film STARS (葛篭)
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プロローグ

──これは夜空に輝く星が堕ちる物語。

 

 

 コツリ、コツリ…

 神殿のように石柱が並ぶ長い廊下を美しい女が進んでゆく。

 たおやかな金の髪。真っ赤なルージュに彩られた唇。アクアマリンを思わせる薄い青の瞳はそれこそ宝石のように無慈悲で冷たいが、それが一層その女の美しさを際立たさせた。

 繊細なレースで作られたドレスの裾をゆったりと揺らし、女は最奥の扉の前で立ち止まる。

 指紋認証。網膜認証。音声認証。パスワードを入力して、最後に小さな金の鍵を差し込んで回す。

 厳重に守られた扉の先。繊細な刺繍が施されたカーペットの上を過ぎ、煌びやかながらも嫌らしくないデザインの調度品には目もくれず、天井に描かれた満天の星空に見下ろされながら彼女はその空間の奥に据えられたベット──そこに眠る人物とその人物へ小さく小さく子守唄を歌う青年へと歩み寄る。

「ステラ様…」

「シリウス、彼らを補足できたわ。運良くこの近くの海域に居るようよ」

 項垂れていた青年がぱっと顔を上げる。彼女の嵌めた指輪のエメラルドとよく似た色の瞳が彼女を見上げ瞬きを繰り返した。

「では…!」

「ええ、招待状は出しておいたわ。彼らが食いつくような情報を添えて、ね」

 喜色を浮かべる青年へと穏やかに微笑み返し、彼女はベットへと腰掛けた。

 やつれた彼の顔へ手を伸ばしかけ、ギュウと握って引っ込める。その代わり、ブランケットの上からひどく優しくその痩せた身体を撫でた。

「もうすぐ…もうすぐよ。必ず、貴方をもう一度……」

 

 歌わせて、あげるから。

 

 

 

 ずっとずっと、この日を待っていた。

 貴方の目が覚める日を。貴方を救える日を。貴方に償える日を。

 憎しみの篭った目でもいいわ──貴方の瞳が見れるなら。

 恨み言や私たちを嫌う言葉でもいいわ──貴方の声が聞けるなら。

 どうかどうかと、居もしないカミサマに祈る日々はもう終わり!

 両手を広げ、彼女は笑う。まるで大仰な舞台女優のような仕草。キラリと左の薬指に嵌った指輪のエメラルドが人工光を反射し煌いた。

「さあ、忙しくなるわよ。シリウス」

「はい。ステラ様、必ず…必ず、成し遂げましょう…!」

「もちろんよ。今さら私たちに失敗なんて許されないもの」

 願うように両手を握り頭を下げる青年を起こし、彼女は扉へと歩き出す。

 

 そう、許されないの。失敗も。敗北も。もう二度と私たちには許されない。

 一度目、私は手に入れることさえ出来ず失った。

 二度目、私たちは手を伸ばせば届く距離だったのに失った。

 三度目なんて許されない。

 貴方を私たちはもう二度と失わない。

 

 

 彼女たちが出ていき、重厚な扉が閉められればその部屋に満ちるのは点滴が落ちる水音と彼の小さな小さな吐息だけ。

 昨日も、今日も、ずっとずっとそこにはそれだけが満ちていた。

 

 

《fin》



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一話

 『グラン・ステッラ』

 世界最大のエンターテインメント施設。島とみまごうほどの巨大な船に様々なカジノと各種ショービジネス、レジャー施設等を完備した一つの移動する『国家』。

 偶然にもその地へと辿り着いた麦わらの一味は、様々な理由(主に船長の食費)で万年金欠なことも相まって上陸し、そこで思わぬVIP待遇を受けることとなった。

 金粉が降る街でコンシェルジュとして彼らの前にシリウスと名乗る青年が名乗り出た。赤毛に褐色の肌、グリーンの瞳に大げさで軽薄な言動。ルフィたちに対する物腰は丁寧だが貧しい身なりの子どもたちを追い払う様子は随分と冷たかった。

 

 

  ★☆★☆★

 

 最高級カジノホテル「THE REORO」の一室。

 最奥のソファに座すのは『女王』ステラ。その横には歌姫カリーナが控え、数段降りたフロアにも様々な招待客が飲食を楽しみながら賑やかしのBGMとかしていた。

 スルルルルと特徴的な音を起てながら、これまた特徴的な外見の男が床から姿を現す。警備責任者のタナカさんだ。

「ステラ様、シリウスが麦わらの一味と接触いたしました。それとハートの海賊団の上陸も確認されました」

「そう…ドフラミンゴを倒した一味…随分なことをしてくれたものよね」

 ゆらりと手の中のシャンパングラスを揺らしながら零すステラの美しさには妙な迫力があったが、無粋な笑い声がそれを削いでしまった。酔っ払った男が下品に笑いながら無礼にもステラへと話しかける。麦わらの一味についてイカれているなどと言っているが、その内容などよりもシャンパンを向けながら表情を無くしたステラへの恐怖が場を満たす。

「どうして、笑うのかしら?」

「え…?」

「どうして、私の許可なく、笑うのかしら?」

 ようやっと酔いで思考能力を落とした男にも彼女の怒りが理解できたらしい。必死に謝り命乞いをし、その上逃げようとするがそんなことは不可能だ。

 ゆるりと彼女の装飾品の一つが男に向かって投げられる。ソレが形を変え男を拘束しついには顔を覆い窒息死に至らしめた。

「ふふ…アハハハハ!……あら?どうしたの?笑いなさいよ」

 その命令に歪な笑い声が会場を満たす。カリーナはそれに合わせながらも自身の仕える女王を恐怖を持って観察する。

 当のステラは、それらを見下ろしながらとてもつまらなさそうに新たなシャンパンを煽っていた。

 

 

  ★☆★☆★

 

 一方で麦わらの一味というと、カメ車レースでの大逆転に始まりスロット、ポーカーなどでも順調に勝ち続け資金を増やしていた。

 キャーキャーと興奮するナミを横目に次はどのゲームに挑もうかと周囲を見回していたウソップはカジノ客の中に知った姿を見つけ声をあげた。

「あれ?お前らトラ男んとこのやつじゃねーか?」

「おっ、長鼻か。お前らも来てたのか。奇遇だなー」

 いつもの白いツナギ姿ではなく帽子も被っていないペンギンとシャチの姿はともすれば別人にも見え、同じようなスーツを着せられたベポが隣にいなければ通り過ぎていただろう。

「トラ男は?ってかあいつはギャンブルなんてやりそうにねぇ気がするけど。意外だな」

「おれたちは仕事!ここにいるどっかのお偉さんから『医者』として必要だーって呼び出されてよ。待ち合わせの日時までちょっとあるから軽く遊んでたってワケ」

「船長はこの国を見たいってまーた別行動中。ま、破産しない程度に遊べよとは言われてる」

「他の連中もカジノやら遊園地やら見に行ってるよ」

 へえと同盟相手ではあるが実はあまり話したことがない相手の言葉に頷く。彼ら海賊団は一味全員が医者あるいは看護師という珍しい構成をしている。船長のトラファルガー・ローは世界でも有数と言える名医だ。凶悪な海賊として世間では通っているがその実医者としての誇りは本物であるし、決して認めることはないだろうが随分なお人好しでもあるので乞われれば相手が誰であろうと出向くだろう。うちの船長も大変世話になった。

「お前らは…随分稼いだなぁ」

「おう!今日はツイてるみてぇだ!」

「うち金欠だからなぁ…このまま何事もなく換金して帰りたいもんだ」

「ははぁ…でも気ぃつけろよぉ。こういうトコは勝ちすぎると運営の方から裏に連れてかれるからな」

 そんな会話をしていたルフィたちに再びどこか胡散臭さが抜けない話し方でシリウスが近寄ってきた。

「おやおや!流石今を時めく麦わらの一味!強運に恵まれているようですね!……どうでしょう?皆様VIPルームへ行きませんか?」

「VIPルーム?」

「はい!ハイリスク・ハイリターンの高額ギャンブル!勝てば夢のような大金持ちになれる…いかがですか?」

 その申し出に今日の運の周り具合ならば勝てると踏んだ一味は了承し、中央エレベーターへ向かう。近くにいたシャチたちもハートの海賊団ということで共に招待された。

 そして彼らは、この国で最も欲と金と陰謀が渦巻く場所へと足を踏み入れることになったのだ。

 

 

〈coming soon〉

 

 

 




なんかだいぶ端折っちゃったな…大丈夫かしら…?


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二話

 VIPルームでのギャンブルの内容は『丁半』。サイコロを2つ籠の中へ入れ回し伏せ、出てきた数字が偶数(丁)か奇数(半)かを当てるというとても単純なものだ。ただそのサイズが大男がやっと一つづつ持てるような重量の鉄製のサイコロとフランキーよりも大きい鐘のような籠であるということを除けばだが。

 単純故にイカサマも多数存在するゲームではあるが、このサイズと重量のものならばそうそうそう言ったことも出来ないだろうとロビンは多少の楽観視をしながら既にゲームを始めてる我らが船長を尻目に周囲を観察する。

 ほぼ全ての人間が仮面を被っている。妥当だろう。いくらここが独立国家、世界政府に認められた治外法権の元にあるとはいえVIPルームに通されるような裏社会の大物同士、あるいは海軍などとが素顔で鉢合わせるような事態は歓迎されない。あくまでも「知らなかった」という言い訳が立つ方が都合がいいのだ。

 装飾の趣味もあまり良くない。この街そのものもであるがどこもかしこも金を使っておりギラギラと主張が激しい。有り体に言って目が痛い。まあこれはここの女王の能力の関係もあるのだろう。この街に到着してすぐ別の海賊に襲われたあと、金で出来た触手のようなものが伸びてきて彼らを海へ叩き落としていた。十中八九、そういった能力者と見て間違いないだろう。この黄金で出来た国の支配者《黄金女帝》ヴェルデ・ステラ。この国全てがいつでも彼女の敵へと牙を剥く準備を整えている。

「まあまあまあ!これはこれは麦わらのルフィ様とその御一行様!ようこそ、我が『グラン・ステッラ』へ!」

 思考に囚われていたロビンの耳を軽快な声が打つ。先程彼女たちが降りてきた中央エレベーターがある階段の上から一人、素顔を晒した女が優雅に手を広げながらこちらへ歩み寄っているところだった。

 豊かな金の髪には何かの植物を模ったバレッタが飾られ、それに似合う真っ白なAラインドレスを麗しく着こなしている。繊細なレースが首元と両腕を覆い、所々に宝石や金が装飾として嫌味なく飾られていた。海というよりも空の色をした瞳が穏やかに大勝ちしている我らが船長を見下ろした。

「誰だ?お前」

「わたしはヴェルデ・ステラ。この国の女王です。ようこそいらっしゃいました。歓迎しますわ」

「ふーん、そっか」

 あいも変わらず礼儀というものをどこかに置いて忘れてきたルフィは興味なさげにステラを見返す。

 そのふてぶてしさに気を悪くした風でもなく彼女は丁半をしていたルフィの隣へと座る。「あなたが5億もの賞金首とは信じられませんね」とおかしそうに笑いながらルフィの腕に触れ、そして一つ賭けをしないかと持ちかけた。

「わたしに勝てば掛け金の10倍のチップをお返ししますわ。もちろん、負ければ全て没収となりますが…いかがです?」

「10倍!? やるわよぉ! ルフィ! 今日のあんたなら勝てる!!」

 目も眩むような金額に文字通り目を輝かせたナミがルフィへと発破をかける。ルフィもやる気十分という風に快挙した。

 その背へ相変わらず信用出来ない軽薄な笑みを浮かべ、シリウスが緩慢に手袋を外しながら歩み寄った。その露骨な動きにロビンが声を上げたが時既に遅し。素肌の手のひらがルフィの肩へ触れる。訝しげに己を見上げるルフィにシリウスはにっこりと微笑んだ。

「勝てると、いいですね?」

「ん?おう!」

 サイコロが鐘の中に投入されかち上げられる。ダイスと言う元デスマッチショーのチャンピオンだという巨漢が床に叩きつけられた鐘をその頭蓋でかち割る。出た目は七・四の『半』。

 ルフィが先程宣言したのは『丁』だった。

「ルフィが、負けた…!?」

 ナミやウソップが驚愕を浮かべる中、ゾロを筆頭に戦いに長けた者たちはステラの雰囲気がガラリと変わったことを察し各々構えを取る。

「おやおや!わたしの勝ちですね!……それではお貸したチップ、3億2000万ベリー。お返しいただきましょう」

「…さっき、彼がルフィに触れた時なにをしたの」

 ロビンの問いかけにシリウスは金製のステッキで床を叩き「手の内を晒す真似をするとでも?」と小馬鹿にしたように笑った。当のルフィはバナナの皮で足を滑らせたあげく腹痛に蹲るという『不幸』に見舞われていた。

 まさか、触れた相手の『運』を奪う能力者とでも言うのだろうか? それならば、そもそもこの賭けは彼女らの掌の上でしかなかったということになる。

 当然ナミたちは納得しなかった。果敢にもステラへと食ってかかった。金を返すか一生ここで奴隷のように働くか、二択を突きつけられゾロが大将を叩けばいいだろうと短絡的に直接ステラへと斬り掛かった。だがその凶刃は当たり前のようにシリウスのステッキに防がれ、その上腕が、脚が、体が金に侵食され固着する。

「これ、は…!」

「あなた達、この国へ入ってすぐ金粉の雨を浴びたでしょう? あれは悪魔の実の能力を受けた金──あなた達はこの国に足を踏み入れた瞬間からわたしたちの手の中なのよ」

 妖艶に笑うステラへと再びナミが食って掛かるが、その首元へカリーナがナイフを当て大人しくするように脅す。ナミはサングラスをかけた彼女の顔を見てしばらく訝しんでいたが、何か気がついたのか「お金は払うわ。でも少し待って」とステラへと告げる。

「いいわ。明日の夜まで待ってあげましょう。その時までにお金を用意出来なければ……《海賊狩り》の命はいただくわ」

 二人の女の視線が絡み合い、その間に激しく火花が散った。

 

 

《coming soon》




VIPルームの話だけで一話…長さにばらつきがあるなぁ…


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三話

 ステラの部下、歌姫カリーナは実は《女狐》という呼び名を持つ怪盗だと、昔の知人であるというナミから紹介された麦わらの一味は彼女に伴われ下層の食堂へ場所を移していた。ベポたちはローや他のクルーと合流すると言って早々に分かれた。

 そこでカリーナに手を組まないかと持ちかけられ、話を聞いていたナミが驚愕の声を上げた。

「あんたまさか、『ステラの至宝』を狙ってるの!?」

「『ステラの至宝』? なんだぁそりゃ」

「この国の女王ステラは世界の金の二十%を握ってると言われてる《黄金の支配者》。その一部を天竜人に上納金として納めこの国を認めさせ、こんなカジノを経営して更に資産を増やしている。でもね、そもそもステラは自らが持つ『宝』を護るために金を集め国を作り地位を盤石にしていったらしいの」

「この黄金だらけの国が手段だってぇのか!? なんつー代物だよそりゃ」

「誰も正体を知らないんだけど、それが噂に噂を呼んで世界を傾ける代物なんじゃないかとまで言われてるの」

 怪盗の血が疼くじゃない? などとカリーナは笑う。

「あなた達も《海賊狩り》を助けるためにお金が必要でしょ? 鍵は手に入れてある。宝物庫までのルートも分かる。警備員の配置もトラップのことも調べてあるわ。あとあたしに足りないのは人手と武力。ね? 手を組まない? トータルバウンティ13億越えの大物海賊さんたち?」

 カリーナが不敵にルフィに問いかけた時、カウンターの方から食器の割れる音と男の怒鳴り声がしそちらへ気が逸れる。どうやら給仕の少年が配膳中の皿を落として割ってしまったようだった。怒鳴っている男はカジノ運営側の人間らしく、小さな子供に向かって居丈高に権力を振りかざし「借金が増えてもいいのか」などと脅しつけている。

「なによあいつ! 子供に向かって!」

「ちょ、ナミ!? 落ち着きなさいよ、こんなことで怒るなんてあんたらしくないわね!?」

 男たちへ文句を言いに立ち上がったナミをカリーナが慌てて止める。カリーナの知る《泥棒猫》ナミは見ず知らずとはいえ子供が怒鳴られているという状況に──少なくとも命の危険はないのだし──不快感を示しこそすれこんな風に策もなく飛び出していくような人間ではなかった。この一味は一体どうやってナミをこんな直情的に変えてしまったのか?

