黒き王の原罪 (イテマエ)
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旧校舎のディアボロス
第1話 馬鹿の青春


 今から数千年、数万年…いやもっと昔の時代。

 冥界と呼ばれる異世界では、悪魔・天使・堕天使が、文字通りの総力戦を行っていた。

 血で血を洗い、憎しみが次の憎しみを呼ぶこの三つ巴の戦いは、すでに最高潮にまで達していた。

 だがそこへ、その争いを待ちわびたかのように、二体のドラゴンが乱入し、次第に戦争は混沌化…

 始めは敵対していた三つの勢力は、ドラゴンを封印しようと団結するが、想像を絶する強さに手を焼き、ついには神様が降臨してくる始末だった。

 ドラゴンも次々と同族を呼び、戦争は冥界全土に影響し、地形も環境も変わっていった。

 その影響は冥界でとどまることを知らず、しまいには人間界にまで及んでしまった。

 人間は地球を守るため戦うことを決意するも、冥界の者からしてみれば取るに足らない存在。瞬く間に命を刈り取られていき、人口の半分が失われ、地球にも自然の大変動が起きてしまった。

 その時、ひっそりと息を潜めていた王が目を覚ましてしまった…

 

 

 

 

 

 まさに「怒り」そのものを体現した怪物は、黒い巨体で全てを威圧し、向けられた攻撃を全てその身に受け、怯むことなく争いの原因に向かって歩き続ける。

 そして神・龍族・悪魔・天使・堕天使は、黒き怪物前に多くの犠牲を出した。

 そこで戦争をやめ、この黒い怪物を封印しようと、5つの勢力は最後の力を振り絞って、やっとの思いで海へと鎮めることができた。

 神すらも殺し、震え上がらせたこの怪物は「黒き王」と呼ばれ、恐ろしさのあまりに一切の書物にその存在を書き残そうとはしなかった…

 人間界のごく一部では、二度と目覚めることがないよう、石碑を立てて魂を鎮めようと試みた。

 その石碑には、「荒ぶる神の化身」という意味で…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…「呉爾羅」と書かれていた………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どこにでもあるようなごくごく普通の一軒家。

 その家の目の前に、まだ小学生にもなっていない幼い男の子と、杖をつきながら一緒に手を繋ぐ媼の姿があった。

 二人の前には、この家に住んでいると思われる家族総出で佇んでいた。

 男の子は垂れてくる涙を、小さな手で拭っていると、媼は、

 

「男の子がいつまでも泣いてはいけません」

 

と、少し口調を鋭くして叱咤した後、シルクのハンカチを取り出して、優しくその涙を拭いてやった。

 

「別にもう2度と会えないわけではないのですよ…ただ坊ちゃんには不自由な思いをしてほしくないの…」

 

 媼は優しく諭すように、男の子の肩を持ちながらにっこりと笑顔を向けた。

 男の子は震える声で返事をするが、その瞳には力強さもあった。

 

「ご両親の分まで、しっかりと強く生きなさいな」

 

 そして媼は男の子に小指を差し出した。

 意図を汲んだ男の子は、同様に小指を出して結んだ。

 

 ゆびきりげんまん

 

 男の子は媼に、「惨めに泣かない」ということを誓った。

 媼はずっと柔らかな笑みを向けている。

 言葉に発せずとも、全てがわかったように、一つ大きく点頭。

 その様子を見守る家族は、温かい気持ちで満たされ、感慨深く頷いた。

 男の子は家族の方を向き直り一礼すると、温かく「兵藤家」として受け入れられた。

 

 そして、元々その家族にいた同じくらいの年齢の子と苦楽を共に過ごし、血のつながりがなくとも、まるで本当の兄弟のような仲になっていった。

 

 

 

 

 

 ばあさんとの約束を心に刻みながら時は流れ、僕はすっかり高校生になっていた。

 6時ちょうどにセットした目覚まし時計で目覚めると、すぐに自室を出て隣の扉を勢いよく開けた。

 

「おはよう!イッセー!」

 

 元気溌剌と、今目の前のベッドでだらしなく寝ている青年に声をかける。

 眠そうに目を擦った後、その青年は痛い目覚まし時計を見ると、

 

「…まだ6時だろ〜…俺セットしたの7時だぜ…もう…少し…だけ…」

 

と、徐々に呟く言葉が小さくなったと思ったら、そのまま崩れるように二度寝の体勢に入ってしまった。

 僕は()()()()()()()強引に布団を引き剥がし、そのやや大柄な体を肩に担いでリビングへ向かった。

 自慢じゃないけど、僕は結構力があるんだ。

 リビングに入るとイスにイッセーを勢いよく降ろし、すぐ隣に座ってご飯を食べる。

 

「一誠、いい加減ちゃんと起きれるようになりなさい」

 

と、忠告するのは、兵藤五郎さん。

 この兵藤家の大黒柱で、小さい頃からずっと頼ってきた優しい人だ。

 

「ホント、一誠もこういうところ見習ってほしいわね」

 

と、若干呆れて嘆くのは、兵藤三希さん。

 真面目な性格は僕も素直に尊敬しているんだ。

 二人は血の繋がりはないけど、僕の両親なんだ。

 本当に二人の優しさには助けられているよ。

 

 そして隣で眠そうにご飯を食べるのは兵頭一誠、僕はイッセーと呼んでる。

 少し…いや、かなりスケベな変態だけど、とても頼り甲斐のある人だと思ってる。事実、この家に馴染めない時、ずっと話しかけてくれたのもイッセーだ。

 半目になって口に米粒をつける姿は滑稽だが、長い付き合いで一番助けてもらった恩人でもある。本人は全くそんなつもりはなさそうだけど。

 自覚のないまま人を助けられる彼は、本当に根っからの善人だと思うな。

 変態だけど。

 

「お前は朝からよく食うな…」

 

「そうかな?成長期の男子高校生はこんなものじゃないかな?なんならイッセーが少ない感じがするけど…」

 

「お前な…朝っぱらからラーメンどんぶりに2杯はよ…さすがに食いすぎだろ…」

 

「う~ん…そうかな?あ、おかわり」

 

 2杯目を食べ終わり、おもむろに3杯目にいく僕を、イッセーはジト目で見てくる。

 さらにそのまま流して母さんが用意している僕たちの弁当を見て、ひきつった顔をしていた。

 普通の弁当の隣に、三段重箱が置いてあるが、これが()()()()()()

 確かに他よりたくさん食べてるのは自覚しているけど…やっぱり心配してくれるイッセーは、なんやかんやで優しいな。

 でもこれだけ食べないと冗談抜きで餓死しそうになるんだよね。

 

「「ごちそうさんした」」

 

 同時に食べ終わった僕たちは急いで身形を整え、玄関で「いってきます」と言ってから飛び出す。

 こうして僕の1日は始まる。

 

「イッセー、自転車今パンクしてるからケツに乗せてって」

 

「おう、大丈夫か?自転車」

 

「まぁ今日の帰りにでもチューブを買って自分で直すさ」

 

 そうして僕は後輪のハブの部分に足をかけ、イッセーの肩を掴む。

 吹き抜ける春の風が気持ちいい。

 

 暫く自転車をこいだイッセーは、僕にとって心臓に悪い話をしてきた。

 

「そういや、松田と元浜のやつが言ってたんだが…」

 

 松田も元浜も僕らの友達だが、イッセーとともに「エロ馬鹿トリオ」として有名になっている。なんとも不名誉な…

 

「お前、バイトしてんのバレたらしいな」

 

 その一言で一気に今日の学校が嫌になった。

 

「ということは生徒会に…」

 

「朝に指導部、昼に担任、放課後に生徒会に行かねえとな」

 

 どデカいため息をついて項垂れる僕。

 指導部の先生は聞き流すとして、問題は生徒会だ。

 あの眼鏡から放たれる眼光と、死刑宣告並みに緊張する罰則は心臓に悪い。

 

「なんでお前はそこまでしてバイトやんだよ…」

 

「そりゃあ…僕が一番食べてるからさ…ちょっとでも還元したいなーと思って…」

 

「まぁ別にいいが、悪いのは『届出も出さずに無断でバイトした』っていうことだろ?」

 

「ぐ…善処します…」

 

 先程の「エロ馬鹿トリオ」に僕も加え、「問題児カルテット」としてマークされている。

 イッセー、松田、元浜には女子が敵として立ちはだかるが、僕の場合は教職員と生徒会…

 よし、しっかり反省しよう。

 

 その後、松田と元浜と合流して学校に向かい、到着してすぐ生徒指導部に連行された…

 説教と御高説を聞くのも何度目だろ。

 1年の時に掃除の最中に窓ガラスを割って…体育のバスケでダンクしてリング壊して…卒業生のお祝いで打ち上げ花火して………

 

 

 

 

 

…思い当たる節が多すぎてわかんねえや。

 最終的に必殺技の土下座懇願で解放されたが、先輩後輩の笑いの的になっちゃった…

 

 昼休みになり、僕は件のエロ馬鹿トリオと共に職員室にいた。

 

「なんでさ」

 

 すると元浜がため息をつきながら、

 

「実は昨日女子剣道部の着替えを覗こうと…」

 

「そんなの犯罪じゃん」

 

「失礼な!我々は人生の中でセンチメートルにすぎない青春を謳歌しようとな!」

 

 ダメだ、さも当たり前のように語っちゃってるよこの人。 

 しかもイッセーも松田も真剣な表情でうなずいていた。うんうんじゃないよ。

 

「青春を謳歌するのは私も応援したいところだ。だが犯罪に手を染めてまでしようと言うのなら、看過するわけにはいかない………

 

 

 

 

 

…思春期真っ只中の君たちの気持ちもわからんでもないさ」

 

「「「先生!」」」

 

「だが」

 

 3人は一瞬表情を輝かせるが、先生はこう付け加えた。

 

「これでもし、女子に一生消えない傷が残ったらどうする?君たちだけがいい思いをして、その子が一生その傷を背負って生きていかなければならなくなったら…一瞬の幸福のために、一生の絶望を与えてしまってもいいのか?」

 

 この言葉の重さに、3人は黙りこくった。

 ただガミガミと捲し立てず、いろんな人の立場になって考えさせ、生徒に気づかせようとするこの先生は好きだ。

 男子女子に分け隔てなく接し、優しいながらも甘やかしたりはしない真っ直ぐな信念を持つのが、全生徒の人気者だ。それにそもそも顔がいい。

 モテないエロ馬鹿トリオは、イケメンに対しての当たりは強いが、この先生だけは別だ。

 そうして僕も説教を受け、イッセーたちには10枚、僕には5枚の反省文を課してお開きになった。

 僕たちは揃って頭を下げた。

 

「すみませんでした。そしてありがとうございました………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………『神永』先生」

 

 

 時刻は午後7時。

 生徒会から反省文5枚の宣告を受け、結局イッセーたちと同じ量を書かないといけなくなり、ついつい時間がかかってしまった…

 なんとか今日中に終わらせ、帰ろうとしたころだった。

 

「?」

 

「どうした?」

 

 旧校舎の方に違和感を感じたが、気のせいということにした。

 

(人…なのか?何かの気配を感じたんだけどな…)

 

 何かと最近感覚が研ぎ澄まされた気がするんだよな。

 現に目の前でビラ配りしている女性が、とても人のように思えないし。

 とりあえずイッセーとその紙をもらうが、なんとも胡散臭い感じがするな。

 まぁこの手のことは今に始まったことでもないから気にも留めなかったけど。

 

 閉店間際の自転車屋に寄っていき、チューブを購入し、外で待たせているイッセーのためにも早く出る。

 戻ってくると、驚くことに、

 

「一目ぼれしました!付き合ってください!」

 

あのイッセーに春が訪れていた。

 

 長い艶のある黒髪で、顔立ちは世の9割は「かわいい」と言いそうなほどだった。

 当然これだけの美女に告白されたら断るわけない。

 イッセーは快諾し、素性も知らない女性を彼女にしてしまった。

 

 ドクン…ドクン…ドクン…

 

 僕の心臓の鼓動が速くなった。

 同時に野性的な勘が危機を伝える。

 

(こいつは危険だ!)

 

 僕は一瞬たりともその女から目を離さなかった。

 女はこちらに気づくと、不自然にいそいそと去っていった。

 その華奢な体が闇に消えるまで僕は見続けた。

 

 すると不意に肩に衝撃を受けた。

 

「おい!春雄!」

 

 イッセーが肩を叩いていた。

 

「どうした?夕麻ちゃんをすっげー睨んでたぜ」

 

「…何でもないよ」

 

 

「いくら嫉妬してるからって女の子に殺意向けてるとモテねえぞ?」

 

「変態じゃなかったら、今頃彼女の一人くらいできてたんじゃないの?」

 

「馬鹿ばっかやりすぎなんだよお前は。顔もそこそこ良いし、頭も運動神経も悪くねえんだから…」

 

「イッセーも黙ってれば男前、喋れば変態なんだから…」

 

 お互い悪態をついて罵り合いをしていると、気がつけば家に着いていた。

 彼女ができて浮かれ気味なイッセーは軽やかに家に入っていく。

 とりあえずパンクを直すが、夕麻という女が気になってしまう。

 あの笑顔が作り偽っているようにしか思えなかった。

 そして何より…

 

(あいつは…人間なのか?)

 



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第2話 力の片鱗

 


 一誠に彼女ができたというその日の夜、春雄はなかなか寝つけず、ずっと天井を見上げては物思いに沈んでいた。

 天野夕麻という少女は、誰もが美人と認めるほど顔立ちは整っていた。

 一目惚れで、恋に慣れていない初々しさが可愛らしく、それでいて清楚な感じは崩していない。

 正直、あの変態な兵藤一誠には勿体ない気もしなくはないが、黙っていればあの男は顔がいい。

 ワイルドな野生的イケメンにはかなりお似合いな感じもする。

 本当なら素直に応援したいところだったが…

 

「なんだ…あの夕麻という少女から嫌な匂い………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………血の匂いがするのは…」

 

 鋭敏になった感覚が、あの女が只者ではないことを告げる。

 本能が「敵」と判断している…

 

「探りを入れてみてもいいかも…」

 

 

 

 翌日、僕はいつも通りの身支度をし、イッセーと一緒に登校する。

 比較的朝早めなこの時間、他に通行人も自動車も通らない道路で、並列して学校に向かっている。

 ふと隣のイッセーの表情を見ると、少々浮かれ気味だ。

 まぁあれだけの美貌を持つ彼女さんだ。

 デレデレするのも頷けるけど、ちょっとは隠してほしい…さもないと…

 

「「彼女ができたってぇぇぇえええ!?」」

 

 松田と元浜がひっくり返りそうになるほど驚いている。

 長らくエロ馬鹿トリオは下の話ばかりしてきたために、女性との付き合いの経験はない。

 少しその言動を控えれば、二人にだっていずれ…

 

「おい、春雄!本当にこいつに彼女できたのか!?」

 

 血涙を流す松田が僕の肩をガッチリと掴んで迫る。

 怖い怖い。

 

「うん。この目でしっかりと見たからね。一目惚れしたらしいよ」

 

 すると一瞬フリーズの後、松田は叫びながら僕の肩を揺すった。

 そして隣では元浜が頭を抱えて、まるでこの世の終わり間近のような絶望的な表情で天をあおいでいた。

 

「嘘だろ…なぁ…嘘と言ってくれぇぇぇえええ!」

 

 元浜の悲痛な叫びが木霊する。

 それに対しイッセーは、

 

「ところがどっこい、これは現実なんだよな」

 

 二人を逆撫でするように、鼻を鳴らして胸を張っていた。

 その後二人がイッセーに関節技を決め込み、僕が止めに入ると学校へ入っていった。

 なんやかんやでこの生活はすごく楽しい。

 

 

 

 次の日、イッセーは夕麻さんとデートをするそうで、いつにも増して気分は高揚しており、どこか緊張している様子だった。

 

「普段からあんなこと言ってるのに、いざってなると緊張するんだね」

 

「そりゃ…まあ緊張すんだろ…初めて女の子と真っ当に話すんだからな…」

 

「デートだからね。一線超えたらダメだよ?」

 

 ちょっと揶揄ったら、イッセーは顔を赤くして「うるせ…」と小さく呟いた。

 そうして足速に玄関を出ていくのを見送った。

 

「さて…」

 

 僕も暫くしてから靴を履き、イッセーの後を追うことにした。

 

 デートは思いのほか、わりと普通だった。

 ところどころ表情とか仕草が硬いところもあるけど、それなりに順調ではある。

 

「特に変なところは無しか…」

 

 二人は公園で向かい合っていた。

 夕方に差し掛かり、そろそろ楽しいひとときが終わろうとしていた。

 名残惜しそうなイッセーの背中は、オレンジ色の光に照らされ、さらに雰囲気を出していた。

 そういえば、今日のために必死になって考えてたな…

 なんて今日の頑張りを心の中で讃えようとした時、空気は変わった。

 

 二人の会話に耳を傾ける。

 そして妖艶な笑みを向けながら、夕麻は言い放つ。

 

「死んでくれない?」

 

 瞬間、ゾッとするほど美しい声がし、辺りの景色に違和感を覚えた。

 何もかもがこの世のものとは思えない。

 再び耳を傾ける。

 

「結界だと…!?」

 

 次の瞬間僕の瞳に、何かに腹を貫かれ、夥しい血を噴き出して仰向けに倒れるイッセーが映った。

 

 

 

 地面には鮮血が水溜りのように広がっていく。

 そして意識が朦朧とするイッセーを、相変わらずにこやかに見る夕麻。

 流石に狂気的にも見えてくる。

 そんなことよりもイッセーだ!

 

「イッセー!」

 

 思わず叫んでしまったが、もういい!

 急いで駆け寄り、その容態を確認する。

 大きな穴が空いた腹には、グチャグチャな内臓が見え、大量に出血している。

 

 

 

 悟ってしまった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…間もなくイッセーは死んでしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…殺される理由はあったか?

 いや、ない。

 目の前の女は命などどうでもよく、微笑んでいる。

 

「どうやって結界の中に入ったかはわかんないけど、あなたも殺してあげる」

 

 人の生命を軽んじる発言。

 大切な人を手にかけ、あまつさえ僕をも殺そうとしている。

 そして彼女の背中から生える黒い翼。

 その翼を見た途端………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………怒りが込み上げてきた。

 気がつけば僕はあの女に、本能のまま襲いかかった。

 

 

 

 夕麻は面倒ごとを避けたい。

 殺人現場を見られ、通報などされたら迷惑以外の何ものでもない。

 仕方ないが、目撃者は生かしておけず、再び槍のようなものを構える。

 

「ごめんね、どこかの誰かさん」

 

 そう言って槍は放たれた。

 突撃してくる春雄に槍が向かっていく。

 そのスピード、とてもじゃないが一般人が躱すのは無理がある。

 一仕事を終え、面倒くさい事を避けるべく、早めに撤退しようと背を向ける。

 すると、

 

 

 

 ガギンッ!

 

 

 

 まるで金属が激しくぶつかったような甲高い音が鳴り響く。

 振り向くと、槍が宙を待っており、すぐ目前にまで手が迫っていた。

 その時一瞬捉えた春雄の顔を見て、夕麻は圧倒された。

 その瞳には殺意、闘志、何より尋常でない怒りが込められていた。

 まるで獣、いや、そんなものが生ぬるく感じてしまう。

 相手はただの人間のはず。だが圧倒的な存在感で動けなくなってしまった。

 そして硬い拳は、そのまま彼女の端正な顔に迷うことなく振り抜かれた。

 

「…!なんなの…いったい…」

 

 吹き飛ばされた衝撃で、僅かながらに意識が飛んでいた。

 夕麻は起き上がると、まだこちらを睨みつける者がいた。

 

「くっ…この!よくもこの私を!」

 

 再び黒い羽を生やす。

 彼女は人間ではなく、信じられないようだが堕天使だ。

 あくまでも彼女達堕天使は、自分達の種族を高貴な存在と自負しており、人間を見下している。

 そんな人間である春雄に恥をかいたのだ。プライドを傷つけられた彼女はワナワナと震えている。

 

「絶対に殺す!」

 

 今度は先程よりも多くの槍を飛ばした。

 次こそは、と思う彼女だったが…

 

「な…」

 

 避けようとせず、むしろ向かってくる春雄。

 そして飛んでくる槍を、全て腕で薙ぎ払い、再び距離を縮めてくる。

 本能的に彼女は命の危険を感じた。

 

「こんな人間に…くそっ!」

 

 悔しさで顔を歪ませ、急いで逃げようとするが、

 

「なに!?」

 

 飛び去ろうとする彼女の足首に噛みつき、逃すまいと踏ん張る春雄の姿があった。

 その手は、槍によってズタズタに傷つけられており、血が滴っていたが原型はとどめている。

 そしてその瞳と目が合った彼女は、先程までプライドを持って挑んだ姿はなく、完全に恐怖の対象とし、早く逃げようと翼を動かす憐れな姿になった。

 

「いや…は…離して…!」

 

 だがその噛み付く力は強くなり、彼女は激痛と恐怖で涙を流す。

 そんなことはお構いなしに、春雄は体全体に力を込め、ブンブンと無造作に振り回す。

 幾度と地面に叩きつけられ、飛ぶ気力すらなくなった。

 そして最後に、倒れている彼女の頭を掴み、片手で放り投げると、そのまま少し離れた空き家に激突させた。

 暫くそこを見つめるが、彼女の気配は感じない。

 鼻を鳴らす春雄。次に気配を感じて振り向くと、そこには赤く長い髪を持つ、スタイル抜群の女性がいた。

 

 

 

 結界は徐々に崩壊し、至って普通の公園に戻り、警戒する必要のなくなった春雄は、いくらか表情を落ち着かせ、イッセーの元に歩み寄る。

 幸い息はしているが、もう長くないだろう。

 とりあえず仇は取ったつもりだが、そんなことをしても助からない。

 どうしようもできず、涙を流していると、

 

「あなたは兵藤春雄君…よね?」

 

「…ええ、そうですが。何ですか?」

 

「説明は後で必ず、納得できるまでするから…彼を私に預けてくれないかしら?」

 

 春雄は再び警戒する。

 一誠を守るように立ち、殺意を向ける。

 一瞬目の前の彼女は怯みそうになる。

 

「落ち着いて…私は彼を助けたいの。時間がないのはわかってるでしょ?」

 

 春雄は彼女の瞳を見つめる。

 やや怯えが見られるが、真っ直ぐな確かな瞳をしていた。

 この状態の一誠をどうにかできるとは思えないが、信じるだけの価値はあると思えた。

 

「あなたを信じましょう…」

 

 すると徐々に意識が遠のいていき、疲れがドッとくる。

 

「必ず…イッセーを…」

 

 そう言うと、糸の切れた人形のように倒れてしまった。

 彼女は二人を運ぶため、仲間を呼んだ。

 

「絶対に助けるわ」

 

 春雄の耳元で呟くと、彼を仲間に任せ、彼女は一誠を大切に抱えると、コウモリのような黒い翼を生やして飛ぶ。

 

 

 

 春雄はムクリと起き上がり、目を擦って時計を確認する。

 時刻は午前7時。

 いつもより少し時間は遅いが、充分学校には間に合う。

 

「イッセーを起こさないと…」

 

 フラフラと隣のイッセーの部屋まで歩いていく。

 その間、昨日までのことを思い出す。

 

(そう言えば…昨日デートだったっけか?尾行して行ったけど…)

 

 順序よく昨日の記憶が蘇る。

 街を歩いて回ったり、服屋で一緒に服を選んでいたり、カフェで向かい合いながら談笑していたり………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………公園で殺されたり…

 

 

 

「イッセー!」

 

 僕は勢いよく扉を開けた。

 だがそこにはイッセーはいない。

 その瞬間僕は膝から崩れ落ちた。

 

「イッセー…」

 

 拳を力一杯握りしめた。

 その時滴る血が僕の太股の上へ垂れた。

 

「戻ってきてよ…死なないでよ………」

 

 

 

 

 

「勝手に俺を殺すなよ」

 

 頭に軽くチョップをくらった僕は、急いで振り返ると、そこにはイッセーが立っていた。

 

「生きていたんだ!」

 

「はぁ?俺は死んでねえだろ?」

 

「え、でも昨日デートしていた時…」

 

「いや、デートはしていたけどよ。まぁ記憶が曖昧であまり覚えてねぇんだが」

 

 記憶がない?いや、デートしていた時までの記憶はあるけど、死んだところは覚えてないってことかな?

 まぁ死んだらそりゃ覚えてないけど。

 でもこうしてイッセーは目の前にいる。

 う〜ん…わからなくなってきたぞ…

 

「まぁいいや。とりあえず学校に行こうぜ」

 

 ひとまずいつも通りご飯を食べ、準備をした後、いつもより遅めに家を出た。

 なんだったんだろうか。

 実のところ、僕もイッセーがあの女に殺されてからの記憶が曖昧だった。

 気づけば目の前に…えーと…誰だ?どこかでみたことある顔だけど。

 赤い髪の女性に会って…そしたら家にいて朝を迎えていた。

 

 

 

…わからん。

 僕は一旦考えるのをやめて、学校へと急いだ。

 

 

 



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第3話 黒き王の威光

原作とは少し展開が違うのはご了承ください!


 ある日の朝、と言っても春雄と一誠からしてみれば普通ではない。

 先日、一誠は天野夕麻という少女に殺されたが、その瞬間のことも、それ以降のことも覚えていない。

 春雄は一誠よりいくらか記憶はあるらしいが、殺されたその現場を見て以降のことは曖昧だった。

 朝からいろいろな疑問が浮かび、落ち着かない二人だったが、そんな彼らを嘲笑うように世界はいつも通り回っている。

 あまりにも日常すぎて、逆に二人は困惑していたのだった。

 

 

 

 学校に着いてすぐ、僕たちはいつものように松田、元浜に出会う。

 朝一からよくもまあアダルトな話をしてくるもんだ。

 僕は呆れを通り越して、二人にはむしろ感嘆する。もちろん心の中で。

 だがいつもと少し違うのは、この手の話に必ずと言っていいほど乗っかってくるイッセーが、妙に静かだったことくらいかな。

 朝、来る途中に話した天野夕麻のことで、ずっとモヤモヤしている。

 

「珍しいなイッセー。普段ならもっとノリが良いと思ったが…」

 

 眼鏡をクイッとあげて、元浜が問う。

 イッセーは僕によって聞かされた「殺された」という事を話すわけにもいかないので、とりあえず夕麻とデートしたことだけを伝えるが…

 

「お前に彼女なんて居たのか?」

 

と、松田が「ありえない」といった感じで苦笑いを浮かべている。

 これに僕とイッセーは「えっ?」と、ついつい言葉が漏れてしまった。

 

「何?春雄、お前までまさかイッセーに彼女がいると思ってんのか?」

 

 松田の問いに僕は頷くが…

 

「んなわけねえだろ。何かの間違いだって」

 

「でも一昨日松田と元浜にも、イッセーは自分から『彼女ができた』って報告してたし…」

 

 それでも疑う二人に、僕は頭を悩ませていると、

 

「そうだ、アドレス帳の連絡先を見せれば!」

 

イッセーが閃いた。

 確かにそれならきちんと証明できるかもしれない!

 いそいそと携帯電話を取り出して、早速アドレス帳を見るけど…

 

「…無い…」

 

「イッセー?」

 

「夕麻ちゃんの連絡先が…無い!」

 

 また僕とイッセーに衝撃が襲う。

 試しに写真データを見てみるも、案の定データは残されていなかった。

 あまりに不可解なことが連続し、立ち尽くす僕たち。

 そんな僕たちを不憫に思ったのか、松田と元浜は一度お互いを見た後、軽くため息をつき、

 

「ま、イッセーはともかく、春雄は疲れたんだろ!」

 

「『ともかく』ってどういうことだよ…」

 

「君はあれだろ?彼女が欲しすぎたあまり、幻覚を見ていたんじゃないのか?」

 

少し揶揄いながらも、二人は僕たちを励ましてくれた。

 イッセーも口では憎まれ口をたたくが、こうした何気ない友人との接触は、今の僕たちにとって心のオアシスだった。

 二人には感謝だな。

 なんやかんや言って、僕の数少ない友人なんだし…

 

「ありがとう。二人とも」

 

 

 3時間目は評判のいい神永先生の授業だったけど、ボーッとして内容が頭に入ってこなかった。

 昨日のことは夢だったと割り切ろうにも、どうしてもできなかった。

 目の前でイッセーが殺されるあの瞬間、僕には夢とは到底思えないほど生々しく、リアルだった。

 木々がザワザワと揺れる音、少し錆びかけた遊具の鉄の匂い…そして…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…血の匂い…

 

 

 

「どうしたらいいのかな…」

 

 窓の外を見て、僕はボソッと呟いた。

 

「どうしたもこうしたも、授業に集中しろ」

 

と、神永先生がいつの間にか僕のすぐ隣に来て、持っていた教科書で頭を軽く叩いてきた。

 それでハッとなった僕は、立ち上がって謝罪したと同時に授業は終わった。

 一度背伸びをして、昨日のことを冷静に思い出す。

 もしそのことが夢ならば、僕が朝起きたところから全てが夢ということになる。

 まるで本当にその時を過ごしたように体は覚えているが、百歩譲ってそうだとしよう。

 でもイッセーがデートに行くまでのことの全く同じ夢を、僕とイッセーは見るだろうか?

 

(どうすればいいんだよ…)

 

 僕は机に突っ伏して、目を閉じる。

 そして、最も記憶の新しい赤い髪の女性のことを思い出す。

 あの人、何か言ってたような………

 

 

 

 

 

「あっ!」

 

 

 

 

 

 昼休み、僕はイッセーを廊下に連れ出して、二人だけで会話する。

 その時妙に体をだるそうにしていたことは言及しなかった。

 あと…いや、今はいいか。

 

「なんだ?なんか思い出したのか?」

 

「この学校に赤い髪で、スタイルのいい女の先輩いなかった?」

 

 少し口が悪いことに、イッセーは「おいおい…」と呟いたが、

 

「それリアス先輩のことじゃね?」

 

「リアス…?」

 

 人に興味を全く示さない僕は、仲の良い人か、よく話す人以外のことはこれでもかと言うくらいわからない。僕の短所だと思ってるけど…

 

「お前知らないの!?この学校の2大お嬢様って謳われる、そのうちの1人だぞ!?」

 

 へぇ…そんな人いたんだ…この学校に1年はいたけど、先輩でそんな人がいるって聞いたことないしなぁ…

 そもそも知ってる先輩は生徒会長ぐらいだし、ていうか2大お嬢様?そんなのあるの?つーかあと1人誰?

 まぁそんな疑問は心の奥底に沈めておいて、

 

「そのリアスっていうのはどこの教室?」

 

「確か3年の教室だから…って、まさかお前!」

 

「もちろん、会いにいくに決まってる!」

 

「俺らみたいな問題児カルテットが会っていい…いや、謁見できる人じゃねえぞ…」

 

「そんなの関係ない。同じ()()、平等さ!問題なし!」

 

 そうと決まれば直行だ!

 僕はイッセーの制服の襟を掴んで、リアスっていう人のところまで走った。

 

 

 

 3年生の教室にて。

 もともと女子校だっただけあって、女子生徒、それも見るからに清楚で健康的な子が多い。

 その雰囲気に影響されてか、男子たちも清く正しい、整った体裁の者が多かった。

 昼食時、楽しそうに会話する子や、粛々と本を読む子、前の時間の復習をする子など、各々有意義に過ごしていた。

 

 

 

 

 

「失礼します!えっと…リアス!リアス先輩にお話があって来ました!」

 

 

 

 

 

 勢いよく開かれた扉は大きな音を立てて外れ、教室に何かと話題の二人が入ってきた。

 堂々と一切悪怯ることなく入ってくるのは、この駒王学園始まって以来のトラブルメーカー、問題児カルテットの要注意人物である兵藤春雄。

 まったく雰囲気にのまれない、いや、空気が読めない身内に頭を抱え、反対に入りずらそうにしているのは、問題児カルテットの一人、エロ馬鹿トリオのリーダー的存在の兵藤一誠。

 片や学校一の変態、片や馬鹿を通り越した暴走機関車。

 この教室の雰囲気に相応しくない二人の登場に唖然とする周囲。

 

「あそこか」

 

 そんなことお構いなしの春雄は、ずかずかとリアスのもとへ行く。

 さすがの彼女も困っていた。

 いざ話を切り出そうとした時、春雄はリアスから感じる違和感に眉をひそめる。

 そして、みるみるうちに彼から殺意が出始め、その瞬間教室は凍てついたように静まり返る。

 目の前でその殺意を受けるリアスは冷や汗が流れ始め、体に力が入る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前から…()()()()()気配を感じるな…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁいい…僕やイッセーに何か言うことはないのか…?」

 

 耳元で呟かれる声に震えるリアス。

 

「…ええ…あとで使いを送るから…その時じっくり話しましょ…」

 

 声を出すのもやっとの思いで絞り出すように伝えると、春雄はそこを去った。

 扉付近で待っていた一誠は、雰囲気が変わった春雄に静かに驚いていた。

 

「春雄…お前…」

 

「行こう…イッセー…」

 

 

 

 放課後、嘘のようにいつもの調子に戻った春雄は、窓の縁に腰をかけ、外に足を垂らしていた。

 あれほど殺気を放っていた様子はなく、今は呑気に鼻歌を歌っている。

 一誠は時々春雄に恐ろしさを感じてしまう。

 普段から何をしでかすかわからない危うさがあるのに、先程初めて見る殺気には文字通り固まって動かなかった。

 

(一応こいつは俺が死ぬ時までは覚えている…こうまでして殺意が湧くのは、何か関係あんのか…それとも…)

 

 異常なほどリアスを憎んでいるのか。

 だが春雄はこれまでリアスと会ったことはもちろん、そもそもいたことすら知らない無礼者だ。

 

(あのリアス先輩がこいつの恨みを買うなんて有り得ねえし…こいつになんかあんのか…?)

 

 なんて一誠は考えていると、廊下の方から悲鳴が鳴り響く。

 何事かと思った一誠だが、自分の目の前にその原因である人物が来ると、ため息をつき、嫌悪の視線を送った。

 

「いきなり敵意が向けられてる気がするんだけど…」

 

「当然だ。お前みたいなイケメンは、非モテの俺たちの敵だ」

 

 苦笑いする金髪の美少年は、メンチを切る一誠と、未だ外を見ながら鼻歌をする春雄と順に見ていく。

 春雄は気配を感じ、振り向くと見知らぬ生徒(ただしほぼ大半が該当)がいることに気づく。

 

「そんなところで休憩かい?危ないよ?」

 

 怪訝そうな顔で見つめる春雄と、柔らかな笑みを浮かべて見つめるイケメン。

 二人の間に妙な緊張が流れる中、最初に口を開いたのは春雄だ。

 

 

 

「誰?」

 

 

 

 その様子を見つめていた一誠と野次馬の女子たちは一斉にずっこけた。

 予想外だったのか、美少年は少し困った様子だった。

 

「挨拶が遅れたね。僕は木場祐斗さ。よろしくね、一誠君に春雄君」

 

 木場と名乗るこのイケメンは、キラキラの笑顔を向けてきた。

 それを見ていた女子達ははしゃぐか、この二人を羨ましがっている。

 明らか嫌そうにする変態、全く知らない感じの大馬鹿、誰もが憧れるイケメンという異色のトリオ。

 後日、俗にいう腐女子という者の間では、この3人の組み合わせの噂が広まることになる。

 

「あ!僕たちのこと知ってるっていうことは、君がリアス先輩の使いってこと?」

 

「うん、そうなるね。詳しい話をしたいからついて来てほしいな」

 

 木場は二人を連れ、廊下を歩いていく。

 向かった先は…

 

「旧校舎?」

 

 疑問を浮かべる一誠に、木場は頷く。

 

「ここが僕達の活動拠点でもあるからね」

 

「だから意外に綺麗なんだ」

 

 春雄は初めての旧校舎に興味津々。

 嗜めようとする一誠を見て、二人の仲の良さに微笑む木場。

 そうしている間に目的の場所の目の前までくる。

 木場が扉を開くと、その中は妙に薄暗く、蝋燭の淡い光に照らされる物騒な絵画や、オカルト系の本があった。

 雰囲気に飲まれそうになる一誠と、これまた好奇心を示す春雄。

 目が慣れてきた春雄は、ソファでお菓子を食べる少女の存在に気づく。

 

「ねぇイッセー、あれは誰?」

 

 この男、遠慮も無礼もお構いなく、指を刺して一誠に問う。

 

「あの子は塔城子猫ちゃん。この学園でロリ属性に人気なんだぜ」

 

 目の前に人気者がいたことに、一誠もテンションをあげていた。

 とりあえず軽く挨拶をする二人だが、子猫の反応は素っ気ない。

 まぁ当然だろうな…無遠慮な二人に子猫はどこか不愉快にも見える。

 

「ところで、リアス先輩は?」

 

 この部屋に目的の人物がおらず、一誠は隣の木場に尋ねる。

 

「もう少しで来ると思うけど…」

 

「今こっちに二人向かってきてるよ。一人はリアス先輩かもしれないけど、もう一人はわからん」

 

 唐突に喋り出した春雄の内容に、一誠は困惑している。

 何もこちらに向かって歩いてくる音なんて聞こえないし、()()()()なら当然わかるはずもない。

 だが木場はもちろん、先程まで無表情だった子猫も少し驚いていた。

 そして、春雄の言った通り、リアスともう一人の美少女がやって来た。

 二人に向かって木場は態度をあらためて報告する。

 

「部長、例の二人を連れてきました」

 

「ご苦労様」

 

 リアスはそのまま一人用の重厚感のある椅子に座り、一誠と春雄にその前にあるソファに座るよう促す。

 美男美少女揃いにやや緊張気味の一誠と、勝手に手に取った本を見る春雄に、長い黒髪をポニーテールにした、こちらもスタイルが素晴らしい美少女がお茶を出してきた。

 当然、この人物を誰か知っている一誠は、その容姿に思わず見惚れていると、目が合ってしまい、アタフタと慌てて視線を外す。

 そんな彼を、美少女は上品に笑った。

 

「なにもそこまで緊張する必要はありませんわ」

 

「そう…ですが…」

 

「?」

 

「学園の2大お嬢様が揃ってて…」

 

「あらあら、うふふ」

 

 頬を赤く染める一誠に妖艶な笑みを向ける朱乃。

 そして春雄にもお茶が出されるが、

 

「ありがとうございます」

 

と、一誠とは真反対に、平静を保ったままそのお茶を飲んだ。それも熱々のうちに。

 一誠は時折、春雄の心臓に鉄の毛でも生えているんじゃないかと思ってしまう。

 

「イッセー!これうまいぞ!」

 

 また空気を読まずにはしゃぎ始める春雄に、一誠は頭を抱える。

 だがリアスが咳払いをしたことで、再びその場に緊張感が戻る。

 

「私はリアス・グレモリー、このオカルト部・部長でもあるわ」

 

「私は姫島朱乃ですわ」

 

 簡単な自己紹介の後、一誠も春雄も同様に名乗った。

 そして、次にリアスによって告げられた言葉に、二人は電撃が走ったかのようなショックを受ける。

 

「まず、私達は()()よ。そして一誠君、あなたを悪魔として歓迎するわ」

 

と、リアスのカミングアウトと同時に、春雄以外のこの場にいる者からコウモリのような黒い翼が生えた。

 驚いて何も発せなくなる一誠と、絶望に近い表情の春雄。

 

 その後、天野夕麻が堕天使であり、一誠を殺そうとした理由を説明してくれた。

 一誠の中には神器(セイクリッド・ギア)という特別な力が眠っており、危険分子と見做した堕天使側が排除しようと寄越した刺客の可能性があるらしい。

 こんな突拍子もない話をいきなり信じるのも無理はあるが、殺されたその瞬間の記憶が突然鮮明に思い出され、しかし現に生きていることから一誠は信じざるを得なくなった。

 

「じゃあイッセーはもう…人間ではなくなった…」

 

 しばらく黙っていた春雄は、告げられた残酷な現実に呆然としていた。

 そんな彼に、皆哀憐の視線を送っていた。

 大切な、家族同然だった人が、殺された挙句に人をやめて悪魔になっていたのだ。普通の人なら受け入れられないだろう。

 そんな彼を斟酌したリアスは、

 

「ごめんなさい…でも助けるためにはこうするしかなかったの…」

 

「ええ、わかってます。わかってますけど…」

 

 今そこにある彼の姿は、あの元気を通り越した究極の馬鹿ではなく、精神的に憔悴し、項垂れている姿…

 

 そうして春雄と一誠は、悪魔の事情や、この学園との繋がりなど、気になることを聞いていく。

 

「こんな話…人間である僕に話していいんですか?」

 

「本当は控えるべきだったかもしれないけど、あなたはこれから狙われる可能性があるわ」

 

「どういうことですか?」

 

「それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………生身で人間であるあなたが堕天使を撃退したから…」

 

 その一言に部長以外の者すべてが瞠目した。

 冥界に住む者たちは、人よりもはるかに身体能力が高く、通常ただの人間が肉弾戦を挑んで勝つのはまず不可能だ。

 しかし、春雄は堕天使である天野夕麻の攻撃をものともせず、圧倒的な力でねじ伏せた。

 

「ひょっとすれば…あなたも何か特別な力を持っているかもしれない…そしてそれが理由で排除しようとする者も現れるかもしれない…」

 

 不安になり始める春雄。

 狙われること以上に、自分の普通ではないことに恐れを抱いている。

 

「だからこそ、あなたのことを保護したいの。その力が不用意に振り回されないように、私たちに監視させてほしいの」

 

「それってつまり…」

 

 春雄に再び殺意が湧きおこる。

 一誠は狼狽え、他の部員たちはついつい構えてしまう。

 

「僕も悪魔になって眷属になれと?」

 

 表情こそ変わらないが、その瞳に宿る殺気には圧倒されるものがある。

 

「そんなつもりはないわ!一誠君は転生したうえ、さっきの話で自分から眷属になると言ってくれた…

 でもあなたは、あくまでも人間。だから眷属にするということも、あなたが望まない限りないわ!」

 

「保護という名目で監視下に置き、この得体のしれない力を戦力にしようと考えていませんよね?」

 

「そ、それは…」

 

「悪魔的な狙いなら、戦力増強を優先させるでしょう?保護と言うより協力を持ちかけている気がしてならないです」

 

 底冷えさせるような声で圧をかける春雄。

 

(こんなこいつ…今まで見たことが…)

 

 恐れおののく一誠に、ふと小さい頃の記憶が甦る。

 

 

 

『イッセーは信じてくれるの?』

 

『ああ!お前が見たっていうなら俺は信じる!そんなくそったれ野郎たちのこと、俺だって許せねえからな!』

 

 

 

 黙りこくってしまったリアスに、春雄は、

 

原生への興隆(ルイン&リバイス)を知ってます?」

 

と、突然訪ねる。

 唐突に飛び出したこの単語に、皆頭に「?」を浮かべる。

 本当に何も知らないようだった。

 すると、

 

「すみません…取り乱していました…」

 

 先ほどとは打って変わって、頭を下げる春雄。

 

「今後のことを考えると、僕もそちらに身を置いたほうがいいかもしれませんね。ぜひ協力させてください」

 

 雰囲気が何もかも変わった春雄に、オカルト研員は呆気にとられていた。

 

 春雄に対して様々な疑問が残り、晴れない気持ちの中、早速一誠に悪魔としての仕事のビラ配りが言い渡された。

 大量の紙を前にやる気が失せた一誠だったが、リアスに上手くのせられると勢いよく飛び出していった。

 

「あの…」

 

 一誠の手伝いに行こうとする春雄を止めたのは、まさかの子猫だった。

 

「確かに私たちは悪魔ですけど…ここにいる皆さんは悪い人たちじゃないです…だから…その…」

 

 すると、

 

「あの時は驚かしてごめん…でもみんな良い人だってのはわかったから…」

 

 苦笑いする春雄は、心底申し訳なさそうにしていた。

 

「その…まるで悪魔のことを恨んでる気がして…」

 

「いや…えーと…その…ちょっと事情があってね…今度話すので」

 

 そう言うと、そそくさと部屋を出ていく。

 残されたメンバーは呆然とその様子を眺めるだけだった。

 

 

 

 

 



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第4話 力が目覚める者

 いくらかオリジナル展開ですが、なるべく大きく逸れないようにはしたいです。


 現在、一誠は馬車馬のようにチラシを配っていた。

 深夜帯の作業と言うことで、面倒くさい以上に体力的な問題もあって、大抵の人ならば過度な疲れを覚えるはずだった。

 そう、()()ならば…

 

(悪魔…と言っても実感がいまいちわかねーけど、こんだけ夜(おせ)えが体は疲れちゃいない…)

 

 そう思いながら一誠は周囲を見渡してみる。

 時間帯は夜であるはずだが、今は昼のように明るく感じ、目も不思議と冴えている。

 先ほど散々走り回ったにもかかわらず、息も落ち着いている…

 

(本当に変わっちまったんだな…)

 

 どこか名残惜しそうに自分の手を見つめる一誠。

 そしてふと思う。

 

「変わったと言えば…」

 

 思い起こされる、悪魔と出会った時の、春雄の殺意…

 どれだけ馬鹿をやっても、どこか暢気だが優しさだけは誰よりもあったあの春雄が、体の芯から震えさせるほどの冷たい殺気を放っていた。

 そのあまりの変貌に一誠は恐怖以上に戸惑いを覚えていた。

 

(あいつは人間だ…まさかそんな…)

 

 頭では否定するが、部長のリアスが言う通りならば、あれだけの力を持つ堕天使の一人を一方的に封じたのだ。

 疑いたくはないが、何かあるとしか思えなかった。

 

「あっ、イッセー!」

 

 噂をしていると、当の本人がこちらに走ってきた。

 一誠同様に整った顔立ちだが、どこか無邪気さも残る春雄。

 

「ビラ配り、終わっちゃったの?」

 

「…おう」

 

「じゃあ帰ろっか?部長も『終了次第帰っていい』って言ってたんだし」

 

 そう言ってあどけない笑顔を向ける春雄。

 絶対に喧嘩とは無縁そうなこの男が、どうしてあんな殺気を放つのか。

 

「やっぱりあのことは本当なのか…」

 

「ん?イッセーなんか言った?」

 

「え?い、いや…なんも言ってないぜ!それよりも早く帰るぞ!」

 

 深夜の小道を二人分の自転車が並走する。

 家路を急ぐその姿は、完全に暗闇へと消えて見えなくなった。

 

 

 

 次の日の放課後、僕はイッセーに呼び止められていた。

 何でも放課後から夜にかけていつものように活動があり、できれば手伝ってほしいということだ。

 

「手伝いたいのはやまやまなんだけど…」

 

 ごめん!イッセー!実はこの後近辺のスーパーでバイトがあるんだ。

 するとイッセーはジト目になり、

 

「まさかまた無断でやるつもりはないだろうな?」

 

「この前のバイトは秘密だったけど、今日のは去年から申請してたやつだから大丈夫だよ」

 

 一通り話し終えると、イッセーはため息をついた。

 なんかあまりにも疲れていて、かわいそうだったからせめてものって感じで、今日出された課題を一緒にやってから行くことにした。

 

「お邪魔します」

 

 オカルト研究部に入ると既に…えーと…誰だっけ小っちゃいのと、優男で痩せ気味の金髪の………

 

………

 

 

………

 

 

 

………

 

 

 

 

 

………?

 

「イッセー…」

 

「?なんだ?」

 

「あの二人…誰だっけ………」

 

 心の底から僕は申し訳なさと不甲斐なさを感じた。

 イッセーは呆れてため息をつき、金髪の男子生徒は苦笑いし、

 

「覚えてくれていないなんて…最低です…」

 

 女子生徒は頬を膨らませ、不機嫌そうにも俯いていた。

 その後、木場祐斗さんと塔城子猫さんに謝った後、テーブルに課題を広げた。

 

「今日の課題かい?」

 

「あれ、同じ課題?」

 

「うん。丁度今日その分野に入ったところだね」

 

 同じ学年は知ってたけど、まさか同じ教科担の先生だったとは。

 木場さんもその授業はわかりやすいって好評だった。

 さすが神永先生。

 

「あら、みんな来ていたのね」

 

「あ、リアス先輩に朱乃先輩、お邪魔してます」

 

「…お二人のことは覚えているんですね…」

 

 遅れて現れた二人に挨拶をすると、先程のこともあって塔城さんは拗ねていた。

 

「そりゃあ…イッセーから2大お嬢様っていうことは聞いていたし」

 

「あらあら、光栄ですわね」

 

 姫島先輩は慣れた手つきでお茶を用意してくれた。このお茶、冗談抜きでホントにおいしいんだなこれが。

 僕は当然飲まずにはいられず、熱々のうちに流し込んだ。喉元を過ぎていく熱さが、じんわりと体に広がっていく感じがやみつきになる。

 そうしている間にもイッセーは課題に取り組むが…

 

「う~ん…」

 

 かなり難航している様子だった。

 バイトまで時間も迫ってきているし…

 

「イッセー、とりあえず3つの不等式は手っ取り早く作図して、そっからササッと交点全部出して」

 

 

 

「んで、x+2y=kとおいたらy=-1/2x+1/2kにして。そうすれば傾きマイナス2分の1の直線が切片によって…そうだな、簡単に言えばグラフが上下に動くんだよね」

 

 

 

「そしたらさっきの範囲Dの中で最大最小になる一点を出すんだ」

 

 

 

「kはx+2yの最大値最小値だからさ、さっき設定したk=x+2yに最大最小となる点を代入すれば答えが出るよ」

 

 なんてザッと軽く教えたところで時間は来てしまった。

 そろそろ準備しようとすると、オカルト的の視線が気になってきた。

 なんだ?みんな水鉄砲くらったカエルみたいな顔して…

 

「あの…何をそんなに驚いてんの?」

 

 すると塔城さんが、

 

「いえ…少し失礼ですが…意外かなと…」

 

「え?」

 

 困惑する僕に、イッセーが説明してくれた。

 

「そりゃそうだろ?校則破りの常習犯、ついには学園始まって以来の馬鹿って言われるお前が、普通に数学できるどころか、人に教えられるんだからな」

 

 まあ自分でも行動は馬鹿なところがあるとは思ってるけど…

 

「春雄君は頭がいいの?」

 

 リアス先輩の質問に対し、

 

「まあ…テストならこの学校で20位以内には入りますけど…」

 

 自信なさげに答えると、イッセー以外のオカルト部は驚いていた。

 どんなイメージ持ってたんですか…って聞くまでもないか。

 

「不思議ですけど、こいつは意外と頭いいんすよ、部長。伝説になった去年の卒業生のための打ち上げ花火もこいつの自作です」

 

 あー、あの黒歴史か。

 一個上の先輩がふざけて言ってたやつを僕がそのまま鵜呑みにしたんだっけ。

 当然そのあと教師と生徒会、そして役員の保護者たち相手に鬼ごっこをしたんだった。

 

「どうして頭はいいのに根本は馬鹿なんですか…」

 

 呆れたように辛辣な言葉を並べる塔城さんは、僕をジト目で見てくる。

 今まで何度も向けられたこの目。

 僕は深くため息をついてバイトに向かった。

 

(なんだろ…)

 

 向かう途中、邪な気を感じてしまった。

 2年生からは普通な生活を送ろうと思ってたのに。

 とりあえず今はバイトに急ごう。

 

 

 

 そして深夜…にはまだ突入していないが、辺りは真っ暗な頃だった。

 とあるマンション一室でイッセーは初となる依頼をこなしていた。

 依頼人の森沢という男に、はじめは悪魔としての信用をあまり持ってもらえなかったのだが、その後アニメの話で意気投合し、依頼は果たせなかったものの、かなりの好印象を与えたようだった。

 まさにひと段落して帰ろうとしたその時、

 

 

 

ザシュッ!

 

 

 

 いつか見た光の槍のようなものが飛んできて、イッセーの脇腹を掠めた。

 苦痛で表情をゆがめるイッセーは、なんとかして気配の方を見ると、

 

「このような場所で、まさかお前ほどの存在に会えようとは…」

 

 そこには黒い帽子と黒いコートで身を包む男がいた。

 そしてその目からは殺意が放たれていた。

 

「うわっ!?」

 

 気がついた瞬間、イッセーの腹に槍が刺さっていた。

 突然目の前の景色が揺らぎ、自分の体はグラついて立つことすらやっとである。

 痛みに耐えながら強引に槍を抜くと、視覚のなんらかの障害は改善されたが、依然多量出血で危険な状態であることに変わりない。

 

「槍を抜くとは…まあ良い判断だろうな」

 

 そう言って男はまた槍を生み出す。

 

「堕天使…か…」

 

 痛みがピークになり、いつ気を失ってもおかしくないなか、イッセーは精神力だけでスタンに耐え、男を睨む。

 

「ああ…堕ちたと言え、我々は天使…悪魔のお前たちにとって光は毒…」

 

 そして光の槍を構えなおし、今度こそ止めを刺そうと一気に詰め寄ってきた。

 このまま何もしなければ負ける………

 

 

 

………もし負けたら………?

 

 

 

 オカルト研究部のメンバーが一誠の頭をよぎった。

 ハーレム王を目指し、そのために校内の人気者が集ったオカルト研究部で、あわよくばおいしい思いができたらと考えているこの頃。

 青春らしい青春を送れなかった一誠は、この美少女が集まる最高の場所で、上級悪魔になるため決意をしたのだった。

 

 

 

 そんな彼女達に会えなくなってしまう…それ以上に…

 

 

 

…せっかくの新しい居場所に戻れなくなってしまう…

 

 

 

 リアス、朱乃の2大お嬢様に加え、校内で大人気の子猫と木場…

 なんとなく自分は場違いなのでは、と思っていたが、

 

「こんなところで…くたばっていられるか…」

 

 あそこに居心地の良さを感じていた。

 そしてそのオカルト研究部があり、どうしようもない悪友がいて、そして同い年の大切な家族がいるこの学園…

 

「俺は…」

 

 左手に力が宿っていく。

 黒に身を包んだ男の顔が焦り始める。

 

駒王学園(自分の居場所)に帰る!」

 

 決意を固めたとき、炎のように赤い左手を、力一杯相手に叩きつけた。

 その目は闘志であふれ、闇夜を照らす炎のような左手は輝いていた。

 

 

 

…目覚めの時だ。

 

 

 

 殴られた衝撃で吹き飛んだ男は、なんとか立ち上がった。

 

「く…このタイミングで目覚めたか…」

 

 先ほどまでの様子とは一変し、一誠に、正確には左手の籠手のようなものに狼狽えていた。

 瀕死の状態だというのに、立ち続ける目の前の存在は、彼にとって大きく見えていた。

 するとそこへ、

 

「そこまでにしてもらえるかしら」

 

 リアスがやって来た。

 怒気を含んだ声で二人の間に立ち、鋭い目線で男を牽制する。

 

「私の領地で私の(しもべ)に手を出して…随分と勝手なことをしてくれたわね?」

 

「いや…申し訳ない…こんな夜更けに一人で歩く悪魔を見て…はぐれと思ってしまったのだ…管理はしっかりとしておくのだぞ?危うく葬ってしまうところだったからな…」

 

「でもこれでわかったでしょう?堕天使は二度とイッセーに、私たちに近づかないことね」

 

「…善処しよう…」

 

 二人の間に流れていた緊張の空気は、少しだけ溶けたようだ。

 ここで殺し合いに発展して面倒ごとになることを防ぎたいことは、双方一致していたのだろう。

 

「命拾いしたな…小僧…」

 

「て…てめえ…」

 

「最後に私はドーナ・シーク…再び相まみえないことを願うが…」

 

 ここで再びこの男に殺意が戻る。

 

「そういえば…この街に人間の中で強力な力を持った者がいるらしいが…」

 

 男の言葉に一誠とリアスは冷や汗を流す。

 二人の異変に気付くが、男は続けた。

 

「何か知っているか?」

 

「…知らないわ…ところでその対象人物はどうするつもりなの?」

 

「当然、見つけ次第殺す。それだけ奴は危険と判断された」

 

 一誠は消えかける意識でそのことを聞き、ガリッと唇を噛んだ。

 いったいこの世は、どれだけ春雄を苦しめるのだろうか。

 

(あいつが一体何したっていうんだよ…)

 

 現状、何もしてやれない自分に、無性に腹が立つ。

 ここで文句の一つや二つ言いたいところだったが、変に要らぬことを喋って自分たちが関わっていることを知られれば、もっと面倒になるだろう。

 悔しいのはリアスも同じである。

 今は大人しくしているのがベストであろう。

 

「では…さらばだっ…」

 

 いざ立ち去ろうとした時、男に向かって猛スピードで何かが突っ込み、大きく吹き飛ばした。

 完全に気絶した男に、心配して駆け寄るものが一人。

 

「大丈夫!?おっさん!」

 

 あろうことか、現在目をつけられている危険人物だった。

 

「春雄君!?」

 

「あ、リアス先輩、こんばんは。こんなところで会うなんて…」

 

 ここで春雄は、リアスに支えられている大怪我の一誠が目に入る。

 リアスはとりあえず心配ないことを伝え、春雄を落ち着かせた。

 

「じゃあリアス先輩に任せればいいんですね」

 

「ええ。必ず助け出して見せるわ」

 

 普通なら信じられないが、既に事件は常識の範囲内を超えている。

 普通に考えるより、そういったことに詳しい悪魔であるリアスに任せた方がいいだろう。

 それに彼女の表情に曇りや惑いはなく、信じるには十分だった。

 

「お願いします…っと最後に、この伸びてるおっさんは?」

 

「あぁ…そのままで大丈夫よ」

 

 

 

 

 

 昨日はリアス先輩に全部任せたけど、イッセーは大丈夫かな…

 イッセーの部屋の前に立つ僕は、なかなか部屋に入れないでいた。

 もし助かっていなかったら…怖いんだ。

 でも…

 

 

 

 

 

「イッセー!起きて…」

 

 意を決して扉を開けると、目の前の光景に僕は思考が止まった。

 イッセーとリアス先輩が一糸纏わぬ姿で寝ていたようだ。

 イッセーも起きた直後、意味が全く分からない様子で固まっていた。

 

 

 

 その後リアス先輩に事を簡単に教えてもらった後、僕たちはいつも通り学校へ向かった。

 道中、リアス先輩のことを思い出してか、イッセーはだらしない顔になっていた。

 いつも通りの変態(正常運転)で安心した。

 

(助けるためとはいえ…まさかあんな…)

 

 朝一からあの光景はいろいろ心臓に悪い。

 それにしても…

 

(あの男について詳しく教えてもらえなかったような…)

 

 あの夜バイトが長引いてしまったため、補導員に捕まらぬよう急いで帰宅しているとき、突然現れた人(?)を轢いてしまったんだ。

 でも同時にその男へ、本能が警笛を鳴らしていた。

 そしてイッセーもリアス先輩も挙動不審で、なにか隠しているように見えていた。

 そうして物思いに更けていると、

 

 

 

 ドンッ

 

 

 

 僕とイッセーは背後に軽い衝撃を感じ、後ろを見ると…

 

「いたたた…」

 

 地面にぶつかった反動で転んでしまっただろう、金髪のキリスト関係者と思しき人女性がいた。

 この女性を見て、僕たちの意見は一致しているだろう。

 

((か…かわいい…))

 

 

 



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第5話 陽と陰の優しさ

 学校へ向かう途中の春雄と一誠は、ふと考え事をしている際、不注意ゆえ通行人とぶつかってしまった。

 二人は慌て、すぐ謝ろうと振り向いた途端、

 

((か…かわいい…))

 

 思わず見惚れてしまうほどの美しさとかわいさに、思考が停止してしまった。

 

 ふと我に帰った二人は、申し訳なさそうに謝りながらその女の子を立たせる。

 春雄はどこも異常がないか尋ねるが、その女の子はわかっていない様子だった。

 

(外国の方かな…?)

 

 陽に照らされ輝く髪の黄金、透き通るような白い肌、エメラルドのような美しく大きい瞳からは優しさを感じられる。

 ぱっと見、おおよそ日本人ではないと思っていたが、ここまで絵に描いて美しいと言えるような人もそうそういない。

 などと思っていた春雄は、自身の配慮が欠けていたことを嗜めた。

 

「こちらの不注意でした。すみません。お怪我はありませんでしたか?」

 

「えっ…は、はい…大丈夫です」

 

 春雄は気を取り直し、英語を流暢に話してみせた。

 突然彼の英語、それもかなりレベルの高いものを聞いて、一瞬驚きを見せた彼女だったが、その後すぐ受け応えた。

 春雄は超がつくほどの馬鹿として、学校から指名手配犯級の扱いを受けているが、行動がやばいだけで、普通に学力はトップレベルであり、運動神経も抜群であったりと、本当に評価に困るお騒がせ野郎であった。

 そんな小話は置いておき…

 

「そう言えば、名前は?」

 

「私は…アーシア=アルジェントと言います」

 

 ふと一誠が何気なく話していることに春雄は驚くが、

 

(そう言えば、こんなこと言ってたっけ…)

 

 

 

 遡ること数日前、悪魔になったばかりの一誠と、グレモリー眷属からいろいろ聞いていた時だった。

 話は悪魔になった時に見られる身体の変化だったが、

 

「悪魔になると、あらゆる身体機能が強化され、五感もよく発達するんだ」

 

 木場が二人にわかりやすく教えてくれた。

 悪魔になると、通常の人間とは比べ物にならないほどの筋力を得られる他、暗闇の中でもよく見えたり、普段聞こえない音も聞き取れたりと、一見いいこと尽くめに思える。

 しかし、

 

「悪魔って日光とか大丈夫なんすか?俺自身、夜は体が活性化してる感じがしたんですが、昼とかはちょっと怠いと思ったんで…」

 

 一誠の言うことに頷いて答える木場。

 どうやら悪魔になると、やはり夜や暗闇に特化している体ゆえか、日中は一誠のように怠さを覚える者もいると言う。

 だがそこまで酷いものはないらしく、直に慣れるそうなので、一誠も春雄も胸を撫で下ろした。

 そして次に朱乃が、

 

「悪魔になると、他の国の言語も理解できるようになりますわ」

 

 と言った。

 これには衝撃が大きかった。

 

「つ、つまり、英語を勉強しなくても英語を話せるように!?」

 

「その話が本当ならね…」

 

 現代、国際化が進む中、なんともグローバルな話だろうか。

 英語だけでなく、あらゆる国の言語に対応できると知った一誠は、面倒臭く思えた英語を必死こいてやることがないとわかった瞬間、有頂天外の如く舞い上がった。

 当然必死こいて英語を勉強した春雄からしてみれば、これ以上ないほど癪に障ることである。

 ここまでの話、悪魔になることのメリットとデメリットが釣り合っていないように思えるが…

 

「言っておくがイッセー」

 

 声の雰囲気を変えて春雄は言う。

 

「さっき部長が言っていたように、悪魔は今敵対勢力がいるんだぞ?そういった奴らと戦ったり、時に殺し合いだって起こるかもしれないし」

 

 そのことに一誠は真剣な顔になる。

 実際堕天使と一悶着あったのだ。悪魔になったからには戦いをする宿命を背負わなければならない。

 

「ああ…わかってる…だけど、一度死んだ俺の命を助けてくれたのは悪魔のこの人たちだ。だったら部長のために戦ってもいいと思ってる…」

 

 戦いを知らないこの間までちょっとエロい高校生が、まるで夢ごとのようにほざくが、その間には確かなものがあった。

 そんな目をしている一誠は止められないことを知っている春雄は、

 

「まあ…好きにすれば?」

 

 やや投げやりな感じで、それでも心の中ではしっかり応援するのだった。

 

「そして、可愛い子たちを眷属にしてハーレム王になる!」

 

 一誠の最後の一言を聞いた途端、すぐさま前言撤回した春雄だった。

 

 

 

 春雄は目の前のアーシアという女性を見る。

 一誠と言葉が通じたことで楽しそうに談笑している姿は微笑ましいが、着ている衣服を見て少し警戒をする。

 

(修道服…教会の人間…つまり悪魔と敵対する者か…)

 

 二人の笑顔を見て、本当に悲しみを覚える。

 お互いに素性を知らないからこそ仲睦まじく話せるだろうが、いざ正体を知られた時には…

 考えたくもない。

 小動物のようにかわいいから傷つけたくないのもあるが、何より根っからの善人を隠せないほど溢れる優しさのオーラ。

 一言で言えば「聖女」だった。

 願わくばこのまま敵同士にならないことを祈る春雄だった。

 

「ところでそんなに荷物を持って…旅行か?」

 

 一誠はアーシアが持つ大きな旅行鞄が目に入る。

 

「いえ、これから教会に行くんです」

 

 アーシアの一言に一誠は少しギョッとする。

 悪魔にとって、教会は不用意に近づけないところ。

 万が一悪魔対策を施された教会に入ろうものなら、瞬く間に塵すら残らず消されるだろう。

 一誠は冷静になってアーシアを見る。

 修道服というものを着ていることもあるが、先程から知らぬ間に警戒している自分もいた。悪魔の本能が騒いでいるのだろうか。

 春雄は一誠に歩み寄り、耳元でこっそりと、

 

「アーシアさんは幸いにもイッセーが悪魔であることをわかっていない。ここは僕が何とかするから、面倒ごとになる前に学校に行くといい」

 

「でもお前も悪魔側についちまってんだぜ?大丈夫なのか?」

 

 一誠の問いに、春雄は影のある寂しそうな笑顔を向ける。

 

「大丈夫。また学校で」

 

 そして春雄は小さくため息をついた。

 

(優しいイッセーじゃ、万が一のことが起こっても彼女に手出しはできない…)

 

 春雄は一誠が学校に急がなければならない適当な理由をこじつけ、代わりに教会へ自分が案内することを伝えた。

 アーシアは何やら一誠でないためか、少し不安を感じているが、

 

「アーシアちゃん、大丈夫だ!そいつは優しいから!」

 

 一誠の一言でアーシアは目の前で荷物を持ってくれている男を信じた。

 春雄は心配をかけさせまいと微笑んで、アーシアが行く教会へ案内した。

 その二人を少し離れたところで見送った一誠。

 

「大丈夫か…?」

 

 この町に長く住んでいるのもあり、この辺の地理感覚は問題ないが、

 

「なんであんな顔したんだよ…」

 

 先程見せた意味のある笑顔が頭から離れなかった。

 

 

「『優しい』ね…」

 

 ボソッと呟く春雄に「?」を浮かべるアーシア。

 そんな彼女を知らず、春雄は物思いにふける。

 

(たぶん…イッセーが思ってるほど僕は優しくないさ…)

 

 

 

 放課後、二人はオカルト研究部としての活動があったが…

 

「すいませんした…部長…」

 

「浅はかでした。反省してます」

 

 二人は部長の目の前で立たされ、説教を受けていた。

 特に一誠はよほど効いたのか、落ち込んでいた。

 

「教会にはエクソシストがいるところもあるの。もし彼らの悪魔祓いにかかったら何も感じずに消滅させられるのよ?」

 

 ここまで怒るのも無理はない。

 気がついた時には既に時は遅い。誰かはもちろん、自分ですら気がつかないうちに死んでしまうのだ。

 どれだけ教会との接触が危険なのか、今一度一誠は肝に銘じるのであった。

 

「あなたもよ」

 

 リアスは次に春雄の方を向く。

 春雄はあの後、アーシアを無事に教会に届けられたわけだが…

 

「あなたの身柄は悪魔側にあるのだから、今後はそういった行動も控えなさい」

 

 確かに悪魔と関わっていると堂々と公言してしまえば、教会側の人は何をしてくるかわからない。

 その上春雄自身の謎の力もある。

 以前起きた事件から、堕天使は春雄の力を狙ってきているわけだが、これ以上余計な問題を起こし、敵を増やしたくないはずである。

 もっとも春雄の身を案じるものでもあるが、リアスからしてみても自分の領地内で立て続けに問題や争いを起こされるのは嫌なのだろう。

 

「大丈夫です。万が一のことが起きたらその時は…」

 

 春雄は気づかないうちに口走っていた。

 

「全て排除しますから」

 

 その言葉に含まれている殺気は尋常でなかった。

 

 

 

 取るに足りない存在が自身に楯突くのなら…

 

 

 

―どうする気だ?

 

 

 

 僕の中で何か黒いものが渦巻く。

 

 

 

―調和を乱す者は…

 

 

 

 こみ上がってくるものが抑えられない…無性に本能が騒ぐ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―『「殺せ」』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まるで自分以外の誰かが体や思考を支配しているようだった。

 

(彼女が?まさか…)

 

 溢れ出る善人オーラ、よく言えば優しさ、悪く言えば甘さのある彼女だ。流石に物騒なことは考えていないはずだ。

 

(『仮にそうなれば刈り取るだけだ…』)

 

 不覚にもまた恐ろしいことを考えてしまった。

 

 今思えばなぜあれだけの殺意が湧き出たのだろうか。

 あれほど黒かった情は噓のように晴れていた。

 そしてふと我に帰った時、春雄は皆から何か恐ろしいものでも見たかのような視線を向けられている。

 

(僕が優しい?こんな僕が?)

 

 春雄は苦笑いを浮かべる。

 力を持った時から自信は変わっていったと気づいていた。

 

 

 

 本当の自分は誰だろうか。

 

 

 

 そんな疑問に答えてくれる者は誰もいない…

 

 

 

 その日の夜、オカルト研究部は「はぐれ」と呼ばれる悪魔の討伐に向かった。

 主人である悪魔に反旗を翻し、自らの自由のために生きた不成者の悪魔をそう呼ぶらしい。

 好き勝手に自分の欲を満たす奴らなので粛清せねばならないが、他の悪魔の管轄である土地で起きてしまえば、その悪魔が対処に当たらねばならないという決まりがある。

 

「それで俺たちが向かうってことですか?」

 

「ええ。悪魔の戦い方を教えるちょうどいい時間にもなるわ」

 

 そういうわけで、実践経験のない一誠は連れてこられた。

 ちなみにここに春雄の姿はない。

 

 

「呆気なかったすね」

 

 結果はリアス眷属に被害はなく、はぐれの討伐には成功できた。

 悪魔それぞれには駒が与えられ、チェスのように特徴を持って攻めるわけだが、

 

「あの部長、ちなみになんですけど俺の駒は?」

 

 ボソボソとそれとなく一誠は自分の駒を聞く。

 

「一誠のは…兵士よ」

 

 「兵士」つまりそれは、チェスの中では最弱の駒であった。

 落胆する一誠だったが、先程跡形もなく消されたはぐれ悪魔を思い出す。

 身を持って体験した戦いと、その中で行われる命のやりとり…

 これほどまで死を身近に感じられ、一誠は不安になる。

 

(俺には春雄(アイツ)ほど決意はできねえ…これじゃまずいな)

 

 気を引き締める一誠。それと同時に、春雄があそこまで変わってしまったことに、少し胸騒ぎを起こしていた。

 

 

 

 次の日の夜、一誠は悪魔としての依頼を受け、手伝いの春雄と共に依頼主のところまで自転車を走らせた。

 ちなみに転送を使えばいいと思うが、残念ながら自力で転送できるほどの魔力は彼にはなかった。

 その道中、

 

「それで、教会へは無事送ったんだよな?」

 

「うん。特に問題なく行けたけど…」

 

 言葉につまる春雄を怪訝にたずねる一誠。

 

「どうしたんだ?」

 

「いや…本当にアーシアさんがただ教会に来ただけとは思えないというか…」

 

「…何か別な目的でもあるとか?」

 

 アーシアを教会に送り届けた時、あまりにも廃れた様子からもう運営はしていないはずであった。

 特別世界的に重要なものでもないし、今更そんな教会に人を派遣するわけない。

 きな臭いと言えばきな臭い。

 

「それで、アーシアちゃんを疑ってんのか?」

 

「可能性はあるけど、もし僕たちを嵌めるつもりだったらあの接触の段階でもっとアプローチをかけてくるはずなんだよ」

 

 お互いに目を付けられるだけの力を持つ二人を、一網打尽にまではいかなくとも、悪魔である一誠は倒せたはずだ。

 

「おそらくアーシアさんは僕たちをどうこうするつもりはないはずなんだ」

 

 初対面した時、そういったことを企むような素振りも何も見せなかった。

 

「じゃあなんでわざわざ…」

 

 それがわかれば苦労しないといった感じで首を振る春雄。

 様々な疑念を抱えたまま、気がつけば依頼主の家に着くが、

 

「なんだよ…これ…」

 

 そこは悲惨な光景が広がっていた。

 

 

 

 どこにでもあるような一軒家は惨憺な有様であった。

 暗闇でも目視できる血飛沫の跡、派手に荒らされた室内、そして…

 

 

 

…依頼主と思われる肉塊が転がっていた。

 つい先ほどまで自分の時間を過ごして我々を待っていたのだろうか。

 テレビはつけられたままで、読み終えたと思われる漫画が雑に机の上に置いてある。どれも真っ赤に染められて。

 阿鼻叫喚のこの図に、一誠は胃の内容物を全て吐き出した。

 その震える背中をさすってやる春雄は、ただ一点を睨みつけていた。

 

「そこにいるだろ…出てこい」

 

 日本語で呼びかけるも応答なし。ならばと英語でそう言うと、

 

「あっれえ?どうして人間の僕がいるのかな?」

 

 飄々としているが、どこか狂気的なものを感じさせる声が聞こえる。

 そしてノラリと隣の部屋から姿を表したのは、パッと見て美男子とも言える顔立ちと、長めの白髪が印象的な神父だった。

 彼の血濡れた手を見た途端、春雄は怒りを露わにし、瞳には人に出せないほどの殺意が込められていた。

 

「お前がその人を殺したのか?」

 

 ドスの効いた、獣の唸り声のような声で問う。

 

「あー!そこの()()()()()()()ね!」

 

 今思い出したかのように声を上げる神父。

 教会の者とは思えないほど狂って、そしてふざけた態度が春雄の神経を逆撫でする。

 

「いやね、俺エクソシストしてるからさ、こういう風に悪魔はもちろん、そんなクズに関わった奴も殺さないといけないわけでね」

 

「『悪魔に関わっただけ』…たったそれだけか?」

 

「その理由だけで十分なんだよねー。そこでゲロってる悪魔君と契約結んだ時点でもう魂売っちゃってんのよ」

 

 怒りを必死に堪えるが、もうじき爆発しそうだ。

 するとまた黒いものが込み上げてくる。

 

「『この人は何も悪いことをしていないが…』」

 

「悪魔は存在自体が邪なの。んでそれに関わった人間も救いようのねえ魂になっちゃうからね」

 

 もう怒りは抑えられない。

 黒いものに全てを委ねようとした春雄は、頭の中で一瞬浮かんだ黒い「()しく恐ろしい()」を最後に見て意識を手放した。

 

 

「退いてろ!春雄!」

 

 一誠は目の前の腐りきった性根の持ち主を滅さんと、左手に神器(セイクリッド・ギア)である赤い龍の籠手をつけ、突っ込む。

 だが、

 

「死ね!このクソ悪魔!」

 

 神父が銃を取り出して発砲…したが煙は出ていない。

 だが暗闇を切り裂く光が放たれ、一誠はなんとか直線から外れるが頬を掠ってしまう。

 

「ぐあ!?」

 

 掠っただけだったが、顔半分が激痛に襲われ、次第に体全体に痛みが回る。

 苦しみ悶える一誠は思い出す。

 

(そういや…悪魔にとって、この光は毒みたいなものだったな…)

 

 警戒していなかったわけではなかった。だがその威力を見誤ったのだ。

 体が強化されている今なら、掠っただけでは問題ないと高を括ってしまった。

 この驕りが、自分を死の淵へ立たせる。

 目の前の神父は殺せることへの喜びか、たいそう狂気的な笑みを浮かべている。

 そして手に持つ刀が振るわれようとした時、

 

 

 

 ゾワァ…

 

 

 

 その場の空気を凍てつかせるほどの冷酷な気配が流れ込み、一誠はもちろん、外道神父までもが冷や汗を流す。

 二人は揃って同じ方向を見つめる。

 そこに立っていたのは…

 

「春雄…?」

 

 逞しくなった漆黒の両腕からは、凶暴さを窺える鋭い爪が生えた4本の指が伸び、膝から下の足が鎧を着ているかのように極端なまで太くなり、手同様鋭い爪を持つ上、人としてあり得ない強靭な黒い尻尾が生えている。

 顔を見れば春雄で間違いないのだが、至る所に不自然なものがあり、放つ殺気は今まで以上に恐ろしいものだった。

 溢れ出る威圧感は、まさしく王の片鱗のもの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…頂点に君臨する黒き王のものだった…

 

 

 



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第6話 王として立つ

お詫び

 前回の話で、アーシアと一誠の友達のシーンを乗せ忘れましたことを深くお詫び申し上げます。

 部長に怒られた一誠は、それでもアーシアのことが気がかりで仕方なかった。
 翌日、春雄に無理を言って教会からアーシアを連れ、一誠は彼女と一日遊んだのである。
 その時春雄が状況を把握し、学校とオカ研部の方に上手く取り繕ってくれたそうだ。
 そこでアーシアのつらい過去を聞いた一誠は友達になるのであった。

 こんな感じです。
 ホントすみませんでした。





 イッセーと春雄は、依頼を受け付けその主のところまで来たはいいものの、そこは既に吐き気が込み上げるほど悲惨な有様になっていた。

 

「悪魔に関わったから」

 

 たったそれだけの理由で無惨にも殺された依頼主を、さも当然のようにほざく外道神父。

 奴は、正義のためと称して悪魔や人を殺すことに快楽を覚えていた。

 実に歪んだ過激な正義である。

 

 地球上に住む生命は星の数ほどある。

 そのうちの一つが無くなったとて、それにも構わず地球は回り続けるだろう。

 それでもこの世に生を享けた一つの命に変わりはない。

 

『粛清』

 

 春雄の心の中で渦巻く殺意。

 他の誰でもなく目の前の咎人ただ一人を見据える目は、怒りで満ちていた。

 この地球に住まう一つの種を不用意に刈り取られた()は、神父を「調和を乱す者」として「粛清」するため動き出そうとしていた。

 

 

 

 一誠は、変貌を遂げた義兄弟の容姿を目に捉えた途端、周りの時が止まったような錯覚に陥った。

 溢れ出るオーラはまさしく『王』だった。

 肌にビリリと刺激するような圧倒的な力と殺意。

 ただ王は立っているだけだったが、一誠には堂々とした立ち振る舞いのように見えたのか、畏多さを感じつつ魅了されていた。

 

「な…なんなんすか?とりあえず危険な感じぷんぷんだから、君死刑ね」

 

 依然としてふざけた口調は変わらないが、先ほどまではなかった明らかな動揺が窺えた。

 それでも目の前の王の気迫に耐え、光の槍を変化の遂げていない腹へ向かわせた。

 ハッとなる一誠だったがもう遅い。

 槍は突き刺さりはしなかったが、そのまま春雄を押し込み、物凄いスピードで壁に激突させた。それにより壁は瞬時に瓦礫と化し、崩れてきた天井の下敷きになってしまった。

 一誠は戦慄した。悪魔ならともかく、普通の人間なら決して助からない威力だった。

 そう…まだ彼が王ではなく、()()()()()()()()()()()の話である。

 

 

 

 一誠は何とかして立ちあがろうとするが、光の影響が足先にまで及び始めた。

 神経毒を受けたかのように痺れて動かない。

 

(くそっ!俺は何もできねえのか!?)

 

 敵は目と鼻の先にいるが、手を伸ばしたくても伸ばせない状況に歯痒さを覚えていた。

 せっかく力を授かり、悪魔になって再び人生を歩もうとしたのに、こんなところでこんなクズにこれから殺されると思うと、悔しすぎて死にきれないだろう。

 そして何より、義兄弟の仇が目の前にいるのに、何もできない自分が腹立たしくてしょうがない。

 あの勝ち誇って油断した顔面を殴り飛ばさなくては気が済まない。

 

痛え(いて)の一発思い知らせねえと…)

 

 握りたくても拳に力が込められることはない。

 目の前には神父が槍を構えてこちらを見下している。

 

「これで終わりっすね。下級のクズ悪魔だけあって全く手応えがねえけど、死ぬことには変わりないからね」

 

 殺せることへの悦びなのか、神父は狂気的な笑みを浮かべていた。

 本当の「悪魔」はこいつではないか?と思うも、気がつけば槍は振り下ろされていた。

 

(ハーレム王になりたかったな…)

 

 短かった人生で、やりたいことは沢山あった。

 後悔と楽しかった思い出を噛み締め、そっと目を閉じる一誠。

 

(すまねえ…春雄…)

 

 閉じた目から一筋の滴が垂れた。

 

 

 

 

 

 ゴギリッ!

 

 

 

 

 

 惨憺とした室内に鈍く嫌な音が鳴り響く。

 いよいよ殺されたのかと思う一誠だったが、いつまで経っても衝撃は来なく、奥の方では何かが勢いよくぶつかった音がした。

 ゆっくりと目を開けると、そこには信じられない光景が見られた。

 

「春雄…?」

 

 腕、足が極度に発達し、漆黒の尻尾を生やした春雄が立っていた。

 

 さっきまで瓦礫の下敷きになっていた春雄がなぜ?

 

 一誠は思い出す。

 自分が殺されかけた直後、まだ微かに生命が繋がっており、リアスによって助けられるまでのその間、堕天使である天野夕麻から守り続けたのは他でもなく、春雄だった。

 黒い手や足は、自分のような神器(セイクリッド・ギア)の一つかと思われたが、どことなく生物感が強く、新たに生えた尻尾はまるで本物のように動いていた。

 変わってしまったものの、春雄であるのは間違いなかった。

 

「生きてたか…」

 

 安心して、ついつい呟いた。心から漏れた言葉だった。

 しかし、これといって反応するわけでもない春雄は、一誠に興味を示している節はない。

 

 春雄が神父を吹っ飛ばして数秒後、部屋には魔法陣が展開され、そこから姿を現したのは、

 

「…部長…!」

 

 オカルト研究部の面々だった。

 部屋に転送されたリアスたちは、依頼主の血で赤く染められた部屋の真ん中で立つ春雄を見ると、驚きが駆け巡り硬直した。

 誰が見ても感じられるほどの圧倒的なオーラ。

 見る者を恐怖させ、魅了する漆黒の皮膚。

 

 木場と子猫の力を借りて立ちあがれた一誠は、この惨劇はここに現れた謎の神父により引き起こされたと報告。

 そしてその神父と交戦中、突如春雄があのようになったことを説明すると、リアスたちは驚きで言葉を発せずにいた。

 

「あれも…神器(セイクリッド・ギア)なんでしょうか…?」

 

 やっと、捻り出したように恐れた声で木場は呟く。

 年長者のリアス、朱乃は反応を示したいところだが、あまりの異形さゆえ、どう答えてよいかわからず黙り込んでしまっていた。

 

 

(たぶん依頼主の下手人は『フリード』ね…)

 

 リアスは惨殺された依頼主と、先程聞いた一誠の話から、教会を離れ「はぐれエクソシスト」となったフリード・セルダンによるものと特定した。

 狂気的な言動と思考、悪魔やそれに関わる人の一方的な虐殺、邪魔する者は仲間だろうと切り捨てる正真正銘の腐れ外道。

 それでもエクソシストとしての腕は見張るものがあり、光を撃ち出す銃や、()()()は彼女たち悪魔にとって脅威である。

 

(フリードが槍を使っていたのは気になるけど…それをたった一撃で…?)

 

 フリードの蛮行は聞いていたが、決して弱くはない奴をたった一発殴っただけで行動不能にした目の前の男に、リアスは息を呑んだ。

 

「あらあら…とてつもないですわね…」

 

 いつも笑顔の朱乃も、今回は引き攣っている笑顔で、その目はしっかりと春雄を捉えていた。

 

「以前見せた殺意と言い…君は一体…」

 

「…怖いです…途方もない力が溢れている感じがします…」

 

 木場も子猫も表情こそ大きく崩さないが、冷や汗を流し、目からは警戒の色が読み取れる。

 自分たちは悪魔で、目の前の存在は一応は人間。

 しかし、なぜここまで歴然とした差を感じるのだろう…

 

 すると春雄はゆっくりと首を動かし、とある部屋の方を見つめる。

 一誠たちもつられたようにそちらを向くと、そこからは人の、それも教会に使える者の聖なる力を感じる気配があった。

 

「あの…フリードさん…?」

 

 ひょこっと顔を出した女の子に、一誠は目を見開く。

 

「アーシアちゃん!?」

 

「い、一誠さん!?それに春雄さんも…」

 

 お互いどうしてここにいるのかわからない様子だった。

 だがアーシアの疑問は、見るも無惨な光景が目に入った途端吹き飛ばされた。

 部屋には彼女の高い悲鳴が響いた。

 

 

「あれあれ〜?まさかそちらのクソ悪魔君とアーシアちゃんは知り合いですか〜?」

 

 春雄がフリードを吹き飛ばした方向から奴の憎たらしい声が聞こえる。

 

「いけない教会の聖女と悪魔の禁断な恋ってやつですかぁ?」

 

 依然としてふざけた態度は変わらないが、自身に手痛い一発を与えた王を見た途端、威厳のかけらもなく怒りを露わにする。

 

「俺ね、強いから今まで一度もこんな攻撃食らったことないのよ。まさかクソ悪魔のお仲間の人間にやられるとはね…」

 

 フリードの言葉に特に反応するわけでもなく、春雄は威風堂々と立っている。

 そんな態度が気に入らないのか、フリードは激昂して槍を構え、勢いよく突っ込んでくる。

 

「その態度が気に入らねえ!その手と言い足と言い気色悪いったらありゃしない!神器を持った程度の人間風情の異形が!」

 

「やめてください!フリードさん!」

 

 アーシアの呼びかけに応じず、幼稚な殺意を春雄にぶつけるフリード。

 それでも構えている槍の力からは、悪魔はもちろん、人をも簡単に殺せるほどのものがこめられていた。

 

「春雄!」

 

 今更何を言ったところで、あの速さは避けられないし、リアスたち悪魔の攻撃で止めようとも間に合わない。

 一誠は半ば絶望して義兄弟の名を叫ぶが、先程と変わらず佇んだままの春雄に違和感を覚える。

 この危機的状況で、一切の回避をみせる素振りはなく、ただフリードを堂々と待ち構えていた。

 もう僅かで肉薄しようとしたその時だった。

 

 

 

 バギッ!

 

 

 

 春雄から生えた尻尾が、まさに生き物のようにしなやかに動き、寸分の狂いなくフリードの顔面へ強烈にヒットした。

 その場に居合わせた者全員は、この威力に思わず息を呑む。

 更なる追撃をしようとしたのか歩み寄る春雄は、突如ピタリと足を止め、辺りを警戒するように見回す。

 

「大変ですわ、部長。数十人の堕天使が近づいています」

 

 遅れて朱乃が反応する。

 立て続けに起きる殺意と殺意のぶつかり合い、地を揺らさんばかりの衝撃。これらを聞きつけた堕天使が大勢やって来たのだ。

 

「なぜ堕天使が…?」

 

「部長、今はここを離れましょう」

 

 はぐれエクソシストのフリード、一誠と春雄が知り合っていたシスターのアーシア、そして堕天使の集結…リアスは様々な勢力が渦巻く現状に頭を悩ます。

 木場に促され、ひとまず撤退しようとするオカルト研究部だったが…

 

「ちょっと待ってください!春雄とアーシアは!?」

 

 一人納得いかぬものが一人。一誠だ。

 彼の悲痛な訴えで転送は一度止まる。

 

 一誠は困った表情のアーシアと、立っているだけの春雄を見る。

 アーシアは知り合って間もないが、絆を結んだ大切な友人でもあり、春雄は直接の血が繋がっていなくとも、長い間苦楽を共に過ごした大切な兄弟だ。

 自分たち悪魔だけが安全なところへ逃げ、特別な力を持ちつつも人間である二人を見捨てることは、情の熱い一誠にはできない。

 

 すると、こちらに王の威厳を感じさせる春雄が歩み寄ってくる。

 リアスをはじめ、一誠以外のオカ研部は、さっきの春雄を見たこともあり身構えるが…

 

「春雄…」

 

 一誠は名を呼んだ。

 王は依然黙ったままだったが、その瞳には殺意はなく、表情も心なしかどこか穏やかだった。

 

(任せてもいいのか?)

