に怒声を放った。

 

「海香! サキ! ボサッとしてんじゃねぇ!」

 

 それと同時に魔女の体表を覆い尽くすほどの無数の突起が、一斉に発射された。

 

「っ、みんな中に入って!」

 

 カオルの声で我に返った海香が、咄嗟に魔法障壁を展開する。

 そこへサキ、みらい、里美の三人が転がるように避難してくる。

 

 巨大な黒い針の弾雨を辛うじて防ぐことができた海香達。

 そこでふと、致命的な何かを見落としている気がして、海香は周囲を一瞥して、その違和感の正体に気付いた。

 

「あいつ――ッ! 双樹がいない!?」

 

 ニコを殺し、この事態を引き起こした元凶ともいえる存在が、魔女の出現と同時にその姿を消していた。

 サキは苛立たし気に吐き捨てる。

 

「いったいどこに……だが奴に構っている暇は! ――何としてもかずみを救い出さねば!」

 

 逃げたか、隠れているのか。人知れず姿を消した双樹の事を警戒しつつも、最優先事項は目の前のかずみの救出だ。

 確かに双樹はニコの仇で、この事態の元凶でもあるが、消えてくれるなら今はどこかへ行って欲しかった。

 

 かずみの救出に、どう考えても双樹は邪魔だった。

 だがいくら姿を消したといえども、奴等がこのまま大人しくしているとも思えない。こちらが隙を見せれば、手を出してくる可能性は非常に高い。

 

 海香達は目の前の魔女を相手にしながら、双樹の存在により、常に背後を気にしなければならなくなった。

 だが姿の見えない敵よりも、まずは目の前の魔女を倒し、かずみを救出する事が先決だ。

 

 無論この事態を収めた後は、何が何でも双樹を見つけ出し、必ず相応の報いを受けさせるつもりだ。

 ここまで聖団を滅茶苦茶にしてくれた魔法少女を、ただで済ますわけにはいかないのだから。

 

 

 

 魔女の攻撃に晒されながら、聖団の魔法少女達は必死の反撃を行っていた。

 一進一退の攻防が続くが、戦いの中で本来の調子を取り戻しつつあったプレイアデス聖団の連携を前に、あと一歩の所まで追い込むことができた。

 だがその時、意識を失って項垂れていたかずみが面を上げた。

 

 それを見て海香達は、意識が戻ったのかと淡い期待を抱いた。

 だが顔を上げたかずみに理性の色はなく、白目を向き獣のように歯を剥き出しにしていた。どう見ても正気の有様ではない。

 

GAAAAAAAAAAA(がああああああああああ)!!』

 

 かずみと魔女の咆哮が重なる。

 すると、それまで力任せで単調だった動きに変化が生じた。

 

 ただ我武者羅に突っ込むのではなく包囲を抜け出そうと、魔女はその巨体に見合わぬ動きで地を這いずり回った。

 おまけに背後からの強襲にも対応する勘の良さ、どこかかずみを思わせる動きになっていた。

 

 急激な動きの変化に後手に回る聖団の魔法少女達だったが、そんな中、浅見サキが決死の表情で魔女の前に進み出る。

 

「……私が行く。私がかずみを助ける! <イル・フラース>!!」

 

 魔法を唱え、サキの全身を電撃が包み込む。

 生命の速度をも加減可能な、サキの電撃魔法<イル・フラース>。

 

 雷をその身に宿したサキは、クロックアップともいえる負荷により肉体と思考力の全てが高速稼働する。

 もし魔法少女でない者がこの雷を纏えば、それが刹那の時であろうとも廃人になる事は免れないだろう。

 

 普段は人間であることを忘れないために、他の仲間達と同様に痛覚を常人のままにしてあるサキだったが、この魔法を使う時は完全に痛覚を消していた。

 

 でなければ一歩動く度に悲鳴を上げる事になっていただろう。

 能力の限界を超えた動きは、諸刃の剣となって己を傷つける。

 

 魔力消費も他の魔法と比べると馬鹿らしいほど非効率だ。

 それほどリスクのある魔法だったが、それだけの効果はあった。

 

 地上に稲妻が走った。

 傍から見ている者は、無数の光の軌跡だけがその目に映ったことだろう。

 その軌跡は鞭のように幾筋も伸び、魔女に無数の打撃を与えていた。

 

 魔女は頭部のかずみを庇うように両腕の刃を交差させる。

 だがかずみを救おうと猛攻を掛けるサキの攻撃に晒され、ついにその刃が根元から折れた。

 だがその代償にサキもまた体力の限界を迎えたのか、魔法の効果が解除され、サキは今にも倒れそうなほど疲労困憊していた。

 

「くそっ……後一歩、届かない……っ!」

 

 息も絶え絶えに悔しさを滲ませ、サキは震える足元を辛うじて支える。

 どれほど加速させたのか、サキの短かった髪が腰の辺りまで伸びていた。

 

「サキ、大丈夫!?」

 

 みらいはサキの元に駆け寄り、今にも倒れそうなサキの体をその小さな体で支えた。

 

 サキの攻撃が止むと大ダメージを受けた魔女は、今度は自分の番とばかりに怒り狂い、まさに狂乱といった言葉が相応しい様で見境なく暴れ回り始めた。

 魔女と同化したかずみもまた、血の涙を流しながら歯を剥き出しにして慟哭している。

 

 そんな有様のかずみを見て、若葉みらいは諦めを滲ませた声で呟いた。

 

「……アレ、もう無理だよ。完全に魔女じゃん」

「みらい!」

 

 それを聞き咎めたサキだったが、みらいはそんな彼女を逆に諭すように告げる。

 

「……サキだって分かってるはずよ。あれはもう魔女だって、魔法少女としての本能がそう告げてる」

 

 みらいの言葉に、サキは反論する事ができなかった。

 

 かずみを救おうと、救えるはずだと思っていた。

 いや、そう思いたかっただけなのかもしれない。

 

 ――たとえ目の前の魔女から、それ以外の気配を感じ取る事ができなかったとしても。

 

 話が不穏な方向へ流れていると感じた海香は、狂乱する魔女を警戒しつつ口を開いた。

 

「……確かにかずみと魔女は、もう同化してしまってるように見えるわ! けどこんな予想外の相転移……原因が分からない以上、かずみをもう救えないと判断するのはまだ早過ぎる!」

「ならどうするの? あんな状態から救えるほどの反則技……あすみの奴ならできたかもしれないけど、もう無理じゃん」

 

 その問いに対する答えを、海香は持っていなかった。

 

 奇跡を起こした二人の内一人はその記憶を失い、もう一人は今目の前で化け物と化している。

 

 実は海香の魔法で、神名あすみの魔法を模倣できるかどうか試した事がある。

 だが実際に使用してみようとして、すぐにそれは断念することになった。

 

 ソウルジェムへの負荷が異常なほど高く、まともに行使すれば海香といえども数秒と持たずに限界を迎えるほど、それは規格外な魔法だったからだ。

 精神に干渉する魔法は総じて高コストなものの、あすみの魔法は最早別次元の物だった。あれを使うにはかなりの適正と、素質の高さが求められる。

 

 海香の魔法は<他者の魔法を模倣する>という非常に汎用性が高いものだったが、あすみの特異過ぎる魔法を使いこなせるほど全能ではなかった。

 

 そうした経緯から結局切り札は手に入らず、現在の海香にかずみを救う手段は何一つ存在しない。

 唇を噛みしめる海香に、里美が追い打ちをかける。

 

「いくら海香ちゃんでも、あんな状態のかずみちゃんを救う手段なんて、すぐには思いつかないでしょ?」

「里美、お前……」

 

 カオルは里美の言葉に違和感を覚え、眉を寄せた。

 彼女の態度を見ていると、まるで「かずみを救いたくない」とすら思っている様に見えたからだ。

 

 心優しい里美に限ってそんなわけがないという認識と、仲間であるという信頼から、カオルは違和感の正体を掴みとる事ができなかった。

 そんなカオルの戸惑いを置き去りに、里美は周囲の同意を求めるように言う。

 

「ニコちゃんが死んで、かずみちゃんも魔女になってしまった。このままだとまた誰か死んじゃうよ。だったらもう……残された手段は一つだけじゃない?」

 

 言外に、かずみを殺そうと里美は告げた。

 思わず否定しようとした海香だったが、かずみを救う手段がない以上、里美の言う通り、殺すしかない。

 

 このままでは遠からず聖団に被害が出るだろう。ニコを失い、これ以上の欠員はプレイアデス聖団の存続に関わる。

 

 だとすれば、ここが分かれ目なのだろう。

 

 海香は目を閉じた。

 瞼の裏に浮かぶ<かずみ>の笑顔を思い返し、目的の為に冷徹な決断を下す。

 

「……私は<彼女>に救われた。かずみを救う手段がない以上、確かに選択の余地はないわね」

「海香!?」

 

 同じ意見だと思っていた海香の突然の翻意に、カオルは驚愕の声を上げた。

 

「なんで……かずみは、今までで一番うまく()()()()じゃないか! まだ諦めるような状況じゃ――」

「これ以上被害が出てしまえば、取り返しが付かないわ。私もかずみを諦めたくなんかない……でも、<彼女>の為に、ここで立ち止まるわけにもいかない」

「そんな!?」

 

 カオルは納得できなかった。

 皆があっさりと()()()かずみを諦めようとしているのが、カオルには信じられなかった。 

 

「……今のかずみを殺して、もう一度やり直すってのか?」 

 

 だがそれは、人として許されるような所行ではない。

 信じられない思いで仲間達の顔を見るカオルだったが、その言葉を否定する者は誰一人としていなかった。

 

「今度は私がその罪を背負うわ。あの子の為なら、私はどんな禁忌だって……」

「そういう事を言ってるんじゃない!」

 

 狂乱する魔女を横目に、カオルは周囲の仲間達に訴える。

 我を失い慟哭するかずみが、カオルには泣いているように見えた。

 

 

「本当の人間じゃなくたって、かずみは生きてるんだぞ!? 勝手に命を生み出しといて、都合が悪くなったら殺すだなんて、おかしいだろ!?」

 

 

 カオルの脳裏にはその身を賭してかずみを守った、小さな少女の姿があった。

 今では全ての過去を失い、無垢な幼子と化してしまった魔法少女、神名あすみ。

 

 謎の多い彼女だったが「かずみを守る」というその言葉に偽りは一つもなく、その最後までかずみの為を想っていた。

 

 

「――あすみが守ったかずみは、今目の前にいるかずみなんだぞ!?」

 

 

 そんな彼女を見ていたからこそ、カオルはかずみの<処分>に納得できなかった。

 カオルの言葉に皆顔を俯かせるものの、同意する者は誰一人としていない。

 

 

 

 御崎海香は既に選んでしまっている。

 <彼女>と<かずみ>、二人を天秤に掛けてしまえば、より前者の方が重かった。

 

 故に、カオルの言葉は虚しく響いた。

 

 

 

 宇佐木里美にとって、カオルの言葉は欠片も共感できなかった。

 むしろ苛立ちさえ覚えた。

 

 ――カオルちゃんはかずみちゃんを助けるために、私達の誰かに死ねって言うの?

 

 あすみちゃんが記憶を失ったアレだって、未だ原因が分かってないっていうのに。

 そんなに救いたいなら、一人でやればいいじゃない。

 一欠片の共感もない正論や人道は、ただの煩わしい雑音と成り果てた。

 

 故に、カオルの言葉は聞き流された。

 

 

 

 浅海サキにとって、カオルの言葉は血を吐くような思いを喚起させた。

 かずみを守る騎士でありたいと、そう思っていた。

 

 だからこそ外様の魔法少女である神名あすみにも厳しい態度で接したし、かずみの為を思えばこそ、彼女の信頼するあすみと一時とはいえ行動を共にした。

 

 正直、あすみの事はかずみを取られたかのようで、好きにはなれなかった。

 それでも、あの海辺に日の出と共に銀色の光が下りた日、魔法少女神名あすみが消失する前、彼女の告げた言葉は、最後までかずみの為を想ってのものだった。

 

 そんな彼女の事を、サキはどうしても嫌いにはなれなかった。

 

 あすみと自分、果たしてどちらがかずみの守護者として相応しいのか。

 その答えは最早、明白な気がした。

 

 諦めとともに、サキは鞭を握りしめた。

 

 ――<彼女>を生き返らせる。

 

 そのために私は、かずみを、<かずみ達>を殺し続ける。

 そう、決めたんだ。

 

 ……こんな私が守護者を名乗るだなんて、馬鹿げているな。

 

 故に、カオルの言葉はサキの心に深い諦めを抱かせた。

 

 

 

 カオルの必死の訴えを、若葉みらいは鼻で笑い飛ばす。

 

「ハッ、共犯の癖に今更なにを!」

 

 今まで何回繰り返してきたと思っているのか。

 今更善人面するだなんて、みらいにしてみればちゃんちゃらおかしかった。

 

 この土壇場でイモを引くような真似をするカオルの事を、みらいは「弱虫」だと断じていた。

 

 故に、カオルの言葉はみらいの心を毛ほども動かさなかった。

 

 

 

「っ、だけど!」

 

 ――共犯。

 その言葉に怯んだカオルだったが、それでもここでカオルが引いてしまえば、かずみの運命が決してしまう。

 

 だがカオルは、それ以上の言葉を上げられなかった。

 周りを見れば仲間達の誰もが、かずみを諦めた顔をしていたからだ。

 

「そんな……」

「――彼女の日記を、絶望のまま終わらせるわけにはいかない」

 

 愕然とするカオルに、サキは聖団の使命ともいえる言葉をかけた。

 

 それは、全ての始まりの言葉。

 プレイアデス聖団が、悪魔の集団と化した日の誓い。

 

 たとえどんな禁忌に手を染めても、何度悲劇を繰り返したとしても、叶えたい願いがあるから。

 

 その使命のために聖団は今まで行動してきた。

 【誓いの言葉】を前に、カオルは二の句を告げる事が出来ず、ついには口を閉ざしてしまう。

 

 この瞬間、プレイアデス聖団による<かずみの処分>が決定された。

 

 

 

 

 

 

KILLKILLKILL(キルキルキル)!」

 

 魔女と同化したかずみを見て、サキは思わずにはいられなかった。

 

「……私達は()()、失敗したのか」

 

 サキは絶望を滲ませた声で呟く。

 

 果たしてこれで何度目だろうか。

 今度こそは、という思いがなかったとは言わない。

 

 特に今回は、神名あすみというイレギュラーが起こした、眩しいほどの希望を目の当たりにした分、落胆は大きい物となっていた。

 

 だがサキは――プレイアデス聖団の皆は誓ったのだ。

 目的を果たすまで、何度でも繰り返すと。

 

 今回もまた失敗に終わり、気落ちするサキを労わるように、みらいは明るい声を掛けた。

 

「かずみを救うためにも、かずみ(アレ)は殺さなきゃ」

 

 矛盾に満ちたその言葉を、何の疑問もなくみらいは口にした。

 

「だから、サキはやらなくていいよ。ボクが殺る――<ラ・ベスティア>」

 

 みらいの持つテディベアが魔女に向かって駆け出し、無数に分裂して取り付いた。

 その有様はまるで蟻に集られた虫の死骸を思わせた。

 

 魔女の巨体に比べて遙かに小さな人形が、体格差を物ともせずに噛みつき、食い散らかしていく。

 

 魔女が、かずみが、苦悶の金切り声を上げた。

 

「……っ、かずみ!」

 

 苦痛に歪むかずみの顔を見てしまい、サキは無意識に手を伸ばしていた。

 悲鳴を上げるかずみに救いの手を伸ばしたいと、どうしても思ってしまう。

 

 ――やはり嫌だ! 私はもう二度と<妹>を見殺しには……!

 

 それはサキの甘さだ。

 殺すと決断してもなお、彼女はかずみを害することを躊躇ってしまう。

 

 そんなサキの迷いを背後から感じ取ったみらいは、迅速なかずみの抹殺を決意する。

 サキが血迷ってしまわないうちに。

 

「……お前、もうサキを惑わすなよ」

 

 かずみの首を落とさんと、みらいは空高く飛び上がり、大剣をギロチンの如く無慈悲に振り下ろした。

 肉体を傀儡の群体に貪り食われた魔女に、その刃から逃れる術はない。

 

「――消えろ」 

 

 大剣は魔女を、同化したかずみごと両断――するかに思われた。

 突如その刃の下に、紅白の衣装を纏った魔法少女が踊り出た。

 

 少女の持つ二振りの剣が、振り下ろされたみらいの大剣を弾き飛ばす。

 必殺の一撃を防がれた大剣を、その衝撃を利用して肩に担ぎ直し、くるりと地面に這うように着地したみらいは、邪魔者の姿を憎々しげに睨み付ける。

 

「……余計なマネしやがって」 

 

 その視線を受けて、かずみの前に立ち塞がる邪魔者――双樹あやせは冷笑を浮かべて、みらい達プレイアデス聖団の魔法少女を見下ろしていた。

 

「ふっふっふ、人のこと散々悪者扱いして、自分達はコレだもんなぁ。そういうのって全然スキくない。だって汚いもん」

 

 あやせの言葉に、同じ口からルカが応じる。

 

「元より魔法少女に価値など、ソウルジェムの輝き以外にありませんよ。見るに耐えません。故に魔法少女はすべからく殺すのが慈悲と言うもの」

 

 隙あらばもう一人くらいソウルジェムを回収して、先ほどの相転移が偶然なのかどうか確かめようと考えていた双樹だったが、プレイアデス聖団の魔法少女達がかずみを救う事を諦め――どころか積極的に殺そうとしているのを見て、気が変わった。

 

「お前! 魔女の味方をするのか!」

「……笑えないなぁ。ほんっとにスキくないな、こういうの」

 

 みらいの攻撃によって、魔女はほぼ無力化されていた。

 あやせは魔女の頭部に近づき、そこに同化しているかずみへ、恐れもなく手を伸ばした。

 あやせの手が、呻くかずみの頬を撫でる。

 

「……可哀そうなかずみちゃん。大事なお仲間にあっさり見捨てられちゃって。かずみちゃんは仲間のために、あんなに頑張ってたのにね?」

 

 仲間(ニコ)を殺された怒りを胸に、真っ直ぐな殺意を秘めて自分に向かってくるかずみは、あやせにとって好ましい相手だった。

 

 ソウルジェムが綺麗なのは、ただの光の反射だけではない。

 かずみのような真っ直ぐな魂の輝きが宿っているからこそ、至上の煌きを放つのだとあやせ達は信じていた。

 

 ――それがあやせの選択なのですね? 我が半身ながら物好きな。

 ――ごめんねルカ。だって私欲張りだもん。

 

 一つの肉体の中に二つの心を宿す双樹は、自らの裡で意思を直接交感し合う。

 一心同体の存在とはいえ、二人の思考がまるきり同じというわけでもない。

 

 あやせは自らの欲望を優先し、ルカはあやせの全てを肯定する。

 結果的に同じように見えても、そこには明確な差異が存在していた。

 

A()……UA(うあ)……」

 

 まともに言葉も喋れないかずみを、あやせは愛おしそうに抱きかかえた。

 それはあたかも、大切な宝物を抱きしめるかのように。

 

「うん、決めた!」

 

 あやせは満面の笑みを浮かべて、プレイアデスに告げる。

 

 

 

「あなた達のソウルジェム、よく見たら不味そうだから、やっぱりいーらないっ!」

 

 

 

 その笑みには、間違えようのない敵意が込められていた。

 

「ニコとやらのソウルジェムも、どうやら<紛い物>だった様ですし、そのお仲間達も同じ可能性が高いですね。食中毒には気を付けませんと」

「……紛い物だと?」

 

 あやせの言葉を挑発と受け取ったサキが睨みつけるが、あやせはその視線を無視して語る。

 

「私達はね、<綺麗なソウルジェム>が欲しいの。だから、そうじゃないのには興味ないんだ、美味しそうだなんて勘違いしちゃってごめんね?」

「むしろ私達を騙した事を謝罪して欲しいくらいです」

 

 どこまでも傲岸不遜に、双樹姉妹は己の正直な気持ちを吐露する。

 だがその言葉は、サキ達プレイアデス聖団にとっては意味不明の戯言でしかなかった。

 

「なにを訳の分からないことを……かずみをお前に渡すわけにはいかない!」

「殺そうとしてたくせに?」

 

 首を傾げ、あやせは口端を孤に歪める。

 かずみを見捨てて殺そうとした癖に、今更保護者面をするなど面白過ぎる。

 

 ――お前達にこの子は勿体ない。

 

「だったら、私が貰っちゃってもいいよね?」

 

 魔法少女でありながら、魔法少女に迫害されし者。

 資格の一つは十分にあるだろう。

 

 後はもしもかずみが復讐を願うのであれば、あやせが口添えしてもいい。

 双樹達の魔法少女グループ『エリニュエス』へ、仲間入りしてもらうのも楽しそうだ。

 

 とはいえそれも、かずみが無事に<戻れたら>の話になるが。

 

 

 

 かずみと魔女は、打ち上げられた魚のように力なく倒れている。

 それを守るように、双樹は聖団の少女達と向かい合う。

 

 聖団員達の疲労も色濃いが、双樹達もまたかずみとの戦いで負ったダメージが残っている。

 おまけに聖団の五人に対して、双樹姉妹の体は一つきり。

 諸々の要素を勘案して考えてみれば、戦力的には五分といったところだろう。

 

 本来守るはずのプレイアデス聖団がかずみを殺そうとし、殺そうとしていたはずの殺人鬼がかずみを守るという可笑しな状況に、あやせの口は思わず弧を描いていた。

 

「……戯言はもう聞き飽きたわ。あなたにはここで退場してもらう」

 

 海香が魔法書を槍に変形させて構えた。

 あやせとルカは二本の剣を構え、好戦的な笑顔と共に応じる。

 

「やれるもんならやってみなよ」

「返り討ちにして差し上げます」

 

 一触即発の緊張感が高まり、それぞれが間合いをじりじりと図っていく。

 あやせ達はかずみを守るよう、聖団全員に対して隙なく構えを取り、対する聖団の魔法少女達は、四方から一気に掛かろうと包囲する体勢を見せていた。

 

 だがその時、背後のかずみに変化が起こった。

 張り詰めた戦いの空気を粉砕するほどの大音量が轟く。

 

「GRYAAAAAAAAAAAAA!!」

 

 まるで電気ショックでも受けたかのように、魔女とかずみの体が跳ね上がる。

 迸る悲鳴はあたかも断末魔の如く決死の物であり、まるで燃え尽きる前の蝋燭を思わせた。

 

 それを見た瞬間「あ、これダメかも」とあやせが思ってしまったのも無理はないだろう。

 

「時間切れ? でもこれは……」

 

 あやせだけではなく、聖団の魔法少女達もその様子に絶句していた。

 

 

 ――そこにあったのは、魔女を喰らうかずみの姿だった。

 

 

「なん、だ……これ……」

「魔女を……食ってる、のか?」

 

 理解できない、未知なる現象への恐怖に、聖団の魔法少女達は常人のように怯えた。

 

「と……トモグイしてる……!?」

 

 トモグイ――あの魔女は、ニコが相転移して成った存在だ。

 それを喰らうという事は、仲間の死体を喰らうのと何が違うのだろう。

 

 傍目からは、バケモノがバケモノを捕食しているようにしか見えない。

 そういう意味でも、里美の発した言葉は正鵠を射ていた。

 

 

 死に体だった魔女の身体を、かずみが吸収していく。

 どくんと脈打つ度に、魔女の血肉がかずみへと流れ込み、その異形の身を人の形へと納めていく。

 

 手から、足から、皮膚から、髪の毛の先端に至るまで、触れた場所から吸い込むように取り込み、それでも足りないのか、獣のように四つん這いになりながら、その口で魔女の肉を貪り食らう。

 

 あの巨体を誇った魔女を全て平らげ、その血肉を取り込んだかずみは、元の人の形へと変わっていた。

 

「……かずみ、アレは違う。アレはボク達の仲間じゃない」

 

 出来の悪い悪夢のようだった。

 聖団の魔法少女達は、それが同じ<人間>であるとは到底思えなかった。

 

 

「――アレは、人の姿をしたバケモノだ」

 

 

 卵から生まれた幼生が自ら破った殻を食べるように、かずみは自身を取り込んでいた魔女の血肉を食べ尽くした。

 

 それは人ならざるモノが孵化した光景だった。

 

『あなたが望むなら、奇跡の救世主にも、災厄の破壊神にもなれるでしょう』

 

 銀色の少女がかずみの<再誕>を言祝ぐ。

 祝福の言葉は、覚醒の光の中に溶けて消えていった。

 

 

 

 

 

 ――かずみが意識を取り戻すと、辺りは不自然なほど静まり返っていた。

 

 ぬらりと嫌な感触を感じて視線を下に落せば、そこには赤黒い物がびっしりとこびり付いていた。

 

 手を目の前に翳すと、その生臭い匂いが鼻に付いた。

 無意識に唇を舐める。すると口内にも鉄錆の様な気持ち悪い感触があるのに気付いた。

 ぺっと吐き捨てると、何かの肉の欠片がべちゃりと地面に付着した。 

 

 

「……………………バケモノ」

 

 

 その声に、かずみは振り返った。

 するとそこには、隠し切れない恐怖を浮かべる仲間達の――仲間だったはずの少女達の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十五話 神那ニコ

 微妙にキリが悪いけど、出来たとこまで投稿。


 

 

 

 プレイアデス聖団が一人、神那ニコについて語ろう。

 

 彼女には秘密があった。

 それは聖団の仲間達にすら明かした事のない、現在の<神那ニコ>を形成したとも言える罪の記憶。

 

 ニコは今でこそ日本に住んでいるが、生まれはアメリカのカリフォルニア州、アメリカ人の母親と日本人の父親との間に生まれたハーフだった。

 

 優しい両親の他にも、ニコには兄と妹がいた。

 三つ子の真ん中として誕生したニコは、明るくよく笑う子供だった。

 

 やんちゃな兄とよく泣く妹に挟まれ、ニコ達は仕事の忙しい両親が留守にしている間、よく三人で遊んでいた。

 その日もまた、三人はいつものように部屋でごっこ遊びに興じていた。

 

「なぁ、つぎはコレでカウボーイごっこしようぜ!」 

 

 好奇心旺盛な兄は、よく両親の部屋を探索していた。

 そこから見つけ出したのだろう『黒い玩具』を得意気に掲げ、妹達に己の戦果を自慢する。

 それがどれほど危険な物かも理解できずに。

 

 鍵付きの引き出しの中に仕舞ってあったそれは、彼が鍵の在処を偶然見つけてしまった事で発見されてしまった。

 子供の無邪気な行動力は、時に無警戒な大人達の予想をあっさりと覆す。

 

「ばん! ばん!」

「きゃあー!」

「やられたー!」

 

 見た目よりもずっと重い玩具をふらふらと構えて、撃つマネをする。

 引き金はどうしてか重く動かせなかったが、ごっこ遊びに支障はなかった。

 

「ねぇ、こんどはわたしにもやらせてよ! 保安官やるの!」

「えぇ~? まだオレがガンマンやりたい!」

 

 やられ役に飽きたニコが兄に訴えるが、幼い兄はお気に入りの玩具を渡すことに抵抗した。

 

 「ずるい!」とニコは兄の横暴に憤り、兄の手から玩具を奪おうとする。

 妹と協力し二人掛かりで兄を挟み撃ちにするものの「ずるいぞ! 二人でなんて!」と笑いながら兄も抵抗する。

 

 三人にとって、この程度のじゃれあいも遊びの内だった。

 妹が必死に兄を抑えてくれている隙に、ニコは兄の背後に回り、玩具を奪い取ることに成功する。

 

「やった! とった――!」

 

 だが勢い余ってニコは倒れてしまう。

 玩具が予想以上に重く、ニコの未熟な体幹では支え切れなかったのだ。

 

 そして<不幸な事故>は起きた。

 

 火薬の弾ける音と、何かの砕ける音がほぼ同時に反響した。

 それは何かが決定的に終わってしまった音として、ニコの耳にいつまでも残り続けた。

 

「……………………え?」

 

 ニコの口から間の抜けた声が上がる。

 何が起こったのか理解できなかった。

 

 ――目の前には、頭部から血を流す兄妹達の姿があった。

 

 倒れた拍子に<銃>を打ち付け、暴発を起こしたのだと分かったのは、後になっての事だった。

 

 運命の悪戯か、発射された弾丸は壁際の花瓶へと放たれ、跳弾となって兄妹達の頭部を破壊していた。

 本当に運命というものがあるのならば、そこに何者かの悪意を感じずにはいられないほどの悲劇を、あっさりとニコに与えたのだ。

 

 重なった兄妹達が生きた盾となって、跳弾はニコの元までは届かなかった。

 だがそれは、彼女にとって決して幸運な出来事ではなかった。

 

 何故なら生き残った彼女は、幼くして兄妹二人の命を奪ったという大罪を犯してしまったのだから。

 残された長い人生を、彼女は重い十字架を背負って生きていく事になる。

 

 事件は世間を騒がせ、両親の責任をどこの誰とも知れない者達が非難し、追われるように父の故郷である日本へとやってきた。

 その頃にはもう、ニコが笑顔を浮かべることはなくなっていた。

 

 犯した罪は決してなくならない。

 周囲の誰一人としてニコを責めずとも、彼女自身が己を責め続けた。

 

 贖罪の祈りを捧げ続けた。

 だがどれほど祈りを捧げても神は、ニコを赦す事も罰する事もしなかった。 

 

 贖罪の日々の中、ニコは『もしも』と考えるようになった。

 

 もしも……あの事故がなければ、どんなに幸せで、楽しい人生があったのか。

 ニコは空想に理想の世界を思い描いた。

 

 

 

 ――そんなある時、ニコは■■■■■と出会ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『――――――――<コネクト>』

 

 

 

 

 

 

「…………今のは、ニコの?」

 

 かずみはふと意識を取り戻した。

 先程までニコの過去らしき白昼夢を見ていた。

 だが果たしてあれは、本当の出来事だったのだろうか?

 

 未だ現実感のないぼんやりとした頭を軽く振ると、かずみは現在の状況にようやく思い至る。

 

「……あれからわたし、どうなったの?」

 

 かずみは確か、新たな魔法少女<双樹姉妹>と戦っていたはずだ。

 ニコを殺し、ソウルジェムを奪った恐るべき殺人鬼<双樹あやせ>と<双樹ルカ>。

 

 だが辺りを見渡せば、ここは先程までいたラビーランドではなく、薄ぼんやりと霧がかった空間の中にいた。

 遊園地の敷地にこんなよくわからない場所はないはずだ。

 

 自分がどこにいるのか検討も付かず、一人困惑するかずみ。

 だがそこに予想外の声が掛けられた。

 

「やあ、グッモーニン。かずみ」

 

 振り返るとそこには、双樹姉妹に殺され死んだはずの少女――神那(カンナ)ニコが、悪戯に成功したと言わんばかりの笑顔をにやにやと浮かべていた。

 

「…………ニコ? ニコォッ!?」

「はいはい、カンナさんですよー」

 

 驚くかずみに対して、ニコは相変わらずの惚けた口調で応じた。

 そのニコの態度があまりにも何時も通りだったので、かずみはつい呆然としてしまう。

 

「ニコ、死んじゃったんじゃ……? それにここ、どこなの?」

 

 かずみの最後の記憶は、ニコのソウルジェムが<ユウリ>の時のように暴走した所で途切れていた。

 

 その最後に、ニコの声を聞いた覚えがある。

 何か知っているのではないかと思い尋ねたかずみの問い掛けに、ニコは困ったように頬を掻いた。

 

「うーん、なんと説明したものやら。でもま、かずみはもう知ってるんじゃない? この場所」

 

 言われて、かずみは首を傾げる。

 もう一度きょろきょろと辺りを見渡すが、こんな不思議な場所に心当たりはない……はずだ。

 考え込むかずみに、ニコは答えた。

 

「ここはさ、魔女の精神(こころ)の中なんだよ」

 

 ニコが告げた事実にかずみは目を丸くする。

 予想外の答えに、かずみはわけがわからなくなった。

 

「どうして……」

 

 何故そんな場所にいるのだろう。

 ユウリの時は、彼女がいたからこそ成し得たのだ。

 

 <神名あすみ>はもういない。

 今いるのは、魔法も使えない無垢な幼子だけ。

 

 ならばどうしてかずみが、こんな場所に来てしまったのか。

 そんな疑問が顔に出ていたのか、ニコは先んじて答えてくれた。

 

「私がかずみを呼んだのさ。――きみに真実を話すためにね」

 

 死した少女は真っ直ぐな瞳でかずみへと語り掛ける。

 その目は、神名あすみが最後に浮かべていた物とよく似ていた。

 

「今こそ全てを明かそう。

 プレイアデス聖団が生まれた理由。きみが生まれた日の事を。

 それがかずみ……私からきみへと託す、最後の言葉(メッセージ)だよ」

 

 そう言って、ニコはぽんとかずみの頭に手を置いた。

 ニコの浮かべる表情が、口にする言葉が、神那ニコが既に死んだ身であることを示していた。

 

「じゃあやっぱり、ニコはもう……っ」

「この奇跡のような時間は、神様がくれたプレゼントみたいな物さ。

 神那ニコは既に<相転移>して魔女と化してるからね。今きみと話している私は……まぁ残留思念みたいなものかな」

 

 神那ニコの死は夢ではなかった。

 ニコのソウルジェムが、魔女を産んだのも。

 

 泣きそうになるかずみだったが、彼女が聞き逃せない言葉を言った事を本能的に感じ取った。

 

「…………ニコ、<相転移>ってなんのこと?」

「それも含めて全部教えるよ。ここは説明するのに色々と都合が良い場所だ」

 

 そう言ってニコはパチンと指を鳴らす。

 すると周囲の霧が晴れ、一つの建物が唐突に姿を現した。

 

 ここは魔女化したニコの精神領域。

 記憶にある物を再現するのは簡単な事だった。

 

「これは<アンジェリカ・ベアーズ>――若葉みらいが望んだテディベア博物館にして、プレイアデス聖団の秘密基地。アンジェリカは日本語で<明日葉>。命名したのは彼女だ」

「彼女?」

 

 かずみの疑問に、ニコは意味深な笑みを浮かべるだけで答えず、博物館へと向かう。かずみもまたその背中に続いた。

 ギィィと軋む扉を開けると、そこには無数のガラスケースに飾られたテディベアが格式高く飾られている。

 

 ニコはそれらを一瞥もせずに壁際まで進むと、指輪形態のソウルジェムを輝かせた。

 すると足元に魔法陣が浮かび上がり、ニコとかずみは赤絨毯の敷かれた通路へと<転移>する。

 

「彼女と私達が出会ったから、この博物館は生まれた。

 そしてここは、()()()()()()()()()でもある」

 

 初めて体験する<転移魔法>に驚くかずみを他所に、ニコはすたすたと通路を進み、最奥の扉の前まで歩いた。

 慌てて追いついたかずみが目にしたのは、魔法によって厳重に封じられた重厚な扉だった。

 

「開けゴマ」

 

 ニコが適当としか思えない呪文を唱えると、それが鍵となっていたのか、封印が解錠されて扉が独りでに開く。

 中に入ると、無数のガラスケースに飾られた人形達が目に飛び込んできた。

 

 

 ――否、そこに入っていたのは人形なんかではない。本物の人間達だった。

 

 

 先程までテディベアが並んでいる光景を目にしていたせいか、刹那の間錯覚を起こしてしまう。

 

 だが見れば分かる。そこには確かに生身の人間が飾られていた。

 しかもその全員が、かずみと同じ年頃の少女達だった。

 

 左右に等間隔で並ぶ水槽の中に、少女達が一糸纏わぬ姿で標本の様に浮かんでいる。

 

「な、なにこれ……」

 

 衝撃的な光景を目の当たりにし、絶句する。

 そんなかずみに、ニコは感情を排した声で淡々と語った。

 

「私達がソウルジェムを取り上げ、機能停止させた魔法少女達の……<抜け殻>だよ。

 ここはね、彼女達を休眠状態のまま保管するための【レイトウコ】なんだ」

 

 かずみは信じられない思いで周囲を見渡す。

 何か否定できるものはないかと、嘘だと言えるような何かがないかと、無意識にその証を探し求めていた。

 

 室内には水路が走っており、足場である円柱が等間隔に並んでいる。

 通路の中央には噴水が作られていた。

 

 その中には無数の石のような物が転がっている。

 その全てが、穢れにより光を失ったソウルジェムだった。

 

 眠るように水槽に浮かぶ少女達と、穢れた無数のソウルジェム。

 

 『魔法少女を保管している』決定的な証拠を見つけてしまったかずみは、ニコの言葉を否定できなくなってしまった。

 

「も、目的はなに? なにか……何か理由が、あるんだよね!?」

 

 それは縋るような声だった。

 仲間達が何の理由もなく、こんな酷い事をするはずがない。

 

 そんなかずみの「信じたい」という想いから出た言葉だったが、ニコはそれを痛ましい者を見る目で見ていた。

 

 彼女は厳かに告げた。

 プレイアデス聖団の目的、その一つを。

 

 

「矛盾に満ちた<魔法少女システム>の――否定」

 

 

「魔法少女……システム?」

 

 初めて耳にした言葉を反芻するかずみに向かって、ニコは労わるような微笑を浮かべた。

 

「かずみ、私達はきみにたくさんの嘘を付いてきた。

 まずは魔法少女システムについて教えようか」

 

 【魔法少女システム】

 それは希望と絶望の無限連鎖だ。

 

 『どんな願い事でも叶う』という奇跡の対価に、少女達は<魔法の使者>と呼ばれる存在と契約を交わす。

 契約した少女は魔法少女となり、魔女と戦う使命を背負う。

 

「――ここまでは魔法少女なら誰でも知ってる事。でもここに、意図的に隠された真実がある。

 <魔女>の正体はね、穢れを溜め込み、絶望した魔法少女達なんだよ。

 希望を祈った魔法少女が、絶望を振りまく魔女に変わる……それが秘せられた【相転移】現象の全て」

 

 魔女とは、全ての魔法少女達の末路だ。

 かずみの脳裏に、かつてジュゥべえから聞いた言葉が浮かんだ。

 

『理屈はわかんねぇけど、時々いるんだ。ジェムが暴走し、魔女化する魔法少女が』

 

 話が違う。かずみは思わず叫びたくなった。

 ユウリやあいり、そしてニコが魔女になってしまったのは偶然なんかじゃなかった。

 

「なんで……ジュゥべえはそんな事……!」

「あれは嘘。ジェムが濁れば誰だって魔女化する」

 

 ニコはきっぱりとその欺瞞を断ち切る。

 そんな都合の良い現実などないと。

 

 魔法少女の終わりには、必ず絶望が待ち受けている。

 

「もっとも、中には魔女の<使い魔>から成長した個体もあるだろうけど。魔女が操る使い魔も、人間を捕食することで魔女に成長するからね。

 だけど魔法少女の終わりはソウルジェムを砕かない限り、例外なく『相転移による魔女化』なのさ」

「そ、ソウルジェムって何なの!? この噴水にあるの……全部濁ってるのは、偶然じゃないよね!?」

「ジェムは魔法少女の<本体>。魔力の源である<魂>を、効率的に運用するために結晶化された物さ」

 

 魂を抜かれた身体は『抜け殻』、あるいは戦うための『道具』に過ぎない。

 修理される限りは何度でも使える不死身の身体。

 

 通常、ジェムが肉体を制御できるのは半径百メートル程度が限界であるが、その中ではソウルジェムを砕かれない限り、魔法少女は無敵の存在だった。

 

「その噴水には魔法陣が仕込まれててね、ジェムと肉体のラインを分断して休止させるための物なんだ。……そう、決して魔女にならないようにするためのね」

「どうして……魔女になるのが分かってて、契約する子なんていないよね? 一体何が……」

 

 いくら奇跡という対価があったとしても、破滅が分かっていて契約する子なんていないはずだ。

 だからこそ、この事実は隠されていたのだ。

 

「みんなはいつ、魔女と魔法少女の関係に気付いたの?」

 

 その問いにニコは仮面の様な笑顔を浮かべた。

 

「全ては彼女――<和紗ミチル>と私達が出会った事から始まった。

 それを伝えるために。かずみ、きみに魔法をかけよう」

 

 ニコの手がかずみの額へと伸びる。

 だが触れそうになった瞬間、地響きと共に建物全体が揺れ、天井からパラパラと砂埃が落ちた。

 

「……外が騒がしいな」

 

 ニコは小さく舌打ちすると、パチンと指を鳴らした。

 すると虚空に亀裂が走り、窓のように広がって外界の映像を映した。

 

 そこには黒い塊のような怪物と戦う、プレイアデスの皆が映っていた。

 

「みんな、戦ってるの?」

 

 映像の向こう側では、無差別に暴れる魔女を遠巻きにするようにして、プレイアデスの少女達が何事か口論している様子が窺えた。

 

「そう、私が転化した魔女とね。かずみが私の中にいるから、彼女達も混乱してるのさ」

 

 するとそれまで無音だった映像が音を拾い始める。

 

 

『本当の人間じゃなくたって、かずみは生きてるんだぞ!? 勝手に命を生み出しといて、都合が悪くなったら殺すだなんて、おかしいだろ!?』

 

 

 カオルのその叫び声は、かずみの耳に痛いほどよく聞こえた。

 かずみの為に紡がれた言葉は、奇しくもかずみに心臓を止める程の衝撃を与えた。

 

「本当の、人間って……カオル、なにを言ってるの……?」

「見せてあげる。きみが誕生した日の事を」

 

 ニコは今度こそかずみの額に触れる。

 その途端、光がかずみの視界を覆い尽くした。

 

 

 ――それは一人の魔法少女と、ニコ達六人の少女達の出会いの記憶だった。

 

 

 <魔女の口付け>により絶望に支配され、集団自殺しようとしていた少女達を一人の魔法少女が救った。

 

 彼女の名は【和紗ミチル】。

 かずみの元となった魔法少女だった。

 

和紗(かずさ)のカズと、ミチルのミで『かずみ』。みんな彼女の事が好きだった」

 

 だが彼女もまた、魔女になってしまった。

 『プレイアデス聖団』は皮肉にも、名付け親である少女が魔女化した事によって<魔法少女システム>の真実を知る事となった。

 

 和紗ミチルが残した日記には、プレイアデス聖団結成による喜びと、その後魔法少女の真実を知った事による後悔が綴られていた。

 

『信じられない、信じたくない。

 魔法少女が魔女になるなんて。

 知ってたらみんなが魔法少女になるのを喜んだりなんかしなかった。

 グランマ、わたしどうしたらいい? こんなこと、だれにも相談できない。

 みんな、ごめんなさい――』

 

 涙の滲む紙面には、彼女の絶望が現れていた。

 

 

 

 ニコから告げられた衝撃の真実に、かずみの足から力が抜け、ぺたんと力なく座り込んでしまう。

 

「きみは彼女とよく似ている……そうなるよう、生み出されたからね」

 

 映像は魔法陣を囲む六人の少女達を映し出した。

 その中央には、眠るように横たわるかずみの姿があった。

 

 プレイアデス聖団六人分の魔法を合成して作られた『人造の魔法少女』。

 

 

 和紗ミチル(オリジナル)複製品(コピー)――それが、かずみの正体だった。

 

 

「な、なにそれ……わたし、和紗ミチルだなんて知らない! ……わたしは一体、誰だって言うの!?」

「<かずみ>――それがきみの名で、きみの全てだ。

 きみはきみだよ、かずみ。<かずみ>という新しい命なんだよ。

 ……それをプレイアデスは理解していない」

 

 後悔するように、あるいは吐き捨てるようにニコは言う。

 

「私達はミチルの終わりを受け入れられなくて、この計画を始めたんだ。

 魔法少女達が魔女になる前にレイトウコに保管する。解決策を見つけるまでの時間稼ぎ。

 そして魔女化して死んだ<和紗ミチル>を生き返らせる。

 それがプレイアデス聖団にとっての『魔法少女システムの否定』、その全貌だ」

 

 そこまで言い終えたニコは、自嘲するように肩を竦めた。

 

「『魔法少女狩りのプレイアデス』――それが私達の通り名だよ」

 

 かずみはあいりの言葉を思い出す。

 

『プレイアデスが正義の味方だとでも思ってた?

 残念! こいつ等は魔法少女を殺す、悪魔の集団だよ!!』

 

 てっきりあの言葉は、魔女化したユウリを倒した事から来る言葉だと思っていた。

 だが違った。プレイアデスは魔女ではなく、正真正銘魔法少女を狩っていた。

 

「……あいりが言ってた事は、本当だった」

 

 抜け殻となった少女達は、正確には死んではいないのだろう。だが生きてもいない。

 水槽に浮かぶ少女達を見て、それが死体ではないと思うことは難しかった。

 

 このまま二度と目覚めなければ、それは正真正銘の死に他ならない。

 そして目覚めさせる手段は、プレイアデス聖団の手に委ねられている。

 

 

 

「かずみ――プレイアデス聖団こそが、きみの真の敵なんだよ」

 

 

 

 ニコは現実世界の映像を見せる。

 そこにはプレイアデスの仲間達がいた。

 

「これが彼女達の真意だ」

 

 ――<コネクト>。

 ニコの呪文を皮切りに、仲間達の心の声が濁流のように押し寄せてくる。

 

 

『バケモノ』『殺さなきゃ』『失敗作』『次は上手くやらないと』『もう手遅れだ』『邪魔なんだよ早く死ね』『ミチルのためにも、このかずみ(出来損ない)は処分しなければ』――――――――。

 

 

 ――それはかずみにとって、仲間という幻想を跡形もなく粉砕するほどの害意があった。恐怖があった。敵意があった。確かな悪意があった。

 

 彼女達の意識の底にはミチルへの使命感があった。

 だがかずみ自身の事など、そこに一欠片も含まれてはいなかった。

 

「そんな……嘘、だよね……? みんな……」

 

 仲間だと思っていた少女達の<本当の気持ち>を知ってしまい、かずみは悲しみに顔を歪める。

 嘘だと否定したくとも、ニコの魔法によって彼女達の心と直接繋がった実感がそれを許さない。

 

 一方的に心の裡を覗いてしまった罪悪感は一瞬だけだった。

 今はもう、彼女達の心の声をこれ以上聞きたくなかった。

 

「やめて……もう、やめて……っ」

 

 虚空に映し出された映像では『かずみの処分』に全員が賛同したのを確認できた。

 そして彼女達は、取り込まれたかずみ諸共魔女を滅ぼそうとする。

 

『――消えろ』

 

 みらいが大剣を手に、かずみへと殺意の刃を下ろした。

 

「……どうやらここまでみたいだ」

 

 ニコは映像を消すと、かずみと向かい合う。

 

「ねぇかずみ。真実を知ってなお、きみは彼女達を仲間だというつもりかい?

 勝手に命を生み出し、玩弄し、気に入らないからと処分する。プレイアデスはそんな、神様気取りの愚か者達だ。

 だからお願いだ。どうかプレイアデスの暴走を止めて欲しい。それが私の唯一の心残りだ。

 都合が良いのはわかってる。私もその主犯の一人だ。全ての罪はあの世で償おう。

 だからかずみ、どうかきみだけは生き抜いて欲しい。

 私はもう……きみを失いたくない」

 

 泣き崩れるかずみの肩を、ニコが抱きしめる。

 残留思念であるという彼女の体は、かずみの冷え切った身体を温めた。

 

「戦うんだ、かずみ。プレイアデスはこれからきみを殺そうとするだろう。

 ミチルを生き返らせるという願いの為なら、彼女達はどんな禁忌にだって手を染める。このままじゃきみだけじゃなく、この街にも大きな災いを齎すだろう」

 

 

 

「だからかずみ、きみが彼女達(プレイアデス)を――殺してくれ」

 

 

 

 告げられた言葉に、かずみはひゅっと息を呑み込む。

 

「破滅の道を進む聖団に引導を渡して欲しい。それが出来るのは多分、かずみだけだから。

 それが私の一生にして、最後のお願いだ」

「そ、そんな……そんな事言われたって、わたしは――!」

 

 ニコの懇願に、かずみは即答できない。

 頷けるはずがない。今まで仲間だと信じてきた彼女達を殺す事など、たとえニコの最後の頼みと言えども、安易に肯定できるはずがなかった。 

 

「――わたしはそれでも、最後の最後まで彼女達を信じたい!