 疑問を抱きながらもナミを止めるカリーナだが、そこへ更に燃料が投下された。男が床に落ちた料理を踏みつけたのだ。

「あいつメシを!」

「待て待てサンジ! 今問題を起こすのはマズい!」

「放せウソップ!」

 ギャンギャンと一味が騒いでいる内に店主が子供たちを庇い、下っ端たちに殴られているのを肉を食いながら静かに見ていたルフィは奴らが去ったあと店主へ「なんで抵抗しねぇんだ!」と詰問した。その言葉に少年が激昂する。

「俺たちは奴隷と一緒だ! 働いて金を返さなきゃ自由になれねぇんだよ! これ以上借金を増やさないためにも奴らに従うしかねぇんだよ! なんにも分かってないよそ者のくせに! お前だってステラに負けたくせに! 勝手なこと言うな!!」

「まだ負けてねぇ!!」

 ルフィは怒鳴り返す。

「まだおれたちは負けてねぇ!! おいナミ! そいつの作戦乗るぞ! おれはあいつをぶっ飛ばしてゾロを助ける!!」

「あーあ…はいはい、了解よキャプテン」

 落ち着きを取り戻したナミが呆れたように承認するがそんなものはポーズだ。こんな不自由な国、ルフィが嫌がって当たり前。そして船長が『こう』と決めたことなら付いて行く覚悟はみんな出来ている。今回は仲間の命もかかっているからいつもよりは慎重にいかなきゃいけないんだろうけど……そういうことを考えるのはナミたちの役目だ。

 ルフィはただ前だけを見て、強敵を打ち倒して進んでいけばいい。

「そういう訳よ、カリーナ。あんたの作戦ってのを聞かせてちょうだい?」

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 ──『グラン・ステッラ』のどこかの建物の一室。大きな窓からは綺羅びやかな黄金の街が発する光が薄暗い室内とその場にいる人間たちを照らしていた。

「わたしね、あなたには従順になってほしいの」

 カロン…とステラの持つグラスの氷が音をたてる。背後には黄金の杖をついたシリウスを控えさせた女王は豪奢なソファに腰掛けながら、眼下に転がる海賊を優しく笑って見下ろした。

 黒いコートに斑点のある白い帽子。目つきの悪さが隈のせいで三割増しで凶悪になっている──トラファルガー・ロー。ドフラミンゴとも関係深かったこの国を訝しみ一人行動していた彼は、少し前に黄金によって捕まり今は海楼石で拘束されステラの元へと連行されていた。

「医者と言っても海賊ですもの。いつ寝首を掻かれるか恐れながら治療を受けるのは嫌じゃない?」

「おれは医者だ。相手が患者なら区別なく治療する」

 拘束されながらも強気に反論するローだがステラは笑ったまま取り合わない。

「この国の医療設備は他国より数段優れていると自負してる。名医も数多くいるし数々の医学書、資料、統計データなんかも揃ってるいるわ。その全てをあなたの好きなように使っていいから──わたしに忠誠を誓ってくれないかしら?」

「生憎、おれは命令されるのが嫌いだ」

「…あなたのクルーの身体も生命もわたしの手の中よ。もちろんあなたのものもね?この国に入り、金粉を浴びたあなたたちにはもう逃げ場はないの」

 だから折れなさい。トラファルガー・ロー。

 凍てついた氷のような眼がローを見下ろし宣言する。それをローの金の瞳はギラギラと輝きながら見返す。

「は、流石ドフラミンゴと取引をしていた女だ。クズなのは同じだな」

「──っ、あんな男と一緒にしないで頂戴!!」

 叩きつけられたグラスが鋭い音をたてて割れる。まるで本心の見えない彼女の悲鳴の代わりのようだった。  

「ステラさま…」

「……は……はぁ…大丈夫よ。落ち着いたわ」

 肩で息をしていた彼女は改めてローを見下ろしまた笑顔を貼り付ける。けれどそれは不格好で無理をしているのがありありと分かる下手くそな有様だった。

「わたしはあなたに本心からわたしたちに協力してほしい……しばらく大人しくしていなさい。すぐにあなたのクルーを連れてくるわね。…次に合う時は色良い返事がもらえることを願ってるわ」

「っおい!おれは医者だ!お前の下に付きはしねぇが患者がいるなら診せろ!治してやる!!」

 シリウスを伴い部屋を出ていこうとするステラの背へとローが叫ぶ。その言葉にステラは一度足を止めたが振り返ることなくシリウスが開けた扉を潜る。シリウスはローを一瞥睨みつけたあと、ステラを追って部屋を出ていった。

 くそ…というローの呻きだけが暗い部屋に響く。

 

 

 

 明るい廊下を二人は無言で進む。ステラは小さく、小さく口を開いた。誰にも聞かせるつもりのなかった慟哭だった。

 

 ……だいじょうぶ、15年も待ったんだもの…あと少しくらい、待てるわ…

 

 彼女の呟きは、シリウスの耳にしか拾われずクウへととけてほどけていった。

 

 

《coming soon》




…なんかステラさん出てくるたびにお酒飲んでませんか…?大丈夫?大丈夫じゃないわ…(メンタルが)


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四話

話が!進まない!!
今月中には完結させたいんですけどね…オリジナル展開に突入した途端筆が遅くなって…かなし…


 ステラから告げられた期限当日、真昼より少し後。

 麦わらの一味とカリーナは黄金の塔の見取り図を広げ作戦の最終確認に入っていた。

 

「まず麦わらさんと鉄人さんは外壁を登って時計部分から内部に入りコントロールルームヘ。国内の監視映像電伝虫を管理してるホスト電伝虫にこの妨害用の白電伝虫を設置しに行く。そうすればしばらくの間一部の映像を誤魔化せる」

「その間に私たちは宝物庫がある螺旋階段に向かう。ここの映像電伝虫を切ってもらわなきゃいけないからホースの番号を間違えないでね。【3番】よ」

「螺旋階段を登りきれば宝物庫。あとはこの鍵で扉を開いて中身をいただく。ね、簡単でしょ?」

「この作戦はお前らにかかってるからな、しっかりやれよ。ルフィ、フランキー!」

「おうよ!スゥーーパァーーに任せとけ!!」

 やる気に満ち溢れるフランキーたちと対象的にチョッパーは浮かない顔ををして俯いている。それに目ざとく気がついたロビンが訊ねると不安そうにハートの海賊団のことが心配なのだと零した。

「昨日の夜、トラ男が見つからねぇってペンギンたちから連絡があったんだ。それで今朝、こっちからかけてみたんだけど今度はペンギンたちにも繋がんなくて…大丈夫かなぁ……」

「そうね、それは少し心配かも」

「おれ達が嵌められたみてぇにトラ男たちも嵌められたってことか?」

 それは分からないけれど…とロビンは頬に手を当てて首を傾げる。彼はルフィと違って慎重だし、そもそもクルーたちにも「羽目を外すな。慎重になれ」と言ってからカジノへ向かわせていた。そんな彼が態々(今思えばあからさまに怪しい)ギャンブルを受けて立つような失態を犯すだろうか?

「トラ男さんも彼女たちに嵌められ、今の私達と同じような状況であるならば黄金の塔のどこかに彼らが捕まっている可能性は高いですね」

「それはちょっと変じゃねぇか?あの女はおれたちに『借金を返すか奴隷になるか選べ』って言ってきた。で、おれたちは借金を返すってことで今一応の自由の身だ。ハートの誰かや万一トラ男が捕まってるとしても残ってる誰かと連絡もつかねぇのはおかしかないか?」

 海賊が素直に言うこと聞くかよ。と言うウソップの言葉にその通りだとみんな頷く。少なくとも一味が嵌められる現場にいたペンギン、シャチ、ベポの三人はもう無闇にギャンブルに手を出さないだろうし、上記に理由でロー自身の可能性も低い。バラけていた他のクルーが嵌められていたのだとしても同じ状況だと知っている三人からこちらへ何の連絡もないのは不可思議だ。

「ちょっとちょっと! なに他の海賊の心配なんてしてるの!? そんな場合じゃないでしょう!?」

「ん〜でもトラ男は友達だからなぁ〜」

 なんの裏表も無さそうに悩んでいる目前の5億の賞金首にカリーナは絶句した。海賊って、もっと利己的で汚くて相手を食い物に私腹を肥やすようなものじゃなかったっけ!?

 ナミを振り返れば、しょうがないわねぇというようなまるで母や姉のような顔をして自分の船長や船医を眺める彼女の姿があってカリーナはますます混乱した。ナミ、あんた本当にどうしちゃったワケ?

「じゃあ、私たちは二手に別れる?トラ男の捜索をチョッパーと…見つからない様に探るならブルックとロビンかしら?」

「ええ、いいわよ」

 三人とも頷き、こちらはトラ男捜索班として途中から別行動をすることが決まった。

「いい? もしもトラ男たちが捕まってるとして、それが黄金の塔の中とは限らないしそうだとしてもそう易々と見つかるとは限らない。だからこっちの作戦が成功して連絡を入れた時まだ見つかってなかったら一度こっちに合流するのよ?」

「分かった!」

 そうして麦わらの一味&《女狐》カリーナは各自着替えを済ませ、作戦行動を開始したのだった。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

《名医トラファルガー・ロー氏にとある患者の診察をお願いしたく存じます》

 

 いたく畏まった文章の手紙がニュースクー経由で届けられたのは4日ほど前のことだった。

 波の穏やかな海域を航海中で、船影も無く近くに島も無かったので久方ぶりにポーラータング号は海上に浮上していた。

「なになに?《最高級のもてなしと謝礼をご用意してお待ちしております》…えー罠じゃねぇの?」

「だなぁ。どうします?キャプテン」

 手紙を覗き込んで好き勝手言っているシャチとペンギンを放置し、彼らのキャプテンは同封されていたカルテを難しい顔で読み込んでいた。「…のショック…当たり所はむしろいい…なのに目を覚まさない…」ブツブツと呟いていた彼は一つ息を吐いて顔を上げる。

「この手紙の送り主のところへ向かう。進路を変えるぞ」

「9割方罠っぽいですけど、いいんです?」

「罠なら諸共ぶった斬ってやりゃあいい。それよりこのカルテの患者が気になる」

 ふんと不遜に言い放つ船長にアイアイ!といつも通りの返事をし、受け取ったビブルカードを航海士に渡しに走る。

 まあ、なんとかなるし何とかするさ。だってうちのキャプテンは強いからな!それにキャプテンが単独行動じゃなく自分たちを連れて行く意志があるみたいだから乗っからないと。大事にされてることは分かってるけど、置いていかれるのは嫌なことなんですよ!それがこのキャプテンは分かってないんだからもう!

 なんて、その時のシャチは呑気に考えていた。

 

 

 絢爛豪華。煌びやかで燦爛たる黄金の国。馬鹿馬鹿しくなる程に全てが金ピカに輝いていて目が痛い。

 少しばかり隣のシャチのサングラスを羨ましく思いながら、同じく眉間に三倍のシワをこさえた船長に問いかける。

「結構早く着いちまいましたけど、どうします?」

 手紙の主が送り込んできたビブルカードの到着地点はどこかの島ではなく、世界に轟く世界一のカジノ船だった。その圧倒的な質量に多少威圧されながら船に乗り込めば当たり前のように歓迎され、妙な居心地の悪さを覚えながらも滅多に見られない豪華なカジノやレジャー施設に興味が移るのが抑えられない。

 深く帽子を被り直した船長がため息を吐きながら声を張り上げる。

「数名船に残って見張り! 残りは破産しねぇ程度に遊んでこい! 夜には船に集合しろ! おれは少しこの国を見て回る」

「お供する?キャプテン」

「いや、いらねぇ。見て回るだけだ。どこにも喧嘩を売るつもりはねぇよ。ビブルカードも取り上げられちまったから早めに依頼人に会いに行けもしねぇしな」

 会計係から各自小遣いをもらい、各々好きに散っていく。ペンギンたちも小金を受け取り、さっさと歩き出した船長の背中に声をかける。

「なんかあったら! ちゃんと連絡入れてくださいね!!」

 彼は手を挙げて答えたが、結局それは守られないだろうなという薄い諦念を感じペンギンは溜息を吐きながらも見送った。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

  ──Twinkle(きらめく) twinkle(きらめく) little(ちいさな) star(星よ)

 

 静かで寂しい部屋に低く優しい青年の歌声だけが響く。

 身体を拭って、床ずれしないように身体を動かして、荒れた唇にリップバームを塗って、髪を梳かして、少なくなってきた点滴を換えて、寝台を整えて。全てを終えて、椅子に座って彼の寝顔を眺める。

 死んだように眠っているこの人は生きている。ちゃんと、生きている。呼吸をしている。血が流れている。心臓は、動いている。

 その目だけが開かない。その口だけが開かない。何年も何年も、変わっていくのはこの人の身体の細さだけ。

 悲しくて、悔しくて、行儀も悪く座ったまま上を見上げる。

 天井に描かれた偽物の星空。冬の空を模したソレに一際輝く一等星。

 おおいぬ座のシリウス。おれの名前と同じ星。この人が、つけてくれたおれの、おれだけの名前。

 あの檻の中で、名もなく数字で呼ばれていた頃。首輪を嵌められ満足な食事も寝床もなくただひたすらに蔑まれ暴力と暴言に脅えていたあの頃。耳の奥に今だこびり着いた罵倒と叱責を振り払う。こんなものを思い出したいんじゃない。こんなものを覚えていたいんじゃない。

