月姫 零刻 (マジカル赤褐色)
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零刻告示
零時のお告げ


七夜最後の当主、黄理。彼は七夜の里を襲撃してきた遠野家と対峙した結果、敗北を期して、死亡する。
その最期の隙間で、黄理が思い描いた、僅かな未練と後悔、そして、とある「誤り」を思い返す記憶。
それから、物語はあの日の7年前、遠野志貴の物語の25年も前にあった、一人の少年の物語に繋がる。


 

───こうして、紅赤主は、俺の身体を打ち砕いた。

何度も鉄棍を振るい、何度も相手の攻撃を防いだ。だが、俺は、相手には敵わなかった。ヤツは鬼の血を濃く持つ、軋間最高傑作とも呼ばれる程の混血。俺はかつて、彼と一度対峙して、右目を奪ってはいた。だが、俺の想像は甘かった。ヤツと対峙するのは今回で二度目か。ヤツと俺は1対1で、真剣勝負だった。実力はほぼ互角だった。だが、最後の一線を踏み誤り、俺は、鬼に、見事に敗北を期した。

 

「が…………ァヅ……………」

 

志貴は………無事なのだろうか。そんな、馬鹿な淡い希望などあるまい。志貴が助かる訳がないか。家に残っていれば襲われて死ぬだろう。外に出れば襲われて死ぬだろう。八方塞がりとはこの事か。

七夜は、此処で終わり………か。

全く持って、【あの時】の自分を後悔する。こうなった経緯は、俺が斉木を殺害した際、どさくさ紛れに遠野を刺したことによる報復だろう。俺は遠野を襲撃した。それは間違っていない。だが、それ自体、間違っていた。七夜黄理は、あの日、斉木と遠野を襲撃した時点で、こうなる運命(定め)だったのだ。

そもそも、俺が斉木と遠野を襲撃したのは…………【ヤツ】のせいだ。アレが罠だと解っていれば、手は出さなかった。

 

「……………中…………叢…………」

 

やられた。完全に、ヤツの勝ちだった。俺は、ヤツに勝ったように見えて、俺は、負けたのだ。

自分のことすら、みすぼらしくて、情けなくて、見ていられなくなって、空を見上げた。

空を覆う天蓋、星の合間を縫う閑静。その真ん中に、一人きりの月がある。地面は紅く、森は昏く。その中に、独り浮かぶ月は、まるで────

 

どすん、と、遠くで音がした。これは、俺がやられた音ではない。遠くで、俺ではない誰かが刺された音だ。

あぁ……これなら、もう、未練などない。志貴が無事かどうか、不安だったが、今の音で、その心配はかき消された。これで、正真正銘、七夜は壊滅した。

七夜を滅ぼしたのは、遠野ではない。軋間でもない。中村………あの男だ。

中村…………人と鬼人の混血、中叢家の末裔。

こうなることも、ヤツの掌の上の話だったのなら、俺の敗けだ。

しかし、負けた感覚はない。勝った感慨もない。俺は、七夜を、最期まで守り抜いた。だから、俺は、最後まで生き残った勝ち組だ。

─────はぁ……息子も今、同じ事を思っているだろう。今夜は、こんなにも月が綺麗だったことに気がつかなかった────

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、遠野一門による、七夜の里襲撃計画が、当時の遠野当主、遠野槇久によって実行された。遠野一門は七夜の人間を虐殺していき、七夜当主、七夜黄理は遠野軍の軋間紅摩との戦闘の末、戦死した。

時を同じくして、黄理の息子、志貴もまた、遠野槇久に胸を穿たれるが、槇久が何を血迷ったか、気まぐれを起こし、養子として、遠野家に招き入れた。

このときに、正真正銘、七夜志貴は、完全に消滅し、代わりに、遠野志貴が誕生した。

 

 

その後、遠野志貴は、遠野槇久の実子、遠野四季に殺害され、次に目覚めたときには、その視界に映るものは全く、普通のモノと異なっていた。普通の者なら、見えざるモノを見据え、視る眼。

死を視る眼を持ったまま育った彼は、ある日、一人の少女とすれ違い、そして…………

 

 

 

 

 

 

 

 

────これは、死を視る少年と人ならざる少女の出会いが起こる、25年前の物語。

 

────それは、遠野志貴という、一人の少年の、誰かの為に誰かを殺す物語とは違う。

中村白邪という、一人の少年の、誰かの為に生き続ける物語。

 

 

夜空に輝くひとりきりの月。月世界に舞う月の姫。

輝きは今、零時のお告げを指し示す。

この先は、月の姫の物語の零刻。死を視る少年が、遠野志貴となった原因の根端となった少年の時代。

 

鬼人の血を引く少年は、相容れざる、退魔の少女に、恋をした。

 

 

 

此処から先が────────月の零刻。

 

此よりは、月の裏。光を帯びることのなく、忘れ去られる、鮮やかに光を放つ一つの物語の、麗しい、思い出の断片。その記憶の一端が、時を越えて、思い出される。

 

 

 

 

さぁ、むかし話をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月姫 零刻

 

 




マジカル赤褐色です。この作品は、月姫の世界線を中心としたいわゆる前日譚で、遠野志貴の物語よりも25年も前の物語となります。勝手な解釈や、原作崩壊、意味不明な展開が相次ぐことになり、わたしの不慣れさを象徴する感じが凄いですが、是非とも、お付き合いいただけたら、嬉しいです……今後とも、よろしくお願いいたします!


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1日目 茶飯時劇
プロローグ


 

 

1995年《乙黒町》

 

 

この夜、路地裏では少年が八人組の男に暴行を加えられていた。

 

「おら、おら、立てよ」

 

「はは、財布寄越せよガキ」

 

そう言いながら、八人の男子高校生が中学生ぐらいの少年を殴り蹴りしている。

 

「痛い、やめてください………」

 

少年は既に怪我をしている。八人の数の暴力に、抵抗する術もなく、彼らのやりたいように袋叩きにされている。

 

「ほら、立てよ」

 

一人の男が少年の頭を蹴っ飛ばす。サッカーボールを蹴るような、危険度の高い蹴りだった。

 

「ぐぁ……!」

 

少年から漏れる苦悶。その様子を彼らは楽しんでいる。自分たちが強いということを証明して、好き勝手にするのを心から愉しんでいる。

 

「おい、」

 

その時、路地裏の入り口から、声がした。暴行を加えられていた少年を含んだ、この場にいた男たち全員が、その方向を向く。

その場に居たのは、彼らと年齢の差もなさそうな、若い青年だった。白いシャツに、ベージュのコートを羽織った、朱毛(あかげ)の青年だった。

 

「なんだよ、オレたちに何か用か?」

 

中学生(そいつ)放しなよ、つまんねぇことしてないで」

 

青年の声は透き通っていて、聞き取りやすい。だが、そんな穏やかな声帯とは裏腹に、その口調は激しく、角のある言い方だった。

 

「………んだとテメェ、舐めやがって。テメェには関係ねぇだろ!」

 

そう言って、男は真っ正面から青年に殴り掛かる。

しかし、男が青年に手を出すことはできなかった。男が突き出した拳は、青年が迎え打った拳とぶつかり、拳の骨が折れた。

 

「がぁぁぁぁ………づ!!!」

 

男が骨の折れた拳を押さえて倒れこむ。

 

「て、てめぇ………!」

 

その男とはまた別の男が、青年に食って掛かる。

………が、それも青年の鮮やかな回し蹴りによって、一撃で昏倒させられた。

 

「あ………アイツ!」

 

「ブッ殺してやる!」

 

「おらぁぁ!!!!」

 

八人のうちのリーダー格と見える高校生と既に倒された二人を除いた五人が一斉に青年を取り囲む。如何に朱毛の青年といえども、五人相手では、まるで敵わな…………

 

「はぁ………」

 

青年はため息をついて、一番近い男に向かって走り出し、胸ぐらを掴んで顔面に頭突きを繰り出した後、髪の毛を掴んで無理やり頭を下げさせ、膝で鼻頭を蹴りあげた。

 

「グワァァァ…………!!」

 

青年に蹴られた男は体の筋肉が抜き取られたかのように、ふにゃりと崩れるように倒れた。

 

「この………ブッ飛ばす!」

 

青年の右からさらに別の男が殴りかかってくる。だが、それも青年はその男の攻撃を横に躱して、そのまま勢い余って建物の外壁の前まで前進した男の後頭部を掴んで、顔面を壁に叩きつけた。

 

「ひぁ…ぁぁぁぁ!!!!」

 

またもや一人が戦闘不能になる。その様子を見て、彼らは怖じ気づく。

青年は先程まで、自分にかかってきた相手を確実に迎撃していただけだった。だが、これは、青年からの一方的な暴力だ。自分たちが、あそこの中学生に与えた暴行は、単なる脅しか、抵抗するから暴力で言うことを聞かせる程度のものだった。しかし、今見ている惨状はおかしい。これはどちらかと言うと、極道とでも言うのだろうか、人を殺してしまいかねない勢いの暴力だった。

 

「す…………すいません、すいません、すいません………!!!」

 

残った三人がその恐怖に狂ったかのように土下座をする。だが、

 

「謝る相手が違うだろ、阿呆(アホ)

 

青年には全く受け入れられない。

青年は一人の髪を掴み、地面に叩きつける。

さらに二人目の顔を持ち上げ、蹴り飛ばす。

 

「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

逃げ出した最後の一人もまた、背中を捕まれる。

 

「どこ行くんだよ、まだ話が終わってねぇよ」

 

そのまま引き寄せて、顔面に頭突きをしてから空いた右手で殴り付けて気絶させる。

七人全員の気絶を確認して、青年はリーダー格の男へと歩み寄る。

 

「好き勝手やってくれるじゃねぇか~そんなことして、タダで済むとでも思ってんのかな~?」

 

「人の振り見て我が振り直せ、呆け。その中学生に何をしようとしていたのかは知らないけど、やめろって言ってるのが聴こえないのか」

 

「へぇん、生意気だね、そういうの、スッゲー腹立つな!!」

 

男はポケットナイフらしきものを服の内側から出して、中学生の体に腕を巻き付けて捕らえ、ポケットナイフを首筋に当てる。

 

「人質ってやつか、卑劣な野郎だな。今すぐここで彼を放すなら、お前も痛い目は見ずに済むぞ。主犯はお前だからな、他のみたいに手加減はできないんだ」

 

「ふん、じゃあ来いよ、コイツがどうなっても知らねぇけどな」

 

「よし来た、今すぐそっち行ってやるから待ってろ」

 

そう言うと、青年は上着の内側からナイフを取り出す。男のポケットナイフよりもずっと大きい、ナイフというより、短剣に近い。それを構えて、全力で男に投擲した。

 

「なに!?」

 

男の真横に、青年の短刀が突き刺さる。男がもたれていた壁には短刀がざっくりとダーツの矢のように刺さっている。

 

「は……はは………」

 

男は自身の真横にある剣に恐れをなして、動きを止めた。あまりにも自分の真横すぎて、本当は当てるぐらい余裕だったのではないかと思ったからだ。

ほっとして男が正面に向き直った瞬間、彼の視界には、靴裏が映っていた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

顔面を勢いよく蹴られた拍子に、後頭部が勢いよく壁に叩きつけられ、最後の男も気を失った。

青年は中学生の手を取って無理やり立ち上がらせる。

 

「ぁあ、あの……!」

 

中学生はどぎまぎしている。

「無事か、立てるんなら問題ないな。夜道には気をつけろよ、じゃあな」

そう言って、青年は壁に刺さった短剣を抜いて背を向け、去っていった。

 

 

 

次の日

11月16日

 

 

「なんだ、中村、お前またギャングハンティングしてきたのか?」

 

俺の友人はそう言って、黒い眼鏡を押し上げながら俺をたしなめるように呆れている。

 

「なんだよ、別にいいじゃないか、これも俺の仕事みたいなもんだし」

 

あんまりにも今更すぎる彼の説法に俺は逆に呆れている。こんだけ付き合いが長いってのに、いまだに俺が町で暴れるのを解ってくれない。

 

「良くないだろう、自分の友人が街でヤクザを相手にしているなんて、たとえ正義感があった行動だとしても、見過ごせないだろう」

 

向こうは引き下がらない。

 

「あのなぁ、紀庵、今更過ぎるんだよ……ヤクザの一匹二匹、相手にしたって何にもないよ。お前が気に掛ける程のことでもないだろ。昨日も、八人まとめてぶっ飛ばして来たんだから」

 

「確かに、あの八人は、この街では一番始末に困る不良共だった。だけどな、そんなことしたところで、お前に何か起こるわけでもないだろうに」

 

「意味はあるさ、現に俺はこうして小遣い稼いでるんだから。借金取りもヤクザ狩りも立派な仕事だろ」

 

「いや、ヤクザ狩りは違うと思うのだが……兎に角、あまり無茶はしない方が身のためだぞ、友人としての忠告だ」

 

俺の中学時代からの腐れ縁、菊山紀庵(きくやま のりあ)はいつもこうして俺のことを気に掛けている。余計なお世話なのに。そんなことをしたって、俺が、うんわかった、って辞める筈など無いと解っているだろうに。

俺には混じり気のない人間たちのそのあたり、よく解らない。

俺こと中村白邪(なかむら はくや)は、普通の人間社会に紛れ込んではいるが、俺は人間ではない。いや、人間でないは少し語弊があるか。人間の血に、ヒトでないモノの血が混じっているというのか。いわゆるヒトとそうでないモノとの混血だ。

俺の一家は、代々、人間と鬼人の血の混じった血縁を継いでいっている一家で、ときどき、人間よりも鬼人の方に性質が偏ってしまっている人間が生まれることがある。

俺はその中では一番中途半端な類いで、カタチは鬼人で、中身は人の精神をもち、鬼人としての価値観を持っている。

鬼人のカタチと言っても、そのほとんどが人間だ。あくまでも鬼人だからだ。例えば、髪や瞳が生まれつきで朱色であるところや、その体質も、微妙に常人とは異なる。まぁ、親父みたいなことになるよりかはマシだったか。

親父は中村家の人間の体質の中では最悪のパターンだった。身体は純粋な人間で、中身は鬼人そのもの。あんなのが俺を設けることが良くできたものだ、と言えるほどに、人間の精神をしてなかった。これは親父への悪口ではなく、本当に、ただ、親父はそんなものだっただけの話だ。

俺たちも混血であることに間違いはないのだが、それに関しては、中村一門のルールとして、中村家の人間であろうと、鬼人としての精神面が強すぎて意志疎通が不能と判断された場合は殺害するようになっている。だから、この通り、俺は家訓通りに人殺しをした。今じゃ人殺し、寧ろ親殺しだ。

 

「はぁ……」

 

窓の外に目を向け、溜め息をつく。

人間とは、本当によくわからん生き物だ。

 

「────っ」

 

「どうした、いつもの貧血か?」

 

「っ……ぽいな、少し、休んでくる。担任が来たら言っておいておくれ」

 

「おうよ、気を付けろよ、なんなら、一緒にいくか?」

まったく、こういうとき俄然、紀庵の心配は心強い。

「いいよ、お前だって、色々やることあるだろ。それに、ちょっと外の空気吸ってから行く」

 

「わかった、気を付けろよ」

 

紀庵に背を向けて、ひとまず保健室に向かいながら外を歩くことにした。

 

 

 

 

 

うちの高校はなかなかに広く、保健室と俺たち二年生の教室は大きく離れており、そもそも建物が違う。最低でも二年生の校舎と本校舎の直線距離100メートルを歩かなければ、保健室にはたどり着けない。

だから、必然的に外を出歩くことになるのだが。外の空気を吸っていると、貧血は直らないものの、気分や吐き気は解消される。外では一時間目開始のチャイムが鳴っている。それが聞き取れて、なおかつそっちに意識を向けられるのなら、相当体力には余裕があるみたいだ。それでも、意識は朦朧としていて、目眩もするので、保健室に一度向かわないことには変わりないのだが。

これも、混血の一族に生まれた代償か。

 

「はぁ………」

 

退屈だ。どこまでも退屈だ。ここのところ、面白いことが何一つ起こらない。俺は確かに、娯楽には疎い人間だ。携帯電話は持ってはいるが連絡にしか使わないし、女遊びもしないし、ゲーセンに立ち寄るわけでもない。散歩はこんな弱い身体なのだからやってる場合ではない。本は読むが、うちの書庫は完全に制圧し、近所の図書館も攻略してしまった。学校に来たところで、授業は教科書どおり。楽しいことなんて、紀庵と話してるときぐらいか。

だから、こうして、今は毎日、同じような日々の繰り返し。

何か、俺を楽しませてくれるような、この苦痛の日々から解放してくれるような、面白い出来事はないのだろうか。

 

「─────ん、」

 

ふと、見ると、向こうに生徒がいる。女子生徒だ。髪色は蒼毛だ。蒼とは青、ブルーのことではなく、空のような、澄んだ上品な空色、水色のことだ。

木の前に立ち尽くして、ぽけーっとしている。なにをしているんだか。俺は保健室に行くから、チャイムが鳴ってもこうして正当な理由で校舎の外に出ているが、彼女は明らかに健康だ。血流の乱れがなく、呼吸の回数も一定の感覚を保っており、しっかりと真っ直ぐ直立している。

これは、俺が「直感」で察知した情報なのだが。俺の直感はビックリするくらいに的中する。山勘というより、判断技能、洞察力といったところか。

彼女は何をしているのか。彼女も俺のように、実は体調が悪いのか、それともこんなところで校則も守らずにうろうろしている不良さんか。だが、見たところ、後者のようには見えない。

 

「───あの、どうかしたか?」

 

声をかけてから俺は頭を押さえた。やっちゃったぁ。俺としたことが、間違えて声をかけてしまった。

 

「はい?」

 

女子生徒が反応して、顔を向けてきた。

そして、その瞬間が、早くも俺をこの退屈な時間の螺旋から引き剥がす引き金となった。



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クロエ

 

その女子生徒は、一言で簡潔に纏めると綺麗だった。

まず、真っ先に俺はその瞳に魅入られた。空のような、澄んだ上品な青色の髪、それと同じくらい蒼い、優しい瞳。そこには、俺のような、角のある眼球とは違い、丸々とした、この前偶然立ち寄ったジュエリーショップに売ってたトルコ石のような目だった。

次に魅入ったのは、その白い肌。頬はいかにも、もちもちしてそうな柔らかな輪郭で、ぷにぷにしてみたら止まらなくなるアレのよう。

全体的に朱毛で顔色の暗い俺に対して、彼女はその真逆、全体的に蒼毛で顔色が明るい。

舐め回すように視線を降ろしていけば、俺よりも15cmは背が低いが、しっかりと年齢らしい裕福な身体付きをしており、まさに、身体的成長期真っ盛りといったところだ。なんなら、もう既に十分熟しているようにも見受けられる。

 

「あの、わたしに何かご用でも?」

 

女子生徒はギクシャクしている俺に顔を近付けて話しかけてくる。

 

「いや、えっと、その、君は………」

 

メ、メ、メチャクチャ可愛いぞこの生徒ォ!?

ふと、雄を狂わせる程に膨らんだ彼女の胸元を見てみると、赤いネクタイがつけられていた。これはうちの学校の制服のネクタイだ。確か、一年生は黄色、二年生は緑、三年生は赤で色分けがされていたはず。───だとしたら、この生徒は、俺の上級生なのか……?

 

「あ、すみません、その、何をされているのかなって………」

 

相手が先輩となると話は変わる。俺よりも小さいし、見た目も子供っぽいから、さっきまで下級生だと思っていた。

 

「わたしですか?今ですね、そこの木の上にある鳥の巣がふっとんじゃったみたいでして、なんとかならないものかなぁ……って思っていたんです」

 

確かに、すぐそこの地面に、木切れや葉っぱ、それから羽毛が散乱している。誰がどう見ても鳥の巣材だ。

 

「………え、そんなことでここに立ち尽くしていたんですか。今は授業中だと思うんだけど……」

 

「うーん、鳥が可哀想だから見逃せないんですよ……」

 

どうやらこの先輩は何か特別な事情があるわけではないらしい。どっちかと言うと、彼女自身が勝手に立ち往生しているだけだった。彼女が何を考えているのかは分からないが、このまま、「はいそうですか」と放っておく訳にもいかない。何かしら、手を貸してやったほうが、俺の選択としては正しいだろう。

 

「手伝いましょうか?俺に何ができるか分からないけど……」

 

「いいんですか?それはすごく助かります!ありがとうございます!中村くん!」

 

先輩の顔がより一層明るくなる。なんだか、蛍光灯を正面から見ているかのような錯覚に陥った。

それはそうとして、なんでこの人は当たり前のように俺の名前を呼んだのだろうかね!?

 

「あれ、俺、前に先輩と会いましたっけ?」

 

「いいえ、噂に聞いただけです。どうやら二年生の朱毛の中村くんって子がすごい可愛いって、三年生の間では有名なんですよ」

 

────知らなかった。そんな噂、二年生である俺たちは聞いたことがない。まぁ、確かに、自分で言うのもなんだが、俺は顔だけは比較的人気があるらしい。紀庵から聞くところ、ちょっとした二年生向けのアンケートでの美貌ランキングでワンツーに毎回俺が含まれているんだとか。それで顔だけは人気があった俺だが、まさか三年生にまで人気があったとは。美人に美人と言われるときほど自分を美貌と思ってしまうことはない。

 

「あ、自己紹介がまだでしたね、わたしのことはクロエと呼んでください」

 

クロエ先輩は混じり気のない無邪気な笑みを浮かべると手を出してきた。

 

「中村白邪。生憎、一般人ですが」

 

その手を取って握手をする。

 

「それで、クロエ先輩、俺は何をすればいいんですか」

 

「そうですね~鳥の巣を直して、それから木の上にあげないといけませんね~わたしの身長では木に届かないでしょうし……鳥小屋は完成したんですが……」

 

見れば、クロエ先輩の足元には、いかにも即席と思わしき木製の鳥小屋がある。意外と器用なのかと思って見たら、失礼ながら見事なボロ小屋だった。本当にただ木の板を五寸釘で雑に繋げただけの箱で、屋根は屋根というより天井そのまま、いわゆる豆腐建築というやつだ。ところどころ、なぜか釘が隣あっていたり、釘の尖っている部分が飛び出ているし、しかも致命的なことに入り口がない。

 

「これが巣箱ですか……」

 

確かに俺は正直この人はこんなもんであってほしかった。この人はこういう不器用なキャラのほうがお似合いな気がする。

 

「俺、代わりに作ります。5分あればできますので、ちょっと待っててください」

 

「ホントですか!?お願いします!」

 

先輩が目を輝かせて頼み込んでくるものだから、いつもより気合い入れたほうがよさそうだ。

 

 

 

─────こうして、ひとまず鳥の巣箱が完成した。さっきの入り口もない雑な豆腐建築とは対照的に、今度はしっかりとした三角屋根と入り口がついた、丁寧なTHE巣箱になった。

 

「おおー流石ですね、こんな立派な」

 

「あとはこれを掛けるだけか……」

 

木を見上げてみる。一番低い枝であっても、俺の身長を優に上回っている。木を上って掛けるか?

 

「あ、肩車で掛けましょうか」

 

「肩車?」

それは、俺の上に先輩が乗っかるってことか?体重比の問題で逆のパターンは論外として。

 

「だって、そうでもしないと届かなさそうじゃないですか」

 

「いや、そうだけど……いいんですか、俺の上に乗っかるの」

 

「はい、もちろんです」

 

言うが早いか、先輩はできたばっかりの巣箱を手に持って、直立している俺の肩にまたがってきた。待った、立ってるぞ俺。俺身長170センチはぜんぜんあるからね?なんちゅう高さを跳躍したんだ?

ひとまずその件は後回しにして木に歩み寄る。

 

「えーっと、どこらへんにありましたっけ………」

 

先輩は俺の肩の上でぐらぐら動きながら掛ける場所を詮索する。

 

「ちょっと、動かれると………」

 

「あ、立ちにくいですか?」

 

「あぁ、いえ、何も」

 

こちらの精神状態が困る。健康な男子として成長してきた問題上、膝までしか丈がないスカートから伸びる脚に気を奪われるのは不可避でアル。さらに、動かれるとその白い脚が目の前で動くからより一層精神状態を乱されるし。

 

「やった、無事掛かりましたよ、中村くん」

 

なぁんだ、もうおしまいか。

とにかく、先輩の目的は達成できた。それでは、俺は保健室に向か………

きーんこーんかーんこーん─────

 

「一時限目終了のチャイム……?」

 

「はい、中村くん、巣箱作りに夢中になってて、40分ぐらいかかってました」

 

「え」

 

俺、凝り性だけどさ、そんなことは一回もなかったんですけど。なんだ、今日はたまたま張り切っちゃったんだ。

校舎の周囲にはチャイムがこだまする。

俺は、間違いなく、退屈から解放されていた。こんな、綺麗なモノが、この地球上にまだ存在していたなんて………!

これはこれで、俺にとってはこれ以上ないくらいの貴重な経験だった。



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当主様の夕刻

 

学校から帰ってきたらいつものヤツだ。見ろよこれ。この建物、「中村邸」。別名は、「俺ん家」。この建物は俺たち中村家が暮らすための家だ。それがなんだ、学校の敷地の8倍ぐらいは優に越える土地を誇って、来客の前に「見るがいい」と言わんばかりにそびえ立つ。

白い建物は東館、西館を伴って中央の建物は校舎並みのサイズ。たしか、中央の建物で縦30メートル、横400メートル、高さ3階建て。一種の化け物かここは。

───と、毎日帰る度に思っている所在だ。

歩けば眩暈を起こすほどに広い庭と森が視界をグリーンアウトさせて、空を見上げれば何も目に映らない青い空だけ。正面には眩しいほどにまで建物の白。

しかも一番恐ろしいのが、森にはあずまや一つしかないという。あんなに広大な土地持っといて、使わないわけだ。まぁ、流石にあの森を完全管理しようと思えば専属が5000人は軽く必要だろう。それくらいのお金はあるだろうが、使うくらいなら放置しといたほうがいいという結論。庶民諸君、これが真の豊穣というヤツだ。昔、ある日の夕方、あの森の中に入ったら迷子になって日付が変わるまで帰ってこれなかった記憶がある。

庭の庭木や花は丁寧に手入れされてあってその全てがアートのようになっている。確かに、庭木アートなんかはよく聞く。もしこれが犬やら猫やら人やらだったら素晴らしいし、見映えも良いんだが…………

 

「あら、お帰りなさいませ、白邪さま」

 

「ただいま。まったく、びびったよ。今度は何を作ってるんだ、甜瓜さん」

 

「龍です。なんだか楽しくなっちゃって、やめられなくなって5時間ぐらいやっているんですよ」

 

馬鹿言え。5時間ずっとここにいたのか彼女は。だが、その作品は、現段階を見ただけで、俺のような素人でも解る。これはマジで5時間以上かかっている。

龍がとぐろを巻いて昇っていきながら獲物に肉薄していく様子が庭木アートで表現されている。

えーと、この人は甜瓜(めろん)さん。見ての通り、うちの庭の整備清掃を任されている、うちのメイドだ。黄緑色の髪と瞳が特徴で、この通り、一度始めた作業は最後まで妥協せずに終わらせるまで辞めない情熱家。

この屋敷の庭は俺が知る上ではこの屋敷で一番好きな場所トップ3の常連。この美しい庭をつくるのは当然庭師。その庭師が彼女。つまりは、この屋敷の庭の植物のレイアウトや草木の手入れを行っているのが彼女であり、この美しさが彼女の努力の結晶なのだ。草刈り機やチェーンソーなどは一切使わない。己の勘と枝切り鋏捌きだけでこのお庭。

 

「そう言えば、絢世さまがお呼びでしたよ」

 

「そうか、それじゃあ、失礼するよ」

 

龍の横にある朱雀に見惚れながら甜瓜の横を通って屋敷に入る。何度入っても慣れない玄関の扉を開く。

 

「あら、お帰りなさいませ、白邪さま」

 

「ただいま、蜜柑さん」

 

さて、ロビーで俺を出迎えてくれた橙色の髪と瞳が特徴のこのメイドは蜜柑(みかん)さん。甜瓜さんに瓜二つ(瓜だけに、ちょっとしたジョークを踏んでみたゾ☆)の五つ子の妹で、このお屋敷の炊事を担当している。性格は朗らかな感じが強く、基本的に笑っており、ゆるーい空気が特徴。

と、そこへ………

 

「わーー!!!!退いてくださーーーい!!!」

 

「ぐぉぉぉっ!!」

 

一人で自律式移動をしながら走る観葉植物が俺にぶつかってきた。

 

「はにゃ?蜜柑お姉ちゃん?なんでこんなところに?」

 

中から金髪黄眼のメイドが出てきた。何事もなかったかのように辺りをキョロキョロしながらぶつかった俺ではなく俺のとなりにいる姉に釘付け。

 

「おい」

 

気付け馬鹿。人にぶつかっておいて、「はにゃ?」じゃねぇよ。

 

「わーー!!!!白邪さま!?」

 

「静かに。それからクソ痛かった」

 

「すーーんませんでしたぁぁぁ!!!!」

 

ここで秘奥義、ジャンピング土下座発動。マジでしばき倒したい。何事も土下座すりゃいいってもんじゃない。同じようなことで何回謝っているのかこの女は。

彼女は檸檬(れもん)。このお屋敷の 衣事全般を任されているメイドで、甜瓜さん、蜜柑さんとは五つ子の姉妹で、末っ子である。この通り、性格は世界屈指のオーバーリアクショナー、いや、この場合はオーバーリアクトレスと言えばいいのか。ドジっ子ならばまだ可愛いのだが、改善の様子は見られず、むしろひどくなっているくらい。今まで何回俺がこいつの引き起こしたトラブルの始末をつけてきたか。

こんなことになってからじゃ遅い。このまま死傷者が出ても文句は言えない。

 

「───白邪」

 

「うわぁ、びっくりした、いつの間にいたのか葡萄」

 

俺の遅い反応に彼女、葡萄(ぶどう)は頷く。葡萄は我が家のメイド五つ子姉妹3番目。甜瓜さんの妹である蜜柑さんのさらに妹である。この家では医療事全般を担当している、うちのお医者さん。医療担当というだけあって、やはりかなり賢い。だが一方で性格は感情表現が絶望的に苦手で、ロボットのようなギクシャクした喋り方をする。

 

「白邪、怪我、ないの」

 

「あぁ、特に。ありがとう心配してくれて、ご苦労さん」

 

葡萄は救急箱を持って二階に去っていく。持ち場に戻ったのか、どうしてこの状況を嗅ぎ付けたのか。

 

「さて、俺も姉さんのところにいかないと。どこにいたかな、蜜柑さん」

 

「絢世さまなら居間にいらっしゃいますよ」

 

「オーケー、わかった、ありがとう」

 

蜜柑さんに背を向けて居間に向かう。

 

 

 

さてと……居間に入るわけだが、どうも気が向かねぇ。なんせ、この部屋の奥に居るのは………

 

「ただいま」

 

そう思いながらも扉を開けてしまった。部屋の中にはメイドが一人。赤い髪と瞳が特徴の彼女はハタキ片手に家具の掃除をしていた。

 

「あれ、林檎、姉さんは?」

 

メイド、林檎(りんご)の名を呼ぶ。彼女はこの家の清掃全般を担当していると同時に俺の専属のお世話係でもある。

 

「絢世さまならもう少しでご到着されますので、もうしばらくお待ちください。」

 

林檎はぺこりとお辞儀して、清掃を再開する。自分で呼んどいていないとはなんだ、とソファで暇を潰していたら、扉が開いて姉が入ってきた。

 

「あ、ただいま、姉さん」

 

「お帰りなさい、白邪」

 

さて、絢世、絢世と言っているが、いい加減纏めなければならない。彼女が中村絢世(なかむらあやせ)。俺の実姉で、この中村家の現当主。風格はどこぞの令嬢というより、すでに絶滅したであろう人種、すなわちどこぞのお姫さまだ。それも超・超・姉属性。なんで男手の俺が当主じゃないのかと。それについては、何度も言うように、俺は人間ではない。それは姉さんにも言えることだが、姉さんの場合は、鬼人の血が非常に薄く、ほぼ一般人なのだ。なので反転を起こす心配もなく、なんの当たり障りなく生活できるから、俺が自分の判断で暫定当主の座を姉に譲ったのだ。これはまだ親父が生きていて、なおかつまだ暴走していなかった時のことであったため、親父は嫌気もなく了承した。

この家、どうもどこかの資産家のものだったらしい。うち、和風びいきだから、こんな洋館なんか建てやしない。たしか、前にこの屋敷持ってたのは遠野だったかな。遠野は現在もちっと離れた街に家持っているらしいが、この土地は完全にうちに売り渡したそう。そこまでするほど金に困ってないだろ、あの家。土地と家なら幾らでもくれてやるってか。

遠野ってとことは若干知り合いだったりする。遠野も生憎と混血族なもんでどうやら、血統を深く深く掘り下げると、どうもうちらも血が繋がっているらしい。本当に大昔、遠野が混血族になったタイミングぐらいの兄弟姉妹だったかが、うちの家系。遠野つながりの分家筋ってこと。てなわけで遠野には手を出すな、と。意味わかんねぇよ。

遠野当主の野郎、使用人が多すぎるって自慢してこっちにバンバン送って来やがる。その結果これだよ。うちの5人姉妹。彼女らは遠野に昔仕えてたんだってよ。わっけわかんねぇって。メチャクチャすぎるだろ。今誰が仕えてんのさ、連中。特に遠野槇久。なんなんだあいつ。嫌な奴ではないけど、なんか、俺のことを近所の坊っちゃんみたいな扱いしやがって。俺もいつまでたってもガキじゃねぇんだ。もうちょい偉そうにしてみろ、なんで俺らの前ではペコペコしやがって、有間だっけか?あっちの方いきゃ跪かせる。これが力の社会かよ。

 

「で、なんでアンタがここいるんだよ、槇久の旦那」

 

「おや、お邪魔してしまったかな、白邪くん」

 

「邪魔じゃねぇが、急に居ると困るな。何しに来たんだ」

 

「ちょっと君のお姉ちゃんとお話に。会社の話だよ」

 

旦那こと遠野槇久(とおのまきひさ)は相変わらずソファに座りながらこの俺に対して子供扱い。高ニだぞ俺。

 

「旦那、そろそろガキ扱いやめてくれ、俺さすがにもう大人の部類だぞ、アンタとも馴染めてるし、姉さんが具合悪いときは仕事代わりに乗ってもいいっつったのアンタじゃねぇか、立派な社会人なのにガキ扱いされていい加減ショックだぜ」

 

「そうかな、だとしたらすまないね。そうか、白邪くんも、もう高校生なのか」

 

「んなもん、一年前に高校生だっつーの。ってゆーか、そーいうのをガキ扱いつってんだ俺は」

 

なんだ、昔はこんなに小さかったのに……じゃねぇんだ。姉さんと俺の歳の差なんて僅か一年だぞ。姉さんとはいつも職場の同僚みたいに話しているのに、たった一年後に産まれた俺には子供扱いだなんて。

 

「そうだったかな。それで、白邪くん?仕事(バイト)はどうなんだい」

 

「な…………」

 

おい待て、なんでこのジジイが俺が姉さんたちに隠れてバイトしてるの知ってんだよ!?

 

「バイト?白邪、どういうことかしら?」

 

「いや、その」

 

言ってくれたなぁ、野郎、コイツだけは信用できないから、絶対に口を開けないって決めてたのに、どこでコイツ知ったんだよそんなこと……。えぇい、隠しても無駄だ、別にやましいことしてないし、闇バイトでもないし、反社でもないんだし。

 

「ちょっと、借金取りのバイトを………」

 

「おーう、わんぱくだねぇ白邪くん」

 

うぜぇぇぇぇぇ。こんのジジイ…………

 

「借金……取り……!?」

 

姉さんの驚愕もしゃあなしだな。愛する弟が借金取りだったら、そりゃ俺もちょっとショック受けるわ。自分で言うのもだけどな。

 

「まぁ、取り立てはあんまりないぞ?どっちかっつーと、ヤクザぶっとばしたりとか、反社捕まえたりとか指名手配捕まえたりとかそっちの方が多いかな」

 

バカか俺は。なんで今自分から地雷踏んじまった!?

 

「白邪くん、それ闇バイトとかじゃないのかな……?」

 

すげぇ、遠野の旦那さまのお口からご心配のお言葉をいただけるなんて。

 

「闇じゃないさ、教会のシスターからのお呼びなんだから、ホントさ」

 

ちなみにこれはマジ。俺は確かに隠し事はした。だが、嘘はつかない、つきたくないタイプの人間だ。まぁ、教会のシスターって言葉も地雷なんだがね!?

 

「おーう、聖堂教会直々のご指名かね……」

 

「まぁ、白邪、あとでじっくりお話しましょうか」

 

「やだなぁ、勘弁してくれよ姉さん。あはははー」

 

おい、助けろ旦那。そんなにガキ扱いするんなら恐怖の姉からガキを守れ、俺がガキ扱いするなっていったから守らない?じゃあ、いち社会人として仲間を守れよ!?社会人どうしの抗争がどれほどつまらないことなのか、一番知ってるのアンタだよね?

 

「さぁ、そろそろ帰ろうかな、それでは、お邪魔したよ、絢世くん。白邪くんも、また今度」

 

「おい、ちょま───」

 

「それでは、お邪魔しました、あぁ、林檎くん。案内お願いするよ」

 

「はい、かしこまりました、こちらへどうぞ」

 

「ちょっと───」

 

最大の味方、最速の撤退。

────くそったれぇぇぇぇぇ!!!!

さて、内心で怒鳴っても仕方がない。ここは一つ、姉の説教を素直に受けるとしよう。



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あすなろ聖堂

 

夜。重く、大きく、固い扉が開かれる。

扉の向こうは、木の床でできた聖堂。中央の女神像が来訪者を出迎える。並ぶ多くのベンチのような長椅子。明るいランプがしっかりと光っており、礼拝堂は昼のように明るく照っている。その奥に、一人の女がいる。

 

「───あら、随分と今日は遅れてきたじゃない。遅刻の連絡を寄越してきたから、全然結構だけど、なにかあったのかしら?」

 

その女は真っ黒なカソックに身を包んだ若い女だ。髪は肩の辺りまでのショートヘア。色は金。いや、金髪ではない。むしろ黄髪だ。自動車信号機の黄色ぐらい黄色い。瞳は紅。そんな滅茶苦茶な色合いでありながら、そのお淑やかな感じが彼女を美しく魅せてくる。

 

「ハッキリ言って、休みたかったんだけどな、姉さんにお前の仕事に付き合ってることについて説教受けて遅れたんだよ。───だいたい、俺がお前の仕事を引き受けるだなんて、言った覚えあるもんか」

 

俺、中村白邪は、紀庵たちにも言ったように、ヤクザ狩りとか借金取りとかしてるワケなんだが、これは俺が勝手にやってるワケじゃなくて、この女からの依頼なのだ。

この女は、街の住民からいろんな相談を受けては、危険を伴うお仕事を俺に押し付けてくるのだ。

俺がこんなことをするようになったのは半年前。

 

 

 

 

「失礼、貴方に少しお仕事引き受けて貰いたいんだけれど……」

 

半年前、カソックを着た黄髪の女は突如、全く関係ない一般人である俺に話しかけてきた。

 

「ごめんなさい、宗教勧誘は受け付けてないんです」

 

おい、待て、こいつ、滅茶苦茶美人じゃん!?

 

「あ……の、仕事の内容は?」

 

「これよ」

 

そう言って、女は紙を見せてきた。なになに、サービス業、給料は報酬額制で、報酬額最低2万………なに、こんな甘い話なんざあるかよ。

 

 

 

 

その半年後がこれだ。マジで2万くれるから味占めてしまった。ヤクザをボコしたり借金取りしたりとか、俺の得意分野ばかりだ。楽して稼げる仕事がほんとにこの世界に存在するとは夢想だにしていなかった。

ところが社会人になる人々に言ってやりたい。楽して稼げる仕事なんてない。

そもそも、これが何の仕事かと言うと、そもそもこの女のお手伝い。つまり、この女がサボっている間、俺は仕事しないといけない。というか、彼女をサボらせるのが俺の仕事。そして、解決したらしたでそれはコヤツの株。最終的な謝礼はほとんどこの女に支払われ、俺は騙されたように2万を貰う。俺が解決した事件の謝礼はあの女のもの。実質俺は何一つ得してない。そう、つまり、これは新手の詐欺である。そして俺は一生の恥ながら引っ掛かった。さらにこの詐欺師に一時とはいえ惚れちまった。最悪の極みだ。

 

「それで?今度はなに押し付けにきたんだよ、アスナ」

さて、紹介し忘れたか。この女は「ルージュ・アスナロ」。

 

アスナロって名前なのにおもくそ外国人。アスナロ、略してアスナと俺は呼んでいる。

 

「押し付けなんて酷いこと言うわね。貴方のお仕事よ?」

 

「ブーメランやめろ、お前の仕事だろうが」

 

「そのかわりいいお給料あげてるでしょう?それで帳消しってお約束。それで、今回なんだけど、ちょっと同行させてもらうわ」

 

「嘘だろ、お前がついてくるのか?」

 

具体的に言うと、俺が間違ってこの仕事(ほぼバイト)に就いてしまってから、彼女が俺の仕事に付き合ったことはない。なに、今日は誰かの誕生日なのか?

 

「えぇ。死者が街に溢れたってことを知っているなら付いていかないけど。でも、知らないでしょう?多分」

 

「知ってても付いてこいよ馬鹿。……知らねぇよ、俺、お前みたいに聖堂教会つったっけ?には入ってねぇからな。なんだよ時事問題か?それ。不謹慎だけど、そんな死人が出まくる事件なんかなかったぞ」

 

「あぁ、そう、ここで言う死者というのはね、分かりやすく言うとゾンビみたいなものなの。信じてもらえないだろうけど」

 

アスナは馬鹿正直な顔をして馬鹿みたいなことを言う。

 

「ふーん、で、そいつらを片付けろってか?」

 

「あら、驚き。話が早くて助かったわ。珍しいわね。てっきり信じてもらえないと思っていたんだけど」

 

「まぁな、人間だったらそんなこと信じねぇさ。でも、ほら、俺も厳密には人間じゃねぇし。混血がいるんならアンデッドぐらい居んのかなって」

 

ちなみに、アスナが、俺が混血であることを知ったのは4ヶ月前。アスナのお勤め、代行者は、俺みたいな混血を排除することらしいが、アスナは何故か俺を見逃してくれている。理由はもちろん、「働き手だから」だそう。うん、知ってた。

 

「けど、なんだって急にそんなのが出てくるんだ」

 

「吸血鬼事件……ってやつです」

 

きらーん。だってさ。いや、「吸血鬼事件ってやつです」じゃねぇよ。他人に知らない漫画勧めるときは後半の盛り上がるところから教えるわけねぇだろ。…………漫画読まねぇけど。

 

「ごめん、お前が何を言ってんのかわからねぇ。吸血鬼とか知らねぇよ、急に言われても」

 

「だから私が同行するのよ」

 

「じゃあ初めから自分で解決するって結論にはなんねぇのかよ!?」

 

何故に一度俺を経由しなければならないのか。

 

「まぁ、取りあえず外に出ましょう。そうすれば、私が何を言っているのかわかると思うわ」

 

わかりたくねぇよ。俺がわかった時点でお仕事押し付け確定演出じゃねぇか。

 

「悪いがお断りだ。命の危険に関わる危険なお仕事、そう易々と受けられるもんか」

 

そうだ。下手すりゃ死ぬ。そりゃあ、俺が喧嘩で負け知らずなのは100も承知だが、相手は吸血鬼。生き物としての性能は俺たち混血を越えるかもしれない。そうなれば無理だ。

 

「白邪くん」

 

「なんだよ」

 

「代行者の報酬額、教えるわ」

 

そう言うと、アスナは俺の耳にその額を囁いた。俺は単位と位の数と0の数を聞き逃さなかったぞ。

 

「とんでもねぇ額じゃねぇか。ハリウッド映画でもできんじゃねぇか?」

 

「実はね、白邪くん。貴方の収入ってね、毎回ちょっとした計算で決定しているの。それは、「謝礼含めた私への全報酬の三割」っていう計算なのよ」

 

「よし、受けて立つ」

 

相変わらずお金には弱い俺であった。

これが俺の日常であった。

 

 

────だが、今回のお仕事は、一筋縄ではいかないような試練とも言える任務であることを、俺はこの後知る。



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屍は舞い散る

 

夜に輝く町をアスナと並んで歩きながら、噂の死者とやらを探す。

 

「なんにもいねぇじゃねぇか、期待して損したぜ」

 

「いや、この先にいるはずよ。もっと人が少なくて暗いところならうじゃうじゃいると思うわ」

 

アスナは路地裏に入っていく。路地裏の道幅は比較的広めで、猫の額程ではない。普通に引っ越しトラック二台は並べられそうだ。

高い灰色のビルにはさまれたくねくね道。暗い、人が少ない。アスナが言う条件には当てはまっている。

 

「……………まさかな」

 

「どうかした?」

 

一瞬、変な感じがした。俺の直感はナメられたもんじゃない。背後にあるものの大きさと形と名称、なんなら色まで当ててしまうんだから。そんな化物レベルの直感を持つ俺が、死の気配を察知して、なんにもないわけがあるか。

 

「少し、警戒して進もう。間違いなく四人、誰かいる」

 

気配の数は四つ。しかも、その全てが人間大のサイズでありながら人間以外のモノの気配だ。マネキンだと助かるなんて甘い希望は通じない。ゆっくりながらも動いている。

路地裏の細道を進む。今のところ何も見当たらない。すると、アスナが突然足を止める。

 

「どうした?」

 

「ちょっといいかしら」

 

「なんだよ」

 

すると、アスナは俺に走り寄ってきて、俺の体を抱き抱えたかと思えば、一気に路地裏の最奥部まで投げ飛ばした。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

どたっ、と派手な音を立てて転げる。

 

「痛った………あの野郎……ふざけやがって、絶対後で────」

 

すると、目の前に、四人の人影があった。俺が察知した気配だ。だが、様子がおかしい。ぬるぬるとゆっくりこちらに歩み寄ってくる。警戒心半ばにナイフを出しておくが、まだ刃は出さない。もしかしたらただの人間かもしれない、と。

人影の顔が暗くて見えなかったが、この至近距離になって気づいた。

ソレは、おおよそヒトの形をしていなかった。影はヒトのそれに等しい。だが、見た目が違う。髪の毛も生えていないし、服も着ていない。それよりも、体じゅうが焼け焦げたように真っ黒で、眼も、体も真っ赤だ。ゾンビという喩えはこれ以上ないくらいに相応しい。けれど、これで確証がついた。コレは、ヒトではない。殺してもいいモノだ。魔の類いだ。ならば、

 

「いいぜ、殺し合いだろ、やってやるよ、死にてぇ奴だけかかって来やがれ」

 

ナイフを構えて、死者に向き合う。

死者は俺の声に反応することもなく、俺の挑発に乗っかることもなく、相変わらずノロノロ近づいてくる。それはそれで助かる。これで挑発に乗っかっていたら、それは生きているということだから、俺は少し殺すのを躊躇っていたかもしれない。でも、これならば、話は別だ。加減は不要。慈悲も無用。

死者の列は牛の重みで一歩一歩俺に近づいてくる。

その血濡れの軍隊の行進のただ中、

 

「はあッ!!!」

 

一閃の撃鉄が駆け抜ける。鉄は血の塊を引き裂き、正面から死者の頭部をそれこそ豆腐のように解体する。

ナイフで一閃された死者の頭部から人間のものとはまた違う、赤黒い血が吹き出る。返り血の速度よりも中村白邪の速度の方が圧倒的に速い。返り血の一滴も浴びることなく、俺は次の死者に肉薄する。

あっという間の出来事に、死体ごときが反応できるわけもない。だが、相手は死体。死んでいるものの、そこに動く死体があるならそれは「生きてる死体」。生きてる死体は生きている。ならば、生きるための最低限の本能と危機管理能力は自然に備わっている。その本能としての防衛機構(プログラム)、彼らにとってそれは反撃である。人間やそれ以外の獣ならば迷わず逃亡を選択するだろう。敵わない相手と無駄に対峙することは自身の生存率を大幅に低下させる。生死を極限の定礎(カウンター)とする一般の生き物に、無駄な戦闘本能は必要ない。どれほど好戦的な生き物であろうと、最終的には自身の安全を優先する。それが「生きる」モノとしての最低限の掟だからだ。

だが、こいつらは違う。生死を問われることもなく、死んでいる己を死のままに生かし続けた結果、生き物として、生き物の枠組みを超越している。生きることよりも、相手を殺すことを優先した時、ソレは生き物でなくなる。これが、死者が生き物でないことの最大の証拠である。

だが、相手は別の意味で生き物を超越した生き物である。身体能力を全面的に廃棄した結果、自然界頂点とも言える超高度知能を持ったヒトの頭脳を持ちながら、獣さえも凌駕する、怪物の血を引く混血。それが、俺の姿だ。

さぁ、二体目だ。死者たちは、自身の仲間を倒されたからではなく、己等を打ち倒すことができるモノに遭遇したことによって、本能的にやむなく、ついに生存(たたかい)を開始する。

集団行動、意志疎通は不可能。己の生存をかけた競争でしかない。周りとのチームワークなど関係ない。ただ、目の前にあるモノを倒すためだけに動くアンデッドの愚かな衝動に反吐が出る。シチュエーションこそ異なるものの、獣とヒトを戦わせたらこんなものだろう。

─────まぁ、無論、この場合はヒトの方が、身体能力面でも上回っているが。

 

「─────うぉぉっ!!!」

 

二体目と三体目を同時に殺害する。二体目は肩口から頸を一文字に、三体目は胸部から一閃して上半身を斜めに落とす。

余りの四体目。流石に、後が無くなった。だが、諦めという言葉を知らない。もとい、そもそも無知であった。プログラム通りに動くのは変わらない。人数が減ったからって立ち回りを変えるなんて高度な狩猟能力と知能は彼等にはない。

二、三体目を切り捨てた俺の背後に回って、背後から俺を討ち取ろうと手を伸ばしてくる。だが、その手が届くことももうない。

伸ばした死者の手が宙に舞う。手首から勢い良く切断され、空飛ぶ肉塊となって路地裏の真ん中に落ちる。

 

「─────じゃあな」

 

行動を封じられたただの的に斬りかかり、頸部からナイフを通して討ち倒す。

俺を襲ってきた計四体の死者を倒し、路地裏は、再び空っぽの暗い道に戻る。

 

「流石、白邪くーん!やればできるじゃない!思わず感激しちゃったわ」

 

今さら拍手なんてしながら戦犯が歩み寄ってくる。畜生、この悪魔め。

 

「次はお前だ」

 

危うく死ぬところだった。俺じゃなかったら死んでたし、俺だったとしても刃物なかったら死んでた。

 

「え~やだ~、冗談きついわ~」

 

「そりゃこっちの台詞だボケ。どういうつもりだ、危うく死ぬところだったじゃねぇか」

 

「ちょっとした力試しよ。でも、白邪くんなら弱気出しても死者ぐらいなら楽勝なのね」

 

いきなり無言で死者どもの前に投げ出された俺の気持ちを解ろうとするつもりは毛頭ないようだ。

アスナの顔を見つめる。その顔は綺麗な女のものであるのは確かだ。でも、何かが、足りていない。いや、不足はない。何か、俺にもわからない、「人間としての造形美」が欠けている。この女は、俺のような、ヒトでない生き物なのか、それとも、それ以外の別の要因か。

いずれにしても、今の俺が知るべき一線はここではない。たとえ、その目が血のような色をしていようと、輝く月のような金髪であっても、合わない聖職者の見た目であろうと、このやんちゃなお姫様もどきのお遊びに付き合っている場合ではない。

 

「話は終わりか?なら俺帰るぞ、別に、今死者を全滅させろってハラでもねぇんだろ」

 

シスターに背を向けて歩き出す。

 

「うん、今日はこれで終わりでいいわ。けれど、帰り道も気をつけてね?ここのところ、いろいろ出てきているみたいだから」

 

いろいろってなんだよ。そんなことは百も承知だ。

死者……か。この街はどうしちまったんだ。この死者どもが出てきている要因はなんなんだ。すべての元凶。その姿のせめて尻尾までは眼に収めたいものだ。

雲もない満天の夜空に月が浮かんでいる。藤原道長が詠んだ欠けのない望月、兎の餅つきがはっきりと良く見える金の月。

 

「はぁ、厭な月だな、今日も」

 

こんな月はろくでもねぇことばっかり起きる。これじゃあ狼男が覚醒し放題だ。

 

「……………………」

 

(白邪)

 

「……………………」

 

(お前が私をより幸せにできると思った方法を執りなさい)

 

古い、旧くさい記憶が脳裏を横切る。もうどうでもいいこと。過去の悪い思い出の欠片。塵芥にも程遠い、砂埃のような小さくて、目に留めるまでもない心の隙間。

 

「今更、どうでもいいよ、親父」

 

満天の月と来て、親父の記憶なんか思い出している場合じゃない。もう、いいんだ。あのとき、どっちを選べば良かったかなんて、誰に聞いても、答えは帰ってこないんだから。過去は変わらない。明日になっても模範解答は手渡されない。

皆を護るために、反転、暴走した親父を殺したあの日。親父はあのまま生かしておけば幸せだったのか。それともあそこでさっさと殺して開放、尊厳死させるのが正しかったのか。教えてくれよ、白邪。俺はどっちを選択すれば良かったのかって。

 

「───どっちでもねぇよ。俺が皆を守ったのは変わんねぇだろ」

 

くだらない自問自答をいつまでも繰り返しながら、真っ暗にも月で明るくなっている黄金の暗闇を横ぎって、俺は家路についた。



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2日目 赤主新生
あらずの日・零刻


 

それでは参りましょう、3、2、1、

 

「おーーーきーーろーーー!!!!!」

 

「ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

今日は11月17日。朝、7時30分。俺はこの金髪馬鹿野郎に起こされた。耳元で大声を上げられました。音のボリューム、普通に野外コンサートに匹敵、もしくはそれ以上。耳元で大きな音を出すのって危ないんだよ。音が内耳にある有毛細胞を傷つけることになるからね。(有毛細胞とは音を受けとるはたらきを持つ大切な細胞のこと)鼓膜外傷とか音響障害になったら難聴とか内耳出血とか起こすから、普通に危ない。それがわからないのかこの馬鹿は。

 

「な、ぁぁぁぁ…………ううぐ………った………あたたた………」

 

だめだ、眩暈と頭痛と耳鳴りがする。今の叫び声がなかったらこんなことには………

 

「お前、荒手の暗殺しようとすんじゃねぇこのバカヤロー!!鼓膜破裂したらどうするんだ!!」

 

「はにゃ?」

 

キレるよ俺?その「はにゃ?」はなんなんですか。

 

「おはようございます、白邪さま」

 

「おはよう、じゃねぇよ、林檎はどうしたんだ、なんでお前が起こしにきた、そしてなんのつもりで耳元で叫びやがった」

 

「えぇと、林檎お姉ちゃんは、その、朝はいろいろ忙しくて、朝はほかの人が起こさないといけなかったんですけど、それで、私が引き受けたんです、お目覚めはいかがですか、白邪さま」

 

そんなことを、檸檬(ばか)は真顔言っている。正気か。

 

「最悪だよ、死にかけたじゃねぇか。お前は二度と俺を起こさないでくれ」

 

「えーひどいですー、折角起こしにきたのに……」

 

俺も感謝したい気持ちは山々なんだよ。実際こいつも忙しいだろうし。けど、どう考えてもこんなことされて真っ先に、起こしに来てくれてありがとう、は無理だろ。

 

「はぁ……あんまり叫ばないでくれよ。お前は叫ばなきゃ良いヤツなんだから」

 

「おおおおおおおお!?それってセクハラですか!?」

 

「お前一度ぶん殴ったほうがいいか?」

 

「勘弁してください」

 

ほら出た、また土下座。こいつにとって土下座とはどれほどの軽みなのだろう。多分こいつ、やろうと思えばいつでも靴舐めるぞ。

檸檬は逃げるように退室していった。よくこいつ姉さんに解雇されなかったな。すげぇよ、あの姉さんが許すって。

 

「さて、着替えて出ようかな」

 

あれ。学校の制服がない。あいつ、衣類担当じゃないのか?いや、その、お世話されて当たり前って訳じゃないんだけどさ、持ってきてこないのはなんでだ。俺、自分の制服どこにあるのか知らないんだよ。多分そういう部屋に掛けてあるのかも知れないけど。俺の部屋に置いてある服は私服だけなんだよな。どういうルールか、いつも林檎が持ってくるようになってるからさ。

 

「仕方ねぇな、部屋着で出て誰かに持ってきて貰うか」

 

自分の椅子に掛けておいた赤色の半纏を羽織って部屋を出る。この半纏、なんか半纏というより、炬燵に掛ける毛布の小さいバージョンみたいなやつなんだが、自分の髪と瞳と同じ色なので俺はえらく気に入っている。この辺は11月中旬でも寒い寒い。まぁ、この屋敷は暖房ガンガンにかかっているのであったかいんだが、それも吹き飛ばすくらいの寒波が続いている。

 

 

 

ちなみに、これは後で知ることになるんだが、今日の時点でも気温は5℃を観測しているらしい。

 

 

 

「おはよう」

 

部屋着で居間に出る。そこにはもう起きていた姉さんたちがいた。

 

「白邪、制服はどうしたのよ」

 

「何故だか無かったんだよ、それで、自分でとりにいこうと思ってな。何処にあるのさ、俺の制服」

 

「どいてくださーーーい!!!」

 

「んだぁぁぁ!?」

 

背後から何かに吹っ飛ばされた。無論、誰のことか言うまでもない。

 

「あら、気が利くわね、蜜柑。ちょうど白邪が制服探してたのよ」

 

「え」

 

うそ、蜜柑さんなの今の!?檸檬かと思ってた。

 

「白邪さーん、申し訳ございません、うちの檸檬ちゃん(いもうと)が制服をお渡しするのを忘れていました……どうぞ、こちらを………」

 

よよよ……と蜜柑さんは謎に悲しそうな仕草で大笑いしている。彼女はどういう感情をもっていて、俺はどう接したらいいのかわからん。

 

「あぁ、ありがとう、蜜柑さん、助かったよ」

 

「おお!?白邪さんの寝巻姿初めて見ました!?」

 

「そんなにレアかな……そうか、蜜柑さんは洗濯担当じゃないし、寝ている俺の姿も見ないからか」

 

俺の部屋着姿を知っているのはこの家で洗濯をする檸檬と朝起こしに来る林檎だけだ。なるほど、レアに見えるのも仕方ないだろう。

 

「すーんませんでした白邪さまぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

うん、さっきみたぞお前、叫ばないでくれって言ったよね、檸檬。

 

「白邪さまぁぁぁぁ♡部屋着でうろちょろしてたら危ないじゃないですかぁぁぁ♡」

 

「おぉ……うわぁっ!?」

 

背後から甜瓜さんに抱きつかれて頬っぺすりすりされる。やばい、黄緑色の髪の毛からのメロンの匂いが睡眠薬みたいに俺の意識を、蝕んでくる。

 

「白邪」

 

「わぁ!!」

 

気配を消していたのか、知らぬ間に目の前に葡萄がいた。こいつには常に鈴を着けて貰いたい。

 

「白邪、相当楽しそうな朝ね…………」

 

「いやぁ……ははは」

 

いえいえ、ホントに天国ですよ。メイド四人(林檎がなぜかおらぬ畜生)に一斉に抱きつかれるなんて、イイことだらけじゃないですか。

ニヤニヤしては止まらない。はっはっはーこれがいわゆる桃源郷ってヤツかおい。

 

「さて、後でお話があるわ。ここ数日で使用人たちに何をしたのか話して貰うわね」

 

「待って、俺何もしてないんだけど!?」

 

誰も洗脳なんてしてませんからね!?

 

 

 

 

《乙黒高校》

 

 

 

「あっはっはっは、あー、それでこんな遅刻ギリギリに来たって訳か。やー、苦労人ですなぁ、中村は」

 

人の不幸が彼の食べ物です。紀庵は人の不幸が大好き。俺の見た地獄をコイツは大笑いで吹き飛ばした。まぁ、それで良かったんだが俺的には。

 

「はいはい、今朝もお腹いっぱいになりましたかね、紀庵」

 

「相変わらず冷たいなぁ、お前は。まぁ、俺もこんなに笑ったのは久しぶりなものだがな。───さて、そんな落ち込んでいる中村くんにラッキーニュースだぞ」

 

「俺に朗報?」

 

思わず耳を疑った。だが、まるで期待はしなかった。この前も、「お前に朗報だ」と言ってきたから期待したら、使い古されて僅かに凹んだ俺の鉄ロッカーの扉が直ったってことだけ言って終わり。どうでも良かったんだがアレは。

 

「そのパターン要らねぇよ。また俺にとっちゃ気にしてないことだろ」

 

「いや、違う。今回のは本当に朗報だ。さっき、見知らぬ先輩がここを訪れてな。中村を探しに来たらしいんだが、お前が今やってきた5分程前だったか。どうやら、ご飯に誘ってくれるそうだ。ちょうどそのことで伝言を授かって、今この通り、お前に伝達させてもらった」

 

「マジかよ!?」

 

よくコイツはそんなことを知ってるな。

そんなことより、見知らぬ先輩って、まさか俺が昨日助けたクロエ先輩のことじゃないのか。あんな美女からご飯のお誘いだぞ、どんなハニートラップであろうと、俺は乗る。絶対先輩とメシ食う。

 

「お、おう、えらく乗り気だな」

 

「ったりめぇだ、その人、青毛だったろ?なら、俺は絶対メシ食いに行く」

 

「はっ、流石中村、今度は上級生から狙われてるのか。隅に置けない奴め。いつ我が友人の貞操が奪われるかわからないこの盟友の気持ち、お前には分かるか?」

 

「いや、俺に分かるかよ、んなもん。貞操とか、お前は何考えてるんだ、彼女はそういう人じゃ───」

 

「おっと?知り合いか?つまり、これは一方的な一目惚れではなく、お前との合意の上でのお付き合い………と。なるほどなるほど、全く、お前には敵わねぇなぁ、いつの間にか先駆けしおって。ついに男として覚醒したか中村。いいぞ、その先輩と共に歩むがいいさ、俺は兄弟が幸せな道を歩んでくれればそれでいい」

 

紀庵は当然のように肩組みなんてしてくる。紀庵の全体重が俺にのし掛かって前のめりになる。

もちろん、紀庵と俺は兄弟ではない。ここでいう兄弟というのは、盟友としての距離感の問題だ。中学の頃から俺たちはこんな会話だが、ずっと仲が良い。傍(はた)からみればギスギスした陰湿な関わりに見えるかもしれないが、俺たちにとっては明るいいつもの日常である。

 

「────はぁ……………」

 

紀庵に聞こえるように大袈裟な溜め息を付く。

「まったく、変わんねぇなお前は」

 

「はは、お前もな」

 

知らずに俺たちは互いの他愛もない話に呆れてニヤニヤしていた。



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カラフルランチタイム

 

4時限目が終了した。

さぁ、ここでお昼ごはんの時間である。お約束通り、先輩とお昼ごはんである。

 

「さて……先輩はどこにいるんだ………」

 

食堂をうろちょろして、ひとまず適当に空いている席をとっておこうと思っていたら、

 

「あ」

 

窓際の席に青毛の生徒が座っていた。間違いない、クロエ先輩だ。あっ!見て見て!机の上にハンバーグ二枚のってる!!大食いなんだね!

いや、バケモンじゃねぇかコイツー!!!

身を潜めて窓際の席に接近する。

うわ……ホントにハンバーグ二枚食べてる。しかもお行儀よく食べてるから余計にシュール。

 

「あ………どうも………」

 

もはや誰かわからないくらいに追い込まれていたため、恐る恐る声をかける。

 

「む」

 

口にハンバーグ頬張りながら俺に反応する先輩。いや、先輩だよね?(確認)

 

「あ……どうも」

 

「あぁ!!中村くんでしたか!すみません……待ちきれなくて先にご飯食べちゃってました……」

 

「ハンバーグ二枚食べるってことは相当待ちかねていたんですね………いや、楽しみにしていただけて光栄ですがね。さて、俺もご飯取りに行こうかな…………」

 

カウンターに体を向けてご飯を取りに行こうとしたところ、先輩に制服をぐいぐいされた。

 

「あ………何か?」

 

「待ってください、中村くんの為にご飯調度しておきましたので………」

 

「え?いや、そんな、悪いですよ、すいません、ご迷惑おかけして」

 

先輩が俺の机の上にハンバーグ三枚という地獄の地層を設置する。

 

「嘘でしょ、ハンバーグ三枚?」

 

「はい、育ち盛りの男の子はたくさんお肉食べてたくさん成長しないといけませんからね!さぁ、どうぞどうぞ、遠慮なく食べてください!昨日のこともありますから、今日は私の奢りです!」

 

すっげぇ!マジかよ!これ嫌がらせじゃないんだ!!こういうの、天然って言うらしいよ。

 

「は、はい、ではお言葉に甘えていただきます………」

 

俺肉あんまり食わないんだけどなぁ…………

まぁ、先輩のご好意だし、温かく受け取るとしよう。

 

「ふふ…………」

 

先輩がくすりと笑う。

 

「な………なに…………」

 

「いえ、その……学ランが絶望的に似合わないなぁって」

 

「が…………ほっといてください………赤毛は生まれつきなんですから」

 

多分先輩は俺の赤毛に緑の学ランが似合わないってことを指摘していたのだろう。そりゃそうだ。こんなの誰が見たって洒落てない。お洒落に見えるのは髪と同じぐらい赤色の上着着たときぐらいだ。先輩は青毛なのに、紺のセーラーがくっそ似合う。ずるくねぇかそれは。

 

「正直言うと?」

 

「風車みたいですね」

 

「その感想は初めて聞きました」

 

いや、確かに俺の髪型なんか風車っつーか、大型のファンみたいな形してるけど。

 

「あぁ!ちょっと、失礼なこと言っちゃいましたか………?」

 

「いえ、問題ないです」

 

いちおうちょっとヘコんだよ。

しかし、見るほどにこの人は美人だ。こうやって見つめ合うと少し恥ずかしくなってくる。

回りの生徒は俺たちをじーっと見ている。

ご飯に夢中で気が付かなかった。

 

「目立っていますね」

 

「はい」

 

確かに、蒼毛と朱毛が揃ってご飯食べてたら目立つだろう。

 

「それで、中村くん、借金取りをしているって、ほんとうですか?」

 

クロエ先輩は興味深々と訊いてくる。

 

「ま、まぁ、それに近いことは………」

 

「それって、時間帯って決まってます?」

 

「時間………?それは、その、取り立てに行く時間ってことですか?」

 

はい、とクロエ先輩はうなずく。

────時間?それがなんだって言うんだ。

 

「中村くんが取り立てに行く時間を言う必要はありませんが、夜に取り立てに行く場合は気をつけてください。知ってますでしょう?この乙黒町に、吸血鬼が出ているという事件」

 

「──────」

 

それは。確か、昨日……………

アスナの言葉を思い出す。

 

 

(吸血鬼事件………っていうやつです)

 

 

「─────まさか」

 

食堂の天井の隅についているテレビを見る。ニュースが大々的に報道されていた。

 

『昨日、乙黒町近郊で、30代男性のものと見られる遺体が発見されました。遺体は血液が著しく不足しており、警察は、近日多発している通り魔殺人事件の一件として、調査を進めています。乙黒町で起きている、遺体から血液を抜き取るという、異例の通り魔殺人事件は、これで六件目です』

 

「……………マジか」

 

これが、吸血鬼事件?

 

「先輩、吸血鬼事件って………これ?」

 

「あれ?中村くんは知らなかったんですか?だめじゃないですか、こういうニュースはちゃんと見ておかないと、危ないですよ」

 

クロエ先輩の台詞はもっともだ。

それにしても、こんな、こと、本当にあり得るのか?

 

「野郎……………!!」

 

許せない。既に六人も犠牲になっているんだ。六人もの罪のない人が、命を落としている。悪い事をしていない人が損をするのは頭に来る。報いにもならないし、それ相応の得もない。誰も得しない。そんな、

 

「────吸血鬼………この街は、いつからどうなっちまったんだ…………!?」

 

俺は誰に訊くでもなく、答えも返ってこないだろう、何もない、食堂を覆う只の虚空に問い掛けた。



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分水嶺

 

《乙黒高校正門》

 

午後4時50分。

 

 

学校が終わったその帰り道。飯のついでに、俺とクロエ先輩は一緒に帰る約束をしていた。

なんで、こうして今待ち合わせて帰っていた。

 

「けれど、中村くん、本当に知らなかったんですか、吸血鬼事件のこと」

 

「あぁ。俺も、先輩に聞くまで本当に知らなかった。だいたい、吸血鬼なんて架空の生きものだし、いたらとんでもないじゃないですか。まぁ、物騒なことに変わりはないし、俺もこれからは良くニュースを見る予定ですけどね」

 

「はい、吸血鬼は架空の生きものでしょうね。何が目的かはわかりませんが、多分犯人のついでの犯行なんでしょうけど………でも、気をつけてくださいね、中村くん。わたし、不安なんです。中村くんを見ていると、なにかと危ない目に遭ってしまうような気がするんです」

 

「────────」

 

危ない目、か。確かに、俺は良く危ない目に遭っているな。昨日も馬鹿(アスナ)のお陰とはいえ、死地に入ってきたところだし、借金取りも、そりゃあきつい仕事ではあるし。

 

「すいません、これからはなるべく、」

 

なるべく何だ?俺は馬鹿か。これからはなるべく何だ?俺は今にも吸血鬼事件について調べ出そうとしているじゃないか。

クロエ先輩には参った。先輩の言う通り、俺は今にも危ない目に遭いそうだ。

 

「吸血鬼はいてはならない怪物です。鬼人と同じです。いてはならないんです。だから、出遭(であ)ってはいけないんです。それだけ、絶対に気をつけてくださいね、中村くん。わたしとの約束です」

 

「あぁ、約束守ります。絶対に吸血鬼には遭いませんから」

 

馬鹿め。俺の馬鹿。約束、破っちまうな。こんなきれいな人との約束すら守れない、こんな馬鹿な野郎、いないだろうな。人に本気で嘘をついたのはこれが初めてだ。でも俺は、それだけ、この人に悲しんで欲しくなかった。今にも泣き出しそうな表情、崩れそうな心配の面構え。そんなものを見せられて、嘘でも応と言うしかない。否とは口が裂けても言えなかった。

 

「───────」

 

でも、先輩。

 

 

でも、先輩。後輩として、その発言は、明らかに、おかしいと思うんだ。

「吸血鬼がいてはならない」だなんて、その言い回しは、違うんじゃないか。

「鬼人と同じです」って、なんで、「鬼人」なんて化物の名前が上がるんだ。

「鬼人」。その単語は明らかに────俺の家の血統─────中叢を指しているんだ。先輩──────

 

「───────」

 

今日の夕焼けは、なんだか、とても、寂しそうで、淋しそうで………哀しそうな、燃えるような、静かな雀色刻だった。

 

 

 

 

 

《乙黒教会》

 

 

午後8時。俺は今日もここを訪れた。

重い、そして黒い、木製の扉を押し出す。もう何度も見た、目の前に広がる殺風景な礼拝堂。その奥に。

 

「あら、今日も来たの?今日は呼んでいないのに」

 

頭のネジぶっ壊れ鬼畜シスター、アスナがいた。

 

「俺だって、できれば来たくなかったんだよ。でも用ができたんだ」

 

「珍しいわね。何の用かしら?」

 

「最近街で起きてる吸血鬼事件の話だ、聞いたか、六人目が出たって」

 

「えぇ。そうね、昨日のやつで六人目ね」

 

そこ流すところじゃない。こっちどんだけ真剣なのかわかってんのか馬鹿。

 

「あのな、人が真剣に話してるときは聞けよ。その吸血鬼ってのは、どうやったらぶっ倒せるんだ?」

 

「そっちもそっちで、あまり早まらないほうがいいわよ。慌てすぎよ、六人目が出たからって。いい?いかに混血族の貴方でも、吸血鬼と戦うのは難しい。教会が始末しに来るのを待った方がいいわ」

 

いや、教会って代行者だろ。代行者ってコイツみたいなヤツのことじゃないのか。

 

「【アイツ】も違うことしてるみたいだし」

 

「あ、アイツ………?」

 

「えぇ。貴方とはまた別で私の手伝いをしている人。こっちは一般人の貴方とは違って、ただの代行者」

 

「その、その代行者は何をやってるんだ、吸血鬼を倒しに行くのが仕事なんじゃないのか」

 

アスナに詰めよって問い掛ける。

 

「なんか違うのを追っかけてるみたいなのよね~、追いかけているのは多分吸血鬼じゃない方の殺人犯の方かな」

 

「な────」

 

何だそれ。吸血鬼じゃない方の殺人犯?

 

「じゃない方って、なんだそれ、吸血鬼以外にも、人を殺している輩がいるって言うのか!?」

 

「殺している、というか、食べているに近いけど」

 

「食べ…………!?」

 

嘘だろ、吸血鬼(ドラキュラ)だけじゃなくて食人鬼(グール)までいるのか!?

ちょまて、情報がこんがらがった。

 

「なんだよそれ、一から説明しろ!!」

 

「いやいや、単純よ、吸血鬼とは関係ない混血が人を食べてて、その一方で吸血鬼が人の血を吸っているのよ。確かに、前者は報道されてないわ。だって食べているんだもの。痕跡すらないからね。街で報道されている事件は全て吸血鬼のものよ」

 

「───────」

 

その、要は、吸血鬼と混血が一体ずつ巣食っているワケか。

 

「混血………?何ていう混血の野郎なんだ」

 

「カーラ。カーラ・アウシェヴィッチ。確か、人間と【人狼】の混血だったかしら。カーラの件は痕跡すら残らないから、報道されてない。貴方が知らないのも無理もないわ」

 

「人狼……………?それは、狼男的なあれか?」

 

普段は普通の人間で、月の出る夜だけ、体じゅうを狼のような体毛が覆って、牙を持って直立する狼の姿に変わるっていう、

 

「そう、北欧の方から降りてきたやつで、ご飯を食べるためにこんな極東へやってきたみたい」

 

「………腹へったから?それが、人を食った理由か?人狼ってのは、人間を食うものなのか?」

 

人間の肉って美味しいのか?普通に牛とか豚とか兎とか捕まえて食った方が美味くないか?知らないけど。

 

「私人狼じゃないからわからないわよ。そりゃあ、豚とかの方が美味しいと思うけど、吸血鬼が人間の血を吸うように、人狼も人間の肉がちょうどいいんじゃないかな?栄養価とか、そっちの問題じゃないかしら。それも混血となってくると、狼が食べるようなものしか食べないとは思わないし」

 

いやいや、混血だからこそ人間の肉なんか食わないと思うんだが…………

 

「まぁ、味の問題なんかどうでもいいでしょ。人間は魔からすれば養分を多く持っている生きものだから」

 

「それは………………」

 

どう言うことだ、と訊こうとしたところ、礼拝堂の窓と扉が音を立てて独りでに開いた。誰もいなかった。強い風が吹いただけか。

 

「うわっ、寒っ…………!!!この冬はどうなってやがる、まだ11月だぞ………!!」

 

「これも、カーラの仕業ね」

 

「は…………?」

 

カーラがこの街にいるから、この街はいま寒いのか?………いや、確かに人狼って寒いところのイメージあるけど。

 

「カーラの厄介なところは特に三つ。一つ、カーラは【槍のように長い太刀を自由自在に振り回して、襲ってきた相手を返り討ちにしてくる】。とにかく元から混血の中でもとりわけ強い。二つ、カーラは【味方の狼たちと共に行動するから、群れになって襲ってくる】。群れで動くのは狼の習性ね。三つ、【カーラの周囲は自動的に寒波を発生させる】。これが特徴よ」

 

「ふーん、混血としても完成してんのか、カーラは」

 

確かに、食生活まで変わっていれば、そりゃあ、混血としてはゴール済みだ。俺は鬼人の血を引いているけど、実際、反転は一度も起こしていないし、生活の何かがおかしいわけでもない。

人として暮らそうと思えば、俺みたいなヤツほどそれっぽいものになる。一方で、戦えば、間違いなくカーラのように人間の部分を辞めているヤツの方が強い。

 

「ま、待て、それじゃあ、たった今とんでもない寒波が来たってことは、」

 

「えぇ。カーラは過去一番、活発に活動しているってことよ。貴方はここにいて。ちょっと近くを見てくるわ」

 

アスナは立ち上がって、礼拝堂の外へ出ていく。

 

「待て、俺も行く!カーラに遭ったらついでにぶっ殺す!!」

 

「いいわ。近くのホテルに行くだけよ。といっても、向こうは大変なことになってるから、白邪くんが来たら間違いなく死ぬわ。昨日の死者とはワケが違うのよ。そもそもの規格が違う。三輪車とジャンボジェットの差よ。昨日の死者を倒せた程度で自信があるみたいだけど、アレと比べていたら終わりよ」

 

畜生、この期に及んでクソ分かりにくい喩えしやがって。三輪車とジャンボジェットの差なんか具体的にわかるか、めちゃくちゃ違うのは分かるけど!!

 

「そんなの俺だって分かってる。人生一番キツい戦いになる覚悟でいる。死ぬかもしれねぇってのも百も承知だ。というか死ぬ覚悟でいるんだよ、俺は。俺だってこんなことしたくねぇし、ほんとはここで大人しくしときてぇよ。でも、」

 

「でも?」

 

「これ以上の犠牲はまっぴら御免だ。俺は罪のない人が罪被せられたり、痛い目に遭ったりするのが大嫌いなんだ。そんな野郎、許してたまるかよ。同じ混血として分かるんだ。カーラにとっても、食事は大切なことだし、仕方ねぇってわかってる。それは理解できるんだ。けど、だからって、見ず知らずの他人を食うって神経に納得が行かねぇ。嫌いなもん見過ごしているのが一番癪に障る。命を掛けてでも、一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇよ」

 

「ほんっと理解に苦しむわね。それは善意とは別よ?善意なんかで受け入れられるような仕事じゃないし、そんな正義感、理由に不十分よ?」

 

アスナは俺の正義感にお手上げのようだ。それもそうだろう。俺の倫理観なんて、誰も理解してくれないだろう。

 

「当たり前だろ。お前鬼人じゃないんだから。俺の言ってることは鬼人にしかわかんないだろ」

 

はぁ…………と、アスナは溜め息を付く。全く、溜め息を付きたいのはこちらのほうだ。まさかアスナに呆れられることになるとは夢想だにしていなかった。

 

「いい?絶対に私から離れたらだめだからね。離れた瞬間死よ」

 

「分かってるよ。何しようが俺の勝手だろ、お前が断っても、俺は勝手に行くからな」

 

俺は自分の頭のおかしさに半笑いになりながらナイフを上着のポケットから取り出して、アスナの前を横切って、礼拝堂を先に出る。

 

「何してんだ、行くんじゃねぇのか?」

 

「すごい元気ね。後で「助けてアスナー!」って叫んだりしないでよね?」

 

「当たり前だ。だが、」

 

もっと大事なことから先に解決しなければならない。

 

「もっと分厚い上着ないのか。くそ寒い」

 

「ないわよ」

 

そうだよな。ないよな。さぁ、冗談は置いておいて、殺し合いだ。行くぞ。

 

「その前に、一つ訊くわ。あなた、グロテスクは大丈夫?」

 

「グロいもんがあるのか……?」

 

あぁ。そうか。そうだよな。人間食うやつに遭うんだからな。人肉ゴロゴロ転がっているのは当たり前だろう。

 

「構わねぇ。そういうのは慣れてる」

 

「そう、なら、問題ないわね、行きましょ」

 

そう言って、アスナは俺の先を歩いていく。

 

「──────」

 

────そう。慣れているんだ。

みんなを守るために親父を殺したあの夜のこと、今でも夢に出てうなされる。

首を切って殺したんだっけ。あの真っ赤な切断面も良く覚えている。転がった親父の生首を、巻き散った血を、俺自身の怪我を、暴走した親父にやられた、何人かの人間たちの変死体を、あの生臭い匂いを。

空を見上げてみると、夕焼けと宵の間の、橙と紫のあやふやな空に金の月が浮かんでいる。

そのときも、こんな丸い、金色の月だった。あのときは、何もかも朱(あか)くて見たくなかったから、金の月を見て、気持ちの悪さを紛らわしたものだ。

 

「混血………」

 

覚醒した混血。人を食うことしかできなくなったカーラ。暴走して家族をも襲った親父。

 

「俺は────」

 

いつ、ああなってしまうのか。月なんか見ても面白くない。鮮やかだけど、麗らかだけど、その分どれだけ見ても静かだから、自然と先が見えて、未来が不安になるばかりだ。

青く、硝子のように澄んだ月は好きではない。あの日のことしか思い出せないから。見るなら、透明な太陽とか、真っ赤な月とか、真っ青な月とか、もっとカラフルな月が見たいものだ。

これから生きて帰れるかも知らず、俺は見たくもない月を見ながら、アスナに続いて走り出していた。



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鬼人覚醒

 

アスナと大急ぎでホテルに入って、ロビーについた。その瞬間に、あり得ないものを見てしまった。

 

「な……なんなんだコイツら!?」

 

狼………?それも4頭?なんで狼の群れがこんなところに?

 

「嘘だろ、そんな、」

 

「白邪くん、先に行って!敵は上にいるわ!」

 

アスナが恐れもせずに狼の前に立ちふさがって、俺を奥へ逃がしてくれるそうだ。

 

「ちょ、おい待て、それじゃあお前は」

 

「早く!」

 

アスナに急かされて、俺は仕方なくアスナに背を向けて、奥へ進む。

エレベーターを発見。ボタンを押す。七階からゆっくりとエレベーターが降りてくる。えらく上品なエレベーターだ。ランプを見ているだけでも心が落ち着く。だけど、そんな暇はない。アスナは後ろで狼を引き付けている。アスナのことだ。多分戦う術はあるんだろうが、あまり放ったらかしにしておけない。さっさと上に登って………

 

「来た」

 

ランプが一階、このフロアに点灯した。

扉が開く。すると────

 

「■■■■■■ーーーー!!!!」

 

「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

エレベーターの中から狼が一頭飛び出てきた。突然の出来事だった。気がついたら目の前に牙と大きく開かれた口が見えて………

 

「ぐは……っ!!!」

 

肩口を引き裂かれて、床に転げる。なんだなんだとエレベーターの中を見る。そこには、

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

エレベーターの惨状には今の狼よりも驚いた。中で人が死んでいる。それも四人ぐらい。しかも、誰一人として原型を留めていなかった。上半身がなくなった死体が一つ。上半身の肉が完全に食いちぎられて骨だけになった死体が一つ。下半身がない死体が一つ。右足と頭部を喪失し、潰れた内臓がこぼれだしている死体が一つ。

 

「う………が……はっ…………」

 

吐いた。じゃないとおかしい。グロいものには慣れているはずだ。親父の首にナイフを刺し込んで殺したじゃないか。

あぁ。そうだ、この惨状はあんなのとは比べ物にならないほどに残酷だ。エレベーターはもともと普通のホテルのように、白く輝いていたのだろう。だが、今は濁った紅の小部屋。拷問部屋でもあり、食べ物を入れるケースでもある。干したばかりの肉が四つ。これは、人間の手で出来る惨状じゃない。人間の手でこんなことが出来るわけない。人間は綺麗好きなんだから、もっともっと丁寧に、そして上手に解体しているはずだ。食い散らかすか、体内にクラスター爆弾でも仕込まない限り、こんな死体ができやしない。

 

「くっ…………野郎………」

 

これは間違いなく、この狼が食い散らかしたやつだ。死人たちの慰めになるのなら、俺はこの狼を殺す。死者には敬意を、死人はに慰めを、古人には感謝を。

 

「人の命を奪った責任、とってもらうぞ、獣」

 

「■■■■■……………」

 

狼に人の言語は通じない。ただ、俺には解る、コイツが、今俺を食おうとしていることぐらいは。

 

「ちっ…………」

 

ナイフを取り出す。だめだ、こんなヤツを相手にしたことがない。どんなヤクザだろうが、どんなにガタイの良い不良も、俺の前には手も足も出ないが、獣は違うだろ。勝てるわけない。俺が人間としての側面を持つゆえに、生命体としての能力のレベルが明らかに届く自信がない。これが自分の相手だと思うと、後退せざるを得ない。

だが─────

 

「■■■■■!!!」

 

「ぐあっ……!!」

 

獣はそんな理性などない。見るもの全てが獲物。見たもの全ては自分の食糧(えもの)、それを奪う者は獣(けだもの)。そしてその眼に映る生き物全ては自分の獲物(たべもの)。

狼の空気をも凪ぐ突撃を受けて、床に押し倒される。だん、と強い衝撃を背中に感じる。

 

「うぐぅッ!!」

 

獣の爪が腕に食い込む。それらは小さな顎(あぎと)となってたちまちその爪(きば)で注射針のように、俺の腕を刺し穿つ。

 

「うぐっ………ぐぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

激痛に踠く。だが、敵は俺達(ニンゲン)の領域を遥かに超越した獣。脳なき者、力持つ者。その眼に映り、飛び掛かられてはそう簡単には逃れられない。ましてこの状況に追い込まれては、誰一人として抜け出せない。

 

「くっ………!この……!離せ……!!」

 

力を籠めて踠く。だが、獣の前脚はびくともしない。

狼が顔を近づけてくる。

 

「あ………あ…………」

 

終わった。死ぬ。死ぬ。死ぬ。ここで、さっきのエレベーターにいた人間のように、俺はここで原型も留めないカタチにされる。運が悪ければ行方不明だ。だって、行方は腹の中なのだから。体全部を食らい付くされたらそりゃ行方不明だ。

──────だが。オマエは生き残ることを拒絶するのか?まだ、生きているべきなのに。殺せ。生きるためなら殺せ。相手は獣。殺す為に今の俺を襲う。ならば、こちらが殺すには十分な条件だ。殺しにきたから殺し返す。これ以上の条件、他にない。

生きるためなら、どんな犠牲を払ってでも殺せ。奴らも、自身を生かす糧として食糧(えもの)を食らう。俺も、明日を生きるために食料(えもの)を食らう。生き物としてのシステムは違っているが今のこれと全く同じだ。立場が違うだけだ。一方的に食らってくるのなら、こちらが食って掛かれば良いだけじゃないか────

 

「離せ……獣……ッ!!」

 

脚に力を籠める。力を籠めろ。ただ筋肉を緊張させるだけではない。血を流す。流れる血の量を調節し、脚に多くの血液を循環させる。鬼人として得た体を最大限使いこなせ。腕に流す血の量を減らして、出血量を低下させる。これで、あるのは痛みだけで、血が減ることによるダメージはなくなる。脚に流した大量の血で脚の筋肉を強化し、補強する。筋肉を膨張させて、熱を上げる。

 

「■■■■…………」

 

狼が頭を下げてくる。巨大な口に、人間の小顔が入り込む。ヘルメットよりも圧倒的に大きい生命のドーム。口(ふた)を閉じるだけで、目の前の肉は一気に干し肉に成り変わる。その前に。

 

「どけつってんだろ……………!!!クソボケが!!」

 

極限まで強化した脚で勢いよく、狼の腹部を蹴り飛ばす。人間のキックとは比べ物にならない一撃。鈍器で殴打されたような衝撃、それを血で強化したことによる倍異常の一撃必殺。頭が離れていく。それに伴って、狼の体も、遠くへ吹き飛ばされる。

 

「■■■■■!!!!!!!!」

 

雄叫びがロビーに響く。俺の苦悶とは比にならない大きさの野獣の咆哮。

狼の口の中からいろいろな物が出てくる。逆流した自身の血。喰らった獲物の肉。

まぁ、どのみち出てくるのは血肉ばかりだ。汚いのは同じだ。

 

「■■■…………」

 

狼は相当弱っている。今の一撃で肉を深く抉り取られ、さらに大々的に骨折したのだろう。折れた骨が内臓に刺さったら、それは痛いだろう。抵抗する余力も失せているようだが、

 

「どかねぇからそんなことになるんだよ、間抜け」

 

ナイフを持って、狼の頸を切り落とす。これで、間違いなく狼は絶命した。最期の抵抗とばかりに動いていた前脚と後脚がだらんと地面に落ちる。

 

「はぁ……って……あれ?」

 

もう傷が塞がっている?肩口の傷はもう塞がっているし、腕も血が止まっている。鬼人って傷を負った箇所の再生が早いんだな。痛みもほとんどない。傷口に障ることさえしなければ完全回復と見ていいだろう。

 

「ふぅ、階段、階段」

 

こんなエレベーターに乗れるかボケ。階段から昇るしかない。

扉を開く。さっきのエレベーターでトラウマになってたか、ゆっくり開けて、誰もいないことを確認してから昇る。と。

 

「………なんだ?」

 

上からだんだんだんだん、と音がする。何かが階段を駆け降りる音だ。

 

「まさか────」

 

そのまさかだ。階段の上から三頭の狼が降りてきた。

 

「何匹いるんだよお前ら………!!!」

 

階段を駆け上がる。

一体目。正面から頭をナイフで串刺しにして瞬殺、二体目は壁に張り付いて攻撃を回避し、そのまま三角飛びで背中から刈り取る。

 

「なんだ、この動き………」

 

自身でも驚く、卓逸した殺害技術。これは一体?

三体目。残った一匹が戸惑う俺に襲いかかってくる。

 

「こっち来るんじゃねぇっ!!」

 

ナイフを持っていない左手で獣の頭を正面から殴り付ける。腕に血を籠めた俺の一発のストレートは、獣の鼻を砕いて頭蓋を打ち砕き、牙を片っ端から折り曲げて脳漿を勢いよく圧潰した。体じゅうに獣の血が降りかかる。驚いた。まさかパンチ一発で狼の頭部を潰すなんて。見ろこれ。本当に潰れてる。ヒビの入った骨から脳が溢れだし、亀裂の入った頭部から眼球が飛び出てるし、何より顎が外れている。何の比喩でも慣用句でもない。ほんとうに顎が真っ二つになっている。こう、ばきって、折れ曲がってる。牙もほとんど折れたり砕けたりしているし。

 

「おえ………汚ねぇ………早く帰ってシャワー浴びてぇ………」

 

そうしたいが、今はできない。しかも、そうする必要もないみたいだ。返り血が蒸発するように消えていく。煙をあげながら。

 

「え………?なんで?蒸発するってどういうことだ……?」

 

気がつけば、体も服もすっかり返り血がとれている。しかも、なんか気持ちがいい。そりゃ、汚れが取れたら気持ちいいけど、なんだか体がすべすべするというか、血流がよくなったというか、

 

「まさか、狼の血を取り込んだのか?いや、寄せ付けていない……?勝手に落としてくれているのか?そっか、純粋な混血だから、他の血を寄せ付けようとしないのか。っていうか、階段明るくね?」

 

なんか、狼を片付けたら、さっきまで明かり一つない暗かった階段が明るくなっていた。光はどこから…………上を見上げる。

「え?」

 

 

え、俺の髪の毛でした。ほのかに光っている。赤色に。血がたくさんあるから、生き物として性能が上がっているのか?

確かに、自分でもなんだか、血に余裕がある気がする。なぜだから知らないけど、どこで血を使えばいいかも解っている。

 

「これが………混血の力…………!!」

 

うおーーー!!なんか厨二くせぇけどカッコいーーー!!!

けど、この光る髪の毛だけなんとかなりませんかねぇ───



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人狼

 

「はぁ………はぁ………はぁ………」

 

疲れた…………さっきからずっと階段登りながら狼殺しまくってたからな。だが、不思議だ。何回攻撃を受けても、すぐに血は止まるし、傷口は塞がるし、気がつけば一番最初の傷は完治して、俺のいつもの白肌に戻っている。

 

「なにこれ、怖っ」

 

中叢家(おれ)が人間と鬼人の混血族なのは知っている。だが、鬼人っていうのはこんなにえげつない生命力を誇る生き物なのか?そして、混血にしても回復早すぎないか俺!?

 

「マジの鬼人がどれくらいの回復力あるのか知らねぇけど、俺、混血とは思えないくらいに回復早いな」

 

混血なら、人間の血も含んでいる。特に俺は反転も起こしたことがない。ならば俺は人間の血の方が多い筈だ。だからこそ、この回復速度に納得がいかないのだ。

 

「俺の髪が生まれつき朱いのって…………」

 

まぁ、どうでもいいや。俺がどれほど鬼人に近いかなんてどうでもいい。人間の理性があるのなら、どっちでもいいや。

八階のフロアに上がってみる。八階はこのホテルの部屋があるフロアでは最上階。この上は屋上。何か居るなら、ここだと俺の第六感が言っている。そして、そこには狼とは違うモノの気配がする。

 

「────なんだ、アイツ」

 

奥に、誰か居る。人間だ。狼に囲まれている。だが、襲われていない。そればかりか懐かれている。

獅子毛の男だ。獅子毛と言っても、歌舞伎とかにでてくる連獅子ほどの長さはないし、そんなに整っていない。なんならぼさぼさだ。色はクロエ先輩にもよく似た蒼色。だが、光っている。今の俺みたいにほのかに光を籠めている。クロエ先輩とは別の人物だ。服装は何かと厚着。まだ11月だと言うのに毛皮のコートなんざ羽織って。確かに、この冬は寒いけど。カーラとかいう人狼のせいでな。その微妙にみすぼらしい着こなしは北極の狩人によく似ている。

男は虚ろな目でこちらを見据えてくる。

男と目が合う。

 

「貴様、ここまで何をしに来た。どうやってここまで来た」

 

男はかなり低い声だ。だが、声は若いし、聞き取りやすい。見かけによらず、意外と俺と歳の近い若者なのか。

 

「……………?お前の方こそ、こんなところで何をしているんだ。あの狼たちはなんなんだ」

 

「【あの】狼………そうか、生き延びたのか、貴様」

 

「……………は?」

 

男の質問の意図がよくわからない。今さら気づいた、なんだコイツ?さっきから意味がわからない。気配もおかしいし、狼なんかとつるんでいるのもおかしい。そして、なんだ、あの男についている、狼のような耳と尻尾、そして牙は?

 

「成程、貴様、混血だな?」

 

「なんでそれが」

 

「混血は混血の気配に反応しやすい。混血は自分の血の中に異物があることを理解しているからこそ、他の血統に含まれる異物を感じ取れる。オレは人狼と人間の混血。そしてお前は、なんだ、人間と何だ。今までのオレの経験では読み取れない、不思議な血統だ。まるで、暗い洞窟の中で鍾乳洞を見ているようだ。そこだけが明るく、回りと大きく色が異なる」

 

「ぶつぶつ言ってんじゃねぇ………人狼ってなんだよ、まさか、お前が………カーラ・アウシェヴィッチか……!?」

 

「オレが…………か。───あぁ、貴様の言う通り、オレがカーラ・アウシェヴィッチだ。では、オレの家族(なかま)を虐殺したのは貴様で良いのだな───!」

 

そう言って。カーラは手を伸ばしてきた。手先から吹雪が溢れ出す。

 

「う───おおぉぉぉぉぉぉ!?」

 

廊下が氷漬けになる。摂氏が一気に低下する。辺りは一瞬にして、吹雪の中、辺り一面の氷海と化す。

気温の低下は大した問題ではない。俺はさっき自分の身体の構造を理解したことにより、血の使い方も理解した。血の流れを速めることで体温を上昇させる。最悪、日本(このくに)の環境までの気温であれば全裸でも問題ない。確かにその寒さは異常だ。北極にでも出ないと、このような寒さには出遭えないだろう。昔、槇久の旦那に連れられてロシアに行ったときと同じくらい寒い。しかも、これは体を暖めてなおこの寒さ。北極(あっち)の世界には行ったことがない俺はこの寒さには上手く対応できない。体感温度は摂氏マイナス30℃。生命や身体の機能に直接的な影響は与えないが、長居したいものでもない。数時間いない限り凍死することはないが、もし血が冷えたら一気に能力が低下する。スピード勝負というヤツか。

 

「上等、やってやるよ!!!」

 

雪原と化した廊下を疾走する。狙いは向こうに居る男、カーラ。アイツは混血。人間ではない。そして、やっていることも人間ではない。ヤツがどんな経緯で狼を持ち込んだのかは知らない。けれど、そのお陰で、このホテルにいた罪もない、ただそこにいただけの人々が犠牲になったのは確かだ。それは決して赦されない行為だ。混血であれば、尚更人間世界に干渉してはならない。人間が人間を殺すのは最低最悪の犯罪だ。だが、殺した方が混血なら言語道断。混血は混血らしく、人間社会に極力接しないようにするのが作法だ。人間社会を危険に晒すどころか、犠牲者を発生させた輩に救いの余地はない。気がつけば俺はナイフを構えて一直線にヤツに切りかかっていた。この先にどんな罠があるかも知らない。けれど、とにかく俺は直進、最短ルートで相手の首を取りたかった。

敵が手を突き出す。すると、雪の中から氷柱のような氷塊が現れる。氷柱(ツララ)と言うより、氷槍(ツララ)だ。

無数の氷塊が弾丸となって俺の向こうから俺に襲いかかってくる。

眼球に血を回す。動体視力、静止視力の向上。飛来する氷柱の姿を片っ端から捉えて、確実にナイフで叩き落とす──!!

 

「────はッ!!」

 

ナイフが空中を一閃する。刃の軌道を遮る氷の槍はたちまち真っ二つにへし折られる。

 

「───────」

 

その様子を見た敵は僅かに停止する。「この男は、自分に対抗する術がある」と確信する。

 

「行け」

 

男の後ろから、四匹の狼が現れ、俺に向けて一直線に走り出す。

真正面から飛ぶ、氷の雨と狼の群。殺傷能力は狼の方が上だが、数は氷塊が上回る。

優先順位を決める。到達速度と連射速度と狼の走力を観測。すべての条件を考慮した上で、最も生存率が高く、かつ、その中で最短のルートを決定する。飛来する氷塊に注意は払っていられない。眼球に流していた血を脚につぎ込む。敏捷性の強化、跳躍距離の倍加、氷塊を回避しながら狼を一匹ずつ狩る!