 直接会って、皆と話したい! これまでの事、隠してきた事、全部打ち明けて欲しい。そうすればきっと、バカなわたしでも皆のこと、理解できると思うから……っ!」

 

 ニコの語ってくれた真実を疑うわけじゃない。

 だがかずみは、彼女達と直接会って確かめたかった。

 

 彼女達との間に感じた友情は、決してまやかしなんかじゃないはずだから。

 

 かずみの言葉に驚くニコだったが、その折れない心に羨望すら感じていた。

 それが何故だか無性に嬉しく、そして悲しかった。

 

「……いつだってきみの言葉は、ココロにくるね」

 

 この頑固さは、果たして誰の影響だろう。

 少なくとも彼女を作ったプレイアデスの六人が、こんな希望を持ち合わせているはずがない。

 だとすれば、これはやはり彼女自身の持つ得難い宝物なのだろう。

 

「やはりきみは、かずみだよ。

 この世界で唯一の、あの絶望の魔法少女(神名あすみ)が守ろうとした希望(かずみ)だ」

 

 だがニコは確信していた。

 あのロクデナシ共はきっと、かずみの信頼を裏切るだろうと。

 

「……でもね、かずみ。信じる者が救われるのは物語の中だけだ。

 だからもしもプレイアデスに裏切られたら、今度は自分を救う努力をすると約束してくれ……連中の為にきみが犠牲になる必要なんか、これっぽっちもないんだから」

 

 ニコの言葉に、かずみは微かな笑みを浮かべた。

 真実に傷付きながらも、かずみはニコに感謝していた。

 ニコの行動は全て、かずみの事を案じての物だと分かっていたから。

 

「……うん。ありがとう、ニコ。最後まで心配してくれて……嬉しかったよ」

 

 かずみはニコに、思いっきり抱きついた。

 これが最後の別れになると察して。

 

 ぎゅっと心残りがないよう抱き締めると、ニコはぽんぽんとかずみの頭を撫でた。

 それは姉が妹にするような、親愛を感じさせる温もりだった。

 

 いつまでもこうして居たくなるが、先程から微震が続き、建物の崩壊が近付いてきていた。

 魔女の限界が近付いているのだろう。

 魔女が倒されてしまえば、この世界も終わりを迎える。

 

 

 ニコが手を小さく振るうと、かずみの足元に魔法陣が浮かび上がった。

 最後まで名残惜しそうに離れたかずみは、ニコに別れの言葉を告げる。

 

「またね、ニコ!」

 

 贈ったのは『さよなら』でも『ばいばい』でもなく、再会を約束する言葉だった。

 それにニコも透き通るような笑みを浮かべて手を振った。

 

「……ああ、また。輪廻の果てで待ってるよ」

 

 そしてニコの前から、かずみの姿が消える。

 魔女の精神領域から脱し、現実世界へ戻ったのだろう。

 

 それを見届けると、ニコはどこからか仮面を取り出して装着した。

 それは道化師の様な、笑顔と泣き顔が半分ずつ描かれた物だった。

 

「欠片が一つ埋まり、神なる少女の旅路は続く――か。

 ……ねぇかずみ。世界はきっと、きみが思うほど優しくはないよ」

 

 そう言い残し、仮面の少女は崩壊する世界から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 ――かずみが意識を取り戻すと、辺りは不自然なほど静まり返っていた。

 

 ぬらりと嫌な感触を感じて視線を下に落せば、そこには赤黒い物がびっしりとこびり付いていた。

 

 手を目の前に翳すと、その生臭い匂いが鼻に付いた。

 無意識に唇を舐める。すると口内にも鉄錆の様な気持ち悪い感触があるのに気付いた。

 ぺっと吐き捨てると、何かの肉の欠片がべちゃりと地面に付着した。 

 

 

「……………………バケモノ」

 

 

 その声に、かずみは振り返った。

 するとそこには、隠し切れない恐怖を浮かべる仲間達の――仲間だったはずの少女達の姿があった。

 

 その表情が、態度が――ニコの教えてくれた事全てが真実だったと証明していた。

 

 目を見れば分かってしまう。顔付きを見れば疚しさがそこには浮かんでいる。

 そして未だ警戒を解かない彼女達の戦闘態勢が、かずみの事を明確に『仲間じゃない』と拒絶していた。

 

 かずみの優れた五感が、超常的な第六感が、彼女達との断絶を証明し続ける。

 

「…………………………………………そう、なんだ」

 

 かずみの想いは、裏切られたのだ。

 

 ――みんな仲間だと……そう、信じてたのに。

 

 それでも一縷の望みを託して、かずみは彼女達に問いかける。

 

「……ねぇみんな。わたしに何か、隠してることない?」

 

 わたしは、かずみだよね?

 誰かの紛い物なんかじゃないよね?

 

「……海香。わたしの記憶は、本物だよね?」

 

 海香はその問いに答えられない。

 見捨てた、諦めてしまった少女を前にして、彼女は回答を避けてしまう。

 

「カオル……わたしは人間だよね? 魔法で作られた偽物なんかじゃ……ないよね?」

 

 カオルは口を開くものの、何も言えずに歯を食い縛る。

 かずみの望む言葉は何一つ出てこない。

 

 仲間内でも特に仲が良いと思っていた親友の二人は、かずみの事を直視できない。

 かずみの中で、仲間への信頼が砕かれていく。

 

 どうして何も言ってくれないのか。

 嘘でもいい、どんな言葉だって構わない。

 

 わたしがわたしだって、みんなの仲間だって言葉が聞きたいだけなのに。

 

 そんなかずみの儚い希望すら、かずみの<孵化>を直視してしまった彼女達には応えられない。

 誰もが沈黙する中で、かずみの悲鳴のような叫びだけが空気を震わせる。

 

「黙ってないで答えてよ! わたしは誰!? わたしは何なの!?

 ――<和紗ミチル>って誰のことッ!?」

「「「――ッ!?」」」

 

 その時、聖団のメンバー全員に走った感情を、かずみは鋭く理解してしまった。

 

 化け物を見る目。

 それは純粋な恐怖の色だった。

 

「そっか……そういう、事なんだね。

 わたしはみんなにとって、本当の仲間じゃなかったんだ」

 

 ニコが教えてくれた事は真実だった。

 

 わたしは……人間じゃなかった。

 誰かの真似をして作られた偽物。

 

 みんながわたしを騙して、目的のために都合良く操ろうとしていた。

 初めからわたしは、みんなの<仲間>なんかじゃなかった。

 

「……………………嘘つき」

 

 かずみの両目から、涙が溢れる。

 悲しみのままに魔法を行使した。

 

 

 ――この場所にはもう、居たくない。

 

 

 かずみの想いに応え、足元に魔法陣が浮かび上がった。

 呼吸するかの如く、かずみは出来て当然とばかりに魔法を発動させる。

 

 それは先ほど見たばかりの<転移魔法>だった。

 そしてかずみの確信通り魔法は正常に発動し、かずみはプレイアデス聖団の前から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇小ネタ 交渉テクニック。

その一。初めに大きな要求をしてから、小さな要求を出していく。


淫獣「そこの可憐なお嬢さん! 僕と契約して彼女になってよ!」
少女「は? 何言ってんの? キモいんだけど(通報しました)」
淫獣「しょうがないなぁ。だったら魔法少女でいいから僕と契約してよ!」
少女「うーん、それなら……って誰がなるか!!」

 淫獣はツインテ美少女の踵落としを食らって死んでしまった。残念!



その二。弱った所で甘い言葉を囁く。


少女「はぁ……死にたい」
淫獣「奇跡も魔法もあるんだよ! さあさあ! 僕と契約して魔法少女になってよ!」
少女「……淫獣がキモすぎて死にたい」
淫獣「(´・ω・`)」

 淫獣はダウナー系美少女にディスられて衝撃の余り宇宙空間に飛び出してしまいそのうち考えるのを止めてしまった。ざまあ!


リンネ「ふっふっふ……完璧な営業マニュアルね! 例文も付けてばっちり! 笑いも取れて一石二鳥ね! 後で部下達に配布してあげましょう」
Qべえ「……この淫獣というのは僕のことかい? 酷い扱いだ……それにコレ、全部失敗してるじゃないか。というかオチがヒドイ」
リンネ「残当」
リンネ「ちなみに『残念ながら当然』じゃなくて『残念でもないし当然』の方ね」
Qべえ「……相変わらずわけがわからないよ。というかいくら出番がなくて暇だからって――」


 余計な事を口走るナマモノは(ry





〇予告(っぽい何か)



 かずみに逃げられ、取り残されるプレイアデス聖団。
 だが彼女達の前には、未だ双樹姉妹が残っていた。

 嘲りの笑みを浮かべるあやせに、プレイアデスは決着を付けるべく戦いを挑む。
 だがそこへ、新たなる魔法少女の姿が。

「よう、なーに遊んでんだぁ? オレ様も混ぜろよ」
「クズ姉!」

 紅蓮の魔法少女は獰猛な笑みを浮かべた。



 一方失意のまま放浪するかずみは、天乃鈴音との再会を果たした。

「……スズネちゃんも、魔法少女だったんだね」

 銀髪の暗殺者は、その刃をかずみへと向ける。

「――あなた、死にたいの?」

 プレイアデスからの逃走。
 エリニュエスとの接触。
 
 舞台は未知なる領域へと突入する。
 


「――もう一度、蘇生魔法を行いましょう」

 縦え何度繰り返そうが、プレイアデスは諦めない。
 諦めた時が、彼女達の終わりだと知っているから。

 かずみを中心に、全ての魔法少女達が動き出す。



「…………かずみおねえちゃん?」

 魔法少女かずみ☆マギカ。
 全ての歯車が狂い始め、物語は新たな幕を開ける。







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第二十六話 動き始める脅威

お前には【中略】速さが足りない!!
大変お待たせしましたー(もはや恒例)


 

 

 

 失意のまま、かずみは転移魔法により姿を消した。

 後にはプレイアデス聖団の魔法少女達と、双樹姉妹だけが残された。

 

「アハハッ! なにこれ傑作! もう大スキ!!」

 

 その片割れである双樹あやせは、腹を抱えて大笑いしていた。

 かずみに無視された事に対して普段のあやせならば、多少なりとも怒りを覚えたはずだ。

 

 だが今のあやせはそんな事よりも、目の前の光景が可笑しくて仕方がなかった。

 これが喜劇でなくて何だというのか。

 

 間抜けにも仲間である少女を見捨てておいて、その真意を知った少女に見限られる。

 自業自得だというのに、それで傷付いた顔を浮かべるプレイアデス達の有様が最高に滑稽だった。

 

 「あなた達にそんな資格ないでしょ!」とバカみたいに突っ込みたい。

 可笑しさのあまり、あやせはその場を踊るようにくるくると回る。

 

 ますますかずみの事が好きになった。

 それと同じくらい、プレイアデス達の事が嫌いになった。

 

 【プレイアデス聖団】の事など最早どうでもいい。

 

 あやせはただかずみの事だけを想い、かずみの事だけを考える。

 これだけ気になる女の子と出会ったのは、もしかすると初めてかもしれない。

 

「……それにしてもかずみちゃんって何者? <魔女喰らい>の上に、あれだけ多彩な魔法が使えるだなんて、ちょっと反則過ぎるでしょ」

 

 <身体強化魔法>は基礎的な物なので、あやせ達からすれば使えて当然だとしても、あやせの変身を強制的に解いた<解除魔法>に、本来なら高難易度のはずの<転移魔法>までほぼノータイムで行使していた。

 あの様子だとまだまだ隠し玉がありそうだ。 

 

 それだけでも異常だというのに、かずみは素の身体能力もバカみたいに高かった。

 特に恐ろしいのは頑丈さで、そのしぶとさは実際戦ったあやせ達も驚嘆するほどの物だ。

 

 この時点でも既に特級の魔法少女だと言えるのに、駄目押しとばかりに<魔女喰らい>だ。

 

 強靭な生命力を持つ魔女の血肉など普通はただの劇物だ。

 食中毒なんてレベルじゃない。普通ならば取り込んだ時点で肉体もソウルジェムも耐え切れないし、そもそも狂人でもなければ試そうとすら思わないだろう。

 

 けれどかずみは、それを無意識に成し遂げていた。

 おまけにあやせ達との戦いでボロボロだったかずみの肉体は、最後は完全に治癒していた様に見える。

 

 魔女の血肉を取り込む魔法少女。

 そんな有り得ない存在、あやせはかずみの他にたった一人だけしか知らなかった。

 

「……『クズ姉』が知ったら大喜びしそう」

 

 脳裏にエリニュエスの仲間の一人にして、最年長メンバーの女性の事を思い浮かべ、あやせはにやりと笑う。

 

「それじゃあもう帰ろっかな。良いお土産話もできたことだし」

 

 そのまましれっと立ち去ろうとするあやせだったが、呆然としていたプレイアデスの魔法少女達も、流石に今度ばかりは見逃さなかった。

 溜まりに溜まった鬱憤を晴らすかように、彼女達は殺気立った様子で双樹達を取り囲んだ。

 

「どこへ行くつもりだ! ここまで好き勝手しといて、逃がすかよッ!!」

 

 それはプレイアデス達にとって、ある種の逃避であったかもしれない。

 目の前に敵がまだ残っているのだ。

 

 かずみと決別してしまった事への八つ当たり先としては、これ以上ないほど都合の良い存在だろう。

 あやせにしてみれば「勘弁してよ」と、自ら行った事を棚に上げて溜息も吐きたくなる。

 

「……主役の子(かずみちゃん)がもういないんだから、これ以上は白けるだけだって分からない?」

「まぁこの方達に『空気を読め』と要求するのも酷でしょう。道化は笑われているうちが華だというのに」

 

 あやせがやれやれと肩を竦めると、ルカも呆れた声で同意する。

 

 二人にしてみれば、かずみがいなくなった以上、ここにいる連中は全員出涸らしも同然だった。

 わざわざ『見逃してあげる』というのに、そんなにも構って欲しいのだろうか。

 

 そんな双樹達の嘲笑を聞き、サキは憤怒の表情を浮かべた。

 本来なら倒れていてもおかしくないほど疲弊した身体は、今や怒りによって突き動かされていた。

 

 ――お前達さえ来なければ!

 

 サキは奥歯を強く噛み締める。

 

 双樹達が現れてからというもの、何もかもが滅茶苦茶になってしまった。

 ニコが死んだのも、かずみに逃げられたのも、元を正せば双樹達が切っ掛けだ。

 

 その報いは最早、万死をもってすら生温い。

 激情のまま、サキは己の鞭を地面へと叩きつけた。

 

「お前だけは許さない! お前が、お前達さえいなければ! ニコは死なずに済んだ……かずみだって!!」

「……かずみちゃんの件は、そっちの自業自得じゃない?」

 

 その怒りはお門違いだと、あやせは冷めた目で見返した。

 確かに切っ掛けは双樹達が作ったのかもしれない。

 

 けれど選択したのはプレイアデスだ。

 <かずみを見捨てる>選択をしたのは、他の誰でもない彼女達なのだ。

 

 その結果かずみと決別しようが、その責任まで擦り付けられるのは業腹というものだ。

 とはいえ問答無用で殺気立つプレイアデス達を前に、これ以上の言葉は火に油を注ぐだけだろう。 

 

 別にそれでもあやせとしては構わないのだが、聞く耳を持たない者達を相手に延々とお喋りできるほど、時間に余裕があるわけではない。

 かずみの事も気になるし、そろそろ仲間達とも合流しなければならない頃合いだろう。

 

 仕方ないなぁと小さく溜息を付きつつ、あやせは剣を構えた。

 いい加減面倒になってきたあやせは、ちゃちゃっと終わらせようと宝石箱から他者のソウルジェムを一つ取り出し――。

 

 

「見付けたぜ」

 

 

 ――『切り札』を使おうとした寸前、プレイアデス達との間に割り込むように、何者かの影が空から落ちてきた。

 

 それはミサイルのように地面へと着弾し、轟音と共に砂塵を巻き上げた。

 土煙が晴れると、そこには小さなクレーターが出来たのが視界に映る。

 

 クレーターの中心部には、目にも鮮やかな紅の長髪を靡かせる一人の女性が立っていた。

 少女と呼ぶには、彼女は些か大き過ぎた。

 

 百七十はあろうかという長身に、メリハリのある暴力的なスタイル。

 美女と呼ぶべき、他者を圧倒する華々しい存在感が彼女にはあった。

 

 それは彼女が奇態な格好をしていようとも変わらない。

 彼女は黒い拘束衣をその身に纏っており、重度の犯罪者のように両腕の自由は封じられていた。

 おまけにその両目は包帯で幾重にも巻かれ、僅かな光も通さないと塞がれている。

 

 それでなお彼女の挙動には一片の淀みもなく、何不自由なく辺りを認識している様子だった。

 燃え上がるような紅蓮の髪を靡かせ、彼女はお目当ての相手を見つけると獰猛な笑みを浮かべる。

 

「よう、アヤ。なーに遊んでんだぁ? 派手に魔力撒き散らしやがって、お陰で見つけられたけどよぉ。遊ぶならオレ様も混ぜろっつーの」

「クズ姉!」

 

 そこに居たのは、あやせ達の姉貴分ともいえる存在。

 エリニュエス所属のメンバーにして、チーム最年長の魔法少女『碧月(ミヅキ)樟刃(クスハ)』だった。

 

 見えないはずの目で、クスハは双樹姉妹の方へ顔を向ける。

 そして当たり前のようにあやせ達の姿を認識すると、その有様に訝しんだ声を発した。

 

「あん? おいおいアヤの字よぉ……その格好、ルカの奴も出てんのかぁ?」

「久しいですね、クスハ。丁度良い所に来ました」

「クズ姉ナイスタイミング! ピンチにお仲間登場とか……私、そういう展開スキだな!」

 

 何気に過去の発言と矛盾した事を言いつつ、あやせは勢いよくクスハに抱き付いた。

 両腕が拘束されているクスハは、仕方なさそうにそれを受け入れるものの、お返しとばかりに鼻を鳴らす。

 

「はん! クスハお姉様と呼びな!」

「クズお姉様!」

「……ったく、何度言っても直らねぇな、オメェはよぉ」

 

 処置なしとばかりに舌打ちすると、クスハは周囲を無視して話し続ける。

 周りを取り囲むプレイアデス達の存在など眼中にないと、その態度で雄弁に語っていた。

 

「スズとハルが探してたぞ。久しぶりに皆で飯でも食おうや」

「さんせーい! 外食にも飽きてきたとこだし、久々にハルちゃんのご飯食べたいな!」

「私も賛成です。栄養バランス的に考えて、オウカの食事の方があやせの健康に良さそうですしね」

 

 仲睦まじげに会話する彼女達をよそに、プレイアデス達は戸惑いを隠せなかった。

 

 突如現れた謎の女性は、双樹達の仲間――つまり聖団にとっては新たな敵だ。

 彼女達の会話から察するに、他にもまだ数名ほど仲間がいる様子だ。

 

 このイカレた魔法少女、双樹姉妹に仲間がいたことに驚愕する。

 てっきり単独の、他所から流れてきた者だとばかり思っていた。

 

「お前は……お前達は一体、何者なんだ?」

 

 サキが警戒心も露わに問いかける。

 自分達以外の【魔法少女殺し】がチームを組んでいたとしたら、それはかなりの脅威となるだろう。

 

 一人でも厄介な存在が徒党を組んでいるなど、それこそ悪夢としか言いようがない。

 サキの疑問に、あやせはふふんと鼻を鳴らして自慢気に告げる。

 

「――<エリニュエス>。それが私達のチーム名だよ。プレイアデスさん」

 

 その言葉を聞き、海香は自身の記憶から思い当たる情報を引き出した。

 作家という職業柄、海香の雑学的な知識は他の少女達よりも豊富だ。

 その中から海香は該当した情報を口にする。

 

「エリニュエス……確か、ギリシャ神話の女神だったかしら?」

 

 復讐を司る女神【エリニュス】の総称。

 海香もそれ以上詳しい事までは覚えていなかったが、元ネタはそれで間違いないだろう。

 

「カッコいいでしょー! ハルちゃんが命名したんだよこれ」

「……アイツもお年頃だからなぁ」

 

 年長者としては思うところがあるのだろう。クスハはきゃっきゃとはしゃぐ妹分に対して、生温い表情を浮かべていた。

 特にこの場にはいないエセ関西人の少女に対しては、憐れみにも似た感情すら抱いていた。

 

 碧月樟刃十八才――魔法少女としては色々ギリギリなお年頃である。

 

 

 

「まだ他にも仲間がいるのね……なら今後の為にも、あなた達はここで仕留めさせて貰うわ!」

 

 海香は仲間達に目配せで合図を送る。

 他の仲間と合流されてしまう前に、ここで彼女達を打ち倒すべきだ。

 

 ここまで敵対してしまった以上、最早彼女達と和解の道はない。

 仮にあったとしても、自分達の感情がそれを許容し得ない。

 

 【エリニュエス】と【プレイアデス聖団】の衝突は既に避けられない。

 

 ならばここで相手の戦力を少しでも削るべきだ。

 自分達も度重なる戦闘で既に体力、魔力ともに限界に近いが、ならば初手で全てを決するまで。

 

 海香、サキ、カオル、里美、みらい――残されたプレイアデス聖団五人の魔法少女達が力を合わせ、拘束魔法を発動させる。

 

「「「エピソーディオ・インクローチョ!」」」

 

 メンバーの一人、神那ニコが欠けてなお聖団必勝の魔法は過不足なく発動し、エリニュエスを名乗る魔法少女達を包み込んだ。

 だが拘束の戒めがその身に届く前に、クスハは力任せに地面を踏み付ける。

 

「させっかよ! オラァッ!!」

 

 無駄な足掻きにも思えたその一撃は、暴力的な魔力によって強化され震脚と化した。

 地面を揺らすほどの衝撃に、聖団の拘束魔法は魔法陣ごと粉砕される。

 

 ガラスが割れるように光の粒子を散らして、聖団必勝の魔法は余りにも呆気なく砕け散った。

 

「バカなっ!? 五人掛かりの拘束魔法だぞ! それを一撃だと!?」

 

 クスハは驚愕するサキ達を一蹴する。

 距離が離れているにも関わらず、放たれた蹴撃は暴風となってプレイアデスを吹き飛ばした。

 

 枷を嵌められてすらそのバケモノ染みた身体能力は封じ切れない。

 魔法少女として見てもなお、規格外としか言い様のない純粋な暴力をクスハは持っていた。

 

「わりぃが飯の時間だ! お家に帰る時間だぜガキ共! また近い内に遊んでやっから、せいぜい楽しみにしてな!」

 

 クスハはあやせに抱き付かれたまま跳躍した。

 空を蹴るようにして、現れた時のようなミサイルじみた勢いで視界の向こう、空の彼方へと消えていく。

 

 残された少女達はただ呆然と、あるいは悔しそうな顔でそれを見上げる事しか出来なかった。

 

「…………ちくしょう」

 

 ――この日、プレイアデス聖団は完膚なきまでに敗北した。

 

 

 

 

 

 

 

 少女は夢を見ていた。

 

 それは大切な誰かがいなくなる夢。

 掛け替えのない宝物が、無残にも踏み躙られる夢。

 

 心が壊れそうなほどの喪失感を前に、少女は赤子のように泣き叫んだ。

 

 目の前の、誰かが欠けてしまった現実を受け入れられなくて。

 宝物が壊れてしまった世界を認めたくなくて。

 

 誰かが救いに来てくれると信じていた慟哭も、それがあり得ない夢想であると知ってからは、怨嗟の嘆きへと変わった。

 

 失った物を埋め合わせるために、憎悪が終わる事なく流れ込んでくる。

 しゃがみ込み涙を流す少女に向かい【悪意】は包み込むようにその身を覆い尽くした。

 

 暗闇に閉ざされた世界の中で、【悪意】は少女へと囁く。

 優しさすら感じさせる声で紡がれるのは、破滅への誘惑。

 

 ――お前は所詮、誰にも理解されない者。

 孤独で、無価値で、誰にも必要とされない不要物。

 

 お前を救う都合の良い神様など、この世には存在しない。

 善なる者も正義の代弁者も、決してお前を救いはしないだろう。

 

 寧ろお前を悪と貶め、断罪し、更なる地獄へと突き落とさずにはいられない。

 でなければ彼らは善ではいられない。正義でいられないのだから。

 

 だからこそお前は、決して何者たりとも許してはいけない。

 

 お前を虐め、お前を嗤い、お前を蔑むしか能のない塵芥共。

 そんな汚物が蔓延る世界など、消滅したほうがマシだろう。

 

 お前の成すべき事は、そんなゴミを一片の欠片も残さず地上から根絶させる事だ。

 

 人間(バケモノ)になりたくなければ。

 人間(ゴミ)になるしかないのならば。

 

『……みんな、死ねばいい』

 

 こんな世界など、滅んでしまえ。

 

 選択の余地など存在しない。

 それこそがこの世で唯一の、真なる救済となるであろう。 

 

『……あなたも、そう思うでしょう?』

 

 ――【悪意】は、少女と同じ顔で酷薄に笑っていた。

 

 

 

「……ッッ!?」

 

 少女は飛び起きるように目覚めた。

 荒くなった呼吸を整え、額を伝う冷や汗を拭うと少女――神名あすみは、幼さの残る顔を不安気に歪める。

 

「……な、なに? なんなの、いまのユメ」

 

 夢から覚めてなおドクンッドクンッと心臓が煩かった。

 先程まで見ていた夢は、夢というには妙に生々しい実感があり過ぎた。

 

 特に最後に見たアレは、何だったのだろう。

 あすみと同じ顔をした少女の、あの冷たい眼差しが、いつまでも脳裏から離れてくれない。

 

 あすみはふらつく足取りで一階に降りると、悪夢の残滓を振り払うように洗面台で顔を洗った。

 

 鏡の中の自分を見てみると、充血しているのか目が赤くなっている。

 自分の顔が、どこか他人の物のように思えた。

 

 リビングに入る頃には、ようやく得体の知れない焦燥感も薄れ、周りを冷静に見られるようになった。

 

「かずみおねえちゃん……どこ?」

 

 そして、かずみがいない事に気付いた。

 台所では、まな板の上に調理中と思われる食材達が載っていた。

 

 火は付いてないものの、包丁も出しっぱなしだった。

 近くにいるのではないかと屋内を探し回ったが、誰の姿も見当たらない。

 

「どうしよう……かってに出かけちゃ、ダメだよね?」

 

 あすみは今の自分の状況を正しく認識していなかった。

 記憶を失ったことも、未だ魔法少女であることも、何一つ理解してない。

 

 あるいはそれは、自分を守るための防衛本能なのかもしれない。

 考えなければ、不安に思うことも恐れることもないのだから。

 

 停止した思考の中で唯一つ思うのは、いつになったら母親に会えるのか、という事だけ。

 他に頼る相手がいないあすみにとって、かずみ達しか頼れる相手がいなかった。

 

 もしも仮に誰も頼れる相手がいなければ、あすみは自分の足で探し求めただろう。

 だが今は、かずみ達が母親を探してくれるという言葉を信じて、あすみは懸命に「良い子」で待っていようと決めたのだ。

 

 それでも広い屋敷の中を、一人でじっと待つのは苦痛だった。

 そわそわと屋内をうろつき、不意に襲い掛かる寂しさから泣きそうになってしまう。

 

「…………ママ」

 

 その時、インターホンからチャイムが鳴った。

 

「っ! かえってきた!」

 

 それを耳にしたあすみは、笑みを浮かべ小走りに玄関へと向かった。

 冷静に考えれば、もしもかずみ達だったならチャイムなど鳴らさず、鍵を使って入ってくるだろう事も、あすみの頭の中からすっぽりと抜けてしまっていた。

 

 そんな可能性は微塵も考えず、ただ「おかえりなさい」を言うためだけに、あすみはドアを開ける。

 だがそこには見覚えのない二人の少女達がいた。

 

「チョリーッス! 迎えに来たっスよ、<リーダー>」

 

 明るい口調で話しかけてきたのは、パンク系の服を着た少女だった。

 右目には眼帯をしており、晒された左の瞳があすみの事を面白そうに見下ろしている。

 

 その視線に嫌な気配を感じ、思わずあすみはドアを閉めようとした。

 

「ちょっとちょっと、せっかく迎えに来たんスから、そう邪険にしないで欲しいッス」

 

 だが閉まる寸前に、強引に足を割り込まれてしまった。

 現在は無力な少女と化しているあすみの抵抗も空しく、そのまま強引にドアを開けられる。

 

「っ……だ、だれなの?! 入ってこないで!」

 

 幼心に危険を感じ取り、あすみは怯えと警戒の混ざった声で叫んだ。

 だがそれを無視するかのように、無遠慮に押し入ってくる少女達の勢いに押されて、あすみは逃げるように後ろに退いた。

 

 怯える猫のように警戒心を露にするあすみを見て、眼帯の少女は頬を掻いた。

 

「あー、そう言えば今のリーダーって記憶ぶっ飛んでるんでしたっけ? なら改めてちょいと自己紹介するッスか。

 自分は魔法少女結社<S.W.C.>が一人、魔法忍者の氷見(ヒミ)(シノブ)ッス。特技は暗殺と追跡、ついでに拷問ッスよ、ニンニン」

「……何がニンニンですか。エセ忍者の癖に」

「ひどっ、シスターにはロマンって物がわからんのですかねっ。魔法が使えるんスから、工夫次第でリアル忍法使い放題じゃないッスか!」

「それ忍者である必要は……まぁ、いいです。呼び方など些末な問題でしょう。忍法だろうが魔法だろうが、呼び方を変えようとも結果は同じですしね」

 

 そう溜息を付くと、二人組のもう一人、修道服を着た少女があすみの前で頭を垂れる。

 その清楚な佇まいはシノブと呼ばれた少女とは対照的な姿だった。

 

「……お久しぶりです、神名あすみ()隊長殿。

 覚えておられないでしょうが、私はサリサと申します。かつてあなたの部下として配属されておりました。

 されど今この身は主様の指揮下にあります。くれぐれも無駄な抵抗はなさらぬように」

 

 サリサの胸元では、銀の十字架が鈍い光を放っていた。

 

 それを見たあすみは、踵を返し逃げ出そうとする。

 それは体に染みついた本能的な衝動だった。

 

 理由も根拠もはっきりと言葉にはできないが、捕まってしまえば「碌でもない事」になるのが確信できた。 

 

 だがあすみの逃走は、背を向けた瞬間に終わりを迎えた。

 シノブがいつの間にかあすみの肩を掴んでいたからだ。

 

 その拘束を振り払うために暴れようとすると、シノブの手が肩に食い込み、痛みであすみの動きを封じた。

 

「いつっ――!?」

「今のリーダーじゃあ、ウチ等相手に逃げるとか無理ゲーッスよ。刻印の枷もメッチャ効いてるみたいだし。

 まぁそんなに怖がんないでも良いッスよ。ちょいとばかりウチ等と良い所に行くだけッス」

「い、いやぁ! はなしてぇっ!」

 

 彼女達にとっては気安い顔見知り相手の気分なのかもしれない。

 けれど記憶を失った今のあすみにとっては全く見覚えのない、得体の知れない侵入者に過ぎなかった。

 そんな彼女達の言葉など、何一つ信じられるはずがない。

 

「来るべき破滅(カタストロフィ)の時まで、偽りの玉座にて待機せよとのご命令です。

 何をそんなに嫌がるのですか? とても栄誉な事ではありませんか。

 あの方の望んだ未来にあなたが必要とされているのですから。それは喜ばしい事です」

 

 羨ましいくらいに、と心底そう思っているのが分かる呟きと共にサリサは告げた。

 その目には怯えるあすみに対する同情も憐憫も、欠片ほども浮かんではいなかった。

 

「それでは主様がお待ちです。御同行願います」

 

 サリサは怯える少女の頭に手を乗せる。

 そして何らかの魔法を使ったのか、あすみの体からは力が抜け、それを背後に回っていたシノブが受け止めた。

 

「いやーそれにしても、連中追いかけて辿りついた街で、まさか<リーダー>と再会できるとは思わなかったッス。おまけにこんな可愛くなっちゃってまぁ……お気の毒様ッス」

 

 気絶したあすみを見て、シノブは同情するように言った。

 あんなにも強かった<神名あすみ>が、今ではこの様だ。

 

「全ては主様のご計画通りという事なのでしょう。<協力者>も頑張っているようですし、私達も万全に事を運びますよ」

「ラジャラジャ。ちなみにサボったりとかミスったりしたらどうなるッスか? さっきちょっと気になるゲーセン見つけて――」

「…………そんなにブチコロされたいのですか?」

「怖ッ! じょ、じょーだんッスよ……目がガチ過ぎるッス」

 

 笑顔で殺害宣言をするサリサに、流石のシノブもぶるぶる震えながら目を逸らした。

 これで本当に何かしくじれば、シノブは敵ではなく味方の手で殺されかねないだろう。

 

 シノブは気を引き締め直すと、あすみを担ぎその場を後にする。

 サリサは誰も後を追ってこられないよう、あすみに隠蔽術式を施すと、そのまま隠形を維持しながら立ち去る。

 

 神名あすみがかつての部下達の手によって連れ去られると、後には誰もいなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――何処にいるの!? あすみちゃん!」

 

 帰還したかずみが目にしたのは、もぬけの殻になった無人の屋敷だった。 

 

 

 

 

 

 

 

 




 来春スマホゲーでまどマギ外伝『マギアレコード』がリリースされるそうですねー。
 ちょいと小ネタ妄想してみましたんで、暇な方はどうぞ。
 あれですね。設定考えるのが楽しすぎて、本文が全然進まないという……(絶望)

 これ最初は割烹に乗せようと思ったんですけど、字数制限に引っかかってしまったんで、こっちに載せます。(不評なら後で削除します)


〇小ネタ 『マギアレコード』がリリースされると知って、ちょっと妄想してみた。

【※注意事項※】
 設定垂れ流しです。回避推奨。
 あくまでこんなゲームだったらいいな~からの~二次創作ネタです。
 99%くらい捏造です。
 誤字脱字や設定に粗がありますが、基本スルーでお願いします。

☆ストーリー(公式パロ)

【円環世界】の新興都市<神浜市>に新たに辿り着いた少女、来栖蒔苗(マキナ)
 理に導かれた彼女は、かつての記憶を失っていた。

「……私はなぜ、ここにいる?」

 戸惑う少女に、この世界の案内人である【先導者(ナビゲーター)】の魔法少女は告げる。 

「『レコード』を集めれば、あなたの過去が分かるかもしれない」

 その言葉を道標に、マキナは自身の過去を取り戻す戦いに出る。
 いま強い願いをもった魔法少女たちにより、新たな物語が記されようとしていた。

 魔法少女まどか☆マギカ外伝『マギアレコード』。
 二次創作――『円環世界のマギアレコード』


 記されたのは、魔法少女たちの新たな物語。



☆世界観
 【円環の理】に導かれし魔法少女たちは、輪廻からの解脱を果たし、新たな世界へと導かれる。
 【円環世界】――そこは過去と未来全ての魔法少女たちが最後に集まる場所。魔法少女たちの楽園。
 
 その世界には魔法少女達の存在する時代毎に様々な都市が築かれており、イベントなどで違う時代の門同士が繋がったりする。(定期イベント)
 過去と未来がつながり、中には『あり得たかもしれないIFの世界』とまで繋がることも。(コラボイベ)

☆キャラクター
〇主人公(オリ主) 来栖(クルス)蒔苗(マキナ)【名称変更可能】
特徴:銀髪 剣士 記憶喪失 天然気味
行動:失われた過去を取り戻すため、自身のレコードを探し求める。
台詞:
「私には必要なんだ。レコードが」
「思い出さなくちゃいけない。私はなにか、大切な約束をしていたはずなんだ……」
「それが何なのかわかるまで、私は魔女を狩り続けよう」

〇名前 (たまき)いろは(唯一公式で名前が判明している)
特徴:本 ピンク髪 女神様の関係者 ダウナー系ドジッ娘 ういの幼馴染。
行動:マキナと同じくレコードの回収を狙っている。最初はオリ主をライバル視していたが後に仲間となる。
台詞:
「……このレコードは絶対に渡さない!」
「レコード♪ レコード♪ すってきな記録~、わったしのハートにおっしえってよ~♪」
「ひゃ!? え、え……もしかして今の、聞いてた……?」

【※以下、PVに映っていた魔法少女。名前はそれっぽく付けてみた】
〇名前 水木(みずき) うい
特徴:青髪 槍使い 冷静 参謀 才色兼備 に見せかけたポンコツ
行動:いろはの前から長らく姿を消していた。終盤にならないと仲間にならない。味方になったら弱体化するポジション。
台詞:
「いろはの事は、私が守って見せる。お前は邪魔だ」 
「……ごめん、今は何も言えない」
「【マギアレコード】さえ手に入れば、私の望みは叶うんだ!」

〇名前 伊尾(いお) 澄香(すみか)
特徴:藤色 巨大ハンマー ゴーグル 金髪 鍛冶師っぽいスタイル STR特化。天才肌(直感でうまくやれる)。釣り目。ツンデレ。割と脳筋。
行動:面白い事に飢えている。エンジョイ勢。見ていて面白かったので、飽きるまでオリ主に付き合おうとしてずるずる仲間になる。
台詞:
「メンドくせー。全部ぶっ潰しちまおうぜ!」
「このスミカ様の前に立ち塞がるたぁ、良い度胸じゃねえか!」
「べ、別にあんたの為に作ったわけじゃないんだからね!」

〇名前 乙女(おとめ) 盾子(じゅんこ)
特徴:翠色 巨大盾 気弱 ミニスカ。額環。メイン盾。押しに弱い。VIT特化。ふんわりウェーブの天パ。
行動:まったり勢。円環世界でのんびり行きたいが、何故か主人公一行に巻き込まれて騒動へ。不幸属性。
台詞:
「こ、来ないでよぉ~!?」
「ふぇぇえええっ!?」
「み、みんなの事は、わたしが守るんだから!」

〇名前 鈴鹿(すずか) (かなで)
特徴:橙色 鉄扇 サイドテール 活発 踊り子的存在 SPD特化。
行動:とあるイベントの際、他都市の魔法少女に襲われている所を救われ、恩返しのために仲間になる。チームのムードメーカーにして、仲裁者。
台詞:
「二柄流マジカル鉄扇――<剣扇舞>!」
「私の踊り、見せてあげる!」
「ほらほらー、まーたそうやって喧嘩するー。ここは私の扇に免じてごめんなさい、しよ?(鉄扇で脅しながら)」


【☆設定一覧☆】
〇マギホ
 魔法少女の必需品。マギアフォン。主に魔法少女へと変身するのにも使用する。
 円環の理によりソウルジェムは消滅しているので、新たな変身アイテムとして使われる。
 アプリをインストールすることで便利な機能が追加される。

〇アプリ
 魔法少女同士のフレンド登録機能やLINE、円環ニュース速報などはデフォルトで入っている。
 【コード】を記録し、【結界門】から新たな場所へ転移することが可能になる。
 なお、都市内でアプリ屋『(ひじり)ニコ堂』という突っ込み所満載な名前の店舗が存在する。店主は双子かってくらいそっくりなトリックスターの少女達。
 ヘルプ機能もあり、オンにすると画面上に小さな女神様が降臨され、アホの娘でも分かるように懇切丁寧に教えてくれる。女神様働きすぎ。

〇女神様
 【円環の理】という概念にして【円環世界】の管理者。
 魔法少女達からは女神様と慕われている。『運営乙』ならぬ『女神様乙』
 
 良心的な神様であり、概念でなかったらとっくに過労死している。
 某悪魔さんが「こんなの死ぬよりもひどいじゃない!」と憤慨するのも納得できるレベル。
「女神様マジ女神様」が某窓掲示板で流行している。(※窓:円環ネットワークの俗称)

 あまりに一生懸命なので、極力女神様の手を煩わせないようにするのが【円環世界】の魔法少女達のマナー。
 それでもわざと迷惑をかけまくる困ったちゃんは、垢BANならぬ、<お引越し>が待っている。行先は同じような困ったちゃんがいっぱいいる【隔離都市】であり、ある意味地獄。

〇隔離都市
 生前から悪の限りを尽くしてきた魔法少女や、円環世界ではっちゃけすぎた魔法少女達が送られてくる隔離都市。
 他の円環都市とほぼ同じ造りだが、住んでいる住人の大半がサイコパスや犯罪者、修羅の国の人など、非常にSA☆TU☆BA☆TU☆してるので、その他の都市みたいにほのぼのしてない。
 死んでも死なないので、地獄のような日常が新たな住人(生贄)を待っている。中でも【執行者】と呼ばれる魔法少女達が嬉々として殺しに掛かってくるので、普通は女神様の警告を受けた時点で猛省して心を入れ替える。引っ越し怖い。

 一部独自法則が働いており、カルマ値がプラスになった者は救済され、通常の円環都市へ戻ることが可能になる。
 ただし落とされた時点で莫大なマイナスカウントを背負っており、その他に自身の悪行がマイナス加算されるので、酷い者だと(円環時間で)百年単位で善行しなければならない。実は隔離都市の至る所に更生クエストがあり、それをこなすことで早目にカルマ値が回復する(百年が十年になるレベル)のだが、隔離都市のほとんどの魔法少女達は好き勝手にヒャッハーしており、これには女神様も思わず涙目になっている。

〇円環時間
 円環世界を流れる時間。
 現実における時間の流れとは切り離された場所にあるため、円環世界でどれだけ時間が流れても、現実における時間の流れとは全く関係を持たない。
 とある魔法少女曰く「時間の流れとここにある本の中身の関係と同じ。私が今読もうが明日読もうが、本の内容が変わるわけじゃない。それと同じにここで百年生きようが、現実では私のいた時代から一年と経っていないかも知れないし、あるいは百年前になっているかもしれない。そういう無関係な場所にあるのよ、この概念世界は」との事。ぶっちゃけ時間関係は女神様任せ(適当)

〇結界門
 魔女の結界へと通じる門。
 マギフォン(マギホ)に入力された【コード】を使って転移する。
 特定時期には【異界門】と呼ばれる門が開かれ、同じ場所から転移することが可能になる。なおその際も通常の機能は使用可能。
 またフリーコードと呼ばれる、コードを必要としない自由結界も存在する。

〇コード
 【コード】の入手は、レベルアップ時に解放されるか(通常結界(NR))、クエストで入手するか(特殊結界(SR))、あるいは売買でゲットするなど(希少結界(SSR))、魔女と戦うための<鍵>として、貴重なアイテムと化している。
 稀に魔女の討伐時にもドロップすることがある。
 
〇マギアコード
 特殊コード。この円環世界のどこかにあるという幻のコード。
 手に入れれば、女神様との謁見が可能になり、願い事を叶えてくれるという。(例えるなら運営にダイレクトメールするようなもの、叶えるとは言ってない)
 他にも種類があり、「自分の望む世界への鍵」となるコードも存在する。

〇異界門
 その先にあるのは過去か未来か、果てはIFの平行世界か、行き先は女神様のみぞ知る。
 特定時期に開かれる門。結界門から同じように転移できる。その際コードの入力は必要なく、誰でも参加できるイベント扱い。
 行き先は他の時代の【円環都市】である事が多い。
 なお、時期を過ぎれば所属する都市へと強制帰還させられる。移住する事は不可能。(ホーム拠点は変えられない仕様)
 ただしマギホによるフレンド登録や、同コード入力によって協同で魔女退治することは、違う都市の魔法少女同士でも可能。(助っ人キャラ参戦)

〇魔女
 旧法則時に存在した、かつての魔法少女達が絶望により反転した姿。穢れの塊であり、倒すとGSPが得られる。
 結界門の向こう側で己を主とした迷宮を築いており、魔法少女に倒されることで呪いを昇華させている。
 またGSPの他にレアなアイテムをドロップすることもある。

〇GSP(グリーフシードポイント)
 魔女討伐時に得られるポイントにして円環世界の通貨。討伐時自動的にマギホに加算され、円環世界で様々な特典と引き換えにすることができる。
 お菓子やケーキなどは何故か安い。
 反面、武器になりそうな物や魔法のアイテムは高い。
 GSPを報酬に依頼を出す魔法少女もいる。

〇SGP(ソウルジェムポイント)
 魔法少女の活動限界。SGPが尽きると行動不能になる。SGPは時間経過で回復する。または特殊なアイテムによって回復することができる。
 またGSPを使ってSGPを回復させる事もできるが、ポイント的にも精神的にも効率が悪いため、非推奨とされている。(それでも強行する課金兵、もとい廃人はいる)

〇クエスト
 マギホから受託可能。デイリー、ウィークリー、マンデーと女神様からの課題が与えられる。
 どれも簡単な任務であり、やらなくても特にペナルティとかはない。
 ただし結構報酬が良いので、女神様からのご褒美として有難く遂行するのが無難。

 その他にも特定の魔女退治や、別の魔法少女からの依頼など、位階制限のある物以外は自由に受けられる。
 
〇位階(レベル)
 魔法少女としての格。ある意味円環世界のお遊び要素。
 どれだけGSPを稼いだかによって上昇する。戦闘能力とは比例しないが、目安にはなる。中にはこれを強さと勘違いしている者もいるが、極少数。
 GSP商売によって高レベルに達した豪の者もいるが、戦闘能力が上がるわけでもない。マギホの機能拡張や一部施設の優待があるくらいで、強化は自分を鍛える事でしか叶わない。
 レベル上限はないが、必要GSPが指数関数的に上昇するので、ほぼ50が頭打ち。高レベルと言われる廃人達も40程度。

(あくまで目安)
 初心者1~10
 中級車11~20
 上級者21~30
 廃人 31~40
 狂人 41~50
 神  51~無限

 ちなみに女神様の位階をレベル換算すると、存在レベルが違い過ぎるので、もはや無限という次元ですらない。
 蟻の触覚の長さを競っているのに、地球の質量をぶつけるようなわけのわからない次元。

 ようはどれだけ【円環世界】に慣れたかの目安のような物。
 廃人以降は狂気的に魔女狩りしなければまずなれないレベル。人によってはドン引きする。

〇レコード
【現実世界】における魔法少女達の記録。
 魔女から稀にドロップするか、特殊コードによる特異空間内で手に入れることが可能。
 クリスタルの形をしており、誰の記録かは完全にランダム。

 映画の様に視聴できるモードと追体験するモードがあり、娯楽用品としても人気がある。(※女神様による検閲がされているため、一部ロックされている。ちなみに閲覧者がクリスタルの記録者当人の場合に限りロック解除が可能)

 あり得たかもしれない平行世界の出来事も記録される事があるので、魔法少女の中にはそれなりの好事家、蒐集家がいる。売れば結構なGSPになる。
 狙って手に入れるのは難しく、専用のトレード板が円環ネットワーク内に存在する。

〇円環ネットワーク
 魔法少女専用の情報通信網。マギホのみからアクセスでき、匿名は不可能。
 魔法少女名として本名以外の名前を登録できるが、一度決めたら通常変更は不可という鬼仕様。
 そのため痛々しい厨二ネームを付けて後悔する魔法少女も多い。
 見かねた女神様がこっそり改名クエストを用意しているが、高難易度のためそう気軽に改名できず、また使用回数に制限があるため、悪用はできないようになっている。