 

 不思議だった。

 目の前にいる春雄からは、広大な地球の優しさが感じられていた。

 それと同時に自信で満ち溢れる瞳が光でも放っているようだった。

 

「…部長、いきましょう」

 

 一誠からその言葉が出てきたことにリアスたちは驚く。

 

「私が言えたことじゃないけど…良いの?」

 

 申し訳なさそうに確認するリアスに、一誠は力強く頷いた。

 

「そう…ごめんなさい。力がなくて…」

 

「大丈夫です。あいつなら…」

 

 間もなく転送されようとした時、ふと一誠は春雄を一瞥する。

 不敵な笑みを浮かべた兄弟の顔を見、瞬きをした次の瞬間には部室に映像が切り替わっていた。

 

 

 

 依頼主の家には春雄とアーシアだけが取り残されていた。

 堕天使はすぐそこまで近づいてきているだろうが、春雄はお構いなしに佇んでいた。転送された彼らを名残惜しそうに空虚な天井を見上げながら…

 

「一誠っさんがおっしゃっていたとおり…お優しいのですね…」

 

 アーシアは彼のそんな背中を見てにこやかに呟いた。

 春雄は何も言葉を発さないが、はなを鳴らした。

 笑ったのだろうか。自分はそこまで優しくないと言う自嘲か。お人好しな彼女へなのか。

 

「来てもらおうかシスター、アーシア」

 

 どこからか声がし、少し恐れながら彼女は見渡すが、春雄はただ一点だけを見つめる。そこには先程と同等、またはそれ以上の殺意がこめられていた。

 つられてアーシアもそちらを見ようとすると、突然天井が吹き飛ばされたかのように崩れ落ちた。

 縮こまるアーシアだったが、春雄が咄嗟に盾になったため無事だった。

 その時自分のしたことに、自分自身驚いている春雄であったが、すぐ目に怒りを灯す。

 

「これはこれは…まさかあなたがいたとは…」

 

 男は春雄との邂逅に苦笑いだった。

 その傍らには興味津々な様子の幼い女性と、フリードを抱えるスタイルのいい年上の女性がいた。

 

 男の名はドーナシーク。かつてはぐれと勘違いして一誠を殺そうとした時、春雄の運転する自転車にぶつかり意識を失ったあの男だった。

 

「そこにいるアーシア・アルジェントは置いていってもらいたい」

 

 穏便に済ませたいドーナシークは、極力春雄を刺激しないように言った。

 だが春雄の目は殺意がこめられたままで、敵対心丸出しのオーラが漂っていた。

 このままでは一触即発になると恐れたドーナシークは、

 

「武器を下ろせ」

 

 率いた下級の堕天使に武器を下げさせ、敵対する意思を見せないようにした。

 

「お前らもだ」

 

 年上の女性にも少女にも言い聞かせた。その際少女の方は不満が露だったが。

 

「アーシア・アルジェントを今ここでどうこうするつもりはない」

 

 完全に気配を落とすと、春雄の方からも殺意は薄まっていったが、依然としてその場は緊張したままだった。

 暫く膠着状態が続いたが、

 

「あ、あの…」

 

 アーシアが春雄に話しかけ、

 

「私は大丈夫ですから」

 

 と曇りのない笑顔で伝えると、春雄は壁の方へ走って突撃し、突き破るとそのまま外へ出る。

 そこには下級の堕天使が二人いたが、それらをギロッと睨むと、二人は膝を鳴らしながら道を大きく開けた。

 そして一切の興味を示さないまま、春雄は全くの躊躇いなく近くを流れる川に飛び込んだ。

 これでようやく殺意や圧倒的なオーラが消え、先ほど睨まれた二人の堕天使は力なくその場に座り込んだ。

 

「レイナーレ様が言っていたことは本当だったんだな…」

 

「ええ…あのプライドの高いお方が、あの人間だけは刺激するなと…実際会って痛感したわ…」

 

 とりあえず一安心といったところで、堕天使は突然背筋が凍るような思いをする。

 それはその場に居合わせたアーシアも含めてだ。

 地鳴りのようなおどろおどろしい鳴き声が響いたのだ。

 その時、駒王町に住んでいた人々、訪れていた悪魔や堕天使などは一斉に目が覚め、体を震えさせたという。

 そして………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その鳴き声を聞き、歓喜をあげる如く目覚める者もいた。

 

 工事が行き届いていない新東名高速道路谷ヶ山トンネルの奥深くでは、()()()()を聞きつけ、復活を喜ぶように一体の怪獣が咆哮をあげるのだった…

 

 

 




 


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第7話 心

 一時的にフリードを退けたものの、更なる脅威である堕天使が迫ってきていた。

 一誠たち悪魔は難を逃れたが、その場に残したままの春雄とアーシアが気がかりで仕方がなかった。

 アーシアは恐らく堕天使側に引き込まれているだろうが、春雄は二度も堕天使を返り討ちにしたこともあり、その命を狙われているかもしれない。

 さらに、突如発現した異形の腕や足、そして尻尾など、神器(セイクリッド・ギア)のようで、また少し違うようなものまであったのだ、堕天使側は決して見す見す逃すような真似はしないだろう。

 

 

 

 オカルト研究部は、そう思っている時期もありました。

 

 

 

 部室で今後の対策を練ろうとした時、不自然にドアをノックする音が聞こえた。

 こんな夜更けで、さらに先程あのようなことがあったのだ。

 リアスたちは最大級の警戒体制をとるが、姿を現した人物に目を丸くしたのであった。

 

「あ、みんな。遅くなりました」

 

 そこには、普段通り暢気な様子の春雄がいた。

 

 次から次へとのしかかる問題、覇気を纏っているわけでもない至って普通の春雄、そして曖昧な戦闘の記憶など、リアスは理解の範疇を越える事態に頭を抱えていた。

 朱乃も木場も興味深そうに春雄を見つめており、子猫は訝しむような目を向けていた。

 

「なあ春雄」

 

「なに?イッセー」

 

「お前、本当に自分の身に何が起こったか知らねえのか?」

 

 一誠の問いに不安そうにコクリと頷く春雄。何か戦っていたような、そんな気がしないでもないが、あまりにもフワフワし、記憶とも呼べない感じであり、ある種の錯覚ではないかとも思っていた。

 そのため、自分の身に起きた変化もイマイチ把握しきれていなかった。

 記憶としてあるのは、フリードにムカついた後、気がつけば学校近くを流れる川から這い出ていたのだと言う。

 

(と言うことは…アーシアちゃんがどうなったかもわかんねえか…)

 

 ひとまず春雄の無事がわかり、安心した途端、アーシアのことが思い浮かぶ一誠。

 出会ってから数日しか経っていなかったが、彼女は友達の契りを結んだ大切な人であることに変わりはない。

 せめて生きていることがわかればいいが…

 

「あ、イッセー」

 

 思い出したように口を開く春雄。

 

「あそこにいた…アーシアさんだっけ?あの人なら大丈夫らしいよ」

 

「それは本当か!?」

 

 春雄から予想だにしていなかった言葉が飛び出し、安堵から一誠は大いに喜んだ。はしゃいだ結果、無理に体を動かすことになり、傷へと響いたが、痛みより嬉しさが勝っていた。

 そこへ木場が不思議そうに尋ねてくる。

 

「記憶が曖昧らしいけど…どうしてそんなに自信を持って言えるんだい?」

 

 春雄は「うーん」と頭を悩ませ、

 

「わかんない」

 

 ときっぱり言うと、そこにいる皆がずっこけた。

 一誠は何か言いたげだったが、

 

「でも、なんか僕の中で『絶対大丈夫』って言うんだ。僕もよくわからないけど、自然と僕もそう思えてきちゃったし」

 

 そう話している春雄の顔は、真剣さと自信で満ち溢れていた。

 一誠はとやかく言うのをやめ、呆れ笑いながら「そうか」と短く応えた。

 

 

 

 次の日、負傷した体はそれなりに回復した一誠だったが、完全に治っていないのと、まだ光の影響でふらつくこともあり、今日は自宅療養のため学校を休んでいた。

 特にすることもなくなった一誠は、仰向けになって天井を見上げている。

 もう一眠りしようかとも思ったが、現在午前10時。普段通りに起床した後だったので、眠れることはなくただうつけていた。

 この所在なげな時間、ただ呆然とすると言うより、変に沢山のことを考えてしまわないだろうか。

 

(悪魔になって…俺自身に宿る力もあって…それでも何もできなかった…)

 

 思い起こされるのは、フリードと対峙した時、全く手も足も出なかったことだった。敵は悪魔を狩ることに特化し、相性は最悪だった。

 しかし、それでもあのふざけた表情に一発は与えられるとも思っていた。

 

(また…俺は驕っちまったのか…)

 

 深いため息が、誰もいないリビングに響く。

 悪魔になって戦う覚悟はできたとしても、目の前で人の死、それも残酷な最期をまざまざと見せられた。

 そしていざ戦いが始まると、とっくにエクソシストの情報が頭から抜け落ち、疎かな対応をとってしまった。

 あの時逃げられたのは、他でもなくフリードを叩きのめし、堕天使を牽制してくれた春雄と、何かしらの理由で命を取るわけにもいかないアーシアがいたからであった。

 

(もっともっと強くならねえとな…)

 

 今回自分は不甲斐なさすぎた。

 体が完全に良くなったら、筋トレでも始めようかと、ひとまず起き上がった時だった。

 

「考え込むなんて、イッセーらしくないね」

 

 一誠はガバッと後ろを振り向くと、そこにはなぜか春雄がいた。

 

 

 

 今僕は、イッセーと河原沿いを散歩している。

 今日は普通に学校だったけど、適当な理由をつけて休んできた。

 もちろん最初は普通に行くつもりだったけど、家を出る直前、イッセーの追い詰められたかのように物思いに沈む顔が気になって気になって…

 

「少しは気分転換になった?」

 

「ああ…ありがとよ…」

 

 うーん…まだ完全に立ち直ったわけでもないけど、今はどことなく楽な感じだな。

 ずっと室内に閉じこもっているより、外に出て空気を吸うだけでもかなり変わってくると思うんだよね。

 

 土手に座り込んだ僕たちは、陽に照らされてキラキラ光る川を眺めていた。

 風が吹くたびに草の匂いが鼻に飛び込み、持ってきたお茶で体内に一緒に流し込むと、なんとも心が洗われたような気分になる。

 駒王町は意外にも自然豊かなところがあるのだ。

 川はそこそこきれいだし、道路も舗装はされてるけど、都会のようなコンクリートジャングルではなく、草木や花が残る、程よい自然があるのだ。

 元から自然が好きだったけど、ここ最近特にそう思うようになってきた。

 思い上がりかもしれないけど、なんだか自然に好かれている気もしないではないし…

 黙っていれば小鳥が頭に乗ってきたり、川に足を入れると魚が寄ってきたり…今も僕の肩に鳥が乗っかっている。

 そちらに視線を移しても、怖がって逃げるどころか、むしろ安心したように休んでいた。そしてその周りをモンシロチョウが天使のようにひらひらと飛び回っている。

 うん、いい眺めだ。目の保養になる。

 

「アッハハ…」

 

 すると突然、イッセーが笑った。

 どうしたの?って聞いたら、

 

「いやな、なんか俺の持つ悩みって、意外と小さかったのかなって」

 

 と言い、雲ひとつない青い空に手を伸ばしていた。

 そして僕はイッセーが悩んでいたことを聞いた。悪魔でありながら何もできなかった自分を憾み、人である僕やアーシアさんに全てを任せたこと。もっと強くならなければと焦燥に駆られたこと。そもそも悪魔として契約を結べず、全く主であるリアスに貢献できていないこと…

 自信を失っていったのだ。わざわざ転生までしてもらったのに、未だそれに見合った働きができていない。そのことに追い詰められたんだろうね。

 

 今は吹っ切れたようだったが、さっきまでは本気で考えていたのだろう。そりゃそうだよね、力があって何もできないのは…僕が思う以上にイッセーは悔しかったはずだよ。

 それでも、地球は一人のために止まることはなく、自然は当たり前のように絶え間なく変化している。

 そんな大スケールの中で、僕たちは生きている一つの生命体にすぎない。この地球上には、僕やイッセー以上に困っている人だっているだろうし、数え出せばキリがないだろう。

 僕たちはちっぽけなんだ。

 確かに、そう言えるかも。でも…

 

「よし、折角だし飯でも食いに行くか」

 

「そうだね。でもバレないようにしなきゃ」

 

 そうやって割り切れるイッセーの心はすごいよ。

 僕?

 僕は馬鹿だからわからないよ。自然を前に、そんな一丁前に悩めるほど尊い思いはない。あるとすれば、ただ「自然が好き」って言う感情くらいかな。

 

「悩みは解決したそうだな」

 

 淡々とした聞き覚えのある声に、僕たちは油がきれたマシンのように、ギギギと振り返る。

 そこには本来いないはずの人物がいた。

 

「「神永先生!」」

 

 二人して驚き、急いで立ち上がって謝ろうとするが、先生は「そのままでいい」と制し、僕たちのように土手へ腰を下ろした。

 

「心の疲れは時に人体に多大な影響を及ぼす。体は元気そのものであろうが、精神が弱りきって崩れてしまえば自然と体も崩壊する」

 

「『病は気から』ですか」

 

 イッセーの反応に先生はゆっくり頷く。

 

「そういった時、私が考える必要なものは、『寄り添ってやれる人間』と『考え事から逸らしてくれるもの』だ」

 

「『考え事から逸らしてくれるもの』…自然とかすか?」

 

「そうだ…それでもなんでもいい…こうしてゆっくりとした時間に身を預けられ時こそが心の保養だ。そこへ、春雄君のような『寄り添ってやれる人』がいればなおさらいい」

 

 先生の言葉を僕たちは真剣に耳を傾けた。

 休んでいることを無理に咎めようとはせず、この人はまず生徒の心に聞くんだ。

 何事も否定ばかりせずに歩み寄ってくれる。心から尊敬できる先生だ。

 

 でも、口調穏やかにそのように言う先生の目は、温かさと憂いを帯びていた。

 先生がたまに道徳的なことを言うとき、大体こんな目をしている。それでも、どこまでも真っ直ぐで光っているようだった。

 まるで流星のように。

 そう言えば、流星のマークのクリアファイルを持ってたっけ。

 

 暫く僕たちは、現れ始めた雲が流れていく様子を見つめていると、ふとイッセーが、

 

「神永先生って、なんで先生になったんですか?」

 

 何気ない質問だったけど、神永先生はずっと遠くを見て、

 

「…私は始め、『心』というものがわからなかった。恐らくそんな自分は周りからしてみれば変であっただろう。だがそんな自分を受け入れてくれた仲間がいた。彼らを通して、自然と人に興味を持てるようになった…」

 

「それで…教師になったんですか?」

 

 僕の言葉にうなずく先生は無表情だったけど、どこか柔和にも見えた。

 

「人はおもしろい。成長していく様子を見守るこの仕事に私は感動している…なにより…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()

 

 

 

「なんか宇宙人みたいだったね」

 

「ははっ、なんかそんな感じしたな」

 

 その後僕たちは先生とわかれた。

 先生は「羽を伸ばしてもいいがほどほどに」と言い残していった。さすが、神永先生。わかっていらっしゃる。

 無表情なことが多く、謎だらけの先生は学園で「宇宙人説」があがるほどだった。

 それでもこうして生徒一人一人に寄り添ってくれるから、ものすごく人気だ。

 しかし、チラッと振り向くと、さっきまで歩いていたはずの先生の姿はもうなくなっていた…

 

(不思議な人だ…)

 

 

 昼ご飯を食べようと歩き出すが、いかんせん光の影響が抜けきらないイッセーは、歩くとたまに転びそうになっていた。

 それなりに体調は回復してきてはいるけど、まだ無理はできない。

 僕はイッセーの肩に手を回し体を支え、近くの児童公園のベンチに座らせた。

 

「はい水」

 

「…すまね…」

 

 一誠は水を飲むと少し落ち着いたようだった。

 それにしても悪魔にとって「光」は相当厄介なものらしいな。

 などと考えていると、僕たちの目に見知った金髪美少女が飛び込んできた。

 

「「アーシアちゃん(さん)…」」

 

「一誠さんに、春雄さん?」

 

 

 思わぬ邂逅にお互い驚いたけど、その後何事もなく当たり障りのない会話をしながら、一緒に昼食をとろうと店に入っていく。

 ていうかアーシアさんも神器(セイクリッド・ギア)持ってたんだ。しかも傷を癒す効果だった。

 人はもちろん、悪魔ですら治してしまうその回復力、堕天使も狙うだろうな。アーシアさんには悪いけど、人に持たせておくのはもったいない気もしないではない。

 だけどそんな堕天使側の勝手な都合で振り回される彼女は不憫で仕方がない。

 堕天使は自分たちの命以外の生命をどうも軽んじている気がする。

 

『粛清』

 

 まーた自然に黒い感情が湧き出てきた。ごくごく自然に。

 だけどそんな悪い気はしないんだよな。

 

 聞いたところ、アーシアは特に何もされていないようだったけど、僕が抑止力になってくれたと言うことは初耳だ。何それ。ちょっとこの先怖いんですけど。

 

 ていうか、ホントこういう時悪魔の言語翻訳機能は便利だよなー。耳だけ悪魔になってくれないかな?

 

 そんなこんなでファストフードを扱う店に来たのだが、やはり日本語を話せないアーシアさんは注文に苦戦していた。

 そこへ颯爽とイッセーが助けに入って、事なきを得たんだけど、アーシアさんは自分で出来なかったことを反省していたけど、何もそこまで重く捉えることはなくてもいいのに。

 

「またまた助けられてしまいました…」

 

「まあまあアーシアさん、ほら、冷めないうちに食べましょう?」

 

 やや項垂れていたアーシアさんだったけど、ハンバーガーを頬張った瞬間、目をキラキラとさせて美味しそうにしていた。

 うんうん、仕草も、ソースを口につけている感じも可愛い…

 いーなー、イッセー…ズル休みしてこんな子と一日デートしてたなんて…

 まぁあの時はしょうがなかったしね。彼女に寄り添ってあげられる人物は恐らくイッセーだけだっただろうし。

 やっぱり自然と人のために助けられるイッセーは本当に良くできてる。そんな性格をもっと前面に出していけばいいのに…どうしていつもエロの方ばかり…

 頭を抱える僕を、イッセーとアーシアが心配そうに見てくる。ホントお友達?カップルにしか見えないんだけど。

 

 その後ゲーセンで時間を潰すわけだが、二人のあの仲睦まじい感じを邪魔したくない感じと、ここにいることへの気まずさから、一旦距離を置いて店内を物色している。

 ふと目についた、ガムを左右に動かして上に持っていくゲームをプレイすることにした。

 難関エリアか多い上、細かな作業が必要になるので、深く深く集中する必要があるんだ。

 こういうのは時間を忘れたい人や、悩みを持つ人でもいいかも。たぶん忘れられるよ?僕もこれで些細な悩みは忘れてきたし。

 さて、いよいよ難関エリアの穴ゾーンに突入する。

 ここはある程度の勢いをつけないといけないわけだが、バカみたく勢いをつけると、ガムボールがコースアウトしてしまう。

 

「よっ、このっ、ほっ」

 

 何度も何度も左右に揺らしてガムボールを動かす。

 そして間もなく難関エリアを越えようとした時、

 

 

 

 

 

 ドクン…ドクン…

 

 

 

 

 

 鼓動が早まると同時に、知っている気配が近づいたことに気付く。

 僕はガムボールを無理やり落とし、すぐ口に咥えると、イッセーのもとは走り出した。

 死ぬな、イッセー!

 

 

 

 一誠はまさに危機的状況だった。

 目の前に初恋相手であり、自分の人生全てを狂わした元凶でもある天野夕麻が現れたのだ。

 堕天使の真名としてレイナーレというものがあるが、彼は今それどころでない。

 彼はせっかくアーシアに治してもらったのに、また堕天使の光の槍で足に攻撃を受けてしまった。

 満足に行動できなくなってしまい、あとは殺されるだけになってしまった。

 

「レイ…ナーレ…なぜ…アーシアを…」

 

 激痛と倦怠感による重く感じる頭に顔を歪め、忌々しそうにアーシアに拘る理由を聞こうとするが、

 

「私の名を呼ぶな、薄汚い悪魔風情が。名が汚れる」

 

 と、全く耳を傾けてもらえないままだった。

 どこまでも自分を高貴な存在と自負し、他者を見下し続ける態度に、一誠の怒りのボルテージは高まっていくばかり。

 だがどうすることもできないのは事実である。

 するとレイナーレは、

 

「アーシア、その悪魔とは知り合いなんでしょ?彼を殺されたくなかったら私たちと一緒に来てもらうわ」

 

 槍を構え、冷徹に言い放つ彼女の目は、今にも目の前の悪魔を殺さんとする勢いだった。

 

(一誠さん…)

 

 アーシアの答えは決まっていた。

 自分の過去を嫌な顔ひとつせず聞き、さらには今まで作れなかった友達になってくれた。

 自分にとって一番初めにできた大切な友達。

 

 

 

 そんな彼が自分のせいで殺されるなんて、そんなことできない…

 

 

 

 悪魔だろうと、慈悲深く命を尊ぶ素晴らしき魂を持つ者に、死神の鎌の矛先にはできない。

 

 アーシアはレイナーレにすんなりとついて行った。

 その時、妙にレイナーレが慌てて逃げるようにしていたのは疑問だったが、結果的にアーシアを守れなかったのだ。

 一誠は自分の無力さに苛立ち、爪から血が出るほど地面を握った。

 

 

「イッセー!」

 

 僕はやっとの思いでイッセーを見つけたのは、ゲーセンから数百メートル離れた一通りの少ない裏路地だった。

 結界を張っていたあたり、恐らく狙いはアーシアの誘拐だろう。

 そして結界から感じる力に既視感を覚えた。

 

「あの時の女か」

 

 急いで足を運ぶと、そこには足から血を流して悔しさを滲ませるイッセーの姿があった。

 自分の無力さに怒り、悔し涙を流すイッセーの姿と、アーシアさんと例の女の気配がないことで、僕の中の黒い気はさらに密度の濃いものとなり、僕に訴える心の声は切り替わった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『粛清』から『排除』へと…

 

 

 



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第8話 喧騒の渦中で…

今回、あのキャラが登場します!


 アーシアをレイナーレに連れ去られ、一誠は悔し涙を流し、春雄は憎悪の黒い炎を燃やした。

 そして二人は彼女を助けようと行動に移そうとするが…

 

 

 

 ドタンッ!

 

 

 

 鈍く勢いよく倒れたような音が部室に響く。

 転倒しているのは春雄、そしてその隣では頬に痣ができている一誠がいた。

 そして二人をそのようにしたと思われる者が立っていた。

 

「何度も言うわ…ダメなものはダメよ…!例え少し強引でも、私はあなたたちを止めるわ!」

 

 声色、表情からでもわかるほどリアスは怒っていた。

 ただ瞳は怒りを感じられるとしても、その奥底には眷属と協力者を殴ったことによる心の痛さがわかるほどうるうると揺れていた。

 

 地面に仰向けで倒れている春雄だったが、これといって怪我はしていなかった。

 一誠はビンタ一発で落ち着いたが、痛みに異常に強い春雄を止めるため、微弱ながら『滅びの魔力』を使ってまで止めたのだ。

 

「部長…俺たちは必死に考えたんです。アーシアちゃんには、自分の楽しみ、痛み、辛さ、喜びを分かち合える『寄り添ってあげられる人』、友達がいないんです…でも俺がその役目を果たしているんです…!」

 

 一誠は真っ直ぐな思いを流星の瞳に乗せて伝えた。

 そしてムクリと起き上がった春雄も、

 

「それは僕もです。彼女は堕天使のなんらかの思惑で利用される可能性が高いです。くだらない理由で命の危機に瀕しようとしている彼女は見過ごせません。彼女が死ぬのはあまりにも惜しいです」

 

 意志を貫いた。二人は依然として態度を曲げることはなかった。

 

「なんとしても彼女を助ける」

 

 今の二人に何を言っても無駄だろう。

 それでもリアスはなんとしても二人を引き止めようと必死だ。彼女の慌てる様子から敵がどれだけ恐ろしいものかがわかるが、所詮は下僕と協力者にすぎない二人をここまで心配するあたり、やはり聞いていた通りである。

 

 

 

リアス・グレモリーは下僕を「愛している」のだ。

 

 

 

「だったら俺を、眷属から外して『はぐれ』にしてください。こんな役立たずで弱い『兵士』なんか切り捨ててください」

 

「そんなことできるわけないでしょう!」

 

 一誠の言い分に激昂するリアス。

 

「それでも僕たちは向かいます」

 

「春雄!おやめなさい!そんな危険なことをさせるわけにはいかないのよ!」

 

「だったら今日で僕たちは退部します」

 

 お互い揺るぎない意志でぶつかり合っているところ、朱乃が部室に慌てた様子で入ってくると、リアスに耳打ちをする。

 何かしらの報告を受けたのだろうが、リアスは朱乃の言葉に動揺を見せたのは間違いない。

 

「急用ができたわ」

 

 リアスは朱乃と共に出ていこうとする。

 一誠は話が済んでいないのに逃げ出されてはたまったもんではないと食い下がろうとするが、

 

「イッセー、あなたは『兵士』が弱いと思ってるそうだけど、そうではないわ」

 

 リアスは一誠に駒の特性を説明しだした。

 『兵士』はこれといって特殊な能力があるわけでもないが、チェスの兵士の駒が敵地に入ると変化するように、主人が敵と認めたところへ侵入すれば、プロモーションのシステムにより『騎士』、『戦車』、『僧侶』、『女王』の特性を得られるようになると言う。

 一誠はこの期に及んで何をといった感じだが、リアスは朱乃と共に出て行ってしまった。

 

「さて、行こうかイッセー?」

 

「お、おう。でもなんで部長はあんなこと言ったんだ?」

 

「それはもちろん、これから僕たちが行く教会を『敵陣と認めた』からじゃない?つまり『行ってこい』ということじゃない?」

 

 「そうでしょ」と言った感じで春雄は木場と子猫を見ると、二人とも呆れた顔をしていた。

 一誠は部長の気遣いに感謝し、春雄と共に行こうとした時、

 

「どう言うつもりだ?木場、塔城」

 

 二人が扉の前に立ったのだ。

 ドスの効いた声で春雄が言うと、その後に一誠が続ける。

 

「俺たちは急いでんだ。ここで変に争いたくねえ」

 

「邪魔するなら容赦しない…」

 

 一誠と春雄の覇気に心臓が止まりかけるような気がした二人だったが、

 

「二人だけで行かせるわけないじゃないか」

 

「個人的にあのエクソシストと堕天使が絡んでるのが嫌ですから」

 

「ぶっちゃけ僕も恨んでるところはあるからね」

 

 つまり、

 

「良いのかよ…巻き込んじまって…」

 

 一誠は二人に尋ねるが、二人は表情を引き締め、

 

「僕たちは仲間じゃないか」

 

 と木場は言い、子猫は小さく頷いた。

 一誠は二人に熱いものを感じ、涙を流して顔をくしゃくしゃにした。お陰でいい感じの雰囲気はぶっ壊れたが、緊張を程よく解したのであった。

 

 

 

 屋上から、4人が教会に向かって走っていく様子を眺める者がいた。

 

「動き出したか…」

 

 ボソリと呟くその者は、静かに目を閉じる。

 

「…『生徒を守るため』…よくできた理由だな…」

 

 その者は、若い者たちに全てを託す形となってしまったことに深い罪悪感にとらわれつつ、無事と勝利をひたすらに祈るのであった。

 せめてもの償いをしようと、その者も行動に移すのだった。

 

 

 教会に向かう途中、春雄は木場と子猫に気になることを尋ねてみた。

 

「ねぇ、エクソシストって簡単に言えば人間なんだよね?」

 

「うん、そうだけど」

 

「だったらなんで堕天使が使うような光の槍を、あいつも使っていたのかなって」

 

 春雄は断片的な記憶の中で、フリードと呼ばれる男が、自分に向けて光の槍を飛ばしていたことを思い出した。

 

「確かにそうですね…今までエクソシストが堕天使のように攻撃してくるとは聞いてませんでした」

 

 子猫が言ったことで、春雄はますますわからなくなっていた。

 

「だったらどうしてフリードからは人間の気配がするの?」

 

 春雄が気になっていることは、()()()()()()()()()()使()()()()使()()()()()ということである。

 前例がなかったことなので、二人は非常に混乱している。

 ここ最近様々な問題に直面しているのに、さらには新たな疑問が生まれるのだ。

 最近の問題のほとんど中心的な人間から、そんな質問が飛んでくるのだ。もうわけがわからない。

 

「じゃあ堕天使とフリードが組む理由は?」

 

 その質問にはすぐ答えてくれた。

 

「堕天使はなんとかしてアーシアさんの神器(セイクリッド・ギア)を得たい。理由は不明だけど、この町にいるレイナーレがアーシアさんを誘き出した。でもこの町には部長をはじめとした悪魔である僕らがいる」

 

神器(セイクリッド・ギア)は得たいですが、悪魔が邪魔な堕天使、悪魔を殺せるならなんでもいいフリード…利害の一致ってやつです…」

 

 春雄は納得した。

 お互い利益とリスクがある今回の騒動、利用できるものはなんだろうと利用するだろう。

 だとしたらなぜレイナーレがアーシアの神器(セイクリッド・ギア)に拘るのだろうか。

 確かに傷を癒せる力は魅力だが、そこまで執拗に狙うだろうか。

 既に色々と事が露見しているのだ。顔だって見られた。証拠だって。

 そんな危険を冒してまでアーシアの神器(セイクリッド・ギア)は必要か。

 

(ま、馬鹿だからわからんけど)

 

 とりあえず春雄は、痛いものを一発食らわせることだけを考えて向かった。

 

 

 

 教会に着くと、外からでも感じられるほど悍ましい気配が漏れていた。

 恐らく内部はもっと濃い殺意で満たされているだろう。

 

「来たはいいものの、どうするんだ?」

 

 一誠は歩いているうちに冷静さを取り戻し、改めて敵に回している存在の凄さに若干怖気付く。

 木場はひとまず教会内部にどれだけの兵がいるか、子猫に調べさせようとした時、

 

「入ってすぐに男一人…恐らくフリードかな…奥の方には堕天使どもの群勢…数はざっと20…そして祭壇あたりの地下に謎の空洞があるね…そこに二人の気配、消えかけてる方は聖なる力が感じるからアーシア、もう一つは僕もよく知ってるあの女のものだ…」

 

 後半になるにつれて口調を強くしていきつつ、冷静に状況を見抜いている春雄がいた。

 特に術の類を使ったわけでもない…だがなぜわかるのか。

 念のため子猫も内部を観察するが、どれも当たっていた。それも春雄は精度よくだった。

 

「どうしてわかったんですか?」

 

 特別力を使ったわけでもない人間に敗北感と、悔しさで不貞腐れながら子猫は聞く。

 

「…自然()教えてくれた…?」

 

 「自然と」の言い間違いかと思ったが、どうやら春雄は、空気や草木、更には野生動物のあらゆる自然や生命を通して読み取れるのだと言う。

 

「『自然に好かれたのかも』って言うのはあながち間違いじゃねえらしいな」

 

 そうと決まればあとは単純。初めのフリードさえ突破すればOKだ。

 つまり…

 

 

 

 フリードは扉と一緒に壁を破壊して入ってくる4人を見ると、獲物を前にハントする算段を立てる猛獣のように舌を回した。

 

「おやおや〜!あの時の悪魔どもと、いけすかない人間もどきの化け物じゃないですか〜!」

 

 フリードの相変わらず狂った様子に、一誠と木場、子猫は明らかな嫌悪を示し、春雄は怒りの鋭い眼光をとばしていた。

 春雄は前に出ようとすると、

 

「ここは俺たちに任せとけよ」

 

 一誠が春雄を制し、剣を構えた木場と、拳闘の構えをとる子猫が横に並ぶ。

 

「いつまでも春雄君ばかりに迷惑はかけられないからね」

 

「…悪魔の力、見せてやります」

 

 不敵に笑ってみせる木場からは自信が溢れており、子猫に関しては春雄に対抗心を燃やしていた。

 春雄はレイナーレ、フリードを一度は退け、堕天使の群勢相手にお互い血を流すことなくその場を収めたのだ。

 人である春雄ばかりに任せっきりだったことに、悪魔のプライドが許さないのだろう。それはもちろんあるだろうが、何よりこれ以上彼に重荷を背負わせたくないのだろう。

 

 光の剣を構えるフリードに、素早い足運びと巧みな剣捌きで翻弄する木場は、執拗に顔や首を狙う。

 鬱陶しい木場に苛立ちを募らせるフリード。だが、木場の太刀筋は決して馬鹿にできるものではなく、油断すれば首を刎ねられるだろう。

 ずっと防御一辺倒だったフリードだが、手練れだけあって対応も早い。

 木場の、基本に忠実な真っ直ぐな太刀筋は読みやすく、フリードは次第に捉えられるようになり、頃合いを見て反撃をするつもりだろう。

 木場もフリードが何か企み、呼吸が荒くなっていることには気づいている。

 

(これだけわかりやすい攻撃なら、読まれて当然だね)

 

 木場は少し距離を置くと、フリードは待ってましたと言わんばかりに銃を構えた。

 

「まず、いっぴ…」

 

 光が撃たれようとしたその時、

 

 

 

 ガッシャアンッ!

 

 

 

 どこからか飛んできた長椅子が、勢いよくフリードに向かっていくが、光の剣でバラバラに解体される。

 

「どっから…くそっ!」

 

 飛んできた方向を見ると、既にそこまで子猫の拳が迫ってきていた。

 一撃で仕留めるつもりの攻撃が躱されたが、そのまま流れるように連続攻撃へ移行する。

 

「どいつもこいつもしゃらくせえ!」

 

 防戦一方の状態に対し激昂したフリードは、光の剣と槍を構え、木場と子猫に向かって大きく振り回す。

 当然二人からしてみれば回避することわけないが、フリードは距離を置くことで戦況を優位に持ってこようとしている。

 左手には小回りの利く光が撃ち出せる銃、右手には堕天使のものと酷似した光の槍。片や剣と拳。アウトレンジからの一方的な攻撃、惨殺ショーを試みようとしたフリードだったが、

 

「悪いけど、チェックメイトさ」

 

 木場は特に慌てることなく、人差し指を天井に向ける。

 フリードは真上を見上げると、

 

「プロモーション!『戦車(ルーク)』!」

 

 一誠が降ってきた勢いそのままに、かかと落としを繰り出す。

 突然のことに反応が遅れたフリードは、攻撃の直線上から頭を逸らすことしかできず、右肩にもろに食らってしまった。

 激痛で顔を歪める彼は、一誠に光を撃ち込むが、

 

「今の俺は『戦車』なんだよ!」

 

 『兵士(ボーン)』の駒の特性、敵地の中心に入ると同時に強く心に願うことで、『王』以外の駒にプロモーションできることを利用した一誠は、『戦車』の馬鹿げた防御力とパワーで光の弾を弾き飛ばし、強化された拳を迷わず振り抜く。

 フリードの顔面にヒットすると、そのまま壁にのめりこんでいった。

 一先ず第一関門突破と言ったところか。

 

「すごいよイッセー!」

 

 春雄は一誠に駆け寄り、ハイタッチをした。

 

「…一応私たちだって活躍したんですけど…」

 

 全てを持っていかれた一誠と、その一誠しか見えていなかった春雄に不貞腐れる子猫。

 しかし、

 

「木場さんも子猫さんもお疲れ!」

 

 春雄はしっかりと全てを見ていたのだ。

 子猫の頭をワシワシと撫でながら、木場に拳を突き出す。

 

「ありがとう」

 

 春雄と木場は拳を軽くぶつけ合った。

 

 こうしてその場の4人は束の間の勝利の余韻に浸っていたわけだが、まだこの事件の解決には至っていない。

 

「さて…」

 

 一誠がその場を引き締める。

 

「行くか…アーシアちゃんを助けに!」

 

 

 

 4人は教会の深部まで行き、だだっ広い礼拝堂に着くと、そこには…

 

「大群のお出ましか…」

 

 大勢の堕天使、先程気配を感じ取っていた数と一致するほどの群勢がいた。

 ここを突破するのも骨が折れそうだったが、さらなる問題が…

 

「あの祭壇の下…おそらくそこにレイナーレがいると思いますが、同時にたくさんの神父の気配も感じます」

 

 子猫が指摘した通り、祭壇の下からは邪な殺意が流れ込んできている。

 たとえここを抜けても、この先の大量の神父を相手取ったうえで、レイナーレと戦うことになるだろう。

 

「ここは僕がなんとかしよう」

 

 どうするか考えていると、春雄が率先して前に出る。

 

「よせ!春雄!」

 

「いくら力があるからと言ってもこの数はさすがに無茶だ!」

 

「…ここは手っ取り早くみんなで戦った方が…それにいつまでも先輩に迷惑をかけるわけには…」

 

 当然人である春雄に危険な真似はさせられないと、3人は彼を止めようとする。

 しかし、徐々に春雄からあの時のオーラが漂い、背中からでもわかるほどの殺意が湧き出ていた。

 気圧された3人は黙り込む。

 すると、

 

「…堕天使どもならイッセーたちで事足りる…だが、()()()だけは…」

 

 口調が怒りで悍ましくなっていく春雄。

 それはまさしく聞くものを底冷えさせる恐ろしい獣のようだった。

 そして春雄はあたりを囲む堕天使に目もくれず、たった一つの()だけを見据える。

 一誠たちもそちらを見ると、血の気が引いていくような思いをした。

 

 ステンドグラスがあったとされるところに、月明かりに照らされる影。

 それは今の春雄と似ている気配、すなわち色濃い真っ黒な殺意を放っていたのだ。

 大きさは2メートルほど、艶のある漆黒の皮膚、鍵爪型の長い腕が甲虫を思わせるが、長い腕の一対が翼竜のような翼を持っているなど、現代生息する地球上の生物にどれもが当てはまりそうもない奇怪な姿の獣。

 まさしく『怪獣』と呼べる風貌の持ち主は、赤い目を光らせながら、自身を睨む者に咆哮をあげる。

 その黒い獣は感じ取っていた。

 その男に宿る、宿()()()()()を。

 

 春雄は咆哮を聞くと、それに呼応するかのように手足を変化させ、黒く強靭な尻尾を伸ばす。

 堕天使の気配が薄れるほど、春雄と黒い怪物の間で殺意がぶつかる。

 春雄の、黒い尻尾を地面に叩きつけ、それに反応した怪物が翼を広げ、咆哮を上げながら向かってくると、戦闘…いや…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…殺し合いが始まったのだった…

 

 

 

 



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第9話 吠えろ、宿敵へ

いやぁ、今回は長くなってしまいました…

すみません…



 春雄は奴の姿を目にした途端、これまでにない殺意を放ち、その場はとてつもない緊張感で包まれた。一誠たちは、直接自分たちにその殺意が向けられていないと知りつつも、その圧倒的なものに冷や汗を流す。

 

 

 

…獣か…?

 

 

 

…いや、そんなものじゃない…!

 

 

 

 そして奇怪な姿の黒い怪物は、翼竜のような翼を広げて、威嚇の如く咆哮をあげる。

 

 咆哮が響いた後の礼拝堂は、異常なほど静かになった。

 その静寂の中のドス黒い殺意は、一誠たちはもちろん堕天使どもも震えさせていた。

 一誠はふと視線を感じ、そちらを見ると、春雄が目配せしていた。

 

(なるほどな…)

 

 意図を汲んだ一誠は、木場と子猫に耳打ちをする。一瞬驚いたような表情をしていたが、すぐ頷いてくれた。

 春雄は3人が理解したことを確認すると、その静寂を破るように尻尾を地面に叩きつけた。

 銃撃のような爆発的な音が、重く礼拝堂に響き、尻尾を叩きつけられた地面は粉々に抉れていた。

 その音が合図となり、黒い怪物は宙を舞い、一気に春雄に距離を詰める。

 

「今だ!行くぞ!」

 

 一誠は木場と子猫を連れ、祭壇から地下へと続く階段へ行く。

 ちなみに堕天使たちだが、動こうにも春雄と黒い怪物の殺意に当てられ動けず、ただ目の前で繰り広げられている生存競争(殺し合い)を傍観していた。

 そこには以前、春雄の殺意に当てられた、少し幼い男女の堕天使がいたが、立っていられずその場にへたばった。

 

((こんなの聞いてないよ…レイナーレ様…))

 

 涙目の彼らに目もくれず、2体の発する殺意が高まり、戦闘も荒々しくなっていった。

 

 

 

 一誠たちは長い廊下を歩いていた。

 古い教会の地下に、近代的な施設が備わっていることに驚く一誠だったが、奥に進むにつれ、邪な気配が強まっていくことに気を引き締める。

 

(待ってろ…アーシア…!)

 

 

 暫く進むと、目の前に一つの扉が現れた。

 周りを見ても先に進むにはこの扉以外なく、さらにはこの先に神父たちの気配も感じていた。

 

「イッセー君、この先にたぶんアーシアさんがいると思うけど、その前に神父たちが邪魔してくるだろう」

 

「ですから、ここは私たちが食い止めます。イッセー先輩はあの堕天使と決着をつけてください」

 

 一誠は二人に申し訳なさを感じつつも、頼もしさを覚えていた。

 自分のわがままから始まったアーシアの救出に、木場も子猫も最後まで付き合ってくれた。

 猛烈な感動を胸に、一誠たちは扉を壁ごと突き破って敵地の最奥へ踏み込む。

 

「…!アーシア!」

 

 一誠はまず目に入ったのは、十字架のような装置に貼り付けられ、意識も絶え絶えに苦しんでいるアーシアの姿だった。

 アーシアは自身の名を呼んでくれた大切な人を一目見ようと、精一杯の力を使って顔をあげる。

 

「い…イッセー…さん…」

 

 苦しくてたまらないはずの彼女は、聖女のように微笑んでいた。

 美しい以上に儚いものだった。

 

「ふふふ…もう遅いわ、悪魔さんたち!間もなく儀式は終わるところなのよ!」

 

 黒い翼を広げ、その瞬間を今か今かと待ち侘びるレイナーレ。顔を歓喜で赤く火照させ、目の前で苦しむ者を嬉々として眺める様子は、はっきり言って異常だ。

 狂っているレイナーレと、今にもその命が消えそうなアーシア。

 

「イッセー君、時間がない!行こう!」

 

 木場と子猫が神父の集団に突っ込んでいく。

 鍛え上げられた剣捌きによる速攻と、力強さで溢れる荒い攻撃、タイプの異なる攻撃が神父たちを次々と薙ぎ倒していく。

 しかし、数が数であるため、一誠の援護に回ることはなかなかできない。

 さらに、

 

「イッセー先輩、早くあの堕天使を倒してきてください…」

 

「ここは僕たちがやっておくから、けりは自分の手で頼むよ!」

 

「ああ!すまねえ子猫ちゃん!木場!」

 

 一誠は二人に後押しされ、レイナーレのもとへ行く。

 

 一人で向かっていった一誠の背中をチラリと見る木場。

 本当なら援護に回れるが、ここはひとつ…

 

(ごめんイッセー君、約束だから…頼んだよ!)

 

 助けに入りたい気持ちを堪え、木場は今、目の前の憎き敵だけを斬ってゆく。

 

 

 

 黒い怪物の咆哮が教会を揺らす。

 鋭く尖った鉤爪型の腕を突き出し、春雄に猛スピードで突っ込む。

 春雄は間一髪のところで避けるが、その避けたところを狙って堕天使たちが光の槍を畳みかける。

 光の槍は、特にダメージを負うほどではないが、衝撃により隙を作られてしまう。そこへ黒い怪物が、狡猾にも確実に殺せそうなタイミングで襲ってくる。

 

 春雄は光の槍で目が眩みそうになるが、黒い怪物だけは視線を逸らさなかった。

 黒い怪物は、次に狙うタイミングを伺って礼拝堂内を飛んでいる。

 翼を広げて飛ぶと、この礼拝堂が狭く感じてしまう。

 

(さっき一発もらったが…なんて威力だ…堕天使の比じゃない…)

 

 春雄の腹には大きな穴が開き、鮮血を流していた。

 ついさっき、腹に太い腕が刺さったのだ。それにより、途切れかけていた意識が繋がり、明確に自分が置かれた状況を理解したのだ。

 

 問題はそこではない。

 たった一撃をもらっただけでこの有様なのだ。

 今まで堕天使のレイナーレの攻撃や、フリードの攻撃は耐えてきたが、現在戦っている黒い怪物はそれらの攻撃を軽く凌駕していた。

 それも彼らの使う魔術や特殊な力ではなく、魔力一切抜きの純粋な力、即ち単純な強靭な体と、高い身体能力のみでダメージを与えたのだ。

 

(どういうわけか…堕天使はあの怪物と手を組んでるようだし…)

 

 などと考えていると、再び光の槍が飛んでくる。

 流石に目がチカチカし、鬱陶しく感じてきたので、

 

「ちょっとごめんよ」

 

 光の槍を一身に受けながら、強引に攻撃の雨を突破し、それぞれの手で堕天使二人の首を掴む。

 首を掴まれた堕天使は息ができず、足をバタつかせるが、春雄は力一杯その二人をぶん投げた。

 放られた先には、次の攻撃の準備をする堕天使たちがおり、彼らは仲間が突っ込んでくるのを知らず、そのまま衝突。

 あまりの威力に、教会の壁を突き破ってそのまま外へ放り出されてしまった。

 他の堕天使たちも殴ったり、瓦礫を投擲したりしてリタイア、時には殺していく。

 一瞬春雄の良心が、殺してしまったことに「待った」をかけようとしたが、自分も命を狙われているのでそんな考えは一瞬で消えた。

 

「君もだ…!グッ…!?」

 

 春雄に恐怖して逃げようとする堕天使を捕まえ、そのまま他の堕天使に投げようとするが、それに夢中になるあまり、背後に飛んできた黒い怪物に気づかず、短い鎌のような腕で背中を切り裂かれてしまった。

 思ったより傷が深かったのか、背中からは勢いよく血が噴き出し、たまらず春雄はその場に倒れ込んでしまった。

 チャンスと思った堕天使たちは、恐怖のあまり逃亡を図ろうと、翼を広げて空へ逃げようとするが…

 

 

 

 一誠はレイナーレのもとへ辿り着くと、そこには狂ったように喜ぶ彼女と、ぐったりして間もなく息絶えそうなアーシアがいた。

 レイナーレの方を見ると、何やら淡く緑色に輝くものを手にしていた。

 

「ついに…ついに手に入れたわ!神器(セイクリッド・ギア)……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聖女の微笑み(トワイライト・ヒーリング)を!」

 

 その淡い光は一誠も見覚えがあった。

 誰でも助けようと、崇高で心優しい彼女が持っていた、彼女が持たねばならないものだった。

 それが今、無理矢理レイナーレの手に渡ってしまった。

 ぐったりしたままのアーシア…

 

 

 

…彼女はどうなる…?

 

 

 

 一誠はとりあえずアーシアのもとに駆け寄る。

 この時レイナーレが特に興味を示すわけでもなく、すんなり通れてしまった。

 

 一誠は神器を展開し、自身の力を増幅させ、無理矢理アーシアを十字架から助け出す。

 辛うじてだが、息はまだある。

 

「アーシア…」

 

 一誠は彼女の名前を呼ぶと、瞼を震えさせながら目を開いた。

 

「…イッセー…さん…」

 

 こんな時まで、彼女は微笑んでくれていた。

 彼女は視界に大切な友達が映ると、涙を流して喜んだ。

 

「最期に…イッセーさんに会えて…良かっ…た…」

 

 一誠の頬に触れようとしたか弱く細い手は、力無く下に落ちてしまった。

 一誠は彼女から呼吸音がなくなり、心臓の鼓動も徐々に弱まっていくことから察した…

 

 

 

 

 

…彼女を守ってやることができなかった…

 

 

 

 

 

 一誠は腕の中で眠り続ける彼女を、被害の及ばない安全なところへ、そっと横にしてあげる。

 

「どうして…どうしてだ…」

 

 一誠はわからなかった。

 ここまで純粋で、神に祈りを捧げ、教会にも熱心に仕えていた彼女が、なぜこれほどまで追いやられ、挙句には苦しみながら生き絶える必要があったのか…

 

「悪魔や堕天使もいんなら…神もいんだろ…なんでアーシアばかりにこんな…こんな…」

 

 そして一誠は、悲壮感から一変し、彼女を殺した目の前の堕天使を睨む。

 レイナーレは、悪魔にまじまじと見られるのが気に障ったのか、かなりの嫌悪感を示していた。

 

「どうしてアーシアを…」

 

「彼女が持っていたこの神器はね、人はもちろん、悪魔や堕天使でも治してしまう力があるの…」

 

 そう言って彼女は、足首にその力を行使すると、傷が塞がっていき、元通りになってしまった。

 

「この傷は、あなたの兄弟によってつけられたの…ホント、忌々しいわ…」

 

 本当に悔しかったのか、レイナーレはギリッと歯を噛んだ。

 

「でも、神器は手に入ったことだし、これでアザゼル様に…」

 

 レイナーレが楽しそうに独り言を呟くのを遮るように、一誠が尋ねる。

 

「お前は…俺だけでなく、この子の命まで…なんとも思わないのか!?」

 

 するとレイナーレは嘲笑しながら、全く悪びれもなく答える。

 

「ええ、そうよ。神器なんてものは、持っているだけで本来なら忌み嫌われるものだから…それに私達冥界の脅威にもなり得るものだってある。あなたはその可能性があったけど、どうやらただの思い過ごしみたい…」

 

 話を聞く一誠は、これ以上怒りを抑えることができなくなりそうだった。

 レイナーレの勝手な理由で自分は命を落とし、二人目の犠牲者まで出てしまった。

 人の命をまるで尊ばず、ただの道具のようにしか思っていないあの腐り切った根性が、一誠の神経を逆撫でする。

 そしてレイナーレはとうとう言ってはならないことを言ってしまった。

 

「そう言えば、あなたの兄弟…春雄だったかしら?人間のくせに堕天使に楯突けるほどの力があるから、たぶんいろんな勢力から狙われるかもね!あなたの力もそうだけど、春雄君の近くにいたらろくなことが起こらないわ!主人の悪魔に教えてあげたら?危ない駒は切り捨てなさいってね!別に良いでしょ?だってあの子…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

 その瞬間、一誠は神器を構える。

 そして馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 かつての初恋を寄せた目の前の堕天使に、少し躊躇う気持ちもあった。

 彼女の顔を見るたび、デートのためにコースをしっかり考えたこと、なるべく楽しんでもらおうと必死になったことなど…

 

 

 

…その日のことが全てアホらしい…

 

 

 

 一誠は決意した。

 春雄の過去を知っている一誠、絶対に口外できない、全てに狂わされた大切な兄弟の人生を知らず、のうのうと揶揄うこの女を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…絶対に殺すことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春雄は目の前の光景に絶句していた。

 堕天使と手を組んでいたと思われた黒い怪物が、飛んで逃げようとする彼らを手当たり次第に襲い、次々とその命を摘んでいったのだ。

 

(仲間じゃなかったのか…?)

 

 ふと春雄は視線を移すと、長椅子の陰に隠れて怯えているあの男女の堕天使がいた。

 自身よりも年下で、幼さが残る美少年と美少女は、耳を塞いで涙を流して震えていた。

 陰に隠れている二人だが、あの黒い怪物が気づいていないわけでもない。

 たまにあの赤い目がギロりと二人を見ることはあるが、特に何かするわけでもなく、飛び回って逃げる堕天使の方を攻撃するのだ。

 

(恐らく狙いは僕だけ…堕天使たちは本来眼中にない…だが奴の狩の性質上、飛び回る必要がある…そこに堕天使が下手に飛んで入ると邪魔なんだろうな…)

 

 などと仮説を立ててみると、腕と翼をもぎ取られ、墜落した堕天使が、まだ辛うじて生きていたのを発見。

 だがあの黒い怪物はそれに構うことはなかった。

 

(やはり!)

 

 春雄は性質を理解すると、黒い怪物の隙を窺ってあの堕天使二人に近づく。

 

「ねえ二人とも」

 

 少年少女の堕天使は、抱き合ってビクビク怯えながら涙を流す。

 春雄はそんな彼らに苦笑いだが、飛び回る黒い怪物の咆哮を聞くと、すぐ表情を引き締め、

 

「怪物の狙いは僕だけだ。君たち堕天使はおそらく眼中にない。いいかい、良く聞いて?逃げる時は絶対に飛んじゃダメだよ?」

 

 発する雰囲気が王のような風格もなく、獣以上の殺意を放ってはおらず、ただの「春雄」、人として接する。

 もとより優しく人懐っこい春雄の性格が、二人の堕天使の心を少しは落ち着かせただろうか。

 体の震えは無くなったものの、未だ涙は出続けているが。

 

「泣いてもいいけど…それで助かるわけじゃないからね…今は生き残ることだけ考えるんだよ!」

 

 春雄はそう言うと、黒い獣のような手を出し、人の手で言う小指に該当する箇所だけを出す。

 

「別に君たち、戦うつもりはなかったんでしょ?だったらこんな血生臭いところから逃げるんだ」

 

 堕天使の二人も、小さい小指を出して、春雄の差し出す指にそっと触れる。

 

「約束だよ?ちゃんと生き残って、後で僕と一緒にいたお兄ちゃんとお姉ちゃんに謝るんだよ?」

 

 二人の堕天使はコクリと頷いて、春雄と「ゆびきりげんまん」をしてのだった…

 

 

 

 教会にできた穴から逃げていく二人の背中を見ていると、本能が聞き出す。

 

 

 

ーいいのか?

 

 

 

 何が?

 

 

 

ーお前を殺そうとした奴らの手下であるのだぞ?

 

 

 

 いいよ、本人たちは全くの無害だし。それに、あんな綺麗な心を持つ子たちが、こんな戦場にいちゃだめだ…

 

 

 

ー………次会う時、あの者らは強くなり、敵として現れるかもしれんのだぞ?

 

 

 

 その時は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながら僕は優しくないね…

 とりあえず、あっちも堕天使を片付けてくれたそうだし、いよいよ1対1のぶつかり合いができるわけだ。

 

 たぶん今まで僕の記憶が曖昧だったのは、全て戦いが起きた時、僕の中の黒い殺意を出すものが代わりに戦ってたんだろう。

 でも今は違う。

 僕が黒い殺意の力を使いこなす番だ。

 

 ずっと僕の心の中の呼びかけに応じてくれなかったものが、やっと会話してくれたんだ。

 恐らく僕にこの力を使いこなせるか試すつもりなんだろう。

 

「やってやる!」

 

 僕は意気込んで、目の前に迫る黒い怪物に突っ込んでいくと同時に、話し合う機会をくれた二人の子供の堕天使に感謝した。

 願わくば、彼らが戦場に赴くことがない、平和な世の中になることを…

 

 

 

 俺、兵藤一誠だ!みんなからは「イッセー」って呼ばれるんだけど、何気にこの視点になるの初めてじゃね?

 

 そんなことより絶賛ピンチです!

 俺の大事な兄弟を揶揄ったあの堕天使、もう元カノとか関係なしにぶっ潰すと決意したはいいけど、やっぱり強い。

 飛んでくる光の槍は、俺の神器でパワーアップした身体能力で避けられるが、本当に間一髪だ。

 たまに腕とか足とか掠るけど、これがまあ痛い!

 やっぱ悪魔にとって光って、とんでもない毒なんだなあ…

 

 とか思ってると、右の太ももに一本ブッ刺さった。

 痛すぎて右足の間隔全てがなくなったようだ…光が毒として身体中回ってるのか、意識も少しづつぼんやりし始める。

 

「ちっ…クソ悪魔の分際で生意気な…でもね…」

 

 そう言ってレイナーレは、さっき与えた俺の決死の攻撃によるダメージを、アーシアから奪った神器で回復しやがった。

 

 どこまでもこの女は俺を怒らせる。

 あの力はアーシアのように心優しい人が、困っている人に手を差し伸べるために使った方がよっぽどいい。

 お前みたいな自分勝手な奴に使われると、その神器も廃れちまう!

 

「その神器(セイクリッド・ギア)はお前みたいな勝手な奴が持ってんじゃねえ!」

 

「うるさいわね!こんな素晴らしい神器、たかが人間の分際で持つには手に余る代物なの!この力は我ら堕天使こそが相応しいわ!」

 

「お前の価値観で決めてんじゃねえ!さっきからお前ら堕天使だけ持ち上げやがって…人間だってなあ、みんなこの地球上で頑張って生きてる生命の一つなんだぞ!」

 

「所詮100年生きるか生きれないかの軟弱な存在が、たった一つなくなった程度で?」

 

 我慢の限界だ。

 もう容赦しねえ!

 悪魔も堕天使もいんなら、神様だっているんだろ?

 だったらこいつを、アーシアから神器を奪って殺したこいつを、人の命をぞんざいにするこいつを!

 

(1発でも手痛いの食らわせるくらいの力を寄こせえ!)

 

 すると、俺の左手の、赤い龍のような籠手の神器が光り出すと同時に、俺の全身に力がみなぎってくるような気がした。負傷した足も、痛いことに変わりないが、今なら動く!

 覚悟しやがれ…

 

「レイナーレぇぇぇえええ!」

 

「私の名を呼ぶなぁぁぁあああ!」

 

 

 

 春雄は今、黒い怪物の鋭い腕に肩を貫かれ、そのまま宙をものすごいスピードで振り回されていた。

 黒い怪物は時に急降下し、勢いよく長椅子や壁、瓦礫にぶつける。

 打たれ強い春雄の体は異常なほどの再生スピードで回復しつつあるが、それでも負った傷は深い。

 切り裂かれたり、刺し貫かれたことによる大きな傷と大量出血、何度も叩きつけられたことによる打撲や骨折など、普通の人なら死んでもおかしくないレベルの怪我を負っていた。

 

(やばい…このままだと…意識が…堕ちる…!)

 

 春雄は黒い怪物が地面に叩きつけるタイミングを見計らい、体の全筋肉を使って無理やり体勢を崩し、共に地面に落ちた。

 黒い怪物はそれなりにダメージを負ったが、春雄は強引に体勢を変えたため受け身をとれず地面に激突。

 さらに刺さっていた怪物の腕が、肩を抉り取っていくように外れたので、春雄は今、満足に体を動かすことができなくなってしまった。

 黒い怪物は、防御力がそこまで高くないのか、復帰にはかなり時間がかかったようだが、今の状態の春雄を倒すのには何の造作もないようで、完全に復帰するまでそれなりに時間をかけていた。

 

(くそっ!もう動けるのか!)

 

 止めを刺すため、黒い怪物は翼を広げ、宙を舞う。

 急降下して、あの血に濡れた太い腕を刺してくるのだろう。

 

「動け…こんなところで寝てる暇ないだろう…!」

 

 なんとか立ち上がることはできた。だが足以外は満足に動かすことはできない。

 春雄はどうしようか考えていると、自分の体を支えているのが足だけではないことを知った。

 

(これなら…!)

 

 

 

 春雄がなんとか窮地を脱せそうな中、一誠はレイナーレ相手になかなか近づけずにいた。

 一誠の力がいきなり跳ね上がったことに驚き、用心深くマークされ、接近させまいと光の槍の雨のような攻撃を食らっていたのだ。

 

(別に今の状態なら躱せないことはねえが…)

 

 レイナーレは慌てているものの、やはりそれなりの実力はあるようで、精度の高い攻撃をしてくる。

 次の一手の速さがあちらが上。

 ならば…

 

(こんなところで足踏みなんて、カッコ悪いな!)

 

 自分を気遣って向かわせた部長と朱乃、神父の相手をしてくれた木場と子猫、黒い怪物の相手を買って出た春雄、そして自分を頼ってくれたアーシアのことが頭に浮かぶ。

 そんな彼らのために、そして自分自身のけじめのために、一誠は覚悟を決めると…

 

「な…馬鹿な…!」

 

 迫って来た最後の槍を避けず、そのまま両手で受け止める。

 籠手のない方の手からは焼けるような痛みが襲い、威力を十分に殺しきれず、槍の先端部分が脇腹を掠める。

 

「めっちゃ(いて)え…だが…」

 

 レイナーレは驚くとともに軽く恐怖心も浮かび上がってきた。

 龍のように力強いオーラを発する一誠の顔が、不敵に笑っていたのだ。

 

 レイナーレとの実力差は誰が見ても圧倒的なものだった。

 一誠が1ならば、レイナーレは1000はある。

 これだけ絶望的なまでの差があるにもかかわらず、一誠はただの「気合」だけでくらいつく。

 

(神器は宿主の強い思いに応えてくれるんだろ?だったら…)

 

 一誠の固く握りしめる左手に怒りを込める。

 その怒りはアーシアを守れなかった自分でもあり、命を軽んじるレイナーレにでもある。

 

 

 

…ここで…全てを終わらせてやる!

 

 

 

『Boost!』

 

 ここで突如、赤い龍のような籠手が吠えた。

 自然と力が湧きおこる。

 

「なんなの…その力…」

 

 狼狽えるレイナーレは、一誠に恐怖心を覚え、何が何でも遠ざけようと出鱈目に光の槍を撃ち込む。

 しかし一誠はそんなものに怖気づかず、光の槍が突き刺さろうとも構わず突っ込む。

 

『Boost!』

 

 再び籠手が吠える。

 

(力がまだまだ漲る…)

 

 一誠は握りしめた拳を見つめていると、今までの記憶がドッと頭に流れ込んでくる。

 高校2年生として、今年こそは彼女の一人や二人とは思ったものの、やってきたことが災いし、女子から逃げられる始末であった春。

 それでも青春らしいことはできていた。

 友人や兄弟と馬鹿をやって、先生から怒られる生活は、案外悪いものではなかった。

 

 

 

…こんななんでもねえ生活が続けばな…

 

 

 

 だがそんな細やかな願いは通じず、天は一誠を見放したように試練を与えた。

 ことの発端は彼に接触した初恋の天野夕麻、いや堕天使のレイナーレの、神器を狙った暗殺だった。

 この日を境に一誠の日常は、歯車が外れたように狂い出した。

 気がつけば自分は悪魔に転生し、慣れない仕事や、命のやりとりが行われる戦い…

 そして突如変貌を遂げた兄弟の春雄…

 

 波乱に波乱が続く喧騒の日々の中、一誠は思うように結果を残せないことが続いた。

 

 

 

…悪魔として、俺は部長に何もできてねえ…折角俺を生き返らせてくれたのに…

 

 

 

 だからこそ、部長たちは一誠に託したのだろう。

 

『Boost!』

 

 左手の籠手は、一誠の滾る思いに応えるように吠える。

 

「俺だけじゃねえ…俺の周りに迷惑かけまくってる堕天使レイナーレ!俺が代表してお前を裁く!」

 

 固い決意を叫ぶと、一誠の籠手は光り輝く。

 

『Explosion!』

 

 すると、今まで溜めてきた力が爆発したかのように解き放たれる。

 先程まで狼狽えつつもそれなりに冷静だったレイナーレは、とうとう精神が破壊されてしまった。

 愚鈍で矮小な、取るに足らないと思っていた悪魔が、途端に大きく見え始めた。

 

 レイナーレは驚きと恐怖の目で、一誠の左手の籠手を見ると、明らかな動揺を見せた。

 

「あの力…数十秒で威力が倍増する能力…まさか…神滅具(ロンギヌス)!?それもあの…二天龍の片割れの『赤龍帝』だと…!?」

 

 赤く、怒りを表したかのように燃えるオーラを放出する姿は、まさしく龍だった。

 

 

 

 そしてその頃、春雄にもとある変化が訪れていた。

 あの黒い怪物が、礼拝堂を滑空する姿を見ていると、不意に頭に映像が浮かび上がった。

 それは決して自分のものではなかった。

 

 あたりには知らない、天をつくほどの山々が聳え、今よりもずっと巨大な木々が生い茂る大自然…

 図鑑でチラッと見たことがある。極めて原始的な生物が地上を這い回る時代…

 

 

 

–ペルム紀–

 

 超巨大なシダ植物が天高く伸び、その間を奇抜な昆虫が飛び回り、地面には奇怪な姿の陸上生物が這っている。

 水中では恐ろしい見た目のものや、原始的な特徴を持ちながら現代のものとも似ている魚が悠々と泳いでいた。

 

 

 

 ズシン…

 

 

 

 突然あたり一体を揺らし、池には小さな波が発生する。

 先程まで自由気ままに行動していた生物たちは、恐れをなしたかのように一目散に逃げていく。

 

(みんなどこ行くんだろ…てか僕…大きいな…)

 

 その様子を見下ろすように眺めていたのは春雄だった。

 だが目の高さから、およそ100メートルはあると思える。

 

(誰かさんの視点なのかな?)

 

 などと思っていると、突然この視点の主は勢いよく振り向く。

 見つめる先は天空。

 灰色がかった空から現れたのは、春雄が戦っていたあの黒い怪物だった。それも超巨大だった。

 驚く間もなく、黒い怪物と自分は戦闘を始めた…

 

 鋭い腕が突き刺さろうとも怯まず、強引に黒い怪物の首を掴む。

 

 反対に噛みつかれても、一切攻撃の手をやめない黒い怪物。

 

 

 

 これは戦闘だろうか…いや、これは生き残りをかけた殺し合いだった。

 

 

 

 その後映像は途切れ、また別の映像へと切り替わる…

 

 恐竜が闊歩する時代、そんな彼らにお構いなく再び巨大な怪物は争う。

 その時、空を飛ぶ黒い怪物以外に、それよりずっと大きく、翼を持たず、腹に卵のようなものを持つ別の個体が現れた。

 1対2というアウェイの状況でも、春雄が共有する視点の主は正面から待ち構えた。

 さながら王のような佇まいに、2体は一瞬怯むが生き残るために戦う。

 

(すごい…)

 

 春雄は目の前の壮絶な光景に絶句し、心を奪われていた。

 そこには小細工皆無の、まさしくお互い生存をかけた殺し合いが行われていた。

 お互い傷つき、体力も徐々に消耗しているはずだったが、攻撃は緩むことなく、むしろ激しさを増していく。

 

 春雄は視点の主と通じてわかった。

 2体の怪物は自分を餌、苗床にしようとしている。

 現に視点を借りているこの主からはとてつもないエネルギーを感じていた。

 あの卵を持つ黒い怪物はきっと、エネルギーの補充、もしくは寄生して卵を産みつけようとしているのだろう。

 

 後世へと託すため。

 

 産卵を控え、もともと動きの鈍いメスは、卵を守りつつ戦っている。

 オスはそんなメスを傷つきながらも守っている。

 

 だが主もしぶとい。

 あれだけ攻撃を食らいながら、怯むどころかむしろ向かっていく。

 ここで自分が倒れたら、なす術なく奴らの餌食になってしまう。

 奴らにはない尻尾を使ったり、時に何か口から吐いて応戦する。

 

 全く逃げずに、真っ向勝負を挑むこの姿に、春雄は不思議と怖さを感じず、むしろ憧れに近い感情を抱いていた。

 それだけでない、何か、以前から知っていたかのような懐かしさも感じていたのだ。

 

 そして、いよいよ決着をつけるのか、黒い怪物は鋭い腕を構え、主は青白い輝きを放つ。

 

 しかし、主も黒い怪物からも殺気が一瞬にして違うところに向いた。

 

(なんだ…何がいるんだ…)

 

 春雄もその視線の先を見ると、嵐を纏う真っ黒な雷雲が、轟音と共にギラギラと黄金に輝いた。

 すると主と2体の怪物は、そちらに向かって咆哮を上げた。

 

 

 

 気がつけば、目に映る光景は礼拝堂になっていた。

 そしてこちらに猛スピードで突っ込んでくる、さっきの映像にも出てきた怪物が写った。

 恐らくさっきのは記憶で、僕の中に宿っている『王』の記憶なんだろう。

 なぜ『王』だって?

 わからないけど、なんかそんな感じがしたんだ。

 

 さて、記憶が確かなら、目の前に迫る敵はかつて僕の中の王と生存競争を繰り広げた宿敵になる…王からしてみれば『天敵』かな?

 たぶん目の前の敵は、僕の中の力に気づいているはず。

 宿敵として立ちはだかる僕を、迷いなく殺しに来るだろう。

 

「僕だって生きたい…だから!」

 

 僕だってやるさ。

 相手の殺意に、僕も目一杯の殺意を向けると、尻尾をしならせながら吠えた。

 僕の口から放たれたのは声ではなかった。

 王と同じ、全てを揺るがす『怪獣王』の雄叫びだった。

 

 

 

 一誠は爆発的な力で、一気にレイナーレに距離を詰める。

 逃亡を図ろうとするレイナーレの足首を掴み、握りしめる左手に力をこめる。

 

 春雄はじっと、黒い怪物がこちらに向かってくるのを待つ。

 その瞬間が来るまで待つ。ほんの一瞬の時間が長く感じられた。

 

 一誠は左手を振りかぶる。

 

 春雄は下半身に力を込める。

 

「うぉぉぉおおお!!」

 

「あぁぁぁあああ!!」

 

 二人の雄叫びが木霊する。

 

 迷いなく振り抜かれた一誠の拳は、レイナーレの整った顔にヒットし、彼女はあっという間に意識を刈り取られた。

 鈍い音と同時に、彼女はアーシアが磔にされていた十字架の装置に激突し、動かなくなった。

 

 黒い怪物は、もう少しで鋭い腕が春雄に突き刺さろうとした瞬間、体全体に衝撃が襲いかかった。

 春雄から伸びる尻尾が、黒い怪物を高速で叩きのめしたのであった。

 一撃で黒い怪物は地面に叩きつけられると、気絶し、動かなくなった。

 その動かなくなった頭部へ、春雄は力一杯踏みつけた。

 グチャリと音を立て、一瞬ビクリとその黒い体が動くと、以後礼拝堂内には静かな沈黙が訪れた…

 

 

 

 春雄は痛む体に鞭を打ち、地下室を降りていくと、地面にへたり込む木場と子猫に出会う。

 木場たちは、春雄を目にした途端、目を丸くした。

 

「大丈夫なようで安心しましたよ!」

 

「いや、僕らより春雄君の方が大変じゃないのかい?」

 

 なんらいつもと変わらない元気な、そして隠しきれないバカな感じが滲み出ながら、頭から血を流し、肩が抉れた重傷を負う春雄に、木場は苦笑いだった。

 

「神父たちは?」

 

「…あそこです」

 

 子猫が指差すところには、殺害されたと思われる神父たちが固まっていた。

 改めて春雄は、この人たちが悪魔であることを理解したのだった。

 

「…何か失礼なこと考えてません?先輩…」

 

「いや…改めて戦闘が行われたんだなって思ってね…ホント知識を持った人間も、悪魔も、堕天使も…くだらないことばかりで争うんだから…」

 

「………ホントですね…」

 

「………そうだね…」

 

 春雄の鋭く尖った言葉が、二人には深く突き刺さる。

 

「そう言えば、イッセーは?」

 

「俺はここだよ…」

 

 声のした方を振り向くと、そこには傷だらけになりながらも、それなりに大丈夫そうな一誠が、アーシアをお姫様抱っこの状態で立っていた。

 戦いに勝ったことがわかり、安心した一同だったが、一誠の腕の中で眠り続ける彼女を見ると、重い空気がその場を支配した。

 

「諦めるのはまだ早いわ」

 

 ひどく憔悴した一誠と春雄に声をかけるのは、

 

「部長…」

 

「それに朱乃先輩も…」

 

 リアスだった。そしてその隣ではニコニコ笑顔の朱乃がいた。

 

「まだ諦めてはいけませんわ、イッセー君。春雄君」

 

「何か方法があるんですか?」

 

 一誠の問いに、二人は頷いた。

 しかし、

 

「でも…アーシアさんの呼吸も心臓も止まってます…死亡したんですよ?」

 

 と、悲壮感漂う表情と、悔しさが滲み出ている声で、春雄は絶望的な現実を告げる。

 

「そんなことはわかってるわ。それでも助けられるの」

 

 しかし、二人と違ってリアスは力強く、自信に溢れた様子だった。

 

 

 

 彼女なら何かできるかも…イッセー(俺)がそうだったみたいに…

 

 

 

 二人は可能性にかけた。

 まだ希望は潰えていない。

 

 

 

 

 




次回で、『旧校舎のディアボロス』の章は終わりです。
たぶん…

誤字がありましたら、遠慮なくお教えください。お願いします。


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第10話 終わり…?

これにて『旧校舎のディアボロス』の章は終了です。
ここまで、多くの人に見てもらえて嬉しかったです。
本当にありがとうございました!
次章はいつになるかわかりませんが、これからもよろしくお願いいたします!


 俺はこの数週間でいろんなことに巻き込まれて、いろんな思いをして、いろんなことを体験できたよ。

 当然その時、辛いこと、苦しいこと、頭にきたこと…負の感情は数え上げればキリがない。

 それでも新たな人との出会いもあり、それらを吹き飛ばせるほどの嬉しいことがあったのも事実。

 

 目の前で伸びてる堕天使は、かつての俺の初恋相手であるレイナーレ。

 思えばこいつに、俺の全てを狂わされたと言っていい。

 まぁこいつが俺を殺さなきゃ、俺の中に眠ってる力もわからなかったし、部長たちに関わることもなかった。

 

 こいつにはいろんな思うところがある。

 だからこそ、自分の手でぶっ飛ばせたのは気分爽快。流石に殺せてはいないけど。

 悪魔陣営と堕天使陣営でいざこざが起これば、いつ戦争に発展してもおかしくない。現在睨み合いが続く中で、俺みたいな下級悪魔が堕天使一人殺しましたみたいな事態が起これば、大きく戦争に影響するんだろうな…

 

 まぁそれもあるけど、結局俺がこいつを殺せなかったのは、春雄の言う通りどこか優しさ…いや、ただの「甘え」があったんだろうな。

 そんなあまちゃんの俺なりにも、ケジメはつけれたはず…そう思いたい。

 

「ところで部長、アーシアはどうやって…」

 

「そのためには、まずそこで伸びている堕天使を起こさないとね」

 

 俺の疑問に答える部長は、朱乃さんに命令すると…す、すげえ…!

 朱乃さんによって生成された水が、レイナーレの顔面に覆いかぶさる。

 すると、レイナーレは咳き込みながら目を覚ました。

 

「お目覚めのようですわね」

 

 朱乃さんがいつものニコニコ笑顔でレイナーレに語りかける。

 レイナーレは「ひっ…」と恐怖で声を漏らした。そりゃそうだ。俺だってちょっと怖いもん。

 

「さて…堕天使レイナーレ、あなたにはいろいろ聞きたいことがあったけど、こっちで全部問題は解決できたから」

 

「な…何を…」

 

「私たちに協力してくれた人物がいてね…その人が冥界の隅々まで調べてくれおかげでことがすんなりと進んだわ」

 

 

 

 リアスと朱乃が用事と称して部室を離れた際、人気のない架道橋の下に訪れていた。

 そこで待っていたのは、全身厚手の白い和装で、頭全体を覆うように覆面がしてある謎の男だった。

 発せられる雰囲気に緊張するリアスだったが、朱乃が、

 

「彼が私たちに情報を提供してくださいましたの」

 

 リアスが確認のために視線を向けると、男はコクリと頷いた。

 

「事情があって顔を見せることはできない。このままで頼む」

 

 どことなく無機質な声を発する男に、謎は深まるばかりである。

 敵対する意思が全く見られないので、恐らく大丈夫ではあるが、

 

(なんなの…この神聖な力は…!?)

 

 彼から感じる圧倒的なまでの聖なる力のようなもの。

 しかし特別魔法のようなものはないし、そう言った類の道具を持っているわけでもなかった。

 

 目の前の男に、リアスはもちろん、ここに呼んだ朱乃ですら冷や汗を流していた。

 

「不用意に苦しませているようだな…謝罪する。悪魔には我々の光は毒以上のようだ…そちらのためにも手短に話そう」

 

 すると男は話し始めた。

 今回のレイナーレによる一誠の殺害、及びアーシアの神器を狙った計画は、全て個人的なものであり、堕天使本営は全くの無関係であることが告げられた。

 それだけでなく、この地球でとある研究資料が盗まれたのだ。

 痕跡が一切見つからないことから、冥界にいる者の仕業と踏み、調査するとそれは浮き彫りになった。

 

「最近、極めて原始的な特徴を残しつつ、早い段階で進化を遂げた巨大不明生物の卵の化石が見つかったのは聞いているか?」

 

「ええ…数日前のニュースで見たわ」

 

「それは現代この星に住まう生命体の多くの遺伝子を持っている…簡単に言えば、太古の段階で急速に進化を果たした事実上の完全生物に分類されるもの。当然今まで見つかったものは精々、足跡程度だったものだが、ここに来て大きく研究を飛躍させることが起こったわけだ…」

 

「それが…今回と一体なんの関係が?」

 

「化石だと思われていた卵のうち、数個は生きていた。そしてその内いくつかを、今回の堕天使たちにより奪われた。そしてそれらを兵器として転用しようとした動きがあった」

 

 その事実にリアスも朱乃も驚きを隠せない。

 神器を狙うだけでなく、古代の生物を兵器として転用しようとしたなど、悪魔に対して本格的な戦争でも起こすつもりではと、二人は気が気でならない。

 

「奴は現状『MUTO(ムートー)』と名付けられている。この古代の生物はそれだけの力がある。だが幸いにも、堕天使本営は生物兵器の転用の可能性に気づけてはいない。そこで、このことが冥界に浮き彫りになる前に、今回の堕天使の処刑はもちろんだが、その研究の痕跡と古代生物の排除は必ず行われなければならない」

 

 すると、男は一通り伝え終わったのか、そのまま帰ろうとしたが、

 

「待って…どうしてあなたはそこまで詳しいの…?」

 

「証拠ならある。後に見せても構わないが…」

 

「そうではなくて!どうして冥界でもトップクラスの機密事項になり得そうな情報を事が露見する前に掴めるの…?」

 

 はっきり言って、この男の行動力と、情報収集力は異常だ。さらに冥界にここまで精通していることも。

 さらにリアスも朱乃も気づいている。

 男は人間を装い、人のオーラを出してはいたが、本来の何か特別な力は殺しきれていない。

 人には絶対にない何かがあった。

 

「無理な詮索は控えた方がいい…だが一つ言えるのは、私は君たちの味方はできないが、敵になることもない…私はこの地球が君たち悪魔の他に、堕天使、天使、更には龍族、神がどれほど影響するのかをただ見定めているだけだ…私はただの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()()だ」

 

 

 

 レイナーレは、リアスから今回の騒動について洗いざらい言われてしまい、逃げることはできないほどにまで追い詰められた。

 リアスには、堕天使本営から直々に「レイナーレの処刑」が出されたため、これでなんの懸念もなく今回の事件はレイナーレごと処分できる。

 

「い、いえ、まだ私には部下がいるわ…!」

 

 レイナーレはこの期に及んでまだ足掻くつもりらしいが、リアスが手に持つ黒い羽を見て、青ざめた。

 

「あの『裁定者』と名乗る人物…初めてお会いした時から只者ではないとは感じていましたが…とてつもない実力者でもありますわね…」

 

 朱乃の口ぶりから、ドーナシークをはじめとしたレイナーレの幹部や、その他の堕天使は皆、裁定者によって捉えられたらしい。

 

「見つけた時には既に全員縛られていたわ。正式なお達しもあったから、すぐその場で消し飛ばしてあげたけど」

 

 手に滅びの魔力を集めながら、リアスはレイナーレの前に歩み寄る。

 この時点で、レイナーレは絶望的だ。

 

「い、イッセー君、あんなことしてごめんなさい!わ、私はそうするしかなかったの!ほ、ほら、あなたからもらったものだってまだ大事に持っているから…」

 

 最後の最後まで性根が腐っていた。

 一誠は本当に馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 

 

…なんでこんな奴に恋心抱いちまったんだろうな…まぁそれは俺が騙されただけなんだが…こんな奴に少し慈悲を抱いちまった俺が気持ち悪くてしょうがねえ…

 

 

 

 怒りで震える一誠に、優しく肩に手を置く者がいた。

 春雄だった。

 

「おいレイナーレ…」

 

 レイナーレは春雄を見た途端、かつての記憶がフラッシュバックし、恐れで震え始めた。

 

「お前があの怪物を勝手な理由で連れてきたようだけど、あの怪物はお前みたいに狂った理由で戦ったりはしない…」

 

 全身これでもかと言うほど傷だらけで、立っているのもやっとなはずの春雄は、王の風格の如く堕天使を見下ろす。

 

「僕も、あの怪物もただがむしゃらに生き残るために殺し合った。お前はそんな必死になって生きていたやつをただ玩具のように弄んだんだ。くだらないことで僕たちの邪魔をしないことだ…」

 

 そう言って、春雄はレイナーレの目の前の地面を思い切り殴りつけた。

 その地面は轟音を立ててボロボロになり、レイナーレは泡を吹いて気を失った。

 その代償として、春雄が殴った方の腕から振動が伝い、ぐちゃぐちゃの肩にまで影響し、骨が飛び出た。

 だが、そんな春雄は痛みすら感じないほど怒っていたのがわかった。

 

(生きるために全力か…)

 

 一誠は心の中で、命のやりとりをした者の言葉を反芻するのだった。

 

 

 

 その後、レイナーレは部長の滅びの力で跡形もなく消された。めっちゃ怖い。

 そして、はらりと落ちていく黒い羽を眺めていると、緑色に淡く輝くものが落ちてきた。これって…

 

「アーシアさんの…」

 

 すると部長は、一誠にアーシアさんをここに連れてくるよう頼んだ。

 

 連れてこられたアーシアさんは、まさしく眠れる美女だった。

 冷たくなった体、元から白かった肌は生気が完全に失せたことで雪のように白くなっており、美しい金髪の髪がその安らかな表情と相まって、不謹慎だけど美しく見えてしまった。

 

神器(セイクリッド・ギア)所有者は、それを抜き取られることによって死んでしまうの。もちろん、一度死んでしまった命はもとに戻らないように、神器を所有者に戻したところで戻ってはこないわ」

 

「じゃあどうするんすか…?」

 

 イッセーの問いに答えるように、リアスはとあるものを取り出した。

 それは確かイーヴィルピースだっけ?イッセーもそれで転生したから…まさかアーシアさんにも?

 

 どうやら僕の予想は当たっていた。

 心底驚いた。

 そのピースを使用すると、神器と共にアーシアの体内に入っていく。

 僕とイッセーが不安と期待を胸に見守っていると、

 

「あ、あれ…?私は…」

 

 聖女は長いようで短い、「永遠の眠り」から目覚めてくれた。

 いろいろやばい文章に思えるけど、今起こったことを端的に言い表せばこんな怪文書になるんだよね。

 ひとまず僕たちは、かけがえのない友だちが戻ってきたことに素直に喜んだ。

 

 

 

 あれから数日して、僕たちはわりかし普段通りの生活に戻ったような気がする。

 イッセーも日中の怠さには慣れたようだし、本当の意味でいつも通りの朝が始まる。

 唯一変わったと言えば…

 

 洗面所で顔を洗っていると、背後に人の気配。

 僕は振り返って挨拶をする。

 

「おはようイッセー、アーシアさん」

 

「おはよ」

 

「おはようございます」

 

 アーシアさんがホームステイという名目で住み始めたのだ。

 部長の計らいでアーシアさんを兵藤家に招くことができた。

 悪魔となってしまった今、当然教会に身を置く場所はないし、そもそも今、どこにも住むところがない。

 

 まぁこんな可愛くて純粋な子を、両親は迎え入れないはずないし。

 家事も率先して手伝ってくれるし、本当にいい子だし。

 イッセーを更生させるかもしれない最後のチャンスかもしれないし。

 僕も家族が増えたみたいで嬉しいしね。

 

「良かったなアーシア!」

 

「はい!イッセーさん!」

 

 アーシアさんも好きな人のもとにいれて良かったね。

 

「春雄さんもありがとうございます!」

 

「?僕なんかしたっけ?」

 

「私を守っていただきましたし…」

 

 ああ、あの時か。あの依頼主の家で、体が勝手に動いたんだよね。

 守りたいとは思ってたけど、普通だったら自分だって危ないあの時、ただ守らねばと言う義務感に駆られたんだ。

 本能がアーシアさんを守ったと言っていい。

 それも僕の中の王が動いたんだから。

 

(彼女の優しさが届いたのかな?それとも…)

 

 あの王にも()()()()()()()がいるのかも…

 

「あの…春雄さん…」

 

「…?何?」

 

「私のことを『アーシア』と呼んでもいいんですよ?むしろその方が距離が縮まった感じがして…」

 

「なるほど…確かに…じゃあ僕もそう呼ばせてもらおうかな」

 

 そう言うと、彼女は微笑んでくれた。

 

 そんなこんなで日常は帰ってきたのかな。

 学校にいるときは、いつも通りボロが出て、生徒会と鬼ごっこ。その後、エロに懲りないあの3人と職員室で神永先生から説教。

 放課後はバイト。時々部の手伝い。

 そしてバイトから8時くらいに帰ると、家ではイッセーとアーシアが待っていた。

 

「ただいま、イッセー、アーシア」

 

「おう」

 

「お帰りなさい」

 

 あんなことがあったのに、驚くほど世界はいつも通り回っていた。

 悪魔側に身を置く今、少なくともこの平和な今を堪能しよう。

 最近、部長が思い詰めた顔をするようになったし、今後何か騒動があるんだろうな。

 

 

 

 平和が一番なのになぁ…

 

 

 

 ふとテレビをつけると、

 

『たった今!新東名高速道路の工事をしていた谷ヶ山トンネルから巨大不明生物が出現!現場の作業員数名と連絡が取れていない模様です!』

 

『つい先程、自衛隊に害獣駆除を目的とした武力行使命令が出されました』

 

『政府は…あのような我々人類の平和な生活を脅かす巨大不明生物を『禍威獣』と呼ぶことに決定いたしました。禍威獣が現れた際の法律制定及び行使は、国民の皆様の安全を確保するためのものであって…』

 

『禍威獣は、自衛隊の攻撃を退け以前進行中です。予想進路内に位置している住民の方は至急避難してください』

 

『信じられません!今だこのようなことがあったでしょうか?前代未聞です!』

 

『速報です。大河内総理により、自衛隊の武器の無制限使用の許可が出され、戦車、爆撃を利用した大掛かりな作戦が投入されることとなりました』

 

 新聞では…

 

『未曾有の災害 多大な被害を出しながらも駆除』

 

『犠牲者 自衛隊含め二百人』

 

 そして、この世界に影響を与えた一週間が過ぎた後、防衛大臣がこんな発表をした。

 

『工事中の谷ヶ山トンネルから現れた禍威獣を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『ゴメス』と呼称することになりました』

 

 

 



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戦闘校舎のフェニックス
第11話 拒絶


お待たせしました!
今回はいきなりオリジナル回です!
この度もどうぞよろしくお願いします!