 

「ひとつ────」

 

真横をすり抜ける氷塊。氷塊の真横をすり抜ける赤い陰。赤い陰の前からやってくる4本脚の狼。合間を縫うように飛来する氷の雨を潜り抜け、狼の下に潜り込み、狼の胸にナイフを突き立てる。

 

「■■■■■■■!!!!」

 

止まらない。そのままナイフを刺したまま股下まで引き下ろし、狼を真っ二つに切り落とす。

 

「ふたつ────」

 

氷の雨に立ち向かう俺は何だ。機関銃に真正面から向かっているようなものだ。近づくほどにその攻撃は苛烈さを増していき、致死率も向上する。その危険のただ中を駆けていく一人の人影。

二匹目は跳ねながら俺に襲いかかる。生き物らしい、実に狼らしい獲物への肉薄。

前足で獲物を捕え、その顎で噛みつく。狼といった犬系統の獣の狩猟における基本スタイル。王道にして頂点、前足で抑えられれば、逃げる術はない。万能にして一撃必殺。それを、

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

正面から脳天を突き穿つ。生き物は心臓を打つより、脳を潰す方が早い。致死率も即死性も、こちらのほうが上手。堅牢な頭蓋があるために、効率が悪いが、その頭蓋をも貫く筋力を得た鬼人なら、話は別。

毛を切り落とし、皮膚を切り裂き、肉を抉り裂き、頭蓋を打ち砕き、脳を串刺しにする。

二匹目も絶命。

それでも止まらない。連続の攻撃に耐えながら、狼を仕留め、ラスト一体を仕留めたらその流れでカーラの首を絶つ!!

 

「みっつ────!!!」

 

順手に持っていたナイフをくるん、と回し、瞬間的に逆手に持ち変えてカーラめがけて疾走していく。

すれ違いざまに三匹目の狼を斬り倒し、そのままカーラに向かって走り抜く。

背後から四匹目の狼がやってきたが、関係ない。俺はただカーラだけを見つめる。俺を警戒しているカーラに呼吸を合わせる。ズレは許されない。血を回して、酸素を蓄える時間を伸ばす。

 

「ふぅ──────」

 

呼吸をする。一瞬で大気中の酸素を大量に取り込む。その状態で呼吸を止め、カーラの呼吸に合わせる。ここに誤差が発生した時点で死ぬことが予想される。

アスナは、カーラの脅威は三つあると言った。

一つ目。寒波は血を回して体温を上げるだけでなんとか生命維持を確保。二つ目。狼の群れはほぼ全て撃破。俺の真後ろに一頭存在しており、俺に噛みついて来ているが、関係ない。この個体は意識外。この個体に意識を固めず、カーラ一体に全てを費やす。そのためにこの一体に対する対応を放棄した。短い骨董品の銀ナイフ1本で敵を二体も相手にできない。

そして三つ目。これはアスナが真っ先に言った、カーラの戦闘能力の基準点ともなる特徴、【長い太刀を振り回す】。

集めた酸素で呼吸停止期間を増加させる。カーラの体を直視する。一瞬の身体の芯の緩み、全身の筋肉の弛緩、ここに呼吸行動の動きが集束されている。

今だ。呼吸を合わせる。筋肉弛緩のタイミングの合致。

カーラが手を引くと同時に俺も身体を捻る。呼吸の一瞬の筋肉弛緩を利用して僅かな一瞬だけ、身体の操作の自由度を底上げさせる。

体感の急制動。筋肉補強を解除して、回避行動に全てを費やす。ナイフと太刀。得物のリーチの差は全く異なる。この一発を掻い潜って初めて、俺は一撃を与えることができる。戦闘を【開始】するには、この一撃を回避する必要がある。

 

「っ──────!!!」

 

「は───────」

 

予想通りに突き出された太刀の存在を確認。無論、確認してからの回避行動は選択外。すでに俺は回避行動を取っており、カーラは俺が回避を始める前にいた箇所に向けて、2メートル近くあるその凶器を突き出した。

 

「おぉぉ─────!!!」

 

俺の真横を輝く鉄塊がすり抜けていく。俺の勝ちだ。背後から俺を襲った狼は、カーラの突き出した刀に串刺しにされているだろう。だから、俺はアレに注意を払う必要がなかったのだ。こうなる結果を、第六感として予測して、初めてこの行動を取れた。そうでなければ、俺は狼の方を相手にして、あの鉄にこの心臓を貫かれていただろう。

ヤツには対抗する手段がない。一撃で俺を殺すことを確信していた代償だ。まさか俺が回避をできるとは思わなかっただろう。油断した結果が、その緩み。その穴が、絶対の死因。

何事も、気の緩みが失敗に起因する。一瞬何かを見誤ると、事は終わってしまうものだ。

油断したその先が、死地。それに習い、俺も最後まで気を抜かなかった、それがこの結果。気を抜かなかいことが、【生存するための防衛的最優先事項】である。だから、俺は生き残れた。

意識を固めれば、落ち着いて物事に集中すれば、あるいは死地を脱出し得るということだ。

 

─────だが、ソレは、ヤツも同じだった。

ヤツも気を抜かなければ、死地を脱出し得るのだ。

 

「─────!?」

 

雪の積もった真っ白な床から氷の棘が突き出てくる。

 

「なん………えぇぇぇ────!?」

 

氷で出来た4本の円錐槍(ランス)は、カーラが刀で突いた箇所のその左右隣をめがけて突き出されていた。

まったく、思い上がっていたのはどっちだったか。詰めを見誤っていたのはどっちだったか。

そういえば、カーラは一歩も動いていなかったじゃないか。あの時点で、俺はヤツに甘く見られていたんだ。確かに、実力差が圧倒的じゃないか。俺は斬りかかるので精一杯だったのに、ヤツは待っているだけで良かった。相手に詰め寄ることでしか闘えない俺に対して、ヤツは、遠くから相手を寄せ付けないのが、強みだった。

とはいえ、少なくとも死ななかったのは助かった。ヤツの読みが正しければ、俺は刀を躱した時点で油断していただろう。それでも最後まで気を抜かなかったお陰で、この棘を防ぐことが出来た。脚と腕を擦ったが、それでも、致命的なダメージは受けていない。

 

 

だが、肉体のダメージとはまた別で、俺は致命的な状況に陥った。確かに、俺は迫る氷の槍を防ぎきり、狼を片っ端から倒し、カーラの刀を避け、その後を狙った追撃もナイフで防いだ。しかし、

 

 

 

────今ので、俺の武器であるナイフが折れた。



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血刀

 

「折れ──────!!!!」

 

ナイフが…………折れた………!?

 

「ふっ────」

 

「ぐっ──────!!」

 

間一髪。身体の前を鉄の刃の先端が通っていった。危ない、今の回避は奇跡だ。日頃の行いが悪かったら腹を抉り取られていたかもしれない。

 

「未熟め。この期に及んで武器を折るとはな────」

 

カーラは俺を哀れに思って刀を降ろす。

 

「くっ………」

 

「全く、酷い者もあったものだ。足掻きでオレの家族(なかま)を虐殺していくとはな、久々の実力者故に、代行者か、埋葬者か、魔術師か、退魔族かと思ったが、貴様はいずれでもない一般人なのか。貴様、何の混血だ」

 

「俺か………?俺は、鬼人だ───」

 

「鬼人………か、成程、合点が行ったな、恐れ入ったぞ、これ程にまで純度の高い混血族など、オレは見たことがない」

 

そんなことを、ヤツは言っている。

 

「何が言いてぇ」

 

純度………?何だそれは。そんなものが、何だって言うんだ。

 

「貴様のその髪、その瞳、その血の位、希少性。何もかもが、混血の中でも群を抜いている。鬼人種は現在では数の少ない血統だ。鬼種は良く聞くが、鬼人は初めてだ。人間の範疇を超越した、魔族と言うより、超越種。魔族と幻想種の間に位置する種族、まさに神秘の獣だ。希少性においては、貴様を超える種族は存在しないだろう、鬼人は人の世に降りてきた鬼神とも言える。神にも等しいほどに、生命としてあらゆる存在を凌駕した超越幻想種など、オレの人生で見納めただけでも幸運だ」

 

「そんなに、俺らは珍しい類いなのか」

 

「無論。だが、待てよ、真(まこと)に驚くのはここからだ。つまり貴様はそのような濃度の高い血を持っているということだ。混血の血も、当然、その血統の内容によって大きく変わる。とりわけ鬼人はオレが言った通り、生き物として格が違う。そのような濃度の高い血を、貴様は何事もなく保有しているというのだ。生まれながらと見受けられるその朱い髪と瞳。間違いなく生粋の鬼人に限りなく近い。一族が如何なる近親での交配を行おうと、貴様のような存在は二度と現れまい。一門の寿命を懸けても生み出せない、正真正銘の、奇跡を奏した最高傑作と言って良い」

 

カーラはもはや喜んでいる。人生で初めて見る、純度の高い混血に興奮しているようだ。

 

「なんだそれ、そんな本物のUFO見たみてぇなリアクションされても困る。俺はどうでもいいんだ、こんな体。俺は普通に生きていたいだけなんだ。別に、特別である必要なんてどこにもねぇ。俺たちは、普通の人間と同じように過ごすことが、一番の夢なんだからな」

 

俺はきっぱりと言い捨てた。俺は、親父に教えられたことがある。「混血は、普通の人間と同じようには生きられない」と。それはそうだろう。混血は普通の人間と違って、俺やカーラみたいに、人間には出来ないようなことができたり、反転を起こしたり、けれど、本質的に解り合えない、なんてことはない筈だ。もっと、お互いがお互いのことを知れたら、きっと、どんな混血でも、人間の一緒に過ごせると思うんだ。俺は、それだけを夢見ていた。俺と紀庵が話しているように。俺とクロエ先輩が、仲良くつるんでいるように。

確かに、距離は近くても、俺は混血なんだから、いつかは離れないといけないってわかっている。俺はいつまでも彼女の隣に居られるわけではない。いつ壊れてしまうかわからないし、いつ壊してしまうかもわからないから。でも、きっと、不可能なんてことはないんだ。一時の夢でも、俺は確かに、夢は見たんだから。俺のように、人間社会に溶け込める混血はたくさんいるし、そうでない混血族も、きっとそうなるチャンスはあると思う。だから、

 

「そうか、哀れだな。それほどの才能を持っておきながら、その才能を棄てるとは」

 

「何とでも言え。俺には、こっちの方が幸せなんだ」

 

だから、

 

「ならば、その才能は勿体無い。オレが貰い受ける」

 

だから、

 

「知らねぇよ、お前には渡さねぇ。これ以上、お前に好き勝手できるようになってもらったんじゃ、面目ねぇだろ」

 

だから、コイツとは、本質的に解り合えない。同じ混血という生き物として解り合えても、その考え方が違うなら、対立は避けられない。

 

「オレがまだ【オレ】であるうちに、貴様の心臓を手に入れる、」

 

カーラの周囲に無数の氷の槍が現れる。俺を串刺しにする気か。

カーラの性格がよく現れている。ヤツは、自身と異なるモノを見たとき、初めてそれを敵、己の障害と認識する。

俺とカーラ。両者の考え方が食い違った今、生き残る為ではなく、己の信念を貫き通すために闘わなければならない。

 

俺は理解している。ヤツの考え方は正しい。人と並みに関わるのを辞めて、己の強さに磨きをかけて、超越種として生き永らえるのも、正解だ。それがヤツが俺だったら取った選択なんだから。

対して、ヤツも、俺が正しいことを理解している。自分の力を捨てたとしても、人並みの生活をすることが幸せならば、それは正しいと言える。

だからこそ、俺たちは闘う。互いが正しいのなら、どちらが真の正義かどうかは、自身の強さで証明しなければならない。強い方が正しいんじゃない。どちらも正しいから、どちらが正しいかは証明ができない。ただ、どちらが真の正義かどうかを決めたいのなら、自身の心の強さでそれを示さなければならないということだ。

 

ならば、そこに容赦はいらない。闘いに懸けるものが、命だけではなく、尊厳をも賭けるというのなら、己の全てを掛けて、相手を負かさなければならない。

結局、命よりも大切なものは、自分であること。自分の生きてきた誇りこそ、命を掛けてでも守らなければならないもの。それを守るためならば、その誇りすらも賭けるなら、どんな代償(ぎせい)を払ってでも、護らなければならない。

ヤツの視界の中には俺しかいない。同時に俺の中にもヤツしかいない。

これから俺たちは殺し合わなければならない。

 

だが、すでに闘いは手詰まり。俺にはそもそも武器がなかった。ナイフを折られ、俺には今何もない。素手でヤツを倒せる筈がない。それができるなら、ここまでこんなに苦労するものか。今だってかつてないほどに疲労している。気を抜いたら死んでしまいそうなほどに、消耗している。いつでも倒れてしまうほどに摩耗している。

 

「オレがカーラ・アウシェヴィッチで在ることに掛けて、貴様の心臓を打ち砕く!!」

 

カーラが求めているのは俺の心臓だった筈。だが、今、そんなものは後回しだ。俺の心臓を手に入れることよりも、ヤツは自分を護ることを優先した。自分を護るのは生きるためではない。自身の誇りを護るため。まさに騎士の鑑だ。ヤツは狼だなんて単純な獣ではない。立派な、一人の、「人間」だ。その心意気と覚悟には敬意を示す。

 

「行け─────」

 

一斉に放射される氷の槍。ここで対応を放棄した時点で俺は死ぬ。

だがどうする、武器がない。防ぐ術がない。回避なんて甘ったるいことを考えてられるか。今さらこれが避けられるわけがない。

ならばどうする。逃げられない、防げないというのに、どうやってこの攻撃から生き延びる?せめて、これを防げるほどの武器があれば、アイツの持っているような、長い武器が…………!!

 

「あ─────」

 

単純な事だ。そうだ、武器がないなら、作ればいい。けど、どうやって?俺は刀鍛冶ではない。ウィザードでもないんだから、魔術を使ったビームとか出せやしない。俺にできるのは近接攻撃のみ。

けれど、まさか手足で殴るというハラでもあるまい。まさかそんなことができるものか。武器がないとダメに決まっている。

だから作れ。素材なんてなんでもいい。金属がないなら木材でもかまわない。プラスチックでも我慢する。とにかく、何かを使って、武器を作れ。それさえできれば……!!!

 

「ふぅ─────」

 

思い出せ。俺はカーラの言った通り、超越した鬼人。血を使いこなせ。鬼人に生まれた力、それを最大限活かせ。武器を作るための材料なら、山ほどあるじゃないか。

 

「う────────おぉぉぉ……………」

 

頼む、頼むから焼き切れないでくれ。持ってくれ、俺の身体!せめて、この武器を作って、この絶体絶命のピンチを潜り抜けるまでは、保ってくれ!

 

「おおぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

左腕に流れる負の電荷。馬鹿言え。自分の電気で自滅するナマズが居るものか。耐えろ、電荷が掛かるということは、動きが生まれている。エネルギーが発生しているんだ。武器を作るための、何かしらの工程が、今まさに進行しているところなんだ。ここを乗り越えれば、俺は、

 

「うおおぉぉぉォォォォォォォォ!!!」

 

左手の手の平に流れる稲妻。それを、武器にしろ。

血の流れを調節する。自身の血の全てを、この工程の進行に注ぐ。これ程の長い時間を過ごしているように思えるが、一秒後には俺はあの氷の槍に貫かれているんだ。もたもた作っている場合か。

左手の手の平から現れた稲妻を右手で掴む。右腕にも猛烈な電荷が流れ込む。構わない。このまま両腕が千切れそうな痛みが走っても、実際に両腕が壊れても、俺はこの工程を完成させる────!!!

 

「う───あああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

稲妻を引き抜く。左手の手の平に現れた真っ赤な空間から紅の物体が姿を現す。物体はかなりの長さを誇る。引っ張れば、引っ張るほどに延びてゆく。130センチ位伸ばした時、その朱い物体は、俺の左手から、完全に離脱した。

 

「────てやああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その瞬間、俺の身体は衝動的に、ソレを握りしめる右腕を振り下ろしていた。

捻り出す身体の動きから弾けるように繰り出される円を描いた一発の攻撃。1メートルを超えるリーチを持つその朱い攻撃は、俺に飛来したすべての氷塊を叩き割った。

 

「─────ッ!!」

 

カーラの驚愕。「ついにやったか」という表情。

 

「ふぅ───────」

 

息を一つ。俺の右手には朱い武器が握られていた。

全長130センチジャストの真っ赤な道具。真っ赤な刀身を持つ1本の刀。紅に染まる、赤黒い刀。

今の俺なら解る。これは血刀だ。俺の血から作り出される、鬼人としての能力のもと手に入れた、血を自由自在に扱う鬼人の力を利用した武器。鬼族にもできる力だそうだが、どっちでもいい。とにかく、俺の手に武器が握られていれば、それでいい。

 

「はぁ…………………」

 

これなら、闘える!!

俺の鬼人としての覚醒。自身の力を最大限に引き出した結果。

 

「はぁ、これが、鬼人(おれ)の、力か!!」

 

この身体に感謝するときが来るとは思わなかった。

俺は、この力を自分のために、役立て───

 

 

 

 

 

力尽きた中村白邪はふらふらと千鳥足で動き回ると、ガラスを突き破って、建物の外へと落下していった。

急いでカーラが窓に駆け寄る。その下に、

 

「───────」

 

法服を見に纏った金髪の女が、白邪を抱えて、離脱する様子がカーラの目に映った。

 

「────逃がすわけには───」

 

カーラは手を伸ばして、白邪目掛けて氷の槍を打ち出した。

 

「────なに!?」

 

ホテルの八階、カーラと白邪が対峙した階で、突如大爆発が起こる。蒼白い光を放ちながら、爆発がホテルの八階を襲った。爆風が止んだ後、カーラの姿は消えていた。爆発に巻き込まれたか、それとも、どこかへ消え去ったのか。

 

 

 

カーラを襲った大爆発、その正体は、ホテル外の上空に浮かんでいた、筒のような形をした何か。楽器程度の大きさをした、楽器のような形の何かは、ひとりでに、ホテル向かいのビルの屋上へと翔んで動いていく。その楽器を誰かが手に取った。恐らくは持ち主。

 

 

誰も気がつかなかったが、ホテルの屋上の塀に、誰かが座っていた。コートに身を纏っている。髪は、カーラにも良く似た色合いの、水色に近い青い毛並みの女性。

「それっ、アスナロは何してんのかなぁ、僕が帰ってこない間、新入りくんの相手をしているのかな?」

その背後から、アスナロと同じカソックに身を纏い、若草色のステラとマントを羽織った、25歳ほどの若い男がやって来た。

 

「そうでしょうね、彼はこの街では一番の危険人物ですからね」

 

女性は男の質問に答える。女性は男よりは年下に見える。まだ成人年齢にも達していないだろう。

 

「代行者ヨエル」

 

「なんだい?」

 

「もう少し、カーラ・アウシェヴィッチの捜索を続けてください」

 

「あれ、いいけど、今ので倒したんじゃないのかい?」

 

「カーラがあの程度の奇襲で倒れたとは思いません。現に、貴方が張った結界も今破られました」

 

「本当だ、まいったなぁ、僕の結界を破ってくるなんて。まぁ、結界張るの苦手なんだけどさ。はぁ…………おっけー、ちょっと探してくる。君はどうするつもりなんだい?」

 

去り際に、若い男、ヨエルと呼ばれた彼は問いかける。

 

「ホテルの惨状の後始末を着けてきます」

 

女性はそのまま、十階ぐらいあるビルの屋上から飛び降りた。そのまま、しゅたっ、と地面に着地し、事態が起きたホテルへと走って行った。

女性のコートのフードが風で捲れて、その素顔が明らかになる。

 

「はぁ…………だから夜は危険ですって言ったじゃないですか、中村くん」

 

蒼毛の女性は、そんな風に呆れながら、月が照らす夜道を走っていた。



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月零プチ劇場1

 

これはキャラ崩壊を中心とした、【本編とはなんの関わりも持たない】単発ネタである。すなわち、キリが良いところまで進んだため、作者が勝手にやったネタ回である。

キャラ崩壊にはご注意ください。

 

 

 

 

 

【師匠】

 

 

白邪「先輩、今日もハンバーグですか、お昼ごはん」

 

俺はクロエ先輩にご飯に誘われて、食堂で相席することになった。相変わらず、クロエ先輩の机の上には巨大なハンバーグが二枚。

 

クロエ「中村くん!!!何ですかそれは!!」

 

白邪「何って………きつねうどんですけど………」

 

クロエ「ハンバーグはどうしたんですか!?ハンバーグ食べないって、日本国民、いや、人間としてどうかと思いますよ!?ハンバーグ食べるってそういうことですからね!それを理解しておいてきつねうどん!?ハンバーグはどうしたんですかハンバーグは!!時代はハンバーグですよ、ハンバーグ!!わたしとハンバーグは交際関係なんですよ!?逢い引き(合い挽き)を共にする仲ですからね!ハンバーーーーグ!!」

 

先輩、そのカウボーイハットとジョークは誰のモノマネですか。

 

 

 

 

【入国】

 

 

アスナロ「カーラの脅威はたくさんあるわ。カーラ本体も混血族の中では飛び抜けて強いけれど、カーラが引き連れている狼たちにも気を配らないといけない」

 

アスナがいつになく真剣なので、つい少し疑問をもってしまった。

 

白邪「なぁ、その狼は、どこからやってきたんだ?」

 

アスナロ「そりゃ、カーラと一緒にやってきたんでしょう?カーラは狼を呼ぶ力はないから」

 

白邪「カーラは、何で日本に来たんだよ」

 

アスナロ「さぁ?飛行機じゃない?」

 

白邪「……………………」

 

 

(白邪の脳内)

 

 

空港受付「ご、ご旅行でしょうか………?」

 

カーラ「─────あぁ。20人家族で」

 

 

 

 

【大実験】

 

 

俺は自分の部屋の中でゴロゴロくつろいでいた。

 

白邪「なんだ………工事でもしてるのか?」

 

先ほどからドドドドド、と工事をするけたたましい音がしている。あんまりにもうるさいから、少々イライラしている所在だ。

 

白邪「うん?なんだこれ、クローゼットから音がしているのか?」

 

俺の部屋のクローゼットを開けると、中に工具を持って作業をしている蜜柑さん発見。

 

白邪「なにしてんの………蜜柑さん」

 

蜜柑「あぁ、万が一のためにと思いまして、白邪さんのためにミサイルを作っていたんですよ~」

 

白邪「……………………」

 

いや、普通に核保有じゃん。

 

 

 

 

【グルメ】

 

 

甜瓜「白邪さま~、私、白邪さまのためにケーキを作りましたー!!どうぞ召し上がれ!」

 

白邪「ど、どうしたんだ甜瓜さん急に。俺のために………?」

 

見れば、机の上に、小さなショートケーキが乗っていた。形はちょっと雑だが、それはそれで料理苦手な甜瓜さんらしさがあって嫌いではない。

 

白邪「それじゃあ、お言葉に甘えて。いただきます」

 

フォークでケーキを切って刺し、口に運ぶ。うーん。

────よし、吐くわ。

 

白邪「おおぇぇぇっ…………マヨネーズじゃねぇかコレ!?」

 

机から吹き飛ぶように倒れこむ。

 

甜瓜「え?マヨネーズだったんですかそれ」

 

いやいや、ケーキのホイップとマヨネーズを間違えるバカがどこにいる。

 

「毒殺する気か!!」

 

こりゃさすがに無理しても褒められないわ。

 

 

 

 

【壊し屋】

 

 

檸檬「白邪さま、ありがとうございます」

 

白邪「いや、いいよ。掃除するのって、大変だからな」

 

俺は檸檬の掃除の手伝いをしていた。檸檬が掃除をしていた理由は、偶然にも掃除担当の林檎が体調を崩したからだ。

 

白邪「それに────」

 

檸檬「それに?」

 

床に目をやる。

 

白邪「これ以上モノを壊して欲しくないからさ」

 

そこには檸檬に掃除を任せたせいで壊れた時計四つと窓ガラス20枚、椅子4脚、机二台が散乱していた。

 

白邪「まったく……どんな掃除の仕方したらこうなるんだよ」

 

檸檬「違いますよ!!箒をぶんぶん振り回しただけですからねーー!!!!!」

 

白邪「うるさい」

 

そりゃ箒振り回したら壊れるに決まってるだろ。

 

 

 

 

【キャライメージ】

 

 

すやすや………

─────バコォォン!!!

 

白邪「うわあっ!?」

 

なんだ今の爆発音は!?

 

林檎「白邪さま、おはようございます」

 

白邪「──────おはよう」

 

いや、ちょま、クラッカーで朝起こすか!?

 

白邪「今日は、だいぶ趣旨変えたな、林檎」

 

林檎「はい。キャライメージは大切にしなければなりませんから」

 

そういうキャラじゃないでしょあんた。

それから朝にクラッカーはキャライメージの確保どころの話じゃないよね!?

 

 

 

 

【MUKANJOU】

 

 

葡萄「白邪、怪我」

 

白邪「おはよう、葡萄。うん、怪我は治ったよ。葡萄が手当てしてくれたお陰だよ」

 

葡萄「うん」

 

相変わらず葡萄は無感情だ。その真顔以外の顔を俺に見せたことがない。いつも取り乱すことがなくて、クールなイメージがカッコいいやつだ。気の緩みなんて、一回もみたことがない。

────にゃ~ん。

 

葡萄「?」

 

白邪「あれ?猫か?こんなところに珍しいな」

 

見れば、廊下に黒と白のぶち猫がいた。

 

葡萄「えへへ…………猫、かわいい……………」

 

あ。めちゃくちゃ気ぃ緩んでたわ今。

 

 

 

 

【中村家の朝は早い】

 

 

中村家現当主、中村絢世は中村の子供の一番目。白邪とは実の姉弟関係であり、ぶっきらぼうで不器用な弟を心の底から心配しながら、日々を送っている。

これはある休日の話だ。

 

絢世「遅い!!白邪はいつ起きるのよ、蜜柑!!」

 

蜜柑「白邪さんは今朝も「眠いからあとで起こしてくれ………」と、二度寝しておられますよ」

 

絢世「嘘よ!林檎が「手に負いかねます」って言うから、さっき甜瓜に起こすように伝えたのに!」

 

蜜柑「あぁ……それについてですが、甜瓜お姉ちゃんが白邪さんと一緒に寝ちゃって………」

 

絢世「はぁ!?」

 

蜜柑「まぁ、仕方ないじゃないですか。甜瓜お姉ちゃん、白邪さんのこと大好きですからね。寝顔見ていたら眠くなっちゃうんですって」

 

はぁ………と溜め息を着き、絢世は髪をわしゃわしゃかきむしりながら、ボタンを机の上に置く。

その赤いボタンは、土台に「Danger」と書いてあり、ボタンの下にロックが三重にかかっている。

 

蜜柑「あ、それは私が白邪さんのお部屋のクローゼットに置いたミサイルの発射ボタンじゃないですか。覚えておいてくれたんですね~」

 

絢世「やむを得ないわ。はい、ポチ」

 

中村邸の二階はちゅどーん、という大きな音を立てて爆散した。



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3日目 氷雪冥河
夢枕


 

──────。

気がついたら、俺はまた、こんなところにいた。

────また、この夢か。

 

 

この光景は、今でも鮮明に覚えている。当時俺たちの屋敷で療養していた親父。

俺たちの屋敷と言ったら、白を思い浮かべるだろう。壁の白。空の白。雲の白、日の白だから。明るくて清潔な俺たちの屋敷に、白はちょうどいい色だ。

 

 

 

だが、この日の屋敷は、赤く燃えていた。

屋敷が大炎上している。ベッドだのなんだの、色々と倒れた部屋の品々。逃げ惑う人々。バキバキに割れた窓ガラス。真っ赤に燃える床。床や壁、天井のところどころに穴が空いていて、ミスったら床が崩壊しそうだ。

────これは、あの日の夢だ。俺の直感で解る。夢だ、ここは。だけど、そうわかっているのに本物としか言いようがない。それだけ、この夢は懐かしくて、感慨深くて、そして、それくらいに恐ろしい出来事だった。

 

 

 

いまにもこわれそうなゆかをあるいて、みんなにおくれてひなんする。

まだまだおさないおねえちゃんについていく。

おねえちゃんも、とてもこわかったとおもう。

おねえちゃんは、ボクのてをにぎって、「だいじょうぶだよ、はくや」となんどもいっていた。

ボクはこわくなかったから、ぎゃくにおねえちゃんのてをつよくにぎって、「だいじょうぶだよ、おねえちゃん」といった。

うしろから、あついほのおがおしよせてくる。ボクたちをまきこんで、もやしたいみたい。

だから、こわくてにげた。ひは、あついからにげた。

そのほのおのなかから、ひとりのおとこのひとがあらわれた。

おとこのひとは、ボクたちをおいかけてくる。

けれど、はしるのがおそくてなかなかおいつけない。

ボクたちはせいいっぱいはしっているのに、そのひとはぜんぜんはしらない。

フラフラと、とてもくるしそうにあるいてくる。

なんだか、すごくかわいそうだった。ボクたちは、あのひとからにげているのに、すごく、あのひとがかわいそうだった。

その、「おとうさん」というひとは、ボクたちをおいかけるのをやめて、ちかくにあったへやのなかにはいっていく。

そこは、トモダチがねているへやだ。

リンゴちゃんが、ブドウちゃんが、ミカンちゃんが、レモンちゃんが、メロンちゃんが、ねているへやだ。

このままだと、みんながやられてしまう。おとうさんに、ペッチャンコにされてしまう。

おねえちゃんのてをはなして、おとうさんがはいっていったへやにはいる。

うしろから、ボクのなまえをよぶこえがするけど、きかなかった。

へやにはいったら、そこには、おとうさんとみんながいて、それから、もえているゆかには、ふたりのおとながたおれていた。

みんながなきながらさけんでいる。

それもまたかわいそうだった。

ボクの「おかあさん」も、さっきあかいほのおのなかにのみこまれて、あえなくなってしまった。

おとうさんは、こわいことになっている。

おとうさんはおこったりしない、やさしいひとだった。

なぜだかわからないけど、おとうさんはぼうそうしていた。

むかし、おとうさんには、こうおしえられた、「おとうさんがぼうそうしたらやっつけてほしい、みんなをまもってほしい」と。

ボクも、おとうさんのいうとおり、みんなをまもりたい。

だから、こわいけど──────

 

 

「オレ」は、おとうさんとたたかうことにした。

ちかくのたなから、ナイフをとりだす。これは、たなのなかにうんよくはいっていただけのこっとうひん。

ペーパーナイフをおおきくしたような、そんなきれいなナイフだった。

なにもかんがえないで、オレはナイフを持って、おとうさんにとっしんした。

おとうさんがオレのいるほうこうをふりむく。

そのかおは、なんだか、さみしそうで、うれしそうな、

おとうさんは、オレのあたまにむかってパンチをくりだしてきた。

ゆかやかべをこわした、あのとってもつよいパンチ。オレのあたまをつぶそうとしてくる。

 

 

「ハ──────」

 

─────でも、その前に。

俺は身体を傾けてお父さんのストレートを潜り込むように回避し、お父さんに、さらに接近する。

お父さんは右ストレートを外すと、左ストレートを繰り出し、ナイフを持つ俺の左手、その左腕が生えている肩を狙ってきた。

同時に俺も、左手に持っていたナイフを右手に持ちかえて、お父さんの首を狙った。

攻撃は同時だった。同時だったからか、どすん、という音は一回だけだった。

音が止んだ後、俺の左腕はお父さんのストレートによって粉砕され、お父さんの頭は、なくなっていた。

ずる、と、俺のお父さんの身体が落ちる。ばたり、と地面に倒れたそれには、頭がなかった。真っ赤な切断面にはなにもついていなくて、そこだけ切り取られたようになくなっていた。

あかい、どろどろとしたモノが、ソレからながれでる。

近くに、お父さんの顔が転がっていた。炎で真っ赤になっていた床は、さらに真っ赤な世界に閉ざされる。

みんなが俺の名前を叫びながら、俺に走り寄ってくる。林檎は泣きながら俺の腕の心配をして、葡萄は泣きながら無言で俺に抱きついてきて、蜜柑さんは泣きながら「よかった」と喜んでいて、檸檬は色々な恐怖に叫んでいて、甜瓜さんは、俺の身体を抱きしめながらただひたすらに「怖かった」と泣いていた。

泣きたいのは、俺も同じだった。けれど、泣けなかった。

 

 

 

 

………だって、俺は、親父(ひと)を殺してしまったんだから────

 

 

 

 

 

 

「う──────」

 

夢見が悪すぎて、俺は目覚めてしまった。

11月18日 午前7時05分。

寝坊助の俺にしてはいつもより早いお目覚めだ。

 

「あれっ」

 

昨日、俺は確か………ホテルでカーラに遭遇して…………

 

「アイツ、ここまで運んでくれたのか?」

 

シャツをめくって、昨日の怪我を確認する。怪我はやはりすべて完治している。

 

「おかしいなぁ、こんな治癒能力あったんだな。まぁ、ゆくゆく考えてみれば、それもそうか。夢であったように、親父に左腕を粉砕されているのに、左腕がこんなに元気なのもおかしいしな」

 

ベッドから降りて、着替えようとしたが、制服がない。そうだ、まだ林檎が部屋に来ていないんだった、今日は早起きだからな。

半纏を羽織って部屋を出る。

廊下に出て、部屋の外の空気を一つ吸う。

途端、

 

「づっ…………!!」

 

唐突な、眩暈と頭痛がした。立つことも許されない、強烈な頭痛。そのまま意識が断線して、電源コードをブチ抜くように、視界(がめん)が暗転した。

 

 

 

 

 

 

「───────」

 

振り出しに戻された。ここは俺の部屋。さっき倒れてから何分経った?

時計は午前9時00分を指していた。

お見事。大幅に学校遅刻だ。

 

「白邪」

 

「おわぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

いい加減身を潜めて俺の隣に居るのやめてくれないか!?

 

「葡萄……?何しに来たん………そっか、俺の看病か」

 

葡萄は無言で頷く。

 

「白邪、今日、学校休んで」

 

「え?なん、そんな、だめだよ、学生は学校に行かなくちゃ」

 

「絢世、もう、連絡、入れた。白邪、学校、休むって」

 

じゃあ行けないじゃん学校。姉さんにも困ったもんだ。ちょっと貧血で倒れた程度で学校にお休みの連絡入れるんだから。

 

「参ったなぁ、動けるのに」

 

「白邪、わかってない、みんな、すごく心配してる」

 

「心配…………?」

 

「白邪、昨日、怪我して帰ってきてた。玄関で倒れてた」

 

葡萄は生気のない眼で心の底から心配そうな顔をする。

そうか、俺が昨日カーラと対峙した後、アスナが玄関まで運んできて、それを見た葡萄が俺をベッドまで運んできてくれたのか。そして今朝も貧血で倒れたとき、ここへ運んできたのか。

 

「ご、ごめん」

 

申し訳ないことをしてしまった。傷口は完治したけど、それでも服は血で汚れていただろうし、玄関で倒れている俺を運ばせてしまった、さらに昨日のとは関係ないとはいえ、今朝も仕事を増やしてしまった。

 

「白邪、今日は学校休んで」

 

「わかった」

 

「私、戻る」

 

葡萄は俺が元気なのを確認すると、救急箱を持って部屋を出ていった。

 

「あ、葡萄」

 

葡萄が無言で俺の方へ振り向く。

 

「昨日と今日は、ありがとう。迷惑かけてごめんな」

 

せめて、お礼はしておかないといけない。

 

「──────」

 

葡萄は耳の辺りを赤くして、無言で部屋を出ていった。

 

「──────えぇ…………」

 

素直じゃないなぁ……………

けれど、俺は馬鹿なやつだ。俺が勝手に痛い目を見るのは俺の勝手だが、俺は、それで誰が困るかとか、あんまり考えたことがなかった。

現にこうして、葡萄を困らせた。姉さんにも心配を掛けた。

 

「────素行の悪いヤツに、なっちまったな」

 

それでも俺は戦うのをやめない。このままだと、さらに犠牲が増える。だから、俺はまだ、終わらせるまで、俺は外に出るのをやめない。

けれど、みんなにも、迷惑は掛けられない。俺は葛藤を抱くまま、外の景色を眺めていた。

言われてみれば、こんな幸せな日々も、いつまで続けられるのか、と思いながら。



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想い出

 

こうして、俺は暇をもて余して部屋を出た。

何せ元気なのに部屋から出ないなんて、キツすぎる。特に病気になったわけでもないし、身体も完治しているから、俺は屋敷を散策して時間を潰すことにした。

庭に出て、屋敷の西館からさらに離れた、小さな建物に入る。

この屋敷は何故か武道館がついている。

元遠野の別荘と聞いているが、遠野に武道など必要あったのか。まぁ、なんでもいいか。

昨日の戦いを思い出す。1メートル30センチの血刀でカーラと戦ったのを思い出す。

剣を極めておけば、次ヤツと対峙しても持ちこたえられるかもしれない。

考えてみれば、ヤツはとんでもない剣術の使い手だった。2メートル近くある長太刀を軽々と振り回し、ブレのない一直線の斬撃は、見ているだけでも相手を威圧する、そんな恐ろしい美しさと力強さがあった。

 

道場に入って、1メートル30センチの木刀を持ってくる。

一振して、自分のブレ具合を測り直す。

 

「叶うのなら、アイツのように、もっと早く剣が振れれば」

 

剣は定期的に振っているが、アイツのようなものにはならない。

まっすぐに剣を振るってのは、案外難しいことだ。

そもそも剣ってのは重いもんで、カーラのような長いものになってくると、素人では振ることすらできない。俺だって、アレをぶんまわすくらいならお手頃なナイフで戦っていた。

 

「ふっ────」

 

腕が痺れる。いつまでも振っていると、こう、集中力が…………

 

「くっ…………」

 

木刀を置いて座り込む。疲れてしょうがない。いつまでも振っていると、意識が飛びそうになる。

 

 

ふと遠くで、すたん、という軽快な音がした。

 

「なんだ?」

 

立ち上がって、音のする方へ向かう。

そこにあったのはまた別の道場。見た目的に………射場か?

射場に近づく。中に、一人の女性が、弓を引いている。さらに近づいて、入り口からひょいと顔を出してみる。

黄緑色の髪の女性が弓を引いていた。甜瓜さんだ。甜瓜さんの射法は美しかった。

静かに矢を弓につがえて、ゆっくりと引っ張る。弓の弦の間から覗かせる黄緑色の髪の横顔。

なんとも言えない、美しさがあった。

だけど────

すたん、と音がした。

斜方はほんとうに美しい。だけど、だけど、だけどエイムが酷すぎるのが惜しいなぁ……………普通それだけ射方整ってたら的に当たるよね?エイムはいいのに姿勢が悪くなるのはあるあるならしいけど、姿勢がいいのにエイムが悪い人は初めて見たぞ俺。

一発も当たってないじゃん。

だけど、それでも彼女の心は落ち着いている。た、確かに弓道のプロかもしれない。武道はスポーツとは違って、心を安静に保つのが目的だから。

 

「────────」

 

甜瓜さんが弓を引きながら、俺のいる入り口に目をやる。

 

「あ──────」

 

「───────」

 

目が合った。その何となく整っている気がするその顔つき絶望的にかわいい。

 

「白邪さま───!?」

 

どっきゅーん。びっくりした甜瓜さんは矢を持つ手を離してしまい、矢は的の真ん中を射った。嘘だろ、図星撃ち抜いたぞ今ので。どんなドラマだよ。どんな劇運だよ。

 

「ごめん、邪魔したかな、弓矢の音がしたもんで。甜瓜さん、弓道やってたんだね」

 

見つかったからには隠れることもない。靴を脱いで道場に上がる。

────すげぇ、マジで的の図星に矢刺さってる。

 

「いえ、邪魔だなんて決して。寧ろ来ていただいて嬉しいぐらいです。お身体の調子はいかがですか?」

 

「あぁ、それは問題ないよ。葡萄が精一杯看病してくれたからな。すぐに元気になった」

 

「それは良かったです。葡萄ちゃんに看病されれば、どんな病気も怪我も一晩で治っちゃいますからね」

 

甜瓜さんは嬉しそうに手を合わせて喜んでいる。

 

「あ、申し訳ございません、勝手に持ち場を離れてしまって………」

 

「いやいや、そんなこと全然思ってないよ。俺はそういうのあんまり気にしてないから、ゆっくりするのも大切なことだよ。それに、弓道やる甜瓜さんもレアで道着似合ってて気に入ったし。」

 

「えっ」

 

甜瓜さんがびっくりしながら照れている。

反応が面白すぎてもう少し色々言ってやりたくなるが一線を越えると俺がセクハラ扱いされかねないので、気力を振り絞っていじめたい気持ちを押さえつけた。

あー、フラストレーション溜まる溜まる。

 

「白邪さん、折角二人きりですから、昔ばなし、していいですか?」

 

「え?うん、いいけど」

 

珍しいな。甜瓜さんが昔の思い出話なんて。

 

「私、白邪さんに助けられたとき、すごく、嬉しかったんです。あのときは、もう、私たち姉妹は、全員死んでしまうんじゃないかって、思ったんです。こういう時に、お父さんやお母さんがまだ生きていたら、助かっていたのかもしれません。でも、私たちは親が亡くなってしまったから、遠野さんに引き取ってもらって、そこからここに来たんです。もう私たちが七歳ぐらいのときのはなしですよね」

 

「────────」

 

甜瓜さんが話しているのはあの日のことだろう。今日ちょうどその夢をみたばかりだ。親父を殺した瞬間の夢を。

 

「─────俺は、守ってなんて………いない」

 

俺は、誰も守れなかった。救った人間なんて、一人も居なかった。親父を殺してしまったし、甜瓜さんたちを助けたときにも、おなじ部屋で死んでいた彼女らの親。誰も、救えなかった。俺が救った人間なんて。一人も。

 

「────ん?」

 

いや、気のせいか。一瞬変な疑問が横切ったが無視した。

 

「なぁ、甜瓜さん───」

 

その時、俺は見てしまった。真っ赤な視界を。

 

「な……………」

 

「どうされましたか、白邪さま?」

 

居る。何かが。黄緑色の髪の、誰かが。

目の前に、ナニカが…………イル。

 

「──────づ」

 

何かが、ワカラナイ。この喪失感と、恐怖感と、罪悪感。

 

「どこか、体調でも?」

 

ソレは、俺に近寄ってくると、額に手を当ててくる。魚眼レンズのように歪む真っ赤な視界の中に、恐怖の化物がいる。俺を、どうしようとしているのか、目の前に真っ赤な死体が転がっている。なんど見ても、赤。血の赤。炎の赤。誰かの髪の赤。アカが一面に広がる。

屍体は転がる。二人の屍体が転がっている姿。誰かのクビが転がっている姿。アカ、チ、クビ、シタイ。

 

「はぁ………はぁ………」

 

「どうかしたんですか?顔色が悪いですよ?」

 

オンナはナニもないようにオレに触れてくる。オレのメに移るセカイは、まるで違っていて。

 

「うぅ………う、うぅぅぅ─────」

 

頭痛と眩暈と貧血が押し寄せる。何か、自分がとんでもないことになりそうな、予感がして、焼ききれるように、視界が燃え盛る。壊れた。自分の中のオレが、壊れた。防衛機構が、壊れた。壊れた、壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた壊れた………!!!

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

 

 

 

「はぁ………はぁ………う、づうぁっ!!」

 

唐突な激痛に襲われて、爆発するように後ろに飛び退く。

床には、倒れている甜瓜さんが。

 

「俺……………」

 

俺は何をやってたんだ?記憶がない。突然、あの日のことを考えたら、頭痛がして………

 

「落ち着きましたか?白邪さま」

 

「甜瓜さん、俺は何して………」

 

「白邪さまは突然大声を上げてから私を押し倒して、そこで急に叫んで飛び退きましたけど………」

 

「な───────」

 

そんな。バカな。俺は、なにやってんだ。甜瓜さんに、襲い掛かったのか?

押し倒して、何をしようとしたのかはわからないけど………

 

「ごめん、甜瓜さん」

 

「いいえ。大丈夫ですよ」

 

甜瓜さんは俺に酷いことをされても、まだ笑っている。

 

「少し、外出してくる。今日の俺は、どうかしているみたいだ」

 

立ち上がって、甜瓜さんから離れる。

 

「あら、もうお帰りになるのですか?」

 

「ああ。また今みたいなことが起きたらいけないし、何より、甜瓜さんも俺が居たら嫌だろ。いきなり痛い思いをさせてすまかった」

 

甜瓜さんに頭を下げて謝ってから、そのまま背を向けて道場から出ていった。

 

 

 

屋敷の門を潜り抜ける。

 

「鬼人の力を使いすぎたからか………」

 

反転なんて、起こしたことなんかないのに。昨日の激闘で、俺は鬼人としてはかなり覚醒していた。身体の特徴も、大幅に変化して、回復力や身体能力が向上したし。

 

「俺が鬼人に近づくほど、反転しやすくなるのか」

 

だが、俺は暴れていたことは覚えている。何をしたのかは覚えていないけど、自分が堪らなく壊れてしまったのは覚えている。

これは、反転というより、トラウマによる発狂と言ったらいいのか。

 

「あぁ、そうだよな、罪ってのは消えねぇもんだよな」

 

この期に及んで、良かったなんて言いたくないけれど、それでも、俺は取り返しのつかないことにならなくて良かったと、心の底から安堵していた。



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襲撃

 

「────ん」

 

俺は唐突な痛みに襲われて目覚めた。

 

「うわっ、寒っ………こりゃ寒い………」

 

カーラの活動が盛んになっているのか。空を見上げる。空には月が浮かんでいた。けれども、満月ってほどではない。満月がちょっと欠けたくらいの月だ。ついこの前満月だったから、ここからは月が欠けていくんだな。カーラは人狼だったな。ってことは、月齢や雲行きといった、その時その時での月の状態から影響を受ける筈だ。月が欠けていく今なら、カーラは日に日に弱くなる筈。寒いのは寒いが、昨日のホテルよりかはマシな寒さだ。しかし、これだけ寒いということは、カーラは今、比較的近くにいるのか。

 

「って、俺なにしてんだ」

 

何で公園のベンチで寝てんだ俺!?

さっき甜瓜さんの目の前で発狂したのがお昼………およそ八時間は眠っただろうな。

 

「ほぼ一晩分………か。昼夜逆転しちまうだろうが………」

 

早く、家に帰らないと。皆、心配しているだろう。気づけば辺り真っ暗だ。今、かなり夜遅いな。

ベンチから立ち上がって、うろうろした後、屋敷のある方向へ帰り始めた。

すると、真っ暗な夜の中に、光が閃いた。

 

「うわっ!?」

 

懐中電灯の光か………!?なんでこんなところに?

────瞬間、俺は頭部に衝撃を感じた。何かに殴打された衝撃………ではない。頭部というより、後頭部と首の間か。何かが触れている。この感触………何の機械だ!?

 

 

「─────づっ!?」

 

首を起点に、身体じゅうに電流が走った。人体の静電気、その定義を打ち破る、スタンガンから放たれた、推定110万ボルトの超高電圧の異常法則が身体の安全機能を片っ端から破壊する。

電源(しんぞう)活動は正常。だが、脳に響いたダメージが強すぎて、意識を強制的に切断(シャットダウン)された。異常電流を感知した肉体がブラックアウトを引き起こし、俺は倒れこんだ。

……………………………。

 

 

 

……………………………。

 

 

 

…………………何か、音がする。目は開かない。口も開かない。けれども、意識はなぜか残っている。音が聞こえるなら、耳も機能している。途切れ途切れだが、呼吸もしているようだ。とりあえず、俺は生きてはいるようだ。

助かった。鬼人の肉体と、俺の第六感が残っていたお陰で、盲目とはいえ、状況を察知できる。

俺は何か固いベッドのようなものに寝かされていて、真っ直ぐに移動している。車か?車の後部座席のシートで横になっている。誰かに連れられている。救急車………にしては運転が荒すぎる。まさか俺を誘拐しようだなんて輩もおるまい。

 

「なぁ、おい、場所は、ここらへんだったよな?」

 

話し声が聞こえる。聞いたことのない、赤の他人の声。

 

「あぁ。そこに運べば、俺たちは助かるらしいぜ。そこのガキには申し訳ねぇが、残念だったってコトで」

 

畜生、このクソガキが。ガキはお前らだろうが。首元にいきなりスタンガンなんかかます野郎まずいねぇだろ普通。しかも110万ボルトなんて、下手したら人間死ぬぞ。

話し声は明らかに若者だ。俺と年齢は変わらないのか、もうちょっと年上か。調子に乗った若者独特の耳障りな話し声から、20代前半と見受けられる。20代の若者なんて、槇久の旦那みてぇなやつばっかりだ。ろくな野郎がいない。

俺の意識が回復したのは幾らか前だが、いつ運ばれ出したのかはわからない。距離次第では、街を出た可能性もある。一体、俺はどこへ運ばれているのだろうか。

男二人組は、地図を確認しながら、用心深く車を進めていく。

道が平坦でない。ひょっとしたら結構人里離れた場所なんじゃないのかここらへん。

まずいな。帰れなくなる。とりあえず、身体の方が復活したらすぐにこいつらブン殴ってやる。腕の1本2本、いや、なんならサービスで鼻の骨砕く。目潰しでも構わないが、顎でも構わねぇ。とにかくこいつらクソむかつく。俺に喧嘩売るってそういうことだからな。

 

「ついたぞ」

 

どうやらついたようだ。車のエンジン音が止まる。扉が開いて、俺は二人の男に肩を支えられながら、真っ直ぐ進んでいく。正確には引きずられていく。

この匂い………なるほど、完全に察した。

ここは街に新しく出来る予定の病院だ。紀庵が言うには、この街最大の病院になる予定だそう。三階構造の巨大な建物なんだが、街の外れにあって、簡単に来れそうにはない。ホントにここに入院する奴現れるのかってぐらいに。

もう建物はほとんど完成していて、あとはその周囲の整備だというらしいが、こんな人里離れた山の奥に、病院なんか建てるわけない。もしもそれがホントなら、あからさまな税金の無駄遣いだ。中村(うち)が総力尽くして止めるぞ。

さて、そんな愚痴が叩けるほどに俺は回復している。あと数分以内に覚醒する。

今度は、ガタン、と大きな鉄音を立てて、何かに乗って俺は降りていく。昇降機か。地下に向かっているのか。風が涼しい。いや嘘だろ、丸裸の昇降機とか、絶対怖いじゃねぇか。謝って転落でもしたら大事だろうな。病院の地下つったら駐車場か。駐車場に降りる昇降機が揺れを伴って停止する。どうやらついたようだ。丸裸の昇降機だ。扉が開く音などない。そのまま俺はゆっくりと連れられる。

 

「─────────」

 

ここ、本当に駐車場か?そもそも、この空間、この気配、明らかに病院の地下とは思えない構造。まるで、中世の城における、隠し扉から出られる脱出口のような。

 

「よし、着いた。ここに寝かせとけばいいんだな?」

 

「おう、仕事も終わったんだし、さっさと帰ろうぜ」

 

二人の男は急に俺を支える手を離して俺を昇降機の外へと突き飛ばす。寝かせるっつってたよなボケ。

 

「やった………!!やっと、やっと、救われるぞ!!」

 

「─────────」

 

昇降機のボタンが押される音。昇降機のボタンを押してから動き出すまでの時間は約4秒。

1秒で目が覚めた。

2秒で視界が回復し、俺の身に怪我などがないことを確認する。

3秒で立ち上がって、

 

「お前ら覚悟しろよクソガキが!!」

 

4秒で走り出す。昇降機が唸りを上げて昇っていく中、そのまま扉のない昇降機に乗る男二人の脚を掴んで、勢いよく引き寄せる。

 

「うわぁぁぁぁ!!!」

 

「なんだぁぁ!?」

 

二人の男は俺のいる場所まで引き寄せられ、誰も乗っていないにも関わらず、既に動き出してしまった昇降機は上に消えていった。

 

「あー!昇降機が!!」

 

「昇降機が!!じゃねぇーよクソ野郎!!何、いきなり他人(ひと)の首にスタンガンかましてんだよボケナスが!!マジでお前ら生きて帰れると思うなよ!?」

 

人を半殺しにしたいと思ったのは初めてかもしれない。

 

「なんだよ!何余計なことしやがって、俺たちだって暇じゃねぇんだよ!!」

 

「コイツ一回黙らせようぜ」

 

二人の男は拳を振り上げ、

 

「ぐはぁぁぁぁぁ!!!」

 

早速一人俺のフックで左目をブチ抜かれる。

 

「いってぇぇぇぇ!!」

 

ついでにもう一人も鼻にストレートを受けて倒れる。

 

「お前らな、人のこと襲っといて、今度は地下に置き去りかよ。まるで品がねぇなボケ。お前らどうする、この地下は人目がねぇんだから、ブッ殺されても文句言えねぇよなぁ?俺を出口まで連れていくか、ここで死ぬか好きな方を選べ」

 

「何を偉そうに…………」

 

二人目が鼻を押さえて立ち上がる。

 

「───は?」

 

クソムカつくから拳を引いて殴るフリをする。弓の弦引きちぎるレベルで勢いよく拳を引いた。

 

「ひぃぃっ!!」

 

頭を押さえてうずくまるアホ一人。

 

「わかったわかった、案内するから!!命だけは!!」

 

「じゃあさっさとしろ!俺ぁ今かつてねぇほどに機嫌悪いんだよ!いつお前らに何するかわからんねぇから俺の機嫌これ以上損ねるんじゃねぇぞ?」

 

「わ、わかりました!!」

 

「喜んでご案内させていただきます!」

 

男二人はそう言いつつ顔を見合わせている。その顔が結構青い。俺に恐れを成しているというより、なんか、とんでもないミスを犯したかのような…………

 

「す、すみません………俺たちも出口は知らないんです…………すみません……!!」

 

「あっそ、別にいいけど。どうせ出口は最奥にあるんだろ、なら最後までついてこい。お前ら、ずっとこんなことしてんだろ?この先に何があるかぐらい知らねぇのか。ここ、明らかに病院の駐車場なんかじゃねぇぞ。どこだよここは。お前らは何してんだよ」

 

「俺たち………脅されているんです………」

 

一人が震えながら小声で言う。

 

「脅されている………?」

 

「青い髪の、背の高い男が、いきなり俺たちを捕まえてここに連れてきて………命惜しければ、い、生きてる人間をつ、ついてこい、って………」

 

青い髪の男…………カーラのことか。あいつ、こんなところで人間食っていたのか。通りでここら辺が寒いはずだ。すぐ近くにヤツがいる。そして、いるとしたら………

 

「この先か………!!」

 

奥へ向けて歩きだす。この先に何があるかなんて知ったことではない。とにかく先に進んで、カーラを倒す。

 

「それで、お前らはたくさんの人をここへ連れてきたってことか」

 

細い道に、たくさんの死体が転がっている。にしても、俺は天才か。よくこれをみて死体と分かったな。

後ろでは二人が吐いたり震えたりしている。

それくらい、死体は原型をとどめていなかった。昨日のホテルで見たような、身体の大半を喪った、いや、喰われた死体。表情も、内蔵も、心も、空っぽだ。

 

「くっ────」

 

これが、カーラの引き起こしているコトか。

 

「────来る」

 

奥から、何かの群れがやってくる。その正体は言うまでもなく、カーラの連れる狼の群れだ。

細い道の先、その奥から狼が四頭がやってくる。

 

「ひぃぃっ!?」

 

「なに……あれ………!!」

 

二人は初めてみる獰猛な狼に恐れている。

 

「ふぅ──────!!!」

 

でも、俺は引いている場合ではない。そんなことなら、俺はカーラとやりあったりなんかしない。

 

「お前らは離れてろ、こいつらは俺が倒す」

 

後ろの二人にそう告げて、左手に力を込める。その左手に右手を添えて、一気に血を流す。

 

「くっ……………」

 

心臓が悲鳴を上げる。ギアが軋む音。限界を越えた肉体の酷使に、器が耐えきれなくなり、極度の疼きを患う。

それでも。俺は生き延びるために───

 

「出ろ!!」

 

手の中から、赤い刀身の刀が出てくる。昨日も使った血刀。

 

「行くぞ!!」

 

俺は血刀片手に、一直線にこの俺へとやってくる狼たちに向かって走り出した。



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遭遇

 

「はぁぁぁ!!!」

 

正面から狼を一刀両断。一頭目は即座に真っ二つになって倒れる。

 

「────■■………」

 

俺の攻撃を躱した狼たちは、二手に別れて、俺に襲いかかってくる。

だが、狼など今となっては俺の障害物ではない。

二頭目の背中を串刺しにして、残った死体を踏みつけて高く跳躍し、細道の壁を伝って天井に張り付く。そのまま天井と言う床を蹴り、地面目掛けて一文字。三頭目の脳天を貫き、四頭目も首から叩き斬る。

 

「ふぅ。手間掛かるな」

 

そのまま先を急ぐ。遅れて後ろの二人もゆっくり俺についてくる。

細道に狼は現れない。出てくるのはいつまでたっても原型を留めていない死体だけ。下水道のような、長い細道を潜り抜けた先に、開けた場所があった。平たい祭壇のような、暗いけれども少し広い場所。端には柱が立っており、天井はかなり高い。

その奥に、扉のようなものがあって、非常口のマークがついていた。

 

「あそこが出口だな………」

 

奥に見える扉に近寄ろうと歩きだしたところ。

 

「──────ん」

 

背後から、肉が削げる音がした。俺の肉が削げる音ではない。それは、

 

「───何処へ行く、貴様」

 

「───カーラ・アウシェヴィッチ………!!」

 

カーラに喰われた、二人の男の最期の音だった。二人の男は両方とも苦悶の表情を上げることも、悲鳴を上げることもなく、カーラの手によって即死させられた。

カーラは相変わらず、それ振り回せんのかってぐらいに長い太刀を持っている。狩人を彷彿とさせる、マントのように羽織った毛皮のコートが、風にたなびいている。

唐突な遭遇とはいえ、俺は驚きはしなかった。ここら辺はあり得ないくらいに寒い。いずれのタイミングでコイツに接触するのは解っていた。

手に持った血刀を握りしめる。

 

「お前、こんなところにいたのか」

 

「オレは基本的にここを中心に活動している。昨日はたまたま気紛れを起こした遠征だ」

 

「また人食らいか?今日何人くっ……いや、その前に、お前、何人の人間を使ったんだ」

 

「使う………?」

 

カーラはしらばっくれている。

 

「そいつらから聞いたんだ、お前に脅されて、人々をここに連れてきたってな」

 

「──────ほう、それは事実か?オレには残念ながらその記憶がない。反転していたという線もあるが、その時ならば、使役するだなんて知性などあるまい。オレは極悪非道は赦さない性格でな。少なくとも、その依頼主はカーラ・アウシェヴィッチではないのだろうな」

 

そう言いながら、カーラは刀を持たない左手を突き出してきた。

 

「──うわっ!?」

 

反射的に刀を振りかざして、今気づいた。俺の真横をすり抜けていく無数の氷塊に。

 

「───ちっ、どうやら、和解の余地はねぇみたいだな………!!」

 

俺も刀を持ってカーラに走り寄る。

距離を図る。今回は70メートル。鬼人の脚力を以てすれば、4秒あれば詰められる。

地面を勢いよく蹴りつけて、高速で迫る赤い影。

カーラの太刀は約3メートルもある。俺の刀の倍以上。昨日はナイフだったが、今回はリーチが延びている。けれど、それでもリーチの面ではカーラのほうが優れているという条件は変わっていない。

加えてカーラには氷塊(とびどうぐ)がある。遠距離中距離からでは、カーラは無類の強さを誇っているだろう。

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!!!」

 

だが。

 

「───行け」

 

カーラの脅威はその程度ではない。地面の中から狼が八頭も現れる。

 

「ちっ───!?」

 

まずい。それは違う。八頭………だって?八頭の狼を殺すとはまだいい。それに加えてカーラ………とてもじゃないが、防ぎきれない。

 

「────余ったのはそこの八頭のみだ。死力を尽くして貴様の首をはねよう。だが、」

 

カーラの体勢が沈む。遠距離専門の筈のカーラが、氷塊を放つ左手を降ろし、右手に持つ長刀に添えられる。カーラの周囲に走る冷気が厚く、そしてより冷たくなる。

 

「オレも死力を尽くして貴様の心臓を打ち砕く………!!」

 

ここで初めて、カーラが疾走を開始した。今まで俺の攻撃を迎え撃つ、砲台のような鈍い男が、氷の上を滑るように素早い突進で、俺に向かってやってくる。

 

「まず………!!」

 

これじゃあ狼を相手にする前にカーラに殺られる……!!

 

「くそぉぉ!!」

 

狼を思考の内から消去して、カーラに意識を固める。狼を振り撒き、カーラに向かって走り出す。

カーラの長太刀が振り下ろされる。と、同時に、俺も刀を振り下ろす。

細身の金属板がぶつかり合うギィン、という炸裂音。

 

「ぐ………あぁっ!!」

 

強い、衝撃が強すぎる。こちらも全力で剣を振ったのに、それはまるで通用せず、向こうの勢いに全く喰われてしまう。

勢いを防ぎきれずに、そのまま後ろに弾かれる。

 

「くっ……そぉぉぉ!!」

 

脚で地面を踏みしめて後退を停止させる。

そのまま俺はカーラに斬りかかろうとして、

 

「────っ!!」

 

その勢いはかなわない。地面から突き出てきた巨大な氷柱。昨日のとは比べ物にならないほどに大きく太い。

 

「ぐ………………」

 

「────────」

 

「っ────!!!」

 

おかしい、昨日より圧倒的に強くなってないかコイツ!?氷を使った攻撃の回数が頻繁になってきている。

 

「─────ふん」

 

カーラの正面に分厚い氷の壁が現れる。俺の周囲は氷の壁といえど、氷柱といえど、とにかく氷塊だらけだ。巨大な遮蔽物によって、視界が遮られる。けれど、それはそれでチャンスだ。障害物に身を隠しながらカーラに近寄れる………

 

「■■■■■!!!!」

 

だが、それは敵も同じだった。氷塊の遮蔽物に身を潜めて、狼が襲ってくる。

 

「な………ん!?」

 

突然の奇襲を刀で斬り伏せる。だが、狼一頭仕留めたところで状況はたいして変わらない。

次なる刺客。氷塊の上から俺に向かって飛び降りてくる。

 

「うわぁあ!!!」

 

転がって攻撃を回避したその矢先、

 

「■■■■■!!!」

 

「まだいる………のか!!」

 

さらに一頭。転がった後隙を狙った攻撃をさらに避ける。躱したその先を縫うように、二頭の狼に挟まれるように追い詰められる。

 

「邪魔だ………この!!!」

 

一頭目の攻撃を刀で防ぐが、勢いが押さえきれない。そのまま押し返される。さらに、背後から来た二頭目とはまた別の三頭目の頭突きが俺の腹を直撃した。

 

「ぐ───はっ!!!」

 

強烈な攻撃を受けて後ろに倒れる。その上から狼が顔を突き下ろしてきた。

 

「づ…………ぅ!!!」

 

血刀でそれを押さえる。俺の血刀に噛みついている一頭の狼。しかし、狼はまだ七匹もいる。次から次へと俺に噛みついてくる。

 

「まずい…………っ!!」

 

このままでは対処する術がない。喰われる!!

二頭目の狼がやってきて、俺の左脚に噛みついてくる。獣の牙が俺の左脚の皮膚を貫いて肉を裂き、骨を砕いた。

 

「ぐ───あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

激痛にのたうち回る。喉の奥から自身の血が逆流してくる。血を引いた口を喰いしばって真上の狼を押さえるが、左脚がやられる。さらに、三頭目が俺の右肩を噛み砕く。

 

「づぁぁぁぁ………ぐぁぁぁぁ!!」

 

致命傷だ。このままだと何もできずに死に直行することになる。

 

「はぁ………はぁ………はぁ………」

 

まだ、まだなんとかできる………!!!なんとかして心を落ち着かせて、

四頭目。今度は俺の左脇腹に噛みついてくる。牙が突き刺さる。臓物を貫く大量出血と危機的状況を察知した脳から繰り出される強烈な痛覚反応。

 

「あ、ぁぁぁぁぁぁぁぁ………!!!!!」

 

これは、とても耐えられない。これは、かなり痛い。麻酔無しで手術をするのがどれだか辛いことか良くわかる。猛烈な痛みで意識が飛びそうになる。さらにもう一頭が左腕に噛みついてきた。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

押さえきれなかった苦悶が上がる。もういっそ殺してくれと思うほどの激痛に耐えられず、心ごと身体を打ち砕かれる。

終わる。何もかも台無しになる。ここで死んで、俺は─────

活路が見い出せない、機転が思い付かない。手詰まりから還れない。起死回生に届かない。

 

「あ─────」

 

何もかもが終わったと思ったその瞬間、

狼全員の動きが止まる。狼たちは目の前の俺(えもの)から、上空に視線を移す。

 

「な、あれ…………」

 

空中に一気に大量の細長い、筒のような形状をした巨大な楽器のようなものが出現する。筒の穴に、炎のようなエネルギーが充填される。

 

「は?は、は、ちょっと待て────」

 

それは一気に掃射され、突如現れた六つの楽器状独立式ブラスターは一斉に火を吹いた。

俺の視界一面が真っ白になる。気づいた途端、世界は青白い炎に包まれて俺は狼もろとも吹っ飛ばされた。

 

 

 

「ぅ………げほ、げほ、なんだ、今の」

 

ふらふらと立ち上がる。爆発は俺には直撃していない。俺を襲った狼だけがその炎に巻き込まれて一掃された。

カーラは、何処だ。どこで何をして、今の攻撃は……………

 

「───────!!」

 

向こうで人が戦っている。一人は言うまでもない、カーラだ。問題はその相手。カーラを相手に互角に戦う超人、アレは何者だ!?カーラよりももう少し濃い蒼色の髪。水色の服の上に紺色の上着を羽織った綺麗な女性。彼女はカーラに向けて俺を救った楽器状のブラスターを照射しながら、手に持った橙色のフランベルジュでカーラの太刀と拮抗している。

 

「チッ────!!」

 

「はぁぁぁぁ!!!」

 

その姿、シルエットを、俺は良く知っている。彼女は…………

 

「う、嘘だ……………そんなバカな………?」

 

なんで、こんなところに、彼女がいるんだ………?

 

「クロエ………先輩………!?」

 

俺でも敵わなかったカーラと互角に戦う女性、その正体は、俺のよく知る、学校の人物、クロエ先輩だった。




鬼人の血を引く朱毛の青年

中村白邪
性別 男性
身長 175cm
体重 58㎏
誕生日 4月26日
血液型 AB型
好きなもの もこもこしたもの、いい匂い、猫
嫌いなもの 騒音、自分勝手な人間
大嫌いなもの 冤罪、魔女狩りのように、悪くない人が罪を被せられること
武装 血刀、豪炎、第六感


人と鬼人の混血である中叢家の末裔。当主、絢世の弟。もはや人間とは思えないほどに鬼人の血が濃い。肉体は鬼人のそれにほとんど近く、生粋の鬼人の証である紅の髪と瞳を持つほぼ生粋の鬼人に限りなく近い存在であるため、鬼人として肉体が覚醒している。しかし、それだけ濃度の濃い血を多く含むにも関わらず、反転を無効化するほどの強靭な器のスペックと強力な自我を持っているため、暴走したことは未だ一度もない。

戦闘の際は自身の血から作られる130センチ大の血刀を愛用し、鬼人の腕力から繰り出される力強い一撃を叩き込む。ほぼ生粋ともいえる優れた鬼人の身体を最大限活用し、脅威的な速度と精度を持つ自己再生を行ったり、肉体を強化、補強して戦い、鬼人として非常に高い戦闘能力を誇る。

自分が人間とは相容れない存在であることを自覚しているために、人間とは異なる倫理観や道徳的価値観を持っており、自身や周囲の人間を想う人間とは異なり、自身や周囲の損得を顧みず一人の決まった人間の利害だけのために行動する傾向にある。目の前のことに執着する性格のため、一度決めたことを曲げずに貫き通したり、信念を力ずくでねじ込んだり、残忍冷酷な手段に出ることを厭わない、真っ直ぐで頑固な漢である。身内想いな心優しい青年だが、角のある口調や横暴で直情的な態度が災いして、普段は近寄り難い雰囲気であり、苦手に思う者もよくいるが、彼の根の良さを理解できる人間からすれば、かなり好印象の、ニヒルなお人良しならしい。
学校では整った顔つきと案外お人良しな性格の高校二年生。その男気から、学校じゅうの女子生徒、とりわけ上級生に人気があり、弟くん扱いやセミハーレム状態を受けているが、当の本人はあまり気乗りしていない。友人は古くからの腐れ縁である菊山紀庵のみだが、その代わり、その友情は彼のものとは思えないほどに成熟しており、ときには「兄弟」と呼びあうこともある。
わりと周囲からの評判は良いが、知らぬ間に女子生徒を惹き付けてしまうところもあってか、男子には好かれておらず、とくに若干粗暴な態度に教師が手を焼いているが、横暴なものの言っていることはいつも理に適っているので、意外と人間性としてはプラスに働いている。

ひとつのことに固執する性格は他にも影響を及ぼしており、幼い頃に大切な人たちを守るために実の父を殺害したことをいつまでも引きずっており、トラウマとして一生涯付き合うことになる。さまざまな物事からそれを連想し、自己嫌悪に苛まれたり、時には恐怖のあまり発狂して無意識のうちに暴走するなど、混血らしい歪んだ一面も持つ。


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退魔の血族

 

「クロエ先輩!?」

 

俺の驚愕の声は距離があるため、誰にも届かない。それでも俺はあまりの衝撃的な事実に叫んでしまった。

あの恐るべき戦闘能力。まさか、クロエ先輩も俺と同じ混血族なのか?

 

「貰った───!!!」

 

クロエ先輩の呼び出した管楽器から放たれる炎に巻き込まれてカーラは吹きとばされる。

 

「フッ─────」

 

しかし、カーラは一笑。いかに邪魔者とはいえ、強者に出くわしたことが相当嬉しいようだ。

 

「まさかな。いずれ退魔族がオレを狙うことは知れていたが、その参入は予想外だった。遂に来たか、凱逢(ガイア)」

 

ガイ………ア………?退魔族………?

その凱逢ってのが、退魔族っていうやつ……なのか……?

 

「えぇ。貴方の行動は看過できませんからね。わたしが直々に排除に参りました」

 

クロエ先輩は右手に橙色のフランベルジュを握りながらカーラという恐るべき怪物の前に恐れもせず向かい合う。

直感でわかる。彼女は明らかに、こういうことに手慣れてると。

動きが速すぎる。速すぎて、見えない。どこに居るかはわかるのに、その姿を捉えられない。観測者(おれ)がどこに居るのかを把握し、視線をそちらに移した時点で、彼女は既にそこから消えているのだ。これを鬼と言わずしてなんと言う。

 

「───退魔の血族。オレのような、人ならざる魔である混血族を排除する一族。しかし、凱逢と来たか。───凱逢。全国に存在する退魔の血族たちで構成された最大の退魔組織のうちの一つ、「両儀一派」の次期補佐役………このような大物が乱入するとは、オレはそれほどにまで危険な存在だということか。我ながら嘆かわしい。オレは力に呑まれた訳でもあるまいし、人の脅威となるには程遠い、自然災害程度のようなものに過ぎないと思っていたのだが。一般の退魔族では些か戦力不足だったか、黒依(クロエ)」

 

「いいえ。わたしたちの目的は貴方【だけでは】ありません。ですが、貴方もこの街の平和を脅かす猛烈な脅威。どのみち相手にするのです。ここで排斥しておくほうが早いでしょう?」

 

カーラがわざとらしく横目に俺を見つめてくる。ひょっとして、俺のことを警戒しているのか………?いや、あの眼差しにそんな意思は見られない。何に対する意思表示なんだ……?

 

「そうか。貴様の狙う混血は、オレだけではないというのか。合点が言った。複数の魔が蔓延れば、貴様らの詰まった鼻も、霞む瞳も利くものだろうよ。であるからして。こうして接触したならば、地獄まで追いかけるか」

 

「地獄までは結構です。わたしは貴方たち混血族、その全てを地獄に葬り去るだけで十分。堕ちてからのことなど、閻魔様にでも決めてもらってください。いいですか、混血族は全員、人に悪影響を及ぼす、人に害なす存在なのです。それをほったらかしにして、犠牲者が出れば、それらは全てわたしたちの責任。両儀一派次期首領補佐・凱逢黒依(がいあ くろえ)の名のもとに、その魂を打ち砕きます」

 

ガイア………クロエ………?それが………クロエ先輩の、フルネーム………?退魔の血族………俺やカーラのような、混血を狩る………だなんて………

 

「そうか。────だそうだぞ、そこの者。異論は在るか?」

 

カーラは俺の方に身体を向けて言ってくる。クロエ先輩は今さら、この場に残っていた傍観者の存在に気づいた。

 

「な、な、中村くん!?どうしてこんなところに!?」

 

「なにって、クロエ先輩が助けてくれたんじゃないですか。今ちょうどそこで狼に喰われてたところをクロエ先輩が助けたの、忘れたんですか」

 

「そんな、狼の群れを一掃しようとして管楽砲(ギャラルホルン)を一斉掃射したら、中村くんがいたんですか!?だ、大丈夫ですか!?爆発に巻き込まれませんでしたか?───じゃなくって!どうしてここにいるんですか!夜は危ないって言ったのに!!」

 

クロエ先輩はあれやこれやとあわてふためいている。

まずい、質問が多すぎて何から答えてやればいいのかわからない。

 

「連れか。ならば行くといい。なに、折角再開した連れに逢わせないほどにまでオレは鬼ではない」

 

カーラはそう言うと、太刀を仕舞って近くの柱にもたれかかった。

 

「な、中村くん───!!」

 

先輩が俺のところへ走ってくる。

 

「先輩───!!」

 

こうして、俺たちは合流した。俺はさっきの怪我のお陰で、走ることすらままならず、その場で倒れ込んだ。

地面に倒れ込む直前に、ひょい、と何かに支えられる。

 

「中村くんしっかり!!大丈夫です、傷は浅いですよ………!!」

 

「いや………先輩、どう見ても致命傷でしょこれ……」

 

どんな目してるんだ。気を遣ってくれたのはわかるけど、この重傷に気休めにはさすがに無理がある。

 

「ど、どうやってここまで生き延びたんですか………!?」

 

「いや………ちょっと偶然会った人に助けられて………それで………なんとか……………。いや、まぁ、その人に連れられて来たんですがね………」

 

「傷を治療……………あ、えぇぇ!?」

 

「────え?何ですか」

 

「傷が、再生…………」

 

ふと目をやる。あれ、血が止まってる。早いな。昨日よりも再生が圧倒的に早くなっている。出血多量もあって、脱力感はあるが、それでも痛みなどは消えていて、戦うには問題ない。

 

「先輩………離してくれ」

 

先輩から離れる。体勢を整えて、カーラを見据える。万全なのを察したからか、カーラももたれかかっていた柱から離れる。

 

「カーラ────!!!!」

 

手から血刀を高速で造りだし、一直線、最短ルートでカーラに切りかかる。カーラも同時にその長い太刀を抜刀し、空中に氷の槍を作り出す。

 

「────っ!!」

 

床から氷の棘が突き出てくる。まずい、カーラに夢中で、ぜんっぜん気づか………

 

「うわぁぁ!!!」

 

突然、身体がふわっと宙に持ち上がる。クロエ先輩が俺を抱えあげ、そのまま跳躍して棘を回避したのだ。なんて冴えた動作だ。こんなの、俺にもできやしない。

先輩はブレのない着地をして、ゆっくり俺を降ろす。

 

「もう!なにやっているんですか!中村くんは危ないから来ないでください!本気で死にますよ!?」

 

「だ、だって、先輩、俺─────」

 

「もう、あっちで安静にしててください!こっちもう一回きたら気絶させてでも大人しく安静にしてもらいますからね!」

 

いや論理が完全に破綻してるじゃん…………

俺は、先輩に任せていいのだろうか。なんだか、足りない気がする。

先輩に気絶させられるのは勘弁なので、渋々と広間の隅にちょこんと座り込む。向こうでは先輩とカーラが激しく争っている。

 

「はぁ……………」

 

なんだろう、俺、自分がクソ野郎に思えてくる。指示には従っているから、問題ないんだけど、なんだか、先輩に闘わせておいて、自分はここにいるとか………なんだか、

 

「あー、美味しい………てか、この工事作業員用自販機、エナジードリンク110円じゃん、ラッキー」

 

買ったばかりのエナジードリンク飲みながら俺は人外同士の戦闘を観戦していた。

前々から思ってたけど俺って相当なクズだよな!?

 

「いや、これきつくないか……?先輩、押されてるな………」

 

確かに先輩は俺よりも強い。カーラの攻撃をものともせず弾き返している。さっき管楽砲(ギャラルホルン)って言ってたな。それを片っ端から撃ち込んでカーラを追い詰めながら、フランベルジュで斬りかかる。だが、クロエ先輩の剣はなかなかに単純だ。威力も経験も、俺を越えているが、大振り………とまではいかないが、若干技量が乗っていない。フランベルジュは扱いにくい。火力優先であるだけあって、波打つ刀身を自由自在に扱うには、剣術とはまた別で経験や努力、修行を積み重ねなければならない。

対して、カーラの長太刀は止まることを知らない。容赦なく華奢な少女の振るう剣を弾き返し、その隙を付いて強烈な一振を浴びせる。大剣とか、世界一扱いにくい武器をよく軽々と操れるな、ヤツは。

 

「血刀に俺の血塗ったらどうなるんだろ」

 

一方で俺はその様子を見ながら自分の身体を弄って遊んでいた。自分の鬼人の身体が、どこまで自由度の高い身体なのか確かめていた。狼にやられた左腕の傷口がまだ塞がっていない。そこに血刀の側面を擦り付けて、血刀に重ねて血を塗る。

 

「まぁ、補強とか、研磨とか、その程度の効果かなぁ」

 

血で強化した刀をぶんぶんと素振りしてみる。さっきとなんの変化もない。

 

「なんだ、なにも起きないのか、どうせなら飛び道具とか出せたら嬉しいんだけどなぁ」

 

俺もカーラみたいに遠距離攻撃ができたらいいんだが、そんなに現実は甘くないと。

そうだそうだ、あっちどうなった?

 

「はぁぁぁぁぁぁ─────!!!」

 

「ッ─────」

 

向こうではやはり先輩とカーラの戦いが続いていた。

先輩は所々負傷しているが、それはカーラも同じ。一進一退の攻防。カーラも先輩もほぼ同じダメージ。俺があれほど全力を出しても、先輩以上の怪我を負おうと、カーラに一撃も与えられないというのに、先輩は俺より少ないダメージでカーラに何撃も与えている。

 

「しまっ──────」

 

突然、高速で動く先輩が停止する。

 

「はぁ、はぁ、やるな、活きの良い女だ。あれほどの俊足で動きながら、停止も減速も息切れもせぬとは。子供を産むからか、女性は精力が多いのだろうな」

 

そこには、脚が氷漬けになったクロエ先輩がいて、その真上に氷の槍が存在していた。しかもクロエ先輩の目の前に、太刀を構えるカーラがいる。

 

「やっべぇぇそりゃまずい!!!おい、ちょ待て!」

 

すぐに立ち上がって先輩の方に駆け出す。ヤバイヤバイヤバイヤバイ、このままじゃ、先輩は串刺しだ………!!!!!

 

「待ちやがれぇぇぇぇ!!!この!!!」

 

血刀を握りしめる手に力を籠めて、全力で振り上げる。

 

 

 

 

────瞬間、更なる奇跡が起きた。

 

 

俺の振り上げる刀に、禍々しい光が集束する。感電するかのような、テスラコイルに電気が貯まるかのような音が鳴り響く。

 

「ん───えぇぇぇ!?なんだこれ!?」

 

刀の刀身が赤く染まっていく。もともと赤いが、赤黒かった刀身から、覚醒したときの俺の髪のように、仄かに明るい光をもつようになっていく。紅い稲光を伴って、俺の武器が赤く輝く。

 

「血ぃ塗ったからか!?」

 

「なんだ─────!?」

 

カーラが意味不明の攻撃に警戒心を顕(あらわ)にする。その表情には、未だかつてないほどの焦りが見える。「この男は、まだ切り札を隠し持っている」と。

よくわかんねぇけど、これ、すっげぇ致命的な一撃になるんじゃないのか!!!

 

「カーラ───────!!!!!!」

 

両手で押さえた刀を振り下ろす。

ぎっくり腰を起こすほどの、腰のツイストから繰り出される、上半身全部を使った渾身の振り下ろし。腕を振り下ろす勢いを遠心力に乗せて更に力を加える。血を全て腕に注ぎ込む。

 

「てやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

残った体力を全て費やすのと引き換えに、俺は過去一番の強烈な一撃を繰り出した。

カーラの太刀すら届かない遠距離から振り下ろされた俺の一撃は、当然命中しなかった。

だが、俺の第六感が言っている。「この攻撃は、カーラのリーチの外側から繰り出しても命中する」と。なにも統計も検証も資料もデータもないのなら、己の直感を信じるしかない。信憑性こそ欠けるが、自身の安定性については、これ以上のものあるまい。

そして、俺の直感は、的中することになった。

俺の振り下ろした刃の軌跡に乗せるように、斬撃の残像から、けたたましい爆発音と共に、真っ赤で力強く、そして禍々しい、灼熱の豪炎が吹き出た。爆発を伴った巨大な焔の波が、10メートル先のカーラを襲う。

 

「なんだと─────!!!!」

 

俺の爆発的な豪炎は床を粉々に砕き、柱や岩盤を吹き飛ばしながら、遂にはカーラの氷塊すら焼き尽くして、氷の壁を貫き、カーラに直撃した。

 

「ぐぉぉぉ…………ぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

予想外の一撃。回避する術はないし、まさかまさかのガード不能攻撃。いわゆる初見殺しを防ぐことは、この最強の戦士にすら不可能だった。

カーラは壁際まで吹き飛ばされ、背中から柱に激突した。柱にヒビが入って、カーラはそのままうつ伏せに倒れ込んだ。

 

「中村くん!」

 

今の爆発で氷が破壊されたことでクロエ先輩が解放された。先輩は俺に向かって走ってくる

 

「はぁ………ぜぇ、はぁ、はぁ………ヴ……ぁぁ………」

 

体力を使い果たしたことで、立つ気力と体力も尽きた。剣を杖代わりに身体を支えて、途切れそうな意識を固める。

 

「げ………ごばぁづづ!!!」

 

限界を越えた身体の酷使、これ何回目だ。これ、俺当然のように身体を壊すほどに体力使っているけど、これハッキリ言ってかなりキツイ。死にそうになる。

限界を越えすぎて、遂に俺への代償ダメージは中身に影響を及ぼすようになり、俺は大量の血を吐いて倒れ込んだ。吐瀉物とは比べ物にならないほどの血反吐。バケツをひっくり返したように、血が溢れ出た。

 

「中村くん!!しっかり!!大丈夫ですか!?」

 

だからさ、大丈夫なワケないじゃん。1500ミリペットボトル1本分の血を吐いて、大丈夫な人間いたら連れてこい。

クロエ先輩が俺を心配する声が聞こえるが、何を言っているのかわからない。ここが何処かも忘れている。意識が朦朧としていて、今自分がなにをしようとしたのかも忘れた。脳に血が足りていないの一旦仰向けになって倒れて、身体を休める。

 

「先輩、大、丈夫……だか……ら、今は………休ませて………く…………」

 

「………わかりました。あまり、無理はしないでくださいね。────それと、助けてくれてありがとうございます、中村くん」

 

「なんだよ………助けて貰ったのは、俺の方……ですよ………」

 

脳の機能が低下したのだから、当然眠たくなってくる。一旦、少し休もう。

けど、その前に……………折角安かったエナジードリンクを……………

 

「あぁ………おいしい………」

 

今、缶を手にとってそのまま口に運んで飲みきったのが限界だった。俺は眠るように、意識を閉ざして、ひとまず無理をした自分の身体をいたわることにした。

しかし、これは天国か。クロエ先輩の腕の中で眠るとか………

 

「はぁ──────」

 

ひとつ大きな息を付いて俺は眠った。

さて。先輩の腕の中なら、俺何があっても絶対起きないからな。




両儀一派を支える蒼色の退魔の少女

凱逢黒依(クロエ)

身長 167cm
体術 48㎏
誕生日 3月20日
血液型 O型
好きなもの 音楽、猫
嫌いなもの 不潔な物や場所
大好きなもの ハンバーグ
武装 フランベルジュ、管楽砲(ギャラルホルン)


退魔の血族、凱逢の末裔。凱逢は退魔四家である両儀家を中心とした対魔組織、「両儀一派」の次期首領補佐となる家系であり、その一人娘であるクロエは事実上の両儀家次期補佐役である。
凱逢は近親での交配を行わず、ただ身体を鍛えて、そして凱逢家が開発した対混血最終兵器の管楽砲(ギャラルホルン)を使用して混血を圧倒している。
クロエも同じくその伝統に乗っ取った、ギャラルホルンとフランベルジュによる攻撃を主軸に混血と戦う。

現役高校三年生であり、学校ではクロエ先輩の愛称で親しまれており、その整った容姿と物腰軽さから下級生からの絶対的な人気を誇っており、教師側からも頼りにされている。抜けているところもありながらお人好しであり、困っている人を見たら助けずにはいられない性格である。
偶然出会った中村白邪のことを気にしており、昼行灯かつ野暮天で危なっかしい白邪を心の底から心配している。
退魔の血族というだけあって、冷酷な一面も見せるが、本当はただの優しい少女なのである。

作中では白邪の運命を大きく左右する超重要人物として取り扱われ、今作のメインヒロイン。カーラ・アウシェヴィッチから白邪を救ったが、彼女の目的はカーラを仕留めることだけではないらしい。混血族を殺すことを生業とする退魔の血族。その中でも特に強力な家系、凱逢の末裔である彼女の狙う真のターゲットとは一体…………?


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若草

 

「う…………ん…………」

 

俺は唐突な吐き気に襲われて目が覚めた。

 

「ここは…………」

 

カーラと闘った地下はどこだ。固いベッドだと思えば、これは、ベンチのような木の椅子だ。

 

「……………!!」

 

れ、礼拝堂!?なんで…………ここ…………この気配……アスナの教会の礼拝堂だ。俺はさっきまでカーラと闘っていたはずなのだけど───

 

「やほ、居眠りイケメンくん」

 

真横から声がしたと思って、俺は椅子の上で仰向けに寝転がりながら、頭だけその方向に向ける。俺の前の椅子から、若い男が顔を除かせている。

男はアスナと同じ雰囲気を持つ神父……?だ。黒いカソックに身を包み、ライム色の綺麗な髪色。瞳は空色で、カソックの上に、髪と全く同じ色のフード付きマントを羽織っている。

 

「誰だお前」

 

俺は男………というよりかは青年か。………に警戒心丸出しで話しかける。

 

「おっと、ストップ ジャスト ア ミニッツプリーズ アーユー おっけー?僕は怪しいものではないからね。きちんとこの教会でお仕事をしている社会人だから」

 

「嘘つけ、そんなクソみたいな英語話す神父がいるかボケ」

 

初めて聞くわ今の英語。

 

「さてさて、自己紹介いっとく?僕はフィエルォレイン。聖堂教会の代行者。まぁ、世間さまでは、洗礼名の「ヨエル」で呼ばれているよ。君は?」

 

そう言って、いかにも怪しい者、ヨエルは俺に名前を尋ねてくる。

 

「中村白邪。一般人だ。それで?何で俺はこんなところにいるんだ」

 

「あー、それなんだけど、僕がここへ運ばさせて貰ったよ。クロエの指示だよ。クロエがね、「この少年を保護してください」って僕に渡してきたんだ。けれど、大丈夫だよ。こんなんだけど、僕は強いから。あとここアスナロの教会だし」

 

くっ、こいつなんかクロエ先輩の声マネめちゃくちゃ上手い………男があんな高い声出せるのか、声帯広いなコイツ。

 

「先輩とアスナのこと知ってるのか、お前」

 

「もちろん。クロエは僕のお仲間だし、僕はアスナロの代理みたいなもんだからね。それより、君の方こそ、アスナロのことを知っているんだね」

 

「あぁ。毎日仕事を押しつけられているぜ」

 

「なるほどなるほど、君が新入りくんか!夜路死苦ね、いつもお疲れ様だ、僕も彼女の代行者としての仕事を全部任されているんだよぉ。君は多分シスターとしての仕事を担当しているのかな?」

 

当然のように肩組むなよおい。アスナの野郎、いろんなやつに仕事押しつけてるんだな。ていうか、ヤツが言ってた「違うことしているアイツ」ってヨエルのことなんじゃねぇのか。

 

「おい、お前みたいな代行者ってのは、吸血鬼を倒すんだろ?吸血鬼について、何か知ってないのか?」

 

「知らないよー」

 

訊いた俺がバカだった。

 

「僕はね、この吸血鬼事件の犯人を追って、十何人かの仲間たちと一緒に探していてね、それで見つけて闘ったのさ」

 

どうやら、コイツは吸血鬼を見たそうだ。

 

「どんなヤツだった?」

 

「覚えてないね。何せ、あの時、僕は寝ていたからさ。戦闘が始まる直前かな。眠くなったものだからみんなと別行動を取って僕はこの教会に残って眠っていたんだ。そして、目覚めて現場に行ってみたらなかまたちは全員死んじゃってたさ」

 

「───────」

 

壮絶な過去に思えるが、マヌケすぎる。どこまでマイペースなんだこの男は。

 

「さて、お遊びはここまでにしてと。ちょっと茶番劇始めよっか」

 

いや、同じじゃねぇか。

 

「言い忘れてたんだけど、今ここヤバい状態でさぁ。アスナロが今頑張ってるんだよねぇ」

 

「は?何、どういうことだよ!?」

 

俺は勢いよく椅子から跳ね起きた。

 

「いやさぁ、どうもさぁ、この教会、包囲されちゃったんだよねー、死者に包囲されたんだよー、今外でアスナロが闘ってる。僕は君が目覚めるまで面倒見ておけって言われたから見てたんだけど、そろそろやばいかも」

 

それ先に言えよバカ野郎!!………と言おうとした瞬間、窓が割れて、外から何かが入ってきた。

 

「なんだ!?」

 

「死者だね、君は奥で自分の安全を守るんだ。まぁ、僕といれば、死ぬことはないさ!」

 

扉が開けられて、大量の死者が軍隊行進のように押し寄せてくる。その数、50体、60体近く。俺ですら震え上がるほどの量だ。俺もこの数を仕留めきれる気がしない。

 

「さぁーて!準備運動始めようか!」

 

そう言って、ヨエルはラジオ体操第二を一人で勝手にやり始めた。日常ならばなんで第二やるんだよと言いたくなるところだが、今は状況が違う。そもそもなんで体操してんだよと思ってしまわざるを得ない。

体操している余裕など一秒たりともない。王者の風格というヤツか?

 

「何やってんだよバカ!!死者がどんどん来るだろうが!!」

 

死者は変人を前にしてもプログラム通りまっすぐ進んでいく。

 

「あー、ちょっと。上から来るよ~気をつけて!」

 

ヨエルがそう告げた瞬間、死者60体は一斉に倒れた。

そのすべての背中に、金色の針のようなものが刺さっている。

 

「僕はヨエル!聖堂教会随一の天才剣士!この僕の黒鍵の前に切り伏せられたいものは、いつでもいくつでも来い!!」

 

ヨエルの手には、針かと見間違うほどに細い刀身を持つ絶望的なまでに細身の剣が握られていた。

どうやら、死者がやってきた瞬間、上からそれが降ってきたのだろう。

アイツ、投擲してたか?投げる動作なんかなかったぞ。先に設置してあったのなら、俺の第六感が嗅ぎ付ける。目に見えぬほどの、停止しているように見えるほどの速度で60本近くの剣を投擲していたようだ。

 

「さぁさぁ、白邪くーん、外出るよ!外に死者200体ぐらいいるからね!」

 

「はぁ!?ざけんなよ!?俺行きたくねぇよ!」

 

「どぅーのっと うぉーりー あばうと えくすきゅーずみー ふぉあ ゆー!200なんて敵じゃねぇぜやっふーい!!」

 

ヨエルは意味不明なカタコト英語を口にしてから我先にと礼拝堂を一人出ていった。

 

「ちょ、待てよ!」

 

俺もヨエルに続いて礼拝堂を出る。

外に出た瞬間、

 

「危ない白邪くん!!」

 

「なんだ?───って、どわぁぁぁぁ!!」

 

い、いま、爆発みたいなの起きなかったか!?気がつけば、そこらの地面は抉られていて、猛獣のような巨大な爪痕があった。

そして、そこには、アスナが素手で死者と闘っていた。ヨエルも大概化物だったが、アスナはそれ以上だ。爪で死者を片っ端からブチ殺している。それならまだしも、問題はその破壊力。攻撃は素手と爪だけのはずなのに、そこらじゅうのタイルなどが砲弾を受けたかのように粉砕されている。死者たちも体内で爆弾が爆発したように文字通りバラバラに吹き飛んでいく。

そして、その先に─────

 

「あ、アイツは…………!!!」

 

月光を背に一人の男が立っている。

 

「みーつけた!白邪くん!ヤツの顔を覚えておいてくれ!【アレが吸血鬼】だ!!」

 

「あ、アイツが………」

 

アイツが、この街を恐怖に陥れた吸血鬼なのか!?青毛の男だ。青さはクロエ先輩やカーラよりもずっと青い。群青色といったところか。カーラは言った。俺をあの病院地下に連れてきた青年たちは、自分が脅したわけではないと。青毛の男は、自分ではないと。だとしたら………コイツが………

白いシャツの上に紺のカーディガンを着ていて、その上に黒くて長いコートを羽織っている。コイツが………吸血鬼なのか?

 

「コイツを………」

 

「白邪くん、君、闘える?」

 

「おう、当たり前だ」

 

この期に及んで、逃げている場合か。意地でも俺は闘う。街の人々を救うために……!

 

「なら、君は駅前広場に行ってほしい。カーラはあそこにいるはずだ。吸血鬼は僕たちでとめる。君はクロエを、彼女を助けてほしい。大丈夫!君ならできる!若いうちはなんだってできるもんさ!さ、行った行った、頑張ってくれよ!!」

 

ヨエルは俺の背中を押し出して、町中に向かわせた。

 

「頑張って、白邪くん、貴方ならできるわよ!」

 

俺はヨエルとアスナを信じて死者の列の中を駆け抜ける。走りながら血を溜める。

 

「出ろ!」

 

血刀を作り出す。そのまま死者を片っ端から斬り倒し、教会の門につく。

男は俺には目もくれていない。俺が門の外に出るのを阻むつもりもないようだ。

 

「実に800年近く生き永らえてきたが、おまえのような男は初めてだ」

 

「──────────」

 

男はそんなことを言っていた。

 

「…………待ってろよ、俺の仕事が終わったら、すぐにお前を殺しにいくからな」

 

「────期待せずに待つとしよう」

 

男はそんな風に嗤っていた。

教会を出て、駅を目指す。一直線道なりに坂道を降りていくだけの簡単なルート。空模様が怪しい。空に浮かぶ灰色の雲。これは、雪雲か?カーラの活動においても、雪雲が出たことは一回もない。

さっきからずっと思っていた。何故月は今少しずつ欠けていっているというのに、カーラはどんどん強くなっているのか。

カーラも俺と同じように、力を行使すれば、血の性質に寄っていく。つまり、カーラはどんどん生粋の人狼に近づいているのだ。血の量や濃度は変わらなくても、器がその血の性質に適応するようになった場合、カーラはほぼ生粋の人狼になる。

俺の親父のように、精神が肉体に食い尽くされて、理性を保てなくなる。ヤツに狼のような耳と尻尾があったのはそういうことだ。精神はおろか、肉体そのものも人狼に変化している。俺の肉体は、人間のカタチを保ってはいるが、間違いなく運動能力などは変質している。

現に俺は、脚に血を流していないのに、乗用車と同じくらいの速度で走っている。時速およそ30~40キロ。一般車道を走行する乗用車ジャストスピードだ。それほどのイカれた速度で走っているにも関わらず、俺は息切れすら起こしていない。

ありがたい。これならすぐに、クロエ先輩のもとへたどり着ける。カーラと闘うことができる。

 

「待ってろよ、先輩。俺が今すぐ助けに行くから……!!」

 

不思議だ。知らぬ間に、俺は目的を見失った。

【俺】はなんのために走っているのか?

 

 

───それはカーラと闘うためだ。

 

 

では、【お前】はなぜ今カーラ・アウシェヴィッチと闘う必要がある?

 

 

───それはクロエ先輩を助けるためだ。

 

 

では、なぜ【俺】は凱逢黒依を助ける必要がある?

 

 

───それは…………

 

 

なぜだ。凱逢黒依は退魔の血族。カーラは言うまでもなく、そしてお前のことも狙う者。お前を狙い、お前を殺そうとする者だ。

 

 

───違う………!!

 

 

違わない。退魔の血族はすべての混血を殺す者だ。お前であろうと例外ではない。なぜなら、お前は【混血】なのだから。敵に塩を送って何になる。お前が凱逢黒依から逃げきれる可能性を下げるだけだというのに?

 

 

───それは………

 

 

 

自問自答の末に葛藤(エラー)を確認し、道の真ん中で立ち止まる。確かに、俺はなんでクロエ先輩を助けようとしているんだ?助けたところで、協力してカーラを倒したところで、俺もカーラと一緒に殺されるだけだ。

俺は自分を生かしておきたければ、クロエ先輩を見捨ててしまえばいい。運がよければ、カーラはクロエ先輩を殺し、俺はクロエ先輩から逃げきることができる。いずれカーラとやり合うとか、そんなものは後の話として。

けれど、なぜか俺はそれが許せない。自分にその妥協を許容できない。なぜか?

