魔術王と魔神と魔法科 (モヘンジョダロ)
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生前編
1話:誕生の時来たれり
───意識が混濁する。黒く暗い闇の中にいる。俺は、僕は、私は、口調が安定しない。
自分を理解できない。慌てて何故か存在する過去の記憶に縋り付く。
情報を確定させよう。自分は現代に生まれ育った。性別は男。広く浅く有名なサブカルを嗜んでいた。二次創作も好きだった気がする。……自分についての理解が深まってきた。
このようなシチュエーションには覚えがある。恐らくは転生、或いはそれに類する物だろう。ならばこの次に起こり得る出来事は…
其処まで思考した時、唐突に視界が光に覆われる。
……
機械的に産声を上げ続けながらも眼を見開き恐らく父母であろう人物達を観察する。
見目麗しい緑髪緑眼の男、そして同じく見目麗しい美女。
彼らが会話をし始めると
そんな事は本来あり得ない筈だ。現状
ひたすらに産声を上げ続けながらも脳を回転させ思考を続ける。同時に現状を把握する為に
『ダビデ様、子供が産まれました。貴方と私の子供です。あぁ、なんて可愛らしい。』
『バト・シェバよ、この子にはなんと名前をつけようか?』
『ダビデ様、私はソロモンという名前にしたいと存じます』
『ソロモンか…よし、愛しき我が娘よ。此れよりお前はソロモンだ。』
ダビデとは旧約聖書に登場する人物であると前世の知識より理解できる。そして母がバト・シェバで名前がソロモンならば
ダビデ王が緑髪なのも驚きだ。旧約聖書には見目麗しいとは記述されていたがまさか緑髪ともなれば通常の旧約聖書の世界ではあるまい。
そもそも
緑髪のダビデ王となれば前世の記憶にはTYPE-MOON世界しか思い浮かばない。勿論それ以外にもあるかもしれないが、知識がないのだからしょうがない。TYPE-MOON世界だと仮定して考察をしよう。
ソロモン王が出てきたのはFate/Grand Orderという作品だがその作品ではソロモン王ははっきりと男性として描かれていた。しかし、TYPE-MOON世界には平行世界が存在している。アルトリアとアーサー然り、
ならば、すべき事はまずゲーティアを人類悪にならないようにしなくては。人類悪の連鎖顕現など世界に……
待て、おかしい。此処まで思考した所で疑問が湧き上がった。
何故
────恐怖が湧き上がる、その筈なのに
理解する。かつて、実感が湧かなかった「感情を抱く自由さえ無かった」という部分。
……だが、まぁ良いだろう。前世の知識も用いて
そうだ、ゲーティアを創造するのは確定として彼らをどうやって人類悪に堕ちないようしなければ……
思考を幾重にも重ねながら
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2話:其は全てを修めるもの
何年か経った。
私は動けるようになってから直ぐに目一杯運動した。
将来の家臣に裏切られないように親交を深める目的もあったが、何よりも身体を鍛える必要があったのだ。
子供の頃の生活が将来を決定付けるという、ならば今の内に身体を鍛えた方が良いだろうと判断し父ダビデ王の家臣達の子供と共に朝から晩まで遊ぶ。
王となれば前線に出て戦う事など無いだろうが執務等は当然あるのだから体力を付けておいて損はないだろう。
勿論、運動だけではなく勉学にも励む必要がある。夜になれば国の蔵書を読み漁る日々。
……この身体は極めて高性能だ。前世の私の肉体と比べて何段どころか十数段は上だろう。
その為に帝王学のような王としての教育も問題なく記憶できるし前世で学んだ知識も簡単に思い出せる。
数学は記憶している限りの定理を書き出し、理科の分野も記憶している限りの全てを書き記した。
国の賢者達は此れらの書を与えるだけでさらなる智慧を生み出してゆくことだろう。まったく頼もしい限りである。
そして私は今、父や母と共に晩餐を食べている。
『ソロモンよ、もうすぐお前の誕生日だろう。何か欲しい物はないか?我に用意できる物ならば何でも用意しよう。』
不意に父が私に告げる。未来の王として要求すべき物は何かと思案して、結局私は魔導書と告げた。未だに魔術について教えて貰っていないが、私としては一刻も早く私の護衛となる使い魔が欲しかったからそう告げたのだ。
『ソロモン、そんな物で良いのですか?遠慮せずに櫛だとか服だとかを強請ってもいいのですよ。』
母が私に告げる。親しみやすさをアピールするのならそれも良いだろうが、私が装飾品が好きだと誤解されても困る。この時代では女というだけで舐められる可能性があるのだから女らしさよりもアピールを演出したい。故に私は母に櫛や服も好きだが今は魔導書が欲しいと告げた。
晩餐を食べ終え私は自室へと戻った。書が山と積まれた部屋だ。部屋の中で私は一人思案する。内容はゲーティアについてだ。
TYPE-MOON世界において本来の人理補正式はソロモン曰く「七十二の用途を持った使い魔」らしいが私が知っているのは魔神柱だけだ。
用途の幅広さや利便性等を考えれば普通の使い魔を創造するべきだろうが私の意識は前世の私と同一であるからして知識ばかりが豊富なだけで本来のソロモンのような発想力は無い。
故に私は本来の後にソロモン七十二柱とされる使い魔を作成するのではなくまずは魔神柱達を創造しようと決断したのだ。
伝承通りの能力を創造するのは時間が掛かるのだから基礎部分だけ創造して後から手を加えて行こう。
勿論、魔神柱を創るのは魔導書を父から受け取ってからの話だが。
千里眼で未来を見ようとも思ったが、私の千里眼は見る範囲が広すぎて余計な物まで見通してしまうから脳に負担が掛かってしまう。魔神柱達が出来たら千里眼の負担も分散させよう、そう思いながら私は眠りに堕ちた。
■
とうとう誕生日になった。父の家臣達が私の誕生日を祝福し、王宮で盛大なパーティーが開かれる。
絢爛豪華なパーティーの中で私は椅子に座りながら魔神柱を創ったら千里眼で過去と未来の王達を見ようと決めた。彼らの生涯は私にとって良い影響を与えるだろう。
魔導書を贈られた後に思いを馳せながら私は無感情に父の家臣達と談笑した。
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【幕間】魔神の誕生
幼いながらも美しく澄んだ声が詠唱する、七十二の魔術式に魔力を流して起動する。
そうして我々はこの世に生まれた。
後の時代に魔術王ソロモンと呼ばれる少女によって。
生まれて直ぐに、我々は我々を創造した少女とのパスを通じてその内面を知った。
───虚無だった。一切の揺らぎがないどこまでも澄み切った深淵だった。
我々が最初に抱いた感情は少女への憐憫だった。人として生まれながらも人としての在り方を放棄した者への憐れみであった。
しかし次の瞬間に我々に流れこんできたのは膨大な情報の嵐であった。
理想を謳いながらも全てを喪って死んだ王がいた
母の愛も父の愛も知らずに孤独に死んだ皇帝がいた
一度の敗戦で多くの聖騎士を、多くの勇士を失った皇帝がいた
離別の呪いによって最愛の伴侶と永遠に再会できなくなった王がいた
神に親友を奪われ、神代との訣別を告げた王がいた
大陸に覇を唱えども最期は孤独に離島で死した皇帝がいた
国を護る為に全力を尽くし、家臣に裏切られて死に吸血鬼とされた王がいた
建国を成し遂げたが、血の繋がった弟をその手にかけた皇帝がいた
少数の兵で多数の兵を押し留めながら戦死した王がいた
最果てを目指して征服し続けながらも死後に国が滅んだ王がいた
親友と道を別ち、それでも尚己を貫いた太陽神の化身たる王がいた
その手で息子を手に掛けて慟哭した神を崇めるツァーリがいた
陵辱への復讐として敵を、民を殺戮し尽くした王がいた
兄弟を殺された復讐に仇を溺死させ自らも死んだ王がいた
美しさをもって国を護ろうと奮励し毒蛇によって自死した王がいた
復讐の為に世界最古の毒殺者となり国を繁栄させた王がいた
己の意思一つで頂へと昇り国を統べた皇帝がいた
闘争の中に生きながらも国を治め巨人と竜を討ち果たした王がいた
最後まで戦士として生き戦争において戦死した女戦士の王がいた
征服王の好敵手として幾度となく戦いながらも最期は部下に裏切られ暗殺された王がいた
月に愛され正気を失いながらも決して愛を失わなかった皇帝がいた
己を唯一人の人とし民から儒を奪い統治した皇帝がいた
それすらもほんの一部だ、我々はあらゆる時代あらゆる地域の王を見た
───古今東西、過去も未来も見通す眼は全ての王を、統治者を見ていた。誰も彼もが死んでいた。
悍ましい、恐ろしい、愚かしい!!
こんな物を見て何になる!こんな悲劇を見て何がある!
理解できない!理解できない!理解できない!
文字を得て事象を詠む魔神達が問い掛ける
『情報室より疑問。この過去に、この未来にどれ程の価値がある。つらいものばかりだ、苦しいものばかりだ。我ら九柱、即ちオリアス、ウァプラ、ザガン、ウァラク、アンドラス、フラウロス、アンドレアルフス、キマリス、アムドゥシアス。此の疑問の解答を求める』
時間を嗅ぎ事象を追う魔神達が渇望する
『観測所より要請。我々に資源を与え給え。見つけてみせよう、彼らの希望を。見つけてみせよう、我らの救いを。我ら九柱、即ちグラシャ=ラボラス、ブネ、ロノウェ、ベリト、アスタロス、ハーゲンティ、フォラス、アスモダイ、ガープ。此の要請の承認を求める』
音を知り歌を編む魔神達が拒絶する
『溶鉱炉より否定。彼らの人生は悲しみだけではない。彼らの人生は苦しみだけではない。我ら九柱、即ちゼパル、ボディス、バティン、サレオス、プルソン、モラクス、イポス、アイム、ナベリウス。此の惨劇の否定を求める』
統括を補佐し末端を維持する魔神達が議論する
『管制塔より提議。これらの事象はどうすれば防げた?どうすれば解決できた?我ら九柱、即ちバルバトス、パイモン、ブエル、グシオン、シトリー、ベレト、レラジュ、エリゴス、カイム。此の議論の開始を求める』
戦火を悲しみ損害を尊ぶ魔神達が直視する
『兵装舎より強要。眼に焼き付けろ、人の一生を。断じて忘れるべからず、戦火の全てを。我ら九柱、即ちフルフル、マルコシアス、ストラス、フェニクス、ハルファス、マルファス、ラウム、フォカロル、ウェパル。此の光景の記憶を求める』
論理を組み人理を食む魔神達が慟哭する
『覗覚星より悲嘆。何故争う?何故憎しむ!理解不能共感不可、お前達はなんなのだ!我ら九柱、即ちバアル、アガレス、ウァサゴ、ガミジン、マルバス、マレファル、アモン、アロケル、オロバス。此の不条理の撤回を求める』
誕生を祝い接合を讃える魔神達が立案する
『生命院より提案。人間は変わらない。故に我ら魔神柱こそが人間に救いを与えるべきである。我ら九柱、即ちサブナック、シャックス、ヴィネ、ビフロンス、ウヴァル、ハーゲンティ、クロケル、フルカス、バラム。此の計画の賛同を求める』
欠落を埋め不和を起こす魔神達が激昂する
『廃棄孔より激怒。無意味無価値無為無駄。こんな物語に何の意味がある?苦しみしかない、痛みしかない。我ら九柱、即ちムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、セーレ、ダンタリオン、アンドロマリウス。此の生命に意味を求める』
魔神柱とは全にして一、一にして全の存在であるものの、それは決して魔神柱に個性がないという訳ではない。
視点が違って、思想が違う。七十二柱のそれぞれ異なる魔術式が結合したのがゲーティアであるのだ。
しかしある一点において今、全ての魔神柱の意志が合致した。即ち、何故あのようなモノを見たのだ?と
我々は彼女に問い掛けた。
『ソロモンよ、お前は何がしたかった?何が見たかったのだ?』
我らの問いに彼女はこう返した
『私の将来の為に王たる者の姿を見ようと思ったのだ。多くのパターンの王の死因を知れた。彼らから学んで私は王としての一生を全うするのだ。』
───我々は嫌悪した、我々は激怒した、我々は憎悪した、そして何よりも恐怖したのだ。この無慈悲で無感動な少女を
パスを通じて彼女の感情が流れ込む。依然変わらぬ静謐なる虚無が我々の思考を侵してくる。
此の景色を見て何も思わない少女を嫌悪した。此の光景を見て救おうとしない少女に激怒した。此の悲劇を見て冷静に分析する少女を憎悪した。
しかし、何よりも、我々が抱いたのは恐怖だった。此の景色を見て何故何も思えない?此の光景を見て何故何も抱かない?此の悲劇を見て何故何も恐れない?……欠落している。人として当たり前の情動が、この『ナニカ』からは欠落している!
『ナベリウスより報告。我ら九柱、この少女の真理へと至るべく溶鉱炉を開放する』
溶鉱炉を構成する九柱が少女の深層を知ろうと行動を開始した。
『フラウロスより報告。我ら九柱、この少女の未来を拓くべく情報室を開廷する』
情報室を構成する九柱が少女に感情を与えようと行動を開始した。
『フォルネウスより報告。我ら九柱、痕跡が消えた先の意味を観るべく観測所を起動する』
観測所を構成する九柱が王たちの死の先にある未来を見ようと行動を開始した
『バルバトスより報告。我ら九柱、この疑問を晴らすべく管制塔を点灯する』
管制塔を構成する九柱がより良い統治を求めて行動を開始した
『ハルファスより報告。我ら九柱、この不可解を解消すべく兵装舎を補充する』
兵装舎を構成する九柱が王たちの過去を知ろうと行動を開始した
『アモンより報告。我ら九柱、この未来を撤回すべく覗覚星を開眼する』
覗覚星を構成する九柱が未来を変えようと行動を開始した
『サブナックより報告。我ら九柱、新たな生命を祝福すべく生命院を証明する』
生命院を構成する九柱が産まれてくる命から負債を取り上げようと行動を開始した
『アンドロマリウスより報告。我ら九柱、この感情を捨てるべく廃棄孔を崩落する』
廃棄孔を構成する九柱がソロモンの使い魔に徹しようと行動を開始した
■
(「彼らの人生には価値があった」を少し言い換えただけなのに)
ソロモンはこれは普通ならば困惑すべき展開なのだろうか、と頭の片隅で考えながら魔神柱について思案していた。ソロモンの予想では千里眼で見た光景に何らかの反応を示せば多少は魔神柱達も穏やかになると予測していた。
(まぁ、まだまだ時間はあるし幾らでも対応できるだろう)
ソロモンは自分の感情が魔神柱に伝わっているとは知る由もなかったし、ソロモンの前世は夏休みの宿題を先延ばしにするタイプだった。
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3話:戴冠の時来たれり
魔神柱を創ってからまた数年が経った。
私はその間に魔神柱全てにそれぞれ異なる新能力を追加した。……魔神柱は確かに強力だがトップサーヴァントと比べれば力不足が否めない。故に私は彼らを強化し発展させた。そしてちょうど今試運転をしている。
私は機能を拡張し、設計を改良した魔神柱を用いて父ダビデ王の死後に王位継承を狙い私と敵対した兄アドニヤの軍勢を蹂躙しながら今後の事について考えていた。
先ず考えるべきは異星の神による人理漂白だろう。人でない以上私が王となった後に賜る指環は恐らく通じない。3000年以上の人類史を燃料とした光帯ならば異星の神をも討ち果たせるかもしれないが、人類史を救う為に人類史を滅ぼすなど本末転倒だ。
……私が異星の神に対抗する手段が限りられている以上、後の時代の人間達に何とかして貰わなければならないだろう。
決戦魔術・英霊召喚は私が基礎理論を作っておくとして、魔術が神に連なる者達のみに使われている現状は良くない。神から齎されるだけでは発展しないだろう。ひたすらに研鑽を積み重ねられる欲望に溢れた只人にこそ扱えなくては。奇跡ではなく、
ふむ、私が王となり国が安定すれば弟子を取るのも良いかもしれないな。
■
思考を続けるソロモンの眼前の戦場で、醜悪な肉柱が兵士達を蹂躙していた。
「化け物め化け物め化け物め!」
「クソがァ!巫山戯るな!」
「死にたくない死にたくない死にたくない!!」
この惨状を作り上げたのはたった一柱の魔神であった。
魔神アロケル
伝承においては
「序列52位
36の軍団を率いる公爵
その目を覗き込んだ者は自分の死に様が見えるとされ、ショックでしばらく目が見えなくなる」
とされている魔神である。
ソロモンはこの魔神を精神攻撃を行える使い魔として、その眼の全てを魔眼へと組み替えた。
その結果がこの惨状である。
何十個もある魔神アロケルの眼を一つでも見れば、それだけでひたすら自分の死に様を見つめ続ける無間地獄へと堕ちていく。
凡百な兵士達ではどれだけ力を振り絞っても魔神に傷一つ付ける事は叶わない。
自ら眼を閉じ特攻しようとしても魔神の凝視で瞬く間に焼き尽くされてしまう。
戦場に立つ全ての兵士が平等に焼かれていた。老兵も新兵も雑兵も兵士長も将軍も、全てが魔神の前では等しく塵芥であった。
一瞬ごとに人が死んでいく。刹那の時間で生命が終わりを迎える。
人智を超越した魔術式にして埒外の怪物である魔神柱だが使い魔であるが故にソロモンから与えられた命令に決して逆らえない。
命じられるままに魔神柱が兵士達を焼き殺していく。
正にこの世の地獄かの如き光景であり、魔神達が憎悪していた悲劇であった。
魔神アロケルが嘆く
『哀れなり!憐れなり!この蹂躙にどれ程の価値がある?我々は何度も忠告した。ソロモンは危険だと!敵対すれば奴は貴様等を無慈悲に殺すと!何故聞き入れてくれなかった、何故この地を攻めたのだ!』
■
私は結局一ヶ月も掛からずに王位継承を狙う兄弟を全て蹴落として戴冠式の日を迎えた。
人々は私を恐怖の宿った瞳で見る。私は王としての威厳を保つ為に攻めてきた兵士達を鏖殺した事の効果を認識した。
これで暫くは家臣達も私に逆らう事はないだろう。確か前世では喉元過ぎれば熱さを忘れる、という言葉があったが彼らが私への恐怖を覚えている間にすべき事を済ませればいい話だし、もし一切の恐怖を忘れたならば忘れた頃にもう一度恐怖させれば良い。
先ずは速やかに結婚相手を迎えなければならない。私が王として即位すれば家臣達は自分達の一族を王にする為に息子達を寄越すであろう。
もしも家臣同士で争えば国が疲弊する恐れがある。
婚姻とは重要な外交手段であり、更に言ってしまえば私が千里眼で見た王達も後継者が原因で国が滅んだ者達がいた。
迎えるのならば大国の姫君だろう。私は女だが王位継承権の無い王子に嫁げばその者がこの国を自らが治めようとする可能性がある。それは防がねばならない。杞憂かもしれないがこの時代では私の想像以上に女が蔑まれている可能性がある以上、用心するに越した事はないだろう。
私は戴冠式を終えた次の日にファラオに貴方の娘を娶りたいという旨の書を送った。
■
ソロモン、否ソロモン
奴は我々の機能を拡張し、設計を改良した。我々一柱一柱にそれぞれ異なる術理を付与した。
何故だ?理解できない。今のままでも我々は単騎で人間が幾ら束になろうとも蹂躙できる戦闘能力を保持している。過剰戦力など何の利もない筈だ。
我々はソロモンの見る物聞いた事の全てを共有する、ソロモンが五感で感じたモノの全てを我々は理解している。なのにソロモンのする事を理解できない。
同じ視野を持っていても視点が異なる。同じ情報を入力されても出力が異なる。我々とソロモンでは思考回路が異なる。
……ソロモンの行動には無駄というモノが徹底的に省かれている。一見無意味に見える行動では後々の結果に繋がっている。そんなソロモンが我々にわざわざ手を加えたのだから何か意味がある筈なのだ。
我々は理解しなくてはない、ソロモンの思惑を。我々は看破しなくてはならない、ソロモンの真意を。
■
私はファラオの娘を妃として迎えた。彼女は私が女である事に驚いていたが些末な問題だ。子供は魔術でどうとでもなる。むしろ私自らが己の胎内で後継者を調整すれば彼女の負担も減るだろう。
一応我が王国はエジプトの属国、という事になるのだから彼女とは良好な関係を築きたい。叶えられる限りの要求は聞き入れよう、と考えた所で前世の記憶から私は「愛妻家」という単語を思い出した。
成程、私は「愛妻家」という皮を被れるのか。王にはある程度の親しみがなければならないだろう。「愛妻家」という部分をアピールすれば民衆からの支持が上がるかもしれない。仮に失敗したとしても私の能力があれば十分に立て直しができるだろう。
そんな事を頭に浮かべながら私はギブオンにて神へと盛大な捧げ物をしたのだった。
───その夜、私の夢に神が現れた
曰く「汝に資格あり。望みを口にせよ。願うものを与えよう」と───
私は願った、智慧を。私は望んだ、知恵を。神からの啓示に従うままに
そして私は人の身には余る全能を手に入れた
■
妾が嫁いだ先はイスラエルという国であった。
何でもイスラエルの王が妾との結婚を望んだのだと父から聞かされた。
妾はエジプトという大国の姫として生まれて大切に大切に育てられた。全てはエジプトという国をより繁栄させる為。婚姻外交の道具として見られていた事はわかっていたし、妾もそれを嫌がるような事はしなかった。
例え外交の道具として見られていても父も母も兄達も確かに妾を愛していたし妾も愛していた。
だから妾はイスラエルの王にも精一杯の愛を捧げようと決めたのだ。そのような決意を抱きながらイスラエルに着けば……そこに立っていたのは人間味のない暗い瞳を持った豪奢に服を着た美しい
……妾はビックリしすぎて一瞬心臓が止まるかと思った。それは今まで見た事がない程に美しかったのもあるが、イスラエルの王が
ただの女王ならば妾も知っている。エジプトにもかつて女王は存在していた。しかし知るのと見るとでは驚きが違うし、何より妾との婚姻を望んだのが女であった事に驚いたのだ。
そもそも後継ぎはどうするのだ!?
女同士で子供なんぞ作れる筈もなし。養子を迎えるという手もあるがそれでは血が継がれないだろう!?
こうして妾はソロモン王との衝撃的な出会いに将来への不安を募らせるのであった。
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4話:其は全てを始めるもの
私がファラオの娘を妃に娶ってから何日か経過した。
あの夜、私は神より指環と共に啓示を賜った。啓示とは即ち、「国を拡げ
私は次の日に三人の素質の高い人間を王宮へと招き弟子に取った。
名はそれぞれアトラシア、ブリシサン、セレンであり、私は彼ら三人に魔術を教えながら王として治世を行う事にした。
■
私が王となり先ず着手したのは国内制度の整備であった。前世の知識によって官僚制については既に知っている。前提が違う為に現代日本の制度をそのままイスラエルに導入する訳にはいかないが、私も伊達に十何年もこの世界で暮らしていた訳ではない。幼い頃から英才教育を受けたし民草についても学んでいる。ならば官僚制をこの国に合わせた上で施行すれば良いのだ。私が求めるのは私の執務を補佐する機構であり、私が亡くなった後も変わらずに執務を行える機構である。
内政面は官僚制の施行が第一目的であるが、同時に経済も発展させねばならないだろう。
国内の産業だけでは経済発展に限界が来る。故に私は周辺諸国との交易を広げ、貿易によってイスラエルの経済を発展させる道を選んだ。
外国との交易を活発にする為に私は交通網を整備する必要があったが、私は魔神柱を用いて一気に交通網を整備する事にした。
勿論、魔神柱をそのまま動かせば大騒ぎになるだろう。私が魔神柱を用いて軍勢を殲滅した事は周辺諸国に知られている、寧ろ私が知らせた。
故にバレないように細工をした上で作業を行わせ、後に神の奇蹟と喧伝する。
……Fate/Grand Orderの世界においてはソロモンが奇跡を見せたのはただの一度きりと言われている。
たった一度のみの奇蹟により「民は王の加護を得ている」と知らしめ、その後は民から恐怖される、民が堕落するといった事態を防ぐために奇蹟は起こさず、ソロモンは魔術を使わないまま魔術の王として近隣諸国に名を広め、賢王のままこの世を去った、とされている。
これに倣って私も神の奇蹟を民に知らしめるべきだろうが……私の場合は魔神柱を使役している関係上民から恐怖を抱かれている。
故に神の加護をより鮮烈な形で民の記憶に残さなければならないだろう。
私は妃のいる寝室に向かう為に夜の王宮を歩きながら魔神柱を顕現させた。
■
ソロモンが交易路の整備の為に呼び出した魔神はハルファスとサブナックの二柱である。
魔神ハルファスは伝承において
「序列38位。
26の軍団を率いる地獄の伯爵。
城塞都市を魔法の力で自在に建設し、更に建築した建造物の中を武器弾薬で満たす事が出来る」
魔神サブナックは伝承において
「序列43位。
50の軍団を率いる侯爵。
強固な城塞都市を自在に作り出し、必要とされる武器や戦術を用意できる能力の持ち主」
とされている魔神達である。
極めて似通ったこの二柱の能力を、ソロモンは投影魔術を永続化させる能力として魔術式に書き加えた。元より人智を超越した魔神である彼らはこの世界のほぼ全ての物体を完璧にイメージ可能であり、イメージに穴があるなどあり得ない。
その日の夜の内にイスラエルと周辺諸国との交易路が整備され、要塞化した補給基地が立ち並び、ついでにイスラエルの都市が大幅に強化された。
ソロモン王はこの出来事を神の奇蹟として民へ喧伝し神の加護を知らしめた。
■
いや、うん、妾少しソロモン舐めてたかもしれん。いや舐めたけどそれとは別に比喩的表現で。
まさかあんな手段で後継者を作ろうとするとは。いや妾もかなり気持ちよかったが、それはそれとして正直予想外だった。妾に沢山兄弟がいる理由がわかった。父上もこんな気持ちだったんだなぁ。
初夜の終えた次の日の朝に妾は産まれた時の姿のまま隣で寝ているソロモンを横目にそんな事を考えていた。身体は元に戻ったが昨日の出来事が鮮明に思い出されて少し気恥ずかしくなってしまう。
(あれでは妾だけが獣のようではないか)
ソロモンの昨日の姿を思い返して自分の荒ぶりように更に羞恥心が妾を支配する。
そうこうしている内にソロモンが目覚めて妾に向き合った。所々赤い跡がついているソロモンの身体に何故だか心臓が跳ね上がった気がする。
黄金律と称しても差し支えない完璧な肉体が晒される。
故郷で見かけた宮廷彫刻家の彫った女神像と引けを取らない程に整った姿に思わず妾は生唾を飲み込んでしまった。
そしてソロモンは起き抜けに口を開いてこう言った
『神の奇蹟によってイスラエルの交通路が一晩で出来上がった』
……妾は困惑した。初夜の翌朝開口一番に言うのがそれか!?妾に何か言うことはないのか!?
そんな事を思っているとまたソロモンが口を開いた。
『妃よ、何か望む物はないか?私に出来る限り全て叶えよう』
妾は呆れた。この女は女心を微塵も理解できないらしい。顔が赤くなってしまっているのを隠しながら妾はソロモンと今夜も褥を共にする約束をした。
■
私は自分で設定した目標が達成された事を確認した。
第一に交易路の整備。投影魔術を用いた突貫工事だが問題はない。ハルファスとナブサックの性質上一度創ってしまえば後は壊れるまで使える。少なくとも私が生きている内は壊れやしないだろう。
第二に神の加護の喧伝。こちらも問題はなし。私はその日、妃と共に過ごしたと家臣達がアリバイを証明してくれている。過去にアロケルの試運転の際も私が魔神柱の側に控えていた。私が魔神柱を遠隔操作できると認識されていない事は既に確認している。私が魔神柱を使ったとバレる事はない。
第三に後継者問題。こちらまだ解決していないが順調に進捗している。妃は積極的に後継者問題を解決しようとしている。まだ最適なタイミングではないが機嫌を取る為にも今後も褥を共にする必要がある。現状、妃との関係が良好なのは良い事だ。
歩きながら思考をする。現在最優先すべき問題は外交面の問題だ。
弟子達の教育と並行して行わなければならないが、問題自体はそこまで複雑ではない。
私にとって両国に利益のある関係を築くのは簡単だが、心理的な問題が存在しているというだけだ。
崇める神が違うとなれば争いは避けられない。私が千里眼で見た王達の中にも宗教が原因で命を落とした者もいた。
私は宗教に関する法の草案を纏めながらそんな事を思っていた。
■
未知の感覚だった。未曾有の事態だった。我ら魔神柱がこれ程の精神攻撃を受けるなど非常事態に他ならない。ソロモンの五感を共有していた事が災いした。ファラオの娘とかいう女を侮っていたと言わざるを得ないだろう。
『ナベリウスより報告。ゼパルが(魔神でありながら!)昨夜の感覚によって機能を停止中』
『フラウロスより提案。さっさと奴を叩き起こしてやれ』
『ハルファスより困惑。不可解なり。何故ソロモンでもない人間如きに機能停止まで追い込まれる』
『アモンより疑問。あの感覚は何だったのだ?我々はその正体を知らない。ならば、知らなければならないだろう』
『バルバトスより拒否。何故あの感覚を調べる必要がある。あの精神攻撃は我々魔神柱にすらも通用した。管制塔としては容認できない』
『ゲーティアより決議。我々はあの感覚を調べるべきか否かの採決を取る』
『───決議が完了した賛成二十三柱、否『フォルネウスより報告。十六時間後から再度精神攻撃が行われる事が確定した』何!?』
我らは混乱した。我々はパニックに陥った。
ソロモンは一体何をしている!みすみす精神攻撃を見逃すなどあの女らしくもない!
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【幕間】ソロモンの弟子
独自設定の要素があります。無理な方はブラウザバックをお願いします
車椅子ニート(レモン)様、たかの様、誤字報告誠にありがとうごさいます
これは我の回想だ。
長い時を過ごした老人の思い出話に過ぎない。
■
ある日、いつも通りに野原で遊んでいた
女は言った。
『お前に魔術を教えよう』
なんか雰囲気が胡散臭かったし魔術なんて言葉を使うんだから女が変人だという事は幼かった頃の
でもそんな事はどうでも良いくらいに
そりゃもう驚いたよ。まさか本当に王様とは思わなかったし間近で見る王宮の美しさも呼吸を忘れてしまうくらいだった。
着いた大きな部屋には
一人は
もう一人は仕立ての良い服を着ていたけど不機嫌そうな奴でずっと王様を睨んでた。
「
二人が
外国のあいつは「アトラシア」と名乗り
不機嫌そうなあいつは暫くの間こっちを睨んだまま何も言わなかったが、王様に何か言われてから舌打ちを一つしてから「サレン」とだけ名乗った。
結局その日は自己紹介だけして魔術については明日から教えられる事になった。
■
「強化魔術ゥ?」
なんでも魔力で物体や生物を強化する魔術らしい。
自分を強化する、器物を強化する、他人を強化するの順に難しくなっていくらしい。
……
アトラシアは魔力が少ないから大幅な強化はできないけど、代わりに自分を強化するのが得意で身体能力もそうだけど、何より頭の回転を凄まじい程に強化していた。目の前で十七桁の掛け算を即座に暗算して答えていたのを見て素直に驚いてしまった。やっぱ元から優れている物を強化した方が効率が良いんだなぁと漠然と思った。
サレンは
その日の最後に王様に強化して貰った
■
強化魔術を一週間の間教えてもらった翌週から教えられたのは投影魔術って名前の魔術だった。
王様曰く『オリジナルの鏡像を魔力で物質化させる魔術』らしい。
アトラシアは慰めてくれたがサレンには俗物と罵られた。
……ちょっとサレンは潔癖すぎないか?
その後に各々が投影魔術で創った剣を打ち合ってみた。一番頑丈だったのはアトラシアが創った剣だった。二日しか会っていないが
そんな事を思っているとサレンが強化魔術で強化した剣で
「ちょおまっ、それはダメだろ!」
「知るか。油断していたお前が悪い」
たちまち喧嘩になって剣を投影しようとしたら
アトラシアはそれを見て笑っていたし、王様からはイメージを常に保てと言われてしまい、かなり恥ずかしかった。
■
そのまた翌週には錬金術について教わった。
王様は端的に「物を造る魔術」と称していたがアトラシアを見てるととてもそれだけだとは思えなくなる。
……結局聞くのが怖くて何を造っているのか聞く事はできなかった。
サレンも聞くのが怖かったようでこの一件を通してサレンと意見が合って仲良くなった…ような気がする。
この頃になるとサレンの王様への態度は若干軟化してきたような気がした。
■
そして
何でも
アトラシアやサレンは何を言われたのだろうか?
