もしもG・IのNPCになったなら (Σ18)
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プロローグ
第1話


短いです


「きゃん!」

 

 コテッという擬音語をそえ、また自動的に(・・・・・・)転ぶ。

 

「メガネメガネ」

 

 これもオレの意思とは関係なく、いつも通りの(・・・・・・)セリフを紡ぐ。いかにもアタフタしてます、と全身で訴える。

 

 もう何回目だったのか記憶にない。

 

 

 

 

 

 

 大学には二つの人種が存在する。

 

 将来を見据え、勉学やスポーツに励み自分を磨き、ついでに学生生活を謳歌したいやつ。

 将来への展望もなく、ただただ怠惰に学生生活を延長し、ついでに大卒資格という名の社会への通行手形を手に入れたいだけのやつ。

 

 オレは明らかに後者。

 

 特にやりたいこともなく、だらだらと過ごせればそれでいい。だからこそ漫画研究同好会、略して漫研に所属しているわけで。

 

 ……なのに、なんでだろうな。なんでオレは自宅に帰ってからも執筆作業をしているんだろうな。くじ引きで、ハズレを引いたからか。いや、そもそも部長の唐突な提案のせいだろう。

 

「そうだ、グリードアイランドを作ろう‼」

 

 全てはそこから始まった。

 そうだ 京都、行こう。みたいなノリで推し進めるな。内心めんどくさいとは思いつつも、反抗するのもめんどくさいわけで。所詮、流されやすい日本人だよ。

 ……ただ、まぁ、そこまではいい。どうせ暇なんだ。問題はくじ引きで恋愛都市アイアイの担当になってしまったことだろう。この街の設定上、とにかく求められるテキスト量が多い。しかも痛々しいイベントを作成しなければいけない羞恥プレイつき。正真正銘1番のハズレくじ。

 

 最後にスマホで確認した時は、深夜1時を過ぎていた。テキストが難産で、徹夜続きときたもんだ。いつの間にか眠ってしまっていたらしい。……だってそうだろ?

 

「ちょっとドコ見て歩いてんのよ!」

 

「あのーー今オレカットモデル探してるんだけど」

 

「放して‼ 大声出すわよ‼」

 

 そこかしこで発生するベタな出会い。街の中央には巨大なハート型のモニュメント。空気の色すらピンク色に感じるここは、どう考えても恋愛都市アイアイだ。

 そう、あのグリードアイランドに登場する恋愛都市アイアイである。

 

 気が付いたら、そこにいた。

 

 根を詰めすぎてとうとう夢にまで現れたのか。相当頭がヤバいらしい。

 とはいえ、せっかく明晰夢を見れたのなら楽しむしかないな。これは不可抗力だろう。1人で言い訳しながらうっきうきで歩き出そうとすると、

 

 突如として身体が引っ張られ、その勢いのままにすっ転ぶ。

 

「きゃん!」

 

 ……CAN? なんだ、この声。やたら可愛らしいが、自分の口から出たと思うと気持ち悪いな。もしやこの身体、女キャラか。

 おまけに目が悪いらしい。転んだ弾みでメガネを落としたようだ。視界がぼやけている。いわゆるメガネっ娘か。原作にもそんなキャラいたな。

 

「メガネメガネ」

 

 また声が勝手に……身体もそれに合わせてメガネを探す動作をとるし。どうやらこの明晰夢、意識はあるものの、自分の意思では動かせないタイプか。つまんな――

 

「だ、大丈夫かい……‼」

 

 見上げる先には幸薄そうな冴えないおっさんが。メガネを探してくれるらしい。……ん? あれ、このおっさんどこかで……、

 

「よし‼ これで第一印象はバッチリ……‼ この調子で漢を見せろモタリケ‼」

 

 ……やっぱりモタリケ君じゃないか! 心の声がバッチリ聞こえてるぞ。バッチリなのは第一印象じゃないんだが?