 女神様が見守っているため、現実よりは大変お行儀が良い。
 悪質な行為をした者は、円環ネットワークの使用が禁止される。

 おい、女神様が見てるぞ(脅し文句)。 

 ちなみに女神様の御光臨アカウントが『まどか』である事が判明しているため、掲示板の事を窓板と呼ぶこともある。

〇先導者(ナビゲーター)
 隠しパラメーターであるカルマ値が高く、かつ位階レベル25以上の魔法少女のみがなれる円環初心者の案内人。
 円環世界についての初期サポートを行う。いくつか決まり事があり、最後に受講者から評価を貰って終了する。その際、正直な評価であることが求められ、虚偽は一切通用しない。何事も始めが肝心。その評価次第でカルマ値に変動があるため、中には(女神様への)ポイント稼ぎと笑う者も。

【教える事】
「見た目で侮らないこと。きみより幼い子供に見えるけど、実は凄腕の魔法少女だったとか、そんなことザラだからね」
「喧嘩は仲良く。どうしても白黒付けたい時は<決闘>すればいい。そして禍根は水に流す。揉め事は極力起こさない」

〇決闘(デュエル)
 血の気の多い魔法少女達のクールな問題解決法。
 相手のSGPを全損させるか、肉体的に痛めつけて降参させるか、致命傷を負わせる事で決着が付く。

 マギホから互いに<決闘>を承認することで決闘用の結界が展開され、その中で戦う者は戦闘後、肉体もSGPも元通りに復元される。
 結界は何種類かあり、基本設定の物は直径五十メートルほどの円形。互いに賭ける物をセットすることもできる。

 ちなみに決闘システムを使わない私闘は重罪であり、警告後も辞めないようなら即<お引越し>の対象になる。
 恐喝して決闘させるのもアウトであり、両者の合意があり、戦う意思がある場合のみ起動する。

〇ファンシーショップ
 使い魔型のぬいぐるみが流行。特に『あんとにー』が一押し。
 ただし白い猫型マスコットの人気は皆無。


【総評】
 まどマギにスマホゲー、というかネトゲ要素混ぜたら思った以上に二次創作として妄想できて楽しかった。
 レコード集めてマギホ機能解放して、第二形態としてオリ魔女のスタンド使いになるとか想像すると、もうたまらんね。

 流れ的にはこんなん。
 レコード(キーアイテム)入手 → 集めると機能解放 → 本来自分がなるはずだった『魔女の力』を使えるようになる。

 まぁ実際にゲーム作ろうと思ったら大変そうだけど。
 とはいえ裏切られる前提で、リリースまで期待を上げられるだけ上げとくスタイル。

 スマホゲーも結構だけど、叛逆の続編はまだですかねぇ。
 とブーメラン。おいも早く続き書かねば(使命感) 

 
 






 


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第二十七話 決別の雨

お待たせしましたー(挨拶)
ちなみに前話後書きに載せたマギレコ二次『円環世界のマギアレコード』こそっと連載始めちゃってます。詳細は割烹で(目逸らし)


 

 

 かずみは見覚えのない街並みの中を彷徨い歩いていた。

 咄嗟に発動させてしまった転移魔法は、かずみ自身の「この場所に居たくない」「知らない場所へ行きたい」という願望をそのまま反映してしまったのだろう。

 

 取り敢えず大通りに出て住所を確認すると、辛うじてあすなろ市内であることが確認できたので、かずみはほっと安堵の息を漏らした。

 下手したらもっと遠くまで飛ばされている可能性もあったのだ。同じ市内であるだけまだマシなのだろう。

 

 あるいは無意識に距離をセーブしていたのかもしれない。

 かずみにはまだやるべき事が残されているのだから。

 

 かずみは転移魔法を使う事こそできたものの、現状では不安定過ぎてどこへ飛ばされるか分かったものではない。

 そのため再び転移魔法を使って戻るわけにもいかず、かずみは自分の足で帰らなければならなかった。

 

 街中で目立たないよう変身を解除し、現在地を確認しながら人通りの中を歩いていく。

 

「……あすみちゃんが、待ってるから」

 

 かずみは眠っている彼女に「すぐに戻る」と言って出かけたのだ。

 たとえそれが一方的な物だとしても、約束は果たさなければならない。

 

 流石のかずみの直感も土地勘ゼロの場所では上手く働かないのか、場所を確認しながらの移動は思ったよりも時間が掛かった。

 同じあすなろ市内とはいえ、かずみが知っている場所などほんの一部に過ぎないのだと実感する。

 

 だがそれも当然の話だろう。

 もしかずみが真に「作られた魔法少女」なのだとしたら、生まれてからまだ一週間程度しか経っていない事になる。

 

 かずみは『記憶喪失』なんかじゃなかった。

 初めからかずみに『過去』なんて物は存在しなかったのだ。

 

 海香達がかずみに教えてくれた思い出は全部嘘。

 それは『和紗ミチル』との思い出だ。決してかずみ自身の記憶なんかじゃない。

 

 空を見上げると日は既に暮れており、雲行きが段々と怪しくなって来ていた。帰りを急ぐかずみの胸中もまた暗雲に包まれている。

 

 今日はあまりにも多くの出来事があった。驚くべき真実があった。

 

 だが一番かずみの心に堪えたのは、仲間だと思っていた少女達の裏切りだった。

 彼女達との間に感じた友情が、全て嘘偽りだったのだと思い知らされた。

 

 あると信じていた思い出も嘘。

 仲間達との間に感じていた友情も嘘。

 

 ――みんな嘘ばっかりだ。

 

 やがて見覚えのあるショッピングモールに入ると、かずみは不意に懐かしさに駆られた。

 海香とカオル、そしてあすみと共に四人でこの場所へ来た事は、かずみの数少ない記憶の中でも楽しい思い出として残されている。

 

 中に入り人混みの端の方を通り抜けると、視界の脇に純白のドレスが映った。

 そこはあすみが「綺麗」と呟き、足を止めた場所だった。

 

「……あすみちゃん」

 

 時間にして数秒ほどだろうか。立ち止まったかずみは万感の思いでドレスを見上げ、あすみとの思い出を想起する。

 

 かずみが生まれてからの記憶は、あすみとの思い出が大半を占めていた。

 その記憶だけは、かずみ自身が手に入れた紛れもない本物だ。

 

「……っ!」

 

 かずみは溢れる衝動のままに走り出す。

 何事かと振り返る通行人達の視線など気にも留めず、ショッピングモールを抜け人気のない場所に出るや否や、即座に魔法少女へと変身して空を駆け上がった。

 

「あすみちゃん……あすみちゃん……っ!」

 

 今ならわかる。

 彼女だけが、他の誰でもないかずみを見ていてくれた。守ってくれていた。

 

 こんなわたしを――他の誰でもない<かずみ>を守ってくれたのだ。

 

 『和沙ミチル』の事も、『プレイアデス聖団』の事も関係ない、かずみの友達。

 今や彼女だけが、かずみにとって唯一の『本当の友達』だった。

 

「あすみちゃん、あすみちゃん……あすみちゃんっ!!」

 

 胸が一杯になる。

 この世界でたった一人でも、自分の事を見てくれる人がいる。守るべき大切な人がいる。

 

 彼女だけが、かずみに残された唯一の希望。

 かずみを守った彼女はその記憶を失い、今はただの力なき幼子となっている。

 

 けれどもかずみは約束したのだ。

 今度はかずみがお返しする番だと。彼女の事を絶対に守るのだと。

 

 その誓いがある限り、かずみは絶望などしない。

 それ以外の全てを切り捨てたとしても、かずみは彼女を守って見せる。

 

 それを邪魔するなら、たとえそれがプレイアデス聖団の仲間――仲間だった者達が相手でも、かずみは容赦しないだろう。

 

 

 

 魔法少女に変身してからは、あっという間だった。

 海香の屋敷にようやく到着する事ができた。

 

 この家も、あすみを連れて直ぐに出て行かなければならない。

 親友だと思っていた海香もカオルも、かずみ達の味方なんかじゃない。

 

 あの魔法少女達が保管されている<レイトウコ>の存在を知ってしまえば、大切な彼女をこんな場所に置いておけるはずがなかった。 

 

 最早かずみは海香達の事を全く信用していなかった。

 ここにいるかずみ自身、彼女達の嘘から生まれたようなモノだ。

 

 『和紗ミチル』の偽物として<かずみ>を生んだ彼女達の事を、どうすれば信じる事ができるというのか。

 かずみ自身が信じたくとも、信じられる言葉を何一つ掛けてくれなかった。

 

 そんな彼女達の事よりも、実際にその身を挺してかずみを守ってくれたあすみの身の安全の方が、遥かに大切だ。

 プレイアデス達を無理矢理信じた挙句、あすみを危険に晒すくらいなら、初めから信じないほうがずっと良い。

 

 神名あすみは未だ魔法少女としての資格を失っていない。

 彼女にとって『プレイアデス聖団』が危険な存在だと分かった時点で、かずみにとっても聖団は警戒すべき相手となっていた。

 

「わたしがあすみちゃんを守らなきゃ」

 

 かずみは決意を胸に宿し、あすみの部屋へと向かう。

 

 ――だがそこに待ち望んだ少女の姿はなく、空のベッドがあるだけだった。

 

「……あすみ、ちゃん? どこ……どこにいるの?」

 

 嫌な予感が収まらなかった。

 気のせいだとかずみは自分へ必死に言い聞かせ、あすみの姿を探す。

 だがいくら屋敷の中を探し回っても、求める少女の姿は見つからない。

 

「何処にいるの! あすみちゃん!?」

 

 この屋敷にはいないと確信できるほど隅々まで探し終えると、かずみは即座にあすみを探すため屋敷を飛び出した。

 

 手掛かりも何一つなく、かずみは自身が錯乱している事にも気付かずに、ただ衝動に突き動かされるまま空を切り裂くように飛び立つ。

 

 ぽつぽつと水滴がかずみの白い肌を叩き、やがてそれは本格的な雨となって降り始めた。

 

 

 

 

 

 

 神名あすみの捜索を始めて、どれくらい時が経っただろうか。

 日は既に暮れ、空にあるはずの月は分厚い雨雲に遮られその姿を隠している。

 

 街灯だけを頼りに夜闇の中、人を捜し求めるかずみの姿は、さながら幽霊のような有様だった。

 頼りの直感もまるで働かず、かずみが探した場所は全て空振りに終わった。

 

 それでも冷たい雨の中、当てが何一つなくとも、かずみは少女の姿を延々と探し続ける。

 だがいくら探せども探せども、あすみの姿を見つけることは叶わない。

 

「守るって……約束、したのに……」

 

 雨脚が強くなり、視界が悪化したせいで仕方なく空から地上へと足を下した。

 変身を解除すると、あすみから譲り受けた私服はすぐに雨を吸い込んで重たくなった。

 

 ずぶ濡れの体はとうに芯まで冷え込んでいる。

 吐く息だけが熱く、雨の中を僅かに白く変えた。

 

 あすみを見つける事も叶わず、かずみは無力感に支配されていた。

 足を止めてしまえば、きっともう一歩だって動けなくなるだろう。

 

 こんな無力で、惨めな存在が、一体何の役に立てるというのか。

 誰かを守れると思っているのか。

 

 ――バケモノの分際で。

 

「っ、わたしは……バケモノなんかじゃ……誰か、教えてよ……」

 

 力なくかずみは暗闇の空を見上げる。

 星明りも月の輝きすらも見えず、ただ刺すような雨粒だけがかずみの頬を打つ。

 

 今、分かった。

 守ると誓った自分だが、彼女の存在に一番守られていたのは、かずみ自身だった。

 

 力の強弱が問題なのではない。

 『神名あすみ』がただそこにいるだけで、かずみの心は守られていたのだ。

 

 失って初めて気付かされる。

 彼女の存在が、かずみにとってどれだけ大きく、掛け替えのないものだったのか。

 

 ふと気付けば、いつの間にか人気のない路地裏に迷い出てしまっていた。

 人探しをするなら、もっと人通りの多い場所を重点的に探すべきなのだろう。けれどもあすみのいる場所に心当りが全くない以上、それも空振りに終わる可能性が高かった。

 

 だがたとえ僅かな可能性だろうとも、かずみはそれに縋る事しか出来なかった。

 そうして道を引き返そうとしたかずみの前に、一人の少女が現れた。

 

 

「……また会ったわね。かずみ」

 

 

「スズネ……ちゃん?」

 

 それは昼間出会った『天乃鈴音』だった。

 

 彼女は雨の中、水色の傘を差して歩いていた。

 彼女の事はかずみにとっても印象深いものだったから、その姿を見間違えるはずもない。

 

「……こんな雨の中で、夜も遅いのに一人で何してるの?」

 

 スズネの言う通り、真夜中に傘も差さず徘徊する今のかずみの姿は、どう見ても不審者の類いだろう。

 何も答えられないかずみに、スズネは幼子に尋ねるような優しげな声をかけた。

 

「あの子は一緒じゃないのね?」

「あすみちゃんは……今、探してる。でも、どれだけ探しても、見つからないの……」

 

 『もう一人で勝手に行っちゃダメだよ』と約束したにも関わらず、あすみは姿を消した。

 約束を破るような子じゃないことは、かずみ自身十分に分かっている。けれどもしかしたらという思いは時間が経つ毎に大きくなっていった。

 

 ――もしかしたら、わたしのことなんか待ってなくて。一人で『ママ』のところに行ったんじゃ。

 

 目の前のスズネをママと見間違い、かずみの制止を振り切って駆け出した事は、かずみの中で小さくない傷跡となっていた。

 

 そんなことない、あすみちゃんは約束を破ったりなんかしない、とかずみは違う可能性を必死に考える。

 あすみ自身が出て行ったのではないとすると、何者かに連れ去られたと考えるのが自然だろうか。 

 

 プレイアデス達に先回りされてしまったか、あるいは見知らぬ第三者による犯行か。

 双樹姉妹の件もある。元々この街の外から来た魔法少女であるあすみの交友関係について全く知らない以上、彼女がどんな事件に巻き込まれていたとしても不思議じゃなかった。

 

 かずみは目まぐるしく出口の見えない思考を続ける。

 そんな彼女を、スズネは痛ましい者を見る目で見ていた。

 

「そう、また迷子なの。……なんて顔してるの。まるであなたの方が迷子みたいじゃない」

 

 スズネは呆れるように言うと、雨に打たれるかずみを自分の傘の下に入れる。

 

「……いいよ、スズネちゃんが濡れちゃう」

 

 かずみの弱々しい断りの言葉を、スズネは聞こえないとばかりに無視した。

 ポケットからハンカチを取り出し「気休めだけど」と呟き、濡れたかずみの顔を拭う。

 

「ねぇかずみ。探してる子の名前『神名あすみ』で間違いない?」

「……え? う、うん。そうだけど」

「やっぱりあの子が……人違いじゃなかった」

 

 スズネの呟いた言葉は、以前から『神名あすみ』の事を知っていたかの様に聞こえた。

 

「……あすみちゃんの事、なにか知ってるの?」

「<魔法少女>としてなら、たぶんあなた以上にね」

 

 唐突なその発言にかずみが驚くよりも早く、スズネは傘をかずみに押し付け、一人雨の中に躍り出る。

 

 そして銀色のソウルジェムを輝かせ、スズネは魔法少女へと変身した。

 灰色のコートを纏い、カッターを思わせる形状の大剣を手にした姿は、紛うことなく魔法少女の姿だった。

 

「……スズネちゃんも、魔法少女だったんだね」

 

 スズネが魔法少女に変身した姿を見て、かずみは呆然と呟く。

 昼間出会った少女が実は魔法少女だったなど、意外と世間は狭いらしい。

 

 あるいはそれは、魔法少女としての必然だったのか。

 スズネはかずみに向かって手を差し伸べた。

 

 

「――かずみ、私と一緒に来なさい。それが『神名あすみ』を見つける一番の近道だと思うわ」

 

 

 雨に濡れたその美貌は、ぞっとするほど冷たい笑みを湛えている。

 それは暗闇を照らす月のように、かずみに抗い難い魅力を感じさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




微妙にストックできたんで、明日と明後日も投稿します。


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第二十八話 殺意の在処

 

 

 

 ――テディベア博物館『アンジェリカ・ベアーズ』。

 

 プレイアデスの魔法少女達が本拠地であるこの博物館に到着したのは、双樹達に逃げられてから暫くしての事だった。

 

 突発的に引き起こされた激戦の結果、メンバーのソウルジェムの負荷が危険域まで達してしまっていた。そのためジュゥべえを呼び寄せて直ぐにでも浄化しなければならなかった。

 

 浄化後も傷付いた体で周囲を警戒しながら、最も安全だと思われるこの本拠地へ帰還した頃には、既に日も落ちて雨が勢い良く降り始めていた。 

 

 聖団の本拠地である『アンジェリカ・ベアーズ』には居住空間も併設されており、海香とカオル以外のメンバーはこの拠点で過ごす事も多い。

 <若葉みらいの願い>によって与えられたこの建物は、見た目よりもずっと広く、生活に必要な施設は一通り揃っていた。

 

 雨に濡れた体を熱めのシャワーで洗い流した後は、リビングに集まり今後の方針を話し合う。

 だが残された五人のメンバーによる会議は難航を極めた。

 

 逃げたかずみに、新たな脅威『エリニュエス』への対処。そして残された『神名あすみ』の処遇。

 そのどれもが頭の痛くなるような問題だった。

 

「……かずみがああなった以上、あすみをそのままにしておく理由もなくなったわ」

「それじゃあ……」

「ええ、こうなった以上神名あすみは速やかに<保護>するべきね」

 

 その言葉は『レイトウコに保存する』という意味を孕んでいた。

 現状では、あすみの記憶が回復する目途は立っていない。

 

 けれど彼女はユウリを救った時のように、魔法少女の運命を覆す可能性を秘めている。

 その希少性を鑑みても、回復手段が見つかるまで早急に<保護>するべきだ。

 

 そんな海香の言葉に、みらいは呆れるように言った。

 

「でももう手遅れなんじゃない? 逃げたかずみがとっくに連れてってると思うよ」

「……なんでそう思うの?」

「だって()()かずみが一番懐いてたのはアイツでしょ? ならこうなった以上、アイツを連れて逃げるのが当然じゃない?」

 

 みらいがかずみの立場だったなら、間違いなくそうするだろう。

 今のかずみにとって、最早神名あすみしか味方がいないのだ。

 

 今の時点であすみを確保できていない以上、今から海香の屋敷に向かっても後手に回るだけに思えた。

 『プレイアデス聖団』から逃げたかずみだったが、それとは無関係な『神名あすみ』を避ける理由はなく、むしろ聖団の行動を予測して先回りしている事は少し考えれば分かる事だ。

 

 海香は苦い気持ちで、みらいの言葉を受け止める。

 無意識にあすみの存在を軽視していた自分に気付いたのだ。

 

 魔法少女としての『神名あすみ』の重要性は重々承知している。軽視していたのはかずみとの<絆の深さ>だ。

 どこかで、かずみの一番の親友は自分達だと驕っていた事に気付いたのだ。

 

 ――今更、どの面下げて親友だと言えるのかしら。私は既に選んでしまった。後戻りはもうできないというのに……。

 

 今のかずみにとって、御崎海香は最早ただの裏切り者に過ぎない。

 そして神名あすみこそが唯一心を許せる存在なのだろう。

 

 ならかずみは何を置いても、あすみを守ろうとするはずだ。

 聖団の計画が失敗して化け物になろうとも、それが海香達の知っている『かずみ』という少女なのだから。

 

「……念のため、あすみの事は後でカオルと一緒に家まで確認しに行くわ。ついでにあすみが最初に住んでた屋敷の方もね」

 

 複雑な胸中の整理は一先ず後回しにする事に決め、海香はこれまで疑問に思っていた事を口にする。

 

「ねぇ、どうしてかずみは……『あの事』を知ってたのかしら?」

 

 海香の言う『あの事』には様々な事柄が含まれていた。

 プレイアデス聖団の真の目的。そして和紗ミチルの事。

 

 まだ何一つ教えていなかったのに、あの時のかずみはそれを完全に理解していた。

 でなければあの様な問い掛けはできない。『自分は本物なのか?』などと。

 

 サキは眉間に皺を寄せたまま、つい先ほどまでの光景を思い返す。

 

「……魔女化したニコと同化した時、何かあったのだろう。それ以前と以後ではまるで違う。同化した際に『ニコの知識』を得たのかもしれない」

「身体だけじゃなくて、記憶も食べちゃったってこと?」

 

 みらいはうげぇーと吐きそうな顔をした。かずみが魔女を『捕食』した光景は今も目に焼き付いている。

 

 あのグロテスクな光景を見てしまえば、かずみが最早人間じゃない事は明白だ。

 そんなバケモノが仲間の記憶まで食ったのだとしたら、早急に退治しないと面倒臭い事になるだろう。

 

 カオルはそんな仲間達の会話を沈鬱な顔で見ていた。

 場の雰囲気は完全に『かずみを処分』する方向で固まっている。

 

 けれどもカオルは、未だその決定に納得できていなかった。

 

「……もしかしたら、ニコの奴に教わったのかもしれない。かずみが元に戻れたのだって――」

 

 かずみを救うために、同化し一つになったかずみに聖団の真実を伝え、そして解放したのではないか。

 かずみが魔女に成りきらずに生還できたのは、かずみがバケモノだからではなく、ニコがかずみを生かそうとしたからではないのか。

 そんな希望の可能性を、カオルは捨て切ることができなかった。

 

「カオルちゃん……魔女になったニコちゃんがどうやって教えるの? それにもしそんな事ができるなら、かずみちゃんも『魔女の仲間』って事でしょ? 元に戻れたっていうけど、あんなの見た後じゃ人間に<擬態>している様にしか……」

 

 里美は苦笑を浮かべてカオルの言葉を切り捨てる。

 未練がましい言葉など今は邪魔なだけだ。

 

 里美の嫌悪の込められた否定に、みらいも同意する。

 

「<人間>は魔女を食わない。もちろん魔法少女もね」

 

 それがバケモノの証明であるとばかりに。

 そしてカオルには、それを否定する言葉が見つけられなかった。

 

「姿を消したかずみに、『エリニュエス』を名乗る魔法少女達。敵は多いけど、この街は私達の地元よ。地の利はこちらにある。今度はこちらから見つけ出して、今度こそ仕留めるわ」

 

 『かずみ』も『エリニュエス』も、そして『神名あすみ』も、目的の邪魔になる者は全て倒してしまえばいい。

 

 

「――蘇生魔法を、もう一度行うためにも」

 

 

 始まりの少女『和紗ミチル』を甦らせる。

 プレイアデス聖団は、その為に存在するのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 話し合いが一先ず終わると、休息の為博物館内にあるそれぞれの自室へと向かった。

 だがその途中、里美はサキに話があると告げ、誰も使っていない空き部室の中に誘った。

 

 扉の鍵を閉め、誰も邪魔者が入らないようにした里美に、サキは少しばかり違和感を覚えた。

 

「それで里美、話とは何だ? ……皆の前では言えないことか?」

 

 わざわざサキだけを他のメンバーにも知らせず内密に呼び出したのだ。何か相談事でもあるのだろう。

 そんな風に考えていたが、里美の様子はサキの予想とは全く違っていた。

 

「ねぇサキちゃん。かずみちゃんを<殺す>の、協力してくれない?」

 

 怯えるでも不安がるでもなく、里美の顔はどこまでも普段通りの物だった。それがどこか不気味な印象を与える。 

 

「……決定には従う。『次のかずみ』を蘇生するために、今のかずみを倒す。それについては協力するつもりだ」

 

 積極的とは言い難いサキの態度に、里美は予想通りだとばかりに笑みを溢す。

 わざわざ「殺す」と強調したにも関わらず、「倒す」などと甘い言葉を使っている時点で、サキの思惑は明らかだった。

 

「ふふっ……やっぱりね。サキちゃん、かずみちゃんが大好きだもんね。――殺せないよね?」

「……っ」

「私、知ってるの。サキちゃんが<アレ>を隠してること」

「……何のことだ?」

「サキちゃんって嘘が下手だよね。さっきだって海香ちゃん任せで、結局『かずみちゃんを殺す』って言わなかったものね。そういうとこ、ズルいと思うな」

「っ、いい加減にしろ! お前が何を言ってるのか、私には――!」

 

 それでも白を切ろうとするサキの言葉を、里美は強引に黙らせる。

 

 

「だ、か、ら――私、全部知ってるって、言ってるでしょう?」

 

 

 サキの後頭部に魔法陣が浮かぶ。死角から完全に不意を突かれたサキは、ほとんど抵抗もできないままに里美の魔法をその身に受けてしまう。

 脱力し、人形のように虚な顔を浮かべるサキに、里美はある物の在処を尋ねた。

 サキは自身の意思に反して、その在処を明かしてしまう。

 

「……やっぱり、あそこに隠してたのね」

 

 サキから聞き出した隠し場所は、この博物館の中にあった。

 里美も目星を付けていた<レイトウコ>とは別にある地下室。そこの鍵をサキから奪い取ると、里美は躊躇いもなく扉を開きに行く。

 サキは光を失った瞳のまま里美の後を追従していた。

 

 里美が鍵を開けると、地下室の中には十二個の水槽が安置されていた。

 それだけなら<レイトウコ>と同じだが、中身が決定的に違っていた。

 

 『No.1』から『No.12』までの番号が割り振られた水槽の中には、『同じ顔をした少女達』が浮かんでいる。

 この十二人の少女達こそ、サキが処分を任されていた『これまでの失敗作』だった。

 

「……ふふっ、サキちゃんったらバカなんだから。こんなバケモノいつまでも保管した所で、人間に戻れる手段なんか見つかるわけないのに」

 

 ――だって、そもそも<材料>の時点でバケモノなんだから。

 

 里美は魔法のステッキを構え、自身の固有魔法(マギカ)を発動させる。

 

「<ファンタズマ・ビスビーリオ>」

 

 里美の固有魔法は『動物と意思を交わす事』だ。

 だが魔法の出力を上げてしまえば、意思の交感は対等ではなく一方的な命令となってしまう。

 最大にまで上げれば、対象の意識そのものを乗っ取る事も可能な魔法だ。

 

「みんなには内緒だけど、この魔法の『動物』って<人間>もカウントされるみたいなのよね」

 

 つまりそれは『人間すらも操ることができる』という事だった。

 とはいえそれも万能ではない。対象の意思が強ければ強いほど抵抗される確率は高く、支配する事が難しくなる。

 

 サキを簡単に支配できたのは、不意を突いたのと戦闘での疲労が未だ抜け切らなかった事が大きい。

 そして今回の場合も、然程問題なく支配する事ができた。

 

 水槽の中に満たされていた液体が排出され、十二体の失敗作達は久方ぶりに外気に触れた。

 だがその顔に感情の色はなく、里美の魔法によって完全な支配下に置かれている。

 

「やっぱり理性のない<出来損ない>は操り易いわね」

 

 より動物に近い存在なら、里美は問題なく支配することができた。

 これで魔女を操る事もできたならば正に無敵なのだろうが、そうそう都合良くはいかない。

 

 魔女の意識はぐちゃぐちゃで、里美の魔法では支配どころか意思を交わす事すら不可能だった。

 魔女を相手に下手に里美の魔法を使えば、自分自身が吞まれかねない。

 

 だが目の前の『失敗作』達は違う。

 中途半端に人間の部分を残し、中途半端に魔女化している。

 

 そんなバケモノと里美の魔法は非常に相性が良かった。

 十二体もの数を同時に操れるくらいには。

 

「私、かずみちゃんと生きていくのは無理だと思うの」

 

 里美の我慢は最早限界だった。

 一分一秒だってかずみが生きてる事が許せない。

 

 いつバケモノになるか分からない存在に、ずっと怯え続けていた。

 それでも我慢した。『和紗ミチル』には恩があるから、聖団の一員として蘇生に協力してきた。

 

 でもあの<かずみ>は駄目だ。魔女食いのバケモノなど最早人間じゃない。

 あんなバケモノが人間の皮を被って平然と生きている事が、里美には何よりも耐え難い恐怖だった。

 

「……せめて<あなた達>と同じだったら良かったのに」

 

 里美は振り返って失敗作達を眺める。

 かずみと同じ顔をした少女達は、完全に同一というわけではなかった。

 体の色んな部位が異形化しており、どの個体も辛うじて人型を保っている有様だ。

 

 全員に魔法で作った黒いローブを着せてはいるが、その下の姿は人間とは掛け離れてしまっている。

 里美が制御していなければ勝手に暴走し、早々に魔女化して自滅する事だろう。

 

「さあ、みんな行きましょう。かずみちゃんを殺しに」

 

 用済みとなったサキには暫くの間眠って貰う事にして、里美はかずみを殺すために『アンジェリカ・ベアーズ』を後にする。

 かずみと同じ顔をした十二体の失敗作達は、里美に率いられるまま、人形のように自分達の<妹>とも呼べる存在を殺しに向かうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




あと一話は零時に投稿します。
ちなみにスズネの過去話。オリ主に久しぶりの出番の予感……?
おまけもあるよ()


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第二十九話 連鎖を断つ者

スズネ過去話。久しぶりの一人称。
これ書いたのかなり前なんですが、ようやく投稿できます(白目)。


 

 

 

 世界は唐突に変貌する。

 私が最初にそれを実感したのは、両親が何の前触れもなく化け物に殺された時の事だった。

 

 大型連休に行った家族旅行での帰り道、父の運転する車がどことも知れない場所に迷い込み、突如として化け物としか表現のできない怪物達が襲い掛かってきた。

 

 車が破壊され、父は化け物からその身を挺して母と私を守り、その後母は私を逃がそうとして殺された。

 

「お父さん! お母さん!」

 

 炎上する車の明かりが、両親の死体を照らし出していた。

 突然の事態に、私はただ棒立ちとなってしまう。

 

 まるで悪い夢を見ているかのよう。

 

 だって冷静に考えればおかし過ぎた。

 辻褄があわない。

 

 ほんのついさっきまで笑いながら会話していた両親が、今は物言わぬ骸になっているだなんて、どう考えても繋がるはずがない。

 

 そんな風に現実逃避していた私を化け物が見逃すはずもなく、両親と同じように私へと襲いかかってきた。

 

「GRAAAAAAAAA!!」

 

 迫り来る化け物を、私も両親と同じように死ぬんだと、麻痺した頭で眺めていた。

 だが結局、そうはならなかった。

 

「<炎舞>!」

 

 紅蓮の炎が、化け物を包み込む。

 

「そこのあなた! 大丈夫!?」

 

 武家を思わせる袴姿の女性が、化け物から私を庇うように現れた。

 彼女は私の両親の亡骸を見ると、見も知らぬ他人だろうに、怒りを露わに化け物と対峙した。

 

「くっ……よくも……っ!!」

 

 腰に提げた刀を抜いた彼女は、化け物達を撫で切りにする。

 彼女が刃を振るう度に炎が踊り、何者も彼女の銀閃から逃れることはできなかった。

 

 全てが遠い出来事のようで、何も感じられなくなった視界の中、彼女の戦いの舞踏だけが、私の視界へ鮮明に焼き付いていた。

 

 やがて化け物達が全て切り捨てられた後、彼女と私だけが生き残った。

 現実とは思えない異界の中で、彼女は私に何事かを言う。

 

「……? ……――大丈夫?」

 

 だが私は両親の亡骸を見たまま、ただ呆然としていた。

 そんな私を見かねたのか、彼女はそっと私を抱きしめてくれた。

 

「さあ、行きましょう。……あなたは、私が守りますから」

 

 これが私――天乃鈴音と、私が()()()()()()魔法少女『美琴椿』との出会いだった。

 

 

 

 両親が死んだ私は、ツバキに保護された。

 もちろんツバキも私も未成年だったので、一緒に住むには社会的な後ろ盾が必要だった。

 

 私はツバキと離れたくなかったし、ツバキもそれを望んでくれた。

 ツバキはいざとなれば魔法で解決するつもりだったようだが、結果としてはそうせずとも済んだ。

 

 私の従姉妹だと名乗る女性――古池凛音が現れ、私達の後ろ盾になってくれたからだ。

 

「お久しぶり、スズネちゃん。といっても以前会ったのは、あなたがまだちっちゃな頃だから、覚えてないかな?」

 

 彼女は私の母に似た顔立ちをしていて、つまりは私ともよく似ていた。

 私達が並べば、何も知らない人は親子か年の離れた姉妹だと、何の疑問もなく信じるだろう。

 

 年の差はあるものの、生き写しといっても過言ではないほど、私と彼女はよく似ていた。

 私が成長したら彼女そっくりになりそうだと、ツバキも言っていた。

 

 リンネが持参したアルバムから見た写真の一つは、母と並んで私らしき赤ん坊を抱きしめている光景が映っていた。

 

 それを見ていた私の視界が、不意に滲む。

 ぽたぽたと、涙が写真の上に零れ落ちた。

 

 天涯孤独の身になったものだと思っていたが、リンネという血縁者の存在は私に安心を与えてくれた。

 そんな私を抱きしめ、リンネがツバキへ話しかける。

 

「ツバキさん……でしたか? 従姉妹を助けてくれてありがとう」

「い、いえ、私はなにも。……自分の無力さを思い知るばかりです」 

 

 膝の上で拳を握りしめるツバキを、リンネは穏やかな声で窘めた。

 

「魔女の結界に迷い込んで、スズネちゃんが生きて帰れたのは、あなたが居たからよ。それを無力と呼ぶのは、なんだか悲しいわね」

「な!? ど、どうしてそれを!?」

 

 その言葉に、ツバキは目を見開いた。

 

 一般人だと思っていた相手が、魔法少女のことを知っていることに驚いていた。 

 リンネは悪戯に成功したとばかりに、茶目っ気のある笑みを浮かべた。

 

「ふふ、驚いた? 私もかつては魔法少女だったの。だからあなたがスズネちゃんを守ってくれたことは、本当に感謝してるのよ?」

 

 そしてリンネは腕の中の私を見下ろして、ツバキに提案した。

 

「スズネちゃんもあなたには懐いているようだし、もし良ければ私達三人、一緒に暮らさない? 私もサポートできると思うわ。色々とアドバイスもしてあげられると思うし」

「そ、それは確かにありがたいですけど……でも本当に……?」

 

 唐突に現れた元魔法少女の存在に、ツバキは驚きを隠せない様子だった。

 そんな彼女に、リンネはくすくすと笑ってみせた。

 

「あら、魔法少女がいるんだもの。元魔法少女がいたって不思議じゃないでしょう?」

「そう、ですね……いえ、考えてみればそうですよね。私達魔法少女も、いつまでも続けられるものでもありませんし……」

「成人しても<少女>って言うのは無理あるものねぇ」

「は、はぁ……」

 

 年上の女性に年齢を尋ねるのは失礼だと思い、なんと答えたらいいのか困るツバキの姿が可笑しかった。

 普段は大人びている姿しか見ていなかったので、そのギャップがなおのこと面白い。

 

 思わず笑ってしまった私を見て、ツバキはなぜか驚いた顔を浮かべ、リンネは頭を撫でてくれた。

 両親が死んでから、初めて笑えた気がする。

 

 気が付けば私達は、何がおかしいのか一緒に笑っていた。

 悲しいことはたくさんあったけれど、今この瞬間だけは笑顔でいたかった。

 

 その後、私達三人は一緒に生活するようになった。

 

 リンネは裏で魔法少女達の生活支援を行っているらしく、よく家を留守にしていた。

 衣食足りて礼節を知る。魔法を正しく使うためには、その者の生活基盤を整える必要がある、というのが彼女の持論だった。

 

 お店をいくつも持っているようで、そこで得た個人資産を使っているという話だったが、当時の私には「お金持ちなんだな」程度の認識しかなかった。

 

 ツバキはその活動に感心し、リンネのことを尊敬していた。

 将来的にはリンネのお手伝いをしたいと、私に語ってくれたこともある。

 

 そんな忙しいリンネが我が家へと帰ってきた時は、ツバキにセクハラしたり、私をやたらと猫可愛がりするので、彼女が家にいる時はかなり騒々しかった。

 

「……リンネ、これなに?」

「メイド服よ! さあ着てみてプリーズ! もちろんツバキの分もあるわよ!」

 

 大小二着のメイド服なるふりふりした衣装を並べ、期待に顔を輝かせるリンネ。

 大人なのに、私よりも子供っぽく見えた。

 ツバキも困ったような顔で、目の前の困った大人を眺めていた。

 

「え~っと……あっ、そうだ。お夕飯の用意がまだでした! それでは失礼します!」

「私も~!」

 

 ついでとばかりに、私もツバキに便乗して立ち去った。

 本当は少しだけ好奇心もあったのだが、ツバキを見習って危うきに近寄らないことにしたのだ。

 

「え、ちょっ、ちょっと待って! 後生だから!」

 

 先っちょ、先っちょを袖に通すだけでも――と意味の分からない事を述べるリンネを置き去りにすると、私とツバキは顔を見合わせて苦笑した。

 

 出会った当初はバリバリのキャリアウーマンみたいな、出来る女、といった印象だったが、そんなことは全くなかった。

 確かに仕事は出来るし、有能なのは事実なのだが……性格はかなりはっちゃけていた。

 

 長く一緒に住んでいると残念美人であることがよく分かり、私も「リンネ姉さん」からいつの間にか「リンネ」と呼び捨てするようになっていた。

 

 怒られるかと思ったが、ニコニコと機嫌良さそうにしているので、以来ずっと呼び捨てにしている。

 するとツバキも呼び捨てにして欲しいと言ってきたので、私は年上の女性二人を呼び捨てにする生意気な子供になってしまった。

 

 ツバキもリンネも将来子供が出来たら、甘やかし過ぎて絶対我が侭な子供に育つだろうな、と他人事のように思った。

 

 私達三人は「魔法」によってその縁を繋げていた。

 

 元魔法少女のリンネ。

 現役魔法少女のツバキ。

 でも私は、魔女に両親を殺された、ただの一般人でしかなかった。

 

 それを思えば、私が魔法少女になりたいと願うのも時間の問題だったのだろう。

 

「リンネ……私も、なれるかな? ツバキみたいな魔法少女に」

 

 何も知らなかった私は、ただ憧れのままに魔法少女になろうとした。

 

 ツバキやリンネの力になりたかった。

 無力な存在で居続けたくなかった。

 

 だから私は、魔法少女になろうとしたのだ。

 それが何を意味するのかも知らないままに。

 

「もちろん。あなたなら素敵な魔法少女になれるわ」

 

 魔法の使者<キュゥべえ>を肩に乗せ、リンネは微笑む。

 

「この【銀の魔女()】が保証してあげる」

 

 その笑顔の意味に、私は最後まで気付けなかった。

 

 ――そして私は、魔法少女になった。

 

 

 

 

 

 

 魔女の結界の中、ツバキは掌から炎の魔法を放つ。

 

「はあッ! <炎舞>!」

 

 炎は魔女に直撃し、その勢いを怯ませることに成功する。

 それを見てツバキが私へ合図を送った。

 

「今です! スズネ!」

「うん!」

 

 その隙を逃さずに、新米魔法少女である私は剣を手に駆け出した。

 私の体格からすればかなり大きめな剣を構え、魔女の目の前まで跳躍する。

 

「えぇーいっ!!」 

 

 魔法によって強化された身体能力は、体格に不釣り合いな武器すら容易に制御してのけ、魔女を切り裂いてみせた。

 

 魔女が悲鳴を上げながら消滅していく。

 すると光のような物が魔女の死体から溢れ、私の剣に吸収されていった。

 

「今度はなんの力だろ?」

 

 契約後、私の得た能力は「倒した魔女の能力を一つだけ保有できる」という物だった。

 ここしばらくの私の楽しみでもあり、未知の力を手に入れることは、子供心にワクワクしていた。

 

 後衛としてサポートに徹していたツバキと、アドバイザーとして付き添っていたリンネが、そんな私を微笑ましそうに見守っていた。

 

「なかなか希少な能力よね。ストックできるのが一つだけというのがネックだけど」

「ええ、倒した魔女の能力を吸収できるなんて、見たことがありません。一つだけというのはむしろ納得できる制限かと」

「僕としては、能力を上書きするのはもう少し慎重にした方が良いと思うけどね」

 

 リンネの肩に乗ったキュゥべえが苦言を呈した。

 そんな彼(?)に、リンネは軽くデコピンをしてみせる。

 

「様々な能力を使えば、その対応も自然と身につくでしょうから、その判断は当人に任せた方が良いでしょうね。

 一つの能力に定めて習熟するのも良し、今みたいに様々な能力に触れるのも、彼女の力になるでしょう。いずれにせよ、無駄にはならないわ」

「そうですね、スズネの好きなようにさせてあげたいです。不足する所は、私達が補えばいいのですから」

「ふふっ、ツバキは相変わらずあの子に甘いわねぇ」

「そ、そんなことありません!」

 

 そんな保護者達の元へ向かった私は、笑顔で二人の手を取った。

 

「ツバキー! リンネー! 早く帰ろ!」

 

 ツバキもリンネも柔らかな笑みを浮かべて応え、私達は家へ帰った。

 私は新しい家族の中、確かな幸せを取り戻していた。

 

 

 

 

 そんなある日の事、私はツバキが沈んだ顔で机に向かっている姿を目にした。

 

「……何してるの?」

 

 彼女がそんな顔をしているのは珍しく、それを悲しく思った私は、何が彼女を悲しませているのか知りたかった。

 

 私に出来ることなら、なんでもしたい。

 それでツバキが笑顔になってくれるのなら。

 

「……ああ、スズネですか」

 

 顔を上げたツバキは、もういつもの調子に戻っていた。

 それに安堵し、彼女の手元を覗き込むと、そこにはメモ用紙に誰かの名前らしき物が綴られていた。

 

「名前?」

「ええ、親戚のおばさんがね……亡くなったらしいんです。私もお世話になったことがありますから……」

 

 ツバキは名前の書かれたメモを丁寧に四つ折りにすると、彼女がいつも肌身離さず持っていたお守りの中へと仕舞った。

 

「こうやってその人の名前を書いて、お守りの中にしまっておくと……ずっと忘れずに、一緒にいられる。そういう、おまじないみたいなものです」

「ふうん。……ねぇ、私のも書いたら、ずっと一緒にいられるかな?」

 

 お守りを抱きしめるツバキに、私は特に深い意図もなくそう言った。

 単純に、ツバキとずっと一緒にいられるおまじないだと思ったのだ。

 

「大丈夫ですよ。そんなことしなくても……」

 

 私の言葉にツバキは困ったような、悲しそうな微笑みを浮かべた。

 そんな顔をさせたかったわけじゃないのに。

 

 私が何か言うよりも早く、ツバキはその腕を広げ、私を抱きしめた。

 私の耳に、彼女の穏やかな声が聞こえる。

 

「ずっと一緒です」

 

 ツバキに抱きしめられながら、私は肩の力を抜いて体を預ける。

 母の腕に抱かれた時のような、無条件の安心感を覚えていた。

 

「……本当?」

「本当です」

 

 ツバキは腕に力を込め、約束してくれた。

 ぎゅっと抱きしめられるのは嬉しくて、でも想いの込められた抱擁はちょっとだけ苦しかった。

 

「く、苦しいよ、ツバキ」

「あ……あぁ、ごめんなさい」

 

 慌てたように離れるツバキに、私は笑った。

 

「……そうだ、スズネ。ソウルジェムを見せてください」

「うん」

 

 促されるままに、私はソウルジェムを取り出す。

 銀色に輝くソウルジェムには、若干穢れが溜まっていた。

 

「うーん、少し濁ってきてますね。グリーフシードを使いましょう」

 

 ツバキはグリーフシードを取り出して、私のソウルジェムを浄化してくれた。

 

 ツバキは、頻繁に私のソウルジェムを綺麗にしてくれた。

 幼い私が浄化を怠っていないか、彼女はよく気に掛けていた。

 

 そんなツバキから与えられる愛情に甘え、過去の私は何の疑問も持たずに、ツバキに浄化を任せていた。

 

 

 グリーフシードは、決して無限に存在するわけじゃないのに。

 私は、あまりにも愚かだった。

 

 

 その代償は、最悪の現実となってやって来た。

 ツバキのソウルジェムが相転移し【魔女】へ孵化したのだ。

 

 目の前でツバキが魔女になった光景を目にした瞬間、私はまたも世界が変貌を遂げたことを悟らねばならなかった。

 

「……え?」

 

 目の前の魔女は、ツバキの物と同じ様な衣装を纏い、首の上から桜のように狂い咲く大樹を生やしていた。

 

「ツバ……キ……? 何……で……?」

「ツバキは魔女になってしまったんだよ」

 

 呆然とした私の問いかけに答えたのは、リンネと常に一緒にいた魔法の妖精<キュゥべえ>だった。

 魔法の使者――否、孵卵器(インキュベーター)は告げる。

 

 私の知らなかった真実を。

 私の愚かさを。

 

「いつもきみをかばって戦って、グリーフシードも殆どきみに使ってたからね。その負荷にソウルジェムが耐えられなくなったんだ」

「元に……元に戻してよ……!」

「それは無理だよ。魔法少女と魔女は不可逆だ」

 

 慟哭するも、返ってくるのは非情な現実だけだった。

 愕然とする私に、キュゥべえは残酷な選択肢を突きつける。

 

「いずれにせよ、今のきみに出来ることは二つ。彼女を倒すか、逃げ去るか。

 どちらを選ぶのも自由だけど、このままだと彼女はずっと呪いを振りまいていくことになるだろう」

「…………ぇ?」

 

 ツバキを、倒す?

 それって殺すってこと?

 

 なんで、なんで、なんで?

 嫌だ、そんなの絶対嫌。

 

 でも、私が逃げればツバキは魔女のまま、私の両親のように誰かを殺してしまうかもしれない。

 

「…………ッ!」

 

 いや、違う。甘えるな。

 かもしれないじゃなくて、今ここでツバキを止めなければ、確実に誰かが死ぬのだろう。

 

 あんなに優しかったツバキが、私を助けてくれたツバキが、魔女となって誰かの命を奪うのだ。

 

 そんなの、ツバキが望むはずがない。

 

『でも私は、ツバキを殺したくない!』

『ならツバキを魔女のままにするつもり? お前の両親を殺したのと同じ魔女に。

 今ならば、ツバキはまだ誰も傷つけていない。誰も殺していない。

 お前はツバキに大罪を犯させるつもりなの?』

 

 感情と理性がせめぎ合う。

 

「あああああああああああああッッッ!!!!」

 

 私は叫んだ。

 これまで様々な魔女を切り裂いてきた剣を握りしめる。

 

 魔女の体から花びらが吹雪く。それは炎となって私の身を焼いた。

 だが私の勢いは止まらず、魔女を目指して跳躍し、その首を一太刀の元、断った。

 

 

 ――私が、ツバキを殺したのだ。

 

 

「う……っ、うぅ……ツバキぃ……ずっと一緒だって……言ったのに……!!」

 

 血に塗れた両手を握りしめながら、私は涙を流した。

 そんな私を観察していた白い悪魔が、諭すように告げる。

 

「彼女のことは残念だったけど、魔法少女はいずれ魔女を生んで消滅する運命なんだよ。遅かれ早かれね」

「……私が、今まで吸い取ってたのは……魔女じゃなくて、魔法少女の力だったの……!?」

「そういう事になるね。つまり今きみが手に入れた能力は<ツバキの力>ってことさ」

 

 自身の能力の正体を知り、その罪深さに恐怖するも、私の剣に宿った<ツバキの力>こそが、私に残された唯一の贖罪の在り方を示しているように思えた。

 

「……だったら、とめる」

 

 剣を杖にして、私は立ち上がる。

 憎悪を込めた視線をインキュベーターに送りながら、私は叫んだ。

 

 魔法少女が魔女になるというのなら。

 それが終わらない悲劇の連鎖を生むのなら。

 

 

「私がこの力で……ツバキから貰ったこの力で! その連鎖を断ち切ってやる!!」

 

 

 ツバキの<炎>を操り、ツバキの遺したお守りを握りしめて、私は決意した。

 

 魔法少女が魔女になるなら、その連鎖を断ち切って見せる。

 ツバキから貰った力で。それがせめてもの償いだと信じて。

 

 鈴の付いたお守りを髪留めに、私は髪を一纏めにする。

 ツバキがそうしていたように、私も彼女のように戦おう。

 

 

 

 

 

 

「あらあら、物騒ね。そんなに殺気立って、可愛い顔が台無しよ? ……うん、私が言うとなんだか自画自賛っぽいわね」

 

 いつものビジネススーツを纏い、ヒールの音をコツコツと立てて。

 古池リンネは、ツバキの残した結界の中、現れた。

 

「リンネ……ツバキが――!」

 

 その時になって、私はようやく違和感に気付いた。

 目の前の、自称<元魔法少女>だという女の存在、そのものに。

 

 魔法少女が魔女になるのなら。

 

 

 

 ――目の前の女は、一体なに?

