ファミリア・テイル (烏兎 満)
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プロローグ

アフロディーテかきたい。難しい


 生まれてこの方、満たされたことは一度もない。

 

 腹が減って食事を取れば空腹は満たされる。常人ならば。

 

 俺は常人ではなかった。

 

 生まれつき食べ物の味がわからない、視界に広がるものは灰色の世界。耳に届くは雑音ばかり。おまけに、暑いのか寒いのかすらわからない。

 

 まるで生きた屍のような、誰もが当たり前に持っているものを持っていなかった。

 

 辺鄙な場所にある小さな村に欠陥を持ってして生まれた哀れな少年。それが俺だ。

 

 物心ついてからは、世界を呪った。

 

 なんで俺だけ。

 

 そう思わずにはいられない。

 

 廃人のような生活を送っていたある日。奇跡が起こった。

 

 それは、紛れもなく俺の人生のターニングポイント、俺の世界が変わる瞬間だった。

 

 十歳を迎えた日。ぼんやりと色のない空を眺めていた時、天からとてつもなく美しい女神が舞い降りたのだ。

 

 そのとき、世界が変わった。その女神を中心に俺の世界に色がつき、いつも聞こえていた雑音は消え、感じることのできなかった風の心地よさが漂ってきた。

 

 それが、俺が生まれてから初めて満たされた瞬間だった。

 

 そして、俺が初めて恋をする瞬間だった。

 

 俺が満たされてからの余韻に浸って呆然としていると、その女神はとても美しい笑顔で俺の耳に言葉を届けた。

 

「こーんなに顔を真っ赤にしてもしかして、この私に惚れちゃったの?ま、当然よね!だって私は、女神の中の女神────アフロディーテなんだからっ!!」

 

 頭痛がした。

 

 

☆☆☆

 

 

 あれから止まない頭痛に頭を抑えながら、俺は何故この頭の弱そうな女神がここに現れたのかを聞いた。

 

「んー?なんでここにって?あなたがとてつもなくつまらなそうな顔で空を見ていたから暇つぶしに降りてきたってわけ!」

 

 裸体に布を巻いただけのような服装で腕を組みながら、名推理をしたようなドヤ顔を貼り付けている女神なんて見たくなかった。

 

「なるほど、よくわかりました。それでこの後アフロディーテ様はどうするのですか?」

 

「ふふん、それはもう決まってるわ!あなた、この世界で一番美しくて究極スーパー天才美少女な私の眷属になりなさい!」

 

 頭痛がひどくなった。

 

「まぁ、いいですけど」

 

「あれっ!?なんか味気ないんだけど!おかしいわね、私の魅了だったら、本当ですか!アフロディーテ様っ!あなたの眷属になれること、人生至上の喜びです!恐悦至極!、とか言ってくれるもんじゃないの?」

 

 あ、だめだ。俺にはこの神様敬えない。

 

「そんなこと言うわけないだろ。アフロディーテ……なんか長くて言いづらいからディーテな」

 

「な、ななななななっ!?この私に向かってなんたる不敬!…でも、ディーテって響きは悪くないわね。それに免じて不敬を許してあげてもいいわよ?」

 

 うるせーな、この神様。俺が一言返せば、十帰ってくるようなうるさい女神だ。

 

「はぁ」

 

「なにそのため息、超ムカつく。でもまぁ、あなた面白そうだし、私の眷属になりなさい。拒否権はなし」

 

 まったく。こんな女神の眷属になるなんて正直不安だが、彼女のお陰で俺は今世界を知れた。それは事実だ。

 

 それに、俺はこの女神を────。

 

 俺は自分の想いに蓋をしてから、彼女の前に跪き、彼女の手を取る。

 

「私はあなたの眷属になります。どんなことがあろうとあなたを守り、支えて見せましょう。神アフロディーテ」

 

 彼女はさっきまでの態度を変えると、彼女には似つかわしくない真面目な顔をしたあと、にっこりと笑った。

 

「ええ、もちろん。これからあなたは私の眷属なのだから。さぁ、私にあなたの名前を聞かせてちょうだい」

 

 目を瞑る。今までこの世界に生まれてから俺は自分を欠陥を持って生まれさせた世界を呪った。

 

 だが、今日この瞬間。俺はこの出会いを、世界を愛した。手のひら返しと呼ばれても構わない。

 

 目を開けるとそこには女神がいる。今まで認識することができなかった色彩が色鮮やかにその女神の特徴を伝えてくれた。

 

 美しくて、神々しくて、何より愛おしい。

 

「私の名は、ロア・バートハート。あなたの眷属です」

 

 その日、俺の人生は大きく動き出した。

 

 

 

 

 




頑張ります。
誤字脱字、おかしなところがあれば指摘のほどよろしくお願いします。


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第一話 オラリオへ

はよオラリオ行きたい


 アフロディーテと出会ってから、今後の方針についてを考えてみることにした。

 

 まず、自分には力なんてものはない。これから噂に聞く神の恩恵(ファルナ)をアフロディーテから授けてもらうと言う話になったのだが、それだけじゃ力は足りないかもしれない。

 

 強くならなければ、アフロディーテを守れないかもしれない。

 

 世界の情勢は6年の月日でかなり安定してきたが未だに安全と言えるほどの治安ではない。

 

 今から6年前、世界は混沌へと落とされた。

 

 世界最強ファミリアのゼウス・ファミリアとヘラ・ファミリアの世界の悲願たる三大冒険者依頼(クエスト)の失敗。

 

 これにより、世界の中心であるオラリオには暗黒期が訪れた。

 

 世界の中心たるオラリオの暗黒期は世界にも影響を与えた。

 

 どの国でも暴動が起き、どの国でも悪が蠢いていた。

 

 

 それから6年。ある程度世界の混乱は収まったが、安全とは言い難い。

 

「で、あなた様は俺と出会った後どうする予定だったんで?」

 

「それはもう………オラリオに行きましょう!(みんな)もそこでうまくやってるって聞いたし」

 

「はぁ、今思いついたのかよ…。まぁ、オラリオなら強くなれるか」

 

「……あなた、まだ十歳なんだからもっと子供らしくしなさいよ」

 

 ロアは顔を顰めて自分の体を見下ろす。そこには、十歳の平均身長よりは高いがまだまだ幼い体つきをした自分の体があった。

 

「いや、ディーテの方こそもっと女神らしくしろよ」

 

「はー?プッチーン、今キレた。あー、私を怒らせてしまったわね?ガキのくせに生意気言って、このアフロディーテ様を馬鹿にしたわね?」

 

 あー、めんどくさ、とロアは心の中で呟きながらアフロディーテの頭を叩こうとしたが、身長が足りずその手は彼女の肩を叩く形で終わってしまう。

 

「はっ、やっぱり子供ね。その身長じゃ私にはまだまだ届かないわよ!オーーーーホッホッホッ、ゲホゲホ」

 

「むせてんじゃねぇか。これからディーテを抜かすからいいんだよ」

 

 と、強がって見せたが内心かなり傷ついていた。アフロディーテを守ると決めた自分が守る対象より背が低いとなれば、示しもつかない。

 

 いや、大丈夫、大丈夫、俺は必ず伸びる、と自分に言い聞かせてからこれからのことを考えるために思考を切り替える。

 

「さて、我が主神がオラリオに行くと言うのなら反対はしないが、本当にいいのか?今のオラリオは落ち着いたとはいえ未だ暗黒期。何があるかわからないぞ?」

 

「あなたどれだけ落ち着いて物事を考えてるのよ…。ふふ、私がオラリオに行けば全員が私の虜になるのよ?私が暗黒期とやらを終わらせてあげるわ!」

 

 相変わらず単純な思考だ、とロアは思いながらアフロディーテに対して一つ自分の我儘を言っておく。

 

「言っておくが、その神の力とやらの魅了を使わないでくれよ?」

 

 そう言うと、アフロディーテは眉間に眉を寄せて訝しげな表情でなおかつ不満そうな顔で疑問を投げかけてきた。

 

「どうしてよ?私の魅了を使えばちょちょいのちょいよ。それに、暗黒期も止められて眷属も増やせる。一石二鳥じゃない」

 

「ディーテが一石二鳥なんて言葉を使っただと…?明日は槍が降るな」

 

「そろそろ殺すわよ?」

 

「あー、ごめんって。だからそうだな、ただの俺のわがままだ。ディーテの眷属は俺だけでいい。それだけだ」

 

 それを聞いたアフロディーテはニヤニヤとしながら、

 

「へー、嫉妬してるのね?あぁ、唯一の私の眷属を嫉妬させてしまうなんて私はなんて罪な女なのかしらっ!」

 

「……そう言うわけじゃない。まぁいい、さっさと恩恵を授けろ」

 

 自分の顔がりんごのように真っ赤になっていくことを自覚しながら、ロアはさっさと服を脱いで恩恵を授けてもらうように背中を向ける。

 

 背中を向けるときに見えたアフロディーテのニマニマとした笑みはとてつもなくムカついたが、少し可愛かった。

 

「神に嘘はつけないのよー?ふふ、本当に罪な女ね私は」

 

「早くしろ」

 

 そろそろマジでイラついてきたロアの気配に気づいたのかステイタスを刻む儀式を始めようとする。

 

「そこの岩に寝っ転がりなさい。そうじゃないとやりにくいわ」

 

「はいはい」

 

 ロア自身恩恵を刻む時の儀式の仕方を正確には知らなかったため素直にうつ伏せで寝っ転がる。

 

 アフロディーテはロアの上に馬乗りになり、自分の血をそのロアの白い背中に静かに垂らす。

 

「どうー?私に乗られている気分は。興奮するでしょ?やっぱり、恋はいいものよね!」

 

「うるさい早くしろ」

 

 自分の腰あたりに感じる柔らかい感覚になんとか我慢しながら、恩恵が刻み終わるのを待つ。

 

「はい、終わったわよー。ふむふむ、いきなり魔法を発現しているなんてすごいじゃない。流石は私の眷属ね!」

 

 魔法。それは精神力(マインド)と呼ばれるエネルギーのようなものを消費して超常現象を引き起こすことのできる力のことだ。

 

 魔法とはとても強力なもので、恩恵を授けてもらったものも最大三つまでしか魔法を覚えることはできない。

 

「それに…………ん、なんでもないわ。これがあなたのステイタスよ」

 

 ボロボロな羊皮紙に雑に書かれた文字を読んだ。

 

ロア・バートハート

『Lv 1』

 力 : I 0

 耐久 : I 0

 器用 : I 0

 敏捷 : I 0

 魔力 : I 0

 

《魔法》

【レイシム・グロウ】

・付与魔法

・雷属性

・速攻魔法

 

《スキル》

【────】

 

 

「おい、この不自然な空白はなんだ?」

 

「あー、それはちょっと失敗しちゃってね。私としたことが手を滑らせてしまったわ」

 

 ロアは、ふーんと興味のなさそうな声を上げた後、羊皮紙を五回六回折ってポケットにしまい込む。

 

「さ、港に向かおう。オラリオは遠い遠い東の海から行った場所だ。生憎と孤児院にいた頃からお金は貯めていたからな」

 

「え、船に乗るの?…やっぱり、オラリオに行くのはやめましょうか」

 

「うるせぇ、方針変えんな」

 

 ロアとアフロディーテはなんやかんやと言いながら、迷宮都市オラリオへの旅を始めたのであった。

 

 

☆☆☆

 

 

 船の上でのこと。

 

「おええええええええええっ!気持ち悪い…」

 

「女神がなんて体たらくを晒してんだよ…」

 

 ロアたちの長い長い船旅では、女神としての尊厳が崩れてしまった(元から崩れていたが)アフロディーテがひどい有様になったが、無事にオラリオ南西にある港町メレンへと到着したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




心境の変化をうまく書けるように頑張る


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第二話 因縁の邂逅

アフロディーテ書くの楽しい


 港街メレンは、オラリオから南西に三キロに位置する大きな漁港だ。巨大汽水湖であるロログ湖に沿って栄える港町は、ロアの視界をその絶景なる景色で覆い尽くしてくれていた。

 

「いい眺めだな。色が見えるってのは素晴らしい」

「そうね、ほんとに下界は綺麗なものが多いわね」

 

 隣に立っているアフロディーテがこちらの顔を覗き込みながらニヤニヤと笑う。

 

「こっちを見るな。景色を見ろ」

「もー、この世界で一番可愛くて美しくてゴージャスで最強の美少女を前にしたら、どんな相手でもイチコロってことね」

 

 呆れるロアに対してアフロディーテは高慢で自惚れた思考をもってして自分に酔いしれていた。

 

「さ、早くオラリオに行こう。もう路銀が尽きるし、あっちに行ったら零細ファミリアだな」

「えーーー!?私そんな貧乏のような生活は嫌よ!そんなことするぐらいなら………はぁ、約束だったわね。しょうがないから、本当にしょうがないから私も働いてあげるわよ。感謝なさい」

 

 ロアは珍しく妥協するアフロディーテに驚きつつも、主神が自分の約束を守ろうとしてくれるのが何よりも嬉しかった。

 

「向かおう、迷宮都市オラリオ。英雄の都に」

 

 

☆☆☆

 

 

 港街メレンと迷宮都市オラリオは目と鼻の先にある。

 徒歩30分程度の距離を歩いて見えてくるのは、高く高く天に届くのではないかと思うほどに高い『バベル』。一昔前に神がダンジョンに蓋をするために立てたと言われるオラリオの中心だ。

 

 オラリオは上空から見れば円形状になっており、中央広場(セントラルパーク)から中心に八本のメインストリートが広がっている。

 ロアとアフロディーテはその高い城壁の下をくぐり抜けると、そこには迷宮都市オラリオが眼前に広がっていた。

 

 『英雄の都』、またの名を『約束の地』。

 

 だが、その英雄の都は活気がないとは言い切れないが、どことなく暗いイメージを抱いた。

 

「ふん、辛気臭いところね。こんなところが英雄の都だなんて少し期待はずれかしら。この超絶スーパー[以下略]の女神の私には似合わないところだわ」

「確かにな。やっぱり暗黒期とやらは本当らしい。この区画は外国産のものが多く入ってきて貿易が盛んに行われていると聞いたが…」

 

 通りすがるどの民衆も暗い雰囲気を醸し出しながら、前ではなく地面を見ている。

 

「ま、ともあれ俺たちのすることは変わらないさ。まずは住むべき拠点を見つけよう」

「そうね、アフロディーテ・ファミリアの物語を今この場所から始めましょう!」

 

 まずはファミリアを結成する申請とやらをギルドに提出しなければファミリアと認めてもらえないらしい。そのため、ギルドの存在している北西のメインストリートまで歩くことにした。

 

 

☆☆☆

 

 

「アフロディーテ・ファミリアですね。………はい、これで登録完了となります。あなたは冒険者になる予定ですか?」

「そのつもりだ」

「では、冒険者登録も済ませておきます。えっと、私があなたのアドバイザーとなるため今から冒険者について色々と…」

 

 ロアがギルド員に登録の話や冒険者について色々と聞いていたとき、アフロディーテはギルドのロビーで足を組んでまだかまだかとこちらに怒りの視線を向けてきた。少しぐらい我慢を覚えてほしい。

 

「主神に呼ばれている。その初心者用の武器と防具を貸してほしい」

「え、えっとあなたはまだ子供なのでアドバイスなしで行くのは…」

「また、今度ここによる。それでいいな?」

「え、あ、はい」

 

 十歳の少年から発せられる有無を言わさぬ圧に首を縦に振ることしかできなかったギルド員は、ちょっとした恐怖を少年に抱いてしまった。

 それに、ロアはもう換金やドロップアイテムの交換以外の目的でここに来る予定は更々なかった。

 ひどく他人に対して無関心。ロアはアフロディーテ以外に興味などなかった。

 

「悪い悪い。武器とか防具とかそういう話もあって長引いただけだ」

「はー、ほんと私を待たせないでよね。私、待つことが大っ嫌いだから」

「はいはい、でもダンジョンに潜ったりするから帰りは遅くなると思うぞ?」

「………………なるべく、は、や、く、帰ってきなさい」

 

 ロアは自分の主神に苦笑いしながら、なるべく早くアフロディーテの元に戻ることを心の片隅に置いておいた。

 

「よし、ホームを探すか」

 

 

☆☆☆

 

 

「あんたらみたいな零細ファミリアに貸す宿なんてねぇんだよ。さっさとどけ」

 

 罵倒と共に追い出されたロアとアフロディーテは、この現状にため息をついていた。

 これで断られたのは八回目だ。もう空は赤みを帯びてきてすぐにオラリオが夜の闇に包まれることは容易に想像できた。

 最初は断られて怒り狂っていたアフロディーテも八回目だと流石に疲れてしまったのか肩を落としてしまっている。

 

「…………………………………何をしているの?」

 

 顔を上げると胸の下で腕を組んでその眼帯を巻いた整った顔立ちを不機嫌そうに歪めた存在()が立っていた。

 アフロディーテも顔を上げてその相手の顔を拝んだその時、信じられないものを見てしまったかのような顔で後ろへと後ずさった。

 

「あば、あば、あばばばばばばばっ!?へ、へ、へ、へファイス、ヘファイストスぅっ!?!?!?あががががが」

「へ?ちょ、ディーテ、お前、前からだけど女神とは思えないほど顔歪んでいるよ?口から泡吐いてるし…」

「……………………久しぶりだね、アフロディーテ」

 

 アフロディーテは、意識が飛んでしまったようで白目を剥いていたが、やがて意識を取り戻したかのようにガバッと起き上がった。

 

「へ、へ、へファイストさん、お、お、お久しぶりでございますですわ」

「お前口調おかしいぞ」

「………あなたは…」

「俺はロアだ」

「…まさか下界に降りてきていたとはね、アフロディーテ。それで、眷属1人連れて何をしているの?」

「えっと、あの、そのー、宿が見つからなくて…」

 

 へファイストスは顰めっ面を隠そうともしないで、正座をしているアフロディーテを上から見下ろしていた。

 アフロディーテは頭をぶんぶんと振ると何かを決意したかのようにヘファイストスの顔を覗き込むと立ち上がり、ヘファイストスに向けて頭を下げた。

 

「あの時は、ごめんなさい!そして、あなたに一つ頼みをしたいの!」

「ふーん、謝罪から頼みとはいい度胸をしているのね、アフロディーテ。私はあなたのこと許すつもりはないんだけど?」

「ひっ、わ、私は!私たちは!今夜泊まる宿がなくて困ってるの!私の眷属のためにも今日中には宿がほしくて…。あなたに宿を提供してもらいたいの!」

 

 ヘファイストスはじっとアフロディーテを見やると、呆れたようにため息を吐いた。

 

「あの高慢で自分に酔いしれることしかできないアフロディーテが誠心誠意過去のことについて謝罪。あなた、変わったのね。私はあのことについてはまだ許さないけど、眷属のためというなら宿を提供してあげるわ。もちろん、しっかりと家賃は払ってもらうけどね」

「へ、ヘファイストスぅ…!ありがとう!」

 

 顔を涙と鼻水でぐちゃぐちゃに汚しながら、いつも通り女神としての尊厳を壊している彼女はヘファイストスに抱きつきその汚れた顔をヘファイストスの胸に押し付けた。

 

「調子に乗るなっ!」

「あべしっ!?」

 

 その光景を後ろから見ていた1人の眷属は、自分のために動いてくれた主神に対して大きな喜びを感じていた。




はよダンジョン潜らせてぇ


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第三話 ダンジョンとは

戦闘疲れた


 ヘファイストスに案内されて向かった先は北西のメインストリートから少し離れた路地裏のような狭い道に面してある一つの小さな家だった。

 

「ここは私のファミリアが所有する小屋のようなものよ。2人で住むのなら少し広いぐらいだけど、貴方達に支払えるくらいの金額のところを選んだわ」

「あ、ありがとうヘファイストス…。でも、私たち零細ファミリアでお金が…な、ないのよね…はは」

 

 オラリオの空はすっかり闇に覆われてしまって夜が訪れたが、その夜空には綺麗な星々が太陽に負けず劣らずその自慢の光でひっそりとオラリオを照らしていた。

 

「お金なら、ローンを作れば問題ないわ。それにしても、あなたこんなに小さい1人の眷属を作って…」

「ちょ、勘違いしないでもらえる?私は、この子の、心に惹かれてこの下界に降りてきたのよ。そんな体目的とかじゃないわよ」

「そうなのね。あなたにも眷属が…。なにか少し感慨深いわね」

 

 先ほどまで不機嫌だった顔が何がおかしかったのか頬を緩めて、静かに微笑んだ。

 

「そうよ!私はこのオラリオでロアと一緒に超スーパーめちゃ強派閥のファミリアを作り上げるんだから!」

「はいはい…。じゃあ、私は戻るとするわ。アフロディーテ、あなたのこと少し見直したわ」

 

 最後にその眼帯をつけた鍛治神は成長した子供を眺めるような目つきで笑顔を見せて去っていった。

 

「あいつ、いい奴だったな」

「そうね。彼女は少し面倒見が良すぎて物好きなのよ。ええ、そう、彼女はそこはかとなくお人好しなのでしょう」

 

 さ、我がマイホームで旅の疲れを癒しましょう!、としんみりとした表情から一転してホームのドアを勢いよく開け放つアフロディーテ。

 ホームの中は、少しだけ古臭かった外見に対して意外にも綺麗に整えられており、人が暮らすには十分な環境が整っていた。

 

「なかなかじゃない。私が住むにしてはすこーしだけ物足りなくて狭くて地味だけど、まぁ、今回は勘弁してあげるわ」

 

 我が主神はやはりアホそうな言葉しか吐かないらしい。だけど、さっきまでのアフロディーテらしくない雰囲気よりかはこちらの方がずっと彼女らしいとロアはその楽しそうに部屋の中を堪能するアフロディーテに笑みをこぼした。

 

「よし、俺たちは明日から身を粉にして働かないといけないし、さっさと寝よう」

「ふふ、さてさて。今この部屋には一つのベッドしかありません」

 

 この小屋は縦に長い家であり、一階と二階に分けられるが二階は物置のようなスペースとなっており、梯子で登らなければならない。

 そして、一階の隅にある一つのベッドはシングルベッド。それに小さい。ここに住むのは二人。つまり、二人でこのベッドを使わなければならないのだ。

 ロアの体は小さいがそれでも二人で寝るとなると狭い。

 

「俺は床で寝る」

「は、ハァ!?…え?いやいやいや、そこはこのアフロディーテお姉さんと一緒に寝る以外ないでしょ!…あ!それとも、私と寝るの恥ずかしいの?あなたは子供らしくしてればいいのよ!」

「流石に二人だと狭い。それに……、いいから寝るぞ。俺は毛布があるからそれでいい」

 

 えー、とぶー垂れる我が主神に呆れたため息を吐きながら壁にかけられていた毛布を床に敷いて横になる。

 

「はい、おやすみおやすみ」

「もー…、仕方ないわね。おやすみ、ロア」

 

 

☆☆☆

 

 

 朝目覚めると主神の寝顔がロアの顔の目の前にあり、驚いてばっと飛び跳ねる。

 アフロディーテはだらしなくよだれを垂らして、寝息を立てているため起きない。ロアと同じく床で寝ていることからその寝相の悪さでベッドから落ちてしまったのだろう。

 小さな体躯でアフロディーテを抱き抱えてベッドに戻し、自分の寝ていた毛布をアフロディーテにかけてあげる。

 今日からダンジョンに潜るため昨日ギルドからもらった初心者用の防具の胸当てとナイフを装備して、アフロディーテの朝食代をテーブルに置いてから、小屋を出ようとした時。

 

「……ん。……いってらっしゃい」

 

 寝ぼけ眼でまだ完全に覚醒していないアフロディーテがこちらに手を振っていた。

 

「行ってきます、ディーテ」

 

 

☆☆☆

 

 

 迷宮都市オラリオがなぜ世界の中心と呼ばれているのか。

 それは世界で唯一迷宮のダンジョンがあるからである。バベルによって蓋をされているダンジョンはオラリオの地下に円錐状になって広がっており、未だ人類はその最下層へとたどり着いたことはない。

 オラリオに存在する冒険者たちはダンジョンから産まれ落ちるモンスターの魔石やドロップアイテムによって生計をたてている。

 ダンジョンから産み落とされるモンスターは、ダンジョンを降りていくにつれて強くなり、冒険者たちはモンスターを倒すことで練度の高い『経験(エクセリア)』を獲得する。

 このダンジョンの仕組みは多くの冒険者に力を与える。そのためオラリオは世界一強い都市と名高いのだ。

 

 そんなオラリオの中心のバベルを目指しながら、まだ日が昇りきっていない空の下、ロアは確かな足取りでダンジョンへと向かっていた。

 

 

☆☆☆

 

 

 ダンジョンの入り口前の中央広場は、この朝早い時間帯から冒険者たちでごった返している。

 冒険者たちはどれも屈強で粗暴な見た目をしたものばかりで、随分と背の低いロアはいやでも目立ってしまうものだ。

 ロアは昨日のギルド員のアドバイザーから何も話を聞いていない。そのため、回復ポーションや精神(マインド)ポーションを一本も持っていない。持つのは自分の獲物ただ一つ。

 これだけ聞くと少しかっこいいなと思うかもしれないが、言い方を変えるとほぼ手ぶらである。

 ダンジョンはそんな手ぶらでは生き抜けられないほどに過酷な場所だ。

 ましてやロアは恩恵をもらったとはいえまだ子供。力も精神もまだまだ未熟であり、ダンジョンに一人で挑むということは自殺行為の他にない。

 それでも、ロアは冒険者の波に流されるようにダンジョンへと潜っていった。

 

 

☆☆☆

 

 

 まずロアが上層で初めて出会ったモンスターは、狼男のようなモンスター、コボルトだった。

 コボルトはロアを見つけると格好のいい獲物を見つけたかのようにロアへと飛びつく。

 飛びついてくるコボルトをナイフで受け止める。コボルトの武器はその手から生えている鋭い爪であり、直接喰らえば子供であるロアはその腑を無様にぶちまけることになるだろう。

 それに、十歳の子供がモンスターに恐怖を覚えるのは当たり前だが、この少年は違う。

 主神を。アフロディーテを想えばこのモンスターに対する小さな恐怖はないも等しいものに感じる。

 故にロアはモンスターに対して遅れをとらないし、恐怖を抱かない。

 

 コボルトの鋭い爪による攻撃を一つずつ丁寧に受け流しながら、敵の隙を縫って少しずつ傷を与えていく。

 こんな小さな子供がモンスターと対等に渡り合えるのだ。やはり、神の恩恵はとても強力なものだとロアはアフロディーテに心の中で感謝した。

 そして、浅い傷が増えてきて息も絶え絶えなコボルトに対してロアは躊躇のない刃にてコボルトの息を止めた。

 

「…ふぅ、一体でこれか。骨が折れるな」

 

 子供とは似つかわしくない言動でため息を吐きながら、灰となったコボルトから落ちた紫色の小さな魔石を拾い上げ、ポケットにしまう。

 それにしてもナイフは自分に合っていないとロアは自分の手をにぎりしめながら自分のナイフを鞘に収める。

 もっとリーチの長い武器の方が使いやすい。しかし、武器を調達するためにはお金が必要だ。家賃も払えていないロアにとってはまだまだ先の話である。

 

「しかし、一体にこんなに時間をかけて倒してもこんなに小さな魔石しか取れないとは。これじゃあ、ロクに生活費も稼げん」

 

 と、1人愚痴っていると一つのあることを思い出した。

 

「………魔法か」

 

 超常現象である魔法を使えば、楽にモンスターを倒し魔石を多く入手することができる。

 しかし、欠点もある。魔法ばかりを使っていればステイタスであるアビリティは魔力の項目でしか上がらなくなってしまう。そうなると、魔法が使えなくなった時に困ってしまうのは自分だろう。

 ロアはその場で立ち尽くして悩んだ結果、ローンが払えるようになるまで魔法を駆使してモンスターを倒すことに決めた。

 

「【レイシム・グロウ】」

 

 唱えた魔法はロアの預かり知らぬところだが、世界で唯一の速攻魔法でありその詠唱の要らない超速攻魔法によりモンスターと遭遇してもすぐに展開することができる大きなアドバンテージだ。

 ロアの発動した魔法【レイシム・グロウ】は、付与魔法であり発動者に雷の類を身に纏わせることができ、魔力の量によってその威力は増減する。

 その身に纏った雷電を放出することで中距離攻撃までは可能となっており、まさしく超常現象と呼ばれるに相応しい能力となっていた。

 

 襲いかかってくるコボルトの群れをバッタバッタと雷電により灰にしたり、モンスターの筋肉を麻痺させてナイフで魔石を砕かないように止めを刺す。

 そんな虚無的な作業を繰り返して魔石やドロップアイテムがポケットに入りきら無くなり、帰ろうとしたその時。ロアは急な目眩を感じた。

 精神力の激しい消費による精神疲弊。

 ロアは急いで魔法を解除して重たい体を引き摺りながら、頭を押さえた。

 ロアがいるのは3階層。とても初心者冒険者が一人ですぐに潜る階層ではない。

 そして、今重要なのはどのようにして地上に帰るかだ。

 体は重く、ただ帰るということでも大きな労力となる。

 ここはダンジョン。そんな恰好の獲物をモンスターたちが逃すはずがない。

 現れたのはこの階層では現れるはずのない黒い影のようなモンスター、ウォーシャドウ。別名新米殺し。

 一体とは言えこの階層に現れることなど例外も例外。つまり、この少年は運が悪かった。

 

「シャアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 そのコボルトよりも鋭い爪は、精神疲弊により体の重いロアにとって死の一撃だった。

 なんとか身を捻って躱そうとしたが避けきれず、その爪がロアの肩を抉る。

 

「ぐぅっ!?くそったれ!」

 

 ズキズキと響く頭と肩の痛みを無視しながら、鞘からナイフを抜き放つ。

 コボルトやゴブリンの群れを蹂躙していたロアだったが、魔法も使えない新米冒険者であることは変わらない。

 その別名にふさわしい黒い影のモンスターは、幾多もの駆け出し冒険者の命を奪ってきた鋭い爪でロアの体を徐々に徐々に追い詰めていた。

 

 このままだと負ける。

 

 ロアの頭の中に冷静な自分の声が聞こえた。ここはダンジョン。敗北とはすなわち自分の死である。

 自分が死ぬ。そうなるとどうなる?

 あのバカでアホで高慢な女神(愛する人)を一人にさせてしまう。自分を救ってくれたあの女神を。自分の帰りを待っているあの人を。

 

 死ぬわけにはいかない。

 

 心の中に燃え上がる自分の想いが爆発する。背中が熱くなり、それもどうでも良くなって何としてもこのモンスターを倒してあのホームに帰る。

 迫ってくる爪をナイフで捌いて、ナイフをふるが軽く避けられてしまう。

 狙うは速攻。音を置き去りにする勢いでその黒い影にナイフを突き立てる。

 それでも、相手の方が一枚上手。反撃され頬に傷を受けるが、それでも、ロアは止まらない。

 ナイフを逆手に持ちウォーシャドウの攻撃を捌いた反動でこちらも反撃をする。狙うは首。ウォーシャドウの魔石の位置なんて分かりはしないのだから。

 

「アアアアアアアアアアァァァアっ!!!」

「グギャっ!?」

 

 刃が届く。敵の首に狙いをつけたナイフはそのままウォーシャドウの首を止まることなく撥ね退けた。

 

「…ッ!…はぁ、はぁ、俺の勝ちだ」

 

 少年は泥臭く、勝利をもぎ取った。

 

 

☆☆☆

 

 

 あれからの意識は朦朧としていてよく覚えていない。帰ることだけを頭に入れて邪魔するモンスターは蹴散らし必死に地上へと向かった。

 もうオラリオは夜の帳に覆われており、時刻はかなり遅い時間を示していた。

 

(早く帰らないとっ!)