 まぁ何はともあれ、こいつに会ったら言うしかないだろうこのセリフ。

 

「モタリケ君のちょっといいトコ見てみたいーー♪」

 

 せいぜい頑張ってメガネを見つけてくれよ? モタリケ君。

 

 

 

 ……そういえば、声、出たな。自分の意思で。




1週間に1話くらい出せたらいいな


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第2話

 さて、この夢はどうやら原作開始の5年前という設定らしい。

 聞いてもいないのに、グリードアイランド(この島)に来る前に受けた282期ハンター試験ではあと一歩というところだった、今はアマだが長年ハンターとして培ってきた経験を加味すればプロと比べても遜色ないのだと熱っぽく語ってきた。オタク特有の自分語りに近いものがある。

 さらには半年間で既に指定ポケットカードを手に入れたと鼻息荒く。およそ3年もあればクリアできる公算らしい。どういう計算式なのか、非常に興味深い。

 

 

 

 

 

 

 モタリケ君との邂逅後、完全に自分の意思で身体を動かせるようになった。会話の最中は自分の意思を表に出せたり出せなかったりしたのだが。(オレにとっての)強制イベントが終わり、晴れて自由の身になれたということだろう。

 ただし強制イベントではないものの、街では頻繁にナンパされてしまう。そのおかげで日が暮れ始めている。原作通りなら瓶底メガネでも隠し切れない程の美少女なわけだしね……。

 もちろんヤローにモテても嬉しくないのだが。

 

「ここってもしかしてヒソカが水浴びしてたとこか?」

 

 そんなわけでオレは今、街の近くにある森まで避難しに来ていた。少し開けたここには湖がある。変態的なヒソカと芸術的な吹き出しでお馴染みの例の湖かもしれない。

 本当によくできた夢だ。ゲーム制作にあたり、原作をよく読み込んだだけのことはある。

 ここまで作り込んであるのなら、システムも再現されているのだろうか。腰を下ろして小石を拾ってみた。

 

 ……………………。

 

 はんのうがない。ただの こいし のようだ。

 

「……よく考えたら、再現されているとしたら、プレイヤーじゃないからカード化されるわけないよな」

 

 気を取り直して、念能力ならどうだろうか。たとえ再現されていたとしても厳しいだろうが。確か1000万人に1人の天才であるゴンキルアですら1週間はかかるとかなんとかだったはずだし。

 念に目覚める前に別の意味で目覚めるだろう。

 

 「凝!」

 

 試すんですけどね。

 

 「…………え」

 

 目を"凝"らした先にはゴーストのようなものが見える。さっきまで見えなかったのに……これって本当に凝が成功している? 夢だからそこはご都合設定なのか? ただ、今は呑気に考察している余裕はない。

 白い布を被ったような、わりとファンシーな見た目のゴーストだが、感情が一切なさそうな虚ろな眼差しに恐怖を感じる。微動だにしないことが逆に不気味だ。そして夢だからと楽観視できるほどオレの神経は図太くない。

 ……いや、違うな。本当は半分気付いていたんだ。

 

 この非現実が現実(・・・・・・)だってこと。

 

 自動的に転んだ時、微かに痛みを感じた。ナンパヤローに握られた手は温かくて、それが余計に不快だった。夢だと自分に言い聞かせて現実逃避していたんだろう。よくよく思い返すとプレイヤーらしき人物はオーラのような薄い膜を"纏"っていた。思っていた以上に気が動転していたようだ。昼間は意識すらしていなかった。

 

 さて、どうする? もしも、もしも……、だ。これが現実だとしたら、おそらく死も現実のものとなる。いくら念能力が使えるらしいことがわかっても、いきなり戦おうという気が湧くほど戦闘狂じゃない。というか目を"凝"らすのも疲れ――

 

「消えた!?」

 

 ゴーストを見失ってしまった。瞬間移動能力……? わからない。逃げてくれたのならいいが、まだ近くに潜んでいるのかもしれない。最初に視認する前だってこいつは見えなかったんだ。慌てて周囲を見渡した。

 

「ッ……!」

 