 

 

 

「リンネは……知ってたの? 魔法少女が魔女になるって、知ってたの!?」

 

 私の詰問に、リンネは肩を竦めて見せた。

 

「そんなの当たり前じゃない。私が何年魔法少女やってると思うの?」

「そんな……それじゃツバキは……私が契約したのは……」

 

 違う、言いたいのはこんな事じゃない。

 私はリンネを睨みつけた。

 

 この、私の従姉妹だという女を。

 

「私達を……騙してたの?」

「何をかしら? あなたの親戚だっていう()()のこと? あなたと契約したのは、実はキュゥべえじゃなくて()だったこと? それともツバキが魔女になる最後の一押しをしたことかしら?

 簡単なお仕事だったわ。魔法少女の真実を話しただけで彼女、ソウルジェムの負荷が増大してしまったんだもの。彼女は最後まであなたのことを案じていたわよ。

 彼女の最後の言葉を教えてあげましょうか?」

 

 そしてリンネは告げた。

 どうやったのか、ツバキそっくりの声で。

 

『ごめんなさい、スズネ。あなたを魔法少女にしてしまって』

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の中で何かが切れた。

 

「あ、あ、ああああああああああああああ”あ”ッッ!!」

 

 剣にツバキの炎を纏い、私は我武者羅にリンネへ吶喊する。

 

「リンネぇええええええッッ!!」

 

 爆発を伴った斬撃は、いつの間に取り出しのか、銀色に輝く細い杖によって凪いだ海のように受け止められてしまった。

 

 リンネがくるりと手首を返すと、私の握っていた剣が巻き上げられ、空高くへと放り投げられる。

 

 私は瞬時に思考を切り替えて、拳を繰り出そうとするも、リンネは私の腕をとって地面に拘束してみせた。

 

「はい残念。まだまだ力を使いこなせていないようね」

 

 私の未熟さをリンネが嘲笑う。

 

「正直な話、あなたという存在は物凄い拾い物なのよ。その希少な能力含め是非とも確保したかった。

 だからこそ、この<家族ごっこ>を計画したわけだしね。ツバキのおかげであなたも魔法少女としてそれなりに成長できたでしょ? あとは仕上げを残すのみね」

 

 暴れる私を抑え付けたリンネは、涼しげな声でその思惑を語る。

 

「あなたには私の計画の実験体として参加して貰うわ。

 成功すれば、あなたは魔法少女を超える力を手にすることができる。

 もしかすると、この私すら打倒できるかもね」

「殺す! 殺してやるぅッッ!!」

 

 憎悪に狂い、喉が裂けんばかりに獣声を放つ私の首筋に、冷たい感触が当たった。

 銀の指揮杖を突き付けて、リンネは微笑む。

 

「おやすみ、スズネちゃん。生き残れば、いつか私を殺せる日が来るかも知れないわね」

 

 怖気を誘うほどの、膨大な魔力が集まるのを感じた。

 リンネの魔法が発動する。

 

 抵抗できない私の頭上で、彼女はぽつりと呟いた。

 

「あなたとツバキ、三人で過ごした日々も悪くなかったわ。

 ……この私が、【銀の魔女】でさえなければね」

 

 銀色の魔力光に包まれて、私の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇おまけ ねこみみもーど(※ギャグです。キャラ崩壊注意)



 今年で小学五年生になる少女、天乃鈴音は学校の授業が終わるなり真っ直ぐに帰宅する。
 学校の友達ともたまに遊んだりはするが、基本的に鈴音は『いんどあ派』という奴なのだ。
 外で遊んだり友達の家にお邪魔するくらいなら、自分の部屋でのんびりしていたい性分だった。

 両親を『交通事故』で亡くしてから暫く塞ぎ込んでいたスズネに、周囲も気を使って無理に誘おうとしない事もあって、割とマイペースなスズネは丁度良いとばかりに家に直帰しては家族のツバキとその他一名に甘える日々を過ごしていた。

 そんなある日のことだ。

「ただいまー」
「おかえりなさい、にゃんっ♪」

 家に帰ると、扉の向こうには化け猫がいた。
 正確には、頭に猫耳を付けた古池凛音がいた。

「……………………」

 思わずバタンとドアを閉じて、目の錯覚ではないかと瞼を擦る。
 そして恐る恐る再びドアを開けると、見間違いではなかったようで。

「お帰りなさいませお嬢様、にゃんっ♪」

 両手を猫の手にしながら、リンネはしなを作って猫撫で声を出していた。
 スズネは戦々恐々としながら、目の前の謎生命体と化したリンネに声を掛ける。

「な、なにやってるの?」
「猫耳モードだにゃん」

 ……ダメだ。意味がわからない。
 
「ツバキー! リンネがまた壊れたぁーッ!!」

 困った時のツバキ頼み。
 大体リンネの対応に困った時は、スズネのもう一人の家族、頼れる保護者のツバキに泣きつくのが常だった。
 リンネと違って常識的で、大和撫子を体現したかのような女性なので、スズネの信頼度もツバキの方が圧倒的に高かった。

「……なにをやってるんですか、リンネさん?」
 
 スズネの悲鳴が聞こえたのか、ツバキは呆れた顔を浮かべながら現れた。
 その足取りに焦ったところが全くない所が、このような事態が日常茶飯事である証左だろう。

 割烹着姿の佇まいは若奥様臭が半端なかったが、これで成人していないというのだから驚きだ。いや、別に老けているとかそういう意味ではなく――最早どちらが年上か分からない有様だったが、ツバキに窘められ、リンネは今回の奇行についてその訳を語り始めた。

「私ね、考えたの。どうすればスズネとツバキに猫耳付けられるかなって」

 どうしよう……初っ端から何言ってるかわかんない。スズネは困惑した。
 ちなみについ先日、懲りもせず「私と契約して猫耳メイドになってよ!」と頼まれた覚えはあるが、その時はツバキと共に即行でお断りしていた。

「そして閃きました。先人曰く『他人の嫌がる事を率先してやってみよ』――なのでまずは私が率先して猫耳を付けてみましたにゃん」

 ……リンネ、お仕事で疲れてるのかな。うん、きっとそうだ。
 スズネはリンネが病気になってしまったのかと心配になったが、残念ながら頭の病気は元からだ。

「ほらほら、触ってみてみて? 我が社の新商品、その圧倒的な技術力は本物を凌駕する勢いだにゃん」

 取って付けたような語尾とともに、四つん這いになりながら小学生女児に迫る成人女性。普通に事案である。
 さらさらとした銀髪の上に付けられた猫耳はまるで王冠の如くその存在感を示しており、その耳毛のふわっふわ加減にスズネは思わずゴクリと喉を鳴らしてしまう。おまけにぴくぴくと震える小憎たらしいほどあざとい仕草がスズネの視線を捕らえて離さない。

 猫耳に罪はないのだ。装着者(リンネ)が変態なだけで。

「……か、かわいい」
「ほれほれ、我慢は体に毒にゃん。好きにしてもええんにゃで?」

 ずいっと目の前に差し出された猫耳。
 気が付けばスズネの手が伸びて撫でていた。不可抗力である。

「ふふっ、幼女を愛でられずとも、幼女に愛でられる。これぞ逆転の発想! かーらーの、勝利(ヴィクトリー)! いやーホント、私ってば天才だわー」

 普段通りのリンネがちょっと気持ち悪かったけど、猫耳の感触はそんな事関係なしに気持ち良かった。

「だめなのに……リンネの罠なのにっ! 悔しい……でも、気持ちいい……っ」

 よーしよしよしと猫耳をモフる幼きモフリスト。
 幼女にナデナデされてご満悦な変態淑女。
 
 この場において唯一の常識人であるツバキには少々居心地が悪かった。
 決して一人放置されて寂しかったりとかはしない。

「……それじゃあ私、お夕飯の準備の途中ですので」

 ツバキはカオスと化した謎空間から立ち去ろうとするものの、そうは問屋が卸さなかった。
 ツバキが背を向けた瞬間リンネの目が鋭く光り、腹這いになっていた状態から瞬時にツバキへと襲いかかった。
 これぞ銀星神拳究極奥義『地這猫々飛天(ねこまっしぐら)拳』である(黒歴史産)。

「隙あり!」
「きゃあ!?」

 そしてリンネは一瞬の隙を見事突き、ツバキの頭に猫耳カチューシャを付けることに成功する。
 ツバキは咄嗟に外そうと頭に手を伸ばすが、猫耳はまるで一体化したかのように外せなかった。

「え? 噓これ取れない!?」
「貴様は既ににゃんこである! 名前は『かめりあ=にゃんにゃん』ね!」

 謎の技術力と意味不明なリンネの発言に心底恐怖するツバキ。
 このまま一生猫耳を付けて生きていく事を想像してしまい、思わず絶望する。

 あわやしょうもないことでソウルジェムが濁りそうになるツバキだったが、スズネが興味深そうにツバキの猫耳を見上げている姿を見て正気に戻った。子供の前で保護者が取り乱すわけにはいかない。
 おまけにそんなスズネの好奇心溢れる視線に気付いたリンネが、新しい猫耳を胸の谷間から取り出しているではないか。一体どこにそんなスペースが(ry

「さあ、スズネも一緒に猫耳を――」
「っ!? させませんよ! スズネは私が守ります!」
「ふふっ、よくぞ吠えたなツバキよ。その心意気は天晴れ。
 だがよくよく考えて欲しい……スズネの猫耳姿、めちゃんこ見たくない? 絶対可愛い(確信)」

 リンネの言葉に、思わずツバキの視線がスズネへと向かう。
 きょとんと見上げるスズネの頭部に、もしも猫耳が付けられたらどうなるか……。


『ツバキー、これ似合ってる……にゃん?』

 ――絶対可愛いですね(断言)。

 
「……ツバキ?」
「はっ! そ、そんな甘言には惑わされませんよ!?」
「うっふっふー、動揺してるのが丸分かりだにゃあ。別にいいじゃない、ちょっと付けるだけだし。三人で仲良く猫家族しようよ。その方がほら、仲良し家族っぽいでしょ?」

 にやにやと茶化すような笑みを浮かべたかと思えば、一転してリンネは寂し気な微笑を浮かべた。

「それにさ、私も結構留守にしがちだから、家族として皆と楽しい思い出を作りたいんだ……ダメかな?」

 悲しげにそんな事を言われてしまえば、元々情の深い性格であるツバキは強く断れない。

「そ……そういう事でしたら……」
「ありがとうツバキ!」

 どさくさに紛れてツバキに抱き着き、その熟れた果実を堪能する。セクハラに余念のない女である。
 そしてツバキに見えない所で『計画通り』と非常に悪い顔を浮かべたが、その顔をスズネに目撃されてしまう。

「……あ、やば」
「騙されてるよツバキ! リンネがこういう時、まともな事言うわけないじゃん!」
「……はっ! そうでした。いくら可愛くても本人の許可なく無理強いするような真似は認めません!」

 火事場の馬鹿力か、ツバキはリンネの拘束を振り払うと、スズネを庇う様に立ち塞がった。
 その姿は子猫を守る親猫のように見えた。猫耳だけに。

 そんな頼もしい親猫の背中を見ながら、スズネは少しばかりばつの悪そうな顔を浮かべ、ツバキの袖をちょいちょいと引っ張る。

「あー……ツバキ、その、ね?」
「? どうしました?」
「わたし、ちょっと興味ある……かも。猫耳」

 まさかの裏切りであった。
 愕然とした顔を浮かべるツバキが振り返ると、そこには満面の笑顔で猫耳カチューシャをスタンバイしているリンネの姿があった。

 
 ――この後滅茶苦茶にゃんにゃん(健全)した。














※最初もうちょっと真面目なおまけ書いたんですが、一部設定が合わなくなってたんで没にしてこっちにしました。最近ずっとにゃんにゃん(変態)してなかったので、オリ主成分も補給できて一石二鳥ですね(ニッコリ)


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第三十話 マレフィカ・ファルス

 こっそり更新。難産です。かなり遅れてすみません。ズサーc⌒っ゚Д゚)っ


 

 

 

「――かずみ、私と一緒に来なさい。それが『神名あすみ』を見つける一番の近道だと思うわ」

 

 降り続ける雨の中で銀の少女(天乃鈴音)が手を差し伸べる。その先に居るのは黒の少女(かずみ)

 信じていた仲間達に裏切られ、残された唯一の希望さえ見失っている彼女に、銀の少女は優しげな声を掛ける。

 

 濡れた銀色の髪が街灯の光を反射してシルクのような光沢を纏っている。

 少女の放つ現実離れした魔性は、御伽噺に出てくる悪魔や吸血鬼を連想させた。

 弱り切ったかずみに甘い言葉で囁くその姿は、どちらかと言えば悪魔の類いであろうか。

 

 かつて銀の魔女によって運命を狂わされた幼子は、現在は<Erinyes(エリニュエス)>を率いる悪鬼と成りこの場に居る。

 

 全ては、無数の悲劇を繰り返す【銀の魔女】を討滅する為に。

 永劫に終わらない、魔法少女の呪われた連鎖を断ち切る為に。

 

 スズネは目の前の少女、かずみを哀れに思う。

 彼女の事はつい先刻合流した仲間の一人である<双樹あやせ>から知らされている。

 

 この街に巣食う魔法少女集団『プレイアデス聖団』。

 その内の一人をあやせが暗殺したところ現れたかずみに見つかり、応援に駆けつけた他の聖団メンバー達とも戦闘になったらしい。

 

 だがその最中に異常事態が起こる。

 臨界を迎えるはずのない状態の、まだ十分に綺麗なソウルジェムが突如孵化したのだという。

 

 結果新たな魔女が生まれ、さらに驚くべき事にかずみまで相転移に巻き込まれた。

 魔女と同化したかずみを見て、仲間であるはずのプレイアデス達は手遅れであると判断し、かずみごと魔女を抹殺しようとする。

 

 それを邪魔し、阻止したのがあやせだった。

 彼女は半身であるルカと共に、かずみを守るように立ち回ったらしい。

 

 スズネが初めてその事を聞かされた時、己の耳を疑ったものだ。

 

『……珍しいわね。あなたは気紛れだけど、そういう自己犠牲的な行動は取らない子だと思ってた』

 

 むしろ一般的な価値観で言えば、あやせの性格は決して褒められた物ではないだろう。

 我侭で天邪鬼、己の好きなように振る舞う自分勝手な気質だ。

 

 敵である魔法少女相手に手加減などしないし、汚い手も平然と使う。外道と呼ばれても仕方のない少女だ。

 最もそれは『エリニュエス』の魔法少女達全員に共通する性質でもあったから、スズネが今更とやかく言える筋合いでもなかった。

 リーダーの立場からしても『たった一つの誓い』さえ守ってくれるのであれば、それ以外の事に関しては仲間達の自由にさせる方針だった。 

 

 だから普段のあやせならば、かずみを助けたりなどせず漁夫の利を狙うべく、最後まで傍観していた事だろう。

 そう思い首を傾げるスズネとは対照的に、あやせは恍惚を滲ませた笑みを浮かべた。

 

『かずみちゃんはきっと特別な子だよ。あれだけの素質を持つ子が()()()()()()()()()()()()

 

 確信を込めた口調であやせは自らの推測を語る。

 彼女達が唯一人認めた、眼前の銀の断罪者へと。

 

『この街に<銀の魔女(あの女)>がいるとしたら、きっとあの子に目を付ける……ううん、もう目を付けられた後なのかも。だってあんなに美味しそうな子と出会ったのなんて、初めてだもん。

 私達がこの街に来たのも、きっと偶然なんかじゃないんだろうね』

 

 メンバーの中で一番偏食なあやせがそこまで言うほどに、かずみの(ソウルジェム)は特別なのだろう。

 

 無視などできない。執着せずにはいられない。

 なるほど、彼女は<餌>だ。

 

 スズネ達のような存在を惹き付けずにはいられない。

 銀魔女の用意した主演にして主菜――つまりは生贄だ。

 

『それにあの子<魔女喰らい>だよ。それだけでもう普通じゃない』

 

 その言葉だけならば忌避、あるいは畏怖しているようにも思えるだろう。けれどあやせの顔に浮かんでいたのは、言葉に反して喜びに満ち溢れた笑顔だった。

 興奮を抑え切れないとばかりに自身の両腕を抱き締め、瞳の奥には情欲の色が炎のように揺らめいている。  

 

『へぇ……面白れぇなそいつ。オレ様がもうちょっと早く着いてりゃご対面出来たんだろうが……惜しい事しちまったかなぁ』

 

 野卑な獣染みた雰囲気を放つ美女、碧月(ミヅキ)樟刃(クスハ)もまた、話に聞くかずみに興味を惹かれている様子だった。

 

『クズ姉に気に入られるとか……かずみちゃんもご愁傷様って感じかな! でもでも、クズ姉とはいえあの子は譲らないよ! あの子は私が先に目を付けたんだもん!』

 

 スズネ達よりも拳二つ分は背が高いクスハは、妹分(あやせ)の駄々を聞き流し、歯を剥き出しにして嗤う。

 

 つい先ほど対峙した『プレイアデス聖団』の余りの歯応えのなさに正直落胆していた所だっただけに、期待の持てそうな少女の存在に喜びを感じていたのだ。

 そのかずみという魔法少女は、クスハに強い興味を抱かせるに十分な存在だった。

 

『魔女喰らいねぇ……もしかすっとオレ様のご同輩か?』

『……えぇー、それはどうだろ? クズ姉のアレって特殊過ぎて誰にも真似できないよ。あの実験で生き残ったのってクズ姉だけなんでしょ?』

『まぁ正確にはオレ様以外の実験体はみんなぶち殺しただけだからよ。たとえオレ様以外の成功例ってのが他にいたとしても知らねぇな』

 

 そんな彼女達の話を聞き終え、スズネは今後の方針を定める。

 <かずみ>という餌がわざわざ目立つように用意されたのだ。

 たとえそれが罠であろうとも、彼女達が避けて通る理由にはならない。

 

 罠があるのならば、それごと潰してしまえばいい。

 その程度の事が出来ずして、一体何の連鎖を断てると言うのか。

 曲がりなりにも世界の理を変えようなどと大それた事を思うのであれば、この程度の障害など無きに等しい。

 

 かつて何の力もなかった無力な頃とは違う。

 少女の夢物語で終わらないだけの力を、今のスズネ達は手にしているのだから。  

 

『いずれにせよ、彼女こそがこの舞台の主役というわけね』

 

 スズネは、かずみの明るい笑顔を思い返す。

 ほんの少し会話しただけの、知り合いとも呼べないほどの浅い関係だ。

 

 そんな短い付き合いでも、彼女の人の好さは直ぐに知れた。

 彼女は明るく素直で、元気な少女だった。

 良い意味で無邪気な子供らしく、人として好感を持たずにはいられない善なる資質を彼女は持っていた。

 

 だがスズネにとって、彼女がどのような人格をしていようが関係ない。

 

 彼女は無自覚な人形だ。

 この街で一番【銀の魔女】の干渉を受けている存在。

 

 彼女自身気付かぬままに運命の糸に雁字搦めにされている。

 あの悍ましき銀魔女の無自覚な駒であり、舞台の鍵として設定された哀れな傀儡。

 

 そんな彼女をわざわざ助けようなどとは思わない。

 そんな正義の味方のような真似は、スズネ達には出来ない。

 

 自分の運命は自分で変えてもらう。

 訳知り顔で『救ってやろう』だなんて、恥知らずな真似もしたくない。

 

 ――だからスズネは、ただ己が手を差し伸べる。

 

 全てはかずみの意志次第。

 スズネの手を取らなければ、それでもいい。

 このまま銀魔女の人形として踊るというのであれば、せめてもの慈悲として苦痛なく<破壊>してやるだけだ。

 

 刹那の回想を終え、スズネは改めて目の前のかずみの事を観察する。

 

「……スズネちゃんも、魔法少女だったんだね」

 

 彼女は魔法少女に変身したスズネに困惑を隠し切れない様子だった。

 無理もないだろう。昼に出会った時、かずみが魔法少女だと気付いたスズネでさえ驚いたのだ。

 ましてや彼女はスズネを今まで一般人だと思っていたのだから、その驚きはスズネよりも大きな物だろう。

 

 かずみは瞳を不安に揺らしながら、縋るような口調で弱々しく言葉を紡ぐ。

 

「……あすみちゃんが何処にいるのか、知ってるの?」

 

 やはりと言うべきか。無数に浮かんでいるだろう疑問の中から最優先で尋ねられた事は、神名あすみの所在だった。

 彼女がどれほど神名あすみの事を気にかけているのか、スズネは自分の耳で半日ほど前にも聞いているのだから今更驚く事でもない。

 そしてかずみの問いへの答えは、イエスでもありノーでもある。

 

「どこに居るのか見当はつくわ。でも案内する事はできない。私もまた、その場所を探しているのだから」

 

 かずみの<探し物>は、スズネ達にとっても長年探していた場所にいる可能性が高い。

 

 ――恐らく神名あすみは、【銀の魔女】のすぐ近くにいる。

 

 それは確信だった。 

 あの女の思考を知る者として、銀の魔女が<神名あすみ>を手放すはずがない。

 

 簡単に使い捨てるには、件の少女の固有魔法(マギカ)は余りにも惜しい物だから。

 銀魔女がお気に入りの玩具を容易く手放すはずがないと、スズネは憎悪と共に強く確信していた。

 

 それに繋がる縁を持つかずみ。

 その出会いが銀魔女による偶然か必然かなどといった疑念は最早どうでもいい。

 重要な事は、かずみを連れていけばこの舞台の核心にまで至れるという点のみ。

 

 かずみがこの舞台の主役であるのなら。

 銀魔女が舞台裏でシナリオを描いているのだとしたら。

 かずみの傍にいれば、きっとその場所まで辿り着けるはずだ。

 

 カーテンコールに至る時、悲劇の主催者は現れるだろう。

 その時こそが、スズネ達の刃を【銀の魔女】へと届かせる絶好の好機。

 

 ――だからお願い。どうか私の手を取って欲しい。

 私達をこの舞台の終幕まで導いて欲しい。

 

 現れるであろう【銀の魔女】をこの手で抹殺する為に。 

 そのお礼に全てが終わったら、あなたの大好きな『あすみちゃん』と一緒に――殺してあげるから。

 

 何も知らず、幸福の内に死ぬことこそが、魔法少女にとって最も幸せな結末なのだから。

 幸福な夢の中で、二人まとめて殺してあげる。

 

 それが自分に出来る唯一にして最大の誠意である事を、スズネは信じて疑わなかった。

 

 

 

 ――スズネちゃんは、あすみちゃんの何を知ってるの?

 

 かずみが反射的に思い浮かべた疑問は、自身が逆に『神名あすみ』について全くの無知である事実を曝け出してしまう。

 

 神名あすみの事情も背景も、彼女が好きな食べ物さえも知らない。

 知るための時間すらなく、当のあすみは記憶を失ってしまい、その原因すらかずみには分からないままだ。

 

 そんな何一つ知らないかずみとは違い、どうやら彼女には何らかの心当たりがあるらしい。 

 かずみが今何よりも知りたい少女の行方について、天乃鈴音は何かを知っている。

 

「……スズネちゃん、あなたは何者なの?」

 

 彼女がこの街に来たばかりである事は、昼間に彼女自身の口から聞いている。

 おまけにその際仲間の存在についても口にしていた。

 

 この街所縁ではない、余所から来た魔法少女達。

 神名あすみもそれは同じ立場だった。

 

 あすなろ市とは本来関係ないはずの魔法少女達。

 その共通点。もしも彼女達とあすみとの間に、何らかの関係があったのだとしたら。

 

 ――そんな彼女が、ただの魔法少女であるはずがない。

 

 警戒するかずみを、スズネは真っ直ぐに見詰め返す。

 その揺るがぬ意思の強さを感じさせる瞳に、かずみは気圧される物を感じてしまう。

 

「……私は悲劇を終わらせる。その為にこの街まで来たの」

 

 その悲劇とは、果たして何を指しているのか。

 今となっては一言で理解するには心当たりが多過ぎて、特定できないほどだ。

 あるいは、全ての悲劇を終わらせるつもりなのか。

 

 そんな事、神様でもなければできるはずがない。

 否、たとえ神といえども全ての悲劇をなくす事など不可能だ。

 

「あなたを取り巻く大凡の事情は把握しているつもりよ。でも答えが欲しいなら、先にあなたの選択を教えて欲しい。

 私にとってもこれは賭けなの。出会ったばかりの私を信じてくれなくても良いし、その必要すらない。

 ただ私達の目的は、互いに邪魔にはならないと判断したから……だから、選んで。

 一人でこのまま舞台の上で踊り続けるのか。

 それとも、私と一緒に舞台裏に行くのかどうかを」

 

 それ以上の事は何も教えられないと、スズネは口を噤む。

 謎の多い彼女ではあるが、今すぐかずみをどうこうする気はないようだ。

 それに何よりも、彼女はようやく目の前に現れたあすみへと繋がる貴重な手掛かりだった。

 

「……あなたに付いていけば、あすみちゃんに会えるんだよね?」

 

 その問いに、スズネは肯定の頷きで返した。

 彼女の話が確かであるのなら、かずみには否や応もない。

 

 かずみにとっての唯一の希望を取り戻せるなら、悪魔とだって契約しよう。

 だからかずみが選ぶべき選択肢は一つだけだ。

 

「だったら、いいよ」

 

 ――その約束さえ守ってくれるなら、スズネちゃんがどんな目的でわたしを誘ったのだとしても構わない。

 

 かずみには最早、あすみ以外の誰かを無条件で信頼する事などできはしない。

 家族同然とさえ思っていた仲間達に裏切られたのだ。

 出会ったばかりの彼女を無邪気に信頼するには、かずみに刻まれたばかりの傷跡は深過ぎた。

 

 かずみの直感も、今の所スズネが嘘を付いていない事を教えてくれている。

 とはいえそれは参考程度にはなっても、明確な根拠にはならない。

 嘘の反対は真実だなんて、世界はそんな単純に出来ていない事をかずみは既に学んでいる。

 

 それでも。

 たとえかずみの知らない落とし穴が用意されていて、彼女がかずみを利用しようとしているのだとしても。

 

 あの大切な少女にもう一度会えるのであれば……構わない。

 

「これは契約よ。あなたの傍に居れば、いつか必ずアイツが現れる。私の目的はそいつで、あなたの探している彼女もその近くに居るはず。あなたは神名あすみと再会し、私は私の目的を達成する」

 

 彼女の目的は、未だかずみにはよく分からない。

 あすみとは違う誰かを探している様子だったが、その瞳に映る感情は黒く激しく煮え滾っている。

 憎悪と呼ぶ事すら生易しいほどの<殺意>がスズネの裡に渦巻いていた。

 

 それでもスズネは微笑を張り付け、かずみに手を伸ばす。

 そんなスズネの手を取ろうと、かずみもまた己が手を差し出した。

 

 それで契約は結ばれる。

 目的は違えども、今後は仮初の仲間として共に活動する事になるだろう。

 

 

 

 ――ただ一つ、かずみにとって()()()譲れない条件さえクリアできるのであれば。

 

「ねぇ、スズネちゃんって――――あすみちゃんの敵なの?」

 

 

 

「…………」

 

 手を握る寸前、突如として放たれた核心に迫る問い掛け。

 スズネの微笑で形作っていた仮面が強張る。

 すぐに取り繕うものの、その僅かな動揺がかずみに明確な答えを教えてくれた。

 

「……答えられないんだね?」

「簡単に答えられる関係じゃないわ。……少なくとも、あなた達に危害を加えるつもりはない」

「それは……嘘、だよね?」

 

 利用されるのは構わない。

 嘘をつかれるのも、馬鹿にされるのも、悲しいけど我慢できる。

 

 だけど、大切な少女を傷付ける存在だけは許せない。

 

「スズネちゃんの事、嘘吐きだって思いたくないのに……どうしてだろう、全然信じられないよ」

 

 直感が教えてくれる。

 初めて明確な嘘だと分かる言葉。

 

 神名あすみを見つけるためなら、かずみはどんな手だって取るだろう。

 ただしその手が、大切な少女を傷付ける物だとしたら……かずみは決して、それを認めない。

 

 だからかずみは、スズネの誘いを拒絶する。

 かつて誓った約束に背く真似など出来ないし、したくもない。

 

「わたしは絶対にあすみちゃんを裏切らない。

 どんな時も彼女の味方でいたい。

 だから……スズネちゃんの手は取れないよ」

 

 かずみの言葉に驚いたのか、スズネは僅かに目を丸くする。

 浮かべた微笑が苦味を帯びた物へと変わる。

 

「……あなた、凄いのね。

 ごめんなさい、どうやらあなたのこと舐めてたみたい。今、それが分かった。

 お詫びにもならないけど、改めて自己紹介させて貰うわ」

 

 小さな溜息を吐いた後、スズネの顔にはもう一欠片の笑みも浮かんではいない。

 抜き身の刃のような鋭さがそこにはあった。

 

「私は天乃鈴音。魔法少女殺し<Erinyes(エリニュエス)>の一人。

 あなたが気付いた通り、私達は神名あすみの所属する組織とは敵対関係にある。あなたと戦った<双樹あやせ>と<ルカ>も私達の仲間よ」

 

 その事実に驚きこそするものの、かずみはじっとスズネの目を見て離さない。

 彼女の中にある真実を見極めるかのように。

 

「……『どうして』とか、聞かないのね。あなたは」

「魔法少女を殺すなら、わたしも……あすみちゃんの事も、殺すつもりなの?」

 

 かずみの疑問は、スズネにしてみれば余りにも今更過ぎて、どこか間抜けにも聞こえてしまう。

 スズネは少女に、この世界を支配する<理>を諭すように語る。

 

「あなたはもうこの世界の(システム)を知ったんでしょう? だったら理解できるはずよ。

 魔法少女はやがて魔女になる。魔女は人々に絶望を撒き散らす。使い魔を産み、無数に増殖していく負の連鎖よ。

 これは性質の悪い伝染病と同じ。だけど今更隔離しようにも既に世界中に拡散してしまっている。

 だけど幸か不幸か、魔法少女になれる素質を持った少女は少ない。……なら解決策は一つだけじゃない?」

 

 魔法なんて幻想は人類には必要ない。

 選ばれた少女のみが使える超常の力など、人間社会にとっては単なる害悪でしかない。

 

 唯一魔女を殺す事にしか存在価値がないというのに、魔法少女自身が魔女になるという矛盾の極み。

 

 殺し殺され、祓い穢され、救い破滅し、希望と絶望の相克を延々と描く。

 こんなマッチポンプを繰り返す狂った連鎖は、誰かが止めなければならない。

 

世界の害悪(魔法少女)を元から断つ事でしか、この世界は浄化できない」

 

 使い魔を殺し、魔女を殺し、魔法少女を殺し、この星を穢す全ての孵卵器を破壊する。

 殺して殺して殺した果てにこそ、真なる救済がある。世界は浄化される。

 

 それが出来るのもまた、魔法少女だけであるのならば。

 

 ならばスズネは、最後の一人になるまで殺し続けよう。

 その果てに自らのソウルジェムを砕く。

 

 その結末こそが、悲劇を終わらせる最善の方法だと信じるが故に。

 流血による暁の地平に辿りつく事でしか、この世界は救えないのだから。

 

「私は、正義の味方にはなれない。誰も彼も救えるような存在じゃない……ただの下らない小娘に過ぎない。

 だけど、それでも……私は、自分の理想が間違っているとは、思わない」

 

 血を吐く様なスズネの言葉を聞き、その想いに偽りがない事を悟る。

 彼女の理想に共感する部分もあれば、否定したくなる部分もある。

 

 どんな理由があろうとも、かずみには誰かを救うために誰かを害する事が正しい事だとは思えない。本末転倒とすら思えてしまう。

 ましてや、かずみの大切な少女すら失う可能性を許容できるはずもない。

 

「……わたしは、スズネちゃんの手は取れないよ。

 たとえ世界を敵に回しても、あすみちゃんの事だけは守るって、決めたから」

 

 もしも神名あすみがいなければ、ニコの遺した言葉がなければ、かずみは自身の命を諦めていただろう。

 あるいはありもしない友情に縋って、聖団の魔法少女達に自ら命を差し出していたかもしれない。 

 

 聖者の献身は時として狂気の産物に等しく思われる。

 誰にも必要とされず、誰にも愛されない自分に価値を見出せない。

 故に簡単に差し出してしまう。それは価値がない物だから。

 

 かずみのそれは傍から見れば博愛精神の自己犠牲に思えるかもしれないが、なんて事はない。

 価値がないから執着しないだけだ。 

 簡単に捨てられる物は、単にその程度しか価値がないからに過ぎない。

 

 だがかずみを守り、かずみを必要としてくれた少女がいた。

 

 彼女が守ってくれた命に価値がないなんて、誰にも言わせない。

 たとえ自分自身にも否定させはしない。

 

 だからかずみは、たとえ世界中の誰も彼もが敵になったとしても、こんな自分に確かな価値をくれた少女の味方でいると決めたのだ。

 

 銀の少女は世界の救済の為に、魔法少女の根絶を求め。

 黒の少女は一人の少女の為に、歌劇の舞台へ躍り出る。

 

 二人の話はどこまでも行っても平行線に終わる。

 どこかで互いの事を認めつつも、決して交わる事のない存在なのだと、二人は互いにようやく理解した。

 

「……残念ね」

 

 スズネは虚空から一振りの剣を取りだし、その手に握る。

 巨大なカッターを思わせる鋭い刃が雨の中、陽炎の様な揺らめきを纏っている。

 

 かずみもまた、なけなしの力を振り絞って自身の武装である十字杖を手に構えた。

 決意を新たにした彼女の瞳には、決して消えることのない意志の光が宿っている。

 

 だが二人がぶつかろうとするその時、突如景色がぐにゃりと歪んだ。

 

 住宅地だった周囲がみるみると異界へと切り替わっていく。

 人の住む家屋が荒廃した廃墟へと変わり、空の雨雲は一切の光を呑み込む暗闇へと変質していた。

 

「――これは、魔女の結界? でも何かが……」

 

 スズネは反射的に周囲へ意識を張り巡らせる。

 

 この現象自体はスズネにとって見慣れた物だ。

 魔女や使い魔が餌となる人間を引きずり込む為の、人外の領域である魔女の結界。

 

 結界そのものは魔法少女にも使えるのだが、魔女共の使うそれとは明確な差異がある。

 絶望に狂い憎悪を振り撒く魔女の結界は、人間として本能的な恐怖を感じさせるものだ。

 

 この空間もまた、確かに魔女の物のように思えるのだが、スズネはそこに小さな違和感を覚えた。

 魔女のような無作為な狂気ではない、突き刺さるほど明確な殺意を感じ取ったからだ。

 

 

 

「――かずみちゃん、見ぃーつけたぁ」

 

 

 

 結界の展開と共に現れたのは、宇佐木里美。

 プレイアデス聖団の魔法少女が一人にして、かずみの抹殺に来た少女だった。

 

 他にも見渡せば、かずみと同じ顔をした者達によってかずみ達は包囲されていた。

 一人や二人ではない、十二人もの『かずみ』達が周囲を取り囲むように立ち塞がっている。

 彼女達こそ、身体に数字を刻み込まれた廃棄番号の少女達『ロストナンバーズ』だった。 

 

「ど、どうしてこの子達、わたしと同じ顔、してるの……?」

 

 動揺するかずみを余所に、里美は異分子であるスズネを見て小首を傾げる。

 

「あらあら? うふふ。知らない子も一緒なのね? 

 どうやらあなたも魔法少女みたいだけど、用があるのはそこのかずみちゃんだけだから。誰かは知らないけどあなた、お家に帰った方がいいわよ。夜更かしは体に悪いしね」

「……いきなり出てきて、随分と偉そうなのね」

「見逃してあげるって言ってるのに……察しの悪い子ね」

 

 瞬間、影の中から一体の少女が現れ、無防備なスズネを吹き飛ばした。

 廃墟を壊しながら吹き飛ばされたスズネの姿は土埃に隠れてしまい、かずみには彼女の安否が分からなかった。

 

「スズネちゃん!?」

「他人の心配なんかしてる暇はないんじゃない?」

 

 里美の忠告を合図に、ロストナンバーズ達がかずみへと襲い掛かる。

 (アイン)から(ツヴェルフ)までの失敗作達がその異形の身体を振るう。

 

 自壊と再生を繰り返す狂った生命体が結界内部を破壊しながら、里美の指揮の下、かずみの命を奪おうとそれぞれが有機的に連携する。

 

 十二体もの異形の少女達による波状攻撃は、かずみ一人でどうにかなるような物ではなかった。 

 無機質に責め立てる彼女達の執拗な攻撃に、かずみは我慢できずに叫び声を上げる。

 

「……どうして、放ってくれないの! 仲間じゃないなら、もうわたしに関わらないでよ!」

 

 どうしてそんなにも、かずみを殺そうとするのだろう。

 何もした覚えはないし、これっぽっちも憎まれる筋合いもない。

 彼女達(プレイアデス)の考えが欠片も理解できない。

 

 勝手に生み出して、勝手に殺そうとする。

 かずみの事など何一つ慮ることもなく、あたかもお前の命はモルモット以下の価値しかないと言わんばかりに。

 

 わたしだって、生きてるんだよ。

 なのにどうして……そんなにも、わたしが憎いの?

 

 わたしを産んだのは、あなた達じゃないの?

 わたしはそんなにも罪深い存在なの? 

 

 そんなかずみの嘆きを聞いても、異形達の傀儡師である里美は眉を顰めるだけ。

 彼女にかずみの言葉は届かない。

 

「……不快なのよ」 

 

 ぽつりと吐き捨てられたのは明確な嫌悪。

 

 ああ、なんて気持ちの悪い。見ているだけで不愉快極まりない。

 なぜこんなにも汚い物がこの世に存在しているのかしら。

 

 その目でその口でその全身をもって、宇佐木里美はかずみの存在全てを否定する。

 

「あなたが存在してるだけで私、よく眠れなくなるの。だって怖いじゃない? いつ襲い掛かってくるか分からないバケモノが身近にいるなんて」

 

 例えば同じ部屋にゴキブリがいたとして、そこで安眠できるほど鈍感な人間がどれほどいるのか。

 たかが虫一匹と寛容になれるはずもない。理屈を超えた生理的な嫌悪感には抗いようがない。

 よほど無神経な人間でもなければ排除せずにはいられない。

 

 かずみの存在も同じだ。

 無視する事などできないし、ましてや共存などできるはずがない。

 

「ミチルちゃんが死んじゃって、その死体に()()()()()()()()()()()作られた複製(クローン)があなた」

 

 思えば、初めからみんな狂っていた。

 『和紗ミチル』の存在を言い訳にして、取り返しの付かない事をしてしまった。

 今更ながら、どうしてこんなバカな事に協力してしまったのかと後悔するほどに。

 

 ――人の皮に、いくら化け物の肉塊(ミンチ)を詰め込んだところで、人間になれるわけがないのに。

 

 だから今からでも遅くはない。失敗作は、化け物はこの世に存在してはならない。

 早くこの世界から駆除しないと。

 

 そんな里美の衝撃的な真実の吐露に、かずみは愕然と目を見開いた。

 

「し、死体に……魔女の肉って……そんな、うそ――嘘だよ!?」

 

 自分が作られた存在である事は、既にもう知っていた。

 信じたくはないが、ニコの教えてくれた真実がそれを証明している。

 

 それだけでもかずみには受け入れ難い事だというのに。

 里美はかずみが一片の想像すらしていなかった真実を突き付ける。

 

 それがかずみに更なる絶望を告げる言葉であることを、欠片も頓着しないままに。

 

「あら、本当よ? あなたの心臓は魔女の心臓。流れる血はプレイアデスの魔力。

 人に見えるのは外殻だけで、一皮捲れば人としてまともな部分なんて一つもない。

 その証拠にかずみちゃんのソウルジェム、グリーフシードとそっくりじゃない?」

 

 里美の言葉に、かずみは思い当たる事があった、

 

『……わたしのソウルジェム、みんなのとちょっと違う?』

 

 かつて感じた疑問。

 他のみんなとは違う、かずみのソウルジェムだけに現れた特徴。

 かずみの黒い突起のついたソレは、確かにグリーフシードの特徴を現していた。

 

 呆然とするかずみに、里美は口元に弧を描くように微笑んだ。

 

「……ミチルちゃんならこう言うんじゃないかな? <魔女の肉詰め(マレフィカ・ファルス)>って」

 

 かずみという存在(モノ)は、生まれながらに人間でもなければ、魔法少女ですらない。

 

「人の皮を被った化け物だなんて……悍まし過ぎて、人の世に存在してちゃダメでしょう?」

 

 人の形をした魔女の肉詰め(マレフィカ・ファルス)

 そんなこの世に存在してはならない醜悪な異形である事を、里美は酷薄に告げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十一話 ロストナンバーズ

 ひっそり更新。推敲ガガガ。。(〃_ _)σ∥


 

 

 

「本物のかずみちゃんに起きた事を教えてあげる」

 

 宇佐木里美は回想する。

 

 かつて<和紗ミチル>という少女がいた。

 プレイアデス聖団を創設した初代『カズミ』である彼女は、メンバーである六人の少女達にとって希望そのものだった。

 

 ――自らの夢を穢された<御崎海香>。

 彼女の「小説家になる」という夢は無残な形で利用され、想いは踏みにじられる。

 我が子とも言える作品を厚顔無恥な者に奪われた海香は、その不条理に心が折られてしまった。

 

 ――練習試合中に起きた接触事故により、足に深い傷を負った<牧カオル>。

 入院中、彼女は一人の少女が慌ただしく運び込まれていくのを目にした。それはカオルに怪我を負わせた少女の姿だった。

 聞けばカオルに怪我を負わせたせいで虐められ、耐え切れずに自殺を図ったのだという。

 助かるか分からない、意識不明の仲間を目の前にして、カオルは慟哭した。

 

 ――最愛の妹を事故で失い、一人だけ取り残された<浅海サキ>。

 どんな事があっても守ると誓った。幸せになって欲しいと願っていた。

 だが彼女にそんな力はなく、願いは失われ、誓いは偽りへと変わってしまった。

 妹が好きだった鈴蘭の鉢を抱え、サキは己の無力さに絶望した。

 

 ――周囲に馴染めず、一人孤独に過ごしてきた<若葉みらい>。

 友達は趣味で作ったたくさんのテディベア達だけだった。

 孤独に涙を流すみらいを、彼らは無言で取り囲んでいた。

 

 ――愛猫の悲鳴を聞き流し、見殺しにした<宇佐木里美>。

 あと数時間早く異常に気付けていれば助かったかもしれない。

 獣医から告げられたその言葉に、里美は気付いてあげられなかった事を後悔した。

 

 ――幼き頃に犯した大罪を背負って生きる<神那ニコ>。

 兄妹殺しの十字架は彼女の背に重く伸し掛かり、贖罪の方法すら分からない。

 物心が付くよりも前から、ニコが笑顔を浮かべた事など一度もなかった。

 

 

 

 ――ミンナ、シンジャエバイインダヨ。

 

 

 

 そんな彼女達が抱え込んだ絶望は、魔女にとって格好の餌だった。

 故にそれは必然だったのか、彼女達は皆同じタイミングで<魔女の口付け>を受けて死の淵へと誘われた。

 

 元々絶望を抱えて生きていた少女達に抗う事など出来るはずもなく、少女達は高層ビルの屋上へと誘導され、どこか夢見心地のままに死への一歩を踏み出した。

 

 魔女に操られていた彼女達だったが、このまま死んでも構わないと心の底では思っていた。

 

 だってもう諦めていたから。

 こんな世界で生きていく意味がない。

 

 辛いことはもうたくさん。

 死んで楽になりたい。  

 

 ――だが堕ちていく彼女達を、魔法少女<和紗ミチル>が救った。

 

『ちゃお! 死にたがりのみんなたち!』

 

 絶望の中にあった彼女達にとって、ミチルは救世主のような存在だったのだろう。

 魔女の魔の手から救われた少女達は、ミチルとしばらく行動を共にし、たくさんの話をした。

 

 その時ミチルからは『この世界の秘密』とも言える魔法少女の事を教えて貰った。

 

 奇跡を叶える魔法の契約。

 ミチルが何を願って魔法少女になったのか。

 

 そして少女達からは、自身が魔女に囚われる原因となった切っ掛けを。

 自らを蝕む現実の絶望を打ち明けた。

 

 ミチルは少女達の悩みを聞き、一緒に悩んで、そして明るい未来を示してくれた。

 

 そんな風にミチルに命と心を救われ、彼女の姿に憧れる少女達が「魔法少女になりたい」と願うのはきっと、予定調和の如く必然だったのだろう。

 魔法の使者は、そんな少女達の願いをあっさりと叶えた。

 

『――きみ達が魔女と戦う運命を受け入れるというなら。ボクはその願いを叶え、魔法少女にしてあげる』

 

 そうして新たに生まれた六人の魔法少女達は、ミチルの発案で『プレイアデス聖団』を結成する。

 

『これで念願のプレイアデス聖団結成だー!』

『プレイアデス?』

『夜空に輝く星座の七姉妹だよ!』

 

 ミチルは両手を広げ、新たな仲間達を歓迎する。

 

 自分達を星座の七姉妹になぞらえ、プレイアデス星団のような希望の星々となりたい。

 『プレイアデス聖団』という名前にはそんな少女(ミチル)の祈りが込められていた。

 

 それからの日々は、聖団にとっては黄金期ともいえる幸せな時間だった。

 だがその幸せもやがて終わりを迎える。

 

 

 

 ――あの時もまた、こんな雨の降る日だった。

 

()()()、何作って……お、この匂いはイチゴリゾットか?』

『そうだよ、だって今日は海香のデビュー作の発売日だからね』

 

 くんくんと神那ニコが鼻を鳴らして匂いを嗅ぐ。台所に立つミチルはとても手馴れた様子で調理していた。

 

 海香のデビュー作である「七つのほしぞら」を聖団の誰よりも楽しみにしていたのはミチルだ。

 わざわざ海香に内緒で朝早くから店頭に並び、購入して帰った後は著者である海香直々のサインをねだるなど、彼女の溢れんばかりの行動力が発揮されていた。

 

『特別な日はイチゴリゾットって決めてるんだ』

 

 新しい宝物とばかりに「七つのほしぞら」を抱くミチルの手を、海香は目尻に涙を滲ませて握りしめた。

 

『ありがとうカズミ! あなたが私の運命を変えてくれた! あなたに出会えて、本当に良かった!』

 

 

 

 ――だがミチルもまた魔法少女の必然として、魔女となりその命を落としてしまう。

 

 命を救われた恩人であり、掛け替えのない友人だった少女が目の前で魔女になった事により、プレイアデス聖団は魔法少女の真の理を知った。

 