 

 アフロディーテとの約束を思い出しながら、少年は急いでファミリアのホームを目指した。

 

「…ただいま」

「遅いっ!…て、ロアっ!?ちょ、え、大丈夫なの…?いえ、ちょっと待っててっ!今神友を連れてくるわ」

「…ディーテ、ただいま」

「…っ!ええ、おかえりなさい。帰ってきてくれてありがとう」

 

 アフロディーテは目に涙を溜めながら、少年の手を取った。

 少年は穏やかな笑みを無理矢理に作ろうとしてる主神を最後に視界におさめるとゆっくりと意識を落としていった。

 

 

 

 

 




もちろん、主人公は死にません。

《スキル》
想愛昇華(ディアレスト)
・戦闘時に想いの丈によりアビリティ高補正。
・アビリティの上昇向上。

前回のヘファイストスの口調に違和感があるとのご指摘を受けましたので、変更しました。
今回ご指摘してくださった方、ありがとうございます。
他にも何かあればご指摘のほどよろしくお願いします。


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第四話 アフロディーテの想い

難産


 アフロディーテがダンジョンに向かったロアを見送ってから二度寝を敢行し、起きた時には太陽は真上を過ぎ去ろうとしていた頃だった。

 急いで起き上がったアフロディーテは、ロアが残してくれたお金を懐にしまい、自分も仕事を探そうと中央広場に向かったところ旧知の神物(じんぶつ)に出会った。

 

「あ、ミアハじゃない!久しぶりね」

「む、アフロディーテか。いやはや下界に降りてきていたとは」

「ええ、かわいい子供を見つけたのよ。あ、あなた私に仕事を提供してくれない?」

「い、いきなりだね。…まぁ、そうだね。うちのファミリアで働いてみるかい?今ポーションの原料の発注やらなにやらで色々と忙しくてね。……それにしても随分とおとなしくなったというか、そなたは本当にアフロディーテかい?」

「ハァ?私以外にアフロディーテなんていないわよ。この超絶[以下略]な女神の中の女神。それがこの私、アフロディーテよ!」

「ふむ、やはり相変わらずだったようだ」

 

 ミアハは天界にいた頃のような自己肯定感の強いアフロディーテの自己主張の強い自己紹介を聞いて思わず苦笑してしまった。

 

「あ、一つ注意したいことがあるのだがうちで働くなら魅了を周囲にばら撒くようなことはしないように」

「大丈夫よ、私の眷属との約束があるんだから私は魅了を使わないわ」

「うむ、それならばよいのだ。早速だが…」

 

 

☆☆☆

 

 

「はぁぁぁあ!疲れたー!このか弱くて儚いこの私におっもい荷物持たせんじゃないわよ!腰が痛い…」

「はは、今日はありがとうね、アフロディーテ。そなたの助力感謝する。また明日からもよろしく頼む。これはほんのお礼だよ、受け取ってくれ」

 

 ミアハから手渡されたものは回復ポーションと精神力ポーションを二本ずつと今日の働きによる五千ヴァリス。

 

「ご、五千ヴァリスって大金じゃない!いいの?」

「サービスだよ、アフロディーテ。そなたの眷属がいつか私のファミリアで回復薬などを買い物してくれれば良いのだ」

 

 その甘いマスクをにっこりと微笑ませて、並の女性なら一瞬にして虜になってしまうようなスマイルを浮かべながら、本人には自覚ないが口説くような口調で軽々と言ってみせる。

 アフロディーテは、相変わらずねー、とお金を眺めながら特に興味なさそうに答えた。

 

 それからミアハとは別れてルンルン気分で帰っている時、ふとジャガ丸くんが売られている屋台を視界の隅に捉えた。

 アフロディーテは考えた。ここでジャガ丸くんを買えば、我が眷属ロアは泣いて喜ぶのではないかと。

 そうと決まれば早速ジャガ丸くんを四つ購入して、ジャガ丸くんパーティを眷属と一緒に開こうと。

 我ながらめっちゃ名案だと思いながら、スキップをしそうな足取りでホームに戻ることにした。

 

 

☆☆☆

 

 

「帰ってこない…!」

 

 一時間、二時間、どれだけ待ってもロアは帰ってこない。

 空は日が暮れてしまい、ホームに添えられているロウソクで微かな火を灯してアフロディーテはロアの帰りを待っていた。

 先ほど買ったジャガ丸くんもすっかり冷めてしまい、アフロディーテの名案であるジャガ丸くんパーティは失敗へと終わった。

 

(うちのかわいい眷属はどこほっつき歩いてるのよ…!)

 

 だんだんとイライラが積もっていき、一人の眷属に対して怒りが溜まっていく。この時のアフロディーテは、ジャガ丸くんパーティを台無しにされたという少し理不尽な理由でキレているのだが、この女神は大体自己中心的なのだ。

 

 また数刻たった時。流石にロアの帰りが遅すぎて心配になってきたころ、ホームに近づいてくる駆けるような足音がして玄関に勢いよく入ってきた少年がいた。

 帰りが遅かった少年にイライラとした感情ではなく、心配からの怒りの感情をもって叱ってやろうと思った時、彼の体の容体に目がいった。

 

 ボロボロだった。腕も足も腹も、今日着ていった服がボロボロになっておりその所々からは血が滲み出ている。特にひどいのは右肩口で上から抉るような傷跡が生々しくつけられていた。

 アフロディーテは、自分の眷属に飛びつくように近づき今日貰ってきた回復ポーションを特にひどい肩口に直接注いだ。

 

「ディーテ、ただいま」

「…っ!ええ、おかえりなさい。帰ってきてくれてありがとう」

 

 ロアはそのまま安心したように意識を途切れさせてしまった。

 これにアフロディーテは慌てた。それはもう慌てふためいて、もう一本の回復ポーションをもう一度ぶっかけた後、すぐにミアハのところに駆け込むぐらいには慌てていた。

 

 自分の眷属が死んでしまうのではないか。

 唯一、ただ一人の眷属。初めてできた眷属は、体が小さいくせに生意気だったが賢かった。そして、誰よりもアフロディーテのことを考えて行動してくれた。

 それに彼はアフロディーテに想いを寄せていてくれた。

 

 嘆いた。自分でも何に嘆いているのかはわからない。自分が何したって今の状況は変わらない。

 今まで感じたことのない無力感と自責の念に駆られていたアフロディーテは、手術室から出てきたミアハを見つけるとすぐに駆け寄りロアの容体についての説明を要求した。

 

「……アフロディーテ、彼に命の別状はない。一番酷かった肩口の傷も傷跡が残るが、それ以外の傷は全部元通り綺麗に治すことができた。今は精神疲弊もあり、精神力が足りていない状態だが特に気にするような問題はない」

「よ、よかったぁ!私のかわいい眷属がいなく、なっちゃうかと、思ったじゃない…!」

 

 気がつけば涙が頬を伝っていた。

 ロアが無事だったことからへの安堵か腰の力が抜けてしまい、その場でへたり込んでしまう。

 言うことの聞かない足を無理矢理に奮い立たせると、ロアのいる部屋へと入り、寝ている彼に抱きついた。

 彼の心臓からはドクンドクンと脈打ちながらその命の鼓動をアフロディーテに届けてくれる。その鼓動は、不思議にもさっきまで荒んでいた心を落ち着かせ、それでも止まらない嗚咽と涙で彼の胸の中で泣いた。

 

「……ディーテ?」

 

 アフロディーテの泣き声で起きてしまったのか覚醒したロアは、驚いたようにアフロディーテの泣き顔を認識した。

 彼女は嬉しさを押し殺して、今回こんなにも自分を心配させた一人の眷属に怒りを爆発させ……ようとしたが嗚咽で叱っているようには見えなかった。

 

「ロアっ!早く帰ってきてと言ったわよね?!…私がどれだけ待たされたか知ってるのっ!?…私が、どれだけ、心配したか…。うあ、うあああああぁぁぁああん!」

 

 おいおいと泣き続ける主神の背中に手を添えながら、申し訳なさそうな顔を作る。

 

「心配させてごめん、ディーテ。そして、心配してくれてありがとう」

「ほんっとに!私の眷属はおバカなんだから!バカバカバカ!私より先にいなくなるなんて承知しないからね!」

 

 神より長生きしろとはなんという無茶振りをするのだ我が主神は、と呆れて笑いながら、アフロディーテの頭を撫でる。

 アフロディーテはいきなりバッと顔を上げて視線を合わせると、流していた涙を拭き取り、少年に向けた言葉を送った。

 

「生きててくれて、ありがとう」

 

 その時浮かべた彼女の笑顔はこの世の何より綺麗で色鮮やかで儚く、そんな言葉だけでは表せないほど美しかった。

 

 

 




何か違和感や質問など気になることがあれば感想にてお伝えください。迅速に対応いたします。


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第五話 偏った価値観

もっとスローテンポで進めたいけど、早く進めたい意志もある(矛盾)


 ロアが死にかけた翌日。

 アフロディーテから本気のお叱りを受け、若干気を落としたロアであったが、体の調子も別に悪くなかったため、ダンジョンに潜ろうとした時。

 

「はぁ、またダンジョンに行くのね。ま、仕方ないってことで切り替えていきましょうか!で、その前にステイタスの更新をしましょう。私にできるのはそれだけだし」

 

 諦めたかのようにため息を吐いたかと思えば、すぐに立ち上って開き直り、ステイタス更新をしようと言う。朝からなんとも騒がしい神である。

 ロアは着ていたシャツを脱ぎ捨てベッドにうつ伏せになり、ステイタス更新をする体制となった。

 アフロディーテは、その上に馬乗りになったとき、ふとロアの右肩口に刻み込まれている痛々しい傷跡にそっと手を添えて優しく撫でる。

 

「無理しないって約束できる?」

「……善処しよう」

 

 アフロディーテは、べしっとロアの後頭部をぶっ叩くと頬を膨らませて拗ねながら、背中に自らの血を垂らす。

 

「……うわー、これやばいんじゃない?ものすごいステイタスになってるんだけど。え、あ、さすが私の眷属ね!」

「驚きでキャラを忘れた後、無理矢理キャラを戻そうとするな」

 

 これでみるのが二度目である羊皮紙に書かれたアフロディーテの雑な文字をゆっくりと確認した。

 

ロア・バートハート

『Lv1』

 力 : I 0 → I 34

 耐久 : I 0 → I 31

 器用 : I 0 → I 25

 敏捷 : I 0 → I 28

 魔力 : I 0 → I 45

 

《魔法》

【レイシム・グロウ】

・付与魔法

・雷属性

・速攻魔法

 

《スキル》

【────】

 

 

「そこまで上がってないか」

「へ?いやいやいやいや、総合上昇値150オーバーよ?たしかに最初は上がりやすいって言うけど、これは異常だと思うわ…」

 

 ふむ、とアフロディーテの反応から指を顎に添えながら自分がどれだけ異常な上昇値を叩き出したのか考えてみたが、そもそも自分以外のステイタスを見たことがなかったのであまりピンとこない。

 

「ま、このスキルの賜物ってことなのかしらね。フッフーンッ!それなら、超納得ね!」

 

 昨日の萎れたような態度はどこに置いてきたのやら、いつも通りの騒がしさとドヤ顔を見せつけてきたので、調子に乗るなとジャンプして頭を叩く。

 

「よし、そろそろ行こうか」

「…………ちゃんと帰ってきなさいよ?」

「わかってるわかってる」

「は、や、く、帰ってきなさいよ?」

「はいはい。じゃ、行ってきます」

「ええ、いってらっしゃい!」

 

 その元気な言葉に押されて、ロアはダンジョンへと向かった。

 

 

☆☆☆

 

 

 と、ダンジョンに向かうと言っておきながら、まず向かったのはギルドだ。

 昨日回収した魔石やドロップアイテムの換金を終えたあと、換金された数千ヴァリスほどを懐にしまい込み、ギルドが無料配布しているダンジョン上層のマップを確認する。

 このギルドが配布しているマップに全てが載せられているわけではない。未だ発見されていない領域、『未開拓領域』は多く存在しており上層ですら全てがわかっているわけではないと言う。それほどまでにダンジョンとは広く複雑な形状をしているのだ。

 

 ギルドからのダンジョンマップを片手に昨日の反省からミアハ・ファミリアの本拠地へと向かった。

 ミアハ・ファミリアは医療系の中堅ファミリアであり、ディアンケヒト・ファミリアとオラリオでの医療系ファミリアの二大派閥である。

 

 ミアハ・ファミリアのホームへとたどり着くと、犬耳を垂れ下げた獣人の少女が箱いっぱいに入った回復薬をせっせとホームの中まで運んでいる。

 

「おい、その回復薬を売ってくれ」

「…?回復薬を所望なら、この回復薬じゃなくて店先に売っている回復薬を買うといいよ」

「そうか」

 

 ロアは言葉少なに会話を終えると、すぐにその犬人(シアンスロープ)にもう要はないと言わんばかりにさっさと店先へと向かった。

 

(あんなに小さいのにあの喋り方は一体…?それに、私に話しかける時あの子、すごい冷淡な…)

 

 店先には多種多様な回復薬や精神薬が売られており、値段によって量や質は大きく変わるのだろうとロアは予想をつけた。

 今握っている数千ヴァリスの三分の一程度を使って、回復薬と精神薬を数本ずつ購入すると、すぐに次の行動へと移る。

 

 準備は整ったと言わんばかりの迷いのない足取りでロアはダンジョンへとその足を向けた。

 

 

☆☆☆

 

 

 雷を身に纏いながら、迫り来るコボルトの大群を麻痺させる程度に魔法の威力を弱めて魔力を節約しながら、麻痺させたコボルトたちを作業的に息の根を止めていく。

 

 今ロアがいる場所は、ダンジョンの上層の五階層。あと一層下がれば新米殺しのウォーシャドウの群れがウヨウヨといる六階層へとたどり着く。

 ロアの体は昨日よりも格段に強くなっており、自分の体が別の何かになってしまったような感覚さえ引き起こす。

 

 洞窟の上からヤモリ型のモンスター、ダンジョン・リザードが飛びかかってくるが、あらかじめ体に纏わせている雷ですでに麻痺しており、ピクピクと痙攣しながら、無様にお腹をさらけ出していた。

 ロアは躊躇なくヤモリもどきの首を掻っ切ると灰とともに出てきた魔石をポーチへとしまい込む。

 

 これ以上下層へと降りていってしまうと、帰るのが遅くなってしまいアフロディーテを心配させてしまうと考えたロアは六階層の入口から踵を返して戻ろうとした時、その入口から男の悲鳴が聞こえた。

 

「だ、誰か助けてくれええええええええ!」

 

 その悲鳴は存在しない救世主に助けを乞うて、薄い暗闇から飛び出してきた。

 その男は、ダンジョンにいるためすぐに冒険者だと当たりをつけることができたロアは何事もなかったかのように男に背を向けて歩き出す。

 その冒険者は右腕が千切りとられ、身体中は切り傷、擦り傷、打撲に裂傷と無事な部分はないのではないかと思われるほどにボロボロの満身創痍な状態であった。

 

「お、おいっ!た、頼む!後からお礼をするからた、助けてくれぇ!」

 

 その男は小さなロアに向かって無様にも泣き叫びながら、躓き這いつくばってロアのもとへ必死に辿り着こうと体を引きずるが、それがなされることはない。

 

 ロアは冷め切った目で、そこらの道端の石ころを見るような冷ややかな視線で男を見下ろした後、すぐにまた踵を返した。

 

「頼むよぉ!キラーアントの大群に追われてるんだ!なぁっ!」

 

 冒険者が出てきた暗い穴からはキリキリキリと何かを擦るような音が響き渡り、それが近づくにつれて男の恐怖が再びより濃く浮かび上がってきた。

 

 ロアはそんな男の懇願など聞く耳を持たずに、ここでキラーアントを相手したのなら帰りが遅くなってしまうと考えて急いでこの場を離れようと駆け足で地上へと向かった。

 

「死にたくない、死にたくないっ!あ、あ、アアアアアアアアアア!」

 

 肉を抉り取るような音とともに男の悲痛な断末魔がロアの背後から聞こえてくるが、振り向くことはない。

 

 もし周りの人々がその現場に駆けつけたのなら、その見殺しにした少年を薄情だと決めつけるだろう。だが、そうではない。たしかに薄情かもしれないがそれは本質ではない。

 

 つまり、ロアは他人に対して無関心だった。いや、アフロディーテ以外の全てに意味を見出していなかった。

 

 

 




違和感や間違いがありましたら、ご報告ください。


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第六話 正義の眷属たち

難産


 暗い闇の中で空気を裂くような雷電がキラーアントに襲い掛かる。

 雷電は回避しきれない絶対の攻撃である。それは標的に向かいどれだけ避けようとしてもその性質上、避けることは不可能だ。

 

 そんな雷電に蹂躙されるキラーアントの大群は、何十とやられた同胞の仇を討つべく数の暴力となってその敵に飛びつくが、すぐにそれの餌食となり灰となって消えていく。

 そこには徐々に減っていくキラーアントを蹂躙する一人の少年の影があった。

 

 キラーアントの大群を始末し終えたロアは、そこらじゅうに転がる小さな魔石やドロップアイテムを拾い上げ、入れようとしたところでポーチがパンパンに膨れ上がり、これ以上入らないとポーチが突っ張っていた。

 

「帰るか」

 

 一言呟いて残された魔石やドロップアイテムを無視しながら、ロアは九階層から地上を目指した。

 

 

☆☆☆

 

 

 ダンジョンから脱出し、夕日に照らされた顔の汗を拭いながら、自分の獲物を確認する。

 すでに刃こぼれがひどくこの二ヶ月間使い潰していたせいか、ナイフの耐久値はとっくに限界を迎えていた。

 

 そろそろローン返済を月一度しても余るぐらいのお金が溜まってきたので、新しい獲物が欲しいところだ。

 ロアはあれから日々毎日ダンジョンに潜り続けていたことでステイタスも順調すぎるほどにトントン拍子で上がっていき、今では九階層まで潜ることができると言う。駆け出し冒険者としては、明らかに異常なスピードで成長して、どんどんと下層へと挑戦していたのである。

 

 そして、アフロディーテのミアハ・ファミリアのバイトによる収入と、ロアのダンジョンでの稼ぎで、少しずつ貯めたお金は、ヘファイストスとの約束の月五万ヴァリスのローンを無事、余裕をもって返済することができたのだ。

 この調子だとローンは、一年半ほどで返済し終わることができる。

 

 明日らへんは貯めたお金で防具でも買いに行こうかと予定を立てていると、街の一角で大きな爆発音がした。

 

「い、闇派閥(イヴィルス)だぁっ、早く逃げろぉ!」

 

 街の人々は爆発した建物からより遠くへ遠くへと逃げようとして、場は混乱の渦へと成り下がった。

 人の悲鳴がそこらじゅうで共鳴するように響いたかと思うと、白い装束を身につけた集団が、逃げ遅れた人々を容赦なく、蹂躙していく。

 

 特にロアは気にせず、この状況をどうにかしようとは思っていなかった。魔力も節約してきたためか余裕があり、やろうと思えばいくらでも闇派閥を、黒焦げにすることができたが、この付与魔法、発動すると威力を落としても、周りの人々に被害がもたらされてしまう。

 今この人が混雑している状況で魔法を使ったのならば、周りの人々はあえなく麻痺して数時間動けなくなるだろう。

 

 そうなると色々とギルド関連で面倒臭いので、闇派閥に背を向けて、人の波に紛れ込もうとしたその時。

 

「『正義』、参上!」

 

 太陽のような赤い髪をポニーテールでまとめた少女を筆頭に、数人の少女たちが暴れていた闇派閥たちを、無力化していく。

 

 闇派閥と少女たちの実力は、圧倒的な差があった。その動きはロアの目には、オラリオの冒険者の半分といない上級冒険者の強さだと一眼でわかった。

 あっという間に闇派閥たちを捕らえ終えた少女たちは、闇派閥によって虫の息となっていた住民たちに惜しげもなく回復薬をかけた後、団長と思われる赤い髪の少女は、それぞれの団員に指示を出す。

 

「ライラ、そっちの怪我人を手当てしてあげて。私たちはそのままガネーシャ・ファミリアに闇派閥たちを預けてくるから」

 

 そんなやりとりを呆然とした態度で見つめていたロアは、なにかが引っかかった。何が、とは正確にはわからないがどこかモヤモヤとした気持ちを胸に抱きながら、自分のその疑問に、疑問を感じた自分自身に疑問を感じた。

 

 その気持ちがなんなのかは分からず、ただ突っ立っていると、モンスターの雄叫びのような、叫び声を上げながら、最後の力を振り絞ってその少女たちの拘束を振り払った闇派閥がいた。

 その闇派閥は、少女たちには敵わないと言わんばかりに逃げ出したかのように思えた。

 その男はもうロア以外誰もいなくなったメインストリートに自分の剣を握りしめて、何かを目指して突っ走っていた。

 いや、何かではない。標的は外見的にまだ幼いロアだった。

 

 迎撃しようと思えば、簡単にできた。もう周りに人はいないので、速攻魔法で一撃で沈めることもできた。

 だから、自己防衛のためにその男を殺そうと思った。

 

 そう思い、魔法を展開しようとした時、ロアとその男の間に、実際にはロアに背を向けてその外見的に小さくてか弱そうな少年を守るために、その少女はその男に立ちはだかった。

 

 そして、立ちはだかった少女は、構わず突貫してきた闇派閥の男の斬撃を軽々と捌いた後、その男の首に峰打ちを打ち込み、その男はぐったりと地面へと崩れ落ちた。

 

 先ほどの疑問が大きくなったような気がした。

 

 その金色の髪とスラっとしたスタイルを持つ少女はこちらへと振り返ると、表情を真顔のままロアに一言言葉を送った。

 

「大丈夫ですか?」

「…………あぁ、問題ない」

 

 少女は、その少年の見た目とは予想のつかない堅い返事が返ってきたことに面を食らったかのような表情をとる。

 

「ふーっ、ふーっ!ご、ごめん!逃しちゃった、テヘペロ」

「はぁ、しっかりしてくださいアリーゼ。危うくこの少年に怪我をさせてしまうところでしたよ」

「ま、リオンのお陰でその子も怪我はなかったんだし、結果オーライね!」

「団長さんよ、自分の失敗を結果オーライで終わらすなよ…」

 

 息を切らしながら急いでこちらへと向かってきたアリーゼと呼ばれた少女からは、アフロディーテのようなアホっぽい雰囲気を感じたが、ロアはこれ以上ここにいる理由はなかったので、少女たちに背を向ける。

 

 リオンと呼ばれたエルフの少女は、何も言わずに去っていくロアに少し不満げな表情を浮かべていると、アリーゼに声をかけられる。

 

「リオン、そう言う時もあるって。お礼を言われずとも私たちは正義の眷属!きっとあの子も心の中では私たちに感謝しているわ!うん、きっとそうに違いない!」

「アリーゼ、あなたは少しポジティブすぎます」

「それが、うちらの団長の良いところではありませんか」

「そうだな、あたしたちの団長はバカでアホで自由すぎるからな」

 

 

 正義は巡る。

 

 

☆☆☆

 

 

 ホームへと帰宅したロアは、先ほどの疑問を頭の引き出しに仕舞い込み、玄関にて出迎えてくれたアフロディーテに自分の武器を買い替えるということを相談してみることにした。

 

「そろそろお金も余裕が生まれてきたことだし、装備を一新したいと思うんだ。少し出費が多くなるが大丈夫か?」

「んー?別に構わないわ。私だって勝手にファミリアの貯金を使って…、ないから!ふ、服を買ったりとかしてないからね!」

「おい、使ってんじゃねーか。お金の余裕が出てきたからといって、無駄遣いは良くないぞ?」

「む、無駄遣いじゃないわよ!こ、今度一緒にデートに行ってあげようと思ったから、オシャレしようと思っただけよ!」

 

 顔を真っ赤に染めながら、アフロディーテは服を買ったことを認めて、その言い訳を並べるが、そこまで懐事情は悪くないので、気にすることではない。

 それに、今度アフロディーテとデートできるのなら別に怒る必要もないか、とため息を吐いてゆるした。

 

「はいはい、まぁ、お金なんてまた稼げばいいし。で、いくら使ったん?」

「……………30万ヴァリスほど」

「おいコラ、表でろ」

 

 そのあと、アフロディーテは正座させられ、三時間ほどお金の大切さについて説教されましたとさ。




いきなりUAとお気に入りが増えててびっくり。
昨日投稿してないのに、なんでぇ?笑

違和感、ご指摘などあれば迅速に対応いたします。


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第七話 新たな装備

安倍元総理大臣、ご冥福をお祈りします。


 アフロディーテの消費したお金は、ファミリア貯金の三分の一であり、ロアたちにとってこの三分の一は大きな損失であったが、ロアがアフロディーテを叱ることによってそれを許した。

 

「はぁ、全く勘弁してくれよ」

 

「いたた、足が痺れた…。………悪かったわよ」

 

「………よし、この話はここでもうおしまいだ。もっと建設的な話をしよう」

 

 ロアは、頭をぶんぶんと振って自分の頭を一度リセットしてから、元々アフロディーテに相談しようと決めていた装備の費用についてを、ある程度調べていた装備の相場などの見解も踏まえて、丁寧に話した。

 

「まず、俺に足りないのはリーチだ。この短い手足じゃ相手に急接近して戦わないといけない。今使ってる壊れかけのナイフは、俺の手に馴染まなくて少し使いずらいし、そろそろ買い替える頃合いだと思っている。そうだな、理想としては槍がいい。そろそろランクアップについても視野に入れたいから、そこそこ良い槍を新調したい。あと、防具に関しては、速度重視に重きを置いて、やはり軽装がいいな。回復薬は、ミアハ・ファミリアから調達できるとして、問題は槍の値段。そこそこいいのだとやっぱり30万ヴァリスに届くと思うんだ。で、軽装で5万ヴァリスぐらい。合計で35万ヴァリス程度の出費にしたいと思うんだが…」

 

「………………」

 

 ロアの長い長い見解に、眉間に皺を寄せて難しい表情をするアフロディーテ。

 むぅ、と唸りながら頭を抑えたかと思ったら、急に立ち上がりロアの目を見て言った。

 

「………全部あなたに任せるわ!」

 

 なぜか知らないが、渾身のドヤ顔を披露して見せたアフロディーテは、難しいことは考えたくなかったのかお金のことなどは全部ロアに丸投げにした。

 

「はぁ、まぁディーテにそういうの相談しても無駄だとは思っていたが、予想通りだったな」

 

「ちょっと、それどう言う意味?この賢くて天才で、全ての知恵を司るこの私に、そんなこと言っていいのかしら?」

 

「お前そんな権能司ってないだろ…」

 

 ロアはどこから湧いてくるのかわからないアフロディーテの自信満々な表情に、呆れた眼差しを向けるが、我が主神はいつもこんなんだったなと、アフロディーテの扱いにもそろそろ慣れてきた。

 

「よし、もう寝よう。明日もあるしな」

 

「あ、今日こそ私とベッドで…」

 

「遠慮しときます」

 

「ああ、そう…」

 

 若干落ち込んでいるアフロディーテに対して、ロアは毎晩誘ってくるアフロディーテと一緒に寝るのは、恥ずかしいという感情もあったのだが、それよりも守るべき主神と、この150センチ程度の自分が一緒に寝ると、まるでお守りをされている子供のような気がして嫌なのだ。

 

「じゃ、おやすみ、アフロディーテ」

 

「ん、おやすみなさい」

 

 そのままアフロディーテ・ファミリアは夢の中へと落ちていった。

 

 

☆☆☆

 

 

 今日は遅く起きてゆっくりディーテと話しながら一緒に朝食を取ろうと思っていたロアは、いつもの習慣で朝早くに目が覚めてしまった。

 大きなあくびをしながら、まだぐっすり眠っているアフロディーテに毛布をかけてあげると、ファミリア貯金の中から、35万ヴァリスとまだ換金していないドロップアイテムを持って、軽いラフな格好でホームを出た。

 

 街中はまだ朝日も昇ってもいないと言うのに、ダンジョンに向かう冒険者の数でメインストリートは昼のような活気が周囲に漂っていた。

 そんな中、ロアはバベルへと向かう。

 バベルへと向かう理由はダンジョン……ではなく、新しい防具と武器の調達のため、いつもよりゆっくりとした足取りでバベルを目指した。

 

 バベルの上へと昇るための昇降機に乗り、三階へと向かい、ドロップアイテムを換金し、ちょっとした足し金を手に入れた。

 その後、また昇降機に乗り、一個上の階である四階を目指した

 今回装備を揃えようと思っている場所は、ヘファイストス・ファミリアが、テナントを借りて販売されている武具屋だ。

 ヘファイストス・ファミリアの打った最高の武具は、街中で売られている武具たちは、第一級冒険者向けの武具で、ロアでは扱いきれない上に、何よりまず値段が桁違いに高い。

 とてもではないが、ロアには手を伸ばしても届くはずのない領域にある武具である。

 

 その反面、このテナントで売られている武具は、ヘファイストス・ファミリアのまだまだ未熟な鍛治師たちの作品であり、駆け出し冒険者が手を出せるほどの値段で売られているため、ここで武具を買う冒険者が多いのである。

 

 ロアは、四階から八階にかけて売られている武具たちをこの一日で全て見てから、最終的にどんな武具を買うのか決めようと思っていた。

 テナントに着くと、朝早いと言うのにある程度の冒険者たちが、武具やなにやらを見て回っている。ロアもそれと同じように、周回しながら、自分の目的の武具を探すことにした。

 

 

☆☆☆

 

 

 時刻は正午となり、朝早くから見て回ったおかげか、最後の八階のテナントがもう少しで見終わろうとしていた。

 八階の武具屋を回っていると、何度か会ったことのある神物に出くわした。

 

「ん、貴方は……、確かアフロディーテのところの子かしら?」

 

「………そうだ。それで、なんのようだ?」

 

「結構冷たいのね…。うちのファミリアで買い物をしてくれているのが嬉しくてつい声をかけてしまったわ。それで、どうかしら?私のファミリアの子たちが、作った武具たちは」

 

 神と関わるのを、面倒に感じていたが、あのホームを提供してくれているのはこの神だし、アフロディーテがお世話になっているのもこの神なので、素直な感情を話すことにした。

 

「そうだな、どれも駆け出し冒険者の素人な俺から見ても良い出来のものが多いな。だが、朝から探しているが、目当てのものが見つからん」

 

「なるほどね、だったら…」

 

 ヘファイストスが「こっちについてきて」、と言ってロアに背を向ける。

 ロアも何かいい武具を紹介されるのかと思い、探している武具の特徴をヘファイストスに伝えようとした時、並べて置いてある沢山の武具の中で、埃をかぶった奥の方に置いてある一つの武器と防具のセットに目が止まった。

 その槍と心臓部を守る鉄の胸当ての武具のセットを、数多の武具の中から引っ張り出して、手にとって触ってみる。

 埃を払った槍の穂先は、銀色に輝く鉄でできており、長さはロアの身長の少し上の170センチの少し長い短槍で、胸当ても同じ鉄でできていた。

 

「おい、これを貰いたい」

 

「………わかったわ。もうここで私が受け渡すわね。代金は25万ヴァリスよ」

 

 ロアは、25万ヴァリスを手渡すと、そのセットを抱えヘファイストスに背を向けて、昇降機へと向かった。

 

 その後ろ姿を見つめる一柱の神は、とても嬉しそうな表情で顔を綻ばせながら少年を見送っていた。

 

 

☆☆☆

 

 

 翌日の朝。新しく新調した装備を身に纏い、見違えるほどに冒険者らしくなったロアは、バベルの下にあるダンジョンへと潜った。

 

 今回の装備と自分の実力を加味した上で、十階層への挑戦をしようと思っていた。

 遭遇したモンスターを蹴散らしながら、槍の使い方について少しずつ理解することを大前提として意識する。

 やはりリーチの長さからして、ナイフより長いリーチは、自分の身を危険に冒すことなく、距離のある位置から一方的な攻撃を行うことができる。

 ロアが選んだ武器は、とても丁寧に細かくできており、打ったものの気持ちと情熱が込められているのだが、今のロアには興味がない。

 ロアは、ただ使いやすくて丈夫だなとしか思っていなかった。

 

 十階層へとたどり着いたロアは、そのギルドのダンジョンの地図と共にその階層の特徴を思い出す。

 十階層からは、ダンジョンギミックと呼ばれる通常のダンジョンとは違う構造や環境が現れ始める。

 十階層は、霧に包まれた環境であり、冒険者の視界が大幅に削られる。霧の中から現れるモンスターたちは上層のなかでも強い部類のものたちが冒険者に襲いかかり、駆け出し冒険者にとっても最初の難関である。

 

 ロアは、躊躇なく霧の中へと入っていくと、少ししてモンスターが現れた。

 それは、オークと呼ばれる豚頭人身のモンスターで、のしのしと鈍重な動きで、こちらへと向かってくる。

 その手には、天然武器(ネイチャー・ウェポン)と言われるモンスターが使う天然の武器が握られており、ゆっくりと振り上げながら、標的であるロアへとその丸太を振り下ろす。

 もちろん、そんなゆっくりとした攻撃はロアには当たらないが、ロアがもといた場所には、クレーターができるほどの衝撃が地面に残っており、冷や汗をかく。

 その攻撃を避けてから、すぐに攻勢にでるが、槍で切り付けても大したダメージは出ることなく、その緑色のぶっくりふくれあがった腹は、その脂肪によってタフネスさを発揮していた。

 

 ロアは、オークに対しての戦闘方法を思い出すが、それでは魔石が取れることはないので、そのオークによる打撃攻撃を交わしながら、少しずつ傷をつけていき、弱ったところで槍の刺突で首をはねた。

 

 その時だった。

 

怪物の宴(モンスター・パーティ)だっ!早く逃げるぞ!」

 

 五人ぐらいの冒険者パーティを組んでいる男たちが、ロアの前方にある霧の中からいきなり現れ、ロアの横を通り抜けていった。

 

「怪物の宴…?どこかで聞いたことが、いや読んだことが…」

 

 と、考える前に事件は起きた。先程冒険者パーティが飛び出してきた霧の前方から、モンスターの叫び声やたくさんのモンスターの足音が響く。

 

 怪物の宴。それは、ダンジョンから通常より多くのモンスターが突如として発生する現象を指すことである。

 つまり、今さっき通り過ぎて行った冒険者たちは、大群のモンスターから逃げていたのだ。

 

「まずいな…、俺も逃げるか」

 

 ロアが冒険者パーティの逃げた方向に、自分も逃げようとするとその方向から冒険者パーティの叫び声や悲鳴が木霊してきた。

 

 ロアは逃げ道を失ったことを確信した。

 

 それを悟った時、視界の悪い霧の中から、犬の頭を持っている痩せ細った人型のモンスター、インプの複数体がいきなり四方八方からロアに飛びついてきた。

 声も出さずに現れたインプに対して、ロアは冷静に捌いてすぐに串刺しにするが、襲いかかってくるインプの数は減らないまま。

 

 ずっと捌き続けていると、オークの群れが現れた。先程単体のオークに時間をかけて倒せたのに対して今度は、大群。

 ロアも魔石がどうのとは言えなくなり、インプよりオークを優先して、倒すことにした。

 オークの弱点は、モンスター共通の弱点である魔石だ。

 魔石を壊すことができたのなら、その厚い緑の肌を何度も傷つけることなく、一瞬にして灰にすることが可能だ。

 

 オークの一体一体の魔石を槍でブッ刺しながら、余すことなく倒していく。

 その過程の中で、オークの攻撃にだけ注意をしていたためかインプの攻撃を何度かくらってしまい、すこしずつ動きが鈍くなっていることをロア自身が一番よくわかっていた。

 

 あの時ほどではないが、ちょっとだけピンチだった。

 

「しょうがない。いくら倒してもキリがないからな。霧だけに」

 

 と、モンスターたちも動きを一瞬止めるようなしょうもない親父ギャグをかまし、速攻魔法を唱える。

 

 そのあとからは、楽だった。雷により視界の悪かった空間は無差別な雷電によりモンスターもろとも黒焦げにして、その場所には魔石やドロップアイテムが多く残っていた。

 

「やはり、この魔法は強力すぎるな」

 

 雷電によりさっきまで騒がしかった怪物の宴も一瞬にして静かになり、静寂が訪れた。

 ロアは、魔法の強力さを改めて感じたため、この魔法は当分の間使わないようにしようと心に決めた。

 

「帰るか」

 

 モンスターたちの魔石をポーチの限界まで入れて、回収し終えると、階層の入り口へと向かった。

 ちなみに、霧のせいで少し迷子になったのはここだけの話である。

 




ご指摘があれば感想にて受け付けます。


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第八話 正義と秩序の女神

難産


 とあるいつも通りの賑やかなオラリオ。

 

 その西のメインストリートには、沢山の仕事をなくしたホームレスのような生活を送っている人たちに給仕を行っているファミリアがいた。

 

「あなたたちのお陰で今日もまた生きることができます。ありがとうございます」

 

「いいえ、私たちは好きで貴方たちに給仕を行っているの。私たちがみたいのは、貴方たちの笑顔なのよ。だから、笑ってちょうだい」

 

「あぁ!なんて素晴らしいお方なんだ!ありがとうございます…!」

 

 一人の神は、優しく微笑むと並んでいる人々にパンを恵んでいく。

 

 そのファミリアの名前は、アストレア・ファミリア。正義と秩序を司る女神、アストレアを主神とした探索系ファミリアであり、ガネーシャ・ファミリアと同じように犯罪者を取り締まったりなど無償で行なっているファミリアだ。

 

 そして、今オラリオの住民が住んでいる西メインストリートにて、たくさんの食べ物を支給していた。

 

 ロアは、その光景をダンジョンに行く前に見つけた。

 

 その光景を見た時、あの時頭の引き出しに詰め込んだ疑問が再び姿を現し始めた。

 

 その疑問の正体にロアは、気づいてしまった。

 

 なぜ、なぜこの者たちは人を、助けるのだろうか?