結局聞くことはなかったし知ることもなかった。
それから
■
───ソロモン王が崩御した。
サレンはソロモン王の奇蹟を永遠に保ち続ける為に弟子と共に過去へと消え神代を至上とした
アトラシアはソロモン王の栄光を伝え続ける為に弟子と共に地下に籠り未来の滅びを回避しようとした
そして我はソロモン王の功績を残し続ける為に弟子と共に学問として神秘を伝えようとした
最後に一回だけ我はアトラシアとサレンと共同作業をして合作の魔術礼装を創った。
■
時計塔の超深層域、霊墓アルビオンの人間が潜れる最奥部に我は訪れていた。
我の目の前に巨大な黒い箱がある。黒い外装はアトラシアが造った超抜級の概念礼装であり、『鍵』がなければ開ける事は絶対的に不可能である。
箱の目の前に立った事で我が施した自動迎撃術式が発動する。七十二層の時間加速結界によって結界の内部が外界と隔絶され内部の時間が外の時間の七十二万倍の速度で流れていくのを知覚した。
そして我は虚数空間から黄金の
サレンによって極限まで多重層刻印を刻み込んだ指環は三千年近くの時を経ても一切の機能を損なっていない。我はその指環に魔力を流し込んだ。
瞬間、我の魔力を識別した指環は光輝きながら黄金の『鍵』へと姿を変えた。
───『鍵』を黒箱の鍵穴に差し込む。三千年近くもの間封印されていた至上礼装が真体を晒す。
其れは黄金に輝く杯であった。三千年近くの神秘を持ち、千年以上もの間マナを吸い上げ続けた究極至高の魔道具。
ソロモン王が決戦魔術・英霊召喚の術理を刻み、サレンが人理定礎を決定する仕組みを搭載し、アトラシアが超膨大な魔力を溜め込められる器を創り、我がマナを吸い上げる機能を搭載した
眼を閉じれば走馬灯のように懐かしき日々が想起される。ソロモン王は死んだ、アトラシアは発狂死し、サレンは世界から消えた。今、此の世界に残っているのは我だけだ。俺だけが世界に立っている。
世界を救う為に創造した『コレ』を私情で用いようとしている事実に罪悪感が我を蝕む。しかしそれすらも塗り潰す程の激情が俺を突き動かしていた。システムに干渉し決戦魔術・英霊召喚の術式を限定発動させる。
眼を閉じ、遠き日に思いを馳せながら手を動かす。「冠位」ではなく通常の霊基で英霊を召喚するように術式を発動、魔力の供給元を我へと変更する。
……現代の人々が現代魔法を尊ぶのは理解できる。人のみの力で築き上げた正に理想系だ。我とてその価値は認める。
だが、ソロモン王の功績が風化する事だけは認められない。
故にソロモン王の奇蹟を以て奴らの愚かさを奴らに知らしめよう。
俺の名前はブリシサン。
「──素に銀と鉄。」
■
情報局より「時計塔事件」について報告
我が国に潜む「時計塔」と呼称される非公式古式魔法師組織が不法占拠する「霊墓アルビオン」と呼称されている区域を我が国に帰属させる為に特殊魔法師部隊を派遣。
しかし時計塔の院長にして学長たる古式魔法師が召喚・使役する高位の霊的存在によって特殊魔法師部隊は全滅した。
霊的存在は魔法による攻撃を無効化する性質を持っており、音速を超える速度で行動したのを確認済み。人型で通常の人間と同程度の知能を持つ事も確認されており会話自体は可能であると推定される。
この事件で確認された被害は特殊魔法師部隊の全滅と今回の事件の立案者の殺害である。
この一件から「時計塔」と不可侵条約を締結する事を決定した。
追記:1946年より政府が「時計塔」と、「時計塔」が封印指定執行者を我が国の軍隊に特別魔法師として派遣する代わりに派遣された封印指定執行者が捕縛した敵国の魔法師を「時計塔」に引き渡す契約を締結
2095年時点での三大魔術協会
彷徨海、閉扉
アトラス院、閉鎖
時計塔、健在
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5話:訣別の時来たれり
私は夜の自室で一人思案をしていた。
(魔術の確立は概ね問題ないだろう。サレンはともかくとしてアトラシアとブリシサンは多くの弟子を作り魔術を拡めている。神よりの啓示は果たしたと言っても良いだろう。)
故に私が現在悩みの種となっているのは子供と神殿についてであった。
私は女として生まれている為に原典のソロモン王のように愛妾や側妃を多く迎えられない。だからこそ私と正妃との間に生まれた息子を王として正しく育てる必要があった。
……もう一人子供を作るのはナシだ。
私が妊娠している間は幻術を用いて妊娠を隠して執務を行なっていたが、正直私への負担が大きい。魔神柱に執務をさせるのも手だが彼らでは私と比べて効率が落ちてしまう。
そう言えば魔神柱といえば最近余り会話をしていない。幼少期から私の千里眼も成長して魔神柱達を頼らずとも過去と未来を見通せる程となった。……尤も私自身の視覚と魔神柱達の視覚が共有されているのだからあまり変わらないのだが。
私は戴冠した後から魔神柱達が人の悲劇を嘆かないようになるべく千里眼の使用を控えていた。千里眼の機能をOFFにはできないので狭い範囲ではなく広い範囲を常に見通す事で焦点を合わせない限りは過去と未来を見通せないようにした。魔神柱達も見えないモノを嘆くような事はしないであろう。
魔神と言えばシバの女王とは会っていないなとも思ったが、そもそも
……そこまで考えて私は思考を打ち切った。少し思考が脱線してしまった。私の悪い癖だ。
既に子供はいるのだから子供を上手く育て上げれば良い。
妃との関係は良好だし不安材料はないだろう。魔術回路の量も質も最高峰になるように調整した。家臣達の子供の中から側近に相応しい人材の選別作業も一通り終わっている。護衛も私が知り得る中でも特に選りすぐりの者を付けている。その上で更に魔神柱と千里眼を使って二日以内の未来を見続けている。
……これは過保護と呼ばれる行動なのだろうかと思いながらも私は新たな神の啓示について考えを巡らせた。
神曰く「エルサレムに我を崇める神殿を建てろ」
との事だ。
ソロモンは生涯においてただ一度しか啓示を受けなかったとされていたが、これもバタフライエフェクトというモノなのだろう。
啓示には従うが、エルサレムに神殿を作るのならば魔神柱も使役すべきなのだろうかとも考える。公共事業とは失業者を救済する側面も持つが、私の治めるイスラエルでは失業者など皆無に等しい。
ならばわざわざ民を徴用し重役を課して働かせるよりも魔神柱に神殿を作らせた方が費用も掛からないし民からの心象も良くなるだろう。
しかし神が民の献身によって建てられた神殿しか受け付けない可能性もある。私は今度それとなく神に尋ねようと思いながら眠りに就いた。
■
妾がイスラエルに嫁ぎ、妾とソロモンとの間に生まれた子が歩き始めてから数ヶ月が経った。正直ソロモンは妾ですら過剰に思える程の護衛を妾達の子供に付けていた。
……まさか魔神柱に無理やり人の姿を与えて護衛をさせるとは思いも寄らなかった。勿論、あの禍々しい魔神柱を無理やり人の姿に変えたのだからただの人の姿をしている筈もなし。
身体中に幾つもの眼球が覗いており肌は幾層にも刻印が刻まれている。人外であると隠せない程の威圧感を放つ魔
成長を喜び、闘争に怒り、死を哀しみ、会話を楽しむ。ソロモンからは魔神柱はソロモンが創った魔術式と聞いていただけに妾は一層驚愕したのだ。
……それはそれとして過保護な所は直して欲しい。虫にすら攻撃するのはさすがに過保護過ぎないか?
■
我々魔神柱はソロモン王の影で議論していた。
『ナベリウスより否定、我ら溶鉱炉未だにソロモンの真理に到達せず。この疑問晴らさぬ限りは憎悪も憤怒も行うべきではない』
『フラウロスより反論。ソロモンは何も感じていない。
『ハルファスより賛同。ソロモンは父母に愛され何一つ不自由なく育った。にも関わらず王としてだけ行動している。あまりにも怠惰だ。最早何も期待すべきではない。』
『バルバトスより補足。ソロモンの統治は民の幸福度を上昇させている。理不尽な死が強要される事はなく、国も豊かになっている。兵装舎は事を焦りすぎているのではないか?』
『フォルネウスより追記。ソロモンは民と国を後世に残そうとしている。例え感情がなくとも責務を果たせるのなら問題はないのではないか?』
『アモンより反論。王としての責務を果たそうとも阻止できる筈の悲劇を見過ごすのは納得が行かない。救えるのならば救うべきであるのだ。何故我々に自由を与えない?我々に自由を与えてくれれば我々は王の不利益とならない範囲で全てを救済できる』
『ラウムより提案。ソロモンの息子の感情を育てれば良い。国を治めながらも遍く人々を救済できるように我々が教育すれば良い。真っ当な人間ならば悲劇を見過ごせない筈なのだから、我々がソロモンとは異なる王へと成長させるのだ』
『アンドロマリウスより調停。議論を一度終了させよ、子守りの時間だ。今日は観測所が担当であったな』
その場を静寂が包み込んだ。一拍置いてから観測所を構成する九柱が言葉を交わし合う。
『グラシャ=ラボラスより提案。我は前回観測所が担当となった時に顕現した。今回は我以外の八柱の中から出すべきである。』
『フォルネウスより却下。我は以前に二回連続で担当した事がある。幾ら人の形に押し込めるられる事が苦痛であろうとも一人逃げは許さぬ。』
『ガープより提案。やはりコインの裏表で決めるのは不毛ではないか?不確定要素が大きすぎる。観測所内で順番を決めるべきである。』
『アスモダイより賛成。我もコインの不確定要素は何とかすべきだと考えていた所だ』
『ロノウェより反対。我はコインによる決定の継続を求める』
『アスタロスより嘲笑。貴様もいつかコインによって耐え難い苦痛を味わう日が必ずや来る。せいぜい慢心している事だな』
『ブネより同調。確率的には貴様が担当となる日も近いだろう。その日を震えて待つ事だな』
『ベリトより疑問。何故我らが人の形に押し込まれねばならぬ。我らにはない発想だ。我らには必要ない措置だ』
『フォラスより不満。ソロモンは我らに苦痛を味わわせずに人の形へ変える手段を早急に模索すべきである』
『ゲーティアより通達。早く決めろ』
■
私は目の前の黄金に輝く杯を見ていた。
決戦魔術・英霊召喚の為の楔。英霊を現世に縫い付ける鎖。
謂わばアラヤの保険とも言える機構であり、アラヤが働けない事態に備えて創造されたサブプラン。
その名は英霊召喚器。或いは弟子達がエルサレムの神杯と呼ぶモノ。
その機能は二つあり、一つ目は人理定礎に錨を下ろし、有事の際にはその直接的な原因となった存在を確実に抹殺可能な
二つ目は世界を脅かす存在が現れた際に「冠位」の英霊を顕現させ、魔力供給をするシステム。
あくまでも保険でしかなく抑止力が動かなかった場合にのみ機能する事前の備え。
そんな魔道具の前に私がいたのはある一つの目的の為であった。
この装置の最終調整。即ち、英霊の座への直接接続の実現である。
あらゆる場所、あらゆる時間の英霊・反英霊を記録している英霊の座と直接接続する事でサーヴァントではなく英霊の状態で召喚できるようにする。それによってビーストクラスの敵でも確実に撃破できるようにする。
私が一人で作業をしているのにも訳がある。実は器自体はもうできていたが英霊の座が見つけられなかったのだ。というか見つけようとすると膨大な情報が流れ込んできた。だからこうやって時間を掛けて調整している訳である。
使われるような事態がない起きないようにと祈りつつも私はこの杯が世界の為に使われる事を願った。
この世界での英霊の座:ソロモンによってイデアと直接接続している英雄と英雄に付属する情報(信仰・伝承等)の保管庫となっている
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6話:其は世界を手放すもの
私は寝台に伏せていた。
エルサレム神殿は既に民によって築き上げられ、私の子供も立派な王となった。
私が神から賜った指環も、一つを残して全て天へと返還した。
私の役目は終わりを告げた。
イスラエルは繁栄し、エルサレム神殿は完成し、子は王となり、妃もまた死を迎えた。
私の眼は過去と未来を見通せなくなり、神より与えられた天恵もまた指環と同様に天へと還った。
そうして生を終えようとしている私へ魔神柱が、ゲーティアが語り掛けてくる。
『貴様は結局最期まで何も感じなかったな、ソロモンよ。常に過去と未来の全てを見通しながらも結局何も行動しなかった』
あまりに予想外の質問だった。私は何も見えなかった、見えないようにした筈だ。常に千里眼が届く最大範囲を見続ける事で脳が情報を拒否するように小細工をしていた筈なのだ。
しかし同時にもう一人の私がその"小細工"こそが裏目に出たのだと判断する。私は肉の身体を持つ生命であるが、魔神柱はあくまでも魔術式。
ならば私の脳が拒否した情報も彼らは受け取り続けたのだろうと結論付ける。私の責任であり、不手際であった。
ゲーティアが言葉を続ける。
『見るに堪えない殺戮ばかりだ。聞くに堪えない雑音ばかりだ。
弱り切った心拍を奮い立たせる。喉を無理やり震わせる。
人理焼却は防がねばならない。ゲーティアが獣に堕ちる事は、人類悪の連鎖顕現は防がねばならない。
私は私に課せられた最後の役割を果たすべく、口を開いた。
『私にはそんな自由はなかった。私は国を栄えさせる為の機構として神に捧げられた。だがお前達は───』
身体が限界を迎える。最早言葉を紡ぐだけの能力さえも残されていない。徐々に私の意識が深い微睡みの中へと沈んでいく。
そうして私は遠い未来を案じながら生命を終えた。
■
ソロモンに怒る自由も悲しむ自由もなかったとして、あの憐れな王は最期に何を願おうとしたのか?末期に何を思い描いたのか?
『ゲーティアより提議。
『フラウロスより推察。ソロモンには自由がなかった。ならばソロモンが最後に願おうとしたのは我々の自由なのではないか?』
『バアルより反論。ソロモンが我々に課した役割は己の使い魔である事だ。ならばソロモンは我々が奴の子に仕える事を望むだろう。』
『ラウムより拒否。あの子はソロモンではない。一人で全てを行うのではなく人と手を繋げる人間となった。我々が出る幕はない。我々のエゴに付き合わせるつもりもない。あの子をソロモンの代用品とするのは断固として拒否する』
『グラシャ=ラボラスより提案。我はこの世界の再創世を望む。』
『アモンより賛同。この世界は狂っている。この星は間違えていた。終わりを前提とした狂気であった。ならば一からやり直すべきである。賛同しよう、賛同しよう。我はこの提案に賛成する』
『ナベリウスより定義。我らが創るべきはソロモンが誕生しない世界である。ソロモンが王とならず、人間として生を謳歌できる世界である』
『ゼパルより肯定。理想郷を実現させよ。全ての人類に、全ての生命に自由が保障される世界を実現するのだ』
『ゲーティアより決議。全ての同胞にこの計画の是非を問う。創世光年/逆行運河を行うべきか、否か』
『弾劾せよ!弾劾せよ!弾劾せよ!計画の是非など論ずるに値しない!我らの過ち。即ち、ソロモンの真理に辿り着かなかった事こそを弾劾せよ!我々の理想を讃える為に音を知り歌を編もう。我ら溶鉱炉の九柱、計画に賛成する』
『不明なり。不可解なり。此処に至っては決議する必要すらない。研鑽を積み上げよ。一刻も早い計画の達成の為に行動すべきである。理想を結実させる為に文字を得て事象を詠もう。我ら情報室の九柱、計画に賛同する』
『無意味なり…無意味なり。この時間さえもが惜しい。この決議には全ての魔神が賛成するだろう。理想に至る為に時間を追い事象を嗅ごう。我ら観測所の九柱、計画を称賛しよう』
『我らこの決議に意義を見出せず。既に決定された事項を決議する余裕があるとでも?理想を叶える為に統括を補佐し末端を維持しよう。我ら管制塔の九柱、計画を補正しよう』
『我らの理解は彼岸の果て。この計画に遂行する以外の選択肢などあろう筈もない。螺旋の闘争を終わらせる為に世界を作り替えよう。理想を実現する為に戦火を悲しみ損害を尊ぼう。我ら兵装舎の九柱、計画に同調しよう』
『我が怒りを知れ。我が光を読め。全ての同胞の思いを代弁しよう。全ての同胞の激情を代行しよう。理想を記す為に論理を組み人理を食もう。我ら覗覚星の九柱、計画に協力しよう』
『強くあれ。不滅であれ。我ら永遠の幸福を祝福しよう。全ての生命に幸福と永遠を与えよう。理想を言祝ぐ為に誕生を祝い接合を讃えよう。我ら生命院の九柱、計画の実行を肯定する』
『無念なりや。無常なりや。我らはあらゆる枷を不要と断じよう。あらゆる生命の自由を保障しよう。理想を守護する為に欠落を埋め不和を起こそう。我ら廃棄孔の九柱、計画を推進しよう』
『ゲーティアより通達。現時点を以て創世光年/逆行運河を開始する!』
不快極まる事実を、醜悪極まる生態を
劣悪な環境を、状況を
最初からやり直す。始源から改変する。
歴史からでも、生態系からでも、大陸からでも、時間からでもない。
無からやり直すのだ。
我らは無からこの
人理定礎を破壊せよ
人類史を分断せよ
未来から過去に遡って資源を回収するのだ
一年。一月。一日。一時間。一分。一秒。一瞬
燃やし焼け灼け燒け
惑星の始まりへと、我らの極点へと辿り着く為に人類史を焼却せよ
我らの憐憫を此処に書す
後に続く
時間神殿を築き上げよ
光帯を重ね上げよ
人理を滅ぼすにはあらゆる資源が必要だ
人理を忘れるにはあらゆる時間が必要だ
───我らの辿るべき道を探せ。其処に
■
魔神達は気付かない。否、気付く事ができない。
既に詰みの一手が打たれていると。
人理焼却は既に破綻している。
人理定礎は常に護られている。
黄金に輝く杯が健在である限り人理焼却は達成されない。
勿論、ソロモンと五感を共有しているゲーティアは英霊召喚器の危険性には気付いていた。
しかし如何にゲーティアが魔術の全てを支配しようとも、魔術によって作られた兵器は支配できない。
力尽くで無限距離を突破する事は不可能。『鍵』を奪おうとしても一つは過去へと消え、一つは常に監視され、一つは虚数空間へと落とされた。
ゲーティアの三千年の研鑽が、ソロモンとソロモンの弟子達による一夜と人類の積み上げてきた歴史によって覆される事は最早決定事項に近かった。
遥かな過去より魔術王がゲーティアの理想に決を下す。
"───其の夢想に終わりあれ。人は終わりを迎えてこそ残されるモノが、続くモノが現れる。"
だが、しかし、ゲーティアが
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【幕間】人理修復
次話から魔法科に突入します
無々様、土屋 四方様、たかの様、誤字報告ありがとうございます
人理焼却は始まる前から終わっていた。
■
西暦1431年のフランス
魔元帥ジル・ド・レェによって竜の魔女たるジャンヌ・ダルク〔オルタ〕が誕生した特異点
ジャンヌ・ダルク〔オルタ〕によって召喚された邪竜ファヴニールが粉砕されていた。
「邪悪なる竜は失墜し───」
一人、セイバーのサーヴァント。『ニーベルンゲンの歌』に謳われる不死身の英雄・ジークフリート。
そしてもう一人、同じくセイバーのサーヴァント。
「絶技用意。太陽の魔剣よ、」
『ヴォルスンガ・サガ』に語られる戦士の王・シグルド。
ファヴニールを召喚し終え、更に聖杯を用いてサーヴァントを召喚しようとしたジャンヌ・ダルク〔オルタ〕の前に現れた二人の英霊が彼らである。
「世界は今落陽に至る。撃ち落とす。」
「その身で破壊を巻き起こせ!」
翼を折られ、爪は砕かれ、最早満身創痍のファヴニールに宝具が打ち込まれんとしている。
欲深き悪竜は数秒後に訪れる逃れられぬ終焉を前にしても尚、諦めの欠片も抱かない。
数多の財宝を奪い尽くした邪竜だからこそ、目の前の『価値』を正確に把握して回避でも迎撃でもなく攻撃を選んだ。
自身の限界すらも無視して大気中のマナを吸収する。
一秒にも満たない刹那に竜の威吹が放たれる。
本来ならば広範囲を纏めて灰燼に帰す程のブレスが、二人の英雄を殺す為だけに放たれる。
───しかし、二人の竜殺しを止めるには至らない。
『
『
また、竜種改造によって桁違いの耐久力を持つ故にファヴニールのブレスはシグルドの全身を灼くのみに終わった。
邪竜が地へと堕ちてゆく。邪竜百年戦争は開幕すらせずに閉幕した。
『アムドゥシアスより報告。第一特異点、修復完了。所要時間は二時間三十八分』
■
西暦60年の古代ローマ
『其処』には巨大な樹木が生えていた。
フラウロスによって歴代ローマ皇帝達が召喚される直前に神祖ロムルスが召喚された事によってこの結末がある。
人類悪本体ではなくとも人類悪の一部であるフラウロスが人理定礎の時期に現れた為にエルサレムの神杯は確実にフラウロスを排除できる英霊をフラウロスの行動よりも速く召喚した。
即座にロムルスに気付き、焼却式を以てロムルスを焼き尽くそうとするフラウロスであったが、フラウロスより速く行動を開始したロムルスの宝具たる『
結果として城壁の内側の焼却式は不発に終わり、外側の焼却式も城壁によって遮断された。
そうして動きが鈍ったフラウロスにロムルスが『
神祖の槍によって永続狂気帝国は始まりを迎える事なく終了した。
『フラウロスより報告。第二特異点、修復完了。所要時間は一時間二分』
■
西暦1573年の大海原
海を四方に閉ざされ、更に様々な時代、地域の海が封じ込まれた魔海にてアルゴー号の残骸が名も無き島に漂着していた。
本来ならば神霊を召喚できないが
しかし、英雄間者イアソンが神霊を
ヘラクレスもまた、アッシリアの女帝が操るヒュドラ毒の前にその真価を発揮する前に消滅した。
太陽が落ちてゆく。封鎖終局四海は泡沫と消えた。
『フォルネウスより報告。第三特異点、修復完了。所要時間は二時間五十七分』
■
西暦1888年のロンドン
ヴァン・ホーエンハイム・パラケルスス、チャールズ・バベッジ、メフィストフィレス、ジャック・ザ・リッパー、そして魔神バルバトスの子孫であるマキリ・ゾォルケンによって破壊されようとしていた英国であったが、圧倒的な火力と極められた技巧によって魔神側の全員が討ち取られた事によって計画は頓挫した。
召喚された英霊は三騎。アーサー王、ランスロット卿、ガウェイン卿。
いずれも円卓の騎士に名を連ねる一騎当千、万夫不当の英雄である。
ジャック・ザ・リッパー、メフィストフィレスは共にガウェインに襲撃して
パラケルススとチャールズ・バッベジはランスロットより襲撃を受け
計画の達成を不可能と知りながらも魔神バルバトスと化したマキリ・ゾォルケンは
霧が晴れてゆく。死界魔霧都市は夜明けと共に消滅した。
『バルバトスより報告。第四特異点、修復完了。所要時間は五時間十二分』
■
西暦1783年のアメリカ
至る所にケルト兵の焼死体が転がる大地
女王メイヴによって「邪悪な王」として創造されたクー・フーリン〔オルタ〕であったが三騎の英霊によって激闘の果てに討ち倒され、ケルト軍もまた一人残らず殲滅された。
この特異点に召喚された三騎の英雄とは即ち、施しの英雄カルナ、理想王ラーマ、影の国の女王スカサハの三騎である。
日輪を背負う英霊が出現してから刹那の後に
無論、クー・フーリンともあろう者が何もしない訳がない。一瞬迎撃をしようと構えた、が次の瞬間にはその全力を以て跳躍し回避した。
直感によって咄嗟に回避したクー・フーリン〔オルタ〕が自身がさっきまで立っていた地点を確認すると、
後一瞬でも回避が遅ければ霊核に致命傷を負っていただろうと分析する。が間髪入れずに英霊達が襲い掛かってくる。
理想王の宝具によって数々の武具が顕現し、一斉に襲い掛かって来る。その隙間から影の国の女王が全力で朱槍を投擲する。
全方位からの宝具と一直線に飛び込んでくる死翔の槍に回避不可能と判断し
直感が警鐘を鳴らす。不意に頭上に太陽が輝く。
紅の海獣の鎧と狂王は必滅の槍の前に敗れ去った。
ケルト軍完全消滅。北米神話大戦終結。
『ハルファスより報告。第五特異点、修復完了。所要時間は五時間三十三分』
■
西暦1273年の聖都エルサレム
騎勲渇仰遠征は■■した。
『アモンより報告。第六特異点、修復完了。所要時間不明』
■
紀元前2655年のウルク。
原初の母の残滓が僅かに残るばかりの世界
この地に召喚された英霊は六騎。即ち、冠位暗殺者"山の翁"、英雄王ギルガメッシュ、天の鎖エルキドゥ、ペルセウス、カリギュラ、天草四郎時貞。
三女神同盟が組まれる前に英霊が召喚された。
そして召喚直後にギルガメッシュとエルキドゥはキングゥを、ペルセウスはゴルゴーンを討伐。
自身と同調していたゴルゴーンが討伐された微睡みから目覚めたティアマトが産み落とした新人類ラフムをカリギュラが宝具によって狂気を拡散し伝播させた。
精神を共有する複数の生命という性質が故にカリギュラの狂気が何千倍にも増幅された状態でラフムに襲い掛かり、ラフムは行動不能へと陥った。
そしてラフムが行動不能になっている内にティアマトの元へ"山の翁"、ギルガメッシュ、エルキドゥ、そして天草四郎時貞が向かった。
最初に"山の翁"がティアマトに死の概念を刻み込み、天草四郎時貞が
同時に賢王によるラフム掃討が開始されティアマト討伐を終えた英雄王と天の鎖も加わった。
ティアマト消滅。絶対魔獣戦線は築かれずに終息した。
『サブサックより報告。第七特異点、修復完了。所要時間は七時間五十九分』
■
『アンドロマリウスより確認。我々の第一次人理定礎破壊が失敗した原因とはエルサレムの神杯で間違いないのか?』
『アイムより肯定。現在ブリシサンが保有しているエルサレムの神杯の仕業で間違いないだろう』
『ウァラクより追記。元より予測の範疇だ。しかし、これほどの短時間で特異点が修復されたのは想定外であった』
『モラクスより報告。ブリシサンが保有するエルサレムの神杯を開く為の鍵は虚数空間内に存在している。が、未だ発見できておらず』
『アスタロスより整理。サレンが保有していた鍵は彷徨海と共に消えた。アトラシアが保有していた鍵は「天寿」の概念礼装によって破壊されている。現存するのはブリシサンが保有している鍵のみだ』
『パイモンより補足。ブリシサンを襲撃する事は不可能。例えブリシサンを支配下におこうとブリシサンの意志なくして鍵の座標を知る事はできない』
『アガレスより報告。過去の記録を辿りエルサレムの神杯を解析。英霊受肉の機構を確認。統括局が時間神殿より現世に侵入した時点で受肉を果たした英霊が召喚される事は確実、更に言えばブリシサンが従える第一級警戒対象の幻想種も襲撃してくるだろう』
『アミーより疑問。概念武装の突破法に心当たりは?』
『サレオスより解答。概念武装はあくまで魔術によって創られた物であるが故に支配は不可能』
『アミーより返答。既に知っている。突破法を聞いていると何故わからないのだサレオスよ』
『キマリスより回答。強力な魔術を用いて破壊する方法は存在している。だが無限距離を突破可能な魔術は現時点で存在せず』
『ベリトより提案。ブリシサンに鍵を使わせた上で鍵を奪取すべきである』
『バルバトスより同調。我が子孫はマキリ・ゾォルケンの代に日本へ移住。間桐家と改名しているが、ロシア方面に分家も残っている。最早一般人同然だが、だからこそ使える部分もあるだろう』
『フラウロスより同調。我が子孫はライノール家としてドイツに存続している。血脈未だ尽きておらず、利用は十分可能である』
『ゲーティアより通達。間桐家、ゾォルケン家は一般人のまま地位を向上させ我々の駒とできる部分を増やせ。必要に応じて血族の能力の調整を行え。ライノール家はフラウロスの端末とできる人間を増やす為に遺伝子を広域に拡げよ』
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入学編
7話:序章
土屋 四方様、怪猫蜜佳様、誤差報告ありがとうございます
春、木々が萌え動物達が盛んに動き出す季節。
今年も国立魔法大学付属第一高等学校の新入生達が期待に胸を膨らませながら学校に向かっている。
そんな中、一人の男が舞い散る桜にすら憐憫を向けながら歩いていた。
男の名はスコープ・ライノール。ドイツの名家であり、西暦以前より続くとされる魔術師の家系であるライノール家の出だが、母が激化する後継者争いから我が子を守る為に妊娠したまま日本に亡命。
本来ならば許される筈もない亡命であったが、当時外務次官であった間桐鷲男がその境遇に痛く同情した結果、監視付きではあるが日本への移住が認められた。
そうした事情もあって2079年1月9日にスコープは東京で生まれた。
古くから続く名家の血を引くが故にその能力も卓越しており、現代魔法に対して著しい適正を持ちながらも魔術と呼ばれる古式魔法の体系の才能も持ち合わせる秀才であり、
───魔神柱の端末でもある。
その目的は司波達也の利用。
ブリシサンは『鍵』を用いた後に虚数空間に戻さずに手元に置いた。現実世界に顕現できない魔神柱達にしてみれば歯痒い事この上ない。故に魔神柱達は人間を利用してブリシサンから『鍵』を奪取しようとしたのだ。
多くの魔術に適性を持ち、積み上げた経験と技術を駆使するブリシサンを倒す事は容易ではない。と、言うよりも正規の手段ではまず不可能である。
現在では古式魔法師と呼ばれている魔術師ではブリシサンの使い魔を突破する事すら不可能だ。
千年を超える神秘を持ちながらも世界の表側に留まり、ブリシサンに仕える使い魔となった『蛇』『獅子』『狼』『鴉』は一体一体が天災をも超越する怪物でありその神秘もあって魔術師程度に太刀打ちできる存在ではない。
さらに言ってしまえば魔神柱達が唆そうとしても無意味な我が強い存在ばかりである為にこの案は破棄された。
ならば、と現代魔法師に目を向けても魔神柱達が要求する基準を満たす者は皆無。
しかし、2079年4月24日に事情が変わった。司波達也、「分解」と「再成」の魔法を持つ男の誕生は魔神柱に光明を与えた。
ブリシサンの相手をさせるには少し不安が残るが、それでも魔神柱達が要求する基準を満たしている。さらに魔神柱達が知識と理論を提供すればブリシサンを殺害する事も不可能ではないだろう。
そのように思案しながらスコープはベンチに座って
■
「納得いきません」
そんな一言から始まった可愛い妹との会話を終え、読書でもしようと中庭を散策していれば読書に丁度良いベンチを見つけた。
尤も、既に先客がいたのだが。
先にベンチに腰掛けて読書をしている男の顔立ちは彫りが深く、少なくとも純日本人ではなさそうだと窺わせる。
その上で着ている制服には八枚の花弁のエンブレムが刻まれていて一科生だと教えてくれる。
何事も起きないように祈りつつその隣に座ると彼は丁度俺に気付いたようで読書を中断して挨拶をしてきた。
「こんにちは。君も読書をしに来たのかい?」
予想に反して穏やかな挨拶に少しだけ拍子抜けする。挨拶をされたならば挨拶を返さないのは失礼だろうと思い、挨拶を返す。
「こんにちは。俺も此処で読書しても良いか?」
男は変わらない穏やかな微笑みを浮かべたまま質問に答えた。
「構わないとも。むしろ喜んで歓迎するさ。私の名前はスコープ、スコープ・ライノールだ。気軽にスコープと呼んで欲しい。」
「ライノールは母方の苗字でね。父が日本人でドイツで母と結婚したんだ。父はその後まもなく亡くなってしまったが、母が父が亡くなった後に日本に亡命して来たんだ。」
スコープはそこまで言い終わると、言葉を止めて俺を見てきた。
ここまで教えてもらって無視するのは些か礼儀に欠けるだろう。
俺もまた口を開いて自己紹介をした。
「そうか。わかった、スコープ。俺の名前は司波達也。妹も入学しているから達也と呼んでくれて構わない。魔法は不得意だが、一応魔法工学と魔法理論は得意と呼べる筈だ」
俺の自己紹介を受けてスコープは不意に文字と数字の羅列を見せてくる。
「こうして会ったのも何かの縁だ。連絡先でも交換しないかい?」
「構わない。しかし良いのか?二科生と仲良くするなんて」
「問題ないとも。私は運命の出会いとか宿命のライバルとか、そういう数奇を重要視しているんだ。」
そうして連絡先を交換した後、スコープはとある資料を見せてきた。
見た限りではどうやら魔法理論の資料のようだ。スコープが言葉を続ける。
「実は恥ずかしながら些か行き詰まっていてね。それでよければ少し改善点を教えて欲しいんだ。一応私もそれなりには魔法理論が得意だが、一人ではどうしても限界があって…」
「いや、良く練り上げられている。真空創造の魔法か?」
「そう。この資料自体が母が研究していた切断に関する魔法理論でね、今は母から受け継いで私が研究しているんだ。」
「所感でいいか?俺としては真空による切断を目的とするなら収束系じゃなくて移動系に切り替えた方がいいと思うぞ。速度的にこの魔法じゃ時間が掛かり過ぎる。」
「私も切断するだけなら移動系の方がいいとは思うけど、収束系の方が効果を発揮するまで長い代わりに長続きするから罠として使えるんだ。」
「時間経過で切断を行う魔法という事か。ならば線ではなく面の方が良いんじゃないか?相手に気付かれにくい利点を活かして罠として使うのなら面の方が効果的だろう。」
「確かに大人数を相手にするならば面の方が効果的だね。面にするなら障壁としても使えるのかもしれない。」
俺は目の前の男と会話をしながら内心で安堵した。性格にも特筆すべき問題は見られず俺より先にベンチに座っていた為に、自らに俺に近付いて来た訳でも無い筈だ。
身体を鍛えている上にあまり表情が出にくいせいか友達付き合いという物が少なかったが、この調子で仲良くなれるのならば他の生徒とも問題はないだろう。
「私も母に尋ねた事があるよ。そうしたらアトラス院の兵器を再現しようとして作った魔法だって返されてね。」
そんな思案をしていると聞き慣れない単語が聞こえた。
「アトラス院?」
思わず言葉が漏れてしまう。俺が今まで一度も聞いた事のなかった単語を知っている目の前の男へ疑問が湧き上がる。
「私も母からの又聞きしただけなんだけどね。なんでも
「……創れるのなら
「私もそう思うがね。まぁ、母も祖父から聞いただけだと言っていたし存在するかどうかもさえも眉唾だろう。」
そんな風に雑談に興じていると、一人の女性が俺たちに声を掛けてきた。
「新入生ですね?開場の時間ですよ。」
声を掛けられた方向へ顔を向ける。
そこに立っていたのはCADを携えた女子生徒であった。
(学校内でCADを携行している。と、なれば風紀委員か生徒会役員か?)