 レイナーレの計画を見事破綻させた春雄と一誠。

 神器(セイクリッド・ギア)と呼ばれる特別な力を狙った、ほぼ彼女率いる堕天使の独断的なこの計画は、本来アーシアに宿った()()()()()()()()()()()()を手にすることであるはずだった。

 その力は「聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)」と言い、その気になれば人だろうが悪魔だろうが、さらには堕天使だろうが、あらゆる勢力の垣根を超えて使われる高価値なものであった。

 

 レイナーレはこの力を我がものとし、晴れて堕天使総督の目を引こうという欲念を持っていたのだが、そこでたまたま神器所持者である一誠に遭遇。

 彼の些か低俗な欲を利用し、積極的なアプローチをかけ、ここぞのタイミングで躊躇なく殺害したのだ。

 大元がアーシアの神器であり、今後害を及ぼす恐れがあると言う不明瞭な理由で理不尽にも殺された一誠。

 

 無事この計画は解決できたと言え、レイナーレに一誠もアーシアも手にかけられたことは変わらず、さらにはその中で浮かび上がった春雄のあの謎の力もある。

 突如目覚めた春雄の力は、強大すぎるあまり一度は排除対象だったが、レイナーレはこの力を前にすぐ、手出し無用と改められた。

 

 今後春雄の力を巡って何か騒動が起こる可能性もある…

 

 

 

「はあ…」

 

 僕は兵藤春雄。

 窓枠に肘を置き、盛大なため息をつく。

 やはり何度でも考えてしまう。僕に眠る力がどんなものかわからないだけでなく、そのせいで周りの人たちを危険に巻き込むかもしれないし…

 現実であんなことが起こった直後だし…本格的に僕も戦いに身を投じることになりそうだな…

 

 今まで悪魔はもちろん、神とかその他オカルト的なことは熱狂的には信じていなかったわけだが、ここ最近ではその認識は大きく変わったのだ。

 まあ現にその悪魔と僕は学校生活を送っているし、堕天使とか言う集団と戦ったし…

 

「…よしっ!」

 

 だから僕は思い切って決めた。

 

 

 

 深夜のオカルト研究部に、イッセーの素っ頓狂な声が響く。

 

「はぁ?バイトを辞めたのか?」

 

 オカルト研究部に行き、入室して早々こんなことを切り出し、取り敢えず僕の考えを伝えた。

 

「うん。今回起こった事件で、イッセーやアーシアはもちろん、僕もあの謎の力が目に見える形で発現してしまいました。今回起きた諸々のことは、部長は悪魔側に報告するつもりですよね?」

 

「ええ…だけどあなたのその力については見送ろうと思ってるわ」

 

「どうしてです?」

 

 思わず僕は尋ねてしまった。

 すると部長は、

 

「あなたの力は今まで前例が一切無い謎に包まれたものなの。さらにとてつもない強力なものでもある。下手に上にこのことが知れ渡ったら、いいようにあなたを利用しようとする連中も現れるかもしれないの」

 

 ため息をしながら答える部長は疲れが見えている。

 恐らく僕のことを伝えるか伝えないかで相当悩んだんだろうな。

 

「一応協力者というだけで、眷属ほどの繋がりがないから、ひょっとすればあなたを狙う者がさらに増えるかもしれないわ」

 

 確かに…眷属でないならばいろんな理由をこじつけて僕の力を引き込もうとするだろう。それだけ強力なんだもんなぁ…

 まぁそれだけならまだいいさ。

 過激な奴であれば、部長たちを脅して僕を利用しようとするだろうし、そもそも僕を危険人物として取りまとめられ、堕天使だけでなく悪魔も僕を排除対象にするとなれば…

 うわあ…想像しただけでも鳥肌ものだ。

 ことを荒立たずに穏便に済ませたいけど、意外と僕に宿る力の影響力がデカいせいでそうともいかなそう…

 まぁそれもあって今日は正式にあるお願いをしようとしたんだけどね。

 

「と言うわけで部長、僕を眷属にしてください。そして、正式にグレモリー眷属となり、部長の元で戦わせてください」

 

 いっそのこと眷属になれば、まず部長はもちろん、彼女のお家の方からでも保護されるだろう。

 それに僕に敵対する奴らと戦うための土台も欲しかったし、完全な悪魔側に立てば、まず堕天使たちはそう簡単に僕の問題に踏み込まないだろう。

 僕を敵視するだろう悪魔たちは部長のお家、魔王さんにでもどうにかしてもらう算段である。

 

 突然いきなりこんなことを言ったものだから、部の人はみんな驚愕と疑問で声を出した。

 

「おい春雄、お前それ本気で言ってんのか?」

 

「ああ、イッセー。僕は本気だ」

 

「だって…あ、悪魔になるってことなんだぞ?」

 

「それが?」

 

「『それが?』って…」

 

「勘違いしないでくれよ、イッセー」

 

 イッセーは割と本気になって僕を悪魔になるのを止めようとしている。

 他の部員たちもどこか困惑した様子だった。

 だからこの際ハッキリさせないとな。

 

「イッセーは僕が悪魔とか堕天使を嫌っている理由を知っているだろうけど、悪魔側に明確に自分の立場を置ければ、僕の保護を約束されるし、僕の力を危惧して排除しようとする悪魔たちに、表向き見方として立つことができる。そうすれば少なくともイッセーたちグレモリー眷属はもちろん、僕たちの家族だって安全だろう」

 

「な、なんでだ?」

 

「言ったろう?部長の懸念は僕の力を狙う者なんだ。何がなんでも拿捕、又は排除しようとする奴らなら、部長たちや家族を狙って僕を引き合いに出させるだろう。だがグレモリー眷属となれば、魔王さんの保護はきっと固い。この力が上に知られ、有用性を見出してくれれば、僕の力を保護してもらえるよう頼めるかもしれないだろう?」

 

 我ながらかなり野心で溢れてると思っている。

 一応身の安全のため、家族や仲間の安全のために、魔王の権力を利用しようとしているのだ。

 部長の家族は悪魔界の中でも実力はトップクラスなうえ、彼女のお兄さんが現魔王と言うことも聞いたし。

 強力な後ろ盾を得られれば、仮にいるなら僕を狙おうとする堕天使にいい牽制ができるだろう。

 

「どうですか?」

 

 部長は頭を抱え、しばし考えていた。

 数分経ったところで、

 

「あなた…私のお兄様が現魔王であると言う情報はどこから?」

 

「裁定者です」

 

 僕のこの発言に、再び部員たちは驚かされていた。

 裁定者…どの勢力に属することもなく、対等に物事を見極める謎多き人物でもあると同時に、人間界、冥界、天界の情報を掌握しているある意味恐ろしい人物でもある。

 そんな人が、数日前、公園で一人でいる僕に情報を教えてくれたのだ。

 そのおかげで僕もある程度の考えをまとめられて、部長にこうして相談できたんだけどね。

 隠された実力は恐ろしいものがあるけど、あの人からこれでもかと悪い気はしなかった。

 一切の警戒心が僕には湧かなかった。

 

 話を戻して。

 部長は眉間に皺を寄せて難しい顔で悩んでいる。

 

「どうしてあなたは悪魔を…その…憎んでいるのかしら…」

 

「…」

 

 僕は部長の質問に黙ってしまった。

 その僕の返答を待っているその時の空気は地獄だっただろう。

 イッセーはあの様子じゃ、昔僕が話したことを思い出したようだし、つーか良く覚えてたな。あんな作り話みたいなこと、信じてくれたんだな。

 だけど僕をよく知らない朱乃先輩に木場さん、子猫さんにアーシアは複雑な表情だった。

 無言を貫くと言うことは、肯定…つまり悪魔は憎んでいると言うことになる。

 

「部長…僕は…堕天使もそうですが…悪魔も憎んでいます…殺したいほど…昔からその気持ちは変わりません…ですが…」

 

 僕は知った。

 同じ人間から、聖人君子や殺人鬼が生まれるくらい幅が広い可能性があるんだ。同じ知的生命体でもある悪魔や堕天使の中にも、恐らく人と同じくらいの可能性があると思う。

 

「部長や朱乃先輩、木場さんに子猫さん、そしてイッセーやアーシアが悪魔なんですよね…こんな優しさで包まれるこの部に、悪魔を憎む僕を受け入れてくれたんです…こんな優しい方たちに何を憎む理由があるんでしょうか…」

 

 僕は今まで彼女たち、彼たちが向けてくれた優しさに対し殺意を向けていたのだと思う。

 クソ野郎だな…僕は…

 だから僕は地面に額をつけた。

 誠心誠意、心からの謝罪をするため。そして、

 

「僕の守りたい気持ちは変わりません。居場所を与えてくれた部長の期待に応えたいんです。受け入れてくれたみんなの力になりたいんです。僕を眷属にさせてください。自分でも都合がいいことはわかってますし、図々しいとも思っています…

 ホント、僕は救いようのないバカです…でも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…僕が守りたいと思う気持ちは本気ですし、守るためならどうなろうとも立ち上がり続けます」

 

 僕は懇願した。

 ハッキリ言って、断られても僕はおかしくないと思う。

 こんだけ「悪夢が嫌い」って明確に言っておきながら、僕がそれになろうとしてるんだからさ。

 気持ち悪いったらありゃしないだろうね。

 

 あまりにも沈黙が長かったから僕は恐る恐る顔を上げると、部長が僕の目の前まで来ていた。

 僕はしばらく顔を上げられなかった。このまま殴られるだろうか?

 もちろんその覚悟はできている。

 

 しかし、この長く感じられた一瞬の沈黙で、僕に衝撃があるわけでも、部長の答えが返ってくるわけでもなかった。

 音もなくスッと顔を上げると、なぜか部長は涙を流していた。

 

「あぁ!うわ、えと、その…」

 

 何かやらかしたかもしれないと思った僕は、すぐ立ち上がりどうにかしようとするが、頭は真っ白だったし、あたふたと落ち着きを失ってしまった。

 他から見ると僕は随分と馬鹿げて見えただろう。

 

「どどどどうしよう?い、イッセー?」

 

 動揺のあまり浮ついた声になってしまった。

 

「そんなの知るか!わかんねえけどとりあえず謝っとけ」

 

 イッセーも予想だにしなかったこの状況で居心地悪さと焦りを感じていた。

 二人して頭を下げようとした時、

 

「良いのよ。気にしないで」

 

 部長が優しく微笑みながら僕たちを差し止めてきた。

 何のことやらと僕たちは顔を見合わせたが、よくわからん。

 反応に色々困った僕たちを推察した部長が口を開く。

 

「実は私たち、あなたが悪魔に対してもっといい印象を持ってもらおうと色々話してたんだけど、上手くいかなくてね…」

 

 呆けていると、次に朱乃先輩が、

 

「あなたが悪魔に並々ならない憎悪を抱いていたと知ってから、ずっと申し訳ないと感じておりましたの」

 

 そして木場さんに子猫さんが、

 

「君の過去に何があったかわからないけど、恐らく相当辛い目にあったんだよね?悪魔を怨敵として敵対するほどに…」

 

「そんな先輩に、悪魔にも優しい人はいるんだと知って欲しかったですし…仕方ないとは言え、身内の一人を悪魔にして、悪魔が集まるオカルト研究部に半ば強引に入れてしまいましたから…」

 

 そして部長が申し訳なさそうに、

 

「勝手なのも、言っていることが滅茶苦茶なのもわかってる…でもあなたは悪魔でないのに深く関わった上、堕天使や悪魔から狙われしまう…窮屈な生活になるかもしれないと思って、せめて部活の時くらいは過ごしやすくなってほしくてね…」

 

 そうか…僕は既に沢山の人に迷惑をかけてたのか…

 くそっ!

 何も知らない自分に虫唾が走る。

 どうして今まで部長たちの厚意を、僕の嫌悪を理由に見向きもしなかったのだろう。

 

 僕はとてつもない罪悪感を感じ、頭を90度下げた。

 そして誠心誠意、下手に飾ろうとせず素直に、

 

「すみません」

 

 謝った。

 暫くして顔を上げると、部長たちの表情は柔らかなものになっていた。

 僕の心も不思議と軽くなった気がした。

 

 

 

 無事自分の考えも伝え終わり、部長たちの思いも知れたし、あとは僕が悪魔になるだけだった。

 部長は準備があるそうなので、僕はソファに座って待つことにした。

 

「あの…春雄さん…」

 

 すると不意に後ろからか弱い声が聞こえた。

 振り返って見ると、そこには罪悪感に押し潰され、今にも泣きそうな表情のアーシアがいた。

 

「悪魔を憎んでいると言うことは…私があの家にいたら…」

 

 あ、まずい。

 ホント僕はどれだけ色んな人に…

 

「いや、違うよ。さっきも言った通り、僕は悪魔のことは嫌っているけど、部長たちはそんな気は湧かないさ。このオカルト研究部にいてわかったんだ。悪魔にだって色んな人がいるってね。アーシアさんだって、教会にいた時は悪魔は悪い奴と習ったでしょ?」

 

「はい…ですけど、イッセーさんや部長さんのような優しい方がいたので、全部の悪魔がそうとは言えないと思うようになったんです…」

 

「僕も同じ。むしろ部長やイッセーのような悪魔は特別そうなのかもしれない。ここまで眷属のことを思いやって、そして眷属でもない僕にもここまでしてくれてるんだもの」

 

 だから僕は自分にできる精一杯の笑顔を作って、アーシアの頭を軽く撫でた。

 

「悪魔は今でも思うところがあるけど…僕の認識は変わったさ。だから大丈夫、今まで通り接してくれたらいいよ」

 

 

 さて、準備も整い、いよいよ僕の転生がなされようとしているわけだが…

 みんな目をキラキラさせて、興味津々に見ていた。

 

「あの…どうしたんです?」

 

「いえ…やっぱりあなたの力は魅力的だから…わからないことも多いから色々と楽しみなのよ。だけどやっぱり、あなたが私たちに心を開いてくれたことが嬉しくてね」

 

 なるほど。

 まあこの力が自陣に引き込めたらそれだけ戦力は大幅強化されるだろうし。

 

「じゃあ、始めるわよ。あなたの駒は、他を圧倒する攻撃力、そして途方もない防御力…よって『戦車(ルーク)』ね」

 

「…むう。悔しいですが、私よりも力も防御力も既に上回ってます…即戦力になると思います」

 

 部長から駒の説明を受けている時、子猫さんが悔しそうにしていた。

 自慢の力がぽっと出の人間に負けていたとなれば、そりゃ悔しいだろう。

 

「大丈夫ですよ子猫さん!僕にはスピードが無いですし、あの変な術みたいなのもないですから!」

 

「変な術と言わないでください。それに先輩も似たような力があるじゃないですか」

 

「?あったっけ?」

 

「…もういいです」

 

 ありゃりゃ…変に怒らせてしまったなぁ…

 後で何かお菓子でも送ろうか?

 

「喧嘩はそこまでよ…全く…愉快になりそうね…」

 

「ええ。ほんとですわね」

 

 部長も朱乃先輩も楽しそうだし、イッセーも木場も数少ない男子が入るかもしれないと言う期待をしていた。

 

「それでは、お願いします」

 

 真剣な顔つきになり、その場の雰囲気が変わると、部長も一つ咳払いをしていよいよ転生の儀式を行おうとしていた。

 

 部長はいかにもらしいことを言いながら、腕を突き出してくる。

 すると彼女の言葉に反応するかのように駒が光りだした。

 すげえ。

 

「我が『戦車』として、新たな生に歓喜せよ!」

 

 と、唱え終わると、駒がひとりでに動き、僕の体の中に入ってくる。

 不思議な体験をできることに僕は心を躍らせていると、

 

「!?」

 

 突如頭に激痛が走った。

 

「ぐぁぁぁあああ!?」

 

「春雄!?」

 

 異変にイッセーが駆けつけるが、苦しみは止まるどころか激しさを増す。

 頭が割れそうなほどの重苦。

 想像を絶する痛みに僕は床をのたうち回り、意識はその瞬間刈り取られた。

 その時頭に響いたのは、僕を心配するみんなの声ではなく、いつか聞いたあの黒い僕の主の…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…怒りの声だった。

 

 

 

「おい!春雄!しっかりしろ!」

 

「春雄さん!気を確かに!」

 

 激しく足をバタつかせ、頭を押さえつける春雄。

 様子が変貌した兄弟なんとかしようと一誠とアーシアが駆けつける。

 

「そんな…どうして…」

 

 ショックのあまり呆然とするリアス。

 たくさん悩んだ彼の気持ちに応え、やっと蟠りも溶け、オカルト研究部の新たな第一歩を行こうとした矢先だった。

 

「リアス!今は彼を止めます!」

 

 ここで漸く親友の呼ぶ声に我に帰ったリアスは、すぐ儀式を中止させた。

 だが春雄の容態は一向に良くならず、心なしか頭の激痛が増したようにも見えた。

 

ア"ァァァア"ア"ア"!!」

 

 耳をつん裂くような春雄の雄叫びは、野獣の如く荒々しく、低く唸るようにも聞こえ、体の芯から震え上がらせるようなものにも思える。

 頭を抑える手は力のあまり深く食い込み、流れ出る血が絨毯にポタポタと垂れていく。

 だが、かっ開かれた目は驚くほど血走り赤く染められ、焦点が定まらない感じで瞳が小刻みに震えていた。

 

 本格的に春雄自身に危険が及ぶと判断し、一誠は彼の手を抑えようとするが…

 

(なんつー力だ!とてもじゃねえが抑えられねえ!)

 

 悪魔になってどれだけ身体能力が向上しようが、今の春雄を止められなかった。

 春雄は振り解こうと、痛みに悶えつつ暴れる。

 

「やめてください!春雄さん!」

 

 アーシアが目に涙を浮かべながら、『聖母の微笑み』で春雄を癒そうと一誠が押さえつける手に抱きつく。

 しかし、それでも春雄は良くならない。

 すると雄叫びと同時に今度は尻尾が生え始めた。

 その尻尾は生き物のように動き、地面を何度も叩きつけていた。

 

「春雄君!」

 

「先輩!」

 

 木場も子猫も止めに入ろうと急いで近づくが、一誠は気づいてしまった。

 

(こいつ…笑ってるのか…?)

 

 春雄の目は白目となるが、充血しすぎて赤く光っているようにも見える。そして口元にまで垂れてくるほど血が流れているのだが、その口は不気味なほどに吊り上がっており、垣間見える歯は悍ましいほどに鋭くなっていた。

 

ガァァァア"ア"ア"!!」

 

 その叫びはもはや人から出ているとは思えなかった。

 一誠たちは瞬間に恐怖と困惑で押さえつける手を緩めてしまい、その隙に春雄は脱出。

 そしてそのまま窓の方へと勢いよくぶつかっていき、対象を粉々に砕いて外に出てしまった。

 着地と同時に見た目からは想像できない音と土煙をあげ、天に向かって息を大きく吸い込むと…

 

「「「「「「!?」」」」」」

 

 一誠たちは戦慄を覚え、息をするのを忘れるほどその光景に見入っていた。

 天に向かって雄叫びを上げる春雄は、いつにも増して大きく見えた。

 今の彼の状態を見て、多くの人は恐らく恐怖を覚えるだろう。

 聞くだけで魂を震わせるような恐ろしい咆哮だったが、同時にそこには威厳があった。

 まさしく彼の姿は()であったのだ。

 

 

 

 この深夜、東京駅付近では原因不明の小刻みな揺れが続いたと言う。

 だが規模が小さいため、さして多くの人々は気づかず、気づいたという人がいてもこの地震国である日本だ。そこまで焦るほどでもなかったそうだ。

 唯一気になるとすれば、震源が東京駅のほぼ間下。それも断層等によるものではなかった。

 付近の住民の間では、「何かいるのでは?」と言う噂が広がったのだった。

 

 さらにほぼ同時、日本から遠く離れた南極では、突然大寒波が襲来。

 南極基地では猛吹雪に見舞われ、派遣された調査団の者が口を揃えて言う。

 

「ふと窓の外を見ると、吹雪の中に巨大な影が見えた」

 

 謎を残したまま、寒波は真っ直ぐ日本の方角を目指していた。

 

 

 

 

 



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第12話 何がため

今回も展開はオリジナルです!


 俺は兵藤一誠。

 今とんでもなくヤバい状況にいる!

 

 ことの発端は、春雄が様々な懸念を考え抜いた末、少しでも周りの人たちへの危害を減少させるため、悪魔になると覚悟を決めたことだった。

 これで部長たちオカルト研究部のみんなともよく馴染めると、俺も嬉しかったんだが、その矢先だった。

 

 転生の儀式が行われ、俺やアーシアがそうだったように悪魔の駒(イーヴィル・ピース)によって転生しようとしたその時だった。

 

ガァァァア"ア"ア"!!」

 

 駒が春雄の身体に取り込まれた瞬間、あいつは苦しみ出したんだ。

 激しく床をのたうち回ったところから、その痛みと苦しみは想像を絶するものだったんだろう。

 慌てて部長は儀式を止めてくれたけど、まだあいつは苦しんだまま。いや、むしろどんどん酷くなってないか?

 

 春雄はまるで駒を取り出すかのように、自身の胸や腹を抉るように引っ掻いたり、襲われる強烈な頭痛に耐えようとするあまり、あいつの頭を抑える手が深く食い込んで血を流したり…

 俺は見ていられなくなった。

 助けたい一心でアーシアと一緒に春雄を押さえ込もうとしたが、いかんせんあいつの力が強すぎて、逆に俺とアーシアが振り回されている感じだった。

 

 木場と子猫ちゃんも押さえ込むのに協力してくれたけど、それでもあいつは止まらない。

 さらに、俺たちに構うことなくあいつはこんな状況で不意に、驚くほどにゾッとする笑みを浮かべていた。

 そして野獣のような、だがそれとは似て非なる恐ろしさ、悍ましさ、威厳さを感じる咆哮をあげやがった。

 その咆哮を聞いた途端、俺の中の危険信号が「待った」をかけた。

 

 あれだけはヤバい

 

 言葉にはできない威圧感と恐怖を与える咆哮で、俺たちはしばらく動けず、その間に春雄は窓を突き破って外へ出ていた。

 部室は物が散乱し、いくつか物品が壊されているのもあったが、あれだけ暴れた後と考えると、意外と保ったほうだろう。

 

 あいつが居なくなって一瞬の静寂が訪れる。

 俺たちは目の前の光景に呆然としていると、先ほど以上の雄叫びが深夜の駒王町に響き渡った。

 その叫びは空間を揺らし、俺たちの魂を震わせた。

 その叫びを聞いたみんなは呆然とし、アーシアに至っては豹変した春雄の恐ろしさによってメンタルをやられ、涙をポロポロと流していた。

 

 ここで俺は黙ったままでいいのか?

 元はと言えば、あいつの事情を良く知る俺が支えにならねえとダメだったんじゃねえか?

 

 今になって冷静に考えれば、悪魔である部のみんな、そして俺が悪魔になった頃からあいつに翳りが見え始めていた。

 普段のあいつ、俺たちに気を配るばかりに思いを全て仕舞い込んでやがる。

 本当は誰よりもメンタルにきていたのはあいつだったんだ…

 

 

 

 くそったれ!

 

 

 

 ここで俺が何もしねえのは、まさしくあいつを見捨てることだ。

 神永先生が、あの時あそこに現れて言い残してくれたのも、きっと俺以上に悩んでいたあいつに気づいていたからだ。

 二人だったから近づいたんだろうな…

 それぞれ俺たちに気づかせるために…

 

 俺は勢いよく立ち上がり、部室を出ようとドアノブに手をかけると、

 

「イッセー、あなた何をしに…」

 

「俺はあいつを助けます!せっかくあいつが覚悟決めたのに、せっかく受け入れられる体制ができたのに…こんな結果に終わったままなんて…兄弟として悲しすぎます!危険も承知ですが、俺は絶対助けます!」

 

 俺は力強く宣言して出ようとした時、

 

「ぶ、部長さん…わ、私も行きます!」

 

 アーシアも涙を流しながらも立ち上がった。震えや高まる感情を必死に抑えようとなるあまり、声がしゃくりあがっていたが、涙を流すその目にはまっすぐな決意が感じられた。

 そういや、アーシアも色々あいつに助けられてたしな…

 アーシアを助けたのも、あいつの功績がでかいし、何より本当の兄妹みたいだしな…

 アーシアにとってあいつは特別な存在なんだろうな。

 

 覚悟を決めた俺たちは今度こそ部屋を出て廊下を走った。

 普段部活のために通るこの廊下が異様なほど長く感じる。

 深夜、身体能力が強化されるこの時間帯、まだ走って間もないが、俺の心臓はバクバクと暴れている。

 汗だってダラダラだ…

 だが特別今暑いわけじゃない。

 玄関に近づくたび、流れ出る冷や汗は滝のように俺の首を伝って落ちる…

 

 俺の心の中は不安で仕方がなかった。

 あいつを果たしてもとに戻せるだろうか…

 あいつを助けてやれるだろうか…

 そして最も懸念するのが………

 

 

 

…あいつが元の居場所に戻れるかだった。

 部屋を出る直前、俺は部長たちの表情が見えてしまった。

 みんな怯えを隠せていなかった。

 部長は多分一番ショックを受けたはずだ。呆然としたまま立ち直れていなかったしな。

 俺の握る拳に力が入っていく。

 

「イッセーさん…?」

 

 不意にアーシアに俺は呼び止められた。

 俺は足を止めアーシアの方を振り向くと、すぐ彼女が俺の握る拳を包み込むように優しく手を添えてくれた。

 アーシアの手が温かい…

 これだけで俺の心の中を支配し、縛っていたものが緩くなったように思えた。

 

 一番怯えて、一番ショックを受けていたのは俺だったかもしれない。

 みんなの前では、俺は春雄を助けるためなんとかしようと躍起になってあの静まった雰囲気を払拭しようとしたが、俺はいつの間にか悪いことばかり考えちまったんだ…

 呼吸も荒くなり、頭もまともに考えるほど回らなくなり…俺は焦燥に駆られるまま動いちまったわけだ。

 だから…

 

「ありがとな…アーシア…」

 

 俺はアーシアの頭を撫で、素直に礼を言った。

 彼女のおかげで俺はまだ失わずに済むかもな…あいつもな…

 

 

 

 俺は玄関を出ようとしたところ、背後に気配を感じて振り向くと、そこには部長たちがいた。

 しかし、みんなの表情は先ほどまでの怯えや恐怖ではなく、凛々しく引き締まったものになっていた。

 

「部長…みんな…」

 

「イッセー」

 

 部長は俺の目の前まで来ると、視線を落として謝ってきた。

 

 ごめんなさい

 

 と。

 あの部長が俺なんかに頭を下げるなんてダメですよ!

 それにあいつは覚悟を決めたうえで自分からそうしたのであって、部長に負い目を感じることなんてないはずですよ。

 俺は内心慌てながらそのようなことを伝えるが、何せ動揺しちまって言葉がうまく出なかった。

 さらに後ろの朱乃さんに木場に子猫ちゃんまでもが頭を下げた。

 どうしたんすか?

 少し居心地悪くなり始めた俺に、部長が疑問に答えてくれた。

 

「誰よりもあなたは兄弟である春雄君のことを思って、あんなことになってしまって、きっと誰よりも辛いはずなのに…アーシアだってそう…まだ一緒にいる期間は短いけど、紛れもなく家族の一員なのだから…

 二人はそれでも押し潰されることもなく、すぐ助けに行こうとした。

 あの二人が立ち上がったんですもの。眷属であるあなた方が諦めてないのだから、二人をまとめる部長でもある私が動かないのは、そんなことダメでしょう?」

 

 父さん、母さん、俺もあいつも、周りには素晴らしい心を持った最高の人たちがいます。人、悪魔の垣根を超えた固い絆を結んだ最高の人がいます!

 俺は目頭が熱くなった。なんか涙もろくなってきたな…

 

「イッセー君、私たちも手伝いますわ。彼が私たちを受け入れたんですもの。大丈夫、まだ可能性はありますわ」

 

「そうだよイッセー君。彼が僕たちを『信じる』と言ってくれた時の目は偽りのない本当の目だった」

 

「せっかくいい方向に向かっていたのに…ことはうまく運ばないものです。ですけど、イッセー先輩もアーシア先輩も諦めてないですから、私も諦めるわけにもいかないです。それに、春雄先輩にはこのまま勝ち逃げしてほしくないですし」

 

 みんな心の丈を語ってくれた。

 それぞれ考えていることは違うだろうけど、みんな春雄がいなくなってほしくないのは確かだ。

 俺も表情を引き締めるため、両頬をパチンと平手で叩いた。

 痛みで俺の懸念も全て吹き飛んだ感じがする。

 

「行きましょう!」

 

 覚悟はできた。

 待ってろ、春雄!

 

 

 

 そんな彼らを旧校舎から一人眺める者がいた。

 全身白い着物で包まれ、顔も隠されてはいるが、背丈や体つきから見るに男であろう。

 

「見極めだな…果たして…あの悪魔はかつての仲間にどう挑む…」

 

 裁定者はちらりと別なところへ視線を移すと、黒い尻尾を生やし、ところどころ血を流す男がいた。

 傷を負い、白目を剥き、時折見える歯が鋭く…完全に化け物であった。

 あれが春雄だ。

 

「随分と豹変したものだ…」

 

 ボソリと無機質な声で呟く裁定者。だがその手はギュッと握られていた。

 

「心とは…複雑なものだ…だが人間が感情任せに行動し、思考を放棄して徒になってしまうのも頷ける…」

 

 彼が見つめる先では、春雄と一誠たちオカルト研究部がとうとう出会った。

 

 

 

 俺たちの目の前に現れた春雄を見て、息を飲んじまった。

 他のみんなもそうだ。

 あの圧倒的なプレッシャーが、どこを見ているかわからない白目が、俺たちの方向にあの獰猛な歯を見せつけている。

 はっきり言って、はぐれ悪魔とか、レイナーレとかそんな次元じゃなかった。本当なら今にも逃げ出したいくらい、それだけ春雄には何かヤバかった。

 だけどここで逃げるわけにはいかない!

 

 俺が左手に神器(セイクリッド・ギア)を出現させ、「赤龍帝の籠手」を構えると、木場も魔剣創造(ソード・バース)によって剣を取り出して構える。

 子猫ちゃんはグローブをはめた拳を軽く突き出し、拳闘の構えをし、後ろの方ではいつでもサポートできるよう、アーシアがおり、彼女を魔力を纏う部長と朱乃さんで守りつつ、前衛組の俺たちを援護すると言った感じだ。

 

 客観的に見て1対6、どう考えても人間である春雄に勝ち目は薄いと思えるだろうし、むしろ俺たちがやりすぎと思う人もいるかもしれない。

 逆だ。

 こうして対峙してわかる。

 春雄に宿る力は途方もない。俺は冷や汗が止まらないし、木場は武者震いし、子猫ちゃんもいつになく緊張した面持ちだし、後衛・サポートの3人のピリピリした雰囲気が背中越しで伝わってくる。

 

 

 

 ドガァァァアアアァァァ…

 

 

 

 思わずビクッと、電気でも流されたかのような反応しちまった。

 轟音が辺りに木霊し、俺たちは心臓に直接攻撃を食らったんじゃないかと錯覚しちまった。

 春雄のやつ、あの尻尾を地面に思い切り叩きつけやがった。

 さらに驚くことに、その叩かれた地面はボロボロにひび割れ、大きく凹んでいた。

 俺たちがそれに少しビビってると、白目を剥いたままの春雄がこちらに少しずつ歩み寄る。

 

 

 

 立ち向かわなければ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…どうすればいい…?

 俺たちは助けるために覚悟を決め、戦うためにこうして立ったのに、恐怖に飲まれつつある。

 目の前にいるのが「春雄」と言う人間に思えねえ…

 溢れ出る黒い殺気、この数相手に一切逃げようとせず、堂々とした王たる佇まい、まるで頂点に立つ者だった。

 

 

 

『寄り添ってやれる人であれ』

 

 

 

 俺の頭の中に、どことなく無機質な声が響く。

 神永先生みたいだな。

 俺はその言葉を聞いてハッとなる。

 

 春雄は自分の力に悩み、悪魔であるオカルト研究部のみんなとの距離感に悩み、自分の過去にも悩み…

 苦しみ続けてきたこの数日間…

 

 

 

 俺が行かねえでどうすんだ!

 

 

 

 俺は頭から恐怖が完全に消え、『助けたい』という純粋な思いだけが頭に残った。

 戦う理由はこれだけで十分だ!

 

『Boost!』

 

 俺の想いに応えてくれ!赤龍帝!

 

『Boost!』

 

 もっとだ…もっと吠えろ!

 

『Boost!』

 

 もっと…

 

『Boost!』

 

 

 

「もっとだぁぁぁあああ!!」

 

『Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Boost!Explosion!』

 

 俺が叫ぶと、あいつも叫んだ。

 その叫びはもはや人ではない。

 荒ぶる神の化身、全てを恐怖で震え上がらせる雄叫びだった。

 

 

 




次回、怪獣王と赤龍帝と悪魔がぶつかります!


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第13話 孤独

 完全オリジナルですみません…

 今回は主人公の過去に少し触れますが、かなり重い展開です。




 誰もが寝静まる駒王町の夜。

 本来ならば誰もいないはずである深夜の駒王学園では、学校には似つかわしくない音が響いていた。

 若者の叫び、生々しい乾いた打撃音や、時折聞こえる骨が折れたような鈍く低い音、そして野獣のように唸る声…

 

「はぁ…はぁ…なんつー奴だ…」

 

 肩で息をしながら、目の前の強大すぎる存在に自信を失くし、投げやりに呟いたのは一誠だ。

 とある偶然の出来事が幾十にも重なり、一度は命を落としたが、彼のうちに眠るものに興味と期待を抱いた上級悪魔のリアス・グレモリーによって転生、悪魔として新たな生を受けたのだ。

 煩悩まみれの自分を生き返らせてくれた主人に尽くすべく、一誠は少しずつではあるが力はつけてきた。

 契約はなかなか結べず、主人の地位向上と上への信頼を勝ち取るための働きはできていないものの、伸び代は感じられていた。

 

 曲者揃いのグレモリー眷属だが、「一誠」と言う存在は間違いなく、今後大きな意味を持つに違いない。

 そんな尖りつつも、若さの中にある「強さ」も申し分ないグレモリー眷属に立ちはだかっているのは、一誠からしてみればある意味、最強又は最凶と呼べる者だろう。

 

「勘弁してくれよ…春雄…」

 

 

 

『仲間や家族に迷惑をかけたくない』

 

 春雄は自身の置かれた立場にずっと疑問を持っていた。

 悪魔ではないにしろ、一誠たちに協力しているのはもちろんだが、やはり眷属ではないことが周りにも影響を与えていた。

 悪魔、堕天使を凌駕する謎の力が一部に知られてしまったため、冥界の上層部の方ではチラホラと噂になっていた。

 悪魔と敵対する堕天使の意見として、詳細は定かではないが、危険であることに変わらないため、神器と思わしきものは調査のために鹵獲、やむを得ない場合は殺害することも挙げられた。

 言ってしまえば春雄を生かすつもりがないのが堕天使側の総意であった。

 

 悪魔側では表面上保護することは挙がったのだが、ただの協力者であり、イマイチ信憑性に欠けるため、上の多くの判断としては堕天使側と同じ殺害であったが、情愛の深いグレモリー眷属に協力しているのもあり、「様子を見て慎重に行動すべき」と思慮深い者もいれば、貴重な研究対象として身柄を拘束し完全に悪魔側に置き、監視すべきとする者などが多かった。

 最終的に、監視下に置いているリアス・グレモリーの兄であり、悪魔を率いる現魔王でもある鶴の一声によって保護としているが、結局両者は春雄の存在にいい感情は持っていない。

 それも無理ないだろう…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…彼の両者に対する怒りは尋常なものではないのだから…

 その怒りの矛先が、全てを滅さんとする殺意が両者に向き、いつそれが本格的に牙を剥くかもわからない…

 

 

 

 一誠は膝をつき、悲鳴をあげる体が自分の思い通りに動かなくなり始めた。

 ふと視線を上げて春雄を見れば、彼は対照的に全く疲れた様子はなかった。

 

「こんなに強かったなんて…」

 

「想像以上ですわ…」

 

 後衛として「滅びの力」や「雷の巫女」としての力を存分に行使したリアスと朱乃だったが、春雄の活動停止までに追い込むことができなかった。

 特にあらゆるものを消し飛ばす「滅びの力」が決定打になり得なかったことが衝撃的だった。

 また、朱乃の雷を纏った魔力攻撃は、その気になれば敵を消し炭にできるほどの威力を誇るものだったが、それすらも通じていない。

 2人の息のあったコンビネーションで放った攻撃は全て命中、それにもかかわらず、春雄の体にかすり傷を負わせる程度だった。

 

(…特にこれといった身体能力を強化する魔力があるわけでもない…つまり純粋な地のパワーだけで僕たちを圧倒している…)

 

 魔剣を手に油断なく構える木場は、冷静に春雄を見極める。

 リアスや朱乃による途方もない質量攻撃の他、木場のスピードを活かした翻弄攻撃、一誠と子猫のパワー特化の打撃も意に返さずと言ったところ。

 ここまでくると各々自分の腕を疑いにかかるが、全くそんなことはなかった。

 

(部長も朱乃さんも…二人の攻撃で彼の着ていた上着は間違いなく消し飛んでいた…それに彼の立つ地面も抉れている…)

 

 木場はタラタラと冷や汗を流し、剣を握る手に緊張が伝い、鋒を震わせていた。

 誠に信じられないことだったが、自分たちの攻撃を全く避けず、ただ自身に備わったパワーと防御力だけで耐えていたのだ。

 

「…こんな強さ…並の存在ではあり得ません…それこそイッセー先輩に宿った『赤龍帝』ほどの、他とは一線を画す存在であるはずです…」

 

 子猫もあまり表情には出さないが、瞳からは動揺が伺え、春雄の桁外れな力を戦々恐々と呟いた。

 もっとも、ただ彼の強さだけに驚いているわけではない。

 

「…もしそれだけの存在なら、日常でもオーラや魔力は感じ取れるはずです…でも…」

 

 子猫は生唾をごくりと飲み込む。

 もし赤龍帝ほどの強さを持つ神器を所有すれば、意図せずとも宿主から力の鱗片として、オーラや魔力が溢れ出し探知はできるはずだった。

 しかし今目の前に立つ存在からは、一切の魔力を感じない。さらに普段の春雄からもその未知な力は感じ取れなかった。

 つまりそれが表すことは…

 

 誰もがその頭に恐怖を浮かべた。

 魔力も何も感じ取れない、そもそも春雄自身に魔力が無い。

 完全なる地球から生まれ、冥界とは一切関わりのない存在…言ってしまえば…

 

「じゃあアイツに宿った力は…ただの()()()()()()ということか…?」

 

 一誠が、その場にいる者を代弁して言った仮説は間違いではない。

 春雄に宿った力をもっと詳しく言うなら…それは………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…人知を超えた()()()()だったのだ…

 

 

 

 よう…俺は…兵藤一誠だ…

 どう言う訳か、今アイツは力に飲まれている。

 そしてアイツに宿った存在は、悪魔である俺たちを、春雄を悪魔に転生させようとした俺たちを憎むように、白目で睨みつけてくる。

 なんでだよ…なんでだよ!

 アイツは散々迷って、やっと出した答えなんだぞ!?

 どうして黒いアイツは春雄の出した答えを拒もうとするんだ!?

 

『今でも悪魔は憎んでいるさ…』

 

 少しでも悪魔を受け入れたくない気持ちがある限り、お前は拒むんだな…

 宿主の思いすら跳ね除けて…

 自分の都合にいいようにするなんて…そんなの横暴で聞き分けのない頑固な王じゃねえか…

 

 だが、それにしても妙だ。

 さっきまであれだけ苦しそうにしていたのに、今はただ憎しみと怒りが赴くまま俺たちに闘志を見せつけてくる。

 

「しっかし…一体どうすりゃ………うん?」

 

 俺はここで違和感に気づき、急いで部長に確認を取ってみた。

 

「部長!今の春雄から悪魔の気配を感じますか!?」

 

「イッセー!もう駒は彼の体に取り込まれてしまったのよ!?」

 

 俺はついつい言葉を強くしてしまった。

 

「部長!時間がありません!早くしてください!」

 

 部長は俺に押し切られた様子で、ひとまず乱れた呼吸を整え、アイツに意識を集中させていた。

 すると部長は目を開いて驚いていた。

 

「彼はまだ悪魔に転生していない…!」

 

 部長の言葉に、俺以外のオカ研のみんなが動揺していた。

 確かに俺たちはアイツの体の中に駒が取り込まれていったのは見たし、暴れてからもその駒が取り出される様子はなかった。

 だがその駒は特に作用するわけでもなく、ただアイツの体の中にいるままだったんだ。

 

「部長!その駒を取り出せませんか!?可能であればそうしましょう!何か変わるかもしれません!」

 

「そう言えば…春雄さんはあの駒が取り込まれた瞬間すごく苦しそうにしていました…きっと駒が離れていけば、苦しむ必要はなくなると思うんです…そうすれば宿主である春雄さんに危険がないとして、あの黒い主さんは引っ込んでくれるんじゃないでしょうか」

 

 アーシアも俺の考えに気づいたらしい。

 俺の『赤龍帝の籠手』はやばい気配を感じたり、俺の身に危険が迫った時、防衛本能が働くのかは知らねえが俺を守るように現れる。

 あの黒いのも春雄から守るために、一時的に表面に現れたとすれば…

 

 じゃあ一体どうすんだ?

 考えとして、もう一度儀式をし、駒を春雄の体に馴染ませようとする。

 そうすれば防衛本能で黒いのは、その駒を取り出そうと躍起になるだろう。

 そこを俺たちでアシストする感じで行けば、多少強引でもアイツから駒を引き摺り出せんだろ。

 かなりいい加減な憶測に基づき、賭けに近いようなことだし、強引だし…

 それでも俺は、俺たちは縋るしかない。

 少しでも可能性がある方へと…

 

 

 

 リアスは恐怖により荒くなった呼吸と、それによって乱れていた魔力を整え、そっと意識を集中させる。

 目を閉じ、転生の呪文のようなものを唱える。

 するとオカルト研究部の部員たちは魔力が濃くなっていくのを感じると、いつでも行けるように構える。

 

ア"ァァァア"ア"ア"

 

 目に見えて春雄は苦しみ、大地を、空を揺らす咆哮をあげる。

 一瞬怯みそうになる一誠だったが、大切な兄弟を救う一心で踏みとどまり、先陣を切って春雄に突撃する。

 その後に続くように、木場と子猫も続き、後方では朱乃が先ほど以上の数と質量の電雷をいつでも発射できるようにしていた。

 

 苦しみ悶える春雄は、低い唸り声にも聞こえる悲鳴のようなものを発しながら、自身の胸をズタズタにしていく。

 深く食い込ませた爪を、そのまま縦横無尽に動かし、あれだけ攻撃の通らなかった肉を裂いていく。

 夥しい量の血が流れ出るが、春雄はまだやめない。

 

「春雄ぉぉぉおおお!」

 

 彼を止めるべく、一誠は自身の身体能力を強化して突っ込み、強引に取り出そうとするその怪力の腕を抑える。

 

(嘘だろ!?こんだけやってまだ動くのかよ!)

 

 肉薄する手前まで一誠は「赤龍帝の籠手」で何重にも強化したが、春雄に眠る力はそれを上回っていた。

 悪魔であり、神滅具(ロンギヌス)所有者でもある一誠は、人間で、あくまでただの生物である春雄にスピード以外全て敗北していることに自信を失くしかけるが、

 

(俺は…諦めねぇ!)

 

 とにかく熱い男はしぶとかった。

 必死に食らいつく一誠に、春雄は彼を引き剥がそうとするが、

 

「させない!」

 

 木場か目にも留まらぬ速さで魔剣をその腕に突き刺す。

 しかし、魔剣は春雄の腕に当たった瞬間、甲高い音を立てて砕けてしまった。

 

(とんでもないね…春雄くんは!)

 

 それでも注意を引けたのだから十分だった。

 

「子猫ちゃん!」

 

 木場の合図で子猫が死角から春雄の懐まで飛びつく。

 小柄な彼女でなければできない動きであった。

 

 すると、ここで初めて春雄がよろけた。

 地面には夥しい流血によりできた血溜まりができ、片腕は一誠に抑えられており、不安定で危険な状態の春雄に、子猫が『戦車』を生かして飛びついたのだ。

 ここに来てようやく隙を見せてくれた。

 だが子猫の突撃を持ってしても押し切れないところは、もはや化け物の範疇にもない力を持っていた。

 

「そのまま抑えて!」

 

 一誠は上空を見上げると、切羽詰まった様子の朱乃がおり、留めておいた電雷を圧縮し、細い棒状のエネルギーの塊にすると、それを思い切り春雄に向けて投げつけた。

 それがぶつかる直前、一誠たちは素早く離れると、瞬間に当たりは昼よりも眩い明るさに包まれた。

 

「春雄…」

 

 その時一誠は、目の前の真っ白な世界で春雄に宿る主の最後の遠吠えを聞いたのであった。

 

 

 

 眩い光が散っていき、あたりには静寂な夜が帰ってきた。

 いまいち生きた心地のしなかった戦いだった。

 一誠は目の前で横たわる、駒を摘出し終わった春雄を見て安心すると、深く息を吐き、その場に座り込んだ。

 春雄は胸部がズタズタで見るも無惨であり、朱乃の電雷が炸裂した背中は重度の火傷を負っており、全身からは血が流れていた。

 それでも呼吸は安定し、春雄の表情だけは解放されたように穏やかであった。

 

 あの戦いの中で、春雄の凄まじい防御力は前面であって、背中側はやや前面に劣っていることに気づき、活動を止めるため朱乃の最大火力をもってして漸く打ち破れたのであった。

 それでも春雄は死ぬことはなかった。

 防御力、パワーもそうだったが、目を見張るのはこの生命力であった。

 並大抵の相手なら塵すらも残らなそうな攻撃を食らって生き残った春雄…

 

(これからコイツは…いろんな奴から目をつけられちまうのか…)

 

 一誠は奥歯をギリリと噛んだ。

 春雄が散々悩んで、自分のことも、一誠たちのことも、家族のことも考えた決断は、春雄の中の黒いものに拒絶された。

 悪魔にもなれず、堕天使たちからは殺害対象とされ、立場をはっきりさせようとした時は黒いものに拒まれ…

 

 孤独

 

 今の春雄は誰からも受け入れてもらえない。

 あらゆるものから拒絶され…彼には味方はいない…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ないで…」

 

 ボソリと聞こえた春雄の声に、一誠はバッと彼の方を見る。

 

「意識が戻ったのかしら…」

 

 リアスや他の眷属たちも警戒しながら彼に近づく。

 そして彼を見て皆瞠目した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…一人にしないで…どこにも…行かないで…」

 

 彼の意識はまだ夢の中であった。

 だがその余りにも悲壮に溢れる声色は、聞いた者の胸をギュッと締め付ける。

 

「…父さん…母さん…なんで…みんな…置いてくの…」

 

 無意識に虚空へ伸ばす手は震えており、閉じた目からは雫が垂れていた。

 一誠はその手をそっと握ると、

 

「言ったろ…俺は…俺だけはお前を独りぼっちにさせねえって…」

 

 そう呟き、ギュッと握る力を強めた。

 すると、今度こそ春雄は安らかな表情となり、そのまま眠り続けた。

 規則正しく呼吸していることに心配はないが、リアスたちは一誠と春雄の様子を見て複雑な心情になっていた。

 察するに、過去に何かがあったのは間違いない。それもとびきりに辛いものの。

 彼らのことをもっと知りたい気持ちがあり、何か助けになりたいとも思っている。

 しかし、果たして自分たちが深く突っ込んでいいものだろうか。

 下手に詮索すれば、今よりも関係は壊れてしまうかもしれない。

 だが何もせずにこのままモヤモヤしたままになるのは、間違いなく今後に響く。

 リアスは腹を括った。

 

「イッセー…無理強いはしないわ…話したくなかったら話さなくてもいい…可能な範囲で私たちに教えてくれないかしら…?」

 

 暫く沈黙が流れる。

 リアスは一誠の哀愁漂う背中を見て、些か後悔の念を抱いた。

 

(やっぱり…聞くべきじゃなかったわね…)

 

 また自分は人を苦しませてしまった。

 春雄の時といい、今の一誠もそうだ。

 ただ誰もが今この状況は辛いだろう…誰が悪いなんてものはなかったのだから…

 

 後悔と責任に押しつぶされそうになった頃、一誠は徐に立ち上がり、まだ夜明け前の、真っ暗な空を見上げて言う。

 

「あいつには…もう家族も仲間もいないんです…」

 

 その後一誠から明かされたことは衝撃的なものだった。

 

 

 

 春雄の元の姓は「牧」だった。

 4〜5歳ほどまでは、駒王町ではなく、千葉県館山市と烏場山に挟まれる黒那(くろいだ)村(架空村)に住んでいた。

 振り向けば山があり、観光地として発展した館山と違って、村人も建物少なく、道路も舗装されていないところがあり、かと言って樹木や草木が繁茂するかと言えばそうでもなく、本当に何もない非常に小さな村だった。

 

 しかしその村は人が少ない分、付き合いが非常に良く、当時たった一人の子供であった春雄をまるで家族のように可愛がっていたそうだ。

 活発に動き回る年齢となった春雄は、朝から遊びに歩き、昔ながらの畑仕事をする家に赴き、夕方まで作業を手伝ったり、野生の生物を捕まえて遊んだりと、一日中村の人たちと関わっていった。

 

 家族だけでなく、村の人たちの温かさに触れ、順調に育っていき、誰もがこのまま「優しさに溢れる男の子」になると思っていた。

 

 ゆっくりと流れる平和な時が、その村の誰もの心を落ち着かせる。

 

 長閑な、「ありきたりな幸せ」がずっと続いていくものだと思っていた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…アイツが5歳の誕生日を迎えたその日…アイツの両親は死んじまった…いや…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…殺されたんだ…」

 

 一誠が重い口を開き、声を震わせながら呟く。

 その日も春雄は村の人たちと交流し、畑仕事の手伝いの他、虫取り網を持って水路の付近で自然と戯れていた。

 しかしいつもより春雄は顔が綻んでいた。

 

 何かいいことでもあったのかい?

 

 普段お世話になっている老夫婦が春雄に問う。

 

『今日僕の誕生日なんだ!それでご馳走を用意してくれるって!』

 

 嬉々と答える春雄からは、満面の笑みが窺える。

 よほど楽しみなのか、あどけない花のような笑顔が絶えなかった。

 老夫婦もつられるように笑顔になり、お祝いとして()()()()()の中に沢山の野菜や干物、漬物を入れてやった。

 より一層喜びて目を輝かせる春雄を、老夫婦は頭を撫でてやった。

 

 大きく育つんだよ…

 

 

 

 他の村にも子供がよく言う自慢をして回った春雄。

 それには不思議と悪意は全く感じさせず、村の人たちはお祝いとして山菜や川魚などを籠の中に入れていった。

 いつしか籠の中は村人たちの温かい思いで一杯になっていた。

 

 帰路に着く途中、春雄はふと足を止めた。

 別に籠の重さに疲れた訳でもなく、ただなんとなく足を止めたのだった。

 そして彼自身、どうして立ち止まったのかもわからない。

 しかし、彼は道の横、林に囲まれ、春にもかかわらず薄暗い獣道のような小道を進んでいった。

 まるで何かに誘われるかのように。

 

 暫く歩くと、不意に視界が良くなった。

 闇から突然光が差した感覚になり、一瞬目の前は光に包まれた。

 明順応によって次第に鮮明に景色が瞳に映っていく。

 そこで彼は呆然と遠くを眺めた。

 その先には青い海が見えていた。生まれて5年、見慣れた海を見ていた。

 

『あれ…?』

 

 突拍子もなく林が騒めきだすと、彼は漸く気付かされた。

 

『なんで…』

 

 彼は胸を締め付けられたような思いとなっていた。

 頰に違和感を覚え、手をそっと触れると、慣れていたことに戸惑ってしまう。

 

『なんで…泣いてるの…なんで…こんなに苦しいの…』

 

 初めて感じる「悲壮感」と言うものだった。

 そしてふと視線を移した先に、自分と同じように海を向く石碑があった。

 春雄は不思議な感覚に陥り、その石碑に寄り添い、体を預ける。

 すると先ほどまでの悲壮感がなくなっていき、むしろ安心感が強くなった。まるで家族、自分の父親に抱かれるような、奇妙な感覚だった。

 そして春雄はそのまま目を閉じ、人知れない場所で穏やかに寝てしまった。

 

 

 

 春雄は気がつけば帰路のところで佇んでいた。

 ついさっきのように思えた不思議な時間には、特に疑問を抱かず、そのまま家に向かって歩き始める。

 

 5歳を迎える幼いその体で、沢山の頂き物が詰まった籠は中々の重さであった。

 家に戻るため、勾配が緩い砂利の坂道を登り、石階段を登っていくのは骨が折れる。

 それでも嫌な気持ちがしないのは、その重さは自分が愛されているからであり、登り切った先では家族が村人たち以上の愛を注いでくれるのを知っていたからだった。

 

『ただいま!』

 

 玄関に入ってすぐ、春雄は叫んだ。

 ただ、帰ってくるのは耳が痛くなるほどの静けさだった。

 いつもなら両親が笑顔で出迎えてくれるのだが、今日に限ってそれがない。

 視線を下にすると、父と母の履物が見えるため、家にいることは確かだ。

 何か良くない予感がした彼は、籠を玄関に置き、ゆっくりとした足取りで居間に向かう。

 まだ日が沈むまでは時間があると言うのに、家の中は妙に暗い。

 建造して時間が経った木造建築は、幼い彼が歩いても音を鳴らす。

 

『お父さん…?お母さん…?』

 

 居間を覗き込むと、夕日も差していないのに赤く染まった床に倒れ込む両親の姿が映った。

 その後何度呼びかけたことか…

 父と母を呼ぶその声はいつしか悲鳴に変わり、彼は一人で家を飛び出すのだった。

 

 

 

 黄昏時のこの村はいつにも増して静かであった。

 裸足のまま飛び出した彼は、溢れる涙を拭い、誰かに助けを乞うように喚き続けた。

 だがそれに応える者は誰もいなかった。

 彼は重い足取りで関わってきた村人たちの家を回った。

 だがどの家でも広がる光景は同じようなものだった。

 

 幼い彼には残酷すぎるものだった…

 

 泣きつかれた彼は、もう目覚めることもない両親がいる自宅に戻り、腹を満たすため、貰った漬物に齧り付いた。

 そしてその安心する味を噛み締め、同時に悟った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…もう二度と、あの日は戻らないと…

 

 

 

 

「…アイツが発見されたのは誕生日から2ヶ月経った後らしい…11月3日からその2ヶ月の間、アイツはたった一人で生きていた…冬の寒さ、喉の渇きに耐え、空腹に襲われ続け、たった一人の恐怖に怯えながら…」

 

 一誠は春雄を部室のベットに横たわらせ、ずっと彼の傍につきながら、心憂い気持ちで語る。

 幼き日の春雄は相当酷だっただろう。

 日が過ぎるごとに両親は異臭を放ちながら崩れていき、食料も徐々になくなっていき、厳しく肌に痛いほどの寒さが彼を襲ったのだから…

 あまりにも辛過ぎる話に、リアスたちは途轍もないショックを受け、言葉が何も生まれなかった。

 アーシアに至っては涙が抑えられず、心の痛さに耐えられずにいた。

 

 皆、それぞれ特殊な出生であり、追々彼女たちにも辛い過去はあったが、一切宗教や勢力に関係のないただの少年が地獄を経験していたのだ。

 手を差し伸べてやる人は皆、その一瞬の短い時間で殺されてしまったのだ。

 

 全滅し、地図から消された村…

 当時そこまで大きなニュースになっていなかったのは、きっと、国からも消されたのだろう…

 

 2ヶ月と言う期間は長くはない。

 だが、当時の彼にはあまりにも長すぎた。

 

「部長…こいつは…本当は誰よりも寂しがり屋なんです…」

 

 一誠は改めて向き直り、深々と頭を下げた。

 

「こいつを独りにしたくないんです…あんなことがあって…色々思うところもあるかもしれませんが…お願いします…!こいつを見捨てないでください!」

 

 普段騒動を起こす彼からは想像もつかない態度だった。

 エロいことばかり考える変態であり、それでも今日のように大切な人のために行動に移す熱いところがあったりした彼が、今まで誰にも見せたことのないような表情をしていた。

 

「ええ…もちろんよ…見捨てるわけないじゃない…眷属とか関係なく、彼は私の、私たちの大切な仲間だもの…」

 

「大切な後輩ですもの…例え得体の知れない力があっても、今日のように彼を見捨てませんわ…」

 

「こんな辛いことがあったのに…春雄君は…僕も彼のことを支えてあげたいさ」

 

「…私からして見ても、大切な先輩です…ライバルでもありますし、大切な仲間ですから…」

 

「春雄さんは…もう…救われてもいいはずです…春雄さんには…幸せに生きてほしいです…」

 

 一誠はオカルト研究部のみんなの声を聞き、頭を下げたまま涙を流し、震える声で感謝の言葉を言った。

 

 

 

 これからグレモリー眷属は、彼を守っていくことを決心した。

 もう辛い思いをさせないため、もっと幸福に生きてほしいため。

 

 そう決意した時、一誠以外のオカ研の皆は一つ、どうしてもわからないことがあった。

 彼の過去がわかったところだが、どうも繋がらないのだ。

 

 

 

 なぜ彼はあれほどまで悪魔を憎んでいたのか…

 

 

 

 だがこの疑問を追求するのは今ではない。

 もっと時間をかけて、彼と仲が深まった時、自然と彼が話すのを待つことにしよう。

 そう思ったのだった。

 

(言えるわけがねえ…あの真実は…)

 

 

 

 

 

 

 



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第14話 思考と思いやり

 今回もまたオリジナル要素強めです…


 悪魔へと転生させることのできる「イーヴィル・ピース」が引き起こした事件。

 

 春雄は自分の立場を悪魔側に置くことを明確にし、自分を狙う勢力への牽制と、家族や仲間の保護をしてもらうためにグレモリー眷属の元につこうとする。

 今だよくわからない、春雄の中に眠る圧倒的な力に興味を持つリアスは、眷属にして監視下に置けば、頼もしい味方になると考えたのだった。

 それ以上に、彼とオカルト研究部の間にある蟠りも解決できることに皆が喜んでいた…

 

 結果は春雄の中の力が、駒を拒絶し暴走。

 一誠たちグレモリー眷属への人的被害はでなかったのだが、悪魔の力をもってしても一切寄せ付けないパワーと防御力…

 そして何より豹変した春雄の放つ、獣の如く敵意を滲ませた唸り声や、尋常でない怒りに囚われた血走った目…

 

 それらが発するオーラはまさしく殺意…

 強大な力に加えた、その禍々しく真っ黒な殺意に当てられた一誠以外のオカルト研究部の者たちは、純粋な「恐怖」を覚えたのだった。

 

 

 

…殺される…

 

 

 

 今まではぐれ悪魔の討伐や、堕天使との闘争などで戦うことがあった。その命を奪うこともあった。

 だがそれは相手が自分たちより格下なだけだったのかもしれない。

 

 仮に聖書にも掲載されるほどの者が相手になった時、自分たちは戦慄を覚えるだろう。

 その者との決定的な差に。

 

 それと同じように、春雄にもそれがあった…

 

 いや、真正面から受けたあの春雄のオーラは、あらゆるものを凌駕していた。

 立ちはだかったのは、恐らくそんなレベルのものではない。

 まさに神に匹敵する巨大なもの…

 

 

 

 俺は兵藤一誠だ。

 みんなからは「イッセー」って呼ばれてる。

 今目の前のソファで寝息を立ててるのは、俺の兄弟。兵藤春雄だ。

 

 つい先程暴走を鎮めると、あれっきり暴れるようなことはなかった。

 たぶん駒を取り出せたからなんだろうな。

 

「部長、今このまま帰ったら、親が心配すると思うので、一日ここで安静にしておけませんか?」

 

「そうね…あまり騒ぎを起こすわけにはいかないものね…」

 

 とりあえず部長から、コイツを部室で安静にさせておく許可をもらい一安心だった。

 

「…ん〜…もう食べられないよ…」

 

 気の抜けた寝言を呟き、涎を流すコイツはとことん呑気だな…

 と言っても、頭や胸部、腕には痛々しく包帯が巻かれており、体全体には軽度の火傷や切傷ができていた。

 コイツを止めるためとは言え、俺たちはそれなりに全力で攻撃を仕掛けた。

 はっきり言って、あれだけ攻撃しておいてこれで済むとか、防御力がおかしすぎんだろ。

 それにコイツの中にいる奴は…

 

 

 

 

 

…俺たちの攻撃を一切避ける素振りを見せなかった。

 何があってもコイツは真正面からその攻撃を受け続けたんだ。

 そのせいで俺たちの自信がメタメタに削られていくわけだが…

 

 それでもコイツをもとに戻せたし、まあ良しとしよう。

 俺たちは拍子抜けしたようにため息をつくと、小さく笑いあった。

 

(そう言えば…コイツに純粋にダメージ与えたのって…前に戦ってたあの化け物くらいだったな…)

 

 俺の脳裏に蘇るのは、生まれて初めて本能的に「死」そのものを感じて動けなくなった時の記憶。

 レイナーレを倒そうと乗り込んだ教会で待っていたのは、太古に生息していた怪物だった。

 そいつは一切魔力的なものは感じなかった…

 

 つまりあのムートーと呼ばれた怪物は、元々冥界ではなく、地球に住んでいた生物…

 もっと噛み砕いて言えば、あれはただの原始的な野生動物だ…

 

(あんなヤベぇ力を持っていやがるのに…あの怪物も、コイツに宿った奴も…全く魔力を持たねえ生物だって言うのか?

 そいつらが太古の生物なら、元々地球にはこんな奴らがうじゃうじゃ居たっていうのかよ?)

 

 俺はこれから先、生きていく自信を失くしかけるところだった。

 一応俺には『赤龍帝』の神器(セイクリッド・ギア)っつうもんがあるんだが、この力を使って俺の能力を引き上げても、アイツに一撃を与えることはできなかった…

 

 そんな春雄に互角に渡り合ったムートー…

 

 そしてここ最近頻発する謎の巨大生物の出現…

 

 いかに俺たちが小さい存在なのか、否応なく認めさせられた。

 俺は悪魔になって、それなりに力を持って、強くて頼りになる先輩悪魔の元について、どこか慢心していた。

 

 悪魔になっちまった以上、それを狙う他の勢力と戦ったり、時に殺し合いもしなくちゃいけねえ。

 頭でそれはわかってても、どこか内心、そんな考えを閑卻していた。

 ただ注意したつもりでいて、結局俺は煩悩なことしか考えちゃいなかった。

 

(今度こそ…お前を独りにさせねえ…例え世界中がお前を敵に回しても、せめて俺だけがお前と一緒に立ってやるぜ…)

 

 だからこそ、俺はこのことを心に深く焼き付けた。

 目の前で鼻提灯を作って爆睡をこくコイツは、俺の決意を知る由はない。

 それでもいい。

 むしろ見られてないだけマシか。

 

「春雄に…余計な心配させる必要はねえしな…」

 

 俺はボソッと呟いて、日が昇りそうな空を見上げた。

 黒く澱んだ雲に、光が差し込んでゆく。

 

 

 

 朝、出席簿に目を通した神永は、パタンとそれを閉じてコーヒーを飲んだ。

 

(あんなことがあったんだ…今日春雄君は休んで問題ないだろう…)

 

 神永には駒王学園の一誠のクラス担任として表立っているが、裏の顔が存在する。

 

 裁定者…

 「光の国」と言っても、様々な光の国があるそうだが、その国の使者は大異変が起ころうとしている宇宙に赴き、そこでの物事の顛末を安全に見届ける義務があるのだ。

 他の関係のない勢力が介入し、干渉しないように見張り、万が一があれば粛清するのが彼らの役目である。

 

(この世界にとって…悪魔や堕天使…まだ観測できていないが、天使や龍族は言うなれば外来種…)

 

 神永は職員室を退出し、担当の教室まで歩く道すがら、ふと旧校舎の方を見る。

 

(まぁ…私もだが…)

 

 

 この世界もそうだが、かつて私が同じような星に降りた時も、その星は受け入れてくれた。

 私に対して抱く感情は様々なものはあったが、どれもこれもいい刺激だ。

 我々に欠如していたもの、恐らく知的生命体が持つべき最も必要とされるものなのだろう。

 

 流星マークのネクタイピンに手を添えれば、またあの者たちとの光景が、鮮明に思い起こされる。

 

 彼らとそうであったように、この世界の人を含め、悪魔や堕天使などと言った存在にも備わる「心」から刺激を受け、今日もまた学んでいけたらと思う。

 

 

 

 「心」と言うものを学び、私は以前より心配ごとや悩みといった感情を抱くことが多くなった。

 我ながらこれはいい傾向にあるだろう。

 我々の一族は、基本的に論理的で理性的だ。

 「考え」はするが、「思い」はしない。

 

 一応は「その宇宙の平和のため」でありながら、例えばその宇宙の道理に従って死期が訪れた惑星には特に関与はしない。

 

 要するに、我々の星に影響が及びそうな危険性を孕んでいる場合において、我々が実際にその場で裁定し、必要が有れば粛清を開始する。

 

(加えて打算的でもある…か…正義の執行は我々のためであって、この星に住まう者たち、またはその星に宿った外来種の意見などまるでないようなものだ…)

 

 だからこそ、「心」と言うものが芽生え、他を「思う」ことができ、その上で心配や悩みができたのは成長と言えよう。

 この星の者たちとの距離も、僅かながら近づけそうだ。

 

「…!」

 

 テレパシーが届いたようだ。

 同じ観測員であり裁定者であるゾーフィが、私にこの星の情報を求めてくる。

 

 問題なし。観測の余地あり。浅慮にならぬよう、まだ観察を続けていく。

 

 そう伝え終え、私はもう一つの仕事に向かってゆく。

 

「さて…この星の自然が、私や悪魔を受け入れ、まだ調和することができているように、春雄(あの子)を学園は受け入れてくれるかな…?」

 

 

 

 一誠は窓の方を見て耽っていた。

 いつものエロさ爆発、激ヤバパラダイスの変態ではなく、頬杖をついて疲れた目をする彼は、随分と静かだった。

 

「どうしたんだよイッセー?」

 

「らしくないですねぇ」

 

 そんな一誠に突っかかってくるのは、例の如く変態トリオを構成する松田と元浜だった。

 彼らは少し揶揄いながら一誠に近づき、いつもの扇情的な話を持ち出すのだが、いまいち彼は噛み合っていなかった。

 

 松田と元浜は昼休みになっても調子が戻らない一誠を、いよいよ不安がり、そこそこ真剣に問う。

 

「どうした?イッセー。今日のお前はマジで変だぞ?」

 

「何か悩みでも?」

 

 一誠は意図せず、春雄がいない彼の席を見つめる。

 視線を辿った彼らは、「春雄に何かあったのでは?」と、本気で心配するのだった。

 

「なーにエロ馬鹿トリオのあんたらが、いつになくしんみりしてるのよ」

 

 静まる雰囲気の3人に、気さくに声をかけてくる女性が一人。

 眼鏡をかけてもわかるほどなかなかに整った顔と、スタイルの良い体を持ちながら、考えることはほとんどエロ馬鹿トリオとあまり変わらない残念美人の名は、

 

「なんだよ藍華、揶揄いにでも来たか?」

 

 桐生藍華。

 女子の中で唯一、エロ馬鹿トリオの話についていき、その上で彼ら以上のことを平然と喋り、黙らすこともある、このクラスのある意味で親分みたいなものだった。

 

「黙んなさいよ、松田。あんたのアレが粗チンなくせに、心も同じくらい醜くて小っちゃいんだから」

 

「なんだとこのヤロー!」

 

 と、いつものように、また暫く酷い内容の口論が続くと思われたが…

 

「…ヤメだ、ヤメ」

 

「そうね…ストッパーがいないと、なんかつまんないわね…」

 

 そんな口論を止めるのは、エロ馬鹿トリオとほとんど共にいる校内屈指の大馬鹿の春雄だった。

 お騒がせな彼がいなければ、日常にボッカリと穴が空いたようだ。

 

「あいつがいないと始まらんしな…」

 

 松田がボツリと呟いた言葉に、一誠は反応した。

 

(コイツらなら…)

 

 

 

 神永は昼休み、とある教室の入り口付近で中の様子を伺っていた。

 彼が見つめる先には、教室の端の席の方で集まっている若者集団があった。

 

(どうやら…私の不安は杞憂に終わったようだな…)

 

 神永は満足気にそこを後にし、職員室へと戻ってゆくのだった。

 

(これだから…教諭と言う職は感慨深い…)

 

 

 

 一誠はしかと聞いたのだ。

 松田と元浜は長い付き合いだし、この学園に入ってからは桐生ともよく話すようになった相手だ。

 彼らは「なぜいきなりそんなことを?」と言いたげな顔をしていたが、間違いなく言った。

 

 

 

 春雄(アイツ)とは友達だ

 

 

 

 神永は一息つこうとコーヒーをグイッと飲む。

 全く変哲のないインスタントコーヒーだが、朝飲んだより美味しかったのは確かだった。

 

 

 

 

 




 次でやっとライザーとご対面です。


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第15話 仲間-family-

 裁定者として悪魔である一誠たち、そして「黒き王」の力を宿す春雄を観察しつつ、彼らの教師として成長を見守っていく神永。

 彼は、圧倒的な力を見せつけられたオカルト研究部と、春雄の間に深い溝が生じる可能性を危惧したが、特別そんなことを気にすることなく、彼を取り巻く身近な人は受け入れてくれるそうだ。

 

 一方で一誠も、春雄をいつも通りに接しようとしてくれる友に、心から安堵し、感謝するのだった。

 

 

 

 いつも通りの時は過ぎてゆき、それぞれの生徒が部活やバイト、用のない者は遊びに歩いたり、そのまま帰宅する、解放された気分となる放課後。

 

 俺は兵藤一誠。

 早めにホームルームが終了し、たまたま会った木場、そしてルームメイトであり大切な家族でもあるアーシアと共に旧校舎へ向かう。

 その時、木場を見て黄色い声を上げる腐女子や、アーシアの隣を歩くだけで嫉妬の視線を向けてくる男子生徒が鬱陶しいが、今となれば慣れたもんだし、一度本気の殺意を当てられた俺からしてみれば、そんな視線は随分と生温く感じちまう。

 

「春雄さん…目を覚ましたでしょうか…?」

 

 部室に向かう途中の廊下を歩いていると、アーシアが心配そうに呟いた。

 春雄と同じように親がおらず、教会でもずっと孤独な日々を過ごしたアーシアは、自分以上に壮絶な幼少期を過ごしてきたアイツに思うところがあるんだろうな。

 

 そんなアーシアも、純粋な思いでアイツを妹分として支えたいと強く心で誓った。

 

 俺は本当に良かったと思ってる。

 まだアイツの周りには、沢山の支えになってくれる人がいる。

 

 俺や両親はもちろん、くだらない付き合いの最高の友人と、優しさで溢れるオカルト研究部、そして心に寄り添ってくれる最高の担任。

 

(アイツを独りにしたくねえのは…みんな同じだぜ…)

 

 

 

 部室に行く手前まで、俺は一つ気になったことを木場に聞いてみようと思う。

 

「なぁ木場、春雄も気にしていたんだけどよ、アイツが暴走する前、部長がたまに物思いに耽る表情していたんだが…」

 

「…ああ、それのこと。実は部長…!」

 

 俺たちが扉の前まで来ると、木場は何か言いかけたところで、表情を一変させて黙り込んだ。

 

「まさか…僕がここに来て漸くあなたの気配に気付くなんて…」

 

 俺もアーシアもよくわからん。

 だが、今の木場は些か動揺しているように見える。

 冷や汗が伝うその顔は、一切油断なく、それで僅かに強張っている。

 

 木場がこんな顔をする時は…

 

 

 

…今部室の中に、強い奴がいる…

 

 

 

 冗談じゃない。

 今部室には春雄がいる。

 

 俺は勢いよく扉を開けると、そこにいる全員が俺に注目した。

 いや、厳密に言えば、寝てる春雄以外の人がこちらを見ていた。

 

 俺が真っ先に見たのは、見知らぬ銀髪の、メイド服を着たかなり美しい女性だ。

 

 固まった俺に気付き、部長は銀髪メイドの軽い紹介をしてくれた。

 

「イッセー、彼女はグレイフィア。詳細は省くけど、簡単に言えば、グレモリー家に仕える身の人よ」

 

「グレイフィアと申します。以後、お見知りおきを」

 

 部長から紹介されたグレイフィアさんは、クールながらも丁寧に挨拶してくれた。

 俺も彼女のお辞儀につられて頭を下げるが、それにしてもすごい美人だ。

 光沢のある銀色の髪が、少し揺れるだけで世の男たち気をそそるほど艶かしく、それでいて整った顔立ちを持つ…

 

 少し見惚れそうになるが、部室はいつになく冷たい空気が流れていた。

 

 周りを見渡せば、部長は少し機嫌が斜めだし、朱乃さんもいつものニコニコ笑顔に影を感じるし、子猫ちゃんは春雄の眠るソファのアームにちょこんと座って、羊羹を齧っている。

 後ろを見れば、木場が困った様子で苦笑いを浮かべており、アーシアはこの雰囲気に耐えられないのか、不安がりながら俺の制服に掴まっていた。

 

 部長は一つ息を吐き、部員が全員集まったことを確認すると、話したいことがあるらしい。

 部長から感じるオーラから、恐らく相当大事な…

 

(確か部長のお兄さんは魔王だったか…この感じ、部長の家に関わってそうだな…)

 

 俺はことの重大さを覚え、未だ夢の中の春雄を起こそうとする。

 軽く揺すってみるが、反応なし。

 「くかー」と寝息を立てて気持ちよさそうに眠っていやがる。

 

「イッセー、春雄はまだ怪我をしているから無理に起こす必要はないわ」

 

 部長はコイツに気遣ってそのままにしておくつもりらしい。

 

 つーかコイツ、もうほとんど大丈夫だろ…

 前の黒い怪物と戦った時も、あれだけの負傷しておいて結構ピンピンしてたし、今なんて半開きの口から涎が垂れている。

 

「松田ぁ…いい加減…金返せよ…」

 

 どんな夢見てんだよ…

 コイツの呑気さと神経の図太さは本当に呆れるぜ。

 でもコイツの間の抜けた寝言が、幾許かこの張り詰めた空気を和らげた気がする。これに関してはファインプレーだ。

 

 部長は場を引き締めようと咳払いを一つして、話を切り出そうとしたその時だった。

 

「!これは…!」

 

 俺たちの目の前で、炎の如く魔法陣が光だした。

 見覚えのない魔法陣に俺は呆気に取られていた。

 

「木場!これって…」

 

「…フェニックス…」

 

 俺の問いとも思えない問いに木場が答えてくれた。

 とりあえず何のことかよくわからないので、火の粉が春雄とアーシアに飛びかからないように俺の後ろにする。

 

 肌に火の粉が付着するたび軽く痛みを覚えるが、そんな感覚は目の前に突然現れた存在による驚きで消えていった。

 

「ふぅ…人間界は久しぶりだぜ…」

 

 髪を片手でかき上げ、息をつく男が現れたのだ。

 赤いスーツを着ているが、中のワイシャツを着崩して胸の部分を大きく開いている。

 はしたないようにも見えるが、その男はそのような格好がむしろ似合う、悪系のイケメンだった。

 

「会いに来たぜ…愛しのリアス…」

 

 この言葉を聞き、俺は頭が真っ白になった。

 

 

 

 話を軽くまとめると、魔法陣から炎を纏って現れたライザー・フェニックスは、グレモリー家との会談の末決定された部長の婚約相手だ。

 昔からの伝統、悪魔の純粋な血を絶やしたくない双方の思惑が重なり、このような形になってしまった、言わば政略結婚ってやつだ。

 

 当然俺たち眷属もそうだが、部長自身も納得した表情ではなかった。

 そりゃそうだろ。

 この先共に歩む伴侶は、部長の本心で決めるものではなく、双方の家の利益を重視した決められてしまった相手だったんだ。

 

 自分の気持ちを度外視され、更には認めたくない相手と結婚させられるだなんて…

 

 俺は結構頭に来ている。

 もちろん部長の気持ちを踏み躙ることに対してもそうだが…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…部長と結婚だなんて羨ましすぎんだろ!

 

 この学園の2大お嬢さまと謳われる人の一人と結婚だなんて…

 悔しすぎる!

 

 それにこのライザーっつう奴の態度も気に食わねえ!

 部長を見る目が、ただの己の欲望を満たすための玩具としか見てねえ目をしていた!

 コイツには、部長を本気で愛するつもりなんてねえ!

 それに『兵士』である俺を馬鹿にもしてきやがった。

 

 ああ、もうコイツの何もかもが気に食わねえ!

 今にも飛び掛からんと殺意を放つと、木場や朱乃さんに抑えられてしまう。

 

 部長はしつこく言い寄ってくるライザーに怒りを露わにし、強く反論していた。

 

 部長曰く、悪魔の純粋な血を途絶えさせるつもりはないが、ライザーとは結婚しないと。

 だがライザーも、悪魔の中でも力ある貴族のような立場の者。

 フェニックス家の看板を背負ってやって来た彼は、例え眷属やこの校舎を燃やし尽くしてでも連れて行くと脅迫してくる。

 

「ついでに…さっきから俺がいるにも関わらずそこで寝ている不届き者は…人間か?

 人間風情がいい度胸だな…骨も残さず消し去ってやろうか?」

 

 その言葉に反応した俺や、木場、子猫ちゃんは咄嗟に構える。

 

 一触即発の雰囲気となったところで、グレイフィアさんが止めに入る。

 その時発したであろうオーラに、俺は威圧され、大人しく引かざるを得なくなった。

 

「彼はグレモリー眷属の協力者です。今は戦いや殺し合いをしに来たのではなく、話し合いに来たのですよ。あまり事を荒立たずに」

 

「『女王』にそう言われては…仕方ありませんね…それにしても、彼が噂のね…」

 

 ライザーは春雄を見て薄気味悪い笑みを浮かべていた。

 

 でもあのライザーですら、グレイフィアさんの前では大人しく手を引いた。

 薄々思ってたけど、グレイフィアさんって実はとんでもない実力者なんじゃねえの?

 

 その後、グレイフィアさんが持ち出した提案で、今回の婚約を破棄するか否かを決めることとなった。

 

 レーティングゲーム…

 『王』である上級悪魔が、眷属を駒として、あたかもチェスのように策を巡らせ、駒を動かし戦う遊びだ。

 遊びと言っても、実際戦うわけでもあるので、生半可な思いで挑めば大怪我は不可避だろう。

 『王』は自分を守るため、眷属を駒のように使い、時には捨てる…

 まさしくキングたる、冷静な判断力、駒を的確に動かす技量、時として駒を見捨てる冷徹さ…

 

 あらゆる能力を必要とするこのゲームで決着をつけようと言うことで、部長は渋々承諾した。

 

 部長の人生は振り回されている。

 親と言い、結婚相手と言い、このような状況にした社会と言い…

 

(ここ最近浮かばれない表情をしていたのって、このこともあったんだな…)

 

 そりゃ心がすり減る思いはするだろう…

 

 

 

 ゲームをやることはいいが、相手はライザー。

 聞くところによると、レーティングゲーム経験者であり、フェニックス特有の回復力で勝ちを積み重ねており、これからが期待されている若手の星だった。

 対する部長は、ライザーほど駒を持ってるわけでもなく、ゲームの参加自体したことがない。

 

 そしてまた俺の癪に触ることが…それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…アイツの眷属、全員女の子でハーレムを築いていやがった!

 

 ライザーは戦力を見せつけるため、揃いも揃ってあらゆる面で美人な眷属を呼びやがった。

 くそっ!ちょっと顔がいいからって…涙が止まんねえ…

 

「リアス…そこの兵士君が何やら俺の眷属を見て泣いているが…」

 

「この子の夢はハーレムを作ることなの…女の子に囲まれているあなたを見て羨ましかったのでしょうね…」

 

 ライザーは困惑し、そいつの眷属は引き気味だし、部長もなんか呆れてるし、子猫ちゃんからも冷ややかな視線を向けられるし…

 

 すると、ショックに打ちひしがれている俺を見たライザーは悪い笑みを浮かべ、眷属の一人である女の子とディープキスをして、その様子をまざまざと見せつけてきた。

 その女の子はえらく官能的な声を発し、その息も少しずつ荒くなっていった。

 

 やめろ!

 そんな光景を俺に見せるんじゃねえ!

 舌と舌が絡む音といい、その女の子の声といい、俺の股間に刺激がいくのも無理はない。

 

 部長は心底呆れた表情だったし、アーシアは湯気が出そうなほど顔を赤くしていた。

 

「イッセー先輩、最低です」

 

 子猫ちゃんは俺の考えてることがわかったのか、絶対零度の視線を向けてきた。

 しょうがないじゃん!

 思春期迎えた男子高校生は、目と鼻の先でこんなことされたらこうなるだろ!

 

「僕はそうとは思えないかな」

 

 木場!お前に聞いてねえよ!

 つーか、なんで俺の心に思ってることがわかってんだよ!

 

「あらあら、イッセー君は本当にわかりやすい表情を見せますのね」

 

 朱乃さん!?そんなに顔に出やすかったんですか!?

 

 目の前にいるライザーと言う強敵を前に、俺は心が折れかけていた。

 すると、ノックアウト寸前の俺をいいことに、

 

「そこの兵士君はこんなことできまい」

 

 と、見事なドヤ顔で俺を煽ってくる。

 くっそ〜〜〜!

 顔がワル系のイケメンだからサマになってんのも腹が立つ!

 

「こんの焼き鳥野郎!」

 

 俺はとうとう堪忍袋が引き裂かれ、神器を展開した。

 

 俺は今、猛烈に怒っています!

 

 部長!コイツを一発だけでも殴らせてください!

 

 ライザーは俺を「フッ」と鼻で笑った後、眷属の一人を寄越してきた。

 

「ミラ!コイツをやれ!格の違いを見せつけてやれ!」

 

 ライザーに呼ばれたミラと呼ばれる女の子の悪魔は、意気揚々と俺に向かって、獲物である棍を突き出す。

 俺とミラがぶつかろうとし、グレイフィアさんが止めに入ろうとしたその時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゾワァァァ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 部屋の空気が一瞬にして凍りついた。

 

 それは言ってしまえば、直視できないほどのドス黒い殺意…

 

 俺は足を止め、その場を動くことはできなかった。

 目の前のミラって言う子は、ガクガクと膝が笑って口から泡を吹いており、その後ろのライザーとその眷属たちは顔を青くしていた。

 部長たちもドス黒い殺意に当てられて固まっていたし、あのグレイフィアさんですら冷や汗を流して身構えていた。

 

 油断なくグレイフィアさんが見つめる先にはソファがある。

 その殺気を間近で受けている子猫ちゃんとアーシアは、呼吸を止め、目元には涙を浮かべている。

 

 俺も視線を移すと、それと目があった瞬間、金縛りにでもあったかのように全く体が言うことを聞かなくなり、動けなくなってしまった。

 

 

 

 こちらを見つめる春雄の目は、驚くほど開かれており、結膜は充血し真っ赤に染まり、猛禽類を思わせる瞳は恐ろしく鋭かった。

 あまりの殺意の濃さに、その場にいる者全員は一瞬呼吸を忘れていた。

 

「グレイフィアさん…ライザーに眷属を撤退させてください…」

 

「どういうことですか…?」

 

「今、アイツの中にいる奴が、後ろにいるライザーの眷属を『敵』と認識しています…敵意を見せないため…ここはお引き取りを…」

 

 グレイフィアさんは俺の言葉をすんなりと受け、ライザーに全く同じことを言う。

 初めは全く納得した様子ではなかったが、あの殺意を目の当たりにし、大人しく眷属たちを魔法陣で引かせた。

 

 

「は…春雄…俺たちに戦う気力はねえよ…だから…」

 

 頼むから大人しく引っ込んでくれ…

 

 

 

 春雄は再び眠りにつき、さっきまでの殺意が嘘のように消えると、部室にいた全員が安堵の息を漏らした。

 

 結局ゲームは10日後に行うことが決定されたのだった。

 ライザーは、このゲームが非公式であるため、人間である春雄の参加を求めてきた。

 

 人間に屈することは癪だから。

 

 大体そんな理由だったか?

 だとしてもそれは大人気なさすぎんだろ…

 

 それにしても…あのプライドの高そうなアイツを帰らせるほどの殺意…

 

 本当に…春雄に宿った力の主は何者なんだよ…

 

 

 

「…ふごっ」

 

 息が詰まったかのような間抜けな声を出し、春雄が完全に目を覚ました。

 暴走したこと、そして先程までいたライザーとその眷属に尋常ならざる殺気放ったこともあって、俺とアーシア以外のみんなが身構えた。

 

 対する春雄は目を擦り、一つ大きなあくびをして、俺とアーシアを見ると、

 

「あ、おはようイッセー、アーシア」

 

 普段通り、人畜無害な性格の春雄が帰ってきた。

 今度こそみんなは大きくため息をつき、事が無事丸く収まったことに安堵した。

 

「あれ…そう言えば僕は悪魔になろうとして…あれ…?何も思い出せない…」

 

 どうやら暴走していた時の記憶や、さっき一瞬起きた記憶がないようだ。

 それでいて、気がついた時には部室のソファで寝ているし、全身傷だらけで今は軽くパニック状態だった。

 

「イッセー…僕は…?」

 

 春雄は俺に説明を求めてきた。

 その目は先程までのものとは違って、怯えており、弱々しいものだった…

 

 

 

 

……

 

 

 

………

 

 

 

 

 

…言うべきか?

