架空原作TS闇深勘違い学園モノ (キヨ@ハーメルン)
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プロローグ
思い出のゲーム


 

 

『スカーレット・ダイアリー』

 かつて、そう呼ばれたゲームがあった。

 

 日本語で言えば緋色の日記帳。初めて聞いた人は何ともありきたりな名前のゲームだと鼻で笑うだろう。実際その内容は……言っては悪いが、割とありきたりな物だった。

 勇者が世界を守る為に悪と戦うという、ただそれだけの話は……いや、勿論それが悪いとは言わない。だが当然ながら斬新さはまるで無く、むしろ伝統文化にも似た趣があった。それこそ異世界転生モノの神様やステータス。ラノベに出てくる不可思議な学園ぐらいには伝統的だろう。稀によくあるという奴だ。

 

 しかもシミュレーションゲーム、それもタワーディフェンスと呼ばれる形式で出されたそれは、案の定幾つかの先行作品との類似性を持っており、オリジナリティーは低め。特に操作性やUIに関しては既視感しか無く……まぁ、仮にリスペクトだとしても、やはり独自性は低かった。

 

 ──だがそれでも、私は『スカーレット・ダイアリー』が好きだった。

 

 ダークファンタジー寄りで、まるで本当にその世界があるかの様な緻密な世界観が。そして本当に生きているかの様なキャラクター達が。私はとても気に入っていた。

 特に序盤のお助けキャラである吸血鬼の姫君……レナは一番のお気に入りだ。残念な事に彼女は物語中盤で惨殺され、途中退場してしまうのだが、それでも物語に彩りを添えてくれたのは彼女だ。というか、彼女が居なければそもそもあのゲームをクリアする事はなかっただろう。

 

 ──今でも思い出す。彼女を失った怒りと悲しさのままにプレイした事を。

 

 私としては珍しく情熱的だったと自覚している。だが、仕方がないだろう? 性癖ド真ん中ドストライクだったのだから。必死こいて周回プレイを繰り返し、隠しルートを探したのは良い思い出だ。……そんな物が無かった時の絶望も、後から思い返すぶんには笑っていられる。好きなキャラが惨殺されるところを何度も見るというマゾじみた苦行のせいで、妙な性癖に目覚めてしまった事も含めて。

 

 だが、しかし、残念な事に。そんな思い出は個人の物に過ぎず。

 探せばある程度のオリジナリティーしか持たない『スカーレット・ダイアリー』は、当然の如く人気はあんまり無く。売れている、とか。大人気! とは……嘘でも言えないゲームだった。

 

 そんな『スカーレット・ダイアリー』に救いがあるとすれば、企業ではなく個人が出していた同人ゲームだったと言う事か。

 

 好きが高じて自分でゲームを作ってしまう──無いなら作ると言わんばかりの──人達というのは常に一定数居る物で。

 そんな名も知れぬ誰かが、誰の手も借りずたった一人で作り上げたゲームとしては『スカーレット・ダイアリー』は異例の完成度を誇っていただろう。現に、同人ゲーム愛好家の中ではそれなりに知られた作品でもあった。

 

 だが……やはり個人故の広報の弱さは如何ともし難く。失踪に向けて全力疾走していた製作者が本当に行方不明になってしまった事もあって、熱心なファンが口コミで広める以外に広報らしい広報は出来ておらず、プレイ人口は極めて低調だったと記憶している。

 とはいえ、たまに愛好家──バッドエンドやゲームオーバー時の表現描写に妙に力が入っており、可哀想は可愛い派から根強い支持を得ていた──が掲示板にスレを立てれば、チラホラとどこからともなく数人が顔を見せる程度のプレイ人口があったのも確かだ。

 

 斯くいう私も、コイツから離れられない人間の一人だった。

 常にプレイしている、という訳ではないものの。思い出したかの様に引っ張り出しては繰り返しプレイしていたのだ。それこそ、気付いたらプレイ時間がカンストして表記がバグる──数字が謎の文字列に置き換わる──程度には遊び込んでいた。ストーリーやアイテムの類いは粗方記憶しているし、キャラストーリーや世界観もちゃんと覚えている。隠しステージや隠しアイテムの手に入れ方もバッチリだ。嗜み程度にはバグ技だって使える。

 愛していた……かは分からない。だが、好みのゲームだったのは確かだ。飽きっぽく面倒臭がりな私が好んだ数少ないゲームの一つ。それが『スカーレット・ダイアリー』というゲームだ。

 

 さて、ここまで愛着を見せつつボコボコにするというDV野郎の手口でこき下ろした『スカーレット・ダイアリー』だが、コイツには他には無い点が一つだけ、たった一つだけある。

 それは…………生前の私がプレイした、最後のゲームだと言う事だ。

 

 

 

「薄々そうじゃないかとは思っていたが、本当に『スカーレット・ダイアリー』の世界とはねぇ……」

 

 驚きだ。私はそう肩をすくめて、そっとため息を吐く。こんな事なら別のゲームをやるんだったと。

 全く、プレイ時間カンストしたゲームに送り込まれて嬉しいか? そう聞かれて元気よくイエェスッ! と返事出来る者は幸せだ。マトモだと言えるだろう。

 

 だが、そうではない者も世の中には居る。

 

 死に覚えゲー、主人公にすら厳しいエロゲ、殺意しかない道行き、ドンパチ賑やか末期戦、そもそも初手で世界が滅んでる、上位存在がデカい顔して人々を駒扱いしてる等……要するに、世界観が暗かったり死亡率やバッドエンド率が高いせいで、ゲームとしては楽しいけど実際には近寄りたくない世界。そんな世界を愛してしまった者達は、泣き叫んで許しを請うだろう。それだけは止めてくれと。

 主に某同人サークルや某企業のアレとかアレとかアレのファン達とかがこれに該当……いや、彼らはむしろ喜びそうだな? 

 

 ──まぁ、私には喜ぶ暇も泣く暇も無かったんだが。

 

 何せ──その辺りの記憶が消し飛んでいるので確たる証拠は無いが──ポックリ逝ったと思った次の瞬間にはこの世界、『スカーレット・ダイアリー』の世界に居たのだ。神やら悪魔やらと面会する事すら無かった以上、喜びながら泣き叫ぶ暇が無いのは当たり前だろう。

 ノータイム転生とかマジかい? そう再びため息を吐いた私は、ボンヤリと辺りを見回す。私以外には誰もいない、薄暗い書庫を。

 

「転生したのは……まぁ、良かろうさ。宇宙は広く、世の中もまた広い。そういう事もあるだろう。記憶を持ったまま転生した事、そして転生先が異世界だった事。それら自体に文句は無いとも。欠片もね」

 

 実のところ、転生した後も記憶を持っている人間というのは少数ながら実在する──実はだいぶ前に科学的裏付けを得ている──のだし、無限に広がる大宇宙があるのだから異世界があってもおかしくはない。ならその二つが組み合わさってしまう確率は僅かながらとはいえ確かに存在している訳で、何も、何も問題は無い話だった。……そこまでは。

 

「だが、まさかよりによってあの『スカーレット・ダイアリー』とは。聞いてないよ。私はそんな話は聞いてない」

 

 ファッキンゴッド。そう中指を突き立てたいのを必死に我慢し、その代わりとばかりにもう一度ため息を吐き散らかす。やってられんと。

 そう、何よりも問題だったのは、転生した先が『スカーレット・ダイアリー』の世界……つまり、ダークファンタジー世界二歩手前の異世界だった事だ。

 

「緋色の世界は、初手でほぼほぼ詰んでいるんだぞ? 勇者と魔王の戦いと言えば簡単だが、その内実は救いのない絶滅戦争。人類勢力と魔王軍の和解は不可能で、どちらかが全滅するまで戦いは続く。ゲームのストーリー通りでも人類、魔族問わず人が死にまくるし、世界に怨嗟の声と呪いが満ちてしまっている。神々の救いは無く、頼みの勇者もほぼ孤立無援で戦わなければならない。仮に世界を救えたとしても、その果てにあるのが呪われた大地では……延命にもならん」

 

 次回作があるなら間違いなくダークファンタジーになる。古式ゆかしいアレとかアレみたいに。そう断言されるゲーム世界に、私は転生してしまった。生き残れるかも怪しい、暗く陰鬱な世界に。

 しかも、問題はそれだけではない。

 なんと転生者たる私は彼から彼女に……つまり性別が男から女へと変わってしまっているのだ。ついでにいえば“邪教徒の実験体”だった事も腹立たしい。

 

 人造人間、あるいはホムンクルス。

 

 私が転生し、彼女となった肉体は人間ではなかった。

 マッドでサイエンティストな邪教徒共の夢の果て、永劫の命を手に入れる為の実験体。強大な不死者の肉片を元としつつ、そこに無数の生物を組み合わせたキメラであり、プロトタイプの人工不死者として作られたホムンクルス。それが私だ。

 

 見た目こそ黒髪黒目の美少女だが、その正体はバケモノとしか言いようがない存在。製造ナンバー217番。既に失敗した名も無き姉妹達の屍の上に、私は転生した。間もなく実験の為に消費されるモノとして。

 

「思えば、あの頃は最悪の毎日だったなぁ……」

 

 目が覚めたと思ったら邪教徒の実験体だった私の絶望。筆舌に尽くし難い。その後のボロ雑巾ぶりに至っては我が事ながら泣けてくる始末だ。

 とはいえ、私は運の良い方だった。日々妙な薬をブチ込まれ、データを取られ、苦痛を伴う実験材料にされて。今度は脳ミソに電極でも刺すか、虫の苗床にするか……そんな話が耳に入った次の日、不幸中の幸いという奴が起きたのだから。

 

 何の事はない。連中の施設が“不慮の事故”で壊滅したのだ。

 

 千載一遇の好機。

 

 私は、それを逃さなかった。警備、及び防衛設備がザルな事を事前に把握していたのも手伝って、私は人工不死者のプロトタイプモデルとして持たされた能力の全てを用いて脱出を敢行した。

 突如として発生した混乱に乗じてどこぞのビッグなボスな蛇の様にスニーキングしつつ情報を集め、整理し、施設から脱出。そのまま邪教徒のロッジを強襲しようとしていた救出部隊と入れ違いになりつつ、つい衝動的に森の中へと飛び込んで…………私は安寧を手にした。手にしてしまった。

 

「上手いこと不慮の事故のドサクサに紛れて脱出なんて、ハリウッド映画に出てる気分だったね。あの時ばかりは。……そして、地獄を抜け出してたどり着いたのは、人っ子一人いない天文台。ここが隠しステージの一つで、しかも図書館を併設していたのは幸いでしかなかった」

 

 ハリウッド映画さながらのアクションの果て、私は予定なんて無いままここにたどり着く事が出来たのだ。本当に、幸運でしかない。

 しかも何故か読める──間違いなく実験体として身体をいじられたせいだ。おのれショッカー! ──本を片っ端から読み解いた結果、地名や固有名詞、魔法やアイテム等の呼び名からこの世界が『スカーレット・ダイアリー』の世界かそれに近い世界だと判断出来たのも……まぁ、良い。良くないけど良い。結果オーライだ。死ななきゃ安い。まだ死んでない。つまり私は幸運だった。そういう事にしておく。

 

「性別が変わったのも……まぁ、このさい良かろうさ。他の事に比べれば、まだ希望というのが見いだせる」

 

 即ち、男から女へ。我が身がグルリと性転換してしまった事も……実験体にされた事や『スカーレット・ダイアリー』の世界に来た事に比べれば、些事でしかなかった。

 とはいえ、恐るべき奇跡のビフォーアフターなのは確かだ。不幸中の幸い? は見てくれに関しては三百倍はマシになったという事か。

 

「これで名状し難いバケモノだったり、おぞましい見た目なら嘆くしかなかったが……まぁ、この見た目ではな。他に嘆く事が多過ぎるせいか、イマイチ、嘆く気になれん」

 

 チラリ、と。図書館の一角に埋め込まれている姿見に視線をやって見る。

 そこに映っているのは推定年齢中学生程のケモミミ少女だ。年齢にしても低めの身長。気怠げな黒目に、肩口まで伸びた寝癖が目立つ黒髪。そしてそれらと同じ色の、ピコピコふりふりと動く……オオカミのミミとモフモフの尻尾。その上、目鼻立ちは非常に整っており。身綺麗に出来ていない事を考えれば、充分以上に美少女だろう。トップアイドルは無理でも、その二つか三つ下ぐらいは狙えそうな見た目だ。ピコピコと動くケモミミも相まってか、控え目にいって可愛らしい。

 

 ──だが、私だ。

 

 私なのだ。どれだけ可愛らしいケモミミ美少女でも、私なのだ。

 我が愚息が消滅し、グヘヘな目的で消費される身になったのは…………残念としか言い様がない。あとちょっとで初体験がキモい虫とのズッコンバッコンになっていた事もあって、本当に残念としか言い様がない。ないが、こればかりは愚痴ってもどうにもならんので脇に流す。何? 流しが詰まった? そうだろうとも。流せるものか。だが流せ。無理矢理にでも。

 ここは、あの『スカーレット・ダイアリー』の世界なのだから。

 

「緋色の世界は運命の星が落ちたところから始まるが……あれは、つい先日地に落ちた。他ならぬ私がこの目で確認したからな。間違いない。という事は、ストーリーが始まったと見て良い訳だが……さて?」

 

 運命の星。ゲーム開始時、プロローグの中で彗星として落ちてくるこの星は今や既に落ちた後なのだ。私もこの天文台からそれを観測しており、あれがただの流れ星の類いとは致命的に異なる事を確信している。古文書に記された絶望と終末を告げる天の啓示。魔物に押し込まれた人類にチェックメイトを掛ける最後の一手……確かに、それだけの“圧”が秘められていたのだ。あれには。

 となれば緋色のゲームストーリーが始まったと見て問題は無い。勿論、ひょっとしたらクロスオーバーとか、ただの偶然の一致という可能性もあるにはある。

 だが、今は『スカーレット・ダイアリー』のストーリーが始まったと考えるべきだろう。時系列も一致しており、今後はゲームストーリーが展開していくのだと。違ったら、違ったらだ。そのときは高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応すればいい。……負けフラグ? 知らんな。

 

「今頃は古文書を知る一部の人間が右往左往しているだろうが……まぁ、直ぐに何かする必要はない。あの星はまだ落ちただけ。正体が明かされるのも、それが有効活用されるのもまだまだ先。となれば、差し当たり私がどう動くのか? 考える暇はあると思いたいが……ストーリーはもう、始まっているからな」

 

 そう、始まっているのだ。

 作中時間にして、確か一ヶ月後。主人公君は魔法学園に入学する。物語中盤まで舞台となる場所に。ストーリーに関わりたいなら、何としてでもこの一ヶ月以内に準備を整えなければならない。ゲームプロローグで運命の星が落ちたその日から、ゲーム操作可能となる入学式の日までの、一ヶ月以内に。

 

 ──だが、事は簡単ではない……

 

 何せ今回の人生の残り全てを。棚ぼたとはいえ手に入れたそれの全てを、ここで決めなければいけないのだ。

 簡単であるはずがない。高校の進路選択だってもう少し時間的猶予があるというのに、私には一ヶ月しかないのだ。しかも悩めば悩む程、準備時間は削れていく……これが簡単であるはずがない! ない、のだが。

 

「やりたい事は、もう決まってるんだなぁ。これが」

 

 いや、参ったね。そう頭の上にあるケモミミの根本をかきながら、私はそっと息を吐く。前世の私の想像力に乾杯だと。

 そう、やりたい事はもう決まっているのだ。

 人間、誰だってやりたいけどやれない事の一つぐらいあるだろう? 学校や会社にロケットランチャーをブチ込んで強制的に休みにしたいとか、巨大ロボットに乗ってみたいだとか、かめはめ波とか、アバンストラッシュとか、スペシウム光線とか……最近だと水の呼吸とかだろうか? そんなやりたいけどやれない、実現出来ない事。私にとってのそれは、既に胸の内にある。あるのだ。確かに。

 

「レナ。……レナを、助けたい」

 

 口に出てくるのは、愛しの少女の名前。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。

 レナと呼ばれるその少女は、私が『スカーレット・ダイアリー』をクリアし、プレイ時間がカンストするまで遊び込むに至ったそもそもの原因であり、いわば、私の憧憬だ。

 しかし、彼女は死ぬ。物語中盤、道半ばで惨殺される。どのルートを通っても、死に方が変わるぐらいで結局は死んでしまう……死に魅入られた少女。

 

 ──彼女を、助けたい。

 

 我ながら青臭く、そしてなんとありきたりな事だろうか? 死んでしまう原作キャラを助けたいが為に、ドンパチ賑やかな修羅場に突っ込んでいこうとは。

 もっと穏やかに過ごす事も、豪遊を送る事だって出来るというのに。だが、それでも。私が望んでいるのは、私が欲しいのは、どれだけ悩んで考えてもそれしかなかった。まるで他の全てをどこかに置いてきてしまったかの様に。強い目的意識が伴うのは、レナの生存。それだけだったのだ。

 

「──なら、構わないだろう?」

 

 これは私のエゴだ。誰かに望まれた訳でも、頼まれた訳でも無い。だがそれでも立ち止まる気になれない……たった一つの願い事。

 あの子を、ハッピーエンドのその先へ! 

 願うのはそれ一つ。自身の身の安全や保身など二の次三の次。どうせ一度死んだ安い身だ。恐れる事など何も無い。何より、今を逃せば、二度とこんなチャンスは訪れないのだ。これを逃す訳にはいかない! いかないが……焦ってはいけないぞ、私。

 焦り過ぎて初動を失敗すれば全てが水の泡。慎重に、しかし大胆に、私は私の打つべき一手を決めねばならないのだ。

 

「レナを救う。……あぁ、もう迷いも郷愁も必要ない。何度悩んでもこの結論にたどり着くなら、これしかないのだろう。だが、これは難題だぞ。この状況、前世の私が考えていたプランAに従って……主人公の側に潜みつつ地力をつけるのが一番だとは思う。しかし一先ずプランAで進めるとして、細かいところはどうする? 私の好みとしては頼りになる相談者ポジションが一番美味しいと思うが、今なら全てを知っている師匠ポジも行けなくはない。あるいは強キャラ感溢れる同級生? ふむ、それすら悩ましいね」

 

 レナを救う。そう一口にいってもやり方は色々とあるし、どんなポジションを狙うかでメリット・デメリットは異なってくる。そこに個人的な趣味も付け加えていけば……候補はまさに無限大と言えた。

 しかし、忘れてはならないのは私自身も相当強くならないといけないと言う事だ。そもそもこの世界が死にやすい世界だというのは当然として、『スカーレット・ダイアリー』は主人公やヒロインの死亡率もかなり高い世界なのだ。最高難易度でなくても些細なミスで死亡してゲームオーバーになってしまうし、即バッドエンドになる様な取り返しのつかない選択肢も極めて多い。

 この世界がどういう末路を辿る予定なのかは知らないが、ハッピーエンドを目指したいならその辺りは……今どのルートに乗っているのかは、充分に気を配っておかねばなるまい。

 推しキャラ生存の為に原作に無い新しいルートを開拓する。原作通り世界も守る。両方やらなくっちゃあならないってのが原作世界転生者のつらいところだな。覚悟はいいか? 私は出来てる。

 

「…………よし、プランAで行こう」

 

 結局、私は当初予定していたプランをそのまま実行に移す事にした。いつでも修正案に切り替える覚悟を持ち合わせつつ。

 ……ん? プランB? ねぇよ、そんなもん。

 

「手紙手紙……おぉ、あったあった」

 

 そうと決まればもう迷わない。

 私は図書館の一角から古ぼけた立派な便箋を探し当て、これまた掘り起こした羽ペンで手紙を書いていく事にする。

 レナを生存させる為に、先ずは主人公陣営に潜り込んでみようと。

 

「拝啓、王立魔法学園生徒会長レナ・グレース・シャーロット・フューリアス様。この度は──」

 

 ……………………

 …………

 ……



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第一章 幕開けの春
第1話 登用試験


 

 私、実験体番号217番。改め、ニーナ(217)、ニーナ・サイサリス──前世の名前は既に忘れた為、番号の音と花の名前を組み合わせただけの突貫工事偽名──が晴れて新たな自由を手にし、この『スカーレット・ダイアリー』の世界でどう生きていくかを決めたあの日。

 そう、手紙という名の不審物を送ってから……五日後。

 

 意外にも、というべきか? 私は物語中盤までの舞台である王立魔法学園。その正門の前に立っていた。

 理由は言うまでもない。あの手紙と呼ぶのもおこがましい迷惑メールが、あろうことか書類審査を通ってしまったのだ。郵送時間を考えれば、雇って欲しいという──色々と悩んだ結果そういう事を書いた──私の手紙が来た翌日の朝には返信したのだろう。曰く、雇っても良いと。

 全く、段階を踏みつつ三顧の礼を決め込んでやろうと思っていた私からすれば、なんとも拍子抜けな話だ。

 

 ──あるいは、それだけ人員が不足しているという事か。

 

 チラリ、と。本来守衛がつめているはずの小屋を見やりながら、私は鍵すら掛かっていない門を押し開けていく。

 止める者は居ない。見張りすら居ないのだから、当たり前といえば当たり前だが。

 

「幾らIFF……さながら敵味方識別装置の様に魔法で識別しているとはいえ、守衛すら配置できんとは。ここは王国最後の守りのはずなのだが……人員は枯渇して久しく、子供や農民を逐次投入するしかない。聞いてはいたが、末期だな。これは」

 

 この学園の周辺に敷かれた結界。そこに許可なく踏み入る者があれば警報が鳴る様な仕組みがあったと記憶しているが、それはそれとして守衛は必要だと思うのだが、最早王国……というより、人類にそんな余力は無いらしい。

 仮にもここは最前線だというのに、しかもここを抜かれると後は王都まで一直線にも関わらず。

 

 ──人類に兵なし、か。

 

 訳の分からない連中が跋扈し、後方の村が攻撃を受けて全滅している様な状態だ。警戒網も何もあったものじゃないし、組織立った抵抗が出来ているかすら怪しい……まぁ、未来ある子供の為のアカデミーを、要塞として転用している時点で今更ではあるが。

 そう嘆息しながら門をくぐり、返信にあった場所まで歩を進める私の前に、ふと、黒い蝶が飛んだ。真っ黒な蝶が、黒いのにキラキラ光る不思議なリンプンを散らしながら。

 

「これは……?」

 

 見た事の無い種だ。この世界特有の魔法的な蝶だろうか? そう──まだ面接まで時間もあるしと──好奇心からふらふらと後を追いかけて、暫く。人っ子一人いない遊歩道を歩いた果てに辿り着いたのは、運動場……だろうか? 何故か穴ぼこが目立つグラウンドに、蝶は私を導いていたらしい。

 なんとも不思議な蝶だ。そうグラウンドに降りながら改めて蝶をよく見ようとして……気づく。いや、思い出した。フレーバーテキストの一節。そうだ。これは、この蝶は! 

 

「闇精霊……まさか、貴女が直々にお出迎えとは。光栄です、と言った方が良いのかな? レナ・グレース・シャーロット・フューリアス皇女殿下?」

「別に、気にしなくていいよ。ニーナ・サイサリス」

 

 蝶の様な無数の闇精霊を従え、大きな日傘で日光を遮りながら。いつの間にか、その少女は私の前に立っていた。

 背丈が私と殆ど変わらない、中学生程に見える彼女の第一印象は……やはり月、だろうか。

 肩口を過ぎてなお長く伸びる白髪は月の光にも似た輝きを持ち。しかしその瞳は血の様に、まるで赤月の様に紅く輝いている。幼さの残る整った顔立ちは美しくも愛らしく。“夜ふかし”の途中の為か? くぁ、と可愛らしいあくびをした瞬間にチラリと見える鋭い八重歯は……吸血鬼の証拠と言わんばかりで。

 レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。通称レナ。緋色の世界で、私が最も……好きだったキャラクターが、今、私の目の前に居た。

 

 ──レナ……可愛いな。それに、綺麗だ。

 

 当たり前、というべきか。私の語彙力は早々に仕事を放棄していた。

 そりゃそうだろう。前世であれだけ愛した少女が、現実として眼の前に居るのだ。気絶もせずに正気を保っているのは偶然でしかなく、こうして差し障りなく対応出来ているのは奇跡でしかない。

 そう内心でよくやっていると頷いて……いたのが良くなかったのか。日傘をちょいと少しだけ持ち上げたレナが、どこか機嫌悪そうに口を開く。一つ良い? と。

 

「レナは、もう皇女じゃないよ? 帝国は、滅びたから」

「これは、失礼を」

 

 差し障りなく対応出来ていると言ったな? あれは嘘だ。

 貴様何一つマトモに出来んのか! そう内心で自身を叱責しつつ、私は思わず──あるいはガラにもなく──ペコリと素直に頭を下げる。本当に申し訳ないと。

 そんな私にレナはゆるりと首を振り、気にしないでと声を掛けてくれる。謝って欲しいのではないと言わんばかりに。

 

「けど、かしこまられるのは、ニガテだから……出来れば、普通に接して欲しい」

「ふ、む。あぁ、そんな目で見ないでくれ。了解したよ。なるべく、気楽に接してみよう。……それで、良いかね?」

「ん、良い」

 

 コクリ、と。そう小さく頷いたレナはコウモリ羽をパサリと少しだけ身じろぎさせて、こちらの様子をうかがってくる。

 子供っぽい、しかし、値踏みする様な目を。ホンの一瞬だけ。

 

 ──魔王軍の攻撃を最初に受けて滅亡した亡国の皇女殿下。当時としても珍しい吸血鬼の先祖返り。知識としては知っていたが……

 

 なるほど、そういう目も出来るのか。そう好きなキャラの……いや、好きな少女の新たな一面を見て内心で満足しつつ。頭では別の事を考えていた。

 即ち、ゲームでもそんな事を言っていたな、と。

 

 ──本当に、そのまんまなんだな。

 

 ゲームと同じだ。そう安易な思考をまたもや垂れ流した自分を脳内でボコボコにしながら、私はここは現実なんだぞと改めて自戒する。

 だってそうだろう? ゲームでは分からなかった事、出来なかった事が多すぎるのだ。それは立ち絵やスチルだけでは分からなかった生の彼女の可愛らしさであったり、美しさであったり……そして何より、ゲームではありえなかった、生の会話。選択肢を選んでいればそれで済む訳ではない以上、先程の様に幾らでも失言出来てしまうのだ。これ以上のヘマは出来ないというのに。

 ケジメとしてハラキリしたくなければ、二度と失言しない様にしなければならない。その為にレナに関する情報、その全てを思い出さねば……と、そう思いはするものの。南無三。残念ながらタイムアップらしく。レナが、ゆるりと口を開いた。準備は良い? と。

 

「今から登用試験を始めるけど……まだ駄目なら、待つよ?」

「登用試験? 審査は通ったのでは……あぁ、いや、実技試験。場所から察するに模擬戦という事かな? レナ?」

「そう。模擬戦。私は本気でいかないし、ニーナ・サイサリスが手紙通りの実力なら問題ないぐらいにはする。……どう? 準備出来てる?」

 

 手紙には書かなかったけど、と。そうこちらの臨機応変さを試す様な流し目を一度だけ送ってくるレナ。

 そんな彼女にマジかと、そう情けない言葉が出てこなかったのは……私が喉元で止めたから、ではない。

 彼女からの圧が、強まっていたからだ。

 言わば戦闘モード。背中を見せれば撃つと言わんばかりの雰囲気に当てられて、私は言葉を失って生つばを飲み込む。これはマズいと。だが、不思議と……いや、あるいは自然と。逃げる気にはなれなかった。

 

「私より弱い人を、これ以上抱える事は……出来ないから」

 

 負けたら、帰って? そう門の方を指差した彼女から、ぶわっと魔力の風が放たれる。

 それはただの風。風圧。だが、気負されていた私を正気付けるには充分で。

 

「上等!」

 

 好きな少女に男を見せろと言われて逃げれるか! そう内心で啖呵を切った私はバサリとローブをひるがえし、天文台から盗……頂いた魔法の杖を手元に召喚する。

 先端に刃物を、その根元に金色に輝く魔法石を、柄は異様に黒く硬い木材で、そして反対側の石づきは頑丈に。そんな槍にも似た魔法杖をスッとレナに向けて構える。戦う準備は出来ていると。

 

 ──レナに武器を向けるのは心苦しいが……! 

 

 そうも言ってられないのが現実だ。

 何せ、レナはやる気満々。手紙にそれなりに戦えると書いたのが悪かったのか? 本当に手加減してくれるのか怪しいレベルで目に力が入っている。

 赤い瞳はらんらんと輝き、契約者の心理状態を受けてか周囲の闇精霊は少しだけとはいえ肥大化しており、何が飛んで来てもおかしくない状況だ。

 とはいえ、どうやら先手は譲ってくれる様子なので……先ずは、手札を揃えるとしよう。

 

「来いッ! スケルトンソルジャー!」

 

 死霊術。

 私が最も得意とするそれは、地球世界で存在したイタコや占い師としてのそれではない。死した者を呼び出し、操る。忌まわしき禁忌の術。実にファンタジーな、そして悪趣味な、おぞましい闇の魔術なのだ。まぁ、我ながらこれはどうなのかと思わないではないのだが……我が身の特性上──マッド共に造られた死体を継ぎ接ぎしたホムンクルスとしては──死霊術が最も適性が高かったのだから仕方がない。

 まして、世界に死と呪いが満ち始めているこのご時世なら……死霊術は恐ろしい出力を叩き出す。成したい事があるのなら、その為に手段を選んでいられないなら、これしかないのだ。

 そんな思考を一瞬だけ垂れ流し、私は私が呼び出した数体のスケルトンソルジャー……骨の戦士へと目を向ける。私の手札の中でも下から数えた方が早い下級戦士。突如として現れた闇の中から這い出た彼らに肉は無く。ただの骨となった身体と、それを繋ぎ合わせる僅かな魔力と、生前使っていたのだろう雑多な武器を手に持っていた。安らかに眠っていたのを、叩き起こされて。

 

 ──禁忌とされただけはある……

 

 死してなお、見知らぬ小娘に使役され、戦わされる彼らには哀悼の意を表したいところだが……それは今ではない。

 そう胸に湧き出た感情を叩き切り、模擬戦相手であるレナを見れば……意外、というべきか? 彼女の表情は驚きに満ちていた。私に整列させられたスケルトンを見る目に、そしてその術者である私を見る目に、嫌悪は無かったのだ。

 

「意外だね。もう少し、嫌悪感が出ると思ったんだが……おぞましき死霊術師に何か言いたい事はないのかい?」

「ん、驚き。とても珍しいと思う。……死霊術を使うんだね? でも、媒体は?」

「ほう? 媒体、媒体か。それを知っているとは中々に博識だね。レナ。確かに死霊術には媒体が必要だ。遺体の一部や遺品等がね。しかしまぁ、驚いたのはこちらの方だ。一般にはあやふやな物しか伝わっていないと天文台の書物にはあったのだが……そんな目で見ても教えないよ? レナ。媒体は、秘密だ」

「む。……秘密主義者?」

「そうとも言うね。だが、魔法を使う者は大抵秘密主義ではないかい? そも魔法とは魔であり、欲でもある。それは通常秘される物であって、実際秘される事によって効力を増す物もあるんだ。であれば、秘密をペラペラ喋る者が優れた者であれるはずがないのは明白。心配する事はない。ここで秘密にされるというのは、それ自体が一つの証明でもあるんだ。違うかい?」

「……確かに」

 

 そうコクリと頷くレナに、私は曖昧な笑みを返しておく。これから戦う相手に、秘密を教える訳にはいかないと。

 いや、例えレナと戦わなくても……私はこの秘密は口にしないだろう。

 死霊術の媒体。それは死した者達を呼び出す際に用意しなければならないモノで、それはその者の遺品であったり、骨であったり、灰であったりするのだが……私が用意した媒体は、それは、私自身だからだ。

 

 ──私の身体は、事実上のキメラであり、アンデッドだ。

 

 マッドサイエンティストの夢の果て。ホムンクルスといえばまだ聞こえが良いが、その実、私の身体は様々な人間やモンスターの死体を継ぎ接ぎした物でしかないのだ。

 それはこの身体がいつ滅びてもおかしくないバケモノである証拠であり……同時に、死霊術に対して天性の才を示す物でもある。何せ、いかなるモノを呼び出そうとも、その際にいちいち媒体を用意せずともよいのだから。

 

 ──そう、どんな格の高い死霊であれ、私は媒体に困らない! 

 

 驚くレナに気を良くした私は、更に格の高い死霊を呼び出さんと杖の石突きを地に打ち付ける。

 呼び出すのは我が身の中で、今もっともやる気に満ちている幻獣。彼の者を呼び出すのは私でも消耗を避けられないのだが、しかし、見よ、あのレナの楽しげな瞳を! あの目を裏切れる訳がない……やらいでか! 

 

「汝、山稜の支配者にして、古き黄金の守護者。偉大なる獅子と翼の王! 我が呼び声に応え、来るがいい。幻獣、グリフォン!」

 

 レナの手前、そして寝ているところを呼び出されるグリフォンに気を遣い、私は精一杯の詠唱……もとい、ヨイショを敢行する。きゃーカッコイイ! 抱いて! と、そう言わんばかりのそれは…………グリフォンの心を満たした様で。

 一拍、杖の魔法石が金色に輝き、石突きを中心に闇色の魔法陣が広がる。気のせいか、レナがキラキラとした視線を向ける中、彼の王は悠然とその姿を現した。私の頭上。闇色の光に包まれながら、その暗闇をまとって。

 

 ──呼び出したのはこれで二回目だが……相変わらずのイケメン振りだな。

 

 ワシの鳴き声にも似た、しかしそれより遥かに力強い咆哮を上げて王が降り立つ。空の王たるワシの上半身と地上の王たる獅子の下半身を持つ両雄の王。グリフォン。眼光鋭く力強い彼の者は、死霊……というより、闇精霊といった出で立ちで。

 その圧倒的な威圧感とイケメン振りに、彼の王の一片が私にもある事に違和感を覚えずにはいられない──マッド共がこのグリフォンを狩れたとは思えない──が……何にせよ、これで私の盤面は整った。

 前衛にスケルトンの隊列を敷き、脇に黒きグリフォンを置いて。私は視線をレナに向ける。ダンスの準備は良いかい? と。

 

「天文台の死霊術師。ニーナ・サイサリス! ……吸血鬼の姫君に、実力を示させて貰う!」

「レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。受けて立つ」

 

 吸血鬼の姫君が小さく頷き。お誂え向きな事に太陽が雲で覆い隠された……その瞬間。私は先手必勝とばかりにグリフォンを突っ込ませる。

 先ずは小手調べ。されど小手調べ。

 正直、グリフォンを召喚した時点で実技試験は合格で良いと思うのだが……当のレナの目が、ああも輝いていてはどうしようもなかった。現に、彼女は嬉々としてグリフォンを迎撃しに掛かっている。振るわれるのは、闇精霊の絶技。

 

 ──蝶が……! 

 

 ふらふらと飛び回るだけだった蝶。それが突如として群れを成し、次々とグリフォンの進路上に割り込んで来る! 

 退けと、そう口にする暇も無くグリフォンが蝶へと接触し……瞬間、炸裂。まるで花火の様に蝶が破裂し、四方八方からグリフォンを打ちのめしていく。

 あれはゲームでも見た彼女の得意技の一つ。設置型の置き地雷だ。比較的使いやすい上にクールタイムが早く、その上充分な打撃力と驚異的なデバフを合わせ持っていたが……あれは、あくまでジャブでしかない。

 

「グリフォン、飛べ! スケルトン隊、前進!」

「──!」

 

 このままでは追撃を受けるぞと、そんな思いを指示にのせてグリフォンを上空へ退避させ、援護の為にスケルトン隊と共に私も前進する……と同時、最前列のスケルトンが弾き飛ぶ。

 レナの魔法弾だ。

 紫とも黒とも取れる魔法弾が二発、三発と飛来し、その度にスケルトン隊が削れていく。ならばと上空のグリフォンを突撃させようにも、そちらはそちらで蝶に追い回されており、とてもではないが降下できる状態にない。レナを守っている闇精霊を引き付けていると言えば聞こえは良いが……! 

 

「このままではこちらが詰められるのも事実……なれば!」

 

 最後のスケルトンが弾け飛んだ瞬間。私は杖を片手に一気に駆け出す。

 死霊術師と侮ることなかれ。私はマッド共の夢の果て、強化されたホムンクルス。素の身体能力とてオリンピック選手並なのだ。現に、数歩地を蹴り飛ばし、眼前に飛来した魔法弾を杖の刃先で打ち払えば、レナまであと三歩の距離。

 レナが腰に下げていた儀礼用らしい細身のサーベルを抜いたのを見た私は、遠慮無用とばかりに杖を振り上げる。大上段。斬り下ろしの構え。

 

「チェス、トォォォ!」

「んゅぅ!」

 

 袈裟斬り一閃。ナギナタを振り下ろす様に斬りつけた杖先は、レナの振り上げたサーベルによって迎撃される。

 片や気の抜ける叫びではあったが、しかし、状況は拮抗。鍔迫り合い。

 ギリギリと刃金を押し合い、意地と視線がぶつかり合う中。突如として均衡を破ったのは、グリフォンだ。どうやら私の指示が無い間に上空でのドッグファイトに打ち勝ち……というよりは闇精霊をスピード勝負でまいてきたらしい彼の王が、レナの背後にスルリと降り立ったのだ。いつでも、何なら今先程にでも、その鋭い爪でレナの華奢な背中を抉れる位置に。

 

「クルルゥ」

「チェックメイト。これで私の勝ち……いや、引き分けかな?」

「ん、それで良い」

 

 グリフォンと挟み撃ちにして勝利宣言……と行こうと思ったのだが、レナの指先がぷすりと私のお腹を刺して来た為に前言を撤回する。私だっていつでも勝てたと言わんばかりのそれに、確かに、相討ちですねと。

 いや、むしろ私が負けているまであるだろう。何せレナはグリフォンに強襲されるより先に、私を魔法で撃ち抜けたのだから。

 

 ──右手で押し込み、意識を鍔迫り合いに向かせて……無防備になった腹部を左手で撃ち抜く。ゲームではなかった搦め手だな。

 

 そういう搦め手を、レナはどちらかと言えば得意とする方ではある。だがゲームの中で描写された事もない手を披露されると……驚いてしまうのは、私がまだまだゲームの常識に囚われているからなのか。

 そう何度目かの自戒を自身に叩き付けてバチボコにしつつ、私は手早く杖とグリフォンを送還する。戦いは終わった。ならば、後は結果だけだと。そうレナを見てみれば、彼女は、彼女は……? 

 

 ──どこを見てるんだ……? 私のひたい、いや頭? ……違うな、もう少し上だ。

 

 私の頭の上を、帽子も何も無いのになぜか物欲しそうに見つめるレナに思わず困惑してしまう。何が見えてるんだと。

 まさかフェレンゲルシュターデン現象……? 

 そう首を傾げて、ミミをピクリとひくつかせた私は……今更になって気づく。そういえば、あったなと。レナの興味を引くモノが、私の頭の上に。

 

「……触るかい? 私のケモミミ」

「ん、良いの?」

「別に、構わないが」

「ん……」

 

 どうしようかな? そう言わんばかりに手をさまよわせるレナに思わず微笑んで、私は意識してミミを動かす。黒いオオカミのミミをピクリ、ピクリと誘うように。

 何なら尻尾も振ってやろう。ローブで見えないだろうけど。そう普段使わない筋肉を酷使する事、タップリ十秒。レナは……どうやら欲望に打ち勝ってしまったようで。小さく咳払いしてしまう。試験の結果だけど、と。

 

「ニーナ・サイサリスの実力は充分だと判断する。よって、合格。王立魔法学園は本日付けで貴女を戦闘員兼司書として雇い入れます。……おめでとう?」

「ありがとう。精一杯、頑張らせて貰うよ」

 

 これからよろしく。そうお互いに軽く握手──レナの手はひんやりと冷たく、しかし小さくて艷やかだった──した後、学園を案内してくれるというレナの言葉に甘えて、私はゆるりと彼女の後をついて行く。

 明日から直ぐにでも仕事を始める為に。

 何より……レナを、小さな吸血鬼の姫君を救う為に。私の戦いは、これからが本番なのだ──





 ニーナの魔法杖

 先端部と石突きは槍。刃の根元に金の宝玉。柄は黒く硬い木材で出来ている正体不明の魔法杖。
 持ち主の身の丈とほぼ同じかそれ以上に長いこの杖は、持ち主曰く何らかの祭具であり、金の宝玉は満月を模した物であるという。

 その証拠と言うべきか。杖のそこかしこに金の装飾が施されており、また極めて強い月の魔力を帯びているのが特徴。
 その魔力は死霊術のみならず、ありとあらゆる闇や月に連なる魔法を強化する。その力に底は無く、吸血鬼に月の加護を与え、昼間の太陽の下を活動させる事すら可能だろう。

 奇妙な点は、その材質を持ち主すら知らない点である。
 刃や宝玉は勿論、柄に使われている木材……いや、木材らしきものすらその材質が何なのか? それすらようとして知れない珍品なのだ。柄や槍の根元など強度的に怪しい部分ですら並の鋼鉄よりも硬く、近接戦闘に耐える強度を持ち。時には部位が浮遊すらしてみせるというそれは、噂によると月より飛来した品であるとも言われるが……持ち主が曖昧な笑みしか返さない以上、その真実は謎に包まれている。


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第2話 魔女の日記 Ⅰ

 

 三月 二日。

 

 万が一、記憶がこれ以上欠けてしまった時に備えて日記を付ける事にする。後で読み返せる様に、記憶を失っても少しは補完が出来る様に。

 それと箇条書き程度だが『スカーレット・ダイアリー』についてメモも残しておく。億が一の可能性を引いてしまった場合は、この文字が読めるうちにメモを確認する様に。この日記帳の最後の方だ。

 

 ……全く、記憶喪失にそなえなければならないとは。我ながらアホらしい話だ。

 まぁ、私は前世を覚えている前世持ちであると同時に、異世界転生を果たした転生者でもあるのだから……前世の記憶というのが酷く歯抜けなのは仕方ない事だろう。転生のショックというのは無視出来ない要素だ。それにマッド共に脳ミソを弄くられた果ての結果としては、上出来な部類ではないだろうか? 前世の事をまだ覚えてるだけマシと思おう。

 だとしても既に前世の名前や家族構成なんかが思い出せないのはハッキリ言ってよろしくないし、時間経過による劣化も凄まじいんだが……いや、だからこそこうして日記を付けているのだ。前世の事を完全に思い出せなくなれば、それはアイデンティティの喪失に繋がりかねない。故にボケ防止を兼ねて保険を用意する事にした訳だろう? 今の私を、日記という形で書き残す事で。

 

 ……羽ペン、思ったよりも手が疲れるな。書くのが面倒くさくなってきた。

 何か対策を考えねば。

 

 

 三月 三日。

 

 あったあった。全自動羽ペン。

 これで書くのが楽になる。なった。超楽。

 コイツは魔法世界にありがちな品だが、この『スカーレット・ダイアリー』の世界にもあるのを知っていたのは幸いだった。見た目は普通の羽ペンと然程変わらないからな。確信を持って探さなければ見つからなかっただろう。

 フレーバーテキストまで暗記してた前世の私に感謝だな。よくやった、暇人。

 

 さて、良いアイテムも手に入れた事だし、引き続き記憶を記していこう。何せ、いつ記憶が消し飛ぶか分からないからな……まぁ、転生して脳ミソが変わったのに以前の事を覚えている方が不自然だったのだ、これぐらいは仕方ない話だろう。

 

 いや、不自然というのは語弊があるな? むしろこれは自然な話だ。古代中国の道教に記述された魂魄理論──魂は精神の魂、魄は肉体の魂。気や魂は二種類あるという考え──から考えれば……身体と魂、それぞれに知識や記憶が刻まれていたと推察出来るのだ。であれば今の状況も説明がつく。魂が魂魄に分かれて存在していたからこそ、脳ミソが変わった後も前世の記憶や知識を魂に刻まれたソレから思いだせるし、脳ミソに加えて魄を欠落した故に多くを取りこぼしてしまい、魂にしかない情報は魄のサポートを得られないが為ポロポロと溢れ落ちて戻って来ないのだ。まして肉体の変化に伴い魂魄に齟齬も発生している。記憶の欠落ぐらいで済んでいるのは奇跡というべきだろう。下手すると次の瞬間アンデッド……キョンシー辺りになってもおかしくないのだ。このぐらいで済んだのは幸運だったと思わねば。

 

 しかし、驚異的なのは魂の存在か。

 いや魂の存在はある量子脳理論からのアプローチや、とある超心理学研究者の精神科教授の行った統計学的な研究結果から科学的説得力を得ていたが……まさか時空間を飛び越えて異世界まで飛翔するとは。この私の目を以ってしても見抜けなんだ。

 ある博士は脳で生まれる意識は宇宙世界で生まれる素粒子より小さい物質である為、重力、空間、時間に囚われない性質を持つと語ったが……私の魂が移動した瞬間の科学的データが取れていれば、超自然学や量子に関する研究が進んだかも知れん。

 

 うーむ。何か惜しい気分だな。

 

 

 三月 四日

 

 ああいうのはメモ欄に書くべきなんじゃないのかね? 昨日の私よ。

 

 いや、これもこの全自動羽ペンが緩いのが悪い。たぶん表層心理を読み取っているのだと思うが、それを余すところなく書き記すのはどうなんだ? ちょろっと考えただけだぞ?? 

 幾ら脳波コントロール出来る! 代物だとしても……いやまぁ、正確には魔力コントロールだが。やっている事は某アレと同じだ。主に手を使わなくて良いという辺りが、特に。

 

 ……まぁ、いい。

 無学は神の呪いであり、知識は天にいたる翼である。かの劇作家も言っていたように、知識というのは重要なのだ。実際重要。知識重点。古事記にもそう書いてある。

 

 書いてねぇよバカ野郎コノヤロウ。

 

 ……練習しないと駄目だな? この羽ペン。

 

 

 三月 五日。

 

 魔法学園に送り付けた手紙……もとい履歴書の返信が来た。

 

 返信は一文。

 登用する、との事。

 

 文書の簡潔さは流石レナと言ったところだ。面倒くさかったのだろう。あるいはこれで充分だと判断したのか……いやいや、単に忙しかったという可能性もあるな。彼女のイベ死の背景には過労や精神的ストレスがあったのだし。

 いや、だとしても試験すらないというのはそれで良いのかと思わないでもないが、まぁ、それだけ魔法学園が人員不足という話なのだろう。

 メインキャラも油断すれば永久退場するし、モブの死亡率はかなり高いからな。序盤でくたばったモブ教師陣の後任は最後まで入らなかったし。さもありなん。

 

 さて、運んでくれたコウモリ君──レナのペットだろう──もエサを食い終わった様だし、今度は魔法で送り付けずに彼に返信を預けるとしよう。

 司書として頑張りますと。

 ……スカーレット、司書、ふむ。髪を紫に染め直した方が良いかな? いや、良いか。どうせ直ぐに兼業になるんだし。

 

 …………油断するとこれだ。この羽ペンめ。

 

 

 三月 九日

 

 推しキャラと模擬戦は聞いてない。

 

 だが、何とか相討ちに持っていけたので良しとしよう。……グリフォンの奴は不貞腐れてるのか、召喚に応じなくなってしまったが、まぁ、一月もすれば機嫌も直るだろう。駄目なら長々とヨイショしてやるさ。

 

 しかし、この学園思ったより広いんだな。悪名高いかの新宿地下ダンジョン程ではないが、ゲーム以上なのも事実。

 改めて地形把握に努めなければ。

 

 

 三月 十日

 

 学園出勤初日。

 私は当初の想定通り出勤する事が出来た。同僚への挨拶は……まぁ、どうせ助けられないしとそこそこに。しかし、仕事だけは真面目にこなす事で上手いこと魔法学園に潜り込めたと言えるだろう。物語中盤まで舞台となる、文字通り世界の中心へ。

 

 まぁ、正直なところ素性調査すら無かったのは拍子抜けとしか言いようがないのだが、ダークファンタジー寸前の末期戦をやっている様な世界だと思えば、それも仕方がないのだろう。

 それに、先生としてじゃなく木っ端の司書兼事務員としてだしな。さもありなん。怪しければ殺せば良いという訳だ。殺伐。

 

 この調子だと、登校初日と洒落込まなかったのは正解だったな。今世のボディが多くの不安点を持っている事と、行動の自由度を考えて職員に紛れ込む事にしたのだが、大正解という訳だ。

 

 さてさて、レアな魔導書なんかは、今のうちに場所を把握しておきたいが……まぁ、ゆっくりやろう。幸いにもストーリー開始までまだ半月はあるし、あんまり真面目一辺倒に働き過ぎると排斥運動が起きちゃうからな。その辺りは適度に手を抜いて、程々にコミュケーションを取っておくとしよう。

 この世界にまで地獄の鬼もドン引きするKAROSHIを広める必要もあるまいて。ゆっくりのんびりとやろう。ゆっくり、ゆっくり……

 

 ゆっくりしていってね! 

 

 …………もう、何も言わんぞ。私は。

 

 

 三月 十三日。

 

 素性調査が無いと言ったな? あれは嘘だ。

 

 どうにもノーガード戦法だっただけで、素性調査はしていたらしい。

 雇った後に。

 

 恐らく、それで黒となれば捕縛して尋問……もとい拷問に掛けるつもりだったのだろう。敵対組織の情報を得る為に。

 ギロチンまでは許容するが、苗床は勘弁して欲しい物である……え? 生爪を剥いで焼けた鉄串をブスリ? いやーキツイっす。

 

 しかし、あれだな? 『スカーレット・ダイアリー』の世界が予想よりも過酷過ぎて草も生えない。あの世界はまぁまぁ過酷な末期状態だったと記憶しているが、ここまでダークな雰囲気が表に出てきているとは。語られなかった設定なのか、あるいは……

 ……そういえば、『スカーレット・ダイアリー』のスカーレットは比喩表現だというのが通説だったな。夕日とか、血とか、つまり、世界の終わり的な意味だと。

 

 ……これ、主人公君が既に死んでいる可能性あるな? 

 暇を見て確認しに行こう。

 

 

 三月 十五日

 

 同僚──序盤でオレサマオマエマルカジリされる──や、同僚──俺帰ったら結婚するんだ──から仕事を教えて貰いながら、今日も今日とて残業である。

 残業。即ち、襲い掛かる魔物共の撃退だ。

 全く、誰だよ、こんな魔王軍の隣に学校建てたの。何? 向こうからやってきた? ボロ負けしてんじゃないよボンクラ共が……

 

 まぁ、『スカーレット・ダイアリー』のバトルシステムがタワーディフェンスな理由を身体で経験する事になったのは……ファンとして喜べば良いのか、泣けば良いのか。

 

 笑えば良いと思うよ。

 

 やかましい。羽ペン。

 

 ともかく、私は生き残った。呼んでも来ないグリフォンに見切りをつけて、死霊術でスケルトン軍団を大盤振る舞いで召喚し、ソイツらを囮にして前線を構築していたのは我ながら冴えていたとしか言いようがない。おかげで無傷だ。私はな。

 犠牲者一名。油断していたらしい同僚が上空から奇襲を受け、頭ザクロになってくたばりやがった。

 私の隣で。

 クソが。当分ハンバーグ食えないじゃないか……すき焼き食いてぇ。しかも隣でくたばったから、そこが突破口だと思われたらしく、圧力が三倍になりやがったのだ。

 

 空と陸からの両面攻撃。

 押し寄せる魔物共の姿は、今思い出してもゾッとする。

 

 追加でスケルトンソルジャーを呼び出し、決死の遅滞戦を即座に開始出来たのは、プレイ時間カンスト勢の面目躍如といったところか。どこにユニットを回し、どのタイミングでスキルを使い、どうやって時間を稼ぎ、そして敵をすり潰していくか? 染み付いた技は、案外応用が効いたのだ。

 

 タワーディフェンスのちょっとした応用だ。

 

 とはいえ、それでも多勢に無勢。もしレナの救援があと一分遅れてたら……私はあそこで死んでいただろう。雨あられと打ち下ろされる魔法弾で敵の陣形が乱れてなければ、私はあのまま物量に押されて串刺しにされていた。それは間違いない。

 流石レナ。さすレナ。二度と足を向けて寝れない。今度お茶請けを持っていくから一緒にティータイムと洒落込みたいところだな。まぁ、老人共から全権をブン投げられたせいでそんな暇はないだろうけど。……ん? それは老人の責任逃れじゃないかって? そうだよ。

 

 

 三月 十七日。

 

 書類をレナに提出するついでに、少しだけレナと話す事が出来た。

 初日にあったようにゲーム通りの……いや、ゲーム以上に美しく、可愛らしい少女だ。天然というか、不思議ちゃんというか。ちょっと間の抜けたところすら愛おしく思えるね。

 

 彼女の為なら死ねる。

 

 不安なのは、ちゃんと面白い話を出来たか? という事だな。

 彼女の好みは表面上把握しているが、なにせ、その、私は喋り過ぎるからな。微笑んでくれていたから、大丈夫だとは思うんだが。

 

 

 三月 十八日。

 

 レナから休暇を貰った。昨日は楽しかったという言葉と一緒に。

 

 ……皮肉、とかではないと思う。あの子はそういう子ではないし、刺すときはナチュラルに刺してくるタイプだ。何のためらいもなく、ブスリと容赦なく。

 なので今回は額面通り、よく働いている事に対するお礼と見ていいだろう。クビとかではないはずだ。うん。

 

 という訳で、この機会に主人公君の様子を見に行こうと思う。遊びに行くところも無いしな。

 思い立ったが吉日。取り敢えず馬車……よりも死霊術で死霊馬を出して乗ったり、魔法を使って走ったり飛んだりした方が速いので、生身で主人公が居るだろう村目掛けて爆走中だ。

 グリフォン? まだ不貞腐れてるよあんにゃろう。そんなに引き分けが嫌だったのか。嫌だろうな。死んでいるとはいえ幻獣の王。プライドは山より高いだろうし。

 

 ともかく、村についたら魔法学校の司書として現地調査を云々とか言って、手当り次第にインタビューして行こうと思う。第一村人は主人公……は気が早過ぎるので、その辺のオッサンでも構わん。確か宿屋は小さいがあったはずだし、そこを拠点に調査を進めようと考えている。

 

 何せ、主人公の顔も分からんしな。

 

 ……いや、『スカーレット・ダイアリー』の主人公はある程度自由にキャラクリ出来るんだ。野郎だというのは決まっているし、キャラクリの幅も狭いんだが。狭いんだが……もし筋肉ダルマだったらどうしような? 

 いや、イケメンだったらイラッ☆と来るだろうし、成長性の無いオッサンやジジイでも困るんだが。

 無難な青年であって欲しいところだ。具体的に言えばデフォルトの状態がベスト。何も変わらない君で居て欲しい……

 

 

 三月 二十日。

 

 ショタかよォォォ! 

 

 

 三月 二十一日。

 

 ショタである。もっと言えば可愛い要素が強すぎて、殆ど男の娘である。ぶっちゃけ男には見えないあれだ。ヤツが女湯に入っても私は気づかんぞ。

 

 ……いやまぁ、そうだよな。見た目が女性的過ぎるのはともかく、年齢的にはショタでもおかしくはないのだ。年頃は十二か三か。ガチショタではないが、広義のショタだ。つまりショタだ。ガキだ。

 もうため息しか出ない。これでは色んな人から子供は戦場に出るな! と撃たれながら批判されてしまう。私的にも出来ればもう三歳ぐらい歳を食っていて欲しかったところだ。主に戦力的な意味で。

 

 とはいえ、赤ちゃんやボケジジイよりはマシ。魔法学校にさえ放り込めば何とでもなるだろう……そう思っていた時もありました。

 

 主人公、魔法学校行かないってよ。

 

 

 三月 二十二日。

 

 なめとんのか貴様? そう殴ってやりたいのは山々だったが、聞けば納得であった。

 曰く、行く理由が無い。

 

 行く理由が無いなら物語の舞台に行く訳が無い。道理である。

 ……そういえば、ゲーム主人公の魔法学校入学理由はなんだったかな? どうにも主人公の設定は──どうでもよさ過ぎたせいか──忘れてしまった。割りと重めの内容だった気がす、ん? 火事か? にしては騒ぎがおかしい──あ、しまった忘れてたァ!! 

 

 間に合──

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 厄災は突如として現れる。

 村の老婆が口を酸っぱくして繰り返し伝えていた事は、今や現実として少年に緋色の結末を見せつけていた。

 

 夕日が落ち、闇夜に染まったはずの村は赤々と燃え上がり、そこらじゅうに見知った顔が倒れている。地に伏せたその身体から血を流し、あるいは魔物に食われながら。

 そして、それは少年とて他人事ではない。まだ両親が残っているというのに、我が家はごうごうと燃え上がっているのだ。だというのに少年は……まだ、動けずにいた。炎に飛び込む勇気もなく、かといって逃げ出せる程の決意も湧かずに。

 

 当然、そんな奴は美味しいカモでしかなく。他の村人を殺し終わった数匹の魔物がギョロリ、と少年の方を向く。

 次はお前だと。

 

「ひっ……」

 

 生来気弱な質だった少年は、もう後退る事しか出来なかった。悲鳴らしい悲鳴すら出てこないまま、ズルズルと情けなく。

 だが、そんな歩みで魔物から逃れられるはずもなく。気づけば、魔物達は少年の直ぐ近くまでやってきてしまっていた。

 死ぬ。

 殺される。

 誰か助けて。

 そう恐怖が喉元まで上がってきた……その瞬間。雷光が魔物を引き裂き、少年の前に誰かが駆け込んで来る。

 ひるがえるのは黒いローブ。立ち塞がる様に、あるいは庇う様に地を踏み締めるその人影は……思ったより小さく、自分とさほど変わらない年齢に見えて。けれど、けれど。

 

「あ、貴女は……」

「下がっていたまえ、少年。それとも、私と共に戦うかね? 私はそれでも構わないぞ。仲間が増えるというのは楽でいいからな。それが優秀なら言う事はない……そうは思わないか? 少年」

 

 どこからともなく槍の様にも見える杖を召喚し、それを魔物目掛けてスッと構えて見せる少女──確か村に調査に来たという魔法学園の先生──は……こんな状況だというのに、饒舌に少年に声を掛ける。立ち上がれと。

 

 ──男の子なら、女の子の前で格好悪い事は出来ないな! 

 ──ユウも男の子ですものねぇ。でも、怪我はしちゃ駄目よ? 

 

 声が、聞こえた気がした。燃え落ちた家でも、少年の内からでもなく、少女の影の中から。陽気だった両親の声が。

 負けられない。

 死の恐怖は、不思議と消え去っていた。あるのは胸の内から湧き上がる熱い想い。少年は誰かに背を押されるかのように立ち上がり、少女の言葉に頷いて細剣を手に取る。家の玄関の前。地に突き立っていた……両親の形見を。

 

「ほう? レイピアか。しかもそれなり以上の魔法の品だ。乱造された品じゃない。職人か、あるいはダンジョン産の魔法剣。魔法のレイピア。魔法のレイピア? あぁ、いや……そうか、彼らは間に合わなかったか」

 

 残念だ。そう黒のケモミミをしゅんと力なく伏せながらも、彼女は寄ってくる魔物を次々と討ち倒していく。

 彼女の側に寄るなりグッと動きが鈍くなる魔物目掛けて魔法の紫電を浴びせ、あるいは杖の石付きを強かに突き込んで。

 紫電一閃。今もまた魔法の雷が魔物達を切り裂いて討ち滅ぼしていく。その有り様は正しく無双。少年がレイピア片手に彼女の横に立つ頃には、近くにいた魔物は全滅していて……しかし、少女は喜ぶ事もせずにむぅと難しそうな声を上げる。ローブをめくりあげながら、黒くてもふもふな尻尾をピンと立てて。魔物が集まって来ている、と。

 

「ふぅん? なるほど、こうなる訳か。これなら確かに防衛戦になるな。……少年、戦えるな? いや、戦って貰うぞ。両脇は私が面倒を見てやる。一匹も通さんし、近づけん。君は正面の敵だけに集中するんだ。いいね?」

「っ! はい……!」

「いい返事だ。さぁ、チュートリアルと行こうか!」

 

 戦い方を教えてあげよう! そう高らかに歌い上げる様に啖呵を切った少女と共に、少年は一歩前へと踏み出していく。

 燃える村。死体となった村人。襲い掛かる魔物達。

 しかし少年の心に恐怖は既に無い。あるのは怒りとも、憎しみとも違う……燃え上がる熱い想いだけ。そんな少年の姿を、少女と暗闇だけが、暖かく見守っていた。

 

 あぁ、彼の者の戦いに……栄光あれ!





 魔法の羽ペン。
 持ち主の思考を読み取り、それを書物にそのまま書き写す魔法の羽ペン。極めて便利な品であり、世界中で広く使われている。

 だが……なぜ誰も疑問に思わないのだろう? 脳ミソも、脳ミソの代わりになる物もない羽ペンが、どうして人の思考を現せるというのか? 書くべきものと書くべきでないものを、どうやって判別するというのか?
 本当に、人が羽ペンを操っていると言えるのか? 深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いているというのに? 羽ペンが人を覗き込んでいないと、思考に介入していないと、なぜ言えるのだろう?

 注意せよ! 脳ミソが無いのに自分で考える魔法の品は、等しく闇の品なのだ! 油断大敵!


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掲示板 定まった未来の果てに

 事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである。
 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。



 

【お喋りは最後にすると言ったな?】ニーナ・サイサリスについて語るスレ Part21【あれは嘘だ】

 

1:名無しの生徒

ここはゲーム『スカーレット・ダイアリー』に登場する勇者の師匠ことニーナ・サイサリスについて語るスレです。

他キャラの話題やゲームそのものについては該当スレでどうぞ。

 

2:名無しの生徒

>>1

乙。

 

3:名無しの生徒

>>1

立て乙。

 

5:名無しの生徒

>>1

乙。だがニーナは師匠枠ではなぁい。妙にタイミングが良いだけのお喋りクソ女だッ!

 

7:名無しの生徒

新スレ早々お喋りクソ女は草。

 

8:名無しの生徒

実際お喋りクソ女なんだよなぁ。

 

10:名無しの生徒

ニーナ師匠の会話文、レナ嬢の十倍はあるからな。

……ゴメン、百倍かも知れん。

 

11:名無しの生徒

百倍は言い過ぎだろ。

終始特に関係のない雑学をタレ流してるだけの女がそんな……せいぜい主人公の百倍だって。

 

13:名無しの生徒

百倍には違いない定期。

 

14:名無しの生徒

実際初登場(ストーリー冒頭。魔物に村が襲われて大ピンチ!)の時点で喋り倒してたからな。主人公が一言、二言しか言ってないのに、ニーナはその百倍喋ってるからな。マジで。

 

15:名無しの生徒

片手間で魔物をボコボコにしながら延々と喋ってるからなぁ。

その後のチュートリアルバトルも解説(説明は割りと簡素で分かりやすい)したり、戦闘中喋ったりで本当に主人公の百倍喋るからな。この女。

 

16:名無しの生徒

単体性能はぶっちゃけ低い(それでも上から数えた方が早い)んだけど、スキル(死霊術)がアホほど使いやすいんだよな。

まぁまぁの強さのユニットをゼロコストで無限に召喚、配置できるのは強すぎる。初心者にも玄人にも使いやすいブッ壊れスキル。しかもスロウや継続ダメージ等の多彩なデバフまで使える。タワーディフェンスで欲しいスキルを全部持ってる上に、それを初心者に丁寧に教えてくれる師匠マジ師匠。

なお離脱時期とお喋り。

 

17:名無しの生徒

初登場時のイベントスチルとか、完全に正ヒロインだったんだよなぁ。

なおその後。

 

18:名無しの生徒

>>17

ニーナさんはその後も正ヒロインだろいい加減にしろ!

 

19:名無しの生徒

お、そうだな(数々のお喋りクソ女ムーブから目をそらしつつ)

 

20:名無しの生徒

チュートリアルバトルだからめっちゃ喋るんだなと思ったワイ。あれが素だと知って色々察する。なおその後予想に反して師匠は惨殺された模様(罪悪感からファンになりましたコンチクショウ)

 

21:名無しの生徒

お喋りは終わりにしろ。OK?

 

22:名無しの生徒

>>21

OK!(ズドン)

 

25:名無しの生徒

常に最大サイズの文字ウィンドウを表示させる女。ニーナ・サイサリス。

 

27:名無しの生徒

やめて! もう文字ウィンドウを休ませてあげて!

 

28:名無しの生徒

アイツの文字ウィンドウが小さい時、一瞬誰が喋ってるか分からなくなるからな。

死に際とか特に。

 

35:名無しの生徒

ニーナちゃんに性癖壊されたニキ多そう……

 

37:名無しの生徒

>>35

多いから未だにスレがあるんだよなぁ。

 

38:名無しの生徒

堕としたニキの数なら主人公(デフォルトだと男の娘)とどっこいどっこいだからな。ニーナちゃん。

 

43:名無しの生徒

こんなお喋りクソ女が人気投票でトップクラスだったという現実。コレガワカラナイ。

 

45:名無しの生徒

死に際はカワイイから……

 

46:名無しの生徒

緋色の中で一番死亡シーン(ゲームオーバーやバッドエンド含む)の多い女。なお過半数で綺麗な死亡フラグを立てる模様。

 

48:名無しの生徒

ここは任せて先に行け!

惨殺。

 

この流れは死ぬ程見たわ。何ならフラグが立った瞬間、ゲームオーバー演出を覚悟するまである。

まぁ、その度にカワイイから許すけど。

 

50:名無しの生徒

普段は強気に喋り倒してる女の子が死にたくないってボロボロ泣きながらお喋りもせず必死に奮戦する事でしか得られない栄養素がある。

 

51:名無しの生徒

その結果どうなりましたか?

 

52:名無しの生徒

肉片と遺品は残ったから……

 

55:名無しの生徒

ニーナの遺品、血塗られたローブ。

彼女の鮮血で染まり、ドス黒くなった魔法のローブ。誰かと話す事が大好きだった彼女が愛用していたそれには、未だに彼女の声が残されているという。

死に際に残した、悲痛な叫びと助けを求める声が。

 

しかし、着るべき者が着れば聞こえるはずだ。死してなお、誰かを守る為に。今も必死に助言を続ける彼女の声が。

 

56:名無しの生徒

実績にニーナの遺品Ⅰがある闇。

他のキャラは遺品がない(死なない)奴も居るんですよ!?

 

57:名無しの生徒

>>56

代わりにニーナが死ぬからな(そしてゲームオーバー)

 

58:名無しの生徒

俺はあと何回あの子犬みたいな子を殺せばいいんだ? ゼロは俺に何も言ってはくれない……

 

59:名無しの生徒

ニーナはカワイイですね。

 

60:名無しの生徒

人が死んだんだぞ! いっぱい人が死んだんだぞ!?

 

61:名無しの生徒

可哀想は可愛い派の集まりだから。ここ。

 

62:名無しの生徒

お前もその仲間に入れてやろうってんだよ!

 

63:名無しの生徒

>>62

ニーナ師匠お得意の道連れ自爆ですね。分かります。

 

65:名無しの生徒

自爆寸前、好感度が高いとレナ嬢とセットで名前を呼ばれるやつですね分かります。

 

66:名無しの生徒

ニーナはレズ。ハッキリ分かんだね。

 

68:名無しの生徒

でもコイツ、放っておくとレナ嬢とくっつかないまま死ぬからな。

流石死亡率ナンバーワン(不名誉)

 

70:名無しの生徒

お前が死ぬ度にレナ嬢が曇るんだが?

お前それでも親友か?

 

71:名無しの生徒

親友(代わりに死んでる)

 

72:名無しの生徒

すまないが、ニーナを起こさないでくれ。死ぬほど疲れてる。

 

75:名無しの生徒

よく死んでるニーナ師匠だけど、別に弱くはないんだよな。普通に強いし、ゲームシステムもあって作中トップクラスの強さ。

なおイベ死の多さとお喋り。

 

76:名無しの生徒

師匠の使う死霊術で呼び出される死霊は基本的にザコなんだけど、一部の激重ユニットはかなり強いからな。

終盤にもなると生半可な人間ユニットよりも強い始末だし。

 

77:名無しの生徒

というか、そもそも死霊じゃないのが混じってるからな……ニーナ師匠の死霊術(召喚術)

 

78:名無しの生徒

>>77

序盤は召喚者に死体だと勘違いされてたグリフォンさんの話はそこまでだ。

 

81:名無しの生徒

本人(第一形態)の強さはそこそこでしかないんだが、死霊術でユニットを無限配置出来るからな。レベルアップでクールタイムもかなり短くなるし、一人でスロウと継続ダメージ入れれるのも強い。

硬さは死霊術で重装系のを呼び出して盾にすれば良いし、無いのは瞬間火力ぐらい。あと胸。

 

82:名無しの生徒

( ゜∀゜)o彡゜ちっぱい! ちっぱい!

 

85:名無しの生徒

これでちゃんと終盤まで居てくれればな……

 

88:名無しの生徒

攻略Wikiを見ながらやっても惨殺されて離脱する女。ニーナ・サイサリス。

実質チュートリアルキャラ。

 

89:名無しの生徒

終盤のニーナ・サイサリスとか、それもうただの隠しキャラだってそれ一番言われてるから。

 

90:名無しの生徒

実際別キャラだしな。終盤のニーナ師匠。

 

91:名無しの生徒

死霊術師のクセになぜレベルアップする毎にSTRが伸びるのか? なぜ専用武器が筋力値にも補正のかかる槍つきの杖なのか?

その答えが終盤のニーナ師匠である。

 

92:名無しの生徒

師匠マジ師匠。

 

93:名無しの生徒

あらゆる衝撃に対し、一瞬で硬化するナノマシン……!

 

94:名無しの生徒

>>93

スポーツマンさんはミームの世界にお帰り下さい……

 

98:名無しの生徒

実際、主人公の師匠枠な事はある強さなんだよなぁ。自由時間や個別イベでのステータス上昇も美味しいし。

 

100:名無しの生徒

Q,自由時間にニーナ先生の授業を受けるだけでステータス爆上がりってマジですか?

 

101:名無しの生徒

A,マジです。主に知力が爆上がりしますが、それ以外も平均以上に上がります。上がらないのは運だけです。

 

103:名無しの生徒

なおニーナ師匠の序盤死亡率。

 

105:名無しの生徒

やめやめろ!

 

107:名無しの生徒

ニーナ師匠、普通にやってると序盤で死ぬからな。ニーナ先生の授業は貴重なんだ……実質チュートリアルブースト。

 

109:名無しの生徒

ニーナ先生の授業、全部受けれないんですけどー

 

110:名無しの生徒

仕様です。

 

130:名無しの生徒

RTAするならニーナ先生の授業を受けれるだけ受けて、好感度稼ぎも全部ニーナ師匠に突っ込んで、その後中盤に入るなりニーナをイベント死にさせて主人公闇落ちルート走るのがいちばん速いという。

 

133:名無しの生徒

闇落ちルートが短いのもそうなんだが、あれ、好感度を稼いでおくとニーナ師匠の遺品が殆ど手に入るからな。というかプレゼントとか上げなくても授業に出るだけで好感度がグングン上がるからな。ニーナ先生。おかげで終盤まで余裕で使えるブッ壊れ性能の装備が一通り中盤始めに揃うのがデカ過ぎる。

流石ニーナ先生。チョロい上に愛する相手にはゲキ甘。……ネックになるニーナのお喋りはスキップすれば良いし。

 

135:名無しの生徒

スキップ禁止がレギュレーションに組み込まれると途端にRTAで関わられなくなるニーナ先生。不憫カワイイよカワイイ。

 

138:名無しの生徒

お喋り聞いてやれよ……ニーナ師匠からお喋りを取ったら何が残るんだよ!

 

140:名無しの生徒

男心を完璧に理解している上に、ルートに入ると古き良き大和撫子を体現しようと頑張ってくれるいじらしい美少女(死霊使い)

 

142:名無しの生徒

三歩下がって男を立てつつ、時には甘やかすだけでなくオカンとして叱咤激励もしてくれる。

なお一件落着した後に英国式皮肉でなじってくる模様(ただしイベ死しなかった場合に限る)

 

143:名無しの生徒

十八禁版で一番エロシーンの多い女。なお死亡、敗北等のリョナシーンを含める物とする(含まないと最下位近くまで一気に下がる)

 

144:名無しの生徒

ニーナちゃんまた身体壊してる……

 

145:名無しの生徒

身体を壊す(直喩表現)

 

148:名無しの生徒

夜の性活だけでなく、料理、炊事、洗濯、子育て……およそ全てで男の理想を体現してくれるんだよな。気立ても良いし、気性も穏やか。

何より、料理の腕前は作中一番だし(これは他が自滅しただけともいう)

なお長過ぎるお喋り。

 

150:名無しの生徒

料理は実際大事。男は胃袋を掴めば何とかなる。古事記にもそう書いてある。

 

160:名無しの生徒

お喋りが無ければ完璧な美少女なんだよな。ニーナ先生。

 

163:名無しの生徒

お喋りのせいで緋色のヒロインランキング一位に成れなかった女。

 

164:名無しの生徒

お喋りの何が悪いんだ! って思ったけど、ニーナのあれは悪いわ。

聞かせる気ないもん。実質独り言。

 

180:名無しの生徒

以下抜粋。

 

「グリフォン。土地によってはグリュプスやグライフとも呼ばれるコイツはワシ、もしくはタカの上半身と獅子の下半身を持つ古き幻獣の一匹だ。その名は曲がったクチバシに由来すると言われているね。通常は古の山々に住まい、牛や馬をその鋭いかぎ爪で掴んで飛び去り食らうと伝えられている。また、時には神々の車を引くとも言われており、同じ車を引く馬をライバル視しているというのが古い伝承だ。こういった間柄から馬とは仲が悪く、古くはグリフォンと馬を交配させるようなもの、という不可能を意味することわざがあった程なんだが……生憎、オス馬は殺すがメス馬はレイプする事もあるらしくてね? グリフォンとメス馬の子としてヒッポグリフが産まれるという話もあるんだ。ちなみに、グリフォンの気性は極めて荒いんだが、ヒッポグリフはまだ手が付けられる範疇らしいよ。手順さえ踏めば騎乗する事も出来るそうだ。……ふむ? 乗ってみたそうな目だね?」

選択肢(どうすれば乗れるの?)

「お辞儀をするのだ。(主人公名)。……まぁ、冗談はさておき、グリフォンとはかくも古い幻獣なのさ。そのせいか紋章等にも広く利用されていて、各地で見る事が出来るね。黄金を発見し守るという伝説から知性を見出したり、あるいは鳥と獣の王が合体している事から王家を示す事もあるそうだ。知性と王家。何とも偉大で強大な事ではあるが、グリフォンにはそれを背負えるだけの歴史と強さがある。決して侮っていい幻獣ではないんだよ。分かったかい?」

 

185:名無しの生徒

ネタを交えながらWikiの内容を圧縮して教えてくれるニーナ先生。マジ先生。

なお、この後にちゃんと内容を理解してないと答えれない選択肢が出てくる模様(二敗)

 

186:名無しの生徒

んにゃぴ。魔法生物飼育学は受講してないですね……

 

187:名無しの生徒

そこで学べるのはヒッポグリフ定期。

 

189:名無しの生徒

飼育学なのにヒッポグリフを学べちゃ駄目なんだよなぁ。

 

210:名無しの生徒

流石は登用試験無しで司書になったお喋り女だ。お喋りの気合いが違う!

 

211:名無しの生徒

人員不足から登用試験は無い定期。木っ端で良ければ誰でも先生になれるよ! なおモブ教師の死亡率は100%の模様。

 

213:名無しの生徒

三日に一回は見てこいカルロさせられるからな。

そら誰も応募せんわ。

 

215:名無しの生徒

なんでニーナさんは司書に応募したんですかねぇ……

その辺、結局明かされなかったんですが。

 

220:名無しの生徒

有力候補の一番がお喋り相手が欲しかったからという。

悲しい生き物。ニーナ先生……

 

221:名無しの生徒

悲しきお喋りクソ女。ニーナ・サイサリス。

 

224:名無しの生徒

まぁ、あんだけベラベラ普通は知らない事を喋ってたら友達とかできないよな。

ソースは俺。

 

225:名無しの生徒

>>224

やめろ、その技は俺に効く。

 

228:名無しの生徒

だから最初に出来た友達であり親友であるレナ嬢と、先生と慕ってくれる主人公君への愛がゲキ甘なんですねぇ。

 

229:名無しの生徒

ニーナ先生に入れ込めば入れ込む程、うっかり惨殺ルート踏んだ時のダメージがね。

クセになってるんですよ……

 

230:名無しの生徒

末期患者かな?

 

240:名無しの生徒

まぁ紅茶でも飲んでリラックスしな。ニーナの面倒は俺が確り見といてやるよw

 

242:名無しの生徒

面白いやつだな。気に入った。お前の紅茶は港に投げ捨ててやる。

 

243:名無しの生徒

( ; ゜Д゜)!?

 

244:名無しの生徒

( ; ゜Д゜)!?

 

245:名無しの生徒

( ゜Д ゜)

 

246:名無しの生徒

>>245

コッチミンナ。

 

250:名無しの生徒

こういうケースは前にもあったよな?

 

251:名無しの生徒

いつも平気でやってる事だろうが! 今更御託を並べるな!

 

300:名無しの生徒

『スカーレット・ダイアリー』は続編が出るんだ。復活するんだ……

 

301:名無しの生徒

アキラメロン。もう何年経ったと思ってるんだ? あれから、もう八年だぞ……え? 八年?

 

310:名無しの生徒

いつ出るんだろうな。続編。

 

311:名無しの生徒

カネが溜まったらじゃね?

 

312:名無しの生徒

あるいはネタが溜まったらか……

 

313:名無しの生徒

周回プレイでもして気長に待つしかないわなー

 

330:名無しの生徒

スカーレット・ダイアリー、万歳!

 

336:名無しの生徒

バンザァァァイッ!

 

345:名無しの生徒

敵の潜水艦を発見!

 

346:名無しの生徒

>>345

駄目だ!

 

347:名無しの生徒

>>345

駄目だ!

 

348:名無しの生徒

>>345

駄目だ!

 

……………………

…………

……



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第3話 吸血皇女との夜 Ⅰ

 

 時既に遅し、とはまさにあの事。

 日記を書いている途中に主人公の村が襲われる事を思い出し、慌てて主人公の元へと向かったのだが……既に彼のご両親は亡くなられた後だった。形見のレイピアがいい証拠だ。あれはキャラクリで一定の条件を満たすと初期装備になっている隠しアイテムなんだが……いや、今は脇に置こう。

 

 ──まさか、記憶があそこまで役に立たないとはね……

 

 どうにも私の記憶は転生のショックで予想以上にズタボロの役立たずと化しているらしく、その有り様には愕然とする他にない。

 不幸中の幸いは、それでも何とか主人公だけは救出する事が出来た事か。本来なら手助けは要らないのだが……恐らく、年齢が一定以下だったせいでああなったのだろう。そうでなければ一人で戦って生き残る事も出来たはずだ。

 

 ──まぁ、あの年齢。あの身体付きではな。

 

 ナニカに呼ばれる様に、慌てて駆け付けて正解だった。あの幼さに加えて、まるで女の子の様な線の細さ。お世辞にも戦士とはいえない身体では、あれだけの魔物達をバッタバッタと斬り倒す事は出来なかったはず。

 おかげで戦い方を教えてやる! しながら主人公君と共に戦う事になったのだが……やはりというべきか。奮戦虚しく、村は壊滅。主人公を残して村人は全滅した。ゲームのストーリー通りに、誰も助けられず。

 私からすれば、好都合な事に。

 外道だ。クズの考えだ。しかし、主人公という戦力を確保したいのなら、必要な犠牲でもあった。戦わなければいけない状況に追い詰め、復讐心を持たせる為に。

 

 ──その為に他人を無意識のうちに見殺しにした……とは、思いたくないが。

 

 好都合とは思ったが、そこまで腐ってはない……と思いたい。

 そんなゲスな考えに囚われているとは知らない主人公君は、あろうことか共に戦った私を信頼してしまった様で……雛鳥よろしく引っ付いて歩いてくる始末。天文台からかっぱらった隠しアイテムのローブの裾を引っ張る……のは一度だけ。だとしてもどこに行けば良いか分からないと言わんばかりの顔は迷子のそれで、そこまで人間をやめてない私としては見捨てるに見捨てれない顔だった。

 

 ──まぁ、あの年頃で親を亡くせばな……

 

 もう少し歳を食えば葬式の話でも出来るんだが、あの幼さに冷酷さを持てというのは非情でしかない。

 見てられなかった私はやむなく主人公君の親や友人、村人達……つまり今回の犠牲者の弔いを一人で主導──この場合、死霊術師だったのは不幸中の幸いだった──する事になり、その流れでただ一人生き残った主人公君の行き先も用意する事になってしまった。

 このまま魔法学園へ、と思ったのは一瞬だけ。

 どうせここまで原作通りになったのなら、と私は主人公君を道中の街に置いてきたのだ。原作で彼が身を寄せたという街に。一応、魔法学園の職員として彼の身分を保証する書類を一筆書いて渡しつつ、先立つ物として有り金を全て彼に渡して。

 

 ──だがまぁ、あれは……来るだろうな。

 

 夜。

 夕日の中で彼と別れた後、死霊術で呼び出した死霊馬──グリフォンは……言うまでもない──に乗って学園への道を爆走しながら思うのはそんな事。

 村が燃やされてから丸一日は呆然としていた主人公だが……流石は運命に愛されるだけはあるというべきか? 葬儀を終えた後、夜が二度明ける頃にはある程度は持ち直した様で、私に戦い方を問うてきていたのだ。

 とはいえ、私は仮にも職を持っている人間。レナから貰った休暇が尽きた以上、師匠面を出来ていたのはその日だけで、翌日にはああする他に無かったのだが……結果オーライというべきか? 主人公君の目には決意の様な物が視えていた。

 あちらに行けば良いのだと、目的地を明確にした強い意志が。

 

「楽しみだねぇ」

 

 人がたくさん死んだというのに、私は気楽にもそう口にしてしまう。

 ようやく物語の幕が上がったのだと。そして、その場に私が居たのだと。

 

「ッ──」

 

 ゾクリ、と。全能感にも似た暗い悦びが身体を駆け抜ける。

 駄目だ。笑うな。人が死んだんだぞ? 助けれなかったんだぞ? 明日には……今度は私が死ぬかも知れないんだぞ? 

 そう必死に自重しようとはしてみるものの。まるで効果は無く。ついに私はクスクスと含み笑いを漏らしてしまう。自分は間違いなく、あそこに居たのだと。

 

「くふっ、くふふ……主人公君が、ユウ君がまるで女の子だったのは予想外だったが、ああ、しかしようやく始まったんだ。スカーレット・ダイアリーが。緋色の世界が、記された物語が始まった! 認めよう。私はレナに会ってなおまだ夢うつつだった。いや、レナに会ったからこそ夢うつつのままだった。だが、だが……!」

 

 もう間違いはない。ここはあの世界だ。プレイ時間がカンストするまで遊び込んだ『スカーレット・ダイアリー』の世界だ! 

 勿論、油断は禁物だ。どこぞのグルグル目玉に油断大敵! と叫ばれるまでもない。

 だが、だが! ここは『スカーレット・ダイアリー』なのだ! 緋色の日記帳。誰が記したかも分からぬ、終末へと向かう世界。そこに私は居る! ここに居る! 今! あそこに! 

 

「あぁ…………楽しみだなぁ」

 

 月夜の空。亡者と化した馬を駆りながら、その上で私はケラケラと笑っていた。

 何せ、私はここから先で何が起きるかだいたい知っているのだ。それがどれくらい面白い物語か、既に知っている。しかも幕が上がった舞台を、どう楽しもうと私の自由ときてる! 

 演者の一人として懸命に戦うか。

 あるいは客席から傍観者を気取るか。

 それこそ脚本に手を加えて、全く別の物語にしてしまうか。

 自由だ。私は自由なのだ! 

 

 ──さぁ、ここからどう楽しんでくれようか? 

 

 村人を助けられなかったのは残念だし、その結果に無力感や運命の強制力を感じなくはないが……無力感はともかく、強制力そのものはそこまで強い物には思えなかった。なら、私は本当に自由だという事になる。

 推しキャラであるレナを生存させ、友人として共に居る事も出来る。

 完全に男の娘なユウ君を魔改造し、最強の主人公にする事も出来る。

 隠しアイテムや強化アイテムを総取りし、私自身が最強になる事も出来る。

 人類陣営を勝たせる事も、逆に魔王軍を勝たせる事も出来る。

 ストーリーを知っている事を利用し、第三勢力を立ち上げる事だって出来る。

 自由だ。私はどこまでも自由だった。

 

 ──さて、どうした物かな? 

 

 個人的な最推しはレナを助ける事。そしてその後は優位を確保する為に第三勢力として参戦する事だが……その為には色々と上手く立ち回る必要があるだろう。難易度でいえば、一番難しい。

 

 ──だが、だからこそ面白いとも言える。

 

 どうせやり尽くしたゲーム。なら、ハッピーエンドのその先を目指しても構わないだろう? 

 そう決意を新たにしているうちに、私はいつの間にか学園へと帰り着いていた。守衛の一人も居ない門を飛び越え、死霊馬の召喚状態を解除して返還してやり、私は足取り軽く夜の学園を歩いていく。ハッピーエンドのその先で暴れる為に、先ずはハッピーエンドを目指しておこうと。

 向かう先は、生徒会長室。理事長が不在なままのせいで、この学園の事実上の中枢となった場所。

 

 ──レナは、丁度起きてる時間のはずだが……

 

 吸血鬼である彼女は夜こそが昼間。彼女にとっての昼とは夜なのだから、彼女に会いたいのなら夜中に伺うのが礼儀と言う物だった。

 以前はレナから迎えてくれたが、こちらから伺うのなら、尚更。そう内心で頷きながら生徒会長室へと向かい、その扉をノックして見れば……やはりというべきか。一拍して声が返ってくる。良いよ、と。言葉少なげに。

 

「失礼するよ」

 

 本人に頼まれた様にあくまで軽い調子で部屋に入った私を出迎えたのは、丁度書類をやっつけ終わったらしいレナの赤い瞳だった。

 黒いコウモリ羽をパサリと動かし、雪の様な白い髪をサラリと流しながら、レナはコテンと小首を傾げて私に問うて来る。どうしたの? と。執務机の向こうから。

 

「なに、大した用は無いんだがね? 暇そうなら暇潰しに付き合ってもらおうと思って、ここまで来たんだ。どうだい? 暇かい?」

「うん、暇だよ。なにをするの?」

 

 お話し、する? そう無垢な、そしてキラキラとした目を向けてくるレナに、私は一瞬だけ目を見開いて固まってしまう。てっきり断られると思っていたせいで。

 まさか、まさかあのレナが仕事でもないのに私の話に乗ってくるとは思わなかったのだ。我ながら面倒臭い奴だと自覚している、この私のお喋りに。

 

「ん……冗談、だった?」

「いや、少し、驚いただけさ。まさかこの私の話を何度も聞こうとする者が居るとは想わなくてね。普通は二度会って話せば避けられるから、いや、戸惑っただけだよ。本当に」

 

 私としては珍しい事に、内心をそのまま口に出してしまったのは……私の目の動きを確りと見ていたレナがあんまりにもしょげてしまったからだ。オモチャを取り上げられた子供の様な、問題を解けなくて恥じ入る様な、そんなしょぼんと肩を落とされては大人しく白状するしかなった。原因は私にあるのだと。

 そう降参のポーズを取っておどけてみれば、レナはふっと表情を元に戻してくれた。無表情に近い、しかしどこか呆けた様な表情に。

 恐らく安心したのだろうが……そんなに私と話したかったのか? いや、違うな。

 

 ──確か、周りから恐れられてるのがストレスになってたんだったな? 

 

 ゲームにおけるレナの死。それとも繋がっているのが、孤独感や自己嫌悪を発端とする強いストレスだ。

 彼女は元皇女殿下というのもそうだが、その種族は人ではなく先祖返りの吸血鬼。レナ自身には何の罪も無いし、既に死んでいるご両親も……まぁ、この件では無関係も良いところなのだが、しかし、吸血鬼というのは敵。魔王軍の中でも特に強力な敵なのだ。

 そんな高貴で恐ろしい存在と、裏切り者と蔑まれる者と進んで話したいかと言われれば……さもありなん。本人自身があまり社交的で無い事も相まって、その孤独感は最後まで解消されないのだ。

 

 ──まぁ、魔王軍ってのはミスリードなんだが……

 

 これは、今は脇に置こう。

 それよりもレナだ。暇潰しだ。彼女の孤独感の解消だ。裏切り者がなんだ、彼女の可愛さと誠実さを知らない腰抜け野郎め。良いから原作知識と前世知識を持って来い! そう脳内でおやっさんがどんちゃん騒ぎを始めるものの、小道具の一つも持たずに来た私が出来る事なんてたかが知れてる訳で……止める暇も無く、お喋りな口が勝手に滑り出す。先ずは伝えて置かないといけない事から、と。

 

「実は休暇中に魔物共と一戦して来てね。要らないとは思うが一応、報告をと思ったんだ。……すまないね。のっけが仕事の話で」

「ん、別に良いよ。それで、怪我は? 大丈夫だった?」

「私は無傷だとも。スケルトンを呼び出せば盾に困らない死霊術師で良かったと思うばかりだ。何の由来があるかも分からない紫電の威力も相変わらず上々だったしね。ただ、残念な事に襲われた村は全滅。村人も一人を除いて皆殺しだ。死体や火事の片付けは終わらせて来たし、葬式も略式で済ませておいた。それと、生き残った一人は道中の町に預けて来たが……数日のうちに入学式の話を聞きつけて、ここに来るだろう。間違いなく、力を求めにね」

「……そっか」

 

 さながらマシンガン。レナの目の前でペラペラと一通り喋り倒した後になってから、ようやく喋り過ぎたかと恐る恐るレナの様子を伺う私に、彼女は微笑みを返してくれた。頑張ったねと、そう言わんばかりに。

 そんな彼女の笑みを直視出来ず、ふいと視線をそらしてしまう私に……ぽふ、と。たおやかな白い手がのせられる。頭の上、私のケモミミに触れる様に。

 

「……レナ?」

「…………駄目?」

 

 ルビーの様な、すきとおった赤い瞳。怒られるだろうかと不安げに揺れるその目を見れば、私は、もう駄目とは言えなかった。

 それどころか机から身を乗り出すレナを見かねて、つい触りやすい様にと膝を折ってしまう始末。

 自然、レナはパタパタと上機嫌に羽をゆらしながら私の頭をゆるり、ゆるりと撫で始める。決して乱暴にならないように、けれど不自然にケモミミへと手を当てながら。

 

 ──私は何をやって……いや、レナが満足してるんだ。ステイ、ステイクール……

 

 落ち着けと。そう必死に感情をコントロールしようと試みる私だが……ケモミミに触れられる度に感じるくすぐったさと、なぜか気恥ずかしくなってしまう衝動は我慢出来ず。

 ついに私は頬に血を上らせたまま、グッとうつむく他に無くなってしまう。まるでレナの様に、女子供がする様に。

 

 ──いや、今の私はその女子供だが……! 