 貴方の記憶を振り返る。何度も何度も、掠れていく記憶を繋ぎ留めるために。

 貴方はおれに名前をくれた。言葉を、感情を、心を、生命を、貴方だけが守ろうとしてくれた。

 

  ──Twinkle(きらめく)twinkle(きらめく)little(ちいさな)  star(星よ)……

 

 もう思い出せない、貴方の歌声の代わりに歌う。貴方が歌ってくれた子守唄。

 この歌すらも意味を失う前にどうか、目を覚ましてください。

「おねがいします……ねえ、おきて…」

 貴方こそがおれたちの一等星。

 貴方が導べになってくださらなければ、おれたちはいつまでも迷ってしまうんです。

 

 広くて寂しい部屋に男の嗚咽だけがただ、響いた。

 

 

《coming soon》




使用楽曲情報…きらきら星いっぱいあってどうしたらいいのか…とりあえずwikiの日本語訳者の名前覧に載ってた人のを掲載しましたが…合ってるのかしら…不安…


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五話

 ──時間は少し戻り、ハートの海賊団がグラン・ステッラに上陸してすぐのこと。

 単独行動を開始したトラファルガー・ローはカジノには寄り付かず周囲の観察と情報収集をしていた。

 この『国』は巨大カジノを母体とし、高級志向の娯楽施設を混ぜ合わせて成立している。いたる所に女王の力と財力を誇示するように黄金が使われ、希少なカメを用いたカメ車なるものが走り、水族館や遊園地などの金のかかる娯楽施設を複数抱えている。そこらで貰ったパンフレットには星5つからの高級レストランが並び様々なショーも時間をずらして各地で開催されていた。

 そんな煌びやかな場所だからこそ、落ちる闇も濃い。敗者は労働力として、あるいはそれすらいらないと最下層へ“人質”として落とされるという。下層でこの国を支える者たちの多くがここのカジノで一攫千金の夢を見て、そして敗れたものたちあるいはその家族たちだ。彼らは借金の返済を名目に奴隷のようにコキ使われている──そのくせ、この国は奴隷だけは許されていない。人を攫うことも人魚や魚人を蔑むことも、この国の女王は禁止している。まるで天に立つ己以外には許さないとでも言うように。

「天竜人の真似事か…胸糞悪いこった」

 ここでは彼女はまさしく神だった。

 黄金を操る能力者。《黄金の支配者》。《好配の魔女》。裏社会の大物の一人。あのドフラミンゴとも対等に取引をしていたという厄介極まりない女。そんな女の手の内にいるというのがあまりに危険だというのはローも分かっている。

 しかし、気になってしまったのだ。手紙に同封されていたカルテ。銃撃されその後ずっと眠り続けるという患者。全て摘出されたはずの銃弾。完治したはずの傷。どこか違和感のあるカルテの記載。その身体を蝕む『不可解』に手紙の主はローに助けを求めてきた。

《名医トラファルガー・ロー氏にとある患者の診察をお願いしたく存じます》

《これまで何名もの名医と呼ばれる者たちに診察を依頼しましたが、未だ彼は目覚めません》

《どうか、あなただけが私たちの最後の希望なのです》

 手紙の字は少しだが震えていた。

 例え罠の可能性があろうとも、医者が向かう理由などそれで充分だろう。

「しかし、やはり長居すべきじゃねぇな…アイツらに釘は刺してきたがいつぼったくられるか分かったもんじゃねぇ」

「慎重なのですね、流石は5億の賞金首と言ったところですか」

「誰だ!?」

 裏路地を歩いていたローへ真後ろから声がかけられる。反射的に迎撃しようと鬼哭を振るうがそれは鈍い音を起ててステッキに防がれた。

 表の光が届かない薄暗い闇の中で、姿形はよく分からないが声音から言ってローとそう変わらない年齢の男だろうということは判別できた。くるりと地面を打ったステッキの金色が嫌にギラギラと目を焼いた。

「──…よくぞお越しくださいました、《死の外科医》トラファルガー・ロー様。ご依頼人がお待ちです」

「……約束の日時は二日後だろう」

「ええ。けれどあなた様が到着したと守衛から連絡を受けましたので、急ぎ迎えに参った次第です。ご依頼人はなるべく早くあなた様をお連れするようにと」

 ジッと薄闇の中でローと男は対峙する。十二時を知らせる金の噴水から噴出された金粉が二人の身体に舞い落ちていく。

「もっとも、お前に拒否権などないがな」

 ザラリと雰囲気と口調を変えた男にローは直さま“ROOM”を展開しようと右手に力を込め──ギシリと固まる感覚に目を見張った。指先が、金で覆われて、否、これは金に侵食さてれいる!?

「超人系の能力の発動は大抵“手”をトリガーにしている。分かってしまえば対処など簡単なこと」

 近づいて来た男がローをステッキで打ち据え、その底面を押し付けた途端に体の力が抜ける。海楼石が仕込まれているのだろう。

 打ち倒され押さえつけられてなお、気丈に男を睨みあげていたローは近寄ってきて初めて見えた男の顔に、その目に宿る色を不可解に思い一瞬睨むこともやめてしまった。

(お前、一体何に怯えている?)

 それを問いかける前に激しい殴打音とともにローの意識は沈んでいった。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 ──時間を半日ほど進め、ベポたちはVIPルームでステラの力を目の当たりにし《海賊狩り》の救出作戦を練ると言う麦わらの一味と別れていた。

 自分たちの船に向かいながら三人は話し合いを進める。

「どうするの? 麦わらたちに協力する?」

「うーん…いらねぇんじゃねぇか? 同盟中とは言えあいつらに協力を頼まれた訳でもねぇんだし」

「だな。とりあえずキャプテンに報告だけはしとこうぜ。あとみんなにも集合をかけるぞ。うちのキャプテンだって5億の賞金首なんだ。あいつらみたいに嵌められる可能性はある」

 どうキャプテンに連絡を取ろうか…子電伝虫にかけて出てくれっかな…と考えていたペンギンの横でシャチがあれ?と首を捻る。

「そもそも、何で麦わらたちって嵌められたんだ?」

「なんでって…なんでだろ?」

 うーんとペボも揃って首を傾げ出したのでペンギンも思考を中断することなく一応そちらへも返事を返す。

「カジノで勝ちまくってたからじゃねーの?」

「こんだけのカジノでたった三億B程度で?」

「あー…じゃあなんか違反犯したとか?」

「そんな感じじゃなかったし、それにしては回りくどくない?」

「うーん…」

 確かに。思い返してみればおかしなことだらけだ。

 最初気持ちよく勝たせて最後の博打で大損をさせるという手法はよくあるものだが、それにしたって違和感が拭えない。

 招待された訳でもなく偶然ここに着いたという麦わらたちに最初からコンシェルジュ付きのVIP待遇。同じ5億の船長持ちのハートの海賊団はただ迎え入れられただけ。

 おそらく最初の最初、入港した時から目をつけられていたことは確かだろう。ここまでの財を成している人物が()()()()()()程度の金を得るために海賊を捕まえるとは思えない。この『国』は治外法権の場。国主自らその特権を投げ捨てることはないだろう。

 では、何故?

「……麦わらたちに個人的な恨みがある?」

「あー…インペルダウン開放して七武海ぶん殴って回ってる奴はそりゃ恨み買うよなぁ」

「ええ!? それじゃあドフラミンゴ一緒に倒したキャプテンも狙われるんじゃないの!?」

 ベポの叫んだ言葉に行き交う人々がこちらを振り返り、そしてすぐに興味を失ったように各自の世界へ戻っていく。今はその無関心が空恐ろしく感じた。

「──キャプテン、連絡付いたか」

 子電伝虫を片手に持ったシャチが首を振る。

 多分、マズい事態になった。予想はしていたがこれは誘い込まれたと見てほぼ間違いないだろう。ここの女王にしてみたらこっちは大口の取引相手を潰した海賊だ。捕まえて従わせて何をさせるつもりかは知らないが、一人でも手の内で生殺与奪の権を握ることが出来れば総合懸賞金(トータルバウンティ)13億以上の狂犬のような海賊団を自由に出来ると思えばその価値は計り知れな──「おかしい」。

 立ち止まったペンギンに「みんなには連絡つく!?」「何人か連絡つかねぇけどなんかあったのかギャンブルの最中で取れねぇのか判別がつかねぇよ!」なんて騒いでいた二人も振り返る。

「何が? ペンギン」

「おかしい……なんで人質を処刑するつもりなんだ? 何で手元に置いたままにしねぇ? 処刑した瞬間人質の居なくなってブチギレた海賊団が目の前にいることになるんだぞ?」

「…全員既にマーキングされてるから人質は居ても居なくてもいいんじゃねぇか?」

「それにしたって麦わらたちを手に入れたいなら戦力の低い航海士やペットじゃなくて何で態々海賊狩りを選んだ? 全滅させたいなら、やっぱりやり口が遠回りだ。……あの女の、狙いは何だ?」

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 ──時間は戻り、約束の日の夕暮れ。

 

 外壁から黄金の塔へと侵入を試みるルフィとフランキー。途中落下しかけるというハプニングがあるもフランキーのクー・ド・ブーで一気に上階層まで上昇する。そして手筈通り時計盤から内部に侵入。ダクトを通って目的のホスト電伝虫がいる部屋の真上にまでたどり着いた。

「よぉーし、うまいこと真上じゃねぇか。いいかルフィ、コイツをあのパイプに設置してこい」

「分かった!」

 元気よく腕を伸ばしその勢いのまま階下に降りていくルフィ。白電伝虫をパイプの上に設置しサムズアップをしてくるルフィ。フランキーは頭を抱えた。手を!放しちゃあダメだろうが!

 当然警備の兵に見つかり、ルフィに向けられたマシンガンを上から降りてきたフランキーがその鋼鉄の体で受け止める。

「やべぇな、一旦撤退…!」

 腕の仕込み砲弾で反撃した土煙を煙幕に振り返ったフランキーの肩を金の触手が貫く。薙ぎ払われた煙の向こうにはシリウスとタナカを従えたステラの姿があった。

「恭順ではなく反抗を選ぶのね。……大人しく従っておけばいいものを。愚かね、海賊」

「知らねぇよ!! ここでお前を倒せば終わりだろ!!」

 フランキーの静止を振り切りルフィはギア2を発動しステラに向かっていく。彼女を護るように立ち塞がったシリウスがその拳を金のステッキで防ぎ、弾き、反撃を仕掛ける。

「武装色!」

「そう珍しいものでもないでしょう。あなた達に比べればね!」

 コンシェルジュ、カジノの総支配人を名乗るくせに随分と手練だった。ギア2を発動したルフィとほぼ同等にやりあっている。その上シリウスと連携して黄金の触手も次々と襲いかかってくる。

「意外だな。海賊のくせに。手下くらい、捨てて逃げればいいものを!」

「うるせぇな! 途中で捨てられるようなもんを背負うわけねぇだろうが!!」

 は、とシリウスの呼吸が一瞬止まる。ありえないことを聞いたとでも言うような、今が戦闘中だということも忘れてしまったように目を見開いたその顔にルフィのパンチが決まった。派手に吹っ飛んだシリウスにはもう見向きもせず、ルフィはステラに向かっていく。黄金の触手を避けながらステラへ迫った拳がスルリと受け流される。

「──政府施設の壊滅。大将からの逃亡。頂上戦争で生き残ったこと…その全てはあなたが“幸運”だったから。けれど、ここでそれは通用しないわ」

 金の指輪が投げられる。予感からルフィは大きく身を引いた。だが両手を着いて着地しようとしたその場所には“不運”にも千切れ飛んだ黄金の塊があった。

「拘束完了。もういいわ、タナカさん」

「はぁい、ステラ様。『ボトムレス・ヘル』!!」

 両手を床に叩きつけた能力者の力により、床に大穴が開きルフィとフランキーはなす術もなく落ちていく。

「クソ! 覚えてろよ! 次は絶対ぶっ飛ばしてやるからなーー!!」

 段々と小さくなっていく負け犬の遠吠えを鼻で笑い、ステラは顔色を変え殴り飛ばされたシリウスに駆け寄る。

「大丈夫!?」

「はい…申し訳ありません。気を逸してしまって…」

「いいのよ。無事に捕まえられたし、あなたが無事なら、それでいいわ」

 親子か姉弟のように寄り添う二人に多少の気まずさを感じながらタナカは訊ねる。

「《麦わら》たちの監視はいたしますか? それと他の船員たちはいかがしますか?」

「そうね…必要ないわ。他の者たちも最初の計画通りで構わない」

「了解しました」

 このくらい大丈夫だと渋るシリウスを医務室に引っ張っていくステラを見送りながら、タナカは部下に指示を飛ばす。

 あの二人の目的を──夢をタナカは知っている。何年も何年も、辛酸を舐め涙を飲み血を流しながら願ってきた夢を知っている。

 世界の何もかもを憎んで見限った彼女たちに自分は信頼されている。だから自分も答えるのだ。出来る限りの手を尽くして彼女たちの夢を叶える。

 それがタナカの今の夢だった。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 渋るシリウスを医務室まで送ったあと、ステラは捕まえたゾロがいる野外ステージまで来ていた。

「──見ていたでしょう? ロロノア」

 黄金で造られた巨木の幹のような柱に取り込まれるように捕らえたゾロを見上げながら、ステラは美しく笑う。作り物めいたとても美しい笑顔。

「随分と単純な男だったわね、あなたの船長は。あんな男を頭と仰いで従って、着いてきた挙げ句にこんな風に捕まって。その上あっさりとわたしに消されて…ふふ! 馬鹿みたいねぇ! あなたたち!」

 あからさまな挑発。それを片眉を上げるだけで受け止めたゾロにステラは大仰な身振りで続ける。

「ねえ! どんな気分!? 他の船員たちもすぐに捕まえるわ! あなたたちは何も出来ず、己の無力さを噛み締めながらここで死ぬのよ!!」

「なんも」

 あっさりと返された言葉に流石のステラも面食らう。そのアホ面を見下ろして愉快そうにゾロは喉の奥で嘲笑った。

「あいつらはこんなもんでやられるタマじゃねーよ。まあ精々その高慢ちきな態度が崩れないように見栄でも張っとくんだな」

 獰猛な野獣の眼が必死になっている女を射抜く。なんてことはない。取り繕った仮面(えがお)の下にあるのはただただ苦痛を耐えることしか出来ない女の顔だ。

「お前ェが何に焦ってんのかおれにゃあ知ったこっちゃねぇが、ルフィを敵に回したのは間違いだったな。終わるのはお前ェの方だよ」

「…………さい。ぅるさい、うるさい! うるさい! うるさいうるさい!!」

 金の触手がゾロの口を塞ぎにかかる。それでもゾロの隻眼は冷静に子供のように喚く女を見つめ続けた。

「ステラ様。お止めください。その男を今殺してはいけません」

 熱い手のひらがステラの視界を塞ぐ。押し殺した声が耳に届く。──息を一つ吐く。そうだ。冷静でいなければいけない。もうすぐなのだから。わたし達の悲願が為せるまで、もう少し。こんな所で台無しにするわけにはいかない。

「…もう大丈夫よ、シリウス。……その大口がいつまで叩けるかしらね、ロロノア。精々あなたの希望が叩き潰される様を、そこで絶望しながら見ているがいいわ!」

 高くヒールを鳴らして踵を返すステラを追うかと思われたシリウスは、しかし立ち止まってゾロを見上げる。

「……《麦わら》はお前たちの生命を背負っている。背負われて、負担になって、そのせいで《麦わら》は死ぬ。それをお前はどう思う?」

「誰がルフィの負担だコラ。それに背負われてんじゃねぇ、預けてんだ。このおれがあいつに生命も夢もやると決めたんだ」

 ニヤリと男は笑う。その色彩が、その名の響きが少しだけ“あの人”に似ているこの男は、全くもって似ても似つかぬ凶悪な顔で笑った。

「死にゃしねぇよ。あいつは海賊王になる男だ」

 まっすぐな、微塵も疑わないその姿勢が眩しかった。

 

 

《coming soon》




なんか思ってたところまで進まなかった
実はペンシャチベポのキャラよく分かってなくてペンギンに夢見てますね
あとタナカさんちょっと目立ちましたね。これはダイスもなんかすべき??