 それこそ、言ってしまったらアイツが責任感じちまって、俺たちとの間に修復できない程の溝ができちまうんじゃ…

 

「イッセー…頼むから、僕に何があったのか教えてほしい…」

 

 俺の目の前では、真っ直ぐ俺を見つめる春雄がいる。

 その目はよくよく見れば、怯えや不安はあれど、真実を知ろうと覚悟している目でもあった。

 

 俺は振り向いて、オカ研部のみんなを見る。

 みんないつになく真剣で、この先起こりうることへの不安に固唾を飲んでいた。

 

 俺やアーシアはもちろんだが、みんなもコイツが居なくなって欲しくねえんだ。

 でなきゃ部長たちはあそこまで必死になって考えたりもしないし、失敗したとは言え、悪魔になると言った時には喜んでた。

 

 だからこそなんだろうな。

 ここで下手に誤魔化すよりは、しっかりとありのままを伝えた方がアイツのためだな。

 

 

 

 

……

 

 

 

………

 

 俺はとりあえず、今まで起こった全てを、春雄が納得するまで説明した。

 

「…とまぁ…こんな感じだ」

 

 一通り話し終え、改めて春雄の方を見る。

 視線は下がり、やや俯いていた。

 

(そりゃショックだろうな…自分の知らねえところで、力が影響してんだからな…)

 

 フォローに回ろうとする一誠とアーシアだったが、意外にも春雄からは不安がとれた、安堵した和らいだ表情になっていた。

 

 少し気になって俺は春雄に聞いてみた。

 

「なんだ…もっとその…ショックを受けると思ったんだが…」

 

「まぁそれなりに衝撃は受けたけど…みんなに危害が及んでなかったから安心したよ」

 

 寂しさも感じさせる笑みからは、心から安心したのが伝わってくる。

 

 そうなんだよ。

 これが本来の春雄なんだよな。

 普段、奇怪千万・空前絶後な行動が目立つ、学園始まって以来のトラブルメーカーであり、2大お嬢様だろうが、学園の王子だろうが、マスコット的人気を誇る後輩すら知らないほど他人にも一切興味を示さない奴だが、他人を思いやる気持ちは本物だ。

 仲間が苦しい時は手を差し伸べようとするし、いじめられていたら相手がどんな奴だろうと助けに入るし、辛いことがあったら一緒に悲しんでくれるし…

 

「それじゃ…これっきりだな…」

 

「春雄…」

 

「何?イッセー…まさか僕がここに居て良いとでも?」

 

 春雄は自嘲するように儚く笑った。

 

「こんな危ない奴が居ていいわけないだろ…今日まで散々迷惑かけてきたんだし…それにいろんな勢力から目をつけられてるんでしょ?そんな奴の近くにいたら…」

 

 そう話す春雄は再び怯え、その声は震えていた。

 

「今度こそ…僕が…イッセーたちに…」

 

 得体の知れない、他を圧倒する力が俺たちオカルト研究部に向くことがないとは言い切れない。

 

 でも、俺が聞きたいのはそれじゃねえ。

 

「春雄、お前はどうしたいんだ?」

 

「…え」

 

「お前の本心を聞かせてくれ。お前は俺たちと一緒に居たいのか、そうじゃねえのか…」

 

 俺は部長たちに視線を送った。

 部長たちは答えは決まっているようだ。

 あとはお前だけだ。

 

「僕は…もう少しみんなと居たいかな…悪魔を拒絶し続けた僕を、ずっと受け入れようとしてくれた…こんないい人、他にいないよ」

 

 それじゃ決まりだ。

 

「ようこそ、オカルト研究部へ」

 

「その言葉を待っていましたわ」

 

「やっと僕たちを受け入れてくれたようだね。これで気兼ねなく君とも部活を楽しめそうだよ」

 

 部長も朱乃さんも木場も、春雄を歓迎していた。

 ここまでおよそ1ヶ月近く、漸く俺たちの努力が実を結んだって感じだな。

 

「でも…いいんですか?また迷惑をかけるかもしれないんですよ…?」

 

「…大丈夫です。みんなが居ますから…」

 

「私たちにならいくらでも…迷惑をかけていいんですよ」

 

 子猫ちゃんとアーシアが春雄に答え、俺は彼女たちに続いてハッキリと言う。

 

「だって俺たち、仲間だろ?友達だろ?そして俺やアーシアに至っては家族だろ?親しい奴とは、迷惑かけあってもいいんだよ」

 

 そう言って、俺は春雄の肩を叩いた。

 その時の春雄の嬉しそうな顔を見て、そしてみんな一つになって笑いあって、ようやくオカルト研究部として前に踏み出せることに、俺は人生でもトップに来るくらい嬉しかった。

 

 コイツの苦労も、部長たちの努力も知ってるから…

 

 俺は今回何ができたかわからない。

 でも俺には今日から部員の中に、大切な兄弟であり、俺の目の前に立つ高い壁、超えなくちゃならない目標となる存在ができた。

 

 とりあえず、次のゲームまでに、俺は強くなる!

 今すぐにコイツを、あの力を超えられるとは思ってねえけど、諦めたりはしないぜ!

 兄弟として、ライバルとして、俺はこの先待ち受ける困難に抗ってみせる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーか、イッセー。レーティングゲームって何?」

 

「言い忘れてたわ。実はな…」

 

 そして俺が簡単にことの顛末まで言うと、春雄はちょいとばかし嫌な顔していた。

 戦いが、争いが嫌なのはわかるが、頼む!

 俺たちの主人があの野郎に取られれば、今後部長は学園に来れねえし、部も無くなっちまう!

 女を玩具みてえに弄ぶアイツだ!

 きっと部長だけでなく、朱乃さんにアーシア、子猫ちゃんまで手を出すかもしれない。

 

 こんな感じの内容のことを話せば、

 

「僕を受け入れてくれた矢先、そんなことが起きてお別れなんて…ライザーマジ許さん。絶対にそのライザーとか言う焼き鳥は殺す(倒す)

 

…まだまだこの先が心配だな…

 

 

 

 

 

 




個人的にライザーはそこまで悪い奴に見えないんですよね。



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第16話 積もる懸念

 僕は兵藤春雄。

 今オカルト研究部の皆さんと、とある場所に向かって山を登ってる。

 獣道のように不安定な道を、そこそこ重量のある荷物を持って登っていく。

 

 この感じ、非常に懐かしさを感じるね。

 

 僕の故郷はお世辞にも大きいとも、発展したとも言えないし、自然と共生と言えるほど樹木は生い茂っているわけでもなかった。

 

 低い山とかその周辺にはそれなりに木々が生えてたけど、人が生活しているところは畑や田んぼが広がって、道路もまちまちだが舗装はされていた。

 

 幼い時、僕はよく山に登っていた。

 野生動物の危険とかあったし、実際遭遇したこともあったけど、特に襲ってくるわけでもないし、むしろあっちから寄り添ってきたね。

 

(こうして駒王町中心部から離れて、普段見ない植物とかを横目に登山か…あの頃を思い出すよ…)

 

 僕はなるべくその思い出の先を考えないようにしていた。

 今、仲間と一緒に楽しい時間を共有できているのに、幼い頃のとある事件を思い出してしまえば、一瞬にしてこの楽しさは崩壊するだろう。

 

(それにしても)

 

 僕は最後尾から、オカルト研究部の皆んなを見る。

 

(部長も、朱乃先輩も、木場さんも、子猫さんも、イッセーも、アーシアも…よくこんな僕を受け入れてくれたものだ…

 こんな危なっかしい人間を…)

 

 僕は彼女たちに言葉に表せないほど感謝している。

 

 冥界において、上流階級の堕天使や悪魔が何やら僕に宿る力に興味を持っているらしい。

 

 それだけならまだいいさ。

 

 でも、その力は同時に、レイナーレをはじめとした堕天使を退けた程の力を持っていることが一部に知られてしまった。

 それもあって僕を排除対象としているのも確かだった。

 

 一方で悪魔は、この力の有用性を見出し、何としても傘下に加えたいとしているのもちらほらと。

 

 それもあって僕は部長の眷属になろうとしたけど、僕の中の力の主が激しく拒絶。

 結局何の後ろ盾を得られそうになかった。

 僕のこの力のせいで、自分はもちろん、家族や友達に危険が及ぶかもしれない。

 眷属になれていれば、部長からの保護、そして悪魔として明確な立場を手に入れられ、他は迂闊に手を出せなかったのに…

 

 

 

 なんて思ってたけど、部長たちグレモリー眷属の皆さんが僕を保護するようだし、さらに嬉しいことが一つ。

 

 以前部室にライザーさんと言う悪魔が来た時、僕の力を目の当たりにしたグレイフィアさんが、魔王様にトップシークレットとして報告。

 報告されたのは痛かったけど、魔王様は部長の兄。

 悪魔の中でも情愛深いグレモリー家でもある魔王様は、私の妹である部長の必死な要請を聞き入れ、今僕を狙う悪魔の行動を抑制させたそうだ。

 

 僕の立ち位置だが、表向きは魔王様とその妹の監視下にあり、手出し無用と言うことらしい。

 実際は、事情を汲み取った魔王様は、邪な感情抜きで間接的に保護するそうだ。

 

(ま、とりあえず身の回りの安全は大丈夫かな?)

 

 まだ安心は出来ないけど。

 僕と、僕の中にいる存在がいずれ、冥界とか天界とかに知れ渡るのも時間の問題かな…

 

(となれば…今回のこのレーティングゲームはまさにベストタイミングかな…?)

 

 良く捉えよう。もしこれで部長たちが勝利すれば、そのまま部は残存。

 ライザーを破ったと言う功績を持つグレモリー眷属が後ろ盾として得られる。もっと上手く事が運べば、部長の兄である魔王の保護だってあり得る。

 

(裁定者から魔王様のことを聞くに悪い印象はない…情愛深いことで耳に伝わる彼とその家族であれば…)

 

 僕の中の本能が思慮深く、疑っている。

 

 

 

ー相手は()()()()だぞ?

 

 

 

ーお前から全てを奪っていった…

 

 

 

 僕はあの人たちを悪魔の負の部分だけで見たくない。

 

 

 

ーなぜそこまでして仲間にこだわる?

 

 

 

 僕はあの時を知っている…誰もいない暗闇でただ死を待つ恐怖を、言いようのない怒りも…そして孤独も…

 

 

 

ー孤独…

 

 

 

 気がつけば僕たちは、部長の所有する山の別荘に到着していた。

 ここに来る途中バテ気味だった一誠は、早速汗だくで地面に力なく倒れ込んだ。

 これから特訓があるって言うのに…

 

 はぁ…

 

 大丈夫だろうか?

 ライザーに勝ち、今回の部長の政略結婚を破断に持ち込まねばならないのに…

 心の中でため息が止まらないな…

 

「はぁ…はぁ………あん?どうした春雄?」

 

「?どうしたって…何が?」

 

「いやな、浮かない顔してたから…考え事か?」

 

 まあそんなところだけど、僕にはどうしても気になることがあった。

 

 先程、黒い殺意がぼそりと呟いた後、あれっきり何もなかった。

 以前のように気持ちが昂って、無性に殺したくなるような、猟奇的な面は見せなかった。

 

 だが、獣が発するような、喉の奥から鳴らす、低くて短いリズムが脳に響き渡った…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…笑ったのか?

 このなんとも言えない不気味さに、心なしか安らぐところがあるのも不思議だ…

 

 宿主である僕と、力の主である黒い殺意さんとの親和性が単に高いだけだと思うけど…

 

 決してそれだけに思えないところもある…

 

 

 

 陽が照りつけるこの山の中で、兵藤一誠、今日も頑張ります!

 とりあえず目の前の目標は、ライザーと戦って勝利する。そして、部長をお守りする!

 

 って宣言したは良いものの、俺は木場を前に全く手も足も出ない。

 せめてもの武器として待たされた木刀は、容易く弾かれその辺に転がっている。

 

 木場お得意の生成された魔剣による斬撃じゃなくてよかったぜ。

 あれが魔剣だったら、今頃俺は木刀と同じように、ただの肉塊としてその辺に散らばってただろうな…

 

 流石に木場もそこまでのことをする外道じゃないけどな。

 俺はただ痛いだけで済んだ…

 

…いや、ちげーだろ、普通に痛えよ。なんだよアイツ。

 顔が良いだけじゃなくて、あんな剣捌きも、あんな高速移動もできんのかよ。

 ここに学園のあの女子たちがいたら、黄色い悲鳴が飛び交っただろうな。

 

 それにしても…

 

「…とま、反省点としてはこんな感じかな?ってイッセー君?」

 

「あん?」

 

「ちゃんと聞いてたかな?」

 

 やっべ…

 

「悪い木場…」

 

 俺は素直に謝罪した。

 こんな俺のためにわざわざ時間割いて稽古してくれたにも関わらず、この俺が何も聞いてないなんて、いくらあの木場でもブチギレしてもおかしくねえぞ。

 

「すまん」

 

「いや、大丈夫さ。それよりも君が心配だけどね」

 

「え?」

 

 すると木場はやんわりと微笑んだ。

 

「君がそこまで真剣な顔で悩んでたんだし…何かあったのかい?」

 

 言っていいのか?

 アイツの()()()に…

 

 

 

 裁定者は、ここ数日活動を活発化する禍威獣の対応に追われていた。

 とは言うものの、ただ闇雲に、自分が本当の姿を曝け出して戦うことは得策ではない。

 

(この世界の地球には不確定要素が多すぎる。多数潜む外来種に私という存在が大々的に知られて仕舞えば、今後の活動に大きく支障を及ぼす。

 それだけで済めばいいが、最悪の手段として()()を使用することになるのは私も避けたい。

 この世界での禍威獣、そして外来種の裁定、さらには…)

 

 裁定者は懐から3枚の遺跡の写真と、古いボロボロのモノクロフィルムを取り出した。

 

「『生きた絶滅現象』、『髑髏島の巨神』、そして『荒ぶる神の化身』…そしてこの…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『牧吾郎』と言う男…か…」

 

 まじまじと写真を見つめていると、彼の脳内にゾーフィの声が届く。

 

「なんだゾーフィ。つい先日定時連絡を終えたばかりだろう?」

 

『君が本来の任務を忘れるほど、教諭という職に没頭していたのも事実だ。私の方から直接テレパシーを送らなければ、今頃処罰は免れなかった」

 

 ゾーフィは先日、定時となってもテレパシーを送らなかった彼のため、自ら直接声をかけたのだ。

 

 裁定者である彼の行動を諌めるゾーフィだが、単にそれだけで態々テレパシーを送るのもおかしい話である。

 

「…こうして連絡を寄越したのも、何か光の国で動きがあったか?」

 

『我々の把握できていない世界はごまんとある。今回君の調査する悪魔や堕天使、その他の勢力も、興味深い存在ではあるが、それ以上に大きな危険性もある』

 

 裁定者は黙り込む。

 このゾーフィと言う男は星の掟に忠実である。

 

 光の国が、他の宇宙に甚大なる影響を及ぼしかねない存在と判断した時、その存在がいる宇宙ごと滅却する。

 

 それが彼らのやり方でもある。

 ただし、誤解してはいけないのは、ただ危険だからと言って、そう簡単に正義を執行するのではない。

 

 本当にその星が、どうしようもないほどの巨悪を生み出したのならやむを得ない。

 それを厳しく裁定するため、光の国の使者である裁定者が派遣されるのである。

 

 軽く彼ら裁定者の任務を紹介したが、ゾーフィよりテレパシーを通じて情報交換するこの裁定者は、内心かなり驚いている。

 

(ゾーフィが直接テレパシーを送って、私に光の国の意志を伝えるとは…)

 

 想定外の事態である。

 

 まさかと裁定者は思ったが、冥界や天界に赴いて調査したところで、()()を使うまでの者たちとは判断し難い。

 

「ゾーフィ、彼らはこの地球の人間たちに影響し、時として無造作にその命を刈り取る者はいるが、まだそこは容認できる範囲だ。彼らが地球そのものに影響し、我々が『干渉』と判断し、()()を使わせるほどの力は無いと思える」

 

 どうにかして、アレだけは使わせてはいけない。

 

『私もそう踏んでいる。危険性が皆無とは言えないが、現段階で実行するのはあまりにも早計だ。そうすれば、我々は『正義の執行者』から殺戮者として他宇宙の者たちから烙印を押されるだろう』

 

 現在、他の光の国の組織である宇宙警備隊、そして全宇宙の平和を維持しようとする宇宙正義の目もある。

 

「…光の国の意見はなんだ?」

 

 ゾーフィとの念話では何も見えなかった裁定者は本質に迫る。

 結局のところ、光の国はどうしたいのだ。

 

『その宇宙の星にその星を治める最強の存在、それこそ、その星の(キング)がいるのだろう?』

 

「ああ」

 

『最近君が任された国では…そうだな…前に赴いた先の言葉を借りるなら、禍威獣と呼ばれる大型生物が活発的になった。それはその星の王が関係していると考えられている』

 

「何が言いたい」

 

 僅かながらに、裁定者のその言葉のトーンが落ち、心なしか怒りを感じ取れる。

 

『君の報告に上がった外来種…彼らの存在が、地球に影響を及ぼさずとも、地球を支配する者、つまり王に刺激しているのではないのか?』

 

 ゾーフィからの問いに、裁定者は完全に否定できない。

 本人たちに悪意はなくとも、結果的にあの子に宿る力ある者を刺激していることに変わりない。

 

『その地球はまさに不安定で、僅かに傾くだけで崩壊するかもしれない状態だ。外来種によって崩されようとしている秩序を、禍威獣とその王が取り戻そうとすれば、必然的に根本である外来種排除に移るだろう。

 そうなれば戦いに巻き込まれるのは力のない人間たち…』

 

 ゾーフィの言葉に、裁定者は拳を握る。

 

『禍威獣たちの力は強大だ。特に君が先ほど挙げた3体、そしてそれらの息がふきかかったものもいるだろう。それこそ、我々の力に匹敵するほどの力を持つものたちだ。

 このままの状態はそう長く続かない。そしていざ禍威獣と外来種がぶつかれば、滅ぼされるのは外来種と、脆弱な人間たちだ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…リピアよ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…人間が好きになった君だ…私情に任せ、判断を誤った行動は取らないでくれ。私も、心というものを少しわかった。

 

 その星の生命…もちろん外来種である彼らの中にも良い感情を持つも者もいるだろう。

 

 そのような者たちを亡くすのは惜しい…無論、振り回され続ける人間の生命もだ…』

 

「…忠告感謝する」

 

 

 

 私は裁定者だ。

 そして、今の姿は地球と言う星で、最初に出会い、私の可能性を広げてくれた者の姿を借りている。

 

 あれから時は流れた。

 

 人の寿命は我々に比べればほんの一瞬だ。

 恐らく彼はもう生きていないだろう。

 

 異なる時間軸で、短い間だったが共に過ごした者たちとの生活はどれも新鮮だった。

 私にとって不足していたものを、彼らは与えてくれた。

 

 これも全て彼…神永新二がきっかけとなってくれたからだろう。

 私は彼に敬意を表し、この姿を借りることにした。

 今の私が、この星での活動する際最もしっくり来る姿である。

 

 私も彼のようになろう。

 

 私を受け入れてくれた彼のように。

 

 弱き者を危険を顧みず助ける彼のように。

 

「この星の生命を守り通し、今保たれている外来種との共存の状態を維持し続けよう…」

 

 だからせめて、今だけは刺激しないでくれ。

 私の懸念する力を宿した彼を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『荒ぶる神の化身』の子を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あっという間に、オカルト研究部の強化週間は過ぎてゆき、今彼らは旧校舎にある部室に集合していた。

 

「さあみんな、準備はいいかしら?」

 

 部長であるリアスの問いに、力強く応える眷属たちと協力者。

 満足そうに彼女は微笑むと、いざ決戦となるところへ向かう。

 

 魔法陣が展開され、旧校舎からは誰もいなくなってしまった。

 

 

 

 ギイィィ…

 

 

 

 誰もいなくなった部室に忍び込んだのは、なんと神永だった。

 

「行ってしまったか…」

 

 彼の呟きは瞬く間に、静寂の中へと消えていく。

 今は裁定者として、そして教師として彼らの無事を願うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回修行編を詳しく、そして戦闘に入っていきたいと思います!


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第17話 誰がため

今回長くなっておいて、ライザーの戦闘に入れませんでした…

自分に「バカヤロー!」って感じです。

すみません…今回も僕の稚拙な文章に付き合っていただけると幸いです…


 現在オカルト研究部は、ライザーとのレーティングゲームで勝利を収めるため、特訓場となるグレモリー家所有の別荘を訪れていた。

 

 一誠とアーシアは、悪魔でありながらその力を十分に使いこなせていない。

 

 アーシアの場合、彼女の聖女のような性格も合わさり、実質攻撃手段は皆無だが、神器の『聖母の微笑み(トワイライト・ヒーリング)』による回復は、彼らにとって大きな存在である。

 基本攻撃に重点を置き、どちらかと言うとパワープレイが多く見られるオカルト研究部は、アーシアの回復役がいれば、以前と違って前線の踏ん張りや場持ちが桁違いに伸びるだろう。

 

 だからこそ、アーシアは()()()()を回復できるよう、神器の繊細なコントールと維持を求められた。

 

「私、精一杯頑張ります!」

 

 両手で拳を作って力強く応える彼女は、いつもより頼もしく見えた。

 時折ドジを踏むも、努力家でもある彼女ならこれからの苦難を乗り越えられるだろう。

 

 

 

 問題は…

 

 

 

 俺は兵藤一誠だ。

 今、ライザーをぶっ飛ばすため、俺たちは部長が持つ別荘に来ていた。

 

 初めはその広さと、整った設備、そして素晴らしい眺めに少し浮かれていたところだが…

 

「イッセー、あなたはこの10日という短い期間でキッチリ強くなってもらうから、そのため他よりもハードになるわ。頑張ってちょうだい」

 

 部長は一人一人に特訓の内容を簡潔に伝えていき、俺のところに来ると真剣な眼差しと共に言葉を送ってきた。

 このメンツの中じゃ、戦闘の経験とかはもちろん、そもそも格闘技をかじってすらない俺は、早急に強くならなくちゃならない。

 

 どんな試練もどんと来い!

 

「それじゃあ…」

 

 部長は俺の時とはうって変わって、春雄の前に来るなり、申し訳なさそうに言葉を詰まらせた。

 

「遠慮はいりませんよ、部長。この前戦った怪物相手に死ななかったくらい、僕は防御力もパワーも生命力も高まってます。この際、イッセーたちと一緒に扱っても構いません」

 

「そう?本当にごめんなさいね…本来人間であるあなたは全くの無関係なのに…」

 

「ご心配はいりません。この部の関係者ですし、それに…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…僕は既に人間紛いの化け物ですから」

 

 

 

 俺は最初の特訓である、木場との模擬戦を終えたところだ。

 

 流石『騎士』の特性だけあって素早いし、あの剣捌きを前に、俺は完全に太刀打ちできなかった。

 お互い木刀を使った模擬戦だったが、やはり先頭の経験とか、剣の扱いとかの差は如実に現れるもんだな。

 

 俺は剣を使わないファイティングスタイルだが、剣を持つ相手の対応に慣れるためにも、いきなり実戦形式で戦いはした…

 

 

 

…果たして俺は強くなれんのか?

 

 

 

 俺はこの辛い現実を前に、この先に不安を抱えていくのか…

 

…不安と言えば、俺には気掛かりになることがもう一つ。

 それは春雄のことだった。

 

 初めに違和感に気付いたのは、部長の別荘に到着してすぐの時だった。

 日差しによる怠さはかなり改善されたとはいえ、訓練の一環として重い荷物を背負い込んで登るのはキツかった。

 

 何とか根性で山道を登り切った俺だったが、身体中から悲鳴があがり、すぐその場に倒れ込んでしまった。

 その時心配して声をかけてくれたのが、兄弟の春雄だったんだが、アイツの表情は瞬く間に変わっていった。

 

 焦点があっていない、まるで呆けているように、無気力、無感情になった顔をしたんだ。

 俺は荷物を下ろし、どこか虚なアイツを現実に引き戻そうと、少しばかり大きな声で呼んでみた。

 

『春雄?』

 

『…ごめんイッセー。考え事してた』

 

 コイツは気分屋で、感情が結構コロコロ変わる奴だった。

 今となってそれは始まったことじゃないから、そこは別にいい。

 

 部長が招集をかけたんで、俺はそっちに行こうと歩き始める。

 その時、春雄の方を一瞥すると、その時アイツは…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…笑っていやがった…

 

 そんなことを無意識のうちに考えるようになり、特訓にも些か集中できなくなっていた。

 木場との剣の打ち合いでも、一方的に俺がボコボコにされていたしな。

 

 まあそもそも勝てるとは思ってなかったけど。

 

「…とまあ…こんなことがあったんだが…」

 

 念のため木場に打ち明けたが、別に気分が軽くなることも、俺から不安が拭われることもない。

 

 以前俺たちオカ研部と、暴走した春雄との間で一触即発の状態になった。

 今は春雄と部のみんなの関係は良好になったものの、依然として危険性が高いこともあり、警戒色は薄まったが解かれることはない。

 

「…あの時のあいつの目は…」

 

 あの眼光を思い出すだけで、背筋が凍るような感覚に陥る。

 ライザーとの邂逅、フリードとの初戦闘、そして俺たちに向けた圧倒的殺意…

 

(俺の心配が杞憂に終わればいいが…)

 

 

 

 その後、朱乃さんから魔力の基礎をアーシアと共に学んだわけだが…微塵も魔力の才能を感じない自分に、心底失望しちまった…

 アーシアはメキメキと力をつけてきてるのに、俺はというと米粒程度のエネルギーの塊を作るだけが限界だった…

 

(突っ走ってばかりの俺は…強くなれんのか?)

 

 そして今、俺は子猫ちゃんと拳闘の特訓中で、地面を転がりまわってるけど…

 

(いい加減、俺も何かしなくちゃ…)

 

 戦闘も魔力も何一つ俺はできていないし、悪魔の活動でも全く貢献できていない。

 いつも後先考えず、勢いだけで突っ走ってばかりで、失敗することなんて日常茶飯事だ。

 

 今まで通りならそれでもよかったかもしれない。

 でも今、俺の立場からそうともいかねえ。

 

 悪魔として生き、死と隣り合わせの危険な状況に身を置くこともある。

 

 そんな中また考えなしに行動なんてしたら、俺の命にかかわるだけでなく、みんなに迷惑をかけちまう。

 

(木場が言っていたように、もっと周りを見ないとな…)

 

 このままじゃ、()()()()()()

 

 

 

 僕は兵藤春雄。

 なんか僕が寝ている間に話が進んで、身に覚えがない内に、ライザーさんという悪魔から反感を買ってしまっていた。

 

 部長とライザーさんは、「純粋な悪魔の血を絶やしたくない」と親同士の意向で、結婚が約束されていた。

 でも、自分自身の心に決めた人と結婚できないことに納得していない部長は、女遊びがすぎるライザーさんにあまりいい感情は持っていない。

 

 この結婚を破棄すべく、レーティングゲームでの勝敗で結婚を決めることに落ち着いたが…

 

「と、このようなことがあったのですわ」

 

 一通り特訓が終了し、みんなが一時休憩に入ったところで、僕は今回の詳細を聞いた。

 

 朱乃さんが話し合えると同時に、僕は無性に怒りを感じた。

 

 部長やライザーさんの親は、大戦を生き抜いた純粋悪魔の中でも、上級である「七十二柱」の種族の一つ。

 希少な純粋な血であり、そもそも悪魔の出生率の悪さもあって、親としてみれば血を絶やしたくないと思うかもしれない。

 

(結局、部長もライザーさんも、ただ利用されてるだけじゃ…)

 

 ここ最近抑え込んでいた黒い感情が昂る。

 ホント悪魔に碌な奴はいないのか…

 まぁライザーさんからしてみれば、新しく女が手に入ると喜びそうだが…

 

 とは言っても、親の立場がかなり特殊であるため、世間的に融通の効かないところはあるのだろう。

 恐らく親も、娘である部長に、好きな人と結婚してもらいたいはずだ。

 

 ただし、純粋な血が絶えようとしている悪魔社会において、政治に影響するほどの七十二柱の存続は看過できない問題。

 

(まぁ…冥界が転生悪魔だらけになるのはな…)

 

 情愛深いグレモリー家にとって、かなりの苦渋の決断だったに違いない。

 

 まさか情愛深いのは上部だけで、やはり悪魔、打算的な考えしかないのか。

 

「…春雄君?」

 

「なんでしょう?」

 

 不意に朱乃さんに呼ばれたのでそちらを向くと、何やら困惑しているような表情を浮かべる彼女がいた。

 どうしたんだろう…

 

「いえ…思い詰めた顔をしておりましたので…」

 

「あ、いえ…なんでもありません」

 

 なんでもないわけない。

 どちらにせよ、このゲームに勝たなくては、欲深い悪魔共に僕の力が大々的に知られ、利用されてしまうかもしれない。

 

 部長たちのような悪魔は恐らく少数…

 

 自分勝手で残虐な悪魔だったら…

 

「そんなの…死んでもごめんだ…」

 

 僕は拳を握りしめた。

 

 

 

 力には力しかない…

 

 

 

 そうか…もし悪魔や堕天使が楯突いてきたら、逃げる必要がないじゃないか…

 

 正面から向かってくる奴には、正面でぶつかり合う…そして…

 

「『殺すか』」

 

 

 

「「「「「「春雄(君)(さん)(先輩)!」」」」」」

 

 

 

 みんな一斉に僕の名前を呼んできた。

 どこか切羽詰まった表情…いや、何か「怯え」に近い感じがするかな。

 

「えーと…みんなどうした…んです…か?」

 

 僕はイマイチ状況を飲み込めない。

 疑問を投げてみるが、みんな冷や汗を流すだけで何も発さない。

 

 というより、言いたくても言い出せないという方が合ってるかな。

 

「春雄…」

 

「何?イッセー」

 

「お前…何を言って…何を…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…殺すんだ?」

 

 はあ?

 何を突拍子もないことを…って言おうとしたけど、この張り詰めたような空気感、みんなも同じなのだろう。

 

 なんで口走ったんだろう。

 

 わからない…

 

「ちょっと頭を冷やしてきます…」

 

 耐えきれない僕は、屋敷の外に出る。

 あの黒い感情…ドス黒い殺意を感じるのだが…

 

「なんで…あんな安心できるんだろう…」

 

 ゲームに勝つ以外何も変わらない。変えられない。

 僕はただ与えられた役割を果たすだけ…

 

 今はどうしようもできないこの状況に、抑え難い怒りをかんじてしまう。

 

 

 

 俺は剣術、そして拳闘は当然ながら期待できない。

 小さい頃から武術を嗜んでりゃ、今回のレーティングゲームも幾分かマシになっただろうが、戦いにはそれだけでは足りない。

 

 戦闘を積み重ねるたびに得られる「経験」と、相手を倒そうとする「覚悟」が必要だ。

 

 俺には我武者羅に突き進む覚悟はあれど、経験ばっかりはどうしようもない。

 

 ずっと何気ない平和な日常を送っていた俺に、全く必要なかったものが突然必要になってしまった。

 

 大昔の人間の全てに備わっていただろう「生への執念」。

 物で溢れ、楽に生きていた俺が、これを取り戻すために与えられた時間は10日間。

 

 あまりにも短すぎる…

 

 でもやるしかねぇ。

 

(部長のために…みんなのために…!)

 

 本来穏便に済ませられただろうあの時、ライザーの野郎と衝突にまで発展しそうになったのも、春雄がマークされてしまったのも、俺が先走って動いたからだ…

 

 

 

 頑張る

 

 

 

 言うだけなら簡単な言葉。

 無責任のようにも感じる言葉。

 一番弱い俺が、軽々しく言うもんじゃないのはわかってる。

 

「だったら俺は、死に物狂いで強くならなきゃな…」

 

 強くなる理由はもう一つ。

 

「春雄…お前はどうしちまったんだ…?」

 

 漠然とした不安、しかしそれはあまりにも大きいものだった。

 

 思考を巡らせながらも、俺は魔力を使って、夕食の材料であるじゃがいもと玉ねぎを皮をむく。

 

「イッセーさん…」

 

「…!なんだ、アーシア」

 

「これはちょっと…」

 

 困惑する彼女を見てやっと気づいた。

 あたりにはむかれた皮が散乱し、ボウルの中にはツヤのあるじゃがいもと玉ねぎたちが、満員電車の如く詰められていた。

 

 やりすぎた…

 

 

 

 じゃがいもと玉ねぎだらけの夕食を食べ終えた俺たちは、明日に備えて風呂に入ろうと準備を進める。

 

「イッセー」

 

「ん、なんだ春雄」

 

 どうしたんだ?

 これから風呂だってのに、何も持ってねえじゃねえか。

 

「ちょっと外の風に当たってくるから」

 

「おう、早く戻ってこいよ。部長たちがあがったら、次は俺たちだからな」

 

 

 結局俺と木場が風呂に入ってる間は来なかった。

 ちょうど風呂から出たところで、あいつはなぜかびしょ濡れな状態で帰ってきた。

 どうやら近くの池に入ったらしい。

 

 みんなが何があったか心配したが、

 

「わかりません…どうしてか入りたくなって…」

 

「入りたいって…いつから入ってた?」

 

「う〜ん…ここを出てすぐかな?」

 

 ボリボリと頭をかく春雄に、俺はもちろんみんなも衝撃を受けた。

 少なくとも30分くらいは水中にいたってことになる。

 

 春雄は慌てふためいて風呂場に直行する。

 俺はそんな春雄に対して、抱いてしまう疑念がデカくなるのを感じた。

 

 

 

 アイツが風呂に入ってる間、みんなでリビングルームに集まって話をすることになった。

 当然議題は…

 

「さて、イッセー。春雄の様子が今朝からおかしいと言っていたわね」

 

「はい…」

 

 アイツのことだった。

 

 

 俺は別荘に到着してからのこと、そしてさっき突然外出した時のことを話した。

 

「みんなも知ってると思うんですが…さっき春雄が呟いた…」

 

 あの場にいて耳にした者は全員、心臓を握りつぶされたかなような感覚になるほど、アイツの声には凄みがあった。

 

 今まで何度かあった、春雄の豹変。

 温厚で、どこか抜けているアイツからは想像もできないほど、ゾッとする声…

 

 そこにあったのは「底しれない殺意」と「尋常ならざる怒り」だった…

 

「たぶんすけど…アイツの中の力が、ライザーの戦意に刺激されたのかもしれません…そして、あの場に多くの悪魔が集まっていたことが、余計に不機嫌にさせたんでしょう…」

 

 アイツはたまに記憶が飛び飛びになる。

 恐らく我を失っている間、力の主が春雄の体の主導権を持っているんだろうな。

 

 だとしたら、力の主の意志が残ってる…?

 今まで見せてきた殺意が、春雄のものではなく力の主のものだったのなら…

 

「なるほど。その可能性はあるわね」

 

「そうですわね。春雄君自身は、もう私たちのことを認めてくれていたとしても、彼の神器(セイクリッド・ギア)のようなものが、冥界の者を拒めば…」

 

 おいおいマジかよ。

 アイツに宿った奴は、この地球の守護神かなんかか?

 だとしたら俺たち悪魔、他所モンがいるだけでご立腹じゃねえか。

 

「この星の守護神…あの桁外れな力といい、その可能性はあるかもね」

 

「…自然が好きとおっしゃってましたが、単に好きと言うわけではないようです。春雄先輩自身もよく理由がわからないと呟いていましたし」

 

「春雄さんは、神様なんでしょうか?」

 

 なんか俺もそんな気がしてきたな。

 一応赤龍帝の力を持ってるとはいえ、この前対峙した時は、アイツのオーラとかに圧倒されてたしな…

 

 あの戦い方とか、戦いへの心構えとか…

 

 

 

「『殺す』」

 

 

 

「『粛清』」

 

 

 

「『排除』」

 

 

 

…なんつーか、守護神って言うよりも、「破壊神」って感じだな。

 てか、そんな伝説的な存在なら、多少なりとも伝説とか絵巻とか、なんかあってもいいんじゃね?

 結局アイツの中にある力にはわからずじまいに終わったのだった。

 

 

 

「じゃあ部長、春雄は参加させない方がいいんじゃないすか?」

 

「それもそうね…戦力としてこれ以上にないほど頼もしいけど…この前みたいに暴走されてもね…」

 

 たぶん止められないことはないかもしれないけど、その時は本気でぶつからなくちゃならねぇ…

 

 仲間である春雄をこれ以上傷つけたくない。

 

 みんなそう思ってる。

 部長みたいな優しい悪魔が主人で、みんなみたいに思いやあのある悪魔が眷属で、ホント良かったぜ。

 

 あとは…アイツが素直に勝負事から降りてくれればいいんだけどな…

 

 

「アッハッハッ!みんなして心配しすぎでしょ」

 

 オカルト研究部男子が集まる寝室で、俺と木場は春雄のゲーム出場を控えてもらうよう、なんとか説得するが…

 

 コイツ、変に勝負事に関してマジだからな…

 

 まさしく「やる時はやる男」だが、やばい力を持っていることもあって、なんか洒落にならない気がする。

 

「僕が勝負にはうるさいのは、良く知ってるでしょ?」

 

 はい、確かにそうでしたね!

 だけどわかってくれ!もしお前が暴走したら、止められる奴は…

 

「イッセーに木場さん」

 

 春雄は雰囲気を変え、真っ直ぐな目で俺たちを見る。

 

「心配してくれてるのもわかる。僕だってこの力に不安を感じてる。でも暗い意識の中でも、イッセーや部長の声は聞こえてるんだ。

 だから力の主に言ったんだ。

 

 

 

『大切な人には手を出さないで』

 

 

 

 そしたら、力の主は僕の願いを聞いてくれた。

 だから安心したんだ。あの時誰も傷ついてなかったことに」

 

 そうか…

 力が暴走した時、これといって反撃してこなかったのも、春雄が力の主を説得していたからなのか。

 

 思えば、春雄が力を使った時って、特に力に振り回されてるようでもないからな。

 あのムートーとか言う黒い怪物相手に、正気を保ったまま戦えてたようだし。

 

 あまり俺たちが気にする必要はないのか…?

 

「イッセー。僕は戦うよ。みんなが僕のことを守るように、僕もみんなのことを守る」

 

 期待していいのか…

 いや、本人がここまで言うならそうさせておくか。

 

 それにアイツ自身の目も曇りのない真っ直ぐなものだったし。

 

 

 

 僕はずっと保身にはいって、戦いから逃げることばかり考えていた。

 部長の悪魔としての地位を利用して、家族や仲間を危険から遠ざけようとする…

 

…と言うのを口実に、僕が助かろうとすることばかりだった…

 

 悪魔や堕天使の冥界の荒事は、それこそ悪魔の仕事だろうと決めつけ、部長たちばかりに任せようとしていた。

 

「そんなものはただの『甘え』だ」

 

 僕は強く思い込み、「力」を呼び起こした。

 四肢は黒く染まった鎧のような皮膚に包まれ、同時に逞しく発達する。

 そして腰あたりからは、太く強靭な漆黒の尾が伸びる。

 

 武器はある。

 

 守れる力もある。

 

 必要なのは「覚悟」だ。

 

 

 

ー大切な者は自分自身で守れ。

 

 

 

ー我が道を行け。

 

 

 

 黒い主さんが、僕に教え諭すように、まるで父親のような威厳と優しさを持つ声で語りかける。

 

 そうだ。

 悪魔や堕天使、狙うのならこの僕だ。

 だったら僕が目障りな連中を薙ぎ払えばいい。

 

 家族やオカルト研究部のみんなが人質にとられそうなら、僕が守り通せばいい。

 

 自分で歩く道くらい、自分の力で切り開いてみせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。特訓2日目を迎えた。

 昨日は冥界のことを詳しく知ろうと、本を読み漁った程度だったが、今日から僕も本格的に実戦形式の特訓を行う。

 

 早い話、昨日イッセーが行っていた特訓に、僕も混ざることになっていた。

 

 そして今目の前には、木場さんの猛攻を食らってダウンするイッセーの姿があった。

 素人目でもわかるくらい、イッセーの剣は初心者丸出しだ。

 構えも、踏み込みも、振りも、全て力任せな感じが否めない。

 

 反対に木場さんは、流れるように次の技、次の技と繋げていく。

 圧倒的な剣技に加え、『騎士』の特性であるスピードを利用した速攻の威力も半端じゃない。

 

(僕の力の特性上、スピード勝負では完全に勝ち目はない…)

 

 だったら自分の強みを活かす他ない。

 

 

 

「じゃあ次に…春雄君」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

 初めてこんなことをするから、緊張で少し声が変に…

 これから戦いが始まるってのに…

 

「よろしくね。でもいいのかい?」

 

「うん!遠慮しないでいいよ!」

 

 だって僕、もはや人間じゃないからね。

 

 

 う〜ん…負けちゃった☆

 いやぁ、流石に剣を習っているのとそうでないのでは話にならないね!

 僕が仕掛ければあっという間に目の前からいなくなるし、あっちの攻撃は目にも留まらぬ速さだし…

 お陰で持ってきたジャージは早速ボロボロになっていた。

 

 これは…後で母さんに怒られるかも…

 

「あはは…ごめんね春雄君…」

 

「速すぎる…終始誰と戦ってるのかわからないよ…て言うか、イッセーの時より力入ってなかった?」

 

 時折食らう「突き」がそれなりに痛い。

 力のおかげで異常なほどタフになったけど、一発本気の攻撃を食らった時、その衝撃には驚かされたよ。

 

 完敗。チャンチャン。

 

 さ〜て、次は子猫さんと特訓か。

 それまで僕は時間あるし、また本でも読んでこよっかな?

 

「じゃあ木場さん、お疲れさんでした」

 

「…」

 

 あれ?応答がないな…

 

「あの…木場さん?」

 

「!ごめんね、春雄君。なんだい?」

 

「いえ…ただ挨拶を、と…」

 

「ああ…うん。お疲れ様」

 

 なんかぎこちないなぁ。

 疲れたのかな?

 まさか木場さんに限ってそんな…ね?

 

 とりあえず家の中にないろうと歩き始めた時、チラリと木場さんの方を見ると、何やら深く考え込む様子だった。

 

 

 

「…えい」

 

 子猫さんの、イマイチ感情のない、囁くような掛け声と共に打ち出されるパンチをもらい、僕は宙を舞った。

 

 え…エグくね?

 イッセー、こんなヤバいのとずっと特訓してたの?

 それじゃあ、あんなヘロヘロになるわけだ。

 

 感情の起伏がない、物静かなイメージがある彼女は、戦いでもやはり熱くなることはない。

 でも、あの小柄な体からは想像もつかないほどの力を持っており、イッセーと2人がかりで挑んでも、その体を地面に打ち付けることはできなかった。

 

 一応、僕にはあの力があって、子猫ちゃん以上のパワーを出せるかもしれないし、イッセーだってそれなりに力はある。

 

 じゃあなんで負けるのか。

 

 その答えは単純。

 僕たち、武術の心得も何もない、ただ我武者羅に考えなしに拳を振るってるだけだった。

 

 こんなのは、「戦い」とは言えない。

 

「…むぅ…春雄先輩、真面目にやってください…」

 

 あまりの不甲斐なさから、子猫さんが不貞腐れてしまった。

 いやいや、何もわからないとはいえ、僕は真剣そのもので挑んでるんですけど…

 

 その後もイッセーと仕掛けるが、身軽さを利用して避けられたり、時に柔術を使ってくるしで…

 特にダメージを与えられるわけでもなく、そのまま時間だけが過ぎていった。

 

 「本気」と書いて「マジ」に、やっても子猫さんの機嫌は直ることはなかった。

 

 

 

「「はぁ〜」」

 

 僕とイッセーは同時にため息をつく。

 

 部長に今日の夜ご飯当番を割り当てられたけど、僕たちは思うように手をつけられていない。

 

「なんか…不甲斐なかったね…」

 

「そうだな…一日で上達するとは流石に思ってねえが、こんなにできねえことに…軽く自分に失望したぜ…」

 

 また野菜を切る手が止まる。

 

 僕は力を持ちながらも特に何もできないことに、そしてイッセーは明らかにみんなから遅れをとっていることに焦っていた。

 

 果たしてゲームまで間に合うだろうか…?

 

「お二人とも、元気を出してください!まだ成果は出ていなくとも、これから力がついてきますから!」

 

 元気付けようとするアーシアは、魔力の才能に溢れ、メキメキと成長している。

 彼女のポテンシャルの高さから、回復役としてのスキルは申し分のないところまできた。

 彼女には素直に脱帽だ。

 

「だな…俺たちも頑張るか!」

 

「そうだね…」

 

「そうですよ!」

 

 こうして僕たちは再び料理に取り掛かった。

 途中、イッセーが魔力を使って野菜の皮を綺麗にむいていたのを見て、何か悪寒を感じたが、特に言及する気も起きない。

 

 それ以上に気になることが…

 

(イッセー…)

 

 バレバレだよ。

 空元気だってことは。

 

 

 

「そうだ春雄、お前もう食っちまったなら風呂にでも入ってこいよ」

 

 夕食のカレーを、みんなより一足先に食べ終えた僕に、イッセーが一番風呂を促してきた。

 特別断る理由はないけど…

 

「いいんですか?僕なんかが…」

 

 部長たちを差し置いて、ただの協力者が最初だなんて…

 煩わしさを抱いてしまう。

 

「良いのよ。食事の準備も最後までやってくれたし、今日の特訓も慣れないことばかりだったでしょ?お風呂でゆっくり疲れをとりなさい」

 

 部長はそう言ってくれたけど、みんなは…

 

「あらあら、私たちに気を遣わなくてもよろしいのですよ」

 

 そう…ですか。

 じゃあお風呂に入ってこよう。

 

 せっかくみんなが良いって言ってるんだこら、ここは素直にご好意に甘えておくとしよう。

 

 

 

…ガチャ…

 

 

 

 春雄が部屋を出たことで、今いるのは部長とその眷属だけになった。

 みんな食べ終わり、片付けも済ませ、あとは風呂の順番を待つだけとなった。

 

「イッセー、春雄はどれくらいお風呂に入るかしら?」

 

「う〜ん…そうっすね…大体30分くらいです」

 

 すると部長は頷いて、手を組んで考え込む。

 ほんの数分経ったところで、

 

「祐斗、子猫。今日春雄と特訓してみてどうだった?」

 

 部長の問いに、木場も子猫ちゃんも一拍置いて答えた。

 

「…戦闘経験がないとはいえ、春雄君の防御力とパワーは他と一線を画しています。正直、彼が少しでも戦闘術を知っていれば、僕に勝っていた可能性もあるくらいです…」

 

「…春雄先輩が私に一度も攻撃を当てられないのは流石におかしいです。あの黒い怪物を力だけで捩じ伏せたみたいに、まだまだ力を出せたはずです。

 本気で来てるのはわかるんですが、全力とは思えません…」

 

 確かに…

 俺は木場や子猫ちゃんの攻撃を受けて負傷したところはアーシアに癒してもらったが、アイツの場合、これといって怪我はしていなかった。

 

 別に二人が手加減したんじゃない。

 少なくとも俺も同じくらいの攻撃を受けてたし、そもそも手加減できるような相手でもない。

 

 悪魔である俺と、神に匹敵する力を持つ春雄を同時に相手取るなんて、手を抜いて対処しようものなら、逆にやられかねない。

 

「そう…今後もあの子を注意深く見ていく必要があるわね…」

 

 

「ふ〜…部長、先にお風呂いただきました。ザッとですが浴槽も洗っておいたので」

 

「あらそうなの?ありがとうね」

 

「いえ、これくらいして当然です」

 

 春雄が風呂から帰ってきたタイミングで話は終了。

 みんな春雄にさっきの話を悟られないよう、自然に接していた。

 

 アイツはプールや海、風呂が好きで、あがった後は機嫌がいい。

 なるべくその機嫌を損ねないよう、俺も切り替えないとな…

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

………

 

 

 

「くそっ!」

 

 数日が経過し、一向に強くなった実感がわかない俺は、自身の無力さへの苛立ちと、周りが確実にレベルアップし、置いてけぼりにされる焦りで、きがきでなくなっていた。

 

 ついつい八つ当たりの如く、石を殴りつけてしまった。

 

 心赴くまま、目一杯の力で殴った後の余韻に浸っていると、時間経過で痛みが増していき、自分を現実に引き起こしてくれた。

 

「ホント俺は…ダメダメだな…」

 

 今日まで生きて、これほど自分を恨んだことはない。

 

「何が…『頑張ります』だ…』

 

 口で言うのは容易い。

 

 特訓も残すところ3日となり、俺は今まで何をしてきたのかわからない。

 

 戦闘経験のない俺は、ただ拳を振り、ただ力を振り回してばかりで、あまりにも戦い方が稚拙であった。

 さらに俺は、ろくに転移もできなかったり、魔力弾を米粒程度の大きさにしかできなかったりと、魔力のセンスも致命的に欠けていた。

 

 はぁ…

 

 

 

 特訓の日も、残すところあと僅かとなった夜、僕は水でも飲もうかと起きた時、イッセーの姿がないことに気づいた。

 

 水を一口飲んで、数回深呼吸をする。

 清々しい気分となったが、やや眠気がとれてしまった。

 でも布団に入ればまた寝られるだろう。

 

「あれ…イッセー…?」

 

 部屋に戻ってきても、イッセーの姿はなかった。

 どこ行ったんだろう…

 

 気分転換で屋敷の中を散策するがてら、僕はイッセーを探していた。

 

 あの後少し待ってみたものの、イッセーが部屋に戻ってくることはなかったのだ。

 

 部長の手が行き届く家だから安全だとは思うけど、万が一のために。

 

 

 僕は今長い廊下を歩いている。

 窓から差し込む月明かりが、僅かに青く照らしていた。

 

 ふと僕は外を見る。

 粛然と青白く光る月が、動物も寝静まった静寂な森を見下ろしている。

 そんな中、風だけがその自然を駆け巡っていた。

 と言っても、ほんの微風のようなもので、草や木の枝を揺らす程度にすぎなかった。

 

 ザワザワ…と言うほど鬱陶しく感じない自然が作る音に、僕はまるで音楽でも聞かされているかのように、心が満たされていく。

 

「…!あれは…」

 

 テラスの方に人影が二つ。

 警戒しつつ、よくよく目を凝らしてみると、一人は赤い髪の女性と、もう一人は彼女に泣きつく男の姿。

 

「なんだ…部長とイッセーか…」

 

 僕は侵入者かと思ったが、見知った人たちであることを確認すると、警戒を解いて二人を見つめる…

 

…そう言えばイッセー…ここのところ伸び悩んでたんだっけ。

 

 ここのところ、自分の力に自信を持てないイッセーは、一人でいる僕のところにやって来ては相談してきた。

 側から見ると、イッセーも負けず劣らず力をつけてきてはいる。

 

 しかし…

 

「周りが周りだからなぁ…」

 

 揃いも揃ってグレモリー眷属は優秀だ。

 そこへ戦いも知らない、ちょっとエロい以外普通な男子高校生が入ったのだ。

 ただ神器を持っていただけで殺され、悪魔と言う理由で戦いに巻き込まれ…

 

 気後れしたり、焦ってしまうのもわかる…

 

(部長…イッセーのことを頼みます)

 

 部長もイッセーも大きな悩みや不安を抱えている者だ。

 今思ってることをお互いに打ち明けて、いい意味で吹っ切れてほしいかな。

 

 

「…あれ?春雄君…」

 

「ごめん…!起こしちゃった?」

 

「いや、大丈夫だけど…って、イッセー君は?」

 

「ああ…イッセーなら…大丈夫ですよ」

 

 さあイッセー、壁を乗り越える時だ!

 

 

 

 部長に思いの丈をぶつけた俺だったが…恥ずかしい…

 誰よりも辛いのは部長のはずなのに、何一丁前に悩んでんだよ!

 

『部長のことは、俺がなんとしても守ります!』

 

 とノリと勢いで宣言しちまったけど、今の俺にそれだけ力はあんのか?  

 

「イッセー!」

 

 ふと俺は春雄に呼ばれ、

 

「気張っていけ!」

 

「お、おう」

 

 思い切り肩を叩かれた。

 寝起きにはいい刺激にはなったし、激励も嬉しいが、流石に痛かったぞ?いや、マジで。

 

 

 特訓も残すところあと僅か。

 俺は今回から「赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)の使用が認められた。

 

「よし、じゃあイッセー君。行くよ!」

 

 最初の相手は木場。

 持ち前のスピードで一気に距離を詰めようとする。

 

 速攻か…だったら…

 

 俺はすぐ左手に魔力を集中させて、エネルギーの塊を作る。

 米粒程度の大きさには変わらないが、今の俺にはこの赤龍帝の力がある。

 

『Boost!』

 

 もっとだ…

 

『Boost!』

 

 もっとだ…!

 

『Boost!』

 

 もっとだ!

 

『Boost!』

 

 もっとだ!たりねぇ!

 

『Boost!』

 

 これじゃライザーを倒せねぇ!

 

『Boost!』

 

 これじゃ部長は守れねぇ!

 

『Boost!Boost!』

 

 これじゃ…春雄(アイツ)を超えられねぇ!

 

『Boost!Boost!』

 

 

 

「いっけぇぇぇえええ!!」

 

 気合を込め、ありったけの思いをのせて叫んでやった。

 せめて一撃くらいは!

 

 俺のエネルギー弾が発射されると、真っ直ぐ木場の方へと向かっていく。

 おお!今までにない力を感じるぜ!

 

「届けぇぇぇえええ!!」

 

 

……

 

………

 

 あたりには轟音が響いた。

 呆気に取られていた俺は、木場のはるか後方、山の方を見た。

 

「なっ…」

 

 思わず言葉を失った。

 真っ直ぐ飛んでいったエネルギー弾は、地表を抉りながら進み、山にぶつかると大爆発を起こしたのだ。

 

「ふぅ〜…間一髪だったよ…」

 

 汗を拭う気場が持つ剣は、粉々に砕けてしまった。

 

 思わず俺は自分の手を見る。

 

 これが…神をも殺すほどの力を持つとされている『神滅具(ロンギヌス)』…

 

「イッセー」

 

 部長が呆けてる俺に声をかける。

 きっとあのぶち壊した山の弁償だの、隠蔽だの…謝りようがねぇ…

 

 しかし、俺の予想に反して、部長は特に怒っている様子ではなく、穏やかに微笑んでくれていた。

 

「部長…」

 

「イッセー…今までのあなたは12回のブーストに体は耐えられなかった。でも今は」

 

 確かに…今までの俺は、ここまでの力を倍増させれば体はついてこられなかった。

 でも今、俺は途轍もなく疲れてるが、しっかりと二本足で立っている。

 

「イッセー…自信を持ちなさい。こんな頑張り屋さんな下僕なのだから」

 

 そうか…これが…

 俺は感極まって泣きたくなるのを堪えて、改めて部長に宣言する。

 

「部長、俺はまだまだ弱いまますけど、1日でも、1時間でも、1分でも、1秒でも強くなってみせます!」

 

 高らかに宣言した俺に、部長は最高の笑顔を見せてくれた。

 今までお互い悩みを抱えていたとは思えないほど、清々しいものだった。

 

 

 

「よくやったね、イッセー」

 

「お、春雄もサンキュー」

 

 僕とイッセーはグータッチを交わす。

 イッセーはやる時はやる男だ。

 

(結局イッセーは、克服して立ち直るんだから…)

 

 最初から僕は心配していなかった。

 今まで長く一緒に生活していたからわかったけど、イッセーはこう言う男なんだ。

 人より欠けている部分は、途方もない努力で近づき、補う。

 

 全く…エロさえなければ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…さて、あとは僕だ。

 

 

 迎えたライザーとのレーティングゲーム。

 今日までみんなは調整を終え、現在ゲーム開始をオカ研部の部室で待っているところだ。

 

 ちなみに僕は、子猫さんとの格闘、木場さんとの木刀を使った剣戟、部長と朱乃さんの魔力を同時に相手をする模擬戦、そしてイッセーとの戦い…

 

 正直、長い間一緒にいたイッセーだから、癖とかいろいろわかってるから、それなりに戦えたけど、他に関しては惨敗。

 

 いずれも本当の戦いだったら死んでいただろう。

 

 幸いダメージは受けていないものの、これでは………おや?

 

 

 

『ゲーム』

 

 

 

 あ、そうか。いくら結婚がかかってるとはいえ、所詮はゲーム。

 何を格闘やら剣にこだわる必要があったんだろう…

 

 僕の中に宿る力はそんな戦いはしない。

 試合なんかしない。

 

 常に生きるか死ぬかの瀬戸際で、明日のために争い続けた『王』。

 

 どう動くかはイメージがついた。

 なんだろう…

 黒い殺意が僕の中でとぐろを巻く。

 

 不思議と心地いい…早くゲーム始まらないかな…

 

 

 

 刻々と迫るゲーム開始時刻。

 緊張していた俺は、ふと春雄の方を見ると…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…笑みを浮かべた口から鋭い歯が垣間見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次こそは、ライザーと戦いを!

そしてそろそろ怪獣王たる戦いを書きたい!


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第18話 不完全燃焼

 怒るゴジラ…

 それ以上に恐ろしい存在は、この世界にはいないと思われます…



 俺は兵藤一誠。

 今俺たち、オカルト研究部は来たるレーティングゲームの開始時刻を待っている。

 

 レーティングゲームとは、簡単に言えば、部長と対戦相手のライザーが『王』として、俺たち眷属を指示して戦い、相手の大将を討ち取るさながらチェスのようなものだ。

 その駒が俺たち『兵士』、『騎士』、『僧侶』、『戦車』、『女王』であり、それぞれ与えられた特性を駆使して戦うのだが…

 

(あの時は勢いもあったからあれだが…冷静に考えりゃやべえ不利だな…)

 

 ルールに反しない限り、大抵のどんな攻撃でも許されるため、ものを言うのはやはり己の力と経験だ。

 力に関して、『赤龍帝の籠手』もあるわけだし、部長たち古参メンバーも戦闘経験も相まって滅茶苦茶強い。

 さらにこちらには、回復役を務めるアーシアがいる。

 パワーファイターや魔力による遠距離超高撃、近距離戦闘主体という、曲者揃いのメンバーの中で、彼女の存在はかなり大きい。

 彼女のおかげで持久戦に持ち込めることもできるようになったのだが…

 

(ライザーは既に経験者。戦績は8勝2敗…それもこの負けは、懇意にしている相手側を配慮したためのもの…実質無敗…)

 

 立ちはだかる壁は分厚く高い。

 若手悪魔の中でも、次の若い世代の優勝候補として名が上がるアイツの実力は認めざるを得ない。

 

(アイツらには強さもさながら、勝ち進んできただけの経験もある…)

 

 

 

 俺たちで勝てるのか?

 

 

 

 心の中で、弱気になってはいけないとわかっていつつも、不安は拭えない。

 俺の悪魔としてのレーティングゲーム、相手と言い、部長のことと言い、のしかかる荷の重さに震えが止まらねえ…

 

「イッセーさん…」

 

 俺の微かに震える手を誰かが優しく掴んでくれた。

 温かい…

 その美しく白い肌の手を辿っていくと、不安そうに瞳を揺らすアーシアの表情があった。

 

(そうだよな…アーシアだって…)

 

 アーシアにはこれといって攻撃手段はない。

 神器を使って仲間を助けることが彼女の役割である。

 つまりそれは、自分は前線に立って戦うことができない、ということを表す。

 危険な戦地の真ん中に仲間がいる間、貴重な回復役であるアーシアは早々にリタイアできないため、比較的安全なところで待機する必要がある。

 

 彼女だって戦いたいはずだ。

 仲間が危険なところで戦ってるのに、自分だけ待機なんて…

 

「アーシア…」

 

 俺はそっと彼女の頭を撫で、そのまま優しく抱擁した。

 アーシアの気持ちは痛いほどわかる。

 俺だって戦えず、黙って待ってろなんて、とてもじゃねえが無理だ。

 悔しすぎる…

 

「アーシア…心配すんな。俺たちは負けねえよ」

 

 

 それなりにアーシアは落ち着いたものの、俺の手を握っていないとダメらしい。

 こんなこと、こんな状況で思うのはどうかと思うが、ホントに可愛い。

 今の俺は、妹に頼られるお兄ちゃん的な感じだ…

 

 

 

…悪くない。

 おかげで俺も心の余裕ができたぜ。

 

 一つ息を深く吐いて、部員たちを観察してみよう。

 

 まずは子猫ちゃん。

 相変わらず感情の読めない顔だ。

 そんな彼女は手のひら部分に猫の肉球のデザインが施されたグローブをはめ、指の開閉をし、つけ心地を確認している。

 

 そして木場。

 相変わらずイケメンで憎い顔だ。

 騎士として、アイツの顔に「焦り」とか「動揺」はない。落ち着いた様子で魔剣の手入れをしていた。

 

 続いて部長と朱乃さん。

 二人並んでお茶をする姿は絵になる。

 この状況でも優雅に紅茶を飲み、リラックスできるのは流石年長者。

 俺たち後輩の鏡として引っ張ってくれる2大お嬢様は本日もたいへん美しい。

 

 やはり古参メンバーは戦闘慣れしてるだけあって、俺やアーシアのように緊張している様子はない。

 いや、きっと緊張してるだろうけど、それを顔に出してはいない。

 今更どうこう言わず、己の力を信じ、戦闘前のこの短くも長くも感じる待ち時間を有意義に使っていた。

 

 俺は素直にカッコいいと思った。

 

 

 では、俺と同じ戦闘初心者のコイツ(春雄)はどうだろうか。

 

 特訓の時、アイツの中に眠る力を少しだけ見た。

 ハッキリ言って、あれは異常だ。

 

 戦闘スキルのない春雄は、特訓相手になった木場や子猫ちゃん、そして朱乃さんに勝つことはできなかった。

 だが同時に、俺のように完全に手も足も出ないで負けたわけではなかった。

 むしろ手も足も出なかったのは木場たちだった。

 

 武術の心得がない春雄は、攻撃を躱して捌くなんて芸はできない。

 

 だがそうする必要もなかった。

 アイツの中に眠る力が、春雄の身体能力を底上げしていた。

 どれだけ攻撃を食らおうとも倒れることのない屈強かつタフな体、一撃必殺クラスの獣のような型のないデタラメな攻撃…

 躱された拳は岩に直撃すると同時にそれを砕き、避けられた踏みつけ攻撃はそのまま地面を割った。

 

 その力には俺たち全員は冷や汗が止まらなかった。

 訓練とはいえ、あんなのが直撃したらタダでは済まねぇ…

 そしてそんな攻撃を一切躊躇わずに繰り出してきたアイツに、胸騒ぎが収まることはなかった…

 

 その後も特訓はしたが、アイツの力と剣術、拳闘術などあらゆる格闘技との相性は悪かった。

 近距離戦に特化した力であるはずだが…

 なぜ…?

 

 他の追随を許さないほどの圧倒的な力を持ちながら、俺以上に()()()()()がなく、実力を思う存分発揮できずこの日を、この時を迎えてしまった。

 きっと…俺やアーシア以上に緊張して…

 

「クックックッ…ワクワクが止まらない…なんだこの気持ち…今までにないくらい楽しい気分だ!」

 

 そんなことはなかった。

 これから起こる戦いに嬉々と、その時を今か今かと待ち望んでいた。

 「フンス」と鼻息を強く吐き、発現させた真っ黒の尻尾はバンバンと地面を叩いていた。

 

 兵藤春雄は勝負事になると変わってしまう奴だ。

 

 

 

 その時は唐突に訪れた。

 皆それぞれのことに集中していたあまり、そう感じただけであって、実際は定刻通りだった。

 

 グレイフィアさん…だっけ…

 話を聞いていたぐらいの認識だけど、イッセーが言うには眉目秀麗、クールな大人の美女らしい。

 頗るどうでもいい情報だけど、彼女が審判を担ってくれるそうだ。

 

 まあ、まさか相手に贔屓するようなことはないと思うけど…

 

 などと思ってると、転送魔法陣が床に現れた。

 いよいよだ!

 あれだけ争いが嫌いだったのに、今は早く暴れたくてしょうがない気分だ!

 

「みんな、準備はいいかしら?あまり張り切ってボロを出さないようにお願いね」

 

『はい、部長!』

 

「特に春雄、いいわね?」

 

「え?あ、はい」

 

 いかんいかん…

 まだゲームは始まってない。

 ここは冷静に。冷静に。

 思えば…悪魔にもなってない僕が、魔法陣で転送されるってかなり貴重な体験じゃん。

 

 なりたくてもなれない…いや、そもそも悪魔になってしまうことは僕にとって、僕の中の力にとって禁忌であったんだ。

 

(別に…悪魔になれなかったからって、それがどうしたんだ?)

 

 特にこれまでの生活とあまり変わらないし、無理してなる必要もなかった。

 今後とも部長のサポートがあれば僕もそれなりに安心して暮らせるし、そのためならどんなことにも協力すると契約した。

 

 部長及びグレモリー眷属との契約…

 それは、悪魔の活動に僕の力を貸すという協力を見返りとして、僕を守ってもらうということだ。

 分類上はただの人間の僕が、いつ堕天使や悪魔の毒牙にかかるかわからない。

 

 まあお互い守り合えばいいというわけさ。

 

 今回僕は、部長の夢を守る必要がある。

 やってやる。

 相手が例えどんな奴だろうと、楯突く奴は蹂躙する。

 倒せないのなら、力の差を見せて屈服させればいい。

 僕は意地でも立ってやるさ。

 

「ふ…『かかってこいよ…たかだかコウモリ風情が…』」

 

 

 間もなく転送されると言う時、部室の扉からとある人の気配…

 いや、明確には()()()()()な…

 うまく誤魔化せてる。人間に溶け込む悪魔や堕天使はすぐわかるが、この扉の向こうにいる存在は恐らく強力な存在。

 部長たちは気づいてないようだけど、まぁ敵意は全く感じられないから大丈夫だろう…

 

(あの気配…僕がよく知ってるものだった…まるで…)

 

 まさかな…

 こんなところにいるはずがない。

 

 これまでに何度もオカルト研究部と接触を果たし、冥界や天界の動向をいち早く察知しては迅速に解決する提案を持ち出すキレ者…

 

 部長や朱乃さんが言うには、途方もない聖なる『光』で満ち溢れているそうだ…

 

(今回のゲームのことでも察知してここに来たのかな…)

 

 それだけで?

 何のために?

 

 だがそんな疑問は甚だどうでも良い。

 なんで僕がよく知る気配が…?

 

(どうして『裁定者』の気配があなたなんですか…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…神永先生…)

 

 

 

 

……

 

 

 

………

 

 僕は誰かに呼ばれ、意識を現実に戻されると、こちらを不思議そうに覗くイッセーと目があった。

 

「あれ…イッセー?」

 

「おいおい…しっかりしろよ。これから戦いが始まるんだぜ?」

 

「え…?でもここ部室のままだよ…?」

 

 するとイッセーは呆れたようにため息をつき、部長はやや怒り気味、他の眷属のみんなは苦笑いをしていた。

 

 その後僕にイッセーが教えてくれたんのだが、どうやらここは既に現実世界ではない、ゲーム専用の仮想空間のようなものになったらしい。

 かなり緻密に再現された机やソファ、そしてオカルトに関わる本、いつも朱乃さんが用意するお茶や子猫さんのお菓子のストック、さらにはイッセーがこっそり隠してあったエロ本までもが置かれていた。

 

「なんでバレてるの〜!?」

 

「いや、流石にこれだけ長く居れば、イッセーの考えることくらいわかるさ」

 

 僕に盛大に秘密をバラされ、心底居心地が悪そうにしているイッセーをほっとき、ふと窓の外の景色に目を向ける。

 

「…確かに…ここが僕のいたところじゃなくなったのはわかった…」

 

 考え事をしていたせいで、貴重な転移の瞬間を見逃してしまったが…

 

 それにしても…

 

 いつも僕に呼びかけるように、風に靡いて騒めく草木の音はなく、そもそもその草木からは一切正気を感じない。

 土壌も見た目だけは酷似しているが、死んでいる。

 死んで静まり返った学校の林を照らすのは、不気味な紫色の空に浮かぶ、恐ろしく大きくて美しい月だ。

 

 正気の感じられない林は、これ以上にないまで寂しく辛い。

 

 早く終わらせよう。

 

 こんなところ、真平ごめんだね。

 

 

 作戦会議終了後、僕はすぐ本拠地である旧校舎を飛び出し、正気のない林に身を潜める。

 そしてそっと目を閉じ、自分の周りの情報に耳を傾けた。

 

「朱乃さん、敵がそちらに気づいている節があります。気配は3匹です。が、そこまで強くはないですね。格下です」

 

『あらあら、そうですか。結界構築を急ぎますわ』

 

「木場さん、敵が3匹食いつきました。そのままの速度と方角を維持して朱乃さんの作った結界に誘い込んでください。間もなく終わるはずですから」

 

『わかったよ。ありがとう』

 

「子猫さん、体育館に向かった4匹は?」

 

『…動きはない…です…』

 

「了解、あと旧校舎側の林には誰もいない?」

 

『…そちらに動こうとする者の気配はありません…むぅ』

 

 よし、順調だね。

 なんか子猫さんのご機嫌が斜めだけど…

 ま、いいか。

 相手側の動きが筒抜けだぜ。

 

 

 す、すげえ…春雄ってあんなことできたんだな…

 

 今俺は部長の指示が出されるまで、アーシアと一緒に部室で待機しています!

 それも、部長に膝枕してもらっちゃったり〜!

 いやぁ、この状態で天井を見上げようとすると、エベレスト級のおっぱいマウンテンが二つ。

 

 眼福眼ぷ…って、イダダダダダッ!?

 俺の頬を鋭い痛みが襲った。

 

「もう、イッセーさん!?みなさん頑張ってるんですよ!?」

 

 俺の頬をつまんでいるのはアーシアだ。

 そんな彼女は赤くした頬を膨らませてぷりぷりと怒っている。

 うんうん、嫉妬して怒ってる感じ、めちゃめちゃかわいい!

 

 じゃなくて!

 危うく何を話すのか忘れちまうところだったぜ。

 

 部長にも十分勇気を与えられたはずだから、俺はそっと立ち上がり、まだ興奮で冷めやらない俺の気持ちを落ち着かせるため、深く深呼吸をした。

 

「部長、春雄のあの力って…」

 

 すると部長はかなり神妙な顔つきになり、アーシアも気を引き締めて話を聞いていた。

 

「以前、アーシアを助けるためレイナーレをぶっ飛ばそうと教会に行った時、アイツはアレに近いことをしていました。でも、その時言ってたんですが…」

 

「『自然が教えてくれた』…でしょ?」

 

 部長の問いに俺は頷く。

 すると部長は、まるで恐ろしいものを見たかのように、力の差を歴然と見せつけられたかのように話すのだった。

 

 春雄に宿った力は未だ謎が多い。

 宿主の力と質量を途方もなく増幅させ、圧倒的な破壊力と防御量を生み出せるようになる他、生命力や治癒力も強化することがわかった。

 

 さらに、春雄が無性に自然が好きで、アイツ自身、「自然に好かれている」とも言っていた。

 初めは戯言かと思ったが、アイツの通った土壌からは草が芽生え、虫や野生動物が臆することなく近寄っては、みんな落ち着いた様子で休んだり眠ったりする。

 

 これがアイツに宿った力によるものなら…

 

(マジでアイツ…地球の神様的な存在が宿ったんじゃねえのか?)

 

 そうとしか思えねえだろ…

 つまりアイツには「破壊と再生」の力があるってことだ…

 

 もはや自然そのもの…

 早速宿った存在が果たして生物のカテゴリーに収まり切れるのか、甚だ疑問だな…

 なんでこれだけ力があって魔力は一切検出されねえんだよ…

 

 まあアイツには、自然と密接に関われる力があるわけだ。

 ひょっとすれば、完全に力を使いこなせた時、自然を操ることさえできそうだな…

 まぁそんな時、あまり来て欲しくはねえな。

 

 何か嫌な予感がする。

 アイツか遠くに行ったきり帰って来なそうな…

 

「では部長さん…この空間は私たちが元いた世界を再現した仮の空間なんですよね?」

 

「そうね、アーシア」

 

「では、自然を読み取って周囲から情報を得る春雄さんの力は、ここでは…」

 

「発揮されるさ」

 

 アーシアが言い終わる前に俺が割り込む。

 部長、あなたが感じた『恐ろしさ』…俺もよく理解できましたよ…

 恐らく木場たちも冷や汗かいてるはずだぜ…

 

 春雄…お前は一体………

 

 

 僕は再び耳を傾ける。

 そうすると、この現実世界から隔絶された空間で、誰がどう動いているのか、見えてもないのに鮮明な映像が脳に送られる。

 

 

「そうよ…イッセー…アーシア…」

 

 

 敵勢力16匹…あまり動かなくなったな…

 ポジションが決まったか?

 たぶん体育館の4匹、木場に釣られた3匹はただの使い捨て…

 

 

「これだけ()()()()()ところで…」

 

 

 ライザーは不死鳥の如く、不死身…

 自分に近づく敵の駒を、自分の駒と相打ちさせれば、あとは『王』としての一騎討ち…

 死なないライザーの完全な独壇場…

 道理でレーティングゲームの基礎的な戦い方が意味をなさないわけだ…

 

 まぁそちらの動きが完全に割れてればどうかな?

 

 

「私たち悪魔の気配を探知するなんてこと造作もないなよ…だって…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「違和感しかない(のよ)」」

 

 

 

 ホント春雄、お前は規格外だな…

 なんか俺の神滅具の『赤龍帝の籠手』が霞んでしまうな…

 

 俺は次々と襲い掛かる不安感に、呆然と歪んだ空を見上げる。

 

「イッセー先輩、行きますよ?」

 

 子猫ちゃんが俺に声をかけてくる。

 いかんな…集中しろイッセー!

 

 俺は自分の両頬を引っ叩き、気を引き締める。

 それでも拭えぬ不安はある。

 

(今日…部長のお兄さんである魔王様や、上級悪魔の方々が見に来てるんだよな…)

 

 第一作戦段階の舞台、体育館に入る直前、俺は今でも状況を見極めている兄弟の方を見る。

 

「春雄…」

 

 

 上級悪魔観戦中…

 

「うむ…流石ライザー…やはり手を打つのが早いな」

 

「フェニックスの力を最大限生かし、レーティングゲームの戦いの型に収まらない駒の配置…いやはや恐れ入る」

 

「グレモリーの娘の方は…結界で守りを固めたと見た…」

 

「あのライザーのことを考えれば、いい策とは思えんな…」

 

 それぞれのチームの動きだしを見て、早速評価を下していた。

 経験者であるライザーの型破りな戦い方にはそれなりに好評だった。

 駒を失えば失うほど不利となるレーティングゲームで、ライザーは圧倒的な回復能力を生かすため、あえて駒を乱雑に使い、相手の戦力を軒並み削ることだけを考えた策をとる。

 そして後半になるにつれ相手戦力は疲弊するが、ライザーはフェニックスの不死の力で何度でも蘇る。

 疲労が溜まり続ける相手は、倒しきれない、殺さない相手に精神を削られ、大人しくやられてしまうか、投了(resign)する以外の選択肢は無くなってしまう。

 

 そのライザー相手に、リアスはレーティングゲームの基本に則った配置を始める。

 駒の数や経験で圧倒的に不利であり、相手があのライザーなのだが、普遍的な戦略を立てていることに、上級悪魔たちは期待はずれと言ったところだ。

 

 だが、この戦いを観戦している者の中にもキレ者はいる。

 殆どが『赤龍帝』の力を持つイッセー、フェニックスであるライザー、魔王の娘であるリアスなど、話題性のある者ばかりを見つめているが…

 

 例えば、リアスの実の兄である魔王ルシファーは…

 

「…ふ…既に戦局は一人の男の手に掌握されているようだな…」

 

 たった一人、林の中で気配を殺し、身を潜めている男を見ていた。

 

 そして、リアスの従兄弟にあたる屈強な男は…

 

「ほぅ…上級悪魔にすら感知されないほどの気配遮断スキル…それでいて他を寄せ付けない桁違いのパワーを感じるな…」

 

 楽しそうであった。

 その目は、思わぬ強敵をお目にかかれたことに歓喜しているものだった。

 

「リアスは本当におもしろい連中を味方につけたものだ…そして何より…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…恐ろしい男をな…」

 

 

「部長、作戦はハマりましたか?」

 

『ええ。あなたのおかげね』

 

 開始からおよそ30分が経過し、お互い出方を探っていた状況から、部長が派手に動きだした。

 て言うかイッセー、雀の涙ほどの魔力をなんてことに使ってるんだよ。

 

 訓練週間の時のあの野菜の皮剥き、やっぱりそういうことだったか!

 イッセーの成長に感動すると同時に、酷く蔑みの気持ちも芽生えた。

 今はとりあえず自分のことに集中しますか。

 

『予定通り重要ポイントとなる体育館は、ライザーの眷属ごと吹き飛ばしてあげたわ』

 

「承知。木場さんの方でも戦いが行われています。イッセーと子猫さん、朱乃さんの方に一人…この気配はかなりの実力者…恐らく敵の『女王』ですね」

 

『そう。ありがとう。3人にはこのことを伝えて警戒にあたらせておくわ』

 

 僕は違和感しかないフィールドで、相手の気配を探る。

 手に取るように相手がどう動くかわかる。

 

 なぜここまで読み取れるか?

 真っ白な無の空間、すなわちこのフィールドで、黒い異物、すなわち僕たちゲームをする者がどこにいるかなんて、探し出せない方が難しい。

 

 これといって特別な術ではないけど。

 子猫さんのようなあの変な術…いや、こんなこと言ったらまた怒られちゃう。でも僕にはなんだろ、本能で感じ取れるようになってるのかな。

 

 さて、部長はどう動くのかな…

 

 うん…無事敵の『女王』の奇襲を凌いだようだね。

 とは言え、完璧に把握しているのは僕だけで、イッセーたちには敵がそちらに行くという趣旨しか伝えていない。

 

(凌いだものの、子猫さんは負傷したか…)

 

 パワーと防御が売りの子猫が負傷、まともに戦えるのはイッセーと朱乃さんだけ…

 

『子猫、あなたは一度下がってアーシアに回復してもらいなさい。朱乃とイッセーは子猫が戻るまで『女王』の相手を』

 

 え!?

 木場さんの援護は?

 いくら実力があると言え、前線に一人だけではあの数相手では捌ききれない。

 

『春雄、祐斗の援護に行けるかしら?』

 

 ここで僕が?

 はっきり言って、木場さんとの相性はそこまで良くない。

 と言うか、部長の眷属で相性がいいと言ったら…強いて言うなら朱乃さんくらいだ。

 

 僕の最大の武器は防御力とタフネスさだ。

 つまり倒れない壁役と思えばいい。

 となると、近距離主体かつ、スピーディーに動き回る木場さん、タイプが似通っているイッセーや子猫さんと組んでもお互い強みを活かせない。

 

 では朱乃さんの守りに入るか?

 それは賢明な判断ではない。

 今『女王』の戦いのフィールドは空中、そこで魔力の撃ち合いをしている。

 飛べない僕が出張ったところで何もできない。

 

 それに、僕の存在が割れてしまえば、後半の奇襲ができなくなる。

 

 このことを部長だけでなく眷属全員に伝える。

 

『じゃあ他にどうするの!?』

 

 なんだ…部長の焦りが尋常ではない…

 そう言えば、グレモリー家はもとより「情愛」の悪魔…まさか…

 

 

「まず子猫さんは回復のために撤退させず、そのまま朱乃さんと共に行動させておきましょう」

 

 この際、『女王』の相討ちになれば万々歳だな。

 相手があのフェニックスなら、眷属にも何かしているに違いない。

 

 だからこそ、子猫さんを使って敵の『女王』を削り、朱乃さんには万全な状態のままでいてもらいたい。

 

『つまり…子猫ちゃんを囮に使うってことか!?』

 

「そうだ。それでイッセーが木場さんの援護に向かえばいい」

 

『お前が木場のところに行けばいいじゃねえか!』

 

「さっきの作戦であった通り、僕のステータスは相手にとって未知数だ。さらに悪魔でもないから相手は、僕相手に慎重にならざるを得ない。

 奇襲を仕掛けて駒を削るには、後半、僕が敵地の真ん中に立って相手眷属を誘導、そして餌に釣られた敵を、イッセーたちが倒すんだ。そのために、朱乃さんに魔力を残したままにしておきたい」

 

 そして『王』との戦いの前に、アーシアさんの神器で回復してもらい、ベストなコンディションで決戦に臨む。

 

『そんな…だから子猫ちゃんを…』

 

「ああ。アーシアさんに回復してもらっている間、イッセーも朱乃さんも()()に疲弊するし、その間木場さんと僕が相手の眷属を相手にするなんてことはできない。

 僕には飛ぶ翼がない。相手がそれにいち早く気付いてしまえば、僕に構う必要がなくなり、木場さんに重点的に攻撃してくるだろう。

 そうなると、僕は彼を助けられない。

 であれば、ここはリタイアになる前に子猫さんに働いてもらいましょう」

 

 僕は、作戦通りに動くべきという姿勢を崩さない。

 子猫さんには酷かもしれないけど…すまん…

 

 

『それはできないわ!』

 

 返ってきた返答は驚くべきもの。

 部長はなんとしても子猫さんという駒を助けたいらしい。

 それは朱乃さんやイッセー、アーシアも同じだ。

 

 だがそれでは、先ほど言ったことが起きてしまうと警告するが…

 

『子猫は大切な仲間よ!そんな酷いことできないわ!』

 

「仲間だからとか私情を挟んでる場合ですか!?」

 

『子猫ちゃんをそんな無下に扱うことはできませんわ…あれだけ頑張った者に、そんな仕打ちなんて…』

 

『そうだぜ!子猫ちゃんを見捨てるなんてできねえ!』

 

『そんなの…酷すぎます…』

 

 

 僕の懸念が当たってしまった…

 

 仲間思いすぎるが故、戦いではそれが大きく仇として出てしまい、冷静な判断がつかなくなり、勝てる算段を捨て、つい無駄な方へと奔走してしまう。

 

 くそっ!

 

「部長!イッセーを木場のところへ向かわせてください!相性を考えればそれが一番いいです!」

 

 そして僕は、無性な苛立ちに反応し、昂ってくる黒い殺意をなんとか押し退け、朱乃さんのところへ走る。

 

 

『リアス・グレモリー様の『戦車』一名、再起不能(リタイア)

 

 僕が到着した頃、子猫さんは敵の『女王』によって倒された。

 負傷した者をみすみす逃すほど、相手も馬鹿ではないということだ。

 

 そして朱乃さんはやや疲れていた。

 恐らく子猫さんを守りながら敵の女王と戦ったのだろう。

 

 今はまだ大丈夫だが、この感じ、長く保たないな。

 敵の女王は僕が到着してもなお、その余裕な感じは崩していない。

 

「朱乃さん!僕は子猫さんより丈夫なんで、気にせず戦ってください!」

 

「そんなこと…できませんわ!これ以上仲間を失うわけにはいきませんもの!」

 

 馬鹿野郎!と叫んでしまうところだった。

 さっきも言った通り、ここは既に戦場なのだ。

 

 本当に僕は優しい方たちの元に保護されたらしい。

 仲間を本気で心配し、仲間のために全力で敵討ちをしようとしている。

 思えば、僕を出しに使った奇襲の案は、あまりいい顔をされなかったな。

 

 だが、そんな感情を抱いて臨めるほど、戦場は甘くない。

 もっと言えば、これはゲーム。

 悪魔となれば、勢力争いで本当の殺し合いをしなければならない時も来るかもしれない。

 

(こんなの…あのムートーとか言う怪物との戦いに比べればただの遊戯だな…)

 

 

 戦局は大きく相手に傾いてしまい、そろそろ我慢の限界だった。

 何のために作戦を立てた?

 本当に勝ちたいのか?

 疑いたいところがありすぎる。

 

 イッセー、お前は部長を本気で助けようと思ったんだよな。

 何を血迷ってか、木場と同様にゾーン状態に突入し、冷静さを悉く欠いてしまっている。

 あの時、部長の前で流した涙はなんなんだ!

 

「くそっ!イッセー、木場、立て直せ!あまり深入りするな!」

 

 ついつい声を荒げ、再三の警告を促すが、

 

『大丈夫だって!心配すんな!』

 

『問題ないさ!それに、騎士としてこんな戦いができる日を待っていた!』

 

 そう言って、完全に切られた。

 こっちからはもう通じない。

 

 すると更に最悪なことが…

 

『春雄、今からアーシアと共にライザーと決着をつけに行くわ』

 

「はぁ?それって1対1ですか?」

 

 なんでも、ライザーから「サシで戦おう」と言う挑発を受けたそうだ。

 部長の性格から確実に乗ってくると踏んだライザーは今、後者の屋根の上で堂々と佇んでいる。

 

「ダメです、部長!イッセーたち眷属と向かうべきです!」

 

『確かにそうかもしれないけど、王としてのプライドがあるわ。それに…ライザーから挑んでくるなんて、願ってもない好都合だわ!』

 

 どうやら部長はわかってないらしい。

 サシ…誰にも邪魔されず戦える点で熱い展開と思われるが、現在の実力ではライザーを倒せない。

 それをわかってるはずなのに、プライドを優先させてしまった。

 

「部長!部長!チッ…」

 

 これで3人目。

 なぜ効率を優先しない?

 ここで勝たなければ、部長はライザーと婚約し、僕たち眷属はどうなるかわからないのだぞ?

 いや、女性陣は見た目の美しさなら群を抜いている。

 ライザーが彼女らを引き取って、恐らく弄ぶ玩具にされてしまうだろう。

 

 木場やイッセーも能力的に欲しい者は多いはず。

 

 ならば僕は?

 

 人間である僕に、付け入ろうとする輩は悪魔だけに及ばないはずだ。

 機会を伺っている堕天使の目もある。

 

「安心なさい。そちらの『王』がライザー様の元へ行くのは邪魔しませんから…」

 

 朱乃さんと戦っている『女王』は、僕の心の内でも読んでるかのように囁く。

 ここで僕は気付く。

 

「なぜ…ダメージが…」

 

 一度、朱乃さんによってボロボロにされて吹き飛ばされた彼女は、なぜか全くの無傷な状態になっていた。

 すると、魔力を使い果たしたのか、フラフラと安定しない飛行をし、肩で息をする朱乃さんが教えてくれた。

 

「彼女は…『フェニックスの涙』を…使いましたわ…」

 

 フェニックスの涙…あらゆる傷を治すことのできる優れもの。

 その程度の認識だったが、いざ見てみれば予想以上の脅威だ。

 たったの一滴で、体の傷はもちろん、損傷した衣服や疲労すらも回復していたのだ。

 更に敢えて本気を出さなかった敵の『女王』は、魔力の消費を抑えられたので、ほぼ戦闘前の状況だ。

 対する朱乃さんはもう無理だな…

 

 初っ端から、子猫さんの敵討ちのため、最大火力の攻撃を仕掛けていた。

 それが災いしてしまったのだ…

 

「それでは…サクッと片付けさせて頂こうかしら…」

 

 そう言って、朱乃さんに魔力が放たれた。

 彼女を中心に爆発が起き、その衝撃は僕にまで伝わってきた。

 

『リアス・グレモリー様の『女王』一名、再起不能(リタイア)

 

 無情にもそう告げられると、黒い爆炎の中から地面に垂直に堕ちていく朱乃さんは転送された。

 

 不幸は続く。

 どうやらイッセーは部長の援護に向かったそうだが、つまりあの軍勢を前に木場一人で相手をするということだ。

 

(今相手側は『女王』一人、『戦車』、『僧侶』、『騎士』も一人ずつ、他何人かの『兵士』か…)

 

 序盤、木場に誘われた『兵士』2人と『僧侶』は結界に引っかかり、そのまま彼が倒し、ついさっき一人の『騎士』もやられた。

 だが…

 

(木場の生命反応が弱い…かなり疲れてる…)

 

 もう彼も無理だ。

 なんて思ってると、

 

『リアス・グレモリー様の『騎士』一名、再起不能(リタイア)

 

 彼までもがやられた…

 

 

 

 

 

…なぜこうもうまくいかない?

 

 

 

 

 

…なぜ勝つべき行動を取らない?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…『脆弱なコウモリ風情が』…

 

 

 

 

 

…所詮、我らに及ばない体のくせに、意地だけは一丁前にあるらしい…

 

 

 

 

 

…馬鹿馬鹿しい…

 

 

 

 

 

…馬鹿馬鹿しい…!

 

 ()はもう、知らんぞ…

 

 

「さて…人間君?わかったでしょ?悪魔でもない弱い存在がいていいところじゃないのよ?

 まあ安心なさい?すぐ仲間のところへ送ってあげるか…」

 

 まずあの口うるさい女に向かって、手を伸ばす。

 躱されたが…まぁいい。

 あの怯え切った顔、殺すのも造作ない…

 

「なんなのよ…あなた…でも!あなたは飛べない!その神器は飛ぶ能力がないはずよ!」

 

 そうして、高く飛び立ち、一撃で仕留めようと、特大の魔力弾を作ってやがる。

 

 礼を言うぜ。

 エネルギーを溜めるばかりで、そこからは動けんもんなぁ。

 

 俺は足に力を思い切りこめる。

 負荷に耐えられない足は悲鳴を上げながら血が噴き出し、圧力のかかった地面にはヒビが入り始めた。

 

 脆いのはこの体も同じか。

 

 まあそれもいいが。

 

 そして俺は、自分の体のことなんざ気にもとめず、一気にその力を解放して跳躍。

 瞬く間にあの女の元まで距離を詰める。

 その際、足は一瞬でボロボロだ。

 足の形状はあの黒い主のように変化したが、膝と股関節はそうではない。

 変わったのは精々脛から下だけだ。

 

 いくら力の主のおかげで、体が丈夫になったと言っても、今までに出したことのない力には、耐えきれなかった。

 骨はバキバキと折れ、太腿の筋繊維はズタズタに切れ、膝、股関節からは血塗れの骨が飛び出す始末だ。

 

 だが…

 

「そんな…うぐっ!?」

 

 女の首を掴むことはできた。

 そして、そのまま自由落下が働き、俺は女を下敷きに着地。

 一瞬で女は転送された。

 

 チッ…呆気ない…

 

『ライザー・フェニックス様の『女王』一名、再起不能(リタイア)

 

 俺はそんな放送などどうでもよく、壊れた足の痛みにもお構いなしに、戦地の真ん中へ歩み寄る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…投了(resign)よ…ライザー…投了(resign)するわよ…!だから…イッセーを…」

 

 俺が戦地の真ん中に到着したと同時に、部長はこの戦いを放棄した。

 見上げる先には、部長が瀕死のイッセーを、我が子を慈しむ聖母のように抱き寄せていた。

 

 

 

 『敗北』

 

 

 

 春雄の頭にはこの単語しかなかった。

 

 なぜ俺は負けた?

