じんせい詰め合わせ (湯切)
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原作イタチルートシリーズ
「里抜け編」上


ネタ募集で提供してもらった
・ifでもし原作のイタチルートをそのまま辿って(イタチはサスケと一緒に木葉で暮らしてる)影から弟達を見守るシリーズ
の「里抜け編」の上です
だいぶ描写を省略してます



『里とのパイプ役は俺一人で十分だ。だから、イタチとサスケには一族の揉め事に一切関わらせないと約束してほしい。勿論、一族の集会にも参加させない』

 

 唖然としている父さんに、俺はさらに続ける。

 

『それが出来ないなら俺は暗部としての任務を全て放棄する』

「何を言っている……それより、その“声”は一体……」

『お面の力……今言えるのはそれだけだ』

 

 これまで一度たりとも声を出せなかった息子が、急にすらすらと話し始めたんだ。そりゃあ父さんでもびっくりするだろう。だが受け入れてほしい、この現実を。

 

 俺が火影直属の暗部に所属してからどれくらい経っただろうか。イタチはすでにアカデミーに入学している。

 イタチがアカデミーを卒業して下忍になれば、一族の決まりに従ってイタチも会合への参加資格を得る。そうなる前に手を打つしかなかった。

 

「スバル…………暗部の任務続きで正常な判断が出来なくなっているのか? そんな無茶な話をすぐに受け入れるなど……」

『無理にでも受け入れてもらう。語り合う必要はない。父さんはただ、頷いてくれるだけでいい』

 

 父さんの表情がみるみるうちに険しくなっていく。父さんの隣に座っている母さんが、心配そうに俺と父さんを見つめている。

 

 父さんの自室。いつも暗部に関する報告をしていたこの部屋で、父さんに逆らうどころか正面から歯向かう日が来るなんて誰が予想できたと言うんだろう。

 

『俺は本気だ。受け入れないと言うならば、俺は里側についてうちはの情報を流す』

「…………スバルッ!」

『怒鳴っても無駄だ。俺を力で従えることは父さんには不可能』

 

 当然嘘だ。父さんには勝てない。

 命を差し出せば片腕くらいは取らせてくれるかもしれないけど。あとは実の息子特権で親としての情を刺激して隙を狙えばワンチャンあるかもしれない。まあ忍としてプロってる父さん相手となると、ワンチャンもネコチャンもないだろうが。

 

『試してみるといい……俺は死んでも譲るつもりはない』

 

 頼む、頼むから戦闘開始のゴングは鳴らしてくれるな。

 

 俺の切実な祈りを天が聞き入れてくれたのか、立ち上がっていた父さんはひどくショックを受けたような顔をして、がくりとその場に膝をついた。

 そんな父さんを母さんが支える。母さんも泣きそうな顔をしていた。

 

「お前は…………」

 

 俯いて拳を握る父さんの声は震えていた。

 

「息子に『命を捨てる』と言われる親の気持ちを考えたことがあるのか……?」

『………………』

 

 正直に答えるならば、“ない”。この先考える予定すらもない。

 というか父さんとやり合って俺が死ぬの確定なんだな。まったくもってその通りだけどさ。もうちょっと息子の可能性を信じてほしい。勝って生存パターンかもしれないだろ!

 

「お前は昔から何を考えているのか分からない子だった……大戦での功績が認められてすぐにアカデミーを卒業し、あっという間に下忍になったかと思えば暗部入り……」

 

 ――そして、すでに特別上忍だ。

 

 父さんはやっと座布団の上にきちんと座り直して、未だに弱々しさの残る目でこちらを見る。

 

「…………オレが条件を飲めば、お前は一族に留まると言うんだな?」

『そうだ』

「なぜそこまでしてイタチとサスケが一族に関わることを拒む」

 

 立ち上がって、お面にふたつ空いた穴から両親を見下ろす。そんな分かりきったことをわざわざ口にすることすら億劫だった。

 そんなの、決まってる。

 

『…………“関係ない”から』

 

 

 

 あれから俺と両親の仲は最悪だった。

 そりゃそうだろう。プライド高杉マンな父さんが長男の唐突な反抗期を微笑ましく思ってくれるはずがない。しかも一族の情報バラすぞって脅しちゃったし。俺が父さんなら愛の拳を放ってる案件だ。殴られなかっただけマシ。

 

 イタチはアカデミーを卒業して無事に下忍となっている。

 イタチの実力ならばすでに中忍試験への推薦状が出ているところだろうが、それはまだまだ先の話だ。

 なんで分かるのかって? 俺が三代目に頼み込んで担当上忍が推薦を出さないように手回ししているからに決まってる。

 

「スバルよ……うちは一族の動きはどうなっておる?」

『以前と比べて活発になってきています。俺よりも下の世代、うちはシスイやイタチ、イズミ達は会合に参加せずに済んでいますが、うちは上層部からの反対の声も大きく…………』

「子ども世代を巻き込んで木ノ葉と戦争を起こすつもりか」

『そのようです。シスイとイタチは一族でも一二を争う優秀な忍ですから』

 

 三代目が痛みに耐えるような目をして、火影椅子の背もたれに身体を委ねる。

 火影室。

 俺と三代目しかいないこの部屋で、彼は以前もこのような顔をして俺の話に耳を傾けてくれていた。

 もうあれから五年以上経ったのか……。

 アカデミーを卒業して下忍となった俺は、任務報告の為に寄った火影室で、当時火影だった四代目と、たまたま彼と共にいた三代目に全てを話した――うちは一族がクーデターを企んでいると。

 最初は子どもの言葉だからと半信半疑だった三代目もみるみるうちに事の深刻さに気づいてくれたようで、そこからは早かった。

 三代目がセキに頼んで作らせた、俺の思考を読み取って声を生み出すというお面を受け取り、下忍になってすぐ火影直属の暗部に所属するという異例の出世を遂げた。

 九尾襲撃事件で四代目が亡くなり、三代目が再び火影の座についてからも、俺たちの関係は続いている。状況は何も変わっていないからだ。

 うちは一族の木ノ葉への不満は決して消えない。

 どれだけ時が流れようと、彼らは必ずクーデターを実行に移すだろう。それだけは絶対に止めなくちゃいけない。

 

「お前のおかげで、若いうちはの者たちに里への憎しみや不満を植え付けずに済んでいる」

『すでにイタチやシスイは不穏を感じ取っています。ずっとこのままというわけには……』

「分かっておる。まだどちら側にも染まっていない彼らに木ノ葉を理解してもらうことは難しいのか?」

『…………三代目』

 

 木ノ葉を理解させてこちら側についてもらう。それだと結局うちは一族の真実をイタチ達が知ることになる。

 

「スバルよ。お主が弟たちを巻き込みたくない気持ちは分かっているつもりじゃ」

『………………』

「しかし、うちはとして動ける者がお前しかいないのでは出来ることも限られてくるだろう」

『…………いいえ』

 

 俺は顔を上げて、はっきりと否定した。

 

『俺一人で十分です』

「スバル」

『申し訳ありません。この国を愛しているイタチや、父や一族に憧れているサスケを傷つけたくはないんです。……俺は、彼らにはもっと美しい世界だけを見ていてもらいたい』

 

 俺のエゴでしかないことは分かってる。三代目の優しさにつけ込む行為だってことも。

 

「……せめてシスイにだけは話をしてみぬか。彼は信用に足る人物であり、何よりその力が木ノ葉とうちはを繋ぐものになるはずじゃ」

『シスイの万華鏡写輪眼は一度で複数の相手にかけることはできません。……クーデターの首謀者と思われている父は、ヤシロ達の傀儡(かいらい)です。父だけを改心させたところで、うちはが止まることはないでしょう』

 

 シスイはイタチの親友だ。いくら俺や三代目の頼みだとしても、親友に一族の危機を黙っていられるかどうか。

 

『三代目も分かっているでしょう。……終わらせることが出来るのはただ一人、木ノ葉側に犠牲を出さないようにするには――』

「…………スバル!」

 

 するすると次の言葉を続けようとするお面を止めて、眉を吊り上げている三代目を静かに見つめた。

 ……やはり、この人は優しすぎる。優しすぎるが故に、最適解を選び抜けない。

 

「ダンゾウの言葉は忘れろと言ったはず」

『……俺は、俺の意思でうちはを止めるつもりです』

 

 ――クーデターに関わった人間を全員殺せば、何も知らない子どもを木ノ葉は受け入れるだろう

 

 すでに二回。俺を根に引き入れようとして失敗しているダンゾウによる捨てゼリフだ。

 まだ何か言いたげな三代目に頭を下げて、火影室を後にする。

 

 三代目は俺や一族を思い遣ってくれている。

 里の長に向けるべき感情ではないだろうけど、俺はわりと三代目が好きだ。人として、好きなんだと思う。

 アカデミーを卒業したばかりの子どもの言葉を信じ、俺以上に悩み苦しんでくれた人だ。うちは一族がどうなろうと、俺はあの人に感謝している。

 

「また火影室で三代目と秘密の密会か? うちはスバル」

『………………』

 

 火影室を出た直後にこの男の顔を見るとはついてない。どうせ俺が火影室に向かったと部下から報告を受けてここで待ち伏せていたんだろう。ストーカーかよ。

 お面のおかげか、ダンゾウは俺が不機嫌になったことに気づかず言葉を続ける。

 

「あのような弱腰な火影についていっても、里の未来は破滅しかないぞ。聡明なお前ならばすでに気づいているのではないか?」

『前も弱腰って言ってましたけど、まさか他人を貶す語彙がそれしかないんですか?』

「………………」

 

 ダンゾウは口数が多い方ではないのに、三代目への悪口ゾーンに入ると元気よく喋りはじめる。とにかく喋り倒す。

 それほど三代目が嫌いなのに自分の欲望の為に彼の右腕ポジションに甘んじてるのはすごいと思う。とんでもない精神力だ。

 そこまでやってるのに最終的に火影になるのを承認する大名には滅茶苦茶嫌われてるのも可哀想だし、最高だ。

 少なくとも里の人間や大名にも好かれている三代目が生きている間にダンゾウが火影の座に就くことはないだろう。うーん気持ちいい。

 

 まさか自分の不幸で俺がメシウマになってるとは思わないのか、ダンゾウは余裕の笑みを貼り付けている。

 

『……心配しなくとも、最後は貴方の望み通りになると思いますよ』

 

 

 

 ついにサスケがアカデミーに入学した。

 俺はこの間十四の誕生日を迎えて、特別上忍から上忍に昇格している。イタチも中忍になって様々な任務をこなしているそうだ。

 

 アカデミーの入学式。三代目の言葉に耳を傾けている子どもたちの中から、俺はあっという間にサスケの姿を見つけ出していた。

 サスケは心細そうな顔でちらちらと後方を気にしていたが、俺と目が合うとぱあっと顔を輝かせる。かわいいッッ!

 

 俺がサスケの入学式に参列できるよう、事前に任務量を調節してくれた三代目には一生頭が上がらない。一生ついてく。

 父さんと母さんはうちは一族の会合なんぞに参加しているし、イタチは重要な任務中らしい。

 俺もギリギリまでここに来られるか分からなかったのでサスケには伝えていなかったが、来て本当に良かった。

 

「スバルにいさん! どうしてここに? お仕事じゃなかったの?」

 

 入学式が終わり、他の子どもたちがぞろぞろと校舎へと消えていく中、サスケだけはくるりと後ろを振り返って、俺の元へと駆け寄ってきた。

 俺の胸に飛び込んでくる小さな体を慌てて抱きとめる。

 

《やすみが もらえたから》

 

 サスケを地面に下ろして指文字を綴った。

 サスケは嬉しそうな、泣きそうな、複雑な表情をして俺の足にしがみついてくる。

 

「……誰も来てくれないのかと思ってた」

「…………」

 

 そっとサスケの頭を撫でて抱きしめる。きっと、イタチも任務さえなければ誰よりもここに来たかった筈だ。一族の会合を優先した両親とは比べるまでもない。

 

 ――理解できない。

 

 まだ幼いサスケよりもクーデターを優先しなきゃいけない両親の気持ちなんて。

 

 

 

 同年。季節は冬になり、珍しく木ノ葉にも雪が降り積もった翌日のこと。

 

 障子を開いた先に広がる雪景色は幻想的で美しい。

 吐いた息の白さを寝起きでぼんやりしている頭で確かめていると、隣の部屋の障子も開いて中からイタチが出てきた。

 

「スバル兄さん」

「………………」

 

 今日、一番見たくて一番見たくない顔を見てしまった。無意識に眉根を寄せる。

 イタチはすでに服を着替えていて、その額には木ノ葉の額当てをつけていた。イタチはこれからシスイと共にダンゾウが用意した任務に向かう。

 

「……任務前に、これだけは言っておきたくて」

 

 サスケがアカデミーに入学してから一週間後くらいだっただろうか。

 俺はサスケやイタチに関わることをやめて、向こうから話しかけられたとしても最低限のやり取りのみで抑えるようになった。

 父さん達とは今日まで一族に関する義務的な会話しかしていないし、数日前には「お前が何を考えているか未だに分からない」とテストの答えが分からない子どものようなことを言われたりした。

 俺が弟たちの安心安全な未来しか考えていないと知ったら、父さんはどんな顔をするだろう。一族という大きなものを背負って立ち続けてきた父さんは怒るかもしれない。……でも、俺はこの生き方しか知らないから。

 

 そんなわけでイタチとこうやって普通に会話をするのは随分と久しぶりだった。

 すでに期待することをやめた心は、イタチを前にしても静かで穏やかだ。

 

 部屋の前で俺を呼び止めたまま、イタチは次の言葉をなかなか吐き出さない。言っておきたかった言葉というのは気になったが、俺はそのままイタチの隣を通り過ぎようとした。

 

「…………兄さん」

 

 すれ違いざまに腕を掴まれ、振り返らずに立ち止まる。穏やかだった心に小さな波紋が広がっていく。掴まれた箇所からじわじわと侵食されているかのようだった。

 

「オレのことはいい。でも、サスケを邪険にするのは…………父さんも母さんも、兄さんが変わったって言ってる」

「…………」

「兄さんの目は昔のように優しいままだ。どうして、父さんたちに頼み込んでまでオレたちを一族のことから――」

 

 パシッと乾いた音が廊下に響いた。俺に手を振り払われたイタチの目が大きく見開かれている。

 

 いつから知られていた?

 

 俺が両親を脅した時のことを、どうしてイタチが……。

 

《おれに さわるな》

 

 最後になるかもしれないイタチへの言葉がこんなものになるなんて。下唇を噛みそうになるのをぐっと堪える。

 

 今度こそイタチを置いてその場から去った。

 

 

 

 ダンゾウの屋敷。うちは一族の家紋が入っている服を脱ぎ捨てて、忍装束に着替える。

 背中には暗部で使っている忍刀と、太腿の位置に付けたホルスターには新品のクナイが仕舞ってある。

 

「…………」

 

 木ノ葉隠れの額当てを外し、代わりに白猫のお面を被る。

 屋敷を出ようとした俺にダンゾウが何か言ったような気がしたが、まったく聞いていなかった。

 多分、ヒルゼンを裏切ってワシに従ってくれてありがとう的なことだろう。絶対にありがとうとは言ってないだろうけど。

 本当に俺が三代目を裏切ってダンゾウを選んだと思ってるなら、とんだ脳内お花畑ふわふわ野郎だ。……というのをぽろっとお面で喋ってしまったらしく、ダンゾウはそこそこ怒り狂ってた。

 あの男はポーカーフェイスすぎて分かりにくいものの、間違いなく脳内で五十回くらい俺のことを殺してる。俺もすでに脳内でそれくらいダンゾウを殺していたので許してやることにした。

 

「……楽天家というならば、お前の“飼い主”の方ではないのか?」

 

 いつもは都合が悪いとだんまりしがちなダンゾウが珍しく反論してきた。必ず三代目sageをしなければ死ぬ病気なのかもしれない。

 お面を被っていながら、あえて指文字を綴る。

 

《だんぞう ぶーめらんなの ふわふわ》

「…………」

 

 俺はいつも通りダンゾウを黙らせることに成功した。

 




本編スバルの闇落ちレベルが5段階中4だとしたらこっちのスバルは2くらいです。脳内ハッピーすぎる
闇落ちレベルが低いせいで、スバルの脳内ハッピーセットの被害者になることが既に確定している暁メンバーたち
スバルが原作知識持ち転生者並みに先読みムーブしてるせいで、サスケがアカデミーに入学した年にうちは一族虐殺事件が起きます
こっちのスバルは根に所属してないのでダンゾウのやばさを本編のスバルほど理解してなかったり ふわふわ

これ実は前半3000文字くらいはネタ貰ったその日に書いてた。それくらい書いてて楽しかったです。感謝!


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「里抜け編」下

ネタ募集で提供してもらった
・ifでもし原作のイタチルートをそのまま辿って(イタチはサスケと一緒に木葉で暮らしてる)影から弟達を見守るシリーズ
の「里抜け編」の下です
今回もだいぶ描写を省略してます



 ダンゾウ曇らせならぬ黙らせによって若干気持ち良くなっていた俺の上向きな心は、すぐに急降下することになった。

 

「あなたは……どうして、こんなことを……?」

「…………」

 

 一時的にお面をとって対峙したうちはイズミが、俺の足元で動かない自分の母親を見て目に涙を溜めている。

 少しでも多くの人間に()()この惨劇を生み出したのだと知らしめる必要がある。すぐにお面を被り直して立ちすくむイズミの背中に回り込んだ。

 彼女は瞬時に写輪眼になって振り向こうとしたが、その前に首に手刀を落とす。

 脳震盪と写輪眼でさらに真っ赤に染まっているであろう視界の中に入らないよう身を引きながら、伸ばした腕でイズミが床に身体を打ちつけないようにゆっくりと降ろす。

 

「い……たち、くん……助け……」

『…………来ないよ』

 

 気絶してしまったのか、ぴくりとも動かないイズミを置いて彼女の家を出た。

 

 

 

「スバル……? お前がなぜここに……」

 

 次はヤシロの家だった。俺の手に持つ忍刀が血に濡れているのを見て、彼はすぐに居間へと消えた。

 俺の目の前で閉じられるところだった扉の隙間に刀と片足をねじ込んで、無理やりこじ開ける。

 

「あなた……!」

「お前は寝室にいろ、何があっても出てくるな!」

 

 逃げるつもりかと思ったが、妻の安全を確保するためだったらしい。ヤシロの言葉に女性が慌てて別室に隠れたのが見えた。鍵をかける音がする。

 彼女が逃げ込んだ部屋には人が通り抜けることは不可能な小さな窓しかない。焦る必要はないだろう。

 

 すらっと伸びた刀身を軽く振って、乾き切っていない血を振り落とす。

 

『よく俺だと分かりましたね』

「お前が暗部で白い猫のお面を使用していたことは、すでにフガクさんから……」

『流石ですね。まるで密告部屋だ。そのせいか、貴方はなんでも知ったつもりでいる』

「……どういう意味だ」

 

 写輪眼になって忍刀を構える。

 

『貴方がクーデターの要にするつもりだった、うちはマダラの裏切り……そのせいで自分や愛する妻が死ぬことになんて、想像もしなかったでしょう?』

 

 先に動いたのはヤシロだ。マダラと俺の名前を叫びながらクナイを振りかざそうとしている。その手を掴み、自分の方へと引っ張る。ヤシロがバランスを崩したところを狙って、その首を切り離した。呆気ない最後だった。

 

『あとは……』

 

 お面を上にずらして両手で印を結ぶ。

 先ほどヤシロの妻が逃げ込んだ部屋に向かって、豪火球を放つ。

 巨大な炎の塊が寝室どころか家全体を包み込んだのを確認して、俺は次の場所へと向かった。

 

「順調だな、うちはスバル」

『わざわざそんなことを言うために来たのか? ()()()()

 

 残すは自分の家のみとなったところで、背後でぐにゃっと空間が歪む。そこに現れたのは、数日前に自ら俺にクーデター阻止を手伝ってやろうかと提案してきた男――うちはマダラだ。

 彼にうちは一族抹殺を手伝ってもらう代わりに、俺は里を抜けた後に彼の作った暁とかいう組織に身を置くことになっている。

 なぜ俺なのかと聞いてみれば「お前は弟の命をチラつかせれば、死に物狂いで何でもやりそうだからだ」と言われた。

 奴隷が欲しいなら事前に言ってほしい。死に物狂いでお断りしたのに。

 

「お前が一族を手にかけたくないと泣きついてくるのを期待していたんだがな」

『子孫アンチが老後のお楽しみってことか? いや、既に死んでるなら老後じゃないな……そもそもお前なんで生きてるんだよ。こういうのにありがちな、前世の記憶を持って転生〜今世でも最強です!〜みたいなクソライトノベルでも始めるつもり?』

「………………」

 

 マダラは無言で空間を歪めるとそのまま姿を消した。相変わらず失礼なやつだ。

 

 

 

 両親を殺した。

 

 お面を外していたせいで、頬に直接ついた血を拭おうとしたらさらに広がってしまった。当たり前だ。俺の手のひらはもっと血で染まっている。

 懐から取り出した布で頬と忍刀の血を拭う。

 

「…………」

 

 涙は出なかった。ただ、記憶が途切れ途切れで、何度も反芻しないと自分が何をしていたのか分からなくなる。

 

 俺はここで、クーデター計画を知るうちは一族を全て殺した。

 こんなことはやめてと泣きながら叫ぶ母さんの首を飛ばし、激昂して本気で俺を殺そうとしてきた父さんの胸を忍刀で貫いた。

 

 イタチやサスケが生まれる前……この世でもっとも愛していた二人を殺したんだ。

 

 だから言ったのに。俺は死んでも譲るつもりはないと。

 

 胸を貫かれた父さんは、最後の力を振り絞って俺の首を掴んで爪を立てた。

 返り血なのか自分の血なのか分からない。自分の首元にそっと手を触れる。

 

 あとは生かしているイズミたちの口から俺の名前が出てくれば問題ない。彼らのことは三代目が守ってくれるだろう。俺は里を抜ける前に彼に懇願するだけでいい。

 

 …………そのはずだったのに。

 

 俺は玄関の扉の前に立っていた二つの影に絶望していた。忍刀を握る手のひらに汗が滲む。

 

「スバルさん」

 

 影の一つ、うちはシスイが痛ましげな表情で俺の名を呼ぶ。彼の隣には、任務帰りの格好のまま困惑気味にこちらを見つめているイタチがいた。

 ダンゾウが二人に手配した任務は決してこの時間に終わるものではない。仮に終わってしまったとしても、ダンゾウに報告へ寄った時に上手く足止めしてくれるはずだった。

 あの野郎、しくじりやがったな。

 

「……ここに来るまでに、多くの死体を見てきた」

 

 今まで聞いたことのないような冷たい声がイタチの口から溢れてくる。

 

「シスイの両親も……ヤシロさんたちも……」

『…………』

 

 シスイは、忍界大戦で片足を失い、そこから病を得て寝たきりになってしまっている父と母との三人暮らし。

 シスイの父上は写輪眼を持つ優秀な忍だったが、大戦で負った傷が原因で、数年前から息子であるシスイのことすら認識できないくらい弱っていた。……殺すのは容易なことだった。

 

「まさか、父さんと母さんも……?」

『そうだ』

 

 お面をつけている俺をスバルだと認識しているということは、やはり父さんを脅した時の会話を聞かれていたらしい。俺もまだまだ未熟だ。

 

「どうしてそんなことを!? 兄さんの様子がずっとおかしかったのは……」

『俺はうちは一族を恨んでいた。それはお前も知っていただろう?』

 

 両眼が熱を持って、写輪眼……いや、恐らく“ふたつ目の瞳”である万華鏡写輪眼になった。

 

 真実の中に嘘を。偽りの中に事実を。

 

 ()()()の俺は、確かにこの一族を憎んでいた。

 

『俺はこの愚かな一族に絶望してきた……。声を出せないというだけで、限られた世界の中で向けられる冷たい目……ずっとこの時を待っていたんだ』

「スバルさん、貴方がこれまでうちはの大人たちからどのような扱いを受けてきたかはよく理解しているつもりです。……立派な忍となって里のために貢献してきた貴方を彼らが認めていたことも、気づいていたのではないですか」

『…………過去はなくならない。一生俺の足を掴んで離さないんだよ、うちはシスイ』

 

 彼らは過去のことなど忘れたかのように振る舞って、俺に「立派になった」なんて言う。

 俺は昔から何も変わっていない。声を出せないことも、何もかも。

 変わったのは、俺を見る大人たちの目だ。

 

「父さんは、兄さんのことを誇りに思っていると…………」

『あの人に必要なのは俺のような“出来損ない”じゃない。お前やサスケのように優秀な息子だ』

 

 彼らにとって俺は良い息子ではなかった。イタチやサスケにとっても、俺は良い兄ではなかっただろう。

 

『俺は長年の望みを叶えた』

 

 こんな状況なのになぜか俺は笑い出したくて仕方がなかった。

 皮肉なことに、小さな子どもの望みを本当に叶えてしまっていたからだ。……今の俺はまったく真逆のことを望んでいたのに。

 

 するっと手のひらから忍刀が落ちる。刀が地面にぶつかる音がしたのと同時に、両足に力を込めた。

 

「……待て!!」

 

 走った。走って走って、うちはの集落の裏に広がる森に逃げ込む。

 予めここで落ち合おうと決めていた場所だった。

 入ってすぐのところに立っていた仮面をつけた男に手を伸ばす。男が俺の腕を掴む。

 顔だけで後ろを振り返る。

 

「スバル兄さん……!!」

 

 仮面の男、マダラの万華鏡写輪眼によって別空間に転送されながら、俺の頬を涙が伝う。

 

 …………最後の最後まで俺のことを兄と呼んでくれるのか、お前は。

 

 イタチの手が届く前に、俺は何度か見たことのある何もない空間に立っていた。

 

 

 

「……修羅の道を選んでしまったのか」

『申し訳ありません』

 

 深夜。こっそりと火影屋敷の三代目の寝室に忍び込んだ俺を、彼は予測していたのか起きた状態で出迎えてくれた。

 

『三代目には心から感謝しています』

「分かっておる……ワシの力が及ばなかった」

『いいえ。貴方はこの里に暮らす誰よりもうちはのことを考えてくれていました』

 

 三代目と四代目が俺の言葉を信じてくれていなければ、俺はここにいなかった。弟たちをクーデターに巻き込んで一緒に死んでいたかもしれない。

 

『イタチとサスケのことをお願いします』

「勿論じゃ……お主の分まで、ワシがこの命にかえても守り抜くと誓おう」

『……ありがとうございます』

 

 ああ、良かった。この人についてきて良かったんだ。この人なら必ず二人を守ってくれる。

 

「これからどうするつもりじゃ」

『暁という組織に所属しようと思っています』

 

 最後に「木ノ葉の結界の暗号は変えない」と言われて苦笑する。いつでも弟たちの顔を見るために戻ってこいという意味だろう。

 

 俺はこちらに背を向けている三代目に深く頭を下げて、火影屋敷を後にした。

 

 

 

「用事は済んだか?」

『ああ』

 

 俺はマダラと仲良く小舟に乗って移動することになった。

 あまりにも嫌だったので、マダラをこっそり舟から落としてやろうとしたら、すり抜けたせいで俺が落ちた。マダラはとても愉快そうに笑っていた。

 

「組織の中でオレはトビという名前で呼ばれている。大した術も持たない、暁の見習い小僧といったところだ」

『トビ?』

「なんだ、不満か?」

『いや……爺ちゃんって呼ぶつもりだったから』

「…………」

 

 マダラが切実そうに「それだけは止めろ」と言ったので、俺は絶対爺ちゃん呼びしようと心に決めた。事実だし。

 

 小舟が目的地に着いた。悪趣味なデザインが施されている扉の先には、見覚えのある人物が立っていた。

 

『……大蛇丸?』

「あら、そのお面……木ノ葉の暗部ね」

 

 なんでこの人がこんなところに。何年も前に里を抜けたって聞いてたけど、暁に所属してたのか。

 お面を外す。俺の顔を見た大蛇丸は一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに納得したように頷く。

 

「貴方は()()()()だと思っていたわ」

「あ〜! そういえばお二人は同郷でしたねっ!」

『…………』

 

 は?

 

 幻術を掛けられたのかと思わず写輪眼になってしまった。現実だった。「懐かしの再会っスかー!」とはしゃいでいるマダラに鳥肌が止まらない。なに? なんなの? なんなんだ!?

 

『もしかして、俺の脳破壊が目的だったりする?』

「何の話だ」

 

 大蛇丸と別れて、暁のリーダーがいるらしい部屋へと向かう途中。マダラと二人きりになった俺は恐る恐る問いかけた。こいつ、しらばっくれるつもりか。

 

『いくらなんでも頭おかしいだろ』

「お前にだけは言われたくない」

『子孫に向かってその口の利き方はなんだ!?』

「お前こそ、先祖に向かってその態度はおかしいだろう!」

 

 勢いよく言い返したら、さらに勢いを乗せて反論された。落ち着いてくれないか。やれやれ、話の通じないやつはこれだから嫌なんだよ。

 

 

 

「五大国に代わり、暁が世界を支配する」

『…………』

 

 謎に燃え盛っている炎を見つめながら、暁のリーダーが真顔で宣言した。ところでこの炎はなんなんだ。暖炉か?

 

「木ノ葉のスバル。我々はお前を歓迎する」

 

 なんかもう共感性羞恥で死にそうになっていると、リーダーに「額当てを出せ」と言われた。面倒くさいなと思いつつ、懐から木ノ葉の額当てを取り出す。

 

「今から木ノ葉を否定しろ」

『…………』

 

 クラブ「暁」への入部条件にしては簡単すぎない?

 何の躊躇いもなく額当ての木ノ葉マークをクナイで真っ二つにする。リーダーが何か言いたげな目でこちらを見ていたので、足りなかったかともう一本追加してみると、リーダーの後ろに立っていた女の人にちょっと引かれた。

 そっちがしろって言ったんじゃないか!

 

 お面を外し、二重線の入った額当てを付ける。

 

「これよりお前は暁のスバルだ」

 

 歩み寄ってきたリーダーが、こちらに手を向ける。手のひらの上でころんと転がったのは「朱」という文字が書かれた指輪だった。

 




指輪を右手の薬指につけなければいけないことを知ったスバル『嫌すぎる………』

飴(弟とのふれあいタイム)と鞭をきちんと使い分けることによって、スバルからの信頼が厚いヒルゼン。この世界線のスバルは彼をとても信頼しているので、原作イタチのように自分への恨みを強くして弟たちを強くする必要性は感じてません。ヒルゼンなら必ず二人を守り抜いてくれると信じてる。つまりヒルゼン死後は以下略。

こっちのミコトさんは万華鏡写輪眼を開眼してないのでスバルも永遠にはなってない。

フライング鬼鮫摂取タイム
スバル『鬼鮫……どうしてもお前に見せたいものがある』
鬼鮫「何ですか?」
スバル『この世で最も価値があるものだ(イタチとサスケの写真を取り出しながら)』
原作より2年ほど早くうちは一族虐殺事件→里抜けしてるので、鬼鮫とのタッグはだいぶ先だったり。



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「暁編」上

ネタ募集で提供してもらった
・ifでもし原作のイタチルートをそのまま辿って(イタチはサスケと一緒に木葉で暮らしてる)影から弟達を見守るシリーズ
の「暁編」の上です
今回もだいぶ描写を以下略

これと、
・その際これまた原作イタチと同じく鬼鮫と組んで鬼鮫がスバルの本性を知りながら長門達と上手いことやり取りする(モズみたいな)
さらに、
・なんやかんやあって暁に入ったスバル
というネタを同時に消化
鬼鮫はまだ出てこない



『右手の薬指にこんなゴツい指輪つけたくない……お前は俺の所有物(はーと)感キツくて耐えられない……』

「…………」

 

 右手の薬指引きちぎったら付けなくてもいいぞってなったりしない? とマダラに聞いたら「その時は左の薬指に付けてもらう」と無慈悲な答えが返ってきた。終身刑じゃないか!

 

 まあ永遠の奴隷契約よりはマシだろうと、右手の薬指に「朱」と書かれた指輪を付ける。

 しかも絶妙に俺の中にある少年の心をくすぐってくるのが嫌だ。かっこいいなコレ。

 

『なあ、これって写輪眼が赤いから朱色の朱ってこと?』

 

 気のせいじゃなければマダラが小さく吹き出した気がした。

 

「朱雀の朱だ」

『あー、なんか燃えてる鳥みたいなやつ』

「燃えてる鳥……」

 

 なぜか俺の言葉を反芻するマダラ。

 

 リーダーによる入部テストに無事合格した俺は「とりあえずここにいろ」と何もない部屋に閉じ込められていた。

 ベッドもテーブルも何もない部屋だ。とりあえずで牢屋に放置しないで欲しい。

 

『なんで爺ちゃんまでこの部屋に? 暇なの?』

「オレはお前の祖父ではないし、暇でもない」

『大丈夫?』

「…………オレはなぜこのタイミングでお前に大丈夫かと確かめられなければならない?」

 

 うちはマダラは俺の先祖だし、先祖ってことはお爺ちゃんってことだし、俺と仲良くこの部屋でのんびり話をしてる時点で暇に決まってる。ということを伝えると「お前は大丈夫じゃないな」と返ってきた。

 あーやだやだ。言葉のキャッチボールって知ってる?

 

『ああ……強くてニューゲームして若返ってるなら爺ちゃん呼びは微妙ってこと? それならお兄ちゃんって呼んで……あ、ごめん。これは俺が嫌だった』

 

 ぶつぶつと鳥肌が立っている腕をさする。

 俺はマダラの機嫌が急降下した気配を察知した。忙しいやつだな。

 

 

 

「これから暁の活動中はこれを着ろ」

 

 リーダーに手渡された服を広げる。うちは一族もにっこりな黒を基調としたデザインにちょっと嫌な気分になる。うちわマークが雲になってるだけマシかもしれない。

 

「額当ては……首にでも巻いておけ」

 

 ここには指文字を理解してる人間は恐らくいない。お面を外すと不便なので、ありがたく額当てを首に緩く巻く。

 リーダーと常に彼の側にいる女性は、今回も俺の額当てを三度見くらいしていた。

 

 

 

「スバルくん……アナタ、私と組まない?」

『だが断る』

 

 暁は基本的にツーマンセルで行動するらしい。

 アロエのような奇妙な見た目をした人間……あれは人間か? どちらでもいいか。アロエは例外らしく単独行動しているのに、なんで俺は許されないんだ。俺はアロエ以下だと言いたいのか? 表に出ろ。

 

「フラれたな大蛇丸」

 

 クククと人相の悪い男が笑う。人相に関していえばこの場にいる全員が悪いだろと脳内の自分に突っ込まれたので、本当にその通りだと思う。

 滝隠れの額当てを付けた、確か角都という名前だった気がする。

 

「うちはスバル、オレと組め」

『全力で断る』

「…………」

 

 は? みたいな顔をされても困る。どう考えても嫌だろ。なんで大蛇丸がダメで自分はいけると思ったんだよ。

 この場にいる全員がホログラムで実体が無いこともあって、俺はなかなか強気だった。目の前にいたら報復が怖すぎて頷いちゃってたかもしれない。

 

「角都……お前は()()仲間を殺したところだろう」

 

 リーダーが窘めるように言う。またって何だ、またって。

 

「オレはトラブルが起こると誰でも殺したくなる。それに、前のは口煩い奴だった……こいつなら大丈夫だろう」

 

 ホログラムではなく実体として俺の隣に立っていたマダラが「それはない」みたいな顔をした。お面で顔が見えなくても俺には分かる。

 

「お前と新人を組ませるわけにはいかない。暫くは一人で行動しろ」

 

 新人、最高。

 幸せを噛みしめていたら、リーダーが俺と大蛇丸の方を見た。

 

「スバルと大蛇丸でツーマンセルだ」

「…………」

 

 もっと新人と組ませちゃいけない奴だろ。

 

 

 

『俺と一緒に世界征服しないか?』

 

 大蛇丸と組むくらいならマダラと組んだ方がマシに決まってる。

 そんなわけでマダラを熱烈に口説いているわけだが、最近は存在自体を無視されているようで視界にすら入れてくれなくなった。

 

「いいわよ。次の任務が終わったら詳しく聞かせて貰えるかしら」

『…………』

 

 常に行動を共にするようになった大蛇丸が、たった今マダラにフラれた俺を恍惚とした表情で見ていた。

 別に大蛇丸に特別な恨みはない。俺が彼について知っていることは、何やら怪しげな研究に手を出していたのが三代目にバレて里を追われたってことくらいだ。

 

『お前に話すことなどない』

「つれないわね……トビとは随分仲がいいようだけど」

『俺は誰にも心を割かない』

「どうかしらね。数ヶ月後には私のそばを離れたくなくなってるかもしれないでしょう」

 

 それはない。俺はいつかのマダラの顔(想像)と同じ顔で両腕をさする。やっぱり鳥肌が立ってた。

 暁の七不思議の中に「なぜか部下に心酔されている大蛇丸」がある。やってることは人権全無視の非道な人体実験だったりするのに、どうしてか実験の被験者やそれを手伝う部下には慕われているらしい。俺は絶対にそうはならないぞ。

 

 

 

 嫌々ながらも逃れられない大蛇丸とのコンビ生活にも多少は慣れてきた頃。なんかよく分からんが大蛇丸が口から大蛇丸を出しながら突然襲いかかってきた。

 どういうことだってばよ!

 

「イタチくんを手に入れるまでの繋ぎにさせて貰うわ!」

 

 などと供述しており、裁判官スバルは有罪を言い渡した。

 影分身の印を結び、大蛇丸の足元に大量のスライムを召喚する。底なし沼の術である。

 両足をとられて動きづらそうな大蛇丸を見下ろす。しかし、大蛇丸はすぐに口から大蛇丸第二波を繰り出し(しかもそっちが本体だった)、沼を回避してこちらに向かってきた。

 

「無駄よ、今からアナタの忍術や体術……その身体すら、すべて私のモノになるのッ!」

 

 洗練されたジャイアニズムにドン引きしつつ、目前まで迫ってきていた大蛇丸に豪火球を放つ。

 

「この程度の炎の塊で私の動きを封じられるとでも…………」

『それは囮だ』

 

 大蛇丸を前方の炎に集中させている間にその背後に回っていた俺は、彼がこちらを振り返る前に木ノ葉旋風で地面に叩きつけた。

 

『仲間殺しはご法度だったな』

「ふ……ふふふ……任務の度に仲間を殺してる酔狂なのがいるじゃない」

『暁であるお前が俺を狙うということは、お前も酔狂であると認めるんだな』

「私は……たった今、暁を抜けた」

『俺に殺されたいということか?』

 

 両眼に熱が集まり……万華鏡写輪眼になった。真っ赤な海を六つの小さな星たちがゆらゆらと揺蕩っている。

 大蛇丸は危険だ。いずれイタチたちに手を出すかもしれない彼を生かしてはおけない。

 

『お前はここで――――』

「大蛇丸様!!」

 

 俺と大蛇丸の間に滑り込んできた影に、俺は素早くその場から飛び退いた。続けざまに飛んできた手裏剣をクナイで弾く。

 俺の記憶違いでなければ、サソリの部下だった男だ。

 

「下がっていてください」

『次から次へと……鬱陶しい』

 

 頭の冷静な部分では二対一は不利だと分かっているのに、クナイを握る手に力が入る。ここで確実に始末しなければ、弟たちにどんな被害が及ぶか分かったもんじゃない。

 

 足を踏み出した直後、ぐにゃっと周りの景色が歪む。

 

『…………お前!!』

 

 背後に現れたマダラが、俺の手を掴んで例の何もない空間へと転送した。

 

 

 

「大蛇丸が暁を抜けた」

 

 リーダーの言葉に実体無く集まった面々がそれぞれの反応を示す。彼らに共通していたのは「ついにやらかしたか」で、誰一人として「まさかあの人が」なんて言い出す奴はいない。

 大蛇丸は部下には好かれていたが、同僚にはとことん嫌われていたようだ。

 

「スバル、お前は一人になったが希望する相手はいるか?」

『……誰でも構わない』

「ならばオレと、」

『角都以外なら誰でも構わない』

「…………」

 

 未だに俺とのコンビを諦めていなかったらしい角都。お前は例のアロエと組んだらいいと思う。それかマダラ。マダラなら殺されそうになってもすり抜けるから問題ないだろう。

 

「では、十蔵と組め」

 

 げっという顔をした男と目が合った。こいつが十蔵らしい。霧隠れの額当てをしている。

 角都や大蛇丸と比べたら随分と()()()に見える。ならば。

 

『了解した』

 

 

 

「マイト・ダイって忍を知ってるか」

『知ってる。彼は偉大な存在を生み出した人だ』

 

 なんで霧隠れ出身の十蔵が彼を知っているのかと思えば、どうやら因縁の相手らしい。

 忍刀七人衆のことは初耳だった。そもそも、ガイ大先輩の父であるマイト・ダイさんはデータ上は下忍であり、それほど優秀な人ではなかったという記録しか残っていない。

 俺もすでに亡くなっている人を調べようとは思わなかったし、何より見知らぬ人間が父親のことを嗅ぎ回っているなんてガイ大先輩が知ったら嫌がるだろう。だから、そんなに凄い人だとは知らなかった。

 

「マイト・ダイのせいで忍刀七人衆は三人衆にされちまった」

『…………』

 

 忍刀三人衆。妙にツボって手を叩いて笑いそうになったが、十蔵の持つ刀に真っ二つにされそうだったのでやめた。

 

「だから、ハッキリしておかなきゃならねーことがある。おまえがなんで暁に入ったかなんてことはどうでもいいことだ。別に聞きたくもない」

『トビに熱烈に口説かれたからだ』

「…………」

 

 聞きたくないなら聞かせてやろうホトトギスがモットーな俺は親切にも簡潔に教えてやることにした。

 十蔵は記憶を消したのか、何もなかったように続ける。

 

「オレがなんで暁に入ったかなんてのもどうでもいいことだ。聞きたくなければそれでもいい」

『何で入ったの?』

「お前に話すわけねーだろ」

『…………』

 

 なんかこいつ面倒くさいな。言い方がいちいちくどいんだよ。ツンデレか?

 

「いいか、お前に聞いておかなきゃならないことがある。それはお前の得意忍術だ。見ての通り、オレはこの首切り包丁で敵に斬り込んでいく。……で、お前は?」

『…………』

「答えろッ!!」

 

 ちょっと沈黙してみたらマジギレされた。

 さっきは聞きたくない呼ばわりしたくせにおかしいよ。やっぱり暁って頭おかしい奴らの集まりじゃないか!

 

 首元に刀を突きつけられたので、渋々ながら答える。

 

『忍術はほとんど出来ない。俺が得意なのは体術だ』

「体術だと?」

『窒息死させるのも得意だ。その場を極力汚さずにターゲットを始末できる。……ぬめりは残るが』

「ぬめりが残ったら意味ねェだろ」

『そうかもしれないな』

 

 スライムの汚れってしつこいんだよ。解術してもスライムが接してた部分の汚れはなかなか消えてくれない。

 

「……まあいい。オレはマイト・ダイのこともあるし体術の厄介さを認めてる。お前がどれくらい動けるのか期待しといてやるよ」

『…………』

 

 もし俺がポンコツだったらガイ大先輩とお父上の顔に泥を塗ることになってしまうのか……?

 

 

 

 その日から俺は十蔵とあらゆる任務をこなした。

 十蔵は言葉は荒っぽいものの、根っからの悪人という感じはしなかったし、話せば分かるタイプでわりと好ましかった。

 何より体術の良さを知っているのがポイント高い。

 ある日、寝る間も惜しんで彼にガイ大先輩の体術の素晴らしさを語り尽くしたところ「オレはもう十分に理解した」と嬉しいことを言ってくれた。

 まだまだ話し足りない気持ちもあったが、こんな短時間でガイ大先輩を理解するなんて、彼には素質があると思う。今度は弟たちについて語ってみるつもりだ。

 

 なんだかんだ必要がないからと十蔵の前でお面を外すことなくきたが、急に「ちょっと外せ」と言われたので、よく分からないままにお面を外すことになった。

 俺の顔を見た十蔵の第一声は「はぁ?」だった。

 それは俺のセリフだろう。なんで自分の顔を初めて見た相手にそんな態度を取られなきゃならないんだ。

 

「お前……その顔で…………」

「…………」

 

 どうやら俺の顔が心底気に入らないらしい。それから、世界の核心に触れたような表情で「まさか、トビのやつもアレでいてお前みたいな顔してるんじゃないだろうな!?」と騒いでいた。俺みたいな顔がどんな顔かは知らないが、遺伝子的に似てる部分はあると思う。

 俺は見たことがないから分からないと地面に文字を書いて伝えると「そうだろうな……」とまじまじ顔を見ながら言われた。

 いい加減顔に穴が開きそうなのでやめてほしい。

 




闇堕ち前(というか闇落ちレベル低い)スバル久しぶりに書いたら楽しいね

フライング飛段摂取
飛段「お前もジャシン教に入らないか!?」
スバル『俺はもうブラコン教の信者だから……』
飛段「なんだそれ、そんなもんよりジャシン教の方が―――」
スバル『()()()()()?』
飛段「おい!! なんで忍刀を抜くんだよ!!」


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「暁編」中

ネタ募集で提供してもらった
・ifでもし原作のイタチルートをそのまま辿って(イタチはサスケと一緒に木葉で暮らしてる)影から弟達を見守るシリーズ
の「暁編」の中です
今回もだいぶ描写を以下略

これと、
・その際これまた原作イタチと同じく鬼鮫と組んで鬼鮫がスバルの本性を知りながら長門達と上手いことやり取りする(モズみたいな)
さらに、
・なんやかんやあって暁に入ったスバル
というネタを同時に消化


 十蔵が死んだ。

 

 彼の故郷である霧隠れで任務を遂行していたらまさかの水影が出てきた。十蔵は刀が急所を貫いたせいで助からない。

 水影との戦いは随分と苦しめられたが、菊理媛(ククリヒメ)でスライムが受けたダメージをたっぷりお返ししてやったら気絶したのか動かなくなった。

 相手が強ければ強いほど反動がデカいこの術も、案外便利かもしれない。

 

「お前があんな術を持ってたとはな」

『…………十蔵』

「はっ……オレはただ、生まれ育ったこの場所で死ぬだけだ。そんな情けないツラすんじゃねェ」

 

 俺はお面をつけているし、どうせこの顔はぴくりとも表情筋を動かしていないだろう。

 それでも俺の心情を言い当てた十蔵にかけたい言葉がありすぎて、どれを拾い上げたらいいのか分からない。

 

『お前、俺以外に親しい人間は?』

「……待て、なんでお前と親しい前提なんだよ」

『違うのか?』

 

 首を傾げると「そういうのをやめろって言ってんだ!」とキレられた。そういうのってなんだよ。

 

 俺にはこれまで親しい人間なんてほとんどいなかった。友達だと思っていた少年が後になって少女だと分かったことはあるが、同性で友情らしきものが芽生えたのは十蔵が初めてかもしれない。

 

「……いるわけねーだろ。霧隠れの忍は情の繋がりってやつを信じてない」

『でも、俺はお前のこと結構好きだったし、お前もそうだろ?』

「なんでそんな自信満々なんだよ……」

 

 呆れたように呟いた十蔵が口から大量の血を吐いた。もう時間がない。水影のこともある。すぐに追手がやってくるだろう。

 

『なら、唯一親しい人間である俺に何か言い残したことは?』

「…………」

 

 お面を外す。直接目を合わせたことで、言葉にするまで俺が動かないことを悟ったらしい。十蔵は痛みに顔を歪ませながら口を開いた。

 

「さっさと逃げろバカ野郎が………いつか弟に会えるといいな」

 

 十蔵が俺を見て目を見開く。そして、憑き物が落ちたような顔で苦笑した。

 

「なんだよ……笑えるんじゃねーか」

 

 

 

 千千姫(チヂヒメ)でチャクラが半分以下になっていなければ、十蔵の死体と彼が大切にしていた首切り包丁を持ち帰れたかもしれない。

 少し悔やんだりもしたが、彼の「生まれた場所で死ぬだけ」という言葉に救われた。あれで良かったかもしれないと思えたからだ。

 生まれた場所……。俺が死んだ時、俺は木ノ葉に戻れるんだろうか? どんな形であれ、イタチやサスケの元に…………。

 

「十蔵がやられたか」

 

 俺がリーダーに十蔵のことを報告すると、いつものように全員を集めて会合が行われた。相変わらずホログラムでの参加だったので、わざわざアジトに出向かなくて済むのは嬉しい。なんてホワイトな組織なんだろう。

 

「やられたのはもう一人いる」

 

 リーダーの言葉に、俺は真っ先に角都を見た。角都も俺を見つめていたので、たまたまそっち見てただけですよアピールをして正面を向いた。こっち見ないで。

 

「敵にやられたというより、味方にやられたというべきか」

「あの野郎がグズグズしていただけだ」

 

 暁の監視カメラ……いや、アロエが記録していた映像を流して「その判断は皆に任せる」と言った。

 映像内容を簡単に説明すると、角都が敵と交戦中の仲間の背後をとり、仲間もろともカイリューはかいこうせん! していた。

 どっからどう見ても角都にやられてたし、別に仲間はグズグズしていなかった。というより、仲間が汗水流して敵の攻撃を受けている間にテメーは何やってんだと言いたい。仲間の背後じゃなくて敵の背後をとれ。

 

「躱せばいいだけだ。お前もそう思うだろう、うちはスバル」

『…………』

 

 無理やり俺に話を振るのはやめてくれよ。

 

「暁はツーマンセルで動く。どうする角都。相棒を失った者同士、スバルと組むか?」

「それが…………」

『それはやめておいた方がいい。無駄に死体が転がるだけだ』

 

 それがいいと言いかけた角都が不快そうに睨みつけてくる。

 

「誰の死体が転がると?」

 

 俺に決まってるだろ。

 

 わざわざ言わせるなとため息をつきながら首を振る。

 何故か怒り狂った角都がこちらに手を伸ばしてきたのでちょっとビビった。俺のために争わないで!?