 目を"凝"らした先には吐息が届きそうなほどに迫ったゴーストが。心臓がバクバクと音を立てているのが自分でもハッキリと感じ取れる。

 

 ……どれくらい見つめ合っていたのだろうか。お見合いならそろそろ若い人同士でと微笑ましげに退場していく段階か。少しだけ冷静になれたのは、こいつが動かなかったからだろう。

 

 そういえば、グリードアイランドは順序よく攻略していけば確実に強くなれるようプログラムされていると、ビスケが言ってたな。とするとこれは凝の修行ってとこか。

 おそらくこのゴーストは隠を使って透明になっているんじゃないか? だからこちらの凝が甘いと消えたように感じるのだろう。

 さらにわかったことがある。このゴーストはこちらが"凝"視している間は近付いては来ない。某ゲームのテレサみたいな奴だな。

 

 逃げるか。

 

 目を逸らさず、少しずつ後退する。もちろん"凝"視は欠かさない。大分距離が開けた。恋愛都市アイアイまであと少し。

 

 なりふり構わず全力で逃げ込む。

 

「ゼェ…………、ハァ、ハァ……、もう一歩も動けなブッ‼」

 

 一歩も動けない宣言しただろ‼

 

 意思に反して颯爽と歩き出す。あまりにも急で舌、噛んだよ……。これはあれか、強制イベントってやつか。体力は0に等しいというのに。

 

 疲れ切った身体とは裏腹に、軽快な足取りで閑静な住宅街に吸い込まれるように石造りの坂を下りていく。実際本当に吸い込まれていくのだが。

 あれよあれよという間に辿り着いたドアの前。慣れた手付きでポケットから鍵を取り出すと、当たり前のように見知らぬ家に足を踏み入れる。鍵を閉めるとようやくオートモードが切れたらしい。

 ……多分ここが自宅ってことなんだろうな。NPCは時間になると強制的に帰宅するようになっている、と。

 

 推定自宅を見渡すと、本、本、本。このメガネっ娘は見た目通り読書が大好きな物静かなタイプってところか。内装までしっかり作り込んであるとは。こだわりが半端ない。

 

 ソファに倒れ込むと、今日起きた出来事を思い浮かべる。どうしてこんなことに……なんて、考えたって仕方ないな。重要なのは今後どうするか、だ。

 

「でもその前に」

 

 寝るか。さすがに今日は、疲れた……。




こんな作品にお気に入りやしおりや評価が……ありがたい。モチベーションが上がります。エタらないよう頑張ります


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第3話

「知らない天井だ」

 

 ロココ調というのだろうか。薄ピンクの背景に白いバラ模様の天井を眺め、異世界人に最もよく使われているであろうセリフを呟いた。

 

 夢オチにはならなかったか。

 

 期待していなかったと言えば嘘になる……が、ここは間違いなく最後に寝落ちしたであろう見慣れた机と椅子の上ではなく、死んだように沈み込んだ見慣れぬソファの上だ。

 

 緩慢な動きで起き上がると、床に積み上げられた本の山を崩してしまった。昨日はじっくり見ることが出来なかったが、女の子の部屋にしては案外汚い。気にはなるが、今は他に考えるべきことがある。そう思考を巡らすと、腹の中から地の底より湧き上がってきたかのような鈍い音が響いた。

 

 ……この異常事態をどう乗り越えるべきなのか。考えるべきことは多々あるものの、最優先事項は腹の虫への賄賂に他ならない。腹が減っては戦はできないのである。幸いにして冷蔵庫にはある程度食料が入っていたし、部屋には米はないが食パンならあった。

 トースターでこんがり焼いた食パンにマーガリンを塗り付ける。

 

「まぁまぁいけるな」

 

 今の自分は念獣のはずだが、腹はすく模様。妙なところで人間臭くて安心する。生きていると実感できる。

 NPCは人間らしい営みができなければ死んでしまう……もしかしたらそういう制約なのかもしれない。だとしたらよくできたシステムだ。制約が逆にNPCの人間らしさを助長していることになるのだから。

 