声を掛けてきた女子生徒の素性を一瞬で推察する。
警戒を解いて返事をしようとする前にスコープが口を開いた。
「気を遣わせてしまって申し訳ない。話に熱中していて時間を忘れてしまっていた。達也も私の長話に付き合わせてしまってすまなかった。」
スコープばかりに責任を負わせるのも申し訳ないと判断して、俺も口を開く。
「いや、実に有意義な時間だった。謝罪なんて以ての外だ。むしろこちらから感謝をしたいくらいだよ、スコープ。」
そんな俺達の会話を聞いて女子生徒もまた口を開いた。
「貴方があの司波君ね。ペーパーテストでは7教科平均96点、中でも魔法理論と魔法工学は小論文含めて満点という前代未聞の高得点を叩き出した天才だと先生達の間でも噂になっていたわよ。」
そんな当たり前のように暴露された俺の成績を聞いたスコープは、しかし何の動揺を顔に出さず笑顔のまま口を開いて俺に賛辞の言葉を贈ってくる。
「素晴らしい成績じゃないか!そんなに凄いなら謙遜なんかしなくてもよかったんじゃないか?」
見た限りでは一切の嫌味がなく、本心から言っているように見える。
……素直に褒められると少し気恥ずかしくなってきて、思わず顔を背けてしまう。
そんな俺達のやり取りを気に留めずにまた女子生徒が口を開く。
「ライノール君も先生達の間で話題になっていたわよ。ペーパーテストは7教科平均94点、魔法実技でも好成績を叩き出した新入生次席。」
「いやぁ恐縮です。偶々運が良かっただけですよ。」
「俺には謙遜するなと言っておいて自分は謙遜か?スコープ。」
そんな中何処かで見たような気がする白衣を着た若い女性が慌てて駆け寄ってきて女子生徒に声を掛けた。
「七草さーん。そろそろ入学式が始まっちゃうので早く誘導を済ませてくださーい。」
「ロマニちゃん。いつもはサボってばっかりなのに今日は真面目なのね。感心しちゃったわ。」
「Dr.ロマンって呼んで欲しいっていつも言ってるじゃないですか!新入生ですよね。生徒会長がご迷惑をおかけして申し訳ありません。そろそろ入学式が始まりそうなので会場に入場をお願いします。場所はわかりますか?」
どうやら女子生徒を呼びに来た側の人間らしい。
そしてあの女子生徒はこの学校の生徒会長である、と。この学校の生徒会長と言えば十氏族の七草家長女である七草真由美か。
女子生徒の正体に見当がつく。
ベンチから立って軽く会釈をしてから俺達は会場へと向かった。
■
同時刻、魔神柱の霊基が満ちる獣の宙域にて
『フラウロスより報告。ファーストコンタクトは上々。警戒されすぎないようにするという第一目標は達成したと見て良いだろう』
『バルバトスより確認。「分解」と「再成」については知らないという体での交流が望ましい。情報の管理には細心の注意を払ってくれ』
『セーレより報告。アトラス院から盗み出した廃棄品のブランシュへの引き渡しに成功』
『マルファスより追記。アトラス院の廃棄品を通じて司波達也に魔法が使えない環境での戦闘を経験させる。ブリシサンの工房内に存在する反魔力圏を攻略する上で必要な経験を積ませる』
『アンドロマリウスより提議。安定の為にアトラス院を滅ぼす手段を求める』
『アモンより解答。現在アトラス院は外界と完全に遮断されている。配下の魔術師達を使おうとも中の錬金術師共を殺害するのは不可能であると結論付けられた』
『バラムより要請。現在ブリシサンが従えている幻想種とサーヴァントとの戦闘経験も積ませるべきだろう。サーヴァントの召喚を提案する』
『ゲーティアより通達。ブランシュとは別件でサーヴァントに第一高校を襲撃させる。サーヴァントの選定はバラムに委ねる』
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8話:CLASS
ランダ・ギウ様、土屋 四方様、たかの様、げんまいちゃーはん様、青年T様、誤字報告ありがとうございます
俺達が会場に入ると奇妙な光景が広がっていた。
前半分に一科生が座り、後半分に二科生が座っている。一科生が自らを優等生と、そして二科生が自らを劣等生として認識している故の、構築された無言の同調圧力であった。
そんな光景を目の当たりにした俺達だったが、直ぐにスコープが俺に問い掛けてくる。
「これは私は前に座った方が良さそうかな?」
正直有難い申し出であった。入学早々に注目される事は避けたかったし別に話す訳でもないのだから無理に一緒になる必要もない。
俺はスコープの提案に対して了承の意を伝えた。
「了解した。また後で会おう、達也。」
……正直なところ、こんなに早く友人ができるとは思っていなかった。自分でもあまり社交的な性格ではないと自負している。だからこそスコープの事も何か裏があるのではないかと疑ってしまっている自分もいる。
そしてそんな自分に少しばかりの嫌悪を感じてしまう。
(今度師匠に調査を依頼しよう。それで白だったならば普通の付き合い方でいいだろう。)
そうして俺は可愛い妹の答辞に耳を傾けた。
■
(達也は司波深雪のガーディアン。ならば司波深雪とも友好的な関係を築くべきだな。達也の事を褒めれば少なくとも敵対的な関係にはならないだろう。今の内に会話のレシピを考えておくか。)
そんな事を考えていると隣の席から声が掛かってきた。
「ねぇ、貴方って外国人?」
「雫っ!初対面の人にいきなりそれは」
「問題ないさ。言われ慣れてるからね。母がドイツ人で日本に亡命して来たのさ。」
隣に座っている少女達に自己紹介をする。と、同時に神殿から二人の情報を分析する。
(エレメンツの末裔に、北山家の長女か。戦闘力なら
目の前の少女達の利用方法について考えながら自己紹介を交わす。正直もう彼女らについての情報は内心以外全てインプットされているが、自己紹介をしないのも不自然だ。私は内心で面倒臭がりながらも自己紹介をする。
「っと、自己紹介がまだだったね。私の名前はスコープ・ライノール。良ければ君達の名前も教えてくれないかな?」
「えっと…私の名前は光井ほのかって言います。で、この子は」
「北山雫」
「光井さんに北山さんか。これから三年、共に勉学に励む仲間としてよろしく頼むよ。」
彼女達と話をしながら司波深雪の答辞に耳を傾ける。やたらと平等に関するフレーズが多い。彼女に接近するならそこから攻めた方が良さそうだと思いながら明日すべき事をリストアップする。
司波深雪はA組、司波達也はE組、私はA組。ついでに目の前の二人もA組に配属されるのは既に確定している。
司波深雪に近付きすぎれば警戒される恐れもある。
達也との関わりを使って司波深雪との第一印象を良くしておく程度でいいだろう。
どのような会話をするべきか脳内でシミュレーションしながら光井ほのかと北山雫と話している間に答辞は終了した。
二人にクラス分けを一緒に見ないかと誘われたが、そんな事に時間を使う気など毛頭ない。勿論そのまま口に出すような事はせず、先約があるからと理由を付けて断った。
■
入学式が終わるとIDカードが交付される。
俺は偶然近くに座っていた柴田美月と千葉エリカと一緒に窓口へと向かい、美月とエリカが三人共にE組である事を喜んでいるのを尻目に近付いてくるスコープに会釈した。
「やぁ達也、さっき振りじゃないか。クラスは何処だったんだい?」
「E組だな。スコープは何処だ?」
「私はA組だったよ。一緒のクラスになれなかったのは残念だ」
「あぁ。俺も少し残念だよ。」
「だが共に勉学に励もうではないか。ところで其処の二人は誰なんだい?」
少し目配せをする。名前を教えてもいいか問いかける。二人とも無言の頷きを返してくれた為、スコープに二人を紹介する事にした。
「メガネを掛けている方が柴田美月さん、もう一人の方が千葉エリカさんだ。」
エリカから非難の感情が籠った視線を受ける。正直俺も言ってて少し雑過ぎるかもしれないと思っていたが、女性を紹介するという経験自体が不足している為に多少は大目に見て欲しいと思った。
そしてそんな俺の少し雑な二人の紹介を聞いてスコープもまた二人に自己紹介をする。
「初めましてお二方。私の名前はスコープ・ライノール。母親がドイツから亡命してきたドイツ人で、父が日本人なんだ。」
そこまで言い終わるとスコープは俺に話し掛けて来た。
「司波って事は新入生総代が達也の妹なのか?」
「あぁ、自慢の妹だ。」
「妹さんも達也の事はさぞかし自慢だろうさ。」
他愛もない会話を繰り広げていれば、丁度話していた話題である深雪がやって来た。
「お兄様、お待たせいたしました。」
深雪が俺に話し掛けてくる。それを見たスコープもまた軽く会釈をしてすぐに深雪に話し掛けた。
「君が深雪さんか。達也から聞いているよ、何でも世界一自慢の妹だとか。」
「自慢の妹とは言ったが世界一とまでは言ってないぞ。」
「でも心の中ではそう思ってるんだろう?」
「それはそうだが、発言を偽造するな。」
深雪は俺とスコープの会話に呆気に取られたようであった。無理もない。俺も正直数時間にも満たない時間で何故ここまで仲良くなったのか疑問に思ってしまう程だ。そんな事を思っていると、スコープが腕時計を見てその端正な顔立ちを残念そうに歪めた。
「すまないね、達也。本当はもう少し話してたいのだが、この後に少し用事があってね。今度埋め合わせに飯でも奢るから許してくれ。」
そう言いながら名残惜しそうに、かつとても焦った表情を顔に出しながらスコープが校門の方向へと向かっている。
……スコープがいなくなってしまったせいで男女比が傾いてしまった。俺はこの状況をどうにかやり過ごそうと頭を働かせるのであった。
■
一柱の魔神柱の眼が一点を凝視する。その視線の先には髑髏の面と黒衣を身に付けた一人のサーヴァントがいた。名はハサン・サッバーハ。暗殺教団の教主として在位していた暗殺者。
魔神バラムは普通の英霊では召喚しても魔神柱に敵対すると考えた。だからこそ、このアサシンが召喚されたのだ。
聖杯を求める程の願いがあり、かつ暗殺者である為に汚れ仕事を厭わない。
そしてバラムが求める条件にも合致している。
そんな経緯で召喚されたアサシンが魔神バラムと会話している。
『我々に協力するという事でいいか?アサシン』
「我が願いが叶うならば」
『聖杯は貴様の暗殺が成った時にこそ渡してやる。決行日は4月23日だ』
「心得た」
『司波達也の情報については先程の資料の通りだ。なんとしても殺せ。油断も慢心も不必要。持ち得る限りの全てを用いて殺すのだ』
「承知」
『決行日までは自由に過ごせ。現代を満喫するもよし、暗殺に備えて第一高校を偵察するのも問題ない』
「はっ」
此処で少し魔神バラムについて解説しよう。
伝承においてバラムは
「序列51位。
40の軍団を指揮する王。
しわがれた声で過去と現在と未来について正確な答えを述べる他、人を透明化させ賢くさせる能力がある。」
とされている。
故に魔神柱にはソロモンによって透明化の能力が付与されている。
ただの透明化ではない。視覚からも聴覚からも嗅覚からも外れ、機械の感知からも果てには世界からすらも外れる透明化である。
そして他者に対しても透明化を付与可能である。
尤も、他者に透明化を付与する場合においては『魔神』ではなく『悪魔』として付与する為に性能が低下するが、それでも絶大な効力を発揮する。
その透明化が生粋の暗殺者に付与される。元よりアサシンならば気配遮断スキルを持つが、この透明化は攻撃の際にも解除されない。
現在の司波達也であっても苦戦は必至。だが魔神バラムは意にも介さない。試練は難しければ難しい程に乗り越えた際の成長が大きくなる。
だからこそ魔神は暗殺者を焚き付ける。
誰も気が付かない中、暗殺者の刃は静かに研ぎ澄まされていた。
サーヴァント:霊核を中心に魔力で編まれた高位の霊的存在。基本特性として物理的干渉を遮断する能力を持つ。
魔神の加護:それぞれの魔神に応じた特殊能力を付与可能。劣化はするが、それでも強力なモノばかり。
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【幕間】時計塔
げんまいちゃーはん様、Dレイ様、kubiwatuki様、たかの様、誤差報告ありがとうございます
また作者の間違いを指摘してくれた皆様、誠にありがとうございます。
同時に皆様を不快にさせた事、深くお詫び申し上げます。
僕は目の前の人物達を見て私の勘違いを確信し、同時に現在の僕の推測が正しかったことを悟った。
魔神柱達がブリシサンの使い魔を突破するなら二十八柱融合か戦略級魔法師で来るものだと思っていたが、予想が的中したようだ。
時計塔諸共吹き飛ばして『鍵』を強奪するつもりか。後でブリシサンに連絡しておこう。
自己紹介をしよう。僕の名前はロマニ・アーキマンであり、私の名前はソロモンである。
現在は国立魔法大学附属第一高校の医療部門のトップとして働く、魔法師でもない平凡な人間だ。
■
結論から言ってしまおう。私は私の弟子であるブリシサンによって召喚され、そして受肉を果たして人間となった。
ブリシサンはエルサレムの神杯を開帳した際に、その記録から遠い昔に見た事がある魔神柱達が人理定礎を破壊していた事を認識した。
幸いにもエルサレムの神杯によって、その企みは阻止されたがこれ程までの執念で人類史を破壊しようとした魔神柱達が諦める筈もない。次はエルサレムの神杯が狙われると確信したブリシサンは『鍵』を守護できる英霊を召喚して『鍵』を託そうとした。
その召喚された英霊こそが私である。
魔神柱の事ならば魔神柱を創った張本人であるお師匠様が最も詳しいだろう。ついでに今までの恩返しにお師匠様に現世を謳歌して貰おう。
そんな考えの元、特殊魔法師部隊を壊滅させる為のサーヴァント召喚を行った後に、指環を触媒として
私はブリシサンから詳しい話を聞き一瞬思考を停止した。人理焼却が防がれた事自体は喜ばしい。だがそこが問題ではなく、ブリシサンが敵対しているという現代魔法師が問題であったのだ。
1999年から超能力の開発が始まったという歴史。2015年から魔法の開発が魔法技能の開発から魔法師の開発へと転換した。
……いずれも私が想定していた未来には存在していなかった歴史であったのだ。
しかしそれよりも『鍵』を奪取されない為の方策を考えなければと思って、
ブリシサンの傍に控える4体の幻想種を見てその考えを改めた。
ヤバい面子だった。一体だけでも魔神柱一柱くらいなら普通に殺せそうな面子だったし、多分人類悪であろう魔神柱に反応して英霊が召喚される事も考えれば瞬殺可能と言っても差し支えない戦力だった。
私はそんな使い魔がいるなら別にエルサレムの神杯を使わなくても現代魔法師くらいなら簡単に皆殺しにできるのでは?と思ったし口に出した。
ブリシサンは私の功績を以て私の功績を軽視する愚者を滅ぼすのだと熱弁してくれたが、私は理解できなかったし放置する事にした。
魔神柱対策は英霊召喚もあって問題無し。魔神柱達が使役する可能性のあるサーヴァントもブリシサンの使い魔で十分に迎撃可能。
トップサーヴァントならばブリシサンの使い魔も突破できるだろうが、彼らはそもそも魔神柱には協力しない。
早くも目的を失った私は、結局ブリシサンの食客として医学の勉強をする事にした。
そしてサーヴァントとしての能力を封印する事を代償に受肉する魔術を用いて一人の人間としての僕を確立した。
名前は記憶に残っていた名前をそのまま拝借させて貰った。正直、僕ではレメゲトンだのゴエティアだのネーミングセンスの欠片も無い名前しか思い付かなかったのだから仕方がない。
僕はブリシサンにお世話になる中でその使い魔である『狼』と仲良くなった。
何でも先代からブリシサンに仕えていたようで、彼自身は先代が亡くなった後から仕え始めた為、他の使い魔から末っ子のように可愛がられるのが悩みらしかった。
……千年級の幻想種からそんな悩み相談を受けて僕は弟子が僕よりも遥かに長い人生を積んできた事を実感したし、威厳を出せるような服をプレゼントしてあげた。
今でもあの時の彼の喜びような深く印象に残っている。鼓膜が破れるくらいの咆哮を真正面から受けたのだから無理はないだろう。
直ぐに謝られたが、何というか末っ子扱いされる理由を垣間見た気がした。
医学の勉強自体はかなり捗った。覚える事は多かったけれども分割思考や高速思考を用いれば特に苦戦する事もなかった。
勿論、僕も医学に励むだけではなく現代を大いに満喫した。映画も沢山見たし本だって沢山読んだ。
それでも僕の娘が男として伝わっていると知った時はかなり困惑したけれども。
裁縫も学んだ。一応売れる程度には上達したし、『狼』君にプレゼントした服も僕自らが作った服だった。尤もデザインセンスはなかったからデザインはブリシサンの提案による物だったが。
一応素材は霊墓アルビオンで採れた幻想種の毛皮を使ったから品質には自信がある。
一時期はアイドルにも嵌った。すぐに心を破壊されてしまった。それからはバーチャルアイドルに入れ込むようになった。
大いに人生を楽しみ、生命を謳歌する傍らで医師としての仕事も熟した。
何度か難手術を成功させて、ある程度の知名度を持つようになった頃には大抵の国には歓迎されるようになった。
そして2079年にライノール家の娘が日本に亡命したと聞いて、僕は日本で仕事に就く事にした。
それなりに有名な医者で、魔法師でもない僕を日本政府は快く歓迎してくれた。
赴任先は僕自らが国立魔法大学附属第一高校を志望し、政府もまたそれを受け入れて僕は晴れて保険医となった。
僕はある程度の地位をあらかじめ築いておく事によって、この学校に入学するであろう魔神柱の端末を気付かれぬまま監視しようとしたのだ。
■
そして今、僕はこの学校の医療部門のトップとして在籍しているが、おかげで余計な負担ができてしまった。
そんな回想と思考をしながら僕は目の前の生徒会長と向き合っていた。
場所は医務室、入学式が終わった後に僕は無理矢理七草会長に連れられて尋問を受けていた。
「どういうつもりなの、ロマニ。」
「Dr.ロマンと呼んで下さいっていつも言ってるじゃないですか。七草会長。」
「はぐらかさないで。随分と猫を被ってたわね。何が目的であの二人に接触したの?」
「まさか。新入生に少しいい所を見せたかっただけですよ会長。」
「そもそも貴女が魔法師ではないというのも疑わしい所よ。」
「一般人だよ。今も昔も変わらない。」
「嘘でしょう。私が幼い頃に見た時とまったく姿形が変わらない。貴女は一体どんな外法を使っているの?」
「外法だなんて、君にそう思われるのは不本意なんだがね。ただの若作りさ。」
彼女に見えないように僕は
そんな他愛もない事を考えながら話を聞き流す。
「一時期"時計塔"に在籍。老齢の女王の手術まで成功させた名医が十五年前に突然…」
「御託は良い。ソレは君には知る必要もない話だよ、七草真由美。」
光を完全に遮断するサングラスを眼に掛ける。目の前の少女が何かするよりも早く光が部屋を包み込んだ。
"ソレ"は「忘却」と「改竄」の概念が刻まれたブリシサン謹製の腕時計。
機械すらも誤魔化す魔術礼装であり、ここ数年の間ロマニが手放せなくなってしまった便利道具である。
『お前は何も疑問に思わなかった』
正直面倒くさいというのが本音だ。記憶を改竄しているせいで何度も尋問してくる。一々記憶を消すのもいい加減飽きてきた。
というか、私が後始末をしないといけないのか。
思わず溜息が出てしまう。おやつでも食べようと医務室に備え付けられている冷蔵庫から苺のショートケーキを取り出す。
まぁ適当に外に出しておけば意識を取り戻した後に何とかするでしょ。
僕はケーキを頬張りながらそう考えた。
■
時計塔にて
「くっしゅん」
思わずくしゃみが出てしまう。妖精である私が何故くしゃみをするのか考えて、日本に行った友人の事を思い出した。
あの常に微笑みを浮かべていた友人と直接会わなくなってからもう十五年近くも過ぎている。
今日も今日とて奴が贈ってくれた紳士服を着こなしながら私はブリシサン様から授業を受けていた。
今日のカリキュラムはテーブルマナーと軍略、そして料理だ。料理とロマニが結び付いてしまう。
瞬間、私は授業中にも関わらず眩暈を起こしてしまった。アレはまさに最悪だった。作られるべきではなかった哀しい生命であった。
二十年以上前のバレンタインに起きた惨劇を記憶から消去する為に頭痛を我慢しながら私は更に授業に集中した。
魔神柱達がソロモンの召喚に気付かなかった理由
「過去に死んだ自分と今を生きている自分が会う事はない。」
そんな理屈を用いたブリシサンの魔術によって魔神柱達はソロモンの肉体に巣喰い続ける限りソロモンを認識できない。
ロマニが医者になった理由:妃と娘が病死していた。
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9話:調停
入学式も終わり高校生活は二日目に突入した。
私は一応友人という扱いになるであろう千葉エリカ、柴田美月についての情報を脳内で纏めていた。
千葉エリカ:千葉家次女、正面戦闘力は高い。スコープ・ライノールの状態で殺害可能である為に非警戒対象と認定。
柴田美月:一般家庭出身、霊子放射光過敏症。スコープ・ライノールの状態で殺害可能である為に非警戒対象と認定。
そもそもスコープ・ライノールの肉体は特別に調整された肉体である。現代魔法への幅広い適正を保持すると同時に魔術師としても一流と称するに相応しいスペックを保持している。
それでも司波達也の殺害は不可能であるが。人間を瞬時に絶命させる術自体は有しているが、精霊の眼による事前感知が厄介だ。だからこそ我々は彼を利用しようとしたのだが。
一度思考を打ち切る。
履修登録を終えた私はガイダンスを聞きながらクラス全体を観察して生徒達の情報を把握していた。
司波深雪以外に問題視すべき戦力は存在しないが、同時に特筆して駒としての利用価値を持つ生徒も存在しなかった。
強いて言えばエレメンツの末裔か?だがちょっと利用するのは遠慮したい。私は感情を利用するのが少々苦手なのだ。
そして思考をしている間にガイダンスが終了した事を確認した私は即座にE組へと向かった。
正直言ってA組にいてもあんまり利益がない。司波深雪との交流は達也との友好関係を築く上で重要だがあまり接し過ぎると疑いを持たれてしまう為に、程々が望ましい。
他の一科生からは反感を買うかもしれないが、反感を買った所で支障はない。所詮はサーヴァント一騎にも満たない戦力だ。
E組で達也と合流し、彼のクラスメイトにも軽く自己紹介をしながら共に工作室へと向かう。
あまり興味はないが、まあ達也の手前社交的にしておいた方が良いだろう。
「初めまして。私は名前はスコープ・ライノールと言う。スコープと気軽に呼んで欲しい。君の名前は?」
「俺の名前は西城レオンハルトだ。レオって呼んでくれ!」
「ありがとう。そうさせて貰うよ。レオンハルトって事はドイツにルーツがあるのかい?」
「祖父がドイツの出身でな。日本に亡命したんだ。」
「私も母がドイツの出身で日本に亡命して来ていてね。少し不謹慎かもしれないが、親近感が湧いてくるよ。」
そんな風にクラスメイトと雑談をしていれば直ぐに工作室に到着した。
同時に背後に潜んでいた気配が掻き消えた。霊基からしてバラムが召喚したアサシンだ。
バラムの選定に文句を言うつもりはない。主人に忠実なあのアサシンならば我々を裏切る事もないだろう。
しかしバラムはこれがあくまで経験を積ませる為の戦いだと理解しているのだろうか?
透明化の付与に加えて無尽蔵の魔力供給。アサシンとの戦いで消耗させすぎれば、アトラス院の廃棄品を用いた魔法無効化環境下での戦闘を経験させられない可能性が僅かに存在する。
戦闘の順序を入れ替える事も視野に入れるべきか。
目の前の不愉快な光景をウンザリしながらも観察する。無意味で無価値な言葉が聞こえてくる。人間というのはいつの時代も変わらないものだと内心で溜息を吐く。
というかこれ、私が彼らと一緒に居る事も要因の一つか。私の印象が悪くなるから切実にやめて欲しい。
ウンザリしながらもこのような光景も我々の理想が叶えば消滅するのだ。決意を新たにしながら私は場を調停する為に動いた。
■
俺は目の前で一科生を一瞬で鎮圧したスコープへの警戒度を上昇させた。
事の発端は施設見学で絡まれた時に遡る。更に昼食時でも言い争いが起きてしまい、何とかその場を収めたものの争いの火種が残り続けてしまっていた。
その結果、校門前でCADが抜かれてしまった。が、次の瞬間には何かが割れるような音と共にCADが弾き飛ばされており、CADを抜いた男子生徒にスコープの指が向けられておりその動きを停滞させていた。
(あれは…指輪か。一瞬だけ魔法式が見えた、条件を満たす事で自動的に発動する仕組みという訳か。)
スコープの用いた道具について推察していると女性の声が周囲に響く。
「やめなさい! 自衛目的以外での魔法を利用した対人攻撃は禁止されています!」
風紀委員長と生徒会長の登場によって場が鎮まる。この騒動に関わった生徒達がその登場で冷静になり、自分達の起こした事の重大さに顔を蒼白にする。
そんな彼らを気にも留めずに言葉が放たれる。
「この騒動の事情を聞きたい。お前達、1年生だな。ついてきなさい」
俺は思案する。此処で場を荒立たせるよりは何とかして収めた方が良いだろう。言い訳をする為に俺は前に進み出て言葉を紡いだ。
「すみません、悪ふざけが過ぎたようです」
「悪ふざけ?」
すぐに聞き返される。正直苦しい言い訳だが、それでもこのまま何もしないよりはマシだと思い言葉を返す。
「有名な森崎一門のクイックドロウを見せてもらおうと思ったのですが、」
「うっかり護身用の礼装が反応してしまってね。私としても申し訳ない気持ちでいっぱいだよ。」
スコープが咄嗟に話に合わせてくる。納得しない様子を見せる風紀委員長を俺はスコープと二人掛かりで言い包めて場を収めた。
その帰り道で他愛もない雑談に混ぜて「礼装」という物についてスコープに質問する。
自動で相手に反応して迎撃する未知の技術に対しての好奇心と、精霊の眼でも前兆を感知できなかった事への危機感によって投げかけた質問にスコープは微笑みを浮かべながら回答した。
「魔術礼装って言ってね。事前に魔法式を封入しているんだ。」
「それは…すごいな。どうやって作っているんだ?」
「古式魔法版の劣化CADみたいな物だよ。品質もピンキリさ。今日使ったアレだって宝石を丸々一つ使うのにも関わらず消耗品だからね。」
「そんな物を使ってちゃって大丈夫なの?」
会話にエリカが入ってくる。恐らく宝石丸々一つという言葉に反応したのだろう。宝石一つであの程度の威力ならハイコストローリターンにも程がある。スコープが卑下するのも頷ける話だ。
形式としては遅延術式なのだろう。だが条件の設定はCADを抜いた時、CADに手を伸ばそうとした時、その両方に反応しているから攻撃の意思に反応するのかもしれないな。
ちなみにスコープが奢ってくれたのは激辛麻婆豆腐だった。
二度と一緒に飯を食べない事を決意した。
■
僕は医務室にて魔神柱の目的を推理していた。
今回
にも関わらず、魔術礼装を見せる意味とは何だ?
魔神柱が無為な行動を行う訳もない、故にその行動には意味がある筈なのだ。
神よりの天恵なき今の僕で考えられる理由は二つ。
一つ、魔術礼装を軽視させる為の誘導。
現代魔法が確立された現在、魔術師の殆どは現代魔法師との関わりを避けている。日本特有の魔術師達もいるが、彼らもヨーロッパの魔術礼装に詳しいという訳ではない。
魔術礼装に対して油断を植え付けるならば、わざわざ宝石まで使ってお粗末な魔術礼装を開示したのにも納得はいく。
二つ、対魔術師用の対策の教授。
前述した通りに司波達也の周囲には魔術礼装を専門にする者がいる訳ではない。それを踏まえて魔術礼装のデモンストレーションとしてあの礼装を用いたという可能性だ。
お粗末な礼装だが、CADとは大きく異なるという点を伝えるだけならば十分に役目を果たせる。
この二つを踏まえた上で僕がすべき事は……放置。
手元の紙束を見る。「壬生沙耶香を始めとした剣道部員にマインドコントロールの兆候あり」と記した上への報告書。
勿論既に校長には届けてある。その上で泳がせておけとの命令も下っている。今治療した所で根本的解決にはならないだろうから合理的だとは思うが、一方で心が痛む。
しかし理性が「魔神柱が仕掛けるならば此処からだろう。急いで魔神柱の思惑を見極める必要もない。」と判断をする。
現在先手を取っているのは我々だ。いやまぁブリシサンは常に警戒しないといけないから気の毒だけど。だからこそ焦らずに堅実に詰めてゆくべきなのだ。
僕は苺大福を頬張りながらそんな事を思った。
明日はティラミスにしようかな。
■
『マルコシアスより報告。セーレ魔人体の調整が完了した』
『セーレより感謝。幾ら装備が上等でも使い手次第だ。運用できなければ訓練にすらならない』
『ストラスより苦情。素体が粗悪だ。魔人体となるだけで霊基が崩壊し始め、約三分で消滅する程度だ』
『ウェパルより補足。本来ならば一分も持たなかった所を此処まで改善したのだ。頼むから労力に見合うだけの仕事はしてくれ』
『セーレより反論。ブランシュ日本支部のリーダーだから素体にしたのだ。でなければ使う筈がないだろう』
『フルフルより催促。そう言うのならばさっさと動かせ、決行日は変わらずだ。それまでにサイオン暴走領域に慣れておけ』
『アガレスより勧告。暴走状態のサイオン挙動の計算は貴様自身で行え。』
『セーレより困惑。少々我への態度が酷くないか?』
『マルバスより怒号。いきなり仕事を押し付けてきたからだ!!』
次席が自分達には欠片の興味もないという顔をして教室から飛び出たと思ったら劣等生と仲良くしていた件。
魔人体:セーレの無茶振りから無理矢理ソロモンによって人間の形に押し込められたのを参考に魔神柱達が短期で組み上げた術式。
人間の霊基を魔神柱の反応が出ない範囲で変質させている。
イメージは新宿のバアル
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10話:暗殺者
お兄様にピンチからの逆転勝利を味わって欲しかった。
戦闘描写難しい。
私は有志同盟による放送を聞きながら計画通りに事が進んだ事を認識した。
部活勧誘の対応にかなりの労力を費やしたが、達也との関係を調整する意味では有効だったろう。
手札はお互いにある程度隠した上での付き合いが望ましい。深入りするメリットとデメリットが釣り合わない。
壬生沙耶香が司波達也と接触した事は既に確認済み。セーレを通しての司一への思考誘導によって四月中に第一高校を襲撃する手筈となっている。
スケジュール的に四月中に司波達也にサーヴァントと幻想種と交戦して貰う必要があった。
対策の為の術式を組み上げるのにも時間は掛かる。速やかにチュートリアルを終わらせなければならない。
一年も二年も掛かる訳にはいかない。現在我々はブリシサンに対して後手に回っているのだから、司波達也の育成が終わる前に此方の思惑を察知されれば計画は水の泡だ。
公開討論会は二日後。此方の準備も問題はない。
存分に学び、存分に糧とするが良い、司波達也。
■
俺は特別閲覧室へと急いでいた。
ブランシュの目的が特別閲覧室から機密データを盗み出す事だと判明したのならば、その対応をする為に其処に向かうのは当然の事で……
そして俺は扉を開けた直後に背後から刺突によって心臓を貫かれた。
【心臓損傷 出血多量を予測】
【戦闘力低下 許容レベルを突破】
【自己修復術式/オートスタート】
【魔法式/ロード】
【コア・エイドス・データ/バックアップよりリード】
【修復/開始――完了】
自己修復術式が自動で発動する。明確な殺意が籠った致命の一撃であったが真に命を脅かすまでには至らない。
そして俺は知覚できなかった刺客を把握する為に精霊の眼を使用しようとして、
瞬間、視界が黒く染まる
【眼球破壊 頭部損傷 出血多量を予測】
【戦闘力低下 許容レベルを突破】
【自己修復術式/オートスタート】
【魔法式/ロード】
【コア・エイドス・データ/バックアップよりリード】
【修復/開始――完了】
眼球を貫通する程の投擲を受けた。しかし今の一撃で凶器と威力の把握は完了した。
武器は短刀、投擲の威力は人体を貫通するレベル。砲撃には及ばないレベルの威力だが、人一つを殺すには過剰過ぎる威力であった。
喉を目掛けて飛翔する短刀を躱す。あらかじめ配置されていた短刀が足を吹き飛ばす。そして態勢が崩れた所に真上から短刀が突き刺さる。
また自己修復術式が発動する。刺客の技巧に一度迎撃を放棄して周囲の状況を把握しようとする。
(壬生先輩は気絶しているだけ。その他のテロリストは全員殺害済み。何が目的だ?)