 ただの映像だから触れられないと分かっていても、角都のあまりにも鬼気迫る表情は夢にも出てくる。絶対に。

 

 最終的に相棒の件は保留。暫くはソロ活動をすることになった。

 リーダーにはソロの間は任務量を減らすと言われ、この組織はやっぱりホワイトだなあと思った。

 

 

 

 数ヶ月ほどぼっち活動を堪能していたら、ついに新しい相棒がやってきた。

 

「うちはスバルさん……ですか」

 

 振り返った俺の顔に白猫面がついていたせいか、長身の男が少し自信なさげに問いかけてくる。

 男のやけに親近感のある顔つきに目をぱちっと瞬く。なんだか懐かしい。どこか十蔵に似ている気がするし、まったく似ていない気もする。とにかく、不思議な心地だった。

 

「今日からアナタと組むことになった干柿鬼鮫です」

『…………鬼鮫?』

 

 名は体を表すというが、彼ほど外見や雰囲気と合致した名前の人はいないだろう。

 

『お前は背が高いな』

「はい?」

 

 鬼鮫を見上げながら、つい本音が漏れてしまった。首が痛い。

 怪訝な顔をした彼に右手を差し出す。

 

『うちはスバルだ。よろしく』

「…………話に聞いていたよりも気さくな人のようですね」

『俺の国では第一印象をなによりも大事にしている』

「火の国がそこまで社交的だとは知らなかったですねぇ……」

 

 火の国じゃなくてスバル国の話だったが、説明が面倒だったので適当に頷いておいた。

 

『リーダーから聞いていると思うが、俺はこのお面がなければ話せない』

「ええ」

 

 アナタに関することは一通り聞いていますよと言われたので、それならいいやと話を変える。説明する手間が省けてラッキー。

 

『初任務をこなす前に教えておかなければならないことがある。これはリーダーも知らない。お前にだけは言っておきたい大事なことだ』

「……聞きましょう」

 

 真剣な表情になった鬼鮫に、俺は懐から一枚の写真を取り出した。

 

 

 

「ますますアナタという人が分からなくなりましたよ、スバルさん」

 

 お面を外し、水を湿らせた布で付着した血を拭っていると、それを見ていた鬼鮫がため息混じりに言う。

 

「うちは一族というのは、みんなそのような……」

「…………」

 

 お面を付けていないから『それはどういう意味だ』と聞くことが出来ない。

 

 おじいさんは山へ柴刈りに、おばあさんは川へ洗濯に行くように、鬼鮫は残党狩りに、俺は川でお面に付いた血を洗い落としていたら、戻ってきた鬼鮫によってこの会話が始まったわけだ。

 どうも鬼鮫は俺という人間を見極めようと必死になってくれているようだが、焦る必要はない。時間は有限だけどゆとりはある。それに、俺たちはまだ会ったばかりじゃないか。

 

 何やら考え込んでいる鬼鮫の背中をバシバシと叩き、まあそこにいろよと焚き火の前に座らせた。困惑気味にこちらを見上げてくる鬼鮫。洗い終わったお面を乾かすために近くの木の枝に引っ掛けておく。

 

 鬼鮫の正面によっこらせと座る。で、何が聞きたいんだ? という気持ちを込めて彼を見る。

 

「…………わざわざ偽りの自分を晒す理由は何です」

「…………」

「スバルさんの素顔を見て、これまでのアナタの言動がおかしいことくらいすぐに分かりますよ」

「…………」

 

 誤解だと言いたかったが、お面が以下略なので神妙な顔をするしかなかった。お前は何を言ってるんだ。

 

「“同胞殺しのうちはスバル”。ぴったりな呼び名じゃありませんか。まるで血の通わぬ……理想の忍と言える」

「…………」

 

 十蔵に似ているからという理由でモリモリと上がっていた鬼鮫への好感度が下がった気配がする。

 暁の連中は何かと俺の過去を掘り下げたがるが、十蔵はそうじゃない。彼は俺の過去に興味はないと言い、律儀にも“今の”俺の話に耳を傾けてくれる奴だった。

 

「私としてはやりやすいですよ。トビのようにお喋り好きではありませんから」

《ばーか あーほ》

「……指文字はまったく分かりませんがね、バカにされたことくらいは伝わりますよ」

「…………」

 

 このまま言われっぱなしもどうかなと思って指文字で貶してみたらすぐにバレた。何でだよ。

 

 その後、乾いたお面を被って一息ついていると、なぜか鮫の産卵についての豆知識を披露されたので『すごいな。まるで鮫博士じゃないか』と褒めたらとても微妙な顔をされた。

 

 

 

 鬼鮫は「お喋り好きじゃない」と言った割に何かと話しかけてきて俺を困惑させた。

 

「アナタでも夜眠る時に死んだ人間が出てきたりするんですか」

『出てこない』

「そうですか。そもそもスバルさんが夢を見るとは思えないですがね」

『死者は出てこないが、生きてる人間は出てくる。……何度も。眠れないくらいに』

 

 しかもクソ重いシリアス話を振ってくるからタチが悪い。

 真面目な話のようだったから真面目に返したら、鬼鮫が意外そうに首を傾ける。

 

『前に見せただろ』

「……弟さんですか」

『そうだ。お前はいつも死者が出てくるんだな』

 

 毎日ではないが、“夢を見たことを自覚している”といつも二人の姿があった。

 二人は幼い姿であったり、最後に見た姿であったり……俺の知らない姿の時には必ず憎しみのこもった瞳でこちらを見つめている。

 彼らが俺に何か言おうとすると目が覚めてしまう。俺は夢の中でも二人の言葉を待つばかりで、何でもないフリばかりしていた。

 

『夢の中に死んだ人間が出てくるのは、お前が不本意だったからだろう』

「……アナタは違うと?」

『俺は望んで同胞を殺した。今も後悔はしていない。すべきことをしたと思っているから』

 

 自分の中にある鬼鮫への印象を改めていると、彼は少し口端を持ち上げて笑った。

 

「案外……私たちは似た者同士なのかもしれませんね」

『それはない』

「…………」

 

 

 

 ***

 

 

 

「お前のようなヤツにこそ、オイラの芸術を理解させてやりたいんだよ!」

 

 俺よりも明らかに年下の男が、呆れたような気配を醸し出している俺と鬼鮫、サソリの前で何かを作り始めた。突然現れた人間の前でこの無防備さはすごいと思う。

 

 彼の名はデイダラ。リーダーによって選出されたサソリの相棒候補だ。

 サソリは「こんな頭悪そうなクソガキがオレの……」と不満そうだったが、彼が以前組んでいた大蛇丸と比べたら遥かにいいんじゃないだろうか。口からデロデロ何か出さないし(多分)、ろくろ首のように首を伸ばして噛みついてこないだろう(多分)。

 ちなみにサソリは大蛇丸が俺に浮気して暁を抜けた時には別の相棒と組んでいたが、その男は最近の任務で死んだらしい。暁は人の出入りが激しすぎる。

 

「ほら、見てみろよ! オレ様が生み出す芸術をッ!」

 

 我が道を行くデイダラは粘土で作った鳥を俺に見せてきた。デフォルメされた鳥は普通に可愛い。

 

「手にとって見てもいいんだぜ」

『…………』

 

 そこまではいいかなと遠慮すると、鬼鮫が「ごっこ遊びに付き合ってあげるなんてお優しいですね」と言った。デイダラはキレ散らかしていた。

 こいつらには協調性ってやつがないのか? いちいち煽らなくていいんだよ。

 

 デイダラは写輪眼になっている俺の目を見てため息をついた。

 

「うちは一族ってのはよぉ……炎の扱いが得意なんだろ? 炎と爆発は兄弟であり家族であり、切っても切り離せない関係じゃねェか」

『…………』

 

 そうか? 赤の他人じゃね?

 

「お面越しでも分かるその澄ました顔が、芸術に触れて驚きに満ちるところが見たいんだよ!!」

「スバルさんとはまだ短い付き合いですがね、それは難しいかと……」

「うるせェ! オイラに不可能はない。うん!」

 

 これ以上は時間の無駄になるし、何より隣にいるサソリの纏うオーラが不穏になってきた。角都ほどではないとはいえ、彼もなかなかに短気だしすぐ手が出るタイプだ。新入りが再起不能になっては不味い。

 

『……俺がやろう』

「お得意の写輪眼か!? オレはてめーの目なんか見ないぞ!」

『目はしっかりと開けておいた方がいい。……開けていても追えないだろうが』

「なんだって? それはどう……」

 

 ――木ノ葉剛力旋風!

 

 呆けているデイダラとの距離を一気に詰め、その腹目がけて蹴りを叩き込む。木ノ葉旋風よりシンプルな技だが、その分、力に比重を置いているから一度でも食らえば強烈だろう。

 壁に打ち付けられ、げぇっと腹の中のもの全部出し切ったと思われるデイダラを見下ろす。

 

『大人しく仲間になれ』

「ハッ……てめーがオイラの芸術の糧になるっていうなら考えてやるよ」

『わざと攻撃を受ける趣味はない』

 

 そもそも俺の将来の夢は弟の火遁に焼かれて遺灰を撒いてもらうことなので、デイダラの爆弾による爆死は一ミリも掠ってない為却下である。爆破されたら遺灰どころか全部散り散りになりそうだし。

 もちろん末路が爆散でも相手が弟だった場合はオールオッケー問題なしだ。火遁と遺灰撒きはオプションだから。

 

「今はなくてもこれからだろッ!」

 

 耳元で鳥の羽ばたく音がした――先ほどデイダラが見せてきた粘土だ。

 

 デイダラが印を結ぼうとする。俺は咄嗟に粘土でできた鳥を鷲掴みにした。

 鬼鮫とサソリとデイダラ、つまりこの場にいる俺以外の全員の頭の上に「!?」というマークが出ていたが、俺は右手に鳥もどきを掴んだまま、勢いよく振りかぶった。

 

「おいおいおい、何するつも……ふごふおおおっ!?」

『返す』

「ぶぁっ!?」

 

 俺が振りかぶった鳥もどきを無事に口でキャッチしたデイダラが印を中断する。

 口から粘土を吐き出して何か叫ばれる前に肩に手を置いた。とりあえず俺の話を聞け。

 

『デイダラ……お前の爆発は芸術作品だ。だからこそ、今のようにただの爆破テロリストで妥協しているのはあまりにも勿体ないと思わないか?』

「……な、なにを」

『暁は常に優秀な人材を求めている』

「…………」

『お前の芸術(センス)が必要なんだ。俺と一緒に来い、デイダラ』

 

 デイダラの顔がボンッと音を立てて赤くなった。

 

「は? ………は?」

 

 デイダラはふるふると首を振って、ビシッと俺を指差す。

 

「てっ、てめーはまだオレの爆発を見てないだろ! うん!!」

『お前も芸術家なら()()()のではなく()()()ことができるだろう? ……いい芸術家ってのは、作品を見せる前に己の存在で相手を圧倒するものだ』

 

 心に某プロハンターを飼っている俺はすらすらと口にした。デイダラがギリギリと唇を噛みしめている。

 うーん、あともう一押し。

 

『ならば、特別に俺の芸術を見せてやろう』

 

 両眼を通常の写輪眼から万華鏡写輪眼へと変化させた。俺と目が合わさったデイダラの体がびくっと震える。

 彼はぼんやりと天井を見上げていたかと思えば、次の瞬間には「やめろぉォォッ!」と頭を抱えて叫び出した。あまりに煩かったので耳を塞ぐ。

 サソリが迷惑そうに俺を見た。えっ、俺が悪いの?

 

「……何をしたんですか?」

『ただの幻術だ』

「それにしてはあの苦しみよう……いえ、なんでもありません」

 

 おかしいなあ。俺の中の芸術(イタチ)と芸術(サスケ)のコラボレーションというかハーモニーをたっぷり幻術で見せてやってるだけなのに。

 

 十分後、サソリに叱られたので渋々ながら幻術を解くと、息を荒くしたデイダラに「テメーだけは必ずオイラの芸術で殺してやる……! うん!!」と言われた。『期待しているぞ、うん!』と返すと逆ギレされた。

 暁の連中はほんと短気なやつばっかりだと思う。

 




スバル(口からデロデロ出さないし……)
54巻鬼鮫(口から巻物デロデロ)
スバル『鬼鮫ェェェェェッ!!!』


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「暁編」下

ネタ募集で提供してもらった
・ifでもし原作のイタチルートをそのまま辿って(イタチはサスケと一緒に木葉で暮らしてる)影から弟達を見守るシリーズ
の「暁編」の下です
今回もだいぶ描写を以下略

これと、
・その際これまた原作イタチと同じく鬼鮫と組んで鬼鮫がスバルの本性を知りながら長門達と上手いことやり取りする(モズみたいな)
さらに、
・なんやかんやあって暁に入ったスバル
というネタを同時に消化

※コメントのデイダラに理不尽なキレ方するスバルのネタ勝手に採用してます!あれ最高!無断ですまん。

※見づらかったので目次を章ごとに区切ってみました。前の方が見やすかった人はごめんよ〜



「見ろよスバル! こいつがオイラの新作だ!」

「…………」

 

 もはや恒例行事になりつつある挨拶代わりの爆破のせいで、たった今俺が座っていた椅子はただの木屑と化していた。ぷすぷすと煙まで出てる。

 いやいや、何してくれてんの?

 

「どうだった?」

『……威力が上がったな』

「だろ!? これはなァ、前回よりも緻密な――」

 

 親に褒められた子どものように目をキラキラと輝かせているデイダラ。

 うんうん良かったね。俺は死ぬところだったけど。

 

『お前は人に意見を求めるのが好きなのか』

「……あ? 別にそんなんじゃ」

『なら、俺に会いたくてこんなことを?』

「ハァ!?」

 

 お前頭おかしいんじゃねーのという顔をされたので、そっくりそのままお返ししておいた。だって……ねえ? ほぼ週一で会いに来てるじゃん。絶対俺のこと好きでしょ。

 確定演出お疲れと思っていたら顔を真っ赤にして否定された。どうやらマジで違うらしい。恥じらいじゃなくて怒りで顔が赤くなってる。

 

『ふーん……まあいいけど。今日は久しぶりのオフだからゆっくりしたいんだよね』

「なっ! まさか寝るつもりか!?」

「…………」

 

 カパッと被っていたお面を外してごろんとその場に横になる。

 暁のアジト内に作ってもらった俺の部屋には暮らすのに最低限必要な家具が一通り揃っていたが、今では布団一枚すらない。

 全てデイダラに爆破されたからだ。ほんと可哀想。

 

「にしても、わざわざアジトで寝泊まりしてんのってアンタくらいだろ。こんな埃っぽいとこで寝るなんてオイラはごめんだ」

「…………」

 

 その埃っぽくて残念な部屋の家具を一つずつ破壊していってる奴がなにを。お前には良心ってもんがないのか。

 

「そういやトビもここを拠点にしてたな」

《そうだ》

「今のは『そうだ』って言ったんだろ、うん?」

 

 謎のドヤ顔を向けられる。

 以前デイダラを『指文字も分かんねーのか、ププッ』と煽ったのを根に持ってるらしい。

 その翌日には短い指文字なら理解できるようになっていた。なんというか……素直なヤツ。

 

《にんむは》

「あったらここにいるわけないだろーが。任務のない日はサソリの旦那はどっかに消えるしよ」

 

 つまり任務もなければ相棒であるサソリもいないから俺で暇つぶしをするつもりで来たと。

 コンビだからといって常に一緒に動いてるわけじゃないのは俺や鬼鮫と同じだ。お互いのいる場所は把握してるからなんら問題はない。

 俺もこういう時鬼鮫が何してるのかはまったく知らないな。

 

「だからスバル、今日こそは……って」

「…………」

「寝てんじゃねぇよ、うん!!」

 

 

 

 よく寝た。むしろ寝過ぎて頭痛い。

 木ノ葉で暗部として過ごしていた時より緊張感がない。一応暁を監視して木ノ葉(というか弟たち)に仇なすようなら対策を練らなきゃいけないんだけど。どうも毒気を抜かれっぱなしだ。

 暁が危険な組織なのは間違いない。でも動いてる人間一人一人は憎めないというか……まあどうしても気に入らないヤツはいるけど。

 大蛇丸とか角都とか。一人は元が付くとはいえ、もはや生きてる世界が違うよね。

 

 俺がすやすやと気持ちよく眠っている間にデイダラは帰ったらしい。

 椅子は爆破されてしまったが唯一残っている木製の机の上には見慣れないものが置いてある。

 

 どうやら彫刻らしい。しかも二つある。首を傾げつつ顔を近づけた俺はその場で飛び上がった。

 

「!?」

 

 わなわなと震えながら二つの彫刻を凝視する。こ、これはまさか……!

 

 一つ目は俺より癖の少ない髪質が特徴的な青年。知性を感じさせる瞳はどこか憂いを帯びていて儚い。

 二つ目は俺より癖の強い髪質を持つ少年。なんと一つ目の青年と仲良くおててを繋いでいてそれはもう無邪気に笑っている。

 

 イタチとサスケ。俺がこの世で最も愛している存在。

 

 二つの彫刻が奏でる美のハーモニーは俺の胸を貫いた。自らを抱きしめるように腕を伸ばす。

 

 ――神様ッ!

 

 ああ。やっぱ芸術ってのは、こういう……。

 

 カッ!! と目の前が眩い光に包まれる。

 

 俺の脳はそれを彫刻たちに差し込んだ後光か何かだと認識したが、まったく違った。

 

 俺の身体を包み込む光……イタチとサスケによる温もり……最高……と思っていたら滅茶苦茶熱かった。もはや熱いを通り越して痛い。

 っていうかなんか爆発してた。何がって……彫刻が?

 

「…………」

 

 咄嗟に閉じていた目を開く。

 その場に残されていたのは、爆発のせいで髪がチリチリになった俺に、椅子と同じ末路を辿ることになった机に、なんとか原型を保っている二つの彫刻。

 

 伸ばした手が掴んだ彫刻はパキッと音を立てて崩れる。イタチの首の部分だ。

 

 ああああ……。

 

「…………」

 

 視界が真っ赤に染まる。

 

 ――絶対に殺す。

 

 

 

 デイダラはあれからパタリと俺の前に現れなくなった。不穏な気配を察知したんだろう。

 おかげで俺はずっと機嫌が悪かった。もう誰でもいいから一発殴らせてくれ。

 

 今日は久しぶりに暁のメンバー全員が集まる日。いつものように映像のみでの参加なのでデイダラを殴ることは出来ない。

 なんかこう、空間を捻じ曲げて干渉したり……出来ないですかね。

 

「そう怖い顔すんなよ……うん」

「…………」

「またデイダラにちょっかいを出されたんですか、スバルさん」

 

 俺からデイダラに視線を移した鬼鮫が「アナタも懲りないですねぇ……」と呟く。デイダラは完全に拗ねていた。

 お前が拗ねるのはお門違いだから! 俺の弟たち(彫刻)へのときめきを返せ。

 

 遅れてリーダーたちが顔を出し、ようやくチーム暁の緊急会合が始まった。

 議題はデイダラとサソリが追っていた大蛇丸について。デイダラが暫く顔を出さなかったのはちゃんと任務に励んでいたからのようだ。

 

「大蛇丸はデイダラの爆発をモロに受けたはずだが、瓦礫の中からあの野郎の死体は見つからなかった」

「生きていると考えた方がいいでしょうね」

「それはそうと、あの出鱈目な術はなんだ!? ありゃあ不死身だぜ」

「大蛇丸は元木ノ葉の忍。スバル、知っていることはあるか」

 

 デイダラに俺は怒ってるんだぜアピールをする為だけに外していたお面を被る。

 

『死者を意のままに操る術、か……』

「知っているようだな」

『この世は俺の知らないことであふれている』

「…………」

 

 俺に話しかけてきたリーダーは何もなかったかのように話を続けた。

 

「不死身といえばもう一人……だったな」

「ええ」

 

 基本的にリーダーと行動を共にしている女性、小南が彼の言葉を引き継ぐ。

 

「湯の国から依頼が来ているわ。不死身の男を始末してほしいとね」

「そいつも大蛇丸の術で?」

「どうかしら。裏で暗躍するのが得意な大蛇丸にしては行動が派手すぎるけれど」

「湯の国には忍がいるだろう」

「彼らでも殺せないらしいのよ」

 

 不死身の男は無差別に人を殺して回っているらしい。いや、大蛇丸では? どう考えても類友だろ。

 あーでも大蛇丸は別に人を殺すのが好きというわけではない……のか? 大好きな実験のために人を殺す必要があるってだけで。うーんこの。

 

「この任務は角都に行ってもらう」

「……まだ誰とも組んでいないのにか?」

「不死身の男がお前の相棒となる可能性もある。それに、今回は編成を変えるつもりだ」

 

 リーダーが真っ直ぐ俺を見た。えっ、ちょっ。

 

「スバルと湯の国へ向かえ。もしも大蛇丸の術だった場合、同じ木ノ葉の忍であれば上手く対処するだろう」

『…………』

 

 リーダーくんさあ、実は俺のこと大嫌いだろ?

 

 

 

 大蛇丸の術に心当たりはないかって話に脳死で知らないって答えたのが不味かったかな。

 

 じっくりと記憶を探れば知ってることはいくつかある。あれは穢土転生という術で大蛇丸を殺しても術の発動が止まるわけではないこと。その術の考案者が二代目火影だってこと。それくらいだ。

 一応スパイやってる身としては、木ノ葉VS暁になった際に木ノ葉側が使うかもしれない術の情報を流していいものか。……使わないか、あんな死者の魂弄びまくり禁術。躊躇いなく使うのは大蛇丸くらいだよ。

 うーんやっぱり教えとけば良かった!

 

「まさかお前と組むことになるとはな」

『…………』

 

 まったくだ。不死身くんよりも先に俺の死体が転がっちゃうだろうが。

 

 俺と角都は並んで(もちろんお互いに三メートル以上あけて)歩いていた。もはや他人の距離である。話しかける時はちょっと声を張り上げる形になるのが何ともやるせない。まあ俺はお面だから強く念じるだけだけど。

 最初はお互いの声が聞こえなさすぎて『あ? 蚊の鳴くような声でボソボソ喋るのやめろよ』「お前のような全てが小さい野郎には言われたくない」『お前よりデカいだろうがッ! 何もかもな!』という罵り合いをしていた。まったく無駄なやり取りをしてしまった。時間は有限なんだぞ。

 

 俺たちはすでに湯の国の国境周辺にいる。

 本来は女がいた方が釣りやすいってことで小南もついてくる予定だったが、彼女はこちらをちらっと見て「……必要ないでしょう」と言った。

 ……俺の方がカモに向いてるってこと?

 

 そんなわけで虚しくも男二人でこんなところまでやってきたというのに、肝心の不死身くんが姿を現さない。

 

「……何をしている」

「…………」

 

 ササッとお面を外した俺はさらに角都から距離をとった。そのまま素知らぬ顔で歩き出せば、意外にも空気を読んでくれた角都が姿を消す。

 

「そこのアンタ。ジャシン教に入らないか?」

「…………」

 

 不死身くんではなく宗教勧誘者が釣れた。俺は心底ガッカリした。

 しかしここで騒ぎを起こしては近くに潜んでいるであろう不死身くんが警戒して出てきてくれなくなるかもしれない。

 しかもなんだよ()()()って。いや()()? どちらにせよ胡散臭い。

 

「ジャシン様は殺戮を喜んでくださる。だからオレたちも己の欲望を解放し、ジャシン様へ祈りを捧げるために人を殺すんだ!」

「…………」

 

 まさかの大当たり。ビンゴ。ストラーイク!

 

「どうせアンタも宗派なんてないんだろ。どうだ、一緒に殺戮(やら)ないか?」

 

 ふるふると首を横に振る。そして懐に隠していたお面を被った。ついでに木ノ葉マークに二重線が入った額当てを首に巻く。

 

『悪いが俺はすでにある宗教に入信済みだ』

「……木ノ葉の暗部か? ハハッ、木ノ葉教ォ〜なんて言うんじゃないだろうな!」

『イタチ・サスケ教だ。お前も改宗するといい』

 

 不死身くん(疑惑)の表情が固まった。

 

「そんなダセェ宗教、誰も入らねーよ」

『…………』

 

 はぁ? その言葉、取り消せよッ!

 

 ピキッと額に青筋が張る。俺の……俺の……。

 俺の弟たちの名前を並べた宗教がダサいはずないだろ!

 

『お前の命を俺の神たちに捧げてやる』

「……ジャシン様の教えをパクッただろ」

『寝言は死んでから言え』

 

 言いがかりはよしてくれよ。

 

 素早く印を結ぶ。お面を上にずらしてぷくっと頬を膨らませる。

 

『火遁・豪火球の術!』

「なっ!?」

 

 火力最大の火遁をくらえ!

 

 不死身くん(疑惑)に直撃した豪火球は火力が高すぎてもはやマグマみたいになっていた。地面がぐつぐつと煮えている。

 

『…………』

 

 俺なにかやっちゃいました?

 

 ごめん角都。もしかしたらお前の未来の相棒を殺しちゃったかもしれない。

 

 こりゃマジで死んだなと思っていたら炎の中から何かがこちらに伸びてくる。

 完全に油断してたので完全に避けきれなかった。俺の左肩を掠めていった刃が炎の中に佇む影へと戻っていく。

 

『……生きていたか』

 

 がっかり半分安堵半分。

 勝手に相棒候補を殺してしまっては後で角都にどんな報復されるか分からないからな!

 

「熱いじゃねーか……見ろよ、気に入ってた服が燃えちまった」

 

 不死身くん(確信)が手に持っているのは真っ赤な三連鎌。あそこから俺の左肩に届いたことを考えると伸縮可能とみた。

 リーダーには大蛇丸の術ではない且つ不死身が本当なら角都のパートナーとして勧誘しろと言われている。これは角都の意見を求めるまでもなく合格だろう。

 

『服ならいくらでも用意してやる。お前が俺たちと来るならな』

「改宗はしねーって言ってんだろ!」

 

 いやそっちじゃなくて。そっちもしてほしいけど。

 

「神の裁きを下してやるぜぇっ!!」

 

 不死身くんが足元に血で円を描く。円の中にさらに三角形のようなものを付け足し、その上に立った。

 

 にやりと笑った不死身くんが自分の鎌についた俺の血を舐める。

 

「ウッ……なんだこの味……」

『…………』

 

 なんかイラッとするのはなんでだろう。美味いって言われても嫌だけどさ。

 そりゃあ不味いに決まってる。だってそれ。

 

『……何が起きて』

 

 不死身くんの全身がみるみるうちに色素を失っていく。額には足元の陣に関係があるのか円形のものが浮かび上がり、上半身は骨を彷彿とさせる模様になっている。

 

「これで準備は整った…………死ねッ!!」

 

 不死身くんが鎌を振り上げる。それは身構えた俺ではなく、自分自身の急所――心臓を貫いていた。

 

『ぐっ……!?』

 

 口から大量の血を吐いた。

 先ほど不死身くんが貫いた心臓の位置。それと同じ場所に触れるとじんわりと温かいものが滲み出してくる。

 おいおいおい、まさかこれって。

 

『俺、の、菊理媛(ククリヒメ)のよう、な能力……か……』

「あ? そっちまでパクッてんじゃねーよ」

『だから……寝言は死んでから言えっ、て』

「ククッ、死にそうなのはそっちじゃねーか!」

 

 心臓をひと突きとかこんなの死ぬって。

 

 がくんとその場に膝をつく。そんな俺の隣に今まで身を隠していた角都がやっと姿を現した。

 この野郎、俺がやられるのを待ってやがったな。

 

「囮のおかげでコイツの能力が分かった」

『……わざとだろお前』

「なんだぁ? 揃いの服なんか着やがって。仲良しコンビかよ」

『そんなわけないだろ!』

「このオレと死に損ないを一緒にするな」

 

 死に損ないどころか死にそうなんですけど……。虫の息。

 

 ゴボッともう一度地面に血を吐く。それは赤色から徐々に透明になり――とぷんっと粘り気を持つ。

 

 ……まあとっくに死んでたな。俺が()()()()()()()()()()

 

 じゅわっと胸元の傷が塞がっていく。塞がるというより元から傷なんてなかったが……。

 本来はダメージを受けた箇所はスライム状になるところをわざわざそれっぽく見せてたから余計にチャクラを消費した。

 

「チッ……影分身の方だったか」

『俺がお前と組む任務に本体を使うわけがない』

 

 影分身に何かあればすぐに駆けつけられるよう、本体は湯の国の国境を越えない場所で待機中だ。怠慢とは言わせないぞ。

 

 俺を殺せなかった不死身くんはふるふると怒りに震えていた。

 

「……どういうことだ? 影分身ならすぐに消えるはずだろ。反則的な能力しやがって!」

『お前がそれ言う?』

 

 びっくりしすぎて反射的に答えてしまった。それ一番お前に言われたくない言葉だよ。

 

「なら、今度はそっちを狙えばいーんだな!」

 

 不死身くんの鎌が角都の腕を切り裂いた。角都はわざと避けなかったようだ。不死身くんの能力を自分でも試してみるつもりらしい。物好きめ。

 

 俺の時とまったく同じ手順を踏んで不死身くんが自分の胸に鎌を突き刺す。うっ、痛そう。

 

「き、気持ちイイッ……!! 命が搾り取られる感覚……儚く散っていく瞬間……」

「…………」

『…………』

 

 恍惚タイムに入っている不死身くんは角都がケロリとしていることに暫く気づかなかった。

 この場には搾り取られてる命も儚く散りゆく命も存在しない。奇しくも全員“不死身”だった。あるのは有限か無限かの違いだけ。

 

「こんなのがオレの相棒に……」

 

 角都がいつかのサソリみたいなことを呟いた。

 気に入らなければ殺せばいいじゃない! がモットーな角都にとって不死身くんは天敵だろう。

 相棒使い捨てマシーンにはいい足枷になるのでは?

 

 俄然やる気が出てきた。絶対にチーム暁に入隊させてやる。

 

「何でお前も死なねーんだよ! おかしいだろ!?」

『隠していて悪かった。実は俺の宗教はお前のいうジャシン教と兄弟関係にあるんだ』

「兄弟だとぉ……?」

 

 俺はこの間デイダラにしたようにそっと不死身くんの肩に手を置く。

 

『違和感を覚えなかったか? 同じ教えに、同じ術、同じ“不死身”……』

「…………確かに」

『俺の所属する暁も依頼を受ければ殺戮でも戦争でもなんでもやる集団だ。異教徒(隣人)は殺さなければならないが、兄弟とは手を取り合うべきだろう?』

「暁だァ? お前さっきはイタチなんとかって言ってただろ」

『暁はイタチ・サスケ教から派生した組織だ』

「…………」

 

 角都が余計な口を挟む前にぶっ込む。

 

『ジャシン様が求めているのは殺戮。お前が俺たち暁に協力すれば、より多くの争いが起きて人が死ぬ」

 

 ここで不死身くんが「悪くないな」という顔をした。よーしもうひと押し。

 

 すうっと伏せた両眼に万華鏡写輪眼を宿す。

 

『そう、入信条件としてまずはある芸術的な二人へのより深い理解を――』

「その辺にしておけ。()()はデイダラが言っていた精神破壊攻撃だろうが」

『…………』

 

 待って。とんでもなく失礼なことを言われた気がする。

 俺の神たちは破壊じゃなくて創造だから。この世界の創造主だから! 神たちを愛する清らかな心を育てる種を蒔くんだよ!

 

「……いいぜ。入ってやるよ。ただし! オレはジャシン教を抜けねーし、活動はこれまで通り続ける」

「勝手にしろ」

 

 あとひと押しは必要なかったらしい。不死身くんはあっさりとチーム暁への入隊を受け入れた。

 

 こうなることを見越していたリーダーから事前に受け取っていた指輪と服を差し出す。

 

「オイ、まさかこれを着ろってのか? アンタたちと揃いで?」

『……不満はあるだろうがリーダーが決めたことだ』

「ハァ……これじゃあどっかの売れないバンドマンみたいじゃねーかよ」

『…………』

 

 た、確かに……。

 

 

 

 季節は巡り、冬になった。

 

 不死身くんもとい飛弾は角都とそれなりに上手くやっているらしい。

 おかげで暁の主要メンバーはあれから変わっていない。

 

 ザクッと踏み込んだ足が冷たい雪の中に沈んでいく。

 四季はあるものの歩行困難なくらい雪が積もることはない木ノ葉で育った俺にとっては、何もかもが新鮮でちょっと楽しい。

 

 ザクッザクッと意味もなく足を上げたり下ろしたりする。両足の感覚はとっくになかったけど全く気にならなかった。

 

「まったく……しょうがない人ですね」

『鬼鮫?』

 

 ふっと頭上に影がさしたかと思えば、傘を持った鬼鮫が後ろに立っていた。俺側に傘を傾けているせいで鬼鮫の肩がゆっくりと濡れていく。

 

「……なんです、これは」

『雪だるま。知らないのか?』

「それくらいは知っていますがね……」

 

 おにぎりを握るように雪で二つの団子を作った俺は、それをぽんぽんっと鬼鮫の肩に乗せた。

 

『ははっ。それ、落とすなよ。宿に着くまでそのままだからな』

「…………今笑いましたか?」

『ん?』

「笑ったのかと聞いたんです」

 

 お面の内側でぱちりと瞬く。

 何をそんなマジになって。俺だって笑う時は笑うから。

 

『そんなに俺の笑った顔が気になるなら外してやるよ』

 

 白猫面を外して懐に仕舞う。

 

「…………」

「…………」

 

 鬼鮫の反応的に俺は笑っていないようだった。

 




アニメと違って小南が角都たちに着いて行かなかったのは例のスバルの精神汚染攻撃(笑)があるから大丈夫やろと判断したからです

もし続きが書けたら次の話からはイタチとサスケに『俺を憎め』をやって、イタチがそっち側にいる分一人じゃ厳しいので鬼鮫と一緒に二人をボコボコにしてってするんか…? 地獄すぎん…?
ついに木ノ葉の珍獣(真)と邂逅した鬼鮫が「アナタもなかなかですねェ……ですが、私の知る珍獣はもっと凄いですよ」って謎のマウント取り始めるとこ見たい


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番外編
大好きな兄さんたち


幼少期〜うちは一族虐殺事件前日までのざっくりとしたサスケ視点


「ねえ、イタチにいさん」

 

 ぐいぐいと服を引っ張る。黙々と難しそうな本を読んでいたイタチにいさんが、膝の上を占拠していたオレに笑みを向けてくれた。

 

「どうした?」

 

 にいさんの意識が本からオレに移ったことが嬉しくて、えへへと笑う。

 

 家を空けることが多いイタチにいさんと過ごせる時間は貴重で大好きだった。

 

「スバルにいさんってどんな人?」

 

 ほんの短い期間、スバルにいさんが実家で過ごしていた時のことは記憶が朧げだ。

 たくさん遊んでもらったことは覚えてる。イタチにいさんのように温かくて優しい手で頭を撫でてもらったことや、不思議ともっと前から知っていたような気がすることも。

 

「スバル兄さんは……」

 

 イタチにいさんの目が柔らかく細まる。

 

「優しい人、かな」

「イタチにいさんも優しいよ」

 

 こうやって自分の勉強を後回しにしてオレを構ってくれるところとか。

 必死さが伝わりすぎてしまったのか、にいさんが苦笑する。褒め言葉を素直に受け止めてもらえないのは面白くなかったので、勢いよく抱きついた。

 

「サスケ」

「へへ、イタチにいさんだーいすき!」

 

 オレの肩を掴んで引き剥がそうとしていたイタチにいさんの動きが止まる。

 

「にいさんは?」

 

 言葉にはしてくれなかったけど、そっと抱きしめ返してくれた。

 

 

 ***

 

 

 噂をすればなんとやら、あのスバルにいさんが実家に戻ってくることになったらしい。

 

 夕方、木ノ葉の大通りで会ったスバルにいさんのことは一目見て分かった。こちらを振り返った瞳は冷たい色をしていたけれど、オレとイタチにいさんの姿を捉えた途端に柔らかい色に変わっていく。

 

 どうしてだろう。やっぱり、もっともっと前からこの色を知っていた気がする。

 

 スバルにいさんと過ごす日々は楽しかった。

 

 あのイタチにいさんですら、スバルにいさんの前ではオレと同じ“兄のいる弟”なのだと実感する。

 人間関係において、三というのは微妙な数字だ。それでもバランスさえ崩れなければ、注がれる熱量がお互いに一定であれば、これほど強固な関係はないとも思う。

 スバルにいさんがたった二人の弟に注ぐ愛情に優劣はなく、オレとイタチにいさんに等しく心を割いてくれていることが伝わってくる。

 

 オレもイタチにいさんとスバルにいさんが同じくらい好きで、きっとイタチにいさんも同じだった。

 

 オレが生まれるまではずっと二人だったスバルにいさんとイタチにいさんには、オレの知らない時間がたくさんあっただろう。

 しかし、末っ子の特権なのかオレは随分と二人の兄に可愛がられて育ってきた自信がある。

 

「スバルにいさんは、オレとイタチにいさんのこと、好き?」

 

 それでも言葉にして貰いたくなるのが弟としての(さが)なのか。

 あの日イタチにいさんから貰い損ねたものをもう一度拾ってもらおうとしたのかもしれない。

 そんな軽い気持ちで任務帰りのスバルにいさんに問いかけてしまったことをすぐに後悔した。

 

 ――スバルにいさんが笑った。いつも何をしてもほとんど表情は動かないのに、こんな時に限って口角すら上がっている。

 

《すきだよ》

 

 あっさりと、いとも簡単に。ずっと向けられたかった表情と言葉を手に入れてしまったオレは思考停止した。

 

 …………スバルにいさんって笑えたんだ。

 

 漸く動き出した頭でそんなことを考える。これまでも「なんだか嬉しそう」とか「今日は機嫌がいいみたい」とか、そうかもしれないなと感じる程度の表情の変化はあった。

 

《おまえたちは おれの たからものだ》

 

 恥ずかしげもなくさらっと言われてしまって、ボンッと湯気が出るくらい顔が赤くなった。刺激が強すぎる。

 

「…………え?」

《しらなかったのか》

「し、知ってた、けど」

 

 ここにいるのがスバルにいさんではなくイタチにいさんだったら、いつものように額を小突かれて有耶無耶にされるだけだっただろう。

 スバルにいさんの場合は頭を撫でて誤魔化すんだろうなって思ってた。まさか、こんなにストレートに言葉にしてくれるなんて。

 望んだことのはずなのに、後ろめたいような、複雑な気持ちになる。

 

 最後には嬉しさが勝って照れ笑いすると、オレと目が合ったにいさんはなぜか両手で顔を覆って空を仰いでいた。

 

「にいさん?」

 

 数秒後に手を下ろしたにいさんはいつもの無表情に戻っていた。あれ? 

 

 

 ***

 

 

「こんにちは。イタチ君と約束してるんだけど……呼んできてもらってもいいかな?」

 

 目が合った瞬間にむう、と頬を膨らませたオレにシスイさんが苦笑する。

 シスイさんのことは嫌いじゃない。でもイタチにいさんを連れていっちゃうから、やっぱり嫌いかもしれない。

 

 渋々とイタチにいさんを呼びに向かう。

 

 …………今日こそ修行に付き合ってもらおうと思ってたのに。

 スバルにいさんもイタチにいさんも、いつも任務ばかりでつまらない。

 イタチにいさんは休みの日もオレとの時間よりシスイさんとの修行を優先するから、もっともっとつまらない。

 

 部屋で何かの準備をしていたイタチにいさんより先に玄関に戻ると、見慣れた背中が見えた。思わず笑みが浮かぶ。

 

「スバルにいさんっ!」

 

 今日も夜遅くまで任務だと聞いてたのに。スバルにいさんは玄関で靴を脱ぎながらシスイさんと何かを話していた。その背中に突進する。すぐに腕が伸びてきて頭を優しく撫でられた。

 

「スバル兄さん……帰ってたんだ」

 

 後からやってきたイタチにいさんがどこか複雑そうな表情で口にする。

 

 ここ最近イタチにいさんはちょっと変だ。スバルにいさんに対してだけ気まずそうにしているような……そんな気がする。

 

 スバルにいさんは荷物を取りに寄っただけで、この後別の任務が控えているらしい。イタチにいさんもシスイさんと出かけてしまうし、また家で一人ぼっちだ。

 しょぼんと落ち込んでいると、ふわっと身体が浮いて視線が高くなる。

 

《すこし さんぽするか》

 

 スバルにいさんに肩車されていた。オレにも見えるように高い位置で指文字を見せてくれたにいさん。嬉しくて胸がいっぱいになった。

 

「…………うん!!」

 

 オレとスバルにいさんは訓練場の近くまではイタチにいさんたちと並んで歩き、二人で商店街に寄り道した。

 スバルにいさんは手に三色団子を持っている。いつの間に買ったんだろう。

 にいさんはこう見えて甘味に目がない。出先で甘味処を見かけると必ず入ろうとするし、同じくらい甘味が好きなイタチにいさんもその後に続く。

 スバルにいさんの手にはすでに三色団子はない。今度はみたらし団子に変わっていた。

 ……本当にいつ買ったんだろう。

 にいさんに買ってもらったうちは煎餅を食べながら、もっと修行したらにいさんが甘味を買う速度に追いつけるかな? なんて考えたりした。

 

 

 ***

 

 

 イタチにいさんが父さんやスバルにいさんとケンカをしたかもしれない。

 廊下ですれ違っても一言も言葉を交わさず、一緒に食事をとることも無くなってしまった。にいさんたちに向いていた父さんの関心が自分に向けられるようになってきたというのに……素直に喜べない。

 

「…………スバルにいさん」

 

 深夜。スバルにいさんの部屋の前で懇願するように名前を呼んだ。部屋からは確実に人の気配がするのに、反応は返ってこない。

 

「イタチにいさんと何があったの…………?」

 

 言葉にしたら、ぽろぽろと勝手に涙がこぼれてきた。イタチにいさんもスバルにいさんも――変わってしまった。まるで別人にでもなってしまったかのように。

 

「どうしてオレを避けるの……」

 

 シスイさんが死んでからだ。以前からにいさんたちはギクシャクしていたが、あの日に決定的な亀裂が入った気がする。

 

 障子が開いて、中からスバルにいさんが出てきた。涙で濡れた顔のままぎゅっと唇を噛みしめる。そんなオレを見下ろしているにいさんは、すぐに興味を失ったように顔を逸らした。

 

《ねるじかん だろう》

 

 こんな時間まで起きているオレを気遣っているようだが、まるで突き放そうとしているようにも見えた。

 ……冷たい目。

 以前より物腰は柔らかいのに、シスイさんが死んでからというもの、スバルにいさんの瞳が温かい色を滲ませたところを見たことがない。

 

「スバルにいさんは、オレとイタチにいさんのことが嫌いになったの?」

 

 服を握りしめる手に力が入りすぎて皺になった。にいさんは何も言ってくれない。呆れているんだろうか。

 

「………………」

 

 ずずっと鼻を啜る。《すきだよ》と言って笑ってくれたあの日のにいさんの姿が浮かんで、幻のように消えてしまった。

 

 

 ***

 

 

「スバルにいさん、今日は帰りが早いんだね」

 

 任務で忙殺されているにいさんがこの時間に帰ってくるのは珍しい。

 気配を察知して玄関にまで迎えにきたオレは、その顔をみて次の言葉を詰まらせてしまった。

 

《ただいま》

「…………おかえりなさい」

 

 先に声を掛けてくれたのは久しぶりだ。オレを見つめる瞳は優しげで温かい。

 

 スバルにいさんは腰を下ろして靴を脱ごうとしている。恐る恐るその背中に抱きついてみたら、拒絶されるどころか頭を撫でられる。涙が出そうになった。

 

「…………イタチにいさんと仲直りできたの?」

「………………」

 

 靴を脱ぎ終わったスバルにいさんが首を横に振る。その目はどこか寂しそうで、頭を撫でられた時とは別の意味で胸がぎゅっと締め付けられた。

 

 その日の夕食は久しぶりに穏やかな時間が流れていた。イタチにいさんがいないことだけが心残りだったけれど、今のスバルにいさんとなら仲直りできる気がする。スバルにいさんとたくさん話ができて、オレは満足だった。

 

 全部気のせいだったのかな。

 

 そう思えるくらい、スバルにいさんは以前のように優しくて温かい。

 

「あのね、イタチにいさんの秘密を教えてあげる。イタチにいさんには内緒だよ?」

 

 こそこそと耳打ちする。スバルにいさんは不思議そうに首を傾げていた。

 

「イタチにいさん……ずっとスバルにいさんのこと好きだって。ほとんど帰ってこなくても、時々素っ気なくても、これからもきっとずーっと大好きなんだって」

 

 それは何年も前のこと。「スバルにいさんってどんな人?」と聞いた日にイタチにいさんが教えてくれた“秘密”だった。

 

「だから早く仲直りしてね! イタチにいさんも待ってるはずなんだから」

 

 スバルにいさんの自室。にいさんの膝を陣取っていたオレにはその表情は見えない。ただ、オレを抱きしめる腕に力がこもっているのは分かった。

 

「約束だよ?」

 

 にいさんの腕がオレの正面に回ってきて、指文字を綴ろうとする。

 しかし言葉にならなかったのか何度か指が宙を彷徨って、力を失ってオレのお臍のあたりに落ちてきた。

 

「もう、にいさんたちってほんと頑固だよね」

「………………」

 

 スバルにいさんがオレの肩に顎を乗せる。にいさんの横髪が頬に触れてくすぐったかった。

 

《あしたは》

「明日?」

 

 やっと話す気になったのか、オレの目の前でにいさんの手のひらが揺れている。

 

《いたちにとって たいせつなひだ》

「明日って……誰かの誕生日でもないでしょ? どうして?」

《だきしめて やるといい》

 

 こちらからの疑問に答えないのはいつものこと。

 スバルにいさんは会話のキャッチボールがちょっと苦手だ。

 

《いたちも よろこぶ》

「……ほんと? じゃあ、先にスバルにいさんを抱きしめる!」

 

 くるりと振り返ってにいさんに飛びついた。不意打ちだったのに難なく受け止めたにいさんは、あの日ほどではなくても微かに笑みを浮かべてオレを見つめていた。

 




これどうしても本編に入らなくて落ち込んでたので供養できてよかった。読んでくれた人はありがとう!