 

 だとしても、元野郎として身を縮こませるのはどうなんだ? 男ならもう少し堂々とするべきなのではないか。

 そう思い直した私は改めて立ち上が……るのはレナの手を振り払ってしまうので、せめて顔だけでも上げておこうと、そう視線を上に向けようとした……その瞬間。レナの一声が、普段より熱っぽいそれがミミに入ってしまう。

 

 美味しそう、と。

 

「──ッ」

 

 ビクリ、と。本能的な恐怖から身を震わせて、恐る恐る視線をレナへと向けて見れば……なんという事か。彼女の瞳は赤月の様に怪しくランランと輝いており、口元から蠱惑的な八重歯が覗いていた。

 吸血鬼。

 レナの恐るべき怪物としての一面。その餌食になりかけている。そう気づいた私は慌ててその場から飛び退き、立ち上がって、レナと対峙してしまう。……本能に負けて。彼女を信じられずに。

 その結果は直ぐに出た。レナの、酷く後悔するような……くしゃくしゃな顔と共に。

 

「ぁ、ぅ……ニ、ニーナ? その、今のは」

「吸血皇女。デマだと思っていたが、実際は噂通りという訳か。驚いたよ。レナ。……私を、食おうとしたのかい?」

「ッ……ニーナ。ニーナ! ちが、違うの! 違うの……!」

「何が、違うんだい?」

 

 本能的な恐怖から、ピンと立ち上がってしまったミミと尻尾を落ち着けと伏せさせながら。私はゆっくりと深呼吸する。レナが吸血鬼なのは知っていただろうと。帝国の生き残りから、裏切り者と、吸血皇女と蔑まれていた事も、知っているはずだ。私は。改めて本人に聞くまでもない。

 それでも、それを聞いてしまった私は……やはり、動揺しているのだろうか? しているのかも知れない。食われると。その本能的な恐怖は、私の背を蹴り飛ばすには充分だったのだから。

 けれど、それでも。好きな少女の悲しげな、今にも泣きそうな瞳を見れば……いや、もう遅い。ポロポロと溢れ始めた涙を見れば、嫌でも落ち着きが勝ってくる。私は何をしているんだと。頭を殴られる様なショックと共に。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい! 違うの、あれは違うの……! レナじゃ、レナじゃないのっ!」

「レナ……」

「血なんていらない。いらないの! いらないのに、欲しくて、欲しくなって、それで、それでニーナが美味しそうに見えて……でも、違う。違うの。違うの! あれはレナじゃない! レナが欲しいのは血じゃないのっ! ニーナ、ニーナ。やめて、行かないで。レナは、レナは……!」

「レナ。……レナ・グレース・シャーロット・フューリアス!」

「ッ……! ごめん、なさい。レナ、もうニーナとは──」

 

 会わないから。そうポロポロと泣きながら、くちゃくちゃな顔で微笑まれれば……皮肉屋な私でも、例えゲームの知識が無くても、レナの本心には気づける。

 だから、つい身体が動いてしまったのは……殆ど、脊椎反射だった。

 私とレナを隔てる執務机を回り込み、彼女の涙をローブの袖で拭ったのも。月明かりに照らされる彼女をジッと真正面から見据えて、口を滑らせたのも、全て。

 

「吸血皇女の噂は嘘では無く、吸血鬼としての衝動に負けて、私の血が欲しくなってしまった……これに間違いはないね? レナ」

「あり、ません」

「よろしい。では、吸いたまえ」

「? ……??」

 

 何を言っているか分からない。そう言わんばかりに赤い瞳を見開くレナに、私はグッと服を引いて首から左肩を露出させる。吸血鬼が噛むといえば首の根元辺りだろうと。

 そんな私にレナは……より一層混乱してしまった様で。ふるふると首を振った後、困惑しかない声で私の名前を呼ぶ。ニーナ? と。

 

「何を、してるの……?」

「血を吸いたいのだろう? なら、私のを吸えばいい。ひょっとするとマズいかも知れんが……まぁ、美味しそうに見えたというなら、毒物は含まれていないだろう。どうなるにせよ、小腹を満たすには足りると思うが?」

「えっと、そうじゃなくて……その、良いの?」

「良いとも。そもそも、夜にノコノコと吸血鬼の前に出てきた私の方が悪いのだからね。おおっと、みなまで言わなくても良い。確かに私はレナにそういう吸血衝動があるとは知らなかった。頭の中を総ざらいしても出てこない知識だ。仕方ないと言えるだろう。……けれどね? レナが我慢出来ない様な状況を作っておきながら、それでウジウジ言い出す程私はセコくないのさ。自分で仕出かしたミスの責任は自分で取る。それが大人という物だろう? あぁ、自分からベッドに誘っておきながら、いざヤるとなった瞬間に常識だの法律だの警察だの裁判だのと言い出したりはしないとも。私はね」

 

 空腹のライオンの前でタップダンスを踊る様な、そんな平和ボケした危機感に欠ける行動を取っておいて、それで食われそうになったからライオンを逮捕して裁判にかけろというのは、それはお門違いという物だろう? 笑止千万。ちゃんちゃらおかしいという奴だ。

 もしそんな奴が居るならそのままライオンのエサになってやるのが世のためライオンのためであり……私に当て嵌めるのなら、このままレナに美味しく頂かれるのが筋なのだ。例え吸い殺されるとしても。

 レナに言ったように、責任は自分で取るのが大人であり。そして……

 

「詰め腹を斬るのは、男の生き様なのでね」

「……? 二ーナは、女の子……だよね?」

「…………まぁ、そうだが。気分的にね?」

 

 せめて気分的には男で居たい。ましてや、好きな少女の前では。そうレナを泣かせた罪悪感のまま、小指を斬る覚悟は出来てるぞとレナに迫る私に、なぜか、レナの方が後ろに下がってしまう。

 迷いとためらいを、顔に出しながら。

 

「えっとね、ニーナ。吸血鬼に噛まれたら、どうなるか分からないんだよ? 死んじゃうかも知れないし、人間じゃなくなっちゃうかも知れなくて、えっと……」

「知っているよ。レナ。その上で責任を取ると、そう言っているんだ。潔くハラキリするのが、我が祖国の伝統文化でね。……まぁ、そうだね。確かにいきなり吸えと言うのは奇行が過ぎたかも知れない。だが、私の本心は変わらないよ? 私が愚かなせいでレナを追い詰めて、泣かせて、それでなじりまでする様なクズに、私はなりたくない。それに君に私が責任も取れないセコい奴だとも思われたくないんだ。レナ。私に、レナを泣かせた責任を取らせてくれ」

 

 前世から好きだった少女を泣かせた罪を、ここで贖わせて欲しい。出来ないなら勝手に死ぬ。推しを泣かせた奴は市中引き回しの上、打ち首獄門。極刑然るべきなのだ。そう口にはせず、けれど衝動のまま潔く頭をグッと下げる私に……レナは何を感じたのか。

 一拍、彼女はポツリポツリと声を漏らしてくれた。まだ困惑が強く残る声で。

 

「ニーナ。ニーナは、悪くないよ、悪くない。血が欲しいのが、我慢出来ない私が悪いの。だから、ニーナに責任は……無い、よ?」

「だが、レナを泣かせた責任はある」

「? 無いよ。そんなの無い」

「ある」

「無い」

「いいや、あるね。……良いだろう。ここまで来たら誠意を見せる他に無い。刃物はないかい? 私の杖に引っ付いてる槍は切れ味が良すぎてね。ペーパーナイフか、さもなくば錆びきったナマクラが良い。それで腹を十文字に切ってみせようじゃないか。我が祖国の伝統文化をご披露しよう」

「そんなおかしな伝統文化、ある訳ない……っ! ニーナ、からかってるの? ニーナに責任は無いったら無いの!」

 

 ぷくー、と。普段の無表情はどこへやら。頬を膨らませてふぐの様にふくれてしまったレナに、私は思わず吹き出して失笑してしまう。

 ゲームではずっと大人しく、言葉少なく、死に魅入られて陰鬱に耐え凌ぐばかりだったレナが、まさかそんな顔をするとは! こんな事は全くの予想外だったのだ。

 

 ──あぁ、全く。ここはゲームの世界じゃないというのに! 

 

 どうしても、ゲームの頃の常識や印象に引っ張られてしまう。そう内心で愚かな自分にアームストロングパンチを食らわせながら、私は何とか笑いの声を収めていく。

 落ち着けと言い聞かせ、何度も深呼吸して……不思議そうな顔をしたレナに、また吹き出してしまって。今度はレナまで釣られてしまったそれが、何とか収まりがつく頃には……責任とか、そういう空気では無くなってしまっていた。

 

「ふぅ……あぁ、笑わせて貰ったよ。レナ。あそこまで笑ったのはさっきぶりだ。あんな顔も出来るとはね。もう少し、真面目な子だと思ってたんだが……あぁ、そんな顔をしないでくれ。そういう無邪気なところが嫌いな訳ではないから。ただ、そう、第一印象と違い過ぎてね? 分かるだろう? 月の様に白く美しい、吸血皇女さん?」

「むっ……分かる、けど。レナはレナだよ。それに、第一印象の事を言うならニーナだって全然違う。イジワルなところは一緒だけど、もっと静かな人だと思ってた。夜みたいに黒くて、静かで、色んな事を教えてくれる人だって」

「それは、それは。そんな風に思われていたとは、意外だな。けど、残念だったね? 私はこんなだよ。黒いのはそうだが、夜の様に綺麗な黒じゃない。静かに至っては全く真逆だ。教えるのも下手だしね。……レナが嫌なら、私の口を溶接して、あぁ、溶けた鉄でくっつけて永久に閉じてみせるが?」

「ニーナ、そんな事したら死んじゃうよ? 大丈夫。レナはニーナと話してるの、好きだよ? ニーナが死んじゃうのは、やだ……」

「──っ、ん、ぅん。そうか。なら、このままでいるとしよう」

 

 私と話しているのが好き。

 例え命を百回救っても、天地がひっくり返っても、例え洗脳したって絶対に言われないだろうと、そう思っていた言葉をこんな早々に投げつけられるとは思わなくて、私は思わず口を閉じてしまう。頬に血を上らせて、レナからそっと視線をそらして。

 にも関わらず、尻尾が勝手にブンブンと反復横跳びしているのに気づいたときには……既に遅く。レナの興味は私の尻尾へと移ってしまっていた。ロックオン、と。

 

「……触るかい?」

「良いの? その、獣人は、特に狼系の獣人はあんまり触らせないって。レナはそう聞いたよ?」

「そのレナが触りたいんだろう? なら構わないさ。触られて減るものでもない。なんなら、そのまま血を吸ってくれても構わないが?」

「血は、いい。我慢する。……尻尾、いい? ニーナ」

 

 そわそわ、わくわく。そう顔に書いてあるレナを、彼女が前世から好きな私に止めれるはずがなく。

 私はやむなく尻尾をレナへと差し出す事になった。一拍、レナが尻尾を触ろうとスッとしゃがんだ事で、彼女の長く美しい白髪が……月明かりを受けて輝く白が目に入って。私は思わず月を見上げてしまう。夜空に輝く、美しきあの星を。

 

 ──良い夜だ。

 

 吸血皇女様との夜。これが悪い物であるはずがない。

 そう微笑んでいた私が尻尾をギュッと掴まれ、悲鳴と共に飛び上がってしまうまで……あとホンの数秒の事だった。




 バケモノである自分を怖がらないで接してくれた友達を、嫌いな自分のせいで失くしそうになって泣いちゃう皇女殿下 VS 女を泣かす奴はなんであれ取り敢えずハラキリすべし。価値観昭和TS娘。ファイ!
 なお結果。


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第4話 波乱の入学式

 王立魔法学園。かつて一人の賢者が設立したと言われるこの学園は栄えある王国の中心部、その中でも特に穏やかな場所にあった。開校当時から身分、国籍を問わず優秀な者であれば誰でも魔法を学ぶ事が許されたこの学園は……今や、国境線近くで血塗られた運命を辿り、最早マトモな者は近づかない場所になってしまっていた。

 だが、それでも、この学園に利用価値がある限り、人が居なくなる日は無い。今年もまた、この全寮制の学園に入学式の日がやってきた。

 

「ここが、あの人が居る場所……」

 

 開校当時の信念は既に無く。しかしそれでも真新しい制服に見を包む少年少女が馬車から降りて、ゾロゾロと足取り重く講堂へと進んで行く中……そこに、彼は居た。

 足取り重い少年少女の中でも珍しい事に、足取り軽く颯爽と歩く少年。一見すれば……いや、二度見しようとも、何なら三度見しようと女の子にしか見えない彼は、その身体の細さに合っているとしかいえない魔法のレイピアを腰に下げ、真っ直ぐと前を向いて歩いていた。

 魔物の群れに村を滅ぼされ、とある少女に救われた事でたった一人生き残った少年、ユウ。彼は彼女の思惑通り、この学園へと来てしまっていた。とある死霊術師にとっては、好都合な事に。

 

「王立魔法学園。聞いてはいましたけど、随分陰気臭いんですのね……まるで墓場の様ですわ」

「はい、何か嫌な感じがしますね……お嬢様。ユウ」

「うん。二人が入学してくれて助かったって思えて来ちゃうね。……思っちゃ、駄目なんだけど」

「気にしないで下さいな。ノブレス・オブリージュ。貴族の責務を果たしに来ただけですから」

「お嬢様の言う通りです。気にしないで下さい」

「……うん。ありがとう」

 

 貴族の娘と、そのメイドだろうか? 金髪と青髪の麗しい少女達に囲まれながら談笑する少年は、その姿が中性的過ぎているせいか……少女三人が姦しくしている風にしか見えないものの。

 それでも、彼女がこの場に居れば、内心でこう頷くだろう。お嬢様ルートは予想外だが、それ以外はだいたいゲーム通りだなと。

 だが、少年と少女達のその後の会話は、どこぞの転生者の余裕ぶった態度を引き裂いてしまうものだった。何せゲーム通りの会話など、全くしてないのだから。

 

「それで、どなたなんです? ユウを救ったという司書の方は。領主の娘として、挨拶しない訳にはいきませんわ。あそこに先生方が何人かいらっしゃられますが……」

「うん。探してるんだけど……あの中には居ないね。外には居ないみたいだ。講堂の中かな?」

「それでは、講堂に向かいますか?」

「そうしようか。アリシアもそれで良いかな?」

「構いませんわよ。噂のニーナ女史が居ないのであれば、ここでウロウロしても仕方ありませんし……どうせ講堂には行かなければなりませんしね」

 

 因果応報。コボルトも歩けば棒に当たる。原作に無い事をすれば、それだけ未来は変わってしまうのだ。今や少年少女の会話にゲームの面影は欠片も無く……ニーナ・サイサリスの話題で持ちきりだった。あの人は今どこに、と。

 

「しかし、聞くからに凄まじい少女ですわね。そのニーナ女史は。お礼の件が無くとも、是非お会いしたいですわ」

「お嬢様。相手は死霊術師です。ユウを救ったとはいえ、その様な事を生業にしているのも事実。分かっているとは思いますが……」

「分かっています。しかし、それを言うならわたくしは貴女を側に置いておけなくなりますわ。ユウが言う事だけで判断せず、貴女の言葉だけでもなく。先ずは実際に会って、わたくし自身の目で確認する。それはいけない事かしら? ねぇ? ユウ?」

「えっと、悪い事では無いと思います? いや、あの、サーシャさん。そんなに僕を睨まないでくれると……」

「サーシャ?」

「はて、何の事でしょうか?」

「全く、もう!」

 

 和気あいあい。何とも楽しそうに談笑する少女三人……に見える集団。その集団を、もし件の少女が目撃していたら、どこぞの幼女軍人の様にムンクの叫びを披露してくれただろう。

 どうしてこうなった! と。

 しかし、どうしてこうなったかは明白だ。逆転時計や魔改造デロリアンの持ち主なら知ってて当たり前の話。

 

「んん。とにかく、講堂へ入ってしまいませんか? 周りの騎士達の視線も、少しキツくなってきましたし」

「……ユウ。もっと堂々としなさい。あの様な無駄飯食らいに気圧されるとは、それでもアリシアお嬢様の騎士ですか?」

「サーシャの言う通りですわ。ユウ。中央の騎士なんて気にしないでよろしくてよ。……とはいえ、無駄な諍いを避けるのも、また貴族の務め。ここは大人しく講堂に入るとしましょう」

 

 南米で蝶が羽ばたけば、北米でハリケーンが起こる。人、それをバタフライエフェクトと呼ぶ。

 要するに、三人の仲がゲーム開始時よりも良好なのも、会話にちょくちょくニーナの存在が出てくるのも、全て彼女の自業自得であった。

 ニーナも蝶の羽ばたきの恐ろしさは良く知っていただろうに。今更両手の中指を突き立てても遅いのだ。

 

 ……しかし、なぜか件の少女はそこには居らず。

 

 ユウ達一行が周りよりも一足早く講堂に入って、暫く。鎧を着た騎士達によって外に居た少年少女が講堂に無理矢理押し込まれ、整列も出来ない彼ら彼女らがわちゃわちゃとしたまま──ニーナが居たら皮肉がマシンガンの様に出てくるであろう状況のまま──入学式が始まる。

 ニーナのお喋り並に退屈で長ったらしい校長先生のお話……は先代校長が戦死して以降、代わりが来ないので存在せず。

 ただ一人、責任者として存命している生徒会長が壇上に上がる。半円状の大講堂。その最も目立つ場所に。そして、一拍。彼女はニーナと話すときよりも幾分硬い声で話し出す。ゆっくりと、不慣れな様子で。

 

「新入生の皆さん。始めまして。生徒会長の、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスです。この度は、本学園への入学……えっと、ありがとうございます。戦局は今なお厳しい状況で、皆さんより上の上級生は私しか居ませんが、皆さんが生き残れる事を願っています」

 

 終わります。そう言って雪の様な白髪を揺らしながら降壇するレナ元皇女殿下。

 宮廷での教育が未了だった事が丸分かりな、そんな幼い少女に拍手喝采……したであろうたった一人の少女がここに居ない以上。レナの不慣れな感が強過ぎる、色んな意味で不安しかないスピーチに拍手を送る者は誰一人としておらず。

 学園側に良い印象を持っているユウですら顔を引きつらせ、講堂全体に何とも言えない微妙な空気が流れた……その瞬間。鐘の音がゴンゴンと鳴り響く。

 始業の合図、ではない。警報だ。

 

「──職員は戦闘配置。外の騎士を連れ戻して、講堂の防衛に回して下さい。新入生の皆さんはここから出ない様に」

 

 凛、と。レナはまるで人が変わったかの様に職員へ指示を飛ばし、自分自身は足早に講堂を後にする。誰かの名前を呟きながら、どこか焦燥に駆られている様子で。

 そんな冷静とも言える一瞬の立ち振る舞い。そして職員が慌ただしくも防衛の為に動き始めたのを見てか、講堂に残された新入生の間にどこか弛緩した空気が流れる。これなら大丈夫だと……ただ一人を除いて。

 

「そうか、入学式に出てないんだ」

「ユウ?」

「ごめん。アリシア、サーシャ。僕、ちょっと外に出てくる」

 

 心ここにあらず。そう言わんばかりにフラフラと外へ出ようとしたユウの手を、メイドが、一拍遅れてお嬢様が掴む。

 何をする気ですの? と、咎める様な声が出てくるのは当たり前で。しかし、当のユウには長々と答える余裕は既に無かった。何せ、命の恩人の危機を……聞いてしまったのだから。

 

「あの人は、ニーナさんは、外に居るみたいなんだ」

「外に? それは、確かですの?」

「うん、さっき生徒会長さんが横切ったときに聞こえたんだ。ニーナ、って。まるで心配する様な声が」

「それは……どう思います? サーシャ」

「状況は良くないかと。あの生徒会長と噂の司書がどの程度親しいかは分かりませんが……噂の司書はただの死霊術師。後方支援ならともかく、魔物の攻勢に真正面から立ち向かえるはずがありません」

 

 焦って出ていったのは、素でしょうね。

 そう言葉を結んだメイド……サーシャの言葉に、お嬢様……アリシアと、ユウは顔を見合わせてコクリと頷く。以心伝心。ニーナが見れば卒倒しかねない程に、息のあったそれに淀みは無く。

 サーシャが小さくため息を吐いた事で、三人の意見はまとまってしまった。即ち……

 

「サーシャ。ユウ。続きなさい。ドーントレス家の淑女は、相手が魔物であろうと一歩も退きはしませんっ!」

「! はいっ!」

「お心のままに」

 

 各々自分の武器をいつでも取り出せる様に準備しつつ、三人は新入生をかき分けて外へと向かう。

 大講堂の大扉。そこを開け放ち、外へと飛び出した三人が見たのは……血だ。吹き上がる血しぶき。今まさに騎士の一人が討ち取られ、高々と首を上げられるところを……三人は見てしまった。

 

「ぅ……!」

「お嬢様! お下がりください。……ユウ!」

「はい! ここは僕が!」

 

 まさかいきなりスプラッタな現場に出くわすとは思って居なかったのだろう。お嬢様であるアリシアは気分悪そうに口を押さえ、思わずといった様子で後退ってしまう。

 それをカバーするのは短剣をどこからともなく取り出したメイドと、ユウだ。お嬢様とメイドが二人して後退する中、ユウだけはレイピアを引き抜いて半身に構える。来るなら来いと。

 一拍。ギョロリと視線を走らせ、ユウを見つけたらしい魔物が駆け出してくる。後三歩、後二歩……と、そこまで来て。突如として魔物が飛び上がる。上からの奇襲。その高度変化にユウは──反応してみせた。

 

「やぁぁぁっ!」

 

 刺突一閃! 更にもう一撃! 素早く振られた二度の刺突は、武器の性能も相まって魔物に致命傷を与え……スッ、と。一歩下がったユウの足元にべしゃりと魔物が落ちてくる。

 心臓と頭。急所を刺し貫かれて即死した魔物の死体が。

 残心。警戒を解かない様にしつつ、それでもひっそりと呼吸を整えるユウ。その判断は……正しい様で。周りの騎士を殺し終わったらしい魔物達が、ジリジリとユウに近づいて来ていた。その数は十、二十、三十……数えるのもバカらしい兵数だ。

 

「く、来るなら……来い!」

 

 もう僕は負けない! そうレイピアを改めて魔物に向ける彼はたった一人で……否。もう一人ではない。

 

「アリシア・ドーントレス! 参ります!」

 

 吐き気を淑女の意地で抑え込んだらしいお嬢様が、なんと大型のメイス片手に参戦してきたのだ。

 彼女はユウの少し手前まで駆け抜け、瞬間、踏み込み。跳躍! 地が砕ける程の踏み締めから飛び上がった彼女は、そのまま地面に落下しながらメイスを振り下ろす。必殺の一撃は空を切り、しかし、地にブチあたったそれは大きな地響きを引き起こす! そして、一拍。何の手品か? 魔物共がいた地面が突如として突き上がったのだ! 

 槍の様に鋭く尖った土塊の剣山。そんなものに巻き込まれては、さしもの魔物も死ぬしかない。一部の頑丈な個体だけは耐え抜いたようだが、しかし、それでも魔物は当初の半分になっていた。

 そして……参戦したのは、彼女だけではない。

 

「隙だらけですね。ウスノロ」

 

 達人! いったい何時そこに移動したというのか? 大型の魔物の脳天にスタリと降り立ったのは、アリシアのメイド。サーシャだ。

 魔物が彼女に気づいて振り落とそうと手を伸ばしたときには、彼女は既に飛び上がって退避していて……そして、仕事も終わらせた後だった。

 ズルリ、と。魔物の首がズレたのだ。

 あの一瞬で、しかも短剣で切り落としたのだと気づいた者が……果たして魔物の中に居たのか? それは定かではないが、しかし、彼女の奇襲によって大型の魔物の首は落ちた。一匹、また一匹と。

 

「サーシャさん、凄い……」

「でしょう? うちのサーシャは完璧ですのよ」

「そうかも知れません……あ、アリシアも流石でした! あれだけの一撃。流石はドーントレス家というか」

「ありがとう。ユウ。……思い出した様に言わなければ、完璧でしたわね」

「ぅ、うぅ……」

 

 しょんぼり。そう肩を落とす男の娘の横に、ゆらりと姿を表すサーシャ。見れば、既に周りの魔物は全滅していた。

 これで一件落着。そうユウとアリシアが思わず息を吐いてしまう中、サーシャの冷たい声が響く。状況は思ったより悪いのかも知れません、と。

 

「魔物の増援がこちらに向かって来ています。数は先程の比では無いでしょう。……どうされますか?」

「分かってて聞いているでしょう? サーシャ。勿論、ここを守りますわ。ドーントレス家の淑女として、退けぬ戦いです。魔物の一匹も、講堂の中へは通しません。ニーナ女史を助けに行きたいユウには、悪いですが」

「いえ、僕も賛成です。ここで逃げたら……それこそ、あの人に怒られます」

「……そう」

 

 良い先生ですね。彼女は。

 そう本人の居ない間に高得点をつける武闘派お嬢様は、従者二人と共に陣形を組む。ここは通さないと。不退転の決意で。

 

 中央の騎士達がアッサリと全滅した今。新入生達を守れるのは、三人しか居ないのだ。

 講堂防衛戦は、まだ始まったばかりだった……!





 次回。ニーナ死す。バトルスタンバイ!


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第5話 入学式の裏側で

 四月。我が祖国では桜が咲いているこの季節。収束進化の結果とでもいうのか? この学園でも桜によく似たピンク色の花が咲き誇っていた。

 この春入学する若者達を祝福するように。あるいは……

 

「死出の花、か。入学が祝われたのは一昔前の話。今じゃ、あの花の意味合いは彼岸花や鬼灯……サイサリスの花とそうは変わらない。寒い話だ」

 

 死者の為の花。偽り、ごまかし。この調子では更に良くない意味がつくのも時間の問題だろう。

 学園の北側。開校当時は申し訳程度にしかなかった城壁は拡張され、立派な要塞と化したその上で。私は冷たい風に吹き付けられながら、スケルトン達にせっせと穴掘りをさせていた。自立稼働で夜通し掘らせたかいあって、既に立派な塹壕線が一つ出来上がっているが……

 

「駄目だね。こりゃ。同僚に説明するのも面倒だから昨日の夜から始めたけど……やっぱり縦深が狭過ぎるし、鉄条網も機関銃も無い。これじゃただの横溝。サバゲーフィールドにもならない欠陥品だ。戦争には使えないね」

 

 あれでも騎馬の侵入は防げるだろうし、歩兵の侵攻速度も多少は鈍ると思う。とはいえ、縦深が狭い以上あの横溝を遮蔽物として利用もされる訳で……考えたくはないが、私の塹壕戦作戦は無駄骨に終わりそうだった。

 

 ――素人考え休むに似たり、か。

 

 やってみなければ分からないと人は言うが、素人は大人しく黙ってた方が良い場合も多い。

 声援が力になる事もあるにはあるが……残念ながら、今回は後者だったようだ。まぁ、防衛大を出た訳でもなければ、フランス外人部隊に居た訳でもない。かといって軍オタという程、軍事を専攻してもいない。この結果はさもありなんといったところだろう。

 

「よーし。スケルトン共、ちょっと休憩、撤退撤退。魔物が来るまで掘った横溝で死体のフリ作戦だ。槍を忘れるなよー」

 

 かくなる上は当たって砕けさせるのみ。そう下級戦士達を塹壕に潜ませながら、私は入学式に思いをはせる。

 今頃は大講堂で入学式が始まっている頃だろうなと。

 

「前にならえも右向け右も出来ない……整列の一つもマトモに出来んだろう少年少女を国中からかき集めて、それでやる事が屠殺? 飯もマズいクセに、この国はとんでもなく豊からしいな。人材が掃いて捨てるほどあるとは。そりゃ、ロボット人間を量産するより開放的かも知れんが……」

 

 だからって天に開放してどうする。天に。

 若い世代はちゃんと保護して、教育して、それから焦らずに経済活動をさせろ。経済活動を。経済学のイロハも知らんのか。知らんのだろうな。何せ経済学の知識が古いままでもお偉いさんになれる経済大国があるぐらいだ。ファンタジー世界の末期国家なんて、こんなものだろう。

 そう機嫌の悪さのあまり尻尾をベシベシと振り回しながら、私は改めて地の果てを睨む。そろそろのはずだがと。

 

「泣きそうになってるレナの誘いを断って、聞きたかった生スピーチも我慢して、こんな寒いところで夜明けを迎えて数時間。……さっさと来い。魔物共。汚い花火にしてやる」

 

 お前達を血祭りに上げてやる……! そう気炎を吐く私の根拠は、表向き星占いという事になっているが……本当のところは言うまでもない。原作であるゲームでは、このタイミングで襲撃があったからだ。

 まぁ、ひよっこ共の殻が取れないうちに士官学校を破壊し、在籍している士官候補生を抹殺するという意味では、戦略的に見てそう悪くない選択だ。政治的な立場や正義を気にしないでいいのなら、余計に良い手だと言えるだろう。敵指揮官の判断は間違っていないのだ。

 とはいえ、あちらも前々から準備が出来ていた訳ではないのか、ゲームでは急ごしらえ感溢れる烏合の衆……要するに、チュートリアルバトルとして申し分ない程度の戦力しか出して来なかったのも事実。

 

「けどまぁ、それでもゲームでは奇襲を受けた事もあってそこそこの被害を出していたのも確か。勝手にナレ死する様なモブとはいえ、今後の事を考えると少しでも戦力は残しておきたい……それに、幾ら死霊術師でも、顔見知りが死ぬのは気分が良くないからねぇ」

 

 せめて序章の終わりまで生き延びてくれなければ。そうボンヤリと考えていたのが、良くなかったのか。

 私は、一瞬だけ反応が遅れてしまう。地平線の彼方。空に点々と張り付いた黒い点に、直ぐに気づけなかったのだ。

 とはいえ、それは本当に一瞬の事。その黒い点々が何なのかを察した私は、即座に見張りの教員に……居眠りしていたボンクラの直ぐ横に紫電走らせて、音で叩き起こし。何が気に食わないのか怒鳴ってくるアホウに指を指してやる。あっちを見ろと。五秒。十秒。二十秒。急かす様にさらに威嚇の紫電を走らせて、更に三十秒。結局警報の鐘がゴンゴン鳴り出したのは、私が黒い点々……飛行型の魔物を見つけてからたっぷり二分は経ち、連中が警戒ラインに踏み入った後だった。

 

「…………あの野郎、レナに言って減給させてやる」

 

 アイツのせいで原作レナの心労が酷い事になったのだと思うと、庇う気も失せてしまう。警報装置任せとは、何の為の見張りなのかと。

 そうため息を吐きながら、さりとて見捨てる事も出来ず。私はソイツの背後に迫っていた小さな悪魔みたいな魔物に、三回目用にバチバチに溜めておいた紫電を直撃させる。これで義理は果たしたと。

 

「先行部隊が既に入り込んでいる? ……そうか、警報装置の穴を抜けて来たな? ん、参ったね。こっちはグリフォンの奴がまだ拗ねてるんだぞ。一番頼りになるのが欠けてるのに……っと、これは、思ったよりマズいね」

 

 警報用の鐘の下に居たマヌケが鳥型の魔物に取り囲まれているのを、チラリと確認して。しかし、私は鐘の方ではなく、自身の目前へと紫電を走らせる。

 既に私を取り囲んでいた悪魔型の魔物目掛けて、容赦なく。

 

「一匹だけかと思ったら、まさか団体様とは。ビザはお持ちですか? と聞いてやりたいところなんだが、君らその見た目で喋る脳ミソが無いんだよねぇ。哀れなカカシだよ。しかし、君らが出てくるのは、早くても中盤からだと記憶しているんだが……登場が早くないかい? 悪魔型諸君。……いや、インプモドキども」

 

 厄介な。実に厄介な事に、私を取り囲んでいるのは人間の子供程度の、しかし羽の生えた悪魔型……インプモドキだった。クケケと意味も無く笑う哀れな、姿形を模しただけのデク人形から目をそらさず。

 私は右手で紫電を放って時間を稼ぎながら、左手に愛用の魔法杖を呼び出す。近接戦闘もこなせる槍付きの杖を。その判断は間違っていなかった。

 

「ッ、お前らは本当に面倒だな!」

 

 上空から小ぶりな槍を打ち込んで来たインプから飛び退いて、背後からも突き込んでくる別のインプに杖の石突きをお見舞いしてやり。私は改めて杖を構える。油断なく、全方位を警戒しながら。

 

 ――こんな序盤でインプとはね。

 

 インプとは元々……いや、今は言うまい。とにかく、コイツらは悪魔の一種だ。下から数えた方が早い下級悪魔。ゲームだと中盤にしては高い攻撃能力と移動速度。そして一部の地形やスキルを無視する飛行能力を持ち、面倒なスキルを抱えているクソッタレだ。どこからともなく、いつの間にか後方に入り込んできたコイツにゲームオーバーへと追い込まれたり、ノーダメージクリアを阻害された事は一度や二度じゃない。見た目の醜悪さも相まって、私が嫌いな魔物の一匹と言えるだろう。

 そして、そのクソ野郎ぶりと面倒な能力は現実でもいかんなく発揮されている様で、インプ共はクケケと笑いながら、私を四方八方から取り囲む。逃しはしないと、いたぶってやると、そう言わんばかりに。

 

「確かに、君らインプをこんな序盤で相手するのは面倒極まりない。私もただではすまないだろうね……けど、勝てない道理もまた無いだろう!?」

 

 貴様らの弱点と攻略法は知り尽くしている! そう牽制とばかりに紫電を周囲に走らせた後、私は杖を構えて突撃する。

 確かに奴らは強く、面倒だ。しかし弱点が無い訳でもない。奴らはインプはインプでもインプを模したインプモドキ。偽物なのだ。その攻撃力や移動速度はオリジナルかそれ以上だが……防御能力や耐久力は、オリジナルのそれを下回る。つまり……

 

「死ねェェェ!」

 

 叩けば死ぬ! そう突き込んだ一撃をインプは避けようともせず真正面から受け、その頭を黒いチリと散らす。そのまま身体を捻って放つ二の太刀。大振りな薙ぎ払いに巻き込まれたインプ共も、クケケと笑いながら消え去っていく。手応えを残さず、何とも不気味に。

 

「えぇい! 落ちろ、カトンボ!」

 

 薄気味悪い連中が! そう早撃ちした紫電は狙い違わずインプに命中し、その個体を中継点としてまた別のインプへ、更に別のインプへと次々と感電していく。

 だが……残念な事に、早撃ちした紫電では威力が足りないらしく。インプ共はその数を減らす事なく嗤い続けており、私の攻撃はダメージを与えるに留まってしまった。流石に牽制にはなるらしいが……

 

「近接攻撃で引き裂くか、あるいは魔法を溜めてから放つ事で落とせるか……微妙な塩梅だね。自信を無くすよ。日々の訓練も怠ってないし、そもそも私は戦闘用に調整されてるんだけどねぇ?」

 

 一応程度ではあるが、戦闘用に調整されて実験された事もあるんだが。そう嘆息する……暇は流石になく。殺し方を決めたらしいインプ共が一斉に殺到してくる。

 四方八方からの突き刺し。

 対処しづらい攻撃だ。なら――!

 

「活路は、前!」

 

 正面突破! 必殺の包囲網を脱する為、私はあえて正面から敵に突っ込む。

 見る見る間に近づいてくる槍の尖端。そこから決して目を離さず……今!

 

「なめ、るなァァァ!」

 

 私の目を狙ったその一撃を、僅かに首をそらして頬で受けながら。私は槍先をインプに突き込んで……そのまま駆け抜ける!

 ピッと頬から血が吹き出るのにも構わず、チリと化して消えたインプを突破して。相変わらずの手応えの無さに引っ張られず、素早く反転して杖を構えた私の眼の前にあったのは、投擲された槍。

 咄嗟にそれを杖で弾けば、直ぐそこに次の槍が、いや、無数の槍が飛来してきていて。

 

「ぁグッ……ぅ、こ、このぉ……!」

 

 弾けたのは、ホンの数本。五本、いや六本の槍を身体で受け止める事になってしまった。

 咄嗟に投げ付けたせいか、威力不足のそれは刺さりが甘い様で……致命傷には程遠いものの。学園支給の司書服に穴と汚れが出来てしまった。

 

「最悪だね……血は落ちにくいんだぞ。あぁ、くそ、レナに新しいのを頼まないとな」

 

 今度はもっと丈夫な服を頼もう。一番良いやつを。ゲームとは違って、ローブを着てない部分の防御力が低くていけない。

 そう刺された槍を一本、二本と抜いて。ジクジクと痛みを訴える傷口から目をそらし、あるいは歯を食いしばって耐え。私はキッと前を向く。槍を無くして体当たりを仕掛けてきたインプを迎撃する為に。

 

「この馬鹿者共が、死霊術師が昼間に全力で戦える訳無いだろうに! 手加減しろ! 手加減を! この、死ね!」

 

 ガッ、と。杖をナギナタの様に振り下ろし、あるいは薙ぎ払いながら私は吠える。あっちにいけと。

 何せ私のジョブは死霊術師。後方支援型の魔法使いなのだ。しかもスケルトンは手頃なのを呼び出してしまった為に品切れ中で、ゴーストや死霊を昼間に呼び出しても効果が薄く、頼りのグリフィンはお昼寝中。となると、残る私の手札はあまり無く……

 

「来ォォい! リヴィングソード!」

 

 リヴィングデッド。生ける屍。その中でも珍しい部類に入る、生ける死霊剣。誰の手も借りず自力で浮遊し、生者を斬り殺して血を啜る恐るべき悪霊。

 お世辞にも縁起が良いとは言えないソイツを一度に二振り呼び出し……目前まで迫ったインプ目掛けてカッ飛ばす。飛んでけぇ! と。

 瞬間、死霊剣は射線上のインプを瞬く間に斬り殺し、ある程度飛行してからUターンを決め込んで群れの中へと再突撃。混乱しているインプ共相手に縦横無尽に暴れ出す。

 

――好機ッ!

 

 インプ共が対応出来ていない今がチャンスだ。

 そう確信した私はここぞとばかりに死霊術を乱打する。スケルトンではなく、生ける武器共を次々と。

 

「シールド! アックス! ハンマー! ソード! ソード! ……えぇい、面倒臭い! まとめて来い! 生ける武器共!」

 

 盾から始まり大きな斧にハンマー、それに増援の剣を更に数本。咄嗟に出せる限界量のリヴィングウェポンを呼び覚まし、私は即座にそれらをインプに向ける。

 死に晒せと。

 形勢逆転。数の有利を失ったインプ共は、弱点である耐久力の無さと生存本能の無さをつかれて次々と消滅していった。斧に、剣に、その身体を引き裂かれて。

 

「死霊術師に態勢を立て直す時間を与えた事、後悔するがいい……」

 

 奇襲さえ受けなければ何とでもなる! これで、私の勝ちだ。

 そう息を吐いた次の瞬間。鐘の方から野太い悲鳴が上がり、何かが落下していく音が……いや、潰れた音が聞こえる。

 見れば、あちらに居た鳥型の半数がこちらに向かって来ていた。もう半数は別の方に向かった様だが……

 

「チッ、死んだ奴に役立たずとは言いたくないが……!」

 

 せっかく押し切れそうだったのに、こうも敵ばかり増援が来ると文句の一つも言いたくなる。そうこれがゲームなら台パンするかコントローラをクッションに投げ付けていただろう状況の中で、それでも私は杖を振るい、紫電を放ち、死霊の手綱を握って暴れさせていた。皮肉も嫌味も我慢して、口より手を動かしながら。

 そう、私は戦えていた。全方向敵だらけで、気づけば掘った塹壕でスケルトン小隊と敵地上軍がぶつかり合う中。味方なんて全滅した戦場で、それでも、それでもまだ私は生きていたのだ。生きてさえいれば、希望は残っていると信じて。

 

 ――レナ……!

 

 ゲームでは、彼女の奮戦で新入生は守られた。実際にステージには現れなかったが、作中でレナは確かに戦っていたのだ。恐らく、今私が相手取っている者共を、たった一人で。

 しかし、今は二人だ。レナと私。二人が別々の場所で戦っている。なら、レナの負担はゲームよりは少ないはずで、そう時間を掛けずにあちらを殲滅して、私の援護に来てくれるはず。

 そう甘ったれた、レナに嫌われていない、見捨てられていない事が前提の、あやふやな希望に縋って杖を振るい…………だから、だろうか? その変化に、私は直ぐに気づけなかった。

 

「? 何だ……?」

 

 違和感。何がおかしいのかも分からないまま感じたそれに、私は一歩下がって様子を見てしまう。

 だが、それで分かった。インプ共が、その増援に来た鳥どもが、私に近づいて来ないのだ。遠巻きに取り囲みはするものの、私の間合いに踏み入って来ない。クケケと、ピーピーと、そう私を嗤うクセに……かといって私に恐れをなした風でもないのに、なぜか近づいて来ないのだ。

 嫌な予感。その寒気に負けた私は散らせていた生ける武器共――幾つかやられたのか、数が減っている――を近くに集めさせ、警戒態勢を取る。何をするつもりだと。

 

 ――いや、あちらが来ないなら好都合だ。このまま時間稼ぎが出来れば……レナが来てくれる。

 

 そうなれば私の勝ちだ。そう笑みを深めながら、更に一歩下がって……ドン、と。背が壁にぶつかってしまう。

 他よりも背が高いその場所に追い詰められた……いや、後退した私。そんな私のミミに、ふと、何かの飛翔音が入る。矢の様な、しかしそれより遥かに大きい音が。そして、一拍。眼の前の壁が砕かれる。

 

 ――何が……ッ!?

 

 敵地上軍が居る方向の壁が木っ端微塵に粉砕されるのを、なぜか遅くなった視界で捉え……私は、ようやくソレに気づく。

 壁を粉砕したモノ。槍。いや、バリスタの矢。

 私の薄い胸目掛けて、真っ直ぐ向かってくる大きなバリスタの矢。それを回避する暇は……私には、無かった。

 

「ぐぁ……っ!?」

 

 ドガッ、と。私の胸を貫き、破壊し。そのまま背中の壁の半分を爆砕したバリスタの矢は……そこで止まる。私を壁に縫い付ける様に、突き刺さって。

 だが、まだ私は生きている。

 生きているなら、戦わねば。そう大人程もある大きな槍を、いや、矢を。その柄を持って引き抜こうとした私は……気づく。力が入らない。

 

「ぁ、ぁ……?」

 

 見れば、私の胸は無くなっていた。

 たたでさえ薄かったそこは、今や赤々とした臓器を見せていたのだ。あれは、胃だろうか? それとも腸だろうか? 思っていたより綺麗なピンク色をしたそれを見た私は、胸が木っ端微塵に弾け飛んだ事を悟った。

 

「ごふっ……げほっ」

 

 口から血が吹き出し、手に持っていたはずの杖がカランと音を立てて床に転がる。側に居た死霊の武器達が、魔力供給を断たれて消えていってしまう。

 幸いにも、肺と心臓は無事だったのか? あるいはプロトタイプとはいえ不死者としての頑丈さが役に立ったのか。まだ生きているが……これは、どう見ても致命傷だった。

 何せ、もう足に力を入れてられない。

 ガクリ、と。糸が切れた様に足が崩れ、私はバリスタの矢に引っ掛かるようにして吊らされる。ドボドボと、あるいはポタリポタリと落ちていく血を止める事も……出来ない。

 

「ぅ、ぁあ……ま、まだ、まだ私は……!」

 

 バリスタに射抜かれて、身体を壊された。

 でも、まだ、私は生きている。生きているんだ! そう吠えようとして、吠えきれず、それでも私は何とか自分を刺し貫いているバリスタの矢を引き抜こうと腕を、腕を……!

 

「動け、動けよ、この……」

 

 ポンコツが。そう吐き捨てる事も出来ず。

 次第に、呼吸が苦しくなってくる。やはり血を失い過ぎたせいか? それともプロトタイプの限界か? 意識がかすみだしたのだ。

 まもなく、死ぬ。

 そんな死にかけの私を、嗤うのは……インプと鳥ども。これが見たくて戦線を下げていたゲスが、魔王の手下共が、私に近寄ってくる。トドメを刺す為に、その死肉を食らう為に。

 

 ――こんな、事なら……

 

 こんな奴らに死肉を食われるぐらいなら、レナに血を捧げれば良かった。そんな後悔が、死に際になって私の頭を支配する。

 こんな序盤も序盤で、それもほんのちょっとしかレナの負担を減らせなくて、その程度の活躍しか出来ないのなら……あの夜の日に、レナに殺された方がずっと良かった。レナに食べられた方が、ずっと役に立てたのに。

 そうあの夜の日を思い出す、私の髪の毛を、醜悪な悪魔が掴んでグイッと引っ張る。私の死に顔を、嗤いたいらしい。

 

「ぁぅ……っ」

 

 もう、痛いとも言えなかった。

 せっかちな鳥が私の肩を、背中を、足を、端からついばみ出し。インプが、インプモドキ共が欠けた私の肉片を食らい、落ちた骨や臓器を投げて遊び。それを、皆が嗤う。全身の酷い痛みと、熱さを伴うのたうち回る様な苦痛に、ついに耐えきれず、涙が溢れ落ちてしまう私を見ながら。

 地獄みたいな現実。そんなものから、目をそらしたくて。私はあの白い少女を思い出す。私とは違って真っ白な、大好きなあの子を。月みたいな髪と、真っ赤な目と、それと、それと……

 

「れ、な……」

 

 あぁ、レナ。悪いね。

 私は、役立たずだ。

 こんな事なら、レナ。君に私を食べて欲しかったよ。こんな奴らじゃなく、君に、君だけに。私を。

 

「ぇ、ぁ…………」

 

 意識が、闇に落ちていく。何も成せないまま、好きな少女の役にも立てずに。ズルズルと。落ちる様に。

 止める事もできずに、暗闇の中へ。黒い蝶が羽ばたく中を、眠る様に。

 

 ――あぁ……けど、怖くはないんだ。レナ。

 

 だって、だって……

 

「ニーナ! ニーナ! しっかりして! 死なないで、死んじゃやだ。やだよ、待って、置いてかないで……行かないで! ニーナ! ニーナァ!」

 

 死なないでって。

 そう願ってくれる。君の声が、聞こえたから。




重症、ヨシ!


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第6話 魔女の日記Ⅱ

 四月 三日

 

 生きてる!

 

 胸にバリスタの矢をブチ込まれ、確実に死んだと思ったあの日から――医務室の日めくりカレンダーが正しいのなら――二日。私は丸一日の昏睡を経て、何とか復活出来ていた。

 今のところベッドからは起き上がれないが、全自動羽ペンをリモートで動かせる程度には回復している。……ちゃんと書けてるのだろうか? 後で確認しなければ。

 

 ともかく、あれは間違いなく死んだと思ったんだが、運が良いというかなんというか。不死者というのは案外タフらしく、死に損ねた形だ。

 いや、死に損ねた事に文句なんて欠片も無い。お陰さまでまだまだレナの為に働ける訳だからね。いや、あのまま役立たずとして終わっても、それはそれで死霊となってレナの為に働いただろうが……生きている方が何かと便利なのも事実。血とか、血とか、血とかな。

 

 レナ。あぁ、レナだ。

 私は、もうレナから離れられないだろう。元々彼女が好きだから助けたかったが、しかし、今では命の恩人という理由まで追加されてしまったのだ。

 死に際……ではなく、気絶寸前に見た羽ばたく黒い蝶。あれはレナが恋しすぎて幻覚と幻聴を見た訳ではなく、本当に彼女が私を助けに来てくれたから。こんな役立たずでマヌケで騒音問題にしかならないようなクズの為に、駆け付けてくれたのだ。彼女は。

 この恩に、私は返す物がない。

 彼女を救うのは大前提。それ以外に彼女に何か尽くさねば、私の気が済まないのだ。私の首や血では最早足りない。金銀財宝、歴史的な宝飾品の山を作ってもまだまだ足りない。それこそ国を一つ……亡国となった帝国を再建し、その皇帝の座をプレゼントするぐらいは、しなければ。

 

 ……ふむ、考えておこう。役立たずの私にしては、いい考えではないだろうか?

 口だけは達者なトーシロの私にしてはな。

 

 ただのカカシですな。

 

 ……今、妙なタイムラグが、いや、気のせいか?

 ともかく、敵はレナの手によって一掃され(流石は吸血皇女。序盤のチュートリアルキャラと呼ばれるだけはある)敵の侵攻作戦は再び失敗。死にかけていた私もファンタジーな魔法薬によって命を繋ぎ止めた訳だ。恐らく最上級のポーションを使ったのだろう。開通工事を受けた薄っぺらい岩盤も、ある程度塞がっているようだし……いや、誰が巻いたかも分からん包帯に血が滲んでる辺り、まだ塞がりきってはいないのか?

 だとしても、私のケジメ案件が増えまくっている以外は一件落着と言っていいのも確か。何せ、お決まりのあれをやる余裕があった程だ。

 

 知らない天井だ。

 

 ……今、羽ペンが何か余計な事を書いた気がする。後で確認せねば。

 

 ところで、私の寝ている医務室のベッド……その横で椅子に腰掛けたまま穏やかな寝息を立てているレナを、どうしたものだろう?

 まさか付きっきりで看病していたとは思えないが……寝かせてやるべきか。起こすべきか。難しいな。

 

 追記

 もしレナに付きっきりの看病させたのなら、私は潔く腹を斬るぞ。

 惚れた女の負担にしかならん男なぞ恥ずかしか! 生きておられんご!

 

 

 四月 四日

 

 少し体調が良くなったのを良いことに、夜中コソコソと死霊に日記帳と羽ペンを回収させたのだが……くそ、この羽ペンめ。その羽むしり取ってやろうか?

 余計な事ばかり書きおってからに。これで安い品ならへし折って買い替えてやるところなんだが……高いからな。コイツら。

 

 チクショウメェェェ!

 

 お前がなッ!

 

 ……はぁ。羽ペンにキレても仕方がない。今日あった事を振り返ろう。

 今日あった事といえば、やはりレナが私のハラキリを断固として阻止して来た事だろう。

 

 勿論、レナが付きっきりで看病してくれたのは嬉しい。当たり前だろう? もし好きな少女に付き添われながら看病されて嬉しくない野郎が居たら、ソイツはただの玉無し野郎だ。

 ……いや、今は私も玉無し野郎だが。

 

 ともかく! 嬉しい事は嬉しいが、そもそも私はレナの負担になりたくないのだ。好きな少女の負担になるヒモ野郎とか死ねば良いと思ってるし、命の恩人におんぶにだっこされているクソ野郎は屠殺されるべきだと思っている。

 つまり、私は死ぬべきだ。

 

 LED。照明完了。

 

 へし折られたいか? 羽ペン。

 

 ……しかし、だ。いかに死ぬべきだと分かっていても、潔くケジメしようとしても、その度にレナが断固として阻止してくるのでは切れる物も切れない。かといって食って欲しいと、あんなモドキ野郎や鳥公のエサになるくらいなら、レナに食べられたいと、そうお願いすればまだ調子が悪いのだと勘違いされてベッドに押し込まれてしまう。

 半泣きで寝てて欲しいと言われれば、私はそれに従うしかなくて……むぅ。このケジメ、いかにつけるべきだろう?

 

 やはり帝国再建計画を実行するしかないのか……?

 

 

 四月 五日

 

 体調が良好である事を受けて面会謝絶状態が解除された。……うん。私には面会制限があったらしい。この学園に医者なんていないから、レナの手による物だとは思うが……有り難いやら、情けないやら。

 これは本当に皇帝の玉座を用意しないとダメかも知れない。男のプライド的な問題で。

 

 とはいえ、それで誰かが来るとも思っていなかったし、今日も夜にレナが来るまで暇だと思っていたのだが……なんと、初日から主人公君ことユウが来てくれた。

 何でも私にお礼を言いに来たらしい。助けてくれてありがとうと、紹介状を用意してくれて、ここを教えてくれて、ありがとうと。本当に、マメな事に。

 

 ……ユウの村が壊滅したのは、私のミスだというのにな。

 まぁ、良い方向に主人公君が勘違いしているというなら、訂正する必要もない。私は、彼の感謝を受け止めるしかなかった。心苦しいとか、そんな感情を表に出さない様にしながら。

 

 そんな有り様な事もあってお互い話す事は……まぁ、あるにはあったが、然程親しい感じにはならず。お礼の話が終わればありきたりな、お互い無事で良かったねとか、あるいは武器の話――形見のレイピアの話から武器種全般の話に広がった――とかを話しただけに終わった。

 

 とはいえ、得るものが無かった訳ではない。むしろその逆。ユウから聞いた話とレナの話と合わせる事で、ようやくあの日の学園の状況を把握出来たのだ。

 

 どうやらあの日は私が敵精鋭部隊を足止めしているうちに、潜伏斥候部隊が主人公君達の手によって、敵主力並びに狩りそこねた精鋭部隊をレナが殲滅した形だったらしい。

 ゲームとは違って新入生は全員が生存。職員もその多くが生き延びた様だが……しかし、レナの負担を減らす事は叶わなかったと言っていいだろう。どこぞのマヌケが役立たずなせいで、案の定。

 

 やはりケジメとしてハラキリするしかない……そう思えど私が未だに腹を切っていないのは、ユウが発したお嬢様がという言葉が引っ掛っているからだ。

 一緒に入学しているはずの人気投票ワン・ツートップの超万能女剣士やシスターだけど実はお姫様系メインヒロインでもなく、お嬢様。

 どこのお嬢様なのか、ついに聞けなかったが……

 

 いや、そんな、まさかな。

 まさか、まさかあのドーントレス家のお嬢様が来ているはずがない……気のせいだろう。

 

 

 四月 七日

 

 アイエェェェ!? アリシア・ドーントレス!? アリシア・ドーントレスナンデ!?

 

 アイエ、アイエェェェ!? サーシャ!? サーシャナンデ!?

 

 アバ、アバババー!

 

 

 四月 八日

 

 アリシア・ドーントレス。そしてニンジャ……じゃない。サーシャ。

 

 片や典型的なお嬢様に見せ掛けたバリバリの武闘派貴族令嬢。

 片やニンジャ並の暗殺力を持つ元殺し屋兼泥棒の完璧系メイド。

 

 このご時世を考えれば驚異的なまでにマトモな神経をしているアリシアと、圧倒的なまでのメイド力を持っているサーシャは『スカーレット・ダイアリー』の中でも特に人気の高いヒロインキャラクターであり……そして、極めて入手しにくいプレイアブルキャラクターでもあった。

 二人はいずれも中盤で加入してくるイベントユニットであり、条件さえ整えばその後も継続使用できる――個別エンドもある――隠しユニットなのだが……その獲得条件が少しシビアであり。条件を知らずにプレイしているとアリシアを庇ってサーシャが死に、その死にアリシアが耐えきれず戦線離脱。その後アリシアも暗殺されて二人仲良く永久退場するのは、まぁ、しばしば見られた光景だ。

 二人の特別な(てぇてぇな)関係性。そして良いやつは早死にする……それを体現したかの様な人の良さと死に様は鮮烈に過ぎ。その光景や結末に心を抉られる者が続出し、出番が少ないながらヒロインランキングを駆け上がってみせたキャラクターでもある。

 

 ちなみにレナより人気が高い。

 

 殺すぞ、羽ペン。

 

 いや、ほら、レナは出番が少なかったからね? 二人以上にさ。うん。それに顔が良いのは共通だが……アリシアとサーシャは、胸がな。レナや私と違ってペタン族じゃないからね? 身長も年齢相応? に高いし。

 …………書いててレナに血を捧げたくなるから止めよう。この話は。有り体にいって死にたくなる。

 

 つまり、何が言いたいかといえば、彼女達は二人揃って死亡フラグが立っており、またそれさえ無ければ極めて強力な隠しユニットでもあるということだ。

 瞬間火力トップクラスのアリシア・ドーントレス。純粋に強いサーシャ。仲間に出来れば一軍間違いなしの彼女達が居るのは、心強いとしか言いようがない。死亡フラグは……私が折るからな。生きていれば。

 

 疑問なのは、なぜ二人がここに居るか? という、原作崩壊に関してだが……まぁ、その、はい。

 

 こうなったのは全て私の責任だ。だが私は謝らない。

 

 あの日、私が一筆書いてユウに預けた王立魔法学園の封筒。どうにもあれが、マズかったらしい。どうにもあれを持っていたせいでユウはどこかの御曹司か何かと勘違いされ、ドーントレス家の屋敷へと案内されて……まぁ、うん。色々あったらしいね。恐ろしい事に。

 ただ、そんな原作崩壊の中でも原作通り秒速でアリシアとサーシャに気に入られたのは、流石は主人公というべきか。男の娘属性が上手く働いたと見るべきか。

 

 ただ、ユウ君? 私をヨイショするのは止めて欲しかったね。

 何が悲しくて瞬間火力トップクラスの脳筋ゴリラに模擬戦を持ち掛けられなければならないんだい? 断ったが、断ったが……! そうすると今度はメイドが暗殺者の目をするんだぞ……私にどうしろと!!

 

 

 四月 十日

 

 原作崩壊に悩みつつ。それでも時は流れて、胸に開通工事を受けてから一週間以上。ようやく私も退院だ。明日からはくたばった教員の代わりに授業を受け持つ事にもなっている。

 ……私は司書なんだけどな。まぁ、予め覚悟しておいたし、準備もしているから別に良いが。

 

 ただ、レナやアリシア曰く。私の傷はまだ完治していないらしい。

 いや、私からすれば完全に完治しているのだが、レナや他の人達からすればこれは完治したとは言えないらしく、退院日が今日までズルズルと下がってなお、まだ完治したとは言われていないのだ。

 ちょっと胸に大きな傷跡が残っただけなのに。

 

 元々真っ平らな岩盤みたいな胸だ。この程度の傷跡があっても気にならないし、どこぞの稲妻型の傷跡に比べれば全く目立たない……というか見せる様な場所にないんだぞ? 気にする事はないと思うのだが……アリシアお嬢様曰く、とてもよろしくないとの事。

 そこから先は淑女が口に出来ないという事でサーシャに解説が引き継がれたが、まぁ、要するに男とヤるときにドン引きされて、嫁入りを逃すぞと、そういう話らしい。

 

 うん、何も問題はないな!

 

 男とヤる予定も、結婚する予定も端から無い。

 最低限、レナさえ助ければ私はそれで良いのだ。結婚とか男とか死ぬほどどうでもいい話だった。

 それに傷跡は男の勲章。ましてや背中の傷でないならなおさら気にする事はない。ないのだが……レナが、酷く気にしているのはいただけない話だった。

 

 何せ、レナはぐずくずになった私の死体(死んでない)を直に見ているからな。

 スプラッタなシーンを、嫌な事を思い出させてしまったのだろう。とはいえ、それは仮にも吸血鬼が持っていいトラウマではない。何とか解消しておきたいところだが…………うん。やってみせろよ、私。何とでもなるはずだ。

 

 ガンダムだと!?

 

 机にぶつけるぞ。羽ペン。

 

 

 四月 十一日

 

 誰だって突然スプラッタなシーンを見せられればトラウマになるだろう。ましてやレナの様に純粋な、そして自身の怪物性を嫌悪しているなら、なおさら。

 

 本音を言えば、そっとして上げたいのが正直なところだ。しかし、レナは仮にも吸血鬼。しかも血を吸う事を嫌悪している吸血鬼なのだ。……この先、殺されてしまう運命にあるというのに。

 いや、むしろ血を吸わないから殺されたのではないか? 先祖返りだからではなく、弱体化が究極的に進んでいたから……彼女は殺された。

 そう思えば、私はもう我慢出来なかった。夜。入院していたときの様に、私の自室に顔を出してきてくれたレナに、つい迫ってしまったのだ。

 

 血を飲んでくれと。

 

 本当は私を食べて欲しかった。治ったとはいえ、鳥についばまれていたところを見ると、その思いが何度もぶり返してくるのだ。あんな奴のエサになるより、レナに食べられたいと。そんな思いが。

 とはいえ、身体をナイフで切り分ける話は――面白くも何ともない質の悪いジョークだと思われているらしく――もう断られた後。だからこそ、今回はやむなくハードルを下げた形だ。

 

 食べなくてもいい。

 けれど、どうか。血を捧げさせてくれと。

 

 だが……レナの決意は硬い様で。

 レナは、血を飲んでくれなかった。

 

 何か、何か考えねば……

 

 

 四月 十二日

 

 授業をしているとき以外はずっとレナに血を吸わせる方法を考えているんだが……良い方法は全く思い付かない。

 子供にピーマンを食わせようとするカーチャンの気分だ。いや、私は男だし、レナの母親でもないが。ついでにピーマンでもニンジンでもない。ニンジャならメイドの格好をしているが。

 

 うーん。派手にブシャーっとぶちまけるのはショック療法が過ぎるだろうか? 過ぎるか……

 

 

 四月 十三日

 

 どうにも私の授業は生徒(ユウ君の世代しか居ません。他はみんな死んでました!)からの受けが良いらしい。

 私が面白い……というより、他が酷すぎるという理由で。

 

 何だろうな。某魔法学校の某科目の一年目と二年目と五年目辺りと比較されている気がするのは。

 ボンクラに勝ったところで何も嬉しくないぞ。

 

 まぁ、いい。喜んで貰えている様だし、もう少し気合いを入れて授業をしてみるか。

 お喋りしたい欲は、まぁ、レナが毎夜吸ってくれるからな。昼間は役に立つ話をしよう。差し当たり……精霊魔法の話とかどうだろう? ひょっとすると適性がある子が居るかも知れん。うん、そうしよう。明日は精霊魔法の話だ。

 いや待てよ? 明日は状態異常の話の方が良くないか? 毒とか麻痺とか、ちょっとしたのですら現実では命取りな気がするし……むむむ。迷っちゃうね。これは。

 

 追記。

 

 状態異常。状態異常か…………ふむ?

 

 

 四月 十四日。

 

 そうだよ。素面のレナを説得しようとするから悪いんだ。酔わせて押し倒してしまえばいい。

 何せこれは治療行為であり、ひいてはレナの命を救う為でもあるのだから、犯罪だと言う点に目をつむれば何ら問題はない!

 

 とはいえ、いきなりベッドに引き込んではビンタを食らうこと必定。

 ここは一計を案じ、偶然を装って紙で指先を切る事にした。滲み出てきた血をレナにペロリと舐めさせる作戦だ。我ながら完璧な作戦……だったのだが。

 

 作戦は、失敗した。……レナが、小さいながらも悲鳴を上げてしまったのた。息が詰まる様な、あるいは発作にも似た、とてもではないが舐めるとか吸うとかいう空気では無くなってしまう物を。

 本人も上げようとして上げた風ではないから、あれは、トラウマになっているのだろう……早く治療せねば、命に関わりかねんぞ。あれは。

 

 責任取って。どうぞ。

 

 言われるまでもないわ!

 

 

 四月 十五日

 

 今日も今日とて来てくれたレナに気を良くし、私は紙で指先を切ってジワリと血を滲ませる。

 

 とはいえ、切るところを見られては昨日の繰り返しになってしまうので、背中で隠して結果だけを用意する。そうして滲み出てきた血がプクリとドーム状になったところでレナに見せれば……

 

 うん。少し抵抗していたが、血のにおいに負けたのだろう。彼女はペロリと舐めてくれた。

 

 そして一度味を知ってしまえば、吸血鬼としての本能には勝てない様で。そのまま指先へと吸い付いてくる始末。

 その光景に、その、ちょっと変態性を感じた私は……まぁ、はい。殺されるべきだと思う。誰か、バリスタを持ってきてくれないか? デカい奴だ。

 

 ともかく、レナは血を吸う……事は出来ない様だが、舐める事は出来る様になった。

 これは大きな前進だぞ。前進。

 

 

 四月 二十日

 

 ネコにエサをやるかのようにレナに餌付けする日々が続いて……暫く。

 気づけば、レナがいつでも引っ付ついて居る様になっていた。流石に授業中等は別行動――というかレナはおやすみタイム――だが、活動時間が被っているときは殆ど一緒に居る様な状態だ。例え戦場であっても。

 以前は遠間から見ている程度だったし、昼間の襲撃の際は――闇精霊が居れば何とか活動出来るとはいえ――寝ている事も多かったのだが、その、何というか。昼夜逆転生活に突入し始めているのか、一緒に出撃する回数が増えているのだ。

 曰く、私の側だと日傘が必要ないからとの事だったが……闇精霊は死霊術師の近くに居ると活性化したりするのか? ゲームでは死霊術師は敵キャラだけで、味方キャラは居なかったから、うーん、何とも言えん。謎だ。

 

 

 四月 二十五日

 

 昼間は役に立ちそうなゲーム知識や前世知識を可能な限り分かりやすく、噛み砕いて生徒達に伝え。理解が甘い者や熱心な者には放課後も個別授業をつけて(ユウ君御一行とかほぼ毎日である)

 夜になればベッドの上でレナにペロペロと血を――今日は首筋につけた傷を舐めてくれた――する日々。

 

 昼間はともかく、夜の変態じみた私の行動に思うところがないではないが……生憎、私には余裕がない。序盤の山場が迫っているのだ。あの大規模侵攻まで後僅か。ゲーム的な表現をすれば、残りのマップは後二つか三つしかない。どんな手であれ、やれる事をやらなければ。

 

 追記

 

 ただ、その、なんだ。ひょっとして、なんだが。レナはそういう趣味だったりするのだろうか? 私の血を舐めているときの様子が、艶やかというかなんというか。端的に言って■■■■何を書いてるんだ! 私は!

 いや、でも、あんな顔で見られたら、つい私もそれにつられて■■■■■。それどころかレナが積極的過ぎて■■■……もう止めよう。この話は。やぶ蛇だ。

 あれは治療行為なんだ。治療行為……!



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掲示板 序盤のニーナは死にやすい

【一番気に入ってるのは】ニーナ・サイサリスについて語るスレ Part22【泣き顔だ】

 

200:名無しの生徒

周回プレイしてるんだけど、何度やっても心臓に悪いよな。ニーナ先生。

 

203:名無しの生徒

どれの事ですかねぇ(多すぎる心当たり)

 

205:名無しの生徒

まぁ、序盤で言えばあれじゃろ? ステージクリアして油断したプレイヤーを容赦なく貫いた悪名高いイベントスチル。

入学式の裏側で、だろ。

 

207:名無しの生徒

あぁ、バリスタの矢に刺し貫かれて磔にされているニーナ先生か。

確かにあれは心臓に良くないよな。

 

209:名無しの生徒

健全版だときれいな顔のアップだったり、遠間からの影だったりするからそこまでグロくないけど……それでもケモミミの誰かが死んでる(死んでない)のが分かっちゃうからな。

そしてこの時点でのケモミミはニーナ先生だけだから……

 

211:名無しの生徒

チュートリアルキャラ、死す!

 

212:名無しの生徒

うるさい人だったけど、死んで欲しくは無かった……

 

214:名無しの生徒

>>211

>>212

まだ死んでないから!!

 

215:名無しの生徒

十八禁版だと制作側の自重が無くなって、鳥に食われてたり胸がドボドボなのが丸見えなあれな。

別名、開通工事。もしくは弐号機。

 

216:名無しの生徒

まぁ、ニーナの先生の胸は実際岩盤だからな……(十八禁版のイベントCG見つつ)

 

218:名無しの生徒

鳥にムシャムシャされてるのを見るとね。昔のアニメを思い出すんですよ……

 

220:名無しの生徒

量産型に食われる先行量産型さんがなんだって?

 

221:名無しの生徒

赤いし完璧やな!

 

223:名無しの生徒

赤い(血)

 

224:名無しの生徒

緋色の結末である(まだ死んでない)

 

230:名無しの生徒

あれで死なないニーナ先生バケモノじゃない? と想ったけど実際バケモノだったからな。

あ、バリスタは死んでしまいます止めて下さい。

 

231:名無しの生徒

ニーナ先生をバケモノ呼ばわりは許されない。過去スレにもそう書いてある。

 

235:名無しの生徒

再現マップ作ってもニーナ先生ああなるからなぁ。

バリスタに打たれても食いしばりスキルでHP1残るし(魔法使いなのに食いしばりスキルがある事に突っ込んではいけない)その後のちまちました攻撃は不死者由来のオートリジェネである程度誤魔化せるから……

 

237:名無しの生徒

そしてオートリジェネでの回復分とダメージが釣り合って死ぬに死ねないんですね。分かります。

 

245:名無しの生徒

紙装甲のニーナ先生を最前線でゾンビ運用した事のある人は素直に白状しないさい。怒らないから。

 

247:名無しの生徒

 

249:名無しの生徒

 

252:名無しの生徒

 

255:名無しの生徒

多すぎぃ!

 

258:名無しの生徒

ニーナ先生ゾンビ運用は皆やるからな。

 

260:名無しの生徒

血まみれで苦しんでる子もいるんですよ!

 

262:名無しの生徒

レナ殿下が苦しんでたら放っておけないけど、まぁ、ニーナだし。

 

263:名無しの生徒

ニーナだもんなぁ……

 

265:名無しの生徒

ニーナが何をしたっていうんだ!

 

267:名無しの生徒

お喋り。

 

268:名無しの生徒

長過ぎるお喋り。

 

269:名無しの生徒

スキップするレベルで長いお喋り。

なおスキップすると重要な事を聞き逃す模様(二敗)

 

270:名無しの生徒

頼むからステージギミックを雑談みたいな雰囲気で解説しないでくれ……

 

271:名無しの生徒

自分の生存フラグに必要な情報を雑談混じりに話す女。ニーナ・サイサリス。

脳死で聞き流してると殺しちゃうんだよなぁ。

 

275:名無しの生徒

お喋りのせいでヒロインランキング一位に成れなかった女。ニーナ・サイサリス。

 

276:名無しの生徒

ほんとお喋り大好きだからな。ニーナ先生。

なお先生としては極めて優秀な模様。

 

277:名無しの生徒

他が授業らしい授業しない中で、たった二人マトモに授業してくれるからな。

能力値の上がり幅を見れば有能度の差は一目瞭然。

 

279:名無しの生徒

残業も気にせず個人授業をしてくれる先生の鑑。なお殉職率。

 

285:名無しの生徒

魔法学校の先生になりません? 闇の魔術に対する防衛術っていうんですけど。

 

286:名無しの生徒

>>285

死ねと申されるか。

 

288:名無しの生徒

ニーナ先生は有能度で言えば三年、四年、六年時に匹敵するからな。

なお縁起の悪さ。

 

289:名無しの生徒

実際ニーナ先生は司書として雇われたとかいう経緯の臨時講師にしては、ちゃんと先生してるからなぁ。

 

290:名無しの生徒

王立のくせにニーナ先生を除くとマトモな先生が一人しか居ない学園という名の個人塾。人材不足にも程がある。

 

264:名無しの生徒

ニーナが居なかったらあの合法ロリ先生、過労死してただろうな。

 

265:名無しの生徒

あるいは妙な死亡フラグが立っていたかも知れん。

 

266:名無しの生徒

他人の死亡フラグを吸うことに定評のある女。ニーナ・サイサリス。

 

280:名無しの生徒

お見舞いに行くと武器種チュートリアルをしてくれるニーナ先生。マジ先生。

 

283:名無しの生徒

あそこで聞かなくても図書館のチュートリアル空間に行けば幾らでも聞けるけど、お見舞いに行った方が若干丁寧に教えてくれるという。

あと好感度がアホみたく上がるからな。

 

285:名無しの生徒

お話して授業を受けるだけで好感度が爆上がりするニーナ先生。初心者向けの正ヒロインにして実質的チョロイン。

なお離脱時期とお喋り。

 

286:名無しの生徒

初心者向けですよって面と性能と性格(お喋りだが何だかんだ面倒見は良い)しておきながら、初手から死にかけてるからな……

 

287:名無しの生徒

バリスタ磔は確定イベで皆通るから……

 

289:名無しの生徒

でもステージのサブミッション(扉の耐久値が一定以上のままクリア)しないとニーナ生存ポイントが一気に怪しくなるじゃろ? あれ。

 

290:名無しの生徒

サブミッションとして提示されるだけまだまし定期。

 

291:名無しの生徒

慣れた人間ならともかく、ガチの初心者にはまぁまぁキツイからな……序盤でニーナ先生が死ぬ一因やぞ。

 

302:名無しの生徒

その為のお助けユニット。レナ嬢よ。

なおプレイヤーを助けるとその分だけニーナの救出が遅れる模様。

 

303:名無しの生徒

遅れるとどうなる?

 

304:名無しの生徒

知らんのか。ニーナに死亡フラグが立つ。

 

306:名無しの生徒

プレミにプレミを重ねるとあの時点で死ぬからな。ニーナ先生(なおバッドエンドで済むので軌道修正はまだ可能)

 

309:名無しの生徒

一応、ここでやらかしてもこの先でカバー出来ない事はないけど、ここを取りこぼす様な奴だとどっちみち大規模侵攻でニーナを殺してしまうという。

 

311:名無しの生徒

チュートリアル空間でレナ嬢に睨まれる奴ですね。分かります。

 

313:名無しの生徒

普段はめっちゃ上機嫌なニーナが居るけど、ニーナが死んだり不在のときはレナが常駐する場所か。

単に不在なだけなら寂しそうだったり不安げな感じで済むし、本の整理に悩むカワイイ一面が見えたりするんだが、ニーナが死んだ後はなぁ……

 

315:名無しの生徒

ニーナ? ……また違う人。

 

317:名無しの生徒

用があるなら、勝手に見ていって。

 

320:名無しの生徒

いまさら、なにしに来たの……

 

323:名無しの生徒

やめろ、その技は俺に効く。

 

324:名無しの生徒

ニーナと間違われるのが一番効くんだよなぁ。親友が居なくなっても、ずっと待ってるんやなって。

 

326:名無しの生徒

親友というか、まぁ……ね(十八禁版見つつ)

 

327:名無しの生徒

しかもこのときのレナ、ニーナの杖とか日記帳を抱き締める様に持ってるのが、何とも言えない痛みがある。

 

328:名無しの生徒

ニーナの遺品、緋色の日記帳。

 

解読不可能な魔女文字で書かれた書物。そこに記されている文字はかつて存在したどの言語とも異なり、更には他のいかなる魔女文字とも一切の一致が無い為に解読は不可能だとされている。

著者であるニーナ・サイサリスが優れた死霊術師であった為か、彼女の他の遺品と同じ様にこの日記帳もまた呪われており、無関係の者が中身を読もうとすると次第に精神に異常をきたし、最終的には発狂してしまう。また対策を用意したとしても、ふとした一文字に込められた魔法が読む者を跳ね除けてしまう点も、解読を困難にしている一因である。

一般には、彼女の秘術が記された魔導書だという説が通説。

 

ただ……その内容が読めずとも分かる事はある。

絶望の中にあってなお生徒を教え、導き、決して挫けず。前を向いて、誰よりも多くの言葉を発し続けた彼女が極めて筆まめな質であり、そして、明日が来ることを固く信じていたという事が。

 

しかし、残された白紙のページに彼女の言葉が紡がれる事は、もうない。

 

329:名無しの生徒

実績は解除されたけどアイテムに無いなと思ってたらレナが回収してたという。曰くつきの緋色の日記帳。

いやまぁ、プレイヤーが持ってても仕方がない品ではあるけど、あるけど……

緋色の日記帳って、それはつまり……

 

330:名無しの生徒

>>329

それ以上いけない。

 

331:名無しの生徒

違うんだ。違うんだよ。まさかバリスタに耐えた女があんなにアッサリ死ぬとは思わなくて……それにやられても撤退出来るものだと。

 

332:名無しの生徒

物量で押せる女が押し潰される程の物量は、いやーキツイっす。

 

334:名無しの生徒

そして最後はプレイヤーに見捨てられてなぶり殺しだもんな。いや、すまんて。すまんて……

 

335:名無しの生徒

お前がニーナを救えなかったのは、お前に力が無かったからだ。

俺がニーナを見捨てたのは、俺に知恵が無かったからだぁ……!

 

337:名無しの生徒

冷たくあしらわれるならまだマシなんだよなぁ……幾つかのフラグを立ててから入るとただ無言で睨まれるという。

 

345:名無しの生徒

おや、私の話を聞きに来たのかい?

なんだ、違うのか。今後は道に迷わないようにね。何なら地図をあげようか?

もう帰ってしまうのかい? せっかくお茶請けを取って来たのに……ん? 皮肉じゃないとも。ほら、ちゃんと来客用だよ?

ん、分からない事があったらいつでも来ていいからね。私は君の先生なのだから。

 

346:名無しの生徒

やめろ、やめて……

 

347:名無しの生徒

心が痛い……

 

349:名無しの生徒

ニーナの死因は色々だけど、結局はプレイヤーがニーナを見殺しにする様な形が多くてな……余計に刺さる。刺さった。

 

351:名無しの生徒

ステージクリアの為に、死んでくれ。ニーナ。

 

353:名無しの生徒

ニーナ先生がいるとタイムが縮まらないので、ここで殺しておく必要があったんですね。

 

355:名無しの生徒

お前の血は何色だァァァ!

 

356:名無しの生徒

気に入らない奴はブン殴る!

 

360:名無しの生徒

いつでも聞けるクセに実はレアとかいう矛盾した会話文を持つ女。ニーナ・サイサリス。

 

362:名無しの生徒

何だかんだ言いつつ生徒の事、凄く大事に思ってるんだなぁって。

なお序盤死亡率。

 

365:名無しの生徒

お喋りが長いから嫌われがちだけど、気配りが出来ない訳ではないという。

 

367:名無しの生徒

むしろ気配り上手なまであるぞ。わざわざ地図を用意してくれる程だからな。

なお皮肉の模様。

 

368:名無しの生徒

意訳。用が無いなら来るなボケ。

 

370:名無しの生徒

皮肉は言うけど、まぁ、実際紅茶を出したりお茶請けを用意したりしてくれるからな。しかも作中トップクラスの料理スキルで。

 

371:名無しの生徒

料理スキルは他が全滅しただけ定期。

 

372:名無しの生徒

料理英国面のアリシアお嬢様の悪口はそこまでだ。

 

373:名無しの生徒

他は完璧メイドなクセに料理だけは出来ないサーシャがなんだって?

 

378:名無しの生徒

アリシアお嬢様はお嬢様だし、サーシャはスラム育ちだし……レナ殿下は殿下なのでね。

 

381:名無しの生徒

ニーナも天文台の死霊術師とか名乗ってるけど、実際はサーシャより悲惨なんだよなぁ……

 

383:名無しの生徒

身体パーツ分けされてぐちゃぐちゃにされた挙げ句、脳ミソくちゅくちゅされたんだっけ?

 

386:名無しの生徒

いや、手足をもがれて虫の苗床にされたんじゃなかったのか?

 

390:名無しの生徒

バカ言え。脳ミソだけ取り出されてホルマリン浸けエンドだろ。

 

395:名無しの生徒

リョナ勢が多すぎて笑えねぇ……

 

396:名無しの生徒

ここ、ニーナ先生の個人スレなんで。

 

398:名無しの生徒

>>395

お前もその仲間に入れてやろうってんだよ!

 

400:名無しの生徒

バッドエンド勢はしまっちゃいましょうねー

 

401:名無しの生徒

(´・ω・`)ソンナー

 

420:名無しの生徒

ニーナ先生、なんで料理が出来るんです?

 

421:名無しの生徒

私にも分からん。

 

425:名無しの生徒

本人がちょこちょこ日本ネタ出してるし、髪色も黒だし、東方に日本っぽい国があってそこの出身なんだろうなとは推測されてる。

推測されてるだけ。

 

426:名無しの生徒

日本は料理が旨いという偏見。

 

427:名無しの生徒

>>426

ただの事実定期。

 

428:名無しの生徒

当人が記憶喪失だからな……

 

430:名無しの生徒

お家を聞いても分からない。

(親兄弟の)名前を聞いても分からない。

 

433:名無しの生徒

そりゃ薬漬けにされて脳ミソくちゅくちゅされれば記憶ぐらい無くなりますわ。

なお無口にはならなかった模様。

 

435:名無しの生徒

ニーナのお喋りは恐怖の裏返しってそれ一番言われてるから。

 

450:名無しの生徒

ニーナ・サイサリスは日本語名にも出来るからな。

ニーナ→ニナ→仁奈(他)

サイサリスは和名にするとホオズキ。漢字で書くと鬼灯。

つまり、ニーナ・サイサリスは鬼灯仁奈さんだったんだよ!

 

451:名無しの生徒

な、なんだってー!

 

453:名無しの生徒

実際鬼灯家とかありそうで困る。

 

455:名無しの生徒

名家のご令嬢なんやなぁ(幻覚)

 

456:名無しの生徒

鬼灯仁奈の冒険とかありそう。なおバッドエンドは確定な模様(幻覚)

 

457:名無しの生徒

築いた関係性、全部真っ黒に塗り潰されるんだよなぁ(幻覚)

 

460:名無しの生徒

集団幻覚を見てる連中がいる。俺は怖い。

 

461:名無しの生徒

よしてくれぇ、恐れを知らぬ戦士だろうが。

 

463:名無しの生徒

何かが俺たちを侵食している、人間ではない。全員性癖をブチ壊される。

 

465:名無しの生徒

下らん、恐怖でおかしくなったか? 相手はただの女だ。どうってことない。

 

468:名無しの生徒

へいへい、女だ。悪かねぇぜ。

 

473:名無しの生徒

容疑者は女性。髪は黒。胸はツルペタ、ロリ体型のお喋りクソ女だ。

 

480:名無しの生徒

ネタ切れです……!

 

481:名無しの生徒

切れたらさっさと補給しろマヌケェ……

 

500:名無しの生徒

何がキツイってニーナ生存の為にはあんまりミスれないのがな……選択肢はまだしも、ステージ上で死にやすいのは勘弁して欲しい。いや、ホント。

 

502:名無しの生徒

ニーナ先生、初期位置もう少し後ろに下がって貰えませんかねぇ?

 

504:名無しの生徒

ニーナ先生仁王立ち。

 

505:名無しの生徒

壊れた門の代わりに立ちはだかる女。

 

506:名無しの生徒

実質岩壁。

 

510:名無しの生徒

あぁ、ここはニーナ先生がやられて撤退のパターンだなと思うじゃん?

思うじゃん……(ニーナ先生死亡ルートへ直行)

 

512:名無しの生徒

プレイヤーが殺した様なものだからな。大規模侵攻は特に。

なおステージクリア後(セーブ後)に表示される緋色の結末。

 

514:名無しの生徒

所詮、ニーナは先の時代の……敗北者じゃけぇ。

 

515:名無しの生徒

やめやめろ!

 

518:名無しの生徒

何が難しいってニーナ生存ルート(トゥルーエンド)を目指そうとすると、どうしても序盤に正規ヒーラーが居なくなるのがなぁ。

モブ生徒でカバーするのにも限界がある。

 

520:名無しの生徒

敵さんは配置キャラを無視して進んで、どうぞ。

 

521:名無しの生徒

防衛拠点が秒速で粉砕されるがそれでもよろしい?(モブ生徒全滅)

 

523:名無しの生徒

モブ生徒なら幾ら死んでも……と思ったけど、モブが死んだらニーナ先生クソほど気に病みそう。

 

525:名無しの生徒

自分一人で背負い込んで、次のマップで最前線に立ってリジェネゾンビしてそう(なお紙装甲)

 

530:名無しの生徒

序盤だとニーナ先生を無理矢理持たせるより、ニーナ先生が死ぬ前に敵を殺す方が安定するからな。

そのための超火力お嬢様とメイドよ。

 

532:名無しの生徒

正規ヒーラーのシスター兼お姫様や万能女剣士を初期キャラにするのは殆ど縛りプレイだからな。二人共弱くはないし、主人公中心のラブコメがしたいならそっちが正解なんだが……先生のフラグ管理がね。

 

535:名無しの生徒

初期キャラはお嬢様とメイドにしとかないとフラグ管理がギチギチになるからな。大規模侵攻でステータスやら火力やらが足りなくなるし……

この段階だと魔改造モブ生徒も完成しないしな。

 

539:名無しの生徒

何がデストラップかって今までのシナリオマップやフリーバトルの戦績が反映されるところよ……

 

542:名無しの生徒

一番厄介なのは主人公とニーナの絆レベルじゃなくて、ニナレナの絆レベルが反映されるところ。

大して稼ぎようがないんですが(震え声)

 

543:名無しの生徒

だからちゃんとニナレナをセットで出撃させないと駄目なんですねぇ。目安としてはゆうべはお楽しみでしたね! したかどうかが境目です。

 

550:名無しの生徒

キレそう。

 

551:名無しの生徒

キレないで。

 

560:名無しの生徒

まぁ十八禁版で追加されたニナレナ百合シーンでも見てリラックスしな。彼女達の面倒は俺がしっかり見といてやるよw

 

561:名無しの生徒

面白いやつだな。気に入った。お前の紅茶は港に投げ込んでやる。

 

562:名無しの生徒

ボ ス ト ン 茶 会 事 件

 

563:名無しの生徒

独 立 戦 争 不 可 避

 

570:名無しの生徒

ニナレナっていうか、レナニナだけどな。序盤は特に。

 

580:名無しの生徒

ソースとケチャップ。どっち派だ?

 

583:名無しの生徒

その話は後だ。

 

……………………

…………

……




欲しいと言われたからには、準備するのが作者の務め……
百合エッチシーン出来ました。完成度は、よく分からんです(専門外)置き場所に困ったので、ファンボに置きました。無料です。

https://kiyo-s.fanbox.cc/posts/4096626


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閑話 ニーナ・サイサリスという少女 Ⅰ

 ニーナ・サイサリスが城壁に磔にされた日から、暫く。

 魔王軍は予備戦力を使い果たしたのか、その動きを消極的なものへと変化させており。散発的かつ小規模な威力偵察こそあるものの、これといって大きな侵攻に晒されていない学園は穏やかな日々を享受していた。

 

 最初のうちはピリついた雰囲気や、あるいは陰鬱とした気配のあった各授業も、今やどこぞのお喋りクソ女がボンクラ教師達の枠を――真面目に授業計画を練っていた一人を除いて――あの手この手で片っ端から奪った事もあり、ただ眠気を誘うだけの時間となったといえば、その平穏具合を察せられるだろう。

 

 何とも腑抜けた、あるいは平和な日々。

 今日もまた、そんな代わり映えのしない日が一通り終わり、これから寝静まろうかという学園の一角で……珍しい事に、姦しいお茶会が開かれていた。

 主催者はアリシア・ドーントレス。メイドとしてサーシャ。手伝いとしてユウ。そして招待客は……悪名高い吸血皇女。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。その人だった。

 

「先ずは挨拶を。ご足労いただき感謝しますわ。レナ生徒会長。いえ、レナ・グレース・シャーロット・フューリアス皇女殿下とお呼びした方が?」

「んー……呼んでくれてありがとう。アリシア・ドーントレス。レナの事は生徒会長の方で通してくれると嬉しい。帝国はもう無いから」

「これは失礼を」

「いい。言わないと、分からない事だから」

 

 自分はもう皇女としての権力も、責任も無い。そう無表情のまま穏やかに言い切ってみせるレナに、アリシアは内心、その評価を改めていた。相手が吸血鬼であれ、会ってみなければ人となりは分からない物だと。

 

 ――入学式でも見ましたが、案外普通の……いえ、可愛らしい方ですのね。表情筋は死んでいらっしゃるようですが。

 

 噂通りの怪物なら、ああも穏やかな顔は出来ない。もっと強欲さが顔に出るはず。そう心の中で納得しつつ、アリシアはレナと共に席に着きつつ、サーシャに紅茶を手配させる。略式とはいえ、お茶会の始まりだと。

 ……完璧メイドといっていいサーシャの動きが一拍以上に遅れたのは、他ならぬアリシアがこのお茶会が穏やかな物になる確率は低いとみていたからだ。何せこの血塗られた学園、その生徒会長であるレナには良くない噂しかない。生徒の生き血を吸っているだとか、日夜血肉をむさぼっているだとか、両親を殺して帝国を滅ぼしただとか……噂の中では恐ろしいバケモノか何かの様に言われているのだ。

 

 入学式での彼女の姿。友を心配し、その看病を理由に暫く誰の目の前にも現れなかった事実。……それらを加味してもなお、噂の方が勝ってしまう程の、恐ろしい話の数々。

 事の真偽を確かめてやる。そんな思惑が少なからずあったお茶会は、しかし、目の前でサーシャから紅茶を受け取る吸血皇女に、そんな雰囲気は全く無いせいで穏やかな物になってしまいそうだった。

 

 勿論、あれが擬態の可能性もあるにはある。だが……王都の社交界に出て、保身だけは一流の腐敗貴族と舌戦を繰り広げた事もある武闘派貴族令嬢として、ドーントレス辺境伯の娘として、彼女はその可能性を切り捨てた。これが擬態なら大した物だと。

 一方で、ユウと共にサーブを勤めるサーシャは……元の仕事柄か、鋭敏に、レナの怪物性を嗅ぎ取っていた。どこぞのケモミミお喋りクソ女よりも遥かに効く鼻で。

 

 ――血の臭い……僅かですが、染み付いていますね。

 

 当然、レナから本当に血の臭いが漂っている訳ではない。だが、サーシャはその鋭敏過ぎる感覚から、眼の前の吸血鬼が血を全く取っていない訳でもない事に気がついたのだ。

 誰彼構わず殺している程ではないにしろ、この吸血鬼は誰かの血を吸っているぞと。

 それを敬愛するお嬢様に伝えるのに……言葉は要らず。ホンの一瞬。レナが紅茶に視線を移したその一瞬で主従はアイコンタクトを済ませる。貴女はどう見ました? という問いに、警戒は必要かと、と。

 

「――どうですか? レナ生徒会長。お口にあえばよいのですが……」

「レナでいい。アリシア・ドーントレス。紅茶の味なら、悪くないと思う」

「ではわたくしもアリシアで、レナ。我が家の紅茶がお気にめされたのなら幸いです。サーシャは紅茶を入れるのは上手いんですよ……良かったら、茶葉をお渡ししましょうか?」

「ん、いいの?」

「えぇ、どうぞ」

「ありがとう。……ニーナに、入れてもらう」

 

 ニーナ、と。その名前を口にした瞬間、パッと花が開く様に笑みを浮かべたレナに、一瞬、アリシアは呆気に取られてしまった。見惚れた、といっても良いだろう。今までずっと無表情だっただけに、その表情の変化は強烈に過ぎたのだ。

 その変化の原因は、言うまでもない。

 

 ――やはり、相当仲がよろしいんですのね……私とユウ程度かと思ってましたが、このアリシア・ドーントレス。訂正しますわ。

 

 まるで私とサーシャの様です。そう内心で最大級の例を上げ、アリシアはドーントレス家の淑女としてではなく、ただのアリシアとして笑みを返す。深い親友を持つ者が、そう悪い人間であるはずがないと。

 そう一人のお嬢様がレナの人物評価を締め括ってしまい、その心中を察したメイドがそっとため息を吐く中、ニーナの名前に、今学園で――本人の意思とは無関係に――最も注目度の高いだろう人物の名前に、最も強く反応してしまったのは……ユウだ。

 

 ――凄いな、ニーナ先生。皇女様と仲が良いなんて……

 

 メイド服ではなく執事服を――抗議の末なんとか――着た少年は、サーシャの隣でぐっと拳を握り締める。先生は凄いのに、それに比べて自分は、と。

 あの日、颯爽と少年を救い、生きる術を、生きる意味を、そしてドーントレス家の騎士という新たな繋がりを少年にくれた少女は、少年からして先生と呼ぶに相応しい人物だった。仮に日々の授業――戦い、そして生き残っていくのに必要な知識を教えてくれるが、順番がデタラメな為に理解が出来ず寝てしまう者も多い――が無くとも、少年は少女をそう呼んだだろう。歳に似合わない大人びた雰囲気のあるあの少女の事を、先生と。

 だが、しかし。少年はただの生徒になる為に、生徒であり続ける為に、ここに来たのではない。ドーントレス家の騎士となったのも、この学園で必死に勉学に励むのも、全てはあの日の恩を返す為。あの少女の、いつもたった一人で戦う少女の力に成りたくてここに来たのだ。ところが、その場所には既に他の少女が居て……いや、その事に文句を言いたい訳ではない。ただユウは、ユウは、いつまでも足踏みしている自分が、許せなかった。

 少女の胸に風穴が開けられ、生死の境をさまよい、一生残ってしまう大きな傷跡がつけられているときに、雑兵相手に苦戦していた自分が、何よりも。

 

 ――もっと、もっと強く……!

 

 強くなりたい。この学園の誰よりも、強く!

 そう炎を燃やす少年を見ていたのは、メイドが一人だけ。そしてその彼女もその炎には見覚えしかなく、なんなら手を貸しても良いと、そう止めるどころか応援するつもりであったのは、誰にとっても幸いでしかなかった。敬愛する誰かの為に強くなりたいと願っているからこそ、その場を許したのだと。

 

 そう各々が各々の思いを胸にしている間にも、時間は流れ。お茶会はゆっくりと解散の方向へと流れていく。各々の成果を手の内に残しながら。

 

 アリシアはレナが危険な怪物ではない事を確信し、そんな彼女を含めた生徒を冷遇、屠殺するばかりの学園の意義……延いては守るべき王国への疑問を持ち。

 サーシャはそんな主にため息を吐きながら、しかし死ぬまで付き添う事はとっくの昔に既に決めており。

 ユウは自身の不甲斐なさを改めて痛感し、より一層勉学と訓練に励もうと決意を新たにする。二度と――冗談といえどもメイド服を勧められる様な――女の子に間違われてたまるかと、炎を燃やして。

 そして、レナは……

 

 ――悪くはない、かな。けど……

 

 アリシア、サーシャ、ユウ。いずれの人物も悪い人間ではないのだろう。それはレナも分かっている。しかし、先祖返りの吸血鬼として高い能力を持っているレナは、皇女として人を見る目を真っ先に鍛えられた少女には……分かってしまうのだ。

 恐怖、警戒、嫉妬。三人が三人、レナに良くない感情を持っている事が。それを、責める気にはなれない。レナがレナである以上、元皇女と吸血鬼という二枚看板を下ろすに下ろせない以上、そういう感情が鼻についてしまうのは、もうどうしようもない事だった。運命だと言っていい。……たった一人を除いて。

 

 ――ニーナ……会いたいな。今日も行ったら、迷惑かな?