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六話

 床に開けられた深い深い穴を落ち続け、ルフィとフランキーの二人が叩きつけられたのはここもまた黄金で造られた砂漠を模した場所だった。

 煌々と降り注ぐ太陽光を模した照明。砂金が地面を埋め、壁沿いや所々に半崩壊した遺跡を模した建物が点在している。

「なんだぁ…? ここは…」

「あんたら…水を、食料を持ってるか…」

 その建物の影から擦り切れた服を着たゾンビのような人間たちがふらつきながら現れ問いかけてきた。どちらも持っていないと告げるとガクリと膝を着いて絶望したように項垂れる。

 彼らから話を聞き出してみれば、ここは『グラン・ステッラ』の下層の下層。ギャンブルに負け、挽回も出来ず最早労働力としても必要ないと捨てられた人間たちの牢獄だという。水も食料もなく、ただ乾いて死んでいくためだけの牢獄。

 妙に顔の濃い小男──かつて伝説的ギャンブラーとして名を馳せ、現在は革命軍に所属しているというレイズ・マックスという男が言う。「諦めろ」と。

「ここから出る術はない。もし万が一、出られたとしておれたちにステラに抗う力はない。ここはあの女が神として君臨している国なんだ。諦めろ、麦わら坊主」

「いやだ!!!!」

 当然、ルフィが受け入れる訳がない。

「おれはここから出ていくし! ステラのやつをぶっ飛ばすんだ!」

 きっぱりと主張するルフィに頷いて、フランキーも周囲を見渡し考える。少なくとも空気が通っているなら通気孔くらいあるだろう。どこにあるかと視線を動かし、両手につけられた金の拘束具を壊そうとするルフィとそれを止める男たち(金を傷つければステラに感知されるとのこと)の攻防を横目で見ながら、ふとフランキーは気がついた。

 妙に白衣のものが多い。

 今二人の周囲に集まっている者たちはざっと二十人程度。その内五人は白衣でその他にも二人、聴診器をつけた男と医療カバンのようなものそばに置いている女がいる。

「なんか、医者が多くないか?」

 思った疑問をそのまま口に出せば、その一団が反応した。少し迷うような素振りをしながらも、とある国一番の医者だったという男は口を開いた。

「私たちは、ステラにある患者の治療を言い渡され、それが出来なかったからここに落とされたんだ」

 その言葉に脳内で点と線が繋がる。招かれたらしいハートの海賊団。消えたトラ男。連絡が取れなくなったというトップ2三人組。海賊であるが名医と名高いトラファルガー・ロー。

 恐らく自分たちと同じように人質を取られている。こうも多くの医者を集めるほど大切な患者の治療。海賊なんて本来信頼など出来ないだろう。だから人質を取って、あるいはその内何人かでも殺して見せて心を折るかするつもりなのだろう。

 しかしそうなら、うまく行けばローたちを探しているチョッパーが合流するはずだ。例え自分たちをこんな目に合わせているステラの手の内の人間だろうと、あの優しい船医がその状況を知れば治療をしたがるだろう。その時渡せる情報が少しでもあればいいと、医者たちにどんな患者なのか、名医と呼ばれたあんたたちでも治せなかったとは相当な難病あるいは怪我なのかと問いかけて返された言葉は、想像していたものとは全く違うものでフランキーの思考を越えたものだった。

「……治療が、不可能だった訳じゃないの。でも、あの患者は────」

 小さく発された言葉。棘を含んだ悪意の批難。当然とでも言いたげなその言葉の意味が一瞬分からず、フランキーは動きを止める。次第にその言葉の意味を咀嚼して、フランキーは吠えた。

「てめぇらそれでも医者かァ!!!」

 彼女が吐き捨てた一言は侮辱だった。我らが船医の、『万能薬』を目指す小さく優しい医者への侮辱に他ならなかった。

「そんな理由で医者が患者を選ぶのかよ!? 『助けてくれ』って縋ってきたヤツを見捨てんのかよ!? 嘘までついて患者を見殺しにしてオメェらよくも医者を名乗れたもんだな!!」

 腹の底からグラグラと怒りが湧いて来て、フランキーの怒号に怯える医者たちを責め立てる。

「おいルフィ! さっさとこんなとこ出てってステラぶっ飛ばしてチョッパーに伝えんぞ!!」

「おう!!」

「……待て、麦わら小僧。サイボーグ坊主。お前ら、本気でステラに楯突く気なんだな?」

 レイズ・マックスが再び問いかけてくる。医者の言葉に怒るフランキーに思うところがあったらしい。彼も患者のことは初めて聞いたらしく、医者たちへ向ける目が厳しくなっていた。

「当たり前だ! 仲間を殺されそうなんだぞ! どこに立ち止まる理由があんだよ!!」

「……イカれた奴だとは聞いてたがな。分かった。付いてこい」

 移動した先にあったのは巨大な縦穴だった。

 ゴルゴルの能力を受けた金は海水を浴びればその力を失うのだと言う。当然、そんな分かりやすい弱点を放置するわけはなくこの船に海水は無いし持ち込めない。ただ一つ、船底には海水を真水に変える巨大濾過装置があるらしく、そのポンプ室まで辿り着けば海水を手に入れられるだろうとのことだった。

 この縦穴がこの場所から脱出出来る唯一の道であるが、この中には凶暴なゴールデンバッドが放たれており大変危険だ──とレイズ・マックスが言うより前にルフィが勢いよく飛び込んだ。

「せっかちめ。あんたらはどうする?」

「行くさ。どうせ死ぬしかなかったんだ。お前ェらみてぇな馬鹿に賭けてみるのも一興だろう」

 次々と飛び降りて行く男たち。その中で、先程フランキーに怒鳴りつけられた医者たちだけは動けないでいた。

 

 

 襲いくるゴールデンバッドをたちを次々と叩きのめし、先を急ぐ一行。

 次に彼らに迫った危機は道を両断する巨大な換気ファンだった。海楼石で出来ているというそれは飛び込んだルフィをボールのように跳ね飛ばし行く手を阻んだ。何度も何度も跳ね飛ばされながら飛び込んでいくルフィ。その姿は確かに諦めきっていた男たちに力を与えた。

「ここを出るんだ」「家族に会うんだ」「おれたちの為に家族が上で働かされてる」「負けるもんか」「ステラに、ステラを倒してくれ麦わら」「おれたちは、自由になりてぇんだ!!」

 何という無茶か。彼らはその身でもって巨大ファンを止めてみせた。夢を、希望を、執念を、生きることを諦めなくなった人間はこんなにも強い。

 とうとうポンプ室に辿り着き、フランキーが手持ちの工具で濾過装置のボルトを緩めると隙間から海水が溢れ出す。ルフィの手から拘束具が外れ、男たちの体からも細かな砂金が流れ落ちていく。

 これで自由だ! もうステラに支配されることはない!

 歓喜に包まれた彼らの声はすぐに悲鳴に変わった。急に濾過装置の出力が上がり、緩めたボルト部分が耐えきれず破損し決壊したのだ。溢れてくる海水。直様出口へ向かおうとするもその頑丈な扉は彼らの目の前で閉ざされた。

「罠か!!」

 今更気がついてももう遅い。

 閉ざされた密室を海水が満たした。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 こちらは黄金の塔内を駆けるルフィとフランキーを除いた麦わらの一味とカリーナの部隊。

 裏口から清掃員に扮して入り込んだ一味。カリーナがVIPルームへ丁半に使う鐘を運び込む黒服達に色仕掛けで目を引いている間に二手に分かれた。

 カリーナとともにVIPエリア近くから宝物庫を目指すナミ、サンジ、ウソップのチームAとハートの海賊団を探して別の区画を探索するチョッパー、ロビン、ブルックのチームBだ。

 予めカリーナから渡された地図に印をつけてあった部屋や区画──牢屋や人を閉じ込めておくのに都合がいい部屋などをピックアップしてもらったいた。チョッパーの鼻とそれらを頼りにハートの海賊団を探そうというのがこちらのチームの目的だった。

「どう? チョッパー、誰かの匂いは辿れる?」

「う〜〜ん…ここ色んな匂いがするから…でもこっちから消毒液の匂いはするな」

「案外、人の気配もありませんね」

 表のカジノに人が集中しているのか。それにしても警備も掃除夫などの姿もなく、なにか重要なものや人を置いている場所のようではない。こちらはハズレかと別の階へ向かおうとした所、チョッパーが知った匂いを嗅ぎとった。

 何の変哲もない石造りの扉を開けば、予想通りそこにはローが一人座っていた。良かった。他に見張りなどの人間はいないようだった。

「トラ男!」

「トニー屋…!? ニコ屋に骨屋も。なんでここに…」

「あなたを探しに来たんですよ。大丈夫ですか?」

「これは…海楼石ね」

 書斎のような部屋。壁一面に本棚があり、書籍とファイルがぎっちりと詰め込まれている。その中に一人、ローがファイルを持って座り込んでいた。両手をさほど開けない長さを鎖付の手錠、同じくそれほど長さのない鎖付の錠を足につけられて行動を制限されてはいたが大きな怪我などはないようだった。

「鍵がないとどうしようもないわね」

「鍵はあのステラという女かシリウスとかいう男が持ってるはずだ」

「ならルフィが彼女たちを倒さないと駄目ね…とりあえず、ここを出ましょう」

「いや、待ってくれ」

 とにかくここを出て一味かハートのメンバーと合流しようと言うロビンを制し、ローは手元のファイルをチョッパーに見せる。

「どう思う。トニー屋」

「これ、カルテか? …14の銃傷を受けた後に眠り続ける患者? 腕、脚、背中、首元…全部摘出はされてる。この部分に怪我をしたからって昏睡状態になることがあるのか…? 摘出された銃弾は残ってるのか?」

 あれだ。としゃくられた先には真綿で包まれたひしゃげた銃弾が納められた小箱があった。くんと匂いを嗅げば少しの鉄と強い鉛、そしてあまり嗅ぎなれない匂いがした。

「なんだこれ? 鉛製の銃弾にしては変な匂いだ」

朔淡鉛(さくたんえん)という特殊な鉛の化合物が使われている。毒性が強く、体内に残ると長く神経伝達の阻害や意識障害を引き起こす。それが14発。銃撃されて摘出されるまで一日は経過していた」

 だが…とローは続ける。不可解だと。

「確かに朔淡鉛は強い毒性を持つが、弾丸が一日で全て摘出されたというのなら排出のサイクルから言っても毒性はほとんど体内に残っていないはずだ。半減期に注目しても15年は長すぎる。エチレンジアミン四酢酸などの投与歴もある」

 ならば患者の昏睡は銃弾の鉛ではなく、銃傷箇所によるショックあるいはそれによって傷ついた神経によるもののはずだ。しかし。

「……なあ、トラ男。このカルテ、おかしくないか」

「ああ。これと似たものがおれ宛の依頼書にも同封されていたが同じような書き方をされていた」

「なにか、気になる箇所でも?」

 話しこんでしまった医者二人に口出しも出来ず、とりあえず周囲の哨戒をしていたブルックが訊ねる。チョッパーはひどく困惑した顔でブルックを見上げた。

「撃たれた場所と処置と処方された薬は書いてあるんだ。でも、その他の…例えば患者に持病があるのかとか、喫煙歴とか飲酒歴とか、そもそも身長体重血液型とか色々書くもんなんだけど、それが中途半端っていうか…」

「そもそも、撃たれた時の状況すら書かれていない。昏睡状態の患者のカルテだ。本人に問診が出来ない以上抜けがあることは分かる。だが、これは恐らく()()()()()()()()()()

 意図的に? ロビンが聞き返せばローは険しい顔のまま頷く。誰だ。こんな杜撰な仕事をしたヤブ医者は。本棚を埋めるほど同じ患者のカルテを作っておきながら、基本的なことがまったく出来ていない。

「持病、体質、アレルギー。この点だけでも調べておかなきゃ毒や薬の掛け合わせで何が起こるかも分からない。『薬を投与しているつもりで毒を飲ませていた』なんて事態がありえるぞ」

「なんでこんなこと……」

「ステラへの意趣返し…かしら?」

 困惑と怒りを滲ませたかわいい船医を見下ろしながらロビンは頬に手を当て考えた。この国とこのカルテの類とローの現状を踏まえると、もしやそういうことなのでは。

「トラ男くん。あなたは招待されてこの国に来た。けれど不当に拘束されて脅されている。なら今まで招かれた医者たちも同じ状況にあったんじゃない? それなら、ステラがカルテを読めないあるいは医療に明るくないのなら嘘を吹き込むことも可能だったのかも。捕らわれたことかもしくは上のカジノで借金が嵩みでもしたのか、その意趣返しもしくは復讐としてステラが望む患者の治療を拒んだとしたら?」

「なんだっそれっ! そんなっそれが医者のやることか!!?」

 蹄の内のカルテを握り締めてチョッパーは吠える。

「──そう、あれらは医者ではなかったと言うことです」

 どこかから、男の声が響く。それと同時に手足が金で覆われていく。

「あなたっ」

「驚くこともないでしょう。この国にはあらゆる場所に監視電伝虫がいることは分かっていたでしょうに」

 悠々と扉を開けて入った来たのはシリウスだった。濃いサングラスで表情を隠した彼は易易と拘束した海賊たちを見下ろしながら、酷く硬い声で告げる。

「今まで、多くの名医と呼ばれる医者を招きました。けれど奴らはこちらの要望を承諾しなかった。拒絶し反抗し、()の治療を拒んだ」

 なので、今回はやり方を変えました。

「5億Bの賞金首“麦わら”のルフィ。それすら我々の手の内です。“死の外科医”トラファルガー・ロー…あなたもあなたの船員も全て同じく。我々の指一つ、言葉一つで生死が決まる。──その全てが人質です」

 降りなさい。

 最後通告と言うように男は告げる。

「おれをこの患者のとこへ連れてけ!」

 その緊迫した空気を切り裂いて、上げられた声があった。その口から吐き出された言葉にシリウスはひどく面食らう。この奇妙な生き物は確か“麦わら”のペットだったか?