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本編28.5

本編28話「女神と王の力」のおまけ。
あのまま墓参りに行っちゃったサスケとナルトと、彼らの後を追った主人公の話。短いです。読まなくても本編に影響はありません。


 あの後、サスケ達は言い合いに発展しながらも一緒に手裏剣術の修行をして、もちろん午後の授業にも参加し、今日のアカデミーを終えていた。

 俺が通っていた頃は実技中心だったが、最近は座学の授業も半分近く占めているようで興味深い。

 授業中は教師が目を光らせてくれていることもあって、俺はアカデミーの外に移動して盗聴のみに専念した。

 今日だけでも一生かけても償いきれないほどの罪を犯してしまった気がする。

 

「じゃあ、後で」

「ああ」

 

 アカデミーの前で、何やら意味深な別れの言葉を交わすナルトとサスケ。これからまた二人で修行でもするんだろうか。

 

 アカデミーの前で立ったままのサスケを置いて、ナルトは自分の家とはまったくの逆方向に歩いて行ってしまった。

 不思議に思っていると、数分後にサスケも歩き始めた。気づかれないようにサスケの後を追うと、やがて前方にナルトの後ろ姿が見えてくる。エッ!

 

「…………………」

 

 どういうことだってばよ。

 

 前を歩くナルトときっちり距離を空けながら、しかし確実にストーカーしているサスケ。

 これがたとえば大蛇丸であれば()()()()()()かもしれないと思っていただろうが、ここにいるのはサスケだ。まさかそんな目的でナルトを追いかけているはずがない。これにはきっと何か深い訳があるに決まってる……。信じないぞ俺は!

 

 恐々とサスケを追いかけていた俺は、自分がやけに覚えのある道を進んでいることに気づいた。

 アカデミーを出てすぐ右に曲がり、たくさんの人で賑わう木ノ葉の大通りを抜けた先。

 

 ――――うちは一族の集落だ。

 

 前を歩くナルトが辺りを警戒しながら、集落の中に入っていく。サスケも少し遅れて合流し、集落の中で落ち合った二人は今度は肩を並べてさらに奥へと進んでいった。

 

「…………………」

 

 うちは一族の演習場には度々足を運んでいたが、こうやって集落の様子をしっかりと見るのはあの夜以来だ。

 人気のない集落は閑散としていて、商店街にまで来ると昔の記憶との差異が大きくなっていく。

 商店街の一番端にあった豆腐屋の婆さんや、俺が幼い頃から柔和な態度を崩さなかったうちは煎餅のおばさん、無愛想ながらによくサスケに煎餅をおまけしてくれていたおじさん。

 

 ここには誰もいない。みんな死んでしまったから。

 

 並んで歩いていたナルトとサスケは集落の奥……南賀ノ神社にたどり着いていた。

 俺にとっては嫌な思い出しかないその場所も昔とは景色が変わっていて、神社の真横にはいくつもの墓石が並んでいる。

 神社手前の木々に身を隠して、サスケ達の様子を窺う。この距離では盗聴は必要なさそうだ。

 

 

「スバル兄さん」

 

 うちはスバルと刻まれた墓石に手を添えて、サスケがぽつりと呟いた。ナルトは鳥居の辺りにいて、サスケには背を向けている。サスケを一人にする為の配慮だろう。

 

 俺の位置からは横顔しか見えないのに、サスケが俯いてしまったせいでそれすらも見えなくなった。

 

「あの夜………もしもオレが手裏剣術の修行で帰るのが遅くならなければ………兄さんは、死なずに済んだかもしれない」

 

 サスケがぎゅうっと拳を握る。

 

「一年だ。スバル兄さんとの記憶はどんどん薄れていく」

 

 ………これは俺が聞いていい内容じゃない。

 

 サスケが"兄さん"と呼ぶたびに例の頭痛が酷くなった。

 あまりの激痛に影分身を置いてここを離れることすら考えた俺に、止まることのないサスケの言葉が届く。

 

「一族の無念はオレが必ず晴らす」

 

 サスケはもう俯いていなかった。

 

「――――だから、オレを見ていてくれ。スバル兄さん」

 

 サスケの目に宿るのは、憎しみ。

 本当は誰よりもサスケを愛し、木ノ葉のために全ての罪を背負って生きることを決めた忍……うちはイタチへの復讐。

 

 

「終わった?」

 

 立ち上がったサスケの隣に、いつの間にかナルトが並んでいた。昔と変わらない真っ直ぐな笑みを浮かべて、俺の名が刻まれた墓石を見つめている。

 

「兄ちゃん、サスケはなんか難しいこと言ったかもしんねーけど、」

 

 ナルトはニシシと笑った。

 

「ぜーんぶ忘れていいってばよ」

「何勝手に決めてんだ、このバカが!」

「ふぐぁ!?」

 

 わりと本気で殴られたナルトの頬がフグみたいになっている。………この二人、見た目より仲良くはないんだろうか?

 

 涙目になりながら自分の頬をさするナルト。ちょっとどころか滅茶苦茶痛そうだ。

 

「兄ちゃん……サスケの暴力をどうにかしてくれってばよ………」

 

 切実な響きだった。サスケはふんっと鼻を鳴らして、墓石に背を向ける。

 

「演習場に行くぞ」

「おう!」

 

 さっさと演習場に向かおうとするサスケをナルトが追いかけようとして、最後に一度だけ墓石を振り返った。

 さっきまでの眩しい笑みは消えて、痛みに耐えるような表情。

 

「…………………」

 

 その唇が僅かに動いたが、音にはならない。

 読唇が苦手な俺にはナルトが何を呟いたのか分からなかった。

 

 

 



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ROAD TO NINJAネタ

数週間ほど前に映画「ROAD TO NINJA」を初見で見てる時に書いてたやつです。

・ナルト視点で、公園でマダラ(オビト)と交戦した後から始まる
・キャラの性格や境遇が逆転してる設定上、主人公も色々変わってます
・映画見ながら箇条書きしたので、映画見たことのある人にしか流れが分からない
・短い上、大変中途半端なところで力尽きてます。続きは絶望的なので不屈の精神がある人はどうぞ



 公園に現れたうちはマダラによって飛ばされたのは、現実とは真逆の世界だった。

 みんなどこか違った性格になっているこの世界で、なぜかサスケだけは変わらないことに首を傾げつつ、誘われるままに風呂屋に来ていた。

「す、スバル兄ちゃん……!?」

 思わず、サスケが連れてきた子どもを指さす。まだアカデミーに入学すらしてなさそうな幼い子どもだった。

 あのサスケが仲良さげに子どもと手を繋いでる時点で明日隕石が降ってきそうだと思ったが、子どもの顔が()()スバル兄ちゃんと瓜二つなのはもっと問題だった。

 この世界のみんなは性格や立場が逆転していることが多い。

 まさか、スバル兄ちゃんが生きてることになってて、しかもサスケの兄ちゃんじゃなくて弟になってるってことなのか……?

「何言ってんだ、メンマ」

 サスケが呆れたようにため息をつくと、スバル兄ちゃん(仮)がこてんと首を傾ける。

「セツは兄さんの子だ。忘れたわけじゃないだろ」

「は………こ、こども!?」

 気が動転したまま子どもをまじまじと見下ろす。そんなオレの様子が怖かったのか、セツの瞳がうるっと揺らいだ。

「サスケおじちゃん……メンマおじちゃんどうしちゃったの?」

「お前は気にしなくていい。その辺に生えてる木とでも思ってろ」

「分かった!」

 あまりにも酷い言われ様に反論しようとしたオレの肩をぽんっと誰かが叩いた。

「悪い、遅くなった」

 知らない声。そのはずなのに振り向かずともそこにいるのが誰か分かってしまったのは、どうしてだろう。

「会うのは久しぶりだな。メンマ」

「スバル兄ちゃん………?」

 振り向いた先に、記憶にあるよりも随分と大人びたスバル兄ちゃんが立っていた。……当然だ。オレの中のスバル兄ちゃんは、うちは一族虐殺事件があった時で止まっている。あれから成長することなく、ずっとオレの記憶に存在し続けていたから。

「どうした?」

 ぎゅっと顔全体に力が入る。

 スバル兄ちゃんが生きてる。聞いたことのない声で話をして、この世界でのオレの名前を呼んでいる。

「スバル兄ちゃん……!!」

 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった状態でスバル兄ちゃんに抱きついた。

「おい、メンマ! 兄さんに何しやがる!!」

「サスケ。俺は大丈夫だから……」

「兄さんがそんな態度だから、こいつが調子に乗るんだろ!」

「ご、ごめん………」

 こっちの兄ちゃんはサスケに頭が上がらないらしい。

 抱きついたままぐりぐりと頭を押し付ける。ぽんぽんと優しく頭を撫でられた。その手つきだけは昔とまったく変わらなくて、さらに涙が止まらなくなる。

「おいおい、風呂屋の入り口でなーにやってんだ? 早く入ろうぜ!」

「シカマル、空気くらい読もうよ。感動の再会してるんだから」

「はぁ? そんな長い間会ってなかったわけでもあるまいし」

 こっちの世界のシカマルは顔つきまでバカっぽい……。

 後からやってきたシカマル達に背中を押されて風呂屋に入る。脱衣所で服を脱ぐ。

「スバル兄ちゃん、ここにあった刺青みたいなのはどうしたんだってばよ?」

「刺青?」

 スバル兄ちゃんがきょとんとしている。この世界の兄ちゃんは表情すら豊かで感情が分かりやすい。それでも他の人よりは無表情に近い気はする。

「ほら、脇腹にあった妙なデザインの」

 スバル兄ちゃんと一緒に風呂に入った時に、それは何だと尋ねたことがあった。兄ちゃんは少し寂しげな顔をして《わるいことを できなくする ためのもの》と教えてくれた。それが、今の兄ちゃんには無い。

「俺は刺青なんて入れてないよ」

 自分の服を脱ぎ終わった兄ちゃんが、セツと呼ばれていた子どもの服を脱がせている。

「今日のメンマはいつもと違うな。任務で疲れたか?」

「…………」

 スバル兄ちゃんに"ナルト"と呼んでもらえないのは思ったより心にくる。仮初の世界でも兄ちゃんに会えて嬉しいはずなのに。

「パパ! ママは一緒にお風呂入らないの?」

「………家ならいいけど、風呂屋ではママと一緒にいられないんだ」

「どうして?」

「パパが殺されちゃうからだよ」

 殺されると言ったスバル兄ちゃんは真顔だった。

 そういえば、この世界でのスバル兄ちゃんは結婚して子どもがいて……セツの母親は誰なんだろう?

「スバル兄ちゃんの奥さんって―――」

「誰が一番最初に身体を洗い終わるか勝負しようぜ!」

「シカマル! 走ったら危ないよ!」

 空気を読めないシカマルにオレの言葉は遮られてしまった。謎の奇声を上げながら素っ裸で走り去っていったシカマルをチョウジが追いかけていく。

 

 

 




この後は映画に夢中になっちゃったので書けなかった。あまりにも中途半端。
この世界線のスバル、サスケは里抜けしてないしイタチも暁の仕事上一緒に過ごす時間は少なそうだけど健在だし、闇堕ちする機会なんてなさそう。声は出せるしコミュ力も少しある。普通に好きな人と結婚して、子どもまでいる。サスケは甥っ子を可愛がってそうだし、イタチもきっと暁の仕事が入ってない日には必ず里に帰ってきて不器用ながら甥っ子と一緒に遊んでくれるはず。
この世界のスバルは暗部に入らず、警務部隊に所属してるといいな。ダンゾウもダンゾウじゃないからうちはも滅んでない気がする。ダンゾウの性格が逆転したら何になるんだ…?あれ……三代目みたいなダンゾウになる…?

この話はお蔵入りするつもりでTwitterに供養してたんですが、私の一生続き書かない気がするは自分でも信用ならんので未来の自分に期待を込めてテスト投稿。一生続き書きません(そのうち増えてるかもしれません)
書きたい話や途中で力尽きてるネタだけはアホほどあるんだ……。
スバルがうちは一族として木ノ葉と戦う(クーデター成立)ifとかイタチやシスイと協力してクーデター阻止してたパターンとか、綱手のおかげで声を出せるようになる話とか、うちは一族虐殺後もサスケと共に生き残ったことになってる話とか(エンドレス)


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本編31.5

本編31話「変わらない人」のだんごやのお姉さん視点
本編更新してから急に書きたくなったので急いで書いた


 子どもも大きくなってきたし、そろそろ働きに出ようかと考えていたところに偶然見かけたのが"だんごや"の求人。

 

 フルタイムでは働けない私にとって、シフト制かつ母子家庭への理解がある店主の元で働けるのは夢のようだった。

 それにここの三色団子は木ノ葉のどのお店よりも美味しいし、まかないとして出てくる甘味はどれも幸せの味がする。元々甘いものが好きな私にとって、ここはまさに天職だった。

 

「ああ、チサちゃん。いつものお客さんが来たよ」

「はーい!」

 

 暖簾をくぐって店に入ってきたのは、少し大きめのジャージを着た、フードを深く被っているせいで性別すらも分かりにくい人。

 数年ほど前から時々ふらりと現れては、一度も声を発さずに帰っていくからこの店ではちょっとした有名人になっている。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 その人は左手でフードの先を掴みながら、右手でメニュー表を指差す。骨張った手は男性特有のものだ。近くで見れば喉仏もしっかりと確認できる。

 

「今日はそれだけでいいの?」

 

 三色団子だけを差していた指が、控えめにつつつ…と横にずれる。おしるこだ。

 

「おしるこも追加ね。いつもの席が空いてるから、良かったらそこに座って」

 

 こくこくと何度も上下する頭が、なんだか可愛らしい。一度も話してるところを見たことがなく、全てを身振り手振りでやっているのが妙に和んでしまう。

 

 丁度私がここで働き始めた頃から常連になっているこのお客さんのことが、結構好きだった。

 

 フードで顔は見えないけれど、食べる前には必ず手を合わせてくれるし、何度か「美味しかったですか?」と聞くとすごい勢いで首を縦に振ってくれたことがある。

 今ではすっかり敬語もとれて、お客さん相手に馴れ馴れしい態度かもしれないが、彼は気にした素振りを見せない。

 いくら親しみやすい雰囲気だからと言って、全てのお客さんにこんな態度をとってるわけじゃない。なんだか、彼の纏う雰囲気が妙に年下っぽいというか、つい世話を焼きたくなってしまう。まだまだ手のかかる小さな子どもと一緒に暮らしているせいだろうか。

 

 他のお客さんの注文を聞いて回っていると、チリンチリンと鈴のような音が鳴った。カウンターに戻ると、出来たての三色団子とおしるこ、それから淹れたてのお茶が一つのお盆に乗っている。

 それを例の彼がいるテーブルに持っていくと、彼はまたこくこくと頷いた。多分、ありがとうと言ってくれているんだろう。

 

「ゆっくりしていきなね」

 

 彼は早速お茶を飲もうとして、熱かったのかびくりと震えていた。それから、何度も息を吹きかけて、恐る恐るもう一度口をつける。ああ、良かった。今度は大丈夫だったようだ。どこか嬉しそうにお茶を飲んでいる姿に、私や表に顔を出していた店主までもほっこりする。

 

「あのお客さん、毎回癒されるねえ」

「なんか可愛いですよね」

「うちにも昔あんな感じのお客さんがいたんだけど、いつからかぱたりと来なくなっちゃったから嬉しいよ」

 

 店主がひとしきり癒しオーラを補充してから裏に戻っていく。私もよしっと気合を入れ直して、カウンターやお客さんが立った後のテーブルの拭き掃除に専念した。

 

 すぐに次のお客さんが入ってきて、私は顔を上げてにっこりと笑う。

 

「いらっしゃいませ」

 

 私がここで働き始めてから、数回ほど見かけたことがある二人組だった。

 

「ここはいつ来ても変わってないな」

「なんだかホッとしますよ」

 

 彼らは例のお客さんの隣に座ると三色団子を二つ注文した。

 

「この店に来るといつも三色団子を注文してしまう」

 

 途切れ途切れに聞こえてくる二人組の会話に、私はこっそりと笑みを浮かべる。自慢の三色団子を食べてもらえるのは嬉しい。

 私は先ほど下げたばかりのお盆を手に、裏に戻った。

 

 私が裏に戻っている間は、もう一人のパートさんが表に出ている。

 道具の手入れやお茶の用意などをしてもう一度表に戻ると、いつも小さく穏やかな話し声が聞こえてくる店内はしん……と静まり返っていた。

 

 例のお客さんが立ち上がっていた。私の代わりに接客中だったパートさんが驚いたように「今日のは不味かったかい……?」と尋ねている。

 例のお客さんはハッと顔を上げて、私たちの顔を交互に見た。深く被っているフードの隙間から唯一見える口元にぎゅっと力が入っている。ほんとうに、どうしたんだろうか。心配になって声をかけようとする前に、彼は勢いよくおしるこの入ったお椀を掴んだ。

 

「え?」

 

 私以外にもこの状況を見守っていたお客さんの何人かが同じような反応をする。

 彼は咀嚼もせずに残っていたおしるこを全部飲み干すと、そっと手を合わせた。"ごちそうさま"だ。

 

 彼は私たちに向かって頭を下げると、そのまま出て行こうとする。そんな彼を引き止める声がしたが、聞こえなかったのか、その後ろ姿は暖簾の向こう側に消えていってしまった。

 

「……カカシ先輩、どうします?」

「追いかけるか」

 

 声をかけた人物……二人組が立ち上がって、何故かは分からないが例の彼を追いかけようとしていた。この二人と何かがあって、彼はここから逃げるように出て行ったんだろうか?

 

「あの、お客さん」

 

 二人組がこちらを振り返る。すでに席から立ち上がっていた彼らに、手に持っていたお盆を見せた。

 

「もう三色団子がご用意できていますよ。熱々のお茶も」

「すまないが、また後で……」

「………いや、いただくよ。テンゾウ、食べていこう」

「いいんですか?」

 

 ほっと胸を撫で下ろす。再び席についてくれた二人の前にお茶と三色団子を並べる。

 

「ありがとう」

「ごゆっくりしていってください」

 

 にこりと笑みを浮かべる。

 

「スバルがいるはずがない。ここで静かに甘味を楽しんでいた人の邪魔をしてしまったな」

「…………そうですね」

 

 二人の会話にこっそりため息をついて、私は風を受けてゆらゆらと揺れている暖簾を見つめた。

 

 もしかしたらあの人はもうここには来ないかもしれない。

 

 また暖簾の向こう側からやってきた別のお客さんに、私はいつもの笑みを向けた。

 

「いらっしゃいませ!」

 

 

 




うーんこのスバル相手の恋愛小説感


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星に願いを 上

スバル爆誕〜クーデター(地獄)までのざっくりとしたフガク視点の「上」
「下」で終わるつもりだけど地獄の描写が長くなれば次は「中」の可能性がある

使ってる執筆アプリの保存履歴確認したら去年(2022)の4月にはこの話の前半を書き上げてたみたいです



 皺くちゃな小さな命が産声も上げなかった時、その命の灯火が消えかかっているのではないかと柄になく取り乱したことをよく覚えている。

 

 産声どころかその後一度も声を出さないことを訝った医師と看護師によって別室に連れられてしまったあの子は、妻が家に戻ってきてからもなかなか退院できなかった。

 

 ――最初は、ただ無事に生まれてくれればそれでよかった。

 

 退院したばかりでまだ体調が戻らない妻を家に置いて、何度病院に足を運んだことだろう。

 

「低体重児でもありますので、もう暫くは病院で様子を見てみましょう」

 

 出産にも立ち会ってくれた医師の言葉。疑ってはいない。それでもやるせない。

 父親と母親になったというのに、オレたちは一度も息子をこの腕に抱けていなかったのだから。

 

 病院からの帰り道、夜空は美しい光に満ちていて、祈るような気持ちでそれを見上げる。

 

 スバルという名前は生まれたその日につけた。

 

 六連星(むつらぼし)――スバル。

 

 星に声などないだろうが、いつかあの子があの星たちのような瞬きを見せてくれないだろうかという願いを込めて。

 

 

 

「非常に稀なことだと思います」

 

 何度目かの検査を経て、スバルが声を出すことのできない体質なのだと知らされた時は目の前が真っ暗になった。

 

「どこにも異常は見当たりませんでしたので、いずれ他のお子さんのように声を出せる可能性も……」

 

 うちは一族にとって大切な跡取り。

 これから変貌を遂げていくであろう一族を導いていく存在――そうなるはずだった。

 

 しかし、言葉も話せないのではそれも難しい。これでは、一体何のために……?

 

 オレは愚かだった。せっかく腕に抱けた小さな命が無垢な瞳でこちらを見つめていることにも気づかず、己にのしかかる一族という“重荷”のことしか頭になかったのだから。

 

 

 

「おとうさん」

 

 そんな声が聞こえた気がして振り返るとスバルがいた。

 まさかなと思ってじっと見下ろしていると、一人息子は無表情のままことりと首を傾けた。

 やはり気のせいか。いつまでも望みを捨てきれない自分に嫌気がさす。

 

「お前は誰よりも努力しなければならない」

 

 二歳になったばかりの息子は、どこか不思議そうな表情でオレの言葉を待っている。

 スバルは一歳の頃から文字を理解するような努力家だと知っていたのに。

 

「努力をしようとも才能がなければ開花することはない。だが、お前はうちは一族のスバルだ。オレたちの息子だ。一族の期待を裏切るようなことはするな」

 

 この時のオレは息子の些細な表情の変化には気づけなかったが、後になって当時の記憶を本のページを捲るように思い返してみれば……。

 

 こくりと静かに頷いたスバルの瞳には、薄らと寂しさが滲んでいた。

 

 

 

 元々感情の起伏がほとんどなかったスバルがこの頃から完全に心を閉ざすようになった。

 

 それにいち早く気づいたのが母であるミコトで、彼女は「まだ幼いスバルには修行が厳しすぎるのではないか」「もっと親子としての時間を作りたい」と言ったが、オレは首を縦には振らなかった。

 

 スバルは文字の読み書きこそ早いうちから出来ていたものの、忍としての才は未知数。飲み込みは悪くない。

 しかし、そろそろ忍術や幻術など生きていくために必要なことを教えていかなければならなかった。

 木ノ葉はまだまだ不安定だ。スバルがいつ戦争に駆り出されるかも分からない。他でもないこの子のためになることだと妻だけでなく自分にも言い聞かせる。

 

 オレの願いは今度こそ聞き届けられたのか、スバルは低体重で生まれてきたとは思えないくらいすくすくと順調に成長していった。

 

 

 

「スバルが笑ったの。あんな年相応な表情は初めて……それほど弟ができて嬉しかったのね」

 

 イタチが生まれて後継の重圧から解放されたせいだろう。妻の穏やかな笑みを見るのも久しぶりだった。

 

「スバルが?」

 

 オレはこれまでスバルの笑った顔どころか、嬉しそうにしているところすら見たことがない。

 

「最初はイタチを“なんだこれは”って目で警戒してたのよ。でも抱き上げてからはすごく優しい目をしてた。手まで握って、それはもう幸せそうだったんだから」

 

 あなたにも見せたかったとミコトが目尻に浮かんだ涙を拭いながら言う。

 

「そうか……」

 

 口にはしなかったが――見てみたかった。

 

 息子の笑った顔を想像すらできないなんて妙な話だろう。

 

 その日の夜。ミコトに見守られている雰囲気を察知しつつ、こっそりと子供部屋に顔を出した。

 子供たちはもう眠っている時間。いつもは自分の部屋にいるはずのスバルが、今日はイタチの世話をしている間に一緒に寝てしまったらしい。

 

 子供部屋の中央に置かれたベビーベッドの真横には敷布団がいくつも積み重ねられていた。

 

 まだ身長が足りないスバルがベビーベッドを覗き込むために用意したものだろう。

 今となっては重ねた布団の上で横になり、目を閉じてすうすうと寝息を立てている。

 

 イタチの乳児特有のむっちりとした体はベッドの柵のギリギリに食い込んでいた。

 そのもみじ饅頭のような小さな手でスバルの指を握りしめて満足そうな表情で眠っている。

 

「まるでボンレスハムね」

 

 ぽつりと呟いたミコトの言葉に思わず吹き出しそうになってしまった。

 

 オレは音を立てないように押し入れから毛布を取り出してスバルに掛ける。こうやってゆっくり息子たちの寝顔を見つめるのも久しぶりだった。

 

 

 

 警務部隊の仕事を終えて帰宅する。台所にも居間にも誰もいない。

 怪訝に思って子供部屋に足を運ぶと、四つの瞳があっという間にオレの姿を捉えた。

 

「ここにいたのか」

「…………」

「ごめんなさい。もうそんな時間だったのね」

「構わない」

 

 洗濯物を畳んでいる妻と、隣に座っているスバル。そんなスバルに抱っこされながら眠っているイタチ。

 

「……なんだこれは?」

 

 足元に転がっていたものを拾い上げる。クマの人形だ。他にもいくつか、子供用の玩具と思われるものが落ちている。

 

「スバルがイタチにどうかって。さっき買い物に行った時に買ったの」

「忍にこういったものは」

「スバルが何かを欲しがるなんて初めてでしょう。まさか反対なんてしないわよね?」

「…………」

 

 にっこり。そんなわざとらしい音が聞こえてきそうなくらい完璧な笑みだった。

 結婚する前後のミコトはもっとお淑やかで控えめな性格だった気がするが、子供が生まれてから変わった。強くなった……と言ってもいいかもしれない。

 

 ため息をつく。これでは何を言ったって無駄だろう。

 

「好きにしろ」

「ふふ。そうさせてもらいます」

 

 くいくいっとズボンの裾を引っ張られる。そこにはイタチをミコトに預けたスバルが立っていた。

 

「……どうした、スバル」

 

 このまま見上げているのはしんどいだろう。そう思って畳に膝をつく。そんなオレを見たミコトが嬉しそうに微笑んでいる。

 

 とんとん。スバルが自分の左手を右手の人差し指で叩く。そこを見ろということだろうか。

 

 スバルはオレの視線の先を確認してから、左の手のひらに人差し指で何かを書くような動作をした。

 

《あ》

 

 少し歪な文字が目に見えるようだった。

 

《りがとう》

 

 そう言って、スバルは少しだけ……本当に少しだけ穏やかな表情になる。

 

「…………」

 

 こんな顔もできたのか……。

 

 じわりじわりと胸の奥底から小さな熱が湧き上がってくる。

 伸ばした手のひらは、ほぼ無意識にスバルの頭を撫でていた。

 

「!?」

「…………」

 

 しかし、びくりと身体を震わせたスバル本人によって弾かれ、オレの手は宙を彷徨った。

 

「あなた……泣いてるの?」

「泣いてない」

 

 なぜなんだ、スバル。

 

 

 

 スバルは実はふざけているのではと疑ってしまうくらいには、忍術と幻術の才能がなかった。

 相変わらずの無表情でシャボン玉レベルの豪火球の術を披露したり、分身の術のはずが顔と腕だけを分身させて阿修羅像と化していたり。

 

 むしろどうやったらそうなるんだ。

 

 やはりふざけてるのではないかと思い、再度一ミリも動かないその表情を見ては「いや、まさかな……」を繰り返す日々。

 スバルの修行を本格的に開始してから情緒が不安定になっている気がする。

 

 しかし、スバルはとにかく努力家だった。

 体術に関してはどこに出しても恥ずかしくないレベルまで磨かれており、苦手な忍術も最終的にはアカデミー卒業レベルまで習得した。

 練習量を考えると割に合わないとは思うが、寝る間も惜しんで励んでいた姿を知っているからには文句をつけられるはずもない。

 

 だからだろうか。本来は後を継ぐ人間に託すべき忍術――うちは流多重影分身の術をスバルに習得させてみようと思ったのは。

 

 この術を考案した人物はうちはマダラの弟子で唯一の理解者でもあったと言われている。

 

 その者の名は、うちはトクチ。

 

 彼に対する記述は少ない。うちはマダラですらあまりに強力な瞳術を持っていたせいか、一部が御伽話のように語られているくらいだ。

 ただ、トクチは特別優れた忍ではなかったという。

 うちは一族の“変わり者”で、戦に出たり忍術を極めるよりも、忍という存在そのものに強い興味を抱いていたそうだ。

 

 彼はマダラに里を抜けようと誘われると「まだ千手扉間の術を盗んでないから」と断って里に留まったものの、禁術「うちは流多重影分身の術」を完成させた直後に里を抜けた。

 その後のトクチの動向は不明である。マダラと合流したのかしなかったのか、それさえも。

 彼は研究に没頭するあまり身を守る術を持たず、どこかで野垂れ死んだのだろうという説が有力だった。

 

 うちはトクチとスバルに共通点があるわけではない。

 ただ、トクチが最後に残した術を次の世代に託そうと考えた時――何故か真っ先にスバルの顔が浮かんだ。

 それが不利な一面を持って生まれてしまった息子への精一杯の親心だったのか、うちは一族の長として、ひたむきに修行に励む幼い子どもの姿に心を打たれたのかは分からない。

 少なくとも期待とは別のものだろう。これは後に残された一族の誰にも扱えなかった禁術だ。仮にスバルが優秀な忍だったとしても成功しない可能性の方が高い。

 

 スバルは一つの課題を与えると睡眠時間すらも削って血眼で(無表情だが)成功させようとするところがある。

 だから高すぎる目標を与えればいい気分転換にもなるだろうと思った。

 

「なんだこれは……?」

 

 アカデミーに通い始めたスバルの修行を久しぶりに見ていた時のことだった。

 

 もくもくと立ちのぼる煙が風で流れて消えていくと、目の前には粘り気のある液体のようなものがぽつんと存在している。

 それらは、ふにふにと上下左右に伸びたり縮んだりしたかと思えば、ぽんっと音を立てて分裂していく。

 

 スバルは無表情の中に僅かな困惑を滲ませて、足元で蠢いている謎の物体を見下ろしていた。本人にもこれが何なのか分からないらしい。

 

 うちは流多重影分身の術から人型を保ってすらいない生き物が誕生するなんて、聞いたことがない。

 

 スバルはいつものように失敗したと思い込んで肩を落としていたが、オレはどうにも腑に落ちなかった。

 

 その日の夜。スバルと三歳になったばかりのイタチが揃った席で、ミコトを除く家族全員が戦争で前線に配置されることを伝えた。

 前線とはいっても途中から補充される部隊だからまだマシな方だろう。

 イタチの反応は予想通りだったが、スバルがあれほど怒りを露わにするとは思わなかった。

 まだ本格的に忍としての訓練を積んでいないイタチが戦争に駆り出されることに不満を抱いているらしい。

 隣で平然と食事を進めているミコトとは違って、オレは困惑を隠しきれずにいた。

 

《むだじに させるつもり なのか?》

 

 すっかり板についた指文字を綴るスバル。

 

 ――無駄死に。

 

 スバルの口から出てきたとは思えないほど直情的で子供らしく、忍としては未熟な言葉だった。

 

「忍として名誉ある死を無駄とするかは、お前の決めることではない」

 

 スバルはまだ納得がいかない様子だったが、オレとミコトの言葉にこくりと頷いてくれた。

 その顔にはありありと「不満はあるけど我慢する」と書かれている。

 そんなスバルはイタチのおねだりを受けて慣れた手つきで肩車すると、おやすみも言わずに自分たちの寝室へと消えてしまった。

 

 

 

 戦争が終結してようやく肩の荷が一つ降りたかと思えば、スバルが暗部の根に所属することとなった。

 あれほどイタチの側を離れたがらなかったスバルが自ら暗部入りを宣言するとは。

 まだ七歳だというのに、もう親離れ弟離れする時期が来てしまったのだろうか。

 

 

 自室。スバルの暗部入りが決まってからというもの、部屋に篭って一族の過去の記録を調べたり、同志たちと会合を開く機会が増えていた。

 

 うちはマダラが危惧したように、いずれうちは一族の居場所はなくなってしまうだろう。

 どうしたものか……。オレたちの世代はまだいい。三代目、そして四代目が表に立っている限り、今すぐうちは一族が機能しなくなるようなことにはならないはずだ。

 だが、スバルや彼らの子供世代はどうなる? 常に火影の座を狙っているという悪評のあるダンゾウや、彼の息のかかった後継者が火影になったら?

 

「そもそも、木ノ葉の歴史の中で千手一族に連なる者や、その意志を継ぐ者だけが火影に選ばれているのが問題ではないのか?」

 

 定例の会合において、ヤシロ達の主張はこうだ。うちは一族こそが次の火影に相応しいと。彼らの思想に完全に共感、同意したわけではないが、同じだけの危機感は持っているつもりだった。

 

「なんとかしなければ……」

 

 家族と一族。全てを守るためにはどうすればいいのだろう。もうヤシロ達の示す道しか残っていないのか?

 

 ……いいや、まだあるはずだ。うちは一族と今の里が共存できる道が。必ず、どこかに。

 

 

 そんな淡い期待は、里に降り注いだ“厄災”と共に、いとも簡単に振り払われることとなった。

 

「フガク殿!! 集落に火の手が……!」

「ご子息がまだ集落に残っているのでは!?」

 

 警務部隊が守るべき里は突如姿を現した九尾によって蹂躙され、里中の建物が崩れ、激しい炎に包まれた。

 

 それはうちは一族の集落も例外ではない。

 

 九尾襲撃を知らされた時、オレたちはすぐさま自分達のすべきことをしようとした。

 警務部隊とは、里内で起きるあらゆる事故や事件から里そのものやそこに住む人々を守るために命をかける組織である。

 ここにいる全員が己の役割を理解していた。

 

「写輪眼を開眼している者はオレと共に九尾の元へ! そうでないものは、自力で避難することが困難な者の手助けを!」

「はい!」

 

 集落に残してきたイタチやサスケ、今日は定期検診で木ノ葉病院にいるはずの妻のことが一瞬頭をよぎる。よぎるだけだ。オレは夫であり、父であり、その前にうちは一族の代表者だ。警務部隊のトップという肩書きすら持っている。

 任務中に私情を挟むことは許されるはずがなかった。

 

「我々に九尾を止められるでしょうか……」

「やってみないことには分からないだろう」

 

 うちはマダラが一族特有の瞳力をもって九尾を手懐けた……いや支配したというのは、ただの御伽話である。一族の誰もが知っている。あれは()()()()()()()と。

 どれだけの記録を探そうとも、うちはマダラ以外にそんなことができた人物は存在しない。

 

 隣に立っていた一族の若者の手が震えている。死にに行くようなものだと理解しているのだろう。

 

 写輪眼持ちが集まり、ついに九尾の元へという時。先に木ノ葉上層部へと使いにやっていた男が戻ってきた。男の顔色は悪く、真っ青だった。

 

「フガク様……我々は、討伐には参加するな、と」

「なんだと?」

「住民の避難を優先するようにと指示を受けました……」

 

 この場にいた全員がざわついた。

 

「まさか…………」

 

 信じられない、といった様子で誰かが叫んだ。

 

「我々が九尾を招き入れた……もしくは、九尾と接触すれば里へさらなる被害を招くと、上層部は判断したのか……!?」

 

 そうとしか考えられなかった。九尾が里に現れるという未曾有の事態に、里内で一二を争う戦力を誇るうちは一族を討伐に参加させないなんて。

 

 うちは一族の並外れた力への偏見は昔からあった。

 

 同じように木ノ葉最強を謳う日向一族と違うところは、過去があるかないか。……うちはマダラという前例の有無である。

 

「…………このまま住民の避難を優先する。怪我人には率先して手を貸してやれ」

「しかし……!!」

「木ノ葉上層部にも何か考えがあるのだろう」

 

 今は宥めるような言葉しかかけられない。

 渋々ながらこの場を離れていく部下達を見送り、ふと空を見上げる。

 

「……あれは、四代目か?」

 

 遠くの方で、黄色い光が弾けたように見えた。

 

 

 

 四代目が亡くなった。その命と引き換えに、木ノ葉隠れの里を守り抜いて。

 四代目の後釜には三忍を推す声もあったそうだが、結局は三代目が穴を埋めることになった。

 

「どういうことなんですか……?」

「なぜ三代目は志村ダンゾウの提案を受け入れているんだ」

「やはり三代目も我々の存在を疎ましく思っているのでは?」

 

 九尾襲撃事件後、うちは一族の集落は警務部隊ごと里の隅へと追いやられた。

 各一族の代表者のみが集められた会議にて、ダンゾウの提案にはすぐさま抗議したものの、オレの意見が通ることはない。

 それを知った一族の反応は想像していた通りのもので、誰も彼もが怒り、戸惑い、最後には「これから自分たちはどうなっていくのだろう」と不安を吐露していた。

 

 

 

 これまで一度も便りを寄越さなかった長男が帰ってきた。

 ずっとスバルの身を案じていたミコトは目に涙を溜め、何度も「お帰りなさい」と口にしてスバルを抱きしめている。

 

「……よく戻った」

 

 ミコトに抱きしめられたまま、スバルが顔を上げてこちらを見た。その目は相変わらず色を映さないが、少し驚いているようにも見える。

 ……いつの間にか、こんなに大きくなっていた。

 身長は伸び、顔つきも大人のそれに近づいただろうか。生まれた時はあんなにも小さく、頼りない手のひらだったというのに。

 ぎこちなくミコトの背中に回されたスバルの手は大きく、まるで知らない誰かのようにも感じられた。

 

 

 

 スバルが戻ってきたことによって、またしても上層部による一族への仕打ちが浮き彫りになり、その後の会合は荒れに荒れていた。

 

「守秘義務は理解できます。暗部となれば表に出してはならない事柄の一つや二つはあることでしょう」

「ただやり方が気に入らない。聞けば、通常は呪印は痛みが伴うものではないとか」

 

 スバルがダンゾウに付けられた呪印はどうやら特殊らしかった。

 先日の会合において、根に関する情報を紙に書き出そうとしたスバルの、苦痛に歪む表情を思い出す。何度も、何度も。あれからずっとだ。

 これまで何があろうと、ほとんど表情を動かすことのなかった子が。それほどの痛みを与えられたということだろう。

 

「ご子息はあれから?」

「…………呪印については詳しく話せないそうだ。翌日には体調も元に戻って問題なく過ごしている」

 

 スバルの呪印のことを知ったミコトは、自分を責めていた。どうして気づかなかったのか。……どうして、暗い噂しかない根にスバルを送り出してしまったのだろうと。

 

 スバルの暗部入りが決まった時。不安がなかったわけじゃない。ただ、それ以上に一族の為になると喜んだ。

 

 ……スバルがこうなったのはオレのせいだ。

 

「しかし、スバルにはこのまま暗部に所属していてもらう必要がありますね」

「ええ。クーデターにおいて、一番の障害となるのがダンゾウですから。あの男の動向を把握しておく為にも、彼には耐えてもらわなければ」

 

 会合に集まった全員がオレを見た。膝に置いた拳に力がこもる。……勝手なことを。

 

「……スバル本人の意思を尊重する」

 

 答えなんて分かりきっているのに、そう言わずにはいられなかった。

 

 

 

「そうか、最終試験まで残ったか……さすがオレの子だ」

 

 スバルはなんとも言えない顔をして(いつもこんな顔だと言われればその通りだが)、こくりと小さく頷いた。

 

 うちはの演習場。ここにスバルと来るのは初めてだった。スバルが幼かった頃、何度も足を運んだ演習場は、九尾襲撃事件が起きてからここに移動している。

 

 一族の者たちは感情が先行してしまっていて、現在の演習場ごと“気に入らない”と言うが、オレ個人はある程度気に入っていた。

 ここなら思いきり豪火球の術を練習できる。手裏剣術の訓練を行う十分なスペースだってある。正直、文句のつけようがない。

 

「…………」

 

 一歩踏み出した足が、ぬるりと泥濘みに嵌ったような感覚。足元を見てその正体に気づいたオレは思わず脱力した。

 

「……もういいだろう。消しておきなさい」

《うん》

 

 スバルが“うちは流多重影分身の術”を解除する。

 それから、何を考えているのか、ぼんやりと演習場全体を見渡している。

 

「スバル」

 

 名を呼べば、無機質な二つの瞳がこちらを見る。

 

「オレに……いや、父さんや母さんに言わなくてはならないことがあるんじゃないのか」

「…………」

 

 スバルは言葉を探すように視線を彷徨わせた。……とくに思いつかなかったようで、指文字を綴ることもなく、ただじっと見つめ返してくる。

 

 小さくため息をつく。スバルにとって、あれは取るに足らない……些細なことだとでもいうのか?

 

「お前が根であのような扱いを受けていたとは知らなかった」

 

 スバルが「ああそれか」といったように、流れるように指を動かす。

 

《いわなかったから》

「…………」

 

 スバルが休暇を得て一時的に実家に戻ってきた日。

 なぜ一度も便りを出さなかったのかと問うたオレに返ってきたのは、根では手紙は受け取る側であろうと送る側であろうと全て監視されており、自由にはならなかったという答えだけ。

 機密事項の漏洩を危惧しているのなら、スバルが出す手紙だけを確認すればいい。なのに、なぜオレやミコト、さらにはイタチが出した手紙まで監視対象になる?