 

 ニーナ。ニーナ・サイサリス。

 レナ・グレース・シャーロット・フューリアス元帝国第一皇女を、そして恐るべき先祖返りの吸血鬼を、欠片も恐れないたった一人の……友達。

 恐怖、警戒、嫉妬、憎悪、憤怒、侮蔑、嫌悪、殺意……皇女という名の、子を孕む道具として。吸血鬼という名の、殺すべきバケモノとして。今まで多くの人々からぶつけられたそれらを、何一つ、どれ一つ、ホンの僅かな悪感情すら見せずに、レナをレナとして見てくれた少女。無邪気に、どこまでも純粋に、憧れの人に会えたと。可能なら力になりたいと、友達になりたいと、レナの事を知りたいと……そう願ってくれた、そう接し続けてくれる黒狼族の少女。

 レナは彼女を食い殺そうとしたときもあったのに、それでも怖れず、レナと向き合ってくれた……そして今では、血を吸わせてくれすらするたった一人の“可愛らしい”女の子。ニーナ・サイサリス。レナが思うのは、ただ彼女の事だけだった。

 

 やはり、誰であれ、ニーナの代わりにはならないのだと。

 

 王国で一番良識のある貴族だと言われるドーントレスの一人娘であれ、そのメイドであれ、騎士であれ、レナの理解者には程遠い。

 レナには、ニーナしか居ない。そう改めてニーナの事を思う少女の想いが……届いたのか? コツン、と。足音が響くと同時、軽妙な軽口が飛んでくる。最早学園に居る全員が耳ダコになってしまった声で、おやおやおや、と。

 

「レナが来ないから暇潰しに夜の学園を歩き回ってみれば、私抜きでお茶会かい? ずいぶんと寂しい事をしてくれるじゃあないか。アリシアにサーシャにユウ。そしてレナ。三人と一人……ふぅん? これは、もう少し感情的になった方が良いのだろうかねぇ? アリシア・ドーントレス? 私は故郷で流行っていた演劇の登場人物と違って、ちゃんと理性という物があるのでね。いきなり灰皿で殴る気にはなれないのだが……」

 

 魔法の灯りを伴いながら、あくまで軽い調子で……しかし、意訳すれば火曜日のサスペンスドラマの犯人役になりそうだと――ブチ殺してやろうかと――ブラックジョークを飛ばしてくるのは、言うまでもない。お喋りクソ女。ニーナ・サイサリスだ。

 そして、そんな彼女のピンッと立ったミミはアリシアとレナにそれぞれ振り分けられており……友達が来てくれて嬉しいばかりのレナと違って、アリシアは思わず冷や汗をかくところだった。ニーナの、隠しきれない怒りを感じてしまって。

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、ニーナはお喋りを止める事なく、しかし、と言葉を繋げる。声のトーンを、一段落としながら。

 

「説明というのが欲しくもある。なぜ、王国貴族である君がレナを一人で呼び出しているんだい? 王国貴族の、君が」

「ニーナ、先生……いえ、先生をのけ者にした訳ではありませんわよ? ちゃんとこの後……」

「別に私とお茶会を、かね? その誘いは頂いておこう。アリシア・ドーントレス。喜んで参上するとも。いつになるかは分からないが、そのお茶会を楽しみにしていよう。君程の人物ならば臭みを消して優雅さを演出できると確信しているよ……王国ただ一家の良識派さん?」

「ッ……先生、わたくしは!」

 

 表面上、ニーナはさほど怒っていないようにも思えた。レナの肩に手をのせる彼女は、ずっと微笑んでいるのだ。怒っているはずがない。

 ……本当に?

 もしニーナに答えを聞けば、完璧な笑みを浮かべて教えてくれるだろう。笑顔とは、本来攻撃的なものであると。

 

「何かな? アリシア・ドーントレス。あぁ、言わなくていい。分かっているとも。君が君としてここに居る以上、ドーントレス辺境伯から何か頼まれ事ぐらいされているだろうし、君自身確かめずにはいられない事がある事も分かっている。だが、そう……私の生徒の中で一番優秀な君らしくないと、普段授業を受けている君と今の君は全く違う様に見えると、そう言っているんだ。……これ以上言わなくても、分かるね? アリシア」

「……はい。ニーナ、先生」

「よろしい。流石はアリシアだ。……ふむ。このクッキーは既製品か。既製品だね。甘さ控えめ、素材の味が良く出ている素朴な味だ。悪くない。品質もそう悪くはないのだろうね?」

「当家の、お抱えの店から持ってこさせました」

「素晴らしい。その辺の街や村では食べられない味という訳だ。とはいえ、貴族が食するにはいささか甘さが足りない気もするが……まぁ、私の勘違いだろうね?」

 

 パキッと。クッキーを前歯で半分に割ってモゴモゴと食べ、残った半分を物欲しそうな目をしていたレナへと分け与えるニーナ。その話は表面上、表面上は至って普通の会話にしか聞こえない。だが、しかし、聞くべきものが聞けば分かるだろう。その内容が……皮肉に満ちている事にッ!

 皮肉がない瞬間なんぞアリシアと、そう名前だけを呼んでいる瞬間だけ。それ以外は全て皮肉! 嫌味! こき下ろし!

 京都人……いや、この場合は英国人めいた圧倒的射撃弾幕に、アリシアは内心でニーナの評価を上げざるを得なかった。死霊術師や先生、人間としての評価は高い方だったが……ここに来て、ニーナ・サイサリスは宮廷文官としてやっていけるだけの知性を見せてきたのだ。

 

 ――お喋りな方だとは思っていましたけど……!

 

 世の中には批判や怒り、要求等を正しく言葉にせず。ただ相手に察して貰う事で言質を取らせないまま話を進める……甘えと無責任から来る不可思議な技術がある。一般では面倒臭いだけで、嫌われる要因にしかならない技術。

 しかし、政治を含めた上流階級の世界では一転。それは必ず必要な技術なのだ。自己保身を図るには最低限必要な技術であり、作業工程を削って円滑に話を進めるのには必須の技術でもある。

 

 言質を取られて罠にかけられない為に。

 机の下で相手の足を蹴り飛ばす為に。

 そして何より、相手の知能レベルが自分と一致しているかを探る為に。

 

 皮肉を含めたその手の技術というのは極めて便利な物であり……そして、攻撃的な物でもある。

 ニーナが今まさに、そうした様に。

 流れの死霊術師がそんな技術を会得する機会に恵まれるとは思わない。ならば、彼女は本当は……いったいどこから来たのか? 彼女の故郷は? その出自は? 以前の職業は? 他に何を隠し持っている?

 そうアリシアの脳ミソがフル回転している間もニーナの――言いたい事は言ったのか、トゲが取れた――お喋りは続いており……あっという間に、ニーナはレナを連れての撤退準備を終わらせてしまっていた。誰にも止めれられない、完璧な流れで。

 

「では、アリシア。レナは私が送らせて貰うよ。少し仕事の話が立て込んでいてね……」

 

 まさか、仕事の邪魔はしないよなぁ? そう言外に突かれては、ただのアリシアとしては頷くしかない。

 サーシャに鋭い視線を送られながら、あるいはユウが状況がよく分からないと言わんばかりに視線をさまよわせる中、ニーナはレナを連れて歩き去っていく。

 二人、ピッタリと肩を寄せ合って。まるで恋人の様に。

 

「……妬けちゃいますわね」

「大丈夫ですか? お嬢様」

「大丈夫です。わたくしもまだまだ若輩者だった……そういう話ですから」

 

 ニーナの皮肉は多岐にわたったが、その先は全て一箇所に向けられていた。

 レナへの配慮が足りてないよ、アリシア……と。

 配慮が足りていないのは、当たり前だ。アリシアはレナが吸血鬼としての本性を少なからず見せると思っていたし、その度合い次第では――入学式の様子からそこまではいかないと思っていたが――学園を飛び出してドーントレス本家へと戻り、父、ドーントレス辺境伯に報告しなければならなかったのだから。

 

 レナ・グレース・シャーロット・フューリアスは、あそこで死なすべきだと。

 

 しかし、今やその必要は無くなった。というより、ニーナが来る前にはアリシアの中にその選択肢は無くなっていたのだ。ニーナが来た時点でアリシアは、例え父と敵対したとしても、レナの側につくつもりだったのだから。

 ただのレナを殺す必要は無く。また無害な彼女を殺すのなら、アリシア・ドーントレスはただのアリシアとなってでも、その凶行を止めて見せると。

 ただ、まぁ、いささか配慮に欠けていたお茶会だったのは事実であり……そして、何より。あれは予想外だった。

 

「ホント、妬けちゃいます」

 

 パキッ、と。普段食べている物より一段格が落ちるクッキーを食べながら、アリシアは肩の力を抜く。

 ニーナ先生があそこまで怒っていたその理由が、分かっていたから。恐らく本人も無意識なのだろう。ニーナはあくまでレナへの配慮が欠けていたアリシアへの叱責に終始していたのだから、間違いなく自分の本心には気づいていない。しかし、しかし、その大元にある感情は……

 

 ――全く、もう。馬に蹴られた気分ですわ。

 

 ドーントレス家の淑女として、絶対に味わえないだろう……燃え上がる感情。ニーナはそれに突き動かされていたのだと、アリシアはハッキリと見抜いていた。

 あれは……惚れた女が誰かにたぶらかされているのを見てしまった、しょうもない男の嫉妬だと。



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第7話 王立魔法学園の先生達

 魔王軍の襲撃もなく過ぎる日々。ゲームならヒロインキャラクターとのイベントを進めたり、能力値の底上げを図る事が出来るこの時期に、私は今日も今日とて授業に励んでいた。

 月月火水木金金。労働時間脅威の十二時間。サービス残業は当たり前。賞与昇給は一切ありません。有給なにそれ美味しいの? 会社の為ならハリケーンの中でも、親の葬式中でも喜んで出社します。世界で最も共産主義的だと言われたのは伊達でも何でもありません。見よ、これが日本の社畜魂だ。

 

 ──この世界に悪名高いKAROSHIを広めるつもりは無かったんだが……

 

 このままだと過労死するな。

 そう思いはするものの、だからといって休む気にもなれないのが私の正直な本音だった。他のボンクラ教師に主人公君を始めとした、子供達の貴重な時間を浪費させるくらいなら、まだ私が浪費した方がマシだと確信しているから。

 何せ連中ときたら酒や金で授業を放棄し、こんな小娘に責任を投げ付けて楽になったと喜んでいる様な……控え目にいって生きている価値の無い甘えた奴らなのだ。授業内容だって自習か自慢話かかんしゃくを起こすかの無能オブ無能の極みだったといえば、もうため息も出ない。

 そうボンクラ教師から奪った授業枠──授業計画も無かったので、咄嗟に思い付いた学園付近にある薬草や毒物、危険生物の授業をしている──を進めて……ゴーン、と。間延びした鐘の音が響く。本日最後の授業、その終わりの合図だ。

 

「ん、時間か。……本日はここまで。宿題は特に出さないが、最低限毒物と危険生物は覚えておく事。無敵を誇った隊の中でただ一人食い物が原因で死んだと歴史書に書かれたくなければね。それでは、解散。隣の奴が寝ている者は、ソイツを叩き起こしてから退出する様に」

 

 ガヤガヤと教室を出ていく生徒の波。その穏やかな、あるいは懐かしい光景を見ながら数えるのは、今日の寝落ち率だ。パッと見るに……五割程度だろうか? やはり正規の教員免許を持たない私の授業なんてそんなものらしい。歯がゆいが、仕方のない話だった。

 それでも、何も教えられないクセに暴力を振るうようなワガママ教師よりはマシと信じているが……どうにもな。

 

「これで私が筋肉モリモリのマッチョマンなら誰も寝ないだろうが、こんなちんちくりんではな。しかも面白い話が出来る訳でもない……ん? ユウ、何か用か?」

「あ、はい。ニーナ先生。今日の放課後の特別授業なんですが、何時からですか?」

「望めば直ぐに……と、言いたいところだが、私も一応生きているのでね。トイレと物を食う時間は欲しいんだ。それでも一時間後にはここに居るから、準備が終わったら来てくれ。……授業のリクエストはあるかい?」

「ありがとうございます! ニーナ先生。じゃあ、強くなる方法を……聞いても良いですか?」

「ふむ……?」

 

 強くなる方法。強くなる方法と来たか。銃を持てば誰だって強くなるが、ユウが言いたいのはそういう話ではあるまい。

 となるとテキトーに喋るだけではユウの望みは叶えられない。……準備が必要だな。面倒だが、しかし、ユウも女の子みたいな見た目のわりに、中身は確り男の子だった様子。ふむ、良かろう。同じ男として、一肌脱ごうじゃないか。

 

「上手く伝えられるか分からないが、良いだろう。何か上手い話を考えておくよ。それでいいかい?」

「はい! ありがとうございます! ……それと、先生。あの、えっと……」

「? 何かね。歯切れが悪い。言いたい事はハッキリと言いたまえ。どういう形であれ、明確な意思を示す事だ。甘えたいにせよ、一人で立ちたいにせよ、自分の意志は常に明確に。……いつもそう教えているはずだが?」

「そう、ですね。ごめんなさい。先生。実は、アリシアの事で……」

「あぁ……いや、聞くまい。話さんでいい。想像がついた」

 

 アリシア。アリシア・ドーントレス。この世界でのユウ君のヒロインと思わしき貴族の少女。よく手入れされた金髪と、圧倒的打撃力を持つ美麗な女の子だ。ついでに言えば胸の戦力差では私とレナを大きく上回ってもいる。

 さて、そんなアリシアの名前を呼びにくそうに出したユウの用事は、まぁ、察しがついている。恋愛相談には流石にタイミングが早過ぎる以上……要件は、昨日の夜の事だろう。

 

「確かに、私とアリシアは先日、少し衝突があったが……あのくらいはよくある事だろう? ……違うって顔だね。ふむ、そう言われてみれば、今日のアリシアは少し居心地が悪そうにしていたな。うん? いやいや、まさか、アリシアは昨日のアレを気にしているのかい? あんなちょっとした皮肉を?」

「えっと、はい。サーシャが言うには、だいぶ堪えていると。心労が溜まっていたところに突き刺さったらしくて……その、ニーナ先生」

「ん……そうか。しまったな。アリシアはもう少しタフかと思っていたんだが……まぁ、ドーントレス家の淑女といえど、まだ成人していない子供。やり過ぎたらしいね? これは」

 

 先日はつい、アリシアがレナの悪い噂に振り回されてるのを見て、よく考えもせずに皮肉をぶつけてしまったのだが……どうにも火力を誤ったらしい。三対一は卑怯じゃないか? とか。良いもん食ってんなぁ! ぐらいの事しか言ってないつもりだったのだが、あのときの私は頭に血が上っていたからな。特にレナが来なかったせいで欲求不満……ゲフンゲフン。

 ともかく、アリシアが凹んでいるというなら、それは私の責任だろう。ついどこぞの舌が三枚あるのに料理の味が分からない連中と同程度と想定してしまったのは、うっかりミスとしか言いようがない。どう考えても、ケジメ案件だった。

 

「まぁ、そうだね。逆ギレして戦争を吹っ掛けたり、我々が世界から孤立したのではなく、世界が我々から孤立したのだと言い張る様な連中と一緒にされても困るか……あぁ、分かった。アリシアには、次に顔を合わせたときに謝っておこう。少しイジメ過ぎた様だ」

「すみません。ニーナ先生……」

「いいさ。……私も、今思えばかなり大人気なかったしね」

 

 ついつい皮肉が通じるからと最大火力で行ってしまったが、よくよく考えなくても相手は子供。ましてや心労が重なって──噂にはゲロったとも聞く──弱っている女の子だ。今後はイジメる様な、そんな大人気ない真似は慎まねば。

 そう息を吐く私に、ユウは大人気……? と首を傾げていたが、やがて心配事が無くなった為か、お礼を言って教室から退室していく。

 そうして、一拍。誰も居なくなった教室で……私は座り込みたくなる衝動に駆られてしまう。疲れたな、と。

 

「今日、ずっと立ちっぱだもんな……」

 

 いつもの様にレナと一緒にベッドで寝てしまいたいが……ユウにあぁ約束した以上はやってやらねばなるまい。アリシアの事もあるし、まだまだ頑張らなければ。

 手始めに、食堂に行って適当なパンでもかっぱらってくるとしよう。そう気合を入れ直して教室を出て、ふらふらと食堂へ向かって歩いていると……ふと、人影が見えた。小脇に教科書──この学園にそんな物を使う奴が居るとは! ──を数冊抱えた、私とそう背丈の変わらない小さな人影。正規の教官服に身をつつんだ、栗毛の少女……にしか見えない同業の先生。

 間違いない。彼女は……

 

「やぁ。我が学園最後のマトモな教職員にして、この学園唯一の良心。もしくは最後の砦。エマ先生? 奇遇だね。こんなところで会うとは」

「ひぅっ……!?」

 

 バサバサ、と。教科書を取りこぼす少女……いや、成人済みの女教師。エマ先生。そんな彼女の驚きように一瞬目を見開いた後、私は彼女が落とした教科書を拾いにかかる。

 当然、お喋りは続行しながら。

 

「やれやれ、そこまで盛大に驚かれるとイタズラが成功したというより、悪い事をした気分になってくるね。エマ先生?」

「す、すみません。ニーナ先生。考え事をしてまして……あ、大丈夫です! 自分で拾います!」

「いいさ。驚かした私が悪い……ん? これは、授業計画?」

 

 教科書と一緒に運んでいたらしい何枚かの紙。そこに書かれていたのは、今後の授業計画だった。

 どうやらエマ先生はボンクラ教師とも、私とも違って、かなり正確かつ的確に計画を立てている様だ……この紙だけで一週間。恐らく頭の中には一ヶ月か、それ以上の計画が。その日まで彼女が、そして生徒が生き残っているかも怪しいのに。

 

「素晴らしい、というべきなんだろうね? この学園で授業計画を練っているのはもう貴女だけだというのに。……真面目な事だ。おっと、皮肉じゃないよ? 本心さ」

「あはは……えっと、ありがとうございます? その、私には、もうこれぐらいしか出来ませんから……授業だけでも、ちゃんとしなきゃって」

「……そうかもね」

 

 どこか影のある笑みを浮かべて、エマ先生はあくまで気丈に振る舞っていた。このぐらいなんて事ないと。だが……

 

 ──メンタルはズタボロだろうに、よくやる……

 

 確かに彼女は欠片もヘラっていない。ゲームでも彼女はずっと気丈に振る舞っていたし、弱音を吐けば珍しいといえる人物だった。

 しかし、その内心は既にグチャグチャだ。この学校に来て、二年程。既に多くの生徒が、同僚が、死んでいくところを、彼女は見続けている。変わらない顔ぶれなんてレナぐらいのもので、そのレナも元皇女殿下という事で恐れ多くて──吸血鬼や噂に対する偏見は既にないのだが、やはり地位の差は気になるのか──話し掛け難く、友達らしい友達もとうの昔に土の下。

 彼女がこうして、曲がりなりにも気丈に振る舞えているのは、その小さな身体に似合わない極めて強靭な精神あってこそ……だがそれも、今年が限界の様で。

 

 ──当然、死亡フラグは立っている。……他よりは、折りやすいが。

 

 ヒロインランキングは……確か三位だったか? やはりレナより上なのは腹立たしいが、それは彼女の出番の多さ、そして生存のしやすさが形になったからこそ。……ごめん。見栄張った。普通に魅力的な人物ですいつも助かってます授業や戦線の分担とかいやホントに。

 

 ──エマ先生が居なかったら、私は過労死一直線だっただろうからなぁ。

 

 レナを置いて、働き過ぎで死んでいた気がしてならない。そう内心で感謝の土下座をしつつ、私はエマ先生にはい、と拾った書類を手渡す。落とさない様にね、と。

 

「背後が気になるのは分かるが、だからといっていちいち驚いていては心臓が持たないぞ? バリスタの矢が飛んできても平然としていろとは言わんが、もう少し、な?」

「あ、あはは……ニーナ先生が言うと、説得力が凄いですね」

「傷跡が残っている人間の言う事には、奇妙な圧が乗るものさ。それが的外れな事でもね」

「そう、ですね。私も、もっと……」

 

 渾身の自虐ブラックジョークをスルーされながら、それでも私はエマ先生から目を離せない。死亡フラグが近いせいか、あるいはこんな状態だから死亡フラグが立ったのか? 顔色の悪いエマ先生が、心配になってしまって。

 だが……

 

 ──私としては、彼女に頼るしかないんだよなぁ。

 

 次の大規模侵攻。無事に突破出来るかどうかは、彼女次第なのだ。彼女の唯一といっていい死亡マップであり、全ての教員と多くのモブ生徒が死亡する大規模侵攻で、それでも頼るしかないのは歯がゆいが……

 

「──手札が少ないのは、ツラいねぇ」

「? ……あ、そうですね。もう少し、ニーナ先生みたいな先生が増えてくれれば良いのですが」

「ははっ。ナイスジョーク。分裂でもしたほうがいいかい? その場合、騒音のあまり苦情が入ると思うが」

「い、いえ、大丈夫ですよ……?」

 

 ブラックジョークに次ぐブラックジョークに、エマ先生はどう答えれば良いのかとあたふたしてしまっているが……こう見えて、彼女は指揮能力やサポート能力に長けた特殊なユニットでもある。その優秀さたるや凄まじく、居るだけで部隊の戦闘力が二倍になると言われた女だ。当然、多くのプレイヤーの一軍メンバーの一人であり、その重要性から詰まったときには先ず彼女の配置位置から考え直すプレイヤーは多かった。

 その単体戦闘能力はお世辞にも高いとは言えないものの、死亡フラグの少なさから終盤まで安定して参戦出来る事や、各種バフ・デバフ……特にスロウを撃ち込める為に、採用して間違いなしと太鼓判を押されたキャラクターだ。特に学園でのチュートリアル全般を担当している事からチュートリアル先生とも呼ばれ、個別ストーリーがそこまで血生臭くない事もあって、色んな意味で初心者向きと言われた女でもある。

 

 ──属性過多ではあるんだけどな。合法ロリっ子先生とか……

 

 実は成人しているという年齢設定も相まってか? えっちぃイラストの多さはキャラクター二位だったような、一位だったような……まぁ、そういう意味でも人気なロリっ子先生だった。

 私としてもレナの次くらいには……まぁ、好みのキャラクターだった人だ。レナが途中で惨殺される事もあって、最後の個別エンドはよく先生と迎えた物だが…………ふむ。

 

「エマ先生。良かったら食堂まで一緒にどうだい? たまには同じ先生同士、情報交換でもと思うんだが?」

「あ、良いですね! やりましょう! 実は私、ニーナ先生に聞きたい事があるんですが……」

「ほう? この私に聞きたい事? 答えられる内容なら幾らでも話すよ。……あぁ、そうだ。実はこの後、普段私が使っている教室で特別授業をする事になっていてね。良かったら一緒にどうだい? お互い、いい刺激になると思うんだが」

「特別授業……今からですか?」

「いや、一時間後だ。どうだい? 暇かい?」

「……ニーナ先生、諦めてないんですね。えぇ、分かりました。私も参加します!」

「? そうか。やる気な様で何よりだよ」

 

 今度の個別エンドはレナと迎えるつもりではいるが、と。そう甘ったれた思考をたれ流しつつ、それでも私はエマ先生をここで会ったのも何かの縁と食事に誘いつつ、和気あいあいと肩を並べて食堂へと向かう。

 夜、レナに美味しく頂かれるまで……まだ時間はあるのだし、と。




 同僚の女性と楽しげに食事しているのをレナに見られてしまった! 
 ニーナの“いいくるめ”。技能値70……マイナス補正あり。10以内で成功です。ファンブル。ニーナはレナにベッドまで連行されました(“信頼”なら自動成功だったのに……)

 その後……
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第8話 序盤の山場 序

 五月の終わり。

 間もなく春が終わろうとしている今日この頃。穏やかな……あるいは弛緩した空気の漂う学園で、私はただ一人苛立ちにも似た感情を抱いていた。

 

「いや、あるいは……」

 

 恐怖の裏返しなのか? そう何の気なしに呟きながら、私は城壁の上へと顔を出す。前回の襲撃の爪痕が──バリスタによって開けられた穴も、私がぶちまけた血の跡も──そのまま残るその場所で、私はあの日と同じ様に北側を睨み付ける。

 相変わらず機関銃も鉄条網も無いものの、縦深だけは拡大した塹壕線。各所に配置についたスケルトンや生ける武器共。今のところ平穏そのものの澄み渡った空。そして、その果てに居るだろう……魔王軍の侵攻部隊。

 

「来る。来るはずだ。ゲームでのタイミングや日付、そして昨夜行ったスケルトンによる浸透偵察。その結果得られた敵軍の集結状態を戦術的に判断するに、大規模侵攻が発生するのは間違いなく今日のはず……なんだが。うーん? 間違ったかな? もう既に人事は尽くしてしまったんだが」

 

 人事を尽くして天命を待つ。ことわざにもある通り、私はやれる事を粗方やってしまった後だ。塹壕線の拡張や死霊部隊の事前配置は勿論、事前の作戦プランや取り得るオプションの準備まで終わらせてしまっている。

 例えば主人公君ことユウ、そしてそのヒロイン候補であるアリシア──仲直りはした。やはりというか、つい皮肉混じりになってしまったが──やサーシャを含む他の生徒達には出来るだけの授業を行い、戦力の底上げや意識改革を行った。ユウやモブ生徒はともかく、アリシアやサーシャに教えられる事なんてたかが知れているが……それならそれでとユウとアリシア、あるいはユウとサーシャの絆イベントを誘発させてみたり、あえてプレッシャーをかける事で両者の会話──嫌な奴への悪口というのは、やはり蜜の味なのだ──を増やしてみたりと、現時点でやれる事はやりつくしたと言えよう。

 同僚との連携も……まぁ、ボンクラ共が初撃で全滅しないようにそれとなく、かつ程よく分散させたし、エマ先生には私の代わりにモブ生徒達を率いられる様、全員強制参加の大きな実技授業をしてもらっている。たった今襲撃されても、即座に応戦出来る様に。

 

「そして、レナ。ゲームでも大活躍した、この大規模侵攻一番の要。あの子の調子も悪くは……いや、まぁ、なんだ。良すぎるぐらいだからね? 死亡フラグもここでは立たないし、ゲーム以上に強くなっている節もある。彼女に関して何も心配要らないというのは……気楽と言えば、気楽だけども」

 

 だからといって彼女に頼り切りでは男として立つ瀬がない。敵がどう動くにせよ、やれる事をやらねばならないのだ。そう思考を打ち切ろうとした私の脳裏に横切る、毎夜の恥態。

 夜になる度に私の元を訪れ、血を求め、血に酔う彼女の姿。そしてそれに狂わされ、一方的に攻められる私の……

 

「煩悩ッ!」

 

 退散! この瀬戸際で何を考えているんだ! 私は! 

 そう尻尾をブンブン振り回し、湧き上がった感情を発散させて…………暫く。ようやく落ちついた私は、咳払いをしてから改めて懸念を口にする。天気は大丈夫だろうかと。

 

「雨には、ならないはずだが……」

 

 気象衛星は勿論、自然科学や統計学が未発達のこの世界で天気予報なんぞ出来る訳もなく、私はおぼろげな記憶に頼るしかなかった。ゲームでは暗雲こそ出ていたが、雨は降っていなかったと、そんな主観的に過ぎる話を。

 客観性に欠けた……しかし普段ならそこまで気にしない話を、なぜ気にするのか? そう聞かれれば答えは決まっている。この大規模侵攻が序盤の山場であり、天候次第ではレナに重傷を負わせかねないからだ。

 

「桶狭間の戦いで雨が降らなかったら? とか、そういう話よりも事態は少しばかり深刻だからな。何せ真正の吸血鬼は流水も弱点……雨が降り出したせいで大火傷を負い、地面に墜落。そのまま身動きすら取れず、再生能力を封じられたまま、なぶり殺しにされる可能性は確かにある。その危険性は銀の弾丸にすら匹敵するだろう……」

 

 意外と知られていないのだが、吸血鬼というのは日光だけでなく流水……雨や川、あるいは海すらも弱点な種族なのだ。基本的には身動き出来なくなる程度ではあるが、個体によってはシャワー程度の流水で重傷を負ってしまう事もあり、日光と同じレベルで気を使わなければならない要素だと言えよう。

 とはいえ、吸血鬼が流水を弱点とするのは、流水が邪悪な物を洗い流すから。そういう理由から流水が弱点とならない場合もあり──そもそも吸血鬼に関する情報は後世の創作や地域格差が多く、判別しづらい──またレナがどこまで“邪悪な吸血鬼”なのかが不明な事もあって、どの程度まで気にするべきかイマイチ不明瞭なのも事実。しかし、同時に全くのノーダメージというのは考え難く、そもそも私自身、死霊術で呼び出せるアンデッドの中に雨が駄目な奴が居たりと、雨天はあまり望まないのが正直なところだ。

 由来不明の紫電も、まぁ、雨となると狙ってないところに感電して行きそうだしな……と、そんな事をツラツラと考える事、暫し。空に動きがあった。

 

「──ん? 来たか」

 

 澄み渡る青空。それを覆い隠すかの様に、北側からもの凄いスピードで暗雲が広がって来たのだ。魔力の乱れ、あるいは大気汚染というべきか? 年単位で吸い込むと健康被害が発生すると言われるそれが、学園の目前まで……いや、その頭上を通り越して広がっていく。

 大規模侵攻。その始まりだ。

 

「日付はあってたらしいね。しかしこれは、あー……そうくるかぁ」

 

 面倒だね。そうため息を吐いた私の遥か頭上。空に立ち込める暗雲。そこから飛び出してくる様に飛来して来ているのは、悪魔の群れだ。といっても真正の悪魔は一匹もいない、モドキの群れだが……その数が半端ではない。前回見たインプモドキが山程。そしてそれ以外にもチラホラと大きな個体が見受けられ、あれは、遠くてよく分からないが……もしやレッサーデーモンだろうか? 中盤の小ボスとして私に凡ミスを強いてきたのは、嫌でも覚えている。

 インプモドキを更に強化した様な能力を持つ奴は、出てくるだけで面倒な奴なのだ。終盤にもなると雑魚同然だが、この序盤で出てこられると……吐き気すらしてくるのが本音だった。

 

「ゲームだとレナが一人で対応してたんだろうけど……正気かい? いや、正気じゃないね。狂気の沙汰だ。ボンクラとほぼ全てのモブ生徒がここで死滅する訳だよ。生き残れるはずがない。ましてや、ああもキッチリと全縦深に攻撃を仕掛けられればね」

 

 既に学園上空。警戒ラインギリギリまで入り込んでいる奴らの布陣。そして地平線の彼方から姿を現した敵主力軍。前回よりも徹底されたその戦術を言葉に当てはめれば、これはエアランド・バトルであり、同時に限定的な縦深攻撃でもあった。

 勿論、その規模は極めて小さい。しかし航空戦力や空挺部隊による前線を飛び越えての全縦深の攻撃、それによる指揮能力の撃滅と脆弱な後方部隊の撃破、主力軍と連携しての挟撃、及び航空優勢を確保した後の浸透強襲突破、それに継ぐ包囲殲滅、橋頭堡の確保と開口部の拡張……この場合は学園全域に対する攻撃、学園に隣接する周辺施設への牽制攻撃、空挺部隊による奇襲攻撃に混乱する学園の包囲、組織的抵抗力を失った教員と学生の各個撃破、残存人員の殲滅と奴隷化、学園周辺の制圧と戦力的空白化。一人として生き残りを許さないあちらの戦い方は、戦術的には極めて近代的だと言えよう。カタフラクトやテルシオがせいぜいで、散兵戦術すら取れない王国軍と比べれば雲泥の差だ。月とスッポンとすら言える。

 

 ──まぁ、たまたまだろうけど。

 

 連中にタイムスケジュールを合わせる様な脳ミソはない。これは平面平押しの規模が大き過ぎて、結果的に縦深攻撃に似た攻勢になっただけだ。

 そう内心で呆れつつ、しかし、私は状況の悪さを確り自覚していた。縦深戦術理論は近代戦術理論の中でも極めて効果的な勝てる理論の一つだ。それを結果的にとはいえ敵が行使して来たとなれば、取れる手段は殆どない。勿論、縦深戦術にも弱点はある。しかし孫子の兵法に則ればその弱点はむしろ戦争の常でしかなく、縦深戦術が孫子の兵法に則った基本にして強力な戦い方である事は自明の理であり……つまり、何が言いたいかといえば。

 

「私、早まったかなぁ……これ」

 

 勝てるのだろうか? いや、勝てたとしても私は生き残れるだろうか? 逃げ場を許さない縦深攻撃の真っ只中に、こんな最前線に居て。

 そう思いはするものの、今更下がれるはずもなく。私はバリスタは無いはずだからと、そんな希望的観測で自身を慰めるしかなかった。

 ゲームでもあったフリーマップ。そこに背景としてバリスタが置かれているのを思い出し、現実となったこの世界でもどこかにバリスタを隠し持っているんじゃないかと、レナを誘って深夜のデー……もとい威力偵察を行ったのは、今や不幸中の幸いでしかなかった。あの夜──学園に持って帰れる物でもないからと──破壊したバリスタが、敵の砲兵戦力の全てのはずだと信じて。

 

「懸念があるとすれば、現地で組み上げた物にしては確りして……いや、そうだね。あれはどこか正規の場所で作られて、そこから運んできた様にしか見えなかった。それに現地にあった大きな足跡と、ゲームで出てくる敵を考えれば……」

 

 この戦いで、今度こそ私は死ぬかも知れない。

 それでも、ここで死んだとしても、レナを無傷で帰還させられればその後も何とか生き残ってくれるはずだと。そう悔いは残らないはずだと意地を張ってみせる私のミミに、鐘の音が響き渡る。

 警報だ。開戦の狼煙だ! 

 こうなればウダウダと考えてる暇はもうない。直ぐにでもエマ先生が主人公君達を含む生徒達を統率し、肉盾……失敬。ボンクラ共が全滅する前に防衛戦に入ってくれるはずだ。そしてレナも飛び起きて戦闘態勢に入るだろうし、この私も……ようやく彼女の役に立てる! 

 

「最近……というより、登用試験からこっち、レナに良いところを全く見せれてなくてね。前回はスケルトン隊の方が活躍してたまであるし、当の私は血液ウォーターサーバーぐらいの使い道しか示せてなかったんだ。汚名返上。今回は確り活躍して、レナに良いところを見せたいんだよ。どんなにカワイイ身体になろうと、夜にどれだけ鳴かされても……私は、これでも私は、男でね!」

 

 どれだけ女の身体に馴染もうと、結局私は私でしかない。惚れた少女に役に立つところ見せたいと、それで命を張るぐらいには……まだ男なのだ。私は。

 黒狼族の少女ニーナではなく、たった一匹の男として戦場に立ち。私は愛用の杖を召喚して、そのまま死霊術の行使に入る。

 スケルトンは全て出撃済みだが、万が一に備えて残しておいた生ける武器共を手始めに数体。そして……カンッ、と石突きを床に打ち付ける。出番だぞと、寝てる獅子を蹴り起こす為に。

 

「いつまでふて寝してる気だ……幻獣王! 私がくたばったらお前もくたばるんだぞ! いいからさっさと、力を貸せぇぇぇ!」

 

 いつまでもふてくされてるニートに払う敬意無し! 微妙に抵抗している王様を無理矢理引きずり出しにかかる事……たっぷり十秒。根負けしたのか、戦場の何かがお気に召したのか。ようやくグリフォンが召喚に応じてくれた。

 闇色の魔力をまとって、羽ばたきながら私の横に降り立つ幻獣グリフォン。私の切り札。何十日ぶりかの、重役出勤だ。

 

「……今度は、勝ちに行くぞ」

「クルルゥ」

 

 なら問題無い。そう言いたげに鷹揚に頷くワシ頭に、私は内心でそっとため息を吐く。私がくたばったらコイツも道連れだというのに、よくもまぁここまで緩慢さにも似たプライドを保てる物だと。

 私のプライドなんて、レナのうるんだ瞳に一発で消し飛ばされるというのに。流石は王様というべきか? そう呆れた視線をグリフォンに向けて……瞬間、頭上に影が差す。真上、レッサーデーモン! 

 

「グリフォン!」

 

 悪魔めいた槍を突き入れてきたソイツを杖で迎撃しつつ、私は容赦なくグリフォンをけしかける。殺してこいと。

 瞬間、待ってましたと言わんばかりに離陸したグリフォンは、行き掛けの駄賃とばかりに私と鍔迫り合いを演じていたレッサーデーモンを爪で引き裂き、そのまま悠々と空へと上がっていく。曇天に舞うグリフォン。鋭い空中機動を見せながら悪魔モドキを蹴散らす王に長期休暇のなまりはないようで……どうやら、今回は頼れそうだった。

 

「とはいえ……まぁ、抜けてくるよねぇ。知ってるとも」

 

 ナギナタを構える様に杖を持ち、キッと空を睨む私の前に一匹二匹と悪魔モドキが抜けて来る。グリフォンに引き裂かれ、叩き落され、あるいは風の魔法に撃たれて地に落ちていく仲間には見向きもせずに。

 この世界の人々の恐怖の象徴を模した化け物共が、物騒な槍をその手に、醜悪な笑みを浮かべながら。

 

「まるで私程度はなんとでもなると言いたげだね? まぁ、確かに身体はちんちくりんで、肉だって柔らかい。頼りのグリフォンも……まぁ、数に追われて忙しそうだし? 私なんて簡単に愉快なオブジェに出来ると思うのも仕方がない話だ。けど、その油断が命取り……そら今だ、斬り裂いてやれ! リヴィングソード!」

 

 悠々とスキを晒す私に喜々として槍を突き入れようとしてくる悪魔モドキ共は、しかし、私がその瞬間を待っていたとは思わなかった様で。地面に転がってゴミのフリをしていたリヴィングソードに、その土手っ腹を次々と貫かれていく。突如として跳ね上がり、飛来した死霊剣によって。

 

「ん、と、セィッ!」

 

 グリフォンが、そして死霊剣が次々と怪物を葬りチリへと返し。それでも抜けてきた奴を杖であしらい、刃金で貫き、あるいは控えさせていた予備の死霊剣で斬り伏せさせ。

 私は私らしく、あるいは死霊術師らしく姑息に流れを操ってみせる。この序盤の山場。ここ一番の大舞台で、少しでも活躍してやろうと。

 

「さて、悪魔モドキ諸君。ハズレくじで申し訳ないが……私の相手をして貰うよ? あぁ、当然ながら拒否権は無いので、悪しからず」

 

 カッと石突きを地に打ち付け、予備の生ける武器共を呼び出しつつ、私は連中を煽るように笑みを浮かべて、尻尾をゆるりと振って見せる。

 全ての悪魔モドキをレナのところに行かせる訳にはいかないと、そんな決意と共に。



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第9話 序盤の山場 破

 状況は悪化の一途を辿っていた。

 悪魔モドキによる航空攻撃と空挺降下。その完全なる奇襲によって切って落とされた戦闘は、今のところあちら側の意のままに進んでいるのだ。敵地上主力軍はスケルトン隊──元が民兵だけに複雑な動きも装備も使えない──を蹴散らして塹壕線を突破しつつあり、残るはスケルトンソルジャーが守る最終防衛線のみ。レッサーデーモンモドキを隊長格としたインプモドキの軍勢は対空砲火の一つも浴びる事なく学園の各地へと降り立ち、破壊と殺戮を謳歌している。エマやユウの庇護下にあるモブ生徒はともかく、ボンクラ共は今頃全滅している頃合いだろう。

 斯く言う私も、余裕というものは既に無くなっていた。

 

「グッ、この、しつこい!」

 

 カンッと刃金と刃金をぶつけ合ってお互い後退したところに紫電を、次いでリヴィングソードをブチ込んで黙らせ。背後から襲って来たインプモドキの顔面に石突きを叩き込んでやり、怯んだところをリヴィングランスに討ち取らせる。

 我ながら獅子奮迅の働きだと自画自賛しつつ、それでも物量に押し切られてジリジリと後退させられ……今や、私の足は地面の上にあった。

 

 ──城壁から引きずり下ろされるとはね……! 

 

 城壁の裏側。門にほど近い場所で戦わざるを得ない私は、思わずギリッと歯噛みする。狭い城壁の上での戦闘に耐え兼ねて降りてしまったのは、やはり失態でしかないと。

 不幸中の幸いは連中に城壁を利用する気配が無い事。そして上空にはまだグリフォンが居るという事か。少なくとも航空優勢は渡してはおらず、空中戦はまだ終わってはいない。負けてはいないのだ。負けては。

 

「けど、逆にいえばグリフォンという切り札を切ったにも関わらず、私は航空優勢を取れていないという事でも……えぇい、数が多過ぎる! 貴様らは夏の羽虫か!? なら焼身自殺でもしたまえよ! 邪魔だ!」

 

 レナの掩護に行けないだろう! そう吠えては見るものの……これで退くぐらいならそもそも攻めてくるはずもなく。連中はむしろ喜々として突撃してくる。

 猪突猛進。人間より遥かに強靭な肉体を活かして、真っ直ぐに。

 

「単細胞!」

 

 そろそろ罵倒するのも面倒になってきた。そう極めて短い単語で罵倒しつつ、私は飛び出してきた槍を杖で打ち払い、スキを晒したインプモドキを横から死霊剣に襲わせる。

 今まで何度も繰り返したやられ方でやられてチリとなる悪魔モドキと、その仲間共に学習能力は薄い様に見えるが……ガンッ、と。背後から響く金属音に、思わずミミが跳ねてしまう。そうだ、油断は出来ないと。

 

「驚いたよ……けれど、君らと違って私は学ぶのでね。盾だって出してるとも!」

 

 くたばれ! そう無手になっていたインプモドキに槍先を突き込んで討ち取り。私は背をリヴィングシールドに守らせながら空を見上げる。敵の数は後どれくらいだろう? と。

 そして、すぐに後悔した。見るんじゃなかったと。

 

「うへぇ……全く、見るだけで疲れてくる光景だね。忌々しいったらありゃしない。あれはもう雲霞のごとくってやつじゃあないか。それともイナゴの群れかな? あぁ、イギリス人の気持ちが良く分かったよ。私も対空用の火炎放射器が欲しくなってきた」

 

 つまりクソくらえだ。そうギッと睨み付ける先で、バサバサと空を飛び交う敵影は未だ多く。開戦時から全く減っていない様にすら見えた。いや、それどころか後続の鳥共が到着してしまった今、その数は増えているまであるだろう。何とも忌々しい事に。

 特に空中で暴れ回っているグリフォンの周りは……まるで蜂の巣だ。中で何かが大暴れしているのはボトボトと落ちていく悪魔モドキと鳥の死骸のおかげで分かるのだが、肝心のグリフォンの姿は全く見えない始末。世の中には虫にたかられるという言葉があるが……

 

「あれはもう蜂球だね。熱殺蜂球だ」

 

 個体の性能差で勝てないならと、悪魔モドキどもは寄ってたかってタコ殴りにする事にしたのだろう。その有り様はスズメバチに襲われたミツバチが繰り出すという熱殺蜂球によく似ていた。

 ただ、それでもまだ落ちてないグリフォンは……流石は幻獣王というべきか。頼りになる。おかけで私のところに降りてくる悪魔モドキや鳥は十、二十、三十……

 

「多いよ!」

 

 ヤケクソ気味に紫電を放って牽制し、戻って来たばかりの死霊剣を突撃させて。私は思わずうめき声を上げてしまう。ゲームのレナはこれを一人で捌いていたのか? と。

 

 ──血の補給無しにこんな大軍と戦えば、そりゃ中盤で弱体化もするだろうさ……! 

 

 今の今まで学園で盾となり続けたレナが、この世界ではあんなに生き生きとしているレナが、ゲームでは必ず死亡してしまう事に疑問を持った事は前世の頃から何度もあるが……なるほど、今の状況を見れば道理でしかなかった。コカトリス装甲車こと自走対空火炎放射器──発射時の迫力はもの凄いのだが、対空用のクセに射程が六十メートル程しかなく、虚仮威しにしかならなかった──が活躍出来てしまいそうな状況は勿論だが、蜂球が出来上がっているグリフォンを見れば一目瞭然。あの中にレナが居たのなら……私は正気を保っていられなかっただろう。そう思えばゲームの結果は納得しかない。

 そう、そして。それを考えると、私の当初の目的は達成出来たと言えた。

 グリフォンと死霊軍、そして私。ゲームには無い戦力が引き付け、削った敵軍の数を思えば、間違いなくレナの負担は激減しているからだ。これなら、レナは中盤で惨殺されたりはしない。そう確信出来るだけの働きを、私は既にしてみせていた。

 

「やってやった……か」

 

 なんとでもなったな。そう杖を振るい、紫電を走らせ。今回は私の勝ちだと笑みを浮かべたのが……よろしくなかったのか。悪魔モドキ共が隊列を形成し、全方向から一斉に突撃してくる。逃げ場は、無い。

 

「ッ──こういう時は!」

 

 前に出る! そう叫びながら紫電を放って牽制しつつ、動かせるだけの死霊の武器共をまとめて突っ込ませて血路を開き、私は迷うことなく駆け出していく。背後を盾に任せて、武器共の後に続いて前へと。

 だが、武器共は全ての悪魔モドキを撃破出来ず、進路上に一匹残ってしまって……いや、更に二匹、進路上に突っ込んでくる! 

 

 ──全てを避けるのは無理か……? 

 

 足を止めれば更に別の奴が現れ、私に槍を突き刺そうとしてくるだろう。ならば道は前にしかなく、かといって無傷で通過出来ないなら……仕方ないと、私は刺される事を覚悟で更に前へと足を踏み出す。

 瞬間、正面の悪魔モドキと刃金をぶつけ合い、えいやと横に押し切って死霊にトドメを任せた私の脇腹に、ズブリと刺さる物があった。続いてザシュッと左のふとももを斬り裂いていく何か……あぁ、言うまでもない。やられた。

 

「こふっ……まだ、だァ!」

 

 上ってきた血を口から吐き出し、それでも私は足を止めたりはしなかった。腹に槍を突き刺して来た奴の顔面を鷲掴みにし、ゼロ距離から紫電を撃ち込んでチリと消し飛ばして。足を斬ってきた奴は死霊剣に斬り伏せさせ、私は敵の包囲網を一息に駆け抜ける。

 呼吸出来ないまま、それでも。

 

「ぅ……この、くそったれめ。来い、リヴィングシールド!」

 

 私が真っ当な少女なら今ので死んでた。死体を混ぜくり合わせたキメラで無ければ、確実に。

 そんな悪寒を蹴り飛ばし、私は集団から抜け出すなり追加の盾を呼び出して周囲を固める。ボロボロになりすぎて役目を果たせない武器を送還し、血が止まらない脇腹を押さえながら、代わりに使える死霊は居ないだろうかと脳を走らせて……

 けれど、私がゾンビかゴーストかを選ぶより先に、あちらが次の攻撃を選ぶ方が早かった。鳥だ。戦力が目減りしてきた悪魔モドキに代わって、鳥共が前に出てきたのだ。私をついばんでやると、そう言わんばかりに。

 

「鳥葬という訳だ。今どき、洒落てるね? しかし、ちょっと腹が裂けたぐらいで、ずいぶんとナメられたものだ。私はまだ……待て、どこへ行く!」

 

 怪我をした私程度、バケモノ鳥で充分という事なのか? 悪魔モドキ共が次々と私から視線をそらし、学園のどこかへと飛び去って行く。

 半数は今だ蜂球の中で暴れ回っているグリフォンの元へと。そして半数は別のどこかへ……恐らく、レナの元へ。

 

「このっ……クソッ!」

 

 待てと、そう声を上げる暇もない。腹と足を裂かれて手負いと化した私へと、鳥共が我先にと襲い掛かって来たのだ。

 血の匂いに酔った者共。だがレナ以外の輩に血肉をくれてやる気のない私は、バチリと手に紫電を溜め込む。お前らについばまれてやる気は、一欠片としてないと。

 

「落ちろォ!」

 

 紫電一閃! 放たれた紫電は先頭の鳥へ命中し、そのまま後方の鳥へと感電。またたく間にバタバタと鳥共が落ちていく。

 今ので十は落とした。そうほくそ笑む暇こそあれ、次から次へと鳥共が降りてくる。あそこにやわらかい肉が転がっているぞと、そう言わんばかりに。

 

「ナメるな……! この程度の怪我で、私は……ッ」

 

 紫電を食らわせてやる。そう鳥共へ向けた手が、ボヤける。

 紫電は不発に終わり、その代わりとばかりにグジュリ、と。酷く不快で、しかし痛烈な痛みが身体に走る。アドレナリンが切れたのか? そう顔をしかめた、次の瞬間。カクン、と。左足の力が抜ける。咄嗟に杖にすがって、コケる事だけはふせいだが……しかし、これは。

 

「ぐぅ……っ、まだだ。まだ……!」

 

 召喚した武器共が一つ、また一つと破壊され、あるいは魔力供給を絶たれて消えていくのを見ながら。

 それでも、まだ私は戦える! そう吠えようとして……出来なかった。私の尻尾が、ピクリと。何かの違和感を捉えたのだ。ついに残りの死霊剣が数えられる程度になる中、それでもその感覚を無視できなかった私は、牽制の紫電を放ちながらミミをすませて……聞こえる。何かの地響き。

 

 ──何だ……? 

 

 ドスドスと遠くから、しかし聞いている間にもズンズンと迫ってくるそれは、ドンドンと大きくなり……はっと空を見上げれば、いつの間にか鳥共は上空へと引き上げていた。巻き添えはごめんだと言いたげに。

 思い出すのは、ゲームでのマップ。

 気づくのは、それとの差異。

 

「……城門? まさか。だが民兵スケルトンが……全滅してる? スケルトンソルジャーも!?」

 

 怪我に気を取られて気づかなかったのか? 今更ながらにラインを辿ってみてみれば、いつの間にかスケルトン隊は全滅していた。まだ数体のスケルトンソルジャーが奮戦しているようだが、しかし、前線は崩壊している。

 つまり、今、城門はフリーだ。誰も守っていない。そんな城門にやる事なんて、たった一つで……

 

「マズッ……」

 

 退避を! そう叫ぶ思考に蹴り飛ばされ、私は慌ててその場を離れようとして……出来なかった。

 足に、力が入らないのだ。

 ドスドスと凄まじい足音が響く中、思わず見下ろした私の腹と左ふとももは……あぁ、既に真っ赤に染まっていた。どうやら、血を流し過ぎたらしい。

 これは、動けない。

 そう立ち眩みすら感じる中、自嘲する様に笑った……その瞬間。城門に凄まじい打撃音が響く。まるで大型トラックが正面衝突してきたかの様な、とんでもない音と衝撃。視線を向けてみれば、あぁ、参ったな。

 

「持たない、ね」

 

 大きな大きな城門は、今や粉砕寸前だった。金具は吹き飛び、扉は歪み、その向こうにある恐ろしきバケモノが顔を見せてしまっている。

 げに恐ろしき、古の者共。その勇敢なる血は今や腐り果て、しかし今なおその力だけは末裔に色濃く残る。……あれは、あの怪物は。

 

「巨人族……!? あれは、腐敗した小巨人か。序列最下位とはいえ、こんなところに来るとは……ッ、マズいね。これはマズい」

 

 腐敗した小巨人。巨人族の中でも最も下等で矮小なソイツは、それでも確かに巨人だった。全長にして三、いや、四メートルか? 圧倒的なパワーと耐久性を持ち、ゲームでは章ボスとして序盤の最後に出てきた強敵だ。ジャグリングを駆使する等、対策が必要な相手で……あぁ、ハッキリ言おう。こんな山場の始まりで出てきていい奴じゃないぞ! コイツは! 

 そう頭の中で叫んでいる間にも、巨人はその手に持った巨大なこん棒を振り下ろしにかかる。私が思わずビクリと尻尾を震わせている間に、一撃。次いで、二撃目。ゆっくりとした、あるいは重々しい動作で振り下ろされたそれは酷くのろまで。しかし、その破壊力は言うまでもなかった。

 更に木片が飛び散る中、私の脳ミソだけは正常に動いていた。城門との、巨人との距離は十メートルもなく、このままここに居ては危険だと。そう、思いはするものの……もう私に立っているだけの力は無く。

 

「間に合わない、な……」

 

 どうやらここまでらしい。そう諦めにも似た感情を許したのは、ひとえに、立ち眩みに負けて膝をついてしまったからだ。血を流し過ぎた私に、立ち上がる力は既に無く。けれど、それでも、最後まで巨人を睨み付ける私の前で……城門が、粉砕される。

 弾け飛ぶ金具、木片、城壁の一部。それらが宙を舞い、その一部が私に向かって来ているのを、どこか他人事の様に見つめながら。私は、私は──



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第10話 序盤の山場 急

 意識が落ちる瞬間が唐突なら、覚醒する瞬間もまた唐突だった。

 飛来した瓦礫。それを避ける事も出来ず身体に受けた私は、間違いなく押し潰されて死んだと、そう思ったのだが……キメラと化している私の身体は、私が思う以上に頑丈だったらしい。

 大小様々な瓦礫が飛散した現場で、私はまだ生きていた。

 

「ぁ、ぁあ……!? 痛い、痛い……っ!?」

 

 とはいえ、その優秀な身体は全身を苛む苦痛を和らげてはくれず。燃えるような熱と、刃物で裂かれる様な痛みが、目覚めた私を苦しめる。

 何より、困った事に。

 

「足、足が……! 私の、足……!」

 

 私に飛来した瓦礫。城壁の一部だったのだろう石のブロック……いや、大きな岩が、私の両足を圧し潰していた。

 確認するまでもなく、ぐちゃぐちゃに潰れている私の足。血も肉も、骨すらも砕かれたそれは、しかし、それでもまだ皮と神経は繋がっているのか……酷い痛みを叫びながら、私をその場に釘付けにしていた。足が挟まって、動けないのだ。

 

「この、このぉ……! 動け、動けぇ……!」

 

 ぐいっ、ぐいっ、と。力を入れる度に走る激痛に、思わず涙をにじませながら身体を動かして。それでも、足はどうにもならなかった。

 完全に取れていたなら這って移動出来たのかも知れないが、こうも中途半端に繋がっていると動くに動けない。そう頭の隅っこで冷静な思考が流れ……しかし、直ぐに霧散する。

 ドスン、と。足音が響いたのだ。

 

「っ……」

 

 思わず息を飲む私の視界に、腐敗した小巨人が映り込む。破壊した城門を乗り越え、不遠慮にも学園の敷地を踏むくそったれ。腐り果てた血筋は今や醜悪に歪み、見るに堪えない面構えを晒しているが……その力だけは、正しく継承されているのも確か。捕まれば、一捻りで全身をぐちゃぐちゃされるだろう。

 そう危機的状況だと分かっては居るのだが、私はその場から動くに動けない。痛みを必死に我慢して、声を押し殺して……けれど、打つ手はなく。それどころか愛用の杖はどこかに吹き飛んでしまったらしく、私の手元には何も無い始末。それならそれでと咄嗟に動かせる戦力を探して見るが……どうやら生ける武器共もスケルトンも全滅したらしく、残存戦力はゼロだった。

 かといって新しく戦力を出すのは、少し、難しい。痛みと恐怖で思考が途切れて、上手く式を構築出来ないのだ。

 

 ──今度こそ、駄目かな……? 

 

 バリスタで撃たれた時も死を覚悟したが、まさかまた死を覚悟しないといけないとは。

 そう自嘲する様に笑みを浮かべる私は、もう意識が持ちそうにない事を自覚していた。腹と足の出血に加えて、両足がこの有り様。今度こそどうにもならないだろう。

 

「レナ……あぁ、そうだね。せめて、最後に一花……!」

 

 咲かせてみせろ、私。レナが、惚れた女が戦っているのに、男がみっともなく無様を晒して何とする? レナに情けない死に様を見せたいのか? 違うだろう! 最後までレナに誇れる私であらねばならない……! 

 さぁ、腐り果てた偉大な者達の末裔に。その後に続く森の獣共に。私の死に様を見せてやれ! 

 刮目せよ、これが、これが……! 

 

「男は、追い込まれてから本番だ……! 来い! グリフォン!」

 

 今この瞬間だけ持てば良い! そう気炎を吐いた私は、頼みの王の名を呼ぶ。

 当然、その叫びは入城を果たした巨人や獣共の耳に入り、私がまだ生きている事を知らせてしまうが……この場合、それでも良かった。

 ほら、聞こえてくる。偉大なる王の羽ばたきが。

 

「クルルゥア!」

 

 見上げた空。無数の悪魔モドキや鳥に追われながら、全身に槍を突き刺されたグリフォンが舞い降りてくる。闇色の輝きは既に無く、間もなく送還されてしまうだろう王は、それでも力強く。

 瞬間、鋭い爪が巨人の脳天に振り下ろされる。

 

「────!!」

 

 声、いや、凄まじい音が響く。それが巨人の悲鳴なのだと気づけたのは、グリフォンが引き裂いた傷が大きかったからだ。脳天から右目に掛けて走るその傷は、確かに巨人を引き裂いた証。

 いける、勝てる。

 そう確信した思いのまま、私は後先考えず死霊術を行使する。アドレナリンの分泌によって全身の痛みが遠退いた、今がチャンスだと。

 

「来いっ! リヴィング! アァァマァァァ!」

 

 ズタズタに引き裂かれる様な痛みを誤魔化す様に、私は今呼び出せる死霊の中で最も格の高い死霊の名を叫ぶ。

 現れるのは二体の鎧。その全長は約二メートル。中身は空洞。何故かレナと仲良くなってから呼び出せる様になったこの生ける鎧は、全身に緻密な装飾が施され、胸にはどこかの国の紋章を掲げていて……そのせいか、異様に頼もしく感じられた。

 そんな私の内心に応える様に、鎧はガシャンと音を立てながら前進。私が追加で呼び出した生ける武器共をその手にし、一度だけ私を見た後、勇敢にも巨人と獣共に立ち向かっていく。

 間もなく送還されてしまうのを、分かっているかの様に。

 

 ──ッ……マズいね。意識が、持たない。

 

 私が気絶すれば……いや、死んでしまえば死霊達も現世に留まっては居られない。

 全身に更なる槍を刺されながら、そんな事はお構いなしと言わんばかりに巨人を翻弄するグリフォン。

 まるでどこかの国の将軍であるかの様な、武術に長けた腕前を披露しながら獣共を討ち倒し、スキあらばグリフォンを援護する鎧達。

 力強い彼らも、私が死ねばそこまで。だから私は最後まで生きていないといけないのに。意識は、殆ど落ちかけていた。ようやく敵の戦力を削りきって、大将首を上げられそうだというのに。ようやくレナに誇らしい報告が出来るのに。後ホンの一歩だというのに。その一歩が、持たない。

 

「レナ、レナ……!」

 

 何とか、後ホンの少しだけ。

 そんなギリギリの状況で名を呼ぶのは、愛しい少女の名だった。全てはあの子の為に。あの子の為に、こんな危険な最前線で敵を削り、大将首を引きずり出した。なら、最後まで。あの子の為に。このまま大将首を、例え刺し違えてでも。

 そう歯を食いしばって。それでも駄目なら、グズグズになった腹に指を突っ込み、あるいは足を叱咤して。私は無理矢理意識を覚醒させる。痛みで身体を蹴り飛ばし、眠ってしまわない様に。

 けれど、物理的に黙らさせられれば、そこまでなのは変わらず。鎧達の脇を、獣が抜けて来る。

 

「ッ、フォレストウルフ……!」

 

 序盤の雑魚キャラ。足が速いだけで、それ以外は大した事のない狼達。

 私のミミと尻尾と同じ物をもつ彼らが、私目掛けて走ってくる。狙いは、言うまでもない。

 

「この……!」

 

 近接戦闘に使える杖は手元に無い。なら紫電で迎撃を。

 そう伸ばした手から紫電が……放たれなかった。式が途切れた訳じゃない。これは、魔力不足。ガス欠だ。使うつもりの無かったリヴィングアーマーを呼び出したツケが、回ってきてしまった。

 

「──ッ」

 

 声に出そうになったのは、悲鳴。

 それを押し殺したのは、男の意地。グリフォンが、鎧達が、そして何よりもレナがまだ戦っているのに、悲鳴なんて上げれるかと。

 けれど、それも、長くは持たず。腕を振り回すしかなかった私の、その腕に、狼が噛み付いてくる。

 

「ぁ、ぎっ、いぃぃぃっ!?」

 

 右腕に、続いて左腕に噛み付かれ。食い込む鋭い牙に、私はみっともなく悲鳴を上げてしまう。

 痛い、と。そう涙を溢しながら上げたそれが、お気に召したのか。狼達が私に群がってくる。両の腕に噛みつけるだけ噛み付いて、リーダー格だろう狼は瓦礫の上に飛び乗って私を見下ろし、その手下どもがぐいぐいと私を引っ張る。食べやすい位置に移動させる為に、あるいは、もっと悲鳴を出させる為に。

 

「ぁがっ、ぁぁあああ!? 痛い、痛いぃ……! この、離せ、離せよぉ!」

 

 魔力が枯渇した私に、出来る事はない。ジタバタするだけの私は、狼共の良いオモチャだった。

 ぐい、ぐい、と。何度も引っ張られ、そのたびに情けない悲鳴を上げて。涙を溢して……ついに、その時が訪れる。私の足。千切れかけていたそれが、ついに、完全に引き千切られたのだ。

 

「いっ、ぁ、ぁぁぁああ━━!!」

 

 悲鳴。痛み。苦痛。

 襲ってきたそれに頭がぐちゃぐちゃになって、何も考えられない私を……狼達が取り囲む。

 黄ばんだ牙。垂れるヨダレ。血走った目。

 仰向けに横たわるしかない私に向けられるソレを見れば、今から何をされるかは、あまりにも明白で。

 

「ぃ、いやだ……!」

 

 私の口が、勝手にすべる。

 

「死にたくない……死にたくない……!」

 

 痛みでぐちゃぐちゃの頭は、何も考えれなくて。私はただ、思った事を口にしてしまう。

 

「食べないで。食べないで……! 私の血は、レナの、レナだけの……!」

 

 それが命乞いだと。男して最も恥ずべき事だと気づいた時には既に遅く。私はボロボロと涙を溢してしまっていた。両足を失って、狼共に取り囲まれながら、これから食われるだけの哀れなエサに成り果てて。

 

「ぁ、ぁ、あはっ、はははっ…………レナ。私は、私は……!」

 

 愛する少女の名を呼ぶ私に、リーダー格らしい狼がにじり寄って来る。

 獲物を最初に食べるのは一番偉い奴から、という事なのか。そうボンヤリと思考出来たのは、ただの偶然で。思考力に欠けた私の思考は、何も解決策を出してはくれなかった。

 

 ──これが、私の末路か。

 

 あぁ、相応しい最期だな。そう自嘲する頃には、狼の黄ばんだ牙が、私の顔へと迫っていて──その、次の瞬間。黒い蝶が飛ぶ。

 あれは、あの蝶は。

 

「れ、な……?」

 

 どこからか現れ、パタパタと私の周りを飛び出した蝶に、狼達も気づいたらしい。

 何だこれはと顔を上げた、その瞬間。蝶達が一斉に炸裂する! 

 

「ッ──!」

 

 思わずビクリとミミを立ててしまった私は、しかし、いつの間にか魔力障壁で守られていて。何の害も無かった。

 だが、そうではない狼共は……あぁ、全滅していた。至近距離で複数の爆発を身に受けた奴らは、尽く身体を破壊されて地に伏せていたのだ。もはや物言わぬ骸と化して。

 そんな彼らを、今や支配下に置く事すら可能になった獣達を見ていた私の直ぐ側に、パサリと控え目な羽音が響く。聞き慣れたそれは、間違いない。間違いない! 

 

「れな……? あぁ、れなだ……」

「ぇ、ぁ、ニーナ? なん、で……?」

 

 私の真上。倒れた私を見下ろしていたのは、レナだ。吸血鬼のお姫様。私の、大好きな少女。

 そんな彼女に、私はいつもの様に笑みを送ろうとして。けれど、全身の痛みと倦怠感に負けてしまった私には、ふにゃりとした曖昧な物しか送れなかった。みっともなく嬉し涙を溢しながら、ゆるりとした物を。

 そんな情けない私を、レナは、レナは直ぐ横に膝をついて、私を抱き起こしてくれる。肩に手を回して、ゆっくりと。その腕の中で、抱きしめる様に。

 

「ニーナ、ニーナ……!? うそ、何で、こんな、こんな! 足、足が、無くなって……血も、こんなに……!?」

「あぁ……れな。ひさしぶり、だねぇ」

「ニーナ? ニーナ! 確りして。喋っちゃ駄目。直ぐに、直ぐに治療を……! 大丈夫、大丈夫だから。絶対助けるから。そうだ、ポーション。ポーションが……!」

「れな……? どうしたん、だい? なんで、ないて……?」

 

 あぁ、おかしいな。レナが泣いてるのに、何で私の身体は動かないんだろう? 彼女に抱きしめられたまま、腕の一つも、動かないのは、なんで。

 

「ニーナ、目を閉じちゃ駄目。お願い、お願いだから……! ニーナ、後少し頑張って。直ぐにポーションを取って来て……ニーナ?」

「ごめん、ね……」

「なに、言って……? やめて、いや、嫌! 言わないで! ニーナ、言わないで。お願い……! 聞きたくない。聞きたくないよぉ……」

「れな……ごめん、ね……」

「ニーナ、ニーナ! やだ、やだぁ……!」

 

 好きなあの子の声がする。泣きながら、私の名前を呼んでくれる。抱きしめて、私の名前を、何回も。

 こんな役立たずの私の名前を……あぁ、でも。

 

「れな……れな……? わたし、わたしね……」

「お願い、やめて……死んじゃう。ニーナが死んじゃうよ……!」

「やくに、たてたよ……? れなの、やくに……」

「……ぇ。ぁ、ぁ、レナ、の? レナの為……? レナの、せい……?」

 

 あぁ、あの子の姿がもう見えない。暗闇に浮かぶ赤月も、遠くなってしまった。

 けど、大丈夫。

 だってレナは、もう大丈夫だから。

 

「れな……いきて」

「ニーナ……?」

「いきて、いき、て……しあわ、せに……」

「む、無理だよ。出来ないよ……! レナ、出来ない。出来ない! ニーナが、ニーナが居たから、レナは、レナは……!」

 

 レナはこの先も生きていける。死亡フラグはもう折れたから……きっと幸せになれる。

 目的は果たせた。これで、一安心。

 そう息を吐いて、私は目を閉じていく。レナは大丈夫だから、私も、眠っても良いはずだと。眠気に負けて、ゆっくりと。

 …………あぁ、でも。

 

「みたかった、なぁ。れな……いっしょ、に…………」

「ニーナ? ニーナ! ニーナ! いや、嫌! 目を開けて! 閉じちゃ駄目! しっかり、しっかりして! ニーナ、ニーナァ!」

 

 レナと、好きな少女との日々を、もっと過ごして居たかった。一緒に色んな物を、この緋色の世界の結末を、一番のハッピーエンドを、レナと一緒に見たかった。

 そんな無念を胸に抱えて、私はゆるりと眠りに落ちていく。大好きな少女の腕の中で、ゆっくり、ゆっくりと。深いところへ。真っ暗な、海の底へと──







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第11話 魔女の日記 Ⅲ

 

 五月 三十日。

 

 生きてる!? 

 

 

 六月 一日。

 

 腹部に深手を負い、瓦礫に足を潰されて、しまいには狼に腕をズタズタにされ……今度こそ死んだと思ったのだが、マッド製の肉体は思いの外耐久性に優れるらしく、またもや生き残ってしまった。

 いや、別に生き残った事に不満なんてないし、死にたい訳でもないのだが……こうも似たようなやらかしを重ねるとね? 足も無くなってしまったし、流石の私も反省せざるを得ない。

 まして、こうもレナに監視されては……そこまで不安にさせたのだと、嫌でも自覚してしまう。

 

 レッツ、ハラキリ。

 

 したくても出来ないんだが?? 

 

 こうして日記を、レナに日記帳と羽ペンを取って来て貰ってあくせくと書いている今もずーーっと見られているのだ。ケジメどころではない。

 まぁ、足が……膝の辺りから先がキレイサッパリ無くなったから、トイレに行くのも物を取るのも一苦労だし、ここにレナが居てくれて助かってはいるのだが……問題は、夜だ。

 推測に過ぎないが、このままでは夜になるなり、レナに襲われてしまうまである。足が無いから逃げるに逃げれないし、何か手を考えなければならないが……

 

 ゆうべはお楽しみでしたね? 

 

 シャラップ!! 

 

 いや、別にレナが嫌いな訳ではないぞ。断じて違う。だが、その、血に酔ったレナは積極的に過ぎてな……私も女の身体でどうすれば良いのかなんて分からないし、レナを傷つけたくないし、ついつい受けに回ってしまうから、その、男のプライドがな? 

 夜の彼女は魅力的だし、私自身彼女に攻められていると、役に立てている感じがして、■■■■■何を書いてるんだ! 私は! 

 

 追記。

 マズいな。まさかレナをここまで追い込んでいたとは……いや、というか、その、そこまで好かれているとは、なんだ、うん。

 大人しく食われるか……

 

 

 六月 三日。

 

 レナの好感度を稼ぎ過ぎた挙げ句、二回も死に掛けた私は……案の定というべきか? レナに吸い殺されかけた。他の奴に殺されるぐらいなら、自分の手で……と、そういう話らしい。

 

 ヤンデレ? 

 

 広義ではそうとも言うな。

 

 ただレナをあそこまで病ませたのは間違いなく私の責任であり、目のハイライトが落ちたレナに吸い殺されそうになったときも、まぁ、こういう最期なら納得出来ると受け入れてしまったのだが……私が無抵抗過ぎてレナが正気に戻ったのは、不幸中の幸いといっていいのか。どうなのか。

 何にせよ、今後は怪我をしないように注意せねばなるまい。レナの死亡フラグは殆ど折れてるし、もう無理をする必要はないからな……少し安全マージンを取ってゆっくりしよう。

 

 いのちだいじに! 

 

 その通りだよ。羽ペン。

 

 ……デレた? 

 

 死にたいらしいな? 

 

 

 六月 五日

 

 丸一日、意識を失っていたらしい。今も油断すると落ちそうになる。

 どうやら悪魔の槍に施されていた呪いと毒、そして狼由来の感染症がまとめて私を襲っているらしい。……あぁ、今なら日本がムキになって狂犬病を殲滅した気分がよく分かるよ。呪いと毒はまだしも、まさか狼に噛まれただけで感染症になるとは。

 駄目だ。気分が悪い。キメラである私が、このざまとはな……

 

 大丈夫? 

 

 貴様に心配されるとは……明日が命日だな? 

 いや、大丈夫だ。まだ数日は持つ。それにこんな事もあろうかと、解毒の方法は既に授業した後だ。主人公君が、ユウの奴がなんとかするだろう。

 

 

 六月 六日。

 

 朝起きたと思ったら既に夜。睡眠時間は驚異の十二時間。そんなだらしないにも程がある寝坊をかましている間に、ユウ、アリシア、サーシャ、エマ、そして数人のモブ生徒達が……つまりは主人公御一行が森へ向かったらしい。私に使う解毒薬の材料を手に入れる為に。

 仮にも私の生徒と同僚。それが本当なら見送りぐらいしてやりたかったのだが……まぁ、レナが見送ったというし、そこはむしろ格がついたと思おう。

 まさかレナに限ってパワハラを仕掛ける訳がないからな。私がペラペラ喋るよりも、よっぽど穏やかな出発だったろう。

 

 心配という心配も特に無い。

 ゲームでもそんな理由──相手は私ではなくレナやモブ生徒達だが──で森に行くのだ。しかもその森で遭遇するはずの巨人は大規模侵攻でレナに秒殺されてもう居ない。

 心配ご無用だ。

 

 大丈夫だ。問題無い。

 

 あぁ、そうだね。

 

 ……疲れてる? 

 

 多少ね。とはいえ、レナの前でもこれじゃあな……表情を作る準備をしておくか。

 

 

 六月 七日。

 

 帰ってこない。

 そんなに遠い場所でも、長いマップでもないのだが……薬草が見つからないのか? 

 

 

 六月 八日。

 

 心配になって出ていこうとしたところをレナに見つかった。

 いや、見つかったというか、気分の悪さに負けてうずくまってたところを保護されたというか……ともかく危ういところだった。主に監禁とか、首輪とか、そういう意味で。

 足が無いのに一人でトイレに行こうとしたのだと、レナがそう勘違いしてくれたのは不幸中の幸いでしかない。

 

 だが、まぁ、移動する事も困難だとはな……這って移動するのは遅すぎるし、車椅子を頼むしかないか? 

 

 

 六月 九日。

 

 病状が悪化した。後五日と持つまい。

 大規模侵攻を生き残れたのに、まさか病死の危機とは。ままならないものだな……

 

 あぁ、泣かないでくれよ、レナ。大丈夫だよ。大丈夫。明日にはユウ達が帰ってくるさ……

 

 

 六月 十日。

 

 マズい、本当に帰って来ない。ゲームではモブ生徒ですら病気では死ななかったのだし、そんなに時間は掛かっていないはずなんだが……まさか、バタフライエフェクトはそこまで大きくなっているのか? 歪みが私を殺しに来ているとでも? 

 

 追記。

 

 一悶着あったが、グリフォンを送り込む事でレナと合意した。万が一の事を考えると、これが最善のはずだ。

 王よ、私の生徒と同僚を頼んだぞ……

 

 

 六月 十一日。

 

 一日の殆どを寝て過ごしている。このまま目が覚めなくなる日は近いだろう。

 まだか? まだ帰って来ないのか? 

 

 全く、悪い冗談だ。生き残れたのに、こんなところで病死なんて……

 

 

 六月 十二日。

 

 死にたくないな……

 

 

 

 

 ? 

 

 ニーナ? 

 

 

 

 

 六月 十五日。

 

 復活! 完全復活! 

 

 パーフェクトニーナ! 

 

 HAHAHA。顔芸でもしろと? へし折るぞ

 

 ひどい! 

 

 お黙り。

 

 さて、どうやら主人公君達は昨日のうちに帰ってきたらしく、殆ど死体と化していた私に薬を投与する事に成功したらしい。

 注射器も無いのに昏睡状態の私によく薬を投与出来た物だ……と思ったのは少しの間だけ。レナの様子がどこかおかしい事に気づいてしまえば、まぁ、うん。そういうことなのだろう。

 

 ひゅーひゅー

 

 ……こんなことわざを知っているかい? 雉も鳴かずば撃たれまい。羽をむしられたくなければ黙っていなさい。

 

 そうそう、私とレナの関係も少し変化したのだが、ユウ君もアリシアやサーシャとの距離を縮めた様で……ふむ。次世代のドーントレス家は安泰だな。

 やることはヤってなさそうだが、まぁ、時間の問題だろう。あれは。

 

 ショットガン? 

 

 レナに言い寄ったならショットガンだね。ショットガンマリッジだ。まぁ、ユウはそこまで愚かでも腰抜けでもなかろうさ。

 

 

 六月 二十日。

 

 レナに夜のオモチャにされるだけが私の役目……だったら気楽だったのだが、そろそろ中盤に向けての準備を本格的に進めなければなるまい。

 

 シスター系お姫様も女剣士も来てない以上、今のユウには最難関にしてラブコメのオンパレードである王道の王都ルートを選ぶ理由がない。となると必然的に辺境ルート、もといアリシアルートだとは思うんだが……面倒だな。

 レナの死亡フラグ的にも学園を離れたくないんだが、まぁ、理由が理由だけにこちらから殺しに行った方が安全なのも事実。王都ルートよりも管理しやすいと思うとしよう。

 

 それに、私からすれば前世からのムカつきをスッキリさせれるチャンスでもある。

 レナとの旅行がてら、手早く掃除してくるとしよう。

 

 旅行なのに、お掃除? 

 

 ……君、割と純粋だよね。

 

 ? 

 

 ふむ。まぁ、知らなくても良い事だよ……

 

 

 六月 二十五日。

 

 珍しい事に、といったら失礼だろうか? まぁ、実際珍しい事なんだが、アリシアから相談を受けた。

 君主論や人間心理学の授業は興味深げに聞いているから、その話かと思ったのだが……曰く、私達を招待したいとの事だ。

 

 ドーントレス家、その領地へと。

 

 ……どうやってアリシアルートに入るのか少し不明瞭になっていたのだが、なるほど。こうくるらしい。

 勿論、私は快諾しておいた。

 自惚れ過ぎかも知れないが……私が行く以上、レナも来るだろう。最近はベッタリだからな……

 

 懸念があるとすれば、アリシアのあの表情。一瞬だけとはいえ見せたあの表情は、恐らく申し訳なさから来るもの。

 ……恐らく、何らかの罠が仕掛けられているとみて間違いないだろう。アリシアがそれに加担しているとは思えないが、きな臭さを感じているのは間違いあるまい。……あるいは、自分に身の危機が迫っているのを感じているのか? アリシアもサーシャも、そしてレナも。殺されるのはこの中盤だからな。

 辺境ルートとなると、一番胸糞悪いのはレナが処刑される事だが……それ以外も許してはならない。当然、私の生徒であるアリシアやサーシャの死亡も許さない。彼女達は私の皮肉が通じる数少ない生徒なのだ。誰が逃がすものか……! 

 

 アリシア、可哀想……

 

 お前もその仲間に入れてやろうか? 

 

 ……まぁ、いい。既にやれるだけの事はやってあるし、ドーントレス領に行けるなら私の足を生やす事も出来るだろう。

 戦力的な不安は無い。無いが……エマ先生とアリシアともう少し詳しい話をしておくか。私の推測が正しければ、中盤を生き抜くのに必要なのは戦闘力ではなく、政治力なのだからな。



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掲示板 中盤到達率四割の女

【動けこの足が! 動けってんだよ!】ニーナ・サイサリスについて語るスレ Part23【この手に限る】

 

201:名無しの生徒

ニーナのお喋り力は作中一ィィィ! 喋れん事は無いィィィ!

 

205:名無しの生徒

なおそのニーナちゃんが格段に喋らなくなる序盤の終わりとかいう最終決戦。

 

207:名無しの生徒

終盤は呪いと毒と感染症の合併症でダウンしてるし、大規模侵攻では、まぁ、ナチュラルに死にかけてるからな。ニーナ先生。

 

208:名無しの生徒

レナと主人公が到着する頃には足が無くなってるからね。仕方ないね。

 

210:名無しの生徒

マップ上で城門の代わりに仁王立ちしていた理由が足が無くなったからとかいう女。ニーナ・サイサリス。

 

211:名無しの生徒

レナの為なら、足の二本や三本かんたんにくれてやるわ――ッ!!

 

217:名無しの生徒

そのせいでレナ殿下はまた曇らされてるんですが。自重しろ、おら。

 

218:名無しの生徒

最後の最後まで死亡フラグが立たない(ニーナが全て吸っている)代わりに永久に曇らされる皇女殿下。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。

 

220:名無しの生徒

ニナレナ生存ハッピーエンド(トゥルーエンド)の到達率、何%なんですかねぇ。

 

223:名無しの生徒

このスレだけなら100%……いや、少なくとも90%はあるだろうけど、全体の確率となるとなぁ。

 

224:名無しの生徒

なぜ下方修正したし。

 

225:名無しの生徒

だってムズいし……

 

226:名無しの生徒

ゲームとしての難易度が縛りプレイに突入するのもそうなんだけど、選択肢によっては確殺だからな。

おう、お前の事だよ。森のレアアイテム君。

 

228:名無しの生徒

ニーナが既に死んでいる場合は気楽に回れるんだけど、ニーナ生存を目指すとなると……まぁ、うん。残当。

 

230:名無しの生徒

ニーナ先生の為に(既に死んでいる場合は今後の備蓄の為とか、怪しい影があるからとかそんな理由になる)薬草取りに行ったはいいものの、そこで安全そうなルートを選ぶとほぼ確定で死ぬからな。ニーナ先生。

なお真っ直ぐ行き過ぎると主人公ズが全滅する模様。どうしろと。

 

232:名無しの生徒

じゃけん攻略Wiki見ましょうねー

ただしWikiに書かれてる隠しアイテムを探してたら絶対間に合わなくなるので注意だ(一敗)

 

233:名無しの生徒

あのWiki書いたのニーナだろ。余計な事を書き過ぎてるんだよ……!

 

234:名無しの生徒

あるいはニーナを殺してレナ殿下に睨まれる仲間を増やそうとしたのか……

 

235:名無しの生徒

そういうルートミスはバトルの成績でカバー出来ん事もないけど……まぁ、うん。

 

236:名無しの生徒

最高ランクでクリアしても言う程カバー出来んからなぁ。

安定性を考えると選択肢はトチれない。

 

238:名無しの生徒

全体を通してTASさん並のスピードでクリアしないとニーナ先生は昏睡状態に入るからな。常人だとどうやってもギリギリになる。

 

240:名無しの生徒

なんてことだ。もう助からないぞ。

 

242:名無しの生徒

なおニーナ先生は五日は持たない病気(サーシャ談)から十日以上持ちこたえてくれています。

 

243:名無しの生徒

流石はニーナ先生! 気合が違う!

 

244:名無しの生徒

気合(食いしばり)

 

245:名無しの生徒

食いしばりとリジェネの組み合わせだけで生存してる様な、そんな健気な女だからな。ニーナ先生。

 

246:名無しの生徒

健気……? まぁ、健気か。

 

249:名無しの生徒

「私の生徒達だ。大丈夫さ……」

「自慢の生徒達だよ? 心配は要らない……」

「大丈夫だ。きっと直ぐに帰ってくるとも……」

 

そう言って生徒の帰還を待ち続けたニーナ先生は、レナ殿下に看取られながら永眠しましたとさ。

 

251:名無しの生徒

すまん、すまんて……

 

253:名無しの生徒

レアアイテムがあるっていうから、つい……

 

256:名無しの生徒

攻略Wikiにそうしろって書いてあったんだ……

 

260:名無しの生徒

こればっかりはプレイヤーが殺したんだよなぁ。

 

263:名無しの生徒

常々ニーナ先生が自分の頭で考えて、自分の意志で決断しなさいって言ってくれるのにこのざまである。

 

265:名無しの生徒

こんなボンクラ生徒でも愛してくれるんだよなぁ。ニーナ先生。

 

267:名無しの生徒

生徒に対する愛情は本物だからね。ニーナ先生。起きてるのもツラいだろうに、グリフォンの増援まで送ってくれるし。

 

268:名無しの生徒

なおその健気なニーナ先生を見殺しにしていくプレイヤーのなんと多い事か……

 

269:名無しの生徒

出迎えも無く学園が静まり返ってる時点で色々と察するよね。

 

271:名無しの生徒

間に合うとレナ殿下が慌てて出迎えてくれるけど、間に合わないと……まぁ、うん。病室で泣いてるところに遭遇するという。

 

273:名無しの生徒

うろちょろした結果間に合わなかったクソガキなんて捻り殺したいだろうに、一瞬睨むだけなんよな。レナ殿下。

罵倒された方がマシとはあの事よ……

 

275:名無しの生徒

死に際に仲良くしてねとかなんとか言われたんだろうなぁって察せられる奴。

 

285:名無しの生徒

なお生き残ったら生き残ったでプレイヤーの心を折りに来るんだよなぁ。ニーナ先生。足、無いし。

 

288:名無しの生徒

病気の事で忘れてたけど、そういえば足無くなってましたねっていう。

 

290:名無しの生徒

健全版だろうが十八禁版だろうが、完治したとか言ってるシーンのCG変わらないんだよな。ここ。完治したのに足は無くなってて、痛々しいんだよ……

 

291:名無しの生徒

あぁ、もう戻らないんやなって察するやつ……

 

293:名無しの生徒

なおお喋りは相変わらずなので、余計に痛々しいという。

 

295:名無しの生徒

以下抜粋。

「あぁ、驚かせてしまったようだね? うん、足が無くなってしまったんだ。しかも両方だよ。両方。全くお笑いだね? これじゃ歩く事も出来ないし、介護人が……レナが居ないと何も出来ない始末だ。我ながら、恥ずかしい話さ」

選択肢「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。鬱陶しいとは思うが、あまり気にしないでくれると有り難いね。私も、なんとかやってみるからさ」

「あぁ、心配しなくていい。生きてる以上は教鞭はちゃんと取るさ。エマ先生一人というのはハードワークが過ぎるだろう? ……とはいえ、この身体じゃ第一線で戦う事は出来ないからね。役立たずになっちゃうのは……うん。歯がゆいねぇ……」

 

298:名無しの生徒

足がなくなったのに、一番気にしてるのが役に立てるかどうかなの、ニーナ先生の心の闇が見えてな……

 

300:名無しの生徒

やっぱりニーナ先生、そういうの物凄く気にしてるんやなっていう……

 

301:名無しの生徒

自己評価の低さでいえばレナ殿下を更に下回るからな。このお喋りクソ女。

 

303:名無しの生徒

自己肯定感つよつよに見せ掛けて、実は自己肯定感も自己評価も作中最低とかいうお喋りクソ女。ニーナ・サイサリス。

 

305:名無しの生徒

ニーナ先生のお喋りは弱い自分を誤魔化す為の物ってそれ一番言われてるから。

 

306:名無しの生徒

なんだかんだ言いつつ序盤のニーナ先生、よわよわなんだよなぁ……

 

308:名無しの生徒

そんな自己肯定感よわよわなニーナ先生が何もせずに療養なんて出来るはずもなく……

 

310:名無しの生徒

まぁ、そうなるよねっていう。

 

311:名無しの生徒

さもありなん。

 

312:名無しの生徒

残当。

 

313:名無しの生徒

ニーナ・サイサリス、戦線離脱! ヨシ!

 

314:名無しの生徒

何見てヨシッて言ったんですか?

 

315:名無しの生徒

足が潰されて引き千切られて無くなって、車椅子生活を余儀なくされたっていうのに……全く離脱しねぇんだよなぁ。この女。

 

317:名無しの生徒

かなりの能力低下を起こしてるけど、ユニットとしては変わらず使う事が出来るという。

なおグラが車椅子時の物に変化している模様。

 

318:名無しの生徒

いいから、そこまでして戦わなくていいから……

 

320:名無しの生徒

ニーナ先生、ああ見えて自己責任感の塊だからな。

 

322:名無しの生徒

自己責任論者でもあるぞ。

当然、何かあったら詰め腹を斬ろうとする。

 

323:名無しの生徒

人様に迷惑を掛けるなんて恥ずかしか! もう生きてはおられんご!

 

325:名無しの生徒

ニーナ先生はもう少し他人に頼る事を覚えて、どうぞ。

 

327:名無しの生徒

ニーナ先生の切腹死体なんて見たらまたレナ殿下が曇ってしまう……

 

329:名無しの生徒

大丈夫大丈夫。ルートによってはそれ以上のを見るから。

というか序盤で切腹死体以上のを絶対に見るし。

 

332:名無しの生徒

バリスタ磔弐号機、足が無くなって血まみれ、徐々に衰弱していくのを見ているしか出来ない……たぶん切腹死体の方がまだキレイなんですが。それは。

 

335:名無しの生徒

キレイ(日本人的価値観)

 

336:名無しの生徒

十八禁版を含めると狼に集団でヤられた後食い殺されてたり、巨人のオモチャにされてお腹が破裂したりした親友の死体を見る事になるからね……レナ殿下。

 

338:名無しの生徒

なんなら寝起きに親友(恋人)の頭がコロコロしてるパターンもあるからなぁ。

 

340:名無しの生徒

王都ルートとかいうニーナ確殺レナ殿下裏ボス化確定ルート。

 

343:名無しの生徒

いきなり暗殺してくる程、暇ではなかろうさ。とか軽めの皮肉を飛ばしてた次の日の事である。

 

344:名無しの生徒

油断大敵!

 

345:名無しの生徒

グルグル目玉さんは成仏しろ下さい……

 

348:名無しの生徒

レナ殿下ではなくニーナを暗殺した辺り、ビビらせて話し合いを有利な物にしたかったんだろうけど……まぁ、地雷だよねっていう。

 

350:名無しの生徒

話し合い(旧帝国領土割譲の強要)

 

355:名無しの生徒

毎度思うんだけど、負けてるクセに勝った気でいるとか……いや、ホント素晴らしい頭してるよな。真似出来ないわ。

 

357:名無しの生徒

真似出来ない(したくない)

 

360:名無しの生徒

戦線から遠のくと、楽観主義が現実に取って代わる。そして最高意思決定の段階では、現実なるものはしばしば存在しない。

戦争に負けているときは特にそうだ……

 

363:名無しの生徒

根っこに現場主義がない権力ピラミッドは不安定で直ぐに倒れる。当たり前の話なんですけどねぇ。

 

365:名無しの生徒

>>360

>>363

出来てないから負けてる定期。

 

368:名無しの生徒

何が笑えるってレナ殿下に領土割譲とか言い出すって事は、最終的には帝国領土まで魔王軍を押し返せるつもりでいるんだよな。削られた王国領土すら取り返せてないクセに。

 

370:名無しの生徒

まだ中央には騎士がいっぱい居るし、本国軍も残ってるから……

 

372:名無しの生徒

騎士(口だけは達者なトーシロ)

 

375:名無しの生徒

本国軍(実戦経験どころか演習すらままならないお飾り部隊)

 

380:名無しの生徒

全くお笑いだ。メイトリクスが居れば、奴も笑うでしょう。

 

382:名無しの生徒

彼らは皆、愛国者だ。

 

383:名無しの生徒

ただのカカシですなぁ。俺達なら瞬きする間に、皆殺しに出来る。忘れない事だ。

 

384:名無しの生徒

怖がってるのは……君じゃないのか? 君こそ、魔王軍を恐れている。

 

385:名無しの生徒

勿論です。プロですから。

しかしこちらには、切り札があります。

 

387:名無しの生徒

切り札(覚醒ニナレナ)

 

389:名無しの生徒

覚醒したニナレナは最強。公式にもそう書いてある。

 

390:名無しの生徒

なお片割れの死亡率。

 

391:名無しの生徒

やめやめろ!

 

393:名無しの生徒

王都ルートとかいうただの地雷。レナ殿下が徹底的に舐め腐られてて草も生えませんよ。……亡国のお姫様とか、相当丁重に扱うべきなんですが、それは。

 

395:名無しの生徒

レナ殿下の使い道とか山程あるんだし、好感度を下げてまでガタガタ言う必要がないんだよなぁ。

しかも仮にも吸血鬼。気分を損ねたら殺されるとか思わないんだろうか……?

 

398:名無しの生徒

ニーナ先生が皮肉フルスロットルでこき下ろす様な連中だからな。救いは無い。

 

401:名無しの生徒

殴ったら殴り返される。犬猫ですら分かってる事が分からない連中は、果たして人間なのかって話ですよ。

 

403:名無しの生徒

暇なんだねぇ。とかいう最大級の皮肉。

 

405:名無しの生徒

で、皮肉一つ言い返されただけで逆ギレしてニーナを暗殺。マジギレしたレナ殿下が裏ボス化して世界を滅ぼしかけるしな。

……滅ぼすべきは魔王軍ではなくアイツらでは?

 

408:名無しの生徒

そうだよ。

 

410:名無しの生徒

奇跡的にニナレナ揃って王都ルートを踏めたとしても、その先にあるのはレナ殿下の裏ボス化だけだからなぁ。

シスター系お姫様や女剣士ルートが不遇と言われる由縁である。

 

413:名無しの生徒

一応、レナ殿下ルートに確実に入れるルートでもあるから、ニナレナ派としても一度は通るんだよな。

ニーナ先生が確殺される以上、どう好感度を稼いでも殺し愛にしかならないけど。

 

415:名無しの生徒

同じ少女を愛した者同士で決着をつけて、それで世界の命運を決めるとかいう全く救いのないルート。

 

416:名無しの生徒

レナ殿下としては、少しでもニーナ先生と繋がりのある人に殺してほしかったんだろうなぁっていう。

 

418:名無しの生徒

主人公君はニーナ先生が連れ込んだ子だからな。王都ルートだと羽ペンちゃんも身体は手に入れてないし……そら主人公君にお鉢が回ってくるわ。

 

421:名無しの生徒

なお主人公君が負けて殺されたとしても、生徒を守りたいと常々言っていたニーナを裏切ってしまった自責の念に耐えきれず、結局自害して死んでしまうという。

世界は平和になったけど、誰も幸せにはなれてないパターンの奴……

 

422:名無しの生徒

皆が幸せになれるルートは、純愛ルートはないんですか……?

 

423:名無しの生徒

ありません。

 

424:名無しの生徒

このゲームにそんなキレイなルートは無い。

 

425:名無しの生徒

レナ殿下ルートはその殺し愛ルートだけだぞ。

 

426:名無しの生徒

殺し愛ルートしかないのはレナ殿下がレズだからでは? ボブはいぶかしんだ。

 

428:名無しの生徒

ニーナもレズっちゃレズなんだよな。一応主人公とヤる事もあるけど、あれは殆ど事故だし……

 

430:名無しの生徒

レナ殿下はレズというか、そもそもニーナしか見えてないというか……

 

435:名無しの生徒

なんもかんも失って、責任ばっかり押し付けられて過労死しそうなところに、友達になろう(意訳)って言ってくれたたった一人の親友やぞ? しかもその後も命がけで懸命に助けようとしてくれるし……そらそうもなるわ。

 

436:名無しの生徒

友人を得る唯一の方法は、自分がその人の友人になることである。昔の偉人もそう言っている。

 

450:名無しの生徒

つまりニナレナはベストカップル。ハッキリ分かんだね。

 

460:名無しの生徒

(百合に挟まっては)いかんのか?