俺の、「クロエ先輩を助けたい」という意志は、存在の違いとか、そんなものの次元を越えている。もっともっと、根本的なことだ。

俺はただ、クロエ先輩の力になりたいだけなんだ。初めて会ったあの日。鳥小屋の一件の時。あの時に、俺に助けられたクロエ先輩が見せた笑顔。あれを見てしまった瞬間から、俺はとっくにイカれてたんだ。なるほど、暴走しているといえばそうかもしれない。俺はとっくのとうに、感情が暴走していた。

誰かを欲しいと思ったことは、今まで一度もなかったというのに───




若草色の剣士、その名は若草

ヨエル
性別 男性
身長 179cm
体重 59㎏
誕生日 12月24日
血液型 B型
好きなもの 寝ること
嫌いなもの せっかち屋
特技 剣術、ロングスリーピング、ショートスリーピング
武装 黒鍵(ヨエル専用仕様)


聖堂教会の代行者。本名はフィエルォレイン。黒いカソックに、ライム色の髪とストラ、フード付きマントが特徴で、その色合いから、一部の者からは「若草」と呼ばれている。
物語の舞台である乙黒町で起きている吸血鬼事件に関わった死徒を討伐するために十数名の仲間たちと共に出動したが、寝落ちしている間に仲間が全滅してしまい、現在は一人で街をうろついている。もともと乙黒町に住む代行者であり、ルージュ・アスナロの教会の付近で生活している。白邪はアスナロに【シスターとして】の仕事を押し付けられていたが、ヨエルはアスナロの【代行者として】の仕事を任されている。寝落ち中に仲間が全滅したと言う過去からわかるように、極度のマイペースと優柔不断、極楽蜻蛉であり、責任感に欠ける、最悪の社会人。

しかし、代行者としての腕は確かであり、武装はなんと黒鍵のみ。………にも関わらず、黒鍵のみで数えきれないほどの死徒を討伐している。二十七祖の討伐記録はゼロだが、やってみれば相性次第でソロ討伐も夢ではないらしい。現時点で、埋葬機関から最もスカウトされる可能性の高い代行者のうちの一人で、こと剣術に関しては教会で一位二位を争うとされている。
「剣の死徒なら、埋葬者よりも若草の方が手っ取り早い」と言われており、剣使いの死徒を相手にする際、埋葬機関よりも先にヨエルに出動要請が出るらしい。
ヨエルの黒鍵は特別仕様となっており、通常は赤い柄からレイピアのような刀身が現れるが、ヨエルの黒鍵は柄が通常の黒鍵よりもさらに細く、刀身が金色になっている。それを作るのも当然教会なのだが、ヨエルはそこまで入れ込まれている訳だ。

クロエの剣の師であり、教会屈指の剣豪として名を馳せており、その恐るべき実力を大司教に買われ、洗礼名として預言者の名である「ヨエル」を授かる(ちなみに教会において預言者の名を授かるなど、絶対にあり得ない話である)。
代行者ヨエルになってから、「黒鍵会」という、いかにも暴力団組織のような名前の機関を設立し、黒鍵を使用する代行者を任意かつ無料で招き入れて、剣の指導や黒鍵談義や黒鍵に関する性能や仕様の改善などについて話し合っている。予算はゼロ(全額ヨエルが負担)と言うこともあってか、会員数は数百人にまで上っている。
現在、黒鍵を使う代行者の多くが使用している赤い柄のモデルは古来から定められているものだが、扱いやすいようにヨエルの案とアイディアを元に改良したものを使っている代行者もいるらしい。

────これは全てが終わった後の話だが、後に埋葬機関七位となる代行者、シエルもこの黒鍵会に加入したらしく、同時にシエルの弟子兼相棒の代行者ノエルが使用する黒鍵こそ、ヨエルが改良した近代黒鍵である。


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20話記念 教えて ヨエル先生

 

 

 

 

 

???「ハロー!エブリワン!イッツ スピードワゴン イン ザ グレイテストショーマン!!かねてنهارك طيّب!」

 

???「あ、今のはチュニジアの「こんにちは」ニャ、またひとつ賢くなりましたねぇ、読者の皆さん」

 

???「さて!皆さんの多大なるご支援の結果、月姫 零刻も20章目に突入いたしましたー!さてさて、このコーナーはバッドエンドにたどり着いた白邪くん、ではなく、皆さんにいろいろと創作裏のおはなしをしていくだけの茶番コーナーでございますっと。お祝いの回ですので、読者の皆さん、是非最後までお付き合いいただけたらなと思います。僕の名前はもちろんご存知ですよね?そう、本編でほとんど出番のなかったキャラ第一位、ヨエル先生でーす。そして、こちらが」

 

???「ボンジュール諸君、このおふざけコーナー限定で出演する、月姫 零刻のメインヒロイン、月姫 零刻人気投票(そんなのない)第一位、そう!このアタシ!ネコアスナである!!」

 

ヨエル先生「はい、この通り、僕らが集まったらボケに収拾つかなくなるのは百も承知なんですが………まぁ、楽しければそれでウィーアー オーケーってことで」

 

ネコアスナ「ところで、このメンツ、どっかでみたことないかニャ?アタシ、超、心当たりあるんですけど」

 

ヨエル先生「もち。そのためのメンバーなんだからねぇ。あーあ、いずれどっかの猟奇作品に「与得留美子」とかいう先生キャラでないかなぁ………」

 

ネコアスナ「出るわけないニャ………現実はいつもアタシたちにばかり厳しい。いらないときに願いが叶い、欲しいときに願いが叶わない、これが自然の摂理だぜベイベー、読者諸君」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ヨエル先生「さて、今回は本編では語れないような創作秘話について語っていきたいと思います!」

 

ネコアスナ「創作秘話………ネコアスナ誕生の秘密と来たか……!!まさかまさかのスペシャルエピソードと来ましたカァぁぁ!?」

 

ヨエル先生「うるしゃい」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ヨエル先生「読者の皆さんもお気づきかとは思いますが、白邪くんとクロエの名前の秘密とか、お気付きの方いらっしゃいます?」

 

ネコアスナ「ふっ、アタシは誰よりも早く気付いていたニャ。まったく、わかりやすいったらありゃしない、この程度の作者とは………」

 

ヨエル先生「その心は?」

 

ネコアスナ「すんません調子乗りました」

 

ヨエル先生「ハハハ、おもしろーい!(右手に竹刀)」

 

ネコアスナ「ウニャァァァァァ!!!」

 

ヨエル先生「まぁ、漢字に直したらわかるんですが、「白邪」と「黒依」。「白黒」っていうね」

 

ネコアスナ「ふーむふむ、ギルティボーイとセクスィガールのカップリングでまさかの白黒ですか。まさか伏線になったりしないよねぇ?アタシ、そーいうのには敏感なのだよ」

 

ヨエル先生「まぁ、伏線については作中でどんどこ出てきているよね。白邪くんやクロエについてはともかく、他のキャラについては結構なもの入ってるからね、今後の展開に大きく関係してきそうだ」

 

ネコアスナ「そもそもー、アタシこの作品の展開ほとんど知らないのよ。ボーイミーツガールみたいな感じだったのはアタシもわかってるけど、敵とか、いーまいちよくわからん所在でございます」

 

ヨエル先生「はーっはっは。よく読んでいない証だね」

 

 

◆ ◆ ◆

 

 

ヨエル先生「さて、駄文すぎてそもそもこの月姫 零刻がなんなのかよく解らない人も多いでしょうから、今一度、これまでのあらすじを確認していきましょう。

 

主人公は中村白邪という混血族の高校生。名門、遠野家の、「人間としての側の血」を引き、その人間の血に鬼人という種族の血を含んだ混血であります」

 

ネコアスナ「まぁ、要は遠野と同じように鬼の血を引いた人間ってコトでしょー、アタシもわかるよそのくらい」

 

ヨエル先生「人間の血って言ってるやん。中村はもともと中叢という血族で、まだ旧い人間時代の遠野家が鬼と交わる一代前からの分家筋であるため、鬼の血は引いていない。けれども、後世になって、鬼人との間に子孫が産まれてしまい、それが後世にあたる中村家となっている。遠野とは一応親戚ではあるものの、鬼の血を引いているわけではないから、遠野の血を引く、という意味ではちょっとイメージと変わってくるかもしれない。あくまでも、遠野の人間側の血を引いているってこと」

 

ネコアスナ「どのみち混血ってことかニャ。それで?遠野とはどれくらいの距離感なのかニャ?志貴たちのことは知っているのかニャ?」

 

ヨエル先生「遠野とは定期的に顔を合わせているらしく、距離はかなり近い。けれども、残念ながら、このときはまだ志貴や秋葉は産まれていない。何せこの時代は遠野志貴がアルクェイドと出会う25年前。志貴や秋葉はおろか、シエルやノエルすらも産まれて間もないくらい。物語は11月でノエルの誕生日はクリスマスだからおそらくノエルはまだ産まれていないかな。このときの遠野当主は秋葉や四季の父である遠野槇久。槇久の旦那の愛称で白邪くんからは呼ばれている」

 

ネコアスナ「時代を感じるぜおい。時代的に、槇久はまだまだ元気なご様子で」

 

ヨエル先生「このときの槇久は24歳。まだまだ元気で、反転や暴走を起こしにくいご様子だね」

 

ネコアスナ「何事も健康第一ニャ、覚えておくんだね読者諸君」

 

ヨエル先生「さて、そんな白邪くんはある日、クロエという上級生に偶然出会い、手伝いをしたことで知り合いになってしまう」

 

ネコアスナ「うーん典型的な出会い方、もっとこう、衝撃的な出会いとかなかったんですかー?」

 

ヨエル先生「それは作者が一番言いたいんだろうから言わないであげて。……さて、そんな優しいクロエに白邪くんは一目惚れ。特別な日常を送ることになった白邪ですが、街では吸血鬼と人狼による殺人事件が起きていることを、白邪くんは知ってしまいます。罪のない人が犠牲になるのが大嫌いな白邪くんは感情的に怒り狂い、吸血鬼と人狼両方を倒すことを決意します。こうして、白邪くんの戦いが始まるのです。白邪くんが初めて出会うことになったのは人狼の方。人狼の名はカーラ・アウシェヴィッチ。人間と人狼の混血です。カーラは北欧の方から餌を求めて日本にやってきたそうで、町中の人間を、つれてきた狼たちと共に食らいつくし、たくさんの人々を殺害していたのです。白邪くんとカーラの闘いは熾烈を極め、白邪くんはピンチの末に、無事に一度撤退に成功しましたが、その次の日、白邪くんは再びカーラに遭遇することになります。白邪くんとカーラの再戦でしたが、またもや白邪くんはカーラに追い詰められます、その時、クロエ先輩が現れ、白邪くんを命の危機から救います。クロエ先輩は混血の一族を倒すことを生業とする退魔の血族。クロエと白邪くんの二人は街じゅうを危機に陥れる事件を解決できるのか?そして、白邪くんとクロエの二人の関係性の行方は……?

という感じでございます」

 

ネコアスナ「まぁ、アレ、要は、月姫の前日譚ってことでしょ?」

 

ヨエル先生「【読み方によっては】そうとも言えるね」

 

ネコアスナ「ニャンすかその曖昧な言い方」

 

ヨエル先生「まぁ、それは続報をお楽しみにってことで」

 

ネコアスナ「一応時代的には矛盾らしいものはニャい気がするけど、うわ、これ怪しーってのは今のところニャいもんですなぁ」

 

ヨエル先生「そうかな?お気付きの読者も多いと思うけどね。もう一回、【あの人物】が初めて登場するシーンを読み返すと、秘密が隠れていたりするけど。まぁ、彼女の秘密は後半で明らかになるだろうけど。おっと、ヒントを言っちゃったかな」

 

ネコアスナ「ふーん、このコーナーにも伏線隠れていたりするかニャ?」

 

ヨエル先生「いや、それ、伏線になるのか?」

 

ネコアスナ「まぁ、本編ではいろいろな伏線がこれから回収されていくと思うから、アタシはそれを楽しみに待つとするかニャ。では、諸君、今日はここまで、次回もまた本編の時空のハザマ、40話記念で会うとしよう!!バイニャ、シーユーアゲイン!!」

 

ヨエル先生「40話も続いたらの話だけどな!!」

 

 

 

 

 

 

 

次回もお楽しみに!!



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絶対零度

 

俺は街中を走り続けていた。住宅街を駆け抜け、坂道を降りて街に向かっていく。

我武者羅に、真っ直ぐに、風を切るように駆けていく。

駅前広場が見えてきた。

 

「着いた───!!!」

 

駅の入り口付近にたどり着いて、周りを見渡す。カーラは何処だ。駅の北には何もないため、駅の中を潜り抜けて南に出てみる。

 

「な──────っ!?」

 

駅前南広場は変貌していた。ここが駅であったことを忘れてしまいそうだ。

空を覆う灰色の巨大な積乱雲。吹き荒れる猛吹雪が視界を遮る。吹き荒れる強い突風で吹き飛ばされそうになる。

寒い。かなり寒い。ホテルとは比にならない極寒。

その奥に、カーラがいるはずだ。クロエ先輩が闘っているはずだ。俺は意を決して死地に脚を踏み入れて、

 

「うわぁっ!?」

 

転倒してしまった。見れば、路面は完全凍結しており、駅に連なる多数の線路も全て凍っており、駅も雪と霜を被って電車も停車してしまっている。

 

「な、いつの間にこんなことに………?」

 

とにかく、今は体を暖めることが大事だ。体に流す血の速さを変えて、体温を上昇させる。

これは鬼人だからできることだ。俺がもし生身の人間だったら、すぐに凍死してしまっていただろう。

 

「─────────」

 

じゃあ、今、生身の人間であるクロエ先輩はどうなっているんだ!?

 

「先輩!!」

 

俺は一もニも無く走り出した。駅前広場は一面銀世界だ。

雪と氷に覆い尽くされた永久凍土の楽園。

雪と氷に埋め尽くされた絶対零度の地獄。

雪と氷に張り尽くされた絶海凍土の魔境。

今にも滑ってしまいそうな地面を駆け抜けて、奥へと進んでいく。先輩はどこだ。先輩を助けに来たのに………俺は─────

 

「ふぅ……………」

 

この猛吹雪のせいで視界が悪い。直感で探り当てるしかない。神経を研ぎ澄まして、先輩の気配を探す。音、匂い、気配、空気感、気流の流れ。すべての情報から先輩の居場所を察知する。遠くで、誰かが立っている。その人は、がくり、と身体を弱らせて地面に片膝を着いた。

 

「クロエ先輩!!!」

 

先輩の居場所はこの先真っ直ぐだ。今までとは比べ物にならない速さで走る。氷原を突っ切る。雪原を駆け抜ける。

奥に、広い広い空間があった。ここは駅前広場の中でも特に低い場所だ。近くにある長い階段を降りていかなければならない。高さはだいたい建物5階ぶん。下には、ビル一棟ぶんの高さを誇る氷柱が何本も立っている。

飛び降りたら人間だと助からないだろう。

けど、今の俺は違う。この身は鬼人。そもそも、俺が今この瞬間だけ人間であったとしても、俺は飛び降りていた。階段を降りる時間がもったいない。一秒でも早く降りたい。

先輩の姿をとらえた。奥で片膝をついて弱っている。この寒波には、さすがに耐えきれなかったのか。

カーラの姿は見えないが、すぐ近くにいるのは確かだ。おそらく、カーラは俺がここにいるのが分かっているのだろう。

だから、正面からの突破は論外。律儀に階段を降りたりとか、あり得ない。マトモに行ったらやられる。飛び降りも選択外。カーラはおそらく、俺の飛び降りに対抗する策を用意してあると、直感が言っている。

よし、ルートは決めた。いずれのルートも通過しない、もっとも安全性の高いルート。

訂正しておこう。危険性は最大だ。だが、そのルートだとカーラの邪魔は入らないだろうし、カーラの意識外だろう。

 

「落ち着け白邪、俺ならできる。チャンスは一回だ。いいか白邪、死ぬんじゃねぇぞ………!!」

 

手すりの上に飛び乗り、そのまま一気に跳躍した。これは飛び降りルートと同様。だが、俺はこのまま真下に落下するのではなく、近くに立ち並ぶ、無数の樹氷を足場として利用する。このルートで決まりだ。道端の手すりから一気に樹氷に飛び乗り、つぎの物に乗り移る。

俺の脚力はかつてないほどに成長している。樹氷と樹氷の間の数十メートルなど、ひとつ跳びだ。雪に降られて風のように上空を駆け抜ける。体に吹き付ける風が非常に冷たい。体感温度摂氏マイナス40℃。精神的には問題ないが、問題は本来の気温だ。本来の気温は間違いなく、摂氏マイナス60℃を切っている。長居はできない。

跳べる限りの樹氷は目の前のものでラストだ。勢いよく跳び移る。見事に着地に成功した。先輩はここからすぐ近くだ。

すぐに、クロエ先輩のところへ行って、彼女の安全を確保してそれから─────

 

「来たか─────中村白邪!!!」

 

「ぐわぁぁぁぁあ!!!」

 

声と共に突如振るわれた気流の流れを察知して、体を後ろに反らす。

目の前を鉄の刃が通っていく。間一髪だ。ここで俺が気付くのがあと一秒遅かったら、俺はあの刃に首を弾き飛ばされていただろう。

 

「────カーラ・アウシェヴィッチ…………なのか?」

 

目の前にいる相手は、とてもじゃないが、俺の知っているカーラではなかった。いつもの何かに憎しげを抱いているような顔は相変わらずで、人間とは思えない牙と耳と尻尾も健在。だが、牙が前より長くなっている。耳と尻尾が前より大きくなっている。爪が鋭く長くなっている。爪の特徴は先程までなかったはずだ。目付きは前よりずっと悪くなっているし、そして、体勢が完全に狼だ。1本の腕で刀を握り、残った三本の手足を使って立っている。片手が塞がっているが、完全に四足歩行の体勢だ。ヤツは現在、限りなく人狼に近づいている。鬼人が超越種と幻想種を兼ねた存在なら、人狼は脅威的な幻想種といえる。

これではまるで人間ではない。

こんな情けない姿を、俺はよく知っている。カーラなんて人狼に興味はないし、人狼も初めて見た。だけど、こんな状態を、俺は知っている。今でも夢をみてうなされる。

 

「あ…………はぁ…………はぁ…………はぁ…………」

 

その姿を見せられると………あの日のことが………思い出される。

 

「あ………あ………あ………」

 

血。血。血。何度見ても血。人を殺したときのことを思い出す。俺は人殺し、俺は人殺しだ………俺は、親父を─────!!

 

「う、う────アァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!」

 

アタマ、アタマをカカえてボウソウしダす。ノウをクらいツくすフルいキオク、オレがオヤジをコロしたトキのキオクが、オレをオレでナくしてキている。オレは、ジブンがナンなのか、オレは、ジブンがダレ、なのか。オレは、ジブンさえも、ケしてしまいそうだ。

コワれたトキのことが、オモいダされる。アァ、そうだ。オレはフツウじゃないんだ。オレは、コンケツというシュゾクなんだ。イマはオレでいられているけど、いつかオレはオレでなくなってしまうんだ。なら、コワれてしまえばイい。いつかコワれるんなら、コワしてしまったらいいんだ。ジブンのカラは、ヤブれるマエにヤブってしまえばイいんだ。

 

「ハ、ハハ…………」

 

オモシレぇ。こんなフウにイてイいのかって。オレはオレじゃなくてもオレ。オレはオレだからオレじゃない。そうだ、オレは中村ハクヤだけど、ドウジに中叢ハクヤでもあるんだ。そうだろう?オレは中村は、キジンなんだから、オレもいつか、オヤジのように、なってしまうんだ、なら、ここでコウナッテモいいんだロ!?オレはハンテンはしないけれど、ムカシのトラウマでボウソウすることはヒンパンにあるんだ。なら────!!!

 

「ハハハ!!ハハハハハハハハハ!!アはハハハははは!!ははは!!ハハハ!!HAHAHAハハハ!!!!ソウダヨ、そうだろ!!オレはキジンなんだ!!イツカはコワレルのがトウゼンなんだよ!!そうだろう?カーラ!!」

 

ナンテ、オトコにイってみる。だが、ソイツはあきれたようにタめイキをつくだけだった。

 

「はぁ…………嘆かわしい者だ。この期に及んで発狂とはな。オレが意識を保っていられるのも残り僅か。対して貴様はまだ貴様でいられるというのに、それでも自身であることを放棄するとは」

 

「──────」

 

奴の言葉は、俺の正気を呼び覚ました。

 

「ヴ、げほ、げほ、げほ…………」

 

一時の暴走………いや、発狂から目覚める。

 

「だって…………俺もいつかは、お前みたいになるんだろ」

 

「当然だ、それが混血に産まれた代償だ。お前は人間である以上、すべからく魔に近づいていく。だが、それは一概に混血族全員を指すわけではない。有間という一族があってな。そこも混血だ。だが、血が薄く、反転を起こしていない。それは血の濃度の問題だ。血が薄ければ、反転を起こす必要もなく、人間の体になるのもまた道理。では、貴様はどうだ。反転を起こしていないのなら、それは貴様がより強い意志を持っているだけのこと。貴様の強烈な自我が、貴様を貴様足らしめているということに気付くがいい、世間知らずめ」

 

「お前────」

 

「貴様はな、強い意志がある。オレとは違う。それさえあれば、貴様は必ず、その飢え、その渇きを克服する。欠陥を晒さない混血など、この世におるまい。生粋でなければならないのだからな。だが、貴様ははそれに近い。いつか、貴様が生きているうちに、混血たちの立場が変わるはずだ。貴様の目指す、混血と人間が相容れ合い、互いにその価値を認め合う、そんな世界にな。オレも密かに、貴様のその意志には賛同していた。目的や価値観が合わなくても、オレは確かに、心のどこかで、その世界を夢見ていた時期もあった。それこそ、貴様のような、まだ世の厳しさも知らない雛鳥だったときのことだ。オレには貴様の苦しさがよくわかる。オレは貴様とは違って、定期的に反転も起こしている生き物だからな。混血の苦しさは、完成度の低い混血ほど理解できる。中途半端な産まれを持つと、オレのように、狂うようなモノになり下がる。それは当たり前のことだ。貴様に言えるのはただひとつ、もう少し希望を棄てるのを止めておけ、過去は変わらないが、明日はまだ変えられる。オレとは違って、貴様には未来がある。それが永遠(とわ)でもないし、久遠(くおん)でもない。しかし、その中に、貴様で言うところの幸せがあるのなら、貴様にとっては良い結果だろう。永遠だの久遠だのくだらない。限られた時間であるからこそ、人は輝くものだ。それは花火同じなのだろう。オレも、時間で言えばここまでだが、貴様が最後の相手でオレは満足だ。最後の相手が、己がの魂を賭けて激突するほどの強敵だったなど、人殺し(オレ)の最期にしては恵まれすぎている」

 

「ちょ、お前───!!!」

 

周囲の気温がさらに低下する。もう、俺ですら対応できない気温になってきた。

 

「おそらく、貴様に向けられる言葉など、これが最後だろうな。…………感謝するぞ、中叢白邪。貴様との闘いは、オレの最期に相応しいものだった。願わくば、オレがまだオレを保てるほどの強き意志があったのなら、貴様と共に創ってみたかったものだ。混血族と人間が、共に肩を並べて世を創るような、そんな星を手に取るような、雪結晶の様な妄想を…………それは見てみるには、十分な価値はあっただろうな」

 

カーラの最期の笑顔はとても穏やかだった。カーラとは思えない、緩やかで、氷が溶けるような。

 

「──────カーラ」

 

そうして、カーラは消えた。カーラは最期に俺との勝敗も知ることなく、この世から消え去ってしまった。ヤツはどう思っていたのだろう。俺との勝敗は、知りたかったのか。知りたくなかったのか。それとも、そんな些末ことなどどうでもよかったのか。

カーラ・アウシェヴィッチは間違いなく、死んだ。最期に見たのは吹雪の吹き荒れる、氷の大地。文字そのままの絶対零度。望郷と表現すればそれはカーラにとって丁度いいものだ。あとは────

 

「■■■■■■■─────!!!!」

 

あとは、その残骸。カーラ・アウシェヴィッチが遺していった、冷たい残響。鋭い残留。そこにいるのはカーラ・アウシェヴィッチという、一人の【人間】ではない。そこにいるのはただの【魔】。人狼という種類の、魔である。

 

「いいよ、ケリをつけよう、人狼」

 

ほっとした。これなら、人殺しではないな。こんなものを見ても、俺はあの日のことなんか思い出せない。そこにいるのはただの魔であり、人間ではない。カーラ・アウシェヴィッチという、一人の人間は、もう、この世にはいないのだから。

カーラにとって俺との勝敗の行方が知りたかったのかどうかはそれこそ、知ったことではない。だけど、人狼と俺との対決は、少なくとも俺にとってはこの上ないほどに重要だ。人々を守るためには、こいつを倒さないといけないのだから。絶対に、勝たなければならない。負けは許されない。

ヤツの生き様に、その末路の虚しさに、最期の瞬間に敬意を籠めて。

俺は自身の意志と、カーラ・アウシェヴィッチという、ある意味戦友と呼べるアイツの尊厳に懸けて、こいつと闘うことにした。くだらない闘いだ。けど、俺は、俺たちの街を食い尽くした、この人狼が赦せない────!!

 

「出ろ───!!」

 

血刀を手に取る。もう、何度目の握り直しか。もう後戻りはできない。

 

「行くぞ…………!!」

 

あとは、俺でこいつを倒すのみ。あばよ、戦友。始めようぜ、混血。

俺の血刀は、文字通り、俺の血から放たれる灼熱と豪炎で燃え盛っていた。氷の中に焔。真っ赤なソレは俺の刀身と一体化し、氷原を真っ赤に染め上げていた。



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永遠を追う者

ヨエル先生からお知らせ

皆さんにビッグニュースです!この度、月姫 零刻が、読者の皆さんに読みやすいよう、文章の行間などの細かい部分や、分かりにくい描写がリニューアルされて、区切りやセリフが読みやすく、そして見やすくなりました!月姫 零刻は皆さんと共に進化し続ける……!今までの回も順次改良していきますので、よろしくお願いいたします!


 

「はぁぁ!!」

 

「そいやっ!!」

 

乙黒教会では、ルージュ・アスナロとヨエルが突如現れた吸血鬼と闘っていた。

吸血鬼の周りから無数の死者たちが二人を襲う。

 

「くっそぉ、キリがないっての。やらしいねぇ、集団で襲ってくるなんてっと危ないアスナロ、っとよいしょぉぉ!!」

 

「助かったわ、やるじゃない」

 

「へっへーん、空手もできるぜ、そぉれっ!」

 

死者たちは無尽蔵に湧いて出てくるが、二人の前ではまるで敵ではない。最強の仁王が集る小兵を片っ端から返り討ちにする。

金のアスナロと緑のヨエル、まさに月と草である。

宙を舞う姫とそれを見上げながら地を払う王子。

 

「さて今日は腰の調子がいいんでねーアスナロ!」

 

「わかったわ!!」

 

アスナロがヨエルの肩に脚を掛ける。そして、そのままヨエルは肩車で教会の門まで走って塀を駆け上がり、そのまま横に回転しながらアスナロの脚を掴んで上に持ち上げる。

 

「ヨエルサマーっ!なんちゃって!!」

 

ヨエルは空中でアスナロの靴裏を蹴り上げる。

 

「行くわよ………!!!」

 

アスナロは突き出されたヨエルの靴裏を足場にして月に向かって跳躍。そのまま月面宙返り。その穏やかな笑顔が月光に照らされる、その様は文字通りの月下美人。

 

「────ほう、見映えは悪くないな」

 

藍毛の吸血鬼はその様子を見て感心しながらその余韻に浸っている。

 

「どっこら!雨のように!」

 

ヨエルはそのまま体勢を立て直して黄金に輝く針のような黒鍵を一斉に投擲する。一回の動作とは思えないくらいの数の黒鍵が地面に突き刺さる。

と、同時に地面に突き刺さった黒鍵が一斉に火を噴き、辺り一面の死者たちが焼き尽くされる。しかし、今の強烈な一撃により、ヨエルには大きな後隙が生まれた。

 

「ふん……行け───」

 

余った死者たちは、吸血鬼の指示に従い、ヨエルに一斉に襲いかかる。そこへ、

 

「そぉぉぉれっ!!!」

 

空中から降ってきたアスナロが地面を勢いのままに殴り付ける。

辺り一面が粉砕され、余った死者も全員が吹き飛ばされ、消え去った。

 

「うぃーん、楽勝だぜおい!」

 

しかし、吸血鬼は今の攻撃を遠目に見ても、怖じ気づくことはなかった。

 

「なるほど、相変わらず腐らないものだな、喜ばしいことだ」

 

吸血鬼は今のを見せられてもこの状況を楽しんでいる。

 

「さて、どうする?次は君本体との闘いだよ?」

 

「問題ない。私にとって今回の死も通過儀礼だ。私が求めるのはこのさらに先。永遠を求めるまで、この私が止まるとでも?」

 

吸血鬼はその手を高々と上げ、力強く強調する。

 

「ほんっと、どこまでもしつこいわね。【ミハイル・ロア・バルダムヨォン】。どこまで暴れる気?前は、100年以上前だと聞いているけど」

 

アスナロが冷たく吐き捨てる。

吸血鬼、ロアはそれを見て一笑。

 

「そうだとも。前回の器は100年以上前、確か北欧の方だったか。まぁ、よい。以前の器など、そんな些末なことに興味などない。しかし、今回の器は、過去一番、使い道が思い付かないものだな。魔術回路の数は多いために、闇雲に選んでしまったが、考えてみればこの肉体、私に使えそうな力がない。わざわざ魔力を街の霊脈から吸い上げる祭壇と術式を設置するのに実に手間がかかった。遅い登場となってしまったが、計画は予定(プラン)通りだ。狂いはない。しかし、はじめから私(ロア)の意識を全面に出す器など、それはそれで珍しい。依代となった人間の深層意識が私に抗えなかったのか、それとも、他の何かか。まぁ、結局私のものだ。関係はないか」

 

───ミハイル・ロア・バルダムヨォン。

永遠を追い求めて転生を繰り返している死徒。彼は約800年前、偶然にも真祖の姫に出くわした。

吸血鬼には、天然の吸血種である真祖と後天性の吸血種である死徒の二種類が存在している。その中でも強力な真祖、ブリュンスタッド。真祖たちによって造り出された最強の真祖、それに、まだ人間だったロアは出会ってしまった。

彼はブリュンスタッドを拐かして血を吸わせ、強力な死徒となったそうだ。そうして繰り返し転生を行った結果、今もこうして永遠を追い求めている。

 

「長々と説明ご苦労さま。今回でその転生何回目?今のアナタが16代目だから15回目?とんだ迷惑ね。いつになったらやめてくれるかしら?教会は何をやってるのよ」

 

「教会も私の捜索には手を焼いているようだね。しかしそんなこと、私の知ったことではない。私は永遠を求めるまでの転生を止めるつもりはない。なにせ私の悲願なのだからな。この手で真祖の姫を私のものにするまで、ロアは何度でもこの世に戻ってくるさ、それが千年だろうと八千年だろうと」

 

「そうかい、じゃあ、16代目で終わりにしておけばどうだい?」

 

瞬間、どすん、という音がした。ロアが視線を落とす。そこには、金色の針が3本、深々と突き刺さっている。

ロアは憤慨するでも、痛みに顔を歪ませるでもなく、無表情でそれを引き抜く。

 

「これは………黒鍵か?私が知らぬ間に、教会は随分と様変わりしたようだ」

 

「まぁね。僕専用の武器なんだ。いいだろ?」

 

「なるほど。実力者揃いか。だが、ここで私と闘うのは、止したほうがいいのではないかな?言い忘れていたが今回の器は、個体そのものの戦闘能力では、かつての私を優に上回っている」

 

ロアの左手に楽器が出現した。見た目、なんの変哲もない、ただの弦楽器。

ロアが持つのはどこからどう見てもただのバイオリンだ。

 

「なんなのよ、ソレ。そんな道具で私に勝つつもりでいるのかしら?」

 

「無論。正面から君を撃破するのは不可能だが、初見殺しならばできそうだな」

 

ロアはバイオリンを逆手に持ち、その弦に弓をつがえる。

その動作はまるで、武器としての弓を構える動作のよう。

バイオリンの弓が光り出す。紫色の雷のような電荷を充填させ、辺りが魔力の壁に包まれる。

 

「そんなまさか…………!!」

 

「ちょぉぉっと待てぇぇぇぇ!!!」

 

ヨエルがアスナロを庇うように正面に立ち防御体勢を取る。

────でも、もう遅い。

 

「────紫電(ジョージ)」

 

バイオリンから流星のように勢いよく放たれた、紫色の雷を纏った弓はヨエルの防御体勢を粉砕し、ヨエルは勢いを圧しきれずに教会の壁に吹き飛ばされた。

 

「────たわばぁぁぁぁぁっっ」

 

「─────!?」

 

アスナロが警戒態勢を強くする。攻撃力が圧倒的だ。アスナロの全力の一撃で教会前のタイルを吹き飛ばしたが、ロアの攻撃は、それに匹敵、もしくはそれを上回る一撃だ。ロアをある程度知るアスナロにとって、今までのロアとは思えない破壊力だった。

 

「やる気になったかい?さぁ、まだまだここからだ!!」

 

ロアの周囲に無数の魔法陣が現れる。ロアの背後、ロアの周り、果てはアスナロの周囲に術式が設置される。

 

「一度にこの規模で魔術行使をするなんて、なんて魔力貯蔵量……!!」

 

「ホラホラホラホラ!!!まだだまだだ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!!」

 

術式から一直線に放たれる巨大な雷霆。控えめに言って破壊光線だ。地面や教会の壁や柵はその轟雷によって次々と破壊されていく。

空間を走る紫の稲妻。稲光は折り重なる光の刃となってアスナロを襲う。

 

「クハハハハハハハハハハハハハハハハ!!どうした、おまえの力はその程度か!!私をあまり失望させないでくれ、これでは【真祖】の名折れであろう!!私が費やした800年の追跡、1000年の熱意を、ここで無碍にするつもりか!?」

 

一際大きな術式に最大の太さを誇る落雷が堕ちる。度重なる雷鳴と音響と破壊によって、教会前の道は跡形もなく破壊された。

あとに残ったのは焼け残りと、かろうじて教会と一目で分かる程度の形を保っている教会だけだった。

 

「オマエは────必ず殺す………!!」

 

ロアの身体を巨大な爪が凪いだ。ロアの雷霆を超える破壊力で、原型をとどめていない地面がさらに粉砕され、同時にロアも瓦礫と共に吹き飛ばされる。

 

「チッ─────!!」

 

大砲から打ち出された砲弾が着弾したかのような崩壊に巻き込まれ、ロアは大きなダメージを負った。

そこに立つのは黒いカソックに身を纏うアスナロ。金髪の代行者であり、その瞳は紅────ではなく、今はその瞳は金色になっている。

 

「ハハハハ……………」

 

ロアは致命傷を負って、今にもアスナロに殺されそうだ。アスナロは間違いなくかつてないほどに憤慨しており、次の一撃は大地を破滅に持っていくものだろう。それを受けてしまえば、ロアは間違いなく死亡する。

 

「アァァァァァァァァァ!!!」

 

女のものとは思えないような雄叫びを上げて、アスナロはその爪を叩きつけた。

辺り一面の瓦礫が粉と化す。形を保っていた教会の門も一撃で瓦礫の山に早変わり。ロアはその直撃を受けて瞬殺された。

 

 

────ようにも見えた。

 

「なるほど、これ以上の戦闘は危険といったところか。ならば今夜はここまでだ。だが、最後に一つだけ────」

 

ロアは教会の屋根に飛び乗る。そして手を挙げる。

 

「この器が持っていた、【コレ】が如何なる破壊力を持っているのかが知りたくてな、これをおまえにぶつけてどれ程の効果があるのか参考にさせてもらう」

 

ロアの背後にソレは現れた。アスナロにとって初めて見る武器だ。ロアの器となった人間の持っていた武器か。それは、やはり笛楽器のような形をしており、その先に青い、炎のような魔力が充填される。

 

「これは────管楽砲【ギャラルホルン】と呼ばれるモノらしい。真祖であるおまえにどれ程効くのか、気になるだろう?危うくばオーバーキルになるかもしれないが、おまえが相変わらずならば、死にはしないだろう…………?」

 

その武器から、青い炎が噴き出された。それが、教会の地面に打ち付けられる。光学兵器のような極太ビームを受けて、教会の地面が溶けるようになくなっていく。絶対破壊の、神話の領域の破壊の極光。青い焔は、金の真祖を包み込んで、そのまま光が闇に変わるように、綴じていった。

 

同時に、教会では、核が落ちたような巨大な爆発が起きたが、それを知る住民と代行者など、そこにはおらず、その瞬間を見届けたのは、ロアだけだった。

ロアは家屋を飛び越えて、どこかへ去っていく。

 

「永遠─────」

 

ロアは月を見上げる。丸くはないが、相変わらずの青く澄んだ硝子のような、脆そうな、壊れそうな、割れそうな綺麗な月。

ロアは月光を背に、月明かりと文明の灯りに光る夜の街を飛び越えて、遥か遠く街の外れ、どこかの山奥へと消えていった。

ロアの行方を知る者はいない。

 

 

 

夜空を舞う吸血鬼の姿を見た者は居なかった。




らくらく相関図(白邪目線)

凱逢黒依 かわいい、綺麗、優しい、これで一目惚れしねぇとか無理だろ。
林檎 いつも世話になってる俺専属のメイド。どこでどやって恩返ししようか……
葡萄 多分俺嫌われてるわ。
蜜柑 お茶目で可愛らしいから結構気に入っているけど、悪戯がすぎるよな。
檸檬 クソうるさい、謝っているのが謝っているように見えない。
甜瓜 好きっちゃあ好きだけど向こうの感情は知らねぇ。
中村絢世 大切な姉だけど、ちょっと俺に厳しすぎる。
遠野槇久 ガキ扱いすんな20代ジジィが!!
菊山紀庵 兄弟分。困ったときはあいつに相談すれば解決。
ルージュ・アスナロ 俺に仕事押し付けてくるただのバカ。
ヨエル 誰だよお前!?
カーラ・アウシェヴィッチ 許せないけど、なんとなく憎めない。同じ混血だからか、できれば仲良くしたい。
ネコアスナ 何だこいつ?


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眠り月

分量がおそらくマジ赤最多です笑 寝させてください(土下座)


 

吹き付ける寒い風。一刻も早く、俺は終わらせなければならない。けれど、その前に。

 

「先輩!!」

 

カーラに背を向けて先輩のいる方向へ走り出す。カーラがまだ人間のままだったら、ヤツは泡を吹いて卒倒しただろう。

こんな死の間際とも言える極限の戦闘で、敵に背中を見せびらかして走り去るなど、あり得ない、常識はずれ、そしてナンセンスだ。

けれど、相手は人間としての理性を失った獣。がら空きの背中を狙うことはなく、逃亡した俺を追い回すだけ。

ありがたい。逆にここでカーラが人間のままだったら、俺は瞬殺されていた。

 

「先輩!しっかりして!先輩!!」

 

倒れている先輩の元にたどり着いて、その肩を掴んでブンブン揺らす。

 

「…………か……むら、くん………?」

 

倒れていた先輩は起き上がり、ゆっくりと目を開いた。

 

「先輩、生きてますね?今、この寒波の外に出しますから、もう少しだけ頑張って!」

 

「はい……………ありがとうござ………って!?なんでここに居るんですか中村くん!?こんなところで何してるんですか!?きょ、教会に運ばれたはずじゃ!?」

 

「────細かいことは後だよ!先輩を助けに来たに決まってるでしょ!?いいですか、ここ、生命活動のレベルを越えているんです、長居したらマジで死にますよ!とにかく、駅の中に運びますから、先輩は電車の中か適当にどこかに隠れていて下さい!」

 

「ば、バカなんですか!?そんなことしたら、中村くんは……!!」

 

「知るかそんなこと!とにかく、あいつは俺一人でやっつけるから、だから先輩─────」

 

背後から物の気配を察知して血刀を振りかざす。バリィン、と音を立てて辺りに氷の破片が飛び散る。カーラはもう射程圏内まで近づいてきたようだ。

 

「は…………早く、あーもう!俺が担いで行けばいいんですね!?────ってづぁぁっ!!重っっ!!先輩、なんでこんなに重いんですか……!!」

 

「な、失敬な!?」

 

先輩の体重は失礼ながらとても一般高校生に持ち上げられるものではなかった。推定50キロ近く。凍えて力がでないとはいえ、やはり俺の細腕では持ち上がらない。

腕に血を流して筋力を補強。先輩を持ち上げることに成功。しかし、こんどは脚に血が必要になってくる。だぁぁぁ、使いづらい!!

 

「落ち着け、落ち着け、落ち着くんだ白邪。男を見せなきゃならない。姫抱っこもできねぇ非力な男なんか、女持つ資格ねぇっての………おりやぁぁぁ!!」

 

脚だけに大量の血を流して、腕の力で先輩を持ち上げる。力が出なくて出来ないなら根性でやればいい。それが男の強みだ。不可能という名のガード不能攻撃を、根性と言う名のスーパーアーマーで防ぎながらゴリ押す。それが格ゲーの真髄ってもんだろ。画面端から飛び道具投げまくって近付いてきた相手にサマーソルトなんて、そんな消極的な戦法許されねぇ、台パンが今の世の中の流行りなのも納得だ。男は近寄って昇龍拳だろ。

 

「■■■■■■!!!」

 

背後から人狼の肉薄。しかし、俺は一回火が着いたらそのまま燃え尽きるタイプだ。一度先輩を抱えたらこの腕が肩にくっついている限り離さない。まして、狼の奇襲など恐るるに足らない。

 

「うぉりゃぁ!!」

 

脚に流した大量の血を利用して、先輩を抱えたまま空高く跳躍。

カーラの突撃を回避し、そのままさっき飛び降りた大きな段差を乗り越えて、駅前広場の第一階層に着く。カーラとはかなり距離を引き離したはずだ。全速力で駅の構内に向かう。

 

「だ………め………中村くん………逃げて、下さい」

 

先輩はこの期に及んでそんなことを口走っている。その顔色が悪い。極寒に耐えられないのか、瀕死レベルで凍えている。顔色は真っ青で、手足はかじかんで真っ赤に腫れている。見ているだけで痛ましい。

この絶対零度による緊急事態というだけあって、駅の改札は開いていて、駅のホームには停車していた電車の中や喫煙室、待合室のなかでたくさんの人が暖をとっていた。おしくら饅頭とでも言うのか、中はパンパンで、もう十分暖かそうに見える。しかし、人が所狭しと並んでおり、小柄な先輩といえど、あまりにも電車は窮屈でとても入れそうにない。近くにある喫煙室に入り込み、先輩を押し込む。誰も煙草は吸っていないようで助かった。ここならまだ電車に比べたら狭くはないか。

 

「待っていてください、先輩。今からカーラを倒してきます」

 

凍えて満足に口も利けない先輩にそう言い伝えておき、俺は駅のホームを出ていった。改札を潜り抜けて、再び駅の外へ。

 

「こ、これは寒いな…………」

 

駅前広場に戻る。向こうから、狼の遠吠えが聴こえてくる。カーラはそこに居るワケだ。

血刀片手に、遠吠えの聴こえる方向へ向かう。先ほどと状況は変わっていないが、やはり寒波は強くなっている。カーラは混血として完全に反転してしまったが、まだまだ人狼としては能力の伸び代があるようだ。このままだと、何の比喩でもない、文字通りの絶対零度という名の極限現象、マイナス273. 15℃の臨界寒波に到達する可能性がある。そうなれば、俺たちの死はおろか、街全土が永久凍土と化す。すべての原子が動作を停止させる絶対死の極寒。

全ては、俺がどれだけ早くカーラを倒すかに懸けられている。

 

「■■■■■■───!!」

 

背後から雄叫びが聴こえた。狼が、3メートル近くあるその太刀を持って俺の背中を一閃しようとしてくる。

唐突な奇襲だが、俺の神経はすでに研ぎ澄まされている。研鑽された第六感のその先を行け。

背後に振り向く。狼と眼が合う。俺は迷うことなくこの右手に持った血刀を背後から襲いかかる狼に振りかざした。カーラの太刀と俺の血刀が激突する。勢いには抗えている。たいへん皮肉なことに、今はカーラよりも俺の方が強い。人間性を失った獣が振るう剣に、俺が見惚れたあの鋭さと素早さは見られない。ただ持っているものを振り回しただけの、ただの大振りは、如何なる筋力を持っていようと、業に負けるのは道理。剛と柔。在り方は違えど、それぞれに含まれた特徴と強みが、相対的に互いを強くする。あとはそこに意志があるかないかの違い。

勝負は鍔競り合いの様相を見せてくるが、構わない。

 

「うおぉぉぉッ!!」

 

人狼の胸ぐらを掴み持ち上げて投げ飛ばし、その腹部を蹴り飛ばした。

 

「■■■■!!!」

 

狼は苦悶を上げながら俺の渾身の一蹴に吹き飛ばされて地面に転げる。俺は長い間の経験を以て、遂にカーラに初めての一撃を与えた。

 

「やった───!」

 

だが、狼はすぐに立ち上がり、空中に氷の槍を作り、それを放ちながら猛スピードで接近してくる。

折り重なる氷の槍はそれこそ猛獣の顎(あぎと)のよう。狼の開いた口も相まってか、丸でひときわ大きな狼を見ているようで恐ろしい。ウサギから見た狼の印象がよくわかる。確かにこれは死の予感がして離れない。恐ろしいが関係ない。

 

「てやぁぁぁぁ!!」

 

飛来する氷の雨を剣で切り払っていく。俺の剣は刀身が光っていた。自身の血による血刀の重複強化。並大抵の一撃ならば耐えきることは容易だ。けれど、これも力を使っていることに変わりない。

一発の弾丸が俺の左肩を撃ち抜いた。構わない。このまま、俺は────!!

 

「げ、ぐぁぁづ…………」

 

過剰な能力行使は肉体に負担をかける。逆流した俺の血液が口から吐き出される。構わない。俺はそれでも闘う。その血反吐すら、武器とする。血刀に吐いた血を吸収させ、血刀の輝きが増していく。

 

しかし、負担が強い。身体が重い。こうなればやむを得ない。肉体が反動に耐えきれず、リミットがかかってしまっている。

カメハメハ大王はあのバカでかい岩を持ち上げた、脅威の怪力という伝承だが、実際のところ、人間でも可能らしい。

人間は、自身の肉体が自滅するのを防ぐために、身体機能にある程度のリミッターがついている。それを破れば当然、危うく自滅するが、人間には不可能といえる筋力を発揮することができる。俺は今、その線を越えている。自壊寸前にまで追い込まれてなお、身体を酷使するのをやめない。運が悪ければ死ぬだろう。いや、逆に相当な悪運がないと生き残れない。

 

「────はぁ………はぁ………」

 

呼吸を整えろ。向こうから走ってくる人狼の攻撃も躱さなければならない。速度が桁違いだ。避けろ。今すぐに身体を動かせ。諦めたり、妥協したりすることを許すな!

 

「───づっ!!」

 

突き出された太刀が俺の顔の真横を通り過ぎていく。なんとか間に合ったようだ。まだ俺は闘える。

二回目の突きを回避したその矢先、狼の突進を受けて弾き飛ばされる。

 

「───ぐはぁっ!!」

 

床に転げて咄嗟に受け身をとり、体勢を立て直す。剣を杖代わりにすれば立ち上がれる。

 

「………てて………いってぇな………おい………」

 

これはぶちギレ案件だ。手のひらを擦りむいた。向こうからは人狼が牛の重みで接近してくる。

 

「■■■■……………」

 

「もう、これ以上は…………」

 

これ以上、やられっぱなしは頭にくる。俺は一刻も早く、こいつを倒して、先輩を、助ける…………!!そのためにやってきたのに、なんの役にも立っていないじゃないか。ただ先輩をカーラから引き剥がして、カーラの寒波を促進させているだけだ。こんなの、ただの足手まといだ。俺は、先輩を助けたように見えて、今のところ何もなし得ていない。

 

「ふぅ──────!!」

 

眼を閉じて呼吸を整える。吹き付ける風が寒い。音は風の音だけ。向こうから何かやって来る音も聴こえてくる。

このままでは、八方塞がりだ。ろくに何もなし得ることなく、中村白邪は死亡する。そんなのは御免だ。ならばどうする。そのスペック自体を、ヤツに近付けるためには?

────そう。自分が、中村白邪ではなく、中叢白邪であることを意識(イメージ)する。それだけが、俺が今ここに在る理由であって、その起源であって。

もっと、奥。もっともっと、大源に迫れ。大元を掴み取れ。中叢の血を継ぐ者として、その起源を意識しろ。俺が鬼人(なかむら)であることを意識しろ。

 

「あぁ。俺はそうだったんだ」

 

落ち着いて一人で悟ればすぐにわかったことだ。俺は、【人間であろうと】したんだ。人間であること、それが、中村白邪である意味だと。俺はいつしかそう決めつけていた。

俺は、なぜか、鬼人であることを忘れていた。俺は、混血なんだから、俺は人間のフリをしてはいけないのに。なぜ、俺はそんなことをしていたのだろう。

 

(白邪さま────)

 

あぁ、そうだ。俺は、人間でありたかったんだ。

 

(相変わらず中村は苦労人ですなぁ)

 

そうだった。俺は、周りが騙されたように、中村白邪という人間に接してくれるのが、何よりも好きだった。それだけ、俺は嬉しかった。

 

(中村くん───)

 

そうだ。俺は、そんな日々を、いつまでも続けていたかったんだ。いつまでも、俺は中叢白邪ではなく、中村白邪として、生きていきたかった。カーラに一番最初に言った言葉。あれはそういうことだ。俺は、混血であることを忘れて、人間のままでありたかった。

けれど、それは、生まれながらに、叶わない。星を手に取るように、叶うはずのない願いだった。

人間とは別の存在として区分されてきた混血族が、人並みに生活することはできない。でも俺は、そうしたいと願い続けた。

そうでもしないと、俺は───

 

 

彼女の傍に、居られないから。

 

 

人間じゃないと、俺は、彼女と一緒に居ることはできない。あの人は、中村白邪という男しか知らない。けれど、あの人にとって、中村白邪と中叢白邪は全くの別モノ。混血というだけで、相手を殺さなければならない。

俺は、まだ、中村白邪で居たかった。

 

「ハハハ…………」

 

自分のおかしさに笑ってしまう。俺が、彼女を助けたいなら、彼女の傍に居てやれる理由である、中村白邪という存在を捨てなければならないのだから。

それは、俺の死を指す。生命としての死ではない、意味としての死だ。俺が、彼女のために、あの人への想い、その全てを投げ出すなんて。

 

「先輩─────」

 

けれど、構わない。彼女のために、なれるのなら、俺にとっては本望だ。下手をすると、俺は二度と帰ってこれなくなる。

考えるな。二度と帰ってこれなくなるものなのだから。助かるという前提で履き違えてはならない。

俺が帰ってこれなくなったら、姉さんは何ていうかな。怒るかな。林檎たちはどう思うだろう、帰ってこない家族のことを。

気付かなかった。案外、大切なことって、全てを失ったときに気付くんだ。俺が吐き捨てるように毎日何でもないように玄関のドアを開けて、「ただいま」ということが、どれだけ大切な、幸せなことなのか。なにでもない当たり前の日常、それが、一番幸せなんだって。大切な人が「逝(い)ってきます」と言ったきり帰ってこない、それが、どれ程寂しいことなのかなんて、考えたこともなかった。

 

「あーあ、そういえば俺、いってきますも言っていなかったな」

 

けれど、今、俺はマトモな幸せを知った。賑やかな家族がいて、帰れる場所があって、話せる友達がいて、ついでに気になる女性もいて。こんなにも、恵まれた人間がいたなんて。

なに、俺は別に人間になろうとしなくてもよかったんだ。俺ははじめから、文字通り、「人並み」の生活を送れていたんだ、

 

「なら、いいか」

 

ごめん、姉さん、それからみんな。お別れぐらいは言っておきたかったけど、それも叶わない。

でも、いずれこうなるのは仕方ない。カーラはああは言っていたが、やはり、俺だって親父のようにはなる。それが爺さんになってからか、今かで、そんなに差はない。

俺は今から鬼人として、はじめて反転する。そうすれば、俺は親父のようになるだろう。暴走して収拾がつかなくなるだろうけど、構わない。もう、誰に介錯を賜るかは決めている。

俺はもう気付いていた。先輩の目的も。先輩がこの街の人間じゃないことも。全ては、俺が蒔いた種だった。

けれど、神様に感謝したい。俺は、混血に生まれたから、彼女と逢うことができた。

凱逢黒依………か。今からちょっとした解説でもしようか。凱、というのは、穏やか、和やかといった意味合いがあるらしい。

逢、はそのまま、巡り逢いのことだろう。

依。これは寄り添うとかといった意味合いだ。

そして、黒。これはもう、会ったときからずっと思っていた。俺の名前の【白】邪と真逆の色だ。

出逢ったときから、穏やかな彼女に寄り添いたいと、俺は願っていた。白黒という、真逆の名を持つ青年。

さらに、クロエ先輩の所属する両儀一派。

どうやら両儀には対極とかそういう意味合いがあると誰かに聞いたことがある。

対極図こそまさに白と黒だ。

いろんな偶然があったからだろうか、俺が彼女に運命を感じていたのは。なんの意味もない、ただの、ほんの偶然。でも、それはそれで俺は良かった。向こうはどう思っていたかは知らない。けれど、少なくとも、俺にとっては、短くても、とても美しい恋路だったのだから。

 

「好き────か」

 

不思議な感情だ。中叢白邪には必要ない感情だが、中村白邪にとってはその全てだっただろう。

これほど、恵まれた最期があったものか。

俺は全てに満足して、なんの意味もなく、空を見上げた。

 

 

────今夜だけは、綺麗な月を見てもいいなと思って。



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コキュートス/アルマゲドン

今日も眠れなかったです笑笑
だって楽しいんだもん。


 

ここは、何処だ、ろう。

俺は何を、してるのだろう。

ここは、真っ暗で、何もなくて、少し暖かくて。

メラメラと燃えたぎる地面。イギリスにあるような石畳の道路の脇が、炎で燃えている。先にばかり道は続いていて、後ろには何も見えない、ただの闇。空を見上げても闇。在るのは、この果てしなく続いている道路と、炎だけ。

不気味なのは当たり前だ。けれど、この先に行かなくてはならないのはわかる。ここは、現実ではない。この世とあの世を繋ぐ三途の川でもない。

ただ、道が先に続いていて、なんだか不気味だ。俺には、カラダがない。俺は、眼は見えるし、耳も働いている。匂いもするし、暑さも感じている。

 

「なんだ、ここ」

 

この通り、口も動いている。

何もない道を歩いていく。

俺が人間から鬼人になったことに影響しているのだろうか。俺はいつの間にかこんな空間に飛ばされていた。此処には、此処という意味のある場所ではない。此処には、時間すらも存在しない。天国への階段のような、全てが止まっている、幻想世界ですらない、秘密の空間。空間も果たして相応しい表現といえるのか。

何もない道は、歩いてもなにも変わらない。先に進んでも、火柱と道が続くだけだ。つまらない空間だ。

 

「あれっ」

 

空間が、カチリ、とスイッチが入れ替わったように、テレビのチャンネルを変えたように切り替わった。

 

「ここは………」

 

城?日本の城だ。俺はいま、城の門に立たされている。

天守閣を構えた戦国城というより、沖縄にある首里城みたいな形の城だ。

急にこんな荘厳な空間に飛ばされて、戸惑いを隠せない。空は相変わらず真っ暗だ。

 

「中に入れってか」

 

門をくぐって、寄り道せずに、奥にある一番大きな建物に直行する。

広い空間だ。だが、これは所詮、幻想にすぎない。ひとときの悪夢でしかない。俺は、ちっとも関心を示さない。

建物の中身は予想通り。中華風の城、三國志とかによく出てきたアレを彷彿とさせる大広間。

─────その奥に、ソレはいた。

 

「おやおや、いらっしゃい、お客さんかな」

 

朱い髪をしていて、瞳も真っ赤なその青年。白と黒の装束に身を纏った、丸でまっとうな宗教信者のように見える。

その男は、俺が鏡を見るたびに見る男、そう、中叢白邪だ。

 

「お前、なんなんだお前は」

 

「決まってるだろう、吾(オレ)が誰かなんて、御前(オマエ)さんが一番解っているだろうに、」

 

妙に時代掛かった発言の男だ。とても自分とは思えない。俺はこんなにも厨二くさい人間だったのか?

 

「お前は、俺の鬼人としての側なのか」

 

「いいや、御前さんと吾は同一人物だ。別に、解離性同一性障害における陰陽の差分ではない。強いて云えば、御前さんが鬼人として覚醒仕切った姿と云えばいいか。御前さんを【人間性に従った】中村白邪に例えるなら、吾は【鬼人性に従った】中叢白邪といったところか」

 

「あっそ。それで?ここはどこなんだ」

 

「此処は御前さんが勝手に描いた【迷い】だ。御前さんが鬼人と為る覚悟を決して、それでも尚まだ未練を世に残している状態だ。…………まぁ、要は、最後の決断というヤツだ」

 

中叢の発言に怪しさは含まれないし、確証が持てる。それはそうだ。あくまでも【俺】がしゃべっているのだから。これも下らない自問自答の延長にすぎない。

 

「俺はもう決めたんだ、俺は何だってやってやる!だから鬼人の力を寄越してくれ、ソレがないと、俺は闘えない」

 

「吾は御前さんに反対する意志はない。併し、其れは御前さんの周囲の人間への別れを意味している、という事に、吾は僅かな引っ掛かりを憶えただけだ。念の為、訊いておきたいと思ってな」

 

「俺は、先輩を護りたいだけだ。俺は彼女のためなら、自分のを捨てるのも厭わない。理由は十分か?」

 

「否、納得できんな。彼女を護りたいのなら、自分を棄てるのは如何なものか。御前さんは、彼女の事を好いている。ならば、何故、傍に居るチャンスを放棄するのだ。叶うのなら、街を捨てれば良いと言うのに。街の主である御前さんの家だ。おそらく街全土が凍結する前に避難ぐらいは出来よう。御前さんは周囲の損得は顧みないのが主義だった筈だ。ならば、何故、街を捨てない。それが、御前さんも、黒依先輩も救える手、しかも身内の犠牲も回避できる手だと言うのに」

 

「─────────」

 

そうかもしれない。こいつの言う通り、俺は周囲の損得に関係なく、やりたいことを真っ直ぐにやるのがモットーだ。社会よりもたった一人の人間を優先する俺にとって、街を救うなんていうスーパーマン的思想は、俺にはない。そんな絵空事を吐いている暇はない。救える数は限られている。世界には、何かにつけて容量の限界がある。それを超過してしまうと、かえって破滅になってしまう。

俺に守れるものは、二つまで(この場合、逃亡可能と仮定できる姉さんたちは例外とする)。俺とクロエ先輩と街。この中から二つ、守れるのなら、俺は何を守れるのか。

俺はもちろん死にたくない。だから、俺は俺のことも守りたい。当然だ。当然ながら、生き物ならば自衛本能が存在する。そうしたら、俺はあと一つ、守れるものがある。俺は迷わずクロエ先輩を選ぶだろう。そうしたら、選べなかった街は?

このとき取るべき手段は、ヤツの言ったように、街を捨てて逃亡すること。放っておけば、あの人狼も自滅するだろう。日本全土が凍結することはあり得ない。せいぜいこの街が氷漬けになるだけに留まる。

 

「けれど─────」

 

俺が、俺たちが暮らしてきたこの街を、棄てるのも、また違う。

クロエ先輩はきっとこの街を愛していた筈だ。クロエ先輩に残されたものは自分と、殺すべき相手、だなんて。

 

「俺は、自分を捨てるのは構わない。どうせ、彼女に殺されるのは解っている。俺はな、彼女の力になりたいんだ。それは、カーラを倒すことでも、彼女の傍に居てやることでもない」

 

 

──────もし、俺が本当に、先輩の力になりたいのなら……………

 

 

「俺自身が首を差し出さなければならないんだ」

 

 

人殺しはいけない。それは俺が誰よりも解っている。だから、今まで混血を殺してきただろう先輩の苦しさも解る。先輩だって、好きで混血を殺してる訳ではない筈だ。殺しただけ心が痛むだろうし、何より、彼女はそれだけの罪を背負っている。相手が如何なるものであれ、人殺しをしたら重い罪が課せられる。その足枷は生涯死ぬまで外れない。

少しでも、彼女が手にかける人間の数を減らすことが、彼女への最大の手助け。もし、俺がそうしようと思えば、俺が自身の意志で死ななければならない。

 

「フ─────」

 

導師は一笑する。

 

「良いだろう、ならば、鬼人として生まれ変わるが良い、中叢白邪。御前さんの意志、必ず果たして見せよ………!!見ておいてやろう。御前さんの勇姿を」

 

導師はパチン、と指を鳴らした瞬間、この世界は崩壊を見せた。

 

 

 

 

 

辺りは一瞬にして現実世界に引きもどされた。相変わらずの、凍りつくような猛吹雪。向こうからゆっくり歩み寄ってくる人狼。

俺は、鬼人に切り替わった。人間だった中村白邪はもういない。カーラと同じように、俺は───

さっきまでの恐怖は感じない。寧ろ、余裕に思えてきた。朱を通り越して、紅に染まった血刀。俺の髪も瞳も、朱から紅に切り替わる。紅に輝く刀身と俺の髪。

風がざわつく。右腕が疼く。血が昂る。

 

「こっからが勝負だ────!!」

血刀の輝きが限界を超える。血刀が唸りを上げて、真っ赤な炎を噴き上げる。

焔を纏った刀身が、雪原を明るく照らす。鬼人として覚醒した今、鬼人の真の力が解き放たれる………!!

 

「───────」

 

人狼は俺の気配の急変に気付き、氷の槍を乱射する。正面から迫る機関銃の砲撃。しかも弾丸は弾道ミサイル並み。

 

「────はぁっ!!」

 

左右に高速移動して、砲撃を回避する。

俺の真後ろに消えていく氷の槍。

俺が避けたその先を狙った攻撃を確認。

 

「…………行くぞ」

 

焔に燃える刀身を振りかざして、俺は自ら氷塊に突進した。

俺の刃は、焔の断層となって、氷塊を切り払う。バラバラに砕けた氷塊の中から高速で人狼に迫る三つの影が現れる。

一つは俺自身。そして、残り二つが俺が放った円盤型の攻撃。焔を集束させた、文字通りの火炎車。

空を切るその速度、電車よりも速い。その神速に追い付ける筈もなく、人狼はその攻撃をまともに食らった。

円盤と同じ速度で人狼へと肉薄する俺は円盤の直撃に怯んだ狼に向かって走りだし、すれ違いざまにこの血刀で斬りつけた。

 

「■■■■■■!!!」

 

響く狼の苦悶。その程度で終わらせるものか。俺たちの街をこんなんにしておいて、ただで済むと思うなよ。これほど甘い結末で済むなら、誰も死傷者など出ない。

 

「無に還れ────!!」

 

狼の背後に回って、血刀を掲げて力を集束させる。豪炎は刃となって俺の剣を紅く染め上げ、俺に力を分け与える。刀身に溜まった焔を一気に振り下ろす。

 

「どりゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

斬撃から放たれる炎の刃。爆発を起こすように吹き出た炎が狼を直撃する。

炎は爆発を伴いながら地面を粉砕しながら狼を吹き飛ばしていく。

 

「■■■!!!」

 

人狼はさっき俺が飛び乗った低いフェンスを破壊しながら吹き飛ばされ、俺の飛び越えたあの低くなっている空間へと落下していった。

 

「逃(の)がさねぇ───」

 

俺も続いて跡形もなく粉砕されたフェンスの跨いで段差から飛び降りる。

人狼は吹雪の奥で苦しそうに踠いている。

この猛吹雪ときて、視界こそ最悪だが、直感が利いているのか、俺の視界は吹雪まみれでも、俺の脳裏には、その吹雪がない、クリアな映像が映っている。

視界はあくまでも目が読み取る映像ではなく、脳が認識する映像だ。目が吹雪を認識していても、直感がその吹雪の先を千里眼のように見通していれば、脳は吹雪のない視界を観測し、映し出す。

 

「行くぞこの野郎!!」

 

容赦ない詰め寄り。怯んでいる人狼に近づくべく走り出す。

 

「■………■■■………■■■■!!!」

 

しかし、狼も黙ってはいられない。人狼は雄叫びを上げながら、氷の槍を片っ端から打ち出す。1メートルを超える超巨大な弾丸。

俺の正面を穿つ前の氷柱。その逃げ道を断つ左右の氷柱。そして俺を確実に仕留めるための下からの氷柱。そして、下からの氷柱を回避するルートを阻害するための上の氷柱。

俺を狙う氷柱は氷のトンネルのような形を形成し、俺を取り囲むつもりのようだ。

俺を氷の檻に閉じこめて今度こそ墜とす気か。

 

「クソがぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

だが、今さらそのような障害物、時間稼ぎにもならない。火のついた俺を止めることはできない。油を注ぐことは出来ても、水を流すことは出来ない。

俺を全力で迎え撃つつもりなら、こちらもそれに死力を尽くして応えよう。

 

「う────おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

螺旋を紡ぐように横回転しながら燃える刀を振り回す。焔を纏った刃は、俺の描く螺旋に伴って回転する火の環となり、氷柱のトンネルを跡形もなく破壊していく。

 

「■■■■■!!!」

 

突然の出来事に反応できていない人狼。

それもそうか。数秒前とは別人のようだろう。何せ、相手にしている生物が違う。ヤツが相手にしていた人間は、今や鬼人。今の俺は人狼と同等の闘級を誇っている。

これが、生き物として変わった結果だ。

 

「てやぁぁぁぁ!!!」

 

一瞬にして人狼の目の前に到達し、空中から勢いよく袈裟斬りを繰り出す。

直前で人狼は俺の攻撃をバックステップで回避したようだ。

だが、ここで逃がすほど、俺は甘くない。ここまできて、そう簡単に逃がしてやるものか………!!

 

「うおりゃああああぁぁぁ!!!!」

 

後ろに撤退していく人狼をしつこく追い回す。人狼は連続でバックステップを繰り返しながら、俺に氷の槍を浴びせる。俺はそれを追いかけながら、氷の槍を打ち落としていく。

 

「はぁっ!せやぁ!」

 

「────!!」

 

左胸に氷塊が直撃する。

 

「づっ────!!」

 

まだだ。これしきのことで、そう簡単にやられている場合じゃない………!!俺は、そのために、人間を辞めたんだから──!!

目の前に氷の壁が立ちふさがる。厚さでいえば過去一番の氷塊。あのときの俺では越えられなかった壁、その何倍もの厚さを誇る氷の盾。それを、

 

「そりゃぁぁぁぁ!!!」

 

一撃で真っ二つに切り落とす。

不意を突かれ、なお防御策を叩かれた人狼に、氷の壁を貫いて現れた鬼人に対応する術などない。

 

「カーラ───────!!!!!」

 

「く………オォォォォォ!!!!!」

 

カーラは最後の希望である太刀を振りかざして、俺の一撃を弾き返した。見事だ、どれ程に血に呑まれたとしても、その魂を蝕まれたとしても、その生前の業は、反転した今でも引き継がれていた。カーラはまだ生きている。いや、死んでいる。けれど、生きてはいないが、活きてはいる。そうでなければ、この状況に説明がつかない。ヤツは、最後に、自分の力でその太刀を振りかざしたのだ。たった今、ヤツの口から漏れた叫びは、狼の遠吠えではない。昂る戦士の咆哮。

 

「中叢─────!!!」

 

「カーラ─────!!!」

 

正真正銘、これがラストだ。これが、俺たちの、最後の激突だ。

勝負は一発。攻撃は一回。時間は一秒。

それは刹那の一刀。それは光陰の出逢い。

俺は、街と先輩を護る、カーラは、このまま生永らえる。あの時と同じように、両者の立場は正しい。それぞれの主張は、理にかなっている。

それぞれの利害や目的は変わったが、それでも、その延長線上と、俺たちの立つ土俵は、変わらない。だから───!!!

 

 

 

 

「負けられねぇんだよ───!!!」

「敗けてはいられない───!!!」

 

 

 

 

攻撃は同時だった。振り下ろされる2本の刀の動きも、速さも、力強さも、全てが同等だった。

鬼人の振るう炎の剣と、人狼の振るう氷の刀。

天焔(アルマゲドン)と、冥河(コキュートス)。

余計な打ち合いなどは存在せず、剣と剣のぶつかる音は一度だけだった。

金属が炸裂する、ギィィン、という、爽快な破裂音。

それと同時に、1本の刀身が空高く舞い上がった。雪に揉まれて風に曝されて、優麗鮮やかに落下するほうき星。幽玄そのまま、輝く白い刃。

ざくり、と雪原に突き刺さる残り刃。

 

 

──── 一刀のもとに両断された刃、その正体は間違いなく、カーラ・アウシェヴィッチの太刀だった。



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氷原のバラード

昨日はちょっと創作や表現方法の勉強をしていたためお休みしました。今回も最多分量更新とくに過去イチ気合いの入った力強い文章になりました、とくと御覧あれ(誰もお前の分読まないでしょ)


 

「やった────」

 

俺は、カーラの太刀を折り曲げた………!!

 

「はぁ……はぁ……………」

 

達成感を得てしまっために、動作を停止させて座り込んでしまった。俺の悪い癖だ。まだ勝った訳でもないのに達成感に浸ってしまうところ、直していかなきゃいけないな。

でも、俺は、自分の力でカーラとの打ち合いを制したのだ。

カーラは折れた太刀をただ見つめている。

 

「見事────だ」

 

カーラは少し悲しそうに、嬉しそうに微笑んだ。しかし、俺はすごく残念だ。目の前に居るのは、俺がどうしても勝てなかったあの狩人というより、戦士のような風格の男ではなく、2本脚で直立しているだけの、ただの雄狼だった。

その人柄こそ、カーラのものだったが、その見た目は、もはやあの男の面影は残していなかった。

 

「■■■■……………」

 

カーラはまた、ひとときの悦びから、姿を消してしまう。そこに居るのは再び人狼。懲りずにカーラに立ち向かう俺も、反転しても意地だけで精神復帰するカーラも、かなりしぶといが、この人狼も大概だな。何度でもやってくるし、何回でも反転するし、いつまで経っても自滅しない。

 

「■■■■!!!」

 

人狼はもう折れてしまって長さが半分になった太刀と、地面に刺さっていた太刀の先端を持ち、二刀流のように構える。

あの太刀は3メートル近くある。今さら半分の長さにしたところでリーチは俺の血刀よりも長い。まったく、マジでアイツはどんだけ長い武器軽々と振り回してたんだ。純粋に尊敬でしかない。反転してもがっつりブン回してたしな。

 

「くそっ……………」

 

体力の限界だ。さすがに、俺もそろそろこの寒波の前に屈してしまったようだ。いい加減、手足の感覚がない。

 

「■■■■■!!!!」

 

人狼は隙有りと言わんばかりに、2本の刃で俺に斬りかかってくる。

 

「まぁ、いいか」

 

別に、抵抗する必要もないみたいだ。もう、事は済んだも同然。

まったく。往生際が悪いのは誰なのか。俺でもない、カーラでもない、この人狼でもない。一番忍耐に長けた存在はあの人じゃないか。

 

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

空から飛来するひとつの影。俺が今さらその姿を見間違う訳がない。空からやってきたのは他でもない、クロエ先輩だった。あの寒波を克服したのか。いや、アレは根性で動いているだけなのか。

先輩は空から氷の柱を飛びついで奇襲を仕掛ける。

それを見た人狼も、素早く動き回る先輩に氷の槍を放つ。しかし、神速を狙う俊速に、閃光(スピードスター)を落とすことなどできず、氷の槍は先輩には一発も命中せず、むしろ先輩のいる方向とは反対方向に打ち出されているかのように見える。

氷の槍が放たれれば、もう狙った場所に先輩はいない。これほどの音速で動き回る獲物を相手にする狼などどこにいる。兎を狩ることはできても、横薙に走る稲光に追い付くことはできない。

一方で先輩は全ての槍を躱しながら(正確には動いているだけだが)、人狼に向けてギャラルホルンを次々と照射していく。

ビルのように高い氷の柱が次々と倒壊していく。

 

先輩を見失って、狼はあちこちを見渡している。

しかし、もう遅い。狼の反応速度と先輩の移動速度は雲泥の差がある。たとえその姿を捉えたところで、回避が間に合わない。

そもそもその姿を捉えることすらままならない。

 

「これで─────!!!」

 

先輩は人狼の真後ろから現れた。曲がりくねる道よりも、一直線のほうが早いのは小学生でもわかる。

そして、それだけ曲線と直線の差は歴然としているのだ。ならば、クロエ先輩の動作は、移動距離と相対して見れば、速くなっているのもまた道理。

ただでさえ気づいたときには遅いというのに、まして気付いていないのなら、気付く前に頸が落とされているだろう。

先輩はその炎のように波を打つ剣を掲げてまだ先輩の存在にすら気がつかない人狼に斬りかかる。

だが、相手は勿論、俺と最後まで拮抗し続けた最強の戦士。その洞察力は俺とほぼ同等のレベルにまで研鑽されている。

 

「■■■■■!!!」

 

腐ってもその身はカーラのもの。身体が覚えた闘いの心得は先祖返りを起こしても未だなお喪われることはない。

カーラは自分が見てもいない背後に向かって、両手に持ったその凶器を振りかざした。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

クロエ先輩の攻撃は見事に弾かれてしまった。先輩はそのまま宙に投げ出され、俺の目の前で転がる羽目になった。

 

「何してるんだよ先輩!駅で待ってろって言ったのに!!」

 

先輩に駆け寄ってその肩を掴んで立たせる。さっきよりかは顔色はマシだ。ある程度暖まったのだろう。だからといって、この戦地に来るのはいくらなんでも頭がおかしい。「ふー、暑いから日陰で休憩……よし行こうか」っていう気持ちでできるような行動じゃない。

普通に命に関わる重大な問題だ。俺だって命がけで来たのに、こうもあっさりと来られたら別の意味で心配になってくる。その危険性を理解してなお突入してきたところが余計理解に苦しむ。

 

「はぁ……はぁ……中村くん、私も、闘わせてください」

 

先輩は俺に歩み寄って、真剣な顔で訴えかけてくる。いつもの俺なら、「そんな顔されたら………」ってなっていたが、今回はそうもいかない。そう易々とクロエ先輩の命を受け持てるものか。俺は、戦うのが精一杯。クロエ先輩のことを気にかけながら戦う余裕はない。

 

「ダメに決まってるじゃないですか!状況を解っているんですか?俺は闘うので精一杯なんですよ!?先輩に来られたら、それこそ余裕が無くなる!」

 

「解っていないのは中村くんです!いいですか?わたしが出てきたのは自分勝手に闘いたいからじゃないんです!わたしが暖を取っていた喫煙室、あそこの寒波がこの辺りとほぼ同じ気温になっているんですよ!?このままだと、わたしたちはおろか、町の人たちまで凍死しますよ!」

 

「な─────!?」

 

バカな、そんなこと。俺が闘っているのはわずか1分程度。この1分であんなに暖かかった電車と喫煙所がここと同じ気温にまで低下!?混血である俺はまだ数十分は耐えられるが、一般人では、5分と持たない。このままじゃ────!

 

「あ、あり得ねぇ。ここの気温は変わっていないってのに………!!」

 

「寒冷前線に例えると、その勢力を強くするというより、その範囲を広くする解釈ですね。カーラ・アウシェヴィッチの繰り出せる寒波は今の気温が限界。あとは広げるしかないんです」

 

今の気温は摂氏マイナス106℃。本当にこれ5分も持つかな?3分すらも限界じゃないのか?頑張って2分といったところか。

 

「それじゃあ、もっともっと早く、アイツを倒さないと………!!」

 

そのためには先輩の力が必要だ。俺からすれば、先輩をこんな危ないところへ連れ込みたくないけれど、それでも、一人でいくよりかはマシ………なのか。

 

「い、いいんですね、俺、先輩までは守れる自身ないですよ」

 

「いいですよ。わたしの心配は要りません。中村くんは自分のことだけに集中してください。もう知ってるでしょうけど、わたし、中村くんより100倍強いですから」

 

最後にちょっとした冗談だけ言って、先輩はいつものように笑った。学校でも見る、いつもの笑顔をみて、俺は半分呆れた。さっきまでの心配が嘘のように消えた。彼女なら、やってくれる、と。

 

「行くよ、先輩」

 

先輩の前に出て、血刀を構え直す。

 

「はい、わたしは後ろから援護をします。一直線に、カーラの首を獲ってください」

 

まさか、先輩に後ろから助けられるとは思わなかった。まさにこれが共闘というやつか。

人狼はそれを見ても態度は変えない。おかしな話だ。狼なのに百獣の王の風格だなんて。

でも、それもここまで、今、先輩肩を並べた以上、ヤツに勝ち目はない。ここからは、俺たちのターン。

人狼との闘いは、ここで終わりだ───!!

 

「はぁっ!!」

 

氷原を蹴って一直線に雪原を走り抜ける。ルートははじめからひとつ。俺からカーラへ。そのまっすぐのルート意外、なにも考慮していない。獣のような一直線の単純な肉薄。

 

「■■■■■…………」

 

狼は構わず俺に向けて氷の槍を放ってきた。が、不思議と一発も命中しない。

なるほど、先輩を先に狙ったのか。さっきの経験で、遠距離攻撃を持つ先輩を先に狙うとは、窮地とは思えない集中力と洞察力だ。

しかし、俺は先輩のいる後ろを見ない。

あの人なら大丈夫。そう自分に言い聞かせる。

先輩は言った。自分のことだけを気にしていろ、と。言われたとおりに、俺は今、自分の前に降りかかる障害だけを警戒する。

背後で地面の粉砕音。ギャラルホルンの爆発ではない。地面から太い氷の棘が突き出る音。先輩に止めを刺すとはいえ、かなり念入りにやるものだ。お陰で俺は楽々と人狼の目の前にたどり着いた。さて、問題はここからだ。人狼との打ち合いになるわけだが。

 

「─────な!?」

 

突如、目の前で爆発が起きた。何が起きたか解らないが、目を瞑って煙の中に突進する。爆発は発生したときの炎と黒い煙が爆発の全てと思われがちだが、それとは別で、爆発の周囲に熱波という見えない熱の壁が発生する。目を瞑っていないと目が焼けるらしい。

しかし、視界は無くなるものの、視界が眩んでいるのは向こうも同じだ。加えて俺には第六感がある。

ついでに、ルートは一直線なんだから、視界がどうこう関係してこないだろう。

 

「はぁぁぁッ!!」

 

人狼に一撃を叩き込む。当然ながら、その一撃は人狼が左手に持つ刃で防がれる。

 

「やぁぁぁッ!!」

 

そして人狼の背後からの奇襲。二刀の刃が二刀の刃を狙う。

仁王が揃って不動明王に肉薄。俺は人狼の左、先輩は人狼の右を狙って回り込みながら人狼を攻撃する。

人狼は左右からの攻撃を防ぎながら、その陣の孔を確実に突いていく。

 

「おらぁぁ!!」

 

「やぁぁぁぁぁ!!」

 

「────!!」

 

総攻撃。二刀流を狙う一刀は二つ。ワルツのように動き回る俺たちの攻撃とそれを受け流す氷の剣。剣の衝突がギン、ギン、と軽やかで爽快な響音を生み出し、俺たちの気持ちの昂りに拍車を掛ける。

唐突な連携だが、俺たちは意外と息が合っている。俺たちは自分のことしか気にしていない。そういう約束だ。だが、俺たちは無意識のうちに、互いの背中を守るために走っている。気が付けば、自分達のことこそどうでもよくなっていた。

俺たちの動きは止まらない。ゆったりと二人で織り成される剣の衝突音は流れるバラードのよう。ここまでくるとシンフォニーレベルだが。

一秒ごとに、俺たちの連携はより一層強固さを増してゆく。その一秒とともに、人狼の寒波はより一層広くなってゆく。

乱舞と円舞。心持ちと状況こそ違うものの、まるで踊っている気分だ。雪原は舞踏会のように、再現無く広がり、照りつける月明かりはスポットライトそのもの。会場は絶賛大盛り上がり。戦士たちの興奮は絶頂期を迎える。

反復横跳びのように表裏を捲り捲る。

血刀、天を射る。氷剣、円を描く。波刃、線を通す。

 

"ッ─────ァ────!!!"

 

これで何度目の金属衝突か。人狼の持つ太刀は完全に砕け散った。

霊長の域で霊長を超越した化物三人。

この1分は、二度とこの人生(よ)で見られまい。俺の経験ではあり得ない衝動。闘いに興奮するという躍動。もし俺が戦闘狂なら絶頂して果てるだろう。そうでなくとも、俺の爽快感は、この一生で最高値に到達した。この極寒はもはや苦しさをもたらす毒の大気ではなく、俺たちに涼しさを与える追い風そのもの。勝つためには、不利すらも武器にする。逆利用こそ正義の一刀、最後に勝つのは脳筋体である天下無双の大将軍ではなく、最後まで気転を利かせて起死回生を生み出した空前絶後の大逆転的発送を持つ軍師。

兵力と軍事力だけで、戦争は語れない。そこに何があるか、全てを見通した者こそ、最後に勝つに相応しい。それが────

 

「■■■■■■■!!!!!!!」

 

人狼はこれまでに無い雄叫びを上げる。

辺り一面に吹き付ける竜巻のような太く強い風。吹きとばされるのは不可避。でも、耐える。武器を失ったヤツに斬りかかれば、俺たちの勝ちだ。

 

「づっ……おぉぉぉぉ………!!」

 

「くっ、うううう…………!!!」

 

歯を食い縛って、この世のものとは思えない風圧に耐える。地面に剣を刺して、それを掴んで耐える。

 

「■■■■■■■……………」

 

地面から、何かが出てくる。雪の下から、人狼の右手に向かって、何かが現れる。斧のような形をしており、先端には槍のような刃が。

それは、氷だけで出来たハルバード。碧色に輝く氷の斧槍は、あの太刀よりもさらに長く太い。全長5メートルほど、柄の長さがおよそ4メートルもあり、その柄は厚さだけでも10センチ近くある。

それはもはや武器というより、破壊兵器(ジャガーノウト)だ。ハルバードとは呼んだが、形は全然違う。槍の部分は、先端が木の枝のように枝分かれしながら分岐しており、斧の部分は大きさでいえばちゃぶ台よりもでかい。バトルアクス寄りに改造されたフランキスカにも見えなくはない。

 

「──────ッ…………」

 

まぁ、勿論アレに串刺しにされたら大事だ。アレにやられて、生き残れる訳がない。考えるまでもない。あれは運がいいとか、そういう神様の恩恵とかでは助からないヤツだ。

あんなに巨大な武器を敵は軽々と持ち上げる。相変わらず、なんて怪力だ。

風圧のせいで動けない俺たちを見て勝利を確信した人狼は斧槍の切っ先を俺に向けて、勢いよく引っ張る。

的確だな。これは偶然なのか、最後まで敵は俺を中心に狙っていた。カーラの性質が残っていたのか。

カーラも間違いなく俺を先に殺していただろう。この人狼も、俺を優先した。それは、俺とクロエ先輩の二分の一による単なる偶然なのか、それとも、カーラが最後まで執念深く、理性を失っても尚闘い続けた結果なのか。

けれど、この人狼は、カーラとは大きな違いがあり、カーラでは絶対にやらなかっただろう間違いを犯したようだ。

俺が最初にカーラとホテルで対峙したときからずっと、カーラはこれだけはやらかさなかったというのに。人狼となって知性を失った今こそ、その過ちが引き起こされる。何度も言った筈だ。何事も、最後が肝心なのだと。勝利を確信するというその行為こそ、最大の思い違い。

絶対の勝利は覆らない。だが、それは王者が言ってなんぼの話だ。揺るがない勝利を持つのなら、俺たちに苦戦などしない。俺たちは二人合わせてもなお、この人狼の足元にすら及ばなかった筈だ。ならば、それは完全勝利とはいえない。最後に油断したときが、本当の最期。油断というのはたちが悪くて、気づいたときには遅いのだ。油断したと気付くのは、全てが終わってからなのだ。

だから、この人狼は、これに対処出来なかった。カーラだったら、そんなことは絶対に起きなかったというのに─────!!

 

「──────」

 

打ち出された槍を跳躍で飛び越える。風圧に揉まれると思ったがその上での一か八か。結果はイチの奇跡に終わったようだ。

 

「──────■■■■■■!!!」

 

慌てて人狼は立て直すがもう遅い。油断したら、気付いたときにはもう手遅れだ。

 

「先輩────!!」

 

5メートルのハルバードの細道を走り抜ける。体幹バランスを極限まで整える。平均台程度の太さの道を駆け抜ける。

残念ながら人狼にできる攻撃は今が最後だった。

俺の声に焚き付けられた先輩も風圧を逆に吹き飛ばし、人狼に走りよる。左右からの決定打。一瞬の出来事だから、この人狼には対処する術がない。慌てて俺たちに氷の槍を放ったところで、焦って大振りなんだったら意味がない。全て避けられるか砕かれるかでおしまい。

人狼の敗因。それは、カーラの意識を捨ててしまったことだ。カーラという存在を棄てなければ、あるいは俺たちを妥当できたかもしれないというのに。

しかし、一度始まった攻撃(ターン)は終わらない限り回らない。俺たちのターン。相手にはなにもできない。これが、正真正銘─────

 

「止めの─────!!」

 

「一撃だ─────!!」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

「てやぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺は、先輩と同時に剣を振り下ろした。その折り重なる最後の刃は、人狼を間違いなく斬り抜けた。止めの二連撃。油断した後の痛恨の連携。会心の決定打は、間違いなく、人狼に到達し。

 

「■■■■■、■■■■■!!!!!!」

 

人狼の雄叫びが氷原に響く。最後のフィナーレといわんばかりに交響曲の終楽章が電光石火のように轟いた。

周囲が白く輝く。人狼が碧色に染まり、雪原、辺り一面の銀世界、雪と氷の氷雪異世界に亀裂が入る。自然界に存在しない異常気象がこの世から爆裂的に消え去るその瞬間が現れる。異常法則が溶けるように消失していく。辺りに立つ氷柱と巨大な斧槍が音を立てて砕け散る。

人狼が最後の雄叫びを上げたと共に、世界は、元の次元へと氷が溶けるように巻き戻された。




人狼の血を引く吹雪の混血

カーラ・アウシェヴィッチ
性別 男性
身長 180cm
体重 60kg
誕生日 11月9日
血液型 A型
好きなもの 雪、闘い
嫌いなもの 熱
得意なこと 洞察力、直感、忍耐力
武装 長太刀、氷柱、吹雪、狼


食糧を得るために北欧からやってきた混血。
人狼と人間の混血であり、生まれながらに人狼の血が濃く、幼少期から頻繁に反転を起こしており、非常に不安定な精神を持つ。混血族は精神を安定させるために、人の血を吸う給血(吸血とは異なる)を行うが、血の濃度の濃いカーラの場合は人間血を飲むと同時についでに栄養分の補給もしなければならない。そのために、やむなく人間の血を飲むだけでなく、その肉を喰らうことも必要になる。乙黒町で起きていた多数の行方不明事件によって行方がわからなくなった人間は全てカーラと彼の連れる狼によって食された人間である。

ヨーロッパは聖堂教会の本拠であるため、代行者の襲撃を恐れた彼は、東洋に逃げ込めば代行者から逃れられると考え、群れの仲間である20匹の狼を連れて北欧から船で日本へやってくる。
血の濃度と質が高いこともあって、ほぼ人外に近い存在である。人間として生き永らえることが難しい分、混血としては血の影響力という面では中村白邪以上に完成しており、人狼の能力として手に入れた絶対零度を戦法として使う。
絶対零度による生命活動環境を凌駕する超低温と猛吹雪で相手の動きを止めて、氷の槍を飛び道具として発射して相手を牽制して相手を縄にかけてから太刀を持って群れの狼たちと共に獲物に襲い掛かる、狼の狩猟の如く、相手を確実に仕留める執念深い戦士。

ヒトの精神が弱いように思われるが、決してそのようなことはなく、その戦闘能力と直感は研鑽されており、その洞察力は中村白邪とほぼ同等の精度を持つ。
例え反転を起こそうと、根性だけで一時的に反転状態から回復したり、完全に先祖返りを起こした後ですらも一瞬だけ意識を覚醒させるなど、恐るべき忍耐力と精神力の持ち主でもある。

人里離れた山奥で狼たちと共に暮らしてきた日々であり、愉しみというものを一つも覚えなかった過去があり、唯一日本の侍の真似事をするのを自分の存在イメージとし、これまで武士のような佇まいで生きてきていたそう。

自身が混血であることに対しては特に何も気にしてはいないが、唯一、いつ自分の理性や知性が血に呑まれてしまうのかについては昔から不安を抱いていた。そのため、今日を過ごすことを優先しており、小さな幸せについてよく理解している、案外穏やかな人間である。淡泊な印象が強く、第一印象ではかなり冷たいイメージがあるが、いざ関わってみれば、人が良いような場面もある。
自身が強者と渡り合うことの愉しさ、自身の唯一の生き甲斐を作った張本人である中村白邪のことを気に入っており、利害関係や目的が一致していれば、二人が親友になっているような未来があったかもしれない。白邪に対する好意はさまざまな発言や思いやりなどでちょくちょく伝えており、それに気付いた白邪も、カーラの人柄は嫌いではないらしく、敵ながら解り合える部分も多いようだ。


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尊いユメ

ヨエル「文章量、覚醒。8000文字も書いたよ………」

白邪「知るかんなもん1日遅れやがって」

ヨエル「だって昨日作者がメルブラの大会見ててさ」

白邪「そりゃ、締め切りとかないけど」

ヨエル「しょうがないじゃん(怒)」

白邪「一人で逆ギレすんな」


 

人狼の寒波によって絶対零度の世界となった駅前付近一帯は、一気に通常の気温に引き戻される。

その気温こそ冬なので別段暖かいものではないが、これまでこの吹雪に立たされた者たちからすればこれ以上ない春だろう。

 

「──────消えた」

 

その中に、その男はいた。白邪とクロエが疲れて倒れているその遠くに、一人の男は立ち続けていた。

 

「暖かい。あの1分、オレは何をしていたのか」

 

彼も、いち人間として、過去はあった。

 

────彼は混血に生まれて以来、人間の血肉を喰らわなければ生きては行けなかった。それは、生き物として、人狼の混血として、必要なシステムだった。だが、彼にはそれは出来なかった。それが何故かは、彼にも解らないが、とにかく、初めは人の肉を喰いたくないと、彼は思っていた。

だが、やはり栄養は必然と必要になってくるし、適度に摂取しなければ、失調症を起こす。彼も、生き物として生きるために、今日を、明日を、生きるために、なにかを口にしなければならない。呼吸をしなければ死ぬし、食事を摂らなければ死ぬし、水を飲まなければ死ぬ。

彼は散々悩んだ挙げ句、生きるために食べることにした。

そうして、彼は人々から離れる。そうして、彼は自身の行く道から、愉しみを失った。

ただ、より強い相手を求めて、その戦利品として肉を喰らうようになり、強者と戦うことだけを楽しみとして。

 

「だが────」

 

今の一瞬は、彼の持つ記憶にはなかったものだ。これまでに、人を見てその生き方に感嘆するなど、彼にはなかった感情だった。

あの男は、人と混血が、互いに解り合える世界を創るだなんて、叶いもしない夢物語を口走っていた。

とんだ綺麗事、余計なお世話だと思っていたが、彼の眼は本物だった。あの男は、本気で混血と人間が協力し合う世界を創ろうとしていた。今にも走り出しそうな眼差しで、やってみせると言っていた。その様子に、彼はなんとなく、心の何処かで憧れを持っていた。

 

「この心が、オレが忘れた記憶か───」

 

男は亡霊のように、そこにいる。燃え尽きる最後の炎のように、薄れていく影。

男はその最期を悔やむでもなく、宛のない未練を憶えるでもなく、世の苦しさに嘆くこともなく、ただ一人余韻に浸っている。

 

「なんとも、温(ぬく)い感情か───」

 

男はただ空を仰いで、ただ、時が流れるのを待つ。

カーラ・アウシェヴィッチは、最期の聲を遺して、最期の思い出の欠片と共に、雪のように溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁ、つっかれたぁ──────」

 

唐突な脱力感に襲われて、俺は地面の上で仰向けに寝っ転がった。

空に浮かぶのは星と雲。月は雲に隠れて見えない。

とりあえず、なんとか終わらせることができたというのはわかる。嬉しいのは嬉しいが、今はとにかく、休みたかった。

一息ついて、ようやく身体は動くことを許してくれた。血刀を仕舞うと、俺の身体はだいぶ楽になった。

血刀は俺の血から生成されるだけあって、造って取り出すのも結構辛い。それだけの血が不足するからだ。戻せばこの通り、さっきよりかは元気が出てきた。

 

「中村くん、大丈夫ですか?」

 

となりで先輩の声がする。先輩はあんな激闘を繰り広げた直後にも関わらず、元気に立っていて、俺の背中を持ち上げて心配してくれている。

 

「まぁ、なんとか」

 

しかし、よく俺生きていたもんだ。折角死ぬ覚悟で来たのに。

 

「俺、全然普通のままだな」

 

俺は人間を捨てて反転を起こしたはずだ。

だが、俺の理性と知性は最後まで焼ききれることはなく、結局、俺の人格にはなんのマイナスも起きなかった。

やはり、俺は鬼人の力を巧いこと制御できるのか。これほどにまで、鬼人に近付いて、俺の理性はよく生きているものだ。まぁ、少なくとも寿命はかなり縮まったかもしれないが。

 

「────じゃあ、帰ろうか、先輩」

 

「はい、帰りましょう、中村くん」

 

立ち上がって、俺は重たい身体を引きずって、先輩と並んで家路についた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これか─────」

 

俺は少々、とある家系の文図を辿っていたところだ。

遠野、鬼種の末裔と聞いているが、未だこれといって大幅な反転を起こした報せはない。まぁ、仮に反転したところで、俺であれば直ぐに潰すことは容易いのだが。

そして、これはその遠野の家系図だ。

遠野、軋間、斉木、有間、刀崎、そして久我峰………

どれも混血の家系か。では、この家はどの家系なのか。もう少し、家系図を眺めてみると、古い古い家系から現代まで続いている家系を一つ見つけた。

 

「中叢………?これは鬼との混血ではない分類か。遠野が鬼と交わる前の時代の分家。なるほど、その後、鬼人と交わって鬼人との混血か」

 

中叢は寿命が短い。やはり魔が宿ると言うだけあって、人間として生き長らえることができる期間が短いのか。三代前なんて、なんと30代で死亡している。

先代である中村桐柳(なかむら きりゅう)は先祖返り、紅赤主の状態になったがために身内に殺害されている。その日にその件に巻き込まれたか、妻である汐音(しおね)も死亡している。

そしてこの先代桐柳とその妻である中村汐音の間に出来たこの3名の子供が、今代の者か。

戸籍上では、養子として伊賀見家の五人姉妹も引き取られているのか。………な、伊賀見?なぜ、伊賀見がこんなところに?

 

「なんだ、この頭の可笑しい戸籍は」

 

遠野も大概呪われているが、中村はとても家系図とは思えない形を取っている。

伊賀見が養子なのはまだいいが、伊賀見の戸籍を見てみるととんでもないことになっている。伊賀見の子供と中村の子供が同じ名前?この伊賀見範安、中村範安という人物は誰だ?

 

「まったく、なかなか特殊で読めない名前だな、のりやす?のりあん?」

 

ページを捲っても今のを超える謎は見当たらない。

ふと、ページの間から、鍵が出てきた。古く、酷く錆びた黄土色の鍵だ。もともとはもう少し綺麗な色をしていたのだろうが。

すぐそこに、埃をかぶった机があった。そこの引き出しは1ヵ所だけ鍵が掛かっている。まさか、この引き出しの鍵をこんなところに隠しているとは。鍵を穴に差し込んでみる。古くなっているものの、かなりすんなりと鍵は入った。鍵を開けて引き出しを引っ張ってみる。

 

「なんだ、これは」

 

中に入っていたのは──────

 

「あら、こんな夜更けに父の部屋に何の御用ですか?」

 

「──────!?」

 

顔を上げると、そこに少女がいた。少女とはいっても、もうすぐ成人するのだろう。この風格からすると、この女がこの家の主なのか。

 

「まずいな、ここは、逃げたほうが賢いか────」

 

俺は今回ばかりは混血の殲滅に来たわけではない。襲撃の際ならばここで容赦なく殺していたが、生憎と今日は暗殺するのはナシなため、武器を持ってきていない。そうなれば素手で潰すか…………?

 

「しかし、変わった御方ですね。玄関のノックも呼び鈴も鳴らさず、そもそも玄関も裏の勝手口も通らずに押し入ってきたかと思えば、そこの窓から入ってきたのですか?ここは三階の筈ですが」

 

「失礼。少し気になることがあっただけだ。だが、用は済んだ。俺は帰る。」

 

「いいえ、お客様に何のおもてなしも無しにお帰りになられては困ります。気になることは、わざわざ資料など読まずとも、私に直接お訊きになればよかったのですよ。事細かにお教えさせていただきます。それより、私からも一つ、貴方にも質問がございます」

 

「なんだ」

 

「何のためにこんな所へわざわざいらしてくださったのですか?」

 

女は冷たい目で俺を見つめる。まずいな、これ以上放っておくと命の危険に繋がり兼ねない。武器を置いてきたのが失態か。この女、見た目可弱いが、恐らく非常に強力な混血だ。人間の血を多く含むものの、その血の質は最高。混血の答えとも言える存在だろう。こんなモノを武器無しで相手するのはやや後手を踏むことになるかもしれない。俺は生粋の魔に近いほど不利になる。そも、俺は暗殺を生業とする。魔と真っ向からやり合うことは厳しい。

────かくなる上には。

 

「─────くっ!」

 

窓ガラスを突き破って外に飛び降りる。高さ三階。常人ならば飛び降りれば重傷。だが、近くにあった木の幹に脚を添えて落下の勢いを軽減させ、1.5階分の高さから着地する。そのまま俺は風のように走り出し、この広い屋敷からの脱出を図る。

 

「お待ちなさい」

 

前方から声がしたかと思えば、先程の女が俺の前方にいた。馬鹿な。俺の逃げ先を暴いた挙げ句、俺の疾走に先回りしたというのか。

女の髪が赤く光る。まずい、魔の力を行使する気だ。その前に止めなければ。

 

「一風(ひとかぜ)───!!」

 

俺は脚を伸ばして女を遠くへ蹴り飛ばした。これで距離が稼げたはずだ。他のルートを通って外に出よう。進む道を変える。屋敷の建物から森を通って外に出るのは不可能だ。屋敷の前を通るルートで行こう。後ろにはたしか、白い屋敷があって────

 

「なに───?」

 

後ろに見えるはずの屋敷が、無い?向こうに見えるのは、相変わらずの木々ばかり。方向を間違えたのかと、辺りを見渡すが、何も見えない。全てが、木々。ただ、木しかない、永遠の森。

 

「皮肉ね。貴方はこの森に逃げ込んだ時点で一貫の終わりだったのよ。この「彷徨(まよい)の森」を訪れた者は、誰一人として私の目からは逃れられない。そして、何人たりとも、この森からは抜け出せない。出口を探したところでそれは無駄なことです。何故なら、この森の出口は【私が消してしまった】のだから」

 

「──────馬鹿な」

 

消した、だと?この女は、この屋敷の領域であれば、自由に空間の操作ができるというのか?そんな、魔術師でもないただの混血に、そんなことができるというのか?