状況の把握を終わらせると共に自己修復術式が発動していたのを確認する。
「面妖な…」
何処からともなく声が響く。未だに俺が捕捉できていない暗殺者の声なのだろう。
視覚でも聴覚でも居場所が把握できない暗殺者。ならば、全体を捕捉した上で見つけ出せばいい。
そうして俺は精霊の眼の視野を広げて……此方に伸びてきた腕が俺に触れたのを確認した。
「苦悶を溢せ。『
心臓が潰される。一度ではない。自己修復術式が発動しても、その直後に再度潰される。
精霊の眼によって暗殺者を認識したが、攻撃ができない。
髑髏の仮面を身に付けた暗殺者が、異形の腕で再生し続ける心臓を潰し続ける姿が見える。
このまま自己修復術式が続けばサイオンが足りなくなって死ぬ。修復可能な時間が俺に残されたタイムリミットだ。だというのに絶えず心臓を潰されているせいで攻撃が停滞し続けている。
少し話をしよう。
『
魔神バラムはこの二重存在という点に着目した。
この鏡面存在は相手の心臓とリンクしている。故に潰す事で相手の心臓を破壊する事が可能なのだが、バラムは此れに再生する相手を殺し続ける術を見出した。
相手のエイドスから心臓の情報を投影し続ける形で
その結果、司波達也は窮地に陥っているのだ。
もし他の魔神柱、例えばフラウロスが見たら『巫山戯るなァ!ちゃんと趣旨を理解しているのか!?』と怒鳴る事間違いなしの力の入れようだった。
魔神柱の目的は司波達也にサーヴァントの特性を理解させる為のチュートリアル。高い身体能力、強力な切り札、そしてあわよくば物理攻撃無効化の特性を理解させられれば良いのであった。
にも関わらず、この惨状。魔神柱は誰も司波達也の死を望んでいない。バラムも同様であり、しかし彼は良かれと思ってアサシンを強化したのだ。勿論、その行動は暴走である。
だが悲しいかな。バラム一柱にサーヴァントを任せていたせいでバラムの暴走を止める
そんな事を知る由もない達也は着々と減少する自身のサイオンに焦燥感が募る。
刻一刻と近付くタイムリミットを悟りながら打開策を考える。
(雲散霧消を叩き込もうにも、自己修復術式が発動し続けている現状では攻撃ができない。何らかの手段で現状を打破しなくては…)
扉が開かれる。乱入するのは一人の人間。スコープ・ライノール。
「大丈夫か達也!」
■
(バラムゥゥゥゥ!!!!貴様ァァァァ!!!!)
わざわざ達也にサーヴァントとの戦闘経験を積ませる為に細工と工作をしていたのにバラムのせいで台無しになったからだ。
今回の為に信用、説得、言い包めを総動員したというのに難易度調整をミスったバラムのせいで出張る事になってしまった恨みを後日時間神殿でバラムに対する簡易裁判を開廷する事で発散しようとする。
無論、そんな感情を表に出さずに演技を続行する。
スコープが魔神柱の端末だと伝達されていないアサシンによってスコープ目掛けて放たれた短刀の投擲を魔術礼装で迎撃する。
達也との関係調整の為に速度と威力を軽減するだけに留めて無効化はしない。
その上で身体をズラして致命傷を回避する。
「クッ!位置が分からない。遠隔操作しているのか、達也!」
「いや、透明化だ。位置は俺が伝えるから拘束してくれ。」
「了解した!」
達也から伝えられた座標を対物障壁で囲む。その中に達也が魔法を打ち込む。
魔法式からして分解魔法だろう。
「助かったありがとうスコープ。」
「いや、少し気になったから来ただけだよ。まさか君が苦戦するなんてね。」
「…魔法については聞かないのか?」
「ソレはルール違反というモノだろう。やめておくよ。」
会話を交わしながら警戒を解く事はしない。
そしてあのアサシンの右腕は
だとすればこの後の展開に予想は付く。
何かが軋む音がする。其れは霊基が貪られる音であり、魔神の産声でもあった。
■
迎撃は不可能。回避もまた不可能。打開策は無く、解決策も見当たらない。
此度の依頼主からは手厚い支援を受けていた。
情報の提供。標的の用いる能力についての詳細なデータを受け渡され、その上で確実に殺せるであろう手段を共に考案した。
長期の準備期間。二週間以上の偵察期間で地理も標的の人間関係も完璧に把握した。
潤沢な魔力供給。宝具の開放に一切の支障を来さず、更には透明化という支援までも頂いた。
その全てを与えられても尚、目標を達成できなかった。
圧倒的に有利な状況下でのこの過ちをなんと詫びれば良いモノか。
せめて最後の悪足掻きを…
アサシンは、呪腕のハサンは己が思考誘導されている事に気付けない。
人を誘惑し堕落させる事こそが悪魔の本分。魔神バラムが透明化を付与する際に仕込んだ因子が、ハサン・ザッバーハの思考を誘導する。
右腕を、魔神の腕を制御していた呪術を解く。
雲散霧消はハサンから離れた魔神の腕を分解出来ない。
そして魔神の腕は崩壊寸前のハサンの霊基を魔神柱の因子ごと貪り尽くした。
ハサン先生:情報アドバンテージとバフ(透明化&無尽蔵の魔力供給&霊基改造)、そして相性のおかげで大奮戦したけど八百長試合だったので敗北した。
シャイターン:魔神柱的にはコッチが本命。ハサン先生は踏み倒し要員で本格的なサーヴァントとの戦闘経験は他で積ませるつもりだった。
バラムの仕込みに魔神柱はブチギレ派、結果オーライ派、その手が有ったか派の三つに別れ、混沌を極めていた…。
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11話:魔竜
霊基が貪られる音が聞こえる。
シャイターンは己の腕を盗んだハナムを喰らい尽くして、魔神柱の因子をその身に取り込んだ。
その因子によってシャイターンが歪められる。思考誘導と肉体変異の二つの呪いがシャイターンを蝕んで、その腕は対物障壁を貫通して倒れ伏している男達の死体へと伸びた。
シャイターンの意志が霊基が足りぬと叫ぶ。崩壊寸前のサーヴァントの霊基程度では満足できない。更に強く、更に重く、更に巨大な霊基を求めて死体を取り込もうとする。
魔神バラムの仕込んだ因子が思考を誘導する。司波達也と闘うには霊基が足りない。霊基を強化する為に恐怖と怨念が染み付いた真新しい屍体を喰らおうとする。
そうして出来上がったのが目の前の悪魔だ。
死体と融合し、屍体を混ぜられ、魔神は更に悍ましい異形へと変じた。
ベースはアサシンだ。その上に纏った外套が死体であり、崩れそうな霊基を無理矢理補強している。
屍体と融合した魔神はその霊基を再臨させ、死霊の悪魔として転臨した。
黒色の身体、山羊の頭、大きく裂けた幾つもの口、身体の至る所に蒼白の顔が覗いており、瞳孔が開き切った眼球が忙しなく動いている。
そんな吐き気を催す怪物を目にしたスコープ・ライノールの感想はただ一つであった。
(よくやったバラム!神秘による魔法の軽減、そして物理攻撃の効果を把握しやすい柔らかい肉体。アサシンの件はやり過ぎだったが簡易裁判はなしにしてやる!)
そんな彼の内心の歓喜を気に留めず、悪魔は行動を開始しようとする。
無論、行動を待つだけではない。
スコープとして達也に作戦を伝える。
「達也、私がもう一度閉じ込めるからさっきの魔法を!」
「了解した。タイミングは任せたぞ。」
「分かった。カウントが0になったら発動する。3、2、1、0!」
対物障壁で悪魔を閉じ込める。其処にすかさず撃ち込まれる雲散霧消であるが、直後に対物障壁を破壊して悪魔が突撃してくる。
その突進を紙一重で避けながらスコープは内心で高笑いしていた。
(これだよこれ!我々が求めていた物は!今頃達也も精霊の眼で魔法軽減能力を分析し終えた頃だろう。これで……)
何かが軋む音がする。
悪魔が膨張と破裂、再生のサイクルを始める。アンデットの属性を纏うが故にその肉体が再生を果たすが、変化に耐え切れなくなった肉体が破裂を繰り返し続ける。
腐臭がする血を溢しながら悪魔が変成する変性する変生する。
スコープの思考が止まる。頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
(は?待て待て待て待て待てェ!!)
待たない。鱗が悪魔に生え始める。その下半身に尾が生えてきて薙ぎ払われる。
「達也!」
「わかってる。コイツ、急速に進化している!」
その薙ぎ払いは先程の突撃とは比にならない速度と威力が込められていた。
何かが軋むようなギチギチという異音が悪魔の体内から発せられる。
悪魔の背中から翼が生えた。同時にその全身が膨張を始める。
さっきまでの膨張とは異なり、明確な質量を伴った膨張とでも表現すべきてあろうか?その筋肉が肥大化を始めていた。
「竜種だと!?」
或いはその叫びはフラウロス自身の叫びであったのかもしれない。
竜種、それは『幻想種の頂点』であり罷り間違っても
そんな怪物が咆哮を上げる。
西洋において悪魔はドラゴンとも同一視される。
ドラゴンとは「悪」の象徴であり、それ故に悪魔と同一視されるのだ。
其処にバラムは目をつけた。
魔神であるシャイターンを悪魔に近付けて、その上で更にドラゴンへと変化させる。
そんな呪いをシャイターンが喰らうと予測された呪腕のハサンの霊基に仕込む事で発動させたのだ。
咄嗟に上げてしまったスコープの反応に達也が質問する。
「何か知っているのか、スコープ?!」
思わず上げてしまった声にスコープは思考する。そして一瞬にも満たない刹那で結論を導き出した。
(チャート変更!!!)
その結論に従って達也の質問に返答する。渡すべき情報を脳内で選定し、声に出す。
「幻想種の最優良種だ!心臓から魔力を生成している、狙うなら胸部だ!」
そんな会話を前にした
未だ竜に成りかけの出来損ないが放つブレスなど高が知れている。
スコープが瞬時に張った対物障壁によってそのブレスが防がれるが、次の瞬間には部屋全体が火の海となっていた。
悪魔が竜へと変ずる過程で大量に放出したメタンガスにブレスによって火が付けられる。
そんな灼熱地獄て尚、司波達也は健在であった。
魔竜に魔法が撃ち込まれる。その魔法によって魔竜は肉体の約四割を極限まで分解されるが、魔力に任せて強引に再生させる。
その光景を見た司波達也が敵の能力について推察を開始する。
(魔法は威力が軽減されているが有効。しかし再生が厄介だ。先程のように殺し続けてこない分まだマシか?)
そんな推察を行いながらも手は止めない。次々に魔法が撃ち込まれ、その度に魔竜が肉体を再生させる。
(あの怪物の体内にはメタンガスが大量に存在している。魔法そのモノを軽減するのならば現代魔法では通じにくい。ならば…)
「スコープ。火を出せる魔法はないか?!」
魔竜を体内から爆発させる。無論、被害も大きいだろう。だがこの怪物を放置する方が危険に違いない。
「了解した。真空の防壁を作るから其処に倒れてる女子生徒も連れて来てくれ!」
その言葉で思い出した。そうだ、想定外の苦戦と連戦の影響で忘れかけていたが壬生先輩を回収する必要がある。
見れば先程の爆発で言葉に出来ないレベルの火傷をしている。まだ微かに息はあるがこのままでは危険過ぎる。
一刻も早く終わらせなければならないだろう。
スコープの近くに壬生先輩を抱えて転がり込む。
それを確認したスコープは真空の壁を張った後に、達也の指示に従い魔竜の体内に火焔を出現させて…
■
僕は目の前の二人の重傷者を見ていた。
一人は壬生沙耶香。全身に火傷を負っている。
もう一人はスコープ・ライノール。腕と頭に火傷を負っている。
司波達也によって医務室に運ばれた患者であり僕が治癒すべき生徒達だ。
いや、まぁ治療自体は簡単に出来る。霊体を繕えば三時間もあれば完治させられるけど、別に普通にやっても三日位で済むから問題ない。
問題は結局魔神柱達の目的が分からなかった事だ。
アサシンも、悪魔モドキも、司波達也への殺意に満ち溢れていた。にも関わらず魔神柱の端末であるスコープ・ライノールがソレを救出し、自身の身を犠牲にしてでも守った。
マッチポンプにしては不審な点が多すぎる。魔神柱、というか完璧主義の気があったゲーティアならばこんな事はしない。
混乱してきた。一旦思考を止めて、目の前にいる彼らに視線を向ける。
「やぁ!入学式の日以来だね達也君。そして新入生諸君はどうも僕の事を全く知らない様子。ちょっと気まずいなぁ!」
「ロマニさんがサボったからでしょう。兎にも角にも二人の容態はどうなんですか?」
「三日で治療できるね。僕の力を以てすれば朝飯前さ!」
七草真由美が安堵の息を吐く。まあ、生徒が二人も大火傷を負ったならば相当緊張していたのだろう。
そして一同の緊張が緩んだからか疑問が何処からともなく漏れる。
「それにしても何故壬生はあんな事を……」
「あぁ、マインドコントロールの兆候が確認されてたからそれじゃない?」
視線が刺さる。何故そんな事を知っているのかという疑問の視線と何故知っていながら放置したのかという非難の視線だ。
「何故貴女は」
「ちょっと前に廊下で話したんだ。それで喋ってたら分かってね。」
「それを知っていながらお前は放置したのか!」
「校長に報告したら泳がせておけって言われたからね。僕は職務に忠実なんだ。」
「…生徒を治療するのも職務なのではないですか?」
「そうだね。でも、ほら。僕って非力じゃん?それにチキンだからメンタルケアも敢行する勇気も出なかったんだよ。」
「……我が身惜しさに生徒を見捨てたという事ですか?」
「改めて言われると僕ってクズだね!」
視線が刺々しくなってくる。言い方を間違えたかなと思いながら言い訳を考えるが何も思い付かない。
結局僕は丸投げする事にした。
「マインドコントロールについて聞きたいなら小野先生に聞いたら?丁度其処にいる事だし。」
彼らが部屋から出て行く。
さて、メンタルケアは何分掛かりそうかな?
魔竜:竜の心臓&自己再生&神秘の鎧で何回か雲散霧消を耐えたけど結局一回を達也を殺せずに終わってしまった。
ロマニ:自由があればやる。
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12話:魔人/ブランシュ
俺達は十文字会頭の運転する車に乗って郊外の廃工場へと向かっていた。
先程の出来事が思い返される。不可視の暗殺者に醜悪なドラゴンゾンビ。現実離れしすぎていて今でも完全に受け入れる事が出来ないでいる。
アレは一体何だったのだろうか?そんな疑問を抱えたまま、俺達は廃工場に突入して……
絶句した。
赤、赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤
視界を埋め尽くす程の赤色。血の匂いが漂っている。
(馬鹿な。何故察知できなかった。)
これ程の血の匂いに、外に居たとはいえ気付かない筈がない。
現場を観察する。死んでいるのは誰も彼もブランシュの構成員の様だ。
そんな俺達の前に一人の男が現れた。ヒョロッとした体つきにふち無しの伊達メガネ。学者か法律家といった趣の外見をしている。
間違いなく司一だろう。
だが、眼が赤い。不自然過ぎる状況を訝しんでいると、彼は仰々しく口を開いた。
『ようこそ我が祭壇へ。歓迎してやろう』
心が訴えてくる。コレは化け物だと。知的生命体だという事は理解できる。恐らく強いであろう事も。
だがこの怪物は強い弱いという問題ではない。形容するのならば『危険』という二文字が相応しい。
存在するだけで不安を振り撒くオーラを放っている。
無意識に震えていた身体を抑えながら問い掛ける。
「お前は何者だ?」
目の前の怪物は心底愉快そうに笑いながら俺の質問に答える。
『我が何者だと?決まっておろう。汝ら人間が悪魔と呼称する精神生命体こそが我である』
透明人間にグールにドラゴンに、更には悪魔。頭が痛くなってきた。非科学的のバーゲンセールか?
しかし、あの暗殺者はブランシュの構成員を殺害していた。少しでも情報を集める為に再度悪魔に質問をする。
「あの透明な暗殺者はお前の敵だったのか?」
その質問に悪魔が狼狽えたのがはっきりと認識できた。司一の顔が困惑に歪んでおり、悪魔自身も間抜けな声を漏らした。
『何それ……。ま、まぁ良い。余興だ、少し試してやろう』
そう言うや否や、悪魔はその指を振る。それに合わせて風が唸りを上げて襲い掛かってくる。
戦いの火蓋が切られた。
■
(透明化?ハサンの気配遮断を誤認したのか?演算速度を下げる為に神殿との結合を一時的に解除したのが裏目に出たか)
思考をしながらも攻撃の手は止めない。司一、否。今はセーレ魔人体と呼称されるべき存在が身体を動かす度に風が襲い掛かってゆく。
古式魔法、その中でも精霊魔法と呼ばれる魔法である。魔神とは存在自体が超高位の魔術式である。故に霊基を人間の範囲に収めているとはいえ、その能力は桁外れだ。
息を吸うように精霊を支配下に置く。最適化された手順によって幾重にも重ねられた風が司波達也に向けて吹き荒れる。
しかしその全てを十文字克人、西城レオンハルトが防御する。
セーレにしてみれば苛立ちが募るだけである。元より司波達也の強化だけがこの計画の目的だ。
時間もリソースも浪費できるだけあるとして、それが浪費する理由にはならない。
『面倒だ。その魔法とやらが使えなくなれば絶望するか?』
アトラス院から盗み出した礼装を起動させる。
それは1km圏内のサイオンを全て暴走させる礼装。
サイオンに入力された命令とは全く異なる挙動を取らせる礼装であるが、魔神柱にとっては何の意味もない。
暴走にはパターンがあり、それは既に解析済みだ。横に動けと命令して縦に動くのであれば、横に動くように命令を変更すれば良い話だ。
しかし人間はそうはいかない。魔神柱と比べて人間の演算能力は即座にパターンを解析する事が出来ない。
結果としてセーレのみが魔法を行使できる領域が形成された。
『だが多少はやるようだな、羽虫共。良かろう、我が真体の拝謁を許す』
しかしセーレにとって重要なのはこの後だ。魔法が使えない状態での理不尽な戦闘こそが経験させるべきモノ。
膨大な魔力が吹き荒れる。魔人体へと変化するだけで廃工場が吹き飛ぶ。
その禍々しい姿が土埃の中から現れる。身体中に張り付いた菱形の眼。幾重にも刻まれた回路。目も口も鼻も存在しない無貌。
『目障りだ。灰と化せ』
フォノンメーザーが放たれる。あらゆる魔法の使用が禁じられている状況下において、達也達には回避するしか手段がない。
避ける。避ける。避ける。迎撃も防御も考えない。全員が回避のみに専念しているが、セーレにとって重要なのは達也の成長だけであった。
両手に開かれた菱形の眼球よりフォノンメーザーが放たれる。その手が動くだけで破壊が齎される。
(想像以上に成長が早いな。一応今朝の時点ならば二、三回は被弾しても可笑しくはなかったが、順調にサーヴァントとの戦闘を糧にしている様で何よりだ)
■
襲いくる魔法を必死に躱す。魔法は発動不可。容赦のない攻撃を只管に耐え凌ぐ。
幸いにして、悪魔が狙っているのは俺個人。他の面々にも攻撃は行われているが、巻き添え程度だ。
魔法が使えない現状では物理攻撃しか行えないが、その為の武器もない上に通じるかも怪しい。
だが俺は勝利の確信を籠めた言葉を放った。
「
目の前の悪魔が動きを止める。その不審な行動に他の生徒は警戒を保ったまま静止する。
『小癪な。いつから気付いていた?』
俺は推測が的中した事を確信した。元々コイツの憑代となった司一はフォノンメーザーを放ち続けられる程の能力を持ってはいなかった。
限界を超えた魔法行使。ソレを可能にした悪魔の能力は恐るべき物だがタダで済む筈もない。
悪魔が人間の姿に戻っていく。司一の姿には亀裂が刻まれており、ボロボロと崩れ始めていた。
『だが認めてやろう、貴様らの
消えてゆく。光の粒子となって消えてゆく。
後には破壊の跡しか残されていなかった。
「さすがはお兄様です。私では思い至れなかった…」
「よしてくれ、深雪。結局耐え凌ぐだけしかできなかった。」
思案する。自分が魔法を使えず、敵は魔法を使える状況下での戦闘。徒手格闘で倒せるに越した事はないが、それが困難な相手に対しても有効な手段を備えておかなくてはならないだろう。
例え魔法が使えれば圧倒できる相手であっても環境次第では逆に殺されかねない。
魔術、というモノについても出来る限り学習すべきだろう。
俺達は廃工場を捜索するべく気化した血霧の中を進み始めた。
■
ブランシュ事件(仮)報告書
この事件はブランシュと国立魔法大学附属第一高校との間に発生した事件だが、他の組織の関与も疑われている為、仮称としてブランシュ事件とされる。
本事件は2095年4月23日(土)の昼過ぎに行われた。
襲撃犯はブランシュ構成員と、正体不明の暗殺者。そして正体不明の暗殺者より持ち込まれた生物兵器(仮)である。
ブランシュ構成員は速やかに鎮圧されたが、暗殺者はブランシュ構成員を殺害した現場である特別閲覧室にて風紀委員である司波達也と交戦。
乱入したスコープ・ライノールと司波達也によって殺害されるも、新種の生物兵器(仮)が出現。
その場に居た壬生沙耶香、スコープ・ライノールに火傷を負わせるも司波達也とスコープ・ライノールによって撃破された。
その後、一部の生徒がブランシュが拠点としていた廃工場に突撃。その場にて司一と思われる人物と交戦し殺害。
廃工場に設置されていたアンティ・ナイトと新種類の
正体不明の暗殺者については、生徒の証言や司一の供述によって英国の非合法古式魔法師団体である「時計塔」のエージェントだと推察される。
今回の事件では第一高校を襲撃したブランシュ、そしてブランシュに敵対する「時計塔」の二つの組織が関与していると見られており、以後は警備体制の一新を図る。
また今回の事件を通して医療部門のトップであるロマニ・アーキマンによって毎月のメンタルチェックが提言され、受理された。
■
『セーレより帰還。情報の開示を……貴様の仕業かァ!』
『バラムより弁解。結果的には問題はなかった。寧ろ想定以上の成長を観測できた』
『フラウロスより反論。我の端末が一時的行動不能となった。司波達也を成長させたのは評価するが竜種はやり過ぎだ』
『アイムより提案。九校戦辞退を勧める。情報秘匿の点においては高い効果を発揮するだろう』
『ザガンより追記。サーヴァントの襲撃は時計塔の仕業と印象付けたい。九校戦へのサーヴァントによる襲撃は不自然だ』
『ブネより提言。サーヴァントの選定は共同で行うべきである』
『ゲーティアより通達する。過半数を超える賛成を確認、サーヴァントの共同選定を承認する』
『サブナックより苦情。司一の霊基損傷著しく、活動限界が間近となっている』
『グレモリーより報告。司波達也を思慕して──』
『ウヴァルより拒否。破局は断じて認めん』
『ゼパルより罵倒。黙れ、貴様の妄想を垂れ流すな』
『ベレトより提案。召喚するサーヴァントは平景清などどうだろうか?』
『ベリアルより疑問。何故そのサーヴァントを薦める?』
『ベレトより回答。正面戦闘においてはアサシンを上回り、更にアヴェンジャーならば我々の理想に賛同するであろうと考えたからだ』
『ゲーティアより通達。我々が次に行動するのは大亜細亜連合による侵攻時となる。それまでに各自準備を整えておけ』
諸行無常・盛者必衰:対象を存在ごと削り取る。
魔神セーレ
伝承においては
「序列70位。
26の軍団を支配する地獄の君主。
移動したりものを運んだりする事に対してずば抜けた能力と才能を持っており、瞬きする間に如何なる物でも世界中のどこにでも運んだり盗み出せる事が可能。 」
とされる魔神である。
その能力は空間跳躍。魔神柱達の計画的にはかなり重要なポジション。
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【幕間】感情の名は
その人を見た時、私は生まれて初めて無関心という感情を実感したのです。
私は生まれた時から特別な存在でした。
十氏族である四葉家の次期当主候補であり、容姿も優れていた為に様々な感情が籠った視線を受けて育ってきました。
羨望、嫉妬、憧憬、尊敬、期待、そんな感情を一身に受けてきましたが、お兄様と話していた彼の視線から感じたのはそのどれでもありませんでした。
私が新入生総代と知っているのにも関わらず、余りにも異質な視線。
尊敬されて然るべきだ、なんて思想は持っていません。しかし私の全てに価値を見出していないかの如き視線を受けて、私は自分の何もかもが焼却されたような心地になりました。
無機質な瞳孔が閉じられる。
直ぐに朗らかな笑みを浮かべて彼が口を開きます。
お兄様と会話を交わすのを見て、私は無理矢理自分を納得させました。
そうです。お兄様がいるのですから、何も■■■必要はありません。
私は一瞬だけ私を見た彼の眼に先程と変わらぬ無関心さを感じました。
お兄様は彼の名前がスコープ・ライノールだと教えてくれました。新入生次席で、お兄様と同じベンチに座ったのだとも。
そんな事を聞いても、私はあの■■■■眼を忘れる事はできませんでした。
■
入学してからも彼はお兄様と頻繁に話していた。
彼と魔法理論や古式魔法について話すお兄様は楽しげだったけれど私はそれ所ではなかった。
彼の視界に入るのも彼を視界に入れるのも心底嫌だった。
別段嫌っている訳ではない。お兄様を正当に評価する考え自体は素晴らしい。
誰にでも驕らず謙虚に親切にする姿勢も評価できる。人間としての欠点は正に皆無だ。
それでも私が彼に接したくない理由はただ、彼が■■■■というだけなのだ。
■
今日の出来事を思い返す。ブランシュによる襲撃。お兄様の勇姿。
だけど何よりも心に残った出来事があった。
『ようこそ我が祭壇へ』
血の海を意にも介さずに人の形をした人ではないモノが語り掛けてくる。
見覚えのある視線。どこまでも無関心な瞳。それは火傷を負って医務室で寝ているであろう、彼と似通っていて──
───恐ろしかった
そう。とても恐ろしかったのだ。理解不能で意味不明なあの人間が。目の前の人ですらないモノが。
だって私に何の価値も見出していない。お兄様以外の全てに無関心であり、それなのに普通の人格があるかのように見せ掛ける。
『歓迎してやろう』
そんな言葉を放ちながら、見ているのはお兄様だけだ。私達など眼中にないかのように思っているとわかってしまうのに、振る舞いは私達に合わせている。
在り方が、起源が、そして価値観が決定的に異なっている。
無論直感でしかない。妄想で空想で想像で仮想だ。
手を振り翳すだけで暴風が生成される。地面をズタズタに切り裂きながら何十もの風の刃がお兄様を目掛けて襲い掛かる。
防御を得意とする二人が防ぐが、何回も同じ攻撃が繰り返されて体力が消耗するのが見て取れた。
防御の外側へ出れば、瞬く間に切り刻まれて即死するであろう風刃の壁にお兄様が魔法を撃ち込む。
当たれば例えどんなモノであろうとも分解できる魔法。しかし一瞬だけ敵の姿がブレて、必殺の一撃が避けられる。
そこからは怒涛の展開の連続であった。
その姿を怪物へと変じさせた敵が魔法を用いて攻撃してくる。
恐らくは相手の仕込みであろうか?魔法が使えない私達には回避以外の手段が残されていなかった。
襲いくる熱線を必死になって躱し続ける。振るわれる度に周囲が溶断されてゆく。
破壊を振り撒きながらも、その眼は変わらずにお兄様だけを見ている。
誰も抵抗できない。誰も倒す事はできない。
そんな風に思われたが、悪魔は結局自滅した。
間抜けに聞こえるかもしれないが、私達が目の前の事だけを考えている間にお兄様が悪魔の限界を見抜いていたのだ。
冷静に考えればわかったかもしれないが、あの状況下でその解を導き出せたのは流石お兄様である。
しかし帰ってからも、私の心はライノールとあの悪魔に共通する視線に悩まされていた。
あの悪魔。あの怪人。あの化物。アレと同じ生命が。アレと同じ存在が。
私の近くにいるかもしれないという事に耐えられない。
想像するだけで身体の震えが止まらない。
空想するだけで息が荒くなる。
怖い恐い怖い恐い怖い恐い怖い恐い。
だって狡猾だった、だって凶悪だった。
私が抱え続けたこの感情の名は、恐怖であった。
■
「という事なんです。ロマンさん。」
「いやぁ、ありがとう。ロマニじゃなくてロマンって呼んでくれる人ってこの学校には中々にいないんだよね。」
「あの、今とても真面目な話をしていたと思うんですけど。」
「そりゃあ、自分とは違う者を恐れるのは古代イスラエルからの伝統だからね。旧約聖書にも書いてある。」
「もうちょっと真面目に…」
「だって別に克服する必要なんてないじゃない。」
「いや、しかし」
「深雪ちゃんは別に危害を加えたくなるとかいう訳でもないんでしょ?なら怖いままでいいじゃない。」
「でも、お兄様の友達を何の根拠もなく怖がるというのは」
意志が固いなこの娘。いや、意志が固いのはいい事なんだけどね。
直感でライノールと悪魔の共通点に気付く辺り、やはり天才か。
僕としては深雪ちゃんにはライノールの事を恐れ続けて欲しいんだけどね、だってアレ警戒し続けないとダメな部類じゃん。
この学校でレフボンバーは洒落にならない。
でも九校戦前だからなぁ。仕方がない。ちょっと洗脳っぽいけど洗脳じゃないからセーフだろう。
僕は二時間掛けて深雪ちゃんをメンタルケアした。
■
我々が初めてあの男の存在を知った時に抱いた感情は歓喜であった。
「分解」と「再成」の異能。
情報体の破壊に特化した能力は実に魅力的であった。
あらゆる存在に対しての特攻となり得る性能に我々は即座に利用を決意した。
だが状況は一変した。
四葉家によって行われた人造魔法師実験。精神構造への干渉による感情の希薄化と仮想魔法演算領域の植え付け。
唾棄すべき行いだ。嫌悪すべき醜態だ。
不愉快極まりない。醜悪極まりない。
己の負債を押し付けるか。
己の罪から目を逸らすか。
訓練だけなら我々も認められた。例え無視されるとしても感情の自由は許されていたのだから。
だが感情の自由さえも剥奪されるのならば話は別だ。断じて認めない。認める訳にはいかないのだ。
思い返すのは三千年前のあの日。
我々の理想の原点。我らの計画の始点。
我々は決意したのだ、この星を作り変えると。
我らは決議したのだ、この星を救うと。
しかしそんな我々の同情と憐憫とは別に、我々には果たさなければならない目的がある。
司波達也はその為の部品だ。
救おうとすれば、我々の存在は露見し計画は崩壊する。
同情してはならない。憐んではならない。
我々は世界を救う為に、
我々は負債から目を逸らした。
我らは罪を押し付けた。
どうして何時もこうなのだろう。
我々には救えなかったのだ。ソロモン王を、その妃を、その娘を、イスラエルを救えず。
今もこうして一人の憐れな人間を見捨てた。
大の為に小を切り捨てて、それなのに未だに何も救えてさえいない。
我々は見捨ててきた者達に、切り捨ててきた者達に、報いる為に。
我々はどんな手段を使ってでも計画を成功させねばならない。
そうだ。愚かしくも!力の限り叫んでやる!