「おれは医者だ! ごめんな! ひどい医者ばっかに当たっちまったんだな! でもおれとトラ男ならなんとか出来る…ううん! 何とかしてみせる!! だからおれたちにこの患者を診せてくれ!!」

「な、にを……」

 かわいらしい獣の瞳が男を見上げている。ひどくひどく悲しそうな、それでいて強い光に満ちた目だった。

 その眼に押され、半歩下がったところで手の内のステッキが床を擦って音を点てた。黄金の、杖。宝箱の意匠が施された、ソレ。シリウスの誓い、その一つ。

「……っ、海賊の戯言など、信じられるものか」

「ッ! 違う! 危害を加えたりなんかするもんか! 脅しも人質もいらない! おれたちは、海賊の前に医者なんだッ!!」

 ──先ほどの船長といいこれといい、何故か奴らの言葉は妙にシリウスの心を打ってくる。

 けれど、けれど……シリウスはもう他人を信じることなど出来ない。人間は裏切るものなのだ。薄情なものなのだ。保身のために嘘をつき、自分のためなら他人を売り飛ばすことも厭わないのが人間だ。

 自分たちがそうだから。()の為なら、否、()を目覚めさせるためならば他人を貶めゴミのように甚振り、利用し、捨てて……そうして今の地位を築いてきた。きっと()が目覚めれば自分たちは軽蔑されるだろうと分かっていても、もう止まれない。

 自分たちは、もう燃え尽きるまで走り続けるしか出来ないのだ。

「──いい時間になりました。今からお前たちを特等席にご招待しましょう。ロロノア・ゾロの処刑、その眼前へ」

「シリウス…!!」

 小さな医者の眼が星の光より眩しくて、見ていられなくて、シリウスは唇を噛んで目を背けた。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 ── 一方こちらは宝物庫を目指すチームA。

 

 チームBと分かれた後、VIPエリアの横を通り抜け螺旋階段を目指す。

 途中、生き物に反応して嘶くフクロウの並べられた廊下を抜け、螺旋階段のたどり着くもルフィたち側の失敗により一旦撤退せざるを得なくなった。兵に追われ、ハイパースイートエリアに逃げ込んだ彼女達は天竜人の一行に扮して、せめて最初の目的を果たすため金庫室を目指した。

 妙にすんなりとその扉の前にナミたちは辿り着けた。頷いたカリーナが鍵を差し込み回す。

「わたしたちの、勝ちよ…!」

 開いた扉の先──そこにあったのは巨万の富ではなくギラつくステージに周囲を囲う観客の喧騒だった。

「え………?」

 唖然と声を溢したナミの前、正面奥に据えられた巨木の幹のような黄金の彫像にスポットライトが当てられる。そこには幹に取り込まれるように固められたゾロ、枝からはチョッパーたちチームBが吊るさた檻に閉じ込められており、そして同じく吊るされた鳥籠の中には縛られたローが転がされていた。

「チョッパー!? ロビン! ブルック! トラ男!」

「ごめん、ナミ…捕まっちまって…」

 彼らの前に高らかにヒールを鳴らして幹部たちを引き連れたステラが姿を表した。

「よくやったわね、カリーナ」

「カリーナ…!?」

 ナミの呼びかけを無視しカリーナはステラの元へ歩いていく。

「哀れなものだな。騙されていたとも知らず」

「人気のショーなんですよ。どこまで宝物庫に迫れるか、という」

「ここまで来れた奴らは久しぶりです。ええ、よい見世物でしたよ」

 幹部たちが嘲笑う。ナミはカリーナを見つめ、もう一度名前を呼んだ。信じて、いたのに……

「ここは世界一のカジノ《グラン・ステッラ》──騙されたほうが負けなのよ」

 ひどくひどく、美しい笑顔でステラが告げる。それは宣言であり、真理であり、処刑宣告だった。

「最後に面白いものを見せてあげましょう」

 パチンと鳴らされた指に呼応して、ステージ上の巨大ディスプレイがある映像を映し出す。そこには閉じ込められ水で満たされるポンプ室の映像。ルフィもフランキーもなす術なく押し流されていく様をただ見上げるしか無い。

「この…!」

 ナミが天気棒(クリマ・タクト)を振り上げ攻撃に移ろうとするが、黄金の触手がそれを阻み更には次々とナミたちを捕らえ吊し上げていく。

「憐れね…人など信じたところで所詮力も金もない海賊風情。だからこうして騙される。5億を誇る賞金首だろうと同じ…さあ、見せて。その絶望に歪んだ顔を…」

 鎌を持った巨大な腕が錬成される。まっすぐにゾロの首に狙いをつけたソレを、ただ見つめるしか出来ない──

「さあ! この者たちの処刑を開始しましょう!!」

 ステラの哄笑が響き渡り、ギロチンのごとく高らかにその指が鳴らされた。

 

 

《coming soon》




この作品の個人的目標『ローとチョッパーに「おれは医師だ」と言わせる』が達成できたのでちょっと満足しています
次話から戦闘シーンか…書けるかな…


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七話

 ステラの哄笑が響く中──にわか、ふつりと全ての灯りが消え去った。

 突然のことに戸惑う彼女らに《泥棒猫》の低い笑い声が届く。

「んふふ……騙されたのは、どっちかしら?」

 時間通り、予定通り、いつも通り、黄金の噴水から金の噴水が金粉が舞う──だがそれは、すぐさま透明な水へと変わり国全体へと降り注いだ。

「これは、海水…!?」

「ステラ様、シリウスさん! こちらへ!」

 ダイスがその巨躯を呈して二人を庇い、タナカが大きな傘を持ってくる間もステラは呆けたように空を見上げ、シリウスは憎々しげに海水によって形を無くした黄金から脱出した一味を見据えていた。

「あんた達がショーの最後に必ず金粉の雨を降らせるのは分かってた。だから私達は作戦を立てたの」

「おれ達が宝物庫に向かうと思わせて、本命は地下に落とされるルフィとフランキーにポンプ室に辿り着かせることだったわけだ」

「私達の目的は最初からこの海水。宝も金庫もどうても良かったの。ありがとぉ、ちゃーんと引っかかってくれて♡」

 海水と共にフランキーも吐き出され、元気にいつも通りの妙なポーズを決めている。そして、

「スゥーーーテェーーーラァアアアアア!!!!」

 彼らの船長のご登場だ。

「まあ勿論、ルフィはなーんにも知らなかったんだけど」

「ん? 何だ、ナミ」

「なんでも無いわよ。さあ! ステラをぶっ飛ばしてお宝頂いて、とっととこんな国ずらかるわよ!」

「おう!!」

 気の抜けた、彼らにとってはいつも通りの会話。緊張感の欠片もない、先程まで手も足も出なかった《魔女》に対して勝てると疑いもしていない海賊たち。

「ああ──いけないわ」

 ステラは呻く。縋るように見上げた空には、もう何年も見ていなかった星が瞬いていた。

 果てぬ黄金と絶えぬネオンで覆い隠した己の名前と同じもの。見たくもない役立たず。もう導いてはくれない彼の代わりには決してならない、成れなかった隣の彼と同じ名前のそれが素知らぬ顔で輝いている。

「彼に向ける顔すらもうないのに」

 もう、時間がない。

 この期を逃せば彼はもう二度と…自分たちはもう、もう……!

「ステラ様……」

『全兵に告ぐ! 麦わらの一味を殺しなさい! 見せしめよ! 誰も残さず誰一人残さず! 皆殺しになさい!!』

 星の名を持つ《魔女》が殺戮を告げる。

 もう泣くことも出来ない女の、もう虚勢を張り続けることしか出来ない女の、意地と生命を賭けた最後の戦いの火蓋が切られた。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

「もう! キャプテンの阿呆! 馬鹿! おれらに気をつけろって言っときながら自分が捕まってんじゃねーですよ!!」

 麦わらたちの反逆の混乱に乗じて、ペンギンシャチベポはステージに跳び渡りまたも囚われの身になっていたキャプテンへ駆け寄った。

 向こうから麦わらの船医も駆けてくるのを視界の端に捉えながら、シャチは変に曲がった針金をツナギから取り出しローの背後へ回る。

「シャチ、行けるか?」

「ちょい待ち。三分くれ」

 いくら海楼石が特殊な鉱物といえど、鍵を使って開閉するタイプの錠であるならピッキングも出来る。そしてシャチは()()()()()()がとても得意だ。

「ベポ、患者は?」

「ある程度、部屋の検討はついたよ。一番地下の一番奥の部屋。VIPルームのエレべーターを使って突っ切ったら十分掛かんないはず」

「よし。トニー屋、ここは麦わら屋たちに任せて俺たちはカルテの患者の元へ向かうぞ」

「行かせません! “黄金の番犬(カネ・ダ・グアルディア・オーロ)”!!」

 海水の雨の届かなかった室内から侵されなかった黄金が集まり、大きな痩躯の犬を四体造り上げ、その内二体がロー達に襲いかかる。

 その攻撃をいなすブルックが驚愕の声を上げる。残った二体の間で杖を付き、こちらを睨みつけているのはステラではなく赤毛の男──シリウスだった。

「えっ!? 黄金を操る能力はステラのものでは!?」

「同じ能力者が二人…いいえ、そんなはずはないわ。なら、最初からそれもブラフだったというわけね」

 能力隠し、あるいは撹乱の為か、それとも女王としての権威付けか。『黄金の国で黄金を支配する女王』それを印象づけるため、今まで黄金は全てステラが操っているのだと彼女らは振る舞い、こちらもすっかりと騙されていたことになる。

「ならステラは……」

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 ようやっと自由の身になった《海賊狩り》は、肩を鳴らしながらダイスを睨みつける。

 体格はダイスよりも遥かに小さい。だが体格差も膂力も技量も力量も、その全てを覆してしまえる気迫が奴にはあった。

「一つ聞かせろよ、デカブツ」

「何だ」

「あの女、どうして止めてやらなかった?」

 微塵も揺るがぬ隻眼。バンダナを巻いたことで少しだけ“彼”を思い起こさせていた頭髪は隠され、ただその鋭く獰猛な眼付きだけが強調される。

 それよりも『どうして』、か。直情的な男に見えたが案外人を見る目はあるようだ。いや、野生の勘だろうか? まあどちらにせよ、こんな男にも勘付かれてしまうのならば、彼女はもうダメなのだろう。

 ──とっくの昔に彼女は限界だったのだ。張り詰めて張り詰めて、切れる限界まで引き伸ばされた楽器の弦のような人なのだから。

「…逆に聞くが《海賊狩り》、お前はお前の船長が命をかけて為そうとすることを邪魔するのか?」

「内容に依るな。あんまり下んねぇことなら殴って止めんのも船員(クルー)の役目だろ」

 そうか。そうだ。そうなのだろう。そうするべきだったのだろう。彼女を敬愛するならば、それこそこんな無茶は止めてやるべきだったのかもしれない。

 だが、ダイスにそれは出来なかった。彼女を止めてやれなかった。彼女の狂気の根幹を知ってしまったのだから。

『あなたの”強さ”が欲しいわ。無敵のチャンピオン。私の為に私達の盾になるか、ここで死ぬか、選ばせてあげる』

 裏社会のデスマッチショーで無敗を誇ったダイスは、あまりの強さに挑戦する者が居なくなり飼い主に興業にならないと処分されるところだった。それを寸前で偶然話を聞きつけたというステラが買い上げた。

 最初はただ飼い主が代わるだけだと思っていた。だが彼女はダイスに仕事を与え、思考を与え、選択を与え、自由を与えた。

『この国に奴隷は居ないの。勿論あなたも奴隷ではないわ。あなたは好きに生きていいの』

 女神のように微笑んだ女性は、けれどただの人間だった。叶わない夢を見続けて、敵わない現実に足掻き続ける人間だった。

 その姿はとても痛ましかったけれど、同時に酷く羨ましかった。

 ダイスは子供の時から飼い主のものだった。それより昔など覚えていなかった。奴隷という名称で呼ばれていないだけの奴隷だった。『言われたことを実行する』それ意外の思考も行動も知らなかった。だから、足掻き抗い戦い進み続ける彼女たちの姿は、ダイスの目に酷く眩しく写った。

 好きに生きていいと言われた。ならば、彼女たちの目的を、夢を叶える手伝いをしたいと思ったのだ。元々汚れた手がこれ以上どうなったとしても構わない。ただ彼女が夢を叶えた時に見せるだろう世界で一番美しい笑顔を、近くで見たいと思ったのだ。

 それが、名声しか持たなかったダイスの今の意思だった。

「おれ達にも譲れないものがある……問答は終わりだ! さあ()ろうぜ、《海賊狩り》ロロノア・ゾロ!!」

「シンプルなのは嫌いじゃねぇ! ちったぁ楽しませろよ変態野郎!!」

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 山のように湧いてきた雑兵をフランキーとナミが蹴散らしていく。

 その合間を抜い扉へと走るチョッパーたち医療班。それを追うタナカをロビンとウソップが足止めするが向こうの能力の厄介さに手を焼くこととなった。

「スルスルの実の擦り抜け人間…という所かしら? 厄介ね」

「擦り抜けちまうなら弾も当たんねぇじゃねぇか! どうすんだ!?」

 事実ウソップの放つ弾は全て床や壁に擦り抜けることで避けられてしまっている。

 タナカは想定外の場所から出現しては手に持った拳銃でこちらを狙って撃ってくるのでどうにも戦いにくい相手だった。

「タナカさん、そいつらの始末をお願いします! おれは《死の外科医》を追います!」

「分かりました。……シリウスさん、大丈夫ですか?」

「何も問題ありませんよ! 今ッ、これからッ、始末してしまえば同じことです!!」

「追わせねぇよ!!」

 黄金の犬を次々と精製しながらもチョッパーたちを追おうと駆け出したシリウスにサンジが蹴りかかり、押し留める。

「こいつは任せろ! お前らはお前らの正しいと思うことをしろ、お医者さんたち」

「ありがとうサンジ!」

 扉の向こうへ駆けていくチョッパーたちの背に猟犬が飛びかかろうとするが、ナミの雷霆がその身を貫き邪魔をする。フランキーが扉の前に立ち、ここから先は誰も行かせないと門番のように周囲を見渡した。

 シリウスは凶悪に顔を歪ませ盛大に舌打ちをする。そして床を殴りつけると貫いたそこに能力を流し込んだ。

「“黄金の巨人(ギカンデッド・オーロ)”ッ! ──踏み潰せ! 蹂躙しろ! おれ達を阻むものを全て、全てッ!」

 石製の床を割って、その下から数m級の黄金で出来た人形(ひとがた)が三体出現する。本物の巨人に比べれば子供のように小さいとはいえ、フランキーを越えるデカさに奴の能力下にある黄金の硬さと多彩な攻撃方法を思えばかなり厄介な敵が複数増えたことになる。だが、それにちらとも目線を向けることなくサンジは紫煙を吐き出しながら目をギラつかせて黄金の怪物たちに囲まれるシリウスを見据えていた。

「……おれァ能力者じゃねぇから詳しくは分かんねぇけどよ、お前、そんな能力の使い方してたらマズいんじゃあねぇか?」

「…………せぇ」

「ああ?」

「うるせぇんだよ海賊風情がッ! てめぇらなんぞに何を言われる筋合いもねぇんだよッ!」

 敬語も慇懃な態度もかなぐり捨ててシリウスは吠える。言葉とともに地面が波打ち、揺れ、床を割って黄金の触手が蠢き周囲を破壊する。

 『焼き焦がす者(シリウス)』はシリウスは(犬のごとく)吠える。涙すら蒸発するような緑の眼をギラつかせ、流れる鼻血を拭いながら眼前の敵を見上げ、《あの人》のためにその生命を燃やすのだ。

「てめぇらに何が分かる!? 奪われて奪われて、奪われ続けたおれ達の最後の望み!! おれの命で叶うんならおれはとっくに死んでたさ! 今更惜しむようなもんじゃねぇんだよ!」

 お前たちには分からないだろう、麦わらの一味。海賊のくせに強くお綺麗な、世界の揺るがす大馬鹿者ども。《悪魔》のためにエニエス・ロビーに殴り込んで世界政府に喧嘩を売って、魚人のために天竜人を殴り飛ばし、世界の闇に深く食い込んでいたドフラミンゴを討ち倒した。そうして全方位に喧嘩を売って歩いているくせに、奴らは笑ってことごとくから逃げ延び生き残った。

 そんな強さが、自分たちにもあったなら。

 ()()()奴らを倒せるような力があれば。ただ待つだけでなく、立ち向かうことが出来ていたなら?