血の能力の規模が恐ろしい。今まで血で火を炊く者や、血を刃とする者は見てきたが、血でこの空間を操作するなど、こんな大物は初めて見た。

否、関係ない。あの女を倒せば、力が解除され、この森は元に戻る筈だ。奇跡的にも、いつもの棍棒は持ってないが、短刀だけは持っていた。あの女を仕留めるには容易い。鬼の力など、この程度────

 

「これが、鬼人の血の力です。お分かりになりましたか?」

 

「鬼、人─────?」

 

それでは、ここは─────

 

 

 

「当主として歓迎致します。ようこそ、中村邸へ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中村くん……?急にこんな所へ連れてきて、どうしたんですか?」

 

俺と先輩は、二人で人気のない路地裏までやってきた。ここなら、一目に付くことはないだろう。

 

「中村くん………?」

 

「先輩、これ」

 

俺はそう言って、先輩に血刀を手渡した。

先輩は握るのは握るが、自分が何をすればよいのか、俺が何をするのかが分かっていないようだ。

 

「─────先輩」

 

言えない。言いたくない。今から、言うことは、俺と先輩の距離を遠く、遠く遥か彼方その向こうに引き離すだろう。

先輩との日々を終わらせたくなくて、俺は言えない。

けれど、言わなければならない。そうじゃないと、俺は先輩を救えないから。

力になりたい、けど、俺は、終わらせたく、ない。

 

「先輩は、俺を殺しに、この街へやってきたんですよね」

 

「───────」

 

先輩の身体が、揺れた。そう、だよな。その為に、ここへ来たのなら、俺がそれを言ってはいけないのだから。

 

「中村くん、それは」

 

「俺、気づいていたんです。初めて会ったときから、なんとなく先輩が、俺のことを知っているような気がして」

 

そう。あの鳥小屋の一件のとき、先輩は俺の噂を聞き付けたと言っていたが、そんな筈はない。

昨日お昼ごはんを食べていた時も、俺がアスナ経由とはいえ、借金取りをやらされていることを知っていたし、何より、

 

「俺が鬼人だって、知ってたんでしょう?」

 

あの発言、俺はいつまでも覚えている。「吸血鬼は鬼人と同じ、いてはならない」と。何もかも、なんとなくだ。けれど、その「なんとなく」は、意外とそこらじゅうにあるもので、そして、その全ては、矛盾や前提の食い違いを引き起こす。

隠していたって、いつかはそうして丸裸になってしまうのだ。

 

「俺は、先輩の力になりたいんです。けれど、もし俺が先輩の力になれるとしたら、カーラを倒す手伝いをすることなんかよりも、きっと、俺自ら首を出さなきゃいけないんだって思ったんです」

 

さっきは鬼人になって一人で死のうと思ったら、運良く死に損なってしまった。ほんとは先輩の手間すらも省こうとしていたが、それは出来なかった。となると、あとは先輩にやってもらうしかない。

 

「──────」

 

先輩はただ無言で俯いている。この行動が見られる以上、本当に俺の予想は図星だったようだ。まぁ、だからといって俺の心境がどうこう変わるわけでもないが。

 

「────いいえ」

 

先輩は俯いたまま、首を横に振る。その仕草はなんとも弱々しくて、俺はなんか自分がやらかした錯覚に陥った。

 

「────いいえ。そんなこと、できません」

 

先輩の声は震えている。まぁ、確かにターゲットが自首してきたら動揺は隠せないだろう。しかし、その声は、驚きでも、戸惑いでもなかった。

 

「どうして、どうして先輩は俺を殺さないんですか。どうして、先輩は、泣いているんですか。こんなこと、手慣れているんじゃないんですか」

 

俯いているから、先輩の顔は見えない。けれど、その顔からは、小さな雫がほろほろと滴っている。今の先輩と闘ったら俺は圧勝できる気がする。それくらい、今の彼女は、可弱いただの女の子にしか見えなかった。

 

「───できません。わたしは、そんなこと、したくないんです」

 

震える声は、振り絞るように出されている。いつものしっとりとした声はいつの間にか、なにかを堪えるようながらがらとした詰まった声になっている。

 

「どうしてですか。これは、先輩の仕事じゃないんですか。先輩は────」

 

その泣いている少女を慰める余裕はない。そしてその必要はない。だって、彼女は。

 

「先輩は、人を殺すことが仕事なんでしょう?」

 

俺には到底わからなかった感情だ。どうして、たくさんの人を殺しておいて、あんなに平然とした態度でいられるのか。どうして、俺の前であんなに笑えたのか。わからなかった。人を殺したら、俺のように、一生涯の自暴自棄に苛まれるはずだ。なのに、この人は、人を殺すのが当たり前すぎて、人を殺すことになんの感慨も持たない。

 

「人を殺すのが、先輩の仕事なんだろ。人を護るのが先輩の仕事なんだろ」

 

「はい。わたしは、街の人々を、守る、ために、ここに……………」

 

残念ながら俺は誰にでも優しい訳ではない。なんなら、俺は今、相当我慢している。怒りを堪えるのに精一杯だ。目の前にいる殺し屋、その顔面を今すぐこの右腕で殴りつけてやりたい。今まで彼女に殺されてきた人間の分を。

【消費】されていった人の命。その尊い命は、全てが先輩のお給料として消費されていった。【犠牲】ではない。【消費】なんだ。カーラは最後まで人であり続けた。俺がカーラを殺せなかった理由はカーラが強すぎたからじゃない。俺が弱すぎただけじゃない。カーラが【人】だったからだ。でも、人狼は、俺たちの力を合わせれば、圧倒できた。それは、対象が人間かどうかだったんだ。最初、俺はカーラを殺してやりたいと思っていた。けれど、知らず知らずの内に、俺は、カーラに対する殺意が消えていった。

人狼を殺すのと、人間を殺すのは、全然違う。それを、彼女は、ただ混血だっただけの、人間たちを葬り去ってきた。あのカーラに対する態度を見てみろ。あの勢い、先輩が強ければ、カーラを殺していたのかもしれない。

 

「先輩、それは違う。先輩は、街の人々を守るためなんて嘘だ。先輩は、カーラ、あいつらの命のことが全く分かっていない。カーラも、俺も、血だけは、人じゃない。だけど、俺たちだって、人並みに生きていこうと願っていたんだ。そのために、努力し続けていたんだ。たくさんの時間を裂いて、たくさんの思い出を得て、たくさんの人に会ったんだ」

 

それを、この人は─────何でもないように。ゴミのように切り捨てていった。

 

 

「もし、皆を護りたいんなら、他人の血をぶちまけるんじゃねぇ!!!!」

 

 

これまでにない叫び声を上げた気がする。思わず頭がきぃぃんと痛む。

 

「だ………だって…………」

 

「だってじゃねぇよ馬鹿野郎!!アンタはなんにも分かってない!!人の命の大切さを、自分達のやってることの非道さを!!アンタが混血殺してどれだけ稼いでるのかは知らねぇけど、混血はアンタらの銀行じゃねぇんだよ!!」

 

怒りの矛先が分からなくなって、とりあえず何かを殴りつけたくなって近くにあった室外機を勢い良く殴りつけた。べこん、と音を立てて室外機の蓋が凹む。

先輩が身体を抱えて俺から離れていくずるずると後ろに後退していく。俺が怖いのか。知るかそんなこと。彼女が命の大切さを理解するまで、俺は幾らでも暴れ続ける。ちなみに言うと、俺は鬼人の状態で暴れまわっている。こっちの方が、雰囲気があるから。死ぬかもしれないぐらいに思わせておけばいいだろう。

 

「人間はな、色んな種類がいる。アンタにも言い分はあるんだろう。でも、理由がなんだって、人殺しはいけないことなんだ。どんな人種でも、人権だけは保証されているんだ。混血だから人権がないなんて、そんな腑抜けた冗談要らねぇ。もし、それでも分からないんだったら、相手が先輩でも、俺は絶対に許さないからな」

 

先輩に詰め寄る。その両腕を掴んで壁に抑え着けて逃げ場を完全に封鎖する。

俺は今、自分がどんな顔をしているのかはわからない。けれど、俺は過去一番怒っている。それこそ自分が何をしているのかを忘れてしまうくらいに。俺は先輩に介錯を求めていた筈なのに、いつの間にか、俺が先輩を諭すだけになっている。

 

「アンタは厚かまし過ぎるんだ。それこそ人をゴミのように扱っておいて、いざ殺せと言われたら思い出したように首を振る。あのな、今だけ猫を被ったって、中から狸が出てきたらイミがねぇんだ。本性が変わんねぇんだったら、何したってなんにも変われねぇ。イチから考え直せ。自分があいつらだったらどんな気分になる?自分の周りの大切な人が、【生きているという罪】で、ゴミのように扱われて、資源としてただ人間らしく扱われずに消費されたら。生きていることに罪なんてないんだ。そんなものがあるなら、俺たちは産まれてなんていない。俺はな、罪のない人が犠牲になるのが大嫌いなんだ。勘違いで冤罪になったりとか、魔女狩りを受けたりとか、ヘイトを受けたりとかな。俺はそんなのを見つけたら片っ端からブン殴ってきた。俺は良くアンタを殴らずに済んでいるよな。それはな、俺はアンタを信じていたからだ。俺は、先輩に、そんな風にいて欲しくないから、まだ、先輩がそんな人じゃないって、信じているから。先輩はまだやり直せる。罪は消えなくても、今から心を入れ換えれば、まだ先輩は俺の知っているクロエ先輩、善人になれるはずだ。俺なんかよりも、未来が有望だからな。誰かが、きっと、変えてくれる。でも、今じゃないとダメだ。そうじゃないと、先輩は、また罪を背負うことになる。また、間違ったことをしてしまう。俺を殺すなら、勝手にしてくれ。けれど、その代わり、これからは、心を入れ換えて、二度と、混血だからといって人でなしのような扱いをしたりしないでくれ。そのために、先輩の力になれるなら、俺は喜んで死んでやる」

 

先輩から手を離して、俺は何もしなくなった。先輩は壁から離れて、止まったかと思えば、いきなり骨が全部抜かれたように、前のめりに倒れる。

 

「────────」

 

倒れる身体を支えておく。先輩はただ、俺の腕にしがみついてくる。

 

「う…………ううぅぅ…………」

 

嗚咽を堪える声は未だに残り続ける。

とりあえず俺は怒るのを止めたが、止まってみたら罪悪感らしきものが残る。いや、俺は間違ったことはなにもしていない。けれど、女の子を怒鳴り付けて泣かせるとか、如何な理由があろうと俺が悪者だ。その、あれ、立場とか論理の問題じゃなくって、構図の問題。

言い過ぎたかな、と今さら考え直す。知らない内に暴言吐いたりしてないかな、と自分の頭のなかで俺の台詞を反復する。いや、口調が荒くなっただけで、多分、問題ない。いや、馬鹿野郎は、アリだよね。流石にいいよねそれはな。

 

「う、うぅ──うぁぁぁぁぁぁ…………」

 

だからソレやめてくれよ!?俺が悪いみたいになっちゃうじゃん!?

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…………!」

 

「いいや、解ればいいんですよ、先輩」

 

泣いている女の子を慰めるのは苦手なんだけど、やっぱり俺、家で唯一の男だし?優しくしてやることも覚えておかないといけないのか。自分が泣かせたら、後始末はつけなきゃいけないよな。

ひとまず、泣いている先輩を優しく抱き締めて慰めておく。

どうしよ、俺嫌われたかもしれない。

 

「先輩、もう俺怒ってないから。大丈夫だよ」

 

「はい…………」

 

俺は自分に身体を預けてくる先輩の体温を感じながら、安堵していた。

これなら、きっと、先輩は過ちを繰り返すことはないだろう。俺は、先輩の力になれたんだ。こうして、先輩に生命の大切さを教えてやれたのだから。

 

「中村くん。」

 

「何ですか?」

 

「わたし、中村くんのことは、殺せません」

 

「またその話ですか」

 

「はい。だって中村くんは、大切なひとですから」

 

先輩は急に俺の顔をみたかと思えば、にっこり笑ってそんなことを言ってきた。

 

「──────っ!!」

 

今のは、ダメだよ。俺の理性が焼き切れる。その、反転とかじゃなくて、普通に欲が理性を壊しちゃうから。

 

「…………今のはずるいですよ」

 

 

俺たちは気が付けば、さっきのことなんか全て忘れて、またいつものように笑い合っていた。だから、命っていうのは尊いんだよ。こうして、誰にでも、等しく幸せはあるのだから。

俺たちは、この一瞬こそ、ほんとうに何もかもを忘れてしまっていた。

 

もちろん、同じ時を過ごす互いが愛しくて、今が夜遅くなのもすっかり意識の外だった。



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考察

ヨエル「絵を描くのたのしー!!」

クロエ「ちゃんと小説も書いてください」


 

「こ、これは……………」

 

「かなり酷いですね…………」

 

俺と先輩は和解したあと、教会に戻ってきた。そしたら、びっくりした。何せここ本当に教会なのかわからなかった。

門は間違いなく教会の門なのだが、その先に続く道の石畳は片っ端から消し飛んでいる。爆発でも起きたのか、粉々に粉砕されているし、どんな生きものがやって来たのか、メガテリウムみたいな巨大な爪の痕が残っていたり。礼拝堂も崩壊していた。

 

「─────────」

 

俺たちがカーラを相手にしている間に、ここでも相当激しい戦いが繰り広げられていたに違いない。

 

「あの吸血鬼……………!!」

 

ぎり、と歯を食い縛る。アイツがここまでやったのか。何をしたらそこまで崩壊するのか。直感的な感想だが、クロエ先輩のギャラルホルンを使わないとこんな焼け跡はできないだろう。

 

「吸血鬼が出たんですか………?」

 

「あぁ。きっとアスナとヨエルが相手をしたんだと思いますけど………」

 

言いながら門をくぐる。

吸血鬼との激闘、その焼け跡なのか、これは。ヨエルの時から思っていたが、俺たちとは格が違う。俺たちがこの戦場で戦っていたら、あるいは死んでいたかもしれない。

がらがらと瓦礫に覆われた礼拝堂。2割は崩壊している。他は形こそ保っているものの、やはりボロボロだ。南海トラフ並みの大地震が起きたら倒壊するのは否めない。

扉を開けて、中に入る。中も思ってた以上の惨状だ。天井が崩壊して吹き抜けになっている。ステンドグラスもバキバキに割れている。

 

「酷い……………」

 

先輩はあまりの惨状に目を覆う。

 

「──────」

 

礼拝堂の椅子の上に装飾剣が乗っていた。これは、確かヨエルが腰から吊るしていたサーベルだ。

 

「ヨエル─────」

 

一瞬しか会えなかったが、アイツはなかなかにいいヤツだった。めんどくさいヤツでもあったが、仲間想いで、真っ先に俺を逃がしてくれたし、俺を助けてくれた。

礼拝堂の奥の部屋に入る。ここは思っていたよりも崩壊が届かなかったみたいだ。

 

「ぐ…………こっち!───あぁ、ジョーカー引いちゃったかぁ」

 

「まだまだ未熟ね」

 

「─────────」

 

「─────────」

 

俺の1秒の心配を返せ。何、奥の部屋でババ抜きなんかしてるんだよ。二人ともめちゃくちゃ元気じゃねぇか。なんか、ボロボロだし、所々汚れているけど、怪我はないみたいだ。トランプで遊ぶ元気があるなら心配無用のようだ。

 

「あ、お帰り、お疲れさま。その様子だとカーラを無事討伐したみたいね。あーもう、またジョーカー引いちゃった」

 

「お前らこそ大丈夫なのか。特に頭」

 

「もちろん、ぜんっぜん大丈夫だぜおい、って、あれ?ラスイチなのに揃わないよ?ダイヤの5?僕持ってるのクラブの10なんだけど」

 

「あれ?おっかしぃなぁ、最初の選別で間違えたのかしら」

 

言いつつアスナが目を疑う速度でまた山札切って振り分ける。ヨエルが目を疑う速度で揃っている札を捨てていく。

 

「いや、いつまでやってんだよ!!」

 

「あ、クロエもやるかい?」

 

俺の声はヨエルには聞こえないようだ。

金と翠の見た目20代ダブルモンキー。

 

「あ、いいんですか?」

 

先輩の顔が明るくなる。アスナたちがトランプやってるちゃぶ台に歩み寄って座る。

 

「おい、待て、なに始めてんだよ」

 

「白邪くんもやる?」

 

「やらねぇよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで?あの吸血鬼何者だったんだ」

 

俺はちゃぶ台で烏龍茶を飲みながら先輩の札を引く。あ、ジョーカー引いちまった。

 

「アイツはロアという吸血鬼よ」

 

アスナは俺の札を引いていく。ラッキー、ジョーカー持っていってくれた。

 

「ロア…………?」

 

「えぇ。ミハイル・ロア・バルダムヨォン。別名、アカシャの蛇。永遠を追い求めて昔から転生を繰り返している死徒よ」

 

「待ってくれ、転生?シト?なんだそりゃ」

 

吸血鬼の存在を昨日知った俺にシトとか言われてもなんのことだかさっぱりだ。

首を傾げる俺を見てヨエルが説明を加える。

 

「いいかい?白邪くん。吸血鬼には、【真祖】と【死徒】の二種類に分かれる。真祖はもとから吸血種だった存在。死徒は真祖や死徒に血を吸われたことによって吸血種となった存在だ。死者をみたことはあるだろう?アレの中でもとりわけ力を持って吸血種として独立した存在が死徒の正体だ。ロアはかつて血を吸われたことで、いや、この場合、吸わせたの方が正しいか。とにかく、ロアは吸血鬼からの吸血によって死徒となった存在なんだ」

 

死者。そういえば、おとといアスナと一緒に路地裏に行ったときに出会ったアイツらか。アレの成れの果てが死徒、何かの反動で吸血種となった存在ということか。

そして、あの青毛の男、ロアはその死徒の一部、と。

 

「ロアは形を持つ吸血鬼というより、遺伝子情報のように存在しているんだ。転生をすることで、人間の胎児に転生して、ある一定の年齢に達したとき、人格を消去してロアのものにすり替えてしまうんだ。まぁ、要は人間の身体を依代としてロアは転生を繰り返しているんだ。もう800年近くは転生によって生き永らえてるかな。転生無限者とも呼ばれているね」

 

「転生、無限者?そ、そんなにロアは強力な死徒なのか?」

 

「まぁ、死徒の中ではⅣ階悌成り上がりレベルだけど、実力だけで見ればかなりの上位だね。最強の二十七名の吸血鬼である二十七祖の番外位ともいえる。さっき、ちょうどやりあって来たけど、今回のロアはかなり強力だ。まだ下弦の十六夜だというのに、望月の時点と同じレベルの実力がある。器がかなり強力なんだろうね。あの砲撃、やる気になれば街一つは壊せそうだ。まずはどこに転生したかを突き止めないと」

 

「具体的には、だいたいどこらへんに転生するんだ?」

 

「ロアの転生した器の共通点は裕福で、血統が優れていて、尚且つ器が強力。この条件にぴったりな存在がじきチェックメイトなんだけど、それには君の助けが必要だ、白邪くん」

 

ヨエルは唐突に真面目な顔をして先輩の札を取ってまたジョーカー引いてしまった俺に話しかけてくる。

 

「俺?」

 

ヨエルはうんうんと頷く。

 

「一家裕福、血統優秀、肉体有能。この三つの条件に当てはまる家は中村家、君のおうちがピッタリなんだ。もし、君のご家族の中にロアの転生先となる吸血鬼がいたら、教えて欲しい。もし、戸籍が分かるようなモノがあったりしたら調べて欲しいんだ。僕らといえど、生憎と上級国民である中村の内情には深く触れたことがない。調べられる存在なんて、君しかいないんだ、頼むよ」

 

「───────────」

 

いや、それは別に構わないんだが、もし、出たらどうしろというんだ。もし、姉さんが、林檎が、葡萄が、蜜柑さんが、檸檬が、甜瓜さんが、吸血鬼、ロアの転生先だったら。

俺は、また、吸血鬼からみんなを守るために、吸血鬼を殺さなければならないのか。

 

「─────」

 

右手を見つめる。俺の親父を殺したその手を。俺は、また、人を殺さなければ、いけないのだろうか。

いや、親父は違う。アレはまだ親父だったから。こっちは違う。こっちはロアであって、その器の人間じゃない。見つけ次第、直ぐに殺す。これは人殺しではないんだ。そうだ。そうなんだ。だから、俺は、焦ることはない。

 

「だけど」

 

そもそも、俺の家に吸血鬼がいないということだけを、俺はただひたすら、俺に散々幸運を与えてくれた御神に願っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中村邸の建物の周囲には森がある。中村邸正面は広い道となっていて、そのまま一直線に、正門へ直結する道がある。甜瓜が整備、手入れする荘厳な庭を通ったその先にインドゾウのように巨大な門がある。

方角で表すと北に、正門へ続く道があるのだが、残った屋敷の周囲の東西南。そこには広い広い森があった。その先にはいつか屋敷を包囲する柵が見える筈だが、誰もそれを見たことはない。白邪も、使用人も、その先を見たことはないらしい。いや、見る気も湧かないだろう。それくらい、その森は広く、終わりがなかった。手入れをする暇などない。手入れをしようと思えば、それこそとんでもない手伝いが必要になる。ざっと数百人あったやっと丸1日で手入れができるだろう。めんどくさいとか以前に、物理的に不可能だった。

そんなわけで、自然の森は、未だ人の手が加わることなく、高い木々を並べて、一面緑色の劇場を浮かべている。

 

そんな中村邸の森で、その闘いは起きていた。

 

「──────っ!!!」

 

人間は二人いる。一人は中村に関係のない男だ。全身に黒い服を着た、お洒落に冴えない若い男性。それと、もう一人は令嬢のような風格を見せる少女で、彼女の髪は朱く染まっており、仄かに光を帯びている。

 

「──────くっ………!!はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ………!!!」

 

男は少女の攻撃から必死に逃げている。

しかし、少女は何もしていない。男を狙うのはなんの変哲もない、森の木々。

森の木々は、まるで意志を持つかの如く、我が物顔で急成長を起こしていき、葉が見えなくなるほどに伸びていき、身を完全に隠せる程に太くなる。木と木の隙間を太く、堅い根が蹂躙していく。地面から棘のように根が突き出されていく。通常の大木並みの太さを誇る蔓が鞭のように叩きつけられる。

 

「くそっ……!!!」

 

男は手に持った短刀でそれを切り伏せていく。が、その大自然による暴力は止むこと知らず。いくら男が切り伏せても増えていくばかりだ。

少女は木の上で姿勢正しく直立しながら、不動の風格で男が単独の生存競争をしている様子を面白げもなく見下ろしている。それが穢らわしいように。煩わしくに思うように。

 

「占めた!あの高い木々を上れば、脱出法が解るかもしれない………!!」

 

出口を消されて、逃げることしか出来ない男は考えた。

振り下ろされる蔓と根を躱しながら、その反り立つ巨大な坂を駆け上がる。男の利かせた機転に、少女は焦りの様子も見せない。

男はただ坂道を駆け上がる。もう飛び降りれば脚から落ちても死ぬほどの高さへと到達する。

迫りくる妨害を全て叩き落とし、躱し尽くし、ひときわ巨大な大木に脚を掛ける。

 

「着いた─────!!」

 

木の真上から、辺りを見渡して、出口、その森の終わりを探る。

 

「────な、んだと………!?」

 

その時、今度こそ、男は終わりを確信した。目の前に広がるのは森。だが、終わりがない。ほんとうに、終わりがない。電波塔と同じくらいの高さの木の上から見る景色なら、出口どころか、屋敷の領域の外、街一つ分を見渡せる筈だ。なのに、広がるのは、森だけ。他のものは何も見えない。森だけが、果てしなく続いていき、地平線の彼方まで、その翠のヴェールは続いていく。

空と森の二色だけ。夜の黒い空と、木々の翠。金色に輝く星々があるので、ギリギリ三色と言えるかもしれないが。とにかく、何も見えない。まるで、地球にまだ動物がいなかった時代のようだ。

もし、動物がこの世に存在しないまま、億という年月が続いていけば、確かにこんな地球があってもおかしくはないかもしれない。

なんて、イフの話などどうでもよい。問題は今、何が起きているかだ。ここは人類が繁栄した地球である。自然を切り開いて文明世界を創造した人類の街である。先程まであったソレが今では木々の王国?

 

「ぐ、わぁぁぁぁ!?」

 

男が乗っていた幹が唐突にへし折れ、男は地面へと真っ逆さま。

 

「─────くっ、そぉぉ!!」

 

しかし、男も現役で退魔を行う者。見事な着地を披露し、その着地によるダメージをゼロに引っ張った。

 

「はぁ、はぁ、はぁ────」

 

こうなれば、男に脱出方法はない。唯一、その少女を殺すことで、男はこの地平線の果てまで続ける終わりのない森から脱出できる。

 

「ふぅ………………」

 

一息ついて、距離を計り、身体を休める。呼吸僅か一回で、男は完全に回復した。

身体に力を込める。必要なのは脚力。狙いは、向こうの木の上に立つ少女。必殺技。必殺必中の一撃で、少女の首を獲る。

 

「─────極死」

 

少女に向かって男の短刀が投擲される。投擲された短刀は弾丸よりも速い迸る電光。反応できる筈がない。人智を越えた超越的速度、人間の動作でこれを回避する術なく、

 

「────!?」

 

少女の意識は削がれたものの、少女はその絶対死の投擲を回避してしまった。

短刀は少女のさらに後ろへと向かって、誰もいない森の果てへと消えていく。

────だが。ただ短刀を投げるだけの攻撃を必殺と例えることは不可能。殺すこともできず、当てることもできない、ただの未殺未中。力の無駄遣い。

そこに一味加えて、初めてそれは必殺必中へと昇華される。

男は短刀を投擲したと同時に、爆裂的動作で、地面を離れた。その地面を踏みしめる勢いは、岩盤の破壊も夢ではない。爆ぜる黒い影。

 

(視えた………!!)

 

男は視た。少女が、完全に油断している様子を。その少女の持つその【思念の色】。短刀を回避したことによる完全な油断状態。次なる一撃に対してこの後すぐに身構えることになるのは当然。しかし、同時に攻撃が来たら話は別。

そう。男は少女が短刀を回避した時点で、もう既に、少女の首の目の前にいた。

 

「─────七夜」

 

後は、その白くて細い首に手を掛けて、へし折るだけ。

残り一秒。この一瞬の油断が、少女の命取りとなった。森の中を駆け抜ける黒い影に気が付かなかった少女は、暗殺されるように、その黒い暗殺者に、その首を────

 

「誰かいるのか?」

 

「!?」

 

瞬間、パチン、と音がした。同時に、男はその場から消滅した。黒い影は消滅し、大地を蹂躙した太い木々は全てが元に戻っていた。

木陰から、新しい人物が現れた。

朱毛の青年だ。見た目高校2年生と見受けられる、その若い青年は少女に歩み寄る。

 

「何してるんだ、こんなところで。もう屋敷は消灯したんじゃないのか」

 

「し、仕方ないわよ。ちょっと、侵入者がいたんだから」

 

青年はふーん、とぶっきらぼうに流す。如何にも不満そうな表情だ。小者臭い華奢な顔は如何にも頼りない、重度の野暮天を思わせる表情。

 

「人に厳しく自分に甘くってか。まったく、やりすぎには気をつけてくれよ?あんまりやらかすと、当主っぽくないぞ?槇久の旦那にも失礼被るだろう」

 

「まぁ、ね。けれど、貴方も全然帰って来ないかと思えば、何をしていたの?」

 

「まぁ、ちょっと外で色々あってね。先輩のことも気にかかっていたし」

 

青年は恥ずかしそうに、手に持った不思議な形と色をした剣を差し出す。

それを見て少女は溜め息一つ。

 

「無茶なことしないで欲しいのだけど、まぁ、昼行灯の貴方に言ってもわからないでしょうけどね」

 

「おいおい、言葉の使い方違くないか?実の兄妹に何を言ってくれるんだ」

 

朱毛の青年は納得いかねぇと言わんばかりに首をふる。

 

「まぁ、帰ろうか。その侵入者とやらも、引き取ってくれたんだろ?ならそろそろ俺も帰る。早く寝ないと、俺、明日も学校だからな」

 

朱毛の青年は小走りで森の外へと出ていく。

 

「ちょっと、待ちなさい!!」

 

朱毛の青年に続いて、少女も夜の中村邸に撤退していった。夜遅いこの時間に、二人は並んで歩いていた。




月下美人

ルージュ・アスナロ
性別 女性
身長 167cm
体重 52㎏
誕生日 不明
血液型 不明
好きなもの 楽しいこと
嫌いなもの 退屈
大嫌いなもの 蛇
武装 素手、その他不明


白邪に仕事を押し付けるエセ(?)シスター。
金髪と紅眼がトレードマークの可憐なお嬢さんであり、冷たい一面も多いが、慈悲にも満ちている。意外と非自由人であり、刹那的な流行や現代文化を削った生活を送っており、制限のかかるどうも退屈な人間。
白邪曰く、「人間らしくない」らしいが、白邪の観測とはいえ何の確証も根拠もないため、事実無根。人間にはあまり興味を示しておらず、何事にも無関心なイメージを見せる。しかし、そのくせに好奇心は旺盛であり、白邪とも仲良くやっている様子だ。

普段は教会のシスターとして存在しているが、複数の裏の顔があるということだけは白邪にはバレバレ。しかし、具体的にどのような裏があるのかは分かっていない。目的も、正体も全てが総じて不明。
ここまでも怪しく、そしてシスター不向きなのにはワケがあるようだが……………

街に出没した吸血鬼、ミハイル・ロア・バルダムヨォンを追っており、殺害しようとしているらしく、乙黒町にやって来た理由はそこにある。
ロア当人にも良く認識、意識されており、ロアからしても何となく知り合いのようだ。

白邪にシスターの仕事を押し付ける一方で、代行者としての仕事はヨエルに託している。ヨエルとの仲は良好で、同僚というより、友達の関係性に近く、仕事の合間に一緒に出掛けたり、とてもうかうかしていられない時に限ってババ抜きをして遊んでいたりしている。
ヨエルが寝落ちしている間に仲間が全滅したという伝説のエピソードがあるが、ヨエルが「眠いねぇ、寝ていいかな?」と言ったときに彼女は「うん、寝ちゃえ」と言ってヨエルを甘やかしてしまう。
ゆえに、アスナロは実質ヨエルを寝かしつけた張本人である。

どうやら今回の吸血鬼事件の真相、その鍵を握る存在であることに間違いはないが、彼女が何の縁でロアを知っているのか、何故ロアを追っているのか、そして彼女の素顔が明らかにならない以上、それは永遠の闇に葬られることとなる。


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月零プチ劇場2

 

一日おき(作中での一日)に投稿されると言われている、幻のコーナー、それが、グレートキャッツタイム…………月零プチ劇場である。

キャラ崩壊にはご注意ください。

 

 

 

 

 

【師匠2】

 

 

俺は先輩のご飯に誘われて食堂までやって来た。先輩の机には相変わらず、ハンバーグ4枚。あれ?一枚増えてない?

 

クロエ「なっ!?中村くん!?何ですかそれは!?」

 

先輩は席から立ち上がって俺の持っている皿を指差す。

 

白邪「な、何って、フレンチ若鶏のマレンゴ風ですけど………」

 

クロエ「なんですかそのマイナーすぎる料理は!うちの食堂どうなってるんですか!?イイですか?ハンバーグはですね、挽き肉と卵を混ぜて弱火で焼いたアレですよ!?」

 

白邪「なに料理行程叫んでるんですか」

 

クロエ「ハンバーグの良さをわからない後輩を持つ先輩だなんて、何という皮肉……!!そう、挽き肉だけに!!ハンバーグ!!!」

 

 

───先輩、そのカウボーイハットとジョークやめにしませんか。

 

 

 

 

 

【バックボーン】

 

 

11月10日。それは、あの日の出来事だった。

 

代行者A「若草はどこへ行ったんだ?」

 

代行者B「そういえば、見ていないな、おそらく単独行動をしているのだろう。我々は我々の安全を確保することに集中しろ」

 

代行者たち十七名が森を歩いていたときのことだった。

 

???「おや、こんなところへ、何の用でしょうか」

 

代行者C「アカシャの蛇………!!」

 

代行者D「討伐対象を確認。殲滅するぞ!」

 

代行者「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

 

 

──────その一方で。

 

 

 

ヨエル「ねむーい。アスナロぉ、寝ていいかな」

 

アスナロ「まぁ、いいんじゃない?貴方も疲れてるだろうし」

 

ヨエル「っし!お休み!」

 

 

 

 

 

【クロエが来た!】

 

 

「■■■■■■■!!!」

 

「くそ、どうしたらあいつを倒せるんだ……!!」

 

「カーラの力が強くなっています……!!」

 

カーラだった人狼は、元の精神を失い、ただ溢れる暴力と本能だけで動く獣と化していた。俺と先輩はこの人狼相手に苦戦を強いられていた。

 

「うぉぉぉ!!」

 

血刀片手に人狼に斬りかかる。だが、その攻撃は人狼の長い太刀に弾かれる。

 

「ぐわぁぁ──っ!!!」

 

「圧倒的存在感………!日本の狼と比べると、大きさはおよそ2倍………!間違いありません、カーラ・アウシェヴィッチのオスです……!!」

 

「おい、ダーウィン来んじゃねぇ」

 

「■…………………」

 

 

 

 

 

【面と向かって】

 

 

この暗い城、その奥にその男は座っていた。

 

中叢「おや?こんな処まで何の用かな?白邪」

 

そう、俺の鬼人の側、鬼人としてのナカムラハクヤ、中叢白邪だ。

 

白邪「お前にいろいろ訊きたいことがある」

 

中叢「ほう?御前さんから吾(オレ)に質問など、珍しいことも在る物だ。良いぞ、言ってみろ」

 

白邪「俺はこのまま鬼人として覚醒したら、いずれお前のようになるのか?」

 

中叢「当然だ。御前さんが己の力を行使すればする程、御前さんは鬼人に近付いていき、何れは吾と同じ様に、完成するさ」

 

なるほど。つまり、俺がこのまま闘い続けると、俺は本物の鬼人になってしまう。コイツのように。

 

白邪「そんなの、嫌だ」

 

中叢「そう嘆くな。仕方がないことだ。灯油ストーブも使い続ければ灯油が無くなる。消費すれば、消耗するのは道理だ」

 

白邪「俺も、お前みたいに厨二くさい発言をしなくちゃならねぇってのか!?そんなの、死んでも嫌だ………!!」

 

中叢「………吾の予想とは異なる答えが還って来たな」

 

白邪「俺も吾(オレ)なんて名乗ったり、お前のことを御前さんって呼んだり、いちいち変な漢字にしたりしなきゃいけねぇのか!?時代錯誤な喋り方して!?寒すぎるだろ!?」

 

中叢「待て待て、吾の精神状態が臨界を迎えて来たんだが」

 

 

 

 

 

 

【デッドエンド】

 

 

白邪「先輩!!」

 

あの吹雪の奥で、先輩が片膝をついて倒れている。カーラから先輩を守らなければならない。

 

白邪「────行くぞ、白邪、死ぬんじゃねぇぞ……!!」

 

ルートは段差から飛び降り一択。まともに階段を降りたりしたら死ぬ。カーラには階段から降りてくる俺を迎撃する策があると確信して。

 

白邪「とぅ!!(↑)」

 

段差から手すりの上に乗っかり、そのまま飛び降りる。

 

白邪「う────おおおぉぉぉぉぉ!!!!」

 

とりあえず飛び降りる。吹雪の中、下に向かって重力と共に自由落下。

このまま地面に飛び降りれば、俺はカーラの策を破りながら接近できる!

だが、

 

カーラ「見込みが甘いな、中村白邪」

 

白邪「え?」

 

俺が見据える地面から、針が生えてきた。氷で生成された棘は、落下する俺めがけて突き出され、落下してくる俺を待ちわびいている。

 

白邪「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」

 

重力の働く方向性を変える力を俺は持っていない。魔法使いじゃあるまいし。つまり、俺はこのまま落下して、自分からあの針山地獄に突進することになるしかないということだ。

一直線に俺は停止も減速もせず、ただ真っ直ぐ、死の刃へとまっしぐらに加速していくばかり。

終わりを迎える時が来た。俺はカーラの詰めを甘く見積もっていた。俺は階段から降りなかっただけで、裏を掻いたと思っていた。だが、カーラは階段以外の道を封鎖することに努めていたのだろう。ヤツにとって、階段を使うのは猿の諸行であり、ヤツはただ、誰しもが当たり前のように通るであろう、段差の下に罠を仕掛けたわけだ。即ち、俺に足りなかったのは、もう一手上の発想。ヤツにマトモな策と平凡な常識は通用しなかった。越えるなら、ヤツの上を。そんなことすらできもしない狗は、このまま死に絶えるが定め。俺は自分の詰めの甘さを後悔しながら、氷で覆われたその深い深い、二度と戻れない樹氷で出来た迷いの森へと脚を踏み入れていった。

 

???「カット、カット、カット、カットカット、カット、カット、カット、カット、カット!!!!」

 

白邪「誰だよオマエ!?」

 

目の前にいるのは………金髪で白い服を着た謎の生物。身長60センチ。猫の耳と尻尾が生えているのが若干可愛らしい。どこかのマスコットキャラみたいな見た目をしているが、

 

???「アタシの名前はネコアスナ。この突き姫こと月姫零刻のメインヒロイン。さて、そこの髪の毛傷んだ赤色くん、今回の失敗は何かご存知かニャ?そう、今回キミがお亡くなりになった原因は、【考えが甘かったから】、である!階段から降りるなんて、そんなハリウッドスター日本来日ヤッホイダイアナー、って感じでもない限りある訳ないニャ。さて、そう考えた赤色くんは段差から飛び降りるという選択肢を取ったみたいだけど、それもまた一興。一瞬で浮かぶ考えは相手も一瞬で対策してくる。だってそうでしょ?昇龍拳連射してたら対策されるし、昇リュウ拳対策代わりに昇龍ケン使っても同じでしょう?どっちも無敵判定あるし、斜めに飛んでいくか真上に行くかの違いなんだけど、まぁ、タイガーアッパーカットでもいいんだけどアレ技の種類全然違うからニャ。良いか、諸君!昇龍拳対策に一番有効なのは波動連射か火炎車である!まぁ、要は相手の予想の裏を突くことを意識しろってことニャ。裏を突く、という意味でも突き姫と呼ばれているのだ!!」

 

白邪「………とりあえずコイツ殺そーぜ」

 

カーラ「…………異論は無い」

 

ネコアスナ「ちょっストォォップ!!早まるニャ………!」

 

俺は血刀を構えて、カーラも太刀を構えて、この糞ネコを潰すべくにじりよる。

 

ネコアスナ「うーん、アタシ何か地雷踏んだかニャ?」

 

白邪「当たり前だぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

カーラ「ネコォォォ!何やってんだオマエェェェ!」

 

ネコアスナ「エッ…………?」

 

白邪「中学時代からの決まりでね、俺を傷んだ赤色と呼んだ者は、例外なくブチ殺してきたんだ」

 

ネコアスナ「例外はニャい。命を知れ、吸血ki…………うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く



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4日目 夜都徘徊
夢うつつ


 

「───────」

 

眠れない夜の夢をみるだなんて、これまた風変わりな。

この退屈な夢をみるのは嫌なものだ。夢では、もう少し、アクティブに動きたいところなんだが。

 

「中村くん」

 

「え?」

 

ベッド下から誰かの声がしたから、覗き込むように、ベッドの上から見下ろすと、そこにはなんと、

 

「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

クロエ先輩がベッド下から出てきた。B級ホラーじゃねぇか。どうやってここに来たのか訊きたいところだが、それ以上に俺は何をしに来たのかが一番気になった。

 

「こ、こんな夜更けに何でここにいるんですか!明日も学校なんじゃ───」

 

言いかけて俺は口を閉じた。そうだった。ここは夢なんだった。ここにクロエ先輩が居るのは違和感だが、一応、理由にはなるかもしれない。

 

「な、何しに来たんですか」

 

俺は夢の中で、俺が勝手に思い描いた先輩に問いかける。

 

「さぁ?なんでしょうか?」

 

その人物はただニコニコしながら俺のベッドに上がってくる。しっかりベッドの横で靴を脱いだのは偉い。じゃなくって、勝手に上がらないでほしいのだけど。

 

「先輩────」

 

「ふふ………………」

 

先輩の姿をしたソレはニヤニヤし続けている。だめだ。これは、絶対にまずいやつな気がしてきた。

現にこの人がニヤニヤしているときはろくなことが起きない。

先輩は何かするわけでもなく、制服姿で俺のベッドに潜り込んでくる。かけ布団が膨らむと余計にふかふかして気持ちがいい。

俺はもこもこしたものやふかふかしたもの、それからふわふわしたものが大好きで、最近はあそこにある炬燵に脚を入れながらクッションの上でゴロゴロするのが趣味だ。この部屋は俺の個室なのだが、俺の部屋は俺の拘りで満たされている。枕も布団も極限まで柔らかい感触のものを選んでおり、炬燵にかけている毛布も、柔らかさと肌触りだけを意識している。敏感肌の俺にとって、肌触りというものは大切なことであり、そして一番気にしていることでもある。

先輩の肌も柔らかいものだ。ぷにぷにしているし、ふわふわしてもいる。

 

「っづ………!!」

 

突然、くすぐったい感触がした。肌が擦れてくすぐったいのは有るが、これは違う。脚がねっとりした感触に包まれる。足湯ならいいんだが、なんて物理的に不可能だ。脚がくすぐったい。

 

「ちょ、まっ、先輩、まてまてまて、くすぐったい…………っ!!」

 

敏感肌の俺が脚を舐められて、くすぐったさに踠かないわけがない。ちょ、危ない危ない、脚を必死に動かしてこの危機的状況か抜け出そうとする。

 

「ちょっと、先輩あっ、ひゃぁぁ!!くすぐったいからやめて!!」

 

掛け布団を剥がして先輩に声を掛ける。

 

「なっ!?」

 

瞬間、俺は終わりに近い感情を感じた。

目の前にいるのは、先輩、なのか。

目の前にいるのは、名前は出せるのか、どこにでもいる裸の少女。

さて、ここで問題。俺はこういう時、どういう反応をするのか。

なんて言ってる場合かコノヤロー!!

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

そら叫ぶわ!!偶然、裸の少女見つけて叫ばない野郎居ねぇだろ!?ラッキー助平とか、そんなの後の祭りだよボケェ。

 

「ちょっと待てぇぇ、何してんすか!?」

 

「気付いちゃいました?」

 

言いながら先輩は俺の脚をぷにぷにするのを止めない。待て待て、状況変わる。突然そんなあられもない姿で暴れられたら、俺の理性が焼ききれる。俺は一般の日本男児の中でもとりわけ健全に成長してきている。

やっべぇ。夢とはいえ、先輩の身体すっげぇ。何がどうとは言わないけどとにかく先輩の身体はすごい。

俺を檻から解放しかねないそのカタチを直視して、俺の肉体が昂らないわけがない。

血の流れが激しくなる。心音の回数も増えて、血管に流れる血の量と速度が上がる。血流が改善されて、熱を発し始める。

まずい、このままだと、とんでもないことになる。

無論、助けを求めるのは不可能だ。悲鳴を聞いて駆けつけた皆がこの状況を見てなんて言うか。ベッドの上で、一つ上の裸の少女と一緒に居る中村白邪を見て、彼女らはどう思うだろう?

 

林檎は主の情けなさに泣き叫び、

葡萄は俺の恥知らずに呆れ果て、

蜜柑さんは俺の卒業を褒め称え、

檸檬はいつものように叫び出し、

甜瓜さんが乱入したら三人対戦、

姉さんが来たら俺は勘当される。

 

「俺は────」

 

夢の中で、おっ始めるっていうのか?

 

「………………………」

 

そんな、恥知らずなこと出来ない。夢の中だから誰もみていない。だというのに俺はこの夢をみていること自体に罪悪感を抱いている。

 

「中村くん、我慢しなくていいんですよ、夢なんですから」

 

そうやってさ、俺の欲を助長するような発言がさ、俺を終わらせるんだよ…………!!

 

「─────っ……!!」

 

俺は観念して、いや、便乗して、目の前にある秀麗なカタチを自身の腕で優しく抱き寄せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白邪さま、お目覚めください」

 

待ってくれ。昨日夜遅くまでうろうろしてたんだから。カーラと闘って、その後クロエ先輩と色々あって、それからアスナたちとロアの話聞いて、一日中外だったから疲れてしょうがない。

 

「白邪さま、お目覚めにならないと、まもなく絢世さまがお怒りになります」

 

いや、それはまずい。姉さん怒らせたらこの世の終わりのお告げだ。

地球を守るために俺は起きなければならないけど俺は寝るわ。

 

「…………はいはい、起きますよ………」

 

俺は重たい身体をゆっくり起こして朝目覚めた。

 

「おはよう、林檎」

 

「おはようございます、白邪さま」

 

林檎はぺこりとお辞儀する。林檎は毎朝早いもんだ。俺が起きる何時間前に起きているのか。

今日は11月19日。カーラが消えたからか、朝の寒さはなくなって、外ではいつもの秋の風が吹いている。

 

「それじゃ、着替えを済ませたら行くから、先に行っててくれ」

 

「かしこまりました、それでは、失礼いたします」

 

林檎は一礼して退室していった。

 

「さて、さっさと着替えて出るか」

 

制服に着替えながら、部屋に置いてある鏡を見つめる。

 

「────朱いな」

 

俺の髪と瞳は、前よりも朱く染まっている。前までオレンジがかった朱色だったのに、今では血のような紅。とちおとめみたいな、鮮やかな臙脂色だ。

 

「嫌だなぁ、こんな変な色」

 

髪も瞳も茜色。いい加減、毛とはなんなのか分からなくなってきた。綺麗っちゃ綺麗だけど、外では浮いて仕方がない。これだけ髪の毛を綺麗に染めているような見た目、人間から恐れられたりすることも良くある。

深緑色の学ラン着ると絶望的に合わない色だ。反対色とかファッションセンス壊滅にも程がある。

 

「──────はぁ、」

 

溜め息をついてベッドに倒れこむ。昨日の晩はあまりにも夢見が悪すぎた。

身体じゅうから熱が放たれる。

せ、先輩とやってる夢だなんて…………!!

考えてみればめちゃくちゃ恥ずかしい夢みてるじゃねぇか俺………!!!

 

「─────」

 

これじゃあ、とてもじゃないが、先輩に合わせる顔がないじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おはよう、姉さん」

 

居間の扉を開けて、中に入ると、

 

「白邪────!!!!」

 

「どわぁぁぁぁぁ!!!」

 

目の前からチョークみたいに真っ白な脚が横向きに飛んで来た。

間一髪背中を反らして回避した。俺の鼻頭の真上をかすっていく長い刃。

俺を今朝迎えたのは使用人でも姉さんでもなく、西瓜を砕くように振り回された姉さんの上段回し蹴りだった。

 

「…………あぶなっ!?い、いきなり何すんだ姉さん!死んだかと思ったじゃないか」

 

「えぇ。死んでもらって結構よ。昨日はよく連絡も寄越さずに一日中外をうろうろして、門限も余裕で過ぎて、いつ帰って来たのよ」

 

姉さんは腕組みしながら説教。その拳が強く握られているのがどうも恐ろしい。いつその拳大の弾丸が炸裂するか知れたものじゃない。恐怖にすくむ。

 

「門も閉めた筈なのに、全く、どうやって帰って来たんでしょう…………ね!!」

 

姉さんは大声と共にやはりその拳をズドンと突き出してきた。

 

「うおっと!!」

 

直前でそれを右手で受け止める。思わず右手がじーんと痛む。

 

「いってぇ、相変わらずキレのいい打ち込みだな」

 

姉さんは格闘技やっているからめちゃくちゃパンチ力が強い。まぁ、パンチで済んでいるだけまだマシな方だ。姉さんはムエタイとテコンドーやってるわけだから、とりわけ足技と肘鉄が強い。食らったら大怪我案件。まだパンチは弱いので良いんだが、さっきの挨拶代わりのキックはマジで本気だった。いつか人を殺しかねない、姉さんは。俺も喧嘩では負け知らずだが、スポーツルールで姉さんとやり合ったら負けるかもしれない。

 

えーと、なんで俺が帰ってこれたというのかというと、門は裏の勝手口を使って侵入し、玄関は通らず、直接屋敷の建物の外壁を伝って俺の部屋の窓から帰宅したのだ。

俺はこういうことがあることを考慮して、部屋の窓は基本的に鍵を開けている。

 

「まぁ、落ち着くんだ、姉さん。そんな悪いことはしてないから」

 

「───────」

 

「ぶ────うっぐ、」

 

股間を勢いよく蹴られて床に転げる。どうして躊躇なく急所を蹴り上げることが出来るのか。それもその勢いで。

制服のセーラー、そしてその長い脚のルックスで攻撃してくるその悪魔のような姿は某美少女セーラーヒーローを思い浮かべるんだが、お世辞にもそうとは言えないくらいの凶行だ。

中村家長男の息子が実の叔母に蹴られるとかこの上ない大事件だろ。

 

「………………………」

 

なんて言ってる場合か、めちゃくちゃ痛い。今も俺の本体が悲鳴を上げており、俺の息子が父親に命の危機を訴えている。口から泡を吹いて卒倒することも出来そうな気がしてきた。鈍器で殴られるよりも姉さんに蹴られるほうが物理的に痛い。姉さんのキックは分かりやすく言うと、ゴルフにおける一発目の全力スイング。命中したら一般人だと死亡する恐れもある。それが急所に命中してみろ。ショックで心臓が止まっても文句は言えない。

 

「─────────」

 

姉さんは今の反動が影響しているのか、凍りついている。今さら我が弟の股間を蹴り穿ったところで何か問題があるわけでもない。だが、それは俺の状態とはまた別の話だろう。俺は残念なことに今朝ちょうど夢見が悪かったところだ。あの夢は俺に精神的ダメージを与えたが、どちらかというと俺は自身の肉体へのダメージのほうが大きかった。そのダメージの収束点、症状が発現しているそこを素足で蹴っ飛ばしていつもと違う状態になっていたらそりゃ引くだろう。

俺だって、今だけは蹴られたくなかったのに!!

 

「───────ふぅ…………」

 

姉さんはごほん、と大きく咳払いをして部屋を出ていった。

 

「はぁ……………」

 

なんだよ………それ。俺のせいって言うのか?俺だってさ、青年期は存在するんだから、必然的に精神的にも肉体的にも性的にも成熟していくじゃん。俺のせいじゃないでしょ。

 

「白邪さま、大丈夫ですか?」

 

朝食を持ってきた蜜柑さんが心配そうに問いかけてくる。

 

「─────────」

 

いや、さ。大丈夫だったらさ、声を殺しながら股間抑えながら床に倒れてるわけないじゃん。





鬼人の血を引く中村の令嬢

中村絢世
性別 女性
身長 169cm
体重 53㎏
誕生日 2月10日
血液型 AB型
好きなもの お茶、ストレス解消
嫌いなもの 小さい虫、騒音
苦手なもの 中村白邪
武装 不明


鬼人と人の混血、中村の当主。白邪の一つ上の実姉であり、幼い頃から微妙な仲を持つ。嫌い合っているわけではないが、特別強固な絆で結ばれた姉弟というわけでもない。
厳しすぎる姉とぶっきらぼうすぎる弟。使用人である蜜柑曰く、「地獄の姉弟」だそう。

当主とはいえ、恐ろしいくらいに自分を律しており、光陰の如し流行は悉く排除し、娯楽などとは縁を切った生活を送っており、年相応の少女らしさは当主の座に就いたとともに消え失せた。仕事と学校とその他レッスン系統と、寝る間と休む間はほとんどなく、実質休日は存在しないらしい。
過労死してもおかしくないほどに緻密かつ過密なスケジュールであるが、白邪が休日を削って自分でもできるような仕事を代理で行うことで絢世が休日を手に入れたり、意外と姉弟の連携は良いらしく、こうして一応お互いのことを思って時には姉弟らしく助け合っている。
学校と当主としての仕事に加えて、ピアノやヴァイオリン、その他を含むレッスンを五つほど受けており、四カ国語にも成通している脅威的な学習能力を持つ。………が、そのせいか通常の高等学習が上手いこと履修できておらず、時には年下である白邪に数学を教えられるという失態も晒している。

白邪曰く、「ただの人間」だそうだが、実際は鬼人の血は量こそ少ないものの、その質は白邪と変わりなく、戦闘の際は血を使った異能を繰り出して攻撃する。
白く長く細い脚から繰り出されるキックも、むやみに振り回してはいけないほどに危険。ヤクザ蹴りでも食らえば身体に孔が空きかねない。
テコンドーとムエタイと八卦掌を会得しており、それらを自在に振り回す、こう見えて白邪を越える武闘派である。
喧嘩では負け知らずな白邪ですらも、「姉さんとスポーツルールで殴り合ったら負ける」と言っている。白邪が正直一番ケンカしたくない相手ぶっちぎりの第一位。

格闘最強ではあるが、横暴な白邪とは対照的に、普段は穏やかでエレガントな心持ちである。短気で勝ち気で、扱いづらいが、慣れればどうと言うこともなく、普段の忙しさが災いしているだけのため、そこまで嫌気は持てない。
休憩中は上品に紅茶を飲んだりして、若者の遊びや娯楽には疎い。しかし、若者の流行に疎いのは朴念仁の白邪も同じなため、中村邸は想像以上に大人しい現代の貴族屋敷なのである。

白邪のことを気に掛けているが、それにはワケがあるらしく、白邪も知らない中村家の内情の鍵を握っている。
白邪が奮闘する裏で、中村家では一体何が起きているのか。中村の事情は他言無用。故にそれを知るのは当事者のみであり、それは果てしない、永遠の闇である。


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学園混沌

 

「ふぅ───着いた」

 

今朝も比較的ギリギリに学校に着いた。家がまぁ、遠いんだわ。本来は電車使わないといけないところを勿体ぶって徒歩で来ていたらこの始末だ。

 

「…………あれ?」

 

向こう、窓際の俺の席。その近くで二人の人間が話している。一人は言うまでもなく俺の兄弟分、紀庵だ。それともう一人。あの女子生徒…………!!

 

「紀庵てめぇぇぇぇえ!!!!」

 

全力疾走で教室に駆け込む。許さねぇぇ、人の女盗るとか、いくら親友でも許すもんか!!何、俺がいない間に先輩と二人きりで

 

「お!よう、中村。昨日はよくぞお休みになったな、心配してはいたが、相変わらず元気そうで何よりだ」

 

親友はうんうんと腕組みしながら頷いている。

まったく、よくそう元気でいられるよな。こいつは。

 

「おはようございます、中村くん」

 

「はい、おはようございます、先輩」

 

まずいな、先輩の顔を見ると今朝の夢を思い出してしまう。ついつい、赤面すると言うか、その、変な方向を向いて誤魔化したりしている。

 

「どうした?今朝も調子が悪そうだな」

 

「大丈夫ですか………?中村くん」

 

先輩が心配して顔を除かせてくる。ちょま、それまずい、鎖骨、めちゃくちゃ亀齢で整ったまっすぐな鎖骨が見えてるって。

 

「あぁ、大丈夫ですよ。中村は病み上がりがいちばん弱いんです。こいつ、病気になることはあんま無いし、風邪引いてもぴんぴんしているんですが、病み上がりになった途端に弱るんです。寝たきりになっているから、慣れないんでしょうけど」

 

さすが親友。俺の特徴をよくわかっている。だが、今回は別!今回はただ先輩とうぇーいってしちゃう夢を見たから気分がまだ舞い上がっているだけなんだぁ!!

 

「まぁ、こいつエロ餓鬼ですから、またヘンなことでも考えているんでしょうけど」

 

「────────」

 

ちっ、コイツ。話を盛ろうとするな。俺は、決してそういうことだけを考えているワケではないのに。

 

「中村くん、彼女とかいないんですか?」

 

「おっと、先輩、これ以上中村を傷つけないでください。コイツ、女性ウケがいいのに、彼女は未だゼロなんです。どうやら、青春や婚活に興味がないらしいんですよ。青年期にしてはずいぶんと非健全な男だ。やはりある程度そういう出逢いとかには意識を向けなければならないというのに」

 

意識はあるよ!絶賛一目惚れ中だよ!しかもお前の横にいる人にね!

 

「まぁ、いいさいいさ。中村はどっかの誰かさんにご飯に誘われたりとか、忙しいそうですけどね。コイツ、とある先輩にご飯に誘われたっていう伝言を聞いたとき、大喜びでしたからね」

 

「言うなよソレ。てか、それ繋がりで知り合ったんだろ?」

 

「おうとも。おとといの一件もあって仲良くなれたんだ。安心しろ。決して盗んだりはしないからな」

 

遠回しに紀庵は人の恋心を周囲に暴露してやがる。奇跡的に周囲には俺たちしかいなかったようだ。俺たちは陽気な連中ではないし、クラスの中では静かで目立たない部類だから、今の発言を小耳に挟んだ者はいなかったようだ。

 

「ふふ……………」

 

先輩がニヤニヤしている顔を見ると今朝の夢の幻影が……………

 

「中村くん、女のひとに興味があるんですか?」

 

「……………………いや、そういうわけでは」

 

「先輩、それ死語ですよ」

 

直後に紀庵が先輩の発言を嗜める。

 

「え?それは、どういうことですか?」

 

先輩は何事もなかったようにきょとんとしている。まぁ、先輩は遊び半分で言っただけなんだから、問題はない。

 

「中村、実は重度の女性恐怖症なんですよ。こいつ、下心だけは全開なのに、知らない女性を見ると毎回おかしくなるんです。中村の家には五人のメイドさんと姉さんがいるんですが、その人たち以外の女性を見ると、怖くなるらしいです。詳しい事情は俺も知りませんけど」

 

そう。紀庵の言うとおり、俺は女性恐怖症なんだ。言い回しこそあんまりだが、俺は女性の魅力はわかる。現にクロエ先輩に虜になってしまってもいる。けれど、俺はなぜか、女性が好きかと言われたら好きではないに入れてしまう。

 

 

────俺は、なぜ女性を苦手としているのだろう。特別苦手意識を持っているわけでもないし、先輩とも仲良くできて、姉さんとも林檎たちとも暮らしているのに。

なぜだか、どうしても女性を避けてしまう。

 

 

…………確か、記憶は曖昧だが、何か、ヘンな記憶が、あったような。俺はいつだったか、何かが原因で女性が苦手になった覚えがある。

 

 

それは、確か。

 

 

「──────思い出す気か?」

 

 

俺の中から、中叢の問いかける声がする。

その記憶を思い出したら、俺は、俺という個を喪ってしまうような気がして。

けれど、俺はその記憶が気になってしょうがない。

昔は俺の隣に、誰かいたような覚えがある。誰かは名前も顔も、もう忘れてしまったけど、誰かがここにいて、誰かが向こうにいたような気がした。

こんな、光景を、俺は知っている気がする。

クロエ先輩と紀庵と俺の三人で話しているのを、何処と無く、懐かしく思ってしまった。日向で夢を語り合い、日陰で時を分かち合った日々を、何となくで思い出している気がする。

 

「それ以上は、」

 

だが、ここから先の記憶がない。どれ程に直感を研ぎ澄ましても、先は見えない、前も視えない。その場も映し出されない。

俺は、そもそも、こんなところで何をして───

 

 

「中村くん?」

 

「───────あ」

 

急に、部屋が広くなった。机が並んでいる部屋に戻っている。

あぁ、そうだ、俺は確か、先輩と紀庵と三人で話していたんだった。

 

「─────?」

 

「────────」

 

二人は変な顔をしている。

先輩は不思議そうにじーっと俺を見つめており、紀庵は黙って俺の心配をしている。

 

「ご、ごめん、余所見、してたみたいだ」

 

壊れた頭を軽く小突きながら二人に謝罪する。

 

「──────いや、別にいいさ」

 

「大丈夫なんですか?中村くん」

 

「大丈夫です。少し、ぼーっとしてたみたいで」

 

言って、窓の外を見つめる。外は相変わらずの晴天と白い雲。

 

「───────」

 

俺は、何がそんなに不安なのだろうか。朝光に萌えるものは何もなく、つまらないだけだと言うのに、俺たちはいつまでも、その青空を見上げながら時を忘れるまで語り続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕方。俺は教室で荷物を整理しながら帰る用意をしていた。すると、すぐそこの扉から、ひょこっと先輩が現れた。

 

「あ、中村くーん、ちょっといいですか」

 

「あ、先輩。何しに来たんですか」

 

「ちょっと、この後予定空いてますか?」

 

先輩にはどうやらこの後予定があるみたいで、俺が付き合う必要があると。

 

「べつに、この後は何もないですけど」

 

「わ、わかりました、それじゃあ、少しついてきてくれませんか?文化祭の一件で」

 

「文化祭………?」

 

そういえば、一週間後は文化祭だったな。紀庵もその準備で忙しそうにしていたし、なるほど、そうなると文化祭準備の手伝いか。

 

 

 

 

 

「いやいやいや」

 

それはおかしいじゃん。

 

「初めましてだね、中村くん、軽音楽部部長の本条。どうぞよろしく」

 

「僕は天城。キーボードやってるよ」

 

「やーん!本物の中村クンだ!よろしくね!私、押見!よろしくね!」

 

いやなんで、なんで軽音楽部に連れられたんだ俺!?

このホールのような部屋に招かれたら、本条という超高身長の先輩と、天城というあからさまな眼鏡インテリ系の先輩と、押見という流行ノリノリ系の先輩がいきなり迎えに来た。

 

「ちょ、先輩、どういうことですか」

 

「彼らはうちのバンドの仲間なんです」

 

違う違う違う。だから俺はなんでここに呼ばれたのかを訊いているんだ。

 

「実はね、中村くん。うちのバンド、ボーカルに内宮って子がいたんだけど、よりにもよってこの日に持病で入院しちゃってね。そこでだ、是非、君に代役をお願いしたいと思ったんだ」

 

ストップストップ。その空いたボーカルに俺を入れるっていうのか!?俺を!?俺を軽音やってないぞ?部活入ってないぞ?

 

「ちょ、ストップ!なんでですか!俺、歌ったことなんかないですよ!」

 

「中村くんはですね、どうやらカラオケ最高得点が99.6なんですって!歌の上手さで言えばきっとこの学校イチバンだと思うんです!なんと、超高音も超低音も裏声も出せるんですよ!しかも、その99.6点は、超激ムズとされたあの曲ですよ!ほら、家でやろうって言って内宮くんが歌いきれなかったやつです」

 

いや、何情報だソレ!?紀庵のヤツ、先輩に何を教えているんだ!?

 

「あー!あれか、すごいな中村くん!是非入って貰えないかな!」

 

本条先輩は手を押さえて頼み込む。

 

「このバンドと文化祭を救うためなんだ、頼むよ!」

 

天城先輩は土下座しながら頼み込む。

 

「中村クン、クロエちゃんのためだよ!お願いします!」

 

押見先輩も頭を下げて頼み込む。

 

「───────」

 

いや、さ。先輩方にそこまで頼み込まれたら断るものも断れない。俺も楽器演奏するなら辞退していたかもしれないが、歌うだけなら別にいいかとも思っている。

まぁ、ここで引き受ければ、クロエ先輩からの株も上がるワケだ。

 

「わかりました、それじゃあ、引き受けさせていただきます」

 

「マジで!?」

 

「流石はクロエさんが選んだ後輩くんだ……!!」

 

「きゃーっ!中村クン最高!!」

 

軽音楽部の先輩方は全員大喜び。全員が手を取り合ってぐるぐる狂喜乱舞している。

突如、とんとん、と後ろから俺の肩を小突く感触がした。

反射的に後ろを向いたらそこにはクロエ先輩がいた。

 

「ありがとうございます、中村くん。助かっちゃいました」

 

そう言って、彼女は俺の頭を撫でてくれた。

 

「─────────」

 

あー、やばい。熱が出てきた。我ながら安い野郎だ。年上のお姉さんに頭を撫でられただけでこんなにドキドキ大喜びするなんて。少々、子供らしさが伺える。

 

「よっしゃあ!それじゃあメンバーは揃ったし、早速練習がてらスピーカー上げるとするか!」

 

「え」

 

嘘でしょ、今からやるの!?

 

「おっけー!」

 

「はーい!」

 

「さ、中村くんも早く早く!」

 

そう言って四人は元気良く楽器を構えていく。ベース掛けてる先輩がなんかいつもとギャップ凄くて無駄に萌えていて可愛い。先輩が軽音だったのが意外だが、それはそうとてあの人ベースだったんだ。

 

「───────」

 

そこあるマイク持ちながらメンバーの顔を見渡す。みんな凄く楽しそうにしている。退屈な人生、か。なに、そんなこと無いんだろうな。待ってても楽しみは来ないもんだな。退屈なら、いつまでも待っていないで自分から楽しみを探しにいかないといけないということか。

 

「─────フ」

 

それも悪くないな。全く、反吐が出るほどに呆れた話だ。

俺の学園生活は、二年の冬始めになってやっと始まった、っていうことなんだろうな。

さて、今回ばかりは気合いを入れておかないと、いち選ばれし後輩としての顔が立たないものなんだろうな。




ヨエル「ちなみに内宮さんが歌えなかった中村白邪の十八番はL'Arc~en~CielさんのBluely eyesのイメージにしました」
白邪「いや、だとしたら俺化物じゃねぇか」
ヨエル「作者がファンだっただけです」
白邪「なんじゃそりゃ」


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古い傷痕

 

学校終わりの帰り道。

 

「げほげほ、お疲れさまです、クロエ、げほげほ、先輩」

 

「大丈夫ですか中村くん…………喉カラカラじゃないですか…………」

 

あぁ。散々歌って、もう喉が、掠れて………砂漠化現象を起こしてしまっている。

 

「はい、これ飲みますか?」

 

先輩がほうじ茶の入ったペットボトルを差し出してくる。日本茶好きな俺にとってそれは最高の餌。

 

「いただ………きます………」

 

ペットボトルをキャップ粉砕するくらいの勢いで開ける。喉へと一気に流し込むほうじ茶。

 

「あー、美味しい!ありがとう先輩、喉無事治りました!」

 

「はい、よかったです」

 

先輩もほうじ茶飲みながら言う。

それ以降は、二人静かに黙って歩き続ける。

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

いやぁ、気まずいな。一緒に帰るときに話さないとか、幾らなんでも気まずすぎる。なんか話さないといけないのかと思ってしまえば、あんまり話しかけないほうがいいのか。怒っているのか、悲しいのか、別に何もないのか。

 

「中村くん、今日はおうちに居ますか?」

 

「そうですけど、先輩はアレですか?また夜の徘徊?」

 

「はい、今日も死者を倒し、吸血鬼、ロアを追うために街に出る予定です」

 

先輩は退魔組織だからか、街に出なければならないようだ。

あれ?先輩の狙いは俺なんだから、街に出る必要も、ロアを追う必要もないはずじゃ………?そんな素朴な疑問は、すぐに俺の頭の中から消えていった。

それよりも。

 

「先輩、俺、一緒に徘徊していいですか?」

 

「え?」

 

先輩が耳を疑う。

 

「俺、先輩のお手伝いがしたいです。先輩が見逃してくれたんだから、今度は俺が先輩のためになりたい」

 

そう。この身は昨日死んでいたはずの体。

先輩から貰った命を、俺は先輩のために使わなければならない。

何より、俺はできるだけ、先輩の傍にいてやりたい。

たまたま見逃された俺。この死刑には執行猶予がある。その猶予、俺が生きていられる間は、やっぱり人生のうちで大切だと思った、俺のやりたいことをやっておきたい。

俺にとって、それは先輩と一緒に居ることなんだ。

 

「お、お手伝いだなんて、中村くんには、戦う理由がないじゃないですか!」

 

「ある。理由なんて十分にある。俺は先輩と一緒で、吸血鬼が許せないんだ。吸血鬼を倒して街を救うまで、俺は戦い続ける」

 

「───────」

 

先輩はそれっきり、若干切なそうな顔をして黙ってしまった。

時は容赦なく過ぎていく。夕焼けはゆっくり沈んでいき、通行人の一人もいない道を俺たちはただ歩いていく。

まぁ、それもそうか。昨日の件もあったし、話しかけづらいのかな。そうだ、ふとこんな話題を振ってみよう。

 

「先輩、結局、なんで俺を見逃したんですか?」

 

そういえば、あんなことは言ったものの、俺は一応、死は受け入れていた。だけど、先輩は結局俺を殺すことはしなかった。あんなことの後だからやりづらかったのか、いや、先輩はそんな人ではない。やることはやるタイプだ。

 

「────────」

 

先輩は昨日のように俯くこともせず、ただ黙って考えている。

先輩は夕日を背に考え込んでいる。その姿が、何となく美しかった。

さて、暫く黙って考え込んだあと、先輩はゆっくり口を開いた。

 

「中村くんのことが大切だから、じゃ理由にならないですか?」

 

先輩はただ、にっこりと笑いながら、それだけ言ってまた黙ってしまった。

 

「────なんだい、それ」

 

思わず呆れてしまう。大切だから見逃すだなんて、俺にはない考え方だ。

 

俺は、人は殺さない。だけど、先輩は必要とあれば人を殺すことも辞さない。

先輩は、大切な人を傷つけない。けれど、俺は大切な人であっても、目的のためなら怒る。

人間とは、不思議な生き物だ。正義だ正義だ言ったところで、最後は自分達の都合で決めてしまう。相手に同情を掛けてしまう。すぐに周囲のことばかり考える。

そんなものの何が正義だっていうんだ。確かに悪ではないが、寧ろまっすぐな悪のほうがよっぽどたちが良い。

歪んだ正義だなんて、そんなものが社会の何に役立つっていうんだ。

 

人間の社会には、いろいろな不条理と不合理で満ちている。理屈でも倫理でも説明できない、そんな矛盾が蔓延っている。単純に生きている生き物でない人間には複座な事情で溢れている。

あぁ、嘆かわしい。人の世と相容れない生き物が、人の世を顧みるなど。人間の世界はこんなにも醜くて、それだけ言葉では言い表せない何かがあったなんて。

それこそ数えきれないほどの紆余曲折を経て、この濁った世界が生み出されたのか。

けれど、言っている俺も、ただ先輩と居たいという自分勝手を街のためだと正当化して、方便の如く嘘を吐く。

 

「……………………………」

 

───つまるところ、人間の正義っていうのは、自分らが勝手に正当化しただけの、そんな宛もない信念という訳なのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帰ってきて、俺は屋敷の門を潜り抜けた。

門から玄関へと続く屋敷の中の一本道。正確には途中道のど真ん中にでかい噴水があるからそこは迂回しないといけないのだが。

とにかく、その噴水までの50メートルを歩いていく。

道の脇にはたくさんの庭木アート。どれもクオリティはプロの域を越えている。現役のプロ庭師がこれを見たら思わず後ろに尻餅をつくだろう。

 

「凄いな………これ」

 

毎日見る光景なのだが、今や甜瓜さんの趣味と化しているため、結構頻繁に新作を見ることができる。

今日もその延長か、天高く昇っていく麒麟が堂々と置かれている。

葉っぱ一枚の乱れもない。必要な葉だけを使い、余分なものは一枚足りとも余さない。如何なる手を使ってこれを作り出したものか。

 

「白邪さま~!!!」

 

「うわぁっ!?」

 

だぁん、と後ろから人間の体重全部がのし掛かり、俺は勢い良く地面に転げた。

甜瓜さん…………ホントに元気だな。

 

「痛た………何してるんですか、甜瓜さ…………」

 

「白邪さまぁ~お帰りなさいませ~♡」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

仰向けに倒れる俺の上には甜瓜さんが。

そして、その右手にはなんたる恐怖か、鎌が握られていた。

まさか、山姥(やまんば)がこの屋敷に現れた!?

 

「あ、ごめんなさ~い。ちょっとはしゃぎすぎちゃいました」

 

てへ、と甜瓜さんは俺の腹からぴょんと飛び退く。

 

「いや、そんなモノ持ちながら止めてくれ………危ないだろう。ひょっとして、何か作業していた最中だったかな?」

 

「はい!草刈りアートに挑戦してみたんです!まだまだへたっぴですけど、お時間がありましたら是非ご覧になってください!」

 

甜瓜さんはてくてくと向こうに歩いていく。俺も興味を持ったからついていく。

すぐそこの何もない広い空間に、ぽつんと背の高い脚立が置いてあった。

 

「─────?」

 

いくらなんでも不自然過ぎる。乗れってか。脚立に脚を掛けて、その頂に登ってみると。

 

「げ───────」

 

マジか。滅茶苦茶クオリティ高い草刈りアートだ。しかも滅茶苦茶広い。具体的には体育館1個分の広さを誇る草刈りアート。

描かれているのは─────

 

「─────なにこれ」

 

変な形の模様、いや、マーク?だ。なんだこれ。下で座っている甜瓜さんに訊いてみる。

 

「甜瓜さん、何これ」

 

「あぁ、ボスニアヘルツェゴビナの国土です」

 

いや、わかるか!!!!!てかよくそんなの知ってるなこの人。地理が最大の得意分野の俺でもちょっと斜めなおおよそ三角の形をしていることしか知らないからな。それをこんなリアル地図みたいに描けるなんて凄いな。凹凸ひとつの歪みもない。

 

俺が脚立から降りたら、甜瓜さんは画用紙を持ちながら脚立に登っていく。そして紙を見てからそのアートを一望。

 

「なんか違うかなぁ、アドリア海付近が少し膨らみ過ぎているかなぁ」

 

滅茶苦茶難しいこと言うじゃん。まだやるんだこの人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、こんにちは白邪くん」

 

「げ、槇久の旦那……………」

 

帰ったら居間のソファに槇久の旦那が脚を組みながら偉そうに腰かけていた。この24歳モンキーそろそろ殴りたい。

 

「また仕事の話か?旦那」

 

「いや、そういうわけではないんだ。そうそう、君のお姉さんにも話したんだが君にも関連する事だ。念のため話しておく」

 

そう言って、旦那は組んでいた脚をまっすぐに戻して、真剣そうな態度を作った。

 

「君は、昨日夜の街を徘徊していたらしいから知らないとは思うんだけど、昨日この屋敷に侵入者が出たらしいんだ」

 

「侵入者?」

 

なんだよそんな馬鹿なこと。うちのセキリュティは確かにガバガバかもしんねぇけど、逆に入ろうとするヤツいないだろ。こんな荘厳なお屋敷に。

来るなら相当な物好きか、あるいはこの屋敷で盗みが働けると思った馬鹿か。

 

「ただの侵入者ならまだ良し、問題はここからだ。その人物は、君のお父さんの部屋に侵入し、その後君のお姉さんと対峙して撤退したそうだ」

 

「……………親父の、部屋?」

 

「そう。西館三階の隅にあるあの部屋。あそこに侵入してきたんだ。よりによってあの部屋が狙いとはね。どういう目的なのか。とにかく、そういう危険な人物が何かしらの目的で中村家をマーキングしていることが明らかになっているんだ。くれぐれも気をつけてくれ。頼むから、巻き込まれるなんてことがないようにしろ」

 

「おうよ、死んでも親父の部屋なんかには入らねぇさ。【あんな】不気味な部屋、二度と入ってやるもんか。それより槇久の旦那、この家、俺含めて何人居たっけ?」

 

「白邪くんとお姉さんと五つ子使用人の七人だけど、他に誰かいたかい?」

 

「────いや、いないならいいや」

 

ほんの気の迷いだったが、俺の間違いだったようだ。ひょっとしたら、もう一人の家族がいて、そいつがロアなんじゃないかなと思っただけだ。

旦那の言ってた、親父の部屋にある戸籍を見てみたいところだが、あの部屋にいくのはお断りだ。俺が行きたくない。

 

「────────」

 

ロアの転生先………俺は吸血鬼ではないし、メイド五つ子は論外。姉さんが吸血鬼なのは地球が裂けてもあり得ない。

 

「…………………………」

 

それじゃあ、白なのか。この家は。だとしたら、ロアは何処へ転生したんだ。

───青毛、教会を粉砕するほどの恐ろしいほどの破壊力、裕福な家柄、優れた血統、器そのものの力。

まるで方向性が読めない。これが中村以外で、どこの家柄の条件に当てはまっているのか。

 

(吸血鬼はいてはならない怪物です。鬼人と同じ、いてはならないんです)

 

「────まだ何か隠してるな、あの女」

 

なぜ吸血鬼を追うのか。その理由はわからないが、彼女がまだ、何かこの事件の秘密を握っているのは確かなことだ。

まさか、あの人がロア?いや、でも、アレは男だったし、俺たちがカーラと戦っていたのはアスナとヨエルがロアと戦っていた時だ。

わからない。昔から残っている永遠の違和感と、吸血鬼事件との関連性が一致しない。吸血鬼事件と、俺の過去は、また別なのだろうか。

──────だけど。

 

「アイツ、どっかで」

 

あの吸血鬼、俺はどこかで見たことがあるような。

 

 

 

 

 

……………歩いてくる黒い影。炎の中から現れる青毛の男。白い建物を覆う赤い炎。俺と一緒にいた、名前も知らない黒髪の少女。

二人で山奥にある病院の廊下を駆け抜ける。燃えている床の中、ありもしない出口を求めて走り回る。

後ろから、黒い影の集団が迫ってくる。ゾンビのように、せわしなく、そしてぎこちない動きで俺たちを追い回してくる。

俺たちを囲む黒い影。俺たち二人は終わりを確信していたところ、近くの部屋の中から、青毛の少女が現れて、俺たちを逃がしてくれた。

彼女のその後は、俺も知らない。

とにかく、黒髪の少女とともに走り続けた。出口を求めて一階に降りる。

待合室を見つけた。その先に、病院の入り口、出口が。

俺たちはやっと解放されると、歓喜のままに走り続けた。黒髪の少女は、真っ先にその出口へと飛び出していった。すたたたたたた、という軽快な動作。何も考えていない、単純な一直線。ただ、出口を目指した一方通行。それに続いて俺も走り出したところ、それが、死へと続く道だということを理解した。

少女の背後、出口の向かい側のもっともっと向こうに、青毛の男、この病院を黒い影たちで巻き込んだ犯人が、立ち尽くしていて、その様子を見ている。男はその雷霆を帯びた右手を掲げる。

同時に俺は、少女に何も言わずに、ただ、何も気がつかず、出口の外へと出ていく少女の背中に立ち、

その身体に自然の摂理を越えた雷鎚を受けた。

 

 

 

 

 

「───────っ!!」

 

突然、不可思議な痛みに襲われて、床に座り込む。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ────」

 

今のは、何だ。何の記憶だ。病院?何で俺は病院なんかに。俺は、いつ病院でそんな経験をしてきた?

 

「づ…………………ぅ………………!!」

 

気がつけば、俺は床で寝ていた。夢を見ていたのか。なるほど、今の変な夢は、そういうことだったのか。

 

「白邪さま!?」

 

突然、林檎が悲鳴を上げた。

 

「ん、林檎?」

 

林檎は震えながら、半狂乱になりながら、俺の左肩を見つめている。

 

「葡萄姉さん!白邪さまの傷が………!!」

 

林檎は猛ダッシュで廊下を駆け抜け、葡萄を呼びに行く。

──────見れば。俺のシャツのボタンは外れていて、俺の左肩から、朱色の血が垂れていた。

血を指でなぞってみると、血はすぐに取れたが、新しく血が流れることはなかった。もう血は止まっているみたいだ。

 

「─────なんだこれ」

 

俺の左肩には、酷い火傷を負ったようなアザがある。

これは昔からあったヤツで、確か、親父と闘った時に粉砕されたときの怪我だった筈だ。とにかく、これは俺が幼いときからあったものだ。

こんな、今となってはなんとも思わない傷が、どうして今さら開いたのだろう。

古傷は開くものなのか。こんなこと、今までなかったというのに。

 

「俺は─────」

 

俺は、一体。

何に生まれて、何に育ったのだろう。

あの記憶は、どこまでが現実で、どこまでが夢想だったのか。夢うつつな心持ちは晴れることはなく、俺はしばらくこの疑問を払拭できなかった。

左肩に、もう塞がったはずの傷を背負いながら。





中村長男を支える寡黙な使用人

林檎
性別 女性
身長 158cm
体重 49㎏
誕生日 6月8日
血液型 O型
好きなもの 書庫の整理、酸っぱいもの
嫌いなもの 不潔、辛いもの
専門 中村邸の清掃全般
苦手 裁縫


中村邸に使える五人の使用人のひとり。
中村メイド五つ子姉妹の四番目であり、姉である葡萄、蜜柑、甜瓜のことを、姉としても使用人としても慕っている。
中村邸では彼女の得意とする清掃全般を任されており、同時に白邪の専属のお世話係でもある。屋敷唯一の常識人であるため、客人を迎える際は緊急出動案件となる。

寡黙でクールな一面が多いが、意外とおしゃべりさんであり、白邪のことを気にかけてよく声をかけている。
生真面目な性格であり、使用人としての心構えは一番のもの。雇用主である絢世よりもあくまでも主である白邪の方を優先しており、白邪のためなら、時に絢世の命令に反することも辞さない、忠実な仕事人間。
堅いイメージが強いからか、白邪からは逆に心配されており、白邪からは無理をしないように言われているが、もはや気にも留めていないようだ。

清掃専門とはいえ、一応料理ができるようであり、カレーやシチューといった、工程が覚えやすい料理を作ることには長けているようだ。炊事担当である蜜柑が体調不良などのどうしようもない理由の際は、彼女の出番となる。…………のだが、料理は白邪のほうが手慣れているため、結局白邪が炊事を担当することになるらしい。

白邪の専属というだけあって、何かにつけて色々と抜けている白邪の身の回りの世話を行っている。特に、朝に弱い白邪を起こすことに関しては彼女も手を焼いており、毎日7回近く白邪を起こしているらしい。
なかなか起きない白邪を精一杯起こそうとする一方で、彼の死人のような安らかな寝顔を独り占めしているのは秘密の話だ。

赤い髪に赤い瞳、それから赤いエプロンが特徴の、遠くからでも分かる出で立ちの少女で、華奢な身体が何とも妹の印象を与えてくる。白邪の普段の様子を見るため、白邪の異変には真っ先に気付くことが多い。主の心配をする彼女の思いは、白邪の運命を変える…………かもしれない。
無論、白邪の運命はクロエに左右されているため、それはあくまでも【あったかもしれない可能性】の話だ。


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深夜巡礼

 

「先輩、いつ来るんだろう」

 

午後10:50。俺は公園を訪れた。こんな夜中だ。人は誰もいない。乙黒町は夜の街と呼ばれているだけあって、駅の周辺は夜にも関わらずギラギラ光っていて、昼間よりも多い人の波が絶えることなく流れ続けている。

しかし、屋敷の辺りは川の堤防越えの住宅街なので、人通りはない。屋敷のある堤防から少し離れた坂を下った先にあるこの自然公園にいるのはせいぜい深夜に犬の散歩をする通行人ぐらいだが、今日も生憎と数は少ない。

いつまで経っても、何も起きないからこうして素振りを繰り返していたのだ。

 

「あ、お待たせしました、中村くん!」

 

「───先輩、その格好………」

 

先輩が向こうからやって来た。その服装は少し変わっていた。新撰組みたいな青い羽織、浅葱色というよりは群青色だが、所々群青の布地の袖元に白い紋様が縫われていたり、そして背中に群青と白の対極図が描かれていた。それから、その羽織の下に白い紬と黒袴。髪が空色である先輩にはよく似合っている。

 

「これですか?これはですね、両儀一派の正装なんです。両儀一派の人間は皆さんこれを着ているんですよ。どうですか?」

 

「いや、すごく似合ってますね。まるで新撰組みたいだ」

 

「そうでしょう、そうでしょう?これですね、今の総長が決めた正装なんです。みんな気に入っているんですよ~、青って格好いいじゃないですか、涼しげですし。さ、死者退治に行きましょう!」

 

言うが早いか、先輩は足取り早く街に駆け出していった。相変わらずとんでもない瞬発力だ。駆け足とは思えないその速度に俺はまだ慣れていない。

 

「ちょ、待ってください!」

 

俺は走りながら、元気よく駆けている先輩の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後はまぁ、色々あった。ここまで死者と数回対峙したが、その後は楽しく先輩と夜の街を巡回していた。

行く途中で色々なトラブルに巻き込まれた。夜の街といえば半グレ集団の集まり。その辺で(たむろ)している半グレたちによく絡まれたものだ。俺が元から目付きの悪い赤毛というヤバいやつなのと、それからクロエ先輩という一番の爆弾を持っているため、女狙いの輩がバンバン押し寄せてきた。彼氏のフリして追い払えた素直な奴もいれば、おとなしく引き下がることもせずに俺と勝負してくる命知らずもいた。

数的には後者のほうが多かった。金銭狙いだの女狙いだの、ただの喧嘩売りだのいろんな輩がやって来た。

 

 

そうして、今は街を出て川の畔までやって来て、俺は川の水で顔を洗っていた。

 

「それにしても、中村くん。意外と横暴なんですね………危ないですよ、喧嘩なんてしたら」

 

先輩は途中で20人以上の半グレと殴り合った時に顔についた返り血を洗っている俺を見て言う。

 

「関係ないでしょう。俺は別に好きで殴っているワケじゃないんですから」

 

顔をタオルで拭きながら先輩に返す。

 

「いや、それにしても、20人ぐらいと殴り合って全員失神させていたじゃないですか、全員血まみれでしたよ?どうしたらあんなにボコボコにできるんですか」

 

「まぁ、これでも加減はしているんですよ。俺、直感が冴えてるから、ギリギリ死なない程度に痛め付けてますから。それに、先輩、俺はこれが仕事だって知ってるでしょう?」

 

「ギリギリ死なない程度って……………乱暴は良くないですよ」

 

「大丈夫です、渡る世間では腕の一本よりも自分の命のほうが大切なんですよ紀庵も言ってました」

 

この街の人間ではない者にとって、確かにこれほど治安の悪い街は珍しいと思うが、俺たちにとっては、これが普通だ。

この街の住人はカタギという名のヤクザと言っても過言ではない。

 

欲しいものは奪い、邪魔な者は殴り倒す街だ。アスナからは住人からのお悩み相談として借金取りだの色々任されてはいるが、結局全部俺の仕事だ。押し付けられているのはほんの一部で、正確にはもともと俺たちが始末をつけなければならない仕事だ。この街の治安が悪いのは地主である中村の問題。俺はこの汚れた中村の庭を粛正するために動く、分かりやすくいえば乙黒の恐怖の風紀委員。

地元のヤクザ事務所は俺が壊滅させた(正確には若頭と話し合ってどっか行ってもらった)。その残党の中でも噂されているくらいの存在だ。赤毛の青年に襲われたら最期、失神は不可避と。

 

「昔から喧嘩ばかりやってきた人間なんで、人を殴ることには抵抗はないんですよ。ただ殺すのが絶対に嫌なだけで」

 

その結果が俺の日常。毎日のように半グレや借金を殴り倒して、街の汚染だけを浄化していく。まだまだ酷い街だが、俺が街で喧嘩屋になってから、街はかなりマシになった。夜こそこの有り様だが、昼間の平和は安泰となった。これまでは、この夜が昼間テンションであり、夜となれば犯罪都市だったのだから。それをただの治安の悪い都市に引き戻した俺は自分を相当な風紀委員なんだと誇っていたりもした。

 

「────両儀一派(わたしたち)もそういう組織です。わたしたちも、次々と魔を狩っていくことを仕事としていました。総長も、副長も、皆が皆、魔を殺すことだけに、固執してきました」

 

俺を見て何を思ったのか、クロエ先輩はゆっくりと口を開いた。

 

「総長は機械のようになっていました。魔を殺すことに、快感も憎悪も持つことはなく、ただ布を織るように、作業のように繰り返していました。わたしも、感慨無量に、命を断っていました。その人たちの家族の顔などを考えることもなく。わたしたちはおかしくなっていたんです。殺していくうちに、殺すことに何も感じなくなっていたから」

 

「───────」

 

それは─────

 

「両儀一派に招かれる人間のだいたいは、魔や混血に元の生活を奪われた人たちでした。わたしもその一人でした」

 

川の畔。街灯もない闇に紛れる先輩の顔はよく見えない。

 

「昔、わたしはとある魔に、大切な家族だったお父さんを奪われたんです。あのときのわたしはまだ身体が弱くて、病院で寝たきりの生活を送っていたんです」

 

そう、だったのか。先輩も、魔に、家族を奪われて。俺も、確かに魔に家族を奪われた。魔にやられたんじゃない。「魔の血」に奪われた。親父のように。

 

「中村くん。貴方の気になっていることを、すべてお話しします。聞いても、怒らないでくださいね。これは、貴方にすべてを隠していたわたしの責任です」

 

「───────」

 

俺は、その声に答えることができなかった。

 

「貴方は、カーラと遭遇した、あの山奥の病院を覚えていますか?あそこは「伊賀見(いがみ)総合病院」という、昔、あの山奥にあった病院が廃墟となった場所なんです。今は新しい病院となって再開発が進んで、新しい工事が始まっています。あの伊賀見総合病院は、わたしが小さい頃に入院していた病院だったんです」

 

あの病院…………不良たちが俺にスタンガンを食らわせた後につれてきた場所…………

 

「その時に、ロアがあの病院に現れたんです。転生先はあの伊賀見総合病院の手術医、「凱逢玄武(がいあくろむ)」でした」

 

凱逢…………その名前は…………

 

「玄武は両儀一派の次期首領補佐の座にいた退魔族です。彼は、生まれつき身体が弱かった自身の娘を守るために、あの病院の医者として潜入したんです。その娘の名前は、黒依(クロエ)。今代のロアの転生先、凱逢玄武は、わたしのお父さんなんです」

 

「───────」

 

それじゃあ、先輩は、はじめから全てを知っていて、それで、この街でロアを追っていたのか。先輩の父親を奪った魔、それは、死徒…………

 

「────ごめん、先輩。余計なこと、言わせちゃって」

 

先輩はただ首を横に振るだけだった。

 

「いいえ。わたしが勝手に言い始めただけなんです。中村くんは、関係ありませんよ」

 

暗闇に目が慣れてようやく見えた。先輩の顔は、ただのいつも通りの笑顔だった。

 

「待ってくれ、先輩、それじゃあ、【あの時の子供】は………!!」

 

「さぁ、徘徊を続けましょう。残すところはあと1ヵ所ですから。早く終わらせて帰りましょう。明日は学校の創立記念日ですけど、早寝早起きしないと、白邪くんのことですから、すぐにあさって寝過ごしてしまうでしょう?」

 

先輩は一人でそそくさと歩き出してしまった。俺も黙って先輩の後をつけていく。

 

「───────?」

 

なんだろう、今の台詞の違和感。何か、いつもと違うような………………

 

「───────??」

 

独りでただ思案し続けて、やっと気づいた。

 

「…………!名前…………!!」

 

すごい自然だったから気付かなかったけど俺、いま名前で呼ばれなかったか!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────ロア…………」

 

礼拝堂の中にその女は居た。金髪紅眼の美女は、礼拝堂の中で一人、壊された壁から夜空を見上げていた。

 

「ヨエル、いる?」

 

「なんだい?」

 

壊れた礼拝堂の片付けをしていたもう一人の人物が眼を向ける。

 

「貴方の狙いは【どっち】なの?」

 

女はそちらを向くこともなく、ただ空を見上げながら言う。

空の星を眺めながら、関心もないように。

 

「さぁ、どうかな。僕は気まぐれさ。その時その時で決めるのさ」

 

「あの吸血鬼の処分はロアを殺してからで十分よ。ロアなら、私一人でも倒せるけど、もし相討ちになった場合は」

 

「もう一人のほうも殺せってことでしょ?任せておきなって。いかにヤツとはいえ、僕には敵わないさ。けれど、ヤツは本当に吸血鬼なのかい?別の種族だった筈だけど」

 

男は頷きながらもやや訝しんでいる様子だ。

 

「えぇ。確固たる証拠はあるわよ。今回のロアが吸血した証拠として、ロアの攻撃によって負った傷があるらしいわ。それも昔のもの。まぁ、確かに、日向でもぴんぴんしているし、吸血衝動もほとんどないから吸血種としてはまだ不完全だけど。まぁ、軽くⅥ、Ⅶ階悌には届く可能性を秘めてはいるわよ。まったく、私も驚きよ。まさか吸血鬼の血を打ち消すなんて。どんなバケモノなのかしらね。今までそんな死徒は見たことないわね」

 

二人揃って呆れるようにため息をつく。

吸血鬼を良く知る二人にとって、その存在というのは、彼らにとっての死徒に対する常識を覆すとんだイレギュラーなのだ。

代償無しに吸血衝動を打ち消す吸血鬼など、羽の生えたパンダと同じくらいの幻だろう。

 

「空柩のキルシュタイン、カリード・マルシェ以来だな、こんな馬鹿げたケース。まぁ、キルシュタインはもはや人畜無害だから誰も手にかけていないみたいだけど。まぁ、そっちについてはそのうち黒鍵会の誰か、もしくは埋葬機関から向かわせるつもりだから任しといて」

 

「キルシュタインはカレー狂が覚醒しただけの犬畜生だからいいとして、アレとコレは別モノよ。真面目に解説するのも馬鹿馬鹿しいけど、アレはアレで半永久的にカレーを食べなければならない。血を吸わないぶん、吸血衝動をカレー食い衝動に切り替える分の体力()を消耗している以上、それだけの代償(カレー)が必要になる。一方で、コッチはどう?吸血衝動を打ち消す時点で壊れているのに、それに見合った代償も必要としない。ガソリン無しで車を運転するようなものよ。もはや死徒とも呼べないわ」

 

女は吐き捨てるように言い切る。

 

「それじゃあ、なんて区分すりゃいいんだい?」

 

空気が揺れる。男の質問を聞き終えて、彼女は一言だけ呟いた。

 

「強いていうなら──生粋の【魔人種】ね」

 

女は男の方を向いて、そんな風に微笑んでいた。彼女自身も見たことがない、まったく新しい種族の登場を、彼女は独り喜んでいた。

静かな礼拝堂は、静かな笑みと風だけが、優しく穏やかに吹き付けていた。




らくらく相関図(クロエ目線)

中村白邪 お茶目な後輩くん。わたしにとっては大切なひと。
菊山紀庵 中村くんの親友。わたしから中村くんへの伝言を引き受けてくれた以来の仲。優しくてお利口さん。
ヨエル いち同胞。色々面倒くさがる性格だけど、頑張り屋さんでもある。
ルージュ・アスナロ あまり話したことはないけど不思議なひと。何者なのか若干興味。
カーラ・アウシェヴィッチ 絶対殺す。
本条 軽音楽部部長、みんなのための努力家。
天城 一年からの軽音楽部古参勢。頼れる相棒。
押見 二年からの軽音楽部同期。ドラムの実力は部活イチ。
ロア お父さん…………
ネコアスナ 障害物は無視しましょう。


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接触

 

「次はここか………」

 

「そうですね」

 

俺たちが次に訪れたのは、小さな廃工場。

ここが、今日の徘徊での最後の場所だ。

先輩曰く、死者の気配はここが最後だそう。ここさえ攻略すれば、とりあえず今日の徘徊は終わりのようだ。

 

「行きましょう」

 

「───あぁ」

 

二人揃って扉の前に立つ。錆びたトタン板でできた扉を開こうとするが、びくともしない。鎖と南京錠でがっちり固定されている。

 

「困りましたね」

 

「こうなれば強行突破だな」

 

血刀を手に取る。血で刀を強化して、炎で血刀を包む。

勢い良く後ろに引っ張り、助走をつけて走りだし、タックルを仕掛けるように突きを繰り出した。

ドゴォォン、という破壊音。

南京錠と鎖はこの一撃に粉砕され、扉は木っ端微塵に砕け散った。

 

「よし、これで───」

 

二人でがら空きになった扉から中に入る。見たところ、工場内は静寂としていて、誰もいない。

 

「───────」

 

直感で死者の居場所を探る。だめだ。死者は気配が濃厚すぎて具体的な位置がよくわからない。

 

「─────危ない!」

 

「きゃっ!?」

 

突然、入り口に大量の鉄骨が落ちてきた。

 

「退路は塞がれた───か」

 

確信して上を見上げる。そこに、死者たちが生気の無い眼で立ち尽くしていた。

 

「なんて数………」

 

その数は40近く。2人で40もの死者を相手にできるか?

構わない。そんな覚悟整っているし、そんなの相手する準備は完全だ。

 

「死にてぇなら相手になってやるよ」

 

死者たちが一斉に一階に飛び降りてくる。

俺たちを前にしても、びくともしない。そんじょそこらの死者とは格が違うようだ。

通常の死者が力を着けた存在か?