 つらつらとそんなことを考えながら、外に出て街路樹から葉っぱを1枚頂戴する。何の因果かこの世界に来たのなら、念を使えると分かったならば、やる事は決まっている。水見式のお時間だ。

 

 原作でも念獣の召喚自体は創造主によるものでも、念能力の行使自体は念獣自身の意思であるかのような描写はあった。天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)はその最たるものだろう。本人は占い結果を知ることすらないのだから。

 オレが訓練なしでいきなり念を発動できたのもそういうカラクリなのだろう。加えて、念獣のレベルは創造主のレベルに依存しているのではないだろうか? いくら念獣の身とはいえ、あまりにも念の発動が容易過ぎた。

 

 これなら練もできるだろう。

 

 グラスに水を注ぎ、先ほど取ってきた葉っぱを乗せる。……よし、やるか。

 

「練!」

 

 ………………。

 

 数舜待ってみるが、変化なし。見た目(・・・)には。

 

「そもそも練ができてないってことじゃないよな……?」

 

 恐る恐る指を水に浸し、流れ落ちる水滴を舐め取ると、

 

「!」

 

 苦い。コーヒー風味だ。どうやらオレは変化形らしい。どうせなら甘くなってほしかったな。そしたらジュース替わりに飲めたのに。

 そうこぼしながらも興奮している自分がいるわけで。何だかんだ言って現実世界にはない摩訶不思議な力は楽しみだったのだ。自然と笑みが込み上げると、それと同時に身体が引っ張られる感覚が訪れた。

 

 ……おっと。強制連行(ドナドナ)が始まったか。少しは慣れてきたもんだ。一晩よく寝て気力、体力共に充実しているオレにスキはない。

 

 

 

 

 

 

「――ラピスちゃん!! ミスコンに出るんだ! 優勝して、アイツらをギャフンと言わせてやろう!!」

 

 こっちくんな。

 

「ムリだよ! 私なんて、地味だし……」

 

「そんなことない! ラピスちゃんは可愛い!!」

 

 手を握るな。

 

「オレが、ラピスちゃんをプロデュースする! ……舞台役者になるのが夢なんだろう?」

 

 顔面ドアップきっつ。

 

「……私、変われるかな……?」

 

「もちろんさ!」

 

 ウゲェエエエエエエエエ‼

 

 近い近い近い! 鼻息かかってる!

 

 このメガネっ娘『ラピス』のシナリオは、内気な彼女とは対極に位置する舞台役者(スター)に憧れを抱いていることを知ったプレイヤーが、その夢を応援し、励まし、時にアドバイスを出し、やがて2人の距離も近付いて……というコッテコテなラブ&サクセスストーリーなのだ。

 ちなみにイベントの途中にはメガネをコンタクトに変えるというこれまたお約束な展開も用意されている。

 

 そんなこんなで、毎日のように砂糖と共にゲロを吐きそうになりながら、あっという間に1ヶ月が過ぎていた。

 

 

 

◆Side:???

 

 

 

「こんなことになるとはな……」

 

 やはり、選ばれし存在だったのか。

 

 異世界転生。それは神々に見出されし者のヴィクトリーロード。思えば漫研でのグリードアイランド制作は……全ては運命(デスティニー)によるものか。

 

「ククククク……薄々気付いてたんだ。自分が(モブ)とは違うってコトをなァ!」

 

 『グリードアイランドを作っていたら本物のグリードアイランドに転生していた件 ~転生チートで無双してたらマチやポンズに惚れられて~』……タイトルはこんなところか。

 これから起こるであろう輝かしい英雄譚。そしてマチやポンズ(オレ様のオンナ)が待っている……とはいえ、

 

「恋愛都市アイアイに来たからには愉しまなきゃオトコが廃るぜ」

 

 ハーレムの予行演習といこうじゃないか。まずはあのそばかすの推定ボクッ娘からだな! 服装は男物だが、ギャルゲー歴10年のオレ様の目は誤魔化せねェ!