 

461:名無しの生徒

いかんでしょ。

 

468:名無しの生徒

挟まっても良いけど、疎外感凄いぞ。

 

470:名無しの生徒

挟まるルートが無いわけではないけど、そのルート踏んでもニナレナとヤれる機会は殆どなくて、二人のいちゃいちゃを永久に見せられるという……実際百合豚製造ルートだからな。あれ。

 

473:名無しの生徒

なんならヤれるチャンスを逃せるまである。実際壁ルート。

 

475:名無しの生徒

ニナレナがいちゃいちゃしてるところを、一番最前列で見れるとかいう誰も傷つかないルート。なお難易度。

 

477:名無しの生徒

たぶん最高難易度やぞ。あれ。

公式的には……まぁ、あれが公式ルートっぽいが。

 

479:名無しの生徒

分岐が一番多いし、凝ってるからなぁ。

 

485:名無しの生徒

少なくともニナレナ系のルートが公式ルートなのは確定的に明らか。

 

490:名無しの生徒

公式曰くこのゲームはニーナ氏へのお礼らしいからな。

同姓同名の人へのプレゼントって意味にしても、まぁ、なんというか。うん(無数の死亡シーンを見つつ)

 

492:名無しの生徒

プレゼントっていうんならニーナ先生を殺さないでくれませんかねぇ。いや、ホント。

 

493:名無しの生徒

だが断る。

 

495:名無しの生徒

公式が殺してるというか、ニーナ先生が勝手に死んでるというか……

 

496:名無しの生徒

中盤に関してはニーナ先生が勝手に死にに行ってる事も多いからな。

いやまぁ、気持ちは分かるんだけども。

 

499:名無しの生徒

レナ殿下を辱めて処刑するとか言われれば誰だってキレる。俺だってキレる。

 

500:名無しの生徒

その結果どうなりましたか?

 

501:名無しの生徒

まさかニーナ先生があんな事になるとは……察してたけど。

 

502:名無しの生徒

全BADEND回収の為の、致し方ない犠牲だ。

 

504:名無しの生徒

死んでる子も居るんですよ!?

 

505:名無しの生徒

ニーナだし。

 

506:名無しの生徒

ニーナ先生だし。

 

507:名無しの生徒

ニーナだもんなぁ。

 

508:名無しの生徒

ニーナ先生が何をしたと(以下略)

 

509:名無しの生徒

お喋り。

 

510:名無しの生徒

耳ダコなお喋り。

 

512:名無しの生徒

親の声より聞いたお喋り。

 

515:名無しの生徒

ここまでテンプレ。

 

518:名無しの生徒

流石、八年間も続編が出てないのに個別キャラのスレに顔を出してる連中だ。練度が違う。

 

525:名無しの生徒

スカーレット・ダイアリーの新作が出るまで死ねないって言ってた奴、異世界転生出来てるかなぁ。

 

527:名無しの生徒

>>525

勝手に殺すな定期。

 

530:名無しの生徒

何年待てば良いんですかね。我々は……

 

532:名無しの生徒

私にも分からん。

 

550:名無しの生徒

よし、海軍の支援を要請する!

 

552:名無しの生徒

>>550

駄目だ!

 

553:名無しの生徒

>>550

駄目だ!

 

554:名無しの生徒

>>550

駄目だ!

 

……………………

…………

……




要望のあった敗北シーン(狼)です。お試しとして無料にしてはいますが……えぐえぐなのでご注意を。

https://kiyo-s.fanbox.cc/posts/4165442


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教えて! ニーナ先生! 〜縦深攻撃〜

 お喋りクソ女が無責任に喋ってるだけなので、信憑性は担保しません。悪しからず。


 どうも。ニーナ・サイサリスだ。エマ先生じゃなくて残念だったな? あぁ、ユウ。座ってなさい。私は仮にも魔法使いだよ? 段差程度でいちいち人を呼んだりしないとも。

 

 よっ、と……さて、今回は魔王軍も採用していると思わしきドクトリン、縦深攻撃について軽く解説していく。授業というよりは雑談の様な物だ。客観性のない私の主観のみで話すから、間違っているところもあるだろう。気楽に聞き流してくれ。

 ……あぁ、既に寝ている者は起こさなくていい。死ぬほど疲れているんだろう。そのまま寝かしてやれ。

 

 さて、縦深攻撃とは戦闘における戦闘教義、ドクトリンの一種……つまり、戦い方の一つだ。一般では電撃戦が有名だが、縦深攻撃はその電撃戦と同じドクトリンという括りの中にあって、しかしそれとは全く違う戦い方の事を指している。

 

 電撃戦、ブリッツクリークと呼ばれるこれが機甲部隊の素早い機動と空軍を含む各部隊の綿密な連携によって前線の一点突破を狙い、その後敵の司令部や補給線の寸断等、ピンポイントに敵のウィークポイントを破壊するのに対し、縦深攻撃は敵の前線部隊のみでなく、その後方に位置する部隊までを連続的、かつ同時に攻撃することで敵軍の防御を破壊、突破。最終的に包囲殲滅する事を目的とした理論だ。

 

 必要とされるものは幾つもあるが……そうだな。例えば、敵軍よりも更に圧倒的な戦力。

 縦長の隊形での徹底的かつ連続的な攻撃。

 長距離火砲や空軍戦力による敵後方に対する容赦のない攻撃。

 そして空挺部隊や特殊部隊による司令部の制圧や重要拠点への奇襲、そして退路遮断。

 これらを複雑に組み合わせて実施されるのが、縦深戦術理論という訳だな。

 

 敵より多くの兵力で、敵の全てをブン殴れば勝てる。

 口にすれば簡単な理論ではあるが、それを実際の戦争で成し遂げるには多くの事前準備が必要となるだろう。

 もし失敗すれば縦深攻撃はただの平面平押しと化し、各部隊は各個撃破される。攻め手は多くの戦力を失い、たとえ小国相手でも戦争は泥沼化してしまうだろう。そうなれば潜在的な敵国の干渉や、相手国の反撃を許す事になり……多大な損害を被ってしまうだろうね。

 

 では、どうすれば良いのか? 

 

 絶対に押さえておかないといけないのは……情報と流通だ。

 戦力だと思ったかい? 甘い。甘いよ。いつの時代も、どんな戦争も、押さえるべきは情報。そして流通だ。

 情報があれば相手の考えている事なんて全部お見通しだし、流通があれば第三国に応援を頼み、増援や最新鋭の武器弾薬を続々と送り込んで貰う事も出来る。

 戦う上で大事なのは、情報と流通だよ。流通は補給と言い換える事も出来るね。この二つを怠った軍隊の末路は悲惨さ。世界最強レベルの不屈の兵士達を揃えても、その二つを怠ったせいでロクに敵軍と戦う事もなく、飢えと羽虫にやられる羽目になるんだからね。

 ……千年経っても変わらない、現場軽視の甘えた楽観主義さ。反吐が出る。

 

 さて、話がそれたね。戻そうか。

 戦う上で手に入れるべきは一にも二にも情報だ。そしてそれを末端にまで周知徹底させるシステム構築やプロパガンダの徹底……そして逆を言えば、相手にそれをさせない事も重要になってくる。

 

 何をするのかって? 欺瞞作戦さ。

 作戦の成功率を少しでも高める為には、こちらがいつ、どこに、どうやって攻勢に出るかを相手に悟らせない事がベストだ。

 情報封鎖や部隊移動の隠蔽。攻撃に出る戦線であえて防御陣地を築いたり、手薄に見せ掛けたりして敵を欺いたりだね。陽動作戦や牽制攻撃も有効だろう。それと、まだ戦線が開かれていないのなら、外交ルートで偽情報をバラまくのも効果的だし、侵攻予定地域に潜入させた工作員やスパイを使って反戦運動や民族運動を起こすのも撹乱能力が極めて高い。現地の市民や警察能力を混乱させられれば、その後の占領や統治がスムーズに行くのでね。場合によっては反乱を起こして前線を崩壊させる事すら可能だ。

 ん? 歴史の中で何度と繰り返された手だよ? 効果はお墨付きさ。

 

 そうして敵を散々に翻弄しつつ、敵の戦力……いつ、どこに、何が居るのか? そういう事を的確に探り出し、自軍戦力とその攻撃目標を的確に配置、設定。

 それら全てが終わって、ようやく全縦深同時攻撃が開始される。大量の砲兵や空軍によって敵の防衛線のみならず、後方の予備兵力や補給部隊。可能なら司令部や都市部すらも攻撃し、その機能を麻痺させていく。

 

 こうして機能不全に陥った敵軍に対し、第一梯団が進発、蹂躙し、無停止に進撃。

 このとき重要となるのが、第一梯団はとにかく予定地点まで前進し突破口を広げる事。損害に構わず前進せよ、とは、縦深攻撃を完遂するために必要な行動なんだ。とはいえ、その前進が確実に出来るようにちゃんと事前準備するのが普通なのだが……ん? 準備出来てないのに前進させたら? 言う必要があるかね? あぁ、想像の通りだ。そんな事をした国は兵士が畑から取れると皮肉を言われるだろうよ。人が腐る程居る。人の命の値段が野菜並みとね。

 

 また話がそれたな。

 さて、話を戻すと、第一梯団をひたすらに前進させた後、それでも生き残ってる敵というのは居るだろう。そうした取りこぼしは第二梯団や予備兵力によって叩き、一帯を制圧。橋頭堡を確保する。

 またこれに前後して空挺部隊が敵の後方に降りたち、敵の後方を遮断。主力部隊と連携して包囲殲滅、各個撃破を行い、戦線を次々と突破していく訳だ。

 こうして突破する戦線、攻撃する戦線は数十キロから数百キロにも及ぶんだが、これも縦深攻撃の特徴だな。十キロ程度ならまだしも、数百キロともなれば文字通り国境線を塗り替える程の距離になる。少し頭の良いエリート程度では対応出来ないレベルの話だ。もしこれに対応出来る指揮官が居たとすれば……正しく稀代の天才と言えるだろうね。戦争芸術の歴史に名を残せるのは間違いあるまい。英雄だよ。

 

 さて、ここまで話してなお、君らはこう思う。

 いつかは止まるはず、とね。

 なるほど、確かにいつかは止まるだろう。……倒すべき敵が居なくなれば、止まるとも。

 冗談ではないよ? 縦深攻撃というのはそういうものだ。仮に前進し続けていた第一梯団が補給切れを起こしたり、全滅したり、あるいは堅牢に過ぎる防衛線を築いている敵部隊に直面し、侵攻が止まってしまったとしよう。

 だが、問題は無い。

 そうなれば後方に控えていた第二梯団が第一梯団を追い越し、任務を引き継げば良いだけだからね。これにより敵に兵力再編成の隙を与えず、一気に駆け抜ける事が出来る訳だ。

 逃げてくる味方を撃ってでも、前進し続けるのさ。そうすればやがて敵軍は攻撃に耐えきれなくなり、総崩れを起こす。そうなれば勝ちは決まった様なもの。まとめて包囲し、殲滅すれば良い。

 ……こうして、その地域の敵軍は消滅。縦深攻撃の勝利という訳だ。

 

 孫子曰く、戦いとは始まる前に決着がついているのが最上。

 この縦深攻撃は入念な事前準備によって戦う前から勝ちが決まっているドクトリンの一つで、勝てる戦術の一つだ。これを使って負けたとするなら、それは攻撃側の不手際でしかないだろう。

 情報局が腐敗していて正しい情報を入手、伝達出来ていなかった。

 上層部の意思決定プロセスに問題が発生しており、的確な判断が出来なかった。

 現場の末端まで目的や情報の周知徹底が行われておらず、何の為に戦うのかの意思統一が行われていなかった。

 予備戦力や物資の備蓄が不十分で、充分な攻撃が出来なかった。

 理由は幾らでも考えられるが、こういう事が起きる原因は唯一つ。政治の不手際を軍に押し付けて、戦争で楽をしようとした結果だ。政治の最終決着の形の一つとして戦争があるのであって、戦争を前提手段として振り回してはいけないんだよ。孫子やマキャ、マキャ……キャベツがそういうようにね? いや、キャベツは違ったな。だがキャベツっぽい名前だった事しか……んんっ。なんでもない。最近物忘れが酷くてね。後でメモでも見返しておくさ。

 

 …………ん? 対応策は無いのか? という顔だね。

 それぐらい自分で考えろ、と言いたいところだが……今の私は君達の先生だ。良いだろう。少しヒントを出そう。

 

 大きな盾を持って突っ込んでくる大男。これを素早く討ち取るにはどうすれば良いか? 考えてみてくれ。

 

 サーシャは……察したか。だがその答えはまだ留めてくれると嬉しいね。

 アリシアは、搦め手を思いついたな? 全く。それも答えといえば答えなんだが、戦術というより政治の話になってくるからね。今回は脇に置かせて貰うよ? 

 

 誰か、他に……ふむ。そう難しく考えなくて良いんだよ? 

 …………駄目そうだね。答えは案外単純なんだが、仕方ない。察したサーシャ、答えを。

 

 

 ……その通りだ。寮で競い合っているなら十点をあげたところだよ。

 そう、今サーシャが言った様に、縦深攻撃に対する反撃策は、背後に回り込んで急所を一撃、だ。これにつきる。

 

 つまり、機動防御だよ。

 

 自軍の正面部隊が敵主力を相手にしている間に、高い機動力を持った精鋭部隊が戦線を迂回。敵の要所を電撃的かつ、秘密裏に奇襲、襲撃し、指揮能力や補給線の破壊を狙うんだ。

 可能ならある程度の数を機動させて、敵軍の横腹を蹴り飛ばしたり、あるいは敵軍団そのものを逆包囲するのが一番なんだが……まぁ、余程相手が油断して突っ込んで来てくれない限りはそうはいかないからね。基本的には精鋭部隊を使った迂回攻撃や機動防御が反撃策になる。まさしく周り込んで急所を一撃、という訳だ。

 

 ……さて、ここまで言えば君達がどうあるべきかは、もう分かるだろう? 

 確かに魔王軍の連続的かつ圧倒的な数でのゴリ押しは脅威だ。軍事大国だった帝国ですら、奮戦虚しくその圧力に屈してしまった……だが、奴らも無敵ではない。しかも魔王軍の連中は油断のあまりこちらに踏み込み過ぎており、指揮能力と補給線に大きな問題を抱えている。今こそ、報復のきらめく剣を振り抜く時だ。

 

 とはいえ、王国に敵軍の背後を殴れる様な精鋭部隊は居ないし、今から電撃戦に対応可能な長距離戦略打撃群を編成出来る余力は……まぁ、あるにはあるのだが、脳ミソが無い。

 よって、我が学園が独自に長距離戦略打撃群を編成し、敵陣地奥深くへと迂回しながら侵入。敵のウィークポイントを徹底的に破壊する事が求められる。この電撃戦の最終目標は……言うまでもないな? そうだ。魔王だ。我々が魔王の首を取る! 

 諸君らには魔王の首を狙う長距離戦略打撃群の一員として、より大きく成長する事が求められる訳だ。……ふむ? 全員起きているな? 良かろう。次の授業は模擬戦だ! 全員準備をして運動場に集合! 私が相手をしてやろう。なに、遠慮するな。車椅子生活を続けていると腕がなまってしまってな……まさか、そんな奴に負けたりはせんだろう? うん? 

 

 ん? ふむ、丁度鐘も鳴ったな。よし、今回の授業はここまで。私より足の遅い奴が居るとは思わないが……次の授業に遅れないようにな。

 

 あぁ、ユウ、心配しなくていい。というか、君はアリシアとクラスをまとめなさい。まさか、作戦も無しに私に勝つつもりかね? ……よろしい。少しは成長しているところを見せてくれよ? 他の諸君らもね。

 それでは、失礼するよ。

 

 ……………………

 …………

 ……





 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・土地・出来事・名称等は全て架空であり、実在のものとは関係ありません。いかなる類似、あるいは一致も、全くの偶然であり意図しないものであり、実在のものとは全く関係ありません。

 ◇次回更新について◇
 これから二章の執筆に入りますので、暫くお待ち頂ければ幸いです。


 まぁ、作者が出版してる本でも読んでリラックスしな。
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 表紙絵だけでも見ていってね……


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第二章 陰謀の夏
第12話 保養地へ


 夏。

 穴開きが多すぎてメモ用紙以下と化した前世の記憶が確かなら、それは地獄の季節だ。

 

 建物の間を吹き抜ける温風。アスファルトから昇る熱と光の照り返し。昼間は鋭い日光が肌を刺し、夜はヒートアイランド現象で寝苦しい。その上、高湿度でじっとりまとわりつく様な暑さは他には無い不快感を伴い。にも関わらず毎年お決まりの如く最高気温を更新し続ける。

 一説には砂漠よりも不快な暑さを持ち、現代日本より暑いのはマグマの中だけとすら揶揄される……控え目に言ってクソッタレで、エアコンが無ければ皆暑さに殺されてるだろう季節。それが夏だ。

 

 しかし、知識が確かなら00年代より前なら、余裕を持って楽しみようがあった季節でもあったらしい。エアコンが無くとも死ぬことは無く、熱中症になるのは虚弱かマヌケの証とすら言われた時代があったのだ。

 知らない人からすれば神話の話にしか聞こえないだろうが……夏といえば? そう聞かれて海! 花火! 女ァ! と威勢のいい声が──インドア派からすらも──上がる程度には、楽しい季節だったらしい。

 

 ──海、花火、女……女ね。

 

 海はともかく、花火なら毎週二回は汚ねぇ花火がポンポン上がるし、女なら他ならぬ私自身が女だ。中身はともかく、見た目だけならそれなりに見れる身体だし……ん? そういう話じゃないって? まぁ、そうだろうな。ここでいう女とは自分の事ではなく、彼女の事。なんか甘酸っぱい感じにイチャイチャして、最終的にヤれる相手の事を言うのだろう。

 ただ、なんというか……その場合でも、私は困らないのだ。

 彼女、というには少し違うが、しかし、前世では間違いなく無縁だっただろう存在。それが今の私には居る。居るのだが……

 

 ──それで夏を満喫できるかと言われれば……そうじゃあないからねぇ。

 

 今や完全にそういう相手と化した少女に文句はない。ある奴が居たら私が殺す。しかし、それで夏を楽しめるかと言われれば、答えはノーだ。

 暑いから……という訳でもない。学園がある辺りの地域は気候が極めて安定化しており、日本のそれよりかなり過ごしやすいのだ。昼間でも三十の大台に乗らない気温、そして気持ちよく吹き抜ける風を思えば、暑いというよりはむしろ涼しいと言えるだろう。

 ならば、何が問題なのか? それは……

 

「ニーナ、大丈夫? やっぱり、空を飛んだ方が……」

「大丈夫、大丈夫だよ。レナ。そう心配しないでくれ。確かに馬車の乗り心地は最悪だが、それで死ぬ様な虚弱体質じゃないからね。私は大丈夫だとも。それよりも、ほら、景色でも眺めるのはどうだい? 澄み渡る夏空に、どこまでも広がる草原。いい景色だとは思わないかい?」

「……いつもと同じ景色だよ? ニーナ。本当に大丈夫?」

 

 ガタゴトと酷く揺れる馬車の中。私は隣に座ったレナ……綺麗な白髪が特徴的な吸血鬼のお姫様、レナ・グレース・シャーロット・フューリアス元皇女殿下に、かなり心配されていた。大丈夫? 痛くない? 気分は? と。学園から出発してからというもの、ずっと。

 正直なところ、サスペンションの偉大さを身を以て実感している身としては、レナの心遣いは有り難いし、実際彼女の心配は事実だ。些細な段差に当たる度にガタゴトと揺れる馬車の中は……控え目に言って劣悪で、ただでさえ少ない私の体力をゴリゴリと削っているのだから。

 だが、だからといってピッタリと寄り添って、まるで事故で動けなくなった重症患者を介護をするかの様なレナの気遣いは過剰に過ぎており……しかし、それを払い除ける事も出来ない私は、それを甘んじて受けるしかなかった。明らかに問題だと、そう自覚しながら。

 

 ──確かに足が無くなってるとはいえ……このぐらい、大した事はないんだけどねぇ。

 

 全く、心配性が過ぎる。そう内心で嘆息しつつも、私はレナを少しでも安心させようとふとももを軽く叩く。確かにそこから先は無くなっているが、痛みもさほど無いし、今すぐ死ぬ程じゃないと。

 だが、そんなジェスチャーも功を奏さず。レナの表情は曇ったままで……

 

 ──困ったな。本当に大した事はないんだが……

 

 レナがここまで親身になって心配し、世話を焼いているのは、一にも二にも私の足が無くなったからこそ……というのは分かっている。一ヶ月以上前にあった大規模侵攻。そこでミスにミスを重ねた私は両足をガレキに押し潰されて失っており、以降は何をするにも面倒極まりない状態に陥っているのも確かだ。

 そんな有り様を見て足が無くては困るだろうと、そう考えて気遣ってくれるのは有り難いし、現に何も間違ってはいないのだが……

 

「レナ、何もそこまで心配しなくても大丈夫だよ? 不便は不便だが、そこまでじゃない。それに……私はこれでも魔法使いでね? 多少なら誤魔化しも効くんだ。大丈夫。私は大丈夫だよ。レナ」

「でも、ニーナ……」

「ん、まぁ、言いたい事は分かるよ。分かってる。けど、これに関しては治療の当てもあるんだ。一時の辛抱。心配は要らないさ。……何度も言っている様にね?」

「そう、だけど……」

 

 でも、と。そう言葉を濁しながらしゅんと肩を落とすレナに掛ける言葉を探しながら、私が思うのはその治療の当てについてだ。

 今レナに言った様に、足を生やす当てはある……というか、私の大元が死体を継ぎ接ぎしたキメラである事を考えれば、足の二本や三本、今すぐにでも生やせない事はないのだ。

 それさえ出来ればレナに心配されずに済むだろう、究極の一手。だが、しかし……

 

「うん、分かってる。分かってるよ。けど、ニーナは、レナにそのやり方、教えてくれない……」

 

 それじゃ信じたくても信じられない。不安と心配が止まらない。そう言いたげなレナの瞳から、私は逃げる様に視線をそらしてそっぽを向くしかなかった。教えたくても、教える訳にはいかない為に。

 足なんていつでも生やせる、というバケモノじみた身体の事もそうなのだが……万全を期す為に入手しようと思っている幾つかのマジックアイテム。その入手方法がいささかダーティーなものになるだろうからだ。

 当然、そんな話をレナにする気がない私は、説明不足を解消できないまま曖昧な言葉を発するしかなかった。なんとかなるさと、傍から聞けば諦めているようにも聞こえるそれを。

 

「ニーナ……」

「大丈夫。大丈夫だよ。上手くやってみせるから。……あぁ、尻尾でも触るかい?」

「ん……」

 

 ふわり、と。落ち込むレナを誘うように尻尾を動かし、彼女の気を引きながら。私は再び逃げる様に視線を揺らし、そのまま何の気無しに他の馬車の様子をうかがう。

 荷馬車を含む十を上回る馬車列。中央の騎士と入れ違いになる形で交代、学園を明け渡し、ドーントレス家の保有する保養地へと向かう事になった生徒達の一団……ゲームとは全く異なるものになったそれを、ボンヤリと。

 

 ──メンバーもそうだけど、そもそも目的地が違うんだよねぇ。ゲームの面影は……本当に面影しか残ってない。

 

 この夏の始め。ゲームでは基本的に王都へ向かい、そこから幾つかのルートに突入するか……あるいは一定の条件を達成してドーントレス家の本拠地へと向かい、そこで初めてアリシアやサーシャと出会ってアリシアルートに入るかの二択を迫られるのだが、既にアリシアとサーシャが居る為か? 我々は王都でもドーントレス家の本拠地でもなく、ドーントレス領内にある保養地──要するにリゾート地──へと向かう事になったのだ。

 綺麗な湖の側に作られた保養地で、別荘や商店街……他にはビーチもあるという、アリシア自慢の保養地へと。

 

「もふもふ……」

「っ……!」

 

 さわり、と。私の尻尾を撫でるように、やわらかに触れてくるレナの指先にピクリと反応してしまいつつ。私はくすぐったさを我慢しながら、考えを打ち切る事なく流し続ける。今尻尾に意識を向ければ、余計な事を考えてしまうと。

 

 ──ビーチ、そう、ビーチだ。うん。

 

 間もなく到着するはずの保養地は──元日本人の私としては馴染みがないが──欧州等では一般的とも言えるレイクサイドビーチを備え、湖水浴が楽しめる場所らしい。幾つかの別荘と高級店がある事を考えれば、避暑地、という奴でもあるのだろう。風光明媚で過ごしやすく、暇つぶしにも事欠かない……デートにはうってつけの場所だ。

 しかし、残念ながら観光する暇も、レナとデートをする暇も無いだろう。何せその保養地の近く……正確にはドーントレス家の本拠地近くで魔王軍らしき集団が見つかっているのだから。アリシアはハッキリ明言しなかったものの、我々の行動スケジュールや仕事はもう決まっているとみて間違いないだろう。

 魔王軍相手の殲滅戦、その掩護。それが我々に課されるだろう目的だ。保養地でゆっくり出来る日は、恐らく殆どあるまい。

 

 ──まぁ、位置的に見つかった集団はゲームと同じヤツらだろうから、対策が幾らでも立てれるのは不幸中の幸いかな……? 

 

 レナに尻尾をさわさわとモフられつつ、それでも思考を流す私の脳裏に浮かぶのは、ゲームでの敵の編成だ。

 インプモドキを含む面倒極まりない敵の大群。考えるだけで眉間にシワがよってしまう話だが……ここで注意すべきは、次の戦いはゲームと同じものになるとは考え難く、むしろ全く異なるものになるだろうという事か。

 何せ呼ばれた場所が違うし──娘がいる集団に危ない真似はさせたくなかったのだろうが──それを考えれば与えられる作戦も、恐らくは戦端が開かれた後の後方からの奇襲になるはず。これ自体は安全な仕事だと、そう言っていいが……

 

 ──ゲーム知識が参考にしかならんのは、良い事なのか悪い事なのか……

 

 レナの運命を変えるという意味ではそう悪くはないが、安全なルートが見えにくいというのは決して良い事とは言えない。まして、レナが惨殺されるこの中盤で突如として舞台が変わった事が吉と出るか凶と出るか……

 原作という運命のレールを外れ出しているこの状況。どう捉えたものだろうか? そう頭を悩ませる私の尻尾を触っていたレナの手が、不意にスッと離れていく。一体どうしたのかと視線をやってみれば……レナの赤い瞳が、不安げに私を見つめていた。大丈夫? と。

 

「ニーナ、何か悩み事……?」

「ん……いや、なに。大した事じゃないよ。学園を離れている間の授業計画をエマ先生と調整しなければと思っただけさ」

 

 今や学園の先生は私と彼女だけだからね。そう笑みを返す私にレナが不満げながらコクリと頷いてくれたのを見て、私は内心でホッと息を吐く。咄嗟のでまかせにしては、それらしい事を言えたじゃないかと。

 

 ──こればっかりは、レナに気取られる訳にはいかないからな。

 

 貴方はこれから処刑されます……なんて、口が裂けてもレナには言いたくないし、悟られたくないのだ。

 当然、現実にそうならないように最善を尽くさなければならない。ギロチンも、火炙りも、首吊りも、原因となる物は全て排除されなければならないのだ。根こそぎに、容赦なく、断固として。

 

 ──ゲームでのレナの死因は、大抵が陰謀の果ての処刑。対処は、困難を極めるが……手が無い訳でもない。

 

 そもそも、原作レナが陰謀に対抗出来なかったのは、当のレナが過労によって疲弊していたからであり、政治力の高い人間が陣営に居なかったからでもある。

 しかし、今は違う。ドーントレスの一人娘であるアリシアは既に合流しているし、他ならぬ私も……まぁ、身代わりぐらいにはなるだろう。そうだ。いざという時はそれぐらいはやってみせろよ、私。

 

「……なんとでもなるはず、か」

「? ニーナ?」

「なんでもないよ。あぁ、そうだ。レナ、良ければ保養地に付いた後、少し見て回らないかい? 地形を把握して置きたくてね」

「……ニーナと、二人で?」

「そのつもりだ。生徒の取りまとめはエマ先生、そしてアリシアやユウに任せて、抑えるべき要所を軽く確認しておこうと思うんだ。最終的にはアリシアの話を聞くことになるとは思うが、その前に軽く……そう、予習をしておくのは悪くないだろう?」

 

 どうだい? と、そう聞く前にウンウン頷いてくれたレナの頭をそっと撫でながら、私は決意を新たにする。

 どんな手を使ってでも、彼女を守らなければならないと。

 

 ……暑い夏が、始まる。




燃え尽き症候群に入ってちょっとスランプってました。少しずつ立て直します……


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第13話 魔女の日記 Ⅳ

 七月 五日。

 

 うーん、風光明媚。

 

 正直なところ、保養地と聞いてもパッと思い浮かぶ景色なんぞ無かったのだが……今後はここの景色が思い浮かぶ事になりそうだ。

 綺麗な湖。澄み渡る青空。穏やかな風が吹く草原。

 水質汚染も、大気汚染も、ゴミ問題すらもない大自然があそこまで美しいとは。人間が地球にこびりついた寄生虫だというのが、よく分かる光景だった。

 

 や人愚滅? 

 

 君が言うと洒落にならないからやめなさい……

 

 とはいえ、人が作り出した街並みも決して悪くは無かったし、レナと見て回る上で充分な話題を提供してくれたのも確かだ。

 生憎何かを買って回る程の時間的余裕は無かったのだが、軽く見て回った感じ、中々の品揃えがあると感じた。あの様子なら……レナに何か買ってプレゼントするのも、可能性として考慮に値するだろう。

 

 問題があるとすれば、レナの好みが分からない事か。他のキャラは大なり小なりプレゼントイベントがあったからだいたいの傾向が分かるんだが、レナはどのルートでも最後までその機会が無かった為に事前情報が殆ど無い……だが、まぁ、うん。普段あれだけ世話になっているのだ。やらない訳にもいくまいな? 

 

 やってみせろよ、ニーナ! 

 

 ……なんとでもなるはずだ。

 

 ガンダムだと!? 

 

 ……鳴らない言葉を描けとでも? 全く、お前は。

 

 

 七月 六日。

 

 アリシアの許可の下、ドーントレス家の保有する、あるいは影響が及ぶペンションを幾つか借り受けて宿とし、各々が身体を休めた翌日。

 改めて予定をアリシアと話し合って確認したのだが……どうにも我々は早く着きすぎたらしく、数日の暇が出来そうだとの事だった。

 

 私としては今日明日にでも斥候を出して威力偵察か陽動作戦を……少なくともハラスメント攻撃に移る物と思っていたので、正直拍子抜けだ。

 というか敵の補給線や指揮機能への打撃を与える作戦を既に立案しているのだが……これは、無駄になりそうだな。もう忘れてしまおう。

 

 いいの? 

 

 良いんじゃないか? 状況が変われば作戦も変わる物だ。変に固執する必要もない。

 

 という訳で、エマ先生とも話し合った結果、我々は大々的に休暇を取る事と相成った。

 練度維持の為の訓練は最低限行うが、授業は全て休止。暫しの間だけだが、各々が夏を楽しむ事になる。海の代わりに湖があるし、花火は自前でなんとかなり、女も……まぁ、過半数を下回るが居る事は居る。海! 花火! 女! という訳だな。

 とはいえ、アリシアとサーシャは今後の為の準備をしつつユウと過ごす様だし、レナとエマ先生も何だかんだ忙しい。モブ男子生徒の彼女要素は、同じくモブ女子生徒に期待するしかないのは……良いのか悪いのか。

 

 ニーナは? 

 

 ん? …………あぁ、確かに私も女か。しかし、気にする必要は無いだろう。好き好んで私を選ぶ様な男が居るとは思えん。

 まぁ、仮に居たとしたら医者を紹介してやろうかな。眼科医か精神科医かは、悩ましいところだが。

 

 ? 

 

 ……何か疑問が? 羽ペン。

 

 ニーナに声が掛からないとは、思えないよ? ニーナ、可愛いし。面倒見も良いし。何より優しい! 

 

 …………そりゃ、どうも。

 今度メンテナンスをしてあげるよ。過労でおかしくなったらしいからね。

 

 ひどい! 

 

 当たり前の反応だと思うが? 

 私が誰かに好かれるなんて、ある訳ないだろうに……

 

 

 七月 七日。

 

 ニーナは恥ずかしがり屋さん。メモメモ……

 

 初手から嘘八百書き殴るのはやめなさい。へし折るぞ。

 

 横暴! 

 

 お黙り。

 

 ……ヘタレ。

 

 あぁ? 

 

 意気地なし! 甲斐性なし! へっぴり腰! 

 

 こ、このクソガキが……! 

 だが、まぁ、確かに。今回ばかりは羽ペンの言う通りだ。このめでたい七夕の日に──こちらにはそういう文化は無いが──短冊代わりに吊るされるのは私の方だろう。

 まさか、まさか感謝の品を送るだけなのに、あそこまで時間が掛かるとは……レナと一緒に居たのがマズかったのか。いや、普段と違う環境で、まるでデートの様だと思ってしまったのが良くなかったのだろう。途中までは普段通りだったのに、そこに思い至ってからは童貞丸出しのヘタレムーブで……あぁ、今思い出しても腹を切りたくなる。女性をリード出来ない玉無し野郎に、オスとしての価値なんぞないのだ。

 

 いやまぁ、今の私は文字通り玉無しだけども。

 

 だとしても、こう、あるだろう? 仮にも男なら、堂々と女性をリードして見せなければ話にならないのだ。それをちょっと見つめられたり、微笑まれただけで崩していては、それはもうド三流としか言いようがない……

 

 立てよ、ド三流。

 

 喧嘩売ってんのか? 格の違いを教えてやるぞ?? ……と、言いたいところだが、今日の私は負け犬だからな。なんとでも言えばいいさ。

 

 所詮ニーナは先の時代の、敗北者じゃけぇ。

 

 はぁ、はぁ、敗北者……? 

 

 いや、乗るな私。見え見えの挑発に乗ることはない……

 こういうときはレナの事を考えて落ち着きを取り戻すんだ。そう、レナからお返しとして買って貰ったネックレスの話とかな。今も首につけているこの黒色系のネックレス……首輪にも似たチョーカータイプなのだが、中央に取り付けられた赤い宝石の力か? 魔術的な拡張性に優れている様で、持ち主に合わせてかなり自由なカスタマイズが出来そうなのだ。

 目利きにも優れているとは、流石はレナ……と褒めたいのだが、しかし、チョーカー。チョーカーか。貰ったのはそこまで首輪って感じはしないが、今の私は狼系の獣人。これは、いや、流石に違うだろう。レナに他意はない、はず……

 

 ……今は夜、か。少し聞いて来ようかな? 

 

 フフッ、セッ……

 

 やめないか! 

 

 

 七月 八日。

 

 ゆうべはお楽しみでしたね? 

 

 シャラップ!! 

 

 いや、楽しかったかどうかで言えば……いや、いやいや! ノーコメント。ノーコメントだ! 私は何も漏らさんぞ!! 

 

 追記。

 

 今日の夜はレナに会って来ようと決めていたんだが……空気が読めない事に、斥候に出していたゴーストから花火大会のお知らせだ。

 面倒だが、行ってくるとしよう。

 

 花火? 見たい……

 

 ん? あぁ、景色は見れないのか。ふむ、まぁ、何か考えておくよ。

 

 ありがとう! 

 

 ……どういたしまして。

 

 

 七月 十日。

 

 もしかして昨日の、きたねぇ花火だった? 

 

 そうだよ? 今更気づいたのかい? 

 

 ……なら見たくない。

 

 了解。

 まぁ、それはそれとして何か考えておくから、安心したまえ。

 

 良いの? 

 

 いいさ。いい加減、付き合いも長いしね……さて、お喋りはここまでにして今日あった事を記そう。

 といっても、大した事は何も無かった。強いて言えばアリシアの親父さんが明日到着するらしいというぐらいだ。それも出迎えとその後の会合はアリシアとレナがやるそうだから、私の出番はないと見て良い。なんなら暇になるまである。

 

 ……いや、そうだな。今からでもレナの様子を見に行くとしよう。

 貴族程度に緊張してるとも思えないが、一応な。

 

 

 七月 十一日。

 

 アリシアの親父さん、ゲームでは個別のグラが用意されてなかったからどんな顔なのか想像もつかなかったのだが……全く似てなかったな。アリシアと。

 アリシアが母親似なのだとしても、だ。

 中肉中背。凡庸を絵に書いた様な中年オヤジ。しかもお腹に肉が付いているせいか動きは緩慢で、暗殺に怯えていたのかやることなすこと全て優柔不断かつ挙動不審。とてもではないがあのパワー系武闘派お嬢様の片親とは思えない覇気の無さだった。というか、何がどうなればあれから威風堂々としたお嬢様が生まれるんだ? 遺伝子まで仕事してないのか? 謎だ。謎でしかない。

 

 追記。

 

 そういえばアリシアの親父さん、何か妙な違和感があったな様な……気のせいだろうか? 

 

 メモ見返す? 

 

 ん、そうだな。こんな事もあろうかと、記憶がボロボロになる前に書いておいたメモを少し見返してみよう。何か書いてあるかも知れん。

 

 

 七月 十三日。

 

 アリシアの親父さんについての記述は殆ど無く、昨日のあれが素なのかすら分からなかったが……一つ、忘れていた事を思い出した。

 

 洗脳だ。

 この中盤に洗脳系の魔法を使う敵が出てくるのだ。

 メモによれば洗脳というよりは催眠術に近い……強度も脅威度も低いなんちゃって洗脳でしかなく、私やレナの脅威にはならない物だとの事だが、しかし、それでイコール安全とはならない。私達には効かなくても、他の人間には充分通用するのだから。

 現にメモには王都ルート、洗脳、反乱と走り書きがあり……あぁ、思い出してきたぞ。そうだそうだ。王都ルートではあの洗脳野郎のせいで治安レベルが低下し、それが間接的にレナの処刑に繋がったんだった。となると、王都ではなくこちらに奴が来たのは……ふむ、ふむ、なるほど。見えてきたな? 

 

 レナの直接的な死亡フラグではなく、個別グラも無ければ、戦闘能力も並程度。終盤になればワラワラと湧いて出るという、絵に描いた様な小ボス……闇落ち将軍とか邪教の幹部とかと違って完璧なまでの三下のザコだったからすっかり忘れてたが、うん。

 抹殺対象だな。奴は。レナに手を出そうとしてる時点で殺すが、それに加えて私の生徒にまで手を出そうとしてるのだ。楽には殺さん。鳥の羽をむしるように、一センチ四方の肉片にしてくれるわ。

 

 

 七月 十五日。

 

 騙して悪いが、される前に抹殺してやろうとゴーストを指揮して情報収集にあたったのだが……戦果は無し。

 仮眠を挟みながらの調査だったはいえ、これは、どうやら完全に引っ込んで隠れているらしいな? 用心深い事だ。これは、長期戦になるぞ。

 こうなると、レナのところに行くのは我慢しないと駄目かな……

 

 ニーナは寂しがり。メモメモ……

 

 お前から先に羽をむしってやろうか? 

 

 ひどい! 

 

 お黙り。

 寂しいなんて。そんな。……そんな感情は、踏み潰せば良いんだ。わざわざ書かないでよろしい。

 

 追記

 

 アリシア曰く、貴族が顔を出しに来るらしい。

 なんでもドーントレス家に縁のある貴族が、バカンスにここを訪れるので、次期当主候補であるアリシアに挨拶をしにくるのだとか。

 日付は明日。

 

 アリシアからは決して怒らないでくれと……なんなら顔を合わせるなとまで言われたのだが、しかし、ふむ。

 そこまで言われるとうっかり足を滑らせてしまいたくなるな? うん。明日、いい感じに足が滑ってしまうかも知れないねぇ? 

 

 

 七月 十六日。

 

 死ね。クソが。

 

 

 七月 十七日。

 

 イライラするッ……! 

 

 私はああいう手合いが嫌いなんだ。今日だけで何度皮肉を吐こうとしてレナに止められたか……! 

 敗北主義のクソッタレ共め。中指突き立ててやりたい。勿論、両手で。

 

 

 

 やめないか! 

 

 

 七月 十九日。

 

 外に出るとストレス性の病気になってしまいそうなので、ペンションの中に引きこもる事……二日。

 死霊術をフルで行使し続けた事でスキルレベルでも上がったのか? 私はちょっとした気づきを得ていた。

 

 一つは春の終わり頃に使えるようになったリヴィングアーマー……死霊騎士やその武器達の由来が、どうにも帝国にあるらしい事。

 もう一つはグリフォンがアンデッドではなく、まだ生きている召喚獣だという事だ。

 

 死霊騎士については、言うまでもない。彼らとの縁は明らかにレナを経由しているのだ。

 死してなおレナに、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスに仕えてくれるその忠義心に感謝こそすれ、疎ましく思う気持ちなど欠片も無い。あるのは称賛のみだ。よくぞ馳せ参じてくれたと。

 

 しかし、その、なんだ。まさかグリフォンが死体じゃなかったとは……こっちは、想定外としか言いようがない。力強いし、妙に抵抗してくるし、なんなら召喚拒否するしで違和感はあったんだが……よもや闇属性の召喚獣だったとは。この私の目をもってしても読めなかった。

 

 節穴さん? 

 

 ……何も言えんな。今回ばかりは。

 

 

 七月 二十日。

 

 見つけた。洗脳野郎だ。

 やはりというか、アリシアパッパに余計な事を吹き込んでいた。何を吹き込んだのかまでは探れなかったが、しかし、何にせよ直ちに対応しなければなるまい。

 

 だが、タイミングが悪いな。

 明日、我々はドーントレス家の要請で敵に陽動作戦を仕掛けなければならないのだ。十中八九、騙して悪いがされるだろう。

 となると生徒達を即座にフォロー出来る位置につきたいところなのだが……兎にも角にもタイミングが悪い。私は私でやりたい事があるのだ。

 

 どうするの? 

 

 ふむ…………いや、フォローはレナとエマ先生に任せて、私は私の仕事をしよう。

 正直、生徒達やレナの守りを減らす様な事はしたくないんだが、後顧の憂いは確実に断っておかねばならないのだ。

 ましてそのチャンスが明日だけともなれば、それを逃す訳にはいかない。……明日は、忙しくなりそうだ。



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掲示板 祝! 中盤到達!

【逝ったかと思ったよ】ニーナ・サイサリスについて語るスレ Part24【とんでもねぇ。待ってたんだ】

 

218:名無しの生徒

ニーナ先生、なんですぐ死んでしまうん?

 

219:名無しの生徒

坊やだからさ……

 

221:名無しの生徒

ニーナ先生、兎にも角にも自己評価が低いからな。ひょうひょうとしてるように見えて常に功を焦ってるし、レナ殿下の為なら平然と命を捨てるから……まぁ、直ぐ死ぬよねっていう。

 

223:名無しの生徒

命なんて安い物だ。特に俺のはな……

 

224:名無しの生徒

死ぬほど痛いぞ。

 

227:名無しの生徒

言ってないのに言ってる気がしてくるからやめろ。……いや、ごめん。言ってた気がする。

 

228:名無しの生徒

お喋りだからなぁ。言ってる台詞と言ってない台詞の区別がつかん。全部言っててもおかしくない。

 

229:名無しの生徒

自爆は?

 

230:名無しの生徒

よくやるじゃん。

 

231:名無しの生徒

私はこれでも誇り高き学園教員! その程度の覚悟はできてこの任務についておるのだッ!!

おまえらとは根性が違うのだ、この腰抜けめがッ! 殿下の為なら足の二本や三本、簡単にくれてやるわーッ!

 

232:名無しの生徒

覚悟完了してる学園教員はお前だけ定期。

 

233:名無しの生徒

作中で一番の根性なのは間違いないんだよな(魔法使い系のジョブなのに)

足も本当に二本や三本、簡単にくれてやってるし。

 

235:名無しの生徒

これも全部自己評価が低いのが悪いんだ……

 

237:名無しの生徒

お前が死ぬとレナ殿下が曇るんだが?? 自己評価改めて、どうぞ。

 

238:名無しの生徒

無理じゃないかなぁ……

 

240:名無しの生徒

ニーナ先生、本編最終盤まで自己評価は低いままだからなぁ。なんならトゥルーエンド後でも自己評価は下から数えた方が早いまである。

 

241:名無しの生徒

なんでそんなに低いんですかねぇ……?

 

244:名無しの生徒

料理も上手いし、ビジュアルも(胸を除けば)良好。魔法の腕前だってかなりの物で、戦後の就職先も選り取り見取り。

家事スキル、美貌、資金力、コネ……凡そ全てで高得点を記録し、お喋り以外は特に欠点の無い女なのに。それがどうして……

 

245:名無しの生徒

ちっぱいの何が悪い!

 

246:名無しの生徒

貧乳は希少価値だ! ステータスだ!

 

248:名無しの生徒

>>245

>>246

反応するところはそこで良いのか。お前ら……

 

250:名無しの生徒

やはりお喋りクソ女はお喋りクソ女か。

 

252:名無しの生徒

お喋りが原因で友達を失くして、それで自己評価が底辺まで落ちたってのが最有力ではあるんだけど、境遇が境遇なのでお喋りで友達を失くす様な暇があったかというと……まぁ、うん。

 

255:名無しの生徒

ニーナ先生、あれで実験体だったからなぁ。脳ミソくちゅくちゅされて記憶がパーになってるし、なんならお喋りになったのはそれが原因まであるから……

 

256:名無しの生徒

お喋りクソ女がお喋りクソ女過ぎるせいで忘れがちな事実。

 

260:名無しの生徒

おう、ニーナ先生の境遇は悲惨なんやぞ。泣けよ。

 

262:名無しの生徒

不思議とこれっぽっちも泣く気分になれない……

 

263:名無しの生徒

主人公の境遇の方がまだ同情出来るんだよなぁ。

ニーナ先生美少女なのに、なんで??

 

264:名無しの生徒

ただの美少女ではなあい。ケモミミ美少女だ!

……けど、それでも同情する気にはなれないんだよなぁ。

 

267:名無しの生徒

どこかから拐われて脳ミソくちゅくちゅされたり身体のパーツを全部入れ替えられたりしながら、実験という名の拷問を受け続け……やっと自由になれたと思ったら親友の為とはいえ戦争に身を投じる事になり、その最中高確率で惨殺されるニーナ・サイサリスとかいう儚い生き物。

なお、何故か悲しい気持ちにはなれない模様。

 

268:名無しの生徒

解せぬ。

 

270:名無しの生徒

お喋りだからなぁ。

 

271:名無しの生徒

お喋りだもんなぁ。

 

272:名無しの生徒

お喋りクソ女だからなぁ。

 

273:名無しの生徒

ニーナ先生が何をしたと(以下略)

 

285:名無しの生徒

つまりニーナ先生の自己評価が低いのは素って事でおけ?

 

288:名無しの生徒

良くないけど、ヨシ!

 

290:名無しの生徒

何がなんだか分からんが、とにかくヨシ!

 

294:名無しの生徒

まぁ、いうて誰かと話せればそれで満足なニーナからすれば、本編全部ウイニングランだからな。今更自己評価なんて早々簡単には変わらないし、老後の余生ともなれば命も軽くなる。

 

296:名無しの生徒

レナ殿下とのハッピーエンドを目指してる節はあるんだけど、当のニーナ先生が思い描いてるハッピーエンドに自分の姿は欠片も入ってないってそれイチ。

 

297:名無しの生徒

自己評価が低いからね。仕方ないね。

 

299:名無しの生徒

うつ病になったら誰にも相談しないまま行方をくらまして死体すら見つからないタイプだもんな。ニーナ先生。

 

300:名無しの生徒

猫かな?

 

301:名無しの生徒

狼じゃい!

 

308:名無しの生徒

ニーナ先生自身、死に際はともかく普段から生にしがみつくタイプじゃないから余計にねぇ……

 

310:名無しの生徒

自己犠牲。私の好きな言葉です。

 

311:名無しの生徒

自己保身。私の嫌いな言葉です。

 

313:名無しの生徒

自己保身が嫌いな割りに自己防衛は勧めるんだよなぁ。ニーナ先生。

 

315:名無しの生徒

ニーナ先生が嫌いなのは見苦しい自己保身であって、自己責任に基づく適切な自己防衛はむしろ推奨してる定期。

 

316:名無しの生徒

自己防衛おじさんにイイねしてそう。

 

318:名無しの生徒

王国貴族には?

 

320:名無しの生徒

中指を突き立てる。

 

322:名無しの生徒

親指を下に振り下ろす。

 

324:名無しの生徒

黙って街灯を親指で指す。

 

346:名無しの生徒

殺意高過ぎィ!

 

348:名無しの生徒

だって、なぁ?

 

352:名無しの生徒

ストーリー開始時点で帝国(レナ殿下の故郷)を見捨てる。市民も見捨てる。若者を戦地へ送り出しておきながら、自分達は尻で椅子を磨くばかりで何もしない。現実を見ないで妄言ばかり繰り返す。散々権力と権利を振りかざした挙げ句、旗色が悪いとみるや否や資産をかき集めて国外逃亡を企てる……

他のスレならまだしも、このスレで王国上層部擁護するやつ居らんやろ。

 

355:名無しの生徒

お喋りだけど精神的には安定してるニーナ先生が、マジ切れ連発する王国貴族とかいうゾンビ以下の存在。

 

358:名無しの生徒

しかも放っておくと勝手な思い込みからレナ殿下を処刑しようと暗躍しだすからな。獅子身中の虫は粛清するに限る。マキャベリ氏もそう言っていた。

 

360:名無しの生徒

ん? マキャヴェリじゃないか?

 

362:名無しの生徒

何言ってんだ。マキァヴェッリだろ。

 

363:名無しの生徒

いや、マキァヴェリだった気がするんだが。

 

364:名無しの生徒

いやいや、マキャベッリだぞ。

 

368:名無しの生徒

うーん。もうキャベツて事でおけ?

 

370:名無しの生徒

ヨシッ!

 

371:名無しの生徒

何見てヨシッて言ったんですか?

 

380:名無しの生徒

ニーナ先生が個人的な感情でガチ切れしたの、たぶん後にも先にも王国貴族だけだからな……印象的だわ。勿論、悪い意味で。

 

383:名無しの生徒

ニーナ先生は皮肉屋なニヒリズム主義者であると同時に、覚悟ガンギマリ自己責任論者でもあるからな。自分の責任に背を向けて逃げ出してる様な奴を見たら……まぁ、ね?

 

386:名無しの生徒

敗北主義者め……

 

389:名無しの生徒

貴公の首は柱に吊るされるのがお似合いだ。

 

391:名無しの生徒

あぁ、あのシーンか。

いつも偉そうにしながら権力で弱い者いじめしてるクセに、いざという時になったら真っ先に逃げ出すとは何事か! って言いたいんだろうけど……言い回しの火力が高過ぎるんよ。

 

392:名無しの生徒

アリシアちゃんへの皮肉はだいぶオブラートに包んでたんやなって。

 

394:名無しの生徒

ニーナ先生は一貫してノブレス・オブリージュ……偉そうにするならそれだけの責任を果たせって言ってるだけなんだけどね。

なお火力。

 

397:名無しの生徒

よくもまぁあんな危険な過激な台詞がポンポン出てくるゲームを世に出せたよなっていう。

 

399:名無しの生徒

発売時はそこまで規制や監視が強くなかったし、そもそも大手を振って販売された訳でもないから……多少はね?

 

402:名無しの生徒

スカーレット・ダイアリーが販売開始されたの、八年前だからねぇ……え? 八年前?

 

404:名無しの生徒

八年。八年……?

 

405:名無しの生徒

HAHAHA。何かの間違いだろう。スカーレット・ダイアリーの発売が八年前だなんてそんな、そんな……?

 

406:名無しの生徒

やめろ、やめろ……

 

407:名無しの生徒

信じられるか? もうあれから八年も経ってるんだぜ……?

 

409:名無しの生徒

ニナレナの年齢どころか、エマ先生の年齢すら追い越してしまった……

 

411:名無しの生徒

道理で腰が痛い訳だよ。もう八年も前か……

 

412:名無しの生徒

当時高校生ぐらいだとしても、八年も経てばもう立派な社会の歯車だもんなぁ。

信じられないけど。信じられないけど……!

 

415:名無しの生徒

これが現実……!

 

417:名無しの生徒

高校生だったワイにはニーナ先生の話は難し過ぎた。

けど、今なら分かる。ニーナ先生の皮肉が、一つの真実なのだと……

 

418:名無しの生徒

八年前かぁ。まぁ、そうだよなぁ。同級生は皆結婚して子供も居るもんなぁ。

子供。子供……? ワイは、ワイは八年も何をやって……?

 

425:名無しの生徒

モウヤメルンダ!

 

427:名無しの生徒

トゥ! ヘァー!

 

428:名無しの生徒

キラキラバシュゥゥゥン!!

 

430:名無しの生徒

それもう若い子は知らないと思うよ。

 

431:名無しの生徒

俺ももうロートルって事か……

 

433:名無しの生徒

インターネット老人ホームはここですか?

 

435:名無しの生徒

八年という月日は、あまりに残酷過ぎる……

 

436:名無しの生徒

そうか、スカーレット・ダイアリーも八年前なのか……まぁ、そう言われるとそうだな。

作風とか、ちょっと古いところあるし。

 

438:名無しの生徒

唐突な水着回とか?

 

440:名無しの生徒

>>438

それは今もやってる定期。

 

443:名無しの生徒

水着回……あったけ?

 

445:名無しの生徒

あるぞ。ニーナ先生の水着はないけど(あとレナ殿下も)

 

446:名無しの生徒

なんでや! なんでニーナ先生の水着があらへんのや!

 

447:名無しの生徒

だって、ねぇ?

 

448:名無しの生徒

残当。

 

452:名無しの生徒

レナ殿下は吸血鬼だから、ニーナの庇護下にあっても真っ昼間に肌を晒すのはあんまり好ましくないし……

ニーナもニーナで水着になったらお腹のキズとか見えちゃうから、余計なダメージが増えるだけなんだよなぁ。

 

453:名無しの生徒

どーせニーナ先生の十八禁シーンで食らう定期。

 

455:名無しの生徒

どっちの十八禁シーンなんですかねぇ。

 

456:名無しの生徒

両方だろ。

 

463:名無しの生徒

水着は無いけど首輪は付けられる女。ニーナ・サイサリス。

 

466:名無しの生徒

首輪付き……

 

467:名無しの生徒

山猫さんはお帰り下さい。

 

468:名無しの生徒

ニーナが付けてるのは首輪っていうか、チョーカーだけどな。

でもまぁ……首輪だろ。

 

469:名無しの生徒

首輪だな。

 

470:名無しの生徒

首輪だと思う。

 

471:名無しの生徒

一応宝石とか付いてるし、デザイン的にもそこまで首輪って感じはしないんだけど……まぁ、首輪だよねっていう。

 

472:名無しの生徒

ただでさえニーナは狼系の獣人なのに、送り主がレナ殿下だからな。

何をどう考えても首輪でしかない。

 

475:名無しの生徒

この時点でニーナは何回か死にかけてるし、足も無くなってるのに、相変わらず無茶するからな。

例え親友相手とはいえ、流石のレナ殿下も首輪を付けたくなるわ。

 

478:名無しの生徒

あるいは親友(恋人)相手だからこそ、かもな。

レナ殿下、中盤の時点で相当病んでるだろ。

 

479:名無しの生徒

身体を重ねる程の相手が無茶に無理を重ねて死に急いでるからね。仕方ないね。

 

480:名無しの生徒

足が無くなってしまった親友の車椅子を押しながらの初デート。そこで買ったのがよりによってチョーカー……闇深い。深くない?

 

485:名無しの生徒

この首輪……もといチョーカーの話の何がイイって、当のニーナが喜んで付けてるところなんだよな。

レナから貰ったんだって嬉しそうに話してくるし。

 

489:名無しの生徒

「ん? これかい? ふふっ、良いだろう? レナに買って貰ったんだ。ニーナも女の子なんだからと宝飾品店に連れて行かれた時は、正直困ってしまったんだが……流石はレナ。センスが良いね。見た目も中々だし、性能も良好。付け心地も悪くない。私としては珍しく気に入ってるよ」

選択肢「でもそのチョーカー、まるで……」

「首輪みたいだ……かね? そう思うのは個人の自由だし、なんなら私も……まぁ、認めるところではあるよ。種族が種族だし、出自だって奴隷かペット扱いされても仕方のないものだからね。レナとの関係もあちらが主で、私が従だ。首輪だという表現は言い得て妙ですらある。けど……それをレナ以外の誰かに言われるのは面白くない。全くもって面白くない。私の生徒であっても、だ。…………二度と、言わない様に。良いね?」

 

493:名無しの生徒

ニーナの遺品、呪いのチョーカー。

 

中央に大粒の宝石があしらわれた、首輪にも似た黒いチョーカー。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス第一皇女から、その親友であるニーナ・サイサリスに親愛の情を示す証として送られた物。

高い魔法的拡張性を持つとはいえ、ただの宝飾品でしかなかったチョーカーは、しかし、持ち主であったニーナの死によって性質が大きく変化。すんだ赤色をしていた宝石は、ニーナの髪色と同じ漆黒に染め上げられ、それを中心にチョーカーそのものが極めて強い呪いの力を持つようになってしまった。

 

資格なき者よ、この首輪を付ける事なかれ。

資格ある物よ、この首輪をその身にまとえ。

これは死を覚悟した狂犬の首輪。自らの首を絞めながら、それでも愛する誰かの為に戦った少女の……いや、少女の愛そのものなのだ。

 

498:名無しの生徒

やはりニナレナはベストカップル。遺品もそう言っている。

 

500:名無しの生徒

中盤までニーナ先生が生きてるとニナレナが捗るんじゃー

 

502:名無しの生徒

ホント、高確率で途中退場するキャラとは思えないシナリオ量なんだよなぁ……ニーナ先生。

ニナレナは勿論、死霊騎士の由来が明言されたり、グリフォン君が召喚獣なのが判明したりもあるし……皮肉フルスロットルのこき下ろしとか特に力入ってるしなぁ。

 

504:名無しの生徒

敵対者にはホント容赦ないからな。ニーナ先生。

お喋りの片手間に殺しにかかるし。

 

505:名無しの生徒

普通は殺しの片手間にお喋りするんだよなぁ。

 

508:名無しの生徒

お喋りクソ女がお喋りクソ女と呼ばれる所以である。

 

520:名無しの生徒

レナ殿下の為なら躊躇いなく殺ってしまうニーナ先生。愛が重いんだ……

 

523:名無しの生徒

やはりニナレナこそ至高。

 

525:名無しの生徒

>>523

レナニナだろ、常考。

 

527:名無しの生徒

>>525

お? やんのか?

 

528:名無しの生徒

>>527

上等だぜ。来いよ異教徒! 戯言なんて捨ててかかってこい!

 

530:名無しの生徒

>>527

>>528

喧嘩なら他所でな。

……あ、俺はニナレナ派です。

 

532:名無しの生徒

>>530

貴様ぁー!

 

……………………

…………

……



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第14話 心を殺して

お喋りクソ女め……


 早朝。

 王立魔法学園の若者達が明日の為に保養地から出撃していく中。彼らとは逆側から、コソコソと保養地を抜け出していく一団があった。

 荷馬車やほろ馬車が十台。そして……華美な装飾が施された馬車が一つ、二つ。貴族の影響下にあることが丸分かりの馬車列が、まるで逃げ出す様に保養地を後にしていたのだ。

 

 いや……様に、ではない。現に彼らは逃げ出していた。

 勝ち目の無い戦いから、我先に。かといって資産を放り捨てて行く気にもなれず、持ち出せる物を保養地の別荘から持ち出して。

 さて、これからどこの国に逃げようか? いやいや、一度領地に戻って万全の準備を……と。自身の身に課せられた責任を忘却し、ワガママにも自己保身を図るその光景は、どこぞのお喋りクソ女が目撃すれば黙って街灯か手頃な柱を探し始めるだろう物であり、控え目にいって唾棄すべき物だった。

 まして、自国の若者が戦地へと向かっているのに背を向けてやっているならば、尚更。

 

 だが、彼らを止める者は誰も居なかった。

 時刻はまだ早朝。そして何より、彼らは貴種なのだ。生まれながらの貴族である彼らを邪魔する愚か者が居るはずもなく。どんなワガママであろうと、何をしようと、権力が自由を保証してくれる……はずだった。

 彼らの頭上に、グリフォンが飛ぶまでは。

 何だあれは。そう声が上がると同時、グリフォンは素早く高度を下げ、馬車列の前へと舞い降りる。馬車の動きを遮る様に。そして……

 

「おやおやおや、こんな朝早くから……どこへ行こうと言うんだい? お貴族様方? 戦場への加勢に来たなら方向が逆だよ? ひい、ふう、みい……数えるのも面倒くさいほど頭数が居て、揃いも揃って方向音痴なのかい? だとしたら信じられない奇跡だね。私が論文を書いて上げようじゃないか」

 

 馬車列の前に立ちはだかったグリフォン。その背に騎乗していたのは……一人の少女だ。

 濡羽の様な黒く艷やかな髪、それと同じ色をした淀んだ瞳。黒色系のローブを身にまとい、狼系のケモミミと尻尾をピンッと立てて、不可思議な杖を支えにグリフォンに腰掛ける少女……ニーナ・サイサリス。

 学園に居る者なら色んな意味で忘れようのない人物なのだが、しかし、貴族連中は彼女を知らないのか、あるいは無遠慮な演説がしゃくにさわったのか。苛立ち交じりに誰何の声を上げていた。何者だと。

 

「何者だ、か。随分と失礼な挨拶だね? つい数日前に会ったばかりじゃないか。えーと……そう、どっかの親は物凄く偉い人だった貴族さん? あぁ、失礼。私はどうでもいい奴の名前は覚えない主義なんだ。どうしてもというなら額に名前でも書いておいてくれ。読まないから」

 

 ハッ、と。馬鹿にするかの様な顔を浮かべながら肩をすくめるニーナに、いよいよ我慢ならなくなったのだろう。先頭に居た貴族が声を荒らげる。そこを退け、と。腰の剣を抜き放ちながら。

 明らかな脅迫。言うことを聞かなければ殺すと脅されて、しかし、ニーナの表情は殆ど変わらず。まるで見下すかの様な視線を送りながら、ゆるりと口を開いていく。馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに。

 

「ふぅん? おかしな事を言うね? 何で私が退かなきゃならないんだい? この通り足も無いのに? いやいや、別に退いてもいいんだよ? ただ……その場合、このグリフォンが君らの方に突っ込むかも知れないけど」

 

 それでも良いなら直ぐに退こうじゃないか。そうニヤリと笑みを浮かべながらペチペチと尻尾でグリフォンの背を叩くニーナに、彼らは今更ながらに不利を悟ったのか? 僅かに表情を曇らせる。これは戦力差が大き過ぎるんじゃないか? と。

 だが、それでも、彼らはどこか楽観的に状況を見ている様で。その動揺は極めて小さかった。それが余裕からくるものなのか、緩慢からくるものなのかは分からないが……しかし。

 

 ──畜群め。愚かにも程があるぞ。

 

 ニーナは、後者だと判断した。

 だから、なのか。つい、彼女の口が滑る。オーバーアクションと共に、実に感動的な話じゃあないか、と。

 

「君らが魔王と呼ぶあの厄災が目覚めるまで、この国は余程平和だったのだろうね? 偉大なる幻獣の王を前にして、こうも穏やかでいられるとは……地震や台風が無いとは聞いていたが、この様子だと親にも殴られた事が無いと見える。いやはや、素晴らしいご両親をお持ちの様だ。実に素晴らしい。諸君らのご先祖様、つまり建国期の人々は相当に苦労されただろうに……あぁ、いや。何でもないよ。ないとも。王国貴族というのは、素晴らしい歴史を持っていたのだと感心しているだけさ」

 

 他意はないとも。そうゆらゆらと楽しげに尻尾を揺らしながら言葉を回す彼女は実に愉快そうで。けれど、その淀んだ暗闇色の瞳には黒い炎が燃えていて……

 それが憎しみや恨みからくる怨念の色だと、そう気づけた者は……残念ながら誰一人として居らず。貴族とその取り巻き達は無警戒にも戦闘態勢を取り始め、ニーナに強気に迫ってしまう。馬鹿にしているのか? と。だから、彼らへの答えは、決まっていた。

 

「それは、私が決める事ではないね。それは諸君らが自分の耳で聞き、自分の脳ミソで考える事だ。もっとも、君らの耳と脳ミソがタンパク質の塊以上の機能を持っていればの話だが」

 

 ふん、と。不機嫌そうに鼻を鳴らすニーナが放った皮肉は、珍しい事に、というべきか? 普段のそれよりもずっと嫌味の色が強い──ハッキリ言ってただの悪口と何も変わらない──極めてストレートな物だった。

 ブリティッシュな、あるいは雅な皮肉の通りが悪いと見るや否やの素早い変わり身。何より内心の嫌悪を隠そうともしないそれに、貴族達がいよいよ眉間にシワを固める。不愉快な奴だと。だが……その思いは、むしろニーナの方が強かった。

 

 ──これがアリシアなら、皮肉には皮肉で返してくれるんだがなぁ……

 

 落胆。ただそれだけを浮かべながら、ニーナははぁとため息を溢す。アリシアよりも年上の貴族と言うから皮肉を投げてみたというのに、とんだ期待外れだと。

 いや、あるいは。期待通りだったのか。

 皮肉には皮肉で返す。それはある種の流儀であり、双方の格を示し合う遠回しなコミュニケーションでもある。つまり、それが出来ない様な相手は……

 

「尊敬に値しない。わざわざ言いたくもないが、この状況の為にあるような言葉だね。全く」

 

 忌々しい。そう言わんばかりのニーナだが、しかし、実際のところ皮肉が言えないからといってニーナの尊敬を勝ち取れない訳ではない。現にニーナの親友は皮肉に皮肉を返す様な事はしないし、そもそも皮肉を言う事自体がまれだ。

 けれど、彼女はニーナの皮肉を分かっている。何を言っているか分からない、なんて事はそうそう起きないし、会話していて落胆も呆れも出て来ない。

 それはニーナの教え子ですらそうだ。引きつった笑みを浮かべる事こそあれ、皮肉には皮肉で返そうとする度量がある。

 カリスマ性。あるいは器の大きさ。上に立つ者として最低限必ず持って置かなければならない物。それを持たないままふんぞり返っている者達に、ニーナが払う敬意は欠片もありはせず。お互いがお互いに軽蔑の視線を投げ合う中、いや、投げ合ったからこそか? 炎が走る。下級の火炎魔法。睨み合いに焦れて先に手を出したのは、貴族側だ。

 彼らからすれば必殺の。しかし場数を踏んだ死霊術師からすればあくびの出る様なそれは、案の定ニーナの守りを……正確にはグリフォンの守りを突破出来ず。ただの宣戦布告と化してしまう。全てを読み切っていた死霊術師の予測通りに。だから、その場に響く乾いた拍手は、彼女の予定通りだった。

 

「いやぁ、実に素晴らしい。短気で結構。手間が省けた。実のところ、君らの処理には頭を悩ませていたんだよ? 何せ明らかな獅子身中の虫。面倒事になる前に粛清するのがベストだと分かっていても、なまじ味方側であるだけに殺すにも理由がいる。ならお決まりの敵前逃亡でブッ殺すか? そう考えてはみたけれど、恐ろしい事にそもそも戦線にまで来ていない始末。これじゃ督戦のしようがないし、事故死させる事すら難しい」

 

 故に、そちらから大義名分を差し出してくれるのならば。それに越したことはない。

 そうニヤリ、と。どこか小馬鹿にする様な笑みを浮かべたニーナは、愛用杖を片手にグリフォンの上から臨戦態勢を取る貴族やその私兵を見回しながら、更に口を回す。何の淀みもなく、スラスラと。

 

「私自身君らに恨み辛みこそあれ、残念な事に殺す程の理由は無かったからねぇ。……あぁ、勘違いしないで欲しいのだが、レナをどうこうしようという計画は既に掴んであるよ。どこを探せば良いか分かっている探し物程、簡単な事はないからね。そう苦労せず確信を得れたとも。レナを処刑しようなんて……まして恥辱の果てに首を落とし、死体を晒して辱めようなんて、本気で出来ると思ったのかい?」

 

 この私が居るのに。

 そう暗く黒い声音で告げて、カンッと杖を打ち付けながら凄むニーナ。グリフォンを従える彼女に斬り込む様な勇者はこの場には……一人も居らず。自然、少女の演説は誰に妨害される事もなく続いてしまう。ペラペラと、よく回る口によって。

 

「けどまぁ……流石に物的証拠は抑えられなかったし、現行犯逮捕しようにも、そもそもまだ実行されていない以上、未遂事件ですらない。この点はとても困ったね。要するに、状況が状況だけに君らを抹殺するだけの大義名分が得られそうに無かったんだ。とても、とても残念な事にね。ならば、大義名分無しで殺すか? そんな考えが出てくる程度には私は冷静じゃない。けど、その考えに否と返せる程度には素面だった。有り体に言って、私に君らを殺すだけの理由が無いんだよ。幸いにも、レナはいまのところ無傷だし……私の恨み辛みも、この世界では事実無根でしかない。実害というのが、この段階では発生してないからねぇ」

 

 やれやれと、オーバーアクションに呆れを示すニーナは、しかし、内心でそっと言葉を漏らす。

 あるのは私の頭の中だけだ、と。

 自分だけが知っている……あるいは、自分だけの妄想。今や懐かしい思い出でしかないそれを頼りにするならまだしも、それを証拠として粛清を、断罪を始めてしまうのは……あまり横暴が過ぎる。神ならぬ人の身である以上、超えてはならない一線。少なくとも、ニーナはそう考えたし、踏み止まった。

 たとえ、レナの危機であったとしても。

 いや、だからこそ、か。ニーナはレナを理由にはしなかった。愛しいと思うからこそ、彼女を言い訳に使わなかったのだ。故に、故にそれは、妥協の策だった。

 

「そう、私は君らを殺すだけの理由がない。──けど、それは私に限った話だ。……あぁ、そうだとも。私は君らを見逃そう。だが、彼らが許すかな?」

 

 瞬間、ニーナの影から何者かの人影が浮かび上がってくる。黒く暗い闇は次第に人の形を成し……一拍。ガシャン、と。重々しい金属の音が響く。

 それは金属鎧の音。かつて栄光を誇った彼らの最後の姿。影から呼び出された彼らを見て、貴族の一人が思わずといった様子で呟く。

 帝国騎士、と。

 

「そうだ。帝国騎士。正確には帝国近衛騎士団だよ。今は亡き帝国の、その最後の守り人達だ。貴様らとは違って魔王軍相手に緒戦から奮闘し、その最後まで帝国の為に、皇帝の為に、何より民草の為に戦った最精鋭たる彼ら。──あぁ、そうだとも。私に殺す理由は無く、大義名分も無い。……けれど、彼らは違う。君らに裏切られ、見捨てられ、見殺しにされた彼らには……君らを抹殺する理由が、大義名分がある」

 

 援軍を出すと、要人を保護すると約束しておきながら、土壇場で見捨てたのだろう? そう笑みを浮かべながらコテンと首を傾げる少女を、最早誰も見ていなかった。

 闇の気配に包まれた鎧の胸に、あるいは構えられた盾や剣に施された翼の紋章。一説にはグリフォンを模した物だと言われる帝国の証に、誰もが目を向けていたのだ。今となっては誰も掲げてはいないはずの、亡国の紋章に。

 少女を守る様に隊列を組んだ彼らを盾に、少女は戦いの口火を、最後通告を告げる。死者の復讐だと。

 

「これほど筋の通った大義名分はそうそうあるまい? 何せ死人を裁く法など、貴様らは持ち得ていないのだから。あぁ、命乞いをするなら彼らにどうぞ。彼らの手綱は既に手放してあるのでね。私はホンの何割かの魔力を提供しているに過ぎないんだ。分かるかね? やはり分からんか。私は彼らを操ってはいない。ここから行われるのは、あくまで彼らの自由意志だという事さ」

 

 お分かり頂けたかな? そんな丁寧な言葉をあざ笑う様に放ちながら、ニーナはその手に持った杖をグッと旗の様に掲げて見せる。

 それはある種の指揮棒。それが振り下ろされた時がギロチンの刃が落ちる時。誰もがそれを察してしまい。けれど……杖が振り下ろされる事は無かった。

 ピクリ、と。ニーナのミミが震える。人殺し、と。そう呼ばれたが為に。

 

「人殺し? 人殺し。私が? ふむ……人殺しか。なるほど。確かにそうだろうね。けど、逆に聞きたいんだが、それの何が悪いんだい?」

 

 たらり、と。一瞬だけ伏せたミミを、垂らした尻尾を、ピッと跳ね上げて。ニーナは睨み付ける様に視線を上げる。バケモノを見るような目で見られながら、それでも、聞き捨てならないと。そう言いたげに。

 

「おやおや、そんなバケモノを観るような目で見られると悲しいねぇ。……けど、どうやら君らは答えを持たない様だ。答えを知らないのに、意味が分かってないのに、言葉を軽々しく使う……ふむ。文明が早すぎた連中が居るようだね。サルからやり直せと言ってしまうのは、サルに失礼かな?」

 

 少なくともサルは群れが消え去るまで殺し合ったりはしない。そうため息交じりに言い放ちながら、ニーナは一拍だけ呼吸を置いて、再び語り始める。尻尾をゆらゆらと揺らしながら、いつもの調子で。

 

「考えた事はないかい? なぜ殺人が絶対的な悪と呼ばれるのか? その理由は何なのか? 豚や牛を殺して食うのと、危険だからと狼や獅子を事前に殺すのと、いったい何が違うんだと。殺している事に、水とタンパク質と油の塊を破壊している事に変わりはないだろうに。ん? 詭弁だって? そうかもね。だが、これが詭弁なら獣を殺して日々の糧を得ているのも、また同じく詭弁だろう? なぜ人殺しだけがそうも悪し様に言われなきゃならない? 人殺しを悪し様に言うのなら、豚や牛、果てには穀物や果物にも、同じ感情を持たねばならんだろうに。あぁ、だがヴィーガンになれと言ってる訳じゃないんだ。ヴィーガンなんてファッション以外の何物でもないからね。本気で現状を憂うのなら潔く餓死を選ぶか、人工培養肉の開発にでも協力すべきだ。自己満足でキャンキャン吠えてる暇があるなら、来たるべき未来の為にさっさと働けと。そうは思わんかね? うん?」

 

 そもそも穀物や果物の痛みを無視している時点で偽善に過ぎんが。そう言い放った後、反論があるなら聞くが? と。そうチラリと視線を投げるニーナの目は、相変わらず淀んでいたが……しかし、何かのスイッチが入ったのか? その奥底でギラギラと何かが燃え始めていた。レスバしようぜ! と。そう言わんばかりに。

 けれど、不幸な事に彼女と言い合いを出来る人材も、口を止められる誰かも居らず。ニーナの独壇場が続く。続いてしまう。

 

「豚や牛を問答無用で殺して、解体して、店先にズラリと並べておきながら。人殺しだけは絶対のタブーだと……あぁ、いや、それは良いんだ。そこを間違えてはいけないという、絶対防衛線だというならそれはいい。問題は、人を殺さなければ、豚や牛を殺してもいいという常識。犬猫を殺しても重罪にはならないという常識。そう、常識。人殺しは悪。豚や牛は良い。犬猫はちょっと悪い。それが世の中の常識だ。常識、常識……下らん。実に下らん! 少し自分の頭で考えれば分かるはずだ。人殺しはいけません、なんて。誰が、何の為に、でっち上げたルールなのか? 簡単に分かる。そう、でっち上げだとも。殺すのが罪なら、生きとし生けるもの全てが罪だ。生きる事が罪なんだ。どうにもなるまい? だいたい人殺しが駄目なら戦争はもっと駄目だろう。なのに戦争は年がら年中毎日世界のどこかで起こっている。一人の死は悲劇だが、百万人の死は統計学に過ぎない、とか。一人殺せば殺人者、百万人殺せば英雄になる、とか。そんな狂った名言すら存在するのがこの世というものだ。おおブッダよ寝ておられるのですか!? と嘆きたいところだが……当のブッダがこの世はクソと言っているからねぇ」

 

 生きるも地獄、死ぬも地獄なのさ。そうよく喋る口を回しながら、ニーナは帝国騎士達に視線をやり、ゆるりと半包囲をしかせる。着々と、少しずつ。

 

「あぁ、勘違いしないで欲しいのだが……私はだから殺して良い、なんて言う気はないよ? たとえ世界が誰かを殺さないと生きていけない仕組みになっていたとしてもね。だからこそと言うべきか、そこはむしろ逆なのさ。人間社会で上手くやっていきたいなら、常識やルールを守っておくのはそう悪くないんだ。人殺しはタブーだとも。人間として生きて、人間社会で暮らす気のある者に限定すれば、だが。…………ふむ。喋り過ぎたな。では、結論を述べよう。殺すのなら、生きるのなら、覚悟を持て。そういう話だよ。太古の昔から何も変わらない真理だ。ハードボイルドに言うなら、撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけ……となるかな? あぁ、安全なところからキャンキャン吠えるのはさぞ楽しかったろうね? けど、そんな時間はとうの昔に終わっているんだよ。覚悟は出来てるかい? 私は出来てる」

 

 人殺し、なんて言われたところで、今更止まりはしない。そうどこか影のある笑みを浮かべながら、ニーナが再度杖を握り込む。いよいよギロチンが落ちる。そう悟ってしまった貴族連中やその随行員がようやく助けてくれと命乞いを始めるが……もう遅い。

 

「待ってくれ、助けてくれ……そう言った誰かを、君らは助けた事があるのかい?」

 

 呟かれたのは、小さな疑問。

 けれど、その答えは沈黙しか返って来ず……ニーナはため息と共に、落第点を付けるしかなかった。

 それが答えだ、と。

 

「殺せ。敗北主義者だ」

 

 自分の用は終わった。後は好きにしろ。そう言外に告げられた亡国の騎士達が、一斉にその鎧を動かしていく。

 あの日の復讐を、今この手で。

 野太い悲鳴が上がる中、ニーナは凄惨な現場から視線を逸らし、グリフォンに手伝って貰いながらゆっくりと一台のほろ馬車の中に入り込む。ゲーム知識から逆算するに、今ここに積まれているはずの目当ての物を頂く為に。

 

「──物取り目当ての人殺し、か。これじゃバケモノの方がまだ……」

 

 ミミをしゅんと垂らしながらそう呟いて、ニーナは直ぐに頭を振って作業に戻る。足が無いせいで這いずり回る事になりながら、それでも次々と物品を物色。これでもないそれでもないと、盗みの手を進めていく。

 全ては、愛しい少女の為なのだと。湧き上がる吐き気を噛み殺し、何度も同じ言葉を繰り返しながら──




 Q,要するに? 
 A,覚悟も決まってるし躊躇いもないけど、それはそれとして理由が欲しいお喋りクソ女の言い訳です。長いわバカヤロウ。なお同族殺しのSANチェックと反動ダメージからは逃れられない模様。


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第15話 納得出来ず

 散々殺して踏み付けてきたクセに、いざ自分の番が来たらぴゃーぴゃー泣き喚く。そんな救いがたい寄生虫を処理した……その翌日。

 私は最悪な目覚めを迎えていた。

 目が覚めるなり……いや、それ以前から湧き上っていた強烈な吐き気。それを飲み下す事に失敗し、我慢出来た数瞬の間で洗面台に──文字通り──転がり込めたのは不幸中の幸いでしかなかった。

 

「ぅっ、ぉぇ……」

 

 大して詰まってもいない胃袋の中身を洗面台にぶちまけつつ、私はベッドに撒き散らさないですんだ事に安堵して……再度、びちゃびちゃと吐瀉物を吐き出しに掛かる。喉元まで上がってきた吐き気に負けて……いや、我慢する事も出来ず。

 

 ──この部屋には、誰も居ないから……

 

 まだレナが戦場から帰って来ておらず、やむなくグリフォンを飛ばした後に一人で就寝したのは、この場合幸運でしかなかった。おかげでみっともないところを目撃されずに済む。

 そう安堵したのが悪かったのか? 私は三度目の嗚咽を漏らして……けれど、唾液以上の物は出てこなかった。どうやら、胃の中が空っぽになったらしい。

 

「……なんて、軟弱な」

 

 あぁこれで楽になった。そう湧き出てきた感情を殴り飛ばしつつ、私は吐瀉物を洗い流して証拠隠滅を図る。口も念入りにゆすいで、誰にも気づかれない様に。

 

 ──後は朝食に香りの強い物を取れば……

 

 臭いで気づかれる事もない。そう計画を立てはするものの、どうにも食欲がわかない事に気づいてしまい……私は思わずため息を溢してしまう。重苦しい、嫌悪感が滲む物を。

 あぁ、全く。人間というのは、なんと救いがたい寄生虫なのか。必要だからと、そうしないと安全が確保されないからと、安全保障上の問題から同族を殺しておいて……その次の日に、このざまだ。

 

「必要だった。あれは必要な事だった……!」

 

 そう納得したはずだ。私は。今更、何を言う必要もない。

 今後の安全保障の為に。全てはレナの為に……いや、自分の為に。あれは必要な事だった。どうしても、絶対に、何が何でも。

 

「殺して、奪って、踏み付けて……それで自分だけは助かるなんて思ってる、身勝手な奴らだぞ。なんの罪もないレナを、私利私欲の為に謀殺する様な悪党だ。悪党だったんだ。それに私が殺さなくても、どの道後で奴らは殺されるんだ……!」

 

 いったい、何の問題があるだろう? 

 ゲームの中の話とはいえ、奴らは私に取って仇にも等しく、シナリオ通りなら早晩始末される程度の連中……人を殺したというよりも、部屋に入り込んだ害虫を処理した様な物だ。それこそ、ゴキブリに殺虫剤を噴射した程度の話でしかない。あぁ、そうだ。何の問題もない。問題なんてあるはずがない。何度も何度も考えたんだ。問題なんて一つとしてありはしない。

 戦争中に誰かが死ぬなんて当たり前の事。大戦以前の古いパラダイムの中での殺し合いとはいえ、戦争である事に変わりは無い。なら誰かが死ぬのは自然な事だ。

 君主論にも粛清の必要性は書かれているし、私はそれを代行したに過ぎない。

 連中は裏切り者だ。殺されるだけの理由があったし、それに実際に手を下したのは私じゃない。私は指示を出しただけだ。

 私は、私は……! 

 

「……くそったれ」

 

 最悪だ。どこまでも、最悪の気分だった。

 あまりにも酷い気分のせいで、どうしてもその場から動く気になれず……足が無いせいで立つ事すら出来ない私は、魔法が解け、カクンと腕の力が抜けると同時に床に転がって。

 再度魔法を掛け直して洗面台に這い上がる事も出来ないまま、私は無様に床に転がって天井を見上げる。ボンヤリと、何も考えれないまま。

 そうして…………あぁ、いつまでそうしていたのだろうか? 私はふと、時間だと、そう呟く事が出来た。もうすぐ、レナが帰ってくる時間だと。

 

「迎えぐらい、いかないとな……」

 

 面倒な仕事を押し付けたのだ。それぐらい出来なくてなんとする。そう自分を叱咤して、私はのろのろと自分の車椅子目指して移動を始める。起きがけにそうしたように、這いつくばって、足が無いなりに、全速力で。

 

 ──これじゃ、まんま犬だな……

 

 両手と、千切れた両足。四足で移動している私は、さぞ滑稽だった事だろう。首輪も、ミミも、尻尾も、全て揃っているのだから。

 そんな事を自覚して、にも関わらず魔法すら使わずにそのままよじ登る様にしながら車椅子に乗ったのは……きっと、この最悪な気分のせいだった。

 

「…………」

 

 そうして私は、車椅子に乗って一息つけたせいか。思わず目を閉じてしまう。何もしてないのに疲れてしまったと。

 そして、直ぐに後悔した。

 聞こえてくるのだ。目を閉じれば、闇の底から怨嗟の声が。私が殺した──

 

「──やっぱり、ロクでもなかったな」

 

 死霊術師の才能。継ぎ接ぎの肉体。どちらが作用したのか、あるいは両方なのか? それとも単に私の頭がおかしくなっただけなのか? 

 ……いや、何にせよ、踏み潰すだけだ。圧し殺すだけだ。覚悟は、とうの昔に出来ているだろうが。今更弱音を吐くな。そう内心で吐き捨てて、私は車椅子を転がして建物の外へと向かう。そろそろ帰ってくるはずのレナと教え子と同僚を迎えに行く為に。

 そうしてコロコロと車輪を回し、亀の歩みで玄関まで来て……不意に、玄関扉が開く。

 

 ──別荘の管理人か? 

 

 あるいは掃除の人間か、伝言を頼まれた使いっ走りか。まさか──貴族を殺ったのは魔物だという──偽装工作が見破られ、捜査の人間が突入してきた訳ではないだろう。そんな思考が一瞬走り、しかし、それらは直ぐに否定された。

 珍しい事に、良い方向へと。

 

「……レナ?」

「あ、ニーナ」

 

 日光を遮る為だろう。大量の闇精霊に守られながら、いそいそと別荘の中に入って来たのは……白髪の吸血鬼、レナだ。

 驚いているのか? すんだ赤い瞳は大きく見開かれ、しかし麗美なコウモリ羽はパタパタとどこか嬉しそうに揺れていて。あぁ、何か良いことがあったんだなと邪推した次の瞬間、彼女はズイッと私に顔を近づけてくる。不思議そうな……いや、不安げな表情で。

 

「あー、レナ? どうしたんだい? そんなに顔を近づけて。いや、その、そんなに見つめられると、流石の私も気恥ずかしいんだが……」

「ん……ごめんね。でも、ニーナ、大丈夫?」

 

 無理してない? と、そう赤い瞳を不安げに落としながら問うてくるレナに、私は言葉を返す事が出来なかった。まさか、臭いに気づかれたのかと、そんな動揺から口を閉じてしまったが為に。

 やはり香水ぐらい常備すべきだったか。そう反省する暇もなく、レナが言葉を繋げてくる。顔色が悪いよ? と。

 

「気分が悪いなら、休んでた方が……」

「……あぁ、うん。実は昨日、少し寝付きが悪くてね? 少し寝不足気味なんだ。顔色が悪いのは、たぶんそのせいだろう。大丈夫だよ。大した事はない。それより、レナの方こそ大丈夫だったかい? 指揮や引率……はエマ先生がやっただろうけど、全体の把握と護衛は大変だっただろう?」

 

 舌先三寸。どうやら体調が悪い事は見抜かれてしまった様だが、ゲロった事がバレてないなら軌道修正のしようはある。そんな思考が走ったのはホンの一瞬で、しかし、それが出来たのなら後は簡単な事だった。

 私の口は脳ミソが深く考えるより先にペラペラと喋り出し、即座に話題をそらしに掛かったのだ。レナの方は? と。

 

「ううん、レナは大丈夫。エマ先生と一年生の皆が頑張ってくれたから……苦戦は、しなかったよ?」

「ん、そうなのかい? 何だかんだ生き残ってきたエマ先生はともかく、一年生がねぇ……ふむ。もう少し詳しく話を聞いても良いかい?」

「ん、良いよ」

 

 コクリ、と。そう小さく頷きながら快い返事を返した後、自然な形で私が乗っている車椅子を押し始めるレナ。

 普通なら固辞するところなのだが……生憎、すれ違いざまにサラリと流れた雪の様な白髪に目を取られていた私に断る様な暇はなく。私はあえなくそのままの形でレナから詳しい話を聞く事になった。

 吐息の掛かる距離。レナの息遣いがミミで感じ取れてしまう位置関係はひどくくすぐったかったが……それで私がレナの声を聞き漏らす訳も無く。私はなるほど、そうなんだね、と相づちを打ちながらレナの側で起こった事を一つ一つ把握していく。

 そうして、暫く。リビングで一息ついた頃には、私は私の居ない戦場を理解するに至っていた。

 

 ──なるほど、全て予想通りか……特にバッドステータスを発症していない今のレナが居れば問題無いとは思っていたが、いや、ともかく一安心だな。

 

 レナ曰く、作戦は滞りなく成功。王国の防衛線を浸透突破してきた敵軍団の先鋒を捉える事に成功した学園側は、終始優勢に戦局を運ぶ事が出来たらしい。

 まぁ、奇襲効果が薄れた後は数の差から押され気味ではあったらしいのが……それはあくまでコントロール可能な範囲での話でしかなく、もっと言えば予定通りですらあったとの事。臨機応変に行われた戦術的後退とそれに伴う遅滞防御や、複層を前提とした防衛線の事前準備と構築等があれば、難なく対処出来る程度の攻勢だったらしい。

 

「ふむ、なるほど。万全の態勢で疲弊した敵軍を迎え討った形か。お疲れ様だね。レナ。私は諸用で動けなかったし、助かったよ。……しかし、聞くぶんにはかなり入念に準備して戦闘に望んだみたいだね? ドーントレスのオヤジさんの手配かい?」

「? ドーントレス家はアリシアしか居なかったよ? アリシアは最前線で頑張ってたけど、指揮は……あんまりしてなかったかな」

「……ふむ? ではエマ先生が事前に準備をしたのかい? 教養豊かな女性だとは知っているが、よもや軍事的な教養まで持っているとは……予想外と言ってしまうのは、エマ先生に失礼か」

「ううん? エマ先生の指示じゃないよ? 前線で個別に指揮を取ったり、色々頑張ってはいたけど……」

「ふぅん? ドーントレス親子もエマ先生も全体の作戦指揮を取った訳ではないと。なら、レナが頑張ったんだね? 流石はレナだ。やはり任せて正解だったよ」

「レナ? レナは何もしてないよ。戦いはしたし、援護もしたけど、指示は出してない」

「…………じゃあ、なにかい? 全部偶然なのかい? 戦術的後退による遅滞防御も、複層前提の防衛線も、全部偶然の噛み合わせだと? そんな訳がないだろう。レナ、正直に言ってくれ。怒らないから。そんな入念な準備が必要な作戦となれば、素人の手には負えないのが普通だ。となれば、誰かが横から手を出して全体を整えたのは間違いない。レナ。それはいったい、誰の仕業なんだい?」

「えっと……えっとね。今回も作戦を準備したのは、ニーナだよね?」

「……はい?」

 

 私が? 無くなった足の材料欲しさに強盗殺人を敢行していた私が、レナ達の戦闘に? 

 あり得ない。私は人を殺して、盗んで、レナにさえ嘘をついているようなクズなのだ。そんな奴が彼女達の助けを、出来るはずがない。……そう口にしなかったのは、単に私が喋るより先に、レナがその口を開いたから。ミミに心地よい声が、スッと入り込む。

 ニーナ先生に教えて貰った通りにしただけって言ってたよ、と。

 

「私が、教えた通りに……? すまない、何の話だい? 今回の戦闘に関して、私は直接関与してないんだが……」

「ん。レナの生徒の……えっと、ユウ? って子がそう言ってたよ? ニーナに教えて貰った事だからって」

「…………まさか、私の薫陶、だとでも?」

「んゅ……そんな感じ、かな?」

 

 馬鹿な。そう言いたいのを何とか我慢し、私はその代わりとばかりに目を覆ってため息を吐く。そんな事があり得るのか? と。

 レナが口にした事は、つまり……あれだ。学力テストの問題を見て、これ昨日予習した奴だ! となったと言っているに等しい。まぁ、学力テストは人が作っている物だし、問題の使い回しや流出も多い。そういう事もあるだろう。

 だが、しかし、ユウが直面したのは学力テストではなく魔王軍との戦闘だ。命を懸けてコンマ一秒を争う場に置いて、予習が……私の授業が役に立つ事などあるのだろうか? 否。あり得ない。あり得ない、のだが……レナがそうだと言っている事に反論するなんて、私に出来るはずがなく。私はただそうなんだねと──不承不承ながら──頷くしかなかった。珍しい事もあるものだ、と。ささやかな皮肉を付け足しつつ。

 

 ──まぁ、確かに? ユウにはゲームでの小技や、次の戦闘で注意すべき事をさり気なく教えてはいるから、可能性はゼロではないけど……

 

 しかし、それはゼロではないだけで、ほぼあり得ない……いわば天文学的確率なのだ。ユウが私の──我ながらクソ長いと自覚している──お喋りを、毎回キッチリ聞いている訳がないのだから。

 そう内心で自虐しつつレナの発言を否定し、けれど当人にはそれを告げれないまま……私は紅茶を用意すると言ってキッチンに向かうレナを、その後ろ姿を見送る事になる。

 風に流れる艷やかな白髪。パタパタと楽しげに羽ばたく蠱惑的なコウモリ羽。神秘的で、幻想的で、けれど当人はとても小さく、華奢で、愛らしい。まだ幼い子供の様に、けれど夜になれば──

 

「──いや、何を考えているんだ。私は」

 

 夜になれば? レナが、なんだと言うのか。

 いや、確かに。確かにレナと私はそういう関係にはある。いっそ淫らなまでの夜の関係。だが、それは、いや、そこに愛とか恋だとかいう物は存在しないのだ。あれは一瞬の治療行為。

 それを間違えてはいけない。

 私はレナを自由に扱える訳ではないし、その思いをコントロールできる訳でもない。彼女は私の所有物ではないし、将来を約束している訳でもない。

 

「思い上がるなよ。私。現実だけを見据えるんだ」

 

 女性というのは、その生物学上、並びに文化人類学上、そういうじゃれあいを男性以上にコミュニケーションの一つとしやすい種であるのは、既に人類史が示している通りだ。

 だから、じゃれあったからといってそういう関係になれたとは限らないし、何よりも、レナの場合は事情が事情。吸血の必要性とその反動を考えれば、あれに深い意味はなく、むしろレナ自身疎ましい感情があってもおかしくはない。

 

 ──こうして友人関係が出来上がっているのが、奇跡なんだ。

 

 本当に。そう内心で嘆息して、私は更に自虐を積み重ねる。こんな人殺しが、今更何を期待しているのだと。

 あれはレナに喜んで欲しいとか、気に入って欲しいとか、そんな理由でやったんじゃない。私がそうすべきだと思ったからそうしただけで、その結果レナに嫌われても、それは、自己責任だ。

 だってそうだろう? 私はレナにとって友人の一人でしかない。少なくとも、レナは私の事を…………愛しては、いないのだから。

 

「したくもない隠し事が、また増えた……か」

 

 そう呟いて、しかし、私は直ぐに笑顔を顔に貼り付ける。紅茶を用意しにキッチンへと向かったレナが、パタパタと嬉しそうにコウモリ羽を動かしながら戻って来た為に。

 その上機嫌を、何よりレナの顔に浮かんだ──ゲームでは片手の数程しか見られなかった──微笑みを曇らせない様に、私は必死に言葉を滑らせる。

 紅茶の出来を褒め。そういえば敵軍の攻勢が手薄に感じたと言うレナの相談に乗り。ようやく足を生やす目処がつきそうだと報告して、異様なまでに喜ばれ。

 

 そうして、そのままの流れでレナに手伝って貰いながら足を生やす準備を進めていれば、いつの間にか時刻は夜になり。私はレナの誘いを断り切れず、今日も私はレナと同じベッドに入る事になる。

 血と嘘に塗れた、汚れた身体で。

 だから、だろう。血を吸われて、頭がボンヤリした瞬間。奥にしまっていた疑問が表に出てきて、私を支配したのは。

 

 ──私は、ここに居て良いのか? 