 

「中村くんは自身の安全を確保してください!」

 

クロエ先輩は一直線、意気揚々と死者に向かっていく。

死者たちは一斉にクロエ先輩へと向かっていくが、すぐさま先輩の攻撃に切り伏せられる。

俺の背後からも死者がやってきた。

 

「──────」

 

肘打ちで死者の頭を砕いて血刀で切り落とす。やはり所詮は下等生物。たいしたことはない。

 

「とぉぉぉぉ、ら!!」

 

鈍い死者を高速で狩っていく。生きる意味を失った活きる肉塊は愚かにも俺たちに襲いかかる。

程度が知れてくる。ヤツらはこんな簡単な方法で人を奪い、その血肉を喰らってきたというのか。

やり方が汚ならしい。こんなやり方よりも、俺の方が、もっと────

 

「きゃぁぁぁ!!」

 

「先輩!?」

 

向こうで先輩が倒れていた。その脚に落下してきた鉄骨が挟まって脱出できないでいる。死者に取り囲まれている先輩は全力で抵抗している。

 

「先輩!!」

 

反射的にそちらの方へと意識を向ける。

 

「ぐぁぁっ!!」

 

だん、と床に押し倒される。背後から死者に襲われたようだ。

 

「くそ…………!!」

 

振りほどこうとして、俺は迷いを抱える。

殺しても、いいのだろうか。初めて死者を見たときは、容赦なくその首を叩き落としていた。

だけど、コレは違う。死者よりも、よほど、ヒトの形をしている。そのヒトガタを見て、俺は─────

 

「だめだ…………!!」

 

殺せない。ニンゲンのカタチをしたモノを殺せない。こんなこと、別に人殺しではないのに───!!

 

「ちくしょう……………!!」

 

殺せないなら、振りほどけない。俺は、どうして─────

死者なんかに、同情して……………!!!

 

「づっ…………!!!」

 

死者の爪が腕に食い込む。ずぶり、とその指が俺の皮膚を裂いて肉を突き刺す。

だらだらと腕から垂れてくる血。

ずぶり、ずぶり、と、どんどん奥まで刺さっていく。1ミリ進む度に軋む脳髄。1ミクロン肉を裂かれる度に悲鳴を上げる脊髄。

そして、向こうで襲われている先輩。

 

 

─────それを見て、さっきまで不可思議な感情に陥っていた俺の意識は、完全にタガが外れた。

 

アレは、俺のモノ。アレは、アレは俺が………何よりも………!!!

 

「ヴ……………………」

 

アレに触れて良いのは…………この世で、

 

「ヴ………ヴゥゥ………………」

 

アレは、俺の女………………

 

「ヴ、ヴォォォ…………!!!」

 

勝手に、俺のモノに、触れるな……………!!

 

「ヴ、ウォォォォアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」

 

自分でも聞き取れない絶叫を上げる。猛烈な周波数を受けて、すぐ横にあった窓ガラスがバリンと砕け散る。その破片を散弾のように浴びて、俺を押さえつけていた死者は蜂の巣のように孔だらけの肉となって倒れ伏す。

まだ、まだだ………俺の狙いは、まだ、

まだ、何も片付いていない。俺は、俺の、モノを……!!

 

「グ────ガァァァァァァァァァァァ!!!」

 

暴れ馬は駆ける。目の前の死者に向かって一直線に走り出す。何も考えない、罠も何も考慮していない単純な突進。

だが、その疾走は、これまでの俺のどの疾駆よりも俊敏であり、そして豪快なものだった。ただ走っているだけなのに、踏みしめたコンクリートがひび割れ、俺がひび割れた地面から足を離して跳躍した瞬間、コンクリートの床が陥没する。

工場の天井ギリギリを攻めた10メートルの跳躍から、勢い良く隼のように急降下する。血刀は爆炎を伴って、焼夷弾のように地面へと駆ける霆となって、先輩もろとも、先輩の脚を挟む鉄骨と、先輩を襲う5体の死者目掛けて激突した。

 

「ヴぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

雷鳴、ここに堕ちたり。旅客機が墜落したように、辺り一帯が地獄の業火に包まれる。焔の螺旋が死者をこの世から引き剥がすように終わりない終焉の辺獄へと誘う。

黄泉をなぞり挙げた凶刀から炎が噴き出され、工場一帯は一瞬にして文字通り、焼け野原と化した。

工場が倒壊していく。派手な金属音を立てて、ガッシャーン、と次々と倒壊していく工場一帯。ガラガラと崩れていくレンガの壁。バキバキと砕けていくアスファルトの地面。

 

─────焼け残りは、何もなかった。

あとに残ったのは、もともとなんだったのかわからない、ただの瓦礫の山だった。

 

「ぐ────ふ」

 

後頭部に痛みを感じて、俺は目が覚めた。

重い。何かに潰されている。

 

「なんだ、今のは」

 

俺はどうやら、軽く瓦礫の下敷きになっているようだ。

 

「っ…………どっこいしょ」

 

瓦礫の中から這い出る。辺りは、核ミサイルでも落ちたのか、それともここで戦争でも起きたのかってぐらいに崩壊していた。

目の前に、さらに高い瓦礫の山があるから登ってみる。頂上から見下ろす景色は、とんでもないものだった。

 

「なんだよ、これ」

 

廃工場一帯は駅一つぶんぐらいの大きさだったのだが、何もかもが、跡形もなくなっていた。ガラガラと、小さな瓦礫の破片が転がっていく音だけが残響となって響いていく。

今の、爆撃はなんだ。気が付いたら、焔に呑まれていて、そしたら一斉に、すべてが吹き飛んで、それから─────

 

「ギャラル、ホルン……………?」

 

いや、あの爆撃との甲乙は明確だ。あんなもので、こんな惨状は造れない。あんな小さな兵器で、この地獄が再現できる筈がない。じゃあ、これは…………?

 

「これ、ぜんぶ、俺が────?」

 

すごく、苛立ちを憶えていたのは覚えている。けれど、俺がその後どうなったのか、そんなものは、何もわからない。

今はただ、

 

「先輩!!」

 

どうしようもないほどに溢れている瓦礫の山をあさって先輩を探す。

どこまで頑張っても、溢れてくるのは瓦礫だけ。災害救助は一人でできるものじゃない。こんな、広い災害跡地、青年一人で探しだせやしない…………!!

 

「────!」

 

瓦礫の中から、白い手がでてきた。よかった。先輩を見つけた。

 

「先輩、先輩!今助けるからな!」

 

瓦礫を取り除いて、先輩を引きずり出す。

先輩は、どうやら無事のようだ。かすり傷はあるが、死者にやられたやつだろう。瓦礫による怪我はなかったみたいだ。呼吸もしているし、異常があるわけではない。

しかし、先輩は眠っていた。死んでいる筈はないのだし、ただ眠っているだけだから、ひとまず安心はしたが、

 

「困ったな、ここじゃあ」

 

ここではどうしようもない。すこし、この場を離れて、もっとマシなところで寝かせてやらないと。せめて、公園のベンチまでは行きたい。

 

「失礼しますっ………と、よいしょ」

 

先輩を抱えて歩き出す。鬼人の筋力のお陰か、先輩を抱えるのはちっとも苦じゃない。先輩を抱えてそのまますたこらと走り出す。とりあえず、早く街に戻ろうとした。

 

「────────」

 

俺は、こんなにも力を発揮できるものなのだろうか。力は確かに強くなっている。鬼人の力を行使しているから、間違いなく力は強まっている。だが、これはどうだ。

いくらなんでも、伸びすぎだ。やりすぎだろう。

なぜ、無意識に、この辺り一帯もろとも死者を吹き飛ばそうという発想になったのか。

 

「────────」

 

生物としての存在規模が上がって、攻撃のスケールの理想や水準が、上がったのか?いや、それにしても、これは、いくらなんでも……………

そもそも、死者に同情というか、余計な感情を持ったのもおかしい。

俺は、鬼人だというのに、鬼人らしくもない行動ばかりだ。俺は、鬼人と人間の混血のはずなのに。

当然のように10メートルを跳び、無意識な破壊衝動、死者に対する認識。

俺は─────

 

「あら、またまた派手な子みーっけ」

 

近くから、声がした。

 

「誰だ」

 

声のする方へ振り向く。

そこに居たのは、絵に描いたような変人。なるようになれと言わんばかりにテキトーにまとめられた髪はなんとも言えない微妙なブロンドカラー。瞳は、これ何色?山吹色?

妙に似合う白衣を着ており、その下にキャバ嬢みたいな服を着ている。なにその下着一歩手前みたいなイカれた上着は。

あとなんだ、この意味わからん女は。背が高いわけもあって、外国人にも見えなくはないが。

ロアが蛇ならこっちは蜘蛛と言ったところか。胸でか。脚綺麗っ。レザースカート短っ。スタイル抜群かつ顔そこそこの意外と美女。もう少しおとなしくして、マトモな服を着ればいいのに、勿体ないひとだ。これじゃあ学校の保健室に百年に一度出てくると言われているドM先生的なアレそのものだ。

 

「あー、いいわよぅ。名乗るほどの物じゃないのアタシ。騒ぎを聞き付けてここまでやって来たんだよねぇ。もーーう、なんて可愛い男の子、COOOOOL!!!ねぇねぇねぇねぇ、これ、誰がやったの?キミ?」

 

あ、俺、無理だわコイツ。ハイテンションすぎて2秒くらいでノリに置いていかれた。

 

「静かにしてくれ。寝ている人がいるんだから」

 

「オーケーオーケー!!アタシ今黙ります3、2、1、ハイ黙った!!」

 

うるせぇ。このノリめちゃむかつくんだが!?あとなにコイツ!?何しに来た!?こんなところに人来る時点でそいつイカれてるのに、現場にいる俺に絡む?しかもそのノリで?

 

「イェーイ!!お姫さま抱っこうまーい!なーにもー、アタシも乗せてよー!!」

 

黙ることを知らないようだ、まぁ、新しい覚○剤のテストをしているんだろう。確かに、こんなにハイになるおくすりは俺も知らない。使ってる人はこんなもんなんだ。まぁ、使ってたらそんなに綺麗な身体なのはおかしいんだけどね。

 

「────────」

 

こういうのはおとなしくスルーするのが一番。背を向けてそのまま早足で去る。

 

「ストップ!!なんで無視するのーねー!アタシ泣いちゃうー!」

 

泣け。勝手に泣いとけ。頼むから来ないでくれ。

 

「なんなんだお前は!俺に何の用だよ!」

 

「アレ、キミが壊したんでしょー?どうやってやったのか教えて教えてー!」

 

「───────」

 

迷う。これ、教えてもいいタイプの人間?

これがアスナみたいなヤツなら伝わると思うんだけど、ただ頭のネジを失くしてしまった一般人に説明しても、何もわかってくれないだろう。

 

「お、お前こそ誰なんだ!誰なのかも全くわからないヤツに、俺の話なんかするかバカ!」

 

「えー、おーしーえーてーよー、あ!!じゃあアタシが名乗ったら教えてくれるのね?」

 

「名乗れば俺も名乗るよ、そりゃあ」

 

「ひゃっふぅぅぅい!!!イヤッタァァァァ!!!ビクトリィィィィィ!!!」

 

大声大会世界一は間違いない女は狂喜乱舞している。そんなに俺のことが気になるのか?そもそも、コイツはなにをして生きているのか。仮にもこんな服装なんだ。マトモかどうかはさておき、しっかり何かをして働いているんだ。

 

「アタシはアラク。アラク博士と呼んでよぉ?は・か・せ。わかった?」

 

「俺は白邪。中村白邪だ」

 

「白邪チャンね。いい名前ーっ!中村ってアレ?川の畔のあたりにあるでっかいおうちの貴族でしょ?」

 

女、アラクのワクワクは止まらないようだ。大学生ジャストと見られる若々しい女だ。相当早い段階からこのノリで生きているのだろう。

 

「知ってるー!槇久クンから聞いてるも~ん!」

 

「槇久…………?旦那を知ってるのか、アンタ」

 

「もちろんよぉ。アタシ槇久クンの後輩チャンなんで。あとちょい。あとちょいで、アタシも大学卒業よ。ついに、社会人デビューを果たすのねってビューティフゥゥゥル!!!」

 

「大学生がこんな時間からなにをウロウロしてんだ」

 

「高校生が夜の街を歩いているんだから~アタシら大学生もいいでしょ?あ、ほら、乙黒(ココ)って夜の街なんだしぃ?」

 

まぁ、確かにそれはそうかもしれない。

てか、コイツ大学生だったんだ。

まぁ、そりゃこのノリじゃあ就ける仕事も就けないもんか。

人間、末期まで追い込まれるとあんな風になるということを知った。俺はあんな大学生にはなりたくない。

槇久の旦那の後輩、か。まぁ、知り合いは知り合いなのだろう。じゃあ、一応コヤツはいずれ俺と関連を持っても仕方がないわけだ。逆に俺の運が良すぎて会っていなかっただけか。

 

「んでんで、白邪チャンなの?これやったの」

 

アラクは一段と俺に顔を近づけてくる。槇久の旦那を知っているんだ。混血のことぐらいは理解できるだろう。

 

「まぁ、一応」

 

「ひゃっはぁぁ!!さっすが白邪チャン!ド派手にどーーん!ってやっちゃうタイプ、アタシ大好きだよぉ~!!」

 

何が嬉しいんだか、とにかく、俺が廃工場を粉々に粉砕したことは、アラクにとっては喜ばしいことらしい。

まぁ、おもに話のネタができたという意味で。

 

「ねぇねぇ、そんだけすーっごい力があるんならぁ、アタシと協力しなーい?アタシ、もうちょっと、キミみたいな子を隅々までじーって調べたいんだけどなぁ~」

 

「お断りだ、アンタに見せるものなんかないよ。これでホントにお別れだ。こっちはまだやることがあるんだ」

 

クロエ先輩を抱えたまま一気に跳躍する。電柱すらも飛び越えてしまう俺の脚力、さすがのデタラメなアラクすらも届くまい。

下からアラクの声が聞こえてきた。

 

「えー!もう帰っちゃうのー?博士つまんなーい、ま、その力、とんでもないもんなんだし?アタシたちだけのヒミツにしといてよ?間違っても、周りに話しちゃイヤだからねぇ?もし、気が向いたら、アタシにいつでも相談しに来てちょうだいね~!!」

 

誰がお前に二度と遭うかってんだバカ。

 

「────────」

 

アラクが見えなくなってから、俺はため息をつく。面倒なヤツに絡まれたもんだ。

アイツ、俺にマジで何の用だったんだろうか。最後の謎の勧誘。あれが本題なんだろうが、俺はあの女には興味ない。ヤツがなにを企んでいるかなんて、知ったことではない。

ただ、俺が何故、あんなヤツに興味を持たれるのか、わからなかった。

マッドサイエンティストが目を輝かせる逸材、か。

俺は普通がいい。あんなものに興味はない。今日の一番の謎である俺のまだまだ底がない力の奔流。アレは一体なにに起因するものなのか。

無意識に、俺は、何か、別の何かをしようとして、別の何かになろうとしていたのだろうか。

俺の謎に底はなく、まだ、知らないことに満ちている。この世はツギハギだらけで、不条理と理不尽に満ちている。

これが、人の社会。悟ったわけでもないけど、なんとなく分かってきた気がする。

俺は、この納得のいかない不思議な爆弾、俺という檻の中に隠し持っている【何か】が、怖くて仕方がないのだということぐらいは、分かっていた。



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交流

 

暗い廃墟に、彼は居た。

大きな廃病棟。その4階3号室で、青毛の男は食事をしていた。

彼の腕の中には、20代前半の若い女性が。男はその女性の首に、その鋭い牙を剥いて、その血をごくごくと嚥下していく。

それは、吸血鬼の食事だった。

真っ赤に染まる、白い部屋。紅の血に染まる男の口元。一滴も残らず、その血を貪る。滴る血も残さず吸い尽くす。

男は空になった器をそこらに投げ捨てる。

そこで、本来は腐敗していくべきその死体が、動く。死体が動いているのではない。誰かに持ち上げられている。

青毛の吸血鬼とは別の、もう一人の男。

もう一人の男は女性の死体を柩の中の中に丁寧に入れると、台車のようなものに優しく立て掛ける。その柩の隣には、同じような柩が立て掛けてある。

もう一人の男はその台車の車輪の固定をはずすと、そのまま押し出していく。

 

「ご協力感謝しますよ、代行者」

 

青毛の男は頭を下げる。

 

「なに、関係ないさ。僕は僕がやりたいことをやっているだけだ。君にはまだ生きておいてもらわないといけないんでね。そこで【あの真祖】にやられたりしては困る」

 

「私に手を貸したところで、私にできることはほんの少ししかありませんよ。それだけの事をして、何をなし得たいのですか?」

 

「たいした事は望んでないよ。君は生きているだけでいい。あとは勝手に僕が片付ける」

 

その男は台車を押して部屋を出ていく。

暗い廊下を進む台車と、それを押す男。

若い男は、若草を思わせる髪をしており、服の上からライム色の布をマントのように掛けている。

 

「馬鹿だね。誰が君の永遠探しに協力するんだよっと。真祖の姫は僕のものだ。アレを、必ずこの手で────」

 

男は空の廊下で呟く。台車を押しながら下へと下っていき、外に出ていく。

病棟の外にある昇降機に乗り込む。昇降機に扉などついていない。裸の昇降機に乗り込んで、真下へと進んでいく。

昇降機が下へ到着する。男は昇降機から出る。その台車を突き当たりまで押し込んで、柩を台車から丁寧に降ろす。

その先にある柩の山の中に丁寧に置く。

男の携帯電話が鳴る。男は若草色の携帯を取り出して開く。

 

「はいはい、僕だよ。………うん、ロアのねぐらはまだ分からないよ。うん、ロアもまだ見ていないな。でも予想としては、街の南にあるショッピングモールの付近だとは踏んでいるあの辺りが犠牲多いからね。さぁ?僕にはロアのことなんか詳しくないさ。うん。おっけ、じゃあバイバイ、アスナロ」

 

男は携帯を閉じて電話を切る。カソックの中に仕舞ってニヤリと笑う。

 

「よーし、これで時間稼ぎは万全。純粋なお姫さまで助かったぜ。携帯電話は便利なもんだよ。話し相手は顔が見えないから【俺】の心情なんかわからないからね」

 

男は一瞬だけ、邪悪な笑みを浮かべた瞬間、もとの人畜無害なリスのような顔を取り戻す。

 

「さて、早く帰っておかないと、こんなに血の匂いがついていたら、怪しまれるだろうね、アスナロはともかく、白邪くんに」

 

男はライム色の髪とマントをひらめかせてその台車を押して昇降機に乗り、地上へと消えていった。

 

「────さて、あと何日持つかな、アルクェイド・ブリュンスタッド?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い公園。街灯が照らす夜の公園。もうとっくに日付は変わってしまっている。俺もそろそろ眠い。

 

「先輩、先輩」

 

「むぅ……………………」

 

先輩はゆっくりと瞳を開ける。辺りを一望したあと、俺の膝の上で寝ていることに気付いて、ばっ、と身体を起こした。

 

「おはよう、先輩」

 

「おはようございます………中村、くん」

 

「勝手に膝で寝かしてごめんなさい。先輩、ぐっすり寝てたんで」

 

良かれと思って膝枕したのがちょっと恥ずかしい。俺も先輩に一度膝枕されたわけだし、俺にもやる権利はあるのかなとは思ってたんだけど、やってみたらめちゃくちゃ恥ずかしいじゃねぇか。

先輩の安らかな寝顔を独り占めしていたのが最高すぎたんだが、それ以上に起きた瞬間のキョトンとした顔が一番破壊力高かった。

 

「あれ?私寝てました?どこで?」

 

「死者と対峙したタイミングで。最後らへんで鉄骨に挟まれていたでしょう?あの後です」

 

「そ、そうですか…………ごめんなさい、勝手に寝てしまって」

 

「いえ、先輩も忙しいでしょうし、まぁ、学生はそろそろ家に帰らないと、いい加減警察に見つかったりでもしたら補導されますよ」

 

俺はともかく、先輩はフランベルジュという凶器を持っている。捕まったら終わりだ。銃刀法に引っ掛かって逮捕確定。先輩は3月生まれだから今、17?普通に刑法に引っ掛かるには十分な年齢に達している。俺が面会にいかないといけなくなるし、というか、ついでに俺も捕まるから姉さんが面会に行かなきゃならなくなる。

 

「────────」

 

 

 

「白邪ぁぁ?あんな夜遅くに刃物を持ち歩く女性と二人っきりでナニをしていたんでしょうねぇ?この私が直々に面会に行ってやったんだけど当主の弟が警察に補導されたとか、どうやって始末をつけてもらおうかしら…………えぇ?ケジメとしてエンコ詰めますか?木のまな板と包丁ならいつでも用意出来ますよ?いや、エンコじゃ足りませんね。あなたのような脱落者の指なんか何の役にもたたないわよね、そうよね、じゃあブッ殺してあげるわ!葡萄?ちょっと白邪に麻酔ナシで内臓摘出してもらえるかしら?道具はノコギリで十分よ?はい、そこに固定して、林檎、蜜柑、檸檬、甜瓜の四人は白邪の両手両足をおさえておいて?まずはその前にその世間も知らない漢の証を私の自慢の脚で粉砕させて貰うわ。大丈夫よ、ハイヒールの踵の部分で精巣を二つとも踏み潰すだけよ。私ハイヒール履いたことないから下手に踏むかもしれないけど、そのときはそのときでね!」

 

 

 

ヤバい、目の前に姉さんの幻影が………ッ!

 

「中村くん?」

 

「はっ!!」

 

気がつけば、目の前には先輩がいた。

 

「どうかしましたか?」

 

「いえ、何も。なんか、余計な不安のこと考えてました」

 

後半はマジで震え上がった。メイド四人に押さえられながら姉さんの脚力にハイヒールを上乗せしたアレで俺の睾丸どっちも踏み潰すとか、マジで悪寒がした。

てゆーか、俺にとってどんだけ姉さん拷問大好きヤクザのイメージあるんだよ。

ヤバい、あまりの悪寒と恐怖で鳥肌立ってきた………俺のムスコが恐怖的な痛みを覚えてきた。

ヤバい、こんなこと考えたら本格的に帰りたくなってきた。

 

「今日はご協力、ありがとうございました、中村くん」

 

「いえいえ、どういたしまして。さて、それじゃあ先輩、帰りましょう!」

 

姉さんにバレる前に、警官に補導される前に─────

 

 

 

─────ドギャーン!!

 

 

 

「え?」

 

「え?」

 

突然、太くて大きな落雷と共に、大雨が降り始めた。

嘘だろ、さっきまで晴れてたじゃん。雨なんか、いや、雲なんかなかったじゃん。

それはいいとして、この雨ヤバい。冷たい、強い、粒が多いししかも大きい。

これ、川が危ないヤツ。つまり、

 

「ダッシュで帰りましょう!!」

 

先輩と二人猛ダッシュ。先輩は戦闘中の高速移動、俺は鬼人の力を使った高速移動で大雨の中駆け抜ける。

─────それにしても、運悪くね!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結果的に、俺たちは二人で先輩のアパートに滑り込むことになった。理由は簡単。あの公園からは俺の屋敷よりも先輩の家のほうが近かったから。

 

「ふぅ、やられたなぁ」

 

「大丈夫ですか、中村くん、今すぐ、タオルを持ってきますね…………」

 

先輩はそう言って、脱衣所からタオルを持ってくるべく、向こうへ行った。

 

「───────」

 

成り行きとはいえ、まさか先輩のアパートにお邪魔することになるとは思わなかった。

 

先輩の部屋は飾り気がない普通の女の子の部屋だった。俺と同じくらい、なんなら物が少ないぶんそれ以上に平凡な部屋だ。

そりゃあ逆にフィギュアとか飾ってあったら怖いわ。

しかし、平凡にしては平凡らしく、丁寧で整った部屋だ。セッティングは素晴らしいし、部屋も清潔だ。実に先輩らしい。

部屋は二部屋しかない。廊下にキッチンがついていて、六畳ほどのリビングは寝室と兼用。ベッドも白くて綺麗だ。枕が北に置いてあるのは最悪。今すぐ直しとこ。

鬼門方向に勉強机みたいなテーブルが置いてあるし、観葉植物が裏鬼門方向に置いてある。なるほど、この人、相当風水とか陰陽道とか知らないんだ。縁起もクソもないじゃんこの部屋。

 

「ふぅ」

 

しかし、それはそうとして、落ち着く部屋だ。俺にはあんな荘厳なお屋敷よりも、こんな狭くて粗末な部屋のほうがお似合いだ。

アパートにしては新築らしさがあって、意外と家賃高そうだ。

かちゃり、と扉が開いて、先輩がタオルを持って入ってきた。

 

「ふぅ、中村くん、どうぞ、タオルです」

 

「ありがとう、先輩」

 

あー、柔らか。気持ちいい~。こりゃ乾燥仕立てのタオルだ。乾燥仕立てのタオルよりも気持ちいいものこの世にあるか?

身体は拭いとくんだが、とにかく服がなぁ、上着が濡れている。中に着ていた服は濡れていないが、コートとカーディガンがびちょびちょ。そこにハンガーが掛かっていたのでそれに掛けておく。

あ、カーディガンの下に着ていたオックスフォードシャツまで濡れてやがる。まったく、酷い雨だ。窓は閉まっているはずなのに、外では大きな雨音と雷が響いている。こりゃあ、当分止みそうにないな。

 

「─────────」

 

困ったな。シャツの下、裸なんだよな。女の子の前で裸になるの結構抵抗あるんだが、まぁ、いいか。相手はクロエ先輩だし。

シャツのボタンを外して脱いでこれもハンガーに掛けておく。時間は掛かるだろうが放っておけば乾くだろう。

コートの次に濡れているのはズボンなんだが、さすがにそれ脱ぐのは無理なので自然乾燥で。

暇をもて余して床で横になっておく。

 

「雨、止みそうにありませんね」

 

先輩は両儀一派の制服を脱ぎながら外を見て言う。

 

「ですね」

 

先輩の方は見ずに、俺も外を見ながら返答する。本当にすごい雨だ。止むことを知らない豪雨。珍しいな、こんなに強い雨なのにこんなに長いこと降るなんて。

 

「中村くん、お茶飲みますか?日本茶ですけど」

 

着替え終わった先輩が言う。

 

「あ、いいんですか、じゃあいただきます」

 

床に置いてある背の低い机に向かう。お盆の上に湯飲みを置いて先輩がやってきた。

先輩は部屋着だった。めちゃくちゃ可愛い。見て、もこもこじゃん。俺もこもこ大好きなんだよ。女性のまるまるっとした感じが引き立てられるから好きなんだよね。

 

「では、いただきます」

 

熱いお茶を飲み込む。冷えた身体にほうじ茶ががつーんと来て最高に美味しい。

今さらだが、上半身裸の俺を見ても何も反応しない。よかった。人によっては着ろと言うからね。俺の姉さんとか俺の姉さんとか俺の姉さんみたいに。いつも風呂上がりに上半身裸の俺をみたら顔を真っ赤にしてぶちギレてくるんだよ、あの姉。

 

「中村くん」

 

何事もなく、先輩は話しかけてきた。

 

「はい?」

 

こちらも、何事もないように応える。

 

「雨酷いですし、今日、泊まっていきますか?何もないですけど」

 

「─────────」

 

マジで?先輩の家に泊まっていいの?

よっしゃ、チャンスだぞ白邪。俺と先輩の距離をさらにさらに縮めるチャンスだ。

先輩と今朝の夢みたいに…………じゃなくって、先輩との交流を深める絶好の機会だ。逃してたまるか。

 

「─────────」

 

だが。

 

 

 

「白邪~?」

 

 

 

ヤバい、姉さんの遺影、じゃなくって幻影が…………ッ!

 

ああぁぁぁぁどうしよぉぉぉ、泊まるか泊らないか、いや泊まるに決まってるだろ。

 

「はい!泊らせてください!お願いします!」

 

「はい、それではごゆっくり、お風呂の準備してきますね」

 

よっしゃ、交渉成立。いや、しかし、だがどうやって姉さんに弁明するか。

昨日夜の町をうろうろして今朝姉さんに殺されかけたところだぞ。昨日の今日で外泊なんてしたら本気で姉さんのローファの爪先で睾丸を潰されかねない。

 

ダメ元で家電に電話掛けてみるか………?

幸い携帯電話は持っているんだし。

電話に出る可能性が高い人物は姉さん、林檎、葡萄、蜜柑さん、檸檬、甜瓜さんの計六名。

 

姉さんが出たら終わりなのは言うまでもないとして。

蜜柑さんは絶対「絢世さまぁ!白邪さんは童貞卒業式だからお泊まりされるそうです!」と言うに違いない。

檸檬が叫び出すのは目に見えている。

 

六名のうち三人がハズレ。二分の一の確立で終わる、か。

50%の望みに俺の生命安全を懸けるのは少々懸けに出過ぎているか?

だが、泊ろうと思えばこれしかない。

50%の幸運を祈る。

携帯電話を開く。家電の番号を打ち込む。

頼むから林檎か葡萄か甜瓜さんに出てくれ。とくに寡黙で無感情な葡萄だとなお良し。

 

コール音二回、ぷつ、と音がして電話の相手が家電に出てきてくれた。

 

「はい、中村です」

 

「───────────」

 

どうやら俺は相当の悪運持ちのようだ。

二分の一どころか、一番引いてはいけない六分の一を引いてしまった。

 

意気揚々と電話に出てきた姉さんの声を聞いて、俺は正真正銘、終わりを確信した。



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白月姫

 

「ふぅ…………酷い目に遭った…………」

 

さっき姉さんにぶちギレられたところだ。姉さんがどれほどの大声を出していたのか、携帯電話越しに何を言っているのかまったく聞き取れなかった。

多分どっかでFuc○ You的なことを叫んでいたのは聞こえた。

どうしよう、このまま先輩の家に居候しようかな。

まぁ、そんなことしたら俺は100%ヒモニートになる気しかしないし、何より、性に対して健全な関わりを持つべき男子高校生としての生活を放棄する可能性があるため、それは選択外として。

 

「まったく、何で俺ばっかり…………」

 

姉さんがなんであの異常な速度で電話に出れたのか不思議でしょうがない。

もう日付は変わっているのに、深夜12時半に電話に出る夜更かし当主とはなんだ。自分は起きてもいいのに俺は駄目だとか、なんだいそら。

ちなみに、夜更かししたことについてめちゃ怒られたものの、泊まることについてはぶちギレられなかった。さすがに車軸が如し雨の中、数キロ離れた屋敷まで歩いて帰れというほど、うちの姉は鬼ではない。

なので、どこに泊まるかは言わなかった。多分帰ったら訊かれるから、その時は紀庵の家に泊まったということにしておこう。

 

「────────」

 

んで、今は一息ついてお風呂を借りたのだが、二番風呂というだけあって、さっきからまったく落ち着けない。

残り湯、使用後のバスタオル、なんなら脱ぎたての下着。

かろうじて理性を保っているのが奇跡としか言いようがない。さっきからずっとドキドキしている。こんな感情を持ってはいけないとわかっている。

俺はあくまで、雨が酷いから泊まることになっただけなのに。ただ、これは先輩の思いやりっていうだけなのに。

 

「はぁ………………ぜんっぜん駄目だな、俺」

 

抑えなきゃってわかっているのに、溢れる感情が抑えられない。

そうだ。俺にとって、これは珍しいことなんだ。誰かを愛するなんてことは、中村白邪には今までなかったことなんだから。

 

「─────づっ……………!!」

 

首筋が軋む。発汗が止まらない。呼吸が荒くなり、体熱が放たれて、とにかく溶けるように熱い。だが、止めている場合ではない。

 

「はぁ………はぁ………はぁ………ッ!!」

 

かれこれこれで三回目の射精か。

ようやく、朦朧としていた意識が復帰してきた。

 

「あぁ………つっかれた…………」

 

脱力感が半端じゃない。ここ1ヶ月ぐらいコレが来なかったから、身体が慣れていない。

俺がこうして自慰行為をしていたのは性欲の発散ではなく、反転の予防だ。

俺はこうして、定期的に渇いてくる。この渇きを潤すために、鬼人の血を調節してそしてこうして抑えるかわりに他のものを吐き出して俺は理性を保っていた。

なにかを抑えるためには、なにかを使わないといけない。俺にとってそれが鬼人の力だ。

俺がさっき、廃工場を破壊したのは、俺の理性が焼け切れたとき、それを抑えるために使っていた鬼人の力が解放されて本気が出せたんだと思う。本来はあれが普通で、俺は自我を保つためにあの強大な力のほとんどを自己保存のために消費していたわけだ。

俺は血も必要なんだが、今回は足りなかった。最近は身体を酷使しすぎたからか、今まで以上に理性が保ちにくくなっていた。だからこうして最後の手段、自慰行為を利用して余分なものを吐き出していた。

 

「けれど」

 

この渇きは、どこから来るのだろう。

どうして俺は渇きを潤すために射精するのだろう。まるで意味がない。

なんで取り入れたいがために外に出すのだろう。行為がまるで矛盾している。

俺は、何をしているんだろうか。どうして、自慰行為を渇きを潤すために。

先輩の家は水道も通っている。お茶もある。風呂から上がれば飲めばいい。なのに。

欲が溜まった………?いや、そんな筈はない。あまりにも説得力に欠ける説明だが、そんなことでできるなら、俺はあの夢をみた今朝早速やってたはずだ。説得力皆無だけど。

 

鬼人の力を使っても足りない、もしかしたら、俺は鬼人の反転をこっちで防いで、まだ抑えられない【他のなにか】に鬼人の力を使っているのだろうか。

 

「いや、まさか」

 

そんなこと、考えたくもない。今はただ、風呂に浸かることだけを考えよう。こんな胡乱な頭で考察なんかしても時間の無駄だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────まず、こっちが(ロア)のほう、そして、そっちが魔人のほう。わからないわね、魔人がロアだったら納得だったんだけど、そういうワケでもないのね。これはどういう分類なのかしら。私が見てきた死徒たちの中で、こんな類いは見たことがない。吸血鬼になった■■族はよく見かけるけど、いずれも吸血鬼の【血】に負けている。その吸血鬼の血を上回る血を持っているなんて、どんな強力な■■族なの」

 

教会の奥の部屋には、一人の女がいた。

言うまでもない、金髪のシスター、ルージュ・アスナロ。

真夜中の教会は驚くほどに真っ暗で、破壊されたことによって吹き抜けになっている天井から射し込む月明かりだけがそこを照らす。

はずだが、今日は生憎の雷雨。月が見えるはずもなかった。

礼拝堂に吹き込む雨風。ギリギリ屋根が崩壊していない場所でアスナロは作業を続けていた。自身が追い続けている吸血鬼、ロアを倒すために。

 

「────────」

 

ふと、礼拝堂の入り口が開かれた。外から人が帰ってきたようだ。

 

「あら、おかえり。ずいぶん時間掛かったのね。相当今日は忙しかったのかしら」

 

その主は答えない。ただ、無感情に、腰から吊るした剣を抜き、構える。

その様子を見てもアスナロは動じない。むしろ、「やっと来たか」と、抵抗の意志とら別の意味ですっ、と身構える。

その様子は上品で、淑やかな、花が咲くような動作だった。

 

「そう、ようやくその気になったのね。アナタの狙いは私でしょ?にしても、随分と面倒ばかり作ってくれたわね。まさかあの【ロアを庇う】なんて。自分が何してるのかわかってるの?ホントはロアを仕留めるのに2日と掛からない予定だったのに、アナタがロアを逃がし続けてくれたお陰で、半年以上もロアを探す羽目になったわ」

 

アスナロは武器ももたず、その両腕を構える。ロアと対峙したときの、その華奢な身体から放たれるとはとても思えない豪快な豪腕を振り回す気で満ちている。

 

「けれど、それももう終わり。アナタが自ら首を差し出して来たんだから。半年もよく隠し通したわね。お陰で、現界時間が長くなったせいで私もだいぶ弱体化しちゃったから。アナタの企みに気づいたのが一週間前なのよ、私もかなり鈍ったものね。自分の服に纏わりついた火の粉にすら気づかなかったのだから。それより、その血を一滴残さず埃のように撒き散らす前に、訊いておきたいの。アナタ、なんで私を狙ったの?ロアの差し金でもないんだから、ロアを守るためでもないんでしょう?」

 

「───簡単なことさ。君を封印すれば、これからの死徒殲滅が楽になるからさ。君を捕らえ、封印したあと、聖堂教会が誇る最強の対死徒兵器として仕立て上げる。その程度の能力が、【俺】にはあるんだ。ロアのことに興味はない。あんなヤツ、放っておいても死ぬシマリスだ。君を捕らえたら、ささっと潰しておくよ。君を連れるためには、ロアの存在が必要だっただけさ。だって君、ロアを倒すためにしか動かないんだろう?ロアを殺したら、君はもう一度、その身をあの城に封じて、二度とこの世に降りてこない。ならば、チャンスはロアが生きている間だけ。ならば、必然的にロアは守らないといけない。ロアを守っておけば、君と接触する機会ができて、そして君も弱体化していく。ロアは君をおびき寄せる餌でしかないんだよ。あんなものは後で適当な代行者に潰してもらうよ」

 

「─────────」

 

「俺は君を封印したあと、俺の兵器になってもらう。いわゆる、使い魔とマスターの関係性だ。最強の使い魔である真祖を手にした時、俺は真の意味で最強の代行者となる。いや、それはどうでもいい。とにかく、君を手にする目的は俺の一方的な企みじゃあない。ただ、この世の吸血種を消し去るための武器にしたいだけさ。悪い話じゃあないだろう?」

 

「いいえ、お断りよ。アナタなんかにこの身体は渡さない。ロアを仕留めて私は消えるわ。人間の世界に興味はないの。──私は、システムでしかない。吸血鬼を処断するための処刑刃(ギロチン)。吸血鬼が現れたらそれを消す。また現れたらそれをまた消す。それが、私が【造られた】目的。それ以上のことはなにもしない」

 

アスナロは機械的に、言い切った。

花らしさは一気に枯れ、そこにいるのは、朱い無感情な瞳を掲げた、ただの機械。

 

「そうかい、それでこそ、それでこそさ!君に必要なのは人間性じゃあない、その存在意義に固執する、れっきとした機械(オートマティック)性!楽しかったよ、アスナロ!君と過ごした日々は楽しかったさ、ようやく、ルージュ・アスナロを捨てたのか、アスナロという人間を捨てて、君は今、本物となった」

 

「────呆れた、埋葬機関には、ろくなヤツが居ないのね、エセキエル。いや、今となってはヨエル。もう死んでいるというのに元気なのね、あの日からずっと」

 

アスナロは、若草色のストラマントをかけたライム色の髪の男に言う。

 

「───名前、覚えていてくれたんだね。俺が眠いと偽って永遠の眠りについたあの日から、名前を変えて、姿を変えて、一人称も変えて生きていたのに、君はまだその名前を使ってくれるんだね。俺はまだ君に感謝している。あの日、俺が弱りに弱って、死にそうなときに「眠い、寝る」と言ったときに、君は優しく俺を死の床に寝かしつけてくれた。あの時は、正直殺意が薄れた、とだけ言っておくよ。…………どうせなら、君はルージュ・アスナロのままでいて欲しかったんだけど」

 

エセキエルは笑いながらも、悲しそうな顔をする。

 

「さぁ、天気は最悪だが始めようか、これぐらいの時間が経てば俺らはほぼ互角。最新の錬金術師として引導をあげよう、尋常に勝負だ、【アルクェイド・ブリュンスタッド】!!」

 

エセキエルはその手に持った装飾剣を振りかざし、一直線にアルクェイドへと斬りかかる。

 

「来なさい、エセキエル、元埋葬機関第七位───!!」

 

アルクェイドもその鋭い爪を振りかざして、走ってくるエセキエルを迎え撃つ。

 

俊足で迫る疾風(はやて)雷霆(いかずち)が狙う。

嵐に揉まれる礼拝堂。雨にさらされ、風に吹かれ、雷に覆われ。

翠と金の疾風迅雷。

 

───方や死して尚もまだ生き続けた元埋葬機関の代行者。

───方や死する事を知らず生ける無敵たる真祖の吸血鬼。

 

出逢(であ)いは一秒にして最後の相瀬。

決別(わか)れは一瞬にして最期の渡船。

 

 

「そおぉらぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「うおぉりゃぁぁぁぁ!!!!」

 

刃と爪が、けたたましい激鐵音を立てて、火華と共にぶつかり合う。

その世界滅亡を告げる災害どうしの激突による衝撃で、礼拝堂に残っていたベンチが一斉に吹き飛び、ステンドグラスが一斉に砕け散った。

女神像に亀裂が入り、真正面に倒れた。二人が立つ地面は一瞬にして陥没し、ただでさえ倒壊寸前だった礼拝堂はより一層その痛ましさを極める。

もはや礼拝堂は原型を止めていない。そこは教会というより、魔王の城の最上階。勇者と魔王が1対1でぶつかり合うあのシーンを彷彿とさせるその一瞬の始まり。

暴風と大雨吹き荒れる中で二人がぶつかった瞬間、外では確かに、巨大な落雷が起きた。

白く光る外の景色。吹き抜けになって、さらに壁もほぼ壊れたために、その落雷による明かりは一番の灯りとなった。

 

────その中で彼等は確かに笑っていたはずだが、雷を背に浮かぶその顔は、どちらも笑顔ではなく、敵に向かう戦士が叫ぶ顔だった。

けれど、それは、とても楽しそうだった。

 

世界最小の混沌、此処に在り。

最強の代行者と最強の吸血鬼の闘いの火蓋が切って落ちた。



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創造者

 

乙黒教会で起きているこの闘いは、まさに世界崩壊のサイレンだった。

災害そのものであるエセキエルとアルクェイドの激闘は熾烈を極めていた。実に五分間にわたる激闘だが、未だに決着が着かない。

鍔を迫り合わせながら、鎬を削るまま、両者の闘いは続いていく。

それでも、もし事態に甲乙を付けるというのなら、アルクェイドの方が優勢だった。

 

アルクェイド・ブリュンスタッドは本来星をも滅ぼすほどの力を持っており、この地球という環境においては、全存在において最大級の存在規模と絶対的権能を持っている神のような存在だ。

南極や北極の氷を溶かし尽くすことは用意だし、大陸間でピンボールやパチンコをするほどの力も有している。その気になれば、この惑星の自転すら停止させることができる。

しかし、そこは現界した吸血鬼。権能もロアに盗まれ、弱体化した今、アルクェイドの出力は制限されている。そもそも、アルクェイドそのものは本体ではないため、元から力は本体であるブリュンスタッドには劣る。

それでも、その存在規模は相手の1ランク上に設定されている。

エセキエルの闘級の相対的な1ランク上に設定されている以上、純粋な力比べでエセキエルに勝算はない。

エセキエルはアルクェイドが弱体化するタイミングを狙っていた。それが今日だったのだ。なぜなら、アルクェイドは現在最弱の状態。権能や存在規模の調整、空想具現化の使用を難する状態に追い込まれたところで、あくまでもエセキエルは、アルクェイドに防戦をけしかけることしかできないのだ。

つまり、この状態が、エセキエルにとって一番【マシ】な状態なのだ。

アルクェイドに対する勝算は、この星の存在である限りはゼロ。

そのゼロをイチに持ち上げるための時間稼ぎ、やはりエセキエルとアルクェイドでは、相性が悪かったのだ。

エセキエルの能力では、アルクェイドを捕縛するのは愚か、そもそも倒すことすらほぼ不可能に等しかったのだ。

 

「ハァッ!!」

 

「まだよ、どうしたの埋葬機関、そんなものじゃないでしょう!」

 

エセキエルは当然のように、苦戦を強いられていたのだ。

エセキエルが持つ黒鍵には当然数がある。在庫は現在限りなく少ない。ありったけの黒鍵を集めても、アルクェイドに対抗するには武装が不十分であり、そもそもアルクェイドに対する武装として黒鍵はあまりにも弱小すぎた。

性能では絶対に勝てないアルクェイドを仕留めようと思えば、惑星規模の最強武器を担ぐしかないのだ。

 

「凄いな、気分が悪くなるくらい正確に一段階上に設定されている。相手を変えるだけで存在規模が変動するなんて、こんな相手は見たことがない」

 

エセキエルが用意した700本の黒鍵は悉くアルクェイドに粉砕され、残されたのは僅か40本。あとがない。

 

「まだまだ─────!!」

 

しかし、だからといって出し惜しみなどしない。40までしか在庫がないとしても、そこで勿体ぶることはしない。続けて際限なく黒鍵を投げつける。

 

「燃えろ!!」

 

一度に投擲した25本の黒鍵により、エセキエルの正面が大爆発を起こす。

しかし───

 

「うぉぉぉ!!!」

 

「さすがに、厳しいかな…………!!」

 

爆発の中からアルクェイドが勢いよく飛び出てくる。

残された黒鍵は15本。

 

「エセキエル!!」

 

アルクェイドの渾身の一撃。狙い済ました岩をも穿つ強烈なボディ。

 

「─────っと!!」

 

黒鍵を強化しながら8本構えてそれを防ぐ。しかし、その程度で一撃は殺せない。一気に遠く遠くへ弾き飛ばされる。

 

「────は………!!」

 

地面に足を着けて勢いを殺して着地する。

しかし、すぐにアルクェイドの追撃が襲ってくる。

 

「─────ここだ!!」

 

エセキエルは余った7本を一斉に投擲した。

稲妻のような魔力を纏った黒鍵は一直線にエセキエルに突進するアルクェイドの周囲の地面に突き刺さり、簡易敵な術式を構成する。この術式でアルクェイドを停止させ、足止めをしたところを、強烈な一撃で落とすとエセキエルは考えた。

策は完璧。術式じゅうに張り巡らされた光がアルクェイドを縛り上げる。

 

「──────な!?」

 

アルクェイドは少し焦りを見せた。

油断したアルクェイドを停止させる術式の光。

 

「いっけぇぇ!!」

 

装飾剣を構えてエセキエルはアルクェイドに斬りかかる。動けないでいるアルクェイドを落とすなら、今が最後のチャンス。エセキエルがなけなしの7本、ラストの黒鍵で作ったこの絶好の好機を逃すものかと止めを刺すべく、全力を尽くして走り出す。

 

だが─────

 

「効かない!」

 

術式は跡形もなく破壊された。アルクェイドが何かしたわけでもない。ただアルクェイドには魔術が通用しないだけ。

 

「そんな……………!!」

 

アルクェイドは自然の権能の象徴たる存在。星の触覚であるアルクェイドには、自然摂理によるダメージは全面的にカットされる。魔術もまた然り。魔術や自然による干渉はすべて防がれるのがアルクェイドの特性だ。アルクェイドに傷を付けるなら、自然からは独立している人間文明による致命的攻撃か、あるいは日単位をかけるような大魔術しかない。

よって、この攻撃は無効。エセキエルの努力と賭けは失敗となった。アルクェイドを止めるには、エセキエルは明らかに実力不足だった。

 

「とどめ─────!!!」

 

アルクェイドの腕が突き出される。エセキエルには対抗手段がない。

防ぐ武器装飾剣しかない。しかし、正面から全速力でやってくる砲弾を爪楊枝で防げるわけがない。

アルクェイドの渾身の一撃は、装飾剣1本ではとても防げやしない。エセキエルの抵抗は、ここでは意味を成さない。

 

しかし────

 

エセキエルもエセキエルで、窮地を幾度となく潜り抜けてきた最強の代行者の一人。

死中に活を見いだしてきたこの男に、未だ敗北の色は見えてはならない。

エセキエルは、この相手を捕らえるために代行者としての人生を費やしてきた。

ヨエル、即ちエセキエルは二十七祖を討伐したことがない。

それは、エセキエルが未熟だからではなく、運がなかったわけでもない。

それはただ、彼はアルクェイドに対してしか、力を発揮できないからだっただけのこと。

アルクェイドを封印するためだけに力を着けた代行者、エセキエル。

対アルクェイド最強として生きてきたこと男が、ここで諦めてはならない。ましてやこの場で早々に敗北を期すことなど、星が滅んでもあってはならない。

エセキエルが代行者になってからも隠し続けた、アルクェイドのためだけの秘蹟、最新最強の錬金術師としての力、その真価が、今、鎖と柵(しがらみ)を振り払い、満を持して解き放たれる。

 

「───理導/開通(シュトラセ・ゲーエン)

 

エセキエルの身体から黄緑色の光が放たれ、その雷(いかずち)は轍(わだち)となって、降り注ぎ、周囲が一斉に大爆発を起こす。

 

「────きゃぁぁぁぁっ!!!」

 

衝撃的、かつ唐突な初見殺しに反応できず、アルクェイドは無傷のまま、勢いよくエセキエルから遠くへと吹き飛ばされた。

教会付近はさらに爆発を引き起こし、石畳は一斉に破壊される。瓦礫が一斉に空高く舞い上がる。

今の流星が落下したような爆発による煙が止んだあと、教会の門と柵、そしてその周囲一帯の庭園は跡形もなく壊れてしまった。

 

 

焼け跡から、一人の男がやってくる。

ライム色の髪と、肩から羽織ったストラマントは相変わらずだが、今度は長さが違う。エセキエルは、肩回りまでのショートヘアだったが、今度は脚にまで届くロング。絹のように美しく滑らかな髪質。

中から現れた男は真っ黒なカソックを脱ぎ捨てる。

中から現れた、真っ白な装束。儀式服でもない、平凡な、綺麗な白布。ただの白Tシャツを着て白いズボンを履いただけの彼は、もはやエセキエルとも呼べないほどの別人だった。

 

「ようやく本気になったのね、フィエルォレイン」

 

アルクェイドは嬉しそうに笑っている。

好奇心が皆無なアルクェイドだが、初めて見たソレに心を奪われている。

 

「凄いわ。神話の兵器をこと細かに再現したホムンクルス、か。良くできているわね。真に迫るほどの力を有しているのは間違いないわ。フィエルォレイン、アナタ、生前にどれほどの研究をしたの?どうやって、そんな恐ろしいホムンクルスを作ったの?その精度、メソポタミア神話に登場した天の鎖エルキドゥほぼそのものじゃないの。【まったく同じものを造る】なんて、それは魔法に近いことなのよ。根源に無理矢理触れようとしたのかはしらないけど、どういうつもりかしら。わたしを狙うとは別でアナタはおかしくなるわよ」

 

「ご忠告ご苦労さんっと。残念ながら、俺は【造ること】にしか興味がない。根源には興味なんかない。そんなこの世の理屈を調べるなんて暇人のやり口だし、そんなこと調べたところで、この世の狭さと非道な運命を知って気が滅入るだけだろう。それから、俺はあくまでも【神】たる真祖である君を捕らえる為に神をも縛る神話の拘束具であるエルキドゥを造ってみただけだ。造ったのならば意味がない。いいかい?アルクェイド。同じものを造るってことはな、オリジナルでないといけない。だから【原点の複製】は魔法なんだ。原点を複製しては、原点などではない。それがこの世の摂理であって、時というルールに守られた絶対の決まりなんだから。前に存在していたものを複製したところで、複製であるなら、モデルがあるならそれはオリジナルとは言えない。魔法二つを会得しても実現は無理だろうね。並行世界を超えて、なお時間を超えても、それでもやはりこれは実現できない。やる気なら、神話や童話の具現化とかかな。それじゃあ、魔法が三つ要るかな?まぁ、六つ目の魔法の候補とも言えるくらいのコトだ。俺なんて言うこの世の削り粕にしかならない存在にできることじゃない」

 

「─────────」

 

「だいたい、英霊を使い魔として実体化させる方法はこの世の魔術では不可能だ。それができたら、俺はこんなに苦労しないさ。自分で造ったホムンクルスに自分の魂を(なげう)ったり、これほどの対価があっても、戦闘兵器にしかなれなかったんだ。英霊の使役召喚があればそれ派生させて英霊を憑依させることもできたが、残念ながらそんなゴーストライナーじみた事はできない。錬金術師にできることはここまで。所詮俺はエルキドゥっぽいものを造った錬金術師でしかない。確かに、この世で一番近い存在を造ったとは自負しているけど、それにも程度ってのがある」

 

エセキエルは悲しそうに顔を伏せる。

 

「要するに、アナタが造った人形はオリジナルのエルキドゥに届かなかったってワケね。神とも呼べるほどの権能を持つ真祖、その一端であるわたしを捕らえる為に天の鎖を再現しようとして」

 

「その通り。俺は【エルキドゥと同じ】ものを造れなかった。だけど、そんなにがっかりしないでくれ。俺も大概残念だけど、代わりににもできたことはある。俺はね、同じものを造ろうとしたのに、それが果たせなかった。同じものを造るには、同じ時間帯で同じ者に創造され、同じ場所で同じ個体の同じ素材からできた同じ個体でないといけない。俺は、オリジナルを造ろうとしたが、できなかった、その理由は同じものを創造する鉄則を果たせなかったから」

 

「…………どういうこと」

 

「いいかい?俺にもよくわからないけど、俺はこれでも、ここまでエルキドゥに近いものを造ったんだ。同じものを造る鉄則ぐらい心得ている。

 

一つ、オリジナルと同じ個体番号でなければならない。

 

二つ、オリジナルと同じ製造期でなければならない。

 

三つ、オリジナルと同じ性能でなければならない。

 

 

 

そして最後の四つ、【オリジナルを越えてはならない】。」

 

「────まさか、冗談でしょ」

 

初めて、アルクェイドの顔が唖然としたものになった。

 

「僕はね、エルキドゥを造ろうとしたら、エルキドゥを越えるモノを造ってしまったんだ。どれほど極めようと、製造した個体の番号も、素材番号も、製造年を違うし、ついでに性能も同等ではないのだから、本物には程遠いのさ。オリジナルを越えるのは誰でもできる。新しく造るだけで古流(オリジナル)を越えているんだ。ほら、すぐにできる。だからオリジナルは再現できないんだ。新しく造るから、絶対にオリジナルを越えてしまう。不器用にも下回ってしまうことはあっても、どこまで頑張って再現しようが、オリジナルを越えてしまうんだ。それが、一番厄介なんだよね。アルクェイド、まさか下回るモノを造ってきたとは思っていないよね?」

 

「嘘、嘘よ。偽物はオリジナルに絶対に届かないはず、それが、この世のルールなのよ?」

 

「だからさ、これは偽物なんかじゃないくって、再現しきれなかっただけの上位互換品なんだ。存在規模や価値(ランク)ではオリジナルには負けるが、性能そのものには影響は与えない。強化させずして、人類史はあるもんか。産業革命だって、人類における性能差を以てしてオリジナルを越えるという技術の飛躍なんだからね。進化を続けて繁栄していく人類の流れとその自然からの独立ぶり、星側である君には到底理解できないだろうね。人間はもう星から独立しているんだ。既に自然現象の空間を超越した地球の生命としてのまさに終末的存在、君の空想具現化も人類史には干渉できないだろう?そういうことだ。人類は同じものは造れないが、それを越えるものは造れる。これが人類の持つ、飛躍と改良、そして研鑽の力。つまり、」

 

エセキエルの周囲の空気が揺れる。

エセキエルがいつも肌身離さず羽織っていたライム色のストラマントがたなびく。

エセキエルはその布に手をかけると、勢いよく脱ぎ捨てた。

 

「────原点を超えてこそ、人類の威厳というモノだってことさ!!」

 

ライム色の布が輝きを持って光り始める。

ただの平たい布が独りでにカタチを変えていく。

 

原位/確立(フォイエル・シュナイダー)!汝の肉体は、俺の肉体と共にあり!汝の影、我が影と共にあり!さぁ、出でよ、俺もあんまり知らない幻獣よ!!」

 

膨らみ、広がり、そのライム色の布は獣のような姿に変貌する。

エセキエルは、布を【元に戻した】のだ。

エセキエルのマントは、この幻獣の皮から造り出されたモノであり、エセキエルは幻獣を召喚したのではなく、その布を元の姿に戻したのだ。

理導/開通(シュトラセ・ゲーエン)原位/確立(フォイエル・シュナイダー)を利用した理通式(オーバーホール)は錬金術においては基礎とも言える。

 

「━━━────!!!!」

 

野獣の咆哮が響く。

焔のような翼膜を持ち、蛇のような緑色獣。王冠そのものとも言える冠羽を立てた、巨大な竜。

 

「おー、バジリスクか~!こりゃ強そうだわ!」

 

エセキエルが自身の目の前に居る建物1棟ぶんの巨大な竜を前に歓喜している。

 

「まさか、そんな─────!!!」

 

アルクェイドが必死にバジリスクの視界から外れるべく教会の裏にある森に逃げ込む。それもそのはずだ。

 

「さすがは真祖の姫。いち早くその対策を講じるとはね、だけど、容赦はしない。がんばれバジリスク!終わったら近江牛あげるからね!」

 

「━━────!!!」

 

エセキエルがバジリスクの頭に乗ると、バジリスクは雄叫びを上げて、森の中に飛び込んでいった。

 

「なんだ、バジリスクって案外賢いんじゃん。一瞬俺のことも襲ってくるかと思ったら、そんなことないな。俺がマスターだってのがわかっているのかな?まぁ、そんなことどうでもいい。…………とりあえず、コイツに見つかったら終わりだよ?アルクェイド」

 

エセキエルはこうは言っているが、あのアルクェイドが見つかっただけで終わりなど、あり得ないはず。

だが、アルクェイドはいち早くこの存在の危険を察知した。それは正真正銘、アルクェイドにとって、天敵とも呼べる存在が現れたということ。

 

無論、バジリスクの持つ【魔眼】は誰でも知っているだろう。怪物メデューサの石化の魔眼と同等かそれ以上の知名度を誇るその魔眼。

 

【見た】だけで相手を殺すことができる魔眼であり、その効果は【バロールの魔眼】と全く同じである。

この魔眼は、魔術世界では様々な呼ばれ方があり、バジリスクの魔眼と呼ぶものもあれば、バロールの魔眼と呼ぶものもある。

それとは別で、魔術世界限定の呼称がある。

 

 

────その名も、【直死の魔眼】。

 

 

「────【今度こそ】、必ず捕らえてみせる」

 

 

エセキエルの脳裏にあの日の出来事が映る。

燃える街、転がる死体。逃げる人々、逃げ遅れて死んでいく人々。

その街は死都だった。逃げたら死ぬ、そこに留まれば死ぬ。そんな死ぬことしかできない絶対死の都市。

 

死徒によって引き起こされた大喰らい。

エセキエルは全てを覚えていた。自分にはなかったはずの吸血衝動。感じたことの無い不可思議な渇き。

それを潤すために、自らの手で葬り去った数多の住民。

殺したくなかったのに、勝手に動いた手で、魔術を習ってもいなかったのに、手から放たれた雷霆。

当たり前のように錬金術師として生きていたら、自分は吸血鬼と一体化していて。

自分は、大切にしていた家族を殺して。

自分が棄てていたはずの自分は、もうどこかに消えていた。

だから、やりたい放題だった。

フィエルォレインはホムンクルスの鋳造を得意とする錬金術師として、人間とまったく同じモノを作るために、自己というものを放棄した。

自身の魂を投げ捨てて作り出したホムンクルスならば、人間と同じものを造れるのだと。結果的にエルキドゥ、神話の世界で最もヒトに近づいた創造物を参考にして、エルキドゥそのものを生み出すべく、努力と時間を費やした。

だが、結果は何もできなかった。人間の自我をホムンクルスという器に詰め込むことは不可能だった。人形に人間性を覚えさせるのは、骨をいくら折っても足りないほどの難儀だった。しかも動かなかった。

人形は人間にはなれないことを悟り、フィエルォレインは最後の手段に出た。

自分を人形にしてしまえばいいのだと。

ここにフィエルォレインという人間がいるからフィエルォレインという人形しかつくれないのならば、フィエルォレインといあ個を棄てて人間を造ればよいと。

彼はそのために全てを投げ捨てた。その結果がこれだ。

悪魔(ロア)に魂を売ってしまったために、自身の街が、死の都になった。

 

悪魔(ロア)という名前の悪魔と、彼は禁断の取り引きをしてしまった。その結果を得て、彼は確かにフィエルォレインという人間を鋳造した。

だが、

 

「結局、なにも残らなかった」

 

あのホムンクルスは動かなかった。

彼に残ったのは、数えきれないほどの罪。フィエルォレインという人形に人間性を覚えさせただけで、結局、自身は人形のまま、たくさんの人の命を奪った吸血鬼になって。そのフィエルォレインという人間も、目覚めることはなかった。

フィエルォレインはそこで、唯一、自分は人形であるという誇りを失った。それすらも、棄ててしまった。

 

(消えなさい、ロア)

 

あの瞬間に、彼は終わりを迎えた。全速力で自分の胸に飛び込んできた小さな少女の白く細い腕。胸を貫かれ、心臓を抜き取られ、肉体の外に出た血管から伸びたその心臓を両手で潰されたあの瞬間。

彼の中に、決意のようなものが生まれた。生まれて初めて、手に入れた、【生き甲斐】というもの。

それは、その美しい手を、あの金色の髪を紅い金瞳を、自身のものにすることだった。

女が欲しかったわけじゃない。友達に飢えてていたわけじゃない。何かが欲しかったわけじゃない。

ただ、アルクェイド・ブリュンスタッドという真祖を封印することだけが、己の目的だった。

吸血鬼を確実に滅ぼすためとか、それはやはり、単なる言い訳、正当化に過ぎなかった。

自身の初めてやろうとしたこと、それが、偶然、あの時に感心したモノだったからだ。

アレが創造物であることは、彼が一早く気付いていた。アルクェイド・ブリュンスタッドは人間ではないと。吸血鬼の父と母の間に生まれた子でもないと。

アレは創造物。他の吸血鬼によって開発された最強の兵器。

それがなぜ、こんなにも人間らしく美しい生きものなのか。なぜ、こんなにも良くできているのか。

なぜ、ここまで違和感なく人間を表現できたのか。

なぜ、ヒトという雛型を、ここまで正確に造り出せたのか。

それが、知りたかった。興味を持った。アルクェイドというこの世でもっともヒトに近い創造物を見て。

アレが、自身の造りたかったモノなのだ。

 

───それだけが、(エルキドゥ)の成し得たかったことだった。

 

 

─────あの瞬間、動かなかったはずの人間が、ゆっくりと、物置奥から立ち上がった。

 

 

「そうだ、俺は、必ず、僕の心を取り戻す────」

 

彼は静かに、そう呟いたあと、自身の乗る竜を率いて、彼女の待つ森の中へと入っていった。





錬金術師が生み出した最強のホムンクルス

エセキエル
性別 男性
身長 179cm
体重 59㎏
誕生日 12月24日
血液型 B型
好きなもの 寝ること
嫌いなもの せっかち屋
特技 剣術、ロングスリーピング、ショートスリーピング
武装 黒鍵、理通式(オーバーホール)、幻獣バジリスク、天の鎖


元埋葬機関第七位。本名はフィエルォレイン。もともとは名の通った錬金術師が「人間を造る」という目標を以てして、神話世界で最もヒトに近い創造物であった天の鎖、エルキドゥを目指して生み出されたホムンクルスである。しかし、どうしてもエルキドゥの性能を越えてしまい、オリジナルと同等の性能に近づけることができず、さらに、人形に人間の心という機能を取り付けることは不可能だった。そのためロボットのように動く、ホムンクルスとしての機能をつけていなかったその人形は動くこともなかった。

製作者である錬金術師、フィエルォレインは人造人間を完成させるためにミハイル・ロア・バルダムヨォンと魂の取り引きをしてしまったために15代目転生先となってしまい、街を食い荒らした。
アルクェイドが処分するためにフィエルォレインを殺害した瞬間、彼はアルクェイドの人造ながらの恐るべき完成度に心を奪われ、その純度の高い【作品】を手に入れることを生き甲斐と定めた時に生き甲斐という人間独特の感情を得た反動で不完全な人間の雛型としてフィエルォレインの記憶を引き継いで目覚めてしまう。
その後はアルクェイドを捕らえるためだけに改造を施し、改良を繰り返し、対真祖兵器となる。

その後、縁あってナルバレックが人間へと昇華されたホムンクルスの存在を確認しスカウトしたことで、埋葬機関の代行者、エセキエルとなる。人間文明や、自然現象にによって生み出された真祖を次々と瞬殺していき、対真祖兵器としての性能と戦闘経験を貯めていった。

そして、ロアの転生先だったという縁から、次なるロアの転生先を解明し、ロアの処分に向かっただろうアルクェイドを捕らえるべく乙黒街へと向かう。
時間経過でアルクェイドを弱体化させるためにロアを半年間も保護し続けた。
この時、ロアを討伐するために乙黒派遣された代行者チームを排除するために自ら電源をオフにして眠り、代行者チームをわざと見殺しにしてロアに全滅させる。
以後はロアの吸血を手助けしたりしてとにかくロアの生存期間を伸ばしてアルクェイドを捕獲するタイミングをうかがっていた。

アルクェイドの捕獲を最終目標とする対真祖兵器ということもあり、とにかく真祖を討伐することに長けている。
天の鎖を用いた拘束や大地の祝福を利用した武器の投射など、オリジナルのエルキドゥの戦闘を彷彿とさせる攻撃を扱う。
様々な記録や伝承を元にエルキドゥに極限まで迫り、戦闘能力はほぼ同等だったが、どうしてもエルキドゥと全く同じ戦闘能力にすることができず、エルキドゥの闘級を上回ってしまっている。
錬金術師として使える力は理導/ 開通(シュトラセ・ゲーエン)原位/確立(フォイエル・シュナイダー)を用いた理通式(オーバーホール)のみ。
さらに、理通式を利用して自身の愛用するバジリスクの皮膜で造られたマントを元の姿に戻してバジリスクを顕現させるなど、錬金術師としての才能は引き継ぎながらも、エルキドゥを越えるエルキドゥの戦力を発揮して、真祖を確実に跡形もなく排斥していく。

アルクェイドとはまた別で、とある吸血鬼、【生粋の魔人】の存在を確認してしまい、その存在も狙っているらしいが、アルクェイドという最終目標に対して見れば、些末な問題だそう。


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4.5日目 月光神話
原初の契り


 

いや、しかし参ったな。折角風呂に入ったのに、ズボン渇いてなかったよ。

濡れたズボン履くのは嫌だし、しょうがないからタオルを腰に巻いて出てきた。

 

「先輩、上がりましたよ」

 

「───────」

 

俺が風呂から上がって、居間に戻ったところ、先輩は無言でただ窓の外の景色を見ていた。

 

「先輩?」

 

すっと先輩の横に並んで、外を見る。雨はすっかり止んでいた。おまけに、空には満天の星空。雲も見られない、そんな綺麗な星空。

 

「綺麗…………」

 

思わず、そんな率直な感想が口から零れ出た。星を見上げて感動するなんて珍しい。

 

「こんな綺麗な星空、見たことないです」

 

先輩も狭いアパートの個室の窓から一望できるこの絶景に目を輝かせている。

 

「うん。まぁ、でも、もっと綺麗な物もある」

 

星も確かに綺麗だけど、俺にはこの輝きしか目に映らない。最初から、俺にはそれしか見えていない。

 

「──え?」

 

先輩がこちらを向いてくる。

その腑抜けた、きょとんとした、まっすぐな顔がまた綺麗。

 

「だから、クロエの方が綺麗だよって言ったの」

 

なんか、言うのも照れくさいけど、一回ぐらい、先輩のことを、こうやって呼んでみたかった。

 

「…………………………」

 

先輩は明後日の方向を見ながら髪の毛の毛先を弄って誤魔化している。

ここでは、静かな時間がただ流れている。窓は網戸になっているから、外の空気が入り込んできてとても涼しい。風呂上がりにはぴったりなひんやりとした空気。

しかし、今日は本当に星が綺麗だ。

 

「────あ、あそこ、冬のダイヤモンドですよ」

 

「─────そ、そ、そそ、そうですね!あそこ、でしょう?あの、右側の………」

 

「先輩、逆方向です」

 

「は、わ、わかってましたよ?ベガとアルタイルと……………あとは…………」

 

「デネブですか?」

 

「そうそう、それですよ」

 

先輩は鼻高くドヤ顔。

 

「それ、【夏の】大三角ですね。冬はベテルギウスとプロキオンとシリウスの大三角」

 

「あっ………………」

 

先輩は全然星のこと知らないんだな。

まぁ、俺も特別詳しいわけでもない。夏と冬の大三角なんてそれこそ小学3年生の天体で習うようなことだ。

 

「冬のダイヤモンドっていうのは、大犬座のシリウス、オリオン座のリゲル、牡牛座のアルデバラン、御者座のカペラ、双子座のポルックス、仔犬座のプロキオンを結んでできる6角形のことです。ほら、あそこにでっかい一等星が何個かあるでしょう?あれらを結んだらできるんです」

 

「へぇ、中村くんは星に詳しいんですね」

 

少しだけ照れる。詳しいっていうのは大袈裟だ。

 

『続いてのニュースです。昨夜、乙黒町周辺で発生した大寒波によって、JR乙黒駅付近の住民数十名が低体温症で病院で搬送されましたが、病院側から、搬送された住民のなかに、死者はいなかったという公表がありました』

 

「────?死者は出なかったのか?」

 

「そのようですね。中村くんがカーラを早く倒したお陰ですよ」

 

そう、みたいだ。別に俺は倒したわけではないが。あれはカーラが強烈な一撃を受けたことで、体力が持たなくなって自滅してしまったが正しい。もし(たお)してしまったんなら、俺は今こうして理性を保っていない。

けれど、俺は、街を守れた。もちろん、先輩の助けがあってこそのモノだろうけど、俺は、初めて、この肉体(ちから)を人のために使えたんだ。

それだけで、俺は満足だ。現に、こうして、すぐとなりに、大切なものがあって。帰るべき家があって。

俺のような人殺しに、人並みの幸せを得る価値があったことが、今はただ感慨深い。

欲しいもの、か。無欲だった俺には、この血に賭けてでも手に入れたいものなんてなかった。けれど、今は違う。俺は、鬼人になっていっているにも関わらず、俺は、限りなく、人間らしいいきものになってきている。

この事件が片付いたらどうしようか。先輩と楽しく暮らすのが一番か。今度文化祭でボーカル代理を任されたことだし、その練習もしなくちゃ。やることが多くて面倒臭いが、今までなんにもなかったんだ。あんな退屈な毎日よりも、こっちの方が圧倒的に楽しい。

 

『それでは、深夜速報です。先ほど乙黒町北部の教会で、大規模な崩落が起きたと、警察に通報がありました』

 

「教会…………?」

 

「───────」

 

それは、突然のニュース速報だった。こんな深夜に流れるくらいだ。相当な出来事だったのだろう。

俺たちは部屋に置かれたテレビの画面に釘付けになった。

 

「教会…………!!」

 

窓を開けて大急ぎでベランダに出る。身を乗り出して教会のある方向を見る。

 

「な─────」

 

それは、産まれてはじめて見る光景だった。

 

「なんだ───アレ────」

 

星の浮かぶ夜空に、細い流星のような煌めきが二つ。

一つは蛇のように捻れながら動く金色の光。一つは稲妻のように方向転換しながら一直線に走る緑色の光。

どちらもあり得ない速度で動き回っている。遠くから見た花火から出づる火花のようだ。

そりゃあ、7キロ以上距離が離れているここからなら、その眩い姿を捉えることは容易だが、至近距離だと、アレは視認できるものなのか?

新幹線や飛行機よりもずっと早い。あまりにも眩しすぎて、目が痛い。太陽を見続けてはならないのと同じだ。

これが都合の悪い幻覚か、万年一度の奇跡で、この日本列島でも見えてしまったオーロラなんだったらまだしも、その二つの光はそんなものではない。

自分で動いて、自分と同じくらい眩しい光へと突入している。太陽と月が殴り合いをしているようだ。ぶつかる度に火花が散り、その都度辺りは一層強い光に塗り潰されていく。

あの黄金の光と若草の光を、俺は、よく知っている。黄昏を割り裂く夜空の彗星たち。

わかるとも。鬼人となった今、否、生きとし生ける生態として、理解できるとも。

あの激突はレヴェルが違う。俺たちがあの光に近づいた時、俺たちはそれこそ分子レヴェル的なアレで解体されそうだ。

惑星規模の熱量放出の連鎖で大気が揺れる。直接被害が及ばないこの場所ですら、空気が振動して、俺の肌を電気風呂のようにピリピリと衝いてくる。あの激突の度に発生するエネルギーだけで、日本全土にざっと一年分の電気は供給できそうだ。

それはもはや世紀末、世界終焉の合図(サイン)だ。ラグナロクという喩えが素晴らしいくらいにお似合いだ。

カーラといい、ロアといい、俺たちといい、あの闘いは繰り広げられない。現実において、アレは不可能な事象であり、絶対に起きてはならない特異点。

ジュブナイルにおいて、惑星を破滅させる神のような敵が出るのは当たり前だ。これは、それの体現か。

あの破壊戦争を終結させるにはどうしたらいいのか。大英雄アーラシュに弓を射って貰うか?いやいや、それこそあの光は全てそれに匹敵する。

星の浮かぶ夜空(コース)を走る二つの光。あの光に比べて限りなく離れている筈のあの星々も、あの混沌に呑まれて砕けそうだ。

そんな、乾いた感想なんてどうでもいい。第三者には手の付けようがない。俺たちは遠くからこの破滅の(とき)に怯え、神々の審判を傍観することしかできない。

けれど、これだけは言える。アレは、

 

 

────■■■■と、□□□の闘いなんだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アルクェイド────!!!」

 

「エセキエル────!!!」

 

一方、教会の裏に広がる森では、引き続き最強の兵器同士による決闘が繰り広げられていた。

本来はアルクェイドの優勢だった筈だが、そこにあらゆるモノを殺す瞳を持つ幻獣が介入したことで、強制的にアルクェイドは不利になっていた。召喚された幻獣、バジリスクの持つ直死の魔眼はアルクェイドの天敵とも言える。万能にして不滅であるアルクェイドといえど、あの瞳で見られれば、直ぐに死を迎える。

アルクェイドにとって、これは絶望的な反則行為。アルクェイドは必然的に、バジリスクに警戒をしなければならない。単にエセキエルを狙うことはできなくなる。

アルクェイドは高速で動き回り、バジリスクの視界に映らないようにしながら確実にエセキエルに遅いかかる。

 

「えやぁぁぁ!!」

 

真空を切り裂く爪の一撃。アスファルトすらも易々と真っ二つにする大気の斬撃。

しかし、相手は対真祖における最強兵器。教会においては、アルクェイドを封印するための最終兵器とされた、意思を持つ概念武装。

アルクェイドの振り下ろした爪を容赦なくその腕で受け止めた。

エセキエルはあくまでも兵器、特大解釈をすると武器だ。その全身は武器で構成されており、その全ては神を捕らえるための対神武装。エルキドゥは元々、英雄王ギルガメッシュを天界に引き戻すために造られた存在。まさに神を殺すための兵器である。

星の触覚である真祖は権限の階級においても、存在規模においても神といえる。もとい、そもそも神に近しい存在なのだ。

対神兵器であるエルキドゥを模したこのエセキエルに、神からの一撃など人間からの一撃に等しい。

 

「そんな─────!!」

 

それでも、アルクェイドは惑星において最強の存在。まさか、本物ですらないエルキドゥの模造品(レプリカ)に、自身の一撃を止める術などないと確信していた。

だからこその驚愕。

エセキエルの言う様、その肉体はレプリカであるが、原点(オリジナル)に対する劣化版ではなく、オリジナルの超越を以てして再現に失敗した上位品。

オリジナルのエルキドゥが止めれたのかどうかはともかく、エセキエルが止められるかどうかはエルキドゥの性能の是非は問われない。

 

「まだまだってところだね───!!」

 

エセキエルの背後からバジリスクの頭部が顔を出し、家宅をも咀嚼するだろうその巨大な口から紫炎が吹き出される。

 

「─────っ!!」

 

間一髪、アルクェイドは転がって回避に成功したが、家屋の倍以上のサイズを誇るバジリスクから放射状に放たれた熱線を回避しきることはできず、輝く月のような金髪の毛先と左足を焼かれた。

 

「いっ───たぁい───!!」

 

完全なる存在の口から漏れる火傷による苦悶。しかし、それは人間の燃焼寸前の悲鳴というより、机の脚に爪先をぶつけたような、自分が悪いにも関わらずなぜか無性に腹が立ってしまうタイプの痛みに顔をしかめるようなものだった。

確かに、パンを焼いたばかりのトースターに一瞬触れてしまった程度で人は死なない。

 

「─────もう、怒ったから………!!」

 

しかし、焼けたのはパンと指だけではない。それはそれで、真祖もプライドというものが一定数存在している。次に焼けるのはもちろんアルクェイドの心。

燃え上がる逆恨みは、アルクェイドを逆に強化してしまった。闘級(ステータス)というより、感情の問題。

ぶちギレではないが、アルクェイドにとって、今のは大きかった。損傷数値(ダメージ)は少なかったが、不快指数(ストレス)は非常に大きかった。

今ので正真正銘、エセキエルはアルクェイドにとっての障害として認識された。アルクェイドは一方的にエセキエルを叩くことを自身に許したのだ。

 

「────ふぅ………!!」

 

顔を上げて目標を確認する。目の前にバジリスクが居たら、だなんてことは考えない。眼が合ったら終わりだが、アルクェイドにとってはどうでもいい。自分が死ぬかもしれないという恐怖、だなんて機能は備わっていない。

アルクェイドには「魅了の魔眼」が備わっている。視認した相手、とりわけ見つめ合った相手の動きを虜にできる。もちろん、この場合は止めるという使い方ができる。

アルクェイドにとって先ほどまでエセキエルは峰打ちで片付く相手だったが、ここからは違う。今度は敵だ。自分の心臓を狙ってきた祖たち、アレと同じかそれ以上の規模の相手と認識された今、アルクェイドの闘級補正は倍率が上がった。ついでに魔眼も開放。いわゆるアルクェイド第二形態といったところだろう。

さて、顔を上げて相手を詮索する。

が、そこに紫の竜と緑の悪魔の姿はない。

 

「──────」

 

「───せい………やぁぁぁぁ!!!」

 

アルクェイドの背後から発電所並みの電荷を纏った一撃が放たれた。手のひらから打ち出された大気を切り裂く破滅の掌打。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

背中からの強烈な不意打ち。半グレの喧嘩とは訳が違う。一撃一撃が文明の破壊。

エセキエルが繰り出した一撃はライム色の光を伴い、強烈な魔力の断層となって、アルクェイドを勢いよく彼方へと吹き飛ばした。

どこから出てきたと思う太い緑の熱線。その強烈な極光は一直線に向かい、一斉に木々と地面を抉り抜き、周辺の地形を丸ごと切り取った。

煙が止んだあと、森の中に、幅20メートル、長さ800メートルの無空間が形成された。一斉のマナ放出、分かりやすく言えば時速500キロのブルドーザーの突進だ。

突如形成された不自然な一直線の堀の先で倒れる花。金の女の身体からの流血。初めての攻撃を受けたアルクェイドはむくりと立ち上がる。

 

「───いいわ、ぼっこぼこに踏み倒してあげる………!!」

 

その瞳が金に染まる。アルクェイドの紅の瞳は金に変わり、その表情は鋭いものに変わる。今までの冷徹な刃は、荒れ狂うチェンソーのように変貌する。

視線だけで大地を切り裂き、吐息だけで海原を割り分かつような強く、恐ろしい厄災の(かお)

 

アルクェイドの身体が光り始める。金色のシルエットはそのカタチを変えていく。辺りが極光に包まれる。直視すれば目がやられそうだ。そんな目映い光も、エセキエルは見つめ続けている。

やがて、辺り一面を照らす光は止まり、中から処刑人が現れた。

白と青のドレスに身を包んだ小さくて大きな吸血鬼。金の髪と金の瞳、白い衣。

 

───曰く、「白い吸血鬼には近づくな」と誰かが云った。

 

「事象の地平に送り込もう、貴様の生を、星の内海に還すが良い。還元せよ、その魂、その血潮を、我が(てのひら)へと」

 

その吸血鬼は言う。

 

 

────そこに居る───何人の?

 

────ひとりの───どんな?

 

────今まではいなかった、───なんて?

 

────なんて、恐ろしい。────誰が?

 

────吸血姫が。

 

 

「─────これが、」

 

そう、これこそ、まさしく、真祖の姫、アルクェイド・ブリュンスタッドである。

 

「覚悟しなさい、エセキエル。ただの祖を相手にするつもりでは相手できないわね。けど、アナタとの追いかけっこも終わり。正真正銘、ここで終わりにしてあげる。その命も、心も、魂も、ね」

 

「上等。空想具現化を使う気になったかな?」

 

エセキエルの髪が独りでにふわりと浮き上がる。エセキエルの表情がかつてないほどの愉悦に歪む。

企みに満ちたかのような曇った顔に、相変わらずの美しい笑顔を浮かべているそれは、美女か美男か。

 

「これで、心置きなく本気が出せるね!」

 

エセキエルの周囲を廻っていた電荷が一層強さを増す。エセキエルの立つ地面が黄金の円環を纏って輝き出す。

エセキエルの周囲を突然、金の鎖が廻っていく。

その数は一瞬では数えきれないほど。マシンガンから放たれた弾丸のように折り重なる鎖と、その先に牙を束ねた楔。

 

「行くぞ───!!真祖の姫君───!!」

 

エセキエルが楔と鎖を纏いながら、アルクェイドに向かって突進していく。

その後ろからバジリスクの進行。だが、バジリスクの飛行速度よりもエセキエルの突進の方が倍以上速い。

世界があまりの神速に目を疑う。次々となぎ倒され、潰れていく森の木々と古くから続いてく大地が、その運動エネルギーの強烈さを物語る。

時速は500キロを優に上回る。当時の新幹線よりもずっと速い。

アルクェイドとの距離は800メートル。1秒足らずで詰められる距離だ。アルクェイドなら反応できるだろうが、その直後に対処はできるのだろうか。

突進していく楔は円錐を描いて突撃していくランスのよう。切っ先触れれば、大地をも切り裂き、海原をも貫くだろう開闢の詔り。

 

「まったく、なんでこんなところで権能(ちから)を使わなければならないのよ…………!」

 

アルクェイドは自身に向かう楔の姿を捉えた瞬間、正面に両手を伸ばした。

正面に開かれる真四角の薄い透明な板。硝子のような輝きを持つプリズムの壁。

しかし、硝子のように見えるとて、侮るなかれ。これは大気の層を壁とした、正真正銘、空間を区切る境界線。世界そのものを断絶する絶対の壁。空間を次元レベルで通過していく第3時空速度を以てしてようやくその空間に干渉できるほどの存在。要は、一時間で世界単位の空間を通過する速度でないと、あの壁はすり抜けられない。たかが時速500キロ程度では超ジュラルミン装甲を狙った鉛筆の芯一本にも程遠い。

これがアルクェイドの権能である。空間に存在する自然現象と地球事象の所有権を全面的に保有する、いわゆるマイワールド。世界の容量を制限し、自身の存在規模と質量を最大値まで底上げする。否、引き戻す。アルクェイドの相手の存在規模のワンランク上に設定される性能を超越した、限定解除の類いだ。アルクェイドに掛かっていた補正(ハンデ)を解除し、星の触覚としての惑星権能を開放するのだ。

無論、現在アルクェイドは限りなく弱体化しているため、たいしたことはできない。その上、自身の肉体にかける負荷は非常に大きい。人間一人に世界中の家庭に供給する電力を流し込むようなものだ。小さくコンパクトにまとめられたアルクェイドに、世界全てのチャンネルを付与(ダウンロード)するなど、自殺行為だ。これが本来のアルクェイドならばまだしも。

そんなことをすればオーバーヒートを起こして直ぐ様自滅するのは言うまでもない。

だが、そうでもしないと、アルクェイドはこの相手に勝てなかったのだ。アルクェイドにとって最高の屈辱ながら、脆弱になったアルクェイドよりも、エセキエルの方が圧倒的に強かったのだ。闘級を基準とした存在規模ではなく、単なる性能差の問題。

だから、アルクェイドがこの戦いを制するためには、自身の生命をも費やさなければならなかった。

 

「アナタには勿体ないけど、ここで見せてあげる、真祖と人形との格の違いというものを───!」

 

「上等。神話の闘いを始めよう、アルクェイド!!」

 

序章はこれにて完結。

これは、月姫零刻のもうひとつの物語。

中村白邪の冒険のさらに裏で描かれた、誰の目にも付かなかった現代神話の世界。

神を越えるために生み出されたひとつの人形と、それを迎えるひとりの神の二人が織り成す因縁の決闘。

原初の一と終焉の千。

繰り返される星の伊吹。止まることを知らない神速の逆行銀河。振り下ろされる光の刃。終わることなく続いていく月光神話。

 

エセキエルとアルクェイドの全力の闘いは、今始まった。





白き真祖の姫君

アルクェイド・ブリュンスタッド

性別 女性
身長 167cm
体重 52㎏
好きなもの (該当無し)
嫌いなもの 血、日光(日光に弱いわけではない)
イメージ 少女アルク寄りの姫アルク
武装 素手、空想具現化


呼称「アルクェイド・ブリュンスタッド」、別名「原初の一」。月世界に降臨する真祖の姫。
死徒を裁断し処刑処分をするために旧き真祖たちの手によって生み出された、対死徒兵器。人工故、最高の純度を誇る最強の真祖。元より兵器であって王族などではないが、あまりの純度と規模のため、やる気になれば惑星破壊も可能なため、製作に携わった全ての真祖から姫と仰がれ、千年城に居を構え、引きこもる生活を送っていたそう。人工とはいえ、真祖のため、死徒とは異なり、血を必要とせず、もちろん日光も通用しない。…………日光はまぶしいから嫌いならしいが。
しかし、ある日、「何者か」に拐かされてしまい、人間の血を口にしてしまう。よって吸血衝動という欠陥が促進されてしまい、暴走して月世界の真祖たちを全滅させてしまい、以後はその身を城に封じ、役目の時のみ動くただのキカイとなった。

さて、そのアルクェイドを策に溺れさせたのは永遠を追い求めていた当時の地球の聖職者、ミハイル・ロア・バルダムヨォンであった。ロアはアルクェイドに血を吸わせたことで真祖直属の強力な死徒となり、転生を繰り返すこととなった。
アルクェイドは自身の力の一端を奪ったロアを殺すため、ロアの転生にあわせて地球に顕現し、ロアを処分したらまた城に戻るの繰り返しを行っていた。
今回もロアの転生先を巡って、乙黒町に到達し、町のシスター、ルージュ・アスナロという架空の人物になりすましてロアの捜索を続けていたが、ここで思いもよらない妨害が入ることとなる。
それが埋葬機関の代行者、エセキエルの存在。エセキエルはアルクェイドを封印することを目的としており、そのためにロアを利用して匿うことでアルクェイドから距離を取り、半年間もの間ロアを逃がし続けた。アルクェイドの弱体化は一層進行していくこととなる。
力を奪われているため、アルクェイドはどうあってもロアがいる限り最大出力を出せないでいる。また、現界時間が長いほどさらに弱体化していき、最悪一介の祖にも劣るほどにもなる。

お気づきの通り、作中での一人称は「私」と表記されているが、「わたし」となる片鱗も所々存在している。ロアの仕業による故障で、口語を使うことが多くふわふわとしているが、エセキエルと闘っている間は姫的な厳しい口調になる。一方で白邪のような、主人公属性の大きい人間の前では少女のような印象を与える。どうやら、全てが終わった後の未来に繋がるような要素が既に揃っているようだ。後に月姫の物語の冒頭で待ち受ける【あの瞬間】にその機能が動き出すわけであって。

礼儀や作法に厳しく、無礼を許さない姫ではあるが、別段、英雄王的な厳しさではなく、秋HA的な厳しさを持っている感じだ。意外と人当たりが良く、親交さえ深まれば良い上司と部下のような関係になれなくもないと言われている。「まぶしいから日光大嫌い」とか可愛すぎだろ。
こう見えてかなりワガママ。可愛らしさがどことなくあるため、嫌いにはなれない性格。これで天然だったら最高だったのに。

だから少女だけじゃなく姫もスコれ。
作者的にはアルクより姫アルク、シエルよりエレイシアなんだから。


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特別予告(サボりじゃない、サボりじゃない)

 

 

 

 

───月の宴。忘れられた記憶の旅、

 

 

───月の都。思い出を思い出す度、

 

 

───月の帳。繰り返し分かたれる。

 

 

 

 

 

月は、ふしぎだ。光を反射して、光っているんだって。鏡でも、水でもない、ただの石と岩なのに。

なんでだろう。どうして、月はいつも、表のカオしか見せないのだろう。なんでいつも、光っている部分しか見せてくれないのだろう。

体をかたむけても、ちっとも裏が見えやしない。

 

じゃあ、裏には、何が見えるんだろう。どんな模様が見えるのだろう。

 

 

───月の裏も、光っているのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────そう。

 

 

──────これは、月の帳が始まる前日譚。多くの記憶のなか、ただひとつ、たどり着いた、ひとつの結末、ひとつの物語。

 

 

そこには、まだ語られていない、月の記憶、星の追憶。

 

 

過去にも今にも未来にも。何処かに、分かれ道が、あったんだね。

まだ誰も知らないその物語を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───朱い影の後輩は、ただわたしの前で名を呼び続ける。

 

「先輩、クロエ先輩!!」

 

わたしは、ただ。彼の手を握り続ける。

これは、全ての表側のおはなし。

 

 

 

 

 

 

 

 

───朱い刀と、葵い双剣がぶつかり合った。

 

「範安────!!!」

 

「白邪────!!!」

 

私は、その闘いを見守ることしかできなかった。

それは、もうひとりの家族を巡る裏話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───朱い髪のカレと、青い羽織の男が同時に斬り合った。

 

「行くぞ中叢!!」

 

「来い両儀!!」

 

私は、ただ、彼の無事を祈り続けていた。

それは、大切な人の痛みを弔う物語。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───朱い瞳の青年が、朱い着物の大男に殴り掛かる。

 

「死なねぇ程度にぶっ殺す!!」

 

「死ね、中村──────!!」

 

私は、胡乱な頭で、彼の雄姿を眼に焼き付けていた。

それは、全てが明らかになる前の記憶。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───朱い上着の彼が、無数の兵士に襲いかかるのを画面越しに見た。

 

「────フ」

 

「槇久────!!!」

 

私は、画面の向こうの抗争の激しさに、ただ息を呑んでいた。

それは、全てを決める、最後の闘い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───朱い血に染まる貴方は、ただ、そのナイフを握りしめていた。

 

「姉さん、どうしたら───!!」

 

「──────」

 

貴方は、俯いて泣きながら、ただナイフを握っていた。

それは、あの日をもういちどやり直す日。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全ての答えは、月のみぞ知る。

月の零時の、物語。ひとつの時空線から別れた、あと五つの物語、記憶の断片。

私達は、空から、誰も気がつくことなく、その始まりを、その分かたれを、

最後に待ち受ける、まったく異なる結末を、ただ、見守ることでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月姫 零刻

 

 

 

 

林檎編、葡萄編、檸檬編、蜜柑編、甜瓜編

執筆進行中

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(めっちゃ遅いけどね!!BY今の投稿すら終わっていないマジ赤)



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5日目 終幕月齢
元凶


 

「う、ぐ…………」

 

喉が、渇いたな。水……飲まないと………

 

「ふぅ……………」

 

ベッドから起き上がる。先輩は横ですやすやと眠っている。気持ち良さそうな寝顔が可愛い。このままお守りをしてやりたいところだが、俺は喉が渇いている。水を飲みに行かないと。

 

「う…………」

 

頭痛がして、くらくらする。まぁ、あんなに動いたら、そりゃあ体力も消耗するか。

てか、裸で布団もかけずに寝たら風邪ひくに決まってる。とりあえず先輩に布団だけかけておく。

はぁ、さっきのコトを考えるとまた一段と恥ずかしくなってくる。まぁ、いい。

 

とりあえず、水を求めてリビングを歩く。

床にたたんでおいた服を着て、扉を開けて廊下に出る。

 

「───────」

 

水道水への道は、まだ遠い。

靴を履いて、玄関の扉を開けて外に出る。鍵は持っていないから閉められないが、まぁ、ちょっと水を飲むだけだ。

 

先輩のアパートの領域を出ていく。目指すは街。なるべく、水が多く手に入るところへ。

 

「────喉が…………」

 

もう喉がカラカラだ。一刻も早く、【■わないと】。

 

「早く、早く、早く……………」

 

早く、■を飲まないと。このままじゃあ、干からびてしまいそうだ。

ふらふらとおぼつかない足取り。いつまでたっても、水道の蛇口に、たどり着かない。俺は、いつになったら、■を■えるのか。

 

だん、と、肩に小さな衝撃。この酔っ払ったような足取りのためか、何かに肩をぶつけてしまったようだ。気にせず歩く。俺は、水を飲むことしか、頭にない。

 

「おい、」

 

近くで、音がした。肩に、なにかが触れる感覚。前に、進めない。わからないから、俺は後ろを向いてみる。

 

「テメェ、前見て歩けよ」

 

「なぁんだ。ただのニンゲンか。邪魔しないでくれ。俺は、水を飲みに行くんだ」

 

俺の肩に掛けられているその鬱陶しい手をはたき落とし、俺は道を急ぐ。

背後から、すたたた、という走る音。音は4つ。四人のニンゲンの足音が背後でする。

 

「待てよゴルァ!」

 

俺の肩に手を掛けた個体が、豪腕を振り上げる。身長180センチ近くの大柄な男の腕は、俺よりも強靭で太い。

 

「──────」

 

「ぎ───あああああああああ!!!」

 

背後で悲鳴がした。肘鉄砲で目頭を砕かれてもがく一人の大男の悲鳴が。

気にしない。水が、早く飲みたい。こんなやつの■を飲んだところで、ちっとも美味しくなさそうだ。

 

「テメェ!!!」

 

今度はもう少し細めの声。さっきのヤツの仲間か。振り向くまでもない。回し蹴りで空中から叩き落とす。

 

「げ、ハァヅ!!」

 

うつ伏せに倒れこむ男に、追い討ちをかけるべく走り出す。倒れる男の顔面をつかんで無理矢理持ち上げ、地面に叩きつける。

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!」

 

そのまま、地面を割るぐらいに力強く押し付けながら、引きずり回す。

ゴリゴリ、ジャリジャリと、皮膚がアスファルトに擦れて肉と骨が削れる音がする。

 

「■■■■!!■■■■!!」

 

何て言っているか分からない。そりゃあ地面に押し付けられているから当然なのだが。

真っ黒な夜の真っ黒なアスファルトは、真っ赤な■に汚れていく。最後に、近くにあった街灯に背骨を巻き付けて、勢い良く開けた腹に飛び蹴りを打ち込んだ。

ぐちゃっ、と鈍い音がして、男は不自然な動きで倒れた。

 

「よし、問題ない」

 

よかった、といえば語弊があるが、とりあえず殺さずに済んだようだ。俺は人殺しはしないと決めている。だから、

【死ぬギリギリまで痛め付ける】。

まだ生きているなら問題ない。まだ峰打ちの段階なら、何度殴ろうが問題ない。

流石にこれ以上地面や電柱で殴ると殺してしまうから、もっと柔らかいもので殴ろう。そうだ、そこに自転車が停まっている。アレをお借りしよう。

「拝借させてもらいます」と言って、自転車を持ち上げ、そのサドルの部分で倒れているコレを殴り付ける。

ドカッ、という音がしたら、頭から赤い■が流れ出てきた。だめだ、この■も見たところ美味しくなさそうだ。もっと純度の高い天然水が飲みたい。

さて、もうほぼ死にかけだからコレは要らない、飽きた、はい次。

 

直後、背後から悲鳴が聴こえた。あとに残った二人?いや、違う。女性だ。この状況を、偶然見かけてしまったようだ。

午前一時に街を出歩く女の人なんて珍しいな。俺は女性恐怖症だ。低姿勢で身構えて、警戒を示すが、女は動かない。いや、動けないのか。俺を見て恐れをなしている。

 

「────ハハ」

 

こりゃあ、美味そう。警戒が解けた。女はろくなヤツがいないからな。女はみんな、揃いも揃って俺を裏切る。林檎や姉さん、先輩は特別、その中で俺を好いてくれた人たち。

だけど、俺は、女に裏切られたせいで死んだ。あの女のせいで、俺は混血になったんだ。だから、今もこうして、喉が渇くんだ。■を飲まないといけない体になった。今みたいに。

朝や昼、太陽が出ている時間になったら具合が悪くなる体になったんだ。保健室を目指して先輩に初めて出会ったときや、この前、葡萄に迷惑をかけたように。

 

「き─────」

 

直後。俺は、目の前の女が、血を撒き散らして死ぬ瞬間を見た。彼女は、吸血鬼に血を吸われて、死ぬ。

 

そう、首元に口を付けられ、牙を立てられ、その首に風穴を開けられて、首からその赤い液体を嚥下されて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の背後に居る、青い髪の吸血鬼に。

 

「やめろ、テメェ────!!!」

 

靴裏に仕掛けられた時限爆弾が爆発したかのような勢いで走り出す。

高速で血刀を作り出して、女性の背後に居る青い髪の男に襲いかかる。

この一振に女性が巻き込まれるかもしれないとか考えない。とりあえず、本能的に、なぜか体が弾けた。

先輩が寝取られる瞬間なのかと思ったぐらいの勢いで弾けた。俺はこれほどの無意識で敵に襲いかかったことが一回もない。

熱いヤカンに触れたら即座に手を離すかのうような、こんな反射的な行動は全くもってはじめてだ。

 

俺に吹っ飛ばされた男は、地面に転がった直後、立ち上がる。

その顔は、

 

「ロア…………!」

 

「いや、しかし、君もこの夜を歩いているとは予想の外だったよ、白邪くん」

 

ロアは予想外の接触に、半笑い気味に語りかけてくる。ロアの手にはバイオリンの弓のような武器、細めの手術用ノコギリに見えなくもない剣が握られていた。楽器を模した武器、か。やっぱり、コイツは先輩の───

 

「とんだ不良学生ですね、君は。午前一時に街をうろつくバカ学生がどこにいると言うのでしょうか?しかも、私の狙った相手を先回りするかのような動作。もしや、毎日こうして私を探していたとでもいうのかな?」

 

「ひぃっ……!!」

 

俺が助けた女性は悲鳴を上げることもなく、すたこらと逃げていった。まぁ、それはそれで助かる。このまま戦闘に移行する可能性の方が大きいからな。

 

「偶然だよ、偶然。それに、そっちもバカなこと言うな。俺は吸血鬼なんかじゃないんだ。あの女性の血を吸おうだなんて、考えていない」

 

「クッ、愚かな。未だに自分の状況すら理解していなかったとは。見損ないましたよ、殺人鬼。貴方、自分がどれ程まで壊れてしまっているのか、理解出来てないのですか?」

 

「うるせぇ。俺は現に誰の血も吸ったことないんだ。確かに、俺も人間ではないが、血を吸わないと生きていけないなんて、そんな不便な生活はしていない」

 

「フ、フフフフ」

 

ロアは頭を押さえて笑っている。まったく、何がおかしいのか。この笑みじゃあ、まさにロア(悪魔)だ。

 

「フフフフ、ハハハハハハハハ!!!そういうコトか!それじゃ、【オマエ】はまだ何も教えられてねぇのか、あのバカな女に!!」

 

大笑いとともにロアの口調が急変する。

 

「何のことだ!説明しろバカ!」

 

「フフフフ…………失礼、思わずオマエの可笑しさに笑っちまった。そうだよなぁ。ここは呆れるところだったなぁ。【ワタシ】としたことが、余りの情けなさに同情を忘れちまったよ」

 

「───────」

 

「オマエ、どこまで覚えている?あの伊賀見病院のこと。オマエが父ぶっ殺した直後、入院してたろ?ワタシはな、あそこの病院の手術医だったんだ。オマエが居たことぐらい知ってるとも!」

 

「────────」

 

そうだ、思い、出した。アイツは、

あの日、あの病院に出てきた、

 

そうだ。俺は、あそこで、ゾンビのようなバケモノたちに追い回されていたところを、青い髪の女の子に助けられて、俺は一緒に連れていた見ず知らずの黒髪の子を逃がすと引き換えに、アイツに、殺されたんだ………!!左肩についていたあの傷は、あの時、雷を食らった時についたやつだった。

 

「思い出してきたかい………?本来ならよ、オマエはあそこで死んでいたんだ。ワタシに殺されてな!───じゃあ、オマエは今、何で生きていると思う………?何で死んだ筈のオマエが、死んだまま生きていると思うんだ?」

 

ロアの表情は、俺の人生で見たことがないほどに邪悪なものだった。

 

「まさか、違う、やめろ、俺は───」

 

「オマエも【吸血鬼になった】からだよ!!雷を食らった直後にワタシに血を吸われて死んだ後、運良く死徒になって生き返っただけなんだよ!!確かに、オマエは、鬼人と人間の混血でもあった。だけど、結局、今のオマエは、ただの吸血鬼なんだよ!!」

 

「─────はぁ………あ、あ、ッ!!!」

 

違う、違う、ゼッタイ違う……!!俺は、鬼人と人間の混血でしかない。俺は、誰かの血を吸いたいなんて、思ったことはない。

だから、吸血鬼なんかじゃない。

吸血鬼なんかじゃない。吸血鬼なんかじゃ…………

 

「──────あ」

 

そういえば。俺は、どうして、自慰行為で反転を止めていたんだっけ。俺は、自我が強いから、鬼人の血の力だけで、反転を防げている筈だ。

じゃあ、俺は今まで、何に、鬼人の血を使っていたんだろう。

俺がちょうど今夜、工場を破壊したときのあの暴走。あの、鬼人の力を解放した瞬間の、アレは…………

 

「そんな、まさか、」

 

ロアの方を向く。アイツはまだ笑っている。

 

「いいか?良く聞けよ?オマエが今まで鬼人の能力だと思っていた全て、それは吸血鬼の血の力なんだよ。オマエの鬼人の血はな、全てオマエの吸血衝動を抑えるために使われているんだ。オマエがもし、鬼人の力を解放しようもんなら、オマエは今頃、バンバン人間の血ぃ飲んでいたんだろうなぁ、ハハハ。姫君や代行者は、オマエのこと、【生粋の魔人】とか呼んでいやがった。良く言ったもんだよなぁ?あれほどにマトモな呼び方、そうそうねぇよ!ホラ、喜べよ兄弟!オマエは、鬼人よりもずっとすげぇ存在になったんだぜ!?もったいねぇよなぁ!凱逢玄武、ワタシの器、その娘はよぉ!こんなすげぇヤツを、ほったらかしにしちまうなんてよ!あの女がオマエを守っていてやれば、オマエは死なずに済んだのに!あの病院の入り口で、オマエを騙してか弱いフリをしていたあの黒髪の女に裏切られることもなかったのによぉ!!あぁぁぁぁぁ!!!!ケッサクじゃねぇかこりゃぁ!!【鬼人の少年、ボンクラの少女に見棄てられ、黒髪の少女に裏切られる】。いいじゃねぇか!?今度作家にでもなってみようかな?」

 

ロアの周囲はロア一人の笑い声で満たされている。一段と高い笑い声が大気を揺らすように凍えるような周波数となる。

 

その刹那。

 

 

「ハハハハハハハハ…………っ、あ………?」

 

ゴトリ、と、誰かのカラダの一部が落ちる音が響いた。

 

「誰が」

 

「ひ、ひひひひ、ひぃ………?」

 

「誰がボンクラだ、つった?吸血鬼」

 

この瞬間、俺は、表情も声も仕草も。人生で、一番といえる圧をかけたと思う。

 

「く、あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ロアが悲鳴を上げて逃げ出す。

だけど、もう逃がすか。俺は、

 

「待ってろ、今すぐにぶっ殺してやる、吸血鬼───!!!」

 

ロアの背中を追って走り出す。その速度は規格外。俺にはロアしか見えていないが、他には何も見えない。俺が走るのが速すぎて、街にあるもの全てが走る電車のようにしか見えない。

対するロアの速度もなかなかだ。背中は見えるが、距離がなかなか縮まらない。

それでも、俺の方がわずかに速い。このまま行けば───!!