 ……うちは一族は、それほどまでに里側の信頼を失ってしまっているのか。

 

「オレは…………」

 

 ――違う。そんなことが言いたいんじゃない。今は一族のことはどうでもいいんだ。

 

「そうだ。お前は言わなかった……何も……定例会でのことがなければ、恐らくこの先もオレが知ることはなかっただろう」

 

 スバルの目が細まる。僅かに眉が寄り、怪訝そうだ。

 

「お前にも事情があったことは理解している。……だが、辛いことは辛いと口にしていい。頼ってもいいんだ。お前は、オレたちの息子なのだから」

 

 スバルの表情は変わらない。

 

「お前が辛いのなら、暗部は辞めたっていい」

 

 変わらないように思えた表情が、ここではっきりと強張った。スバルは僅かに唇を震わせ、ぎゅうっと結ぶ。

 ゆっくりと持ち上げた手のひらは、迷うように言葉を紡いだ。

 

《おれは》

 

 強烈な既視感だった。以前にもこうなったスバルを見たことがあるような気がして、額に手を当てる。……思い出せない。

 

《じぶんのために あのばしょにいる》

 

 だから何も心配するなとスバルは続ける。

 

 頼ったところでオレには何もしてやれないことや、一族の長として、このままスバルに暗部を継続して欲しい気持ちに気づかれているのだろう。

 

「…………そうか」

 

 こうなることは分かっていたはずだ。

 

 スバルの頭に手を伸ばす。以前のように振り払われるかと思ったが、意外にも大人しく受け入れている。

 

「そろそろ帰るか」

 

 スバルは離れていくオレの手のひらを目で追いかけ、やがて小さく頷いた。

 




本編でイタチが「前の家(九尾襲撃事件で破壊されちゃった家)には子供用の玩具があった気がするけど」って言ってたのがこれです


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星に願いを 下

星に願いを 上の続きです

『下』の更新に合わせて『上』に5000文字くらい追加しているので、以前読んでくれていた人は『上』から読んだ方がいいかもしれません
読まなくても多分大丈夫



「このような本格的な場を設けていただく必要はなかったのですが……」

 

 火影屋敷のとある一室。上座に座る三代目火影は目尻の皺を濃くさせる。人の良さが滲み出たような柔らかいものだった。

 

「フガク殿。必要は“ある”じゃろう。我々が一対一で話をすることなどそうあることではない」

「では早速本題に入らせていただきます」

 

 三代目が「物事には順序がある」と言い、スッと立ち上がりオレの目の前までやってきた。そのまま綺麗な所作で腰を下ろす。

 同じ目線。どちらかがクナイを握った腕を伸ばせばいとも簡単に相手の心臓を貫くことさえ叶いそうな――そんな無防備な距離。

 

「今だけは木ノ葉隠れの長でもうちは一族の長でもない。貴方が最初に『一人の親』としてワシに話しておきたいことがあると言っていたように、これが正しいお互いの話し合う距離じゃろう」

「…………」

「それに、ワシは以前からフガク殿と腹を割って話をしてみたいと思っておったのじゃ」

 

 三代目が快活に笑う。あまりにも隙だらけだ。

 

「火影様が私のような者と……恐れ多いことです」

 

 一度頭を下げ、話し始めるのは――長男であるスバルのこと。

 最初は穏やかな様子で耳を傾けていた三代目の表情が徐々に険しくなっていく。

 

「ダンゾウが暗部養成部門、根の者に呪印を施していることは知っておったが……まさかそのようなことまで」

「スバル本人に確認していただいても構いません」

「……その必要はないじゃろう。ワシは、フガク殿が偽りを口にするとは思っておらぬ」

 

 三代目は額に手を当て、眉を寄せた。

 

「最近のあの者の言動は目に余る」

 

 三代目は立ち上がり、腰に手を添えた状態で窓の向こうを眺めている。その後ろ姿からは葛藤と寂寥が感じられた。

 

「……失礼ながら、なぜ火影様はダンゾウ様を側近に?」

 

 言外にあの男は相応しくないと伝えてしまったが、三代目は顔だけで振り返って困ったように笑うだけだった。

 

「ワシの右腕はダンゾウ以外あり得ぬ。ワシの隣に立てるのは……立っていてほしいのはあの者だけなのじゃ」

 

 力強い言葉だった。

 三代目が火影の座に就く前。三代目とダンゾウは良き好敵手(ライバル)同士だったと聞いている。

 

「ただそれだけじゃったが……ワシのこのエゴが多くの者を苦しめてきたのかもしれぬな」

「…………」

「ご子息に関してはワシに任せてくれぬか? 必ずダンゾウの元から救い出すと約束しよう」

 

 決意を固めたような表情。オレは三代目の言葉を信じて託すことしか出来なかった。

 

 

 

 三代目の尽力もあり、スバルが根から通常の暗部へと転属になった。

 前々から「スバルにいさんはどこにいるの?」「いつ帰ってくる?」とミコトやイタチに質問攻めにしていたサスケが一番喜んでいたと思う。

 実家暮らしをするようになったスバルから片時も離れたくないようで、常にその背中をついて回っている。昨夜も自室で寝る支度をしていたスバルの元へいそいそと枕を持っていったとミコトが話していた。

 昔はイタチも同じことをしていたなと思い出し、懐かしさに目を細める。スバルもスバルでオレとの修行をほったらかしてイタチと遊びに出かけたり、二人で手裏剣術の練習をしていたり。優先順位に関しては物申したいことがたくさんあるが、兄弟仲がいいのは悪いことじゃない。

 

 

 

 南賀ノ川下流に位置する南賀ノ神社。

 地下には一族の秘密の集会場があり、写輪眼を開眼した者にしか読むことのできない石碑がある。

 

「お前が九尾の人柱力と接触したことは一族の者が数人目撃している。その場にイタチやサスケもいたそうだな」

 

 石碑の前に立つのは、オレとスバル。スバルは僅かに眉を寄せていた。

 スバルは以前から一族のことにイタチたちを巻き込むことに否定的で、こういった話をすると必ず不機嫌になる。イタチを戦争に連れていくと言った時と全く同じ反応だ。

 

「一族の中には九尾の人柱力を利用しようと画策する者もいる」

《とうさんは ちがうと?》

「……一族の意思は俺の意思でもある」

 

 これ以上軽率な行動は取るべきではないと諌めたつもりだったが、応じるつもりはないようだった。

 

《あのこは かんけいない》

「九尾の人柱力がどう考えていようと、利用する側は相手の都合を考慮しようとはしないだろう」

 

 スバルは呆れたようにため息を吐く。相変わらず親を親とも思わない失礼な態度だ。

 

 石碑に手を伸ばし、表面を指で撫でる。

 

「我々が持つ九尾を支配しコントロールする力……お前は、なぜこのような力をうちはが持っていると考える?」

 

 ヤシロ達は、我々を淘汰しようとする存在から一族を守るために授けられた力だと言っていた。晩年のマダラが初代火影である千手柱間との戦いで九尾を操り使役していたように。

 九尾は、手段。それ以上でもそれ以下でもないと。

 

「…………」

 

 スバルは答えない。馬鹿らしい質問だと思ったのだろうか。

 

「木ノ葉上層部との確執はこれからも深まる一方だろう」

 

 フッと万華鏡写輪眼になっていた瞳が元に戻る。

 

「うちはが彼らと手を取り合う未来などない。我々は修羅の道を歩まねばならん」

 

 スバルが、イタチが、サスケが――彼らの子どもたちが。

 

 犠牲なくして何が得られると言うのだ。

 オレたちの親の時代から、うちは一族はその強力な瞳力のせいで守ったはずの里の人間に畏怖され、敬遠され。上層部には巧妙に権力や政から遠ざけられてきた。

 

 はじめは対等だったはずなのに。

 

 千手柱間とうちはマダラが腑を見せ合い、手を取り合い、一から木ノ葉隠れの里を作り上げた。

 いわば、この里の存在自体が“証明”だったのだ。

 何度も捻れて絡み合ってしまった互いの糸を一本ずつ解き、結び直してきたという、過去と現在と未来を繋ぐ証明。

 

 それが今はどうだ。

 

 うちは一族の中で里の運営に関わる重要な立場(ポスト)にある者はいない。

 二代目火影によって警務部隊という役割は与えられたものの、里の人間を独自に取り締まる立場というのはそれだけで不満が集中する。まるで里から()()()()()()()()()ように見えるのも問題だった。

 これ以上うちはが里から孤立すればどうなるかなんて、火を見るよりも明らかだろう。

 

 沈黙を貫いていたスバルの指が迷いなく動く。

 

《さんだいめは うちはのことを かんがえている》

「…………」

 

 脳裏に浮かび上がるのは、自らこちら側へ歩み寄り、一人の人間としてオレの言葉に耳を傾けようとしてくれた三代目の姿。

 

 首を横に振る。

 志村ダンゾウを闇とするなら、三代目は光。彼が光の立場から木ノ葉をより良き未来へと導こうとしていることは理解しているつもりだ。

 ……ただ、あの方は上に立つにはあまりにも優しすぎる。

 

《ならば どうして》

 

 スバルが意識的に自身の脇腹に触れた。

 

《じゅいんのことを さんだいめに?》

 

 真っ直ぐにこちらを見つめてくる瞳。先に目を逸らすことは憚られた。

 

《いちぞくのことは いい》

 

 スバルがオレに対してここまで一度に話をするのは初めてだった。

 

《とうさんは さんだいめを しんじてる》

「……何をバカなことを」

 

 三代目の何を信じていると?

 

 里と一族の蟠りはそう簡単に解消されるものではない。

 

《あゆみよらなくては》

「無駄だ。そんなことをしたところで……」

 

 歩み寄る? 三代目へ――木ノ葉隠れの里へ?

 

 何も知らない子どもの戯言だと一蹴すればいいだけ。なのに、スバルの言葉は簡単に無視できない力強さがあった。あの日の三代目のように。

 

「…………」

 

 この道が。これしかないと思っていた修羅の道が。仮に犠牲のなく健全なものだったとしたら。一族はとっくにそれを選び取っていたはずだった。 

 ここからまたスタート地点に立って存在するかも分からない道を探すなど……出来るものか。オレはともかく()()が許さない。一族が里へ向ける感情は悲しみではなく“怒り”や“憎しみ”だ。より強く、手をつけられない感情。

 

 ――――いちぞくのことは いい

 

 …………ああ、そうだ。オレは()()()を望んでなどいない。まだ別の何かを探そうとしている自分がいる。

 

 だが、スバル。オレもお前もうちはの名を背負って生まれてきた。それも変えることのできない事実。

 

 スバルの肩に手を置いてから、先に集会場を離れる。

 

 その日以降、スバルが一族のことに口を出すことは一度もなかった。

 

 

 

 木ノ葉上層部に対してイタチの暗部への推薦状を提出した。

 スバルという前例のおかげもあってすんなりと受理され、今ではスバルと共に火影直属の暗部として任務に明け暮れる日々を送っている。

 スバルとは班が違うらしく、それとなくイタチの様子を聞いても《よくやってる》としか言わない。そもそもスバルからイタチへのマイナス発言が出てくるはずがなかった。どうやらオレは尋ねる相手を間違えたらしい。

 

 

 イタチが暗部入りしてからというもの、イタチから得られる上層部の情報は皆無に等しく、また参加した会合での態度も悪化の一途を辿っていた。

 

「フガク殿、ご子息のあの反抗的な態度は一体」

「長男であるスバルはよくやってくれているというのに……」

「イタチは一族(われわれ)を裏切るつもりかもしれません」

 

 今日行われた定例の会合ではイタチとシスイは不参加だった。

 昔は下座にいたスバルも、今ではオレの手が届く位置に座って皆と意見を交わすようになっている。

 

「スバルはどう感じている」

《おれは いたちのことは あまり》

「……そうか。暗部の任務に我々との会合、イタチを気にかける暇はないだろう」

「…………」

「だからシスイにイタチの監視を命じているが……フガク殿、ご自宅でもイタチの不審な行動はないのですか?」

「ああ」

「イタチは優秀な忍とはいえまだまだ若い。大した考えもなしに我々に反抗しただけかもしれぬ」

「そういうものでしょうか」

 

 好き勝手に想像を膨らませることも……よくあることだ。

 すでにイタチは一族からの信頼を失った。親であるオレにもアイツの考えていることは分からない。

 

「……今日の会合はここまでとする」

 

 

 

 急遽開かれた会合にて。専らの話題は、警務部隊に対して木ノ葉上層部が提出した予算削減案についてだった。

 

「スバルも暗部の任務があったのにすまないな」

《かまいません》

 

 今日のために三代目に休暇を申請したスバルをテッカとイナビが労っている。

 

「予算削減案について事前に知らせはあったか?」

《いいえ》

「少しでもいい。今後情報を得たなら教えてくれ」

《はい》

 

 スバルがヤシロの言葉に頷く。

 

「シスイ。例の件はどうだ」

 

 “例の件”とはイタチのことだ。息子であるイタチが一族に監視され、あまつさえイタチの親友であるシスイに監視役を任せている状況。

 シスイは一族の為ならばと引き受けてくれたが、心身ともに負担は大きいだろう。

 

「……様子を見ている限りでは不審な点はないかと」

「そうか」

 

 この場にはイタチ本人もいる。無神経な質問をしたイナビを睨みつけると、彼は驚いたように瞠目し、取り繕うように咳払いをした。

 ……勝手なことを。

 

「次の会合がクーデター決行への大きな一歩となる」

「フガク殿、それではついに」

「ああ。次回の会合では決行日について話し合う」

 

 その場にいたほぼ全員が立ち上がった。

 

「スバル、シスイ。この計画の要はお前たちだ。必ずや一族を勝利に導いてくれ」

 

 スバルが小さく頷き、シスイは顔を逸らして俯くだけ。皆の勢いに萎縮しているんだろう。

 

「それでは解散」

 

 模索する段階はとうに過ぎた。我々は前進する。道は――たった一つしか見えていない。

 

 シスイの遺体が南賀ノ川を流れたのは、それから間も無くのことだった。

 

 

 

 うちはシスイの死。

 

 ヤシロ達はイタチがシスイを殺したと考えているようで、今後イタチを会合に参加させることはなかった。

 イタチはますます口数が少なくなりサスケやミコトとも言葉を交わさなくなっている。

 変わったのはイタチだけじゃない。

 

「スバル」

 

 以前よりも緩慢な動きで振り返り、以前よりも時間をかけて丁寧に指文字を綴るスバルが不思議そうな表情をしていた。“ようにみえる”ではなくハッキリとそうだと分かるくらいに。

 

《とうさん》

「たまには朝の鍛錬を休んでもいいんじゃないか? 昨日も帰りが遅かっただろう」

《いちにちでも さぼると なまるから》

「……それもそうだな。だが休息も必要だ。今日はそれくらいにしておきなさい」

《わかった これがおわったら へやにもどる》

「…………」

 

 一緒に暮らしている人間にしか分からない僅かな変化。いや、顕著とも呼べる変化。

 側から見ればいつもの無表情だろうが、明らかに以前より表情が豊かになっていて、口数(というよりは指数)が増えている。

 これまでのスバルなら無言で部屋に戻ることもあれば、指文字を使ったとしても《なまるから》《わかった》で終わらせているところだろう。

 スバルが長めに話すのは本当に大切だと判断した時だけだ。

 

「……スバル。最近のお前はやけにオレと会話をしようとしているな。何か言いたいことがあるんじゃないか?」

「…………」

 

 スバルの表情に滲むのは、困惑、動揺。

 ……どうしたというのだ。イタチもスバルも。

 

《いいたいことは ない》

「……そうか。それならいい」

 

 スバルが庭に出していた手裏剣と的を回収して自室へと消えていく。

 

「…………」

 

 あれから一度もスバルが体術を使っているところを見たことがない。鍛錬では必ずと言っていいほど型を確かめていたのに。

 

「ミコト」

「あなた。スバルはまだ鍛錬中かしら」

「いや……」

 

 居間に顔を出すと、すでに食事の用意をしてくれていたミコトがしゃもじ片手に微笑んでいる。

 

 ちゃぶ台の前に座れば出来たての白ご飯が湯気と共に出てくる。

 ……ミコトには顔が上がらない。一族の長としても一人の男としても。オレは任務や一族のことで不在が多く、家のことはほぼ任せっきりだった。ミコトが愚痴をこぼしているところなど一度も見たことがない。

 

「あ、あ……り、」

「?」

「……なんでもない」

 

 ズズッと味噌汁をすする。ミコトは口元に手を当ててくすくすと笑った。

 

「ええ。分かっていますよ」

「…………」

「口下手なあなたが言葉にしようとしてくれただけで前進かしら。結婚する前からこの人の妻は私にしか務まらないと思っていたの」 

 

 ミコトは目を細め「いいえ、違う」と己の言葉を否定する。

 

「あなたが私じゃないとダメなのよね」

「…………そうだ」

「ふふ」

 

 ミコトは自分で振っておきながら照れくさそうに眉を下げていた。

 ふと人の気配を感じて振り返る。

 

「…………」

「…………」

 

 そこには何とも言えない表情で立っているスバルがいた。

 

 

 

 シスイの死からおよそ一年。

 スバルは一日のうちほとんどを家以外で過ごし、滅多に帰ってこなくなっていた。どうやら暗部の任務に頻繁に駆り出されているらしく、詳しく聞き出そうとすれば妙な笑みを浮かべて誤魔化すばかり。

 イタチはイタチで相変わらずまともに口を利こうともしない。

 サスケはそんな兄たちの板挟みになってしまっているようだ。

 

「…………」

 

 クーデター決行前日である今日は偶然にも警務部隊の任務はなく、一族は全員が明日に向けて水面下で準備を進めている。

 早朝から任務に出ていったスバルとイタチ、そして遅れてアカデミーへ向かったサスケ。家にはオレとミコトしかいない。

 

「いよいよね」

「ああ」

「スバルは……無事に役目を遂げるかしら」

 

 滅多に聞くことのないミコトの弱音だった。

 忍具の手入れを続けながら口を開く。

 

「すべては明日にならなければ分からない。だが……スバルはオレたちの息子だ」

「ええ……そうね。きっと大丈夫」

 

 ふと思い出してミコトに尋ねる。

 

「……イタチに恋人がいたこと、知っていたか?」

「イタチに? スバルではなく?」

「…………スバルに恋人がいるのか?」

 

 どちらにせよ意外なことだった。

 

「スバルが中忍試験を受けるために実家に滞在していた頃かしら。女の子が訪ねてきたことがあったのよ」

「……オレは聞いていない」

「私が話さなかったもの。あの子がわざわざ言うとは思えないし当然ね」

「……シスイの件があった後、家にイズミが来たことがある」

「……私は聞いてないわよ」

「オレが話さなかったからな」

 

 ミコトは眉を寄せて「悪い人ね」と言う。お互い様だ。

 

「…………イズミは、オレがイタチは不器用だが優しいやつだと言えば『知っています』と」

「そう……あの子が」

 

 あの日は雨が降っていた。久しぶりに非番で誰もいない家で体を休めていると彼女がイタチを訪ねてやってきた。

 うちはイズミ。九尾襲撃事件で父親を亡くし、母親であるうちはハズキと共に集落に戻ってきた娘だ。

 ハズキはオレより二つ下で、彼女が結婚して一族を離れるまでは頻繁に顔を合わせ言葉を交わす仲だった。

 

 あの時イズミのイタチを想う心に胸を打たれた。

 それは完全に一族から孤立しているイタチへの心配であり、ずっと胸につっかえていた棘でもある。

 ……イタチは里側につくだろう。

 明日のクーデターが成功する保証などない。どちらに転ぶにせよイタチには味方がいる。うちはイズミという真っ直ぐイタチに心を向ける美しい少女が。

 それだけで十分だった。

 

 

「…………あなた?」

「オレから離れるな」

 

 手入れの途中だったクナイを手に持ったまま立ち上がる。オレのただならぬ雰囲気を察したミコトが護身用の武器を片手に頷く。

 

 やけに外が騒がしい。一体何が起きている?

 

 音も立てずに二人で玄関まで出てきた。

 

 ――――いる、扉一枚隔てた先に。

 

 背中に隠したミコトの息をのむ音がハッキリと聞こえてきた。

 すうっと向こう側から伸びてきた黒い影が扉に触れる。影は手を引く動作をして、徐々にその容貌が明らかになっていく。

 

 血を一滴も浴びていない真っ白な猫のお面に、両腕が露出した忍装束を纏った男。

 男が右手に持つ忍刀も血を吸っていないように見える。

 

「…………何者だ」

 

 低く、これまでに聞いたことのない声が響いた。

 

『うちはフガクと、うちはミコトだな』

 

 男の左腕には暗部の証である刺青が彫られている。

 

「火影の……いや、根の暗部。外の騒ぎはお前たちの仕業だったのか?」

『…………』

 

 それは三代目直属の部下がこのようなことをするはずがないという“信頼”に基づく消去法だった。

 目の前の男が騒ぎの元凶だとして、間違いなく他にも仲間がいる。男の味方がここにくる前に仕留めなければならない。

 

 真っ直ぐ心臓を狙って振り下ろしてきた刀をクナイで受け止め、力で押し返す。

 シロネコ面の男は一瞬バランスを崩したように見えたが、脅威の体幹で持ち直していた。間に余計な動きを挟まずこちらに向かってくる。

 

「……ミコトッ!」

 

 玄関に続く狭い通路では身動きが取れない。場所を変えなければ。

 ミコトの肩を掴んで走り出す。男はオレよりもミコトを狙った方が良いと判断したのか、複数の手裏剣が彼女めがけて飛んでくる。それら全てを弾き飛ばしたが、そのうちの一つがミコトの足首を掠めてしまった。

 短く上がった悲鳴にさらに頭が真っ白になる。

 冷静さを欠いてはいけない――頭のどこかでは理解していても視界が真っ赤に染まるのはあっという間だった。

 

 足を引きずっているミコトをここから一番近い部屋――スバルの部屋に押し込み、乱暴に障子を閉める。

 

「お前は何者だ! どこで我々の企みを知ったのだ!!」

 

 背を向けていたオレに斬りかかろうとしていた男が、振り向いたオレの瞳に宿るものを見て瞬時に腕で目元を覆い隠し後退する。

 対写輪眼戦を熟知しているようだ。

 

 男が腕を下ろし、そこには――――

 

「……あなた!」

「出てくるな、ミコト!!」

 

 頬を涙で濡らしながら部屋から出てこようとするミコトを片腕で制しながらも、オレはシロネコ面の男から目を離せないでいた。

 

 お面に二つあいた穴から見えるのは――赤色の灯火。

 

「写輪眼だと……お前は一体」

『…………』

 

 直後、耳を劈く独特の金属音。男はいつの間にか手に持っていた忍刀を手放し、素手でこちらに向かってきていた。

 掛けられそうになった足払いを回避して飛び上がると、これを待っていたかのように重い拳が鳩尾を抉るように繰り出される。

 

「うっ……!!」

 

 吐血。骨が軋む音。受け身も取れずに吹き飛ばされ、背中が柱に打ち付けられた。

 …………今の体術は。

 

 頭上に影がさす。次の攻撃がくる。動け、動くんだ。オレの命などどうでもいい。ミコトだけは……彼女だけは。

 

 ぐぐっと両腕に力を入れて立ち上がろうとする。耳元で風を切る音がした。

 

「――もうやめて、スバルッ!」

 

 ぴたっと耳の真横で蹴りが止まる。

 

 障子に必死にしがみつき痛む足を引きずりながら、ミコトがもう一度悲痛な声を上げる。

 

「スバル……スバル……! 貴方なんでしょう…………?」

 

 目の前の男が振り上げていた足を下ろした。男は唖然といった様子でミコトの一挙一動を見守っている。

 這ったままやってきたミコトは震える手で確かめるように男の腕に触れ、支えられるようにして立ち上がる。

 

「ああ…………」

 

 ミコトの瞳からぼろっと大粒の涙が流れていく。彼女はお面越しに男の頬を撫で、まるで己の身体を預けるように抱きしめた。

 

「昔も今も……私は母親失格ね。こうなるまで、貴方の心に気づきもしなかった」

 

 シロネコ面の男は抵抗するどころか、金縛りにでもあったかのように動かない。

 やがて、またあの聞き慣れない声が響いた。

 

『…………母さん』

 

 それは子どもが親に向ける無条件の愛のような。もしくは愛すら知らない子どもの戸惑いのような。

 そんないくつもの感情が複雑に絡まったような声だった。

 

 二言ほど言葉を交わし男がミコトを抱き上げて自室へと運んでいく。

 その後ろ姿を追いかければ、確かに背格好が似ている。一つ結びにされた髪の長さも同じくらいで……いや、いい。

 本当はあの体術を受けた時から気づいていた。スバルと同じ動きにお面の内側で光る写輪眼。疑う余地はどこにもなかった。

 

 スバルがミコトを部屋の中央に下ろす。オレがその隣に座れば、スバルがこちらを見下ろしていた。

 

「……お前は里側についたのか」

 

 一度迷う素振りを見せて、スバルが目の前に腰を下ろす。

 

「…………顔を見せてくれ。確認がしたい」

 

 情けないことに縋るような、懇願するような響きになってしまった。

 スバルがお面の両端に手を添える。ゆっくりと外されたお面の内側から現れたのは――――

 

「……スバル」

 

 ミコトがたまらずといった様子で名前を呼ぶ。

 スバルはすぐにお面をつけ直した。

 

『俺はお面がないとこのように話せない』

 

 お面による淡々とした物言いに胸に鈍い痛みが走る。

 今この場にいるのがスバルではなくイタチだったら、もっと簡単に事実を受け止められただろう。

 なぜ、スバルが。

 息子というよりも同志のような存在になっていた。共に一族について悩み、模索し、大切なものを守るために歩んできた。

 

 拳に力がこもる。ミコトは否定していたが、“裏切られた”という気持ちが大きかった。

 

「お前はどこまでも木ノ葉の忍だったということか……」

『それは違うよ』

 

 スバルから発せられたものとは思えないほど柔らかな言葉が降ってくる。

 

『木ノ葉の忍でも根の忍でもない――俺はうちは一族のスバル。そうありたいと願って生きてきた』

 

 唯一見える二つの瞳が優しげに細まる。

 

『俺がうちはであるという事実が、俺をイタチとサスケの兄にしてくれた……この世で最も大切なことに気づかせてくれたんだ』

 

 気がつけば頬を涙が流れていた。ぽたぽたと膝の上で握ったままだった拳を濡らしていく。

 

 そうか。スバルは……他でもない、イタチとサスケを守るために。

 

『俺はこれからもうちはの名を背負って生きていく』

 

 泣き崩れてしまったミコトを抱き寄せ、その肩に顔をうずめる。

 

 ――最初は、ただ無事に生まれてくれればそれでよかった。 

 

 愛する妻との間に一番最初に生まれた命の灯火は小さく、すぐに消えてしまうのではと不安で仕方なかった日々。

 

 無事に生まれてくれたら。健康でいてくれたら。普通の人と同じように声を出せたら。

 ――立派な跡取りとして優秀な子であれば。

 

 お産に立ち会った時の感情は時を重ねるごとに薄れ、いつしかオレは怪物になっていた。

 

 幼いスバルに投げかけた「一族の期待を裏切るな」という言葉。あれはかつてオレ自身が父親に口癖のように言われたものだった。不器用な父なりの愛情表現だったことは理解している。

 だからこそスバルにも同じ言葉を使った。父親からの期待。オレはお前に期待している。

 だから……だから…………なんだというんだ。

 幼いスバルがオレの言葉に傷つき、さらに心を深く閉ざしたことにも気づいていながら全て見て見ぬ振りをした。

 

「…………」

 

 一族を守りたかった。

 家族を守りたかった。

 だが、オレの腕はたった二つしかない。長という立場から“一族”を優先すればこの腕から“家族”がこぼれ落ちてしまう。

 それが忍としての正しい姿だ。里という“集”を生かすためならば、自分や自分の大切な存在という“個”の犠牲すら厭わない。そう思う気持ちは今でも変わっていない。

 

「一族の未来の為にと始めたことが、結果としてお前やイタチを苦しめてしまった……」

 

 うちは一族の木ノ葉中枢への参画に、集落解体、そして――――うちはが火影の座につくこと。

 

 大義のための犠牲ならば仕方がない。だからといって……その犠牲をスバルやイタチが背負い尻拭いしなければならないこの状況を、オレは本当に望んでいたのだろうか?

 全てはうちは一族の未来を担う子どもたちのために始めたことだった。

 未来の子どもにイタチとスバルを含むことがなぜ許されない?

 

 ――あゆみよらなければ

 

 あの日、自らオレに歩み寄り対等な立場で耳を傾けてくれた三代目のように。

 

 三代目への不満を垂れる前に、彼の考えに賛同し彼を支えていくために努力することが――オレたちには必要だったんじゃないのか?

 

 力づくで火影の座を奪うよりも、三代目と共により良い未来を作ることが……できたかもしれないのに。

 

 オレたちはそれすらもしなかった。相手からの歩み寄りを待つばかりで、お互いを理解する過程すらも蔑ろにした。

 

 

「刀を持ちなさい、スバル」

『…………』

「終わらせるのはお前にしかできない」

 

 スバルが立ち上がり、部屋の前に落ちていた忍刀を持って戻ってくる。

 

「イタチとサスケは無事なんだな?」

『…………うん』

 

 お面によるものなのかスバルの口調は思っていたものと少し違ったが……不思議と違和感はない。 

 こんな状況なのにオレは笑っていた。いつぶりだろうか。

 

「お前の望む通りにやればいい」

『…………俺の望み』

「お前はオレの子だ。オレは一度たりとも自分の中のお前への愛を疑ったことはない」

 

 ああ……やっと言えた。もっと早く言うべきだった。誰よりもお前たちを愛していると。

 

 現実から乖離した場所で両腕を伸ばす。手を伸ばした先には――小さな背中を丸めて心細そうにしている小さな子どもがいる。

 俺は子どもを抱きしめ、何度も何度もある言葉を呟いた。

 

 スバルが手に持つ忍刀が僅かな音を立てた。 

 小さな足音が俺とミコトの間を通り過ぎて真後ろで止まる。

 

「スバル」

 

 目を閉じる。ミコトがオレの拳に自分の手のひらを重ねたのが分かった。

 

「あとは頼む」

 

 この道を選び取ったスバルはこれからどうなるのだろう。誰よりも険しく困難な道を歩んでいくことは間違いない。 

 

「お前なら大丈夫だ。なんせ……お前はオレ()()の子だからな」

『…………』

「私たちの分までイタチとサスケをお願いね――お母さんの、最期のお願いよ」

 

 目を閉じていても後ろに立っているスバルが刀を持ち上げたのが分かる。

 

『俺は』

 

 お面から紡ぎ出される音だというのに、その声は震えていた。

 

『父さんと母さんのことを…………愛していた』

 

 思わず目を開く。

 

 オレの前にはさっきまで抱きしめていたはずの小さな子どもが立っている。

 こちらを振り返った子どもは無邪気な表情で笑っていて。

 

「おとうさん」

 

 オレをそう呼んだ。

 

 その直後、腹に衝撃があったが不思議と痛みはなかった。支えを失った身体が前屈みに倒れる。

 

「ああ」

 

 音になったかは分からない。なっていればいいとも思う。

 震える手を小さな手のひらがぎゅっと握りしめてくれた。

 

「オレもお前を愛している」

 



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本編12.5

本編12話「血継限界」のイタチ視点



 抱き上げたサスケを高い高いすると、きゃっきゃと嬉しそうに笑う。その無邪気な顔を見れば自然とこちらの頬も緩む。

 

 先ほどまで文句一つ言わずにサスケの遊び相手になっていたスバル兄さんは、横になっていた状態から座り直していた。

 

「スバル兄さん、今日はずっと家にいるの?」

 

 スバル兄さんはじぃっと、オレとサスケを見つめるばかりで何も言わない。

 兄さんは昔からこういうところがある。ふとした時に心ここにあらずというか、オレたちを見ているようで別のものを見ているというか。

 

 多忙な人だから、きっと考えなきゃいけないことがたくさんあるんだろう。

 

「兄さん?」

 

 再度呼びかけると兄さんはふっと視線を逸らす。そして、指文字で《そのつもり》と教えてくれた。

 

 暗部の“根”に所属しているスバル兄さんは、普段は寮暮らしをしている。

 今回はうちは一族の会合と中忍試験への参加目的で一時的に実家に帰ってきているが、またすぐに会えなくなってしまう。

 

「母さんとサスケはそろそろ出かけるんだって」

《きいてる》

「だから……その、あのね」

 

 ……今だけでも、ほんの少しだけでも、兄さんと一緒にいられたら。

 

 服の裾を握りしめる。

 

 さっきも言ったように、兄さんはとても多忙な人だ。

 アカデミーを卒業してから最近まで一度も実家に帰る時間すら作れなかったところに、やっと手に入れた休暇。

 しかも、中忍試験のせいで心と体を完全に休めることは出来ていないはず。

 

 本当は兄さんにはたくさん休んでほしいし、好きなことをして過ごしてほしい。

 

「スバル兄さんは、家でゆっくりしたいかもしれないんだけど……」

 

 でも……それと同じくらいオレと一緒にいてほしいし、オレとの時間を作ってほしい。

 

 やっぱり……わがまま、かな。

 

 おそるおそるスバル兄さんの顔をみれば、いつものようにその感情は上手く読み取れなかった。

 オレの足元で不思議そうに見上げてくるサスケの頭を撫でながら口を開く。

 

「あ……あのね! 少し気になったから聞いただけで、オレは……」

《どこだ?》

 

 繰り返される指の動きを追いかけて、目を見開く。

 

 スバル兄さんは、気のせいでなければ微笑んでいるように見えた。

 

《いきたいところが あるんだろ》

「うん……」

《すぐに したくする》

「うん……!」

 

 立ち上がった兄さんは微かに目を細め、オレとサスケの頭を撫でる。その手つきは相変わらず優しくて……温かい。

 

《なんでも かうといい》

「そんなに高いものじゃないよ。ただ……」

 

 スバル兄さんのズボンの裾を掴む。自然と顔には笑みが浮かんでいた。

 

「だんごやの新作が美味しかったから、兄さんにも食べてほしくて」

 

 本当はそれすらも口実だ。どこだっていいし、なんだっていい。

 スバル兄さんと一緒なら、一緒にいてくれるなら、それだけでオレは満足だった。

 

 がくりとスバル兄さんが床に膝をつく。

 

「スバル兄さん!?」

 

 兄さんは胸を押さえていて苦しそうだ。どこか悪いのかとオロオロしていたら、すぐに何事もなかったかのように立ち上がった兄さん。

 

「だ、大丈夫なの……?」

「…………」

 

 スバル兄さんはさわさわと自分の胸元を確認するように触っている。

 

「どこか悪いなら、先に病院に」

《いつものだから》

「いつもあんなことになるの!?」

 

 大変だ。スバル兄さんが死んじゃう!

 遊んでいると勘違いしてはしゃいでいるサスケを抱き上げ、兄さんの手を掴んで走り出す。

 

「あら、どうしたのそんな急いで」

「母さん! 兄さんが――」

 

 ちょうど部屋の外にいた母さんに「兄さんが死んじゃう」と言い切る前にふわりと身体が浮いた。

 

「スバルもここにいたのね」

「…………」

 

 サスケを抱っこしているオレごと抱き上げた兄さん。しかも片腕で、だ。兄さんの細腕のどこにそんな力があるのか不思議でしかたない。

 スバル兄さんは空いている方の手で指文字を綴った。

 

「イタチと出かけるの? そう、じゃあ少し早いけれど、サスケはお母さんに任せてちょうだい」

 

 差し出された母さんの腕にサスケを預ける。泣くかもしれないと思ったが、ウトウトしているせいか大人しい。

 

「行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

 兄さんはオレを抱っこしたまま、母さんの言葉に小さく頷いた。

 

 

 外でもこのままだったらどうしようと心配していたら、玄関で靴を履く時に降ろされた。

 

「…………」

 

 安堵と共に、物足りなさも感じる。

 靴を履き、オレのことを待ってくれているスバル兄さんに声をかけようと顔を上げたら、目の前に手のひらが差し出された。

 

《はぐれると いけないから》

「……うん!」

 

 差し出された手を握って玄関を出た。

 

 うちはの集落を抜けて、木ノ葉の大通りを二人で歩く。

 

 何度も母さんと通った道なのに、隣を歩いてるのがスバル兄さんってだけで全てが違って見える。

 

 オレたちはだんごやの暖簾をくぐり、店の一番奥の席についた。

 

「オレは三色団子と、新作の桜餅にするけど……兄さんはどうする?」

《おなじものを》

「分かった」

 

 席まで来てくれた店の人に注文を済ませ、温かいお茶を飲みながらまったりと過ごす。

 

 兄さんは猫舌だから、お茶に何度もふーふーしていた。

 ……こういう、ちょっと意外というか、ギャップがあるところ。

 弟であるサスケならまだしも、スバル兄さんに向けるべき感情ではないかもしれないけど……かわいいな、と思う。

 兄さんが聞いたらショックを受けるかもしれないから、オレだけの秘密だ。

 

 

「スバル兄さんも気に入ってくれたみたいで良かった」

 

 だんごやで穏やかなひと時を過ごした後は、あてもなく木ノ葉の大通りをのんびりと歩いていた。

 

 スバル兄さんはオレと同じで甘味に目がない。

 出されたものには文句をつけずに何でも食べるけど、甘味を食べてる時の兄さんを見ていると特別に好きなんだと分かる。

 さっきも桜餅が出てきた時には間違いなく目が輝いていた。……多分、オレも同じ反応をしていたと思う。

 

「兄さん、少しだけあそこに寄っていい?」

 

 オレが指差したのは、様々な雑貨が並んでいるお店。兄さんの了承を得て店に入る。

 兄さんは不思議そうな表情で店内を見渡していた。あまりこういうところには馴染みがないのかもしれない。

 

「これください」

 

 店番をしていた男性に持っていたものを差し出す。

 シンプルな黒い髪ゴムだ。他で買うより少し高いけれど作りはしっかりしている。

 以前ここで買ったものも伸びたり千切れたりすることなく、今も大事に使っているところだ。

 

 兄さんが店の入り口付近で何かに見入ってる間に支払いを済ませ、小さな紙袋を受け取る。

 

 兄さんは近づいてきたオレに顔を上げ、オレの持っている紙袋に目をやって、

 

《おれが かったのに》

 

 と少し残念そうに言った。オレは急いで首を横に振る。

 

「これ、兄さんに渡したくて」

 

 持っていた紙袋を兄さんの手のひらに乗せる。兄さんは何度か瞬きを繰り返し、オレから手元の紙袋へとゆっくり視線を移した。

 

《おれに?》

「うん。ただの髪ゴムだけど……ほら、兄さん。今使ってるやつもちょっと伸びてるから」

「…………」

 

 スバル兄さんの瞳は僅かに揺らぎ、何かに耐えるように眉が寄る。

 

「……気に入らなかった?」

 

 忍具とか、もっと実用性のあるものの方が良かったかな。

 

 そう思っていたら。

 

 兄さんは髪ゴムの入った紙袋を胸の前でぎゅっと抱きしめた。とても大切そうに、目を細めながら。

 

《いっしょう たいせつにする》

「……一生はもたないと思うよ」

《それでも そうする》

「……ふふ」

 

 渡した髪ゴムは三個入りだから、本当にそうなるかもしれない。

 

「家に帰ったら、オレが兄さんの髪にそれつけていい?」

《ああ》

 

 改めて差し出された手を握って帰路につく。

 

 家についてから早速兄さんの髪を結ぼうとしたけど……なかなか上手くいかない。

 兄さんの髪はちょっとだけ生きてるみたいだった。

 




イタチ「兄さん、一旦髪解いてくれる? 先に櫛を通すから」
スバル(今使ってる髪ゴムをとる)(ぶわっと広がりまくる癖っ毛)
イタチ「…………」(必死に暴れ狂う髪を何とかしようとするイタチ)
スバル「…………」(弟に髪を整えてもらうのもいいなと思ってるスバル)

本編43話イタチ(里帰り初日)
――その仕草に胸の奥で何かが跳ねた。……嫌というくらい知っている感覚。
→オレの兄さんは実はとても可愛いのだという感覚ッ!
12.5話はこれを説明するためだけの話です


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泡沫

内輪編(クーデター編)のユノ視点


 書類に書かれてあることなんて嘘ばかりだ。

 オレは自分を産んだ親の顔すら知らないし、幼い頃はダンゾウ様を自分の親だと勘違いしていたこともある。

 

 根の人間にとってダンゾウ様はある意味親のような存在だった。

 ここにいるほとんどの人間が一般的な家族の温もりを受けたことがない。訓練によって感情を殺され、本で得た知識で人の心を理解した気になっている。

 

 それでも本から得た知識はいつだって正しかった。

 何の感情も伴っていない笑顔でも、貼り付けているだけでみんな馬鹿みたいに警戒を解いてくれるんだから。

 第一印象は大事だ。他人の懐に入り込むには慎重なくらいが丁度いい。

 

「ダンゾウ様の命により本日からチームを組むことになりました。コードネームはユノです。よろしくお願いします」

『……クロネコだ』

 

 あの人の第一印象はなんだったかな。

 いつもお面を被っていて何考えてるか分かんなくて、お面を外したって同じだ。目と目が合っても一切の感情が読めない。

 根の人間らしいっちゃらしい。でもなーんか違うなって思ったんだよ。

 

 オレはユノ。それ以外の名はもうない。この名前だってすぐに別のものになるだろう。

 特に優れた血継限界や秘伝忍術を受け継ぐ一族出身というわけでもなく、ちょっと要領が良いだけの平凡な忍。

 

「ヨル? どうしたんだよ、今日はやけに早いな」

 

 何度も何度も練習した笑顔は、今では意識しなくても綺麗に出てきてくれる。

 主に火影直属の暗部が利用する更衣室。着替えを済ませてあとは狐のお面を被るだけだったオレは、更衣室に入ってきたチームメイトにニッコニコと笑みを向ける。返ってきたのは仏頂面だった。

 

「ツミ隊長はもっと早くに来て鍛錬中なんですよ。部下である私が怠けるわけにはいきませんから」

「あれは仕事人間すぎるんだってば。体壊してないのが不思議なくらい」

 

 オレには無理無理〜とへらへら笑っていたら睨まれた。この辺にしておくか。

 

「あなたも軽薄な態度が目立つわりにいつも早いですよね……ところで、キタはまだですか」

「キタは朝弱いからいっつもギリだろー。つーか、何もかも隊長に合わせてたらオレ達が過労死するぞ? キタが来ても小言はやめてやれよ」

「そうはいきません。朝に弱いなど、ただの言い訳なんですから……」

 

 ブツブツ小言を言い始めるヨル。こうなってはすぐには終わらない。この状態のヨルと密室で二人っきりはキツすぎ。

 狐面を被ってさっさと更衣室を出るとヨルもついてくる。何でついてくんだよと言いかけて、彼女が女だったことを思い出す。

 

「……男の更衣室に顔出すのそろそろやめたら。オレ、慣れてきたせいか一瞬お前の性別忘れてたぞ」

「男女差別ですか? 今時流行りませんよ」

「ちがうから」

 

 あーもーめんどくさ。あーいえばこーいう。オレはやっぱモズさんとかクロ隊長みたいに無口な人がいいな。

 根の任務のためには彼女とも仲良くした方がいいんだろうけど、いまいちマニュアル通りにならないというか。もどかしい。

 そんなことを考えていたらくすくすと小さな笑い声が聞こえてくる。オレの後ろから……ヨルだ。

 

「あなたは子供みたいですよね。心配しなくても、着替えは女性専用のところでしますから」

「……はぁ?」

「すぐに合流するのでツミ隊長にも伝えておいてください」

 

 言いたいことだけ言い切って装備部へと去っていくヨル。

 

「……わっかんねー」

 

 マニュアルに載ってないことは出来ない。理解も追いつかない。それが戦闘に関するものだったらいくらでも応用が利いたはずなのに。

 

 

 

「今日こそは我々四人で親睦会やりましょう!」

[親睦会?]

「そうですよ。隊長、ろ班の人たちとばかりご飯行くじゃないですか! たまにはオレたちに時間使ってくれてもいいと思うんです」

 

 今日の任務が無事に終わり、更衣室にはオレと隊長とタキしかいない。

 まだお面を被ったままだった隊長は、暫く考え込むような素振りを見せて、最後はこてんと首を傾げる。

 

[なぜ]

「なっ、なぜってそりゃあ……なあ?」

「オレに振るなよ。隊長そーゆーの分かんない人だろ」

「薄情者! 一緒に頼んでくれてもいいのによぉ」

 

 返事を間違えたか。すぐに思考を切り替えてタキの肩に腕を回す。頬の筋肉を緩めておくことも忘れない。

 

「まあまあ。隊長も忙しい人だから。メシならオレとヨルとお前で行けばいいだろー?」

 

 社交性なんてもんは絶対にないこの人が、はたけカカシ達のプライベートな誘いに応じてることすら“どうかしてる”。

 お面をつけている時の隊長と彼らの会話を聞いていればまるで友人同士みたいだ。そんなはずないのに。

 

 ぽんっとオレとタキの肩に手のひらが乗る。

 

[そうだな]

「……え?」

[ヨルの着替えが終わったら四人で行こう。それでいいか? タキ]

「はっ、はい!! ぜひお願いします!?」

 

 マジか。いやマジか。行っちゃうんだこの人。

 ろ班は写輪眼のカカシや元根の暗部出身のキノエさんがいるから分からないでもないが……。

 オレ達の班なんて今のところ死傷者は出ていないものの程度の低い集まりだ。わざわざ任務以外の時間を割いてまで交流するメリットなんて一つもない。

 

「……行く店は決まってるんですか?」

 

 やっぱり“オレたち”とは違う。かといって里の奴らとはもっと違う。

 

[だんごや]

 

 隊長はそれ以外はあり得ないとでもいうように即答する。

 

「…………」

「…………」

 

 そういやこの人、顔に似合わず甘党だったような。

 

 

 

 いまいち“うちはスバル”という人間を掴めないまま、うちは一族によるクーデターの件が進展を見せていた。

 

『指文字を?』

「はい。ダンゾウ様から知らせを受けていませんか?」

『……教える相手が誰かは聞いていなかった』

 

 隊長はまだオレが身代わりになる可能性があることを知らない。そもそも決定事項じゃないし。

 うちは一族の件はダンゾウ様といえど慎重にならざるを得ない案件であり、今後どう状況が変化するか読めないからだ。オレは、ただの保険。

 

 その日から隊長に指文字を習い始めた。読むのと実際に自分でやるのとでは随分と勝手が違う。

 まず隊長の指の動きについていけない。人間やめてるだろ、アレ。

 普段オレに見せていた指文字は読みやすいよう配慮されていたのか。

 

 滅多に忍術を使わない隊長が、やけに火遁の印を結ぶのが速い理由が分かった気がした。

 

「あの弟くんが一族抹殺するなんて、本当にそうなるんですかね。当初は隊長がやる予定だったんでしょ?」

 

 隊長のように動かない指にイライラしながら、気になっていた話を振る。隊長はオレの指の動きを目で追いながら『ダンゾウ様が決めたことだから』と興味なさげに言った。

 うちはイタチは優秀な忍だが、情に左右されることなく一族を皆殺しにできるかと言われると微妙なところ。

 オレは隊長がやった方が確実だと思ってる。決してダンゾウ様には言わないが。

 

「隊長もそれでいいんですか? 普通、弟くんが少しでも可愛いならやらせないんでしょうけど」

『…………』

「まあ、隊長はそういうのないですよね」

 

 根の人間は一般的な感情ってやつが理解できない奴が多いけど、この人は別格だと思う。感情が分からないというより、そもそも“知らない”んじゃないかって。

 ……そのわりに急に人らしいことするし、チグハグなんだよなあ。

 

「ところで、ヨル達には上手く言っといてくださいね。ゴズ達が言うには馴染むまで結構かかるらしいんで」

『分かった』

「あーあ。どれくらい痛いんだろ。メズにだいぶ脅されて憂鬱なんですよ」

『……よく喋るな』

 

 少し呆れたように言われた。オレは「そりゃあ」と笑う。この人は知らないだろうけど、オレは普段は無口な方だ。

 

「隊長のこと尊敬してるので。たくさん話したいじゃないですか」

 

 

 

 初めて任務で致命的なミスをした。

 

 うちはシスイの血が付着している忍刀を背中に戻す。

 

「…………やっべ」

 

 手負いで死にかけだったシスイを取り逃した挙句、一瞬とはいえ“素顔”を見られたかもしれないなんて。

 隊長の身代わりとなって死ぬことが確定している今、このミスはやばい。やばすぎる。すでに顔も“そっち”に変えてたってのに。

 

「シスイの捜索はオレよりヨウジさんのが確実。先に隊長のところに……」

 

 もしもシスイがヨウジさんの蟲の追跡から逃れたとしたら、“うちはスバル”に命を狙われたとうちは一族に証言するかもしれない。そうなればあの人の立場が危うくなる。先に伝えておけばいくらでも対処はできるはずだ。

 

 

《なぜ ここにきた》

 

 一族の会合を終えたばかりな隊長の前に姿を現す。少し苛立っているようだ。周囲にうちは一族の人間がいる状況で、暗部の姿をしたオレがここにいるのは不味い。

 隊長は念入りに周囲の気配を探っていた。

 

「すみません。急ぎで伝えなきゃいけないことがあって」

「…………」

 

 オレは隊長に全てを説明した。シスイの姿を見失ったこと、ヨウジさんが追跡を続けていること、シスイに今のオレの顔を見られた可能性が高いこと。

 

《わかった》

 

 隊長はオレを責めることも、この状況を嘆くこともしなかった。むしろどこか安心したような……そんな表情をしてる気がする。

 

《おまえは はやくもどれ》

「はい」

 

 フッと姿を消す。再び走り出したオレの元にブブブと羽音を立てながら何かが近づいてくる。ヨウジさんの蟲だ。

 

 蟲たちが目の前でぐるぐる旋回する。

 

「ヨウジさんの元へ案内しろ」

 

 まずは合流しなければ。ある方向へと進み始めた蟲たちの後を追いかけた。

 

 

 

「良かったー。シスイの死体、見つかったんですね」

『南賀ノ川に浮かんでいるところを一族の者が発見したそうだ』

「へえ」

 

 ダンゾウ様にこってり絞られた翌日、隊長の口から直接『問題ない』と聞かされたオレはホッと胸を撫で下ろした。

 この様子ではシスイは誰に会うこともなく、毒で感覚の鈍った身体で逃亡中にうっかり足を滑らせ――崖から転落したんだろう。

 

「遺体は回収できたんですか?」

『ダンゾウ様は無闇に一族を刺激することを望まれなかった』

「ああ、里側である暗部が遺体を引き取りたいなんて言い出したら、すぐにでもクーデター起こしそうですよね」

 

 ヨウジさんの打ち込んだ毒は、時間経過と共に体内から完全に消えるから問題ない。オレたちがやったという証拠は何一つ残っていないはずだ。

 一族の、それも弟と親しくしていた人物が死んだというのに、隊長は全く動じていないようだった。

 

 ……この人、どんなことになら心を動かすんだろう。

 

 

 

 その日の午後から隊長と入れ替わることになっていた。

 

「スバル」

「…………」

 

 うちはイタチがヤシロ達と揉めているという事前情報を得た上で、警務部隊の前を偶然通りかかったように見せかける。

 建物から出てきたのは、うちはフガク。クーデターの首謀者であり隊長の実の父親でもある男。

 