 

 まだ戦うだけの力も気力もあった。

 まだ闘志は昂っていた。

 これから目の前にいたコウモリ風情の連中も、あの七面鳥も倒せたはずだった…

 

 まだ俺は動ける…

 

 しかし…

 

 なぜ勝負は決した?

 

 なぜこの勝負から降りた?

 

 なぜ部長(キング)はまだ立っている?

 

 なぜイッセー(兵士)は寝ている?

 

 王よ、なぜ勝負を捨てた?

 

  

 

 この戦いにおける王座を譲ったが…なぜ最後まで抗わない?

 

 

 

 しかし、俺の疑問は最終的にここに帰結する。

 

 

 

 

 

 なぜ俺は負けた?

 

 

 

 

 呆然と立ち尽くす俺の目の前に、七面鳥が降りてくる。

 勝ち誇り、俺の神経を逆撫でするように…

 

「ほう…お前のその力、あそこで伸びていた赤龍帝以上の力を感じるな。

 おもしろい。

 たかだか人間風情が、俺の『女王』を倒し、この眷属前に怯えず、両足で地面に立っているなんてな。まあその両足は見るも無惨だが…」

 

 目の前の男は高らかに笑っていた。

 そして眷属たちはその男に近づき、頰を赤く染め、褒美をねだるように官能的な声を上げる。

 

 耳障りだ…

 

 目障りだ…

 

「おいおい、勝負はついたぜ?これ以上戦うのは流石に殺し合いになるし、ルール違反をすればグレモリーの家に泥を塗ることになるぞ…っておい!」

 

 何か呟く七面鳥の横を通り過ぎ、

 

「どうでした?お兄様の戦いは…ってちょっと!」

 

 小うるさい雛鳥を通り過ぎ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゴガァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本能の赴くがまま咆哮し、破壊の衝動、抑えられない怒りを腕に込め、手当たり次第に辺りを破壊し尽くす。

 綺麗に整えられた花壇を踏み荒らし、高く聳え立つ校舎の壁を破壊する。

 力に耐えられない肘や肩から骨が飛び出し、血を辺りに撒き散らすが関係ない。

 

 使い物にならない腕での破壊はやめ、太く長く伸びた黒い尻尾と、頭突きで破壊を再開する。

 

「春雄…?」

 

 あの女の呼ぶ声が聞こえる。

 

「ひっ…」

 

 俺の様を見て恐れたらしい。

 知るか。

 降りてこい。

 

「もう…やめて…」

 

 尻尾でも頭突きでも足りん。

 無理矢理足も腕も使い、校舎を破壊する。

 降りてこい。

 

「お願いだから…」

 

 瓦礫や土煙が飛び交い、それに混じって俺の血も飛び散る。

 それでも破壊をやめない。

 降りてこい。

 

「もう、やめて!」

 

 女は悲痛な声で喚いた。

 そんなのいい。

 降りてこい。

 

『こ、これにて、レーティングゲームは終了いたします…ゲーム出場の皆さんは治療のため、冥界の病院に転移させていただきます』

 

 冗談じゃない。

 せめてあの女に一言、言わせてもらわねば。

 だが転移は始まった。

 くそっ!くそっ!

 やめろ!

 まだ俺の怒りは…

 

「もうその辺にしておけ!」

 

 俺は無理やり掴まれ、その場に取り押さえられた。

 感覚から恐らく大勢の者に取り押さえられている。

 さっきの声といい、これはライザーとその眷属によるものだな…

 

 暴れすぎたせいで、俺の足、腕は完全に動かなくなり、体の方は負荷に耐えきれず、所々骨が折れ、筋繊維の殆どが切れていた。

 抑える者を退かせることができたはずだが、これは無理だな…

 

 

 最後に俺は、無理矢理首を起こし、涙を流しながらこちらを恐れの対象として見つめる女に向かって咆哮をあげた。

 

 

 ゲーム終了間際、その場にいた者や観戦者含め、あの咆哮を耳にした者は、とてつもないプレッシャーを感じたと言う。

 その咆哮は聞く者を体の芯から震え上がらせたそうだ。

 

「何という殺意と怒りだ…」

 

 ライザーは、転送される最後の最後まで咆哮し続けたその者から、狂気的なまでの勝利への執念を感じ、素直に恐ろしを抱いたという…

 

 

 

 

 

 春雄は自身を「人間紛いの怪物」と言った。

 リアスや一誠たちは「その力の主は、地球の自然を司る守護神なのでは」とも言っていた。

 そう思えるほどの、圧倒的()としてのオーラを放ち、桁違いのパワー、まさしく大自然の怒りの如く暴れたのであった。

 

 それを語るのは、一部大きく破壊された校舎だ。

 レプリカでよかったと思わせるあの暴れよう。

 

 上級悪魔たちは、レーティングゲームで眷属同士のおもしろい戦いが見れ、純血悪魔の結婚も決まった喜び以上に衝撃を受けただろう。

 

 あの少年に宿った存在は、まさしく自然の猛威の権化…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『荒ぶる神の化身』…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 力の主の名前は、『ゴジラ』と名付けられた瞬間でもあった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回の怒るゴジラはどうでしたか?

 ようやく怪獣たる所以の恐ろしさを書けた気が…

 まだほんのちょっとですが…



 これからの春雄の活躍にご期待ください!


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第19話 捨てられないもの

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『敗北』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 春雄の頭にはこの文字が大きく、そして酷く歪んで蜷局を巻いていた。

 

 

 

…どうして負けた?

 

 

 

…どうしてまだ戦えたものを放棄する?

 

 

 

…どうして(部長)は我々の心配などする?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…なぜ…?

 

 

 とある病室にて。

 僕の目の前に傷だらけのイッセーが弱々しく寝息をたてていた。

 さらにこの病室には、イッセー以外にもリタイアした朱乃さんに木場さん、子猫さんがいるが、みんな揃って重傷を負っており未だ目を覚ます気配はない。

 

(見事やられたな…)

 

 

 

 オカルト研究部は見事ライザーの策に嵌り、次々と突っ走っては転び、挙句には王である部長が棄権してしまった。

 戦える歩兵はまだいたが、それでも戦いをやめたのは次の通りだと思う。

 

 ソロモン王が使役した七十二柱の悪魔の一つ、「グレモリー」。

 

 グリモワール『レメゲトン』における悪魔「グレモリー」は、過去・現在・未来に加え、隠された財宝について知り、それを語るそうだ。

 さらに老若問わず、女性の愛をもたらす力を持つとされている。

 

 『レメゲトン』が民衆に出回る16〜18世紀は当然今ほど国も政治も精神も何もかもが発展途上、利益には純粋に己の欲だけが注がれる世の中、宝探しで一攫千金を狙う輩にしてみれば、魔術のレシピ本のグリモワールは需要があった。

 

 瞬く間にあらゆる人の手にそれは渡り、元々悪魔召喚だけでなくその「摩訶不思議な力」を呼び起こせる奇跡の文書は上流階層の聖職者、大学人、宮廷人のものだけではなくなったのだ。

 

 そうなればその力を、財宝の発見や異性への愛など、人々の世俗的な目的に使われていくようになるわけだが…

 

 

 

(噂通り、グレモリーの悪魔は『情愛』部分が強い…いや、むしろそれを誇りとしているのだろうな。

 眷属思いの部長がああなってしまうのも頷ける…だが…)

 

 僕は膝の上に置く手を握りしめる。

 果たしてそんなものが理由になっているだろうか。

 

 断じて否だ。

 ゲームとは言えあれは正真正銘、己の今ある命と、これからの未来を懸けた戦である。

 仲間思いなのは良いことだが、部長があの時下した判断は愚の骨頂だ。

 

 

 

 「仲間がこれ以上傷つく姿を見たくないから」

 

 

 

 そのために、この戦いに挑んだ者の気を棒に振るのか!?

 

 一層拳を作る手に力が込められ、手の中で何か弾けたような気もする。

 奥歯をギリリと噛み締めなければ、抑えられない感情が爆発しそうだ。

 

「春雄…さん…?」

 

 ふと小動物の如くか弱い声がしたので、そちらを向く。

 そこにはアーシアが居り、僕の目と合った途端に体をこわばらせていた。

 

「どうしました?」

 

 極めて平静を保ち、自分では普段通りに接したつもりだったが…

 

「う…その……あ、あの………ごめんなさい!」

 

 彼女はそれなりに長い沈黙の圧に耐えかね、目から大粒の涙を流しながら必死に謝ってきた。

 

「な…ど、どうしたんですか?」

 

 僕は本当に優しくないね。

 つくづくと残酷だ。戦い方も…

 

 

 

…心も…

 

 

 

 アーシアが何に対して謝って、何に対して恐れているかわかる。

 

 あの戦場で最善の行動を取ろうとせず、みんながそうであったように敵討ちと仲間を優先させてしまい、結局は負けてしまった。

 直後あの時の僕は冷静さを失い、ありとあらゆる有象無象に怒りが込み上げ、手当たり次第に破壊の限りを尽くした。

 そうでもしないと、とてもではないが抑えられなかった。

 

 黒い殺意の感情を溜め込めば、間違いなく僕はその黒い主の怒りのまま動き、今目の前にいる傷だらけの仲間と兄弟、隣で怯えながら泣く妹同然の家族、指揮をとった優しい主人を、この手で引き裂きにいっただろう。

 

「アーシア…」

 

 名を呼ばれ、ビクッと反応する彼女に、自分の今できる精一杯の柔らかい笑みを向けた。

 

「今回のこの戦いで、綿密に立てた作戦を捨ててまで仲間を助けたり、仲間のために戦ったり、自分のプライドを優先するか、勝利のために例え仲間を踏み台にしても冷静…いや、冷徹にあり続け戦いをやめない…どちらが正しかったと思う?」

 

 この選択、心優しいアーシアには酷だろう。

 

 アーシアは暫し俯き、答えるのを拒むように口をギュッと結んでいた。

 だけど僕はそんなことで助けなんて出すわけない。

 

 再び訪れたこの沈黙、遂にアーシアは心が折れ、声を微かに震わせながら答えた。

 

「きっと…正しいのは…仲間に何があっても…戦い続けること…だと思い…ます…」

 

 元聖女にこんな戦いを肯定することを言わせるのか…

 イッセーが起きていたら、こんなことをさせた僕を酷く論うだろう。

 

 『優しくない』僕を。

 

「アーシア、確かにその通り。戦場で仲間を心配して立ち止まってしまうなんて、愚かにも程があるさ」

 

 僕の言葉を飲み込むアーシアはとても辛そう。

 溢れんばかりの涙が、僕の心をキリキリ痛めつける。

 

 そんな彼女に僕は、泣く子を慰めるように、優しさを心掛けて言う。

 

「でも、それは戦場での話。人と人が殺し合い、血で血を洗い、憎しみが次の憎しみを呼ぶ戦いでの、ね…

 その戦いをする彼らには、仲間に同情はすれど、手厚く労ってやるほどの余裕も優しさもない。あるのは、ひたすら真っ直ぐな勝利への渇望と、眼前の敵を薙ぎ払う強い殺意だけ…」

 

 いつか夢で見た、悪魔、堕天使、天使の戦い。

 これも黒い主が見てきたものなのかな…

 今はそんなことより…

 

「しかし優しさが無ければ、人は人でなくなるんだ。

 目の前で悲しむ者、泣き叫ぶ者に湧き起こる感情なんて無くなってしまう…そうなってしまえば、僕も、アーシアも、イッセーも部長に拾ってなんかもらえなかったし、悪魔が嫌いな僕を受け入れたりもしない…」

 

 だから、震える自分の手で彼女の頭をそっと撫でてやる。

 

「優しさは失ってはいけないよ」

 

 そう。

 みんな優しい。

 だからあんなことになったんだ。

 

 ひたすら芽吹く黒い感情を押し殺し、さっき抱いていた僕の勝利への執念は間違いだと言い聞かせた。

 

 部長も、イッセーも、アーシアも…他のみんなも…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…優しすぎる…

 

 乾いた血液が付着した手、その綺麗な部分で彼女の涙をさっと拭ってあげる。

 

「アーシアはここにいてあげて」

 

 優しさを捨てきれない自分を責めるであろう部長たちを、アーシアの優しさで包んでほしい。

 そんなこと、僕には到底無理だ。

 

 

 最低限彼女を元気付け…られてはいないな。

 僕は自分でも馬鹿だと思ってたけど、どうやら取り返しのつかないくらいの屑だったらしい。

 

 

 

 部長やアーシアたちに、自分たちの「優しさ」を否定しないで欲しい。

 

 

 

 拙い言葉でも伝えたかった。

 

 そう、僕が間違っていた。

 あの時本気で「生き残るための戦い」をしていたのは僕だけだった。

 

 そして、優しさも何もかも捨て、敵を倒し、貪欲に勝利を掴もうと、命を懸けて足掻こうとした僕が間違いだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふっ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ふっふふ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『甘いな…あの悪魔どもも…お前も…』

 

 あっはは!

 はぁ…ああ、そうだよ…

 

 

 心の中で黒い主は、悪魔であるアーシアやイッセーたちを、そして僕を嘲笑っていた。

 一つ言い返してやりたいところだが、間違ったことを言ってるわけでもない。

 

 案外長く感じた時間は、込み上げる黒い感情を抑え込むのに必死で、特に気にするほどでもなかった…気にかけられなかった。

 その間にイッセー以外のオカルト研究部が目を覚まし、最も重傷だったイッセーの呼吸も安定し出した。

 

 アーシアは目を覚ましたオカルト研究部のみんなの元へ行き、一先ず無事だったことに喜びを分かち合っていた。

 

 その時の彼女らの表情は輝いているように見えた。

 戦いに不甲斐なく負けはしたが、何より全員揃っていることが良かったらしい。

 

 僕も喜びに浸ろうとするも、やはり黒い主は拒み続ける。

 

 

 

「負けて生き残る」ことと、「自分だけでも勝って頂点に立つ」。

 

 

 

 僕の心労は絶えない。

 

 アーシアたちが醸し出す優しさと、黒い主の放つ異様な殺意。

 板挟みに合う僕の心情を理解する者はこの中にいないだろう。

 

 かく言う僕も、和やかなムードに包まれるこの優しさの空間より、黒い主の放つ殺意に身を委ねた方が楽な気がする。

 なぜこうも、黒い主に僕は身を寄せるだろう…

 まるで父に寄り添うように、どことなく、その殺意を放つ黒い主は僕に安心を与えてくれる…

 

 

 

…僕はどうしろと?

 

 

 

「…春雄君…」

 

 居た堪れなくなり、病室を出ようとする僕を、木場さんが呼び止めようと声をかけてきた。

 チラリとそちらを一瞥すると、何やら複雑な表情をする彼らがいた。

 

 気持ちはわかる。

 

 子猫さんを出しに使うという非道な提案を真っ先に出したんだもの。

 それでも、それは何をしてでも勝ちたいと言う意志の表れと汲んでくれたようだ。

 曲がりなりにも、部長の婚約を阻止し、オカルト研究部を存続させたかったのだから…

 

「申し訳…ありませんでした…」

 

 僕は彼らに深々と頭を下げ、病室を出ていった。

 これ以上いたら、何かが壊れそうだった。

 

 綺麗すぎるここに、汚れた化け物()が居てはならないのだ。

 

 

「春雄くん!」

 

 後を追おうとした木場の手を、行かせまいと強く掴む者がいた。

 

「アーシアさん…?」

 

「あの…春雄さんを…一人にしてあげてください…!」

 

 必死に訴えるアーシアは、ポロポロと涙を流す。

 その悲壮な面持ちを察し、彼を呼び止めようとする者は居らず、

 

 

 

『申し訳…ありませんでした…』

 

 

 

 感情を押し殺して謝罪する彼の姿を思い返すのだった。

 

 

 僕が部屋を出てすぐの角を曲がると、そこには部長がいた。

 眷属思いの彼女のことだ。

 仲間のことで、きっと気が気でなかったはずだ。

 

 彼女は僕に何か言いたげだったが、僕はそんな彼女から逃げるように、足早とそこを去った。

 その時、微かに何か聞こえた。

 部長が僕に何か言ったのだろう。

 聞き取れなかったけど。

 

 すみません部長…

 今、あなたと面と向かって話はできません。

 黒い主の感情が暴れだしてしまうんです。

 

 

 僕はあれから病院の中を走り、雪崩れ込むように屋上にやって来ると、そのままその場に仰向けに倒れた。

 息を切らしたため、大きく息を吸っては吐いた。

 

 確かここは冥界の病院。

 

 空気の感じがいつもと違う。

 空は雲一つなく、だが心が躍るような青さはなかった。

 

 その空を、邪魔するものがいないとわかっている見たことのない鳥は、明らかに僕の真上を飛ぶことを避けていた。

 

 ふと顔を横に動かすと、こちらにも見たことのない…恐らく蝶が、その美しくも悍ましい模様の羽を忙しなく動かして離れていった。

 

(この世界は…僕を受け入れてはくれないらしいね…)

 

 この世界の自然も、何か訴えかけてくる。

 僕のもといた地球では歓迎されているとしたら、今は酷く忌み嫌われている状況だった…

 

 

 ただ何色かわからない空を眺めて小一時間ほど経過しただろうか。

 呆然と、頭の中を空っぽにただ空を眺めることに、僕は苦痛を感じ始めていた。

 

 苦痛を感じたからこそ、僕は現実に引き戻されたのだろう。

 

 あれだけ好きだった自然に身を委ねることが、今ではとても辛く苦しい。

 

 

 

 あれ…いつの間に涙なんか…

 

 

 

「おやおや、こんなところに人間君とは、奇遇だなぁ」

 

 仰向けのまま目だけを動かすと、そこにはライザーさんが女を侍らせて立っていた。恐らく眷属だろうな。

 

「あ…どうも…ご無沙汰です…」

 

 なんか言葉にするのも疲れてくる。

 なんだろう…

 

 そんな僕の顔を、ライザーさんが不思議そうに覗き込んできた。

 

「初めて会った時や、さっきのゲームで見せた殺意がこれっぽっちも感じられんな…一体お前はなんなんだ…?」

 

「…」

 

「…」

 

「…」

 

「…いや、なんでもない…」

 

 僕の心労を察したのか、これ以上の詮索をライザーさんはしてこなかった。

 出会いもアレだったし、ゲームで戦ったこともあって、印象はあまり良くなかったけど、案外そう悪い人でもないかも…

 

 少し驚きで目を開くと、ライザーさんは僕の心の中を見透かしたように笑い、僕の隣に胡座をかいた。

 眷属はライザーさんを止めようとしたが、彼はそれを制した。

 

「お前たちは先に戻ってろ」

 

 

 僕は今、ライザーさんと屋上で黄昏ていた。

 僕は空を、ライザーさんは病院から見える景色を呆然と眺めていた。

 

「つくづく身勝手だとは思えねえか?この悪魔社会は」

 

 ライザーさんが語りだした愚痴は、今回の結婚が親同士が勝手に決めたこと、そしてそうさせるよう仕向けた今の悪魔社会だ。

 やはり彼も、一人の被害者だ。

 

 ただし…

 

「ま、リアスみてえな上玉を与れんのなら悪くねぇけどな」

 

 やはり…僕は大方予想通りの彼に苦笑した。

 

「ライザーさん、本当に純粋な悪魔の血が断たれるのは阻止したいんですか?」

 

「なんだ?」

 

「悪魔の出生率の低さは伺ってます。例え七十二柱の悪魔同士で結婚しても、後継が生まれるのを世間が黙って待っていられますかね。

 それにそんなんじゃ、今後も純血悪魔は減っていくじゃないですか。言い方は悪いですけど…その…」

 

「確かに、俺とリアスが結婚して子供を産んだところで、果たしてそれが純粋な種を残すことの解決に繋がるかは怪しいな。

 だが悪魔の世界を仕切っているのは、殆どがそんな純粋な悪魔の血をどうのこうの言う老害どもだ。比較的まともなのは魔王様の家系、すなわちグレモリー家の血筋とその他一部だけだ。

 恐らく魔王様だって、リアスには好きな人と結婚してもらいたいはずだ…だが…」

 

「立場が立場だから、仕方なく…」

 

 僕の呟きにライザーさんは頷く。

 魔王様は悪魔のトップとして、そう言った老害もまとめるために、やはり力を誇示し続け、従わせるだけの権力を持つためにも、その結婚が必要だったのだろう。

 

(情愛を掲げるグレモリーからして見れば、とんだ災難だな)

 

 愛を言う割に、愛を注ぐことができない…

 悪魔社会は色々複雑だ。

 正直、正式に悪魔にならなくてよかったと思える自分がいる。

 

 あの時の黒い主の抵抗は、僕への警告だったのかもしれない。

 力を持つ者、もっと思慮深くなれ…って言うことかな?

 主さん…

 

 

 

『フッ…』

 

 

 

 あ、一蹴りされた。

 

 

 屋上で寝転ぶ僕の元へグレイフィアさんがやって来た。

 どうやら元の世界へ戻れるらしい。

 

「おい」

 

 立ち去ろうとする僕をライザーさんが引き留め、僕に小さな小瓶を投げ渡した。

 困惑する僕に、ライザーさんは、

 

「そいつは『フェニックスの涙』だ。あらゆる傷を治せるのは知ってるだろ?せめてもののアレだ。受け取れ」

 

 なるほど…

 それほど高価値で貴重なものを渡すなんて…

 だからこそ僕は、

 

「はい、遠慮します」

 

 屋上から彼方遠くへ投げ飛ばした。

 それをもらったら、本格的にライザーさんに対して負けを認めることになる。

 

「僕はもう、関係なくなったので…」

 

 そう言い残して、僕は今度こそ立ち去る。

 

 そう、僕はもう彼らの結婚に関わることはできない。

 所詮はゲームに飛び入り参加したただの助っ人駒だ。

 

 だったら僕は、完全に負けを認めない。

 

 まだ諦めてない奴がいる。

 エロの権化であるあの男が、眠ったまま黙ってるわけない。

 無関係な奴が、敗戦者として契約書にサインなんてできるかっての。

 

 

 僕が最後の転送らしく、直接自宅へ戻ると、ベッドに寝かされているイッセーに、つきっきりで看病するアーシアがいた。

 

「春雄さん…」

 

 アーシアは散々涙を流したらしく、やや目が腫れていた。

 そんな彼女を自然に頭を撫で、イッセーは耳元で呟く。

 

 

 

「あとはよろしく」

 

 

 

 それだけ言うと、夢の中にあるはずであろうイッセーが、不敵に笑ったかのように見えた。

 

「アーシア」

 

 僕は彼女に向き直り、断言する。

 

「もう心配いらないよ。イッセーも…部長も…」

 

 

 嘘偽りなく、真っ直ぐで曇りなき瞳を向ける春雄に、心なしかアーシアは余裕ができたようだ。

 春雄は自室に戻って寝る準備をしようと、イッセーの部屋から出るその時、

 

「あの!私は何をしたら…」

 

 アーシアがスッと立ち上がった。

 先程まで自信なさげなところはなく、意を決し、力強く進もうとする強い目をしていた。

 春雄はそんな彼女を呆れも混じりつつ、「フッ」と笑うと、

 

 

 

「待ってあげるんだ。イッセーと部長を」

 

 必ず帰ってくるその時まで…

 

 

 




次回で『戦闘校舎のフェニックス』は終了です。

本格的なゴジラが始動するのは、エクスカリバーあたりからにしたいですね。

今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!

感想、評価をする皆様、お気に入り登録した皆様には本当に感謝申し上げます。


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第20話 大切な者のため

 今回も長くなってしまった…


 オカルト研究部部長・リアスの政略結婚を阻止すべく、ライザーとのレーティングゲームを()()()()行ってしまったイッセーたち。

 いや、あらかじめ用意されたシナリオ通りに動いてしまったと言うべきか…

 

 結果は敗北。

 少ない駒、乏しい経験を加味すればそれなりに頑張った方だろうが、負けは負けである。

 

 そもそも正式なレーティングゲームに何度か出場していたライザーとは、埋められないほどハッキリとした経験の差があった。

 いくら強力な下僕を揃えているリアスとは言え、駆け引きや機転のきいた発想など、『王』としての技量はまだまだ未熟。

 

 誰もがリアスの負けを知っていた。

 

 そうなるように仕組んだのだから。

 

 婚約を決定づけるため、リアスには勝ち目のない条件を与え、上級悪魔としてのプライドを刺激し、戦闘意欲をたぎらせたところで、完膚なきまでにその心を叩き潰す…

 

 

(なんか…悪魔らしい一面がよく見えたような…そんなゲームだったな…)

 

 時刻は深夜2時くらい。

 暗雲が立ち込める夜空、その黒い雲から垣間見える月は、いつも以上に輝いて見える。

 

 そう、この自然が好きなんだよ。

 鳴り止むことのない風は、僕の肌をひんやりとした手で撫でていくかのように心地よく流れていく。

 日が昇る時を待つ草木は、その風に揺られ、曲でも奏でるかのように僕の耳に安らぎを与える。

 

(それにしても…)

 

 結婚とか、そんな人生において大切な行事を、たかだかゲームで決めてしまおうとする悪魔に、つくづくうんざりする。

 

 きっと、数万年単位で生き、価値観も基本的に自分の欲に忠実な悪魔は、結婚なんてさほど重大に捉えていないのだろう。

 

 純血悪魔こそ至高とする大戦の生き残りの屑は、ただただ力欲しさに魔王の妹すら利用するつもりなのだ。

 

(権力がうんぬん…この結婚で、当の本人は幸せにはなれるわけがないな…)

 

 僕は一つため息をつき、ベッドに横たわる。

 今頭の中にあるのは、その野望を打ち砕くために奔走する兄弟を応援する気持ちだけだ。

 

「頼んだよイッセー」

 

 悪魔でも類を見ないほど、慈愛に満ちた部長とその眷属たちを救ってくれ。

 

 

 

…僕は行かないのかって?

 行くわけないでしょう………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…皆殺しにするまでこの怒りは収まらないよ。

 

 

……

 

………

 

 あれから3日ほど過ぎただろうか。

 今日もイッセーが目覚めるのを朝から待ち続けていたが、気がつけば既に日は沈み、闇が支配する夜がやってきた。

 

 流石に眠い。

 

(少し横になろう…)

 

 ベッドに横になった瞬間、強烈な睡魔が僕を襲う。

 いよいよ意識が深い眠りへと誘われようとした時である。

 イッセーの部屋から微かな物音を感じ取ると同時に、ただならぬ猛者の気配を察知したのだ。

 

 僕は慌てて飛び起き、蹴破る勢いで扉を開け、イッセーの部屋へと突撃する。

 ドアノブにかける手はそのままに、片方の手はいつでも獲物を狙えるよう変化させ、尻尾も生やす。

 

「イッセー!」

 

 バンッと大きな音と共に扉は開かれた。

 そこには目が覚めたイッセーと、それを喜んで抱きつくアーシア、そしてどこかで見たことのある女性…

 

「この気配はあんたのものでしたか」

 

「驚かせてしまったようですね。申し訳ございません」

 

 容姿端麗、クールな印象を受けるこの悪魔は、僕に淡々と謝罪して頭を下げるが、発する雰囲気は異常だ。

 戦闘慣れ…それも生半可なものではなく、長いこと戦い、生き抜いてきたんだろう…

 

(微かに…血の匂いも感じるな…)

 

 て言うか、レーティングゲームが始まる前に、イッセーが喋ってたっけ。

 話の通り、美しい女性だが…

 

「そう警戒されなくてもよろしいのですよ?私に戦闘意欲はございません」

 

「であれば、なおさらあなたから警戒を解いて欲しいですけどね」

 

 耳が痛くなるほどの沈黙が流れる。

 確か…グレイフィアさんって方だっけか。

 彼女の敵意が無いのは確かだけど、その佇まい、目標を捉える目、発する雰囲気全てに油断がない。

 だからこそ僕も、発言させた黒い主のものはそのままに、真っ直ぐと標的だけを捉える。

 

 今にも戦いが勃発するかのようなビリビリとした緊張感に、怯えながら震えるアーシアはイッセーの服を強く掴んでいた。

 

「春雄、この人は大丈夫だからさ…その…落ち着けよ…」

 

 起きたばかりだからか、弱々しくややかすれた声が僕に訴える。

 ゆっくりとそちらを見ると、目に涙を浮かべるアーシアを宥めつつ、キリッとした決意の固い瞳を向けるイッセーがいる。

 

「イッセーこそ…もう大丈夫なの?」

 

「ああ…この通り、だいぶ寝ちまったからな」

 

 それよりも…と、イッセーは話を続ける。

 

「グレイフィアさん、あなたがここに来たってことは…」

 

「はい、兵藤イッセー様がお休みになられているこの数日間の間で、ほとんど準備は完了いたしました。あと数時間もすれば、婚約パーティーが開かれます」

 

 なるほど。

 つまりグレイフィアさんは、眷属であるイッセーとアーシアを迎えにきたと言うわけか。

 軽く説明を受けたイッセーは悔しそうに、静かに拳を握りしめていた。

 そんなイッセーに特に言葉を送るわけでもなく、グレイフィアさんは平静を装う。

 でも彼女の無愛想な表情にはどこか、自分の気持ちを押し殺して我慢する様子も見られる。

 

「グレイフィアさん、ただ迎えに来るだけなら…こんな早く来る必要はないんじゃないですか?」

 

 唐突に口を開いた僕に、イッセーはまるで質問の意図がわからない様子だった。

 その隣でキョトンとするアーシアも同様だ。

 

 僕は一つため息を吐き、

 

「いい加減好きになさったらどうです?」

 

 呆れた口調で、この場にいる全員に向けて言い放つ。

 イッセーはいつまで己の無力さを嘆く?

 アーシアはいつまで恐れている?

 グレイフィアさんはいつまで本心を隠す?

 

「グレイフィアさん、自分では気づいてないかもしれませんが、淡々と話すその口調、どこか内から込み上げてくるものを無理矢理抑えている感じがするんですよ」

 

 僕はイッセーの椅子にドカッと腰を下ろし、所在なく適当に一点だけを眺める。

 

 

……

 

………

 

 黙り続けるのもあれなので、引き出しからルービックキューブを取り出して時間を潰しているこの間数分。

 イッセーの部屋に4人居るにも関わらず、ただカチャカチャと色を揃える音だけが流れる。

 イッセーもアーシアも何か言いたそうにしていたが、僕は睨みを効かせて彼らを抑える。

 

「…」

 

 まだ黙ったままなのか、グレイフィアさん。

 表向きグレモリー家に仕えている悪魔なんだし、いろいろ婚約パーティーの準備もあるだろうからさっさと二人を連れてけばいいのに。

 なんて、やや皮肉めいた視線を送ってみる。

 

 さっきまでのオーラはどこに行ったのか…

 全く取るに足りないほどの小動物にしか見えない。

 

(ま…そんな高上な悪魔が、赤龍帝とか言うものを宿しただけのしがない転生悪魔に、部長の命運を託すんだもんな…)

 

 不安なのはわかる。

 忙しい両親に代わって部長をここまで立派に育て上げたのも、このグレイフィアさんの力添えがあったからだろう。

 グレモリーとしての優しさは両親と兄である魔王から、部長として皆を率いるほどの真っ直ぐな強さは、恐らくこの人のおかげだな。

 

 妹同然に生活を共にし、成長していく様を間近で見守ってきた彼女だからこそ、さまざまな思惑で振り回されるリアスのこと、そして魔王と言う強力な立場を利用されようとしているグレモリー家のことが心配でしょうがないだろう。

 

(彼女の立場上、あまり下手なことは言えない…いや、あの感じは何か魔王から伝言を頼まれているが、それを言い出す勇気がない…と言ったところか?)

 

 本当ならすぐイッセーに、「なんとかして欲しい」とでも言えばいいのだが…

 

 目だけをイッセーの方に向ける。

 これといって普通。

 世間的にはそれなりにカッコいい部類に入る程度で、敵をねじ伏せる力も明晰な頭脳も持ち合わせていない。

 強力かつ凶悪な神滅具(ロンギヌス)を宿す者でもあるが、まだその力に振り回されているところもある。

 

 総じてイッセーは平凡。

 強いて言えば、どうしようもないほどの煩悩を持つ変態。

 所詮はそんなところ。

 

(こんな奴に、部長も魔王のことも託したくないだろう…)

 

 

「なぁイッセー」

 

 僕は普段通りの調子で、己の無力さに失望し、静かに悔し涙を呑むイッセーに問う。

 

「もし、部長の身に危険が及んで、二度と笑顔が見られないと…二度と会えなくなるとしたら…どう思う?」

 

「そんなの…悲しいし、悔しいに決まってんだろ!」

 

「じゃあ、部長を助ける最後のチャンスがあるとすれば、どうしたい?」

 

 するとイッセーは、先ほどまでの様子とは変わって、確固たる意志を持って、力強く答えるのだった。

 

 

 

「当然、この命に替えてでも、なんとしても部長を助ける!俺は部長のたった一人の『兵士(ボーン)』だから!」

 

 

 

 なんて力強いんだ。

 一瞬イッセーの背後に龍でもいたのかのような緊張感が伝わってきた。

 それと同時に僕の中の闘争本能が暴れようとするのを抑え、溜まったものを吐き出すように大きくため息をつき、

 

「グレイフィアさん」

 

 呼ばれた彼女は、わかりづらくはあるが、微かに目を大きく開いていた。

 

「魔王が頼ろうとした男は、ただ力を持った木偶の棒じゃないんです。部長が本音を晒すほど信じた男は、ただの変態ではないんです」

 

 だろ?と言わんばかりにイッセーを見ると、顔をいつも以上に引き締め、真っ直ぐな瞳を向けることで応えてくれた。

 

「兵頭一誠は熱い男…やる時はやる男なんです」

 

 そう、このことは幼い頃から共にいた僕がよく知っている。

 イッセーは昔からそうだった。

 今はどこかエロに取り憑かれた馬鹿になったけど、根本だけは変わらない。

 

 誰かのために本気で悩む。

 誰かのために本気で悲しむ。

 誰かのために本気で怒る。

 誰かのために本気で取り組む。

 

 誰かのために本気で手を差し伸べる。

 

「そんな男です」

 

 僕は一通り言い終わると、呆気に取られているグレイフィアさんは、次にイッセーを見る。

 

「目が覚めました。覚悟はできています!」

 

 真っ直ぐな揺るぎない意志は、もはや誰にも止められない。

 

「…魔王サーゼクス様より伝言を賜っています」

 

 

 

 

 

 

『好きなようにしなさい。そして、妹を頼む』

 

 

 

 

 

 

 春雄が俺に発破をかけてくれたおかげで、悪い方に沈んでばかりだったものが前を向けた気がするぜ。

 

 俺たちオカルト研究部は、不甲斐ない戦いをして負けた。

 これは変えられない揺るぎない事実だ。

 そも部長を本気で守るための戦いが、眷属の敵討ちや、プライドのための戦いになってしまった。

 そんな中、ただ一人本気で勝とうと揺るがない強い意志を持って臨んだ奴がいた。

 そいつは俺たち悪魔に協力する、強力な力を有する「人間」。

 

 他でもない春雄だった。

 

 アイツは置かれた特殊な立場上、勝ってこのオカルト研究部を、そして部長たちグレモリーとの繋がりを存続させる必要があった。

 

(今アイツはいろんな奴に狙われている…アイツはいろんな苦労を抱えてきた…だからこそこの戦いは勝たなくちゃならねえはずだった…)

 

 忘れていたわけじゃない。

 確かにアイツはきっと、誰よりも強い。

 体に宿す力の主は、俺の持つ赤龍帝のものとは桁違いの力を秘めている。

 

 だから俺は、アイツは自衛ができるから大丈夫だ。

 勝手にどこかでそう決めつけた。違うだろ。

 アイツは自分のこと以上に、周りの仲間や家族を心配していた。

 神経をすり減らす生活に息苦しさを感じ、いつ崩壊するかわからない日常に怯えながら、何度も何度も悩んで、考えて、みんなが生き残るために動いていた。

 もう大切なものを失わないために…

 

 バンッ!

 

 俺は目一杯の力をこめた右腕で壁を殴った。

 

 高を括るのは何度目だ?

 この単純な思考ばかりの俺自身に嫌気が差す。

 これも何度目だ?

 どれだけ悔いても、過去の事実は当然変えられない。

 いつもそうだ。

 

「いい加減にしろよ…俺…」

 

 また俺の感情はマイナスの方へと堕ちていく。

 ホント俺はダメだな…

 

 

 

『困ったことがあれば、俺になんでも言えよ!』

 

『…うん!イッセー!』

 

『だって俺たち…』

 

 

 

 ハッとなって俺は、打ちつけた右腕の先、小指を見る。

 なんで今になってこんなこと思い出すんだろうな。

 

 

 まだ俺が小さいガキで、初めて家に春雄を迎え入れた時だった。

 その日の夜、俺は微かに聞こえる、必死に泣くまいと嗚咽を漏らす音で目が覚めた。

 眠くて重い瞼を擦り、隣で眠る新しい兄弟、春雄に視線を向け、その頭を小さい手で撫でてやったっけ。

 

『どうしたんだよ、春雄』

 

 優しく声をかけてやると、途端に春雄は俺に抱きつき、

 

『お父さん…お母さん…』

 

 と、泣くのだった。

 今でも覚えてる。

 

 帰ってこない両親を求める、どこまでも切ない声。

 

 俺の服を鷲掴みにする、力強い小さな手。

 

 生暖かい涙。

 

 その悲しみとか、小さい子ながらの欲求を受け止めてやる存在、コイツの両親はもうどこにもいない。

 

 俺は春雄の気が済むまでそのままでいた。

 

 そしてしばらくすると、あれだけ悲しみを叫んでいた涙はピタリと止まり、放心状態となって闇夜を見続ける春雄。

 その腫れた目は、同じ年齢とは思えないほど疲れ切っていた。

 

(コイツから悲しみは消えない…)

 

 怒りすら…

 

『春雄』

 

 だから俺は決めた。

 

『困ったことがあったら、俺になんでも言えよ!』

 

 その悲しみすら越えられるほど、コイツとの楽しい思い出を作っていけたらと。

 

『…うん!イッセー!』

 

『だって俺たち…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

()()だろ!』

 

 

 アイツは俺を信じて託していた。

 

『あとはよろしく』

 

 部屋を出ていく直前、俺の耳元で呟いたあの言葉。

 あの短い言葉にどれだけの思いがこめられていたのか、俺にはわかる。

 

「イッセーさん…」

 

 依然として心配そうに見つめてくるアーシア。

 聖女たる彼女、これまでに起きてきたことにかなり心を痛めただろう。

 

「ありがとうアーシア。必ず部長は俺が取り戻す」

 

 俺は優しくその頭を撫でてやる。

 もう誰の笑顔も曇らせねえ。

 

『随分な変わりようだな。相棒』

 

 ちょうどベストなタイミングで、俺の中にいる主も目覚めてくれた。

 役者は揃ったぜ。

 

 コンコンコン…

 

 俺は春雄の部屋のドアをノックする。

 しかし、アイツから返事が返ってくることはなかった。

 

 寝たか?

 いや、まさか…

 つい5分前まで起きてただろ。

 何狸寝入り決めてやがるんだ。

 

「入るぞ」

 

 アイツの返事もなく入室する。

 ベッドの方を見ると、横になって規則正しく寝息をたてる春雄がいた。

 マジで寝てたのかよ。

 つーか早えよ。

 せっかく覚悟してきたのによ…

 

 まあいい。

 

 俺は春雄の近くまで寄り、何も飾らないで真っ直ぐに言葉を伝えた。

 

「あとは任せとけ」

 

 さて、このこと言わねえうちはスッキリしなかったからな。

 とは言っても困った。

 今からやること、とてもじゃねえがアーシアの前ではできねえしな。

 でも決定事項だ。

 

(またみんなと、部長と一緒にいるために!)

 

 俺は部屋を出ていこうとドアノブに手をかけようとしたその時、

 

「そんな後ろ髪にひかれてるようじゃ任せられないよ」

 

 ふと俺のよく知る男の声が聞こえた。

 

「なんだ…起きてたのかよ…」

 

「うん」

 

「つーことは…聞いてたわけか?」

 

「うん。折角覚悟も決まり、相棒である赤龍帝にも応えてもらったところだったんでしょ」

 

 コイツ、俺の左手の力のこと…

 

「僕は宿ってるその力の主の影響なのか、そういった類のものに強く反応してしまうんだ」

 

 すると春雄は、俺の左腕の龍に語りかけるように、

 

「初めまして…ではないか」

 

『だな。お前さんの中にいる奴とは既に相見えた。今でもそのことを思い出せば、体の震えが止まらん…できれば二度と会いたくなかったがな』

 

「それはなんか…すまないね。僕は兵藤春雄。君の宿主とは義兄弟だ」

 

『我の名はドライグ。今はこんな形だが、かつては二大天龍として恐れられていた…と言っても、その恐れられた期間は短かったがな』

 

 なんか普通に話してんな。

 て言うかその感じじゃ、ドライグは既に春雄の中の存在と戦ったってことか?

 しかも、二大天龍を恐れさせたってことは、やっぱりコイツの宿してるものは化け物なんてレベルじゃねえ。

 

「春雄、ドライグのこと知ってんのか?」

 

「うん。時折見るんだ。僕の中にいる力の主の記憶を夢として知るんだよ」

 

 俺はドライグがどんな奴か率直に気になったため夢の話を聞いてみた。

 ドライグの言っていることは、なんか俄にも信じられないんだよな。

 

「確か…白い龍と喧嘩起こして…それが冥界とか天界を巻き込んで…だったかな?」

 

 おおよそ合っていた。

 なんだよドライグ。お前自分の喧嘩のためにいろんな人を巻き込んだのかよ。

 しかも神様にまで牙を向けるとか、罰当たりにも程があんだろ…

 

「ま、ただ見てた僕が言うのもなんだけど、ホント傍迷惑な子供の小競り合いみたいな、馬鹿げた理由で殴る蹴るの繰り返しだったね」

 

「やってることは簡単に死人が出るレベルだぞ…」

 

『ぐぅ…やはり()()()からして見れば、ただの小っぽけで幼稚な喧嘩でしかないのか…』

 

「『そりゃそうだろ』」

 

 瞬間、室内の温度がズーンと下がり、辺りには圧倒的な殺意が流れていた。

 言うまでもなく、その殺意を発していたのは春雄だった。

 

 改めてその殺意の塊を一身に受けると、心臓が飛び出そうなほど鼓動し、身体中の筋肉は緊張して硬直、汗は滝のように噴き出てくる。

 

「ドライグ、君と白いのと喧嘩したことが、今になって大きく混乱を招いていることに気付いているのか?」

 

 普段の口調のまま叱責する様子は、言い表せない凄みがあった。

 

「冥界、天界を巻き込むまではいい。そちらの世界の都合は知ったことじゃないからね。でも君が封印されて道具に成り下がると、いろんな人に宿り、いろんな人が赤と白の戦いの因縁を背負ってしまう…いや、君たちに背負わされているのかな?」

 

「春雄、何言って…」

 

 本日2度目、冷徹な視線を向けられた俺は、蛇に睨まれた蛙の如く動けなかった。

 

「ドライグ。君たちの宿命を背負って一体どれだけの人が犠牲になった?君という存在はあらゆる勢力に恐れられているんだ。それを宿すだけでもはやその人の居場所がなくなるってことなんだよ。

 現にイッセーも殺されて悪魔になっているわけだし」

 

 そう…

 俺は確かにこの力を持ってしまったがために、堕天使のレイナーレに目をつけられて殺された。

 でも俺はそれ以上に、誰かのために力を使って助けてきたことだって事実だ。

 もう人ではなくなったが、俺はそれでもいい。

 

 今の俺には守れる力がある。

 

 

 

…部長やアーシア…他のみんなも…

 

 

 

 

 

…家族も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…お前も…

 

 

 

 俺は自分の右手を見つめる。

 これからどんなヤバい奴が来ようと、この気持ちだけは折られないようにしよう。

 その気持ちが逃げないように、俺はギュッと拳を握る。

 

 すると、春雄の奴はフッと笑った。

 なんだよ。

 

「覚悟が決まったのは嘘ではないらしいね」

 

 ため息一つついたアイツは、改めてドライグの方は視線を送った。

 だがその瞳に、先ほどまでの蔑みとか殺意はなく、いつもの様子に戻っていた。

 

「別に認めたくないけど、白いのと戦うのが運命なら…いろんな奴に狙われるのが運命なら…

 

 

 

 

 

…イッセーを死なせないであげて…」

 

 その言葉に、偽りはない。

 アイツの瞳は揺れている。

 心配なんだろうな。

 

 今思えば、俺はいろんな戦いをしてきたものの、近くには必ず春雄がいた。

 俺よりもはるかに強いアイツが、気付かないうちに俺を、そして部長たちを助けていた。

 

(こんな弱い俺が戦うなんて一丁前にほざけば、そりゃ心配か)

 

 でも俺にも譲れないものがある。

 あの日、俺は部長と約束した。

 

 俺は部長のたった一人の『兵士』。

 兵士の役目は『王』を守ること。

 

 あの日流した涙の味は知ってる。

 無力な自分を嘆く悔し涙。

 

 ライザーに負け、部長を守り通せなかった悔し涙。

 

 俺はもう負けねえ!

 もう涙を呑みたくねえし、流させもしねえ!

 

 俺が最後に見た部長の顔は、涙で濡れていた。

 もうあんな思いするのは真平ごめんだ!

 

「春雄…見ててくれ。こんな弱い俺が、覚悟を決めるところを…そして許してくれ!」

 

 

 はあ…

 ホント、イッセーは単純で、熱くて…一途だ。

 昔から良くも悪くもそんな男だった。

 

「覚悟を決めるって、何かしでかすつもりなの?」

 

 僕はイッセーの言葉をしっかりと聞く。

 まあ言おうとしていることはわかる。

 しかし、改めてその単純さには本当に驚かされた。

 

 左手をドライグに捧げる。

 

 そして、それを引き換えに力を得る。

 

「自分で決めたの?」

 

「ああ。これは紛れもなく、他でもない俺の意思だ!」

 

 そう言ってイッセーはドライグに一言話すと、みるみるうちに左腕は変化していった。

 普通の人間の手が、徐々に龍のものへと飲み込まれていく。

 声を上げぬよう、滝のように汗を流し、必死に苦痛に耐えるイッセー。

 その姿はさながら武将のように力強い。

 

 なぜ彼はここまで必死になれるのか。

 

 『馬鹿』がつくほど真っ直ぐな思い。

 そのように話すイッセーには、何か惹きつけるような力があった。

 

(なるほど…部長があそこまでイッセーに拘るのも…)

 

 こういうことね。

 世間一般で見ればカッコいい部類であるものの、テレビの俳優やモデルのような顔立ちかと言われればそうではない。

 ではなぜそんな男が、アーシアや部長の心を動かしたのか。

 

 その真っ直ぐなところであり、熱いところであったり。

 一番はそれが彼の『優しさ』からくるものだからだろう。

 故に暖かさを感じる。

 悪魔になったイッセーはなおも暖かいのだ。

 

 そしてそれは…

 

(僕にないもの…)

 

 イッセーの強さが優しさからくるものなら、僕の強さは真っ黒な殺意と怒り。

 

 正に白と黒。

 

 正に善と悪。

 

 イッセーの力は仲間に手を差し伸べるための、人を、仲間を助ける力。

 であれば僕は…

 

(自身を狙う敵を殺し尽くす力…)

 

 あれ…?

 いつから僕はこんな物騒なことをよく考えるようになったんだろ…

 もはや黒い殺意に全く違和感を抱かず、むしろなぜ今まであれだけ穏やかな心を保ち続けられたのだろう…

 

 居心地の良かった黒い殺意に、僕はそれが()()()()()な気がしてきた。

 

 家族で兄弟であるイッセーとの溝が、いつの間にか深くなっていた。

 僕はいつか孤独になってしまうのだろうか…

 

 

 イッセーの左手は完全に龍のものへと成り果てた。

 確かに本物。

 僕の中で確信が持てる。根拠はない。

 なぜそう言えるのか。

 

 それは簡単。

 

 僕の高まった本能が警笛を鳴らし、警戒を強めていた。

 

 

 

 もう戻れない。

 そう思えば、やはり名残惜しい。

 自分のものではないが、やはり普段日常的にあったものが失われた時の、なんとも言えない寂しさがある。

 

 イッセーはそんな僕の気持ちを汲んだのか、垂れる汗を拭って、

 

「心配すんな。後悔はねえよ」

 

 そう答える顔は清々しい。

 本当にイッセーは強いな。

 考えなしに力を手にするばかりの無鉄砲な野郎ではなかった。

 何度も悔しい思いをし、何度も涙を呑み、何度も自分自身に問い、そして長い葛藤の末に答えを出したのだろう。

 生半可な気持ちじゃ、腕が無くなるような痛みとかショックに耐えられないもの。

 

「じゃあ、行ってくるぞ…部長を取り返しに」

 

「ああ…行っておいでよ…でも、死なないでね」

 

 僕の言葉に、イッセーはニカッと笑って答えた。

 

「ドライグ、イッセーを頼むぞ」

 

『無事でとは約束できんが、死なせはせん』

 

 その言葉を最後に、イッセーは部屋を出て行った。

 そしてしばらくすると、あれだけ強く放っていた龍のオーラがピシャッと無くなってしまった。

 恐らく転移したのだろう。

 冥界へ。

 

 

 今日の風は一段と強く、草木がザワザワと鳴らす音は一段と大きい。

 どうも落ち着かないな。

 まるで自分の心の中でも表してるかのようだ。

 

 イッセーが行ってから数時間は経っただろうか。

 

(別に心配しているわけではないが…)

 

 今頃部長を取り戻そうと躍起になってるだろう。

 本当なら、僕もあそこに参戦したい。

 そしてあそこにいるだろう大王派の老害悪魔どもを皆殺しにしてやりたいなんて思ってる。

 だが、僕の特殊な立場上、そんなことをするのはイッセー以上のリスクを伴う。

 万が一歯止めが効かなくなれば、悪魔というものを殺し尽くすまで、またはその前に自分が殺されでもしない限り『破壊』はやめないだろう。

 

(今回は待って正解かな)

 

 大丈夫。イッセーならできる。

 先程から何度も言い聞かせるけど、やはりソワソワしてしまう。

 眠れない。

 まぁ兄弟が戦ってんのに、呑気に寝てられないけど。

 

 コンコンコン…

 

 僕の部屋の扉をノックする音が響く。

 

「どうぞ」

 

 こんな時間、僕の部屋に入ってくるのはあの人だけだろう。

 扉が開かれると、やはりアーシアがそこにいた。

 

「ちょっと…良いですか?」

 

 彼女の表情からは不安がいとも容易く読み取れる。

 そんな彼女が僕なんかで不安を紛らわせることができるのなら、喜んで協力しよう。

 外を眺める僕の隣に立ったアーシア。

 彼女の美しい金色の髪が、淡い月の光で照らされ、神秘的な様子を届けてくれた。

 そして月の光が反射するエメラルドの大きな目は、どこか遠くを眺めており、どことなく生気はない。

 

(彼女のことだ。イッセーのことで気が気でないのだろう…)

 

 それに優しい聖女のような人だ。

 イッセーや他のみんなが頑張ってるのに、自分だけ何もできないなんて、簡単に悔しいだけで片付けられないはずだ。

 

 か弱そうなその手で握られる拳がそれを物語っている。

 

「アーシア」

 

 僕も外を呆然と見ながら、彼女に話しかけてみた。

 

「イッセーなら大丈夫。必ず部長を連れてくるさ」

 

 アーシアは何も答えない。

 

「…何もできないことが悔しい?」

 

 この問いに、アーシアは俯き、しばらくするとコクッと小さく首を上下した。

 

「そう…でもアーシアにはアーシアにしかできないことがあるんだよ」

 

「え…」

 

 ここで初めて声を上げたアーシア。

 

「それは、『みんなの帰るところを守ってあげること』さ。イッセーや部長が帰ってきた時、『おかえり』って言ってあげて」

 

「それだけ…で良いんですか?」

 

「『それだけ』なんてことはないよ。誰かが待ってくれているだけでイッセーたちは頑張れるし、安心するさ」

 

 だから、戦いで疲れきったイッセーたちの心を優しく包み込んで欲しい。

 そんな役目、僕には絶対できない。

 優しさで満ち溢れる彼女だからこそ、安心できるんだ。

 

「じゃあ…春雄さんも一緒に居てください」

 

 これは予想外。

 自分でもわかる。今目が大きく開いている。

 

「春雄さんも大切な仲間ですし、それ以上に家族じゃないですか」

 

 すると彼女は僕の服の裾をギュッと掴んだ。

 

「最近の春雄さんを見てると、いつかどこかへ行ってしまいそうな気がして…」

 

 そう言う彼女は、僕を逃すまいと掴む手に力をこめた。

 

 こんだけ悪魔が嫌とか言って、なりたいとかほざけば、今度はひたすらありとあらゆるものに敵意を向け、最終的には帰りを待つ部長をこの手で…

 

「迷惑じゃないの…?」

 

 恐る恐る訪ねてみた。

 

「そんなことは絶対ありません!私はイッセーさんも、部長さんも、春雄さんとも居たいです!」

 

 

 なんだろう…

 彼女と居れば、あの黒く歪んだ殺意が晴らされていく。

 

 ああ…

 なんか洗われた気分だ。

 優しい彼女だからできるのか…いや、優しいなら他の人もそうだ。

 彼女の優しさは僕と周りにできた溝を埋められるほどなのだろう。

 

 心が落ち着く…

 あの黒い主も、黙ったまま…

 

 彼女の優しさが届いたのかな…?

 

「…?」

 

 気がつけば、僕は彼女を自然に撫でていた。

 上目遣いでこちらを見る彼女は愛おしさを感じる。感じない奴はいないだろうが。

 

 なんだろう…守ってやりたいと純粋に思える…

 

 彼女の優しさは、僕と黒い主の殺意すら受け止めてくれるのだろうか。

 ここ最近ピリついていたものはなくなり、今はいい気分。

 

 外の草木が奏でる音も今ならよく聞こえる。

 

「ありがとう…アーシア」

 

「…はい!春雄さん!」

 

 こうしてしばらく一緒の夜空を眺めていると、夜が明けそうになったころ、彼らはやって来た。

 ボロボロになったが、やり遂げだと誇らしげなイッセーと、帰ってきたことへの喜びと安心で顔を綻ばせる部長が、朝の青い光に照らされていた。

 

 日はまた昇る。

 

「「おかえり(なさい)」」

 

 今お互い言いたいことは多い。

 だけどまずは、無事だったことを素直に祝福し、喜ぶべきだろう。

 

 空気を読んでか、黒い主も黙ったままでいてくれた。

 

 おつかれ、イッセー。

 おかえり、部長。

 ありがとう、アーシア。

 

 

…平和とは良いものだな…

 

 神永は心の中で呟いた。

 無表情だが、どこか嬉しそうに笑っているようにも見える。

 仏のような表情の彼は、欠席者のいない出席簿を閉じた。

 

『リピア』

 

 あの男の呼ぶ声で、彼の雰囲気はガラリと変わる。

 とりあえず朝のうちに片付けられる仕事はこなし、立ち上がるとすぐ職員室を出て行った。

 

「あれ、神永先生授業入ってましたっけ?」

 

「いや、そんなことはないが…」

 

 職員室の中では、そんな彼にみんな疑問を浮かべていた。

 

 屋上に到達した神永は、手すりに手をかけ、静かに目を閉じた。

 

(ゾーフィ。一時的に活動を活性化させた2体の禍威獣だが、突如鎮静化。2体とも自分の元いた場所に戻り、あれから動きはない。監視は無論続けていくが、今は問題ないだろう)

 

 『光の国』への定時連絡をする神永。

 たった今報告した通り、南極から日本を目指していた禍威獣と、東京駅地下にいた禍威獣は突如大人しくなり、被害を出さないままそれぞれ元いた場所へ戻るのだった。

 

『それはやはり…『王』が関係するか?』

 

(…つい最近まで、『王』の精神は不安定な上に攻撃性が高かった。それに触発された配下の禍威獣たちは動きを見せたのは肝を冷やしたが、『王』を抑えたのはやはり彼女だった)

 

『やはり…彼女に『女王』の資格はあったのか…?』

 

(それは現状で判断しかねる。彼女の優しさがただ行き届いただけの可能性は捨てきれない。事がデリケートかつ危険なものだ、慎重に行くことに越したことはないだろう)

 

『そうか…では、悪魔たち外来種の方はどうだ?』

 

(天使と呼ばれる者たちに動きはない。悪魔側も一触即発の可能性は十分あり得たが、現状維持と言ったところだ…問題は…)

 

『やはり堕天使か?』

 

(…この町で何かしでかすことは明らかだ。だがここは慎重に行く。下手に我々の力を晒すのは好ましくない。ある程度の対処は任せるが、仮に『王』の逆鱗に触れるほどの事態になるのなら、私は手段を問わずにその堕天使の首謀者を排除する)

 

『大きく出るつもりも視野に入れるか…』

 

 

 神永は屋上から何気ない日常を届ける駒王町を眺める。

 これからここを中心に戦火に巻き込まれると思うと、静かに怒りが込み上げる。

 

 なぜ彼らは戦争を望む…?

 

 なぜ容易く命を刈り取る…?

 

 神永は懐からスイッチがついた棒状のアイテムを取り出す。

 

「この町で好き勝手にさせることはできん…」

 

 そう呟く彼の背中をこっそり物陰から見つめる者が一人。

 

(神永先生…)

 

 その正体は春雄であった。

 

 

 

 胸騒ぎが止むことはない。

 

 

 

 

 

 




 これにて『戦闘校舎のフェニックス』は終了です。

 イッセーとライザーの戦闘シーンが無いのは、あくまで春雄メインで行くためです。
 次回は次回なだけにガッツリ絡んでいき、ウルトラマンも本格的に動き出すつもりでいます。


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月光校庭のエクスカリバー
第21話 紆余曲折の現実


 今回から「月光校庭のエクスカリバー」がスタートします!
 いよいよ裁定者である神永が、そしてゴジラである春雄が、駒王町の危機に奔走、躍動するかもしれません!


 目の前を、背から蝙蝠の翼を生やす異形が、魔力を纏わせた攻撃が飛ばしてくる。見た目からして悪魔だったが、そんな彼らの攻撃は目障りだった。

 

 さらに背後の方に不快で強烈な光が差し込んでくる。

 振り向いた先には、悪魔とは違った翼を持つ異形が、大小さまざまな武器を構えていた。

 白鳥のように艶のある白い翼を持つ者、烏のように濁った黒い翼を持つ者からは、同じような光の攻撃をしてきたが、なぜこうも抱く印象は大きく異なるのだろうか。

 目くらましには十分な光量で、流石にうざったく感じ始めた。

 

 ふと強烈な振動が空気を揺らし、自身に三大勢力とは比にならない攻撃が加えられた。

 出所を探ればすぐに分かったんだが…

 トカゲ…蛇?

 あ、ドラゴンか。

 あまりにもスケールダウンしてたから、「ホントにドラゴン?」なんて思ったけど、すぐその疑問は解決した。

 

(僕がデカいのか…ていうかこの体…)

 

 いつか見た黒い主だった。

 大昔の夢で見たような光景だったけど、対峙しているのがあの虫みたいな黒い怪物(ムートー)から、天使、堕天使、悪魔、ドラゴンになっただけだった。

 

(なんで戦わなくちゃならないのかな…)

 

 なんで黒い主さんは怒ってるのかな。

 あの黒い怪物と戦ってたのはお互いに天敵の関係だったから、生き残るためのものだったんだろうけど。

 その漠然とした疑問に答えてくれるように、黒い主の視線は大地を見据える。

 木々は倒され、野は焼き払われ、美しい山はその原型すら残さず荒らされ、川や海はひどく汚れていた。

 

(そっか…)

 

 僕はこの黒い主さんの記憶を覗いて、とてつもない喪失感と悲しみに襲われた。

 好きな自然が彼らによって壊される様を眺めるだけなのは心が痛む。

 

 許せない…

 

 僕の中で憎悪の念が積もってゆく…

 

 そんな僕の思いと、黒い主の怒りなんて知らず、赤と白のトカゲと、超巨大な体を持つ龍、それこそ黒い主に匹敵するほどの龍が攻撃を仕掛けてきた。

 

 

 

 

 

 目障りだな…

 

 

 

 

 

「…!」

 

 そう思った矢先、気がつけば、僕の目の前の景色は真っ赤に染められていた。

 彼らの攻撃によって発生した火なんて生ぬるく感じるほど、ありとあらゆるものを飲み込んでゆく。

 

 

 

 瞬く間に辺りを灼熱と衝撃波が襲う。

 

 

 

 発生した夥しい量の蒸気が上空へ上り、特徴的な雲を作った。

 

 

 

 そして死屍累々となった現場に「死の灰」が降ったのだった…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じたカーテンの隙間から差し込む早朝の光は不思議と青く感じる。

 外から微かにスズメたちが歌声を重ねて響かせているのに気づき、むくりと体を起こす。

 

「またあの夢…」

 

 ため息と共に、僕は自然と自分の手に視線を送る。

 

 あまりにも恐ろしい力を目の当たりにし、その手の震えが止まっていない。

 

 強力な気配を感じたあの巨大な龍の他、それと双璧をなす「無限の力」を感じさせる龍ですら真っ向から当たって勝負にならなかった。

 巨龍は身体中ズタズタに傷つき、無限の龍は攻撃を喰らってなお倒れずに向かってくる存在に威圧され萎縮、その後すぐ2体は撤退してしまうのだった。

 

 自身に背を向けて逃亡する者を、黒い主は追撃こそしなかったが、怒りと殺意をありったけ込めて咆哮を上げた。

 今でもその咆哮は、夢とは思えないほど、僕の脳内に色濃く刻まれていた。

 

 その咆哮は聞く者の魂を震わせ、その力強さで魅了してしまう。

 

(あの中で別格な2体があの有様なら…イッセーに宿ったあの赤龍と、共に攻撃してきた白龍なんて、黒い主からすれば有象無象に過ぎないのか…?)

 

 あの夢では、終始巨龍と無限の龍に固執していた。

 恐らくそれら以外は眼中にない…

 

(極め付けは最後に見たあれ…)

 

 これが一番春雄を震わせているものだった。

 

 黒い主が放った攻撃で、着弾した地点から超広範囲の爆発が起き、放たれた熱と衝撃で周辺を跡形もなく吹き飛ばされる衝撃的な光景。

 発生した蒸気があっという間に爆炎と共に天に昇り、あるものを形成した…

 

 

 

 歴史の授業で何度も見た、モノクロの資料写真と全く同じ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…キノコ雲を形成していた…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…寝目覚めが悪いな…」

 

 朝のだるさが吹き飛び、二度寝する気にもなれないほどのショックを受けた僕は、真っ直ぐ洗面所に向かう。

 バシャバシャと、何か不安を払拭するように顔を洗い、雫の滴る自分の顔を見た。

 高校生とは思えないほど、疲れてどんよりした目の奥に、ギラリと猛禽類を思わせる瞳があった。

 

「僕の力はなんなんだ…」

 

 この力が赤龍帝に留まらず、あらゆるものの頂点に立つ力なら…

 

 この程度で不安は消えることはない。

 水の冷たさなんて感じないほどに、僕は先ほどの夢のことばかり考える。

 

 単なる夢…

 以前までのように、快活に、単純に、楽観的に受け流せたらどれほど良かっただろうか。

 あの夢がただの夢に思えない。

 

「僕は…何者なんだろ…」

 

 

 僕が重い足取りで居間に入ると、父さんと母さん、イッセーに加え、ホームステイという形で兵藤家で世話になっているアーシア、そして…

 

「おはよう、春雄」

 

 エプロンをつけた部長ことリアスさんが、僕の分のご飯と味噌汁を用意してくれていた。

 ぎこちなくその二つを受け取り、徐に父さんの目の前に座る。

 う〜ん…未だ部長がここに居るのが慣れないな…

 

 少し居心地悪く感じる理由が、別にライザーとの試合で僕と部長の関係が一時険悪になったからとか、そういうわけではない。

 そもそも、あの時お互いに冷静さを欠いてしまっていたため、まともに話ができないと判断した僕が、一方的に部長をはじめとした眷属のみんなから距離を置いていただけだった。

 

 断じて完全に彼女のことを根に持ってるつもりはないし、お互いに謝って解決はしたから大丈夫なんだけどね。

 

「春雄…?」

 

「ん…何?父さん」

 

「いやな、あまり顔色が良くないからな…大丈夫か?」

 

 いかんいかん、表情に表れてたか。

 今まで通り、風邪すら引いたことない元気な様子を届けねば。

 

「大丈夫だよ、父さん」

 

 僕はいつも通り、丼飯をかきこむ。

 おかしい…いつもならバクバクと食べられるのに…やけに重たく感じる…

 やっぱり食事って、何気ない幸せを感じる時に食うのが一番だよな。

 

 無理して食べていることを悟られぬよう、僕はなるべくイッセーたちの方を見ずに目の前の料理を平らげる。

 

「ご馳走様!部長、美味しかったです」

 

「あらそう…?なら、いいんだけど…」

 

 あれ?

 部長、なんでそんな顔するんです?

 イッセーもアーシアもどうしてそんな目を向けるの?

 

 どうしてみんな心配するんだろ…まだ顔に出てるのかな…っ!

 

「う…!?」

 

 さっきの夢がフラッシュバックする。

 僕の目の前で、悪魔全員が僕に敵意を向け、攻撃し、みんな等しく僕に殺されていったあの光景…

 目に焼き付いてしまったあの惨状が、イッセーたち優しい悪魔との普段の何気ない日常を覆い尽くそうとする。

 

 やめて…

 僕は彼らを失いたくない…

 

 でもあの時の悪魔の顔も忘れられない。

 あの時見えた表情が、間違いなく黒い主に、僕に向かって殺意を飛ばしていた。

 

 いつか…彼らも…

 

 僕の中で、夢の中の記憶、普段のイッセーたちとの記憶、そして不安がぐちゃぐちゃに混ざっていく。

 

「…ぃ…おい、春雄!」

 

 イッセーの声で、意識を現実に引き戻された僕はみんなを見る。

 

 

 

 いずれは心配してくれている彼らを、僕はこの手で…

 

 

 

 僕は居た堪れなくなる前に、そこをすぐ離れて学校へと向かうため、家を出ていった。

 早く離れたい一心で、僕はコンクリートを蹴る。

 ひたすら無心に。

 

 しかし、どれだけ走っても、ここまで疲れないなんて…

 改めて僕は、この体の異常さに恐怖を覚え、震えた。

 以前まで抱いていた「自分が何者か?」のような心配入り混じる恐れではない。

 

 その恐れ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…このままじゃ、『独り』なのかな…

 

「あと2時間もあるじゃん…」

 

 時間なんてもはやどうでもいい。

 僕は公園のベンチで座って心を落ち着かせよう…

 

 

 俺は兵藤一誠と申します。

 最近の悩み…とは言っても些細なもので…いや、そんな深刻なものじゃないっていう意味で、俺からしたらかなりビックなイベントで…

 

 これ以上言えばチグハグになりそうだからストレートに言います。

 

 朝、ほぼ毎日のように部長が隣で全裸で寝ているんです!

 

 

 

 いや、普通に考えておかしくねえか?

 ライザーとの結婚を破断にした後、すぐ部長は俺の家にやってきて春雄との蟠りを解いたあと、この家に住むため親と話していた。

 一応、主人として眷属の近くに居たいから、とか一丁前な理由を付けてましたが…

 じゃあ他のみんなはどうするんですか?

 そう聞いたら、部長は笑ってはぐらかしてばかりだった。

 

 その話は置いておき…

 今は俺の隣で眠る美少女について話さねば…!

 部長は前、「寝る時は裸」とか言ってたっけ。何やら服が体に密着する感じに違和感を感じるらしい。

 

 それはいい。

 

 俺が問いたいのはですね部長、なぜ俺のベッドに入って、俺を抱き枕がわりにして寝るんでしょうか?

 お陰様で俺の息子はいつもの朝以上に元気になってしまってます!

 

 ただの朝○ちじゃね?

 そう思ってる全国の経験者たる男たち!そのメカニズムを知っている者たち!

 確かにそれもあるが、部長の柔らかくて大きいあの乳が、俺の腕に当たっていたし、しかもその腕は部長の太ももに挟まれて動けなくなっていたし!

 こんなことされたら、朝勃○のレベル超えて最強に硬度な塔ができるわけで…

 

 前までこんなことなんてあり得ないと思ってたんだけどなー。

 そう言えば、露骨に俺へのスキンシップが増えたのって、ライザーさんと戦ってからだよな。

 

 ライザーさん、実はああ見えて結構いい人だったりする。

 俺が代償を差し出してまで得た赤龍帝の力に、臆することなく真正面からぶつかってきてくれた。

 あの人のお陰で後ろ髪引かれることなく殴り合いができたと言ってもいい。

 

(もともとライザーさんも、親が勝手に決めた結婚に反対だったんだろうな)

 

 だったら手を引いても良かったんじゃ?

 って思うわけだが、結局アイツは「リアスほどの上玉が手に入るなら悪くない」とか言っていた。

 だがそれ以上に俺は、部長を泣かせたアイツを許すことはできなかった。

 

 そのことを伝えるとライザーさんは、

 

『確かに、俺には殴られるべき理由がある。だからこそ俺は逃げも隠れもしない。だから今は悪魔としての責任やら義務やら地位は全て無しだ!

 

 全力で来い!兵藤一誠!』

 

 ムカつく奴には変わりないけど、悪い奴ではないのは確かだった。

 だから俺は、全ての迷いを振り切って、思いをのせた左腕を振るうことができた。

 

 何もともあれ、無事部長の結婚は阻止できたし、この件で悪魔社会の見直しも検討されたし、良かったんだけどな。

 あれだけ頑張った俺へのご褒美が、部長との生活ってか?

 

 とりあえず一つ、神様ありがとう!

 

 頭痛すら気にしないと言った感じで俺は朝飯にがっつく。

 目の前に広がる料理、全部部長が作ってくれたらしいけど、和洋中全部作れる上に、洗濯掃除とか家事全部できるってハイスペックすぎやしません?

 

 俺の目の前でご飯を食べるアーシアも、部長をどこかライバル視して家事を頑張ってるが、流石に相手が悪い。

 それでも一生懸命頑張る彼女の姿は本当に微笑ましい。

 

 今日も朝からドキドキしたけど、平和で素晴らしい日になりそうです!

 

 そう思った矢先だった。

 

 最近、春雄の奴の調子がおかしい…

 

 

 学校でも春雄の様子はあまり変わっていなかった。

 俺の目の前の席がアイツでもあるんだが…

 

「…」

 

 普段割と真面目に先生の話を聞いているアイツが、今は心ここに在らずと言った感じで窓の外を眺めていた。

 ついこの間まで馬鹿が起こした前科のせいで、俺、松田、元浜に加えて「問題児カルテット」なんて不名誉な称号を受けたわけだが…

 

(ああして黙っていりゃあな…少なくとも俺より顔は良いから、木場ほどではなくともモテたんだけどな…)

 

 こんなこと言っちゃなんだが、物思いに耽っているアイツの姿は、身内評価を差し置いたとして、それでも容姿も相まって結構様になってる。

 

(って、何考えてんだ俺!アイツはずっと悩んで辛い思いしてんのに)

 

 

 結局帰るその時まで、アイツはあのままだった。

 流石に心配で、一人にしておくのもどこか危なっかしい感じもしたため、部員全員と帰宅することになった。

 

「なんでみんなして付いてくるのさ…」

 

 先頭を歩く春雄は、以前では考えられないほど疲れた調子の声と、その「怠さ」を表すくたびれた背中を見せていた。

 

「今日は旧校舎で使い魔たちが清掃をしていてね。だから今日は、お家を使わせていただくことにしたの」

 

「旧校舎で掃除…ねぇ…」

 

 部長の説明に少し反応を示した後、すぐ歩いていってしまった。

 

 そして俺たちが横断歩道を渡り終えた瞬間、

 

「先に失礼します。今日は体調が優れないので…」

 

 少し歩くと、春雄は振り向いて頭を下げた。

 う〜ん…いつもの俺の思い込みが先走ったか?

 しかし、単純に具合も悪そうだが、教室で見せていたあの顔は何か考え事をしている時のものだ。

 今アイツは重要な何かを抱えているはずだ。

 

 そのまま歩き去ろうとする春雄を俺は呼び止め、

 

「あまり無理すんなよ」

 

 当たり障りのない言葉を選んだつもりだが、果たして大丈夫だろうか?

 春雄はコクリと頷くと、先程までどこか焦っていた様子から一変して、トボトボと歩いていた。

 

「どうしたんでしょう、春雄さん」

 

 心優しいアーシアは、春雄の様子をかなり気にかけていた。

 仲間として、家族として、義兄妹として、日常生活の多くの時間を過ごす者として心配なんだろう。

 そりゃそうか。

 何気に兄弟とか家族以外で、俺の次くらい絆が芽生えてるのって、アーシアな気がするんだよな。

 前言ってたっけ、アーシアの優しさがアイツの中の存在に届いたかもって。

 

 やっぱり必要なのは、いつの時代も平和を想う心と、優しさか…

 

 

 一足早く帰宅した僕は、自分の部屋に戻るとすぐ動きやすい格好に着替えると、何度も手や足を思いのまま変形させられるか確認した。

 

「イッセーが言った通りなら、今日は旧校舎に使い魔以外誰もいない…そうなれば…」

 

 ()()()が調査をしに来る絶好のチャンスとなる。

 

「さて…何を知っているのか…神永先生…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…いや…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…裁定者…」

 

 

 先に春雄が行ってしまったことを心配しつつ、俺たちオカルト研究部は俺の部屋に集まり会議を開いた。

 と言っても、そんな堅苦しいものではなく、今後の悪魔としての活動の大まかな見通しとか、俺やアーシアの使い魔についてとかについてが話し合われた。

 あくまで暫定的なものであって、このままの調子であれば契約とかは問題ないだろうし、使い魔も現段階で必要性に迫られているわけでもないから、ホントざっくりだった。

 お菓子とかジュースとか、さながら軽いパーティーのようなノリで、学校屈指の美男美女と会話するのは新鮮だった。

 

 俺が普段集まって話をする友人は、松田や元浜のような欲に忠実な卑猥男子とエロトークをするような奴らだし、春雄のパイプで繋がった奴らも、どこかネジが2、3本外れてるような連中だったからな…

 みんないい奴なんだけど。

 こういういかにも従順な高校生の放課後みたいなイベントはやってこなかった分、ちょっと変な緊張はあるが、退屈はしない。

 

(こんな方たちと一緒に居られるなんて…)

 

 いや、マジで神様?悪魔の場合は閻魔様?とりあえず感謝!

 

 とは言え…

 

(やっぱりアイツのことがな…)

 

 兄弟として、時間が経過するごとに、普段とは違う様子のアイツに不安が積もっていく。

 

 そんな俺の心境を露知らず、ニコニコの母さんが俺の小さい頃のアルバムを持ってきてはみんなに見せた…

 

 はあ?

 

 なんでそんな俺の醜態を晒すようなことをしてくれてんの?

 確か前、「女の子の知り合いができて、家に呼んで来たら是非見せたい」とか言ってたっけ?

 いや、なおさら見せるなよ。

 

 そのアルバムは俺の小さい頃の写真だから、物事の良し悪しの分別もままならない俺が全裸になっているシーンだってあるはずだ。

 そんな卑猥な写真を見せられるか!?

 

「あらあら小さい頃のイッセー君、随分と可愛らしいですわね」

 

「…イッセー先輩の赤裸々な過去、丸わかりです」

 

 ニコニコ笑顔の朱乃さんが見ているページは、俺が風呂上がり、服を着ないで歩き回っているシーンのものだった。

 なんとなく朱乃さんは、こんな写真とか見ては、いじりの材料にしてくるだろうから楽しそうなのはわかる…

 しかし、あの寡黙な子猫ちゃんが興味示すなんてな…

 マジで恥ずかしい…穴があったら入りたい…

 

「小さいイッセー…小さいイッセー…小さいイッセー!」

 

「あの、部長…大丈夫ですか…?」

 

 最近俺へのスキンシップが多くなった部長は、早速手遅れな感じがする。

 俺の中の部長のイメージは誰もが憧れる立派なお姉さんのイメージだったけど、最近では年相応の可愛らしい一面を見ることがある…

 しかし…これは…

 もはや苦笑するしかねえな…

 

「部長さん!私もそのお気持ちわかります!」

 

 あ、あの、アーシアさん?

 あなたまでショタコン疑惑がかかるんですか?

 

 あの…二人してそれぞれ美人な部類に入るんだからさ…

 アーシアは目を輝かせて、純粋に楽しんでいるようだけど、部長は呼吸が荒くなってるし、その吐く息は熱を帯びているし…

 

 あっれえ?部長ってこんな方だったっけ…

…まぁ楽しんでるようだからいっか。

 

「アハハ、イッセー君のご両親は素敵な方々だね。こんなにも愛情を注いでくれてるんだもの」

 

 木場の言うことはあながち間違ってはないが…

 つーか、木場。何見てんだよ。

 お前にだけは俺の恥ずかしい過去は見られたくないのに!

 この野郎、今すぐ取り返して…

 

…なーんてな、流石に『騎士』の素早さを持つ木場から取り返せるかって。

 なす術なしの俺は、この状況を強い心を持って受け入れるとしよう…

 

「ねぇイッセー君」

 

 突如呼ばれた俺は木場の方を見ると、さっきまでの和やかな様子はなかった。

 目でわかる…

 

 何度か殺気とか、怒りのこもった目は見たことある。

 

 今のアイツの目は、間違いない…

 

(紛れもない『怒り』…)

 

 とりあえず俺は木場に近づき、今見ているページを覗く。

 そこには、春雄が家に来る前、よく遊んでいた近所の男の子と写っている写真があった。

 

「これについてなんだけど…」

 

 木場が指差すのは、俺とその男の子が遊ぶ背後にある、壁にかけられた剣だった。

 

「う〜ん…何せ小さい時だからな…あまり詳しく覚えてねぇな…」

 

「そう…」

 

 素気なく返したと思ったら、木場は途端にこの日を待ち侘びたかのように、少しばかり喜んで笑った。

 だがそれは、あまりにも歪んでいた。

 まるで…

 

「これは…本物の聖剣だよ…」

 

 『復讐』だ…

 

 俺は木場の変わり具合に固まっていると、後ろから女性陣が呼んできた。

 

「どうしたんですか?」

 

「いえ、家族写真の方を見ていたのだけれど…お父様が写っている写真って一枚しか無くて…」

 

 部長たちが見ているアルバムは、一冊しかない家族の写真だ。

 そこには俺以外に春雄や母さんが写っているが、確かに父さんが写ってるのは一枚しかない。

 それも、俺と春雄が中学卒業間近の、割と最近のものだ。

 

 そう言えば確か…

 

「今親父は普通に企業に就職してるらしいすけど、前はそうじゃなかったそうで」

 

 いわゆる再就職…ってやつか?

 別に特別重い事情があったわけでもないから、気まずそうな表情をする部長たちに、軽く父さんのことを話すか。

 

「何もそんな顔しなくても…別に大した理由じゃないですから」

 

 うん、父さん自身も「なんてことないさ」って言ってたし、なんなら再就職した後でも、俺たちの生活は変わらなかった。

 二人して私立の高校に入ったから、学費は驚くほどかかったんだけど…

 「しばらくビールは飲めないか…」と名残惜しそうにする父さんだったが、それ以上に俺たちが高校へ上がった時は涙を流して喜んでくれたな。

 

 あの時は些細なことでしか思ってなかったけど、ここ最近「非日常な日常」を送っている中であの入学式の涙を思い出した時、妙に心に染み渡る。

 

(なんやかんやあったけど、新しい出会いもあったし、今俺は元気に過ごせてるよ…

 これも父さんのおかげです…)

 

 普段恥ずかしくて言えないことは、心に留めておくに限る。

 ちょっと気恥ずかしさもあるが、悪くない気分だ。

 

「イッセーさん?」

 

 おっと、ちょっと考え込んでたな。

 

「悪いアーシア。じゃあお話しします…」

 

 すると、ひたすら物思いに沈む木場以外のみんなが、姿勢を正して興味深そうに聞こうとしていた。

 何もそう身構えなくても…

 

 

 

「俺の親父、前まで原発で働きながら、アメリカの人とチームを組んで研究をしていたんだ」

 

 

 

 

 

 

 旧校舎、オカルト研究部部室にて。

 

「やはり…ここにいたんですね…」

 

「その様子、私に薄々勘付いていたか…」

 

 春雄の目の前に、無表情で佇む者がいた。

 

「どうしてここにいるんですか…神永先生…」

 

 春雄の問いに、神永は暫く沈黙した後、いつも以上に無機質な声で告げるのだった。

 

 

 

「近いうち駒王町を中心とし、外来種によって戦争が引き起こされる可能性が高い。私はその行先を見極め、適切な裁定を下す必要がある」

 

 

 

「それが…『裁定者』のあなたの役割ですか…」

 

 

 

 

 




この小説では、兵藤五郎さんの設定が大きく変わる可能性がございます。
ちょっとしたキーパーソンになるかもしれません…


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第22話 安らぎを

 今回は何人かのハイスクールddの登場人物の設定を変えました。
 と言っても、大幅な変更はありません。

 今回、ゴジラシリーズに登場した人物に関係した人が出ます。
 


 ライザーとの戦いを経て大きく成長した、リアス率いるグレモリー眷属。

 そして、春雄の内に秘められた力の主の恐ろしさも垣間見えた。

 

「またあの夢…」

 

 その日を皮切りに、力の主の夢をよく見る春雄は、その中で見る光景に恐ろしさを感じてしまう。

 

 いつか自分もああなってしまうのか…

 

 ありとあらゆるものを破壊し尽くす「荒ぶる神」になり、大切なものまでその手にかけてしまうのだろうか。

 

 

「…とまあ、こんな感じです」

 

 俺は兵藤一誠。

 放課後の活動場所である旧校舎は、使い魔による清掃が行われているので、今日は俺の家で会議でした。

 

 いつの間にか俺のアルバム鑑賞会に変わり、恥ずかしい過去がみんなに晒されたわけだが、とある写真を見てから木場の様子が大きく変わった。

 

 春雄と言い、木場と言い、オカ研の男子はみんな大丈夫か?

 

 とりあえず俺は、木場の様子を気にかける傍ら、話に上がった俺の父さんについて話していたわけで。

 

「そう…家族との時間のために…」

 

「ちょっと恥ずかしいすけど、嬉しいんですよね」

 

 俺の父親、兵藤五郎はこの駒王町から離れたところにある、日本の雀路羅(ジャンジラ)市の原子力発電所に勤めていた。

 どうやら俺が生まれる前から働いていたそうで、それと同時にアメリカのチームと共同してとある研究も行っていたらしい。

 そのことを知ったのは、俺と春雄が中学校を卒業する間近、父さんが今の仕事を辞めると打ち明けた時だった。

 その時、俺も春雄も進路は決まっており、二人揃って私立高校へ行こうとしていたので、学費の面で不安に駆られたが、

 

『なーに、心配するな。大した研究じゃないし、次の就職先でも大丈夫なはずだ。それに貯蓄だってあるんだしな。あと次の職場は家から近いし、休みも決まって貰えるからね』

 

 『楽しみだよ』と笑いながら話す父さんが、全く気にする素振りを見せないことに、俺たちは強がってるんじゃないかとも思ったっけ。

 すると父さんは雰囲気を改めて告げた。

 

『いやなイッセー、春雄。父さんはな、家族と過ごせる時間の方が何より大切なんだ』

 

 そう言う父さんの顔は忘れられない。

 

 原子力発電で働きながら研究に没頭する父さんの生活は、毎日忙しそうだった。

 それこそ受験生で勉強に追われる俺より何倍も。

 

 そして何より危険なのだ。

 歴史の授業でチラリと教わった、世界で起きた原発事故。

 初めて聞かされた時は、そこに父さんが勤めていることもあって心臓を鷲掴みにでもされた気分がした。

 確かにあれだけのエネルギーと電力を生み出せるから便利かもしれないけど、万が一のことが起きたら途轍もない被害が出てしまう…

 

 そしてそこで働き、研究もする父さん…

 

「『家族と過ごしたい』…その思いは生半可なものじゃなかったでしょうね…」

 

「こうして楽しい生活ができるのも、お父様のおかげです!」

 

「『家族のために』…素敵なお父様ですわね…」

 

「…カッコいいです」

 

 良かったな親父!

 お世辞にもめちゃくちゃカッコいいとは言えない親父が賞賛の嵐だぜ!

 とは言う俺も、親父は素直にすげえと思ってるし、尊敬もしてるし、憧れてもいる。

 「カッコいい」とは見るものを魅了する者。

 そしてそのカッコいいは様々。

 

(親父もカッコいいんだな…)

 

 

 時間は過ぎ、俺とアーシア、部長はみんなを見送った。

 

 結局木場は考え込んだままだった…

 何も起こらなければいいが、そんな俺の不安を掻き立てるように、吹き出した風が草木を揺らしてザワザワと音を立てる。

 

「みんな帰っちゃったの?」

 

 すると母さんが外へ出てきた。と、同時に家の中から美味しそうな匂いが漂う。

 

「はい、お母様。今日は私の我儘に付き合っていただきありがとうございました」

 

「もう、リアスさんったら、一緒に暮らしているんですから、そんなかしこまらなくてもいいのよ」

 

 ホント部長って礼儀正しいよな。

 作法がなってる。

 やっぱり貴族出身でかなり仕込まれたんだろうな。

 でも部長は一通り家事をこなせるところを見て、ただ使用人に頼り切ったお嬢様の生活を送っていたわけでもなさそうだ。

 

「春雄さん…呼んできますか?」

 

「そうだな、一応食べれそうか聞いておくか」

 

 部長が母さんと一緒に食事の準備をしてるので、俺とアーシアで春雄の部屋の前に向かう。

 

「おい、春雄?大丈夫か?」

 

 ドアをノックしてとりあえず様子を伺うが、返事は返ってこない。

 

「あの、ご飯は食べられますでしょうか?」

 

 アーシアの問いにも、帰ってくるのは静寂のみ。

 寝てるのか…?

 

 

 

…ヒュウゥゥ…

 

 

 

 風の音…?

 窓が開いてるのか?

 

 少し雲行きが怪しくなってきてぞ。

 

「春雄、入るぞ!」

 

 バッとドアを開けると、そこには春雄の姿はなく、開けられた窓から入ってくる風が、カーテンを大きく揺らしていた

 

 どこ行ったんだ…

 俺たちが気がつかないうちに外へ出たか?