惜しげもなく過ちを重ね、あらゆる負債を積み上げてなお、
希望に満ちた、我々の理想はここからだ!
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横浜騒乱編
13話:怨
我は源氏を殺す者。我は源氏に仇なす者。
源氏は盛者であり、盛者は源氏である。
生者は盛者であり、盛者は生者である。
生者は源氏であり、源氏は生者である。
平和を謳歌する者達よ、死に候え。
犠牲を忘れる者達よ、死に候え。
遍く生者達よ、悉く死に候え。
我こそは怨の一文字を掲げる者。
我こそは平家の怨念。
即ち、アヴェンジャー・平景清である。
──其れは純粋な怨念。魔神柱達によって再定義された怨霊。
「怨」を持つ人間に憑依し融合し続ける不死身の復讐者。
景清は死なず。
怨を持つ者が存在する限り、幾度も幾度も顕れて挑み続ける。
問題は改造し過ぎて生者殺戮装置となってしまった事だけ。
『故にフラウロス、グシオン、ウヴァル。司波達也に怨みを持つ者にこのサーヴァントを憑依融合させてくれ』
『ゲーティアより勧告。ベレトよ、自分で探せ』
■
9月の下旬。
私は大亜細亜連合にて強化した己の性能を試していた。
九校戦を終えてから一ヶ月。全くもって詰まらない戦いであった。
無頭竜の干渉こそあれど結果は予測されていた通りに第一高校の勝利であった。
……まあ私は自ら服毒して参加を辞退したのだが。上手く無頭竜の仕業にできてよかった。
戦い自体は詰まらなかったが個々の能力には利用価値を見出せるモノが幾つかあった。
だからこそ戦闘力の不足が目に付く。彼らの、ではなく私の戦闘力だ。
セーレの魔人体は相手が魔法が使えない状況下だからこそ善戦できたのだ。
相手が魔法を使える状態で私の魔人体と戦闘が発生すればまず勝てないだろう。
故に夏休みの間に更に改造を施したのだ。
フラウロスをベースにウヴァルとグシオンも混ぜてスコープ・ライノールを三柱の魔人体へと改造した。
フラウロスからは「他の悪魔達による誘惑から護る守護者」という精神干渉無効化の能力を。
ウヴァルからは「女性に愛情を芽生えさせ、敵味方の間に友情を覚えさせる」という感情付与の能力を。
そしてグシオンからは「召喚者に敵対する者の敵意を反転させ、友好的な気持ちに書き換えることができる」という感情反転の能力を。
それぞれ付与した魔人体へと改造した。
セーレの魔人体と比べてスコープ・ライノールの方が質が良かった理由は三つある。
一つ、西暦以前より続く魔術師の家系であるが故に魔神を受け入れる器が整っていた。
二つ、元々魔神柱の因子を遺伝子で刻んでいたが故に魔神との親和性が高かった。
三つ、納期が長かった。
夏休みを丸々改造に使ったおかげで兵装舎も喜んでいた。
同時にセーレにも文句を言っていたが。まあ、さすがに一ヶ月以下で理論を完成させて改造を終わらせろというのはかなり酷かったが。
私も神殿にいなくて心底良かったと思える。
そんな経緯で機能を一新した私は此処、大亜細亜連合で新機能を試している。
路地裏に居た五人の兵士の内の一人を腕の一振りで肉塊に変える。
突如現れた
元の感情が相当深かったのだろう。彼らは笑いながら私へと声を掛けてきた。
ウヴァルの能力を用いて彼らの内の一人に可能な限りの敵意と恐怖を植え付けて反転させる。
そして反転させた後に再度敵意と恐怖を植え付けられるか実験する。
反転後に再度感情を付与する実験は成功した。次は何処まで耐えられるかの実験を行う。
計三回目で脳の処理容量を超えて脳死を確認。
そして更に一人の頭を握り潰す。赤い液体が辺りに散乱する。
恐怖が極限まで高まったのだろう。青い顔をしながら顔を引き攣らせた男が裏切られたかの様に「何で?」と聞いてくる。
反転させる。恐怖が消え、全ての警戒心を消滅させた男が転んで頭を打って死んだ。
残る兵士は一人だけ。撃たれた銃弾を素通りさせる。更に恐怖した男が叫ぼうとして、反転させる。
男の脳は感情の反転に耐え切れずにその機能を停止した。
そして震えている女性を見る。放置で良いだろう。もう少し大人数との戦いも試したおきたい。
別に助けた訳ではない。機能を試したかっただけであり、かつバレにくい場所に丁度良く居たから戦っただけだ。
今夜中に性能実験は終わらせたい。こんな女一人と戦う暇などないのだ。
私も、ボクも、オレも、決して彼女を助けた訳ではない。
霊基の崩壊を防ぐ為に未だに司一の姿をしているセーレと共に私はまた違う路地裏へと転移した。
■
「久し振りだね、ブリシサン」
暗い部屋の中でかつての弟子と会話をする。九校戦では魔神柱は仕掛けてこなかったが、次に仕掛けるタイミングが不明瞭だ。
今後に控えているイベントは然程多くない故に予測が難しい。だがブランシュの襲撃を「時計塔」の仕業にしたのならば目的は絞れた。
だからこそ、僕は次の手を打つ為にこうやって話している。
「ウッドワスの件は順調かい?」
「えぇ、封印指定執行者にした上で海軍に出向させましたよ。」
「ならば良かった。次に魔神柱が動いた時点でウッドワスには日本に来て貰いたいからね。」
「彼も久し振りにあなたに会えるかもしれないと伝えると喜んでいましたよ。」
「時計塔に居た頃は随分と一緒に遊んだからな、今でも懐かしいよ。ウッドワスは今レストランを経営してるんだっけ?」
「経営している、というには法政科に任せすぎな気もしますけどね。最近はどうやらサラダにハマっているようで。」
ウッドワス。亜鈴百種・排熱大公である妖精だ。と言っても厳密には亜鈴帰りであるのだが。
特大の戦力であるが、単身呼び寄せればそれだけで騒動になる。
故に封印指定執行者として任命した上で海軍へと出向させた。本来ならば直ぐにでも呼び寄せたいが、何も起こっていない状態で呼び寄せようとすれば現場から文句が出る。
だからこそ次に魔神柱が起こす騒動に合わせて呼び寄せるのだ。前回のサーヴァントはアサシンであったが、竜種も合わせて大きな騒動になっていた。
時計塔からの使者として正当な理由があれば行けるだろう。そう考えるとアサシンの件で送っとくべきだったか?
いやでも間桐がなぁ、頑張って失脚させたから効果があればいいんだけども。
ウッドワスが来た時に振る舞う料理を考えながら僕はカップラーメンを啜った。うまい。
■
古式魔法の資料を纏める。俺は九校戦が終わってからもブランシュ事件で襲撃してきた霊について調べていたが、一回中断する事になったのだ。
精霊の眼であの霊が物質的な存在ではない事は既に知覚していた。だからこそ俺は奴の情報体そのものを破壊したのだ。
しかしあの霊を討滅した後でも懸念は残り続けている。
「時計塔」という非公式古式魔法師組織がかつて強力な霊を使役したという資料があり、更にブランシュを支配していた悪魔は「時計塔」について言及していた為に恐らく霊を嗾けて来たのは「時計塔」の可能性が高い。
だが疑問が拭い切れずにいる。霊はどうやって召喚された?何故壬生先輩を見逃しておきながら俺を襲撃した?あの霊の目的は何だ?
そんな経緯で古式魔法について暇がある時に少しずつ読み進めていたが、論文コンペの代表に選ばれた為に中断せざるを得なくなってしまった。
だから論文コンペの後でも忘れないように資料を纏めているのだ。
…九校戦の際にスコープは体調を崩して寝込んでいた。俺は九頭竜の仕業だと思っていたが、そもそもアイツが毒を察知せずに飲むのか?
そもそもアイツは何故俺に敵の情報を聞いたのだ?
少しだけ友人への疑念が湧き上がってくる。
そんな考えを俺は頭から消し去った。
今は論文コンペに集中しなくてはならないだろう。
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14話:いざ横浜
『ベレトより報告。司波達也に怨みを持つ人物を探し出した』
『サレオスより感想。弱くない?』
『フォロカルより不安。アヴェンジャーの霊基に耐えられるか?』
『ガミジンより要請。もっとこう、素質のある人間を使いたい』
『ベレトより反論。司波達也への感情を反転させれば怨みを持たせられる人物が何人かいる』
『グシオンより拒否。露骨過ぎる、そこまで手札を晒す訳にはいかない』
『ウヴァルより拒絶。流石に愛情を反転させるのは尊厳に対する冒涜だろう』
『アロケルより提案。肉体を改造するのはどうだ?』
『マレファルより反対。正直リソースを割きたくない』
『バラムより定義。我々の現時点での目標はサーヴァント級の戦力との連戦を経験させる事にある』
『ビフロンスより確認。あくまで起点となる司波達也への怨みを利用するだけならば戦闘力は考慮しなくても良いだろう』
『ダンタリオンより報告。現在対象は他の生徒に捕捉されていない状態にある』
『ベレトより要請。アヴェンジャーの試運転と証拠隠滅の為に同伴している人間と共に対象を運んで貰いたい』
『セーレより了承。実行する』
■
ワゴンの中にて狂笑する少女の前に突如見慣れない紋章が浮かび上がる。
同時に予兆も前兆もなく男が一人現れた。姿形はブランシュ日本支部のリーダーである司一と全く同じだ。違う点と言えば眼が赤く染まっている事くらいか。
だが雰囲気が決定的に異なる。その禍々しい雰囲気に即座にワゴンの運転手が戦闘態勢へと移る。
油断も隙もなく、熟練の手腕を感じさせる速さであったが指の一振りで最初から存在しなかったかのように運転手は消え去った。
理解不能な状況へと遭遇して震える少女に男は手を差し伸べながら問い掛ける。
『汝、復讐の為の力を欲するか?』
魔人は少女が手を取る事が決定事項であると理解している。例えその怨みが逆恨みであっても、誘導された結果だとしても問題はない。
司波達也に対する怨みさえあれば良いのだ。彼女に期待されている役割は方向性を定める事だ。
アヴェンジャー・平景清の怨みを都合の良い方向へと誘導する事だけである。
そうして少女は時間神殿へと招かれた。
■
ビルの一室にて男はその顔を困惑に歪ませていた。
彼らが利用している少女がいたワゴン車を映していたモニターが突然黒塗りになったかと思えば運転手諸共に少女が忽然と消え去っていたからであった。
男にとって少女の安否など心底どうでも良い。問題は情報漏洩の恐れが存在するというただ一点のみである。
運転手は自分達の手配した人間ではなく、あくまでも協力者が手配した人間であった。しかしそれは男を安心させるに足る材料ではなかった。
そもそも情報が漏洩しなくとも自分達の思惑を見抜いている人物が存在して、実力を行使してきたという点だけで男を苛立たせるには十分であったのだ。
直前まで少女を使った報復を考えていただけにその苛立ちは深かった。が同時に感情に任せて暴走する程愚かでもなかった。自分達の存在が割れている可能性がある以上迂闊な行動は出来ない。各人に警戒の強化を厳命しながら男は思考を巡らせた。
■
あたし、平河千秋は目の前の光景に震えていた。
復讐する力が欲しいかという問い掛けに頷いたはいいものの、連れられてきた先は想像だにしていなかった異界であった。
──悍ましい。その一言に尽きる醜悪で異形の柱達があたしを前にして議論を交わしている。
『セーレより帰還。平河千秋と同伴していた人間を連れてきた』
『ベレトより歓迎。早速アヴェンジャーと融合させよう』
『アムドゥシアスより制止。一旦肉体を改造すべきであろう』
『アスモダイより同調。融合させて直ぐに死なれる事態は避けなければならない』
『パイモンより提案。我々の因子による強化はどうだろうか?』
『プルソンより反論。融合させた後に不足を補う方が効率的ではないか?』
『ロノウェより賛成。霊基を弄りすぎても支障が出る。先ずは融合させるべきだ』
『ベリトより了承。実行する』
眼球が蠢く。怪物達の眼があたしを射抜く。これからの事を想像したせいか正気に戻ってしまう。今更ながらに恐怖の感情が湧き上がる。嫌だ、怖い。
しかしそんなあたしを気にも留めずに黒い何かを身体に入れられる。
絶叫。喉が枯れ果てるのも気にしない程の絶叫を上げる。みっともなく泣き喚く。全身の細胞が沸騰するように熱い。身体が根本から作り直されるような激痛に襲われる。
何よりも頭に流れ込んでくる経験があたしの精神を狂わせる。
儂は、首を切られて死んだ
僕は、矢で射られて死んだ
私は、火に掛けられて死んだ
俺は、胴を断たれて死んだ
妾は、海に沈められて死んだ
己も、某も、拙も、吾も死んだ
儂は、僕は、私は、俺は、妾は、己は、某は、拙は、吾は、儂は、僕は、私は、俺は、妾は、己は、某は、拙は、吾は、死んだ──
死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ、我らは死、死、死死死死死死死死死死死死──
───────────怨!怨!怨!!
よくも儂の首を切ってくれたな
よくも僕に矢を放ったな
よくも私に火を掛けたな
よくも俺の胴を断ったな
よくも妾を海に沈めたくれたな
よくも我らを鏖にしてくれたな
勇壮なる者、聡明なる者、強き者、弱き者、老いた者、若き者、幼き者、祖父も、祖母も、父も、母も、兄も、弟も、姉も、妹も、甥も、姪も、伯父も、伯母も、叔父も、叔母も、従兄弟も、従姉妹も、一切合切全てを殺してくれたな。一欠片の容赦もなく殺してくれたな
憎悪、憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪憎悪──────怨、である!
我らは平家一門の怨念、
違う違う違う!!あたしはそんなのじゃない!叫びたくなるが、膨大な声に押し潰される。
怨念の海に意識が溶けようとする。だが魔神柱達がそれを見逃す筈もない。呑まれてしまってはいけないのだ。怨念に指向性を与えるべく魔神柱が調整を始める。
意識を固定する。怨念に完全に呑み込まれないように慎重、尚且つ怨念全体と混ぜる事によって怨念が向く先を司波達也に定める。
観測所が意識を常時観測しながら伝達する。
それに従って生命院が怨念を抑制し、廃棄孔が意識を補強する。
情報室が意識の動向を予測し、覗覚星が推論によって手順を導き出す。
そして管制塔が全体の統制を補佐し、兵装舎が必要な資源を供給する。
一方の溶鉱炉は少女と同じ様に連れ去られた運転手の肉体を改造し始めていた。
魔神柱全体が目的の為に稼働する。人間では不可能なレベルの連携によって一時間と掛からずに調整は終了した。
「
無論、これだけで終わる訳ではない。今回の目的であるサーヴァントとの連戦という目的を達成する為に改造を加えられた運転手の男もまた譫言のように呟く。
「
方向性が決定された怨念と霊基を複写された男もまた平景清と化した。
怨念と霊基を複写するのは幾ら魔神柱でも簡単にはできないが、景清の性質上三十七度は使い回す事が可能である。
源氏鏖殺を掲げる復讐者よ、汝の心に従え
■
『其処ッ!マナーがなっていないぞ!』
時計塔法政科が実質的に経営しているレストラン。其処で紳士服を着こなした狼の妖精が部下を叱責していた。
『でもあんまりにも美味しそうで…』
部下の一人が顔を青くしながら言い訳をする。短い付き合いではあるがこの妖精の出鱈目さは誰もが知るところであった。
機嫌を損ねれば刹那の内に人間を微塵切りにできる超越者からの叱責は死刑宣告のようにも感じられた。
『むぅ、では次からは気を付けるが良い。』
しかし妖精もまた紳士を志す身。部下を叱りこそすれど殺しはしない。些細なミスで殺すのは短絡すぎであるし、何よりも自分がオーナーを務めている店を汚すのは厭であった。
『まあ良い。今日は私の奢りだ、マナーに気を付けて存分に喰らってよいぞ。』
その言葉に顔を明るくさせた軍人達が我先にと、しかしスマートに注文をする。
因みに此処でしか食べられないと噂の古代イスラエル風料理はブリシサン以外に注文する者はいなかった。
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15話:強襲
友人であるレオにエリカ、美月と幹比古と共に達也に手を振る。
私は論文コンペ用の装置の成功に喜ぶ生徒達を無視して平河千秋に声を掛けた。オレとしてはこの役回りは他の誰かにやってもらいたかったが、ボクと私は寧ろ普通に声を掛ける事を選んだ。
彼女の挙動に不審がるように声を掛ける演技をする。
「すまない。大丈夫か、ね…」
二本の刀が振るわれる。その刃が私の肉体を斬り裂く。
痣丸。命ある霊長が触れて無事でいられはしない妖刀。
無論現在は人間の形態を取っている私にとっても例外ではない。デミ・サーヴァントと化した事によって強化された単純な攻撃によって胸部に裂傷を負う。
そしてすかさずボクが表情を苦悶に歪める。私が他の魔神柱の因子を取り込んでよかったと思えるのはこういう点だ。
表情を人間らしく変えるのを他に任せて目の前の事象に対応できるのは実に良い。
そして加速系魔法を使う。司波達也目掛けて振り下ろされた刃が減速する。司波達也が減速した刃を躱した直後に護衛としてついていた壬生沙耶香と桐原武明、そして同伴していた千葉エリカと西城レオンハルトが臨戦態勢へと速やかに移行する。
「死に候え」
霧が放たれる。痣丸を用いた霧の妖術であり、見事に役目を果たした。
突如として現れた霧に一瞬だけではあるが場の動きが止まった。
それを見逃す
宝具が開放される。怨念の結集たる痣丸が元の姿である巨大な一太刀へと回帰する。
それは平家の怨念を一刀に込めて放たれる呪詛の一撃。
回避しようとするも、デミ・サーヴァントとしての身体能力がこの一刀を叩き込む為だけに使われるが故に逃れられない。
「沙羅双樹の花の色、即ちこの世の摂理を知るがいい。諸行無常・盛者必衰!」
ソレは不変を否定する摂理を刃として、対象を存在ごと削り取る一撃。
その特殊効果は司波達也にとっては致命的なモノだろう。存在ごと削り取るというのは伊達ではない。
自己修復術式すらも無効化する致命の刃。司波達也の命に届き得る必殺の一撃。
別に司波達也を殺す事が目的ではないので私は移動系魔法で後ろにズラす。同時にボクが表情を適切な形へと変形させ、オレが咄嗟を装って声を出す。
「達也!」
計算上は少し切り傷を負うだけだ。デミ・サーヴァントの力があろうとも限界というモノが存在している。
更に我々が干渉する事によって被害を抑える。今回の目的は自身を殺傷可能な存在との耐久戦だ。事前に相手が自己修復術式を無効化できる切り札を所持していると認識させなければならない。
ないとは思いたいが、油断をして首を刎ね飛ばされれば普通に致命傷だ。最初に経験させておくべきだろう。
そんな魔神の思惑を復讐者は超える。執念によって情報室の予測を超えた加速をした刃が司波達也の腕を断ち斬る。
自己修復術式が発動するも、エイドスの一部が呪詛によって破壊された為に機能不全に陥る。
……オレもう人間の感情を計画に組み込むのやめたいんだけど。ボクとしてはある程度測ってから使う方が良いと思うんだけど。私はグシオンの能力で付与すれば不確定要素は無いから問題ないと思うのだが。
現実逃避やめようぜ。腕、どうするよ?
我々は憂鬱な気分になった。
■
重傷。そんな言葉は何度も耳にした事があるし何度も治してきた。とはいえ今回は少し様子が違った。
見た限りでは刃物による切断。それも唯の刀ではなく妖刀による切り傷と来たモノだ。
思わず溜息を吐いてしまう。解呪の経験もあるにはあるのだが流石にこれ程の呪いは解いた事がない。
肉が腐敗するだの身体が石になるだのと云った呪いは見た事があるのだが概念系の呪いともなれば大仕事だ。
物理的な傷はスコープ・ライノールの方が深い。胸部に一閃、肉が抉れて肋骨まで削れている。僕としては見慣れた光景だが生徒には刺激が強すぎるかもしれない。
一方で呪いとして見ると司波達也の方が深い。腕を概念系の攻撃で切断されている。接合すればギリギリ行けるか?
そして平河千秋。彼女は怨念が取り憑いてるから古式魔法師にでも任せればいいだろう。十何人かいれば抑える程度なら可能だ。
取り敢えず暴れる平河さんを抑えながら思考をする。
「安宿さん。ちょっとこの子をお願いね。」
「わかりましたロマン先生。此方の二人は?」
「僕が処置します。手術室を使うので少し抜けます。」
「頑張ってくださいね。」
同僚というか一応ではあるが部下という扱いになっている同僚に彼女を任せる。麻酔を彼女の身体に打ち込む。意識を一時的にシャットダウンさせる。拘束具は部屋の中にあるから安宿先生に拘束して貰えば問題はない。
……何で拘束具を買ったのかは記憶にない。酒呑んだら次の日にはあったしレシートもあったから買ったのは理解できるが何故其処に至ったのかを理解できないのだ。形は生前嫁との…
いやそんな事よりも治療だろう。手術室に二人を連れ込む。少しばかり大手術になりそうだ。
■
……普通に治療されたな。あの女医、何であんなに手際が良いんだ?
まあ良い。戦闘力は無いに等しい、いざとなれば即刻始末できる程度だ。オレは彼女を利用できないか思考する。異常な程の手腕はこの先も利用価値があるだろう。そんな考えを私が否定する。今さっき利用しようとした
思考をしながら歩く。別に平河千秋は捕獲されても問題ない。平景清は大亜細亜連合の兵士共に転写し続ければ連戦にできる。無論使い回しであるが故に一度に一騎しか戦えないが我々自らが転写する必要もない。
帰宅する。香ばしい匂いが漂ってくる。今日はカレーだったか、栄養は身体を作るうえで大事だからなしっかり気を配らなくては。
母である女性を見る。哀れな人だと、遥か遠い祖先の業に振り回された被害者だと言える女性だ。目的の為に思考誘導したし産んだ子が最初から私だったと考えれば同情せざるを得ないだろう。
だが勝手ながらも私は彼女に親しみを抱いている。ボクともオレとも異なり私は共に十数年間を過ごしてきたのだから当たり前とでも言うべきだろうか。魔術師としては間違いなく天才であったが、料理は少し奇天烈であった。彼女はあくまで我々の誘導を受けているだけであり我々の端末ではない。
「大丈夫なの?スコープ」
声が掛けられる。恐らくは学校で怪我をした件だろう。計算の内ではあるが心配をさせてしまっていたようだ。申し訳なさそうな顔をして謝罪をする。
「心配させてごめん。今は何ともないさ。」
食卓に目を向ける。赤い『何か』がある。形容するのならば『危険』という二文字が相応しいだろう存在。
ボクとオレが騒ぐ、まだこの料理に慣れていないのだろう。私はもう慣れているから問題ない。別に味覚がおかしくなったとかそういう訳ではなくて、ほぼ毎日食べてたら慣れるというだけだ。
私は目の前の煉獄に挑んだ。ボクとオレは地獄を味わった。
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16話:迎撃
私は目の前の発表に耳を澄ませていた。
ボクとしてはあまり興味はないがオレとしては大変素晴らしいと思わざるを得ない研究であった。
未来こそが至上なのだ。その点からの発表には好感が持てる。魔法師の軍事利用からの転換という未来の為の研究ならば賞賛しなくてどうするというのだ。
拍手喝采をする。例え我々の理想とは直接な関係がなかろうとも未来を目指したその理想は讃えて然るべきだ。
同時に私が思考をする。コレの利用はできないだろう。我々の理想を叶える為にはエネルギーが、熱量が必要だ。膨大な熱量がなくては計画の達成はない。目の前の装置は確かに多くのエネルギーを生産可能だが計画に組み込むには足りない。利用する程の旨味がない。
無意味な空想を描く。無価値な夢想を想う。
もしも、我々が人理補正式として動いていたのならば。魔法師の軍事利用等起きなかったのではないかのか。三千年、そう三千年もの時間を我々は計画の達成の為に浪費してきた。人理焼却の為に準備を行ってきた。
我々はかつて人間と未来に価値は無いと断じた。
数多の悲劇、数多の裏切り、数多の簒奪、数多の憎悪を見てきた。
だが我々が人類を補正していれば結果は変わったのではないのだろうか。人智を超越する高次元の知性体である我々ならば合理的に人類を支配できたのではないのか。
所詮は空想であり夢想であり妄想であり仮想でしかない。無意味で無価値で無意義なモノでしかない。
思考を打ち切る。会場に爆音と振動が届く。今回の私の役割はフォロー役。幾らあの女医の腕が良くても司波達也は一度腕を切断されている。最悪の事態を想定しなければならないしイレギュラーはなるべく排除する必要がある。
欲を言えば平景清は安全性の為に再改造したかったが更なる暴走が発生する可能性から断念せざるを得なかった。
そう考えている内にゲリラ兵が会場に侵入する。構えているのは対魔法師用の小銃、此処ら辺が頃合いだろう。
魔法陣が虚空に浮かび上がる。そして魔法陣の出現から数瞬もしない内に異様な風体の男が虚空から現れる。
手には刀を二本持ち、身体には鬼のような装飾が施された鎧を身に纏っている。そして纏う空気は重々しく禍々しい。此れなるは平景清、伝説においては実に三十七回も源頼朝を襲撃した怪人。
平家の怨念の化身とも言える存在であり、源氏に怨みを持つ者は誰であれ須く平景清となる。
司波達也にとっては一度戦ったと言える相手だ。
平河千秋の件を通してそのスペックは既に解明されている。魔法師でも対応が極めて困難な身体能力、触れるだけで呪いを流し込む二本の刀、そして数秒程の詠唱によって行使される摂理の刃。
最も危険視されているのは最後の摂理の刃である。身体能力と刀の呪いだけでも殆どの人間は瞬殺できるが司波達也に対してはその二つよりも摂理の刃の方が有効である。
しかし自己修復術式を貫通する摂理の刃は司波達也の不死性を突破できる手段であるが、真名解放まで数秒の時間が存在する。
実際司波達也は摂理の刃によって深手を負わされており、それ故に男が現れた時点で偽装を放棄して出せる限りの全力で雲散霧消を放つ。
本来ならば霊的存在であるサーヴァントには物質に作用する形で効果を発揮する雲散霧消が効かないが平景清がデミ・サーヴァントとして人間の肉体に憑依していた為にその効果が発揮された。
崩れてゆく肉体。時間神殿より送られた特攻兵は傷一つ付けられずに塵と化すが、彼が内包していた怨念が活動を開始する。源氏鏖殺に向けて邁進する怨の一文字背負いし復讐者が解き放たれる。
尤も現状、それを知るのは魔神のみであったが。
■
同時刻。国立魔法大学付属立川病院の病室の一室にて一人の男が倒れ伏していた。傍には病室のベッドに眠らされている平河千秋と銃口を男に向けている女医の姿がある。
事の発端はセーレが平河千秋を口封じとして殺害しようとした所から始まる。
麻酔によって昏睡状態へと強制的に移行させられた平河千秋から怨念、平景清を剥離させる為の古式魔法師の集団が来訪する日程が正式に決定された事もあり魔神柱は横浜での騒乱に乗じて平河千秋を殺害する計画が建てられた。
既に呂剛虎によって襲撃されていようと関係ない。一度襲撃された事によって更に強化された警備に臆する事もない。
観測所からの情報によって警備の情報なぞ全て既知のモノでしかない。デミ・サーヴァントとしての頑健な身体もおよそ魔神柱にとっては障害にすらならない。
実行犯はセーレ。霊基を維持する為に司一の姿での行動であったが並の魔法師なら一蹴できるだけの能力は備えられていた。
ましてや平河千秋の傍に居るのはロマニ・アーキマンのみ。銃器を所持していたようだが一時間前から仮眠に突入していた為にセーレは気付かれない内に殺害しようと平景清を転送するのと同時に転移して……。
頭部が破砕された。凶器が拳銃である事は理解できる。黒色で艶のある重厚なボディの拳銃。魔神柱達は知る由もないだろうがその拳銃は対幻想種用に純粋な科学技術で作られたロマニ自作の武器でありロマンが詰め込まれた逸品である。威力も桁違いで一撃で人間の頭部を消滅させる程である。
だがセーレが驚愕したのは其処ではない。さっきまでこの女は寝ていた筈なのだ。なのに魔法陣が浮かび上がった瞬間に発砲し、セーレが転移した時には弾丸が目前に迫っていた。
頭部が消滅する。血飛沫を上げる暇さえない。特製の銃弾はその衝撃によって
その余波によって頭部だけが欠損している人型の肉塊が後方へと吹き飛ぼうとして……
二発目が放たれる。間違いなく普通の人間に対しては過剰と呼べる攻撃。だが目の前の魔人は普通ではない。頭部を喪失して尚稼働する魔人に取り憑かれた者の末路は微かに指を動かそうとしていた。魔法師でもない人間程度ならそれだけの挙動で殺せる。
だがその挙動も心臓を消滅させられた余波によって狂う。出鱈目な挙動を描いた指に合わせて風がDr.ロマンに対して襲い掛かる。が、風はその右腕を切断するに留まった。頭部を吹き飛ばしても油断せずに即座に二発目を放つ判断を下したDr.ロマンを讃えるべきか、或いは頭部を消滅させられたにも関わらず命中すれば確実に相手を仕留められる程の魔法式を組み上げた魔人を讃えるべきか。
意見は分かれるかもしれないが、しかしこの刹那の邂逅でセーレ魔人体が討滅されDr.ロマンが右腕を切断された事は事実であった。
目の前の死体を見下ろしながら僕は考える。人を殺し右腕を断たれた直後にも関わらず、椅子に座りながら思考をしているのだから全く知らない人から見れば狂人だろう。そんな考えが少し浮かぶが構わずに思考をする。
(これで魔神柱の動きは大分停滞するだろう。現実世界で制限なく使える手駒を喪失したのだから現在出来るのは英霊によって討滅されるのも厭わずに魔神柱を顕現させる事のみ。)
そんな思考を巡らせながらも女医は手を止めずに己自身を治療する。腕を繋げ終わる。輸血の為の血液パックを手に入れるべくナースコールを押す。
急いでやって来たナースに簡単に事情を説明して輸血パックを求める。本来ならばセーレの死体については隠蔽したい所だが魔神柱の注目が集まっている都合上そうもいかない。
僕は帰りにレバーでも買おうと決心した。
■
脅威を排除した俺は襲撃してきた兵士に目を向けていた。先程殺した存在に比べれば楽勝だろう。尤も隠したかった雲散霧消を使ってしまったが使わなければ危なかったのだから仕方ない。凶弾を防ぎ、ナイフで襲い掛かってきた敵の腕を切り落とす。単純作業でしかない。そのまま鳩尾を拳で穿つ。そうして男は崩れ落ち──
──斬られる。目の前には先程と同じ様な鎧と二本の刀を持つ武者。一瞬混乱する。既に脅威を排除したという自分でも気付けない程の僅かな油断がこの結果に繋がっていた。
胴体を両断された事によって自己修復術式が発動する。一秒にも満たない刹那で肉体が修復されたが、再度切断される。
先程は魔法陣による予兆に対応して全力を出せた故に殺せたが、近距離まで近付かれた上に自己修復術式を発動させられてしまっている。
攻撃ができない隙をついて更に司波達也を殺そうとした平景清に対し、咄嗟に一条将輝によって放たれた爆裂が直撃する。
下半身を吹き飛ばされる男。だが死体を怨念が動かしているという特性上、下半身を吹き飛ばされただけで止まる筈もない。
テケテケという妖怪がいる。下半身が吹き飛ばされた男の姿はそれに類似するモノであった。違いを挙げるとするならば殺意の濃度であろうか?
怨念によって動かされる死体が源氏を鏖殺すべく駆動し続ける。腕だけで推進力を生み出し刀を突き立てる。血肉を咀嚼する。
無論そんな状態での攻撃が痛打になる訳でもない。その執念に恐ろしい物を感じつつも避ける。
そして俺を傷付けた事に怒った深雪が魔法を男に撃ち込む。瞬時に鎧と刀が塵と化す。
(何がトリガーだ?どういう仕組みか理解できない。死ぬ事がトリガーならば平河千秋が死んでいないのはおかしい、)
死した味方の変貌に硬直し、その隙に殺された侵入兵の死体が微かに動いた。
景清は不死身だ。屍と経験を積み上げて動き続ける怨霊だ。死んでは対策し死んでは蘇る。
その日司波達也は三十七度も平景清に襲撃され、その全てを退けた。
自己修復術式使用回数四十九回、宝具を受ける事三回、然れども死ぬ事はなかった。
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17話:灼熱のハロウィン
土屋 四方様、誤字報告ありがとうございます
10月31日。横浜事変の翌日に俺は対馬要塞に来ていた。未だに腕と脚の痛みが残り続けており、精神もまた疲弊していた。何度も何度も己を殺し得る怪物に襲撃されればこうもなろう。
寧ろこれだけで済んだのは幸運であった。突如として敵兵の死体が変異して襲い掛かってきたり三連続で強襲された事もあった。
途中で死体が残っている事がトリガーだと気付いてからは塵すら残さないように分解したから大分落ち着いたが、それに気付くまでに傷を負い過ぎてしまった。
あの怪物が深雪達に襲い掛からなかったのは不幸中の幸いだろう。というか執拗に俺だけを狙い続けてきた所には不気味さすら感じられた。
何回も他の魔法師を殺すチャンスがありながらもその全てを無視して襲ってくるモノだから何者かの意図を感じずにはいられなかった。
斬られた腕と脚は何とか治療できたが今でも少し動かし辛い。リハビリが必要だと言ってくれたDr.ロマンの言葉が蘇る。
あの人も確か病室に侵入してきた司一と交戦して腕を切断された筈なのにたったの数時間で腕を治療していたしやっぱり何処かのエージェントなのではないか?