 

「テメェ!!!」

 

ロアの首を掴んで地面に叩きつけようとしたところ、

 

「ふん!!」

 

一気にビルの屋上までロアが飛び立つ。もはや真上に飛行しているようにしか見えないその動作だが、

 

「逃がすかよ!!」

 

ヤツにできるなら、俺にもできる。ヤツの言っていることが正しいなら、俺はロア直属の死徒。ロアにできて、俺にできないハズがない。

 

ロアは屋上のフェンスに手を掛けるとそのまま無理矢理よじ登り、ビルの上を駆ける。

俺も遅れて到達。だが、フェンスをよじ登る必要もない。ロアよりも俺の方が性能は上だ。これぐらいひとつ飛びだ。

 

「待ちやがれ!!」

 

血刀を投げつける。高速で飛んでいく刃は円盤のように回転し、ロアの脚を切り裂く。

 

「チィ!!」

 

ロアは器用にビルとビルの間を飛んでいき、とにかく俺から逃げていく。

アレだけイキっておいて、最後は尻尾を巻いて逃げる気か。

もう許さない。俺だって、ぶちギレるときはぶちギレるってのを、コイツに教えてやらなければならない。

生まれてはじめて、俺は生きものに対して殺意を抱いた。生きものを私的な理由で殺すなんて、あの日から、二度とないと思っていたけど。

神様、もう一度、俺に、誰かのために戦えるチャンスをください。

 

これは、俺のためじゃない。

住民たちのため、姉さんのため、みんなのため、そして、先輩のため。

長きに渡る俺たちとの因縁を、ここで終わらせてやろうじゃねぇか!!

 

「ロア────!!!」

 

「うぅぅぅぅ…………ぐっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、唐突に、何か、不思議な気分に襲われて、目を覚ました。

 

「白邪、くん………?」

 

ベッドで眠るわたしの横に彼はいなかった。彼が丁寧にたたんで床に置いていた服も、消えている。外出している………?

どうして、彼は消えたのだろう。白邪くんは、唐突に夜の散歩をするような性格なのだろうか。

 

ただ、何となく、わかる。気がする。

誰かの叫び声が、何となく、聴こえる、気がする。

 

 

最後に見せた彼の目は、すごく、変わっていた。いつもつり目がちな鋭い目付きは、細く、柔和で。木の板を貫くような尖った口も、あのときはとても柔らそうで。

わたしは、初めて、あの瞬間、白邪くんという人間をみたと思う。いつもの彼の面影はなかった。隣で寝そべる彼は、子供のように無邪気な瞳で。彼が混血だったということを忘れてしまうようだった。

人間と混血。交わってはいけないもの同士の愛。

けれど、あれは、あの顔は間違いなく人間だった。彼は、あの顔を隠していたんじゃない。きっと、あぁやって、愛し合った時に、あんな顔になるんだ。

 

鬼人の血によって不安定になっている自我が彼。射精などによって余分な部分を吐き出した姿。あれが、本物の中村白邪なんだって。

 

知らなかった。混血も、あんな風に、わたしたちと全く同じように、生きていけるなんて。

すごい。彼は本当にすごい。彼は、どんなに、強く生き続けてきたんだろう。自分が人間とは相容れないってわかっていながら、それでも、彼は人間と一緒に生きていくと決めた。その心の強さは、わたしたちとは比べ物にならない。仮に、100年間死ぬこともできずに拷問を受け続けても、彼ならば笑い続けることができるはずだ。

それぐらい、彼の心は、鋼のように(つよ)かった。

 

両儀総長から渡された資料によると、中村白邪は、人当たりが悪く、お人好しではあるが横暴である。と書いてあった。正直、実際そうだった。本当に優しいけど、彼は本当に横暴だった。正直、総長を見直してしまうほど、図星だった。思わず、総長は妹さん越えの人材じゃないのかと思ったくらいだ。

 

けれど、違った。今夜のあの顔、声。全てが資料と違った。いや、資料が違うんじゃない。わたしたちの考え方そもそもが間違っていたんだ。

混血は人間とは相容れないだなんて、そんな考え方自体、間違っていた。現に彼はその反例として残っている。

機会があれば、すぐに資料を改訂しよう。中村白邪は、ただの人間だったと。

 

「────────」

 

しかし、彼はあれほどの自我を持っていながら、なぜか鬼人の力を抑えきれていなかった。あの強靭な心があるなら、そもそも彼は資料通りの横暴な性格ではない筈だ。

彼が見せたあの姿は、鬼人の血すらも克服した姿。ならば、あれが、本来の姿でないといけない。けれど、彼はどれ程頑張っても、あの強い心があっても、鬼人の血だけは克服できなかった。

なぜか。それは、その強い心を、どこか、別のところに使っているとしか考えられない。

では、その別のところ、とは?

 

 

「まさか────白邪くん!!」

 

 

全てが繋がった。わたしは、すぐにベッドから飛び上がり、急いで両儀一派の制服に着替えて剣を取り、大急ぎでベランダから飛び降り、夜の街に駆け出していった。

 

「急がなければ────」

 

一刻も早く、白邪くんを見つけないと。白邪くんは、取り返しのつかないことになってしまう………!!

 

「────月」

 

空に浮かぶ下弦の半月。そして、それを背に飛び交う二つの雷光。

 

「────ヨエルとアスナロさん………?」

 

わたしは、そんなどうでもいい疑問を抱えて立ち止まったところ、すぐにまた走り出そうとした次の瞬間。

 

「────あ、あれは!」

 

月を背に、二人の人影が飛んでいった。どちらも、わたしには見慣れた影だ。一人はロア、わたしのお父さん、玄武の身体を器にした、あの吸血鬼。

そして、それを追うように飛ぶもう一人。

あれは間違いない。

 

「白邪くん!」

 

二人は街の外れに向かって走り出す。あの方向は、

 

「伊賀見総合病棟の方向です…………!!」

 

そう、ロアにとって、縁深い場所だ。わたしと白邪くんの、出会いの場所でもある。幼いころ、ロアが出現した瞬間の出来事。

 

「くっ………………!!」

 

なぜか。不意に、涙のようなものがあふれでてくる。そうだった。彼が、あんなことになったのは、わたしのせいだ。わたしが、彼をか弱い女の子と二人きりで逃がしてしまったことが、すべての元凶だった。

 

「──────ごめんなさい、白邪くん………」

 

────いや、それよりも。

あそこがロアのねぐらの可能性が高い。だとすると、ロアは結界を張ったであろう、あの病院の中において無敵と言えるだろう。

さすがの白邪くんも、万全のロアと拮抗するのは厳しい。一刻も早く、援護に向かわなければ。

 

「待っていてください、白邪くん………!!」

 

 

 

 

 

 

───さて、全ての真実が明らかになった今。

いよいよ、最終章が幕を開ける。

 

真祖と人形の激闘、吸血鬼と吸血鬼の闘い、そして、白邪と黒依の運命は………?

 

吸血鬼と鬼人と人間の三つの血を引く混血の青年、中村白邪の最後の闘いが幕を開ける……!



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40話記念 第二回教えて ヨエル先生

 

白邪「あ~、暇だなぁ、」

 

俺はコタツに座りながら、マッサージ機で肩をほぐしながらココアなんかを飲んでいたりしていた。

 

白邪「う~ん、おいし~♡」

 

──────んで。

 

白邪「なんで、お前らが俺の部屋に居るんだよ」

 

ヨエル「そういうシチュエーションなんだもん、仕方ない。まぁ、部屋は汚さないと約束するから」

 

俺の向かい側からコタツに入りながらココアを飲む不審者A。

 

ネコアスナ「うーん、白邪君こだわりのミルクココア………余りの美味しさにこの猫耳ごと溶けてしまいそうでアル…………あ、どうも、皆さん、教えてヨエル先生のコーナーへようこそ。予告どおり、40話行ったところで二回目のヨエル先生………いや、エセキエル先生となりましたねぇ」

 

不審者Aの右側でエロ本を読みながらココアを飲む不審者B。

 

白邪「お前ら部屋汚したらぜってぇ殺すからな」

 

なに、当然のように俺の部屋でくつろいでんだ。

 

ネコアスナ「なになに~、アナタ殺さない系キャラなんでしょ~?白邪が父親を殺したというバックボーンから得た経験をもってして、人を殺さずにみんなを救うというのがこの作品のテーマなんだから。ゼッタイ殺すマンな月姫と対比するために、いっつも峰打ちにするキャラであるチミは殺すとかそういうこと言っちゃいけないよ~」

 

ヨエル「そうそう、でも僕はネコアスナを殺してもいいよね?アルクェイドを捕まえる役だから、僕」

 

ネコアスナ「んぉぉぉ!!ついにアタシも月姫零刻メインヒロインことルージュ・アスナロ、通称アルクェイドとして認められた………!!」

 

ヨエル「シネ~!」

 

ネコアスナ「うにゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

ヨエルは高速でマグカップを床に優しく置くと、何ものっていないコタツを宇宙人(仮)に投げつけた。

 

白邪「ちょ、テメェなに俺のコタツ投げつけてんだよバカ!!俺の至福の道具だぞ!」

 

ヨエル「大人のオモチャというやつかい?ふん、ようやく目覚めたか少年よ、女を抱け」

 

リプライ:代行者も確かにお雇い外国人だわ。

 

白邪「シネ~!」

 

マッサージ機で不審者Aをぶん殴る。

 

ヨエル「いっでぇぇぇぇぇ、電マで殴らないでくれたまえ!!いやらしい!」

 

白邪「ただの健康機具だわ黙れボケ!お前みたいなやつが居るからマッサージ機があんなことになるんだろうが!」

 

ヨエル「あんなコトって………まさか君そういうの観賞してるのか!?絢世お姉ちゃん泣いちゃうぞ~」

 

白邪「はっはっは、一回お前はビルの13階から落ちようか………!!あん!?」

 

立ち上がって大笑いしながら不審者Aの首を絞める。

 

ヨエル「いでででで、スクラム組むみたいに首絞めないでぇぇぇ締め付け強すぎぃぃ」

 

20秒首を締めたら不審者Aは倒れてしまった。どうやら、本編よりこいつらは弱体化しているらしい。

 

ネコアスナ「まぁまぁ、白邪君も童貞卒業されたわけだから気分が舞い上がっておられるのですなぁ」

 

白邪「よし!お前は今日から、座布団だ!」

 

ヨエル「リプライ:今日からお前は千だ!」

 

不審者Bに足払いを仕込み、うつ伏せに倒れたところにジャンピング着席した。

 

ネコアスナ「ムギュゥゥゥゥゥゥゥ、白邪のお尻に敷かれるこの感じぃ………たまりま千」

 

白邪「そういえば、お前らは引き続きその名前でいくのか?エセキエル先生とネコアルクになるんじゃねぇの?真名明らかになったし」

 

ヨエル「あー、いーの、いーの。ヨエル先生のほうがそれっぽいでしょ?同じようにネコアルクよりもネコアスナのほうがそれっぽいでしょ?」

 

白邪「いや、後者はそんなことない」

 

え~?と唸るヨエル。途端、

がちゃり。

 

白邪「え?」

 

???「失礼、ここに暖房器具があると聞いて来たわ」

 

ネコアスナ「あーいらっしゃい、ミス・ユニヴァース」

 

待てーい!!なんで姉さんが俺の部屋に入ってくるんだよ!!

 

白邪「ちょ、まてよ!なんで姉さんがここに居るんだよ!つーか、当たり前のようにコタツ入んな!ついでにお前らも出ていけ!」

 

一応断っておくけど、これ俺のコタツだからな!?

 

絢世「いいじゃないの、私、ほとんど出る幕がないのよ。作者が業務をすっぽかして予告した裏ルートも、私のルートなかったんだから。ヒロインにすらなれなかった姉は虚しくここで製作秘話でも語るしかないの」

 

当たり前だろ。シスコンルートとか嘔吐不可避だから。結婚が法的に不可能な女はこの作品においてヒロインにカウントされない。

 

ヨエル「あーあ、鬼姉やってきたねぇ。まぁ、んでも、仲いいんだろ?実際は。なら良いじゃん」

 

白邪「ぜんぜん良くない。仲も良くない」

 

ヨエル「あーん。良くないねぇ。お姉ちゃんは大事にしないと、噛ませ犬まっしぐらだぞい?」

 

白邪「うるせぇ、作中屈指のクズキャラに言われたくねぇわ」

 

作者が公認しているぞ。月姫零刻の表ルートの黒幕は完全にエセキエルだって。

コイツの行動が吸血鬼事件の発端、というか、続いてる原因だからな?

 

ヨエル「クズキャラは君もカウントされるんじゃない?僕は確定として」

 

白邪「否定せずに俺を巻き込もうとするなよ!?」

 

ヨエル「しょうがないなぁ。アンケートでも取ってみる?読者の皆に」

 

白邪「要らねぇわ!つーか、出しても誰も答えないから!こんな作品のお遊びごときに」

 

ネコアスナ「ノンノンノン。意外と伸びてるんだよ、この作品。数ある月姫の二次創作たちの中でトップレベルの投稿速度だと自負している。そして作者が唯一設定を真面目にやってる作品なんだから。50人ぐらいは答えてくれるっしょ」

 

白邪「俺は50人行かないに一票」

 

ヨエル「はい、来たわ。じゃあ賭けよーぜ。クロエルートの連載終わるまでにクズキャラアンケートに50人答えたら主人公交代ね」

 

こいつイカれてやがる。正気でゴミ作になっちまうぞ。

 

白邪「………いいよ。じゃあ、50人行かなかったらヨエル先生終了な」

 

これにて賭けは成立。あとは読者のノリだよな。

 

クロエルートの連載が終わる前に、ヨエルと俺、どっちが悪人かのアンケートに答える数が50人行ったら主人公がヨエルに交代。

行かなかったらヨエル先生のコーナー終了。

 

いや、何の数計測しようとしてんだ俺ら!?

 

 

ヨエル「おっと。そろそろ製作秘話ご紹介タイムか。んじゃ、よろしく、絢世ちゃん」

 

絢世「よろしい。では、最初のテーマですわ」

 

 

 

【白邪にはモデルが居た?】

 

白邪「おい、いきなり俺の沽券に関わるような内容やめてくれよ」

 

絢世「私の弟、どうやらモデルが存在しているようですが、読者の皆様はお気づきですか?相当マイナーな元ネタなので、気づいた方はおそらく居ないとは存じ上げますが」

 

ヨエル「あー、血刀の下りとか、妙なチュウニズム系キャラな事ね?あー、心当たりありまくりいとおかし」

 

ネコアスナ「まぁ、あからさまな内容はなかったからねぇ。あー、どうせ作者のコトだし、また格ゲーのキャラでも採用していたり?」

 

絢世「流石ですわ。そう、白邪のモデルは作者が昔ハマっていた格ゲーのキャラから採用されていたそうです。月姫からメルブラへと渡って格ゲーデビューを果たした作者ですが、まぁ、その後もあちこちに手を出していたそうですね。時々連載が途切れ途切れになるのも、それが影響しているのだとか」

 

ヨエル「最近は作者FGOで忙しかったんだからしゃあなし。箱イベの時は投稿ペースが遅れる、と、あらかじめ読者の皆には今伝えておこう」

 

絢世「あら。では後で、作者にはお灸を据えるとしましょうか。………さて、その作品については詳細不明………と資料には残っています」

 

ヨエル「あえて言わないけど僕はわかる。メルブラから続いて手を出すとしたら、もうあの作品しかないわな」

 

白邪「型月関係ない作品だろ?わかるわけねぇだろ、んなもん」

 

ネコアスナ「某エルトナムさんが出てくる作品だろーねー、多分」

 

いや、ほぼ答えやん。

 

ヨエル「格ゲー大好きな作者は所々で格ゲー要素取り入れているからね。格ゲーっぽい描写があったり、情景を格ゲーで喩えたり。そうなると、クロエのギャラルホルンが謎に砲撃技なのも納得だよね」

 

ネコアスナ「骸骨戦車懐かしいわー、アタシ好きだったのヨ~」

 

ヨエル「まぁ、そんなわけで、白邪の戦闘スタイルは一部そいつを参考にしているわけだ。名前も「灰」に対して「白」なのもしっかりできてるよね」

 

 

 

【何でエセキエルはエルキドゥ?】

 

白邪「そういや、ヨエルがエセキエルなのはまだわかるんだが、なんでエセキエルがエルキドゥなんだ?」

 

ヨエル「お!よく訊いてくれた!ここは、本人である僕から語らせて貰おうか!まず、ある日作者は言ったんだ。「アルクェイドってギルガメッシュに似てね?」って。そうして、すぐさまエルキドゥに関連するキャラの設定が練られて、最終的にシエル、ノエルに並べる形で「○エル」っていう名前にしたい!という形に落ち着いた結果、教会の人間っぽい名前のヨエルが完成したんだ。───ちなみに、なんでヨエルにエセキエルという本当の名前があるかというと、両方とも作者は案を残していて、決められなかったからと言われているらしいんだ。エセキエルもヨエルもどっちも良かったから、ヨエルを名乗るエセキエルというキャラが出来上がったんだってさ」

 

なるほど。つまりは作者の優柔不断が生んだ産物ってことか。

 

ネコアスナ「ちょっと!アタシがなんでルージュ・アスナロなのかって誰も訊かないのかニャ!?」

 

白邪「うん。どうでもいいからな」

 

ヨエル「ルージュ・アスナロには、作者がヒロインとして用意しておいた没キャラ「ルージュ」と「アスナロ」の名前両方を着けただけの、二秒で出来上がったキャラだよ。どちらもクロエの没案なんだってさ」

 

ネコアスナ「ンンンンンン、アタシはメインヒロインの残骸だと言うのかッ!!」

 

白邪「いや、お前ヒロイン適正ゼロだろ」

 

 

 

【絢世?秋葉? クロエ?シエル?】

 

白邪「そういや、キャラ全体的に見回してみるけど、食いしん坊先輩とお茶目イドとまな板当主って、どこかで見たことある組み合わせだな」

 

絢世「なんなの。まな板じゃないから。私、設定上は普通にDあるんですけど」

 

ヨエル「作者曰く、「かなりそこは意識した」らしい。どうやら、原作と本作は色々と解釈に隔たりがあるから、別視点からキャラを楽しめるように、月姫ヒロインをダークなキャラにした感じのイメージならしい。まぁ、実際、この作品月姫に比べるとダークで暗い話が続くからね」

 

???「うん。クロエ、シエル、似てる。絢世、秋葉、似てる。私たち、翡翠、琥珀、似てる」

 

あれ。なんか、暗くて小さい声が…………

ん?何でちょうどここに紫色のメイドが居るんだ?

 

白邪「葡萄!?いつの間に?」

 

絢世「ノックもせずに無音でどうやってここへ来たのよ!?」

 

葡萄「白邪、邪魔。コタツ、入れない、どけ」

 

そう言って、葡萄は俺をコタツから強引に引き剥がすと、コタツの中に首から下を埋めてごろごろし始めてしまった。

 

白邪「ちょ、それ俺のコタツなんですけど!?」

 

なんで俺のコタツなのに俺だけ入れない?

 

白邪「ちょ、葡萄、俺のコタツだから。その、入るならそこのネコ見たいなやつの所に入…………」

 

葡萄「うるさい。猫さん可哀想。白邪、邪魔」

 

白邪「自分のコタツにすら入れない俺はぜんぜん可哀想じゃないのかよ!?」

 

ヨエル「そういえば、葡萄ちゃんたちメイド五つ子姉妹はヒスコハ姉妹から着想を得たキャラだったね。人数が多い分、個性も厄介なもんだけど」

 

葡萄「うるさい。死ね、出ていけ。白邪、コイツどかして」

 

白邪「やれやれ、まったく、どっちが部下なんだか」

 

ヨエル「作者の意図としては、「自らの犯した罪を抱え続けるシエル」と「自分の行いを正しいものとして顧みないクロエ」で対比させているらしいんだ。在り方は違えど、どっちも人殺しだからね。シエルはフランス事変、クロエは退魔業。月姫零刻は月姫に比べて命の重さが違っていて、「魔は人に災いするから殺していい」月姫と、「魔であれ、殺してはならない」零刻とで違いがあるんだ。これが、この作品の特徴とも言えるね。命の価値や重みが変わっているから、一段と血生臭さが変わってくるんだ」

 

白邪「姉さんはどういう意図で作られたキャラなんだ?」

 

ヨエル「ほら、型月って姉ヒロインがほとんどいないからさ、やってみたかったらしい」

 

白邪「めっちゃテキトーじゃねぇか!!」

 

 

 

【今後の展開は?】

 

葡萄「裏ルート、どうなるの」

 

白邪「え?あぁ、この前の予告のやつか?」

 

絢世「そう言えば、そんなものもあったわね。作者のサボり回として」

 

毎回思うが、作者自虐ネタ多いな。

 

ヨエル「あれについてなんだけど、作者はかなり本気ならしいよ。つーか、なんならもっと色々なシリーズ展開を繰り広げるらしい」

 

いやいや、もっと名が売れてからそういうことやれっての。

 

絢世「聞いたところ、どうやら林檎ルートに入る前に、もう一幕何かが用意されているみたいよ」

 

ヨエル「あー、今度公開予定の超短編作、「甜瓜嬢の小さな事件簿」のことかな?」

 

なに、その胡散臭いタイトル。

 

ヨエル「どうやらクロエルートの数年後のパラレルワールドを描いた後日譚で、打ってかわっての主人公、本編ではお馴染みの甜瓜ちゃんがひょんなことからストーカー事件に巻き込まれ、白邪くんと共にストーカー撃退に挑むという内容だね」

 

白邪「なんか、思ってたよりもショボい内容だな」

 

ヨエル「まぁ、これは本編ではあまり触れられなかった中村家の日常の描写を書き足すようなモノだからね」

 

 

 

【来たる林檎ルート】

 

ネコアスナ「いい加減読者もこのノリについていけなくなったようなので、今回は直近の新裏ルート、林檎ルートの説明だけしてお開きにしましょうかね」

 

はっはっは。お前とヨエルさえいなけりゃもっと読者もやりやすかったんだよ。

 

ヨエル「よしきた!林檎ルートは………」

 

絢世「林檎ルートは本筋であるクロエルートからの分岐となるルートで、白邪がクロエさんと出会う日、保健室に向かわなかった場合に続いていくルートになっているわ」

 

ヨエル「あー、僕の役目!」

 

白邪「待って。それ裏とか言っておきながら結構ありえるルートじゃない?」

 

ヨエル「そう!だからなんだけど、正確には月姫零刻は3種類のルートに別れていて、1つは月姫に直結する「零刻ルート」、1つは裏から記憶や秘密をたどる「追憶ルート」、そして、すべての因縁に決着をつける「粛正ルート」の3種類に別れていて、クロエが零刻ルート、林檎ちゃんと葡萄ちゃんと蜜柑ちゃんが追憶ルート、檸檬ちゃんと甜瓜ちゃんが粛正ルートに該当しているんだ」

 

白邪「はぁ、つまりは残りのルートたちも存在しうる可能性は十分にあるってことね」

 

ヨエル「そゆことぉ。クロエルートではあまり触れられなかった人物たちが活躍していくから、楽しみにしていてね~」

 

葡萄「…………誰も、読まない、絶対」

 

ヨエル「さて、細かくは教えられないけど、林檎ルートのあらすじだ」

 

いや教えろよ、ヨエル先生。

 

ヨエル「基本的には林檎ルートの中盤の流れはクロエルートとほぼ同じ。中盤で起きるカーラ・アウシェヴィッチとの対立は健在。なんだけど、序盤と終盤の流れが全く異なっているんだ。そもそも、白邪くんと吸血鬼事件との接触がないから、ロアとの闘いはナシとなっているよ」

 

白邪「ふーん。それで?先輩との出会いがないってことは………」

 

ヨエル「そう。物語の序盤、謎の大寒波の謎を確かめるために街をうろついていた白邪は突然、蒼毛の少女、クロエに襲われることになる。死にかけるほどの激闘の末、なんとか白邪くんは逃げることに成功するが、まぁ、倒したわけではないから、結局毎日のようにクロエに追われる立場となるんだ」

 

ネコアスナ「ま、まさかのバトルデート!?」

 

白邪「黙れ、不良品饅頭」

 

ヨエル「さて、色々と事が進んでいく中、白邪は街で人殺しを行っている、もう一人の鬼人の存在を知ることになるんだ。その人物の正体に迫る中、白邪とその男をめぐる衝撃の事実が明らかになる………!という内容なんだ」

 

白邪「はぁ………じゃあなんか、そういうのが出てくるんだな」

 

ヨエル「それについては伏線張りまくりだったから、もうお気づきの方はいるかもしれないね。まぁ、さすがにここでは触れないけどね」

 

絢世「さて、そんなわけで、白邪のもう1つの秘密をめぐる林檎ルート。読者の皆様、どうぞお楽しみに」

 

ヨエル「じゃ、そろそろお開きだね!次回のヨエル先生もお楽しみに!」

 

絢世「皆様ごきげんよう」

 

ネコアスナ「アタシらは何度でも戻ってくる………!!ネコストライクバーック!!」

 

葡萄「…………ばいばい」

 

白邪「はぁ、じゃあ、今後もよろしくってコトで。じゃあな」




中村の健康を守る寡黙な侍女

葡萄

性別 女性
身長 158cm
体重 49㎏
誕生日 6月9日
血液型 O型
好きなもの 小さい猫、ぶどう味のグミ
嫌いなもの 大きな犬、うるさい人
専門 中村家の医療事全般
苦手 庭掃除


中村邸に仕える使用人五つ子姉妹のひとり。上から数えて三番目であり、姉に甜瓜と蜜柑、妹に林檎と檸檬を持つ。
中村邸の医療事全般を担ういわゆるお医者さんであり、怪我をしたり、熱風邪で寝込んだ場合は即座に彼女の出番となる。

応急手当も看病も、本場の看護婦並みの実力だが、患者への気遣いが皆無。…………と言えるほどの驚異的なコミュ障であり、会話の時点でかなり扱いづらい人間である。
普段から寡黙で無口。言葉らしき言葉を発することは一切なく、ロボットのような印象を与える。いざ口を開けば出てくるのは辛辣な罵倒。白邪をはじめとしてとにかく当たりが強く、クラスで真っ先に友達がいなくなるような人柄である。作中では人当たりの悪さで右に出るものはおらず、ときどき繰り出してくる暴力から、絢世に続く中村邸DV少女。
国語辞典の角で白邪の頭を殴り付けたり、金属バットで白邪の脚を払ったり、チェーンソーで白邪に斬りかかったりと、とにかく危なっかしい。
この世のものとは思えないほどの虐待に白邪が悲鳴を上げているが、この奇行は白邪に対する愛情表現のようなものである。………と蜜柑は供述している。
どうやら心のどこかで、呆れながらも自分のことを大切にしようとしてくれている白邪が大好きという、超危険行動を繰り返すヤンデレ少女なのだ。

ブドウの名の通りの紫色の髪と瞳とエプロンが特徴で、遠くからもわかる出で立ち。
紫色の少女を見つけたら即座に逃亡を推奨する。

彼女の閉ざされた心とその本音。そして大好きな白邪への想いは、白邪の運命を変えるかもしれない。
……………というのは可能性の域を出ないが、白邪の運命はクロエに左右されているため、少なくとも月姫の前日譚として葡萄と白邪の想いが交差することはないだろう。
それがあるとしたら、月姫零刻本編での平行世界か。それとも、もう1つの物語か。


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新生・月の都

 

「オラオラオラオラオラオラオラオラ!」

 

「おらおらおらおらおらおらおらおら!」

 

一方、乙黒教会で繰り広げられていたはずの、神話の激闘。しかし、その規模は徐々に他人事では済まされないものになっていき、遂にもみくちゃになってもなお進む二つの光は山道を転がり落ち、やがて乙黒の街中に流れ込んだ。

手始めに、付近の老人ホームが突如爆破される。犯人はどちらだったかはともかく、間違いなくこの死闘によるものである。

 

「まっ、待って!このままじゃ………!!」

 

「構うもんか!俺は何があっても君を捕らえる!街中での戦闘なんて、想定範疇だ!巻き込まれて何人か死ぬだろうけど、そこはそれだ!運がなかったと思ってもらうしかないね!お互い、自然災害なんだから」

 

街を巻き込むことをあくまでも気にかけているアルクェイドと、それを目的のためならば良しとするエセキエル。

街を巻き込んではならないはずのその闘いはむしろ森でのものよりも強くなっている。

次々と付近の家屋が倒壊していく。逃げ遅れた人々が瓦礫の下敷きになっていき、二人の攻撃に巻き込まれて跡形もなく、血も撒き散らすことなく粉となって消えていく。逃げまどう人々、次々と消防に通報する人々。そこは、まさに地獄だった。

 

「いい加減に………………して!!」

 

「ぐはぁぁつ!?」

 

エセキエルはアルクェイドの渾身の一撃に吹き飛ばされ、山の元へと戻される。

アルクェイドによるダメージはゼロ。

何せ、今のはアルクェイドがエセキエルを倒すためではなく、エセキエルを街から引き離すための攻撃。ノックバックだけに力を入れた攻撃は、さすがのエセキエルも、ダメージを殺しても、勢いまでは殺しきれなかった。

実に800メートルの距離を吹き飛ばされたエセキエル。普通ならば見えない距離だが、

 

「────!!」

 

山の表面から放たれる光の断層。空を切り裂く金色のレーザービーム。街の被害などお構いなしに、アルクェイドに向けて掃射される。

 

「────ちっ!!」

 

アルクェイドの左腕を掠める攻撃。

度重なる限界突破と対神兵装から放たれる攻撃を立て続けに受け、アルクェイドの体力は限界を迎えている。

追撃しなければならないはずなのに、アルクェイドは片膝をついて停止する。

 

「───くっ、なんで…………!!」

 

「終わらせる!!」

 

エセキエルと共に、山の中からバジリスクが現れて、アルクェイドに突撃してくる。

 

「嘘!?」

 

その巨竜の突進を間一髪で避けた矢先、

 

「狙いをすまして………どーん!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

エセキエルのビームがアルクェイドの座り込んだマンションめがけて放たれた。

照射対象であるアルクェイドは勿論、ついでにアルクェイドが立っていたマンションすらも世界の破滅を告げるような熱線に呑まれた。

辺り一面の瓦礫から、アルクェイドが現れる。もうぼろぼろだ。ずっと閉じたままの左目からは血が流れており、右足もおかしな方向に曲がってしまっている。

エセキエルも傷だらけだが、アルクェイドに比べると小さなものだ。まるで影響はない。

 

「さて、仕上げと行こうかな。生け捕りにするのって大変でさ。オーバーキルしてはいけないし、峰打ち損ねにするわけにも行かないんだよ、っと。」

 

エセキエルが手を伸ばすと、金色の鎖がアルクェイドに向けて放たれる。しかし、鎖はアルクェイドを攻撃するのではなく、その右腕を縛り上げる。

 

「しまっ…………」

 

あわててアルクェイドが振りほどこうとするが遅い。天の鎖(エルキドゥ)に絡まれた以上、神であろうと抜け出せず、むしろ神に近いほど抜け出せなくなる。

アルクェイドといえど、強引に振りほどくなんて猿知恵は通用しない。

 

「きゃっ!!」

 

一斉に鎖が引っ張られ、アルクェイドは強引にエセキエルの前に差し出される。

 

「おぉぉぉぉら!!!」

 

動けないアルクェイドに止めを刺すように、エセキエルは全力の蹴りを打ち込んだ。

鎖から解き放たれたアルクェイドは流星のように夜空を横切る弾丸となり、エセキエルの脚から放たれた熱線と共に教会のある山に激突した。

まるで隕石が落下したかのような、一際大きな地響きと爆発音、それから爆風。

森の木々は一斉に焼き払われ、緑色の山は、一部分だけが禿げたかのようになくなっていた。

 

「さぁて、そろそろ帰…………」

 

瞬間。エセキエルの身体が、斜めに傾いた。

 

「っと!危ない!浮遊には慣れてないもんで、って、あれ?」

 

見れば。エセキエルの右脚は消えていた。たった今アルクェイドを蹴りつけた、膝から下が消滅している。

 

「───────」

 

エセキエルは痛みにもがくこともなく、先の消えた自分の脚を見つめていた。

ついでに。

 

「■■■■■■■!!!!」

 

「どうした~バジリスク?」

 

バジリスクが雄叫びを上げて、苦悶を吐き出す。

苦しそうに空中で踠き、苦しむ。

やがてその踠きすらも弱々しくなっていき、最終的にはスパン、とギロチンで斬られたように頚が落ちてしまった。

 

「───は、はぁ」

 

エセキエルにしては限界を出しすぎたようだ。いくらなんでも、モノにはリミットという決まりごとがある。それを超過してしまえば、崩壊は否めない。

 

「…………そっか。もう、そんなに限界を迎えていたんだね」

 

いわゆる、エセキエルの寿命。人造人間であるエセキエルは、もともと細胞の劣化が早く、老衰することも、癌に罹ることもないが、こうして肉体を形成する組織が崩れ落ちて、泥団子が水に濡れて溶けていくように崩れていくのだ。

 

「さっさとしないとね」

 

エセキエルは全力で飛行を開始する。

 

 

 

「……………づっ!!」

 

アルクェイドは限界だった。体力も、魔力も。魔力に関しては呼吸をするだけでマナを吸収できるため、考慮は必要ないが、とにかく体力が危険値だった。ロアの長い存在に体力のおよそ七割を奪われ、残りの大半をエセキエルに削られた。

残り粕しか残っていない体力。アルクェイドは自身が残れるのは、どれほど長くとも、今夜までだと確信する。

 

「───そんな、コト」

 

自分が、負けたのか?ただの人間が作った人形に?まんまと策に嵌められ、ロアにも体力を盗られ。

罠に嵌まったのはこれで二回目だ。アルクェイドにとって屈辱以外の何者でもない。

 

その時、アルクェイドは決心した。アレは、ロアとほぼ同等か、それ以上の脅威だと。

 

「お待たせ、ようやく捕まえる時が来た」

 

エセキエルの背後には生き返ったバジリスクがいた。当然だ。バジリスクを布の姿に戻して錬金術で修復し、元に戻った布をバジリスクの姿に戻したのだ。

 

「まだよ。特別に、アナタには本気を出してあげる。ロアよりも優先して殺さなきゃならない相手なんて初めて。命を賭す覚悟だけは認めてあげる。けど、もう、ここからは、容赦しないから。ホント、楽に消えれると思わないで」

 

アルクェイドは右手を掲げる。右手が大気の断層を纏って輝きだす。

 

「いいよ。俺ももう見ての通り限界だ。だから、」

 

エセキエルはバジリスクに触れて、その姿を布の姿に戻して、それを羽織りなおす。

 

「正々堂々、ここで決着をつけよう」

 

エセキエルの本気度はアルクェイドの現在の本気度と同等。即ち全力だ。

今から、互いの全てをつぎ込んだ、世界神話の終局、創世の逆時論崩壊現象が巻き起こることとなる。

 

エセキエルの周囲に風が巻き起こる。風圧を纏って、攻撃を強化しているようだ。

 

「いいわ。アナタには勿体ないけど、見せてあげる」

 

アルクェイドも、声高らかに吼える。

 

「────私の、空想具現化を……!!」

 

 

 

───森がざわめく。姫の降臨を謳う木々の歓びの声。響く自然との共鳴。

繰り返される命の鼓動。

呼覚まされる星の息吹。

繰り出される姫の咆哮。

開闢の刻、終局の時。

真祖新生、月姫降臨、惑星誕生。

創世の光年より出づる天体の受胎の予告。

逆行銀河駆けるは一条の流星。

巡る運命の中舞い降りた白き人よ。

今こそ星の内海、その記憶、有り余る輝きと宇宙の芽吹きを指し示せ。

 

 

「戯れだ。最期の逢い引きを許す」

 

顕現せよ。アーキタイプ・アース。

 

「恐れ入るね、姫君よ」

 

謁見せよ。天の鎖。

 

 

出逢いはこの一瞬だけ。

 

 

時を止めよう。さて、これこそ、ロアが待ち焦がれていた、白き装束の真祖。麗しの月の姫。あの少女より、ずっと長い髪。あの少女より、ずっと紅い瞳。

あの少女より、もっと美しい月の光の鏡。

鏡に映る花より、水に映る月よりも、その輝き千辺夢幻、幽玄麗らかに舞い上がる星。

 

 

あぁ、訪れの真祖よ。舞い降りの姫君よ。

また今一度、この星に月の輝きをもたらし給え。貴女の、その眼差しを以て、星に願いを与えた給え。

 

「うーん、実際にお目にかかるのは初めてだけど、いざ謁見してみては、こりゃあ震えるよ。星に住む者なら、これを見て怖じ気付くのは当然かな。仮にも人形の俺を震え上がらせるなんて、さすがは姫君だね。なんなんだか。より一層、欲しくなってきたけど、触れられない」

 

「──────詩を遺していくつもりか」

 

「いいや?なんだい、その。今にも落ちてきそうな、掌に収まりそうな月を見るのと、君を見つめるのは、同じ気持ちなのかなって。そうだろう?手に入らないから、モノは輝くんだ。あの目が痛くなるような光も、この、心がはち切れそうな麗しも。まぁ、そうかな。これが見れただけ、俺は幸せかな。びっくりした。きっとこの先、なにがあろうと、誰を愛そうと。俺は、これ以上に美しいと思うものには、出逢えないのかな」

 

「───────」

 

「古い昔に、悪魔に魂を売った馬鹿がいた。そいつは最後まで、自分が良ければ、なんでもいいと思っていた。けれど、それすらも、今はいい。俺にはただ、この一秒の出逢いだけが、全部でよかった。不思議だね。人間ってのは。全てを失ってから、大切だったものを思い出すんだから。だけど、俺は違う。俺には、最後まで、エルキドゥがこの輝きに相応しいかを、試し続ける義務がある。───僕の名前は、フィオルォレイン。アルクェイド・ブリュンスタッドを手にするためにこの星に産まれた、埋葬機関第七位だ!!」

 

「─────ゆくぞ」

 

アルクェイドはいかにも動きづらそうな優雅なドレスを着ながら身構える。

 

「勝負だ。君は僕の物だ、原初の一!!!」

 

フィオルォレインは、左足で踏み込んで、右手を掲げて、自分の欲しかった人生に向かって、飛び出した。

 

「よくぞ吼えた、道化よ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………………はぁ、はぁ、はぁ、」

 

着いた。ようやく。伊賀見総合病棟跡。間違いなく、ここにロアが居る。

辺りを見回してみる。建物自体は大きくない。三階構造で横幅の長い建物であり、敷地は広いものの、建物自体は実に単純であり、実に平凡だ。

しかし、この地下には、とんでもない大空洞が広がっている。ロアがいつどこから現れるかは知れたもんじゃない。

だけど、

 

「わかる」

 

わかる。わかるとも。もし、俺の前に出てくるとしたら、それは。

記憶を辿る。見える。見えるとも。

あの日のことが。幼き中村白邪が命を落とした、あの病院での出来事を。

 

 

 

 

 

「ハクヤ!だいじょうぶなの!?」

 

不意に。

 

「うん!だいじょうぶ!おねえちゃん、おみまいにきてくれたんだね!ありがとう!あ、みんなもいっしょだ!」

 

不意に。誰かの声がしてくる。幼い、小さい、弱々しい、まだ漢字もロクに書けなかった、バカな男の声が。

 

「──────」

 

 

 

 

 

「………………ねぇ、きみ。オカリナふくの、すきなの?ねぇねぇ、なにかきかせてよ!」

 

「だ、だ、だ、だれですか?」

 

「ボク?ボクはハクヤ。きみは?」

 

「わたしは……………クロエ…………」

 

「そうなんだ!あ、ちょっとまってね!おねえちゃんをよんでくる!それから、リンゴちゃんと、ブドウちゃんと、ミカンちゃんと、レモンちゃんと、メロンちゃんと、あと、あと、えーっと、あれ?ボクなんにんいったっけ?」

 

「くす…………」

 

「な、なんだよ!なんでわらうの!」

 

「あははははははは!!ハクヤくんっておもしろいですね!」

 

 

 

 

 

懐かしい。俺は、ここから始まったんだ。

 

病棟の正面入口の扉を蹴破る。そのまま中に入る。まっすぐ進んで、待合室にたどり着く。

俺は、ここで終わって。ここで始まったんだ。

 

 

 

 

 

「にげて!ハクヤくん!」

 

「で、でも、クロエちゃんは!?」

 

「わたしはだいじょうぶ!ハクヤくんは、そのコをたすけてあげて!」

 

「うん、わかった!さぁ、にげよう!だいじょうぶだよ、ボクがついているから!」

 

 

 

 

 

頼もしいヤツがどこかにいた。頼もしかったけど、最後は全部、自分で台無しにしてしまった、生きる価値もない、ただの肉塊が。

あれはいつだったか。こんなところで、自分の正義を貫き通して、自業自得に果てたバカがいた。

 

 

 

 

 

「よし、にげよう!いりぐちはすぐそこだよ!」

 

「おや、何処へ行くつもりかな、お二人さん」

 

「────あぶない!!」

 

 

 

 

 

けれど。結局、それは。俺をバカなやつに変えただけだった。

 

「あ、あぁ…………」

 

後悔が背中を圧迫してくる。

こんなことなら、産まれてこなければよかった。

俺が産まれたせいだ。そのお陰で、みんなが不幸な目に遭ってしまっている。俺は、みんなに迷惑をかけてばかりだ。

一人ではなにもできないくせに、さも当然のように、毎日みんなに助けられていることでしか、中村白邪で居られない。

俺のような死人には、居場所なんてなかった。最初から。

 

(────中村くん)

 

けれど、俺を認めてくれた人がいた。

 

(────中村くんが大切だから、という理由ではいけませんか?)

 

産まれて初めて、こんな俺に、生きるコトを許してくれた人がいた。

 

(────中村くん)

 

産まれて初めて、こんな俺が、ここにいることを赦してくれた君がいたから。

 

「あぁ………あ、あぁぁぁぁぁ!!」

 

俺はここに居れているのに。俺は、またもここでなにをやっているんだよ!!

 

「バカ野郎………!!」

 

涙が溢れてきてしょうがない。前が見えない。足下を濡らしていく雨のような雫。

俺は、とっくに、壊れていた。前々から。

だから、彼女にもらった命は、彼女のために返してあげないと。

 

そのために、俺はこんなところに来てまで、死にに来たんだ。

 

「ようこそ、白邪」

 

「────ロア」

 

待合室から少し離れた廊下から、ヤツは俺に話しかけてくる。

 

「覚えているか?この廊下」

 

「当たり前だ。けど、もう、思い出の話は結構だ」

 

「残念。昔のことでも語り合いたかったんだが」

 

「要らねぇよ。どうせ反吐が出るような内容ばっかりなんだろう?聞き飽きたよ。いつだって血生臭いものばかり。たまにはメルヘンチックなおはなしなんかないのかよ?」

 

「残念ながら、良いネタがなさそうだ。強いて言えば800年近く前にワタシが見た美しいものの話ぐらいだが、まぁ、素人に言ってもつまらんよ」

 

「助かったぜ。余分な時間は要らなかったからな。このままだと、家族に余計な不安かけて消えなくちゃならない。そうなる前に、俺はお前と一緒に消えてやる」

 

血刀を取り出して、ロアと向き合う。

それを見て、ヤツはまた、爆笑する。

 

「く、くク─────くはははははははははははははは!!懲りない馬鹿は使いようとはよく言うもんだ!いいか?今のオマエではワタシには敵わない。オマエはワタシの配下にあたる吸血鬼なのだからな。単純な話だよ。群れのヌシを前に勝てるものなど居ない。オマエの足掻きも、どうせ無駄に終わるだけだ。十年前のようにな!!」

 

ロアがあの細い剣を構えて突然斬りかかってきた。

 

「づっ、うっ!!」

 

紫色の雷を纏った強烈な一撃。

なるほど、これは過去最大の強敵だ。吸血鬼は、ほかの連中とは比べ物にならない力だ。こう、なんだ。圧が違う。打ち合う度に痛みではなく、恐怖が押し付けられる。

能力で言えば、俺たちはほぼ同等か、俺の方が一枚上手。

だが、なぜか不思議とこの身体がこの生物と戦うことを拒否している。

 

「ほう、今の受けたか」

 

「舐めんじゃねぇ………俺は何度も死ぬ覚悟で修羅場くぐってきたんだ。十五回も死から逃げたお前と一緒にするんじゃねぇ!」

 

そのままロアの胸を右足で蹴飛ばす。

殺意を込めた蹴りが、だん、と生々しい皮膚を叩いて骨を殴打する感覚を伝えてくる。

 

「ぐはぁっ!!」

 

ロアは20メートル近く転がりながら吹き飛ばされた。吸血鬼の脚力だ。食らえば常人じゃ大怪我。だが、

 

「やるじゃねぇか、こいつは殺りがいがあるな!」

 

この生物も吸血鬼の枠組みだ。当然この程度では死なない。恐らくは、腕を切り落としたとて再生してくるだろう。

 

「なら、これはどうだ?」

 

雷を纏ったロアが低姿勢で突進してくる。

ヤツは俺の目の前で一気に体勢を低くし、スライディングを繰り出してくる。

 

「はぁっ!!」

 

反応が間に合った。跳躍して躱しきる。

地面に降り立ち、地面に座った体勢のロアを狙って斬りかかる。

 

「遅い、遅い………!!」

 

ロアは次々とその攻撃を後退しながら躱していく。

 

「なるほどねぇ、ならば、こうか!!」

 

立ち上がったロアがこちらに雷を一斉に照射してくる。

迫る神速。大気間を雷速で走る雷を躱す術はない。回避も防御もできず、俺はマトモにその雷霆を──────

 

「ぐぁっ………!!」

 

よりにもよって。あの左肩に受けた。

 

 

 

「え──────」

 

 

 

────瞬間。俺は、中村白邪という器を基点に、世界が傾く瞬間を目にした。

地球儀のように、軸に沿って、溢れるように傾いていく空間。

歪曲しながら捻れて壊れるように、視界が斜めになる。魚眼レンズ越しに見るかのようなそのセカイは、瞬く間に中村白邪の意識を奪っていった。




永遠を追う転生無限者、久遠を目指す死徒、輪廻を往くアカシャの「蛇」

ミハイル・ロア・バルダムヨォン

性別 男性
身長 180cm
体重 60㎏
誕生日 9月8日
血液型 O型
好きなもの 音楽
嫌いなもの 乾燥した空気
武装 数秘紋による雷霆、管楽砲(ギャラルホルン)

(プロフィールは転生先の凱逢玄武のもの)


概要

二十七祖番外位。「永遠」というものを追い求めて転生を繰り返す死徒。これまでに15回の転生を繰り返している。かつては聖職者であり、偶然見た月の姫君に心を奪われ、姫君を拐かして血を飲ませることで死徒となる。吸血鬼の転生による生命の輪廻を繰り返すことで、永遠を定義しようとしたのだ。
今回のロアは16代目であり、クロエの父親、凱逢玄武(がいあくろむ)の肉体に転生している。

性格は転生先である凱逢玄武の精神性、人間性に大きく影響しており、一定の状態になるまでロアの精神性は表面に現れない。玄武の性格は、基本的に物腰軽く、優しさに溢れているが、一方で決意の堅い人間でもあり、しつこく白邪に接触を図ろうとする。

白邪からは吸血鬼としても、人間としても嫌われており、白邪当人曰く、「吸血鬼じゃなくてもぶちのめしていた」らしい。
そんなワケで、人付き合いとはあまり縁がない人間である。

戦闘ではロア由来の数秘紋から雷を放つ魔術と、凱逢玄武由来の管楽砲(ギャラルホルン)を組み合わせた戦術を使う。雷による高い機動力と管楽砲の圧倒的破壊力を持ち、かなり長い間、器を保ち続けていた。
今回は15代目ロアからの転生にかけた時間が短く、教会やアルクェイドの感知も大幅に遅れ、実に10年近く乙黒に滞在していた。

しかし、実際のところははロアの影が薄かったわけではなく、当時埋葬機関に所属していた代行者、エセキエルによる一方的な妨害によるものだった。
エセキエルの完璧な策と隠蔽能力が功を奏して10年間ロアは残ることになり、転生を完了した10年後にアルクェイドと教会が同時にロアを感知することになった。
しかし、それでも「ロアがいる」ということしか知られず、なおも半年もの間、エセキエルはロアを匿い続けた。………実際はエセキエルにとってロアなどどうでもよかったのだが。
しかし、エセキエルの目的はロアにも知られておらず、一方的な手助けであるとして、ロア自身もエセキエルを完全に信用してしまっている。自身の前回の器であることすら気付かず───

凱逢玄武とは、クロエの実の父親である。
両儀一派時期総長補佐、凱逢家の元当主だ。玄武は病弱だった娘、クロエを守るために手術医として、過去クロエが入院していた病院、伊賀見総合病棟に潜入していたところ、ロアの転生先となってしまった。
玄武自身はロアのような邪悪な心も、憎しみや怨嗟も持つことなく、家族を守ることだけを考えていたただの善人だったという。
しかし、その慈仏のような人間性と修羅のような戦闘力は、話から別物。いざ戦闘になれば容赦なくバイオリンの弓を模した剣を取り、ギャラルホルンで混血や魔を蹴散らし、両儀一派の最上位メンバーとして長く座に有り続けた。

中村白邪をただの混血から吸血鬼に変えた原因となる、超重要人物でもある。
白邪は幼い頃、伊賀見総合病棟に入院していたところをロアに襲われ、吸血鬼となってしまう。
ロアにとって、元はといえば自身から出た残飯だった白邪は特別な存在であるらしく、殺意が比較的薄いらしい。




吸血鬼の少年、中村白邪は、すべての元凶となったロアを倒すことができるのか?
そして、ロアとその器の娘、その再開は如何に?

中村白邪の吸血鬼の力と鬼人の力を重ねた、「生粋の魔人」としての力が、遂に解き放たれる………!!


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記憶の廻生

 

「う…………ん…………?」

 

私は、唐突に、どこかで何かが割れたような音を聞いた。

 

「………何かしら」

 

ベッドから起き上がって、カーテンを開いて窓を開ける。

身を乗り出して外を見る。

 

「────気のせいかしら」

 

空にはただひとりきりの月があるだけ。

このきれいな空を見て、私は何を嫌気づいているのだろう。

滑稽だ。こんなものを見上げても、弟は何一つ変わらないというのに。

 

 

────もう、とっくに死んでしまった弟のことなんて。

 

 

ふと、後ろから気配がして、部屋の隅に立っている机の上にある家族写真に目を通してみる。

確か、私たちがまだ五歳六歳ほどのころのものだったか。今では映像を写した紙も廃れて、小さなスタンド式の額縁も埃を被っている。

そこには、まだ存命だったお父様とお母様、それから林檎たち五人姉妹を含めた、私たち中村【10人】家族が仲良く肩を並べている。

みんな、みんな笑っていた。

思い返してみれば、生きていた弟が写った写真は、残っているうちではこれが最後かもしれない。

 

けれど、なんで急にこんなことを思い出したのだろう。

 

「─────白邪」

 

彼は今日は、友人の家に泊まる予定のはずだった。心配は要らないと、わかっているのに。いつも彼に厳しくしている私がいないから、いつもより気を楽にしてくれていると信じているのに。

 

なんだか、本当に彼が帰ってくるのかと、ふと思ってしまった。

なぜか、最近は帰りが遅いし。

 

「────私は、貴方に何て言葉を掛けてあげれば善かったの」

 

こうなったのなら、話は簡潔だ。

彼はもう、気付いてしまったんだ。

 

膝からベッドに崩れ落ちる。

涙を流すこともできず、嗚咽を吐き出すこともできず、私はただ、俯いて、彼の姉という人物をいつまでも敬遠し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………まったく、どうなっている。この空気の流れは」

 

眼鏡の少年が、一人夜道を歩いていた。

日付が変わって間もない、こんな深夜だ。

どうやら普通の少年ではないようだ。どうやら、相当特別な事情があるようだ。

 

「待て、少年」

 

「なんだ?」

 

─────瞬間。

 

「ぐ───ふっ───!?」

 

少年は、正面から自身の腹を突き刺す、太い金属の棍棒を見た。太鼓のバチのような、とても人体には刺さりそうにない形状のその武器は。

鉄棍が引き抜かれる。

 

「ぐぅア…………アァ………づッ………!!」

 

血を撒き散らしながら、彼はくずおれる。

 

「お前…………まさか…………俺の妹が言っていた…………!!」

 

自分の血だまりに倒れ伏す彼は、その男を睨み。問いかける。

 

「────妹…………そういうことか。やはり、あの一家の子は三人いた訳か」

 

「な───んの、話……………だ」

 

「俺は混血を皆殺しにするために、この星に生まれてきた。まぁ、少し前には、大変な目に遭ってきたがな。だが今回はしっかりと愛棍を持ってきた。お前たち一家は、今日で終わりだと思え」

 

男は眼鏡の青年に追い討ちをかけることもなく、目にも留まらぬ速度で撤退していく。

地上から電柱に飛び乗り、どこかへ飛んでいく。

少年は再び地面に倒れる。怪我は重傷だ。

怪我の程度を確認して、いちおう生存はできると判断した。

しかし、いくらなんでもこれで耐えられるのはすごいと言えるだろう。並みの人間だったら即死であった。やはり彼はどうやらただの一般人ではないようだ。

 

「逃げろ…………兄弟…………そいつは…………」

 

もちろん、周囲には誰も居ない。彼は見えない誰かに語りかける中、その独り言すら言い残すこともできず、その場で力尽きてしまった。

たった今の、神速の通り魔の姿は、誰も捉えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────」

 

山道の辺り一面は焼け野原だった。

数度の爆発的エネルギー衝突による崩落を含め、更に先ほどの一発で、辺りの存在は大半が灰となって散った。

 

その中央で、ある者が倒れていた。

身体の中央に巨大な風穴が開いてしまい、これでは、間違いなく中身は粉々に砕け散っただろう。

 

「う………………く……………」

 

倒れていたのはエセキエルだった。

当然。あの生き物とやり始めてしまった以上、どうしようもない。勝ち目はなかった。

あの時ついに本体として現れた姫君、アルクェイド・ブリュンスタッドは、頭脳体の段階であったコンパクトバージョン、つまるところのルージュ・アスナロとは比べ物にならない強さを誇る。ただでさえ無敵のアスナロだが、それを越える存在を前にしては、元埋葬機関のエセキエルですら勝てない。

 

だが、エセキエルの行動もまた、決して無意味なものではなかった。

 

「そ………そんな………どうして………」

 

エセキエルのすぐ近くで、金髪の少女が倒れ伏していた。彼女は頭から多量の血を流しており、更に腹には貫かれたような大怪我があった。

そう、あの衝突は、結局のところは相討ちだったのだ。

 

「どうして─────」

 

少女は横で倒れる男を見ながらゆっくりと立ち上がり、歩み寄る。目に怒りにも似た感情を宿して。

 

「どうして、最後に私に手加減したのかしら。アナタにとって、本気を出すに足りない存在だとでも言いたいの?」

 

その表情は、一歩機嫌を損ねれば即座にそのギロチンのような爪が放たれるとも思わせるような鬼の形相だった。

 

「まだ…………君には、やることがある。そうだろう?」

 

「──────」

 

「ロアは旧伊賀見総合病棟をねぐらにしている。今いるとしたらそこぐらいだ。それ以上の情報は俺も知らない。ただ、俺と会うとき、あいつはいつもあそこで会っていた。なら、今もそこにいるのが妥当………と言ったところさ」

 

「そう。ここまでやっといて、最後にロアだけはしっかり押し付けるのね」

 

アルクェイドは不満そうな顔でエセキエルを睨む。

 

「ハ。ヨエルに仕事を押し付けまくったアスナロへのケジメってやつだよ。敵だろうと借りだけはしっかりと返してもらうからね」

 

「そう。まぁ、いいけど。どうせロアを殺すつもりなのは変わらないから。手間が省けて助かったわ。それじゃ、アナタも私もアイツも、もう今夜で終わり。温情も遺言も要らないわ。もう二度と会わないから」

 

「そう、だね。こっからはお互い不干渉で頼むよ。俺も、最期ぐらいは一人で終わりたい」

 

「────そう。それなら結構。さようなら、エセキエル。アナタの負けだけど、アナタの勝ちよ。もしこれが【殺し合いだったら】、きっと私の負けだった」

 

「…………そうか」

 

じゃ、と言ってアルクェイドは腕を抑えながらフラフラと瀕死の身体で歩きだす。

その様子を、彼はただ見つめていた。

 

アルクェイドの姿が見えなくなったときに、彼は独りでに携帯電話を取り出す。もう、掛けるべき電話の相手など、彼にはれいなかったはずなのに。

 

「…………やぁ。久しぶり。ざっと十数年ぶりぐらいかな?」

 

「………………その声………あなた、まさか………フィエルォレイン?」

 

受話器越しに、泣いているような声が聞こえる。

 

「ちょっとちょっと、泣くの早くない?僕まだ電話掛けただけだよ?」

 

「う、うぅん。ずっと、ずっと、心配していたんだから………!!どこで、どこで、何していたのよ………こんなに長い間………!」

 

「ごめんよ、ちょっと、仕事立て込んでてさ」

 

相手は、エセキエルとはもう関係ないはずの誰か。もう、彼の記憶からは抹消された、エセキエルには必要のない、記憶。

最期の時になって、彼は最期の有意義に使うべき時間を、なぜか、無意識にそこへ使った。

 

「いつ、いつになったら帰ってくるの?私、なんでもする!あなたが帰ってくるなら、私、何をやってでもお祝いするわ!だから、早く、帰ってきて………!みんな、待っている………!!」

 

「──────」

 

彼は、黙り込んでしまった。

フィエルォレインを待つものはたくさんいる。近所の友人、愛する妻。そして地元で暮らす親友の営むパン屋一家。

だが、彼らが待つのは、エセキエルという、真祖を捕らえるための兵器などではなく、フィエルォレインという人間だ。

 

「ごめん、その質問には、答えられない」

 

エセキエルは耳から電話機を離す。もう、全てにおいて、エセキエルは終わりに近かったのだ。

 

「え?ちょっと?フィエルォレ───」

 

エセキエルはぷつりと電話を切ってしまった。

 

「さすがに、死に際だとは言えないよね」

 

携帯電話をしまって空を見上げる。

空には中途半端ないびつなカタチのひび割れた月が。

 

「そういや、あのときも、こんな感じだったね」

 

ただ独り、人形は忘れ去った感傷に浸り続ける。それが、どんなに記憶から遠くても、いかに他人のものであったとしても。

その全ては、彼にとって、変えられないたいせつな記憶だったのだ。

 

「フィエルォレイン、か。もう、そんな名前は忘れた」

 

彼がフィエルォレインという名前を、正確には人間を棄てたのはもうずっと前の話だ。それこそ、この街にロアが現れる前の話だ。自分がやりたかったことのために吸血鬼になったとき、その時点でフィエルォレインという人間は終わっていた。

 

「だけど」

 

この、胸に残り続けるわずかな未練は何なのだろうか。人形は必死に考え続けていた。計算式を立てて検証する。その結果、彼はひとつの簡単な答えにたどり着いた。

当然のことであり、当たり前のことだ。

 

「あぁ。そうだ。僕は、家に帰りたかったんだ。みんなに、もう一度会いたかったんだ。それが、今フィエルォレインが一番したいことだった」

 

しかし、それでも、故郷の街を飲み込み、この街を飲み込んだ元凶を作ったのは自身だ。ならば、自分にはその願いを叶える資格はないと彼は決めつける。

最後に見たのが一年前だったある友人の顔を思い浮かべる。近所でパン屋を営んでいた円満な一家だ。幸せそうな家系だった。自分も、あぁなりたいと人形は思っていた。

 

「そうだね、叶えられる願いはなかった。だから、欲しいものもなかった。…………強いていえば。もう一度だけ、パン屋のエレイシアちゃん、抱っこしてあげたかったなぁ───」

 

また、抱っこする度に、家族ですらない他人に笑いかけるあの赤ん坊の顔が見たいと、彼は最後に願った。欲しいものは家族でも、富でも、永遠でもなかった。

ほんとうに、どうでもいい平凡なことだった。

 

 

 

 

 

────無論、そんな絵空しい願いばかりを抱くところもまた、フィエルォレインらしいといえばそうだったのだろう。

最後にとんでもなくたわいもないことを頭に浮かべて、エセキエルはその場で、エルキドゥのように、ただ何でもない土に還っていった。




結局、エセキエルってどれだけ強いの?



結論から言わせてもらおう。アルクェイドより強い。

もちろん、ガチの朱い月のブリュンスタッドには勝ち目などないが、それは地球の存在ほぼ共通のルールなので、当たり前なのだ。つまり、実質エセキエルは作中においてアルクェイドに対してもっとも力を発揮できる存在ということになっている。
参考までにだが、少なくとも、FGOのアーキタイプ・アース程度の能力であれば、姫アルクにすら圧勝できる。
もちろん、月姫本編のコンパクトアルクェイドよりも強い。光体を出された場合は、当然ながらロアのようにアルクの権能を奪っているわけではないので触れられないが、触れられる場合であれば、アルクェイドを撃破するのは容易い。
実際、バジリスクさえ連れていればバジリスクの魔眼で何でも殺せるし。作中でも、殺す気であれば、アルクェイドを殺すことはできたという設定にしている。生け捕りにするのが難しくやられてしまったというだけで。

では、シエルと比べると、ということだ。シエルはいちおうバジリスクの魔眼で殺せる。シエルの不死性は直死で殺せるレベルのものなので。
シエルと殺し合わせた場合はシエルが勝つ設定。ただし、シエルはもちろん聖典完全解放状態かつ原理血戒使用可能状態であるという条件が必要。
エセキエルはアルクェイドに対しては最強だが、他の最強キャラとやりあわせると案外普通である。

何せ、エセキエルの最大の弱点は耐久性だ。不死性もなく、再生能力もない。大袈裟な例だが、普通に刀で袈裟斬りにされただけで死ぬぐらい耐久力は普通。当然ながら段違いに強力な魔術耐性や星属性、神性攻撃への耐性を持つが、結局は大魔術やスーパー礼装とかを使えばイチコロできる程度の防御力である。
だが、バジリスクもバジリスクで、エセキエル以上に打たれ弱く、あらゆる攻撃において、耐性がないため、がっつり攻撃を受ける。ちまちまと魔術を打っていればそのうち倒せる程度。

エセキエル本体の戦闘力は目安として、「魔法使いに防戦を仕掛けられる」、「サーヴァントに勝てる」ぐらい。
アルクェイドはギルガメッシュやクー・フーリン、カルナといった、武器が強いサーヴァントに弱いが、エセキエルはその逆で、ギルガメッシュなどには滅法強いが、ケイローンやヘラクレスといったそもそもの戦闘力が強い相手にはやや後手を踏むことになる。



ついでに、ヨエルの場合も見てみよう。
ヨエルの戦闘力は大したことない。せいぜい天草四郎時貞レベル。サーヴァントとして戦えるか戦えないかを彷徨う程度のものだ。
本編では未公開だったが、実は術式を展開して一本の黒鍵を装填し、魔力と共に一直線に放つ飛び道具技があった。これの威力はだいたいカリバーンと同等ぐらい。
結構強いが、役には立ちにくい。

まぁ、ヨエルはヴローヴといい勝負をするくらいのものと思ってもらえればよい。


そんなわけで、エセキエルは実質上、作中最強キャラである。リアルのアーキタイプには負けるが、コンパクトアルクェイドには勝てる。しかし、アルクェイドに勝てるからといって他のキャラより強いとも限らず、魔法使いには遅れを取るし、バジリスク無しではサーヴァントにすら負けたり。


要は相性によって一気に強さが変わる、ある意味で「原初の一」のような戦闘スケールを誇るというわけだ。


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衛生宣言

 

「中村くん!」

 

クロエはは蹴破られたように壊れた正面入り口をくぐって伊賀見総合病棟跡に着いた。

 

「───────」

 

しかし、待合室には猫の子一匹なし。

彼女からすると予想外だ。彼女にとって、ロアが居るとしたらここら辺が予想だったのだが。

 

「上…………」

 

不穏な気配を察したクロエは上へ昇ろうと階段を探す。

しかし、その道中も、決して楽なものではない。

 

「!?」

 

ドゴォン、と音を立てて一階廊下に並ぶ各部屋から大量の人影が現れる。

 

「オ…………オオォォォ…………」

 

「─────」

 

彼らは意思も生気もなく、ただそのためだけに生まれたように、クロエへと襲いかかる。

 

「死者………!それもこんなに………!」

 

クロエは容赦なくフランベルジュを手に取り、死者に向かう。

 

「ごめんなさい、貴方たちを弔うことはできません」

 

激鉄が廊下を駆ける。クロエは犠牲を最低限に留めてやりたかったが、こればかりは仕方ない。徹底的に叩き潰すしかない。

 

「ロアは10年間この街に滞在し続けた。ならば、ざっと10年分の死者がいるのは確かなことです………」

 

そうなれば、数的に相手しきれない。10年。死者の総数はおそらく1万を上回るだろう。そうなれば、クロエはまるで戦えなくなる。1万の死者を仕留めるほどの余力と体力は、あくまで少女の彼女にはない。

 

「ここは………逃げるが勝ち………!」

 

死者を躱しながら階段を目指す。運良くも、この廊下の先が階段だ。まっすぐ駆け抜けるだけ。これなら彼女にもできる。

 

「────!!」

 

しかし、ここで、彼女の脚が止まってしまった。それは、目の前に映る死者のものだった。

 

「ナゼ、ナゼ、ナゼ、コン名、トコロ、似、キキキ……きサマらがガガガガ、イルゥ?」

 

「な………なんなの、これ」

 

相手は死者。だが、問題はその姿。

相手は死者と呼ぶにも失礼な程に、死者のカタチをしていなかった。

逆に、死んでいるようにも見えない。

この生き物は、この世には居てはならない。だが、この生き物は死んでいるようにも見えない。

あからさまに死んでいる。なのに、この生き物は、

 

「死者というより、エイリアン………!」

 

その生き物は、ヒトガタですらなかった。

だが、これは間違いなく人の死。

ヒトから作られたヒトならざるモノ。

 

「酷い………」

 

死者への冒涜か。死者を改造したのか。ソレはとても自然に現れる死者ではなかった。

 

「オオオオオオ!!!」

 

「これは、一体………!?」

 

戸惑うクロエの背後から、かつ、かつ、と硬い足音が聴こえてきた。

 

「やぁやぁ。ここまでご苦労だったね、クロエ」

 

「…………………!貴方は…………!」

 

その男は、青毛の男。紺色のコートに身を纏い、全体的に暗い色合いのソイツは、徐々にクロエへと接近してくる。

 

「お父さん………いえ、ミハイル・ロア・バルダムヨォン」

 

「いかにも。さっきちょっとした来訪者を出迎えたところだったのでね。ちょっと二人目が来るとは思っていなかった。出迎えが遅れてすまなかったね。………下がれ」

 

男、ロアの一言で死者たちは部屋へと下がっていく。廊下に残ったのはクロエとロア、そして、ヒトガタを保っていない、ヘンテコな見た目の怪物だけ。

 

「あぁ、こいつかい?こいつはね、ある代行者がヒトガタの死者を集めて作ったものなんだ。すごいだろう?図体も筋力も手足の本数も、我々よりもずっと大きいものだ。死者が10年分もあるんでね。さすがに雑兵を1万集めるより、精鋭を1000人集めた方が良い。こういうのがあと数十体ぐらいいるんだ。地下の方にね」

 

「地下………?」

 

クロエは先日カーラと戦ったあの地下の姿を思い出す。

 

「あぁ。外に出るとな、昇降機があって、そこから下に降りれるらしい。突き当たりに焼却炉だのなんだのがいろいろあってね。どうやら、この病院は普通じゃあないみたいだ。まぁ、そんなのはどうでもいいとして。まぁ、彼の仕事は実に手抜かりがない。ワタシの吸血を手伝い、出た死体を処理までしてくれた」

 

「知りません。それよりも、今すぐ中村くんを出しなさい。どこに監禁したのですか」

 

クロエは相手を実の父と見なしていない。相手はただの一端の吸血鬼、倒すべき魔として見ている。

鋭い口調でロアに詰め寄る。

 

「まぁまぁ。そんなに怒り気味にならないでくれ。こうはいっても、結局はワタシたちは親子なのだから」

 

「冗談じゃありません。お父さんとわたしをそんな風に扱わないでください。貴方の娘になどなりません」

 

「うむ、つれないね、残念ながらワタシの娘にも反抗期が来てしまったようだ。…………さて、君が過保護しているあのバカの居場所だが、そここそがあの地下だ。このでっかい死者があと数十体いると言っただろう?そいつらはあまりにも危なっかしいんでね。地下の奥に隔離していたんだが、生憎と来客用の部屋も用意していないんでね。申し訳なく、あそこに押し込んで貰ったよ」

 

「───うそ、中村くん!」

 

反射的に、クロエはロアに背を向けて病院を出ようとする。

───その油断が命取りとなる。

 

「掛かったな!嘘はついていないが、その背中だけはがら空きだ!」

 

ロアは剣を抜いて一気にクロエに切りかかる。

 

「───しまっ………!」

 

クロエはなんとか防いだが、反応が遅れたのは間違いない。軽々とロアに吹き飛ばされてしまう。

 

「ぐぁっ!」

 

「待たせたな!見せてやるよ………ワタシの切り札をなぁ!!」

 

ロアは手を大きく広げる。その背後から、巨大な笛が現れる。

その先端に雷のような魔力が充填される。

 

管楽砲(ギャラルホルン)!?」

 

クロエのギャラルホルンに充填されるのは炎の魔力だったが、こちらは雷の仕様になっているようだ。

同じ使い手であるクロエはアレの破壊力を良く理解している。とにかく距離を取らなければならない。

立ち上がって走り出す。とにかく攻撃が当たらない場所へ。

 

「オオオオォ…………」

 

「きゃぁぁっ!!」

 

しかし、クロエが逃げ出した瞬間、クロエが通ろうとした道の床から、巨大な怪物が姿を現した。

 

「邪魔!!」

 

剣を刺し込む。が、怪物はびくともしない。

怪物の長く太い腕がクロエを直撃する。

 

「きゃぁぁ!」

 

吹き飛ばされて床に転げる。

 

「残念だったね、あと少し早ければ、こんなことにはならなかったのに。オマエもあのバカな男と共に、死ね!!」

 

ギャラルホルンが唸りを上げてその破滅的なエネルギーを放出した。

太いレーザーのような光が着弾する。

 

「───────」

 

クロエが気付いて悲鳴を上げようと口を開いた時点で。

 

もう、そのとき既に病院の一階は瓦礫と共に吹き飛んでいた。

 

「中村──────くん、」

 

爆発によって起きた竜巻が瓦礫を巻き込む。螺旋を描くように瓦礫が円を描いて飛び回る。

竜巻が止んでクロエが地面に叩きつけられた直後、よほどの運の無さか。瓦礫が一斉に倒れる彼女の元へと降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────。

 

「よう。中村さんよォ」

 

────誰だ。

 

「おぉい、生きてんのかい?生きていりゃあ、返事してもらわないと、解らんな」

 

────だから。誰だよって聞いてんだよ。

 

(オレ)か?最後に逢ったのは何時だ、2日前?嗚呼、成る程。成らば仕方無いと言えば仕方無い。御前(オマエ)さんの記憶力では、吾の事など憶えられぬか」

 

────中叢か?

 

「おや。なんだ、存外にも憶えていたのか」

 

いやいや。2日前のことはさすがに覚えてるから。舐めんじゃねぇぞ。

 

「悪かったな。んで?どうする?御前さん、状況解ってんのかい?」

 

知るか。目が開かねぇんだ。手足も動かねぇし。中叢、何があったんだよ!?

 

「あぁ、いや、その………悪い。吾は裏側なんで。別段御前さんの状況を把握しているワケではないからな。状況を解っていないのは吾もなんだが」

 

なんだよこの役立たずが。じゃあお前なにしに来たんだよ。

 

「まぁ、吾も同じ体を共有して居るんだ。何があったかは解るとも。御前さん、否、吾達は彼の吸血鬼の雷霆に撃たれた。勿論、彼の日の左肩にな。其の一撃が余程致命的だったのだろうな。今はこのザマだ。御前さんの意識が回復するのにざっと30分程度は必要だ。其まで御前さんが生きて居られるのかって話だがね」

 

無理だ。ロアがなんで俺を生かし続けているのは知らないが、30分後には取り返しのつかないことになっているのは間違いない。

 

「此は憶測の域を出ないが、ロアは御前さんを眷属にしようとしているのかもな。そうでないとすれば、まぁ、殺すのが妥当だな。瞬殺ではなく、ゆっくりと、少しずつ、生きたまま咀嚼するか。まぁ、どのみち絶望の淵だ。御前さんは最期に下らん妄想でもしておけ。どうだ?吾と意識を共有すれば黒依とヤった時の感覚に近い幻覚を与えられるかも知れんぞ?」

 

うるせぇ。余計なこと言うな。お前も俺が死んだら困るんだったら、逃げる方法の一つでも考えろよ。

どうやら、俺は先ほどから鎖のような物に縛られ、椅子に座らせられているようだ。近くには誰もいない。

 

「吾は別に御前さんに依存はしていないとも。元より死んで居たのだからな。楽天的な御前さんとは対照的に、吾は只の世捨て人よ」

 

……………なぁ、お前、クロエ先輩と愛し合った時の感覚思い出せるって言ったな。

 

「応。なんだ、その気に成ったか?」

 

意識を共有するって、どういうことだ。

 

「む?なに、簡単な事だ。吾の自我を御前さんの物と入れ換えるだけだ。其が何か?」

 

なるほどな、しめたぜ。おい、お前、俺と替われ。お前と意識を入れ換えりゃ、この体は動くんだろ?だったら、お前に意識を移してやるから、そのうちに脱出しろよ。

 

「残念だが、聞けない話だな」

 

………!?それはどうしてだ。

 

「言った筈だ。御前さんは先天性の乖離性同一性障害ではないと。御前さんは吾を何だと思って居る?御前さんの別人格だなんて其んな都合の良い物では無い。御前さんの未来の姿なんだ。御前さんが人間ではなく、鬼人………否、吸血鬼の方向性に寄った姿だよ。吾とどうしても入れ替わりたいのなら、一生吸血鬼になる覚悟で居る事だ。 毎日人の血肉を喰らい、吸血鬼殺しから逃げ回る日々への覚悟をな」

 

ふざけんな。そんなの良い訳ないだろ。

 

「なら、無謀だ。替われ無いのなら、逃げられ無い。さぁ、次の案は何だ?」

 

ねぇよ。もうお手上げだ。助けが来るのでも待とうぜ。

 

「馬鹿め。助け等来る物か。此んな廃墟に来る者は言うに及ばず、ましてや此のような地下牢獄に等誰も来ぬぞ」

 

く………そ、畜生。もう手遅れか。この部屋に、何かが押し寄せてきてる………!!

 

「まぁ、下等死者が妥当と言った(ところ)か。だが、反応はそれだけではない。通常の死者とは異なる、何か巨大な反応まで来てるぞ。此は………っ、来るぞ、扉を破ってやって来るぞ。死者では無い、生者でも無い。此は一体………」

 

そうして、俺は扉が蹴破られる音を聴いた。

なんだ………この意味のわからない物体は………?いや、生きている?けど、死者にも見えない………

なんだ、なんなんだよ、この巨体は!?

 

「次いでに死者もやって来るぞ。此は、正に終わり、か」

 

俺たちは死者ともにやってきた、謎の巨大な死者のような気配を持つ生き物を前にしても、目覚めることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これほどにまで、呆気ない結末とはね。期待はずれといえば、期待はずれか。どうせなら、このまま次の肉体にでもなって貰おうと思っていたが。どうやら、それほどの器でもないようだな」

 

ロアはただ、床に落ちていた剣を拾い上げて、病院の外に出る。

壊れた壁から外へ向かうと、そこには血を流しながら瓦礫の下敷きになっている少女がいる。

 

「ロ、ア…………」

 

「まだまだだな。永遠など、遠いものだ。しかし、またしても、私の計画は失敗に終わった」

 

「……………?中村くんを捕らえ、わたしを追い詰めたのに、なぜ失敗なんですか………」

 

クロエはもうほとんど動かなくなった下半身を抱えながら、弱々しい声で吸血鬼に問いかける。

 

「あぁ。別に、君たちのことなどどうでも良い。私が追い求めているのは単なる永遠だ。魔術師の誰もが定義しようとした、人類の大望だよ。それを証明するために、私はこの身を死徒へと変えたんだ。そして、私はこの研究において最後の検証の段階へと到達した。残す一手、それは真祖の姫の捕縛だ。彼女の極点の原理。地球の最奥に位置する究極の惑星権能。アーキタイプ・アースの持つ星の触覚としての唯一無二の真祖権限。アレを得れば私は永遠というものを確定させ、ついに数百年に渡る旅路に終止符を打つことになる。まぁ、アレだ。これも研究の一環というヤツだよ。しかし、今回は想定外のことが起きた。あの真祖の強大な力が突如感知できなくなった。それはついさっきの事だ。まったく驚きだ。一体、何があったのかは不明だが、真祖の姫はおそらく消滅した。あの姫君がまさか私に恐れを成すことなどない。外的要因で邪魔されて、撤退に追い込まれたのだろう。私としてもこれ以上ないほどに無念極まりない」

 

ロアは心底不愉快そうに眉をひそめる。

 

「その、永遠を定義するために、何人の人間を犠牲にしたと、思っているんですか………!」

 

「さぁ?私自身、あまりにも数が多すぎて数えてもいない。私はこの通り、極度の神経質ではあるが、生前から家計簿すら着けないずぼらでもあるのでな。一日三食の内容と栄養価の記録などしている場合ではないさ」

 

「罪のない人の犠牲を、なんだと思っているんですか………!貴方の身勝手な研究に、なんでお父さんを、みんなを巻き込んだんですか………!今も、昔も」

 

「それはだね、黒依。【ワタシ】の目的を果たすためには、資源が必要だったんだ」

 

吸血鬼は柔和な笑みを浮かべて、我が娘に話すように口を開いた。

 

「資源………?」

 

「そう。永遠の定義なんて、不可能に等しい。そうだろう?純粋、どれほど医療技術を発展させようと、現在の段階では永遠はおろか、200年の寿命にすら到達しない。癌すら直せない現代の医療では、老衰を防ぐことはできない。癌にかからずとも、不慮の事故で死なずとも、病気で衰弱することもなく人並みの健康的な生活を送ろうと、生体である以上、最後には老衰が待っている。これは細胞の寿命の問題だ。細胞全てを新しいものに入れ換えては、本体が生き永らえたことにはならないし、そもそも現代の医療では不可能だ」

 

「………………」

 

「ならば、永遠に到達するためには人間よりも遥かな寿命を持つ知性態、死徒の力が必要なんだ。私はこの身を死徒とすることで、永遠を定義しようとした。しかし、吸血鬼には吸血衝動という欠陥を持っている。これは真祖から遺伝したものであり、その真祖の祖先となった存在が、吸血衝動を持っていたということに由来するが、まぁ、それはいい。とにかく、吸血鬼としてあり続けるには、吸血衝動を克服、あるいは発散しなければならない。そのためには、人間の血が必要だろう?人間も、明日を生きるために、牛肉を食べる筈だ。日によっては豚肉、またある日は鶏肉。もちろん、魚を食べる者も居る。この世は文字通りの弱肉強食。明日を生きるためには、純粋な食事による「エネルギーの摂取」が必要なんだ。君のような無垢な人間には伝わらないだろうが、あの朱毛にならば、伝わる筈だ。生態機能としてさまざまな力を持って生まれたのだからね」

 

「違います、中村くんにも、貴方の言っていることはわからない筈です………!」

 

「いいや、彼にはわかる。もう自分の全てを知ってしまっている。ならば、私と事実上同類。私と彼ならば、必ず解り合える。………と思っていたのだが、彼は残念ながら、私のことを理解しておきながら、愚かにも人間の方に情けを掛けたようだ。そんなワケで、今は地下に監禁させてもらっている。言うまでもないが、地下には大量の死者がいる。先ほど君に見せた、あの巨大な死者も虫ケラのように転がっているとも。まぁ、あのような場所で監禁されて、しかも気絶しているようでは、君が来るより先に死んでいたも同然。まぁ、今回は君の方が先だったようだが。そこは見事。だが残念。死者たちは先ほど、彼を監禁していた部屋に着いたようだ。これ以上は、彼の抵抗も意味を成さない。残念だったと諦めるしかないのだよ」

 

「───嘘」

 

「心配は要らない。間に合わなかったのは君のせいではない。勝手に街中をうろつき始めた彼の責任だ。自業自得だよ。どうやら、それほど吸血衝動を抑えるのが精一杯だったようだな。輸血パックでも置いておけばよかったものを。まぁ、そんな高価なマネ、出来ないか。ついでに自身の真の姿を知ったのも、ついさっきだったのだから。これで、邪魔はようやく片付いた。片付けるべきはあと一人」

 

「くっ、そ、うぅぅぅぅ!!」

 

クロエは踠くが、全く意味がない。瓦礫に潰された下半身で、抜け出せるわけもない。

 

「だが、私はこれ以上ないほど不機嫌ではあるが、今の心境も鬼ではない。君を見逃す手段ぐらいはくれてやる。どうだ?乗ってくれれば、その瓦礫も退けてやるし、あの青年の亡骸も拝ませてやれる。どうだ?悪い話ではないだろう?なに、別に幻の蛇の尾から出てくる珠を持ってこいとも言わないさ」

 

「…………何が、したいんですか………」

 

「黒依よ。君、この病院の資料、持っているだろう?それを渡して欲しい。ないなら口頭でも構わない。取りあえずこの病院についている門の開け方を教えて欲しい」

 

「…………!なんの、つもりですか………」

 

「知っているだろう?君の目的は中村だけではない。あの伊賀見一家も狙っていたんだろう?ここは昔であるとはいえ、伊賀見の管轄だ。この建物の構造ぐらい、理解している筈だ。この病院はな、門に謎のシェルターが掛けられている。なんと、「ヒトならざるモノを外に出さないようにする」という代物らしい。まったく、どうしてただの病院にそんな設備を仕掛けるのか、そして何者が仕掛けたのかは不明だが、とにかく、これのせいで死者が外に出られないようになっているんだ。今では伊賀見の管轄から外れたことでロックが緩んでいる。死者の中でもとりわけ死徒という生命体として成立している中村白邪や私は外に出ることに成功している。だが、死者だけは外へと出られない」

 

「なるほど、そういうカラクリだったんですか………中村くんが吸血鬼事件の存在を10年も把握していなかったのも納得です」

 

「そう。吸血鬼事件は街中で起きたものではない。全て、この病院で起きたものだ。死者が外に出られないのなら、死者は私へ血を運ぶことができない。ならば、獲物から来てもらうしかなかった。私は街を歩く青年たちを脅して、生きている人間をここに連れるよう言った。そして、全ての吸血をこの病院で行った。この死者の数にも納得だろう?なんせ、これは10年分の死者が10年間ここから出られなかった集合体なのだから。わざわざ街に出て派手に血を吸うのも面倒臭い。ならばこの病院を城として吸う方が効率が良いだろう?カーラ・アウシェヴィッチも、人間がここへ訪れることに目をつけたのか、ヤツもここをねぐらにしようとしていた。しかし、残念ながらヤツは私が手を下すまでもなく、二人の人間によって葬り去られた。まったく、君たちには感謝で一杯だな」

 

「…………その要求には答えられません。この門を解放すれば、貴方はもっと街の人々の命を奪う。そんなことは、仮にも貴方の娘であるわたしが許しません!!」

 

クロエは最後の勇気を振り絞ってロアの要求を拒んだ。その決断を、声を大にして言うには、一体どれほどの勇気を必要としたのだろう。「私はここで最悪の死を選ぶ」と言ったも同然なのだ。

 

「───そうか。ならば殺す。………と言いたいのだが、殺してしまってはは、情報源がなくなる。嫌でも吐き出してもらうしかないようだ。………申し訳ない、前言を撤回する。貴様に拒否権などない。門を解放する方法を言え」

 

ロアは地面に転がっていた、水道管のパイプを拾い上げて、動けない少女の頭に全力で振り下ろした。吸血鬼の肉体による全力。一撃で強化ガラスを破壊するような攻撃だ。並みの人間ならば、一撃で根を上げるだろう。

 

「……………断り、ます………!」

 

それでも鉄の女は黙秘を貫く。

吸血鬼の表情は一切変化しない。口も開かない。当然だ。そこには黙秘したという結果しかない。だから吸血鬼はただ、もう一度その凶器を振り下ろすしかない。

 

「…………くっ、まだ………!」

 

二発目。少女の頭部から血が飛び散るが、まるで少女の心には効いていない。

もちろん、言うまでもないが、まさかの助けなど来ない。ここで一生死ぬこともできずに殴られ続けるか、それとも大人しく街を明け渡すか、どちらかだ。

吸血鬼、無言の三発。

今の一撃で、パイプがクロエの頭の形に凹む。

 

「ぐ…………ううっ………!くっ!」

 

少女は折れない。寧ろ、「どうだザマ見ろ」と言わんばかりに笑っている。

 

「なるほど、石頭のたぐいか。確かに、これでは頭を水道管で殴るぐ程度だと意味がないか」

 

吸血鬼は使い物にならなくなったパイプを投げ捨てる。

代わりに、少女の左手を強引に引っ張って地面に押さえつけ、その鋭い爪を手の甲に突き刺す。

 

「ぐうぅぅぅ………!づぅぅうっ……!!」

 

これは痛い。苦悶で喉が枯れても仕方がない。だが、少女は耐える。街を明け渡すくらいなら、自分が死んだ方がマシだと。少なくとも、自分が黙秘を続ける限り、死者は街へと出れないのだ。彼女は自分が最後の希望なのだと理解している。そのために全てを放棄した。

 

「どうした、早く言え!!」

 

一度刺し込んだ爪を引き抜き、今度は背中を突き刺す。

このままでは少女は一撃よりも、出血多量によるショックで死ぬだろう。

それがわかっているからこそ、少女の余裕は右肩上がりに増え続け、吸血鬼の焦りも増していく。

 

「早く言え!命が惜しくないのか!折角、貴様を助けてやる機会をくれてやったというのに!」

 

もはや吸血鬼は気付いていない。自分が何度も少女の背中を突き刺していることに。

拷問のつもりが、いつの間にか我武者羅な攻撃になってしまっている。

憐れなことだ。もはや少女の思う壺だ。

間違いなく、一撃の度に少女は苦しんでいる。苦悶が止まないし、血は絶えず流れ続け、辺りには彼女の血がただ飛び散っている。

しかし、脆い少女の鋼の心は、いまだに傷一つない。彼女の、街を愛する心は、街を殺そうとした吸血鬼たかだか一匹では、まるで敵わなかった。

彼女はもう、だれの命も奪わないと決めた。

 

「そう、私は………!もう、誰も傷つけません………!そして、誰にも、誰も傷つけさせません………!」

 

それは、ただ魔を殺し続けていた弱くて小さな少女が発した、はじめての衛生宣言だった。

 

「あぁ……あぁ…………!!!!」

 

吸血鬼からなぜか苦悶が溢れる。吸血鬼には傷がついていない。立て続けに少女を突き刺した爪はもう全てを折れて剥がれているが、関係ない。その程度の痛み、何度も味わい、もはや痛みではない。

だが、吸血鬼の焦りは恐怖へと変わっていく。

吸血鬼は見た。何度いたぶっても折れない心を。最期まで諦めず、最期まで笑って果てた者を。

 

───だが、コレは知らない。

刺しても刺しても壊れない物体を、彼は知らない。

それは、700年近く生きてきた彼が生まれてはじめて見た、「生きているゾンビ」なのだ。

 

「この、バケモノめ………!死ね、死ね、死ね、死ね………!!なぜだ、なぜだ、なぜだ死なない!!こんなに、刺しているのに、なぜ壊れない!?人間の心は、こんなにも強固なモノではなかった!私が誰よりもわかっている。果てしない研究の末、疲れはてて自暴自棄になった!だが、なぜコレにはソレがない?ナゼ!ナゼだ!ナゼダ!コンナ、イキモノ画、存在、市て衣るワケ画ナイ!ナゼ、ナゼ兌!アリエナイリカイデキナイイミガワカラナイリカイフノウデコワレテモシカタガナイクライニイミガワカラナライ!ナゼコンナモノガココニアルナゼコンナモノニワタシハクセンシテイルナセワコンナモノニワタシガキョウフノカンジョウヲイダイテイルノダオシエロミハエルロアバルダムヨォン!ワタシハナゼコノヨウナモノニコノヨウナヤケイナイカリトカンジョウヲイダイテイルノダキョウフトイウイミフメイノカンジョウニ!!」

 

あまりの混乱に吸血鬼は少女よりも先に壊れてしまった。呆れにも似たため息がひとつ。そして少女は嘲るように笑っていこう言った。

 

「それは…………ですね、【命よりも大切だから】ですよ、お父さん」

 

「──命よりも、大切…………だと………?」

 

───命よりも大切。

それは、この吸血鬼の辞書には載っていなかった言葉だった。

吸血鬼には、一切理解できなかった感情だった。

 

「あり得ない」

 

吸血鬼には、この言葉の意味がわからない。肩こりという言葉は日本独特のものである。だから、肩こりという単語が存在しない外国人は、肩こりを起こさない。

ロアは、命よりも大切なものを持たなかった亡霊。ゆえに、その言葉の指す意味が、彼にはわからなかった。

 

だが、わかる。ひとつだけわかる。それは、

 

「それは私にとって、不必要なモノだ───!!!」

 

ロアは絶叫と共に今まで持たなかった剣を振り上げ、少女の首筋目掛けて真空を分かつように、一直線に世界もろとも切り裂かんべく振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────まったく。そんなだから、お前はこんなところまでやってきたんだろうが。

 

「────ぐはぁぁっづ!!?」

 

倒れる少女すぐの隣で、血が弾け飛んだ。

 

ゴトリ、と何か重たいモノが転がる。

それは、切り落とされた首だった。

感情のない眼(まなこ)。見るに、既にその首は死んでいるのは火を見るよりも明らか。

 

ドサリ、と頭部を失った肉体が地面に倒れ伏す。

 

「────え?」

 

生きている方は、ただ驚愕に口を開けては塞がらない。

 

「────くそ、遅かったか。ごめん、先輩。かなり、遅れた。【ちょっとだけだけど】」

 

朱毛の青年は真っ赤な刀身の刀を持ちながら、白くて大きな、ヘンテコな生き物の上に乗ってその上で笑っていた。

 

「はい、ちょっとだけ、遅かったですね、中村くん」

 

生きている方、クロエはその奇跡の如く現れた中村白邪を見て、心の底から安堵し、今度こそにっこり微笑んだ。




旧い時代に産まれた世界最初の【殺人貴】

中叢白邪

性別 男性
身長 175cm
体重 58㎏
誕生日 4月26日
血液型 AB型
好きなもの 炬燵、大根おろし、うな重
嫌いなもの 生の人参
大嫌いなもの 日光
武装 血刀、豪炎、第六感、寿命奪取


「中叢」とは「中村」の古い時代の旧姓であり、どちらの表記もこの青年に該当している。作中ではこの人物を「中叢白邪」と表記しているが、実際はそうではなく、中村白邪を一門の伝統と旧名にのっとった上での正式名が中叢白邪である。
鬼人の血を引く混血の一家、中村に産まれた子であり、現当主絢世の実の弟。
幼い頃、怪我によって伊賀見総合病棟に入院していた際、手術医、凱逢玄武に転生したミハイル・ロア・バルダムヨォンに襲われ死亡する。しかし、偶然死徒となって死んだまま生き返ることに成功する。

普段から慢性的な起立性調節障害(後天的なストレスや生まれついての自律神経不全によって朝から昼にかけて様々な体調不良を起こす病気)に悩まされていたが、実際は死徒になったことの後遺症で日光に弱くなっていただけである。
運が良いのか悪いのか、混血の家系に産まれていたことが幸いして、吸血衝動は鬼人の血を消費することで打ち消すことができるようになっているため、吸血衝動とはほとんど縁がなく、ごく一般的な生活は辛うじて送ることができた。

また、生まれついて強力だった自我もあってか、常にギリギリのラインで反転を防ぐこともできているため、混血の死徒としては、この世でもっとも上手いこと折り合いをつけることができている人物とと言える。

作中では鬼人の力の一例として血刀が挙げられているが、その全ては吸血鬼として得た能力であり、実際は吸血衝動を打ち消すために力が使われているため、ほとんど解放されていない。
吸血衝動を完全解放する覚悟の上であれば、鬼人としての力を解放することができる。その際、倫理観が急変することによって中村白邪の人格が大幅に変貌し、中叢の状態になる。
鬼人としての能力は「寿命奪取」。文字通り触れた相手の生命力を根こそぎ奪い取る、言わば「魂喰い」。細胞寿命、活動エネルギーはもちろん、相手の記憶までも奪うことができる。相手の霊魂を奪い、奪った魂を管理する死神としての側面を持つ。

中叢の一人称は「(オレ)」。二人称は「御前(オマエ)さん」。妙に時代掛かった言葉選びが特徴で、世捨て人のような口調で話す。会話の際も道徳心や倫理観が微塵も見られないような発言が多く、マジで全てがどうでもいいと思っている。
しかし、一方でなにもしてないように見えて白邪の人生のなかでは大きな意味を持っており、重要な決断を行う際や、白邪が再起不能の状態の時に現れるので、白邪にとっては案外頼りにならないこともないらしい。

鬼人としての戦闘能力は白邪を大きく上回る。吸血衝動を解放するのと引き換えに鬼人の能力を使っているからだ。
それもあるが、そもそもの力が強いため、白邪とは動きや構えから全く異なる。
戦闘スタイルが異なり、自分の安全を守ることだけに集中する「正当防衛主義」の白邪に対し、中叢はただ相手を殺せばなんでもいい「勝利至上主義」である。
人を絶対に殺さないと決めている白邪とは異なり、普段から人を殺すことだけを考えている殺人鬼。

怒りや憎しみといった感情を持たず、愉悦や快楽もまた知らない、生まれたての赤ん坊のような人生である。実質、中叢が生きていたのは吸血鬼になる前のみ。10年にも満たないため、あれだけ達観した感性を持ちながら、根はただの子供である。
子供の頃の彼の経験しかないが、それでありながら中村白邪が死徒として完成した、というイフでもあり、いわゆる死徒白邪。

白い装束と黒の羽織を着た、陰陽師のような、あるいは隠居した武士のような服装をした男性で、白邪の心象世界の何処かにある迷命城に居を構えており、時折、白邪の前に突然現れてはすぐに消えていく、ひとときの嵐のような風来坊である。


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怨返し

 

────それは、わずか5分前の出来事。

 

 

 

 

俺は───死んだのか。

 

俺は───無事なのか。

 

俺は─────

 

 

 

 

 

「う…………う…………?」

 

俺は胡乱な頭のまま、不意に不思議な感覚に襲われ、ゆっくりと溶けるように目覚めた。

 

「あ、れ………?」

 

俺は───生きている?