 いや、それなら悪魔である部長たちはもちろん気付くだろうし、まず外に行くには一つの玄関から出るしかない。

 

 母さんは料理をしていたらしいけど、流石に気付いてもおかしくないよね。

 

 様々な思考を巡らせ、窓の方を見る。

 まさか…

 

 

 僕は兵藤春雄。

 今僕はオカルト研究室でとある人物と目を合わせている。

 

 その人の顔は、整っていつつも感情が読めなすぎるせいもあり、この部室の雰囲気と相まって不気味さを醸し出していた。

 

「あなただったんですね…『裁定者』」

 

「ああそうだ」

 

 見つめる先にいる、僕の尊敬すべき人、神永先生は悪びれるつもりもなく言葉を発した。 

 

「これでも私はうまく隠したつもりだったが…ちなみになぜわかった?」

 

 今度は僕が質問された。

 

「…『これだ!』って言うものはないです。ただ、人の中にいて、あまりにも不自然に感じたのと、以前公園で出会った裁定者とあなたから同じ気配…そして何より同じ匂いがしたんです…」

 

 正直に僕は答えると、神永先生は驚く素振りを一切見せず、むしろ納得したような顔をしていた。

 

「やはり『匂い』と言うのは残りやすく、証拠として最適か…

 大方君の察しどおり、私は普通の人間ではない。強いて言えば、私の能力で体の組織を限りなく人に寄せているに過ぎない」

 

「…先生は…宇宙人ですか?」

 

「ああ」

 

 僕が恐る恐る聞いた質問に、神永先生は驚くほどキッパリと即答した。

 

「なぜ…ここに…?」

 

「なるべく簡潔に言おう。私の母性はM78星雲の『光の国』だ。その星では、ありとあらゆる星、もっと広く言えば銀河、さらには別宇宙などを監視し、知的生命体の裁定を行なっている」

 

 僕はスケールの大きさに頭がついていけない。

 神永先生は混乱する僕に構うことなく話を続けていた。

 

 宇宙は一つではなく、枝分かれする木のようにいくつも存在すると言う。

 その様々な宇宙には、人間のような知的生命がおり、彼らが将来光の国の害になる者に値するかどうか裁定し、適切なしかるべき処理を行うのだという。

 

 恐ろしいのは、その種族は光の国に「害する者」と判断した場合、『天体制圧用最終兵器』によって、その「害する者」がいる宇宙ごと存在を滅却するという…

 

「なんて…苛烈な種族なんだ…知的生命体なんですよ!?話し合いとかは…」

 

「それを試みて尚危険と判断されれば、だ。事が重大すぎるゆえ、判断を誤らないためにも、我々には長く監視し、なるべく危険な道へと進ませないようにする義務がある」

 

 すると神永先生は、暗くなって星が見え始めてくるだろう空を見上げた。

 

「以前までなら、私は掟通りに行動を起こし、早い段階でその芽を摘むため、仲間のゾーフィと共にそれを行使していただろう」

 

 神永先生から不穏な言葉が溢れでる。

 しかし、次の瞬間には雰囲気が変わった。

 

「私は初めて人間と接触した時、人の持つ『心』に驚かされた。そしてそれは、いい意味でも悪い意味でも人を大きく変える。

 私が見てきたのは数多くの後者だ。だが少しでも良い方向へと向かわせようとする、人間の諦めない小さな努力は時に大きな力を持つことも知った」

 

 そう語る神永先生は無表情なのは変わらないけど、どこか優しさを感じさせた。

 彼の真っ直ぐな目は空の何を捉えているのかわからないけど、どこか深い意味があると思った。

 遠く離れた誰かに想いを届けるように…

 

「今の私がこうしていられるのも、あの時出会った仲間のおかげだ」

 

 

 思い起こされるのは、共に破滅する運命に立ち向かった仲間たちだった。

 

 滅亡が迫るとわかっていつつも、いつもと変わらず自分のやるべき仕事をこなし、希望を見出そうとする女性。

 

 一度はその絶望に押しつぶされ、自分が積み重ねてきた努力も、経歴も役に立たないと嘆いたが、世界中の天才と知識を結集させ、破滅回避の糸口を見つけた若い男性。

 

 チームをまとめる立場にあり、時として非情な選択を迫られ、最後には滅亡を前に「何もするな」と命令され、無力感に支配されても、部下たちのことは見捨てなかったリーダー的な男性。

 

 身勝手な行動をとる私に叱責したり、時に熱くなっ声を荒げることもあったが、それでも最後まで仲間として、バディとして信じてくれた女性。

 

 そして…

 

 

 

 私と一体化し、人間とはなんたるかを教え、今の私を形成してくれた友人。

 

 

 

 私は彼が信じたように、私も信じてみたい。

 人間が我々に可能性を提示し破滅を乗り越えたように、外来種たちが可能性を見出し、全員が信じられるような未来を…

 

 

「私はこの星にいる外来種、悪魔や天使、堕天使の調査を任された。現段階では特に危険性はないため現状維持を続けるつもりだ。

 しかし、この地球に大きく影響を及ぼすつもりなら私も実力行使を辞さないつもりだ。

 そして影響が宇宙にまで大きく及ぶのだとしたら…」

 

「最終兵器で滅却するんですか…?」

 

 僕の問いに、神永先生は頷いた。

 そんな…じゃあ人間ではなくなったイッセーは?アーシアは?

 心優しい悪魔の部長たちは?

 

 みんな殺されてしまうのか?

 

 そんなの…あんまりだ。

 そんなことさせたくない!

 

 僕は気がつけば、手や足を変形させ、尻尾も生やして敵意を向ける。

 しかし、神永先生は全く反応を示さず、ただこちらを黙って見つめてきた。

 

 ああ…僕が憧れた真っ直ぐな目…

 流星の目だ…

 

「春雄君」

 

 神永はしばらくの沈黙の後、口を開いた。

 

「私も知っている。君の兄妹や仲間、そして彼らの主人の悪魔が『可能性』を持っていることを。

 そして同じような心を堕天使や天使にもきっとあるだろう。

 だから私はまだ見守りたい。彼らがこれから歩む道を。より良い未来を切り開こうとする力を信じたい」

 

「だから…『裁定者』としてずっと冥界の調査を…」

 

 すると、神永先生はぎこちなく微笑んで頷いた。

 恐らく今相対する宇宙人は慣れてないんだろう。

 

「私はこの世界の人も、生物ももちろん、外来種の悪魔たちも守りたいと思っている…今失くすにはあまりにも惜しい存在だ」

 

 そう言って締め括った神永先生、ようやく人らしい顔を見れた気がした。

 

「…!勘付かれたか…」

 

「え?」

 

 次の瞬間には、そこから神永先生の姿はなくなっていた。

 先程まで感じていた彼の気配は、光の点滅のように消え失せた。

 ただ、その場に匂いだけ残して…

 

「春雄!」

 

 そして、神永先生と入れ替わるように、イッセーとアーシア、部長が慌てた様子で入ってきた。

 

「なんでここに居るんだよ?」

 

 額の汗を拭いながらイッセーが問う。

 

「…いや、ただ忘れ物して…それを取りに…」

 

 その場しのぎの苦しい嘘をつく。

 もちろん忘れ物なんてない。

 

「良かったです〜急に居なくなってしまいましたから…」

 

「本当ね。旧校舎にいる使い魔たちに聞いてみたけれど連絡はなかったし…でも、何より無事で良かったわ」

 

「全く…焦らせんなよ。ただでさえお前、調子悪かったらしいからな」

 

 ああ…僕はこんなに心配されてるのか…

 そして、彼らを裏切るように僕は嘘をつく。

 

(ホント…馬鹿だ…)

 

 みんなで家に帰ったあと、すぐご飯を食べた僕は、風呂にすら入らずそのまま寝た。

 あれだけ好きだった風呂に入る気すら起きないのは自分でも意外だった。

 

 きっと、ここ最近いろんなことが起きすぎて、寝目覚めも悪く、体以上に精神が疲弊していたんだろう。

 

(明日の朝にでもシャワーを浴びるか…)

 

 

 俺の朝は早い。

 堕天使レイナーレとの戦い、ライザーさんとの戦い、それはどれも神器のおかげだ。

 俺自身がもっと強くなって、神器も使いこなせるようになって、みんなを守るためにも日々修行だ!

 

 しかし、慣れたとはいえ朝5時スタートの特訓はマジでキツい。

 ただでさえ寝起きで頭も体の動きも儘ならないのに、付き合ってくれる部長のしごきはまさに悪魔…いや、確かに悪魔だけれども!

 腕立て、腹筋、背筋、スクワット、10キロランニング…

 悪魔になって多少は丈夫になっても辛いものは辛い。

 

 加えて、普通に授業もあるんだ。

 朝の特訓の疲れがまわり、1時間目から超強力な睡魔が俺を襲う。

 松田、元浜といろいろやらかしてもなお、こうして学校生活を送れるのは、3人して授業は真面目に取り組んでるからだ。

 

 だからこそ、居眠りは厳禁。

 寝てしまうものなら、問答無用で評価は最低…

 学業でも普段の生活でもダメと判断されれば…

 

 

 

『退学』

 

 

 

 流石にそれだけは避けたい。

 何のために勉強したんだ俺は!

 まだ俺は学園でハーレムを作ってないし、このまま卒業できればエスカレーター式で大学にも行ける!

 あれだけ高い金払ったからには絶対行かねえとな!

 

 何より、俺と春雄を送り出した父さんと母さんの期待を裏切りたくはねえ!

 

 

 

 何とか俺は睡魔を耐え切り、ようやく昼休みを迎えた。

 ふぅ…何度かコクコクといったが大丈夫…なはず。

 

「にしてもイッセー、大丈夫か?」

 

「いくら眠気を吹き飛ばすためとはいえ、それはあんまりじゃねえか?」

 

 松田と元浜がやや引き気味に、包帯でぐるぐる巻きにされた俺の左手の甲を見る。そこは俺がシャーペンをブッ刺したところだ。

 眠すぎるあまり俺は痛みで体を起こそうとしたが、4時間目は「チクッ」だけでは足りず、勢いよく「グチュッ」となるほどの威力が必要だった。

 

「ま、これで居眠り回避で退学回避だからな。安いもんだぜ」

 

 そして、その後も適当な雑談をしながら飯を食う。

 

 なんだろ、ごくごく当たり前なこの時間が、今ではすげえ心に染みるぜ。

 

「そういや、オカ研って球技大会出るんだよな?」

 

「お?まあそうだな」

 

 俺たちの学園では年一回の球技大会がある。

 この時期になると、クラス代表、部活代表が放課後に練習したりする。

 

 ちなみに部長はかなり熱を注いでいた。

 ライザーさんとのあの一件が、部長の勝負心を焚きつけた。

 

 以後、部長はボードゲームだろうが、こういった学校行事にも全力で取り組むつもりらしい。

 まぁ俺も体動かすの好きだからいいけど。

 

「オカ研の奴らがボール競技かよ…てか、去年も運動部相手に勝ってたよな」

 

 そりゃそうだ元浜。

 だって、オカルト研究部は人間で構成されてねえもの。

 

 流石に部長は「力を調整するわ」と言ってたけど、あれだけ熱くなってると、本番が来た時ついリミッターを外しそうで怖い。

 

「クラスだったら俺たち負けねぇけどな…」

 

 松田の呟き、単なる自惚れではなく、実際そうだと思える。

 俺のクラスには結構運動できる奴がいたりする。

 

 俺はもともと運動神経は良かったほうだし、悪魔になったおかげでさらに磨きがかかったと言える。

 そして、そこまで運動は得意ではないアーシアも、悪魔になっただけあり、平均よりは少し上くらいの実力を持ったりする。

 なんなら、松田だって中学まではバリバリの運動部で、俺以上にスポーツができていた。

 そんな俺らに付き合って遊んでくれた元浜も、体力はねえがそれなりにこなせるし、何より…

 

「また春雄と同じクラスで良かったぜ」

 

 そう、去年はコイツのおかげと言っても過言じゃなかった。

 球技大会一年の部では、コイツが配点の高い競技で無双してくれた。

 

 今年もこのメンバーなら…と思ってたが…

 

「そう言うわけにもいかないかもな…」

 

「?どういうことだよイッセー」

 

「あの時、春雄ばっかり目がいってたが、他にも()()()()がいたから勝てただろ…」

 

 すると、俺の示す「アイツら」がわかった瞬間、松田も元浜も顔から難色が窺えた。

 

 俺ら4人は中学からの付き合いだが、高校からできた友人も結構いる。

 揃いも揃って曲者だが…

 

「権藤さんか…」

 

 権藤さん、権藤(トオル)は1年の頃同じクラスメイトだった。

 陸上自衛隊の父譲りのガサツな性格で、「怪我したら唾でもつけときゃ治る!」とか古くさい昭和の考えが抜けない人だ、それもあってみんなは「権藤さん」と呼ぶ。

 しかし冷静な判断力と、思い切った行動をとって翻弄できる度胸を持ち合わせており、勝負どころでは異常に強さを見せた。

 どうやら、「薬は注射より飲むに限る」らしい…

 

「あとアイツも…」

 

 すると、ちょうど噂していた本人がやって来た。

 

「ここにいたんだな、お前ら」

 

 声の方を見ると、そこにはスラッとした男子生徒がいた。

 

「おお、義人じゃねえか」

 

「なんか久しぶりだな」

 

「元気してたか?」

 

「ああ、お陰様でな。でも噂に聞く君たちほどでもないさ」

 

 憎まれ口を叩けるほど俺たちと親しいこの男子生徒は、金子義人(ヨシト)

 こいつ曰く、「機械の言葉がわかり、声を聞ける」そうだ。

 そう豪語するほど機械に詳しく、一度でも世界に入り込めば周りのことは見えなくなる。そしてよく春雄とコンビを組んで何か作っては先生を困らせていた。

 顔を見ればカッコいい部類に間違いなく入るのに、機械オタクと春雄としでかした「失火罪未遂」のせいで関わりづらい残念なイケメンとなってしまった。

 

「今回は君たちとは敵同士だな」

 

「らしいな」

 

 イケメンに恨みを持つ松田と元浜が、まともに話せる唯一の人でもある義人は3人で軽く拳をぶつけ合っていた。

 

 その後、久しぶりの友人との会話に花を咲かせた。

 

 

 

 昼休みも終わりになろうとした時、

 

「そう言えばお前ら『帰宅部連合』を作って部活代表にエントリーするんだろ?」

 

 すると、松田、元浜、義人は自信満々に頷いた。

 

「いや、元浜、義人はともかく松田、お前は写真部だろ?」

 

「いや、あの部の連中が競技に出ると思うか?どうせ競技の思い出でしかない写真を撮るんだ。男のロマンを追求できねえくらいなら、俺は競技に参加する!」

 

「ちなみに、権藤さんとかも参加してくれるらしいから」

 

「あとは…」

 

 マジか…

 オカ研最大の障害となるのは、「帰宅部」になるのかよ…

 

 

 放課後、俺はアーシアと部活に向かおうとする。

 その時、春雄にも声をかけようとしたが、松田、元浜と会話して、自然と笑みが溢れてる様子を見て、そのままにしておくことにした。

 

(ずっとアイツは何か狭い思いをしてきたんだろうな…)

 

 周りのほとんどが悪魔で、イマイチ心が休めなかったアイツには、やはり気兼ねなく接してくれるアイツらが必要だったのかもな。

 

(今度、アイツらには何か奢ってやるか…)

 

 

「ここが…私の生まれ育った駒王町!帰ってきたんだわ!」

 

「…おい、我々は任務で来ているのだぞ。あまり浮かれるな」

 

「わかってるわよ」

 

 駒王町に白いローブのような衣服を纏う二人の少女がいた。

 そしてその二人からは抑えきれないほどの聖なる力が溢れていたが、これに気づくものはいない。

 この段階で気付いたものは…

 

「…あれが教会から派遣された者たちか…」

 

 物陰からひっそりと見つめる裁定者。

 

 そして…

 

「…!」

 

「そうなんだよ、でさ、アイツがいきなり…っておい、どうした春雄?」

 

「え?いや、なんでもない…」

 

 春雄だった。

 ここ最近鳴りを潜めていた「黒い主」が、春雄の中で低く唸った。

 

 

 

 




 登場人物の紹介はそのうちやろうと思います。


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第23話 不穏な青春

 権藤さんは、ゴジラシリーズに登場する人物で一番好きかもしれません。


 俺は兵藤一誠。みんなからは「イッセー」と呼ばれている。

 その呼び名は全校生徒はもちろん、近くの高校の奴らにも顔を覚えられて呼ばれるんだが…

 一個下の生徒にまで「イッセー、イッセー」呼ばれるものだから、まぁ別に俺はいいんだけどさ、あくまで俺は先輩だぜ?もうちょっとさ、敬意を込めてもくれてもいいんだけどな…

 

(ま、そうなっちまった原因は俺自身にあるんだがな…)

 

 校内だけでなく、他校のやつにも知れ渡り、駒王町でちょっとした有名人になったのは、当然「輝かしい栄光を手にしたから」とかではなく、普段の学校の愚行が噂として流れていったからだ。

 男子校とか、男の比率が多い高校では俺が英雄視されたり、どっかの中学の奴からは「師匠」とまで言われた。

 

 やめてくれ、恥ずかしい…

 

 今までやってきたことがいかに愚かだったのか、この恥を持ってようやくわかったぜ。

 女子の着替えを覗き見る度、えも言われぬ幸福感と高揚感、そしていけないことをしている背徳感が俺の欲を刺激する。

 そして毎回感じていた。

 いつか手痛いしっぺ返しがくると。

 それは剣道部、テニス部のサンドバッグとか生ぬるいものではなかった。

 

 人として最低な行動、言動をとった者として名が広まると、恥ずかしいことをしたにも関わらず「英雄」とか「ヒーロー」の扱いを受けるからたまったもんじゃない。

 一番心にきたのはあれだ。

 公園のベンチで休んでると、ふと俺の前に小さい子供たちがやってきた。

 どうしたものかと聞くと、

 

『お兄ちゃんってヒーローなの?』

 

『すごいすごい!』

 

『どうすれば僕もヒーローになれるかな?』

 

 あの時俺は、これ以上ないほど自分を呪った。

 俺がしてきたことをわからずに、ただ噂の聞こえがいい部分だけを鵜呑みにした彼らの瞳は、俺には眩しすぎた。

 逃げるように帰った俺は、途方もない罪悪感でご飯が喉を通らなかった。

 そん時、部長とかアーシアにめちゃくちゃ心配されたっけ。

 

「まーたイッセーからボロが出たんじゃないの?」

 

 おっしゃる通りです、春雄さん。

 流石長いこと一緒にいる春雄には、俺の考えがほぼ筒抜けだ。

 本気で心配している部長とアーシアは「?」だったが、春雄は俺に冷ややかな視線を送った後、大きくため息をついた。

 

「もう高校生なんだから…何も言わなくてもわかるよね?」

 

 俺は素直に首を縦に振った。

 

「これで懲りてくれればいいんだけど…」

 

 

 翌日、なんとか立ち直ったイッセーと、久しぶりに同じ時間に登校した。

 今日の僕は頗る調子がいい。

 最近僕も本気で悩みを抱えていたわけだけど、松田や元浜をはじめとした友人と他愛もない会話をして、かなりリフレッシュできた。

 ここ最近体に力が入りっぱなしだった僕を落ち着かせたのも、何気ない日常をくれた彼らだ。

 

 その時話した年頃の男子高校生らしいちょっとアダルティな話、口を開くたびにカタカナが羅列される機械オタクによる話、言っていることがめちゃくちゃなちょっと古くさい話。

 どれもこの場で話した内容は、本人ですらくだらないと思ったはず、それでもみんな集まって豪快に笑い飛ばしたのは、本当に楽しかった。

 そして何より嬉しかった。

 最近様子がおかしかった僕を深く問い詰めず、気兼ねなく接してくれた彼らには本当に感謝だ。

 

「そうだ、春雄。お前って正式なオカ研部なのか?」

 

「まぁ一応は…と言っても、僕はただのお手伝いとかで、毎回来る必要はないから…協力者みたいな感じかな?」

 

 僕をある程度自由にしてくれたのも、部長の計らいだ。

 心労が絶えない僕を察して、部長なりになんとかしたかったんだろう。

 

(一番苦労しているはずのあなたが…)

 

 それでも、彼らは僕を「仲間」としてずっと受け入れると言ってくれたのは本当に嬉しかった。

 まぁどうせ、裏でイッセーの根回しがあったんだろうけど。

 こうして一年生の付き合いの友人が集まれたのも、イッセーのおかげなんだろうな。

 

(やるならもう少し隠してよ…)

 

 でもやっぱり、イッセーには敵わないな。

 本当にあの時からイッセーは変わらず、誰かのために必死だ。

 

「おい、春雄?」

 

「!あぁごめん、ごめん、ちょっと考え込んでた」

 

 松田のおかげで現実に意識を持ってこれたので、正気に戻そうとする権藤さんのチョップを回避できた。

 権藤さん、加減ってものをあまりわかってない。

 挨拶とかの軽いノリで肩を叩く場面があれば、本人はそのつもりがなくとも異常なほど力強く叩いてくると言った具合だ。

 ホッと胸を撫で下ろす僕に松田が教えてくれた。

 

「俺たち主に帰宅部でチーム作るんだが、お前も参加しないか?」

 

「急にどうしたんだ?」

 

 すると、先ほどから黙ったままの権藤さんが、一枚の紙を見せて口を開いた。

 

「見ての通り、歴代部代表は運動部、加えてなぜかオカルト研究部の連中が優勝してやがる。しかしこれでは全くもってつまらない。部代表で決まった連中がいつも通りに競技で一位を取る様子はもう飽きてたんだよ

 それに、いいだけ引っ掻き回して泡吹くアイツらを想像してみろ。必死になってアイツらが俺らにかかる姿は…見ものだな」

 

 嫌そうに語る権藤さんは、言っちゃ悪いが本当に様になる。

 一度去年卒業した先輩と口論しているところを見たが、臆することなく悪態をつきながら皮肉も交えて、正論をズバッと切り込む権藤さんはホントにかっこよかった。

 

「だから、運動に自信がある我々が出て、新しい風を吹かそうって」

 

 そう言う義人は楽しそうだ。

 彼とは時々機械弄りをしておもしろいものを作ったりする仲だが、そんな彼は機械ばかりの頭だけではなく、身体能力も高かったりする。

 競技によっちゃ、松田以上に力を発揮するほどなんだよね。

 

 うん、普通に楽しそう。

 今まで抱え込んできた悩みも、友人のおかげで小さいものになったし、気晴らしで出てみてもいいかもね。

 断る理由はないし、部長たちも「好きにしない」って言ってたし、気兼ねなく接することができる友人と純粋に楽しみたいし。

 

「まあ別に良いけど…人数は?少なすぎても問題あるよね?」

 

 すると、元浜はニヤリと不敵に笑った。

 

「既に手は打ってある」

 

 

「はぁ…久しぶりに疲れた…」

 

 僕は帰ってくるとすぐ、リビングのテーブルに突っ伏した。

 力を持って以来、ここまで体が音を上げたのは初めてかもしれない。

 

 しかし、これは心地よい疲れでもある。

 どんよりと、僕の心に厚くかかっていたモヤが、今では晴れたようなそんな気分だ。

 

「お疲れ様です、春雄さん」

 

 そう言って、アーシアは僕にお茶を出してくれた。

 いやあ、嬉しいね。

 この疲れた体に程よく冷えたお茶が、ちょうどいい具合に熱を冷ましてくれた。

 

「ふぅ…うまい」

 

 おっと、つい呟いてしまった。

 アーシアはそんな僕を見て微笑んでいた。

 

 なんだろ…アーシアと居ると、どうしてここまで心が落ち着くんだろ。

 なんやかんやあって、この家に住むと決まった時、初めは正気かと思ったし、こんなかわいい子と暮らすと思うとドキドキしたりした。

 でもアーシアさんには、何か特別な情が湧くわけでもなく、普通に暮らしているうちにいつのまにか慣れていった。

 

 一緒に居れば緊張してしまうと思っていたが、今ではその逆…

 

「ありがとう、アーシア」

 

「はい!」

 

 これがもと聖女たる、彼女の持つ癒しの効果だろうか。

 

 程なくして夕食を取る時間となった。

 母さんが今日の学校について何気なく聞いてきたので、無難に楽しめたことを伝えておいた。

 

「そう…良かったわ…」

 

 母さんが微笑んで相槌をうってくれたが、その顔にはやっと荷が降りたような様子が伺えた。

 どうしたんだろ…

 すると父さんが、

 

「いやな、最近体調でも優れていないのか、顔色が悪かったからな…あの元気が見られなかった間、父さんも母さんも、イッセーたちも心配していたんだぞ?」

 

 そうだったの?

 いつも通りを装ったつもりだったけど、空元気なのがバレてたか…

 

「聞けば、学校でもボーッとしていることがあったらしいが…今日帰ってきて春雄を見て、いい表情に戻っていて一安心といったところだ」

 

 なんか…父さんに改めてそう言われると、ちょっと恥ずかしいな。

 でもホントに感謝してる。

 悩んでばかりの僕を気にかけつつも、決して無理強いせずに傍観し、解決するのを待ってくれた。

 本当なら、親としてなんとかしてやりたいはずなのに。

 

 もう、あの日の夢の記憶は、僕の中で随分と小さいものに見えてきた。

 まだ完全に解決したわけじゃないけど、今では心がだいぶ楽だ。

 

 

 

ー『孤独』からは逃げられん…

 

 

 

 僕は逃げないよ。

 それに、僕には家族も、友人も、頼れるいろんな人がいる。

 

 

 

 一瞬頭の中で、王の呟きが聞こえたけど、僕はそれに真っ直ぐ答えてやった。

 この手に余す力は、強力すぎる故いつか『孤独』をもたらすかもしれない。

 でも、僕にはまだ支えてくれる人がいる。

 だから僕は、この力を彼らのために使おう。

 

 

 

ーそうか…

 

 

 

 最後に聞こえた王の声に、どこかいつもの迫力がなく、この僕を心配しているような気がした。

 

 

 夕食を食べ終わった僕は、食器を洗っている部長を手伝うことにした。

 彼女が洗ったものを、僕が食器用の布巾で水気を取る。

 

「手伝ってくれてありがとう、助かるわ」

 

「いえ、本来なら僕やイッセーがやればいいんでしょうけど…」

 

「私はあなたたち兄弟に迷惑をかけたし、助けられた。このくらいの家事なら私に任せなさい?」

 

「毎度すみません…いつも助かります…」

 

 不器用なりに僕は感謝の意を伝えると、部長が笑顔で答えてくれた。

 それにしても、部長は何から何まで僕らのことに気を配りながらあれこれ尽くしてくれる。

 ちょっと主従関係がおかしな気もするが、部長の面倒見のいいところが出てしまっているんでしょう。

 

…今だからこそ言えるが、最初の頃は信用できなかった。

 この駒王町の支配権を持つのが、グレモリー家の娘のリアス部長なのだが、その彼女の管理下の土地へ堕天使の侵入を許し、あろうことか殺人まで行われてしまった。

 さしてその被害者がイッセーとアーシア…

 さらには僕も殺されかけた。

 

 不信感が湧いてからは、彼女がどれだけイッセーや僕のことを気にかけようが、何しようが受け入れるつもりはなかった。

 しかし…

 

 僕が悪魔になろうとした前日の放課後、僕は朱乃さん、木場さん、子猫さんに旧校舎の一室に招かれた。

 そして僕がやってくると、3人はすぐ頭を下げてきた。

 初めは驚いたけど、謝った理由として、「管理が不届でイッセーとアーシアを助けられなかった」ことを聞いて納得。

 いかに彼女たちがなんとかして問題に取り組んでいたのか、その日にようやくわかった。

 

『リアスが最近調子が良くないと言うから、気になって夜訪れてみたの』

 

 朱乃さんが言った。

 

 扉の奥からは部長の啜り泣く声が聞こえた。

 

 そして、何度も『ごめんなさい』と呟いていたと。

 

 

 

 洗い物を終えた部長は「よしっ」と声を漏らした。

 そんな彼女の顔つきは学校で見せるキリッとしたものではなく、年相応の女の子らしいものだった。

 

 そう、例え魔王の妹だろうが、グレモリー家の娘だろうが、才能を持った悪魔だろうが、ひとりの女の子に変わりない。

 心だってまだまだ未発達、いや、僕が思っている以上に繊細だろう。

 弱いところはたくさんあるだろうが、それを見せたら仲間がついてこなくなる。

 

 部長であり、王である彼女は泣き言を言えない。

 表は生徒たちの憧れの存在であり、眷属たちを引っ張る王であるが、裏では誰よりも苦労し、泣き、それでも逃げずにどうにかしようと頑張っていた。

 

 その時だ。

 僕は「この人の下ならついて行ってもいい」と思えたのは。

  

 結果、僕は悪魔になれなかったけど、それでも部長は僕を受け入れてくれた。

 

 そして今に至るまで、僕が生活しやすいようになんとかしてくれてるし、学校でもいろいろ見えないところで世話になっているようだ。

 

「ありがとうございます」

 

 

「結局お前はアイツらと組むんだな」

 

「うん、だからすみません…僕はオカ研として戦えなくて…」

 

「別に良いぜ、気にすんなよ!」

 

「あなたが楽しめるのならそれでいいわ。友情を大切に、ね」

 

「ちょっと残念ですけど…春雄さんが元気でいられるなら!」

 

 僕は風呂から上がると、みんなが集まるイッセーの部屋に入り、競技大会のことを話す。

 怒られると思ったけど、みんな快く僕を肯定してくれた。

 でも、みんな僕の我儘に付き合ってもらってばかりと考えると、申し訳なさと共に恥ずかしさも覚える。

 

「てか俺、松田と元浜、あとは義人に権藤さんが帰宅部連合を作んのは知ってんだけど、お前入れてそれで全員か?」

 

「そうなると…あら、全員2年生になるわね」

 

「春雄さんたち、今年はものすごく張り切るらしいので楽しみです!」

 

「そうね、でも負けるつもりはないわよ!」

 

 今年の優勝の可能性が高いのは、前評判では運動部ではなくオカルト研究部になっている。

 まあ悪魔の身体能力のおかげで、素の力が底上げされるわけだからそりゃ強いわな。

 学校の人たちは知らないだろうから、単に「運動部以上の力を有するハイスペック集団」になるわけだが…

 

 甘いですよ、部長。

 

「僕たち帰宅部が新たに風を吹かせます。当日は荒れるでしょうね」

 

 僕たちにはまだ、頼もしい助っ人がいたりする。

 

 

 競技祭当日、一週間前までの天気予報では雨だったが、昨日の予報では曇りのち雨となった。

 快晴で絶好の運動日和とまではいかないが、外の競技終了までは保ちそうだ。

 

 それにしても…

 

「大丈夫かな、木場さん」

 

 数日前、はぐれ悪魔が現れたと報告を受け、上からのお達しより正式な討伐依頼が下されたオカルト研究部は、僕を同行させて現場に向かった。

 本来なら僕が呼ばれる程ではない案件なんだろうが、最近木場さんの調子が優れないらしく、万が一のために僕が呼ばれたらしい。

 

 行ってもやれることは少ないだろうけど、せめて壁くらいには。

 そう意気込んで人気のない倉庫にやって来ると、話に聞いていた通りのぼんやりとした様子の木場さんがいた。

 

『あの…木場さん?』

 

『…!何かな、春雄君』

 

『調子が悪いなら、僕が代わりに前線に出ますよ?ほら、壁役には徹することができるからさ』

 

『…いや、大丈夫』

 

 本当かな?

 今の木場さんはどこか危なっかしい。

 

 

 いざはぐれ悪魔と対峙すると、溢れんばかりの悍しい欲と殺意が一気に流れ込んだ。

 聞けば、こう言う「はぐれ」は元人間が多いらしいが、欲に目が眩んで、主人の元を離れたり、殺してしまって自由気ままに悪事を働くそうだ。

 人の生命をなんとも思わず、いとも簡単に残虐非道な行いをしてみせる「元人間」に悲しみを抱いてしまう。

 どうしてこうなったのだろうか…

 主人側に問題があったのか、それとも悪魔として自由気ままに生きようとする心の移り変わりなのか…

 しかし、既に目の前の存在はこの駒王町の「調和を乱す者」だ。

 

 僕の中の力の主の気配が騒めきだす。

 

 でも今回の主役は悪魔である部長たちだ。

 僕はでしゃばる必要はないし、その時が来たら『排除』するまで。

 

(案外早く片付くか?)

 

 子猫さんの先制の一撃は、はぐれの顔を大きく歪ませながら吹き飛ばし、その先で待ち構えるイッセーが赤龍帝の力を使って追撃する。

 パワーファイターの強力な攻撃をモロに食らったはぐれは早速満身創痍だ。

 

 しかし、奴は最後の悪足掻きで、近くで待機している木場さんを殺しにかかる。

 

「!アーシア、ここにいて!」

 

 僕は真っ先に飛び出す。

 普段の木場さんなら躱すことなんてわけないと思うけど、今は意識が完全別なところへ向かっている。

 

 間も無く食い殺そうとするはぐれ。

 木場が気付いて構えを取った時はもう遅い。

 アーシアの悲痛な叫びが耳に届く。

 

 させるか。

 

 咄嗟に木場を突き飛ばし、はぐれと取っ組み合う。

 普通の人間なら、悪魔の身体能力についてこれず、瞬く間にただの肉塊にされてしまうだろうが、あいにく僕は丈夫だ。

 焦って助けに入ろうとするイッセーたちを目で制し、次にはぐれを睨み付ける。

 はぐれは人間である僕が抵抗し、自分以上の力で抑え込むことに驚いたのか、先ほどまで浮かべていた凶相が困惑と焦りに変わっていた。

 そんな目の前の()()()のことなどどうでもいい。

 僕は自分の手を、はぐれの上顎と下顎にかけた。

 

「アーシア!目を閉じて!」

 

 今やろうとすることがわかったのか、イッセーは顔を青ざめさせながらアーシアの目に手をそっと当てた。

 

 それを確認すると、僕は強引にはぐれの口を開く。

 涙ながらに抵抗しようとするはぐれからは、既に殺意や悍ましい欲は消え、今は純粋に恐怖を覚えていた。

 

 バキバキと鈍い音と共に鮮血が吹き出す。

 

 はぐれの様々な念が込められた叫びが一層強まったところで、僕はさらに力を込めて思い切り開く。

 「あ」と、一瞬だけ短く言葉が漏れると、下顎を首ごと裂かれたはぐれは絶命した。

 

 僕はギリギリのところで雄叫びを上げそうになったのを堪え、みんなの方を向くと、空気が重々しかった。

 先ほどまでぼんやりとしていた木場さんですらドン引き、イッセーはアーシアに背中を摩られながら嘔吐していた。

 

「あ、部長。状況終了です」

 

「わ、わかったわ。お疲れ様…」

 

 顔を引き攣らせる部長は、渋々死体となったはぐれを片付ける。

 珍しく朱乃さんも大きく表情を変えており、子猫さんとはまた壁ができてしまったような…

 

 

 木場さんに一抹の不安を残し、時間がある程度過ぎると競技が発表された。

 クラス対抗では野球とバスケ、部活対抗ではドッジボールなどその他諸々あった。

 

「とりあえず最初はクラス対抗だから、頑張ろうイッセー、アーシア」

 

「おう、お前がいれば心強いぜ」

 

「ちょっと不安ですけど、頑張ります!」

 

 これから始まる戦いに、普段とはまた違う闘志が漲ってくる。

 血生臭さが一切ない健全な戦いに、僕は純粋に楽しみだ。

 

「アーシアちゃん、俺たちだっているからな!」

 

「ここは俺らに任せておくれ」

 

 例の松田と元浜が集まり、問題児カルテットが出来上がってしまったが、この競技大会において、同じクラスメイトたちはこれ以上ない頼もしさを感じているだろう。

 

「行くぜ!」

 

 高らかに叫んだイッセーに続き、野球代表に選出された僕たちは拳を天に突き上げて同様に叫び、チームを、自分たちのクラスを活気づけた。

 

 

「くそ!あそこ打てんのかよ!?」

 

 結果は初戦敗退。

 相手チームにはそこそこ動ける者が揃っており、彼らを義人と権藤さんが牽引していた。

 いきなり優勝候補同士がぶつかり合い、白熱した投手戦の末に2-1で僕たちは惜敗した。

 

 お互い野球部が出ていないにも関わらず、よく試合が続いたものだ。

 ちなみにイッセーが先発し9回まで投げきった。

 8回にチャンスメイクされ、二死で回ってきた義人にボール球を捉えられ、ライト前に落とされてしまった。

 

 負けはしたけど、久々こんなに動いたし、何より楽しかった。

 

「やっぱ権藤さんエゲツないな」

 

「全くだ。俺たち男子はもちろん、女子相手にも変化球使ってくるんだもんな…」

 

 松田と元浜が愚痴ってるが、本気の勝負で挑んだ僕たちだって似たようなことをしたさ。

 男子たちには際どいところを突き、女子たちには確実にアウトを取るため、イッセーお得意のツーシームで打たせてとった。

 

「まぁお互い本気の全力勝負ができたんだし、後悔はないだろ?」

 

 すると、体に篭った熱が逃げていき、冷静さを取り戻した松田と元浜は笑い合った。

 これが良いね。

 青春って感じ。

 

「さ、次のバスケで権藤さんたちへ目に物見せてやろうよ」

 

「だな!」

 

 体力切れのイッセーが無事回復し、高まった士気のままバスケに挑む。

 

 余談だが、唯一僕らが放った安打は3本で、うち一本が僕の本塁打、イッセーがボテボテの内野安打、そして奇跡的に捉えたアーシアのライト前であった。

 

 そしてバスケも白熱した試合展開となり、87-87でフリースロー戦に縺れ込むと、緊張のあまりイッセーがシュートを外し、初戦敗退。

 戦犯となったイッセーは皆が見てる前でクラスの女子たちに綺麗な土下座を披露し、会場はドッと笑いに包まれた。

 

 

 昼休みが終わり、部活代表の戦いが行われることとなった。

 外では雨がぱらつき始めたが、全て屋内競技であったため、そこは問題ない。

 僕は対戦表を見て、意外なところからも参戦していることに、思わず言葉が漏れた。

 

「へぇ、生徒会も部活枠として出るんだ」

 

「でも女子が殆どだったよな?」

 

 松田が言う通り、生徒会はほぼ女子で構成され、唯一の男子で匙さんがいるってイッセーから聞いたけど…

 

(あの発する雰囲気…全員悪魔か…)

 

 全く…僕の学校には一体何人の悪魔がいるの?

 生徒会長と副会長が悪魔だったから、なんとなくそんな気はしてたけどね。

 

「ま、油断はできねえわな」

 

「権藤さん」

 

 僕と松田の間からヌッと現れた権藤さんは、顔を顰めながらオカルト研究部と生徒会の方を見る。

 

「生徒会の奴らもなぜか揃いも揃って人並外れた運動神経を持ってやがる…オカルト研究部もそうだが、何かおかしくねえか?あまりにも常識から外れててよ…それにその二つを調べようとしたが、学校側がなぜかアイツらを擁護するしよ…」

 

 権藤さんの鋭い指摘に、僕は心臓をバクバクと動かす。

 

「確かに…さっきオカルト研究部員が出る学年の競技を見ましたが、あの細い腕から生み出されるパワーは少しおかしい気がしなくもないね」

 

「義人もそう思うか?まるで…同じ人間に見えねえんだよな」

 

 まさか…部長たちが悪魔だってバレてる!?

 まさかそんな…観察眼が鋭い二人だけど、あれだけ巧妙に悪魔の気配も隠してるんだからそんなはずは…

 

「あなたたちもそう思う?」

 

 不意に背後から声がかかり、僕たちは振り返る。

 そこには3人の生徒がいた。

 

「おお、姉御に坊やじゃねえか。お嬢の方もご無沙汰です」

 

「権藤、その言い方やめなさいよね…」

 

「一応僕らの方が先輩なんだけど…」

 

「あはは…権藤さんは相変わらずですね」

 

 服装を見ると先輩であることがわかるけど、立場お構いなくいつも通り接する権藤さんに、3人はもはや諦め、頭を抱えるなり、苦笑いするなりだった。

 

「今日はよろしくお願いします。茜さん、一馬さん、梓さん」

 

 僕が挨拶する3人は、屋城茜さん、青樹一馬さん、佐野梓さんで、以前話していた助っ人であり…

 

「姉御たちは何か存じておられて?」

 

「…特にないわ…ただ胸騒ぎがするだけ…」

 

 部長たちに勘付いている節がある人たちだ。

 

 面白くなさそうにする権藤さんをよそに、茜さんは僕に鋭い視線を向けてきた。

 

 

 




 前回に引き続き、ゴジラシリーズに関係ある人を登場させました。


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第24話 オカルト研究部vs帰宅部連合

 不安だった天候は持ちこたえ、無事午前の部であるクラス対抗の競技は行われた。

 そんな中、やはり目を引くのは学園の2大お嬢様であったり、2年生一の美少女であったり、学園のマスコットであったり。

 彼女らは容姿もそうだが、あの細い手足からは想像もつかぬほどの力強く人を魅了するプレーをするため、見る人全ての注目を集めるのだった。

 また、イマイチ身が入っておらず、ずっとぼーっとしたままの木場は、女子たちから「儚げな王子様みたい!」とメロメロにしており、イッセーはじめとするエロ馬鹿トリオに加え、大半の男子たちが悔し涙を呑んだ。

 

 しかし、生徒の中には彼女らの異常さに気付く者も…

 

「まるで同じ人間に見えねぇんだよな」

 

 権藤がボソッと呟いた言葉に、心臓をドキドキと鳴らす春雄…

 

 今、この競技祭には不穏な空気が流れ始めるのだった。

 

 

「つまり…この帰宅部連合は初めからオカルト研究部と生徒会の隠し事を暴くために…?」

 

 僕の問いに権藤さんは暫く黙り込む。

 その短くも長く感じる沈黙の間、生唾をごくりと飲み込み、問いの答えを待つ。

 そして、権藤さんは頭を掻きながら口を開くのだった。

 

「まだ単なる憶測でしかねぇ…だからそう怖い顔すんじゃねえよ」

 

 怠そうにそう言うが、次に口を開く時には態度を割と真剣なものに変えた。

 

「俺たちの思い過ごしなら、それはそれでいい。今後は一切何も気にせず学園生活を送ることができる。

 だがな、仮にアイツらがコソコソ裏で何か企んで…それが俺たちただの生徒にまで被害が及ぶなら…黙って見過ごすわけにはいかねえよな。

 しかし、アイツらの能力の詳細は知らん。だから迂闊に手を出していい問題じゃねえ。なんせ、学校側がアイツらを匿ってんだからな…」

 

「そこで僕たちは彼女らと実際対峙し、まずは相手のおおよその戦力を測るんです」

 

 権藤さんに続いて義人が答える。

 つまり、今後オカルト研究部と生徒会相手に動く時、相手の強さをあらかじめ知っておきたい。

 おおよそ、彼女たちを()()()()()扱ってないように思える。

 

「そのために、この競技祭という舞台で派手に動くと?」

 

 松田が問うと、

 

「ああ、別に他の部の連中がアイツら相手に本気でいくってなら、それであちらの戦力がいかほどかわかる。だがどいつもこいつも使えねえ奴らばかりだ」

 

 悪態をつきながら他の運動部の連中を睨みつける権藤さん。

 確かに、他の部はどこかオカルト研究部に甘い。

 きっと、2大お嬢様や学園のマスコットである彼女たちを傷つけたくないなと、女子から大人気の木場さんを傷つけて批判を受けたくないと言った思惑があるからだろう。

 

「だから、普段からあの連中が気になっていた姉御に坊やに義人、んで空気の読めないお前を呼んだってわけだ」

 

「つまり威力偵察ってことかよ…」

 

 ニヤリと悪役のような笑みを浮かべる権藤さんに、本当の目的を知り、苦い表情を浮かべる元浜。その後ろでは頭を抱える上級生のお三方が見られた。

 

「それじゃあ…どうしてオカルト研究部の協力者である僕にそのことを聞かないんですか?彼女らのことを知りたいなら、僕にあれこれ吐かせた方が手っ取り早いはずじゃ…」

 

「それは最終手段だ…」

 

 僕の提案は真っ当だ。

 わざわざ競技祭で当たって確かめるよりかは、洗いざらい僕に言わせた方がずっと楽だし、ずっと早い。

 しかし、権藤さんはそれをしなかった。

 「どうして?」と尋ねる前に、姉御こと茜さんが説明してくれた。

 

「もし仮に、リアスたちが本当に何か隠し…それが私たち普通の生徒に知られてはいけないことだとしたら…?」

 

 僕はハッとなる。

 そして僕の反応を見た、坊やこと一馬さんが教えてくれた。

 

「我々が彼女らの何か公開しがたい情報を掴んだと知られれば、いずれはその情報を漏らしたとされる春雄君、君のところに行き着いてしまう。

 そしてなぜか学園と関係が深い彼女らのことだ、我々なら最悪退学処分で終わるだろうが、君の場合そうじゃない」

 

 松田は「アッ!」と、手を叩く。

 

「春雄の家に!」

 

 そう、僕と同じ家に住んでいるのは、オカルト研究部部長であるリアスさん、そして部員であるアーシア、さらに兄弟で部員であるイッセー…

 なぜだ…なぜ冷や汗がこうも出る…

 部長たちからそんなことをする雰囲気は無いのに…

 

 部長たちがこの町のために必死になってるとはわかってるのに…

 

 お互いやっと信頼できたのに…

 

(これじゃあ…僕が自分から裏切ってるじゃないか…)

 

 そんな今の僕のことを気にも留めず、権藤さんはため息を吐く。

 

「こいつを危険な目に遭わせるわけにはいかねえからな。あとお前らも」

 

 そして権藤さんは次に松田と元浜を見る。

 名指しされた二人は「?」な様子だった。

 

「当たり前だろ?お前らには帰宅部連合本来の目的を伝えず、ただ数合わせで出ろとしか言ってねえからな。最悪首謀者は俺に姉御、そして坊やにしちまって、梓さんとバカ2人と失火罪未遂の2人が騙されて利用されたってことにすりゃいい」

 

 意外にも、権藤さんは僕らのことに配慮してくれるようだ。

 なんて思ったけど、やっぱりいつもの悪巧みしてそうな顔を浮かべていた。

 きっとこの人、退学処分を受けたとしても、松田や元浜に調査を続けさせるつもりだ。でなければ、わざわざ情報を共有させることはないし、むしろ何も言わずに競技に出させておいた方が安全だっただろう。

 

 そんな僕の考えを見透かしたかのように、権藤さんは笑ってくる。

 ホント、この人鋭いし頭が回るよな…

 

 しかし、解せないところが一つ。

 

「権藤さん、そこまでして部長たちを…オカルト研究部のことを知るのって、何か特別な理由があるんですか?」

 

 普通、自分からめんどくさいことはやらない権藤さんは、全校生徒のためにわざわざこんなことするとは思えない。

 むしろ、今の状態でも黙っていれば、このまま卒業まで安泰に過ごせたはずだけど…

 

 元はと言えば、この帰宅部連合を立ち上げたのは、茜さんたちお三方だ。

 権藤さんなら、お三方と面識があるとはいえ、他人事のようにいつも通りのスタンスでいると思ったけど…

 

「…なんかな…胸騒ぎがするんだよ…」

 

 そう言う権藤さんの目は、酷く哀愁が漂っているように見えた。

 その目は知っている。

 自分もそうだったから。

 あの目は…

 

(誰か大切な人を失った…)

 

 そんな目だった。

 

 

 僕たちの初戦の相手は柔道部の人たちで、相対的にガタイがいい人が多い。

 それに加え、こちらに向けてくる視線は敵意と共に軽蔑が含まれている。

 

「なーんだ、帰宅部相手じゃイジメになっちまうな…早いところ降参する方がいいぜ?」

 

「頭下げんなら手加減してやらんこともねぇがな」

 

「けけけ!どっちにしろ負けるんだがな!」

 

 あれ…?柔道部ってこんな集まりだっけ?

 礼儀正しいスポーツマンかと思ったが、一人除いてコイツらはどことなく嫌な感じがする。

 しかし、せせら笑う柔道部員を短く一喝で黙らせた者がいた。

 

「我ら柔道部代表だ。部員が失礼を働いたことを詫びる。今日はよろしく頼む」

 

 最も体格の良い短髪の男、恐らく部長と思われる奴が握手を求めると同時に圧を発する。

 しかし、その圧に怯む者は梓さん以外にここにはいない。

 皆真っ直ぐと、目の前の敵を見誤ることなくジッと見つめていた。

 

(こいつら…おもしろい…)

 

 相手の部長が微笑んだ気がした。

 そして、握手をしようと手を伸ばす、度胸ある者もいた。

 

「いやー、なってない部員を持ちますと苦労しますな。ですがご安心を。そんな低俗な輩の謗言なんぞに今さらいちいち反応する者はこちらに居りませんので」

 

 権藤さんのいつもの皮肉が、冷笑を伴って放たれた。

 それにより、頭に血が上った柔道部員は喚き始めるが、権藤さんはフッとひと蹴りし、審判を務める生徒会の女子生徒に詰め寄った。

 

「盛り上がってきましたな。さっさと始めては?」

 

 権藤さんの気迫に押され、涙目になった生徒会の子はジャンプボールのスローイングを担当するため、フィールドの中央へ歩いてくる。

 

「おい」

 

 ふと権藤さんは、殺気が籠った低い声でその子の恐怖を刺激する。

 そして、カタカタ震えるその子の肩を叩いた瞬間、

 

「キャッ…!」

 

 その子は反射的に肘を権藤さんに向かって放とうとする。

 あの肘打ち、当たりどころが悪かったら骨にひびを入れられそうなほど、早くて鋭かった。

 しかし、さすが権藤さんと言うべきか、あらかじめ予測していたのか、その肘を受け止めていた。

 その時驚きつつも感心した表情をしていたのだが、すぐ彼女に訝しげな視線を送る権藤さんは恐ろしい。

 小さい子だったら泣いてるかも。

 

 それにしても、イッセーが言っていたとおり、生徒会の人たちはみんな悪魔なんだね。普通あの華奢な体からあの攻撃はできないはずだもん。

 しかし、権藤さんが悪いとは言え、自己防衛のため反射的に攻撃しようとしてしまうなんて危ないな。

 相手が権藤さんだったから良かったものの、何も知らないごく普通の生徒であれば…

 

 何度冷や汗を流せばよいか…

 

「権藤さん、ちょっかいはそのへんで」

 

「生徒会はゲームの進行役です。運営の妨害行為は退場処分になりますよ」

 

 僕と義人で生徒会の子から権藤さんを離す。

 全く、いくらなんでもやりすぎだ。

 

「姉御、だいぶ怪しい感じがしてますが、単なる格闘技経験者の可能性もあります。本番はオカルト研究部に取っておきましょう」

 

「そうね…でも今後はあの先走った行動は控えなさい?」

 

「そうですよ権藤さん、怪我したら元もこうもないですよ?」

 

「競技祭なんですから、楽しくいきましょ」

 

 上級生のお三方に嗜められ、口では「わかってる」と言うが、あの権藤さんの顔は絶対反省してない。

 巻き込まれた僕、松田、元浜はため息をつき、そんな僕らを義人が慰めてくれるのだった。

 

 

 結果だけ言えば、ドッジボールは普通に勝利した。

 まぁこれだけのメンバーが揃ってるから、流石に大敗はないだろうと思ったけど、流石にアッサリしすぎ…て言うか、みんな強すぎる。

 権藤さんは言わずもがな、茜さんも一馬さんも運動部以上の身体能力があったし、運動神経だけは抜群な松田は相変わらずだし、義人も松田に負けず劣らずだった。

 あと、運動はそこまで得意としてない元浜や梓さんも器用にパスを回してくれたので、相手の陣形を大きく乱すなどができた。

 全員が一丸となって掴んだ勝利は、本当に価値があるものだった。

 帰宅部が柔道部を下したことで、場内はどよめきが収まらない。

 

「まさか俺ら帰宅部が勝つなんて思ってもなかっただろうな」

 

「いやぁ普段散々言われてるからな、ここいらで汚名挽回しとかねえと!」

 

 松田と元浜は嬉しそうにしているが、君たちの評判は校内ワーストを争っているからな…この程度の活躍で思い上がらない方がいいと思うけど…

 

「何言ってるのよ、あなたたち」

 

 噂をしていれば、どこからか茜さんが現れ、二人に説教を始めた。

 

「普段から、イッセーさん加えたあの変態三人衆の愚行を見つけては、いつも説教であったり指導だったり、色々取り締まってくれてますからね」

 

「いや…その…うちの兄弟と友人がいつもすみません…」

 

「良いんです。茜さんにはいつも無理するなと言ってるんですが、どうやらほっとけないらしくてね。いつもはキリッとしてますが、根の優しさから彼らにお節介を焼いてしまうんですよ」

 

 苦笑しつつも茜さんのことを評価する一馬さんと梓さん。

 初めて彼女に出会った時、印象としてクールビューティーで厳しいイメージがあったけど、そんなお節介焼きなところがあったなんて。

 

「聞こえてるわよ一馬、梓」

 

 睨まれたお二人は、冷や汗を流しながら軽く謝罪した。

 

「そんなんじゃないのよ。ただ学校の風紀が乱れるのは嫌だし…何よりあの3人のやってることなんて犯罪よ?注意しないわけにはいかないでしょ」

 

 頬をやや膨らませて、照れを隠しながら怒る彼女は、年相応の女の子らしく、ついつい「ふふっ」と小さく笑ってしまった。

 

「何よ!」

 

「な、なんでもありません」

 

 僕は直ちに謝る。

 茜さんの背後で、ボコボコにされて伸びてる松田と元浜のようになりたくないからね。

 

 

 やっぱアイツらすげぇ…

 下手したら、悪魔である俺らより動けてねえか?

 

 正直この競技祭をなめてた。

 今の俺たちは加減してるとは言え、帰宅部連合は悪魔に張り合えるほどの力を見せている。

 

 俺のバカに長いこと付き合ってくれた友人の一人である松田の奴は、運動神経の良さを全面に出して、他の運動部の連中と互角かそれ以上に立ち回ってるし、もう一人の友人である元浜は、劣る体力面を持ち前の器用さでカバーしてサポートに徹している。

 いや、もうお前ら運動部入れよ。

 

 そして、残念なイケメンに数えられる機械オタクの義人も、研ぎ澄まされた集中力と身体能力の高さで戦えている。

 

 ただでさえ悪魔ですらない純粋な人間が、運動部相手に押していることに驚きだが、それ以上に…

 

(助っ人って…あの人たちのことかよ…)

 

 普段俺や松田、元浜がお世話になってる上級生の3人も帰宅部連合に参加していた。

 

 男子顔負けの強さを見せる屋城茜さんは、クールビューティーな雰囲気と面倒見の良さから、部長や朱乃さんとはまた別な意味で主に女子生徒から慕われている。

 部長や朱乃さんが「美しさ」での憧れなら、あの人は「強さ」の憧れだ。

 うちの女子生徒が、隣町のヤンキーに絡まれた時、たまたま近くにいた権藤さんとボコボコにし、話を聞きつけた親玉率いる総勢50人相手に二人で無双したとされている。

 それもあってか、校内では「姉御」と呼ばれることがしばしばだ。本人は頭を抱えていたが…

 

 そして、その茜さんをサポートしているのが、坊やこと高嶋一馬さん。

 普段は不真面目で調子のいい男って言われてるけど、茜さんとか権藤さんが一緒なら軟弱な面が出てしまう。

 と言うのも、その精神を叩き直したのが幼い頃からの付き合いの茜さんで、権藤さんは単純におもしろがって突っかかってくるだけなんだけど。

 それでもあの人は機械にはめっぽう強く、「技師」としての実力は申し分なく、また自分と同じような人には敬意を表してるそうで、春雄や義人には、年下であっても公正な評価をしている。

 

 そして、一馬さんとよく一緒にいるのが、佐野梓さん。

 学校や社会の決まりごとに忠実で、出会った当初の印象は融通の効かない美人さんとしか思わなかったが、茜さんの説教の後よく、

 

「男の子だもの、しょうがないよね。でも、もうやらないで欲しいかな?じゃないと警察沙汰になっちゃうよ?」

 

 とか、色々優しく教え諭してくれるのを見ると、面倒見が良く、非常に母性的で魅力ある人だと思う。

 でも悪いことにはきっぱり悪いと言える芯の強さもあり、学園では年下の女子生徒に人気だ。

 

「しっかし、こんなすごい人たちが帰宅部連合か…」

 

 帰宅部連合のメンバーは良くも悪くも有名人が集まっていた。

 エロ馬鹿トリオの左翼と右翼、機械オタクの残念イケメン、そして茜さんたち…

 改めて見るとすごい人だらけだな。一部除いて。

 

 そしてそれを率いるのが…

 

「ようイッセー、久しぶりだな」

 

 背後から声をかけられたので、そちらを向くと、

 

「あ、どうもお久しぶりです。権藤さん」

 

 俺の元へ、帰宅部連合のリーダーがやって来た。

 

 

「どうだ?帰宅部もまだまだ捨てたもんじゃねえだろ?」

 

「いや、マジですごいですよ。これじゃあ運動部の面子が潰れまくりですね」

 

「当たり前だろ?お前らオカ研の奴らが優勝候補に上がってたんでな。運動部でもねえ奴が前回の王者なら、帰宅部だってあり得なくはねえだろ。

 それにしたって、運動部の連中は馬鹿の集まりだな。いざオカ研と試合すりゃ、やれ2大お嬢様を傷つけたくないだの、マスコットのあのチビに当てるのは可哀想だの、王子様がどうのこうの…随分と有利になってやがる」

 

 悪態をつく権藤さんには、俺は慣れてるからいいけど…

 

「なぁ、部長さんよぉ」

 

 悪い笑みを浮かべる権藤さんが視線を向けるところに、部長たちがいた。しかし、彼女たちからは剣呑な雰囲気が漏れている。

 

「あら、言ってくれるじゃない。私たちは真っ当な勝負をしているのだけれど」

 

「…『チビ』ってなんですか。『チビ』って」

 

 部長と子猫ちゃんが筆頭に権藤さんと言い合いになった。

 まずいまずい。

 落ち着いてください、部長!子猫ちゃん!

 

 なんとか場を収めようとするが、権藤さんは俺の気持ちなんて顧みず、部長の神経を逆撫でしまくる。

 

「『真っ当』…ねぇ…」

 

「何よ?」

 

「あんたら自分で手を下したわけじゃないでしょうが、他の運動部の連中が本気になれるはずがないでしょうよ。さっきイッセーに言った通り、この学園にいる奴らのほとんどは、あなた方に憧れ…いや、もっとそれ以上に敬うべき対象としちまっているんですよ」

 

 まぁこれだけの美貌の持ち主ならば、「お姉様」とか言いたくなるわな。

 

「じゃあそんなあんたらに、誰が本気になって倒そうと思える?運動部の連中は、真剣に当たってアンタらを下してしまうことに負い目を感じている。最初から勝負になってねえのさ」

 

 部長は反論できない。

 事実、さっきの試合も俺だけに矛先が向いていた。「あの憧れの人たちと一緒にいる獣を殺せ!」なんて言ってたっけ?

 それで野球部がムキになって俺に豪速球を放ってくる。

 いや、いくら悪魔になったとはいえ、当たれば痛いんですよ!?

 

 と、思ってたら俺の息子にクリーンヒットしたわけで…

 

 ま、それは良くて、確かに俺以外は誰もアウトになってない気がするな…

 

「なーにが真剣勝負だ。こんなんじゃ、優勝できて当然だろ?あんたらは放課後にかなり練習したようだが、(はな)からそんなことしなくても、周りが勝手に負けてくれるんだ」

 

「ちょっと権藤さん、言い過ぎですよ!」

 

「一つの目標に向かって仲間と努力することの何がいけないのよ!」

 

「そんなの…酷すぎます!」

 

「…ちょっと許せません…みんなの頑張りを否定するなんて…」

 

「あらあら…随分と好き勝手言ってくれましたわね…」

 

 そろそろ権藤さんを止めねえと。

 散々な言われように、部長とアーシアが目元に涙を浮かばせ始め、子猫ちゃんや朱乃さんからは殺意が漏れ始めた。

 しかし、権藤さんは「フンッ」とひと蹴りし、全く気にすることなく続ける。

 

「一般の平々凡々な生徒は手も足も出せねえ…それだけイッセー以外のアンタらは高尚な存在になっちまった…まるで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…悪魔に魅入られたみたいにな」

 

 瞬間、俺たちの間に衝撃が走る。

 そんな…まさかな…

 ただの比喩表現だよな…

 

 しかし、権藤さんの観察眼の鋭さが、俺以上に動揺する部長たちを捉えた。

 

「どうかしましたかね?悪魔みたいとは言いましたが、所詮はただの比喩。しかしその反応はあまりにもオーバーすぎやしませんか?」

 

 狼狽える部長たちに、いつもと様子の変わらない権藤さんが歩み寄ってくる。

 コツコツと一歩踏み出す度、逃げられないようなプレッシャーが俺たちを襲う。

 

「そんなんじゃ…まともに戦えませんな。その精神も技術も不安定になったところで、アンタらがもし本気になって向かうようなことがあれば…どうなるでしょうね」

 

 今の権藤さんの言葉…完全に見破られている…

 

「あなた…一体どこまで…」

 

「別に俺は…俺たちは勝負を降りてもいいと思ってるんですよ。しかし、その代わりアンタらのことは詳しく聞きたいと思ってましてね…」

 

 そう言って、権藤さんは一冊のノートを俺に投げ渡してきた。

 「これは…?」と聞く前に、権藤さんが目配せで「読んでみろ」としてきたので、パラパラとページをめくる。

 ノートには、いろんな人の名前と、それに関わる新聞の切り抜きが貼られていた。

 その新聞で紹介されている人物は、性別も年齢も、発行された会社も何もかもがバラバラだった。

 

 ただ一つ共通点があるのだが…

 

「全国で問題視されている行方不明者が続出している事件だが…どうも特にこの町が多い…そこで俺は気になって…言っちまうか。姉御と坊やと軽く調査していたわけだが…」

 

 唐突に出てきた名前に驚いている暇を与えず、権藤さんは数枚の写真を放り投げた。

 

『!?』

 

 その写真に、深夜に悪魔の行動をしている俺たちが写されていた。

 

「どれだけ調べたところで、驚くほど何も起きなくてな…むしろ何も起きなさすぎて違和感を感じた俺は、とある人物に協力を依頼した。と言っても、ガキの頃からの付き合いのダチだがな。そいつは目が見えねえが、霊的なものを捉えてるのに優れてるらしい…そこで、そいつを夜連れ回してこの町を回ろうとしたんだよ

 んで、あいつが怪しいと思ったところを写真に収めたら…」

 

 なに!?

 あれだけ気配とか魔力とか遮断したのに、権藤さんのダチにバレてしまったのか!?

 つーか権藤さん、霊的なもの一切なく、ただ直感で怪しいと感じたのって、やっぱりこの人はとんでもない。

 

「アンタらが怪しいのは元々感じていたが、念には念を入れて、今こうしてハッタリかけてみたんですよ」

 

「まさか…あなたたち帰宅部連合は、みんなが…」

 

 部長の話を遮るように、権藤さんが答える。

 

「首謀者は俺と姉御、そして坊やだけだ。今日一緒に呼ばれた春雄や義人、そして他の奴らはただの数合わせ…ま、同じオカ研の春雄なら、何か気づいてるかもな」

 

 一通り話し合えると、「どうする?」と言わんばかりに権藤さんが部長を睨む。

 

 

『次の試合、オカルト研究部対帰宅部連合の試合は、後者の棄権によりオカルト研究部の勝利といたします』

 

 そのコールが響くと、生徒からは期待されていた分、ブーイングが上がった。

 そうして、オカルト研究部の2年連続の優勝が決まった。

 

 この後味悪さを強調するように、雲も灰色に畝り雨が本格的に強く降り出す。

 

「さて、おそらく権藤さんが接触を果たし、このような結果になったと思うのだが、できればあなた方生徒会からも話を聞きたい」

 

 とある一室で、生徒会全員と二人の3学年の生徒が対峙していた。

 

 放送を聞き終え、話を切り出す坊やこと一馬。そこには普段のお調子者で軟弱な様子はなく、真っ直ぐと目の前の異形の存在を見つめていた。

 匙は言う。

 この時、高嶋一馬と屋城茜からは、心臓を鷲掴みにされるようなプレッシャーを感じたという。

 

「どうやら…雨が強まりそうだな…」

 

 学園の裏で行われる駆け引き、町にやってきた謎の少女たち、そして訪れようとしている危機に、神永は窓の外をただ眺めているだけだった。

 右手に、棒状のアイテムを握りしめて…

 

 

 




 権藤さん…何者…?


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第25話 動乱の予兆

 権藤、茜、坊やが中心となって結成された帰宅部連合。

 打倒オカルト研究部を揚げ、リアスたちと直接対決すべく帰宅部連合は奮闘し、立ちはだかる運動部を次々と下していく。

 

 そして、いよいよオカルト研究部と帰宅部連合に決戦の火蓋が落とされようとした頃だった。

 

「それだけアンタらは高尚な存在になっちまった…まるで…

 

 

 

()()みたいにな…」

 

 帰宅部連合本来の目的は、オカルト研究部及び生徒会の秘密を暴くことであった。

 今、人間である彼らが悪魔に自ら迫ろうとする。

 

 

 歪んだ暗雲は雷雨を伴いさらに荒れてゆく。

 時折辺りを金色に染めるほどの稲妻が轟くたび、僕の心の中で胸騒ぎが起こる。

 

(ここ最近、雷に対して神経が敏感になっているような…)

 

 今更子供のように怖がるなんてことはない。ただ、酷く嫌悪感がするのだ。

 金色の光…

 どうして僕の闘争心を掻き立てるのだろう…

 

「おい、どうした?」

 

 その声で我に返った僕は窓の外から視線を移すと、不思議そうに覗き込んでくる友人たちの顔が映った。

 

「いや…何でもない…けど…」

 

 何でもないわけがない。

 本当に、一体なんだって言うんだ。

 どうしてここまで神経がピリピリと痺れるように反応するんだ…

 

「まぁ心配だわな…権藤さんに姉御、坊やが今話し込んでるだろうしよ。あっちにはイッセーもついてるわけなんだし」

 

「だよな。もし本当にオカ研と生徒会のあの人たちがなんかヤバそうな秘密握ってたらって思うとな…」

 

「ああ…まぁ…確かにそうだね…」

 

 松田と元浜の呟きに、かなりいい加減な相槌をうつ。

 彼らは友人のイッセー、そして秘密に迫ろうとする権藤さんたちを心配していると思っているだろう。

 別に思わないわけはないが、僕の懸念はもっと違うところにある。

 

(あの夢見て以来かな…)

 

 夢として力の主…確か部長は言ってたっけ…

 

『イッセーや祐斗の神器に名前があるのだから、あなたの力にも何か名前があった方が良いと思ってね…』

 

 確か大戸島の伝説の、『荒ぶる神の化身』を意味する言葉だっけ。

 

ゴジラ…ねぇ…」

 

 あの時は名前なんてどうでもいいでしょ…とか思ってたけど、名前があった方が呼びやすいし、これ以上ないほど自分にしっくりくるし…

 

 どこか懐かしい感じすらした。

 その感覚は覚えてる。忘れるわけがない。

 村が全滅するその日、色濃く目に焼き付いたのは、古い石碑から見える海。

 その海を見た時の懐かしさが、ゴジラの名前を賜った時にも抱いた。

 

 そのゴジラが見たであろうものの中に、それはあった。

 恐竜が闊歩する時代、突如空は大きく荒れ始め、気がついた時には辺りを眩い光が包み、昼のように僕の視界を錯覚させた。

 あの光景を見た時、僕の内側からとてつもないほどの怒りが込み上げてきたのは間違いない。

 

 ゴジラよ…

 

 この雷鳴を…

 

 あの金色の光をなぜそこまで忌み嫌う…

 

(答えてくれないか…)

 

 どうも所在がなくなった僕は、一つ大きな欠伸をついた後机に突っ伏した。

 

「呑気だな…オカルト研究部の協力者でもあるお前が…」

 

 ため息混じりに呟く義人だが、別に部長たちは悪い悪魔ではないし、生徒会とも仲良さそうだったから彼らも大丈夫だろうけど。

 

 ま、仮に『敵』なら『排除』すればいい。

 

 とりあえず今は、みんなの帰りを待とう。

 先に義人たちが帰ったため、僕しかいない教室は静まり返っていた。

 

 

 

 故にわかりやすい。

 

 

 

 誰かがこちらを監視しているな…

 金色の光により敏感になった感覚が、異形を捉えていた。

 

 

 オカルト研究室では、オカルト研究部いつものメンバーと、生徒会の一部、そして本来なら招かれざる者である人間がいた。

 悪魔側は今でもビリビリと張り詰めた空気が流れていたが、個体として劣勢な人間側は思いの外落ち着き払っていた。

 

「まず急遽このような形で押しかけたこと、先ほどの無礼は謝罪します。リアスさん、申し訳ありませんでした」

 

 第一声は一馬による謝罪だった。

 先程オカルト研究部の彼女らを試すためとは言え、権藤のあの言い分には流石に肝が冷えたはずだ。

 万が一のことを想定している茜、一馬は、権藤の言葉で惨劇が引き起こされると思っていたのだ。

 実際、リアスらは悪魔と知った時、表情こそ崩さなかったが内心は気が気でなかった。

 

「そのことは俺も悪いとは思ってる。せめて殺すなら姉御たちじゃなくて俺だけにしてくれよ」

 

 権藤は彼なりに二人の身を案じたのだろうが、その言い方ではリアスら悪魔は外道のような扱いだ。

 それに腹を立てたリアスが眉を顰めて抗議する。

 

「私たちをなんだと思ってるのよ。確かに悪魔ではあるけれど、私怨で人を殺めることは絶対ないわ」

 

 力強く宣言するリアスを権藤は訝しげな視線を向ける。

 そして隣に座る生徒会長の支取蒼那ことソーナ・シトリーを見、その後ろの二人の眷属たちに目を向ける。

 真っ直ぐ曇りない眼だった。

 

 言葉こそ少ないが、権藤たち3人が悪魔である彼女らを信用するには十分だった。

 

「では早速だが、なぜ俺らがアンタらのことを怪しいと踏んで調査していたか、なんだがな…」

 

 そして語られたのは、警察が手を焼く行方不明者続出事件、そして特に発生している駒王町の異変、この世のものならざる異形の気配、それを捉えた写真に写るイッセーたち…

 

「俺としては、別にアンタらが直接の原因でないことくらい想像できる」

 

「こう言うのもなんだけど、随分と信用が早いわね…」

 

「なーに、グレモリーつったら『愛の力をもたらす』だったか?話のわかる悪魔でこちとら助かるもんだ」

 

 相変わらず相手の神経を逆撫でするように悪者の笑みを浮かべる権藤。

 そもそも上級生に対して問題がありすぎる態度に、リアス、ソーナの額に青筋が浮かび上がる。

 

「権藤、そろそろいい加減にしなさい」

 

 権藤は茜に嗜められたことによって静まったものの、どうやら言いたいことを言い終わったらしく、あとは投げやりな感じで彼女らに話の主導権を渡した。

 本当に、どこまでも他人事にしかとらえない男である。

 そんな男に茜と一馬だけでなく、友人であるイッセーもため息をついた。

 

「なんつーか、お前も大変だな」

 

 普段イッセーと顔を合わせては、言い合いに発展する仲の匙であったが、今回ばかりは同情していた。

 

 

 鬱陶しい…あまり長く見られ続けていると落ち着かない。

 さっきから誰なんだ?

 

(ちょっと探ってみようかな…)

 

 僕はそっと意識を集中させ、自然に身を任せる。

 すると自然は答えてくれた。

 

 若い女。

 この気配、グレモリー眷属ではない。

 

 なるほど、生徒会のさしがねか…

 

「まぁ…僕が情報を漏洩したっていう疑いがかけられてもおかしくないね…」

 

 しかしこればっかりは権藤さんたちがすごいとしか言えない。

 ほとんど自力で、本来なら決して見られない異形を捉えたのだから。

 

 それはそうと、権藤さんがあそこまで動く理由は一体…

 

「それにしても…」

 

 町からただならない気配が止まないのは、この黄金の雷鳴だけだろうか?

 

 

 雨足は弱まることを知らず、横殴りに窓を激しく叩く。

 鬼の太鼓の如く打ち鳴らすそれは、俺の不安を倍増させていく。

 

(う〜ん…どうしたもんだろうな…)

 

 この後絶対部長から話があるはず。

 高校でできた友人である権藤さんについていろいろ聞かれるだろう。

 と言っても、知ってることはあんまりないし、よく話してたのは春雄の方だったからな…

 

『お前の兄弟…春雄だったか?ソイツは様々な者を引き寄せる力でもあるかもな』

 

 ふと赤龍帝ことドライグが俺にだけ聞こえる声で話し始めた。

 

(何かアイツの中の存在を知ってるような口ぶりだったよな。確か…ゴジラって名前がつけられたっけ)

 

『そのゴジラについて、改めて話しておかねばならないことがあってな、これはお前のお仲間全員居た方が良かろう。無論、面倒ごとを解決した後でな』

 

 面倒ごと…木場のことか。

 今でもアイツは端っこの方で何かを見つめている。

 その目は空虚なままだ。

 

「けっ、これが女子たちに『儚い王子様みたい』とか言われんだろ。イケメンっつうのは何しても様になるってな」

 

 悪態をつく匙に普段の俺なら同意するだろうが、ここ数日ずっとあの調子なのも気になる。

 

(事の発端はエクスカリバーか…)

 

 幼少期の俺と、当時よく遊んだ男の子の写真にたまたま写っていた剣。

 なにせ小さい頃だったからそこまでよく覚えてないし、特別何か感じるわけでもなかったが…

 

(木場…エクスカリバーに何があったんだ…?)

 

 あの時一瞬見た目は忘れない。

 そこ知れぬ怒りと復讐に燃える殺意がこもった目。

 

 はあ…

 どうしてオカルト研究部の男たちはこうなんだろうな…

 

 

「リアス、私たちが懸念しているのは、別にあなたたちの行動ではなく、あなたたちが引き寄せる他の異形の勢力が私たちただの()()()に被害が及ばないか、ということよ」

 

「そうならないように、私が駒王町の管理を任されている。悪魔として契約の仕事をするための拠点にこの町を選んだからには、他の勢力の好き勝手はさせないわ」

 

 俺の腹がキリキリ鳴り止まねぇ…

 姉御と部長が、さっきから決して穏やかでない雰囲気が流れてるし…

 

「先程の話を伺うに、あなたがこの町の裏の統治を任されてあるのであれば、他の悪魔、堕天使、天使は不干渉の状態にある…と言うことですか?」

 

「そう言うことになります。私の場合はリアスと親交がありますし、リアスの管轄地内で、契約の妨げになるような違反行為はもちろんしていません」

 

「であれば、リアスさんが本来学校の実験を握るべきなのでは?聞けば、彼女の家計の魔王様が建てたようですが」

 

「表は我々生徒会が、放課後以降はリアスに任せています」

 

「とは言えですよ、リアスさんの仕事に差し支えなく、干渉しないと判断されれば人が殺されるのも容認されてしまうのでは?」

 

 こっちはこっちで一馬さんと生徒会長が質疑応答を繰り返している。

 そこで見る一馬さんは、やはり普段と違って迫力がある。

 下手なことを言って逃れられそうになく、冷静にじわじわと確実に俺たち悪魔の動きや考えを掌握しようとしている。

 生徒会長も、表情に出してねぇだけで、実際は焦ってんだろうな。

 

「まぁ要するにあれだ。一応アンタらの王様のリアスさんであったり、生徒会のところのソーナさんであったり?」

 

 態とらしく権藤さんが今上がった二人の方を見ると、部長と生徒会長は苦手そうに視線を逸らす。

 

「まあアンタらが違反してる連中の取り締まり、んで『はぐれ』だったか?領地内のそいつらの討伐を任されてんだろうが、本当にお前らだけで足りてんのか?」

 

「言ってしまえば…厳しいですわね…」

 

 朱乃さんの答えに最初から期待してないのか、権藤さんは出されていたお茶を啜る。

 

「俺が思うに、このだだっ広い駒王町をたったそれだけの人員でどうこうできるとか、んな甘っちょれえ憶測はねえだろ?

 なぁ匙つったか、お前んところで協力してやれねえのか?」

 

 突然話を振られた匙、予想していなかったのかかなり動揺していた。

 

「え〜と、簡単にそうは言っても、正式な協力は会長が決めますし、そもそもオカルト研究部部長から直接正式な要請がなければ俺らは基本傍観の立場です」

 

「まあお前さんたちがオカ研の奴らと協力したとしても無理だろうけどな」

 

「おっしゃる通りです…」

 

 あの…ホントに権藤さんってただの人間だよな?

 悪魔の俺らがペースを完全に掴まれてる…

 本当に怖いのは人間ってか?

 

「ん?そういや、生徒会の人数が足りねえな」

 

「ああ、それなら今教室で待たせてる春雄の監視らしいです」

 

 すると、代わりに答えた俺の言葉に、3人がガタタッと音を立てて立ち上がる。

 

「監視だと?」

 

「彼をどうするつもり?」

 

「言ったはずだ、彼らは無関係だと」

 

 権藤さんたちの剣幕がすげえ…

 あの部長たちが押されて動けてねぇ…俺もだけど。

 

 この場合、明らかに優位に立てるのは俺たち悪魔だが、ついさっき信用してもらったばかりの俺たちが、悪魔らしく口車に乗せるなり洗脳するなり汚ねえ手を使ってみろ、後に春雄に知られたら今度こそアイツは失望するはずだ。

 

 ここはなんとか俺が抑えとくか…

 

「大丈夫です、権藤さん、姉…じゃなくて茜さん、一馬さん。特別何かするわけじゃないです。確かに俺らは悪魔ですけど、アイツとは…仲間であり、兄弟であり…家族ですから」

 

 

「ここは兵藤を信じるわ。と言っても、私たちの命はあなた方に完全に握られているようなものだしね」

 

「冷静に考えれば…我々はかなり危ない橋を渡ったのでは…?」

 

 無事話も終わり、今はとりあえず監視の強化を行うことを約束することで納得してもらった。

 と言ってもいつ他の勢力に命をかられるかわからない。了承はしたが、納得はしていない感じだ。

 そもそもはぐれ悪魔や堕天使など他の勢力からの凶手から、それなりに話が通じるとはいえ同じく異形の存在である、リアスたち悪魔に頼るのだ。

 不安でないと言ったら嘘になる。

 

 それがただの悪魔であったらだが…

 

「もう!何度も言ってるけど、私たちが自分の手を汚すような真似はしないわ!絶対あなたたち生徒も、この町の人たちのことも守ってみせるから!」

 

 

 無事なんとか話が落ち着き、ようやく帰れる俺は、背伸びをして体のこりをほぐした。

 あのピリついた雰囲気、嫌でも体に力が入っちまうからな…

 しっかし、よくもまあアーシアはあの状況を耐えられたものだ…

 

 暫くみんなで歩いたあと、俺は春雄を迎えに行くため教室へ一人で向かう。

 そう言えば、今生徒会から監査役が来てたっけ?

 

(別に…アイツは思うほど危険な奴じゃないはずだけどな…)

 

『そうとも限らんぞ、相棒』

 

 俺の心の中の呟きに答えるように、ドライグが話し始めた。

 

『相棒の兄弟の中にある力は、俺ですら足元に及ばない異次元の強さがある。それを今まで戦闘とは無縁の生活を送っていたお前の兄弟…春雄が持っているのは周りの連中にとってやはり恐ろしいのだよ』

 

 それは…アイツが力に飲まれて暴走しちまうかも、ってことか?

 

『ああ…アイツが暴走し、力の赴くまま破壊の限りを尽くした時、一体誰が止められる?あれの真の力を目にした時、お前らはどれだけ正気を保っていられる?』

 

 ちょっと待て、アイツにはまだ先の力があるのか!?

 ただでさえアイツは俺たちの攻撃を…

 

『確か…ゴジラだったか?ゴジラを実際に見た俺からすれば、まだまだ実力を1%も出ていない。まだまだお前たちでギリギリ対処できているのだからな』

 

 マジかよ…

 

『マジだ。相棒をはじめとした仲間や友にはまだ実害が及んでいないが、いずれ春雄はその強大すぎる力であらゆるものを滅ぼすかもな…』

 

…黙っとけ…

 

 俺の不安がまた大きくなった。

 一体アイツが前世で何したって言うんだよ…

 もうアイツはいろんなものを失ったんだぞ?故郷の村も、その村の人たちとの絆も…家族も…

 

 まるで今の俺の心を表すかのように、空は雷雨を伴う暗雲に包まれ、今歩く廊下は暗く、どんよりと重い…

 

 いずれアイツが全てを滅ぼす…

 アイツが?まさか…

 確かにアイツはやる時はやる男だが、進んで人を不幸に巻き込もうとはしなかった。

 アイツに限ってあんなことするわけ…

 

 くそっ!

 

 俺はアイツを信じてる…

 血は繋がってなくとも、兄弟の絆は繋がっているとは思ってる…

 

 なのになぜ!

 

…なぜ俺は…アイツを素直に受け入れられない…

 力がなんだ…?

 そんなの関係なく、俺たちは兄弟だ!家族だ…!

 

「くそっ!!」

 

 俺は壁を力一杯殴りつけた。

 鈍い音を立てた壁は、俺の悪魔の力もあって少し凹んだと思う。

 俺の手だって本当は悶絶したいほど痛いはず。

 

 それすら感じられないほど、俺は自分でもわかるほど不安に支配されている。

 信じているつもりでも、心の奥底からアイツを疑う気持ちが海底火山の如く噴き出す。

 

 気分が悪い…吐き気もする…嫌な気持ちを吐き出してしまいたい…

 

 でもそれで…楽になるのは俺だけだ…

 今後はアイツを取り巻く環境は大きく変わるかもしれない…

 

 アイツは既にいろんな奴らに目をつけられている…

 天使の陣営に知られるのも時間の問題だろう…

 それより、話の通じないテロリストのような組織に春雄が目をつけられたら…

 

 

 

 

 吐き気がさらに酷くなる。

 いっそのこと全てを吐き出して楽になりたい。

 

 だが、そんなのは「逃げ」だ。

 

 俺は逃げるなんてことはできない。やっちゃいけねえんだ。

 支えてやるべきだろ、俺よ。

 この程度の辛さ、苦しみ…春雄が味わった惨劇の人生に比べりゃなんだってんだ。

 

『相棒…さっきは無粋だったな…謝罪しよう…』

 

「いいんだドライグ…ああでも言ってくれなきゃ、俺は気づかない間にアイツを見放したかもしれない。あそこで踏みとどまって考えられたからこそ、俺は決意できた。強くなる理由も見つけられた」

 

『…聞かせてもらってもいいか?』

 

 んなの決まってる。この力をもって、悪魔になった時から思いは変わらない。

 ハーレム王になって、女の子の眷属に囲まれる。

 これは今でも、この先も揺るぎないものだ。

 

 だがそれは悪魔としての目標だ。

 

 この力をなんのために使うか?

 

「大切なものを守りたい…ただそれだけだ…」

 

 俺はバカだからこの力の有用な使い方なんてわからない。

 使うやつが使うやつなら、もっとこの力を引き出せるかもな。

 それでも今は俺が持ってる。

 だったら、俺は一途にこの力を伸ばしていく。

 

 もう…涙を見るのも流すのも御免だ。

 

『ふ…此度の赤龍帝はおもしろい…どこまでもバカで、どこまでも熱く、どこまでも仲間思い…いいだろう、その思いをバネに強くなれ』

 

「へ、ありがとよ。ドライグ」

 

「誰と話してるの?」

 

 へ…?

 

 気がつけば、俺の目の前に、春雄が女の子を抱えて立っていた。

 俺は思わず口から変な言葉が漏れ、その場に尻餅をついてしまうのだった。

 

「なんだよイッセー。まるで幽霊にでも出遭ったみたいなリアクションして…」

 

 不思議そうにこちらを覗き込む春雄だが、今の俺はお姫様抱っこされている女子生徒に意識が集中している。

 お姫様抱っこは人によっては憧れるものだが、そんな胸ときめくようなものじゃねえ。

 春雄が王子様なら、抱かれている女子生徒が姫様になるわけだが、そんな彼女が白目を剥きながら涙を流し、引き攣った笑みを浮かべて失神しているのだ。

 

「何があった!?」

 

「ああ、いや。たぶん生徒会の監視役なんだろうけど、あまりジロジロと見られるから鬱陶しくなって…ちょっと気配消して隠れてる方に意識飛ばしたら、この子気を失っちゃって…」

 

 絶対お前殺意飛ばしたろ…

 まあでも、ずっと見られ続けるのはストレスだし、普通に考えれば春雄も耐え難いのだろうな。

 無理もねえか。

 とりあえず、生徒会には多めに見てもらおう。

 

 はぁ…

 

 生徒会に気絶したこの子を預けた後、俺らは逃げるようにそこを離れた。

 早く帰りたいのに春雄がいろいろ聞かれるのはたまったもんじゃない。て言うか、匙の奴がめっちゃ睨んできやがった。

 

 

 俺と春雄が並んで校舎から出てくると、部長とアーシアが傘をさして待っていてくれた。

 隣を歩く春雄は少し居心地を悪そうにしていた。

 そして部長に視線を移せば、不機嫌さが表に出ている様子だった。

 

「春雄、彼らのことを家で話してもらってもいいかしら?」

 

「はい。自分が知る限りですが…あと…なんか、裏でいろいろあったみたいですね。自分も加担していた身なんで、権藤さんたちを止めるべきだと思ってました。反省します」

 

 春雄は部長の前に来て、90度頭を下げた。

 雨足が強まるこの時間、本来なら黄昏時で美しい朱色に染まる筈だが、今は夜と思わせるほど光はない。

 殴りつけるように雨は強く降り、風はないが轟音が鳴る。

 

 頭を下げたまま春雄はその場に固まる。

 この間ほんの数秒だったが、もうずぶ濡れで髪は水の重さで垂れ下がり、顔をつたって雫が落ちる。

 

 淡々と部長に語っていたが、恐らくかなり反省してるんだろうな。

 怒ってるのはたぶん、相談も無しに話を勝手に進めてことだ。

 デリケートかつリスクがある悪魔の問題を、一応一般人扱いの春雄が一人抱える必要はねえんだ。

 まったく…水臭えな…

 

「部長、行きましょう」

 

「そうね、早く帰ってご飯食べましょうか」

 

「はい!部長さんのご飯楽しみです!」

 

 春雄、行こうぜ。

 俺はバンっと、コイツの濡れた広い肩を軽く叩く。

 

「お前がそこまで気負う必要はねえよ」

 

 全くもってその通りだ。

 以前アーシアが言っていたが、春雄は本当にもう救われていいと思う。

 

 幼い頃は何もかも失い、これ以上ない絶望と孤独を経験し、今では宿す力が周りを影響し、人生を振り回され続けている。

 なんでもない日常の幸せをコイツに…

 

「ありがとう、イッ…」

 

 不意に春雄の動きが止まった。

 そして次に辺りを見渡し、そっと目を閉じた。

 

「どうしたの…?」

 

 部長が心配そうに問う。

 しかし、春雄は一切反応を見せないまま目を閉じ精神を統一していた。

 

「春雄さん…?」

 

 恐る恐るアーシアが呼びかけるも、春雄は全く耳を貸さない。

 俺たちの不安を煽るように雨足は強さを増し、稲妻が空を覆うように迸った。

 瞬間、その雷鳴に劣らない衝撃が俺たちを襲った。

 

 

 

ゴガァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"!!