 

 そこにはなんの利益も生まれないのに、人を助けることを苦とせず、笑顔で人を助けている。

 

 偽善か?

 

 する意味がわからない。

 

 利益をもらっているのなら、きっとロアも納得するだろう。

 

 人に関心を持つことのないロアが、その者たちに疑問を抱いた。

 

 いや、関心を持つことができないからこそ、疑問を抱いたのだ。

 

 その者たちの存在意義に。

 

 だから、ロアはその者たちに疑問を投げかけようと思った。

 

 答えが、欲しかったのだ。

 

 ダンジョンに行くことすら忘れてすぐに彼女たちの元へ向かった。

 

 神はひと目見ただけでわかる。その隠しきれない神の存在感は、その神物が紛れもないアストレア・ファミリアの主神であることを物語っていた。

 

 その主神は、ロアが近づくと小さな身長のためか、孤児と間違われたようでホカホカと湯気の香る暖かそうなスープをロアに手渡してくる。

 

「はい、どうぞ。冷めないうちに食べてちょうだいね」

 

「なんでお前たちは、そんなことを無償にできる?何か見返りでもあるのか?なぜ、そんなに人を助ける?」

 

 アストレアは、渡されたスープを貰おうとせず、見た目にそぐわない冷静な疑問をなんの前触れもなくするロアに、驚いたように目を見開くと慈悲深い眼差しでロアの目を覗き込んだ。

 

 その眼差しは、自分の全てが見透かされているような気分になってしまい、すぐに目を逸らしたが、もう見抜かれてしまっているのだろう。

 

「ふふ、面白いことを言うのね。こんなに小さいのにとても深いことを言っていて、つい驚いてしまったわ」

 

 ロアに対するその接し方は、アフロディーテとは対極な位置に存在しているような優しさで溢れており、アフロディーテとは違う美を持っているような雰囲気を演出していた。

 

「そうね。たしかに見返りなんてないわ。でも、なによりこの人たちの笑顔を見ることが、私にとってとても嬉しいことなのよ」

 

 その偽善からなるつまらない答えに、ロアは新たな疑問を胸に抱き、その偽善者に問いを投げかけた。

 

「それでも、お前が笑顔にできないやつは、大勢いる。そのものたちは見捨てるのか?」

 

 アストレアは、彷徨っている子供をみる困ったような微笑みを浮かべると、ロアに一つの例えを提示した。

 

「そんな考え方ではダメよ。例えばもし、私たちが助けた人が誰かの大切な人だったのなら、大切な人を失わなかったことで、その誰かは笑顔になる。それが連鎖して行って、全てとは言えないかもしれないけれど、人々の笑顔はつながっていく。それはまるで、星々のように輝くと思うの。私はそう信じてるわ」

 

 それは、ひどく自分勝手な思い込みの上で成り立つ机上の空論だとロアは決めつけたが、それと同時にロアの頭には一人の女神が浮かび上がっていた。

 

「…………そうか」

 

「何か力になれたのならよかったわ」

 

 ロアは、すっかり冷めてしまったスープをアストレアから受け取り、ずずっと一気に飲み込むと、アストレアに空になった器を手渡した。

 

 その味は、冷たかったはずなのに、ロアの胃の中に落ちてから暖かなスープに変身してしまったかのようだった。

 

 

 

 

「アストレア様?そんなに嬉しそうな顔をして何かあったの?」

 

「ふふ、そうね。とてもいいことがあったわ」

 

「え、なにがあったの…?」

 

「内緒よ」

 

「えー!」

 

 

☆☆☆

 

 

 ロアは、ダンジョンに向かった。少し遅くなってしまったが、この胸から浮かび上がってくる得体の知れない気持ちを落ち着かせるためには、ダンジョンに行くしかなかった。

 

 

 槍を扱い始めるようになってから、一月程度が経ち、随分と槍を扱うのが様になってきたロアは、下級冒険者の到達可能な最後の階層へと向かうことを決断した。

 

 十一階層までいつもより駆け足で向かい、邪魔するモンスターは蹴散らして行った。

 

 十一階層と十二階層は、下級冒険者の最大アビリティが必要であり、最も上級冒険者に近い下級冒険者のみが到達可能な領域である。

 

 ロアはもちろん基本アビリティが全てB以上に到達しており、十分その階層に挑戦することが可能なのだが、最も上級冒険者に近い下級冒険者と言ってもそれは三人以上のパーティを組んだ場合である。

 

 ロアは、ソロだ。どっかのベータテスターのように言えばかっこいいかもしれないが、それはとても危険な行為であり、普通はおすすめのしないパーティ構成だ。

 

 そんなことを露ともせず、十一階層に辿り着き、モンスターを見つけ次第その手に持つ槍で串刺しにしていく。

 

 十一階層と十二階層では、シルバーバックとハードアーマードが新しく出現するモンスターであり、どちらも下級冒険者にとってはハードルの高いモンスターだ。

 

 稀にインファントドラゴンと呼ばれる、希少種(レアモンスター)が出現するのだが、本当に稀なので、きっとおそらくロアと相対することはないだろう。きっとおそらく多分。

 

 ロアの目の前に現れたシルバーバック三体は、興奮した様子でロアへと突進してくる。

 

 その丸太のように太い腕は、当たればペシャンコにされて潰れたトマトみたいになってしまうだろう。基本、シルバーバックは駆け出し冒険者では、太刀打ち不可能である。

 

 まず、一匹目がその太い腕をロアへと振り下ろすが、ロアは最小限の動きで華麗に交わすと、その腕を豆腐を切るようにスパッと肩口から切り離した。

 

 それから、跳躍してからその槍による長いリーチで喉元を掻っ切る。

 

 一匹目が秒殺でやられたことで一瞬突進に躊躇した一匹を空中から槍を投げて顔面に突き刺し、もう一匹のシルバーバックを着地する瞬間に踵落としを脳天に決めて、そのカカト落としを食らいよろける一匹の胸に躊躇なく腕を突っ込み魔石を取り出した。

 

 この間わずか十秒ちょっとの出来事である。

 

 ロア自身そこまで自覚はないのだが、冒険者歴三ヶ月がこの十一階層で余裕を持ってモンスターを蹂躙していた。

 

 ハードアーマードは、槍の穂先がその硬い甲羅により刃こぼれしてしまうため、手軽く魔法で痺れさせたあと、お腹に槍をぶっさすことですぐに片付いた。

 

 

☆☆☆

 

 

 ダンジョンから出てきたのはもう真っ暗な夜であり、思った以上に遅くなってしまい、換金は明日に後回しにして急いでホームへと戻る。

 

 今日アストレアからもらった答えから生まれた得体の知れない感情は、未だに胸に残っていた。

 

 

 この感情がなんであるのか知りたい。

 

 

 ロアは、ホームに帰るまでそればかりを考えていた。

 

「ただいま」

 

「ちょっとっ!遅いっ!心配したじゃない!?」

 

「ごめんごめん」

 

 少し頬を膨らませて胸の前で腕を組んだ我が主神、アフロディーテがロアへの心配からか少しうわずった声で、遅いロアの帰りに心配からの怒りを露にする。

 

「はい、これ『豊穣の女主人』で持ち帰りにしたスパゲッティ。一緒に食べましょ。あなたが帰ってくるのが遅いから冷めてしまったけど」

 

 と、若干嫌味を言うアフロディーテは、ロアが無事に帰ってきて安心したのか椅子に座り込み、二人分のスパゲッティを食べる準備をする。

 

「なぁ、ディーテ。一つ聞きたいことがあるんだ」

 

 ロアの改まった真面目な顔に訝しげな表情を浮かべるアフロディーテは、「話してみなさい」と一言声をかけてから、いつもとは想像のできない落ち着いた雰囲気でロアが話すのを待つ。

 

「人を笑顔にすることは、いいことだと思うか?」

 

 すると、さっきまで神妙な顔つきで待っていたアフロディーテは、なにがおかしかったのかクスクスと笑い出し、アストレアと同じような優しい瞳をこちらに向けた。

 

「なんだと思ったら、面白いことを言うわね。そうね、私はその行為を素敵だと思うわ。だって私は美の女神アフロディーテ。そしてこのアフロディーテが、一番美しいと思っているものは笑顔だもの」

 

 その儚い笑みを浮かべながら、いつもらしからぬ言葉を並べながらロアを導くような答えを出してくれた。

 

 てっきり一番美しいと思っているものはアフロディーテ自身だと言うのかと思ったが、それは間違いだったようだ。

 

「笑顔、笑顔か…」

 

 笑顔という魔法の言葉。

 

 ロアの胸に何かが詰まり、息苦しくなるがそれは悪くないと思えるような感情であり、もう少し、あと少しで自分の中の答えが出せそうだった。

 

「さ、食べましょう?もうロアが帰ってくるまで待っていてお腹ぺこぺこなのよ。全く、もっと早く帰ってきなさいよね」

 

「………悪い悪い、今度から気をつけるよ」

 

 アフロディーテに心の中で感謝をしながら冷め切ったスパゲッティをアフロディーテと一緒に口に入れる。

 

 それは、朝飲んだスープのように冷め切っていたが、この胸に残る熱い感情を冷ますのにはちょうどよさそうだ。

 

 

 

 

 

 

 




 やっと、もう少しで、本編に入れる。
 いやー、まだまだ序章です。
 ロアの話を早く終わらせたい一方、早く本編に取り掛かりたい矛盾。
 ここでロアの話を飛ばしてしまうと後々色々な矛盾が生まれてしまうので、しっかり書きたいなと。

 なので、読者の皆様。もう少しばかりロアが答えを出すまでお待ちください。

指摘などあれば感想にて。
ご愛読ありがとうございました。


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第九話 笑顔という魔法

難産


 いつもより早くダンジョンから帰ってきたロアは、ホームへと足を向けていく。

 

 アフロディーテ・ファミリアのホームである小さな小屋は、北西のメインストリートからダイダロス通りほどではないが、そこそこ入り組んだ路地裏に建てられている。

 

 その路地裏からロアは、ホームへと向かう途中、微かな音が鼓膜に届き、その微かな音が何かを叫ぶような声に聞こえた。

 

 その声の元を無意識に辿っていくと、叫ぶような声は、必死に誰かに助けを求める声へと変わり、誰かから逃げているように聞こえ、ロアはその声の元に行こうか頭の中に迷いが生じていた。

 

 ここ最近による心の急な変化にロア自身も自分に戸惑っており、ここで『助ける』という選択肢が自分の頭に浮かび上がってくることに驚いていた。

 

 助けに行くことを迷っていた時、無意識に動いたロアの足は、声の元へと駆け足で向かいはじめた。

 

 今までにない焦燥感に駆られながら、ダンジョンに潜った疲労感さえ忘れて、その基本アビリティの敏捷がSになった足の速さで風をも置き去りにし駆ける。

 

 生憎とこの周辺の地理は、随分と理解していたのですぐにその声の元へと辿りついた時、ロアの目に飛び込んできたのは、白い装束を纏った男と小さな少女だった。

 

「た、助けて…」

 

 少女はぎゅっと目を瞑っており、ロアを視界に収めていない状態で架空の救世主に助けを求めており、その姿から少女が助けを求めているということが一目瞭然であった。

 

 その時、ロアの胸にある一つのある想いが宿った。

 

 

 助けなくてはならない。

 

 

 その想いは今まで一度も他人に抱いたことのない想いであり、ロアが抱くことのなかった他人へ向ける感情であった。

 

 アストレア・ファミリアが闇派閥から無償で襲われている人を助ける善行。

 

 アストレア・ファミリア主神の神アストレアが説くアストレア・ファミリアの人を笑顔にする理由。

 

 そして、我が主神アフロディーテが語る笑顔の美しさ。

 

 人を助ける。

 

 その行いにどれほどの価値があるのかロアには、まだ完璧には理解できていないのかもしれない。

 

 それでも、人を助ける行いによってその人が笑顔になるということは、とても素晴らしく、この少女の笑顔を見たいと思ってしまった。

 

 少女を殺そうとしてかその闇派閥らしい男は、手に持った太刀を少女の頭を真っ二つにするため上へ上へと振り上げる。

 

「……おい、やめろ」

 

 そう声をかけるが、その男はこちらを一瞥した後ただの無能な子供だと思ったのか無視を決めつけ、振り上げた太刀を躊躇なく振り下ろそうとしている。

 

 少女は、現実を見たくなかったのか震えながら「お母さん…!」と微かな声で母親に助けを求めるが、この場に母親はいない。

 

 いるのは少女を殺そうとしている男とそれを目を瞑って未だに何か迷っている少年ただ一人だった。

 

 不意に少女が気の迷いからかぎゅっと瞑っていた目を開けた時、振り下ろされようとしている太刀に恐怖しながらも、男の背後にいる少年を視界に入れた時、少女は必死な思いで悲鳴とは言えないほどの小さな声で言った。

 

「助けてぇ…!」

 

 一瞬だった。

 

 躊躇なく振り下ろされた太刀をとてつもない脚力で飛び出した少年が手に持つ槍でその太刀を弾いた後、男の死線に回り込み、男の首を槍で背後から無慈悲に串刺しにした。

 

 少女はその光景を目をつぶらずに、圧倒的で一瞬の出来事を目の当たりにしながらもその目には生気が宿り、キラキラと輝いて見えた。

 

 

 そして何より、彼女は笑顔になっていた。

 

 

 男の首から槍を引っこ抜き、少女に無事かどうかの声をかけようとした時、ロアはその少女の浮かべる表情を視認した時、胸からこぼれ落ちそうなほどの感情が込み上がってきた。

 

「…お兄さんっ!た、助けてくれてありがとう!」

 

 ロアの目に映る彼女の顔は、薄暗い路地裏を美しい花のような笑顔で咲かせて、ロアは自分の胸に宿る感情の意味をようやく理解した。

 

 人の笑顔がこんなにも素晴らしいものなのだということに本当に本当にようやく気付いたのだ。

 

 アフロディーテ以外の存在価値。

 

 そんなもの、ないと思っていたがたしかに本当の答えは『ない』のかもしれない。

 

 けれど、それは『ない』というよりも、こんな美しい笑顔に価値なんてものでは推量れないくらいに素晴らしいものなんだと。

 

「…あぁ、どういたしまして。そして、ありがとう」

 

 少女のお礼に対して、自分の答えを出させてくれた少女に感謝の意味も込めて返事を返すと、少女はなぜお礼を言ったのかわからなかったようで首をちょこんと傾げると、すぐに笑顔に戻り、次に出てくる言葉にロアは目を見開くことになる。

 

「お兄さんの笑顔、素敵だね!」

 

 ロアは、驚きながら自分の頬に手を添えてみると、たしかに口角が上がっており今鏡を見たのならば白い歯を見せつけて、一人の女神にしか見せない表情を少女に見せているのだろう。

 

「そうか?まぁ、でも、ありがとうな」

 

「うんっ!どういたしまして!」 

 

 ロアのこの人を笑顔にさせたい想い。

 

 これはアフロディーテへの想いより強くはないだろうが、それでもロアの胸には一つの決意が刻み込まれていた。

 

 

 人を笑顔にできる道化になろう。

 

 

 今までの自分に仮面を貼り付け、人を笑顔にさせる。

 

 それが、ロアの出した答えであった。

 

 

☆☆☆

 

 

 少女と談笑しながら、今ロアが思いつくいろんなことで笑わせて、母親を一緒に見つけた。

 

「す、すみません!本当にありがとうございます!」

 

「あぁ…んっん!いいや、全然この子は大丈夫だったよ。さっきまで楽しそうに俺と話してたし。な?」

 

「うん!ロア兄がとっても面白い話してくれたから、全然平気だった!」

 

「そうなのね、ロアさん。ありがとうございます」

 

 ロアは母親の笑顔を確認して、アフロディーテの言葉を思い出し、自然とロアも笑顔が溢れる。

 

「よし、じゃあシティアもしっかりお母さんと帰るんだぞ?もう迷子になっちゃダメだからな」

 

「約束する!」

 

 母親とシティアという名前の少女を見えなくなるまで送ると、背後から声をかけられた。

 

「はっはーん、あなたちゃんと正義を行っているじゃない!さては、私たちに影響されて人助けとかしてたりするんでしょう!」

 

 声をかけてきた赤毛の少女は、ニヤニヤとしながら己のひじをツンツンロアの背に向かってつつくがロアは動じず、今までのロアとは一変した対応を見せた。

 

「ふっ、お前らが助けていなかったから仕方なく俺が助けてやったのよ。お前ら、正義の眷属じゃないのー?」

 

「む!本当に助けてくれていたのね!ありがとう!」

 

 その心の底から感謝する態度に、ロアは面を喰らうがこの少女は確かこんなやつだったかと思い出し、苦笑いを浮かべながらも、少女の御礼をきちんと受け取った。

 

「はは、まぁ、一つの貸しにしといてやろう。俺の名前はロアだ。お前の名前は…」

 

「アリーゼ・ローヴェル!それが私の名前よ!」

 

 底抜けの明るさを持ったような性格の彼女にロアは、この少女といると疲れそうだなと思いながらも、信用のできそうな一人に置いておいた。

 

「んじゃ、またな」

 

「ええ、あなたのその笑顔。とっても素敵よ!」

 

 最後のアリーゼの言葉を耳に残しながら、メインストリートからの路地裏へと向かう。

 

 辺りはすっかりと日が暮れてしまい、暗くなった道を歩きながら、ロアは一人ぼそりとつぶやいた。

 

「笑顔って美しいな、ディーテ」

 

 その呟きは、夜の薄暗い闇へと吸い込まれていき、そこには静かな夜の空間だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 よし、オリキャラ祭りを始めよう!

 ようやくロアちゃんの在り方が確立されたので、話をどんどん進めたいと思います。

 夏休み入るし、書くぞ書くぞー!

 感想などどんどんください。答えましょう!(なぜか上から目線。そして、なぜかテンション高い)


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第十話 次のステージへ

珍しく長くなった


 

「ん、今日は朝早いんだな、ディーテ」

 

 今日も今日とてダンジョンへと潜るための準備を朝早くから行わなければならないため、最近買ったお粗末なソファーからむくりと起き上がると、いつもロアが起きる時間にはぐっすりと眠っているアフロディーテが珍しくテーブルに腰掛けて、書類のような束と睨めっこをしていた。

 

 アフロディーテは、起き上がったロアに気づいて美しく整った顔を少し不安そうな表情を浮かべて、椅子から立ち上がり、寝起きのロアに少し落ち着きのない様子で歩み寄ってきた。

 

「おはよう、ロア。…今日もダンジョンに潜るの?」

 

「あぁ、当たり前だろ。ディーテのためなら危険なところでもどこへだって行ってみせるさ」

 

「……その胡散臭いキャラどうにかならないの?私から見たら超絶無理しているように見えるのだけれど?」

 

 アフロディーテからジト目で見つめられて、今自分がしていることには未だに慣れないがいつかは慣れると自分に言い聞かせながら、アフロディーテにもこの態度を続けようと思っていたのだが、すぐに見破られてしまい、ロアは自分に課した仮面を取り外し、本当の自分を曝け出す。

 

「ディーテには敵わないな。しょうがないだろ、みんなを笑顔にするためには、こんな無愛想な顔じゃダメだ」

 

「私はそんな無愛想な顔でも素敵だと思うわよ。まぁ、私はあなたの意思を尊重するけれど、私との二人だけの時間はその気持ち悪い態度やめてよね?」

 

 ロアの仮面をつけている態度に辛辣な言葉を向けられて、若干傷ついたが、たしかに二人だけの時間は自分を曝け出すほうがいいかと思い、アフロディーテとの時間だけは仮面を外すことに決めた。

 

「あぁ、わかった。約束しよう」

 

 アフロディーテとの約束をした後、ダンジョンへと潜る装備の点検をしようとすると、未だにロアから視線を離さないアフロディーテに違和感を持ち、何か気に触ることでもあったのかと尋ねてみた。

 

「どうした?そんな難しそうな顔をして」

 

「………今日無事に帰ってきなさいよね?」

 

 アフロディーテは、自分でも何に不安になっているのかわからないようで、ロアの帰りを心配する気持ちを露にしてきた。

 

 アフロディーテの心配なら、冒険者に成り立ちの頃に比べて、大きな怪我をすることがなくなり、アフロディーテも少しずつ安心していったのかそこまで不安そうな表情を見せることがなかった。

 

 昨日何かしたかな、と何か思い出そうとするが昨日も無事にダンジョンから帰宅することに成功したので、思い当たる節はない。

 

 それに、ダンジョンから帰ってからステイタス更新を行ったところ、全ての基本アビリティがSまで到達したので、あとは『偉業』を行うだけでランクアップと呼ばれる次のステージへと昇華させることができる。

 

 基本全ての基本アビリティがD以上になり、『偉業』を達成させればランクアップ可能なのだが、『偉業』を達成する前に多くの経験(エクセリア)を獲得しているのならば、ランクアップ時に発展アビリティと呼ばれる力が発現することがある。

 

 その能力の程は様々であり、能力のよくわからない発展アビリティも存在している。

 

 話が少しずれてしまったが、そろそろランクアップしてもおかしくないステイタスなので、逆にアフロディーテが何に心配しているのかロアには見当もつかなかった。

 

 それでも、主神の不安を取り除くのは、眷属の役目である。それに、アフロディーテはそんな不安そうな顔よりも笑顔の方がよく似合っている。

 

「ちゃんといつも通り無事に帰ってくる。だから、そんな不安そうな顔をしないでくれ」

 

 アフロディーテは、その言葉を受けて、自分が不安そうな表情になっていたことが気づいていなかったらしく、急にぎこちなく口角を上げようと頑張るものだから、おかしくてつい笑ってしまった。

 

「何笑ってるのよ!」

 

「いや、悪い悪い。ディーテが変顔をするからつい面白くなっただけだ」

 

「こんのアホ眷属がっ!心配した私が馬鹿だったわ!」

 

 いつも通りの調子へと戻り、ぷんぷんと怒る主神様は、アフロディーテと軽口を叩いている間に、ダンジョンへ潜る準備が整ったロアの背中を半目で睨みつけるが、やはり送り出す時には心配そうな表情をしていたのがロアにとっては少し心残りであった。

 

 

 ロアがホームからダンジョンへと向かった後、アフロディーテは顰めっ面で茶色い羊皮紙を眺めていた。

 

 その羊皮紙には、ロアが今まで貯めてきた経験がそれぞれ基本アビリティに振り分けられて数値化されたステイタス更新によって、上書きされた今現在のロアのステイタスが刻み込まれていた。

 

 

ロア・バートハート

『Lv 1』

 力 : S 957

 耐久 : S 901

 器用 : S 923

 敏捷 : S 968

 魔力 : S 982

 

《魔法》

【レイシム・グロウ】

・付与魔法

・雷属性

・速攻魔法

 

《スキル》

【────】

 

 

 

疲弊克服(リミット・ブレイク)

・肉体的疲労への高耐性。

精神疲弊(マインドダウン)無効。

 

 

 アフロディーテの胸に何故かはわからないが少し胸騒ぎのようなものを感じ、しかし、この胸騒ぎを自分では解決できない無力感にアフロディーテは、不安を思いっきり忘れようとビリビリと羊皮紙を破く。

 

「はぁ」

 

 気の落ちるような深いため息を吐き出すと、送り出したただ一人の眷属に不安を積もらせるのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 ホームを出てから、アフロディーテ曰く胡散臭い精神的仮面をつけて、路地裏を抜けてから、北西のメインストリートにゆっくりと顔を出す。

 

 まだ朝日は昇っていない少し薄暗いオラリオは、暗黒期も少しずつおさまってきたこともあり、冒険者たちが自分の利益や名誉のためにバベルへと大移動する。

 

 ロアは、いつものように中央広場の噴水に腰掛けると、武器などの最終点検を行い、刃こぼれや欠損がないかの確認を慣れた手つきで行っていく。

 

 槍を使い始めてからステイタスの伸びも少し良くなり、モンスターとの戦いでも十分な距離を置きながら余裕を持って倒すことができるようになってきている。

 

 そのため、自分の装備は自分の命を守る大切なものなので、この装備の点検は何度やっても無駄ではなく、とても重要なことなのだ。

 

 そして、いつものようにこの噴水で装備の最終点検を行なっていると、朝から元気な声でロアに声をかけてきたアリーゼ・ローヴェルがロアの目の前に立ちはだかった。

 

「おはよう!ロア君!今日もぼっちでダンジョンソロアタックなんでしょう?だったら、この清く美しいアストレア・ファミリアとパーティを組みましょう!」

 

 背後にある噴水へと落ちそうになるほどの勢いを見せながら、その赤い髪をポニーテールでまとめた少女は、一束に結ばれた髪をぶんぶんと振り回すような形でロアに詰め寄ってきた。

 

「なんだよ、アリーゼか。モンスターかと思ったぜ」

 

 ロアは改めて自分の精神的仮面を付け直すと、おちゃらけた感じでアリーゼに返事を返す。

 

 その返事に納得がいかなかったのか「むむ」と頬を膨らませて少し怒ったようにその緑眼をロアへと向けた。

 

「失礼な!この美少女アリーゼ・ローヴェルがモンスターだなんて、あなた意地悪がすぎるわ!」

 

「自分で美少女って言うのかよ…」

 

 ロアは、嵐のような無遠慮な女に呆れたような視線を向けていると、そのアリーゼの背後からゾロゾロと見覚えのある女たちが現れた。

 

「アリーゼ、その子困っているじゃないですか。あなたはもう少し遠慮というものを覚えたほうがいい」

 

「団長、このガキこんなにふざけた野郎だったか?私と似たようなものをつけているような気がしてならん」

 

「輝夜、あなたはその似たようなものを思いっきり外しているように見えるのですが…」

 

「うるさい黙れ青二才。だから、お前はいつまで経っても未熟なんだ」

 

「なんか理不尽すぎませんか!?」

 

「へいへい、お芝居はこのぐらいにしてさっさとダンジョンに潜るぞー」

 

「あ、ちょっとライラ!ロア君をパーティに…」

 

「そのロア君は、今困っているから早く行きましょうねー」

 

 アストレア・ファミリアたちは、ワイワイガヤガヤと騒がしくロアへと話しかけたかと思うと、すぐにダンジョンへと向かっていき、さながら本当に嵐のような正義の眷属たちだな、とロアは今の一瞬だけで気疲れしてしまったが、最終点検も終わり、彼女たちと同じようにバベルで蓋をされたダンジョンへと降りていった。

 

 

 十二階層で霧の空間の中、シルバーバックとの大群を葬り終わり、周辺には手のひらサイズの魔石が転がり落ちており、取れる分だけポーチに詰め込むと、他の落ちている魔石を無視して先に進もうとすると、十三階層の入り口が見えてきてしまった。

 

 ここ数日でギルドが配布しているマップの十二階層は、ほぼ全て攻略済みであり、ついに十三階層の入り口まで辿り着いてしまった。

 

 まだまだ時間もあるので、中層と呼ばれる階層に踏み込もうか迷っていた。

 

 ランクアップするためには、この上層に生息するモンスターたちでは、力不足であり、『偉業』を成し遂げることができないのだ。

 

 そのため、ランクアップするためにはもっと深い階層へと潜らなければ強いモンスターたちとは戦えず、しかし、ここから下に潜るために必要な適正レベルは、『Lv2』以上であり、この適正レベルを破れば容易く死ぬことぐらいロアも理解していた。

 

 十三階層の入り口前で、潜るか否かを自分の実力を天秤にかけて迷っていると、不意にダンジョンを揺るがすような地響きがロアの足元へと伝わってきた。

 

 背後を振り返ってみるが、そこには先の見えない霧が立ち込めており、先まで見通すことができないが、さっきまでロアがシルバーバックの大群を葬った場所にとても巨大な何かがいることが、ロアの冒険者としての勘が警報を鳴らしていた。

 

 その大きな何かは、シルバーバックの残骸である魔石をバリバリボリボリと貪り食っており、そのやけに生々しい食事のような食い方は、当然でありながら、巨大なモンスターということが伺えた。

 

 上層に巨大なモンスターが現れることはない。

 

 ギルドの上層についての資料には、上記の事項が当たり前になっており、ロアだってシルバーバック以上に大きなモンスターを上層では見かけたことはない。

 

 しかし、例外とは常に存在するものである。

 

 ギルドの上層についての資料には、巨大なモンスターは存在しないが、一つ例外がある。

 

 十階層から十二階層に稀にインファント・ドラゴンと呼ばれる希少種(レアモンスター)が出現することだ。

 

 しかし、インファント・ドラゴン程度なら中層に出現するミノタウロスに劣るぐらいの強さであり、例え今ここでこの巨大なモンスターがインファント・ドラゴンだとしても、少し手間はかかるが、倒すのにそう支障はない。

 

 だが、それは()()()インファント・ドラゴンだった場合である。

 

 異常事態(イレギュラー)は、いつだって無慈悲に訪れるものだ。

 

 ロアは、その巨大なモンスターから放たれる異様な圧力に、そのモンスターがただのモンスターではないと気づき、背中に背負っていた槍を両手に持って、構えながらその魔石の咀嚼音の元へと慎重に近づいていく。

 

 その巨大なモンスターは、近づいてくる存在を察知したのか咀嚼する音が消え去り、唸り声のようなものをあげ、きっと霧の向こう側でこちらを睨みつけているのだろう。

 

 ここの霧は、冒険者の視界が悪く、十メートル先までしか見ることができない。

 

 そのため、ロアは目の前にいるはずなのに、その存在を視認することができず、いつも以上に慎重にそのモンスターへと近づいていった。

 

 そして、霧の中にいたモンスターがロアの視界に入った時、まずその異様な大きさに驚嘆した。

 

 ロアの予想通りその巨大なモンスターは、インファント・ドラゴンであったのだが、通常のインファント・ドラゴンとは雰囲気とその大きさが違った。

 

 このインファント・ドラゴンから発せられる圧のようなものは、通常の冒険者ならば敵わないと思うほどの存在感からこのインファント・ドラゴンは、普通のインファント・ドラゴンとは異なる強さを持っていることがわかり、尚且つもう一つの特徴は、その上層では見られない異常な大きさだ。

 

 普通のインファント・ドラゴンは、四メートル程度の小竜なのだが、このインファント・ドラゴンは、六メートルを超えており、下級冒険者では、手も足も出ないような巨大なモンスターであった。

 

 ロアの記憶の中では、いつかのギルドの資料で見かけたモンスターについての項目で、このような異常なモンスターの個体の呼び名を思い出していた。

 