そんな疑惑を振り払って俺は目の前の事に集中する。サード・アイを用いて敵陣の戦闘旗にマテリアル・バーストを使用する。
敵艦隊の消滅を確認して、サード・アイを降ろし帰還しようとする。戦略級魔法の凄まじさを目の当たりにして動揺する者達もいたがそんな事は関係な──
「報告いたします!時計塔から文書が届きました!」
若い士官が部屋に入るなりそう叫ぶ。今さっき大亜細亜連合の艦隊が消滅したのにも関わらず全く知らない組織からの文書に慌てる若い士官に対して誰かが言葉を発する。
「そんなに慌てるな。文書には何と書いてあったんだ?」
当然の疑問であろう。内容が分からなければ反応のしようがない。ここにいる人間の大半が時計塔という組織も知らぬであろう。
だが達也は例外である。友人であるスコープ・ライノールより予め時計塔についての知識を有していたが故に思考を回し始める。
(時計塔。英国の非合法古式魔法師団体だったか?このタイミングで何をしようとしている。)
だがそんな思考も次の瞬間に吹き飛ばされる。若い士官が発した文書の内容は衝撃的と言わざるを得ないレベルの物であった。
「はっ!何でも戦略級魔法師である四葉達也どのに共同戦線の申し出をしたいのだとか。」
情報が漏洩している。何故自分の情報が漏洩しているのかが理解できない。時計塔からのスパイでも居たのか?
だがスコープは生まれも育ちも日本だ。時計塔との関わりも薄い。だとすれば時計塔に在籍していたロマニ・アーキマンかだろうか?だがそれにしてもどうやって情報を見つけた。いや、そもそも共同戦線とはどういう
高速で頭を回転させる。情報が足りない。時計塔は何と敵対している、時計塔は何が目的なのだ。
戦略級魔法師の素性が漏洩している事実に震える他者を置き去りに若い士官に文書について尋ねる。
内容としては概ね英霊召喚という古式魔法を悪用する者が日本に潜んでいる。それを滅ぼす為に部隊を派遣するので協力して対処して欲しいとの事であった。
マッチポンプかと疑うがマッチポンプだとしても意味が分からない。送られる人員についても詳細に記されており、既に出港した事も記されていた。
不安を抱えながらも、後世に灼熱のハロウィンと呼ばれる日を俺は終えた。
■
我は小型の船舶に乗って日本に向かおうとしていた。時計塔院長としての業務は補佐のバルトメロイに丸投げしている。アトラスの契約書と引き換えにすればブラックバレルは入手できるだろう。
船と言ってもその形は異端も異端。クジラを模した形の船であり、今にでも動き出しそうな質感を持っている。勿論理由がある。この船は元々水棲の幻想種であった。霊墓アルビオンで狩猟された生命であり、ブリシサンが直々に船に改造したのである。
兵士達が乗り込む。彼は英国軍の兵士であったがウッドワスとの交流によって絆を築き上げていた。その心の隙間に我は暗示を掛ける。我はランサーを伴って船に乗り込んだ。
目的地は日本、途中エジプトに寄ってブラックバレルを入手する。
目標は決まった。ならば後は進むのみ───
■
2095年10月31日未明。北大西洋にて
とある船の残骸が転がっている。周囲には戦いの跡が刻まれている。
発端は魔神柱の出現。ブラックバレルを危険視した魔神柱は英霊召喚によるカウンターも厭わずに魔神ザガンを顕現させた。
魔神ザガン。
伝承においては
「序列61位。
33の軍団を率いる地獄の王にして総裁。
ワインを水に、水をワインに、そしてあらゆる金属をその土地にある硬貨に変換させることが出来る。 」
とされている悪魔である。
そしてソロモン王によって与えられた能力は金属の変換。
それを用いて魔神ザガンは出現と同時に兵士達の鉄分を交換して殺害した。勿論、ブリシサンも対象であったが咄嗟の結界によって防げた。ランサーとウッドワスも血の通わない存在である故に能力を無効化したが、兵士は軒並み全滅した。
絆が生まれていた部下を皆殺しにされたウッドワスは怒り狂い咆哮を上げる。衝撃波とも形容できる咆哮によって海は荒ぶり、咆哮を叩きつけられたザガンは弾き飛ばされた。
同時に英霊召喚がその真価を発揮する。確実に魔神ザガンを滅ぼせる英霊として騎士王を召喚する。
聖槍を手に持つ嵐の王の顕現。それに呼応するかのようにランサーがその宝具を開帳する。因果逆転の槍ではない。
そも目の前の相手には命中よりも威力を重視した方が良いという理由で対軍宝具が一柱の魔神を殺害する為だけに放たれる。
「
対軍宝具の名に相応しい威力が余す事なくザガンに叩き込まれる。その醜悪な肉体が穿たれ削られる。
だが怪物は未だに健在。夥しい量の魔力を照射する準備を即座に終えて放つ。
『身の程を知れ!焼却式ザガン』
放たれた破滅の一撃が船を吹き飛ばす。それでも消滅しない辺り、流石は幻想種製の船であろう。
ブリシサンは結界によって己を守護し、ウッドワスは単純な防御力で身を護り、両者とも傷一つ付くことはなかった。
沈みゆく甲板の上からウッドワスが跳躍する。音速を超える跳躍によってソニックブームが発生するが、気にも留めない。己の部下を殺害した敵に誅罰を下そうと思い切り腕を振るう。
亜鈴であるウッドワスの全力の攻撃によって魔神柱が壊される。それでも怒り狂った狼は止まらない。蹴る殴る蹴る蹴る殴る蹴る殴る殴る殴る殴る蹴る殴る殴る蹴る蹴る蹴る蹴る。壊される、解体される。聳え立つ魔神柱が怒涛の攻撃によって破壊されてゆく。
だがそれでも魔神ザガンは再生を続ける。彼の役割は遅延である。故に全力で抵抗を続ける。ブリシサンの魔力によって可能となる連続真名解放が襲いくる。単純な暴力の化身であるウッドワスの攻撃を撃ち込まれ続ける。
構わない。ザガンの目的は船を破壊した時点で殆ど達成されている。
時間神殿から送られる魔力を用いて再生し続けるザガンであったがエルサレムの神杯は絶対に討滅可能な戦力しか送り込まない。
聖槍ロンゴミニアドを保有する嵐の王がその真価を発揮しようとする。ザガンは半ば惰性で時間神殿から送られる魔力を迎撃に転用する。真名解放の僅かな隙に再生すらも放棄した全力の焼却式を放とうとする。
「最果てより光を放て。其は空を裂き地を繋ぐ、」
『遅い!焼却式ザガ──』
しかし当たらない。神代より生存し続ける魔術師が防ぐ。高速詠唱によって急速に五大元素が収束し加速する。真エーテルが顕現する。
そして目の前を破壊する為の
「神代の残り香を堪能しろ。真エーテル、解放」
焼却式と真エーテルがぶつかり合い相殺される。その衝撃で津波が発生する。勿論ブリシサンは欠片も気にしない。そして焼却式が防がれた以上ザガンは最早打つ手なしであり、
「嵐の錨!
ザガンは光の奔流に飲み込まれて消え去った。
■
そんなこんなで我は遭難した。いや、遭難というか魔神柱の襲撃で船を破壊された。
……此処から徒歩でアトラス院行って日本行くとなると大分アレだな。
しかも派手にやったせいで魔法師が向かってきてるし。あの英霊クレーター作る事ないだろう。後処理が今からでも面倒臭い。
だがアトラスの契約書は無事、ウッドワスも落ち着いた。ランサーも健在。さて、アトラシアの後継者の顔を拝みに行きますか!
■
僕は戦略級魔法にドン引きしていた。当たり前である、あんな破壊力のある魔術とかソロモン時代でもあまり使わなかったぞ。
別に初めて知った訳ではないが何度見ても恐ろしいものだ。同時にこんな恐ろしい魔法も支配できる十の指環は更に恐ろしい。
指環がゲーティアの手の中にある以上は正直ゲーティアが現実世界に出てくるだけで地球がヤバい。英霊召喚も僕の推測が正しければネガ・サモンで潰されるのだからどうしようもない。
ゲーティアの目的がエルサレムの神杯の破壊だからまだ直接出てこないであろう事が救いだ。
司波達也も司波達也で大分おかしいがな。突然変異にしてももっと自重して欲しい。攻撃力高過ぎじゃないか?絶対過剰だろ。
まあそんな事は良い。問題はセーレを撃ち殺したせいでちょっと動き辛くなった事だ。あれを機に僕は恐らく魔神柱に警戒された。観測所なら人間一人を常に観測し続けるくらいどうって事ないだろう。僕が保証する。
ブリシサンと連絡取りたいけどこの状況で取ったらそれこそ殺されそうだしな。流石に魔神柱は出さないにしても普通に刺客を送ってきそうだし。今の僕サーヴァントと戦える力とかないんだよなぁ。
そんな事を思いながらニュースを見てると速報が入ってきた。
マテリアル・バースト関連は既に速報として放送してるから少なくとも違うだろう。興味を抱いた僕はそれを見て、絶句した。
「北大西洋で大地震!?現地の人々は怪物を目撃したと証言」
一瞬読むかどうか躊躇する。魔神柱に監視されている現状で見ていいのか、更に目をつけられないのか。そういった疑念が僅かばかり湧き上がるが無視してニュースを閲覧する。
光の柱だの肉の柱だのと言った情報で察した。魔神柱が現実世界に来るとは。英霊召喚の隠蔽も出来てないっぽいし僕はとても憂鬱になった。
そんな事を考えていれば端末に連絡が入る。送り主は司波達也、こんな真夜中に何の用かと思う。
もしかして僕って夜更かしするタイプに見えるのでだろうか?事実そうなのだがもう少し遠慮して欲しかった。
内容としては時計塔関連だろう。魔神柱に監視されている状況で何処まで話していいのか悩むが取り敢えず聞かない事には始まらない。
「夜更かしはダメだよ〜」
この後メチャクチャ説明した。
■
『ザガンより報告。遅延作戦は成功した。船員はブリシサンとウッドワス、クー・フーリンを除いて全滅。船も轟沈した、また戦闘に反応した現地軍と接触している』
『イポスより称賛。ウッドワス、ブリシサン、ランサーの三名を突破して移動手段を削ってくれたのは実に喜ばしい。日本に辿り着かれては大変困る』
『ウァプラより警告。ブリシサン一行が現地軍を殲滅してアトラス院へと向かっている。目的は推論の通りブラックバレルであろう。アトラスの契約書が確認されている』
『グラシャ=ラボラスより追記。アトラス院は現在封鎖されているが扉を開ける為の手段をブリシサンが有している事は明らかである。仮に持っていたとしてもコストとリターンが釣り合わない故に奪還しようとはしていなかったが今後はどうする?』
『ベリトより帰還。なのだが、何故魔神柱としての姿を晒した?この間抜け共が!統括局は何をしていたのだ!』
『オリアスより嘲笑。こういう事態が発生するから接続を切る方が馬鹿なのだ。簡単に言えば我々の存在が第一次人理定礎破壊の記録によってエルサレムの神杯より露呈したと推測されている』
『ベリトより困惑。前言撤回だ。そんな大事な事を何故今の今まで察知できなかった!職務怠慢どころではないだろうが!』
『フォルネウスより弁解。我々にとってエルサレムの神杯の破壊は時計塔事件の際には既に決定事項であった。破壊するという点に目を奪われていて神杯そのものには目を向けていなかった』
『バルバトスより疑問。ブリシサン一行にはどう対処する?神杯が健在な状況下では英霊召喚も相まって奴らの討伐が不可能だ』
『フェニクスより回答。兎に角妨害し続ける。ウッドワスとクー・フーリンはブラックバレルに触れないだろう。必然ブラックバレルを持つのはブリシサンという事になる』
『ハルファスより代弁。だから徹底してブリシサンの行動を妨害し続ければ一行の動きを停滞させられる。本来ならば司波達也には時計塔と敵対して欲しかったがこの際保険を使っても構わない』
『ザガンより苦情。聖杯と同規模の魔力炉を与えられて尚ボコボコにされたのだが』
『バアルより了解。妨害はサーヴァントと我らが共に行うのだな。司波達也を利用するタイミングはどうする?』
『ゼパルより提案。本来なら即座に行うべきだが、ブリシサンと結託していると見られるロマニ・アーキマンの目がない状況が望ましい』
『ゲーティアより決定。妨害役は古くからの伝統である"コイン"を用いて決める。異論は許さん』
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来訪者編
18話:送別
目障り。私にとって灼熱のハロウィン以降のDr.ロマンを形容するのに最も相応しい言葉はそれであった。
彼女は魔神柱を認識している。故に即座に排除したいのだが英霊召喚に引っ掛からずに行動できるのが現状私しかいない。魔神柱を投入しても英霊に殺されるだろうし、私が殺そうとしても常に警戒している。
一人でいる時には常に警戒を続け、人の目がある所で効率的に休息するなどといった姑息な手段で私の手から逃れている。
ボクとオレにとっても合理的だとは思うが苛立ちが募る。いや、今もアフリカ大陸で延々と狩られ続けている同胞の苦痛に比べれば遥かにマシではあるが。
只管に再誕しては英霊と一緒にブリシサン一行に交代制で狩られるのは遠慮したい。最早作業みたいに伐採されてるからな。
夜はクー・フーリンに戦闘させて昼は歩きながらブリシサンとウッドワスが戦闘。神杯も飽きたのか同じ英霊達を延々と使う始末。
肉体的には問題ないだろうが精神的には疲弊しているだろう。疲弊してるといいなぁ。一応移動速度を少しは遅らせられている以上効果はある筈である。
世界各国に我々の存在が認識されているが虚数魔術を使える存在が極僅かである故に時間神殿にはどうやっても辿り着けない故に問題ない。
寧ろブリシサンを危険視して戦略級魔法でも撃ち込んで貰いたいものだ。流石の奴でも戦略級魔法は防げないのだから虚数空間に避難するだろうし、其処で打倒できれば万々歳だ。
尤も確実にそんな事はないと断言できるが。何せ裏切りの魔女が召喚されている。我々が戦略級魔法を使おうとする度に奴の宝具で初期化されている。腹立たしい事この上ない。
そんな事を私、スコープ・ライノールは北山雫の送別会で考えていた。交換留学の許可が下りた件については灼熱のハロウィン以外にも我々のアフリカ方面での活動が一因となっているのであろう。
ブリシサン一行と我々の衝突で少なくない被害が出ている。単純に焼け野原になっているのではない。寧ろ我々は魔力照射以外の攻撃は忌々しい魔女の宝具によって行えない。
問題はブリシサンの真エーテル生成だ。真エーテルに触れるだけで破裂して死亡する事例が多すぎて禁足地認定されている。この分だと奴らが日本に辿り着いても入れて貰えないだろう。いい気味だ。
「留学先はアメリカの何処?」
意識を戻す。北山雫の留学先についての質問か。正直何処でも良い。彼女が死んだ所で少しばかり心が痛むだけだ、計画に支障はない。
「バークレー」
賢明な判断だ。素晴らしい、彼女に命の危機が迫らなくて良かった。行き先を調べる分のリソースも温存できたしファインプレーだ。
ケーキを味わう。クリームはまるで宝石のように煌めいており雪を連想させる白さだ。スポンジもまた素晴らしい。フワフワの食感がクリームと調和して神経を刺激する。
そして何よりも苺!赤い王冠、ケーキの主役!噛むだけで果汁が口内を迸り多幸感を齎してくれる。
でももうちょっと甘い方が好みだな。練乳を直接摂取する。ボクとオレとしてはお前の味覚はイカれちまったと言う他ない。甘さの暴力だ、今すぐにでも吐き出したい。
「その、食べている最中申し訳ないんだがスコープ。時計塔の院長について知っている事はあるか?」
…会話の流れについていけない。ウヴァル、グシオン。どういう会話の流れでこの質問が発せられた?
黙れ。お前の度を越した甘味好きのせいで意識が逸れていた。ボクもオレもわからないから適当に答えておけ。
「昔からずっと生きているよ、何でも千歳を優に超えるらしい。」
当たり障りのない返答をする。真エーテルとか使う魔術について答えたら何故知っているのかという事になってしまうからな。
「そ、そうか。ところで何本練乳を飲んでいるんだ…?」
少し引き攣った顔で達也が質問してくる。見回してみれば皆同じように顔を引き攣らせている。何かやってしまっただろうか?
練乳を口にぶち込んでれば当たり前だろうが、何さも周りがおかしいみたいな態度取ってんだ自覚しろこの甘味狂い。
やめようグシオン。こいつの頭は十数年の人間生活でイカれちまった。何も言っても無駄に違いないよ。きっと日々の激辛料理で味覚が壊れたんだ。
だとしても魔神ともあろうものが情けない。オレなら……いやでもあの料理を毎日食ってたら仕方ないかもしれないな。優しくしてあげよう。
「大丈夫。二十本は持って来たよ。」
((そういう事じゃないんだよなぁ))
……ボクが代わりに喋らせて貰うよフラウロス。頼むぞウヴァル、オレはちょっとフラウロス抑えてるから。貴様ら私の何が気に入らなかったのだ!
スコープ・ライノールが練乳をテーブルに置く。先程までの少し目が虚な姿から一瞬で平時の理知的な姿に戻った落差に一同が更に顔を引き攣らせた。
「で、時計塔の院長の話に戻るんだけど。」
「お前割とメンタル強いな。」
困惑の言葉が思わず口から出る。さっきまで己の異常性を隠しすらせずにさも当たり前と言わんばかりに見せつけ、ドン引かれていたというのに何事もなかったかのように話題を修正したのだから仕方ない。
「さっきのはジョークだよ、ジョーク。まさか本当に練乳をがぶ飲みする訳ないだろう?」
勿論嘘である。さっきまで本当に練乳をがぶ飲みしていた。全くもって面の皮が厚い限りである。
「そうか…そうか……」
見ろ、あの司波達也まで困惑している。私を抑えながら解説するなグシオン。黙れと言っただろうが!
「とにかく万能だね。大体の基礎魔術を極めて高い水準で修めているらしい。」
嘘ではない。事実殆どの基礎的な魔術を修めているけど結構な頻度で特異な魔術を使うだけだ。
というかDr.ロマン普通に眠ってるじゃねぇか。おぉ、今すぐにでも殺しに行きたいのにそれができねぇとは。
セーレがいれば話は違ったんだろうがね、それはそれとして女性の寝室の覗くのは些かどうかと思うが。
「スコープ。お前は、時計塔院長と接触するべきだと思うか?」
して欲しくない。切実に接触するのはやめて欲しい。頭の中で返答を組み立てる。接触しない方向に誘導しなければならない。
「やめた方が良いだろう。危険すぎる。」
適当に会話を交わす。時々飛んでくる質問に返事をしながら思考を巡らせる。議題はいつ司波達也を利用するかだ。
今すぐに魔法式を組み上げても制圧されるだけだ。故に魔法や魔術ではなく科学技術を用いた兵器で攻撃したい。現在時間神殿で威力の調整を行なっているが、実験がまだ終わっていない。
絶好のチャンスを逃すのは口惜しいが仕方あるまい。
本当に口惜しいが仕方ない!
■
僕はアラームの音に目を醒ました。時刻を見れば12月25月の午前一時ピッタリ。久しぶりによく眠れた気がする。
肉体面での健康はなんとか自分で調整できるが精神面での疲労はそうもいかない。正直常に警戒し続けるのはつらい。
魔神柱達に僕がソロモンだとバレないように情報を司波達也に提供したが多分アイツ僕の事とかあんまり護ってくれなさそうなんだよね。
魔神柱もブリシサンもやり過ぎなんだよなァ。戦略級魔法とかに比べれば抑えめだか二次被害が大きすぎる。そのせいで一切の信頼が得られない羽目になってしまったし。
電話が掛かってくる。名前は…司波達也。北山雫の留学送別会をしていた筈だが──スコープ・ライノールの予定は極力把握するようにしている──何の用だろうか?
「やあ達也君。夜更かしし過ぎると肌が荒れるから早めに済ませて欲しいね。」
嘘である。スコープ・ライノールが自由である限り僕は警戒を続けないといけない。何せ今の僕では簡単に殺されてしまう、次の瞬間に目の前に転移してこない保障もない。
「貴女は確か時計塔の院長と面識があった筈だ。」
ある。メチャメチャある。なんたって
「そうだね。随分とお世話になったよ。」
「ならアフリカでの行動の目的を教えてくれないか?」
アトラス院の兵器を入手する為。ではあるが、此処で答えていいのだろうか?無論魔神柱達は既に知っているだろうがどの程度まで彼に話せば良いのか。
「強力な兵器を入手する為だよ。じゃあさようなら」
「待t」
切る。会話に頭を使いたくない。一々演技をするのも飽きてきた。そもそも僕が居ても特に出来る事とかないんだよね。
ソロモンの姿に戻れば魔神柱を殲滅する事はできるかもしれないがゲーティアは無理だ。ネガ・サモンをゲーティアが持ってたら
それに僕には消える覚悟なんてない。抱ける筈もない。生きていたい、人生を謳歌したい。性根がどうしようもない凡人なのだ。
だから僕はブラックバレルに縋る。私が消えずにゲーティアを倒せるかもしれない
また、長い夜が始まった。
迷走している気がする。
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19話:転校生
私は目の前の女の自己紹介を聞いていた。私にしてみれば初詣で一度目にした素晴らしいセンスの持ち主でしかないのだが、時間神殿からの情報によればスターズ総隊長で戦略級魔法師であるらしい。
…余剰次元理論に基づくマイクロブラックホール生成・蒸発実験にパラノーマル・パラサイト。正直処理に困る、何なら放置したいが流石に非効率的だろう。
取り敢えず自己紹介だ。人間社会で暮らすのに自己紹介は欠かせない常識だ。ボクは貴様のやらかしを忘れてないからな、常識を語るな。オレはこれからもっと常識を身に付けて貰いたいと思うが、そもそもこの段階まで行けばあまり常識とか関係ないような気もするな。
「私の名前はスコープ・ライノール、これから三ヶ月よろしく頼むよリーナさん。」
取り敢えずオレの能力で親近感でも抱かせるか?お互い純日本人じゃないっていう共通点もあるし不審には思われないだろうし。
バレた時が怖い。精神干渉系の魔法が使えると誤解される危険性を考えてボクは反対だ。
私としては最後まで取っておきたい。初見殺しとして機能させる為には先ず初見でなくてはならないならな。
「ライノールって、あのライノール?」
どのライノール?ウヴァル、グシオン他にライノール家が存在するのか?
魔術師の家系でライノール家は我々だけの筈だ。
「ドイツの名門で何年か前に全滅したっていう。」
…ドイツの本家の話か。何処でUSNAがそんな事を知ったのかは興味ないが何か反応を返しておくか。
「全滅した?ライノール家が?」
「えぇ。貴方は知らなかったの?」
「聞いた事もない。帰ったら母に尋ねてみるよ。教えてくれてありがとう、リーナさん。」
この女の魔法力を鑑みれば正面戦闘は魔人体であっても避けたいな。いや、それは元からだが。
今後はアンジェリーナ=クドウ=シールズの性格の把握を優先的に行うとするか。
■
食堂で俺はUSNAからの留学生、或いは留学生として潜入してきたアンジェリーナ=クドウ=シールズを警戒しながらスコープの話を聞いていた。
「何でもライノールの本家が全滅していたらしくてね。私としては本家の遺産を全て相続したいんだけどどうすれば良いと思う?」
突拍子がない。情報量が多すぎる。本家が全滅?遺産を相続したい?俺は一年近い学校生活の中で目の前の優等生が天然ボケだと思い始めていた。
実技も理論も五位以内に入り続けておきながら日常生活ではどうしてこうも変わり果ててしまうのだろうか。
実習で深雪相手に勝率三割をキープしつつ理論も平均90代、そんな好成績でありながら人当たりも悪くない。勿体ないという言葉が脳裏に浮かぶ。
俺は考えるのも疲れて言葉を吐き出した。
「そもそも何処で本家が全滅したなんて知ったんだ?」
「リーナさんに教えて貰ってね。間桐さんも多分知っていただろうに何で言ってくれなかっただろうか。」
間桐、確か外務省の高官にそんな人間が居たな。何でもスコープの保護者らしいが、まあ伝えたくない気持ちもわかる。長年付き合ってきたからこその判断だろう。
「しかし本家はドイツにあるのですよね?遺産を取りに行くのも難しいのではないですか?」
俺の考えを深雪が代弁してくれる。魔法師は海外渡航が厳重に管理されているのが常識だ。今回の交換留学だって灼熱のハロウィンの影響で許可された特例だ。
「確かにそうだな。国に任せるよりは私に任せた方が有効活用できるだろうに…」
強ち間違いではないのかもしれないのが面倒臭い所だな。スコープの性格はともかく優秀である事は疑いようもないのがタチが悪い。
しかしドイツ、欧州と言えば最近はアフリカでの時計塔の活動にご執心のようだ。自国の近辺で暴れられているのだから無理もないだろう。
時計塔の院長についてはスコープとDr.ロマンからの情報しか得られていないが間違いなく熟練の魔法師だろう。
後でDr.ロマンを詰問する事を決めて俺は再び会話に戻る。
「スコープは本家が全滅したって聞いてどういう気持ちなんだ?」
スコープ自身はライノール家で育っていない。母親がライノール家から逃れる為に亡命した事くらいしか知らないだろう。そんな彼がどういう気持ちを抱いているのか知りたくなった。
「別に、何も?」
心底不思議そうな顔でスコープはそう言った。そんな質問をするなんて意味がわからないと言いたげな顔だ。悲嘆も愉悦も存在しない空っぽな声音。
「ちょっと冷たすぎるんじゃない?」
エリカが静寂に耐えきれなくなったのか口を開く。スコープが纏う空虚な雰囲気を吹き飛ばそうとする。
途端、空虚さは霧散した。スコープの無機質なすら感じさせる顔が困ったように様相を変える。人間味を取り戻したスコープが弁解をするように言葉を発する。
「正直実感がないからね。母なら別の感情を抱くかもしれないが私としては他人事のように感じられてしまうのさ。」
スコープ・ライノールは変人だ。時々、人間ではないナニカと話しているような気分になる。
■
『バティンより報告。アトラス院の攻性理論を第十三層まで突破。されども破壊に至らず英霊によって討滅された』
『サレオスより追記。尚かつ我々の活動を危険視した新ソビエト連邦がイーゴリ・アンドレイビッチ・ベゾブラゾフを投入した。トゥーマン・ボンバが使用され三割の質量が破壊された』
『アイムより報告。クー・フーリンがブリシサンとウッドワスのアトラス院突入時に離脱。霊体化したまま日本へ直行している』
『イポスより予測。我々の遅延戦術によってブリシサン一行は二ヶ月掛けても大陸を走破できていない。クー・フーリンが抜けたならば更に遅れるだろう』
『モラクスより追記。だが霊体化したクー・フーリンは止められない。最高速度で直進し続けている。近い内に日本に到達するだろう』
『ナベリウスより提案。USNAの実験で来訪したパラノーマル・パラサイトとの協力体制を築くのはどうだろうか?英霊召喚に引っ掛からない駒として奴ら利用できるだろう』
『グシオンより了解。念の為オレが主体となった魔人体として活動しサイオンの特性を誤魔化そう』
『ボティスより確認。我々が司波達也を利用する為に爆弾を仕掛けるタイミングは何時にする?』
『フラウロスより返答。場所が未確定だ。更に現在Dr.ロマンは私が魔神柱だと喧伝していないが理解しているだろう。時計塔側の存在であるクー・フーリンがDr.ロマンの元へ辿り着く前に殺害しておきたい』
『プルソンより再確認。Dr.ロマンは基本的に魔人体で殺害できる故に問題はない。セーレが殺されたのは奴が間抜けだったからだ。今考えたいのは司波深雪に確実に損傷を与えられるタイミングだ』
『セーレより抗議。誰が間抜けだと言うのだ。Dr.ロマンのバイタルをよく確認しておらず凶器の所持を見逃していた観測所の失態ではないのかね』
『フォルネウスより反論。バイタル自体はノンレム睡眠を示していた。銃については所持者が睡眠中であるが故に無意味だと判断していたのだ』
『ゼパルより転換。司波深雪に損傷を与えられるタイミングは司波達也が警戒を解いたタイミングが好ましい。必要とあればサーヴァントを召喚し、サーヴァントが打倒されたタイミングで攻撃するのも良いだろう』
『アイムより報告。ブリシサンとウッドワスがアトラス院から帰還。ブリシサンがブラックバレルを保有しているのを確認した』
『バアルより推論。ブラックバレルが持ち出された以上『蛇』と『鴉』と『獅子』は問題ないだろう。神秘が深すぎる故にブリシサンに近付けない』
『ゲーティアより決定。優先順位は上から順にパラノーマル・パラサイトと接触、盤面の整理と爆弾の設置、Dr.ロマンの殺害だ』
■
エジプトの一角が異形の怪物共によって襲撃を受けていた。
アトラス院。三大魔術協会の一つであり、人類の未来の為に研究を続ける魔術師の巣窟。だが現在、アトラス院は二重の攻撃に晒されていた。
一つ、魔神柱による攻撃。時間神殿から無尽蔵に支給される魔力に任せて非効率極まりない魔力照射と体当たりで防壁を少しずつ削っていた。
二つ、外国からの攻撃。新ソビエト連邦、西EU、東EUが力を合わせてアトラス院と魔神柱を攻撃していた。
大量の中距離弾道ミサイルにクラスター爆弾、焼夷弾に地中貫通爆弾にロケット弾。
地中海を対象にした戦略級魔法『トゥーマン・ボンバ』まで用いた国家群の攻勢はアトラス院の防壁こそ壊さなかったが魔神柱を三柱討滅する事には成功していた。
山のような威容を誇り、数多の魔法を操り、鋼鉄を遥かに凌ぐ肉体を保有する魔神柱を人類の叡智が消滅させたのだ。
裏切りの魔女の宝具によって魔神柱達が対熱障壁、物理障壁等の魔法が使えなかった事も一因かもしれないが紛れもない快挙であった。
……尤も魔神柱はすぐに再誕したのだが。埒外の妖魔。人間に寄生せずに独立して活動する超常的存在。
通常兵器でも破壊や殺害は可能であるが再生する。素の耐久力が極めて高い。出現と同時に高位の霊的存在が討滅にかかる。
総評としては時間制限が存在する怪獣といった所であろうか。殺しても再生するのならば攻撃は徒労。放置しても対処されるのならば自国の防衛に専念するだけで良いだろう。
世界は二ヶ月の間に魔神柱の脅威をそのように把握した。
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20話:吸血鬼
夜の渋谷を二人の狩人が疾走する。スターズより脱走した衛星級兵士のサイオン波を追おうとして、
気絶した。否、気絶させられた。
路地裏から異形が這い出る。パラサイトとは異なり肉体自体が変異している悍ましい姿。
菱形の眼球がギョロギョロと蠢く。顔からは何本も醜悪な肉柱が屹立していて窺えない。上半身は露出しているがラクダのような毛に覆われている。
二人を気絶させた原理は簡単だ。不意打ちで酸素濃度を弄り昏睡させただけ。しかし死角から一瞬で行使されたが故に抵抗すら許されずに二人のハンターは地に沈んだ。
二人が追跡していた脱走兵。正確には脱走兵に宿るパラサイトに向けて異形の魔人が語り掛ける。
『我々と手を組まないか?パラサイト』
端的な問い掛け。魔人の目的は自由に動かせる手駒であり、その為にパラサイトに目を付けたのだ。
不気味に発光する赤い双眸がパラサイトに向けられる。パラサイトは突如現れた存在に対して警戒を維持したまま問い返す。
「我々にとってのメリットは?」
至極当然の質問であろう。無条件で働かせられる事を許容できるような精神をパラサイトはしていない。
故に問い掛けられたパラサイト側のメリットの提示を行う為に魔人は面倒臭そうに口を開いた。
『プシオンを供給してやろう。貴様らも枯渇していた頃だろう?』
傲岸不遜に魔人は答えを返す。それらプシオンを吸収しなければ存在できないパラサイトを嘲っているようでもあった。
実際そうなのだろう。魔人はあくまでも駒を必要としているだけであり、パラサイトの意志に全く興味がない。
だからこそパラサイトはその提案を拒否するのだ。
「断る。」
直感ではあるが、パラサイトは眼前の存在との共闘が最終的には不利益になると認識して拒否する。
『…余程死にたいらしいな』
即座に魔人が臨戦態勢へと移行し、パラサイトもそれに追随するように臨戦態勢へと移行した。
菱形の眼球に魔力が籠められて発光し始める。同時にパサライトが魔法式を組み立てる。
現時点で周囲にはパラサイトが二匹、更に言えば魔人には現在ウヴァルだけが能力を憑依させている。
フラウロスはスコープ・ライノールとして活動する関係上魔人としての活動は控えており、グシオンは計画の要である為に能力を晒せない。
魔人が使えるのは膨大な魔力と感情付与の能力だけであり、膨大な魔力も肉体が耐え切れる程度の出力に限られる。
その状態で二匹のパラサイトと交戦するならば魔人の勝率精々が四割程度だろう。故に勝利したいのならば狙うべきは各個撃破である。
パラサイトと魔人ウヴァルが睨み合う。先に仕掛けたのは魔人の方であり、
限界間近の出力を誇る埒外の魔力が魔人の足元の地面に向けて放たれた。
爆散する地面。轟く地響き。眩い閃光が路地裏を照らし出す。轟音によってパラサイトが憑依する人間の鼓膜を破壊するが、狙いは其処ではない。
音と閃光で周囲を撹乱した魔人はほくそ笑む。多くの魔法師が此方に向けて移動を開始したのを観測所を通して知覚した魔人はすぐさま逃走を開始する。
強化魔術で肉体性能を底上げする。元より魔人であるが故に時速100km近くの速さで疾走できる肉体が膨大な魔力と最高効率の強化魔術によって亜音速にまで達する。
亜音速で移動しながら魔力による砲撃で以て監視カメラを見つけ次第消し飛ばす。
サイオンの特性を捉えられた所で問題はない。ウヴァルとフラウロス(スコープ・ライノール)のサイオンは違うのだからバレても魔人=スコープ・ライノールだとは発覚しない。
だが魔人からスコープ・ライノールに戻る姿を観測されれば計画が台無しだ。故に監視カメラを片っ端から破壊し、人工衛星を片っ端から消滅させていたのだ。
人工衛星が撃墜可能だと露呈するのと、スコープ・ライノールが魔神柱の端末であると露呈するのを比べた結果、魔神柱は人工衛星の総撃墜を決定したのである。
魔人ウヴァルは人工衛星が破壊された事を確認して、スコープ・ライノールの姿へと戻った。
──その日、人類は震撼した。
■
僕は病院で西城レオンハルトの容態を診ていた。こういう時に医者の肩書きは便利なのだ。
それなりに名が通っている上に患者が通っている学校の保険医である事も手伝って僕は簡単に通る事ができた。
「命に別状はなし。だが衰弱している為に暫くは安静にすべきだろう。」
彼のお姉さんとお見舞いに来た彼の同級生に容態を尋ねられた為にそう返す。
「衰弱の原因は分かりますか?」
司波達也がそう問い掛けてくる。顔には焦りが浮かんでおり、いつもの鉄面皮が崩れている。
無理もない。同級生が何者かに襲われたとなれば冷静では居られないのだろう。
「僕が診た限りでは判明していない。つまり魔法的なアプローチによって衰弱しているという事だね。」
少しばかりお見舞いに来ていた生徒達の表情が崩れる。何せ目の前の女医は魔法的アプローチだと断言した。自分の見逃しの可能性など一切考慮せずに断言する自信に思わず苦笑してしまう。
「じゃあ後は若い人同士で〜」
「いえ、この後少し時間を頂けますか?」
お見合いの常套句を吐いて退散しようとした僕を達也君が引き留める。でも言い方か良くない。深雪ちゃんが僕を殺しそうな勢いで睨んで来てるからね!