 ()()()足を縺れさせて倒れるようなことがなければ。自分に向けられる銃口に気がついていたら?

 そんな『もしも』を何度夢想したことか。意味のない逃避と分かっていても、何度も何度も消えなかった思い。けれど、やはり何度夢に見たって過去は変わらない。自分たちは彼を失った。そして手を汚しながらここまで来た。

 無力で、惨めな自分たちにはお前たちのように全てを救って笑ってハッピーエンドを迎えることは出来ないのだ。だから、せめて、彼を救わなければ。それが自分たちの所為で目覚めなくなってしまった彼に出来る唯一の償いなのだから。目覚めた彼に拒絶と嫌悪を突きつけられるまで、自分たちは止まることは出来ないのだ。

「──……死ぬことは、恩返しじゃねぇんだとよ」

 サンジが投げかけた言葉に眉を寄せ怪訝な顔をしたシリウスを見返す。

 理由はとんと分からないが、こいつらにもなにやら重大な目的があるらしい。…チョッパーとローが見つけたというカルテ。その患者の元へ向かおうとする彼らの邪魔をしようとするこいつら。ならまあ、その目的とやらはその患者の治療だろう。それなら、サンジがすることは一つだ。この男をここに留める。チョッパー達の後を追わせない。至極簡単な話だ。

 一番いいのは話して理解させることだが、頭に血が上ってそうなこの男に今は話は通じまい。それに騙されてむかっ腹が経ってるのも事実。取り敢えず、ボコボコにして大人しくさせるか。とサンジは頭の中で物騒な算段をたてる。

「来いよエセ紳士。うちの名医の治療が終わるまで大人しくしてやがれ」

「てめぇなんぞに時間を掛けてる暇はねぇんだ。一分で終わらせてやる」

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 猟犬が牙を向きながら駆け、巨人が剛腕を振るい、触手が建物を抉り崩す。

 全てがシリウスの能力で動く黄金製の怪物たち。細やかな制御はされておらず、もうシリウスの手を放れ自立して敵を排除するために暴れまわるだけの破壊機構。

 当のシリウスは愛用のステッキに武装色の覇気を纏わせ、いくつかの触手と猟犬を組み込みながら《黒足》と闘っている。

 ──《黒足》の言う通りだ。あんな無茶苦茶な能力の使い方、身体を酷使し寿命を縮めるだけだ。

 タナカは攻撃を避けながら、未だ元いた場所から動かず《麦わら》を迎え撃とうと立ち続けている主人を見やる。

 彼女も彼も、今酷く焦っている。やっとと思ったところだったのに、既の所で邪魔をされしかもその相手が《麦わらの一味》だったこと、そして彼らの発した言葉や行動が彼女たち二人の心を大きく抉ってしまった。

 誰も信じず、誰にも頼れず、ここまで来てしまった、哀れな(ひと)

「せめてあなた達でなければ……」

 邪魔をしたのが、立ち塞がったのが、せめて《麦わらの一味》でなければ。

 《(ゴッド)》の異名を持つ狙撃手に守られて立つ黒髪の女。《悪魔の子》ニコ・ロビン。世界の破滅を招く力を持つ女。生まれるべきでなかったと世界中から後ろ指を指され、二十年経ってようやく世界政府に捕捉され捕らえられた女。

 それを《麦わらの一味》はたった七人で世界政府に戦いを挑み、打ち勝って、連れ出した。

 世界中の誰も、そんな展開は想像だにしていなかった。腐りきっても()()()()。その強大な力に真正面から戦いを挑むなど彼の海賊王ゴールド・ロジャー、大海賊《白ひげ》エドワード・ニューゲートでさえやりはしなかった分かりきった愚行。

 それなのに彼らはただただ『仲間のため』という子供のような理由で。ただただ大切な相手が傷付けられ連れて行かれたから、傷つけた相手を殴り飛ばして連れ戻した。

 なんてシンプルで、なんて眩しいことだろう。

 彼女はそれが出来なかったから、こうして狂うほどに傷ついているというのに。

「──あなた達のこれまでの行動も、このカジノ内での言動も、それを信じるのならば、きっとあなた達は()に危害を加えることなどないのでしょう」

「そうよ。彼らは真面目なお医者さんだもの」

「ええ、けれど、いけません。ダメなのです。それでも彼女は信じられない。何度も何度も裏切られ欺かれてきたあの方はあなた達のことも、私たちすら信じられない」

「それは、あの改竄されていたというカルテのこと?」

 ああ、やはりたどり着いていた。

 今まで招いてきた医者モドキ。そいつらが残していった奴らの侮蔑の証。こんな国を興し、世界に一目置かれるようになったステラをそれでも見下し騙せるだろうと寄越した嘘塗れの紙切れ。

 ()の治療を拒否し、協力を拒み、吐いた言葉でステラとシリウスを激昂させ潰された者は一人や二人ではない。医者たちを罰しても痛めつけても、何の効果もなかった。それどころか恐怖し萎縮した医者の一人が手元を狂わせ彼を傷つけた。

 それから、ステラは医者を彼に近づけることすら怖がるようになった。

 だからトラファルガー・ローを招いたのは彼女にとって最後に縋った微かな希望。なけなしのSOSだっだ。

「おいッ、お前! いいのかよ!? これで! 部下なら、あの女が大切なら、間違ったことしてたら止めてやるのが部下の勤めじゃねぇのかよ!!」

「チョッパーとトラ男くんたちは必ず患者を救ってくれる。海賊だもの、信じろなんて言わないわ。だから私達はあなた達の邪魔をする。──私達は、私達の仲間を信じているもの」

 そう言い切られてしまえば、もはやタナカには奥歯を噛み締めて黙るほかなかった。

 分かっている。そうすべきだった。もっと早く、もっと何か、こんな風に破滅に向かう彼女にただ付き従うのではなく何か出来たはずなのだ。

 けれど……ああやはり、《(ゴッド)》ウソップの言う通り自分たちは部下失格なのだろう。

『やっぱり、あなた達も“そう”なのね』

 そう、言われることが怖くて。ただ彼女に他の人間達へ向けていた失望の眼を向けられることが恐ろしくて、なんの諫言も出せずにここまで来た。

 今更、もう遅いかもしれないけれど、けれど、何もかもが手遅れで無いのなら──

「──助けて、くださいますか…あの方を」

「ええ。うちの船医さんはとても優秀だもの」

 まだ、こんな私でも貴女のことを救えますか?

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 助けてと叫んだ言葉は誰にも拾われず地に落ちた。

 救いを求めて伸ばした腕は振り払われた。

 誰もわたし達を助けてはくれなかった。信じた人間はことごとく裏切った。誰も彼も自分たちのことばかりで誰一人としてこちらを見てはくれなかった。

 だからステラはもう誰も信じない。誰の手も借りない。自分だけで、自分とあの子だけで、彼を救うと誓ったのだ。

「おっかしな奴だなぁ。じゃあ、あっこでおれの仲間と戦ってる奴らは仲間じゃねぇのか?」

「ビジネス、お金と契約で繋がっただけの連中よ。きっと戦況が悪くなれば逃げ出すわ」

「バッカだなぁ! お前」

 気に食わない男。何を笑っているのよ。

 《麦わら》のルフィ。世界政府に立ち向かった男。天竜人を殴り飛ばした男。兄を失ったくせに、未だ笑って進み続ける強い男。

 嫌い。嫌い。嫌い大嫌い! まるで太陽のように眩しい男! あの時わたし達が一つとして出来なかったことを成し遂げてしまった男!

 この男の前でステラは《支配者》でも《魔女》でもなく、ただの弱い女であるこを痛感させられる。

 ただわたしが弱かったから、彼を救えなかったというその事実を!

「お前の目的は知んねぇ。興味もねぇ。でもおれはこの国が気にくわねぇからお前をぶっ飛ばす! …あとよぉ」

 《麦わら》はまるで、子供に言い聞かせるみたいに。

「あーんな好かれてんのに受け入れてやんねぇのは、勿体ねぇぞ?」

 

 ………そんなわけ、ないじゃない。

 

 

 

《coming soon》

 



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八話

長らくお待たせしました…申し訳ない…
ルフィの解像度ーー!!!!分からん…分からん…
ていうかそれ以外にも流れとか色々不満なんですけど、これ以上時間かけても堂々巡りしそうなのでもう投稿しちゃいます


 

 チョッパー達は走っていた。湧いてくる敵をベポ達が蹴散らしながら、ひたすらに予想された患者がいる部屋を目指して。

 いつの間にか内装が変わっている。ギラギラとした悪趣味な金と赤の装飾から、清廉さを感じさせる白い壁に石柱が並んだ長い廊下。

「あ、ほら! あの部屋!」

 ベポが指し示したのはその最奥。これまた白い大きな扉。

「ぶった斬る。お前らしゃがめ! “ルーム”!」

 薄青いドームが広がり、ローがその白刃を振るえば分厚い扉は轟音をたてて切り崩される。

 

──水音と呼吸音だけが満ちていた部屋にカラフルな風が飛び込んだ。

 

 病室のような白い部屋。最奥に据えられたベッド。そこに眠る人物。

 それこそがあのカルテの主。ステラが守りたいと願い、助けたいと祈り、大切に大切に隠して隠して手の内に握り込んでいた。それでも眠り続けている『ステラの至宝』そのものだ。

「まずは診察だ…!」

「ベポ、ペンギン、シャチ! 誰も入れるな。治療の邪魔だ」

「アイアイ!」

 繊細な刺繍が施されたお高いカーペットを土足で踏み荒らし、患者に駆け寄る医者二人に背を向けて残る四人は扉から更に離れて廊下に陣取る。

 蟻の子一匹通すものか。『医者の治療を邪魔するやつに容赦はいらねぇ』がハートの掟だ。

「“スキャン”」

「点滴は…栄養剤とクロルペ印剤。体内の毒素や不要物の排出を促す薬…中毒になってるのは分かってたのか…」

「……ヤブ医者が…!」

 能力によるスキャンを終えたローが唸る。丁寧に寝かされていた患者の身体をひっくり返し、服を脱がせる。

 日に晒されることのなかった真っ白なその背中には──“天翔ける竜の蹄”、天竜人の焼印が刻まれていた。

「これが…こんなことが、理由でっ」

 フランキーから聞いていた。ここに呼ばれた医者たちは“コレ”があるからこの患者の治療を拒否したのだと。

「おかしいと思っていた。いくら強力な鉛でも摘出されて長いなら慢性的な中毒に陥ることはない。この下だ」

「えっ…」

「この焼印の下にまだ銃弾が埋まっている」

 今度こそ、チョッパーは言葉を失った。

「背骨の傍、血管も近い。長く体内にあったことで弾自体が癒着してる。おれの能力で取り出すことは出来るがその後の処置が肝要だ。薬関係は任せるぞ、トニー屋」

「お、おうっ! やるぞ! トラ男っ…!」

 背負っていた医療バックから必要なものを取り出していく。ローはベポとペンギンにこの船の医務室から治療に使えるだろうものを持ってくるように指示している。

 視界が滲む。チョッパーは奥歯を噛み締めた。悔しくて、悔しくて……けれど泣いている暇などない。

 ──この国は、病気だ。王が病んで国に病気を振りまいている。そしてその原因がこの患者。なら、チョッパーは出来ることをするべきだ。チョッパーは医者で、ここには患者がいて、助けを求める手があるのだから、だからそれは、当たり前のことだ。

 泣くのも怒るのも、全部の治療が終わってからだ。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 ルフィはステラと対峙する。

 こんな国を作り、多くの人間に“不自由”を強いていた《魔女》は今、忌々しげにルフィを睨みつけている。

 こうして正面から向き合った《魔女》は思っていたよりずっとずっと、普通の女だった。泣き叫ぶ《声》をその身体の内に閉じ込めて、気丈に立ってる姿はどこかあのハンコックに似ている気がした。

 もったいねぇなぁ。とルフィはもう一度口に出す。

 理由は全然知らねぇけれど、こんな窮屈なトコで他人を押しつぶして、心配してくれてる仲間のことも信じられずにいるのは、なんとももったいない話だ。だってそんなに強いのに、他人を虐げなきゃ自由に生きられないなんて!