 同族であるモンスターを殺して、そのモンスターの核となる魔石を食べることで生まれるより強力なモンスターの個体を強化種と呼び、その強化種は、過去に多くの冒険者を殺したこともあり、異常事態(イレギュラー)として、ギルドが直々に討伐依頼を出すほどの危険な個体のことである。

 

 ロアは未だにこちらの様子を伺っているインファント・ドラゴンから視線を離さず、ある一つの仮説が浮かび上がってきた。

 

 それは、このインファント・ドラゴンは、自分がモンスターを倒した後、魔石を放置した結果ではないかということを。

 

 冒険者になってから持ち帰りきれない魔石を放置してきたロアは、この事態を引き起こしたのが、自分だという結論に辿り着き、このモンスターを倒さなければいけないのも自分だと思い、始末すると決め握っていた槍にさらに力を入れる。

 

 だが、インファント・ドラゴンなどきっと余裕で倒すことができるだろう。なら、少し強くなった強化種なんて自分が少し手間取るぐらいだと思っていた。

 

 甘く考えていたロアは、どう倒そうかと考えていた時、気づいたらとてつもない衝撃がロアを襲っていた。

 

 吹き飛ばされた体はダンジョンの壁へと激突して、背中から打ち付けられたロアは、肺に溜まっていた空気と共に赤黒い血を吐き出して壁を背もたれにして寄りかかる。

 

 一瞬の出来事だった。油断した先からこの結末は決まっており、霧の向こうに微かに光る瞳でこちらに視線を向けてその巨大な体から生えている尻尾が動いていることから、インファント・ドラゴンの尾にやられたのだとすぐに理解して、立ち上がろうとしたが、すでに体は限界を迎えていた。

 

 なんとか立ち上がれたのだが、千鳥足のようにふらふらと彷徨っているような足取りだった。

 

 しかし、そこは強靭な精神力で自分の意識を持ち、最近強すぎるが故にモンスター相手に使わなかった魔法を展開する。

 

「…ディーテの勘が当たるとは、明日は雨が降るか」

 

 ニヤリと笑ってもう満身創痍な体に鞭を打ちながら、離さず持っていた槍をインファント・ドラゴンを始末するために向ける。

 

 最初に仕掛けたのは、インファント・ドラゴンであった。

 

 その巨体からは、想像もできないような俊敏さで壁付近にいたロアに向かってその先程ロアを吹き飛ばした尾で壁ごとロアを薙ぎ払おうするが、ロアも油断なく対応したため背後にある壁を足場にした後、その薙ぎ払いを壁を踏み台にして空中に飛び出すと、槍でインファント・ドラゴンの首を掻き切る勢いで突きつけるが、その分厚い皮膚は簡単には千切れてくれない。

 

 少し皮膚に傷をつけられたが、それは軽傷にすぎない。

 

 インファント・ドラゴンは、怯むことなく空中に滞在するロアに向かってそのウォーシャドウとは比べ物にならない鋭い爪が振るわれるが、ロアは槍でその攻撃を捌こうとするが、その大きさから捌き切ることができず、真横へと吹っ飛ばされる。

 

 吹っ飛ばされた後、すぐに受身を取り体制を整えると、獲物を逃すまいとロアへと肉薄してくるインファント・ドラゴンに向かって雷電を放つが、その竜特有の分厚い鱗によって完全に麻痺させることができず、少し勢いが薄れた突進をまともに食らってしまい、またも壁へと叩きつけられる。

 

 強い。

 

 ロアの理性は、ただ目の前の存在の強さに自分では敵わないと思いながらも、やはりこういう時思い出す我が主神の言葉を思い出す。

 

『………今日無事に帰ってきなさいよね?』

 

「クソ、わかってる。約束したもんな」

 

 頭の中に今朝不安そうな表情を浮かべて、ただひとりの眷属を見送った主神との約束を守らなければならない。

 

「……まぁ、約束は完璧には守れなさそうだがな」

 

 すでにロアの体はボロボロであり、壁に何度も叩きつけられたためか背骨の一部分と肋骨が何本か逝ってしまっている。

 

 この体たらくをどうして『無事』な状態と言えるのだろうか。

 

 しかし、どんなに深い傷を負おうとも帰ると約束した部分だけは守らなければならない。

 

 だから、これまで使わないと決めていた切り札を切ることを決意する。

 

 そのロアが身に纏っている付与魔法は、つぎ込む魔力によって威力が左右される。そして、この付与魔法はその魔力の威力を一点に集めることも可能なのである。

 

 それがロアの残した正真正銘最後の切り札である。

 

 今までこの付与魔法の制御を、散々ダンジョン内で試していたこともあり、この一点に雷電を集中させることが可能になり、かざした手の中で雷電を凝縮する。

 

 手放した槍が地面に落ちてやけに大きな金属音を響かせ、周囲が雷電により霧の中を明るく照らされ出していく。

 

 インファント・ドラゴンもその高まる魔力に気付いたのかその自慢の俊敏さでロアへと突撃してくるが、もう遅い。

 

 ロアの手の中で暴れ狂っている魔力と雷電は、今か今かといつでも放たれる準備はできている。

 

 油断はない。

 

 今もてる自分の魔力全てをこの一撃に込めて迫り来るその小竜に、自分の全てを解き放つ。

 

「『エレクトル・パルス』!」

 

 放たれたロアの最後の切り札は、音をも置き去りにし、その目にも追えないレーザービームは、そのインファント・ドラゴンの巨体が仇となり、自慢の俊敏もこの音速には反応できず、インファント・ドラゴンの胸へと一直線に貫通していった。

 

 貫通した光線は、そのままダンジョンの壁に衝突して壁に大きなクレーターを残して煙を上げていた。その光線は明らかにインファント・ドラゴンをオーバーキルしてしまっており、改めてこの魔法の強さを理解したのだった。

 

 胸に大きな風穴の空いたインファント・ドラゴンは、その目から光を失い、崩れ落ちるとドロップアイテムだけを残して、灰へと還っていった。

 

 ロアの体は精神疲弊により動かないはずなのだが、最近取得したスキルによりその状態を無視することができ、満身創痍の体に持ってきていた回復薬(ポーション)を何本か飲み干すと、手放していた槍を拾い上げ、ドロップアイテムを回収してから、シルバーバックの取り切れていなかった魔石を槍で全て処理した後、未だに軋む体の骨の痛みに歯を食いしばりながら、地上へと向かっていった。

 

 この日、ロアは『偉業』を達成し、後に世界最速のランクアップを果たし、多くの神に目を付けられるのだが、それはまたこれからのお話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




頑張った


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第十一話 二つ名

 


 オラリオより遥か上空のバベルのある階にこのオラリオに住んでいる神々が宴会を開催していた。

 

 それは三ヶ月に一度開催される神会(デナトゥス)と呼ばれる神々の宴のようなものであり、その目的は実に自由気ままな神々らしく特にないらしいのだが、この神会ではひとつだけ決まることがある。

 

 それは、下級冒険者が上級冒険者の仲間入りをした際の上級冒険者が持つ『二つ名』を神々が決めることである。つまり、『Lv1』の冒険者がランクアップを果たして『Lv2』となった時の『二つ名』は、神々が決めているのである。

 

 そして、神々はその子供たちの主神にとってとてつもなく恥ずかしい厨二病的な『二つ名』をつけることでその主神を困らせるという神会では、一番盛り上がるイベントのようなものであった。

 

 そのため、アフロディーテはただ一人の眷属であるロアがランクアップをしたため参加しなければならなかったのである。

 

 アフロディーテは、前回の神会を予定が合わないとか言って招待状をビリビリに破いてそのお誘いを蹴っ飛ばしたのだが、流石に世界最速ランクアップとなると参加しなければ後々面倒になることは目に見えていた。

 

 神々は暇だから下界へと降りてきたのだ。そして、神々の暇潰しは、下界の子供達であり、その子供たちの中に世界で一番の成長を見せた子がいるのならば、ちょっかいを出したくなる神もいるだろうし、奪おうなんて考える神もいてしまうだろう。神は大体クズだから。

 

 そんな考えもあって、自分の眷属ということを示して牽制を入れなければならない。

 

 この前ロアにものすごい高い洋服を買ったことで怒られてしまったが、あれはロアとのいつかするデートのためのものなので、少しお粗末な格好でパーティー会場へと赴いた。

 

 パーティー会場にやってくると、まず目に飛び込んできたのは豪勢な料理たちである。きっと、この日のためにオラリオの料理人たちが手によりをかけて作ったとても美味しい料理なのだろう。

 

 最近はかなり贅沢をできるぐらいにお金も貯まってきたものであり、たまーに豊穣の女主人で持ち帰りにした料理をロアと一緒に食べたりしたのだが、ここまで豪勢な料理たちを目の当たりにしてしまうと、無意識に口の中に唾が溜まってきてしまう。

 

「あら、アフロディーテじゃないの。下界に降りてきていたのは知っていたけれど、あなたの眷属が一人だけなんて珍しいわね」

 

 目の前の料理たちに目を輝かせながら、涎の垂れそうな勢いでその豪勢な料理たちを凝視していると、同じ美の女神であるフレイヤが物珍しげにアフロディーテに話しかけてきた。

 

「久しぶりね、フレイヤ。この超絶最強美少女女神の私に話しかけるなんていい度胸してるじゃない。………それより、ここの料理は食べてもいいのよね?」

 

「変わらないわね。あと、それを言うなら超絶乞食腹ペコ美少女と名乗った方が今のあなたにはぴったりよ」

 

 フレイヤの皮肉めいた言葉など聞く耳を持たずに、そのテーブルの中央にどっしりと構えている大きなチキンの一部をスライスしてから側にあった皿に骨つきの鶏肉を取り寄せると、美の女神とは思えないほどの食いつきでガツガツと胃の中にかきこんだ。

 

「ものすごい勢いで食べている神がいると思ったら、アフロディーテだったのね」

 

 鶏肉に食いついていると、呆れた視線を向けてくる赤髪で眼帯をつけているヘファイストスがミアハと共にやってきた。

 

「そなたの食べる姿はさながら獣のようだが、そんなに美味しそうに食べてくれると料理人たちもきっと喜ぶであろう」

 

「はぁ。あ、そういえばアフロディーテの眷属がランクアップしたんでしょう?あの子うちの経営してるテナントにも来てくれて、装備を買ってくれたのよね」

 

 二人の神がアフロディーテに向けて話しかけるが、アフロディーテは目の前の食事に集中しているらしく、二人を無視して黙々と食べ続けて肉の部分がなくなり、骨だけになるとようやく二人の方向に向き直り、その口の周りについた汚れを近くにあったティッシュで拭き取り、聞く体制をとった。

 

「で、なんの話だっけ?」

 

 ヘファイストスは呆れたようなため息を吐いて、ミアハは困ったような笑みを浮かべ、それぞれが違った反応を見せる中、フレイヤは他の男神たちの元へと行ってしまい、フレイヤと入れ替わるようにある神が三人の元へと訪れた。

 

「なんや、アフたんやないの。こっちに降りてたっちゅうのは聞いてたが、まさかアフたんの所の子が世界最速とは面白いこともあったもんやなぁ」

 

 細い糸目のお胸ぺったんこのロキが、珍しく女性らしい衣装でワイングラスを傾けながら、アフロディーテにちょっかいをかけてきた。

 

「えぇ、そうよ!私のロアは、最強なのよ!」

 

 もし、ロアがこの場にいたのなら「頭痛が痛い」とか言いながら頭を抱えていただろうが、生憎とこの場にロアはいない。

 

「へぇ、まぁ、世界最速と言ってもうちのファミリアよりは弱いんやから、最強は言い過ぎやって、アフたん」

 

「は?私のところが最強なんだけど?」

 

「ん?うちのとこと戦争遊戯(ウォー・ゲーム)するか?」

 

「胸がないくせに偉そうなこと言わないでちょうだい」

 

「は?」

「あ?」

 

 と、低レベルな争いごとをしている女神たちを差し抜いて、ロアの『二つ名』がさまざまな神によって討論されていた。

 

 アフロディーテはあまり理解していないだろうが、ロアの達成した四ヶ月ちょっとでの『Lv2』到達は、このオラリオの歴史の中でも成し遂げたものがいない快挙であり、その快挙を成し遂げたロアの『二つ名』を決めるこの神会の話し合いでは、このロアに面白い『二つ名』を与えてやろうと息巻いている神々が大勢いるのである。

 

「やっぱり『隼』とかどうよ?」

「それはちょっとつまらないぞ!」

「いや、『黒槍(ブラック・スパナー)』ってやつもかっこよくない?」

「なんか平凡なんだよなぁ。誰かもっといいのないか!?」

 

 神々の『二つ名』を決める話し合いは、いつまでも続くと思われたが、一人の神がある『二つ名』を提示した。

 

「『雷撃(スパーク)』というのはどうかしら?」

 

 その声を上げた神は茶髪のロングヘアの美しい髪を靡かせながら、その瞳から滲み出てくる慈愛の眼差しが神々(男神たち)の心を奪った。

 

「それだ!」

「それでいこう!」

「アストレアさんバンザーイ!」

「流石アストレアさんだ!」

「俺の母親になってくれー!」

「膝枕して、よしよししてくれー!」

「やはりアストレアは男神達(オレたち)の母になってくれるかもしれない存在なんだー!」

 

 一人邪神っぽいやつがいたが、それでも満場一致で可決し、ロアの二つ名は、『雷撃(スパーク)』となったのであった。

 

 ちなみに未だにアフロディーテとロキは醜い争いを繰り広げていた。

 

 

 

 




何か違和感や間違いなどありましたら、ご指摘ください。


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第十二話 失意の鍛治師

モンハン楽しすぎ


 ロアが神会にて『二つ名』をつけられる少し前。

 世界最速ランクアップを果たした冒険者として、全ての冒険者や神々に興味の目を向けられていた。

 

 しかし、注目の的になっている当の本人は、そんなこと気にすることもなく鍛治神へ会うためにヘファイストス・ファミリアの本拠地へと赴いていた。

 神の恩恵のおかげなのか最近は、身長の伸びが異常に早く160センチに届いており、アフロディーテと肩を並べるぐらいの身長でアフロディーテと目が合うと、口をへの字に曲げて不機嫌そうな表情を作るので、本人には言わないが、少し可愛いと思っていた。

 

 ずっとロア自身も守るべき対象より背が低いことを気にしていたので、ロアのちょっとした悩み事が解消された嬉しい成長だった。

 

 話は変わりヘファイストス・ファミリアを訪れた理由は、自分の使っている銀色の槍の穂先が少し刃こぼれしてしまっているため、この武具を作り出した本人にメンテナンスを頼もうと思ったからである。

 この槍にはまだ未熟な鍛治師が打ち出した武具なので、ヘファイストス・ファミリアの銘柄は刻み込まれてなかったが、ロアから見てもあのテナントの奥に埃をかぶっていた武器とは思えないほどの出来であり、この槍の一つ一つが丁寧に作られており、この槍を打った鍛治師の熱意と技量が見るだけで伝わってきた。

 しかし、この槍には槍の名前も打ち出した鍛治師の名前も刻み込まれておらず、その鍛治師を探すためにヘファイストスに尋ねるのが最適だと思ったのだ。

 

「と、言うことなんだ」

「ふふっ、ありがとうね。あの子の作品をこうも長々と話してくれると、親である私も鼻が高いわ」

「まぁ、この作品は俺のお気に入りだからな。あと、この槍を作ったやつと専属契約をしたいと思ってるんだ。その仲介をヘファイストスに頼みたい」

 

 専属契約とは冒険者と鍛治師が個人で結ぶ契約であり、契約を結ぶとその冒険者が取ってきた素材を鍛治師に提供して専用の武具を作ってもらう利害一致の関係を築くことだ。

 ヘファイストスはテナントで会った時のような冷たい反応をするロアから一転して、接しやすい雰囲気を醸し出すロアに驚きはすれども、特に気にすることなく話を進める。

 

「そうね、あの子はある出来事をきっかけに鍛治師をやめてしまったの。でも、今のあなたなら彼女のトラウマのようなものを克服させることができるかもしれないわ」

「トラウマ…?」

「それは、私の口からは言えないわ。きっと今も冒険者のお墓に墓参りに行ってると思うから、あの子のことよろしくね」

 

 ヘファイストスは終始自分の子供のことを褒められたように嬉しそうな顔を作っていたが、その裏側には少し悲しそうな表情も滲み出ていた。

 ロアはヘファイストスにお礼をしてから、ダイダロス通りの近くにある冒険者の墓地がある南東へ早足で向かっていった。

 

 

☆☆☆

 

 

 『冒険者の墓地』とはその名の通り、冒険者たちの墓でありダンジョンで死んだもの、闇派閥に殺されたもの、寿命で尽きたものなど。これまでオラリオを支えてきた多くの冒険者たちが眠る墓場である。

 この暗黒期が始まってから冒険者の死が絶えず墓場の面積は日に日に大きくなっていき、今ではダイダロス通りと同じぐらいはなけれど、オラリオの大きな墓場となっている。

 冒険者の墓地はいつも静まり返っており、あまり訪れるものは少ないのだが、その墓場に一人毎日訪れる変わり者が今日もまた花束を抱えてやって来ていた。

 

「……本当に、すまない」

 

 その一人の女は、一つの墓場の前で立ち止まると抱えていた花束を花瓶のような瓶に入っている真新しい花束と交換した後、持ってきていた雑巾で墓の周りを綺麗に掃除する。

 周りの墓は人が訪れないためただの石のような汚れた墓ばかりだが、その墓だけは彼女が毎日手入れをしているようで、日光を反射してとても綺麗に磨き抜かれていた。

 

「……すまない、すまない」

 

 彼女は何度も謝罪の言葉を意味もなく連呼するが、それは彼女の頭に浮かび上がっている人物に届くことはあり得ない。

 

「……何してるんだ?そんな意味のない言葉を吐いても相手には届かないぞ」

 

 ヘファイストスに言われた通り冒険者の墓地へと赴いたロアは誰もいない静かな墓地に幽霊のような女が一人ボソボソと謝罪の言葉を吐いているのを見つけて、あれが目的の人物だろうと予想をつけ、彼女の背中に話しかけていた。

 

「………私にできることはその意味のない謝罪だけだ。放っといてくれ」

 

 彼女はこちらへと振り返ることはなく、ただまっすぐにその墓石を見つめている。その背中からは哀愁のようなものが漂っており、彼女にとって何か大切な人物の墓なのだろうことはすぐにわかった。

 

「ケーレ・ヴィシュト。お前のその鍛治師の腕を見込んで頼みがある。俺の武器を作ってくれ」

 

 ヘファイストスから教えてもらった彼女の名前を遠慮なくその寂しい背中へと投げかける。

 そんな遠慮のない態度を見せるロアに興味を抱いたのか彼女は初めてロアの方へと振り向いて、その疲れきって目の下にドス黒いクマを作った顔を自虐的な表情に歪めると、ロアへと拒絶の言葉を送った。

 

「やめてくれ、私はもう鍛治師じゃない。ガラクタしか作れないただの一人の女さ」

 

 その瞳からは光のようなものは失われており、人間の原動力とも言える目標も希望も何もかもを見失ってしまったような目をロアへと向けて、嗤ってみせた。

 だが、そんな闇を見せられてもロアにとってはそんなことどうでもよかった。それよりも、ロアは彼女がもっと思いっきり笑えるようにどうすれば良いかを考えていた。

 きっと、彼女は卑屈的な笑顔よりももっと綺麗な笑顔の方が美しいと真顔で勝手な予想を浮かべ、彼女のトラウマへと無遠慮に土足で踏み込んでいく。

 

「そうか。で、その墓は誰の墓なんだ?」

「………私は初めて専属契約をした冒険者の装備を全て担っていた」

 

 ロアの遠慮のない問いかけに答えることはなく、彼女は誰かに聞いて欲しかったのか溜め込んだ感情をゆっくりと語り始めた。

 

「ある日、彼女の帰りを待って次の装備をどんなのにしようと考えていた時、ダンジョンから彼女の遺体がディアンケヒト・ファミリアに担ぎ込まれたことを知ったんだ」

 

 ケーレはその時のことを思い出しているのか空を仰ぎ、天まで届くかのようなバベルへと悲しそうな眼差しを向ける。

 

「その彼女の元へと急いで向かったんだ。彼女とはファミリアは違うが、冗談を言い合えるほど仲は良かったから」

「死んでいると知っても最後に顔ぐらいは拝みたかったから。でも、見なければ良かったかもしれないとも思うし、それとは逆に見なければならなかったと思う自分もいる」

「私が彼女のために打った防具は粉々に砕かれて原型を保っておらず、同じく私が打った彼女の槍は、無惨にも折られていて……」

 

 ケーレはそのボサボサの腰まで伸ばした薄ピンク色のクセ毛の頭を何かに耐えるように抱えると苦しそうにうめきだした。

 それでも、最後まで語らなければならないという意地を見せて震える声を絞り出す。

 しかし、それは自分への罪を吐露するようなものにしかならなかった。

 

「……私のせいなんだ。私の鍛治師としての腕前が足りなかったから、彼女は死んでしまった。私が未熟だったせいで…!だから、私はもう鍛治師を名乗りたくないんだ。これ以上ヘファイストス様の顔に泥を塗りたくないし、なにより私のせいで死んでしまった彼女のようなものはもう出したくない…」

 

 力なくその場にうずくまると、何かを思い出したのかヨロヨロと立ち上がり、その疲れ切った顔をこちらへと向けて、こういった。

 

「だから、すまない。君の武器は私には作れない。他を当たってくれ」

 

 ロアは彼女の話を無言で静かに聞き届けると、こちらに背を向けて立ち去ろうとする彼女の背中に声をかけた。

 

「お前の作品を今使わせてもらっている。その使い手である俺から一つ言葉を送ろう。お前の武器のおかげで俺は難を逃れてきた。お前の作った武器のおかげで俺は今ここにいる」

 

 彼女は立ち去ろうとしていた足を止めて、何かに耐えるように俯いたが、こちらに振り向くことはなく、その言葉に答えることもなかった。

 

 ロアはその立ち去る背中にもう声をかけることはなく、静かに彼女を見送った。

 

 

 

 

 




オリキャラ登場


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第十三話 正義を掲げる青年

なっつやっすみ!


 悲鳴が響く。オラリオのある一画で闇派閥による住民たちへの無差別な蹂躙は、その一帯を瞬く間に炎の渦へと呑み込み、逃げ遅れた住民たちは火の手にやられるか、武装した闇派閥に殺されるかのどちらかしか残されていなかった。

 最近は落ち着いてきていたオラリオの治安の安全さに見落としていた絶望が住民たちの心に深く刻まれ、逃げ惑いながら助けを呼ぶ。

 その助けを求める声に反応したのは、ガネーシャ・ファミリアでもアストレア・ファミリアでもなく、一人の青年であった。

 

「誰かっ!?誰でもいいので助けてくださいっ!!」

「当たり前だっ!今助かるから待っていろ!」

 

 その青年は神の恩恵をその背に宿しておらず、自分の素の能力のみで迫り来る闇派閥から住民たちを守るために火の手に怯むことなく、立ち向かっていく。

 

 しかし、現実とは残酷なものである。

 

 彼の能力では邪神から神の恩恵を授かっている闇派閥には到底敵わず、住民を守るどころか己の身ですら守ることなどできないということに彼は気づかずに自分の正義感を胸に宿して無駄な抵抗とも知らずに背負っていた故郷の大剣を両手で握りしめ住民たちに背を向ける。

 

 勢いよく振りかぶった大剣は、きっと闇派閥から見ればナマケモノのようにのんびりとした動きに見えていたことだろう。

 闇派閥は、難なくこれを避けるとその隙を狙って青年に数の暴力を浴びせる。

 

「おいおい、クソ雑魚じゃねぇかよこいつ。住民たちを守ろうだなんて抜かしやがって。なぶり殺してやる」

 

 タコ殴りにされる青年に住民たちは先ほどまで抱いていた希望が羽虫を潰すように呆気なく潰されてしまい、再び絶望へと落とされてしまう。

 

「……ぐっ!?…くそっ!まだだ!」

 

 青年は最後の抵抗を試みるために懐に忍び込ませていたナイフで闇派閥の一人の胸に突き刺す。

 青年は霞む視界の中で一人の闇派閥を倒せたことに満足感が湧き上がってくるが、それも束の間。激昂した闇派閥の仲間たちは、より一層青年を痛めつけ立てなくなった青年の胸にとどめを刺そうとすると、一人の闇派閥が焼き焦げた。

 それは一瞬の出来事であり、火の手で燃やされたものではないと悟った闇派閥だったが、時すでに遅し。

 この場に現れた一人の救世主は、手元に獲物を持っていなかったがその強力な付与魔法の力により闇派閥たちの全てを炭へ変えると、すぐに住民たちの避難誘導を開始する。

 

「お前たち、こっちだ!火の手が広がる前にさっさと逃げるぞ!」

 

 住民たちは現れた希望の指示に従い、最初に立ち向かってくれた青年を置き去りにして我先にへと脱出を図る。

 この場での英雄であった少年は、一人蹲り悔しそうな涙を流している青年に声をかける。

 

「おい、そんなところで蹲っていると死ぬぞ。早く来い」

「……俺はみんなを守れなかった…!こんなにも弱い俺が情けない…!」

 

 全身の切り傷と打撲を無視して地面を殴りつけている青年に、少年ロアは静かに青年を見下ろすと、そのLv.2としての力を遺憾なく発揮して自分よりもひと回りでかい青年の襟首を持ち上げる。

 

「嘆くのは後にしろ。まずは脱出だ」

 

 自分よりも小さな少年に軽々と持ち上げられたことに驚きつつ、この状況を飲み込めないのか抵抗をせず、呆然とした態度で雑に引き摺られていった。

 

 無事に全ての住民たちを助け出したロアは、後から現場にたどり着いたガネーシャ・ファミリアにこの出来事について事情聴取を受けていた。

 

「本当にあなたが全員助けてくれたの?」

「そうだが。というか、早く離してくれ。おつかいを頼まれてるんだ」

「へぇ!びっくりしちゃった。こんなに小さな少年が武器もなしに闇派閥を全滅にして住民たちも助けちゃって。でも、ありがとうね」

「当然のことをしたまでだ」

 

 短い水色の髪を後ろでまとめたガネーシャ・ファミリアの団員であるアーディ・ヴァルマからの賞賛に対し嬉しそうな表情を出すことはなく毅然とした態度で対応していると、ガネーシャ・ファミリアの団長であり、アーディ・ヴァルマの姉でもあるシャクティ・ヴァルマが話しかけてきた。

 

「住民たちを助けてくれて感謝している。こちらとしてももっと早く対応できれば良かったのだが…。こちらの不手際ですまない」

「いや、そちらがオラリオの憲兵として動いていることは重々承知している。忙しいのも仕方のないことだろう。何せこんな時期だ、手が回らないのは当然の帰結だ」

「そう言ってもらえるとありがたい。あとはこちらに任せてほしい」

「あと、一人闇派閥を捕虜で捉えておいた。あとは頼む」

 

 シャクティは妹とともにロアへと頭を下げると、すぐに現場へと向き直り精力的に団員たちに指示を飛ばす。

 ロアも商店街のほうに用があったため、その場からすぐに立ち去ろうとしたが、兄貴!、と呼びかけられて、足を止める。

 振り向くと、先程闇派閥にボコボコにされていた青年が回復薬を飲んだのかある程度の傷が治った状態で、こちらへと歩み寄ってきた。

 その身長は180を超えており、ロアは自然と見上げるようにその青年の声に応えた。

 

「兄貴!先程は助けてもらいありがとうございます!そして、兄貴のその実力を見込んで頼みがあります!この俺をファミリアに入れてください!」

 

 いきなり話しかけられて、いきなりファミリアに入れてほしいだとか勢いのある青年に対して、うげぇと苦い表情を作ると懇願して頭を下げている青年からダッシュで逃げるように走っていった。

 

「俺、まだこの都市に来て右も左も分からないんです!ファミリアに入るならガネー……って兄貴っ!?」

 

 青年の懇願に全力で背を向けるロアに驚きつつ、急いで追いかけようとするが、恩恵のないものがLv.2のロアに追いつくわけがなかった。

 

 しかし、青年は諦めない。あんなにも住民を手際よく無事に救える人の元で働いて、人を助け自分も強くなるためにあの少年のファミリアに必ず入ろうと決意したのであった。

 

 

☆☆☆

 

 

 時は移り変わり、ロアがケーレに振られた翌日。

 どうしても彼女に武器を作ってもらいたかったロアは、懲りずに昨日と同じ時刻に冒険者の墓場に訪れていた。

 昨日と変わらず、花束を抱えたケーレが花束を新しいのに取り替えており、ロアは毎日花束を取り替えているのかと呆れたため息を吐く。

 

「昨日ぶりだな。ケーレ」

 

 こちらに気づいたのか振り向いて相変わらず疲れた表情をしているケーレに気さくに話しかける。

 

「俺も墓掃除を手伝おう」

「……君には関係ないだろう?」

「お前の大切な人の墓なんだろ?なら、これから武器を作ってもらう俺にも関係のある話だ」

「いつ私が作ると言った?私はもう鍛治師には戻れない」

 

 ケーレはロアからの言葉が一切心に響いていないようで、すぐに墓場の掃除へと移る。ロアもケーレの動きに倣って同じように雑巾で墓石を拭き始めた。

 

「ま、お前がなんと言おうと俺はやるぞ」

「……好きにしろ」

 

 そのまま二人で墓場の掃除を行うが、二人の間には会話がない。しかし、ロアもケーレも元々あまりおしゃべりではないので、特に気にすることもなく、黙々と作業をこなす。

 掃除をし終えると、ケーレはロアの存在を無視するように一切気にしないで、墓場に向けて話し始めた。

 

「今日で君がいなくなって一年が過ぎた。君の鍛治師であった私は未だに前を向けない。………私が未熟ですまなかった」

 

 昨日とは違い謝罪を一つで済ますと、そこから立ち去ろうとする。

 

「……君がケーレと専属契約をしていた冒険者か。俺の名前はロア・バートハート。実は、君の専属契約しているケーレ・ヴィシュトと専属契約をしようと思っているんだ。しかし、彼女はなかなか承諾してくれないみたいでね。どうすればいいか悩んでるんだ」

 

 ケーレの真似事をするようにゆっくりと語りかける。

 ロアは墓に向かって話しかけるケーレの姿に理解を示すことはできなかった。ロア自身死というものを身近に感じることはなく、未だにどのようなものかは理解しておらず、ケーレのしている行いについてもよくわからなかった。

 なぜなら、死んだものはもうその墓場にはおらず、神の話によると死亡するとすぐに天へと還る。だから、墓場に語り還るのはただの石へと語りかけるのであって、その人物へと届くことはないからだ。

 しかし、ロアだってわからないものは試すのが最初の一歩だ。

 笑顔の美しさを知るためにも試さなければ、理解することができなかった。

 その教訓を生かしてロアはその冒険者へと語りかける。

 

 ケーレは驚いたようにこちらへと振り向くと、ふぅ、とため息をこぼすとロアへと優しく笑いかけた。

 

「君は面白いな。きっと、彼女が君と出逢えたのならば、きっと相性がいいことだろう」

 

 ケーレはそれだけ言い残すと、すぐにまた踵を返してはヘファイストス・ファミリアのホームへと帰っていった。

 

 

 

 




この鍛治師めんどくせぇ


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第十四話 新たな仲間

自分的に今回出来がいい


 闇派閥の襲撃を食い止めてから数日。

 ロアは自分の愛用している槍をヘファイストスに預けてメンテナンスを頼んでいるため、ダンジョンに潜ることができない。ヘファイストスからは一週間程度待ってほしいと言われて、ヘファイストス自身も忙しいんだなと思い、この一週間の予定が一気に開いてしまった。

 そもそも、ロア自身毎日狂ったようにダンジョンへと潜っていたため、ダンジョンに潜る以外にやることがなく、暇を持て余していた。

 

 しかし、この休みを生かしてロアはあるファミリアの団長を訪ねようと考えるが、そこの団長は今は忙しいと言われてしまい、本来は顔を合わせることも困難だと言われたのだが、ロアの世界最速ランクアップという肩書きに興味を示したのか五日後に予定を空けてもらえることに成功した。

 その団長の名はフィン・ディムナ。現オラリオ最強派閥の一角【ロキ・ファミリア】をその小人族(パルゥム)の特徴である小さな体躯からは想像のつかない強さと最強派閥をまとめ上げる頭脳を持ち合わせるLv.5の冒険者だ。

 彼を訪ねる理由は自分の独自の槍の技術では、いつか必ず限界が来ると感じたからである。インファント・ドラゴンとの闘いで魔法にしか頼れなかった自分はもっと強くなる必要がある。そのため、純粋な力よりも技術を磨く方が強くなるための近道だと考えて、小柄な体躯を生かして巧みに槍を扱うフィンに教えを乞おうと思ったからだ。

 ロア自身、フィンとは面識もなく【ロキ・ファミリア】とも一切の関係もなかったが、都市最強の槍使いといえばフィン以外にいないと最近少し仲良くなったケーレから教えてもらい、思い立ったがすぐに行動を実践して【ロキ・ファミリア】へと一直線に訪ねたのだ。

 

 そして、今日は本当に暇なのでアフロディーテからの提案で初デートに赴いていた。

 

「ふっふーん!どう?この私の衣装!かなり高かったけど、良いと思わない?」

 