 

 

 

 手足を力の主のもの…ゴジラに変化させ、尻尾を生やした春雄は、猛禽類を思わせるほど鋭くなった目でとある一点を睨みながら咆哮を上げた。

 空気を震動し、耳をつんざくその轟は、俺や部長、アーシアの恐怖の思考を取り払う。

 

 俺は何も考えられなくなった。

 ただただ呆然と見ることしかできなかった。

 

『相棒!正気になれ!見失うぞ!』

 

 その声でハッと我に返った俺たちは、すぐさま春雄の背中を追った。

 

(…!背鰭…なのか?)

 

 春雄の背中から、黒く鋭く尖った楓のような鰭が服を突き破っていた。

 あまりにもそれは異質だ。生まれてこの特徴と合致する生物なんて見たことない。

 

「春雄!」

 

 いかんいかん、完全に呑まれてた。

 俺はすぐ走り出し、その後を部長とアーシアが傘を投げ捨て追う。

 

『!』

 

 春雄の行動に困惑と驚愕が止まらねえ…

 アイツは走った勢いを殺さず、大雨で濁流となった川へ躊躇うことなく飛び込んだ。

 

「一体何が…」

 

 アーシアが呟く。

 アイツが豹変して動く時は基本敵がいる時、または戦いが起こるかもしれない時…まさか!

 

「部長!」

 

「わかってるわイッセー」

 

 部長も俺と同じことを思ったらしい。

 ああもう!なんで約束した直後なんだよ!

 

 

 ついに雷雨は止まず、闇が支配する夜が来たる。

 駒王町の住民は窓を叩く雨と、大砲のような雷に怯え夜を過ごすのだろう。

 

 そして、普段の賑わいを失い、自然の猛威の音のみが耳につくこの頃…

 

「おやおやぁ?クソ悪魔の騎士様を匿うことはどういうことかわかっているんでしょうなぁ?」

 

 飄々とした態度に、隠しきれていない狂気的な言動のフリードが、美男子を守るように前に立つ男を煽る。

 

「彼はうちの学校の生徒だ。種族がなんであれ、私には関係ない。教師たるもの、困っている生徒がいれば手を貸すし、危機に瀕しているなら守るのが普通だ」

 

 対照に男子生徒を守っている男は、表情が読めず、どこまでも無機質であった。

 

「は!こんなところ見られたんで首チョンパ確定ですけど〜、一応教えますとソイツ悪魔なんすよ。んで、悪魔は総じてクソでクズな集まりなんで、見つけ次第即排除なんすわ」

 

「彼が何か悪いことをしたとでも?」

 

「存在自体が悪っすわ」

 

 一瞬男の眉がピクッと動いた。

 

「神永先生…」

 

 男、神永の身を案じたのか、はたまた余計なお世話と突き放すためか、普段から想像もつかない形相と、怒りの籠った口調で彼を呼ぶ。

 

「君の今の状態では満足に戦うことはできない。復讐するつもりだろうが、ただ向かって死んでは無念も晴らすことはできない。君はまだ生きなければならない」

 

 そう言って、神永は男子生徒、木場の意識を刈り取った。

 

「フリード…か…研究室で拝見した資料に名があったな…」

 

 あまりにも正当性を欠いた一方的な主張のみで、話は通じないと判断した神永は、生徒を守るために『裁定者』としてフリードに立ちはだかった…

 

 

 

 




 とうとう『彼』も動き出しましたね。
 フリードは勝てるでしょうか…


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第26話 水面下での攻防

 権藤たちが動いたことにより、駒王町を治めるリアスは真実を告げるほかなくなったため、彼らが欲する情報を与えたのだった。

 彼らの質問や疑問には造言なく答えたこともあり、悪魔である自分たちオカルト研究部はもちろん、生徒会のイメージダウンを防ぐことに成功。平和的にその場がお開きになったと思えた…

 

 しかし…

 オカルト研究部の彼らから不安は消えることはなかった。

 こうにも暗澹とし、物々しく感じてしまうのは、ただの雷雨の所為なのか…

 

 

 日は沈み、辺りは暗闇が支配する。

 雨は止むことなく、むしろ強さを増していき、礫の如く有象無象を殴りつける。

 時折総毛立つほどの閃光が、轟音と共に照らす。

 

 その一瞬明るくなったことで、この荒れ模様の中に男二人が喧嘩…いや、その割には互いに本気だ。

 一人は玩具をもらった子供のように幼稚な、しかしそこからは隠しきれぬほどの狂気の殺意をぶつけ、一人は相手をしかと五感で捉え冷静な立ち回りで戦っていた。

 

「ほ〜う。僕ちんもともと強いんで、普通エクスカリバーなんかもらったりしちゃったらすぐ死ぬんでございましょうが…」

 

 飄々としたフリードの態度が、エクスカリバーでの斬り付けを躱される度に変わっていく。

 

「あんた…何者でございますか?」

 

 その声色には微かに「恐れ」も含まれていたのだろうか。

 フリードは今、目の前に対峙するものの異常さに信じられない様子で、内心かなり取り乱していた。

 

「私は…駒王学園に勤める教師。神永だ」

 

 感じる気配は人間。

 だがそんなことは決してあり得ない。

 

 気味が悪い…

 こちらが必死で攻撃を加えても、目の前の神永という男は一切の無表情で捌ききる。

 気味が悪い…!

 プロレス選手のような構えから繰り出されるチョップ、ローキックが素人と思えない。そもそも神や堕天使の祝福を受けたエクソシストである自分が人間に押されている。

 気味が悪い!

 

(なぜ、エクスカリバーを持ってしても、たかだかこの程度の人間に手を焼く…)

 

 フリードはエクスカリバーの鋒を神永に向けて呼吸を整える。

 牽制の意味も込めたつもりだったが、神永は全く意に介していないようで、変わらず機械的な表情のまま、敵を見据えていた。

 その真っ直ぐ曇りなき目に、フリードはゾワりと背中を振るわせた。

 

「!な、なんでやんすか!?」

 

 呼吸を整えるつもりが一向に整わず、剣が震え始めた。

 そして視線を自身の体に移して初めて気づく。

 

 手や足が震えている。

 

 フリードは完全に神永に恐怖した。

 剣を支える手に力が入る。肩にも。足にも。

 まるで呼吸が止まったかのように苦しい。

 

「その剣には聖なる力が宿っているそうだな…」

 

 神永が何か言っているが、今のフリードに聞く耳はない。

 戸惑い、焦り、恐れ…ここまで心身ともに追い詰められたことのない彼は、今本能がとあるものに恐れ始めた。

 

「…だが所詮は模造に過ぎない」

 

 一歩、また一歩と踏み出される度、フリードの思考は、本能は『死』というものへの『恐怖』に変わってゆく…

 

「その紛い物で、君は自身の苛烈な正義を施行し、ひたすら罪なき者を刈り取っていくのだろう…」

 

 鋒との距離がもう数cmとないところまで来た。

 しかし、今のフリードに戦う意志はもはやない。

 

「君の蛮行により、悪魔だけでなく人間までもが多く失われた。それは…

 

 

 

私は()()()()看過することはできない」

 

 フリードは神永から感じる雰囲気に押され、ついに心が崩壊した。

 狂乱状態となった彼は、ひたすら「死ね」を連呼し、エクスカリバーに振り回された。

 

「使う者が彼のようならば、聖なる力を持ってしても、それはただの獣だな…」

 

 神永はそっとすり足で距離を取り、フリードが突撃したタイミングで、彼以上の速さで蹴りを放つ。

 寸分の狂いなく放たれた蹴りがフリードの顔に命中、フリードは吹き飛ばされ、腐敗臭漂うゴミ捨て場に溜められたゴミに突っ込んでいった。

 

「先…生…?」

 

 神永はここで初めて驚いたように目を大きく開いた。

 振り向くと、肩で息をしつつも目の前の光景に信じられないと言った様子のイッセー、アーシア、リアスがいたのだった。

 

「見ていたのか?」

 

 神永の問いに、3人は頷くことで答える。未だその目からは驚きが消えていないようだ。

 

(一体なんなの…神永先生は駒王学園にやって来た時、特別力がない普通の人間だったはず…まさか…ずっと気配を隠していたの…?)

 

 動揺しつつもリアスは冷静に神永を見極める。このあたりは流石上級生と言うべきか、いち早く冷静になって気配を掴む。

 しかし…

 

「嘘…そんな…」

 

 神永の気配を知るや否や、動揺はさらに増したと言える。

 一歩、思わず後ろに引いてしまった。

 

「部長さん?」

 

「どうしたんですか?」

 

 ふらつく部長を支えるように、イッセーとアーシアが並び立つ。

 そして神永に目を向けるも、未だ信じられない様子だ。

 二人にとって彼は担任であり、特にイッセーは様々な意味で世話になっている先生だ。

 イッセーはギリッと歯を食いしばる。

 大好きな先生に、尊敬すべき人と敵対してしまうのか…

 そんな考えが湧き出始めた時、神永が口を開く。

 

「私は君たちに敵意を向けるつもりはない。君たちは私の大切な生徒に変わりない。例え、正体が人ならざる悪魔であってもだ」

 

 その言葉には柔らかさがあった。

 雨降り(しき)る中、神永の言葉からは温かさが感じられた。

 

(神永先生…)

 

 アーシアはついつい手を組んで祈りそうになってしまった。

 あれほど熱心に祈祷を捧げてきた主に、今の神永が重なって見えたのだ。

 

 恐らくいろいろ言いたいことはあるだろう。

 しかし、3人が神永に歩み寄ろうとした時、不意に何者かの気配を感じた。

 いち早くそれに気づいた神永は、イッセーたちを守るように背の後ろにし、ジッととある方向を見つめる。

 イッセーたちも同じ方向を見つめる。

 

 そこは先ほど、神永がフリードを吹き飛ばしてノックアウトしたゴミ捨て場だった。

 そこには未だ気絶して伸びたままのフリードと、その男に近づく複数の黒い影が見られた。

 

「君たちは何者だ?」

 

「我々はただこの男を回収しにきただけだ」

 

「…詳しいことは聞かない。ただ一つ、君たちの目的は()()()()か?」

 

「と、言うと?」

 

「このまま堕天使側、悪魔側が戦争を始めないか、だ」

 

 すると、フリードを肩に担いだ者から黒い翼がバサリと生える。

 

()()しない。そちらから手を下さない限り…」

 

「…ならばサッサと連れて行け」

 

 堕天使と神永が勝手にことを進め、イマイチ状況がよくわからないイッセーたち。

 

「ちょっと、私の領地で何を勝手なこと…」

 

 リアスが堕天使を問いただそうと、悪魔の翼を広げ、「滅びの力」を手にすると、神永がそれに「待った」をかけた。

 

「今は堪えてくれ。彼らは堕天使、この街の人間に対して何をするかわからない」

 

 少々圧を感じさせる無機質で低い声が、とても人のように感じさせない。

 

(…!?)

 

 そして驚くべきことに、「滅びの力」を集めている自分の左手に、神永の手が翳されたことで、魔力放出が急激に減少、遂には消えてしまった。

 先程まで信じられなかったことが、たった今リアスの中で確信に変わった。

 普通の人間が、魔力を操ることはもちろん、一切の特殊な術なくそれを減衰させることはまず不可能だ。

 それができるのは()()()()()()

 

「あなた…」

 

 リアスが神永に迫ろうとした時、堕天使の一人が悍ましい雰囲気を発しながら言葉を吐き捨ててくる。

 

「命拾いしたな、魔王の妹よ…今回は()()()がいる…先程も言ったが、我々も派手に動くつもりはない…それにしても…そちらの騎士が苦戦したフリードを返り討ちとは…」

 

 最後に呟いた部分にイッセーが反応する。

 騎士…それはチェスの駒の一つ…つまり!

 

「木場をどうした!?」

 

 イッセーが鬼のような形相で左手に『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を装着する。

 そして今にも飛び掛からんとするイッセーを、神永が制する。

 

「木場祐斗なら問題ない。私が安全なところで保護している」

 

「は、え?安全なところ?」

 

「ああ…協力者につい先程来てもらった。彼ならばそこで預かってもらっている」

 

 今の神永の言うことは、果たして本当だろうか。

 思うことはあったが、その曇りなき目を信じずにはいられない。

 

 そこへ、堕天使の一人が、ため息をつきながら神永へ忠告する。

 

「これは堕天使と悪魔の問題…傍観の立場である裁定者が出張ってくるのは、こちらとしては言うまでもなく、そちら側でもまずいのではないか?」

 

「私の立場を理解している…と言うことか。誰の知恵だ?そちらの総督か?」

 

「それは答えかねる…だが、今回は総督は基本的に傍観…この件に携わる気はない…」

 

「そちらの首謀者が独断で戦争を引き起こすつもりか?」

 

 神永が単刀直入に切り込む。

 すると、堕天使は不気味にも高く笑った。

 

「どこまでも裁定者であるあなたには筒抜けか…いやはや恐れ入る」

 

「閑談はこの場に必要ないと判断する。私が問うのはそちらの目的のみだ」

 

 堕天使のこの場にそぐわない雰囲気に飲まれかけるイッセーたちだが、異常なほどの冷静さの中に、言い逃れは許されない絶対的な威圧を感じさせていた。

 

「…どのみち引き起こされるのだ…この駒王町でな…」

 

 そのように答えた堕天使からは、悪魔であるイッセーらを震え上がらせるほどの凶相が浮かび、ニヤリとほくそ笑んだ口からは鋭い歯が垣間見えた。

 

()()()()()()…それは裁定者だけでない、そちらが抱える者…ゴジラもそうだ…戦争の原因は至る所に散りばめられている…我々などが特に何もせずともだ、他の勢力、神ですらいずれ貴様らに牙を剥くだろう!」

 

 そう捨て台詞を残し、フリードを連れて堕天使たちは皆いなくなった…

 呆然と突っ立ったままのイッセーたち。

 とりあえず堕天使の気配が完全に消え失せ、一先ず現状の安全が確認されると、神永は3人の前に立つ。

 

「聞きたいことがあるのだろう?だが今は日が沈み、天気も荒れている。早く帰宅し、両親を安心させてあげるといい。続きは後日だ。その方が様々な面で都合がいいだろうからな…」

 

 そう言って神永は立ち去ろうとする。

 

「先生!」

 

 彼をイッセーが呼び止めた。

 イッセーにはどうしても確認せねばならないことがある。

 

「先生は…その…」

 

 イッセーには言えない。

 今までいろんなことを教わった尊敬すべき人に、とてもじゃないが「敵ですか?」などと聞けない。

 それに絶対に敵対したくない。

 日常から「人としてやるべきこと」を教えてくれた先生に、拳を向けたくない。

 同じクラスメイトであるアーシアも同様だが、直接な関わりがないリアスもそう思う。

 駒王学園に勤める先生のほとんどは、リアス相手にどこか態度を変えているのが見られる。

 まるで完全無欠の姫様を相手にするように無遠慮な扱いはせず、手の届かない存在として接している。

 それが彼女は窮屈に思わざるを得ない。

 だが、そんな彼女を全く意識せず、全ての生徒を対等に扱ってくれた神永にはいい印象を持っていた。

 

 全ての生徒が神永先生を慕っていたのだ。

 イッセーたちはそんな先生を失いたくない…

 

 しばしの沈黙の後、神永は答えた。

 

「悪魔の立場の君たちに、明確に味方として立つことはできない。敵として立つことも、可能性は限りなく低いとは言えゼロではない…」

 

 その言葉を聞き、3人は俯く。

 

「しかし、それは裁定者としてだ…」

 

 神永の声に温かさが籠り、かなり人間味のあるものになった。

 

「私は教師だ。()()である君たちは、私が必ず守る。これだけは絶対に揺るがないことだ」

 

 そう言い残して、神永は雨降りの夜の闇に消えていった。

 

 

 目の前で起こったことに俺たちは完全に呆気に取られた。

 

「神永先生…」

 

 あの人は自分の口から言った。

 

 

 

『裁定者』

 

 

 

 それは、突然現れた招かれざる者。

 ある者は神の使い、ある者は神そのもの、ある者は破滅を齎す者など…

 その反応は様々だが、一つ共通点がある。それは…

 

 途方もない力を有する実力者であることだ。

 

 それが、神永先生だったなんて…!

 でも、裏の社会ではどんなに思われようと、俺の先生であることに変わらなかった。

 

『私が必ず守る』

 

 この言葉にどれだけの力が込められていただろうか。

 どれだけの思いが詰まっていただろうか。

 

「部長」

 

「何?イッセー」

 

「俺は先生を疑いたくありません…先生は…」

 

 俺は言葉を詰まらせた。

 いくらあの人の目が信用できると言っても、これと言って信用に値する確固たる証拠はない。

 客観的に見れば、悪魔や堕天使すらねじ伏せられる力を持つ先生が、気配を隠してこの町に住んでいる、と言うことになる。

 部長はこの町を治める領主。ならば先生を排除対象として立ち向かうことになるかもしれない…

 

 それでも、俺は信じたい。

 自分の考えを伝えようとした時だ。

 

「イッセー…」

 

 気がつけば、俺は部長に抱きつかれていた。

 横でアーシアが頬を膨らませるかと思ったが、彼女の目が訴えていた。

 

 なんとも辛そうな、悲しみの目…

 

 すると部長がひどく弱い声で呟いた。

 

「私はもう…何もわからないわ…これからあの人によって何が引き起こされるのか…これから起こることへの私の判断が、本当に正しいのか…」

 

 よく見れば、部長は泣いていた。

 雨で俺たちは全身ずぶ濡れだが、それでも部長が涙を流しているのはわかる。

 

 辛くないはずはない。

 この世界は今、大きな混乱に見舞われている。

 原因不明の異常気象、巨大不明生物『禍威獣』の脅威、そして裏社会も含めれば、堕天使と悪魔による戦争の勃発の可能性、春雄の『ゴジラ』の力、神永先生の『裁定者』の一面…

 

 もうどう収束に向かわせれば良いのかわからない。

 例え裏社会の問題をどうにかできたとして、今の地球は荒れに荒れている。遂には空想の産物と言われた禍威獣が現れる始末だ。

 

(俺なんかが…どうにかできるのか?)

 

 部長の心は思った以上に、いや、これが普通なんだろうな…ずっとずっと、なんら世の女子高生と変わらない繊細な心だ。

 積み重なることが、部長の心を蝕んでいき、遂には決壊寸前まで来た。ひょっとすれば既に壊れたのかもしれない。

 

 ならば『兵士』である俺に何ができる?

 悪魔になってから自問自答を繰り返してきたわけだが、今でも俺は無力さを感じる。

 部長のために何かできるか?

 

…できない…

 

 春雄の力になれているのか?

 

…なれていない…

 

 俺は喉から込み上がってくるものを抑え、目から流れ出るものを雨だと言い聞かせ、不躾にも部長の頭をそっと撫でた。

 

「すみません。部長…俺には今、何もできません…」

 

 このことを言うのがどれだけ悔しいか。

 主人である部長に向かって言うのに、どれだけ情けないか。

 

「俺は悪魔になってから、ずっといろんな人に迷惑をかけてばかりです。部長や眷属のみんなには、いつも先走った俺を止めてくれたり、契約を取れない俺を『無能』と扱わないでくれたり…俺はまだ何もできてない…

 春雄のことだって…俺はまたアイツを止められなかった…」

 

 思い返すのは、濁流の川に飛び込んでいく、豹変した春雄。

 あいつ自身、争いごとは避けたくとも、ゴジラの意思がそうはさせてくれない。

 だから俺は、これ以上春雄に危険なことに巻き込まないよう、契約の仕事と同時に駒王町の見回りをした。

 それでも、今回裏で戦争が起きてしまうなんて…

 

「そんなこと…言わないでください…!」

 

 俺の気持ちが沈もうとした時、雨にもかき消されない高く、そして澄んだ声が届いた。

 その声は言わずもがなアーシアだった。

 

「イッセーさんは『無能』なんかじゃありません!私はイッセーさんに命を助けられました!ずっと一人だった私に手を差し伸べてくれましたし、お友達になってくれました!私にとってイッセーさんは…希望なんです!私を照らしてくれる光なんです!」

 

 そのように強く訴える彼女の目からは涙が流れるが、声や目からもわかるほど真っ直ぐな思いが伝わってくる。

 

「イッセーさんは部長さんも助けてくれましたし、普段から私たちのことをずっと側で支えてくれています!だからイッセーさんは、絶対『役立たず』なわけがないんです!」

 

 そして、アーシアはこう締め括った。

 

「私の知るイッセーさんは!諦めず!逃げず!他の人を思いやる…

 

 

 

 

 

 

英雄(ヒーロー)なんです!」

 

 俺は…そんなふうに思われてたんだな…

 『ヒーロー』か…

 

 目が覚めたぜ、アーシア。

 もう立ち止まるなんて、時期尚早だな。

 

「部長、まだ折れるのは早いです。先生の言うとおりなら、この駒王町を舞台に戦争が起こります。そして、それに絡むのは勿論魔王の妹である部長、そして眷属である俺たち、そしてさっきフリードの野郎が持っていた『エクスカリバー』です。

 木場はエクスカリバーを憎んでいました…今回の戦争は、そのエクスカリバーが、いや、特に木場の過去に纏わることが深く関わっているはずです」

 

 今回の件、堕天使側に付いているフリードが、なぜ恐るべしエクスカリバーを持っていたのか。

 並大抵のはぐれエクソシストが持っていいはずがない。

 

 仮に、誰かが与えた…

 いや、仮にも『聖剣』だ。魔を祓う剣を堕ちた天使たち、裏切りのエクソシストに天使側が間違ってもあげるなんてないはず…

 

『その切れ味を後押しする聖なる力…だが所詮は()()()()()()()

 

 そう言や先生、あのエクスカリバーのことを模造品だとか言ってたっけ?

 あれが偽物?

 とは言え、俺は遠目からしか見えてねえが、アレからは紛れもなく夥しいほどの禍々しい聖なる力が溢れていた。まるで、容量を超えたように…

 

「まさか…作られた?」

 

 

 俺たちは急いで家に帰る。

 ひょっとすれば、先生ならなんとかできるのかもしれない。

 裁定者でもある先生なら何か知っているはず…

 

 残された時間はあまりないと思う。

 だが、エクスカリバーが一方的に封殺されたとなると、作った野郎は勝つために更なる力を加えるだろう。

 フリードとエクスカリバーを失った不利な状況で、すぐ戦争を起こすなんてことはないはず…

 それまでに対策を考えればいい。今は何も浮かばなくとも、その日までに考え抜け。足掻け。諦めるな、俺。

 

 全部わかるのは明日だ。

 俺はとりあえず、木場に何があったかを知りたい。

 木場とエクスカリバー…何があった?

 

 

 

「こんな時間までどこ行ってたの!?」

 

 家に帰るなり、俺たちはすぐ母さんに怒られた。

 まあこの荒れ狂う天気の中、なかなか帰ってこない子供を心配しない親はいないだろう。

 俺たちはすぐ謝ると、母さんもひとまず安心…

 

「そう言えば春雄は?」

 

 とはならなかった。

 やべぇ…どうしよう…春雄のこと言えねえだろ…

 ここは誤魔化すか?

 

「は、春雄なら、今友だちの権藤さんのところにいるそうだ。その、遊んでくるらしくて、迎えに行こうとしたら雨が強くなってきて帰ってきたんだけど…」

 

「は、春雄さんなら大丈夫です」

 

「お、お母様、心配は要りません。先程権藤さんの方から、『今日は天気が悪いから泊まらせていく』と…」

 

 俺の口から流れ出ていくでまかせに合わせてくれたはいいけど…

 

「それは権藤さんの方に迷惑をかけるわ」

 

 こうなるわな。と言うことで…

 

 

『ああ、兵藤さんのお母さん?今春雄なら風呂に入ってますよ。今日は泊めていきますからご安心を』

 

「あらそうなの…でも迷惑なんじゃ…」

 

『いえいえ、私は一人暮らしなもので、ちょうど嵐の夜にいい話し相手になってくれそうですから』

 

「そうですか…それでは今日一日春雄をよろしくお願いします」

 

『はいはい、任されましたよ〜』

 

 権藤さんに協力してもらって騙すことになったんだが…心が痛い。

 母さんは純粋な心配をするし、権藤さんには迷惑かけるし…

 

 それでもとりあえずはなんとかなったな…

 しかし、やけに権藤さんが呑むのが早かったような…

 

 母さんから携帯電話を受け取り、権藤さんに礼を言って切ろうとした時、

 

『…後でもう一度かけ直せ。詳しくは後でだ』

 

 権藤さんがそう言い残して切ってしまった。

 一体何が…

 

 

 今俺の部屋には部長とアーシアが集まっている。

 そこで俺はさっき権藤さんが言っていたことを話す。

 

 あの感じ、何か起きていることを知っていそうな、そんな感じだ。

 木場のことはとりあえずあとで聞くとして…

 

「権藤さんは何か知っておられて、私たち悪魔に伝えなければならないことがある…と言うことですか?」

 

「たぶんな。部長、一旦権藤さんに電話しても?」

 

「ええ、良いわよ」

 

 俺はアドレス帳から、権藤さんの携帯へ。

 早速かけると、コール一回で出てくれた。

 

『ようイッセー、俺のこと勝手に利用したとは、随分と悪魔らしくなったか?ところでお前さんは今回のことをどこまで知っている?』

 

 初っ端から権藤節全開だった。

 しかし、その口ぶりからやはり何か知っていることがわかる。とりあえず答えるか。

 

「…この町で厄介ごとが起こる」

 

『それは堕天使が戦争を起こそうとしている、ということだろう?』

 

「知ってたんですか…」

 

『ああ…言っちまえば、そっちの死にたがりがエクスカリバーを追って戦い、神永先生が裁定者とか言う特殊な立場でお前さんら冥界の方を監視していること、あとは教会側から今回の件の首領を討伐のため、エクスカリバー持ちが派遣されたこととかな…

 まあ今の情報ほとんどが神永先生からの受け売りだがな』

 

 どこまで知って…ってまさか!?

 

「権藤さん、今そっちで誰か預かってます?」

 

『おう、そっちの騎士様だよ。今寝顔撮ってメールで送ったからそれで確認しろや』

 

 そして数秒ほどでメールボックスに写真が送られてきた。

 そこには布団で寝かされている木場が写っていた。

 

『息はしてるし、脈も安定してる。お前ら悪魔の体温は知らねえが、まぁ大丈夫だろ』

 

 写真に添えられたメール文を読んで、部長もアーシアも安堵の息をついた。

 俺もようやく一安心、といきたいが、まだ聞きたいことはある。

 

「じゃあ権藤さんは、今回の事件はほとんど知ってるんですよね」

 

『ああ。と言うのも、お前さんらに接触したのも、事前に神永先生がバックにいたおかげっていうのもあるな。ある程度お前さんらが悪魔ということを知ってた上で協力できそうな人を探していると、ちょうど向こうから声をかけてきてな。

 初めは正気を疑ったが、今の世の中、もはや何がいても驚かねえよ。

 んで、俺たちが悪魔に接触して情報を伝える代わりに、神永先生は駒王町を調査していたわけだ』

 

 すげえな…

 やっぱり裁定者の先生には全部見えてんだろうな…

 

「それで…その教会から派遣された人って…」

 

『明日にでも学園に来るだろ。この町の支配を任されているリアスさんに、教会の連中が正式に動けるための許可をもらいにな。

 あとは明日にならねえとわからんな』

 

「そうか…ありがとう、権藤さん」

 

『な〜に、これくらい別にな。お前さんたちにはこの町で起こるだろう事件を収束してもらわねえと。そのための手伝いくらいなら全然やってもいい。まぁあまりにも面倒くさいのはゴメンだがな』

 

 権藤さんはこれから起こることを知っているはずだが、それでも普段の様子と変わらずだった。

 ただこのことを他人事としか捉えていないのか…

 でも今は、そのおかげで変に緊張することはなかった。

 

 俺はとりあえず、今話したことをまとめ、部長とアーシアに伝えた。

 

「やっぱり明日にならないとわからないみたいね」

 

 部長は深く大きな息をつく。

 今回の事件において、中央で動き全てを把握してるのは首謀者と神永先生だけ。

 

「でも…神永先生は協力してくれるでしょうか?『裁定者』?でしたっけ…その立場のせいで何もできないなんてことは…」

 

「それは大丈夫だろ…」

 

 それについては全く問題ないはずだ。

 

「神永先生は俺たちの先生だぜ?あの人なら、生徒のピンチに駆けつけてこないわけがないからな!」

 

 

 時間は深夜帯。

 あれだけ荒れていた天気だが、雨は耳に障らないほどの小雨となり、稲妻も走ることなく、人々は安堵して眠りについた。

 

 そんな静かな夜だった。

 人気のないとある土手付近、そこは死屍累々の光景が広がっていた。

 

 周囲にはバラバラに引き裂かれた胴や腕、足などの各パーツが散乱し、死体の中には頭や心臓部をぐちゃぐちゃに踏みつけられたような酷いものもあった。

 至る所に血と黒い羽が乱れ飛ぶ様子はまさしく地獄であった。

 

「ぐわぁぁぁあああ!」

 

 堕天使は断末魔と共に川へ投げ出され、濁流に赤黒さが混じって流れていく。

 

「ぐっ…いいのか!?貴様!お前が今ここで我々に手を出したことは、戦争の引き金になるということだぞ!?」

 

 遂に恐怖した堕天使の一人が、殺戮者にロックオンされたことで必死に逃げようとするが、腰を抜かして動けない様子だ。

 

「ひぃぃぃいいい!?」

 

 ジリジリと詰め寄ってくる漆黒の体…

 闇夜の下、その殺戮者の体はただ影で黒いのではない。

 返り血を浴びてもなお禍々しい黒さだけが伝わってくる。

 

「ば…化け物…」

 

 月が雲から顔を覗かせた時、堕天使は見てしまった。

 恐竜を思わせる威圧感ある顔、鋭い猛禽類のような目、がっしりとした胴から伸びる強靭な手足、しなやかな太い尻尾…

 そして、それらをさらに「得体の知れない恐ろしいもの」と印象付けさせる、漆黒のボディに、まるで「頂点に立つもの」を表すかのような王冠の如く並ぶ背中の鰭…

 

 目の前の殺戮者は2メートル程だが、それ以上に巨大なものに見えた。

 

 堕天使たちは漸く姿を捉え、恐れつつも槍を構えて一斉に攻撃しようとする。

 かなり殺された(やられた)が、それでも今残った者は20人に達する。この数から光の槍を叩き込めば、大抵の者にはダメージを与えられるはず。

 そう高を括り、今にも光の槍を投げ込もうとした時だった。

 

 

 

 ゴガぁ"ぁ"ぁ"あ"あ"あ"!!

 

 

 

 殺戮者から放たれた咆哮が空気を揺らし、堕天使の魂を震わせ、圧倒的な怒りと殺意、そして王たる絶対的なオーラを放った。

 

「あ…あぁ…」

 

 堕天使たちは何も言えず、地面にへたり込んだ。

 ある者は気絶、ある者は股間からアンモニア臭を漂わせ、ある者は発狂、ある者はただ茫然と、何かを悟っては全てを諦めた。

 皆反応は様々だったが、共通しているところが一つ。

 

 

 

 絶対的な王に屈した。

 

 

 

 ただそれだけだった。

 堕天使から敵意が消え失せると、殺戮者は目の前の堕天使に興味を失ったのか、そのまま反転し、川の方へと戻っていく。

 命拾いしたと、堕天使の一人が安堵したその一瞬、目前にまで迫っていた丸太のような尻尾に気づくことはなかった。

 

「え?」

 

 そう短く呟いた瞬間には、体は押し潰され、ただの見るに耐えない肉塊へと変わったのだった。

 殺戮者は一度咆哮を天に向かってあげると、そのまま川へ飛び込み、悠々と泳いでいく。

 

「な…なんという…」

 

「あり得ない…あり得ないわ…あんなのが…あんなのがただの生物だと言うの?」

 

 物陰からひっそりと見ていたのは、協会から派遣されたエクスカリバー持ちたち。

 そのあまりにもショッキングで、常識から何もかも外れた存在を前に息を呑むのだった。

 

 

 後日、この町を治める悪魔が根城としている学園に向かい、今後の行動を決める予定だった。

 しかし夜が訪れると、途端に堕天使たちの気配が活発になり、物々しい雰囲気まで感じ取った。

 慌てて支度し、いざという時も考えエクスカリバーを持って来たものの、ことは既に起きていた。

 

 たった一体の黒い獣に、堕天使たちはなす術なく蹂躙された。

 光の槍を持ち、突撃した者は強靭な腕に阻まれ、ただ引っ掻いた動作だったが、鋭利な爪は肉を裂き、骨を断ち、その堕天使の胴と首を分離した。

 ならばと複数でかかっていった者は、高速で振り回された尻尾の一撃を受け、まとめて全身の骨を叩き折られた。

 遂に事態を重く見た堕天使は、翼を広げ、近・遠距離から全方位へ攻撃を仕掛けた。

 今度はまとめてやられぬよう、それぞれタイミングをずらし、絶え間のないように攻撃した。

 

 その攻撃の威力は凄まじく、爆発のような衝撃波が放たれるほどだった。

 

 堕天使たちは「やったか?」と思ったが、土煙が晴れ、その姿を見た時驚愕するのだった。

 先程まで人型だった者が、形を変えたのだ。

 いかなる攻撃を寄せ付けない頑丈な岩のような皮膚、全てを切り裂く爪がついた太い腕、力士の如く威圧する胴体、そして一番変わったのは顔だった。

 ワニのような、恐竜のような、ドラゴンのような、しかしそれらのどれとも合致しない恐ろしい顔、口を開けば鋭く小さな歯がずらりと並ぶ。

 そして背中から伸びる特徴的な鰭…

 

 得体の知れない化け物は、一度吠えた。

 それは王が君臨したかと思わせる、全てを震わせ、威厳を感じさせる咆哮だ。

 

 そして始まったのは、一方的な殺戮ショーだ。

 腕に掴まれたものは軽く握り潰され、噛み付かれたものは痛みを感じる前に一瞬にして命を刈り取られた。

 世界が終わったかのように錯覚してしまう…

 

 世界の終わりに目覚めた王…

 

 教会の者の一人がフードを取り、濁流となった川を見つめた。

 その目からは明確に恐れが読み取れる。

 それはもう一人からも同様に。

 その体は小刻みに震えていた。それだけ深く記憶に刻まれたであろう。

 

「破壊神か…?」

 

 

 

 駒王町の決戦は近い…

 

 

 



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第27話 俺たちの先生

本日も長くなってすみません…

漸くあの二人をちゃんと出せました…



 朝、俺は隙間から差し込む光で急いで目を覚ます。

 ガバッと起き上がり、隣を見るといつも通り部長とアーシアが両サイドを占拠していた。

 

「ん…」

 

 俺が勢いよく起き上がったことで、部長の豊満なおっぱいに、俺の腕が…

 って、違う違う!今はそんな煩悩に塗れているわけにはいかないんだってば!

 この期に及んで今の俺って、自分でもガッカリするくらい危機感がない。

 とは言っても、これって俺だけが悪いんですかね?

 

「はぁ…」

 

 両サイドの美少女を見れば、穏やかな寝息をたててぐっすり寝ていらっしゃる。

 あの、部長?アーシア?今駒王町に危機が迫ってるって言ったよね?

 前回結構シリアスだったけど、初っ端から大丈夫か、これ…

 

 

 今俺たちオカルト研究部が抱える問題は、木場と関わりが深いエクスカリバー、堕天使が企てる戦争、裁定者こと神永先生の動向、そして行方不明の春雄…

 

 一見問題が山積みに見えるが、よくよく考えれば懸念される事項は少ないと言える。

 まず神永先生について、今回はそこまで警戒することはないだろうし、むしろ俺たち生徒の安全のために尽力するそうだ。

 とは言っても、神永さんは目を見張るような強さをしていたものの、敵が堕天使たちならな…先生が持ってる力はすごいが、俺たち悪魔のような魔力とか、堕天使とかエクソシストの光を纏った攻撃ができるわけでもない。

 あのフリードの野郎との戦いで、圧倒できるほどの立ち回りも、フリードも結局は人間であってできたわけで、空に飛び立てられたならば、神永先生は戦えない。

 

 そのはずなんだけど…

 

「神永先生…まだ何か隠してそうだな…」

 

 未だ謎が多い裁定者だが、先生は信頼に値する人だと思う。

 あの時、先生は言った。『生徒の味方』であると。それは例え俺らが悪魔でも、その認識は変わらないそうだ。

 だから先生と俺たちが敵対する可能性は限りなく低い。それは俺は何よりも嬉しい。

 

 そして、今回の戦争は明らかに堕天使たちが勝手におっ始めようとしてるだけだし、きっと連中のことだからくだらない理由に決まってる。

 客観的に誰が悪い、なんて言ったら、誰もが堕天使と答えるだろう。

 

 そもそも俺たち悪魔はこの町を仕事場にする代わり、はぐれとか人に害を及ぼす危険な分子の排除以来だって受け持ってる。

 反対に堕天使はついこの間、俺やアーシアが神器を持つ者として殺しにきたばっかりだ。

 俺は危険を孕んでいるから、アーシアの神器は目を引くものがあるから、ではあるが、殺されたことに変わりない。

 今の堕天使への印象は最悪。そしてさらにイメージダウンに繋がりかねない戦争…

 

「早いところ敵が何者かわかっちまえば、どう対処するか動きやすいんだけどな」

 

 まぁそれは今日わかるだろう。

 教会からエクスカリバー持ちが派遣されたそうだし。今日はその人たちが俺たちオカ研に来るそうだし、わりかしなんとかなりそうだな。

 とは言え、戦争の規模がもし全てを巻き込むほど巨大なものだったら…

 まだ安心はできないけど、裁定者と魔王の妹がいるこの町で、流石にノープランで徒に武器を振り回すなんて程度の低い行動はとらないはずだ。

 恐らく今は戦争の準備期間。その間に俺たちが対策を立てるしかない。

 

 だが、今俺は最も大きな不安を抱えている。それが…

 

「どこ行った…春雄…」

 

 

 結局アイツは家に帰ってくることなく、学校にも出席しなかった。

 普通なら担任が休みの詳細を知るため家に連絡を寄越すが、流石に春雄のことが知られるのはやばい。

 部長にどうにかしてもらおうとは思ったが…

 

 よく考えれば、担任は神永先生じゃん。

 こちらの事情を把握している人だし、春雄のことは任せても大丈夫なはずだ。

 

 変に肩に力が入っちまったな…

 俺は背伸びして、凝り固まった肩を回してほぐす。

 しっかしどうすっかな…

 

 春雄が豹変し、ゴジラの怒りのまま暴れる時は、『自己防衛』または明確な『敵』を迎え撃つ時だ。

 今回は恐らく後者…

 たぶん堕天使の存在や、エクスカリバーの存在に気づいたんだろうな。

 そしてあのまま帰ってこない様子は、この町にまだ堕天使たち他勢力が潜んで企んでいるからなんだろう…

 

…もし…もしアイツが既に堕天使と交戦していたとすれば…

 正常な判断もなく、闘争本能を滾らせ、獣の如くあのゴジラの力を振り回せば、並の堕天使ならいとも容易く命を刈り取れてしまうのは、レイナーレの時に確認済みだ。

 

 この町で堕天使が殺された。

 

 その犯人が、悪魔側につくゴジラを宿した春雄ならば…

 

 それを契機に堕天使たちが戦争を…

 

「なぁイッセー、窓の外なんかボーッと見て…何か気になるものでもあるのか?」

 

 俺の意識は一気に現実に引き戻され、俺の目の前にはいつもの友人がいた。

 心底心配してくれているのが、松田の表情を見てすぐわかった。

 

「大丈夫か?隈もすげえし、どこか顔色も悪いぞ?」

 

 元浜の指摘通り、今朝洗面所に立ち、鏡を見た時は軽く驚いた。

 別に俺はナルシストでもないから、毎回毎回注意深く鏡の中の自分と睨めっこすることはないのだが、それでもパッと見てわかるほど俺の顔から疲れが見えた。

 目は脂が溜まったと思わせるほど濁り、肌も若々しく血色のいいものとは違っていた。

 

「いやな…ちょっと疲れただけだ」

 

 ここで弱音なんて吐いていられない。

 俺たちの住む町が惨劇に見舞われるかもしれないと思うと、おちおち寝ていられない。

 そして何より、春雄のこともある。

 朝すぐ目を覚まし、眠気も全部吹き飛んだのも、部長のおっぱいに偶々触れたラッキースケベだけじゃなく、朝を待ち侘びたからだ。

 「朝を待ち侘びた」なんて、悪魔の俺がおかしいと思うかもしれない。

 しかし俺は夜、ずっと物思いに沈んでいた。

 

 明日にはどうなっているか…

 

 俺たちだけでなんとかできるのか…

 

 友人や家族、大切な人を守れるだろうか…

 

 次々と湧き出る不安が俺を焦らせ続けた。

 だから願った。

 早く朝になってくれ。

 

 眠れたのは、あれだけ降っていた雨が上がり、東の空が青くなり始めた時だった。

 微かな安心と、全てがわかる日への新たな不安による疲労が、俺を眠らせてくれた。

 

 

 いつも通り、何気ない日常が過ぎていった。

 授業に真面目に取り組む者、端の方で雑談をする者、隠れて携帯にうつつを抜かす者、睡魔に負けた者など、様々だったが平和に時が流れた。

 しかし俺は、これが嵐の前の静けさにしか思えず、真面目に授業を受けることも、寝ることも何もできなかった。

 

 いつもよりも、かなり長く感じた授業が全て終わり、いよいよ放課後を迎えた。

 そして、俺は重い足取りで旧校舎に向かっている。

 

「イッセーさん…」

 

 表情が暗いアーシアが俺に寄り、俺の制服の裾を掴んできた。

 

「ごめんなさい…イッセーさん…イッセーさんは色々悩んで夜は眠れなかったはずなのに、私だけが眠ってしまったようで…」

 

 ああ…確かそうだっけか。

 俺の腕を部長と一緒にガッチリホールドして、スヤスヤ眠ってたな。

 全く、神経が図太いな、二人とも。

 

「私…不安で不安で…とてもじゃなかったですけど、イッセーさんに、その…くっつかないと眠れないくらいだったんです…」

 

 だよな。心配しないわけねえよな。

 これからヤバいことが起こるってわかってりゃ。

 たぶん部長もそうだろう。

 

 あの状況で全く気にせず寝られる奴なんて、よほどの戦闘狂くらいだろうな。

 

「別にいいんだぜ、アーシア。こんなこと知っちまえば、誰だって怖いと思うし、明日どうなるかなんて考えた時には不安でしょうがねえはずだ。でも、俺に抱きついて、少しでも不安が紛れるなら、安心して眠れるなら、それでいいさ…

 だからさ、怖くなったら俺の側にいてくれ。俺もアーシアを守るから」

 

 内心ドキドキしながらそう宣言した時の、彼女の嬉しそうな顔は忘れない。

 絶対守る。

 アーシアも、部長も、他のみんなも…

 

 俺の手が伸びる限り、届く限り、みんなを守ろう。

 立ち上がる気力がある限り、俺は戦い続けよう。

 俺は弱い。

 体も、心も。

 戦いだってまだ満足にできない。

 それでも俺は…俺は戦う。

 この身がどれだけ傷つこうが、どれだけ辛い思いをしようが…

 

 もう部長の…アーシアの…仲間の…そして春雄(兄弟)の涙なんて見たくない。

 

 だから俺は戦うことを誓う。

 

 

 

 俺はたった一人の『兵士』だ。

 

 

 

 『兵士』は『王』を守るため、仲間の誰よりも先陣に立つ。

 地道に進むことしかできないし、誰よりも危険な、死地に立たされることだってあるだろう。

 それがどうした?

 こんな弱い俺を、春雄は頼ってくれた。アーシアは俺を英雄(ヒーロー)としてくれた、部長は俺を大切にしてくれた。

 そんなこの上なく、俺にとって大切な人の期待に応えるため、俺はこの体に宿った相棒・ドライグと戦い続けよう。

 

 今は弱くてもいい…

 

 いつか、『王』すら超える『守れる力』を手に入れてやる…

 

 そして…本物の『英雄』へ…

 

 

 

 俺はそっと、アーシア頭を撫でてやった。

 その時彼女が見せた柔らかな微笑みに、俺は気を引き締めた。

 

『守り通してみせろよ、相棒』

 

 ありがとう、ドライグ。そして、改めてよろしく。

 これから散々迷惑をかけ、我儘を働くかもしれない。

 

『別に気にしねえさ。それに、お前さんには見張るものがある。それはー』

 

 ー 人を思う力 ー

 

『俺の今までの相棒だった奴らは、強力すぎる力に振り回され、欲しいもののため、自分の思い通りとするため、好き勝手暴れ回ってたな。

 だが、今の相棒は周りの人に恵まれている。そして、お前はその者らを守るために戦うときた』

 

 なんだ?

 前までの人たちみたく、傲慢で非道になれってか?

 

『お前はそうなるな。お前が強くなった時は、いつだって誰かを思った時だった。誰かのために戦う此度の相棒が、俺には珍しく思えたのと、眩しいと思った』

 

 なんだ、ドライグ。嘲笑(わら)ってもいいんだぜ。

 

『誰がお前を嘲るか。俺は崇高な魂を持つお前を誇りに思っている。

 確かに今は強くはない。だがお前はすぐに至るだろう。赤龍帝の頂へ。

 仲間と共にし、戦うお前が心を強くしていったように、実力も自ずとついてくるだろう』

 

 そうか…ドライグ…ありがとよ…

 俺はきっと、歴代で最弱な赤龍帝かもしれない。

 変えられないものは多いだろう。

 それでも、俺は仲間共に突き進むだけだ。

 

 俺は一人じゃない。

 

 『兵士』として前に出て戦うことは、決して孤独なんかじゃない。

 

 みんなが後ろにいる。

 俺はそう思えるだけで戦える。

 

 

 

「アーシア、俺が守ってやるから。みんなのことも、な」

 

 

 

 『痛みを知るのは一人だけでいい』

 

 なんて思えるほどの度胸も強さもない。

 これを言えるのは、覚悟と責任を一身に背負って戦う本当のヒーローだろうな。

 

 仮にもし、そんな存在がいたら、俺がどれだけ強くなったところでその人の足元にも及ばないはずだ。

 それでも、みんながいる限り、俺は立ち続ける。

 そして、少しでもその存在に近づけるようになろう…

 

 

 オカルト研究室の扉を開けると、そこには既にメンバーが集まっていた。

 部長を始めとしたオカルト研究部、そして生徒会長、そらには権藤さんや姉御に一馬さんまでもがいた。

 加えて、ソファに座るのは見覚えのない少女たち。

 フードを被っているが、僅かに見えるその顔立ちは相当なものだ。

 ついついドキッとしてしまいそうになった…

 

 

 

…俺ら悪魔にとって禍々しい『聖なる力』なんてなければな…

 

「遅れてしまったようだな。謝罪する」

 

 そして、俺らが入室した直後に、おそらく最重要人物であろう神永先生が入ってきた。

 

「まだ時間ではありませんから」

 

「問題ありません」

 

 部長と生徒会長がそう言うと、神永先生は「そうか」と素っ気なく答え、ソファに座る二人の少女の前に立つ。

 

「教会から派遣された者たちだな。早速始めたいところだが、断りを入れておく。

 今回この町に起こる異変を把握していること、年長者であること、そしてどの組織にも属さないことによる客観的判断が可能な私が便宜上仕切らせてもらう」

 

「それで構わない。話が有意義なものになることを願うよ」

 

 神永先生の提案に、教会からの使者の一人が、男性的な口調で返答した。そして、一緒にいる相方の方も同様だ。

 しかし、相方の方から時々視線が送られるのは気のせいか?

 

「君たちもそれで構わないか?」

 

 神永先生が悪魔である俺らにも確認をとった後、話し合いは始まった。

 何も起こらなきゃいいが…

 

 

 この場で話されたことは、大きく二つ。

 一つは今回引き起こされるであろう戦争のことだ。

 

 首謀者は、堕天使の組織神の子を見張る者(グリゴリ)の幹部であるコカビエル。旧約聖書偽典『エノク書1』によると、人に天体の(しるし)を教えたとされている。

 69章によると堕天使のNo.4とされるため、かなりの実力者とも伺える。

 

 これほどにまで地位があり、強力な力を有する者が戦争を起こそうとしていることに、部長や生徒会長をはじめとした、この町に住まう悪魔のみんなは驚愕していた。

 俺だって驚いている。

 まさかとは思ったが、やっぱりとんでもねえ奴が裏にいたか…

 

 神永先生以外、驚く俺たちに教会の戦士の一人、ゼノヴィア・クァルタさんが話を続けた。

 

「そして、コカビエルはこの町に来る前、教会からエクスカリバーを盗んだことも発覚している」

 

 その言葉に相槌を打つのは、ゼノヴィアさんの相方の紫藤イリナだ。

 春雄が家にやってくる前、近所付き合いで仲良くした記憶があったが…

 

(女だったの?)

 

 小さい頃、「わんぱく少年」のイメージが強かったため、容姿端麗・女性らしくなったことに驚きだぜ。

 

 無駄話はこの辺で…俺は意識を切り替えた。

 

「なるほど、大方あのフリードという男が持っていたあの模造品は、盗んだものを渡されたか、はたまた…」

 

()()()()…」

 

 つい神永先生に続いて呟いちまった。

 しかし、話を遮る形になったことを神永先生は怒らず、静かに頷いた。

 

 

 

 俺の予想が当たった。

 もう一つ話されたのは、『聖剣計画』についてだった。

 

 悪魔、堕天使に対抗できる者は自然界に些少なほどしか存在しない。

 先天的に聖剣へ適正を持つ者でなければ、エクスカリバーは扱えない。

 来るべき大戦の時に備え、計画者はその適正者の数を増やせないかと、聖剣への適正を後天的に付与できないかを研究した。

 対象は教会信者の子供、または教会に預けられた孤児などだった。

 

 そしてその中には…

 

「木場祐斗もいた…そうなんだな?」

 

 神永先生は部長へ確認を取る。

 すると部長は、見るからに悲しそうな表情で、木場の過去を語った。

 

 後天的にエクスカリバーへの適正を与える計画は難航した。

 やはり扱うものが、聖書や聖水など他と一線を画すほどの代物だからか、子供たちの適正は全くと言っていいほどなかった。

 

「そこで、この研究の責任者である『バルパー・ガリレイ』と言う男は大罪を犯すことになった」

 

 部長の話に合わせて語るゼノヴィアさんの声色からも、その事件の凄惨さが伝わってきた。

 

「あの男にとって、被験者だった子供たちは単なる実験材料に過ぎなかった。成果が得られなかったと知れば、不適正におわった子供たちを一人残らず殺した…」

 

 そして、続くのはイリナ。

 悔しさ滲むその様子、どれほどにまで心が痛いか…

 

「よほど教会側に知られたくなかったんでしょうけど…流石にここまでのことをしでかしてくれたから、割と早い段階でその計画を突き止め、以後凍結。バルパーも裁かれるはずだった…でも…」

 

「聖剣計画は別な形で成功し、君たちのような戦士が生まれた。木場祐斗ら幼い子らの犠牲の上に、今の君たちがいる」

 

 神永先生の無機質な声に、やや棘があるような気がした。

 そして、視線を少し下に落とすと、握られた拳が微かに震えていた。

 

 神永先生の言葉に、ゼノヴィアさんやイリナは何も返せなかった。

 皮肉なもんだな。

 「使えないから」虐殺という許されざる行いの後、聖剣は扱えるものになったんだからな…

 

「…」

 

 ふと木場の方をチラリと見る。

 部屋の隅で、何も言わずに佇むアイツの目には、どろっと濁ったような『殺意』と『怒り』が読み取れた。

 発する雰囲気が、いつ教会の二人に飛び掛かってもおかしくなかった。

 

「木場祐斗」

 

 そんな木場に、神永先生が言い放った。

 

「敵を見誤るな。今の君にはまだ何も見えていない。ここは抑えて欲しい」

 

 すると木場はさらに雰囲気を変え、徐に神永先生に歩み寄る。

 

「あなたに何がわかるんですか…」

 

 普段の木場からは想像できないほど、ドスの効いた怒りの声。

 俺たちはあまりの変わりように、動揺して動けなくなってしまう…

 

 

 

…神永先生ただ一人除いて。

 

 木場が魔剣を作ると同時に、ゼノヴィアたちがエクスカリバーに手をかけようとしたが、すぐ神永先生が制する。

 そして、二人を背後に木場の前へたった

 

「あなたに何がわかるんですか!?目の前で僕は多くの同胞を失った!そして僕だけがのうのうと生きてしまった!これがどれだけ苦痛だったか!」

 

 神永先生に、精製した魔剣を向け、今にも殺さんと睨みつけた。

 しかし、先生はそれでも動かない。

 

「『敵を見誤るな』…今僕の目の前に、全ての元凶、最大の怨敵のエクスカリバーがあるんです…あれを破壊し尽くすまで、この怒りは収められません…!」

 

 魔剣を構える木場の目に、様々な感情が入り混じった光るものが浮かんでいた。

 そして声からは、必死に何かを押さえつけようとしているのがわかる。

 

 暫くの沈黙の後、神永先生はそっと話しかけた。

 

「君は、今なぜこの二人が悪魔の根城としている駒王学園に来たか…それは単に、ここにいる悪魔全てを狩るためでも、戦うためでもない」

 

 平和を勝ち取るために我々は集まった。

 

 そう答える神永先生には強さがあった。そしてその強さに加え、陽の光のような温かい優しさも感じた。

 

「今回敵にエクスカリバーが渡っているということは、コカビエルが盗んだだけとは考えにくい。本来純粋な聖剣使いではないフリードが、エクスカリバーの模造品を扱っていた。

 つまりその剣を扱えることを知り、そして調整できる者が裏にいるはずだ。そして、そのシステムを知っている者は一人しかいない」

 

「バルパー…」

 

「そうだ。君が同胞の思いを背負い、討ち果たすべき相手はこの二人ではない」

 

 怒りや殺意が幾分収まると、木場は魔剣を下げ俯いた。

 そして、頰を伝って雫が垂れた。

 神永先生が冷静に対処してくれたおかげで、木場も物事を見極められたらしい。

 

 今アイツの心に浮かぶのは、仲間への無念や、敵への復讐だけでないだろう。

 あの涙は、そのマイナスなものだけではない。

 木場とその同胞の思い出が辛いものだけだった、そんなわけないよな。

 

 最後に、神永先生は木場の肩に、そっと手を置き、

 

「今もなお、バルパーによる蛮行が続いていると思える。君のその手で、くだらぬ野望を終わらせてはくれないか」

 

 

 その後も話し合いが続き、途中すれ違いが起きようとしたけど、そこは神永先生がなんとかしてくれた。

 

 教会側は盗まれたエクスカリバーを奪取、もしくは破壊すること、そして首謀者であるコカビエルを倒すことを目的としているが、はっきり言って無謀だ。

 先にも述べたように、堕天使幹部クラスのコカビエルの実力は相当なものだ。

 それをエクスカリバーを持っているとは言え、人間たった二人でどうにかするなんて無理な話だ。

 

 だが、論争になった部分はそこではなく、次にゼノヴィアさんから出された要求だった。

 

『何もするな』

 

 元々エクスカリバー強奪は、単純に教会側の落ち度であるにも関わらず、その責任を追及せず、悪魔の領地でもある駒王町での活動には「邪魔をするな」だそうだ。

 あまりに一方的な主張に、部長はカンカンだったが…

 

「たった二人でこの町を守れるのか?」

 

「元より我々は、エクスカリバーの奪取もしくは破壊、コカビエル討伐だ。それらが成功すれば、この町は救われるのでは?」

 

 神永先生の問いに、ゼノヴィアさんが当然のように答えるが、

 

「聞きたいところはそこじゃねえよ、バカ野郎」

 

 ふと声がした方を見ると、明らかに不機嫌な権藤さんが腕を組み、二人を睨んでいた。

 

「なんだ…ただの人間か…本来君ら悪魔と関わっている者たちは断罪したいところだがな。確か権藤だったか…何を言いたい?」

 

「お前さんら、この町に無関係な人間が何人いると思ってる?」

 

「この町には特別な力を持たない多くの一般人が暮らしているの。そんな人たちを戦争に巻き込むつもり?」

 

 権藤さんに続いて姉御も問う。

 ゼノヴィアはため息をついた後、やや面倒に感じつつも言う。

 

「だから言っているだろう。我々がこの件をなんとかすると。それに、我々が仮に及ばなくとも、すぐ教会側が動き、コカビエルを倒すはずだ。それまで我々は最低限コカビエルを弱らせることができれば…」

 

「世間一般で、悪魔や堕天使はもちろん、エクソシストやエクスカリバー使いが物理的な面でも捉えることは不可能です。我々が何も知らない間、戦争が始まり、住民の避難も儘ならぬままこの町が戦火に包まれれば、一体どれだけの死者負傷者が出るか、お考えですか?」

 

「要するに、お前らはコカビエルをどうにかして町を()()()()救うわけだ。前提が違うな。あらかじめ住民に被害が出ないようにしろって言ってんだよ」

 

 一馬さんに続いて権藤さんも言い放つ。

 そして最後に神永先生が言う。

 

「君たちはこの町を犠牲に、勝てない戦争へ挑むつもりらしいな。君たちがそうすれば、罪のない人々を戦地に立たせ、見殺しにすることでもある。

 力のない人々が教会の者の不手際で蹂躙されれば、君たちの責任は今後大きく出るだろう」

 

 するとゼノヴィアもイリナも黙り込んだ。

 教会側でも悪魔側でもない、宗教に関係がない客観的な視点による人間の指摘に二人は言い返せない。

 

 黙ったままでは埒が明かないため、神永先生が提案したものを妥協案として呑んだのだった。

 

ー教会側の二人は基本的にこの町での調査は自由とする。ただし、殺人など看過できない悪事を働く悪魔に魅入られた人間以外の断罪、グレモリー眷属が活動するための契約者の断罪も禁止とするー

 

ー有事の際、住民の安全を最優先とし、なるべく学園を戦場の舞台となるように誘導し、グレモリー、シトリーと協力して対処にあたるものとするー

 

ー協力関係の間、私闘は禁止とするー

 

 

 お互い全て納得と言わなくとも、始めにゼノヴィアが持ってきた案よりは遥かにいいはずだ。

 木場も一触即発なところはあったけど、今はかなり落ち着いていた。

 

「おい、イッセー」

 

 すると後ろから権藤さんが肩を組んできた。

 あまりにも勢いが強く、つい倒れそうになるが、そこは普段鍛えている体幹で耐えたが…

 

「これだけの面倒な巻き込んでくれたんだ。そのうち何か奢ってもらってもいいんじゃねえか?」

 

「え〜…権藤さん…でも、今金が…」

 

「そう酷いこと言いなさんな、全部終わらせたら焼肉な。あと姉御と坊やにも」

 

「えぇ!?3人分!?」

 

「確かに、それくらいのことしてもばちは当たらないわ」

 

「普段の生活からもお世話になってますしね」

 

 こ、怖ぇ…

 今受けている御三方からの圧が、人間とは思えねえ!

 まさに獲物を狩る鷹のそれだ。

 狙った獲物()を逃さないその様子に、俺は冷や汗と震えが止まらない。

 

「あの…申し訳ありません…でした…」

 

 心の底からの反省を3人に伝えると、姉御と一馬さんは深くため息をついた。

 日頃松田や元浜と馬鹿をやっては、よく二人から注意や指導が入るからな…

 

 ホントに…すみません…

 

 最後に権藤さんが、身支度をしながら「きっちり面倒かけた分は払ってもらうが、延長の場合は延滞料金もあるからな。早くしろよ」と言い、俺の心と財布を氷付にし、最後にみんなを向いて言った。

 

「俺らはその辺のどこにでもいるような人間です。今はまだ何もできません。あなた方に頼ってばかりになることに、情けないと思いつつ、いざ我々ができることがあるかと言えば、現状大人しくしている他ないことに無念さを覚えています」

 

 そして3人揃って頭を下げると、

 

「この町のことを…よろしく頼みます…」

 

 とだけ言い残して帰っていった。

 

 

 権藤さんたちは帰り、ゼノヴィアさんたちエクスカリバー使いも帰ろうとした時、事件は起きる。

 

 話も終わり、悪魔側と教会側という明確な分断も無くなったところで、イリナが俺の元に歩み寄り、

 

「イッセー君…本当に悪魔になったのね…」

 

 彼女は俺が悪魔になったことを、大変残念そうにしていた。

 

「後でおば様のところにもご挨拶に行くから」

 

「そ、それはいいけど…」

 

「大丈夫よ。悪魔と馴れ合うのはダメと言われてるけど、おば様たちは悪魔でもないし、そっちにも悪魔になった理由だってあるだろうし…」

 

「イリナ…」

 

 なんて心の広いお方だろうか…

 悪魔になった幼馴染を忌み嫌うどころか、今でもその繋がりを蔑ろにしようとせず、俺が悪魔になったことも目を瞑ってくれて…

 

「あ!でも、断罪されたくなったらいつでも言ってね?」

 

 前言撤回。

 何この子?怖いよ…なんで断罪するって言った時に頰を赤らめるの?

 ヤバいよこの子…かなり信仰に酔ってんな…

 

「帰るぞ、イリナ。これ以上ここに長居する必要はない」

 

「わかってるわよ、ゼノヴィア。またね、イッセー君。後で新しく家族になった春雄君って子にも会わせてね」

 

 春雄の名が出た時、俺に再び不安という感情が襲いかかる。

 もうじきこの町で戦争が起こるっていうのに、春雄は今どこにいるんだ…?

 

「そう言えばつい先日の夜、堕天使たちの気配を感じ取り、すぐその場へ向かったのだが…」

 

「そうそう、イッセー君たちのいる町って、何か妖怪か怪物かなんかいるの?」

 

 二人から話された内容に、俺はもちろん部長たちはもちろん驚き、神永先生ですらその目を大きく開いた。

 

「真っ黒で鎧のような皮膚に、堕天使の肉をいとも容易く裂く鋭い爪、丸太のように太く強靭な腕や足、さらには尻尾が伸びていたな」

 

「それが、初めは人型だったんだけど、気がついた時には恐竜みたいな顔に変わってたり、背中から沢山鰭が伸びてたりで…」

 

「何というか…できれば相対したくないな…あの強さは…」

 

 二人の表情から恐怖が読み取れた。

 そして俺たちは更に驚き、冷や汗を流す。

 

 述べられた特徴が、春雄のゴジラの力と合致している。

 

 春雄が豹変し、ゴジラの力を引き出すと、並外れたパワーと防御力の他、危機察知能力や気配探知など、説明し難い第六感も優れるそうだ。

 

 あの時いなくなったのは、いち早くこの駒王町で異変を感じ取り、即座に元凶を叩こうとしたからだ。

 きっと今も、異変を齎す首謀者を本能で追っているはず…

 

「もう殺り()合ってたのか…」

 

 俺の恐れていることが起きた。そして、春雄を知っている部長たちオカ研部、生徒会、神永先生もみんな同じことを思っているはずだ。

 

「リアス・グレモリー、ソーナ・シトリー、恐らく昨夜の堕天使殺しは、コカビエルによって組まれた計画的な罠だ」

 

「そのようですね。このことを理由に、コカビエルの駒王町を舞台にした戦争が早まるかもしれません」

 

「幸い春雄のゴジラの能力で、彼自身やられていないと思いますが…」

 

 神永先生はいつになく焦っているように見える。

 物々しい雰囲気が流れる中、神永先生は重そうに口を開いた。

 

「…彼は今、本能的に堕天使のような異形の存在を察知し、首謀者のコカビエルを殺すため、駒王町を縦横無尽に走る水路を利用して追っているだろう」

 

 敵を執拗に追いかけまわし、怒りの赴くまま破壊と殺戮を尽くそうとする様子は、まるで『狩り』だった。

 

 俺たちの間で、早いところ春雄の所在を特定するという考えが纏まった。

 このまま今の春雄を野放しにすれば、コカビエルを倒す途中、他の異形に出くわさないとも限らない。

 悪意なき異形の者でも、今のゴジラにとっての『邪魔者』となってしまえば、瞬く間にその命を刈り取られてしまうだろう。

 

「君たち、オカルト研究部もその対象になり得る。もし探すのなら、より慎重に行うことだ」

 

 そして、神永先生はすぐ「しかし」と言って続けた。

 

「今はコカビエルの戦争を止めること、エクスカリバーの奪取、破壊が優先だ。ゴジラの方は、あまりのめり込むことではない」

 

 そして暫くして…

 

 こうして漸く今後の方針が決まり、一同解散となる時だった。

 ゼノヴィアたちがアーシアの方は歩いていき、軽蔑のような視線を向けていた。

 

「アーシア・アルジェント、噂には聞いていたが、元聖女の貴様は本当に悪魔になったのだな」

 

 もとシスターが悪魔になり、今目の前に分類上『敵』としている。

 元々仲間だった者が敵側へ寝返るようなものだ。

 

「そして…その様子から未だ主を信じているようだな…」

 

 途端にゼノヴィアの視線が鋭いものに変わり、アーシアに突き刺さった。

 

「ねぇゼノヴィア。悪魔になった彼女が信仰するわけないでしょう…」

 

 イリナがため息を吐きながらそう言うが、その目はアーシアを逃すまいと捉えている。

 

「このようなケースは珍しくない。信仰をやめた者の中にも、主への罪悪感から密かに祈りを捧げている者もいる」

 

「そうなんだ…ねぇ元聖女のアーシアさん。あなたはまだ、主への信仰をしているのかしら?」

 

 二人のやや含みのある言い方が、俺を不愉快にさせてくる。

 そして言葉もそうだが、アーシアを見る目が明らかな蔑みが読み取れる。

 

 そんな二人に、アーシアはタジタジになりながらも答えた。

 

「す、捨てられないだけです…ずっと…信じてきましたから…」

 

 今にも消え入りそうな、弱々しい声で話す彼女から、ツー…と涙が流れた。

 それほどにまで神様のことをアーシアは…

 

 ジャキッ

 

 途端、アーシアの目の前に大剣の鋒が向けられた。

 その剣を構えるゼノヴィアからは、殺意が溢れ出す。

 

「だったら今ここで、私に斬られるといい。その方が主のためにもなろう」

 

 は?アーシアを斬るだと?

 

「ふざけんな!アーシアが何したって言うんだよ!」

 

「彼女は聖女でありながら、敵である悪魔を治療しただけでなく、悪魔そのものにもなってしまった。それでいて信仰しているのだ。信仰に大きく背いた彼女は、最期も信仰通りに断罪された方が、彼女のためでも主のためでもある。

 一介の悪魔ごときが口を挟まないでくれるか?」

 

 こんの…ちょっと見た目がいいからってコイツ…

 そんなのさっきから教会側が勝手にアーシアのことを聖女におだてて、悪魔を治療しただけで魔女とか言って蔑んでは追放したんだろ!

 

「くっ…」

 

 ここで動いてもいいが、さっき結んだ協定に違反しかねない。

 くそっ、あっちは教会のルールだなんだ言いがかりつけてくるだろうし…

 

 部長も眷属の一人が殺されようとしていることに、カンカンだ。

 激突が起きかねない中、一人の男がそっと立ち上がり、二人の間に割って入った。

 

「そこまでだ」

 

 神永先生だ。

 彼は表情を全く変えず、エクスカリバーの鋒を掴む。

 その行為に一瞬驚いたゼノヴィアだったが、次の瞬間にはさらに驚愕した。

 

(う、動かない!?)

 

 ゼノヴィアが剣に力を込めるも、剣は掴まれたままピクリとも動かなかった。

 そんな彼女を気にも留めず、神永先生は口を開いた。

 

「ここで勝手な行動は控えるべきだ」

 

「勝手な行動だと?これは教会では…」

 

「くだらない御託は必要ない。ここは平和の象徴でもある学校だ。この学校では生徒個人の自由が尊重されると同時に、この場で学校の部外者である君たちが、宗教の習わしを強引に行うことになれば、それは日本の法律及び学校規則に反する。この場で人を殺めるような行為はもちろん、大切な私の生徒を君達にどうにかする権利はない」

 

「そちらに加担するか?我々教会の意向を聞かないとなると、彼女はもちろんだが、お前も断罪されるぞ?」

 

「恫喝は人間の良くない所業だ。そちらがその気なら、この世界で活動する異形の外来種含め、君たちのような関わりある人間全員を危険分子とみなし、私の方から先にこの世界を『粛清』しよう」

 

 その瞬間、オカルト研究室は今までにないほどの殺意で満たされた。

 そして俺は驚いた。

 神永先生から、こんなにも濃密な殺意が流れていることに…

 

「そ、そちらも恫喝をしているではないか!」

 

「先に仕掛けたのはそちらだ。恫喝に恫喝を返しただけだ。今ここで君たちが手を引くのなら私は事件解決のために動く。ただし…」

 

 そして、神永先生は俺たち生徒を後ろにし、二人の前に立つと言い放った。

 

「私の生徒に何かしようものなら、私は全力でそれを阻止する。それが例え魔王でも、天使でも、神であってもだ」

 

 俺たちの目の前に立つ先生が、何よりも輝いて見えた。

 俺たちを導く、いつまでも見守るその姿、まるで太陽だ。

 

「ど、どうしてそこまでできる…」

 

 

 

「簡単な話だ」

 

 

 

 

ー私は彼らの教師だー

 

 

 

 

 



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第28話 前へ進む者

 教会より派遣された戦士との要談で、エクスカリバーの暗面が浮き彫りとなった。

 

 用済みとなった多くの被験者たちへのあまりにも惨い仕打ちは、倫理的に決して許されることではなかった。

 そしてこの、極悪非道な仮にも教会の者が行ったことに、この事実を知らなかった者は差はあれど、驚きが見られた。

 

 初めてこの事実に触れたイッセーは怒りを露にし、アーシアはその酷さに心を痛め、涙を流した。

 普段寡黙で表情をあまり変えない神永も、機械的な面の裏は怒りで燃えていた。そして何より強く握られた拳が僅かに震えていた。

 何より烈火のごとく激情を燃やすのは、一番の被害者である木場だった。

 目の前に自分らの犠牲の上で成り立ったエクスカリバー使いたちに神経を逆撫でられ、今にも飛び掛からんと剣を構える始末だ。

 

 しかし、寸でのところで神永が制した。

 ここで下手に出てしまえば、エクスカリバー持ちと戦いが起きかねない。さらにはお互い戦力を消耗し、最悪これから引き起こされるであろう戦争に対応できない可能性もある。

 

 だからこそ、神永は止めた。

 そして、木場もそれを理解し、素直にその剣を収めた。

 納得せずとも、木場は現状の重大さを理解できないほど馬鹿な男ではない。

 努めて冷静さを取り戻した彼は、殺意と怒り、悔しさをぐっと堪え、頬に一筋の煌めきを流すのだった。

 

 それでも前に進まなければならない。

 過去に縛られ、悲しみに暮れ、立ち止まっている暇はない。

 

 戦争の時はすぐそこまで来ている。

 

 

「必ず止めなくてはならない…」

 

 ゼノヴィアもイリナも退室し、生徒会も生徒会室に戻り、オカルト研究部だけになった今、張り詰めた空気がやや解けたところで、神永先生がスッと立ち上がった。

 

「この町に住む無関係な人々を守るため、そして…」

 

 幾分か重い足取りで、神永先生は木場の目の前に立った。

 

「ここでエクスカリバーを終わらせ、君の同胞の無念を晴らすため…彼らの思いを背負い、彼らが生きるべきだった時間を生きてほしい」

 

 その言葉には、言い表せない「重み」があった。

 

 

 

「君は生きるんだ」

 

 

 

 最後に先生は、ポンッと木場の肩を軽く叩き、オカルト研究室を出ていった。

 俺は神永先生が出て行った余韻をそれなりに見ていた。

 

 本当に、神永先生は宇宙人なのだろうか…

 

 そんな感情がポツポツと湧いていたが、たった今の一件でそれは疑問に変わった。

 あの人が本当に宇宙人で、『裁定者』としてこの町を、俺たち悪魔他『外来種』を監視することを義務としているのなら…

 

(見切りをつければ…神永先生はきっと…)

 

 

 

『危険分子とみなし、私の方から先にこの世界を()()しよう』

 

 

 

 あの時発せられた言葉は、普段授業で聞く声と同様であれど、隠されていたその意思には揺るぎない確固たるものがあり、俺は純粋に『恐怖』を感じた。

 そして、その時俺は悟った。

 本当にこの人なら、それができるのだろうと。

 

 かと言って、冷徹な眼の中に苛烈な思想だけがあるかと言ったら、そうではない。むしろ、先生はそんなこと望んでいなかった。

 

 木場を見る目が、俺たちの先生だった。

 紛れもなく、俺が憧れたヒーローの優しい目だった。

 

 

 

 生きろ…

 

 

 

 曇りなき真っ直ぐな視線が木場を照らしていたのを、まだ脳は鮮明に記憶している。

 その時見た姿は、温かい師、父親、そんな包み込んでくれるような優しさがあった。

 

「…」

 

 ぼーっと、自分の手を見つめる木場は、心ここに在らずといった感じだ。

 違うのは、憑きものがとれたかのような、前まで切羽詰まった鬼のような形相は無くなっていた。

 

「木場」

 

 俺が呼びかけると、木場はこちらを見てくれた。

 

「その手は…まだ汚しちゃいけない…」

 

 復讐したい気持ちはわかる、なんて俺には口が裂けても言えない。

 でも俺は、木場がただ復讐のためだけに、エクスカリバーに関わる全ての人間、関係者を皆殺しにするような真似はしてほしくない。

 

「お前が背負ってるのは、お前の使命とか、責任だけじゃねえだろ」

 

 木場には今、あの細い体に無惨にも散っていった数多くの魂が背負われている。

 そんな彼らの思いと魂を、木場自らの手で汚して欲しくない。

 

「生きよう…彼らのために…」

 

 すると木場は、すぅーっと、涙を流した。

 やっぱりまだ腐っちゃいなかった。

 木場の精神も、魂も、思いもまだ…まだ折れていない。

 

「いい…の…イッセー君…僕は…主人である部長や…みんなに…」

 

 きっと「酷いことした」って言うに決まってる。

 だから俺は、その先を言わせるわけにはいかない。

 

「いいんだよ…俺たちは木場が帰ってくんのを待ってたんだからな。そして今、帰ってきてくれた。それでいいじゃねえか」

 

 俺はみんなに問うように視線を合わせたが、元よりそんな必要なかった。

 部長も、朱乃さんも、アーシアも、子猫ちゃんも…みんな同じ思いだった。

 

 そしてもちろん…

 

「春雄だってお前のこと心配してたんだからな」

 

「春雄君も…?」

 

 俺は頷いた。

 思えばここ一週間、ずっとアイツは木場を気にかけてたな…

 はぐれ悪魔と戦ったその日から、競技祭が行われてる時だって、俺に相談してたし、なんならオカ研でありながら何もできない自分を悔いていた。

 

「そんな…春雄君が…?本人はそれどころじゃないはずなのに…どうして…」

 

 俺は思わずため息をついちまった。

 まだわかんねえのかよ、木場。

 

「俺たちは仲間だろ?友達だろ?困ってる時に支え合うのが当たり前だろうが!」

 

 

 

『寄り添ってやれる人であれ』

 

 

 

 神永先生が担任になってから、ずっと俺たちに教えていた。

 人と人の繋がりを蔑ろにせず、手を差し伸べられる人、その手を素直に取れる人になれ、と言った。

 

「イッセー君…」

 

 この時、オカルト研究室に潤んだ声が響いた。

 俺たちは、『騎士』が立ち上がるまで、いつまでも見守った。

 俺たちの『騎士』は、好きなだけ泣いてくれた。

 それが俺にとって嬉しかった。ようやく、泣いているところを見られてもいいほど信用してもらえた。

 

 そして木場は、溜め込んだままにしないで、ありったけを吐き出して幾分か楽になると、いつもの眩しい笑顔で俺たちに言った。

 

 

 

「ありがとう」

 

 

 

 くぅぅぅううう!非モテな俺の忌み嫌う、いつもの王子様スマイルしやがって!

 

…なんてな、憎いことに変わりねえが、ようやく戻ってきたって感じだな。

 いや、始まったのか?

 俺が見た木場の笑みは、今までよりも眩しく見えた。

 

 

 

 

 

「晴れるな…こりゃ…」

 

「権藤?どうしたの?」

 

「…なんでもありませんよ、姉御。行きましょう」

 

 

 ここ数日続いた、俺たちの肌に突き刺さるような冷たさの雨が止み、久々に夕焼けを拝めた。

 地平線に沈もうとする日輪が、朱色に町を照らすことに、年甲斐もなくついついはしゃいでしまおうとするのは、単に天気が良くなったからではない。

 

「先日までの無礼を許していただき、誠にありがとうございます。以後、部長の『騎士』の名に恥じぬよう精進してまいります」

 

 木場は、夕日をバックに改めて決意を表明をした。

 その顔は凛々しさもありながら、騎士としての強さと鋭さもあるものだった。

 

「いいのよ、こうして帰ってきたことが何よりも嬉しいから」

 

「憑きものがとれたような、いい顔になりましたわね」

 

「…先輩が居なくなるのは嫌ですから…」

 

 やっぱり、みんなが居なきゃな。揃ってなきゃな…

 俺も頑張るか!

 

「ありがとう、イッセー君」

 

 急に木場から感謝されたわけだが、どうしたもんだろうな。

 これと言って俺は何もしていない気がするけど…

 

「君のおかげで立ち直れた」

 

「…へへっ、そうかよ」

 

 ちっ、面と向かってそんなこと言われるとなんかな…むず痒い気がする…

 そして、そんな俺を面白そうに部長やアーシア、朱乃さんが見て、その隣では子猫ちゃんがいつも通りの無愛想な顔をしていた。

 しかし、そんな変わらない彼女の表情も、今はどこか緩んだような気もしなくはなかった。

 

ピピピ…ピピピ…ピピピ…

 

 ふと俺の携帯電話からコールがかかる。

 相手は…ん?誰だ?

 考えるより、俺はまず電話に出る。

 

「はい、兵藤です」

 

『あ、イッセー君?私、イリナだよ!今おば様のところにゼノヴィアとお邪魔してるんだけどね、なかなか帰ってこないからついかけちゃった』

 

 なんだ、もう行ってたの…え?ちょっと待て。

 

「俺、お前に連絡先教えてねえぞ」

 

『おば様から教えて頂いちゃった』

 

 また母さんかよ…俺のプライベート、母さんのせいで筒抜けにならねえといいが…てか、なんで息子の番号をそう安安と教えるのかな?

 ま…大丈夫…だよな…?

 

「はぁ…今から俺たちも帰るところだからさ」

 

『そうなの?私たちはそろそろお暇しようかと思ってるのだけど』

 

「そうか?もうちょっと長く居てもいいんだぜ?」

 

『別に気遣わなくて大丈夫よ。久しぶりにイッセー君とも会えたし、おば様にも会えたし…おじ様に会えなかったのは残念だけど、その分おば様といっぱいお話しできたから大丈夫よ』

 

「わかった、今日はいろいろありがとな…こっちの我儘に応えてくれて…」

 

『…なによ、全然大丈夫よこれくらい。それに…』

 

 すると、イリナが数秒黙った後、電話越しにもわかるほどに態度を変えた。

 

『私の故郷を…大切なお友達の居るこの町を…勝手な奴らに滅茶苦茶にされたくないから…そのためなら私は戦う…例え教会の意思が無くとも、私はこの町を守りたい…!』

 

 そう言い終わると、彼女は電話を切った。

 俺の耳には彼女の言葉が残り、その時発していた他を寄せ付けないオーラを余韻として感じていた。

 

(イリナ…)

 

 彼女の思いは本物だった。

 生まれ育ったとは言え、彼女がこの町にいた期間はかなり短かったはずだ。

 それでもこの町のことを今でもこうして大切にしてくれていることに、俺は誇りを感じる。

 そして、俺だって…

 

「部長…みんな…」

 

 俺の雰囲気を察してか、みんなの表情は真剣なものに変わっていた。

 

「必ず…必ずこの町を守りましょう」

 

 

 その頃神永はと言うと、駒王町からおよそ130キロメートルほど離れたところのとある場所におり、一点を見つめていた。

 彼が見つめる先にあるのは、かなり廃れた建物だった。

 外装はほとんどなくなり、蔓植物が骨組みに巻きついており、外からでも見えるほど開けた内側は、ごちゃごちゃに風化した物が散乱していた。

 薄暗くなった時間帯に見るのもあって、かなり雰囲気を発していたが、この程度で怖気付く男ではない。

 

(かつてここは…放射性廃棄物の廃棄場だった…)

 

 神永は壊れているフェンスの間を潜り中に入る。

 

 近くで見ればより酷い有様だった。

 当時ここで働いていたであろう者たちが使っていた、資料や書類はそのままに、他にも椅子や机の他、コップや()()()なども乱雑に捨てられていた。

 

 神永はそっと、人差し指を眉間の間に持ってくると、そのままゆっくりと目を閉じては何かを感じ取る。

 

「…放射線がほぼ完全に消失している…」

 

 目を開き、呟かれたことはまさに常識を逸していた。

 放射性廃棄物の処理には、最低でもおよそ10万年はかかるとされている。

 

 今神永が立つ放射性廃棄物廃棄場所跡地は、数年前に閉鎖された。それも、地中に厳重な状態の放射性廃棄物を残したままだ。

 何やらこの処理のための資金が回らず、後回しにしていくばかりで結局手のつけられなかった負の遺産だ。

 しかし、これを国は隠蔽し続け、今日神永に発見されるまでは誰も見向きもしなかっただろう。

 まぁ発見されたのが外星人であり、最も人間が地下の放射性廃棄物を見ることはもうない。

 

「完全に食われたか…」

 

 神永は再び、神経を集中させた。

 今度はとあるものを追うためである。

 

「…!最悪だ…私としたことが…」

 

 珍しく血相を変え、神永は棒状のスティックを取り出し光に包まれると、既にその場から消えていた。

 

 

 俺は今、どうも落ち着かない。

 別に家に美少女がいるから、とかそんなんじゃなく、俺は極めて漠然とした不安を抱えている。

 

『相棒…感じるか?この飛び切りヤバい気配を』

 

 ああ…

 この感覚…

 

 

 

…尋常ならざる殺意…

 

 

 

…熱く膨れ上がる怒り…

 

 

 

 

 

…王の咆哮…

 

 

 

 

 

「ヤバい…」

 

 俺はすぐ、部長とアーシアのいる部屋まで行き、すぐ捜査に行くことを伝えた。

 漠然としすぎてわかりづらいが、春雄の中の力の恐ろしさをよく知る俺たちに、もはや説明は不要。

 

「きっと、そこにコカビエルがいるかもしれません…そして、バルパーも…」

 

 アイツの力には、この町に害を及ぼす存在、自分の身にとって危険となる存在を、執拗に追いかけては確実に『排除』する恐ろしい特性がある。

 何としても、いち早くコカビエルを先に見つけて、周りに被害が出ないようにしねえと!

 

「部長、俺はイリナたちに連絡しておきます!」

 

「わかったわ!私は他の眷属たちを集めて、ソーナの方にも伝えておくから!アーシア、あなたはお母様の側にいて守ってちょうだい!」

 

「わ、わかりました!」

 

 こうして、俺は家を飛び出した。

 幸いこの時、母さんはかなり早く眠ってたけど、そう言えば親父、まだ帰ってきてないな…

 いや、今は目と鼻の先の問題を止めねえと!

 

 

 

 連絡後、集合場所となった公園にて。

 すっかり日も落ち、入り口に街灯が一つ淡い光を放っている程度の錆びた公園は、本当に雰囲気が出てたんだろうな。

 今はそれどころじゃないが。

 

 集まったのは、オカルト研究部より俺に子猫ちゃんに木場、生徒会より匙、そして教会のエクスカリバー使いのゼノヴィアとイリナだった。

 

「じゃあ、この町のどこかで春雄君の気配がしたんだね?場所は?」

 

 事情をすぐ説明すると、木場がどこか焦っているかのような、今すぐにでも向かいたそうにしていた。

 俺は逆に冷静さを装い、少しでも木場が落ち着けるように心がけて話す。

 

「ああ。ドライグが最初に感じ取った。そして、次に俺が赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)を出現させ、感覚を倍にして捉えた。あの空気の震えは間違いない…だけど木場、詳しい場所は把握できてない。悪い…」

 

 俺は軽く頭を下げると、木場が一瞬驚いたような顔をした。

 いいぞ。アイツが落ち着くまで、俺は頭を上げない。

 

「そうか…ごめん、イッセー君…」

 

「いや、いいぜ。さて、みんな集まってもらったのは他でもねえ。駒王町の考えうる場所全部を捜索だ」

 

 

 とうとう始まった。

 俺たちが戦争を止めるんだ。春雄の暴走を止めるんだ。

 

 今、俺と木場、子猫ちゃん、匙で行動中だ。

 教会側が二人、悪魔側が四人で、なんとなくバランスが悪い感じに思えるが、敵も悪魔を容易く消し飛ばせるほどのエクスカリバーを保有しているからこそ、数多くの対処が必要だろう。

 

「ところで兵藤、なんでお前はそこまで義弟の気配がわかるんだ?」

 

 ふと、匙が気になったことを問うから、俺は家を出た直後にした、ドライグとの会話を伝えた。

 

『過去の戦いで、ゴジラを目の前にした奴らはみんな、アイツが近くにいると、本能的に感じ取るのだ。どこにいても睨まれるような…どこにいても奴の唸り声が聞こえるような…』

 

 

 

 

 

 つまりそれは『恐怖』だ。

 俺たちが、アイツの力を初めて見た時、闘志を瞬く間に削がれ、立ち向かう勇気を容易くへし折られたのも、俺たちの魂が本能的に恐れているからだそうだ。

 特に、実際にゴジラを目の当たりにし、その力をまざまざと見せつけられたドライグの恐怖は相当なものだろう。そして、相棒となった俺にもそれがよく伝わるそうだ。

 

 この話を聞いて、誰もドライグを冷やかして笑う奴はいなかった。

 むしろ、より一層緊張が高まっただろう。

 神にすら仇なし、悪魔も天使も堕天使も全て震え上がらせたと言われる存在が、こんな様子だからな。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ…そんなにゴジラがヤバいなら、どうして今まで誰もわからなかった?どうして何にも記録がない?」

 

 やや取り乱す匙の言うことはもっともだな。

 部長たちは知らない様子だし、現魔王の部長のお兄さんもわからないそうだ。

 そうなれば、もっと古い時代の人じゃねえとわからないか?

 

 だとしても、これほどまで長い間、ゴジラという強大すぎる存在を隠し続けられただろうか。

 う〜ん…まだまだわからないことだらけだな…

 

「おやおやぁ?」

 

 などと話していると、どこか聞いたことのある忌々しい声、できれば二度と聞きたくなかった声がしたのだ。

 俺たちはすぐ構えて戦う準備をし、声の方向を睨んだ。

 

「こんなところでくそ悪魔分際が?何をしていらっしゃることやら!」

 

 飄々とした態度は変わらず、ただ獲物が禍々しく聖なる力を放つエクスカリバーになっただけか…

 

「フリード…!」

 

 憎たらしく木場がアイツの名前を静かに叫んだ。

 かなり怒っちゃいるが、今の木場にしてはかなり抑えられている方だろう。

 

「はいはいなんですかねぇ〜って、その優男は!この前僕ちんにコテンパンにされた悲劇の王子様じゃあありませんか!」

 

 対するフリードは、木場の神経を逆撫でするように煽りまくる。

 くっ…こいつ!