 

「ヒャッハー! カワイ子ちゃん! オレ様と大人の恋しない⁉」

 

「……まさか、自分からやって来てくれるとは。いい心掛けです」

 

 そう言うと、カワイ子ちゃんは穏やかに微笑んだ。これは脈ありの呼吸……! カワイ子ちゃんもノリノリだ。楽勝だぜ!

 

「バグは、修正しないといけません」

 

「? なんだそりゃ?」

 

 RULER ONLY……? ってマジか! カワイ子ちゃんが取り出したカードには見覚えがある、見覚えがあり過ぎる!

 

 コイツ……よく見たら、

 

「『白紙(イニシャライズ)使用(オン)

 

 その一言を最後に、オレ様の意識は遠のいた。

 

「フフフ、ジンではありませんが、ハンターの血が騒ぎますねェ……」




主人公の名前、ここに来てようやく登場です

初の感想を頂きました。ヒャッハー!


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第4話

うっかりゲームマスターが使うオリジナル設定のカードを、既存のカードと同じ漢字にしてしまっていました。再生(リバース)白紙(イニシャライズ)に変更しています。


「――ハンターの血が騒ぎますねェ」

 

 騒がないでくれよ……。

 

 衝撃的な光景を目撃してしまった。明らかに挙動のおかしなNPCが……おそらくは同じ成り代わりのお仲間が、"修正"されてしまったらしい。

 何だかんだ1ヶ月もここで暮らしているからな。あんな異様にハイテンションな目立つNPCがいたら覚えているはずだ。

 

 そしてリスト……リストだよな、あれ。ゲームマスターの。イニシャライズとか言ってたか。聞き覚えのないカードだが、逆にそれ自体がゲームマスター専用のカードだという証左だろう。どんな効果なのかも何となくだが想像できた。

 

 念獣もしくは念による創造物の初期化。そういった効果を持つカードなのだろう。

 

 あのNPCはさっきまでのハイテンションが嘘のように大人しい。もはや大人しいを通り越して意思が宿っていないんじゃなかろうか。NPCに宿る異物(バグ)ごと白紙に戻されたに違いない。

 

 ……オレは、強制イベントが多くてなかなか思うように行動できていなかった。そうでなければこの街を出て、リアルグリードアイランドを堪能すべく旅に出ていたことだろう。

 モンスターを警戒してあれから街の外に出てはいないが、それは修行の時間を十分に取れていないからこその判断だ。自宅への強制連行(ドナドナ)だってそもそも恋愛都市アイアイにいなければ発動しなかった可能性すらある。何せあれは放出系能力的なものではなく、操作系能力的な足に頼った連行方法なのだから。

 例えば監禁でもされたとしたら、どうやって移動させるんだって話になる。何よりあのNPCがお仲間であるならば、NPCに課せられた行動制限は破る方法があるってことだろう。

 

 ある意味では強制イベントの多さに救われた。

 

 縛りがなければ、不審な行動の対価を支払うことになっていたのは自分だったのかもしれない。抜け殻となったNPCを、あり得たかもしれない未来の姿と重ねてゾッとした。

 

(あまりジロジロ見るな)

 

 ‼ 誰だ。

 

(振り向くな。声を出すな。どこに"監視者"がいるかわからん)

 

 監視者……⁈

 

(ウィスパーボイスと、1人になったら心の中でそう念じるんだ)

 

(パスワードは……本のタイトル(・・・・・・)

 

 話は終わったとばかりに背後から遠ざかる靴音は、雑踏に混じってもなおハッキリ聞き取れた。

 

 

 

 

 

 

 ……あれから、掛けられる声も適当に受け流し、脇目も振らず足早に自宅へと向かう。

 

 知りたい。

 

 ――まさか、自分からやって来てくれるとは――

 

 既に、グリードアイランドに流れ着いた異物(バグ)はゲームマスターに認知されていた。

 

 ――振り向くな。声を出すな。どこに"監視者"がいるかわからん――

 

 オレが思っているよりも、事態はもっと切迫しているのかもしれない。

 