 アフロディーテはロアへとその美の女神にふさわしいスタイルを惜しげも無く露出させた衣装を見せびらかして、ロアからの感想を聞く体制を取る。

 

「……良いと思うぞ。ただ、少し露出が多くないか?」

「これでもかなり抑えた方なんだけど?あと、レディの新衣装に向ける感想がそれだけってどうなのよ」

 

 アフロディーテは機嫌が悪くなってしまったようで、ぷくぅと頬を膨らませると、ぷいっとロアにそっぽを向く。

 ロアはすぐに機嫌が悪くなる主神に思わず苦笑いを浮かべると、正直な感想をアフロディーテに伝える。

 

「いや、本当に良いんだ。それしか言葉にできなくてな。一つ気になることはディーテの露出した部分を他の奴らに見られるのが、嫌なんだ」

 

 アフロディーテは膨らませていた頬を縮めキョトンとした表情をとると、ニヤリと笑ってロアの脇腹を肘でぐいぐいと当てられる。

 

「なによ、私の彼氏みたいなこと言っちゃって!」

「実際、今日はそのつもりで来たんだが?」

 

 アフロディーテはロアの思いもよらない発言に目を見開いて驚いてしまったようだ。さながら今まで初心だった子供がいきなり大人の女性を口説いてきたような感覚を受けて思わず頬を赤らめてしまう。

 子供のような身長だったロアの体は十一歳を迎えたことで、アフロディーテと目線が同じぐらいに身長が伸びており、そのロアの返答を真に受けてしまい、頬に少し熱が溜まる。

 

「え、ちょ、いきなりそんなこと言われても、困るのは私なんだけど…」

「ははは、ディーテもこんなに可愛い反応するんだな。じゃ、今日は俺がエスコートをしよう」

 

 アフロディーテの手を優しく握ってアフロディーテを導くように先導する。握った手からはすべすべとしたとても触り心地の良いアフロディーテの温もりを感じて、あんな口説き文句も言って見せて手も握って見せたが、少しドキドキしてしまう。

 

 主神とのデートでは、服を選んだり、『豊穣の女主人』で食事を取ったり、城壁に登りオラリオの景色を拝んだりもした。

 一日のうちに二人でできうる全ての娯楽を楽しみつつ、今まで以上にオラリオに触れたためかオラリオの活気が少なく、少しずつ悪の勢力の強さが増していっていることを肌で感じる機会でもあった。

 

「やっぱり、オラリオにしてはまだまだ活気が足りない感じもするわね」

「あぁ。道行く人が暗い表情をしていることが多い。これから少しでも闇派閥の勢いが増したのなら、どうなるか想像もしたくない」

 

 少し、ロアの心に不安が渦巻き険しい表情に歪めるとアフロディーテはそれを感じ取ったのかすでに暮れ方でオラリオの空がオレンジ色に染まりつつある夕日に照らされた顔は優しい微笑みを浮かべる。

 

「心配ないわよ。あなたが今胸に秘めている感情は、とても素晴らしく美しいもの。都市の平穏を破壊せんとする悪から、笑顔を守ろうとするあなたの行いはとても尊きもの」

 

 夕陽に照らされて赤く輝く我が主神の笑顔は、とても綺麗で何より美しかった。

 

「だから、その感情のままあなたが行動すれば、きっと都市の平穏は守られるわ。でも、無茶はしないでよね!」

 

 救われた気がした。闇派閥から笑顔を守るために人を守り、助けてきたが闇派閥の勢いは少しずつ増しているような感覚を持っていた。

 

 本当に人を笑顔にできているのか。

 

 誰かを助ける度に自分の胸には不安が溜まっていった。でも、アフロディーテからの言葉を受けてその不安は嘘だったかのようにすーっと消えいく。

 やはり、我が主神には敵わないなと思いながら言葉をこぼす。

 

「ありがとう、ディーテ」

「ふふん!この私にかかればどんな不安や悩みだって解決よ!」

 

 自信満々な笑みでさえ愛おしく感じ、沈んでいく太陽を他愛もない会話をしながら、二人で見届けた。

 

 

☆☆☆

 

 

 アフロディーテとともに初デートからの帰路についていると、暗い夜道の背後から声をかけられた。

 その声は若干息が切れており、切羽詰まった雰囲気を醸し出していたので闇派閥かと思いアフロディーテを後ろに立たせて、いつでも魔法を展開できるように構える。

 

「や、やっと見つけました!兄貴!」

 

 そのロアを兄貴と親しみを持って呼ぶことを許可した覚えはないが、この元気いっぱいな青年の声は間違いなく聞いたことのある声であった。

 

「確かお前は…」

「自己紹介がまだでしたね!俺の名前はルドロット・ケイレーンです!暗黒期を終わらすために、このオラリオへと参上しました!」

 

 元気のいい聞いてもいないことを大声で話し始めて、敵ではないと感じてすぐに肩の力をぬく。

 

「ふーん、面白そうな子ね。ロアの知り合い?」

「たまたま助けてやったやつの一人だ」

 

 アフロディーテはこのルドロットを興味津々な眼差しでロアの背中から覗き見る。

 

「あの子、本気でオラリオを救おうとしているのね。結構強かったり?」

「いや、雑魚」

「ちょ、ちょっと!酷くないですか兄貴!?」

 

 事実だしな、と厳しい現実を突きつけるように言ってのけるとルドロットはショックを受けたようでガーンと落ち込む。

 

「あ、兄貴!頼みがあります!俺をファミリアに…」

「断る」

 

 ルドロットの頼みを一瞬で切り捨てる。

 

「な、なんでですか!」

「お前は弱い。それに、俺はファミリアを増やす予定はない」

「そんな………」

 

 ルドロットはさらに落ち込み、希望の綱を絶たれたためか酷く悲しそうな表情を浮かべると心ここに在らずといった具合でロアたちに背を向ける。

 

「ちょっと、それは言い過ぎじゃない?」

「ディーテ、事実だ。それに、弱い奴を仲間にしても単なる足手まといだ。その心意気こそ立派だが、仕方のないことだ」

 

 アフロディーテはロアへと不満をぶつけるが、ロアの言っていることも的を得ているためそれ以上は強く言わなかった。

 

 その時、路地裏から小さな子供が飛び出してきた。もうオラリオは夜の闇に包まれており、このご時世もあって子供が一人ということは信じられないことだった。

 

「た、たすけてぇー!?」

 

 その子供は必死に助けを求めているが、路地裏から飛び出してきた男に捕まってしまい、刃を突き立てられそうになる。

 

 間に合わない。ロアのLv.2での敏捷を最大限に生かしたとしても、その子供へと迫り来る短剣を止めることができない。

 

 それでも、ほんの僅かな奇跡を信じてロアは駆け出した。

 

 世界がスローモーションに動き出す。

 

 アフロディーテは迫り来る残酷な未来を想像して悲しみに顔を歪める。

 子供は自分の胸に刺されそうになる短剣から逃げるように目を固く瞑り、抵抗すらできない。

 男は狂気的な瞳を子供へと向けて躊躇なく短剣を振り下ろす。

 ロアはその残酷な未来に抗うように、間に合わないと思う自分の心を殺して駆ける。

 

 刹那、何者かが容赦なく男を蹴り飛ばす。

 

「ぐぅっ!?クソが!誰だぁ!」

「か弱い子供に、無抵抗な子供に短剣を向けるなど、この俺が許さない!うおおおおぉぉお!」

 

 ロアですら防げなかった子供の未来を救ったのは先程ロアの拒絶を受けて立ち去ったと思われていたルドロットであった。

 蹴り飛ばされた男は、ルドロットに標的を変えてその短剣を手に飛び掛かってくる。

 その動きからは神の恩恵をもらわなければできない敏捷さを感じて、この青年では太刀打ちできないと悟ったロアはさらに加速して駆けるが最初の一撃は間に合わない。

 せめて一撃だけでも防いでくれと願いながら駆ける。

 

 ルドロットは迫り来る短剣を背負っていた大剣を素早く抜き放ち防いで見せるが、力の差は歴然であった。大剣は一瞬で弾かれた後、短剣で腹を突き刺された。

 

「ゴハッ!?……まだだ…!」

 

 言葉ではまだできると言っているが、すでに腹部からは血がドバドバと垂れ流れてしまい、動くことすらままならない。だが、ルドロットは背後にいる少女を男から守るために男の腕を掴み、その場から一歩も動かさない。

 

「行かせる、わけには……いかない…!」

「は、離せっ!」

 

 次の瞬間、ようやく辿り着いたロアの膝蹴りで顔面を抉られて、地面へと叩きつけられた男は一瞬で意識を失った。

 

 大量出血の影響で倒れ込んだルドロットに、いつでも誰かが傷ついたように持ってきていた高級回復薬を腹部にかけると傷はみるみるうちに治っていく。

 

「ぐ、はっ!こ、ここは…?天国…?」

「地獄だよ、バーカ。敵うわけもない相手によくそこまでやれたな」

 

 ロアはルドロットの無茶に悪態をつきながら、少女の元へと向かうとその少女はなんとロアの顔見知りであった。

 

「お前、もしかしてシティアか?」

「…え?ロア兄?」

 

 ロアがいつかの時に闇派閥の男から守った少女シティアだった。

 

「ロア兄!また助けくれたんだね!」

「………いや、助けたのは俺じゃない。今ここに倒れ込んでいるこいつだ。勇敢だったぞ」

「そうなの?」

「そうだ。だから、こいつに向ける言葉、わかるよな?」

「……うん!」

 

 シティアは未だに倒れ込んでいるルドロットに駆け寄って感謝の言葉を伝える。

 

「私を助けてくれてありがとう!お兄ちゃんがすごかったのは見れなかったけど、ロア兄がユウカンだったって言ってたよ!」

「……君が無事でよかったよ。本当に助けたのはそこの兄貴だよ。俺なんてまだまださ」

「いや、俺だけじゃシティアを救えなかった。全部お前のおかげだ。ありがとう」

 

 ロアは素直にルドロットに感謝を伝えた時、後ろからアフロディーテが息を切らしながら追いついてきた。

 

「はぁ、はぁ。二人ともお見事ね!さすが私の眷属だわ!」

 

 アフロディーテはロアを褒め称えると、ルドロットに向き直る。

 

「そして、あなたはもっとお見事よ!本当に素晴らしかったわ!」

「ロア、わかっていると思うけど…」

「あぁ、大丈夫。ちゃんとわかってる」

 

 ロアはアフロディーテが言いたいことを瞬時に察知して、その気持ちが自分と同じことを確認すると、ようやく起き上がってきたルドロットにその瞳を向ける。

 ルドロットもロアの真剣な空気に気づいたのかビシッと姿勢を正す。

 

「お前をうちのファミリア、【アフロディーテ・ファミリア】に入団することを許可する。ようこそ、歓迎しよう。そして、これからよろしくな」

 

 ロアはロアの言葉を理解できないようでポカンとしているルドロットに向けて手を差し伸べる。

 ようやくロアの言っていることを理解したようで、感極まったように涙を目尻に浮かべると、うわずった声でロアと固く握手をする。

 

「は、はい…!これからよろしくお願いします!兄貴っ!!」

 

 こうしてロアたちに新たな仲間、ルドロット・ケイレーンが【アフロディーテ・ファミリア】の新メンバーとなったのであった。

 




ファミリア作るぞー!


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第十五話 前を向く

 ルドロットを【アフロディーテ・ファミリア】に迎え入れた翌日。

 アフロディーテが神の恩恵を授けると、ロアはルドロットとともに朝早くからダンジョンへと向かっていた。

 ルドロットのステイタスは何か特別な魔法はなかったが、一つだけスキルが発現していた。

 

正心善道(コレクト・ロード)

・救済時、全基本アビリティ超高補正。

 

 単純な自分へのバフ効果であったが、そのバフの強力さはとてつもない。それに、この能力の発動条件が実に彼らしいと思い、彼をファミリアに入れたことが正解だったとロアは感じた。ただ、人を助けることのみに特化していることからダンジョンでの戦闘では一切役に立たないだろうな、と思いながらバベルへと向かう。

 

 ルドロットにはホームの二階の物置の部屋を寝室として与えている。彼自身狭い部屋に文句も言わずに承諾してくれたが、少し申し訳なく感じてしまったので、これからもファミリアを増やすと仮定した上で新たなホームを建てることも考えなければならない。しかし、まだこのホームのローンも返せておらず、次の新居を建てる予算も決まっていないためしばらくは三人で狭いホームに住むことになるだろう。

 

 ダンジョンへと向かう途中、ルドロットの様子はソワソワとした感じでなんとも落ち着きがない。

 

「どうした?ダンジョンが怖いのか?」

「いえいえ全然!いまとってもワクワクしています!」

 

 さながら、これからの冒険に胸を躍らせているような心境なのだろうが、現実はそう甘くはない。そのぬるくて危険な考え方を今日は正さなければならない。

 

「いいか?ダンジョンはお前が思っているほどに甘い場所じゃない。辛く過酷で完全に安全な場所などどこにもない、常に危険と隣り合わせな場所だ。もっと緊張して危機感を持て。じゃなきゃ、すぐに死ぬぞ」

 

 ロアは経験からなるダンジョンの危険さを語る。それに対して、ルドロットは先ほどまで持っていた自分の甘い考えが間違いだったのかとわかり、真剣な表情を作る。しかし、ダンジョンの過酷さは語っただけではどれだけ説いても理解することは難しいだろう。理解するためには実際に触れて、確かめてみる他にない。

 

「す、すみません!俺、ちょっと舐めてました…」

「まぁ、実際に体験するのが一番理解できると思う。気を引き締めていこう」

「はいっ!」

 

 ダンジョンに降りる前にギルド本部でルドロットのファミリア入団の手続きをして、すぐにダンジョンへと潜る。

 と、その時ゆらゆらとゆれる最近毎日見ている薄ピンク色のクセ毛が視界に入ってきた。

 あの特徴的な髪型は、ケーレ以外にいないとロアは予想をつけて背後から声をかける。

 

「よう、ケーレ。こんなところで会うなんて偶然だな」

「……ロアか。…あぁ、そうだな、本当にお前はタイミングがいい」

 

 ケーレは肩に担いでいる銀色の槍をこちらへと渡してきた。

 

「ヘファイストス様からの贈り物だ。メンテナンスが思ったより早く終わったらしい。何か不備が有ればすぐに私に言え」

「ふむ、なるほど。だが、一つ疑問がある。なぜお前はその槍を持ってダンジョンに来ているんだ?」

「………ロアがダンジョンにいると思ったからな」

「嘘つけ。なら、今日の墓参りの時に渡せばいいだろう」

「…………後で『冒険者の墓地』に来い。話がある」

 

 ロアは自分の胸にある疑問を胸の中に押し込み、槍を受け取るとケーレの誘いに了解してから蚊帳の外に放り出されていたルドロットとともにダンジョンの上層を周回する。

 

「あの、兄貴。さっきの人は…」

「あぁ、俺が振られ続けている鍛治師さ。なかなか俺の武器を作ってくれなくてな。あいつの腕は絶対に良いのに、勿体ないとしか思えない。それに、あいつは冒険者のための最高の鍛治師になりたいはずなのに、無駄に拗らせている」

「えっと、それは…」

 

 ルドロットとケーレについて話していると正面からゴブリンが数匹現れた。

 

「よし、最初はあいつらだ。ここでゴブリンに遅れをとるようだったら、お前は冒険者に向いていない」

 

 ロアはルドロットに向けて、厳しいことを言うがルドロットは怯まずに背中に背負っていた大剣を手に構えて、モンスターを倒して冒険をできる喜びかその瞳の中には高揚感が見受けられる。

 いわゆる油断だ。自分の負ける未来を想像できない勝ちを確信しているダンジョンでは絶対に持ってはならない思考だ。

 

「おりゃ!」

「グギャっ!?」

 

 ルドロットは持っていた大剣をその恵まれた体格で軽々と振り回して、ゴブリンたちを薙ぎ払っていき、数秒後その場には魔石だけ取り残されていた。

 

「よし!ゴブリン程度余裕ですよ!」

 

 ロアが最初に彼にあった時は、とても弱いやつだと思っていたが、それは見当違いだったらしい。やはり、神の恩恵を受けているのと受けていないのでは大きな差があるのかと改めてロアは理解した。

 

「ん、やるな。だが、もう少し油断を捨てておけ。相手がいつも自分より格上だと思って相手しろ」

「は、はい…!」

 

 喜んでいたのも束の間といった感じで、すぐにそう言われても彼は理解できなかったのだろう。気のない返事をした後、すぐに「次行きましょう!」と小さな子供が未知の世界に好奇心のみで踏み入るような感覚で下層へと降りていく。

 ロアはこのルドロットの油断は危ないと思いながらもどのように正せば良いのかわからなかったため、難しい表情で彼の背中について行った。

 

 

☆☆☆

 

 

 無事にルドロットの初ダンジョンアタックが終わり、ダンジョンから出た時には空は真っ赤に染め上げられ、夕刻を示していた。

 

「俺はこの後用事がある。先にホームに戻ってディーテと夕飯を作って待っていてくれ。頼むぞ、ルド」

「はい!兄貴!」

 

 ルドロットにホームのことは任せてルドロットと別れてからゆっくりと南東のメインストリートを歩き出す。歩きながら、自分の背中で重みを感じる槍を手に持ち、メンテナンスをされた具合を確かめる。

 穂先の刃こぼれは綺麗になくなっており、前よりも槍の鋭利さが増しているような感覚を抱く。

 ロアはかなり察しのいい方だ。感覚は鋭くどんなことにも鈍くはならない。そのロアの頭の中で一つの仮説が浮かび上がったが、その答えはこの後訪れる場所にあると確信してから、『冒険者の墓地』を目指した。

 

「待たせたな。悪い、かなり遅くなってしまった」

「いや、いいんだ。これぐらい遅くきてくれたなら、心の整理もできるというものだ」

 

 いつもどおり疲れた顔を貼り付けていたが、今日はその瞳の中には何かを決意したような意志が宿っていた。そのケーレの思いに応えるようにロアは真っ直ぐに向かい合う。

 

「ロア。数日前、君が持ちかけてくれた専属契約の話。私は当初、君の願い出を断った。それを撤回させてほしい。そして、一つ約束してくれないか?」

「約束か。いいぞ、俺は約束は破らない」

「そうか。ありがとう。じゃあ、聞いてくれ」

 

「生きろ。どんなことがあっても生きて、この墓地でまた彼女の墓参りを私と一緒にしてほしい。老衰するまで私と一緒に生きてほしい。…………君の鍛治師になる、から、私を置いて、行かないでほしい…!」

 

 今まで彼女は毅然とした態度で大人な女性のような空気を出していたが、今は一人になる寂しさに怯える子供にしか見えない。ボロボロとこぼれ落ちる涙は、深い目の下のクマに流れて頬を伝っていく。

 彼女の想いは、今まで溜め込んだ全ての後悔と寂しさを思いっきり吐き出して止まることを知らない。

 

「君は、最初に褒めてくれた。君は事実を言っただけだと言うだろうが、紛れもなく私に鍛治師の熱意を思い出させてくれた…!また鉄を打ってみたいって思ってしまったんだ!彼女はきっと私が鍛治師を辞めたままをよしとしないだろう。だから、私は前を向かないといけないんだ…!」

 

 溢れ出した感情の蓋は、ケーレの想いを吐露させてからその場にはケーレの嗚咽だけが残ったが、倒れそうになるケーレをロアが抱き止める。

 

「……俺は、ケーレを置いて行ったりしない。お前が俺の武器を作ってくれたなら、俺は死なないぞ。お前の作るものは俺を守り、俺を助けてくれる武具だ」

「う、うぁあああああああぁ!!」

 

 ケーレはロアの滅多に浮かべない安心するような微笑みを見た瞬間、今まで開いていた心が埋まっていくような感覚に包まれて、ロアの胸の中でわんわんと泣きつぶれた。

 

 こうして、ケーレ・ヴィシュトはロアと専属契約を果たした鍛治師(スミス)として彼のために鉄を打つことになるのであった。




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第十六話 鍛治師の独白

 鉄を打つ音がサウナのように暑い部屋中に響き渡る。

 

 カーン、カーンと規則正しく響き渡る。

 

 これは私の根底に根付く、鍛治師を目指すきっかけとなった昔の記憶。

 未だに幼かった私は、鉄を一心不乱に打ち続ける一人の男にどうして鉄を打っているかと純粋な疑問から聞いてみた。

 

「そうだな、俺は、愛する人を守るために打っている。一度打つたびに愛情と熱意をこの鉄に打ち込む。一度でも手を抜いちゃいけねぇ。鍛治師としてのプライドと情熱が歪んじまう。って言ってもオメェにはまだわからねぇ話だよ」

「む〜!もっと、わかりやすく、教えて!」

「悪い悪いって。じゃあ、これができるのを見て行きな。もうすぐ完成だ」

 

 幼かった私は一人の男────父の語る鍛治師としての在り方を理解できなかった。

 でも、父が目線を私から鉄に変わった時、雰囲気が変わったのがすぐにわかった。

 真剣な眼差しで自分の全てを打ち込まんと言わんばかりに、強く強く鉄を打ち付ける。

 

 カーン、カーン。

 

 また、部屋中に甲高い音が鳴り響く。

 それは、頭の中に響いてきて、常人ならばうるさくて鬱陶しいと思うような音であったが、私は不思議と聞いていると落ち着く音色のような音に聞こえてきた。

 

 父が熱心に打ち付けている鉄が何になるのか小さな私にはわからなかった。打ち付けられるたびに鉄は少しずつ形を変えて、その全貌が少しずつ明らかになっていく。

 その鉄は赤みを帯びてきて、小さなナイフのような形を型辿っていく。

 

 鉄の形が明確にわかるようになると、父は突然打ち付けるのを止めてペンチのような器具を使って赤い鉄を持ち上げると水が大量に入った鉄の大釜に差し込んだ。

 じゅわっと熱せられた鉄が悲鳴をあげたかのように音を立てる。鉄は急速に冷えていき帯びていた赤みは消え去り、完全に冷め切ってから取り出された鉄は、もうただの鉄ではなかった。

 なんの形をしているか明確にわからなかった鉄は、光に照らされて光沢のあるナイフのような刃に様変わりした。

 

 綺麗だった。

 

 思わず私はその太陽のように光り輝く刀身に心を奪われた。それは、まさに父のプライドと情熱を注ぎ込んだ鍛治師としての結晶なんだと心の奥底で理解した。

 

「へへ、どうだ。これが俺の自信作。まだ研いだり槍の柄を作る作業も残っちゃいるが、これがこの作品の一番大切な場所。つまり、心臓部の完成だ」

「……す、すごい…!」

 

 当時の私は目をキラキラとさせてその完成品を凝視する。このナイフのような刀身が槍に加工されて、誰かを守るための武器となるのだ。

 

 誰かを守る。

 

 私にもできるだろうか?

 私も父のようになってみたい。父のような何かをかけて愛する人を守れる鍛治師になってみたい!

 

「………私、鍛治師になりたい」

「ん?鍛治師か?ママのような冒険者じゃなくて?…ククク、それは面白いなぁ。きっとこれを聞いたママは嫉妬しちゃうな。だが、親としてこんなに嬉しいことはない」

 

 父はゴツゴツとした炭のついた大きな手で私の髪の毛を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回すと、心底嬉しそうに私を見つめる。

 すると、入口の方で一人の女性が入ってきた。

 

「ただいま、あなた。……ちょっと、ケーレのかわいい頭をその汚い手で触らないでちょうだい。撫でるならちゃんと洗って」

「お、噂をすればママが来たな。おい、ケーレ、さっきパパに言ったこともう一回聞かせてくれ」

「私、鍛治師になりたい」

 

 一人の女性────母は、私の言葉を聞いて驚いたのか目を見開いて私を凝視する。

 父は心底おかしそうにニヤニヤと笑っており、私はその二人の反応に首を傾げる。

 

「はぁ……。ケーレには冒険者を目指して欲しかったのに…。でも、ケーレがそう願うのであれば、私は引き止めたりしないわ。あと、あなた後で話があるからね」

「ひぇー、後が怖いぜ」

 

 母はいつもは見せない怖い笑みを浮かべており、父はそれに対して苦笑い。

 そんな光景がおかしくてクスクスと笑う私。

 

 三人で笑い合う家族の団欒。

 

 遠い日の日常はぼやけて、薄くなって霧がかかってくる。

 

 

 目を開けるとそこは見慣れた自分の寝室だった。

 

「……懐かしい、夢だったな」

 

 鍛治師を目指し始めてから数年。私は、鍛治師としての技術を父親から丁寧かつ厳しく教えられてきた。

 しかし、日常の風景は変わらずいつも通り母と父と私の三人で笑い合う毎日。

 一生続く光景だと思っていた。

 

 あの時のことを思い出すと少し、寂しさを感じている自分に気づく。

 

 私はベッドからゆっくりと起き上がり、机に置いてあった常温の水を喉に流し込む。

 

 鮮明に思い出すあの時のこと。

 

 母がダンジョンから帰ってこなかった。

 母の危機を感じたのか父は、弱い私を置いてダンジョンへと行ってしまった。

 

「ごめんな。俺はママを探しに行かなきゃならねぇ。必ず連れて帰ってくる。だから、お前はいつも通り鉄を打って武器を成せ。俺の心得を忘れるなよ?いいか、愛する人を守れ。鉄を打つ時に、その想いを乗せろ。鍛治師の本質は技術じゃない。ここから溢れる想いをその武器にぶつけろ」

 

 父は自分の胸を親指で指差すと、私に背を向けてしまう。

 私はその背中がこれまでみてきた屈強な父の背中ではなく、弱々しく今にも消え去りそうな背中に見えてしまい、無意識に追ってしまうが、背後にいたヘファイストス様に捕まえられてしまう。

 

「パパぁぁぁあ!待ってぇ!置いてかないでぇえええ!!」

 

 いつも私の周りにいた鍛治師たちは、俯いて行こうとする父を止めてくれない。

 

 その日から私の目の前から日常の風景が消えた。

 

 

 飲み込んだ常温の水は食道を通り、胃の中にストンと落ちてくる。

 

 あれから私は何かに取り憑かれたように鉄を打ち続けた。

 

 朝から晩まで、晩から朝まで。

 

 父に言われた通りの技術を意識して鉄を打つが、愛する人はもう私の前にはいない。

 どうすれば愛する人が戻ってくるのか教えてくれる父も母もいない。

 だから、私は武器を作り続けた。父の言ったプライドも情熱も、想いも乗せられない不出来な武器を作り続けた。

 ヘファイストス様は無茶をする私のそばにずっといてくれて、安心はすれども私の追い求めている人ではない。

 

 そんな時、あるファミリアの冒険者が私の元を訪ねてきた。

 

「ねぇ、あなた私の鍛治師になってくれない?」

 

 私はすぐに承諾した。

 私は彼女のためではなく、ようやく自分が守れる人を見つけられたことに久し振りに喜びで胸が溢れた。

 父との心得を守れる日がようやく現れたのだと心の底から感じた。

 今思えば、その時の私は彼女のことなどどうでも良かったのかもしれない。私は父との約束しか見ていなかった。

 

 彼女はまさに元気で活発な女の子を体現したような女の子であり、その行動力に私は何度も振り回された。

 彼女のために鉄を打つが、そこに彼女への想いは湧いてこなかった。

 

 ある時、私は『鍛治』の発展スキルを手に入れるべく、彼女に申し出てランクアップの手伝いを頼んだ。彼女は二つ返事でそれを了承して、初めて二人でダンジョンへと潜った。

 私は自分で打った双剣を両手に持ってダンジョンへと潜り、彼女は片手剣に盾といったバランスの良い装備だった。

 

 私もそれなりにダンジョンには潜ってきており、すでにステイタスの基本アビリティ全てはD以上に行っている。あとは、『偉業』を為すだけであった。

 彼女はLv.3になる手前のLv.2であったため中層まで降りて行き、ミノタウロスの群れを相手に、彼女とともに戦った。

 

 美しかった。

 

 動き一つ一つが流れるような川のようだった。私は、彼女の足手まといにならないように必死に敵うはずのないミノタウロスに抵抗したが、力量差は必然。すぐに双剣を弾かれてしまい、その太い腕で殴りつけられそうになる。自分の悲惨な未来を想像してぎゅっと目を瞑ると、彼女が守ってくれた。

 

「ほら!最後の一体よ!一緒に倒しましょう!」

 

 気づけば私と戦っていたミノタウロス以外は、全て灰へと化しており、残りは目の前の最後の一体。

 私は尻餅をついてしまった腰に鞭を打って、双剣を構える。

 

「いくわよ!」

「あぁ、やってやるとも」

 

 そこからはあっという間だった。私と彼女との連携は完璧にうまく完成しており、ミノタウロスを圧倒した。

 しかし、その裏側では彼女が私のためにカバーをしてくれたり、致命傷を防いでくれたりと彼女の功績が大きかった。

 そして、自分は守られる存在だったんだと理解した時、心の中の自分が叫んだ。

 

 ────守られるのは嫌だ!!

 

 父が自分を置いて行ったのは、私が弱かったから。心身共に成長した私は、それを深く理解していた。だから、私は父に守られた。

 でも、もう守られるのは嫌だ。私は守るために、誰かを守るために鍛治師になったんじゃなかったのか!!