 

「それにしても、ありがたいですね〜!あなたのお仲間(役立たず)のお陰で、天才的な才能の僕ちんがエクスカリバーを使えるようになったんでねぇ〜」

 

 そう言いながら、エクスカリバーを舐めるフリード。

 俺はそろそろブチギレそうだし、匙も子猫も強い嫌悪感を示しながら青筋を浮かべ、今にも飛びかかろうとしていた。

 

「待って」

 

 そんな俺らを木場が止めた。

 そして驚くことに、その表情は落ち着いており、自信に満ちていた。

 

「イッセー君は言ったよね?『まだ汚すべきではない』と。こんな奴のために、君みたいな崇高な魂を貶されるわけにはいかない」

 

 そして、木場は魔剣を創造して、フリードに向かい合っていた。

 

「木場…」

 

「イッセー君」

 

 俺が何か言うのを遮って、木場は応えた。

 

「僕は生きるよ。これからも」

 

 その言葉に宿る頼もしいものに、俺も素直に引いた。

 

「今の木場なら、エクスカリバーを超えられるぜ!」

 

「ああ、今は一人じゃねえからな!」

 

「私たちが、あんな紛い物に負けるわけがありません」

 

 木場の後ろに並び直った俺たちは、目の前の強敵を見据えた。

 冷静に見れば、あんな紛い物なんて怖くなんかねえ。

 心の底から湧き起こるのは勇気だった。

 

「みんな…力を貸してくれ!」

 

 木場の期待に、答えなくちゃあな!

 

 

 夏が迫りつつある日本の天気は、低気圧が発達し、よく晴れたと思いきや、一転して雨が降ることはしばしばだ。

 今日も例外ではないものの、あまりにも突然すぎる。

 駒王町上空はつい先程まで晴れていたのだが、夜に差し掛かると暗闇とともに積乱雲が現れ始めた。

 

 風が吹き、雨が周囲一体に降り注ぎ、轟音と共に黄金の(いかずち)が地表を照らす。

 音が駆り立てる恐怖と、光が心を奪うほどの絢爛を併せ持つ様は、正に神の所業なのか…

 

 どれだけ力をつけ、どれだけ知識を蓄え、進化を重ねた文明であろうとその前には無力…

 自然の猛威は全てを平等に『無』へと返す。

 抵抗は無意味だ。

 その時は皆等しく訪れるのだ。

 『死』を受け入れよ。

 

ー我がこの星の神として君臨し、我の想いのままにしてやろうー

 

 黒い雲は月灯を完全に遮断し、まるで生きているように勢力を広げて動き回る。

 あの変則的な雲の畝る様子に、人々は恐怖でしかない。

 そして、その人間たちを嘲るが如く、自然の猛威は増してゆく。

 

ー鬱陶しいものだ…ー

 

 雷雨を纏う者にとって、眼下で怯える人間たちも、武器を持ってままごとをする異形たちも取るに足りない存在だった。

 例え、邪を払う聖剣を持っていようと、神に届く力を持っていようと、歴然としたその差は埋まらない。

 それこそ、地に足をつける者が、手を伸ばしても空に届かないように。

 

 だが、この町には()がいる。

 この星の『王』が…

 

 

 

 ゴガァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"!!

 

 

 

 空まで届く咆哮は、文字通り全てを揺らした。

 人間が築いた有象無象も、ままごとをする異形どもも震わせた。

 

ー力を取り戻せていないながらよくやるものだー

 

 

 

 川から上半身だけを出して、ギロリと鋭い目で睨む黒い怪物がいた。

 ワニか、恐竜か、爬虫類を思わせる威圧感のある顔、そして口から覗かせるのは全てを砕かんとする鋭く丈夫な歯。

 腕、体は見た目だけでも力強さをビリビリと感じさせ、全身が漆黒に包まれているところが恐怖心を煽る。

 そして、王たらしめる王冠を彷彿とさせる、背中に並ぶ鰭のようなもの。

 

 これがゴジラである。

 春雄に宿る、荒ぶる神、自然の王、破壊神である。

 

 ゴジラは空を見上げ、忌々しそうに黄金を睨む。

 そして、特大の咆哮をあげて全てを揺らし、憎き最大の敵に向かって殺意を飛ばす。

 対する天からは、対抗するように稲妻を迸らせた。

 その光は今まで以上に強く、昼と錯覚させるほどに強く輝いた。

 

 

「ちっ、急に強く降りやがって…」

 

 権藤は家に着くと、うんざりした様子で呟いた。

 全身ずぶ濡れ、走ったせいで熱が籠る体…

 これ以上ない不快感が権藤を包み込む。

 

 さっさと家に入ろうと、ドアノブに手をかけた時だった。

 

 巨大な稲妻と共に大地を揺らす轟音が響いたのだ。

 

「!」

 

 権藤はバッと振り向くと、呆気に取られた。

 

「なんだ…何か居るのか…?」

 

 一瞬だけその目に映ったのは、禍々しい光に照らされる何者かの影だった。

 ぼんやりとしていて、見間違いかと思ったが、不自然に影が動いていたように見えた。

 

「三本の首の…龍…?」

 

 

 

 



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第29話 非情な現実

 誰しもが人生において、一度は立ち止まる経験はあるはずだ。

 それが他人にとって微々たるものに感じていようと、当の本人にしてみれば壮絶なものだったりする。

 

 それが何であれ、いずれにせよ乗り越えなくてはならないものだ。

 

 木場という男もその一人である。

 17年という短い期間、彼が経験したのはエクスカリバーに振り回されたものだった。

 多くの同胞は死に、自分だけが生き延び、日本で温かい空気を吸う。

 ゆっくりと時が流れるような錯覚だ。

 

 この何気ない日常が、彼の心を苦しめた。

 同胞は平和の太陽の下で、学を収められず、ろくな生活もできず、自由を奪われ、死んでいった…

 

 そして木場は生かされた。

 同胞が渇望した平和、温かい飯を食い、恵まれた仲間を持ち、学び…自由を与えられた。

 彼にとっての平和の日々は、明確な帰る場所となってくれたが、日が経つにつれて心の奥底に眠る「闇」は深く、濃くなっていく。

 

 いつか必ずこの手でエクスカリバーを。

 

 その考えは平和な時が解決できず、当時のまま置いてきてしまった。

 そして彼は、生かしてくれた仲間のために生きるのではなく、贖罪のために死を急いだ。

 一度タカが外れてしまった彼は、復讐のために奔走し、築いてきた仲間との絆も放棄してエクスカリバーを壊すことを誓った。

 自分の命を救ってくれた部長の手を払いのけ、一人で全てを抱え込み、単身でエクスカリバーに挑んでは負けた…

 

 幾度と挫折した彼は、とうに精神は崩壊し、それでも動かし続けたのは殺意と怒りで塗り固められた復讐心であった。

 

 

 

「君は生きるんだ」

 

「その手は…まだ汚しちゃいけない…

 

 生きよう…彼らのために…」

 

 

 

 恩師と友人が、最後の彼の良心を繋ぎ止めてくれた。

 そこで彼はようやく過ちに気付き、そっと一筋の涙を流すことができた。

 

 そんな彼が帰ってくるのを、皆は待っていた。

 その純粋な優しさからくる温かさに、彼は泣いた。

 

 生きる。そして、過去に確かに存在した同胞の思いを繋ぐため、今の仲間と歩むことを決めた木場。

 悲しみも、怒りも全ての苦境を乗り越え、再び仲間のために前に出て戦う、誇り高き『騎士』が帰ってきたのだ。

 

 

 ザアザアと雨の音がやかましくなり始める。

 風が吹き、ガタガタと家を鳴らす。

 天空では黄金の雷が大砲の如く大音を轟かした。

 

 だが、そんなもので『騎士』の集中を削ぐことはできない。

 研ぎ澄まされた感覚、乱れぬ呼吸が、ブレない真っ直ぐでしなやかな、それでいて鋭い剣筋を生む。

 

(こ、こいつ…前より格段に強くなって…)

 

 フリードがふと目の前の『騎士』に違和感を感じた刹那…

 

 

 

 スパッ…

 

 

 

 思わずフリードは呆然となった。

 彼の視界には、どこからか現れた赤黒い液体スローモーションのように舞い、その影に騎士を捉えた。

 その騎士の表情はとても落ち着き、無骨で、まるで剣そのものだ。

 しかし、その瞳からは心の内から燃え上がる闘志を感じさせていた。

 

 それは、以前のような自分すら燃やそうとする業火ではなく、未来を温かく照らす善の炎だった。

 

 その炎が『騎士』を、木場を滾らせる。

 

 目の前の邪悪を討ち果たすため。

 

 剣は止まらない。

 

「フリード…お前は聖剣エクスカリバーを持ちながら、この僕に手こずっている…それはなぜかわかるかい?」

 

「ああん?何を言っておりますのやら!僕ちんはそんなちんけな魔剣に負けるつもりはないのでございますよ!」

 

 フリードはエクスカリバーを振り回すが、悉く木場の剣筋に軽く遇らわれた。

 

(なんで…なんでこのクソ悪魔を斬れないんだ!)

 

 フリードは動揺し、ガタガタと震えた。

 エクスカリバーの適正に成功したまさに天才。

 相手は適正がなく、『無能』の烙印を押され、殺処分されるはずだったゴミ…

 

(出荷できない家畜のように、他の無能とくたばるはずの無価値野郎がノコノコと…ノコノコと生き残りやがって…)

 

 二度目だ。

 目の前にいるのは、本来取るに足りない存在だった。

 しかし今、フリードは心の奥底で『勝てない』と思い始めていたのだ。

 恐怖し始める自分自身に苛立ちを隠せない。

 

「このゴキブリがぁぁぁあああ!!」

 

 発狂しながら強引にエクスカリバーを勢いよく振り下ろした。

 そこにはもはや、聖剣なんてものはない。

 ただ自我を失った暴走する獣の牙だ。

 

 そんな秩序を失くした暴走機関車に、今更遅れをとるような木場ではない。

 冷静に襲いくる狂気的な一撃を躱し、受け流し、受け止める。

 

「死ねぇぇぇえええ!!」

 

 それでもやはり、聖剣だけ言って威力は伊達ではない。

 悪魔を蝕む光が、フリードの天才的な技と合い、その攻撃力を倍増する。

 そしてついに…

 

 キンッ!

 

 甲高い音と共に、木場が手にしていた魔剣が空中へ弾かれてしまった。

 絶好のチャンスに軽く安堵したフリードは、未だ冷や汗を流す顔で、引き攣ったような笑みを作った。

 

「アッハハア!!これでクソ悪魔君とはおさらばね!!」

 

 これでやっと殺せる。

 エクスカリバーを持つ自分にこれだけの立ち回りをしてくれた『騎士』を、漸く葬れる。

 そう高を括ったフリードは、その慢心が最大の仇となることを知らない。

 死ぬ間際に涼しげな顔の騎士が、絶望にどのような歪んだ表情を浮かべるのか。

 フリードは高鳴る心臓のまま、楽しみにしながら木場の顔を覗いた。

 

「なっ…」

 

 その顔は…

 

「なんで…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…笑ってやがるんだ、てめぇ!」

 

 依然として余裕なままの、誇り高き騎士の表情だった。

 

(くそっ…コイツ、ぜってぇ殺してや…)

 

 すぐにでも四肢を切り裂き、悲鳴をあげさせてから殺そうとしたフリードは、剣を振り下ろさないことに焦り始めた。

 どれだけ力を込めようと、ピクリとも剣は動かない。

 

 なぜ…と思いながら、自身の腕を拘束するものを見る。

 手首に巻きつく、不気味な黒い蛇のようなものはかなり長い。

 そして、それを辿っていくと…

 

「へへっ!ようやく俺の神器、黒邪の龍王(ヴリトラ)の出番だな!」

 

 待ってましたと言わんばかりに、蛇のような神器を伸ばすのは、匙だった。

 彼の神器、『黒邪の龍王』から伸びる、黒い触手でフリードの手を絡め取っていたのだ。

 突然のことにフリードは、先ほどの狂気状態もあって、冷静佐を完全に欠いており、なんとかその拘束を外そうと躍起になっている。

 そこへ、

 

「うらぁぁぁあああ!」

 

 雄叫びと共に現れたイッセーと、表情変わらない子猫が、ありったけの力を込めたパンチをそれぞれ顔、腹に食らわせた。

 口から折れた歯と一緒に、夥しい血を流すフリード、まもなく意識は刈り取られる。

 なんとか拘束は解いたが、戦意は消失しかけている。

 そこへ、剣を構え直した木場が歩み寄る。

 

「答えは簡単さ…」

 

 木場の目は真っ直ぐ、たった一つの忌まわしき獲物だけを捉えている。

 

「僕には頼れる仲間がいる…そして、僕は多くの命を背負っている…そしてその多くの命が僕を強くしてくれた…

 そんな大切なものを持たず、残虐な限りを尽くす君に、僕は負けられない」

 

 淡々と、しかしその言葉そのものに熱がこもっていた。

 木場には今、とある情景が頭に浮かんでいた。

 

 同じ学舎で勉学に励む大勢の仲間。

 

 厳しく、優しく、そして温かく指導する先生たち。

 

 自分を助けてくれた主人と、共に支え合う同じ眷属であり、かけがえのない仲間。

 

 自分を過ちから救ってくれた恩師。

 

 熱い心で彼の心と絆を繋ぎ止めてくれた大切な友人。

 

 そして、多くの同胞の切なる思い。

 

 

 

ー生きろー

 

 

 

「…生きるさ…どこまでも…」

 

 

 

 ガギンッ!!

 

 

 

 様々な思いが込められた木場の一撃は、今までで一番速く、重く、鋭いものだった。

 フリードは訳がわからないと言った様子だった。

 ジンジンと痛む右手…

 この男はなぜ、自分を殺さないのか…

 咄嗟に思い浮かんだ疑問に、目の前の男は答えた。

 

「恩師と友だちの約束でね…」

 

 木場はフリードに、一切後髪を引かれる思いなく、固く握った拳を振り抜いた。

 顔面にクリーンヒットされたフリードは、白目を剥いて仰向けに倒れるのだった。

 

「僕のこの手は、君のような汚い血で汚すわけにはいかない。この手は次の悲劇を生まないために、あの狂った男を止めるためにある」

 

 「そうでしょ?」と言うように、木場はイッセーたちの方を振り向いた。

 それに応えるように、イッセーはニカッと白い葉を見せた。

 

 雨降り(しき)る中、木場はエクスカリバーに打ち勝って見せたのだ。

 

 

 

「いやはや…まさかあの時の不良品がまさか、エクスカリバーを超えてくるとは…」

 

 瞬間、木場は勢いよくその声がした方を向くと、自然と剣を握る手に力が入った。

 

「バルパー…ガリレイ…!」

 

 そう呟いた名前に、イッセーたちも今一度戦闘体制に入り、その男の方を睨んだ。

 その男は、神父服を身に纏い、顔だけ見ると親しみやすそうな老人、しかし、この男がしでかした過去に、あまりにも残酷なものがあった。

 それこそ、ずっと木場が追っていた『聖剣計画』であり、それを企画したのがその男、バルパー・ガリレイであった。

 

 バルパーは、木場から憎しみが込められた口調で名を呼ばれると、不気味な笑みを浮かべた。

 

「その男…フリードは回収させてもらうよ」

 

 すると、空から翼をはためかせながら堕天使たちが降り、伸びているフリードを回収した。

 

「てめぇ!今すぐ降りてこい!」

 

 イッセーは『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を発動し、怒りを爆発させて叫んだ。

 匙も子猫も同様に、煮えたぎる怒りを必死に堪えながら睨む。

 

「そんなに戦いたいかね?そんなに私を殺したいかね?」

 

 バルパーは臆することなく対峙する。

 その目は殺人鬼のように狂気的かつ残忍さと冷酷さが滲み出ていた。

 

「これからコカビエル様の元へ行かねばなるまい」

 

 バルパーより告げられたことに、四人は驚きを隠せない。

 

「なんだと…コカビエルが来てるのか!?」

 

「…この事件の首謀者ですね…」

 

「野郎…俺たちを誘ってんのか…!」

 

 子猫はそうでもないが、イッセーと匙は、バルパーへの怒りと、コカビエル、戦争への恐怖で冷静さを失いつつあった。

 しかし、あと男がここでは一番冷静だった。

 

「イッセー君、匙君、ここは落ち着くんだ。相手はコカビエル、何の策もなく挑めば、こちらの敗北は必須…そうなると、この町を守れない…」

 

「木場…」

 

 イッセーは木場を見た。

 一見かなり冷静に見える。だが、目は血走り、剣を持つ手はもちろん、肩までも震えていた。

 

 殺るか…?

 

 

 

…いや…アイツは今、コカビエルの元へ行くと言っていた。

 下手に深追いし過ぎれば、なんの準備も無しに戦争に突っ込んじまう。

 そうなりゃ、今まで考えてきた対策はパーだ。

 

(ここは部長たちに連絡を取るか)

 

 そして、イッセーが携帯電話を取り出したその時、一人の堕天使がバルパーの元へ降りてきた。

 

「バルパー殿、コカビエル様がお呼びです。今すぐ来るように、と」

 

「そうかそうか、わかった。今すぐ向かおう」

 

 すると、バルパーはイッセーたちに背を向け、ゆっくりとした足取りで歩いていった。

 今、彼らが不用意に手を出せないと知っているからこそできるのだ。

 イッセーはギリッと歯を食いしばった。

 

「来たければ来るといい…」

 

 悍ましさを感じさせる口調で呟く。

 

「今頃、教会の者たちはどうなっていることやら…」

 

 そうして、路地裏へと入っていったバルパーと堕天使たちは、闇に紛れて姿を消した。

 

(アイツら…イリナたちをどうしたんだ…)

 

 バルパーの言葉から察するに、彼女たちに何かあったのだろう。

 最悪なケースは、コカビエルと既に交戦したか、最悪死…

 

「兵頭!しっかりしろ!あの教会の奴らが死んじまった確証はねえだろう!」

 

 匙のおかげで現実に意識を戻せたイッセーは、すぐ状況確認に移った。

 

「子猫ちゃん、アイツらがどこに行ったのかわかるか?」

 

 いち早く正気に戻っていた子猫は、たった今姿を晦ました奴らの気配を追う。

 

「…どうやら、義憤橋に向かっているようです」

 

「ここからそんな離れてねえな…ありがと、子猫ちゃん」

 

 場所を聞き、今まさに行こうとした瞬間、今まで以上の規模の雷が、轟音と共に空を覆ったのを見て、更なる不安を募らせ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…ることはなかった。

 あの雄叫びのようなものに、俺は妙に気分が高揚しかけた。

 

 

 義憤橋。駒王町の中でもかなり昔から存在する古い橋の一つで、それと同等のものが他にあるものと合わせて八つあり、ご利益もあることから儒教における八種の徳に准えられた橋だ。

 また、それらの八つの橋の下を流れる川が、大地の守護神を祀る『壬神社』からさながら竜の首のように伸びていることもあって、そこら辺一帯を『壬龍の庭』と言われたりしている。

 

 一応邪な存在を祓うパワースポット的なところになってるけど、子猫ちゃん曰く本当に悪さをしない限り大丈夫なそうだ。

 

 さて、夜になって身体能力が向上した俺らは、全速力でその場所へ向かう。

 

「…なんだ…」

 

 俺はある違和感を感じた。

 そして、他のみんなの方も見ると、同様に感じているのか、訝しんでいる顔を雨と一緒に冷や汗が流れていた。

 

 先程から空の天気が明らかにおかしく、そしてさらに春雄のゴジラが放つプレッシャーもあったりと、まるで駒王町が歪んでいるように錯覚していた。

 しかし、俺たちが『壬龍の庭』に足を踏み入れた途端、全く別なプレッシャーが俺たちの背中をビリビリと刺激してきた。

 そして、ここだけ風の吹き方もおかしい…

 空を見上げると、微かに雲の間から星が見えていた。

 

「どうなってんだ…」

 

 思わず俺は呆気に取られた。

 散々悪魔や堕天使とか色んな奴らを見てきたけど、こうして異形の存在ですら足元にも及ばない自然の力、怒りを前に俺は思い知らされる。

 

 悪魔だろうとなんだろうと、結局はちっぽけな存在に変わりない。

 

「イッセー君」

 

 やべ…飲まれてた。

 俺は心配そうにこちらを見る木場に「大丈夫」と言って、目標の橋まで再び走る。

 

 

 

 俺たちは必死になって走った。

 既に『壬龍の庭』の内部は、いろんな奴の気配がありすぎてカオス状態だ。

 でも俺は、俺たちはこの足を止めるわけにはいかない。

 

 あそこには首謀者コカビエルと、皆殺しの大司教ことバルパーの奴らがいる。

 あのままアイツらを野放しにすれば、間違いなくこの駒王町を火の海にするはずだ。

 そして、この町で活動する上級悪魔かつ魔王の妹である部長を利用して他の悪魔連中を誘き出し、戦争をおっ始めるだろう。

 

 そんなことさせるか!

 俺たちはすぐ部長と生徒会長に、そして神永先生とパイプが繋がっている権藤さんに連絡し、いざコカビエルと対面!

 

 そして、俺は痛感した。

 

 幹部級の堕天使の恐ろしさを…

 

 戦争をこれから始める者の狂った覚悟を…

 

 戦争を止めることしか考えていなかった俺たちの考えの甘さを…

 

 

 義憤橋に到着すると、俺はそのあまりにも神秘的な空間で、で恐ろしく残酷な光景に目を大きく開いた。

 あたりは先ほどとは一変して、風が強く吹き始めた。

 あれほどけたたましく降り注いでいた雨は止み、稲妻を纏った雲は神社の上空のみ晴れ、その隙間から巨大な月が煌々と輝いていた。

 

 その月をバックに、こちらを見下ろす者が一人。

 ウェーブのかかった長い髪が特徴的な男だった。

 

(こいつが…コカビエル…)

 

 そいつの目は、歪みに歪んだ欲がわかるほどに、ギラギラと恐ろしいほど鋭かった。

 ニヤリと不気味に笑うそいつの足元に倒れている女の子が一人…

 

「イリナ!?」

 

 ツインテールにしていた髪はほどけ、腹部からかなりの量の流血、口からもいくらか血が流れていた。

 既に交戦していたらしく、勝負はもうついたのは明白だった。

 

 手を下したと思われるコカビエルの手には、イリナが持っていたエクスカリバーの一つが握られていた。

 

「まずそこにいる騎士よ。よくぞエクスカリバーを持つフリードを退けたものだな。名は何という?」

 

「…木場祐斗…グレモリー眷属の誇り高き『騎士』だ…」

 

 億劫することなく魔剣を構え、睨みながら答えた木場に、コカビエルは楽しそうに微笑んだ。

 

「その顔…その目…素晴らしいな。それこそ戦争をする者の、戦う者の姿。やはり戦争はこうでなくては!」

 

「て、てめぇ…!」 

 

 俺たちも木場に続いて構える。

 

「ほう…お前が此度の赤龍帝…噂に聞く限りは歴代最弱らしいが…」

 

 なんだ…

 こいつ…

 

「ほう…やはり出会ってみなければわからないものだな!噂違わず強くはないが、弱くもない!これほどまでおもしろく、この先楽しみな赤龍帝は居なかろう!」

 

 ハッキリ言って、このタイプの敵とはあまり戦いたくねぇ…

 口ではああ言っているが、実際は俺たちを油断なく冷静に分析している。

 

「これまで見てきた赤龍帝はどれも『犠牲』がなければ強くなれなかった。故に限界もすぐだった。

 だが、お前は違う!戦いとは縁のなかったお前が、この俺が警戒するほど強くなっているとは!そして、『騎士』の木場祐斗とやらもだ!」

 

 この状況を楽しんでんのか?

 アイツが浮かべている表情は心底楽しそうにしており、興奮していた。

 一層警戒を強める俺たちに、コカビエルは尋ねてきた。

 

「なぜ、お前らは強くなれるのだ?」

 

 それは…

 

 

 

 

 

…俺って強いのか?

 

 

 

 

 

…んなわけねえよ…俺は誰よりも弱い…

 

 

 

 

 

…この世に強者と呼ばれる奴らは山ほどいる…

 

 

 

 

 

…なんなら、自然の産物の禍威獣やゴジラ、ムートーとか、純粋に強い奴らはたくさんいる…

 

 

 

 

 

「俺らは強くはねえさ…」

 

 

 

 

 

 思い返すのは、初めて春雄のゴジラと、真正面から対峙した時。

 濃密な殺意と怒りによる圧倒的なプレッシャーと、勝てそうにないと思わされた絶望感…

 いかに俺が悪魔になり、赤龍帝の力を身につけたところで、強者は周りに溢れかえっていた。

 そして、苦労も葛藤も抱える俺を置いてけぼりにするように、地球はいつもと変わらず回っていた。

 

 ゴジラも、地球も、俺には興味ない…

 

 世界がいかに広いのか、現実はいかに残酷なのかを思い知らされた。

 

 それだけじゃない。

 俺はレイナーレにも、フリードにも、ライザーにも一度は敗北を喫した。

 どれも俺の慢心にから来るものだった。

 

 

 

 

 

「それでも俺は戦えたんだ…」

 

 

 

 

 

 ホント…こんな世界、住みづらくてしかたない…

 俺は何度死ぬ思いをすればいい?

 なんで俺なんかが赤龍帝なんて力を…

 

 

 

 

 

「途中何度も挫けそうになったさ…それでも…それでも立ち上がれたのは…」

 

 

 

 

 

 俺の近くにはいつだって仲間が、恩師が、大切な人が、家族がいた。

 俺は彼らから本当に多くのものをもらった。

 立ち上がる勇気、逃げない強さ、人を思いやる心…

 それを教えてくれたみんなのおかげで、俺は強くなれる…

 

 

 

 

 

「みんなが居たからだ!」

 

 

 

 

 

 大切な人のために俺は戦う。

 俺たちは戦う。

 

 例え敵が強くても…

 

 

 

 

 

 みんなで超えてやるさ!

 

 

「ふふっ…そんなくだらない理由のために戦うか…貴様ら…つくづく戦争を舐めているな…」

 

 するとコカビエルはバサっと翼を広げた。

 なんと翼の数は、なんと10!レイナーレなんかとは違うってか…

 

(なんつー威圧感…これが聖書にも記載された堕天使のNo.4!)

 

 俺は目の前の烏を見据える。

 デカい…

 あまりにも壁がデカい…

 内心俺は恐怖しか感じていない。

 それでも表情に表すまいと、奴を睨む。

 不思議と俺は、『怖さ』は感じるが、『絶望』を感じてはいない。

 

「だが…それで強くなれるというなら、その強さに限界はないということ…

 おもしろい…実におもしろいぞ!赤龍帝よ!」

 

 高笑いをあげるコカビエルだが、俺でもわかるほどに隙がない。

 さっきから木場も子猫ちゃんも攻めようと、そのタイミングを模索しているが、あの烏の佇まいは、全方位死角無しの、無敵の要塞だ。

 

「コカビエル様」

 

 すると、どこからか猛烈に嫌悪感を感じさせる声がした。

 そちらに目を向けると…

 

「ほう…バルパーか。どうやらあの木場祐斗と言う騎士は、お前の計画の出来損ないらしいが…お前が作り上げた作品は、お前自身が『無能』と烙印を押した者に敗北したそうだが…」

 

「いえいえ…そこで寝ているフリードがエクスカリバーに振り回されただけなのです。私が作ったエクスカリバーそのものは、あの若造の持つ玩具に負けるなどあり得ません」

 

「聞けば…ここにいる者は『誰かのために戦う』ことで強くなるそうだ。果たして意思も何も持たないただの道具のエクスカリバーが集まったとて、この者たちに勝てるのか?」

 

「今お持ちの擬似聖剣(エクスカリバー・ミミック)を、フリードが使っていた聖剣と組み合わせ、今度こそあの亡霊を倒してみせましょう」

 

 バルパーと会話を交わしたコカビエルは、少々の思案の後にフッと笑った。

 

「お前の聖剣への固執もなかなかなものだな…いいだろう。戦争の余興にはちょうど良い。せいぜいこの私を楽しませてくれるのだな」

 

 そう言ってコカビエルは、イリナが持っていたエクスカリバーを投げ渡した。

 バルパーはそれを受け取ると同時に、堕天使数人とフリードを引き連れていそいそと居なくなった。

 

「さて…お前らは俺を止めたいそうだが…コイツの命も助けに来たのだろう?」

 

 コカビエルは倒れているイリナの頭に足をのせた。

 この野郎!

 

「フフッ…思いの力で強くなるというなら…コイツを殺さなくて良かったな」

 

 相変わらず不気味な笑みを浮かべるコカビエルに、俺はここでハッと気づいた。

 

「他にも聖剣持ちは居たはずだ!その子はどうした!?」

 

「ああ…あの小娘か…ここで寝ている女が逃したさ。なんでもこのままじゃ全滅だって、せめてこのことを教会に知らせるため、こいつが囮になったそうだが…

 馬鹿だよなぁ!俺は戦争をしたいんだ!呼んでくれて結構!大歓迎!

 再び堕天使、天使、悪魔の三つ巴の戦いができるのだ!」

 

 なんて奴だ…

 この烏野郎…どこまでも狂ってやがる!

 そんなに戦争がしたいのか!?

 戦争は失うことしかないんだぞ…多くの命が失われることに、お前は何も感じないのか!?

 

「くそっ!ふざけるな!」

 

 俺は我慢の限界を迎え、『赤龍帝の籠手(ブーステッド・ギア)』を発動し、力を倍増させた拳をアイツに放つ!

 

「フハハッ!少し遊んでやるとするか!」

 

 すると、俺は気がついた時には吹き飛ばされていた。

 脳が揺れるほどの衝撃。

 頬には鈍い痛みが広がり、口の中は微かに血の味がした。

 

「グハッ…!」

 

 そのまま俺は塀に激突し、内臓の空気全てを吐き出した。

 呼吸もままならぬまま、俺はすぐ立ちあがろうとするが、思いの外ダメージがヤバいらしい。

 

「兵藤!?」

 

「イッセー先輩!?」

 

 俺の元に匙と子猫ちゃんが駆けつけてきてくれた。

 二人の顔を見て俺はつい安心しちまった。

 やべえ…意識が落ちる…

 

「馬鹿!しっかりしろ、兵藤!」

 

 慌てて匙が支えてくれたおかげで、なんとか意識を取り持つことはできた。

 だが、頭も顔も、体もそこかしこ痛すぎて、意識が持っていかれそうになっちまう。

 

「闇雲に突っ込んではダメだとあれほど…」

 

 木場も駆けつけ、俺を守るように3人が構えた。

 

「もう終わりか?赤龍帝?」

 

 そして、目の前に迫り来るのは、どこまでも狂っているコカビエル。

 奴はどこまでも楽しそうにしていた。

 

 あの腹を立たせる顔を一度ぶん殴る思いだけで、俺も赤龍帝の籠手を構え直す。

 

 しかし、ドライグを通して俺は、何かとんでもないものが来ようとしている者に対する、「恐れ」に近いものを感じ始めた。

 

 俺はハッとなってすぐ空を見上げた。

 

 

 

 ヒュゴォォォオオオ…

 

 

 

 急に風が畝り、強く吹き始めた。

 その風は壬神社の境内から噴き出していた。

 鳥居にかかる紙垂は荒れ狂い、木々たちがザワザワと騒ぎ出した。

 

「な…何が…」

 

 先ほどまで抱いていたコカビエルへの殺意も怒りも、今ではすっかり消え失せていた。

 

 神社の上空だけ、生きているような雲が払われている。

 そこら一帯の街灯は途端に全てが消え、月明かりという自然の照明のみが青白く照らすだけだった。

 まるで龍が体に纏わり付くように、独特の動きで風が吹く。

 

 その信じられないほどの神秘を前に、木場や子猫ちゃん、匙も動けずに固唾を飲んだ。

 

 俺も同様に喉を鳴らした。

 しかし、俺はたぶん、今みんなと抱いている感情は違う。

 あの雄叫びのような轟音…恐らくゴジラのものだろうが、俺はそれを聞いてから変になっちまった。

 あれほど嫌悪していた戦いに、今は血が滾っていた。

 したくてたまらない…そんな気分だった。

 でも俺は絶対に表情に出すまいと力を込めた。

 しかし、先ほどから神社から発せられる異様な雰囲気が、俺の闘争心を刺激し続けた。

 

 やめろ…俺はあんな奴なんかと違う…

 

「…我々は歓迎されていないらしいな…」

 

 俺は正気を保つため、バチンと両手で頬を叩く。

 そして、どういうことだ?とコカビエルに問おうとするが、その前に奴は話した。

 

「全く…聖書に記載されていない得体の知れない神がよくやる…日本はとりわけ、このような自然崇拝が多いからな。常に気を遣わねば、我々偉業の存在はすぐ奴らの怒りに触れ、排除されてしまう」

 

 アニミズム的なあれか?

 確か縄文時代とかには結構盛んだったらしいが。

 今では仏教なりキリスト教なり、いろんな文化が入っちまったが、それでも山や海とか自然あふれる場所ではそれなりに信仰しているとか…

 

 今までオカルト的なことを信じていなかった俺だが、もはや神も悪魔も天使も堕天使もいるこの世の中、どんな神がいてもおかしくねえんだな。

 

「早いところここを出るとするか」

 

 コカビエルは手下の堕天使たちに、ここを速やかに離れることを伝えた。

 あれだけ力を持ちながら、ここの神様には下手に出ないあたり、いかにヤバいかがわかる。

 

「おや…ちょうど来たか…」

 

 来た?

 

「私の僕に随分な仕打ちをしてくれたじゃない」

 

 上空から飛んできたのは、部長と、アーシアを抱き抱える朱乃さんだった。

 すぐ俺は、アーシアから治癒を施してもらい、全身打撲と折れた肋骨を治した。

 

「コカビエル、あなたはこれからどうするつもりなのかしら?」

 

「ふん、お前ら悪魔が根城としている駒王学園を中心に魔法陣を展開させ、駒王町を吹き飛ばすだけだ」

 

 なんだと…!?

 そんなことしたら…

 

「ふふっ…この町の人間はもちろん、全てが塵になるだろうな」

 

 こ、こいつ…それを利用して、悪魔を誘き出し戦争をするってか?

 

 たったそれだけのために大勢の人を巻き込むのか!?

 直接魔王に喧嘩売りゃあいいだろ!

 人の命をなんだと思っていやがる!

 

「じゃあなぜ、わざわざここへ来たのかしら?」

 

 確かにそうだ。

 駒王学園を中心に爆発させてえのなら、ここに来る必要はねえはずだ。

 適当にどこかに姿を晦まして、時間になったら現れれば安全だろうに。

 

 そう思っていたが、次に奴は驚くべきことを言葉にした。

 

「ここにゴジラの気配を感じたのだ。あの忌々しい気配をな!」

 

 ゴジラ…春雄がいるのか?

 

「どこからかともなく現れたと思えば、悪魔、堕天使、天使、龍どもを殺し尽くし、あの伝説の龍と称されたグレートレッドすら退けたあの化け物が…」

 

 そう話すコカビエルの表情は、余裕なものから憤怒へと変わった。

 

「奴のせいで戦争どころではなくなった!奴のせいで我々堕天使が全勢力でも上の存在だと知らしめることができなかった!」

 

 ものすごい剣幕だった。

 他を寄せ付けない、圧倒的なオーラに俺は、足を震わせそうになる。

 くそっ!

 俺は強引に震えを抑えようと、そっと鋭い爪を太腿に食い込ませた。

 めっちゃ痛え…だが、恐怖は取り除かれ、痛みが俺を冷静にさせてくれた。

 

 とは言えどうする?

 ドライグを通じてアイツの気配を感じ取れてはいるが、やっぱり戦力差は歴然だ。

 考えなしに突っ込んで行っても、返り討ちにされてお陀仏くらい、想像は容易い。

 

「この俺が取り乱してしまったな…」

 

 コカビエルの野郎も、幾分か落ち着きを取り戻し、発する雰囲気は危険度を増していた。

 

「ま、折角これほどまで揃ったのだ。戦争の前座として少し遊んでやるのも悪くないな」

 

 サッとアイツは右手をあげると、その背後で待機していた堕天使たちがものすごい形相で光の槍を構えた。

 

()れ」

 

 その右手が振り下ろされたと同時に、数十人の堕天使が突っ込んできた。

 

「無茶苦茶しやがる…!」

 

 俺はアーシアを背後に回し、自身の力を倍増させて猛攻を防ぐ。

 

 しかし、流石コカビエルの手下だけあって、一筋縄にいかない強さをしていた。

 俺がかけた倍加は5。

 そこまで強化したが、堕天使は3人で俺と張り合ってくる。

 たぶん、コイツらがただの堕天使なら、俺でも倒せたんだろうが…

 

(一糸乱れない連携…一発一発が重い攻撃…)

 

 やはり戦争したい奴らの集まりだと、否応なしにわからされた。

 ここまで動きが洗練されていれば、単なる動体視力だけで攻撃を捌くのは骨が折れる。

 光の槍は絶対に躱し、ただの殴りや蹴り(それでもめっちゃ痛い)は妥協して受けるが…

 

「赤龍帝がここまでとはなぁ!」

 

「このまま押せば殺しちまうな!」

 

「案外そこまで強くないのかしら!」

 

 顎に一発良いのをもらっちまった。

 飛びかける意識を、舌を噛むことで強引に繋ぎ止め、一先ず距離を取るが…

 

(コイツら…死ぬことをなんら恐れてねぇ…むしろこの瞬間を楽しんでやがる!)

 

 不気味なその微笑み、男は目を血走らせ、その瞬間の生と死の駆け引きを楽しみ、女は戦いに気分を高揚させて顔を赤くしている。

 なりふり構わず突っ込んでくるコイツら、死ぬ恐怖がないために、躊躇いなんてものはない。

 文字通り体が動かなくなるまで、いや、殺されるまで戦うだろう。

 

「ああもう!くそ!」

 

 俺もやけっぱちになって、気合を込めて3人同時に殴り飛ばした。

 アイツら、回避が頭から抜け落ちてたのか、もろに顔に食らった。

 

 俺の目の前には、首から上がない胴体が3人分。

 放物線を描く血飛沫をチラリと目で追うと、赤黒く染まったボールのようなものが、赤黒い液体を撒き散らしながら飛んでいた。

 

 グチャ…

 

 それは地面に落ちると、不快感、嫌悪感を掻き立てる音を出した。

 俺は吐きそうになるのを堪え、再び構える。

 

「アーシア…絶対俺から離れるなよ…!」

 

 泣きかけている彼女はコクリと頷いた。

 悪いな。こんなトコ見せちまって…

 もと聖女のアーシア、敵だろうと酷い最期を遂げる様子はかなり堪えるはずだ。

 

 そんな彼女の苦悩も辛さも知らないアイツらは、また俺らを殺しにくる。

 

 

 

 ()らなきゃ殺られる…

 

 

 

 これまでに感じたことのねえくらいに、俺は癇癪を起こしていた。

 そして、良からぬ感情も露わになろうとしている…

 殴り飛ばした右手が赤く染まっているのを見て、俺はブルりと震え、変に興奮しちまった。

 

 なるべく早く終わらせてえが…数が多い…

 

(俺が俺じゃなくなる前に…)

 

 俺の方にまたも堕天使が数人…

 

 うぜえ!

 

 邪魔だ!

 

「兵藤!」

 

 何か飲まれちゃいけない感覚に飲まれかけたのを、俺を呼ぶ声が引き戻してくれた。

 

「匙…」

 

「なんつー顔してんだよ…加勢する」

 

「おお…悪いな…」

 

 俺はボソッと呟いたあと、魔力を左手に集め、ドライグの力で強化し、それを…

 

「ぶっ飛べ…!」

 

 力一杯投げた。

 怒りのまま…

 何かを振り切ろうとするように…

 

 威力・スピード共に倍増した魔力弾は四つに分裂すると、全て堕天使どもの頭に直撃した。

 

 目の前で命が散っていく…

 血を流して肉塊となって倒れていく…

 

 こんなの…こんなの…

 

 

 

「アッハハ…」

 

 

 

 え?

 俺はこの状況を楽しんでるのか…?

 嘘だろ?

 

『相棒!殺意に飲まれてるぞ!闘争心ではなく、自制心だ!』

 

 ドライグがなんか喋ってるな…

 でも今俺ノ頭ノナカハ…

 

 

 

『調和を乱すものは排除しろ』

 

 

 

 誰?

 

 オレ ノ アタマ

 チョクセツ ダレカ

 ハナシテル

 

 

 

『調和を乱すものを殺せ』

 

 

 

 オウ ヨ

 オオセ ノ ママ…

 

 

 

兵藤ぉぉぉおおお!!

 

 

 俺の脳内に鈍い音が木霊すると同時に、激しい痛みが顔面の半分を走った。

 ハッと我に返ると、俺は横たわっていた。

 そしてこちらを見下しているのは…

 

「匙…どうした…その目…」

 

 匙だった。

 でも、今のそいつの片目はなんか、瞳孔が細くて蛇とかトカゲみたいな…有鱗目だっけ…

 そして、口からは一瞬鋭い牙が見えた気がした。

 

 俺は尋ねると、匙は小さく「馬鹿野郎…」と呟いた。なんだよ、人が柄にもなく心配してやったのに…

 しかし、次にこちらを覗き込んだ人を見て、俺はこの状況の異様さに気付かされた。

 

「アー…シア…?どうし…たんだ…涙流して…誰かに…やられたか…?」

 

 できる限り優しさを取り繕って、小さい子をあやすような感じで接しようとしたが、彼女はより涙を流した。

 俺何かしたか?と思うと、相棒のドライグが疑問に答えてくれた。

 

『起きて前を見ろ…』

 

 なんか、「後悔」とか「自戒」、「悲嘆」が入り混じるようだった。

 重く、くらくらする頭を強引に起こし、ピンボケする視界は徐々にクリアになっていく。

 

「は…?」

 

 何か真っ黒なものが、赤黒い塊の上でコカビエルに向かって吠えていた。

 とんでもねえ圧だ…

 あれがゴジラ…

 

「な…!」

 

 完全に姿を捉えられるようになると、俺は驚きのあまり目をかっ開いた。

 

「ぐぅ…化け…物が…!」

 

 10枚あった翼は乱雑にもぎ取られ、今はボロボロになり、機能を果たせそうにない残骸が申し訳程度についている程度となっており、体全体はズタズタにされ、左腕がなくなっていた。

 

「くっそ!」

 

 ありったけの憎悪と殺意を春雄にぶつけて…って春雄なのか…あれ…

 イリナたちから聞いていた通りとはいえ、実際見てみると恐ろしく、そしてすげえ迫力だった。

 

 コカビエルは忌々しそうに撤退し、遠ざかっていく様子を恐竜のような威圧感ある顔のゴジラ…いや、春雄がコカビエル以上の殺意と怒りをぶつけて咆哮をあげた。

 相変わらず空気を揺らし、俺たちの魂を震わせ、気分を高揚させ…え?エ?ゑ?ヱ?

 また俺はさっきのように闘争心が刺激されたような、戦いに対して興奮を覚えている…

 

「俺は…」

 

 ふと視線を下に移し、水たまりに映った自身の姿を見て、俺は血の気が引いた思いをした。

 体半分が赤黒く染まっていた。

 しかし、俺はどこも深傷を負っているわけじゃない。

 じゃあこの血は…?

 

「ぶ、部ちょ…」

 

 俺は漠然とした恐怖に駆られ、恐る恐るみんなの方を振り向こうとすると、部長に抱きしめられた。

 いろんな思考がぐるぐる頭を駆け巡る。

 軽い混乱の中、俺は部長の背後にいるみんなを見た。

 

「な…みんな…」

 

 朱乃さんも、木場も、子猫ちゃんも、匙も傷だらけだ。

 よく見れば部長もだ…

 みんな俺を見ている。

 その目は…

 

 いったい俺に何が…

 

 みんなに何が…

 

「!」

 

 ふと背後から気配を感じて俺はバッとそちらを向く。

 

 こちらを見て喉を鳴らす春雄…ゴジラが川から上半身だけを出していた。

 大きく裂けた口が不自然に吊り上がり、鋭い牙から糸を引いていた。

 

(笑っているのか…?)

 

 俺の不安を表すように、雨脚は強まっていく…

 気がついた時にはあいつは姿を晦ましていた。

 

「部長…」

 

 俺はあいつが消えてった川を見ながら、部長に問う。

 

「ついさっき…いったい何が起きたんですか…?」

 

 

 ゴジラの咆哮を聞いたのはイッセーと、その相方のドライグだけではない。

 

 放射性廃棄物を食い尽くした、自然の産物である禍威獣は真っ直ぐ駒王町を目指す。

 

「今最も厄介なものが来ているな…」

 

 神永は以前担当した別宇宙の活動を思い出す。

 どうもこの地球と、今の自分を作ったその世界の地球とは生態が似ている。

 そして、駒王町に現れようとしている禍威獣は、その世界の政府をトラウマに陥れた第6号。

 

「パゴス…」

 

 

 



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第30話 水中と天空の狩猟者

 皆さまあけましておめでとうございます。

 今年も何卒よろしくお願いします。

 そして、皆さまのおかげでお気に入りが100件を超えました!
 本当にありがとうございます!



 嵐の真夜中、響き渡る咆哮。

 迸る稲妻を飲み込み、全ての怒りや恐怖を忘れさせ、聞いた者全ての耳に、魂に轟かせた。

 何も知らない町の人々は後に口を揃えて言った。

 

 神様がお怒りだ…

 

 人々は布団の中で怯え、まるで恐ろしい絶対的な君主を刺激しないよう、声が漏れそうなのを堪え、動かずに黙りこくった。

 それでも、人々からガタガタと震えは止まらなかった。

 たった一瞬、あの咆哮を聞いただけなのに、体は言うことを聞かない。

 

 怖い…

 

 瞬く間に脳が恐怖を覚え、全身から自由を奪う。

 蹲るようにその場に小さくなる人たち…

 しかし、なぜいきなりそこまで恐怖を覚えたのか、まるでわからないそうだ。

 ただ、この身に覚えのない不気味な恐怖は、ふと何か思い出したかのように湧き上がったらしい…

 

 

 神永は雨の中を疾走する。

 革靴でコンクリートを蹴ると、常人とは思えぬスピードに達した。

 そして、その表情も特に疲れているわけではなかった。

 

 これだけ走って、全く疲れていないというのか。

 恐らく陸上競技に出てしまえば、全てのレコードが塗り替えられるかもしれない。

 しかし、そう暢気なことを言っていられるほど、この男にとって状況は好ましくはなかった。

 

(もしパゴスが町に侵入してしまえば、奴から溢れる放射線によって尋常ではない被害が出る)

 

 走りながら神永は、懐からスティク状のアイテムを取り出す。

 それに鋭い視線を飛ばしたあと、強引にポケットへねじ込んだ。

 

(微かな異変を感じて、廃棄場にテレポートで移動したのが誤算だな)

 

 彼にはとある隠された力がある。

 その一つの「テレポーテーション」は、自身を地点から地点へ瞬間移動させることを指すのだが、これは彼にとって負担が大きく、軽々しく何度も使えるものではない。

 今他の能力を使ってしまうと、力を最大限に効率よく引き出せなかったり、著しく生命を削ってしまったりと、神永にとってのデメリットが大きくなる。

 

 ひとまず走る以外ない。

 走りながら禍威獣・パゴスの気配を追う。

 

(もっと早く気がついていれば…)

 

 神永は自身を責めた。

 先程から脳内に、ゾーフィからのテレパシーによる譴責が届いているが、そんなものに構っている暇はない。

 

 走る最中、ゾーフィがこのような内容を語った。

 

『教諭という職業に没頭し、教師と生徒という関係に着目し続けた君は、この地球における外来種が及ぼす生態系への影響の調査を疎かにしてしまっている』

 

 神永は歯を食いしばり、喉の奥から出そうな言葉を引っ込めた。

 教師という職にうつつを抜かしていたのは事実であろう。

 そして、確かに本来の任務を怠ってしまった。

 

 しかし、それを彼らと共に過ごした日々のせいにしたくはなかった。

 

(彼らは私に多くのものを与えてくれた。不足していた『心』とはなんたらかを。そんな彼らのために私は…)

 

 

 

 私は…?

 

 

 

 神永はつい足を止めてしまった。

 

(彼らを守ることが()()の役目なら…私はもっと早くパゴスを排除する必要があった…例えそれが、この星の王の気に触れることであろうと、だ…もしそうなってしまったのなら、私が春雄君を…ゴジラを止める必要があるが…)

 

 考えれば考えるほど、彼は沼にはまっていく…

 彼ら、つまり神永の教え子たちに毎度言っていたこと。

 

 教師は生徒を守るもの

 

 ずっと念頭に置いていた、決して揺らぐことはないと思っていたものにヒビが入った。

 教え子たちを守るため、危険分子の監視を続けてきた神永。

 放射線を食い、放射線を撒く大厄災パゴスを監視している最中、別の脅威となりうるコカビエル、そしてそれが率いる者たちが戦争を起こすときた。

 本来の監視対象であった放射線という重大案件を抱えるパゴス、単独での対処は不可能ではないものの教え子のいる町で戦争を起こそうとするコカビエル。

 

 初めから両方同時に対処できるとは思っていなかった。

 それでも、教諭という職を捨て、生徒の成長を後回しにし、無情にも任務を遂行できるほど、彼の心は冷めてはいなかった。

 

 パゴスの気配を追う神永は、意識をさらに広げ、駒王町一帯を探知できるほどにまで発達させる。

 回復しきれていない力で、強引にその索敵を行なってしまった彼は、一瞬ガクッと力が抜けてしまった。

 地面にポツリポツリと落ちる水滴が赤い。

 雨に何か混じっていた。

 

 神永はそっと自身の顔に手を触れる。

 手にはべっとりと赤黒い液体が付着していた。

 

 この体を生成した際、より人間らしい行動ができるよう、限りなく人の構成する組織に近づけた結果がこれだ。

 とめどなく目、鼻、口から血が溢れ出した。

 

 それでも彼は索敵をやめない。

 彼を動かすのは、とてつもなく重い責任だ。

 いち早く気づいていた神永が、悪魔であるリアスやイッセーたちを信用し、駒王町を任せておけばよかったのだが、彼らを危険な目に合わせたくない思いが浮かび上がり、結果として駒王町にとどまらざるを得なくなった。

 駒王町を領地とする悪魔と、この星の王であるゴジラを宿す春雄に任せ、自分はパゴスを討つ。

 しかし、生徒を大切に思うあまり、神永は町に居ることを選んだ。

 

 この事態は、神永のミスにより招かれてしまったのだ。

 彼らを信じ、自分はパゴスをなんとかするべきだっただろう。

 しかし、駒王町でコカビエルが戦争を起こし、その物々しい雰囲気に刺激されたゴジラが目覚め、その覚醒に触発されたパゴスが行動を開始。

 

 なんに一つ、神永は何もできなかった。

 

「くっ…」

 

 柄にもなく表情を歪ませ、再び立ち上がると足を動かす。

 ようやく索敵した結果が、彼の脳に送られてきた。

 そして神永は、さらにそのスピードを上げた。

 

 パゴスが地中を猛スピードで突き進む先からは、ゴジラが川を波立たせながら向かっていた。

 両者からは、並々ならぬ殺意が漏れ出していた。

 このまま町中で激突してしまえば、多くの甚大なる被害が出る上、ゴジラという最強クラスの禍威獣が明るみになってしまう。

 そうなれば…

 

(春雄君はもちろん、ご家族には様々な厄介ごとが降り注ぐだろう。そして、これを匿続けたグレモリー家及びその眷属たちも危険が及ぶだろう)

 

 神永は最悪の展開を予期し、頭にある考えがよぎる。

 それは…

 

(本当に取り返しがつかない事態になってしまう…最悪…今の不完全な状態のゴジラなら、まだどうにかできる…)

 

 実力行使によるゴジラ…春雄の排除だ。

 しかし、それで救われるのは、他の大勢の教え子と、その町に住まう住民たちの命だ。

 

 春雄を失うことにイッセーやアーシア、その他グレモリー眷属はショックを受けるはずだ。

 そして家族もだ。

 さらには、生態系へ多大な影響を及ぼすことにもなる。

 未だ確認できていないが、この世界にはゴメス、パゴス、マンモスフラワーなどの禍威獣がおり、さらにマートー、ゴジラなど禍威獣以上に強力な力を秘めた存在もいる。

 ゴジラという王が倒れれば、この先この世界の人類は、外来種はどのような結末を辿ってしまうのだろうか…

 

 神永は再び立ち止まった。

 全身は既に悲鳴をあげていた。

 こここら、2体の合流地点までは数キロである。

 

(あと数分で2体は激突する…)

 

 幸いにも、町から外れた山地でぶつかるとわかったため、幾分か気が楽となった。

 しかし、激突した時に恐らく轟音が鳴り響き、それによって人々が気づく可能性がある。

 

 神永から汗が滴った。

 自身の持つエネルギーを最大限使えば、念力によって2体が発する気配や音など全てを、外界から遮断することは可能だ。さらに、パゴスが発する放射線も抑えることはできる。

 しかし、これはより多くの生命エネルギーを削る危険な技でもある。

 元々体力が尽きている今の神永の状態でそれを行えばどうなるか…想像は容易かった。

 

(死にはしないだろう…だが、暫く動くことはできないな…)

 

 神永はスティック状のアイテムを取り出した。

 

(プランクブレーンより自身の本体を取り出し、パゴスとゴジラを相手取れば…)

 

 僅かな可能性に賭けて今から走り、春雄も町も助けるか、ここで暫く体力回復につとめ、パゴスもゴジラも倒してしまうか、その2択だった。

 体感にして数時間、実際はほんの数秒悩んだあと、神永は力を振り絞って走り出した。

 

 

 俺たちは学園に向かっている最中だった。

 コカビエルから、俺たちの学舎を中心に周囲を吹き飛ばすと告げられた時、気が気でなくなってしまった。

 普段の学校生活は毎度毎度楽しいことばかりじゃないし、課される宿題にはうんざりするし…それでも俺の、俺たちの大切な場所に変わりはない。

 俺たち仲間が、友達が切磋琢磨する環境をめちゃめちゃにはさせねぇ!

 

「…ところで部長」

 

 一旦心を落ち着かせ、部長に気になることを尋ねようと思う。

 

「俺…コカビエルの野郎の堕天使と戦った記憶が曖昧なんですけど…本当に俺はアイツらをその…殲滅したんすか?」

 

 聞いてみたものの、部長は前を向いたまま走るばかり。

 怒ってるのか、なんて思ったが、その時の彼女の後ろ姿は知っているものだった。

 背中から伝わってくる後悔と悲しみ…自分に責任を感じて落ち込んでいる時のものだった。

 学校まではそれなりに距離がある。

 この間にも聞き出せたらと思ってたけど、部長はもちろん他のみんなもあまり話したがらなかった。

 まるで俺に聞かれたらまずいような…

 

 学校に無事到着した俺たち。

 子猫ちゃんが奴らの気配を追うが、どうやらまだ来ていないらしい。

 

「では、俺は会長たちとこの学園に結界を張る準備をしたいと思います。正直…気休めにもなるかわかりませんが…」

 

 匙は生徒会のみんなで、コカビエルが侵入してきたら結界を張るそうだ。

 奴の気配と、爆発の威力を最小限にとどめるためらしいが、あれだけの力を有する奴にどれほど有効か…

 

「さて…まだ来ていないわけだし…」

 

 部長は一つ息を吐くと、俺の方に視線を飛ばしてきた。

 ナイフのように鋭かったが、その目の奥は悲哀なものがあった。

 

「イッセー…」

 

 絞り出すように力のない声で、部長は俺の名前を呟いた。

 そして、みんなも俺の方を見てきた。

 いずれも戸惑いとか、悲しみとか…なんだ?恐れなのか?

 

 俺はその視線の意味がわからない。

 一体俺が何したんだ?

 

「部長…俺は…」

 

 その意味を知ることが、何か大切なものが壊れそうだった。

 俺はそれが怖くて、知るべきことから逃げようとしていた。

 

 怖かったんだ。

 

 でも…

 俺は固唾を飲み込んで意志を固めた。

 

「俺があの時、何をしたか教えてください」

 

 

 

 俺の記憶は、突如響いた謎の轟音…咆哮を聞いた途端、何かが頭の中に話しかけてきたところで終わっている。

 気がつけば俺は匙に殴られ、目の前にはゴジラとなった春雄、そしてズタズタにされたコカビエルがいた。

 その空白の間、ものの10分程度らしいが…その僅かな時間に何があったと言うんだろうか…

 

 

 

「じゃあ…話すけど…本当に良いのね?」

 

 俺は頷いた。

 そして部長が渋々話した内容に、俺は雷を撃たれたような衝撃を受けた。

 

 

 

 突然、『壬龍の庭』に響き渡った謎の咆哮。

 聞くものの魂を震わす、春雄の、ゴジラの咆哮だった。

 それを聞いたリアス他眷属は、瞬く間に春雄と初めて対峙した時の記憶がフラッシュバックしたと言う。

 しかし、感じる恐ろしさは当時の比ではなかった。

 

 当然、その咆哮を聞いた者にはコカビエルも含まれていた。

 春雄に宿るゴジラを忌み嫌う彼は、聞いただけで恐れを感じてしまったことに苛立ち、やや錯乱状態となって突っ立ったまま動かないイッセーめがけて飛ぶ。

 

 リアスたちはすぐその場を離れるよう促すが、なぜかイッセーは微動だにしない。

 ただその目はギラついて光っているようで、しかし敵を見据えてるわけでもなく、狂気さを与えるものになっていたのだ。

 そして、そこから発する雰囲気も異常だった。

 ビリビリと緊張を誘うようなオーラが出ていた。

 

 コカビエルは突撃の最中、ちらりと見えたイッセーの表情に冷や汗を流した。

 筋肉が痙攣でもしたのか、不自然なほどに口角が釣り上がっており、左側半分の歯が全てドラゴンを思わせる鋭いものに変わっていたのだ。

 

「赤龍帝!貴様もただの獣に成り下がり、荒ぶる魂のまま破壊を起こすつもりか!心とやらで強くなるとは戯言だったか、この狂犬め!」

 

 光の槍を構え、額に青筋を浮かべて猛スピードで突っ込むコカビエル。

 彼は怒りと恐怖で冷静さを欠いていた。

 

 だからこそ、愚をおかした。

 再三注意を払い、()が好むフィールドを通らないとしていたのに…

 ()の気配が少しでもあれば、水辺を飛び回るのは危険だと言うのに…

 

 ハッとなって気づいたコカビエルだが、もう遅かった。

 

 雨が降ったことで水位が増し、濁流となって荒れる川が自分の下を流れている。

 そして、自分の真下に黒い影が一つ。

 

(まさか…)

 

 コカビエルは血の気が引く思いをした。

 ()が来た。

 

 すぐ翼をはためかせて逃げようとするが、もう遅い。

 一度標的にされ、奴のテリトリーに愚かにも入ってきた者にもはや逃げ道はない…

 

 

 

 ゴガァ"ァ"ァ"ア"ア'ア"!!

 

 

 

 勢いよく水飛沫を上げながら、真っ暗な体の何かが咆哮を上げながら突然現れ、コカビエルに噛みつくと、そのまま川の中へ引き摺り込んだ。

 リアスたちは驚きを隠せない。

 話に聞いていた通り、春雄は既に人の形を辞めており、テレビで見たゴメスのような…今まで見てきたどの動物たちとも特徴が合致しない異形がそこにはいた。

 正しく、空想の産物と言えた()()だ。

 

「こ、コカビエル様!」

 

「早く助けなくては!」

 

 堕天使たちはコカビエルを助けようとするが、どうしようもできずにその場に立ち尽くしていた。

 無理もない。

 

 そのゴジラの戦い方に、リアスたちは純粋な恐怖を覚えた。

 影を見ればコカビエルが必死に足掻いてもがいているが、ゴジラはサメのような動きでヒットアンドアウェイを繰り返す。

 そして、コカビエルが浮上するタイミングで猛スピードで突っ込み、再び水中へ引き摺り込む。

 頭を掴まれたコカビエルはなす術なく、その剛腕により押さえつけられる痛みと、息が苦しくなってきたことに苦悶の表情を見せる。

 なんとか浮上しようとするが、押さえつける腕と、絡みつく尻尾が完全にコカビエルの自由を奪っていた。

 

(こい…つ…!)

 

 コカビエルは光の槍をゴジラに放つ。

 突然の衝撃に、ゴジラはコカビエルから離れ、辺りを泳ぎ始めた。

 

(ゴジラめ…いつでも俺に飛びかかれる距離にいやがって…)

 

 夜の濁った川は視界が著しく悪くなる。

 そんな中、奴の発する濃密な気配を探知しているコカビエルだが、次の瞬間驚愕する。

 

(気配が消えた…!?)

 

 その不可解な様子は地上にいるリアスたちや、他の堕天使にも伝わった。

 あれだけ辺りに立ち込めていたゴジラが発する気配が、突然完全に消え失せたのだ。

 

 そして、いち早くアーシアがそれに気づく。

 

「ぶ、部長さん…春雄さんが持つ…ゴジラさんが持っている能力に自然に干渉する力がありましたよね?」

 

 アーシアの言葉に、リアスはハッとなる。

 ライザーとのレーティングゲームで見せた力…

 自然にして自然にあらず。作られたフィールドはどれだけ巧妙にそれに寄せたところで、ゴジラの目を誤魔化すことはできない。

 作られただけで生きていない植物のレプリカなんぞに、ゴジラは引っかかるわけもない。

 文字通り、()()()()()()の気配を追えばいいのだ。

 

「つまり…春雄君は今、逆に自然に溶け込んで気配を消した…と言うことかい?」

 

「そうなれば頼りになるのは、視覚と嗅覚のみ…ですが、我々では匂いを探知するのは限界があります。このように川に逃げ込まれればもはや追うことはできませんわ」

 

「…流石に目で追うのも無理です…夜は私たちにとって見やすい環境ですが、川が濁流になって透明度がありません…」

 

 木場、朱乃、子猫は、春雄の桁違いな能力を改めて見せつけられ、それがもし自分たちに向かってきたらと思うと、鳥肌が立つ。

 ゴジラになれば、大抵春雄の意識は沈む。つまり、本人の意思とは無関係に、敵とみなせば敵としてそれを排除するのだ。

 自分たちがゴジラの気に触れることがあると思うと…

 

「おいおいマジかよ…あんな凄え能力がある上、化け物じみた身体能力があるなんてよ…それでいつ体内から魔力が一切感じられねえ!アイツは純粋に地球上の動物だってことかよ!」

 

 匙は顔を青くして、ゴジラという存在がいかに巨大なものか心底驚いた。

 いかに春雄がとんでもない存在で、普段の彼がどうなのか気になった匙は、イッセーに聞こうとそちらを向く。

 しかし、イッセーは心ここに在らずといった感じだ。

 流石に様子があまりにもおかしいため、尋ねようとしたその時だ。

 

「コカビエル様を助けろ!」

 

「流石にあれだけ時間が経ってるとヤバいよ!」

 

「お前たちはコカビエル様を!我々はこやつらをだ!」

 

 ここで堕天使の集団が二分した。

 片方の勢力はコカビエルを助けに、もう片方はイッセーたちに向かった。

 

 助けに向かうグループは心臓が鳴り止まなかった。

 もし水面から飛びかかってきてもギリギリ大丈夫な距離感で待機し、ゴジラの行方を追っている。

 しかし、未だ奴の気配を掴めずにいた。

 ゴウゴウと濁流が畝り、その中を狩猟者が自由に泳ぎ回っている。

 掴まれ、水中に引き摺り込まれたらたら最後、自力でゴジラから脱出は不可能と言える。

 ただ恐怖が、彼らを支配する。

 しかし、黙っているだけでは何も起きない。それどころか、コカビエルはこのままだと溺死するか、ゴジラに殺されてしまうかだ。

 

 リアスたちに向かっていくグループは、その巧みな連携でじわじわと彼女たちを追い詰めていく。

 本来、実力やその連携の練度から、アーシア一人を守りながら戦うことくらいどうってことないレベルだ。

 しかし、それはアーシア()()を守りながら戦うことに限る。

 咆哮を気いてから全く動かず、普通ではない雰囲気を発するイッセーも守る必要があった。

 

「イッセー君!イッセー君!」

 

 木場は敵の攻撃を防ぎつつ懸命に呼びかけるが、イッセーは動かない。

 

「イッセー、あなたどうしたの!?」

 

「何かされたのですか!?」

 

 リアスや朱乃の言葉にも無反応。

 

『相棒!俺の声を聞け!お仲間の声を聞け!頭に響く言葉に耳を傾けるな!』

 

 ドライグも口調から必死さが伝わるほど、イッセーをなんとか現実に引き戻そうとする。

 しかし、そのドライグの言葉にいち早く反応したのは匙だった。

 

「声…さっきから頭の中に響くこの声のことか!」

 

 匙はそれがなんなのかわからないが、とりわけヤバそうな雰囲気がしたので揺るぎない意志を持って振り切った。

 

「…声ですか?声がするんですか?」

 

 堕天使を殴り倒した子猫は、不思議そうに顔を傾けた。

 

「声だよ。さっきから頭の中に直接響いてくるんだ」

 

 しかし、子猫はもちろん、リアスたちも首を傾げた。

 どうやら、謎の声が聞こえるのはイッセーと匙、ドライグくらいらしい。

 

『匙と言ったな、お前の神器もドラゴン系統のものだ。もしかしたら、大昔にアイツと出逢ってるかもしれん』

 

「出逢ったって…」

 

 不思議そうにする匙に、光の槍が飛ぶが、紙一重でその攻撃を躱す。

 

「戦いの最中におしゃべりなんて…随分と余裕じゃない」

 

「けっ!可愛くねー女だな!いきなりこんな危ないもん投げやがって!」

 

 匙は神器を取り出して、女の堕天使に向かって突撃する。

 

「ドライグのおっさん!後で話を聞かせてもらうぜ!」

 

『ああ、今は戦いに集中しろ。あと、誰がおっさんだ!』

 

 

 

 水中にて、コカビエル。

 数センチ先は一切何も見えず、その先からもゴジラの気配がない。

 しかし、彼は確信していた。

 

(奴は必ずいる)

 

 どうやって気配を消したかは知らないが、ゴジラには隠しきれていないものがあった。それは…

 

(感じるぞ…悍ましいほどの『怒り』と…心臓を鷲掴みにするような『殺意』がな…)

 

 彼クラスになれば、わざわざ術を使って気配を追わずとも、長年培ってきた感覚で視線を感じ取れることができる。

 いくらゴジラが巧妙に自然に紛れようと、自分に対して殺意や怒りをぶつけてくる限りは大まかな位置は特定できる。

 

 コカビエルは上を見る。

 上空に数人の堕天使の気配。

 恐らく助けようと近づいてきた者たちだろう。

 

(今息継ぎのために浮上すればゴジラにそこを狙われる。痺れを切らした手下どもが助けに水中に入れば全員揃って殺される…かと言ってこのまま何もしなければ俺が溺れ死ぬ…)

 

 コカビエルは気づく。

 この状況、わざわざゴジラが自分を倒さないのは、確実にコカビエルを倒し、尚且つ手下数人を殺すためだろう。

 

(嵌められたか…化け物のくせに…)

 

 コカビエルは心の悔しさをグッと堪え、意を決して浮上した。

 その時、上空に向けて槍を放った。

 

 川から勢いよく、光る槍が飛び出した。

 それを浮上の合図と踏んだ、リーダー格のガタイのいい男が指揮をした。

 

「コカビエル様が浮上するぞ!お前たちは援護を頼む!」

 

 リーダー格の男に続き、腕っぷしが立ちそうな男数人も突撃した。

 

「あたしたちは、いつでも戦えるようにするんだよ!」

 

 上空では堕天使の女たちが翼を広げ、光の槍をいつでも放てる状態にしていた。

 

 男たちは不慣れな水中に飛び込むと、浮上してきているコカビエルを見て思わず一安心してしまう。

 その一瞬の油断が命取りとなった。

 茶色に濁った暗い視界からいきなり鋭い腕が伸び、瞬く間に堕天使二人を、より深いところへ引き摺り込んだ。

 そして、そこでゴジラは首に噛み付いたり、鋭い爪で肉をズタズタに引き裂くのだった。

 

 水中に微かな堕天使の悲鳴と、獣が喉を鳴らす音が響く。

 その一瞬を見たコカビエルとその他堕天使は顔を青ざめさせた。

 

「(早くお行きください!)」

 

 リーダー格の男は二人の堕天使と守りながら、コカビエルを浮上させる。

 

 水面まで残り2メートルで、堕天使の男一人が、どこからともなく現れたゴジラに後ろから首を噛みつかれ消えていく。

 

 水面まで残り1メートルで、また別の男が、凶悪な引っ掻き攻撃を顔に食らう。

 

「あぎゃぁぁぁあああ!?」

 

 顔面の大半を持っていかれ抉られた男の痛々しい悲鳴が、ゴポゴポと泡の音ともにコカビエルとリーダー格の男の耳に届く。

 しかし、それはすぐ、水中に儚く消えてしまった。

 

 水面まで残り30センチメートルのところで、リーダー格の男はコカビエルに迫っていた攻撃を庇い脱落。

 水の抵抗をモノともしない尻尾攻撃が頭に直撃し、脳震盪を起こした直後に気絶する。

 邪魔者を鬱陶しく思ったゴジラが、執拗にその男の頭を噛み砕くのだった。

 

(く…狂っている…これが…これがゴジラと言うのか!?)

 

 改めてゴジラという生態系の頂点に君臨する者に、コカビエルは言葉を失った。

 強い、酷い、怖い…いくら聖書に記載された堕天使といえど、自然の怒りそのものの災害を前に、そう感じる他ない。

 

 

 

「なんつー戦い…いや、もう戦いなんて言えねえな…」

 

 匙はふとゴジラがいる川を見た。

 濁流に流されていくのは、たった今殺されたばかりの死体だった。

 

(今ほど悪魔の目を恨んだことはねえな…)

 

 既に日は落ち、昔ながらの景観を重視した『壬龍の庭』は街灯が少ないため、どうしても視界は悪くなる。

 このような暗闇こそ、昼のように見えるほど夜目が発達した悪魔が得意とするフィールドである。

 そのため、ズタズタに抉られ、もはや顔があったとはとても思えなかった。

 

「今はこちらに集中したほうがいいわよ?」

 

 つい気がそれた匙は、つい堕天使からの攻撃を掠ってしまった。

 光の槍ではなかったのが幸いか、自前と思われるナイフによって右肩を負傷し、勢いよく血が飛ぶ。

 

「あっはは~!やっぱこれだわ!光の槍なんかで攻撃してしまったら肉どころか血すら残らないからね~」

 

 ナイフに付着した血を見て、恍惚な表情を浮かべ、口元からはよだれが垂れていた。

 

「相変わらずですね、お姉さま」

 

「あら、でもあなたも大好きじゃない」

 

 匙へ連携攻撃を加える堕天使の女の一人が窘めてきたが、かく言う本人も血を見て興奮を抑えられないようだ。

 姉と言われた方がそのナイフをわざとらしく顔の目の前に持ってきて握らせると、大和なでしこ風の落ち着いた雰囲気から一変し、顔を赤らめながらナイフを振り回してきた。

 

「真っ赤な血を私とお姉さまのために流してくださいな?」

 

 一見二人はもちろん、連携をとる堕天使の女たちの見た目は素晴らしく、美少女の集まりだったが…

 

(揃いも揃って流血を見るのが好きとか…どんな趣味だ…)

 

「ちっ…しつけえ女は嫌いなんだよ。さっさとご退場願うぜ…」

 

 お互い挑発するものの、匙の方はいまいち余裕がなかった。

 先程から相手をしているこの女の堕天使たちは、一見戦うことに快楽を見出し、血を流すところを見て興奮するようなバトルジャンキーだが、連携が生み出す隙がなく絶え間ない攻撃は本物だった。

 

「かの赤龍帝が流す血も見てみたいわね~」

 

「あいつのとこに行かせるかよ!」

 

 意地でも匙は守り抜かなければならなかった。

 同じ龍を宿す者同士、どことなく嫌な予感がしていたのだ。

 

 

 

 手下たちの犠牲もあり、息継ぎはできたが、すぐさままたゴジラが自身につかみかかってきた。

 両腕を掴まれたが、動かそうとしても全く動かない。

 

(こいつ…どんな筋力だ!?)

 

 コカビエルはそれでも何とか踏ん張り、ギリギリ水面から顔を出した。

 

「俺ごと撃て!」

 

 それを聞いた女の堕天使たちは固まった。

 ただでさえ助けに入った男たちは帰ってこないことに衝撃を受けているのに、コカビエルが自分ごと撃てと言うのだ。

 いろいろ気持ちの整理ができずに混乱しているところへその命令だったが、狼狽えながらも光の槍を投げ込んだ。

 

「うぐっ!?」

 

 いつまでもゴジラは、コカビエルに呼吸をさせてやる余裕など与える訳もなく、足に尻尾を絡め、再び水中に引き摺り込んだ。

 コカビエルは光の槍でゴジラの目を晦ましつつ、攻撃を加えて脱出の機会を窺う。

 しかし、ゴジラは光の槍で怯むことなく、一切物怖じせず真正面からその攻撃を受けた。

 ただ、ダメージを受けていないとは言え、その攻撃が鬱陶しいものに変わりはないため、ゴジラはさらに怒ってしまう。

 鋭い歯が並ぶ口を開き、水中の抵抗をものともせず、素早くコカビエルの首元に噛みつこうとする。

 

(くそっ…やむを得ない…)

 

 コカビエルはスッと左腕をゴジラの目の前に持ってきた。

 

(腕一本くらいくれてやる!)

 

 ゴジラはその左腕に噛み付くと、強引に引きちぎろうとする。

 コカビエルも抵抗はしたが、バキバキと音を立て、いとも簡単に腕を持っていかれてしまった。

 

 ゴガァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"!!

 

 獲物を取ってやったと言わんばかりに、水面から顔を出してゴジラは吠えた。

 

「あのコカビエルを…!?」

 

「なんという…」

 

 流石にこれには、リアスも朱乃も動揺した。

 今回わかったこと、それは、ゴジラが水中において、恐らく無敵であること。一度でも水中に引き摺り込まれたら、脱出は不可能であることだった。

 

「撃て!」

 

 その一瞬、ゴジラが顔を出した時を狙って、上空で待機していた堕天使たちが、一斉に光の槍を投擲。

 放たれた槍全てゴジラへと向かい、それはミサイルのように爆発した。

 その数およそ数百。これにはゴジラも怯んでしまい、すかさず水中奥深くへ潜り込んだ。

 

「今よ!」

 

 堕天使の一人が決死の覚悟で飛び込み、コカビエルを掴むとすぐ陸へ上がった。

 無事とは言えないが、救出は成功したのだ。

 

「良かった…」

 

 その一瞬の安堵が生んだ隙が命取りとなった言えよう。

 水飛沫を勢いよくあげ、川から猛スピードで飛び出してきたゴジラが、堕天使の女の一人の頭に噛みついた。

 

「い…嫌…やめ…て…」

 

 想像を絶する痛み、死ぬことへの恐怖で、女は泣きながら懇願した。

 そんな彼女のことを一切気にも留めず、辺りをぐるりと見渡す。

 女を咥えたまま首を動かすと、戦いを中断し、こちらを呆気に取られながら見るリアスたちや他の堕天使がいた。

 そして、突っ立ったままのイッセーを見たゴジラは、喉を鳴らして笑ったのだった。

 

「あれが…春雄君…ゴジラの全容…」

 

「…ものすごい威圧感です…」

 

 木場も子猫も、初めて完全にゴジラとなった春雄を見て、冷や汗をかく。

 

「あの…さっきからイッセーさんの方を見て、春雄さんが動かないんですが…」

 

 アーシアは恐る恐る部長に言う。

 あれほど激しく戦っていたゴジラが、イッセーを見た途端突然停止したのだ。

 

(あれは何…?笑っているの…?)

 

 リアスは猛烈に嫌な予感がした。

 この状況、どこに楽しめる要素があるのだろうか。

 一方的に虐殺を尽くしたゴジラは、ただ生物としての防衛本能から敵を倒したのではないのか。

 しかし、ゴジラは今笑っている。

 

「ッ…!」

 

 リアスは思わず後退りした。

 ゴジラに対して、完全に恐怖を抱く。

 

 あの優しそうな春雄の面影はない。

 あそこに立っているのは、紛うことなき恐ろしい獣…怪獣だ。

 

 

 

ゴガァ"ァ"ァ"ア"ア"ア"!!

 

 

 

 ゴジラは女を興味が失せたようにその場に落とし、空気を思い切り吸い込む。

 そして胸がパンパンに膨れ上がったところで、一気に咆哮として解放した。

 

 見る者全てを圧倒するそれは、単純な恐怖を抱かせるものではない。

 その咆哮には何も寄せ付けない、自然の如くの力強さ、壮大さがあった。

 これを直接その場で聞いて、畏怖の念を抱かないわけがない。

 

 まさしくそれは、王者の風格だ。

 それもたった一つの国に立つ小っぽけな王ではなく、全ての自然、地球そのものの真の王者だった。

 

 呆気に取られていたコカビエルと他堕天使たち。

 この状況に呑まれまいと、リアスたちを担当した堕天使の男が叫んだ。

 

「コカビエル様に手を出した不届者には死を!」

 

 光の槍を構え、ゴジラに向かって猛スピードで突っ込む。

 しかし、ゴジラはその場から全く動こうとしない。

 

(コイツ…舐めやがって!)

 

 男は無謀にもゴジラに挑む。

 しかし、ゴジラに固執するゆえ周りが見えていなかった。

 

「ぐあっ!?」

 

 突然背中に衝撃を受け、そのまま地面に突っ込んでしまう。

 男は何とか後ろを見ると、そこには…

 

「せ、赤龍帝!?」

 

 頭部右側から黄色の立派な角を生やし、左腕と右足を龍のものに変え、悪魔とは違う龍の翼を生やしたイッセーがいた。

 口元を見れば、右半分鋭い龍の歯が並び、左目は鋭く、細い瞳孔の龍のものになっていた。

 

「な、何を…!?」

 

 イッセーは鋭利に尖った爪を、男の背中に深々と突き刺し、それは遂に心臓を突き破った。

 男は断末魔をあげるまでもなく死んだ。

 

「い…イッセー…?」

 

 あまりにも残酷な殺し方に、リアスは膝をついた。

 今、彼女の記憶には二人の男子生徒の姿がある。

 兄弟揃って学校では問題児扱いとなっているが、一緒にいるとわかることがあった。

 二人とも、困っている人がいれば迷うことなく手を差し伸べ、誰にだって優しいところがあるのだ。

 

 そんな二人が、今は殺戮の限りを尽くしている。

 ゴジラとなった春雄は、コカビエルを守るように立ち回る堕天使たちを次々と返り討ちにしていく。

 埒が開かないと判断した堕天使たちは、遠距離からの一方的な攻撃を試みるが、空を飛ぶと今度は赤龍帝の餌食となる。

 どうしてこうなったのかは謎だが、タガが外れたように暴れ回った。

 そこには、先ほどまでの格闘を主体に置いた戦い方から、力の限り暴れ回り、秩序も何もない獣同然の殺し方になっていた。

 

 次々と辺りに肉塊が転がってゆく。

 ゴジラも赤龍帝も、男女関係なく、皆等しく葬っていった。

 赤龍帝が堕天使を撃墜すると、下で構えていたゴジラが止めを刺す。

 

 殺され方は様々だ。

 無理やり引きちぎられた者、尻尾に下敷きにされ潰された者、骨を粉々になるまで噛み砕かれた者…

 

 残虐非道…その凄惨な有様にリアスたちは呆然としたり、涙を流す者もいた。

 しかし、獣に秩序を求める方が間違いだ。

 

 匙も衝撃を受けながらその様子を見ていると、不意に話しかけて声が聞こえた。

 

「誰だ?」

 

『俺だ、ドライグだ』

 

「ああ、兵藤の相棒の…って、おい!あれどうすんだ!?」

 

 突然、匙が騒ぎ始めたことで、彼にグレモリー眷属の視線が集まる。

 それを気にせず、匙はドライグに問い詰める。

 

「あんたアイツの相棒だろ!?あんなになっちまったアイツをとめるのは、相棒のお前の役目でもあるだろ!このままじゃアイツ…」

 

『ああ…このままでは危険だ。しかし、もはや相棒に聞く耳は持たん。早いところ相棒の暴走を止めねば、あのままゴジラの声のまま破壊の限りを尽くす』

 

「なんだと…ゴジラが…?」

 

『ああ…大昔に俺はゴジラと戦った…いや、あれは戦いなんて言えるものじゃないな。ゴジラは俺らを蟻と同然にしか思っていなかったがな…そして、その時俺たちは皆、等しく『恐怖』を植えつけられた』

 

 匙は「?」だった。

 しかし、ドライグは匙の疑問がなんなのかわかっている。

 

『単純に恐怖を植え付けられただけなら、後にいくらでも克服できる。むしろ、今までの我々なら強い奴と戦えることに嬉々としていただろうがな。

 だが、一度ゴジラに破れた者は、『恐怖』によって忠誠のようなものが植え付けられる。ゴジラが何か命令を出すため咆哮をあげれば、『恐怖』した者はそれに従ってしまう』

 

「なんだ…じゃあ兵藤兄が急に変わっちまったのも、兵藤弟がやったからなのか!?」

 

 匙が言ったことに、リアスたち目を開いて驚いた。

 

「なあ、ドライグ。兵藤兄を止めるにはどうすれば…」

 

『気絶するほどの衝撃を与えれば良い。ゴジラが『恐怖』を繋ぐのは、魂と思考へのリンクだ。気絶で一瞬でも思考が止まればゴジラとのリンクを遮断できる』

 

「わかった!恐えけどやるしかねえな!」

 

 匙は今ドライグから伝えられた内容をリアスたちに伝えた。

 その話を聞いた時、皆それなりに衝撃を受けていたが、すぐイッセーを助けるため立ち上がる。

 すると、アーシアが…

 

「では…春雄さんを元に戻すことは…!」

 

 匙はドライグに尋ねるが…

 

「すまん…ドライグにもよくわからないそうだ…悪いな…色々力になれなくて…」

 

「いえ…匙さんはすごく頑張ってます…私も皆さんのために戦いたいんですけど…」

 

 見るからに落ち込むアーシアだが、匙はニッと笑う。

 

「ここで待っててくれ。兵藤を治せるのはアーシアさんしか居ないからな」

 

 

 

 作戦はこうだ。

 匙をイッセーの元に向かわせるため、木場とリアスが組んで邪魔な堕天使たちを一掃する。

 しかし、数の差を埋められないので、子猫と朱乃が援護に回る。

 そして、匙がイッセーに肉薄すると同時に、鉄拳を思い切り叩き込む。

 

「おい、木場…」

 

 匙はゴジラを見据えながら木場に話しかけた。

 

「なんだい?」

 

「俺もたぶんだが、ゴジラとのリンクが少なからずある…」

 

 匙の呟いた言葉に、木場とリアスは緊張が高まる。

 

「もし…もし俺がダメだと判断したら、俺を黙らせてくれ…」

 

「それって…」

 

「殺してくれ…とは言わねえ。お前にそれ以上、血で汚れてほしくねぇ…できれば半殺しくらいで頼む」

 

「でも…」

 

 木場もリアスも目に見えて狼狽えて動揺しているが、匙は力強い瞳で二人を見る。

 

「もう…敵がなんなのかわからねえ…この世界には、とんでもねえ奴らが山ほどいる…禍威獣もムートーも…俺たち悪魔ですら理解の及ばない奴らがな…」

 

 「だから」と、匙は続けた。

 

「覚悟を決めなくちゃな…じゃねえと…先に食われちまうぞ…」

 

 そうして飛び出していった匙。

 神器を展開する左腕は暗黒の龍に変わり、翼も悪魔とは異なったものが生えた。

 

「ッ!行きましょう、部長」

 

「ええ…彼も相当辛いはず…チャンスは一度きりね!」

 

 木場は魔剣を創造し、リアスは滅びの魔力を生み出した。

 堕天使たちが匙たちに気づく。

 それどころでないのに、この混乱に乗じて攻めてきたと捉え、何人かを対処に向かわせる。

 

「ん…邪魔」

 

 先行していた子猫が先制攻撃を叩き込み、瞬く間に3人を脱落させた。

 その後も重い攻撃を繰り出し、増援をガンガンと削ってゆく。

 

「遠距離攻撃に切り替えよ!」

 

 堕天使たちはすぐ攻撃を切り替え、光の槍を投げようとするが…

 

「あらあら…そんな攻撃をさせる暇は与えませんわ」

 

 空から無数の雷が降り注ぐ。

 朱乃が得意としている、雷を使った魔力攻撃が炸裂し、遠距離攻撃部隊を撃滅する。

 

「今ですわ!」

 

「この程度の数なら私たちに任せてください」

 

 子猫と朱乃が残党を引き受け、匙、木場、リアスはさらに奥へ進む。

 

「君たちに用はない!」

 

「とっとと失せなさい!」

 

 邪魔をする堕天使は木場の魔剣創造により串刺しにされ、飛び回る者たちはリアスの『滅びの力』で消し飛ばされた。

 

「行ってくれ!」

 

「お願い!イッセーを!」

 

 木場とリアスに後押しされ、匙はひたすら走る。

 目の前にさっき戦ったあの女たちがいた。

 

「あら〜またやられにきたのかしら?」

 

 だが、今は相手をしている暇はない。

 今はまた鼻の先のアイツだ。

 

「どけえ!変態サイコどもが!」

 

 一番に飛び込んできた女の顔を踏み台にし、匙は大きく跳躍した。

 その時、コカビエル、ゴジラも超えて行き、一点だけ目指していた。

 

「とどけぇぇぇえええ!」

 

 匙は龍化した左腕を思い切り振りかぶり、イッセーの顔めがけて振り抜いた。

 

兵藤ぉぉぉおおお!!

 

 

「俺は…俺は…大勢の命を…」

 

 敵とは言え、何人もの命を奪った自分自身の手を見て、俺は突然吐き気が催した。

 

 そうだよな…俺は悪魔だもんな…

 こんなことになるくらい、わかっててはずなのに…

 

 前に春雄が言ってたっけ…戦うことは甘くねえと…

 

 俺は…まだクソガキだ…

 超馬鹿だ…

 とっとと現実を見ろよ…

 

 

 

…そう簡単に割り切れたらどれだけ楽だろうな…

 

 

 

 ポスッ…

 

 

 

 俺は気がつけば、部長に抱きしめられていた。

 胸に押し付けられ、これ以上ない幸福に見舞われたにも関わらず、俺の気分は落ちたままだった。

 意気消沈する俺の耳元で、部長は呟いた。

 

「帰ってきてくれてありがとう…」

 

 涙混じりに呟く部長の声を聞き、俺もつい涙を流した。

 なんで俺が泣くんだよ…

 自分に心底呆れるも、涙は滝のように流れていく。

 

 俺はみんなの前で、声を殺して泣いた。

 

 

 とある山の中にて。

 突然地面が隆起し、次の瞬間には何かがそこを突き破って勢いよく現れた。

 

 丸っこい頭部に赤い目を光らせる禍威獣、パゴスがいた。

 パゴスは敵意剥き出しに、目の前の最大の障壁に向かって吠えた。

 

 対するのは、生態系の頂点に君臨するゴジラ。

 ゴジラも負けじと、息を大きく吸い込んで吠え返す。

 

 真夜中の山中で、2体の獣がぶつかり合う。

 そこには、ルールや秩序は存在しない。

 

 小細工一切なしの、己の力のみの殺し合いが始まるのだった…

 

 

 




 今回も長くなってしまいました…申し訳ないです…

 ちなみにゴジラは人より少しデカいくらいの2メートル程で、パゴスも同じくらいの大きさです。



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