あの時、部屋に何か、意味のわからない生き物がやってきて。死者も追い討ちでやってきて。俺はあのまま、生きたまま咀嚼されて死んだはず。

 

「□□□□□□□???」

 

「うわぁ!?」

 

突然、俺の目の前に一匹の謎の動態が現れた。

ソレは、ヒトのカタチをしていない、ヘンテコな生き物だった。今まで生きてきて、見たことない歪なカタチだ。

見るからにヒトならざるモノ。コレは、死者の類いなのか………?

 

「この…………!!」

 

俺を殺しに来た相手を睨み付け血刀を取り出して臨戦体勢を取る。

 

「□□□□□…………」

 

だが、俺が戦闘体勢に入ってもこの生き物は動かない。武器を構えた俺を見てもびくともしない。

───かと言って、反撃してくる素振りも見られない。

 

「なんだよ、お前…………」

 

「□□□□□……………」

 

この生命体は俺には聞き取れないような変な声を上げて、必死になにかを伝えようとしている。そのうどんみたいな腕を伸ばして辺り一帯を指差す。

そこには、コイツと同じような生き物の死体が山ほど転がっており、そこには俺が見てきた通常の死者たちも混じっていた。

 

死者が、いつの間にか勝手に死んでいる。

繋がった。俺が生きていたのは他でもない、何者かがここで死者とこの生き物を蹴散らしたからだ。

では、その唯一の生き残りであるコイツは、俺に危害を加えないのは何故だろう。

 

「まさか、お前」

 

「□□□□□」

 

この得体の知れない生き物は、うどんのような腕をゆっくり俺に伸ばしてくる。

そして優しく、俺の頭を撫でてきた。

 

「─────あ」

 

この感覚。俺にはわかる。

 

────なんでだろう。

コイツは間違いなく、俺の敵なのに、なんでか俺は、今の行動に、先輩に似たような母性を感じた。

 

「────助けて、くれたのか」

 

「□□□□□□~♪」

 

わかった。わかった。俺は今理解した。このうどんの玉みたいな生物は、死者から俺を守るためにやってきた。そして、このうどんの死体の山は、死者と戦った痕。

コイツは、偶然生き残った、俺を守ろうとしてくれたヤツなんだ。

 

「────ありがとう。お前のおかげだ」

 

俺は自分より大きい、もう感情も命も籠っていない生き物へと歩み寄り、無意識に抱きついた。

なんだか、柔らかくてもちもちした感触だ。もちもちとか、もふもふとか、もこもことかは俺の大好物だ。このまま持ち帰ってクッションにしてやりたいぐらいに気持ちがいい。

 

「────そうだよな。何事も、印象からじゃなくて、まずはこうしてコミュニケーションを取らないとな」

 

人間とは距離を置いてきた俺には、どうもヒトならざるモノとの意志疎通が可能なようだ。会話はできずとも、ジェスチャー程度なら上手いこと情報交換ができるかもしれない。

 

「□□□□□□!!」

 

───自分を信じてくれた俺を気に入ったのか、謎の生物………通称うどんは俺を掴み上げ、頭に乗せてきた。

 

「ど、どうしたんだうどん?」

 

そうしたら、急にうどんは走り出した。

なんか、俺なんかの映画かなんかで見たことあるぞこういうの。

天空の城にいるロボット兵みたいなやつ。

うどんは俺の言うことを聞かず、俺を乗せて何処かに向かって走っていく。

 

「まさかお前、出口まで案内してくれるのか!?」

 

「□□□□」

 

「うおー!?よくわかんねぇけどありがとう!うどん!」

 

うどんに連れられ、俺は不思議な廊下を進んでいく。

 

しばらくして、ひときわ広い場所にやってきた。

 

「あ、この辺りは………」

 

カーラと二回目に戦った場所だ。

たしかこの先に非常口へと続く扉があったはず。

どうやら無事に脱出できるようだ。

 

「助かった。ありがとう。お前のおかげでここまで来れた。ここからは大丈夫だ。下ろしてくれ」

 

「□□□□□」

 

一瞬、うどんは首を振るような動作を見せた。

 

「お前、地上までお供してくれるのか?」

 

「□□」

 

うどんはうん、と言うように頷いた。

そして、うどんは非常扉をタックルで突き破ると、非常用の螺旋階段の中央で大ジャンプ。

 

「うわぁぁぁぁぁぁ!?」

 

一気に俺は地上まで飛び上がった。

そして、俺の視界に映ったのは、そう、明るい夜。

いや、夜にしてもとても暗いが、あの地下よりずっと明るくて、落ち着ける。

 

そして。

 

「…………!先輩!!」

 

置くで、瓦礫の下敷きになっている先輩を見つけた。そして、先輩の身体に爪を突き刺しているアイツは………!!

 

「ロア………!!あの野郎………!!」

 

俺がいないからって調子に乗って先輩に暴行してやがる。

ふざけんな。それでも父親か。

その器が先輩の父親であろうと、俺の女に手を出した奴は、誰であろうと許さない。

地獄に落としてからさらに地面に生き埋めにしてやる───!!!

 

「うぉぉぉぉぉぉぉぉ────」

 

俺は叫んでロアに斬りかかろうとした、次の瞬間。

 

「□□□□□□!!!!!」

 

俺よりも大きな声でうどんが雄叫びを上げ、俺を乗せたままロアに向かって一直線に疾走した。

その速度は先ほどまでのものとは比にならない。車や電車を越えるもうスピード、たたえ雷速のロアも気づかなかった。

 

「□□□□□!!!」

 

うどんが俺に優しく触れたあのモチモチの腕を突き出す。

そして、なんと、その踏んだだけで壊れそうな柔らかくてふにゃふにゃとした細麺が、鋭くロアの頭部を吹き飛ばしたのだ。

 

「───────え?」

 

これにはクロエ先輩も驚愕。俺も。

ぶっしゃぁぁぁと血を撒き散らした胴体はドサリと倒れ、付近にゴトリ、とロアの首が転がった。

 

「えぇぇぇぇぇぇ!?」

 

こ、こ、殺してしまった………!!

うどんが?あの柔らかい腕が?

こんなに鋭く?刃物で切ったかのようにロアの首を?

 

こんなところで思い出すのもどうかと思うが、俺が親父の首をナイフで吹っ飛ばしたあの時よりキレイに首吹っ飛んだぞ?

ちょっとクレイジーな比較だけど!

 

────しかし、そんなのはどうでもいい。今はクロエ先輩を………!!

クロエ先輩はぐったりとしていた。見るに痛々しい傷を負っていることから、おそらく戦って負けただけじゃなく、さらに拷問的な暴行を加えられたのだろう。

 

「────くそ、遅かったか。ごめん、先輩。かなり、遅れた。【ちょっとだけだけど】」

 

俺は怒りを我慢しながらなるべく先輩を安心させようと、笑って言った。

 

「はい、ちょっとだけ遅かったですね、中村くん」

 

クロエ先輩もそう笑ってくれた。

 

「中村くん、その生き物は…………」

 

「地下で俺を助けてくれた死者なんだ。ここまで案内してくれてな。うどんって呼んでる」

 

「いえ。違います!そうじゃなくて………うどん?さん………貴方は………」

 

「………?先輩?」

 

先輩は俺の言ったことに答えず、ただうどんに抱きついた。

うどんはただぽけーっとしている。

 

「内宮くん…………」

 

「え………?」

 

その苗字、どっかで…………

 

 

(実はね、中村くん。うちのバンド、ボーカルに【内宮】って子がいたんだけど、よりにもよってこの日に持病で入院しちゃってね。そこでだ、是非、君に代役をお願いしたいと思ったんだ)

 

 

「───────」

 

………まさか。うどんの正体は───

 

「□□□□□」

 

うどんはただ先輩を抱き締めている。かつての友人ではなく、ただ、抱きつかれたから抱きついたという、単なる生物反応としての愛情表現。

だけど。

 

「─────」

 

死者は、なんでもかんでも、ダメなやつばかりではない。こうして、ヒトとも分かり合えるやつもいたんだって。

今、初めて知った。信じていた通りだ。俺は、どんな生き物とでも、分かり合えるんだって。

 

「───カーラ」

 

アイツの助言も、きっと俺の力になっていた。

俺は、そうだ。たくさんのヒトならざるモノに助けられて、ここまで来れたんだ。

それは、俺の宝物であり、そして、すべての生き物は、相互理解ができるということの最大の根拠だった。

たとえカタチが違っても。たとえ言語を話せなくても。

互いに互いのことに真剣に向かい合えば、俺たちだって分かり合えた。

俺を殺そうとしていた先輩も、俺が殺そうとしていたカーラも、俺を殺してくると思っていた内………うどんも。

 

「だから、」

 

俺は、彼らに、彼女らに、その恩を返してやりたい。その怨を晴らしてやりたい。あの下道を、みんなのために、俺を救ってくれたすべての生き物のために。何より、俺にとって大切なクロエ先輩のために。

 

「──────馬鹿な」

 

俺は声のした方向を見た。

そう。こいつを仕留めないと。

 

「──────そんな馬鹿な」

 

まったく。どれ程生き汚いヤツなんだ。

首が取れても、再び繋がって生き返るなんて。

 

「──────何故だ、何故、あの代行者の産み出した融合死者、その中でも特に強力な個体の総称を奴は六型と呼称していた。その六型が、何故、人間の味方をするのだ………!ホムンクルスの鋳造に全てを費やしていたのではなかったのか、あの男は!何故持ち主を裏切るようなモノを作ったのだ!」

 

ロアが生き返ってすぐに発した言葉は意味不明なモノだった。いったい、誰に向かって怒りをぶつけているのか。

 

「─────あの代行者………!」

 

ロアは俺が目の前にいるにもかかわらず、携帯電話で何処かに電話なんかかけ始めた。

 

『ははは、引っ掛かったかい?ロア』

 

ロアの携帯電話から、なんとも緩い声が聴こえてくる。

まぁ、そんな予感はしていた。あの若草野郎、どうも最初から胡散臭かった。本来部外者だからロアのプロフィールなんて知らなかった筈なのに、なぜかめちゃめちゃ知っていたし、ロアのことを問題と思っていなかった素振りもあったし。

何より、常に目線も警戒心もアスナを意識していた。

 

もう俺は早くも謎は解いていた。ハナからヨエルはアスナを狙っていて、ロアなんておそらく何かしらのついでだったんだと。

 

「巫山戯るな。なぜ、あんなモノを作ったんだ!?貴様の話じゃ、アレは最強の複合型死者だと言ってただろ!なぜ、ワタシを裏切るようなあんな不良品を生産しやがった?」

 

『あっハッハッハ。ロア、粗大ゴミの君の口から不良品って言葉が出るとは夢想だにしてなかった。けど、いくらなんでも不良品とは失敬だよ?ありゃあ、正真正銘の最高傑作。賢すぎて人間に味方しているだけだろ。そも、君を助けるなんて誰も言ってないよね?そりゃあ、僕も代行者だ。吸血鬼の味方なんてするわけないだろ。』

 

「なんだと!?」

 

『…………言い忘れていたけど、僕の狙いははじめからアルクェイドだけだったのさ。君はついで。アルクェイドをおびき寄せるために君を利用しただけだよ。まさか本当に信じていたなんてねぇ。ミハイル君は本当にピュアだねぇ~』

 

「貴様………姫君を………!」

 

『うん。君がここで血を吸って出た死者は僕が処理するっていう約束だよね?じゃあ僕がどうしようが勝手さ。半年近く前からずっと、この機会を待って、万が一のための防衛機構を用意していたんだよ。まぁ、このとおり、僕もアルクェイドは捕まえられなかったよ。もう襤褸屑のように消えていくだけさ。じゃあ、最後にこれだけは言わせてくれ。───残念だったな、ロア!!まんまと利用されてくれてホントにチョロくて助かったよ!んじゃ、ばいばーい!そこでおとなしく、白邪くんにでも殺されているんだね!ハッハッハ!!!』

 

ロアの電話は唐突に切れた。

 

「最初から、ワタシは、全員に嵌められていたというのか?姫君を罠に嵌めたことはあったが、誰でもない部外者が、ワタシを拐かしたというのか?このロアを?」

 

ロアは携帯電話を地面に叩き付ける。

そして、ようやく俺に向かい合った。

 

「死ね。ただ全員、跡形もなく消え去れ──!」

 

こちらに向かって突然、ギャラルホルンを放ってきた。

 

「先輩!!」

 

瓦礫の下敷きになって動けない先輩の上に覆い被さり、守ろうとした。

その時、先輩に被さる俺の上に、さらに───

 

「□□□□!!!」

 

瞬間、大爆発が起きた。瓦礫も地面も舞い上がり、辺りは火の海となって、ロアの言った通り、跡形もなく壊れた。

 

「────っ」

 

なぜ、俺は。生きている………?

 

「先輩。大丈夫?」

 

「はい。中村くんは………?」

 

先輩はどうやら無事のようだ。いや、初期状態から無事じゃないけど。

 

「俺は平気。大丈夫。うどんは?」

 

先輩から離れて、うどんに向かい合う。

 

「────!うどん!!」

 

俺はそう叫んだが、もう事はとうの昔に済んでいた。

そこにはただ、肉体の大半を失った、死にかけ、いや、死ぬ数秒前のうどんがいた。

 

「────うどん!!」

 

「内宮くん!!」

 

うどんは先輩を守ろうとした俺をさらにその上から庇って、ギャラルホルンの砲撃が直撃してしまったようだ。

 

「そんな!何やってんだよ!なんで、俺を守ろうとしたんだよ!」

 

今にも崩れてしまいそうなうどんを支えるが、ダメだ。中身からどんどん溢れていっている。このままでは、いや、いつ何をしようが、もう、手遅れだ。

 

「助けて、くれたのに………!なんで、何も悪くないお前が、真っ先に死ななきゃなんねぇんだよ………!」

 

「───□□□カラ………」

 

「───!?」

 

うどんが喋った!?

 

「────キミ□マモリ□カッタカラ………」

 

「内宮くん…………」

 

「────□ロエサンヲ、マモ□ウトシ□クレタ、キミ□マ□リタクテ」

 

うどんは最期を察しながらも、最期まで、俺たちを守ろうとしていた。死者でありながら、生者を守ろうとした、その行為は。

 

「ヨカッタ。マモレテ」

 

「うどん!しっかりしろ!内宮、先輩………!!」

 

「───ナカムラ、クン?ッテナマエナンダネ。ナカムラクン、クロエサンノコト、マカセタヨ…………」

 

うどんは、最期に、とんでもない事を言い遺して逝った。

 

「──────」

 

「──────」

 

俺と先輩は二人で内宮先輩に抱きつく。

内宮はもとより死者とは思えないカタチ。元から顔がないから表情もわからなかったけど、なんとなく、彼は最期に笑っていた気がする。

内宮は死体になってゴミのように転がることもなく、眩しい、金色の粒子となって、ぼろぼろと崩れ、空へと舞い上がっていく。

子供の頃にやっていた線香花火みたいだ。

線香花火が最期に火の玉が落ちる瞬間、あの刹那に生まれるなんとも言えない切なさ。アレによく似ていた。

 

別に、悲しくはない。彼がどんなヤツなのか。そんなことも知らない赤の他人の死は弔うことはできても、涙はできない。

古くからの部活の同僚、その旅立ちに、クロエ先輩はただ涙している。

 

「クロエ先輩は俺が守りますよ、内宮先輩」

 

もうこの世にはいない人に、俺はただ届きもしない言葉を吹き掛けてみる。返事など返ってこない。当然だ。届きもしない。当然だ。だけど。

 

────届くといいな、なんて。

 

 

まぁ、後は単純だ。シンプルなのは嫌いじゃない。

別に悲しくも悔しくもない。たった数分の関わり。死んだところであまり響かない。

───だけど。

 

「───それでも、俺に怨みはある」

 

大切な仲間を、大切な上級生を奪われて、ただで済むと思うなよ、吸血鬼。

 

「フ、出迎えが遅れた。また死にに来たのかい?中村白邪」

 

「いいや。お前を殺しに来た。感謝しろよな。俺は誰も殺さないと決めていたけど、お前だけは生かしちゃおけない。お前、俺に特別扱いされたんだぜ」

 

「ハ、誇りにもならん。どのみちオマエは行き着くところはワタシと同じ、ただの殺人鬼なんだからな!!」

 

ロアは再び剣を構える。

俺もそれに合わせて血刀を手に取る。

 

「───俺はお前が吸血鬼だから殺すんじゃない。お前が奪ってきた、お前が壊してきた人々。彼らのために、俺はお前を殺すんだ。覚悟しとけよ。お前が、誰に喧嘩売ったのか、これから心行くまで思い知らせてやる。俺は中叢白邪。人々の願いに応えて、お前を地獄に突き落とす鬼人だ」

 

「─────ふざけるな………!」

 

「黒依。君は離れていろ。だってこれは、俺がやるべき復讐の闘いだ。あいつに殺されてきた人々、そのなかで唯一生き残った人間として、彼らを代表してあいつをぶっ殺す」

 

「─────はい」

 

黒依は頷いて、さっきのギャラルホルンの攻撃で破壊された瓦礫をどけて立ち上がり、遠くへと離れる。

俺たちの距離はわずか10メートル。立ったまま互いの武器を伸ばしても武器どうしが触れ合うくらいの距離だ。

 

「────────」

 

「────────」

 

俺はヤツを許さない。同じように、ヤツも俺を逃がさない。これ以上ないほど俺たちは対等の位置に立っている。

ヒトに害成す吸血鬼は、互いにここで路連れになったほうが、互いに幸福だ。

今さらながら、俺の生き残った意味がわかってきた。俺が生き残ったのは、運が良かったからではない。先輩を愛するためでもない。きっと俺は、ここでヤツに怨返しをするために生き返ったんだ。

 

 

「行くぞ、ミハイル・ロア・バルダムヨォン─────!!」

 

「来たまえ、中叢白邪─────!!」

 

 

これ以上ないほどの踏み込み一歩。

俺が爆ぜると同時に、ロアの雷速もこちらに迫り始める。

 

「死ねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「うおぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

赤い刀とバイオリンの弓の激突が、たった今、最終決戦の合図を告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────最終戦 旧伊賀見総合病棟心臓手術医 凱逢玄武

 

 

 

 

 

────目標 ミハイル・ロア・バルダムヨォンの殺害



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鬼人ならざる鬼人

 

────彼は、天涯孤独であった。

 

 

「────」

 

 

────彼は、生涯無知であった。

 

 

「───────」

 

 

────彼は、一生独力であった。

 

 

「───────────嗚呼」

 

 

彼はいつもつまらないと思っていた。

なんにもないこの心象(セカイ)を。

なにもかわらないこの空間(リンネ)を。

 

 

かの者は常に独り。ただ鏡水に映る己を見つめているだけ。

 

「───嗚呼、此はとてもつまら無い」

 

いつまでも、独りのまま、誰も此処へは来ない。

なにをしても、自分は外には出られない。

自分の前にあるものは、常につまらないだけの記憶の螺旋。

 

回廊はただ、怨みでできている。

画廊はただ、妬みでできている。

遊廊はただ、恨みでできている。

 

つまらない、つまらない、つまらない。

実につまらない。

 

何故自分は外には出られないのに、彼は外に出られるのか。

どちらも同じ死人だというのに。

生ける屍は、何故、自分ではないのか。

何故、自分にのみ、生きる権利を与えられなかったのか。

何故、自分は己が死の事実を正しめる義務を託されたのか。

 

 

それがわからない。自分もいきものだというのに。なぜいきものでありながら生きる権利がないのか。

そして、なぜ、同じ自分なのに、向こうだけが生きる権利を持っているのか。

自分の人権を剥奪され、奴は生存権を容認された。

 

「────吸血鬼には、生きる価値が無いのか。嗚呼、余計につまら無い」

 

その城に居た一人の朱毛の男は、ただ一人、朱い刀を持ちながら、誰とも相対することなく、誰とも闘えず、ただ吸血鬼と闘う自分を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────此の世において、我々は命の選別を行う、重要な役割を担う者だ。

我々殺人鬼は、一定数以上の数を越えた人口を削減するために産み出された、【数に対抗する】抑止力である。

数を奪うことのみを教え込まれ、それ以上の数を奪ってはならない。

一定以上の数値をオーバーした時点で、その存在は我々の消去対象となる。

 

少子高齢化は進んでいるものの、それは日本の話。世界的に見れば、人口は明らかに増え続けている。

このまま数を増やしてはならない。

一定の数をオーバーしたのなら、何人たりとも逃してはならない。

我々は、そのために生まれたのではないのか。

 

────だが、ヒト社会において、我々のような存在は間違いなく邪魔である。

間違いない。できれば自然災害など無くなればと思っている人間はきっと多い。

我々殺人鬼を自然災害と喩えるのは強ち間違っては居ない。

 

では、どうすればいいのか。

数を減らさなければならないというのに、人は数を減らすことを拒む。

 

「成る程」

 

理由は明確だ。なぜなら、すべての人間は善玉であるからだ。

善玉を排除することは、間違いなく崩壊へと誘う死の道。

ヒトの社会を形成する上では、間違いなく善性を持つモノのみが必要となる。善というのは、正義のような倫理的な意味ではなく、ただ、世論的に必要か否かである。

当然、悪玉を必要する生き物は居ない。

害成すものはすべて排除するべきである。

 

 

 

────そこで。

 

我々は最高の案を思い付いた。

 

数を減らす義務がある我々。

悪を減らす責務がある人々。

 

両者の利害を一致させ、その両方を実現させる最適解。我々の活動の答えという思想が、この時誕生した。

 

───おおよそ紀元前の話だ。

 

 

 

人類に害成す存在全てを排斥すると同時に、誕生と終焉を両立させるための存在がこの地球に産み出された。

 

この世には、中立というものが必要となる。

中立の定義が崩壊すれば、ヒトの社会は破滅へと直行することになる。その速度は実にゆったりとしたものである。しかし、そのぶん、終わりは唐突に訪れる。

 

その一例として、我々は「誕生」と「終焉」を等倍に両立させるべく生まれた。

誕生とは生の産まれ。終焉とは即ち生命の死。

 

強制的に生命を絶つ、つまり殺すことで、我々は1000年を越える間、人類の誕生と終焉を両立させてきた。

 

そして、紀元前時代の終わり、そして人々が基督(キリスト)教の教えに大きな影響を受けたいわゆる西暦時代の幕開け。

──その中に「魔」という教えがあった。

「魔」とはヒトならざるモノであり、ヒトに害を与える、人類の脅威。

 

 

この魔というモノを知り、人々は魔というものに対する恐れを知った。

魔はいずれ、人類に最悪の悲劇と破滅をもたらすと。

 

それに目をつけたのが我々であった。

前述の通り、我々は善であれ、正当な数を保つために人を処理してきた。

世界的な宗教を知り、その正体を巡るにあたって、ある日、その教えの中に存在した、悪魔憑きなるものを発見。

悪魔憑きはその名の通り、人間に憑依した魔。

────これだ。

この悪魔憑きを滅ぼすことで、我々は数を保ち、そして人々はその魔の脅威から救われるのだ。

 

しかし、すでにその活動は行われていた。

いわゆる悪魔祓い(エクソシスト)

人間に憑いた悪魔を祓うという、儀式的な段階を踏んだ、世界最初の悪魔祓いである。

 

 

しかし、それを見た我々は反吐が出た。

悪魔を逃がしてどうするのだと。

確かに、悪魔に憑かれた人間は人間として復活するであろう。

しかし、それでは逃がしただけで、魔を倒したことにはならない。

なにより、そんな方法では人間の数を保てないではないか。

 

こうして、生まれた思想、それが悪魔殺し(エクスキューション)である。

これは、悪魔を依代から追い出すエクソシストたちとは似て非なるモノ。

このエクスキューションを実行するエクキューショナーたちは依代ごと、憑いた魔を殺すのだ。

人間の数を保ち、魔を殺す。

俗に現世でもよくエクスキューションと呼ばれるこれこそが、我々の産み出した最適解だ。

 

 

だが、これには問題があった。

創世の神が産み出したモノには、魔も含まれている。我々はもちろん、魔ですら、神の産み出したもの。つまり、人の手では殺してはならないのだ。

計画は破綻。この策では何も成し得ることはできない。

 

そこへ、救世主が現れた。

 

彼らは人の身でありながら、神に代行して魔を殺すという、教会の教えに乗っ取った上での正当な、実在したエクキューショナー。

人はこれを、「代行者」と呼んだ。

 

これにより、我々のエクスキューション思想は実現され、我々は1000年以上、この世界の人間の数の制御、そして魔の排除を行ってきた。

 

 

 

 

 

時は流れ、世界各地に代行者にも似た、教会の秘蹟を得ていない、フリーのエクキューショナーが現れた。

 

────これこそが、【俺】のような、退魔族の誕生。

 

退魔族は、とりわけひとつの宗教による大きな影響、というものが薄い日本ならではのものであり、それもあってか、日本は多くの退魔族が現れた。

 

何せ、日本は混血族を多く持つ国。

混血とは、ヒトとヒトならざるモノの子孫だ。要は、ヒトと魔の両方の血を引く存在ということだ。まぁ、無論、性質的には悪魔憑き以上にタチが悪い。もはや魔の血を引いているに等しい。悪魔が取り憑くよりずっと悪質なケースである。

 

そんなわけだ。とりわけ混血を倒すことに長けているのがこの国の退魔族なのだ。

そして、その中でも特に栄え、古来から日本の退魔族の頂点にあり続けた我々。

 

 

───代々理屈では説明つかないような、奇跡とも言われる超能力を継承する退魔の巫女一門、【巫浄】。

 

───子が二つの人格を持つという特徴を持ち、そして国内最大の退魔組織を率いる、【両儀】と彼ら率いる【両儀一派】。

 

───国内で公共事業を興し、国内有数の企業家としての側面も持ちながら、神に通じる優れた鬼子を産み出してきた、【浅神】。

 

───そして、俺たち。浄眼を継承し、近親の交配と鍛練のみで鍛え上げ、混血を狩る、対混血最後の切り札、【七夜】。

 

 

世間の一般の退魔族たちは、この四家を纏めて、【退魔四家】と呼んでいた。

 

────しかし、これももう昔の話だ。

七夜が衰えたわけではない。そもそも、退魔族の数が減っているというだけ。

 

今やまともに退魔業を生業としているのはせいぜい四家ぐらいだ。

 

───とうとう企業家として登り詰めてしまった浅神にとって、今や退魔は副業。

 

───巫浄に関しては名前すらも長らく聞いていない。まぁ、あれほど規律の厳しい一門なのだ。身内で反抗があっても仕方がない。

 

───両儀の退魔組織は健在だが、肝心の両儀の子息があの程度。あれが現時点での最高傑作だと言うのなら、まさに両儀は衰退の一途を辿っているのだろう。

 

 

 

故に、最後にして最強の退魔族は俺だ。

だが、他が衰えているのも無理はない。

確かに、このところ、あまり強力な混血族の噂は聞いていない。確かにこれならば古くから続いていた退魔業も疎かになっても仕方がない。

 

しかし、そう思っていた俺が阿呆であった。

あんな甘い考えでいた自分が情けない。ちっともそんなことはなかった。

あの女はまさに規格外だ。中村邸………あの屋敷の主と見られるヤツと刃を交えたが、その人物は未成年。あまつさえ、どう見ても脆い細身の女だった。だが、アレは聞いていない。自身の屋敷の領域に限られてはいるものの、空間そのものを変化………いや、【歪ませる】能力は聞いたことがない。

あの時は女が気まぐれを起こしたのか、偶然によって逃がして貰ったが、しかし、俺を屋敷から追い出す手段は、まさかの強制退去だった。

 

 

 

───俺はあの一瞬、突然視界があの屋敷の門の前に変わったのだ。

 

 

 

空間を歪ませるならまだしも、屋敷の領域の中に存在している物体の位置まで動かせるとは。屋敷の内部であれば、女が襲う側を殺すことはできずとも、内部にいる時点で襲う側に勝ち目はないのだ。

 

 

 

しかも、あの眼で見られているだけで、俺は一気に力を奪われる。俺の生命力が減っているわけではない。だが、アレは間違いなく、相手の戦闘能力を下げてくるのだ。

喩えるならプレッシャー。相当な威圧能力で相手の存在規模を低下させてくる。

おそらく、あの女が最強なのは屋敷の領域のみだ。だが、その分、屋敷においては天上天下唯一無二、空前絶後の無敵の存在。

考えてみろ。あの家を壊滅させようと思うのなら、確実にあの女を殺さなければならない。俺がたとえ全力を出しても、あの屋敷の中では手も足も出ない。

攻城戦においては最強の混血といえる。アレが、鬼人の力───

 

そして。あの中村一門を壊滅させるのが今の俺の狙いだが、いくらなんでもアレはおかしい。しかも、あの女だけではない。あの家には三人の子供がいるとあの家系図には示されていた。ならば、ほぼ同等の規模を誇る混血をあと二体も倒さなければならない………?

不可能だ。一生に関わる致命傷を負ってようやく一人と言ったところだ。単純な数値での参考だが、おそらく、あの女を倒したときには、俺の両腕、もしくは両脚は失われているだろう。それくらいの死闘を、三連繰り広げて、生き残れる気がしない。

 

困ったことに、あの女から放たれるプレッシャーは、女から逃れても、屋敷を出ても解除されない。頭に記憶があるかぎり、思い出す度に恐怖で動けなくなる。

俺の辞書に、恐怖という言葉はない。だが、アレは違う。生物本能的なマイナスは一切関係ない。強制的に【恐怖】という物質を刻み付けているのだ。木に模様を入れ込む彫刻刀のように。

 

───ダメだ。アレはレベルが違う。

そうなれば、まずはあの女とは別の混血を仕留める必要がある。もし、他の二人を倒せば、攻略が楽になる、もしくは、あの一家の血に対抗するルートが閃くかもしれない。

 

「そうなれば」

 

善は急げだ。今すぐにでも、あの屋敷の子息を仕留めに行かなければ。

あの一家を最後の混血と認めよう。

俺の目標は、あの一家を壊滅させることだ。

 

 

 

 

 

 

 

────俺こと、七夜黄理は愛用の鉄棍を持って、借小屋を出ていった。



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混沌銀河・百鬼夜行

 

「くそ………!!」

 

ロアは一気に撤退準備を整え、凄まじい速度で病院の中に消えていく。

全く、これだから、蛇は嫌いなんだ。

やはり、逃げ足だけは早い。

あの速度、見たことがない。時間を重ねるほど、どんどんロアは強力になっているのか。

 

「────待ちなよ、クズ」

 

ならば、こちらはその【3倍】の速度でお前を追いかけてやろう。

兎を追うならば、兎の3倍は早くなければならない。

 

あっという間に病院の中に侵入し、ロアを全速力で追いかける。

 

「────っ!!」

 

ロアは後退している。後退しながら俺を迎撃している。

そうか。怒った俺がそんなに怖かったのか。恐怖の象徴たる吸血鬼が恐怖に引き下がるなんて情けない。

 

「何故………何故こんなことに!ワタシが後退だと?たかだか下級吸血鬼に!?」

 

「うるせぇ!下等生物なのはお前もだろ!ヒトの街を食いもんにしやがって、それでいてなんの償いもなしに、何百年も繰り広げやがって!何百年も死から逃げ続けた臆病蛇が尻尾を巻いて逃げんのは当たり前だろ!」

 

剣の一振で巻き起こった熱風が待合室の椅子を一斉に吹き飛ばす。

すかさずロアのギャラルホルン。吹っ飛んだ椅子が全て破壊され、病院の壁が次々と崩落していく。

 

「チッ───ここはもう駄目か!」

 

ロアが崩落を躱しながら二階に逃げていく。

崩落が始まるようだ。今さら知ったことではない。

むしろ、病院ごと潰してやりてぇぐらいだ。

 

「行くぞ………!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────臆病?臆病者だと?このワタシが?臆病者?」

 

吸血鬼は吸血鬼の言葉に疑念を抱きながら階段を昇る。

 

「────ハ、有り得ない。ワタシはミハイル・ロア・バルダムヨォン。永遠を定義する者だ。死になど怯えてはいない。死など超越している………!僅か十年しか生きていない低能吸血鬼に、ワタシの価値は解らない!」

 

ロアは誰にも届かない主張を叫ぶ。

 

あの吸血鬼にもプライドというものがある。自身の天童と呼ばれた魔術の才。

それを持ってこの世に誕生してしまったミハイル少年は、幼い頃から天才特有のプライドを持ってしまった。

自分は周囲よりも上なのだと。敗北を知らなかったために、彼は永遠の勝者なのである。彼は人間時代も、これまでの転生においても、負けが存在しなかった。

アルクェイドによる処分やその他の障害に邪魔をされたりしても、彼は諦めることはしなかった。何度でもロアは立ち向かっていった。

 

しかし、この地にて絶対勝者は敗北を知ってしまった。

ちっぽけな代行者による策に溺れるという、自身にとっての屈辱の境地を味わった。

そして、自身より優れた吸血鬼を目の当たりにしてしまった。

転生する力も、魔術の知識も皆無。今にも死にそうな、すでに死んだただの死者の成り上がりが、真祖直属の死徒である自分より上?

あり得ない。ミハイル・ロア・バルダムヨォンはつねに天賦であり、磐石。

敗北はない。失敗はない。劣勢など存在しない。

自身は勝者。全ては自分が決めるもの。

自分だけが正義。自分だけが真理。自分だけが法則。

そして、自分は不変である。

 

「───ヤツは命の価値を理解していない。無垢であるために、生きる価値を持つ者と、そのために犠牲にならなければならない者との格差を知らない。全員を救うなど、そのような偽善を掲げ、空虚な妄想を立て続けている。まるでバベルの塔の建設者だ。あんな者に、人々の生きる価値を理解できないなど、ふざけた事を!」

 

「ほう、じゃあ御前さん、其んなに御偉いのかい?」

 

「───!?………誰だ!?」

 

「今御前さんが闘っている相手だよ!」

 

二階の廊下の中央が炎を噴き上げながら破壊された。

 

「な、なんだと───!?」

 

噴き上げた炎は三階を呑み込み、さらに屋上を焼き尽くした。

一斉に舞い上がった瓦礫の山、設備の山がロアに降り注ぐ。

 

「───小癪な……!!」

 

ロアはその全てをギャラルホルンで粉砕し、その残骸を回避していく。

原型を留めていない病院が炎と煙に包まれる。

焼け跡に残る人影はもちろんロア。

 

「くっ、これしきの事でこのワタシを倒せると思うな。ワタシは、アカシャの蛇。この身体朽ちても、ワタシは止まることはない!姿を現せ、小賢しい愚者!」

 

「後ろに居るんだが、気付か無い物なのかねぇ」

 

「─────ぐ!?」

 

背後で大爆発が起こる。噴き上げた炎によって真っ二つにされた病院だが、今の爆発でロアの居た東半分が消し飛んだ。

なんの比喩でもない、ただ跡形もなくこの世から消滅した。

全てが灰となって消え去ったのだ。

 

「─────ぐ、ばっッ!」

 

爆発に巻き込まれ、西側に吹き飛ばされ、無惨に壁に打ち付けられる吸血鬼。

 

「────馬鹿な」

 

彼の正面はただ一面の夜空。病院の東半分は完全に崩落し、西半分も天井が瓦礫の山と化し、吹き抜けに夜空が見える。

燃え盛る炎に照らされながら。

 

「────ぐ………む?」

 

ロアは起き上がろうとして、突然、動きを停止させた。

 

「────何故だ?」

 

ロアは立ち上がろうとして脚を動かしたが、なぜか、立てない。

脚は正常。止まる理由などない。

この左手を床に着いて、身体を押し上げるだけだ。だが、

 

「何故?何故立ち上がれない?いや、何故支えとなる左腕が動かない?」

 

ロアの左腕に損傷はない。仮に先程の爆発による損傷があっても、もうすでに全回復しているはずだ。

それでも動かない。

 

「馬鹿な、【死んだ】、だと?ワタシの左腕だけが!?」

 

驚愕を隠せないロア。

 

「馬鹿な、何故ワタシは生存しているのに、腕のみが停止しているのだ!?これではまるで、腕の生命力のみが根こそぎ奪われたようではないか!?いや、だがそれもあり得ない!腕に対する生命力と肉体の生命力の数値は常に等しい。腕が停止した時点で、肉体の動きも止まっているはずだ!?」

 

仮にも魔術師であったロアにとって、生命の終わりを意味する死とは、肉体そのものの死である。肉体の一部が機能不全になったならまだしも、肉体の一部の生命力が完全にゼロになる状態など、魔術的にも聞いたことがない。

 

「御名答。御前さん、少しは頭が廻るじゃないか。左腕だけで済んで善かったな。【(オレ)】の狙いじゃあ、其の汚ならしい身体の芯ごと死なせて居たつもりだったんだが」

 

かつかつ、と軽快な、だがそれでいて重厚な足音が聞こえる。

 

「────貴様、誰だ!?」

 

ロアはその人物を睨み付ける。

 

「死徒、中叢白邪。誰も居ないんで此処へ致し方無く参った。此うして起きるのはざっと十年ぶりだな」

 

陰陽師のような白黒の装束を纏い、左手に鞘に収まった刀を持った朱毛の男。

その姿は、とてもあの白邪とは思えない、全くの別人である。

 

「吸血鬼………?貴様が!?同じ人物ではないのか!?さては貴様、第二の人格だな!?」

 

「勘違いも大概にするんだな。御前さんの勘は面白味が皆無である癖に、宛てにも成らん。この身は紛れもない、御前さんが殺した中叢白邪だ。婚約者の手前、吸血衝動を抑えていたが、居ないんじゃあもう我慢の必要も無い。問答無用の、天賦磐石の状態で行かせて貰う」

 

そう言うと、中叢は鞘から刀を引き抜く。

血のように朱い刀身を持つ、眩しくて禍々しい刀だ。

 

「吸血衝動を抑えるために消費していた、混血としての力を解放したのか、これが、貴様の能力か?」

 

「応。───寿命奪取。対象となる、【生きている箇所】の生命力を根こそぎ奪い取り、吾のモノとして吸収する能力だ」

 

「まさか、一定の箇所を限定して殺すとは。生体機能としては信じ難い能力だな。しかし、これは魔術でも呪礼技法でも、原理血戒でもない。これは正真正銘、生態として得た能力か。フ、こんなモノが貴様と縁のある力とはな、なんだ、貴様も殺人鬼ではないか!」

 

ロアはそう言ってクハハハハハハハハ!!と、声を荒げて笑う。

 

「耳障りな笑い聲は止せ。世界中の生命の気分が悪く成る。命の価値、と言ったな。其の様な物、貴様ごときが決められる価値、とでも思って居たのか?思い上がりも甚だしい。最早見るに堪えん。生命の価値など、最初から存在し無い。誰もに等しく降り注ぐ朝の日差し、誰もの耳に等しく届く小川のせせらぎ。誰もに等しく訪れる死。生命に価値等が在るのなら、生命は此処まで共生し生永らえる理由も在るまい」

 

「うるせぇ!貴様も同じ殺人鬼だ!何が解るものか!ワタシは大いなる主に選ばれた存在。そこいらの人間と、一緒にするな!」

 

ロアは脚だけで立ち上がり、中叢に斬りかかる。狂喜に満ちた笑いを浮かべながら、目の前の敵を殺そうと、獲物に食らいつく肉食動物のように襲いかかる。

 

「───ならば教えてやろう、貴様の言う命の価値が、どれ程下らんモノかを」

 

中叢が刀で床を切り着ける。と、同時に、床から炎が吹き上がり、床を崩しながら、ロアの肉体へと殺到する。

今度はさっきよりも範囲が広い。病院の西側も炎に呑まれ、跡形もなく崩れ落ちた。

 

「馬鹿な!?その様なこ────」

 

ロアの絶叫も、爆発音に塗りつぶされ、たったくの無音となった。

 

「──────」

 

そして、残ったものは静寂だけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────終わっちまったのか」

 

俺は血刀をゆっくりとおろす。

………付近にロアの姿はない。あるのは、そこで燃えている炎と、その炎に未だに包まれている黒焦げの何か。

 

「選ばれた天才とか、人は言うけど、結局、それもただの人間でしかないんだよ。焼けばこうして死ぬし、天才にもできないことはたくさんある。───俺たちは、そうやってできないことがあるから、それができるヒトを特別と思えるんだろう。どれも同じヒトなんだから、いちいち区別したりすることもないじゃんか。日本人だろうが外人だろうが。男だろうが女だろうが。───ほら、お前ら聖職者が大好きなやつだよ。【神様は誰にでも平等】ってな。生きている人間なんだったら、一人一人、価値では決められないような、特別なモノだろ」

 

俺はただ、寂しそうな顔を貫く。

そこには、もう忘れていながら、まだ忘れ去れない小さな瑕が。

 

「───ほら、俺の親父だって、俺たちと同じ、ただの人間だったんだから」

 

「──────何が」

 

「────ん?」

 

「何が、平等、だ、ワタシは、特別、だ。ワタシは、特別を求めて、旅を続けた。オマエは、なぜ、普通であることに固執、する?なぜ、ワタシのように、特別で、あろうとしない………?ただの無価値の個体集団から【独立】、することが、人間の、成長で、あるというのに………!オマエも思わないのか?周囲から独立し、秀でた存在となりたいと………!!」

 

「────それ、独立って言おうが、ただの【孤立】だろ」

 

「──────っ……!!」

 

「そうやって一人で出し抜こうとするから、ボッチになって、誰も振り向いてくれなくなるんだよ」

 

俺の一言は、吸血鬼の心の奥底に、鋭い刃となって響いた。

 

「─────」

 

吸血鬼は何かを思い出した。

吸血鬼のその瞳が、なんだか可哀想に見えて、俺はついその紅の瞳に見入ってしまった。

 

 

 

「─────あ」

 

────それは、忘却された、いつかの記憶。俺にはわからない、かなり古い時代。吸血鬼になる前のミハイル・ロア・バルダムヨォンが見た■■が。

なんだか、とても美しい、白く、青い、花に囲まれた。

 

「貴女は……………」

 

「─────貴方は」

 

────麗しの、月の姫が。

 

 

 

「─────貴様」

 

───まずい。これ、まずい。

 

「─────貴様、いま」

 

───時を止めた。

 

「─────貴様、いま、なにを」

 

───やらかした。完全にやらかした。

 

これ、【視すぎた】。

そうだ。そりゃ、そうだ。

こんなの視ちゃいけない………!自分の存在した意味、その最奥、その命の根源を視ることは、純粋なプライバシーの侵害だし、何より、

 

それは、その生命に対する冒涜だ。

しかも、最悪なことに、俺は視るだけでも終わりなのに、干渉までしてしまった。

俺の鬼人の能力による生命への干渉が度を越えたのか?

 

よくわからないが、ヤツだけの記憶に存在したあの人物と会話したら、どうなるかなんて────

 

「貴様────なにを、」

 

最早言うまでもなかったのに────!!

 

 

「あ、が───はっ!!」

 

かつて無い死の気配を察知し、俺はその方向を見てしまった。

そして、俺は見てしまった。

地獄から這い上がる、ただの────

 

「貴様────!!!」

 

─────ただの【悪魔】を。

 

「ふざけるな………ワタシの………!!ワタシの!!!」

 

ロアを纏っていた炎が吹き飛ぶ。

 

「───がっ………!?」

 

一気に風が巻き上がり、俺は吹き飛ばされる。

 

「しまった、そんな────!!」

 

ロアを纏っていた炎が消える。

焼け跡から現れた黒焦げの死体がムクリと起き上がる。

左腕を除いたすべての手足が動き出す。

焼かれた痕が修復される。

 

「ハ────アァァァァァァァァァ!!」

 

かつて無い絶叫を立てて、ロアは鬼の形相で俺を睨みつけてくる。

なんだこれ。さっきと気配が全然違うぞ!?見られているだけで、俺でも足がすくむ………!

 

「消えろ、消えろ、消えろ…………死ね、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!!───貴様、その表情、ワタシの何を見た!?貴様は、ワタシの何を見た!!今、誰に触れたのだァァァァ!!!!」

 

「くそ、これは─────!!!」

 

「ウウウウウウァァァァァァァァ!!!!」

 

「動けない!?」

 

俺の足元に、紫の魔方陣のようなモノが出現する。

 

「────っ!?」

 

まずい、空間が隔離された!これ、脱出できないパターン!?

しかも、このおびただしい量の電荷………

 

「貴様を殺すに値するモノで、貴様に最悪の死をくれてやる…………私の記憶で、あの姫君に触れたことを、無限の地獄で後悔するがいい………!!」

 

やっぱり雷か!これは、まずい。俺にとって、ロアの雷は見事な弱点だ。吸血鬼の生命力でも、生き残れそうにない!この怒りの量からして多分ロア自身が死ぬかもしれないぐらいの全力。

尊厳を守るための行動は、人によっては命を守るよりも激しい行動になることが多い。

やっちまった…………これは…………!

 

「少々マナーが悪かったが、下衆はお互い様だ。最後まで抵抗させて貰うぜ………!」

 

だが、こっちも死ぬわけにはいかない。ロアの人柄を知った今、なんとなく殺意が薄れたが、関係ない。それでもこいつを殺さないといけないのは変わらない!

最後まで、死なないようにしなければならない………!

 

「中叢────!!」

 

血刀を全力で握りしめ、力を籠める。

 

(仕方が無いな。御前さんに死なれては、吾も困るんでな!)

 

血刀の輝きが限界を超える。

焔を纏った刀が、唸りを上げて豪炎を吹き出す。

 

「地獄に…………堕ちろ───!!!」

 

ロアの叫びと共に俺に向けて最高に太い(いかずち)が墜ちてくる。

 

「死んで、たまるか、よ───!!!」

 

血刀を床に突き刺す。血刀に溜まっていた炎が雷に対抗して昇る。

 

「う…………ぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

これは、純粋な力比べだ。どちらの力が先に尽きるか。

雷と炎は鍔ぜり合いを繰り返し、互いの力を相殺しながら、逆に押し返そうとする。

 

「ぐ…………ううぅぅぅぅ!!」

 

しかし、力は向こうのほうが強い。俺は辛うじて抑えているといったところか。少しでも気を抜けば、俺は速攻、この電荷に撃たれる。

それは嫌だ。死ぬのは勘弁だ。

ここまで来れたのに、こんなところで死ねるか────!!!

俺は、先輩と一緒に居るって決めたんだ。

姉さんたちも、帰りを待っている。

俺は、待っている人のために、俺は、

 

「う、ううウ、オォォォォォォォォ!!!!」

 

お前を倒さなければならないんだ───!!!

 

「まだまだ─────!!!」

 

「ぐ………ううぅぅ………ッ!!」

 

今度はロアが焦りを見せ始める。

全力を出して抵抗する俺の炎が、少しずつ、ロアの雷を押し返している。

 

「チッ………さっさと………くたばれ………!」

 

「ぐ………うぅぅあぁぁぁ………!!」

 

そして今度はまたもやロアの巻き返し。

一斉に放たれた雷に加え、ギャラルホルンの照射による火力が上乗せされ、さらに俺は押し込まれる。

 

「ぐ………うわぁぁ!!」

 

あまりの大きさを誇るエネルギーの衝突により、二階、いや、ほぼ病院は原型を留めていなかったか。

とにかく、病院の二階だった場所の床が崩落し、地上に叩き落とされる。

体制が崩れる。落雷が衝突する寸前、

 

「くそおぉぉぉ!!」

 

決死の覚悟で血刀を持ち上げ、落雷を止めようとまた防ぎ始める。

耐えろ、耐えるんだ。ここで俺が死んだら、誰がアイツを………!!

 

「中村くん!」

 

クロエ先輩が駆けつけてくれて、俺の血刀を支えてくれる。

勝った。先輩と二人なら百人力だ。

こんなところでこんな寒いこと言うのもだが、

 

「愛の力は引き裂けねぇ!!」

 

クロエ先輩のギャラルホルンが相殺をフォローしてくれる。

行ける。勝てる。このまま行けば………!!

 

「邪魔を、するな────!!」

 

「ロア!?」

 

しかし、ロアはとんでもない行動に出た。自身をも焼き尽くすだろう雷に向かって走り出し、俺の手助けをしてくれているクロエ先輩に斬りかかってきた。

 

「先輩…………!!」

 

いや、落ち着け。ここで動けば台無しだ。

クロエ先輩を守りたいのも山々だが、一旦冷静になれ。

何事もまずは深呼吸だ。

 

────ふぅ、こうして、軌道をずらして………!

 

「喰らえぇぇぇぇ!!!」

 

血刀を傾けて雷を剃らし、こちらに向かってくるロアに向けて横殴りに血刀を投げ、一斉に雷と炎を吹っ飛ばした。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

刀は見事、ロアの胸に突き刺さり、炎と雷が一斉にロアを覆い尽くす。

1000万Vを超える自身の雷霆と1000℃を超える地獄の業火に喰らい尽くされる。

地獄とは思えない地獄以上の地獄とも言える痛みに、ロアは野獣の咆哮のような苦悶を上げる。

 

「ご………ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

自分で撒いた種にやられ、自分で掘った穴に落ちた吸血鬼は、バタン、と後ろに倒れ、動かなくなった。

 

「やった…………」

 

結構、こう、倒してみると呆気ない結末だった。

 

「やった、先輩!」

 

「中村くん!やりました!」

 

ひとときの絶頂的な歓喜に襲われ、俺たちは抱きしめ合った。

 

「──────」

 

「──────」

 

冷静になってから急に恥ずかしくなり、そして同時に離れる。

 

「───────」

 

旧伊賀見総合病棟跡は、跡形もなくなっていた。東側が完全に消滅し、西側も二階の床がなくなっている。これでは、病院もなにも、子供たちの秘密基地にもならない。

これがもう元から跡地だったのが救いか。

これが普通に動いていた病院だったら、一体何人の人が犠牲になってしまったのだろう。

そして、あの死者の数だけ、この病棟では犠牲者が生まれたのだ。

 

「……………………」

 

罪のない人が犠牲になるのは見たくない。

関係のない誰かが巻き込まれるのは聴きたくない。

このなにもない、ただ普通に暮らしていた人々がある日突然、ここで命を落としたのだ。

 

────俺は、あの日偶然生き残った。

突然、電気が落ちたと思ったら、たくさんの死者が流れ込み、たくさんの人が喰われた。

俺は見知らぬ少女の手を引いて逃げ、彼女を庇ったことで、俺もそこで死んだ。

だが、運が良いのか悪いのか。俺はこうして、他の死者とは異なる、死者の成れの果て、いわゆる死徒となって復活した。

 

ここへたどり着くまでに、一体、どれほどの命が失われ、そして俺はどれほどの幸運と悪運に晒されてきたのだろう。

 

「────伊賀見………」

 

その苗字に、なんとなく聴き覚えがある。

都心の三大財閥、遠野、中村に並ぶ一大企業グループの名前だ。

 

海外規模での企業統治を行う遠野。

国内有数の大企業を統括する中村。

建設や買収で栄華を築いた伊賀見。

 

「────伊賀見って、誰だっけ」

 

あれ、伊賀見の当主なんて存在、聴いたことない。

遠野は槇久の旦那。中村は姉さん。

そういえば、伊賀見、っていう家と俺ら関わりなかったな。

そもそも、あんな一大企業グループである伊賀見の病棟が一体なぜ、こんな風に跡地になってしまったのだろう。

潰れるなんてこと、あり得ないはずなのに。

 

「────もう、壊滅したのか」

 

おごれる人も久しからず、とは良く言う。永劫の栄華を築いた、財閥めいたグループが急に消えてしまうのは珍しくない。

だが、いくらなんでも、これは急すぎないか。

少なくとも俺がここで過ごしていた10年前まで、間違いなく動いていた筈のこの病院は、この10年程度の時間で何の価値もない跡地と化したのだ。

10年という短い年月。7歳だった俺にも、記憶というものはある。あれから一度もこの病院の名前を聴いていない。

 

「──────」

 

あの事件のせいで、この病院も終わりに持ち込まれたのか。

しかし、あんな、伊賀見の沽券に関わるような内容を果たしてまともに公開するだろうか。なにかセコい情報操作とかありそうな気もしなくはない。

今さらながら直感でわかる。

まだこの病院には、俺らも知らないような、大きな秘密があると。

そもそもなぜ、俺がここに入院していたのか。なぜ、あそこで俺はクロエ先輩と出あったのか。俺と一緒に逃げて、最後に俺を裏切ったあの小さな女の子。

 

「───────わからないな」

 

「───────ギ」

 

「────え?」

 

後ろから声がして、先輩と一緒に振り返った。

─────瞬間。

 

「ギ────ア、アァァァァァァ!!!」

 

「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

俺は俺に向かって飛びかかってくる、身体の中心に大穴を開けた吸血鬼の姿を見た。



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空想具現化

 

「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

突然の奇襲に俺は一切反応できなかった。

もうダメかと思い、ただ先輩に覆い被さることしかできなかった。

 

「ぐ─────ハ!?」

 

瞬間。

飛びかかるロアの身体が停止した。

 

突然だった。俺も先輩も、その存在の登場は予想していなかった。

なにより、その登場に驚愕していたのはロアの方だった。

ロアを捕らえたのは謎の空間。硝子のような、狭く薄い部屋に形成された透明の壁がロアの六方全てを取り囲む。

 

「これは…………!!」

 

ロアの身体が宙に浮いたまま停止する。

 

「馬鹿な、このワタシを、封印、する気か?」

 

「えぇ。ソレが、アナタの最期に相応しいから」

 

かつ、かつ、と軽快な足音。軽いが、重い。なんだか、限りなく、終わりのように遠い足音が。

 

「──────!!」

 

ロアが息を飲む。

しかし、驚きながらも、ロアの顔には焦りとは異なる、歓喜の色が浮かんでいた。

なぜ、そして、何に歓喜しているのか。彼は。

 

「な…………!?」

 

「お前は─────」

 

そして、ロアよりも驚いたのは俺たちだった。

────だって、突然俺たちをピンチから救った、この足音の正体は。

 

「おぉ、神は此処に降臨した。遂に、現れたか…………真祖の姫君よ!」

 

「アナタを処分しに、だけどね」

 

その黒いカソック。黒すぎる革靴。

そして、明るく肩周りまでの滑らかな金髪。

そして、見ているだけで魅入られそうな、紅の瞳。

 

「アスナ………?」

 

そこに現れたのは、忘れる筈もない。

教会のシスター、ルージュ・アスナロだった。

 

「待たせてごめんなさい、白邪くん」

 

アスナロはこちらに振り向くことはしない。彼女の視線は、常に硝子のような立方体に閉じ込められたロアにしか向けられていない。

 

「お前───どうして」

 

「────あとは、私に任せて」

 

 

───曰く、アスナロには秘密があると。

 

 

 

 

 

《3日前》

 

 

「アスナロのこと?」

 

アレはたしか、四人でババ抜きやった後、クロエ先輩は帰宅し、ついでにアスナロも街に出たとき。俺はそろそろ帰ろうとしたとき、この疑問を訊こうと思って、唯一残っていたアイツに訊いたのだ

俺が緑色のサルに尋ねたとき、彼は唸りながら答えようとして答えなかった。

だが、この仕草からわかることはただ一つ。

 

────お前絶対なんか知ってるだろ。

 

「あぁ。アイツ、俺が観察してきた人間の中で、飛び抜けておかしい。ただの人間のくせに、人間の血の気がしない。つーか、アイツ女なのかそもそも」

 

「さぁ?女の子なのは間違いないんじゃない?まぁ、でも確かに君の言う通り、彼女は人間と比べるとちょっと別枠だね。君に近いタイプの存在だ」

 

「…………?それって、アスナも混血ってこと?」

 

しかし、あんなに完成した混血は初めて見た。俺よりもよく出来ている。

こんなこと言ってはいけないとわかっているが、アレは多分、俺とかとは生きている時代から違う。おそらく、混じっている血が少ない。つまり、そもそも交配回数が少ないんだ。

 

「いや。ある意味、アスナロは混血ではないよ。普通にナマのいきもの」

 

いや、待て、いくらなんでもナマって例え悪くねぇか。

 

「ある意味…………?」

 

「アスナロはもとから人間なんかじゃない。そもそも魔そのものだよ。生粋ってタイプのやつ。混血族なら、一度は耳にしたことがある単語だろう?」

 

「生粋……………」

 

生粋とは、まぁ、人間じゃない生き物という訳だ。鬼人の血と人間の血を引く俺目線で言うと、生粋とは、鬼人そのもの。人間の血を一滴も持たないただの鬼人。彼は、アスナロをそんな風に言っていたのだ。

 

「アスナは何の血を引いてるんだ?」

 

「さぁね。それは君の目で確かめることだね。僕はアスナロとのルール上、それを言っちゃダメなんだよ。知りたかったら、君がアスナロに直接訊けばどうかな?───まぁ、でも。そのうち分かるよ。自分のことを調べて行ったらね」

 

そう言って、彼は妙に邪悪な笑みを浮かべる。悪意は微塵も見られない。ほんとうに、楽しそうに笑っている。

余計に不気味だ。

 

「なんだよ、ソレ。俺とアイツはどんな関係なんだよ!」

 

「さぁ?まぁ、君の同類、とだけ行っておこうかな」

 

「─────?」

 

「さて、僕ももう帰ろう」

 

彼はそう言うと、立ち上がって外に出ていった。

 

「お、おい!お前!」

 

呼び止めようとしたところ、急にヤツは口を俺の耳の真横に近づけると。

 

「あ、そうそう。最後に一つだけ言っておこう。君、少なくともあと3日以内に、【いろんな意味】で大変なことになっちゃうよ?」

 

そう、俺の耳に囁いた。

 

「なんだソレ、おい、教えろ!」

 

「やなこった。大丈夫だよ!出歩かなきゃ良いんだ。これは君のためだよ。僕はこれからやらないといけないことがたっくさんあるんだ。今日はお開きだよ。じゃあ、せいぜいロアと仲良くやってちょうだいね、白邪くん。■■■と鬼人の混血サン」

 

考えてみれば。俺がアイツを見たのって、これが最後だった。

 

 

 

 

 

「そうか」

 

やっと解けた。俺と同類ってコトは。

彼女もロアと同じ────

 

「これは空想具現化か。余計なコトを。そんなことをして何になるというのだ?君が一番分かっているだろう?ワタシをここで殺しても、ワタシは転生を繰り返し、何度でも現れる。ワタシの魂を打ち砕くことのできない君に、ワタシを殺すことは不可能。次のロアがまた動くと、なぜ、君は理解できない?実に15回にもおよぶ邂逅だというのに!」

 

ロアを閉じ込める立方体が小さくなっていく。同時に、ロアの身体も縮んでいく。

 

ロアの問いかけに、彼女は答えない。

その冷酷な背中が、俺にはとんでもなく美しく見えた。

 

クロエ先輩はかわいい。俺は彼女以外の誰も愛する気はない。

 

────だけど、コレの美しさはずるい。

日本人として、大自然の景観を慈しむことは当然だ。その自然が形成した命のカタチを愛せない筈がない。それを美しいと思えない訳がない。

 

この先、俺は誰を愛そうと、誰を抱き締めようと、俺はきっと、この姫を超える美しいものには出逢えない。

一度きりの相瀬。俺たちは鉢合わせただけだ。本当なら、この二人だけで事は済む。あの二人に、俺たちは見えていない。

俺たちが一方的に、傍観しているだけ。

 

それでも。この美しさは、間違いない。俺があの時にみた─────

 

「これが─────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりよ。ロア。アナタを殺せないのはわかっている。けれど、【彼】は私に託したのよ。自分が食い荒らしたと言ってもいいこの街を。彼は、自分が黒幕の手助けをしたそのすべての罪滅ぼしを私に押し付けたのよ」

 

「馬鹿な。そんなことは放っておけばいい。君にヒトの世を顧みるなどそんな無駄な機能は必要ない!」

 

ロアはただ俺の前にいる彼女へと語りかけている。

ロアの叫びは悲鳴ではなく絶叫。今から死ぬという恐怖はほぼ無くなっていた。

彼の声は失望と憎悪、そして後悔に満ちている。

 

「えぇ。けれど、アレは違った。私は負けたの」

 

「なん、だと────!?」

 

「私は、きっと彼に殺されていた。彼に殺す気がなかったから生きている。彼があと少し、楽しんでしまっていたら、私はきっと死んでいた。彼は、退屈だったから止めただけ。彼は私がほしくてやってきた。手に取ることはできなくても、それを壊すことはできた。それを彼は嘆かなかった。届かなかったことを諦めて、それはそれで美しいと納得した。あの、私を超えた輝きを前にして、彼の最期の願いを、ここで果たさないわけにはいかない」

 

「馬鹿な………!!馬鹿な馬鹿な馬鹿な!!そんなことはあり得ない、君は世界最強なのだ!あのようなオンボロに、君を超えることはできない!殺しあっていたら、君のほうが強かった!なぜ、ワタシを認めないのに、彼を認めるのだ………!!」

 

「アナタのことは絶対に認めない。私は、ただ私を助けてくれた人々に恩を返すだけ。きっと、私は、人々を救うために生まれてきた。そう、想う日が、いつか───」

 

アスナロが腕を挙げる。その小さく柔い、白い手は鋭くそして禍々しい悪魔の爪へと変貌する。

 

ロアは動けない。当然、逃げられない。必殺必中の攻撃だ。

ロアには防ぐことも、逃げることもできない。

 

「アルクェイド・ブリュンスタッド…………!貴様、なんということを………!」

 

「消えなさい、ロア。今回ばかりはアナタの敗北よ。アナタを殺したのは私じゃない。アナタを必死に騙し続けたちっぽけな代行者。アナタに奪われた人々に代わって、その全てを還そうとした少年。そして、彼を心から支え続けてくれた少女。そして、アナタの最大の復讐鬼を守ってくれた、街の人々よ。アナタは、自分が一番だと思っているけど、結局、アナタはひ弱な人間が力を合わせただけでこうやって滅びる、ひとときの膿にすぎない」

 

「─────っ!」

 

爪が。勢いよく、

 

「アナタは、守りたいという、人々のつまらない願いに、打ち負けたのよ」

 

────姫は自分でもない誰かの勇姿を高らかに誇ると、両方の爪で。容赦なく。

じっくりとこぼすように────

目の前の硝子の箱を切り裂いた。

 

 

バリン、と硝子の砕け散る音と共に、暴風が吹き荒れる。

風が止んだあと、俺たちの目の前に居たのは小さな金髪の少女一人。

こうして、突如現れた蒼星の姫により、正真正銘、この世から悪魔は跡形もなく消滅した。

 

「ふぅ─────」

 

少女はそうして、膝から崩れた。

 

「アスナ!」

 

「アスナロさん!」

 

あわてて俺たちは彼女に駆け寄る。

なんでこんなことしてるんだろう。俺たち。もう、何があっても、彼女が助かる筈がないというのに。

 

「おい、しっかりしろ、アスナ!」

 

アスナを抱き抱えて必死に呼び掛ける。

アスナに傷はない。だが、もう、どのみち手遅れだ。喩えるなら、衰弱死寸前といったところか。

 

「ありがとう、白邪くん。貴方のおかげで、助けられた」

 

彼女は寂しそうな顔でそんなことを言ってくる。

 

「なに言ってんだよ、助けられたのは俺たちだ………!お前はなにも、感謝することなんてない。俺たちは謝らなければならないのに…………!」

 

「はい、わたしたちは、貴女に何度も助けられました。貴女といた時間も、すごく有意義でした。………なのに」

 

アスナはただ、ふるふる、と首を振る。

 

「ううん。謝らなければならないのは私のほう。ごめんなさい、全部、黙ってて。私が真祖の吸血鬼だということも。貴方がロア直属の死徒だということも。ヨエルが黒幕だったことも、ぜんぶ」

 

「なんだよそれ、そんなのぜんぜん些末な問題だ。どうすんだよ。お前、いつもぜんぜん楽しそうじゃなかったじゃないか!俺だったら、なにか付き合ってやれたかもしれないのに!ついでに俺の給料どうするんだよ!ざっと2ヶ月ぐらい貰ってないぞ!」

 

「中村くん、それ────」

 

「…………それは、ごめんね」

 

────くそ、最悪だ。

 

「…………いいや、やっぱいい、給料なんて要らない!とにかく、俺はお前の助けになれればなんでもいい!だから───」

 

「白邪くん、できないことをお願いするのは、善くないよ」

 

「───────」

 

冗談っぽく、そいつは笑った。

───できないことを願うのは善くない。

 

「───あぁ、お前の言う通りだ」

 

「うん。でも、私は死なないよ。消耗しすぎたから、帰るだけよ。だから、もし、いつか縁があったら、またこうして───まぁ、その時は、貴方のこと、ぜんぜん覚えていないかもしれないけど」

 

「絶対に覚えておけよ。俺たちも、お前のこと、忘れないから」

 

「うん」

 

「アスナロさん、もし、ロアをいつか、ほんとうに、倒すことができたら、もう一度、この街に来てください、またみんなで、ババ抜きでもして遊びませんか?」

 

クロエ先輩ナイスアイディア!

 

「えぇ。ありがとう。けど、遠慮しておくわ」

 

「…………!?それはなぜ?」

 

「貴方たちの街をこんなんにしたのは、ロアだけでなく、私の落ち度もあるのよ。ただの悪者が、のこのことやってきたら困るでしょう?」

 

「そんなことないよ。いつか、きっと、また会いたいと思う。そんな気がするんだ」

 

「そう、かな。そうだと、いいね。──けど、私、なにも、面白いと、思えないから。だって、人間じゃ、ない、し」

 

アスナの息は途切れ途切れだ。

身体から金の粒子が出てきている。

強制退去まで数秒前。話したいこと、山ほどある。怒りたいこと、めっちゃある。けれど、もう時間がない。

だから、一番話したいことを。

 

「じゃあ、ばいばい。貴方たちといれて、嬉しかった」

 

「はい、貴女も、どうかお幸せに!!」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!いいか?お前にはいつか、きっと、自分の命にかけてまで、守りたいもの、ほしいものができるはずだ!俺が保証するから!俺が見てきた混血は、魔は、誰も彼もが悪いわけじゃない!お前にだって、生きる価値は俺たちと平等にあるし、きっと、寿命が長いぶん、俺たちよりも明るい未来が、末永く続いているはずだ!」

 

だから────

 

「だから、【夢を見ていろ】!そうすればきっと、とんでもない、楽しい巡り合いがある!幸せになる夢を、見ているんだ!信じても夢は叶わないけど、夢を見れば、きっと明日の朝は迎えられる!それだけは分かっていろ!絶対に、お前は幸せを見つけられるんだ!」

 

俺の声は必死すぎて、カラカラになっている。

でも、これだけは言っておかないと、彼女はいつまでも、独りになってしまう。彼女の未来は俺たちよりずっと長い。きっととんでもない歳月をかけているんだ。

でも、たとえ千年かかろうと、一万年かかろうと、最期はみんな楽しいと思えるようになる。それだけは、彼女にも信じてほしかった。

 

「…………うん。ありがとう。覚えておくよ。絶対に忘れないから。………私も、貴方たちみたいに、幸せになれるかな─────」

 

アスナは涙のような輝く何かを落としながら、ゆっくりと、あの空の月に向かって、金色に輝きながら、ゆっくりと昇っていく。

死んでない。確かに死んでない。別れなんだ。そう、言い聞かせなんかじゃない。ほんとうに、旅立っていってしまった。

逝こうと思って行ってしまった。

 

月の民にとっては、俺たちなんて、ゴミよりも小さいのだろう。

けれど、その中にきっと、あの一等星よりも眩しいひかりが見つかれば、きっとそれは幸せへの鍵となる。

 

「────あぁ。そうだよ。絶対に、お前も、いつか幸せになれる」

 

「────さようなら、アスナロさん」

 

アイツ性別あるのかどうかわからんかったが、多分女でいい。いつか、きっと、いい男が見つかるって。

俺だって、もともと俺を殺す予定だった人とこうして幸せになれるんだ。

 

きっと、吸血鬼と人間、そんな常識はずれな愛を求める馬鹿がどっかに現れる。世界広いし、まだ先は永い。

久遠に続く未来。永劫に届く輪廻。

アイツが転生するのもわからんではない。永遠は寂しいけれど、きっと、転生したあとに見た未来も、それはそれで美しい。

俺も、未来の世界を見てみたい。

 

ただ、俺にとって欲しいものはそんなに数がない。最低限欲しいものは揃っている。これ以上の欲張りは言えないし、とくに必要もない。

 

「じゃあ、帰ろうか、先輩」

 

「はい、中村くん」

 

彼女と居れば、俺は──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────っ、中村くん!!!」

 

「────え?どうしたの、先ぱ」

 

 

 

 

 

──────どすん。

 

 

 

 

 

「─────────────」

 

 

……………え?

 

 

 

 

 

 

…………ドサッ。

 

 

 

 

 

「────────えっ?」

 

 

 

 

 

その音は、俺の目の前で鳴り響いた。

今の惨たらしい音がいつまでも鼓膜を掻き回す。

まずいな、目の前が真っ赤だ。なにも見えないや。

なんでだろう。なんで、こんなに目の前が真っ赤なのだろう。

 

なんだろう。暖かい、どろどろとした、この血生臭いこの液体は。

 

────服の裾でソレを拭う。

 

 

 

 

 

「───────────」

 

 

 

 

凍りついたように身体が動かなくなって、目線だけで足元を見る。

 

──────そこには。

 

 

 

 

 

「──────おい、なんだよ」

 

 

やったぁ、俺は無傷だ。

俺からは一滴も流血していない!やったぁ、俺は生きている。絶対に死なない。今のは返り血だ。よかった。俺も、先輩も、無事─────

 

 

 

 

 

「ウァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 

 

 

 

 

しんだおもったら、

 

 

 

 

おれはしんでいなくて、

 

 

 

 

しんでいたのは、

 

 

 

 

せんぱいの、ほうでした。

 

 

 

 

「■■■■■■■■■─────!!!」

 

 

わたしでもききとれないひめいをあげて、

 

ちだまりにひざをつきました。

 

むねにおおきなあなをあけた、せんぱいをだきしめました。

 

けれど、せんぱいはねむったまままったくおきてくれませんでした。

 

なんども、なんども、よびかけたのに。

 

せんぱいからでてくるのはあかいどろどろだけで、なんのおとも、なんのひかりもありませんでした。

 

 

「ハ、ハハハハ」

 

 

おかしくなって、かおをあげてみました。

そこには、おとなのひとがたっていました。

 

「チッ、仕留め損なったか。しかし、そんな細身の女が俺の動作よりも速く庇うとは。俺の奇襲も錆び付いたもんだな」

 

まっくろなふくをきた、わたしとせたけのあまりかわらない、めつきのわるいおとなのひとが、まっかにそまったきんぞくのぼうをもっていました。

 

 

「誰だ────お前は─────!!」

 

 

わたしはそのひとにむかってさけびました。

 

 

─────男はその目付きの悪い顔を下ろし、もう動かなくなった先輩を抱える俺の方を見て言った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………黄理───七夜黄理(ナナヤキリ)だ」




はい、みなさんこんにちは、マジカル赤褐色です。こうして作者から出てくるのはかなり久しぶりですね。

えぇ、と、まぁ、読者によっては衝撃の展開になったと思った方もいれば、まぁ、そうだろうなと思った人もいらっしゃるとは思います。
作者にとっては、当然の結果です。何せ、第一話の時点で黄理が関係してくるのは決まってましたからね。
月姫 零刻のクロエルートはこの瞬間のためだけにストーリーが進んでいました。
ここからが最大の山場だったんです。
もちろん、何度も黄理の存在には触れていますよね?
だとしたらどこかで出てくるのは当たり前です。
いつからかロアを倒すのが目的だと錯覚させるように結構いろいろ仕込んだんです。
いやー、何人か騙されていたら嬉しいなぁ笑

騙された!と思ったあなた、ショックに思ったあなた、ありがとうございます笑
まぁ、作者には最初からこの展開しか頭になくて、ここにようやくたどり着けてうれしいですよ。
てなわけで、ボーイミーツガールではなく、ダークな物語をテーマとした月姫零刻なので、容赦なくメインヒロインのクロエにはここで退場して貰います。

さて、命よりも大切な人を奪われてしまった、人を殺さない殺人鬼、白邪。
仇敵、黄理に対して、彼が向けた反応とは?

遂に終盤、これが正真正銘のラストです。どうぞ、直後の展開をお楽しみに!


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最期の逢瀬

 

「七夜…………?」

 

俺は目の前にいるその男を睨み付ける。

七夜黄理と名乗ったその男はみすぼらしい風体の若い男だった。

体つきは悪く無さそうだが、かなり痩せ細ったなんかすぐに折れそうな細い高身長。全身黒服。目付きの悪く暗い顔。おしゃれを気にしない、ちょい悪風の青年。年齢は間違いなく俺より上だが、そんなにえらく遠いわけでもなさそうだ。20代半ば?少なくとも30はない。

 

「お前、なんでクロエ先輩を…………!!」

 

七夜がなんなのかなんてどうでもいい。こっちは大事な彼女が殺られたんで怒り心頭。今すぐ殴り倒したい気持ちだが、まずは心を一瞬だけ休め、とにかく全ての情報を押さえる。

なんでコイツはクロエ先輩を殺したのか。

 

「勘違いはするな。俺はその女に興味などない。元から狙いはアンタだけだった。女が殺られたのはただ彼女が当たり屋してきただけだ。俺も想定外だ。反応されるとも思わなかったし、この鋭い一撃から庇おうという発想に至るなど、余程アンタが大切にされていたのか、それとも余程の命知らずか」

 

「─────お前の目的はなんだ」

 

話している隙に、いろいろな情報を探る。

武器は、両手に持ったその短い鉄の棒か?

 

姉さんが昔やっていたな。

カリ、だっけ?海外のちょっとしマイナーな武芸で、2本の棒で相手を滅多打ちにするやつだ。

だが、七夜の武器はあれの半分以下の長さ。どちらかというとより汎用的な棍術、といったところか。

ん?棍!?

コイツ、棍だぞ武器?嘘だろ、クロエ先輩の死因は刺し傷によるものだ。あ、あの、ただの金属棒で突いただけで、刺し傷!?

当然、あれの先端は平らな構造。豆腐ぐらいしか刺せない。あれを、人体に捩じ込むとか、人間の筋力で、一体何日かかると思う?それを、あの一瞬で?

 

これじゃあ、棍というより、(キリ)じゃないか。なるほど、実に言葉遊びが利いている。錐のように鋭い黄理…………か。

 

「俺らは退魔の血族だ。俺らに私心や野望はねぇ。ただ混血を一匹残らず消すのが俺らの役目だ。だから、アンタはここで死ね。混血だから死ね。生まれたという罪のもと死ね」

 

「ふざけんな、そうやって何人も殺してきたのかお前らは!」

 

「当然の帰結だ。悪なるものを残さず全て排除し、この世に善のみを残すのが我々の仕事だ。俺たちの行動に、悪など存在しない。産まれてきた時点で混血も魔も悪に該当する。その全てを排斥することに、我々には責務はあっても罪悪などは存在しない」

 

「違う。善も悪もねぇだろ。お前らが産まれてきた人を善か悪かとか決めつけるのを誰が許したんだ。理解もしようとせずに殺してくるようなお前らのほうが、よっぽど悪者だろ………!」

 

コイツもロアと違うようで同じだ。

産まれだけで、その価値全てを勝手に自分の尺で決めつけて、都合が悪くなったらすぐに殺す。

戦時中の枢軸国のポピュリズムと同じだ。

民族が違うというだけで、罪もない人に悪をおっ被せ、収容所に閉じ込めたり、虐殺したりして、魔女狩りしていく。

幼い頃、アンネ・フランクの伝記を読んで、俺はかなりの影響を受けた。

なんで、同じ人間なのに、こうして僅かな違いだけでこんなにも大きな立場の違いが産まれるのか。

 

戦後も未だこうして差別は続いている。

だが、七夜のやってることは差別なんて生ぬるいもんじゃない。

これは、ただの虐殺(ジェノサイド)だ。

差別よりもずっとずっとたちが悪い。

 

人権を奪うばかりか、その命まで奪うなんて。

 

「そうか、お前が槇久の旦那が言っていた、中村邸に現れた侵入者か!」

 

「む、噂に聞いていたのかよ。なら話は早ぇ。ついでに言うと、確信がついてよかった。お前があの憎き中村家の子息なんだな!」

 

七夜はそう言うと、突然俺に向かって攻撃をしてきた。

驚いた。スタートダッシュの体勢すら作っていなかった。

まっすぐ直立したまま、目にも留まらない高速の平行移動だった。

脚すら動いていなかったように見えた。

 

「ぐっ………!!」

 

血刀で弾き返す。

─────が、

 

「く……………………」

 

衝撃が重い。一発でもこの威力。

耐えてもわずか数発といったところか。

なんだコイツ。今まで戦ってきたどんな敵よりも、強いぞ………!

 

「良く防いだな。その身は、憎悪と焦りの色に包まれているというのに。ふむ、アンタは、俺の想像以上に、限界に強いようだ」

 

「色……………?」

 

憎悪と焦り。確かに、間違いなく俺が今俺という個を形成するために消費している感情だ。

俺は七夜に憎悪を抱き、その反面、俺はあいつに殺されるかもしれないという焦りを持っている。

それを、あいつは言い当てた。

 

「俺たちは眼が少し変わっていてな。色々と普通は見えないようなモノを視覚化する力を持っている。俺の場合、こうして相手の思念をさまざまな色として視ることができる。熱意や希望のような感情は赤。悲しみや落胆といった感情は青。忍耐や待望は黄。安寧や快感は緑。などだな」

 

「……………………」

 

「アンタは今、薄い水色と橙が重なったような色に包まれている。なんだろうか、これは少なくとも、悪い感情と、もうひとつ、アンタを突き動かす炎のような感情があるな。それは憎悪から来るものか。それとも怨念から来るものか」

 

「───────」

 

あぁ。そうだ。俺は、大切な先輩を奪われて、ただ悲しかった。ただ哀しかった。ただ虚しく、ただ空しく。

これから、いろいろなコトをいっしょにできたのに。いろいろな思い出を作れたはずなのに。

もっと、いろんな所に連れていって、もっといろんなことを話したかったのに。

俺は、中村白邪は、始まってわずか5日で葬り去られた。

 

あの思い出は、あの願いは、永遠に、叶わない。

もう、二度と、彼女の笑顔も、彼女の笑い声も、彼女の姿も、見られない。

俺にはただ、この何もない、虚無の寝顔を、ただ見つめることしかできない。

この満ち足りたような、なんでこんな結末なのに笑っているのか。もう二度と目を開けれないのに、もう二度と同じ空気を吸えないのに。そんなことをわかっておきながらただ穏やかなその寝顔を、ただ見つめることしか俺にはできない。

何もできなかった。彼女を守ることも。俺が前に出ていれば、アイツに気付けていれば。いっそのこと、俺が死んでいれば、先輩は助かったのかもしれない。

 

けど、それは叶わない。過去は何一つ変わらない。そこには一人の男が生き延び、一人の女が死んだという事実だけがある。

 

悲しい。辛い。苦しい。

それでも、ただそれ以上に、俺は、彼女を奪ったアイツが憎々しい。

 

「────ない」

 

「……………………」

 

「─────お前は絶対に許さない」

 

でも。先輩。あなたが俺を助けたというのなら。

 

 

「───────」

 

俺は、彼女のために、生きていなければならない。

 

 

────夜空に輝くひとりきりの月。月世界に舞う月の姫。

 

輝きは今、零時のお告げを指し示す。

 

この先は、月の姫の物語の零刻。

鬼人が吸血鬼となった根端を巡る少年の時代。

 

鬼人の血を引く少年は、相容れざる、退魔の少女に、恋をした。

 

此処から先が────────月の零刻。

 

 

 

此よりは、月の裏。光を帯びることのなく、忘れ去られる、鮮やかに光を放つ一つの物語の、麗しい、思い出の断片。その記憶の一端が、時を越えて、思い出される。

 

─────さぁ、殺し合いを始めよう。

 

 

「行くぞ、七夜─────!!!!」

 

俺はこの一瞬ですべての思考を投棄した。

俺の眼に映るのは目の前にいる男だけ。

他の何も考えない。いまの俺には、ただアイツをブッ飛ばすことしか頭にない。

 

「は──────ぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

俺の挑戦に応え、向こうからも一直線の疾走が襲いかかる。

流石は戦士。相手が如何なる存在であれ、命を賭した挑戦には敬意を示し、それに応える。

 

だが、この闘いはそんなに美しいものではない。

もっと単純なものだ。イラついた相手を殴るだけの、ものすごく単純な喧嘩である。

意義を見出すならば、まぁ、生き残るための闘いと言ったところか。

 

俺は走りながらすぐに隣に移動し、先輩の懐からフランベンジュを借りる。

 

────コイツで先輩の仇を討ってやる。

 

 

「ハァァッ!!」

 

「シャァァ!!」

 

 

互いの突き出した武器が互いの首横を通り抜ける。

 

「───────ッ」

 

「───────ッ」

 

一瞬の睨み合い。

互いの肩がぶつかる。その反動で距離が離れる。

だが、まだ詰める。

もう一度、両者が走り出す。今度はもっと強く。

互いの全力の蹴りをぶつける。

 

七夜の動作はとんでもないものだった。

背中を相手に向けながら身体を前傾姿勢にし、後ろ脚で蹴り上げるという、なんと冴えた動作。柔軟性と体幹、そしてそれだけの筋肉を以てしてようやく可能となる技だろう。

とりわけ体術を専門とした一家か。

こちらの繰り出した蹴りはその一撃で完全に防がれることになる。

 

「───────ッ」

 

「───────ッ」

 

またも睨み合い。

だが、これ以上、互いの時間を無駄にしてる場合じゃない。

 

「死ね─────!!」

 

七夜は飛び蹴りを終えて地面に降り立った瞬間にあり得ない速度で突進してきた。

後隙を消したといっても過言ではない。

反動で隙が生まれたこちらに反応する術はない。

 

「ぐ──────うッ!!」

 

俺の腹部を貫いていく1本の鉄棍。

 

「う、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

反射的に繰り出された俺の大振りの一撃。

 

「くっ」

 

向こうの回避は間に合ってしまう。

速い。とにかく動きが速い。ロアとはまた違う速さだ。

とにかく人間の動きをしていない。

突然方向転換したり、あり得ない動きをしてくる。

 

「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

追いかける。後退する七夜に向かって疾走。

しかし、その攻撃も棍で防がれる。

 

「遅い」

 

「───────?………ガッ!!」

 

横殴りに繰り出された蹴りが俺の脇腹を直撃する。

一瞬で詰めた距離が、一閃にして引き離される。

果たして、今ので何本折れたのか。人間だったら致命的な一撃だが、吸血鬼の俺には再生がある。痛みなどは気にしない。激痛を伴うのは承知の上。

もはや、なんの感覚もない。

あるのはとてつもない頭と胸の痛みだけだ。

 

「うぉぉぉォォォォォォォ!!!」

 

「ハァァァァァァァァァァ!!!」

 

七夜と同時に走り出す。

こちらの攻撃はすべて防がれ、あるいは躱され、一発も命中しない。なのに、

 

「ぐはぁッ!!」

 

向こうの攻撃はすべて命中する。

一発の蹴りに心臓を狙われ、一気に吹き飛ばされ、倒れ込む。

 

「ぐ─────」

 

顔を上げ、七夜の姿を捉えようとする。

 

「感情任せすぎて、あまりにも動きが単純だ。浄眼で視ればアンタの一手先が簡単に読める」

 

瞬間、七夜の姿が消滅した。

 

「消えた!?」

 

「程度を知れ、吸血鬼」

 

音は背後からした。

 

「ぐぁぁぁぁっ!!」

 

胸を棍で貫かれたのか。

そのまま棍が引き抜かれ、さらに蹴り飛ばされる。

 

「ぐ……………ぁぁづ…………!!」

 

木に打ち付けられ、倒れる。立ち上がるにも、今のが強すぎて立ち上がれない。

 

「─────」

 

「ぐぁっ!!」

 

蹴りによる追撃。地面に跪いて体力の回復に専念するが。

 

「──────ッ」

 

「づぁぁっ!!」

 

今度は拳裏による顔面への追撃。

さっきからコイツ急所しか狙ってこない。

当然か。

だが、このままでは反撃どころか復帰すらもできない。

 

地面に仰向けに倒れる。

死ぬ、負ける。このバケモノに勝てるビジョンが見えない。

さっきとは話が違う。なんで、こんなにもコイツは強いんだ?

 

「終わりだ」

 

あぁ、考えている暇もなかったよな。

 

「ぐ……………づ……………っ!!」

 

胸に棍が再び突き刺される。

 

一秒ごとに戻ってくる痛覚。

一秒ごとに消えていく感覚。

一秒毎に削り取られる意識。

一秒毎に迫ってくる恐怖心。

 

だんだん、諦めのようなものがついてくる。

勝てない相手に抵抗しても無駄だ。

アイツと俺では経験が違う。

アイツは俺のような人外を幾度となく奪ってきたやつだ。対して俺は、ちょっとこの街の危機を救った程度。

経験の差は実力の差。

俺がアイツに勝つには純粋な時間が足りなかった。

 

「──────先、輩」

 

俺は、また、約束を破ってしまうのか。

彼女の願いも、善意も、一度も受け取ってやれなかった。

そもそも、俺は何一つ、約束を守ったことがなかった。

そう、俺は昔から嘘つきだった。

誰も守ってやれなかった。誰のためにもなれなかった、ただの人殺し。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白邪」

 

古い、ユメのようなモノをみた。

 

とても、大昔、まだ俺が、生きていたころのユメをみた。

 

屋敷の前。橋の上から一望できる青い青い空と蒼い蒼い川。

そこに、橙色の髪の、背の高い女性が橋の手すりに座っていた。

彼女のとなりに座っていたのは、小さく、弱々しい、まだまだ幼い小さな朱毛の子供だった。

 

「白邪、お父さんのことは知っているの?」

 

女性はただ子供とつまらない話をしているだけだった。

 

「しってるよ。ボクのおとうさんでしょ?おとうさんはね、おかあさんとけっこんしたヒトだよ。だから、ボクがうまれたんだ。おねえちゃんも、おにいちゃんも」

 

「うん。………そうだね。けれど、白邪は知ってるの?お父さんが、普通とは違うということを」

 

それは、彼女から口にした言葉だった。

当時の少年には、この言葉の意味はなにもわからなかった。

 

「フツウ?フツウってなぁに?」

 

無垢な彼は言う。

 

「お父さんはね、お母さんとは違う血を引いているの。お母さんはフツウの人間。けれど、お父さんはフツウとは違う人間なのよ」

 

「なにそれ。おとうさんとおかあさんはどっちもニンゲンじゃないの?」

 

彼は理解できていない。

そう、これは内容の時点で、まだ世界の狭さも知らない子供が理解できるような話ではないのだ。

 

「えぇ。どっちもニンゲンよ。けれど、お父さんは、ニンゲンとは違う血を引いている。その子供のあなたもよ。ほかのみんなもね」

 

「ニンゲンじゃないチってなに?おとうさんはオバケのこどもなの?」

 

子供は好奇心と疑問でできている。何度も質問を繰り返す。

けれど、その度に女性は呆れることもなく、優しく丁寧に答える。

 

「えぇ。それに近いモノよ。いつか、お父さんは、本物のオバケになってしまう。それは仕方がないことなのよ。けれど、それ以上に、あなたもいつか、その血と向き合わなければならない」

 

「ボクも、いつかはオバケになっちゃうの?」

 

少年は、昔はかなり賢い子供だった。

先のことを見据え、規律と礼儀に厳しく、時に気になることがあったらすぐに訊き、調べ、時には大人を困らせるような難しい質問をしてくることもあったらしい。

そして、これもその一部。彼の日課の質問ラッシュが、女性へと降り注ぐ。

 

「えぇ。多分ね。まぁ、必ずしもなるとは限らないし、ニンゲンはニンゲンだから、きっといつか直るとは思うけどね」

 

「かならずしもならない…………?なんでそんなことがいえるの?」

 

こうして、少年は大人を困らせていた。

わざとではない。悪戯でもない。ただ、あまりにも無垢であったため、純粋にこの世の不条理を知らぬが故にこのすっきりしない疑問に不満を持っていた。

 

「お母さんは、あなたにはオバケになってほしくないの。そうでしょう?あなたも、オバケにはなりたくないでしょう?」

 

少年は無言でうなずく。

 

「あなたはね、特別だったの。特別。それはとてもすごいことなの。けれど、同時にそれはとても辛いことなの」

 

「なんで?すごいのにどうしてつらいの?」

 

「すごい人はね、いつか必ず一人になってしまう。あなたは、必ず、回りとは別の道を歩まないといけない」

 

「そう、なの?」

 

「えぇ。だからね」

 

女性は手すりから飛び降りると、その場で屈んで、子供の肩に両手を置く。

 

「強い子になりなさい、白邪。あなたは、きっと、強い男の子になれる」

 

「そうなの?ボク、あしははやいけど、ちからはないから、つよくはなれないよ」

 

「うふふ。違うよ。一人になっても、それを乗り越える心を身に付けてってこと。そして、自分以外の誰かが一人になってしまったとき、あなたはその人を助けてあげられる、そっと声をかけてあげられるような、そんな人になりなさい」

 

「ひとりぼっちのこどものおともだちになればいいの?」

 

「えぇ。その通りよ。あなたは、賢いから、自分がやろうとしたことにきちんと責任を持てる。自分を客観的に見ることができる。けれど、そんなものはあなたにはいらない。あなたは、自分がやろうとしたことを正しいと思い、そして、誰かのためになれる大人になってね。それが、あなたがニンゲンでない生き物として生まれた変わりに与えられた、とても素晴らしいちからなのよ」

 

女性はそう言って子供に微笑んだ。

 

「─────うん、わかった。ボク、おかあさんがいったように、つよいこどもになる!いつかたいせつなひとができたら、そのひとのためになれるようなおにいさんになるよ!」

 

あぁ。そんなことがあったんだ。

俺は、今まで、母さんの言葉に、ずっと続いていたんだ。

俺は、あそこから始まっていた。

みんなを助けるためじゃない。自分が守ろうとした誰かのためになれること。

それが、俺がやらないといけないこと。

孤独な俺に託された、正義のヒーローになる権利。

 

───俺は、母さんみたいな大人になりたかった。

 

一人のためなら、他の誰かのことなんて考えない。ただ、一人の弱い人間の傍にいてやれるような、強い人に。

 

でも、それはもう叶わない。

俺は、守りたいものすら守れなかった。

誰かのためになろうとして、誰のためにもなれなかった。

彼女を守るためだけに、自分の命を賭け、そして自分だけが生き残る。

彼女がいなければ、生きる目的もない。

ただ、ここで虚しさに苛まれるだけだ。

 

けれど、まだ。俺には役目がある。

彼女は、俺を守ってくれた。

それは、彼女も命を賭けて俺を守ろうとしたということだ。

俺たちは、互いの命を自分の命に変えてでも守ろうとした。

ただ、順番が違ったというだけで。

 

「─────────」

 

こんなところで、全部を投げ棄てたら、彼女はなんて言うだろう。

彼女の行いは何だった?

彼女は誰のために、何のために自分の命を擲ったのだ?

 

「────────ア」

 

そう。彼女は俺のために。俺を守るために、自分の命を擲ったのだ。

俺を守ろうとした彼女の想いを、その勇気を、その覚悟を無碍にするな。

 

思い出せ。俺は怒っているはずだ。

自分の女を奪われ、それでいてヤツに何も還せていない。

抵抗もまるで意味を成しておらず、俺は未だに無力に終わっている。

これ以上の屈辱があってたまるか。これ以上の結果があってたまるか。

 

俺は大嫌いだ。母さんの話を聞いたときから、母さんの前で、正義のヒーローになると決意した時から決めていただろ。

 

そうだ。俺は、罪もない人が犠牲になるのが、大っ嫌いなんだよ─────!!

 

「─────はぁぁ…………ぁぁぁ」

 

まして、犠牲者が自分の周囲の人間、あまつさえ俺の命よりも大事だったひとで。

これで諦めがつくなんて、どれだけ俺は根性無しなんだ────!!!