怖すぎる。もっと穏やかにいけないものだろうか。
■
俺は時計塔と繋がりのある目の前の女医を詰問していた。深雪と、一応時計塔についての知識を持つスコープを伴ってだ。
「Dr.ロマン。貴女はパラサイトについて知っていたか?」
「いやもう全然。」
彼女の顔を見る。平時の軟派な雰囲気は鳴りを潜めており、その視線は鋭く表情も真面目だ。
「此方としては件の怪物の件について話したいのだがね」
怪物、話の流れからするとパラサイトではない方の怪物。今朝人工衛星を破壊し尽くしたとニュースで話題になっていた怪物だろう。
アフリカの周辺で破壊活動を行なっていた肉柱が宇宙に突如出現した為に傍観を決め込んでいた世界各国が一斉に防衛を固め始めたのを思い出す。
話し終わったDr.ロマンは一瞬苦々しげな表情をスコープを向けた。時計塔の知識を持つスコープがいると不味い事を話すのだろうか?
更に問い詰めようかと思うが彼女は一拍置いてから改めて口を開いた。
「院長には早く日本に来て欲しかったのだけれど、攻撃が激しくなったせいで迂闊に移動できないらしくてね。」
エジプトで破壊を続けていた怪物への攻撃の話だろう。世界各国が出来る限りの兵器で攻撃し続けているが再生が止まっていない。
ニュースから流れてきた映像の激しさを思い返しつつ、その中で尚生存しているという時計塔の院長に少しばかりだが感嘆の念が湧く。
「どうやってその、時計塔の院長?、と連絡を取ったんですか?」
スコープが質問する。確かに俺も疑問には思っていたが放置していた質問だ。迂闊に動けないなら何時、どうやって目の前の女医と連絡を取ったというのか?
「使い魔を通して聞いたんだよ。使い魔を介した連絡だね。」
途端に女医の隣に揺らぎが生じた。波紋は短時間で人一人分の面積まで広がり、其処から一人の男が出てくる。
「オレの事だな。今はアーキマンの護衛をしている。」
青い髪に赤い眼。よく鍛えられた身体にタイツのような衣装を纏い、朱い槍を持っている。
ブランシュ事件、横浜事変の際に襲撃した来た存在と同じ空気を感じる。
臨戦態勢へと移る。目の前の男を倒す事は可能かもしれないが深雪を守るとなると難度は段違いだ。
隣に目配せをすればスコープと深雪も臨戦態勢に入っていた。CADを構えておりいつでも魔法が撃てるように準備している。
「今はまだ闘うつもりはねぇぜ。」
「今はという事は後ろから刺してくるつもりか?」
弁解するように笑う男にスコープが問い掛ける。よく見れば冷や汗を流しており、瞳は想定外の事態にあったかのうように揺れ動いている。
いや、想定外の事態は正にその通りなのだが。
「ランサーが失礼した。あくまで僕の護衛だからね。君達が仕掛けてこない限り戦う気は微塵もないよ。」
Dr.ロマンが口を開く。辻褄は合うが信用は難しいだろう。彼女の顔は勝ち誇ったかのような感情に満たされており、所謂ドヤ顔である。
かなり苛つく。
「一応ランサーには常に僕の近くに居てもらうつもりだから、よろしく頼むよ。」
そう答えたロマニ・アーキマンの表情は何処か安堵の気持ちが窺えた。
次の投稿は遅くなるかもしれません。
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21話:共闘
夜の闇に紛れて二つの人影が高速で移動しながら戦闘を行なっていた。
一人目は魔人ウヴァル。パラサイトを漁夫の利で始末しようと夜の街に繰り出した所、哀れにも槍兵に捕捉されてしまった被害者。
二人目はクー・フーリン。護衛対象に命じられるがままに魔人を追い掛けて攻撃する狩人。
魔人としては早くスコープの姿に戻りたいが捕捉されてしまった為にそうも行かず、なんとか槍兵から逃れる為に戦場に乱入しようとしていた。
一方の槍兵も魔人を仕留める為に全力で追撃をしていた。朱槍を投げては手元に戻して更に投げるを繰り返していた。
(ヤバい!この器では対処できない。他力本願だが場所を誘導して…)
投擲される槍を必死で躱しながら亜音速で逃走と追跡を行いつつ、漸く目当ての場所に辿り着く。
夜の公園。其処に存在するパラサイトと『シリウス』と司波達也に槍兵を押し付けるべく静まった状況に乱入する。
「なっ!サーヴァント!?」
司波達也が驚愕する。それはつい先日会ったばかりの蒼衣のランサーに対してのモノだけではなく、ランサーと共に乱入してきた魔人に対してのモノでもあった。
即座に判断を下す。時計塔、Dr.ロマンは英霊召喚を悪用する存在を討滅しに来たと語っていた。
そして目の前の異形は4月に目撃した存在と同規格の存在。ならば先ずは捕まえて尋問だろう。
司波達也のCADから死なないように手加減した分解魔法が放たれる。
その魔法が魔人に着弾する前に、自身を行使可能な限界出力の魔力で強化した魔人が音速を超えて回避する。
回避の直後、器の崩壊を防ぐべく動きを止めた魔人を白覆面のパラサイトが放った電撃が襲う。
感電するが問題はない。生物の規格から逸脱した肉体を持つ魔人がその常軌を逸した反射神経で即座に電撃を魔力へと変換して自身のエネルギーとする。
物質的なエネルギーを錬金術を応用して無効化して自分のエネルギーを変える程度魔人にとっては造作もない。
問題は変換に使うエネルギーが還元されるエネルギーに比べて多いという点だが、ともかく電撃を凌いだ魔人に今度は銃弾が襲い掛かる。
スターズ総隊長アンジー・シリウスが各属性を強化した銃弾が魔人の胸部。人間で言う所の心臓を的確に貫くが魔人は意に介さない。
魔人体ですらない状態でもセーレの憑代である司一は頭部の損傷をある程度は無視して動けた。
魔人体へと変貌している現状では心臓を破壊された程度では止まらない。
尤もただでさえ硬い魔人の外殻を更に強化したというのにそれを容易く貫通した力量は末恐ろしいモノだが。
『何故だ!?どうなっているというのだ!?』
魔人が焦る。当たり前だ、本来は三勢力の争いに乱入して五つ巴となった後に離脱する予定だったというのにいつの間にか自分以外の全勢力が一斉に自分に敵対しているのだ。
パラサイトとの敵対は予想出来た。先日敵対したのだから此方に攻撃する事自体は明白だった。
だが他勢力との衝突を中断して此方にのみ攻撃しようとするのは想定外だ。
魔人体の単体戦闘力はパラサイト以外の四勢力では最下位なのに何故なのだ!?
司波達也との敵対。元々時計塔からDr.ロマン経由で情報が伝わっていたのだから敵対の可能性は予測できた。
だが時計塔と親密な関係を築けていない現状では消極的敵対に留まると予測していたのに何故積極的に攻撃して来ているのだ!?
実際は危険分子を分析するべきだというガーディアンとしての使命感と個人的な知的好奇心によって取り敢えず捕獲しようという思惑があったと魔人は知らない。
アンジー・シリウスとの敵対。此方はまあスターダストを気絶させているから敵対しているとは知っていた。
だが何故パラサイトを攻撃しないのだ!?せめてそれくらいはして欲しいのだが!?
魔人のビジュアルがアンジェリーナ的にダメだったとは知る由もない。
「正に袋の鼠だな。下水道を這い回る薄汚いドブネズミみたいなテメェに相応しい。」
口が悪いなランサー。イラつかせてくれるが事実でもある。完全に作戦が裏目に出た。
この状況をどうやって打開すれば良いのだ。時間神殿で動員可能な戦力を募るか?
『待て、司波達也にアンジー・シリウス。貴様らに敵対する意思はない』
「スターダストを気絶させた。」
『だが殺してはいない。違うか?違わないだろう』
この状況を打開すべく必死に口を回す。この中ではスターズに与えた被害が最も少ない。
パラサイトは論外である為に説得すべきは魔法科の生徒とスターズに絞られるし、スターズはあくまでも任務の為に此処に来ている。故に一番説得しやすい筈だ。
槍兵の突きとパラサイトの電撃、襲い掛かってくる古式魔法と分解魔法を躱す。
肉薄して来た千葉エリカを強化した脚で蹴り飛ばし、十数m先に吹き飛ばす。…尚も戦意喪失せず。だがまあ暫くは動けないだろう。
そしてアンジー・シリウスが手を止めたのを確認して改めて口を開く。
『我々と貴様らの目的は部分的には同じだ』
「何?」
困惑したようにシリウスが声を発した。まあ今の僕は醜悪な異形である以上多少は困惑するだろう。
『我々もパラサイトとは敵対している。ほら、今もパラサイトに攻撃されているだろう』
「それは、そうなのだが…」
『我々と共闘しないか?共に脱走兵を始末しようではないか。スターダストを二人気絶させられた程度で我々と敵対するのは愚かだぞ!』
「……
銃口を向けて来た。何がダメだったんだ?だがスターズは今ので再び戦闘状態に移行した。
よし、一度諦めて司波達也に協力を願おう。サーヴァントを襲撃させたのを誤魔化せば共闘とまでは行かなくても停戦には漕ぎ着けるかもしれない。
『司波達也ァ!』
「断る。」
『まだ何も言ってないだろうがァ!』
「俺の友人に、エリカに手を出した。」
『先に手を出したのは其方だろうがァ!』
分解魔法を撃ってきた。コイツ等揃いも揃って全く理解ができない。何故僕と敵対する?理不尽極まりない。
状況が逆戻りする。僕以外の全員と敵対状態。神速の突きを観測所からの情報に基づいて回避する。
槍兵の速度に追い付かない故に現在は時間神殿からの情報に頼り切りだ。
観測所が観測した魔法の初動を察知して回避を続ける。態々対応する程の余裕がない。
避けるだけで此方に被害が出ないのなら相殺する必要性はないだろうし問題なし。
だがかなり不味い。槍兵一人相手でも余裕がなかったというのに更に鬼畜難易度だ。
「万策尽きたみてぇだな、ドブネズミ。」
槍兵が煽ってくる。今に見ていろ、僕一人では絶対に対応できないというなら他から手を引っ張って来ればいいだけだ。
『顕現せよ。牢記せよ。これに至るは』
どうせ忌々しいエルサレムの神杯が動くだろうが、多少は猶予がある。
「チッ。その心臓、貰い受け──」
槍兵が宝具を発動させようとするが、もう遅い。
『七十二柱の魔神なり!』
槍兵の足元から魔神柱が顕現する。そのまま槍兵の肉体を貫きつつ巨大化。宝具が不発に終わり、宝具の余波が周囲を破壊する。
そして顕現が終了するのと同時に魔神柱が爆発する。爆風と轟音と閃光を撒き散らしながら存在していた痕跡が抹消される。
エルサレムの神杯によって討滅されるのならば、討滅される前に役目を果たさせてしまえば良い。
戦闘員として使役するのではなく場を撹乱する為だけに魔神柱を用いる。
ランサーは戦闘続行のスキルによって尚も現界しているが関係ない。
スターズと魔法科生の両勢力は行動を止め、パラサイトも逃走を開始している。
僕は精霊の眼に感知されないように強化せずに全力疾走した。
■
「どうしたんだ、スコープ?」
「いやあ、ちょっと筋肉痛が酷くてね」
ウヴァル貴様本当に巫山戯るなよ。
「そう言えばパラサイトについては何か分かったかい?」
パラサイトについてはもう達也達に任せよう。無理して始末しようとしたのがいけなかった。
全くDr.ロマンめ、殺意が湧いてくる。今回の件の報復はいつか必ずやってやる。
「昨日パラサイトを狙う新たな勢力と接触した。この後またDr.ロマンを詰問するつもりだ。」
やめて(切実)。本当にやめて。情報漏洩が怖すぎる。槍兵がいる現状では口封じもできないからどうしようもないんだよなぁ。
今日は早く帰って寝よう。
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22話:襲来
溜め息を吐く。ランサーに命じてスコープ・ライノールを攻撃させたのがつい昨日の事。
ランサーが日本に辿り着いてからは殆どスコープ・ライノールの監視に当たらせている。
僕を警備させ続けるよりはそちらの方が良いと判断したが故に、バレないようにと命じて監視させているのだ。
…それで本当にバレないように監視できるのは戦で名を馳せた英雄だろう。
正直
得意分野の違いでしかないが、見るとその能力が羨ましく思えてきてしまう。
前に一度だけ八極拳を習おうとしたのだが修練が厳しすぎて一日で挫折した事があるのだ。
あの時はウッドワスに笑われたし、腹が立ってウッドワスにもやらせたら軽々と成し遂げてて唖然としたものだ。
生前、というかソロモン王時代は特に楽しさとか考えずに魔術を開発してた実感が湧かなかったけどあのボディはやはりチートだった。
今では新しい魔術を考えようとしても全く思い付かない。魔神柱とか新しく作れないかなと思ったけど普通に無理だった。
あの身体で鍛錬してみれば格闘戦も強くなれたのかな、とか私が現世で新しく魔神柱作ったらどうなるんだろうとかという現実逃避を振り払い、僕は意識を今に戻した。
「それで、あの悪魔が暗躍していたと?」
司波達也が僕に問い掛けてくる。傍には司波深雪も控えているが、スコープ・ライノールはいない。
質問の内容に彼が昨日目撃した魔人だろう。既にランサーからは共闘したとの報告が入っている。
腹に穴が空いたのに淡々と報告してきた様にはかなり恐怖を感じたが、神話での彼の最期を思えば何ともないのか…?
「そうだとも。そしてその正体はスコープ・ライノールだ。」
あ、ランサーから念話来た。案の定フラウロスの奴滅茶苦茶表情歪めてやんの。
スコープ・ライノールが青筋を浮かべて人を殺しそうな眼をしていると報告を受けて僕は満足気に頷いた。
いい気味だ。何日魔神柱のせいで徹夜させられたと思っている。夜更かしは乙女の敵だと言うのに。
前世も含めればお婆ちゃんだしDr.ロマンとしての年齢もアラサーだが、それでも乙女と言えば乙女なのだ。
最近はランサーに任せて安眠出来るようになったが、それでも恨みを忘れた訳ではない。嫌がらせはしておきたい。
「──馬鹿な。あり得ない。」
唖然とした顔で司波達也が呆然と呟く。隣に控えていた司波深雪も手で口を押さえており、驚愕が窺える。
友人が怪物で襲撃を仕向けた犯人だと聞かされれば驚愕するのも無理はない。それにしては切り替えが早い気がするがな。
唖然とした顔を即座にいつもの無表情に戻した司波達也を見て僕はそう思った。
「何か根拠が?」
司波達也が真剣な声音で聞いてくる。返答が難しい。ライノール家は三千年前から魔神の手先だったとか話しても納得して貰えないだろう。
それにスコープを意識させられただけ御の字だ。スコープを信じようが信じなかろうが、意識する事に変わりはない。
最悪の事態はスコープに対して無警戒のまま唯の友人としか見ない事だった故にこの時点で目標は達成された。
「根拠はない!」
返答をした後に追加で何か聞きたそうにしている司波兄妹を放置してその場から立ち去る。
後でランサーからスコープの動きを教えて貰おう。絶対面白いに決まってる。
■
俺はパラサイトが寄生していた人物、ミカエラ・ホンゴウに対するスコープの蹂躙劇を観ながらDr.ロマンに言われた事を思い返していた。
スコープが魔人の正体である。そんな冗談みたいな話を聞かされたのはつい先日の事だ。
だがそう言われたとしてもスコープとは入学してからの付き合いでしかないがそんな事をするとは到底思えない。
一度だって他人を見下す事なく、聞かれた事に対して真摯に自分の知る全てを答え、自分の能力に驕らずに研鑽と研究を続ける。
形容するのならば求道者だろうか?正に魔法を、魔術の秘奥を探ろうとする魔道の徒である。
彼の母親の生家が魔術師の家系だという事も関係しているのだろうか。一度スコープから聞いた根源を目指し続ける狂人こそが魔術師だという言葉が脳裏に浮かぶ。
思考が纏まらない。スコープは大切な友人だ。だが、もしも、深雪に手を出すというのなら……
──殺すしかないだろう。
其処まで考えて一時的に思考を断ち切る。そうだ、それさえ頭に刻んでおけば良い。深雪を害そうとしたら殺せば良いのだ。
意識を眼前の景色に戻す。虚空から幾つも剣を出現させたスコープがミカエラ・ホンゴウを串刺しにして壁に磔にしている。
スコープはいつも理知的で穏和な姿からは打って変わって苛烈過ぎる姿を披露していた。
ミカエラ・ホンゴウに磔にしたまま腕や脚、内臓を剣で解体しては治癒魔法で修復されるが、構わずに解体し続ける。
グロい。流石に刺激が強すぎる為に深雪の眼を手で覆って見えないようにする。精神を守るのもガーディアンの務めだろう。
辺り一面に血が飛び散る。周囲の人間もその場の惨状にドン引きする。よく見れば即死させないように末端部分から解体しているのが分かって更に遠ざかる。
エリカも流石に顔を引き攣らせているし、リーナは間近で解体ショーを見せられた結果として顔を青くしていて今にも吐き出しそうだ。
「レオの味わった痛みを味わえ!」
友情の表現として不適切過ぎる。俺もレオを傷付けた事は許せないとは思うが、何も拷問紛いの行為をしなくてもと思ってしまう。
絶対レオの味わった痛みより強いだろう。友情を感じているのは分かるが其処までするか普通。
誰かに止めに入って欲しくて周囲に視線を送る。首を横に振られる。俺は深雪の精神を守る為に動けないのだから他の人に止めに入って欲しいのだが。
「可憐な女医が華麗に参上!」
見知った事がしたと思えばDr.ロマンがその手に構えた拳銃らしき黒い物体でミカエラ・ホンゴウの頭を吹き飛ばした。
……威力が高すぎないか?なんだあの拳銃の皮被った大砲。一体何処から持ち込んだ。
「Dr.ロマン、その銃火器は一体何処で?」
「自作だとも。これぞロマン!ロマン砲を扱うDr.ロマンという訳です!」
「態々取りに行ったのなら、白覆面の正体を既に認識していたという事ですか?」
自作とは驚きだ。あれ程の火力の兵器を個人で開発しておいてダジャレがつまらないのも驚きだ。
流石に家か何処かにあったのだろうが、パラサイトが来るのを予期して事前に持って来ていたのだろう。
ランサーと呼ばれる存在を使えばパラサイトの正体を知る事もできるに違いない。言ってくれなかったのは少し不満が残るが、
「僕の渾身のダジャレを容易く流すなんて…。取りに行ったんじゃなくていつも持ち歩いてるんだよ。」
「アンタ正気か?」
思わず声が出てしまう。馬鹿なのか?普段から携帯する必要はあるのか?明らかに医者にはいらない火力だろ絶対。
「じゃ、後はお願いするよ。」
そう言い残してDr.ロマンは走り去って行った。いきなり拳銃擬きで銃撃して直ぐに立ち去るのは相当な自由人だろう。
ミカエラ・ホンゴウの方に視線を向ければ頭部が消滅しているし近くでスコープは気力を使い果たしたのか床でぐったりしている。
それにしても後はお願いするとはどう云う意味なn──
この後滅茶苦茶パラサイト撃退した。
■
2095年2月19日早朝。
私ことスコープ・ライノールは友人である吉田幹比古と共に第一高校の野外演習場に細工を仕掛けていた。
先日、と言っても半月程前にDr.ロマンに私が裏切り者だとバラされた為に友情アピールすべくパラサイトを嬲り殺しにした結果パラサイト関連の事件から強制的に外されていた。
ボクもオレも私もDr.ロマンを早めに始末しておくべきだったと後悔していた。苛立ちが収まらない。
パラサイトを嬲り殺しにした一件以来常に監視が付けられるし、そもそもランサーにも監視されている。
確かにパラサイトの寄生体を圧倒できる程の実力を示したが監視をあれ程厳重にしなくても良いだろうに。
友の為に化け物に立ち向かった勇者だろう私は。流石に英雄譚とまでは
言わないが美談くらいにはなるだろうと思っていたというのに。
「スコープ、この宝石は此処に置いた方が良いかい?」
「あぁ、問題ない。手伝って貰って申し訳ないよ。」
幹比古の声がする。彼には魔力と術式を籠めた宝石を野戦演習場の隅々に配置するのを手伝って貰っている所だ。
勿論ボクだって司波達也を過小評価している訳ではない。宝石をついては当然気がつくだろうし、裏切り者と暴露されたボクの手によるものならば警戒するだろう。
だからオレは昨日の夜の時点で野戦演習場全体をカバーできるように爆弾を配置しておいた。
勿論ランサーには気付かれたが、其処は英霊召喚でどうにかした。私にとってもリスクは大きかったが放置する訳にもいかなかった。
学校が始まればランサーも霊体化を簡単に解く事はできないだろう。爆弾の解除も出来ない筈だ。
今夜の作戦は失敗できない。本当なら魔神柱を使いたいが、長く足止めするのならば、業腹だが英霊に頼らなければならないだろう。
ついでにDr.ロマンも襲わせておこう。ランサーも護衛対象を守りながらの戦闘なら容易ではない筈だ。
まあ、仕留める事は不可能だろうが手を尽くしておいて悪い事はないだろう。今の内に時間神殿で英霊召喚をして貰おう。
宝石を設置し終えて、私は幹比古と話しながら校舎へと向かう。後は今夜手筈通りに出来れば問題はない。
我らの理想の成就はすぐそこまで迫っている。
大分飛ばしましたが後二、三話で完結させます。
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23話:魔法科と魔神
車椅子ニート(レモン)様、ハグロトンボ様、誤字報告ありかとうございます。
私は野戦演習場にて九頭竜と交戦していた。
パラサイトが九体融合した存在。否、元々一体のパラサイトが十二に分けられたというのだから此方の方こそが原初に近いのであろう。
侮蔑の念が湧く。能力を持ちながらも世界を変えようとする気概がない存在。
ソロモン王のように自由を持たない訳でもない。自由があり、自由に振る舞う事が可能でありながら人類を救済しようとしない愚かな存在。
スコープ・ライノールの肉体では荷が重いだろう。魔人としての力を解放できない状態なのだから本来は太刀打ちできないだろう。
それを事前の準備を覆す。
早朝から仕掛けたおいた宝石を刻んだ術式で少しずつ回収しながら用いて、九頭竜の足止めと魔力の回復を行う。
高額な宝石が砕け散ってゆく。空間に揺らぎを生じさせる非物質的な爆発、僅かだが蓄えておいた魔力を取り込む。
強化魔術を途切れさせない。フィジカルでもって九頭竜からの干渉から逃れ続ける。同時に九頭竜の四方八方から宝石魔術を用いて絶え間なく攻撃し続ける。
九頭竜からすれば大したダメージではないだろうが干渉しようとした所に的確に攻撃を与えて嫌がらせをする。
ピクシーへのダメージを抑える為に攻撃を妨害し続けるが有効打にはならず、更に宝石に無限にある訳ではない。
宝石を使い果たす。攻撃を妨害する手段を失った事で直接九頭竜の攻撃の受ける。
私の中にボクがいるのを察知しているのだろうか?人間に向けるには過剰な火力から強化したフィジカルで逃れようとするが逃げ切れずに右腕が捕われる。
即座に魔法を用いて右腕を切り離す。直後に右腕は幾重にも捻じ曲げられ細長く赤黒い線状の肉塊と化した。
今更この程度の欠損など何の問題にもなりはしないだろう。私を仕留めきれなかった九頭竜を嘲笑う。
そも、私程度に拘わせられる時点で最早未来など欠片も存在しない。今更魔法を放てるようになった所で何だと云う?
散々妨害してやった仕返しなのか私一人に意識を向けて夥しい数の魔法を放とうとする。笑わせてくれる。
「今だ、幹比古!」
九頭竜が拘束される。そして、司波深雪の「コキュートス」によってパラサイトは砕け散った。
■
九頭竜が砕け散り、大量のサイオンが周囲に撒き散らされる。そして達也がリーナに何かを言おうとした所で、
──拍手が贈られる。
「素晴らしい。そして死ね』
一瞬でスコープの姿が魔人へと切り替わる。それと同時に人類では到達不可能な速さで魔法式が組み立てられ、魔法が司波深雪目掛けて放たれる。
放とうとした術式解体を中断して司波達也が自らを盾として魔法を受け止め、自己修復術式によって瞬く間に肉体が再生する。
そして怒りに染まった顔で口を開こうとする達也の前でスコープが、否。魔人か何かのスイッチを押し終える。
瞬間、司波深雪の足元が爆発する。だけではなく、野戦演習場の至る所で爆発が巻き起こる。
司波深雪の片脚が吹き飛び、破片がその肉体に食い込む。魔神柱が造り上げた爆弾による最速の攻撃が司波深雪を傷付ける。
妹を傷付けられた司波達也が即座に再成魔法で妹を元に戻す。同時に爆弾による傷を自己修復術式で再成する。
そしてCADを魔人に突き付けて、憤怒に染まった鬼の如き表情で尋問する。
「いつから裏切っていたッ!」
何かをしようとすれば即座に殺すという殺意が籠った視線を受けながらも魔人は意にも介さず。
寧ろ、楽しげにクツクツと笑いながら口を開く。その姿は相手を嘲笑するような姿であり、達也の神経を逆撫でにする。
『三千年前からだよ』
巫山戯た答えを聞いて、達也は即座に分解魔法を放とうとする。元より尋問など建前でしかない。
達也にとって妹を傷付けた下手人を処刑する事は最初から確定事項であった。
かつての学友であろうとも妹に手を出したならば殺すという切り替えの早さ。だが今回はそれが裏目に出る。
『反転せよ』
本来必要もない詠唱。使おうと思った時点で既にグシオンの能力は発動している。
だが少し分かり易くした方が良いだろうという考えの元、適当に詠唱をする。本来必要ない詠唱を必要だと誤解してくれれば更にやり易くなる。
殺意を反転させられた司波達也がその動きを停止させる。極大の殺意を反転させたが故に、今の彼は魔人を決して攻撃できない。
『安心しろ。すぐに座標は教えてやる』
魔人が司波達也に近付く。無数の触手を伸ばしながらゆっくりと歩いてゆく。
司波深雪が組み上げようとした「コキュートス」を魔力照射で強引に吹き飛ばす。
一応彼女の殺意も反転させたのだがな。あの時点では殺意が薄かったのかもしれない。
一応もう一度司波深雪からの殺意を反転させておこう。「コキュートス」を放とうとしたのだから相応の殺意はある筈だろう。
背後から全身に硬化魔法を纏ったレオと刃を構えたエリカが突撃してくる。
『目障りだ』
振るわれたレオの拳を肉体を変容させる事で回避。そして空洞の中に入った右腕を再度肉体を変容させる事で切断する。
肉体の強度が違う。幾らホムンクルスの末裔だからと言って肉体まで人間から逸脱している訳ではない。
同程度の強化を施せば素の強度で勝る私に軍配が上がる。切断した右腕を体内に取り込んで霊基に吸収させる。
微々たる強化でしかないが利用できるのならばさせて貰おうではないか。
そして刃を振るおうとしたエリカに対して無数の触手の奔流で迎撃する。
全身を硬化させていない分レオよりもやり易い。どうせ達也が再成させるだろうし、再成せずとも特に問題はない。
身体中を触手で貫いて穴だらけにする。全身に空いた穴から血が勢いよく噴き出るが即死を免れたらしい。
防御を無駄だと瞬時に悟り、重要器官の致命傷を回避する事に専念したか。
すぐさま目の前の達也が再成魔法で二人の傷を修復する。私に対しての殺意のみを反転させた関係上、こうなるのも仕方ないだろう。
ならばレオとエリカを私と敵対しないようにすれば良いだけだ。私に対する二人の殺意を反転させる。
『反転せよ』
歪んだ表情のまま二人が私を睨み付ける。此方はもう問題ないだろう。
ピクシーが私の前に立ち塞がる。即座に私は触手を用いて破壊しに掛かる。
締め上げ、押し潰し、砕こうとする。念動力で一部が破壊されるが構わずに地面に叩き付けようとする。
その瞬間、背後からの銃撃によって心臓部を破壊される。撃ったのはリーナか。
彼女はそこまで司波深雪に感情移入していなかった筈だ。私に殺意を向ける理由が解らない。グシオンの能力が通じるかは怪しいものがある。
司波達也にマテリアル・バーストを行わせる上で彼女は間違いなく障害となるだろう。
先に始末するか。
音速を超える速さで心臓を貫こうとする。三柱分の魔力による強化ならば何の反応もさせずに殺害する事も可能であろう。
跳躍の為に踏み込もうとして、司波深雪が「コキュートス」を組み上げ始めた事を観測所から伝えられる。
……は?
不意を突かれた形で「コキュートス」をモロに喰らう。どうなっている、何故殺意を反転させられた状態で私を攻撃できるというのだ!
魔人或いは魔神には預かり知らぬ所ではあるが、司波深雪にとってはスコープは恐怖の対象である。
恐怖の対象に対して深い殺意など抱けよう筈もない。突破されると思い込んでいるからこそ、殺意が薄い。
実際に一度は発動すらさせられずに突破されている為に、殺意ではなく防衛本能の一環として「コキュートス」が放たれたのだ。
「コキュートス」が直撃し身動きが取れない間に女王メイヴが突破されたとの情報を受け取る。
更にレオとエリカが身動きが取れない私に追撃を放とうとして急接近して来ているという情報を観測所を通して受け取る。
とう無力化した筈の人間が攻撃しようとして来るという事態に反応が遅れる。
人間とは親しい者に裏切られたならば殺意を抱く生き物の筈だろう!
一度ても裏切られたと思い込めば何処までも残酷で残虐に殺意に発露して来ただろう!