『魔法少女って、魔女になるの?』

 

 けれど残されたプレイアデスの少女達は、そんな結末を認めたくなかった。

 救われた存在である彼女達は、命の恩人である和紗ミチルの運命を変えるため、その手を禁忌に染めた。

 

 

 

 その一人、宇佐木里美はお披露目するかのように両手を広げる。

 禁忌の果てに生まれた『失敗作』達を、あたかも<かずみ>へと見せ付けるかのように。

 

「この子達を見て? あなたと同じ子が全部で十二人。あなたは十三人目のかずみちゃん」

 

 『和紗ミチル』を模して作られたのが歴代の<かずみ>達だ。

 十三代目ともいえる今のかずみは、廃棄番号ⅩⅢ(ドライツェーン)に相当する人造の魔法少女だった。

 

 だが里美は、浅海サキのように甘くはない。

 彼女の様にバケモノを処分しないまま『レイトウコ』に封印するなどという、無駄な事をするつもりは一切なかった。

 ⅩⅢの廃棄番号を刻むまでもなく、<かずみ>をこの世から跡形もなく抹消する。それが里美の意志だった。

 

「十三は死の数字だよね。うん、だから……それがきっと、かずみちゃんの運命なんだよ」

 

 どうせ廃棄番号(死の数字)が刻まれるのだ。

 ここで死ぬ運命に変わりはないと里美は皮肉げに告げる。

 

 これが運命であるのなら、かずみは今ここで死ぬために生まれてきたのだと。

 

「わかったら、大人しく死んでよ」

「…………んで」

 

 顔を俯かせ、かずみは小さな声で呟いた。

 その様子に里美は小首を傾げる。

 

「うん? なあに?」

「なんで……そこまで、ひどいことができるの?」

 

 かずみは掠れた声で弱々しく言葉を紡ぐ。

 心臓が針で刺されたかのように痛かった。

 眼球が熱を持ち、涙が溢れるのを止められない。

 

 仲間だと信じていたのに。

 信じていたのに、宇佐木里美(プレイアデス)はかずみの想いの全てを裏切り続ける。

 

「ええ、わかってる。わかってるから――<ファンタズマ・ビスビーリオ(さっさと死んでちょうだい)>」

 

 同意するように頷きながら、殺意を振りまく里美の目にかずみの涙は映らない。

 バケモノの狂言を聞き流し、里美は自身のステッキを振るい固有魔法(マギカ)を発動させた。

 

 かずみを亡き者にしようと廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)を傀儡にして襲わせる。

 かずみの武装である十字杖に似た外装の剣を手に持ち、傀儡達はかずみの肌を裂き肉を断った。

 

 裂傷から走る痛みは熱を持ち、まるでその部分だけ焼かれているかのようだった。

 一つの斬撃を防げば二つの刺突を受け、三つの投擲を回避すれば四つの魔法が襲いかかった。

 

 今この瞬間、結界内はかずみが気を抜けば凄惨な死体が出来上がるだろう屠殺場と化していた。

 

 心臓が戦う為の鼓動を早鐘の如く刻む。

 魔女の心臓は星辰の魔力を全身へと循環させる。

 

 かずみの瞳が分かれ、太極を描き始めた。

 死の危機を前に本能の枷が外され、その身に秘めた暴力的な衝動が解き放たれる。

 

「があああああっ!!」

「オオオオオオッ!!」

 

 互いに喰らい合うように咆哮し、その手に持つ得物がぶつかり合う。

 十字杖が砕けても、かずみは自身の手を鉤爪のように変異させ、近接武器として振るった。

 

 だが正面の一体と組み合い拮抗状態となってしまうと、残りの者達に退路を塞がれ四肢を封じられてしまった。

 身動きが取れなくなり、絶体絶命の境地に立たされたかずみだったが、そんな彼女に廃棄番号の少女達はトドメの一撃ではなく言葉を放った。

 

 かずみと同じ顔で、同じ声で。

 彼女達もまた<かずみ>なのだと思わずにはいられないその瞳で。

 

 

「――おねがい……死なせて……」

 

 

 目の前で対峙している、左頬に(フィーア)と刻まれた少女が血の涙を流す。

 その顔色は青白く、死の匂いを明確に感じさせた。

 

 彼女達は本来ならばとうの昔に自壊し、滅んでいる命だ。

 それをこれまで浅海サキが保存し、今では宇佐木里美が戦わせる為だけに引き延ばしている仮初の生に過ぎない。

 

 本来なら戦闘などできるはずもない状態だったが、彼女達の持つ異形としての驚異的な生命力がそれを可能にする。

 自壊と再生を繰り返す異形の肉体は常に苦痛が走り、複数の魔法による束縛によって意識は拡散して一つに纏まらない。

 そんな死体と変わらない体に鞭打たれて動いているのが今の状態だった。

 

 そんな地獄のただ中にいる様な状態であってなお、彼女達にとって最大の不幸は、全員が『心』を持っていた事だろう。

 異形の身に成り果ててもその心まではバケモノになりきれず、和紗ミチルの記憶を植え付けられた彼女達は、自身が人の世に存在してはならないバケモノである事を自覚していた。

 

 廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)は思う。

 

 ――初めて目覚めた時、世界は優しかった。

 

 生まれたばかりの少女達にとって、『和紗ミチルの代替』としての生を歩む事に何の不満もなかった。

 他の生き方など知らないし、与えられてもいない。植え付けられた記憶以外には何も分からないのだから、それは当然の事だった。

 

 そんなプレイアデスの愛玩人形(和紗ミチル)として、少女達は何不自由なく大切にされた。

 

 たとえそれが僅かな間の、虚飾塗れな幸福なのだとしても。

 今でも彼女達にとって唯一の『幸せな記憶』として残されている。

 

 だが少女達が初めて<魔法少女>としての力を使った瞬間、例外なく均衡は崩れてしまった。

 

 身体の一部が異形化し、理性は魔女の狂気に犯され暴走を開始する。

 魔女を殺す殺戮機械と化した少女達は、一度壊れれば二度と元の姿に戻れはしなかった。

 

 土台、人間という脆弱な器に魔女の血肉は猛毒でしかなかったのだろう。

 それでもプレイアデスによって錬成された魂は、自身が人である事を望んだ。

 

 額に石が生えた者がいた。

 手足が鉤爪になった者もいた。

 背に蝙蝠の様な翼を生やした者もいた。

 

 様々な異形の身となり果てながら、壊れた玩具として棄てられた少女達は、ただ一つの事を望む。

 

 それは憎悪でもなければ復讐でもない。

 ただ一つの救済。 

 

「ころして」

 

「おねがい、()()()

 

「もういやなの」

 

「ここはつめたくてくらい」

 

「もうだれも、きずつけたくない」

 

 ――だから殺して、と廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)が口々に哀願する。

 

 その肉体は依然として操られ、出来の悪い人形劇のようにかずみへの攻撃を繰り返している。

 だが魔法で『人の心』までは操れない。

 

 彼女達の言葉の一つ一つが、かずみの心に痛切に突き刺さる。

 暴力的な衝動から我に返ったかずみは、彼女達の言葉を聞き動揺を露わにした。

 

「ッ……わたしは、そんなの……イヤだよ……ッ!」

 

 拘束を振り払おうと、かずみは四肢に力を込める。

 

 ――わたし達は、絶望して死ぬために生まれて来たわけじゃない!

 

 だが叫ぼうとするかずみの胸を、突如ステッキが食い破った。

 見れば目の前の(フィーア)の少女諸共、かずみは串刺しにされていた。

 

「がっ……ぁ……っ!?」

「かずみちゃんったら、わがままはいけないわ」

 

 自身の手駒であるはずのⅣの少女諸共、かずみへと致命傷を与えた里美は感じた手応えに狂気的な笑みを浮かべる。

 

 里美のステッキはかずみの心臓を確かに貫いていた。間違いなく即死だろう。

 魔法で伸長させていたステッキを元の状態に戻すと、里美は先端にある血塗られた猫の頭部を拭う様に撫でた。

 

 貫かれていた支えを失い、Ⅳの少女と重なるように倒れ伏したかずみを確認すると、里美は続いて残った傀儡達へと命じる。

 

「『みんな仲良く死になさい』――そうすれば、かずみちゃんも寂しくはないでしょう?」

 

 かずみが倒された以上、残された廃棄物達も最早用済みだった。

 里美は廃棄番号の少女達にそれぞれ同士討ちするように命じる。

 

 無慈悲な傀儡師の命に従い、剣を、武器を、魔法を、互いの心臓に突き刺し合い果てる少女達。

 廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)は呆気ないほど簡単に、次々とその儚い命を散らしていく。

 

 創られた少女達は、その死までも弄ばれた末に果てる事となった。

 その死が本当に彼女達の望んだ通りの物だったのか、最早知る術はない。

 

 里美は自分で思っていた以上の、自身の『優しさ』に驚いていた。

 何やら死にたがっていた出来損ない達と、無意味かつ無駄な抵抗を続けていたかずみを楽にしてあげたのだ。

 一人ぼっちで死ぬよりは、まだバケモノとしては上等な死に方だろう。

 

 里美はわなわなと、その血塗られた両手を自身の頬に当てる。

 

「私、かずみちゃんを――」

 

 震える声は悔恨か、あるいは悲哀の嘆き故のものか――否、彼女は最早そんな心境にはない。

 あるのはバケモノよりも悍ましい、無邪気で傲慢な悪意。

 

 

 

「ぜ、ん、ぶ、殺しちゃったぁ……うふっ、うふふっ!」

 

 

 

 里美は満面の笑顔で、歓喜に打ち震えていた。

 その心に罪悪感もなければ一片の曇りもありはしない。

 

 恐怖の対象でしかなかった<かずみ>が、ようやくいなくなったのだ。

 その精神的な抑圧からの解放は、彼女に抑えきれないほどの恍惚感を与えてくれた。

 

 目の前に転がる十三体の屍を前に、里美は狂ったように笑い続ける。

 

 

 

 ――だがその時、リィンとかずみの耳飾りの鈴が鳴り響いた。

 

 魔力の波紋が周囲へと拡散すると、かずみを中心にして倒れた廃棄番号の少女達が引き寄せ合い、その身体を一個の<かずみ>へと変えて行く。

 失敗作と、出来損ないと蔑まれた廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)が、最も新しき<かずみ>へと集い、その傷を、その破れた心の臓を塞いでいく。

  

 (アイン)からⅩⅡ(ツヴェルフ)までの少女達が、ⅩⅢ(ドライツェーン)となるはずだったかずみを救うかの如く、その身の全てを捧げる。

 触れ合った手から、足から、髪の毛の先端に至るまで、あらゆる場所から少女達は溶け合い、<かずみ>の一部となってその命を救う。

 

 

 

 ――その光景を見て、里美は心底「キモチワルイ」と思った。

 

 

 

 バケモノがまた<トモグイ>をしている。 

 心臓を破いたくらいじゃ死なない――正確には、死んでもトモグイして復活する。

 

 そんなバケモノを前に、安易に<餌>を与えるべきではなかった。

 里美は自身が犯してしまったミスを痛切に悔やむ。

 

「うふっ……魔女ってばほんと、しぶといんだから……っ!」

 

 ここまでのバケモノだと最早笑うしかなかった。

 狂ったような笑みが収まらない。嫌悪が行き過ぎて感情が振り切れている。

 

 笑顔とは本来攻撃的な物であるとどこかで聞いた覚えがある。

 ならば自分のこれもそうなのだろうと、里美は笑いながら問答無用でかずみを攻撃する。

 棒立ちのまま意識を失っている様に見える今のかずみは、無謀にも佇むだけで隙だらけに思えた。

 

 里美の固有魔法(マギカ)である<ファンタズマ・ビスビーリオ>以外にも使える魔法はまだまだある。

 里美はどちらかと言えば支援寄りの魔法少女ではあるが、攻撃もできないわけではない。

 

 案山子同然の相手を殺す事など、魔法少女ならば造作もない。

 そう思い里美はステッキから魔力弾を放つ――だがそれは、かずみの周りに壁があるかのように防がれてしまう。

 

 見ればかずみがいつの間にか発動させた<御崎海香>の防御魔法が展開されていた。

 堅牢な障壁は内部にいるかずみには、傷一つ付けられない。

 

 かずみは焦点の合っていない目で里美の方へ顔を向ける。

 表情の抜け落ちた顔で、その口元では<星座の乙女(プレイアデス)>達の呪文が壊れた機械の様に延々と紡がれている。

 

「<カピターノ・ポテンザ>」

 

 <牧カオル>の硬化魔法により、かずみの両腕は鋼鉄よりもなお硬く、それでいて生物的な柔軟性を持った有り得ない凶器と化した。

 さらには巨大化し軽々と振るわれたそれは、当たれば即座にミンチになるほどの破滅的な威力を備えていた。

 

「<イル・フラース>」 

 

 続けてかずみは<浅海サキ>の雷撃魔法を身に纏う。 

 雷光と一体化したかずみは、音の壁を突き破り轟音と共に駆け抜けた。

 

 黒腕で自身の身を守りながらの音速を超える体当たりは、黒い稲妻の様に地面を抉り空を震わせた。

 だが制御し切れなかったのか、里美の脇を素通りする形でかずみの突進は周囲の建物を無造作に破壊するだけだった。

 

「……うそ、でしょ?」 

 

 回避など不可能。咄嗟に魔法で障壁を張らなかったら、その余波だけで里美は挽肉となっていただろう。

 ほんの僅かに軌道がずれていたら、それだけで里美は呆気なく死んでいた。

 

 天災にも等しい圧倒的な死の暴力を前に硬直する里美。

 一方のかずみは、壊れたゼンマイ仕掛けの人形の様なぎこちない動きで体勢を整えると、蠅を叩き潰すようにその巨腕を振るう。

 

 里美の攻撃は堅牢な防御魔法に阻まれ届かない。

 さらにはそれを突破できたとしても、今のかずみに傷一つ付けられるかは怪しい所だ。

 

 ならばと、里美は己の必殺技である固有魔法<ファンタズマ・ビスビーリオ>を使って、かずみを支配しようとする。

 

「おぇぇえええええ!!」

 

 だがかずみの精神へ干渉した瞬間、里美は吐き出してしまった。

 

 迂闊だった。

 今のかずみは今までのモノとは違う、完全なイレギュラーである事を忘れていた。目を逸らしていた。

 

 廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)を簡単に支配できた里美の固有魔法でも、正真正銘のバケモノを操る事など不可能だ。

 

 ――こんなの、魔女よりも酷い。

 

 こんな絶望に犯されて、魔法少女が正気を保てるわけがない。

 その血肉の全てが猛毒の瘴気の塊であり、その中で形を保つ精神など最早異形と呼ぶ事すら生易しい、理解不能な畸形に他ならない。

 

 その一端に触れてしまっただけで里美は耐え切れず嘔吐した。

 地面を吐瀉物で、顔中を涙と鼻水、様々な液体で汚していた。

 

 迫り来る脅威を前に腰が砕け、それでも里美は虫けらのように地面を這い、少しでもかずみから遠ざかろうとする。

 持てる全ての力を振り絞って、里美は必死に生存の道を探していた。

 

 だからまだ動く口からは、なりふり構わず惨めなほど必死な命乞いの言葉が漏れ出す。

 かつて彼女達が<保護>してきた魔法少女達と同じ様に。

 

「わ、私、死にたくないのっ、お願いかずみちゃん、許して……!」

 

 それが聞こえているのかどうか不明だが、それでもかずみの歩みは止まらない。

 全てが憎いとばかりに破壊を振り撒きながら、その足は着実に里美の元へと向かっている。

 

「わ……私達、友達でしょうッ!?」

 

 『友達』――それはかずみにとって特別な言葉だ。

 漆黒の巨腕を振り上げ、今まさに里美へ振り下ろされようとしていた一撃がピタリと止まった。

 

『――それが、友達ってもんでしょう?』

 

 かつて彼女がくれた大切な言葉が、かずみの手を止めた。止めてしまう。

 神名あすみの残した希望が、無意識状態に近い今のかずみに最後の一線を踏み止まらせた。

 

 その隙を、里美は見逃さなかった。

 友達だなんてのも口から出任せ。まさか本当に止まるとは思ってもいなかった。

 だけど賭けに勝った。望外に九死に一生を得て、溢れる笑いが止まらない。

 

「あはっ、ほんとかずみちゃんってば――バカなんだからっ!」

 

 かずみが共食いできるバケモノのストックも最早なくなっている。

 今度こそ殺せば死ぬはずだ。

 

 里美のステッキにある猫の頭部が猛獣のそれに変わる。

 今度こそ心臓を――否、かずみの(ソウルジェム)を破壊するのだ。

 

 いい加減死んでよ!

 

 そう思い魔法を行使しようとする里美だったが、その時鈴の音が鳴った。

 かずみのそれとは違う音色を奏で、凛とした声が里美の背後から聞こえる。

 

「……馬鹿はあなたよ」

 

 ――……え?

 

 声を出そうとして、出せない事実に遅れて気付く。喉を焼く熱が目の前を赤く染める。

 反射的に痛覚を無効化していなければ、きっとその痛みだけで即死していただろう首を貫く刃の冷たさ。

 神経系の集中しているそこへの一撃は、いかに魔法少女と言えども絶死の一手だった。

 

「――人として最低限の矜持すら失った魔法少女に、私は容赦なんかしない。

 この抜け殻のような身体に残った一欠片の誇りだけが、私達魔法少女を化け物ではなく人にしている。

 ……それすら失くした存在を、私は同じ生き物だとは思わない」

 

 どう見ても致命傷であり、人間であるならば間違いなく死に至るだろう。

 けれども魔法少女である彼女達は、ソウルジェムが無事な限り動き続ける屍人(ゾンビ)だ。

 最後の最後まで油断できない。

 

 だから最早半分だけしか繋がっていない首を、<天乃鈴音>はトドメとばかりに一閃して刎ね上げた。

 里美のソレは吹き出る血流と共に空高く舞い上がる。

 

 景色が回る。世界が回る。

 走馬灯が、これまでの過去が。

 回り回り、くるくる回る。

 

 崩壊していく自意識、刹那の度に失われていく逃れ得ない死へのカウントダウン。

 

 ――わた……し、にた、くっ、死にたく、ないぃいいい!!

 

 それでも自身の死を認めたくない彼女の執念が、<宇佐木里美>を未だに現世へと留めていた。

 声なき声を上げ、首から血をシャワーの様に噴き上げてなお醜く生への執着を見せる里美。

 

 それでも治癒範囲を超えた損傷は、あと数瞬もしない内に限界を迎えるであろう。

 幾ら里美のソウルジェムが未だに無事とはいえ、ここから人智を超えた再生を行うには、それ相応の願いと適正を持つ魔法少女でなければ不可能な業なのだから。

 里美の死は最早必定であり避けようがない。

 

 だがそこに、突如介入する存在があった。

 

 

 ――ならその願い、叶えてあげようか?

 

 

 里美の走馬灯の中に割り込む様に、見覚えのない<仮面の少女>が語りかけてくる。

 死に際の幻覚にしてはあまりにも脈絡がない存在の登場だった。

 あるいはこれこそが、御伽噺に謳われる『死神』という存在なのだろうか。

 

 だが死の恐怖によりパニックに陥っている里美には、そんな疑問などどうでもよかった。

 溺れる者は藁をも掴む。正にその言葉の通りに、里美は無条件でその存在に縋った。

 

 ――死にたくない! 私はこんな、とこで! 一人ぼっちで! 死に、たくなんか、ないぃいい!!

 

 何者かも分からない声に向かって里美は願う。

 恐怖一色に染まったその願いは、単純であるが故に人間としての本能に裏打ちされた強固なもの。

 

 その願い、『このまま死にたくない』という魂を掛けた執念。

 それを仮面の少女は悪魔の如く聞き届ける。

 

『ならその願い、叶えてあげるよ。【銀の魔女】の代行者である【ヒュアデス】として。

 今この瞬間、お前の祈りは奇跡を起こす強度を持った。

 喜ぶといい。お前の願いは間違いなく叶うのだから』

 

 その瞬間、里美のソウルジェムが唐突に臨界を迎えた。

 肉体とソウルジェムの接続が強化され、里美の意識はソウルジェムの中へと閉じ込められる。

 

 だがそこは最早腐った卵の中。

 尋常ならざるバケモノが生まれようとする穢れに満ちたソウルジェムの中で、里美の魂は為す術もなく魔女へと反転してしまう。

 

人として(このまま)死にたくないなら――魔女(バケモノ)として死ねばいい』

 

 それがお前に相応しい願いの結末だと、仮面の少女は愚者を嘲笑う。

 

『踊れや踊れ、星座の乙女(プレイアデス)

 忌まわしき【銀の魔女】の望むがままに。

 私達にその滑稽な躍りを見せておくれ』

 

 哀れで愚かな屑星の少女(プレイアデス)

 新たな悲鳴合唱団の一員となって、永劫に嘆きの歌を歌え。

 

『兎の首は刎ねられた。

 ならばあとは煮られて食われるのが世の定めってね』

 

 

 星座の姉妹は地に堕ち、ここに魔女となって絶望を撒き散らそうとしていた。

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十二話 兎の見る夢

 pi pi pi
 笛鳴らせ 猫踊れ
 火の輪潜りもお手の物
 今宵は楽しいカーニバル

 檻の中は空のまま
 臆病兎はお呼びじゃない

 pi pi pi
 鞭叩き いざや従え獣ども
 ご主人様の命令だ

 噛み付け「にゃあー」
 引っ掻け「ふしゃー」

 逆らう奴らはミナゴロセ
 震える兎はしまっちゃえ

 
 
 魔女「なきむしの鎧」の唄


 

 

 

 宇佐木里美の首が刎ねられ、空高く舞い上がった。

 それを成した天乃鈴音は、噴き出る血飛沫を避けるように、残された胴体から距離を取る。

 

 これでまた一人、魔法少女の暗殺を終えた。世界の浄化へと近付いた。

 そう安堵する間もなく、スズネの研ぎ澄まされた感覚は危機を嗅ぎ取った。

 

 まるで何か致命的な歯車が嵌ってしまったかの様な。

 これまで数多の魔法少女の首を刈ってきた経験が、今回のコレが致命的に違ってしまっている事を告げる。

 

 スズネは咄嗟に、首なし死体となった里美から大きく飛び退く。

 すると残された里美のソウルジェムが突如【相転移】を始めた。

 

「……っ!」

 

 ソウルジェムが台風の目のように周囲へと暴風を撒き散らし、グリーフシードへと反転していく。

 転移の際、局所的な台風の様に斥力が発生し、周囲の何もかもを吹き飛ばそうとしていた。

 里美の近くに取り残されたままのかずみもまた、体勢を低くし硬質化した黒腕を地面へと突き立てて、吹き飛ばされないよう己の体を支えている。

 

 スズネは鋭い眼で突如目の前に起こった【相転移】を観察する。

 

 確かに首を刎ねたはずだ。

 あのタイミングでは最早相転移する前に死亡していなければおかしい。

 いくら魔法少女といえども、首を刎ねられてしまえば魔女になりようがない。

 

 だが現実として、殺したはずの里美のソウルジェムは相転移を果たし、今また目の前で新たな魔女が生まれようとしている。

 

 この異常、何者かの思惑を感じずにはいられない。

 疑わしきは勿論宿敵である【銀の魔女】だ。

 

 だがそれ以外の魔法少女の可能性も勿論ある。

 そもそもプレイアデス聖団自体、目の前の宇佐木里美のように真っ当な魔法少女とはとても言い難い者共の巣窟なのだから。

 

 双樹姉妹から知らされた報告の件もある。

 次に聖団の魔法少女達を処理するなら、今度は首を刎ねるよりもソウルジェムを直接狙った方が確実だろう。

 スズネは今後の方針を胸の中で密かに固めた。

 

「……かずみ」

 

 スズネはどこか憂いた眼差しで、異形化したかずみの方へと視線を向ける。

 複製品(クローン)達を吸収、トモグイした彼女は最早魔法少女とすら呼べない存在になり果てている。

 

 彼女の存在はスズネの頭を悩ませた。

 別に情が湧いたわけではない。

 

 殺すか殺さないかの次元ではなく、彼女をいつ殺した方が適切なのか分からなくなったからだ。

 【銀の魔女】が未だ姿を現さない現時点で殺すのは時期尚早のように思えるが、この調子では暴走したまま周囲に被害を与えかねない。

 

 ここは一度引いて、様子を見るべきか。

 このまま魔女化した宇佐木里美とぶつかり合わせ、見極める。

 

 いわば高見の見物であり、正道の魔法少女ならば卑劣とも言える行為なのは自覚しているが、暗殺者であるスズネにとって無用な危険を冒す事は避けるべき事だった。

 

 これまでに積み上げて来た犠牲を思えば、スズネが万全を期すのは最早義務とすら言えるだろう。

 道程は果てしなく遠く、こんな所で躓くわけにはいかないのだから。

 

 生じた迷いは一瞬だった。

 生まれる魔女と異形化したかずみを見比べ、決断したスズネは自身の剣を目の前に翳し、己が魔法を行使する。 

 

「――<陽炎>」

 

 するとスズネの体が蜃気楼の如く揺らめき、その姿は周囲に溶け込む様に消えていった。

 

 暗殺者は再び闇の中へと消え、残されたのは二体のバケモノ達。

 新たに生まれし魔女と、<魔女の肉詰め(マレフィカ・ファルス)>と呼ばれし怪物。

 

 蠱毒の坩堝と化した戦場で、生き残るのは果たしてどちらなのか。

 暗殺者が監視する先で、バケモノ達がぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、天乃鈴音が突如として姿を消した後も、かずみの意識は未だ混沌の中にあった。

 十二体もの姉妹(クローン)達を取り込んだ影響により、彼女達の感じた想いの全てがかずみへと突き刺さる。

 

 切れ切れになった無数の記憶の欠片達。

 輝かしいものはほんの僅かであり、その殆どが澱のように淀んだ色を纏っていた。

 淀みは絶望を孕み、波打つかのようにかずみの意識を掻き乱して、心と体の動きを乖離させる。

 

 かずみの制御から離れた肉体は現在、暴走ともいえる状態にあった。

 そこへ吹き付けてくる魔女から発せられる悪意の波動に、かずみの肉体は機械的に反応する。

 高まる悪意に呼応するかのように、かずみは無自覚なまま拳を振るった。

 

 黒く硬質化した巨腕は、ただ振るうだけで重機並みの破壊力を持つ。

 だがそれは、魔女が誕生の際に放った衝撃波によって弾かれてしまっていた。

 

 これまで里美によって維持されていた結界が、魔女へと反転した事で歪み始め、更なる異界へと変わり果てる。

 閉ざされた世界を作り替えた魔女は、他の個体の例に漏れず奇妙な姿をしていた。

 

 ホイッスルを巨大化したような頭部に、テントのように膨らんだ胴体。

 腕らしき部分は鞭で出来ており、末端に行くにつれて無数に分裂している。

 足はバネで出来ており、その場に立っているだけで上下に揺れて忙しない。

 

 対峙するかずみはしかし、未だ正気とは言い難い状態だ。

 自分という物が保てず、残された人の部分までもが歪み、その輪郭を保てていない。

 

 このままでは目の前の魔女に引き摺られ、完全に魔女へと堕ちてしまうだろう。

 だが酩酊にも似た拡散する意識を必死に繋ぎ止めるかずみに、一本の見えない糸が繋がれる。

 

『大丈夫だよ、かずみ。

 君はそんなところで終わるような<器>じゃない』

 

 それは道化師の仮面を被った少女だった。

 どこか聞き覚えのある声が紡ぐ魔法が、かずみの意識を辛うじて繋ぎ止めていた。

 

 だがその魔法は、他の誰かの意識までをも繋いだ。 

 かずみの目の前に、誰かの記憶が広がる。

 

 

『さあ、傲慢なる者(プレイアデス)の秘め事を、此処に晒してしまおう』

 

 

 白い靄がかった過去の情景の中。

 そこでは一人の小さな少女が、両親から誕生を言祝がれていた。

 

 そこは魔女になった<宇佐木里美>の記憶の中だった。

 

『里美、三歳の誕生日おめでとう』

 

 プレゼントとして与えられたのは、一匹の小さな仔猫。

 幼き頃の里美はその小さな命を前に、満面の笑顔を浮かべていた。

 

『わあ、かわいい! ずっといっしょだよ!』

 

 それが里美と愛猫<サレ>との出会い。

 物心付く前から共に過ごしたサレは、里美にとって大切な家族だった。

 いるのが当たり前で、いなくなるなんて想像もできないくらい、里美はサレの事を可愛がっていた。

 

 優しい両親に可愛いペット。

 大好きな家族達に囲まれ、里美の日常は何不自由なく過ぎていく。

 

 そんなある日の事。

 中学生になった里美はその日、買い物に出かける予定を立てていた。

 

 別に急を要する物でもなかったが、せっかくの休日なので出かける事にしたのだ。 

 そう思い立ち出かけようとする里美に、玄関口でサレが里美を引き止めるような鳴き声を上げる。

 

『サレちゃん、今日は随分鳴くのね?』

 

 里美はサレの鳴き声を聞いて、単純に甘えているのだろうと思った。

 

『うふふ、甘えんぼさん。すぐに帰ってくるわ。だから我慢して待っててね?』

 

 サレがこうして鳴くのは珍しいが、自分と離れるのが寂しいのだろうと里美は一人納得していた。

 だから愛猫の頭を一撫ですると、里美は踵を返して出かける。

 

『バイバイ』

 

 内にいるサレに向かって手を振りながら、里美は玄関の扉を閉めた。

 

 

 

 ――それが生きているサレを見た、最後の瞬間となった。

 

 

 

『……あと数時間早ければ、助かったかもしれません』

 

 帰宅した里美が目にしたのは、泡を吹いて倒れているサレの姿だった。

 慌てた里美が急いで獣医に駆け付けたものの、全ては遅きに失していた。

 

 それは決して寿命などではない。対処すれば回避できる死でしかなかった。

 サレのあの時の鳴き声は、里美に助けを求める声だったのだ。

 

 ――私が声に気付いてあげられれば、こんなことには。

 

 愛猫の救いの声を聞き流し、何も知らずに別れてしまった自分。

 里美は絶望し――数奇なる運命の果てに、一つの奇跡を願った。

 

『動物の言葉がわかる力を、どんな子でも助けられるように……!』

 

 それが宇佐木里美の祈り。

 助けを求める声を聞き逃してしまった、少女の後悔。

 

 今度こそ、誰も見捨てない。

 救いを求める声を聞き逃さない。

 絶対に助けて見せる。

 

 

 

 かずみは、そんな少女が願った過去の想いを知った。

 だが現在の彼女の行動を振り返り、思わず愕然としてしまう。

 

 ……なんで? 

 

 最早言葉も出ない。無数の罵詈雑言がぐちゃぐちゃに思い浮かんで形にできない。

 里美の過去とその願いを知って、かずみはただ怒りしか覚えられなかった。

 

 ――助けるために奇跡を願ったのに、どうして<わたし>は助けてくれなかったの?

  

 それは()()かずみの声だったのか。

 怒りが、憎悪が、混沌とした意識に明確な指向性を持たせてしまう。

 

 何も考えられなくなるくらい目の前が真っ白なまま、ただただ攻撃的な衝動に染まっていく。

 

 かずみは、彼女の願いが許せなかった。

 自身の裡に取り込んだ姉妹達が決して許さないと声を上げている。

 

 仮面の少女もまた、里美の願いの全てを唾棄した。

 

『ふざけるなよ宇佐木里美。お前の願いはどこまで傲慢なんだ』

 

 言葉が分かっても、それを聞く<お前>が変わらなきゃ、結局は同じ事の繰り返しだと何故気付かない。

 言葉が分かれば? 助けられたとでも?

 

 なんだそれは。

 助けられなかったのは「言葉が分からなかった」から。

 だから「気付かなかった自分は悪くない」とでも言い訳してるつもりか?

 

『お前の願いは偽善の塊だ。反吐が出るよ。

 かずみの悲鳴を聞き流したお前は何も変わらない。傲慢な偽善者に他ならない。

 お前が振り撒く優しさは、結局自分に優しいだけのお飯事だ』

 

 結局自分が可愛いだけの偽善者。

 お優しい自分という幻想から覚めるのが怖くて、汚い自分を見つめるのが耐えられなくて、絶望した末に奇跡に縋って。

 

 その果てが魔女化(このザマ)だ。

 だからお前は――お前達は屑なんだよ、と道化師は仮面の裏で吐き捨てる。

 

『さあ、かずみ! この傲慢なる魔女へ鉄槌を!』

 

 その声に導かれるままに。

 かずみは己の裡に抱え込んだ憤怒を解き放つ。

 

 かずみの体が更なる異形化を果たしていく。

 

 腕の黒化が全身まで広がっていき、かずみを黒い人型の何かへと変貌させていく。

 その目だけは血のように紅く、けれども瞳は変わらず不気味な太極を描いている。

 

 人の形という頚木から解き放たれた怪物が咆哮を上げた。

 

「GaaaAaAAAAaA!」

『ピィィイイイイイ!』

 

 かずみに怯えたのか、魔女が悲鳴を上げるように頭部の魔笛を鳴らす。

 するとその甲高い音色に支配されたのか、周囲を好き勝手に動いていた猫の使い魔達が一斉にかずみへと襲い掛かってくる。

 

 四方八方から大量の使い魔達に襲われ、やがてかずみは全身を使い魔に覆われてしまった。

 潰しても潰しても、使い魔はかずみの体に噛み付き、貼り付いてくる。

 

 だが身体を猫の顎に蝕まれながらも、かずみは魔法を詠唱する。

 それを邪魔しようとする使い魔共は逆に噛み砕いて吐き捨てた。

 

「ぐぎぎぎ! <ラ・ベスティア>ァアアアアアアアア!!」

 

 命じる。命じる。

 

 人造魔法少女【■■■かずみ】が命じる。

 プレイアデスが一人、<若葉みらい>の固有魔法(マギカ)をここに行使する。

 

 疾く従え使い魔ども。

 お前達は悪意の泡沫、魔女の下僕。

 絶望の根源から零れ落ちた塵屑の分際で、我が命に逆らうな。

 

 暴力的な意思が、かずみの放つ魔力に乗って辺り一面に拡散する。

 使い魔達はその魔力の波動に触れた瞬間に支配下へと置かれ、かずみの殺意を運ぶ道具と化した。

 本家本元である若葉みらいの物より増強されたそれは、最早有象無象の存在に抵抗できるほど生易しい代物ではなくなっていた。

 

 かずみは魔女の下僕である使い魔共を<群体支配魔法(ラ・ベスティア)>で強奪し、飼い主である魔女へ向かって破滅的な突撃をさせる。 

 猫型の使い魔はその牙で親である魔女の体に噛みつき、その爪で切り裂いた。

 魔女の抵抗によって幾ら叩き潰されようが一切怯むことなく、生みの親である魔女と心中するかのように食らいつく。

 

 堪らずに魔笛の魔女が「ピィィイイ!」と甲高い悲鳴を上げる。

 自身の使い魔を相手に抵抗を続けていた魔女の外殻が崩れ落ちると、中からは本体と思わしき、檻の中に入った兎の姿があった。

 

 震えて涙を流す兎の姿は、かずみを支配する暴力的な衝動を無性に掻き立てた。

 黒化した拳で檻を破壊すると、中に籠る兎を鉤爪と化した手で強引に引き摺りだす。

 

 その弱々しい体躯で暴れ、泣いて逃げ出そうとする兎の頭を、禍々しく異形化した手で捕らえて離さない。

 

 怯える兎を前にして、かずみは――笑った。

 

「あは、あハ、アハハハハハハハ!」

 

 ガンッガンッガンッと兎の頭を地に打ち付ける。

 何度も何度も。激情に身を任せるがままに鉄槌を下す。

 

 破滅的な暴力により、兎の頭は呆気なく真っ赤に咲いた。

 

 一撃で顔が潰れ、二撃目で耳が捥げた。

 頭の骨が砕け、固体と呼ぶべき物は尽く粉砕され、やがてはボロ雑巾の様なナニカへと変わっていく。

 

 それでも構わず、かずみは潰し続ける。

 

「アハハハハハハアハハハアハハハハ!!」

 

 気が付けば兎姿の魔女は、いつの間にか里美の生首へと変わっていた。

 

 肉が潰れ骨が砕け、脳漿が飛び散り手にした皮が剥がれる。

 里美のパーマがかった髪とこびり付く皮と脂だけが残っても、かずみはその手を止めはしない。

 

 何度も何度も打ち付ける。

 止まることなき憤怒を原動力に、全て壊れろと声なき声で叫んでいた。

 

 アスファルトに亀裂が走り、やがて砕けて砂塵と化す。

 ぶつける先がなくなり、そこでようやくかずみはその手を止めた。 

 

「……………………あ」

 

 動きを止めたかずみの周囲には、耳に痛い静寂だけが残されていた。

 

 ふと、かずみは己の手を眺めた。

 黒く巨大化したそれは鋭利な爪を備えている。

 

 誰かを害する機能しか持たない、正真正銘バケモノの手だ。

 掌に巻き付いた幾つもの髪の毛だけが、里美の存在を証明する全てだった。

 

 

 

「――わたし、里美を……殺しちゃった」

 

 

 

 呟いた言葉には現実感がなく、何もかもが嘘のように思えてしまう。

 自分の体がバケモノである事は、何度も理解させられてきた。

 

 だけどこの心だけは、ニンゲンのつもりだった。

 

 血塗られた両手。

 潰した感触が未だに生々しく残っている。

 

 所詮は『つもり』でしかなかったのだと、この手が証明していた。

 異形の目からは、無意識に一筋の涙が流れた。

 

「……ぁ」

 

 ふっと、かずみの体から全ての力が抜け、そのまま倒れ込む。

 張り詰めていた糸が切れたのか、壊れた人形のように意識を失った。

 かずみが倒れるのと同時に、結界を張っていた者が消え去った為、辺りは再び雨の市街地へと戻っていく。

 

 

 

 こうして人外のバケモノ同士の戦いは終わりを告げた。

 魔法による隠形を解除した天乃鈴音は、遠くに転がっていた傘を拾うと、倒れた少女の元へと向かった。

 かずみの姿は先ほどまでの黒く異形化したものではなく、一見すると普通の少女にしか見えない格好へと戻っている。

 

 無造作に伸ばされた長い髪が雨に濡れたアスファルトに広がり、着ている服も所々裂けてその下の素肌を晒していた。

 

「……ここで殺した方が、あなたにとっては幸せなのかもしれないわね」

 

 そう言いつつ、スズネは雨に晒されているかずみへと傘を翳す。

 

「そんなもの……求めるべきじゃないわね。

 私もあなたも、所詮は同じ魔法少女(ヒトデナシ)だもの」

 

 倒れたかずみを、銀の暗殺者だけが見下ろしていた。

 

 

 

 

 

 

 テディベア博物館『アンジェリカ・ベアーズ』。

 プレイアデス聖団の拠点であるこの建物の地下深く、最奥にある機密区画にて、御崎海香は一人儀式の調整を行っていた。

 

 床には星座の姉妹達(プレイアデス)の象徴たる六芒星が大きく描かれている。

 それは『和沙ミチル』を蘇生するための魔法陣だった。

 

 聖団の総力を結集して作られたこの陣は、聖団メンバーの魔力を燃料に起動する。

 ミチルの細胞から培養させて作ったクローン体を器に、強靭な生命力を持つ魔女の心臓を動力機関として埋め込み、そこへ『和沙ミチル』としての人格(OS)を与えるため、聖団員六名による六色の魔力によって魂を錬成し、定着させる。

 

 クローン体、魔女の心臓、魂の六色錬成。

 それ等が合わさりようやく完成するのがプレイアデス聖団の秘奥術式――生命創造の『黄金錬成(アルスマグナ)』だった。

 

 だがこの黄金錬成も最早万全とは言えない状態だ。

 神那ニコが死亡した事で、既に魔方陣の一角が輝きを失ってしまっている。

 その欠けてしまった陣を調整するために、海香は魔法書を片手に作業に勤しんでいた。

 

 会議の後からずっと作業しているため、いい加減疲労も限界だったが、この陣の調整は海香にしかできない仕事だった。

 ニコがいれば手伝いも頼めたのだが、よりにもよってそのニコが殺されてしまったのだ。

 別に他の誰かが犠牲になった方が良かったなどとは思わない。誰であっても欠けてはならない大切な仲間達だ。

 

 それにこの黄金錬成陣を起動させるだけならば、そもそも六人全員の魔力は必要なかった。

 この陣の主な目的は、六人で協力する事により『魂の錬成』の負担を軽減する事にある。

 

 言うまでもなく魂の錬成、生命創造の所業は神の御業。奇跡の領域にある大魔法だ。

 魔法少女が単独で行使するには負担が大き過ぎて、自らの命すら奪いかねない。

 

 その危険を極力減らす為に作られた魔法陣がこれだ。

 確かにニコが欠けてしまったのは痛手だが、まだ致命傷というほどではない。

 

 最低でも三人。ソウルジェムの負担から考えて、安全に起動できる最低人数はそれくらいが限度だろう。

 それ未満の人数で行う場合は、自らの死を覚悟しなければならない。

 下手に無理をして失敗すれば単なる集団自殺でしかなく、そうなってしまってはもう目も当てられない。

 

 細心の注意を払いながら調整を行う海香だったが、突如として魔法陣から新たな光が失われる。

 既にニコが欠けた一角には、かつて水色の輝きが宿っていた。

 

 新たに失った一星。

 そこにあった輝きの色は薄紫。

 それは宇佐木里美の持つソウルジェムの色を表していた。

 

「これは、里美の……まさか、そんな!?」

「――海香!」

 

 陣の異常を発見するのと同時に、牧カオルが慌てた様子で駆け込んできた。

 決して無関係とは思えないこの急報に、海香は嫌な予感が収まらなかった。

 

「どうしたの! なにがあったの!?」 

「サキが……里美の奴が――!」

 

 息を切らせるカオルを落ち着かせ、詳しい話を聞き出す。

 

 要約すると、カオルは通路の端でサキが倒れているのを発見したらしい。

 カオルの呼びかけに意識を取り戻したサキだったが、そこでカオルに里美を止めるように懇願した。

 理由を聞けば里美が、サキが匿っていた失敗作達を連れて、かずみの抹殺へと向かったのだと言う。

 

「早く里美を止めないと――!」

 

 カオルから粗方の事情を聴き終えた海香は、最早全てが後の祭りである事を悟った。

 また一人、仲間を失ったのだと。

 

「……もう、手遅れよ」

 

 二色欠けた黄金錬成陣は未だ沈黙したまま、残された輝きだけが薄暗い室内を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 プレイアデス聖団――残存四名。(御崎海香、牧カオル、浅海サキ、若葉みらい)
 エリニュエス――残存?名。(天乃鈴音、榛名桜花、双樹姉妹、碧月樟刃、???)
 銀の魔女――UNKNOWN。


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第三十三話 恋するアンジェリカ

 まどかドッペル解放記念。
 幕間的でちょい短めです。


 

 

 プレイアデス聖団の本拠地<アンジェリカ・ベアーズ>。

 テディベア博物館であるこの建物に一般の来場者が訪れた事はただの一度もなく、聖団の秘密基地として現実とは異なる境界の中に存在し続けている。

 

 ここは若葉みらいの願いによって生まれた場所だ。

 彼女の友人であるテディベア達と聖団の魔法少女達のために存在するのであって、見知らぬ誰かのためになど解放されてはいなかった。

 

 そのため博物館の様な外観でありながら、その実は外敵の侵入を阻む要塞染みた仕掛けがそこかしこに仕込まれている。

 

 魔法的な仕掛けは勿論、中には仲間の一人である神那ニコが悪戯半分に仕掛けた物も多い。

 たとえ魔法少女達が徒党を組んで襲い掛かってきても、中にある宝物達を傷付ける事は叶わないだろう。

 

 それが若葉みらいの願った奇跡。

 友達を守るための大きなお家だ。

 

 ――だが不可侵であるはずの宝物殿から、何者かによって<かずみ>が奪われた。

 

 今にしてみれば、それを切っ掛けに何かがおかしくなった。

 

 みらいはかつて起きた事件を振り返り、納得する。

 当時は意味がわからなかったが、あれは今思えば必然だったのだろう。

 

 だって、アレはボクの宝物(トモダチ)じゃないから。

 

 だからきっと、奇跡による守護の範囲外だったのだろう。

 ならば初めから答えは出ていたのだ。

 

 

 かずみ(バケモノ)は、ボクの友達なんかじゃないって事が。

 

 

 

 

 <アンジェリカ・ベアーズ>内にある居住区画の一室。

 浅海サキは割り当てられた自室のベッドの上で大人しく横になっている。

 

 ここ最近の激戦による消耗と、里美による不意打ちを受けたサキは、仲間達から大事をとってニ三日ほど療養するように言われていた。

 特に里美の固有魔法(マギカ)<ファンタズマ・ビスビーリオ>を受けた事による不調は、目に見えないところで深くサキの体を蝕んでいた。

 

 規格の合わない物を無理やり接続した反動とも言うべきか、もしもあのまま里美の魔法を長時間受けていたら、サキは壊れていたかもしれない。

 

 肉体と魂が物理的に分かれている魔法少女にとって、里美の固有魔法はハッキングのような作用をもたらす。もしも里美にその気があれば、サキを操り人形にしてあたかも<憑依>しているかのように動かせた事だろう。

 

 不幸中の幸いというべきか、すぐに解放されはしたが、里美の魔法による後遺症は未だサキの体に違和感として残っている。

 

 そうして寝込んでいるサキの傍らには、若葉みらいが椅子に腰掛けサキの看病をしていた。

 とはいっても別に病気というわけでもないから、精々サキの寝顔を堪能する事くらいしかみらいにはやる事がなかった。

 だがサキに何かあった時のために待機し、同時に思い詰めたサキが里美のような行動を起こさないよう監視する意味もある。

 

 みらいも初め、自分の知らない所でサキが酷い目にあったと聞いて、内心穏やかではなかった。

 海香達から下手人である里美の訃報を聞いた時、内心では「ざまあみろ」と死んだ里美の事を罵倒していた。

 

 ――ボクのサキに手を出したんだから、天罰だよ。

 

 我慢できなくなってかずみを殺しにいくのは構わない。

 むしろ頑張れと応援もしよう。仮にみらいに声を掛けてくれていたなら、手を貸す事さえ厭わなかっただろう。

 

 だけどサキに手を出した時点で、みらいにとって<宇佐木里美>は仲間ではなくなった。

 

 これでまだかずみを殺せていたならば、功罪合わせて辛うじて許せたかもしれない。

 だが結局、無様に返り討ちにあって死んだとなればどうしようもない。

 

 最終的に、みらいにとって里美への評価は「仲間(サキ)に手を出した間抜け」に落ち着いた。死んだのも因果応報というものだろう。

 それがみらいにとっての<正論>だった。

 

 みらいにとって、物事の基準は単純明快だ。

 彼女にとって「浅海サキ」が全ての中心に立っている。

 

 だからかつてサキに向かって暴言を吐いた<神名あすみ>を排除しようとしたし、魔法で不意打ちしたという里美は、みらいにとっては単なる裏切り者としか思えなかった。

 

 そしてかずみ。

 アレはみらいにとって、何が何でも抹殺しなければならない相手だ。

 

 あのバケモノが生きて動いているだけでサキの心を惑わせる。

 つくづく、失敗した里美の間抜けに「使えない奴」と内心で文句を付けておいた。

 

 しばらくすると、サキが目を覚まして体を起こそうとする。

 だがまだ体が癒えていないのか、その表情は辛そうに歪められていた。

 

「まだ本調子じゃないんだから、しっかり休まなきゃダメだよ」

「だが……」

「もう、また無理して倒れたらどうするのさ。頑張るのはいいけど、それでサキに何かあったらボク達はどうすればいいの?