 気が緩んでいた。

 1週間ごと気付けば食料が補充され、人間らしい生活のためなのか仕送りらしきものもあり、まさに至れり尽くせりだったのだ。

 正直なところ、多忙ではあった……あったのだが、言い訳だな。もっと早く動き出せていたはずだ。念の修行は原作再現したかっただけの娯楽感覚だったし、情報収集なんてとんとしていなかったのだ。

 

 その間に、一体どれほどのお仲間が"修正"されていたのだろうか。

 

 もはや見慣れた(・・・・)ソファに座り、目を閉じる。息をつき、再び目を開ける。

 

『ウィスパーボイス』

 

 目を閉じたプロセスに意味はあったのだろうか? そんなくだらない思考に機械音声が割り込んだ。

 

『パスワードヲネンジテクダサイ』

 

 想定していただけに、そこまで驚きはしなかった。……まさかパスワードは『本のタイトル』なんてことはないよな?

 

『HUNTER×HUNTER』

 

 その瞬間、視界に捉えた光景が……世界が、一変した。

 

 白く、白く、どこまでも白く広がる無機質な世界。念能力で作られた空間か? もしくはそう見せかけているだけなのか。

 

 メモリ節約のためであろう見渡す限り白の世界には1人の異色が浮いている。

 その異色は、恋愛シミュレーションを取り扱う関係上、身綺麗なNPCが多いこの街ではお目にかかれないボロボロな身なりをした旅人風のNPCであった。おそらくは先程の人物だろう。窓1つないこの世界でその男は空中に、まるでそこに椅子でもあるかのように腰掛けていた。

 よくよく見ると自分も空気椅子状態か。ここにログインした時の体勢が反映されているようだ。

 

「こうして面と向かって会うのは久しぶりだな」

 

 久しぶり……か。ある程度は予想できていた。

 

「……漫研の誰かか?」

 

「正解だ」

 

 やっぱりか。ただ、姿形も声も違うとわからないもんだな。

 

 相手もそんなオレの困惑を感じ取ったのかもしれない。

 

「そうだ、グリードアイランドを作ろう‼」

 

「って、部長⁉」

 

「その通り! ……ついでに言うと、ゲーム制作に関わった全員(・・)がグリードアイランドに飛ばされている」

 

 そんな気はしていた。"修正"されてしまったお仲間も部員だよな……。

 

「全員か。どうやって調べたんだ?」

 

 多分念能力なんだろうが。部長は最初からオレの正体を見破っていたわけだし。

 

「フッフッフッ……聞いて驚け、実は素晴らしいチート(・・・)を手に入れてしまったのだ‼」

 

 リアルでフッフッフッとか言うの、部長くらいだよ。




予約投稿機能を初めて活用できました


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第5話

「チートって?」

 

「聞き覚えがあるだろうな。その名も! ズバリ! 『もしもテレビ』!!」

 

「あー! 指定ポケットカードのやつか!」

 

 指定ポケットカード『もしもテレビ』。リモコンにもしも〜ならという形式で文章を入力すると、その結果が1~30時間のドキュメンタリーとして放映されるという……確かにチートアイテムだ。

 

「それだそれ! たまたま『もしもテレビ』のイベントを担当する部員がいてな」

 

 となると、

 

「オレを見つけたのは『もしも異世界人と会ったなら』とか、そんなところか?」

 

「概ね合ってるぞ。正確には『もしも恋愛都市アイアイのNPCにHUNTER × HUNTERを知ってるか聞いたなら』だな!」

 

 何故そんな回りくどい文言になったかというと、制限に抵触してしまうかららしい。

 仮定が成り立つまでの課程が不明瞭だと何も見れないというものだ。さっきの例だと、異世界人と会うまでの課程が不明瞭だからダメなんだと。

 

 ……その程度ならユルくないか? チートアイテムなわりに。

 

「これのおかげで"監視者"の目を掻い潜り、お前と接触できたってわけだ‼」

 

「あ、そういえば気になってたんだけど、"監視者"って??」

 