 

 魂の叫びは次第に自分の胸の中に高まり、ホームに戻りランクアップを果たしてから彼女を、守るべき人のことを想い鉄を打った。

 

 その完成品は私の中で過去最高の出来上がりで思わず自分でも信じられないほどの武器であった。

 

 それから、彼女と共にダンジョンに潜ったり、彼女のために武器を作ったりと充実した毎日を送った。

 いつかの家族の温もりのような穏やかな日常だった。

 

 しかし、壊れるのは一瞬ということを改めて理解させられることになった。

 

 

 ベッドに潜り、彼女が死んだ日を思い出すと申し訳なくて謝っても謝りきれない。

 だって、それは私が鍛治師として未熟だったから。私の彼女への想いが足りなかったから。

 もう、私は父のような鍛治師にはなれそうになかったため、夢とともに鍛治師も諦めた。

 

 ふと、最近出会った少年を思い出した。顔立ちは幼く見える割には身長は高く、出てくる言葉は熟練者のそれ。

 中身と見た目がバラバラな不思議な少年。

 彼の誘いは受けなかったが、不思議と彼に惹かれるような気持ちを抱いた。

 初めて彼と会った時に彼が口にした言葉を思い出す。

 

『お前の作品を今使わせてもらっている。その使い手である俺から一つ言葉を送ろう。お前の武器のおかげで俺は難を逃れてきた。お前の作った武器のおかげで俺は今ここにいる』

 

 彼の言葉は私の原点を思い出させる。彼の使っている武器は昔自分が彼女のために作ったが彼女に槍は合わなかったため、適当に売り出した作品だった。

 その作品が彼を守った。つまり、誰も守れないと思っていた私が彼を守ったのだ。

 それを悟った時、心が震えた。

 

 心の中にカーン、カーンと甲高い鉄を打つ音が響き渡る。

 私の原点。

 

 でも、彼女を守れなかったのは事実だ。だから、私は鍛治師に戻ることはできない。心の昂りを無理矢理に抑えて、気持ちに蓋をする。

 

 これでいい。これでいいんだ。

 

「本当に、それでいいの?」

 

 ホームに戻るとヘファイストス様が出迎えて、そう尋ねてくる。

 やはり、神に隠し事は無理だなと思いながら、ヘファイストス様に答える。

 ヘファイストス様は常に私のそばにいてくれてずっと支えてくれた神。技術も教えてくれて、昔の父も教えてくれた。

 

「いや、いいんです。私はもう……」

「後悔しないの?あなたは父親のように誰かを守れる鍛治師になりたいんじゃなかったの?たしかに、あなたは彼女を守れなかった。そして、その悲しみと無念さであなたは立ち直れずにいる。あなたのその一人のために悲しめる感情はとても大切なもの。だから、その気持ちは何も間違ってないわ。でもねケーレ、彼はあなたを必要としてる。それがどんな意味かはあなたが一番よくわかっているはずよ」

 

 ヘファイストス様は私を諭すようにゆっくりと蓋をした私の想い一つ一つを丁寧に開けていく。

 

 私を必要としているその意味。

 

 それは、私が私だけが彼を守ることができるということ。

 

 傲慢な考え方かもしれないけど、それでもそう考えてしまった。

 

「………もう少し、考える時間をください」

「ええ、もちろん。悩みなさい。そして、自分の答えを見つけなさい、ケーレ」

 

 翌日。彼はまた『冒険者の墓地」に姿を現した。

 

 本当に面白いやつだなと思いながらも、彼女に話しかけてくれたことは嬉しかった。

 あとから考えてみると、彼が昨日私が立ち去る時に残した言葉。あれは既に私の本質を彼は悟っていたのではないかと言うこと。

 だとしたら、彼は相当な化け物だと思う。

 

 彼と話すうちに彼の優しさに触れた。彼は人を笑顔にしたいらしい。とても偽善的で一方的な願いであったが、とても綺麗だと思った。

 会う度に彼に惹かれる。彼のために鉄を打ちたいと思ってしまう。

 

 そして、決断した。

 

「ヘファイストス様。私は、彼のために武器を作りたいです」

「……よく、言えたわね。本当に、本当に、嬉しいわ」

 

 ヘファイストス様はそう言うと、その場で泣き崩れてしまい、私は大いに慌てたが、彼女は私のことを本当に想ってくれてたんだなと感じて、ヘファイストス様に感謝を伝えた。

 

「はい、これ。彼から預かっているあなたが作った槍よ。メンテナンスって名目で預かっているから、あなたがメンテナンスしてね」

 

 私は槍の刃こぼれを直して、さらに槍の穂先を研ぐ。

 その具合を確かめるべく、ダンジョンへと潜ろうと想った時、彼と出会ってしまった。正確にはもう一人知らない男がいたのだが、今は気にしない。

 正直あれだけ彼を拒絶しておいて、いきなりあなたの鍛治師になるなんて言うのは少し恥ずかしかったので、槍を押し付けると、墓で会う約束を取り付ける。

 

 墓場にやってきてからゆっくりと深呼吸をして、一つの墓石に語りかける。

 

「私は彼のために鍛治師を続けようと思うよ。これからは少し忙しくなって毎日は来れないかもしれないけど、どうか見守っていてほしい」

 

 それからゆっくりと時は流れて、時刻は夕暮れ。

 

 彼は私の提示した約束を守ってくれると言ってくれた。

 

 生きていてほしい。

 

 ただそれだけの願い。その願いを一生をかけて守ってくれるように『老衰まで』という後から思い出せばプロポーズじゃんと顔を赤らめるぐらいに彼に懇願した。

 

 私は約束を守ってくれると断言してくれた彼の中で子供のように泣いた。今まで溜めに溜めた思いを目から雫として吐き出して、彼の胸を借りた。

 

「ケーレもそんな子供のように泣くんだな」

 

 泣き止んだ後、少しイタズラっぽく笑う少年の顔が恥ずかしくて見られなくなり、腹にストレートをかました。

 それから、急におかしくなったのか彼は笑い出し、私も釣られて笑ってしまった。

 

 愛する人を守れ。

 

 父からの教え。私は今度こそ守ってみせる。

 

 今はまだ気づかないが、それは彼への恋愛感情としての好意が芽生えた瞬間でもあった。

 




Twitter始めました!(二回目)


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第十七話 フィン・ディムナという男

四期きちゃ


 オラリオの最北端に存在する大きな建物。それは、オラリオ最強派閥の一角である【ロキ・ファミリア】の本拠地(ホーム)の『黄昏の館』が建てられている。

 ロアは、ルドロットに今日はダンジョンに潜らずに休んでいろと伝えてから朝一番にこの場所を訪れた。

 朝日が登り始めてすぐの時間は、オラリオの屈強な冒険者たちが続々とダンジョンへと吸い込まれるように探検しに行く時間であり、ロアとは逆方向に向かう冒険者も多くいた。

 

「ここが【ロキ・ファミリア】か…」

 

 ぽつりと誰にも気づかれない程度に呟くと、背中に背負っている槍の点検を軽く済ませる。

 先日専属契約を果たしたケーレからは、もう十分に使えるほどにメンテナンスは行なっているとのことなので、点検をしなくても良いのだが、万が一のためにしっかりと確認しておく。

 ケーレは今ロアが頼んだもう一本の槍の構造を考えるためにしばしの間、火事場に籠ると言っていたため、今日はいない。

 

 門の前にはまだ早朝だというのに二人の少年少女が眠い目を擦りながら、門番を務めていた。

 

「はぁ、朝早くから門番はだるいっすね。もう、こんな時期に来なければよかったっす」

「ほら、文句言わない。こういう雑用は私たち下っぱがやらないといけないんだから」

 

 ロアから見ればロアよりも身長の低い二人に見えるが、ロアよりは年上である。しかし、ロアはそれを知らないし、知っていたとしても敬語を使うことはないだろう。

 

「ちょっといいか? お前たちの団長に用があるんだが…」

「え、え!? ど、どちら様でしょうか…? まさか、闇派閥(イヴィルス)…!?」

「そんなわけないでしょう!? すみません、まだこの子ファミリアに入ったばかりの新人で…」

「いや、アキも俺と同時期ぐらいにファミリアに入ったっすよね!?」

 

 なんだこいつら、と呆れながら二人の痴話喧嘩?を眺めていると、門の中から小人族(パルゥム)が姿を現した。その容姿は、小柄でありながら自己主張の強い金髪に透き通った碧眼、自信に満ち溢れているその表情。その全ての容姿の情報からこの小人族がかの有名な【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナだとロアはすぐに理解した。

 

「やぁ、よくきてくれたね。君が今オラリオを騒がせている【電撃(スパーク)】で間違いないかな?」

「あぁ、俺がその人だ。それで、お前はあの【勇者(ブレイバー)】で間違ってないか?」

「はは、また肝の据わった大物が現れたものだね。そうさ、僕がこの【ロキ・ファミリア】の団長、フィン・ディムナだ」

「俺はロア・バートハートだ。よろしく頼む」

 

 ロアとフィンによる初対面なのにバチバチな雰囲気にラウルとアナキティは、戦慄の表情を浮かべる。

 ロアはフィンの第一印象として「食えない男」と心の中で評しながら、会話を進める。

 

「さて、早速だが庭に移動しようか。君の実力とやらを見せてもらおう。ラウルとアキも来てくれ。門番は他の者に頼む」

「「は、はい(っす)…!」」

 

 『黄昏の館』の横にある大きな庭にはたくさんの【ロキ・ファミリア】団員がお互いで模擬戦を行い、切磋琢磨を繰り広げている。

 団員たちはフィンが現れると、「お疲れ様です!」と大きく挨拶をしてフィンの人望の厚さが窺える。

 

「遠慮なく来てくれて構わない。ルーキーにやられるほど僕はやわじゃないからね。じゃあ、始めようか」

 

 フィンは背負っていた黄金の穂先を朝日によって照らされた槍でロアに向かって構える。アナキティとラウルは、二人の模擬戦に巻き込まれないように離れたことを確認すると、ロアも銀の槍を構える。

 油断はできない。相手は都市最強クラスの『Lv.5』。第一級冒険者の実力は、一人でもいるだけで万の力になる。

 フィンは動かない。あくまでこちらから仕掛けることを望んでいるかのように余裕の笑みで微動だにしない。

 ロアはその挑発めいた行動に乗らずに、ゆっくりとフィンを観察する。

 

 気づかぬうちに【ロキ・ファミリア】の団員たちはそれぞれ動きを止めてこの二人の戦いに注目し始めていた。

 先ほどまで響いていた甲高い鉄の音は鳴りを潜めて、この場に静寂をもたらす。

 その異常なまでの緊張感にラウルがごくりと唾を飲み込む。

 最初に動いたのはロアだった。

 上級冒険者の力を遺憾なく発揮して地面を蹴る。フィンを殺すつもりでその余裕そうな美貌を貫くように槍を向ける。

 フィンはこれを首を横に傾けて最小限の動きで交わすと、ロアの脇腹目掛けて穂先を滑らすかのように曲線を描く。

 ロアは槍で受け止めて反撃に出ようとした瞬間、意識外からの衝撃に吹き飛ばされる。

 すぐに受身を取り体制を整えるが、フィンは余裕の表情のままで静かにそこに佇んでいた。

 

ーーー今何をされた?

 

 ロアの頭の中で先程の衝撃を思い出す。フィンの動作に注意しながら、記憶の中でのフィンの動き方を瞬時に再生して一つの答えに辿り着く。

 それは、ロアの視覚外からの蹴り。それに、ロアが吹き飛ばされただけの威力の蹴りなら明らかにフィンはロアに手加減をしている。第一級冒険者がその気になれば、上級冒険者の骨を粉々に粉砕することなんて容易なのだから。

 鼻から息を大きく吸い込み、口から大きく吐き出す。深呼吸を一度してから新鮮な空気を肺へと回す。

 次に仕掛けたのはフィンだった。

 気づけば目の前にいたフィンに慌てずにその一撃を防いでから、剣戟ならぬ槍戟が始まった。

 ロアはフィンの本気を引き出すために全力で殺しに行くが、全ての攻撃を軽々と受け流される。対して、フィンからの攻撃は着実にロアの傷となって蓄積されている。

 ロアは先程のフィンを真似るように死角からの蹴りを放つが、これを難なく塞がれてから、フィンの槍の柄で脇腹を抉られる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 ロアはなんとか踏みとどまり、フィンの槍を掴み自身の槍を頭に目がけて差し込むと同時にフィンの脇腹に蹴りを叩き込む。

 フィンの獲物を捕まえた後に、頭と脇腹への二点攻撃はそのどちらをも軽々と塞がれ、避けられた瞬間、ロアの視界が傾く。顔の近くに地面の感触を感じて自分が転がされたのだと理解した時、頭上から槍の穂先が容赦なく降ってきた。

 横に転がり込んでそれを紙一重で避けると、すぐに立ち上がった時にも蹴りを入れられてフィンとの距離が開く。

 

「今のを凌ぐのは中々やるね」

「……嘘つけ。お前はやろうと思えばいつでもやれただろうに」

 

 ロアはフィンを忌々しげに睨みつけると、再び槍を構える。

 周囲はフィンとの闘争についていけるロアに戦慄の目を向けて、この闘いの行方を見守る中、ラウルだけはその第一級冒険者相手、それもオラリオで一二を争うフィン相手でも怯むことなく、臆することなく立ち向かうロアに憧れの気持ちを抱いていた。

 

「だが、そろそろ終わりにするとしよう。君の戦い方もだいぶわかってきた」

「本当、ムカつく男だな。お前」

 

 ロアは憎々しげな笑みをフィンに向けると、それに対しておどけたように笑ってくるフィンに怒気を体の内側に滲ませるが、感情と心を切り離す。

 

「ほう、君にも才能があると思うよ」

「うるせぇ、黙れ」

 

 ロアはフィンに悪態をついた瞬間、地面を強く蹴り出す。

 瞬間、ロアの身体中に寒気が走り、全身に鳥肌が総毛立つ。首の辺りに冷たい感触が伝わりロアは、自分の直感に従って大きく後ろに下がると、先ほどいた場所にフィンの手加減なしの拳が空を切っていた。

 

「今のを避けるのか。流石はワールドレコード保持者。だが、次はない」

 

 その場に冬でも訪れたかのように空気の温度が下がる。

 フィンが動き出した時、先ほどと同じような直感を背後に感じて振り返るがもう遅かった。高速移動をしたかのようにロアの背後へと回り込んだフィンは槍の柄をロアの意識を刈り取るように鳩尾を狙って刺突した。

 直球を投げられたボールの如く地面と並行に吹き飛んだロアは『黄昏の館』を取り囲む壁に激突して、座り込むがその目は変わらずフィンを捉えていた。

 

「なるほど、一本取られたわけだ」

 

 そうつぶやいたフィンは、自身の頬についた血を親指で拭いとる。フィンの頬には一筋の切り傷が刻まれており、赤い血がフィンの頬を伝わっていた。

 

「団長に傷をつけた!?」

「あいつLv.2だよな!? Lv.5の団長に傷をつけるなんてどんな化け物だよっ!?」

 

 闘いの行く末を憧れと渇望と共に眺めていたラウルは、目を見開いてフィンに刻まれた傷跡を凝視する。

 

「うそ、まさか団長に傷をつけるなんて…!」

「す、すごい…」

 

 ラウルはあまりの驚愕にいつもの語尾もつけ忘れてただただ倒れ伏してもフィンを睨みつけるロアに憧憬を抱いた。まだオラリオに来てまもないラウルにとって格上の相手に果敢に挑むロアにその感情を抱いてしまった。

 

「くそ、まだできるぞ」

「意識を刈り取ったつもりだったんだけどね。少しずらしたのか、君は。鍛えがいがありそうだ」

 

 ロアがゆっくりと立ち上がると『黄昏の館』の庭には多くの団員が集まっていた。

 その中から一人の顔立ちが神と同じぐらい整ったエルフと返り血をその身に浴びて真っ赤に染まった金髪金眼の少女がこちらに近づいてきた。

 

「何事だ、フィン」

「リヴェリアとアイズか。未来の戦力の芽を鍛えておこうと思ってね。リヴェリアにも前に話していたあの少年だ」

「ほう、まさかお前が傷をつけられるなんて油断でもしたのか?」

「いや、最後は油断も何も本気で気絶させるつもりでやったんだけどね。これは、かなり期待できるんじゃないか?」

「そうか、やはりワールドレコードを達成したあの少年は逸材か」

「……モンスター、まだ、殺せる」

「おい、アイズ。お前は一晩中ダンジョンにいたんだぞ。休まなければお前の体が持たない。それに、お前の体は返り血で異臭を放っているのだから、早くシャワーを浴びてこい」

「…………むー」

 

 ロアはなんとか立ち上がるとフィンたちの元へとフラフラと歩み寄った。その時、返り血に染まっている小さな少女と目があった。その少女の瞳は、本当に人なのかと疑ってしまうほどに目に光がなく、瞳の中から執着心と復讐心のようなものを感じてとても危ない諸刃の剣のような印象をロアに与えた。

 

「…………誰?」

「おい、フィン。こいつは……」

「わかっている。僕たちもなんとかしようと思っているんだが…」

 

 フィンは深刻そうな表情を浮かべて目の前のアイズと呼ばれた少女の異常性に気づいたロアに違う話を振る。

 

「この話は置いておこう。君には関係のない話だしね。それより、今日の特訓はここまでだ。僕から教えることは何もない。週に一度朝一番にここに来てくれ。一度だけ模擬戦をしてそこから自分で技術を盗んで磨くっていう方針でやらせてもらう」

「わかった、これからよろしく頼む」

「あぁ、このご時世少しでも戦力が欲しいからね。困ったときはお互い様だ」

 

 ロアはフィンと硬い握手を交わしてから門から出ていった。

 

 ラウルはその立ち去るロアの姿を憧憬の眼差しで揺らしながら、自分も強くなりたいと願うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第十八話 悔しさと心配

久しぶりです。


 フィンとの邂逅にあわせて人生ではじめての敗北を経験したロアは、ズキズキと痛む体を引き摺りながら、朝日が昇り切って照らされたオラリオの街の中を歩いていく。

 北のメインストリートには、服飾関係の店が立ち並んでおり、最近では闇派閥が大きく暴れないためか珍しく明るく賑わっていた。

 その暖かな光景を横目に、フィンとの戦闘を振り返る。正面から本気で挑んだのだが、完全に動きを読まれた上でねじ伏せられてしまった。自分の意地を見せてなんとか傷をつけられたが、あんなものロアからしたら無傷も同然だ。

 

 初めての敗北。

 

 今までモンスターにも闇派閥にも与えられたことのないもの。それも、圧倒的な力量差、技術の違いを見せつけられロアの胸には一つの感情が浮かび上がった。それはどんどんと溢れ出していき、やがてロアの胸の中に一つの答えを生み出した。

 

「…………悔しい」

 

 握りしめた己の槍、噛み締めた奥歯の感覚が深く自分の心を満たしていく。先程フィンに与えられた傷がより痛みも増して神経細胞を伝ってジンジンと喚き出す。

 敗北を知らなかったロアは、この悔しくて悔しくてたまらない感情を押し殺しながら、大地を踏み締める。

 

「次は勝つぞ、絶対に」

 

 あの自信に満ち溢れた余裕そうな表情を浮かべる小人族(パルゥム)の顔を脳に焼き付けながら、この感情を心に刻み込んだ。

 

 

☆☆☆

 

 

 朝の稽古から時は夕立ち。ホームで体の傷を癒しながら、のんびりとくつろいでいると、ミアハ・ファミリアのバイトから帰ってきたアフロディーテが姿を現した。大量のじゃが丸くんを両手に抱えて。

 

「じゃーん! さっきそこでじゃが丸くんがとびっきり安く売られていたからたくさん買ってきたわよー!」

「んー、おかえり、ディーテ。俺はじゃが丸くんうす塩味がいい」

 

 昼のランチを面倒臭いが理由で食べてなかったロアは、アフロディーテが買い漁ってきたじゃが丸くんの中からべったりと塩のついた油物を摘み上げる。

 アフロディーテは腕の中にあるじゃが丸くんたちを大きな食器の上にどっさりと置いた後に、どの味をを食べようかと手が右往左往と行き来する。

 じゃが丸くんうす塩味のしょっぱさを堪能していると、最近増えた一人の住居人の姿がないことに気がついた。

 

「おい、ルドはどうした?」

「んー? 朝から何か重装でどこかに出かけたけど……、ロアは知らないの?」

 

 そこでふと、ロアの頭の中に嫌な予感が漂い始めた。重装で、それもでかけた…?

 今日はダンジョンに潜るなとルドロットには伝えていたはずだ。

 

「あいつ、一人でダンジョンに潜ったのか…!」

 

 ロアの中で合点がいく。初めての迷宮探索でルドロットがダンジョンに対して甘い考えを持っていたことを思い出し、それが危険だと考えていた自分がいたために一人でのダンジョン探索は許可を出していなかった。仮にもしルドロットが一人でダンジョン探索をあの調子で行なっていれば、意識しないうちに下層へと降りていってしまうだろう。そして、実力の合わないモンスターと出会い………。

 駆け出し冒険者の最もありがちな結末を頭に思い浮かべて、すぐにダンジョンに行く準備をする。

 その様子をまだ理解しきれていないアフロディーテが困惑の表情を浮かべて、ロアに問いかける。

 

「ちょっと、どういうこと? ルドロットは大丈夫なの?」

「ディーテの神の恩恵が繋がっているなら大丈夫ってところだろう。今すぐに行ってくる」

 

 心配そうな表情をするアフロディーテに一声かけてホームを飛び出す。時刻は太陽が隠れそうなほど、暗黒が差し掛かる夕闇に紛れながらはやる気持ちを抑えて、ダンジョンへ向かう。

 ダンジョンから戻ってくる冒険者の行く道から逆走しながら合間を抜けていく。

 しかし、いくらロアが上層の明かされている領域全てを知っていたとしても、一人で探すのは骨が折れるどころの話ではない。しかし、時間が過ぎれば過ぎるほど、ルドロットの生存が厳しくなっていく。

 まずは第一階層から徹底して探そうと思ったその時。

 

「あ、お前は確か……『雷撃』だったか? そんなに急いでダンジョンに向かうってことは何か急用か?」

 

 ダンジョン第一階層へと繋がる『始まりの道』を降ろうとしたロアに対して小さな少女が振り返った。その容姿はどこかで見た覚えがあり、ロアの記憶の引き出しから引き摺り出す。

 

「お前は確か、アストレア・ファミリアの………」

「ライラだよ、名前ぐらい覚えろよな。まぁ、自己紹介はしてねぇけどよ。それで? 何かあるなら手伝うぜ」

 

 そうだ、あの小人族だ。ロアの記憶と目の前の人物の顔が合致して納得して、何故手伝ってくれるのかは疑問だったが、今は少しでも人手が欲しい。

 

「うちの団員を探している。多分上層にいるはずなんだが、見当がつかない。しらみつぶしに探すしかない」

「うわ、そりゃきついな。いつから潜ってるんだ?」

 

 ライラに対して今日の朝からだ、と伝えると眉を顰める。

 

「それはまずいな。もう疲弊しきってる可能性が高い。すぐにうちのファミリアも出させるから先にダンジョンにいてくれ。私たちはハ層までを探すから、お前はそれ以降を探してくれ」

「ああ、助かる」

 

 言葉少なにこれからの方針を固めた後に再びダンジョンへと走り出す。あいつのステイタスでは、四階層までが上限なはずだ。それ以降に行っているならば早急に向かわなければならない。

 ロアはあの正義感溢れる男を脳裏に浮かべながら、ダンジョンを降りていった。

 

 

☆☆☆

 

 

 数時間はダンジョンに潜っていただろうか?

 やはり、ダンジョンの中にいれば時間感覚がわからなくなってしまう危険がある。これもルドロットに学ばせなければならないと頭の片隅に置いておく。

 しかし、あまりにも時間が経ち過ぎている。時間が経つにつれてロアの焦りは広がっていき、胸の鼓動が増していく。

 そして、ついに中層入り口まで辿り着いてしまった。まさかとは思うが中層にでも行ったのか?

 八層から下は隈なく探したはずだ。他の冒険者たちにも事情聴取をしたが、ルドロットらしき人物は見ていないという。

 背後から襲いくるシルバーバックを蹴り一つで粉砕して、一度冷静になりまずはアストレア・ファミリアと合流するのが先だと中層に踵を返した時、前方から東洋の特徴的な服装を着た女性がこちらへと駆けてきた。

 

「ようやく見つけたぞ。まったく、どこまで行ってるのかと思いきや中層一歩手前まで行ってるとはな。それより、貴様のいう男が今救助された。無傷とは言えんがな。ほれ、戻るぞ」

 

 ロアはほっと安堵の息を吐いた後に、東洋人に対して首肯を返し、急いで地上へと上がっていった。

 

 

☆☆☆

 

 

 ルドロットが見つかったのは六層のウォーシャドウがよく現れる場所。そこで、ウォーシャドウに囲まれ、満身創痍のところをアストレア・ファミリアのエルフが発見したらしい。

 中央広場まで帰ってきたロアは、アストレア・ファミリアのメンバーに囲まれ俯いているルドロットを見つけて、駆け出した。

 

「戻りましたよ、団長さま」

「あ、ありがとう輝夜。ロアもおつか───」

「ボギャッ!?!?」

 

 ルドロットの目の前まで駆け出すと、その勢いのまま飛び出してルドロットの顔面に拳をねじ込んだ。仮にもLv2の本気のパンチを喰らったルドロットは数メートルは軽く吹き飛んで、停止した。

 ロアの顔は無表情であったが、その顔色から怒気が滲み出ていることは側から見ていたアストレア・ファミリアからでも伝わってきた。

 

「ルド、俺との約束が守れないのか?」

「す、すみません、兄貴……」

「前にも言ったがダンジョンはそんな生やさしい場所じゃないと言っていたはずだが。お前は俺の話を聞いていなかったのか?」

 

 ルドロットはその場で正座をすると、殴られて真っ赤に染まった頬とは対照的に顔を青くする。

 そんなルドロットに対してロアは、粛々と説教をしていく。

 

「俺、調子に乗って下に降りちゃって……。兄貴の話を聞いていなかったわけじゃないんです。でも、強くなりたくて……」

「強くなるにも過程が大切だ。そんなすぐには強くなれない」

「すみません……」

 

 しゅん、となって縮こまったルドロットはその巨体を猫背に丸めて悔しそうな表情を作る。

 ロアはルドロットが反省していることを態度から感じ取ると、軽くため息を吐いてルドロットの目線まで屈んだ。

 

「反省してるか?」

「………はい、兄貴の言っていたことを身をもって思い知りました」

「はぁ、よし。ホームに帰るぞ」

 

 ルドロットはまだ怒られると思っていたのか呆けたような表情を作って、状況を理解していない。

 

「だから、許すと言ってるんだ」

「か、勝手な行動をした俺を脱退させるんじゃないんですか…!?」

「飛躍しすぎだ馬鹿野郎」

 

 ロアは予想斜め上の解答を受けて、困ったような表情を浮かべる。

 ルドロットは、状況を理解して顔に涙を溜め「兄貴〜!!」と叫びながらロアへと抱きついてきた。しっかりと避けたが。

 

 話がついたのを見計らってアストレア・ファミリアの面々がこちらへと歩み寄ってきた。その団長であるアリーゼが満足したような表情でロアへと笑いかける。

 

「ふふっ、いい仲間を持ったわね! そして、いつかの借りは返したわよ!」

「借り…? あぁ、シティアを助けた時のアレか。気にしなくてもよかっただろうに」

 

 アリーゼは、借りはすぐに返さないと利子が貯まるからねっ! と、どこか変わったところを気にしているなとロアは苦笑しながら、アストレア・ファミリアに感謝を伝える。

 

「ライラ、お前がいなかったらこいつは危険だったかもしれない。ありがとう」

「む、正面から言われると少し恥ずかしいな。それに、見つけたのはアタシじゃなくてこのエルフ様だぜ?」

 

 ロアは金髪の緑を主体とした服を着たエルフに頭を下げる。エルフの名前はリュー・リオンというらしく、アストレア・ファミリアの全員にもお礼と自己紹介を行った。

 話がひと段落つくと、アリーゼがロアへと話しかけた。

 

「またお互い困ったことがあれば、貸し借りなしで助け合いましょまう! アフロディーテ・ファミリアと仲良くできることは私たちからしてもとても頼もしいわ!」

「あぁ、こちらからもよろしく頼む」

 

 ロアは改めてアリーゼと硬い握手を交わしてアストレア・ファミリアと別れて、ルドロットとともに帰路に着いた。

 

「兄貴、心配してくれてありがとうございます!」

「心配なんかしてねぇよ、そう、全くしてないね」

「そこはしといてくださいよ……」

 

 ルドロットとロアは何がおかしかったのかわからないが二人して吹き出してしまった。

 二人の行く道は、爛々と輝く月が照らし出していた。

 

 

 

 

 




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モチベになります。


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第十九話 紅い瞳のエルフ

 

「今日はここまでにしておこうか」

 

 槍の穂先に塗り付けられた赤い液体を振るって、背後にいた二人に今日のダンジョン探索の終了を告げる。

 ルドロットは、息も絶え絶えというほどに疲弊しきってしまっており、その場に座り込んでしまった。まだLv1の総合ステイタスがDにも満たない駆け出し冒険者なので無理もないだろう。

 ルドロットとは対照的に余裕そうな表情を浮かべるケーレは、己の武器である双剣を鞘に収めると、このパーティーリーダーであるロアに問いかける。

 

「その槍の調子はどうだ? 対モンスター用に柄と刃先を長くして作ったんだが……」

「あぁ、少し扱いづらいがモンスターと十分な距離を置いた状態で一方的に殺せるな。課題としては、この武器に慣れることと連携を想定した動きだな」

 

 ケーレはロアの槍の評価に瞑目し、何か考え事をするかのように手を顎に添える。

 ルドロットは、ある程度体力が回復したのか額の汗を拭いながら、加工され強化された大剣を軽々と持ち上げて背中に背負う。

 

 ここはダンジョン上層、十二階層。ダンジョンギミックである霧が充満するLv1の上限深度である。

 ロアたちは、これよりも深い中層へと潜るために着々と準備を進めてきていた。その準備とは、新たに新調した武器や防具の調達、そしてその調整。ルドロットの基礎ステイタスの底上げ。三人での連携や中層の知識など。他にもポーションやその他必須のアイテムを調達するための資金。

 ここまで準備していたとしても安全とは言えないほどに中層とは危険な場所なのだ。

 

 ダンジョンから帰還したロアたちは、ギルドで魔石やドロップアイテムを換金して、山分けした後中央広場でケーレと別れホームに向かって歩を進めていく。

 ロアの隣を歩いている全身を重装で固められたルドロットは歩くたびに鉄と鉄がぶつかり合いガシャガシャとなる西洋風の蒼い甲冑装備を気にもしないでロアに話しかけた。

 

「兄貴、中層に潜るにあたってもう少しファミリアを大きくするのもありだと思います。ケーレもLv2で俺よりも十分強いんですが、やはりもっと将来を見据えて強力な仲間を集めるのも……」

「わかっている。お前をファミリアに入れた時点でそのことについては少し考えていた。だが、俺たちのファミリアはしっかりとしたホームもないし、新しいホームを作るためのお金もない。まだ仲間を増やす時期じゃないんだ。入れたとしても一人か二人が限度だ」

 

 基本的に中層に潜るにはLv2の冒険者が四人以上いなければ、異常事態に対処するのは困難だ。ルドロットはそれを危惧して、ファミリアを大きくすることを提案したのだろう。しかし、中層に潜る費用に加えて、新たなホームを建てるだけのお金がないのだ。

 お金を稼ぐためにはもっと深くダンジョンに潜る必要があり、新たな仲間を迎え入れる余裕もない。

 

 ホームへ到着すると何やら騒がしい雰囲気が外からでも伝わってきた。

 確かもうアフロディーテが帰ってきているため、一人で何か盛り上がっているのだろうと見当をつけてドアノブを回す。

 

「ほ、本当に私なんかがファミリアに入っていいんですか…? まだここの団長さんにも伝えてないんですよね……?」

「いいのいいのー! うちはいくらでも新しい冒険者を迎え入れる余裕があるからどんと任せなさいっ! ロアにも私から言っておくから」

 

 最初に目に入ってきたのは、霞んだ金髪を背中の辺りまで伸ばしたエルフであった。その顔は美貌と呼べるほどに整っており、隣にいるアフロディーテに負けず劣らずの美人であった。そして、普通のエルフと唯一違う特徴的な点として真紅の瞳が爛々と輝いていた。

 しかし、当の本人はその輝きとは真逆に不安そうな瞳を覗かせており、我が主神の軽い発言に振り回されているようだった。

 

「あ、おかえりー、二人とも。ロア、この子ファミリアに入れてもいいわよね?」

 

 アフロディーテは、帰宅した二人の存在に気がつくととびっきりの笑顔をこちらへと向けてくる。

 ロアは、自由奔放なアフロディーテに深いため息を吐き出し、困惑したような表情を浮かべるエルフに視線を向ける。

 

「あ、えっと、こんにちは。私の名前はエウリカ・ヒューズと言います。アフロディーテ様にファミリアに入れてあげると言われてきたんですが……」

「らしいな。俺がロアだ。よろしく」

 

 自己紹介というにはあまりにも手短なロアの言葉に、エウリカと名乗ったエルフは、驚きに目を見開いていた。

 

「えっ!? まさか、あなたが団長?」

「何か問題でも?」

 

 エウリカはロアの隣で微動だにしない甲冑男とロアを交互に見比べて、驚愕を隠せないようだった。

 すぐに状況を理解したロアは、彼女がルドロットのことをアフロディーテ・ファミリアの団長と勘違いしていたことを察して、眉間に皺を寄せる。

 

「勘弁してくれ。見た目で判断するな」

「す、すみません! てっきり彼が団長なのかと…」

 

 ルドロットもようやく状況を把握して、エウリカの言葉に照れたようにガチャガチャと鎧の音をたてながら、後頭部を掻く動作をする。少しその動作が気に食わなかったため、肩の部分を殴り飛ばしておく。

 

「えへへ……、あいたっ!? 何するんですか!?」

「ちょっとむかついただけだ。あと、そろそろ敬語やめろ」

「理不尽っ!? 兄貴にタメ語なんて考えられません!」

 

 お前の方が年上だろ、と心の中で面倒臭いやつだなと思いながら、蚊帳の外にいるエウリカに話しかける。

 

「悪いな。脱線した。で、なんでうちのファミリアに入りたいんだ?」

 

 ロアの真剣な眼差しに緊張した空気を感じて唾を飲み込んだエウリカは、ポツポツと自分について語り出した。

 

「私、英雄譚のアルゴノゥトのお話が大好きで、彼のようになりたいと思っているんです」

「え、ハーレムになりたいのか………?」

「余計な口出しするな」

 

 空気の読めないルドロットに対して先ほどよりも強い一撃を加えてやるとその場でうずくまってしまったが気にすることはないだろうとエウリカに話の続きを促した。

 

「えと、そういう意味じゃなくて、面白おかしく人々を救って最後には笑顔にしちゃうってところが好きであって……」

「アルゴノゥトか……」

 

 ロアは今まで英雄譚の物語を読んだことはないが、題名ならば耳にしたことがあるほどにその英雄譚は有名だった。

 じっとエウリカの話を聞いていたアフロディーテに目配せをすると、何も嘘はついていないとこちらに頷いてみせる。

 

「質問の答えとしてはずれているが、まぁいい。過程はどうあれ俺と目的は変わらないようだな。歓迎しよう、ようこそアフロディーテ・ファミリアへ」

 

 ゼロから一を作り出すことは難しいが、一からニへと進めることは簡単だとある偉人は言っていた。ルドロットが初めての眷属であり、一とするならば、エウリカはニ。まさに、偉人の言っていた通りになっているとロアは納得していた。

 意外にもあっさりと入団を許可してくれたロアに対して、驚いてみせたがすぐに右手を差し出して握手を求めてきた。

 

「よ、よろしくお願いします!」

「あぁ、よろしく。まずは神の恩恵の贈呈だな。ディーテ」

「はいはーい。あ、男子諸君は早く出ていくようにー」

 

 アフロディーテは部屋からハエでも追い払うかのようにロアたちを部屋から追い出して、数分ほどしてから羊皮紙を手にしたアフロディーテに続いてエウリカが戻ってきた。

 アフロディーテから手渡されたエウリカのステイタスが刻まれた赤茶けた羊皮紙にルドロットとともに目を通して、愕然とした。

 

「っ!? これはなかなかな逸材を見つけてきたじゃないか」

 

エウリカ・ヒューズ

『Lv 1』

 力 : I 0

 耐久 : I 0

 器用 : I 0

 敏捷 : I 0

 魔力 : I 0

 

《魔法》

【ルースリス・ボム・フォーア】

・爆発魔法

・対象は生物のみ。

・対象への発動は座標位置の指定で可能。

・詠唱式【爆ぜよ。強者、弱者も選ばずただ無慈悲なる鉄槌に震えるがいい。仲間、同胞、主神。我が至宝を守護せんとする礎となれ】

 

【】

【】

 

 




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第二十話 トラウマ

 ダンジョンの岩肌に金属音が反響する。暗い洞窟状になっている上層は、その構造上音の振動が反射し合って、冒険者とモンスターの熾烈な戦闘音が響き渡る。

 その発生源は、銀の槍をしなやかに振るってコボルトと戦闘するロアであった。ロアの背後には青い甲冑を身に纏ったルドロットが魔法使いであるエウリカを守るような立ち位置を取っていた。