 ……ボクはもう、これ以上仲間が減るのは嫌だな」

 

 本音は、サキさえ無事ならば他の仲間達の安否は大して重要ではない。

 確かにみらいにとって仲間達も大切ではあるものの、それはサキとは比べ物にならない程度でしかなかった。

 

 サキとそれ以外の全員、天秤の片方しか生き残れないとするならば、みらいは迷う事なくサキ一人を選ぶだろう。

 

 そんな自らの価値観に従い、あまり悩む様子を見せないみらいとは打って変わり、サキの苦悩は時間を追う毎に深くなっていくばかりだった。

 サキが里美に襲われ、辛うじてカオルに事態を知らせたものの、海香によれば既に里美は死亡しているとのことだった。

 

 各自のソウルジェムとリンクしている黄金錬成陣の一角、宇佐木里美の物が光を失っているのだという。

 ソウルジェムは魔法少女の本体であり、それが失われたという事は最早生きてはいないということだ。

 

 里美の目的から考えても、相手はかずみで間違いないだろう。

 普通の魔法少女ならば、廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)を引き連れた里美に手を出すわけがない。

 

 実際はどうあれ十を超える魔法少女達の大所帯を襲撃するなど、考えなしか自殺志願者くらいなものだ。

 それを撃退したというかずみも凄まじいが、あのトモグイをした時のバケモノ具合を思い出してしまえば、それほど不自然とは思えなかった。

 

 事態が全て手遅れである事を知った聖団は、里美の救助も、かずみの探索もしないまま、態勢を整えるまでの籠城を決定した。

 その際、サキが<廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)>を匿っていた事に対しての追及は他の誰からも上がらなかった。

 

 失敗作達の存在は聖団でもタブー視されており、それでサキを一方的に責めるには、それぞれ後ろ暗い思いがあったからだ。

 だが明らかに自らの責任であるのに、誰にも責められない事がいっそうサキの良心を苛んでいた。

 

「……すまない。全て私の責任だ」 

 

 付きっきりで看病してくれているみらいに向かって、サキは思わず弱音を吐いてしまう。

 サキが廃棄番号の少女達(ロストナンバーズ)を処分できなかったのは、自らの甘さのせいだと考えていた。

 

 ミチルと同じ顔をした彼女達の事を、サキはどうしても殺せなかった。

 他の誰かに処分を任せるくらいならと、自ら志願したというのに。

 

 里美の事も、今にして思えば前兆のような違和感はあったのだ。

 もしもあそこまで思い詰める前に相談に乗れていれば、と後悔せずにはいられない。

 

 顔を伏せたサキは、深い自責の念にかられていた。

 俯くサキを見て、思わずみらいはその手を取って力強く否定する。

 

「違うよ! ()()()の処分なんて辛い役目……それをサキ一人に背負わせた、ボクらが悪いんだ!」

「……だが、処分を任せて欲しいと言ったのは私だ」

「関係ない! サキがミチルの事を大事に思ってたのはみんな知ってた!

 たとえ失敗作でも、サキがミチルのクローンを殺せるはずがない!

 わかっててボクらは辛い現実から目を背けたんだ!」

 

 誰かがやらなければならなかった。

 失敗し暴走状態にある彼女達は、人間にもなれず、魔法少女としても生きられない有様だった。

 彼女達にも魂があって、確かに生きているのだとしても、あの有様ではまともな生は送れないだろう。

 

 ならば誰かが殺さねばならない。

 和沙ミチルを蘇らせるという目的の為にも、失敗した『かずみ達』の処分は不可欠だ。

 その罪を、サキ一人に押し付けてしまった全員に責任があるとみらいは強く訴える。

 

「ごめんね、サキ……」

「みらい……」

 

 慰めようと抱き締めてくるみらいの小さな体を、サキは弱々しく支えた。

 

 みらいの言葉を聞いてあっさりと割り切れるほど、サキは器用な性格ではなかった。

 それでも自分を励まそうと必死になってくれる目の前の小柄な友人の気持ちが嬉しかった。

 サキは弱気になっていた自分を恥じた。

 

 死者の蘇生。

 それは今更引き返せはしない茨の道だ。

 

「それでも繰り返す。何度だって繰り返す」

 

 ミチルを中心に、みんなが笑顔で笑っている。

 そんなかつてあった黄金の日々を取り戻す為に。

 

「本当のミチルを取り戻すその時まで、私は――かずみ達を殺し続ける」

 

 この傲慢、この大いなる矛盾。

 他の誰にも決して理解はされないだろう。

 

 これが許されぬ大罪であることは重々承知している。 

 愚かな事であると自覚もしている。

 

 禁忌に手を伸ばし、望む未来のために屍を積み上げる。

 その傲慢さ、その罪深さに恐怖しない日はない。

 

 それでも止まれないのだ。

 サキの心が、あの黄金の日々を求めてやまないのだから。

 

 その為ならば、この身が悪魔になり果てようとも構わない。

 

「その罪を身に、心に刻み続ける。……それしか、私に許された道はない」

「……ボクも一緒に背負うよ、サキ。二人で一緒に頑張ろう?」

 

 サキの耳元でみらいが囁くように同意する。

 密着しているためみらいの顔が見えなかったのは、サキにとって幸運だったのだろう。

 

 何故ならそこには場違いな笑顔が浮かんでいたのだから。

 

 サキのような悲壮な決意も覚悟もありはしない。

 ただサキと触れ合えた幸運を喜ぶ、恋する少女の姿だけがあった。

 

 

 任せて、サキ。

 サキの為なら、ボクがいくらでも殺してあげるから。

  

 何度でも、何度でも。

 邪魔者(かずみ)達を殺すから。

 

 

 秘めた想いは決して言葉にはせず、恋する少女は想い人と触れ合えるこの時間が永遠に続けばいいと願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 感想、お気に入り登録いつもありがとうございます。
 次話はなるべく早く投稿したいと思います(汗)


○以下マギレコ雑感

ガチャ:
 これが私の絶望……(爆死)
 いくら課金したかは、クラスのみんなには内緒だよ☆(白目)

キャラ:
 みんな可愛い。
 なんだけど、課金すれば揃うというレベルじゃないですね(白目)

ストーリー:
 たーのしー(ぐるぐる目)
 いろはちゃんがエロ過ぎて困ります(薄い本はよ)

 先生……フェリシアちゃんが当たりません……。
 あとレナちゃんとかももこちゃんとか(ry
 キャラストーリー読みたくても、当たらないのがすごく悲しい。

総論:
 やっぱりガチャが鬼門過ぎて膝が震える(コワイ)
 希望が……希望が欲しいです……。
 当たる未来が見えない……。

 ストーリーは賛否両論あるみたいですが、自分は楽しんでます。
 小さいキュゥべえが無駄に可愛い()

 ちなみにマギレコ勢で今の所好きなキャラは、やっぱり調整屋さんですね。
 魔法少女達を調整するとか、ラスボス感ぱないです。(本作オリ主の事は棚上げ)

 あと夏目かこちゃんは大天使やなって。

 他のキャラも大変魅力的なんですが、長くなりそうなんでこの辺で。
 ではまた次回。


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第三十四話 舞台裏のキャスト

 出番の少ないオリ主()のターン!
 また幕間的な話になります。


 

 

 

 穏やかな日差しの降り注ぐ中、私はデートの待ち合わせをしていた。

 本日の空模様は青空の見える快晴。出掛けるには良い日和だ。

 

 集合場所として指定したのは、あすなろ市内にあるカフェ<レパ・マチュカ>。

 落ち着いた雰囲気と豊富なスイーツ類が売りの、雑誌でも頻繁に紹介されている名店だ。 

 

 ここで腕を振るうパティシエがイケメンという事も影響しているのか、ファンとして通い詰める女性客も多いらしい。

 平日は近くに勤めるOL達が休憩時間によく利用しているのを見掛けるが、休日である現在は有閑マダム達の姿が多く見受けられる。

 

 メニューの値段はややお高めだが、味は最高級と言っても良いだろう。

 つい先日も件のイケメンパティシエがコンクールで何らかの賞を獲ったとの事だが、長ったらしい横文字だったので詳しくは覚えてない。

 

 ぶっちゃけ興味も薄かったのでお洒落っぽいという印象しか残っていなかった。我ながら貧弱な記憶力だと自嘲する。

 まぁ箔が付いたのは良い事だ。私が食べる分にはあまり関係ないけど。

 

 ちなみに店名である<レパ・マチュカ>は「可愛いネコ」という意味らしい。

 名付け親に聞くまで意味がさっぱり分からなかった。何らかの魔法の呪文だと思ってしまった私は悪くない。

 

 【銀の魔女】という通り名も、微妙にこの魔法少女業界で売れてきてしまった昨今。

 多方面から恨みを買いまくっているので心休まる時が少ない。まぁ身から出た錆というものだが。

 

 なのでせっかくの休息の機会を逃してなる物かと、私は全力で休日を謳歌するつもりだ。

 何か方向性が違う気がしてならないが、まぁ些末な問題だろう。

 

 ちなみに永遠の十四歳である私だが、今は大人モードでバリキャリの出来るウーマン形態になっている。

 私の他にも休日出勤しているのか制服姿のOL達の姿がちらほらと見えるので、そこまで浮いた姿ではないはずだ。

 久しぶりのデートなのに何故スーツなのかと言えば、正直ここ数年程年中無休で各地を飛び回っていたため、私服に袖を通す暇がなかったからだ。

 

 魔法少女として、あるいは銀の魔女として、裏に表に活動をしていたため着るのは制服やスーツの類ばかり。

 埃被った流行遅れの服を着るのもなんだかなぁと気が進まなかったのと、もはや仕事着と言っても過言ではない服装に慣れきってしまっていたため、こうして隙のないスーツ姿で過ごしている次第なのだ、と言い訳しておこう。

 

 たまのデートに着ていく私服もないとは乙女的に落第かもしれないが、私自身にお洒落の概念は相も変わらず薄かった。

 自分を可愛くさせるよりも、他の女の子を可愛くさせてぺろぺろしたいというのが正直な気持ちであり、また魔法少女となって以来、美容関係の面倒事が減ったため、元々ズボラな気質のある私としては、おそらく外見からは想像もつかないほど女子力を低下させてしまっていた。

 

 更に言えば、料理、洗濯、掃除、裁縫……古き良き大和撫子の条件など、なにそれおいしいの? 状態で壊滅してしまっている。

 それもこれも嫁であるアリスが優秀過ぎるのが悪い。

 

 医者も思わず「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ!?」と絶叫するレベルである。

 もしも女子力スカウターの様な物があれば「女子力5だと? チッ、ゴミめ」と言われる事請け合いだ。

 一度でいいから「私の女子力は53万です」とかドヤってみたい。今言っても虚しい嘘にしかならんから言わないけど。

 

 そんな益体もないことを徒然と考えていると、ようやく待ち人が現れた。

 今の私と同年代の女性であり、スーツ姿のよく似合うバリキャリウーマンだ。

 ここは類が友を呼んだと言うべきだろう、なんてね。

 

「遅れてごめんなさい、リンネ。待たせたかしら?」

「ううん、今来たとこ。……あ、なんだかこれカレカノっぽくない?」

 

 私がそう言うと、彼女は露骨に嫌そうな顔をした。

 友達デートという言葉もあるだろうに。そう嫌がってくださるな。

 私にとってはこれも立派なデートなのだと強弁しておこう。

 

「ごめんなさい。私ノーマルだから」

「それは残念。でも私、実はノンケでもほいほい食べちゃうような女なの。というわけで結婚しよ?」

「なにバカ言ってんの?」

 

 到着早々、待ち人には心底呆れた顔をされてしまった。ブリザードな視線が心地良い。

 まあこれも私達の間でのお約束という奴だ。

 

 目の前の彼女――石島美沙子(ミサコ)は、魔法の存在を知らない極々普通の一般人だ。

 

 ミサコは私のかつての同級生であり、今でもこうして連絡を取り合う程度には親しい関係を維持している数少ない存在だ。

 最初は表向きの立場を補強するための友好関係だったのだが、私自身が好んで付き合っているため今ではほぼプライベートな関係だと言える。

 

「よく考えたら私も可愛い女の子追いかけるのに忙しいから結婚はいいや。ここが同性婚ありな国だったら分からなかったでしょうけど。もちろん重婚ありありでね」

「……はぁ、ほんとに不誠実な女ね。今更あなたの趣味にとやかく言わないけど、男だったらとっくに逮捕してるわよ」

 

 確かにミサコの職業は刑事だが、これは彼女なりのジョークという奴なのだろう……だよね?

 女刑事とは大変そうだが、頑張り屋さんな彼女には是非とも出世して貰いたいものだ。

 

「ミサコとそういうプレイするのも吝かではないけど?」

 

 ミサコはぱっと見こそきつめな印象を与えるものの、間違いなく美人の部類に入る。

 是非とも婦警さんコスを着てみて欲しいが、言えば間違いなく殴られるので賢明な私は口を噤んだ。

 

「しばらく会わないうちに、まーた頭のネジが随分と緩んでるみたいね。きっちり締めてあげましょうか? 物理的に」

「久しぶりに中学以来の友達に会ったんだから、テンションが上がっちゃってね。大目に見てよ」

 

 アイアンクローを仕掛けてくるミサコの手を必死に掴んで防御する。潰れたトマトにはなりたくないのです。

 そんな風に気のおけない友人とじゃれあっていると、注文していた品がテーブルに運ばれてくる。

 そこで私達は久しぶりの再会を祝った。

 

「それじゃ改めまして、久しぶりミサコ。元気してた?」

「ぼちぼちね。こっちは相変わらずよ。女で刑事なんかやってるとストレスが溜まること溜まること。

 いっそどこかで爆弾魔でも現れてくれないかしら。捕まえて手柄にでもすれば、出世して多少はマシになるかもしれないし」

 

 中々に過激な事を言う刑事さんだ。

 どこかの世界線ではマッチポンプをやらかしそうだが、正直ミサコは根が善良なので失敗する未来しか見えない。

 

「それで良いのか公務員」

「今はプライベートな時間だから良いのよ。四六時中カチカチになってたら長持ちしないわ」

「大人になるって悲しいね。昔は正義感に溢れる真面目なクラス委員長様だったのに」

「そしてあなたは優等生の皮を被った問題児だったわね」

 

 懐かしい思い出話に笑顔を零しつつ、私達は友好を温める。

 とは言っても今までもたまに会っていたので、それほど温め直す必要もなさそうだったが。

 

「それにしても、あれからもう十五年か……」

「ふと気が付けば三十路間近、お互いに年取るわけよね」

「ぶん殴るわよ?」

 

 青筋を立てて怒るミサコに私は思わず苦笑した。

 割と気安い関係ではあるのだが、どうやら年齢ネタはNGらしい。

 

 冗談はさておき、ミサコが思い返していたのは、かつて親友だった少女の事だろう。

 私にとってもかつてのクラスメイトであり、かつて転校したばかりだった私にとても親切にしてくれた記憶がある。

 

「ごめんごめん。でもさ、ミサコも健気だよね。それだけ想われる<レミ>のことが羨ましいよ」

 

 『椎名レミ』は、中学時代のミサコの親友だ。

 彼女は中学三年生の当時、行方不明になっている。

 

 そしてミサコが刑事を目指し始めた時期も同じだ。

 彼女の口から聞いたわけじゃないけど、それにレミの存在が無関係であるはずもない。

 今なおこうして想われる友情に、私は羨望を覚えずにはいられなかった。

 

 そんな私の疎外感の様なものに気付いたのか、ミサコは呆れるように言った。

 

「なに言ってんの。あなただって私の大切な親友の一人よ?」

 

 さらりとミサコから告げられた言葉に、私はつい目を丸くしてしまう。大胆な告白は女の子の特権。

 

 ちなみに私も含めて女の子とか言える年齢じゃなくね? などとは死んでも言ってはならない。

 

「……あ、そうなの? ちなみに例えるならどのくらい大切な感じ? むしろ愛してくれてもいいのよ?」

「もしもあなたが罪を犯したのなら、改心するように説得した後にブタ箱に入れてあげるくらいにはね。

 なるべく早めに釈放されるよう便宜を図ってあげてもいいわよ。そんなコネないし、あっても使わないけど。気持ちくらいは祈ってあげるわ」

「……友情って何だろうね?」

 

 普通に逮捕するだけやん、と小声で呟く。友情はプライスレス。

 

「友達だからこそ厳しくする。これも愛の鞭なのよ」

「私は飴も欲しいわ。鞭打たれるのも嫌いじゃないけど」

「……あなたってほんと底なしの馬鹿ね。まぁ元気そうでなによりだわ」

 

 呆れた様子で新たにオーダーしたスイーツを口にすると、ミサコは目を見開いた。

 

「あら? ここのケーキすごく美味しいわね」

「でしょう? 腕の良いパティシエを拾ってね。空き店舗だったここを任せてみたら結構良い感じでさ。

 まあ経営手腕は正直微妙だったから、うちから人材派遣してマスターはキッチンに篭もりっきりなんだけどね。

 職人は自分の戦場に専念してもらった方が、誰も不幸にならないわよねぇ」

 

 彼もパティシエとしての腕は良かったのだが、致命的だったのは人が良すぎた事か。

 店と土地を騙されて奪われてしまい、自動的に職を失ってしまったところを私が偶然拾ったのだ。

 

 まあ騙されたという話の中身を聞けば、私個人としてはぶっちゃけ騙される方が悪いと言いたくなるような内容だったのだが。

 訴えれば勝てるかと言われれば、正直微妙な所。彼の話と立地から大凡の事情を推測できたものの、面倒臭い政治色が見えた時点で泥沼不可避。

 というかぶっちゃけ私んとこも一枚噛んでる事業の関連だった。端っこも端っこだけど。

 

 まぁ単純に正しい事だけが罷り通る世の中じゃないんだよね。

 利害が絡むと善悪すらも歪むし、そこに他の要素を加えていく度にどんどんカオスになっていくわけで。

 

 私に出来る事は偶然拾ったこの腕の良いパティシエを、偶然持て余していた空き店舗で働かせる事くらいだった。

 彼の事は前に取引先の狸親父からちらっと小耳に挟んだ気もするが、いやぁ偶然って怖い怖い。

 

 そんな野生のパティシエをこれ幸いとゲットしたのが一年ほど前の事。

 彼も当初こそ自分の城を失って意気消沈気味だったものの、雇われとは言え再び腕を振るう事に不満はないらしく、今ではこの店を切り盛りしてくれている。

 

 ちなみにそれが件のイケメンパティシエだったりする。やはり適材適所って大切だね。

 理想だけじゃ誰も幸せにはなれないのだから。悲しい事だけど。

 

「あなたいくつ店抱え込めば気が済むの……なんだか真面目に働くのが馬鹿らしくなるわね」

「それなら私の所に永久就職という道もあるけど?」

 

 正直お金には困っていないので、愛人の十人や二十人は余裕で養えるだろう。

 世間の風当たりにも、真っ当な倫理にも負けぬ。そういうハーレム王に、私はなりたい。

 

「文字通り人生の墓場ね。断固お断りします」

「ちぇ、そんなんだから行き遅れ……ナンデモアリマセン」

 

 まぁ、ぶっちゃけ幸せにする自信はこれっぽっちもないので、断ってくれて内心ほっとしている自分もいる。

 アリス()がいるし、私に人並みの愛というものを期待されても困るのだから。

 

 するとミサコは何か嫌な事でも思い出したのか、顔を俯かせてしまう。

 

「……私だって好きで独身やってるんじゃ……刑事なんてやってると出会いが……職業知られると身構えられるし……何か後暗いことでもあんのかってのよ!!」

「人は誰しも心に疚しいことを抱えているものなのさ。そう目くじら立てなさんな」

「くっ! その余裕がムカつくわ! 全然羨ましくないけど!」

 

 私くらいに開き直ってしまえば色々と生きるのも楽なのだろうが、そこまで人生捨てているわけでもないミサコとしては、見習うわけにはいかないらしい。

 石島美佐子29歳。色々と焦るお年頃だった。

 

 私? 私は永遠の十四歳なのでノーカンノーカン。

 正直、正確な年齢とか自分でもよーわからんのです。

 

 ……ついにボケた? とか思った奴は屋上な。

 <黒球>みたいな異界やら、時間操作系の魔法やらを利用しまくってて、世間一般とは時間の流れが違い過ぎてカウントし辛いってだけだから。

 可愛い女の子以外にBBAとか言われたら正直キレそう。だが幼女なら無条件で許す。

 

 あと完全に余談だが、ミサコは何となくダメ男に引っかかりそうなタイプに思える。

 数少ない友人である彼女には、是非とも幸せになって貰いたいものだ。

 

 私自身が幸せにできないとなると……仕方あるまい。悪い男に騙される前に誰か紹介してあげるべきか。

 先ほどのパティシエなんかはどうだろうか? 機会があれば紹介するのも吝かではないが、友人をNTRされてしまうみたいでモヤモヤする。複雑な乙女心やわぁ。

 その辺りの心の整理がつくまでは、今しばらく私の友人でいてくださいなっと。

 

 魔法少女達の犠牲の上で成り立つこの世界。

 せめて一般人である彼女くらいは、幸福であるべきだろう。

 

 奇跡も魔法も存在しない日常を生きるからこそ、当たり前の幸せを掴めるのだと、私なんかは思ってしまう。

 彼女達<魔法少女>がその身を捧げてまで守った世界の一部には、間違いなくミサコも含まれているのだから。

 

 かつての<レミ>もきっと、そう思っていたはずだ。

 魔法少女達の絶望に支えられているこの世界だからこそ、人並みの幸福という物もまた等しく天秤に乗せられるべきだ。

 

「大丈夫、ミサコなら良い人が見つかるって」

「リンネ……」

 

 私の心からの励ましに、何故か微妙な顔を浮かべるミサコ。

 そんな彼女に私はキメ顔で告げた。

 

「安心しなよ、行き遅れたら私が貰ってあげるから!」

 

 ……何故か殴られてしまった。解せぬ。

 

 

 

 <レパ・マチュカ>で一息ついた後、ミサコから内密の相談事があると聞いたので、私は久しぶりのカラオケに彼女を誘った。

 普通の悩み事ならあそこで話すのも悪くないと思うのだが、ミサコの職業を考えればあまり人気のある場所で言うのも憚られたのだろう。

 

 どこで誰が聞き耳を立てているかわからない場所よりは、こうした周りが騒がしい個室を利用した方がまだ安心できるはずだ。

 まぁ気にし過ぎかもしれないが、ストレスの溜まっていそうな彼女にスイーツで糖分を、さらには大声で熱唱させることでストレス発散、あんどカロリー燃焼を狙った心憎い思惑もある。言ったらまたぶん殴られそうだから言わないけどね。

 

 ぶっちゃけ私ならにゃんにゃんさえすればストレスなど吹っ飛ぶのだが、数少ないまともな友人相手にそれを強要するつもりはない。

 中学時代にひょんなことから私の嗜好を知っても、敬遠するでもなく変わらぬ友人付き合いをしてくれているミサコの事を、私は結構気に入っていた。

 まぁ私への扱いがかなり雑になった感はあるが。こういう気安い関係というのも中々貴重なので、個人的には大切にしたいと思っている。

 

 個室に入ってまずは一通り二人で懐かしの名曲を熱唱した後、小休止がてらにミサコが話を切り出した。

 

「ねぇ、リンネ。最近この辺りで起きている事件の事は知ってるわよね?」

「うん? まあねぇ。『連続少女殺人事件』なら新聞の一面にも出てるしね」

 

 昨今、中高生女子が惨殺される事件が多発している。

 通称<切り裂きさん>事件。ゴシップ誌では根も葉もない噂が錯綜しており、ほとんど進捗のない現状に警察も手を焼いているらしい。

 

「犯人が各地を転々としてて未だに捕まってないってね。その不安なのか八つ当たりなのか、メディアだとやれ警察の怠慢だ無能だ、ついでに汚職だ何だと叩きまくってるよね。まぁいつもの事と言えばそうだけどさ。批判される側にいるミサコも大変じゃない?」

 

 ネットでは警察は最早無能を通り越して黒幕なのではというトンデモな陰謀論まで飛び交う始末。

 それだけ事件が長期に渡って解決できていない上に、犯人の尻尾を掴めていないという事だが。

 

「……手口が尋常じゃないのよ。鋭利な、何か大きな刃物で首をすっぱり。ナイフや包丁じゃない、日本刀でも持ってきたのかってレベル。それも切り傷が綺麗過ぎて常人の犯行じゃないわね。現代の人斬りか今世紀最大の殺人鬼か。

 犠牲者も分かっているだけでもう四十七人。私達も血眼になって探してるのに、まるで魔法のように姿が掴めない」

 

 魔法ねぇ……流石はミサコと言うべきか。

 勘の良い女は嫌いじゃないよ。

 神妙に頷く私の前で、ミサコは話を続ける。

 

「この街でも、ここ数カ月ほどで少なくとも二十人以上の少女達が行方不明になってるわ。みんな素行に問題なく、家出する理由も特にない子達ばかり。

 最近になって首なしで発見された少女もいるし、実際はどれほど犠牲者が出てるのか……」

 

 悲痛な顔でミサコが額に手をやる。彼女としては実に頭の痛い問題なのだろう。

 発見されていないだけで、世間を騒がせている事件を考えれば、無事である保証はほぼ皆無だ。

 

 実際、その行方不明者達というのが魔法少女だったならば、原因はどうあれ生存は絶望的だろう。

 

 このあすなろ市は現在、蟲毒の坩堝と化している。

 魔法少女狩り達の手によって、単独でいる魔法少女達はほとんど狩り尽くされてしまっていた。

 

 チームを組んでいる者達もその多くが壊滅しており、現在残っている魔法少女チームはたったの二つ。

 『プレイアデス聖団』と『エリニュエス』のみ。

 

 彼女達は自らの理想の為に、他の魔法少女達を害してきたのだ。

 弱肉強食こそが戦いの法とはいえ、犠牲となった少女達の事を想い、ミサコは悲しんでいるのだろう。

 

「ねぇ、リンネは<魔法>って存在すると思う?」

 

 冗談と言うには、ミサコの目は真剣だった。

 

 魔法……魔法ねぇ。

 それをこの私に聞くのかい? ミサコ。

 

 彼女の言葉に少なからず驚いた私は、思案するフリをする。

 

「……唐突だね。『そんなオカルトありえません』なんて、つまらないことは言わないけど――」

 

 一息置いて、私は正直に答える事にした。

 

「存在するよ。魔法も、奇跡も、存在するから私達はこうして生きている。

 だって私達がこうして出会って、友達になって、カラオケで歌ってるのだって、理屈じゃ説明できない一つの奇跡で魔法なんだから」

 

 インキュベーターは語る。

 『僕達の干渉がなければ人類は未だ洞穴の中、裸で過ごしていただろう』と。

 

 だが私は、そうは思わない。

 感情を理解できない連中のシミュレーション通りに人類が停滞し続けているなど、臍で茶を沸かすレベルでありえない。

 

 確かに奴らは奇跡を叶え、魔法という力を与えた。

 だがその源である<感情>は、私達人類由来の物なのだ。

 

 人の意思こそが魔法を生み、奇跡を起こしてきた。

 奴らは切っ掛けの一つを与えただけで、遅かれ早かれ人類はその文明を進化させただろう。

 

 人間だからこそ、奇跡も魔法も起こせるのだと私は知っている。 

 それに寄生している害獣の分際で、人間を測るんじゃないという話だ。

 

「そうね、あなたならそう言ってくれると思ってたわ」

 

 私の言葉にミサコは微笑んだ。

 普通の人間なら鼻で笑うか、曖昧に答えるだろう先程の問い掛け。

 恐らくだがミサコが私なんかを親友と呼んでくれるのも、こうした部分があるからなのだろう。

 

 私は魔法という存在を身近に知っている。

 故に確信をもってその存在を肯定できる。

 

 対してミサコは一般人であるため世間の常識に晒され続け、確信を持てないが故に私の言葉を支えとしている節がある。

 ある種の依存ではあるが、それを弱さだと言ってしまうほど私は愚かではない。

 

「レミの妹の事……覚えてる?」

「ああ、ちっちゃかったよね。当時まだ三歳くらいだっけ? 今だと……高校生くらいになってるのかな?」

 

 当時の友人の妹。一度だけ会った事があるが、とても小さくて可愛かった覚えがある。

 姉であるレミによく懐いており、抱っこされて上機嫌な様子は大変微笑ましかった。

 残念ながら人見知りする子だったらしく、私が抱っこするとギャン泣きされてしまうという悲しいオチも付くが。

 

『本能で危険人物を察したのね。将来有望だわ』

 

 とは、当時まだセーラー服を着て若々しかったミサコの言葉である。昔から大変失礼な友人だった。

 

「彼女が当時言ってたのよ。『レミは魔法少女になって悪い魔女と戦っていた』って……あなた以外の誰も信じてくれなかったし、今の上司には鼻で笑われたけど。

 でも現代の科学じゃ説明のつかない遺留品だって見つかってる。奇跡や魔法でもないと筋の通らない事件があまりに多すぎる。

 こんなんじゃ世間の言う通り無能呼ばわりされても仕方ないって思っちゃうわ」

 

 常識に囚われず、真実を捜すミサコは十分以上に優秀なのだろう。

 

 だが世間は常識こそを重視する。

 誰もが納得できる解だけを求めている。

 

 だからこそミサコの努力は、徒労に終わるだろう。

 理解不能な真実を、ありのままに受け止める事など誰にもできはしないのだから。

 

 人が納得するには理屈が必要だ。

 自らの理解を超越した現象に対して、人はどこまでも愚鈍になれる。

 

 かつて未知なる現象の全てが、神の御心によるものとされた時代。

 真実を唱える者は異端とされ、人は己の生みだした偶像に縋り暗黒の時代を築いた。

 

 現代でもそれは大して変わらない。

 科学という信仰が幅を利かす世の中で、魔法はありえない空想であると定められている。

 

「それでもミサコは、諦めるつもりはないんでしょ?」

「……当たり前でしょ。私がやらないで誰がやるってのよ」

 

 それでこそ我が友だと、私は頷く。

 想いのベクトルこそ喜劇的なまでにすれ違っているが、私達は同志なのだ。

 

 ミサコはかつての親友を捜す為、そして今なお姿を消し続けている少女達の救済を求めている。

 そして私は、相も変わらず見果てぬ夢を追い求めていた。

 

 私達は求道者なのだ。

 彼女が歩むのを止めない限り、私は彼女の友で居続けるだろう。

 たとえ彼女が真実に気付き、私と敵対する未来が訪れようとも。

 

「私に手伝えることがあったら、何でも言ってね」

 

 なんたって私はミサコの大切な親友なんだし。

 私がそう言うと、ミサコは懐かしそうに目を細める。 

 

「あなたは変わらないわね」

「私は変わらないよ。良くも悪くも、それが私なんだから」

「そうね、昔からとびっきり変な奴だったけど、何だかんだで頼りにしてるわ、今も昔も。……ありがとね」

「おお、ミサコがデレた」

「ばか」

 

 照れ隠しに叩かれてしまった。

 ツンデレ乙、などと茶化さないと私の方が照れてしまう。

 

 

 

 人は移ろいやすい。

 燃えるような激情もいつしか醒めて風化し、涙を流すほどの感動もやがては陳腐と化してしまう。

 永劫にして不変などありえない。

 

 それでも私は<私>で在り続ける。

 【銀の魔女】は変わらない。決して錆び付かない。壊れない。

 穢れを、毒を、呑み込んでなお不変の在り方。

 

 私は魔法少女だから。

 その幻想を、永遠の物と定めたのだから。

 

 無数の屍を積み上げ、頂へと手が届くその瞬間。

 全てを終えるその約束の時まで、私は【銀の魔女】で在り続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 昔馴染みの友人とのお喋りは懐かしくも楽しく、気が付けばあっという間に時間が過ぎ去ってしまっていた。

 後日またミサコとデート(笑)する約束を取り付けたリンネは、地下世界にある屋敷へと帰宅する。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

 玄関先では、一人のメイド服の女性がリンネの帰りを出迎えた。

 その外見にはまだ幼さが残っており、中学生だった当時の姿のままだ。

 そんな彼女の姿を見て、リンネは今思い出したとばかりに話しかける。

 

「――ああ、そういえば。ミサコはまだ君のことを探しているみたいだよ?」

「はあ、そうですか……」

「あら興味なし?」

「今の私はご主人様の忠実なる下僕に過ぎませんから。特には何も。

 強いて言うなら、昔の私の事など忘れてもらった方が建設的なのでは? と思わなくもありませんが」

「それ聞いたらミサコ、泣いちゃうかもね?」

「左様ですか」

 

 メイドは興味薄く頷いた。

 まさに他人事といった有り様だった。

 

 真実、彼女にとってはそうなのだろう。

 入れ物が同じでも、その中身は全く違うのだから。

 

 当時魔法少女だったレミを魔女化させ、抜け殻となった死体を人形へと仕立て上げた。

 そのなれ果てが目の前の彼女であり、そこにかつてのレミの想いは宿っていない。

 

「……あなたに捕まってあげるのも悪くないけど、あなたは世界の真実を知らない。

 舞台に立てない役者が物語を終わらせることはできない。脚本家か監督にでも転向しない限りはね」

 

 この場にいない役者にそう告げて、リンネは薄く笑った。

 今も昔も、相変わらず蚊帳の外な彼女に苦笑する。

 

 リンネはお土産をレミに渡した。

 ミサコとの待ち合わせに使ったカフェから持ってきた物だ。

 

「これ立花の店からのお土産。みんなに配っておいて」

「畏まりました」

 

 リンネは大人に偽装していた魔法を解く。

 そうして十四歳の外見へと戻ったリンネは、新たな舞台へ移動していく。

 

 無数の人形と黄金の少女を従えて、銀の魔女は世界に絶望を齎しに行く。

 終幕を迎えるその時まで、悲劇の連鎖を紡ぎ続けるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 モデムが逝ってしまった……円環の理に導かれて。
 でもPCネット繋がってない方が執筆進む謎。(今話はスマホで投稿)


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第三十五話 ワンダーランド

 いつも感想ありがとうございます。相変わらずの亀更新ですが、励みになっております<(_ _)>


 

 

 

 湖畔の岸辺にある大樹の陰に、一人の少女が眠っていた。

 見れば木の根の上にお気に入りのポシェットを置いて枕代わりにしている。

 

 少女は青いワンピースを着ており、その手元には頁の開かれた一冊の絵本が置かれていた。

 どうやら読み掛けで眠ってしまったらしい。

 

 眠気を誘うような暖かい陽射しに包まれて、少女の頬を撫でるように穏やかな風が通り過ぎていく。

 長く艶やかな黒髪が広がり、大きな青いリボンが花の様に揺れている。

 

 そんな幻想的にも思える一時の平穏はいつまでも続かず、他者の存在によってあっさりと破られてしまう。

 遠くからどたどたと大きな足音が近付いてくる。

 

「急がなきゃ! 裁判に遅れちゃう!」

 

 その声に少女<かずみ>は、寝ぼけ眼を擦りながら体を起こした。

 小さく欠伸をしながら、眠りの邪魔をした無粋な闖入者に視線を送る。

 

 その正体は、頭に大きな兎耳を付けた少女だった。

 白い修道服にウィンプルを被っており、目元には眼鏡を掛けていた。

 その手には懐中時計を握り締めており、しきりに時間を気にしている様子だった。

 

「……え、海香?」

 

 かずみにとって、それは非常に見覚えのある人物『御崎海香』としか思えなかった。

 何故か兎耳を付けてはいるが。

 

 かずみが呆然と呟くものの、兎耳海香はかずみの事など視界に入っていないのか、完全に無視して目の前をドタバタと通り過ぎていく。

 呆気に取られるままその後ろ姿を眺めていると、腰の辺りに丸くてふわふわした尻尾がちょこんと付いているのが見えた。

 

「えっと……これって夢なのかな?」

 

 変な夢はよく見るが、夢だと自覚しているこれは明晰夢という奴なのだろうか。

 試しに頬を抓ってみると、普通に痛かった。

 

 かずみは明晰夢とやらを見るのは多分これが初めてだと思うので、これが本当に夢なのかすらいまいちわからない。

 なまじ魔法少女として不可思議な現象に慣れてしまっている所為で、ここが夢か現なのか判断し辛かった。

 

 夢の世界は泡のよう。気付いてしまえばいとも容易く弾けて消えるものだと言うのに。

 あるいは判断できないという事そのものが、ここが夢の中である証なのかもしれないが。

 

「とりあえず、追いかけてみよう!」

 

 現実での海香に対して、かずみは複雑な想いを抱いている。

 プレイアデス聖団の事、かずみの出生の事。

 

 実際に尋ねてみても、あの時の海香は沈黙するだけで何一つ答えてはくれなかった。

 だけどここでなら、何か答えを返してくれるんじゃないかと期待してしまった。

 

 所詮ここが夢の中なら、全くの無意味な事だろう。

 それでもなんて答えてくれるのか、少しばかり興味があった。

 

 それにここが「かずみの夢の中」なら、きっと<あの子>もいるはずだから。

 

 どうせ見るなら、幸せな気持ちになれるような夢がいい。

 かずみは期待に胸を弾ませながら、兎耳海香の後を追って兎穴へと飛び込んで行った。

 

 

 

 そうして勢いよく兎穴の中へ飛び込んだは良いものの、穴の中は底抜けで何もなかった。

 どこまでも落ちていく浮遊感。

 

 このまま地球の反対側まで抜けてしまうのではないかというほど落ちて落ちて落ち抜いた後、かずみは一株の巨大な茸の上に着地した。

 傘は山のように広がっており、かずみが着地と同時に沈み込むと、まるでトランポリンの様に上下に跳ねて落ち着かない。

 

 空中で体勢をどうにか立て直し、着地の瞬間に物は試しと蹴ってみる。

 すると少しずつ別の方向へ移動することができた。

 

 行き先は一番高く上った所で確認してみたが、どうやらここは森の中の様だ。

 土地勘がまったくないかずみは、どこへ目指して進めばいいのかさっぱりわからない。

 

 だがしばらく周囲を捜していると、白い影を見つけた。

 兎耳海香だ。

 

「なんてこと! このままじゃ裁判に間に合わない!?

 原稿の締め切りだって間に合わせたのに!」

 

 彼我の距離を考えれば絶対聞こえないだろう遠距離だったが、何故かかずみの耳にはよく聞こえていた。

 そういえば海香は小説家だったよね、と浮遊感にちょっと酔ってきたかずみはなんとなく思い出した。

 

 やがて巨大茸の切れ端に到着した頃には、もうそれほど跳ねなくなっていたので普通に歩いて地面に降りる事ができた。

 

「うひぃ……な、なんとか地面に付いたけど……まだ頭がぐわんぐわんしてる」

 

 船酔いに似た症状を感じるものの、幸いそれほど悪化せずしばらくすれば落ち着いた。

 

 上空で確認した兎耳海香の後を追ってみようと足を進めれば、森の中には一本の道が出来ていた。

 舗装されていない、剥き出しの土が続いている様な道だ。

 

 この道を歩いていけば森の中で遭難する事もないだろうと、行き先も知らずにかずみは道なりに進んでいく。

 途中で体が大きくなったり小さくなったりする果物や、お菓子の成る木などを発見してつまみ食いをしてしまったが、これもサバイバルの一環だと日持ちのしそうな物だけをお気に入りのポシェットに大事に保管しておいた。

 

 やがて、かずみは数メートル先の大枝の上に誰かいるのを発見した。

 それは金髪のツインテールをしている猫耳の少女だった。

 だらけた風に木の枝で横になっている姿は、どちらかと言えばナマケモノの様にも見える。

 

 両足には縞々模様の二―ソックスを履いており、ぶらぶらと機嫌良さそうに交互に上げ下げを繰り返している。

 それを指揮するようにくるりとした猫の尻尾が足の動きに合わせて左右に揺れていた。

 

「あいり!?」

 

 兎耳海香に続いて、その猫耳少女もまた見覚えのある人物だった。

 かつてプレイアデス聖団に復讐しようとしていた少女<杏里あいり>。

 そのあいり本来の姿ではなく、猫耳化している所以外はかずみの記憶にある<魔法少女ユウリ>の時のままの姿だった。

 

「んにゃー、このチェシャ―ネコ様を誰かと間違えるとは良い度胸だにゃ」

「え……あ、ごめんなさい。チェシャ―ネコ様……?」

 

 予想外の人物の登場に驚いてしまったが、彼女はこの世界では別の名前を持っているらしい。

 ニカーッと笑っているので、どうやら怒ってはいなさそうだ。

 

 それでも礼を欠いて良い理由にはならないので素直に謝ったかずみに、チェシャ―ネコは鷹揚に頷くと親しげな声を掛けた。

 現実の彼女とは違って、随分と人懐っこい性格の様だ。

 

「そんなに慌てて、どこへ行く気だにゃ?」

「えと、まだどこへ行けばいいのかわからなくて……」

「歩いていればいつかは着くにゃ。ファイトだにゃ」

 

 かなり雑な感じの応援に、かずみはつい微妙な顔を浮かべてしまう。

 現実での彼女とのイメージのギャップが凄まじく、かずみの頭が上手く処理してくれなかった。

 

「あの、チェシャ―ネコ様。あなた様なら、あすみちゃんがどこにいるか知ってますか?

 もしくは海香――じゃなくて、兎さんでもいいんですけど」

「兎ならあっちにゃ」

 

 と、チェシャ―ネコは尻尾で右の道を指しながら言う。

 

「三月ウサギ。正気じゃにゃあからお勧めはしにゃい」

「あ、そうなんですか。ありがとうございます!」

「にゃーにゃー、気にしにゃ」

 

 そう言って瞼を閉じて、ごく当たり前のようにお昼寝体勢へと入るチェシャ―ネコ。

 だがまだ質問の半分しか答えてくれていないので、仕方なくかずみから再度催促する。

 もしかすると、わからない質問はスルーされてしまうのかもしれない。

 

「あの、それであすみちゃんは……? えっとですね、多分フリフリの可愛い服を着てて、銀髪の可愛い女の子なんですけど……」

「にゃー? その『あすみちゃん』とやらが帽子屋の事にゃら、左にゃ。そっちも正気じゃにゃあからお勧めはしにゃい」

 

 再び尻尾を器用に曲げて左を指し示すチェシャ―ネコ。

 かずみは先ほどから言われている「正気じゃない」という不吉な言葉が気になって仕方なかった。

 

「正気じゃないって言うのは――」

「一つ良い事を教えてあげるにゃ。猫も杓子も知ってる言葉。

 『好奇心は猫を殺す』――にゃあ怖い怖い!

 ……もしかして、きみはこの偉大なチェシャ―ネコ様を殺そうと言うのかにゃ?」

 

 じっと猫の目がかずみを見据える。

 その口元は相変わらずニカーッと笑っている様だが、鋭い牙が覗いていた。

 

「……出過ぎた質問でした。ありがとうございます。左の道へ行ってみようと思います」

「にゃあにゃあ、きみは良い子のようだにゃ。猫の首に鈴を付けたいなら、この猫の手を貸すのも吝かじゃないにゃ。こうみえても猫被りは得意にゃし猟ある猫は爪を隠すチェシャ―ネコ様であるからにゃ」

 

 猫ですもんね、とかずみは猫的な言い回しをなんとなくで理解した。

 詳しい事はさっぱりだがニュアンス的に悪い事は言ってないと思う。

 

 そして歩き始めたかずみだったが、最後にとても重要な事を忘れていたので、慌ててチェシャ―ネコの元へと戻った。

 

「んにゃ、まだ何か用かにゃー?」

 

 欠伸をするチェシャ―ネコに向かって、かずみはおずおずと尋ねる。

 

「……あの、チェシャ―ネコ様。少しだけ撫でさせてもらってもいいですか?」

「ふぅ……しょうがないにゃあ」

 

 ――ちょっとだけにゃよ?