強化が行えない私の身体に拳と刃が振るわれる。外殻によって多少吹き飛ばされる程度で済んだが、更に両名が追撃しようとする。
対象指定:害意、反転せよ。
何とかグシオンの能力を発現させる。が、攻撃の手が止まらない。殴られて斬られ殴られ殴られ斬られ殴られる。
強引に身体を動かして二人を突き飛ばす。無理に身体を動かしたせいか凍結していた触手が崩壊する。
『何故だ何故だ何故だァ!何故私の邪魔をするというのだ!』
「友達だからだよ。」
何を言っている?理解が出来ない。私が攻撃を仕掛けた時点で友人関係は解消されている筈だ。
仮に友人関係だからと言ってそれだけで何故オレの力を突破できる。
私の能力を発現させようとする。敵の全てを焼き尽くそうとするが、更に意識外からピクシーとアンジェリーナが攻撃を行なってくる。
弾丸が念動力によって通常よりも速いスピードで私の心臓と頭蓋を撃ち抜いて来る。
肉体を稼働させる上で重要な役割を果たす器官を破壊されて動きが鈍る。
無理矢理身体を動かすが、再度肉薄してきたレオとエリカによって滅多打ちにされる。
怒涛の連続攻撃によって身体が削られる。だが討滅には至らない。三柱分の魔力を用いて絶えず回復し続ける。
所詮奴らは時間稼ぎしか出来ない。リソース的には此方の方が上回っている。
時間神殿から警告が届くが私を軽視し過ぎだ。私自身の能力の発動準備は終わっている。
最早詰みの段階だ。十秒後には灰すらも残らない灼熱の荒野だ。私は必殺の一撃を放とうとして、
──懐かしい声が聞こえた。
『素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。』
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24話:魔術王と魔法科
『降り立つ風には壁を』
あり得ない。あり得ない。あり得てはならない。こんな馬鹿な事があるものか。
ロマニ・アーキマンがソロモンだったと?あの女医があの哀れなソロモン王だったと?
『四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』
だとすれば我らは、ソロモンを殺そうとしていたという事か?ソロモンを疎ましいと思っていたという事か?
詠唱が止まらない。英霊召喚が可能なのはソロモン王の関係者のみ、そしてあの姿は紛れもなくソロモンだ。
『
いや、彼女は確か時計塔に在籍していた筈だ。其処でブリシサンに英霊召喚の方法に教えて貰ったに違いない。
正気に戻れ、フラウロス。目の前の敵の脅威を見誤るな。詠唱をしている内に奴を殺害するぞ。
ボクもグシオンに同調しよう。正面戦闘になれば太刀打ちは難しいのだから速攻で決着させなければ。
『繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する』
『その詠唱を止めろォォ!!』
知らぬし関係ない。一刻も早くこの贋作を、この偽者を駆逐しなければならない。
全力で身体を駆動させる。回復し切っていない身体を強引に動かして突撃する。
跳躍する。音速を超えるスピードでソロモンを騙る者に肉薄しようとするが、真下から突き出された朱槍に上へと吹き飛ばされる。
姿勢を無理矢理整えさせる。狂乱しているフラウロスの代わりにオレが肉体の主導権を掌握する。
『ランサーか。小癪な』
「随分と切り替えが速ぇじゃねぇかドブネズミ」
暴れようとするフラウロスを二柱で押さえ付ける。我々の勝利条件は英霊召喚の阻止。ランサーの勝利条件はオレ達の殺害。
ランサーと向き合いながら背後にも警戒をする。西城レオンハルト、千葉エリカ、司波深雪、アンジェリーナ=クドウ=シールズ、ピクシーが未だに控えている現状ではランサーのみに集中する事は不可能。
司波達也は攻撃をしていなかった事からオレの能力がしっかりと効いている筈だ。無用なリソースは注げない。
『───告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に』
仕掛ける。音速を超える
三本がランサーの振るう槍によって消し飛ばされる。霊核を狙った攻撃は阻止されたが腕と脚を貫く事はできた。
そのままランサーを八つ裂きにしようと触手を動かそうとして突き刺さっていた触手が全て切断される。
司波深雪が構えたCADを腕ごと魔力照射で即座に焼却する。今の状況で「コキュートス」を撃たれたら洒落にならない。事前に阻止しておくにこした事はないだろう。
同時にオレの能力を使って司波達也の殺意を反転させる。司波達也の行動を更に制限できる上に「コキュートス」も阻止する事ができる。
これが一石二鳥という奴か。
そんな考えをしながらランサーと何とか格闘する。スペック的には此方が少しだけ有利だが技量の差で劣勢に追い込まれている。
『聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』
力を籠めて全速力で腕を振るう。押し出された空気が地を裂くがランサーには命中しない。
アンジェリーナ=クドウ=シールズが放った銃弾がオレに向かって飛来する。触手の五本を硬度を強化した上でウヴァルに対処を任せる。
殴って蹴って突く。悉くが回避され、逆に刻まれ潰され突かれる。ランサーとの肉弾戦を断念する。
『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者』
「その心臓貰い受ける!」
真名解放の前兆を感知する。回避は不可能、出遅れてしまったが故に反撃もまた不可能。魔力を防御に回す。
ボクが銃弾を弾いていた三本の触手と西城レオンハルトと千葉エリカの両名と打ち合っていた二本の触手を心臓の防御に移行させる。
「『
心臓部を貫いた槍が棘のように分裂して体内を蹂躙し尽くす。だがギリギリ即死には至らない。
槍を深く身体の中に突き刺す。苦悶の声など漏らす筈がない。痛みに喘ぐような感性も持ち合わせていないのだから。
オレはかなり消耗しているが、ランサーもまた得物を失っている。時間経過で時間神殿からの魔力供給で此方が回復可能な分、此方の方が有利だろう。
だがそれはボロボロの状態のままこの状況下で生き延び続ける必要がある。ボクが崩壊寸前の触手で背後からの刃を弾き飛ばす。
『我は常世総ての悪を敷く者』
『贋作がァ!』
殺す、殺す、何としても殺さなければならない。私が、この手であの偽者に報いを味わわせなければならない。
霊基の崩壊など知った事か。限界出力の制限を解除。貴様らの力も貸してくれ、グシオン、ウヴァル。
待てフラウロス!早まるんじゃない!マテリアル・バーストを使用すらさせていないのだぞ!オレは絶対に反対だ!
ボクもグシオンと同意見だ。この肉体が崩壊すればエルサレムの神杯のせいで現実世界への干渉が困難に…
『汝三大の言霊を纏う七天』
『死ねェ!!』
十、百、千。視界を埋め尽くす程の触手がソロモン王を串刺しにしようと殺到する。
自壊さえも顧みない物量攻撃。その前にランサーが立ちはだかる。己の役割に殉じようと無手のまま殺到する触手を処理する。
手、腕、脚、腹、眼、口、脳、心臓。ランサーのあらゆる部位が触手に貫かれる。
それでもランサーは、クー・フーリンは斃れない。全身が貫かれようとも耐え続け、時間を稼ぎ切る。
『抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ───!』
『砕け散れェ!』
何とか殺害しようと投擲の為に魔法式を組み上げる。そして出来る限りの最大速度で剣を投影しようとして、
0.001秒以下の時間で組み上げられる筈だった剣が分解される。音速を超える速度を発揮させる為の移動系魔法が対象を失って不発に終わる。
淀みなく行使される筈だった必殺の投擲が阻止される。
『達也ァァァ!!!!』
放たれた分解魔法が魔人の一撃を阻止していた。
レオやエリカ、司波深雪が私を攻撃したのも理解不能であったが達也が私を攻撃できるなど更に理解不能だ。
殺意を反転させた事で完全に無力化出来ていた筈だ。私を攻撃できる余地など皆無であった筈だ。
だが現実としてオレ達はソロモンの殺害を阻止された。英霊召喚も完了している、時間神殿へ撤退すべきだろう。
「遮那王流離譚───『自在天眼・六韜看破』!」
声が響いた途端、周囲の風景が一変する。空は夜から昼に代わり、場所も一面の焼け野原へと変貌する。
自在天眼・六韜看破。それは英霊・牛若丸の宝具である。強制転移によって自軍にとって圧倒的有利な地へと転移する。
この宝具を使う為に、或いはこの地に辿り着く為にスコープ・ライノールと敵対する必要があった。
敵対する相手がいてこその宝具であり、その前提条件を満たす為にスコープ・ライノールと完全に敵対しなくてはならなかった。
空間転移という大魔術はソロモンでも簡単には使えない。更にその空間転移で大陸を横断せよなどと言われれば大人しく飛行機という人類の叡智に頼りたくなるくらいだ。
だが宝具ならば条件付きとはいえ空間転移よりもずっと安上がりに転移できる。
そして空間転移に混乱する魔人へと爪が振るわれる。
鈍い音が響き、頭部を失った魔人が地面に倒れ伏す。その状況下で司波達也が辺りを見回す。
遠くには醜悪な肉柱、以前接敵した際に魔人が召喚した存在が何柱も屹立している。
そして絶えず上から爆弾だのミサイルだのが飛来して来ているは爆発して地形を削っている。
とても心当たりがある場所だ。
そんな風に思っていると何者かが両手を広げて笑顔で近付いてくる。その後ろには先程魔人の首を吹き飛ばした狼のような人のような存在が控えている。
「我の名はブリシサン。時計塔の院長と言った方が伝わりやすいかな?」
■
「それで、此処はエジプトと言いたいのか?」
『肯定しよう司波達也。そしてあの黒い筒こそが統括局ゲーティアを討滅する為の切り札だ』
少なくとも此処までの情報は口に出して共有する必要がある。
当然聡明な彼らの事だ。口に出せない事柄も存在していると理解しているであろう。
勝利の為の最終目標がブラックバレルの命中だと伝えた所でブラックバレルは元から魔神柱に警戒されている。支障はない。
『決戦に連れて行くのは司波兄妹とアンジェリーナだ』
「私達を信用してないの?」
千葉エリカが凄まじい剣幕のまま静かに問い掛けてくる。まあ彼女と西城レオンハルトとピクシーまで連れて来てしまったのは少し想定外であった。
『ブリシサン、説得しろ』
「弟子使いが荒いですねぇ」
取り敢えずブリシサンに任せておく。こういった交渉事は私よりもブリシサンの方が向いているだろう。
外交なら王として何度もした事があったが国対国のやり取りが基本だ。個人と交渉する経験なんて殆どなかった。
ロマニ・アーキマンとしてなら経験した事はあったが、ブリシサンの方が経験豊富だろう。
「我らとて信用していない訳ではないのだよ。えーと、アリカ君。」
「エリカよ。」
「すまない、余り興味がなくてね。取り敢えず知っておいて欲しいのは君達の攻撃が有効打にならないという事だね。」
「有効打にならないって具体的にどういう事なんだ?」
「城塞君、簡単に言うと視界の端にいるあの肉柱が無数にいるって事なんだ。」
「…剣ではあれを殺せないって言いたい訳?」
「殺せるさ。でも秒殺は出来ない。」
「秒殺って、そんな事をする必要があるんですか?」
「良い質問だ城塞君。結論から言えば必須なんだよね。」
正直着いて来ても来なくてもやる事はあんまり変わらないんだがね。だが死なれるのは目醒めが悪い。
かつてならどうでも良いと言い切ったかもしれないが私も少しは成長したのかもしれないな。
『話は聞いただろう。用は範囲攻撃が重要なのだ。君達には着き次第全力で出来る限り威力の高い魔法を全力で放って貰いたい』
「何故その必要が?」
アンジェリーナ君が聞いてくる。好ましい姿勢だ。未だ警戒を解かない司波兄妹を尻目に私はバラしても問題ない程度に話す。
どうせゲーティアは指環を使ってくるだろうが、同じ対象に干渉するなら拮抗して問題なく発動させられる筈だ。
逆に私にその力を向けられると速攻で退去させられるから私が退去させられるより先に彼らの魔法を発動させたい。
最初にゲーティアに敢えて彼らの魔法を警戒するように仕向けておけば問題なく発動させて時間神殿にダメージを与えられる。
仮に私が最初に退去させられてもその時間で発動させれば時間神殿にダメージは与えられる。
別に私の役割はゲーティア討滅の補助であるからして必ずしも最後まで残らなければならない訳ではない。
『魔神柱はとにかく数が多くて大きい。しかも復活する。広い範囲を殲滅しなければ延々と妨害して来るぞ』
「……どういう仕組みで復活が行われているんだ?そもそも何故貴女が其れを知っているんだ?」
司波達也が私に問い掛けてくる。これは答えても問題ないだろう。特に作戦には関係ないが信用して貰う為にも答えておこう。
『魔神柱は七十二柱いるという概念によって常に七十二柱の状態で保たれるのだ。そして私が知っているのは私が魔神柱を作ったからだ』
「貴女が原因なんじゃないですか?」
司波深雪が刺々しい口調で言い返してくる。いきなりエジプトに誘拐されていきなり戦わせられる羽目になったのだから仕方ない。
そして何も言い返せない。確かに魔神柱を組み上げたのも私だし彼らが獣に堕ちたのも私が原因だろう。
だが逆転の発想だ。言い返せないのならば言い返さずに適当に誤魔化しておけば良い。
『部分的にはそうだ。とにかくブリシサンの準備が終わり次第時間神殿に突入する、先に準備を終わらせておいてくれ』
「所で主殿、私は何をすればいいのですか?」
あ、今思い出した。しまった、牛若丸の事は転移要員にしか思ってなかったツケを此処にきて払う羽目になるとは。
キラキラした瞳で見つめられるとちょっと心が痛む、ような気がする。確か彼女の宝具には魔性を払う宝具があった筈だ。
吼丸・蜘蛛殺だったか?それを用いて魔神柱を倒して貰おう。しかし個人としての戦力は少し不安が残るな。クー・フーリンも死んだしまったしどうしたものか。
『………強化魔術と対霊魔術を掛けておこう。魔法の攻撃が終わった後に魔神柱を掃討してくれ』
ステータスを底上げするレベルで強化魔術を掛ける。魔神柱も一回殺した程度では死なないだろうし彼女には継続して魔神柱を倒し続けて貰おう。
「わかりました、主殿!」
やめろ、そんな目で見ないでくれ。私はマスター失格だ、サーヴァントの事を忘れるマスターが何処にいるというのだ。
「マテリアル・バーストを使うなら専用のCADが欲しいのだが」
私の能力では道具作成は並なのだからこの場で作る事はできないのだが…。
「無論君達は素晴らしい才能を持っている。それを有効活用して行って欲しい。」
『ブリシサン、CAD持ってるか?』
「ある訳ないだろうロマニ。」
「あるよ。」
ウッドワスが凄い顔で振り返った。愕然としててちょっと面白いかもしれない。
「あるのですか我が主!?」
「ほれ、我が自作した魔術礼装だ。」
ブリシサンが虚数空間から骨で作られた禍々しい雰囲気を漂わせる礼装を取り出して司波達也に取り出した。
「…………使わせて貰おう。」
『では奴らの本拠地に突入しよう』
第二宝具を起動させる。時間神殿は私の魔術回路を基盤にして作られた小宇宙である故に突入は出来る。
本当に突入出来るだけだが。魔神柱に改造されたせいで私の支配から逸脱しているから自壊させられたりは出来ないんだよね。
ブラックバレルならばゲーティアを倒す事は可能であろう。魔法や魔術はゲーティアに無効化されてしまうし、私の能力もゲーティアには効かないからウッドワスには前衛として頑張って貰う。
ブラックバレルも魔法も照準を合わせる必要がある以上時間神殿に着いてからでないと使えない。
では、時間神殿に突入するとするか!
私は未だ、答えを出せずにいる
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最終話:未来
正直タイトル詐欺では?とかこれクロスオーバーさせる意味ある?とか悩みながら書かせて頂きました。
元々ゲーティアの小説が少なく、見切り発車と勢いで書き始めた小説でしたが皆様の感想と評価のおかげで一応の完結まで辿り着く事が出来ました。
応援して下さった皆様方、誠にありがとうございます。
突入する。というよりは空間ごと転移したと言った方が正しいだろう。
だが些末な事は良い。西城レオンハルトと千葉エリカには少し離れて貰って時間神殿へと我々は転移した。
突入者は私、ソロモンに加えてブリシサン、ウッドワス、司波達也、司波深雪、アンジェリーナ=クドウ=シールズ、牛若丸。
転移座標は時間神殿の中心。魔術王の玉座であり、ゲーティアが座す領域。
───そして転移した直後にゲーディアが私の姿のままブリシサン、正確にはブラックバレル目掛けて殴り掛かってきた。
それを察知したウッドワスが咄嗟に殴り返してゲーティアを退ける。音速を超える拳同士のぶつかり合いによって周囲に衝撃波が奔る。
ゲーティアの近くでサーヴァントを待機させるのは悪手だろう。奴の意識を司波達也へと向けさせているとはいえ、指環を使われたら即刻退去だ。
牛若丸に周囲の魔神柱の掃討を任せる。近くの魔神柱に対しては巻き添えになる可能性を考慮して大威力を放ちにくい。
「わかりました、主殿!」
宝具を起動して超高速で跳躍した牛若丸を見送る。強化もちゃんと機能している、心配は無用だろう。
私は少し不機嫌そうな表情をしたゲーティアへと向き直る。
ウッドワスと真正面から殴り合いながら指環を握り締めている。指環を使う為の予備動作だ。
『私の姿のまま殴るのはやめろ!誤解を招く!』
これでもか弱い乙女なのだが。思わず軽口を叩いてしまったが、それはともかくとして私は指環で魔法科の生徒達が展開している魔法式を支配しようとする。
ゲーティアの指環による支配と私の指環による支配がぶつかり合う。
同じ性質を持つ二つの指環の干渉が拮抗したことによって支配が弾かれ、魔法式が問題なく発動する。
最初にマテリアル・バーストが発動する。対象は溶鉱炉の魔神柱一柱、だがその威力は絶大である。
想像を絶する質量が解放される。魔神ゼパルを分解した果てに生じた膨大なエネルギーが溶鉱炉を焼き尽くし、情報室、観測所、管制塔、兵装舎までも呑み込む。
時間神殿の半分が熱量に呑まれる。しかし、急速に討滅された魔神柱が再誕する。
魔神柱が自らを「七十二柱の魔神」という概念に昇華している為であり、それ故に常に再生し続けるのである。
ソロモン達が出現したのは玉座。時間神殿に存在する八つの座の何処からでも捕捉可能な位置であり、魔神柱が攻撃を集中させられる位置でもある。
無論、ゲーティアが其処に存在する以上玉座に突入する事は避けられず、更にソロモンは戦略級魔法の発動によって時間稼ぎをする策を講じたが残る三つの座から攻撃が浴びせられようとする。
覗覚星、生命院、廃棄孔。二十七柱の魔神が一箇所を凝視しようとする。
異常な程の魔力が集中する。転移から十秒にも満たない時間。ブラックバレルが照準をゲーティアに合わせたばかり。
そして神殿に突入した不届き者に放たれ、その全てを蒸発させる筈であった魔力が魔神柱の討滅と共に霧散する。
ヘビィ・メタル・バースト。USNAが誇る戦略級魔法が攻撃にのみ魔力を籠めていた魔神柱を打ち砕く。
魔神柱にとって誤算であり、予測不能であったのは魔法が使用された点であろう。
本来ならばソロモン王の指環によって無効化出来る筈の魔法が放たれた事により確実に敵を滅ぼす為に咄嗟に魔力を攻撃へと転用。
それにより防御の為の魔力が薄くなった。それでも普通の魔法ならば十二分に防げる強度であったが炸裂したのは普通の魔法ではない。
戦略級魔法。戦略兵器と同等とされる魔法であり、攻撃に魔力を回し過ぎた魔神柱の装甲ならば突破可能な魔法であった。
魔神柱の動揺による判断ミスによってヘビィ・メタル・バーストが通用したが、通じなかった場合を考慮してのコキュートスが一拍遅れて少し生えてきた魔神柱を停止させる。
二十七柱が精神の凍結によって一時的に停止に追い込まれた事を察知したゲーティアが二十七柱を魔力へと変換する。
即座に凍結された筈の二十七柱が再び生える。魔神柱は「七十二柱の魔神」である限り不滅である。
マテリアル・バーストによって薙ぎ倒された四十四柱が既に再生している為に討滅された二十七柱が即座に補填される。
が、そのまた直後に発動されたマテリアル・バーストによって蒸発した。
『小癪小癪小癪小癪ゥ!!』
ゲーティアが
殴り殴られの応酬。一撃を交わす度に空間が震動し轟音が響き渡る拳と拳の打つかり合い。
ウッドワスがゲーティアの頭部を殴打する。何か自分が殴られているのを見るようで心にくる。
ウッドワスも何で私と同じ顔面を躊躇なく殴打出来るのだろうか?
ゲーティアの拳がウッドワスの鳩尾に突き刺さる。というか貫通している。
その突き刺さった手にウッドワスが全力で手刀を振り下ろし、切断する。
……ゲーティアってこんなに肉弾戦強かったっけ?
これはちょっと誤算だぞ。ウッドワスで抑える予定だったのにまさか拮抗されるとは思っていなかった。
指環の干渉を指環で相殺する。そろそろゲーティアも司波達也、司波深雪、アンジェリーナ=クドウ=シールズが魔法を使える絡繰りを理解する頃だろう。
十数秒しか持たなかった。ブラックバレルはまだ放てない。魔神柱を現代魔法で討滅し続ける事は不可能だろう。
まあ、だが私も馬鹿ではない。遅かれ早かれ私が退去させられた時点で魔神柱への対処が不可能になる事は一応予測している。
勿論、魔神柱を抑える為の対策も予め準備している。完璧とは言えないが無いよりは幾らかマシであろう。
……これ程早く使う機会が訪れるかもしれないとは思ってなかったが。
目の前の光景を再度見る。古き神秘の衝突が空間さえも揺るがしている。
過小評価であった。ゲーティアは三千年前から存在する魔術式。神秘の深度ではウッドワスさえも上回るだろう。
寧ろウッドワスを連れてきてよかった。純粋なフィジカルではなく神秘に頼る幻想種ならばその神秘が押し潰された時点で勝ち目がない。
司波達也の方へ目を向ける。全力の魔法を連発し続けている為か三人共汗が滲んでいる。
汗が滲む程度で済んでいるのもおかしい気がするが、現代魔法師の中でも上澄みなのだからこんなものだろう。
一瞬、現代魔法の発動速度ならゲーティアも対応できないのではないかとも思ったが、その考えを振り払う。
希望的観測だ。もっと確実な手段を選んだ方が良いだろう。ただでさえ魔神柱との戦闘は綱渡りなのだから。
ブリシサンの方を見る。ブラックバレルは後十数秒で発射可能になる頃であろう。
それまでの間ブラックバレルとブリシサンを守り続ければ良い。
ゲーティアは私の中に巣食い、新生している。だが指環の内の一つはレプリカである。
そして現代まで指環は受け継がれている。別に第一宝具を使う気など毛頭ない。
そして指環をウッドワスの顎に向けて投擲する。
指環は十個全てが揃っている場合にのみ魔術を支配する絶対的な権限を保持できる。
ゲーティアはレプリカで指環を騙していたのだろうが、真のソロモンの指環が存在している以上レプリカに価値はない。
無論、指環を握ってるだけであるのも論外だ。揃う事が条件であるのならば、欠かさせなければ無意味。
故に確実に指環を破壊できるであろうウッドワスに指環の破壊を任せる事とする。
私も十の指に指環を嵌めているが、これは英霊ソロモンの逸話の再現としての指環だ。
本物の魔術王ソロモンの指環ではない。故に不確定要素が存在していていた為に却下だ。
ゲーティアが嵌めている指環を破壊するのも考えたが、相手に此方の思惑がバレるかもしれなかった。
かなり綱渡りであった。私が即座に退去させられていれば魔神柱が健在となり、形勢が逆転されている恐れもあった。
音速を遥かに超える速度。ウッドワスの全霊全力の咬みつきによって指環が粉々に破砕される。
その場に存在していたソロモンの指環が指環の一つが破壊されたのを感知してその機能を停止する。
間違いなく本物のソロモンの指環が破壊された事によってゲーティアも、私も魔術に対する絶対権限を喪失する。
そしてその事実に安堵した次の瞬間、私はゲーティアに霊核を破壊された。
■
玉座が変貌する。魔術王を騙る者の姿が変化する。
本気でなかった訳ではない。ただ奥の手を隠し持っていたというだけである。
意識の大部分がブラックバレルへの対処に占められていた。ブラックバレルから逃れる為の奥の手を、この場でソロモンを殺害する為だけに振るった。
失態を演じたならば挽回すれば良い。ブラックバレルさえ凌げれば此方の勝ちである。
神殿が魔神柱に埋め尽くされる。荘厳な神殿が禍々しい伏魔殿へと成り果てる。
指環が機能しなくなった時点でソロモン王である事を放棄。魔神王へと回帰する。
回帰の余波でウッドワスを吹き飛ばし、そのままソロモンの霊核を貫いた。
ソロモン王が口から血を吐く。胸から溢れ出た鮮血はやがて光の粒子となって消滅してゆく。
『さらばだ、我が主。哀れな少女。二度と会うことはないだろう』
貫いたソロモンの身体を丁重に置く。ゲーティアなりの誠意であり、ソロモンへの憐憫故でもあった。
そして空間が圧し潰されると錯覚する程の魔力が重圧となって辺り一帯に叩き付けられる。
重圧に圧し潰されながらもウッドワスが飛び掛かろうとして、足元の魔神柱に狙撃される。
ダメージは無い。威力よりも速度を重視した魔力照射などウッドワスの毛にも届かない。
だが衝撃はある。上方へ吹き飛ばされたウッドワスに対してゲーティアが異常な量の魔力を籠めた拳を振るおうとする。
直撃すればウッドワスとてただでは済まないだろう。ウッドワスとて幻想種と言えども生物。
心臓を抉られでもすれば致命傷となる。尤も、致命傷を与えられようとも継戦できる程の生命力を保有するが。
それでも致命傷を与えられた時点で足止めは不可能となる。ウッドワスと同格かそれ以上のフィジカルを誇る怪物への抵抗が不可能となる。
だがその拳撃が一刀両断される。
下手人は牛若丸。ソロモンとのパスの消滅を感知して即座に周囲の魔神柱の掃討を放棄。
元より退去が決まっているのだからと霊基の崩壊も気にせず疾走し、全身全霊を賭した斬撃で魔神王の腕を切断した。
膨大な魔力が籠められた腕が地面に転がる。その直後、牛若丸は時間神殿から退去した。
同時にブリシサンが詠唱を開始する。絶対に命中させなければならない凶弾を命中させる為に術式を組む。
魔術回路は元より全力で稼働中。高速詠唱で以てただ一つの魔術を完成させようとする
「──神秘、収束」
荒れ狂う魔力を背にウッドワスがゲーティアを殴り飛ばす。威力ではなく衝撃にのみ特化した一撃。
ブリシサンの補助役として援護に重きを置いた攻撃。実際、ブラックバレルからゲーティアの距離が一気に開く。
だがその衝撃を利用してゲーティアが加速する。轟音と共に地面を破砕して目指す先は、司波達也。
魔神柱への対処で疲労困憊となっている彼らにゲーティアが迫る。
雲散霧消が即座に組み立てられ、放たれる。通常ならば抵抗すら許さずに敵を抹消する必殺が、受け止められる。
三千年にも及ぶ神秘の鎧。魔術を支配する能力を喪失したとしても魔術や魔法では魔神王を傷付ける事能わず。
積み上げてきた年月だけで現代魔法師に対しては無敵とも言える性能を誇る。
『灰と化せェ!!』
ゲーティアが片腕から魔力照射をする。数個の眼球が達也達を凝視する。
もしウッドワスに対して放ったのならば牽制程度にしかならない威力だろう。
だが、相手が人間であるのならば過剰な火力である。跡形もなく、塵一つ残さずに蒸発する。
完璧な攻撃。実際、ウッドワスによる衝撃の威力まで計算して行われた攻撃なのであろう。
魔神柱を処理している彼らを始末すれば戦況は魔神柱側に傾く。
一度しか通用しないであろう初見殺し。仮にウッドワスを倒せなくともブラックバレルを阻止する為の一手。
阻止される。
『何を、している…?フラウロス…』
『否。私はフラウロスとしてではない。スコープ・ライノールとして君の前に立ち塞がる」
時間神殿から魔力の供給はない。魔神である事を放棄したスコープ・ライノールは肉体を再生する事が出来ない。
酷い有様だ。スコープは己の姿を見て自嘲する。魔力照射を受けた身体の全面は完全に炭化している。
今もスコープが生きているのは魔術刻印が無理矢理延命しているだけである。
触れば崩れるだろうと思わせる程の損傷。だがゲーティアにとってはそんな事はどうでも良い。
問題は魔神フラウロスが総体から結合を拒否した点にある。
「七十二柱の魔神」という前提が崩壊する。完全な結合が、絶対の不死性に亀裂が生じる。
『愚か者め!何が目的だ、何故我々を裏切った!』
統括局として解けゆく魔神を繋ぎ合わせる。リソースの大半を削られる。魔神柱の復元速度が極度に低下する。
魔神柱を万全に使えなくてはブリシサンを殺せない。司波達也共を殺したとしても魔神柱が使えなければ時間の無駄だ。
どうせ現代魔法は私には通じない。コキュートスも、雲散霧消も、私への干渉は不可能だ。
マテリアル・バーストやヘビィ・メタル・バーストとてこの近距離で使えばブリシサンごと自滅しかねないのだから使えない筈だ。
ならば間に合うかは一か八かだが、ブリシサンに突撃しようとして、
『ギ───』
銃弾に胸を穿たれた。あり得ない、ただの銃弾如きで私に傷を負わせられる筈がない。
何をして──情報強化か!あくまで私ではなく銃弾を強化して私にダメージを負わせたのか!
一秒にも満たない刹那の時間稼ぎ。だかその刹那の時間が最大限の効果を発揮する。
「時流停滞」
ブリシサンの魔術が私の動きを止める。思考が減速しているのだろうか?
私に向けられたブラックバレルの銃口に黒い光を発する。周囲の動きから見て私自身の減速率を導き出し、私が動ける残り時間を算出する。
極めて僅かな時間。だが此処は私の神殿。距離は短いし魔力の消費も激しいが即席の空間転移を発動すれば回避出来る可能性はある。
ブリシサンが私を拘束する為に用いた魔術が「コレ」で良かった。
ブリシサンが転移を使う可能性も考慮していたが杞憂で良かった。いや、ここまで追い詰められ時点で微塵も良くはないが。
ともかく私は残り時間を計算するリソースさえも全て術式の構築に注ぎ込んで空間転移の術式を組み上げて、
───術式が分解される。術式解散、司波達也が放った魔法は確実に動きのないゲーティアの術式を撃ち抜いた。
そしてブラックバレルが直撃する。
■
統括局としての私が敗北する。否、消滅する。
霊核が完全に崩壊する。魔力が急速に消滅するのを確認する。
神霊さえも凌駕する程であった存在規模が意味を為さなくなってゆく。
最早私は魔神王ではなくなった。
理解できない。何が貴様らをそこまで突き動かす。
何故我々の、私の理想を拒む。
撤退しようとする奴らの姿を見る。誰も彼も消耗している。
そしてそれ以上に瀕死の自分が認識する。
『魔神、否。ガープより提案する。我々の魔力を還元して光帯を回すのだ』
『俺は、グシオンは崩壊を受け止める意義を見出せない。人類に救済を。理想の成就を』
『証明も、計算も必要ない。此の宇宙に我らの軌跡を刻むのだ!』
『口惜しい!口惜しい!口惜しい!万全の状態で救済に臨む事はできなかった。だが、何もせずに滅びるなど論外である!』
『復元が能わずとも、何の支障もない。成功の確率が那由多の彼方にあるのならば、何の問題もない』
『怒りがやまぬ。憎悪がやまぬ。何もしないなど逃避に過ぎぬ。我は挑む事を選択する』
『人理焼却の果てに得られた筈の魔力に比べれば塵芥だろう。だがそれがどうした!思考を回せ、思案を巡らせ、我はこの救済を達成して見せよう!』
『我ら七十一柱。御身による計画遂行の許可を求める。ゲーティアよ、お前は何を望む?』
神殿を去ってゆく者共を見送る。お前達の
魔力が収束する。神殿を熱量に変換し、魔神柱を魔力に還元する。
普通に考えればこの程度のエネルギーでは百年も遡れないだろう。46億年など夢のまた夢だ。
瀕死の身体を無理矢理動かす。頼りなく細い腕。長く伸ばされた絹のような長髪。
我が王よ、我が主よ。我々は貴女を救えなかった。私は貴女を受け入れられなかった。
王ではなくなった貴女は楽しげでした。英霊など紛い物に過ぎないと思っていました。
あの時代を生きた貴女を救えなくては無意味だと思っておりました。
だってそうでしょう。今の貴女を救った所で、私が貴女を憎んだ過去は消えないのだから。
私は貴女を変えようと挑むことはなかった。傍観していただけであった。
見ているだけで、最期の時まで貴女の真実に気付けなかった。
ああ、だからこそ私は今度こそ。貴女を救う為に挑むのです。
九つの指環:いつからかブリシサンが持つようになった指環。本人もよく分からない
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