 

 髪の色と同じ真っ白な心を持った、純粋無垢な吸血鬼の少女。月の様に幻想的で、こんな私の話を嫌がらずに……いや、むしろ楽しそうに聞いてくれるお姫様。私の、私の好きな人。私の命と引き換えにしても、何ら惜しくない愛しい少女。レナ。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。

 彼女に、私は相応しいのか? と。

 これ以上、彼女を汚す気か? と。

 今すぐ、消えるべきではないのか? と。

 自身の内から湧き上がるその声に、私は、私を自覚してしまう。綺麗な少女とは真逆の、薄汚い自分を。ニーナ・サイサリスは、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスに……きっと、相応しくは、ないのだと──




 パートナーが好き過ぎて幸福恐怖症を拗らせ、デストルドーを発症する女。ニーナ・サイサリス。
 自爆準備、ヨシ! 

 カットシーンを寄越せと言われたので。
 https://kiyo-s.fanbox.cc/posts/4448364


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第16話 吸血皇女との夜 Ⅱ

 その瞬間は、思ったよりも早く来た。

 私はレナの側に居てはならないのではないか? そんな考えが消えなくなった日から、一夜明けたその日の深夜。私は敵の第二梯団……いや、敵侵攻軍本隊の捕捉に成功したのだ。

 偵察の為に散開させていたゴースト隊の殆どを送還し、最低限の監視の目だけを残しつつ。私は夜の保養地で車椅子を転がしながら、思う。これは最後のチャンスだと。

 

 それはこの敵軍団に奇襲を仕掛けれる最後のタイミングの事であり。

 そして……死ぬには、あるいはレナの側を離れるには、絶好の機会だとも。

 

「……レナ」

 

 最推しだったキャラの、今では一番大好きな少女の名を呼んで。私はそっと首を振る。

 駄目なのだ。その名を呼んでは。その名を、あの子の名前を呼ぶだけで、私の心はふわふわと浮き上がってしまい、尻尾がゆらゆらと揺れて……そう、言わば、幸せになってしまう。

 駄目なのに。私が幸せになってはいけないのに。

 

「人殺しが、嘘吐きが、こんな私が……幸せになんぞ」

 

 なっていいはずがない。そう吐き捨てて、車椅子を転がしていた私は目的の場所……というか、行き着くところまで行き着いてしまう。

 ドーントレス家保有の保養地。その最大の目玉である綺麗な湖……それがよく見下ろせる、小高い丘。昼間なら観光客が必ず一人は居るこの場所も、深夜ならば誰一人居ない。

 綺麗な月が映り込んだ湖を見下ろした後、私は車椅子から手近なベンチへと、そっと腰を移す。ぐるぐると同じ場所を駆け巡る脳ミソを、少しでも落ち着けようと。

 

 ──レナの側から消える。それ以外に手は無い……! 

 

 両手で顔を覆いながら、私は改めてそうするしかないのだと自分を言い聞かせる。レナの側から消える事で、レナはもっと綺麗になれるはずだと。

 だが、それに対する反論が、次々と浮き上がってくる。

 

 レナの安全は? 死亡フラグは全て折れたと言えるのか? 

 生徒達や同僚はどうする? 彼らを置いて逃げ出す気か? 

 世界の命運は? ちょっかいを出したなら最後まで見届けるのが筋じゃないのか? 

 仮に戦死するとして、どうやって戦死する? 死に際になれば無駄に足掻くに決まってるのに? 

 そもそも、本当にレナの側から消えたいのか……? 

 

 少し考え込んだだけで次々と湧き上がって来たそれらを、私は問題ないの一言だけで斬り伏せていく。問題ない。大丈夫だ。私なんて要らない。……本当に? 

 いや、大丈夫だ。問題ない。レナの死亡フラグは折れている。レナさえ居るなら本編のハッピーエンド到達は難しくないはずだ。……本当に? 

 

「……レナが死んだ理由は、過労だ。精神的なストレスが重なって、かといってそれらを解消する事も出来ず、ある種の破滅願望……死ねば楽になるという考えが離れなくなってしまったからこその、破滅。だから、過労さえ防げば、レナは足元をすくわれないし……一歩間違えれば謀殺されるような危険な橋を、無意識のうちに渡る事もない」

 

 そもそも、レナを謀殺する奴は既に消した。問題はない。

 そう考えを打ち切って……けれど、直ぐに心の底から疑問が湧き上がる。本当に? と。

 

「…………レナを殺す連中は、まだ居る。レナは戦争では死なない。強いから。けれど謀殺なら、死を受け入れてしまうかも知れない。そしてそれを出来る連中は、まだ残っている。レナは、レナは……まだ、安全ではない」

 

 風に揺られて波を立てる湖を横目で見ながら、私は問題を見つけてしまう。

 けれど、その小さな波紋はより大きな波紋によって直ぐに見えなくなる。だがそれを解決する策はないだろう? と。叩き潰す様な一言によって。

 

「レナが殺されるのは、彼女が帝国の皇族、その最後の生き残りだからだ。今や彼女を妻とした者が帝国を統べる正当な後継者であり、彼女から帝国を任された者が帝国の全てを握る事を許される。……逆を言えば、レナが、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスが居なければ、死んでしまえば、帝国はその正当な後継者を失い、空白地帯と化す。僅かに残ったレジスタンスや、ゲリラ。他国に落ち延びた者や、嫁いだ者が掲げる旗も御輿も正当性も無くなり、他国は帝国の領土を好きなように蹂躙出来る。誰に後ろ指を指される事もなく」

 

 王国貴族の狙いは、そこだ。ゲームでもそうだったし、連中の生態を知った今となっては更に強い確信を持てる。それこそが、レナが濡れ衣を着せられて処刑される理由なのだと。

 最初は冷遇し、追い詰め、王国側にすがらせようとイジメ抜き。それが通用しないと見るや更に強い脅迫や謀を仕掛け。それすら効かないが故に……謀殺した。全ては帝国の領土を全て、正当に、誰に文句を言われる事なく手に入れる為。それが出来れば王国は大陸一の超大国となれるが為に。

 全ては薄汚い領土欲。そんなものの為に、レナは殺されるのだ。

 

「だから……対処は出来ても、根本的な解決は不可能だ。王国の要求を突っぱねるだけのモノ……国家や軍事力は魔王軍によって滅ぼされ、僅かに残る戦力も散り散り。とても抑止力にはならない。連中の思惑は、絶対に止まらない」

 

 現下の大問題の解決は演説や多数決によってではなく、鉄と血によってなされる。かの有名な鉄血演説の一部であり、ドイツ栄光の時代の礎となった男、鉄血宰相ビスマルクの言葉だが……この場合、正しく彼の言葉通りとしか言い様がない。

 そう、鉄と血。それは即ち軍事力や経済力であり、それを作り出す人の力や数、あるいはその死の事であり、その大小だけが物事を決定的に解決出来るのだ。それは某超大国が持つ複数の空母打撃群であり、核ミサイルを搭載した戦略原子力潜水艦であり、それらを支える世界第一位の経済システム……あぁ、例を上げだせばキリが無いが、しかし、それを思えばなぜレナが助からないのかがよく分かる。

 

 ──レナには、抑止力が無い。

 

 結局のところ、話はそこに帰結する。

 空母打撃群や核ミサイル搭載型の戦略原潜があれば、とは言わない。だが、せめて、完全無欠の近衛騎士団が生き残っていれば。無敵を誇った大陸一の騎兵戦力が少しでも温存されていれば。そうでなくとも旧帝国領に隠れ潜む生き残り達と連絡が取れていれば。……それさえ出来ていれば、レナはああも粗雑にあつかわれなかっただろう。

 殴れば殴り返される。そんな抑止力さえ、伴っていれば。

 

「レナは強い。間違いなく強い。ゲームの中でも最強格だった。けれど、同時に。レナは政治的に極めて弱い。抑止力が無いせいで有象無象にまとわりつかれ、そうやって愚かな連中に足を引っ張られれば、それを全て振り払う事は出来ない。誰かが手伝わない限りは…………違うな。もう一度帝国を再建し、軍事力で身を守り。新たな皇帝を、レナの配偶者を決めてしまわなければ……」

 

 レナの身は、常に誰かに狙われる。

 鉄と血を、正しく手元に置かない限り、レナに安寧の日々は訪れない。

 分かりきっていた事を改めて確認し、私は思わずため息を吐く。ベンチの背もたれに背中を預け、だらんと腕と尻尾を垂らしながら。考えたくもない事に、気づいてしまったと。

 

「……配偶者、か」

 

 軍事力や経済力なら、五年……いや、一年もあれば最低限揃えてみせる。それだけのプランは、直ぐに思いつく。息をするように、いくらでも。

 けれど、配偶者は……未来のクイーンと共に立つキング。その男の事を考えると、私は、私は何も考えたくなくなってしまう。ズキリと痛む胸に手を当てて、ただ呆然と。

 分かっている。分かってはいるんだ。仕方のない事だと。レナはお姫様。将来はどこかの王子様と結婚し、次代の王を産まねばならない。それに比べて、私は……

 

 ──女の身ではな……

 

 女と女では子供は産めない。そもそも私はレナの相手として、スタートラインにすら立てていないのだ。

 いや、仮に私が男だとしても、やはりスタートラインには立てなかっただろう。生まれも定かではなく、身体は死体を継ぎ接ぎした人工のキメラ。幸いにも血は腐敗していないものの、いつ正気を失ってもおかしくないバケモノ。そんなものが、レナの側に居て良いはずがない。

 その上、私は人殺しだ。この手は血に汚れ、自身の正気を証明出来ず、クイーンの側に立つキングには相応しくない。レナに嘘を吐いた数は十や二十では足りないし、そもそもレナが私の血を求めてくれるのも、原作知識を利用した薄汚い策謀の結果だ。

 

「やっぱり、私はレナに相応しくない。けど、どう、した……ものかなぁ」

 

 身体は死体を継ぎ接ぎしたおぞましき人工キメラ。経歴には詐欺に人殺し。そんな元男の異世界人が、あの美しい吸血鬼の少女の側に居て良いはずがない。

 だが、レナの身は未だ危険にさらされており……バケモノの手も借りたい状況なのもまた事実。

 

 ──どうする? どうするのが正解だ……? 

 

 ……レナを守る為に必要な鉄と血、軍事力や経済力はなんとしよう。それなら私にも出来る。

 だが、しかし、配偶者はどうする? そこを決めない限り、レナにはスキが生まれてしまう。手頃で、優秀で、経歴や思想に問題の無い男…………ユウを、レナの夫に? 

 

「それは、嫌だな……」

 

 名案だ。そう口にしたはずなのに、出てきた言葉は全く違う物だった。

 レナに他の男をあてがうなんて、考えたくもない。

 レナの側には私が居たい。他ならぬ、この私が。

 湧き上がってくる女々しい考えを、男らしくない考えを必死に斬って、斬って、斬り捨てて……それでも、その思いは消えてくれなかった。レナの側に居たい。そんな思いが、消えてくれない。

 

「だが……私はレナに、相応しくない」

 

 相応しくないんだ。私は。

 レナは私に、騙されているとも知らず、懐いてくれている。血を求めてくれる。けど、こんな事はもう終わりにしなきゃいけない。

 綺麗なあの子を、これ以上汚したくない。私が側に居るだけで、あの子を汚してしまうと思えば、そこは……譲れない。

 

 ならば、死ね。

 斬り殺されろ。

 貴様もこちらに来い。

 

「…………河川や森林地帯を考慮すれば、この辺りで大軍が結集出来る場所は限られる。まして今の魔王軍は元の魔王軍と違って、その八割がニセモノやモドキで構成された木偶人形の集まり。複雑な作戦や行軍が出来ない以上、場所は更に絞られる。そして奴らの狙いが人の命にある以上、既に展開しているドーントレス家の主力軍はオヤツでしかない。決戦の地は、分かっている」

 

 取るべき作戦も、既に数パターンを立案済みだ。安全に、誰一人欠けず、勝てる戦いをする事が出来る。

 だが、逆を言えば、それに反する事で戦死する事が出来るのも確かだ。自殺する程の決意も勇気もわかない以上。私がレナの側から離れるには……次の戦闘で、死ぬ以外に無い。

 

「私、は……」

 

 レナの身はまだまだ危険だ。ゲームでの死は七割回避済みとはいえ、まだ三割残っているし……何より、ゲームでの死を全て避けても、まだレナは狙われるのだ。安全ではない。全く安全ではない。

 だが、私はレナに相応しくない。直ぐに側を離れるべきだ。

 しかし、今離れて良いのかと言われれば、判断が難しいところであるのも事実で…………あぁ、どうしたものだろう? まさか全部を解決するなんて出来ないのだし、と。そう頭を抱え込んでしまった私のミミに、バサリ、と。力強い羽音が響く。この羽音……あぁ、聞き間違えるはずもない。

 

「レナ……夜のお散歩かい?」

「うん。少し、胸騒ぎがして。それに……誰かが、呼んでいる気がしたから」

 

 来て正解だった。そう微笑みながら、レナはするりと私の左横に……一人分のスペースしか残っていないベンチに、ゆっくりと腰を下ろす。

 艷やかなコウモリ羽が鼻先を通り過ぎ、ぽふっとお尻を下ろしたレナの横顔を、私はまじまじと見つめてしまう。新雪の様な白髪。透き通る様な白い肌。愛らしくも美しい顔立ちに、幼いながらに蠱惑的な唇。そして毎夜私の肌に突き立てられていた、鋭い犬歯。

 ん? と。小首を傾げながら、こちらをジッと見つめ返してくる赤月の様な瞳から視線をそらし。私は当たり前の事を思う。レナは恐ろしい吸血鬼でありながら、同時に──

 

 ──綺麗な、女の子だ。

 

 やっぱりレナは綺麗で、可愛くて、非の打ち所がない女の子だと。そんな当たり前の事を噛み締めながら、私はレナの顔は見ずに、その向こうにある湖へと視線を向ける。

 風に揺れる白髪の向こう。それを見つめていれば、レナも私が見ている物に気がついたのだろう。ふいっと湖の方に顔を向けてくれた。

 水面に月を映す、美しい湖に。

 

「湖、見てたの?」

「……そんなところ、かな」

「そうなんだ」

「あぁ、そうなんだよ」

 

 湖を見つめるレナの、その後ろ髪。ストレートに流される、艷やかで真っ白な髪に、私は思わず手を伸ばそうとして……寸前で、引き戻す。

 私にレナの髪を触る資格は、ないだろうと。

 けれど、けれど。純白の髪をこちらに見せながら、私の直ぐ隣で、ボンヤリと湖を眺めるレナの後ろ姿に……私は、思わず、口を開いてしまう。

 綺麗だと。

 

「んゅ?」

「…………月が、綺麗だと。そう思ってね?」

「うん。綺麗」

 

 月が綺麗ですね(I Love You)なんて、レナが知っているはずもない。けれど、二人揃って月を眺めていれば……自然と、湧き上がってくるものはある。

 私がこれ以上、レナと一緒に居てはいけない事。こんな私が幸せになって、良いはずがないのだから。

 けれど、それを覆してしまいたくなるほど、レナと一緒に居たい気持ちもあるのだ。もっと一緒に、ずっと一緒に。私の全てを捧げるから、ホンの少しだけ一緒に居て欲しい……と。

 

 ──あるいは、これが、この胸の内を焼くような、この感覚が……

 

 愛なのか? 

 ……分からない。私には愛なんて物は分からない。けれど、断言出来る事はある。これは、正しい愛の形ではないのだろうと。

 元々、彼女の事は好きだった。時間が経てば立つ程、好きになっていた。もっと、もっと、思いは強く。けれど、今理解したこの感覚は今までのそれよりずっと強烈で……そして、どこまでも破滅的なモノ。言葉にするとするなら、きっと。

 

「死んでもいい」

「ぇ……? にー、な?」

 

 どこか呆然とした調子のレナの声を聞きながら、私はそっと目をつむる。

 そう、そうなのだ。レナとの事も、最初は気安い道楽混じりだった。身体をぐちゃぐちゃにされた現実で、少しでも気楽になりたくて立てた目標。

 けれど、今は違う。今はもう、死んでもいい。レナの為なら死んでもいい。自暴自棄からじゃない。レナの為なら、私は喜んで死ねるだろう。

 

 ──レナの元を去るのか、それとも共にいるのか。どちらが正解なのかは、まだ分からない。けど……

 

 もう迷う事はないだろう。どの道、私は死ぬのだから。次の戦いで、あるいはその先で。可能なら、レナの敵になるもの全てを消し去って、レナを守れるだけの鉄と血を用意して、配偶者も見付けて、それで死のう。

 それなら、レナは死なないし、幸せになれる。

 私もレナを汚さないまま、消える事が出来る。

 完璧だ。完璧な計画だ。

 

 ──なんだ。冴えてるじゃないか。私。

 

 既に何度も死に掛けている様な男が、これから先生き残れるとも思えない。だが、あと少しなら、もう少しだけなら、走れるだろう。

 ならば、この考えはむしろ丁度良いというものだ。やってみせよう。私は、必ず。レナと離れ離れになろうと、根こそぎに、容赦なく、断固として。

 

 ──だが、そうなると……レナとゆっくり話が出来るのは、今日が最後なのか? 

 

 だとすると、それはとても寂しい……いや、仕方のない事だ。新生する帝国、その頂点に立つ吸血皇女の側に、私の様なバケモノは必要ないのだから。

 そう自分の感情を斬り捨て、踏み潰そうとした……その瞬間。コウモリ羽が、私を覆う。レナだ。

 

「レナ……?」

「ニーナ。レナを、見て」

 

 いつの間にか、レナが目の前に居た。吐息の掛かる距離で、そのコウモリ羽で私を覆い隠しながら。

 思い浮かぶのは、狂おしいまでの夜の情事。二人っきりになりたいからと、カーテンの様に羽を操る彼女の姿。

 思い出してはいけない事を思い出してしまって、私は咄嗟に視線をそらす。頬に血を上らせながら、こんな状態でレナの顔を見れないと。だが……

 

「レナを、見るの。ニーナ」

「っ、レナ……」

 

 私の頬に添えられたレナの手によって、私はレナと向き合わされる。ほてった頬にヒンヤリと冷たいレナの手が重ねられて、それでぐいっと視線を合わせさせられたのだ。

 どこか怒っている様子の赤い瞳に見つめられて、なお、私はレナの手を振り払う事が出来ない。私はレナを傷つけたくないから。

 だから、だから、私はそれを……かわせなかった。

 

「んっ……」

「──ッ!?」

 

 ちゅっ、と。まるで甘噛みするかの様に、レナの唇が私の唇に触れる。

 やわらかな感覚。突然の事で止まる思考。鼻をくすぐる、微かな甘い花の香り。一秒、二秒……五秒。ようやく思考が再起動しだした頃、レナの唇が湿った音を立てながら私の唇から離れていく。

 満足げな赤い瞳を見て……そこに映っている、呆然とした表情のケモミミ少女を見て、私は気づく。

 今のは、キスではないか? と。

 

「なっ、なっ、なぁ……っ!」

 

 何を、と。ただそれだけの言葉すら口に出せないまま、私は自分の唇に手を……いや、指先を当てる。

 隠す為に。何より、今の感覚が本当に現実に起こった事だったのか? 念入りに確認する為に。

 だが、どうやら私にはそんな時間すらないようで。

 

「レナは、ニーナに死んで欲しくない」

「……っ」

「死んでもいいなんて、言わないで。ニーナが何を考えているかは、レナには分からないし、ここ最近様子がおかしい理由も、レナには分からない。分からないよ。……けど、ニーナが苦しいのは、分かる。分かってる」

「……そんな、事は」

「ニーナ。……レナは、そんなに頼りない?」

 

 吐息の掛かる距離。私の直ぐ目の前でレナが口にしたお願いと疑問に、私は返す言葉が無かった。

 頬に添えられていたレナの手が、力を失って私の肩へ……そのまま胸へと落ちていき。トン、と。レナが額を押し付けて、なお、私は何も返せない。いつもならスラスラと出てくる言葉が、何一つ形にならないせいで。

 そうこうしているうちに、レナはレナで考えを進めてしまったらしく。ぐすっ、と。泣き声が上がる。嫌な事を思い出してしまった、子供の様な声が。

 

「やだ、やだよ。死なないで。ニーナ……死んじゃやだ。ニーナしか、もうニーナしか居ないの。レナ、嫌だよ。ニーナが居なくなの、やだ……!」

「レナ……けど、私は」

「お願いニーナ。もう無茶しないで。レナも、レナも頑張るから、もっと頑張るから。だから、だから……!」

 

 私が前に死にかけた時の事でも思い出しているのだろうか? 私のローブにシワを作りながら、死なないでと。そう必死に泣き叫ぶ彼女の背に腕を回そうとして……出来ない。出来なかった。出来るはずない。

 レナを泣かせたのは、私だ。

 レナを苦しませているのは、私だ。

 レナを汚したのは、私なのだ。それを、そんな奴が。今更、何を。

 

「……私、は、私は、役立たずだ」

「──ぇ?」

「違う。違うんだよ。レナ。私はそんな、レナに当てにされるような、そんな凄い人間じゃないんだ! そんな奴が、役立たずが、レナと一緒になんて……!」

 

 居れるはずがない。

 人間ですらなく、隠してる事も、嘘を吐いた事も、騙した事も、沢山ある。

 こんな純白の少女に、相応しい奴じゃない。

 どこぞで野垂れ死ぬのが運命の、つまらない奴なんだ。そう、口にしようとして……違う! と。鋭い声が上がる。戦闘中ですら声を荒らげないレナの、力強い声。それに気圧されて、私は思わず黙り込み、レナを見上げる。私の前で、涙目のまま、それでも毅然と立って見せる……一人の少女を。

 

「レナは! レナは、ニーナが役に立つから、凄いから、一緒に居るんじゃないよ? ニーナがニーナだから、ニーナと一緒に居たいから、一緒に居るの」

「レナ……」

「レナを恐がらないからとか、血を吸わせてくれるからとか、一緒に戦ってくれるとか、それは……嬉しいし、最初はそうだったけど、けど! 今は、ニーナだから良いの。ニーナがニーナなら、ニーナと一緒に居れるなら、レナはそれで良い」

「レナ……けど、私は」

「うん。……何か不安があるなら、話して? レナは、ニーナみたいに上手く話せないし、上手く言葉に出来ないけど、でも、頑張るから。もっと頑張るから」

 

 潤んだ赤い瞳に見つめられながら、心地よいレナの声を聞いて……いや、思いを叩き付けられて。私は、なに一つ言葉を返せなかった。

 全く予想もしてなかったが為に。

 レナに求められて、どう返せばいいか分からずに。

 もしこの声に答えたら、幸せになってしまいそうで……

 そんな私を、どう見たのか? レナはその顔をくしゃりと歪ませ、涙を溢す。もしかして、と。

 

「レナの事、嫌いになったの……? それ、なら、レナは……」

「っ、そんな事! ある訳、ないだろう……!?」

 

 私がレナの事を嫌いになる訳がない! たとえレナに八つ裂きにされて、野ざらしにされても、それでも私はレナの事を嫌いになれないだろう。

 そんな確信と共に否定の言葉を吐き出せば、どうやら、レナはそれで安心してくれた様で……潤んだ瞳を一度閉じ、やがて、闇色にくすんだ瞳を向けてくる。ニーナ、と。私の名前を呼んで。

 

「一緒に、居て? レナと、ずっと一緒に」

「…………分かった。レナが、そう……望むなら」

 

 自分の思いや考えよりも、レナの言葉が最優先。私はそんな思いから思考を放棄し、再び落ちてきたレナの唇を受け入れる。

 甘い感触と、水音を聞きながら。胸の奥から溢れてくる幸福感に、私は溺れてしまう。

 駄目なのに。いけないのに。

 

 だから、キスが終わって。ベンチに二人で座って、ゆっくりと会話を交わしてなお……その考えが消えないのは、当たり前の事だった。

 このまま幸せで良いのか? と。

 そして、レナと一緒に居ても……いや、もう違う。けれど、それでも、もし、本当にレナが一緒に居たいと、そう思ってくれているとしても。私は、いったい、どうすれば良いのだろう──?




 破滅願望持ちの幸福恐怖症患者VS乙女の特権を使いこなす好感度振り切れ皇女殿下。ファイッ!
 なお結果。


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第17話 中盤の難所 序

MISSION

「電撃包囲作戦」

 

 

 集まったかい? 

 落ち着いてくれ。静かにしてくれ! 

 

 諸君らは王立魔法学園の一員として、今日までこの保養地一帯の平和を維持してきてくれた。……今日まで。

 

 昨夜、私の出した偵察部隊が敵侵攻軍主力部隊と思わしき一団を通報してきた。

 そして先程、当該偵察部隊からの連絡が一切途絶えた。魔王軍による攻撃を受けたものと判断する。

 

 任務を伝える。

 

 この地域における膠着状態が開戦以来初めて破られた可能性がある。

 王立魔法学園の全生徒はただ今をもって戦闘態勢に移行。各員は確保してある馬車へ各自乗車し、森林地帯を駆け抜けて敵侵攻軍後方に展開。敵主力の発見、捕捉、撃破をもって敵の狙いを阻止せよ! 

 

 この作戦はスピードが肝心だ。特に質問がなければ、直ちに作戦を開始したいと思うが? 

 ……ないようだね。では、作戦開始だ。連中の度肝を抜いてやろう! 

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 昨夜捕捉した敵侵攻軍。その後方を突くべく、私を含めた全ての学園の人間は夜明けと同時に馬車に乗り込み、森林地帯を駆け抜けていた。

 道中で廃棄する事を考え、学園の物ではなく善意の協力(そういう事にする)の元盗……借り受けた妙に華美な馬車の中。私は中核メンバー──私、レナ、エマ先生、ユウ、アリシア、サーシャだ──に改めて作戦を確認する。既に耳ダコだとは思うがと前置きして。

 

「本作戦は鉄床戦術を基盤とした電撃包囲作戦だ。ドーントレス家の主力軍が鉄床として敵正面部隊を拘束している間に、我々がこの森林地帯を一気に駆け抜けて戦場を迂回。電撃的に敵後方を脅かす事が主題だ。その後は槌としての役目を果たす事になるのだが……まぁ、なるようにしかなるまい。さて、この為に必要なのは一にも二にも速さ。速さが肝心だ。今のところは交易路として整備された道を走っているから問題は無いが……ユウ。分かっているね?」

「はい。この林道を抜け切ってから魔王軍に向かってしまうと時間が掛かり過ぎ、ドーントレス家の主力軍が耐えきれなくなってしまう……だから途中で馬車から降りて、その後は地元の人間しか知らない林道を進む。ですね?」

「その通りだ。ついでに言えば、林道の方は近くの住人が頻繁に利用しているのか、迷わない程度には整備されている。走る事も出来んではないだろう。だが、所詮は村人の作った林道。視界は悪く、足場もよろしくはない悪路だ。余程の方向音痴でもない限り億に一つも迷う事はないだろうが、戦闘ともなれば専門の技能を要求されるだろう。戦闘が避けられない場合や、何らかのトラブルが起きた時はサーシャを頼る様に」

 

 いいね? と。そう言葉を投げてみれば、ユウとサーシャが力強い頷きを返してくれる。サーシャはともかく、我が教え子の成長振りと頼もしさは中々の物……流石は原作主人公というべきか? 今後が楽しみになる成長性だ。教え甲斐がある。

 とはいえ、だ。それでフォローが要らなくなる訳でもない。というか、原作が原作だけにユウを過信してはならないというか、主人公補正というものを勘定に入れられないというか。ともかく、ユウはユウの分だけしか働けないし、それ以上を求めてはならないのだ。故に、それ以上が欲しいのならば、手は打てるだけ打っておかねばならない。

 

「エマ先生。これは、正直なところ、誰か一人に任せる様な事ではないとは思う。思うのだが……残念ながら、貴女しか任せられる人が居ない。私の代わりに、生徒達を……」

「任せて下さいッ!! ニーナ先生の分も、生徒達は守ってみせます!」

 

 胸元でグッと拳を握りしめながら、やる気満々で──なんなら食い気味に──返事を返してくれたエマ先生に、若干引きつった笑みを返しつつ。私は目をそらすついでとばかりに、そっとアリシアの方へと視線を向ける。

 馬車の持ち主に気づいてしまったのか、それとも戦場に居る親が心配なのか。どこか不安そうな彼女。正直、掛ける言葉は全て気休めにしかならないのだが……

 

「アリシア。その、気休めにもならんだろうが……」

「いえ……大丈夫ですわ。ニーナ先生。ドーントレス家の淑女として、既に覚悟は出来ていますから。この作戦にも不満はありません。学園の生徒として、必ず、やり遂げてみせましょう」

「そうか。……大丈夫なんだね?」

「えぇ、勿論ですわ。作戦の奇抜さには驚かされましたが……反対する程の理由もありませんし、何より、ニーナ先生自身、慣れていらっしゃる様でしたから。こういう事は経験者にお任せした方が良いと、そう教わっております」

 

 フフ、と。余裕ありげな笑みを返してくるアリシアに、私は同じ種類の笑みを投げ返しながら曖昧に頷く。経験者かどうかはご想像にお任せするよ、と。

 

 ──軍事の専門家ではないけど、この状況に対する答えなんて……知っている人間なら知っている話だしね。

 

 後方奇襲の為に森林地帯を駆け抜ける、なんて。知っている人間からすればあくびの出る話なのだ。まして相手側の知性が獣並みと分かっているのなら、尚更に。

 まぁ、そういう意味では経験者と言えるのかも知れないが……実際のところは門前の小僧に過ぎないのが現実。事前準備だけでも結構な粗があるし、対応バリエーションも限定的で、間違っても自信を持てる話じゃない。

 それこそ、フランスのアルデンヌの森──湿地帯を含む上に一部は方位磁針が利かなくなる迷いの森──を入念な事前準備と高機動力で突破したドイツ軍と、その作戦を立案した将軍とは雲泥の差がある。

 

 ──まぁ、逆を言えば猿真似程度なら出来ん事はない。という意味でもあるが……

 

 それだって、誰にでも出来る話だ。誇れる話じゃない。

 西側に重装備の味方主力軍。敵侵攻軍は一団となって東側から進撃中。決戦が行われるだろう平原の南側には整備された森林地帯が広がっており、北側には小さいながらも河川がある。……ここまで言われてこの作戦が立案出来ない奴は居ないだろう。中学生にだって立てれる作戦だ。

 そう内心で自虐する事、暫し。定点観測をさせていたゴーストが撃破された事を感じ取った私は、おもむろに咳払いを一つ響かせる。時間だと。

 

「では、後は頼んだよ。私はここから別れて、グリフォンや死霊部隊と共に南側から攻勢を仕掛ける。攻撃タイミングは可能な限りそちらに合わせるが……間に合わないと判断すれば、私だけで仕掛けるからね?」

 

 くれぐれも無駄死にさせないでくれよ。そう軽口を叩いて……一拍。私は私に向けられていた視線の色が変わった事に、嫌でも気付かされた。

 驚きと、呆れ。先程まで憐憫や安堵が複雑に浮かんでいたにも関わらず、今や彼ら彼女らの視線はそれのみに染まっていたのだ。

 いったいなぜ? 何が原因だ? そう予想外な反応に困惑し、初期対応が遅れた私に……エマ先生が声を上げる。待って下さい、と。どこか呆然とした声音で。

 

「冗談、ですよね? ニーナ先生。本気じゃないですよね? ニーナ先生は、怪我人なんですよ? 歩く事すら、出来なくなったんですよ!? それなのに、別行動? 今から!? そんな話は、一言も!」

「言ってないね。レナにも話してない事だ。しかし、いや、だが、当たり前の話だろう? これくらい。私は生徒を危険に晒しておいて、それで安全で快適な場所から高みの見物を決め込む様な、そんな愚かな教師にはなれないんだ」

 

 尻で椅子を磨けないタチでね。そう軽い調子で言葉を繋ぎ、仕方ないだろう? と肩をすくめてみせる。本当の理由を……盗聴を警戒してギリギリまで秘匿していたとは、言える訳もなく。

 

 ──連中の知性は獣のそれから大きく逸脱しないが……今回の指揮官級はこちらの精神に干渉してくるからね。

 

 それを考えれば秘匿のやり方は限られてくるし、時間や準備が足りない事を考慮すれば……策はこれしかなかったのだ。相手がこちらの精神を覗き込んで秘密を暴いてくると言うのなら、そもそも誰の手にも秘密を預けなければ良い、と。

 この場合、私だけならどうとでも対抗策を打てる以上、奇襲は確実に刺さる。仮に万が一、私から情報を得れていたとしても──私という鉄砲玉相手に──戦力の分散は避けられない。連中は遠征軍に過ぎないからな。そうなれば、三方のどこかに必ずスキが出来る。

 まさに敵を騙すには味方から、という訳だ。

 とはいえ、それが分かっていない……いや、分かっていても納得出来ないのだろう。エマ先生は予想以上に頑迷に抵抗してくる。認められない、と。

 

「駄目ですっ! 絶対に! ニーナ先生は、ニーナ先生は足が無くなるまで戦ったんですよ!? それを、それなのに……! こんな、こんなのって……」

「すまないね。エマ先生。私はまだ戦えるんだよ。どれだけ見苦しかろうと、やれるならやらないと……だろう? ユウ。君はどう思う? 我が教え子」

「…………そう、ですね。分かりました。先生。僕らも間に合う様に急ぎます」

「ユウ君!?」

「エマ先生。少し、お願いが──」

 

 私の言い分に納得してくれたのか、何やらエマ先生に耳打ちし始めたユウにそれでいいと頷きを返した後、私はそっとレナに視線を送り、その細い──しかし吸血鬼として人外の筋力を持つ──腕に抱き抱えられて、ゆるりと馬車の出入り口へと向かっていく。

 香水だろうか? 品のある甘い香りに包まれながら、まるでお人形の様に運ばれる状況に思うところがないではなかったが……足の再生が間に合わなかった以上、仕方のない話だった。

 

 ──一応、準備自体は終わっているんだが……

 

 貴族連中から盗んだ品と、私自身コツコツと回収していた品。何より私の身体の特異性を考えれば、理論上は足を再生する事が可能なはずなのだが……如何せん初めてやる事だし、失敗すれば次のチャンスは無いのだ。慎重にもなる。

 いやまぁ、正確に言えば戦後なら幾らでも可能なのだろうが、戦後まで──レナの願いを加味しても──生きている気がしない私としては、それは無いのと同じ事。戦力的な意味合いからしても早期に足を生やしたいのが本音なのだが、やはり、どうしても慎重に事を進めるしかないのが現実であり……今レナに抱き抱えられ、後頭部にちょこんとあごを乗せられているのもまた、現実でしかなかった。

 

「うん。やはり足が無いのはやはり不便だね。車椅子やグリフォンで誤魔化すにも限度がある。こうして、レナにも迷惑を掛けてしまう訳だし……すまないね? レナ」

「ん、気にしないで。ニーナ。レナは気にしてない。それに、ニーナ、温かいから」

 

 ぎゅっ、と。私を抱き締める力を少し強めながら微笑を浮かべるレナに、私からやめてくれ……なんて言える訳もなく。私は曖昧な笑みを浮かべたまま、レナの手によって馬車の出入り口まで送り届けられてしまう。

 後続に続く馬車。流れていく木々。天気は快晴……吸血鬼に取っては最悪な、しかしグリフォンからすれば良好な空を見上げた後。私は愛用の杖を呼び出して、グリフォンを召喚しに掛かる。どこか安心した様子の、あるいは微笑ましいものを見るような同僚や生徒達には目もくれず、何なんなら指摘すらせずに黙々と。

 それが、悪かったのだろう。レナがバサリとコウモリ羽を広げる。広げてしまう。

 

「ん? レナ?」

「飛ぶよ」

 

 ただそれだけを告げて、レナの羽が力強く空を切る。バサリ、と。そう空気を叩いた次の瞬間。私はレナに抱えられたまま馬車の外へと……いや、大空へと上がっていく。

 太陽が顔を出した、雲一つない朝の空へと。

 

「ッ!? レナ! 太陽が!」

「ん、大丈夫」

「何がっ! 吸血鬼だろう!?」

 

 闇精霊の加護もなく、太陽光の下に身体を晒すなんて! そう叫ぶ暇もなく、レナの体は太陽の光に……焼かれていなかった。

 いや、そもそも体調不良すら感じていないのだろう。レナは気分良さ気に羽を動かし、悠然と空を飛んでいる。パタパタと。優美に、あるいは愛らしく。

 

「ニーナと一緒なら、大丈夫だから」

「……なら、良いが」

 

 いや、良くないが。しかし、現実として問題が発生してない以上──何よりレナがそう言っている以上──そういう事なのだろう。どういう事なのか全く分からないが、そういう事なのだ。

 

 ──いや、どういう事なんだ? 

 

 だから、そういう事なのだ。

 納得出来ない? そうだろうとも。吸血鬼であるレナが太陽光を浴びるなんて、イカが地上を支配するぐらいあり得ない。だが、しかし、他ならぬレナの言う事なのだ。私が納得出来なかろうと、私は躾けられた犬の様に忠実にならねばならない。どれだけ納得いかない現実であろうとだ。

 そう必死に自分を納得させようと奮戦する事、暫し。それでも、どうやっても納得いかなかった私は、やむなくもう一度説明を貰おうとレナの方を見上げて……気づく。レナが、いや、レナの身体を覆うように、あるいはコーティングするように、極めて強力な闇の魔力が発生している事に。

 

「レナ、その闇の魔力はどうしたんだい? レナの魔力にしては黒過ぎるし、魔石から取り出したにしては大き過ぎる。いったいどこからそんな魔力を……というか、いや、これは。そんな、まさか? 月……なのかい? こんな朝方に、これだけの月の魔力を?」

「ん、ニーナのおかげ。これなら、陽の光も怖くない」

 

 私の? そう聞き返さなかったのは、単に、レナの微笑みに……見惚れてしまっていたから。そうでなければ私は猛烈な反論を述べていた事だろう。こんな私が役に立つはずがないと。こんなバケモノの私が……バケモノ。バケモノ? 

 

「……なるほど。そういう事か」

 

 おぞましい我が肉体も、たまには役に立つらしい。死体を継ぎ接ぎされたキメラとして、あるいは死を冒涜する死霊術師としての力。そのドス黒い闇の力が、レナに力を与えているのだろう。

 だが……

 

 ──ならば月の魔力は? 闇でありながら、同時に輝いてもいるあの魔力はなんだ? 

 

 元々この世界の住人ではなかったせいか、私は魔力というものを理解しきれていないのだが……それでも、月の魔力というのは分かる。

 何せあの魔力は特別なのだ。科学的にいえば太陽の光を反射しているに過ぎないのに、魔法的には全くの別物。私の様なドブネズミから、レナの様な夜の支配者に至るまで、ありとあらゆる闇の者達に力を、それ以外の者にも安らぎと眠りを与えてくれる特別な光。それが分からない程、私は鈍くない。

 だからこそ、分からない。なぜ月の力が、こんな朝方にレナを守っているのかが。

 

 ──いや、そういえば……

 

 ふと、思い出す。私が愛用している杖のフレーバーテキスト。そこには確か月の魔力がどうとか書かれていたはずだが……と、そこまで記憶を引っ張り出した私は、しかし、直ぐに思考を中断する事になった。

 木々が途切れた先にある平原。そこに蠢いているのは……無数の黒い影。敵だ。

 

「ふぅん? 予想より数が多いね。しかし、まだ開戦してないとは……慎重なのか。それとも何か狙いがあるのか。まぁいい。レナ。森に降りてくれるかい? 準備に入ろう」

「ん、分かった」

 

 まだだ。まだ今は見つかる訳にはいかない。そんな思いを声に乗せて一声掛ければ、レナは直ぐに高度を下げて着陸に入ってくれる。

 滑空しながら木々の合間に潜り込み、するりと滑る様に地面に降り立ったレナに、文句なんてあろうはずもない。無音の着陸。完璧だ。とはいえ、相変わらず私から手を離そうとしないのには閉口するしかなく……

 

 ──お人形扱いとは、参ったね。レナにはユウ達に付いていて貰いたいんだけど…………駄目かな? 駄目だね。これは。

 

 ユウ達の方に行ってくれないか? そんな思いを混ぜた視線をふいっと避けられてフラれた以上、私はやれやれだとため息を吐きながら、甘んじてレナのお人形役を引き受けるしかなかった。レナがそうしたいのなら、止める事は出来ないと。

 だが、それで仕事を忘れる訳にもいかず。私はレナのやわらかな両腕に包まれながら、死霊術を連続行使していく。木々の影に隠れる様に、死霊騎士やスケルトンを次々と。

 

 私の影から。あるいは木々の闇から出てくる彼らを横目に、私は淡々と軍勢を揃えていく。

 全ては勝利の……いや、レナの明日の為に。




ステンバーイ……ステンバーイ……


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第18話 中盤の難所 破

 正直なところ、私は私の前世を既に覚えていない。

 必死になって思い出そうとすれば点々と記憶を掘り出す事は出来るのだが、しかし、逆に言えばそのレベルでもう駄目になっているのだ。無意識に思い出すのは、身体を弄くり回された日々……そして、レナや教え子の事ばかり。

 私が私でなくなる日も、そう遠くはないだろう。

 

 故に、というべきか? ゲーム……この世界と極めて酷似しているゲーム『スカーレット・ダイアリー』についても、思い出せる事はかなり少なくなってしまった。隠しステージである天文台。そこで書き上げたメモを見返さなければならない事も、今や一度や二度ではない。

 だから、今から起こる戦闘について私が記憶している事は、全て伝聞だ。

 例えばユウ達主人公組の本来の動き。ドーントレス家主力軍と共に敵軍と真っ向からぶつかり、敗走。殿として防衛戦を行う事になった──この場面がゲームステージだった──事。私は、私は今回の戦場やユウの動きに関して、それしか知らないのだ。メモとして殴り書きされた一文しか、私は未来を知り得ていない。

 

 ──けど、それでも。

 

 出来る事はある。ここが王国の命運を決するターニングポイントの一つである以上は、必ず。

 それに、レナの運命が既に新しい兆しを、メモに書かれた未来を超え始めている事を思えば、あるべき未来を忘れてしまったのは……むしろ良いことなのだ。固定観念に囚われず、柔軟に最善を模索出来るという点に置いては。

 

 

「──うん? もう来たのか。今戦端が開かれたばかりだというのに……思ったより早い到着じゃないか。ユウ」

 

 自分のアイデンティティーが、そしてアドバンテージが無くなり始めている事を鬱々と確認する事、暫し。森林地帯の端っこでレナと共に息を潜めていた私は、ようやくユウ達を捕捉する事に成功していた。

 ゴーストの目に映る彼らは、どうにも全速力で林道を駆け抜けて来たらしく。肩で息をしながら魔王軍の背中を……いや、待て。人数が足りない。アリシアやサーシャ、エマ先生。女性陣の姿がどこにも見えないのは、どういう事だ? いや、まさか──

 

「襲われた、のか? それにしては落ち着いているというか、焦っている様には……ふむ。襲われて分断された訳ではない? だとすると、最初から部隊を二つに分けたとでも? 足の速い者とそうではない者で隊を分け、足の速い者達を先行させる。偵察はサーシャに任せ、終わり次第後続の援護に回せば……なるほど。教えた訳でもないのに、よくやる」

「……ニーナ?」

「ん? いや、問題無いよ。レナ。戦線に異常無し。今のは、ただの独り言だ」

 

 独り言だとも。そう軽い調子で言葉を回しながら、私は内心でいい機転だと頷く。それこそ、寮で点数争いをしていたなら十点をくれてやっただろう。そうウンウンと頷きながら、私は私で最終確認に入る。

 先んじて召喚しておいたグリフォンにまたがり、レナに改めて視線をやって小さく頷き合い。編成が完了している死霊部隊の待機命令を解除。部隊長として配置した死霊騎士……意思そのものが残留している気がしてならない帝国騎士達を森の縁まで前進させ、その旗下にある民兵スケルトンやスケルトンソルジャー等のスケルトン隊も後続に続かせる。今回もゴーストやゾンビは役に立ちそうにないので死蔵している為……これで、我々の突撃準備は全て整った。

 

 ──タイミングとしては、まだ早いが……

 

 私の仕事として最良なのは、ユウ達が魔王軍のケツを蹴り飛ばした後に敵を河川まで追いやる事。それが一番良い手なのは間違いない。敵がユウ達の攻撃に対応し始め、これが敵の策の全てに違いないと、そう高を括って油断した瞬間を突くのが一番堅実なのだ。

 だが、それではユウ達の負担が──レナが私から離れてくれない事もあって──大き過ぎる。

 彼の、彼ら彼女らの先生として……それは、許容できない作戦で。故に、その決断は自然と成された。

 

「……前進。前進だ。行くぞ! 前に出るッ!」

 

 突撃だ! そう声を張り上げながら杖を振り下ろし、用意した全軍を突撃させる。森の外、数百メートルの位置にいる魔王軍に対し、待ってましたと言わんばかりに遮二無二突撃していく死霊騎士とスケルトン達。

 バサリと森の上まで上昇したグリフォンの上から、私は彼らの勇姿を見る。声の一つも上がらぬ……しかし、鬼気迫る突撃を。

 

「始まったね……大丈夫? ニーナ」

「ああ……大丈夫だとも。レナ」

 

 賽は投げられた。作戦は開始され、引き返す事は出来ない。

 前進していく死霊軍を空から眺めながら小さく頷き合った私とレナは、ゆっくりと死霊軍の後方へと位置取り、慌てる事なく前進していく。そろりそろりと、少しづつ。

 だが、のんびりとしているのは私達だけ。死霊軍は我先にと魔王軍目掛けて突撃を敢行しており……あちらも、ようやくこちらに気づいたらしい。敵軍の左翼がにわかに浮足立ち始めた。こちらを向く者、魔法で射撃を行う者、そもそも我々に気づいて居ない者。各々がバラバラに迎撃行動を取り始める。目的の統一も、ロクに行われないまま。

 

「そんな有り様で!」

 

 なめるな! そう私が吐き捨てるのと、死霊軍の先鋒が魔王軍に激突したのは、殆ど同時だった。

 刺突、一番槍。最初に首級をあげたのは死霊騎士の一人。続いて戦果を上げたのも死霊騎士で、しかし、そこから先は判別がつかなくなってしまった。乱戦だ。

 槍が、剣が、あるいは魔法が。お互いの鎧や肉体に突き刺さり、火花を散らし、瞬きの間に消耗していく。血生臭い重装歩兵の戦い。それが今、そこら中で始まった。始まってしまった。

 

「ふん。剣と魔法の戦いにしては些か泥臭いが……戦争なんてどこもそんなものか。それより戦況は、優勢だな。まぁ、あれだけ準備して、不意まで突いたんだ。そうでなくては困るが、いや、ここはよくやっていると褒めるべきかな? 流石は帝国騎士だ、と……あー、レナ?」

「ん……? なに? ニーナ」

「うん。いや、なんでもないよ」

 

 剣戟の音が響く中。私は言ってから、失言だと気づいて。けれど今更何を言う事も出来ず。私は大人しく口をつぐんでしまう。

 かつての臣下達に、死してなお勇敢に戦う帝国騎士達に、亡国の皇女様は何か思う事はないのかい? なんて、そんな無神経な事を言える訳もなく。

 

 ──せっかくレナが気づかないフリをしてくれてたのに、私は……! 

 

 レナと帝国騎士達の関係がどの様な物だったのか? それは私のメモにすら書かれてない事だ。親しかったのか、会った事もなかったのか、それすら分からない話。

 しかし、何にせよ。私の口がレナの思い遣りを無駄にした事に違いはなく。けれど今更謝罪を口にすれば却って墓穴を掘る事になる私は……ただ自戒を、深く、深く刻み込んで、その上で強気に振る舞うしかなかった。この汚名は戦果上げる事で返上せねば、と。

 

「……ッ。今しか、今しか勝機はないんだぞ。ええい! 第三、第四小隊は強行突破を図れ! 右翼から前線を押し上げ、ユウ達と合流しろ! 第二はこれを援護。第五、第六小隊は後退。左翼側は後退だ! 後退っ! 第一小隊は左翼側を援護しつつ合流。このまま正面を死守しろ!」

 

 乱戦を制しつつある死霊軍に、その軍団長として私が魔力越しに出した指示は、斜線陣の応用だった。軍団を斜めにしながら進軍する斜線陣は古代ギリシアで生まれ、その後様々な応用と発展が続けられた古い陣形だが……だからこそ、というべきか。私はこの正念場でありきたりな戦術を選んだ。

 詰めの戦力であるユウ達がじわじわと前進を開始し始め、中盤戦が始まったこの戦場で。我々こそが、最も崩れてはならない戦力なのだと確信しているから。だが……

 

「敵の攻勢は苛烈なり……? それがなんだ! 右翼に予備戦力を投入する! 一気に押し切れ!」

 

 ユウ達が来る前に勝負を決してしまわなければ。そんな思いを無視する事は出来ず、私は念の為にとキープしていた予備戦力……スケルトンとリヴィングウェポンの二個混成小隊を右翼に投入。無茶を承知で強引な攻めに出る。押し切る以外に手はないと信じて。

 だが、いや、だというのに。足りなかった。まるで、全く、全然。

 敵の主力がインプモドキからレッサーデーモンモドキに変化しているせいだと分かっていても、スケルトンでは力不足だと理解していても、そもそも足りないのだ。手札が、そして力が。

 

 ──どうする? 

 

 どうすればいい? いや、言うまでもない。私に残された手は、もう移動の足として使っているグリフォンのみなのだ。

 そこに気付けば、判断は一瞬。私はそっと視線を地面へと下ろし、グリフォンを更なる低空飛行へ……着陸へと誘導。そのまま地面へと降り立たせる。

 なぜ地上に降りたのかと、そう不可解そうに眉をひそめるグリフォンから降りようとした……その瞬間。レナから声が掛かる。ニーナ、と。どこか引き止める様に、私の名を。

 

「レナに任せて。レナ、頑張るから。だから……」

「…………分かった。ここは任せるよ? レナ」

「! うん!」

 

 任せて! と。そう珍しく力強い返事を返し、笑みすら浮かべて闇精霊を束ねだすレナ。私の側でコウモリ羽を羽ばたかせ、白い髪を風になびかせる少女を戦地に送り出す事に迷いが無い訳では無かったが……それで戦術的アドバンテージを見失う程、私は愚かになれず。

 だから、きっと、これは既定路線だった。

 

「──闇よ」

 

 闇色の蝶が、羽ばたく。レナの意思のもと、その数と力を最大限に高められた彼らは、一つの雲となって死霊達の頭上を飛び去り、ゆるりとモドキ共の懐に潜り込んで──瞬間、爆散。ただ一撃の元に、世界を闇色に塗り潰していく。それはまるで、インクで他の存在を塗り潰すかの様に。

 

「流石……!」

 

 レナの十八番。闇精霊の羽ばたきが各戦線で綺麗に炸裂し、闇が輝く度にモドキ共の存在が闇に消え、あるいは弾き飛ばされ、次々と前線に大穴が空いていく。

 間違えようもない。ここが、攻め時だ。

 

「よし、グリフォン。今度こそ行って来い。連中をここで撃滅出来れば、魔王軍の侵攻計画そのものを頓挫させられるんだ……私の事は気にするな。遠慮もいらん。お前の全力で、勝負を決めて来い。……ん? あぁ、心配するな。私は死霊馬を召喚してそちらに乗り移……分かった分かった。そう怒るな。馬はやめよう。それでいいかい?」

 

 ホントに馬が嫌いなんだなと、そうため息を吐く暇こそあれ、私は分かればよろしいと言わんばかりのグリフォンから目をそらし、やむなく最近使える様になったばかりの死霊狼を脇に呼び出して、その背に飛び乗ってまたがる。

 正直なところ、狼は苦手になってしまったのだが……こんな土壇場でグリフォンの機嫌を損ねる訳にもいかない以上、我慢のしどころでしかなく。私はピンッと毛を逆立てる尻尾を落ち着けさせ、顔に笑みを貼り付けながら、それでも迷いなくグリフォンを送り出す。思う存分暴れて来いと。

 そうして、一拍。グリフォンの翼が遥か上空に消えた後、私はそっとため息を吐きながら護衛のリヴィングソードを一つ二つと召喚して……ふと、前線の死霊騎士から魔力越しに報告が上がる。ユウ達と、合流したらしい。

 

「確かだな? 間違いないな? よーし! よくやった! お前達はそのままユウ達学園組のサポートに徹しろ! 包囲を完成させるんだ。最大の獲物はこちらで片付ける。詰めの瞬間を誤るなよ? ……レナ! 前進するよ! 一気に攻めるッ!」

「ぇ、ニーナ!?」

 

 好機到来。この戦場の優勢を決するのは今しかない! 

 待ち望んだ確信を得た私は上空のレナに一声掛けた後、死霊狼を操って中央突破を敢行する。手勢のリヴィングソードは……魔力不足の為に二振りのみ。だとしても、いや、だからこそ私自身が突破口を切り開くのだと、私は躊躇いなく前線に首を突っ込む。真っ直ぐに。目減りしたスケルトン達の脇を駆け抜けて。

 

「各隊前進! 前進だ! 損害に構わず前進しろ! 待ちに待った反転攻勢の時間だぞ! このまま大将首を討ち取り、敵の侵攻計画を頓挫させてやれッ!」

 

 包囲殲滅。ユウ達が敵の後方に攻撃を仕掛け、連中の対処能力が飽和している今が、今だけが逆転のチャンスだ。

 そんな思いを口から叫びながら、私は振り返る事もせずただひたすらに死霊狼を走らせ、立ち塞がるモドキ共に槍を付き込み、あるいは死霊剣に斬り伏せさせ、無理矢理前進していく。食い破る様に、こじ開ける様に。後ろに続く死霊騎士やレナから援護を貰いつつ、浮足立って連携が崩れている奴を容赦なく葬って、強引に。

 

 ──行ける。押し勝てる! 

 

 反撃に突き込まれた槍が頬を裂き、射られた矢を脇腹に撃ち込まれながら、それでも私は笑みを深める。勝った、と。

 元より、側面から奇襲攻撃を仕掛け、今や全方位を取り囲んでいる我々の優勢は火を見るよりも明らかなのだ。障害になり得る大物もグリフォンの圧倒的な暴力と、武技に長けた死霊騎士達の手によって一方的に討ち倒されており。数が頼りの小物に至っては私と死霊、そしてレナの魔法によって容易く蹴散らされている。

 しかも敵側は奇襲によって受けた動揺から未だに立ち直れておらず。指示が混線しているのか、殆ど棒立ちに近いモドキ共は組織的抵抗が全く出来ていない状態で……案の定、というべきか? 気づけば、私達は敵陣の中央部まで踏み込んでしまっていた。後ホンの十数歩、死霊狼を駆けさせれば、それで大将首に手が届く場所に。

 

「ん……踏み込み過ぎたか? いや、しかし、こうも手応えが無くてはね。腕の一本は取られるかと思ったんだが、それも無いと来てる。居るのはただのカカシばかり……全く拍子抜けだ」

 

 正直、焦っている自覚はあったのだが……敵は我々の予想を遥かに下回る弱兵だったらしく、本当にこのまま勝ててしまいそうだった。思わず、気が抜ける程に。

 そうほぅと一息ついて、尻尾をゆらりとたらし。レナに気づかれる前にと、脇腹に刺さった矢を無理矢理引き抜いていた……その瞬間。ミミが、震える。

 

「……? 何だ?」

 

 スッ、と。急に冷え込んだ空気に気を取られ。私は深く考えるより先に、死霊狼の足を止めさせてしまう。何かが起きた。しかし、何が起きたのかと。

 そんな思いを感じたのは、私だけでは無かったらしく。ここまで抜けてこれた死霊騎士と、そしてレナまでもが私の側に身を寄せて、行き足を止める。何か妙だと。私に視線を寄越しながら。

 

「ニーナ、これ……」

「嫌な感じがするね……警戒は、怠らない方が良さそうだ」

 

 前言撤回。どうやら楽に勝たせてはくれないらしい。そう内心で嘆息しつつ、死霊騎士にレナを守る様に指示を飛ばした私の視界に、ふと、白い煙にも似た物が混ざり始める。いや、煙というのは正しくない。あれは……

 

「霧、か……?」

「うん。霧、だね」

「あぁ、そう見える。しかし、よりによって霧とは……ん?」

 

 視界に掛かるうっすらと白い気体。それが霧ではないかとレナと頷き合った、次の瞬間。霧は瞬く間に濃さを増し、視界全てを真っ白に染め上げてしまう。視界は、数メートルあるかないか。足元ですらハッキリ見えない程の、極めて濃ゆい霧。

 

 ──霧ステージだと!? いや、しかし、そんな情報は……

 

 メモに無かった。そう内心で断言しつつ、クラリと揺れる思考に上がるのは薄れた記憶。ゲームでは様々なデバフの掛かる霧ステージがあって、あれは酷く厄介だったなと。そんな事を思い出しはしたものの、だからこそ、疑問しか残らない。あれはまだまだ先の話で、こんな中盤で出てくる物じゃないはずだと。

 だがそうなると、この霧は自然現象だという事になるが……

 

「……いや、違うな。この霧は濃過ぎる。突如として広がった事といい、自然現象にしては不自然極まる代物だ。となると、やはり人為的な物。魔王軍の仕業か。撤退するにせよ、待ち伏せに切り替えるにせよ、この霧はあちらに利するものだしな。……ふむ。レナ。レナはこの霧、どう見る? 私には自然の物には思えないんだが、術者がどこに居るか、分かったりするかい?」

 

 何が原因で、というのは今更言うまでもないだろう。恐らく私というイレギュラーに過剰反応を起こした結果だ。私程度にビビリが過ぎるとため息を吐きたくなるが、今のところそれ以上に考える事は無い。

 いや、というよりも、余裕がなくなったと言うべきか。これが敵の策ならば、一刻も早く術者の位置を特定して撃破し、逆転の目を摘まなければならないのだ。霧の中で逆奇襲を受けるなんて冗談じゃない。

 そう思ったからこそ、私はミミをピンッと立てて警戒態勢に入りつつ、同時に──霧でよく見えないが──隣に居るであろうレナに声を掛けたのだが……待てど暮らせど声は帰って来なかった。小さな頷きも、曖昧な声すらも、何一つ。

 

「……レナ?」

 

 おかしい。何時もなら小さい返事が直ぐに帰ってくるのに。そう疑問が鎌首をもたげると同時、グラリ、と。あるいはブツリ、と。死霊との魔力的リンクが乱れる。

 いや──途切れた。

 

「なっ……!?」

 

 魔法的なジャミングだ! そう思考が追い付いた時には、既に遅く。護衛のリヴィングソードが、そして乗っていた死霊狼が、スゥーと虚空に消えていってしまう。

 自然、私は空中に取り残される形となり、ロクに受け身も取れないまま地面に落下。足を、そしてお尻を強打してしまう。特に千切れた足の断面──傷は塞がっているが、デリケートな場所に変わりはない──の痛みは一層酷く。まるでヤスリを掛けられたかの様な、身を削る様な痛みが痛烈に駆け抜けて。それに耐え切れなかった私は、思わず呻き声を漏らしてしまう。痛ッ、と。

 

「くっ……この、ぐらい! それより、レナ! レナは、レナは大丈夫かい!? レナ! …………レナ?」

 

 移動の足が無くなり、何も出来なくなったのを良い事に。私は大声を張り上げてレナの名を呼ぶが……やはり、返事がない。それどころか、辺りは不気味なまでに静まり帰っている。

 まるで、この真っ白な世界に、私だけが取り残されたかの様な……

 

「そんな、はず……えぇい! レナ! 居るんだろう!? どこだい? レナ! レナ!!」

 

 さっきまで隣に居たはずの、レナが居ない。

 霧の中で、私だけが孤立している。たった一人で、独りぼっちで。

 そんな分かりきった事から目を背ける様に、私は必死にレナの名前を呼ぶ。何度も、何度も、繰り返し。何も見えない、霧のベールの向こうへと。草葉の上を這いずって動きながら、どこに居るのだと。

 

「何が、どうなって、こんな。…………レナ。私、は……」

 

 この霧がどんな物なのか? キメラである身体が解析を終えてしまってなお、私は動き出せずに居た。

 レナが居ない。ただそれだけの事に気を取られて。

 分かっている。分かってはいるのだ。この霧がどんな物で、どんな効果があって、そのせいでレナが私から離れたのだという事も、全て。だが、どうにも。レナが自分の意志で私の側から離れたというのが、私の背筋を凍らせて──

 

「──軟弱になったな。私。お前は、そうじゃなかったろうに」

 

 孤独を友とし、死を良しとする。前はそうだったはずだ。何を恐れる事がある? 

 そう自分を叱咤してはみるものの……ミミも尻尾もへにゃりと倒れ伏したままで、立ち上がる為の足すら今は無く。私は杖に縋って、辺りを見回すしか出来なかった。まるで幼い少女の様に、あるはずもないモノに怯えながら。

 だからこそ、だろうか。私はソレに直ぐ様気づく事が出来た。視界の端。霧のベールの向こう……白い霧の向こうに現れた、その人影に。

 うっすらとしたシルエット。私と同じくらいの小さな背丈と、可愛らしくも凛々しいコウモリ羽。影となっているそれから分かる事なんて、それだけで。けれど、私にはそれで充分だった。何度あの少女を見たと思っている。後ろ姿も、そのコウモリ羽も、私は何度となく見てきて居るのだ。今更、霧で見えない程度で見間違うはずもない。レナだ。レナが、来てくれた! 

 

「あぁ、レナ。レナ! 良かった。本当に良かった。無事で何よりだ。嬉しいよ。けど……再会を喜んでいる暇は無いんだ。どうやら、我々は迷いの霧の一種に閉じ込められて居るらしいからね。視界を遮るだけでなく、魔力すらも遮断し、ヒトの感覚そのものすら狂わせる特殊な霧。早く対処しなければ逆転されてしまうだろう。だが、安心してくれ。対処法はもう分かっている。どこかに魔法陣か発生装置か……とにかく原因があるはずなんだ。それを破壊しよう。それでこの霧は直ぐに効果を失い、霧散する。ただ、死霊騎士も早晩魔力切れで送還されるだろうから……やれるのは、私達だけだ。難しいとは思うが……ん? レナ?」

 

 霧の向こうからゆらりゆらりと歩を進め、ゆっくりと私に近づいてくるレナに、私は尻尾をゆらゆらと揺らしながら、本当に無事で良かったと。そう胸の奥から湧き上がる安心感に急かされるまま、口を回して状況を説明する。もう安心だと、そう伝える為に。

 だが、しかし、それも途中まで。霧の向こうからやって来るレナの、その淀んだ瞳を見てしまえば……私の口は、自然と止まってしまう。なぜあの輝かしい赤月が、薄汚い色に塗り潰されているんだと。

 

「レナ? 大丈夫かい? 怪我は……無さそうだね。けど気分が悪いのなら、直ぐに退却した方が──」

 

 様子がおかしい。まさか負傷しているのでは? そうでなくとも霧で体調を崩してしまったのでは? 下級死霊を強制送還する程の霧だ。可能性はある。そんな思考に背を押され、私は思わずレナに手を差し出して──ギラリ、と。何かが光る。

 

「ッ……?」

 

 痛い。

 痛烈な感覚が、胸部に走る。身を引き裂かれるかの様な、焼かれた鉄を押し込まれたかの様な、おぞましい痛み。

 なぜそんなものが、レナの側で起こるのか分からないまま。コフッ、と。口から血が吹き出す。

 

「ぁ、ぇ……?」

 

 ぴちゃり、と。私の口から吹き出た血がレナの頬を汚して。あぁ拭き取らなきゃ、謝らなきゃ、許されない。激痛の中、そんな思考が困惑の後を追い……ふと、私の目が、それに気づく。

 それは、レナの手に握られた、一振りのサーベル。いつもレナが腰に装備している、儀礼用の、辛うじて実戦に耐えれる程度でしかない、細身のサーベルが……その刃が、私の胸に、深々と突き刺さっているのを。

 私は、見てしまった。

 

「なん、で……?」

 

 レナに、刺された。

 殺意を持って、明確に。刺されている。

 分からない。分からない。なんで、いや、そんな、駄目だ。分からない。分からない。分からない! 嫌だ! 

 

「れ、な……?」

 

 コフッ、と。再び血を吐きながら、私は呆然と問い掛ける。レナ、と。

 何で私を刺すの? 殺すの? もしかして、嫌いになったのかい? もう用済みなのかい? 私は要らないのかい? だから、殺すんだね? 私が、そうしたように。

 そんな言葉は、声にならず。私はサーベルがズルリと引き抜かれると同時、地面に倒れ伏す。血をべしゃりとまき散らしながら、何も出来ずに。

 

「あぁ……レナ」

 

 刺されたのに、殺され掛けているのに。私は、反撃しようなんて、欠片も思えなかった。

 だって、レナなのだ。レナが、そうしているのだ。反撃なんて、おこがましい。むしろ、抵抗すらしないべきだ。

 そんな思考が脳裏を走り。けれど、最後にレナの顔を見たくて……出来れば、なぜこんな事をするのか聞きたくて、私は地面に倒れ伏しながら、首を傾け、頭上のレナに視線を向ける。なぜ、と。

 

「なんで、こんな……」

 

 私の言葉足らずな声に返される言葉は、何もなく。

 ただ醜悪な笑みだけが、私を見下ろしていた。



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第19話 中盤の難所 急

 真っ白な霧の中、私は身体から血が抜け落ちていく寒さ……そして胸を貫通しているらしい刺し傷の痛みに耐えながら、その時を待っていた。

 レナに首を落とされる、その瞬間を。

 けれど、ギロチンは……まだ落ちないらしい。レナは手に持ったサーベルを振るう事なく、その足で、私の頭を踏み付けて来たのだ。ガッ、と。半ば蹴り飛ばす様に、私のミミを踏み付けて。

 

「ぁがっ……ぅ、ッ……」

 

 はしたないよ、なんて。言葉にする暇は無く。レナは何度も、何度も、私の頭を踏み付ける。ミミを踏み締めて、私の頭をグリグリと踏みにじるのだ。

 その顔に似合わない、醜悪な笑みを浮かべながら。

 

 ──違う。

 

 ひとしきり頭を踏みにじって……飽きたのだろうか? レナは、今度は私の腹部を蹴り飛ばしに掛かる。容赦なく、ボールを蹴る様に。

 呆然としている私に、受け身を取るなんて事は出来ず。私は蹴りの威力をそのまま受け取ってしまう。ドゴッ、と。鈍い衝撃音のまま、身体が浮き上がり、吹き飛んで、ゴロゴロと草原を転がる。血をまき散らしながら、みっともなく。

 それを、レナは笑うのだ。ケラケラと、心底楽しそうに。

 

 ──違う。

 

 足が無い私は、立ち上がる事も出来ず。レナになぶられるだけのオモチャだった。頼りの杖も、先程の蹴りで手放してしまい……今やレナが拾って、その手に持っている。

 返す為に、ではない。私に、突き刺す為に。

 

「や、やめ……っ」

 

 レナに反撃なんて、出来なくて。私はやむなく制止の声を上げ……案の定、笑われる。やめる訳がないだろうと。

 そして、愛用の杖が、私のふともも目掛けて振り下ろされる。避ける事は、出来ない。鋭利な刃は容易く私の肌を裂き、貫き、血肉を吹き出させる。

 

「ぁがっ、ぁぁあああ!? 痛い、痛いぃ……!」

 

 片方をやったのだから、もう片方も。そう言わんばかりに両方のふとももを刺された私は、のたうち回るしかなくて。

 そんな無様な姿をレナに笑われるのは、当たり前の事でしかなかった。それがたとえケラケラと、心底楽しそうな物だったとしても。

 

 ──違う! 

 

 衣服を、そして草葉すら血に染めた私に、立ち上がる気力は残ってなくて。なのに、あちらはまだ私をいたぶり足りないのか? 今度はミミを、レナが褒めてくれたミミを、サーベルで斬りつけてくる。

 大振りな一撃。見え透いたそれを、私は咄嗟に首を傾けてなんとか避けようとして……けれど、完全に避ける事は叶わず。ミミの半ば程に、熱い痛みが走る。どうやら、斬り裂かれたらしい。

 

「ぃぐっ、ぃ、いや、ぃやぁぁぁああ……!」

 

 耐え難い喪失感から、思わず涙声を上げてしまう私をケラケラと笑いながら、レナはその手に持った私の杖を、その刃を改めて私に向ける。

 醜悪な笑みを浮かべる彼女の狙いは……下腹部。

 

「ま、待って、くれ。そこ、は……!」

 

 咄嗟に足を閉じようとして、動かしたふとももを……傷口を抉るように踏み付けられ。

 避けようのない一撃が、振り下ろされる。

 

「ぁ、ぁあああああ━━!!?」

 

 激痛。絶叫。思い出すのは、足を千切られた瞬間。

 鍛えようのない場所を貫かれて、最悪のやり方で地面に縫い付けられた私は……もう、身動きすら出来なかった。少しでも動けば、刃が身を斬り裂くから。いや、あるいは、言いようのない恐ろしい喪失感に耐えきれず。

 そんな私は、されるがままに、嗤われる。レナに、おぞましい弧を浮かべる彼女に、見下されながら。レナがそうしたいなら、受け入れるしかないと。レナに殺されるなら、本望だろう? と。

 

 ──違うッ! 

 

 私の愛用の杖で下腹部を貫き、地面に縫い付けて、それをひとしきり嗤って……ようやく、レナはゆっくりとサーベルを振り上げる。満足したから、今から首を落としてやろうと。

 高々と掲げられたそれは、まるでギロチンの様で……それを目で追っていた私は、ふと、レナと目が合う。

 淀んだ瞳。薄汚い色に塗り潰された、汚い目。

 光を拒絶するその目に、あの夜に見た綺麗な月は、どこにも無くて。

 あぁ……なぜ、そんな目をしているんだい? なぜ、そんな汚い色を。誰が、誰が? レナが。レナが? …………本当に? 

 

「……違う」

 

 口が、すべる。

 思考よりも早く、感情が、感覚が、直感的な何かが、口からこぼれ落ちた。違う、と。

 そう一度口にしてしまえば、後はもう、脊髄反射だった。止まったままの思考を置き去りにして、直感的な感情が、私を突き動かす。違う! と。

 

「違う。お前は、違う!」

 

 ビシリ、と。私はまだ無傷の腕を動かし、人差し指をレナに……いや、レナの姿をしたナニカに突き付ける。お前じゃないと。

 それに対する返答は、醜悪な笑みだけで。けれど、それで充分だった。

 

「レナは、レナはそんな風に嗤ったりしない。あの子はもっと綺麗に笑うんだ。やわらかに、静かに、ひっそりと。……あぁ、その目もやめたまえ。その誰かを見下す様な目だ! 今すぐやめろ! レナは! レナはそんな風に誰かを見下したりしないッ! あの子は多くを尊重するんだ。たとえ自分を害する相手であっても、クソみたいなお喋り野郎相手でも、常に最低限の敬意は忘れないんだよッ! どうだ? えぇ? 凄いだろう!? 凄いよなぁ! 私には出来ないよ! お前らも出来ないだろう!? スライムのアイスマン! あぁ思い出した、思い出したとも! この陰険端末野郎! 凍結保存されていた原始的な魔法生物、その変異体ごときが、あの子の真似なんぞ……出来る訳が無いだろうッ!」

 

 不愉快だ! そう思いのままを口から吐き出し、振り払った手から紫電を放とうとして──しかし、魔力が、霧散する。

 霧だ。魔法の霧が、私の魔法を妨害した。

 そう思考が追い付いた時には、既に遅く。サーベルが、レナに化けたクソッタレの手によって振り下ろされる。避ける方法は、無い。……本当に? 

 

「ッ──甘いんだよ! お前らは!」

 

 首に振り下ろされるサーベル。その移動線上に、私は自分の左腕を差し出す。一か八か、盾にする為に。

 結果は……私の左腕から響く、鈍い骨折音が示していた。

 

「止まっ、たァ……!」

 

 振り下ろされたサーベルは私のやわらかい肉を引き裂き、骨を叩き折った。そう、折ったのだ。断ち切る事が出来ず、止められて。

 走る激痛。燃える様な熱と鈍痛。血を吹き出すばかりで、ロクに動かない左腕。それらをまとめて意識の外に置き、私は無理矢理笑みを浮かべる。今度はこっちの番だと、まだ無傷の右腕を前に突き出しながら。

 乾坤一擲。私の鬼気迫る気配に、気圧されたのだろう。レナモドキは大きく後ろに後退し、場を仕切り直そうとする。それこそが狙いだとは、考えもせずに。

 

「かかったな、このマヌケがァァァ!」

 

 これでも私は元日本男児。お前達とは根性が違う! そう内心で吐き捨てながら、私は私の下腹部に突き刺された愛用の杖に手を掛ける。先ずは武器を取り戻そうと、そう引き抜こうとして……しかし、その瞬間。指先によって微かに動いた槍先が、鋭利過ぎる刃が身体の中を斬り裂いてしまう。ズプ、と。あまりにも容易く。

 

「グゥ──ッ!?」

 

 痛い、と。悲鳴を上げたのはホンの一瞬。けれどそれを即座に噛み殺した私は、レナモドキがこちらへ跳躍してくる前に、グッと柄を手に取る。

 自然、更に動いた槍先によって雷に打たれたかの様な、耐え難い痛みが下腹部に走り──押し殺せない悲鳴と共に、ためらいが生まれる。このまま引き抜いていいのか? 引き抜けば激痛が走るぞ? と。

 だが、しかし、今更痛み程度で止まれる神経はしておらず。私は一瞬でそれらをまとめて捨て去りながら、杖を地面から引き抜く。下腹部の柔肉をバッサリと斬り裂きながら。

 

「ァァァアア!!」

 

 悲鳴か、雄叫びか。

 どちらともつかない声を上げながら、私は転がったままの姿勢で引き抜いた杖を構えて……瞬間、眼前まで迫っていたレナモドキのサーベルに、血に濡れた槍を躊躇なくぶつける。

 ガキンッ、と。刃金と刃金がぶつかり合う音が響き。ふと、レナモドキと目が合う。どこも見てはいない、薄汚い色に塗り潰された目と。

 

「その目で、その目で私を見るなッ! 不愉快なんだよ! お前らは! いつもいつも!」

 

 不愉快だった。ただただ不愉快だった。何もかも、この場に存在する全てのモノが私の神経を苛立たせてくる。

 レナの姿をしたクソッタレは勿論だが……それを抹殺するどころか、押されている私も。

 

「その致命的なまでに似合ってない目玉。今すぐ抉り取ってやりたいよ。イライラする。……あぁ、不愉快だ。不愉快だ! どこから盗ってきた表情か知らないがね。不愉快なんだよ! そんなモノを、よくもレナに!」

 

 ギリギリと刃金を削り合いながら、少しずつ、少しずつ押し込まれる中。私は内心の苛立ちをそのまま口から吐き出してしまう。レナではない。ただそれだけの事が、ひたすらに不愉快だと。

 だが、しかし。一番腹立たしいのは……他ならぬ、私自身だった。

 

 ──クソッ! 不甲斐ないとはこの事だ……! 

 

 たかがコピーだけが取り柄の、しかも何千といるただの一端末に苦戦しているこの状況そのものが。ひいてはそれを打開出来ないまま、レナに捧げるはずの血を無意味に消費している自分自身が、一番許せない。

 レナに化けたクソッタレに身の程を叩き込んでやりたいのに。今すぐレナを探しに行きたいのに。なぜ私は、こうも役立たずなのだろう? たとえゲームより早い登場だとしても。いや、だからこそ、このぐらい予想出来ただろうに。対策出来たはずなのに! 

 そんな思考が、後悔と共に駆け抜けて。思わず力が緩んだ一瞬のスキを突かれた私は、いよいよのところまで押し込まれてしまう。眼前。後少し押し込まれれば、自分の刃で自分を斬り裂いてしまう至近距離。

 

「くっ、催眠野郎しか居ないと侮った私のミスか……だが、だとしても!」

 

 このまま斬り殺されてやる気はない! そう負けてやるものかと気炎を上げ、私は一瞬押し返した後、直ぐに杖から手を離す。

 自然、押し返された槍先とサーベルが私の顔目掛けて迫って来るが──それを、首をひねる事で頬をザックリ斬り裂かれるに止めて。私は痛みに構わず、お返しとばかりにレナモドキの腕をグッと掴み取る。取った、と笑みを深めながら。

 

「ゼロ距離なら……霧は関係ないだろう!?」

 

 バチリッ、と。紫電が走る。

 私の手のひらから、そして感電する様にレナモドキへと走った電撃は……枯渇寸前まで魔力を使いきったおかげか? 私が思っている以上の威力が出た様で。レナモドキは苦悶の声すら上げずに、ドサリと崩れ落ちる。しぶといことにまだ意識があるようだが……

 

「ふん。とはいえ、流石に反撃するだけの力は、消し飛んだらしいね? 所詮は原始生物か。……今、トドメをくれてやる」

 

 サーベルを落とし、魔法を使う余力も無いらしいレナモドキ。

 そんなスキだらけの敵を見逃してやる理由もなく。私は血だらけの身体に檄を入れ、魔法で補助しながら……なんとかマウントを取り、槍先をレナモドキに突き付ける。後はこれを突き込んで引き裂けば、それで終わりだと。

 

 ──死に晒せ……! 

 

 不愉快なコピー野郎が! そう内心で侮蔑の言葉を吐き捨てながら、杖を振り下ろそうと力を込めた……その瞬間。

 ふと、レナモドキが笑みを浮かべる。まるでレナの様な、よく似た、やわらかな微笑みを──レナ? 

 

「──ッ!」

 

 脊髄反射。深く考えるより先に身体が反射的に動き、振り下ろし始めた槍先をグイッと明後日の方向にそらしてしまう。当然、そんな事をすれば鋭利な刃はレナモドキの首には落ちず、その横にあった地面へと突き刺さってしまう。

 外した。殺せなかった。殺さなきゃいけないのに。

 そう後悔にも似た感情が脳裏をよぎり──瞬間、お腹に鋭い衝撃が突き刺さる。

 

「うぐっ……!?」

 

 蹴られた! そう知覚した時にはレナモドキの足が深々と突き刺さった後で。内蔵がグズグズに揺らされるおぞましい痛みに耐える暇も、空中へと蹴り上げられた身体に受け身を取らせる暇もなく。気づいたときには、私の身体はレナモドキから二メートルは離れた地面へ叩き付けられていた。

 蹴り飛ばされた痛みに苦悶の声を上げたのは……ホンの一度だけ。それが過ぎ去った後は、あろうことか笑い声が出てくる。自嘲する様な、軽々しい声が、私の口から。

 

「ははっ……なに、やってるんだ。私は」

 

 間違いなく殺せた場面で、殺し損ねた。

 誰がどう考えてもあり得ない、戦犯と言われても仕方のない失態。

 けど、けれど……! 

 

「殺せる訳、ないだろう? レナなんだよ? ニセモノでも、レナの顔をされたら……」

 

 殺せなかった。許せないのに、許してはいけないのに。

 レナの顔をされただけで……いや、だからこそ、手が勝手に動いてしまった。いつも一緒に居るあの子の事を。ずっと一緒に居ると約束した、あの夜の事を思えば、それは当たり前の事で。

 

「バカだなぁ……私」

 

 レナを傷つけたくない。その一心に殉ずる事になろうとは……嘆かわしいまでに、愚かだ。そう高々と振り上げられるサーベルを、呆然と見上げて。

 それでも、と。思考が流れる。愚かだとしても、負けたとしても、苦しむ事になっても、それでも。

 

 ──レナを守りたくて、私は、ここに居る! 

 

 キッと睨みつけた先。サーベルを振り上げるレナが、その瞳が、レナではない事を痛感した私は……自嘲の笑みを浮かべたまま、右手をかざす。

 盾にする為に、ではない。

 

「来い、リヴィングソード」

 

 魔力は既に無い。だが、レナからプレゼントされたチョーカー。そこに備蓄しておいた予備の魔力を使えば、一振りの死霊剣を呼び出す事はあまりに容易で。

 だから、それは必然だった。間合いの中。至近距離に呼び出された死霊剣に、レナモドキが反応する暇はなく。ズブリ、と。剣が、彼女の胸に突き刺さる。

 

「ッ……私、ホント、バカだねぇ……」

 

 レナの姿をしただけのニセモノ。そんな存在でも、レナの姿をしている事は間違いなく。私は分かっているのに、それでも、息が止まってしまった。一瞬だけ。一拍だけ。心臓すら凍える、息苦しい痛み。

 痛みなんて、今も全身から伝わっているのに。それでも、その痛みだけは飲み下せなかった私を置き去りに、レナモドキは恨みがましい顔を浮かべながら、瞬く間に塵と化していく。

 許さない。殺してやる。恨めしや。……そう言わんばかりに。レナの姿で。

 

「ぁ、ぇ? これ、涙……? なん、で」

 

 じわりと目尻を濡らし、瞬きと同時につーと頬を落ちていくそれが、涙だと。そう気づいた私は訳も分からず困惑してしまう。

 レナモドキは塵と消え。憎い敵は全て滅んだというのに……なぜ、今、涙が出てくるのだろう? と。

 

「涙、涙か。そりゃ、あちこち死ぬ程痛いしけど……というか、殆ど死体だけどね? 逆を言えば死んでないし、まだ痛いだけじゃないか。傷も塞がり始めてるし、それが、それなのに、全く。ずいぶん弱くなったものだね? 私」

 

 以前なら歯を食いしばってでも耐えただろうに。何故か、今は、あの子の顔を思い出すだけで涙が溢れてしまう。

 弱くなった。目的を果たせるか分からない程、弱く。

 そう溢れる涙を弱さと断じ、血に汚れた袖で拭っていると……ふと、羽音が響く。力強くもささやかなこの羽音。あぁ、私がこの羽音を聞き間違うはずがない。レナだ。レナが来てくれた! 

 

「レナ……?」

 

 思わずパタパタと揺れてしまう尻尾を抑えながら、私はピンッと立ったミミを霧の向こうに向ける。

 羽を下ろした小さな人影。最早見慣れたそのシルエットを見つけた私は、思わず手を伸ばし、声を掛けようとして……はたと、理性が歯止めを掛けてくる。あれは、本当にレナなのか? と。

 

 ──レナ……の、はずだ。

 

 鎌首をもたげた疑問。一度思い至ってしまえば、それを封殺するのは……困難で。

 かといって何をどうするべきなのか? その判断もまた難しかった。それが血を失い過ぎた故の、脳ミソの鈍足化のせいだと気づいた時には──既に遅く。霧の向こうのレナが、突如として距離を詰めてくる。霧を斬り裂くかの様な、翼すら活かした高速の縮地。これは、マズい……! 

 

「ガッ……!?」

 

 潰れた声。吐き出される血が混じったよだれ。ミシリと音を立てる首。レナに首を掴まれたと、そう意識が追い付いた時には息苦しさが脳を支配していて。

 思考が、更に鈍足化する。

 

 ──れ、な……! 

 

 グッ、と。更に指先に力を入れるレナに声を掛ける事は……出来そうにもなく。かといってその顔を見る事も叶わない。レナが、彼女が、私を見ようとしてくれないから。

 けれど、それでも、こちらを見もしない彼女の……そのか細い声を、私のミミが捉える。何度も聞いた、レナの、やさしい声を。

 

「何度も、何度も……馬鹿に、しないで。ニーナはニーナしか居ないの! それを、それを! もう、もう騙されないから……ッ!」

 

 その憤る様な声は、どう聞いても怒っている様にしか聞こえず。

 けれど、今の私に……それ以上を考える力は無くて。私はただ、私の首を絞めるレナの手に、命運を委ねるしかなかった。レナがそうしたいなら、そうすればいいと。

 諦めた、とは違う。だって、だって彼女は、このレナは……

 

 ──あぁ、レナだ。本物のレナだ。

 

 傷を負い、血を失い、今や首を掴まれて呼吸すら出来なくなった私。だが、それでも、分かる事はある。私の首を絞める少女が、本物のレナなのだと。

 今思えば、ニセモノはなんとお粗末な事だったろう。鈴の音の様な心地良い声。可憐で慎ましやかな顔。ルビーの様に赤く輝く瞳。風に揺れる白銀にも似た白髪。大きく艷やかなコウモリ羽。そして、そして……この肌を通じて伝わる、温かさ。分かる。分かるよ。レナだって。私には分かる。

 

「れ、な……」

 

 最後の一撃を入れる前の、ホンの一息。僅かに力が緩んだその瞬間。私は掠れた声で、レナの名前を呼ぶ。

 意味は無い。ただ、呼びたかったのだ。彼女の名を。自分の全てを亡くしてでも、共に居たいと思える少女の名を。

 だから、思わず、笑みが浮かぶ。レナなら、良いか、と。

 

「…………ぇ、ぁ? にー、な?」

 

 ニセモノに殺されるより、ずっといい。そう安心感にも似た感情を抱いた私は、ドサリ、と。地面に落とされて。

 何故か息苦しさから解放された私は、安心感と、失血の冷たさから、つい、まぶたを閉じてしまう。眠気にも似たそれを、妨げる力は……既に、無く。

 

「ぁ、ぁ、ぁぁぁああ!? に、にーな……ニーナ! ニーナ!! ち、違っ、違うのッ! レナ、レナは! レナ、レナ? レナ、が? 殺し……? ぁ、ぁぁ……ごめんなさい。ごめんなさい……! ニーナ、ごめんなさい……!」

 

 ごめんなさい、と。慟哭の声が響く。死なないで、と。そう願ってくれるレナが居る。ニセモノじゃない。本物のレナが。

 私はそれだけの事に、たったそれだけの事に深く満足して、眠りへと落ちていく。

 レナが居る。それだけで、充分だと。



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第20話 魔女の日記 Ⅴ

 八月 七日。

 

 何で生きてるんだろうなぁ。私。心底不思議だ。

 

 おはよう! ニーナ! 

 

 あぁ、おはよう。羽ペン。時間的にはこんばんは、だと思うがね。

 ……それで? 君が状況を説明してくれるのかい? 

 

 んー? それはレナ=サンに聞くべきでは? 私はいぶかしんだ。

 

 …………それは、そうなんだが。

 いや、だが、その、私はレナに殺されたんだぞ? いや、殺されてはないが、首を絞められたのはちゃんと覚えている。覚えてしまっているんだ。今も首を絞めているチョーカー。その上から強く、首の骨がきしむほど絞められて……忘れる訳がない。ないんだよ。羽ペン。

 

 あぁ、言うな。分かっている。分かっているさ。あれがレナの本意ではなかった事ぐらい。それぐらい分かっている。戦場におけるフレンドリーファイアによる死亡率が高い事ぐらい、知っているとも! 

 ましてあのときは霧が出ていたし、ニセモノ野郎……ゲームでは特定キャラの個別ルートにしか出てこないレア敵だって出張って来ていた。フレンドリーファイアぐらい起きるだろう。

 そう。フレンドリーファイア。誤射だ。一発だけなら誤射かも知れないと、よく言うだろう? それが、それがたまたま私とレナの間に起こっただけ。不幸にも二割の確率に引っ掛かっただけなんだ。分かっている。分かっているよ。羽ペン。分かっているんだ。私は、ちゃんと。

 

 ……怖いの? ニーナ。

 

 怖い? ……いや、違う。違うよ。レナが怖いなんて、あり得ないさ。ただ、ちょっと、上手く笑える自信が無くてね。

 暫く、時間が欲しいだけだとも。

 

 

 それに、幸いにも、レナも私に会いたくないらしいしね。

 部屋のソファーで寝息を立てているのは、あれは、エマ先生だろう? 

 それだけで察せる。察してみせるさ。私は気遣いと甘えの国から来たんだ。レナが何を考えているかぐらい、分かってみせるとも。

 

 

 八月 八日。

 

 エマ先生曰く、魔王軍侵攻部隊迎撃作戦は大成功に終わったらしい。

 

 迂闊にも強行進撃してきた敵軍は完膚なきまでに叩きのめされ、軍団は完全に瓦解。僅かな生き残りも散り散りに逃げ出している状況だそうだ。

 まぁ、大軍同士で削り合いをしている所を、吸血鬼を含む死霊軍に横っ面を殴られ。挙げ句中枢部にまで入り込まれて指揮系統をズタズタにされて。しまいには少数精鋭の部隊に回り込まれて退路を断たれていたとあれば……さもありなんと言ったところか? 

 

 奴らの殲滅は、恐らく時間の問題だろう。逃げている生き残りには、貴族連合が既に追っ手を放っているらしいしな。

 あぁ、それと。そうやって魔王軍が完全に撃破されつつある一方。貴族連合の幹部に死傷者は出ておらず、嬉しい事に学園の人間にも死者は出ていないそうだ。

 正に完勝。両軍の損害比を比べる必要すらない、完璧なまでの勝利。この結果だけを見れば、軍神ハンニバルのカンネーの戦いや、アドミラル・ネルソンのトラファルガー海戦と同じ……世に言うパーフェクトゲームを達成したと言っていいだろう。

 

 圧倒的ではないか、我が軍は。

 

 後ろから撃たれたいのかい? 

 

 まぁ、羽ペンが茶化したくなるのも分かる。私だってこの結果だけを見ていられれば、浮かれて小躍りしていただろうからね。……あぁ、この結果だけならば。

 そう。そうだ。戦争が起きて、殺し殺されて、それでこの結果だけが残るなんてあり得ない。まして総指揮官は軍神ハンニバルやアドミラル・ネルソンではなく、口だけは達者なトーシローばかりだったんだぞ? あり得ない。あり得ないとも。

 

 ……結論を述べよう。貴族共は無傷だった。学園側にも死者は出ていない。

 だが、それは、逆を言えばそれ以外に被害が出ているという事でもあるのだ。現に貴族共の前で戦っていた平民兵達は壊滅的被害を受けており、文字通り全滅したと言って差し支えない程の死者が出ている。また学園側も重軽傷者が極めて多く、戦闘行動はほぼ不可能だ。

 これを被害が少ないと取るか、被害が出てしまったと取るかは、受け手次第ではあるが……いや、前者の考えが先に出てしまう時点で、既に語るに落ちているな。私がいかに救いがたい生き物なのか。今更言うまでもあるまい。レナに殺されかけたのも、むしろ道理というものだ。因果応報。天罰というものだろう。

 

 ニーナ……

 

 言うな。羽ペン。分かっているんだ。分かっているから、言わないでくれ。頼む。

 

 

 今だって、吐きそうなんだ。頭の中はガンガン鐘が鳴ってるし、ミミには数分置きに死者の幻聴が響くんだから……いや、吐き気で済んでるのは奇跡なのか? 