 

 

 

 そうして思う存分チェシャ―ネコをもふもふしてから、かずみは意気揚々と左の道へと進んで行く。

 

「ちょっとにゃけって言っにゃのにぃ……にゃふん」

 

 後には、猫にマタタビといった風に腰砕けとなったチェシャ―ネコだけが残されていた。

 

 

 

 

 

 

『たのしい夢は終わらない。

 かがやく金色の世界はまだそこに。

 いつだって人生は夢の一幕』

 

 滔々と紡がれるのは不思議の国の御伽噺。

 薄暗い室内。簡素な丁度品だけが置かれた生活臭を感じさせない一室に、頁を捲る音だけがやけに大きく響き渡る。

 

「――<万色の書(アルカンシェル)>断章『ワンダーランド』」

 

 鎖の付いた書物を手に『榛名桜花』は呪文を詠唱する。

 彼女の持つ本はそれ自体が武器であり呪具でもある魔導書だ。

 薄暗い室内で、彼女の手にする『万色の書(アルカンシェル)』が青白い光を発している。

 

 その光に照らし出されているのは、一人の少女――<かずみ>だった。

 彼女はベッドの上に拘束されており、幾重にも巻かれた鎖は茨の様に眠り姫である少女を捕らえている。

 

 ここはエリニュエスの拠点。悪鬼の巣窟。

 

 あすなろ市内にあるそれなりの規模の一軒家であり、外見からは何ら特別な要素を見出すことはできないだろう普通の民家の中だ。

 銀の暗殺者『天乃鈴音』によって連れ去られたかずみは、現在エリニュエスの虜囚として、この仮初の拠点に意識なきまま囚われていた。

 

 気絶したかずみはスズネ達の手によって治療が施されるのと同時に、一度も目覚めることなくオウカの魔法によって更なる深い睡眠状態へと陥っている。

 それは最早呪いであり、自力で目覚める事は叶わぬほどの深度だ。

 

 オウカの得意とするこの封印魔法は本来、発動までに時間が掛かり過ぎるという欠点がある。

 その他にも複雑な条件をクリアしなければならないため戦闘には全く適していない魔法だったが、こうして捕虜に対して行使する分には何一つ問題にならなかった。

 

 かずみを確保してから既に三日の時が経過している。

 そろそろオウカの魔法も完全に掛かり切る頃合いだ。

 

 傍で見守っていたスズネが、術者であるオウカにその成果を尋ねた。

 

「……首尾はどう?」

「ばっちりや。『プレイアデス聖団の本拠地』と『構成員全員の能力』、その他諸々の情報の抜き出しは無事完了っと。これでいつでも行けるで」

 

 夢を見ている時、その者の精神は最も無防備な状態となる。

 意識がある状態ならば簡単に抵抗できるような魔法ですらもすんなりと掛かり、かずみの持つ知識は本人の意思とは無関係に全て<エリニュエス>へと明け渡されていた。

 

 その知識の一部には、今際の果てに神那ニコから託された『アンジェリカ・ベアーズ』での記憶も含まれており、本拠地の在り処と各メンバーの能力、その詳細までもが残されていた。

 

 抜き出された情報は全て、オウカの持つ魔導書(グリモワール)万色の書(アルカンシェル)』に余すことなく記載されている。

 魔法により転写された情報を流し見て、スズネはどこか呆れるように呟いた。

 

「……正直、あまり期待はしてなかったのだけど。思いのほか情報を持ってたわね」

 

 聖団から命を狙われていたくらいなのだから、てっきり爪弾きにでもされているのかと思っていた。

 だがオウカが抜き出した情報によれば、【銀の魔女】の件とは関係なしに聖団にとって<かずみ>は重要な存在らしい。

 先に双樹姉妹が集めた情報と合わせて、スズネ達はプレイアデス聖団の内情をほぼ完璧に知る事となった。

 

 聖団の創設者<和沙ミチル>を蘇らすために作られた少女<かずみ>。

 

 プレイアデス聖団。聖者の集団。

 その正体は聖なる者を復活させるために、その手を禁忌に染めた者達。

 

 かつてあったであろう聖なる祈りは、今では屍に埋もれ人外の腐臭を放っている。

 無垢な命を弄ぶ彼女達は、エリニュエスが断罪するに十分な邪悪であると言えた。

 

「一応確認するけど、かずみちゃんの処遇はこのまま封印するって事でええんよね?」

 

 オウカが確認するように尋ねる。

 エリニュエスのメンバー内には、かずみを仲間に誘おうという意見もあった。

 

 あやせは妙にかずみの事を気に入ってるし、クスハも興味がある様子だった。

 スズネもまた、かずみの事は嫌いじゃなかった。

 

 メンバー内で反対する者がいない以上、かずみさえ望めば仲間に引き入れただろう。

 たとえそれが、魔法少女に許された僅かな時の間だけの事だとしても。

 

 

『ねぇ、スズネちゃんって――――あすみちゃんの敵なの?』

 

 

 スズネは目の前で眠り続けている少女の言葉を思い出す。

 彼女の決意。彼女の想い。

 あの冷たい雨の中告げられた、彼女の祈りの言葉を。

 

『わたしは絶対にあすみちゃんを裏切らない。

 どんな時も彼女の味方でいたい。

 だから……スズネちゃんの手は取れないよ』

 

 それは他の何を犠牲にしても、大切な者を守ると決めた者の目だった。

 その強い眼差しにスズネはほんの一瞬、敬意と憧れの様な物を抱いた。

 

 かつて自身の家族とも呼べる大切な者を手に掛けたスズネにとって、かずみの祈りは尊く、眩しく映った。

 

 だからこれは必然の結末。

 暗殺者である天乃鈴音と、守護者であるかずみは決して相容れない。

 

 悲劇の連鎖を断ち切る為、全ての魔法少女を根絶させる。

 それを見抜かれてしまった以上、たとえ一時ですら同じ道を歩むことは最早叶わない。

 

「……彼女はきっと、私達とは別の道を行くわ」

 

 敬意を払おう。尊敬もしよう。

 だからこそ、容赦をする必要もない。

 

 【銀の魔女】やその眷属共の様な極端な例外を除き、全ての魔法少女が邪悪な存在などではなく、ほとんどが単なる善良な少女である事など初めから理解している。

 

 だがそれでも<魔法少女>であるという一点がある限り、スズネ達にとって殺す理由は十分にあるのだ。

 

 <Erinyes>は正義を掲げない。

 正義で世界は救えないと知っているから。

  

 魔法によって汚染された世界を浄化する。

 

 ただその為の歯車であればいい。

 ただの人でなし、ただ一匹の悪鬼であればいい。

 

「あーあ、思う存分かずみちゃんと遊べると思ったのになー」

 

 あやせが不満気に唇を尖らせる。

 エリニュエスの中で一番かずみの事を気に入っているのは、もしかすると彼女かもしれない。

 

 だがかずみの仲間の一人を殺し、死闘を演じた以上その想いは最後まで一方通行で終わるだろう。

 

「おいおい、聞いた話じゃオメェの第一印象最悪だろうが。

 スズの誘いも土壇場で断ったみたいだし、この手の頑固者を無理に抱えても無駄だろうよ。それとも洗脳でもして、連中にぶつけてみるか?」

「さっすがクズ姉! ゲスい事考えるね! それも面白そうだけど、勿体なさすぎ。まったく、かずみちゃんを何だと思ってるの?」

「……いや、オメェこそコイツを何だと思ってんだよ。マジで」

 

 身内には意外と面倒見の良いクスハが嘆息する。

 お前ってばヤンデレストーカーの素質があるわ、と妹分の言動に呆れていた。

 

 やれやれを肩を竦めるついでに、クスハはゴキリを首を鳴らす。

 変身を解除している今の状態のクスハは、露わになった爬虫類染みた黄金の瞳でスズネを見やった。

 

「なあ、もういいだろ? 散々勿体付けたんだ。いっちょ派手にぶちかまそうぜ?」

 

 我慢の限界とばかりに<怪物(クリーチャー)>碧月樟刃が口角を吊り上げる。

 ここ数日、魔女や使い魔相手に大暴れしておきながら、まだ暴れたりないとその獰猛な笑みが語っている。

 

「あはっ、だったら素敵なドレスを着ていこうよ!

 <プレイアデス聖団>なんて名前なんだから、きっと綺麗に散ってくれるよ! 夜空を流れる星の様に!」

「散り際こそ美しく。それすら叶わぬならば、せめてその血で鮮やかに咲いてもらいましょう」

 

 <二重魂魄(ツインソウル)>双樹あやせとその半身ルカが、血塗られた舞踏会への出席を心待ちにしている。

 

「魔法少女を止められるんは、魔法少女だけやから。これまで通りうちらの命、スズネちゃんに預けるで」

 

 魔導書を胸に抱き、榛名桜花が気楽な様子で微笑む。

 

 

『――その時が来たら、あなたは必ず私が殺すから』

 

 

 かつて交わした約束は、変わらずスズネの胸の裡にある。

 

 スズネにとってオウカは、これまでチームを支えてくれた腹心とも呼べる存在だ。

 それでも別れの時は必ず来るのだと、スズネはとうの昔に覚悟を決めていた。

 

 そして最後にスズネが部屋の隅に視線を送ると、そこには執事服を着た一人の少女が控えている。

 

「……私はスズネ様の命に従います」

 

 彼女こそエリニュエス最後のメンバー、<ノゾミ>だ。

 緑色の髪を後ろで一纏めにしており、執事服を颯爽と着こなす姿は男装の麗人を思わせる。

 

 彼女はチーム内においてクスハに続く年長者でこそあるものの、仕える者として己を定めているせいか、この場にいる誰よりも自らを下に置いた態度を取っていた。

 

「……あなたは留守をお願い」

「畏まりました」

 

 彼女は戦いに向いておらず、主にサポートを専門にしている。

 この拠点を用意したのも彼女の功績だ。資金面での援助もあり、彼女は執事でありながらエリニュエスにとってスポンサーの様な立場でもあった。

 

 斯くして総員五名――半身であるルカも含めれば六名のチーム。

 本来なら生まれも育ちも異なる彼女達は、互いに出会う事すらなかっただろう。

 

 けれども何の因果か【銀の魔女】によって運命を狂わされ、今この場に<エリニュエス>として結集している。

 その首魁、天乃鈴音が号令を下す。

 

「今夜、仕掛けるわ」

 

 聖団の情報は十分に集まり、こちらの戦意は十分。

 

 地獄の獄卒は鬼がやるものだ。

 閻魔を気取るつもりはないが、地上の亡者を討つのは我ら悪鬼の使命だ。

 

 神なき世に蔓延る邪悪を駆逐する為に。

 復讐の女神(Erinyes)となりて裁きを下す。

 

 怨敵たる【銀の魔女】を舞台裏から引き摺り出す為に、まずは目の前の問題を一つずつ片付ける。

 

 

「――プレイアデス聖団を殲滅する」

 

 

 聖なる者を騙るのであれば、せめて魔女へと堕ちる前に。

 いと高き場所へ、その御魂を捧げましょう。

 

 神が悪を滅ぼさないと言うのであれば。

 <Erinyes(エリニュエス)>が、その全てを滅ぼそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇以下マギレコ雑感

 ついにかずみ登場&無事ゲットできた記念。凸とかは無理( ノД`)
 Live2dでのかずみが可愛すぎた。お気に入り不可避。
 声がイメージよりもロリっぽかったけど、それもまた良し。
 変身シーンの時、帽子の模様が【『ⅩⅢ』ⅩⅩⅩ】ってなってたのは面白いなぁって思った。
 ……うん、この時点で特に設定変わってないのねんと察し。

 ストーリーの方は深いとこまでクロスせずにキャラ同士交流させた感じ。
 うん、まぁ、あんまり掘り下げると地雷踏むかんね、かずみん。
 まだマギレコ死人出てないし、魔法少女の真実発覚してないし、その縛りがある以上かずみんの秘密がばれたら大惨事不可避(;・∀・)シカタナイネ


 本作の方でもそろそろクライマックスへ向けて舵取り。
 何気にエピローグだけは仕上がってたり。
 まぁそこまでが遠いんですが(汗)


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第三十六話 聖者失墜① レギオン

 あけましておめでとうございます!
 今年も亀更新にお付き合い頂ければ幸いですm(__)m


 

 

 

 かずみは夢の世界でチェシャ―ネコに指示された道を進んでいた。

 彼女が言うには、この先に「帽子屋」と呼ばれる存在が居るらしい。

 

 それが本当にかずみの探し人である可能性は、正直低いだろうと思っている。

 たとえこの世界の住人として登場しても、所詮それはただの幻影でしかないのだから。

 

 それでもかずみは大切な少女――「神名あすみ」に一目会いたい気持ちを抑え切れなかった。

 たとえここが夢の中だとしても、姿を消してしまった大好きな友達に会えるのであれば、それはきっと幸せな事だと思えるから。

 

 いつか目覚める夢の中で、そんな小さな幸せをかずみは願った。

 

 

 やがて森が開けると、かずみは大きな広場に辿り着く。

 辺りには大小様々なログハウスが立ち並び、森の動物達が何故か二足歩行で生活している様子が窺えた。

 

 全体的にどこかキャンプ場の様な和気藹々とした雰囲気があり、木目調の大きなテーブルの周りには切り株で出来た椅子が幾つも並んでいる。

 

 森の住人らしき動物達がかずみに気付くと、銘々の鳴き声で歓迎してくれた。

 その中で唯一、人らしい姿をした少女が現れると恭しくお辞儀する。

 

「ちゃお、小さなお嬢さん」

「……ニコ?」

「二個? いいや、私は帽子屋。頭は一つだ」

 

 どこかズレた事を言う少女は、現実では死んだはずの<神那ニコ>の姿をしていた。

 この夢の世界では『帽子屋』として登場しているらしい。

 

 残念ながら<神名あすみ>ではない『カンナ』違いの様だが、夢とはいえニコにもう一度会えて嬉しくないはずがない。

 死んでしまった彼女が遺してくれた言葉があるからこそ、かずみは真実を知る事が出来た。

 

 それはとても辛い事だったけれど。

 彼女の言葉と想いがあったからこそ、本当に大切な事に気付けたのだから。

 

「今はお茶の時間なんだ。よければきみもどうだい?」

 

 帽子屋の他にもウサギやネズミなど森の小動物達がお茶会に参加していた。

 帽子屋の誘いに、かずみは丁度お腹が空いていた事もあって二つ返事で頷く。

 

「それじゃあごちそうになります。帽子屋さん」

「なに、いい加減この面子にも飽きて来た所だ。お客さんは大歓迎だ」

 

 かずみが空いている席へ座ると、帽子屋の言葉を証明するかのように小動物達が好き好きに世話を焼き始める。

 「喉は渇いてないかい?」とウサギが尋ねれば「ならばビスケットをどうぞ」とネズミが答えを聞く前に配膳する。

 

 なぜ喉が渇いているとビスケットが出てくるのか、かずみは不思議に思う。

 余計に喉が渇きそうなものだが、生憎とかずみの喉はこれまでの道中で果物や湧き水を適度に補給していたので、それほど渇いてはいなかった。

 

 なので出されたビスケットを貰うと、かずみはサクサク食べきってしまう。

 味は非常に素朴で、美味しいと唸る様な物ではなかったが不思議と落ち着ける味だった。

 「ワインもあるよ」とヤマネが眠そうに勧めるが、カップの中は甘い香りのするミルクだったので喜んで受け取った。

 

「実は私、人を探してるんです。あすみちゃんって女の子の事、知りませんか?」

 

 一息つくと、かずみはダメ元で帽子屋に尋ねる。

 何となくだったが、かずみは帽子屋に対して現実のニコと同じ様に物知りな印象を抱いていた。

 

「それか、この夢から覚める方法なんかも知っていれば……」

 

 などと、ついでとばかりに少々メタ的な質問もしてみる。

 この時点でかずみは、ここがただの夢であるとしか思っていなかった。

 この世界にあすみがいないのであれば、いつまでも眠り続けているわけにもいかない。

 

 神名あすみを見つけ出し、彼女を守る。

 夢の中でもその意思だけは薄れる事無くかずみの胸にあった。

 

 そんな少女に向かって、帽子屋はやれやれを肩を竦めて見せた。

 それは物分かりの悪い生徒に対する様な態度であり、どこか呆れた表情を浮かべている。

 

「いいかい、小さなお嬢さん(リトルレディ)。きみが何をもってここを夢だと断じているのかは知らないけど、今この瞬間きみが認識しているこの世界こそが、唯一無二の現実と言う奴なんだよ。

 だから頬を抓られれば痛いし、お腹だって空く。お勧めはしないけど死んだらそれでお終い、ゲームオーバーだ。

 まぁ死後の世界とやらがあればそちらでコンティニューしてみるのもいいけど、生きている私に確かな事は言えないな。

 とはいえ、きみの言いたいことも何となくわかる。ようはゴールにたどり着きたいわけだ。

 それなら話は簡単さ。この世界の誰もが知ってるクリア条件だ」

「それって何ですか?」

 

 かずみは蜂蜜入りのホットミルクを飲むのを中断し、カップを置いて続きを促す。

 ゴールにクリア条件。まるでゲームのような話だが、この夢の世界ならその法則も適応されるのだろう。

 帽子屋は皮肉気に口端を歪めて言う。

 

「【ジャバーウォック】を倒し【白の女王】に謁見するのさ。

 そうすればきみの願いは一つだけ、何でも叶うだろうよ。

 願いでその探し人の少女を見つけるのか、あるいはここからゴールするのか。好きな方を選べばいい」

「両方は駄目なの?」

 

 そう問うと、帽子屋は「小さなお嬢さん(リトルレディ)は欲張りだ」と笑う。

 

「動かせる手は二つ、だけど考える頭は一つ。

 目玉は二つあっても視界は一つ。

 帽子や眼鏡を二つ選んでも意味がない。

 ()()()()()()()()()()()、最初から一つに絞るのが賢い選択というものさ。

 まぁその辺りはきみの好きにすれば良い」

「うん……わかった。教えてくれてありがとう、帽子屋さん」

 

 お菓子と飲み物をたくさん食べて、かずみの活力は十分に補給する事ができた。

 帽子屋の他にも周囲を侍っていた小動物達にお礼を言うと、かずみは森のお茶会を辞して次なる場所へと向かう。

 

 そんなかずみの後姿を見送りながら、帽子屋は狂ったように独白した。

 

「さてさて、間に合えばいいんだが。『夢の様な現実』と『現実の様な夢』には天国と地獄ほどの違いがあるのだけど。

 生憎とここでの時計は三時で止まっている。物語の針を進めるのはいつだってアリス(主人公)の役目さ」

 

 無茶苦茶なお茶会をいつまでも続ける帽子屋は、少女の願いが叶う事をそのイカレた頭で祈っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 月は雲に隠れ、草木も眠る丑三つ時。夜明けにはまだ幾ばくかの時が掛かるだろう。

 そんな朝陽もまだ見ぬ未明、プレイアデス聖団の拠点<アンジェリカ・ベアーズ>に突如サイレンの音が鳴り響いた。

 

「カチコミじゃオラァあああああン!!」

 

 ヒャッハー! と閉ざされた分厚い扉を蹴破り、碧月(ミヅキ)樟刃(クスハ)は我先に敵拠点内へと侵攻する。

 無造作に足を踏み入れた愚者に洗礼とばかりに、今は亡きニコ謹製の罠が次々と起動するものの、クスハはその超人的な身体能力でその悉くを力業で粉砕していった。

 

 殆どの罠は人外染みた動きで回避しており、それでもなお直撃した物に関しても彼女に掠り傷以上のダメージを与える事は敵わない有様だった。

 

「あははっ! たーのしー!」

「まさにゴミのようですね!」

 

 力業で罠を解除していくクスハの背に続いて、双樹あやせが笑いながら罠の消えた空白地帯を駆けていく。

 

 凶刃を振りかざしながら、邪魔そうな障害物を魔法で燃やしていた。

 ここがテディベア博物館である以上、可燃物と成り得る火種には困らない。

 

 毛糸に火が付き、布が燃え上がり、綿が炎を膨らませる。

 数多くのテディベア達が踊るように燃やされる光景は、遠目からは小さな子供達を虐殺している様にも思えた。

 

「森のぉくーまさん、山火事でぇー燃焼中~。はーやくしないと全滅だぁ~」

「埃被った粗大ゴミを処分して差し上げるとは、あやせは偉いですね。きっと持ち主も盛大に感謝してくれる事でしょう」

 

 あやせが機嫌良く適当な鼻歌を口ずさみ、ルカが諧謔混じりに称賛する。

 彼女達にとってはこの襲撃も楽しいイベントでしかなく、気分はテーマパークで遊んでいる様なものなのだろう。

 

 突入した問題児二人の後方には、仲間である魔法少女が控えていた。

 数分と持たず火の手が上がり始めた博物館内を眺めながら、榛名桜花は溜息を吐く。

 

「あーあー……問題児どもがものすごう生き生きしとる。ほんま鉄砲玉やなぁ」

 

 世紀末でも元気にやっていけそうなバカ二人にげんなりとしながら、オウカは手にした魔導書のページを開く。

 万色の書(アルカンシェル)に記載された頁から都合の良い魔法を見繕い、自身もまた戦場の中を突き歩む。

 

「スズネちゃんも先行ったみたいやし。あの二人に負けんよう、うちも頑張らなあかんな」

 

 そう言うオウカもまた薄っすらと楽しげな笑みを浮かべている事に、彼女自身は気付いていなかった。

 

 

 

 

 時は少しばかり遡り、浅海サキと同じ部屋で眠っていた若葉みらいは、侵入者を知らせる警報の音で目を覚ました。

 

「これは……まさか、侵入者だと?」

 

 初めて鳴らされる非常用のサイレンが本来どういう意味を持っていたのか。寝起きで鈍くなっている頭でサキはようやく理解する。

 ぼやけた視界の中、サキは自身の眼鏡を手にし起き上がろうとする。だがそれは直ぐ隣で眠っていたみらいによって中断させられてしまった。

 

「サキはここで待ってて、侵入者はボクがやっつけるから」

「だが――ッ」

「ダメだよ、サキはまだ本調子じゃないんだから。危ない真似はさせられないよ。

 それに忘れたの? ここはボクの家だよ。どんな奴が相手でもここじゃ負ける気がしないよ」

 

 このまま座して待っているわけにも行かず迎撃に参加しようとするサキに、みらいは言い聞かせる。

 里美の魔法の後遺症により未だ本調子ではないサキを戦わせるくらいなら、まだみらい一人の方がやり易い。

 

 問答する時間も惜しいとばかりにサキを強引に説得すると、追いかけてこられないように普段は全く使わない<アンジェリカ・ベアーズ>の管理者権限を使ってサキの部屋をロックする。

 彼女の意思を無視するかの如き行いに心を痛めるが、サキの身を守る為には仕方のない事だ。

 

 この博物館の主は『御崎海香』でもなければ『浅海サキ』でもない。

 『若葉みらい』唯一人。

 

 だからみらいがその気になりさえすれば、サキを部屋に閉じ込める事など造作もない。

 とは言ってもサキに嫌われるくらいなら死んだ方がマシなので、侵入者を撃退したらすぐにでも解放するつもりだった。

 

「どいつもこいつも……どうしてボク達の邪魔ばっかりするんだ」

 

 みらいには唯一人、サキだけがいればいいのに。

 そんなささやかな願いすら許してくれないのか。 

 

 

「――邪魔者はみんな消えろよォ」

 

 

 暗い憤怒を瞳に宿したみらいは、憎悪を口から吐き出す。

 腹の底からマグマの様に煮え滾る情念は殺意となって舌の上を転がった。

 

 みらいは即座に魔法少女に変身して、侵入者の迎撃へと向かう。

 念話で海香達と連絡を取り合う事も考えたが、海香とカオルの二人も侵入者には気付いているはずだ。

 

 だから彼女達に連絡は不要だろう。

 今は非常時だから迅速な行動こそが肝要なのだと己の行為を正当化させる。 

 

 それに正直、サキならばともかく海香に命令されるのはあまり好きではない。

 聖団の方針や作戦を決めるのは、いつも海香かサキ、二人の内どちらかの場合が多い。

 

 他の仲間達に求められるのはあくまでも意見であり、決定権はその二人にあった。

 それが和沙ミチルを失って以来の仲間内での暗黙の了解となっている。

 

 それが前々からみらいにとって不満の種だった。

 海香や他の仲間達に対する日々の小さな苛立ちが「サキがリーダーでいいじゃん」という想いを膨らませる。

 

 この非常時に海香の指示を仰ぐ義務などないし、弱虫なカオルの手助けも要らない。

 みらいは、つい先日もかずみの一件で弱さを晒したカオルの事も気に入らなかった。

 

 いつも海香にくっついている金魚の糞の癖に、一人だけ善人ぶるのが苛立たしかった。

 魔法少女になって人間じゃなくなったのに「人間である事を忘れないように、以前のままの痛覚にする」などとアホな事を主張した事もある。

 

 なまじ言葉面だけは綺麗なせいで「そういう雰囲気」になってしまい、みらいまで強制的に倣わなければならなかったのは痛手だ。

 ユウリ戦はそれのせいで足を引っ張られたのだとみらいは思っている。

 

 確かにユウリも強かったが、聖団のメンバーだって決して弱くはない。

 それでも聖団相手に単身のユウリが圧倒していたのは、彼女が自身の痛みを無視していたからだ。 

 

 魔法少女の戦いは、苛烈になればなるほど人間としての常識を捨てなければならない。

 それなのに余計な事に拘って個人だけでなくチーム全体を危険に晒したカオルは、みらいにとっては役立たずも良い所だ。

 

 更にはそんな有様の癖に、未だにサッカーで夢見ている能天気さも腹立たしい。

 普通の人間の様に玉蹴り遊びに興じて、普通の人間に混じって青春しているのかと思うと最早殺意しか湧かない。

 

 そんな彼女が大人ぶってみらいに何かを語る度に、お前は何様なのだとキレそうになる。

 そんな風に不満を考え始めればキリがない。

 

 今までは必死に誤魔化し、目を逸らしていた事実が極限状態になるにつれて誤魔化しきれなくなっていく。

 考えれば考えるほど、みらいは頼れる魔法少女がサキ以外では己自身しかいないことに気付いてしまうのだ。

 

 みらいはイライラしながら非常通路を駆け抜け、魔法で探査した敵の居場所まで一直線に向かう。

 その途中、みらいはふと昔の事を思い出した。

 

 

 

『みんな聞いて! 私、ようやくスマホ買ってもらったのっ!』

『それじゃラインしようよ。やり方教えてあげるからさ』

『私達のグループに追加するわね!』

 

 みらいの通う教室の中、仲の良い少女達が輪になって集まり、わいわいと楽しげにお喋りしている。

 その輪の中に、若葉みらいの姿は存在しなかった。

 

『……うわ、あの()()()()()こっち気にしてるよ。キッモ』

『しー、聞こえるよぉ』

 

 そう言って小声で何事かを囁き合い、クスクスと笑うクラスメイト達。

 話の内容が分からずとも、それがみらいを指して笑っている事だけは嫌でも理解させられる。

 

 魔法少女になる以前のみらいは目が悪く、いつも分厚い瓶底のようなメガネをかけており、性格も内気というよりも陰気で誰とも会話が続かなかった。

 そんなみらいがクラスメイト達から無視されるようになったのは、自然な流れだったのかもしれない。

 

 そういう空気が出来てしまえば、好き好んでみらいと関わろうとする者などいない。

 いてもそれはみらいの事を玩具か何かと勘違いしている様な悪意を持った相手だけであり、心を許せる友達なんて一人も出来なかった。

 

 一人で帰宅したみらいは、自室でお気に入りのテディベアを抱き締める。

 

『……寂しくなんか、ないよ。ボクにはお前達がいるもん』

 

 みらいの部屋には、見渡す限りの大小様々なテディベア達が並んでいた。

 その殆どがみらいの趣味で作られたお手製の代物だ。

 

 みらいは次々と新しいテディベアを作り続ける。

 大切な宝物(トモダチ)に囲まれているのに、寂しさは決して埋まらない。

 

 強がりも過ぎれば、ただただ滑稽でしかない。

 孤独による静寂に耐え切れず、心の底にある想いがぽつりと独り言になって漏れ出してしまう。

 

『トモダチ……欲しい、な』

 

 665番目のテディベアの上に少女の涙が零れ落ちる。

 

 

 

 ――孤独だったあの頃。世界は灰色で、ただ死んでいないだけの毎日だった。

 

 当時を思い出すだけで胸が苦しくて、息ができなくなる。

 

 誰にも理解されず、誰からの共感も得られず。

 集団から弾かれた異物としてただ置物の様に過ごしていた。

 

 そんな過去の情景を振り払う様に、みらいはステッキを大剣へと変化させる。

 

「……何でいま思い出すかな」

 

 自分はもう一人じゃない。

 大好きな友達だって出来た。

 

 あの頃の根暗な少女はもういない。

 魔法少女になって、若葉みらいは生まれ変わったのだから。

 

 かつてみらいが願った奇跡。その対価として与えられたテディベア博物館。

 <アンジェリカ・ベアーズ>ではその名の通り、若葉みらいのテディベアコレクションが展示されている。

 

 今では千に近い数の作品が展示されており、そのどれもがみらいにとって思い入れのある宝物だ。

 ここはみらいのホームグラウンドであり、その固有魔法(マギカ)を十分に生かせる構造になっていた。

 

「あの頃のボクとは違う。ボクは……ボクの<トモダチ>を守るんだ!」

 

 みらいは非常用の通路を抜けると、展示場へと出る。

 そこではかつて、みらいの思い入れのある作品達が丁寧に納められていた。

 

 

 ――それが今では、見る影もない残骸と化している。

 

 

 ショーケースは粉々に壊され、中に展示されていたテディベア達は炎に包まれ単なる灰へと変わりゆく。

 踊る炎に、二つの人影が照らし出される。

 

「こんばんわ~、それともおはよう? 微妙な時間だよね」

「ここはおやすみなさいが適切では? 永遠に眠る意味で」

 

 放火魔の正体は、忘れもしないニコを殺した下手人でもある双樹姉妹。 

 彼女の持つ剣から炎の塊が迸り、ガラスを溶かして中にあるみらいの宝物ごと燃やしていた。

 

「約束通り遊びに来たぜぇ? おチビちゃん。サッカーしようぜ、お前ボールな!」

 

 無数に設置されていた防衛設備の残骸を蹴り飛ばしながら、紅い髪の魔人が凶悪な笑みを浮かべ、何が可笑しいのかゲラゲラ笑っている。 

 地面に転がるテディベアの一体が、紅蓮の暴虐者によって踏み躙られていた。

 

「ッッ――オマエらぁああああああ”あ”あ”!!」

 

 みらいの宝物。孤独だったあの頃、みらいの傍で寄り添ってくれた大切なトモダチ。

 所詮は物言わぬ唯のぬいぐるみだなどとは言わせない。

 

 その一つ一つがみらいの手によって生み出された作品達。

 かつてのそれは、孤独を癒す代替行為だったのかもしれない。

 

 だが和沙ミチルと出会い、プレイアデス聖団が結成されてもなお作り続けていたのは、純粋に『好き』だったからだろう。

 自身のトモダチであり、子でもあり、奇跡でこの博物館を願うほどに大切な宝物。

 

 それを塵屑の如く焼却し踏み躙った蛮行を、みらいは決して許さない。

 

 みらいの手は魔法少女になり魔女を狩った時点で既に汚れている。

 かずみを、化け物を殺そうとした時から殺害への躊躇いなどない。

 

 だからみらいは全力全開で固有魔法(マギカ)を発動させる。

 

「<ラ・ベスティア・()()()()()>ェェェエエエエエッッ!!」

 

 若葉みらいの固有魔法(マギカ)、群体支配魔法<ラ・ベスティア>。

 それの強化版である群体統合魔法<ラ・ベスティア・リファーレ>は、群れを強力な個へと変える物だった。

 

 そして第三の魔法、群体再生魔法<ラ・ベスティア・ジョカーレ>。

 このマギカは、みらいのテディベア(トモダチ)達の全てを再生させる。

 

 ここはテディベア博物館。

 みらいのトモダチの棲家であり、要塞だ。

 

 中に詰めるテディベア達は単なる愛玩人形ではない。

 みらいに従う忠実な騎士であり、不死不滅の兵達だ。

 

 灰より蘇ったテディベア達が、炎を纏いながらもその短い四肢で立ち上がり、悪夢の様な軍勢と化して<エリニュエス>達の前に立ちはだかる。

  

 聖団が出来るまでに作成された666体の刻印個体。

 さらには新規に作成された無印の作品群が333体。

 合わせて999体。みらいを含めて千の軍勢となる。

 

 みらいの魔力が尽きるまで、彼女に従う群体(レギオン)は再生し続ける。

 事実上無限に等しい軍団(レギオン)

 

 

「……そんなに遊んで欲しいなら、地獄でやってろ!

 ボクの邪魔する奴は、レギオン(ボクたち)が殺すッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第三十七話 聖者失墜② ソウルイーター

 

 

 

 燃え盛る業火の中で、魔法少女達は殺し合う。

 

 <アンジェリカ・ベアーズ>に上がった火の手は勢いを増し、全てを包み込もうとしていた。

 既に<魔法少女>でなければとっくに酸欠で死亡か、あるいは発火して焼死している程の極限的な領域で、人類の限界を超越した戦いが繰り広げられている。

 

 魔法少女の肉体を動かすのは心臓でもなければ脳髄でもない。

 分離された魂――ソウルジェムさえ無事ならば、戦い続けられる無敵の体だ。

 だから酸素がなくとも多少の息苦しさを感じるだけで致命とはならない。

 

 その身に纏う衣装もまた魔力で構成されており、魔法以外の物理現象に対して強い耐性を持っている。

 単なる火では、戦闘態勢に入っている魔法少女を殺すことはできないだろう。

 

 天敵である魔女とその眷属以外に彼女達を殺せる存在がいるとすれば、それはやはり同じ『魔法少女』しか存在しなかった。

 

「押し潰せ! <ラ・ベスティア>ぁあああああ!!」

 

 開戦の号砲を鳴らしたのは若葉みらい。

 彼女の唱えるマギカが轟々と燃え盛る炎にくべられる。

 

 タクトの様に振り下ろされた大剣と共に、空間を埋め尽くすほどの軍団(レギオン)が双樹達<エリニュエス>へと殺到する。

 炎に包まれたテディベアはさながら生きた火炎瓶であり、燃え盛る全身で攻撃していた。

 

 火達磨になった無数のベア達が殺意を持って襲い掛かってくる様は、正に悪夢のような光景だろう。

 だが双樹姉妹の片割れ、あやせは裂けた様な笑みを浮かべながら、迫り来る傀儡を次々と切り捨てていった。

 

「アハッ! 思ったよりやるじゃんプレイアデス!」

 

 あやせはみらいのレギオンに対して素直な賞賛を贈る。

 

 切り捨てた傍から再生し、殆ど間を置かずに復活する敵に対して、あやせの手数は圧倒的に少なかった。

 あやせがいくら腕を振るおうとも敵の数は減ることなく、逃げ場もないほど火達磨の敵が双樹姉妹を殺そうと迫り来る。

 

「誰の許可を得て、あやせに触れようとしているのですか? <カーゾ・フレッド・リーヴァ>」

 

 瞬間、双樹姉妹に触れようとしたベア達が動きを止めた。

 見れば炎に包まれていたはずの彼らは、全て黒く炭化した姿で氷像と化しており、灼熱地獄と化している鉄火場において彼女達の周囲だけが場違いに凍り付いていた。

 さらには動きを封じる為か、地表は接した足ごと氷で覆われており、その範囲を徐々に広げている。

 

 炎熱を操るあやせとは真逆の性質。

 氷結を操る双樹姉妹の半身<ルカ>の魔法だった。

 

「は? だから何だよ!」

 

 だがみらいにとって、それは単なる苦し紛れの抵抗でしかなかった。

 確かに今の一撃で、双樹姉妹に襲い掛かったテディベアが十数体ほど同時に行動不能となったが、それが果たして何になると言うのか。

 

 まだみらいの周囲には九百以上の個体がある。

 さらに言えば、氷で動きを封じたところでみらいのレギオンには何の意味もない。

 

「<ラ・ベスティア・リファーレ>!」

 

 第二のマギカを発動させる。

 氷像になっていた個体を別の個体が喰らい、巨大な一個体となって軍団(レギオン)へと再編される。

 

 群体統合魔法であるマギカ<リファーレ>がある以上、総合的な戦力は減少しない。

 小さなテディベアの足を止めた氷結魔法も、二メートルを超える大型テディベアを封じるには至らなかった。

 

 数が潰されるなら、その分だけ質を高めれば良い。

 そうやってみらいが連続で行使するマギカは、明らかに単なる魔法少女が持つ魔力量を超えていた。

 

 だがこれには勿論、絡繰りがある。

 ここ<アンジェリカ・ベアーズ>は、奇跡によって創造された建造物だ。

 

 それが一般的な建物であるはずもなく、様々な特殊能力を持っていた。

 普段の生活における雑多な機能もさることながら、戦闘時において特筆すべきはその<守護の祝福>だろう。

 

 かつてみらいは願った。

 『ボクのテディベア達のための大きな家、博物館が欲しい』と。

 

 故に<アンジェリカ・ベアーズ>内において、若葉みらいのテディベア達は奇跡の補助を受ける。

 みらいのマギカを受けた彼らは、驚くほど少ない魔力でみらいの願いに応え続けていた。

 

 もしも敵が魔力切れを狙うのであれば、みらいにとってはむしろ好都合。

 みらいのレギオン相手に持久戦は自殺行為だ。

 この博物館が難攻不落の要塞である事を身を以て知るだろう。

 

 <アンジェリカ・ベアーズ>内限定とはいえ、みらいは破格の戦力を持っていると言えた。

 術者であるみらいを殺そうにも999体のレギオンが立ちはだかり、勝利するためには、それら全てを突破しなければならないのだから。

 

 圧倒的な実力差か、特殊な固有魔法(マギカ)でもない限り、みらいのレギオンが織りなす鉄壁の布陣を突破する事は叶わない。

 並みの魔法少女達が徒党を組んだところで、決して攻略できないと確信するのに十分な能力だった。

 

「うっとうしいんだよォ! さっさと潰れて死ねッ!!」 

 

 双樹姉妹を押し潰そうと迫る大型テディベア。

 だがそれを力技で強引に蹴り飛ばす者がいた。  

 

「ハッハー! やるじゃねーの! オレ様とも遊ぼうぜ!」

 

 クスハもまた双樹姉妹と同じ様に襲われていたが、みらいのレギオンが群れの極致であるならば、碧月(ミヅキ)樟刃(クスハ)は個の終点。

 魔法少女の中でも特級のイレギュラー達である<エリニュエス>においてすら、<怪物(クリーチャー)>と称された魔人だ。

 

 既に彼女を見て魔法少女と思う者はいないだろう。

 クスハ自身もまた、その自覚を失って久しい時を生きている。

 年齢もそうだが、その拘束具を思わせる衣装を見て魔法少女を連想する者はいない。

 

 想像するのは重度の罪人か、あるいは狂人か。

 少なくとも一般的な魔法少女らしい善性のイメージを抱くことはないだろう。

 

 こんなザマになり果てるまで魂魄を擦り減らしてきたクスハは、餓えた獣が如く敵へ襲い掛かろうとする。

 

 だがそんなクスハの前に、一振りの剣が翳された。

 それは仲間であるはずの双樹姉妹の物だった。

 

「……おう、何のつもりだテメェら? まさかまたあやの我侭かぁ?

 おいおいルカ公よぉ、テメェもちったぁ相方抑えとけよ。あやの保護者気取ってんだろぉ?」

 

 せっかく興が乗り始めて来た所だというのに。

 水を差されたクスハは苛立たし気な声を上げる。

 

 まだ理性の鎖は握ってあるが、これ以上煩わされれば抑えが効かなくなる。

 魔法少女として長生きするコツは、感情をコントロールすることだ。

 だがクスハにとってのそれは感情を抑制するという意味ではない。必要な時に爆発させるという意味だ。 

 

 そんな激発寸前のクスハに、ルカはやれやれを肩を竦めて見せた。

 どこか人を小馬鹿にしたその仕草は、無関係な人間が見れば地雷原で踊っている様にしか見えないだろう。

 

「何か勘違いしてる様ですが、クスハ。あなたの相手は彼女じゃありません。

 事前にオウカが言ってたでしょう? ここは私達に任せて先に行ってください。ハッキリ言って邪魔なので」

「ここは私達に任せて先に行けー、とかお約束過ぎて逆にスキくなくなくなくない?」

「いや、どっちだよ」

 

 あやせの珍妙な言い方に思わず素に戻ってしまうクスハだったが、ルカに言われ突入前に告げられた事を思い出した。

 かずみの記憶から抜き出した聖団メンバーの能力から、それぞれの担当をオウカが設定していたのだ。

 

『この<若葉みらい>っちゅう子の相手は、あやちゃんとルカっちに任せるわ。面倒臭そうな子には、うちらも面倒臭い子で対抗や』

『なっ、ハルちゃんひっどー! そう言う言い方スキくないし!』

『チーム随一の良心と謳われた私と、癒しであるあやせに対して何たる言い草!』

『……えー、流石にそれはギャグやろ?』

 

 ちなみに当人達は至ってマジだった――などと先刻繰り広げられた茶番はさておき。

 

 元々<エリニュエス>は個人主義の魔法少女達の集まりだ。

 仲間内での緻密な連携など到底望めないし、ルカの言う通り互いの邪魔にしかならない。

 

 そうである以上、戦術としてはそれぞれに相性の良い標的を見繕うのがせいぜいであり、後の戦いは当人達の実力次第になる。

 相手の事前情報もあるのだから、戦闘力の高いエリニュエスのメンバーが負ける要素はほぼないと言っても良かった。

 

 そんな事前の取り決めをすっかり忘れていたクスハは、今回ばかりは分が悪い事を悟り意識を切り替える事にした。

 

「……ちっ、まぁ分かった。聖団ってのが思ってたより()()な連中だって分かったんだし、残りに期待するわ」

 

 ちなみにこの間もみらいのレギオンに襲われ続けているが、双樹姉妹もクスハも戦いの手は止めていない。

 

 そんな彼女達を見て「ふざけた連中だ」とみらいは心の中で毒ついていた。

 

 みらいの事を無視して好き勝手にお喋りしているその姿が、かつてのクラスメイト達と重なる。

 早く黙らせようと、みらいは殺意を増してレギオンを嗾けた。

 

「なに勝手なことをぺちゃくちゃと! 行かせるものかよ!」

「ならば押し通るまでの事。<ピッチ・ジェネラーティ>!」

 

 クスハの行く手を遮っていたテディベア達を、双樹姉妹の必殺技が貫いた。

 炎熱魔法と氷結魔法を同時に行使する、二心同体を体現する双樹姉妹のみが可能とする破壊魔法だ。

 かずみの<リーミティ・エステールニ>にも匹敵、あるいは上回りさえする威力の攻撃に、みらいのレギオンが消滅し再生する僅かな間に一部の隙間ができる。

 

「――行ってクズ姉!」

「サンキュー! 愛してるぜお前ら!」

「どさくさに紛れて気持ち悪い事言わないで下さい!」

 

 クスハの去り際の台詞に、ルカが鳥肌が立つとばかりに拒否反応を示していた。

 

 ――全く、私が愛しているのはあやせだけだというのに。

 ――ねー? クズ姉ってばほんとクズなんだから。

 

 心の内でボロクソにクスハの事を罵る二人だが、あやせ達に悪意はなかった。

 信頼する姉貴分であるからこそ、容赦なく軽口を叩けるのだ。

 楽しげに遠ざかっていくクスハの笑い声に表面上は渋い顔を浮かべながら、あやせは残されたみらいとの戦いを続行する。 

 

「追え! お前達! サキの元には絶対に行かせるな!」

 

 まんまと包囲を突破されたみらいは、レギオンの中から百体程を分割してすり抜けたクスハを追撃させた。

 万が一殺人鬼の仲間とサキが鉢合わせしてしまったらと考えると、みらいは気が気でなくなる思いだった。

 

「あなた相手だと、クスハよりはまだ私達の方が相性がよろしいでしょうから」

「クズ姉ってかなり大雑把だしねぇ。おチビちゃん相手だとうっかり見失っちゃうかもしれないし」

 

 双樹姉妹と若葉みらいの戦いにより、部屋の上部は灼熱の熱気を孕み、下は氷河を思わせる冷たさになっている。

 水蒸気が霧の様に立ち込める中、無数のクマのぬいぐるみが踊っていた。

 

 言葉にすると意味のわからない謎々のようだが、目の前に広がるのはただの地獄絵図。 

 燃え盛るテディベア達はその姿を次々と変え、燃え盛りながら、凍りつかされながらも休むことなき猛攻を加え続けている。

 

「正直、いまでもかずみちゃん以外はどーでもいいんだけど、あなたの事はちょびっとだけ気に入ったよ。

 だからとっておきを見せてあげる!」

 

 そう言ってあやせが取り出したのは、かつてかずみにも自慢した宝石箱。

 見た目以上の収納力を持っており、これまで狩猟してきた戦利品が並べられている。

 そして何より『ソウルジェムの状態を維持する機能』を持った魔法具でもあった。

 

 

 

「――さあ、素敵な殺し合い(パーティー)を始めましょう!」

 

 

 

 かつて切ろうとした切り札を、双樹姉妹は今度こそ開帳する。

 

 宝石箱の中から取り出したのは、緑色の輝きを放つソウルジェム。

 それは勿論双樹姉妹の物でも、エリニュエスの仲間の物でもない。

 

 あやせ達がこれまでに狩ってきた魔法少女達の魂の結晶(ソウルジェム)の一つだ。

 コレクションの一つであるそれを手に取ると、張り付いていたプレートを用済みとばかりに地面に放り捨てる。

 そこにはかつて犠牲となった少女の名が記されていた。

 

「ああ、これ『かこちゃん』のだったかぁ……まあいいや。いただきまぁす」

 

 プレートに記されていたのは何かしら思い入れのある名前だったのか、ほんの僅かな躊躇いを見せるあやせだったが、結局それはこれからの行為を止めるに至らない。

 

 

 

 

 あやせは手にしたソウルジェムを、ごくりと()()()()()

 

 

 

 

「は、はぁあああっ!? お、お前なにをして――!?」

 

 さしものみらいも、この行為には思わず攻撃の手を止めて絶句した。

 ソウルジェムを「食べる」など、目の前で双樹姉妹が()()()()()事が信じられない。

 

 みらいは湧き上がる感情のまま、狂人を見る目で双樹姉妹を凝視していた。

 それほど目の前の行為は、生理的に受け入れ難いものだった。

 

 ソウルジェムは魔法少女の魂の結晶。そのままの意味で<魔法少女自身>だ。

 それを食すという事は最早食人に等しく、蛮行と呼ぶ事すら憚られる狂気的な行いだろう。

 

 想像してしまったみらいは吐き気に襲われるものの、一方の双樹姉妹はみらいの様子などお構いなしに至福の一時を享受していた。

 

「あっはぁ……っ! 生命(イノチ)が! 魂魄(タマシイ)が! 私の中に満ちていくよ!」

「この法悦! この悦楽! これだからジェム摘み(ピックジェムズ)はやめられない!」

 

 あやせが、ルカが、自らの肉体とソウルジェムを満たしていく魂魄が与えた甘露に狂喜する。

 その頬はうっすらと桜色に染まり、両腕を抱き締め全身から湧き上がる恍惚感に震えていた。

 

 呑み込んだソウルジェムはするりと喉を通り、胃の中に落ちたかと思えばじんわりと熱を放っている。

 

 一般的な味覚を表現する言葉で「魂の味」を言い表す事はできない。

 <魂喰い>は舌で味わう物ではない。自らの魂で味わい捕食する行為だ。

 

 

 故に魔法少女の中でも極々一部の――それも【銀の魔女】によって調整を施された者のみが、他の魔法少女を犠牲にして魂の味を識る。 

 

 

 それでもあえて例えるのであれば、穢れが少なければ少ないほど苦みはなくなり、()()は増していく。

 個々によって味はそれぞれ異なるが、ジェムが綺麗であればあるほど質は良くなりハズレはなくなる。

 その他にも色の違いや、犠牲になった魔法少女の性格、その生い立ちや願った祈りなど。

 様々な要素が複雑に絡み合い、手の平に納まる小ささにまで濃縮されている。

 

 肉体から魂を抽出されたそれは例えるなら蒸留酒に近いだろうか。

 だが濃密な味わいにも拘わらずするりと自身に溶け込んでいくこの感覚は、一度知ってしまえば病みつきになる。

 

 そういう意味で言えば麻薬のような物なのだろう。

 他者の犠牲の上でのみ成り立つ禁断の果実だ。

 

 そして当然、与えられるのは快楽だけではなかった。

 むしろそれは些末な余禄に過ぎない。 

 

 ソウルジェムを新たに取り込んだ者は、魔力係数が一時的に跳ね上がる。

 それは<覚醒>と呼ぶに相応しい進化だった。

 

 世界への干渉力が上がり、魔力は尽きる事無く溢れ、魔法少女という枠組みからすらも超越する。

 糧となったソウルジェムが体内で燃え尽きるまでの僅かな間だが、正に破格の切り札と成り得た。

 

 

「さあ、終わりを始めよう――我ら地獄の悪鬼なり」

 

 

 無限に殺し、無限に殺される修羅の一人。

 希望と絶望の輪廻の底に巣食う、冒涜的な獄卒の一柱。

 

 双樹の体が、それまで紅と白の同居した姿から更に変化する。

 口調もルカに近いがどこか異なり、第三の人格を想像させる雰囲気をその身に纏っていた。

 

 

 

 

 ――魔法少女の捕食者たる<魂喰らい(ソウルイーター)>が、その牙を剥いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




〇おまけ:えりにゅえすな日々(※ギャグ注意)







 スーパー銭湯「あすなろの湯」。
 そこは市内にある「あすなろドーム」等の有名施設とは異なり、知名度こそ低いものの市民達にとって欠かせない憩いの場として存在している。

 そんな銭湯の暖簾を潜る少女たちがいた。
 彼女達は魔法少女暗殺者集団<エリニュエス>。
 スズネ、オウカ、あやせ、クスハ、そしてノゾミ。計五名のフルメンバーだった。

 同じチームを組んでいるとはいえ、こうして全員集合するのはかなり珍しい事だった。
 それを思い、メンバーの一人である榛名桜花は感慨深げに頷いた。

「みんな揃って銭湯とか随分久しぶりやなぁ」
「だよねー。私もみんなとお風呂入るの嫌いじゃないんだけど、中々都合合わないからねー」

 双樹あやせも上機嫌に笑っている。
 仲間同士の裸の付き合いという奴は、彼女にとっても面白いイベントの一つだった。

「放蕩娘が何ほざいてやがるんだか」
「あー、クズ姉だって人の事言えないくせにー!」
「オレは良いんだよ。ほんとなら人ごみとか大キレェだしよ。
 オメェ等がどーしても付き合って欲しいって言うから、こうして年長者として付き添ってやってるんだぜ?」

 恩着せがましく言うクスハに、あやせの半身であるルカがぼそりと呟く。

「……精神年齢で言えば、クスハが断トツで低いと思われますが」
「あぁん?」
「ほらほら、外でいつものおふざけはナシやで。他にもお客さんおるんやから。あんまりはしゃぎすぎんでくれな?」

 それでなくともこの銭湯に年若い少女達がグループでやってくる事は珍しいらしく、少しばかり周囲からは浮いていた。
 オウカの注意に問題児二人はおざなりな返事で了承し、我先に浴場へと入っていく。
 