「お前も任務終わりか」

「…………」

 

 これ、想像よりキツい。いつもの癖で声を出しそうになる。万が一に備えて事前に喉を潰しておいた方が良いのでは。

 オレは隊長よりゆっくりめに指文字を綴った。

 

《はい》

「……一緒に帰るか」

 

 フガクが僅かに眉を上げる。……何か気づかれたか? しかし、彼は何も言及せずに歩き始める。どっちだ。

 

「疲れているようだな。今日は鍛錬は控えて早めに休め」

「…………」

 

 やはり何かを間違えたらしい。隊長の話では、父親とはそれほど交流はないはずだが……。

 

《分かりました》

「……さっきからその畏まった言い方はなんだ」

《分かった》

 

 隊長、まさかの父親に対してタメ口だった。嘘だろ。

 

 

 軽い衝撃を受けながらも、無事にうちはの集落に辿り着いた。

 モズさんや気配を消すのが上手い先輩達ならまだしも、オレはほとんどここに来たことがない。どこに何があるか、誰がいるかなどは全て頭に叩き込んである。でも実際に目で見るのとは違う。

 集落内を歩いてる時に向けられる視線だけで、隊長が彼らに存在を受け入れられてることが伝わってきた。

 

「…………」

 

 ここが、あの人の生まれ育った場所。

 

「…………イタチ?」

 

 漸く家が見えてくるといったところで、隣を歩いていたフガクが異変に気づいた。駆け足になる。それを追いかけるような形になり、家の前で立ち尽くしていたイタチと目が合った。

 

「……スバル兄さん」

 

 彼の前には地面に這いつくばっているうちは一族の上層部が三人。まさか、イタチ一人にやられたのか。

 情けねーなあと思ったが、オレも手負いのシスイにまんまと逃げられてるし人のことは言えないんだった。イタチとシスイは一族の中でも別格だとダンゾウ様も言ってたっけな。

 

 今のオレは一族側だから、彼らに手を貸さなければ怪しまれる。

 できるだけ友好的に三人に向かって手を差し出す。今、表情動いたか? 笑顔でいるより無表情を貫く方が難しい。

 

「スバル……お前の弟はどうかしている……一体どんな教育をしてきたんだ」

「…………」

 

 反射的に知らねーよと言いたくなった。危ない危ない。オレが面倒みたわけじゃないし、当然あの人でもないだろ。まず弟の世話をするような人じゃないから。

 

「…………」

 

 いや、あの人部下の面倒はきちんと見るタイプだからあり得るのか……? 入れ替わる前にも弟たちとの交流マニュアルみたいな紙を渡されたしな……。結局触れ合いがどーのって何だったんだ。

 

 とりあえず今はこの状況を何とかしよう。うちは上層部のイタチへの不信感は十分高まっただろうし、これからはより一層“オレ”に一族の情報が集中するはずだ。

 

 指文字で《ここで なにを?》と尋ねると、ヤシロが先ほどから呆然としているイタチを睨みつけながら答える。

 

「我々はうちはシスイの自殺について知らせに来ただけ。それを、お前の弟が急に腹を立てて襲い掛かってきたのだ」

 

 うちはイタチの反応を見た感じ、それだけじゃなかったようだけど? まったく。大人げねーな。

 

《もうしわけありません》

 

 深く頭を下げる。途端にヤシロ達が慌て始める。さっきはオレの教育がって責めてきたくせに白々しい。あの人もよくこんなのに耐えてるよ。

 

 物言いたげな表情でこちらを見ていたイタチの腕を掴む。

 

《しゃざいを》

 

 イタチは微かに肩を震わせていたが、やがてその場に膝をついた。

 イタチの謝罪に感情が伴っていないのは明らかだったものの、ヤシロたちの気分を多少は良くしたらしい。

 

「……分かりました。今回のことは不問にしましょう」

 

 一族のトップであるフガクにまで頭を下げられては、これ以上掘り下げた方が立場が悪くなる。そう考えたのかヤシロ達は渋々ながらに引き下がった。

 

「…………」

 

 ダンゾウ様は、うちはイタチが一族虐殺をしてもおかしくない精神状態だったと印象付けるようにと仰っていたが……。

 

 ――なんだ。わざわざオレが手を下さずとも、全部上手くいってるじゃんか。

 

 すぐに崩せる。

 

 うちは一族は順調に破滅への道を進んでる。そして、オレとイタチが役目を果たせば、あの人は…………。

 

 

 

「ユノ」

「モズさん」

 

 お面をつけずに根の屋敷を歩いてる時、オレが隊長ではないと瞬時に見抜けるのはこの人くらいだ。

 

「どうしていつもオレだって分かるんですか? クロ隊長ならまだしも、今のところ百発百中ですよ」

「観察していれば分かる」

「まあ、そういうことにしておきましょうかね」

 

 詳しくは聞かされていないが何かしらの能力だろう。この人はやけに気配を消すのが上手く、相手の気配を探ることにも長けている。

 

「任務はどうだ」

「順調ですよ。弟くん達には随分と警戒されてますけど」

「……お前は表情がよく動くからな」

「えっ。マジですか」

 

 ぺたりと自分の頬を触る。そんなはずは。顔を変えてからはとくに気を配ってたのに。

 

「アイツが動かなすぎるせいだが……」

 

 モズさんが何とも言えない顔をする。クロ隊長を“アイツ”呼びできるのはこの人くらいじゃないだろうか。

 

「お前はよくやってる。オレでもアレは無理だ」

「モズさんの口から無理って言葉が出てくるとか冗談キツいですって」

「アイツ、頭おかしいんだよ……」

「…………」

 

 普段なら「またまた〜」と返していたかもしれない。

 オレの頭に浮かんだのは、会うたびに『家を出る前にサスケをハグしたか?』『イタチと何か話したか?』としつこく聞いてくる隊長の姿だった。

 

 

 

 隊長は完璧主義者だ。渡されたマニュアルを読んで改めてそう思う。

 

 人間らしい心とか、そういうのが分からないなりにダンゾウ様に与えられた任務をこなすべく「他人への正しい対応」を全て言語化して厳守してきたらしい。やけに弟二人への対応マニュアルが細かく、意味不明なものが多いのは気になるが、真面目な隊長らしいといえば確かにと納得できる。

 

 でも父親に対して《適当で構わない》はないだろ。

 うちは一族の、しかもトップであるフガクに対してタメ口かつ時には無視が許されてるなんて普通は考えられない。

 律儀に全部反応してたら「今日はやけに会話を成立させようとしているな……」と疑われた。隊長は普段どんなやり取りをしてるんだ。どこに地雷があるのか分からなさすぎる。

 

 

《おかえり》

 

 今日も屋敷ですれ違った隊長に『イタチと挨拶くらいはしてるんだろうな』と凄まれたので、帰宅したイタチを玄関で出迎えてみることにした。

 今更家族らしいことをしたって無意味としか思えないが、あの人のことだから何か考えがあるんだろう。

 

「……ただいま」

 

 オレがここまでしてるというのに、イタチは目を合わせることすらせずに目の前を通り過ぎていく。

 オレがイタチなら、話しかけてくれた隊長を無下に扱ったりなんてしないのに。

 僅かに苛ついていたせいか、オレとイタチの元へやってきたサスケに商店街に行こうよと誘われたのに、素っ気ない態度をとってしまった。

 脳内の隊長がすでに般若化していて冷や汗が止まらない。待ってよ。

 

「……どうして? スバルにいさん、やっと帰ってきたのに……今日はもう任務もないって」

 

 サスケの大きな瞳がうるうると潤む。だから待ってよ!

 

 任務でも滅多に動揺しないオレが、こんな小さな子供の機嫌一つに翻弄されるとは。……屈辱だ。

 

 子供の宥め方なんて分かるはずない。何を言っても火に油を注ぎそうなのに。

 

 せめて表情を変えないようにサスケを見下ろしていたら、怒りを露わにしたイタチに顔を貸せと言われてしまった。

 こんなの隊長にどう報告したらいいんだよ。

 

 

 

 うちは一族によるクーデター決行の前日。

 

 ついにこの日がやってきた。オレに与えられた役目も、ようやく終わる。

 

「聞くまでも無い気もしますけど、いいんですか? 弟くん二人を除く一族全員が死ぬんですよ」

『構わない』

「はは、やっぱり隊長はとんでもないな」

 

 この人はこうじゃないと。オレがあまりに楽しそうに笑ったからか、隊長は不可解なものを見るような目つきになった。

 

「昨日はどうだったんです? 一日だけ()()()になったところで、弟くんたちは気づかなかったでしょう」

『ああ』

「……でも、隊長を見送る時のサスケくん、オレの時より随分と表情が明るかったんですよねぇ。なーにが違うんだろ」

『…………』

 

 隊長は何かを言いかけて、やめたようだ。

 更衣室でイタチに言ったように[イタチの兄は俺だけだ]に近いことを言うかと思ったのに。あれも本音ではないはずだし、そんなもんか。

 

 うちは一族の集落。これから実の両親を手にかけるというのに、隊長の様子はいつもと変わらない。

 

「オレは玄関の前に待機してますね」

『…………』

 

 きっとこれが隊長との最後の会話になる。

 

『ユノ』

 

 ――風が吹いていた。

 

 オレたちがいるのは適当な建物の上で、隊長の実家を見下ろせる位置にある。

 今日はいつもより風が強い。そんな中でも、隊長の声はしっかりとオレに届いた。

 

『今回の任務を受けたのがお前で良かった』

「……隊長?」

『後は頼む』

 

 隊長はオレの言葉を待たずに行ってしまう。

 追いかけることは出来ない。隊長の姿が完全に家の中に消えたことを確認してから、玄関の前に立つ。

 

 頼むって何を。オレは今からイタチに殺される……与えられた役目はそれだけのはずだ。

 

 思考が中途半端なところに着地した直後、消す気もない気配が、こちらへと近づいてきていることに気づいた。

 

 顔を上げる。視界の端で()()()()()()()()()黒髪が束になって揺れた。

 あの人、髪の手入れとか面倒くさがりそうなのになんでこんなに長くしてんだろ、なんて場違いなことを考える。最後なんだから聞いとけばよかったな。

 

 

「……スバル兄さん」

 

 仮初の名前も、結局最後まで馴染むことはなかった。

 一番最初に与えられた名前である“ユウ”ですらオレにとっては記号でしかなく、今はオレの存在を示すものですらない。

 

 腰からホルスターを抜き取り、構える。

 

「オレは……」

 

 血に染まった忍装束に身を包んだイタチが何かを言おうとした。その言葉を遮るようにクナイを投げつける。しかし、イタチからの反撃は飛んでこない。

 今更兄である隊長を殺せないなどと言われては困るので、相手の意図も掴めないまま戦闘状態を解除した。

 

「…………どういうつもりだ」

 

 腹の奥底から絞り出したような声。イタチの顔は悲痛に歪み、今にも縋り付いてきそうな気配すらあった。恐らく、自覚もしていないだろう。

 

《ころせ》

 

 オレの指文字はイタチにどのように伝わったのか。

 彼はまるで親に見捨てられた子供のような顔をした。ズキッと胸の奥で鈍い痛みが走る。

 

「…………?」

 

 己の胸に手を当てる。なんだ、今のは。

 

「…………なぜ、殺せなどと」

《やくめを はたすときが きた》

 

 気をつけたつもりだったが、目元が緩んでしまったかもしれない。

 

《これで おわる》

 

 そうだ。これで全部終わる。オレにはこの感情が何なのか分からない。安堵とも後悔とも違う。似ても似つかない。知らないはずなのにそんなことを考えてしまう。矛盾だ。

 

 指文字を綴り終えた両手を下ろす。

 

 日常的に指文字を使うようになって思ったのは、たったこれだけの動作でも「もう話すことはない」と相手に伝えられるということ。イタチの口が完全に閉ざされてしまったように。

 

 イタチの握る刀が動く気配はない。もう少し背中を押さなきゃダメか。

 

「…………」

 

 ――伏せられていたイタチの瞳はいつの間にか写輪眼になっていた。

 

 隊長や他のうちは一族の写輪眼とは模様が違う。身構える隙すら与えられず、目と目が合わさった瞬間に身体――いや、精神の自由を奪われてしまった。

 

 …………幻覚、なのか?

 

 真っ先に視界に現れたのは、見慣れた顔。隊長だ。今より随分と幼く、まだアカデミーにも通っていないような年頃に見える。

 

 まるで自分がこの場に存在しているかのようだ。

 

 幼い隊長は相変わらずの無表情だったが、オレ――いや、これはイタチだ――がその背中に手を伸ばすと驚いたように目を見開いた。

 

 勢いよく掴まれた腕の僅かな痛みと熱まで伝わってきて、“オレ”は呆然とした。

 

 ――――ここはイタチの記憶の中?

 

 思いきり飛びついてきたイタチを何とか抱き止めた隊長の顔は安堵しているようで、見たことのない表情を浮かべている。

 

 隊長よりさらに幼いイタチが楽しげに笑う。隊長は元の無表情に戻ったかと思えば、大切な宝物に触れるかのようにそっとイタチを抱きしめていた。

 

 そのような日常の些細な一コマを何度も何度も繰り返す。

 

 すれ違っていた隊長とイタチが和解したり、共に出掛けたり、一緒に修行したり。

 

 一般的には“微笑ましい”と思われるような日常はあっという間に過ぎ去っていく。

 

 隊長が根に所属することになったからだ。

 

 隊長が寮暮らしとなって実家に一度も帰ってこなくても時間は流れる。

 より一層修行に没頭するイタチ、優秀な息子を誇らしげに見守るフガク、そんな二人を心配そうに見つめているミコト。

 

 寂しい、という感情が胸に流れ込んでくる。この感情はオレのものではない。オレの理解の及ぶものではない。だというのに、まるでオレが()()()()()()()()()()()()()()全てが鮮明に移り変わっていった。

 

(…………なんで)

 

 気が遠くなるような長い時間の中。だんだん己が何者だったのかすら分からなくなってくる。

 

(…………どうして?)

 

 

 ――――あの人は、弟を愛していた。

 

 両親や他のうちは一族のことだって、人並みに思うところがあったのだろうと……そう感じられるくらいに。あの人はオレが考えていた以上に人らしく、相応の愛を受けて育ってきた人だった。

 

「…………」

 

 暗闇の中、絶えることのない記憶だけが頭の中で鳴り響く。

 いつまでそうしていただろう。……もう随分と長い間ここにいる。

 

 オレは何者だ。オレは、何のためにここにいたんだっけ?

 

 再び流れ込んできた記憶のような――己の人生のような――それをただただ眺めていることしかできない。

 流されていく。

 うちはイタチ越しに、雀鷹面を被っているあの人と、その隣に立つ青年を見た。あれはオレだ。オレだったもの。ユノという名を与えられ、狐面で己の存在を偽り続けてきた……ダンゾウ様のためだけの存在。

 

「…………はは」

 

 乾いた笑いが漏れた。

 

「なんだよこれ……他人に興味なんてなさそうな顔して…………」

 

 それはあの人に向けたものであり、自分に向けたものでもあった。

 

 この記憶は、そうだ。イタチが正式に暗部に入隊した時のもの。ぎこちなく会話する隊長とイタチに、なんだかもどかしくなって「オレの弟でもあるんだから」と軽口を叩いた。

 隊長は食い気味に[イタチの兄は俺だけだ]なんて言ったんだよな。ずっとリップサービスだと思っていた。……何も知らなかったのは、オレの方。

 

 その瞬間、切り離されていた精神が肉体に戻った。

 

 ぐるんっと世界が逆転したかのよう。地面に手をついて何度も咳き込むオレを見下ろしている気配が一つ。

 

「……お前は」

 

 顔を上げれば赤く光る瞳があって、朦朧としつつある意識を必死に手繰り寄せた。

 

 今までのは全部イタチの幻術。オレは()()()()()

 

「万華鏡写輪眼……普通の幻術と違うわけだ。一本取られたよ」

 

 こんなの反則技だろ。どうしようもない状況に笑うしかない。

 

「お前は、スバル兄さんの部下の…………」

「もう言い逃れはできそうにないな…………隊長の弟ならオレの弟でもあるって言っただろ?」

 

 勿論あの言葉は本気じゃなかった。

 

「やっと分かった……オレの役目が」

 

 分かったところでもう遅い。オレは役目を果たせなかった。

 

 オレはここで死ななければならなかった。うちはスバルとしてではなく、イタチの兄として。

 

 ――今回の任務を受けたのがお前で良かった

 

 隊長がなぜ“オレで良かった”と言ったのかは分からないままだが、あの人がオレに何を頼むと言ったのかは分かる気がする。

 

 あの人はイタチの兄である自分をここで終わらせるつもりだったんだろう。

 

 そこにイタチの感情はない。あの人の感情すらも。

 

「……なぜ兄に成り代わる必要があったのか、兄はどこにいるのか、話すつもりはないんだな」

「根の忍は拷問されても任務内容を漏らさない」

 

 口端を持ち上げる。うちはシスイといい、優秀な忍相手の任務はこれだから。

 

 イタチの手に握られている忍刀が鈍い光を放つ。

 オレはここで死ぬ。うちはスバルでもイタチの兄でもなく――ただのオレとして死ぬ。

 だからさ……アンタはまだ何も終わってない。

 

「言い残すことはあるか」

 

 オレは笑った。隊長との任務で何度か聞いたことがあるセリフだったからだ。

 

「ないね」

 




ユノは最後まで自覚すらなかったけどヨル(同期)が好きだったという設定

尊敬する人物(モズ・スバル)への思い込みが激しく「クロ(モズ)隊長はそんなことしない!!(解釈違い!!)」タイプで、こっちはちょっと自覚あった
最後は自分が解釈間違ってたことに気づいて脳焼かれてます


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デート日和

ネタ募集で貰っていた、要約するとセキとのイチャイチャ話です。

以下、原文
「もっとセキさんとのイチャイチャを…」
「セキちゃんとのデートをですね希望します!中忍試験後にそれとなく理由(忍具が前の試験の時に使い切ったとか、任務で必要になったとか)でスバルを呼び出して、普通に買い物してイチャイチャして、甘味処に寄ってイチャイチャして、ツーショット撮ってイチャイチャしてて欲しい。スバルは上のことをデートって認識してなくて、別れ際に今日のデート楽しかったよまたね!って言われた後にこれってデートだったのか!ってなって顔真っ赤にして欲しい」

もう半年前らしいです。送ってくれてありがとう…!書くの楽しかったです。イチャイチャしてるかはどうかは当社比。



 中忍試験が終わり、モズから「休暇延長申請はちゃんと通ってるから」というありがた〜いお言葉と共に「オレはこれからお前の監視」と死刑宣告を受けた。

 いくらなんでも休暇中24時間体制ではないだろうが、常に見られていると思っていた方がいい。なんて憂鬱なんだ。

 

 

 翌日。いつものように自室で朝を迎えた俺は、ふああと欠伸しながら上半身をぐいぐい伸ばした。

 これもモズに見られてるのか? こういうのならいくら見られてもいい。ほらほら、好きなだけ見ていけよ。なんなら写真を撮ってくれても構わない。

 

 洗面所で顔を洗って歯を磨き、朝食にはまだ早いからと無駄に広い庭で手裏剣術の修行をした。

 例えばこういうのが写真に撮られてダンゾウに報告されたら「休暇中もきちんと修行に励んで素晴らしい奴だ」ってなったりする? ならない? アイツの自室の壁全体を俺の修行中の写真で埋めてやろうか。

 

 

 あー良い汗かいた。

 肩にかけていたタオルで汗を拭い、自室に戻って着替える。背中にうちわマークが入ったパーカーに、七分丈のズボン。いつものスタイルだ。

 背中のマークさえなければなあ。俺はシンプルなのが好きなんだよ。

 

「あら、スバル。こんなところにいたのね」

 

 台所ではなく、玄関の方角からやってきた母さんがにっこりと笑う。なんだか妙に機嫌がいい。いいことでもあったんだろうか。

 

 母さんはもう一度「ふふっ」と意味深に笑って、首を傾げた俺に言った。

 

「今呼びに行こうと思っていたの――女の子が来てるわよ」

 

 

 

 癖のない真っ黒な髪が、少女の肩先でさらりと揺れた。

 

 母さんに言われるまま玄関で靴を履き、こんな朝っぱらからなんだと思いながら外に出た俺は、首後ろに手をやった状態で……固まった。思考と共に。

 

 少女はふわりと綺麗な笑みを浮かべる。

 

「ごめんね。こんな朝早くに非常識だった」

「…………」

 

 さっきの愚痴を読まれてた。

 

「近所のうちはの女の子が来たと思ったの? ……その子、スバルに会いにくるんだね」

「…………」

 

 いや、その子が俺を訪ねて家まで来たことはないけど……。消去法でその子かなって。

 なんだか言い訳っぽくなってしまった。

 

 少女――セキは「ふーん」と目を細め、やがて俺が困惑してることに気づいたのか、申し訳なさそうな顔をする。

 

「……えっと、あのね。今日ここに来たのは」

 

 よく見てみれば、セキは私服ではなく忍装束だった。中忍試験の時とは少し違うデザインだ。

 

「これは、違うんだ。何を着ていけばいいのか、分からなくて」

 

 あるある。俺も久しぶりの休日を満喫してると、いつもの癖で忍装束身につけちゃってたり、どうせこの後修行するからこっちでいいやーってなったり。やんなっちゃうよな。

 

 セキは心を読めるから不要かと思ったが、一応両手を持ち上げる。

 

《しゅぎょうの さそい》

「……そう。そうだよ。スバルがいつまで休みか聞きそびれていたから。中忍試験のリベンジもしたかったし」

 

 だからこんな早くに来てしまったのだと、セキはもう一度謝った。俺はふるふると首を横に振る。気にしなくていい。

 

 どう答えたものか。悩んでいると、後ろからパタパタとスリッパで歩いた時の音が聞こえてくる。母さんだ。

 

「あなた、朝ご飯は食べたの?」

「えっ……はい……いえ、まだです」

「それならスバルと一緒に食べてから行きなさい。この子、さっきまでお稽古しててまだなのよ」

 

 セキが助けを求めるように俺を見る。

 

「スバルも。お腹すいたでしょう?」

《うん》

「二人とも手を洗ってから居間にいらっしゃい」

「は、はい!」

 

 セキの声がいつになく跳ねている。緊張しているようだ。

 

《こっち》

 

 玄関に入って慌てて靴を脱いでいるセキに手を差し出す。

 セキは「えっ」という顔をして、俺の顔と差し出した手のひらを交互に見た。……どういう反応?

 

《だんさ あぶないから》

「うん……」

 

 俺の手のひらの上に自分の手を重ねてきたセキ。俺より小さな手をしっかり握り、そのまま洗面所へと向かった。

 

 

 

「セキちゃんって呼んでもいいかしら?」

「ええ、嬉しいです」

「アカデミーの同級生だったのね。この子、自分の話は全くしないから」

「…………」

 

 なんだろう、この疎外感。ただただ居心地が悪い。落ち着かないっていうか。

 母さんはセキにご飯をよそいながらアカデミー時代の俺の話を聞きたがるし、セキはニコニコとそれに対応している。

 

「もしも嫌な気持ちにさせてしまったらごめんなさいね。スバルは声を出せないし、感情を表に出さないでしょう? だからセキちゃんが羨ましいわ」

「……スバルも同じようなことを言っていました。自分の気持ちを汲み取れる私が、いいなって」

「まあ。……ねえ、今はどんな声が聞こえてるの?」

 

 母さんとセキが、黙々とご飯を口にしている俺を見た。やめてくれ。

 

「……これ以上はやめた方が良いかと」

「残念ね」

 

 母さんが小さくため息をついた。セキに良心が残ってて良かったよ。

 

 

 

「スバルのお母さん、すごく優しいし、ご飯も美味しかった」

「…………」

「温かい人だね」

 

 朝ごはんを食べ終わって家を出る。

 セキの横顔は少し寂しそうで、何かを思い出してるようにも見えた。

 

《どこをつかう》

 

 この辺りだと、新しいうちはの演習場がある。修行するならうってつけだ。

 しかし、セキは「あの……」と言いづらそうに視線を逸らした。

 

「修行……のつもりで来たんだけど、クナイも手裏剣も持ってきてなくて」

《むこうにある もんだいない》

「……ちょうど新しいのが欲しいと思ってたんだ。一緒に選んでくれないかな?」

 

 そういうことなら。クナイも手裏剣も自分に合ったものを使った方がいいよな。

 

 

 

 うちはの商店街で買おうと思っていたが、悪い意味で有名な俺と、覚方一族唯一の生き残りであるセキという組み合わせは目立った。とにかく目立った。ので、こっちの方が品揃えもいいだろうということで、木ノ葉の大通りにまで足を伸ばしていた。

 

 ここはいつも人が多い。途中何度か分断されそうになったからか、セキは俺の服の裾を掴んだ状態で隣を歩いている。

 

「スバルはいつもどこで忍具を買ってるの?」

 

 根に所属してからは、必要な武器などは全て支給されている。自分で買ったことはほとんどなかったはずだ。

 

「そうなんだね。あそこ見ていい?」

 

 セキが指差した先には、忍道具専門店。中に入ってみると、テーブルや壁中に忍具が並べられたり立てかけられている。すごい数だ。

 

「……これだけあると選ぶのも大変だ」

 

 セキの言葉に同意し、適当に目についた手裏剣を手に取る。普段俺が使っている物より小さくて軽い。セキも同じものを手に取って「軽くて投げやすそう」と言った。

 

「そこで試し投げできるよ」

 

 話を聞いていた店主が人の良さそうな笑みを浮かべながら、自分の真後ろにある的を指差した。

 

「どれ、当てやすいように移動させて――」

 

 店主が椅子から立ち上がった瞬間、俺とセキが同時に手裏剣を投げた。

 

 二つの手裏剣はどちらも的の中心に突き刺さり、なぜか店主のメガネがずり落ちた。

 ……おかしいな、そっちには掠りもしてなかったはずなのに。

 

「私の勝ち」

「…………」

 

 悔しいことに、セキの投げた手裏剣の方が中心に近かった。

 

 

 

「買い物に付き合ってくれたお礼をさせてよ」

 

 さあ、今度こそ修行タイムだ! 手裏剣勝負のリベンジだ! と思っていたら、セキが先手を打ってきた。

 

《きにしなくていい》

「私が気にする。……それに、甘いもの食べたい気分なんだよね」

「…………」

 

 甘いもの。

 

「この間新しくできた甘味処知ってる? 柏餅が美味しいんだって」

 

 柏餅。

 

「あと、苺大福も。どうかな」

 

 俺は迷うことなく大きく頷いた。

 

 

 

 新しくできたばかりで話題の店だから少し並んだが、その間にセキとアカデミー時代の話や、最近の手裏剣術についての話をしていたから退屈ではなかった。

 

 あ〜これこれ。生き返る。甘味こそ人類の救世主だろ。我等友情永久ナリ。ズッ友でいて。

 

 柏餅と苺大福、さらには栗饅頭を平らげた俺は、ズズズ……と温かいお茶を啜っていた。

 老後の爺さんみたいだという自覚しかない。俺は一向に構わない。

 

「おいしかったね」

 

 セキの言葉に何度もこくこくと頷く。セキは頬杖をつきながら、どこかうっとりとした表情でこちらを見ている。

 

「うん? ああ……スバルが幸せそうに食べてたから、私も幸せだなーって。いろいろ噛みしめてた」

「…………」

 

 完全に油断してた。セキはこれだから。

 

 

 

 いい感じに腹が膨れたところで、やっと修行の時間だ。たらふく食べてしまった罪悪感をここで拭い去りたい所存。

 

「スバル! 昼市やってるんだって。見に行こうよ」

「…………」

 

 セキが俺の腕を掴んで駆け出す。

 そこには様々な屋台が立ち並び、食べ物だけではなく手作りのアクセサリーや織物、さらには既製品まで幅広く売られていた。

 

 セキは早速アイスキャンディーを二つ買って、片方を俺にくれた。まだ何も考えていなかったはずなのに、俺の好みの味を選んでくれていて不思議だった。

 

 

「何を見てるの? ……かんざし?」

 

 アイスを食べ終わって、ぶらりぶらりと屋台を見て回っていた。俺は店主にお金を払って、包装を断った簪を受け取る。

 

 俺の心を読んだんだろう。何かを言いかけたセキが口を噤む。

 それなら話は早い。買ったばかりの簪をセキに差し出す。

 彼女は目をまん丸にさせ、何度か口を開こうとしては言葉にならなかったようで、もどかしそうにしていた。

 

「……スバルは、私に似合うと思って選んでくれたんだよね」

 

 セキがそっと俺の手のひらから簪を受け取る。その際に、ぽたりと簪に何かが落ちた。

 雨でも降ってきたのか? 思わず顔を上げて、驚いた。

 

「…………ありがとう」

 

 セキは泣いていた。

 

「嬉し泣きだから誤解しないで。ほら、前にもあったでしょ? 涙腺が緩いんだよ」

「…………」

 

 ラーメン屋でのことを思い出す。どうやらデザインが気に入らなかったとか、俺のことが嫌いだとかではないようで良かったけど……。

 

 セキは指で涙を拭い、くるっとこちらに背を向けた。自分の後ろ髪を手のひらで掴み、隣に簪を添えてみせた。

 

「どうかな?」

 

 俺は頷いた。その簪を選んだ自分のセンスも褒めたいくらいに似合っていたから。

 俺の心を読んだセキが吹き出した。やめてよ!

 

「今の髪の長さでいけるかな……家に帰ったらやってみる」

 

 俺はうんうんとさらに頷く。女の人ってあれでどうやって髪を結ってるんだろ。謎だ。

 

 

 セキは簪を綺麗な布に包んで鞄に仕舞っていた。断らずに包装してもらった方が良かったかもしれない。

 

「そこのお二人さん。写真を撮っていかないかい? すぐ手渡しできるよ」

「ぜひ」

 

 声をかけてきた男にセキが秒で返事をしていた。……俺の意見は?

 

「ほら、もっと近づいて! はみ出ちゃうよ」

「…………」

 

 写真屋の男が、微妙な距離感で立っている俺たちの肩をぎゅっぎゅと押した。

 

「…………」

 

 あの……これはこれで。俺の左肩の少し下辺りにセキの肩が触れている。つまり、それくらい近い。

 

「いい感じだよ! さっ、もっと笑って笑って!」

「…………」

「一、二、お前の表情筋〜!」

「…………」

 

 三! の代わりに歌うように言われて、セキは爆笑していたが俺は真顔のままらしかった。写真屋のおじさんがしょんぼりしている。本当にごめん。

 

 

「すごいなあ。十枚もあるのにスバルの表情全部一緒だよ」

「…………」

 

 セキが感心したように言った。

 

「本当に私が全部貰っていいの?」

《うん》

「見たくなったらいつでも言ってね」

 

 なるだろうか。俺はあんまり自分の顔が好きじゃないから、そんな日は来ない気がする。

 家に飾ってる写真もイタチやサスケが一緒に写ってるから置いてるだけだし。可能なら俺の部分だけ切り取りたいくらいだ。

 

 

 

 昼市が夜市になり、いつの間にか空はどっぷりとした闇に覆われていた。

 こんなにも時間の流れを早く感じたのは初めてかもしれない。

 

 結局、セキの目的だった修行は出来なかった。なんだか申し訳ないなあと思いながら帰路についていると、右手に温かいものが触れた。

 

「スバル」

 

 セキに手を握られているのだと気づいたのは、名前を呼ばれた後だった。

 

「今日、すごく楽しかった。これまでの人生で一番ってくらい」

 

 俺の足を止めるためのものだったようで、セキの手はすぐに離れていく。さっきまでなんとも思っていなかったのに、急に手が寒くなったような気がした。

 

「折角の休日を私に使ってくれてありがとう」

《こちらこそ》

 

 楽しかったと指文字で伝える。セキがふわっと笑う。

 

「またデートしてね。約束!」

「…………」

 

 でーと。date…………デート?

 

 

 

 なんか平衡感覚がバグったまま帰宅した。平衡感覚がバグってるってなんだ。バグってるのは俺の頭か? そうかもしれない。

 

「帰ったのね、スバル。セキちゃんとのデートは楽しかった?」

「…………」

 

 出迎えてくれた母さんに指文字を見せることも頷くこともできないまま、とりあえず手を洗って自室へと向かった。

 

「スバル兄さん!」

 

 とたとたと近づいてきたイタチが控えめに俺に抱きついてきた。足音まで可愛い。存在が可愛い。

 目の前に舞い降りてきた天使に吸い寄せられるように、俺は両手を広げてイタチを抱き寄せた。

 ああ、今なら空も飛べる。俺は無敵だ。イタチが好き。大好き。ホルモンバランスのせいか今日はとくに好き。サスケもだ。俺の弟たちは天使だし常に可愛いし神秘的だし国宝だしゴ◯ホの向日葵の隣に描かれるべき存在なんだ。

 

「あれっ、スバル兄さん……ちょっと」

 

 イタチが身を捩って俺の拘束から抜け出し、手のひらをぺたりと俺の額に当てた。まじまじと俺の顔を見ている。

 

「スバル兄さん、顔が真っ赤だよ」

「…………」

 

 その日の夜、俺は高熱を出して朝まで布団から出られなくなった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 休暇が終わるのはあっという間だった。久しぶりに暗部の忍装束に身を包み、背中に刀をさす。

 

『モズ隊長』

「……ああ、お前か」

 

 モズと話すのも久しぶり……ではないか。中忍試験が終わった直後に会ったし。

 

『なんでそんな反応を? 折角可愛い部下に会えたっていうのに』

「お前が可愛い部下なら、この世に存在する人間全員が可愛くなる」

『…………』

「それに言っただろ。休暇中、監視してたって」

 

 すっかり忘れてた。そんなこと言ってたな。

 

『…………』

 

 あれ、ということは。

 

 モズは心底嫌そうに、仕方なくといった様子で口にした。

 

「軽率に女に簪を贈るのはやめておけ。結婚を迫られるぞ」

『…………』

「オレは忠告したからな」

『…………』

 

 翌日。それとなくキノエさんに『男が女に簪贈るのってどう思います?』と聞いてみたら「女が受け取ったらプロポーズ成立だっけ? ボクらには関係のない世界だよね」と返ってきた。

 

「それがどうかしたの?」

『いえ……』

 

 突然恋人でもない男からプロポーズされて恐怖のあまり泣いてしまったセキ、という真実に近づいてしまった俺は、その夜もう一度寝込んだ。

 




本日のMVP:写真屋のおじさん

書き終わってから気づいたんですが、これ実質スバル夢小説では?
つまり、ネタ募集でいただいていた「スバルの夢小説まだですか?」にも対応できたのでは? ダメか?


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小さくなっても 上

頭脳は同じ!!(ではなかった)

いただいていたネタです。そろそろこどもの日ですね。とりあえず書けたところまで載せにきました。

以下、原文
「スバルがご都合忍術にかかって、子供(2〜3歳)になる話。
そんな自分より小さいスバル兄さんをイタチが見て、胸を抑えながら悶えることになる話。
時系列はどこでも大丈夫です!
スバルは子供の頃から無表情だったりしたけど、「弟センサー」ならぬ「お兄ちゃんレーダー」によってめちゃくちゃイタチに甘えてるスバル(無表情?)の話を見てみたい!
勿論、幼児化したスバルはそのことを覚えてなくて、イタチだけがこの出来事を胸の中に留めておいているんです!
イタチだったら、スバルが幼児化していたなんて話をしなさそうだし、これは俺だけが知ってる兄さんの話だ。とか思って言わなそうなので!」

>これはオレだけが知ってる兄さんの話だ
この作品のイタチへの解像度高すぎて三回くらい頷いてしまった
ネタ提供ありがとうございました!!楽しかったです。




 下忍として与えられた任務をこなすようになってから、一年が過ぎた。

 

 迷子のペットを探したり、ご老人の話し相手になったり、配達業務を手伝ったり。

 下忍とはいえ簡単な任務ばかりで拍子抜けしたこともあるが、それだけ木ノ葉には誰かの助けを必要としている人がいて、自分が力になれるという事実には誇らしさも感じていた。

 

 担当上忍である水無月先生は、穏やかな性格で良くも悪くも部下を平等に扱おうとしてくれる人だ。

 チームメイトであるテンマやシンコとはほとんど話をしないし、テンマに至っては何かとオレに突っかかってくるけれど、水無月先生に「仲良くね」と釘を刺されているからか、手を出されたことはない。

 なんだかんだ、平和な下忍生活を送っていると言えるだろう。

 

 それに…………。

 

 今は、スバル兄さんがいる。

 

 根から火影様直属の暗部へと異動になった兄さん。昔のように同じ家で暮らしていることが今でも信じられない。本当に……帰ってきてくれたんだ。

 

 スバル兄さんと寝食を共にするようになってから、朝起きた時、任務から帰ってきた時、毎日でなくともその姿を見られることが何よりも嬉しかった。

 兄さんは任務のために数日家を空けることもあったけれど、少しでも時間があればオレとサスケの様子を気にかけてくれる。

 

 オレもサスケも、そんなスバル兄さんが大好きだ。

 

 

 その日は早めに任務が終わり、水無月先生に報告書を預けて帰路についていた。

 

 元々は昼過ぎに終わる予定だったのに、まだ昼前。

 父さんは警務部隊の仕事、母さんとサスケは病院や買い物で夜までいない。シスイは任務に出ているし、スバル兄さんは今朝俺が起きた時にはすでに家を出ていたので、帰りが何時になるかも分からない。

 

 家に帰ったら適当にお昼ご飯を食べて、父さんに頼まれていた盆栽の手入れをして、久しぶりに一人で手裏剣術の練習でもしようかな。

 

 よし、と脳内のやることリストに追加していく。

 そうこうしているうちに家に着いた。

 

「ただいま」

 

 誰もいないと分かっていても一応。癖みたいなものだった。

 

 靴を脱いでる途中で動きを止める。

 

「…………」

 

 今、何か物音がしたような。

 

 つつ、とホルスターに指を伸ばす。音を立てずにクナイを取り出して右手に握る。

 

 ――侵入者か?

 

 家にサスケや母さんがいない日でよかった。靴を脱いだ状態で廊下を歩き、何度か壁に背中をつけながら気配を探る。……また音がした。ここまで堂々と音を出すなんて。まさか、忍ではないのか。

 

 物音はスバル兄さんの自室からだ。部屋の前に立ち、勢いよく障子を開いた。

 

「…………」

「…………」

 

 子供がいた。癖のある長めの黒髪が揺れ、猫のように大きな目が一瞬でこちらを向いた。

 

「…………」

「…………」

 

 オレの中の時間もいくらか止まっていた気がするが、相手もそうみえた。子供は二歳くらいの男の子で、無駄に大きな布を身体に巻き付けている。

 

「それは……スバル兄さんの服?」

 

 ただの布かと思いきや、よく見れば見覚えがあった。スバル兄さんがよく着ているものだ。

 子供はオレの言葉に驚いたように顔を上げる。

 

「…………」

「キミ、どうしてここに?」

 

 念の為解術をしてみたが変わらない。変化の術や幻術の類ではないようだ。

 子供はオレの視線から逃れるように俯き、スバル兄さんの服をぎゅうっとシワになるくらい握りしめた。

 

「…………迷子、かな」

 

 子供はややあって、こくりと小さく頷く。しまいには姿見鏡の後ろに隠れてしまった。……半分以上身体が出ているが。

 

 どうしたものかとため息をつく。サスケならともかく、知らない子供が相手だ。

 無理に連れ出そうとして泣かせてしまったら可哀想だし、ここにいるということは集落の子供だろう。

 まずは警戒を解いてから両親の名前を聞き出した方がいいかもしれない。

 

 できるだけ子供と目線が近くなるように、その場に膝をつく。

 

「オレはイタチ。この家に住んでいる。キミは?」

「…………」

「怖がらなくていい。そうだな……まずは服をなんとかしよう。サスケのがあったはずだ」

 

 ここで待っていてくれと言うと、鏡の裏から少し顔を出してくれた。不思議そうに首を傾げている。

 ……やけに覚えのある表情と仕草だな。

 

 気にはなったが、いつまでもあのような格好をさせているわけにもいかない。

 急いでサスケの部屋に行き、箪笥からサイズが合いそうな服をいくつか選んで戻ってきた。

 スバル兄さんの部屋に入ると、子供は鏡の裏から出て部屋の中央にちょこんと正座していた。妙に大人びている。

 

「はい、バンザイ」

「…………」

「…………」

 

 しまった。いつもの癖でつい。子供が困惑気味に両手を上げてくれたので、ささっと着替えさせる。下着は元から身につけていたようで安心した。

 ズボンを履かせる際に、臍の辺りにホクロがいくつか並んでいるのを見つけた。

 …………見覚えがあるな。

 

 

「よし。お腹はすいてるだろうか」

「…………」

「昨日の残りだが……よければ一緒に食べよう」

 

 手を差し出すと、子供はぱちりと目を瞬かせた。手を取る気配はない。

 

「…………」

「……嫌だったら言ってくれ」

 

 脇に手を差し入れて抱き上げる。子供はびっくりしたようで、ひしりとオレの首に腕を回してしがみついてきた。大丈夫だと伝えるためにぽんぽんと背中を撫でる。

 この年頃の子供が抱っこに慣れていないなんて。

 

「……ん?」

 

 子供を抱き上げた時に何かが落ちた。拾ってみると、紐を解かれた巻物だった。妙な術式が施されていて、すでに効力を失っているように見える。

 

「キミのものか?」

 

 子供がふるふると首を横に振る。違うらしい。

 とりあえず昼飯の支度をしよう。

 巻物をポケットに押し込み、子供を落とさないように抱え直してから台所に向かった。

 

 

 

 冷静になって考えれば、迷子だとすれば家族が必死に探しているだろう。警戒を解くなんて悠長なことを言っている場合ではなかったかもしれない。

 

 昨日の夕食の残りを温めながら思っていたが、そんな考えは一瞬で吹き飛んだ。

 

「この術式は……呪術に関する本で見たことがある。肉体に影響を与えるものだったはずだ」

 

 黙々とおでんを食べている子供の隣で、先ほどの巻物を開く。

 見たところ一つや二つじゃない。いくつかの術が複雑に絡み合っていて、全てを理解するのは難しそうだった。

 

「そう……あれは、確か」

 

 ――退行。

 

 肉体を過去に戻す、つまりは大人を子供にする禁術。

 さらには記憶に干渉する術式もある。

 

 どくりと心臓が嫌な音を立てた。

 

「…………名前を」

 

 食べ終わったおでんをじっと見つめている子供に声をかける。

 

「名前を教えてくれないか」

 

 子供はきょとんとしていたが、やがて両手を持ち上げた。

 

 たどたどしい手つきで見慣れた()()を綴る。

 

《すばる》

 

 

 

 ***

 

 

 

 子供の正体はスバル兄さんだった。

 

 そんなことがあるだろうかと思って両親に関する質問をしてみればぴたりと言い当てるし、指文字を使う時の微妙な癖がスバル兄さんそのものだった。

 

 しかも、ただ幼い頃の姿に戻っただけではなく中身まで年相応らしい。オレやサスケの話をしても不思議そうにしているし、全く記憶がないようだ。

 さらには暗部の証である刺青も消えていた。まるで、現在のスバル兄さんに二歳ぐらいのスバル兄さんを()()()()()()()みたいに。

 

 今すぐスバル兄さんを抱えて火影様のところへ駆け込むべきか悩んだ。

 調べたところ、この手の術はまず発動すること自体が稀であり、仮に無事に発動したとしてもその効力は長続きしないらしい。

 ……異変がなければこのまま様子見でもいいだろうか。別に、幼いスバル兄さんともっと一緒にいたいとか、そういうわけではないんだけど。

 

 

「…………」

 

 スバル兄さんの自室。サスケの部屋から持ってきた積み木やぬいぐるみで遊んでいる(遊び方が分からないようで、眺めたりつついてるだけだ)スバル兄さんを盗み見る。

 

「これは……こうやって」

 

 スバル兄さんの目の前で積み木を組み立てていく。

 

「…………」

「…………」

 

 どことなく「それで?」という顔で見られた。

 積み木は……積み上げるもので。それ以上でもそれ以下でもなかったはずだが。サスケがこの年頃の時は目を輝かせて喜んでいたのに。

 

「…………こうしたり、とか」

 

 言いながら積み木を指で押す。積み上げていたものが一気に崩れた。……どうだ?

 

「…………」

「…………」

 

 スバル兄さんは明らかに悲しそうな顔をしていた。オレは罪悪感で身を引き裂かれそうになった。

 

 

 

 スバル兄さんに年齢を聞くと《にさい》と返ってきたので、オレの予想は当たっていたらしい。

 

「そうか、二歳か……」

 

 しみじみと口にする。にさい。スバル兄さんが、二歳。なんというか、感情の置き場に困る。

 普通なら一生見ることがなかったスバル兄さんの幼少期だ。今のうちに噛みしめていよう。

 

「スバル兄さんは……いや、スバル……くん……?」

 

 兄さんは兄さんとはいえ、二歳の子供に対して兄さん呼びはどうかしてる。かと言って、スバルくんやスバルちゃんと呼ぶのも違和感しかない。

 

「……スバル」

 

 これはもっと酷かった。違和感の塊だ。もはやオレの知らない誰かを呼んでるかのよう。

 スバル兄さんはそうではなかったようで、嬉しそうに肩を寄せてきた。……可愛い。

 

「少し外に出てみないか。商店街で何か美味しいものでも、」

 

 言葉の途中でスバル兄さんがぶんぶんと首を横に振った。

 

「……大丈夫。あなたに心無い言葉を投げかける人はもういないから」

「…………」

 

 まだ幼いからか、大人のスバル兄さんと比べれば随分と感情が豊かだった。

 全てを諦めているような表情に、きゅっと胸が締め付けられる。

 

「そうだな、外はやめておこう」

 

 スバル兄さんがパッと顔を上げる。そっと頭を撫でれば、驚いたように目を見開いた。そんな反応でさえ愛おしく感じる。

 

 今のスバル兄さんに、どれだけの時間が残されているんだろう。

 

 もっと子供の頃の幸せな記憶を増やしてあげたい。

 

 スバル兄さんの好きなことを思う存分させてやるのは?

 スバル兄さんの好きなこと……?

 

 好きなものなら分かる。おむすびの具は明太子が好きで、野菜ならキュウリ、米料理ならチャーハンだ。中でも特別に好きなのが甘味全般で、近くを寄った際に甘味処にいる兄さんを何度か見かけたことがある。……全部食べ物だな。

 あとは趣味……趣味か。人間観察とか……?

 兄さんは暇さえあればオレとサスケを優しげな目で見つめているから。人を眺めるのが好きなのかもしれない。

 ……外に出ずに人間観察。無理だな。

 

「じゃあ何かご飯を……いや、食べたばかりか」

 

空になった皿の存在に気づいて内心項垂れる。することがない。

 オレは、幼い兄さんにすらしてやれることがないのか……?