「あなたに、なにが、分かるのよ…!」

 女は呻く。ひどく重苦しいまるで海に落ちたみたいな声だった。

「自由に笑えるあなたには分からない! 喪失を乗り越えたあなたには分からない! 奪われ続けたわたし達のっ、今にも、何より大切な人がこの手から溢れ落ちるかもれないという恐怖をっ、何一つ分からないくせにッッ!!」

 手にした銃が悲鳴を上げる。大振りなそれに込められた弾丸は槍のように鋭い形状をしており、通常なら弾丸など通用しないゴム人間の身体にも十分に突き刺さるものだった。

 しかし悲しいかな、そんなものでは通用しないのだ。ステラは戦う術は持っていようと戦う力は持たない者だった。暴威を振るい権力を振るい、恐怖に仰がれ国に君臨し、世界政府と取引出来る大物になろうとも。

 やはり彼女には、決定的に力が欠けていた。

 

「信じられる人間なんか居ない! 助けてくれる人間なんて居ない! 金も権力もない人間はただ踏みにじられるだけ! だからわたしは“力”を手に入れた!」

「じゃあ、この国でお前の望みは叶ったのか?」

「っ、いいえっ! でも! もうすぐ、もうすぐよ! そのためのこの国! そのためのわたし達! そのために、あなた達を殺すわ…っ!!」

 胸元を掻きむしっていた左手が掲げられ、鳴らされた指に空気が震える。

 床が波打つ。彼女の纏っていた金の装飾が形を変える。黄金の巨人が、彼女を守るように錬成される。

「あなた達の命も未来も、その全てがわたしの手のひらの上──“廻れ、運命の糸(インクルパー・リィ・フォルトゥーナム)”…っ!!」

 くるりと回されたステラの指先から光の糸が伸びる。それは次々と枝分かれし、方々へ散っては周囲の人間達へと突き刺さっていった。

 変化は目に見えて現れる。光の糸に触れられた人間は何もない所で足を縺れさせたり、武器が手からすっぽ抜けたりといった“不幸”に見舞われはじめたのだ。

「“覚醒”ってやつか?」

「そうよ。やはりただの馬鹿ではないのね。…わたしはラキラキの実を食べた『幸運に愛される者』。触れた者の幸運を吸い取り自らの幸運に上乗せが出来る。…あなたがどれほど強かろうと、わたしにあなたの攻撃は当たらない…!」

 この国全ての人間から運命を徴収した女王は再びルフィに銃口を向ける。今度こそ当たる。ステラが引き金を弾き、その銃弾が“麦わら”の身体を貫く。それが決定された『運命』だ。

 そうなるはずだ。だって彼女の能力は“そういうもの”なはずで……

「だからよ」

 身体中から蒸気を吹き出しながら男は言う。

「自分のこともちゃんと分かってねぇ奴が、おれに勝てる訳ねぇだろうが!」

 目にも留まらぬ速さで男が動く。轟音とともに黄金の巨人が殴り倒される。

 我武者羅に撃った銃弾がルフィの腹を貫いたが、その程度。その程度では決定打にはならないし、ルフィを止めるには至らないのだ。

 鈍い音と共にステラの体が空に浮かぶ。随分と手加減されてはいたけれど、それでもステラは踏ん張ることも出来ずゴロゴロと床を転がり瓦礫にぶつかって停止した。愛しい子の絶叫が揺らいだ脳に反響するが、返事も出来ず激しく咳き込むステラの隣にしゃがみ込み、ルフィは告げる。

「これで終わりな」

 ステラには理解できなかった。目の前の男が何を考えているのか分からない。

「……なんっ、なの…!? 終われる、わけがないじゃ……うっ!」

「だーかーら、おれ達はゾロを取り返したんだからもう戦う理由はねーんだってば」

 軽いデコピンでステラの言葉を遮ってルフィは告げる。利かん坊の子供に言うみたいに。

「お前の戦う理由は知らねぇけどよ、トラ男を捕まえてたってことは怪我か病気か? なら心配すんなよ、チョッパーも一緒に行ったしよ」

「ふざけた、ことを…! お前の仲間が、彼を傷つけない保証はないでしょう!? 何を信用しろというのよ、海賊の!」

「そりゃおれ達は海賊だけどよ、トラ男とチョッパーは医者だぞ? い〜い奴らなんだ」

 だから仲間にしたんだけどよ、とニカッと笑う男は、どう見ても5億の極悪海賊なんかに見えない。

「じゃあこうすっか! お前おれに負けたんだから、言うこときけ!」

 ……いややっぱり、その滅茶苦茶な要求の仕方は海賊らしい。

 そんな風な不思議な男をようやくちゃんと認識して、ステラは今の今まで張り詰めていた気が緩んでいくのを感じ取って、そんな自分自身に動揺した。

 信じていいのか? 信用していいのか? 信じたいのか? こんな奴らを? 今更? この15年を、預けてしまって本当にいいの?

 分からなかった。もうステラには成否も是非も判断出来るだけの余裕も猶予も残されていなかった。

 それでもと巡らせていた思考は、轟音と揺れる地面に遮られた。

「シリウス…!!」

 音の中心では、愛しいあの子が黄金に飲み込まれようとしていた。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 ──時間は少しだけ戻る。

 

 “黒足”のサンジと対峙しているシリウスは霞みつつある頭で急いていた。持たない、持たない。このままでは力尽きてしまう。能力を一度に使いすぎている。

 ──こんな筈ではなかった。

 例え5億を越える賞金首であろうとも、この国に足を踏み入れた時点でシリウスたちの手のひらの上で踊る人形でしか無いはずだった。いつも通り残酷なショーを開催し、それをもってトラファルガー・ローに脅しをかける。そして“彼”の治療をさせる。

 正規の医者では駄目だった。裏社会の医者では駄目だった。その両方とも“彼”の背の焼印を見て“彼”の治療を拒絶した。

 腹を押さえる。かつてそこにあった、今は焼き潰した“彼”の背にあるモノと同じモノがあった場所を。

 怒鳴り声、笑い声、悲鳴、鞭の音、傷の熱と静かな死……冷たい床に這いつくばって許しを乞うだけの生き物だった記憶が蘇る。それに無理やり蓋をして、シリウスは前を向く。

 シリウスたちにはもう時間がない。だから賭けた、あの男ならと。

 ハートの海賊団にはかつて奴隷だった男がいる。ならば、奴隷を奴隷ではなく船員として扱っているあの男なら、“彼”の治療を拒否しないのではないかと、そう一縷の望みを賭けたのだ。

 駆けていった男たちはもうとっくに“彼”の部屋にたどり着いているだろう。

 無事であってくれとただ“彼”の無事を願う。船長を捕らえられ部下を使って脅された海賊が報復のために“彼”を傷つけることは大いにあり得る。……けれど、

『脅しも人質もいらない! おれたちは、海賊の前に医者なんだ!!』

 小さな医者の叫びが耳の奥から蘇る。

『おれは医者だ! お前の下に付きはしねぇが患者がいるなら診せろ! 治してやる!!』

 床に転がされた“死の外科医”の眼差しを思い出す。

 ──信じてしまいたくなる自分を自覚して、シリウスは泣き出したいような気持ちになった。

 今更…今更! 一体なにを信じようというのか!

「考え事か?」

 揺らぐ視界を気合で奮い立たせ声に向ければ、そこに居たのは金の髪をした悪魔。彼女の髪より色濃く、黄金よりは淡い色彩が炎光を受けて(まばゆ)く、眩しく、煌めいている。

 ──美しかった。ああ、瑕疵のない生き物というものは、こうも目を覆いたくなるようなものなのか。

 腹に爪を立てる。そんな思考は振り払え。そんなこと、とっくの昔から知っていただろう。

 この命はあの人達のもの。過去は消えない。ゴミのようなおれが出来ることなどたかが知れてる。それでもやると決めたのだから。全て、全て、大人も子供も善人も悪人も罪なき者も美しいものも、何であろうと排除すると決めただろう!

「てめぇがあちらのレディのために戦ってんのは分かったがよ」

 炎を纏った赤い脚によって触手は歪み、猟犬は砕け、人形は討ち倒される。

 シリウスが持つ力の全てが、次々に破られる。下される。踏みにじられる。届かない。その、ただの一つも…!

 視界の端でステラが麦わらに殴り飛ばされるのが見えた。咄嗟に叫んだ絶叫に意味はなく、踏み出そうとした足はたたらを踏んでその場で止まる。その腹に“黒足”の強烈な蹴りが炸裂する。

「あんにゃろレディに! …ルフィの勝ちだ。てめぇの負けだ。大人しくチョッパー達が患者を助けて戻ってくんのをそこで待ってろ。クソエセ紳士」

「……ステラ、さま………てぞー、ろ、さま……」

 瞬く視界が歪んで流れる。“黒足”がなにか言っている気がするがそれももう言葉として認識出来ない。

 ただ分かるのはこれで全てがおしまいだということ。

 

 救われた。助けられた。全てを貰ったくせに何も返せなかった。

 

 きっと彼らは“彼”を助けてくれる。きっと“彼”は15年にも渡る眠りから目覚めてくれる。

 自分は負けて。ステラも負けて。その先にしか“彼”の救いはなかったのだと。

 認めたくなくとも認めないといけない。受け入れがたくとも受け入れなければいけない。

 その全てが、怖いのだと。

 それでいい。それでいいと、ずっと思っていたはずなのに……“彼”が目覚めてさえくれれば、“彼”が自由を得られればそれでいいのだと、その場に自分たちは居なくてもいいのだと、そうずっと思っていたはずなのに!

 見限られるのが怖い! 軽蔑されることが怖い!

 目覚めたあの人の目に映る自分がこんなにも汚れていることが、そんな自分しか見せられないことが。

 こんな時にそんな心配をしている自分が! 一番! 大嫌いだ!!

 

「ああ……いや、だ…っ!」

 

 周囲の瓦礫を黄金に変質させ、まとめて取り込む。忌まわしい竜の巨躯が形作られる。

 最後の悪あがきだった。もはや癇癪と変わらない駄々のようなもの。

 否定したかったのは彼らだろうか。自分だろうか。現実だろうか。

 

「おれ、は、だけど、おれは──!」

 

 “あの人たち”を思う大好き(この気持ち)だけは、嘘では無かったのだと──

 

 

 

 

『「────ねえ!(Ah!) 聴いておくれ愛しい人!(Vous dirai-je, Maman!)」』

 

 

 細く、それでも力強く鋭い歌声が、騒乱を割いて響き渡った。

 

 

《coming soon》



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八.五話

 

──ずぅっと、声が聞こえていた。

 

 

ずぅっと歌を歌っていた。

おれはカナリアだったから。

望まれるままに囀るカナリア。主人の耳を喜ばせるためだけの蓄音機。

おれを売った親の顔も、おれを売った店主の顔も、おれを買った主人の顔も、もう思い出せない。

いらないものと捨ててしまった。

覚えているのはおれの歌を聞いてくれた美しい彼女と小さなあの子の顔だけ。

 

いつかここから出してあげると言った彼女。

いつかここから出でいきたいと言ったあの子。

 

最後までおれに手を伸ばしてくれた彼女。

最後までおれの手を掴んでくれていたあの子。

 

おれの名前を呼んでくれた君。

おれが名前をあげたあの子。

 

声を枯らし歌えなくなり、価値を失くしたおれをそれでも守ろうとしてくれた。

足手まといのおれを連れて逃げようとしてくれた。

走って、走って、走って走って、息苦しい視界の中で不思議とハッキリ見えたんだ。

あの子に向く銃口が。

最後に聞いたのは銃声。最後に感じたのは鞭打よりも熱い痛み。

最後に思ったのは「良かった」という安堵。

──けれど、それは間違いだったんだね。

水の中を揺蕩うような心地の中で、ずっと二人の泣き声が降ってくる。

 

 

“起きてください”

 

“ごめんなさい”

 

”ゆるして”

 

“ゆるさないで”

 

“ごめんなさい”

 

“ごめんなさい”

 

“ごめんなさい”

 

“ごめんなさい”

 

 

──どうして、君たちが謝るのだろう。

謝るべきはおれの方だ。

置いていって、ごめん。

一緒にいられなくて、ごめん。

落ちてくる“声”に返したくても、声を失くしたおれはただその“声”を抱きしめるしか出来ない。

そうして、時々やってくる嫌悪と侮蔑の“声”を発する部外者とあの二人を心配する誰かたち以外には、二人の泣き声と謝罪の“声”だけに長い間浸かっていた。

 

“もうすぐよ”

 

“次こそ必ず”

 

“必ず、貴男をもう一度……”

 

 

“歌わせて、あげるから。”

 

 

遠く遠くから降ってくる彼女の“声”。

……出ろ、声。届け、言葉。

泣いている。ずぅっと彼女は泣いている。ずぅっとあの子は悲しんでいる。

おれのせいだ。だからおれがなんとかしないと。

それでも、この喉から声は出ない。瞼は上がらない。意識はずっと、海のような夢の中を揺蕩うだけ。

どうして、どうして、どうして、どうして。

 

おれはかんじんななときになにもできないの

 

 

“──!”

 

こえが、

 

“──ず!”

 

しらない“声”が意識の海に投げ込まれた。

 

 

“──必ず助けてやるからな!”

 

“だから、だからっ”

 

“あの二人はお前が止めるんだ!”

 

 

暖かな手が背中に触れる。

そうして    の意識は、急激に浮上した。

 

 

《coming soon》



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九話 完結

 呼吸を、一つ。

 瞬きを、二つ。

 ゆっくりと周囲の輪郭が形を持つ。

 小さな影が駆け回り、暖かな手が腕に触れている。

「──────ぁ…」

「! 目が覚めたのか!」

 小さな獣が、掠れた吐息を目敏く聞きつけてこちらを覗き込んでくる。

 驚きと安堵に満ちたその声が、揺蕩う意識の海に投げ込まれた《声》と同じもので、男はほうと心の底から息を吐いた。

 ああ、おれはこの人に助けてもらったのだ。

「ぁ……ぁり、が、とぅ…」

「うん、いいんだ。医者として当然のことをしただけだからな。それよりどっか痛いとこあるか? 気持ち悪かったりしないか?」

「だい、じょう…ぶ」

 目覚めた眼の前に“彼女たち”が居なかったことは、少しだけ残念だけど。

「意識ははっきりしているようだな。そのまま聞け。まずお前は十五年前に銃で撃たれて昏睡状態に陥っていた。このことは覚えているか? その前後については? …なるほど、記憶に混濁はないようだな。弾丸は計十五発。その内十四発は数日以内に取り除かれたが一発、背中に弾が残されていた。問題はその弾丸に使用されていた金属だ。朔淡鉛という鉛の一種で強い毒性がある。これがお前の体を長く蝕んでいた。今さっき弾丸は取り出したがまだその毒はお前の体内にある。これからはその毒を抜くための薬剤をしばらく投与することになる。あと水も飲めるなら飲め。ここまでで質問は?」

「トラ男! そんな一気に言っても分かんねぇだろ!」

 腕に触れ点滴を操作していた目つきの悪い男もどうやら医者らしい。濁流のような説明をした男に小さな彼が文句を言っている。

 その様子に少しだけ目を細めながら一番の気がかりを口にする。

「……かの、じょは? あのこ、は…ぶじ、ですか…?」

 自分のことより何よりも、気になるのはあの二人のことだった。

 ずっと自分のせいで泣かしてしまっていた二人に。

 ずっと自分のことを心配させてしまっていた二人に。

 ずっとずっと声をかけたかった大切な大切な、彼女(ステラ)あの子(シリウス)に、会いたかった。

 ごめんなさいと、言いたかった。

「ステラという女とシリウスとかいう男なら上にいる。そろそろ麦わら屋たちに制圧されている頃だろう」

「せいあつ…?」

「うー…ごめんなぁ、おれ達も仲間を奪われちまってたから多分ルフィは容赦なくぶっ飛ばしちまってる…」

「え…、ぶっと…? かのじょに、なにを…!」

「あ! 大丈夫だぞ! ぶん殴るだけで皆んな命を奪ったりしねぇから! 気に食わないとぶん殴るだけだから!」

「おれ達を敵に回したステラが悪い」

 聞き捨てならない言葉を聞いて、彼らに食って掛かかろうと身体を起こしたその時──

 ドンッッ!!