「まったく、あの子らと一緒に行くとなんやうちがまるで引率の先生かおかんみたいに思えて来るわ」
「……否定はしないけど、別に悪い事でもないでしょう」

 スズネがフォローするように言うと、オウカは身体をくねらせてスズネに寄りかかる。

「えー? うちもまだピチピチの乙女なんよぉ。ナウでヤングなJCなんやから、そんな老けてるみたいな扱いは傷つくわ~」
「……はぁ、あなたも大概だから、気にしなくて大丈夫よ」
「あ~ん、スズネちゃんのいけず。ここはもっと鋭く突っ込むとこやで? そんなんじゃ大阪じゃ生きていけへんよ」
「……こうかしら?」

 ズビシッとキレのあるチョップがオウカの控えめな胸を打った。
 全く痛くはないが、スズネの予想外の行為に目を丸くしてしまう。

「お、おう。さっそく物理で来るとは……あかん、スズネちゃんも基本ボケる側やった。やっぱりうちらの中で常識人枠はうちだけやな」

 何やら一人で納得するオウカを置き去りに、スズネは浴場へと入っていったのだった。

 場面は移り露天風呂。
 湯船に浮かぶ二つの塊を見て、あやせはぼそっと呟いた。

「……クズ姉って胸おっきいよね。やっぱりアレかな、栄養の偏りが酷いの?」
「あん? 何が言いたいんだアヤの字よぉ」
「べっつにー? ただねー、やっぱり胸のデカイ女って栄養が上の方に行かずに途中で止まってるっぽい? つまり頭空っぽ? みたいな? あ、これ一般論ね一般ロン。ま、そう考えるとクズ姉の胸が大きいのは当たり前なのかなって思ってさ。逆説的に」

 湯船でふやけそうな顔をしながら毒舌を吐くあやせは、相も変わらず性根の曲がった事が大好きな有様だった。
 ナチュラルというには些か派手にディスられたクスハといえば、可愛い妹分のじゃれつきに一々怒るほど狭量ではなかった。

「ぎゃは! 言うじゃねえかあやせ。お前のそういうとこ好きだぜ? なに、安心しろ。
 ――お前は永遠に貧乳のままだ。
 あ、これ褒め言葉だからな、一般論? 的に考えてよぉ」

 あやせちゃんは頭いいでちゅからねーと言いながらクスハはあやせの頭を撫でる。
 確かに怒ってはいないが、何事もやられっぱなしは我慢ならないのだ。

 クスハの握力が強すぎて撫でるというより揉んでいた。力加減が絶妙なそれは、もはやマッサージだった。
 うっかり強く握りしめようものなら潰れたトマトの出来上がりなので、クスハとしても軽く力を入れる程度に留めていた。

 そんな生死の危険と隣合わせのマッサージだとも知らず、あやせは「あ"ー」とおっさん臭い声を出していた。

「くそぅ、クズ姉の癖に気持ちいいじゃないか。私の胸がクズ姉の半分でもあれば……もぎとってみようかな?」
「やめい」

 さらりと怖い事をあやせは呟くが、この少女に限って冗談では終わらない事を知るクスハは、上半身をくるりとひねった。
 ぶるんっ、びたん! と水を打ったような音が浴場に反響する。

「ひぎゃ!? え? え? な、殴ったの? この私を――そのおっぱいで!?」
「おうよ」

 胸を張るクスハに、周囲の仲間達から呆れた視線が向けられた。

「……乳ビンタとか、クズ姉体張り過ぎやろ」
「……あれがクスハの新しい必殺技」
「…………ないわー、スズネちゃんそれはないわー。おっぱいミサイルくらいにないわー」

 ぼそりと真顔でボケたスズネに、自称関西人の少女が突っ込む。

「つまり浪漫的には採用……という事でしょうか?」
「うん、ノゾミちゃんもちょお落ち着こか?」

 やっぱり常識人はうちだけなん? とエセ関西人は内心戦慄していた。

「ってかすっごい痛かったんだけど!? サンドバックに激突したみたいな!? しかも二つあるから衝撃二倍!?」
 
 錯乱するあやせに向かって、クスハは痛ましそうな顔を浮かべた。
 胸を抑え俯く様は、さながら悲劇のヒロインだろう……中身さえ知らなければ。
 
「安心しろ。オレも胸が痛い」
「どっちの意味で!?」

 物理的か心情的か、まぁ普通に物理の方だろうクスハだし。
 なにせ笑いながら魔法少女を殴殺するような女であるからして。

「……誰が上手い事言えと。っちゅうか大人しくしぃや、他のお客さんのご迷惑やで」

 投げやりに言い放ったオウカの突っ込みは、案の定問題児二人の耳には届かなかった。













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第三十八話 聖者失墜③ コキュートス

|ω・)チラ
||д・)つ ソォーッ【前回のあらすじ】かこちゃん(^ω^)ペロペロ。
|彡サッ


 

 

 

 <アンジェリカ・ベアーズ>の存在する境界にほど近いビルの屋上。

 そこで仮面の少女カンナは、待ち望んだ時がやってくるのを今か今かと待ち望んでいた。

 

「――箱庭の崩壊は近い」

 

 あすなろ市全域に展開された聖団の儀式魔法は、既に綻び始めている。

 ()()()()()()()()()()()()()()()聖団の魔法少女達に、それを修復する術はない。

 

 かつて聖団の魔法少女達は【卵孵器(インキュベーター)に関する認識】を書き換える事で、あすなろ市を不可侵の聖域へと変えた。

 <魔法少女>へと誘う悪魔を忘却する事で、干渉できないよう作り変えたのだ。

 

 だが聖域は、目的を果たせぬままにその役目を終えようとしている。 

 カンナは空を見上げ、そこに薄っすらと浮かんでいる巨大な魔法陣を眺めた。

 

 それは常人にとって不可視の結界であり、本来ならば他の魔法少女達にすら隠蔽された聖団の秘術だ。

 それが今では楔となる団員達が欠けた事によって綻びが生じ、こうしてカンナの目にも見えるようになっている。 

 

「結局、時間稼ぎにもならなかったな」

 

 本来ならこの聖域を、悲劇を防ぐ<揺り篭>にするつもりだったのだろう。

 

 インキュベーターさえいなくなれば、新たな魔法少女は生まれない。

 インキュベーターの干渉さえなければ、悲劇もなくなる。

 

 魔法少女にとって欠かせない『ソウルジェムの浄化』や『グリーフシードの処分』は、インキュベーターの死体から作り出した『ジュゥべえ』に任せればいい。

 

 あすなろ市の<聖域>は、そんな思想を基に設計された楽園だった。

 

 だがその計画には、致命的に見落としている点がある。

 それはたとえ卵孵器(インキュベーター)を完全に排除したところで、人の本質は変わらないという一点。

 

「……悲劇を紡ぐのは、いつだって人の愚かさなんだよ」

 

 故に悲劇は起こり、事態は定められた破滅へと向かって収束していく。

 

「だから――聖者は失墜し、星の乙女達(プレイアデス)は地に堕ちるのさ」

 

 カンナは仮面の下で、嘲るような笑みを浮かべた。

 夜空に浮かぶ魔法陣は、砂時計の様に徐々に欠落していく。

 全てが尽き果てるその時を、カンナは仮面越しに見上げて待ち続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、終わりを始めよう――我ら地獄の悪鬼なり」

 

 魔力が溢れる。

 空気が凍てつく。

 

 <魂喰らい(ソウルイーター)>として覚醒を果たした双樹姉妹は、その姿を新たな装いへと変えていた。

 かつてあやせの紅とルカの白が入り混じっていた姿は、全く異なる漆黒のドレス姿へと変貌している。

 

 今表に出ているのは『あやせ』か『ルカ』か、あるいは第三の人格なのか。その外見からは何一つ伺えない。

 一個の<双樹>と成った魔法少女は、その膨大に膨れ上がった魔力を操り、禁じられた魔法を詠唱する。

 

「――Arbuda(アブダ)Nirarbuda(ニラブダ)Aata(アタタ)Hahava(カカバ)Huhuva(ココバ)Utpala(ウバラ)Padma(ハドマ)Mahapadma(マカハドマ)

 

 捕食した(ソウルジェム)を燃焼させ、奔流する魔力の導くがままに詠唱する。

 魔法少女でも、ましてや人の身では決して届かない神域の御業。

 

 其は極寒の地獄巡り。

 顕現するは八寒地獄。

 

 そこへ堕ちた者はあまりの寒さに身体が折れ裂け流血し、その死に様は紅蓮の花に似るという。

 単なる魔法少女が扱うには過ぎた、神の如き力の一端が行使される。

 

 

 

「万物凍てつけ――<大紅蓮地獄(ロッソ・インフェルノ)>!!」

 

 

 

 瞬間、世界が凍りつく。

 燃え盛る炎も、千の軍団(レギオン)も。

 戦いの熱さえも凍てつき、無数の刃で切り刻まれるかの如き冷気だけが空間を支配した。

 

 事象の上書き。世界の改変。

 空想を具現化させる真なる『魔法』。

 

 捕食した魂を代価にして、神話における嘆きの川(コキュートス)は再現される。

 

 命ある物は魂すらも凍らせる。

 形ある物は崩れ落ち塵と化す。

 

 みらいのレギオンは迫る死の寒波から主を守る盾とならんとしたが、現出した地獄を前に全てが凍りつき、再生する事も敵わぬほどの塵となって消滅していく。

 八割ものレギオンが瞬く間に消滅したものの、親衛隊として周りに残っていた刻印個体達がみらいに覆いかぶさるように密集し、冷気から守る簡易的な砦となった。

 

 みらいの忠実なる兵士達の献身は、決して無駄ではなかったのだろう。

 魔法少女といえども即死級の魔法現象を前に、時を稼いでみせたのだから。

 

 たとえそれが、迫り来る死を見つめるだけの残酷な時間だったとしても。

 主である少女の生を、少しでも長らえさせた事に違いはない。

 

 ベア達の中に埋もれたみらいは、息苦しさを感じるよりも早く、すぐ傍まで冷気が侵食してくるのを感じ取っていた。

 パキ、パキ、と甲高く澄んだ破砕音が、逃れ得ぬ死へのカウントダウンとして、耳鳴りの止まないみらいの鼓膜を震わせる。

 

 ――ここは、寒い……寒いよ、サキ。

 

 唇が貼り付いてうまく動かせない。

 固有魔法(マギカ)を詠唱しようにも、何もできない。

 意識はあるのに、まるで時が止まってしまったかのよう。

 

 無敵のはずのレギオンが、相手のイカサマ染みた外法によって覆されてしまった。

 こんな結末を果たして聖団の誰が予想し得たというのか。

 

 逃れ得ぬ死を前にして、みらいはサキの事を想った。

 

 ――ボクにとって、サキは特別な存在だ。

 

 だけどサキにとって、ボクは特別なんかじゃない。

 海香、カオル、里美、ニコ……そして若葉みらい(ボク自身)

 

 ボクはきっと、サキにとって五分の一のお友達。

 たった一人の特別なかずみ(ミチル)にはなれない。

 

 

 思い出すのはかつての記憶。

 みらいにとっては、忘れたくても忘れられない出来事。

 些細な、それでいて己の原罪の切っ掛けとなった一幕。

 

『ミチル、良ければこれを』

 

 それは<和沙ミチル>がまだ健在だった頃の事。

 魔女との戦いで、ミチルは祖母の形見であるピアスを無くしてしまった。

 

 物は消えても祖母との思い出は消えないから大丈夫だと、寂しげに笑うミチル。

 そんな彼女の為に、サキはそっくりな物を探し出し、彼女へプレゼントしたのだ。

 

『これは……?』

『心の中にあっても、邪魔にはならないだろう?』

『海外出張中の父さんに探してもらったんだって』

 

 受け取るのを躊躇うミチルに、カオルが助け舟を出した。

 

『……ありがとう、サキ!』

 

 ミチルはサキのプレゼントに花開くような笑顔を浮かべ、早速その身につけてみる。

 

『似合うかな?』

『ああ……とてもよく似合ってる』

 

 そしてサキは、そんなミチルを愛おしげに見つめていた。

 それを若葉みらいは、どんな気持ちで見ていたのか。

 

 ――ミチルが生きてた頃から、ボクは彼女に<嫉妬>してたんだ。

 

 わかってる。

 わかってたんだ。

 

 ボクにとってサキは特別だけど、サキにとってボクは特別なんかじゃないって。

 サキにとっての特別は、いつだって<ミチル(かずみ)>なんだ。

 

 それでもサキの優しさに、みらいは救われたのだから。

 

 ――まだだ……まだ、終われない。

 

 若葉みらいの命運は最早尽きている。

 極寒の冷気はみらいのソウルジェムすらも凍らせ、罅割れたその姿はいつ砕け散ってもおかしくはない。

 

 それでもみらいは、サキの為に何かを残したかった。

 たとえ命尽きようとも、サキの事だけは守りたかった。

 

 ――だってサキはボクで、ボクはサキなんだから。

 

『実は私も、子供の頃は『ボク』だったんだ』

 

 そう言ってくれたのは、サキだけだった。

 

 自分の事をボクと呼ぶ若葉みらいに、浅海サキは理解と共感を示してくれた。

 気持ち悪いと、気味が悪いと言われ続けた『ボク』を、サキだけが肯定してくれた。

 

『父が厳しくて『私』に改めさせられたんだが、今でも無性に『ボク』と言いたくなる時がある。

 だからキミを見ていると、昔の自分を見ているようで――嬉しくなる』

『サキ……』

 

 サキにとっては、何て事のない言葉だったのかも知れない。

 それでもみらいは、その言葉に確かに救われたのだ。

 

 ――サキは絶対に、殺させない。

 

 掠れた唇で、みらいは魔法を紡ぐ。

 音のない詠唱は空気を震わせず、けれどもみらいの魂を震わせて発動する。

 

 

 

 ――…………大好きだよ、サキ。

 

 

 

 その声なき告白を最後に、みらいのソウルジェムは砕け散った。

 団子のように固まっていたベア達が砂の様に崩れ去り、中からみらいが力なく倒れ伏す。 

 

 白銀の世界の中で、鮮やかな赤色が広がっていく。

 少女を中心に広がる血の花弁は、紅蓮の花を思わせた。

 

 創造主である少女を失い、主柱を失った<アンジェリカ・ベアーズ>が崩壊を始める。

 プレイアデス聖団がこれまで築いてきた全てを巻き込み、どことも知れない虚無の中へと消失させようとしていた。

 

 ただ一つだけ、みらいの最後の希望を残して。

 残された箱の中身を確かめる前に、みらいはこの世を去ったのだ。

 

 

 

 後に残されたのは<魂喰らい(ソウルイーター)>である双樹だけだった。

 流された血の川を踏み越え、他のあらゆる生命を拒む地獄の中で傲慢に告げる。

 

「想いの強さこそが魔法の強さ。ならば貴女は、素晴らしき魔法少女でした」

 

 双樹は若葉みらいを称賛する。

 死の間際に魅せた彼女の輝き、その鮮烈な魔力の色はとても綺麗で、実に()()()()()()()

 

「死んだ魔法少女だけが、永遠の輝きを放つのですから。

 あなたはとても幸せな方ですね」

 

 魂を腐らせ魔女へ堕ちる事と比べてしまえば、若葉みらいの死に様は比較にならないほど美しいものだった。

 

 そう言って、双樹はみらいの死骸を踏みつける。

 僅かばかり残っていた人の形も砕け、後には赤い灰だけが残された。

 

 汚いもの、醜いものは要らない。

 輝きだけを残して死ぬ事こそが、魔法少女にとって至上の幸福なのだから。

 

「――ご馳走様でした」

 

 双樹は手を合わせて合掌する。

 嘆きの川(コキュートス)の中で、双樹の吐いた息だけが熱を孕んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カンナは自身の固有魔法(マギカ)によって聖団内部をくまなく監視しており、その最中プレイアデス聖団の一人、若葉みらいの死を確認した。

 その死を見届けたカンナは、堪え切れなくなって思わず吹き出してしまう。

 

「アハハハ! あのガキ、ついに逝ったか!」

 

 聖団内で一番精神的に未熟だった奴が死んだ。

 ボッチ歴が長く、唯一確かな共感を示したサキに強い執着を持っていた少女だ。

 

 当人はそれが恋だとか思っていたようだが、カンナにしてみればお気に入りのテディベアに対する執着の延長線上としか思えなかった。

 

 若葉みらいの世界は狭い。

 彼女にとっては手にしたソレが、たとえガラクタであろうと宝物に思えたのだろう。

 

 彼女の主観でいえば間違いではない。

 だが致命的に脆いそれは、いとも容易く崩れ果てた。 

 

「安心しろよ、お前の死は無駄じゃない」

 

 仮面の裏でカンナは少女の死を嘲笑う。

 

「嫉妬狂いの魔女はこれにて脱落。残りのプレイアデスは三人。

 <浅海サキ(色欲)>と<御崎海香(強欲)>と<牧カオル(怠惰)>。

 【イノセントマリス】が揃うまであと僅か……<かずみ>の完成も近いな」

 

 また一歩、目的に近付いた。

 待ち望んでいた新世界の礎が刻々と出来上がろうとしている。

 

「さあ<エリニュエス>達よ。せいぜい頑張って殺しておくれ。

 それすらも【銀の魔女】の思惑だと知って、絶望するがいい」

 

 エリニュエス――それはプレイアデス聖団とも異なる目的を持った<魔法少女殺し>。

 

 カンナにしてみれば彼女達こそが【銀の魔女】の傑作達だ。

 自らの意思で逃げ出したと信じているようだが、アレがそんな生易しい存在だとは思わない。

 

 今尚こうして自由に行動している以上、それもまた計画に含まれているのだろう。

 実際、こうして聖団を崩壊させる手駒になっている。

 

 そもそもの話――あの女の与えた運命から逃れられると、本当に思っているのか?

 

 カンナは自身の腕に刻まれた【聖呪刻印(スティグマ)】を見やる。

 この刻印は反逆者に呪いを与え、服従者に祝福を与える。

 【銀の魔女】の奴隷である事を示す首輪だ。

 

 銀魔女に調整された彼女達(エリニュエス)が、真の意味で自由であるはずもない。

 カンナもまた役者の一人に過ぎないが、それを知るからこそ目的の為に演じ切ってみせよう。

 

「――私は、私の理想郷(ヒュアデス)を実現してみせる」

 

 数多の悲劇を踏み台にしてでも、この願いは成就させて見せる。

 それが【銀の魔女】に魂すらも売り払った、正当なる対価なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




|・ω・)/遅れてメンゴ!


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第三十九話 聖者失墜④ スズラン

|д・)つ【前回のあらすじ】みらい「大好きだよ、サキ(パリーン」


 

 

 

 この身に代えても叶えたい願いがあった。

 その為ならば、どんな代償さえも厭わなかった。

 

 この血肉が欲しければ捧げよう。

 こんな石塊(タマシイ)で良ければくれてやる。

 この身が既に人間とは別物の、魂を抜き取られた魔法少女(ガランドウ)に成り果てていても。

 

 乞い願う。

 この世界には『奇跡』が実在するのだと、知ってしまったから。

 

 どうかもう一度と、願わずにはいられない。

 それこそが破滅への道なのだとしても。

 

 

『――私と背信の契約を結びましょう』

 

 

 銀髪の少女が優しげな笑みと共に手を差し伸べる。

 その紅の瞳には慈愛の色すらも浮かばせて、銀の少女は聖母の如く囁いた。

 それは悲劇を織り成す魔女の誘惑。

 

『あなたの祈り、あなたの願い、他の誰でもない私だけが叶えてあげられるわ。

 【銀の魔女】の名の下に、奇跡に相応しい対価を捧げなさい。

 悲劇を、嘆きを、絶望を――積み上げた罪と屍の頂にこそ、奇跡は降りてくる。

 喜びなさい、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 真っ白で綺麗な手のひら。

 傷一つ、染み一つないそれに、どこか血塗られた悍ましさを感じずにはいられない。

 

 その手を取ってしまえば、無数の悲劇を生み出すものだと分かっていた。

 それでも奇跡が――願いが、叶うのであれば。

 

 ここに二度目の契約は結ばれる。

 それは無辜の魔法少女達を裏切る銀貨(背信)の契約。

 

 銀の洗礼を受けて、絶望を齎す魔女の走狗となった。

 奇跡を起こす為に必要な対価を、生贄を捧げ続ける。

 

 全ては『感情エネルギー』を収集するため――魔法少女を単なる資源として捉え、奇跡を叶えるための燃料として悲劇の炉にくべる。

 魔女や使い魔だけではなく、何も知らない無垢な少女達すらもこの手で捧げた。

 殺すだけでは飽き足らず絶望の相転移へ次々と叩き落とした。

 

 そうして生まれた魔女は、誕生の産声と同時に屠殺する。

 新たな魔力源(グリーフシード)に加工された魂は、次なる悲劇を生む為の燃料へと変わった。

 

 終わらない悲劇を演出する舞台装置――その歯車の一つとなって、心なき機械のように延々と繰り返し続ける。

 

 自分よりも遥かに優しい少女を殺した。

 自分よりも幼く無垢な少女を殺した。

 夢を追いかける少女を殺した。

 理想に燃える少女を殺した。

 家族想いの少女を殺した。

 

 みんな苦しめて殺した。

 魔女に貶めて殺した。

 

 全ては、身勝手な願いを叶える為の燃料(祈り)とするために。

 彼女達の持つ尊い祈り、眩い輝きの全てを冒涜した。

 

 向けられた涙も、罵倒も、憎悪の感情すらも、いつしか慣れてしまっていた。

 血溜まりの汚泥に沈み、心が感じる苦痛すらも対価として捧げると、後には摩耗した空虚な心だけが残された。

 

 そうした祈りの果て……確かに、待ち望んだ奇跡は叶えられた。

 

 

 

 ――パチパチと、拍手の音が鳴り響く。

 

 そこは地下の大聖堂。崇める神なき邪なる祭壇。

 その檀上で、銀の魔女が満面の笑みと共に『達成者』の誕生を言祝いでいた。

 

『おめでとう、今こそあなたの献身に報いましょう!

 ここに奇跡を起こす燃料(祈り)は満たされた!

 あなたの願いは()()()エントロピーを凌駕する!』

 

 ――外法(アウタースペル)■■■■(奇跡顕現)>。

 

 銀の少女の口から呪文が紡がれる。

 それは聞き覚えのない旋律だった。

 

 理解できない言葉のはずなのに、その意味だけが想起させられる。 

 そんな地球上には存在し得ない言霊を鍵にして、かつてないほどの魔力が聖堂内に溢れ出した。

 

 同僚である他の走狗達が恐れ慄く中、銀の少女だけが指揮杖を高らかに掲げる。

 するとその先端から祝福の光が降り注いだ。

 

 そのあまりの眩しさに目を焼かれ、思わず瞼を閉じてしまう。

 やがて恐る恐る目を開けた先には……奇跡があった。

 

 

 ――死者の蘇生。

 

 

 掛け替えのない大切な人達の姿が、そこにはあった。

 失われた宝物が、灰となって消えたはずの生命が再び蘇ったのだ。

 

 彼女は聖者の如く、果ては救世主(メシア)の如く、奇跡を起こしてくれた。

 いとも容易く奇跡を起こすその様は、もはや神かそれに類する何かとしか思えない。

 

 奇跡とは本来、決して人の身では叶わぬ御業だ。

 神様の専売特許であるはずのそれを、少女の形をした何かは自在に操っていた。

 

 悲劇を糧に奇跡を起こす――ならば目の前の少女は神などではなく、きっと悪魔なのだろう。

 

 だがそのどちらでも構わない。

 超常の存在を目の当たりにして、本能的に沸き上がる畏怖の念が抑え切れない。

 

 周囲を取り囲む者達もみな目の前の奇跡に興奮し、その栄誉を受けた者へ羨望の眼差しを送っている。

 純粋に祝福する者もいれば、中には嫉妬からか呪わんばかりに鋭い視線を向ける者もいた。

 

 だがその誰もが例外なく、奇跡の行使者である少女へ強い崇拝を捧げていた。

 見た目は同年代の――それこそ十四かそこらにしか見えない銀髪の少女は、ここに神の如く君臨していた。

 

 その正体が実はどこかの神話に記された怪物だったとしても、最早驚かないだろう。

 むしろ元が単なる少女である事の方が、いっそう恐ろしく感じてしまう。

 

 人とは、魔法少女とは……ここまで突き抜けられる存在(もの)なのかと。

 『魔法少女』と形容する言葉のあまりの軽さに、吐き気すら感じてしまうほどに。

 

 ――彼女こそが【銀の魔女】と呼ばれし存在。

 卵孵器(インキュベーター)の代行者にして、全ての魔法少女を裏切った許されざる大罪人。

 

 彼女は対価に相応しい貢献をした者に<奇跡>を与えてくれる。

 だからそれを知る者は皆、彼女の命に従い、彼女の為に働き、彼女の望むがままに悲劇を紡いだ。

 

 魔法少女とは、その全てが例外なく「奇跡を叶えてしまった」者達だ。

 故に、目の前へぶら下げられた『二度目の奇跡』を前に、我慢できる者など滅多にいない。

 一度知ってしまったからこそ、誰もがもう一度と願ってしまう。

 

 ある者は膨れ上がった欲望を叶える為に。

 ある者は一度目の奇跡を後悔するが為に。

 ある者は魔法少女の運命から逃れる為に。

 

 誰も彼もが奇跡を追い求め、【銀の魔女】の走狗となって仲間であるはずの魔法少女達を生贄に捧げた。

 

 そうやって一度でも自らの手を血に染めてしまえば、もう二度と後戻りなどできはしない。

 血と罪に塗れながら、際限なく奇跡を求め続ける。

 

 その有様はあたかも亡者の群れのように醜く、汚らわしい。

 己の救いのみを求め、他者の足を引きづり落とし、どこまでも身勝手な願いに取り憑かれたまま突き進む。

 

 全ての救いは、その断崖の果てにしかないと言わんばかりに。

 たとえその先にあるのが奈落の底であろうとも、盲目になった屍人達は気付きもせず。

 

 

 

 

 

 ――榛名桜花は、手にした魔導書を開いた。

 書の題名(タイトル)は<万色の書(アルカンシェル)>。

 

 元々は『魔法少女の魔力を吸い尽くす』為に作られた処刑具にして、魔力の蒐集器。

 それに魔法少女の固有魔法(マギカ)すらも記録、再現する機能を取り付けられた――『結社』でも屈指の()()()だ。

 

 適正者以外の者が使用すれば即座に破滅する呪われた書物。

 その誕生から現在に至るまで、無数の悲劇で彩られている。

 

 唯一の適正者にして生存者――榛名桜花が手にするまで、幾人もの魔法少女達を呪殺してきた曰く付きの代物だ。

 

「……ほんまにろくでもないわぁ。うちも含めて、魔法少女なんてみんなろくでなしばっかりやな」

 

 かつて亡者の一人だった少女は、今では<エリニュエス>の一員としてプレイアデス聖団の本拠地を襲撃している。

 呪われた書を手に戦場を歩きながら、オウカは乾いた笑みを浮かべた。

 

 欠陥品――あるいは失敗作。

 それは自身にこの上なくお似合いの言葉だった。

 

 だからこそ、この呪われた書はオウカを選んだのかもしれない。

 最後の最後で自らの願いを全て否定してしまった、欠陥魔法少女である榛名桜花を。

 

 背中に自らの武装である十字を象った錫杖を背負い、オウカは入り組んだ通路を淡々と踏破していく。

 <アンジェリカ・ベアーズ>の内部は実際に歩くと予想以上に広く感じられたが、仲間達の派手な戦闘音が聞こえてくる程度には狭いようだ。

 

 馬鹿正直に真正面から突撃したクスハや双樹姉妹達とは違い、オウカは裏口らしき場所からこっそりと侵入していた。

 問題児共が陽動の役割を果たしてくれたのか、今のところは特に迎撃もなく探索できている。

 

 オウカは<かずみ>から入手した内部情報と照らし合わせ、聖団メンバーの所在地を調査していた。

 魔法による地図を投影し、魔力反応のある場所に光点を重ねる。

 

 すると地図上の展示室に当たる場所には、双樹姉妹の反応があった。

 その近くにいるのは、恐らく『若葉みらい』だろう。

 一応大雑把な指示こそ出しているとはいえ、気紛れな彼女達がちゃんと従うかどうかは半々といったところか。

 

 派手に暴れまわっている碧月樟刃は、地図上では壁を無視して移動しているように見えた。

 どうやら本当に壁を破壊しながら暴れまわっているらしく、遠くから暴力的な破壊音が聞こえていた。

 

 それから逃げるように距離を取っている反応は『牧カオル』だろうか。

 ご愁傷様、とオウカは内心で手を合わせた。

 

 ――クズ姉の相手とか、うちでもごめんやし。

 

 そして肝心の首魁である天乃鈴音は、どうやら地下へと向かっているらしい。

 目的は事前の打ち合わせ通り、プレイアデス聖団のリーダー格である『御崎海香』の抹殺だろう。

 

「まぁ、ここまでは予定通りなんやけど……なーんかすっきりせんなぁ」

 

 特に問題はないのだが、強いて言えば手応えがなさ過ぎるのが問題か。

 事前情報によれば『プレイアデス聖団』はチームワークに優れた集団のはずだった。

 

 それが実際に蓋を開けてみれば対応が妙にお粗末に感じられる。

 特に連携して迎撃するでもなく、動きがてんでバラバラで纏まりがなかった。

 

 かつての結束は見る影もなく、既に末期的であり崩壊寸前に思える。

 恐らく原因は、聖団の要となるはずだった少女――<かずみ>が不在のせいだろう。

 

「……かずみちゃんかぁ」

 

 彼女は今頃、オウカの魔法によって幸せな夢を見ているはずだ。

 

 二度と目覚めなければいい、とオウカは切に思う。

 彼女に対して含む所は一切ない。かずみに関しては完全な被害者だとオウカは認識している。

 

 和沙ミチルの模造品として創造され、失敗作として破棄された。

 彼女はその生まれから何まで、他人の意思によって弄ばれ続けてきた。

 

 だからだろうか。

 同じ失敗作として、彼女に妙な共感を覚えてしまうのは。

 

 ……せめて、夢の中くらいは。

 

 末期的な患者を安楽死させるように、穏やかな夢の中に囚われ二度と目覚めない方が、彼女にとっても幸せなはずだ。

 かずみとは友達でも家族でもないオウカに出来る事など、所詮はその程度の欺瞞でしかない。

 

「……眠れ、眠れ、永久なる夢を。

 夢幻の中でこそ、人は幸せになれる。

 愛しい人達とずっと一緒にいられる。

 辛いことも悲しいことも、夢の世界で全て忘れて。

 新たな魔女へと変わる前に、希望を抱いてヴァルハラへと旅立て」 

 

 歌うように口ずさむ。

 それがせめてもの救いであると。

 

 魔法に汚染された世界は狂気と紙一重。

 あるいは人間が人間である以上……感情ある生き物である限り、悲劇と絶望が連鎖する地獄は終わらないのかもしれない。

 

 現実なんてものは、どこもかしこも碌でもないのだから。

 

 最後に小さな足音を立てて、オウカは足を止める。

 そこはとある一室の前。地図上に投影された光点は、壁一枚隔てた向こう側にオウカの標的を示していた。

 

「『浅海サキ』ちゃん見ぃっけ」 

 

 そしてオウカは相手の顔も見ないままに、手にした魔導書から魔法を発動させた。

 

 初手にして致命となる必殺の一手。

 それは壁を突き抜け不意を打つ、理不尽な一撃を形成する。

 

「――<万色の書(Arc en Ciel)>破章『夢幻の彼方へ(Diabolic Emission)』」

 

 魔導書から闇色の魔力が放出された。

 それは物理的な破壊を一切起こさない魔的な波動。

 全ての障壁を無視したまま、空間ごと包み込むように標的を闇の中へと抱きしめる。

 

「……ほなさいならや」

 

 安らかな闇の中で、終わらない夢を見続けるといい。

 顔も知らない敵へと向かって、オウカは別れを告げた。

 

 

 

 

 

 

 ――浅海サキは夢を見ていた。

 

 それは過去の記憶。

 忘れられない宝石のような日々の残滓。

 

 季節は五月の半ば、場所は実家の庭先での事だったか。

 愛しの妹『浅海美幸』が、眩しい笑顔で植木鉢に咲いた鈴蘭を披露していた。

 

『みてみてサキちゃん、今年もきれいなスズラン咲いたよ!』

『へぇ……いい香りだね、それに綺麗だ』

 

 幼い妹の明るい笑顔を見ているだけで、サキは温かな気持ちになれた。

 

 咲いた鈴蘭のかぐわしい香りに、可愛らしいベル型の小さな花弁。

 花や茎、根に至るまで毒性を持つ鈴蘭だが、その清楚な可憐さは何物にも代え難い。

 

 妹の美幸は、そんな鈴蘭が大のお気に入りだった。

 

 元々は父が仕事先で貰ってきた物が始まりだった。

 それを美幸が一目見て、大層気に入ってしまったのだ。

 

 自分がお世話をしたいと言い出した美幸に、どこかで毒性を持つと聞いた覚えのあったサキは、心配からその立候補に反対した。

 

 詳しく調べてみた結果、鈴蘭の毒の強さは青酸カリの約十五倍もの強さがあり、毒の抽出も水に生けておくだけで簡単にできてしまう――可憐な見た目を裏切る強力な毒草だった。

 

 また鈴蘭の赤い実を食べた子供の死亡事例が毎年報告されているなど、見た目がいくら可憐であろうとも、自也共に認めるシスコンのサキが容認できるはずがなかった。

 

 そのせいで一週間も口を利いてくれなかったのは苦い思い出だ。

 見かねた父親が仲裁してくれなければ、もっと長引いていただろう。

 

『正しい知識をもっていれば、毒を過度に恐れる必要はない。

 アジサイ、ユリ、チューリップ、あとはジャガイモの芽やトマトの茎や葉なんかもそうだな。身近な花や野菜にも毒はあるんだ。

 大切なのはそれを扱う正しい知識と、毒がある事を忘れない正しい認識だ。それさえあれば間違いなど起きないさ。

 それに毒にさえ注意すれば、スズランはとても育てやすい植物だ。美幸はしっかりしているし、お前が目を光らせていれば忘れることもないだろう?』

 

 美幸の傍に毒物を置きたくなかったサキとは違い、貿易会社に勤める父の言葉は、美幸達の成長を心から願ったものだった。

 結局は、幼いながらもしっかり者で通っていた美幸の普段の素行が認められたのだろう。

 サキもまた心配は尽きなかったが、父の言葉には納得できたので渋々ながらも認めるしかなかった。

 

 それが今ではこうして毎年見事な花を咲かせるまでになったのだから、結果的に父の判断は正しかったのだろう。

 最近では株の数も増え、庭の一角が鈴蘭の花園になっている。

 

『美幸ね、スズランたくさん咲かせて、結婚式でブーケにするのが夢なんだ!』

 

 鈴蘭の花言葉は「幸福の再来」「純愛」「希望」「愛の告白」。

 

 日本では馴染みが薄いが、フランスでは五月に愛する人や親しい人へ鈴蘭を贈る風習があるらしい。

 実際に結婚式でも使われており、ブーケだけではなく、ブライダルヘアやイヤリングにも使われているそうだ。

 

 そんな妹の可愛らしい夢に、サキはついつい意地悪な笑みを浮かべてしまう。

 好きだからこそ構いたくなってしまう。そんな小学生男子のような心理が働いてしまった。

 

『ほほぅ……だがそれは叶わん夢だなぁ』

『ええ!? ど、どうして!?』

『それはな――どんな男を連れてきても、私が認めんからだ!』

 

 姉バカここに極まれり。

 だが誰に何と言われようとも、サキは可愛い妹を他の誰かにやるつもりなど欠片もなかった。

 

 花嫁姿の美幸は是非とも見てみたいが、それをどこぞの馬の骨になど断じて渡してなるものか。

 そんな風にシスコンを拗らせるサキに、美幸は困ったような笑みを浮かべた。

 

『も~、サキちゃんってば……だったら美幸、サキちゃんと結婚するもん!』

 

 ひしっと抱きついてきた妹の小さな体を、サキは「それはいいな!」と満面の笑顔で受け止める。

 そんな愛する妹との掛け替えのない思い出。

 

 可愛い妹。世界で一番大切な家族。

 この世界で何よりも守りたい、サキにとって唯一無二の宝物だった。

 

 

 ――だが運命の歯車を前にして、サキはあまりにも無力だった。

 

 

 久しぶりの家族旅行へと出かけた先、父に急な仕事が入ってしまう。

 そのまま父は仕事へと向かい、幸いというべきかスケジュール的にも後は帰宅するだけだったので、妹と二人でタクシーに乗り込み、自宅へと帰る事になった。

 

 高速に乗り、旅行の疲れからウトウトとし始めた頃、突如対向車線から飛び出して来たトラックにサキ達は巻き込まれてしまった。

 

 かつて感じた事がないほどの衝撃。

 轟音が聴覚を麻痺させ、ノイズの走る視界の先には血溜まりの中に倒れる最愛の妹の姿があった。

 

『み……ゆ、き……』

 

 手を伸ばそうとするが、サキの意思に反して腕はピクリとも動いてくれない。

 徐々に光を失っていく妹の瞳を、サキはただ見ている事しかできなかった。

 

 そしてサキの意識は暗転し――目覚めた時、サキだけが奇跡的に一命を取り留めていた。

 

『……なぜ、私なんだ?』

 

 怒りや悲しみよりも、虚脱感の方が強かった。

 

 コインを無造作に放り投げて、たまたまサキが選ばれた。

 そしてたまたま選ばれなかった美幸は、命を落とした。

 

 そんな運命の悪戯に、世の不条理を感じずにはいられない。

 

 ……なぜ私は、生きているんだ?

 

 美幸が死んだのに。

 姉であるサキは、妹を守れなかったのに。

 

 こんな世界は――間違ってる。

 

 

 

 

 

 

 故に眠れ。

 深く深く、間違いを正す為に。

 

 ここに理想の世界(夢幻)を創造しよう。

 悲劇も絶望もない、約束された幸福の円環を結ぼう。

 

 そして舞台は反転し、新たな演目を幕開ける。

 

 

 

 

 

 

「……キ……――サキ!」

 

 懐かしい声が、サキの耳朶を震わせる。

 目覚めると眩しい照明を後ろに、一人の少女がサキを見下ろしていた。

 どうやらソファで眠っていたらしいサキに向かって、少女は呆れた顔を浮かべている。

 

「もう、サキってばぐっすり眠ちゃってさ。ようやくお客さんが来たんだから、早く起きて起きて!」

 

 ショートにした黒髪に、太陽のような明るい笑顔。

 動きやすいラフな格好の上には愛用のエプロンを着ている。

 

 『和紗ミチル』――()()()が、目の前にいた。

 

「か、カズミ? なぜここに……」

「? なんでって、ここはわたしの家だよ? 変なサキ」

 

 クスクスと可笑しそうにカズミは笑った。

 その笑顔を見ていると、何故だかきゅうっと胸が締め付けられる。

 

 意味の分からない切なさに、気を抜けば溺れてしまいそうだった。

 謎の哀切にサキが言葉を失っていると、カズミの背後からひょっこりと一人の少女が姿を見せる。

 

「……サキちゃん、どうかしたの?」

 

 それは最愛の妹――『浅海美幸』だった。

 何もおかしくなんかないはずなのに、何故だかひどく懐かしい気がしてしまう。

 ついこの間まであんなにも小さかった気がするのに、今ではカズミと背丈も殆ど変わらないほどにまで成長している。

 

 涙が出てしまうのを寝起きのせいだと言い訳して拭っていると、美幸は手提げ袋の中から一つの小瓶を取り出した。

 お洒落な小瓶の中には、鈴蘭の白い花が連なっているのが見える。

 

「あ、ミチルさんこれお土産です。いつもサキちゃんがお世話になってますので」

 

 美幸は両手で小瓶を包みながら、カズミへと手渡した。

 はにかむように微笑みを浮かべる美幸は、姉の目からみても文句なしに可憐だった。

 

「わあ! すっごく素敵! この花ってスズラン?」

「はい、そうです。実はこれ……わたしが育てたものでして。最近こういうのにもはまっちゃってて……これは『ハーバリウム』っていうんですけど、ドライフラワーにしたものをオイルに浸けて標本にしたものなんです」

 

 カズミが小瓶を持ち上げて優しく揺らすと、それにつられて中にあるベル型の花弁もふわふわと漂う。

 見ていて癒される素敵アイテムを受け取ったカズミは、その瞳を大きく輝かせた。

 

「わぁあ! 良いのかな!? こんなに素敵なもの貰っちゃっても!?」

「は、はい。受け取ってくれると……そんなに喜んでいただけると、私もすごく嬉しいです」

「あははっ、ほんっとに美幸ちゃんってば良い子だね! サキが自慢するのも納得だね」

「……そうなんですか?」

「それはもう! 耳にタコができるくらいには!」

「もう……サキちゃんってば」

 

 恥ずかしそうに頬を染めながら、美幸はじとっとした目でサキを睨んでいた。

 不味い方向に話が流れている気がしたサキは、咳払いをして話題の矛先を変えようとする。

 

「んんっ! ま、まぁそんなことより今日はどうしたんだ? 何か用でもあったか?」

「? サキちゃん忘れちゃったの?」

「あー、サキってばまだ寝ぼけてるみたい。今日は『プレイアデス聖団結成記念日』で、特別ゲストに美幸ちゃんを誘ったんでしょ?

 来年から美幸ちゃんも同じ学校になるし、大事なメンバー候補だしね」

 

 呆れたように言われて、ようやく()()()()

 今日はサキにとっても大切な記念日。

 掛け替えのない友人達に、愛しの妹を紹介するために呼んでいたのだ。

 

「今更な話ではあるのですが……『プレイアデス聖団』って実際は何の集まりなんですか? サキちゃんってば詳しく教えてくれなくて……」

「おやおや、シスコンのサキさんにしては珍しい」

 

 からかうように『神那ニコ』がにやりと笑った。

 これは後でまたいじられてしまうなと、満更でもない気持ちでサキは苦笑する。

 来客の気配を感じたのか、いつの間にかパーティーの準備を終えた仲間達が続々とリビングに集っていた。

 

「プレイアデス聖団の正体はね、なんとなんとぉ――ワルモノを退治する正義の魔法少女達なのだァー!」

 

 バーンと効果音が付きそうな勢いで、カズミは宣言する。

 その勢いに押された一同は「おぉ……」とまばらな拍手を送り「どーもどーも」と調子に乗ったカズミが鷹揚に手を振って応えていた。

 

「はぁ……また始まった。美幸ちゃん、気にしないでいいわよ。カズミのいつもの冗談なんだから。本当はただの『天体観測同好会』ってだけよ。

 カズミのお気に入りが『プレイアデス星団』だから、そこから名前を取ったわけね」

「来年こそはぜったい部に昇格して、予算をもぎ取ってみせるよ!」

 

 『御崎海香』がやれやれと肩を竦めて、美幸に説明する。

 ()()()()()()()サキ達は、会長兼団長のカズミに誘われる形で天体観測同好会『プレイアデス聖団』に入ったのだ。

 他の部活との掛け持ちもOKな緩い同好会で、メンバーの一人である『牧カオル』なんかはサッカー部でレギュラー入りを果たしていたりもする。

 

「で、女ばっかりで聖団とか、なんだか戦隊とかバトルものっぽいよなって話になって」

「最終的には『魔法少女』って設定に落ち着いたのよね? 確か」

 

 補足するようにカオルが言葉を継ぎ、『宇佐木里美』がそう締めくくった。

 

「……前から言ってるけど、魔法少女なんてファンタジーな設定、私達には似合わないわよ。リアリティが足りないわね」

「えー? そんなこと言っちゃって、意外と海香みたいなタイプが一度はまるとスゴそうなんだけどなー」「わかるわかる」

「ダマラッシャイ」

 

 仲間達が囃し立てると、海香は鬼の角を生やした。

 きゃあきゃあと騒ぐ仲間達に、サキもまた笑顔を浮かべる。

 

「はい、サキもこれ。カズミ特製のスペシャルジュースだって」

「ああ……ありがとう、みらい」

 

 『若葉みらい』から差し出されたジュースを受け取る。 

 どうやら主賓である美幸もやってきた事で、早速パーティーを始めるらしい。

 

 浮ついた雰囲気の中、準備が整った事を確認したカズミが、ごほんと咳払いをして皆の前へと進み出る。

 

「ではこの不肖、プレイアデス聖団団長兼同好会会長であるわたし、和紗ミチルが乾杯の挨拶を――」

「堅苦しいのはナッシン」「もうお腹ペコペコ」「早く食べさせろー!」「そういうの、カズミちゃんは似合わないわねぇ」「カズミ、カンペが見えてるわよ」

 

 ニコが、カオルが、みらいが、里美が、海香が、真面目くさっていたカズミの事を囃し立てている。

 

「もー! 美幸ちゃんの前なんだから、みんなもちょっとは真面目になりなよ! ここでしっかり者な先輩って思ってもらって、来年の団員ゲットする作戦なんだから!」

「それ言った時点でもう手遅れでんがな」

 

 うがーっと叫ぶカズミに、ニコがツッコミを入れる。

 そんな彼女達を見て、美幸はおかしそうにクスクスと笑っていた。

 

「話が進まないわね……ここはサキにお願いしましょうか?」

「頼むよ、サキ!」

 

 海香が呆れ、みらいが笑顔でサキを促す。

 その頃にはもう()()()()調()()を取り戻したサキは、手にしたグラスを掲げた。

 

「そうだな。今さら私達に真面目な雰囲気など似合わないか。

 それではみな、今日の善き日に――乾杯!」

「「「かんぱーい!」」」

 

 口々に祝杯を挙げ、カズミの作ったシェフ顔負けの手料理に舌鼓を打つ。 

 今回のパーティーを発案したのはいつも通りカズミで、美幸の事を呼んだらいいと言ってくれたのも彼女だ。

 

 細かな進捗や予算などは海香が担当し、里美は料理を担当するカズミの補助、カオルとみらいは買い出し担当で、ニコとサキは会場の飾り付け担当だった。

 

 やるべき仕事は終わらせていたとはいえ、ソファで眠り込んでしまったのは不覚だ。

 賑やかな盛り上がりを見せるパーティーの中、美幸もカズミとの話が弾んでいた。

 

 少しばかり聞き耳を立ててみると、どうやら園芸について話しているようだ。

 カズミもまたこの広い家の管理を一人でしている為、美幸の趣味にも理解があるのだろう。

 それからしばらく様子を見ていたが、ちゃんとカズミ以外の仲間達ともうまく馴染めているようだ。

 

「……みんな良い人達だね、サキちゃん」

 

 やがてサキの隣に戻って来た美幸は、心底楽しそうな笑顔を浮かべていた。

 

 愛しの妹と、大切な仲間達。

 大好きな人達に囲まれた幸せな日常。

 

 ――こんな何気ない日々を、私はずっと夢見ていた気がする。

 

 早速テーブルの上に置かれたハーバリウム。

 小瓶の中でゆらゆらと、鈴蘭の花が揺れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今年ももう終わりですね……早い、早すぎる。
 推敲が足りないよぉ(泣)

 遅筆すぎる更新速度ですが、来年もお付き合い頂ければ幸いです。

 来年はもう少しペースアップしたいです(初詣感)
 それでは皆様、良いお年を。


○余談
 拙作『水底の恋唄』が完結しましたので、よろしければどうぞ(ダイマ)
 以前から書きたかったさやかちゃんの純愛物になります。
 とってもラヴコメ()なので、ぶっちゃけオススメはしません(白目)


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