 




イタチのスバルの呼び方、しっくりくるものが本当に一つもなくて書きながら笑ってしまった。
「スバル兄さん」が封印されたら唯一まともに呼べそうなのが「スバルさん」な気がする。(※2歳児相手)

内容的にはIFシリーズかな〜と思うんですが、イタチが誰にも言わずに胸にしまっておいてくれるなら番外でもいっかー!ってことでそっちに置いてます。
いつか本編で怪我したスバルの着替えを手伝う時に(そういえばあんなこともあったな…)と思い出しながら「はい、バンザイ」って言うイタチ。魂に刻まれたなんやらで反射的にバンザイするスバル。少し離れたところで両腕がぴくっと動いてしまうサスケ(耐えた)。そんなうちは三兄弟をさらに遠いところから眺めていたサクラとセキ「…………」


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HGSS世界でのうちは一族シリーズ
エンジュにうちはあり


※ポケモン(HGSS)世界にうちは一族が存在したら絶対面白いじゃん……と思って衝動的に書き殴ったネタです。
続かない可能性が高いので、クロスオーバー含めて大丈夫そうな人のみどうぞ。




 ジョウト地方にあるエンジュシティ。

 

 歴史の街と呼ばれてるだけあって、今日(こんにち)まで続く長い歴史の延長線上に立っている街である。

 

 美しい景観を損なわないように様々な工夫が施されており、この街を訪れた人はその洗練された美の虜になる人も少なくないのだとか。

 

 歴史というのは、血を繋ぐことでもある。恐らくこのエンジュシティで一番古い血筋を持つ一族こそが、うちは一族。俺の生まれた一族だ。

 人間でありながら口から炎を吐き出す特異体質を持っていて、特にご先祖様であるうちはマ……なんとか様はあの伝説のにじ色ポケモン、ホウオウから直接の加護を受けた唯一の人間だと言われている。

 多分人間の皮を被った第二のポケモンか何かなんだと思う。一族に代々伝わる巻物には彼の偉業がつらつらと書き連ねられているが、どれも人間離れした所業ばかりが載っていた。

 

 そんな、"なんかよく分からんが凄そう"なうちは一族ではあるが、現代ではただの火吹き野郎として全国にその名を轟かせている。呼び名だけでエンジュシティの景観を損ねそうなレベルである。

 父さんの世代に一度街側から「もっと高貴な雰囲気の呼び名を広められなかったんですか?(意訳)」と指摘されたことがあるらしいが、父さんは歯軋りしながら「こっちは全国から弟子入り希望の火吹き野郎が集まっててそれどころじゃないんだよ火消しはそっちでやれ!(意訳)」と返し、その日から街を管理する上層部とは不仲が続いているらしい。

 しょうもなさすぎて閉口しちゃったのは記憶に新しい。

 

 そんな黒歴史もたっぷりなうちは一族に嫡男として誕生してしまった俺の名は、うちはスバル。

 生まれつき声が出せない体質ではあるが、火吹きの才能だけは辛うじて受け継いでいたようで村八分もなくここまで細々と生きてこられた。

 

 まだ上手く火も吹けない二歳の時にヒワダタウンの隣に広がるウバメの森にその身一つで放り出され、ポケモン一匹捕まえてくるまで帰ってくるなと無茶振りされたり(トランセルを捕まえた)、自然公園の無差別連続ポケモンバトルマン達が蔓延る魔窟に捕まえたトランセルと放り込まれて完膚なきまでに叩きのめされたりしたが、俺は無事に生き延びた。

 

 トランセルは"かたくなる"だけは覚えていたが、"かたくなる"すらもできない生身の子どもがどんな目に遭ったかは言うまでもない。人間、生きていればそれで勝ちだと思う。生きてて偉い。

 

 そんなトランセルも俺が3歳の誕生日を迎える頃にはバタフリーに進化して、言葉を交わさずとも心を通じ合わせる良き相棒になっていた。

 それまではトランセルの"かたくなる"でバトルを長引かせている間に俺が相手のポケモンに口から吐き出した火を命中させるという、対人間におけるポケモンバトルでは間違いなく反則扱いされることをしていたわけだが、野生ポケモン相手なら大丈夫だろう。野生という無法地帯において、ルールはこの俺である。異論は認めない。

 

 

 

「3歳のお誕生日おめでとう、スバルくん」

 

 一族のほぼ全員が集まった俺の誕生日会。

 俺は挨拶に来てくれたその人が腕に抱えたぬいぐるみのようなポケモンから目が離せなくなった。

 

「私からの誕生日プレゼントを受け取って貰えるかな?」

 

 優しげな目が俺を見下ろしている。俺はただただ頷くことしかできなかった。

 そっと差し出されたポケモンを受け取って抱きかかえると、温もりと共にお日様の匂いがした。

 

「古い知人から貰った卵から生まれた子でね。生き物の放つ波動という力を読み取れるそうだ」

 

 そのポケモンは、リオルというらしい。くりくりとした円らな瞳が腕の中から俺を見上げている。

 

「君ならきっと大切にしてくれるだろうと思ったんだが………」

 

 リオル。何故かその名前はあっという間に心に馴染んだ。

 俺はリオルを落とさないようにしっかりと片腕で支えながら、空いた方の手で指文字を綴る。

 

《ありがとうございます》

 

「リオルを頼んだよ。私の息子もそろそろ1歳になる。またリオルと一緒に遊んでやってほしい」

 

 こくこくと頷く。確か、シスイという名前だっただろうか。

 その後も親戚達からたくさんのプレゼントを受け取り、愛想笑いには愛想笑いで返しながら(出来てるとは言ってない)、俺の誕生日会は無事に終わった。

 

 ただ3年生きただけの子どもを祝うためだけに"まいこはん"が踊りを披露してくれたり、富も権力も申し分ない一族である。

 親世代からは街の上層部との不仲オーラが漂っているが、今のところお互いに不可侵条約を結んでいるようで目立った諍いは起きていない。このままずっと平和でいてくれ。俺の心の平穏の為にも。

 

 

 バタフリーは孤高の存在というか、過剰に干渉を嫌う性格をしていてモンスターボールにも入らずに好き勝手過ごしていることが多い。性格は"さみしがり"らしいが、俺は信じていない。

 リオルはバタフリーとは真逆だった。モンスターボールに入ろうとしないところだけは一緒だけど、どこに行くにも俺の後をついてくる。最初は可愛いなあと思っていたが、俺がトイレに入った時ですら扉の前でじっと待つものだから圧がすごい。おかげで便秘になりそうだった。汚い話でごめん。

 

 バタフリーが同い年のちょっと気難しい友達だとしたら、リオルは年の離れた手のかかる弟だろうか。二人とも(俺はポケモンのことを人間と同じように数えている)ポケモンバトルにおいては非常に頼りになる存在なのは間違いない。

 とくにリオルは波動を読み取る力のおかげなのか、付き合いの長いバタフリー以上に俺の心を察知して行動に移してくれることがあった。

 

 

 

「ただいま、スバル」

 

 暫く病院に入院していた母さんがふわふわの毛布に包まれた何かを腕に抱えながら帰宅した。

 無表情のまま立ち尽くしている俺に母さんが苦笑している。俺は母さんのお腹の中に声だけでなく表情筋すらも置いてきてしまったようだ。

 

「ほら、お兄ちゃんよ、イタチ」

 

 その場で膝をついた母さんの腕の中を覗き込む。抱っこしていたリオルがこてんと首を傾げた。

 

「スバルにとっては弟ね―――リオルにとってもそうかしら?」

 

 母さんの言葉を正しく理解したのか、リオルの瞳がきらきらと輝いている。ぴょんっと俺の腕から降りて、期待しているような目でこちらを見上げてきた。

 

「……………」

 

 母さんに言われた通りに慎重に弟……イタチを抱っこする。すぐに嬉しそうなリオルがぴたりと寄ってくる。正直、首がぐらぐらしていて怖い。それでもぷっくらとした頬や同じ人間なのかと思うくらい小さな手のひらから目が離せない。

 初めてできた弟は、びっくりするくらい可愛かった。

 自然と頬がゆるゆると緩む。俺を見た母さんは驚いたように目を瞬かせて、少し泣きそうな顔で笑っていた。

 

 

 

 

「スバル兄さん!」

 

 ウルトラスーパー可愛い弟であるイタチも2歳になり、その可愛さにもさらに磨きがかかっていた。あの気難しいバタフリーですらイタチの可愛さにメロメロになってるくらいだから相当だと思う。

 

「またバタフリーがオレのところに来てたよ」

「……………」

 

 イタチはポケモンを引き寄せるフェロモンか何かを出しているのかもしれない。

 バタフリーに限らず、イタチの周りにはいつの間にかポケモンが集まる。オレとイタチが並んで立っていて、イタチの方に行かないポケモンなんてリオルくらいだった。

 

 イタチの周りをご機嫌そうに飛び回っていたバタフリーは俺と目が合うと露骨に鼻で笑った(気がした)。いい度胸じゃないか。

 

「ダメだよ、バタフリー。キミは兄さんのポケモンなんだから」

 

 なかなかイタチと離れたがらないバタフリーに、イタチが困ったように眉を下げる。2歳にして魔性の男になってしまっているイタチ。我がバタフリーながら見る目がある。

 

《かまわない》

 

 バタフリーの気持ちはよく分かってるつもりだ。あんな態度を取っているが、俺のことを嫌っているわけではないことも。……ただ、イタチの側があまりにも心地良すぎるってだけで。

 膝の上に乗っているリオルの額を撫でる。気持ちよさそうに目を細めている。

 すると、ふらりとバタフリーが俺の肩の辺りにやってきた。リオルを撫でていた指を差し出すと、そこにとまる。

 

「……………」

 

 バタフリーは今でも俺の大事な相棒だ。それはこれからも変わらない。

 

《イタチ》

 

 指文字にイタチがすぐに反応する。

 

《おれの バタフリーを たのむ》

「え? でも…………」

《おまえさえ よければ》

 

 イタチならきっとこの子を可愛がってくれるだろう。それに、バタフリーにならイタチを任せられる。

 

 俺がイタチくらいの年齢の時には例のウバメの森放置プレイによりトランセルという心強い(硬さ的な意味で)相棒がいたが、イタチの時代からはあの悪習は無くなってしまった。どっかの団体に虐待だとか何とか騒がれたらしい。いいぞいいぞ、もっと言ってやれ!

 

 そんなわけでイタチはまだ自分のポケモンを持っていない。

 うちはの家紋付きの服を着て出歩いているだけで「火吹き野郎だ! ポケモン勝負しろ!」と絡まれる物騒な時代である。護身用のポケモンがそばにいた方が安全だ。

 

《バタフリー》

 

 バタフリーに"声"をかける。賢いバタフリーは理解している素振りでじっと俺の指の動きを追う。

 

《このこが おおきくなるまで まもってくれるか?》

 

 バタフリーが鳴いた。力強く、任せろと言わんばかりに。

 イタチの顔がぱっと明るくなって、俺とバタフリーを交互に見つめる。

 

「いいの……? だって、スバル兄さんが大事にしてるポケモンなのに……」

《おまえだから まかせたいんだ》

 

 俺の指にとまっていたバタフリーがまたイタチの周りを飛び回る。

 

《おれには リオルもいるから》

 

 リオルが得意げに胸を張る。イタチが「えへへ」と笑う。

 

「ありがとう、スバル兄さん。オレ……兄さんのようにバタフリーのこと大事にするから!」

 

 

 




バイバイバタフリー………。

カタカナ頻出&お面がないこの世界線で指文字を全て平仮名にするとえらいことになりそうなのでカタカナは分けてます。

随分と久しぶりにHGSSを初期化して一からプレイしてたんですが、それはもう楽しすぎて、ワタルはマダラ相手でも容赦なくはかいこうせんしそうだなあとかこの世界線のマダラも元気に闇堕ちしてそうだなあとか考えてました。
イタチやサスケの手持ちポケモン考えるだけで楽しくない?永遠に時間使える。サスケは火吹き野郎らしくほのおタイプで固めてるのもいい。イタチはどんなタイプにも対応できるように色んなタイプのポケモンと一緒にいそうなイメージがある。
うちは三兄弟とその辺のモブが戦闘に入った場合、サスケとイタチが強すぎて多分スバルにまで順番回ってこない。実力も正体も不明なとりあえずやばそうな長男というイメージだけが広まってそう。


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エンジュにうちはあり②

まさかの続きが書けちゃったわね
今回はのんびりイタチ視点です

前回と同じくHGSS(ポケモン)とのクロスオーバー注意




 生まれた時からポケモンに囲まれて育ってきた。

 

 エンジュの北東に位置するうちは一族の屋敷ではブースターやキュウコン、ウインディたちが元気に走り回り、一族の子どもは彼らと一緒に火の扱い方を学ぶ。

 

「イタチはポケモンに愛されてるのね」

 

 オレの両足にびっちりとくっついている二匹のブースターを見つめながら、母さんがくすりと笑う。

 ブースターの鼻の辺りを撫でるように擦ってやると嬉しそうに小さく鳴いた。

 

「スバルとは大違い。あの子は昔からそこにいるだけでポケモン達が怯えてしまうから……」

「スバル兄さんが?」

 

 驚いて思わず聞き返す。

 スバル兄さんのそばにはいつも二匹のポケモンがいる。バタフリーとリオルだ。兄さんがどこに行こうと必ずついていくのがこの二匹で、よく兄さんにすり寄っているリオルと違って、少し離れたところから常に兄さんとリオルを見守っているのがバタフリーだった。

 

「あの二匹は特別よ」

 

 オレの思考を読んだ母さんが苦笑する。

 

「バタフリーはトランセルの時からの付き合いだし、リオルは卵から孵ってすぐあの子に出会ったから、絆が出来てるのね」

「絆………」

「とくにバタフリーは嫉妬深いから、お母さんがスバルに近づいただけでも不機嫌になっちゃうの」

 

 ぱちりと目を瞬いた。オレがスバル兄さんに近づいても、バタフリーにそんな態度をとられたことがなかったからだ。

 母さんは少し言いにくそうに続けた。

 

「バタフリーは女の子でしょう?」

 

 察して欲しそうな母さんの言葉の響きに暫く考え込んで、咀嚼して、やっと答えが見えた。

 

「………バタフリーは兄さんが大好きなんだ」

「きっとそうだと思うわ」

 

 足元でブースターたちが「きゅう」と不満げに鳴く。彼らを撫でる手の動きが止まっていたせいだろう。

 

「母さん、ブースターたちをお願い」

「どこに行くの?」

 

 母さんにずいっと押し付けたブースターたちが、これがまるで今生の別れかのように激しく鳴いている。

 オレはすでに走り出していたけれど、一度だけ振り返って叫んだ。

 

「スバル兄さんのところ!」

 

 

 

 屋敷の裏口を出たところに広がる大きな庭にスバル兄さんはいた。

 主に屋敷で暮らすポケモンたちの遊び場になっているところで、遠目にもかけっこをしたり仲良く水を飲んでいるポケモンたちの姿が確認できる。

 

「…………スバル兄さん?」

 

 芝生の上で横になっている兄さんの目は閉じられていて、胸の上に置かれた本が呼吸に合わせて上下している。

 そんな兄さんの頭と身体を支えるようにポケモンが寄り添っていて、一緒に目を閉じていた"彼"が近づいてくるオレの気配に気づいてゆっくりと目を開けた。

 起き上がろうとしていた彼―――キュウコンは自分が兄さんを包んでいたことを思い出したのか、くたりと首を芝生に下ろした。

 じっとこちらを見つめてくるキュウコンに頷いて、出来るだけ音を立てないように兄さんの隣に腰を下ろす。満足げに小さく鳴いたキュウコンが、すりすりと兄さんの頬に鼻先を軽く押し付けている。

 

 母さんはああ言っていたけれど、スバル兄さんはオレと同じかそれ以上にポケモンに好かれている。

 

 兄さんは生まれつき声が出せないし、ほぼ常に無表情なせいで冷たい人間だと思われてしまうことが多い。でも、オレは兄さんが優しい人だということを知っていた。人の心に敏感なポケモンなら尚更だろう。

 道端ですれ違ったポケモンや、屋敷に来たばかりの子たちが兄さんに怯えているところは見たことがあるけれど、少しでも兄さんの心に触れたポケモンたちはすぐに心を開く。彼らは思慮深く、聡明だった。

 

 ぽかぽかとした心地いい陽気に、時々聴こえてくるポケモンたちのまるで歌うような鳴き声。本を読んでいたはずの兄さんがうっかり寝てしまうのも分かる気がした。

 ふわりと持ち上がったキュウコンの尻尾がオレの腕を撫でていく。その温かさに一気に瞼が重くなる。不思議な魔力。ぽとりとキュウコンのふわふわな腕に頭を寄せると、大きな尻尾が兄さんごと優しく包み込んでくれた。

 

 

 

 ぱちりと目を開くと、どこか心配そうにこちらを見下ろしている兄さんの顔が視界に広がっていた。

 

「あ…………」

 

 自分の声が寝起きそのものな掠れ具合で、ちょっとだけ恥ずかしい。芝生に手をついて身体を起こそうとすると、兄さんがオレの背中に腕を回して支えてくれた。

 

「ごめんなさい。寝るつもりじゃ……」

 

 兄さんの手のひらが額に触れる。熱がないことを確認した兄さんが安堵したように息を吐いた。

 トンッと膝の辺りに小さな衝撃を受けて、意識をそちらに向ける。そこには寝る前には見かけなかったリオルの姿があった。離れたところにはバタフリーもいる。

 

「キミが兄さんのそばにいなかったのは珍しいね」

 

 リオルの頭を撫でると、気持ちよさそうにうっとりしていた。リオルの口端には水滴がついている。きっと、水を飲むためにバタフリーと一緒に兄さんから離れていたんだろう。キュウコンは二匹がいない間の見守り役といったところだろうか。

 

《かえろう》

 

 兄さんが指文字を綴る。差し出された手のひらを握ると、兄さんが微かに笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

「坊ちゃん、うちは一族の子だろ?」

 

 ポケモンセンターを目指して屋敷を出たところで、見知らぬ男の人に声を掛けられた。

 

 ぎゅっと手に持っていたお弁当を胸の前で握りしめる。

 母さんはダメだと言ったけれど、朝からポケモンセンターでポケモンに関する講習を受けに行った兄さんにどうしてもこのお弁当を届けたくて勝手に出てきてしまった。

 

 声を掛けてきた男はオレの服に描かれたうちわマークを確認してにんまりと笑う。オレの背後から別の男が現れて肩を掴まれてしまった。

 

「おっと、どこにいくのかな。キミみたいな小さい子が1人で出歩いちゃ危ないよ」

「そうそう! お兄さん達がお家まで送り届けてあげる」

 

 オレの肩を掴む力が強くて振り解けない。

 1人で外出することを頑なに許可してくれなかった母さんや父さんの言葉の意味をやっと理解して、両目が潤む。

 

 まずは身を守る術を身につけなさい。

 

 うちは一族は口から火を吹くことができる。しかも一般的に火吹き野郎と呼ばれている人たちとは"炎の規模が違う"。過去にはポケモンの技である"かえんほうしゃ"と比べても見劣りしないレベルとも言われていた。

 現在のうちは一族にそこまでの炎使いはいないと言われているが、歴代最強と謳われているうちはマダラはその限りではない。

 彼はある伝説のポケモンの加護を受けて火の力の全てを手にしたという伝説が残っている。

 

 その話をしてくれたスバル兄さんは《ただの でんせつだから》と興味なさそうだったが、オレは本当のことなんじゃないかと思ってる。同じく伝説と呼ばれている例のポケモンも調べれば調べるほど確かに存在していたという資料がいくつも出てくるからだ。

 

「……離してください!」

 

 それでもうちは一族の炎が特別だということは変わらない。警備が厳しくポケモンの出入りが制限されている場所で悪事を企む人には重宝されるし、意図は分からないがうちは一族を狙う組織の存在も耳にしたことがある。

 

「へへ……ついてるぜ。まさかうちは一族の子どもがポケモンも連れずに無防備に出歩いてくれるなんてな」

 

 オレの肩を掴んでいる男と、正面から近づいてくる男。逃げられなかったらどうなるんだろう。最悪の未来を想像するだけで震えが止まらなくなった。こんなことなら、ちゃんと母さんの言いつけを守っておけば………。

 

 心の中でスバル兄さんに助けを求めた時、風が吹いた。

 

 独特の羽音が耳元で響く。怒りを露わにした、威嚇するような鳴き声と共に。

 

「な、なんだ!? こいつのポケ……」

「おい! こんな時に呑気に寝るやつがい……」

 

 ぐう。今にもそんな音が聞こえてきそうなくらいの、あっという間の入眠だった。

 

 強制的に眠りの世界に旅立った2人の男がその場に倒れる。思いきり顔面を地面に強打していて痛そうだったが、目を覚ますことはなかった。

 

「…………バタフリー?」

 

 確かめるように名前を呼ぶ。バタフリーは周囲を飛び回り、オレが怪我をしていないか確認しているかのようだった。

 

「どうしてキミがここに……兄さんのところを離れて………?」

 

 バタフリーはいつも兄さんを少し離れた場所から見守っているが、自分の視界に入らないところまで移動することは滅多にない。

 あの全身で兄さんが大好きだとアピールしているリオルですら、兄さんや家族に頼まれたら渋々ながらも兄さんの側を離れる。

 バタフリーは家族どころか兄さんに言われても、ツンと顔を背けてしまう。意地でも自分の元を離れないバタフリーに、ついに兄さんの方が折れて好きにさせるようになっていた。

 

 

 

 

「これからお家の人に連絡を入れるから待っていてね」

 

 優しげな笑みを浮かべるお巡りさんの言葉にこくりと頷く。バタフリーはそわそわと落ち着きなくオレのそばをいったりきたりしている。

 

 交番の中に入るのは初めてだ。

 

 バタフリーの"ねむりごな"によって未だに眠りの世界にいる男2人は別の場所へと連行されていった。

 父さんは仕事で忙しいから、きっと母さんが迎えにくる。叱られて当然のことをしてしまったし、何より心配をかけてしまうことが申し訳なかった。

 

 交番の扉が開いて、誰かが入ってきた。その人はここまで走ってきたのか肩で息をしている。何かを探しているのかキョロキョロと周りを見渡して…………こちらを向いた。

 

「………兄さん?」

 

 視界が一瞬で黒に染まる。荒れた呼吸を整えるように、オレの肩の辺りで深く息を吸う気配がした。

 

「………………スバル、にいさん」

 

 うるっと一気に涙が溢れて視界が滲む。オレはスバル兄さんに抱きしめられたまま、赤ん坊のように泣いた。

 スバル兄さんの手のひらが何度も何度もオレの背中をさする。その優しい手つきに余計に涙が止まらなくなる。

 

「オレ、兄さんにお弁当、届けたくて…………」

「………………」

 

 そんなことの為にバカなことをと呆れられているかもしれない。

 

「勝手なことをしてごめんなさ…………」

 

 急に怖くなって身を捩るようにして兄さんから離れる。兄さんの顔を見て、息を呑んだ。

 

「……………………」

 

 泣いていた。いつもと変わらない無表情のまま、瞳だけはぽろぽろと涙を流している。

 兄さんは乱暴に涙を拭った。

 

《ぶじで よかった》

 

 指文字を綴った兄さんの手は少し震えているように見えた。

 

 

 

 あの日からバタフリーはどこに行くにもオレの後をついてくるようになった。

 兄さんはオレがバタフリーに《すかれてる》と言っていたが、それは違うと思う。

 

 あの日、はらはらと静かに涙を流し続ける兄さんの後ろで、あのバタフリーが酷く取り乱していたことを兄さんは知らない。

 

「バタフリーは兄さんの為にオレを守ろうとしてくれてるの?」

 

 うちは一族の中庭に足を踏み入れた途端に庭にいたほとんどのポケモン達にみっちりと囲まれて身動きが取れなくなってしまった。しきりに顔を舐めてくるガーディやウインディに埋もれそうになる。

 

 バタフリーはそんなオレを高い位置から眺めていた。やけに楽しげな様子に見えるのは気のせいじゃない。彼女はちょっと意地悪だ。

 

「キミは本当に兄さんが大好きなんだね」

 

 兄さんにしていたように遠くから見守り態勢に入ろうとしていたバタフリーだったが、興味をひかれたのか綺麗な羽を動かしてオレの肩にとまった。

 そこそこに満足したのか、ウインディ達はオレのすぐ隣で丸くなっている。

 

「オレもだよ」

 

 バタフリーの大きな瞳を見つめながら、はにかむ。

 

「オレもいつか、バタフリーみたいに兄さんを守れるようになりたいな」

 

 バタフリーが鳴いた。それが「なれるよ」と背中を押してくれてるように感じられて嬉しかった。

 

「でもキミは兄さんのポケモンだから、兄さんのそばにいなきゃ」

 

 今度は不満げに鳴いたバタフリーにくすくすと笑う。

 立ち上がろうとすると、すやすやと眠っていたポケモンたちが一斉に起き出してバタフリーとは別の意味でブーイングを飛ばしてくる。宥めるように撫で回していると次第に大人しくなった。

 

「ほら、バタフリー」

 

 差し出した腕に、嫌々ながらバタフリーがとまる。素直じゃなくて、不器用で。どことなくスバル兄さんに似てる彼女を愛おしく思いながら、兄さんのところへと向かった。

 

 同志のようなバタフリーが相棒になり、いつしか唯一無二の親友になるのはこれからもっと先の話。

 

 

 




前回のダンゾウチャレンジ、もっと片方に偏るかと思ってたので意外でした。ちなみに作者はいる(いそう)派です。
ところで、大蛇丸のつれてるポケモンの中に絶対アーボックいそう。白衣着てロケット団のアジトで毎日のように怪しげな研究に手を出してる、絶対に。


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エンジュにうちはあり③

※ポケモン(HGSS)とのクロスオーバー注意
ネタ募集で続きくださいって送ってくれた人ありがとう!まだいらっしゃるか分からないけど続きをどうぞ!!

なにが更新されたか分かりやすくするために暫くは目次の一番下にぶら下げておきます。そのうち②の下に並べてるはず



 先日もう一人弟が生まれた。

 

 名前はサスケ。イタチにとっては初めての弟だ。

 今日もイタチはバタフリーを連れてサスケのいる離れで過ごしているらしい。もちろん俺も塾帰りに顔を出す予定だ。

 イタチが生まれた時も弟って可愛いなあなんて思ったけど、サスケは俺と8歳も離れているせいかさらに可愛い。あまりに可愛すぎて最初は女の子かと思ったくらいだ。

 

 

「おはよう、スバル。前回渡された宿題やってきた?」

「……………」

 

 キキョウシティにあるポケモン塾。適当な席に座って鞄から参考書などを机に出していたら、隣に誰かが座った。顔を上げる。目の前で癖のない黒髪が揺れていた。

 

 おぼかた一族のセキ。数年ほど前にカントー地方からジョウト地方のヒワダタウンに引っ越してきたようで、今年からセキだけがポケモン塾に併設されている寮で一人暮らしをしてると聞いている。

 

「僕もやってきたよ」

「………………」

「今から答え合わせする?」

「………………」

「そうだね、思ったよりも簡単だった」

 

 念の為言っておくが、俺はセキを無視しているわけではないし、セキは独り言の多いやべーやつというわけでもない。

 セキの一族は代々サイキッカーで、その時の体調や相手にもよるらしいが人の心を読むことができるらしい。

 それまでご近所のサイキッカーが「お前は今から私とバトルをするだろう!」と予知してくるたびに適当にあしらっていたが、セキと出会ってからは彼らへの認識を改めることになった。サイキッカー凄い。

 お前は絶対違うだろ……という奴はいるものの、実際にモンスターボールを浮かせている人をよく見かける。セキにもできるのかと(心の中で)聞いてみたら「できるよ。ほら」と俺が持っていたペンを浮かせてみせたこともある。サイキッカー凄い。大事なことなので2回言った。

 

「セキくん! 今日は塾に来ないって言ってなかった?」

 

 セキの姿を見つけた塾生たちがわらわらとセキの周りに集まってきた。そのほとんどが女の子だ。

 

 ()()は女の子にとてもモテる。

 

「うん。だって今日はスバルが参加してるって聞いたから」

「……………」

「わざわざポケギアで連絡をくれた人がいたんだ。親切だよね」

 

 セキが俺をみて柔らかく微笑む。なんだかいたたまれない気持ちになって顔を逸らす。

 

 セキはいつも男の格好をして、自分のことを「僕」という。以前なぜそんなことをしているのかと聞いてみたら「何となく」と返ってきた。本当に特別な理由はないらしい。

 最初からセキの性別を知っていた塾の先生が「セキちゃん」と呼んだことがきっかけで全生徒が彼女の性別を知り、教室内に衝撃が走ったのが懐かしい。俺もその中の一人だった。

 その日から彼女は不定期に女の格好で塾に現れるようになった。その時は一人称も「私」になっていて、男の格好の際は後ろで一つ結びにしている髪を解いていることが多い。

 

 授業が始まるとセキの周りに集まっていた子たちも自分の席に着き、先生が黒板に書いた内容を静かにノートに写す時間が流れた。

 

 このクラスではポケモンバトルよりもポケモンの生態や体調管理を主に学ぶ。とにかくポケモンと冒険したりバトルに勝利して強くなりたい!という人はまず受講しないか後回しにされてしまう授業で、主にただポケモンと共に暮らしていきたい人や将来ポケモンセンターなどポケモンと関わる場所で働きたい人が優先的に選択している。その内容から子どもだけでなく大人が参加しているのを見かけることもあった。

 

 全ての授業が終わる。窓から外を見ればすっかり日は沈みかけていた。慌てて椅子から立ち上がってカバンに荷物を詰めていく。

 まずい、のんびりしてたらサスケの起きている時間までに家に帰れなくなる。

 サスケはミルクと睡眠を決まった時間にきっちり摂るタイプなのでたった数分の遅刻が命取りになってしまう。寝ているサスケも勿論可愛い。でも俺は起きているサスケに会いたい。

 

「また次の授業で!」

 

 俺の心を読んで察しているのかセキは何も聞かずに手を振って送り出してくれた。こくこくと何度も頷いて、ちょっと迷ってから小さく手を振り返す。

 塾を出てからは全力ダッシュでうちはの屋敷に向かった。

 

 

 

 

 ポケットの中に入れているモンスターボールが不機嫌そうに震えている。

 

 布の上から優しくつついてやると震えが少しずつ収まってきた。塾に行く時は仕方なくリオルをモンスターボールに入れているのだが、彼はモンスターボールが大嫌いなのでこうやって「早く出せ」と何度も催促してくる。そんなにボールの中が嫌なら屋敷で待っていてもいいと伝えているのに、それはもっと嫌だと余計に臍を曲げてしまうので困ったものだ。

 

 うちはの屋敷に駆け込んだ俺は真っ先にポケットからモンスターボールを取り出してリオルを解放した。その瞬間に俺に飛びついて鼻先をぐりぐりと押し付けてくるリオルを抱っこしながら、真っ直ぐ屋敷の離れへと足を進める。

 

 屋敷は炎タイプのポケモンたちで溢れている為、炎を弱点とするポケモンや、生まれたばかりで特別な保護が必要な赤ん坊(人間もしくはポケモン)がこの離れで暮らしている。

 バタフリーも最初はここで暮らしていた。今では俺やイタチの言葉を無視して好き勝手に屋敷中を飛び回っているけれど。

 

 

「スバル兄さん、おかえりなさい」

《ただいま》

「……リオルはまた怒ってるの?」

 

 サスケの部屋に着いた。中にはサスケを抱っこしているイタチしかいない。

 リオルと目が合ったイタチが苦笑する。リオルが大きく頷く。彼は俺に抗議するようにモンスターボールを指差して自分の顔を俺に押し付けた。

 

「"スバル兄さんと一緒にいたいのにモンスターボールに閉じ込められた"ことを怒ってるのかな」

 

 エスパータイプも真っ青なレベルでぴたりと言い当てたイタチ。

 リオルは満足そうに笑って、またべったりと俺に抱きついてきた。ふさふさな体毛のせいで暑苦しい。べりっと引き剥がすと足で顔を蹴られた。

 

「でも仕方ないよ。リオルは迷子になったことがあるんだから」

 

 痛いところをつかれたリオルがぷうっと頬を膨らませる。

 ボールに入れずに一緒に外に出た時、何に対しても興味津々なリオルが一瞬目を離した隙にいなくなってしまったことがあった。それ以降塾や買い物など出先でずっとリオルを見ていられない場合はボールに入れて持ち歩くことにしていた。その代わりただの散歩ではボールに入れずに手を繋いだり抱き上げたりしている。

 

「スバル兄さんもサスケを抱っこする?」

「………………」

 

 少し悩んで首を横に振る。イタチの時は俺も小さかったからそんなに気にならなかったけど、今は少し力を入れてしまっただけで怪我をさせてしまいそうで怖い。

 

「そっか……」

 

 ちょっと寂しそうな顔をしたイタチに罪悪感で胸がちくちくと痛む。臆病な兄でごめん。

 イタチの隣に立って、腕の中でうとうとしているサスケを眺める。可愛い。俺だって本当は抱っこしたい。でも可愛い弟を抱っこしてる可愛い弟という状況に大満足してるので今はこれで十分だ。

 父さんたちは高名な画家を手配してこの素晴らしい景色を後世に残す努力をすべきだと思う。

 

 

 

 

 

 

 俺、ついに10歳。ようやく2桁ねえ、おめでたいわねえという親戚の生温かいお祝いの言葉をたくさん貰った。3歳の時よりも豪華な誕生日会を開かれて、父さんに連れられて挨拶回りをしたりと、とにかく忙しい。

 

 数日間は疲労でぐったりしていたら、わざわざ俺の部屋までやってきた父さんに「ファントムバッジを手に入れてこい」と言われた。一つ目のバッジ(ウイングバッジ)と言い間違えたのかなと思っていたら、本当にエンジュジムの前に放り出されてしまった。

 ポケットには寝てる間にこっそりモンスターボールに入れておいたリオルがいる。というかリオルしかいない。マジで言ってる?

 

「おーす! 未来のチャンピオン!」

 

 逃げ出す前に受付のおじさんにがっつり認知されてしまった。ここから入れる保険はないんですか?

 顔を上げると、おじさんはキラキラと目を輝かせていた。……眩しい。

 

「黒髪に、黒を基調とした服に"うちわマーク"! うちは一族の子だろう!」

「……………」

 

 某赤毛一家を判別する時と同じノリだった。これだから家紋が入った服の着用を義務付けるのはやめろとあれほど……言ってないけど。

 この服のせいでイタチが誘拐されそうになったこともあるし、全部燃やしてもいい気がしてきた。

 

「代々優秀な火吹き野郎を輩出しているうちは一族なら大丈夫だろうが、このジムのトレーナーはゴーストタイプを好んで使っている! まさかノーマルや格闘タイプを連れてきては―――」

 

 ポケット越しに指がこつんとモンスターボールに当たった。光と共に飛び出してきたリオルが俺とおじさんの顔を見比べて不思議そうに首を傾げている。

 

「………いるようだな! しかし、リオルだけというわけではないだろう! うちはらしく炎タイプのポケモンが他に―――」

 

 おじさんは俺のズボンの両ポケットを見た。明らかにボールが一つしか入ってないであろう膨らみを。

 サングラスの奥でおじさんがとても悲しそうな目をした。

 

「…………何しにきたんだ?」

「……………」

 

 やめてくれ、その言葉は俺に効く。

 

 

 

 

 

 リオルは基本的にノーマルや格闘タイプの技しか覚えてこなかったが一つだけ例外がある。今となってはそれだけが頼りだ。

 

 エンジュジムの中は照明もなく真っ暗闇だった。

 不安定な足場から落ちないよう手探り状態で進んでいく。暗いところが得意ではないリオルはすでに怯えきっていて俺の首を絞める勢いでしがみついている。

 

「くうん……」

「………………」

 

 なんとも情けない鳴き声に笑いそうになった。指で鼻先をちょいちょいと撫ででやってもすぐに顔を俺の首元に押し付けて隠してしまう。よっぽど怖いらしい。分かる、分かるぞ。

 

 暗闇の中を一歩一歩慎重に歩いていたら、いくつか蝋燭の炎が灯る場所に出た。俺にしがみついていたリオルが出口だと勘違いしたようで嬉しそうに顔を上げる。

 

 蝋燭の灯りがゆらりと動いた。その動きに合わせて俺とリオルの顔を順番に照らしていく。

 近づくにつれて蝋燭を頭につけた老婆の顔がぼんやりと浮かび上がってきて、俺とリオルはお互いの身体をひしりと抱きしめ合いながら飛び上がった。

 

「………!? ………!!!」

「くきゅうん!!」

 

 寿命縮んだ。絶対今ので寿命持っていかれた!

 

「私たちのポケモンにダメージを与えられるか?」

 

 老婆の後ろからゴースが出てきて強制的にバトルが始まる。

 ポケモンとしての性なのか思考停止して立ち尽くしている俺とは違って、リオルは勇敢にも俺の腕から飛び降りてゴースと対峙している。そのあまりにもカッコいい後ろ姿に胸がときめく。……正直ゴースよりもお婆さんの方が怖かった。

 

「ほぉ……格闘ポケモンを選んでくるとはの……うちは一族の力、しかと確かめさせてもらうぞ!」

「………………」

 

 バタフリーの世話をイタチに任せている今、相棒がリオルしかいないだけなんだと声を大にして叫びたい。

 叫べない代わりに俺は心の中で強く思考した。リオルが「任せろ!」と言わんばかりに一度こちらを振り返って頷く。普段まったく動いてくれない俺の表情筋が少し動いた気がした。

 

「ゴース! "くろいまなざし"!」

 

 闇の中で大きな瞳がぐぐぐ……と不気味に開いて、閉じる。リオルの全身の毛が逆立っていた。

 

「これでお前のポケモンは逃げられない。有利ポケモンと交代することも出来なくなった」

「………………」

 

 初めから俺にはリオルしかいないのでただの無駄打ちだよと教えてあげようとしてやめた。どう考えてもリオルしか連れてきていない俺の頭の悪さが強調されるだけじゃないか。

 

 ふう、と息を吐き出す。こうやって真剣にポケモンバトルをするのは久しぶりだ。

 

 リオルが俺が頭に思い浮かべた通りに"でんこうせっか"であっという間にゴースに近づいていく。ノーマルタイプの攻撃はゴースには当たらない。けろりとしているゴースがリオルに"ナイトヘッド"を放ったが、リオルの両脚はすでに炎に包まれていた。

 

「なっ……なにぃ!?」

 

 リオルの"ブレイズキック"がゴースに炸裂する。

 一発で目を回して倒れてしまったゴースを老婆が慌ててモンスターボールに戻していた。

 

「タマゴ技……! それもうちは一族らしく炎の技とは!」

「………………」

 

 リオルの"ブレイズキック"は彼が生まれた時から身につけていた技だ。それが炎だったのはたまたまなのか、リオルの卵をくれた親戚のおじさんの知り合い(なんかややこしいな)の意図したものなのかは分からない。

 常に炎と共に生きるうちは一族の元で育った影響か、リオルが纏う炎は他のポケモンよりも洗練されている気がする。

 父さんは「進化すれば炎が苦手な鋼タイプになるだろう」と複雑そうにリオルを見ていたが、俺は大丈夫なんじゃないかなぁなんて思ってたりする。

 生まれつき炎の技を持ち、炎ポケモンや炎を扱ううちは一族に囲まれて育った子だ。炎が弱点という体質は変えられない。それでも身近な存在である炎に怯えず立ち向かっていける。そんな気がするんだ。

 

 あっという間に手持ちを失ったお婆さんから賞金を受け取り、俺はリオルに"おいしい水"を渡す。この間コガネシティまで行った時に買っておいたものだ。

 

 鞄の中には"ピーピーエイド"もある。気軽に家を出ようものなら一瞬で「火吹き野郎だ!」と血の気の多いポケモントレーナーたちに囲まれてしまうせいで、常に大量の回復アイテムを持ち歩かなければならなくなった。今だけはその習慣に感謝したい。

 

「くきゅう………」

「……………………」

 

 ゴースは平気なのにどうしてただの暗闇はダメなのか。

 僅かな隙間もないんじゃないかってくらいぴたりとしがみついてきたリオルの背中を撫でながら、俺はさっきと同じように暗闇の中を手探りで進み始めた。

 

 

 




ちなみにうちはの大人世代を火吹き野郎呼びするとがっつりキレられるし、連れてるポケモンのかえんほうしゃと本人の火吹きのダブルパンチを食らう。

今はHGSSとBWをのろのろと並行してます。BWでNに心を読まれて「キミは…ポケモンか……?」って言われるスバルが見たくなってしまった。
ポケモン楽しすぎるから別のシリーズもやりたいな。とりあえずリメイク版のルビサファは買おうと思います。メガ進化まったく分からないけどここから入って大丈夫なんだろうか。

そういえばマツバさんの年齢は現時点で不明っぽいのでこの作品では25歳くらいで考えてます。どっかで情報出てたらごめん。今はゲームのストーリーが始まる10年前なのでマツバさん15歳。ジムにいてもおかし……くないね!(ポジティブ)


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マダラ兄シリーズ
「戦国時代編」①


ネタ募集で提供してもらった
マダラの兄弟(兄or弟)if。(柱間に嫉妬したり死んでいく弟たちによって闇堕ちしたり生き残ってるマダラとイズナに依存したり、最期はマダラにトラウマ植え付けて死ぬ→穢土転生or原作時空に転生するとか)
です
特に何も決めずに書き始めたらマダラ兄になりました


「何かあれば火遁を()()()()()知らせるんだ。いいな?」

「……………」

 

 父様の言葉にこくりと頷いた。帯裏に忍ばせてあるクナイや手裏剣の数を確認し、さらにもう一度頷く。準備完了の合図である。

 

「行くぞ」

《はい》

 

 俺の指文字を確認した父様がさっさと走り出したので俺もすぐに追いかけた。

 

 パシャッと踏みしめた水溜まりから水滴が飛び散る。水滴がついた刀を軽く振り払っていると、複数人の気配を感じた。

 前を走っていた父様が立ち止まったのに合わせて、その隣に立つ。

 

 

「スバル」

 

 刀を向けた先―――茂みの奥から大袖に金剛杵(こんごうしょ)の紋が入った忍が出てくる。数が多い。視認できるだけでも五人だろうか。ここで俺たちを待ち構えていたのだとしたら、他にも気配を絶って様子を伺っている奴がいるかもしれない。

 

「千手が今回の戦に加わったとは聞いていませんでしたが」

 

 ひそかに額に冷や汗を掻いていた父様が平静を装って口にする。

 どこかで見たことがある家紋だと思ったら、そう、千手だ。最強と持て囃されているうちはと唯一互角に渡り合える一族。そんな一族の家紋を一瞬とはいえ失念していただなんて悟られるわけにはいかない。俺はいつも以上に表情を引き締めて「初めから気づいていましたよ」感を出した。

 

 

 

 俺は戦いの中で生まれ、育ってきた。

 

 この世は混沌に満ちている。

 

 毎日のように人間同士が争い合い、殺し合い、無数の屍の上に立っている。

 今俺たちがいるのも戦場だ。戦いに終わりは訪れず、息を落ち着かせる暇もなくこうやって駆り出されている。

 

「うちはの当主タジマと、その嫡子スバルだな」

 

 俺が戦に出るようになってからおよそ十年。死にたくない一心で父様に引っ付いて敵を殺して回っていたら、今ではすっかり有名人になっていた。しかも「攻めのタジマと守りのスバル」という何の捻りもない、しかも父様とのコンビ前提の二つ名で呼ばれていたりする。火力重視の一点突破型(相手も味方も被害多め)の父様と、安定重視の生存ムーブ(味方の被害少なめ)な俺ということらしい。

 まあ千手一族を見かけるとアドレナリンがドバドバと出てIQ10くらいになる父様のストッパー役ってところだ。あの人放っておいたら勝手に敵地に突っ込んでいくんだよ。あと、生存ムーブというより俺より後に戦に参加するようになった弟たちを可能な限り危険から遠ざけていたらそうなったというか。

 いつ誰が死んでもおかしくない戦国時代、下に四人もいる弟たちが未だに無事でいてくれるのは幸福と言えるだろう。

 

「突破するぞ」

 

 写輪眼になった父様に続くべく刀を握り直す。俺はまだ写輪眼を開眼していないので、せめて足手纏いにならないよう豪火球の術でサポートだ。

 

「この二人を仕留めればうちはは弱体化する!! 絶対に逃すな!」

「ああ!」

 

 そりゃあ当主を殺せばうちはは失速するし、一応順番的に跡取りとされている俺まで死んだら一時的とはいえ混乱に陥る……と思う。ただ、次男のマダラは強さと愛らしさを兼ね備えたワガママブラザーなので、さほど被害もない気もする。

 死んでいく人間も多いが、次の優秀な世代がどんどん芽吹いてくるのも戦国時代。俺や父様が死んだって、必ず彼らがうちはを導いてくれるはずだ。

 

 真っ先に父様に飛びかかろうとした千手に豪火球を放つ。発言から醸し出されていたが、向こうは千手とはいえ下っ端の下っ端。

 俺の大したことない火遁はあっという間に水遁で打ち消されてしまった。しかし、炎に隠すように投げておいた手裏剣が彼らに命中する。

 

「……この!!」

 

 すっかり俺に気を取られている数人に父様が斬りかかり、抵抗される前に写輪眼で幻術に嵌めていた。びくりと身体が震えて地に膝がつく。あとはもう彼らに抵抗は出来ない。

 

 父様と一緒に一人一人の喉に刀を突き刺していき、とりあえず一息つく。どうやら周囲に他に敵はいないようだ。待ち伏せではなく、たまたま彼らのいた場所に俺たちが居合わせただけだろうか。

 

「お前が体術を使わなかったのはどういう心境の変化だ?」

「……………」

 

 あまり忍術が得意じゃないからとひたすらに体術だけを極めた結果、優秀な弟たちに唯一誇れるレベルには達したと自負してる。父様にも「それだけ体術を扱えるなら十分だ」と褒められたこともある。

 長所は伸ばすべきだ。短所に伸び代がないなら尚更。でも体術だけではどうしようもない状況もある。

 もしも遠くで戦っている弟たちが敵に殺されそうになったら? どれだけ足が速くても届かない距離にいたら?

 ―――せめて火遁を扱えたらと後悔する日が来ないか?

 俺は絶対後悔するね。神に誓ってもいい。

 そんなわけで元々苦手な豪火球をコソ練して、今日こそが修行の成果を実感できる日……のはずだったのに。以前より精度は上がったものの、威力は大したことなかった。俺もまだまだだ。

 

 遠くから太鼓のような音と、笛の音が聞こえくる。戦の終わりを告げるものだ。

 

 父様の袖を掴む。父様はそれに少し意外そうな顔をして「戻るぞ」とだけ言った。

 

 

 

 

 

 

「スバル兄様!」

 

 戦から戻ってすぐ、たたたっと勢いよくこちらに駆けてきた小さな影に突進された。バランスを崩すことなく難なく受け止めて内心ドヤ顔をしていると、今度は後ろから誰かが飛びついてくる。ぐえっ。

 

「イズナ兄さんだけずるい! オレも抱っこして、スバル兄様!」

「……………」

「兄様、怪我してない……? 大丈夫?」

 

 自動"おとうとあつめ"状態になった俺は、正面からへばりついている二番目の弟イズナと、背中にぶら下がっている三番目の弟セカイ、左足にちょこんとしがみついている四番目の弟タカラを落とさないよう細心の注意を払いながら歩く。

 うちは一族ではすっかり見慣れた光景になっているせいで、すれ違う人たちには非常に微笑ましそうに見られた。そうだろう、そうだろう。可愛いは世界を幸せにする。みんなよく分かってるな。

 

「あれ? マダラ兄さんは?」

「兄様知ってる?」

《…………しらない》

 

 こてんと首を傾げたイズナの頭を撫でる。イズナはもう五歳。こんなに可愛い顔をしているが戦にも出ている。こんなに可愛い顔をしているのに。大事なことなので二回言った。

 

 俺の指文字を正しく理解したイズナはしがみついていた俺から離れると「兄さんも兄様の帰りを待ってたのに」と寂しそうな顔をした。

 マダラは難しいお年頃に突入したようで、最近はあまり俺と目を合わせてくれない気がする。

 ところで、なぜ弟たちが俺を"兄様"と呼び、他の兄たちのことは"兄さん"と呼ぶのかは知らない。俺は父様と同じカテゴリにいるんだろうか。ちょっと嫌だ。………マダラが俺を避け気味なのもそのせいだったりして。父様(兄様)のと一緒に洗濯しないでみたいな? 同じ空間にいるのも生理的に無理になってたりするの?