 反射されて鼓膜の奥まで伝わってくる金属音の中でぎこちないが、綺麗な歌声が紡がれる。

 

「【爆ぜよ。強者、弱者も選ばずただ無慈悲なる鉄槌に震えるがいい。仲間、同胞、主神。我が至宝を守護せんとする礎となれ】!!」

 

 鳥肌が立つほどの寒気を感じて、即座にバックステップでその場を離れると、コボルトが木っ端微塵に爆発した。地面が揺れるほどの衝撃と爆風を浴びながら、無慈悲なまでに強力な魔法にロアはその頭をフル回転させて考える。

 エウリカの放ったこの魔法は、生物にのみ発動する。そして、座標位置の指定が可能であることから、それは生物の内部だけだ。無惨に散って行ったコボルトの爆発寸前、捩れるような歪みが発生し、内側から爆発したように見えていた。

 この魔法はもしかすると、第一級冒険者ですらも抵抗なしに殺すことのできる代物なのかもしれない。

 しかし、座標を確定させるためには目視が必要なのであって……。

 

「兄貴、兄貴っ!!」

 

 考え事に耽っていたロアの耳にルドロットの必死な声が届いてきた。我に返ってルドロットに視線を向けてみると、エウリカが口元に手を当てて苦しみに耐えるように崩れ落ちていた。

 

「何があった?」

「それが、魔法を使ってから呼吸が荒くなったかと思ったら、急にこんな状態になってしまって………」

 

 エウリカの元に屈み込むと、嘔吐してしまったので、背中をさすって落ち着かせる。エウリカは涙と鼻水をとめどなく流しながら、自分を抱きしめる。

 

「……ぐっ、おぇっ! はぁ、はぁ」

 

 数分は経っただろうか? ようやく呼吸の乱れが治ると、青ざめた面貌を取りも直さずに立ち上がった。涙の残った真紅の瞳をロアへと向けながら、弱々しくも自分はまだやれると訴えかける。

 

「いや、今日はここまでだ」

「だ、大丈夫です…! 少し昔を思い出してしまっただけで、まだやれます!」

 

 しかし、彼女の手足は小刻みに震えており、とてもじゃないが彼女がなぜこうなっているのかわからない状況の中でダンジョンに潜るのは危険だと判断して、早急に地上へ帰還することを告げる。

 エウリカは反論こそしなかったものの、顔を俯かせてしまった。

 

 

☆☆☆

 

 

「ってことがあったんだが、何かわかるか? 俺にはよくわからなくてな」

 

 晴天の青空の下、朝日に照らされたロキ・ファミリアの敷地内。多くのロキ・ファミリアが朝練に勤しんでいる中、身体中に鋭く伝播してくる痛覚、右頬の青あざと鼻から出ている赤い液体を気にしながら、冒険者として経験豊富なものを持っているフィンにエウリカの症状について尋ねた。もちろん、フィンとの稽古が終わった後に。

 

「そうだね、僕の知る限り魔法による反動か。或いは、心的外傷を患っている可能性。つまり、トラウマだね」

 

 フィンは、倒れ伏しているロアを見下ろしながら、淡々と自分の見解を聞かせてくれる。

 上半身を起こし体にまとわりついている土をはらったロアは、先ほどフィンの言ったトラウマについて考える。

 

「トラウマは過去に受けた心の傷が原因であることがほとんどだ。他人がどうこうして治すものじゃなく、自分で乗り越えなければならないものだと僕は思うよ」

 

 トラウマとはどのように治せればと思考していたロアに対して、心を読んだかのようにフィンが回答する。心底ウザい野郎だ。

 ロアはため息を一つ吐いた後、フィンにお礼を言って不意打ちで己の槍を振るったが、最小限の動きで避けられカウンターで脇腹に膝蹴りを食らった。

 

「不意打ちとは、いただけないね」

 

 フィンの言葉に舌打ちを返して、もう一つの質問をする。

 

「最近、ステイタスの伸びが良くない。やはり、ランクアップを果たすと経験値(エクセリア)は取得しづらいのか?」

「君の場合、四ヶ月半でランクアップを果たすのは極めて異常だ。あの才禍の怪物でさえ、一年以上をかけている。僕の頭にも一つの仮説があるが、その話は置いておくとしよう。大抵Lv2からのランクアップはオラリオでも一握りだ。そう簡単なものじゃないとだけ言っておこう」

 

 ロアはふむ、と頷くと未だにズキズキと痛む脇腹を押さえながらゆっくりと立ち上がる。

 その時、ロアとフィンの背後から片言のような辿々しい声が聞こえ、振り返る。

 

「フィン、稽古」

 

 金髪金眼、幼いながらも神に劣らないほどの美貌をピクリとも動かさない少女の姿が視界に入ってきた。

 フィンは困り果てたような表情を浮かべるとその少女に向かって素手で構え、何かいいことを思いついたかのように微笑んで目を瞑った。それが、ロアにはとても嫌な予感を感じる微笑みに見えたが。

 

「ロア、僕の代わりにアイズの手合わせをお願いできるかな?」

 

 きっとこれはお願いではなく命令だなとロアは理解すると、今日一番のため息を朝特有の冷たい空気を大きく吸い込んで十秒ぐらい吐き出す。

 フィンにアイズと呼ばれた少女は、腰に装着していた鞘から(つるぎ)を取り出し構えると殺意をその瞳に宿らせる。

 

「ちなみに言っておくが、彼女は上級冒険者だ」

 

 先に言えっ! と悲痛な叫びが喉から出る前にアイズがロアの目の前にまで迫っていた。すぐに立ち上がり地面に寝転んでいた獲物を取り上げると、アイズのスピードに合わせて急速なバックステップを踏む。

 スピードを緩めずに躊躇なく、剣の中で最も速度の速い刺突を繰り返し放ってくるのに対して、避けることにしか意識を向けることができない。

 このままだとジリ貧だと判断して、一撃を避けた瞬間に姿勢を低くして足払いをかける。アイズはこれをジャンプで交わしそのままの勢いで剣を振り下ろしてくる。

 フィンとの稽古から死角からの一撃を入れるにはまず相手の意識を逸らすことが重要だ。ロア自身が自分で導き出して答え。足払いにより視野が狭くなった彼女に死角である真横から強烈な蹴りを叩き込む。

 

「ふぐぅっ!?」

 

 五メートル以上飛ばされたアイズは、すぐに受け身を取りお互いが睨み合う形となる。

 圧倒的なまでのスピードと剣を扱うポテンシャルは並の上級冒険者の一線を凌駕している。

 睨み合う形が続き先に動いたのはロアだった。

 先ほどのアイズの刺突を真似るように距離を保ちながらアイズを徐々に追い詰めていく。彼女自身は獲物のリーチが足りずにこの攻めをいなすのは至難の業だ。

 そして、勝負は呆気なく終わりを迎える。

 

「あっ!」

 

 追い詰められていたアイズはジリジリと後ろに下がる動作の中で、躓いてしまう致命的なミスをしてしまった。

 これを見逃すロアではなく、アイズの剣を持っている腕を槍の柄ではたき落とした。

 

「そこまでだ」

 

 ふー、と息を吐き出したロアは立ち尽くし呆然とするアイズに握手を求める。

 

「いい腕だった」

「…………ずるい」

「え?」

「…私は、負けてない! もう一回!」

 

 小さな子供が駄々をこねるように癇癪を起こし始めると、地面に転がってしまった剣を拾い直しロアに斬りかかろうとするが、フィンがアイズの首に向かって手刀を与えて気絶させる。

 

「やれやれ、ランクアップを果たしたとはいえまだまだ未熟者だ」

「お前、こんな暴れて手のつけられないような修羅娘がいて大変だな」

 

 フィンに対してロアが同情の視線を送る。

 

「いや、そうは思わないさ。育て甲斐があるといえばなんとでもなる。君も団長ならばいつかわかるよ」

 

 分かりたくないな、と思いながら地面に雑に寝転がされているアイズを一瞥してロキ・ファミリアを後にした。

 

 

 

 

 

 

 



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第二十一話 太陽と月

 オラリオ第七区、冒険者通りと呼ばれるその名の通り冒険者で溢れかえることで与えられた呼び名だ。そして、そのストリートにはクエストや換金など冒険者としての働きを資金へと変換する重要なギルドが建てられている。

 ギルドは神ウラノスがダンジョンを管理するために設立された機関である。

 今日のアフロディーテ・ファミリアは、ロアの指示により休日となっていた。休日にしたとしてもルドロットとエウリカは、ダンジョンに潜ると言っていたので、それぞれに限界深度を設けてそれより下層には潜らないことを取り決めた。

 ギルドの掲示板の前で軽くクエストを確認していたロアは、ふと二つの張り紙が目に映った。

 

「Lv3…か」

 

 その張り紙にはランクアップを成し遂げ第二級冒険者の仲間入りを果たしたという張り紙であった。

 フィンに相談した通り、ロアはステイタスがLv1の時よりも伸びが悪いことに小さな焦燥を抱いていた。ランクアップしてから三ヶ月が経つが漸く全基本ステイタスがD。

 フィンの言葉を信じるのならば、昇華を重ねるほどにステイタスは上昇しづらくなる。これは割り切るしかないなと思い、ロアは地道に努力していこうと決意した。

 掲示板に背を向けてホームで書類整理をしなければ、と憂鬱な気持ちを抱えてギルドを後にしようとしたその時だった。

 

「お前、ワールドレコード保持者だな?」

 

 背後からの声に振り返ると、数分前に掲示板に貼られていた張り紙に映されていた人物が輝かしい笑顔をこちらに向けていた。

 

「誰だ、お前」

「私はロイゼだっ! お前今から私と一緒に中層まで潜らないか?」

 

 ロイゼと名乗った少女は、面倒なことになったと眉間に皺を寄せるロアに対して太陽に反射された白い歯を光らせてニカッ、と笑ってみせる。眩いほどの金髪に赤い毛先、真っ赤な瞳という特徴的な容姿とその自信に満ち溢れる表情は、まるで太陽を具現化したような存在だった。

 

「武器も持っているようだしな、ちょっと行って帰ってくるだけだ。構わんだろう?」

 

 流石は第二級冒険者。中層へ降りることをただの遠足か何かと勘違いしているようだ。

 そして、その背後から彼女とは対照的な少女が現れた。

 

「姉さん、なんであんなガキを呼ぶんですか? もしかして馬鹿なんですか?」

「私が強そうだと思ったから呼ぶんだ。それ以上でもそれ以下でもない!」

 

 銀髪に毛先が青色という不思議な髪に、両目を閉じている少女は、その幻想的な容姿とは異なり、丁寧な口調の中に平然と棘のある言葉をつらつらと吐き出す。

 その毒舌に対してロイゼは怒ることがないので普段からこのような会話をしているのだろう。

 しかし、中層の知識についてはロアも直接現場での下見が必要だと感じて、L v3が二人パーティーに参加しているのならば、それが容易く達成できるのではないか。

 そうと決まれば善は急げだ。

 

「よし、その話乗らせてもらう」

「本気で言ってるんですか? あなたのようなガキが生き残れる場所じゃないですよ? それとも何か勘違い……」

「そこまでだ、レイゼ。彼も困っているだろう? ほら、今からパーティーなんだから仲良くやろうぜ」

 

 ガハハ、と豪快に笑うロイゼにレイゼと呼ばれた少女は、ため息を吐いてから姉の愚痴をネチネチと呪詛のように呟く。

 容姿こそ大きく異なるが、顔の整い方的に双子なのだろう。

 騒々しい姉妹だなと苦笑いを溢しながら、ロアは装備の点検を始めるのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 広く暗い洞窟に響き渡る自分の足音。迫り来るモンスターたちの攻撃を慣れない手つきで捌いていく。

 ここはダンジョン二階層。数多の冒険者の始まりの地である。

 

「…はぁっ、はぁっ」

 

 コボルトの群れに遅れをとっているようでは自分は強くなれない。激しい焦燥の中で乱れが生じてしまったのか鋭い爪が自分の腕を抉る。

 

 憧れにはたどり着けない。本当に情けない。

 

 大きく振るった短剣は運良く最後のコボルトの命を掻き取ったが、身体の至る所に打撲、右腕には大きな傷跡がズキズキと痛みを訴えている。こんな状態では、これ以上深く潜ることはできないだろう。

 彼女、エウリカ・ヒューズの心には余裕などなかった。

 団長が指定した限界深度は、上層二層。魔法の使用は禁止。

 それでもそれより下に行かなければ、冒険をしなければ強くなれない。あの英雄のようになれない。

 焦燥が加速して強迫観念へと変換されていく。

 

「………ごめんなさい」

 

 自分の実力を加味した上でダンジョンに潜らせてくれた団長に届かない謝罪を残して、下層へと降りた。

 

 

☆☆☆

 

 

 リザードの群れ。

 ダンジョンの天井を埋め尽くさんばかりの無数のトカゲもどきは、格好の獲物が舞い降りたと歓喜を示すかのように蠢き出す。

 我先にと跳んでくるリザードの攻撃から必死な思いで抵抗する。

 誰もが避けることのできない死への恐怖がエウリカの心を蝕んでいく。

 あぁ、もうだめだ、と心の中で呟いた時、黄金がエウリカの視界を飲み込んだ。

 

「……ぇ…?」

「大丈夫か?」

 

 エウリカの掠れた声に応答したのは、黒い髪にエルフに似た耳、金色の瞳を地獄のようなここでも輝くように放つ一人の青年であった。

 青年は、恐怖で腰が抜けてしまったエウリカの右腕に回復薬を躊躇なく垂らしていく。

 

「お前の実力じゃあ、これ以降は無理だ。冒険者に向いていない、諦めろ」

 

 ガツンと硬い者で頭を殴られたような錯覚を得る。自分でもわかっていた現実が言葉となってエウリカの心を深く抉っていく。

 

「わ、私はまだやれる……」

「俺が来なければお前は死んでいた。それが事実だ」

 

 右腕が完治したエウリカに、吐き出す言葉は刺々しいが手を差し伸べる。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 彼の手を取ると、意外にも温かく安心するような穏やかな気持ちに包まれるがその反面、助けられる自分に劣等感も感じていた。本当は自分が彼のように他人を助けなければならないのではないか?

 そう思い始めたら止まらなかった。鼻の奥がツンと響くと、視界がぼやけて何も見えなくなる。

 涙が溢れる瞬間、暖かい何かに包まれた。

 そう、泣き崩れるエウリカを優しく抱き止めたのは、ハーフエルフの青年であった。

 彼の体温はじんわりとエウリカの心を満たしていき、やがて胸の奥に秘めた感情が溢れ出す。

 静かにこぼれ落ちた雫は、彼の背中を濡らすが微動だにせず、その姿から大丈夫と伝えられている気がして、また溢れる。

 最近は泣いてばかりだ、と心の中で呟いた。



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第二十二話 最初の死線(ファーストライン)

 中層への迷宮攻略(ダンジョンアタック)の準備を始めて一ヶ月。アフロディーテ・ファミリアが各々の課題と向き合い、それぞれの準備を進めてついに、今日中層攻略が始められようとしていた。

 

「はぁ、あなたがわがまま言うから完成が出発ギリギリになったんだけど」

「ごめん! でも、俺はこの大剣と共に行きたいんだ。約束のために」

 

 ルドロットは、ケーレから手渡された大剣を何か昔を思い出すのように懐かしげに見つめると、軽々と持ち上げて背負う。ケーレは興味のなさそうに、ふーんと呟くとこちらを向き嬉しそうに微笑む。

 

「ようやく中層への挑戦だね。最初の死線(ファーストライン)。今までの上層とは比べ物にならないぐらい過酷な場所だよ」

「あぁ、下準備は整えた。今回は十三階層までの攻略だ」

 

 ケーレがロアの発言に訝しげな表情を作る。

 

「下準備って?」

「中層に潜った。第二級冒険者と同行したから危険を冒さずに下見することができたのは大きな収穫だな」

 

 ロアの言葉にこの場にいる全員が驚愕の表情を彩る。

 その中で一人だけ怒気を放ちながら、淡々と全員が知らない事実を口にしたロアを問いただす。

 

「へぇ、中層に潜ったんだ? まぁ、そこはどうでもいい……いや、よくないけども、誰と潜ったの?」

 

 ケーレの有無を言わさない勢いに気圧されて冷や汗を流してしまう。

 

「い、いや、【日拳】のロイゼと【青月】のレイゼだが……」

 

 何か悪いことをしたわけではないのに、自分の悪事を無理矢理吐かされたかのような錯覚に襲われる。ロアの自白にケーレは怒鳴るわけでもなく、ただ可愛く頬を膨らませた。

 

「……あんまり他派閥の女と絡まないように」

「お、おう」

 

 いつもの淡々としたケーレとは違う反応をされて、少し戸惑いながらも持ち物や装備の点検を行う。

 早朝の中央広場(セントラルパーク)に集合したアフロディーテ・ファミリアのメンバーとパーティーに参加するケーレは、上層を一気に駆け降りて十四階層入り口までを目標とする。

 いざ出発、と団長であるロアが掛け声を出そうとすると、眠たげな表情でアフロディーテが登場した。

 

「みんな、おはよう……」

「ディーテ、無理してこんな朝早くに来なくてもいいのに……」

「ふふん、私のファミリアの出陣よ? 送り出すのが主神ってもんでしょうよ」

 

 アフロディーテは、確実にここ(オラリオ)に来てから何かが変わった。あの最初に出会ったわがままで自分勝手なアフロディーテとはまるで別人のように。

 ロアはアフロディーテの送り出しに素直に喜びながら必ず無事に帰る。いや、必ずここにいるメンバーを誰一人欠けることなく無事に帰らせる。背中に宿る『神の恩恵(ファルナ)』が熱くなるのを感じながら決意を固める。

 

「心遣い感謝します。アフロディーテ様」

「あ、ありがとうございます」

「こんなの主神として当然よ。堂々としてなさい!」

 

 ルドロットとエウリカも感謝を伝えるがそれが当然と、自信満々に微笑んで見せるアフロディーテに思わず笑みがこぼれる。

 大きく息を吸い込み、団長として号令をかける。

 

「これから我々が向かうは『最初の死線(ファーストライン)』! 我らアフロディーテ・ファミリアの最初の躍進、このオラリオに見せつけようじゃないかっ!」

「おおおおおぉおぉおお!!!」

 

 たった四人、しかもそのうち一人は手を上げただけだったが、十分だ。周りの冒険者たちは何事だと訝しげにこちらを覗いていたが、気にすることはない。

 アフロディーテに見送られて、ロアたちは昇りくる太陽に背を向けた。

 

 

☆☆☆

 

 

 上層までのパーティの布陣としては、ルドロットが前衛で耐久。ルドロットがモンスターの足を止めている間に遊撃隊であるケーレが自慢の双剣で切り刻む。ケーレの実力は、Lv2の後半といったこのパーティの最高ステイタスを誇るため、大抵のモンスターはケーレになすすべ無く殺される。

 そして、エウリカにサポーターを任せている。やはり、エルフの里でのトラウマがあったらしく、未だにあの魔法を唱えることはできない。そのため、今回は魔石やドロップアイテムの回収係兼サポート係に回ってもらうことにした。本人は悔しそうだったが、翌日には大事な役割だと理解してくれたのかやる気に満ちた瞳で応えてくれた。

 そのサポーターのエウリカを守る役割がロアの持ち場となっている。

 

 ロアはフィンから学んだ指揮官の知識を活用して、前衛の二人に具体的な指示を出しながら、自分も魔法によって二人をサポートする。

 

「ようやく十階層か。ここからは霧が蔓延している。分断されないようにルドとケーレは俺たちの方に寄ってくれ」

「了解です!」

 

 徒党を組んで迫り来るオークたちを薙ぎ倒しながら、背後からも襲いくるインプたちを魔法で黒焦げに焼き上げる。

 一通り片付け終わった後、エウリカに魔石の回収を頼む。

 

「そろそろ中層の入り口か。確か上層の次に死者が多い場所なんだろ?」

「そうなるね。上層が余裕になって調子づいた上級冒険者が軽く中層に挑んで無惨な死体で見つかる。まぁ、私たちは入念な準備と計画を立ててきたからそうなる可能性は限りなく低いけど、油断は禁物だよ」

 

 そう、先ほどのケーレが発言した通り、ここが最初の死線(ファーストライン)と呼ばれるには理由がある。中層からはLv1だけのパーティでは逆立ちしても勝てないほどに圧倒的なモンスターの数と強さが際立ってくる。Lv2でも単独での行動は自殺行為となる。

 ロアはケーレの忠告に気を引き締めながら、最短距離で中層の入り口へと向かっていく。

 そして、六時間の時をかけて中層の入り口へと辿り着いた。

 

「ふぅ、ようやく辿り着いた」

「もうへばっているのか? ここがゴールじゃないことを忘れるな」

「は、はい!」

 

 甲冑がルドロットの頭を覆っていて顔色は把握できないが息遣いから少し疲労が溜まっていることが伝わってくる。エウリカもかなり多くの荷物を持たせてしまっているため、少し休ませなければならない。

 ロアは三十分ほどの休憩時間を設けてケーレと共に計画の打ち合わせを行う。

 

「前にも話したが中層からは陣形を変える。まず、俺一人が前衛でモンスターを蹴散らす。ルドロットがエウリカの護衛。ケーレは基本的にルドロットのカバーだが、臨機応変に俺のサポートも頼む」

「了解」

 

 改めて荷物の点検を行い、パーティメンバー全員が対ヘルハウンド用の耐熱外套を身に纏う。

 

「さぁ、行くぞ」

 

 

☆☆☆

 

 

 中層に潜りたての冒険者が最も警戒するべきモンスターは、ヘルハウンドだろう。仔牛程度の大きさで別名『放火魔(バスカビル)』。その異名の通り、魔力で練った火炎放射を中距離から吐き出し、上級冒険者であっても呆気なく黒焦げにされる凶悪なモンスターが素早く動き回り、且つ数の暴力をふっかけてくる。そのため、十三階層でのパーティ壊滅は大体コイツらのせい。

 

「前方からヘルハウンドの群れっ! ルドは後方警戒、ケーレはカバー!」

 

 振り返らずにモンスターの軍勢に突っ込みながら、仲間たちに指示を出す。ロアはこの一ヶ月の間下見目的で、第二級冒険者に引っ張られながら中層を間近で観察してきた。ヘルハウンドの動きも十分に理解している。

 それに、今日はなんだか調子がいい。上層では後衛をしていて実感が湧かなかったが、自分の体を動かしてみて思い通り以上に体が動き、背中が熱くなる。

 

「ふふ、私のカバーなんかいらないじゃないか」

 

 そんな呟きが聞こえたがリーダー命令には従ってほしいなと心に留めながら、火の手の中を駆け抜けヘルハウンドを一匹一匹確実に仕留めていく。

 最後の一匹にとどめを刺した時、ルドロットの報告が響き渡る。

 

「後方からアルミラージの大群っ! ケーレ、カバーを頼む!」

「はいはい」

 

 あちらは大丈夫そうだ、と思いながら前方からまたも出現するヘルハウンドに辟易とする。やはり、上層とはモンスターの質と数が天と地ほどの差が出てくる。精神(マインド)はなるべく温存させておきたいため、魔法を使わずに槍一本で黒犬どもを串刺しにしていく。

 

 戦闘をしながら前に進むという強引な手を使おうかと思った時、ようやくモンスターの宴は終わりを迎えた。

 

「はぁ、はぁ、これが中層……!」

「久しぶりに潜ったけど、やっぱり嫌なところだね」

「…………」

 

 三者三様の反応を見せる中、ロアは自分が普段以上の実力を発揮したことに自分自身驚いていたが、それを今考えるほどの余裕と時間はない。

 

「もうすぐゴールだ。ここで休憩なんてできない。移動するぞ」

「あ、あの私に何かできることは……」

 

 魔石やドロップアイテムを回収し終わったエウリカが何かを堪えるように次に進もうとするロアの背中に問いかける。

 ロアは真っ直ぐに先の闇を見つめながら、振り返ることなく淡々と答える。

 

「サポートに徹することだ。その気持ちを理解したいが、まずは己のトラウマを克服しろ」

「っ! ごめんなさい……」

 

 すぐに下を向いて俯いてしまったエウリカにケーレは言葉をかけず優しく背中を摩ってあげていた。

 

 

☆☆☆

 

 

 そこからは先ほどと同じく、モンスターの群れに遭遇、殺す、進むを繰り返し行いながら、ゴールに到着。引き返してまた遭遇殺す進む………。これの繰り返しを行いようやく上層まで帰還することに成功した。

 唯一の大きなミスは、ルドロットの腕にヘルハウンドが甲冑ごと噛み砕いてそのまま自爆覚悟の火炎放射を喰らってしまい火傷してしまったことだが、すぐにエウリカが高級回復薬を施し、無傷で終えたことだ。

 幸い後に響くことはなかったが、ヘルハウンド一体を視界の外に置いてしまったのは、ロアの失敗であるため見直さなければならないと謝罪と共に反省を行った。

 

 地上に帰還してからは、朝日が昇っており一日が経ってしまっていることに心底驚いたことをよく覚えている。

 ケーレ以外のメンバーもそのようで、ダンジョンとは体内時間さえも狂わせる危険な場所なんだと改めて再認識させられた。

 

「はぁ、それにしても体が酷く痛い…。こんな疲労感は久しぶりだ」

「………悪かったな。一匹取り逃してしまった」

「いやいやいやっ!? あれは俺の油断から食らってしまったもので、こちらこそ高級回復薬を使ってしまってすみませんっ!」

 

 年下であるケーレには敬語を使わないのに、なぜ自分には使うのだろうかと疑問に思いながらも、それを問うのはもう面倒であったためスルーを決める。

 

「久しぶりに腕が痛い。ちょっと鈍りすぎたかな」

 

 肩を回しながらつぶやくケーレにロアは素直に賞賛の言葉を送る。

 

「ケーレ、今回は助かった。お前がいるといないとでは進行に大きな違いがあっただろう。ありがとう」

 

 ロアが滅多に見せない微笑みを前に、急に顔を真っ赤に染めて声にならない声を絞り上げた後に、ヘファイストス・ファミリアのホームへとダッシュで帰っていった。どこにそんな体力残っていたんだ、とルドロットが戦慄している。

 

「よし、今日と明日はオフだ。ゆっくり英気を養ってくれ、解散」

 

 エウリカから預かったパンパンに膨れ上がった魔石袋を受け取り、換金のためにギルドへと向かう。

 昇りくる太陽がおかえりなさい、と燦々と輝いてロアに伝えているようだった。

 




評価と感想お願いします。
モチベになります。


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第二十三話 宴

改題しました。



 

「「「「「かんぱぁい!」」」」」

 

 『豊穣の女主人』にて、アフロディーテ・ファミリアの帰還祭が行われていた。

 オラリオでは未成人での飲酒は特別厳しく取り締まっていないため、ロアは初めてのお酒に少し興味を示した様子で飲み込んだ。喉が焼けるような感覚と独特な味わいに顔を顰めてしまい、ジョッキを机の上に戻す。

 

「ふふっ、ロアは初めてのお酒よね? 美味しかった?」

「なんとも言い難い飲み物だな。癖になるとまではいかないが、悪くはない」

「十二歳でお酒ってあんまり良くないような……」

 

 エウリカが心配そうにロアの顔を覗き込むが、これといって体調に変化があるわけではない。

 エウリカは今年で二十歳を迎えるらしく、ロアやケーレ、ルドロットよりも年上だ。しかし、エルフ基準で言うとまだまだ成人したとは言えない年齢らしい。

 ケーレはジョッキを傾けると、グビっと一気に飲み干す。

 

「け、ケーレ、そんなに飲んで大丈夫なのか?」

「お酒には強い方だから、大丈夫。たまに記憶は飛ぶが」

 

 最後に怪しい発言を残したケーレは、それから浴びるようにお酒を飲む。流石に危ないと感じたロアが止めたが、次は出てくる料理を無表情で食べ始めてしまい、放置することにした。

 

「あれはタチの良い酒癖ですね。兄貴はお酒飲んで大丈夫なんですか?」

「確かにまだ俺は子供という年齢だが……。お前の方こそどうなんだ?」

「俺はお酒は普通ですね。あんまり飲まないように気をつけます」

 

 ルドロットはお酒をちょびちょびと自分のペースで飲んでいるようだ。

 エウリカはお酒には強くないらしくあまり飲みたくないようなので、強制はしない。

 アフロディーテは、明らかに酔っ払っているようで扇子のようなものを取り出して、そこから水を出すという意味のわからない芸当で他の冒険者たちを驚かせていた。何やってんだ。

 

 数時間最初の死線(ファーストライン)突破で各々が食事や団欒で楽しんだ後の帰路、ロアは眠ってしまったアフロディーテとケーレを両脇に抱えながら、メインストリートを歩いていた。

 

「ふぅ、久しぶりにあんなに食べたなぁ。やっぱり『豊穣の女主人』の料理はコストも味も一品ですね!」

「そうだな、これからも贔屓にさせてもらおう。何より争い事が起きないのは居心地がいい」

 

 『豊穣の女主人』の店員のほとんどは第二級冒険者の女性で構成される屈強な集団だ。それに店を回している女将さんは、まさかの第一級冒険者。そんな猛獣が蔓延るこの飲食店でいざこざを起こそうものなら命がいくつあっても足りやしない。

 エウリカもいつもの暗い表情は、さっぱり抜け落ちたようにご満悦のようで何よりだった。

 

「それにしても、いいですね。こういうの」

「急にどうした」

 

 静かにオラリオを照らす月を見上げ、ルドロットは満足そうな表情を浮かべる。

 

「だって、家族みたいじゃないですか。みんなで騒いでみんなで食べて、みんなで喜びを分かち合う。こういうのを仲間って呼ぶんですかね」

 

 ルドロットの喜びに満ちた声は誰もいないメインストリートに沈み込む。それに対して、ロアはそれは違うぞ、とは否定する。

 

「家族みたいじゃなくて、もう俺たちは家族(ファミリア)だ。エウリカもそう思うだろ?」

「そう、ですね。確かに私も今日のような日は好きです。私ももうここにいるみんなは……家族、だと思っています…!」

 

 少し頬を赤らめて恥ずかしそうにするエウリカに思わずロアとルドロットは笑ってしまう。それを心外だと怒るエウリカ。そして、寝言をかますアフロディーテ。

 あぁ、こんな日々はあの頃の自分では考えられなかっただろうとロアはちょっとした感傷に浸り、顔を夜空へと向ける。

 星々は光り輝き、まるで今の自分達のように眩しかった。

 

 

☆☆☆

 

 

 アフロディーテ・ファミリアが中層に進出してから、一ヶ月が経った。中層の攻略は慎重にゆっくりとだが、確実に前進していき今では十五階層までがこのファミリアの最深深度にまで到達した。

 

「流石にミノタウロスはきついですね」

「あぁ、単体ならともかく複数の集まりだと厄介だな。お前が使い物にならないし」

「兄貴、もう少しオブラートに包んでくれないと俺のメンタルがきついです」

 

 ミノタウロスとは牛頭人身のモンスターで、ヘルハウンドに並んで中層を代表するモンスターである。ミノタウロスはパワー型のモンスターで上級冒険者でさえも油断すれば瞬く間に肉塊と化す化け物である。おまけに下級冒険者では絶対に敵わないと言われる理由として、咆哮(ハウル)による強制停止(リストレイト)は、下級冒険者では防ぐことはできない。つまり、ルドロットではなすすべがないのだ。

 

「事実だ」

「はい………」

 

 ここはダンジョン十五階層。中層は上層よりも洞窟状のダンジョンが広くなりかなり歩きやすくなったが、一気に下層へと降りることができてしまう縦穴に注意する必要がある。

 

「そろそろ引き返さない? 嫌な予感がする」

「ケーレもそう思うか。俺も十五階層に入ったあたりから妙な視線を感じる」

 

 背後を振り返ってみるが、特に何もないと思っていたが、一人の男と黒服の集団が立っていた。

 ケーレも気がついたようで双剣を引き抜く。

 明らかに冒険者ではない装いに槍を構えたロアは警戒を怠らない。

 

「おやおや、気づかれてしまいましたか。あなたたちが今勢いに乗っているアフロディーテ・ファミリアで間違いはありませんか?」

「誰だお前ら」

「今から殺す相手に自己紹介など不要だと思いますが」

 

 闇派閥(イヴィルス)だ。最近は鳴りをひそめていたと思ったが、そんなものはただの勘違いであったらしい。

 なぜ闇派閥(イヴィルス)がダンジョンにいないと思っていた? 闇派閥(イヴィルス)のことを考慮していなかったことに後悔しながら、気を引き締める。

 

「それにしても、先ほどのミノタウロスを倒したのは実にお見事でした。やはり、あなた方はこのまま成長すれば我々の障害となる。消えてもらいますよ」

 

 この男、ギルドで確認したブラックリストにはいない人物。背後には三十人ほどの闇派閥(イヴィルス)たち。

 

「逃げれるか?」

「無理だ。ここは一本道。あいつらから逃げるにはこれより下の階層に行かないといけない」

 

 それは逃げながらより強力なモンスターを相手にしなければならない。つまり、退路は断たれたということだ。

 

「さぁ、血の宴を始めましょうかっ!」

 

 血のように紅い髪を靡かせながら、迫り来る男を筆頭に黒服どもも続いていく。

 