「お前も見ただろう? ゲームマスターと遭遇したNPCの末路を。そう! 我々の存在は既にゲームマスターの知るところとなっている! さらに! 我々の行動は何らかの方法で監視されている状況だ! それを便宜上、"監視者"と呼んでいる。 というのも、現状NPCに密告されている可能性が高いもんでな。実際人気のない場所では補足されていない。……本当は杉山にも警告したんだがな。聞く耳を持たなかった。オレ様はモブとは違うとかなんとかで」

 

 あれって杉山だったのか。杉山はいつもブツブツ独り言が多かったな。性格がまるで違ったが、いわゆるネットでは饒舌になるタイプってヤツだったのかもしれない。

 

「ちなみにだが、この『もしもテレビ』……! ウィスパーボイスを介して遠隔操作できるようになっている‼」

 

 共有できるのか。便利だな。

 

「……ところで、ウィスパーボイスって何なんだ? 部長の念能力?」

 

「いや、これは月島姉妹の能力だ。相互協力型(ジョイントタイプ)ってヤツだな! 主に放出系の能力で、遠方の映像と音を伝えることができる! そのためには能力者本人か、回線を繋いだメンバーが直接接触する必要があるがな」

 

 あの双子の能力か。

 

 実は珍しいことに、漫研には3人だけ女の部員がいた。その内の2人は月島姉妹だ。この2人は漫研に所属するイケメン、上条目当てに入ってきたわけだが。……イケメンって得だよなぁ……。

 

「……さて、さっそくだが本題だ! さっきも言ったが、我々は監視され、常に危険と隣り合わせだ! "監視者"とは言っているが、それも定かではない! NPCのフリをしていても、いつバレるかわかったものではないな! そこで‼ 我々『ノアの箱舟』は! この島を脱出すべく仲間を集めているというわけだ‼」

 

 ノアの箱舟。随分と厨二病臭いが、この島から脱出する組織名としては妥当っちゃ妥当か?

 

「そのいずれ訪れるXデーに備え! 部員達には鍛錬や情報収集は勿論、この脱走劇に有用な能力を開発してほしい。『もしもテレビ』を使えば、自身の考えた能力が通用するかのテストプレイもできるしな。とはいえ! 今後の生活もあるからここでの作戦に限定するような能力にしろとまでは言わん。そもそも既に能力を開発してる者もいるしな! ……ちなみにだが、発はもう作ったか?」

 

「まだだよ。んで、作戦用に能力を作ることは問題ない。もともとそのつもりだったし。この島を脱出するのに使えそうな能力はいくつか考えていた」

 

 流石に1ヶ月も何もしなかったわけではない。能力の候補くらいはある。

 

「そうか。それはありがたい! 『もしもテレビ』はいつでも開放されている。他の部員が使ってなければ、だが。是非有効活用してくれ‼ 今回は他の部員の都合がつかなかったが、それに関しては次の機会にでも紹介しよう! 何かあれば気軽に連絡してくれ! 通知が入るようになってるからな! また会おう‼」

 

 そう言うと、部長の姿は見えなくなった。退場するエフェクトもないのは味気なく感じるが、メモリ節約のためにはそんな余計な機能はそぎ落とすべきだもんな。

 

 ……よし、オレも本腰入れて取り組もう。

 

 オレの系統は変化形。だから放出系のように『離脱(リーブ)』と似た能力を作ることは難しいだろう。

 月島姉妹は放出系っぽいけど、もともと能力を開発していたタイプだったのか、あるいは相互協力型(ジョイントタイプ)でもその能力は厳しかったのか。

 

 それはさておき、変化形とはオーラを変化させることが得意な系統なわけで。グリードアイランドのアイテムやモンスターってのもその根源はオーラなわけだ。

 

 だからこう考えた。グリードアイランドのアイテムやモンスターを、プレイヤーと同じくカードのように持ち運び可能なモノに変化させられないか、と。




ようやくこの小説のタイトルの意味が出てきた感じです。

…ちなみに想定していた部分まで載せられませんでしたが、もう少しさくさく展開させたほうがいいでしょうかね?


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