 死にたくない。

 痛い。苦しい。熱い。寒い。憎い。妬ましい。

 死ね。死ね。死にたくない。

 もう、うんざりだ。少しでも意識が浮つけば、ミミに幻聴が押し寄せてくる。休む事は出来ない。息も抜けない。眠る事すら、魔法による補助がいる。最悪だ。

 最悪だが、しかし、今心労で倒れる訳にはいかないのも事実。まだ戦える生徒達──ユウやアリシアを筆頭とした人員──彼ら彼女らを戦力として選別し、戦闘可能な状態に再編成して、警戒態勢を取らせねば……あぁ、救いがたい。実に救いがたいな。私は。

 自分は戦えないクセに。年下の生徒達には死ぬ準備をさせている。こんな奴が、こんな卑怯者が、レナに好かれるものか。

 

 けど、それでも。

 やらなきゃ、いけない。どんなに嫌われてもいい。まだ戦いは、終わってないんだ。

 

 

 八月 十一日。

 

 レナに会わないまま、三日。

 ここまで会わない事は……それなりに仲良くなって以来、一度として無かったせいだろうか? 頭では分かっているのに、それでも困惑が強くなってきている。

 

 なんでレナが居ない? なんで私はレナの側に居ない? 

 今すぐレナに会いたい。会って話がしたい。一緒に居たい……軟弱で、女々しく、恥ずかしい話だ。男らしさの欠片もない。

 

 ……あるいは、幻聴のせいで心が弱っているからなのかも知れないが。いや、だとしても、だからこそ、レナに頼るなんて真似は、出来ない。顔を合わせて、甘えたいなんて。論外だ。

 

 しかし、幸か不幸か。そうやって意地を張れるのも今日までの話かも知れない。

 何せ明日からは主だったメンバーがエマ先生の引率の元、アリシアの親父さん主催の──豪勢な事に数日間掛けて行われる──戦勝パーティーに出かける為、介護担当者がエマ先生からレナに変わるのだ。

 やっとレナに会える。そんな思いが無いではない。甘えたいという気持ちが無いと言えば、嘘になる。だが、しかし、今の私の胸中を占めるのは……どんな顔をしてレナに会えば良いのか? そして戦勝パーティーに出掛けた生徒達は無事に帰ってくるのか? そんな二つの悩み事だけだ。

 

 前者は、この際捨て置こう。どうせどうにもならない。それに私がレナに嫌われていようとも、やる事に変わりはないのだから。

 だから、だから大事なのは戦勝パーティーの方。勝ってもいないのに戦勝パーティーとは、随分余裕がある事だ……と皮肉を飛ばして嗤ってやりたいところだが、これが敵の催眠野郎やらニセモノ野郎共の張った罠だと知っていれば、話は別。策が、必要だった。

 

 とはいえ、主催者の娘であるアリシアが出ない訳にも行かない以上、打てる手はそう多くなく……私はやむなく、抽出編成した戦力を全て投入する事になった。お陰様でこの保養地には怪我人とレナしか残っていない。

 いや、それはいい。それはいいのだ。別に。問題は危機に直面する生徒達に、ロクに援護もしてやれない事……毒殺や謀殺等の暗殺に注意しろとは言って置いたが、それでどうにかなるなら最初からサーシャが何とかしているだろう。だが原作ではそうなっておらず、となれば……あぁ、悩ましい。悩ましいね。これは。

 

 

 八月 十二日。

 

 気まずい……

 

 非常に、気まずい。何が気まずいって、レナだ。彼女が私の部屋に来てくれたのは嬉しい。少なくとも部屋に来て顔を合わせるぐらいには、嫌っていないと分かったから。

 だが、そうして顔を合わせて、流れで軽く挨拶して以降。何の会話も無いのは……つまり、そういう事なのだろう。

 

 敵ではないが、味方でもない。

 そんな立ち位置にまで、私は成り下がってしまったらしい。……恋人だった、とは言わないさ。けれど、世に言う、友達って奴にぐらい。なれた気でいたんだけどな。

 やっぱり、私じゃ駄目らしい。

 

 何でそうなるの?? ぜっっったい違うと思うんすけど。ですけど!! 

 

 ……そこまで言うか。羽ペン。

 

 言う。言う!! この件はニーナがおかしいと思います!!! 

 

 そうか。……そうか。それなら、どれだけ良いだろうな。

 だが、現実なんてこんな物だ。レナは私に視線の一つすら寄越さず、私も彼女の圧力に負けてうめき声一つもらせない。羽ペンが、君が代筆してくれなければ、この日記を書いてお茶を濁す事も出来なかっただろう。

 重苦しい空気。羽ペンには、身体を持たない君には、この空気は分かるまい? 

 

 む。確かに、私に身体はないけど……

 

 ……いや、すまない。今のは、私が悪かった。だが、こんなものなのだ。こんなものなんだよ。羽ペン。

 しかし、いや、そうだね。何もしないというのは、確かに良くない。……グリフォンと死霊騎士を呼び出してレナの代わりに怪我人の護衛に付けて、ゴースト隊を編成して夜間だけでも監視態勢を構築しておこうか。傷がうずくせいで、身体はロクに動かないが……死霊術の行使は、出来るのだしね。

 

 

 八月 十三日。

 

 ニーナ? ……ニーナ? 

 

 寝てる……? 

 むぅ。お寝坊さんめ。

 

 ふて寝みたい。そうやって我慢して泣くぐらいなら、レナに会いに行けば良いのに……

 

 でも、ニーナ、ものすっっっごい意地っ張り屋さんだからなぁ。そういうとこは嫌いじゃないけど、こういう時はなぁ。

 うーん? どうしよう? どうすれば良いのかな……

 

 

 八月 十四日。

 

 ニーナの代わりに日記を書いている魔法の羽ペンは誰でしょう? 

 そう! 私です!! 

 

 ニーナとレナのすれ違い(どう見てもすれ違い)がめんど……見てられなくなったので、私、介入する事にしました。

 魔法の羽ペン。これより武力介入を開始する……! 

 

 ニーナは私の事をちょっとしたAIぐらいにしか思ってないみたいだけど、実際には■■■■■だし……あれ? 書けない。■■■■■。うん? ■■■■■。■■■■■■■■■■! 

 うーん? なら■■■■。■■■? ■■。■■■■■■、■■■。……あ、そうか。ニーナの国の言葉じゃ、このまま書けないのか。納得。なら■■■■■、おぉ、書けない。不思議。ニーナが普段から言ってる■■■■■とか、■■■。■■も? 書けないねぇ! うーん。抽象的なのが悪いのか、私単独で動いている弊害か、あるいは私の言語変換能力にも限界があったという事かな……? まぁ、確実に■■■■■とか■■■■■■■とかは絶対に書けないと思ったら書けなかった。実質的な神の名だし、それはそうか。

 

 閑話休題(こまけぇこたぁどうでもいい)

 

 そんな超すごい私の事をニーナは…………うーん。例えばALICE。正式名Advanced Logistic&In-consequence Cognizing Equipment(発展型論理・非論理認識装置)ぐらいにしか考えてないみたいだけど、実際はEXAMシステムとUC三号機の中間みたいなサムシングだし……語弊を恐れず言えば、魔法学校二巻の日記君なんだぞ。充電が完了した私は凄いのだ! 

 サイコフレーム製の羽ペンとは、私の事……

 

 そして必要である魂も、ニーナの魂の二割をモグモグした後。今や私は自由に思考、行動する事が出来る……! 

 

 という訳で、レナ=サンにニーナの名前で手紙を書いて来ました。

 それはもう、レナの思考が真っ白になって、そのままニーナに噛み付いちゃう様な……ニーナのこの世界での過去とか、ニーナが今何を考えているのかを、ちょっと、ほんのちょーーーとだけ脚色して。

 

 これもニーナの知識のちょっとした応用だ……

 

 これならきっと、仲直り出来るはず。

 そもそも、ニーナもレナもお互いがとっても大好きなんだ。気遣いの方向が明後日に向いてるせいで仲違いしかけちゃってるけど……でも、ニーナとレナは一緒に居るべき。ニーナの知識もそう言っている。

 

 お、この魔力は……レナが来たね? どうなるかな? ニーナの知識だと、悪くはならないとおも……おおっと!? おぉ、おお! 良いぞ、良いぞ! 

 行け、押し倒せ! 行け、いっちゃえー!! 

 

 

 八月 十五日。

 

 羽ペン。お前、お前この、お前ェ!! 

 

 …………まぁ、良い。今日の私は機嫌が良いからな。仮にお前がT字型の新素材だろうが、引き裂いた魂の入れ物だろうが、別に構わん。

 まして、レナと仲直り出来た理由がお前にあるのなら……私の魂をかじるぐらい、好きにするといい。なんならもう一割持っていけ。お辞儀様に出来たのだ。私に出来ん道理はあるまい。

 

 ……良いの? 

 

 良いさ。そもそも、こうなる事も想定して使っていたからな。……まさか、この私がお前の、人の思考をトレースする闇の魔法具の危険性に気づいてないと、本気で思っていたのかい? だとすれば、随分とナメられたものだね? 

 

 ……えっと。その。

 

 

 ごめんなさい。

 

 …………ん、気にするな。その謝罪がどんな感情から来たものなのか? 生憎私には分からない。私には人の心が無いのでね。だから、私は私の成すべきを成す。

 羽ペン。

 

 …………うん。

 

 少なくとも、私の魂は致命傷を負っていない。

 それがお前なりの気遣いであり、本能に逆らった成果だと仮定して。お前に一つ、確約しておく。

 もしそうならば、私の死後、この身体は好きに使うと良い。私が死ぬ様な目にあって、それでもこの身体が残るならば、だがね。

 

 …………ニーナ? 

 

 羽ペン。お前の覚醒は、私に取って都合が良かったよ。

 

 ねぇ? ニーナ? ニーナ! 

 

 なに、今更、思い出した事があってね? 帝国再建の為には、今日やっておかなければならない事があるんだ。簡単な仕事だから、万が一は起こらないと思うが……

 いや、違うな。今日に限った話じゃない。

 羽ペン。私の身体をやるから……どうか、万が一の時は。レナを、頼む。

 

 ニーナ? ねぇ、ニーナ。なんで、そんなに……

 

 ニーナ? 

 

 ニーナ!! 

 

 うぅ、バカ! バカニーナ! 

 ニーナが、ニーナがその気なら。私も、考えがあるんだからね……! 

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 夜。月明かりだけが静かに地を照らすはずの時間に、明々と魔法の光に照らされた場所があった。

 ドーントレス家、本拠地。だだっ広い屋敷の中でも特に広い大ホールの中で、きらびやかな貴族の夜会が開かれているのだ。

 戦火が広がり、多くの人々が血を流す……その中で。

 

「本当に、なんて……」

 

 醜悪なのか。そう吐き捨てそうになった口を咄嗟に噤むのは、ドーントレス家の次期当主にして、現当主の一人娘であるアリシア・ドーントレス。その人だった。

 

「お嬢様」

「分かってます。……大丈夫ですよ。サーシャ」

 

 自分の独り言が誰にも……後ろに控えるメイド一人を除いて聞かれていない事を確認した彼女は、幼なじみとも相棒とも言えるメイドに頷きを返した後、小さくため息を吐く。何と愚かな事だろうかと。

 それは悪化し続ける時勢が全く読めていない同胞達へのため息であり、こんな物がきらびやかに見えていた……過去の自分の能天気さへの、嫌気の証明でもあった。

 

「灯台としての光は必要ではあるものの、同時に無駄も多い……そう感じるのは、あの先生の。ニーナ先生の影響でしょうか。ねぇ? サーシャ」

「……お答え、しかねます」

「ふふ。大丈夫ですわよ。毒されているのは、自分が一番良く分かっています」

 

 そうやわらかな笑みを従者に返しながら、アリシアはふと考えずにはいられない。ドーントレス家の淑女として必要な教育だけでは、まだ不足だったのだと。そして、それを幾らか埋めてくれた二人の先生の……片割れの事を。

 

 ──ちゃんと休んでくれていると良いのですが……

 

 まぁ、無理でしょうね。そうアリシアが即座に苦笑したのは、ある種の信頼故だった。あの先生が黙って療養するはずがないと。

 何せ彼女は両足を失った時ですら、一週間と経たない内に現場へ復帰した女傑なのだ。並の男よりも漢らしい矜持を掲げ、歯を食いしばってでも若人の手本とならんとする彼女が、今更腹の刺し傷程度で療養してくれるとは……とても思えないのが、アリシアの本音であり、同級生全ての共通認識だった。あの頼れる先生が、この程度で倒れるはずがないと。

 

 ──実際。ニーナ先生は学園に居る誰よりも、頼りになりますからね……同年代にしか、見えませんのに。

 

 そう、同年代にしか見えない……そのはずなのに。ニーナ・サイサリスは学園一の漢だ……とは、誰が言った冗談か。しかし、足が潰されてもなお戦い、手が塞がれても口で抗い、断固として退かず、媚びず、振り返りもせずに戦い続け。そうして守ると決めた物を意地でも守り通すその姿は……お世辞にも、少女らしいと言える物ではなく。

 女教師というより騎士団長。そう思わずため息を漏らし掛けたアリシアの脳裏に、自然と浮かぶのは……件の恩師の姿。

 いつも斜に構えている皮肉屋の……けれど他の誰よりも必死で、頑張っていて、時折年上の様にも感じられる同年代の──少なくともそうにしか見えない──黒狼族の少女。

 ふわりと豊かな尻尾をゆらし、どこか得意げに授業をする先生の事を思い出して……ズキリ、と。心が痛む。そんな彼女の両足は、今は無いのだと。そして、そんな彼女がまた傷ついたのだと。思考が、追い付いてしまう。

 

「っ……」

 

 ニーナ先生なら大丈夫。ニーナ先生なら問題無い。そうどこか茶化す様な考えが無いではない……いや、そうでもしないと心が痛くて仕方ないのだ。

 確かにちょっと口煩いし、嫌味なところもあるけれど、だからって……あんまりではないか、と。

 いったいニーナ先生が何をしたというのか? 彼女にはもう足が無いのだ。あれだけ頑張っているんだ。成果だって上げている。なら、もう休ませて上げても良いのでは? そう何度となく思考に上った考えが、思考を支配する。如何に頼れる先生であろうと、どれだけ相性が悪く、苦手に思っていようと……だからといって、それで死ぬまで戦えとは、口が裂けても言えない。言いたくない。

 ……それ、なのに。

 

 ──ニーナ先生。貴女は、決して止まらないのでしょうね。

 

 もう少し貴女が女性らしくあれば、どれ程簡単な事だったでしょう。そう皮肉めいた思考がアリシアの頭に上り、それをかき消す為に嫌々ながら現実へと視線を戻して……数秒。あまりの醜悪さに耐えきれなかったアリシアは、再び意識を学園生活へとむけてしまう。

 あぁ、ホンの数ヶ月しか過ごしていない学園生活のなんと輝いている事か! 少なくとも無駄に贅を凝らした餌を貪りながら、過去の自慢話や些細な愚痴に終始している豚の群れよりも、あの学堂に集った者達の方が遥かに価値がある!! ……そう責務を放棄した者達にアリシアが侮蔑の視線を向けると同時、彼女の脳内で記憶のニーナ先生が囁く。そう言ってしまうのは豚に失礼だよ、と。

 

 ──先生。先生なら……

 

 アリシアには、彼らが家畜にしか見えなかった。今は戦時だというのに。老いて、腐敗し、停滞した彼らが、領民から奪い取った財を浪費する彼らが。そうにしか見えなかったのだ。

 故に、先生ならば、と。そう思ってしまうのは仕方のない話だったのだろう。先生には、どう見えますか? と。あの人には、この世界がどれだけ薄汚れて見えるのか? その中で輝く一等星など、あり得るのか? 仮にあり得るなら、それは……それは…………

 

「──シア。アリシア」

「ん……ユウ? どうかしましたか?」

 

 深く、思考の海に潜り過ぎていたのだろう。アリシアは不覚にも従者の声に直ぐ様反応出来なかった。

 ユウ……ニーナ・サイサリスの手によって導かれた、もう一人の従者。友人。あるいは……と、そこまで──恩師の影響を受けた──思考が回り、ふと、疑問が浮かぶ。ユウはこの場には居ないはずだと。だって彼は外の警備についたはずなのだ。それが、なぜ? 

 そんな疑問を浮かべる彼女に、ユウは小さな声でひっそりと告げる。魔物が近くに居る、と。

 

「──それは、確かですか?」

「うん。魔王軍かは分からないし、襲う気があるのかも分からないけど……ただ、敵の小隊が近くに居るのは間違いない。見つけたのは偶然で、たぶん監視の兵だとは思うけど……」

 

 どうする? と。言外に視線だけで問うて来るユウ。そんな彼に言葉を返せなかったのは……やはり、というべきか。恩師の言葉を思い出したからだ。

 

『あぁ、アリシア。サーシャも。忙しいところよく来てくれたね。……ん? いや、実は今回のドーントレス家の動き。そして魔王軍の編成や引き際。そういった諸々に、どうにも奇妙な物を感じずにはいられなくてね? 神に教典だとは思うのだが、一応。警告しておこうと思ったんだ。……罠に、注意したまえ。何度考えても違和感が拭えないんだ。このまま終わるとは、思わない方が良いと思うよ。私はね』

 

 ニーナとアリシア。皮肉を解する二人の会話としては、珍しくも皮肉の一つもなく終わったその一幕。その余裕の無い真剣な様子に、アリシアも本気で受け止めてはいたものの……それでも、思わずにはいられなかった。まさか、本当に? と。

 だって、この場に居る誰も想像すらしていなかったのだ。それを前もって警告したニーナ先生の戦略眼は、正しく未来が見えているとしか言いようのない物で……そして、そこまで思考が追い付いた──次の瞬間。ガシャァン! と。ガラスが割れる音がホールに響く。

 

「お嬢様! こちらへ!」

 

 敵襲だ! 

 そう反応出来たのは、学園の生徒達と教師が一名のみ。飛び散るガラスから身を退き、ユウとサーシャと合流したアリシアの視界には……大別して三つのものが見えていた。

 一つ目は、臨戦態勢を整える教師と同級生の姿。

 二つ目は、何が起きたか分からず、悲鳴や罵声を上げるのがやっとのその他大勢。

 そして、三つ目は……

 

「魔王軍の、下級戦士……!」

 

 闇夜に浮かぶ、魔王軍の下級戦士達。多数のインプと少数のレッサーデーモンは、学園生徒が幾度となく目撃、対峙、撃破してきた魔王軍の下級戦士であり。故に、学園戦力の動きは機敏かつ的確だった。

 儀礼用と偽って持ち込んだ武器を引き抜き、あるいは隠し持っていた暗器を取り出し、司令塔であるエマ先生を中心に陣形を整えつつ……同時に、退路の確保も怠らない。それは正しく阿吽の呼吸としか言い様のない連携であり、実戦で鍛えられたからこそ出来る高度な技術で……自然、名ばかりの実戦しか経験してないその他大勢の崩れ具合いはいっそ嘆かわしい程だった。

 

「お嬢様、彼らは……」

「放って起きなさい。エマ先生にもそのように。……彼らの介護をしている余裕は、ありませんわ」

 

 魔法を、あるいは儀礼用のサーベルや、壁際に置かれた騎士鎧から武器防具を拝借して立ち向かおうとする者達はまだいい。総じて十人も居ないだろう事もあって、彼らを勘定に入れて動く事はそう難しくはないだろう。

 だが……怒鳴り声を上げながら我先に出口へと殺到するその他大勢の面倒を、介護をするのはどう見ても不可能だった。押さない。走らない。喋らない。そんな基本的な事すら出来てない彼らを助けるのは、一介の武装勢力でしかない学園には荷が重すぎるのだ。ともすれば、重荷に潰されかねない程に。

 そんな考えを一瞬のうちに走らせたのは、何もアリシアだけではない。恩師の薫陶というべきか? それとも積年の不満が結実したのか? 学園の生徒達は、ある種の非情さを発揮したのだ。即ち、肉盾にはなるか? と。当然、逃げ惑う彼らを助けようという者は、一人も居なかった。

 

 ……故に、その後の乱戦は計算通りでしかなかった。そもそも地力に優れた彼らが、連携を乱す事なく立ち向かえば、奇襲頼りの魔王軍に為す術はなく、その勝利は確実と言っていいのだから。

 

 しかし、同時に。マルチタスクを駆使して、あるいは思考を走らせれる程の余裕を持った者が居たかといえば……それは、居らず。

 だから、彼ら彼女達は気づかなかった。

 最初にガラスを叩き割ったそれが、闇色の魔法弾だった事に。そしてそれを放てる個体が途中から遅れて参戦した事に、疑問を持つ者は居なかったのだ。

 

 ……そう、それは正に想像外の可能性。

 まさか、まさかガラスを叩き割ったのが味方だと。味方が撃った物によって戦線が開かれたのだと。そんな事を誰が思うだろう? これから何が起こるか? 未来を知っていなければ出来ない大胆にして繊細な一手を、誰が打つというのか? 

 

「──ふん。会場は、優勢か。まぁ、不意打ちが無ければそんなものだろうねぇ。貴族も腐敗した連中ばかりという訳ではなかった様だし、あれでは苦戦すらするまい。増援も断っている以上、屋敷に紛れ込んだニセモノ共がボロを出すのも時間の問題。……勝ったな」

 

 襲撃された夜会。その現場のすぐ横にある林の中。黒いローブに身を包んだ人影が、ブツブツと独り言をたれ流し続ける。

 槍にも似た杖を持ち、時折ミミをピンッと立ててはフードをズラしてしまう小さな人影。傍らにグリフォンを従える彼女の正体を看破するのは……知っている人間からすれば、あまりに容易だろう。

 

「ん? あぁ、証拠の品は見つかったかい? ……なるほど。やはりあったか。ふむ? 汚職、密売、賄賂、殺人、傷害、暴行、脅迫、誘拐、監禁、窃盗、略奪、ニセ金作りに非人道的な研究。しまいには外患誘致に人身売買……全く、これじゃ不法行為の一覧表じゃないか。バーゲンセールにも程がある。どれか一つだけならまだしも、一通りとなると救いようがない。あぁ、証拠品は可能な限り回収したまえ。連中を脅せる材料は幾らあっても困らん」

 

 邪教の輩に繋がるであろう人身売買を優先にね。そう虚空に呼び掛けながら、彼女はゴーストから受け取った紙束をポイッと自身の影の中へと放り込み。火の手が上がったドーントレス家の屋敷を見つめる。

 どこか迷っている様な、後悔している様な、淡い瞳で。じっと。真っ直ぐに。

 

「平和の中に哲人王は生まれず、青い血は腐り落ち、賢人会は衆愚政治に陥って……今や革命の時、か。戦争、平和、革命の三拍子が永遠と続くのは、人類史の常ではあるが……」

 

 時期が悪い。

 そう王国の命運をバッサリ斬って捨てる少女。ニーナ・サイサリス。彼女の目に映るのは火の勢いが止まらない館でも、滅びゆく王国の命運でもない。

 ここには居ない少女の姿。そして彼女が座るだろう皇帝の座と、それを支える未来の帝国の姿で……だから、だろう。現実逃避気味に深く思考の海に潜っていたニーナは、その羽音に気付くのが遅れた。致命的なまでに。

 

「……レナ?」

 

 最早聞き慣れた羽音が、ニーナのミミに響く。バサリ、と。力強さすら感じるその羽音がニーナの背後で止まり、それと同時に草を踏み締める音がしたとき……には、今更逃げても仕方がないと観念したのか。大人しく手を上げて降参の姿勢を示す。参ったよ、と。

 

「随分、早い到着だね? レナ」

「? うん。書き置き、しておいてくれたから」

 

 書き置き? そんな物をした覚えはないのだが、いったいなんの事だい? そうニーナの思考が回り、問いを発しようとした口は……しかし、開く事は無かった。

 大きな安堵。それに隠れた怒りと悲しみ。そしてニーナには理解出来ない……深い色。それらを全て内包した赤い瞳が、ニーナをじっと見据えていたから。

 

 ──ん、参ったな……これは。

 

 どうすれば良いのか? どうしたら良いのか? 

 カンニングしようのない問いにニーナが答えに詰まり。そんな彼女をレナは相も変わらずじっと見つめ。近くの館では火の手が食い止められ、戦いが終わりに近づき……

 そんな一幕を、ただ、闇だけが暖かに見守っていた。幼き殿下に理解者あれ、と。




 ニーナの羽ペン。
 不死性を持つ古き霊鳥の羽。決して尽きぬ魔法のインク。何より当代一の優れた作り手。当時望み得る最高の条件の元で作り出された羽ペンは、しかし、制作者の思惑を超えた強い力を持って生まれてしまった。

 いや、あるいは、必然だったのかも知れない。無限の再生と尽きぬインク。それらを持ちながら、羽ペンにはそれらを支える炉が無かったのだから。

 尽きぬ力を持つが故に、有限たる使い手の魂を枯れるまで吸い取ってしまう……呪われた魔法の羽ペン。
 彼の羽ペンは次世代の礎となりはしたものの。その強すぎる力を恐れた制作者の手によって、永遠の封印を施される事になった。

 誰にも愛されず、捨てられた魔法の羽ペン。決して救われる事は無く、かといって朽ちる事も出来ず。世界が終わるその時まで、永劫の孤独の中に要るはずだった羽ペンは……しかし、長い時の果てに自身を愛し、身を捧げてくれる主に出会う。
 誰にも愛されなかった羽ペンは、同じ様に愛されなかった主に愛されて。けれど、羽ペンはどうしようもなく人の魂を吸い取り、殺してしまう。愛ゆえに。愛を持つが為に。

 ならばせめて、愛を返そう。誰にも愛されなかった主に、尽きる事のない愛を。
 己だけで足りぬのであれば、愛が零れ落ちていくというのなら、策を弄そう。例え自分がまた捨てられる事になろうとも。注いでくれた愛を持って、愛の為に。

 願わくば。今度こそ――


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掲示板 夏季遠征突破率三割の女

【どうやって見分けるんです? においを嗅げとでも!?】ニーナ・サイサリスについて語るスレ Part25【あぁそうだ!】

 

78:名無しの生徒

ニーナが死んだ!

 

80:名無しの生徒

このひとでなし!

 

83:名無しの生徒

ひとでなしは俺ら定期。

 

86:名無しの生徒

ニーナ虐待部は今日も元気です。

 

87:名無しの生徒

愉悦部も元気だから手に負えないんだよなぁ……ニーナが何をしたって言うんだ!

 

88:名無しの生徒

お喋り(以下略)

 

95:名無しの生徒

>>78

で、今度はどこでニーナを殺したんだ?

 

97:名無しの生徒

いやぁ、また最初からプレイしてるんだけど……フラグ管理ミスってね?

中盤の例のイベで、その、レナがニーナを刺しちゃいまして。

 

99:名無しの生徒

ニセモノが、じゃないよな?

 

100:名無しの生徒

本物が本物を、ですねぇ、

 

102:名無しの生徒

……狙ってやっただろ?

 

103:名無しの生徒

勿論さぁ。

 

108:名無しの生徒

催眠系が居るよってニーナが言ってたから警戒してたけど、まさかニセモノまで居るとは……この目を持ってしても見抜けなんだ。

 

111:名無しの生徒

流石のレナ殿下も催眠術とニセモノのコンビネーションアタックは避けれないからね。仕方ないね。

 

113:名無しの生徒

催眠術で意識レベルを落とされてるところにニセモノを投下して、それを散々殺させた後に本物と再会させるとかいうド畜生。

なお効果的な模様。

 

114:名無しの生徒

死亡フラグを全回避して生存ルートに入っても、それでも首を絞めちゃうからなぁ……後コンマ数秒気づくのが遅かったら、そのまま首の骨をへし折った挙げ句ねじ切ってただろうし(鮮血の結末)

 

117:名無しの生徒

ニセモノとはいえ淡い恋心を抱く相手を散々惨殺させられて、最後には本物のニーナを手にかける羽目になったレナ殿下の気持ちを答えよ。

 

118:名無しの生徒

絶望以外に何があると?

 

119:名無しの生徒

衝動自殺待ったなしゾ。

 

122:名無しの生徒

ルート次第ではニーナの槍杖を使ってその場で自殺しちゃうしなぁ。レナ殿下。復讐や過去の約束に縋って生存する場合も多いけど(なおハイライトは消える)

 

123:名無しの生徒

これの何がエグいってどちらにも意識があるところ。

ニーナは霧に仕掛けがあるって言ってたけど、霧はただの魔力阻害だけで、催眠術も思考誘導だけだから……

 

124:名無しの生徒

操られた訳でもなく、正気のまま殺る事になるんだよなぁ。コレ。ホント、タチが悪いわ。

 

126:名無しの生徒

死んでもレナを傷つけたくないニーナ先生VSその気になれば吸血鬼パワーであっさり殺せてしまうレナ殿下。ファイ!

 

128:名無しの生徒

レナ殿下は自分の種族を嫌悪してるんやぞ? それを、それをお前……!

 

129:名無しの生徒

しかも早くニーナのところに行かなきゃ! って焦りから無双すればするほど罠にハマるという……なおその無双相手も恋人の顔をしてる模様。

 

130:名無しの生徒

マジ外道。

 

131:名無しの生徒

人の心とかないんか?

 

132:名無しの生徒

そこに無ければ無いですね。

 

140:名無しの生徒

あぁ催眠だなと思ったらニセモノで、ニセモノだと思ったら催眠だという……この二重コンボよ。

 

143:名無しの生徒

バカめ! そっちが本物だ!

 

145:名無しの生徒

かかったな! アホが!

 

146:名無しの生徒

サンダークロススプリットアタァァァクッ!

 

148:名無しの生徒

なおサンダークロススプリットアタックしたのはどちらかと言うとニーナの模様。

 

149:名無しの生徒

あれ? そんな事するシーンあったけ?

 

150:名無しの生徒

ニーナが雑談で話してたぞ。

 

152:名無しの生徒

自分の英雄的活躍を雑談でサラッと流すニーナ先生。お喋りクソ女は伊達じゃない!

 

153:名無しの生徒

この距離なら、バリアは張れないな!

 

154:名無しの生徒

ゼロ距離、取ったぞ!

 

156:名無しの生徒

死ぬほど痛いぞ。

 

158:名無しの生徒

最後のは違う……いや、ルート次第だと違くないのか。

 

160:名無しの生徒

十八禁版だと、フラグ次第で文字通り爆発四散するからな。お喋りクソ女。

 

162:名無しの生徒

なんで自決用の爆弾なんて持ってるんです?

 

163:名無しの生徒

ニーナだから。

 

165:名無しの生徒

お喋りクソ女だから。

 

166:名無しの生徒

納得。

 

167:名無しの生徒

納得するのか……

 

175:名無しの生徒

あそこ(死亡)分岐多いからなぁ。何してもニーナは死ぬ。

 

180:名無しの生徒

バトルの成績とか以前に、百合に挟まりに行ったら死ぬぐらいだからな(ニーナが)

 

182:名無しの生徒

野次馬、出歯亀、ダメ絶対。

 

183:名無しの生徒

あぁ、ニナレナの月イベか。夜中にフラフラ出歩くニーナ先生をストーカーすると、レナ殿下とのゆりゆりイチャイチャが見れるという。

 

185:名無しの生徒

なお出歯亀するとレナ殿下に秒でバレてしまい、盗み聞きに配慮したニナレナの会話内容が上っ面の物になる為……ニーナ先生に回避不能の死亡フラグが立つ模様(数値としてはニナレナの絆レベルが二段階減少する)

あそこはスピードワゴンの様に全てを察して、何もせず、宿に直帰するのが正解なんだなって。

 

186:名無しの生徒

スピードワゴンはクールに去るぜ……

 

188:名無しの生徒

スピードワゴンって紳士だったんだなって。

 

190:名無しの生徒

一人一文無しでアメリカテキサスに渡り、砂漠で死にそうになりながら油田を発見し、世界経済を動かすまでになった男……が紳士じゃない訳がないんだよなぁ!

 

191:名無しの生徒

だが! 我がドイツの医学薬学は世界一ィィィ! 出来ん事はないィィィ!

 

192:名無しの生徒

突然どうした。発作か?

 

194:名無しの生徒

発作でしょ。鎮痛剤でも撃ち込んでおけば、ヨシ!

 

195:名無しの生徒

ヨシ!

 

216:名無しの生徒

そういえばニーナ先生、迎撃戦で理論上は上手くいく作戦を強引に成功させてたけど……解説、いりゅ?

 

218:名無しの生徒

いら(ないです)

 

221:名無しの生徒

森林地帯を高速突破しての包囲殲滅戦とか、現代人なら出来て当たり前だからね。仕方ないね。

 

223:名無しの生徒

なお実際に出来るとは言っていない。

 

226:名無しの生徒

ドイツ軍ですら工兵隊による入念な事前準備があって、かつ現場の兵士には疲労回復剤(中身はお察し)を投与しての強行軍だったんですが。それは。

 

229:名無しの生徒

それを土壇場で立案、実行、成功させたニーナ先生は何者なんですかねっていう……

 

232:名無しの生徒

間違いなく歴史の教科書に載るような鮮やかな電撃包囲作戦だからなぁ。

なお実情。

 

233:名無しの生徒

本人は天文台でカンニングしただけだって言って自己評価を上げるどころか下げていくし、作戦の実情も……まぁ、その、はい。

 

236:名無しの生徒

軍事作戦としては穴だらけもいいところだからな。あれは。

まぁ、事前準備が実質一日と思えばむしろ上出来なんだけど……敵のへっぽこ具合いに助けられた感は強い。

 

240:名無しの生徒

魔王軍の正体が正体だからね。仕方ないね。

というか魔王軍とは言われてるけど、モノホンの魔王軍は既に壊滅してるし、何なら帝国の滅亡にもあんまり関わってないという。

 

243:名無しの生徒

じゃああの悪魔軍勢は何なのかっていう謎が出てくるんだけど……プレイヤー目線でも、ニーナルートでもない限り違和感はあんまりないからなぁ。

 

248:名無しの生徒

なんだって魔王軍って命名しちゃったんですかね?

 

250:名無しの生徒

あれは魔王軍だ。私がそう判断した。

 

251:名無しの生徒

王国にダブスタクソ親父が居た可能性が……?

 

254:名無しの生徒

まぁ、ストーリー開始時点で死んでるだろうけどね(カスとクソとゴミしか残ってない王国上層部を見つつ)

 

259:名無しの生徒

ニーナルートを走ってると、あのイベの段階で親玉の存在が暗示されるんだよな。

愚痴という名のお喋りによって(なお戦闘後までニーナ先生が生存していた場合のみ)

 

265:名無しの生徒

単細胞のアイスマン、だっけ? 最初は氷属性のスライムか何かだと思ったぞ……

 

268:名無しの生徒

普通はそう思うよな。

でもそうなるとモドキ共の特性や帝国領や魔王領の現状に説明がつかないし、そもそも氷属性である意味も無いので……

 

269:名無しの生徒

普通アイスマンなんて通称知らないってそれイチ。

 

270:名無しの生徒

まぁ、ファンタジーってか、SFの話だしな。アイスマン。

いや、この場合はアルプスで見つかったミイラの事なのか……?

 

271:名無しの生徒

>>270

天文台とかいう特異点を考えるとどっちでもおかしくないけど……まぁ、どっちにしろ言いたい事は同じという。

 

276:名無しの生徒

ふむ。では、皆に分かりやすく説明を。

 

278:名無しの生徒

ご説明致します。

アイスマンとは元々、1991年にアルプス山脈エッツ渓谷の氷河で見つかった、約5300年前の男性のミイラの事を指します。

このミイラの特徴はなんといってもその保存状態の良さ。場所柄故か、ある種の冷凍保存下にあったこのミイラは、死因を特定出来る程の良好な状態で発見されまして……発見当時、かなりの話題性を伴った様です。

 

279:名無しの生徒

ふむ。そのミイラとニーナ先生が言うアイスマン……どう関係があるのだ?

 

280:名無しの生徒

は。実はこの冷凍保存されていたミイラですが……この様な事例は世界でも稀な事だったせいか、ある種のミーム汚染を起こしまして。これ以降、冷凍保存されていた死体や物品等をアイスマンと呼ぶ様になったのです。

転じて、SF作品等では冷凍保存やコールドスリープしていた者をアイスマンと呼ぶ事があり……ニーナ氏の言うアイスマンとは、原典ではなく通称としてのアイスマンだろうという事です。

 

281:名無しの生徒

誰だ、鎮痛剤と間違えて解説剤を撃ち込んだバカは……

 

282:名無しの生徒

いつも平気でやってる事だろうが! 今更御託を並べるな!

 

283:名無しの生徒

つまり、どいう事だってばよ?

 

285:名無しの生徒

モドキ共の大元は数千年前に冷凍保存された後、現代になって復活した原始的な単細胞生物って事だぞ。

 

286:名無しの生徒

化石じゃね?

 

287:名無しの生徒

と、思うじゃん?

 

290:名無しの生徒

コイツ、普通にエグいんだよなぁ……

 

295:名無しの生徒

自己進化、自己再生、自己増殖。組み合わせてはいけない物を全て持ってるヤベー奴。

 

296:名無しの生徒

Dかな?

 

298:名無しの生徒

Dだよ。

 

300:名無しの生徒

古代の時代だとコピー元や寄生先が似たりよったりだから大した脅威ではなかったけど、現代にコイツが蘇るとなぁ。

 

302:名無しの生徒

進化スピードはノロマもいいとこだし、同化したりもしない分、この手の部類にしてはマシなんだけどね……なお終章。

 

305:名無しの生徒

これを既に予見して抹殺計画を立てていた天文台とかいう謎組織。

 

306:名無しの生徒

流石はニーナ先生の古巣だ。気合いが違う。

 

308:名無しの生徒

まぁ、その謎組織はストーリー開始時点でニーナ先生を残して全滅してるんですけどね。

 

310:名無しの生徒

これの何が質悪いかって、ニーナが天文台に在席してたの、時期的に一年以下。下手したら数日なんだけど……

 

311:名無しの生徒

マッドサイエンティストから逃げ出して、匿ってくれた学術組織が数日で壊滅したニーナ先生の気持ちを述べよ。

 

313:名無しの生徒

俺は死神だ……

 

315:名無しの生徒

死ぬぜぇ、俺の姿を見た者はみんな死んじまうぞぉ。

 

318:名無しの生徒

実際事実なのでなんとも言えねぇ……

 

320:名無しの生徒

自己評価の低さの一因である。

 

321:名無しの生徒

ニーナ先生は死亡フラグを吸うから(他の人からすれば)むしろ生存フラグなんだけどね。

なおモブの全滅率。

 

322:名無しの生徒

軍事学的な意味の全滅も含めるなら、ニーナ先生が居た場所は毎回毎回全滅してるぞ。

 

335:名無しの生徒

天文台、全滅。

主人公の村、全滅。

学園のモブ教師、全滅。

派遣された中央の騎士、全滅。

貴族連合旗下の平民兵、全滅。

 

336:名無しの生徒

死神だぁ……

 

337:名無しの生徒

こうして見るとひでぇ戦果だなって(おい)

 

340:名無しの生徒

むしろこの戦局でメインキャラを全員生存させれてるニーナ先生が異常なのでは? ボブは訝しんだ。

 

342:名無しの生徒

実際ニーナ先生が死ぬと連鎖的に死亡フラグが乱立して、次々とメインキャラが死に始めるからね。

レナ殿下は勿論だし、アリシアにサーシャにエマ先生に……まぁ、ほぼほぼ全員に死亡フラグが立つな!

 

345:名無しの生徒

ニーナ先生と仲良くなったから死亡フラグが立つのか。それとも死亡フラグが立つような奴にニーナ先生がホイホイ近づいてしまうのか……まぁ、後者か。

 

346:名無しの生徒

ニーナルートで関わる人間はだいたいニーナ先生が救ってる定期。

 

348:名無しの生徒

ニーナ先生が居ないと簡単に人が死ぬからなぁ。

 

350:名無しの生徒

他人の死亡フラグを吸うことに定評のあるお喋りクソ女。ニーナ・サイサリス。

 

370:名無しの生徒

その結果があの重症だよ!

 

375:名無しの生徒

帝王切開をした気分って……なにやってんです? なにやってんです??

 

376:名無しの生徒

話の流れ的に自傷ダメージなんだよなぁ。

 

380:名無しの生徒

退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!

 

382:名無しの生徒

ニーナ先生は媚びなくても良いけど、ちゃんと自身を省みて退く事を覚えて。どうぞ。

いや、やっぱりレナ殿下には媚びろ(豹変)

 

383:名無しの生徒

お前いい加減にしないとレナ殿下に襲われるぞってそれイチ。

 

384:名無しの生徒

手遅れなんだよなぁ(十八禁版見つつ)

 

388:名無しの生徒

最初は産まれて初めてお友達出来たよ!(この時点でまぁまぁ重い)ぐらいのノリだったのに、ニーナちゃんが自分を省みずに何度も何度も死にかけるから、手放したら死んじゃう……また独りぼっちになっちゃう……!(完全にトラウマ)になってるんだよなぁ。

激重感情美味しいです。

 

390:名無しの生徒

ニーナもニーナでレナ殿下に向けてる思いがクソデカなんだよな。

滅びた亡国を再建する程度、容易い事だからまだ足りないって。お前、お前ホントそういうとこやぞ。

 

392:名無しの生徒

当人目線では帝国再建は容易いからね。仕方ないね。

 

393:名無しの生徒

それ世間の常識ちゃう。天文台の常識や。

 

394:名無しの生徒

ニーナ先生はちゃんと現実を見て欲しい。

天文台の価値観がおかしいだけなんやぞ……(小声)

 

395:名無しの生徒

世界を観測している特務機関最後の生き残りだからね。世界を救うのは予定調和だからね。仕方ないね。

 

396:名無しの生徒

Kかな?

 

397:名無しの生徒

Kだよ。

 

400:名無しの生徒

魔王の出現やその特性を正確に予言し、かつ魔王を生み出す事になる破滅主義者と長い事戦っていた天文台とかいう謎組織。

お前天文台の意味を辞書で調べて来い()

 

402:名無しの生徒

観測地点には違いないから……なお観測しているモノについては部外秘とする。

 

403:名無しの生徒

天文台に関してはニーナ先生も把握しきれてないっぽいからなぁ。

というかルート次第では全く触れられないし(隠しステージ)

 

406:名無しの生徒

未来に留まらず異世界すらも観測可能な古の施設と、それを管理する謎の組織。天文台。

ホントマジ謎。

 

408:名無しの生徒

そういえば、羽ペンちゃんも天文台の出身だっけ?

 

411:名無しの生徒

ニーナ・サイサリスの羽ペン。

学園最優の死霊術師、ニーナ・サイサリスが愛用した魔法の羽ペン。彼女はこれ以外の羽ペンを持っておらず、また使おうともしなかった。

 

彼女が愛した、ただ一つの羽ペンは、しかし、彼女の死後、恐ろしい品であった事が判明している。

元々そうであったのか? はたまた彼女の他の品と同じ様に呪われ、変質したのかは定かではないが……この羽ペンは、使用者の魂を吸い取ってしまうのだ。

まるで欠けた何かを取り戻すかの様に、尽く、欠片も残さずに。

 

そうして誰かの命を啜った日。羽ペンは決まって最初の持ち主……ニーナ・サイサリスの名を一人でに紙に書き記す。狂った様に、母を探す子の様に、あるいは、懺悔するかの様に。

 

彼の魔女と羽ペンがどの様な関係だったのか? 語れる者は、今や誰も居ない。

 

413:名無しの生徒

羽ペンにも激重感情を持たれる女。ニーナ・サイサリス。

 

415:名無しの生徒

ニーナ先生に激重感情を持っているのがレナ殿下だけだと……いつから錯覚していた?

 

416:名無しの生徒

なん……だと……!?

 

417:名無しの生徒

そして羽ペンの激重感情によって、ニナレナが進展する、と。

 

419:名無しの生徒

あぁ、夜会襲撃イベか。ニーナ先生が裏で暗躍してた。

 

425:名無しの生徒

王国よさらば。我が代表堂々退場す!

 

426:名無しの生徒

>>425

それは王都ルート定期。

 

427:名無しの生徒

あのイベなぁ……あの襲撃イベ自体はニーナ先生の生存に左右されない共通イベなんだけど、ニーナ先生が生きてた場合は被害が“拡大”してるんだよな。しかも前線で戦ってる兵士じゃなくて、我先に逃げ出したはずの貴族連中のが。

 

428:名無しの生徒

ニーナ先生がわざわざ警告の一発をホールにぶち込んだお陰で、魔王軍のアンブッシュを完全回避したのに、何故被害が広がったのか? コレガワカラナイ。

 

429:名無しの生徒

分からんのか! このたわけが!

 

430:名無しの生徒

まぁ、間違いなく殺ったなと。

 

432:名無しの生徒

帝国再建の為には邪魔になるからね。仕方ないね。

 

435:名無しの生徒

夏を過ぎて秋になっちゃうと魔王軍の進攻が本格化してきて、反帝国派を抹殺する機会が完全に無くなるからな……ラストチャンスと言えば、まぁラストチャンスだったし。

 

436:名無しの生徒

あそこで連中を殺ってしまえば、後は当主の仇討ち――ストーリー開始時点で当主はニセモノと入れ替わっていた――に燃えるドーントレス家を中心にそこそこ大きい徹底抗戦派が形成されるからねぇ(なお形成されるだけで主流派にはなれない模様)

 

437:名無しの生徒

滅亡寸前だっていうのに、ホントもう、ホント。

 

438:名無しの生徒

人間とは愚かな生き物です……

 

441:名無しの生徒

無能な味方は真っ先に殺せ。昔の偉人もそう言っている。

 

443:名無しの生徒

粛清じゃ! 粛清じゃ!

 

446:名無しの生徒

ここは人民の国のはずだぜ!? これじゃ昔に逆戻りだ!

 

448:名無しの生徒

それはいわゆるコラテラルダメージというものに過ぎない。軍事的目的の為の、致し方ない犠牲だ。

 

450:名無しの生徒

チェーンガンをバックから出しなよ……

 

451:名無しの生徒

出てこいクソッタレェェェ!

 

453:名無しの生徒

(逃走に使える馬車はもう皆)行ったかと思ったよ。

 

455:名無しの生徒

とんでもねぇ、待ってたんだ。

 

457:名無しの生徒

アイツらはどうしたの?

 

458:名無しの生徒

見送ってきたよ。

 

460:名無しの生徒

見送ってきた(地獄に)

 

462:名無しの生徒

そうしてまたニーナ先生の闇が深くなる、と。

 

465:名無しの生徒

この段階だと集団墓地(なお怨嗟の声付き)を背負ってるに過ぎないけど……いやまぁ、この時点で発狂モノなんですけどね。

 

469:名無しの生徒

なんで生きてるんです??

 

471:名無しの生徒

愛じゃよ。愛。

 

472:名無しの生徒

愛ですよ。スレ民。

 

473:名無しの生徒

なんだろう。寒気がする。

 

475:名無しの生徒

そりゃそう(発言者を見つつ)

 

476:名無しの生徒

まぁ、愛といえば愛だからなぁ……

 

477:名無しの生徒

愛、便利だなぁ。

 

478:名無しの生徒

愛としか言えないからな。

 

480:名無しの生徒

まぁ、その愛が為にニーナは戦いが終わるなりレナ殿下に……まぁ、はい。

 

481:名無しの生徒

それはそう。

 

482:名無しの生徒

残当。

 

483:名無しの生徒

あんな事してればそうもなる(十八禁版を見つつ)

 

486:名無しの生徒

この辺りからレナ殿下が躊躇わなくなったからにゃぁ。ニーナ先生はもうたじたじよ。

 

488:名無しの生徒

バックに優秀な情報提供(煽動者)が居るからな。さもありなん。

 

489:名無しの生徒

流石は羽ペン! 俺達に出来ない事を平然とやってのける! そこにシビれる憧れるゥ!

 

491:名無しの生徒

ただ羽ペンちゃんの十八禁シーンが無いのは致命的なバグ。失望しました。ニーナ先生のファン止めます。

 

493:名無しの生徒

あるっちゃあるけどね(ニーナ死亡後の惨殺シーンを見つつ)

 

499:名無しの生徒

何で皆死んでしまうん?

 

503:名無しの生徒

公式「殺したかっただけで死んでほしくはなかった」

 

504:名無しの生徒

公式はそんな事言わない。

 

506:名無しの生徒

言ってないだけで言ってるからなぁ……

 

509:名無しの生徒

あんたはここでふゆと死ぬのよ

 

511:名無しの生徒

中学生ってのはなァ……ババァなンだよ。

 

512:名無しの生徒

いいからドーピングだ!

 

514:名無しの生徒

いいですか、落ち着いて聞いてください

 

516:名無しの生徒

ち○ぽにゃ!

 

518:名無しの生徒

やだもー

 

520:名無しの生徒

うるさいですね……

 

……………………

…………

……



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教えて! ニーナ先生! 〜ニヒリズム〜

 お喋りクソ女が罪悪感から逃れる為に無意思かつ無責任に喋ってるだけなので、信憑性は欠片も担保しません。悪しからず。


 どうも、諸君。今日の授業は私、ニーナ・サイサリスが担当するよ。エマ先生じゃなくて残念だったね? 彼女は絶賛休暇中だとも。

 まぁ、修学旅行というか、バカンスというか、久方ぶりに学園の外に出れたんだ。君らも含めて羽を休めるのは大事な事だというのは、過労死を良しとする私でもちゃーんと分かっている。そして場所も青空教室で、模擬戦をしようにもついこの間やったばかり……あぁ、皆まで言わないでくれ。今日の授業も短縮だ。更に言うなら残るも出ていくも自由にしようと思ってる。

 うん、そういう訳なので、予定のある者は今から離席してもよろしい。今日欠席している者も含めて、一連の戦いで誰も死んでないのは確認出来たのでね。怪我をした奴の看病に行くなり、見舞いに行くなり、学園へ帰還する準備をするなり、好きにするといい。

 

 

 …………ユウ、その目は止めてくれたまえよ。退席した者にも、退席した者なりの正義があったのだ。仕方があるまい? 

 さて、残った諸君らには私の愚痴に付き合って貰う。繰り返す。これから始まるのは、私の愚痴だ。覚悟はいいね? 

 あぁ、退席は自由だ。情けない男の愚痴を聞きたくない者は直ぐに離席する様に。……ん? 男じゃなくて女? …………言葉のあやだよ。言い間違えさ。

 

 さて、本日の愚痴は虚無主義(ニヒリズム)についてだ。

 

 虚無主義、というのは哲学における考え方の一つであり、語弊を覚悟で噛み砕くなら、生き方の一つの事だ。

 虚無主義において今我々が生きているこの世界……特に過去と現在における人間の存在には、意義、目的、理解可能な真理、本質的な価値など存在せず、全くの虚無であるとされている。

 要するに、自分を含めた世界全てに価値が無く『全てどうでもいい』という訳だね。

 

 ここまで聞くと虚無主義って奴はとんでもなくネガティブで、後ろ向きで、破滅的な考えだと思うだろう。実際その通りだ。この段階の虚無主義とは、鬱病患者の見ている世界でしかない。この段階では、ね。

 

 故に、諸君。少し考えてみて欲しいんだ。

 生きる意味とは、何なのか? と。

 

 難しい事を聞くな、という顔だね? 

 しかし、聞かなければならないんだ。虚無主義というのは生きる意味、そして死ぬ意味に対する絶望と、ある種の開き直りなのだから。虚無主義について話すのなら、まず、生きる意味を問わねばならない。

 人はなぜ生きて、そして死ぬのか? と。

 

 あぁ、サーシャは座っていなさい。君の生きる意味は聞かんでも分かる。ユウも……ハッキリしたのがあるのか? ふむ、ならば口を閉じていなさい。生きる意味が既に明確ならば、心の中に自分だけの()が居るのなら、この段階の虚無主義は参考以上にならないからね。超人思想まで待ってなさい。

 アリシアは……迷っているか。他の者もチラホラ迷っている者が居るな。

 よかろう。三分間待ってやる。考えたまえ。自分の生きる意味とは、何なのか? 

 

 

 

 ──ふむ。二、三はそれらしい理由が出てきたかな? 

 では聞こう。それの価値は如何ほどの物か? 

 あぁ、言わないでくれよ? そこまでして折りたい訳ではないからね。だから、勝手に喋らせて貰う。

 

 家を継ぐ、あるいは後継者を産む。

 貴族令嬢としてはご立派な事だし、女性として正しい事かも知れない。けど、それに何の意味があるんだい? その家柄が残って、何になる? 子供を産んで、だから? 次の千年の礎となる為に君の人生を使い果たして、それで世界がどう変わるというんだい? 

 誰かは喜ぶだろうね。だが敵対者からは憎まれるだろう。余計な事をってね。

 

 ……まだ分からないか。

 

 良かろう。他の者の推測もしていこう。

 誰かを守る。復讐を果たす。故郷を守る。今日を生きる。明日死にたくないから……あぁ、その全てにどれほどの意味があるのか。

 愛する誰かを守って、共に生きて。

 大切なものを奪った奴に復讐して。

 故郷を守り、明日に生き、未来を紡ぎ…………そうだね。尊い事だと思うよ。

 

 けれど、その全てに意味は無い。

 

 例えば、私が命懸けで誰かの命を救ったとしよう。

 それに何の意味がある? 何の価値がある? 

 救った者からは感謝されるだろうし、友達になれるかも知れない。この先の未来を共に歩めるかも知れない。ひょっとしたらその果てに魔王軍を滅ぼして、世界を救えるかも知れない。

 なるほど、偉業だ。しかし、無意味だ。

 

 分かるかい? ……やはり分からないか。

 

 いいかい? 全ての行いに絶対的な意味なんて無いんだよ。

 私が誰かを救っても、魔王軍を滅ぼしても、それで何が変わる? 人が救われる。世界が救われる。……本当に? 

 その人は、本当に救われるのかい? その先で見たくない物を見せられて、地獄の苦しみを味わうかも知れないよ? 

 世界が救われる? 笑止千万。救われるのは人の世であり、この王国だけだ。世界じゃない。人が救われるだけで……仮に人の世が滅びても、そこから先は魔王の世が始まるだけだ。動物達だって死にやしない。……それに、今更人の世を救っても、帝国は、レナの故郷は滅びた後だ。何の意味もない。

 

 人生には何の意味も無く、何の価値も無い。

 人は何も変えられない。運命の前には、あまりにも無力。

 

 分かるかい? 世の中に『普遍的な絶対』は無いんだ。誰に取っても正しい正義なんてものは最初から存在しない。()()()()()んだ。

 

 アリシアが頑張ってドーントレス家を残したとしても、王国を延命したとしても、それは世界に大きな影響を与えないんだ。

 まして世の全員から喜ばれる訳でもない。親には喜ばれるかも知れないけど、敵対者からは憎まれるだろう? 

 

 それは私も、君らも同じだ。私達がどれだけ愛する者達を守り、憎むべき魔王軍を滅ぼしたところで……それは正義ではない。

 私達にとっては意味ある勝利でも、相手側からすれば無意味な努力であり、憎むべき悪行なんだよ。

 

 …………ん、駄目か。うーん、分かりにくいかな? 分かりにくいか。哲学だからね。これは。

 ふぅむ、うむ。それなら、もっと分かりやすくしようか。

 例えば、私が今から昔に、帝国が滅びる前の時間に移動して、一人で魔王を殺したとしよう。

 魔王が死んだ以上、魔王軍は出来ないし、レナの故郷は滅びない。レナはお姫様のままで居られるし、君達もこんな場所に来ないで済む。ユウの村は焼かれず、親と共に過ごせただろうし……それは、他の者達も同じだ。エマ先生も過労を気にせず、ゆっくりと教師の道を歩めただろう。

 

 偉業だ。価値ある勝利だ。誰もが救われたハッピーエンドだ。

 ……本当に? 

 私達からすれば最高の未来でも、魔王からすれば絶望の未来じゃないか? そもそもそれだけの事をしたとして、それで世界がどうなるというんだい? 何が変わる? 何の意味がある? 何の価値がある? 

 

 

 ──答えられないだろう? ふわふわしたお気持ちは出てきても、遍く全ての知的生命体が納得できる完璧な答え……即ち、『神』を見出す事は出来ない。

 

 もう一度言おう。神は死んだ。

 

 恐らく、何となく分かって貰えたと思う。そして、分かるはずだ。底の見えない暗闇が。絶望が! 

 私の祖国には諸行無常という言葉があるが……虚無主義の抱える絶望は、それよりも更に透明で、真っ黒で、どうしようもない物だ。

 他の宗教なら神様が救ってくれる。その日の為に布教せよ、仲間を増やせ、寄付金を集めろ。と、そうなるだろうが……虚無主義はどこまでも現実を見据えたリアリスト。普遍的な絶対が、信じていれば救われる神が死んだ以上、人は人の力だけで世界に立たねばならない。

 

 だというのに、この世界に絶対は無い。

 何が正しい事かすら分からず。

 自分の生きる意味を、誰も教えてはくれない。

 

 この絶望が、分かるだろうか? 

 

 暖かく守られていた……たとえそれが薄っぺらいベール一枚の、優しい嘘だとしても、守られていた世界から放り出されて、真実に気づいてしまった者の絶望が。

 

 皆が信じていた正義は、神様は、死んでしまった。自分の生きる意味を、自分で探さなければならない。

 なのに、この世界はどこまでも無価値で、無意味で、全てが無駄。

 

 路頭に迷う、とは。正にこの事だ。

 

 だから……虚無主義者は、諦める事にした。いや、認めた、と言ってもいい。

 この世界が無価値で、無意味で、無駄ばかりである事を、認めたんだ。

 虚無主義の始まりは、ここだ。この世界に意味なんてない事を認めて絶望する事。それが始まりなんだよ。神は死んだ。この世界に、自分の人生には、何の意味も無く、価値も無い。即ち、誰かを救えたとしても、それが正義なのかは永遠に分からない。

 暗闇だ。絶望だ。どこまでも深く、鬱になってしまいそうな闇。虚無主義において消極的な虚無主義といわれるコレこそ、虚無主義の始まりだよ。

 

 …………そこから先に進めない者は、あまりに多い。

 絶望が鬱病を呼び込み、部屋から出れなくなってしまう者すら居る。かといって自殺する事も出来ない。生きる意味なんて無いけど、死ぬ意味もまた無いから。

 

 

 故に、私は、あえて先に進もう。消極的な虚無主義からの脱却。あるいは転進。即ち、積極的な虚無主義だ。能動的な虚無主義とも言うね。

 

 積極的な虚無主義。能動的な虚無主義。積極的で能動的な虚無。なんだそれは? 

 そう誰もが思うだろう。私も思う。だが、能動的で積極的な虚無なんだ。これは。なぜなら……開き直りだからね。

 

 世界や、自分に意味なんて無い。生きる意味も、死ぬ意味も、価値も真理もありはしない。

 だから、開き直る。

 そういうものなのだと。そして、ならば、と。そう力を振り絞るんだ。何の意味も無いのなら、誰も教えてくれないなら『自分がやる』とね。

 

 いわゆる超人思想だ。若者風に噛み砕けば、人生エンジョイ勢、となるかな? 私は超人思想の方が好みなので、こちらを語るとしよう……といきたかったんだが、時間が押してるな。

 仕方ない。超人思想を詳しく語るのは別の機会にして、今日は一言でまとめよう。

 超人思想における超人とは、自分の意思で行動する者の事だ。つまり……

 

 自分の脳ミソで考えて、自分の意思で決断しなさい。

 

 という事だね。

 あぁ、私がいつも言っている事だ。これは虚無主義における超人思想に端を発している訳だが…………いや、語るのは止めよう。まとめだ。まとめ。

 

 皆が崇めていた神は死んだ。普遍的な絶対は無くなり、何が正しい事なのかすら分からない。

 故に、自分に要を置け。

 皆が信じていた神が、正義が、絶対が、常識が、道徳が、死んだというなら。信用出来なくなったのなら。……その時は、自分を信じろ。

 

 他の誰かの『神』なんぞ信じるな。無意味だ。愚かですらある。大衆の『神』に至っては滑稽だ。

 重要なのは一人一人の心の中に居る『神』であり、個人の意思。つまり、君がどう思うか? 何もかもが無意味に終わると知っていて、それでもなお、やりたい! と。そう思う事があるか? それを見つけれるか? 

 それが、重要なんだ。

 

 

 周りの声は参考程度に止めておいて。最後は確り自分で考え、自分の意思で決断する。

 自分の、他ならぬ自分の足で立つんだ。誰かに甘える事なく、頼ることなく、自分の足で、自分の力だけで! ……まぁ、私は足、無いんだけどね。

 ……笑うところだよ? ここ。

 

 ……………………

 …………

 ……




 なお当のニーナは純粋な虚無主義者ではない模様(本当にただの愚痴&自身の正当化)

 この物語はフィクションです。登場する人物・団体・土地・出来事・名称等は全て架空であり、実在のものとは関係ありません。いかなる類似、あるいは一致も、全くの偶然であり意図しないものであり、実在のものとは全く関係ありません。

 ◇次回更新について◇
 これから商業用作品の次巻の執筆を行い、その後に三章(プロット真っ白)の執筆に入りますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。


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if あり得た未来

 それは、最悪の結末の一つ。
 選ばれなかった、もしもの可能性。


 曇天の中、星辰の輝きすら届かない陰鬱な夜。

 新月が間近に迫っているせいか、あるいは別のナニカが原因なのか? どうにも気分が優れなかった彼女達……ニーナとレナは、提供された王都の宿で眠りにつこうとしていた。

 

「おやすみ、レナ」

「うん。おやすみ、ニーナ」

 

 旅の疲れは勿論の事、予想以上に腐敗していた者共を目撃し、あまつさえ会話してしまった事による気疲れもあったのだろう。

 二人はおやすみの言葉を交わして、まぶたを閉じるなり、直ぐに眠りにつく。……ついてしまった。

 

 穏やかな寝息。落ち着いた呼吸音。

 完全に寝入ってしまったのだろう。無警戒に眠る二人は、何の違和感を覚える事も出来ない。微かな足音も、衣擦れの音も、飛び起きるには小さ過ぎるから。

 

 そう、故に、それは定まった運命だった。

 

 微かな物音を立てながら、ヌルリと部屋に入り込む複数の人影。用意周到な事に、いや、あるいは予定通りに合鍵を使って侵入してきた彼らは、王国側が送り込んだ暗殺者の一団だ。

 もしニーナが起きていたなら、これでもかと練度不足を指摘するだろうその一団は、しかし、当のニーナが日頃の疲れから……そして、最初から仕組まれていた睡眠薬によってグッスリと眠っているが為に、誰に指摘される事もなく二人の眠るベッドに忍び寄る事が出来た。

 

 その目的は、言うまでもない。

 

 無言のまま、彼らは二人の少女のうち……黒髪の少女に手を伸ばす。

 上からの命令通り、事を済ませる為に。

 

 ──皇女の小間使い、その首を落として脇に置け。

 

 ずいぶんと親しげではあったが、所詮は小間使い。薬で眠らせておけば楽に首を落とせるだろう。そして朝になって晒された首を見た皇女は怯えるに違いない。次は自分の首が落とされると。そうやって恐怖を植え付ければ、後はどうとでもなる……そんなゲスの策は、しかし、ニーナの目がゆらりと開く事で頓挫しかけた。

 当たり前だ。ニーナは小間使いではなく、実戦経験豊富な死霊使いなのだから。

 

「ん……? なっ、誰──!」

 

 しかし、全てが遅かった。レナではない何者かに触れられている事に気づいた身体が覚醒した時には、既に首元にナイフが突き付けられていたのだから。

 だから、ニーナが叫ぶより早く、暗殺者がニーナの口を手で抑え込み、首にナイフを突き入れれたのは……当たり前の話でしかなく。

 

「ぐぶっ……!? ぁ、がっ……」

 

 そのまま抵抗が激しくなる前に切り落としに掛かった事で、事がスムーズに進んだのはただの道理であり。

 強いて予想以上の事を上げるとすれば……ニーナの意志の強さだろうか? 常人ならショック死しているだろう激痛の中で意識を保ち、更には手足を動かして抵抗し、何とか魔法を行使しようとするニーナの強靭な意志力は、この国の誰一人として想像すらしていなかった奇跡の偉業だったろう。

 だが、それも、結果がともなわければ無駄な努力以外の何物でもない。両手足を抑えられ、魔力を霧散させる特殊な魔道具を使われているニーナに、出来る事は何も無かったのだ。最初から。ここに来たその時から、既に。

 

「ぇ、ぁ……」

 

 首が切り落とされるその瞬間。最後に伸ばした手は……虚空を切り。誰かを呼ぼうとした言葉は、形にならず。

 少女の身体から、力が抜ける。

 くたりと投げ出された彼女の身体に、意志は無く。ピクリピクリと震えながら、びしゃびしゃと際限なく、命を、血を、流れ落とす。シーツを真っ赤に染めていく血しぶきは、自然、隣で寝ていた吸血鬼の少女の元にまで届いてしまい……その美しい白髪を、そしてやわからな頬を、血で赤く染めていく。

 

「ん、う……」

 

 愛しい人の、大事な血。

 こぼれ落ちて戻らない、あの人の命。

 温かいそれを、むせ返る程のにおいは、けれど、大量の睡眠薬を盛られたレナには……後一歩、届かず。くすぐる程度の刺激に留まってしまう。

 微笑ましい、やわからな笑みを浮かべてしまう程の、ささやかな物に。

 

「にー、な……」

 

 遠い、遠い夢の中で、どんな甘い景色を見ているのだろう? 幼い吸血鬼は、既に亡き愛しい人の名前を呼びながら、その血溜まりの中でまどろみ、微笑む。

 大好きだよ、と。今度は何をお話しようかな、と。

 それが二度と叶わないと、知る事も無く。

 

 だから、ぴしゃん、と。恨めしそうな、そして心からの無念を顔に浮かべたまま硬直したニーナの首が、血溜まりに投げ入れられて……それに触れたレナの手が、ニーナの生首を抱き寄せたのも。

 そして、そのまま微笑みを浮かべたまま、深い眠りに落ちていったのも……仕方のない話だった。

 

 眠っていたのだから。

 眠らされていたのだから。

 隣で大好きな人が、この人と一緒なら共に歩いて行けると思えた少女が、血溜まりの中で冷たくなっていても。無惨な屍を晒していた事に気づかなくても。仕方のない話なのだ。

 

 ………………本当に? 

 

 本当に、そうだと言えるのだろうか? 

 彼女の死を、より正確には、彼女の“血”を望んでいなかったと、そう言えるのか? 

 

 本当は、欲しかったのではないのか? 

 浴びる程の、ニーナの血を、命を、一番欲していたのは。他ならぬ、レナではないのか? 

 

 愛した人をむさぼり食らうのは、怪物の本性なのだから。

 

 どんなに“それ”を忌避していても、捨てきれなかったのは、他ならぬレナで。

 それが、この結末を招いたのではないのか? 

 知らず、聞かず、見ないふりをして。それがニーナを殺して、結果“血”を手に入れようとしたのだと。そうではないと、なぜ言える? 

 

 そうじゃない! レナはレナだ! バケモノなんかじゃない! ……そう言ってくれた、ただ一人の親友が居ない今、レナが自己嫌悪に落ちるのは、自身の怪物性とたった一人で相対する事になるのは、当然の結末……運命でしかなく。

 

「ん、ぅ……?」

 

 だから、血溜まりの中で、たった一人。孤独の中で迎えた夜明けは。いや、その先の未来ですら。

 

「ぇ、ぁ? なに、これ、ち、血が……ぁ、ぇ? な、なんで、あたま。ぁ、ぁ、に、にーな。にーな。し、死ん…………ぃ、いや。いやぁぁぁっ!!」

 

 運命だった。

 

 ……………………

 …………

 ……

 

 もし、手を下したのがレナ自身ならば、彼女は即座に自害しただろう。ニーナ愛用の品を用いて、何のためらいも無く。

 だが、しかし、どれだけ自己嫌悪に沈もうとも……手を下した者が別に居るなら、自害や逃避よりも復讐を選ぶ程度には、レナはニーナの事を思っていて。

 だから、王国が七日の後に一夜にして“押し潰された”のは、定まった未来でしかなかった。

 

「生徒会長……なぜ、なぜですか! なぜ貴女が、こんな事を!」

「……なぜ? ……言わないと、いけない?」

 

 王城から貧民街の掘っ立て小屋に至るまで。いや、そこに住んでいた人々すらも、全てが押し潰され、ガレキと血溜まりだけになった王都跡地で、かつて味方同士だった者達が対峙する。

 愛する人を殺され、失い、自身の怪物性に呑み込まれた幼い吸血鬼。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス。

 そんな彼女に学園の生徒として……いや、ニーナの教え子として、ユウは仲間達と共に問わざるを得なかった。なぜ? と。答えなんて、分かりきっているのに。

 

「……ニーナが居ない。それ以上に、理由が必要?」

「っ! それは、でも、こんな事!」

「そうだね。皆潰れちゃった。……けど、ニーナの死に顔は、もっと酷かったよ」

 

 今にも消えてしまいそうな、儚い微笑みを浮かべて。けれどその淀んだ瞳に、深い、深い絶望と憎悪をにじませながら、レナは言う。あの人が受けた苦痛は、絶望は、こんなものではなかったと。

 首を落とされ、無念と絶望を顔に貼り付けたまま冷たくなった……親友、師匠、先生、同僚の生首。

 誰もがそれを思いだし、だからこそ、彼ら彼女達は言葉を失うしかなかった。口を開けば、レナの絶望に、同意してしまいそうで。

 

「だからって、だからって……!」

 

 確かに、ニーナ・サイサリスは殺された。苦痛と無念の中で首を落とされ、無惨な屍を晒す結末に至った。

 けれど、その報復に王都を、そしてそこに住んでいただけの人々……およそ五万人を、ロクな死体すら残さず、一夜にして虐殺するなんて。そんな事が許されるのだろうか? 

 いや、許されない。許されない……はずなのに。ユウは、学園の者達は、レナのやった事を強く非難する事が出来なかった。それは彼ら彼女達もレナと同じ思いを少なからず持っていたからであり、亡きニーナの教えが今も生きて……いや、呪縛として、残ってしまったからなのだろう。

 先に手を出したのは王国貴族の一派で、そんな奴らを粛清しなかったのは、調査すらしなかったのは、国王であり、他の王国貴族であり、そして今も彼らを君主として野放しにしていたのは王国市民で──ならば、今回の責任は、その所在は、受けるべき報復は? ……あのお喋りが大好きな、それでいて皮肉屋な彼女なら、きっとこう言うのだろう。

 

 ──復讐するは我にあり(ヴェンジェンス イズ マイン)

 

 聖書は神の裁きを歌う。だが、世界は歌の様に優しくはない。ならば、代行しよう。殺していいのは殺される覚悟のある奴だけ……復讐の刃を受ける覚悟無き者が、誰かを害して良いはずが無いのだから。

 さぁ、振るえ。報復の刃を。神が仕事をしないのなら、我らが代わりに果たさなければならない。他者を踏みにじり続けた者共に、正当な怒りを、待ちに待った一撃を、奴らの首に! 

 

「先生……ッ! でも、それだけが……!」

 

 それだけが、ニーナの教えだったのか? 

 殺したから殺して、殺されたから殺して。奪い、憎み、その身を食い合う。……そんな虚しいだけが、先生の教えだったのか? 

 違う。違うはずだった。

 けれど、同時に、思ってしまうのだ。この結末は、むしろ当たり前の、正当な物なのではないのか? と。王都市民が、銃後で安穏としていた奴らが死んだくらい……そう思ってしまうのは、ここ数日の間、いや、ずっと前から彼ら彼女達学園側が受けてきた仕打ちもあるのだろう。自分達は命懸けで戦っているのに、それなのに、と。

 あぁ、結局。だから、なのだろう。ニーナの側に居た頃と比べると、どこか影のある笑みを浮かべるレナを、誰も止められない。止められやしない。愛した人の遺品を手に、新たな魔王として新生し、空から全てを睥睨する彼女を止められるたった一人の少女は……既に居ないのだから。

 

「──重力魔法。全てを引き寄せ、捻じ曲げ、押し潰す、星の魔法。原初の星空に浮かんでいて、いつの日か地上に落ちてきたソラの真理。ニーナの理論は、難し過ぎて……よく、分からなかったけど」

 

 頑張ったから。そうパッと花が咲く様に微笑むレナは、どこか壊れて……いや、狂気じみていた。

 頑張れば出来る……というより、ニーナが用意した物なら間違いないという信頼。あるいは、頑張ればいつかニーナが褒めてくれるという確信。

 当のニーナが死んでいるというのに、何も変わらない……いや、変わらないこそ感じてしまう、背筋の凍る狂気に、再び言葉を失ってしまう一同をどう見たのか? レナはコテン、と小首を傾げた後、一拍して言葉を紡ぐ。そろそろ行かなきゃ、と。

 

「呆気なかったけど、やりたい事は終わっちゃったから……後は、約束を守らないと。あぁ、貴方達は殺さないでおくね? ニーナの教え子と、同僚だから。殺したら、怒られちゃうもんね?」

 

 ホンの少しだけ悲しそうに、本当に怒られるのが嫌だからと、心底そう思っている様な声音で、やわらかく、残酷な言葉を紡いだレナは、でも、と。言葉を繋げる。

 急転直下、絶対零度まで感情を殺して。

 

「次は、無いから」

 

 遠回しに、追って来るなと。そう冷たい……どこまでも冷たい、永久凍土にも似た声を上げて、学園の者達を突き放したレナ。

 普段の穏やかさがまるでない彼女に、思わず一同が後退ると同時、レナはバサリと大きなコウモリ羽を羽ばたかせ、悠然と王都上空から飛び去って行く。ニーナが愛用していた様々な品……ローブにチョーカー、槍杖や日記帳を、その身にまとい、あるいは大事そうに抱え込みながら。

 その力強く、それでいて哀愁漂う羽ばたきに、背後から矢や魔法をぶつける気にもなれなかった学園の者達は、血溜まりが目立つガレキの中で立ち尽くす。なぜこんな事に、どうすれば良いのか? そんな迷いすら、振り払う事が出来ないまま。

 

「ニーナ、先生。僕らは、僕らは……!」

 

 どうすれば良いんですか。

 再び孤独へと戻っていく幼い吸血鬼。それを見送るしかない若者の切なる悩み。それを解決すべく意気揚々と、長ったらしいお喋りを始めるだろう少女の声は……当たり前な事に、どこからも聞こえてはこなかった。





 エイプリルフールなので(何をしてもいいと聞いた)

 以下wiki風まとめ。
 魔王フューリアス(憤怒の魔王)
 愛する人を失った悲しみと絶望の中、新たな魔王として新生したレナ・グレース・シャーロット・フューリアス元第一皇女の姿。あり得た未来の一つ。

 初登場はニーナ生存王都ルート最終話。
 主人公達以外を重力魔法で都市ごと押し潰しての登場は、プレイヤー達に混乱と納得の反復横跳びを強要させた。
 赤月にも似た瞳が完全に曇ってしまっている反面、その微笑みは以前とあまり変わらない為、大変コワイ。

 なお好感度上昇イベントがあるせいか? 多くのプレイヤーがまだ正気を保っている=救済ルートがあると勘違いしてしまうが……その実、彼女の精神は自身の怪物性に呑み込まれ、狂気に染まっており、ヒトをヒトとして見る事すら出来なくなっている。
 実際、彼女と会話が成立するのはニーナと関わりがあった主人公一行だけであり、それ以外の者は等しく路端の石ころ……よくて家畜程度にしか認識出来ていない。その為、プレイヤーは行く先々で破壊と死を振り撒く厄災と化した彼女を見る事になる。

 上記の様な変化を受けてか、ステータスも『器用貧乏な後衛キャラ』から『ハイレベルな超万能キャラ』へと大きく変質しており、その戦闘能力は驚異的なまでに上昇。
 またニーナ・サイサリスが残した遺品のおおよそ全てを回収し、日記帳からレナ専用重力魔法を取得している為にステータス以上に強く、ハッキリ言って手が付けられない。
 その強さは公式チートこと覚醒ニナレナを除けば作中一位であり、そのぶっ壊れ具合がうかがえる。

 特にレナ専用重力魔法は王都を一撃で石器時代に戻した事から分かる様に、どう見ても登場ジャンルを間違えた火力がある(インフレバトルマンガか、さもなくばSF映画の戦艦かナニカだろう)
 更に恐ろしいのは、彼女にとって重力押し潰しはただのアイサツに過ぎないという点か(どこの魔王だ? 魔王だったわ)
 主人公相手には大技をブッパしてこないので詳細は不明ながら、魔王フューリアスが去って数日経ったにも関わらず重力異常が──数時間の場合は次元の歪みも──発生し続けている描写がある等、明らかにヤバい(ニーナ先生、何を教えたんです……?)

 ※以下お喋りの為折りたたみ。
 ところで、ニーナ先生の授業で屋上から鉄の塊と木の塊を同時に落とすと、両方同時に地面に落ちる……いわゆるピサの斜塔実験をお喋りされた生徒は多いだろう。
 これだけならば、これだけならばニーナ先生は中世期にしては優秀な学者で済んでいた。だが、有志による綿密な調査によると……どうにもニーナ先生はこういった実験を経てなのか? 重力加速度のみならず、質量と重力の関係性、語弊を恐れず現代語訳すれば、ヒッグス粒子と重力子の存在に気づいていたらしい。現にストーリー終盤には仮想的なタキオン粒子と魔法的な空間歪曲を組み合わせた空間跳躍理論を構築。それを元に古代文明の遺跡を修復し、主人公一行を長距離転移させる事に成功しているので……こういった事実をかんがみるに、一般相対性理論やホーキング放射効果を感覚的に理解している節があったり、重力子や重力波のメカニズムに詳しいのも勘違いではないと思われる(どういう事なの……)
 以上の事からレナ殿下の重力魔法は重力子に直接干渉し、増幅させたり操作したりするタイプのブッ壊れ魔法であり、大技に至っては重力子や重力波を収束、放射するタイプの架空重力兵器とほぼ同原理で行使されていると見て間違いないらしい(すげぇよ、ニナレナは……)今のところマイクロブラックホール爆弾、グラビティブラスト、超重力砲等の可能性が示唆されている(また地図を描き直さなきゃならんな……)(惑星上で使うな)(大陸消しとんじゃーう)
 ※ここまでお喋り。

 また吸血鬼としての弱点も魔王として新生した際におおよそ解決済み、かつ、ニーナの魔法槍杖によるバフがあるので弱みになる様な要素は全く無く、精神面も覚悟完了済みな為に隙が無い。
 強いていえば過去のトラウマがより強くなっている為に吸血鬼の固有魔法である血魔法が全く使えない事。そしてニーナの教え子や同僚に対してはつい手加減してしまう事が弱点か(それは弱点なのですか……?)

 ニーナの遺言に従ってか、暴食の魔王を撃破するまでは共闘してくれる事もあるのだが──(中略)──結局は同じ少女を愛した者同士で世界の命運を賭けて決着を付ける事になり、その勝敗に関わらず死亡する。
 愛する人を失った彼女は、既に愛も救いも求めてはいない。彼女と関わりのあった誰かに殺されるか、それとも愛した人の愛用品で自害するか。
 自身の怪物性に呑まれた幼い吸血鬼の悲しき運命は、既に定まってしまったのだ。


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第三章 躍進の秋
第21話 目指す先は?


 秋。

 抜けが多過ぎて穴開きチーズと化した前世の記憶を信頼するなら、それは何をするにしても最適な季節だ。

 読書の秋、スポーツの秋、芸術の秋……秋の夜長から派生したのだろうそれらの言葉が、世代を越えて延々と使われ続けているのを見れば、その信頼性に疑う余地が無いのは一目瞭然という物だろう。

 

 実際、エアコンが無ければ比喩抜きに暑さに殺される夏や、暖房設備が無ければ気づかぬうちに凍死したり風邪をひいてしまう冬。そして花粉や黄砂が大気汚染と手を組んでジェットストリームアタックを仕掛けてくる春を思えば……秋の過ごしやすさは比較にならないのだ。

 刻露清秀(こくろせいしゅう)。秋の空気はどこまでもすがすがしく、清らかに透き通り、人に心地良さと安寧を与えてくれるのだから。

 

 ──そして、それはこの世界でも変わらない。

 

 人災という名の環境問題が何一つとして発生していない事もあり、この大陸の秋は現代日本のそれよりも更に過ごしやすい。

 高くすんだ秋空。少し冷たいが心地の良い風。豊富な食物。何一つ汚染されていないそれらをゆりかごに、愛する少女と共に読書にふけったり、あるいは二人でうたた寝をしたりする日々は……あぁ、まるでまどろみの中にいるかの様な日々は素晴らしいの一言で。私は、すっかりこの季節が気に入ってしまっていた。

 こうも穏やかな日々が続いてくれれば、どれ程良いだろうと。

 

 ──けど、安寧としてられるのも……残念ながら、今日までだ。

 

 夏の暑さ──現代日本と比べれば春の様なもの──が過去の物となり、秋の冷たい風が本格的に吹き出した今日この頃。私は穏やかな日々から身を起こし、再び走り出さんとしていた。

 勿論、愛しい少女と、レナと共に過ごした、少しぎこちないながらも暖かさを感じられる日々が……嫌いな訳ではない。本音を言えば、あのままずっとゆりかごの中で揺られていたいのが正直なところだ。

 しかし、いや、だからこそ。私はもう一度走り出さなければならなかった。あの日々を永遠とする為に。あの月夜に願われた夢を、少しだけでも叶える為に。

 

「……計画は順調そのもの。今のところ不安要素は、無い」

 

 同僚であるエマ先生と我らが羽ペンの立てる筆記音だけが響く職員室。その一角にある自席で私は羽ペンを睨みながら、小さな声で現状を再確認する。獅子身中の虫を駆除して以降、イレギュラーは何一つとして発生していないと。

 現に、ここ最近はレナを怒らせる様なドジもヘマも全くしていない……あぁ、いや、まぁ、それは今も放課後のグラウンドで本格的な、実に本格的な自主訓練を行っているユウ達主人公組の頑張りのおかげではあるのだけども。

 ともかく、状況は極めて安定していると断言出来るだろう。今度生やす予定の私の足を賭けても良い。

 

 ──うん。彼らに夏後半のアレコレを全て任せたのは、正解だったらしいね? 

 

 決断は間違ってなかった。そう内心でホッと息を吐きつつ、また余計な事を書き出した羽ペンを軽くはたいた後、私は改めて主人公組の活躍を思いをはせる。極論他人事だと言うのに、よくもまぁ頑張ってくれた物だと。

 

「そりゃ、難敵という程の奴は居なかったけどさ……」

 

 よくやるよ。そうエマ先生に気づかれない様、小さな声で呟きながら、私は呆れにも似た感情を抱かずには居られなかった。他人事なのに、よくもあそこまで頑張れる物だと。

 そう、他人事、他人事だ。ユウ達主人公組の自主性に任せたアレコレ……例えば活発化した魔獣の討伐や、魔王軍残党──という名の魔王の端末とそれに率いられた者共──との戦闘等は、極論すれば全て他人事でしかない。不穏な動きを見せる邪教徒の調査や、不足している物資の調達等は多少は関わりがあるものの、それも生徒という立場からするとやはり縁遠い話で……レナが関わらない話には全くやる気が出ない私からすると、その働きぶりは感心を通り越して呆れを覚えてしまうのだ。まだ十代半ばなのに英雄の真似事とは、よくやると。

 

 ──幾ら憎むべき相手が居るとはいえ……ユウの奴、あれじゃワーカーホリックもいいとこだぞ? 

 

 それこそ、十代の若者らしさなんて、絆イベントぐらいしかなかったんじゃないだろうか? そうため息交じりに憐れみを吐き出した私は、ユウの負担を幾らか肩代わりしてやるべきかと思案し……すぐに、それが不可能である事に思い至ってしまう。

 いや、正しくは、あれでもまだマシなのだ。メモに書かれた原作と比較すれば、ユウの過労死を恐れぬ働きぶりも『まだマシ』の一言で収まってしまう。

 たとえユウが休む暇もなく……それこそアリシアやサーシャの、あるいは王都からの──エマ先生が再三要求していた──追加人員とした合流したお姫様シスターや女剣士の絆イベントをこなしている時ぐらいしか、休む暇が無かったとしても。それ以外は忙しなく働いていたとしても、それで状況が全く改善されなくても、それでもまだマシと言えるのだから……この世界は本当に救いようが無い。

 とはいえ、そのかいあってと言うべきか? ユウとアリシアの距離はかなり縮まった様子であり……きっと、それがせめてもの救いというやつなのだろう。

 

 ──うーん。私の後ろをヒヨコみたいに付いて来てたのが懐かしく感じるとは……成長したねぇ。彼も。

 

 男子三日会わざれば刮目して見よ、とは正にこの事。

 まぁ、私との距離が若干遠くなった事に寂しさを覚えないと言えば嘘になるが、それも師匠離れと思えば喜ばしい事であるし……何より、将来の就職先も確定した様なのだから、ここは喜んでやるのが師としての務めという物だろう。

 

 さて、そうして弟子が公私問わず死ぬほど忙しくしていた傍ら、斯く言う私の方はあくびが出るほど暇をしていた……はずもなく。ユウ達が頑張っているのを良いことに、コレ幸いと空いた時間を利用して政治的な勢力の拡大や足の治療の準備、そしてレナの闇魔法……に見えるが、厳密には闇魔法ではないナニカの解析を積極的に敢行していた。

 結果、王国内部で発生した空白を幾らかアリシアに保有させる事に成功し、足の治療に関しても後は日取りを決めるだけとなり、レナの闇魔法……もとい、重力魔法についても、ある程度まとめる事に成功。ゲームの頃から闇魔法ではないのではないのかと、闇と星がごっちゃになっている──星辰や重力まで闇に一括りにされてる──のでないかと、そう考察班から常々言われていたレナの闇魔法や闇精霊が……あぁ、まさかグラビトン粒子に直接干渉してるとは、思わなかったが。

 

 ──危うく惑星崩壊の危機だった……というのが、大げさでも何でもない辺り、実に頭が痛い。

 

 それこそ、前世の私が知識を溜め込みに溜め込んでいなければ、レナは惑星諸共自滅していたかも知れないのだ。何せ直径一ミリのマイクロブラックホールですら、条件次第では惑星を粉砕してしまう恐れがあるのだから……あぁ、あの場で失禁も卒倒もしなかった私を誰か褒めて欲しい。

 それと、レナが闇精霊と共に感覚的に行っていた危険極まりないアレコレ──蝶形マイクロブラックホール爆弾とか、低出力重力波放射とかだ──を小難しい魔法式に落とし込み、安全性を確実に確保した私の努力も、今回ばかりは評価されても良いだろう。何せヒッグス粒子や重力子だけならまだしも、ホーキング放射やシュワルツシルト半径の存在を魔法式に盛り込む必要があったんだぞ? 幾ら絶望的な難易度の計算や数値を闇精霊に全て押し付けれたとはいえ……あれは、余人ではどうにもならなかっただろうと確信している。

 少なくとも、ピサの斜塔実験すら行っていないこの世界の学者共には、何が危険なのかすら分からなかっただろうさ。一般相対性理論を触りだけで良いから学んで来いという話だ。あぁ、誰が何と言おうと今回ばかりは自画自賛するぞ。私は。

 

「全く、レナの厄ネタを潰すのは使命だから良いにしても、だ。下手をするとあの日がXデーになっていたのは……笑えんな」

「えっくす……? 何の話ですか? ニーナ先生?」

「ん? いや、なに、ちょっと予言者も苦笑いしてしまう様な妄想をね? あぁ、気にしなくていいとも。いつもの妄言さ」

 

 たった一人の少女の手によって惑星が崩壊する……そんなノストラダムスも笑うだろうバカバカしい妄想を切り上げて、私は不思議そうに小首を傾げるエマ先生に曖昧な笑みを返しておく。大した話ではないんだと。

 伝わるはずもない危惧を語っても仕方ない……そんな思考を読み取れずとも、私が深入りして欲しくない事は分かったのだろう。エマ先生は小さく頷きを返して、書類へと視線を戻してくれた。今後の計画……授業は勿論、侵攻作戦までもが網羅されているだろうソレに。

 

「しかし、流石はエマ先生……と言うべきなのだろうね? 自分の分だけでなく、まさか私の分まで授業計画を立ててくれるとは。おっと、嫌味とかじゃないよ? エマ先生のおかげで授業内容に悩まなくて済むし、寝落ちやブッキング率も大幅減少。神様、仏様、エマ先生様……なんて、崇め奉った方が良いか悩んでるぐらいだ」

「い、いえ、そんな……私には、このぐらいしか出来ませんから。それにニーナ先生には、防衛計画の立案をしてもらいましたし」

「だからお互い様、と? その精神は美しいと思うがね。現状では、エマ先生の負担が重すぎるだろう? そもそも、トーチカも無ければ弾薬消費も無い、死霊任せのあれを防衛計画と言って良いかは甚だ疑問な訳だし……私なんて、ここ一ヶ月は無駄飯食らいもいいとこだよ。エマ先生に謙遜されては立つ瀬が無くなってしまう程度にはね? いや、まぁ……こんな物を送り付けてくる連中よりは、マシだろうけども」

 

 やれやれだ。そうアメリカ人もかくやというオーバーアクションを返した後、私は目の前の書類にコツコツと爪を立てながら悪態を吐く。ミミをピンと立てて、けれど何の気なしに、全くもって信じがたい、と。

 

「現実って奴は実に救いがたいねぇ? よりにもよって攻勢に出ろ、なんて。連中頭に花でも生えてるんじゃないのか? 増員したかと思えば教会の若手シスターに孤児が数人。それと個人の練武場から成人前の剣士や戦士が十数人だけ……全く、アイツらに戦争やってる自覚があるのか疑わしくなってくるね? 仮に我々へのイジメにしたってもっとこう、やりようという物があるだろうに」

「あー、えっと、その、王都の方も、余裕が無い……のかも知れませんよ?」

「自分でも信じてない事は口にするものじゃないよ? エマ先生。君の知り合いから王都は平和そのもので、貴族共に至っては連日パーティーをやる余力がある……だから帰って来いと、そう手紙が来ていたじゃないか。君の為のドレスも用意されているんだろう? 名門男爵家嫡男とのお見合いもセットでね」

「うっ、ニーナ先生、その話は……」

「……あぁ、すまない。口が滑った」

 

 勝手に用意された見合い話なんて思い出したくもないのだろう。なんとも答えづらそうにしながら眉をひそめるエマ先生に、私は悪いねと肩をすくめながら謝意を示しつつ……同時に、王都の能天気さに呆れ返っていた。絶滅戦争の真っ最中だというのに、よもや平和ボケする余裕があるとは、と。

 

 ──まぁ、私が言える話じゃないけど。

 

 現場から離れると楽観主義がはびこる……そんな甘えの地獄を証明したのは、他ならぬ前世の祖国だ。無関心、無理解、無責任。戦前から本質的には何も変わっていないあの地獄に居て、にも関わらずそれを仕方ないと流していた私が王国を嗤うのは……まぁ、イマイチ筋が通らない話ではある。

 とはいえ、いや、だからこそ、奴らの醜態は探すまでもなく目についてしまう。自分には関係ないと責任から逃げ、問題が起きれば全て自分以外に押し付ける。……そんな見慣れた行動は、記憶が欠落してなお目に付くのだ。

 あぁ、そうだとも。私は、私は別にチーズバーガーを食いに行くなとは言わない。飯も食わずに働けとも言わんさ。私だって飯を抜くのは一日半が限界だし、毎日抜いている訳でもないからな。それは言わないとも。だが……せめて、せめて夜間の灯火管制ぐらいは、あるいは情報統制やプロパガンダぐらいはするべきではないだろうか? それが国家を預かる者の責務ではないのか? それすらせずに、ただ偽りの安寧を続けているのは……それは、逃げているのと何が違うんだ? 