「チッ、【レイシム・グロウ】っ! エウリカは魔剣の準備っ! ケーレとルドロットは連携して黒服どもをやれっ! 躊躇わずに殺せっ!」

「なかなか物騒な命令をするんですねぇ」

「ッ…!」

 

 速い。明らかにそこらの冒険者よりも圧倒的な速さに、この男が第二級冒険者の実力を秘めているのは確実だ。

 男に槍による横薙ぎを仕掛けるが弾かれてしまい、無防備となった胴体が切られる寸前、自分の狙って出せる最大威力の放電を発動し退かせる。

 

「【電撃(スパーク)】。その名の通り電撃を操ると聞きましたが、想像以上の威力でした。私でさえ食らっていれば数秒は動けなかったでしょう」

「……チッ」

 

 剣を一振りされるだけで魔力ごと弾かれてしまった事実に思わず舌打ちをしてしまう。相手はフィンに劣るがロアとの実力差は明白であった。これ以上魔法の威力を上げるのは、味方を巻き込む恐れがあるため使うことはできない。

 

「……なるほど。気が変わりました。みなさん、彼の相手をお願いします。あとは手はず通りに」

 

 男はロアに興味を無くしたのか混戦状態であるケーレたちの方へ走り始める。ロアは男を止めるべく追うが、黒服の闇派閥(イヴィルス)に行手を阻まれてしまう。

 

「クソがっ!」

 

 男はルドロットの元へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 



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第二十四話 正義の欠落

 鉄と鉄の打ち合う音がダンジョンに響き渡る。しかし、それは冒険者とモンスターの熱い戦いではなく、冒険者と闇派閥(イヴィルス)の冷たい抗争であった。

 ロアが闇派閥(イヴィルス)の幹部らしき人物を押さえている間に、ルドロットとケーレはエウリカの守護をしながら、黒服の下っ端どもの殲滅を行なっていた。

 下っ端たちは、ほとんどがLv1ほどのステイタスであったが、その中の数人は上級冒険者並みの実力を有しており、エウリカを守りながら戦うのは至難の業であった。しかし、ここでルドロットのスキルが活躍する。

 

「こいつ……! 本当に下級冒険者なのかっ!?」

 

 ルドロットの動きに驚愕を隠せない様子のまま大剣で首と胴体が泣き別れする。

 

正心善道(コレクトロード)】。救済時、全基本アビリティ超高補正。

 

 エウリカを護るという行動はこのスキルを発動させる引き金となっていたのだ。このスキルにより、ルドロットは一時的にLv2一歩手前までのステイタスを発揮することができる。

 

「クソがぁ! ルド、来るぞっ!」

 

 ロアの悲痛な叫び声に振り返ると、赤毛の闇派閥(イヴィルス)の幹部がこちらへと、いやルドロット目掛けて感を振るってきた。

 

「ククク、あなたのその瞳、とても興味深い。まるで自分の信仰しているものが必ず正しいと信じきっている。盲信とも呼べるほどに真っ直ぐなその心を砕いた時の表情こそ私をそそらせるものはない」

「そんな言葉に惑わされるかっ!」

 

 意味のわからない言葉をつらつらと並べながら明らかに手加減されている剣戟を大剣と甲冑で上手く弾いてロアが来るまでなんとか時間を稼いでいく。

 

「………ならば、これならどうですか?」

 

 片腕でルドロットの相手をしつつもう片方の手を顎に添えて少し考えたような仕草をした後に何か面白いことを思いついたようにニヤリと笑って見せる。

 ルドロットの相手を片手間に済ませながら、ケーレによりもう半分も駆逐されている闇派閥(イヴィルス)の軍勢の中から一人の名前を呼ぶ。それほどの余裕を見せるこの男に自分では敵わないと判断してロアの援護を待つルドロットは、手加減してくれた方が都合が良いため必死に抵抗するフリを演出する。

 この闇派閥の幹部が呼んだ一人の男は何かに怯えているように瞳を充血させて幹部の男に縋りついた。

 

「どうか、どうか妻と娘の命だけは解放してくださいっ! 私ならなんでもしますから、どうかっ!!」

 

 どうやら必死の形相で幹部の男に縋り付く男は、自分の大切な家族を人質に取られているようだった。その事実に心の奥底から怒りの感情が沸々と湧き上がってくる。

 このクズどもは、その人の大切なものを取り上げて無理矢理にでも闇派閥(イヴィルス)にしていたのかと考えると時間稼ぎなど忘れてしまいたいほどに幹部の男への殺意が高まっていく。

 怒りで我を忘れ先程までとは打って変わって斬り殺そうとするルドロットを幹部の男は神の恩恵を遺憾無く発揮して蹴り飛ばす。

 

「はぁ、やれやれ。その願いはいつも叶えてやると言っているでしょうに。では今から私が出す命令に従うのであれば、家族を解放してあげましょう」

「本当か! 本当なのかっ!?」

「ええ、もちろんですとも」

 

 その胡散臭い顔に不適な笑みを浮かべながら、人質をとられている男に静かに耳打ちをする。

 それを聞いた男は懐からナイフを取り出すと、その目に殺意と不安を宿してとこちらへとナイフを向けて来た。

 男はルドロットと言葉を交わすことなく、震える手をもう片方の腕で押さえながら覚束ない足取りで進み始める。

 

「う、うぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!」

 

 その男の必死な想いをのせた叫び声と涙を流しながら歯を食いしばるその表情にルドロットは何もできなかった。

 男のナイフが甲冑の間に深々と突き刺さり、腹の部分にとてつもない熱が感覚神経を通って伝わってくる。

 

「クククククっ! アッハハハハハっ! なんて素晴らしい光景なのでしょうかっ! こんなにも昂る光景は初めて他者の血の輝きを目にした時に匹敵するほどですっ! あぁ、なんと素晴らしい…!」

 

 ルドロットにナイフを刺した男はわなわなと唇を振るわせながら突き刺さったナイフを即座に手放した。その男に善性があったのだろうか、男はその場に崩れ去り泣き言のように呟いた。

 

「俺は、俺はこんなことをするために生きてるわけじゃないんだ…! ただ、家族の笑顔が見たいだけなのに…!」

 

 あぁ、やっぱりこの人はいい人なのだろうな、と気を失いそうになるほどの痛みを我慢しながら微笑んで見せる。幸いにもナイフは刺さったままで大量出血は今のところ心配する必要はなさそうだったので、崩れ落ちた男の顔を覗き込むようにかがみ込んだ。

 

「俺は、大丈夫です…。気に病まないでください…」

「すまねぇっ、すまねぇっ!」

 

 顔を悲痛に歪めて俯きながら必死に謝罪の言葉を口にする男とそれを優しく慰めるルドロットを見下ろす幹部の男は愉悦に浸るように、醜悪な笑みを形作る。

 

「ルドぉぉぉぉおおおおおおっ!?」

 

 自分の兄貴分であるロアの呼びかけに振り返り自分は大丈夫、と伝えようとした瞬間、目の前の男に銀の槍が突き刺さった。

 

「ぁ…ぇ?」

 

 深々と埋め込まれた銀の槍は男の左胸を正確に突き抜いており、この男が助からないことは誰がどう見ても明白な事実であった。

 男の瞳からは光が失われて、それと同時にこの男の幸せな未来が閉ざされたことを理解した時、ルドロットは頭の中が真っ白になった。

 

「この槍は、兄貴の……」

 

 受け入れ難い事実に目を逸らそうとする意識とこれが事実なんだと無慈悲に伝えてくる理性がせめぎ合い頭の中に鈍い痛みが広がっていく。

 

「おい、ルドっ! 早く高級回復薬を使えっ! 止血しろ!」

「ククククク、アハハハハハハハハハハ!」

「気狂いが…! ルド、早く動けっ!!」

 

 自分のことを助けに来てくれたことはわかった。だが、目の前に倒れ込んだこの男を放ってはおけなかった。

 

「あ、兄貴、この人は……」

「ククククク、わかりましたか? そうです、あなたのお仲間がその男にトドメを刺したのです…! これが本当にあなたの信じた『正義』なのですか?」

 

 狂ったように笑う幹部の男の言葉はルドロットの奥深くを抉るように響かせていく。自分の力が足りなかったのだと自責の念に駆られてしまい、自分のナイフの刺さった痛みなど忘れてしまうほどの激情が頭の中で渦巻いていく。『兄貴は悪くないんだ』と、必死に頭に理解させようとするがもう一人の自分が『兄貴が悪い』、と囁いてくる。

 

「クソっ、クソォ!」

 

 自分の慕う人を自分自身がどこかで否定していて、その自分自身に怒りを隠せない。

 

 そして、ここで更なる凶報がロアたちを地獄の底へと突き落とすことになる。

 

「ロアぁっ!? エウリカが縦穴に落とされた!」

 

 ケーレが縦穴付近にいる闇派閥の頭をはねると、今までにない焦ったような声でロアに向かって叫び伝えた。

 中層にはダンジョンギミックとして、下の階層へと繋がる多くの縦穴がそこかしこに存在する。怪物の宴(モンスターパーティ)が多く発生する中層では、その勢いに押されて縦穴に落とされることがあることは珍しくない。自分たちの実力に見合わない階層へと落ちてしまい、パーティ全滅なんてものはダンジョンによくある事故の一つであった。

 

(状況が悪すぎる、闇派閥(イヴィルス)の雑魚どもは大体片付けたが、この幹部の男は推定でLv4。とてもじゃないが俺が食い止められるほどの相手じゃない。それに、ルドロットは大怪我を負っている。庇いながらクズ野郎(こいつ)を十秒以内で殺す。その後下の階層に落ちたエウリカの救助………)

 

 あまりにも時間が、実力が足りていなかった。この状況下でこのパーティとして最高のリーダーを務め上げるのならば、エウリカを見捨てての逃亡。

 

「そんなこと、できるわけがないだろう……っ!」

 

 昔の自分であったのならば迷わずに切り捨てられたであろうこの選択肢をロアは自分の意思を持って蹴り飛ばす。きっと、フィン(勇者)ならば仲間を見捨てる選択を刹那のうちに決行することができたのだろう。

 だが、今のロアにはそんな非道は歩めなかった。

 

 いつかの帰り道の光景をこの手で掴み取るために……!

 

 幹部の男はその細い目をさらに細めて、歪んだような笑みを見せる。

 

「ククク、お仲間が一人下の階層に落ちてしまったようですね。それも、このパーティでは一番弱いサポーターといったところでしょうか。あぁ、そういえば私はこの後少し予定があるんでした。私のことなど無視してお仲間を追われては?」

 

 不幸中の幸いとも呼べる男の言葉にロアは眉間に皺を寄せる。この男の戯言に耳を貸すつもりなどない。しかし、これが本当ならば数ある障害の一つが取り払われることとなる。

 

「どういう算段だ? クソ野郎」 

「口が悪いですねぇ。やり合いたいのであれば、あなたなど一瞬ですが」

 

 今この状況。癪ではあるが、この男の戯言を呑み込むしかないのかもしれない。

 深く深呼吸をとったロアは、崩れ落ちて未だに何かと葛藤しているルドロットの胸ぐらを掴み上げ、自分の懐にある高級回復薬をその腹に突っ込んだ。当の本人は苦しそうにうめいていたがそんなの気にしている余裕はない。

 ルドロットを引きずりながら、最後の闇派閥を殺し終えたケーレに指示を飛ばす。

 

「今からエウリカを追う」

「……あいつはどうするだ?」

「無視する」

「…………わかった」

 

 険しい表情を浮かべるケーレは、幹部の男を一瞥するとエウリカの落ちた穴へと走り出す。

 

「立て、もう大丈夫だろ?」

「………大丈夫です、心配かけさせてすみません」

「そういうのは後だ」

 

 ルドロットは一度後ろを振り向くと拳を握り締めて何かを我慢するように俯くがすぐに前を向いて走り出す。

 ロアも幹部の男に振り返り最後に名前を問いただした。

 

「私の名前? ククク、まぁいいでしょう。私はヴィトー。この薄汚れた箱庭を手中に収める神々を憎み、理不尽に抗う英雄を慕うものです」

 

 イカれたクズ野郎だな、と言葉さえかけずロアはヴィトーに背を向けてルドロットとケーレの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの縦穴は十七階層へ繋がる死の滑り台。果たして彼らは生き残れるのでしょうか?」

 

 ロアたちの背中を歪んだ笑みで見送る男は、まさに狂人の名に相応しかった。

 

 

 

 




感想、評価など買っていただければ、作者のモチベが急上昇。投稿頻度上がったりするかもしれません。(保証なし)



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第二十五話 決意

 縦穴の先に辿り着いたロアたちの視界に映ったのは真っ白い壁に囲まれた一つの大きな部屋であった。その光景にロアの頭に最悪の考えが浮かび上がる。

 中層の知識を十分に身につけてきたロアは、この特徴的な階層に心当たりがあった。十七階層に存在する部屋全体見渡す限りの白い殺風景。

 その名を『嘆きの大壁』と呼ばれ、この空間には一体のモンスターのみが生まれ落ちる。その存在は特定の階層のみに出現する『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』。冒険者からは『階層主』とも呼ばれ、その存在は他のモンスターとは一線を画している。

 

 そして、十八階層の『安全階層(セーフティポイント)』に立ち塞がるように君臨する『階層主』がゴライアスだ。

 目の前に広がる白い景色とは対照的な灰褐色の巨人がロアたちを待っていたかのように仁王立ちの姿勢をとっていた。

 

「エウリカっ!」

 

 真っ先にエウリカの存在に気づいたケーレにロアとルドロットもゴライアスを注意しながら、後を追っていく。

 

 酷い状態だった。どこまでも白いその壁はエウリカを中心に大きなクレーターが出来上がっており、辛うじて意識のある状態であった。頭からも血を流しており、ゴライアスに殴られその勢いで壁と衝突したのだとロアは考えると、Lv1のエウリカがゴライアスの一撃を耐えたのは奇跡の一言に尽きる。

 

「………けー、れ、さん…?」

「よ、良かった、生きてた…!」

 

 意識のあるうちに急いで最後の高等回復薬(ハイポーション)を飲ませると、安心し切ったかのように眠ってしまった。

 しかし、ここにきてしまった以上逃げるという選択肢が消えしまったのも事実だ。もう重傷を短時間で治すことが可能な高等回復薬(ハイポーション)が底を尽きてしまったのだ。それに、ここはダンジョン十七階層。つい先程まで闇派閥(イヴィルス)相手に連戦をしていたロアたちの体力では地上に戻るのは困難を極める。

 他に方法があるとするのならば、『安全階層(セーフティポイント)』を目指しリヴィラの街にて、地上に戻るパーティにそれなりの金をよこして同行すれば安全に帰ることができる。だからと言ってゴライアスを相手にするのは無理難題がすぎる。ギルドの推定LvはLv4。それも第二級冒険者が複数人に加えて上級冒険者十人以上が必要な討伐人数とされている。それほどまでに『階層主』は桁外れな存在なのだ。

 それをこの状況、この面子でゴライアス討伐は天と地が逆さまになったとしてもあり得ない所業であった。そんなことをするのであれば、自分たちの力で地上に戻る方が手っ取り早く楽である。

 

 ─────奴が逃してくれるなら、の話だがな。

 

 こちらを観察するかのようにじっと睨んでくる灰褐色の巨人は、その眼と呼べるのか疑問に思えるほどの濁った瞳をドロドロと輝かせ、その巨体は一歩こちらへと歩みを進める。

 

「……ケーレ、構えろ。ルドはエウリカを見ててくれ」

 

 心の中で覚悟を決めたロアは、それぞれに指示を出す。ルドロットは未だに心の乱れを拭いきれておらず、今始まる死闘には足手纏いだ。

 ゆっくりと立ち上がったケーレは、エウリカを一瞥してルドロットに頼む、と伝えて双剣を抜き放つ。

 

「……えらいことになったね」

「……そうだな」

「手の震えと汗が止まらないよ。こんなの久しぶりだね」

「冒険者にはこんな危険つきものだ。俺が言えることはただ一つ」

 

「生きて帰るぞ」

 

 死闘が、始まった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 酷い頭痛が響くボーっとした頭の中で夢をみる。それは、私がまだ小さな子供だった頃。今もまだまだエルフとしての寿命では、未熟だったがそれよりもまだ幼かった頃。

 

 私は生き物が好きだった。彼らが幸せそうに生きているのをみるのが好きだった。

 昔から村から抜け出してはさまざまな生き物と触れ合うのが私の趣味であったそんなある日。一匹のモンスターと出会ったのだ。

 モンスターとは危険な存在だ。両親や村の人たちから耳にタコができるぐらい教えられたこの世界の常識であった。

 モンスターを見つけた時、私は教えに従って全力で逃げた。全長が四メートルを超えていたので、それはもう顔を真っ青にして躓きながら。

 でも、モンスターは追って来なかった。不思議に思った私は恐る恐る振り返ると、悲しそうな瞳で私のことを見つめていたのだ。

 私は意を決して話してみることにした。

 

「………こ、こんにちはっ!」

 

 私の言葉にモンスターは驚き半分、嬉しさ半分って感じでとても面白い表情をしていたのを覚えてる。彼はドラゴンのような見た目をしていたけれど、その瞳には確かな知性が感じられた。

 

「……僕のこと、怖くないのかい?」

 

 まさか話し出すとは思ってもいなかったため、私は驚きで後ろの木に頭をぶつけたのは悪くないと思う。きっとさっきの彼よりも面白い表情をしていたことだろう。

 

「ははは! 君は面白くて優しいんだね」

「ん〜! バカ!」

 

 そのドラゴンは緑色の鱗をキラキラと太陽の光で輝かせて、とても綺麗なドラゴンであった。

 

 それが私とこのドラゴンさんとの出会いであった。

 

 彼はカールと名乗り、毎日訪れる私の他愛もない話を笑って聞き流してくれた。彼がなぜこんなところにいるのかというと、このエルフの森の近くにある世界樹が彼に力を与えてくれるらしいが、小さな私にはそんなことどうでも良かった。

 

「君は面白いね、その紅い瞳もとても素敵だ」

「ふふん、そうでしょうそうでしょう? あ! もしかして口説いてる? ママからなんぱ? には気をつけてって言われてるんだー」

「君が私のこと褒めてって言ったからそう言ったんだよ…?」

 

 困ったような表情を浮かべる彼に私はニシシとイタズラが成功した子供の悪どい笑みを作る。

 そこで、ふと思い出したことがあったので気軽に聞いてみることにした。

 

「どうしてカールは、ここから動かないの?」

「…………それはね、ちょっと転んじゃったからなんだ」

「なにそれー、だっさーい」

「地味に傷つくからやめて欲しいな?」

 

 今の私なら小さな私に色々と配慮した言い方だったということには気づいている。でも、あの頃の私にはそこまで思慮が深くなかったので、本当に転んでしまった間抜けなドラゴンさんだなぁと思い、ドラゴンも人も同じなんだと感じたのだ。

 

 そして、こんな日々がずっと続くんだと心の底から思っていた。

 

「おいっ! こっちに本当にいるんだろうな!? エルフの森が近くにあるから早く済ませねぇと奴らが来るぞっ!?」

「こっちで間違いねぇ! クソ、デケェ図体のくせに妙に上手く隠れやがって…!」

 

 私たちの森が、燃えていた。カールのところに向かう途中で遠くに煙が見えて、数分後には私の方にまで火の手が迫ってきていた。

 頭の中が真っ白になってフラフラと覚束ない足取り。もうどこを歩いているのかもわからなくなって、途方に暮れている私の肺の中に煙が入り込み酷く咽せてしまう。そして、倒れてくる燃えた木に気づくことができなかった。

 

「ッ! あ、熱い熱い熱い! 痛い痛い痛いっ!」

 

 背中に感じる熱が私の脳に痛みとなって警報を鳴らしてくる。涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになってしまい、もう意識がいつ途切れてもおかしくなかった。

 

「エウリカっ!? 今助ける…!」

 

 私を助けてくれたのはモンスターのカールだった。彼は私にのしかかる倒木を顎で丁寧にどかしてくれた。それでも火傷の痛みで我慢なんかできないほどの苦痛を感じていた私は泣き叫んだ。

 

「う、ああああああああぁぁぁぁ、痛い痛い痛い! パパぁ! ママぁ!」

「………ご、ごめんね、僕には何もできない……」

 

 その時の私から彼の顔は覗き込まなかったが、きっとものすごく悲しそうな表情をしていたのだろう。彼は、何も悪くないのだ。

 私の呼びかけに答えてくれたのかママが助けに来てくれた。ママはとっても強い魔法をたくさん使える。だからこの窮地もこの森も犯人さえも全部解決してくれると思った。

 

 でも、現実は違った。

 

 魔法の詠唱を唱え終わった時、私の視界に映っていたカールが歪んだと思ったら弾け飛んだ。それはもう、呆気なく。

 その後、耳の奥を貫くような轟音が響き渡り私の意識は完全に途絶えた。

 

 

☆☆☆

 

 

 あれから森はしっかりと鎮火された。そして、私の日常が無事戻ってきた………わけじゃなかった。

 カールはもう死んでしまった。ママの手によって。

 でも、カールもママも誰も悪くなかった。カールは私を守るために、ママも私を守るために動いてくれた結果がこんなに悲惨なことになるなんて、夢にも思わなかった。

 

 私は塞ぎ込んだ。もう、外の世界に出たくなかった。見たくなかった。

 

 そんな時だった、英雄願望(アルゴノゥト)に出会ったのは。

 

 物語の主人公であるアルゴノゥトは、ユニークに面白おかしく人々を救っていく。そうか、なるほど、私もこんなユニークささえあれば、ママを上手く説得できたのかもしれない。私が痛みなんかに悶えてなければ、もっとしっかりと話し合えたのかもしれない。

 

 私は、英雄になる。自分の大切な人を守れるように。

 

 

 ママは最初は引き留めて来たけど、私の決意が堅いと感じたのか止めることは諦めてしっかりと励ましてくれて私は村の全員に見送られながら迷宮都市オラリオを目指した。

 

 

☆☆☆

 

 

 あれから八年の時が過ぎた。ちょっと色々あって遠回りをし過ぎたのだ。一番やばかったのは、お金がなくなって娼婦にさせられそうだったところだが、なんとか逃げ切りオラリオに到着した。

 しかし、ここまでの道中で疲れ果てた私の精神は擦り切れていた。何年も自分の在り方を否定され続けたのだ。前よりも自分に自信を持てなくなり、どのファミリアにもいらないと蹴飛ばされ続けたが、ある一柱の神に出会った。

 

「ん! びびっと来たで! 自分、ウチのどタイプな顔や! ウチのファミリアに入らへんか!?」

 

 なんかえらく胸の薄い神様だな、と大変失礼なことを考えながらようやく自分の入れるファミリアが現れたことに内心感動していると、いきなりもう一柱の神に背後から羽交締めにされた。

 

「この子はこのアフロディーテが貰っていくわ! さらばっ!」

「あ、ちょい待ちっ!? このあんぽんたん! って逃げ足はっや」

 

 金髪のアフロディーテと名乗ったこの女神様は、とても美しい女神だった。なんでも美を司る神の一柱らしい。

 

「私の眷属にならない?」

 

 何かものすごい強引さを感じるが、彼女の瞳には本気だという気持ちが見えていた。

 

「あの、なんで私なんか誘ってくれたんですか…?」

「んー、面白そうだったから?」

「あの神のところ戻って来ますね」

 

 ちょちょちょ! と今すぐにでも戻ろうとする私を呼び止めて、アフロディーテ様は私の目を見て懇願した。思えばあの神もタイプがどうたらとか言っていたので、戻っても意味なかったかもしれない。

 

「私のファミリア、ロア………団長が言ってたんだけど魔導士が欲しいんだって!? だから、エルフのあなたにそれを頼みたくって……」

 

 アフロディーテ様の必死なお願いに私は応えることにした。この八年間騙されることが多くあって色々と信じられなくなっていたのだが、この神様の言葉を信じてみるのは何かいいかもしれない。何より、必要とされているのはどこか心地よさがあった。多分、この八年間騙され続けたのはこの感性のせいなので自業自得。

 

「ありがとうっ! よーし、行きましょう!」

 

 それからファミリアの人たちに本当に必要にされているのか不安になり直前で弱音も吐いてしまったが、彼らは優しかった。

 嬉しさ半分悲しさ半分だったが、ママと同じ爆発魔法を発現することができた。私はこの魔法を必ずこの人たちのために役立てると決意を固めたんだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 私はあの日のことを強く覚えている。中層進出を果たした日の宴会で、彼らと共に盃を交わしたことを。

 あの日はあまりにも楽しかった。こんなにも一緒に喜びを分かち合える仲間が私にいたと実感した日でもあった。

 そして宴会も終盤に差し掛かりケーレさんとアフロディーテ様が酔い潰れた時、ロア団長が食事の余り物の処理をしていた私に話しかけて来た。

 

「どうだ? 楽しかったか?」

「はい! 柄にもなく少し興奮してしまいました。私も、何かみんなにできることがあれば、よかったんですが……」

 

 先ほどまで浮かれていた気持ちが沈み込むかのように俯いてしまう。あぁ、私はすぐにネガティブな方向に感情を向けてしまうと心の中で自己嫌悪を募らせてしまう。

 

「………エウリカ、お前のおかげで俺たちは安心して中層に潜れたんだ。サポーターという役割も冒険者にとっては大事な仕事だ」

「………でも」

「あまり、突っ込みたくないが聞かせて欲しい」

 

 するとロアが真剣な表情を作って、私の目を見て今まで聞かれなかった、聞かせたくなかった私の過去について聞いて来た。きっと、彼なりに配慮しているつもりだったのだろうが、ウジウジしている私に我慢の限界が来てしまったらしい。こ、これを答えなかったら脱退しろとか言われてしまうのだろうか…?

 私が団長の質問に答えるべきかどうか悩んでいると、団長は瞑目して悪かった、と口にした。

 

「無理に聞きたいわけじゃない。ただ、きっとお前がこの俺の質問に答えられる時が来た時には、エウリカはトラウマを克服したということだ。それを他人が治すことは不可能らしい。俺にはトラウマらしいものはないから何とも言えないが、これだけは言っておく」

 

 一呼吸おいた団長は、私の心の奥の奥まで見透かすような瞳で核心をついた。

 

「仲間が命の危機に陥った時でさえ、お前はトラウマに縛られるのか?」

 

 ドクンと心臓が高鳴る。全身に鳥肌が立ち、最悪の未来を想像する。

 こんなにも暖かい仲間たちを私の心の傷一つで救えない未来。

 

 そんなの絶対に嫌だ。

 

 英雄が仲間を見殺しにするのだろうか。私が目指していた英雄はそんな自分の過去に縛られてなんかいなかった。

 

「答えはお前が出せ、行動で示すんだ。期待してる」

 

 団長はそれだけ言い残すと、お店の会計を行うためにミアさんの方へと進んでいった。

 

 期待してる、か。やっぱり、我らが団長には敵わないな。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 頭がズキズキと痛みを訴えてくる。ひどい耳鳴りの中で大きな地響きが轟いてここがどこなのかを即座に思い出した。

 確か闇派閥と戦った後、私がヘマをしてしまい縦穴に落ちて……!

 

 すぐに立ち上がり状況を把握するためにまわりを見渡すと、一つの大きな影が暴れ回っていた。そして、明らかに劣勢を強いられている小さな人影は、団長とケーレさんであった。

 

「まだ立ってはいけない、ゆっくり休んでいてくれ」

 

 私のすぐそばで看病してくれていたであろうルドロットが寝ているように促してくる。かっちゅうを取り外した表情をよくみると、彼は後悔を隠しきれない顔で歯を食いしばり握りしめた拳からは、爪が食い込んで血が流れていた。

 

「俺のせいで、兄貴が……!」

 

 ルドロットの言葉を聞いてすぐに団長の姿を捉える。注視して見てみると、彼の手首と膝の間の腕が曲がってしまっていたのだ。団長は残った片手だけを駆使して槍を操っている。

 

 なんということだ。彼は、ロア団長は痛みを感じないのだろうか? 私は彼が曲がっている腕を気にせずにまっすぐゴライアスを見据えていることに戦慄を抱いてしまった。

 

「俺が、加勢しようなんて考えたから、こんなことに……!」

 

 大体の予想はついた。団長はルドロットを庇ってああなってしまったのだ。

 私は立ち上がった。まだズキズキと痛む頭も無視して、『敵』を見据える。

 

 魔法を、唱えよう。

 

 彼は自らの腕を犠牲にして、仲間を守り切ったのだ。私は、彼の期待に応えたい。

 それでも、足が震える。あの日のことを思い出すと、正気でいられない。涙が出そう、胃の中を吐き出しそう、絶望が溢れそう……。

 

 いじいじと悩んでいた時、ケーレさんがゴライアスの蹴りに反応できず、地面を数度跳ねながら吹き飛ばされ、勢いの止まった頃には意識はあるが立てそうになかった。彼女は、私に優しく接してくれた一人の先輩だ。さん付けはしないで、と言われているがあんなに私に親切にしてくれた彼女のことを呼び捨てにできるものか。

 怒りが湧いてくる。沸々と煮えたぎる怒りは、自分へのものでもあるが、ゴライアスという生物に対しての確かな敵意から生まれるものだ。

 

 私なら、できる。

 

「【爆ぜよ】」

 

 私の声に気が付いたのかロアは、ニヤリと笑うともう戦うことのできないケーレさんの分まで片腕でゴライアスの相手を務める。よく見れば、彼のゴライアスの重い一撃一撃を槍で綺麗に受け流しているその動きはまるで美しい舞を見ているようだった。

 

「【強者、弱者も選ばずただ無慈悲なる鉄槌に震えるがいい】」

 

 私の小さな声で。でも、確かな言葉を紡いでいく。狙うはゴライアスの心臓部にあると思われる魔石。私を守るようにゴライアスと互角にやり合う彼の後ろ姿を私は信頼している。

 もう、震えも恐怖も私にはない。

 

「【仲間、同胞、主神。我が至宝を守護せんとする礎となれ】!」

 

 ちっぽけな私の全力の叫びは、この広い空間におおきく響き渡った。その後に聞こえたのは、耳をつんざくようなあの轟音。

 でも、もう私にはその轟音が仲間を助ける鐘の音にさえ聞こえていたのであった。

 舞い上がる煙の中で、コッコッコッと小気味よく響く足音の方角に視線を向ける。すでに意識を落としてしまい眠っているケーレと彼女を片腕で抱えるロア団長だ。

 

「見事だ、エウリカ。トラウマ克服おめでとう」

 

 その言葉を聞いた瞬間、涙が溢れて来た。これは、トラウマのものじゃない。涙が勝手に出てくるのだ。

 

「………すみません、兄貴。俺がでしゃばったせいで……!」

 

 悔しさか無力感かで顔を歪めるルドロットにロアはため息を一つこぼす。

 

「はぁ、本当だったら殴ってやりたいところだったが、どうにも腕が動かん。どうしてくれるんだ」

「すいません!!」

「………けど、お前が見た限り俺たちは劣勢に見えたから加勢しに来てくれたんだろ? それは紛れもなく俺の実力不足だ。それを申し訳なく思ってるのなら、もうその兄貴って呼び方やめて団長と呼べ」

「ッ! はいっ! ロア団長!!!」

 

 微笑ましい光景だ。その後にルドロットも私を褒めてくれて嬉しかったし、役に立てたんだと思うこともできたが、ルドロットの表情は少しだけ暗かった。やはり、まだ引きずってるのだろうか? そう、私は一応年上なのだ。今度それとなく相談に乗ってあげよう。

 

 受け入れたくない現実は唐突に現れるものなのだと私は思い知らされる。

 

 明るい話で盛り上がっているとき、爆発による霧が晴れた。

 そして、霧の向こうには巨大な魔石が転がっているはずだった。あるのは魔石ではなく、巨大な人影。

 それに気づいたのは私だけではないようで、団長も穏やかな表情とは一転して険しい表情を浮かべる。

 

「……今回だけは空気を読んで欲しかったな」

 

 ロア団長はポツリと呟くと、ケーレさんを私に預ける。

 私のせいだ。私が仕留めきれなかったから、こんなことに……。

 そして、もう一つ最悪なことに気がついてしまった。

 

「団長、槍は……?」

「………悪いが最後の奴の拳を防いだ際に限界が来た。思い入れのある武器だったが、仕方ない」

 

 そういう意味じゃないのだ。武器がなければ、人間は何もできない。例えそれが神の恩恵を受けている者だとしてもだ。それに、彼とゴライアスとでの実力差は明白だ。

 そういえば、彼には強力な付与魔法(エンチャント)が……!

 

「魔力はもうそこを尽きた。酷使しすぎたせいで……ゴハッ! このザマだ」

 

 団長は血反吐を吐いて自嘲気味に笑い出す。笑ってる場合か。

 私は後一発魔法が打てる。打てば精神疲弊(マインドダウン)は免れないが、団長一人で倒すのは無理があるのだ。幸いなことに、ゴライアスは右肩からの腕がごっそり無くなっており、巨大な魔石が剥き出しになっている。

 

「ルドロット、応戦を頼む。エウリカ、もう一発いけるな?」

「「はいッ!」」

 

 死闘を覚悟したその時、更なる最悪な知らせが届いてしまった。

 

「おやおや、まだしぶとく生きていたとは。死に様を見ておこうと思ったのですが、中々実に往生際が悪いのですね」

 

 私たちの背後に闇派閥(イヴィルス)の幹部、ヴィトーが登場したのだった。



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