 部屋が、建物全てが、大きく揺れた。

「派手にやってるようだな」

「やりすぎてなきゃいいけど…」

 慣れているのか落ち着いてる二人を横目に『上』へと意識を集中させる。

 先ほどの二人の言葉通りなら、今ステラとシリウスは『上』で誰かと戦っている。

 いくつもの床と壁と天井を通り抜けて、遠くへ遠くへと意識を飛ばす。

 慣れ親しんだ《声》を。いつも聞こえていた《声》を。いつだって聞き逃さないようにしていた《声》を。

 あの子を泣き声を、いつものように拾い上げる。

「いか、ないと…!」

 痩せきった腕をついて重い体でベッドから這い出そうと動き出す。まだ動くなと押し留めようとする医者たちを鈍い腕で振り払って這うようにベッドから落下するが、打ち付けた身体の痛みなど二の次だ。そんなことより早くあの子の元へ行かないと!

 あの子が泣いてる。

 早く行って、抱きしめて、涙を拭ってあげないと。

「……はぁ。トニー屋、獣の状態で大人二人運べるか?」

「出来るぞ」

 軽い荷物のように抱えられて、大きなトナカイの背に乗せられた。後ろには支えるためか目付きの悪い方の医者が腹に手を回して同乗している。

「いいか。我が儘を聞くのはコレっきりだ。上でステラたちと会ったら後は大人しく医者(おれ達)の言う事を聞いてもらうぞ」

「なるべく揺れねぇようにはするけど、気持ち悪くなったら言うんだぞ!」

 ダッと走り出したトナカイの背に揺られながら、彼は宝箱からようやっと飛び出した。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

 音の出し方も忘れてしまったようなか細い吐息に、声を張り上げた喉はすぐに咳き込んでメロディを遮る。

 掠れて歪んでひび割れた、酷い酷い歌声だった。

 かつて天にすら望まれた、カナリアと呼ばれ囲われた美しい声とはかけ離れたそれが耳に届いて、ステラは自らの頭を真っ先に疑った。

 幻聴か?

 幻覚か?

 ついに、自分の気が触れたのか?

 だって、まさか、ずっとずっと奇跡を願って、幸運を求めて、得られなかったあの声が、彼の、こえが──

「てぞー、ろ…?」

「すてら、しりうす」

 星の明かりの下に彼が居た。

 四足の獣の背に乗って、トラファルガーに身体を支えられながら、ひどく痩せてやつれた容貌で。けれどその眼はしっかりと開いてこちらを向いていて。その口がそよ風よりも小さな声で自分たちの名を呼んだのが、確かに聞こえて。

 次の瞬間、ステラは走り出していた。

 ただひたすらがむしゃらに。縺れる足を叱咤して、縋るように手を伸ばして、見失わないように顔だけは彼に向けたまま。不格好に、ただ必死に。たった数十秒の距離を走って、走って……

「テゾーロッッ!!」

 幻でない彼に、触れた。

「ステラ、ごめんね…ずっと、ずっと待たせて…」

「いいのっ、いいのよ、そんなっ…あなたが、あなたが無事で、目を覚ましてくれたっ、それだけで…!」

 ただそれだけで、ステラたちの十五年は報われたのだから。

「…シリウス」

 ステラを抱きしめたままテゾーロが青年の名を呼ぶ。

 歪んだ形の不格好なドラゴンの彫刻を纏った彼は、その姿のまま動くでもなく沈黙している。

 離れた場所に居る彼に、立ち止まっている彼に、手を伸ばす。両手を広げてもう一度名前を呼ぶ。

「シリウス」

 テゾーロがあげたあの子の名。あの子だけのもの。

 あの子が未だに持ち続けていてくれた、愛の証。

「ごめんね…ただいま。待っててくれて、ありがとう。…なあ、顔をみせて?」

 それとも、おれの顔なんてもう見たくない?

 …そんな風に悲しそうに言われてしまえば、もうシリウスの感傷や怯えなんて捨ててしまうしかない。

 どろりと黄金が溶け出す。竜の姿が形を無くす。そうして一人、立ち尽くす男の姿が現れる。

 そこに居たのは巨大カジノの総支配人でも、黄金を操る女王の腹心でも、人々を顔色も変えずに打ちのめす支配者でもない、歯を食いしばって迷子のように泣く二人の子供だった。

「テゾーロさま」

 ごめんなさい。と彼は叫んだ。

 

 ごめんなさい。おれのせいで。おれが居たから、あの時、気が付かなくて、庇われて、ずっとずっと、テゾーロ様は、傷ついて。ステラ様も、やっと会えたのに。やっと二人が会えたのに、おれのせいで、また離れ離れにして。おれがあの時、気づいてたら、ひとりで逃げれてたら、二人と一緒に居たいって思わなきゃ、おれが、ふたりに会わなきゃ、おれが代わりになってれば…おれが、もっと先に死んでたら…! ごめんなさい、ごめんなさい…っ!

 

 

「こら」

 ステラに支えられながら歩いてきていたテゾーロは、土埃で汚れてしまった赤毛を撫でる。

 もう本人すら何を言っているのか分からないのだろう支離滅裂な謝罪の言葉を遮って、赤くなった目元を撫でる。その奥で揺れるグリーンの目は昔と変わらない色をしていた。

「そんなこと言わないで。お前たちに心配をかけたことは悪かった。それでお前に嫌われたのなら仕方ない。…でもな、おれのために『出会わなければ良かった』なんて言わないでくれ。あの地獄で、確かにお前の存在はおれの生きる希望の一つだったんだから」

 母親に売られて、商品として歌って、そこで出会ったステラの手を取ることは叶わずに。連れて行かれた“聖地“でまた意思も無く歌う人形だったテゾーロの手を、真実初めて握ったのはこの子だった。

 笑うことも許されない地獄の中で、けれどテゾーロが小さく歌う歌をその時ばかりは目を輝かせて聞いてくれたのは、この子だけだった。誰も彼もが己の不幸を嘆き、自らを抱きしめ、死と解放を願っていたあの地獄でただ一人テゾーロに寄り添ってくれた。

 まだ幼かったこの子にとっては刷り込みのようなものだったのかもしれない。ただ一番近くにいた人間がテゾーロだったから勘違いしてしまっただけなのかもしれない。けれど、それは何も持っていなかったテゾーロの唯一になり得た。親から与えられなかった愛情を、彼女から受け取った愛情を、その丸く幼かったグリーンの目に代わりに与えてしまった。それがこうしてこの子を縛ってしまっていたのなら、それはテゾーロの罪だろう。

 …だが、十五年だ。十五年、この子はテゾーロを待っていた。そのために行動していた。それはもう刷り込みや無知や思い込みを理由には出来ないだろう。

 テゾーロがシリウスに与えたものは、ステラがシリウスに注いだものは、シリウスがテゾーロとステラへと捧げたものは──それは確かに愛だった。

「……大きくなったね、シリウス」

 いつの間にか、背丈が追いつかれている。

「ごめんね、ただいま…ありがとう、大好きだよ。おれの一等星(シリウス)

 今度こそ、シリウスは声を上げて泣いた。

 

 

  ★☆★☆★

 

 

「あーあ、すっかり蚊帳の外ね。わたし達」

「ふふ…でも良かったわね。彼ら、大切な人を失わずにすんで」

「一件落着ですねぇ。いやー良かった良かった!」

「ちょっとナミー!? 今の内に逃げなくていいのー!?」

「感動の再会じゃねぇかー! オウオウオウ!」

「ったく人騒がせな連中だぜ」

「これ今の隙に黄金持って逃げたほうがよくねーか?」

「勝ったのはこっちなんだ。散々好き勝手した詫びを貰っても罰は当たんねぇだろ。酒」

「肉!!!」

「それよりアイツを休ませねぇと! まだ身体ん中に鉛が残ってるし、術後だし、栄養も足りてねぇし…」

「面倒だ。三人ともベッドにぶち込め」

「医務室の場所は把握してありますよー!」

「もうすぐうちの連中も道具持って合流出来るみたいです」

「そこらへんに落ちてる金って持ってったら換金できるかな?」

 

 喧々囂々。

 ステラたちを遠巻きにして海賊たちは好き勝手に話している。タナカとダイスも伸びている部下たちを叩き起こしては指示を飛ばしていた。もうすっかり争いの空気ではなくなっている。

 そうしていればついにシリウスと抱き合っていたテゾーロがぶっ倒れたので、チョッパーとロー達はシリウスもついでに担いで医務室へと向かうこととなった。

 ステラはそれを拒否してチョッパー達に頭を下げて二人を見送った後、ルフィ達の元へ歩み寄って来る。

 綺麗にまとめられていた髪はとうに解けてしまっていて、頬は腫れているし泣いたせいで化粧だってグチャグチャだ。真っ白だったドレスも土と血で汚れ所々解れてしまっている。だが、その表情《かお》は星の瞬きのように晴れ晴れとしていた。

「負けたわ」

 ふ、と彼女はそれでもなお美しい相好を崩す。

「コールド。完敗。言い訳のしようもなく、わたし達の負けだわ。さあ、何を望むのかしら? 勝者さん」

「肉!!」

「酒」

「黄金!!!」

「おーーーいッ!!」

 ワンフレーズで簡潔な要求を叫ぶルフィ、ゾロ、ナミにウソップが突っ込んでそれに他の一味が笑う。

 一度面食らったような顔をしたステラも気が抜けたように笑い出した。

「ふふふ…いいわ。少し片付けがあるから待って貰うことになるけれど、REOROのレストランを開放しましょう。好きに食べて行ってもらって構わないわ。それから黄金ね。後で宝物庫に案内しましょう。好きなだけ持っていけばいいわ」

「え…ホントに!? いいの!?」

 勢いで要求したはいいが想像よりもあっさりと明け渡されてしまい、ナミは戸惑いの声を上げる。取り敢えず借りたチップ分をチャラにしてもらった後、治療費と迷惑料の名目でいくらか交渉する腹積もりだったのだが。

「構わないわ。あなた達の船くらいなら、同じ重量を払ったとしてもこの国で一夜に動く金額よりは安いもの」

「こ、これが世界の20%の黄金の所有者……!」

 小首を傾げながら言われ、その強大さを改めて突きつけられてナミは地団駄を踏む。勝ったのに負けた気分だ。何となく悔しい。

 きー! と唸るナミをロビン達が宥めているのを横目に今度はフランキーが手を挙げる。

「…………おれからも一ついいか」

「なんなりと」

「地下に押し込められてる奴ら…っつーか、ここで借金をカタに働かさられてる奴らの解放を望む」

「それは……ええ、どうしましょうか…? 無理とは言わないけれど…ああ、地下の連中は別にいいわ。奴らは労働力にもならないし」

 うぅん…と頬に手を当てて悩ましげに眉を寄せるステラ。

 別に、解放したって構わないのだ。この『国』はテゾーロを護るための宝箱。カジノは力をつけるための手段で、敗者を縛り付けるのは見せしめのためだし、医者共を地下に落としたのはテゾーロのことを外部に漏らさないためだった。

 テゾーロが目覚めた今、この『国』は存在意義の大部分を喪失した。だから別に敗者たちを解放してもこれといって困りはしないのだ。ただ、一度に全てを解放するというのは無理だ。『国』という形を崩壊させてしまうことは出来ない。──ステラ達は派手にやりすぎた。敵を作り過ぎた。最大の目的を達成したとしてもこの『国』自体を消失させてしまう訳にはいかなくなった。

 テゾーロの存在を外部に知らしめてなお、護るために。元奴隷がその存在を知られていながらも手を出せない堅牢なこの『国』を今更失う訳にはいかないのだ。

「……まあ、いいでしょう。近くの大きな島に寄るよう機関室に伝えておいて。そこで下りたい者は下りればいいと声明を出しておくわ。それでいい?」

 派手に暴れられ壊れたステージの修繕もしなくてはいけない。しばらく島近くに停留して全体のメンテナンスや機材の入れ替えをして、人間だってもう何年も同じ顔ぶれだったのだしここらで一度入れ替えてみるというのもいいだろう。ここは世界一のカジノ船、乗りたいものはごまんと居る。技術者や技能者はキチンと雇うのだし、下層のウェイターがごっそり抜けたってすぐに補充されるだろう。

 そんなステラの思惑まで察したのか、微妙な顔をして見下ろしてくる妙な体型の男を笑って見上げてやる。

「卑劣だなんて言わないでね、海賊さん。ここはグラン・ステッラ──勝てば栄光を手にし、負ければ全てを失う夢の島。こちらがするのは舞台の提供、手を伸ばすかは本人次第。騙され負けてもそれは仕様がないことよ、運がなかったと諦めて? 黄金女帝(わたし)は誰も救わない。魔女(わたし)は誰にも肩入れしない。わたしがかける言葉は一つだけ──Good Luck、一夜の夢を楽しんで?」

 くるりと優雅に回りながら熱に浮かされたように口上を言い終えて、等々ステラの身体も限界を迎えた。

 ひっくり返るように倒れた身体をフランキーが慌てて支える。その向こうに見えた空が朝焼けに白んでいくのを見留て、ステラは安心して目を閉じた。

 

 十五年に渡る悪夢は終わりを迎えた。

 次に目覚める朝が怖くないだなんて、初めてだ。

 ……起きたら、貴方の歌を聞かせてね、テゾーロ。

 

 

【END.】




これにて! 完結! です!!

長らくお待たせいたしました…待っていてくださった皆々様、本当にありがとうございます
なんかもうどう終わらせていいやらで悩みましたがこういう結末となりました
多分書きたいことは書ききったはず…元スレも落としちゃったから相談も出来ずに好きに書きましたが…まあまあいい出来ではないでしょうか
このの作品で書きたかったことととして『「おれは医者だ!」って助けようとする医者コンビ』『便利ワープ要員ではなく医者として仕事するロー』というのがあったので、そこだけでもちゃんと書けてよかったです
なんか疑問点やここどういうこと?って箇所があればコメントか何かでお知らせください

あと、ピクシブに加筆版(微量)を一応載せてます。私本人です
個人的目標として加筆修正してもうちょっと小説らしくして本として出したいな~…というのも考えていますのでもし良ければ…出来るの来年とかになりそうだけど…

【7/2追記】
同人誌出来ました!
A5/64P 1200円です!
そこそこ加筆修正手直しをしてあるので、結構違いを感じてもらえるのでは…
https://tudura.booth.pm/items/4902247


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