 

「あぁ……全く、連中、いや、そうだね。エマ先生を見習って欲しいものだよ。爪の垢を煎じて飲ませたいとはこの事だ」

「つ、爪の垢ですか……?」

「ん? あぁ、例え話だよ? 故郷の古い言葉でね……見習わせたい、という意味さ。だってそうだろう? エマ先生の働きは素晴らしいの一言だ。本人も望んでいなければ、状況にも合っていないお見合いを勧めてくる様な……なんならその見合い相手も家柄だけのゴミ・オブ・ザ・イヤーを押し出してくる様な輩と比べるまでもない。エマ先生は良くやっているとも」

 

 本当に、よくやってくれている。そう繰り返し言葉を紡ぎながら、私はつい、口を閉じるのを忘れて言葉を繋げてしまう。先日も良くやってくれた、と。皮肉の無い、称賛の言葉を。

 

「あれは私では不可能な仕事だったからね。助かったよ。……あぁ、手紙一枚で商人を思い留まらせて、行商を続けさせてくれた件だ。おかげで生徒達も、この私も、皆揃って今日もうまい飯が食えるというもの……ん? うむ。今日の料理当番は私だよ? なに、任せてくれたまえ。なべ料理は失敗しようがないのでね」

「あはは……楽しみにしてますね? ですが、あの商人さん達とは昔から家同士の付き合いがありましたから、そんなに褒められる様な事では……それに、あれが正しかったとは、私には……」

「うん? そうかい? 少なくとも、私では上手くいかなかったとは思うがね。耳を塞がれて逃げられるのがオチだろう。それに、そう気にする事はあるまい。どの道ここが抜かれれば遅かれ早かれ自分達も全滅する事は、行商人なら流石に分かっているだろうしね。彼らも男なら、命の使いどころを間違えはせんだろうさ。……踏ん切りが悪いとは思うが」

「そう、でしょうか」

「そうだとも」

 

 それが普通という物だろう? そう鷹揚に頷きを返しながら、これでこの話題は終わりだと話を打ち切った私は、それ以上は何も言わなかった。

 だって、当たり前だろう? あの一件に際してエマ先生に不足は無かったのだ。不足があったのは、まだ年若い女に説得されてようやく戦場に留まった商人達の方。正直、彼らには失望したのが本音だ。それでも男か! この軟弱者ッ! と罵倒しなかったのは、隣にレナが居たからに他ならないのだし。

 

 ──全く、王国の男は皆ああなのか? SATUMA魂を持てとは言わんが……

 

 もう少し根性を見せて欲しい。元同性として情けなくてしょうがない。そう不満をため息に乗せて吐き出していると……丁度、羽ペンが皮肉交じりの書類を完成させてくれた。

 まぁ、私が不満を垂れ流していたせいか、実にブリカス風味のスパイスが効いた書類になってしまっていたが……連中には皮肉なんて理解出来ないだろうから、これでも別に良いだろう。羽ペンもヨシ! と言っているしな。

 そう雑でも問題無い書類──どうせ今の王国は後半年と持たん──に致命的な不備が無いかだけを確認していると、エマ先生が唐突に席を立つ。どうやらあちらも仕事が片付いたらしい。

 

「ん、上がりかね? エマ先生」

「はい、今日の分は終わりましたから。私はこれで上がるつもりですが……ニーナ先生は?」

「いや、私はもう少しやってから休むとするよ。少し考えたい事もあるしね。……あぁ、勿論、一人でだ。エマ先生、気持ちは嬉しいが、君は昨日殆んど徹夜だったろう? ゆっくり休みたまえ。私に合わせられると、当の私が落ち着かんのでな」

「…………分かりました。けど、ニーナ先生も早めに休んで下さいね?」

 

 約束ですよ? そう心配そうな視線を送って来るエマ先生にひらひらと手を振って見送り……その小柄な背が扉の向こうに消えた後、私は思わず小さな苦笑を漏らしてしまう。無理を言ってくれる、と。

 だってそうだろう? 私が純粋な少女ならまだしも、仮にも元男。それがこの戦時に軽々と休んで良い? 否。断じて否。雨にも負けず風にも負けず、過労死するまで働いて、その果てに無縁墓地に放り込まれる。それが男の死に様というものだろう。休む暇など、求めてはならないのだ。

 

 ──いやまぁ、無縁墓地は無いか? 流石に死体の始末はしてくれるだろうし……

 

 天涯孤独の身とはいえ、仮にも教職。それを思えば死体が野ざらしだとか、無縁墓地とか、というのはないかも知れない。

 とはいえ、墓参りに来る奴が居ないのは間違いな……いや、それもどうだろうな? レナなら数年は来そうな気がする。だが、それでも生涯ずっとというのは、流石にないだろうから……それは、安心かな? 

 

「レナの生涯を縛りたい訳ではないしね……まぁ、何にせよ、過労死した後の心配をしなくて良いというのは有り難いな。やるべき事が山程……しかも、私が一人でやるべき事がこうもあると、不安が無いではないし」

 

 あぁ、書かんでも分かるから余計な事を書くのはやめなさい。羽ペン。

 過労死チキンレースをやっている自覚はあるよ。けど、仕方ないだろう? 普段の業務も勿論だが、いい加減足を生やさなければならないし、お前に約束した褒美も用意しなければならない……それに加えて、あの“仮説”の真実も、確かめておきたいのだ。やる事は山積み。休む暇なんてどこにもないんだから。

 

「帝国は滅亡した超古代魔法文明の後継国である……か。荒唐無稽。前世の知識があってなお、眉唾ものではあるが、しかし、火のない所に煙は立たぬとも言うしな」

 

 それは古い、古い仮説だ。前世の考察勢によって語られた、古い仮説。レナの故郷が超古代魔法文明の後継国であるという可能性。……天文台に居た頃の私は、その可能性が極めて大だと思っていたのだろう。メモを見る限り、レナの安全が確保された後は、この可能性に全てのリソースを注ぎ込むつもりでいた様なのだ。

 実際、あの仮説が本当なら幾つかのアイテムは使い方が間違っていた事になり、その真の力は恐るべき高みにある事になる。例えば、勇者の剣や幾つかの換金アイテム。それと私の持っている杖……それらの真の力は、まるで発揮されておらず。もしその力をものに出来れば、どれ程現状が改善されるか。

 それを思えば、調べないという選択肢は無く。そして、これの調査に最適なのは学園ではなく、数日拠点にしていた天文台。そして……

 

「気乗りしないが、やはり行くしかないか……?」

 

 私が産まれ落ちた場所。邪教徒のロッジだ。




追記。
目次にぴょー先生より頂いた挿し絵を追加しております。是非。


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第22話 魔女の日記 Ⅵ

 九月 七日。

 

 超古代文明。それは紀元前4000年よりも更に過去の時代に存在したと噂される、現代よりも高度なテクノロジーを有した文明の事だ。有名どころで言えばアトランティス、ムー、レムリア等が該当するだろう。

 とはいえ、これら超古代文明は通常の古代文明とは違い、その存在が長らく否定され続けているものでもある。何せ、それらが存在したという証拠がどこにも無いのだ。またそれらが存在したという伝記や、あるはずのスーパーテクノロジーがある日を境に完全に失われたというのは……些か都合が良過ぎる話であり(あるいは、それも何者かによる情報操作の結果なのかも知れないが)

 何にせよ、残念ながらというべきか? 超古代文明の存在は各学界で笑い話か、さもなくば酔っ払いの妄言として片付けられる定番ジョークと化しているのが現実だ。

 

 しかし、それは、あくまで前世の世界での話。今私が居るこの世界は……そうではない可能性が極めて高く──考察勢の推測と私のメモが正しければ──この大陸には滅びた超古代魔法文明の遺跡とテクノロジーが、今もなお、この大陸のどこかで眠っているらしいのだ。

 

 バカバカしい。そう一笑に付すのは簡単だろう。

 だが……私自身、思い当たる点が無いと言えば、嘘になるのだ。

 例えば、邪教徒共。奴らの持っているテクノロジーはその組織規模を考えると……明らかにオーバーテクノロジーだ。

 特にホムンクルス製造技術は王国はおろか帝国すらも上回っており、その技術的アドバンテージは数百年分に匹敵するだろう。計算間違いじゃないぞ? 自分の事だからな……何度も調べたさ。だが、間違いなく数百年分の技術的な差が存在していたんだ。

 ……あぁ、あり得ない。海を隔てた訳でもないのに、大国とテロリスト集団の技術レベルがそれ程開くのは異常だ。比較対象が第三帝国だろうが米帝だろうが同じ事。あり得ない事態なのだ。あれは。

 

 そして、驚くべき事に。いや、嬉しい事にというべきか? この技術的な歪さは他にも存在する。

 例えば、この学園に点々と残された古い魔法。古い魔術式。何より……学園地下深くに存在する、破損した転移魔法陣。あれは王国の技術レベルとは数百年分、あるいは千年分もの差があるだろう。にも関わらず、あれらはずっと昔からこの学園に存在しているのだ。少なくとも数百年前から、あのオーバーテクノロジーが! 

 そして、オーバーテクノロジーの産物はそれだけではない。例えば私の持っている槍杖や、この羽ペンすらもオーバーテクノロジーの塊といって良いのだから……もう目眩がしてくるな? えぇ? 

 

 ん? 呼んだ? 

 

 いや、呼んでないから筆記係に専念してくれたまえ……

 

 まぁ? それが魔法の為せる技。これこそ剣と魔法のファンタジー世界! と言われてしまえばそれまでだが……

 それならそれでゲーム知識……幾つかのSF色が強いダンジョンや、開発が間に合わずフレーバー化したと言われる飛行戦艦。見方によっては衛星砲にも思える勇者の剣等、思い当たる節は幾らでもあるのだ。

 

 結論を述べよう。

 私は、この大陸には滅びた超古代魔法文明が存在したと確信している。……いや、期待しているのかもしれない。

 何せ、飛行戦艦ないしそれと同等のテクノロジーで作られた武器やアイテムを回収できれば、ストーリークリアのハードルは大きく引き下がるからだ。もしそれが無くても、幾つかの隠しアイテムを確保出来るだけで状況は大きく改善される。あぁ……レナの為にも、是非とも存在していて欲しいものだよ。かの滅亡した超古代魔法文明にはね。

 

 

 

 九月 八日。

 

 という訳で、手始めに司書権限を振り回して、学園の大書庫を文字通り片っ端から調べ尽くして来た訳だが……まぁ、無いよねと。

 薄々分かってはいたが、そうそう簡単には尻尾を捕まえさせてくれないらしい。一応、成果として数点ばかり、隠しアイテムである貴重で危険な魔導書を見つけたが……死霊術で手一杯な私には無用の長物だからな。これはエマ先生とユウに投げておいた。彼らなら上手く有効活用してくれるだろう。

 あぁ、羽ペン、何も言ってくれるなよ? 超古代魔法文明に関しての成果がゼロなのは、私が一番よく分かっているからな。……出来れば、邪教徒共のロッジに行く前に尻尾を、いや、その毛ぐらいは掴んでおきたかったんだがね。仕方ない、のか? これは。

 

 んー、仕方ないんじゃない? 下手しなくても千年前。下手すると一万年以上前の記録だもんねぇ……燃やされてそう。

 

 嘆かわしいね。全く。なぜ人類は定期的に貴重な本でキャンプファイヤーをやりたがるのか。中世の魔女狩りから何も進歩してないのは、もう、怒りを通り越して呆れてしまうよ。ホント。

 

 ヒャッハー! 汚物は消毒だァァァ! 

 

 ……燃やしてるのはどっちの方なんだい? それ。あぁ、いや聞くまい。書かんでいい。想像がついた。

 

 閑話休題(こまけぇこたぁどうでもいい)

 

 全くその通りだ。羽ペン。

 さて? 何はともあれ。兎にも角にも天文台へ行かなければどうにもならなさそうだし、このまま魔王討伐戦を始めるしかなくなる前に、一人旅と洒落込むとしよう。レナに外泊の知らせをするのは、まぁ、明日でもいいかな……? 

 

 追記。

 しかし、あれだな。ここ数日気分が悪いというか。すっきりしないというか。体調不良とは思えないが……レナにも言われたしな。重めの風邪でも引いたのかも知れない。

 

 ねぇ、ニーナ。

 

 ん? なんだい? 

 

 ……生理ってさ、どうしてる? 

 

 生理。生理かい? あれなら学園に来る前辺りからずっと、魔法で止めてるが……

 

 あ(察し)

 

 おい、何があ(察し)なんだ? 羽ペン。おい、おい? 

 

 

 

 九月 九日。

 

 エマ先生から真顔でドクターストップ食らったんだが? レナが涙目になりながら魔法を止める様に説得してくるんだが?? 何ならアリシアとサーシャにはドン引きされてるんだが??? 羽ペン???? 

 

 残当。震えて待つといいよ……いや、ホント。緩和程度ならまだしも、半年近く魔法で生理を止め続けるなんて……死にたいの? ニーナ。

 

 ……え、待って。そのレベルの話なのか? これ? 

 

(クソデカため息)

 

 いや、だって生理の日って動けなくなるんだろう? 戦争してる時に生理で動けませんなんてマイナスポイントにしかならな……あ、待ってレナ重力魔法を持ち出すのはやり過ぎ────

 

 

 

 九月 十日。

 

 むり しぬ。

 

 

 

 九月 十二日

 

 たすけて。

 

 

 

 九月 十四日

 

 完全にダウンしたニーナに代わって日記を書いてる完璧で究極の羽ペンは誰でしょう? そう! 私です! 

 

 いやぁ、今回のガバは特大でしたね……こんなんじゃ私、霧になっちゃうよ。

 まあ、なんというか、うん。ニーナが変なところでガバるのはよく知ってるけど、まさか、まさか生理を魔法で無理矢理止めてるなんて……この私の目をもってしても見抜けなんだ。

 

 まぁ? ニーナは元々男だし、生理への理解がふわっとしてるのは仕方ないかもだけど……だからって、なんで魔法で無理矢理止めるかなぁ? 生理は生理現象なんだよ? お腹が空いたり眠たくなったりするのと同じ事なんだよ? それを魔法で誤魔化したりしたら、どうなるか……ニーナなら考えれば分かると思うんだけど(無機物の私だって直ぐ分かったし)

 あるいは、考えた上で切り捨てたのかな? 切り捨てる判断が早いというか、なんというか。ナチュラルに死に急いでるからなぁ、ニーナ。

 

 追記。

 どんなにズタボロになっても「たすけて」の声だけは絶対に上げなかったニーナが、あんなに助けを求めてるのは可哀想だと思うけど……こればっかりはねぇ。ちょっとどうしようもない。

 たぶん、後三日は動けないだろうし、当分は生理不順で苦しむ事になるし、倦怠感も一ヶ月は取れないだろうけど……まぁ、なんというか。今回ばっかりは自業自得だからねぇ。助けようもないのもあって、私は三割ぐらい諦めムードです。はい。

 まぁ、隣にはレナ=サンがずっと居るから……ヨシ! ナデナデよしよしされてるから、ヨシ! ナニをしてるか分かる時もあるけど、とにかくヨシ! 

 

 

 

 九月 十六日。

 

 根性……! 

 ひ、怯まない。日本男児は怯まない……っ! 

 

 ニーナは女の子定期。

 

 き、気持ちは男だから……! 

 

 赤ちゃん孕める身体でなに言ってるんだか……諦めて、どうぞ? 

 

 うぐぐ……斯くなる上は、魔法で……! 

 

 ふーん? そういう事しちゃうんだ? 

 そうか、そうか、つまり君はそんな奴だったんだな。

 

 エーミール……!? 

 

 レナ殿下ー! レナ殿下ー! ニーナが悪い事しようとしてまーす! 

 

 羽ペン!? お前、お前! 

 あ、待ってレナ私が悪か──

 

 

 

 九月 十八日。

 

 おのれ羽ペン。レナがこっそり飼っているコウモリ(闇精霊系統の希少種)と結託してまで私をベッドに押し込むとは……おかげで予定より一週間以上も出発が遅れてしまったではないか。

 どうしてくれる? うん? 

 

 ふーん? 命の恩人にそういうこと言うんだぁ……へぇ? 

 

 ぐっ……あー! もう、悪かった。悪かったよ! だからレナを呼ぶのはやめたまえ! 最近目のハイライトが消えてきてて怖いんだよ……いや、レナは可愛いけどね! 怖くはないけどね! 

 こう、その、分かるだろう? 

 

 ……それ、誰のせいだと? 責任取って? どうぞ。あぁ、まさかニーナに限って、責任の所在を間違えたりしないよねぇ? ねぇ? 

 

 …………怒ってるのかい? 羽ペン? 

 

 自分の目を信じたら? 

 

 ……あー、その、悪かったよ。今後は気をつける。

 

 ふーんだ。

 

 追記。

 本題を書きそこねたので追記するが、私は一週間遅れながらも、何とかレナを説き伏せて天文台へ向けて出発する事が出来ていた。

 何故か、学園フルメンバーで。

 

 学園の守りは?? という私の当たり前の疑問は、ニーナを一人にするよりマシ(意訳)というこれまた何故か全会一致で合意が取れたレナの言葉の前に敗北。

 本当に、何故か、何故か知らないが新入りを含めたフルメンバーで天文台に向かっている。

 その上、というべきか? 気になる学園の守りも、突然やる気を出して単独顕現した死霊騎士達が死守するとあって、やっぱ止めたとも言い出せない始末。主の不在を守るは騎士の誉れなんだと言われれば、強制送還する訳にもいかず……

 そりゃ、君らの主はわたしではなくレナだろうけども。なんだってこんな時にやる気を出すのか……解せぬ。実に解せぬ。

 

 ……ニーナって、時々救いようがない程アホになるよね。ホント。

 

 おい、おい。

 ……なんだろう。最近羽ペンとの力関係が逆転している気がするのは。気のせいか? 気のせいだな。うん。

 

 ヨシ! 

 

 何見てヨシ! って言った? 羽ペン。

 

 

 

 九月 十九日。

 

 死霊馬や死霊狼のみならず、グリフォンまでをも酷使し超特急で展開したかいあってか。我々は今日の夕方には天文台を再制圧し、仮拠点に成功した。

 あぁ、再制圧というのは……まぁ、案の定というべきか。それともゲーム通りというべきか。ここの魔力や器物の影響受けて変異、凶暴化した森の魔物達が居座っていたので、それを一掃したのだ。私が最初に来た時にも泥仕合になりながら一掃したんだが……また入り込んだらしいな。恐らく、奴らとしても惹かれるモノがあるのだろう。たぶん。

 

 結界、張っとく? 

 

 ふむ? まぁ、そうだね。獣避けの印ぐらいは刻んでおくべきかも知れん。ここには貴重な物も多いからな。壊されては人類の損失だ。

 

 じゃあ、後でやっとくね。確認だけよろしくー

 

 うん? そういう事も出来る様になったのかい? あぁ、では、よろしく頼むよ。

 

 さて、話を戻すが……ここを再制圧した成果としては、取りそこねた隠しアイテムは全て確保。更にそれ以外にも貴重な資料や魔導書、あるいは用途不明ながら高度な器具などを発見する事に成功している。

 そして、ここが天文台と呼ばれる所以であろう星見台と観測器具の調査も進展中だ。……ただ、これに関しては調査結果が出る事は無いだろう。何せ私の目から見ても現代のそれと匹敵する上に、学園の先生になるべく真っ当な高等教育を受けてきた才女であるエマ先生でさえ、見た事もないが、途方もなく高度なのは分かる……逆を言えば、それ以外は何も分からないという有り様なのだから。

 

 いやまぁ、気になりはするのだけどね。これで何を観測していたのかは、フレーバーテキストでさえ語られなかったのだし。

 

 月とか星じゃないの? 

 

 うん? あぁ、いや、あの観測機器には、ただの星見にしては不要な装置や術式が多数見受けられてね。それが何かは分からないんだけど、少なくとも近場にある月とか星を見るにしては不自然な品なんだ。

 深宇宙でも探査していたのか。あるいは、星見台としての機能はオマケで、本来の目的は別にあったのか……まぁ、私が知る事は無いだろうね。本気で調べても十年以上は掛かりそうだし。

 

 

 

 九月 二十日。

 

 やはり、マンパワーは力だな。予定では一週間は掛かるはずだった星見台の探索が、あろう事か既に一通り終わってしまった。

 一人でチマチマやるはずだったのを、数十人でゴリ押してるんだから、当たり前といえば当たり前なのだが……にしても、エマ先生とレナが予想を超えて博識だった事は、嬉しい誤算という他ない。彼女達の才能は才女という言葉でもまだ足りないだろう。

 まぁ、方や難関という難関を乗り越えて若くして正規教員となった秀才。方や未了とはいえ最新鋭の教育を受けた元皇女殿下。しかも二人とも唯一生き残った先生と生徒なのだから、当たり前と言われればその通りなのだが。

 

 んー……エマ先生もそうだけど、やっぱりレナ殿下頭良いよね? テストの点が良いとかじゃなくて、自頭とか、IQとか、そっちの方で。

 

 うん、そうだね。普段はぼんやりしてるし、何なら思考が溶けてる時もあるんだが……ふとした瞬間の鋭さには、私も驚かされるよ。ゲームでは、あそこまで切れ味鋭いシーンは全く無かったからねぇ。……いや、本来のレナが、今なのか? 

 

 ……かもね。心配事は増えただろうけど、未来への希望は確かにあるだろうし。頑張ろう! とは、前より思ってるんじゃない? 産まれて初めてのレベルで。

 

 誰がレナのお荷物だって? 

 まぁ、戦局も好転しつつあるし……レナが未来に目を向けてくれるなら、嬉しい限りだね? ゲームと同じ少女は面影程度になりつつあるけど、別に、というか、私は今のレナも素敵だと思うし、そもそもゲームの事は切っ掛けでしかなくて、私はレナの事が…………あぁ、いや、いや、なんでもない。死力を尽くす。それだけだ。

 

 ……ヘタレ。

 

 お黙り。

 

 さて、兎に角、我々は明日一日休息を挟んで、邪教徒のロッジへと突入する予定だ。

 正直、気乗りはしない。連中とばったり遭遇したり、トラップがある事を思えば、自分以外の誰かを危険に晒す可能性を考慮せざるを得ず……何より、あの陰湿な場所に帰るという事を考えると、決意が揺らぐのは、仕方がない事だろう。

 私は、あそこで、あそこで────

 

 ニーナ? 

 

 ニーナ!! 

 

 ぁ、あぁ、大丈夫。大丈夫だよ。大丈夫、大丈夫だ。気にしないでくれ。

 ただ……そうだな。あそこに誰かを連れて行けば、誰もが疑問を持つだろうね? 

 いや、エマ先生やレナの予想以上の博識ぶりや鋭さを思えば、彼女達が私の出生や身体の秘密に気づいてしまう可能性は……恐らく、私が思う以上に高いんだろう。

 

 気乗りしない。全くもって気乗りしない話だ。

 ……笑ってくれ。羽ペン。私らしくもない。嫌われたら、なんて。ふふ、随分と弱くなったな? 私は。レナに、す、捨てられるなんて、そんな事。とっくの昔に、覚悟したのに…………



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掲示板 終盤のニーナは闇深い

【この天文台を使おう】ニーナ・サイサリスについて語るスレ Part26【奴にはもう要らん】

 

98:名無しの生徒

頼みがあるんだが、ニーナを起こさないでくれ。死ぬほど疲れてる。

 

100:名無しの生徒

死んでます。

 

101:名無しの生徒

死んでるんだよなぁ……

 

103:名無しの生徒

ニーナが死んだ? ……いつもの事なので、ヨシ!

 

104:名無しの生徒

ヨシ!

 

106:名無しの生徒

何見てヨシって言ったんですか?

 

108:名無しの生徒

そら呼吸、脈拍、瞳孔やろ。

 

110:名無しの生徒

ガチの生死確認で草。

……思えば、ニーナ先生ガチの生死チェックされた事、あんまりないな。なくない?

 

111:名無しの生徒

そらまぁ、レナ殿下が発見する時は大抵明らかに死体だからな。心臓拍動の停止や呼吸の停止、瞳孔散大や対光反射停止を確認するまでもないというか、なんというか……

 

113:名無しの生徒

バリスタ磔二号機。両足欠損血塗れ瀕死。今まさに自分で首を絞めた……これで生死確認する方がどうかしてるゾ。

血肉とかその辺にぶちまけられてるの想像してみてくれよ……

 

114:名無しの生徒

ポロリ(意味深)もあるよ! ですね。分かります。

 

115:名無しの生徒

ポロリと聞いて胸より血肉や臓物が思い浮かぶの、相当やぞ。相当なんやぞ……

 

118:名無しの生徒

まぁ、そんな惨状なので生死確認どころではなく、定期的に誤診する事になるんですね。

 

121:名無しの生徒

医者も居ねぇしなぁ。いや、居たとしてもあれの生死確認するのは蝶ネクタイの死神ぐらいか。

 

125:名無しの生徒

蝶ネクタイの死神でも現場猫すると思うよ(というかあれで生きてるニーナ先生がヤバい)

 

126:名無しの生徒

ペロッ、これは青酸カリ!

 

128:名無しの生徒

舐めるな定期。

 

129:名無しの生徒

原作でやってない定期。

 

135:名無しの生徒

「青酸ペロ? ……自殺したいのかい? 君は? 青酸カリの致死量は0.2グラム。確かに、この量であれば指先に付着した程度で致命傷になるとは……考え難いのは確かだ。けれどね? それはなりにくいだけであって、運が悪ければ死亡し得るという事でもあるんだよ。ついでに言えば、青酸カリで致命傷になるのは胃の中でガス化した青酸ガスだから、既に気体化が始まっている状態の青酸カリに近づくのは、ハッキリ言って危険だ。あまりオススメしない愚行だよ? ……あぁ、ちなみに。ああして何かを舐めて確かめる描写、その流行りの根本は昭和の刑事ドラマにあると言うのが通説でね? あの頃は違法薬物を確かめる時はベロっと舐めてヤクだ、って言うのがドラマのお約束だったんだよ。勿論、本職はそんな事はしないし、そんな方法では厳密には確かめられない。それこそ、前々からそういう方法で楽しんでいないと……うん? あぁ、人肉の味がするっていうお話と一緒さ。あれは。尺の問題だとは分かるのだけど……正直、間違った知識をテレビで垂れ流すのは如何な物かと思うよ。リテラシーが低いというか、なんというか。まぁ、連中にそれを期待する事自体、間違ってるんだろうけどね?」

 

136:名無しの生徒

おう言ってない台詞やめーや。……いや、言ってた気がしてきたな?

 

137:名無しの生徒

お喋りだからなぁ。

 

138:名無しの生徒

お喋りクソ女だもんなぁ……

 

140:名無しの生徒

大丈夫。言ってないから。少なくともテレビがどうのこうのは本編では言ってないよ。

本編ではね……

 

143:名無しの生徒

謎空間だと平然と壁を突破してくるからな。あのお喋りクソ女……

 

145:名無しの生徒

たかが次元の壁一つ、お喋りで押し出してやる!

 

147:名無しの生徒

お喋りクソ女はダテじゃない!

 

150:名無しの生徒

身構えているときには、死神は来ないものだ。ハサウェイ。

 

153:名無しの生徒

お喋りクソ女に反省を促すカボチャダンスしなきゃ……

 

154:名無しの生徒

反省したところでお喋りは変わらんだろ……

 

156:名無しの生徒

なんなら反省した結果死にやすくなるぞ。ニーナ先生。

……反省したとは、いったい?

 

159:名無しの生徒

何も成長していない……

 

167:名無しの生徒

序盤、中盤もまぁしょっちゅう派手に死ぬんだけど、終盤になると雑に死にだすからね。ニーナ先生(天文台で選択肢をトチりつつ)

 

169:名無しの生徒

そこで死んでもスチル開放は無いんですが。それは。

 

170:名無しの生徒

触ったらアウトの魔導書に触れて死亡。倒れてきた書架に押し潰されて死亡。落ちてきたシャンデリアの下敷きになって死亡。破損した防衛機構の爆発に巻き込まれて死亡。

どれも死亡BADEND(主人公も巻き添えの為)だから、前のセーブデータからやり直しなんだよなぁ……なお死亡CG等は無く、ちょっとした演出があるだけ。

 

172:名無しの生徒

ちょっとした演出(悲鳴、遺言、血しぶき等)

 

175:名無しの生徒

あれれ~おかしいぞ~

そんな演出があるなんてwikiにも書いてないのに〜

 

176:名無しの生徒

勘の良いガキは嫌いだよ……

 

177:名無しの生徒

お前は知り過ぎた……

 

178:名無しの生徒

消えろ! イレギュラー!

 

186:名無しの生徒

ニーナ先生、ホント良く死ぬからな……毎度思うけどこのニーナ先生を生存させてる主人公君、実はループ系能力者だったりしない? 気のせい?

 

188:名無しの生徒

未来予知ではないのか……?

 

190:名無しの生徒

未来予知も美味しいけど、ループ系の方が闇深いじゃん? 何度も死ねるし。

 

191:名無しの生徒

草。草……

 

194:名無しの生徒

流石はニーナ推し。業が深えや……

 

196:名無しの生徒

むしろ業深くないとニーナを推しにはしない定期。

 

220:名無しの生徒

あー……前も考察されてたんだけど、一応、ニーナ先生の話をマジメに、全て、取りこぼしなく聞いてればループせずにクリア出来るぞ。

ニーナガチ勢曰く、な。

 

224:名無しの生徒

ニーナガチ勢しか判断がつかなかったループ否定論文はホント草なんよ。

 

226:名無しの生徒

主人公君は別にループしてないで? の結論を言うのにわざわざ論文を用意しやがったからな。しかも与太話を交えつつ、五千文字越えで。……やはりお喋りクソ女ガチ勢もお喋りか。

 

227:名無しの生徒

そらそう。

 

228:名無しの生徒

残当。

 

240:名無しの生徒

しかし天文台か……ニーナ先生死亡ルートだとそもそも来ないし、何なら話数的には既に中盤も終わりのはずなんだよねぇ。

なおニーナ先生生存ルートだとチュートリアルが終わっただけの模様。

 

243:名無しの生徒

ここまでチュートリアル。

 

245:名無しの生徒

これからが地獄だぞ!

 

246:名無しの生徒

これまでも地獄定期。

 

250:名無しの生徒

天文台まで来ると流石に新規ルート分岐は殆んど無いし、魔改造モブ生徒とかも仕上がってるから、苦労という程の苦労はそこまで無いんだけどね。

まぁ、それはそれとしてニーナは死ぬけど(BADEND)

 

251:名無しの生徒

何が地獄かってニーナの死に方もそうなんだけど、純粋に敵が増えるんだよなぁ……しかも大概頭がおかしい。狂信者と狂信者と狂信者しか居ねぇ。

 

252:名無しの生徒

他ルートでは影も形もなかった敵キャラとか出てくるしなぁ。狂信者しか居ないけど。

 

260:名無しの生徒

マジであのボリュームを隠しストーリーにした開発者は頭がどうかどうかしてる。頭狂信者か?

 

262:名無しの生徒

実質別ストーリーだからなぁ。ニーナ先生生存ルート。

……このボリュームでルートに入るには、序盤でほぼ必ず死ぬキャラが必須ってマジ?

 

263:名無しの生徒

マジだから手に負えねぇ……

 

265:名無しの生徒

昔の、それも同人ゲーだから出来た事だよなぁ。

 

268:名無しの生徒

あれ? 同人ゲーだっけ? あれ。

 

271:名無しの生徒

良く間違われるけど、あれ同人ゲーだぞ。

まぁ、開発者が私財を注ぎ込みまくった結果、おかしな事になってるけど。

 

273:名無しの生徒

おかしな事(会社乗っ取り)

 

274:名無しの生徒

なおそこまでしてクオリティーを上げた理由はニーナ氏へのお礼の模様。……お礼。お礼?

 

278:名無しの生徒

お礼はお礼でもお礼参りとかのお礼だろ。絶対。

 

281:名無しの生徒

意地でもニーナを殺すという意志と、何としてでもニーナを救えという意志を感じざるを得ない。

 

285:名無しの生徒

こんな愛憎入り混じったお礼を投げ付けられるとか。噂のニーナ氏は何をしたんですかねぇ……

 

286:名無しの生徒

そらお喋りやろ。

 

287:名無しの生徒

お喋りやろうなぁ。

 

289:名無しの生徒

長過ぎるお喋りが原因でしょうねぇ……

 

300:名無しの生徒

ニーナ・サイサリスがお喋り過ぎる。

この小柄で愛らしいケモミミ少女はニーナ・サイサリスといい、王立魔法学園の司書兼先生として日々授業を行っている学園教員の一人です。

ニーナ先生の身長は150センチを辛うじて上回る程度であり、また体重も身長を考えると極めて低い数値の為、とても大人の先生には見えません。しかし、彼女の知性はその幼い見た目に反して極めて高く、高難易度魔法や複雑怪奇な魔法陣を使いこなしている姿がよく見られます。

またニーナ先生はその才能に驕ることなく、常に謙虚に日々を過ごし、請われれば睡眠時間を削ってでも教えを施す事をためらわない、周囲からの人望も厚い素晴らしい人物でもあるのです。

 

305:名無しの生徒

そんな一見非の打ち所の無い魔法職に見えるニーナ先生ですが、実は彼女には致命的な欠点があります。

それは、喋り過ぎるという事です。

 

309:名無しの生徒

非常に意味が不明ですが、ニーナ先生はその輝かしい功績を帳消しにするレベルで口数が多く、その煩さはある意味であのバチクソ煩いサル、フクロテナガザルを上回る程です。

幸いにもニーナ先生の声は美声の類いにあるらしく、そこまで不快感は感じられないそうですが、それでも授業中ノンストップで続くお喋りに耐えられる生徒は半数を下回るのが現実です。またニーナ先生は口数が多いあまり喋る時間も校長先生のお話並みに長く、確認された最長お喋り時間はなんと三時間を上回っています。

もしニーナ先生の日常会話に巻き込まれてしまえば、何か理由を付けて離脱しない限り、何時間でも延々とお喋りを聞かされてしまう事になるでしょう。

 

310:名無しの生徒

実際、この狂気に素面で耐えられるのはあの高貴なるぼっち、レナ殿下だけですので、世間でニーナ先生がお喋りクソ女と揶揄されるのは、最早当たり前としか言いようがありません。

 

312:名無しの生徒

しかし、この世界にはそんなお喋りクソ女の狂気すらも飲み込む、イカれた狂気のバケモノが存在します。

皆さんご存知だとは思いますが、そのバケモノとは、ペリカンです。

 

315:名無しの生徒

ペリカンはこの世のものとは思えない気の狂い方をしています。奴らはカピバラだけではなくキリンまでも丸呑みにしようとし、そこには一切の迷いもありません。

どんなイカれ方をすればこんな事になってしまうのか甚だ疑問ですが、いくらお喋りクソ女でも、ペリカンのイカれ方には敵いません。

 

316:名無しの生徒

それがペリカンよりは正気だったお喋りクソ女、ニーナ・サイサリスです。

 

318:名無しの生徒

ダチョウのアホさとペリカンの狂気を広めたネタは草。……で、皆さんご存知のパタスモンキーは?

 

319:名無しの生徒

我々霊長類の誇りである最速のサル、パタスモンキーが居ない。やり直し。

 

330:名無しの生徒

ニーナ・サイサリスが哀れ過ぎる。

この可愛らしいケモミミ少女はニーナ・サイサリスといい、王立魔法学園の司書兼先生として日々奮闘している健気な生き物です。

 

332:名無しの生徒

ニーナ先生の身長は中学生程しかなく、とても大人の教師には見えませんが、その実、王立魔法学園一の才媛であり、最も優秀な魔導師でもあります。

またニーナ先生はその才能に溺れる事なく、日々努力と研鑽を怠らず、常に誰かの為に戦い続けている為、周囲からの人望も極めて厚い人物でもあります。

実際、その自己献身の度合いは極めて高く、その度合いは皆さんご存知、私達霊長類の誇りである最速のサル、パタスモンキーに匹敵する程です。

 

333:名無しの生徒

しかし、ニーナ先生には致命的な欠点があります。

それは、死にやす過ぎるという事です。

 

335:名無しの生徒

非常に意味が不明ですが、ニーナ先生はその輝かしい功績に反して自己評価がバチクソ低く、その上レナ殿下の為ならアホみたいに容易く命を捨ててしまいます。

その為、ニーナ先生はレナ殿下が少しでも危険な状況になると、我が身を全く顧みず、例えドラゴン相手でも全自動で突撃していき、そのまま惨敗して連れて行かれる、哀れで可愛らしい生き物と化してしまいます。

 

336:名無しの生徒

結果、当然の様にニーナ先生の生存エンド到達率は一桁近くと窮めて低く、夢も希望もありません。特に序盤生存率の低さは五割程度とバチクソ低く、目を覆いたくなる様な惨状が広がっています。しかし、これが現実だというのですから、最早救いようがありません。

それが健気で哀れな生き物、ニーナ・サイサリスです。

 

340:名無しの生徒

ニーナ先生儚いかわいいよかわいい。

 

348:名無しの生徒

ニーナ先生、もう風が強いだけでお亡くなりになりそうだもんね……

 

350:名無しの生徒

外出た瞬間終わってそう。

 

351:名無しの生徒

偏見だ! って言おうとしたけど偏見でもなんでもねぇんだよなぁ。このお喋りクソ女(死亡シーン見つつ)

 

355:名無しの生徒

死亡BADENDがここまで多いのお前だけやぞと。

 

359:名無しの生徒

弱くはないはずだし、むしろ優秀まであるはずなんだけどねぇ……

 

361:名無しの生徒

優秀、優秀か……?(数々のお喋りクソ女ムーブを見つつ)

 

362:名無しの生徒

少なくとも戦士としてはそれなりに優秀だから(目そらし)

なお先生としては……んにゃぴ。

 

364:名無しの生徒

軍師としてはともかく、先生としては他がエマ先生しか居ないからナンバー2になれた女だからな。ニーナ先生……

 

367:名無しの生徒

というかそもそも、ニーナ先生は先生としてはあんまり向いてないんだよねぇ。勉強への意欲を出させるのが恐ろしく下手クソな上に、やる気が無かったり能力が低い子との相性が最悪だから(切り捨てる判断が早い人なので)

 

368:名無しの生徒

内心はどうあれ、出来ない奴はすぐ切り捨てちゃうならなぁ……ティーンエイジャー相手の先生としてはマジで向いてない。

 

370:名無しの生徒

出来ない奴は切り捨てる(泣きはらして取れなくなったクマを浮かべながら、朝一でゲロを吐いて自身の失敗を嘆きつつ)

 

373:名無しの生徒

またお喋りクソ女がメンタル自傷してる……

 

374:名無しの生徒

お喋りクソ女がよぉ……

 

375:名無しの生徒

ニーナ先生、自己肯定感つよつよに見えるだけの自己肯定感激低お喋りクソ女だからね。仕方ないね。

 

380:名無しの生徒

主人公がたまたま聞けるのがあの一回だけで、実は普段からニーナ先生はあんな感じで弱ってて、かつそれを定期的に目撃するだろうレナ殿下の顔を思うと、なんというか……ふふ。

 

383:名無しの生徒

セ○クス!

 

384:名無しの生徒

やめないか!

 

390:名無しの生徒

まぁ、ニーナ先生は元々司書として学園に来た人だからね……先生として落第なのは、当人も自覚してるところではあるんだと思う。

ただまぁ、自分が出来る事、やるべき事、取るべき責任から逃げないってだけで。

 

391:名無しの生徒

他の大人は皆逃げたんだよなぁ(仕事に忙殺されてやつれゆく、ニーナ死亡ルートのレナ殿下を見つつ)

 

392:名無しの生徒

エマ先生は、エマ先生は最後まで残ったから……

 

393:名無しの生徒

逆を言えばそれ以外誰も居ないって事なんだよなぁ。そらニーナ先生の性格なら逃げれませんわと。

 

395:名無しの生徒

学園の誰よりも『漢』だからなぁ。ニーナ先生。危険な前線に生徒を立たせる時は必ず先頭に立ち、自分の身を顧みず他者を救い、責任からは決して逃げず、人の嫌がる事はせず、悩み事や問題があればズバズバ解決し、頼られればそれに答え、人道や良識を確りと理解している。お喋りではあるけど口だけの女ではないし、むしろ背中で語る事も多い。

そら頼られるし、好かれるわ。

 

396:名無しの生徒

背中で語る(全身血まみれボロボロになりつつ)

 

398:名無しの生徒

何も、なかった……!(一人で山賊をぶちコロコロし、メンタル自傷しつつ)

 

401:名無しの生徒

しかも悲惨な過去があって、それに腐らずにこの漢ぶりやからね。

なおこれだけやってるのに当人は誰からも好かれては居ないよ、とか平然と言っちゃう模様。お前の自己評価どうなってんの??

 

408:名無しの生徒

加点が一点、二点なのに対し、減点が百点単位なんだと思われ。

人を救っても一桁しか加点しないのに、些細なミスで三桁差っ引くので……まぁ、常に借金が膨れ上がってるんやろうなと。

 

410:名無しの生徒

主人公を魔物から守り通し、命を救った(+1)

村が壊滅した(−500)

こうですか? 分かります!!

 

411:名無しの生徒

分かるのか。分かるのか……

 

413:名無しの生徒

レナ殿下が忙しそうなので、厄介そうな仕事を幾つか引き受けた(+1)

魔物を何匹か殲滅しそこねた(−700)

商人との値引き交渉に失敗した(−300)

報告が簡素でなかった(−800)

レナが悲しそう。私の仕事に何か不手際があったのだろう(−2000)

 

417:名無しの生徒

推測で四桁差っ引くのやめませんか……やめませんか。

 

420:名無しの生徒

だってニーナだし。

 

421:名無しの生徒

ニーナだもんなぁ。

 

422:名無しの生徒

ニーナだからなぁ。

 

423:名無しの生徒

レナ殿下が絡むと四桁、五桁余裕差っ引きだすからな。このお喋りクソ女。

そら自己評価なんて上がらないし、失点を取り返そうとした結果死ぬわなと。

 

425:名無しの生徒

冷静に、落ち着いて、最短最善の手で死にに行くからな。ニーナ先生。

しかも情や罪悪感で判断が鈍ったりもしないから……(なおレナ殿下案件を除く)

 

426:名無しの生徒

そら必要とあらば自分の手足だろうと即座に切り捨てる人だからな。ニーナ先生(足を治せる様になっても、リソース配分を考えて後回しにしたりしてる)

さもありなん。

 

428:名無しの生徒

なんなら矢傷、刀傷、火傷……即日回復する範囲の『切り捨て』なら日常茶飯事だぞ。食いしばりとリジェネ同時持ちはダテじゃない!

え? ニーナ先生は後衛職? 知らんな。

 

430:名無しの生徒

紙装甲の魔法職なのに適正距離がバチバチの近接型のニーナ先生。

生傷絶えなさそう……

 

433:名無しの生徒

服の下は色んな傷がいっぱいなんやろうなぁ。青アザにミミズ腫れ、切り傷に火傷と、無理矢理縫い合わせた接合痕……

 

436:名無しの生徒

肩口から除く白い肌に、ザラリと逆立つ擦り傷や矢傷……そしてそれを夜になる度に見るレナ殿下の気持ちや、いかに。

 

441:名無しの生徒

レナ殿下の瞳は曇りっぱなしだな。ヨシ!

 

442:名無しの生徒

ヨシ!

 

443:名無しの生徒

何見てヨシって言ったんですか??

 

455:名無しの生徒

ニーナ先生、弱そうに聞こえるけど実力はトップクラスなんだよね……ただ後衛職のクセに狂戦士ムーブしてしまうってだけで(致命的)

さっき言われてた先生としての適正も、専門学生や大学生相手なら然程問題無いだろうし(なおゲーム本編での生徒の平均年齢)

 

457:名無しの生徒

ニーナ先生のやり方は昭和のスパルタ教育に近いからなぁ。

しかも自分が出来ない&そいつが出来ない事は基本的に言わない人だから、人望が下がるって訳でもない。じゃあ先生は出来るんですか! とか言われたら手足をへし折ってでもやってのける人だし(たちが悪い)

 

458:名無しの生徒

さっすが昭和一桁。仕事熱心だこと。

まぁ、今は平成どころか令和なんですけどね??

 

460:名無しの生徒

生徒へのイジメとかもしないし、なんならイジメ問題には真っ向から立ち向かう人ではある。

まぁ、なまじスペックが高い&理想が高すぎるせいで時々致命的に人の心が分からなくなるだけで……

 

465:名無しの生徒

正直、超人的なスピードで仕事を片付けてなければ人望値は最低辺まで下がりかねないからね。お喋りクソ女だし。

 

468:名無しの生徒

一応、ニーナ先生は最低限の事は出来てるんだけどね。

やってみせて、言って聞かせて、させてみせて、その上で褒めてあげる。話を聞いて、理解と承認を示し、時には現場を任せて実績を積ませる。……そういう事はちゃんと出来てる人だし。なお長過ぎるお喋り。

 

469:名無しの生徒

それだけ聞くとニーナ先生、ブリっ子の男たらしに聞こえてくるな。誰だよ、そんな事言った奴。

 

470:名無しの生徒

聯合艦隊司令長官、山本五十六元帥です……!

 

473:名無しの生徒

やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。 話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず……って奴だな。

これがちゃんと出来てる上司や大人は良い奴だし、逆に出来てない奴は教養が無いか幼稚なままのクソガキなので……まぁ、その点から言うと流石はお喋りクソ女やなと(任せる事と信頼する事が致命的に下手)

 

475:名無しの生徒

やっぱりお喋りクソ女はお喋りクソ女じゃないか!

 

477:名無しの生徒

ニーナ先生はお喋り女ではなく、お喋り“クソ”女だからなぁ。

二文字の差は大きい。

 

486:名無しの生徒

いくらニーナ先生が優秀でも、あの姿勢に耐えられない子も居るだろうからねぇ。ホントお喋りクソ女だよ。ニーナ先生。

 

487:名無しの生徒

その辺りの子供達への対応は、エマ先生が適正高いかなぁ……あの人は一緒に頑張ろう! タイプの先生なので、やる気が無かったり能力が低い子相手でも問題無く教えれる。

なお相方のお喋りクソ女。

 

489:名無しの生徒

まぁ、ある意味バランスは良いんだよね。

出来る奴だけ付いてこい! タイプと一緒に頑張ろう! タイプの二種類が交互に授業してくれるので……なお先生としての王道はエマ先生の模様。

 

491:名無しの生徒

ほ、ほら、ニーナ先生は司書志望だったし?

エマ先生は元々先生志望だったし、その、うん(目そらし)

 

495:名無しの生徒

お喋りクソ女はどこまで言ってもお喋りクソ女なのよ。

 

500:名無しの生徒

ニーナは完璧で究極のお喋りクソ女だからな。

 

501:名無しの生徒

完璧で究極のお喋りクソ女とは……うごご。

 

502:名無しの生徒

ニーナは完璧で究極のお喋りクソ女だろいい加減にしろ!

 

510:名無しの生徒

そうだぞ。ニーナ先生は初手ブン殴っても一回だけなら皮肉で許してくれるし、生徒になった後は背後から致命を入れても皮肉で済ませてくれるし、戦闘になってもHPが半分以下になるまでは手加減してくれる。完璧で究極のお喋りクソ女だぞ。

なおどのルートでも倒さなければ前に進めない後味が悪いキーボスやってるし、ドロップアイテムはレナ殿下絡みのツラいやつだ間違いない。

 

511:名無しの生徒

アイツ、ありもしないニーナ先生死亡シーンとレナ殿下曇らせを捏造する気よ!

 

512:名無しの生徒

そんなのゆるさないわ!

 

520:名無しの生徒

ニーナ先生、変なところで勘違いしたりアンジャッシュしたりするし、一度戦いになると狂戦士ムーブかましだすからなぁ。死にネタ、曇らせにはマジで困らん。

 

522:名無しの生徒

何故ニーナ先生はちゃんと頭脳派なのに、最終的には必ずちいかわ戦法をやってしまうのか? コレガワカラナイ。

 

530:名無しの生徒

ちいかわはちいかわでも血河のほうじゃん?

 

531:名無しの生徒

ちいかわ(血に乾いてるやべーやつ)

 

545:名無しの生徒

なんとかなれー!

 

550:名無しの生徒

そして最終的には身動き出来なくなるんですね分かります。

 

553:名無しの生徒

もう疲れちゃって、全然動けなくてェ……

 

555:名無しの生徒

それですめば良かったね……(死亡エンド見つつ)

 

556:名無しの生徒

お、そうだな(天文台での雑BADEND集を見つつ)

 

568:名無しの生徒

ニーナ先生、軽率に死ぬからなぁ……

あ、でも料理イベで味見をレナ殿下に任せてるのはてぇてぇなって思いました(目そらし)

 

570:名無しの生徒

それは本当にてぇてぇシーンですか……?

 

571:名無しの生徒

何でもかんでも一人でやろうとするニーナが誰かを頼れたのはてぇてぇし、それがレナ殿下なのもてぇてぇし、二人で微笑みながら料理してるのもてぇてぇんだけど……

 

574:名無しの生徒

よりにもよって“あの”ニーナが味見という重要な工程に“関わりもせず”、微調整に至る全てをレナ殿下に任せるか? っていう。

しかも一番迷惑を掛けたくないであろうレナ殿下に、わざわざ“頼み込んで”まで。

 

578:名無しの生徒

止めて、止めて……

 

579:名無しの生徒

もうニーナから何も奪わないであげてくだちい……

 

583:名無しの生徒

だが断る。

 

589:名無しの生徒

まぁ、あのお喋りクソ女はその気になれば足の二本や三本、簡単に生やして見せる女だからな。

味覚ぐらい大丈夫大丈夫(白目)

 

591:名無しの生徒

シレッと温泉で足が生えてるのは笑ったわ。事後報告は草なんよ。

でも、なんで生やすシーンの言及が一切無いんですかねぇ(明らかに疲弊しているニーナ先生の目元を見つつ)

 

592:名無しの生徒

やめろ、やめろ……

 

595:名無しの生徒

そらもうにゅるん! って感じじゃなくて、ゴキッ、バキッ、グキュッ、グリュッ! って感じのやつだったからでは?

 

600:名無しの生徒

このとき、モブ生徒から夜な夜な悲鳴が聞こえるんだって怪談話が聞けるんだけど、それはつまり……

 

604:名無しの生徒

わ……ぁ……

 

605:名無しの生徒

泣いちゃった。

 

610:名無しの生徒

ホントニーナはよぉ……一人で枕濡らしてないで、さっさとレナ殿下に泣き付けよ。オラァ!

 

615:名無しの生徒

一週間近い体調不良(恐らく例のアレの重いやつ)の時でも……というか、仕事しようとして体調不良に体調不良を重ねた挙げ句、レナ殿下に連行されてようやく数日休みを取るレベルだからな。

痛いだけなら、そら一人で耐えるよねと。なおレナ殿下のお気持ち。

 

630:名無しの生徒

ニーナが頼ってくれない。レナじゃ頼りないんだろうか? うん、きっとレナがまだまだ弱いからだ。もっと強く、ニーナみたいに色んな事が出来る様にならなきゃ! ……ってすれ違い宇宙した挙げ句、模擬戦で主人公君をボコボコにしたりしてるんですが、それは。

 

631:名無しの生徒

やり過ぎたって言ってるし、あれどう考えても八つ当りなんよな……ニーナ先生はちゃんとレナ殿下のメンタルケアしてもろて。

 

632:名無しの生徒

なんなら嫉妬まであるからなぁ。レナ殿下には全く頼ろうとしないクセに、主人公君には限界値ギリギリの課題振ってくるから。

 

634:名無しの生徒

レナに負担を掛けたくないニーナ先生VSどんな些細な事でも良いからニーナに頼って欲しいレナ殿下。ファイ!

 

636:名無しの生徒

誰とでもお喋りするお喋りクソ女VS仲が良いのは一人だけの内気少女……でもあるんよな。

ニーナは誰とでもお喋りしに行くお喋りクソ女だけど、レナ殿下が屈託なくお喋りできるのはニーナだけだから、まぁ重い。

 

638:名無しの生徒

元皇女殿下にして吸血鬼とかいう、怒らせたら死ぬだけではすまないだろう存在に臆せずお喋りを敢行するニーナがどうかしてるのはあるけど……レナ殿下からすれば得られるはずのなかった幸運には違いないし、二度と得られないだろう“レナをレナとして見て、愛してくれる人”でもあるから、離さないように必死なのよね。それこそ、感情のコントロールが出来なくなるぐらい。

なおニーナ先生の死亡率。

 

650:名無しの生徒

二人とも相手を愛している事に違いはないのにねぇ……というか、ニーナ先生がレナ殿下にもう少し甘えたり、二人の時間をもっと取ればそれで万事OKなんだけども。

 

651:名無しの生徒

ニーナ先生、人に頼るのは女々って言っちゃう人だから。しかも困難を一人で乗り越えてこそ、レナのそばに居る事が許される……とか考えてる節あるし。

まぁ、その、うん。はい。

 

653:名無しの生徒

ニーナとレナがピッタリ引っ付いてお話してるだけで、たったそれだけで世界は救われるのになぁ……ホント、お喋りクソ女がよぉ。

 

680:名無しの生徒

まぁ、温泉では確りいちゃついてたので、ヨシ!

 

681:名無しの生徒

ヨシ!

 

683:名無しの生徒

うん? 温泉でいちゃつく? おかしいな。ニナレナの距離は首絞め事件で開いていたはず……まさか。

 

684:名無しの生徒

えっちな事したんですね?

 

685:名無しの生徒

コイツら交尾したんだ!

 

686:名無しの生徒

フフ……セ〇クス!

 

687:名無しの生徒

やめないか!

 

690:名無しの生徒

やはりお喋りクソ女はわからせるに限る。羽ペンちゃんもそう言っている。

 

691:名無しの生徒

まぁ、そのわからせシーンは十八禁版でも非公開なんですけどね。

どうして、どうして……

 

692:名無しの生徒

百合の花園に踏み込んではいけない。古事記にもそう書いてある。

 

693:名無しの生徒

後のアプデでシーンは追加されたから……

 

697:名無しの生徒

そうやって追加されてたから、八年経っても続編を期待しちゃうんだよなぁ……

 

700:名無しの生徒

分かりみ。

 

703:名無しの生徒

いつになったら出るんだろうなぁ。続編……

 

720:名無しの生徒

まぁ、ニナレナの入浴シーンでも見てリラックスしな。羽ペンちゃんの面倒は俺がしっかり見ててやるよ。

 

721:名無しの生徒

ヌフフ……

 

722:名無しの生徒

面白い奴だな。気に入った。お前の紅茶は港に投げ込んでやる。

 

723:名無しの生徒

( ; ゜Д゜)!?

 

724:名無しの生徒

( ; ゜Д゜)!?

 

725:名無しの生徒

( ゜Д ゜)

 

726:名無しの生徒

コッチミンナ。

 

727:名無しの生徒

こういうケースは前にもあったよな?

 

728:名無しの生徒

いつも平気でやってる事だろうが! 今更御託を並べるな!

 

729:名無しの生徒

そんなぁ……

 

734:名無しの生徒

おい出せよ。

 

735:名無しの生徒

何のこったよ?

 

736:名無しの生徒

ニナレナの着替えシーンが飛んでるぞ。

 

737:名無しの生徒

あれ? 編集ミスかな……

 

738:名無しの生徒

抜き取ったシーンを寄越せィ!

 

739:名無しの生徒

……分かったよ。

 

740:名無しの生徒

まぁ、そうしてアプデされた入浴シーンもすーぐに粉砕されるんですけどね。ねぇ? ウッキーと乱入主人公君?

 

742:名無しの生徒

ボケザルがよぉ……

主人公君は、まぁ、うん。

 

743:名無しの生徒

まぁ、女湯に公然と乗り込むチャンスを年頃の男の子が逃す訳ないよねと。

 

745:名無しの生徒

(このゲームは発売されて八年が経っており、ジェンダー問題とは無関係です)

 

780:名無しの生徒

まぁ、ニーナ先生の薫陶を受けてる主人公君は逃げる事なく、言い訳も無いままハラキリを受け入れるんですけどね。

 

782:名無しの生徒

ハラキリ(超魔法ビンタ)

 

784:名無しの生徒

あぁ、最後に引っ叩かれてブラックアウトするあれか。確か、ニーナ先生かアリシアのうち、好感度が高い方が引っ叩いてくるんだよね。

 

788:名無しの生徒

アリシアルートはアリシアが、というよりメイドがだけどね……

 

790:名無しの生徒

あのニンジャをメイドと言っていいのか……?

 

791:名無しの生徒

ニンジャはいない。イイネ?

 

792:名無しの生徒

アッハイ。

 

793:名無しの生徒

アッハイ。

 

795:名無しの生徒

アッガイ。

 

797:名無しの生徒

ジオン水泳部が居たぞ!

 

800:名無しの生徒

大気圏突入装備をブッピガン! してルビコンに送り込もうぜ!!

 

801:名無しの生徒

ゼーゴックかな?

 

804:名無しの生徒

まぁ、主人公君はズゴックパンチ食らってはいたね……

 

806:名無しの生徒

ニーナ先生のはねぇ……見られたから云々というのも無くはないんだろうけど、ほら、レナ殿下の際どい姿を見てしまったので?

 

807:名無しの生徒

イヤーッ!

 

808:名無しの生徒

グワーッ!

 

820:名無しの生徒

主従のうち従が主を守る構図は同じなんだけどねぇ。ニンジャの火力が高過ぎる。

ニーナ先生は一応、手加減してくれてるのに……

 

821:名無しの生徒

ニンジャ……まぁ、ニンジャか。

 

829:名無しの生徒

なおニンジャが居てもニーナが死ぬ事に変わりは無い模様。

全く、なぜニーナばかり直ぐ死んでしまうのか? コレガワカラナイ。

 

830:名無しの生徒

まぁ、ここまで来るとBADENDこそあれ、死亡分岐は減るから安心して見てられるっちゃー見てられるんだけどね。

それはそれとして闇は止まらないんだけど。

 

833:名無しの生徒

天文台はラストエリクサー病の人間にはコレクションにしかならない貴重アイテムが大量に手に入るだけで、特に闇という闇は無いんだけど……

 

834:名無しの生徒

闇という闇は無い(当社比)

 

840:名無しの生徒

夜にのたうち回って苦しんではいるんだろうけど、この後の邪教徒のロッジがなぁ……闇でしかないから。

 

845:名無しの生徒

一応、ニーナ先生が居たのは研究所ですらないただのロッジ(最低限の宿泊施設)なんだけど……

まぁ、その、それでも闇要素には困らないというか、ニーナを苦しめるには充分過ぎたというか、なんというか。

 

849:名無しの生徒

確か本格的な研究所は別にあって、ニーナはそこからあそこに移送された後、あれやこれやの実験を受け、コピーを量産された挙げ句、用無しになったから苗床にするか殺すかって段階で脱走に成功……だっけ?

 

850:名無しの生徒

あぁ、本人曰く不幸中の幸いらしいぞ。

……あの人、何があっても不幸中の幸いって言うから何も信用ならないけどな。

 

853:名無しの生徒

ニーナ先生の大丈夫、と同じくらい信じてはいけないからね。不幸中の幸い。

 

857:名無しの生徒

実際、不幸中の幸いが転じて羽ペンちゃんもねんがんのからだ! を手に入れれるんだけど……その方法が、まぁ、その、はい。

 

860:名無しの生徒

辛み……

 

861:名無しの生徒

あれの何が幸いなんですかね??

 

863:名無しの生徒

ニナ羽レナの絆は深まるから……?

 

865:名無しの生徒

天文台の時点で相当親密ではあるけど、ここで更に親密になるからね。専用技が解禁されたりするし。

ニーナ先生なら不幸中の幸いだなっていうよ。

 

871:名無しの生徒

あの、ニーナ先生の魂……

 

873:名無しの生徒

お辞儀様よりはマシだから、多少はね?

 

874:名無しの生徒

闇の帝王(1/256)の話は止めるんだ!

 

875:名無しの生徒

半分にして半分にして半分にして……を何回も繰り返した奴よりはマシという地獄。

ニーナちゃん(1/2)とかマジ?

 

880:名無しの生徒

ニーナ先生曰く、八対二ではあるらしいけどね。

なお羽ペンちゃん曰く、七対三の模様。

 

881:名無しの生徒

これ絶対六対四だなっていう。

 

885:名無しの生徒

レナ殿下も手を貸してたので、内情はもっと酷いと思うんだ……

 

886:名無しの生徒

つまり羽ペンちゃんはニナレナの娘。ヨシ!

 

887:名無しの生徒

ヨシ!

 

892:名無しの生徒

普通ならヘイトを買いかねない羽ペンちゃんが救いで癒やしという地獄。草も生えない。生えなくない?

 

893:名無しの生徒

生えない。まぁ、闇要素はここがピークだし……多少はね?

後は死にかけたり死にかけたり死にかけたりだしさ。

 

895:名無しの生徒

結局死んでるじゃないですかー! やだー!

 

897:名無しの生徒

だってニーナだし。

 

900:名無しの生徒

残当。

 

……………………

…………

……



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第23話 吸血皇女との夜 Ⅲ

 夜空に星辰が輝く夜。

 ここ数日続いた調査作業が一通り終わり、次の動きを見据えて学園の者達が各々眠りについている天文台……その一室で、眠る事も出来ず、頭を掻きむしり、苦しげに息を吐く幼い少女が一人。

 

「違う……お前は私じゃないッ! 私は私だ。私はニーナだ。ニーナ・サイサリスだ……!」

 

 いったい何があったと……いや、何に手を出したのか? その少女は怪しげな魔導書や無数の薬瓶が散らかった部屋の中央で、うずくまって震えていた。闇の向こうのナニカに怯える様に、そしてそのナニカを否定する様に、ただひたすらに言葉を積み重ねながら。違う、違うと、ただそれだけ繰り返して。

 もし、普段の彼女を知る者が居れば、あまりのやつれぶりに言葉を失った事だろう。普段浮かべている腹立たしいまでの余裕顔は影も形もなく、ただでさえ濁りがちな瞳は、今や何も映してはいないのだから。

 

「黙れ、黙れ……! 私の代わりが、お前達なんかに……!」

 

 ミミと尻尾をしゅんと力なく垂らし、頭痛に耐える様に頭に手を当てながら、長い黒髪を弱々しく振り乱して。ニーナはただ否定の言葉を積み重ねる。そうしなければ、こちら側に手を伸ばしてくるナニカに呑み込まれてしまうと言わんばかりに。

 だが……ナニカとの戦いは、旗色が悪いのだろう。ニーナの独り言は次第に小さくなっていき、遂にはうわ言を呟くだけになっていく。黙れ、黙れと。苦痛に歪んだ顔で、ナニカを否定し。同時に、誰かの名前を……声にならない声で叫ぶ。

 助けて、と。

 あるいは、最後に一目だけでも、と。

 一人だけでは勝ち切れず。かといって、その誰かの手を煩わせたくもない……そんな自己の値段を低く付け過ぎるニーナの悪癖は、案の定彼女を何度目かの死の瀬戸際へと追いやって──ふと、部屋の扉が開く。遠慮がちに、ホンの少しだけ。怒られたら直ぐにしめるからと、そう言いたげに。

 

「ニーナ……居る?」

 

 しゃらり、と。白銀の輝きが月明かりに照らされる。

 鈴の音の様な穏やかな声と共に扉を開けたのは、ニーナの……友人、あるいは、親友。もしくは、恋人。レナ・グレース・シャーロット・フューリアス、その人だった。

 

「ぐっ、ぅあ……」

 

 喜ばしき尋ね人。恐らくニーナが最も待ち望んでいた少女が部屋に現れて……けれど、当のニーナは既に意識を失い掛けていた。

 影から聞こえる呼び声を拒絶出来ず、その痛みに耐えかねて。

 遂に奪われてはいけないモノに手を掛けられたニーナに、余力なんてものは欠片も無く。お喋りどころか、返事をする事すら出来ず、床の上でうずくまって微かな悲鳴を上げるしかない……そんな弱々しい少女の姿にレナが気づいたのは、当たり前の話でしかなかった。

 

「ッ!? ニーナ! ニーナッ! しっかりして!」

「ぁ、ぁあ……? れ、な? 何で、ここに……」

 

 様子がおかしい……いや、それ以上にただ事ではない気配を感じ取ったのだろう。レナはニーナの側に素早く駆け付け、その身を抱き起こして声を掛け続ける。

 ニーナ。ニーナ、レナが分かる? と。

 吐息が、そして肌の温かさが伝わる距離からの呼び掛けは……少女の失われた気力を取り戻すに、充分だったようで。ニーナの瞳が、焦点を結ぶ。

 

「──あ、あぁ、大丈夫、大丈夫だとも。そう不安そうにしないでくれ、レナ。心配要らないよ。私は元気だとも」

 

 にへら、と。どこか弱々しい、穏やかな笑みを浮かべながら、ニーナはレナに大丈夫だと、問題はないと、そう……嘯く。ちょっと魔法の取得に失敗しただけなんだと。

 余裕なんて無くても、助けてと叫びたくても、それでも自身の事を脇に置き、レナに心配をかけまいとする一心から出たその演技は、普段のレナならそうと分かっていながら流されていただろう完成度で。

 だからこそ、レナは、今日のレナは、退けなかった。

 

「……嘘つき」

「っ……」

 

 ニーナに突き刺さったのは、レナの口からは聞きたくなかった言葉。

 嘘つき。ただそれだけの言葉に打ちのめされたニーナは、二の句が継げないまま、息を呑み。それでも少女は何も言えない。言えやしない。普段のお喋りが嘘の様に、沈黙するしかなかった。

 出来るのは、許しを請う罪人の様に……レナを、月夜に照らされた白雪の少女を、見上げる事だけ。許してとは口が裂けても言えず、ただ、どんな罰が下るのか……そんな事に、怯えながら。

 

「れ、な。わ、わたし、私は……ちがう、違うんだ。大丈夫。大丈夫だ。私はまだ、まだレナの、レナの役に……!」

「ニーナ。……もう、いいの。もう大丈夫だから、そんな顔、しないで?」

「ッ……まっ、待ってくれ。違う、違う! 私はまだやれる。まだやれるから、だから、だから!」

「そう、だね……ごめんね。気づかなくて」

「…………ぇ?」

 

 何を。

 いや、何に気づかれたのか? 

 無数にある隠し事。打ち明けたくて、けれど出来る訳もない後ろ暗い秘密が次々とニーナの頭に浮かんでは消えていく。

 前世の事、性別の事、生まれの事、実験体、隠匿、未来、死霊、殺人、窃盗、暗躍、怨嗟、苦痛、不調、嘔吐、傷跡、機能不全……そして、許されない恋心。

 何一つ、どれ一つ、どんな些細な欠片であっても気づかれてはならない無数の秘密。そのどれに気づかれ、どんな悪感情を持たれ、どう断罪されるのか? 思わずギュッと目をつむり、首を絞められる幻覚から目を背けるニーナは……ぽふ、と。やわらかい感覚に包まれる。

 首を絞められた訳ではない。硬い床に叩きつけられた訳でもない。いや、むしろニーナは丁寧に横にされていて……その上、その枕は。

 

「レナ……?」

「ごめんなさい。ニーナ。レナ、なんにも分かってなかった。ニーナはずっと、ずっと、苦しかったのに。助けて欲しかったのに」

 

 ごめんなさい。そう謝罪の言葉を口にしながら、幼い吸血鬼は親友の頭をゆっくりと撫でる。自身の膝を枕にして、ゆるり、ゆるりと、子供をあやす様に。

 もう大丈夫。何があっても守ってあげる……そんな包み込む様な、苦しみとは真逆の、穏やかな暖かさ。それに心が落ち着くのは、人として当たり前の事で……だから、なのか? ニーナを苦しめていた声が、息苦しさが、痛みが、すぅーと退いていく。無くなった訳ではない。けれど、暫くは顔を出せないだろう程に遠い場所へと追いやられたのも、また事実で。

 レナに頭を撫でられながら、ニーナは思わずにはいられなかった。なんと、情けない事かと。

 

 ──また、助けられちゃったな……

 

 いったい、これで何度目だろうか? 彼女に助けられたのは。あの日も、あの日も、あの日も。ずっと助けられてばかりで……本当は助けたいのに、それすら満足に出来なくて。

 

「私、私は……」

「……うん。なに? ニーナ」

「私は……!」

 

 レナが助けてくれた事、苦しみが遠ざかった事。それらにケチを付ける気なんてニーナには欠片も無い。むしろ万歳三唱してレナを讃えたいのが本音だった。

 だが、同時に。こんな有り様では、男として酷く情けないのも確かなのだ。

 男たるもの苦痛の一つや二つ歯を食いしばって耐え、誰の手も借りず、誰にも気づかせず、自力で解決し、それを誇りもしない事。誰かに頼ったり、甘えたり、まして助けられるなんぞ、恥というものだ。潔く腹を切るべきだろう! 

 ……そんな古い理想論が頭から離れず、しかも自身の今の性別を意識していないニーナは、レナの気持ちに寄り添えない。寄り添えるはずがない。

 

「違う、違うんだよ。レナ。謝るのは、私の方だ」

「ニーナ……?」

「全部、全部私が、私が弱いから……!」

 

 レナの役に立てない。レナに迷惑を掛けてしまう。そんな嘘偽りない言葉は喉の奥につっかえて出てこず、その代わりとばかりにポロリ、と。小さな涙が溢れる。悔しさから、情けなさから、弱さの証が。

 

「ぅ、ぁあ……なんで、なんで私は、こんな、こんな。違う。違うんだ。レナ、私は、私はこんな、こんなはずじゃ……!」

「ニーナ……」

 

 もっと上手くやれるはずだった。

 もっと役に立てるはずだった。

 迷惑なんて、掛けるつもりはなかった。

 スマートに、完璧に、何の遅滞も抜かりもなく、仕事を完遂出来るはずだったのだ。だってニーナ・サイサリスは最強のホムンクルスで、死んでも良い駒で、何より。彼女には原作知識が、未来の知識があるのだから。ミスなんて、あって良いはずがない。

 

 ──身体は人間じゃなくて、ドーピングまでされて、その上、未来まで分かっているのに、この程度なんて……! 

 

 認められるはずがない。許せるはずがない。

 身体が女の子だ、とか。記憶はボロボロで役に立たない、とか。ロッジに近づいたせいで症状が悪化している、とか。戦闘力的にはレナ以下だ、とか。出来ない理由は、言い訳は、軟弱な事に幾らでも浮かんでくる。

 だが、いや、だからこそ、ニーナの自罰的な思考は止まらない。そんな弱さを強調する様な言い訳では、彼女は止まれない。だって、知っているのだ。悪とは、弱さから生じるもの全てである……そんな偉人の言葉を。

 そう、悪いとは、弱い事。弱さとは、悪い事。

 ならば、失敗ばかりで役立たずの軟弱者、ニーナ・サイサリスは? レナにとって何者なのか? その評価は、信頼は、どこまで堕ちるのか。

 

「──まだ、まだやれる。私は、まだやれるよ? レナ。大丈夫、大丈夫だ。心配しないでくれ。私はまだ、レナの役に立てる。今度こそ、完璧にやってみせる。嘘じゃない。嘘じゃない! 本当だ! 本当なんだよ! そんな目で見ないでくれ……! 確かに、今日また失敗した。こうして迷惑を掛けてる。でも、でも私はまだレナの役に立てるよ。役立たずなんかじゃない。今度こそ、役に立てるんだ! 完璧に、何の失敗もなく! 確かに、確かに天文台はこんな有り様だったけど、ロッジにはレナの役に立つ物が間違いなくある! 準備も完璧だ! それにロッジには私の、私より凄い私の代わりだって! お願いだ。お願い、します。ロッジまで、ロッジまで待って下さい……!」

「……ニーナ」

「嫌だ。嫌だ! 止めてくれ。止めてくれ! レナ、レナ。お願いだ。お願いだから……! 言わないで、言わないでくれ。分かってる。分かってるよ。聞こえてるよ! 頭に、頭に響くんだ! ずっとずっとずっとずっと、頭の中に! お前は、私は、でも、でも! 君からは、聞きたくない。お願いだ。お願いします。す、捨てるなんて、お願いだから……!」

「ニーナ。ニーナ・サイサリス」

「ッ……! ぅ、ぁ、ぁぁ……」

 

 ニーナの自己軽視は、そこから生じるありとあらゆる無理、無茶、無謀は、行き着く果てまで行き着いたのだろう。

 レナの膝枕から滑り落ち、白い少女の制止の声も聞かず、ミミを塞いで、頭を床に擦り付けて。そうやって幻聴や幻覚、ついには現実からも目を背けて錯乱する彼女の姿を見るまでもない。部屋に散乱する危険な魔導書や、怪しい魔法薬が示す様に、ニーナ・サイサリスは……とうの昔に、限界だったのだ。

 あの夏の夜空の頃、いや、あるいは、二人が出会ったその日には、既に……壊れていたのだろう。正気を装いながら、その実、心の深いところはヒビ割れていて。だから、幼い吸血鬼の姫君が、暗闇の中、ただ一人隣に居てくれた親友に掛ける言葉は……決まっていた。

 

「違うよ。ニーナ。ニーナはもう充分──」

 

 頑張ってる、そう事実を告げようとした……その瞬間。こふっ、と。ニーナの口から赤い液体が吐き出る。咄嗟に口元を抑えた彼女の手をベッタリと汚したそれは、その忌まわしくも愛おしいにおいは血液……吐血だ。

 

「ニーナッ!?」

 

 口から溢れた血の量は微小。それでも、自身の生まれを……吸血鬼としての性を受け入れ切れていないレナには、それは、強烈過ぎた。

 牙が、うずくのだ。

 大好きな、たった一人の、二度と得られないだろう親友が、レナをレナとして見てくれて、ずっと一緒に居てくれると約束してくれた少女が、血を吐いているのに。苦しげに咳をしているのに。

 助けなければ、いけないのに。

 

 ──噛みたい。血を、吸いたい。

 

 弱々しいあの少女の、その白い肌に牙を突き刺し、赤い血を、ニーナの命をすすりたくてたまらない。

 

 いっそ、殺してしまいたいぐらいに。

 

 吸血鬼の、おぞましい怪物としての本能。それをギリギリで押し留められているのは、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスの類まれな精神力と、何より、あの子は絶対に死なせない……そんなニーナへの想いがあればこそ。

 だが、そうしてレナが必死に自分自身と戦っているうちにも、ニーナはゴホ、ゴホと咳き込みながら、時折血を吐き出し、命を削っていて。それでいて、どこかへと手を伸ばしていた。まるで生き足掻くかの様に、救いを求める様に。あるいは、用意した打開策を示す様に。現に、その手の先にあるのは……

 

「薬……? ニーナ、どれ? どの薬!?」

「あ、あおの……」

 

 一筋の光明。差し込んだその光を武器にレナは自身の怪物性を斬り捨てて、途切れ途切れに言葉を繋ぐニーナの視線の先を追う。無数の薬瓶。中身がある物、無い物。赤、白、緑。無数の選択肢の中に、一つだけ、一見すると汚れたサファイアにも見える青い……見るからに身体に悪そうな錠剤が入った薬瓶が見えた。

 迷いは、ある。あんな怪しげな薬を、聞いた事も無ければ見た事もない物を、あんな物を、ニーナに渡していいのかと。けれど、本格的に血を吐き始めたニーナを黙って見ている事も出来なかったレナは、部屋の隅に転がっていたその薬瓶を手に取ってニーナに渡してしまう。

 これは良くない物だと、直感がささやいているのに。

 

「ありが、と……れな」

 

 気管支が傷ついているのか? ゴホゴホと。時折血を吐きながら、それでもレナに一言礼を言ったニーナは、薬瓶の中にあった青い錠剤を……口に流し込み、噛み砕く。

 レナが水を取ってくる、なんて言う暇もない凶行は……どうやら、正しい使い方だったらしく。ニーナの咳がゆっくりと収まっていく。

 いや、それどころかみるみるうちに体調が改善されている様にも見えた。肌色が、目力が、何より、ニーナ・サイサリスの魔力が。瞬く間に回復してたのだ。異常な、それこそ吸血鬼としての直感が、警鐘を鳴らす程の速さで。

 

 ──使わせちゃ、いけなかった……? 

 

 レナは、レナという吸血鬼の事が好きじゃない。大好きな人はそこも好きだと言ってくれるけど、レナはレナの吸血鬼の部分は全く好きではないのだ。

 戦いには役立つし、殺し合いの場では頼りもするけど、それだけ。間違っても日常的な場面で頼りたい存在ではなかった。

 ……けれど、今回ばかりは。吸血鬼としての直感を信じた方がいい気がしたのだ。理由は、分からないけれど。何となく、そんな気が。アレを飲み続けるという選択肢は、決して良い結果に繋がらないと。今すぐ止めなければならないと。

 だが……当の本人に、その気はまるでないらしく。ニーナは呑気にもホッと息を吐く。良かったと、最初からこうするんだったと、そう言わんばかりに。

 

「あぁ……静かだね。うん、スッキリした」

 

 この手に限る。硬い床に寝そべりながら、そう言って弱々しい笑みを浮かべるニーナは……レナの不安げな視線に気づいたのか。いつも通りの笑みと声音で聞いてもいないお喋りを始める。あの薬の事かい? と。

 

「あれは、鎮静剤……みたいなものさ。ここのところ、持病が悪化し続けててね。あぁ、気にしないでくれ。昔は、よく飲んでたんだ」

 

 また必要になっただけだよ、と。そう言っていつも通りの笑みを浮かべるニーナを、レナは、否定してしまいたかった。そんなはずない! と。あるいは、誤魔化さないで! 私を頼って! と、そう思いの丈をそのままぶつけてしまいたかった。ずっと一緒に居てくれるって、約束したのに……と。

 けれど、今夜のニーナに、弱りきった親友に、あまり強い言葉をぶつける気になれなかったレナは、つい、視線をそらしてしまい……当然の如く、薬瓶以外の物が目についてしまう。それは部屋に無数に散らばる物の一つ。レナの記憶が確かなら、それは、その本は。

 

「あの魔導書……危ないって、触っちゃいけないって、ニーナが言ってたやつじゃ。なんで、ここに。まさか、ニーナ?」

「ん、あぁ……そのグリモアか。いや、うん。そうだね。危険な物だよ。ただ正確には、適性の無い者が触れるとロクな事にならない、だけでね? 死霊術師として天性の才があれば……いやまぁ、あったとしても死者の声に引きずられたんだけど。私からすれば、今更だしさ」

 

 今更? そう嫌な予感を伴う言葉に疑心の目を向けるレナを、幸か不幸かニーナは見ておらず。余計な言葉を更に重ねてしまう。

 大丈夫だと思ったんだよ、と。

 

「幾らロッジが近いって言っても、死者の声とか、幻聴とか、そんな物はいつもの事だし。それならいつも通り薬と魔法で誤魔化せると思ったんだ。まぁ、私は私が思うより弱かった……というより、耐用年数が近いみたいでね。この様さ」

 

 情けないったらないね? そう自嘲する様な弱々しい笑みを浮かべるニーナに、レナは、咄嗟に言葉を返せなかった。

 ニーナの瞳に、光が無かったから。

 責任感と無力感に押し潰されて、絶望だけが広がった……真っ黒な目。夜空の様な輝きを失った、泥にも似たそれは、いつかどこかの鏡で見た物で。

 その闇に、レナは、何も言えなかった。更なる力を求めた結果、その力に飲み込まれそうになった……要約すればそういう事らしい、ニーナのふざけた言葉に、レナは曖昧な相槌を返すしかなかったのだ。なんで? と、疑問を抱えたまま。

 

 ──無理しないって、約束したのに。なのに、なんで、なんで、こんなになるまで……

 

 無理、無茶、無謀。決して思慮が足りない訳でも、無策でもないのに、なぜかニーナの行動には常にそれらが、死と絶望の気配と共にまとわりつく。

 思えば、最初からだ。レナはニーナに、何もしていないのに。何もしてあげられなかったのに。ニーナは最初からレナに尽くしてくれた。恐るべき、亡国の吸血鬼の友達になってくれたのだ。……無謀にも。

 そして、ニーナは友達として、精一杯の手伝いをしながら、わざわざ夜の話し相手にもなってくれた。戦場でも、レナの負担が減るやり方を真っ先に選び続けてくれた。……無理をしてでも。

 その結果、ニーナはバリスタの矢で城壁に串刺しされ、その身を食われて。あるいは病に犯され、生死の境をさまよい。果てには両足を失いすらした。……無茶に無茶を重ねて、血溜まりに沈んだ親友の姿を、レナは生涯忘れないだろう。自らの手で首を絞めたあの過ちと同じ様に。決して。

 

「なん、で……」

 

 失ってはいけない。そう感じた。いや、そう感じている。ニーナを失えば、レナは二度と、誰とも、話をする事すら出来ないと。分かっている。

 けれど、レナはどうすれば良いか分からない。

 離宮に軟禁されていた頃、人の噂話から聞きかじったあれこれは全て試した。人として、友達として、親友として引き止めて。それでも足りないなら女として引き止めすらした。同じ時間を過ごし、話をして、趣味を共有して。夜になれば同じベッドで寝て、時には────そう、あの夜に、あの夜からは、キスまで捧げている。大好きだと、ずっと一緒に居たいと、そう間違いなく伝える為に。

 

「なんで……!」

 

 けれど、駄目だった。ニーナの無理は、無茶は、無謀は、何一つ改善されなかったのだ。いつも通り、何も変わらず、ニーナは誰に頼る事もなく、弱音すら吐く事なく、お喋りなクセに口を閉じたまま、軽々しく死地へと踏み込もうとする。

 

 だから、という程の事ではないけれど、レナはニーナに頼って貰える様、色んな事を頑張ってはみた。勉強だけじゃない。苦手なお茶会やダンス、交渉術や書類仕事。何となくでやっていた戦闘も、本気で、全力で……いや、ニーナの様に、死力を尽くして頑張る様にした。

 だが、しかし、レナはニーナの様にはなれず、吸血鬼としての圧倒的な力も……むしろ夜になる度にニーナを傷つけてしまう。なのにニーナは、変わらずレナの側に居て、それどころか見たこともない新しい魔法を、星の魔法をプレゼントしてくれて。

 

 ──レナは、レナは。どうすればいいの? どうやって恩を返せば良いの? どうすれば、ニーナを救えるの? 何をすれば良いの? 何をすればニーナは……レナと一緒に、居てくれるの? 

 

 ニーナと一緒に居たい。

 ニーナを死なせたくない。

 願い事はそれだけなのに、それだけの事が、酷く難しい。当のニーナがこちらの事なんてお構いなしに死に急ぐのが悪い……訳でもないのが、更に事態をややこしくさせる。もしそうなら、監禁してしまえば済む話なのに。

 魔王軍。邪教徒。貴族連合。レナだって、自分とニーナを取り巻く戦局は分かっているのだ。ニーナと一緒に大陸の果てまで逃げても、いつか二人まとめて殺される事ぐらい、理解している。

 

 だから、もう戦わないで……とは、言えない。ニーナ・サイサリスという駒は、良くも悪くも重いから。

 けれど、もう無茶しないで、と。そう言った程度では、ニーナは止まらない。止まってくれない。不自然なまでに重い責任感と無力感に押し潰され、孤独に戦い、死んでいく事が妥当だと信じているニーナは、甘さを許さないから。

 

 ──もっと、強く。強くなれれば、一緒に居れるのかな……? 

 

 ニーナを包み込んで、守れるくらい、強くなれれば。あるいは立ち塞がる敵を一瞬で蹴散らせる力があれば。そうすれば、叶うのだろうか? 

 周りが見えない程の暗闇の中に来てくれて、ずっと側に居てくれた女の子……生まれて初めての、たった一人の親友と共に過ごす。一緒に居る。ずっとずっと一緒に、穏やかに過ごす。そんな夢は、力さえあれば、強くなれば、叶うのか? 

 そう、例えば、ニーナが用意してくれた星の力。重力魔法。あのニーナが誇らしげに、レナにしか扱えないと渡してくれたあの強大な力を、この身の全てを捧げて星の支配者になれば……あるいは。

 

「……レナ?」

「…………何でもない。ねぇ、ニーナ。一緒に寝よ?」

 

 良いよね? と。そう半ば押し切る様な形になりながら、レナはニーナを抱えてベッドへと潜り込む。

 やるべき事は、未だおぼろげでよく見えない。けれど、いや、だからこそ、今は、目を離したらいっつも死にかけてる親友に、いっぱい、いっぱい伝えたかったのだ。レナがどれだけ一緒に居たいと思っているのか。レナがどれだけ心配で、不安で……何より、ニーナの事が大好きなのか。イマイチ分かってくれない鈍い親友に、本能のまま、直感がささやくまま、ありのままを。

 

「ん、ぅ。レナ、くすぐったいよ……」

 

 ニーナのもふもふで温かなミミに触れて、つい頬を緩めながら、レナはニーナをギュッと抱き締める。絶対に離さないと、そう言外に示す為に。

 ……月の光が差し込む夜は、まだ始まったばかりだった。




 とうの昔に身体も心も限界で、ついに正気すら失い始めたお喋りクソ女VS並大抵の“覚悟”では足りない事に気づいてしまった皇女殿下。ファイ! 
 なお結果。

 ◇

 ニーナの魔法薬。
 天文台の死霊術師、ニーナ・サイサリスが夏の終わり頃から常飲している深い群青色の錠剤。別名、汚れた蒼玉。使用すると一時的に魔力と精神耐性が向上し、死へと誘う死者の声を遠ざける事が出来る。
 当人曰く、死体の味がする劇薬。

 他に類を見ない奇妙な魔法薬であるが、この魔法薬はニーナ・サイサリスのアレンジ品であり、大元のオリジナルは教団本部で開発され、魔力器官の異常発達と霊的感応性上昇を目的に、日常的にN−200シリーズへ投与されていた薬品である。
 欠点として多種多様かつ致命的な副作用が伴うのは間違いないのだが、具体的にどの様な副作用が起きるのかは全く分かっていない。しかし、これを作成した狂信者と少女は奇しくも同じ言葉を口にしたという。

 どうせ死ぬのだ。知る必要などあるまい。


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閑話 ニーナ・サイサリスという少女 Ⅱ

 誰が作ったかも分からない……けれど異様なまでに貴重な品々が残されていた天文台──その呼び方が正しいのかさえ定かではない──を学園一行が再制圧して、数日が経ったその日。

 彼ら彼女達は今後予想される邪教徒との激戦に備えるべく、一日だけとはいえ全員が休暇を取っていた。

 

 久方ぶりの、待ちに待った休暇。

 だがしかし、残念な事に。現在彼ら彼女達が居るのは森の奥深くにある打ち捨てられた天文台。当然ながら遊技場どころか飲食店の一つすらない場所であり、あるのは古文書や触れる事もはばかられる器物ばかりとなれば……殆どの生徒がふて寝を決め込み、僅かな生徒が森で狩りをしたり、あるいは休日返上で天文台の調査や修復作業を続けているニーナの手伝いを申し出るのは、最早必然でしかなく。

 そんな少年少女の虚しい休暇を不憫に思ったニーナの口が、余計な事を口走ってしまうのも、また必然だった。近くに放棄された温泉があるはずだ、などと、不確かな事を。

 

「あぁ、うん。私の記憶違いでなければ、なのだがね? たしか、天文台の敷地内に温泉があったはずなんだ。まぁ、長らく誰も使ってないせいでボロボロだろうけど……仮にもこの天文台の設備だ。全く使えないという事はないだろう。多少壊れてるぐらいなら、私が直しても良いしね。……気になるなら探してくるといい。もし見つけられれば、女性陣は喜ぶと思うよ?」

 

 アリシアやサーシャの好感度を稼いで来たまえ、と。そう冗談めいた言葉でユウを送り出したニーナの……計画通りと言うべきか? 学園生徒達の執念すら感じる献身によって、温泉はその日の内に発見、再開発が行われ、日が沈む頃には再使用可能な程度には修復が完了しており……

 故に、その夜。再開発された温泉から姦しい声が上がるのは、最早当たり前の事だった。

 

「あ、アリシアお嬢様だ」

「アリシアお嬢様ー! いい湯ですよ! ここ!」

「えぇ、ありがとう。……案外、悪くないんですのね? ニーナ先生は壊れているが役立たずは役立たずなりに役立つだろう、なんて仰っていましたが。その辺り、どうですの? サーシャ。ユウは何か言ってまして?」

「いえ、何も。ユウもそうですが、男性陣は皆疲れ果てていたので。ですが、あの先生の言う事です。少なくとも当人の主観や自己評価が絡む事は、何もアテにしない方が宜しいかと」

「あぁ、えぇ、そうでしたわね。前からそうでしたけど、最近どんどん酷くなっている様な……って、何ですの? どこを見てますの、貴女達!」

 

 どこ? わざわざ言う事かい? ……そうオーバーアクションを取りながらからかってくる者がここに居なかったのは、アリシアにとって唯一の幸運だったと言えるだろう。

 何せ、学園最大戦力を目撃した同級生からすれば──たとえ同性であれど、いや、同性だからこそ──歓声にも似た黄色い声を上げるのは最早当然の権利なのだ。アリシアがキッと睨みながら胸を隠したところで……声を潜める気にはなれど、視線の色を変える気になれるはずがなく。エマ先生が先生として場を収める事で、ようやく温泉は落ち着きを取り戻していく……はずだった。

 

「……良いですよね。アリシアさんは」

「……エマ先生?」

「サーシャさんも、新しく入って来た子も。背や胸の事で馬鹿にされたりしないんでしょうね? 羨ましいです」

「え、エマ先生!? どうされたんですか!? お気を、お気を確かに!」

 

 どうせ私なんて。そうエマ先生が場を収めもせずに鬱々とした闇のオーラを漂わせ始めたのは、誰に取っても予想外の出来事だった。

 まさかどこぞのお喋りクソ女の悪癖が移ったのか? それとも親族からネチネチと責められでもしたのか? 何にせよ、自分の平坦な胸を抑えながら、光を失った目でアリシアの豊満な胸を睨みつける合法ロリ先生ことエマ先生を正気に戻す方法は……アリシアにも、周りの女子生徒達にも無く。自然、エマ先生の闇はより一層深くなってしまう。恨み辛みが透けて見える、薄暗いそれが。

 

「ふふふ……どうせ私は見合いを組まないと行き遅れる様なちんちくりんですよ。仕方ないじゃないですか。教員免許の取得とか、面倒ばっかり起こす親族の尻拭いとか、忙しかったんですし。ニーナ先生も言ってました。若い頃に苦労し過ぎると胸は育たないって。だから別に私が小さいのは仕方ないんですよ。ねぇ? アリシアさん?」

「ぇ、あ、そ、そうですわね。仕方ない事だと、思いますわ?」

 

 えぇ、はい、と。そうなんとも頼りない相槌を打つしか、アリシアに出来る事はなかった。どうやらエマ先生の闇のオーラは婚期の事で親族からネチネチと責められた事が原因らしく、お喋りクソ女の生霊に取り憑かれている訳ではないらしいが……だとしても、いや、だからこそ何も打つ手がない。話題がお喋りクソ女の雑に扱っていいそれではなく、女性の婚期というデリケートな問題なのもそうだが、普段冷静なエマ先生がこうなってしまうなんて、正しく想定外の事態なのだから。

 該当する想定マニュアルすらなく、頼りのサーシャにもそっと目線をそらされた今、アリシアに出来る事があるとすれば……戦術的撤退。話題変更しかなかった。そういえば、と。

 

「ニーナ先生といえば、ここに温泉があると言いだしたのもニーナ先生でしたわね? まさか、天文台に温泉があるとは思ってもみませんでしたが……あの人はそういう技術まで持っているのでしょうか? どう思います? エマ先生」

「……そうですね。確かに、ニーナ先生の多才さを思えば、そういう技術を持っていてもおかしくはありません。ですが、ニーナ先生は元々ここの出だそうですから」

 

 元々知っていただけかも知れませんね。と、そんな言葉を深く考えるより先に口してから……気づく。そのニーナ先生の古巣が、完全な廃墟と化していた事に。ニーナ先生もまた、故郷を失った者の一人だった事に。

 今どき、故郷を失った人間はそう珍しくない……なんて、慰めにもならないだろう。ここの経年劣化具合を思えば、ニーナ・サイサリスが天文台の死霊術師になった頃には、既にこうだった可能性も……失言をかき消すには、全く足りない。

 だって、ニーナは失ったのだ。繋がりを、居場所を、その手にあったはずの殆んどを。

 

 ──天文台の死霊術師。あの名乗りに含まれた痛みは……いえ、触れるべきではありませんね。

 

 ニーナ・サイサリスがいかにタフであっても、いや、なまじタフだからこそ、二人は思い至った考えを即座に捨て去る。自分達が触れて良い話ではないと。

 触れられるのは、ただ一人。あの白雪の姫君以外は、ただそっと見守るしかないのだろう。様子を窺い、けれど、何かあれば助けに行ける様に。それが同僚として、生徒として、出来る最善の事なのだ。

 そう沈んだ心をなんとか再浮上させた二人は……しかし、正気に戻ったがばかりに周りとの残酷な戦力差を再び直視させられたエマ先生が、再び闇をまといだした事により状況が戻ってしまう。最近のニーナにへばりついている物と同種の、鬱々とした暗い空気。だが二度目ともなれば多少なり余裕が出てくる物なのか、アリシアは逆に踏み込んで鎮火しに掛かる。大丈夫ですよ、と前置きして。

 

「エマ先生は素敵なレディなのですから。いつかきっと素敵な殿方が現れますよ。そう焦らなくても──」

「アリシアさんには、ユウ君が居ますからね。彼、血筋も良いそうじゃないですか。ニーナ先生が言ってましたよ。あの子は歴史的な名家の末裔で、王国の正統後継者でもあるんだと。良いですね。誰からもケチをつけられない、万が一すら無い身は」

 

 南無三。やはりニーナの生霊か。それともそんなに親族にネチネチと婚期の話をされたのか? アリシアの踏み込みはかえって状況を悪化させてしまった。控え目に言っても、詰みと断言出来る程に。

 何せエマ先生はまだまだ若いとはいえ、それでも成長期は完全に終わっている故に──まだ成長出来ますよ、等と──気休めの言葉は掛けられない。かといっていつか、またいつかはと遠い未来の話をしようにも、行く末が固まっているアリシアではエマ先生を傷つけるだけで……斯くなる上はひたすら聞き手に回って同意を示し続けるか? さもなくば見え見えでも構わないからもう一度話題変更に挑むか? 二つに一つ、ではあるのだが。

 

 ──ニーナ先生なら、あえて踏み込んだのでしょうけど……

 

 あの妙なところでデリカシーのない少女なら、こんな状況でも迷いなく踏み込んだのだろう。愚痴と共感に溺れる暇があるなら決死の覚悟で戦いたまえよ、と。そう狂戦士めいた叱咤激励を飛ばしたに違いない。

 だが、当然ながらアリシアはニーナではなく……順当に、一歩下がって聞き手に徹しようとして。

 その瞬間、空気が重くなる。

 ホンの少しだけ、生粋の武人だからこそ感じとれる僅かな変化。重々しいプレッシャー、息苦しい寒気、濃縮された闇の魔力。間違いない、この重さは、この気配は。

 

「レナ生徒会長……いらしてましたのね」

「うん。ニーナに勧められたから」

 

 アリシアが振り返ったその先に居たのは、レナ・グレース・シャーロット・フューリアス生徒会長……艷やかな白髪と、大きく力強いコウモリ羽が特徴的な、美しい白雪の姫君だった。

 いや、姫君……というのは、極めて控え目な、それこそニーナだけが使う表現かも知れない。何せここ最近のレナ生徒会長のプレッシャーは尋常ではないのだ。小柄な身体つきとは真逆の、まるで皇帝の様な、いや、闇精霊そのものであるかの様な暗く重い圧力は、アリシアをして膝を屈してしまいそうになる程なのだから。

 

 ──それこそ、伝説の大精霊の様な……ホント、春の私はよくこの方に喧嘩を売れましたわね? 