 

「─────はぁぁぁぁ、あぁぁぁぁぁ!!」

 

立ち上がれ。脚が立ち上がれなくても根性で立ち直れ。

怨みを還せ。恨みをぶつけろ。恩讐の心を忘れるな。

やられたら倍でやり返さないといけない。

 

立ち直れ、白邪。俺は、自分のやりたいことをやれ。自分の守りたい人のために戦え。

俺は、先輩のために、先輩から二度も貰った命を、ここで先輩のために使わなければならない。先輩のために、あの人の想いを受け止めて、そのために生き続けなければならない。

 

「────はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「──────む、むぅ!?」

 

鬼人、此処に覚醒。

両足で倒れる俺の前にいる相手を蹴り飛ばす。

刺さった鉄棍を引き抜き、投げ棄てる。

これでアイツの武器は残り1本。

 

「お前────タダじゃ済まさねぇぞ」

 

敵を睨み付ける。視界が真っ赤だ。あまりにも怒りすぎて、目が破裂するくらいに充血してしまっているみたいだ。

 

「─────づ………この見ているだけで肉体か割れそうな威圧感、間違いない」

 

「お前だけはマジで許さねぇ。俺を本気にさせたらどうなるか、これからたっぷりと教えてやるよ…………!」

 

「ふざけるな………!!」

 

ふぅ───、息を大きく吸う。

もう、俺は何一つ諦めない。

あの選択を、俺はもう二度と後悔しない。

俺は、正しいことをした。俺は自分が正しいと思ったことを正しく成し遂げたんだ。

きっと、親父もあの世で喜んでいるはずだ。

自身の息子の成長を。自身の息子が、異物としての自分と向き合えるようになった瞬間、ある意味での我が子の自立、巣立ちを。

 

大雑把な始まりで悪いが、頑固者の俺だ。

ヤツには最後まで、地獄の底まで付き合ってもらう。

ただ生きてきただけじゃない。生きてきたことすべてに意味がある。

俺は、中村白邪。凱逢黒依を守るために生まれ、凱逢黒依の想いを引き継ぐために生きる吸血鬼だ。

 

「勝負だ、七夜───!!!」

 

この山の自然から生命力を借りる。

鬼人として得た能力を使いこなせ。

吸血衝動が解放されるが、そこは仕方ない。相手は罪もない、ターゲットですらなかった人の女殺しておいて謝りもしないヤツだ。

 

「くそ…………ぉぉぉぉぉ!!」

 

七夜の行動に焦りが見える。生き物は本能的に逃亡に長けている。闘うのは自分と対等、もしくは自分より弱い相手、小さい相手に対する行動。自分より大きい相手、自分より強い相手に対して、生物は逃亡を優先する。

 

七夜の目の前に映るのは、人間とは圧倒的に規模が違う生き物。七夜も退魔の血族。人間を超える生き物は何度も見てきた。時には自分より強い、大きい相手も倒してきたのだろう。

だが、今回は違う。さっきまでただの混血だった相手が、見たことのない生き物に変貌しているのだ。

 

この様子から見るに、おそらく七夜は吸血鬼を見たことがないのだろう。

だから、負けるビジョンも勝つビジョンも見えない。

 

初見の相手だ。必ず負けるとも限らない。

だが、それは同時に負ける可能性があるということ。

このよくわからないパターンといものは、すべての生き物にとって最大の恐怖となる。

故に、七夜の動きが鈍くなるのは道理だ。

 

「死ね、さっさと死ね!!」

 

迫る疾風迅雷。回避の術はない。

関係ない。回避の必要も逃亡の必要もない。

俺にはただ、

 

「死ぬかよ─────!!」

 

目の前にコイツが居ることが腹立たしくて仕方がないだけだ。

 

攻撃は同時。七夜の棍も実に素早い。だが、残念ながら、リーチの差というものがある。

 

「はぁぁぁっ!!!」

 

七夜の身体にフランベルジュを叩き付ける。

 

フランベルジュとは西洋の剣。中世の騎士が持っているアレだ。

刃は薄く、波打つ刀身を持っており、相手の肉を抉り裂く。西洋における画期的な刀剣である。

何せ、西洋剣と日本刀は全く異なる。

刃が両方にあるとか、それ以前に武器としての仕組みが違う。

日本刀は鍛冶師による業。切れ味はお墨付きだ。だから、どのような相手であろうと、扱いが合っていれば一刀両断。

対して西洋剣は量産型。一刀両断するというより、相手を叩き斬るというイメージなのだ。

そのようなスタイルであった西洋にとって、相手を両断するフランベルジュは画期的な発明だったのだ。

 

そして、フランベルジュの真の強さはその後。抉った肉への切り傷は大きかった。治癒も遅く、回復が難しい。そのまま出血で死亡する場合もあれば、あるいは傷口から感染症に感染して死亡するなど。いろんなパターンで死亡した。

 

とにかく、そのフランベルジュを愛用するとは、なかなか先輩のセンスも素晴らしい。

しかし、今度は加工レベルが全く違う。

残念ながら、七夜の死は今確定した。

ここで俺が殺られることはあっても、最後に七夜は死ぬだろう。

 

前述の通り、これは先輩のフランベルジュ。

なのだが、これはただ振ればいい訳ではない。道具も馬鹿も使いよう。先輩にはこの発想はなかったらしいが、俺にはわかる。

確かに、ただ振っただけでも凶悪だが、俺はさらにこれの強みを伸ばすべく、ちょっとした細工をした。

傷口を作ったあとが最強といえるフランベルジュの刀身に俺の血を塗り込んだ。

分かりやすく言えば、フランベルジュに毒を塗ったようなものだ。

効果があるかは不明だが、俺の血の能力のことだ。おそらく生命力を減らすとか、そういう効果がある。

 

「ぐ─────ぁぁぁぁぁづ………!!!」

 

苦悶を上げて七夜が引き下がる。

よく倒れなかったな。今の一撃受けて。

 

「こ───この野郎…………!!」

 

しかし、すぐに立て直せる相手だ。この程度の修羅場、幾度となく潜り抜けているに違いない。

相変わらずの消えるような高速移動。

だが、もう今の俺には通用しない。

第六感持ちの俺に、二度目は意味がない。

 

「───────」

 

俺の頭の上に現れた七夜。その右手の棍が俺の頸を貫こうとしているが、もう。

 

「遅ぇんだよ」

 

屈んで絶対死にして必殺必中の攻撃を回避した。

 

「なんだと─────!?」

 

そのまま七夜のがら空きになった腕を掴んで空中から手繰り寄せる。

 

「ぐ…………!?」

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 

右腕の二の腕に勢いよく肘打ちをぶつけて折り曲げる。

 

「ぐ、あぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

あり得ない方向に折れ曲がった腕を抱え、七夜が激痛に痛みを覚えて狂ったように暴れまわる。

からんからん、と鉄棍が転がる軽快な音。

 

まぁ、確かにありゃ冴えた動作だったが、幾らなんでも平凡だ。七夜は殺すことについては並ぶものは居ないが、同時に脆さも一級品だ。

 

今のは別にたいしたことはない。警察官程度でも習うような匕首(あいくち)曲げだ。

武器を持った相手の二の腕の、筋肉が緩んでいる部分を攻撃して武器を落とさせるという、武道の入り口のようなものだ。俺も街でこれをよく振り回したものだ。

しかし、今のは上手く決まったな。お手本動画にしてやりたい。

こういうときに、姉さんや甜瓜さんの武道知識は俄然役に立つ。

 

しかし、こちらも今は素手だ。さっきの一撃が強すぎたのか、フランベルジュの刀身も粉々に割れてしまった。

だが、いい。これぐらいがちょうどいい。

割れてしまった金属の破片が刺さったのだ。それだけでも死ぬほどの激痛だというのに、さらに腕を折られたのだ。

 

さて、ここからは殴り合いに移行することになる。

 

「畜生…………無駄な足掻きを…………!!」

 

「まだまだ──────!!!」

 

七夜に走り寄り、鍛え上げた俺の腕を力強くぶつける。

二人の拳が同時に互いの顔面を貫く。

クロスカウンターで始動するこの殴り合いは単純に最後の意地の張り合いだ。

七夜の死は確定している。ここで生き残ろうと、俺の血が傷口に入り込んであとでとんでもない死に方をする。何年か後だろうが。

俺も、ここで生き残ったところで心臓が二度も貫かれている。多分それ以降は生き残れない。

 

両方に死の運命が確定しているが、俺たちには関係ない。

まだどちらが強いのかが決まっていない。

ここで決着をつけてやる。

 

「ガァァァァァァ!!!」

 

獣のような叫びを上げて七夜が俺を地面に叩き付ける。

 

「ぐぁぁぁっ!!」

 

口から吐き出される血。関係ない。ここでの流血は意味がない。どっちみち死ぬ。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

上から迫る拳。棍を刺し込む馬鹿力。岩をも打ち砕くだろう。

それが顔面に直撃して、鼻や歯が折れても文句は言えない。

 

「ぐ…………づ………!!」

 

だが、顔面の骨の大半を壊す破壊の一発をなんとか耐えた。

追撃の踏みつけ。

転がってなんとか凌ぎ、立ち上がって反撃する。

 

「でやぁぁぁぁぁ!!!」

 

強烈な飛び蹴り。七夜の顎関節からヒビが入った音が聞こえた。

 

「ぐおおぉ………!!」

 

「オォォォッ!!!」

 

追撃の心臓打ち。今ので胸骨も破損させた。内蔵に到達するのも時間の問題か。

 

「く…………やぁぁぁぁぁ!!」

 

腹部を狙った七夜の蹴りが肋骨を穿つ。

 

「がはぁっ………!!」

 

「────────っ!!」

 

くずおれる俺に向けてさらに強烈なアッパーが叩き込まれる。

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁづ!!!」

 

打ち上がった身体をさらに蹴り飛ばされ、遠く遠くへ弾き飛ばされる。

 

地面に打ち付けられることバウンド三回。

転がること五回。目が回りそうだ。

意識も途切れ途切れだ。

だが、諦めない。

 

「せいやぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「うぉりゃぁぁぁぁぁ!!!」

 

互いに連続で拳を叩き込む。

相手を殴る度にこちらも殴られる。

殴られる度にこちらも相手を殴り返す。

 

一発、二発、三発、四発、五発、六発…………

 

止まらない弾丸の嵐。意地の競り合いはただ先に倒れた方の負け。回避の必要はない。当たって砕けるだけだ。

 

「ぐ………この甲斐性無しが………!!」

 

七夜の一発。

 

「うるせぇ、この外道が………!!」

 

俺の一撃。

 

「ふぅ──────」

 

「はぁ──────」

 

同時に停止。呼吸を整えろ。次で決める。

七夜も同じことを考えている。

 

「せいやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「ハァァァァァァァァァァ!!!」

 

同時に拳を突き出したが俺の方が速度がわずかに速かった。

一発で七夜を遠くへ吹き飛ばす。

 

 

森を抜けた先には高い崖がある。ここから落ちるような阿呆はいないが、落ちたらそりゃ生きては帰れない。

 

七夜の背後に広がる絶景。美しいが今やただの最強の兵器。ここから落とした方の勝ちだ。

真っ先に蹴り飛ばそうと襲いかかる。

 

七夜は動かない。代わりに、

 

「甘いっ……!!」

 

「ぐっ………!?」

 

俺の胸に新たな凶器を刺し込んできた。

七夜の手には装飾の美しいナイフが握られていた。

ここにきてまさかの凶器。

 

「づ……………あぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

ここで俺の怒りは頂点に達した。堪忍袋の尾はもとからそう堅くなかったが、袋ごと突き破った。

刺されたまま頭突きをぶつける。

 

「ぐが…………づ……ぅづ!!」

 

「おらぁぁぁぁぁ!!」

 

そのまま引き寄せて投げ飛ばし、空中からのブローを右頬にぶつける。

七夜は勢いよく転がるが、そっちは崖の反対方向。七夜にとって最高のポジションだ。

 

「そろそろ死ね─────!!!!」

 

七夜の全力疾走。首を掴まれ、崖へと押し出される。

 

「ぐ…………………」

 

首を絞められたまま一気に押し出される。

崖から落ちるまであと数センチ。

耐える俺と押す七夜。

首を掴まれて頭を後ろに押し出される。

人間は頭を中心にバランスを取る。頭を動かすのは良い手だ。

 

「あ…………あぁぁあ…………ぐ…………」

 

意識が断線しそうになる。

だが、走馬灯に映るものは、余計に俺の怒りを加速させるだけだ。俺の記憶に映るのは、もう先輩しかいない。

 

「う…………おぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 

折った七夜の右腕を掴んで強引に曲げる。

 

「ぐっ………!?」

 

さらに別の方向に折られ、七夜の絞首がほどかれる。

そのまま俺の後ろに引き寄せて頭を下げさせ、膝で前歯を蹴り上げる。

 

「ぐ────はぁぁぁぁ!?」

 

七夜が今の致命的な一撃で完全に動きを止めた。

 

────完全に貰った。俺の勝ちだ。

 

だが、もう、これは、

 

俺の問題ではない。

ヤツに奪われた全ての命、その恩讐を、この拳に集める。

 

俺の怒り、俺の恨み、俺の怨み、俺の嘆き、そして、先輩の仇。

 

すべてをこの一発に集束させる。

 

地面を砕くように脚を踏み込む。

空気を裂くように腕を振りかぶる。

狗鷲が飛ぶように身体を震わせる。

視線だけで殺すかのように睨み付ける──!!

 

「てめぇは二度と──────」

 

「──────っ………!!!」

 

「俺にツラ見せんじゃねぇ───!!!」

 

一閃、一条。流星のような一発のストレートが七夜の顔面に叩き付けられる。

七夜に反撃の術はなかった。

もう完全に向こうが限界を迎えていたのだった。

 

「ぐ───アぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

七夜は崖から遠くへ受け身もとれずに、まっすぐ勢いのまま投げ出され、地上数百メートルの高さを真っ逆さまに落ちていく。

それはほんの一瞬。俺がその情けない顔も見る間もなく、七夜黄理は落ちていく。崖の上から覗いてみたが、やがてその姿は見えなくなった。

 

「ふぅ────疲れた………な」

 

もう、それが第一の感想だったりする。

 

「やった、やった、やった─────」

 

でも、あとからやってくるのはやはりこれ以上ないほどの歓喜。

 

─────俺の怒りは、俺の想いは、最強の相手を打ち倒したのだ。

誇れ、俺。俺は、先輩との約束を果たしたのだ。

 

「────勝ったよ、先輩」

 

もう、届きもしない声を届ける。

 

「さて、次だ」

 

まだ、やることは山積みだ。

来た道を戻る。

先輩の元までざっと500メートル。

今の激闘で、俺たちはこんなに移動していたのか。

 

「うぅ…………ぐ………ぅ………」

 

勝ったが、さっきも言ったように、俺は死に体。結局、限界はすぐそこまできている。歩くのももう、無理だ。

 

それでも頑張って戻ってみると、やはりそこには安らかに眠っている先輩の姿があった。

 

「先輩──────」

 

先輩をゆっくりと抱き抱え、背中に背負う。

 

「────うちへ帰ろう。先輩」

 

俺は、そう言うと、ゆっくり歩き出した。

 

 

 

 

 

 

──────帰るために。

 

 

 

 

 

 

──────あの馬鹿でかい、豪華なお屋敷ではなく、もっと平凡で質素な、どこにでもある、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──────小さなアパートへ向かって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、あ、ぁぁ……………」

 

 

 

 

けれど、それはもう叶わない。

 

 

 

時間切れだ。先輩を背負ったまま地面に倒れ伏す。

俺のとなりには、誰よりも美しい、安らかな寝顔が。

 

「───────うん」

 

もう、俺にはただそれが見れただけでよかった。最期に見れるのが七夜の顔色悪い顔面じゃないだけずっとマシだ。

 

しんしん、と、白いものが降りはじめる。

 

寒い。けれど、なんだかとても柔らかで、暖かい。

 

「──────雪だ」

 

今年の雪はなんだか早いな。

そんなどうでもいいことを思って、空を見上げる。

 

空には、ただひとりきりの月がある。

何も見えない。けれど、それでもただ絶えずに輝いている。

美しいが、まん丸でもない。もう欠けに欠けて、今にも消え入りそうな、星の合間を縫う天蓋。地を覆う白雪。

幽玄麗らかに欠けてゆく蒼星。

世界がだんだん消えていく。

心に走る、ずきん、とした小さな痛み。

 

 

月は、嫌いだな。また、あの日のことばかり、思い出されて。

 

「──────あぁ」

 

意外と当たり前のことって、気がつかないもんなのかな。

あぁ。今夜だけは、こう思えた。彼女もきっと、同じことを思っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今夜はこんなにも───月が、綺麗だ───




赤い鬼人

七夜黄理
性別 男性
身長 不明、白邪(175cm)より高い
体重 不明、身長にしてはかなり軽い
誕生日 不明
血液型 AB型
好きなもの 不明
嫌いなもの 甲斐性無し
所属 七夜一門当主
武装 鉄棍、七夜の短刀、浄眼


混血への切り札と称された最強の退魔の血族、七夜の当主。
当時はまだ若い青年であり、退魔業を行ってきた年月は少なめだが、それでも戦闘経験は豊富であり、卓越した身体能力と敏捷性で、七夜の身内でも、最高傑作と呼ばれた。

作中では【とある一家】を壊滅させる任務のため乙黒を訪れたが、残念ながら既に目標となる混血族は壊滅していた。そのため肩を落として帰ろうとしていたところ、中村という混血族を発見してしまう。以後、独断として中村を壊滅させようとしたが、中村邸の中で、当主の絢世に呆気なく敗北することになる。
偶然が重なってなんとか生き残るが、絢世の能力でトラウマを植え付けられ、中村、及びその分家筋である遠野は人間にとって最強の脅威となる魔だと認識することになる。

こうして時間が経つ中、中村の長男、白邪と遭遇し、これを奇襲で討伐しようとしたところ、同行していた少女に妨害され、失敗。
そのまま大切な人を奪われたことで怒りを抱いた白邪と衝突することになる。

作中では絢世に負けたり、トラウマを植え付けられたりと、負け犬のイメージが強いが、実際のところ、この時点での黄理は最盛期。
もとから暗殺を得意としているが、正面からの戦闘もお手のもの。正面から白邪を圧倒するなど、普通の人間とは思えない攻撃を繰り出す。

武装は太鼓のバチのような鉄棍2本を愛用している。
刃などついていないにも関わらず、その棍で相手を斬ったように解体し、刺したりすることから、名前の如く、「錐」とも呼ばれる。
暗殺を生業としているからか、時に卑怯な手段に出ることも厭わず、凶器を平気で隠し持ったり、肉弾戦の最中に短刀を持ち出してきたり、邪魔する者はターゲットでなくとも殺す、外道レベルでの冷酷さ、残忍さを見せることもある。

眼に宿しているのは七夜一門が継承する、見えざるモノを視る超能力、浄眼。
黄理の場合は、相手の思念を色として視覚化することができる。
これによって相手の思考を呼んで一手先を読み込んだり、気配を遮断した相手を探知したりすることができるが、目の前にいる相手に対しては相性が悪く、暗殺のための能力といえる。

衝撃の存在を知り、それに固執してしまった彼の思いと覚悟は、いずれ一家を壊滅へと導いていくことになる。


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教えて ヨエル先生 お正月スペシャル

 

白邪「読者のみなさん、」

 

クロエ「し」

 

林檎「ん」

 

葡萄「ね」

 

檸檬「ん」

 

蜜柑「あ」

 

甜瓜「け」

 

絢世「ま」

 

アスナロ「し」

 

ヨエル「て」

 

カーラ「お」

 

ロア「め」

 

真祖アルクェイド「で」

 

エセキエル「と」

 

槇久「う」

 

紀庵「ご」

 

七夜「ざ」

 

うどん「い」

 

ネコアスナ「ま」

 

中叢「す!」

 

白邪「いや、一文字ずつ言うんじゃねぇ!」

 

何言ってるかぜんっぜんわかんねぇだろ。

しかも最後ネコアスナで終わる予定だったのに文字数足りなさすぎて作者が忘れてたほどのスーパーマイナーキャラが今出てたろ。

つーか、エセキエル・ヨエルとアルクェイド・アスナロは別枠なのかよ。

 

ヨエル「やっぱり新年はみんなで挨拶だよね!」

 

白邪「そう、か。うん、そうだね」

 

絢世「ところで────」

 

姉さん、やめて、それだけは絶対にツッこまないで。お願いだから。

 

絢世「なぜ、クロエさんはそのような卑猥な格好で居るのですか」

 

白邪「あー、言っちゃった」

 

姉さんが頬を赤くして先輩をちらちら見ながら言う。

うん。映像がないから想像しにくい読者のみんなに説明すると、先輩の格好は俺らの世代(ぐらいの低)レベルの歓楽街の隅にあるカジノの隅に居ながらグラス並べて遊んで店長の指示、もしくは客のご指名を待ちかねて暇潰しているような可愛いバニー姿なのである。

 

クロエ「え!?だって今年は兎年でしょう?」

 

白邪「あー!繋がった!────じゃねぇわ。あのですね先輩、この作品、R15の作品だからそういうのはナシっていう約束ですよね!?」

 

甜瓜「いいんです~、作者は白邪さんとクロエ先輩のえっちシーン書くかどうかかなり迷った挙げ句ヤらなかった人ですからね~」

 

白邪「確かに」

 

つまり作者はバカなわけだ。それにしても甜瓜さん。次の次の次の次の次のヒロインがえっちとかそういう言葉言うのはまずいよ。…………読者のみんなもさっちんが大声で下ネタ発するシーンとか見たくないでしょ?

 

─────ところでさっちんって誰?(時系列修正)

 

ヨエル「君の物語の25年後?ぐらいに登場するJK」

 

そういうの要らねぇよ。

 

アスナロ「さて、もうひとつお祝いしないとね」

 

白邪「もうひとつ?」

 

アスナロがうんうんと頷く。

 

クロエ「中村くん、念願の仇敵打倒おめでとうございます!」

 

白邪「うおー!なんか全然嬉しくないけどありがとうー!」

 

そっか、進行度的に、ラスボスのロアも、その後にやってきた七夜も退けたから、もう月姫零刻も、ほぼ終わりなのか…………

 

白邪「なんか、寂しくなってきたな」

 

林檎「何を言われるのですか、白邪さま。私たちのルートがまだ残っているではないですか」

 

次期ヒロインの林檎が羨ましそうに俺とクロエ先輩を見つめてくる。

 

白邪「まぁ、ね。けど、みんなでこうして集まれるのって、最後だろ。次、みんなとこうして会うのは、俺じゃなくて、クロエルートとは別の俺なんだろう?」

 

ヨエル「今世紀最大のメタ発言だと思うよ、今のは。………安心しなって、僕とアスナロはほぼ出番すらなくなるだろうから」

 

白邪「…………でも、俺はすごく楽しかったよ。みんなとこうして会えたのはクロエルートのお陰だし。きっと、クロエ先輩が導いてくれたような出会いや別れもあったと思うんだ。俺は、その全てが愛おしい」

 

檸檬「貴方が居る世界に私も生きてる~♪」

 

あー、もう、台無しだよ今ので。

 

白邪「お前、もう少し空気読め」

 

檸檬「すみません許してください、私はKYです」

 

蜜柑「 Kuki Yome るなら、いいじゃないですか」

 

白邪「 Kuki Yomenai の意味に決まってるだろ」

 

このひと、バカなんじゃなくて語彙がないだけなんじゃないのか実は!?

 

ネコアスナ「んじゃあ、月姫零刻 大晦日特番、はっじまっるよー!」

 

白邪「もう年明けてんだよ」

 

どこのソシャゲの大晦日特番のマネしてんだよ。

 

クロエ「さぁ、司会の代行者ヨエル、最初のコーナーは?」

 

ヨエル「ズバリ、林檎ルートの予告であるぅ!」

 

蜜柑「パチパチパチ~!!」

 

アスナロ「わーい!」

 

だめだ、ツッコミ担当が俺しか居ないからどうにもならない。ついに俺にツッコミやらせないように先輩がヨエルに振ってしまったぞ、もう末期だよ。

 

 

 

 

 

林檎「では、ここからは、ヒロインである私から解説させていただきます」

 

林檎、もっと小さいカンペなかったのか。

カンペって見るためにあるけど、そのぶん絶対に見せたら駄目なんだぞ。

 

林檎「林檎ルートの特徴は大きなものです。それは、「クロエさまとの接触がない」ことです。月姫零刻は一番大雑把に区分すると、「クロエルート」と「クロエルート以外」の二種類に分けられます。それほど、白邪さまとクロエさまとの出会いはストーリー進行に大きな意味を持っているのです。さて、そんなクロエさまとの出会いが存在しなかった白邪さま。そのまま事は進んでいきますが、街は謎の大寒波に包まれていきます。不審に思って街に調査に向かった白邪さまですが、ある時、白邪さまの前にとてつもない強敵が現れるのです。それこそが、凱逢黒依。クロエさまです」

 

ヨエル「つまり、クロエルート以外ではクロエは白邪くんの敵、ということになるわけだね。まぁ、もともとはクロエは白邪くんを殺すのが目的だったからね。白邪に惹かれちゃったのはとんだイレギュラールートだね」

 

まぁ、そりゃそうか。

 

林檎「この林檎ルートに存在する【三つの謎】が、ストーリーを大きく動かしていくキーワードとなります。それを今からご紹介したいと思います」

 

林檎の前に使いもしないホワイトボードが現れる。

いやいや、司会の林檎がホワイトボードに隠れて見えなくなってるじゃん。

ガバガバだなこの番組。

 

林檎「一つ目は先ほどもご紹介した「白邪とクロエの闘い」です。白邪さまとクロエさまとの闘いや接触、対立は何度も行われ、その度に戦闘となります。逃げるか死ぬかの二択を毎度迫られる白邪さま。そして白邪さまの動きを邪魔していくクロエさま。二人の意思の疎通は可能となるのでしょうか…………」

 

紀庵「そして、二つ目の謎は、作中度々語られては一度もその謎を明かされなかった一家、「伊賀見」だな」

 

おい、ちょま、出番ほとんどなかったやつがしゃしゃり出てくるな!?

 

紀庵「まぁまぁ、作者によると今後は俺の出番も増えるらしいんでな。期待しといてくれ。……………んでだ。遠野、中村と並ぶ都心三大財閥の中で最も謎が深かった一家、伊賀見。林檎ルートでは、その伊賀見が大きく動いてくるぞ。中村と伊賀見をめぐる因縁、伊賀見の知られざる目的、そして、とある人物と中村の衝撃の関係性が明らかになる………!とにかく伊賀見という苗字は林檎ルートの軸となる超重要なキーワードだから、読んでくれる人は絶対に覚えておくんだぞ?」

 

ヨエル「最後の謎は、タイトルだね」

 

白邪「た、タイトル?」

 

作者、そんなものまで決めてたのか?

 

白邪「いやいや、タイトルは月姫零刻林檎編………とか、そういうのでいいんじゃないのか?」

 

ヨエル「だめだよ。こういうのはタイトル決めておかないと格好つかないよ。もともとね、このクロエルートにもタイトルあったんだから」

 

白邪「そのタイトルって?」

 

ヨエル「月姫 零刻 One happy of sky blue melody」

 

なんつぅ、ひでぇタイトルだぁ!!

つけなくて正解だったね!!

でもなんか妙に意味が本編とマッチしてるの腹立つわ!

メロディーっていう単語は違うとは思うけど、なんとなく音楽関連の単語はクロエ先輩に関係してるからね。

 

白邪「念のため聞かせろ、林檎ルートのタイトル」

 

紀庵「月姫 零刻 The scarlet judgment of two justice」

 

ひどいけどなんか妙にそそられるなァ!?

なに最後の、「二つの正義」ってくっそ気になること言い残すなよ!?

 

ヨエル「まぁ、そういうことだ」

 

白邪「教えろ、くそ気になるだろうが!」

 

紀庵「つまりは、どこかでこの二つの正義がぶつかり合うっていうことさ」

 

白邪「くっ、誰と誰のぶつかり合いなのか………結構物語における核心的な部位なんだろうな…………」

 

ヨエル「作者が言うには、「一番それらしい物語」ならしいよ」

 

評価が微妙だな…………

 

ヨエル「まぁ、クロエ以外のルートは人間ドラマが主軸だからね…………クロエルートみたいに、バチバチバトルしてるようなもんじゃないね」

 

白邪「ふーん、ま、上級者向けってことか。…………む、ちょっとまて、林檎ルートの前に、なんか公開されんじゃなかったっけ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

甜瓜「よくぞ訊いてくれましたー!!」

 

どーん、と甜瓜さんが乱入。

 

白邪「わわっ!?」

 

甜瓜「そうですよ、林檎ちゃんのルートも楽しみですけど、その前に私が主人公のやつがあるでしょう?」

 

あー、あの胡散臭いタイトルのやつ。

 

甜瓜「林檎ルートの前には、「甜瓜嬢のちいさな事件簿」が待ってるんです!忘れてた皆さんは一人ずつデコピンの刑ですよ!」

 

白邪「いや、あれ、マジでやる気なのか?」

 

甜瓜「はい!作者によると、もうキャラ原案もストーリーの流れも決まってるらしいです!」

 

すげぇ!作者の企画力すげぇ!思い付いたらすぐにやるタイプなんだな作者!

 

ヨエル「予告編がちょこっと公開されているから見に行ってねー!」

 

はいそこ、さらっと宣伝しない。

 

白邪「たしか、その甜瓜嬢のちいさな事件簿って、その…………なんか、ストーカーがうーのこーのってやつ」

 

甜瓜「はいはい。そうなんですよ。私が色々な街のちいさな事件を解決していくうちに、ストーカーとかなんとか色々なものに巻き込まれていく、作者公式のスピンオフです!」

 

うん?作者、ストーリーの流れ決まったって言ってたんじゃないのか?くっそ今の説明テキトーすぎないか?

 

甜瓜「今日はそんな甜瓜嬢のちいさな事件簿に登場する新主要キャラの方をお連れしました!ちょっと顔出しNGなのですりガラスになってますが」

 

いやいや、小説って映像ないんだからどのみちいらんだろ。

 

新キャラ「どーも!甜瓜さんと白邪さんの手助けをする新味方キャラでーす!ちょっとした名探偵をやっております!」

 

甜瓜「白邪さん!質問するなら今のうちにです!」

 

いやいや、ゲストとはいえ芸能人ではないだろこの人。

 

白邪「えぇ…………んじゃあ、名前は?」

 

新キャラ「それは本編をお楽しみに!」

 

そうなる予感がしたんだ俺は。

シルエットからして…………女の子?髪型はツインテールかこいつ。あんまタイプじゃねぇなぁ。

 

甜瓜「まぁ、型月ファンならピンとくるシルエットですね!」

 

いやわからんだろこれだけじゃ。

 

白邪「じゃあ、所属はなんだ。名探偵って、どこの?」

 

新キャラ「え、これはアリなんですか甜瓜さん?」

 

いや、きちんと打ち合わせしとけよボケ!

 

甜瓜「まぁ、大丈夫ですよ、多分」

 

生放送にしては前代未聞だよこんなの………!

 

新キャラ「そう、私は甜瓜さんと共に事件解決に挑む名探偵。ひとよんで、「アトラスの名探偵」です!」

 

あれ、俺の予想のはるか斜め上行ってきたぞ。

 

ヨエル「あー、シャーロック・ホームズか」

 

そういうアトラス?あれは作品の世界線として違うでしょ。

つーかここまできてこんな馬鹿っぽい女の子がホームズだったら泣くよ俺?

だってこいつポンコツだもん、どう見ても!

こいつホームレス少女とか、行き場を失った騎士とかと一緒に路地裏でたむろしてるようなヤツだから!直感だけど!

 

甜瓜「まぁまぁ、細かいことは本編で」

 

白邪「いや、いま質問しろって言ったよね!?」

 

新キャラ「それではみなさん、来たるべき本編にて!さよーならー!」

 

変なゲストは帰っちゃったし!

頭のネジのふっとんだアトラス野郎は路地裏に帰れ!

 

甜瓜「まぁ、そんなに核心的なキャラじゃないですよ」

 

白邪「じゃあぜんぜんネタバレしていいじゃん!?なんで全部秘密にする!?」

 

甜瓜「読者層が減るから☆」

 

白邪「しばくぞおら!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨエル「さて、言いたいこと全部いい終わったし、今日はお開きにするかー」

 

毎回一方的に話するのなんなんだよ。

 

白邪「おい、お前、大事なこと忘れてんじゃねぇの?」

 

ヨエル「え?」

 

白邪「アンケート」

 

ヨエル「あー!なるほど、はいはいはい、なんだっけそれ」

 

やべ、もし俺が今、自転車乗ってたらこいつ轢き殺してたわ。

 

白邪「アンケート、50票入るとかお前言ってたな。ぜんっぜん入ってないんですけど?これ、クロエルートの連載が終わるまでに行かなかったらどうなる、つってたっけ?」

 

ヨエル「ヨエル先生コーナー終わり?」

 

白邪「そう。あと3、4話ぐらいしかないぞ?」

 

ヨエル「大丈夫。心優しい誰かが一票入れてくれてるから。一票の大きさ舐めんなよ?」

 

白邪「いや、全体の2%しかねぇじゃねぇか!!」

 

ヨエル「いやいや、絶対増えるって。あれだよ、ラストにめっちゃ増えるやつ。オークションとかでもあるでしょう?」

 

いやいや、これに限っては違うだろ。

つーか、こいつヨエル先生終わったら出番なくなるんだぞ。相当な危機感持ってるはずなのに。

 

白邪「そうだ、一つ言っておく、エセキエル先生とかそういうのはやめろよ?」

 

ヨエル「え!?ダメなの!?」

 

白邪「ダメに決まってるだろ。同一人物なんだから」

 

よーし、前もってやりそうな可能性潰しておいてよかったー。

 

ヨエル「ちょ、読者のみんな、もうちょい空気読m…………」

 

白邪「読者のせいにすんじゃねぇぇぇぇ!!!」

 

ヨエル「ぐわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

ヨエルが俺の昇龍拳で天井を突き破って外へと投げ出された。

 

 

 

蜜柑「それでは、みなさん」

 

林檎「ど」

 

葡萄「う」

 

檸檬「か」

 

クロエ「よ」

 

甜瓜「い」

 

アスナロ「お」

 

真祖アルクェイド「と」

 

絢世「し」

 

カーラ「を」

 

ロア「お」

 

ネコアスナ「す」

 

七夜「ご」

 

うどん「し」

 

紀庵「く」

 

槇久「だ」

 

中叢「さ」

 

新キャラ「い!」

 

 

 

 

白邪「待て、最後にツインテールのアイツいなかったか!?」

 

眼鏡の紫毛のくそ可愛い子だったぞ!?

 

 

 

 

てか俺無しで締めんじゃねぇ!!!

 

 

白邪「あと去年もう既に終わってんだよぉぉぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツッコミどころが多く、今日も同じく賑やかな仲間たちに振り回される白邪なのであった。





中村邸を美しくする麗らかな少女

甜瓜

性別 女性
身長 158cm
体重 49㎏
誕生日 6月9日
血液型 O型
好きなもの メロンソーダ、大型犬、白邪
嫌いなもの 堅苦しいもの
専門 中村邸の庭の管理
苦手 料理

中村邸に仕えるメイド五つ子姉妹の長女。
黄緑色の髪と瞳、そして黄緑のひらひらエプロンがお似合いの心優しいみんなのお姉さん。

面倒見がよく、常に朗らか、いや、淑やかな笑顔を絶やさず、常に誰かのことを気にかけている。いわゆる、いい意味での八方美人。
中村邸の庭の管理という重大な役目を担うメイドであり、白邪に対して特別大きな愛情を抱いている。恋人を扱うような態度に白邪からは日々呆れの眼差しを向けられているが、それでもめげずにアプローチをかけている。
趣味は庭木アート。庭園にある草木を枝切鋏で切っていき、次々と芸術作品を作っていってしまう。その完成度、クオリティはプロの庭師が目をひんむいて転がってしまうほどだそう。
また、筋金入りの武道ファンでもあり、剣道や弓道、薙刀や銃剣道や柔道、あらゆる日本武道を嗜んでいるらしい。かなりヘタクソだが。練習のために無理やり白邪を道場に連れ込んではいきなり背負い投げで投げ飛ばすという奇行を繰り返しているうちに怖がられてしまう。

料理が大の苦手。本人には自覚がないため余計にタチが悪い。
よくわからないが、なぜかクリームシチューのスープが紫色になってしまったり、ショートケーキのクリームからマヨネーズの味がしたり、ガスコンロを爆破したり、まな板を真っ二つに切ってしまったりと、料理に関してはこの上ないほどの絶対絶望領域に到達している。
「大好きな白邪さまのための花嫁修行です」と言い張って永遠と料理を作っては白邪に食べさせているが、度々白邪の体調を崩してしまっているらしい。

────それでも、嫌がりながらも彼女の努力を無碍にしないように頑張って食べる白邪を見て、また一つ胸がきゅんと締まる甜瓜なのである。

蜜柑や檸檬と比べてもいい勝負をするほどの茶目っ子であり、とりわけ白邪を振り回すことに特化した、中村邸最大のトラブフメイカー。
白邪に対して抱く恋心の歴は不動の作中最長。好きな人ほど迷惑を掛けてしまう彼女の努力とその想いはいずれ白邪に伝わるのだろうか…………?

それもまた、数ある白邪の運命の一つに過ぎないと知って………………


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数日後 後日談義
新しい朝の日


 

────ふと、昔のことを思い出した。

それは、明るい日射しの下で、遊んだ記憶。

それは、明るい窓辺の外で、語り合った記憶。

 

「────おかあさん」

 

少年は、緑の森へ脚を踏み込む。

辺りは森の木々のせいで真緑。日の光を遮ってしまうほどの緑。緑から差し込む朝の光。

 

「────白邪」

 

そこに、橙色の髪の女性がいた。

その、俺の母さんという人は、屋敷の森、その奥にある特別大きな大きな木の下で座っていた。

 

「────おかあさん、どうしたの」

 

「今日は、特別な日なのよ」

 

そういって、母さんは小型の機械を取り出して、三脚のようなものにのせた。

 

「おかあさん、それなぁに」

 

「────みんな、もう出てきていいわよ!」

 

母さんが声を掛けると、あちこちから、みんながやってきた。

 

一人は朱い髪のお父さんという人。

一人は橙色の髪のお母さんという人。

一人は赤い髪の恥ずかしがり屋な少女。

一人は紫色の髪の黙りこくっている少女。

一人はただ叫び続けている金髪の少女。

一人は自分に向かって手を降ってくる橙色の髪の少女。

一人は自分の名前を呼んでくれる緑色の髪の少女。

一人は黒髪の、自分の姉。

そしてもう一人は葵毛の、自分の────

 

「おかあさん、これなぁに」

 

母親が三脚の上に置いたのは、黒くて大きな、レンズのようなものがはめられていた機械。

 

「カメラよ、カメラ」

 

「かめら?」

 

少年は初めて見る機械に興味津々。

 

「えぇ。みんなで写真を撮るの。ほら、白邪もおいで」

 

「う、うん」

 

言われるがまま、少年は母親の隣に座り込む。

 

「よし、これで全員揃ったな。おっと、シャッター切れるぞ、ほら、全員笑って!」

 

背後に居る、少年の父親よりも小さい青年が、少年とその姉の肩を掴んで抱き寄せる。

 

瞬間、シャッターが切れるような音がした。

 

「う───わぁ!」

 

「きゃぁぁ!!」

 

姉と共に転げる少年。

 

「だ、だいじょうぶ!?」

 

赤毛の少女が駆け寄る。

 

「はくや、あやせ、しんだ、どっちも」

 

紫毛の少女が嘲笑う。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!はくやが!あやせがぁぁぁ!!」

 

金髪の少女が悲鳴を上げる。

 

「あははははははは!!」

 

橙毛の少女が大笑いする。

 

「はくやさーん!!だいじょうぶですか!?」

 

緑毛の少女が呼び掛ける。

 

こうして、家族で賑やかな思い出が作られた。

たくさんの思い出があった。

たくさんの楽しい日々が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もっと─────こんな日々が、続いてくれれば良かったのに─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「白邪さま、お目覚めください」

 

ストップ……………いいじゃん、今日ぐらい…………今、忙しいんだし…………

 

「よろしくありません。今すぐにお目覚めください。このままでは、学校に遅刻されます」

 

いいよ、いいよ、学校なんて。そんなのどうでもいい。今はとにかく、眠くて……………

 

「それでは白邪さま、今朝も絢世さまから暴力を振るわれるということでよろしいですか」

 

「いや、それは止めさせろよ!?」

 

がばっ、と掛け布団を蹴散らして俺は目覚めた。

部屋には朝の光が差し込んでいる。

今日からいよいよ12月か。

今年もあと1ヶ月。来たるクリスマスと大晦日に向けて、悔いのないひと月を過ごしたいものだ。

…………なんて1ヶ月の抱負を立てておいて。

 

「おはよう、林檎」

 

何より、今朝の挨拶がいちばん気持ちがいい。

 

「はい、おはようございます、白邪さま」

 

なんて、微笑みながら返してくる林檎の笑顔も1日の活力。

 

「着替えたらすぐに居間に行く。待っててくれ」

 

「はい、それでは、失礼します」

 

林檎はふかぶかとお辞儀をして退室していった。

 

「─────さぁ、1日を始めようか」

 

制服に着替えて部屋を出る。

いつもと何もかわらない豪勢な廊下。

赤い絨毯とランプが眩しい真っ白な廊下。

そこへ、

 

「白邪、生きてる」

 

「おう、今朝もなんとか…………って、なんで生きてる死んでるで判断してんだよ!」

 

朝の健康チェックにしては範囲大雑把すぎるだろ。

つーか、逆に死んでたらどうすんだよ。

 

「───白邪」

 

「ん?」

 

「これ」

 

葡萄が風呂敷包みのようなものを渡してきた。

 

「なんだこれ」

 

「おにぎり」

 

「え?」

 

「いらないならいい」

 

いや、欲しい。あのお堅い葡萄が作ったおにぎりはかなりのレアもの。今日のお昼にはちょうどいい。

 

「欲しい。葡萄が作ったおにぎりなんて、欲しいに決まってるだろ」

 

「─────仕方ないからあげる」

 

はい神。俺はせっせと葡萄がそっぽ向きながら雑に突き出した風呂敷包みを受け取った。

 

「──────いってら」

 

「おう、いってきます」

 

なんか、葡萄、口数増えたか?

と言おうとしたがギリ止めた。物事、言わぬが花なことも山ほどある。ここで言うと台無しになるような事は言ってはならない。せめて思うだけにとどめておこう。

 

 

 

いつもの階段を降りて居間に向かう最中。

 

「おはようございます白邪さま!!!!」

 

「ぶわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

背後から猛烈な叫び声を聴いて、あまりの衝撃に階段から転げ落ちた。

幸い階段は残り8段だったため、めちゃめちゃ痛いだけで済んだ。

8段って相当な高さだぞ。

 

「檸檬…………おはよう」

 

「え!?いつもなら「お前何してんだよ!」って怒る白邪さまが、今日はおはようの挨拶………!?どうされましたか!?退院したばかりだからまだ何処か体調の不調が………?」

 

いや、ホントだよ。マジで、何してくれてんだよお前。くそ痛かったから。

あと、いくらなんでもそれは喧嘩売ってる。

 

「退院したし今も元気だよ。言ったろ。病気じゃなくて、事故なんだって」

 

「そ、そうでした!そうですね、白邪さんって病気に罹ってなくてもいつも異常ですもんね!」

 

「そのCサイズ以下の乳もぎ取るぞ」

 

「やーん白邪さまのえっちぃ!」

 

とんでもない声を聞いた。

今の声は檸檬ではない。檸檬と向かい合う俺の後ろから誰かが突撃してきた。

 

「うわ、びっくりした!?」

 

勢いのまま前に押し出されて階段に頭をぶつける。

うーん、さっきよりももっと痛い。

 

「痛い痛い、離れて甜瓜さん。朝に屋敷にいるなんて珍しいな。いつもみたいに今日も庭にいるんじゃなかったのか?」

 

「いえいえ、私、今日もお庭の整備をしていたんですが、白邪さんが聞き捨てならない発言をしたのが聴こえましたので、つい………」

 

ヤバすぎだろ。あの一瞬で作業やめて庭から走ってきたのか。つーか聞き取れたのかアレ!?少なくとも外にいたのなら距離とか関係なく聴こえないぞフツー!?

 

「Cサイズ以下は白邪さんの受付には入らないのですか!?じゃあ、A以下の絢世さまは論外─────」

 

いや、姉さんは普通にDある。

 

「なにか言いたいことでもあるのかしら甜瓜ンンンンンン!?」

 

「ひにゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

甜瓜さんが横からのヤクザ蹴りで遠くへと吹き飛ばされる。

 

「甜瓜お姉ちゃん!!」

 

「なんてこった、横から口裂け女のキックが!」

 

「よし殺す!!」

 

姉さんが箸を俺の額に振り下ろしてくる。

 

「マジで危ねぇからやめろって!?」

 

すんでのところで防いだが、マジで怪我する。

多分、次はアイスピックで刺してくるぞ。

 

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ皆さん」

 

騒ぎを聞き付けたのか、居間から蜜柑さんがやってきた。

 

「な、蜜柑。私は騒いでなんて…………」

 

「蜜柑さんだ。おはよう」

 

「はい、おはようございます、白邪さま。朝ごはんがお待ちですよ~!」

 

蜜柑さんがいつもの朗らかな笑顔で俺を食堂に引き連れようとする。

 

「そうだね。朝ごはん、食べないと」

 

転んだところを立ち上がって、蜜柑さんに続いて食堂に向かう。

 

「おや?白邪さま、その風呂敷は───」

 

「あぁ。葡萄からもらったんだ。今日のお昼に、って」

 

「そうなんですか!実は私も白邪さまのためにお昼ごはんのおかずを用意していたんです!」

 

蜜柑さんがタッパーに入った切り干し大根を渡してくれた。

 

「あぁ、ありがとう」

 

「あー!白邪さま!私の金平ごぼうも持っていってくださいよ!私昨日頑張って作ったんです!」

 

檸檬が金平ごぼうの入ったタッパーを渡してきた。

いやいや、待って。その………

 

「う、うん、ありがとう」

 

「ダメですよ白邪さまぁ!私のチーズケーキもデザートに食べてください!」

 

「ありがとう!!(特別意訳 やだ!!)」

 

甜瓜さんのご飯はとてもとても食えたものじゃない。栄養しか手に入らないどころか、逆に身体に悪そうなくらい不味い。

しかもこれが(デザート)なのが余計にタチ悪い。

棒読みで受け取る。

 

「白邪さま、こちらもどうそ」

 

そしてあとからやってきた林檎も手作りのパンを渡してきた。

 

「う、うん、ありがとう。けど、こんなに食えるかなぁ…………」

 

見ろ、メニューが5つもある。

葡萄のおにぎり、蜜柑さんの切り干し大根、檸檬の金平ごぼう、甜瓜さんのチーズケーキ(笑)、林檎のクロワッサン。

 

「気持ちは嬉しいんだけど、俺、小籠包がある………」

 

「小籠包………?」

 

蜜柑さんが首を傾げて訊いてきた。

 

「いや、その、俺、昨日の夜にさ、今日のお昼用に、小籠包作ってたんだけど………」

 

そういえば先輩には披露していなかったが、俺は意外にも料理するのだ。

甜瓜さんほどまでは行かないが基本下手。

だが、唯一中華に関しては、「いっそその道に進めばいいのに」と姉さんに言われるほどのものである。一流の中華料理店には何度も行っているうちの当主のお墨付きだ。相当美味いらしい。

俺自身も、結構中華には自信があり、なぜか中華だけならなんでも作れるのだ。

その延長として小籠包を作っておいたのだが、それがこの量のおかずと重なってしまえば、ただでさえお腹に重たい小籠包が食べられなくなる。

 

「あ!小籠包!蜜柑ちゃん、あれ白邪さまのものだったのにー!」

 

甜瓜さんが蜜柑さんを嗜める。

おいおい、俺の小籠包…………

 

「えー?1個しか食べてないですよ!それに、あの小籠包は甜瓜お姉ちゃんも食べていたじゃないですかー」

 

「私も1個だけですぅ~」

 

「待て、個数は訊いてない。何勝手に食ってんの」

 

俺の小籠包減ったじゃん。

 

「あ、あと檸檬ちゃんも食べてたような………それも2つ」

 

「ちょっと!なんで言うのお姉ちゃん!」

 

「おい」

 

「あ、ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!違うんです!」

 

何が違うのか教えろ。なに2つも食ってんだよ。1つ食っても無期懲役だぞ、2つ食ったりでもしたら普通は死刑だよ。

 

「まったく、三人のお陰でおやつの小籠包なくなったじゃんか」

 

「おやつ?」

 

「あぁ。昼用とおやつ用。全部で8つ作ってたからね。しょうがないから、お昼用のやつをおやつに回すよ」

 

よかった。おやつ用のやつが身代わりになってくれなかったらまずいことになってた。

 

「…………白邪」

 

「びっくりしたぁ!?なんだよ葡萄?」

 

「肉まん、食べた」

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

葡萄の唇に、タマネギの欠片が…………これ、1億%肉まん食った後じゃねぇかぁ!?

 

「あぁ…………俺の小籠包が…………」

 

大丈夫だ、あと3個余ってるから。

 

「白邪さま、申し訳ございません」

 

林檎が背後から謝罪の言葉を述べてきた。

 

「おい………林檎、嘘だろ………嘘だと言ってくれ…………」

 

「申し訳ございません。今朝の朝食として、小籠包をひとつ、口にしてしまいました………白邪さまがお作りになったものと知らず…………」

 

「そんな…………ひどいよ………みんな…………」

 

思わず膝から崩れ落ちる。

昨日の苦労が、一瞬にして4分の1に…………

食べてないのに…………

 

「どうしたのよ」

 

騒ぎを聞き付けた姉さんが後から合流してきた。

 

「姉さん、俺の作った8つの小籠包が、2つになったんだよ、メイドたちのおかげでさ………」

 

久しぶりに泣きそうになった。

 

「小籠包………?小籠包って、今朝の」

 

「どういうこと…………?」

 

「待って、私、今朝、小籠包食べたんだけど、あれってまさか…………」

 

姉さんが推理をする探偵のように頭を悩ませる。

 

「え、それって、どんな入れ物に入ってた?」

 

「冷蔵庫の三段目に─────」

 

「俺のだぁぁっはぁぁぁぁ……………」

 

「ごめんなさい、白邪。冷蔵庫見たら2つだけ入っていたものだから…………」

 

2つ食ったってさぁ~!!!!!!

 

「うわーん!ひどい!作った本人が1個も食べれないなんて!」

 

檸檬がしくしくと泣き出す。

 

「お前2個食っといてよく言えるなぁ!」

 

泣きたいのは俺だよ!折角作った小籠包全部食われてんだよ。俺1個も食ってないぞ!

 

「ごめんなさ~い」

 

蜜柑さん渾身の90度謝罪。

 

「あとでどんなご奉仕でも致しますので許して~♡」

 

甜瓜さんが俺の靴舐めながら謝る。なんか嫌。

 

「…………ごめん」

 

葡萄の反省してるのに反省してるように見えない謝罪。

 

「ずーんまぜんでじだぁぁぁ!!」

 

檸檬の必殺、エクストリームダイナミクスジャンピング土下座・改。

 

「申し訳ございませんでした。白邪さま」

 

世にも珍しい林檎の土下座。

 

「ま、まぁ、今回ばかりは私に非があったようね………」

 

いや、おい、謝れよ、姉さん。

 

「はぁ………もういいよ、美味しく食べてくれたんならそれはそれで料理人としては本望だし」

 

「白邪さま…………どうして見違えるように、こんな優しく………?」

 

「なんか誤解生みそうな発言だなおい。───わかんないよ。色々抱え込んでいたものが切り離されたんじゃないかな」

 

「色々ってなに、白邪────」

 

姉さんの問いかけを「さぁね」と受け流す。

 

「さて、もう学校行かないと。復活直後とはいえ、遅刻するわけには行かないし。あぁ、そうだ、みんなお昼ごはんありがとう」

 

「は………はい、行ってらっしゃいませ………」

 

「行ってらっしゃいませ~!!」

 

「お気をつけて白邪さま!」

 

「……………いってら」

 

「行ってらっしゃい白邪。今晩は早く帰ってきなさい。まだ回復したばかりなのだから」

 

「わかってるって、んじゃ」

 

家族の温かい見送りを受けて部屋を出る。

 

 

 

「それでは白邪さま、行ってらっしゃいませ」

 

林檎は門のところまでついてきてくれたみたいだ。

 

「うん、行ってきます」

 

林檎から鞄を受け取って背を向ける。

 

 

 

「────────」

 

普段と並み変わらない街並み。普段から何も動かない道行き。いつもの道をただ進むだけ。橋の上の屋敷は今日も、ただ真っ直ぐに朝日の照らす川を穏やかに見つめている。

車の流れも自転車の流れも相変わらずのせわしなさ。

いつもいつもの下らない街並みを俺は一人ゆく。

 

「────────」

 

実感した。何もないこの日常に、俺はやっと戻れたのだ。

なんだか、歓喜も込み上げつつ、少しだけ寂しさが残り続ける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────目が覚めたとき、俺はベッドの上だった。病院に送られたらしい。もちろん、粉々になった伊賀見総合病棟ではなく、隣町にある病院。

 

────姉さん曰く、俺はどうやら、街の公園で倒れていたらしい。

倒れている俺を見つけた誰かが救急に通報してくれたらしく、お陰でなんとか俺は一命を取り留めた。怪我はとんでもないものだったが、すべて完治していたそうで、後遺症とかもとくになく、俺はこうして普通の日常に戻れるところまで回復した。

 

 

 

─────思えばあの時。

 

 

「う…………………」

 

七夜との戦いを終えて、俺が瀕死になっていたあの時。

 

「─────やぁ」

 

不意に、誰かの声を聴いた。あの時は視界が霞んでいて、その人物の姿も見れなかった。

 

「─────だ、れ、だ」

 

「あぁ、僕は通りすがりの聖職者だ。僕は君のことは知らないし、君も僕のことを知らない。…………ただのお節介、ってやつだよ」

 

その若い男の声は俺の正面にある。

神父はそっ、と俺の身体に触れて、なにやらぶつぶつ言い出した。

 

「────僕はね、昔、悪魔と魂の取り引きをしたことがあるんだ。本物の悪魔を見たんだ。すごいだろう?んで、お陰で、こうして今では居てはならない流浪のお人好しになったんだ」

 

神父は柔らかくて優しいその声で自分のことを語っている。

俺には関係のない話だ。俺もこの男の素性はしらないし、なにより、この男の気配はまだ知らない。

だが、不思議と、話を聴いているだけで気が楽になってくる。身体が軽くなってくる。

 

「僕には名前がないんだ。いわゆる、「名も亡き者(イモータル)」ってやつ。きっと昔は素敵な名前があったのだろうけど、そんなものは、とうの昔に捨ててしまったよ」

 

イモータル………と名乗った………もとい、コードネームを持つ男は俺の身体を撫でながらただ会話を続ける。

最初は聞く力もなかった俺だが、徐々にこの男の話を聴けるようになってきた。触れられているだけなのに、身体が不思議と治っていく。

 

「僕は事実上、この世に存在していない者なのさ。戸籍にも、記録にも、記憶にも残らない、二度と誰かと話すことも許されない。君とこうして話をしても、僕は君の記憶には残らないし、君に触れたことにはならない」

 

「────だが、貴方はいいんですか。こんなことをするのは、その「記録にない者」がしてはならないのでは」

 

「本来はね。けれど、僕にも見過ごせないものというものがある。決して、何があっても捨てられないもの。いや、逆に言おうか。こんなところを見て、見て見ぬふりをすることの方が難しい」

 

「────お前、どうしてこんなところに来たんだ」

 

「────君は、通りすがりの通行人にいちいちスケジュールを尋ねたりするような人間なのかい?」

 

「いや、違う。ただ気になっただけです」

 

「そうか。さっきも言ったように、僕は望みや欲や動きを持ってはいけない。この行動によって、なにかを残してはいけない。誰かの記憶に残る名言を残すことはしてはいけないし、誰かの変わりになにかを行うことも許されない。無論、誰かの力になることもね。これは、名の在る者にしか許されない特権だ。いいかい。この世にあっても、それに名前がなければ、人間として在るわけでないのなら、そこには価値は存在しない。死んでいるんだ、その存在の【意味】がね」

 

「─────意味」

 

それは、俺がずっと考えてきたことばだった。そこに在る価値、意味、意義。そういえば、そんなどうでもいいことをいつか考えていたな。

 

「はい、これで終わり。じゃあね。僕は君の前には二度と現れないさ。在りながら存在しない者は、誰かの知人になってはいけないからね。孤独に生きることの辛さを、君に言えてよかった。まぁでも、君はきっと有望な未来があるとも。───限られた時間だからこそ、ヒトの人生は輝く。きっと、君の未来に立ちはだかる大きな脅威も、きっと君を動かす糧となる。最後に待つ、【その人】へ向かう原動力のね」

 

男は立ち上がってどこかへ向かって歩いていく。

俺も起き上がって彼の姿を捉えようとしたが、彼の顔を見ることはできなかった。見えたのは、ただ一面の森と、若草色の、一枚の布を羽織った彼の後ろ姿だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────」

 

─────それで。

あれから、伊賀見総合病棟は消滅した。取り壊しになったらしい。伊賀見総合病棟の跡に建て直しでできる筈の建物の建設も打ち切りになってしまい、もうあそこは今となってはただの空き地だ。持ち主も、建物も何もない。

 

一方で、街の外れにあった乙黒教会も取り壊しになった。俺たちが最後に来たときよりもズタボロになっていたらしい。

気まぐれを起こして久しぶりに教会に顔を出そうと思って訪れたら、そこにあったものは作業をするショベルカーとダンプカーだけだった。

 

カーラと初めて出会ったホテルだが、あれは取り壊された話は聴いていない。だが、結局、あのホテルが動いた話もまた同様に聴いていない。

 

この数日で、思い出となった建物が次々となくなってしまった。

10年間に渡って街を騒がせた吸血鬼事件は、結局なんの爪痕にもならずに歴史から消し去られた。

人々の心に残った正体不明、未だ行方不明の、捕まっていない殺人犯。

だが、それもいずれ、人々の記憶からも揉み消されるのだろう。

 

すべてが、一瞬にして消えてしまった。

当事者目線としては、非常に呆気ない終わりだったと思う。

 

「──────なんだかなぁ」

 

結局、街を揺るがせた事件は人々の心を離れ、やがて俺たちも忘れてしまうだろう。

それぐらいの果てしなくつまらない、そして苦しい物語。

中村白邪の一瞬の戦いはこうして幕を下ろした。

俺の中に残るものなんて、ほとんどなかった。あそこに俺の人生のすべてが詰まっていたのだろうが、結局、あまり良いものでもなかった。

 

 

それでも、きっと、いつか、悲劇は舞い戻ってくる。

魔と人が共生する社会など築けない。

俺がそれを受け入れることはできても。社会の根底を覆すことは不可能だ。

 

それでも構わない。俺はただ受け入れる、それだけでいい。母さんが言ったように、俺は、法律では解決できないような案件で一人にされてしまった誰かの傍に居てやれるような、強い子になればいい。

 

今の世界では、すべての人が救われる、幸せになれるとは限らない。

ならば、その人たちも幸せにするために俺たちにできることはなんだろう。

 

孤独な誰かに寄り添ってやるためには、どうすればいいのだろう。

俺はあの5日間で、数えきれないほどの悲劇を見てきた。

 

───特別であることは孤独、か。

 

───周りと自立してるのは孤立、か。

 

なるほど、そんな誰かを救うためには、俺は何ができるだろう。

 

 

 

 

 

そんなことを考えながら、吸血鬼(おれ)は、誰かを守っていられるような、そんな優しい人間になりたいと思う。

無論、俺は平凡だ。今の俺にできることなんて、せいぜい、明日のために今日を生きていくことぐらいだ。

まぁ、それもいいとは思う。きっとためになる。これはこれで良い結末だとは思う。

 

 

 

 

 

─────そう、俺に生きていてほしいと願った、あの人のために。





中村低を満腹に仕立て上げる可憐な乙女

蜜柑

性別 女性
身長 158cm
体重 49㎏
誕生日 6月9日
血液型 O型
好きなもの みかんゼリー、料理
嫌いなもの 犬、生臭い食べ物
専門 中村邸の炊事全般
苦手 医療、とにかく手先が不器用


中村邸に使えるメイド五つ子姉妹の次女。姉に甜瓜、妹に葡萄、林檎、檸檬を持つ。
中村邸の炊事全般を担当しており、1日3食そのすべてを担う、中村邸の料理包丁。
自身も料理に生き甲斐を見出だしており、とにかく料理をつくることだけを考えている。

ミシュラン級のレストランに居ても違和感がない程の料理の腕があるらしく、白邪曰く、「レストランに行くぐらいなら蜜柑さんのご飯食べたほうが美味いし安上がりだ」、だという。

毎日豊富なレパートリーの料理を次々と出してくる。やはり7人家族というだけあって、質と量はかなり重視されるのだ。
彼女が居ないと実質中村邸は永遠にご飯抜きとなる。

────そんな蜜柑当人曰く、「中華料理限定なら、私よりも白邪さまの方が才能がお有りです」、とのこと。

性格は明るく朗らかで、童女のような雰囲気を纏う少女。
優しく包容力のある女性だが、屋敷屈指のイタズラ好きでもあり、自分の作った料理に激辛スパイスを適量の倍近く入れてしまったり、わざわざ屋敷裏の森に巨大落とし穴まで掘ってしまう始末。
某お家にひとりおいてけぼり映画の主人公に匹敵する罠設置能力といやらしい計算高さを持っている。
そのため屋敷の中では檸檬に次ぐ二番目の問題児であり、屋敷の者ならば絢世だろうが白邪だろうが姉の甜瓜だろうが妹たち、なんなら客人にまでイタズラを仕掛ける。

度々、絢世に暴力を振るわれ、白邪にやれやれと呆れられ、妹たちに非難の眼差しを向けられ、甜瓜の仕返しドッキリを食らったりと、かなり懲りない。
楽しみでやっているぶん、一度始めるとやめない性格なので、命の安全さえ確保してあればどんなに危険な昨今のコンプライアンスに引っ掛かりかねないドッキリでも仕掛けてくる。

毎日頑張って料理を作る理由は、実は白邪に関係しているらしく、それは叶わぬ乙女心として物語の裏側へと消えゆく。

─────しかし、あるいは、その願いは、その想いは、いつか彼の元に届くのかもしれない。


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エピローグ

 

「よう、中村。今朝の調子はどうだ?」

 

校門に着いたら、真っ先に俺の親友が迎えに来てくれた。

 

「あぁ、完全ってほどじゃないけど、いちおう回復はしたよ」

 

鞄を下ろして紀庵と話す。

 

「まったく、驚かせるなよな、お宅のメイドが、お前が交通事故に遭って数週間入院中っていうから、見舞いに行こうとしたんだがなぁ」

 

そういえば、入院中、ふいにひよこ饅頭が贈られてきていた。アレの送り主がわからないもんだから怪しくて、なかなか手を出せなかったんだが、あれはそういうことだったのか。

 

「まぁな。ありゃあ、大惨事だったよ。先輩とうろついていたときに巻き込まれたもんでさ」

 

「ほう、先輩って誰だ?」

 

しまった。つい口を滑らせてしまった。あまり紀庵には聞かせたくない内容だった。まぁ、一般人にこんな血生臭い話を聞かせるわけにもいかない。

 

「お前には関係ないよ。こっちの事情さ」

 

「あぁ、ひょっとして前に言ってた、お前をメシに誘った美人の先輩か。そういえば、中村が入院して学校に来なくなったタイミングで急に見なくなったな。蒼毛の生徒なんて、そうそう見逃すことはないと思うんだがね」

 

あぁ。そりゃあそうだ。先輩はあのあと───

 

あの時、俺が守っていれば、きっと、彼女は傷付かなかった。七夜は邪魔者以外に危害は加えない。俺が七夜に気づいていれば、先輩を救うことはできたのかもしれない。

けれど、それはもう過ぎ去った話だ。

 

彼女は自分の命に代えてでも、俺を守ろうとした。先輩に救われた命だ。

俺は先輩のために、これからも生き続けなければならない。

それが、彼女への恩返しなのだから。

 

 

──────まぁ…………

 

 

「そういえば、本条先輩が呼んでたな。ちょっと席外す」

 

「あぁ、あれか。軽音楽部のボーカルの代理になったんだろう?ちょっと俺もついていく」

 

紀庵がノリノリで席を立ってついてくる。

 

「あぁ、いいよ。俺、退院したばっかりだから、調子出ないかもだけどね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────失礼します」

 

ガラッ、とドアを開けて紀庵と一緒に入室する。

 

いつも通りの軽音楽部室。

 

「あ、おはよう、中村くん」

 

真っ先に部長の本条先輩がお迎え。

 

「ん?新入りくんかい?」

 

続いて天城先輩が現れて、紀庵に急接近。

 

「いえいえ、友人の活動の見学です。菊山、と言います。以後お見知りおきを」

 

「はいは~い!よろしくね~!ちょっとウチボーカル不足でね、中村くんに協力してもらってるの~!菊山くんもやる?」

 

後からやってきた押見先輩が紀庵にマイクをぐいぐい押し付けてくる。

 

「ハハ、魅力的な話ですが、遠慮しておきます。それで?中村。お前の女って誰だ?」

 

「────お前」

 

裏切りやがったな。ホントは知ってんだろお前。

 

 

瞬間、もうこれ以上部屋に入る人物はいないはずの扉が開かれて、新しい人間が中に入ってきた。

 

 

 

「────おはようございます」

 

───そう。その生徒は、青い空のような蒼毛の生徒。

 

「─────おはよう、久しぶりだね」

 

本条先輩がその人物を招き入れる。

 

───彼女は、頼れるようで、ところどころ不器用な。

 

「────よう、遅いぞ~、もうすぐ練習始めるところだったじゃないか」

 

半分作り呆れを含めて天城先輩が笑いかける。

 

───俺を殺すために俺と出会って。けれど結局殺せなくて。

 

「あー!おはよー!また会えて嬉しいわ!」

 

押見先輩が満面の笑顔で手を振る。

 

───けれど、そんなところがひどく可愛らしい。

 

「おや、お久しぶりです。お元気ですか?」

 

紀庵が当然のような表情で真面目な挨拶をかける。

 

───俺がいま、この世で一番愛してる。

 

「おはよう、クロエ先輩」

 

「はい、おはようございます。中村くん、みなさん」

 

 

部屋に入ってきたのは他でもない、今朝も元気に部室へやってきた、生きているクロエ先輩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて。説明するとだ。クロエ先輩も実は生きていた。

致命傷を負っており、当然、あのままでは確実に命を落としていたが、何かしらの理由で一命を取り留めた。

俺を救った謎の神父服の男、彼がクロエ先輩のことも助けてくれたようだ。おかげさまで、俺と一緒に仲良く同じ病院の同じ部屋に入院して同じ日に無事、退院したのだ。

 

「さて、全員集まったことだし、練習始めようか!」

 

「おっけー、任せて!」

 

「はーい!」

 

「んじゃ、俺は隅で見学、と」

 

「やろうか、先輩」

 

「はい。今日も頑張りましょうね!」

 

そんなわけで、俺の日常は何一つ変わらない。失われたものは何もなかった。結局、彼女一人いれば、中村白邪の人生なんて簡単に語れる。

欲しいものは全部ここにある。大切なものは、すべて目の前に揃っている。

彼女がいれば、俺は幾らでも生きていける。

まだ中村白邪の人生は始まったばかりだ。ここから、きっと楽しい日々が待っている。

その時がただ愛しい。

 

「─────」

 

さぁ、じゃあ、一番やらないといけないことに、取りかからないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………何故だ。俺は、何故。負けた?

ただ、それだけを自分に問い続ける。

 

「何故だ。俺は完璧だった。俺は、あのまま行けば、ヤツを確実に仕留めれた筈だ」

 

では、何故、俺は仕留め損なった?何故、俺はヤツに敗北した?

 

その疑問は、七夜黄理の身体をただ闇へと落としていく。

あの崖から放り出され、なんとか生存には成功したが、俺は一命は取り留めても、ヤツには負けている。

しかも、俺は何故か、二度とヤツと戦いたくないと思っている。

ヤツはまだ生きている。ならば仕留めなければならない。混血は、俺たちの敵。

ひとり残さず、葬り去らなければならない。

 

だが、この身体は────七夜黄理に動くことを許してくれなかった。

 

何故だ?何故だ?何故だ?もう一度問う、何故だ?全てにおいて完璧だった。

計画も、戦いも、すべてがベストコンデイションであった。それであって、俺は負けた。何故だ?何故、あのような俺よりもさらに一回り歳の低いあの青年に負けたのだ?

 

「あぁ。つまりはそういうことか」

 

なるほど、ヤツには最初から殺意がなかった。【死なない程度に殺そうと】してきたのだ。俺とは生きている世界が違う。葬り去らなければならない俺と、なにも、命まで奪うこともないと考えるヤツ。

 

はぁ。つまりは価値観から違うわけだ。倫理観が違うのなら、それは問答無用で俺の敵だ。退魔の敵ではない。人類の敵でもない。【俺だけの】敵だ。

 

「─────いいだろう」

 

ならば、俺も追い付かなくては。

俺がヤツを殺すまで、ヤツは誰にも死なせない。

…………手始めに、そうだな。遠野の辺りを滅ぼすとしよう。混血としては中村家よりも低能だ。安上がり。潰すことは容易い。

 

「─────さぁ、殺しに行こう」

 

七夜黄理は立ち上がって、準備をすませるべく、森へ帰る。

─────きっと、この先俺を待つのはかつてない強敵だろう。

だが、構わない。俺はもう一度、アイツと戦いたい。戦いたくはないが、戦うしかない。

そのためには、ヤツを残さなくてはならない。ヤツを生かし続けるには、【ヤツの安全を保証するには】。

 

──────遠野は邪魔だ。

 

ヤツの生命を残すためには、遠野は確実に障害となる。

 

なぜなら、遠野は─────

 

 

 

 

 

────いや。この時点で語ることでもないか。

 

 

 

 

 

では、期待のされない三文役者、演劇の番号も振られなかった敗者は、ここで立ち去るとしよう──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………さて、そんなわけで学校1日を終えて。

 

「せんぱーい、いますかー?」

 

クロエ先輩の教室に顔を出してみる。

残念ながら、中はもぬけの殻。

全員帰ってしまっている。少なくともクロエ先輩はここではない。

 

「ばぁ!」

 

「うわぁぁっ!」

 

背後から叫ばれて、びっくりして前方にふっとぶ。

受け身を取る余裕もなく、床に転げてしまった。

───地面にぶつかる直前、俺の腕が誰かに掴まれ、なんとか直撃は免れた。

 

「せ………先輩………なにやってんですか………」

 

「中村くん、なんか誰もいない教室をじーっと見てて、背中ががら空きだったのでついイタズラしたくなっちゃったんです」

 

先輩が俺の手を引っ張って支えてくれたようだ。先輩の腕を支えにして立ち上がる。

くっ、確かに背中に注意を払っていなかった。俺の不注意もあったし、なによりそんな可愛らしい無邪気な笑顔で面白がられたらさすがに許さざるをえない。

 

「──────」

 

「──────」

 

辺りは沈黙に包まれる。なんか窓越しに見える夕焼けが綺麗だ。ここに居るのは俺たちだけ。廊下の騒がしさも一切ない。

互いの呼吸音が聴こえてきそうなくらい、校舎は静まっていた。

 

「先輩、もうやることは終わったんだろ。じゃあ、先輩は、その……………」

 

両儀一派の本部的なところへ帰らなければならないのではないか。

そんな疑問を浮かべてしまった。

 

────あぁ。その通りだ。先輩にとってのターゲットは三名。俺、カーラ、そしてロアとなってしまった凱逢玄武。

俺を除いた、その全てを排除したいま、先輩にはこの街に用はない筈だ。

故郷だから、なんとなく思い入れがあって出られないのか。

 

「はい。わたしは役目が終わった以上、帰らなければなりません。凱逢の当主としても、両儀一派の剣士としても」

 

「そっか。じゃあ、もうこのへんで俺らはお別れなんだね」

 

ほんとうは寂しい。なのになぜ、俺はその別れを受け入れてしまっているのだろう。

ほんとうは、とても、辛いのに。

大切な人を、目の前で送り出す、なんてこと、俺には到底耐えられないことの筈なのに。

 

「────────」

 

別れはいつか来るとわかっていた。

それは、この街に現れた彼女は、あくまでも任務である以上、最後はどこかへ帰らなければならない。

その場で生まれたほんの僅かな私情という隙間は、生きている目的、そこに在る目的でしか埋められない。そして、それによって埋められる面積はとても広い。

任務で来たのなら、私情で残ることは許されない。

 

「はい。これまで、ありがとうございました。中村くんのおかげで、わたしはかなり助けられました。たぶん、わたしだけでは、カーラもロアも倒せなかったでしょう」

 

「いいや、俺はそんなにお人好しじゃない。カーラを知ったのも、ロアを知ったのも、全部あのシスターのせいだ。巻き込まれたんだ、俺は。けれど、いつの日か、俺はその時間が楽しいと思った。夜に先輩と徘徊してたの、すごく楽しかった。もちろん、昼に話したり、ご飯を食べたりしたのも。軽音楽部の先輩たちと練習してたのも俺にとっては掛け替えのない思い出なんだ」

 

「そう言って貰えて嬉しいです。わたしも、夢みたいなひとときで、久しぶりに、ヒトと話した気がしました」

 

「────────」

 

違う。俺は、人間なんかではない。身体の造りも、心のカタチも。人間とは何一つ同じところがない。

 

「貴方は間違いなく混血。ヒトとヒトでないモノとの混血です。ですが、貴方は、自分のやることを、人間のように見ることができる。人間の思ったことに同調してやれる。ヒトの空気を読めるんです。それは、貴方が人間であることの、何よりも大きな証拠なんですよ」

 

────やめろ。去り際にそんな言葉を残されては、

 

俺は、きっと耐えれない。ヒトの価値感を与えられて、そんな寂しい生き方をするのなら、俺はきっと、この身体が打ち砕けてもなお、ただ永遠に悲しみ続けるだろう。永劫に、この別れを惜しむことになるだろう。

 

「─────」

 

だから、留めないと。ここで、彼女を留めないと。彼女に、ここに居てくれと言わなければならない。

 

「───────」

 

けれど、俺の口は、その言葉を告げることを許さなかった。

どうして。俺はとても、寂しいのに。

 

「では、わたしはこれで。本当に、感謝しています。ありがとうございました、白邪くん」

 

─────蒼い髪がなびく。

 

「あ─────ぁ─────」

 

かつ、かつ、と。一歩ずつ、ローファが廊下を歩んでいく。

遠ざかっていく足音。

最後の機会を、俺は棒に振るのか。

 

「─────あ、あァ───」

 

でも、留められない。なぜだろう。俺は、こんなにも辛いのに。最後の足音も聞こえなくなっていく。革靴の軽快な響きが途切れていく。

あんなに綺麗だった夕日が落ちていく。

 

「─────いや、だ」

 

嫌だ。そんなの嫌だ。

俺は二度と────

 

「─────やだ、よ──」

 

二度と、あの笑顔も。

 

「─────やめて、」

 

あの心地よい声も。

 

「せん、ぱい─────」

 

あの暖かな体温も。

 

「あぁ……………あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

二度と感じられないなんて、

 

「いやだ、いやだ、いやだよ、先輩───!!」

 

そんなの、絶対に嫌だ!!!

 

「う────ぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

机を蹴散らしながらまっすぐ教室をでる。

廊下に出たら、先輩の靴音の聴こえた方向へと、まっすぐに猛ダッシュする。

 

「────」

 

前が、見えない。涙を流しすぎたみたいだ。霞んで何も見えない。それでも。

残された僅かな手掛かりを頼りに進み続ける。

匂いも、音も、なんならその気配すらも、全てを第六感で感じ取って進む。

先輩は階段から外へ出た筈だ。

全速力で階段をかけ降りる。

一気に8段目から飛び降り、踊り場から直接飛び降りる。

 

あっという間に外に着いた。

だが、先輩の姿は見えなかった。

 

「先輩─────?」

 

歩いていた筈の彼女の姿はとっくになくなっていた。もう、先輩の歩幅から計測するに、俺はすでに先輩に追い付いている筈なのに。

 

「信じ────られない」

 

いや、まだだ。彼女はまだ近くに居る。今から急げば、きっと見つかる筈だ。

 

「でも────」

 

わからない。手掛かりがもうない。

彼女がどうやって街を出るのか、どの道で帰るのか、わからない。道案内も橋渡しもいない。

こんな状況で、何が俺と彼女を結びつけるっていうんだ………?

 

「─────鳥………」

 

そういえば、いつしか、そんな出逢いがあった気がする。

そうだ。あそこだ。俺が、唯一、先輩の手掛かりになりそうな約束の場所。

そこに、きっと────

 

「──────!!」

 

考えている最中だが、もう制御の利かなくなった俺はすでにあの場所へと向かって走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、はぁ、あ……づ!!」

 

肺が千切れるぐらいに走り続けた。もう何も考える余力もない。俺はもう、そこに行くことしか頭になかった。

徒歩10分の道を信じられないくらいの速度で走る。脚が折れそうなくらい、走った。

そしてようやく、あの懐かしの木、そして鳥小屋が見えた。

 

────彼女はそこに居た。

 

「先輩──────!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうして、俺はただ一心に、目の前に立って、鳥小屋を眺めていた彼女へと走る。

 

彼女がこちらに振り向く。蒼い、ソラのような髪が冬の冷たい風に揺られて稲穂のようになびく。

その寂しそうで、とても淋しげな表情。

そんなモノを、俺はもう見ていられない。俺には、ただその記憶しか目に映らない。ひとときの陽炎のような、あっけない春の夜のユメを。

もう一度、ただ見たくて。

俺はこの場所を訪れた。俺たちが、初めて出会った、明るみに満ちた一面のふゆのそら。

ただ1本の小さな木に偶然あった鳥巣。偶然訪れ、それを蹴散らした嵐。それを見た、優しい少女の気紛れ。そして、偶然の貧血で、それを偶然見かけた少年。

度重なる偶然の層。運命の螺旋は僅かな運だけで紡がれ、それだけで織り成された平和バカなご近所談議。

 

────此より先は月の零刻。

幾度の運命の先に消えていった、なんでもないそこら辺の少年少女の永く短い旅。

鬼人の少年は相容れざる退魔の少女に恋をした。

 

誰よりも熱く、誰よりも激しく。

俺はその瞳を、その髪を、その(こえ)を、その笑顔をただ一心に求めた。

 

ただ、もう二度と放したくなくて。もう誰にも渡したくなくて。

俺はひらひらと舞う桜の花びらを抱えるように、この両腕で、目の前の彼女を、強く抱き締めた。

 

「白…………邪…………くん…………」

 

先輩は抵抗せずに、俺の腕を受けていれてくれている。

 

「俺を、置いていかないで。俺、先輩についていく。絶対に離れたくない」

 

「で────も」

 

「俺、先輩が大好きだ。俺は先輩のために生まれてきたんだから。こんなところで離すなんて、できるもんか………!!先輩が俺と一緒に居るって約束するまで、俺は放したりなんかしないからな!!」

 

なんて身勝手な。別れを受け入れたのに、僅かな惜しみが、今の俺の原動力になってしまっている。

 

「──────っ!」

 

先輩が先輩を抱き締める俺の背中をさらに抱き締める。

 

「うぅ…………わたしも…………白邪くんと、一緒に、居たいです…………!!」

 

「あ────ぁ…………そう、だよな。俺も、せっかく、せん………黒依と逢えたんだから、最後まで、お供したいよ」

 

「は、はい。もちろんです。わたしに見逃してもらったんですから、最後まで付き合って貰うんですから!」

 

まずいな。そんな事言われると、ちょっと。我慢が利かなくなってくる。

先輩を抱き締め腕を少しだけ緩める。

 

「黒依。俺、もう、無理だ…………」

 

「え?ちょ、ちょっと、白邪くん!?」

 

突然の発言に慌てる先輩を引き離し、半ば強引に、その白く、まぶしい明るい顔に近づく。

 

「ん───────」

 

「────────」

 

唇が、深く、強く、優しく触れ合う。

互いの生命を求めるように、相手の吐息を貪るように、ただ、二人の身体を交換するような、そんな柔らかな口づけだった。

時間はそれこそ一瞬。

だが、その触れ合う時間だけ、夕日の落ちる速さは遅くなる。いつまでも、それが続けていられるような気がした。

 

────かなり、長い時間だったような。俺たちはようやく互いの顔を離した。

 

なんだか、また先輩の表情が変わったようだ。俺の表情もきっと緩くなっているはずだ。

 

もう俺は決めたんだ。この人と一緒に生きるって。

女性の平均寿命は男性よりも長い。男は愛する女性を守ると決めたのなら、自分が死ぬまで守り続けなければならない。俺は爺さんになっても、なんなら老衰で死んだ後だろうと、先輩を守る。

どんなことがあっても、彼女にその笑顔以外の顔をさせない。あんな寂しそうな、切なそうな顔はさせない。

 

「帰ろうか、黒依」

 

「はい。帰りましょう、白邪くん」

 

二人で手を繋いで歩き出す。もちろん、同じ方向へ。

 

え?行き先?そんなものは決まっていない。つーか、そんなのどこでもいい。先輩とだったら、俺はどこへだって行ける。

そういえば、家に帰らなきゃ。まぁ、それはどうにでもなるか。適当に連絡すりゃいいよ。姉さんにシバかれるかもしれないけど、俺の小籠包二つも食ったんだから、帳消しさ。

 

そんな些末なことより、俺は今、もっと大切なことに取りかかっているんだから。

すっかり忘れていた。俺は高校二年生だった。

俺は事件解決とか、そんな御大層な理由で戦ってなんていない。先輩が大好きだったから、当然のことをしたまでだ。

俺はこれでもまだ高校生。青春の謳歌なくして、何が日本の高校生だ。

まずは学校もなにも、家のことがなにも、まずは好きな女の子と一緒に過ごすことが一番の最優先事項。

 

「─────中村くん」

 

不意に、先輩が俺に問いかけてきた。今何時?ぐらいの感覚の軽い質問だ。

 

「なに?先輩」

 

「今、幸せですか?」

 

そんな、にっこり笑顔で、そんな深い話題を振ってきた。

 

「そりゃぁ、もちろん」

 

もう、俺は一人じゃない。すっごく幸せだ。

夕暮れの中、一人空を仰ぐ。

 

「親父───母さん、俺、立派な子供に、なれたよ」

 

遠い昔、そんな約束を語り合った、いまはもういない誰かに伝えたくて。

 

「中村くん?何か言いました?」

 

「いいや?なにも。すごく幸せだなぁって。あ、そうだ、先輩、久しぶりにご飯行きましょう!今夜は学食じゃなくて、ちょっとお高いお店とか。今日は俺と先輩の記念すべき一日目ですからね。俺の奢りですよ。先輩、ハンバーグ大好きでしょ?」

 

「はい!ご馳走になります!」

 

夕焼けはとうに沈みきってしまっている。橙色の空は、紫色の空へと変わる。

 

「それにしても─────」

 

今日は星が綺麗だ。こんな日は夜に散歩でもしたいところなんだけど────

 

空には、ただひとりきりの月がある。まん丸でもない、けれど大きく、されど欠けた、中途半端なお月様。

空を覆う月光、地を覆う黒影。

宙を塞ぐ天蓋、夜を開く白貌。

星の合間を縫う光の線。

虹の狭間を往く星の灯。

夜の帳を綴じる花の香。

 

────蒼い空を翔ぶ、幸せの音色。

 

ほら、耳をすませば、しあわせが聴こえてくる。

幸福を呼ぶメロディー。福徳を喚ぶメモリー。

輝きは今、零時のお告げを指し示す。

此より先は、月の零刻。

月の帳の始まりの(ページ)

 

 

そう、どこにでもいる吸血鬼と、どこにでもいる少女の、相容れざる恋の物語、その序曲を奏でる刻。

 

 

生まれる星。産まれる月。廻転する記憶。

ながれる風。揺られる海。空を飛ぶとり。

 

さぁ、明日の朝へ向けて旅に出よう。

 

 

 

 

 

 

 

 

さぁ、帰ろう。楽しい日々へ。俺たちの街へ。

 

 

 

 

 

「行こう、黒依」

 

「はい、白邪くん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────嗚呼。まるで気が付かなかった。

 

 

 

今夜は、こんなにも、月が、綺麗だ────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月姫 零刻 One happy of sky blue melody

 

 

~Fin~




あとがきは次回に持ち越しです、最後までお楽しみに!

さらに、最新情報の公開もありますので、お見逃しなく!


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おしえてヨエル先生 最終回・あとがき


中村を布で彩る賑やかな天然女

檸檬
性別 女性
身長 158cm
体重 49㎏
誕生日 6月9日
血液型 O型
好きなもの レモネード
嫌いなもの 大きな音、突然の事
専門 中村邸の衣装係
苦手 掃除


中村邸のメイド五つ子姉妹の末っ子。姉に林檎、葡萄、蜜柑、甜瓜を持つ。レモンのような黄色い髪と瞳、そしてエプロンが特徴の少女で、すぐに喚いたり、事あるごとに大きなリアクションを取る、年齢にしては子供らしさが目立つ大人しさに欠ける性格。

主に中村邸の衣事全般を担当している。
衣事とは洗濯、裁縫などを指す。
いつもドジを犯して失敗ばかり起こしている。しかも近くにいる人間にまで被害が及ぶため、余計にタチが悪い。

失敗するたびに強烈かつ猛烈な土下座をしており、いちおう反省はしているようだが、どうも改善してもドジの数は減らず、毎日違うことで問題を起こしている。中村邸の問題児ランキングぶっちぎりの第一位にしてもはや殿堂入り。

しかし、お得意の裁縫や洗濯になれば話は全く別。たった一人であっという間に素晴らしい和洋服を製作してしまうほどの恐ろしさ。
物語の未来の話だが、絢世が成人式で着ることになる振り袖は、彼女がイチから自分で作ったものである。
そう、手先がかなり器用なのだ。
仕事振りを偶然見たことがある白邪曰く、「同じ距離を縫うのがミシンより速い、手がもう見えない。アイツはバケモン」、だそう。

機械よりも速く、そして正確な作業で、確実に布を縫う、人類で唯一、機械より速く縫うことのできる人間である。もちろん、この場合には失敗が一切起きない。裁縫においては失敗を知らないようだ。

一方で、掃除用の箒を持てば一気に急変、そのドジの数は倍以上。
林檎が病気で寝込んでいる間、代理で掃除をしたことがあるらしく、その時に椅子8脚、窓ガラス30枚、机4台、壺12個が犠牲になったらしい。
以後、彼女は箒や掃除機、雑巾、その他掃除道具すべてを持つことが許されなくなった。

白邪のことを陰ながら好いているようだが、残念ながらまったく気付かれていない。
────しかし、あるいはもしかしたら、その想いに気付いて貰えるような運命があるのかもしれない。
────少なくとも、クロエがいる限り、白邪は一生涯、檸檬を好くことはないだろうが。


 

ヨエル「さぁ、お待たせしました!「月姫」のお二人です!」

 

 

幕が上がる。

観客席からの拍手喝采。

そのただ中に、俺たちは脚を踏み込む。

 

 

 

 

 

白邪「どーもー、中村白邪です」

 

真祖アルクェイド「原初の一である」

 

白邪「二人で月姫です、よろしくお願いしまーす」

 

おい、ヨエル。これはどーいうことだ。最終話になんの説明もなしに勝手に俺たちに漫才させるのは百歩歩み寄って許してやる。

だが、相方がコイツなのだけは納得行かんぞ。

 

アルクェイド「少年よ。少しいいか?」

 

白邪「なんだよ」

 

けっこうノリノリだなこいつ。口調鋭いくせに。

 

アルクェイド「貴様はラーメンというものは食うか?」

 

白邪「漫才の定番ネタ放り込むなおい。食べるよ、そりゃ」

 

アルクェイド「どのようにして食うのだ?自宅か?屋台か?それとも店舗か?」

 

白邪「あー、まぁ、店で食うことが多いかな」

 

アルクェイド「良かろう。奇遇にも、私も店で食うことが多くてな」

 

白邪「血じゃなくてラーメンすすってんのかよ!」

 

お前ラーメン食うのか?

つーか以外にも店で食うタイプなのかよ。

 

白邪「お前、絶対そんなことないだろ………」

 

アルクェイド「では、良いだろう、店役をやるがいい。私が客として、普段の食事を行う」

 

白邪「いやいやいやいやいやいや」

 

これ定番のパターンじゃんおい。

 

白邪「────────」

 

あれ?入ってこないぞ、客が。

 

アルクェイド「────早く入店するがいい」

 

白邪「なんで俺が客なんだよ!?」

 

話がちげぇじゃねぇか!?俺が店員じゃねぇの?

 

白邪「────はぁ………がらがら………」

 

アルクェイド「うぃん、だ。出直せ」

 

白邪「自動ドアなのかよ」

 

意外と進んでるな、こいつのラーメン店。

それバーガーショップとかの扉の音だろ。

 

白邪「うぃん」

 

アルクェイド「へいらっしゃい!一名様ご案内でーす!適当な席に座ってくっさい!へい、ご注文お決まりぃしたら、テーブル上んベルでお呼び出しお願いしゃっす!」

 

いや、キレッキレだなおい!?

つーか、ベルのボタン?ファストフード店並みに広いラーメン店なのかここ?

 

白邪「………まぁ、醤油ラーメンでいいか。はい、ぽちっと」

 

アルクェイド「へい、一名様ご注文!お待たせしやした、ご注文は?」

 

白邪「じゃあ、醤油ラーメン一人前よろしくお願いします」

 

アルクェイド「あ、お客さんすんません、うちうどん店なんですわ、ラーメンやってないんです」

 

だから話がちげぇじゃねぇか!!

 

白邪「ちょ、一旦やめろ!こいつ、話題が続かない!」

 

ヨエル「逆によくそこまで頑張ったね白邪くん、おめでとうだ!」

 

白邪「おめーがやらせたんだろうがおい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、最後のヨエルコーナースタートだ。

 

白邪「んで、ヨエル。約束覚えてるよな?」

 

ヨエル「いやー、うん。まさかこんなことになるなんて…………」

 

知らない人、忘れていた人のために説明すると、コイツは最終話時点でアンケートに50票入っていない時点でヨエルコーナー終わりという約束をしたのだ。

 

白邪「じゃあ、本日づけで、ヨエル先生コーナーは終わりってことで」

 

ヨエル「うん。いやー、短いようで長かったね。じゃ、あとはよろしく、真祖アルクェイド」

 

真祖アルクェイド「良かろう。読者たちの癒し枠はこの私が担わせて貰おう」

 

白邪「やめろ!やめろ!やめろ!!!」

 

だめだめだめだめ!!ヨエル以上にカオスなコーナーになるから!

 

ヨエル「いやいや、アルクはアリでしょ?禁止するなんて言ってないもん。ねー?」

 

白邪「いやいや、だからって余計カオスな状況にしてどーすんだよバカ」

 

ヨエル「てなわけで、「教えてヨエル先生」は今回で終わり。次回からは「教えてアル美先生」に変わるので、その辺、読者のみんなよろしくね~!」

 

DA・KA・RA、最悪の展開が待ってるっつってんだろうがぁぁぁぁぁ!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

檸檬「そそそそそそんなわけで!ここここここからは、わわわわ私が、ししししし仕切らさせて、もももも貰います!!!」

 

緊張しすぎだろ。

 

白邪「話題はなんだ?反省会か?」

 

檸檬「それは作者が勝手にひとりでやるそうです」

 

うん。勝手にやってろ作者。

 

檸檬「えっとね!えっと!今回この場で私が紹介させていただくのはですね、次回作、「甜瓜嬢の小さな事件簿」のことです!」

 

そういえば、そんなものもあったな。

ストーカーがどうとかそういう内容だったな。短編の続編だとかなんとか。

 

檸檬「主人公に該当するのは本編でもお馴染みの甜瓜お姉ちゃん、本編の脇役だった白邪さま、そして」

 

白邪「おい、舐めてんのか準々々々ヒロイン。なに主人公に口出ししてんの」

 

檸檬「すーんませんでしたぁぁぁ!!」

 

出た、必殺、エクストリームフライングオブ・ジ・エンドバーニングハイパーグランド土下座。

 

檸檬「それでですね、もうひとりの新キャラも、主要キャラになるんです」

 

あっ…………アイツだ…………

あの紫色の…………

 

白邪「名前は?いい加減公開しても良いだろ。気になってしょうがない」

 

檸檬「それはですね、本編をお楽しみに!」

 

だめだこいつら。日本語通じないわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

檸檬「さて、そんなわけで、最後は、これ。林檎ルートの紹介です。この林檎ルートは、甜瓜さんの小さな事件簿と並行して執筆することになるそうです」

 

白邪「ほうほう、そりゃあいいな」

 

本編を楽しみたい人も、続編を楽しみたい人も、どっちもできる。

また作者が疲れてサボったりしないかだけ心配だが。

 

檸檬「物語の核心となるのが、クロエルートでも登場した伊賀見。この伊賀見と中村の二つの家をめぐるイザコザが、物語の動きを大きく変えていきます。突然、伊賀見の謀略に巻き込まれた白邪の運命は、果たして!?、という内容です」

 

白邪「どうやら、今回は中村家内部での戦いなんだな。まさに裏ルートって感じ」

 

檸檬「さぁ、そんは新しい林檎ルート、皆様ぜひ、お楽しみにください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヨエル「さて、もうお別れだ」

 

クロエ「なんか、寂しいですね」

 

白邪「あぁ。けれど、すごく楽しかった」

 

ヨエル「まずはお祝いしよう。クロエルート完結おめでとう!」

 

クロエ「おめでとうございまーす!!!」

 

うん、おめでとう。読者のみんなも、よく最後まで付き合ってくれたな。こんな作品を読み倒すなんて、相当な物好きだな。けれど、その心が俺たちを、作者を喜ばせてくれた。心からありがとう。

 

白邪「いやー、ときどき連載途切れたり、いろいろトラブったりしたけど、ひとまず最後まで連載できてよかったな」

 

ヨエル「だが、しかし。これは月姫 零刻の物語のほんの一部の視点でしかない。六つもある月姫 零刻でいえば、まだ全体の16%しか言ってないわけだ。ここから月姫 零刻はさらなるシリーズ展開を見せつけるつもりだから、読者のみんなも、最後までいけるひとはぜひ、読んでくれ!そして、みんな、ここまで月姫 零刻クロエルートを読んでくれてありがとう!ついでにヨエル先生コーナーも楽しんでくれてありがとう!次回からはアル美先生になっちゃうけど、きっと、また賑やかで楽しいコーナーが待っているはずだ。君たちとともに執筆できて楽しかった!」

 

クロエ「これからも、末長く、月姫 零刻シリーズをよろしくお願いいたします!」

 

ネコアスナ「それじゃあ諸君、また会おう!!」

 

白邪「お前が〆るんじゃねぇ!!」

 

ネコアスナ「うにゃぁぁぁぁぁぁぁ!(きらーん)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

出演キャラと役割、そしてその元ネタ

 

 

 

 

 

中村白邪 主人公

城戸灰都(UNDER NIGHT IN-BIRTH)

 

 

 

凱逢黒依 クロエルートのメインヒロイン

旧シエル(月姫)

 

 

 

ルージュ・アスナロ 伏線張り

無し(物語時点でのアルクェイド)

 

 

 

ヨエル 事件への導入キャラ

無し(シエルの一代前の埋葬機関第七位)

 

 

 

林檎 中村邸側のキャラ、サブヒロイン

翡翠&琥珀姉妹(月姫)

 

 

 

葡萄 中村邸側のキャラ、サブヒロイン

翡翠&琥珀姉妹(月姫)

 

 

 

蜜柑 中村邸側のキャラ、サブヒロイン

翡翠&琥珀姉妹(月姫)

 

 

 

檸檬 中村邸側のキャラ、サブヒロイン

翡翠&琥珀姉妹(月姫)

 

 

 

甜瓜 中村邸側のキャラ、サブヒロイン

翡翠&琥珀姉妹(月姫)

 

 

 

中村絢世 中村邸側のキャラ、名脇役

黒桐鮮花(空の境界)、遠野秋葉(月姫)

 

 

 

菊山紀庵 日常キャラ、親友担当

柳洞一成(Fate stay night)

 

 

 

本条御行 日常キャラ、脇役

無し(意味のないオリキャラ)

 

 

 

天城優 日常キャラ、脇役

無し(意味のないオリキャラ)

 

 

 

押見団子 日常キャラ、脇役

無し(意味のないオリキャラ)

 

 

 

カーラ・アウシェヴィッチ 第一の敵

ヴローヴ・アルハンゲリ(月姫)

 

 

 

ミハイル・ロア・バルダムヨォン 最大の敵

無し(物語時点でのロア)

 

 

 

エセキエル 直接戦わない裏の黒幕

エルキドゥ(Fate strange fake)

 

 

 

アルクェイド・ブリュンスタッド アスナロ最終形態

無し(当時のアルクェイド)

 

 

 

内宮亮介(うどん) ムービー犠牲者

敵ホムンクルス・白(Fate grand order)

 

 

 

七夜黄理 本筋外から乱入するラスボス

無し(当時の七夜黄理)

 

 

 

遠野槇久 ???

無し(当時の遠野槇久)

 

 

 

謎の博士アラク ???

無し(当時のアラクに該当する人物)

 

 

 

中村桐柳 古人、白邪の人生を変えた人物

無し(オリキャラ)

 

 

 

中村汐音 古人、白邪の生き方を教えた人物

青崎青子(月姫)

 

 

 

中叢白邪 主人公の裏側の人格

千子村正・第三再臨(Fate grand order)

 

 

 

名も亡き神父 最後の救世主

無し(イモータル、という読みは真月譚月姫のエレイシアから)

 

 

 

ネコアスナ ネタ枠

無し(零刻版ネコアルク)

 

 

読者の皆さま マジカル赤褐色の最大の味方

ほんとうにありがとうございます!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ネコアスナ「……………あっれぇ…………アタシ、また宇宙に飛ばされた感じ…………?もう、何回目なんだろこれ(笑) うん。これ、ぜんぜん笑い事じゃニャイから。えぇ?ここでも宇宙に飛ばされなきゃダメぇ?やっとじっくりキャラにちょっかいかけて楽しめそうなとこ苦労して見つけたのに、アタシはいつも宇宙に追い帰される。まぁまぁ、待遇良かったんでヨシヨシ。休憩中の差し入れに入ってきたジャイ○ンシチューと甜瓜さん特性ショートケーキ、あれ最高だったなぁ…………ほんじゃま、今回で月姫零刻はおしまいということで。今後ここへアクセスしても何も更新されていないと思うんで、そこんとこよろしくね、読者のみんな。────それじゃ、アタシはもう一度地球に戻って、地下マントルまで掘りこんでみせるゥ!大気圏で燃えるかもしれないけどとりあえずネコミミが残っていればセーフ!!んじゃあボンビアッジョー、また会おう諸君!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




読者のみなさん、はじめまして(?)。マジカル赤褐色です。たぶん月姫零刻においては私が登場するのは初めてじゃないでしょうか。
感想とかを残していきたいんですが、その前に、最後まで語られなかった要素を紹介しておきましょう。

一つ目は、結局七夜はどうなったのか、ということです。今作のキーパーソンともなる七夜。七夜が月姫と月姫 零刻の時間を繋ぐのです。七夜ほ白邪に影響を受けて遠野、斎木に手を出していき、その報復を受けますからね。白邪の「殺さずして殺す」という発送に影響を受けた七夜が、自分たち退魔組織の存在意義の否定に対抗するために退魔組織の必要性と自分たちの在ることの正しさを証明するために、七夜の活動は活性化していき、次々と出会い頭に魔を殺害していくようになる、というのが作者の勝手に考えたストーリーです。だって、普通に考えて、斎木を売った協力者である遠野を、居合わせたというだけで殺しにかかるって普通に考えると外道ですからね笑 そこのあり得ない行動に理由をつけたかったんです。七夜がなんで遠野を襲う必要になったのか、それが月姫から月姫 零刻にさかのぼるためのキーだったんです。
そして、名も亡き神父、イモータルですよね。この人物については作者は一切触れません。これは読者のみなさんのご想像におまかせします。アレは生き残ったエセキエルなのか、肉体だけ残されて「ロアの魂のラベル理論」で生き残ったフィエルォレインなのか、それとも全く関係のない誰かなのか。
彼はあの後、教会に戻って過ごすことになるのか、大切な誰かの元へと帰るのか、あるいは、誰とも関わることもなく、存在しない者であることを貫いてただ孤独に、社会にひとり彷徨い続けるのか。想像が膨らみますよね。みなさんのストーリーで、あの神父のその後を与えてあげてください。人それぞれの解釈が、彼の結末を変えることになります。彼は月姫 零刻における、最大の謎とも言える人物であり、同時に完全な黒幕です。その後のことをいちいち書くこともありませんよね。
あと、白邪と黒依のその後ですが、これについては続編、「甜瓜嬢の小さな事件簿」を参考にしてください。たぶん、黒依の出番はゼロになるかと思いますが、いちおうその後の関係には触れておけるようにシナリオを構成しておいています。
ストーリーで全く触れられなかったにも関わらず頻繁に名前の上がる伊賀見や結局目立った役を担わなかった槇久、一瞬だけ登場した、アラクというどこかで聞いたことのあるようなキャラなどその他の謎は他ルートで明らかになります。甜瓜さんの小さな事件簿では、べつにその核心に触れたりはしないので、ご安心ください。
今後も月姫 零刻は果てしないシリーズ展開を見せていきます。正直作者も半分「なんで私こんなでかいことしようとしてんだろう………」って絶望しました笑
それでも、私はそれだけ月姫が大好きなので、もちろん、この二次創作も全力でやらせてもらいます。
クロエルートは終わりですが、たぶん近いうちにお会いすることになるでしょう。
続編、別ルート等々は作者ページからアクセスできます。
それではみなさん、林檎ルート、そして「甜瓜嬢の小さな事件簿」でお会いしましょう!
クロエルートに最後までお付き合いいただき、まことにありがとうございました!作者より、読者の皆さまに心からの感謝を!
それでは、次回作をお楽しみに!!


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