 

 

 うちはの男は育児は完全にノータッチだ。弟たちの世話はほとんど一族の女性がしてくれている。母様はタカラを産んですぐに亡くなってしまったし、弟たちは俺よりも親の愛情というものを知らない。さらに父様は当主という立場から多忙を極め、戦に同行する時以外で関わる機会はほとんどない。

 

 弟たちはともかく、俺は父様に一般的な父親に対する感情を抱いたことはないと思う。幼い頃、同世代の子どもたちは戦場に出てばかりいる父親を恋しがっていたが、俺は黙々と体術の修行をしたり、まだ赤子だったマダラを見に行ったりしてた。父様と関わるよりマダラの寝顔を見ていた方が百倍心が休まるに決まってる。

 

 父様のことは嫌いじゃないし、うちはを束ねる長として尊敬もしてる。ただ父親として好きかと言われればノーだ。だって父親らしいことされたことないし。血は繋がってるけどただの上司。そんな感じ。

 

 ………という長すぎる前振りを経てじっくり考えると、俺が弟たちにとって父様と(関係性的な意味で)同列だとする。………やっぱり嫌われてるんじゃ?

 

 

 

 

 

 

 すぐマイナス思考になったり被害妄想大爆発しちゃうのがうちは一族の悪いところだと思う。ほんとに。分かってるんだけどね。こればっかりはどうしようもないんだ。

 

 その日の夜、これはマズいことになったぞと父様の寝室に足を向けた。部屋から出てきた父様は俺が裾を掴んだ時のように驚いた顔をして「……何の用だ」なんて言う。真夜中に自室を訪ねてきた息子への態度でこれはどうかと思いますね。

 

 俯きがちだった顔を上げる。長い前髪がさらりと揺れて、両眼が露わになった。

 

「写輪眼!? いつの間に……」

「……………」

 

 弟に嫌われたかもしれないという自己嫌悪と父様への憎しみ(とばっちり)でいつの間にか写輪眼を開眼してた。戦力面では喜ばしいところだが、いつまで経っても写輪眼が元に戻らない。このままではチャクラを永遠に放出し続けて死ぬんじゃないだろうか。

 

 俺はこんなところで死にたくない。まだまだ弟たちを愛で足りないし、彼らが幸せな結婚をして子宝に恵まれ、甥もしくは姪に「スバルおじちゃん!」と呼んでもらってない。

 

「写輪眼から戻らないのか?」

 

 父様の言葉にこくこくと頷く。甥っ子姪っ子目に焼き付け計画の為にも俺を助けて欲しい。もっともっと長生きしたいんだよ。

 

 父様の時はどうやって元に戻したのかと聞けば「感覚でどうにでもなるだろう」とまったく参考にならない答えが返ってくる。これだから天才肌は嫌いなんだ。

 

《どうしたらいいですか》

「…………力のコントロールには冷静な思考が必要だ。そうは見えないが……初めての写輪眼に戸惑っているんだろう。少し外に出て風にでも当たってくるといい」

「………………」

 

 もしその方法が上手くいかなかったらチャクラが枯渇して寒い夜の外で凍死しそうなんだけど。俺の不満げな表情を見たのか見てないのか、父様は自分の羽織を俺の肩に被せてくれた。………温かい。

 

 父様の部屋の襖を開けて、無駄に広い庭に出る。戦争続きで庭の手入れをする暇なんてないが、手の空いた人間が時々伸びきった雑草を刈り取ったりしてくれているようだ。そのおかげで足を取られることなく散歩ができる。ありがたいことである。

 

 雪が降っている。そりゃ寒いわけだ。

 ぽつぽつと小さな雪たちが地面に吸い込まれるように消えていくのを見つめ、ごろりとその場で横になる。背中は冷たいし水分を含んだ土が服に張り付く。

 

 父様の羽織を上にして掛け布団のようにして目を閉じた。

 

 

 




本編やどの番外・IFよりも曇るスバルが見れそうで怖い(死ぬことが決まってる弟たちよ……)
②も半分まで書いてます。何考えてるか分からん兄に振り回される弟マダラ楽しかったですという次回予告


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らんまネタ
らんまネタ①


ノリと勢いしかないらんまネタです。
スバルがお湯をかぶると男になり、水をかぶれば女になる特異体質だったらという話。

貰ってたTSネタを書こうとしてたらこうなってしまった。
許してくれサスケ。

そんなわけでありとあらゆる地雷を踏み抜いていきそうな話になってるので、大体なんでも大丈夫な人のみどうぞ。
微妙なところだけどBLGL系のタグ追加しておきます



 俺には性別がない。ないというか、どっちか分からない。

 

 性自認がどうとか身体的欠陥が云々ではなく、これは俺以外の人間にも言えることだ。他人は俺を男だと言ったり、かと思えば女だと断言したりもする。

 まあ自分のことを()と言っている時点で性自認は男に近いんだろう。

 ちなみに生まれた瞬間は男だったらしいので、戸籍上は男となっている。やっぱり俺は男なのかもしれない。

 

「スバル。胸元はきつくない?」

「…………」

 

 先日買ったばかりのワンピースを着せてきた母さんが、頬に手を当てて嬉しそうに笑う。

 

「うふふ、やっぱり女の子はいいわね。こういうの着せてみたかったの」

「…………」

 

 今すぐ脱ぎ捨てたい衝動を抑えつつ、ふわりと広がるスカートの裾をぎゅうっと掴む。

 目の前にある姿見鏡には長い黒髪を揺らした女の子が立っている。――俺だ。鏡の中の自分を見ていられなくて顔を逸らす。

 

 別にワンピースが嫌いなわけでも、女である自分への拒否反応があるわけじゃない。でも、これはなくない? 黒いワンピースなんてまったく可愛くないじゃないか。袖は膨らんでいないし、デザインも最悪だ。ワンピースにまで一族のうちわマークを入れてくるなんてどうかしてる。

 

「昔からうちは一族の女の子はこれって決まってるのよ」

 

 俺の不機嫌オーラを察知したのか、母さんが苦笑する。

 囚われの某王女ですら流行りのものは嫌いですかって好みを聞いてもらえるのに? もう嫌だこんな一族。

 

「さあ、アカデミーに行ってらっしゃい」

 

 ぽんっと背中を押してくる母さんに渋々と頷いて家を出た。

 

 

 アカデミーは退屈だ。いつもいつも同じことの繰り返し。

 くノ一クラスの授業は花をむしり取ったり、“色”を使って男を虜にする術を学んだり、男のそれと比べると身体を動かす時間が極端に少ない。

 アカデミーに入学する前、俺は渾身の指文字で両親に《男として通いたい》と伝えた。

 父さんにはコンマ一秒で却下された挙句「普段は男のように過ごしているんだから、アカデミーの時くらい女を貫いてみたらどうだ」と言われてしまった為、こうしてくノ一クラスに在籍している。

 

 そもそも男のようにだとか女を貫くとかおかしくない? 戸籍上は男だし一人称だってこんなだし、これまでも家ではずっと男として振る舞ってきた。

 女の姿になっている時は心も引っ張られてしまうらしく、女らしさはあったかもしれない。それでも男として過ごしてきた時間の方が圧倒的に多い。

 俺は女でもあるが、男だ。……自分でも何言ってるのか分からなくなってきた。

 

 

 今日もなんとかアカデミーという苦痛でしかない時間を乗り越えた。

 真っ直ぐ家に帰るなんてことはせずに、とりあえず湯処に足を向ける。

 

「ちょっとお嬢さん。そっちは男湯だよ」

「…………」

 

 先ほど入浴料を渡した番台の男がちょいちょいと指を動かして女湯の方を指差す。

 俺はふんっと鼻を鳴らしてそのまま紺色の湯のれんをくぐった。後ろから「ちょっとぉ!?」という叫び声が上がる。

 

 脱衣所に入ると複数の視線を一斉に浴びた。見せ物じゃないんだぞ。

 カゴの中に着替えやバスタオルを突っ込み、忍らしく一瞬で服を脱いで縦長のタオルで胸元から股のあたりを隠す。一般人には早すぎて何も見えなかっただろう。修行の成果を感じられて嬉しい。

 

 洗い場でも随分と視線を感じたが、ここまで堂々としていたら逆に「いやオレがおかしいのか……?」となるらしく、男湯に女がいることを指摘してくるやつは一人としていない。

 しかし、その視線すらもうすぐ無くなる。これから俺が()()()()()()からだ。

 

 目を閉じて、桶いっぱいのお湯を頭からかぶる。

 

 ちょうどいい温度に調節したそれは気持ちよく、さらに自分の身体に起きた変化には死んだ表情筋すら動きそうだった。うーん、生き返る!

 

 もう身体を隠すタオルは必要ない。俺は誰かの視線を浴びることもなくのんびりと全身を洗って湯につかり、最後は番台の男に三度見くらいされながら湯処を後にした。

 

 

「スバル……兄さん、おかえりなさい!」

 

 アカデミーが終わる時間を把握しているイタチは、ほぼ毎日この時間になると玄関の前でそわそわと俺の帰りを待っているらしい。可愛い。ちなみに母さん情報である。グッジョブ・マザー。

 それから俺の名前の後にすぐ兄さんと続かなかったのは、俺が女の姿の時は姉さんと呼んでいるからだ。ずっと兄さん呼びでいいのに。でも姉さんと呼ばれるのも嫌いじゃない。性別も心も二つあるとこれだから〜!

 まあね、ずっと真夜中でもなければずっと男でもないし。イタチの好きに呼んでくれたらそれでいいや。

 

 飛びついてきたイタチを抱っこしながら靴を脱ぐ。

 

「……また男の姿で帰ってきたのか」

 

 待ち構えていた父さんが俺の姿を見て責めるように言う。イタチが俺と父さんの顔を交互に見てハラハラしている。大丈夫だと伝えるためにぽんぽんと頭を撫でた。

 

《こっちのほうが たいしょしやすいから》

 

 俺はお湯を被ると男に、水を被ると女になるという特異体質を持っている。ついでに常時声を出せないオプション付き。ただのデバフである。

 

 男の姿の時は体術がそれなりに得意だが、女の時はやけに身体が重くなるし筋肉のほとんどが脂肪に変換されるようで、どちらかというと苦手だ。

 その代わりチャクラコントロールはしやすくなるのか、男の時は難しかった忍術を簡単に扱えるようになったりする。これが噂のデタラメ人間の万国ビックリショーかな?

 

 そんなわけで総合的には男の時の方が戦闘力は高い。いつ何が起きるか分からないこのご時世、俊敏に動ける男の姿でいた方が安全に決まってる。しかし、父さんはそう考えていないようだった。

 

「声も出せないお前が普通の男として忍になれるはずがない」

「…………」

「それならば女として生き、女としての幸せを探すべきだろう」

 

 ええ……。反応に困っていると、奥から母さんが顔を出した。

 

「女の生活もいいものよ。イタチは男の子だし、お母さん……ずっと娘と買い物に行って服を選んだりするのが夢だったの」

 

 そういえば家紋入りのワンピースを注文してた時の母さんは、ここ最近で一番ウキウキしてた気がする。

 

「勿論決めるのはスバルよ。でもね、これまではずっと男の子だったんだから、暫くは女の子でいるのもいいんじゃないかしら。あなたはどちらでもあるのだから」

「…………」

 

 どちらでもある。確かにそうだ。別に女の姿が嫌ってわけでもないし、両親が満足するまでは女として生活してもいいかもしれない。

 こくりと頷くと、母さんがそれはもう嬉しそうな顔をした。

 

「じゃあ、もう一度お風呂に行ってらっしゃい。イタチも一緒にね」

「うん!」

「…………」

 

 つまり水を浴びて女になってこいって意味だ。鬼畜すぎる。

 

 俺はイタチを抱っこしたままお風呂に向かった。

 ささっと身体を洗って一緒に湯船に浸かる。イタチはずっとニコニコと笑っていた。可愛い。

 

「スバル兄さん、今日はアカデミーで何したの?」

「…………」

 

 そういえば今日はくノ一クラスの授業でその辺に生えてる花を集めてこいって言われたんだった。俺はどうやら花を選ぶセンスとやらがないらしく、この授業はいつも評価が低い。花なんてどれも同じだろ。

 

《はなを あつめた》

「花?」

 

 イタチはちょっと不思議そうな顔をした。そうだよな、花なんて集めて何がしたいのか俺も分からない。

 

「コスモスとか、ヒマワリも好きだよ」

「…………」

 

 だよね! 花っていいよね。俺もコスモスとヒマワリ大好き!

 

 授業で集めた花は持って帰ってもいいし、誰かにあげてもいいらしい。これまではクラスメイトの女の子たちが欲しがってたから適当に押し付けてたけど、持ち帰ってイタチに渡そうかな。

 

 湯船から出て、冷たい水を頭から被る。つめたっ!

 

「スバルに……姉さん!?」

 

 片手で自分の目元を隠したイタチが、もう片方の手を伸ばして俺にバスタオルを押し付けてくる。

 

「早くそれで隠して!」

 

 やけに必死だ。俺はありがたくタオルを受け取って身体に巻き付ける。……これ温かい風呂に入った意味なくない?

 

 

 翌日。空は雲ひとつなくアカデミー日和だ。いつもは憂鬱な気分だったけど、今日は違う。

 欠伸を噛み殺しながら被っていた布団を押しのけて起き上がる。いつものように服の裾を掴んで脱ごうとしたら、手の甲がふにゃりと柔らかいものに触れた。

 

「…………」

 

 そうだ、今は女だった。一気に目が覚めた。本当に毎日風呂で水を被らなきゃいけないんだろうか。やっぱり憂鬱だなと思いつつ、姿見鏡の前に立つ。

 昨日寝る前に母さんに「女の子なんだから毎朝ブラッシングしなきゃね」と渡されたブラシを手に取った。

 男の時よりも髪質が少し柔らかくなっているのか、ブラシが髪に絡め取られてるし、寝癖もつきやすい気がする。なんて面倒くさいんだ。女ってすごい。

 

 結局髪が爆発したままアカデミーに行こうとしたら母さんに止められた。俺の強情な髪はなぜか母さんの前では大人しくなるようで、今では寝癖がついてたとは思えないくらいサラツヤだ。一生仲良くなれる気がしない。

 

 

「今日はアカデミーの裏にある花壇でみなさんの好きなお花を集めましょう。その花について調べて後日レポートを提出するように」

 

 レポートという言葉が出てきた途端ブーイングの嵐だったが、みんな文句を言いつつも大人しく散り散りになっていった。

 

 季節は夏。ヒマワリだけでなくコスモスも咲いている。これほど花集めの授業へのモチベが高かったことはない。

 

「スバルくん、今日は誰にあげるの? 私が貰ってもいい?」

 

 名前は思い出せないが同じクラスの女の子だ。彼女は頬を染めて指をもじもじと動かしている。

 俺はアカデミーでは基本的に女の姿だが、何度か男の姿で通ったことがある。通学途中に事件に巻き込まれてお湯を被ったり、大体はそんなことある? ってくらい何かの意思を感じるようなハプニングがあって、仕方なく男のままアカデミーに行ったわけだけど……。

 そんなわけで同級生は俺の男バージョンを知ってる。一度誰かに「どっちなの?」と聞かれたので《たぶん おとこ》と返したところ、スバル()()呼びが定着してしまったわけだ。

 

 俺は足元に転がっていた棒で地面に文字を書いてみせた。

 

《これは弟にあげるから》

 

 最後まで読んだ女の子がガックリと肩を落とす。先生には不評な俺の花たちは、なぜかクラスメイトには人気だ。

 

 集めすぎて立派な花束になっている花たち(イタチ用)をよけて、丁度目についた名も知らぬ野花を女の子に差し出してみる。

 

「え?」

「…………」

 

 こっちは気に入らなかったのか、女の子が目を見開いたまま固まった。うーん、女の子の好みって分からない。

 こちらの都合で手折ってしまった花をそのまま捨てるのもどうだろう。俺が花だったら怒りで闇堕ちしてる。

 悩んだ末、固まっている女の子の耳の上に花を差し込んだ。うん、いい感じ。

 

《もらってくれると うれしい》

「……は、はいっ! 喜んで!!」

 

 今のってすごく女子っぽくなかった? いいな、こういうの。お花の冠を作ってお互いの頭に乗せあいっこするのとか地味に憧れてたんだよ。万年ぼっちな俺には夢のまた夢だけどな! 辛い!

 

「…………?」

 

 そういえばさっき普通に指文字で会話してたような。

 

「あの、他の子がスバルくんのためにって指文字を練習してたから……一緒に教えてもらって……」

 

 くノ一クラスに何人か指文字を使える人がいたっけ。……まさかその人たちも俺のために?

 

「そ、それで一つだけお願いがあって!」

 

 俺のために指文字を覚え、なぜか俺の選んだ花を欲しがる女の子。これは……もしかしなくても、もしかするのでは!?

 

 女の子は顔を真っ赤にさせたまま、俺に向かって両手を差し出してきた。その心は!?

 

「スバルお姉様って呼ばせてくださいっ!!」

「…………」

 

 はい解散。悪鬼退散、煩悩退散〜!

 

 

「おかえりなさい、スバル姉さん!」

《ただいま》

 

 珍しいことに、世界一可愛いイタチを見ても俺の中の憂鬱は完全に消えてくれなかった。あまりにも傷が深い。

 もしも俺があの女の子とそういう関係になった場合、ちゃんとNLとして認定されるんだろうか。表面上は完全にGLなんだけど。それってどうなんだ?

 

「姉さん、その花はどうしたの?」

 

 イタチが紙袋に入れて大切に持ち帰ってきた花束を不思議そうに覗き込んでいる。そうそう、忘れるところだった。

 紙袋ごと差し出すと、イタチはぱちりと緩慢に瞬いた。

 

「オレに?」

《すきだって いってたから》

「……オレのために、姉さんが」

 

 イタチはそっと紙袋を受け取って、取り出した花束をじいっと見つめている。

 

《きにいらないなら すてても》

 

 捨ててもいいと言い切る前に、イタチがぶんぶんと首を横に振った。

 

「ありがとう。すごく……すごく嬉しい。大切にするね」

「…………」

 

 柔らかく微笑んだイタチの表情に釘付けになる。まさか花束でそこまで喜んでもらえるなんて。

 感極まった俺は思わずイタチを抱きしめた。どうしよう、弟への愛が止まるところを知らない!

 

「わあ!? まってスバル姉さん、今の姿だと……!」

「!?」

 

 イタチは俺の腕から逃げ出して「そういうこと他の人にしたらダメだよ!」と叫ぶ。

 それってもうイタチを抱きしめられないってことでファイナルアンサー!?

 




イタチがラッキースケベ枠を獲得しちゃう世界線


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その他IFシリーズ
暁のイタチとオリ主が入れ替わるネタ①


タイトルのまんまです
①って書いてますが続きは厳しそうなのでそれでも大丈夫な人はどうぞ



「イタチさん、どうかされましたか?」

「…………」

 

 今日は鬼鮫と二人で簡単な任務を遂行していた。

 暁のアジトを嗅ぎつけてきた忍たちの始末――オレと鬼鮫の前にはすでに死体が転がっている。任務は完了した。……それなのに、オレは妙な胸騒ぎのせいですぐにその場を離れることが出来なかった。

 顔を上げる。空は分厚い雲に覆われていて、今にも雨が降り出しそうだ。

 

「彼らの捨て台詞なら気にしなくていいと思いますよ」

 

 先ほど手にかけた忍たちが残した言葉のせいだろうか? いや、それもいつものことだ。

 

 “呪ってやる”なんて。

 今までもこれからも何度だって耳にする言葉だろう。ぎゅっと無意識に握った拳に力が入る。

 

「……戻るぞ」

 

 

 

 ぱちり。()()は目を覚まして、薄い布団を押しのけて起き上がる。

 

「…………」

 

 ズキズキと痛む頭を押さえる。寝起きのせいかぼやける視界の中で、見覚えのない布団を見つめた。

 

「…………」

 

 見覚えがない? そんなはずはない。そもそもオレは……。

 こうなる直前の記憶が徐々に蘇ってくる。オレは――鬼鮫といくつか言葉を交わして暁のアジトに戻るところだった。それがどうして。

 

「……? ………!!」

 

 喉を押さえる。声が出ない。一体どうなっている?

 あの後何者かに毒を盛られて気絶したのか? そのせいで一時的に声が……?

 瞬時に立ち上がって、やはり見覚えのない部屋を見渡す。扉は一つ。ご丁寧にオレが寝かされていた布団のそばにはホルスターやクナイ、手裏剣、手入れの行き届いた忍刀まで置いてある。

 それら全てを身につけて扉の前に張り付いた。

 

「…………」

 

 人の気配は――ある。少しずつこちらに近づいてきている。馴染みのないものだ。

 背中の忍刀を抜き、構える。刀を持つのはいつぶりだろう。毒か何かを受けた影響か、身体の調子がいつもと違う気がするが、こちらに近づいてくる何者かを拘束するくらいはできるはずだ。

 

 部屋の扉が開く。部屋に入ってこようとした人物に刀を向けようとして――ぐるりと視界が一回転した。

 

[……どういうつもり?]

 

 降ってきたのは呆れたような声だった。床に背中を強打するところだったはずが、声の主がオレの片腕を掴んだおかげで免れたらしい。

 男の顔を確認しようと顔を上げたオレは、その瞬間に固まった。

 

[あのダンゾウにも大人しくしとけって言われただろ]

「…………」

[それをさー、することないからって()()相手に組み手でもしようと思ったわけ? 我ながら理解できないね、お前はアレだ、黒歴史! 黒歴史オブザイヤー!]

「…………」

 

 ――兄さん、

 

[このことはモズにも報告させていただきますので! 来世まで覚えとけ]

 

 ――スバル兄さん!

 

[じゃあ俺はそろそろ消える頃合いだし先に……って、何!?]

 

 部屋に入ってきた男がつけていたのは、とても懐かしい……雀鷹(ツミ)という鳥をモチーフにしたお面だった。

 スバル兄さんが火影直属の暗部に所属していた時につけていたお面。そして、ちょっと、いや非常に独特な言い回しは――確実に本人だ。

 

[え……なに、ご乱心?]

 

 スバル兄さんは急に抱きついてきたオレにドン引きしているようで、ススス……と距離をとろうとしてくる。

 夢、なんだろうか。それとも俺は何者かの幻術の中にいるのか。

 

「…………」

 

 声が出ないのも夢の中だから?

 それでもこのままどこかに行こうとするのを引き留めたくて、兄さんの服の裾をぎゅうっと握りしめる。

 

[あー……まあ、うん。俺も自分のことだしさ? 人恋しくなるのは分かるけど。だからって影分身にそういうのは……]

「…………」

 

 影分身? なんのことだと思っていたら、小さなため息が聞こえてきた。

 

[我ながらお面がないとダメだな。闇堕ちしてから口数も少ないし。やれやれ]

「…………」

[もうずっと被ってたら?]

 

 ぎゅむっと顔に何かを押し付けられる。ちょっと苦しい。

 ビリッと静電気が走った時のような痛みがした。

 

『に、兄さ……』

[ん?]

『スバル兄さん……』

 

 声が出た。いやこれは声が出たというより。

 

[お前……?]

 

 兄さんが確かめるようにオレの肩に触れる。お面に二つ空いた穴から見える瞳は大きく見開かれていた。

 

[まさか…………]

 

 兄さんの手のひらがオレの頬に触れようとしたその時。ぽんっと聞いたことのある音が部屋に響いた。

 辺りは煙に包まれ、塞がっていた視界がゆっくりと鮮明になる頃には……。

 

『兄さん?』

 

 カランッと床に鳥のお面が転がる。

 

 兄さんの姿はどこにもなかった。

 

 

 ***

 

 

 その日、いつものようにダンゾウ産の無茶振り任務を消化しようとしていたら、まさかの任務中に気絶するという大失態を犯してしまった。

 幸いにもモズとツーマンセルを組んでいたので野垂れ死ぬことはなく、突然意識を失った俺はモズによって俵のごとく担がれながらダンゾウの屋敷に戻ったらしい。恥の上塗りすぎる。

 

 屋敷に着いてすぐに目を覚ましたが、ダンゾウには「……数日は養生するといい」なんて気持ち悪いくらい優しい言葉をかけられるし(鳥肌立った)、根の医療忍者には「働きすぎですね」と淡々と言われるし。きつい、きつすぎる。

 

「今日から暫くは身体を休めることがお前の仕事だ」

「…………」

「ツミの実体化を解除してチャクラを本体に戻せないのか?」

《そろそろ なくなるので》

「……そうか。それなら意味はないな」

 

 影分身のチャクラも残り少ない。長く持ったとしても翌日までだろう。

 大人しく自室の布団に包まっている俺を見下ろしているモズ。さらに何か言いたげだ。

 ただでさえダンゾウに優しくされるというデバフを受けた後だから、これ以上の小言は遠慮したいのに。

 

「明日の昼前には様子を見に来る。ちゃんと寝とけよ」

 

 なんだかなあ。あんなに第一印象は最悪だったのに。モズってまるで――

 

「オレはお前の父親でも母親でもないから」

「…………」

 

 うちはスバルの心読み選手権なんてものがあったら、ぶっちぎりで優勝してると思う。

 

 

 

 俺は母親(モズ)の言いつけを守ってそのまま眠ったはずだった。それなのに……。

 

「今日はどうにもおかしいですねぇ……一度診てもらった方がいいのでは?」

「…………」

 

 おかしいのはこの状況とお前だと言いたかったが、声を出せないので以下略。声といえばさっきから喉もおかしい気がする。むしろ調子が良すぎるというか。

 

「まあいいでしょう。任務の報告はしておきますから、ゆっくり休んでください」

「…………」

 

 見知らぬその男は、どことなく心配そうに俺を見下ろしている。なにこれ? というか、誰?

 

「お…………?」

 

 えっ、待って。なに? 今なんか喉から声が出たような。

 ぺたぺたと自分の喉を触りながら、さっきの感覚を忘れないうちに再度喉を震わせてみた。

 

「おまえ、は、背が高いな」

「…………」

 

 うちはスバルが喋った! 俺が、ついに、喋った! なんかよく分かんないけどありがとう! っていうかこれ夢だな、自分で夢だって自覚してるタイプの夢だな!

 夢の中だと心まで軽くなるのか、一族のこととか弟たちのこととか、これまで背負ってきたはずの存在が少し薄れている気がする。なんか変な気分だ。

 

「……イタチさん。やはり一緒に行きましょうか」

「…………イタチ?」

 

 この男、今間違いなくイタチと言ったよな? 俺の耳がこの三文字を聞き間違えるはずがない。つまり、目の前の男が言い間違えたなんてことがない限り、イタチという名前が俺の耳に届いたのは――

 

 風が吹いた。それは俺の髪や着ている服を僅かに揺らす程度の弱い風だったが、俺より柔らかめの髪質に、見慣れた服色に紛れている赤い裏地……。それら全てが風に揺らされて、俺の視界に入ってくる。

 

「…………」

 

 ぺたりと自分の頬を触る。

 

「…………」

 

 記憶にあるより水分量ともっちりレベルが……いや、それでもこれは。

 

「あいうえおかきくけこさしすせそ」

「!?」

 

 俺の奇行を見守ってくれていた謎の男がビクッと肩を震わせた。

 

「…………」

 

 声は……違う。こんな声じゃない。でも――限りなく近い。

 そういえば、俺は声が出せないからいまいちよく分からなかったけど、自分で声を出した時と他人がその声を聞いた時とでは、随分と聞こえ方が違うって聞いたことがある。

 そういうこと? つまり……俺が考えている通りなのか?

 

「そこのお前」

「……なんでしょう?」

「“俺の”名前を言ってみろ」

「うちはイタチ……これで満足ですか? 今日のあなたはどうも……本当に、何があったんです」

「…………」

 

 夢の中でイタチになってる感じか、そうですか。もしかして俺の心がやけに軽いのは夢のせいじゃなくて、イタチパワーのおかげ? なるほどね。

 

 いくら夢の中だからって、イタチがこんなコスプレしてるなんて。ないない。俺の夢センサーもまだまだだな。

 

「……戻るぞ」

 

 どこに戻るかは知らないが、“俺の”知り合いらしい男についていけばいいだろう。

 イタチである俺とお揃いの服を着ている男は、少し安堵したような表情になった。

 

「ええ」

 




このあと書きたかったけど力尽きたやつ

チャクラ切れで消えたスバルの影分身とその場に残されたイタチ。様子を見にきたモズと合流。やけに礼儀正しくて大人しいスバルに素でビビるモズ。
体調が戻ったのならとダンゾウに単独任務を押し付けられるスバル(イタチ)。木ノ葉の監視のついでにサスケやサスケと仲良く(ケンカ)してるナルトの姿を見かける。色々思うところがあるスバル(イタチ)
なんやかんやあって敵と戦うことになったスバル(イタチ)、自分の身体の軽さに驚いたり、忍術のあまりの出来なさに宇宙猫になったりする。
スバル(イタチ)『なぜ初級忍術(アカデミーレベル)すら上手く出来ないんだ……』

暁のトップに任務完了報告をするイタチ(スバル)。ちょうどアジトにいたイタチアンチ(デイダラ)に絡まれてしまう。自分への不敬な態度はイタチへの態度というわけでキレ散らかすイタチ(スバル)
何回か会話を重ねるうちに自分(イタチ)とコンビを組んでいる高身長の男は実はいいやつなのでは? と思い始めたイタチ(スバル)
次の任務でイタチの姿のまま滑って転ぶという第二の失態を犯してしまい、消えたくなってしまう。その際に擦りむいてしまった膝を鬼鮫が手当してくれて、(暁版のモズだ……!)ってなるイタチ(スバル)


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原作知識持ち転生者シリーズ①

スバルが原作知識持ち転生者でクーデター実行できてたらっていうネタです。

※クーデターは成功するけど多分スバルは死ぬので苦手な人は注意してください。そこまで書けるかは微妙。
※前世の記憶がある分性格が少し違ってます。ブラコン濃度も低め(ブラコンじゃないとは言ってない)。厨二レベルは増してます。



 三歳の誕生日に父親から貰ったのが《忍の心得 巻ノ一》っていうクソ分厚い巻物だった。分厚すぎてもはや鈍器。開くたびに巻き直す時のことを考えて憂鬱になる。

 

 健気な三歳児だった俺は毎日寝る間も惜しんで意味不明な文字の羅列たちを必死に追いかけ、咀嚼し、小さな頭に押し込もうと努力した。

 

 ――忍、忍とはなにか? 任務のために生きて死んでいく存在? 馬鹿馬鹿しい。俺は俺のためだけに生きますけど?

 

 そんなことを考えながら、いつの間にか眠ってしまったらしい。

 

 

 浅い眠りの合間に夢を見た。

 

 意識を刈り取られる直前まで読んでいた本の影響か、忍が出てくる夢。俺は意識だけの状態で高いところからそれを見下ろしているような、不思議な感覚。

 

 忍は、うちは一族。仲の良い兄弟の仲睦まじい光景を見せつけられてるなと思っていたら、兄弟のうちの一人が一族を皆殺しにして――――この悪夢はいつまで続くんだろうと思ったところで、ぷつんっと夢から覚めた。

 

「…………」

 

 もしも俺が声を出せたなら、「は?」って言っていただろう。「ふざけるな」だったかもしれない。

 

「…………」

 

 持ち上げた両手を見つめる。マメだらけでとても小さく、なにも掴めなさそうな頼りのない手のひらを。

 

 指の隙間から見えるのは、テーブル。テーブルの上にあるのは読んでいた巻物や、その内容を書き写すための紙、そして、うちはの家紋が描かれている特別な毛筆。

 

 俺はこの家紋を見たことがある。以前にも……ここではないどこかで。

 

 三歳の誕生日を迎えてから僅か二週間後。なんの前触れもなく、前世の記憶が()()()

 

 

 

 NARUTOという作品に出会ったのは高一の時だった。多分。もしかしたら中二だったかもしれないけど。

 あの頃の記憶のほとんどが黒歴史(ブラックリスト)入りしているから曖昧なんだよ。

 今? 今はとっくに卒業してる。本当だとも。

 

 NARUTOについて知ってることはほんの一部で、そんなに多くない。

 うずまきナルトという少年が主人公で、主人公は九尾っていう化け狐を体に宿していて。あ〜なんだっけ。実は火影の息子なんだっけ?

 それから、うちはサスケとうちはイタチ。サスケは一族を虐殺した実の兄、イタチに復讐するために写輪眼(当時の俺はこれが大好きだった。かっこいいし)を開眼して戦い、見事勝利する。しかし、後になってイタチの真実が明らかになって……って話だったはずだ。あの辺りはアニメもリアタイしてたからよく覚えてる。

 

 という感じに、眠ってる間に思い出した前世の記憶とやらを整理してみた。

 で、大事なのは今だ。

 今の俺は、うちはスバル。あるうちは一族の二人の元に生まれた子ども。生まれつき何故か声が出せない体質ってことを除けば、平々凡々。特筆すべきこともない普通の子どもと言えるだろう。

 

「…………」

 

 ダメじゃん。うちは一族ってイタチとサスケを除いて皆殺しにされるじゃん。

 ……いやマジか。俺も死ぬのか。

 それはちょっと。ただでさえ前世でも死ぬ間際に色々あっ――――

 

 

 前世で自分が死んだ時のことを思い出したら、記憶だけじゃなくて写輪眼まで生えた。しかもこの写輪眼、なにやら様子がおかしい。

 あのかっこいい写輪眼とは違って、キラキラした星が散りばめられてるというか……少女漫画ならまだ許されそうなビジュアルをしている。

 

 これってもしかして:万華鏡写輪眼!?

 

 いよいよ、異世界転生〜チートスキルを添えて〜になってきたなと思いながら、とりあえず今日のところは寝ることにした。チャクラ大量放出されちゃったせいか体がダルすぎる。

 

 

 

 起きた。たくさん寝た。ぐーっと体をのびのびする。

 いつものように布団を折り畳んで部屋の隅に移動させ、うとうとしながら服を着替える。

 男の子でも身だしなみは大事だと母さんに口酸っぱく言われてるので、部屋を出る際についでに姿見鏡の前に立った。その心は?

 

「…………」

 

 鏡に映っているのは、無表情のままこちらを見返してくる子ども。

 

 うーん。写輪眼じゃないな。普通だ。普通の黒目。あれは夢だったんじゃないだろうか。いっそ前世の記憶も、夢ならばどれほどよかったでしょう……。

 夢として見たんだから実質夢では。なんかこれこそレモン(Lemonではない)みたいじゃん。

 そこのお前! レモン一個に含まれるビタミンCはレモン一個分だぜ!

 

 

「……スバル。何をしてるんだ」

 

 鏡の前で、両目に人差し指と親指を添えて同時に開眼させたり、決めポーズをキメたりしていたら、偶然部屋の前を通りかかった父さんに見られてしまった。

 暑いからって障子を開けっぱなしにしていた昨日の俺、ギルティ。

 

 

 

 前世の記憶が生える前の俺は全く興味がなかったので意識の外だったが、そろそろ弟か妹が生まれることになっている。

 どっちだろう。前世は一人っ子だったから、自分が兄になるっていうのがしっくりこない。むしろ精神年齢的に自分の子供か孫レベルだろ。

 

 

 今日もいつものように手裏剣術の練習をしたり、ついでに念能力にも目覚めないかなと思って瞑想や水見式をしたりして時間を潰していた。

 

 チャクラが存在してるんだからオーラみたいに使えたりしても良くない? 俺の両目は万華鏡写輪眼(ダブルカレイドスコープ)したいよ、俺だって。

 

 ひとしきりやって満足して庭から戻ってきたら、

 

「す……すば、る」

「…………」

 

 台所で母さんが倒れていた。大きなお腹を守るように身を丸めて。

 

 うそ。もしかして、もう産まれる? 予定日ってもっと先じゃなかった?

 

 慌てて駆け寄る。足元で水溜まりのようなものがバシャッと跳ねて、全身の血の気が引く。

 

 ……破水? 破水……って、なんだ。ああもう、忍の心得とかよりこっちを先に勉強しとくべきだった! 今日に限って父さんいないし!

 

 母さんの目の前でしゃがむと、母さんが俺の手を掴んだ。物凄い力で面食らってしまった。

 

「玄関、に、カバンを用意してるから……脱衣所から大きめのタオルを数枚と……」

 

 泣きそうになりながら頷く。急いで脱衣所に行って清潔なタオルをいくつか手にして戻ってくる。母さんの意識はすでに朦朧としていた。

 できるだけ体を動かさないように気をつけながら、タオルを二枚重ねにして母さんに巻きつける。

 

 三歳児とはいえ忍のはしくれだからか、思ったより簡単に母さんを抱き上げることが出来た。

 

「大きく、なったのね……スバル」

「…………」

 

 それ、絶対今かけるべき言葉じゃない。フラグみたいだからやめて。

 

 玄関を出る前に忘れずにカバンを引っ掴んで、すれ違う一族の人たちがぎょっとするくらいの速さで木ノ葉病院に向かった。

 

 

 

 あー、びびった。出産は命懸けだって聞いてたけど、ほんとそう。見てるだけで怖かった。

 

 途中から合流した父さんと二人で出産を見守ってたんだけど、あんなに痛がってる母さんは初めて見た。というか何度か死ぬんじゃないかと思ったくらい。

 あの父さんですら先生に「妻は本当に大丈夫ですか?」「一人目の時はこれほどでは……」ってしつこく確認してたし。

 

 やっと生まれた子どもは男の子だった。

 

 汗だくで青白い顔をした母さんが赤ちゃんを胸に抱いて涙を流し、父さんはそんな母さんごと抱きしめて何度も「よくやった」と口にしていた。

 

「……ほら、スバル。あなたの弟よ」

「…………」

 

 そう言われてもあまり実感がない。前世でも赤子と関わる機会がなかった俺は、もっと近くで顔を見るように言われても首を横に振るだけだった。

 父さんの背中に隠れるように立つと二人には苦笑された。

 

「名前はもう決めたの?」

「ああ」

 

 無意識なのか、父さんが俺の頭にぽんっと手を置いた。

 

「イタチだ。うちはイタチ」

「まあ、いい名前ね」

「…………」

 

 それこそ夢だろ。

 

 

 

 将来自分を殺すことが確定している人間とどう仲良くしろっていうんだ。俺のメンタルはそこまで強くない。

 

 母さんが退院して弟と共に家に帰ってきてからも、俺は一度もイタチと関わってない。抱っこもしてないし、そもそも視界にすら入れてない。

 父さんと母さんは何かと俺に「あなたの弟は可愛いわね〜」「一度は抱っこしてみたらどうだ?」と勧めてくるが、完全に無視してる。

 どのような理由があろうと、その子は俺と両親を殺すんだ。『お前だけは殺せなかった』に俺たちは入らない。そんな弟を可愛く思えるはずがないじゃんか。

 

 

 

 相変わらず弟とはほとんど関わりを持たないまま、二年が過ぎた。

 漫画世界の補正なのか最強といっても過言ではないキャラだからなのか、二歳とは思えない言動が目立つイタチ。

 すでに“空気を読む”を覚えたのか、俺に嫌われてると察しているようで、去年のように纏わりついてくることはなかった。実に平和である。

 

「スバル。ちょっといい?」

 

 庭で軽い運動をしていたら母さんに声をかけられた。その隣にはイタチが立っている。嫌な予感がした俺は首を横に振り、何か言いたげなイタチの横を通りすぎて自室に戻った。

 

 

 

「お前はどうして、弟であるイタチを邪険にする」

 

 翌日、父さんに呼び出しを食らって説教された。

 

 なぜって言われても。俺の立場でイタチ大好きムーブしてた方がサイコパスだろ。

 

 貴方の次男は将来一族全員殺すんですよ、俺は死にたくないです、なんて言っても信じてもらえるはずもないので、黙秘権を行使する。

 

「たった一人の兄弟だろう」

「…………」

「はぁ……何が気に入らないんだ」

「…………」

「……お前を普通の子どものように産んでやれなかったことを恨んでいるのか?」

《ちがう》

 

 意図しない方向に解釈されそうだったので即座に否定する。声を出せるイタチに嫉妬していると思われるのは心外だ。

 俺はただ、その『たった一人の兄弟』にすらなれないのが……。

 

「あの子が気にかけてるのは分かってるはずだ」

「…………」

「イタチはお前と話をするために指文字を覚えた。なのに、スバル。お前ときたら会話どころか視線すら合わせようとしない」

「…………」

「……今日は部屋から出なくていい。どうやら甘やかし過ぎたようだな」

 

 そのまま父さんは出ていってしまい、部屋には俺一人だけが残された。

 

「…………」

 

 ここは父さんの部屋なんだけど。自分の部屋に戻るために一瞬外の空気を吸うことになってもいいってことでファイナルアンサー?

 

 

 そろりそろりと忍び足で自室に戻り、部屋の中央で正座した。

 前世の俺は不真面目の塊だったので「監視されてるわけでもないんだから寝ててもいいんじゃね」と思ってしまうわけだが、“うちはスバル”はそうでない部分が大きい。まあ、前世の記憶がうっかり生えてなければこうしてるはずだ。

 

「…………」

 

 目を閉じる。

 こうやって瞑想もどきなことをやって、本当に念能力者になれたらいいのに。雑念だらけな時点で無理か。

 でも考えるだけなら無料だ。この世界で一番強い念能力とかさ。考えるだけで楽しいじゃん。

  

「…………」

 

 部屋に篭ってからどれくらい経ったかな。三時間くらい?

 

 自分がやってることが正しくないことは分かってる。自己満足でもせめてこれくらいは、という気持ちだけが俺をこの場に留まらせていた。

 

 そろそろ足が痺れてきた。エアコンも扇風機もない部屋の中、じわりじわりと汗が滲んでくる。初夏とはいえ、結構暑い。

 

「…………」

 

 ところどころ記憶がない。正座したまま寝てる可能性も出てきた。もしくは短時間の失神。

 ところで、失神のことを気を失うんじゃなくて漏らす方だと思っていたことがあるのは俺だけだろうか。失神って言葉を聞くたびに、また一人尊厳死したやつが……って心の中で合掌してた。

 

「…………」

 

 そんなこと考えたせいでトイレ行きたくなってきた。責任取ってよ。

 

「…………」

 

 もう無理。限界。

 

 尊厳が死を迎えそうになったのでトイレに全力ダッシュしてきた。運良く誰とも遭遇せずに部屋に戻ってこられた。

 

「…………」

 

 外がすっかり暗くなってきたことだけが心の支えになりつつある。たった半日、こうやって部屋でじっとしてるだけで辛いもんだとは思わなかった。

 太陽が沈むと気温も下がって少しだけ過ごしやすい。

 ぐう……と控えめにお腹が空腹を訴えてきた。これさえなければなあ。

 

「…………」

 

 すでに家族みんな眠りの中にいるはずの時間。流石にもう自己満足反省会も終了していいんじゃなかろうか。反省してないけど!

 

 だって、なあ……自分でもどうしたらいいのか分かんないんだよ。

 

 部屋の前でカサッと何かを置いたような音がした。

 トイレに行く時以外閉じたままだった目を開ける。ゆっくり立ち上がると膝が笑っていた。今度からは正座で耐久すんのはやめとこ。

 

「…………?」

 

 障子を開けると、足元に竹皮で包まれた何かが落ちていた。

 

 顔を上げて周りを見渡す。遠くの方で小さな影が走り去っていくのが見えた。

 

「…………」

 

 竹皮を手に取って包みを開く。中には真っ白なおむすびが二つ、ほかほかと湯気を立てながら並んでいる。

 

 胸の奥がぎゅっとなった。

 

 おむすびの一つを掴んで口に運ぶ。

 

「…………」

 

 両目から止めどなく溢れてくる涙が、おむすびの上にぽつりぽつりと雨のように落ちていく。

 

「…………」

 

 ……なんで分かったんだろう。

 

 おむすびの具は明太子。俺の大好物だった。

 出されたものは何でも食べてきたから、父さんや母さんには好き嫌い自体が無いと思われてるはずだ。

 

「…………」

 

 だというのに……俺は何も知らない。

 

 あの子が、うちはイタチが、なにが好きでなにが嫌いか。いつもどんな表情で俺のことを見ていたのかすらも。

 




・(この世界線の)うちはスバル
前世で大好きな母親は病死、父親は心を病んで廃人同然、本人はそれでも前を向いて歩いていこう!と明るく過ごしていた矢先に車に撥ねられて以下略
本編のスバルよりさらに頭が悪いので、自分が念能力なしでも俺の両眼は万華鏡写輪眼(ダブルカレイドスコープ)出来る(出来ている)ことには気づいていない。
ナルトの螺旋丸(影分身との二人がけ)を見た時には(お前の両手で螺旋丸……!)とか思ってそう


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原作知識持ち転生者シリーズ②

 翌朝。鏡の前でパンパンに腫れた目を確認して項垂れる。これ、写輪眼:亜種ってことになりませんかね。

 

 いい年した大人がなんという醜態。穴があったら入りたい。

 ここが現代なら検索バーに《泣いて目が腫れた 治し方》って検索するのにな!! どうすればいいの? 眼球に氷遁?

 台所まで氷を取りに行くとか、洗面所で冷水を浴びるとかは論外だ。道中で誰かとエンカウントしたら俺は終わる。泣き顔を他人に見られたら死に至る病を患ってるので。

 

「…………」

 

 三分くらい悩んで、ぽむっと自分の手のひらを叩く。

 俺、忍だったわ。変化の術を使えばいいんだ。

 

 思い立ったら即行動、即日配達。アスクルキョウクル。サクッと印を結ぶ。

 全身を包んでいた煙が晴れた頃、鏡の前に立っていたのは――いつもの自分。

 

 うーん。いい感じ。変化の術って顔だけでも機能するんだな。しかも、自分の顔のまま。基本は他人になりすます為の術だから盲点だった。

 

 は〜、忍ってすげー。ハゲてもカツラいらずじゃん!

 

「…………スバル」

 

 今はまだ大丈夫そうな毛根の健康状態を念入りにチェックしていた俺は、背後から近づいてくる二つの気配に気づかなかった。

 俺は父さんに妙に生温い目を向けられ、気がついたら……。

 

「あの……スバル、兄さん」

「…………」

 

 弟と二人、自室に取り残されていた!