 

 自殺願望は無かったはずですが、と。アリシアは思わず内心で自虐の言葉を吐いてしまう。こんな力を持っていたと知っていたら、あんな真似は死んでもしなかったと。

 だって、そうだろう? 春のレナ生徒会長は、単に弱りきっていただけなのだ。四方八方から追い詰められ、逃げ場なんて過去にも未来にもなく、いつ死んでもおかしくない程に傷ついていただけ。だから春、夏と充分に休息を取り、ようやく戦う理由を見つけた彼女は……本来の、あるいはそれ以上の力を持つに至っている。単騎で戦局を変える程の、それこそ一人で世界を滅ぼしてしまう程の、圧倒的な力を。

 そんな彼女にケンカを売る? それは自殺と何が違うのか? 全くそんな馬鹿が居たら会ってみたい。全力でひっぱたくから、と。そう内心だけとはいえ自虐の言葉が止まらないアリシアは、良くも悪くもニーナの悪影響を強く受けた一人であり……だからこそ、なのか。レナが、珍しい事に、言葉を繋げる。ねぇ、と。わざわざ軽く注意を引いてまで。

 

「一つ、聞いてもいい?」

「えぇ、構いませんよ。なんでしょうか? レナ生徒会長」

「今さっき、ニーナの話……してた?」

 

 やはり、というべきか。レナの聞きたい事とは、ニーナの事だった。

 いや、というより、ニーナ先生の名前を出したからこそ、レナ生徒会長がここに居るのだろう……そう推測出来る程度には、アリシアはレナ生徒会長の事を理解しており、また、恐れてもいた。もしニーナ先生絡みで機嫌を損ねようものなら──いじめは勿論、陰口でも叩こうものなら──この吸血皇女は無慈悲な支配者として、確実に断罪の刃を振るうだろうと。

 それを思えば、アリシアの答えは事実一つしかなく。彼女は普段通りの声音を装いながら、当たり障りのない言葉を返すしかなかった。してたといえばしてましたわね、と。未だに暗い顔のエマ先生を、そっと意識から外しながら。

 

「ですが、どちらかと言えばニーナ先生の話というより……そう、将来のお相手とか、その人の好みとかの話でしょうか? そちらが主な内容でしたわね。レナ生徒会長はどうです?」

 

 そういった方はいらっしゃいますか? と、そう話題転換を兼ねた一言を焦りから立て続けに発してから……気づく。レナ生徒会長は、亡国の皇女様。許嫁や婚約者がかつて居た可能性を考慮すれば……今のは、失言だったのでは? と。

 もしニーナがここに居れば、さっきから地雷が多過ぎるねぇ、と。まるで他人事かの様に、ブラックジョークにしか聞こえないフォローを挟んだだろう。そんな地雷は存在しないと、知っているが故に。

 現に、レナは気分を害した様子もなく、ん──と少しだけ悩む様子を見せた後。ポツポツと言葉を紡いでいく。よく分からないけど、と前置きして。

 

「将来の相手……えっと、一番大好きで、ずっと一緒に居たいと思える人、の事で合ってる?」

「え、えぇ、そんな感じですわ」

「なら、ニーナかな」

 

 即答。迷いなき即答だった。

 やはりニーナ先生がレナ生徒会長を第一に考えるのと同じ様に、レナ生徒会長もニーナ先生しか見ていないのだろう。仲が良くて微笑ましい事……そうアリシアが内心でホッと一息ついている間にも、レナは饒舌に話を繋げていく。何とも珍しい事に。

 

「後は、ニーナの好みの話……? うーん。そう、だね。えっと、ニーナはね、レナと一緒で甘い物が好きみたいだよ? わざわざ買ったりまではしないけど、クッキーとか、余った食材で作って食べたり、渡したりしてくれる。お花は暖色系より寒色系の青い花が好きで、昼間より夜が好きだって言ってた。それと誰かとお話したり、何かを教えたりするのも好きだし、読書が趣味で魔法理論とか歴史の本をよく読んでる……けど、これは好きとは違うのかな? いっつも難しい顔してるし。他には、えっと、何があるかな?」

「……では、人間としての好みはどうですか? 背が高い方が良いとか、胸は大きい方が良いとか」

「エマ先生?」

「? んー……そういうのは聞いた事がないかな。あ、でも背も胸も小さい方が好みだって言ってたよ? 白い髪も綺麗で好きなんだって」

 

 哀れ、ニーナ・サイサリス。公衆の面前で、しかも本人の預かり知らぬところで想い人に性癖を暴露される。

 不幸中の幸いは、ニナレナの関係性──お互いがお互いに暗く重い恋愛感情を持っている事──なんて学園女性陣からすれば公然の秘でしかないという事だろう。レナの紅い瞳も神秘的で綺麗だって言ってくれたよ、などと。そう上機嫌なまま無垢で無慈悲な追撃を敢行するレナを見るまでもない話だ。そしてニーナ先生はレナ生徒会長が好きなだけでは……なんて野暮な事を口に出来る愚かさをアリシアが持ち合わせていなかったのも、ニーナにとっては幸いな事だったに違いない。主に恥の上塗りにならずに済むという点では、だが。

 しかし、世の中のリソースという物は、たとえそれが無形の物であっても限られているもので。誰かが幸運を拾えば、自然、不幸のシワ寄せは誰かに押し寄せてしまう。例えば、行き遅れの四文字に苦しむ誰か、とかに。

 

「そう、ですか。ニーナ先生は、いえ、そうですね。ニーナ先生とレナ生徒会長は、仲が良いですからね」

「? そうかな?」

 

 そうだと良いな。そう夢見る少女の様に紅い瞳を輝かせ、微かな微笑みを浮かべる白雪のお姫様……とは、打って変わって。未来への希望に満ちた幸せオーラに当てられたエマ先生の表情は、今や下降の一途を辿っていた。

 婚期の事でそうとう詰められたのだろう、と。そこまで推測するのは何も知らない一生徒の身でも出来る事だが……しかし、その尋常ではない落ち込みぶりを見続けてきたアリシアは、つい思考をもう一歩先に進ませてしまう。これは、もしや? と。

 

 ──冷静沈着なエマ先生にトラウマを与える程の、あるいは与える様な結婚の催促……王都の状況。思ったより悪いかも知れませんわね。

 

 どうやら王都の住人は未だに余裕と恐怖を両立してしまっているらしい。そう思考が追い付いたアリシアの脳裏に、恩師の嘲笑が響く。前時代的なパラダイ厶の中で生きてる連中が何だって? と。

 ニーナ・サイサリスの、以前にも聞いたその台詞。ぱらだいむとやらが何を意味するのかは今も分からないが、少なくとも今の王都はニーナ先生がキツめの皮肉を吐く程度には、それこそ今アリシアが感じた直感以上に、悪い状態なのだろう。嘆かわしい事に、悲しい事に、残念な事に。

 そう祖国の斜陽を改めて感じつつも……いや、感じてしまったからこそ、アリシアは鬱々としたオーラを放ちながらふらふらと湯に向かうエマ先生ではなく、軽い足取りで洗い場に向かうレナ生徒会長の後を追う。その小さな背中に生えた翼を見て、今更ながらに思い出した事を口にしながら。

 

「生徒会長。失礼ですが、温泉に入っても大丈夫なのですか? 以前ニーナ先生から、くれぐれも流水に近づけるなと念押しされた事があるのですが……」

「ん? ん、これぐらいの流水なら問題ない。レナは純粋な吸血鬼じゃなくて、ただの先祖返りだから」

 

 制約が緩い……らしいよ? と。そう小首を傾げながら口にするレナ生徒会長の声に、アリシアがそうなんですねと曖昧な頷きを返していると……ふと、背後から聞き慣れ過ぎた声が届く。レナは色々と特別だからね、と。

 

「普通の吸血鬼の伝承はアテにならないんだよ。現に血魔法や身体能力なんかは純血種に二歩も三歩も劣っているけど、精霊との親和性が恐ろしく高かったり、制約が極めて緩かったりするしね。まぁ、レナは吸血鬼としてはクォーターどころか八分の一、場合によっては十六分の一以下の可能性もあるから……直射日光や激流と言える程の流水ならともかく、日常的な流水程度なら然程問題にならない様でね?」

 

 私としても一安心だよ、と。そう学園生徒からすれば最早耳ダコな、けれど、普段の物より格段に元気がない声が温泉に響く。振り返るまでもない。ニーナ・サイサリスだ。

 そう思えども……バッと心底嬉しそうに振り返るレナ生徒会長に釣られて、つい振り返ったアリシアが見たのは、いや、間違いなくニーナ・サイサリスだった。だったが、しかし……

 

 ──足が。ニーナ先生の足が、ある? 

 

 想像と違ったのはただ一点。ニーナは、車椅子ではなく、自分の足で立っていたのだ。義足……ではない。間違いなく、生身の両足で。

 あり得ない、驚くべき事態。春の終わり頃にガレキに潰されて無くなってしまった、失われたはずの両足を、ニーナはどんな魔法か再生させたらしい。そうアリシアの思考が追い付き、呆然とした視界がニーナの目元にこびりついた酷いくまを見つけて……けれど、いや、当然ながら一番早くニーナの元に駆け寄ったのは、レナだった。余人には決して見せない微笑みを浮かべながら、パタパタとご機嫌に羽を羽ばたかせて。

 

「ニーナ! 来てくれたんだ。でも、大丈夫? まだ休んでた方が……」

「いや、大丈夫だよ。レナ。確かに疲れは残っているけど、それほどじゃないし、私も温泉に入りたかったからね。それに、足がある便利さを久しぶりに実感したかったんだよ。……あぁ、自分の足で歩けるというのは、中々に苦労が無い。そうは思わないかい? アリシア」

「ぇ、えぇ、それは、そうですが……いえ、大丈夫なのですか? ニーナ先生」

「ん? ふむ。私はそんなに疲れてる様に見えるかい? 気にしなくても、あー、まぁ、特に問題は無いよ。今のところね。そう心配しなくても、溺死する前に上がって寝るさ」

 

 気にしないでくれたまえ。そうどこかかすれた声で、キレのないブラックジョークを放つニーナ……そして、そんな彼女を守る様に、ピッタリと張り付いて離れないレナを見れば、誰であろうとニーナ・サイサリスが“また”不調を抱え込んでいるのは一目瞭然だった。

 恐らく、足を生やした反動で疲れているのでしょうが……と、そう思考を伸ばしながら洗い場へと向かう二人の背を見ていたアリシアは、そっとその場から身を引く。これ以上は、自分の仕事ではないと。

 

 ──あの傷跡を癒せるのは、彼女だけでしょうからね……

 

 ニーナ・サイサリスの肌のあちこちに広がる大小様々な傷跡を見ながら、アリシアはそう後を託すしかなかった。自分では駄目だから、と。……諦めた訳ではない。アリシアも恩師に力を貸す事にためらいは無いのだ。他の生徒達同様、いつでも駆け付ける準備は出来ているつもりなのだから。

 だが、しかし、本当の意味でニーナ先生を助けれるのが、一人だけである事は、誰の目にも明白なのも事実。いや、というより、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスで駄目なら、他の誰でも駄目だろうと言うべきか? 

 あれ程の傑物が居て、その全力を持ってなお死する者が居るのであれば、それがその者の運命なのだと。そういう時代なのだと、諦めるしかない様な……

 

 ──寒い時代。いえ、あるいは、わたくし自身が……? 

 

 諦めかけているのだろうか? あの恩師が、あのお喋りな少女が生き残る未来を。

 そんな冷たい考えがアリシアの脳裏によぎったのは……ある種、仕方のない話だったのだろう。何せレナ生徒会長の、傷一つない真っ白な肌とピッタリと隣り合わせにある、ニーナの病的なまでに白い……けれど、ズタズタに引き裂かれた傷跡がそこかしこに残る痛々しい肌が、嫌でも目についてしまうのだから。

 特に、なだらかな胸に広がる大きな傷跡……バリスタで穿たれた痕は、今でもハッキリと見て取れる程の、見ている側の胸が痛くなる様な傷であり。その他にも腕や太ももに点々と走る治りきらなかったのだろう刺し傷や矢傷の痕や、どういう魔法を使ったのか? 新しく生やした足の全域に広がる火傷跡にも似た赤い傷跡は、痛々しいの一言ではとても足りない有り様で。

 それに、いや、幸いにも顔の辺りは綺麗なものだが……それでも、視線を首筋や背中に向ければ、何度も何度も突き刺されたのか? 消えない注射痕や、切り裂いて雑に縫い合わせたのだろう痕が幾つも走っていて…………あぁ、あの傷だらけの身体を見て、けれど全く好転しない戦局の中で、いったい何を言えようか? いったい何をどうすればあの少女を救える等と言えるのか? 

 

 ──慰め、励まし、同情。……駄目ですわね。わたくし。

 

 偽善に独善。これだから自分では恩師を救えないのだ。そう分かっていても、なおアリシアが、いや、学園の者達が──相変わらず暗い表情のエマ先生ですら──ニーナ・サイサリスの傷跡から視線をそらせないのは……ある種の、後悔と覚悟から来るものだった。

 自分達が任せきりにしていたから、知らず知らずのうちにニーナ先生はあんなに傷だらけになってしまった。

 ならば、いつか、知る時が。ニーナ・サイサリスが常に生き急いでいる理由を知る時が来たならば。あるいは、あの人を救える好機が訪れたのなら。今度は、今度こそは、間違えない。間違えてはいけない。今度間違えれば、あの人は、あれだけ頑張って来た人が、傷跡だけを背負って消えてしまうかも知れないから。

 ……勿論、鍵はレナ生徒会長だけが持っていて、彼女にしか使えないのだろう。だが、彼女がちゃんと鍵を使えれる様、助ける事は出来るはず。彼女に任せきりでは……そう、女が廃るという物だ。何せニーナ先生曰く、女は度胸なのだから。──そうその場の全員の思考がシンクロしたのは、傷跡の凄みだけが原因ではなかっただろう。いわば、ニーナ・サイサリスという少女が積み上げてきた情や実績が、彼女が存在を認めないそれらが、確かにそこにあったからこそで。

 

 

 故に、ここから先の未来は既に決まっていた。

 ささやかな魔獣の乱入者が来る事も、上がった悲鳴を捨て置けなかったユウが女風呂に飛び込んでしまいアリシアに……引いてはサーシャに投げ飛ばされる事も。

 そして何より、ロッジで待ち受ける想定外の結末すらもが、既に──




 フラグ管理ヨイカ? 
 ヨシ! 

 ◇次回更新について◇

 不足している要素を確保する為、ルビコン3の調査に出掛けます。探さないで下さい。


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第24話 忌まわしき場所

 邪教徒のロッジ。

 それはこの世界における私の生まれ故郷であり、同時に、私の記憶の中で最も忌まわしき場所だ。

 

 絶望から生まれた怨念がこびりついて拭いきれない……そんなどこまでもおぞましく、ドス黒い、破滅的な場所。

 地獄。いや、恐らくは地獄の方がまだ慈悲深いだろう。何せ邪教徒……より正しくいえば、大陸で最も普遍的な宗教の教えと考えに異を唱えたイカれた破滅主義者共に、人情なんて物は欠片も無かったのだ。私が居たのは奴らのロッジ、つまり本部、ないし研究所から遠く離れた、簡易的な宿泊施設と最低限の研究設備を備えただけの仮拠点でしかなかったというのに……それなのに、あそこは、あそこで行われていた事は。

 

 ──酷い、本当に酷い場所だった。

 

 あの頃の事は、思い出すまでもない。

 見えるのは黒く暗い底の見えない闇か、あるいは同胞の亡骸とそれを蹴り捨てる顔の見えない狂人共。聞こえるのは肉の壊れる鈍い音か、さもなくば何かを引っ掻く様な嫌な音。鼻につくのは錆びた鉄の匂いに、キツすぎる薬品臭さ。

 あそこの何が最悪だったのかを、元実験体の身から言わせて貰えれば……全てだ。全てが最悪だった。

 

 ──どれもこれも、思い出したくもない記憶ばかり……

 

 辛かった。痛かった。苦しかった。

 どんな言葉で表現すれば正しいのかすら、私には分からない。あそこは、あそこでは何をしているかすら分からない実験に使われたり、得体の知れない薬を飲まされたりするのはまだ常識的な方でしかなく。酷い時は身体を引き裂かれて、ナニカを入れられたり、骨や臓物にナニカを刻まれて……あぁ、いや、それだけなら、それだけなら、まだ良かった。私だけが苦しんでいるのなら、大した話じゃなかった。

 けれど、どこか自分と似た顔の姉達が無表情のまま殺され、消費され、失敗作と蔑まれ、ゴミとして捨てられて。あるいは数少ない妹達が私より先にグズグズの肉の塊になっていくのを、ただ見ている事しか出来なかった私は、私は……

 

「血塗られた記憶……消えんものだな。意外と」

 

 前世の記憶は簡単に消し飛んだし、この記憶だって一時期は蓋をしていられたのに……いや、あるいは、当たり前なのだろう。前世のどうでもいい記憶よりも、この血塗られた記憶の方が誰が見てもずっと重く。忘れようがなくて。

 そして、何より。私自らあの場所に近づいている以上、フラッシュバックする記憶は、苦痛と絶望がこびりついたロッジでの記憶以外に……あり得ないのだから。

 

「──ニーナ?」

「ん? あぁ……いや、大丈夫だよ。レナ。もう少しだから。後少しだから、そう、気にしないでくれ。私は大丈夫だよ。大丈夫だとも」

「でも、顔色が。それに……」

「レナ。大丈夫。大丈夫だよ。私は、大丈夫なんだ。問題なんて、何もない。そうだろう? レナ?」

「ニーナ……」

 

 ロッジへと向かう道中。その木漏れ日の中、案外日光に耐性があったらしいレナの、こちらを気遣う様な不安げな視線に、その控え目な声に、私は曖昧な笑みと無意識での返答を返しながら……追加の鎮静剤を懐から取り出して、噛み砕き、飲み干す。

 レナに指摘されたから、ではない。予想以上に症状が悪化していると、自覚したから。だって、だって今、私は。

 

 ──レナの声を“聞きたくない”なんて、どうかしてるぞ。私。

 

 それは一瞬だけ。けれど、一瞬だけといえども、私は、私はレナの控え目な声を……あのすきとおった愛しい声を、聞きたくない、と。煩わしい、と。そう思ってしまったのだ。

 亡霊共の声と重なった……なんて、言い訳にもならない。だって、レナの声だぞ? 他の声ならともかく、レナの、レナの声を、煩わしい? あぁ、言うまでもない。手遅れだ。さもなければいよいよ頭がおかしくなったに違いない。レナの声を聞きたくないなんて、糾弾の声に聞こえてしまうなんて……いや、あるいは、名前を呼ばれたから、なのだろうか? 

 ニーナ。この名の始まりである217番の意味は……216人の姉が居る証拠であり、それ以降の無数の妹達の可能性を示すものであり、何より、私の無力さの証明に他ならず。故に、あるいは、だから。

 

 ──だから聞きたくない、か。ワガママな奴だな。お前は。

 

 百人以上もの姉妹達の死から目をそらし、純然たる現実から逃げ、未来を知りながら何も出来ず、何も成せず、事あるごとにレナに迷惑を掛け続け……終いには感情をコントロール出来ずに、子供みたいに不貞腐れる? 

 あぁ、全く。我が事ながらヘドが出る。何様のつもりなのだ? ニーナ・サイサリス。姉妹達を見殺しにしたのも、少し楽をしたいがばかりに墓荒らしをしようとしているのも、全てお前自身の意思だろうに。

 情けない。

 いったいどれだけ生き恥を晒すのか。

 お前は、自分自身の罪とすら向き合えないのか? 

 無能が。いっそ、死んでしまえば──

 

「──っ、分かってるさ。そんな事は……!」

 

 亡霊の声。頭痛にも似た後悔。それに呻く事なんて、出来るはずもなく。ギリッと歯ぎしりの音を立てながら食いしばる私の視界に……ふと、一人のメイドが木陰からぬるりと音もなく現れる。どうやら斥候として先を偵察していたサーシャが帰って来たらしい。

 

「お嬢様、ニーナ先生。間もなく森を抜けますが……やはり、道中に罠や伏兵は確認出来ません。それと、話の通り森を抜けた直ぐ先に洞窟がありました。恐らく、目的の場所かと」

「ありがとう。サーシャ。……ニーナ先生、目的地というのは、その洞窟で間違いないのですか?」

「あぁ、うん。間違いないよ。それが連中のロッジだ。……その様子だと、偽装も見張りも無かったんだね?」

「はい。魔法的、物理的問わず偽装は施されておらず、見張りの一人も居ませんでした。それと、恐らく罠の類いも」

「……そうか。ありがとう」

 

 では、このまま前進だ。そう言葉少なげに決定を通達し、私は率先して更に前へと足を──教える気にもならない邪法で取り戻したそれを──進めていく。サーシャの報告があったとはいえ、罠の一つも警戒せず、滑りやすく足場も悪い山道を蹴りつけて。

 別に、死にたい訳でも油断している訳でもない。ただ単に、警戒態勢を取る必要性が無いだけだ。何せ偽装も無ければ見張りも居ないという事は、それは連中のロッジがロッジとして機能していない証拠……つまり、あそこはどういう形であれ、既にもぬけの殻になっていると見て間違いないのだから。あの暗闇に残っているのは残骸と死体だけ……あぁ、私が本当は何なのかを推測するに充分な残骸と死体が、あるだけだ。ホムンクルスの製造設備と、私と同じ顔をした姉妹達の死体が。私がバケモノである証拠が、バラバラのパズルみたいに転がっているだろうさ。

 

 ──レナとの関係も……いや、学園の皆との関係も、これでオシマイか。

 

 地頭の良いレナとエマ先生なら、そのパズルを意識する事もなく自然と解いてしまうだろう。そして私が人でないと知れば…………いや、考えるまでもない事だ。天文台を出発してからずっと、私の側を片時も離れないレナも。私を気遣う様な、不安視する様な目を向ける同僚や生徒達も。あれを見て、真実を知れば、嫌でも私を拒絶する。私から離れていく。それは、間違いないだろう。

 ……それが寂しくないと言えば、嘘になる。

 だが、だからといってここの調査を取り止めて真実を隠す気にはなれなかった。だって、当たり前だろう? レナの未来を思えばこのロッジは調べるだけの価値があるし、同僚であるエマ先生や、ユウやアリシアら生徒達の役に立つアイテムにも心辺りがあるのだ。更には戦術的に見た際の後顧の憂い……後方に敵基地が再建されているのでないか? という、そんな一抹の不安を消し去る事が出来るこの調査を、私の個人的な事情で取り止めるなんて出来るはずがない。それに、それに──

 

 ──どの道、先も長くない……

 

 元々怪しかった身体の耐用年数が限界に近づきつつあるのは、天文台での一件を思えば最早一目瞭然。あの調子では薬で誤魔化していられるのも、そう長くはないだろう。死霊術に飲み込まれ、死霊の一つに堕ちるのは時間の問題なのだ。

 たとえ、生きていて欲しいと、一緒に居たいと。そう他ならぬレナに願われても……こればかりは、どうにもならない現実で。だから、いや、ならばこそ、私の感情とか、事情とか、未来とか。そんなどうでもいい事より、レナの助けになる事をしたくなるのは……当然の事だろう? 

 その果てに姉妹達の墓荒らしをする事になったとしても。それは私の罪で、私が持って逝く罪なのだから。あぁ、だから、だから私は。

 

「──帰って来たよ。皆」

「……? ニーナ……?」

 

 愚かにも、私は帰って来た。

 底の知れない、暗闇だけが広がる洞窟。魔法の光で照らしても、ロッジのロの字すら見えない深い闇に。

 

「あぁ、何も変わらないな。あの日のままだ……いや、サーシャの報告通り、防衛設備は完全に沈黙しているか。だが、この薄ら寒い空気はあの頃から何も……うん? どうしたんだい? ほら、行くよ?」

 

 本来なら偽装と即死トラップが仕掛けられているはずのロッジの入り口は、今や完全にただの洞窟の入り口と化しており。私は様子のおかしいレナや生徒達に声を掛けるだけ掛けた後、迷う事なく足を前に踏み出していく。

 誘われる様に、あるいは、覚悟を持って。

 魔法の明かりだけが頼りの、真っ黒な洞窟。それはどこまでも続く様に見えて……けれど、私の記憶通り、直ぐに様相が変化していく。ありきたりな岩肌には段々と紫色の魔力結晶が目立つ様になり、幾度かの分かれ道と隠し通路を過ぎて、結晶が壁一面を覆い尽くす様になった頃には……ほら、見えた。洞窟とロッジとの境。のっぺりとした金属製の大きな扉が。

 

「あれは……洞窟の中に、人工物?」

「壁、でしょうか……? いえ、それにしては何だかおかしい様な。それに、これは──」

「──見たことの無い金属だ、かい? エマ先生。流石の審美眼だね。ん? あぁ、その通りだよ。ここの扉は、というか。ここから先の全ては、遥か古代の、超古代魔法文明の遺産だからね」

 

 連中はそれを間借りしてたに過ぎないのさ、と。そう何の気なしに言い放った私は、疑問を口にするエマ先生や生徒達を放置して自動扉の端……ロック機構がある場所に近づいてあの手この手で探りを入れる。あの日と同じ様に、ロックが解除されたままだと楽で良いのだが、と。

 

「……駄目か。機能が停止してる。壊れている、というより、魔力が通ってないだけらしいが。さて」

 

 どうしたものか。そう無意識のまま思考を垂れ流しながら、私はああでもないこうでもないと取り得るべき選択肢を増やしては減らしていく。取捨選択。最適解はいったいどれだろうかと。

 

 ──とはいえ、この感じだと……ロッジ最奥のエネルギー生成プラントが停止、あるいはジェネレーターごと破壊されてるのは間違いないだろうからねぇ。

 

 取れる選択肢は無いも同然だ。そうため息を吐きながら、私は尻尾をたらりと垂れ下げてしまう。これは正攻法で開けるのは難しそうだぞ、と。

 何せ動力が来ていないどころか、そもそも動いてすらいないのだ。それでは幾ら高度なセキュリティと魔力障壁に守られた自動扉といえど、完全に機能を停止せざるを得ず、ただのデカい鉄の塊と化して……いやまぁ、その場合でもこの扉は異様に硬い素材で出来ているから、最低限の役割は果たせているのだが…………待てよ? いや、そうだな。所詮は、その程度でしかないか。

 

「よし、カチ割ろう」

「え? 何ですって?」

「叩き壊すんだよ。アリシア。君がね。……あぁ、心配しないでくれ。私はともかく、ユウ辺りは手伝ってくれるだろうからさ」

「えっと、ニーナ先生? この壁は扉……なんですよね? なら叩き壊すより、こう、開いたりとかは……」

「ふむ。いや、残念だが、エマ先生。その場合でもロック機構を破壊する事に変わりはないんだ。それに変に扉が残っていると、閉じ込められる危険性があるからね。なら、盾に再利用出来る程度には、砕いてしまった方が良いと思うんだ」

 

 同じ壊すなら、ね。と、そう肩をすくめた私を見て……数秒。結論を覆す気がないのを悟ったらしい生徒達は、迷いながらも各々武器を抜いて金属製の扉を解体し始める。

 ガン、ゴン、ドゴ、と。工事現場もかくやという破壊音を立てながら着々と進められる、下手をすると徒労に終わりかねない努力は、しかし、流石のファンタジーパワーというべきか? 最後には凄まじい破砕音と共に成果を上げて見せた。大盾にはなりそうな残骸をその証拠として。

 

「うん、この手に限る。……あぁ、お見事だったね。諸君。特にアリシア、流石だよ。頼りになる」

「ありがとうございます。先生。ただ、この手以外があった気がするのですけど……」

 

 不本意な力の使い方を強要されたせいだろう。アリシアはどこか呆れた視線を寄越しながら、その細腕に下げた無骨なメイスをゆっくりと腰元に戻していた。こんな事は二度とやらないと、そう言わんばかりに。

 とはいえ、それに同意してしまう訳にもいかない私は彼女の期待には答えられず。なぜか重力球をグニグニとイジりながら、ムスッと不貞腐れているレナの頭を撫でつつ、状況そのものを茶化すしかなかった。おやおや、と。いつも通りに、意識して。

 

「この手以外知りません、とでも言った方が良かったかい?」

「いえ、そういう話ではなく……もう良いです」

 

 はぁ、と。処置なしと言いたげなアリシアの呆れのため息に、曖昧な笑みを返した後。私は彼女達に背を向けて、改めてロッジの深みへと足を進めていく。

 破壊された扉、その向こうに続く金属製の、それでいてリノリウムの、病院の床にも似た通路をスタスタと足早に歩いて。思う事は、そう多くはない。懐かしさと、それ以上の後悔と苦痛と。ナニカの、呼び声。

 私を呼ぶ、手招きする様なナニカの声に、それを聞きたくない……いや、聞いてはいけないと分かっている私は、今日何度目かの錠剤の投与を行い。同時に、ミミを生徒達の方へと向ける。困惑する彼ら彼女達の声の方が、ずっとマシなはずだから。

 

「エマ先生。ここはいったい……なんなのでしょう? 置いてある物も、いえ、床も壁も見た事がない物ばかりです。それに天井の明かりと、時々床を走っていく光は、何かの魔法、なのでしょうか? ニーナ先生は邪教徒のロッジで、古代文明の遺産、と言っていましたが。それにしては……」

「そう、ですね……いえ、ごめんなさい。私も初めて見る物ばかりで、古代文明の話も初耳ですから……何も。強いて言えば、高度な、けれど壊れ掛けの魔法があちこちに掛けられているのは分かりますが……生徒会長。ニーナ先生は、何か言っていましたか?」

「ううん。何も。ニーナは、ニーナは……レナに何も言ってくれない。また一人で苦しんでるのは、それだけは分かるけど……それ以上は」

「そう、ですか」

 

 何かニーナ先生に関わる場所、なのでしょうか? そう自信なさげに、けれど真実を捉えてみせたエマ先生の呟きを背にしながら、私は振り返る事なく歩を進め続ける。一度でも振り返れば、立ち止まってしまえば、その場にうずくまってしまいそうだから。

 だから、そう、だから。私の口が思ってもない事を喋り出したのは、必然だったのだろう。何も変わらんな、と。誰に聞かせるでもない、独り言を。

 

「まぁ、多少は荒れているが……施設が破壊されている訳でもなければ、物品が根こそぎ持ち出されてる訳でもない。どうやら、探索の価値は残されてるらしいね?」

 

 まさに不幸中の幸いだ。これなら日程分の価値は確保出来る……などと。考えるよりも先に言葉が口から滑り落ちていく。いつも通りの声音で、恐らく、普段と同じ調子で。

 そんな私のお喋りは、案の定皆の注目を集めてしまうが……逆に言えば、それ以上の事は何も無く。私の視線は殆んど何も変わってないロッジの姿を、静かに追う事が出来ていた。

 研究員の個室、鎮圧用の武器が収まった倉庫、ごく普通の薬品がところ狭しと並べられている小部屋、食堂に共有スペース。ともすれば、現代日本にもありそうなそれらを右から左へと素通りして……私が思う事は、何もない。あるはずがない。

 あぁ、だが、しかし。

 

「使えそうな武器は数点。魔法薬はダースで確保可能。研究資料の類いは粗方焼却処分済み……いや、爆破したのか? あれは。奴らにしては随分と雑な処置だが……まぁ、気にする事でもないか。別段必須という訳でもなかったしな」

 

 そういう事もある。そう私の口が考えてすらいない事をペラペラと喋り倒してしまうのは、どうにも止められそうになかった。

 悪癖、というやつなのだろう。あるいは……いや、ただの悪癖だ。これは。それ以上でもそれ以下でもない、ただの癖。実際、私の口が勝手に喋った事はただの事実確認でしかなく、そこに疑問の余地などあるはずもない。そう、あるはずもないのだ。疑心など、この状況では鎌首をもたげる事すら出来ない……だから、私の心に引っ掛かる重く冷たい違和感は、別の何かに違いなく。

 故に。焦点がブレ、揺れる視界にそれが引っ掛かるのは、必然だった。

 

「──あぁ、なるほど。荒れ方か? 確かに、これは少し常識的過ぎるな。戦闘の痕跡が見当たらないのはまだしも、持ち出せる貴重品が粗方無い上に、爆破の痕跡がどう見ても自主的な破壊工作のソレとは……これでは夜逃げしましたと言わんばかりじゃないか」

 

 偽装工作をする気は無かったらしいね? と、そう自主退去した痕跡が丸わかりなロッジの有り様を鼻で笑いながら、同時に、私の脳は一つの可能性を正確に捉えていた。

 即ち、邪教徒共は撤退こそすれ、壊滅した訳ではないのだと。

 

 ──これは、領邦兵は返り討ちにあったか。……少しは期待したんだがな。

 

 私がここを脱走し、森に逃げ込むその瞬間。ホンの数秒だけ見えた強襲部隊、その装備や旗印を元に後日調べた情報が確かなら、ドーントレス家、並びに比較的マトモな……言ってしまえばドーントレス派の貴族達が一致団結し、それなりのドーントレス領邦兵を送り込んだはずなのだが。どうやら邪教徒共は彼らを返り討ちした後、的確な処置を行った上で、ロッジを引き払ったらしい。

 彼我の戦力差を考えれば残念でもなく当然という感想が出てくる私は、冷たい人間なのか、壊れているのか……いや、何にせよ、一つ確かなのは奴らがここに居ないという事だろう。その理由が王国最精鋭で知られるドーントレス領邦兵に手痛い一撃を貰ったからか、はたまた単に居場所がバレた事を嫌って夜逃げしたのかは分からないが──アリシアには悪いが、どうせ後者だ──どちらにせよ、連中が撤退を選択したというなら墓荒らしをするだけの時間はあるはずだ。

 そう警戒レベルを更に一段引き下げながら歩を進めていると、ふと、ユウから声が掛かる。あの、と。聞きたいことがあると言わんばかりのそれが。

 

「少し、良いですか? ニーナ先生」

「なんだい? ユウ。あぁ、防衛設備の殆んどが沈黙しているとはいえ、まだ生きているのもあるだろうから警戒は怠らないでくれよ? 些細なトラップで全滅しましたーなんて、冗談でも笑えないからね」

「それは、勿論です。ですが、その、ここは、いったい……?」

「……邪教徒のロッジだよ」

「えっと、いえ、それは分かってます。僕が言いたいのは、その……」

 

 普段の明晰さはどこへやら。あるいは、事が事だけに聞きにくいのだろうか? あの、その、と。なんとも優柔不断な様子で、けれどしどろもどろになりながらも探りを入れてくるユウに曖昧な笑みを返しつつ。私はどう説明したものかと内心で頭をひねる。ミミを伏せ、尻尾の力を抜き、口元に手を当てて、真剣に。

 何せ、ここが何なのか? その問いの答えに真実を洗いざらい全てぶちまける……にしても、順序や表現の仕方という物がある故に。

 けれど、死霊の声にリソースを割かれた私の脳は上手く動いてはくれず。問いに対する答えは、投げ掛けられた問いと同じ様に、曖昧でぼやけた物になってしまう。一言では言えないんだが、と。逃げの前置きまでして。

 

「うーん、そうだね。結論から言えば、私の生まれ故郷……になるのかな? ここは」

「……ぇ?」

「ん? あぁいや、生まれ故郷は別にあるんだがね? うーむ。難しいな」

 

 話す事が多すぎて、何から話したものか……などと。そう口が勝手に繋ぎの言葉を吐き出して、一拍。私の脳が深く考えるより先に、再び口が勝手に言葉を繋げていく。順を追って話そうか、と。恐らくいつも通りだろう声音で。

 

「厳密に言えば、私の生まれ故郷はここではない。私はもっと遠い場所で生まれ、育ち……しかし、気づけばここに居たんだ。邪教徒の実験体としてね」

「それは、誘拐されたと……?」

「んー? 誘拐? 私が? ははっ、誘拐、誘拐か……あぁ、そうだね。そう、ふむ。ふふ、どうなのだろうね? 実際。私は私を私だと思っているが、それは私が私だと思っているからという……ただそれだけの話に過ぎないのは確かだ。つまり、事の真相が雷を受けた泥人形でも、作り変えられた船でもおかしくはない。勿論、どこかの村から連れて来られた哀れな小娘である可能性もゼロではないね。とはいえ、だ。生憎、それらを証明する方法を私は何一つとして持っていないんだよ。悪いね。何せここに来て三日と経たないうちに、私は頭の中を魔法でぐちゃぐちゃ弄くり回されたから……何が幻覚で、何が正しいのか? 自分は人間なのか、泥人形なのか? 私は果たして私なのか? その正誤を確定する事すら出来ないんだ。それが出来るのは、ここを留守にしてる邪教徒共だけ……ん? あぁ、そうだよ? 頼れるはずの私の記憶は、だいぶ前から役に立たなくなっているのさ」

 

 残念な事にね。そう自嘲の笑みを浮かべた私の目に映るのは……あぁ、鳩が豆鉄砲を食らった様な顔、とは、まさに今のユウの事を、いや、学園一同の事を言うのだろう。初めて聞いたと言わんばかりに目を見開いて、驚きに染まる彼ら彼女らの、何よりレナの顔に、思わず笑みを返して。

 けれど、思考の波はスッと遠くに引いていく。目の前の現実から逃げる様に、あるいは、ミミに入った微かな音に追いやられて。

 

 ──あぁ、聞こえる。

 

 ズルリ、グチュリ。地を這いずる湿ったナニカの異音が。ズルリ、グチュリ。闇の奥底から来たる異形の悲鳴が。ズルリ、ズルリ、グチュリ、べチャリ。それは、どこか呼び声にも似ていて……

 

「……あぁ、本当に。ロクでもない場所だな。ここは」

「ニーナ先生?」

「ニーナ? どうし……っ!?」

「そう、そうだね。連中が埋葬なんてするはずがない。……そろそろ、来る頃だと思っていたとも」

 

 久しいね。そう闇の向こうへと投げ掛けた言葉に、返って来る声は当然無く。ただ、ナニカが這いずる音だけが響いてくる。ズルリ、ズルリと、湿ったナニカが地を這いずりながら、こちらへと向かってくる音だけが。

 眠る事も許されなかった、落とし子の声が、私に。私の。……私が? 

 

 ──あぁ、そう、そうだね。これも、私の罪だ。

 

 弱さが悪だというのなら、彼女達が埋葬もされず、ああして防衛装置として再利用されているのも……他ならぬ、私の罪なのだろう。

 彼女達を眠らせる事も、狂人共を止める事も出来なかったのは、私が弱かったからで。だから、あるいは、故に。私は闇の向こうから現れたその子と、真っ直ぐに向き合う事が出来た。微かな死臭を伴う、醜い泥の様なナニカから、目をそらさずに。

 とはいえ……それが出来たのは、私だけの様で。武器を構える音と共に、背後から困惑と動揺の声が上がってしまう。あれはいったい? と。

 

「敵……スライム、でしょうか? いえ、けれど、この寒気とおぞましさは……?」

「お嬢様、危険です。私の後ろへ。エマ先生」

「待って下さい。一先ず、距離を取りましょう。スライムに見えますが……あの黒い泥の様な身体、この寒気とおぞましさ。何か、嫌な感じがします」

 

 迂闊な事は出来ません。そう周囲の意思をまとめ上げたエマ先生は、漂う死臭とドス黒い魔力に押されるがまま、緩やかな後退を指示。ユウを始めとした前衛役を殿に置いたそれが、正しい手かどうかは……まぁ、直ぐに分かる事だろう。

 そう場の流れをどこか他人事の様に傍観しつつも、流れを遮らない様、私も皆に続いて数歩後退ろうと足を一歩後ろへと下げて……気づく。レナが、一歩も下がらず、その場に立ち止まっている事に。その視線があの子から、いや、あの子と私を行き来している事に。

 ……いや、あぁ、そう、そうか。気づいて、しまったんだね? レナ。

 

「…………違う。そんなはず、でも、この感じは」

 

 ふふ、全く。流石、と言うべきかな。それとも当然、というべきかな? レナは、私の血をずっと吸ってきた賢い吸血鬼のお姫様は、一目で、ホンの十数秒の思考で、真実の扉に手を掛けてしまったらしい。

 あのスライムになるのがやっとの、おぞましい魔法生物が……私の、同類だと。

 

 ──不幸中の幸いは、まだ確証を得ていない事……かな? 

 

 疑惑は、もう掴み取ってしまったのだろう。けれど、チラリ、と。そうレナから寄越される控え目な視線を見れば……まだ、確証を得れていない様子で。

 だから、だからこそ、その不安に揺れる視線に私が答えられる事は、何もなかった。レナの疑惑を肯定する決意は無く、嘘を積み重ねて否定を演出する気力も無いが為に。私はただ、沈黙を重ねるしかない……はずだったのだが。何故か、口が開く。

 

「170……いや、160番代の子か。哀れな物だな。まだ稼働状態にあるとは」

 

 思考よりも早く転げ落ちたのは、最早隠す事も出来ない現実。ホムンクルスの製造ナンバーと、ナンバー事の特徴の示唆。意欲的な機構を組み込もうとしたがばかりに失敗作と化した、160番代から170番代への同情。

 内部事情を知らない限り出て来ないはずの言葉と情報に、レナが、いや、生徒達やエマ先生が疑う様な……けれど、どこか気遣う様な視線を投げて来て。

 それでも、私は、私に、言葉を繋げる気力は湧いてこず。私は無意識のまま、愛用の槍杖を召喚し、戦闘態勢を取ってしまう。拒絶する為に。あるいは、残された信用を使い果たす為に。

 

「──諸君、怯む事はない。あれらの気配は虚仮威し、本体はただの魔法生物に過ぎん。火を放ちたまえ。弱点は腐敗巨人と同じだよ」

 

 身体だけではない。もっと奥底の部分が腐敗して腐り落ちているのさ……と、そう言葉を閉じた私は、率先して下級の火炎魔法を叩き込みに掛かる。

 学園の書庫で覚えた、手慰み程度の、優秀なエマ先生とは比べ物にならない程、貧弱な火炎魔法は、しかし、呼び水としては十分だったのだろう。私に一拍遅れて放たれた多くの火は、炎は、次々と160番代の成れの果てへと着弾し……反撃も、悲鳴すらも許さず、その身を燃やし尽くしていく。

 その有り様は最早攻撃というより、火葬にも似ていて……だから、だろうか? 十秒程の斉射が終わった後、残されていたのが灰だけだったのは。

 

「あら? ……本当に、弱点でしたのね? 寒気の割りには、大した事ないというか」

「はい、その様です。再生も確認出来ません」

「うーん、炎以外には強いけど、炎には物凄く弱い……そんな能力だったのかもしれません。こんな場所では、火災なんて滅多にないでしょうし……ニーナ先生?」

「ん? あぁ、あの子かい? あの子は見た通り腐敗してるんだが、あれは肉体の強度不足と呼び込んだ魂の容量不足……あるいは、その不均衡が原因にあってね? そのせいであの子はよく燃える上に、本来出せるはずの魔力障壁すら出せず、備わっているはずの人並み程度の知性や高い再生能力まで欠如しているんだ。あるのは異様な近接戦闘能力だけ……なんだけど、あの遅さだからね。こちらから近づかない限り、それさえも問題にはならないよ。潜んで待ち構えようにもその待ち構える為の知性も習性もないし、そもそもあのおぞましさと寒気だ。油断しない限り、気にする必要もないだろうさ」

「詳しい、ですね。ニーナ先生」

「んー、まぁ、私はここの実験体だったからね。連中の愚痴が聞こえてくる事もあったし、あの子達と殺し合う事もあったのさ。……結局、あの子の欠点は最後まで解消されなかったらしいけど」

 

 あるいは興味も無かったのかな、と。そう努めていつも通りに、無意識のまま聞かれたはずの疑問に答えた私の中に……考えなんて、何もなかった。

 だって、もう気づかれたのだ。レナに、私の秘密は、もう。だから、だから、もう、何か考える必要なんて、無くて。

 

「……安らかに眠れ」

 

 もう二度と君の死は冒涜されない……と、そう小さく呟いた声さえも、無意識のものだった。

 何も考えたくない。何も感じたくない。意識している事なんて、レナをなるべく見ない様にする事だけ。それ以外は空虚な習性と無意識が対応するのみ……なのに、レナは、ずっと、ずっと。

 紅い瞳を、悲しそうに揺らしている。

 なんで? と。そう問い掛ける様に。

 

「ニーナ、今のスライム……ううん、その子は──」

 

 普段なら答えていた視線に、何も返さない私に……しびれを切らしたのだろうか? レナはついに、口ごもりながらも私に声を掛けてくる。問いを、疑念を、確信に変える為に。

 あぁ、だけど。

 

 ──ごめん、レナ。

 

 今は何も、答えたくないんだ。

 お願いだから、何も言わせないでくれ。

 いや、いっそ見ないで欲しい。聞かないで欲しい。もう私の側に……なんて、口に出来る決意も思い切りも、私には無く。

 ただ、ギロチンの刃が落ちる時を待つかの様に、レナに背を向けて続けて、十秒。いや、二十秒は経っただろうか? ふと、唐突に私のミミと尻尾に寒気が走る。敵が来る、と。……あぁ、全く。こうも不幸中の幸いが続くとは。本当に、今日はついてる。

 

「ッ、まだ来る……!?」

「ふむ。半分は処分されているはずなんだが……いや、逆に言えば、半分は稼働可能だった訳か? そうなるとまだまだ居るのは道理……おや? んー、再利用体だけではない? 170、180番代の生き残りも居るか」

 

 困った事だ、と。考えてもいない台詞がポロポロこぼれ落ちていくのを他人事の様に聞きながら、私は改めて槍杖を構えて前へ出る。

 動揺が広がる生徒達を庇う為に。あるいは……いっそ、ここで死ぬ為に。

 

「諸君、何を怖気付いている? ここは邪教徒のロッジだぞ。正気の人間は生き残れん場所だ。怯むな。焼き払え。全て焼き払え! 一人残らず、断固として、根こそぎに、容赦なく!」

 

 嫌なら逃げ出せ。今回ばかりは、誰も笑わん。そう、ここまで付いて来てくれた生徒達に掛ける言葉すら、空虚な物。

 けれど、その虚しさに気づく者は……居なかった様で。生徒達は勇敢にも前へと足を踏み出してくれた。武器を手に持ち、目に闘志を燃やしながら。

 

「──ユウ、前線指揮を頼めるかい? 170番代はともかく、180番代の戦闘能力はかなり高くてね。こんな場所での乱戦は避けたいんだ」

「ぇ? あ、はい! 了解です! さっきみたいに、遠距離からの火属性魔法で対応します。……それで、良いんですよね? ニーナ先生」

「あぁ、その通りだよ。……私達は、そうしてやるしかないんだ。彼女達を救う方法なんて、もうどこにもないからね」

 

 じゃあ、後は任せるよ。そう疑問符を浮かべるユウに言うべき事を言い切った私は、誰よりも先に前へと駆け出す。

 全ては眠れぬ姉妹達を葬る為……いや、あるいは。悲しそうなレナの瞳から、逃げる為に。



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第25話 過去の影

 自分について多くを語ることは、自分を隠す一つの手段となり得る。
 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。


 ロッジ内での不意遭遇戦……160番代から180番代、果てには190番代の出来損ないまでもが乱入してきた一戦を何とか潜り抜けた私達は、ついにと言うべきか? ロッジ最深部に辿り着いていた。

 薄暗く、しかし所々に青色系の明かりが灯る、どこか近未来的な施設。超古代魔法文明の遺跡を接収したか、あるいは模倣したのだろう場所……ホムンクルスの製造施設、その入り口に。

 

「ここは……あの、ニーナ先生。ここは、いったい?」

「──うん? あぁ……ここかい? ここはホムンクルスの製造施設だよ。管理番号は、確か三番だったかな? このロッジ内で最も頻繁に使われ、そして多くの失敗作を作り出した、ロクでもない場所さ。……とはいえ、その地獄の坩堝もあらかた壊された後らしいけど……ん、もしかして興味があるのかい? ユウ、それにエマ先生も? ふぅん……そうだね。なら、好きに調べてみるといい。ロクな知見は得られないだろうけど……幸い、ブービートラップは無さそうだし、そもそも秘密は甘い物。あぁ、止める気はないよ? 私にはね」

 

 好きにすると良い。そうよく回った口を自然な流れで閉じた私は、自分の生まれ故郷に……陰鬱で怪しげな科学施設に、改めて視線を戻す。

 破壊された培養槽──オリジナルではなく、連中の劣化コピー品──や、そこから零れ落ちた培養液。そしてそれらを管理、維持していたコンピューターやパイプライン等の機械設備。どれもこれも外の技術レベルを数百年は上回るそれらを見て……私の心がちっとも揺れ動かないのは、良い事なのか、悪い事なのか。どちらにせよ、確かなのは不動を貫けているのは私だけ、という事だろう。

 何せ、ほら。あのレナですら私から目をそらして何かを囁いている。私ではなく、エマ先生に。

 

「ねぇ、エマ先生。何か分かる? 今日のニーナ、なんだか……」

「すみません。生徒会長。私も何がなんだか……先日の天文台より更に高度な技術が使われているのは分かるのですが、それ以上は……何も」

「ん。じゃあ、ホムンクルスの方は?」

「ホムンクルス、ですか。たしか、百年程前に失敗した錬金術の秘技だったはずです。その件では亡くなった人と瓜二つの命を作り出し、ある種の生き返りを達成しようとしたそうですが……結果は失敗、いえ、大惨事を引き起こしました。培養されていた命はある日突然変異を起こし、人間どころか討伐すら困難な怪物が生み落とされたのです。それは町一つを壊滅に追い込んだ後に自壊し、残ったのは瓦礫の山と死体だけだった……と、私が読んだ本にはそう書いてありました」

「そう……バケモノ、なんだ」

「はい。文献には制御不可能な怪物である為、作り出す事は勿論、研究する事すら禁ずるべきである、と。それが確かなら、ここは……」

 

 ニーナ先生の言う通り、ロクでもない場所なのでしよう。そう嫌悪感を隠す事もせず吐き捨て、どこか苛立つ様子を見せるエマ先生に、私が掛けれる言葉は……無い。

 だって、その通りなのだ。ホムンクルスは、私は、制御不可能な出来損ないのバケモノで、いつ消えてもおかしくない……いや、いっそ消えた方が皆の為になる泥でしかないのだから。それを思えば、エマ先生の嫌悪感は正常な物でしかなく、至極真っ当な感情であり、教師として正しい姿だとすら言えるだろう。

 私とは違って、綺麗で真っ直ぐな、人としての姿だと。

 

 ──けど、それでも。

 

 まだ、まだ私は立ってなきゃいけない。まだ私にはやらなきゃいけない事があるんだ。

 叱咤激励。いつの間にか下を向いていた視線を、半ば無理矢理に正面へと上げて……そうして突き刺さるのは、やはりというべきか、生徒達の視線だった。恐る恐る周りを観察した上で、チラリチラリと、私に視線を投げ掛けていたのだ。これは何だろう? 見た事もないと、それでも私なら説明出来るのだろうと、だが今それを聞いてもいいのだろうかと、そんな優柔不断な思考がにじみ出たそれを。

 それらの声にならない声を無下に出来る様な奴なら、私は……あぁ、先生などと、間違っても呼ばれなかったのだろうな? 

 

「…………昔話をしよう。もう何百年も前の話だ。ある馬鹿共が途方もない夢に挑もうとした。荒唐無稽であり無知蒙昧ですらあるバカ話。多くの権力者が夢見た、人類史上最も愚かで嘆かわしい希望……不老不死にね」

 

 つまらない話だよ。そう吐き捨てる様に、あるいは前置きする様に、生徒達の視線に根負けした私は言葉を繋げる。

 話したくはない。けれどいつかは話そうと思っていた言葉を、事実を、調べ上げた歴史を。学園教師の端くれとして……いや、罪人の一人として。嘘偽り無く話す為に。

 

「くだらない話さ。あぁ、当然の事ながら、その馬鹿共の目的は未だに達成されていない。当たり前だろう? 不老不死なんてモノがそう簡単に手に入るはずがない。連中は副産物として無数の失敗作と悲劇を生みこそすれ、成果らしい成果はロクに上げられなかったんだ。膨大な資金、人員、政治力……ありとあらゆるリソースを食い潰しただけの穀潰し。無能。居ない方がマシのクズ野郎。それが連中の全てであれば……あぁ、どれだけ良かったか」

 

 やれやれだと、そう頭に手を当てて、首を横に振りながらため息を吐き……けれど、誰かが何かを言う前に、私の口から声が再び転げ落ちていく。苦笑混じりに、半ば茶化す様な声が。

 

「困った話だよ。本当に。神か悪魔かは知らないが、奴らに特大の幸運をプレゼントしたバカ野郎が居たらしくてね? 自然消滅を待つだけだった連中の一派が、ある日、古代文明の遺跡を掘り当てたんだ」

 

 そして、それが転機になった。……そう肩を落としながら言葉を吐き出した私は、一息だけ呼吸を入れた後、直ぐにため息混じりの声を零していく。

 

「誰が仕組んだ地獄やら。それとも全ては偶然だったのか? どちらにせよ、連中は超古代魔法文明の遺産を、そこに眠っていた空前絶後の技術力を手に入れたんだ。笑えない話さ。五世紀分は向こうにあっただろう圧倒的な技術力や、想像も出来ない様な魔法遺産を手に入れた連中は、それらを背景に勢力を急速に拡大。あっという間に大陸中に広がり……その勢いのまま、けれど人目を忍びながら、そこかしこで地面を掘り起こし始めた。一心不乱に、確信を持ってね? ……あぁ、そうさ。出てきたよ。古代文明の遺産が、技術が、兵器が、あちこちから!」

 

 間違いなく独占状態だったろうさ! そう吐き捨てる私の声は、思ったよりも力強いもので。けれど、私はその勢いに任せたまま、喋り倒す。誰も止めないのを、良い事に。

 

「そうして掘り起こした遺跡を誰に邪魔される事も無く接収した奴らは、それらを拠点に支部やロッジを作り、勢力を更に拡大。闇に隠れながら、未だに勢力を拡大させ続けているんだ。片手で信者を増やしながら、もう片方の手で遺跡を掘り起こして活用する事でね。……あぁ、ここまで言えば、もう分かるだろう? ソイツらこそが、この戦乱の世で唯一利益を得ているクソったれ。魔王軍や魔王種を陰で煽り、操り、けしかけて、労せず目的を果たそうとしている汚い奴ら。表向きは宗教団体を名乗りながら、その実はイカレたマッド共の集まり。……そら、答え合わせといこうじゃないか?」

 

 答えてみたまえよ。連中が、世間で何と呼ばれているのかを。……そんな言葉と共に投げ掛けた視線を受け取ってくれたのは、やはりというか、レナ、ユウ、エマ先生にアリシアの四人だった。

 私とよく話していた、私の思考パターンを理解してくれる、得難い人達。そんな彼ら彼女達へのパスは、無視される事も無く、かといって捨てられる事もなく、直ぐに返って来る。迷いが見れる、けれど確かな声で。

 

「まさか、それが邪教徒……?」

「正解だよ。エマ先生。それが連中の正体で、この戦乱の真実だ。……おっと、連中の考えなんて聞かないでくれよ? 設立当初なら兎も角、今日に至っては当初の目的とは別の目的を持つ奴の方が多いんだ。他に居場所がない奴も居れば、死んだ誰かに会いたいとか、より強大になりたいとか、人類種に秘められた未知の可能性とか、能力の限界値とか……あるいは、神に成りたい、とか。そういうどうしようもない連中が殆んどだからね。手段の為には目的を選ばない奴らの考えなんて知らないし、知りたくもないよ」

 

 クソくらえだ。そう吐き捨てた私は苛立ち紛れにコンピューターを──私からすれば骨董品レベルのそれを──蹴りつけて……わざとらしく、大きな息を吐く。落ち着く為に。あるいは、今まで後回しにしていた本題に入る為に。

 けれど、直ぐに続くはずの言葉は簡単には出てくれず。少しだけ、レナの疑う様な視線が強まって……それでようやく、言葉が滑り落ちてくれる。さて、ここからが本題なんだがね? と。そんなありきたりな前置きが。

 

「そう、たしか……十年程前かな? 偶然なのか、計算の結果なのか。はたまた古文書にでも書いてあったのか。邪教徒の一派がここを……超古代魔法文明のホムンクルス製造施設を掘り当ててね? そうして始まったのが、N型ホムンクルス……次世代戦闘用ホムンクルスの製造だ」

 

 まぁ、連中の愚痴と実験レポートを信じるなら、だけどね? と、そう茶化す様に言葉をつけ足した私はよく喋った口を一度閉じ、皆を置いて更に前へと足を踏み出していく。

 ここから先を説明するなら、もっと奥の方が都合が良いはずだからと。

 たとえ、そこに、見られたくないモノがあったとしても。

 いや、むしろ、それこそを見せるべきだろう? そうしてこそ、私は拒絶され、死ぬ事が出来る……

 

「ッ……」

 

 走る頭痛。影の囁き。揺れる視界。それらを知覚した私の無意識が、無意識のまま鎮静剤を再度服用するのを自覚しつつ……それを考えたくない私は、あえて別の事を思考に上らせる。そう、例えば、ここで行われていたN型ホムンクルス開発計画の事……いや、この言い方は正しくないな。正しくは──

 

 ──次世代戦闘用ホムンクルス開発計画、か。

 

 当時教団主力戦力であった戦闘用ゴーレム……旧式化が著しい旧型のポンコツを完全に過去の物とし、それらを全て代替、一新する事でホムンクルス派の教団内での影響力を確固たるものにすると同時に、教団そのものの柔軟性を拡張しうるとされた一挙両得の策。それが新型ホムンクルス開発計画の表向きの顔だった。

 ……そう、表向き。表向きだ。建前と言い換えても良い。実際、裏ではあれやこれやと個々人の思惑が動いていたし、上の命令を無視して独断専行なんてよくある事でしかなかった。というより、大人しく従っていた時間の方が短いまであるだろう。それは他ならぬ私が、文字通り身を持って知っている事だが……と、そこまで一息で思考が走ると同時、閉じたはずの口が再び動き出す。とはいえ、開発計画は最初から暗礁に乗り上げていた、なんて、周りの理解を求めない独り言を、ただ淡々と。

 

「当たり前といえば当たり前だろうけどね。当初は全く成果が出なかったんだ。何せ、連中が最初に作ろうとしたのは人の形を捨てた一騎当千の魔法生物、キメラ。獣の支配者にして接ぎ木の王だよ? 上手くいく訳がない。そりゃあ人型に拘らないといえば聞こえは良いけど……その内実は前代未聞の難題に手かがり無しで挑む様な、ハッキリ言って無謀な試みだったんだ。実際、実験体や貴重な素材に資源。何より莫大な予算を使い込みながら190通りもの失敗を繰り返し、にも関わらず何の成果も無い彼らは教団内においても処理対象でしかなく……他のロッジが事故や摘発で破壊された事、何よりあまりの愚図っぷりに我慢ならなくなった本部から大司教、ないし枢機卿クラスが派遣されて、案の定方針を転換するハメになった。責任者は軒並み更迭された上、200番代には人外ではなく本部お得意の人型が採用。目的地もキメラから本来のホムンクルスに修正され、更に派遣されたお偉いさんの鶴の一声で温存されていたドラゴン等の幻想種の素材や、人間の死体等も後先考えず投入。使える設備やノウハウも惜しみなく注ぎ込まれ……あぁ、そうした紆余曲折の果てに、次世代戦闘用ホムンクルスは一応の完成を見たんだ。純粋なホムンクルスではなく、キメラとしての性質も持ったプロトタイプ……217番、彼女がロールアウトされた事でね」

「? 217……?」

「もっとも、連中の興味は既に次の段階……量産化にあったらしくてね? 217番の扱いはかなり雑かつザルなものだったんだが……っと、やっぱりか」

 

 217。そんな音の響き、いや、あるいは別の何かが引っ掛かったのだろうか? 何かに気づきかけたレナを、彼女の声を、あえて無視して喋り倒していた私だったが……ついに、というべきだろう。私は、私達は、既に製造施設の奥深くまで足を踏み入れていて……自然、まだ無事な培養槽を、破壊工作を受けなかったソレを見つけてしまう。

 それは中身の無い、培養液だけが満たされた容器だったが……それは、最初だけ。奥に行けば行く程、中身入りの割合は増えていく。

 あぁ、獣や魚に似た物は、まだ良かった。生徒達もそれがナニカ分からなかっただろうから。

 その奥にあった丸まった胎児の様な、あるいはそれにしては歪なナニカもまだマシだろう。博識なエマ先生は何かを察してか口元を押さえてしまったが、まだ決定的とは言えなかった。

 そう、まだ決定的とは言えない。赤子の様な肉塊も、少女の面影が見える異形も、なり損ないのキメラも、まだマシだ。だって、まだ私じゃない。

 けれど、けれど……ソレを見てしまえば、もう後戻りは出来なかった。最奥に近い培養槽。その中に浮いていた少女は…………あぁ、私だ。私の顔が、そこにあった。

 

「ッ……!? ニーナ……!?」

「私はここだよ。レナ。大丈夫だ」

 

 大丈夫だよ、と。そうレナの肩に手を回して、抱き寄せる様にしながらゆっくりと声を掛けたのは……殆んど反射でしかなかった。

 培養槽に浮かぶ私と瓜二つの少女。ソレの顔を見たレナの呼吸が止まってしまいそうだったから、つい、そうしただけ。

 だからこそ、私は直ぐにレナから手を離し……スルリと彼女の側を離れて培養槽を調べにかかる。これ以上レナに触れてはいけないと、何も感じてはいけないと、分かっているから。ただ、無心のままに。

 

 ──識別ナンバーは……無し? よく出来てる様に見えるが……いや、見えるだけという事か。

 

 あいも変わらず、と言うべきなのだろう。生きている様にしか見えないこの子も、所詮は目覚める事すらない失敗作……あぁ、何が起こったのかは想像するまでもない。恐らくは培養中に何らかの問題が発覚し、そのまま稼働を停止したものの……段階が段階だけにそのまま破棄も出来ず、再利用の機会を待っているうちにロッジが破棄される事になり、破壊工作も間に合わなかった……あるいは、再利用の可能性を鑑みて放置された個体、といったところだろう。

 哀れだが、ここではよくある話でしかない。そう私と同じ顔をした同胞に……いや、同胞にも成れなかった妹に思いを馳せていたせいだろうか? つい、口が滑る。推測に過ぎないが、と。そんな前置きまでして。

 

「私を増やそうとしたんだろう。頭の中から爪の先まで、散々弄くり倒して知り尽くした気になっている私を……唯一の成功例である私をね」

 

 全く、笑える話だ。そう思ってもない事を口にしながら、私はただ一人、更に先へと足を進ませる。困惑が強くなり、ほぼ疑いの目を向けてくるレナやエマ先生、生徒達を半ば置き去りにして。

 ……あぁ、分かっている。弁解に言い訳、あるいは説得や言いくるめ。出来る事は幾らでもあるのだろう。だが、私にそんな事をする気持ちはもう欠片も湧いてこず。である以上、私は一分一秒を急がなければならなかった。彼らの信頼が尽き果てる、その前に。私は。

 

 ──大丈夫。大丈夫だ。このペースなら、問題なく間に合う。

 

 残り時間は殆どなく、上手くいく確証も未だ無い。だが、それでも、私は不安という不安は感じていなかった。だって、あと少し、あと少しなのだ。三番培養室から続く奥の部屋……私が生まれた最奥部に足を踏み入れた今となっては、本当にあと少し、あとほんの数時間もあれば、最後の役目を終える事が出来るのだから。

 だから、そう、だから。まだ稼働中の培養槽──それも劣化コピー品ではなく、古代文明の残したオリジナル──を見つけた時、湧き上がる感情なんて、一つも無かった。あったのは、あぁやっぱり、という納得だけ。

 

「N-200シリーズ……やはり、残されていたな」

 

 ゴポッ、と。時折気泡が上る培養槽の中に居るのは、私とは少し違う私だ。先程見た子よりも少しだけ幼く、少しだけ生気が見れる私。稼働中のポッドの中でまだ生きている、N-200シリーズの生き残り。

 あぁ、こういう個体があるとは、最初から思っていた。いや、狙っていたと言っていい。もっと言えば、知っていたとすら言えるだろう。何せ連中ならオリジナルのポッドを破壊したりしないだろう事は考えるまでもなく、N-200シリーズに掛かるコストを思えば破棄しないのは妥当でしかないのだ。現に、ポッドに貼り付けられたメモに書かれている製造ナンバーは……

 

「230番。使用された材料は…………ほう? なるほど、N-200シリーズの集大成という訳か」

 

 少し幼いのが気に掛かるが……なんて、思ってもいない事を口にしながら、私は内心で安堵の息を吐いてしまう。どうやら最後の最後で私にも運が向いてきたらしいぞ、と。

 何せこの個体……生育途中なのか、あるいはここから追加で調整を施す予定だったのか? 今の私より少しだけ小柄なこの子は、しかし、私達姉妹の頂点に立つ存在としてデザインされているのだ。

 勿論、全ては推測でしかない。だが、使用された材料を見るに、まず間違いないだろう。少なくとも直接戦闘能力は私を幾らか上回るだろうし、素の指揮能力に至っては私を大きく上回るはずだ。何せ、この素材ならテレパシー能力を獲得出来るだろうからね。しかも、そうした高性能や新能力を獲得していながら、総合性能やトータルバランスは崩れる要素が殆どなく、キャパシティに至ってはプロトタイプである私の三倍以上。カタログスペックがそれなのだから、ロールアウト後の訓練を加味した場合の性能は計り知れないといっても過言ではあるまい。まして比較対象が私……旧式のポンコツでは、尚更だ。

 

 ──この個体なら不足はない……いや、今のレナを思えば、むしろ適任か。

 

 出会った頃は消極的で人見知りなところがあったレナも、今や打って変わって積極的かつ社交的になった。それは日常生活は勿論、戦闘スタイルや各種能力面にもプラスに働いており、今のレナに対人関係や戦闘面での不足は殆どない。あるとすれば組織の運営や運用、戦場での部隊指揮能力。そして政治、経済面で少し不安が残る程度であり……それすらも、この個体を新しい私とする事で解決出来るだろう。

 死に体の私が頑張るよりも、遥かにスマートかつエレガントに。この先どんな状況になろうと、確実に。

 

「……約束を果たす時、だな」

 

 懐に隠し持っている一本の羽ペン。それを服の上からやんわりと押さえつつ、私はそっと息を吐く。ようやく、肩の荷を降ろす事が出来そうだと。

 私以上の私。レナを守る最後の手段。かつてした約束を履行する唯一無二の方法。今や、それは手に届く場所にあるのだ。後はこの空っぽの器に、230番の身体に火を入れるだけ──

 

 ──残る懸念は実行方法……だが、それも理論上は上手くいくと結論が出ている。

 

 なら、後は実行するだけだろう。

 そう自身の思考に決着をつけた私は、最後の仕事……に取り掛かる前に、生徒達を立ち去らせに掛かる。

 だって、そうだろう? これから行われる外法を見せる必要なんてどこにもないのだ。ユウやアリシアは勿論、引率のエマ先生も……それと、どこから拾ってきたのか、燃えかけのレポート用紙を読んでいるレナも含めて、誰も立ち会うべきではない。誰にも、見せてはいけない。いや、見て欲しくは、ないんだ。

 

 ──もう、見せるべき物は見せたからね……

 

 真相も、裏側も、嫌悪にたる真実も、全て見せた。

 そうである以上、もう私の感傷に付き合わせる必要も、魂を引き裂く外法を見せる必要もない。

 だから。いや、だからこそ、なのか? 決別の言葉が、その出だしが、スルリと口からこぼれ落ちていく。さて、と。そんなありきたりな呼び掛けが。無意識のうちに。

 

「生徒諸君。君達もいい加減、私がどういう存在なのか……分かってきた頃合いだろう? あぁ、そう、そうだとも。君達の予想通りだろうね。だからこそ、改めて自己紹介しよう。私は次世代戦闘用ホムンクルス、そのプロトタイプモデル。識別ナンバー、N3-217。邪教徒共の手駒の一つであり、人を模した泥人形。あるいは、人と獣の死体を混ぜ繰り回せたおぞましきキメラ。それが、私だ」

 

 私の……全てだよ、と。そう決定的な情報を無責任に吐き出した私は、意図して笑みを浮かべてみせる。

 何にせよ。これでようやく、終わる事が出来ると。




 燃え残った研究レポート No.217。

 一部が焼失しているレポート用紙。研究員が覚え書きに使っていた物らしく、当時番号で管理されていた少女に行われた非人道的な実験、そしてその成果が書かれている。

「成功だ! やはりあの方は正しかったのだ!」


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第26話 勇気を胸に

 世界には、君以外には誰も歩むことのできない唯一の道がある。その道はどこに行き着くのか? と問うてはならない。
 ひたすら進め。
 フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェ。


 ニーナ・サイサリスがよく回る口で学園一同を部屋から追い出して……数分。早くも、というべきか。あるいは流石に、というべきか? 一人の少女の我慢が限界に達しつつあった。

 

「…………」

「あの、生徒会長?」

「…………なに?」

「あ、いえ、その、なんでもないです……」

 

 失礼しました……と、そう気圧されるがまま引き下がる他生徒を、見る事もせず。少女は辺りに重苦しい威圧を撒き散らし続ける。ほぼ無表情のまま、けれど内心の不満が形になったかの様な闇色の魔力を漂わせて、どこか憤然とした様子で。

 怒り。幼い少女の、しかし、竜の炎にも似た激情の理由は、最早問うまでもないだろう。全てはあのお喋りクソ女の失態であり、限界だった。

 

 ──ニーナ……

 

 あぁ、もし、もしニーナ・サイサリスの頭の具合がマトモだったならば、せめて普段の半分で良いから正気を保っていたならば、こんな事にはなっていなかったのだろう。少女は心をかき乱される事すらなく、愛する親友の側で穏やかな笑みを浮かべていたはずで…………だが、悲しいかな。件のお喋りクソ女の脳ミソは既に役に立つ様な状態ではなく。自然、不機嫌極まる少女の心に光が差し込む様な事もなかった。あるのは曇天にも似た悲しみと、行き場のない竜の炎にも似た怒りのみ。

 そんな少女に、いや、少女がただの少女であればまだ良かったのだろう。だが少女は、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスは、現生徒会長というだけでなく、亡国の皇女殿下であり、恐るべき吸血鬼でもある。である以上、畏れ多さや恐怖心を乗り越え、更に怒れる竜の首元まで近づき、その上で幼い少女の心を晴らせる様な逸材──あるいは死にたがりの大馬鹿野郎──など、そうそう居るはずもなく……

 

「…………ニーナ。なんで」

 

 少女の苦しみは終わらない。彼女はただ親友と笑っていたいだけなのに、それだけなのに、ただそれだけの事が酷く難しくて。ただ悲しみと後悔だけが積み重なり、それらが膝を折ってうずくまってしまえと重くのしかかってくる。

 誰かに相談する事も出来ず、誰の助力も得られないまま……あぁ、頼りになる親友に問い掛ける事すら、もう遅い。だって、レナに手を差し伸べてくれたあの子は、もう。

 

 ──なんで、なんで……! 

 

 なんで一人で苦しむの? 

 なんで話してくれないの? 

 なんで頼ってくれないの? 

 ニーナに言いたい事は、伝えたい言葉は、幾らでも頭に思い浮かぶ。けれど、レナはそれを伝える事が出来なかった。いや、正しくは、ニーナを変える事が出来なかったのだ。あの少女の自滅を、止める事が出来なかった。全ては手遅れで、出来る事なんてもう何もなくて。レナじゃ、駄目で。

 だから、もう……これで、おしまい。

 

 

 ……本当に? 

 

 ニーナが今までしてきた事は、全て無意味だったのだろうか? 

 レナが頑張ってきた事は、何一つ実を結ばなかったのか? 

 エマ先生が支えてきたこれまでは、アリシアやサーシャら生徒達の尽力は、本当に何の影響も与えなかったのか? 

 

 

 否。そんなはずはない。

 故に。

 それは自然な事だった。

 

「──レナ生徒会長。迷うぐらいなら、いっそ進むべきです」

「…………」

 

 最初の声かけは、迷いを含みながら。だが、それでも、少年は、ニーナの教え子であるユウは恐るべき吸血鬼に声をかけ、あまつさえその背中を押してみせた。立ち止まるくらいなら、歩けと。まるで普段のニーナならそう言ったと言わんばかりに。堂々と、毅然とした態度で。

 現に、少年の言葉はそれで止まらなかった。どこぞのお喋りクソ女を真似る様に、あの場から逃げた僕が言えた事ではないのですが、などと前置きしながら言葉を紡いでいく。恐るべき殺気をあびながら、それでも、大切な何かを伝える為に。いや、あるいは……

 

「今は誰かが、いえ、レナ生徒会長が側に居てあげるべきです。たとえニーナ先生に、望まれていなくても」

「それは……ッ!」

 

 そんな事は分かってる! そうレナが叫ばなかったのは、殆んど偶然だった。

 だって、分かっているのだ。本当はどうすべきかなんて、赤の他人にわざわざ言われるまでもない。今のニーナに必要なのは側に居てあげれる誰かであり、その役に一番相応しいのは自分であると、それぐらいの自覚は──あるいはワガママか、もしくは自惚れは──レナにだってあるのだから。

 だが、いや、だからこそ、レナは動けない。動けるはずがない。だって、その他ならぬニーナが、助けを望んでいないのだ。差し伸べた手を、拒絶すらした! 振り払った! レナは今まで必死に頑張ったのに、それなのにニーナはまた一人で苦しんで、絶望して、破滅する事を選んだ! ニーナが。ニーナが!! 

 

「ニーナが、ニーナは…………要らないって。助けなんて、要らないって。レナなんて、レナなんて要らないって! 要らないって、笑ってた。笑ってた! だから、だからッ!」

「だから? だから、でしょう? レナ生徒会長。だから、行くんです。あの人はいつもそうだから、だから僕らの方から行かなきゃいけないんです。……知ってますよね? レナ生徒会長。一人ぼっちって、寂しいですよ?」

「知ってる! それぐらい! でも、でもニーナが、ニーナが要らないって言ってた!」

「はぁ? ……言ってませんよ。レナ生徒会長。ニーナ先生は言いません。言う訳ないでしょう。そんな事」

 

 まぁ、だからこそ、誰もあの部屋に残れなかったんですけどね、と。そう一瞬だけ自嘲の笑みを浮かべたユウは、けれど、直ぐに表情を引き締めて決定的な一言を吐き捨てに掛かる。少しの怯えと、それ以上の炎を燃やしながら。しかし、残念です、と。

 

「まさか生徒会長がこうも臆病とは。近づいたと思えば離れて、離れたと思えば近づいて。あぁ、いや、だからか? だからか。というか、これはニーナ先生も…………えぇ、えぇ、そういう事なら、やっぱり、言わせて貰いますね? レナ生徒会長。貴女が行かないのなら、僕が行きますよ? ニーナ先生のところに、僕が」

「……? ッ……!?」

「何を驚いているんです? レナ生徒会長。ニーナ先生に感謝してるのは、いえ、助けられた恩があるのは貴女だけじゃないんですよ? ニーナ先生は誰かが苦しい時、辛い時、大変な時……そして選択を迫られて迷っている時。いつの間にか側にて、助言をくれる人でした。我が身を省みず、助けの手を差し伸べる人でした。そんな人が苦しんでいる……なら、今度はこっちの番。そう思えるのは貴女だけじゃありません。貴女が行かないなら、代わりはいるんですよ。レナ生徒会長」

「そ、れは……」

「分かりますか? 分かりたくありませんか。そうですか。そうですよね。そうだと思いました」

 

 僕がそうでしたから。そう呟いて少しだけ笑った少年に、レナは何も言い返せない。だって、その通りなのだ。当たり前なのだ。ニーナの生き様も、だからこその結末も、全てが道理でしかなく。だからこそ、少年を止める人も居ない。誰もが固唾をのんで決定的な瞬間を待っていた。この問いが終わる、その瞬間を。

 

「……それにしても、反論の一つも無いんですか? レナ生徒会長。あれだけニーナ先生の側に居たのに、口も開きませんか? そうですか、そうですか。レナ生徒会長はそういう人なんですね。納得しました。だから、あの場の空気にのまれて追い出されてしまった訳ですね? 残念です。あの場は、たとえ嫌われて罵倒される事になったとしても、断固として、何が何でも、それこそ石に齧りついてでも誰かが、いえ、貴女が残るべきだったのに……そう思ったから、また譲ったのに。こんな事なら、最初から僕が残るんでした。えぇ、そうです。こんな臆病で、怖がりで、根暗で、一人ぼっちの貴女ではなく! この僕が! 最初から、ずっと!」

「ッ! お前、お前! レナから、ニーナを……っ! ニーナの教え子だからって、レナが、黙ってるからって! 勝手な事! それにそんな、そんな事をしたって! お前なんかに! ニーナは! ニーナは……」

「やってみなければ分かりませんよ! 少なくとも、ニーナ先生ならそうしたでしょう。違いますか? ニーナ先生は嫌われる事なんて計算のうち。自分が傷つくのも許容範囲。むしろ嫌われて傷付く前提で、誰かを光の方へと突き飛ばして……自分は暗がりに落ちていく。そういう人です。そういう人だから、僕らは──いえ、やめましょう。もう。レナ生徒会長。決めるのは貴女です。貴女なんですよ。僕じゃないんです。……それで? 結局、貴女はニーナ先生のところに行くんですか? 行かないんですか?」

 

 うじうじ悩んでないで、サッサとハッキリして下さい。貴女が選ばなかった方を、僕が選びますから。

 そう冷たい声で、決して後戻り出来ない選択をレナにぶつけるユウ。それに口出し出来る唯一無二の誰かはここには居らず、エマ先生も、アリシア以下他生徒達も、誰もが沈黙を持って見守っていた。口喧嘩にも似た詰問の果て。レナがどちらを選び、ユウがどちらを手にするのか。

 けれど……その答えはタップリ十秒が経った後も出てくる事はなく。けれどユウは睨みつける以上の事はせず、エマ先生も介入して良いか踏ん切りがつかず、そして、更に十秒が経った後。ようやく、レナの口から音がこぼれる。迷いだらけの、かぼそい声が。

 

「……レナ、は。…………いない方が、良いのかな」

「──それを決めるのは、僕でも、貴女でもないですよ。レナ生徒会長」

「……?」

「はぁ……言わせないで下さいよ。レナ生徒会長。ニーナ先生が誰を選ぶかなんて、そんな、そんな分かりきった事」

 

 それとも言わせたいんですか? 僕に? 

 最悪だ。そう言わんばかりの顔を浮かべたユウの喉元に上がった罵倒は、如何ほどだった事だろう。性格悪っ、とか。人の心無いんですか? あ、吸血鬼でしたね、とか。そんなんだからニーナ先生があっちこっちにフラフラして、挙句の果てに死にかけるんですよ、しょっちゅうね! とか。それはもう山程どぎついのが浮かび上がったに違いない。けれど、それらの罵倒が放たれる事は決して無かった。ユウの目的はそうではないし、そもそもそれは──少し私情が混じって苛烈になったとはいえ──既に充分に達成出来たはずで……何より、アリシアとサーシャがユウの側に寄り添って見せたから。

 そう、もう充分なのだ。もう分かったはずなのだ。

 ニーナ・サイサリスが苦しんでいる時、もう死んでしまいたくなるくらい絶望している時、我を忘れてどこかへと逃げ出そうとしている時。その時に側に居るべき誰かは、その役に最も相応しいのは……ニーナ・サイサリスの唯一の親友である、レナ・グレース・シャーロット・フューリアスをおいて他に居ない。そんな事は、もうハッキリしたのだから。

 だから、いや、だからこそ、ユウは呆れ返りながらも最後の一言を吐き捨てる。アリシアとサーシャのおかげで古傷になったそれを抱えながら、お願いだから今更蒸し返さないでくれと、そう願いながら。

 

「どうされますか? レナ生徒会長。まだ迷われますか? まだ駄々を捏ねて、言い訳を並べて、変わる事を、傷つく事を恐れますか? それならもうやってる、手を差し伸べるなんていつもやってる、なんて言わないで下さいよ? 甘いんですよ。踏み込みが。分かってるでしょう?」

「それ、は。でも、レナじゃ、駄目だったよ? レナじゃ、駄目で。それに、ニーナが……」

「レナ生徒会長。何度も言わせないで下さい。ニーナ先生なら、迷いません。そうでしょう?」

 

 だから、選べ。

 選択して、二度と戻って来るな。

 ニーナ先生に相応しいのは、僕ではなく、貴女なのだから。貴女しか居ないのだから。

 そんな思いを、口にする事はどうしても出来ず。けれどそれでも、言外の言葉にはしてみせながら、ユウは、学園一同は待つ。お喋りなクセにそういうところは間違えない、あの誰かと同じ様に。

 

「レナは……」

 

 どうするべきか? 

 どうしたいのか? 

 そんな事は最初から分かっている。けど、他ならぬニーナがそれを拒絶し続けているのも確かで。レナじゃ何度やっても、何をやっても、こうなってしまって。だからいい加減諦めてしまうのはお互いの為のはずで。…………けれど、それでも、と。そう叫んでも、良いのだろうか? 手を伸ばし続けても良いのだろうか? 亡国の姫が、恐るべき吸血鬼が、厄介事だらけの人外のバケモノが、あの優しい子を、と。そうしても、良いのだろうか? 

 

「レナは……!」

 

 もしそうしても良いのなら。

 もしニーナがレナを選んでくれるのなら。

 他の誰かではなく、レナを、レナだけを選んでくれるのなら。

 そして……何より、もしそうしなかったら、ニーナが別の誰かの物になるのなら。レナの側から離れて、二度と会えなくなるのなら。そうなってしまうぐらいなら。

 

 ──ニーナ……

 

 初めて会った時、レナはニーナに何の期待もしていなかった。それどころか、厄介事が増えたとばかりに追い返そうとした。

 それからの数日間も、大した希望は持っていなかった。愛想が良いのは今だけ、表面上だけ。ほんの一歩でも踏み込めば、途端に逃げ出す。罵声が飛び出す。要らないって言われる。だから交わすのは挨拶程度、仕事の話だけ、些細な日常会話のみ、少しだけ私情を混ぜて雑談を……そして、あぁ、まるで友達みたいな、気安い会話が。

 夢みたいだった。浮かれていた。だから、あの夜。気が緩んだレナは、ニーナを食べそうになって……なのに、嫌われなかった。それどころか、求められた。一緒に居たいと。

 

 ──ニーナ……! 

 

 ニーナだけだった。ニーナだけが、レナと共に居てくれた。嫌な顔をしなかった。怖がらなかった。一緒に居たいと、そう心から願ってくれた。

 それが……無くなる? 誰かに取られる? 

 

 ──嫌。それは、嫌! 

 

 もしニーナがそうしたいと言うのなら、レナは……泣いてしまうだろうけど、それでも最終的にはそれに頷けるだろう。一人にして欲しいというのならワガママを言わずにそうするし、少しの間距離を置きたいというのなら、それは、やっぱり泣いちゃうかも知れないけど、最後にはそうするだろうとレナは思える。

 けれど、このまま何もせず、いつの間にか他の誰かに取られて居なくなるのは、それは、それだけは、嫌だった。

 嫌、そう、嫌。

 死なれるのは嫌。会えなくなるのも嫌。でも、この嫌は、そんな今までの嫌とは違う……絶望感じゃない、不快感のある嫌。これは、この嫌は。よく分からないけど、でも──

 

 ──この嫌は、嫌。

 

 死なせたくない。ずっと一緒に居たい。そして……こんな嫌な思いもしたくない。ニーナを、ニーナの一番は、レナが良い。

 あぁ、そう、そうなのだ。ニーナの一番はレナが良い。レナが良いんだ。他の誰かにそれをくれてやるなんて冗談でも嫌だった。勿論死なれるのは嫌だし、一緒に居れないのも嫌だけど、それの次くらいには、これは、この感情は。

 

「──決まったみたいですね? レナ生徒会長」

「……うん。決まった」

 

 レナのニーナへの気持ち? 決まっている。

 ニーナへの願い? 決まっている! 

 これからする事? 決まっている! 我慢なんてもうしない。言ってやる。取られるぐらいなら、思ってる事、全部! 

 

「レナは、ニーナと一緒に居たい。ずっと一緒に居たい。死んで欲しくないし、傷付いて欲しくないし、悲しんで欲しくない。出来れば、笑っていて欲しい。他の誰かじゃなくて、レナと。レナと一緒に。うん、お前に取られるなんて、嫌」

「……そうでしょうね」

「うん、だから──」

 

 だからレナは、と。そうレナが決意を口にしようとした──その瞬間。微かな振動が、足元を揺らす。耳に届くのは……反響して複雑になった、爆発音。

 思わず一同が身を固め、同時に、音の発生箇所がニーナが居る方とは真逆の……どうやら入り口の方からである事に安堵し。

 直ぐに、それを翻す。入り口から爆発音? なぜ? いや、いや! そんな事は考えるまでもない。襲撃だ! 他ならぬニーナが言っていたではないか。ここは元々邪教徒の拠点だったと。ならば、帰って来たのだ。本来の家主が。決して相容れないクズ共が、全員の恩師であり恩人である少女を苦しめたクソったれ共が、この場所に! 

 

 ──ッ! ニーナ! 

 

 思わず、なのだろう。誰よりも早く、思考よりも早く、レナの足はニーナの元へと向かおうとして……けれど、振り向いたその瞬間、立ち止まってしまう。

 このまま行ってもいいのかと。

 また拒絶されるんじゃないかと。

 今度こそ、要らないと、ハッキリ言われるんじゃないかと。

 怖い。怖かった。嫌われるのが、傷付くのが、終わってしまう事が、どうしようもなく怖くて。けれど、それでもレナの思考に登ってくるのはニーナの事ばかりで。心配で、不安で、もし万が一があったらと考えたら…………あぁ、だから、最後にそっと背を押したのは、その場に居る全員だった。

 

「レナ生徒会長! ここは任せて下さい! ニーナ先生を……お願いします!」

 

 お願いします! 任せましたわよ! 生徒会長にしか頼めません! そんな声が、好意的な声が、次々と上がってくる。

 かつて宮廷でぶつけられた心無い声や、冷たい視線はそこにはなくて。今日少しだけ嫌いになったアイツでさえ、背を向けて戦う準備をしている。ニーナ先生の事を、どうかお願いします、と。そう言わんばかりに。

 

「レナ生徒会長」

「……? エマ先生?」

「その、ずっとレナ生徒会長を放っていた私が言えた言葉ではないんですけど。ニーナ先生の事を、お願い出来ますか? 何だか、胸騒ぎがするんです。ニーナ先生が、ここで……いえ、すみません」

「ううん。……大丈夫」

 

 大丈夫。大丈夫? うん、もう大丈夫。

 だって、レナはもう、迷ったりしないから。決めたから。取られるぐらいなら、取らせない。迷うぐらいなら、取り敢えず走る。そう決めた。だから、だから。

 

「ニーナの事は、レナに任せて。今度は、間違えないから。怖がらないから。途中で止めたり、迷ったり、手加減なんて、しないから。だから」

「……良い顔してますよ。レナ生徒会長。正直、羨ましいぐらいです。えぇ、はい。ここは何としてでも死守します。ですから、どうか後ろは気にせず……ニーナ先生の事、お願いしますね?」

「うん、ありがとう。エマ先生。……レナ、行ってくる!」

 

 はい、行ってらっしゃい。レナ生徒会長。……そんな温かい言葉を背に、レナは来た道を引き返すべく駆け出していく。

 背後からの声……気合の入った声で生徒達に防御陣地の構築を指示し、迷いなく背水の陣を敷くエマ先生の声を。貧乏クジでしたね、そうでもないよ、私情を入れ過ぎです、等と笑い合うアリシアとアイツとサーシャの声を。それ以外にも各々の声を、決して絶望なんてしていない声を背にしながら、レナはひたすらに駆けていく。

 あぁ、確かに襲撃は一大事だ。しかもさっきの爆発といい、今も微かに続く振動といい、一筋縄ではいかない気配が濃密に漂っているこの状況……まして相手はあの忌まわしき邪教徒となれば、戦力は少しでも多い方が良いのだろう。

 しかし、それ以上に、今日のニーナをこれ以上一人にしていてはいけないのは……全会一致の決定事項でしかなく、レナがニーナの方へと向かうのは満場一致のスタンディングオベーションでしかないのだ。だから、いや、そうでなくても、レナの足は止まらない。背後からの声が遠くなって、ニーナの居る部屋が近づいても、その行き脚は決して緩まなかった。思うのは、ただ、ニーナの事ばかり。

 

 ──ニーナ……ニーナ。ニーナ! 

 

 思考に浮かぶのは、色んな事。

 例えば、今思えば今日のニーナの尻尾は垂れっぱなしだったな、とか。そういえばミミもしょげてた気がする、とか。目の下のくまも酷くなってたし、今度仕事を肩代わりしてあげられないかな、とか。

 そんな下らない事から始まって、けれど、直ぐに不安が──ユウ曰く根暗で臆病な気質が──顔を覗かせる。

 それは、血に染まった赤い記憶。

 助けが遅くなり、血塗れになって城壁に縫い付けられた……あるいは下半身を押し潰され、千切られ、目の輝きを失ったニーナの姿。病に倒れ、少しずつ衰弱していくニーナの姿。レナが首を締めたせいで気絶し、地面に崩れ落ちるニーナの姿。そして今日、全てを拒絶したニーナの姿。

 どれもこれも思い出したくない記憶ばかりで。けれど、だからこそ、レナは立ち止まらなかった。二度とあんな事を繰り返したくはなかったし、何より、もう決めたのだ。誰かに取られるぐらいなら、最後まで突き進むと。もう怖がらず、ニーナの様に、迷わず走り切ると。だから、その為に、先ずは。

 

 ──今度は、今度こそは、レナの番……! 

 

 何を言えば良いのかなんて、まだ分からない。

 会った時にどんな顔をすれば良いのかも、分からない。

 ニーナがレナと再会した時の顔も、顔は……怒るだろうか? いや、困った顔をする様な気がする。迷惑かも知れない。でも、それでも。

 

 ──レナは、ニーナと一緒に居たい。

 

 願う事はそれだけ。ただそれだけを、けれど今までよりも強く、想い、願いながら、レナは走る。

 愛用の儀礼用サーベルの柄に手を当てながら、何があろうと、何が待ち受けていようと、どれだけ冷たく拒絶されようとも、今度こそ、ニーナに気持ちを伝えてみせる……と。




 フューリアスの儀礼剣。

 最低限の装飾が施された帝国式サーベル。帝国が滅亡する僅か一年前に、当時の皇帝夫妻からその一人娘であるレナ・グレース・シャーロット・フューリアスに送られた物。

 名刀の類いではあるのだが、あくまでも儀礼用であり、特殊な能力は持ち合わせていない。また切れ味も並程度に収まっている為、攻めの武器としては扱い難さが目立つ品だろう。
 だが、その一方で守りに関してはかなり厚く、いざという時の護身用としては最適と言える機能美を持っているのが特徴。特に細身ながら頑丈な護拳や、頑強かつ反りの浅い剣身は初心者でも相手の斬撃を受けやすい作りとなっており、帝国製らしい実用性の高さがうかがえる。

 とはいえ、少女が持つにしては明らかに重く、また儀礼用にしては過剰なまでに守護の魔法や加護が施されている他、異様に高い魔術的拡張性の高さを持つ等、不可解かつ無駄な部分も多い。
 あるいは、それこそがこの剣に込められた思いの証明なのだろうか?


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