 

 昨日の俺が号泣しすぎたせいで目がパンパンに腫れているとバレたら、またお涙頂戴ムーブをかまされ、未来の俺にも危害がおよ…………もうコナン構文飽きたな。

 

「昨日は……」

「…………」

 

 これは……どういう状況? なんで父さんは朝っぱらからイタチを連れてきたんだ。自分はすぐいなくなるし。兄弟水入らずで腹掻っ捌いて話せってことですか。

 

 俺がじぃっと目を逸らさずに見つめているからか、イタチはそわそわと落ち着きのない様子だった。

 幼少期のイタチってこんな顔だったのか。やっぱり漫画で見るのとは違う。そのせいで両親のことにも気づかなかったし。俺がイタチの両親の名前を覚えてなかったせいでもある。

 

 ゆっくり両手を持ち上げる。イタチはびくっと肩を震わせた。

 

《おむすび》

「……えっ、指文字」

 

 そんなに驚かなくても。ただの指文字だってば。……もしかして、殴るとでも思われた?

 

《たべた》

「……うん。えっと……」

「…………」

 

 指動かすのが面倒で色々と端折ったら、あまり上手く伝わらなかったらしい。

 

《うまかった》

 

 これは必須か。どうだ。

 顔を上げると、イタチはぽかんとした表情で固まっていた。それから、じわりじわりとその顔に喜色が滲んでいく。

 

「食べてくれたの……? スバル兄さん……きっと捨てられてると、思って」

 

 前世から「食べ物は粗末にするな」って言われてるからね。そんな勿体ないことはしない。

 

 最終的に満面の笑みになったイタチ。生まれてから今日まで、常に己の存在を無視し続けてきた兄に向けるべきものじゃない。

 

「また作るね!」

「…………」

 

 な、なんだこの、たっ……太陽みたいな笑みは……ッ!!

 

 

 

 その日から、家にいる時はイタチの視線を頻繁に感じるようになった。もうね、ブスブスきてる。全身に刺さってる。

 

 そんな俺は、アカデミーに入学したり、まさかの忍界大戦に参加したりとなかなかに忙しない毎日を送ってる。

 忍界大戦がイタチ世代と被ってるなんてなあ。もっと昔だと思ってた。

 

 三歳までは普通の忍としての価値観で生きてきたからか、戦争自体はわりとすんなり受け入れられた。

 国のためだとか守るためだとか言ってるけど、ただの大量殺戮だもんなアレ。さしずめ俺たち忍は兵器か。平和な現代の日本出身の俺からするとまともじゃない。

 

「うちはスバルくん、だよね」

「…………」

 

 二年間通ったアカデミーもそろそろ卒業といった頃、いつものように教室で一人タイムを満喫していたら、久しぶりにクラスメイトに話しかけられた。

 べつに俺はぼっちじゃないから。一人の時間を大切にしてるだけだから。

 

「話したことはなかったと思うんだけど……僕は覚方セキ。実はきみにお願いしたいことがあって」

「…………」

 

 目の前を癖のない黒髪が流れる。

 覚方セキ。世間知らずな自覚のある俺でも、クラスメイト云々は関係なく耳にしたことのある名前だ。人の心が読める能力を持った一族の末裔だったはず。

 

「これを使ってみてくれないかな?」

 

 セキから手渡されたのは真っ黒な布が輪っか状になったもの。なんだこれ。

 

「チョーカーだよ。本当はトップにうちわマークでも入れてあげようかと思ってたんだけど」

「…………」

 

 やめて大正解だな。シンプルが一番。

 

「そのチョーカーは僕が開発した、装着した人物の思想をチャクラを消費して吸い上げ、音声機械によって読み上げてくれるものなんだ」

 

 なんだそのとんでも機械。

 

「気に入ったらあげる。その代わり、不具合があれば教えてほしいし、何度かサンプルデータを取りたいんだけどいいかな?」

「…………」

 

 いいもなにも、願ったり叶ったりだ。でも、なんで俺みたいな話したこともない同級生に?

 

 セキは薄らと笑みを浮かべた。

 

「あなたほど心の声が聞こえてこない人は珍しい。普通はどんな人であろうと子供である限り心の根っこにある素直で純粋な心は隠せないもの。それなのに……あなたはすでに上忍に匹敵するレベルで心を隠す術に長けている」

「…………」

 

 まあ中身大人だもんな。

 ……あれ、もしかして今、捻くれてて純粋じゃないってディスられた?

 

「だからこそ興味深い。僕の作ったそれでどこまできみの心を読むことができるのか」

「…………」

 

 そこまで言うなら……聴かせてやろう。俺の奏でる狂想曲(ラプソディー)を!

 

 受け取ったチョーカーを首につける。サイズはぴったりだった。

 

『あ…………』

 

 おっ、おおおお!? 声が出てる……出てるぞぉ!!

 

『どうもありがとうございます』

「…………」

『いやあ、これ便利っスね! マジで喋れんじゃん〜いつぶり前世ぶり〜俺が喋ってるわけじゃないかハハッ」

「…………」

 

 意識して聴くと機械の音だなって思うけど、言われなきゃ分からない。すげーなコレ。

 

『あ!? なにす…………』

 

 キャッキャッと便利機械を堪能していたら、セキに無言でチョーカーをぶん取られた。ええっ。

 

「ひどい……あまりにも」

「…………」

 

 倒置法で言われると余計にくるものがあるな。

 

 

 

 結局納得のいくチョーカーは作れなかったようで、俺は不良品(じゃないと思うけど)を受け取って無事にアカデミーを卒業した。

 つまり下忍になったわけだが、チームメイトが二人とも年上で肩身が狭い。

 向こうも年下でしかも声が出せない俺とどう接したらいいのか分からないようで、お互いに気まずい思いをしている。

 

 

「今回の会合から長男であるスバルを参加させることになった。よろしく頼む」

 

 参加資格が下忍以上だという、うちはの会合にも呼ばれるようになった。

 やってることといえば「木ノ葉ガー」「火影ガー」である。俺も混ざりたかった。声は出せないし、ちんたら指文字を使わせてもらえる空気でもなかったので、大人しく下座で羊を数えるだけの時間になっている。

 

 

『おっ、なんだサスケ。起きてたか』

 

 会合が終わり、家に帰ってすぐ子ども部屋に顔を出した。ベビーベッドに寝かされていたサスケの目はパチパチと開閉を繰り返している。

 

 わりと最近生まれた二人目の弟の名前はサスケだ。分かってんだよおじさん、ここで大きく頷いてみせる。

 

『今日もご機嫌そうだ。さては、俺に会えて嬉しいんだな。そうだろ?』

 

 家にサスケと俺しかいないのをいいことに、チョーカーによる機械音声で話しかける。

 別に誰かいたって使えばいいんだけどさ。セキが人前で使うと後悔するよって怖い顔で念押ししてくるから、一応。

 

 ベビーベッドに背中を預けるようにして座る。

 母さんは俺と入れ替わるように木ノ葉病院に行ったし、父さんは会合後に警務部隊の方に行ってしまった。イタチは一族によるアカデミー入学前の子を集めた……なんだっけ。なんかの集まりに参加してる。俺も昔参加したけど忘れちゃった。手裏剣の投げ方とかクナイの扱い方を教わるやつ。

 

『お前がイタチを止めてくれたらなぁ……』

 

 膝を抱える。原作の覚悟ガン決まりなイタチを止められる人間なんていなさそうだけど。元凶って言われてたダンゾウがいなくてもいずれそうなってた気もする。

 ダンゾウといえば、九尾が里を襲った時に――あれ? 九尾襲撃事件っていつのことだっけ。

 

 確か……そう。サスケが生まれたばかりで、ナルトが生まれる時でもあって。夜だった。イタチがサスケを抱えている時に――――

 

『……なんだ?』

 

 ズンッと足元から沈む感覚があった。

 沈んだかと思えば、盛り上がって、まるで大地が生きているみたいに。

 

『…………サスケッ!!』

 

 何も知らずに笑っているサスケを抱き上げ、急いで庭に出る。

 

 ガラスの割れる音に、ギイイイと木材が軋む音。

 

 庭の塀を飛び越えて外に出た。ぎゅっとサスケを抱きしめる腕の震えはなかなか止まらない。

 やがて、家全体がぐにゃっと歪んで、おもちゃみたいに崩れ落ちた。

 周囲には隕石でも落ちてきたかのように何もかもが消し飛んでるところまであって。

 

『なんだよこれ』 

 

 うちはの集落は、俺たちの家は、そこにあるとは言い難い状態だった。

 

 

 

 走って、走って、ひたすら走り続ける。

 

 腕の中のサスケの様子を何度も何度も気にかけながら、うちはの集落を目に焼き付けるように。

 

『クソッ……どこだよ……!!』

 

 うちはの演習場には誰もいなかった。いなくてよかった。危険な忍具がたくさん保管してある場所だ。何かあれば怪我じゃ済まない。

 ならば広場か? だがそこにもいない。

 これ以上サスケを抱えて走り回るのは良くないだろう。でも……。

 

『母さん……母さんだ。サスケを預けたら……』

 

 そもそも病院は残ってるのか?

 

 心臓の音がドクドクと煩い。なんだよ俺、ぜんぜん平気じゃない。大戦ではもっと上手くやれてた。俺はともかく、死ぬはずがないと分かっていたから。

 なのに、どうして俺がサスケを抱えてるんだ。あの子は――イタチはどうなった? 父さんは? 遠目に見えた()()はやっぱり九尾なのか?

 

 

「――スバル兄さん? サスケ?」

「…………」

 

 集落を出て、木ノ葉病院へ向かう途中。人々の悲鳴にかき消されるどころか、もはやそれ以外何も聞こえなくなった。

 

「兄さん、よかっ……」

 

 ぺたりとイタチの頬を包むように触れる。指先から伝わってくる熱を感じるたびに、息の仕方を思い出すかのようだった。

 

 目を見開いて困惑しているイタチを、腕に抱いたサスケごと抱きしめる。イタチを抱きしめるのは、多分これが初めてだった。

 

「えっ……スバル、兄さん……?」

「…………」

 

 ほんとに、ダメダメじゃんか。平気じゃない。イタチが……家族が死んだかもしれないと思って、平気でいられなかった。あんなにも遠ざけておきたかったくせに。

 

 身体を離す。イタチは困ったような顔をしていて、頬は赤く染まっていた。

 

 何事もなかったかのように手を差し出す。おずおずと伸びてきた俺よりも小さな手のひらを握る。

 

「…………」

 

 遠くで強烈な光が弾けるように闇の中へと消えていった。九尾のものか、四代目火影のものか。

 

「……兄さん?」

 

 驚いたように目を見張るイタチの瞳には、前世の記憶を取り戻したあの日以来、一度も出すことができなかった万華鏡写輪眼になっている俺の姿が写っていた。

 




うちはイタチ、面倒くさいタイプのブラコンも無事に陥落成功

本編のスバルはアカデミーを一年で卒業してるけど、こっちは二年かかってる


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難攻不落の男(仮)①

じんせいみてい!が乙女ゲームだったらというIFです
ゲームのプレイヤー(女主人公)がいます

本に入れる予定で書いてたんですがなかなか長くなりそうなので……
最終的に書けなかったら供養、書けたらこれはサンプルということにしようかなと



 『じんせいみてい!』という乙女ゲームをやってみようと思う。

 

 知名度はそこそこ。最近仲のいい友達がみんなプレイしてるから気になっちゃって。

 

 とりあえず公式サイトをチラ見してみた感想を。

 キャラがいい。めちゃくちゃいい。

 乙女ゲームでありながら、女性キャラともいい感じになれちゃう神仕様。もちろん美男美女だらけの楽園状態。すでに乙女ゲームとして百年満点だ。あわよくば百合したい気分になっちゃう私にとても優しい。

 

(えーと。一番人気なキャラは――うちは三兄弟?)

 

 なんか、だ◯ご三兄弟みたい。

 

 このゲームの世界観を簡単に説明すると、忍者が存在していて、木ノ葉隠れの里という忍の隠れ里があって、うちは一族は里で一二を争う強い一族で……っていう。まあそういった一族がイケメン揃いなのは、乙女ゲームあるあるだと思う。私も好き。

 

 他にも日向一族だとか、イケメンや美女はたくさんいる。

 なんでうちは一族だけそんなに人気なんだろう。ネットで軽く調べて……納得した。

 

(あー、そりゃあ攻略したくなるわけだ)

 

《【長男】うちはスバル:生まれつき声が出せない少年。一族から冷遇されていたことがある。そのせいか、普段から表情筋はほとんど動かず、他人には一切興味を示さない》

 

《【次男】うちはイタチ:うちは一族の中でも類い稀なる才能を持つ聡明な少年。喜怒哀楽をあまり表に出さない。人間関係は不得意だが、他者への思いやりは人一倍ある》

 

《【三男】うちはサスケ:忍者学校(アカデミー)で学年一位をキープする優秀な少年。長男と次男が大好き。自分より優秀な兄たちに劣等感を抱くこともある。家族以外には冷たい態度をとることが多い》

 

 全員とは言わないが、()()()はこういうのに弱い。すこぶる弱い。

 心に傷を負ったクール系イケメンが、心を許した私だけに見せる表情……♡にとにかく弱い。

 だからこそ『冷酷な公爵様が私にだけデレてきます』とか『暴君のお気に入り』とか、そういう作品が人気になるわけだ。

 多分男性向けでも同じだと思う。私が男だったら、自分だけに心を開いてくれる美少女が存在したら一瞬で好きになる。アム◯シア*1みたいに檻ガールにしちゃうかもしれない。こういう時の私は、爽やかイケメンを自認しているので。

 

(んー、とりあえず。ゲーム開始……っと)

 

 ローディング画面では、パッケージでも見かけた特徴的なマークがぐるぐる回っている。

 

 やっと画面が切り替わった。

 

(名前を決めてください? うちは……って、うちは一族なのは決定事項なんだ。オトメ……でいっか)

 

 うちはオトメ。うちは一族の平凡な女の子、らしい。

 長男であるうちはスバルとは同い年で、来年から一緒に忍者学校(アカデミー)に通うことになっている。

 

 ……幼馴染ポジションってこと?

 

 そんなのルート確定演出じゃん。簡単そうだし、長男から攻略してみよっと。

 

 公式サイトにもあった簡単な操作説明などを確認して、やっと自由に操作ができるようになった。

 

 オトメは両親と三人でうちはの集落に暮らしているらしい。

 自宅を出て、とりあえず隣の家の表札に近づいてみる。

 

《うちはフガク・ミコト・スバル・イタチ》

 

「…………」

 

 まさかのお隣さん。

 幼馴染とかお隣さんポジって、少女漫画なら大半が当て馬なのに。二つも揃うと不安になってくる。

 

 三男のサスケの名前がないのは、まだ生まれてないからだろう。

 攻略対象が生まれる前から始まる乙女ゲーム……? おねショタを狙ってるにしても攻めすぎでは。

 

 思った以上に攻略簡単そうだしなあ。おねショタルートに変更するか?

 

 このゲームは事前にキャラと自分の関係性について説明がなく、実際に会話をするまでは自分の立ち位置すら分からないようだ。

 

 とりあえず呼び鈴を鳴らしてみる。

 家の奥からスリッパで歩く音がして、玄関の扉が開かれた。

 

「あら、オトメちゃん? どうしたの」

「えっと……」

 

 三兄弟の母親であるミコトだ。

 

(選択肢が二つある。……こっちかな)

 

「スバルくんはいますか?」

「いるわよ。呼んでくるわね」

 

 一応イタチを呼ぶこともできたらしい。ただし、《イタチ(二歳)を呼んでくれませんか?》である。

 二歳を呼んでどうする。高い高ーいでもすればいいのか? しかも、今の私は五歳なので、二歳を高い高いできる自信はない。

 

「あ……こんにちは」

「…………」

 

 暫くして男の子が出てきた。ちょっと引くくらい表情がない。心を失いしアンドロイドの面構えをしている。

 

「スバルくん……?」

「…………」

 

 ……もしかして初対面? 幼馴染なのに? お隣なのに?

 

 ややあって、男の子は小さく頷いた。ラグがエグい。

 

「久しぶりだね」

「…………」

 

 初対面じゃなくてこの反応の薄さ!? 幼馴染なのに敗北の味しかしない。

 

 って、そうだ。うちはスバルって生まれた時から声が出せないんだった。えっ。これどうやってコミュニケーション取ればいいの。筆談?

 

 慌てて持っているアイテムを確認する。

 

《所持アイテム:手裏剣》

 

「…………」

 

 うーんこの。

 

「来年からアカデミーでしょ? 授業についていけるか不安で……修行、付き合ってくれないかな」

「…………」

「……ダメ、かなあ」

「…………」

 

 なんか、動悸が激しくなってきた。

 声が出せないなら、さっさと首を縦に振るなり横に振るなりしてくれたらいいのに。

 スバルは無表情のまま、じっとこちらを見つめてくる。

 

 彼は緩慢に両手を持ち上げた。

 

《しょやら はかそまに》

「え?」

「…………」

 

 指がバババッて動いたけど。今のはなに。忍同士でしか理解できない暗号とか?

 セリフ部分もめちゃくちゃな文字列で理解できないし。

 

 スバルは、今度はさっきよりもゆっくり指を動かした。

 

《きょうは よていある》

 

 やっとセリフ部分の文字が理解できるものに変わった。

 これってつまり、手話……?

 

「……そうなんだ。ごめんね、指文字まだ慣れてなくて。今くらいの速度ならなんとか読めるんだけど」

「…………」

 

 スバルは「気にしないで」というように首を振る。

 手話じゃなくて指文字なんだ。……指文字ってなんだっけ。

 

《また こんど》

「うん。またね」

 

 忍だから指文字が理解できるのかな。それとも、スバルの為に覚えたとか?

 

(スバルとの会話方法を理解するためのチュートリアルってことね。まだ集落の外には出られないみたいだし、近所を散歩してから自宅に戻ろう)

 

 そろそろ家に戻ろうとした時、すれ違ったお婆さんに呼び止められた。

 

「スバルに会いに行っていたのかい?」

「はい」

「あの子は……不気味だよ。声は出せない、何を言われても表情は変わらない。あまり関わらない方がいいんだ」

「そんな…………」

 

 オトメの表情が固まっちゃうのも理解できるくらいの言われようだった。

 

 え、っていうか、誰? オトメの祖母じゃないよね。スバルの祖母でもないだろうし……それはそれでもっと怖いけど。

 あなたの存在の方がもっと不気味なんですが……。

 

 選択肢が二つ出てくる。

 

《そうですよね(曖昧に微笑みながら)》

《スバルくんを悪く言わないでください(ムッとしながら)》

 

 私は迷うことなく二つ目を選ぶ。

 一つ目を選んだ瞬間に、タイミング悪く会話を聞いていたスバルからの好感度が下がるやつ。他の乙女ゲームで何千回と経験してきた私を舐めるな。

 

「スバルくんを悪く言わないでください」

「そ……そうかい。忠告はしたからね」

 

 お婆さんは渋々ながら去っていく。

 まだ五歳の子供に対して、あまりにも当たりがキツい。うちは一族、修羅の一族すぎる。

 

 

 

「どう? 今の上手くいったよね!」

《うん》

 

 一週間後、やっとスバルと手裏剣術の修行をすることができた。あれから毎日誘いに行ったのに《きょうは おとうとと やくそくが》《いえのことが あるから》などと断られ続け、ついにこの日を迎えたわけである。

 

 乙女ゲームらしく、それっぽい恋愛イベントが発生するのかと思いきや。手裏剣の練習したらあっさり解散するし、次の約束すら取り付けないし。

 さすが公式設定で《他人には一切興味がない》とされている男。プロ乙女ゲーマーの狩猟本能が刺激される。

 

 絶対にこのルートクリアしてやるんだから。

 

 

 

 意気込んだわりに、大した進展もなくアカデミーの入学式を迎えてしまった。遊びに誘っても毎回断られるので、当然というかどうしようもない敗北というか。おもしれぇ男すぎる。

 

「スバルくーん!」

「…………」

 

 里の長である三代目火影の挨拶も終わり、私は駆け足でスバルの元へと向かった。

 私の呼び声に、校舎に入ろうとしていたスバルが振り返る。その隣には、見たことのない少年が立っていた。

 

「この人は?」

「…………」

「へぇ。お隣さんなんだ」

 

 スバルは指文字を使ったわけでもないのに、なぜかその少年は心でも読んだかのように会話を成立させていた。

 少年の目がこちらに向けられる。その瞳が意味深に細まる。

 

「はじめまして。僕は、覚方(おぼかた)セキ。スバルとはさっき知り合ったばかりなんだ」

「そうなんですね」

 

 いかにもモブではない、主要キャラといった顔立ち。そのわりに攻略対象一覧で見かけなかったような。

 

 少年、セキは僅かに驚いたように目を見開いた。

 

「……僕の一族を知らないなんて、珍しい」

「ごめんなさい。色々と疎くて」

「ううん。構わないよ。察してるかもしれないけど、覚方一族は人の心を読むことができる血継限界を持っていてね」

 

(ふーん。心を読めるなら、スバルの感情も把握できるってこと。スバルとプレイヤーの架け橋になってくれるお助けキャラってところかな)

 

 選択肢が二つ出てくる。

 

《そうなんだ! すごいね》

《心を読まれちゃうのはちょっと……》

 

「…………」

 

 これは……難しい。普通は一つ目を選ぶけど、心を読むことができる人間が相手だ。オトメが心の奥で二つ目を考えていた場合、一つ目を選ぶことで逆効果になったりする。

 

 心を読めるって言っただろ何しれっと嘘ついてんだてめー! ってやつだ。

 

 ここは……やはり、二つ目が最適か。この選択肢が出てくるってことは、オトメもそう思っている可能性が高い。正直者は救われるべき。

 

「心を読まれちゃうのはちょっと……恥ずかしいかな」

 

(ナイスゥーッ!! 恥ずかしいかなと付け加えることで内容全体が一気に柔らかくなり、相手に与える不快感を軽減ッ! 天才! 天才の所業だぞこれはッ!!)

 

 セキは困ったように眉を下げた。

 

「……そうだよね。僕も、本当はこんな能力好きじゃないんだ」

「…………」

 

 えっ。

 

 スバルがそんなセキを気遣うような表情をした(気がする)。まって。

 

 セキはにこっと何もなかったかのように笑った。

 

「先に教室に行ってるね」

「あ…………」

「…………」

 

 もう小さくなってしまったセキの背中に、オロオロしている私、どこか心配そうにセキの後ろ姿を見ているスバル。

 

 前言撤回。この乙女ゲーム、おそらく滅茶苦茶難しい。

 

 

 

「スバル。次は移動教室だって。早めに行こうよ」

 

 アカデミーに入学して一月ほど経った。

 セキとスバルは常に一緒に行動していて、話しかける隙が一切ない。周りからはすでに親友扱いされている。

 

(はぁ〜。やってらんないよマジで。何が楽しくて少年たちの美しい友情を見せつけられて…………好きだけど。好きだけど違うくない? オトメちゃんとも美しい恋愛関係を築いてくれないと困るんだよ)

 

 だってこれ乙女ゲームだもの。

 

 そんなわけで、今日も私はアカデミー後にスバルの家に来ていた。ちなみに毎日。これが現実だったらストーカー扱いされてもおかしくない。私がスバルだったらあまりの鬱陶しさにキレてると思う。

 

「……スバルにいさん」

「…………」

「は……はじめまして、イタチくん」

 

 私を出迎えてくれたのはスバル……だけじゃない。

 足元では小さな男の子がこちらを警戒するように見上げてくる。うちはイタチ。三兄弟の真ん中で、今はまだ三歳だったはず。

 

《わるいけど きょうは》

 

 あーこの流れ。また断られるやつ。そうはさせんぞ。

 

 選択肢は三つ。

 

《忙しいよね。邪魔しちゃってごめん(帰る)》

《迷惑……かな?(少し粘って帰る)》

《お菓子をたくさん作りすぎたから貰ってほしい(渡して帰る)》

 

 帰るしか選択肢なくて草。なんでだよ!

 

「実はクッキーを焼いたんだけど、たくさん作りすぎちゃって。……貰ってくれないかな? もし良かったら、イタチくんも食べてね」

「…………」

「…………」

 

 今日も所持アイテムは手裏剣だけだったはず。どこから取り出したのか、オトメの手には可愛くラッピングされたクッキーがのっている。

 ……四次元ポケットかな?

 

 うちは兄弟の反応は……よく分からない。二人とも何度も頷いて受け取ってくれたので、少なくともクッキーが嫌いというわけではなさそうだった。

 

「それじゃ、またアカデミーでね! イタチくんも!」

《ありがとう》

「あっ……ありがとう! オトメ……ねえさん」

 

 あれだけ私を警戒していたイタチが、小さな手をぶんぶんと振っている。しかも恥ずかしそうに姉さん呼びまで。

 私も二人に手を振り返して帰宅した。

 

 帰宅後、自室で正座しながら壁を見つめる。

 

(……イタチルート、ありだな?)

 

 

 

 スバルが弟のイタチと共に忍界大戦に参加することになったらしい。

 オトメの育成レベルによっては一緒に参加できたらしいけど、まあ無理だった。毎日スバルに会いに行っていた時間を全て育成に捧げたとしても、ギリギリいけたかどうかってレベル。リスクがでけぇ。

 

 乙女ゲームのくせに実践の授業でFPS並みのプレイヤースキルを求められたり、座学の授業で記憶力をテストされる(フリではない)のは何? 聞いてないんですけど。こんなの一生アカデミー卒業できないよ。

 

 しかもなんだっけ。写輪眼? っていう、うちは一族特有の能力? が必須らしい。どうやったら手に入るのかは分からない。スバルはもう手に入れているようだ。

 

「オトメさん」

「セキくん」

 

 スバルが戦争に行ってから、よくセキが絡んでくるようになった。

 

「僕も……行きたかったな。スバルと一緒に」

「セキくんの成績なら推薦状が出たはずだよね?」

「ダメだった。どうしても火影様の許可が得られなくて」

 

 ああ、そういえば。彼の血継限界は、うちは一族のものより貴重なものって設定だっけ。

 やっぱりどう考えてもモブじゃないよね。攻略キャラ一覧で見逃したのかな?

 

《心配だよね。スバルくん、元気にしてるかなあ》

《心配だよね。イタチくん、あんなに小さいのに》

 

 どっちを選んでも大して変わらなさそうな選択肢が出てきた。ただの雑談だろうし、心情的に近い二つ目を選ぶ。

 

「心配だよね。イタチくん、あんなに小さいのに」

「……イタチくんが心配なの? スバルじゃなくて」

「スバルくんのことも心配してるよ」

 

 やっぱり。二つ目を選んでも最終的に「スバルくんが心配」に戻ってきた。

 

「そうなんだ」

 

 セキはそう言って、スバルが戦争から戻ってきてからも、頻繁に私に話しかけてくれるようになった。

 

 

 

 スバルは、大戦が終結してすぐにアカデミーを卒業した。意味が分からない。早すぎる。

 

 しかも暗部というエリート集団の仲間入りをしたらしく、寮暮らしだとかでいつ実家に戻ってこられるか分からないという。

 

 幼馴染・お隣さんというステータスをあっという間に失ってしまったオトメ。

 

 なにこれ詰んだ? やっぱり一緒に大戦に参加しなきゃダメってこと?

 

 

「……オトメ姉さん?」

 

 うちはの演習場で一心不乱に自主練していたら、入り口にイタチが立っていた。

 練習を中断して汗を拭う。

 

「イタチくんも自主練?」

「…………うん」

「私はそろそろ出るから好きに使ってね」

 

 言いながら、地面に散らかしていた道具を片付ける。クナイに伸ばした腕を掴まれた。

 

「……そんなに場所使うわけじゃない、ので」

「…………」

「…………」

「……うん。じゃあ、もう少しいようかな」

「はい」

 

 あれ?

 

 仕舞おうとしていたクナイを握って、離れた場所に立てかけていた的に向かって投げてみる。

 

 クナイは中心から大きくズレた場所に突き刺さった。……これ、ほんと苦手。未だにタイミング掴めないし。

 

「――――クナイは」

 

 振り返ったらすぐ後ろにイタチが立っていて叫びそうになった。

 こんなに近くにいてもestinto(エスティント)なんですね。

 

 イタチは私の手のひらを開いて、正しいクナイの握り方をさせると、高さまで調節してくれた。

 

「的があの位置にあるなら、これくらいの高さから投げた方が安定する」

「やってみる」

 

 投げてみた。中心からは外れてしまったけど、さっきよりは中心に近い。

 

「すごい! すごいよ、イタチくん!」

「オレはなにも……」

 

 イタチは照れながら……笑っていた。

 

「イタチくんの教え方が上手かったからだよ。将来は学校の先生にもなれそう」

「先生……」

「興味ない?」

「そんなことは。……ただ、想像できなくて」

 

 そうかなあ。アカデミーで生徒に慕われてるイタチ先生、いくらでも想像できるけど。

 

 この後どうするかを決める選択肢が出てきたので、《そろそろ帰るね》を選ぶ。

 

「オレ……送ります。こんな時間だし、女性一人だと危ないから」

「…………」

 

 これ以上は色んな意味で危険だと思って、さっさと切り上げようとしたのに!

 

 スバルルートだと思ってたら、いつのまにかイタチルート(五歳)に進んでいた件。 

 

*1
AMNESIA:乙女ゲーム。幼馴染ポジの爽やかイケメンが突然監禁してくることで有名。




スバルを攻略したかった女性がイタチルートに進んじゃったり、やり直したらセキとの百合ルートに入ったり、最後にはちゃんとスバルルート(修羅の道)を進んだらいいなあっていう話


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本編終了後ネタ①※ネタバレ注意

※ネタバレ注意
本編では不採用になるかもしれません

サブタイは【お義兄さん】
サクラ視点の短い話です



 多分、これまで生きてきた中で一番じゃないかってくらい、胸がドキドキしてる。頬は紅潮しているし、握りしめた手のひらには汗が滲んでいる。

 

 木ノ葉の大通り。前を歩いているその人の背に向かって、私は叫んだ。

 

「――あ、あのっ! ス……スバ、スバルお義兄さん!」

 

 規則的に揺れていた長い髪が、その人の動きに合わせて止まる。こちらに向けられた瞳は冷たく、一切の温度を纏わない。なのに、どうしてだろう。私にはその人が瞠目しているように見えた。

 

「急に呼び止めてしまってごめんなさい! それに……その、呼び方、も」

「…………」

 

 胸の前で指をもじもじさせる私を、スバルさんは何も言わずに見下ろすだけ。最近頑張って覚えた指文字が綴られる気配すらない。

 

 ……やっぱり、迷惑だったかな? そうだよね。まだお互いのこともよく知らないのに。サスケくんのお兄さんだし、もっと仲良くなりたいのになぁ……。

 

 私は慌てて首と手を横に振った。

 

「サスケくんは大丈夫だって言ってくれたんですけど、スバル……さんからすれば、血の繋がりもない急に出てきた女に『お義兄さん』なんて呼ばれるのは気に入らないですよね……! 勝手に呼んじゃってすみません。あの、これまで通り、スバルさんって呼びま――」

 

 スバルさんの反応が恐ろしくて早口で捲し立てていたら、こちらへ手のひらが伸びてきた。

 

 脳裏に過ぎるのは、サスケくんが私の額を指で突いた日のこと。

 

 額への軽い衝撃に備えて目を瞑っていたのに、いつまで経ってもこない。薄らと目を開いた頃、ふわっと頭に温もりが降ってきた。

 

「……えっ?」

 

 温もりはあっという間に離れていく。自分の頭に触れながら唖然としている私に、スバルさんが微かに目を細めた気がした。

 

《ありがとう》

 

 

 

 ***

 

 

 

「ねえ、サクラ。この後お茶しない? 最近美味しい甘味処を見つけたんだ」

「セキ義姉さん! 報告書(これ)、すぐ提出してきますね」

 

 書き上げたばかりの報告書をひらひらさせる私に、セキ義姉さんが「ふふっ」と口元に手を添えて笑う。

 

「期待していいよ。甘味に詳しい人からのお墨付きだから」

「わあ、それは楽しみ!」

 

 甘味に詳しい人……誰だろう?

 

 

 

「あ、きたきた。スバル! こっちだよ」

「……お義兄さん!? セキ義姉さん、これってどういう……」

「まあまあ座って。ほら、甘味もきた」

 

 甘味処で注文を済ませて他愛のない話に花を咲かせていたら、なんとスバルさんがやってきた。以前会った時と違って額当てをしている。

 

 今のスバルさんは額当ての裏に例のお面の欠片を縫い付けていて、お面を被ることなく“声を出す”ことができるようになっていた。

 

「ごめんね、任務終わりなのに」

『構わない』

「折角スバルが勧めてくれたから一緒に食べたくて」

 

 ……甘味に詳しい人って、スバルさんのことだったんだ。ちょっと、ううん。かなり意外かも。

 

「お義兄さん。三色団子はどうですか? みたらし団子もありますよ」

『…………ああ、貰う』

 

 セキ義姉さんの隣の椅子を引いていたスバルさんの動きが不自然に止まり、何事もなかったかのように座る。セキ義姉さんは苦笑していた。

 

「あの……私のお義兄さん呼び迷惑じゃないですか? 馴れ馴れしかったり……」

「あはは、まさか。凄く喜んでるよ。ね、スバル」

『…………』

 

 スバルさんが無言で頷く。まったくそうは見えない。

 

「サクラもそのうち分かるようになるから大丈夫。スバルって結構顔に出るから」

『…………』

「……ちなみに、今はどういう……?」

『照れてるね。物凄く』

「ものすごく」

 

 にわかには信じ難くて反芻してしまった。スバルさんが照れてる。……この無表情で?

 

「サスケくんも同じこと言ってました」

 

 どことなく自慢げに「今のオレはスバル兄さんのことは何でも分かる」なんて言ってたっけ。そういうのも兄弟あるあるなのかな。私は一人っ子だから、そういう関係性は少し羨ましい。

 

「お義兄さんは――」

 

 サスケくんのこと何でも知ってるんですか? と聞こうとして、固まる。正面に座っているスバルさんが、明らかに幸せそうに三色団子を頬張っていたからだ。

 

「……? あれ……」

 

 目を擦ってからもう一度スバルさんを見る。いつもの無表情だった。

 

「……三色団子、お好きなんですね」

 

 スバルさんがうんうんと何度も頷く。その頬は団子で膨らんでいる。しかも、両方。咀嚼するたびに、もきゅもきゅと動く。妙な既視感があった。

 

「桜餅は?」

『食べる』

「はい」

『…………』

 

 お皿ごと差し出すのかと思ったら。セキ義姉さんは、楊枝に差した餅をスバルさんの口元に近づける。スバルさんはちらりとこちらを見て、恥ずかしそうに(そう見えた)顔を逸らし、最後には根負けして口を開けていた。

 

 な、なんて羨ましいの……。サスケくんもやってくれたら……!

 

「サクラ?」

「あっ、ううん! 何でもないんです」

 

 桜餅を熱心にもぐもぐしているスバルさんに、頭上に疑問符を浮かべているセキ義姉さん。

 

 私は熱くなった頬をパタパタ手のひらで扇ぎながら微笑む。……うん、もうお腹いっぱい。

 

『……サクラ』

「は、はい!」

 

 スバルさんが姿勢を正した。

 

 なんだろう、改まって。……もしかして、私とサスケくんのことで何か物申したいことでもあるんじゃ? うちは一族に嫁入りするには髪は黒じゃなきゃ認めないとか、そもそもサスケくんの嫁に相応しくないとか!?

 

『……サスケと共に歩んでくれてありがとう』

 

 驚いて目を見開く私に、スバルさんが苦笑したのが分かった。相変わらず表情は動いていないのに。

 

『あの日《ありがとう》と言ったのはそれもあるが、一番は俺自身が……』

 

 限界まで身を乗り出して耳を傾ける。スバルさんはそんな私にちょっと引いていた。

 

『その……この感情が正しくそうかは分からないんだけど』

「スバルってこういう時くどい言い方になるよね」

『……仕方ないだろ。緊張してるんだから』

 

 スバルさんが子供みたいにムスッとする。今まであまり似ていないなと思っていたけど、その様子はサスケくんによく似ていた。

 

『俺自身が、妹ができて嬉しかったんだ』

「…………」

 

 ――スバルさんが笑った。今度は幻覚だとか、そんな気がするとか、そういうのじゃない。

 

 想像していたよりもずっと幼く、どちらかといえば可愛いタイプの笑み。心臓が止まるかと思った。

 

 そういえば私、サスケくんに対しても、普段はクールなのに結構照れ屋なところとか、所謂ギャップ萌えでやられたところある、かも。……うちはの男の人って、みんなこうなの!?

 

 ぷしゅう、という音と共に全身から力が抜ける。

 

『サクラ!?』

「ふふ。サクラも苦労するよね」

『……大丈夫、なのか?』

「うん。ほら、こっちにおいで」

 

 言われるがままに、隣の席に移動してきたセキ義姉さんに寄りかかる。よしよしと頭を撫でられた。

 

「サクラもお団子食べる?」

「……食べますぅ! くださいいい!」

「はい、あーん」

「あ、あーん……」

『…………』

 

 ふと正面を見ると、スバルさん……じゃなくて、お義兄さんが少し羨ましそうな顔でこちらを見ていた。

 




セキの「あーん」を羨ましがってるわけではなく、妹に「あーん」できるのいいなあ、でも俺がやったらセクハラになるかなぁ……セキいいなぁ……ってなってるスバルです

2024年もよろしくお願いします!


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吾輩は猫だが〜(じんせい版)
猫のやつ①


猫のやつの本編採用バージョンです。

猫のやつが何か分からない人向け↓
https://syosetu.org/novel/302488/8.html



 南賀ノ神社の裏には、不気味な雰囲気漂う深い森が広がっている。そこには、何百年という時を生きる化け猫たちが棲みついていた。

 

「スバル。ついにお前も三歳になった。うちは一族の者は決められた歳になると、妖猫族(ようびょうぞく)と口寄せ契約をかわすことになっている」

 

 化け猫――妖猫族。彼らは尻尾の数によって猫又もしくは猫魈(ねこしょう)と呼ばれ、まだ木ノ葉隠れの里がない戦国時代から、俺たちうちは一族を手助けしてきたらしい。

 

 南賀ノ神社の敷地内。口寄せ用の巻物を広げた父さんが、こちらに短剣を差し出してくる。受け取った短剣を親指の先に走らせ、傷口からぷっくりと出てきた血を、慌てて巻物に押し付けた。

 

「ここで教えた陣を……そうだ。あとは分かるな?」

 

 巻物に陣を描き、父さんの言葉にこくりと頷く。

 

 パパッと印を結び、余った血液で両の手のひらに血の線を付け足し、先ほど巻物に描いた陣の上に重なるようにのせた。

 

 ボンッ! という、分身を作り出した時のような音と共に、巻物周辺を煙が包み込んだ。

 

 煙が晴れる。

 

「…………すぅ、すぅ」

「…………」

 

 口寄せした妖猫族、いや、猫は真っ黒な身体を丸めながら規則的な寝息を立てている。

 

 ……妖猫族って、通常形態ですでに人間よりデカいんじゃなかった?

 

 巻物の上で丸まって寝ている猫はどう見ても普通の猫だし、黒猫だし、そもそも何呑気に寝てんだよって話だし。

 

 がっかりコースを爆走している俺とは真逆に、父さんは「お……おお……!!」となにやら感動しているらしかった。猫の昼寝がそんなに珍しいか?

 

「まさか、ダイフク殿を口寄せするとは……」

 

 ダイフクというのがこの猫の名前のようだ。……黒猫なのに?

 

 不満そうにしてるのが分かったのか、父さんは嗜めるように言った。

 

「一番最初に誰を口寄せできるかによって、その者の妖猫族との相性が分かるのだ。ダイフク殿は妖猫族のNo.2、まさか忍術も幻術も適正のないスバルにこのような才能があったとは……」

 

 最後のは余計だ。それにしても、こんな猫が妖猫族で二番目に優秀ってこと? 下から数えた方が早そうだけど……。

 

 半信半疑で猫を見下ろしていると、ふるふると猫のヒゲが動いた。目を閉じたまま、後ろ足をぐいーっと伸ばし、短い舌で前足を舐め始める。

 

「ダイフク殿」

 

 父さんに名を呼ばれた猫がぱちりと目を開ける。金色の瞳が億劫そうにこちらを見た。

 

「…………にゃ〜」

 

 黒猫は、普通の猫のように小さく鳴いただけだった。

 

 

 

 ゆらり、ゆらり。俺の肩にしがみついてる黒猫の尻尾が左右に揺れている。その尻尾は一つ。

 

 おかしいなあ、妖猫族の尻尾の数って二つ以上じゃなかった? しかも、人間の言葉を話せるはずなのに、こいつときたら「ニャー」しか言わない。

 

「…………」

 

 折角だから仲を深めてきなさいという父さんの言葉を受け、猫と一緒にうちはの商店街に来てみたが、注目の的すぎて落ち着かない。すげー見られてる。

 

 も、もしかして、コイツって本当にすごい猫なのでは……!?

 

 内心ドキドキしていると、彼らのヒソヒソ話が少しだけ聞こえてきた。

 

「フガク様の子もそんな歳になったか……」

「黒猫といえばダイフク様しか知らないが、尻尾が一つということは……ただの猫しか口寄せできなかったんだな」

「妖猫族に普通の猫なんているのかよ? どんだけ才能ないんだ」

「…………」

 

 散々な言われようだったのでシャットアウトした。なんだよ、やっぱり普通の猫じゃねーか。

 

 まあこんなのは慣れっこだ。俺の肩でキョロキョロと興味深そうに周りを見渡している猫を盗み見る。

 お前も勝手に期待されて落胆されるなんて、理不尽だよな。悪かったよ。

 そんな思いをこめて、猫の額を撫でてやろうと指を伸ばしたら、思いっきり噛みつかれた。

 

 鼻上にシワを作り、牙を剥き出しにしてる猫と見つめ合う。しかも唸ってる。

 

「…………」

 

 俺、やっぱりお前なんか大嫌いだ。

 

 

 

 それから数ヶ月後。最高に可愛い弟が生まれるというビッグイベントがあったりしつつ、相変わらず修行三昧の毎日を送っていた。

 

「にゃあ」

「…………」

 

 自分の才能が憎い。何度挑戦しようと、毎回あの黒猫を口寄せしてしまっていた。父さんは「さすがオレの息子!!」と毎回ハイテンションだったが、俺のテンションは地面を突き抜けていくばかり。

 必ず黒猫を召喚する才能なんていらないから、忍術と幻術の才能をよこしてくれないか?

 

「ニィ、ニィ」

「うう、あー」

「…………に〜」

「キャッキャッ」

 

 黒猫の唯一素晴らしいところといえば、どうやら赤子が好きということだけ。

 その日も異種族交流として黒猫を家に連れ帰っていた。

 猫はタタタッといつになく急いで子供部屋へと走り去っていき、俺が追いついた頃にはベビーベッドの端に座って、尻尾をふりふりさせてイタチをあやしていた。

 俺の前では「にゃ〜(眠いからあっちいけ)」と「シャーッ!!(消えろ!!)」しかないのに。温度差で風邪引きそう。なんか顔つきまで違うし。俺が何をしたっていうんだ。

 

 

 

 さらに数年後。イタチが俺が黒猫を口寄せした時と同じ年頃になって分かったことだが、黒猫は赤子が好きなのではなく、イタチのことが好きらしかった。

 猫のくせに見る目がある。さすが俺の口寄せ獣だ。

 

「スバル兄さん! さっき妖猫族を口寄せしたんだけどね、その子、自分はダイフクの一番弟子だって言うんだ」

《そうか》

「ダイフクも来てたんだね。……あははっ、くすぐったいよ!」

「…………」

 

 我が物顔で俺の膝の上で丸くなっていた黒猫。イタチの気配を察知した瞬間に飛び起き、やってきたイタチが顔を近づいてくると、瞬時に鼻チュンしていた。

 ヒゲが顔に当たってくすぐったかったのか、イタチがくすくすと笑って黒猫を抱っこする。

 

 なんて羨ましい。黒猫、その場所代われ。

 

 

 

 ついに俺とイタチが忍界大戦に参加することになった。

 こういう時こそ口寄せ獣の出番だろうと、いつものように口寄せを使ったら、黒猫ではなくブチ猫がやってきた。なんでだよ。

 

{よっす! 人間のキッズ}

「…………」

{オレ様はダイフク先輩の一番弟子っす! ワレナシって呼んでくださいっす}

「…………」

 

 ハチワレなのにワレナシなんだなとか、この間イタチが口寄せした猫ってこいつかとか、妙な語尾とか、ツッコミどころが多すぎる。

 

{なんすか?}

 

 何でもないと首を振る。イタチと会った時に俺のことを聞いていたのか、ワレナシは{声出せないんでしたね〜}と急に口調を変えてきた。

 

{ダイフク先輩なら来ないですよ! あの方は人間の戦争が苦手なので引きこもり中っす}

「…………」

{代わりにオレたちの長であるミケ様が行こうとしてたんで、必死に止めてたんです}

 

 妖猫族のトップの名前、初めて聞いた。しかも三毛猫ではなく白猫らしい。もう意味が分からない。

 

{これまでダイフク先輩を口寄せできたのは他にタジマ親子くらいですよ? もっと自信持って!}

 

 タジマ親子が誰かは分からなかったが、最後に雑に励まされたので、適当に頷いておいた。

 

 

 

 黒猫は口寄せしても寝てばかりだった。実質初めての共闘だったが……妖猫族、滅茶苦茶強い。

 

 ワレナシは尻尾が二本ある猫又だ。

 最初は人間の大人と遜色ないサイズだったが、戦闘になると二倍以上の大きさになり、大きな尻尾を器用に動かして敵を薙ぎ払っていた。あの尻尾、伸縮自在は反則だろ。

 その辺の大木を尻尾で掴んで引き抜いて投げつけてるのを見た時は、目玉が飛び出るかと思った。やっぱ反則だって。

 

{ふう。人間は妙な技を使うから嫌いっすね}

 

 敵の攻撃を避けそこねた俺を、尻尾で掴んで引き上げてくれたブチ猫。……助かった。

 

{火遁でしたっけ。猫は炎が苦手なんで、近くで使わないでくださいね。ダイフク先輩にならいいですけど}

 

 黒猫にはいいのか。

 

{あの方は火車(かしゃ)でオレたちとは違う森から来た猫だから……っと、フガクたちと逸れちゃいました?}

 

 気がつけば、周りには敵も味方も誰一人いなかった。

 ワレナシが伏せた頭を俺に押し付けてくる。

 

{いつもはやんないスけど、ダイフク先輩の子分仲間として、特別に背中に乗せてやります}

 

 俺がいつ、あのいけすかない黒猫の子分になったって?

 

 とはいえ早くイタチに追いつきたい。恐る恐るブチ猫の背中に乗って、ふわふわの毛を両手で掴む。

 

{いくっす}

 

 妖猫族の足は速かった。速すぎた。

 

「に、兄さん!? 大丈夫……?」

「…………」

 

 完全にグロッキー。二度とこいつらの背には乗らない。

 




本編関係ない独立したバージョンも書いてますが、完成はいつになるやら。多重影分身したい。


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